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Last Album
1
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:14:58 ID:jDTTQVVk0
収録作品
1.墓碑銘(Prelude)
2014年08月作 01KB
2.涙を流す日
2011年10月作 83KB
3.午前五時(Interlude 1)
2013年04月作 03KB
4.雷鳴
2012年09月作 28KB
5.ちぎれた手紙のハレーション
2014年08月作 31KB
6.聖夜の恵みを(Interlude 2)
2011年11月作 03KB
7.明日の朝には断頭台
2014年09月作 28KB
8.壁
2012年07月作 27KB
9.ジジイ、突撃死
2014年09月作 26KB
10.ノスタルジック・シュルレアリスム(Interlude 3)
2014年08月作 03KB
11.葬送
2012年03月作 78KB
12.最初の小説(Interlude 4)
2013年04月作 03KB
13.どうせ、生きてる
2014年09月作 31KB
投下スケジュール
#1〜#2 09月28日夜
#3〜#4 09月30日夜
#5 10月01日夜
#6〜#7 10月03日夜
#8 10月04日夜
#9 10月06日夜
#10〜#11 10月08日夜
#12〜#13 10月10日夜
2
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:16:20 ID:jDTTQVVk0
1..墓碑銘(Prelude) 20140801KB
此処に墓碑を打ち立てよう。
家族のために。恋人のために。友のために。
そして何よりも自分のために。
此処に墓碑を打ち立てよう。
これから生まれる者のために。
これから死にゆく者のために。
此処に墓碑を打ち立てよう。
全ての物語の終止符のために。
新たな物語の祝福のために。
此処に墓碑を打ち立てよう。
打ち拉がれた青春のために。
漠然とも見えぬ未来のために。
此処に墓碑を打ち立てよう。
嘗て燃やした情熱のために。
失踪を宣告された情熱のために。
此処に墓碑を打ち立てよう。
行方不明の自分のために。
未だ死に損ねている自分のために。
此処に墓碑を打ち立てよう。
それは羞恥を問わず、価値を問わず。
ただ自らの意思故に、ただ自らの夢故に。
勇気を持って名を刻もう。
3
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:17:29 ID:jDTTQVVk0
2.涙を流す日 20111082KB
振り返ってみると……。
私にはもっと、言うべきことがあった気がする。
私は私が語った中で殊更に主張した事柄以上に、大切な事実を隠し持ってしまっているのではないだろうか。
しかし、最早何も分かるまい。
死んだ後に意識がどうなるか、とか宇宙の果てがどうなっているか、とか、
その手のビッグ・クエッションはモラトリアムな人々のための産物だ。
私などは、ほんの少し前にそれらを捨てた。
だから今みたいにビッグ・クエッションに面と向かって立ち会わなければならなくなってしまった時、
私はどことなく卑屈っぽい態度をとって、
パーソナルな話題にまで規模を縮めて語らざるを得なくなってしまったのだ。
世間的には、おそらくこう言うのを、処世術と呼ぶのだと思う。
そういうわけだから、最後まで言いそびれてしまった事実を、最初に書き留めておく。
次の一行に限っては、おそらく誰しもにとって役立つ一行ということになるだろう。
もうすぐみんな死ぬ。気をつけて!
※ ※ ※
4
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:18:09 ID:jDTTQVVk0
記憶よりも遙かに時間のかかった旅路のせいで、目的地に着いた時にはもうすっかり日が暮れていた。
単行車両が滑り込むには贅沢すぎる巨大なプラットホームに降り立ったのは私一人だけで周囲には誰も居ず、
何だかこれから肝試しでもするかのような怖気が走る。
十年以上昔に一度だけこの駅には来たことがあるはずだったが、明確な記憶ではない。
あの時は電車の車両もホームの幅一杯に停まっていたし、
至る所が観光客でごった返していたのだから仕方ないのかもしれないが。
タブロイド誌で得た情報と、そこから膨らませた想像だけを頼りにして来たおかげで、
三十八度線並の警備体制をイメージしていたが、現実は呆気ないものだった。
あまりにも広々とした改札口に守衛らしき若い男が二人立っていたが、
彼らも、私に幾つかの質問を投げかけただけで、存外あっさりと通してくれた。
_
( ゚∀゚)「乗り過ごしかい」
彼らの質問は、まずそこから始まった。
(´・ω・`)「いや。ちょっと、人を探しに来たんだ」
_
( ゚∀゚)「人を探しに」
5
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:19:08 ID:jDTTQVVk0
彼は復唱してから私を眺め、軽く頷いた。
_
( ゚∀゚)「そうか。探してるのは奥さんか、子どもさん?」
(´・ω・`)「そんなところだね。……何か、手続きは必要なのかな?」
_
( ゚∀゚)「駅を出るのに手続きなんてあるわけない。いつものように歩いて行けば、それで構いやしない」
(´・ω・`)「ふうん。そうか、ありがとう」
_
( ゚∀゚)「ここにはどれぐらい滞在するつもりかね」
(´・ω・`)「早めに帰るべきなんだろうけど……。話の長さによるかな」
_
( ゚∀゚)「そりゃそうだな。健闘を祈るよ」
彼らは一度も笑わなかったが、会話自体は和やかなものだった。
彼らは恐らく、訪れる全員に同じような質問を投げかけているのだろう。
飽くまでも公共の場所である駅に私的な守衛が立っていることは少々奇妙だが、
業務委託の類いと思えば納得できなくも無い。事実、駅員らしき者は誰もいないようなのだ。
6
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:19:56 ID:jDTTQVVk0
灯りの絞られた構内を抜けて外に出ると、まず巨大なバスターミナルが眼に入る。
かつてはここに、多くの観光バスが出入りしていたのだろう。
しかし今やターミナル内には乗り捨てられたような車両が幾つかあるのみで、活気の残滓も見当たらない。
設備自体は今でも十分使用に耐えうるものであり、
廃れ具合も多少浮いている錆びに認められる程度なので、無人であることが一層不気味に感じられた。
右を見遣ると惑星を模したオブジェを頭に載せた巨大なショッピングモールが鎮座している。
昔ここに来たとき、母が多くの土産物を購入していた場所だ。
真っ白い壁面は薄汚れてはいるものの、静かな佇みには堂々とした風格さえ感じられる。
無人空間における人工物の美学、とでも言うべきか。
左には、下から見上げると不安になるほど真っ直ぐに伸びている高層ホテルがある。
嘗て宿泊した際、小市民である私たち一家は六階だか七階だかに部屋を取ったが、
最上階付近には好況に任せ、贅を尽くしたスイートルームが用意されているのだと聞かされた。
当時は憧れもしたが、今となっては何とも思わない。
この先の人生にそのような場所へ泊まる機会が無いことも確信しているが、さしたる淋しさも無い。
7
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:20:57 ID:jDTTQVVk0
ターミナルの向こう側には、片側三車線の広々とした道路が真っ直ぐに伸びている。
この街の目抜き通りであり、これに沿って進むと道沿いにある主要施設を探訪することが出来、
また街最大の観光資源まで真っ直ぐ向かえるのだ。
たった一人、或いは一企業によって街の基礎が作られたせいか、その構造は極めてシンプルだ。
しかし、広大であることには変わり無い。
繁栄の末期に作られた海岸沿いの別荘地まで含めると、とても徒歩で回れる規模ではない。
建物内部までを考えれば、それだけで気が遠くなる。
思えば、勢い任せでここまで来たのがいけなかった。
本気で目的を果たすつもりであったならば、もう少し準備を整えてから来るべきだった。
だが、今更引き返すわけにもいかない。私とて、追われる時間に常々苛まれる人生を送っているのだ。
旅の疲れとも取れる若干の身体の重さを引き摺りながら、私はともかく、前へ進むことにした。
※ ※ ※
8
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:21:53 ID:jDTTQVVk0
街について。
かつて、私がまだ生まれてもいなかった頃、この街に目を向ける者は誰もいなかった。
目立った産業に恵まれなかったこともあり、若者は次々と都会へ移り住んでいった。
唯一の強みは誰の手も加わっていない美しい海岸線と、自然の戯れによる無数の洞窟群だったが、
あまりにも手が加わっていないため危険であること、また主要都市からは、
電車を乗り継いで二時間以上かかるという交通の便の悪さゆえ、それすら活かすことが出来ずにいた。
誰もが、数ある過疎地と同じようにその街が人知れず消失することを確信していた。
しかし三十年前、ある発見を境にこの街の運命は一変した。
無数に穿たれた洞窟の一つ、その最も奥まった場所の広大な岩壁に、
幾何学模様を描く美しい発光現象の存在が確認されたのだ。
残念ながら、その美しさについて描写するだけの十分な表現の幅を私は持っていない。
しかし、誰だって知らないはずが無いのだ。
何せ、それが発見されてから二十年ばかり、その地に国内外からの観光客が途絶えた事は一度も無いのだから。
ただ岩壁に映る色とりどりの光が、何故かくも多くの人々の心を惹きつけたか、誰にも分からなかった。
私が思うに、きっと神か何かが人間を作った際、その頭にこんな風に植え付けたのだろう。
「人間よ、こういう感じの景色を見たら感動するように」と。
9
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:23:12 ID:jDTTQVVk0
いつしか、その発光現象に『彩色の奇跡』という名がつけられた。
この名前には二つの意味がある。一つは無論、その現象が世界中の人々を釘付けにしたという意味。
そしてもう一つは、それに伴う類い稀なる商業的成功を称える意味である。
最初にこの現象を発見したのは、ある高名な実業家だった。
考古学的な趣味を持っていたその男が誰も探索しようとしていなかったその場所に初めて足を踏み入れ、
『彩色の奇跡』を見つけたというわけだ。
彼はそれを発見するや、自らのコネクションと財力、
その他あらゆるものを利用して自身が発見した奇跡を世界中へ喧伝した。
それと同時に、その周辺の大開発に乗り出したのである。
その時点で、実業家が現象の価値に気付いていたか、それは分からない。
しかし、そのギャンブル精神のようなものこそが実業家たる所以なのかもしれない。
私のような小市民には想像の及ばぬ領域だ。
ともかく、彼は周辺の土地を買い占め、老人と共に死にゆくのみだったその街を、
巨大な観光都市へと変貌させたのである。
駅周辺にはホテルやショッピングモールが立ち並び、海岸線も整備された。
『彩色の奇跡』へ続くコンクリートの道も敷設され、美術館をも用意して芸術的な価値を高めることにさえ成功した。
全ての準備が整ってからの熱狂ぶりは、年がら年中万博を開催しているにも等しかった。
人種や年齢、性別を問わず、誰もがその地を訪れた。最終的な集客数は、延べ十億近くに上るとも言われている。
私もその一人だ。
十五年ほど前の当時、私はまだ中学生で、両親と共に格安のパックツアーで訪れただけだったが、
あの現象の素晴らしさを目に焼き付ける事は出来た。何が素晴らしかったかというと、とにかく素晴らしかったのだ。
先に述べたような特殊な経緯のため、街に占める産業は殆どその実業家が掌握していた。
そのため、世界各地から訪れた旅客の落とす莫大な金銭は、その殆どが彼の儲けとなった。
彼の得た収入は、およそ天文学的な数字だったとまで言われている。
10
:
名も無きAAのようです
:2014/09/28(日) 21:24:31 ID:v1F0rCAI0
サブカル女どころか前albumドブに捨てちゃったのん……?(´・ω・`)
11
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:26:23 ID:jDTTQVVk0
ところで、この発見には無論、科学的な人々も興味を持った。
奇跡には、その名にふさわしく奇妙な点がいくつかあったのだ。
何よりの関心事であるのは、先にも書いたとおり、この現象が何故多くの人々にとって魅力的に映るのか、という点。
また、発光現象のメカニズムについても定かではなく、地理的な特徴も見出せなかったのである。
しかし実業家は、この現象に科学的な検証の介入を頑なに拒んだ。
彼はこう主張した。『彩色の奇跡』すらも科学的に解明してしまえば、
この世の中に科学の窃視を被らないところは無くなってしまう。
我々はここが美しいことを知っている。それで十分ではないか。
その押し問答が繰り返されたのが発見から二十年、産業として確立されて十五年が経過していた。
今から十年前のことになる。論争は長きに渡ったが、その最中、奇跡は唐突にして終わりを迎える。
12
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:28:22 ID:jDTTQVVk0
五年前のその日、多くの観光客が見ている目の前で、光は消えた。それきり、二度と復活しなかった。
その後研究者による調査が行われたが、そこに残っていたのは何の変哲も無い岩肌だけだった。
斯くして奇跡の廃墟には、ただひたすら訪れづらいだけの、平凡な観光都市だけが残される結果となった。
誰も予想していなかったこの、ある種の揺り戻しは、世界規模の経済に少なからぬ衝撃を与えた。
勿論、最も影響を受けたのは当の都市そのものである。
異様なまでの伸び率で多くの観光客を動員した勃興の際と同様、減退の速度もおよそ光速に匹敵し、
一ヶ月後には誰も訪れぬ閑古鳥の巣になっていた。莫大な投資による膨大な維持費、人件費も相まって、
都市全体の運営はたちまち滞ってしまった。
実業家は事実上、事業の継続を断念し、そこで働いていた全ての労働者に少なからぬ補償をした上で、
その全員を解雇した。彼はここで、それまでに手にした利益の殆どを溶かしてしまったと言われている。
残ったのは買い手のつかない巨大な観光街だけだった。
こうして、文字通りの奇跡的なおとぎ話は一旦幕引きを迎えた。知っている話ばかりで退屈したかもしれない。
しかしこれも、私自身が頭の整理をするために必要な過程だったとして、勘弁してやってほしい。
※ ※ ※
13
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:29:55 ID:jDTTQVVk0
通りに沿って立つプラタナスは、手入れを放棄されて好き放題に生い茂っている。
その下を歩いていると、宵闇の暗さも相まって、何か絶望のような空気に抑えつけられている気がした。
誰もいない。本当に、人っ子一人見当たらなかった。
守衛にもう少し詳しい情報を聞き出しておくべきだったかもしれない。しかし今更引き返すのも億劫だ。
片側にはシャッターが犇めいている。かつては土産物屋や飲食店、ブティックなんかも軒を連ねていたのだろう。
しかし、あらゆる装飾の取り除かれた街路の景色は、没個性をも遙かに凌ぐほど殺風景だ。
もっともそれ自体は、
この街の機能が全て『彩色の奇跡』を際立たせるために存在しているのだと考えれば不思議ではない。
私はぼんやりと歩き続けていた。このまま進めば件の洞窟に到達してしまう。
案外と、目的地はすぐそこであるのかもしれない。
しかしそれは、あまりにも神秘的過ぎるのではないか。
歩きながら思考すると、考えがまとまるようでまとまらない。紙とペンが欲しくなってきた。
私が今、何をするべきか……。
14
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:31:56 ID:jDTTQVVk0
やがて、オープンカフェの名残であるらしい丸テーブルと椅子を見つけたので、
どっかと腰を下ろして深いため息を吐く。どれぐらい歩いただろうか。洞窟まであとどれぐらいだろうか。
十五年前はこの道をバスで走ったからいまいち見当がつかない。
記憶の捜索から、唐突に現在の両親へ想いが行く。父は昨年会社を定年退職し、今やすっかり隠居の身である。
どちらかというと仕事人間だった父は、これから多くの自由を満喫すべきだったのだろう。
それを妨げているのが私たちであるというのは、何とも情けない話だ。
全てがどうしようもない。どうにかする方法など、何一つ無い。
悲嘆を形成しようとする頭の代わりに、私は持ってきた肩掛け鞄の中身をがさがさと混ぜ返す。
何しろ無計画な往路であったものだから、めぼしい道具は何一つ持ち合わせていない。
あるのは財布と電源の落ちた携帯電話……それから家族写真。ミネラルウォーター……。
私はそのペットボトルを取って一気に半分ほどを飲み下した。
静けさのせいで、喉の鳴る音が一層鼓膜に響く。その一瞬、よくわからない愉悦のような感情が込み上げてきた。
こんなところで何をしているのだろう……何のためにここに来たのだろう。私の目的とは、一体何だったろう。
考えているうちに許容を超える水が口で渦巻き、思わず咳き込む。
それからまた歩き出した。
ともかく、『彩色の奇跡』までは向かってみようという決心がついたのだ。
例の現象が失われ、剥き出しの岩肌を見て面白くないと思い浸るのも悪い話ではあるまい。
15
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:35:05 ID:jDTTQVVk0
そうやって見栄えの変わらないシャッター通りを歩いていると、向こうから足音が聞こえた。
それに加えて、カツカツと響く金属音。杖でもついているのだろう。私は思わず身構えた。
やがて見えてきたのは腰骨の酷く曲がった六十過ぎと思しき老婆だった。
頼りにしている杖の先端だけを見つめ、ゆっくりゆっくりと此方に近づいてくる。
そしてそのまま私に気付かず通り過ぎていこうとしたところへ、慌てて声をかける。
(´・ω・`)「あの、すみません。ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが」
('、`*川「……なんだね」
喉を患っているかのような嗄れ声で、老婆は応じた。
('、`*川「いや、言わなくてもいい。わかっとる。誰を探しに来たんだ。妻か、娘か」
(´・ω・`)「妻です。ご存知なんですね」
('、`*川「お前のことなど知るはずないだろう。けれど、お前のようにこの街にやってきて、
迷子になる奴らはよう知っとる」
老婆は大儀そうに私を見上げ、吐き捨てる。
('、`*川「面倒臭い奴らめ」
16
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:36:31 ID:jDTTQVVk0
(´・ω・`)「お気持ちは察しますが、私としては、個人的でかつ重要な問題であるものですから……」
('、`*川「分かっとるわ。行くぞ」
(´・ω・`)「どこに?」
老婆は私が辿ってきた道の方を指さす。その先には、暗がりに敢然と聳える件のホテルがあった。
('、`*川「この時間は皆で夕食を摂っているはずだ。いい加減、案内板でも建てた方が良いのかも知れんな」
これは迂闊だった。灯台もと暗し、などとつまらない形容の仕方をするしかない。
やはり、何も考えずに人を探すというのはあまり合理的では無いようだ。
私はまるで人生のように、元来た道を引き返すことにした。
※ ※ ※
17
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:38:58 ID:jDTTQVVk0
街についての続き。
ゴーストタウンと化した街は、都合三年ばかり放置されていた。
街に付随していた、例えば別荘用の不動産や観光地にふさわしい小売やサービス業、その他細々とした産業は、
一挙に衰退を余儀なくされた。公共交通機関の運行も大幅に縮小されたが、それでも赤字続きだったという。
そのため、一時は廃駅なども検討されたのだそうだ。
あらゆる媒体から街の名前、及び『彩色の奇跡』は姿を消し、
もう二度と人々の話題に上ることは無いように思われた。
元々失われる運命だった街が、三十年ばかりの長い夢を見ていた……そんな、ちょっとした感傷を残して。
それが二年前、ある事件の発生によって街は再び取り沙汰されることとなった。
発端はある地方新聞の記事である。
行方不明になっていた若い女性が、その街で歩いているところを保護された、という内容だった。
その女性は数週間前に家族の前から忽然といなくなり、夫が捜索願を出していたのだ。
記事はそれ以上のことを何も書いておらず、続報も無かった。
無論、その事件自体は女性が保護されたことによって終わったものであり、
それ以上何の話題性も無いのだから当然であろう。
しかしそれからというもの、今度は二流、三流のタブロイド誌に舞台を移し、
街は幾度となく語られることとなった。
行方不明になった人々が、廃墟となったかつての観光街に集まっているという、奇妙な噂を引っ提げて……。
私の見た記事にはある男の体験談が掲載されていた。それは、次のような具合だ。
18
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:40:42 ID:jDTTQVVk0
(-@∀@)「嫁が、ある日突然いなくなったんだ。俺には何の心当たりにも無い。勿論、DVなんてしたこともねえよ。
前夜までは、そりゃもう仲の良いものだったさ。それが翌朝、突然いなくなってた。
居間のテーブルに短い書き置きがあって、そこには『分からないために向かいます』とだけ書いてあった。
もう俺にはさっぱりだよ。家が荒らされた形跡もないし、拉致や誘拐ってわけじゃなさそうだ。
警察に掛け合っても、まともに取り合っちゃくれない。もうどうしようもなかった。
自力で探すにしてもまるっきりアテがない。携帯は家に残されたまんまだ。手がかりゼロ。
取り敢えず警察に捜してもらうよう頼んで、それきりさ。
もう俺、毎晩泣き明かしたよ。だって俺、愛してたんだぜ、嫁を。
何一つ進まないままに月日が経過した。そして丁度二ヶ月目の真夜中に、俺の携帯が鳴った。
出てみると嫁の声だ。おい、お前何やってんだ。問い質しても、嫁の答えはどうも要領を得ない。
どこに居るんだって言ったら、例の……『彩色の奇跡』の名前を出した。
よし、じゃあ今すぐそっちに行くぞ。嫁ははっきりと拒みやがった。
そして言ったんだ。別れてほしいと。
そりゃ……ねえ。二ヶ月も行方知れずになった挙句、
久々の電話で離婚を告げられた日にゃ、俺だって頭にくる。
おい、そりゃ一体どういう了見だ、馬鹿野郎。男が出来たのか。嫁は何とも答えなかった。
それどころか、淡々と離婚の手続きについて話し始めた。
巫山戯た話でしょう。しかし、同時にそれが嫁の本心だというのが伝わって……
なんというか、気後れしちまった。
嫁は言った。財産分与は放棄する。必要なら、慰謝料も払う。
そうまで言われちゃ、男として形無しでしょう。
けど俺だって嫁と別れたくない意地は残ってたから、離婚はしないって言い張ったんだ。
そしたら嫁はそれでも構わないと。けれど、そちらに戻るつもりもないし、その余裕も無いと。
そして、電話は切れた。それっきりさ。俺はもうどうすりゃいいのか分からんよ。
無理に踏み込んでも、何も解決しない気がするんだ」
19
:
名も無きAAのようです
:2014/09/28(日) 21:42:13 ID:oGBVGmiw0
読むぞ
20
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:44:03 ID:jDTTQVVk0
掲載雑誌の質の問題もあり、体験談の一切を鵜呑みにするわけにはいかない。
しかし、その記事を口火に、あらゆる週刊誌、及びオカルト系専門誌に、
似たような話題が続々と取り上げられるようになった。
街へ向かう行方不明者には幾つかの共通点があった。
行方不明者には明確な動機が無い。皆、その直前までごく普通の生活を送ってきた一般人だ。
そして、姿を消す際には必ず『分からないから向かいます』という短い書き置きを残す。
そしてしばらくすると、ごく事務的な電話がかかってくる。
もう戻れないという旨、そしてそれに関する問題事項を解決する旨が、
その人に最も近しいと思われる人に伝えられる……。
街に乗り込んだ人は、私以前にも何人か居たようだ。
しかし彼らは全員、電話と同じような内容を行方不明者本人から淡々と述べられ、
体よく帰されてしまったという(中には不明者と共に街へ住み着いた者もいるというが、真相は定かでない)。
これらは全てタブロイド誌レベルの規模でしか報じられず、
テレビや新聞でこの話題が取り上げられているのを、少なくとも私は見たことが無い。
理由は幾つか考えられるが、その最たる者は行方不明になること自体に、事件性が無いということだろう。
不明者は必ず現れるし、彼らは全員完全なる自由の身でいる。誰かに脅迫されているような形跡は一つも無い。
意識の変遷に些か疑問が呈されるが、あまりにも説得力に欠ける。
それ以上のものが事実として何も見えない限り、大マスコミが追及するネタでもない。
それらは、背後にあらゆる陰謀を夢想する人達の役割だ。
21
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:45:34 ID:jDTTQVVk0
かつて『彩色の奇跡』という、史上最も大規模で不可思議な現象の起きたその土地は、
超常現象の土壌にはうってつけだったのである
事実、面白おかしく取り上げている雑誌群はカルト教団や国際組織、
果ては秘密結社の影を指摘したりもしたが、証拠らしい証拠は何一つ無く、
むしろ取材すればするほどそれらから無縁であることが判明する有り様だったようだ。
最も真実味を帯びていたのはかつてその地で一大産業を築き上げた件の実業家の陰謀という説だったが、
それにも確たる根拠があるわけでもなかった。
斯くて、一連の報道はオカルトの域を出ない話題性と、
ニュースバリューそのものの減退によって徐々に誌面での存在感を潜め、
結局は初出から一年足らずで完全に姿を消してしまったのである。
※ ※ ※
22
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:47:53 ID:jDTTQVVk0
ホテルへ戻る途上、私は老婆に質問攻めを仕掛けることにした。
(´・ω・`)「雑誌で見ました。ここに、全国から行方不明者が集まっていると」
('、`*川「全国というより、全世界だな。色んなところから色んな人種が集まっているよ。
もっとも、数自体はそれほど多くないが」
(´・ω・`)「貴方もその一人ですか?」
('、`*川「ふん、どちらでもないな。だが、ここで暮らす権利はある」
(´・ω・`)「権利? ここで暮らすには何か資格が必要なのですか?」
('、`*川「下らない話だがね。その資格を決めたのは、別に神様というわけじゃない。
しかし、資格は資格だ。誰にだって従ってもらう」
(´・ω・`)「彼女……妻にはその資格があったのでしょうか」
('、`*川「だからここへ来たんだろう」
(´・ω・`)「そのことは、雑誌には書かれていなかったな」
('、`*川「当然だ。今まで誰にも話していない。間違っても売文の連中に話すものか」
(´・ω・`)「では、それを私に話したのは、私にその資格があるからですか?」
('、`*川「いや。ただ、もう隠し通す必要もなくなっただけでね……
そういえばお前、風邪でも引いているのかい。ぼうっとした顔をしているが」
(´・ω・`)「まあ、似たようなものです。ところで、貴方は何をしていたんです? 随分遠くに行っていたようですが」
('、`*川「ちょっとした野暮用さね……」
23
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:50:48 ID:jDTTQVVk0
老婆が言葉を濁した辺りで、私たちは駅に隣接した巨大なリゾートホテルの前に到着した。
外からは灯りを確認できない。黒く聳え立つその影を例えるならば墓標か、頑健な焼失……
或いは、データセンター。いずれにせよ、飲み込まれるには多少の度胸が要る。
('、`*川「客を接待する機能はとうの昔に失われておるからな。節電も兼ねて、必要外の電灯は全て消してあるんだ。
だからお前のように、あちこちうろつき回る奴がたまに出てくる。何とも面倒な話だよ」
(´・ω・`)「その点については謝ります……しかし、それではここにいる人達は何処に集まっているんです?
食事すら暗闇で行うわけではないでしょう。ラマダンじゃあるまいし」
('、`*川「地下に宴会場として使われていた広間がある。皆、そこで飯を食うんだ。そして、話し合う」
(´・ω・`)「何を話すんです?」
('、`*川「おかしなことを言う」
老婆は私の方を向いて目を細めた。
('、`*川「話すことなど幾らでもある。話さない方が難しいくらいだ。
……しかしあんたは良い時に来たね。今なら、益々話が盛りあがっとる筈だよ」
24
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:52:54 ID:jDTTQVVk0
ははあ、と非生産的な相槌を打つ。そして老婆の後に続いて自動ドアから中へ入った。
恐らくはエントランス的な空間が広がっているのだろうが、薄暗くていまいち見渡し難い。老婆を支える杖の、
鈍い輝きだけを頼りに、足音を吸う絨毯の上を進む。
('、`*川「下りの階段だぞ、気をつけて。……お前、ここへ来たことは?」
(´・ω・`)「中学の頃に一度。もう、十五年も昔になりますね」
('、`*川「そうか。無論、アレは見たんだろうな」
(´・ω・`)「見ましたよ。素晴らしかったです」
('、`*川「ほう、どんな風に」
(´・ω・`)「……当時、テレビで言っていたような具合です」
例えばこんな感じ――
一見珍妙に見える壁画には、我々の本能に問いかける得体の知れぬ迫力がある。
それは理論的に解明できるものでは無い。しかし、だからこそ素晴らしいのだ。
まるで集合的無意識の存在を肯定するかのごとく、
全ての人間に感銘を与えるこの芸術は、真の感動とは分析し得ぬものであると再び説得してくれるのである……。
今にして思えば、随分と人を食った意見だ。
納得できない、しかし納得しなければ嘲られるような、自尊心との格闘を強いる内省的な論評……。
25
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:54:33 ID:jDTTQVVk0
(´・ω・`)「それはともかく……貴方は夕食を摂らなかったのですか?」
老婆はその問いに答えず、杖で階段を叩きながらかぶりを振った。
('、`*川「お前はわけの分からん男だね。普通、こういう時はもっと質問すべき問題を質問するべきだ。
色々あるだろう。お前の家族のことや、失踪した理由や……」
(´・ω・`)「そういう核心は、尋ねても答えてくれないと思いまして」
「そうかね。まるで、核心へ近づくのを避けているように聞こえるがね」
私が真実を恐れているという老婆の推測は、半分程度当たっていると思う。
だから私はそこで要望通りの質問を投げつけることなく、沈黙することにしたのだ。
とは言え、そればかりが私の心持ちであるわけでは、当然無い。
地下二、三階には手頃な広さの宴会場が幾つかあり、更に下ると大規模のシアター・ホールがある。
そしてその下には会員制のクラブやカジノめいたものまで軒を連ねていると言われていた。
あらゆる客層への対応を求められていたこのホテルは階層によって来訪者の品格を大まかに区分けていたらしい。
高層へ上れば上るほど、或いは地下へ下れば下るほど、私たちの手の届かぬ世界が広がっているのだ。
このホテルのエレベーターは、私たちの使うものでは上層、下層の途中までしか移動できず、
逆に賓客のためのそれでは、最上層、最下層付近にのみ向かえる仕組みであったと記憶している。
地下三階まで下りると、光の漏れる大仰な扉が私たちを待ち受けていた。
私は老婆に許可を取ることもせずそれを押し開いた。
26
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:56:19 ID:jDTTQVVk0
まず、映える程度には高い天井が目に入った。
豪華な装飾などはなく、嵌め込まれた蛍光灯が饗応空間に明かりを供している。
そこから徐々に視線を下げる。やはり私は核心に触れたがってはいないようだ。
一般的な結婚式を挙げるには丁度良い広さの場所に、五、六十人程度の人々が、
椅子に座って会話を交わしている。
中には私たちに気付いて視線を向けている者もいるが、さほど警戒しているような節はない。
新興宗教の集会を彷彿とさせるような不気味さもなく、
つまり、そこそこ上流に見える談笑がごく普通に執り行われているようだった。
('、`*川「ところで、お前は嫁さんを探しているのだったね」
(´・ω・`)「……ええ、間違いなく」
老婆の問いに、私は視線を彷徨わせながら答えた。
(´・ω・`)「しかし、ここには居ないようですね」
※ ※ ※
27
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 21:59:19 ID:jDTTQVVk0
妻について。
妻に出会ったのは大学二年の時。
所属していた文化系サークルの一つ後輩として入ってきた彼女は、私にとっては最高に可愛らしい女性だった。
私は多大なる努力と多大なるアピール、そしてちょっとした先輩面を使って彼女と付き合うことに成功した。
私にとって彼女は初めての恋人であり、彼女にしても同様だった。
それからの偉大なる、愛すべき日々について書き並べていけばきりがない。
だから割愛しておくが、些細な喧嘩に陥ることはあれ、私は常に、誰よりも彼女を愛していたし、
彼女もそうだった(と、思う)。
私たちの関係は周囲に気味悪がられるほど長く続き、大学を卒業して私がサラリーマンに、
彼女が実家暮らしのフリーターになってからも、二人の間柄は何一つ変わらなかった。
社会に出てすぐ、彼女に子どもが出来た。もう少し自由に生きていたかったという後悔はあったものの、
いずれそうなることは必然だと互いに考えていたため、私たちはすんなりと結婚をした。
そして夫婦になり、子どもが生まれた。
それからは益々幸福だった。私は私の中で、地上で一番幸せな男よりも遙かに幸せだった。
何一つ懸念は無かった。仕事は波を受けながらも順調で、妻との関係も、息子との関係も良好そのものだった。
当時の私はたぶん、人生の中で最も小市民として死んでいくことに妥協が出来ていた時期だと思う。
ただ、そんな人生はある日、驚愕すべき形で終焉を迎えた。息子が車に撥ね飛ばされ、逝ったのだ。
28
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 22:02:20 ID:jDTTQVVk0
……あの時のことを想起するたび、私はもう少し感傷に耽るべきなのかもしれない。泣きくれても良いはずだ。
不幸が訪れてまだ一年も経っておらず、一般的に傷が癒えるほどの時は過ぎていない。
だが、息子が逝ったときもそうだった。病院で青ざめた息子に対面したときも、
葬式で喪服に身を包み、弔辞を読み上げたときも、暗い焼却炉で骨になった彼を摘んだときも、
私は一滴の涙すら零さなかった。
妻はそうではなかった……当然だ、そうあるべきだ。死の直後こそ冷静を装っていたが、
通夜を済ませた辺りで彼女は、乱暴に言えば発狂した。咆吼のごとき号泣で数夜を明かし、
そして身近な人物……つまり私に、ある種哲学的な問題を何度もぶつけた。
何故あの子は死んだの。何故死ななければならなかったの。何故。
何故……最もどうしようもない疑問詞だ。その答えが得られる場合は驚くほど少ない。
私も当然、彼の死の意味について考えた。忙しいぐらいに考え続けた。
だから私は涙の一つも出なかったのかもしれない。私の涙は、答えを導き出せるまでお預けを食らったのだ。
しかし、答えは出なかった。いつまでも私は泣かなかった。今日まで、一度も。
それゆえ、私と妻は同じような心境でいたのだと信じている。
表現方法が少し異なっていただけなのだ。ただ、そんなことは妻には理解できまい。
彼女は、涙の一つも見せぬ私を、もしかしたら恐怖さえしていたのかもしれない。
それは仕方ないことだと思う。思えばそれは、私と妻の間における、唯一にして最大の齟齬だった。
不幸の帳が降りて以来、私たちは極端に互いへの干渉を避けるようになった。
お互いがお互いの世界へ消え入りそうだった。
29
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 22:06:31 ID:jDTTQVVk0
そして数ヶ月後、妻は唐突に失踪した。私は、それが必然であるかのような錯覚すら感じた。
だから、テーブルに置かれた『分からないから向かいます』という短い書き置きが、
以前に雑誌で見た噂の通りであるのか、それとも彼女の本心なのか、判別に苦しんだものだった。
妻が失踪したのは一ヶ月ほど前。私は今日まで、一度も彼女を捜そうと思わなかった。
私の説得など関係なく、彼女は戻るべき時には戻るし、その日が来なければ永く消えるだけだと感じたからだ。
信頼ではなく、逃避に似た心持ちだった。
※ ※ ※
30
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 22:09:20 ID:jDTTQVVk0
('、`*川「ここに居ないとなると、もう部屋に戻っておるのかもしれんな」
老婆は軽く頷き、私を見上げた。
(´・ω・`)「探してきてやろう。嫁の名は?」
私が妻の名前を告げると、老婆は幾分複雑そうな表情を見せた。深く溜息を吐き、背後の扉へ振り返る。
(´・ω・`)「……もしかして、妻はここにいないのですか?」
('、`*川「いや、そういうわけじゃない。ちゃんとおるよ、心配ない」
彼女はそう言い、後ろを向いた。
('、`*川「暫くここで待っていると良い」
そうして、案外と身軽な動作で扉の外へと消えていく。
手持ち無沙汰になった私は改めて前を向く。すると、こちらへ近づいてきている四十路近辺の男と目が合った。
スーツ姿の紳士……整った髪型は、私に職場の上司を思い起こさせた。
31
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 22:12:20 ID:jDTTQVVk0
(´・_ゝ・`)「初めまして」
彼はそう言うと右手を差し出す。何の気無しにそれを握ると、男は深く頷いた。
(´・_ゝ・`)「そう、その通り。何もかも、握手無しには始まらない」
(´・ω・`)「貴方は、ここに住んでいる方ですか?」
(´・_ゝ・`)「ええ。どうです、貴方もご一緒に。丁度、面白い話をしていたところなんですよ」
紳士はそう言って私を、彼らの円卓へと案内してくれた。
数人の男女がテーブルを囲み、何やら熱心に話し込んでいる。
私が近づくと、彼らは緩い笑みを浮かべて空いた椅子を示してくれた。
32
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 22:15:28 ID:jDTTQVVk0
(´・_ゝ・`)「ようこそ、この場所へ」
白い絹で覆ったパイプ椅子に座った私へ、先ほどの紳士が再び挨拶を始める。
(´・_ゝ・`)「貴方は意識的にここへ? それとも、誰かを探しておられるのですか?」
(´・ω・`)「人捜しの方です……迷子になっていたところを、お婆さんに助けられて、ここに。
……そういえば、あのお婆さんは何者なんです?」
(,,゚Д゚)「婆さんは爺さんの妾だよ」
向かいに座る筋肉質の男が吐き捨てるようにして言う。
(,,゚Д゚)「愛人って奴だな。最も、今じゃただの付き人って具合だが」
(´・ω・`)「爺さんと言うのは?」
(,,゚Д゚)「決まってる、この街のパイオニア……嘗て世界で最も成功したビジネスマンだよ」
『彩色の奇跡』を発見し、この街を街と成し、一大産業を築き上げた実業家が、失踪の黒幕であるという。
週刊誌の推測は的を射ていたと言うことになる。
さながら下手な鉄砲だった推論を称揚する気にはまるでならないが。
33
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 22:18:35 ID:jDTTQVVk0
それよりも気になるのは、卓を囲んでいる面子である。
全員が、示し合わせでもしていたかのように、ちぐはぐの身分である風に見える。
最年長は私の右隣に座っている好々爺然とした老人、最年少は恐らく、
その向こうで澄ましている女子高生風の少女であろう。私を含めて全員で六名、共通点は何も無いようだ。
他のテーブルを見遣ると、そこでも果てしも無い議論が繰り広げられているようだった。
数は少ないが、外国人ばかりで占められている卓もある。
どうやら、失踪者の集会は世界規模で行われているらしかった。
ミセ*゚ー゚)リ「じゃあ、お話を続けましょうよ」
私たちの円卓で、三十手前のキャリアウーマンらしい容貌の女性がせがむ。
ミセ*゚ー゚)リ「先ほどは、どこまで話を進めていたかしら」
(´・_ゝ・`)「ああ、定義づけをしようと言うところまで話したな」
紳士が呟き、私に会話への参加を促した。
(´・_ゝ・`)「貴方はどう思われますか。我々は今、不幸の定義づけについて話していたところなんです」
34
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 22:21:28 ID:jDTTQVVk0
(´・ω・`)「……何ですって?」
(´・_ゝ・`)「不幸ですよ。例えば、別々の人が全く同じ体験をしても、
それによって感じられる不幸は人それぞれ違う程度じゃないですか。
これはどういうわけか、そして不幸の基準をどのように取り決めればいいか、という話です」
*(‘‘)*「やっぱり、過去の体験が基準になるんじゃない?」
女子高生がフランクにそう述べる。
*(‘‘)*「初恋だと、フラれた時にすごいショックだけど、五回目だとそんなでもない、みたいな。
慣れっていうか……ま、慣れればいいってもんじゃないだろうけど」
( <●><●>)「だが、未来も関わっていると思う」
と、少女とは最も歳を隔てている老人。
( <●><●>)「残された未来の日数が減るにつれ、不幸の衝撃も減じる気がするんだ。
つまり、不幸は人生おいて、浪費に似たものではないだろうか。
そして浪費を悔いる思いは、その日々の重要さに比例する」
35
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 22:25:31 ID:jDTTQVVk0
(´・_ゝ・`)「ああ、なるほど……お二人の意見を総括すると」
と、紳士。
(´・_ゝ・`)「不幸には時間が関わっているのですね。現在だけの事象ではない……
ふむ、実に納得できる意見ではありますが、こうして纏めると少し在り来たりであるように感じられますね」
私は一抹の不気味さを感じた。
不幸などと言うつかみ所のない問題を、老人が論じるのはまだ分からなくもない。
しかし、女子高生までがその議題に嬉々としているのはどういうことだろうか。
私と同年代であるはずのキャリアウーマンも津々と興味の尽きぬといった顔で聴き入っている。共感しがたかった。
私たちの世代は、普段もっと別の話題で盛り上がっているはずだ。
バラエティー番組とか、来週の飲み会とか、人事制度への愚痴とか、経理課の女子社員が寿退職するとか……。
何にせよ、こんな会話に人生を費やす時期では無い筈である。
(´・_ゝ・`)「どう思われます?」
気がつくと、全員が私の顔をのぞき込んでいた。
(´・_ゝ・`)「貴方にも、是非知恵をお貸し頂きたいのですが」
36
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 22:28:46 ID:jDTTQVVk0
私は腕組みをして考え込むふりをした……いや、実際に考えることにした。
誰もが、本気で私の答えを待ち構えているようだったからだ。
今までに、利害が絡む問題以外でこれほど真剣に言葉を求められたことがあっただろうか。
そう思うと得も言われぬ快感すら競り上がってくるが、背筋のこそばゆい感覚は拭えない。
やがて私は、意見の体を成しているのか分からない、実に日和った答えを呈した。
(´・ω・`)「結局は、不幸を感じる人がどういう人であるか、という部分に集約されるのだと思います。
つまり、その人が不幸に対してどの程度の耐性を持っているのか。
そして、不幸は概して個人的な問題です。
先ほどの例で言えば、失恋を悲しむのは自分自身に他ならない。
相手の不幸を悲しむという感覚だって、自身の空白に似た心情を埋める代償行動に過ぎないわけです。
何故そんな行いをするか。それは、自分自身に、まあ最低限の価値ぐらいはあると信じているからです。
自分が重大な病を患った時、それを不幸と感じない人は、別段自分の命に意味を感じていない人でしょう。
それが淋しいかどうかはともかく、不幸とは要はそのようなものだと思うのです。
その人が感じる不幸の強さは、自意識の高さに反比例するのではないかと……」
※ ※ ※
37
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 22:32:37 ID:jDTTQVVk0
その後も議論は続いた。そしてその内、誰からともなく止んだ。答えは出ずじまい。
幸い再び発言を求められることは無かったが、紳士に最初の発言への、いかにも社交辞令的な賛辞を受けた。
(´・ω・`)「皆さんは、いつもこんな事を話し合っているのですか?」
と、私は全員に向かって問うた。
(,,゚Д゚)「ああ、大体いつもこんな感じだ」
筋肉質の男が応じる。
(,,゚Д゚)「昨日は宇宙に果てがあるのかどうかについて語った。一昨日は四次元世界についてだったな」
(´・_ゝ・`)「私たちは大抵、分からないことについての話をするのです。その方が、浪漫があるじゃ無いですか。
ここに来るまでは見知らぬ者同士であったわけですし、小さな世界での話よりも、
そういった大きな疑問の方が会話を弾ませやすいのです」
紳士の言葉に、私は一応納得する。ただ、それにしたって随分と変わった趣味の持ち主達だ。
もっとも、このような場所で共同生活をしているような人々と、考えが同じであるはずもないのだが。
38
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 22:35:29 ID:jDTTQVVk0
(´・_ゝ・`)「それにしても、貴方の考え方はこの場所にぴったりですよ。
外部からやってくる人と話を合わせる事に、いつも苦労しているのですがね」
(´・ω・`)「……それはどうも」
( <●><●>)「その若さにしては、酷く淡々としておられる。
希望も絶望も、全てを同じ感情で受け入れる準備が出来てしまっているようだ。
まるで、空から爆弾の降ってきた時代を過ごしてきた風にも見える」
老人の言葉に、私の顔が虚を衝かれた表情を作る。
素直に言い当てられたことを認めたいような、しかし自分の中で整理のついていない感じ……。
(´・ω・`)「私には、些か不思議なのです。
大きな問題は、ほぼ必ず解答を得られない。それは途轍もなくもどかしいことではないですか。
そして、何一つ前に進まないのに、心の中に蟠りばかりが山積していく……。
それに何の意味があるのでしょう。
それは、それに費やした時間に釣り合う見返りを期待できるものでしょうか」
( <●><●>)「なるほど、なるほど、よく分かる。大抵の人にとってはそうだ。
大きな問題は、解決出来ないがために鬱屈とした怒りを生む。
我々が人生を歩んでいく上で、絶対に付き合っていかねばならない類いの怒りだな。
我々が求めているほど、世界は答えを用意してくれてはいない」
(´・ω・`)「失礼ですが、貴方はもう、随分お歳を召しておられますね。
ならば、残された時間の価値について、最も関心を寄せているはずではありませんか……
いえ、否定しているわけではないのです。しかし、どうも私には共感しがたく……」
39
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 22:38:35 ID:jDTTQVVk0
言いながら私は、こんなに滔々と喋るのは久しぶりだな、と思った。
例え無意味に感じられても、大きな問題を論じる時には多少なりとも脈拍値が上昇するものであるらしい。
そして私には、はたと思い当たるものがあった。
二ヶ月前、妻が残したメッセージの内容だ。彼女が『分からない』こととは、
今まさに話し合っていたような大きな問題についてでは無かったのだろうか。
もしそうだと仮定すれば、この議論自体がサブリミナル的な洗脳である可能性も考えられる。
それについて老人が答えを寄越してくれるよりも前に、私が入ってきた扉が勢いよく開かれた。
老婆が戻ってきたのかと思ったが、違った。そこには私と同じぐらいの年齢の男性が、息を切らせて立っている。
( ・∀・)「おいみんな、大変だ」
彼は空間全体に十分行き渡る大きさの声で全員に呼びかける。
( ・∀・)「死人が出たぞ」
40
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 22:41:50 ID:jDTTQVVk0
その言葉に、真っ先に反応したのは同じ卓の紳士だった。
彼は立ち上がり、一直線に叫んだ男の元へ向かう。
そして幾らかの会話を交わした後、私たちの方へと引き返してきた。
(´・_ゝ・`)「すみません、男性の方は手伝っていただけますか。いつもの通り、処理しますので」
(´・ω・`)「何があったんです?」
思わず私は訊ねる。
(´・_ゝ・`)「半月ほど前にここへ来た白人の男性が、先ほど首を吊って自殺したようなんです。
まあ、ここでは珍しくもないことです。場所は彼が使っていた私室……
元は客室だったところで、六階にあります。
遺体をそのままにしておくわけにもいきませんので、男手を使って運び出し、
共同墓地として使用している近くの公園に埋葬するのです。
もっとも、今日のうちに全てを済ませようというわけではありません。
ともかく遺体を動かしてベッドに寝かせておきます。埋葬は明朝に行われるでしょう」
41
:
◆xh7i0CWaMo
:2014/09/28(日) 22:44:45 ID:jDTTQVVk0
紳士は淀みない調子で私に簡単な説明をしてくれる。
恐らく、この手の質問を何度もこなしてきているのだろう。
もしかしたら、彼はこの中で一番ベテランなのかもしれない。
(´・_ゝ・`)「そこで、諸々の作業を協力してやらねばならないのですが……」
(,,゚Д゚)「勿論、俺は行くぜ」
筋肉質の男が立ち上がる。
(,,゚Д゚)「しかし奴め、くたばっちまったんだな。いつかはそうなる気がしていたが……」
(´・ω・`)「すみません、私もついて行って構いませんか。邪魔になるかもしれませんが……」
咄嗟に私がそう申し出たのには理由がある。
一つは、今のやり取りで解消しておきたい疑問点が生じたこと、
そしてもう一つは、彼らの習慣というものを少しでも目の当たりにしておきたかったからだ。
紳士はやや驚いた表情で私を見たが、
(´・_ゝ・`)「決して楽しい行為ではありませんよ」
という言葉の後に承諾してくれた。
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