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マト ー)メ M・Mのようです

429名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 03:59:08 ID:iEUzuBzM0

 瞬間――僕の世界に光が戻った。

 視界に満ちる光の量に一瞬ふらつきながら、僕は思い切り右手を引く。
 ミィと繋がったままのその右手を。


マト; -)メ「え……」


 そうして僕は彼女を抱き寄せ、抱き締めた。
 僕と同じか、それ以上に恐怖に震えている少女を。

 自分自身に大丈夫だと言い聞かせ。
 そして、言う。
 精一杯の強がりを。


( ^ω^)「―――お前のせいじゃない。お前のせいなんかじゃ、ないから」


 強がりだっていいんだ。
 後で泣いたっていい。

 でも、今だけはそう言うんだ――大丈夫、男の子だろう?

430名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:00:06 ID:iEUzuBzM0

マト; -;)メ「でも……ッ! ブーンさん、目が……!」

( ^ω^)「気にするな……って言うのは無理か。僕だって流石に気にするお。まったく、こんなことになるならボウリング場で……って、そうじゃないか」


 でも、と僕は涙を流し続ける彼女に告げる。


( ^ω^)「もし負い目を感じるなら、僕の目になってくれないか?」

マト; -;)メ「目……?」

( ^ω^)「ああ、そうだ」


 僕の目はどうやら見えなくなったらしい。
 今こそこうして君を見ることができるけれど、それも短い間のことだ。
 だから、その代わりを。


( ^ω^)「少しの間だけでいいから――僕の代わりに『過去』を見据え、僕と一緒に『未来』を夢見る、僕の目になってくれないか?」


 僕はそう言った。

431名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:01:07 ID:iEUzuBzM0

 彼女は僕の腕の中で小さく頷く。
 どうやら涙も止まったらしい。

 それだけで、今はとりあえず良いことにしよう。


( ^ω^)「にしてもお前、酷い顔してるお。トイレに行って顔でも洗ってこい。いつものあの笑顔を見せてくれ」


 僕がそう続けると、ミィは再びコクリと頷いて部屋を出て行く。
 彼女の足音が遠くなったことを確認してから息を吐く。

 ミィもいないことだし、少しくらい泣いてもいいだろうか?
 ……いや駄目だ。
 ミィの瞳ならば同じ建物の出来事くらいは全て把握する。
 だから、我慢。

 もう一度溜息を吐いた時、ずっと立ったままだったディが言った。


(#゚;;-゚)「呆れるくらいの強がり……いや、そこまで行ったら一つの強さか。尊敬するわ、ホンマに」

( ^ω^)「そうか? 思ったことを言っただけだお」

432名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:02:12 ID:iEUzuBzM0

 折角の強がりが無駄になるような余計なことを言われない内に、それよりも、と話題を変える。
 状況の把握に努めなければ。


( ^ω^)「……そもそも僕はなんで失明してんだお。何があった?」

(#゚;;-゚)「原因を訊いとるんやったら『分からん』とだけ答えられるな。ある意味でこれほど分かりやすいこともないんやけど」

( ^ω^)「どういうことだ?」

(#゚;;-゚)「兄さんに危害を加えたんはそのパーカーの女や。当然、今の状態もその女の能力の結果やな」


 やけど、と続ける。


(#゚;;-゚)「目を潰されたんやったら分かりやすいわな。眼球がないから見えない。やけど、そうやない。原因が一切不明なんや」

( ^ω^)「なんだか分からないが、『目が見えない』という結果だけがあるってことか。そしてそれは能力の結果だと」

(#^;;-^)「そういうことやな。まあ実際んところは、今すぐ心臓発作で死ぬ可能性はゼロやないってだけの話なんやけど……」


 そうして『殺戮機械』は語り出す。
 僕が意識を失った後、世にも珍しい能力を持つ少女が何を起こしたのかを。

 どんな風にモラトリアムの終わりが始まったのかを。

433名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:03:08 ID:iEUzuBzM0

 *――*――*――*――*


 僕が倒れた後――いや厳密には、倒れる直前にはミィは全てを察して僕の元へ向かった。

 しかし如何せん気付くのが遅過ぎた。
 彼女が目にしたのは、アスファルトに倒れ伏した僕の姿。
 そしてその傍らに立つ小柄な少女。

 遅過ぎた。
 それだけは明白だった。



マト; -)メ「―――ブーンさんっっっ!!」



 駆け付けてきたミィを見て、少女は微笑む。
 戦慄したという。
 サイズの合っていないブカブカの黒のパーカー、そのフードの奥から覗く瞳を見て、ミィはゾッとした。

 いや、少し違うだろうか。
 アカイロに染まった両目で知覚した瞬間に背筋が凍り、実際に目の当たりにした時には心臓が止まりそうになったらしい。

434名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:04:08 ID:iEUzuBzM0

 そう。



ミセ*^ー^)リ「こんな所で会うだなんて、奇跡的だねぇ」



 その鮮烈さに、少女以外の色が世界から消え失せたようだった。
 『未来予測』という能力を持つミィだからこそ分かる、少女が秘めたチカラの大きさ。

 それほどまでに――熾烈で。
 それほどまでに――強烈な。
 いっそ『絶望』と呼んでも過言ではないような、そんな在り方の化物だった。


マト; −)メ「ブーンさんに……何をしたんですか……!」

ミセ*^ー^)リ「そんなこと、その目で分かるでしょう? ねぇ、『プロヴィデンス』」


 宗教における摂理や因果を表す単語でミィを呼ぶと、少女はいとも無邪気に笑ってみせた。
 そして彼女の言う通りでもあった。

435名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:05:07 ID:iEUzuBzM0

 「何をしたか」なんて、ミィの目を以てすれば自明だった。
 その時の僕の状態は言葉にはできない。
 不整脈を原因としたアダム・ストークス発作、原因不明の虚血性心疾患、心筋梗塞、脳貧血による意識障害……。
 医学的な単語だけを並べるだけでは実情を表すには至らない。

 詰まるところ、その瞬間の僕という人間は『運悪く死にかけていた』。
 心臓が動いておらず、呼吸の継続が不可能で、脳への血流が止まっていたのだ。

 ただ、『運悪く』―――。


ミセ*^ー^)リ「はじめまして『プロヴィデンス』。私は『クリナーメン』」


 それがどういうことなのかを、恐らく世界中の誰よりもミィは理解していた。
 だからこそ戦慄し恐怖したのだ。
 絶望した。

 ……例えば、自分の頭上に隕石が落ちてきて運悪くそこにいた自分だけが即死する確率。
 そんな死に方をした人間は歴史上にも数えるほどしかいないだろうが、もしかしたら一人もいないかもしれないが、それでも理論上はありえる。

 確率上では飛行機は一年間毎日乗り続けても一度も墜ちることがないくらいに安全な乗り物だが、それでも不運にも墜落事故で命を落とす人間はいる。
 毎日ハンバーガーを食べ続けても健康そのものな人間も、ポックリと心筋梗塞で亡くなってしまう人間もいる。
 極端な話になるが、量子力学におけるトンネル効果によれば壁にボールを投げ付けた場合、そのボールが壁を通り抜けてしまうことも可能性としては存在する。

436名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:06:09 ID:iEUzuBzM0

 可能性はゼロじゃ、ない。
 そして、ゼロではないということは起こり得るということだ。

 原子論における偶然性を表す単語を名乗った少女、彼女が行ったのはつまり、そういうことだった。



ミセ*^ー^)リ「この奇跡的な出逢いに感謝しましょう? この素敵な偶然に」



 『量子干渉』。
 『確率変動』。
 『運命操作』。

 名称はなんでもいい。
 『クリナーメン』と自称する彼女は、偶然を操る異能を持っていた。


マト# −)メ「……!」


 そうして偶然にも――あるいは、必然に。
 因果に纏わる異能者と奇跡を服わす異能者は出遭った。

437名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:07:07 ID:iEUzuBzM0

 *――*――*――*――*


 少し考え、僕は言った。


( ^ω^)「あのパーカーの少女は確率を操る異能を持ってたってことかお?」

(#゚;;-゚)「そういうことになるわな。コペンハーゲンなんちゃら的に言えば量子の不確定性に干渉する能力。だから兄さんが失明した理由もそういうことや」


 失明の原因が「分からない」というのはそういうことなのだろう。
 どういうことかと問われれば、ただの不運でしかない。
 あの少女が行ったのは僕にとって不幸な偶然が起こり得る確率を跳ね上げただけなのだ。

 心筋梗塞の危険因子なんて誰もが少しは持っている。
 いきなり心臓だか血管だかが御機嫌斜めになって死ぬ確率は誰だってゼロではない。
 極端に言えばそれは今日の運勢やラッキーアイテム次第だ。


( ^ω^)「『確率論(クリナーメン)』ね……」


 起こる可能性がある事象を、確率を操作することで起こりやすくする。
 壁に投げ付けられたボールがそのまま壁を通り抜けるという事象が確率的にはありえる以上、確率を操作できるならば全能と言っても過言ではない。

438名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:08:07 ID:iEUzuBzM0

 僕は訊いた。


( ^ω^)「思った以上にヤバい相手だということは分かった。けど、その話の通りだと僕が死んでるんだが……」

(#゚;;-゚)「心臓動かなくなってもすぐ死ぬわけやないやん」


 そりゃそうだけども。
 そして僕は生きてるけども。


(#゚;;-゚)「その後、お嬢ちゃんはそのガキを相手にせんかった。応急処置せんと兄さんが危ない状態やったからな。で、ソイツは去っていったと」


 なるほど。
 彼女の賢明な判断に感謝するばかりだ。
 激昂して相手に襲い掛かっていたら、対処が遅れ、僕は本当に死んでいたかもしれない。
 やはりミィはちゃんと僕を守ってくれたのだ。

 それはそうと心臓が止まっている相手に対しての応急処置なんて、連想されるのは一つしかない。
 思わず、最早無意識的に自らの唇を指でなぞってしまう。

439名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:09:07 ID:iEUzuBzM0

(#^;;-^)「一応言うとくと、うちは心を読むような能力を持っとるんやけど」

( ^ω^)「…………今発動していないことを祈るばかりだ」


 閑話休題したいという僕の思いを読み取ったのか、数え切れないほどの異能を持つ少女は話を再開する。


(#゚;;-゚)「その『クリナーメン』いう女が能力を使った瞬間、うちはそれを察知し現場へ向かった。えらい強烈な能力やったからな……」

( ^ω^)「お前が、『殺戮機械』とまで呼ばれる存在がそこまで言うほどか?」

(#゚;;-゚)「そこまで言うほどや」


 彼女は即答する。
 アレはヤバい、と。


(#゚;;-゚)「確率操作する能力なんて無敵みたいなもんやからな……。昔、『運命の輪』って能力を持つ奴がおったらしいけど、ソイツも相当やったらしい」

( ^ω^)「らしい?」

(#゚;;-゚)「当事者にとって不都合な運命を変え続けるって能力やったらしいから、うちみたいに害意を持っとる奴は出逢うことすらできんかったんや」

440名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:10:07 ID:iEUzuBzM0

 自分にとって都合の良いように運命を変えていく能力。
 そんなもの、世界を支配しているのと何が違うのだろうか?
 そのなんとかという能力と同じではないだろうが、『確率論(クリナーメン)』という確率を操作する異能が彼女曰く「ヤバい」のは事実なのだ。

 ……そして多分、そんな力を察知して迷わず手に入れようと行動を起こしたこの『殺戮機械』も相当ヤバい。
 仮に運命が敵に回っても勝てる算段があったということなのだから。


(#^;;-^)「ただ上手く行かんもんでなあ。行動自体はすぐに起こしたけど、すぐには辿り着けんかった」

( ^ω^)「それも、例えば『邪魔が入らないような確率』を跳ね上げることで誰かが横槍を入れることを妨害したってことか? 無茶苦茶だな……」

(#゚;;-゚)「そやな。頑張って対抗して辿り着いた時には既にお目当ての相手はおらず、しゃーなしに兄さんを少し治療して、その場から退避したってわけや」


 やはり確率操作能力にも彼女なら対抗自体はできるらしい。
 同じ能力を持っていれば容易いか。
 向こうはサイコロの目を全部一に変えているようなものなのだから、それを元に戻すとは行かずとも、一の目を半分くらいにできればどうにかはなるだろう。

 だがとりあえず、お礼を言わなければならない。


( ^ω^)「何かしてくれたって言うなら、ありがとう。感謝するお」

441名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:11:07 ID:iEUzuBzM0

 ん、とディは短く応じた。
 奪ってばかりだからか感謝されることに慣れていないのかもしれない。


(#゚;;-゚)「で、他にご質問は?」

( ^ω^)「お前と同じようにそのパーカーの少女も指を鳴らす癖があったらしいが、知り合いか?」

(#゚;;-゚)「知り合いやったらとっくの昔に能力奪っとるわ。必要とあらば命もな」


 サラリと恐ろしいことを告げて、次いで指を鳴らしてから言った。


(#゚;;-゚)「ゆーてもこんなん、探せば見つかる程度のありふれた癖やしなあ……。うちの場合も他人の仕草を真似したものやし」

( ^ω^)「なるほど……」


 『殺戮機械』と『クリナーメン』に共通している要素があるとすれば、有する異能力の膨大さだ。
 やろうと思えば大抵のことができてしまう。
 だとしたら、自分の中でメリハリを付ける為に一つ動作を挟むのは自然なこととも言える。
 指を鳴らすことで一つ一つを区切っているのだ。

442名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:12:07 ID:iEUzuBzM0

( ^ω^)「なら、そのパーカーの少女は何者で、何処にいるのか分かるか?」 

(#゚;;-゚)「うちは分からんけども、」


 と、言い掛けてディは部屋の入り口へと視線を向けた。
 そこにはお手洗いから戻ってきたミィが立っている。
 残念ながら僕が望んだ笑顔ではないが、真剣な話題の最中だ、仕方がない。

 そうして彼女はあの『ファーストナンバー』にも似た毅然とした表情で告げる。


マト-−-)メ「『暗闇の底で、私はずっと、あなたが訪れるのを待っている』――そう言い残して去って行きました」

( ^ω^)「……待っている、か」

マト゚−゚)メ「はい。『ずっと待っていたし、ずっと待っている』と」


 言い残されたメッセージの意味を考えて僕は沈黙する。

 その言葉に偽りがないのならば。
 あの使者は、ミィが失った過去からの刺客だ。

443名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:13:08 ID:iEUzuBzM0

 *――*――*――*――*


 ――『暗闇の底で、私はずっと、あなたが訪れるのを待っている』
 ――『過去も、未来も、全ての真実はそこにある』
 
 パーカーの少女はそんな言葉を言い残して去っていったとという。
 待っている、と。
 そのことを伝えに来たのだと。


マト-ー-)メ「私の『過去』や【記憶(じぶん)】の真実が分かるという確証はありませんが……ですが、関係者であることは間違いないと思います」

( ^ω^)「……そうだな。誘いに応じ、行くべきだ」


 全ての答えがそこにあるというのなら行かなければならないだろう。
 たとえ、罠だったとしてもだ。

 と。


(#゚;;-゚)「『行くべきだ』なんて甘いことが言える状況やないんやないの?」

444名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:14:07 ID:iEUzuBzM0

 壁にもたりかかり、新たに取り出した棒付きキャンディーを味わいながらディが言う。
 ミィのそれとはまるで異なる嫌な笑みを浮かべながら。


(#^;;-^)「話聞いた限りでは、どう考えても脅しやん、それ」

( ^ω^)「脅しだって?」

(#゚;;-゚)「そや。気付かんか? その『クリナーメン』いう女が何者かは分からん。けど、口振りから察するに、うちと同じで用があるのはお嬢ちゃんだけや」


 ぶっちゃけ兄さんのことなんてどうでもええんや、と続ける。


(#゚;;-゚)「でもそしたら分からんことがある。なんで兄さんに危害を加えたのかが分からんのや。戦闘力もない相手にやで?」

( ^ω^)「それは……」

(#゚;;-゚)「無論、その女がキチガイ野郎で理由なく人を傷付ける奴って可能性はあるし、うちらが知らんだけで兄さんに恨み持っとったんかもしれん」


 だが、そうではないとしたら。
 もっと妥当な推測ができるのではないか?

445名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:15:09 ID:iEUzuBzM0

 ……なるほど、そういうことか。
 脅し。
 その言葉を噛み締めつつ、僕は言った。


( ^ω^)「『来なければどうなっても知らないぞ』……そういうことかお」

マト゚−゚)メ「私が行かなかった場合には、またブーンさんを傷付ける、と?」

(#゚;;-゚)「そうやろな。わざと殺さずにおいたんや。『次はこんなもんじゃないぞ』って意味でな」


 要するにミィを動かす為の人質……のようなものだろうか。
 「その男に危害を加えられたくなければ、大人しく指示に従え」というわけだ。


(#゚;;-゚)「兄さんの命が惜しいなら、お嬢ちゃんに選択の余地なんてない。行くしかないんや」


 そう平然とディは言ってのけた。
 その様は状況を楽しんでいるようですらある。
 まるで他人事だなと思い、いや他人事なのかと思い直す。
 所詮、彼女にとっては他人事なのだ。

446名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:16:13 ID:iEUzuBzM0

 そして、僕達にとっては自分のこと。
 自分で決めなければならないこと、だった。


( ^ω^)「そうまでして呼び寄せるってことは……やはり、罠かお?」

(#^;;-^)「どうやろなあ? 案外、茶でも一緒に飲みたいだけかもしれんで? ほら、同窓生とかで」

マト-ー-)メ「なんにせよ行くしかありませんね」


 ここでようやく、ミィはあの特徴的な笑みを浮かべた。
 ふわふわとした掴みどころのない笑顔。
 場違いだとしても、それでこそミィだと僕は思い、少しは気も楽になったのかと安心した。

 だが。
 直後にミィははっきりと宣言した。


マト゚ー゚)メ「ですが――行くのは、私一人です」


 有無を言わせぬような口調で彼女はそう告げた。

447名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:17:06 ID:iEUzuBzM0

(;^ω^)「、」

マト-ー-)メ「『なんで』なんて、言わないでください」


 言葉通りに、有無を言わせぬ。
 ミィはその両の瞳に宿した能力を用いてか、僕が声を出す前に疑問の言葉を封殺した。

 そうして言うのだ。


マト゚ー゚)メ「ブーンさん。はっきり言って、ブーンさんが一緒だと迷惑です。邪魔でしかありません」

( ^ω^)「ミィ……」

マト-ー-)メ「先ほども述べられていましたが、なんの戦闘スキルも持たないブーンさんがついて来たところでマイナスにはなれどプラスにはなりません」

(  ω)「ミィ、もういい」


 分かってる、と僕は告げた。 
 分かっているのだ。
 だからもう、そんなことは言わなくていい。

448名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:18:07 ID:iEUzuBzM0

 何が分かってるって?
 一緒に行ったところで何の役にも立たないこと?
 そんなこと、百も承知だ。
 言われるまでもない。

 僕が分かっているのはそうじゃない。
 そういうことじゃない。


( ^ω^)「辛辣な言い方をすれば僕が大人しく引き下がると思ったか? あるいは怒って見放すとでも考えたのかお?」


 あまり僕を舐めるなよ、と一拍置いてから言う。


( ^ω^)「そうやって必死に自分から、危険から遠ざけようとしてるんだろ? 僕を守ろうと」

マト −)メ「!」

( ^ω^)「……まったく。いつだったか言っていたように、お前は未来が見えるだけで他人の気持ちは全然分からないみたいだな」


 僕の言葉にミィは降伏するようにゆるゆると首を振る。
 そして「ブーンさんには敵いませんね」とあのふわふわとした笑みを浮かべた。

449名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:19:14 ID:iEUzuBzM0

 僕はミィのように未来が見えるわけではない。
 いつだって分からないことだらけだ。
 でも、できることならば彼女の気持ちくらいは見えていたいと思っている。
 彼女の心の動きが『目に見えて』分かるようでありたいと。

 だから。


( ^ω^)「……僕が足手まといにしかならないことは分かってる。だから、お前一人で行くといい」


 情けなさに拳を握りしめて。
 無力感を噛み締めつつ、そう言う。

 でも、と僕は続けた。


( ^ω^)「代わりに僕はずっとお前の帰りを待ってる。真実も過去も、何も分からなくたっていいから。……だから、必ず帰って来い」


 真実なんて。
 過去なんて。
 これから先もずっと探していけばいいのだから。
 見つかるまでずっと一緒に探すから、と。

450名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:20:07 ID:iEUzuBzM0

 彼女は顔を伏せ、暫し黙った。
 そうして一度息を吐くと、小さく、声を震わせて呟いた。


マト ー)メ「……本当に敵いませんね、ブーンさんには」

( ^ω^)「当たり前だお。僕はお前の雇用主なんだから」

マト ー)メ「そっか。そうですよね……」

( ^ω^)「ああ。だからもう一度契約だ。……必ず戻ってこい」


 お前のことだけを信じてる、と僕は言った。
 私もブーンさんのことを頼りにしてます、と彼女は応えた。


(#^;;-^)「……甘ったるくて付き合ってられへんわ。うちはもう寝るし、ここは好きに使ったらええ」


 僕達のやり取りを見ていたディは口元を歪めて笑いつつ、そう言い残すとさっさと部屋を出て行ってしまった。
 好きに使えと言われてもここにはベッドと椅子が一つずつしかなく、とても二人で眠れるようなスペースはないのだが……。
 狭量なのか寛容なのか分からない。

451名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:21:07 ID:iEUzuBzM0

 二人っきりになった部屋。
 薄暗い室内で、改めて見つめ合うと何を話すべきか迷ってしまう。

 彼女の橙にも近い色合いの瞳。
 目が合った瞬間にふっと心が絡め取られて、目が離せなくなる。
 この両目の色はあの都村トソンと全く違うなあなんて、そんなことをぼんやりと考える。

 と、その時、ミィが言った。


マト゚ー゚)メ「ブーンさん。ブーンさんが勉強していることについて教えて頂けませんか?」

(;^ω^)「え? なんで、いきなり……」

マト^ー^)メ「なんだかそうした何気ない会話が大切なような気がして。折角なので、詳しく聞いておこうと思いました」

( ^ω^)「また何か未来が見えたのかお?」

マト-ー-)メ「いえ、そういうことではなりません。そんな気がしただけです」


 乙女のカンですよ、と彼女は笑って答えた。
 それを見て、僕はやはりミィにはこの笑顔が一番似合うと素直に思った。

452名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:22:06 ID:iEUzuBzM0

 *――*――*――*――*


 それから何時間かミィと話しながら過ごした。
 話の内容は、なんてことのない、取り留めのないものだった。

 社会と個人の関係といった小難しいことから好きな食べ物に至るまで。
 特に目的のない話をして、一緒に時間を過ごした。
 いつも移動の合間にしていたような他愛のない世間話をして……。

 そしてふと気付いた時には、彼女は僕の隣で寝息を立てていた。


( ^ω^)「……良かったよ」


 もう二度と何も見えなくなるんだとしても。
 今、彼女のこんな寝顔を見ることができて良かったと。

 そんな風に思った。


( ^ω^)「感傷だな……」

453名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:23:07 ID:iEUzuBzM0

 ミィを起こさないようにベッドから抜け出す。 
 『殺戮機械』の宿の一つであるという、この建物。
 打ち捨てられたテナントビルだと聞いた通りに、廊下に出ると使われていない建築物特有の寒々しさがあった。

 近くで見つけた階段を上ってみると、その先は屋上だった。
 いつだったかスーツと男と戦ったのもこういう場所だったなと思い出し苦笑する。
 たった数日前のことなのに酷く昔のことのようだ。
 あんな出来事も今では一つの『過去』だった。

 ドアノブを捻り屋上へと出ると、あの時と同じように先客がいた。


(#^;;-^)「なんや、えらい早いお目覚めやん」


 あの時よりもずっと狭い屋上に和傘を差した少女が立っていた。
 夜明け前の薄暗い空の下で一体何をしているのだろう?と疑問に思いつつ、ディの元へと向かう。


(#゚;;-゚)「でもええ時間に起きたな。そろそろ夜明けや。綺麗なんやで、ここから見る景色」

( ^ω^)「ああ……。なんて言えばいいか分からないんだが、ありがとう」

(#゚;;-゚)「朝日はタダやで?」

454名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:24:17 ID:iEUzuBzM0

 心底不思議そうにそう返す彼女を見て、思わず笑ってしまいそうになる。
 なんでそうなるんだ。
 どうやら本当にお礼を言われ慣れていないらしい。

 そうじゃない、と僕は続けた。


( ^ω^)「宿を貸してくれたこととか、助けてくれたこととか……。そういうことに関しての礼だお」

(#゚;;-゚)「ああ、それか。別にええよ。うちの能力では兄さんの目は治せんかったわけやし」

( ^ω^)「……ひょっとして、良い奴なのか?」

(#^;;-^)「そんなわけないやん。単にあのお嬢ちゃんの近くにおったら『確率論(クリナーメン)』の能力奪う機会があるかもー、て思ただけや」


 僕の言葉を笑って否定する。
 それは威圧感もなく嫌な感じもしない、素朴な、人の良さそうな笑みだった。


(#゚;;-゚)「それはそうと、お嬢ちゃんが誰に似とるか思い出したで。今度会ったらそれを言おうと思っとったんや」

( ^ω^)「あー……それか」

455名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:25:06 ID:iEUzuBzM0

 というか、そんなことわざわざ覚えてるなんて、やっぱり良い奴なんじゃないだろうか?
 戦闘以外の場面ではあの本能に訴えかけてくる恐怖が薄れていることもあるし、やはり怖いことは怖いのだが。
 でも怖くても良い奴がいてもおかしくないとも思う。

 そんなディは言った。


(#゚;;-゚)「あのお嬢ちゃん、纏間って奴に似とる」

(;^ω^)「…………なんだって?」


 初耳だ。
 誰だソイツは。


(#゚;;-゚)「でもアレやな、もう纏間、『都村』って名前になったんやっけか」

( ^ω^)「ああ、そのことなら知ってるお。『都村トソン』って名前の科学者だろ?」

(#^;;-^)「なんや知っとるんかいな。思い出した甲斐がないなあ」


 そうして「『纏間』っていうのはソイツの母方の名前や」と補足する。

456名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:26:06 ID:iEUzuBzM0

(#゚;;-゚)「ソイツの娘も能力者で、今はなんとかって言う軍の部署におるんやけどな」

( ^ω^)「そのことも知ってるお。こないだ本人に会った」

(#^;;-^)「なんや、つくづく思い出し甲斐のない」


 なら、と彼女は続けた。


(#゚;;-゚)「その娘の同僚に精神干渉……記憶操作とかができる奴がおるって話も知っとるんか?」

(;^ω^)「……え?」


 それは、初耳だ。
 それこそ初耳の情報だ。

 記憶操作――ということは、つまり。


(#゚;;-゚)「もしかしたらあのお嬢ちゃんの記憶を奪ったのは、その娘――『ファーストナンバー』こと都村トソンやないかと思っとったんやけど」

457名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:27:06 ID:iEUzuBzM0

 都村トソン。
 最初で最後の人工能力者。
 ミィのことを「よく知っている」と語った女。

 何かしら関係のあるものだと考えていたが……。
 もしかしたら、彼女がそうなのか?

 ミィの記憶を奪った、彼女の全ての過去と真実を知る黒幕―――。


( ^ω^)「……なんにせよ、行くしかないみたいだお」


 朝焼けに染まっていく空に僕は呟く。
 口に出して、「僕はついて行けないんだったか」と思い出し自嘲するように笑う。

 向かう場所に真実はあるのか。
 因果の集う先、暗闇の底へ向かう君に。
 ここで待つしかない僕に。

 一体、何ができるのだろう?
 一体、何ができたのだろう?

 僕は小さく彼女の名前を呼んで、その無事をただ祈る。

458名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:28:06 ID:iEUzuBzM0


  明けない夜はない。
  止まない雨はない。
  それはきっと正しい。

  だが穿った見方をすれば、朝がいつか終わることも再び夜が訪れることも必然だ。
  止まない雨の向こうに必ず希望に満ちた空があるとは限らない。
  今日より明日が良い日になるなんて根拠は何処にもない。
  そう、誰も保証してくれやしないのだ。

  だけど、それでも僕達は、確かな『現在(イマ)』のその先に何かがあると信じてる。
  いつも、いつでもそうやって、まだ見ぬ『未来』の夢を見る。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第八話:この身に流れる知」





.

459名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:29:07 ID:iEUzuBzM0

この作品が安価モノだったなら今回も選択肢が出たと思います。

 ①大人しくここで待つ
 ②ディと交渉し、一緒にパーカーの女を迎え撃つ
 ③ミィと一緒に行く(親密度70以上で選択可能)

今回は①を選んだわけですが、②や③でも話としては面白かったかもしれません。
ブーンはお留守番ということで今日はこれまで。



予定では次回、第九話の最後に、最初で最後の安価を実施します。
あくまでも予定では。

エンディングを決める安価。
二択です。
どっちがどんな終わり方なのかは選んでみてのお楽しみですが、何エンドと何エンドなのかは先に言っておいた方が良いのでしょうか……?

460名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 04:47:49 ID:7z/eXkFQO
何故高橋裕之が警察から目をつけられないかわかるか?

簡単な理屈
書いていないと把握しているからだろ?

461名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 10:23:26 ID:FyiZXd1EO

ミセリ怖すぎ

462名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 13:02:47 ID:tYrKYNEc0

おもしろい

463名も無きAAのようです:2014/02/08(土) 13:42:25 ID:E2jxDmWg0

今回の安価だったら確実に②を選んでただろうなあ…
何エンドかは知らない方が楽しいかと

464名も無きAAのようです:2014/02/09(日) 01:47:43 ID:6M8ECO320
おつ
安価は選択肢だけに一票

465名も無きAAのようです:2014/02/13(木) 09:27:42 ID:qECNox/Q0
おつ
殺戮機械なんやかんや好きだなあ

466名も無きAAのようです:2014/02/13(木) 17:23:57 ID:EqzSeX3A0
ようやく纏間がまとまって読むのに気付いた

467名も無きAAのようです:2014/02/15(土) 06:48:34 ID:SQZb1LYQ0

【現時点で判明している“少女”のデータ】

マト゚ー゚)メ
・名前:不明
・性別:女
・年齡:不明(外見年齡は15〜17程度)
・誕生日:不明
・出身地:不明
・職業:不明
・経歴:不明
・特記:『未来予測』の能力を持ち、限定的ながら未来が見える。精確に予測できるのは数秒先までで一分以上先のことは可能性が見えるのみ。
    能力を発動している間は瞳の色が変わるがデフォルトでもある程度未来は見えている。
・外見的特徴:身長160代前半。癖のある赤みがかった茶髪。白い肌。起伏の少なめな体型。整った容姿。ニット帽。ボーイッシュな服装。
       やや鋭めな双眸。瞳の色は橙に近いヘーゼル。能力発動中は左目が紫に輝き、更に集中すると色が濃くなり紅色に変わる。

・備考:
 気が付いた時には記憶(エピソード記憶)を全て失っていた。
 その当時の所有物は細工の入った銀の指輪のみ。 
 一人称は恐らく「私」。この国の言語で話しているので海外に住んでいたとは考えにくい。
 服を着る、買い物をする等のごく一般的な知識も備えている。
 知識(意味記憶)として一般には知られていない生体兵器についての知識を有する。
 顔立ち、特に目元が超能力の研究をしていたと言われる科学者『都村トソン』及びその娘に似ている。

468名も無きAAのようです:2014/02/15(土) 06:49:16 ID:SQZb1LYQ0

【現時点までに使われた費用(日本円換算)】

・NO DATA


【手に入れた物品諸々】

・NO DATA

469【第八話予告】:2014/02/20(木) 14:00:32 ID:FBkACFcw0

「ミィ、お前は何処の国の人間なんだろうな。
 どの国で生まれ、どの社会で育ち、どの血や氏に連なる人間なんだろうな。
 ……自分の家族はまだしもそんなこと大して興味ないって?
 そんな風に言うもんじゃないお、国家や民族は個人に大きな影響を与える重要なファクターなんだから。

 例えばな、かつて西欧でルネサンスが盛んになった理由は、一説には『西洋人のルーツ探し』だと言われてるんだお。
 自分達が何から始まった何者であるのか……それを知りたくなったんだ。

 ただ残念なことに西欧人のルーツは西欧には存在しなかった。
 西欧に存在する物の大半は中東、主に肥沃な三日月地帯辺りとアジアから伝わった物だ。
 そりゃそうだお、そもそものところ文明のルーツ自体がメソポタミア、エジプト、インダス、黄河と、あとアメリカの先住民にしかないんだから。 

 だから西欧に西欧人の起源なんてあるわけがなかった。
 『自分は何者であるか』を西欧人は探したが、それで見つかったのは『自分は何者でもない』という真実だった。
 あれほど大切にしている神様や宗教すらユダヤから伝わったものだから当然と言えば当然だお。
 あるいはルーツが存在しないからこそ神話に本質を求めたのかな。

 西欧人はよく個人のアイデンティティはどうとか言いたがるが、それは民族に確固たるオリジナリティがないことの裏返しなのかもしれないお。
 …………あ、おいコラ、僕に勉強してること話せと言っといて寝るんじゃねーお―――                                」



 ―――次回、「第九話:Meaningless Monster」

470名も無きAAのようです:2014/02/20(木) 14:01:30 ID:FBkACFcw0

次回、第九話は2月24日の夜〜深夜投下予定です。
予定は未定。

安価は十話の最後になると思いますので、九話はほどほどにというか。

471名も無きAAのようです:2014/02/20(木) 15:17:12 ID:dAXYI6lMO

きたい

472名も無きAAのようです:2014/02/20(木) 15:20:27 ID:a92X5hlI0

待ってる

473名も無きAAのようです:2014/02/21(金) 03:31:37 ID:jThVflRAC
予想外に話が展開してた、結末も( ^ω^)もは安価しだいということか

474名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:14:09 ID:4cu/qweg0


  僕は一体、彼女に何ができるのだろう?

  僕が彼女に出逢ったのは、あの暑い夏が終わり、秋の足音が聞こえ始めた頃だった。
  僕と彼女が一緒に過ごしたのは、肌寒い風が頬を撫ぜ始めた頃のほんの一時だった。

  ほんの数週間。
  一ヶ月にも満たない短い間。
  それが僕と彼女が作った『過去』だった。


  僕は一体、彼女に何ができたのだろう?

  こうして僕の語る物語もいよいよ終わりに近付いてきたが、実のところ、この物語における僕の出番はもうほとんど残っていない。
  失くした『過去』と対峙する為に旅立った彼女を僕は見送って、その後のことはもう、人伝に聞いた話でしかないのだ。

  あの月曜日以降は彼女の物語ではなく、彼女と僕、二人の物語なのだと彼女は言っていた。
  けれど、そうだとしても、結局その真実の待つ場所へと彼女は一人で赴いたのだから、やはり僕の語る物語は彼女が主役の彼女の物語なのだ。
  僕は所詮何者でもなく、この物語においてだって狂言回しに過ぎなかった。

  無理にでも彼女を引き止め、殴ってでも説き伏せて、意地でも最後まで彼女と一緒にいたならばどうなっていただろう?
  いつだったかも述べたようにそんな夢想をしたところで過去も現在も変わりはしない。
  それでも時折ふと、僕はそんな『もしもの可能性』に思いを馳せてしまう。

475名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:15:01 ID:4cu/qweg0

  時間の長さが関係の深さに直結するとは思わないが、僕と彼女が共に過ごした日々があまりにも短いことは確かで。
  僕が語るのは彼女の物語。
  ここから先に僕の出る幕なんてない。

  ああ、だからこそ思うのだ。
  何者でもない僕は――あの時出逢ったひとりぼっちの少女の何かになれたのだろうかと。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第九話:Meaningless Monster」




.

476名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:16:01 ID:4cu/qweg0

 「朝なんて来なければいいのに」。

 僕も人の子なので恥ずかしながらそういう風に思ったことが何度かある。
 苦手な数学のテストの前日や父親が仕事へと戻る前の晩。
 幼い日の僕はそんな時によく、今日がずっと続いていけばいいのにと願っていた。
 叶わぬ望みだとは分かっていても僕は朝なんて来て欲しくなかった。

 今も、そうだ。
 今ならはっきりと言える。
 僕は朝なんて来て欲しくなかった。


(  ω)「……朝なんて、来なければ良かったのにな」


 ああそうだ。
 今ならはっきりと言える。

 僕は父の死の真相なんて見つからなくていいと思っている。
 できることなら知りたいし、それなりの覚悟はしてきたつもりだ。
 だけど、僕ではなく彼女が傷付くというのなら過去なんて知らないままでいい。

 『現在』よりも大切な『過去』なんて、あるわけがない。

477名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:17:09 ID:4cu/qweg0

 都村トソン、お前の言う通りだよ。
 僕は立ち止まる最後のチャンスを放り捨てた。
 こうして後悔することになった。

 きっと知らないままでも良かったんだ。
 見て見ぬフリをしてても許されたんだ。

 そりゃそうだろう。
 物事に対する意味を人間が付ける以上は、僕の出来事には僕しか価値を付けれないなら、幸せな『現在』を続けることも一つの答えだったんだ。
 緩やかに続いていった先の『未来』にも確かな価値があったんだ。
 それなのに。


(  ω)「……でも、どうすりゃ良かったんだろうな。なあ、『殺戮機械』」

(#゚;;-゚)「なんや」

(  ω)「神様目指してるお前なら分かるか? 僕は真実を知りたくて、傷付くことも覚悟してて、でも彼女を失うのは嫌で……」


 知るか、とディは一言吐き捨てた。
 僕の泣き言を切り捨てた。

 これも「そりゃそうだ」という話だった。

478名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:18:10 ID:4cu/qweg0

 夜明け前の薄暗さが消え去っていく。
 朝焼けに街が染められていく。
 僕がどんなに願っても、時が止まることはなく、物語は続く。

 時間が戻ることはないし、戻ったとしても変わらない。
 この現在は過去の僕達の選択の結果なのだから。
 そう、何度やり直したとしてもあの日の僕達はあの時と同じ選択をして同じ場所へと辿り着く。
 自分で選び続けたからこそ、そのことはよく分かる。

 だからもう、これはどうしようもないことだった。


(#゚;;-゚)「……あのな。兄さんが何を悩んどるのかは知らんし、知るつもりもないし、知りたくもないけどな」


 慰めるのではなく、ただただ思ったままを述べるように。
 朝日に目を細めて和傘の少女は言った。


(#゚;;-゚)「もう始まってしまって、それは取り返しが付かないことかもしれんけど、まだ終わってしまったわけやないやん」

(  ω)「…………」

(#゚;;-゚)「兄さんの両目に関しては……残念やったけど、少なくとも兄さんが今心配しとる嬢ちゃんは五体無事や」

479名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:19:03 ID:4cu/qweg0

 そう、か。
 それは確かにそうだ。

 続けて彼女は言う。


(#゚;;-゚)「嬢ちゃんを『信じとる』って言うたんは兄さんや。なら、後悔するのはまだ早いと思う」

(  ω)「……そうだな」


 その通りだよ、と僕は自嘲する。
 後悔するにはまだ、早い。


 彼女の言う通りだった。
 まだ何も終わっちゃいない。
 ミィを信じると言ったのは他ならぬ僕だ。

 だとしたら、僕はこれまでを後悔する前に、これからやるべきことがある。
 後悔は後からでも――後からしかできないのだから、だから、今は。

480名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:20:01 ID:4cu/qweg0

 と。



マト ー)メ「―――その通りですよ」



 その時、後ろから誰かが僕を抱き締めた。
 コツンと小さな頭を背中に当てて、白く細い腕を腰に回す。


マト ー)メ「『信じてる』と言ってくれたじゃないですか。だったら、ちゃんと信じてください」


 彼女が誰かなんてわざわざ口にするまでもない。
 その声も、その温度も、その匂いも。
 何もかもを僕は知っている。

 僕の後ろに立つのは誰でもない彼女。
 世界の何処にも、他の記録にも記憶にも残っていないとしても、彼女は確かにここにいる。

 過去の全てを失くした少女は――僕の付けた呼び名と共に、ここに立っている。

481名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:21:10 ID:4cu/qweg0

( ^ω^)「……そうだな。何を不安になっていたんだか。お前は僕が選んで、信じた相手なんだから」

マト-ー-)メ「はい。私が選んだブーンさんが選んだ私です。私が信じたブーンさんが信じた私です」

( ^ω^)「ああ、そうだお。だから僕は言う」


 何も心配することはなく。
 何も後悔することもなく。
 ただ、信頼だけをして。

 だから僕は言うのだ。



( ^ω^)「―――無事に帰って来いよ、ミィ」

マト^ー^)メ「―――もちろんです」



 それが、旅立つ彼女と交わした最後の会話だった。

 僕は彼女と再び出逢えることをただ信じ。
 彼女はこれまで幾度となく見せたあのふわふわとした笑顔を残し、一人で歩き出す。

482名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:22:04 ID:4cu/qweg0

 *――*――*――*――*


全ての過去を失くした彼女にも分かっていることが幾つかある。
その一つは、「自分はどうやら反則染みた力を持っているらしい」ということだった。

彼女、ミィの持つ『未来予測』の異能。
天啓のような予知ではなく現状の分析からの高度な予測であるその能力は無敵と言っても過言ではない。
その下敷きにある知覚能力も演算能力も並の能力者とは一線を画す。

凡百の兵など相手になるはずもない。
どころか、遭遇することすらありえない。

「信じてください」と口にしたのは自信があってのこと。
向かう場所が何処であろうと、あの『クリナーメン』以外の相手ならば問題なく切り抜けられる自信があったのだ。
あるいは『クリナーメン』さえいなければ彼を庇いながらでも進めたかもしれない。
一緒に行きたいと思っていたのは彼、彼女がブーンと呼ぶ彼だけではなく、ミィも同じだった。


マト-ー-)メ「さてと」


目的地の近くまでやって来た彼女は目を細める。
ここからはもう本当に、一人の勝負だ。

483名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:23:06 ID:4cu/qweg0

出で立ちはいつもと変わらず、ボーイッシュな装い。
いつもと違う点があるとすればニット帽をやや目深に被っていることだろうか。
気休めばかりの変装だった。

「ここからはもう本当に、一人の勝負だ」。
もう一度、今度は心の中で呟くのではなく自らに言い聞かせるようにして、小さく声に出す。

だがそんな風に決意を新たにした瞬間にミィは一つのことに気付く。


マト゚ー゚)メ「あの人は……」


偶然?
そう思ったが、彼女が見つけたその人物は明らかにこちらに向かって歩いてくる。
偶然のわけがない。

装備はあの時と同じく腰に拳銃を二丁。
懐に予備の一丁と小さなナイフ。
ニット帽とジャケットも変わらない。
違う点を挙げるとすれば、傷はまだ癒えていないのか右腕の動きがぎこちないということだ。

秋風の吹く地方都市の街並みに馴染んでいるようでいて、その隙のない身のこなしは見る者が見れば只者ではないと一目で分かる。
こうして日の光の下を歩く類の人間ではないと雰囲気だけで分かる。

484名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:24:12 ID:4cu/qweg0

そして男は街角に佇んでいたミィの隣に立つ。


( `ハ´)「久しぶりだな」

マト^ー^)メ「そうですね」


ブーンがかつて「映画に出てくる三合会の殺し屋のようだ」と評した中国人。
数週間前に、ミィの元へ刺客として送り込まれ、彼女によって撃退されたその人だった。


マト゚ー゚)メ「今日は報復ですか?」

( `ハ´)「……それも良かったかもしれないがな」


男は困ったように首を振り、そうして続けた。


( `ハ´)「私の国の人間は情に厚く、恩を返すのが大好きなのでな。つまりはそういうことだ」

マト-ー-)メ「ブーンさんの言っていた通りです。民族としての特徴は確かにある……それとも、ドライではないのはお金持ちではないからですか?」

485名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:24:59 ID:4cu/qweg0

無礼にも取れる少女の言葉にも「かもしれないな」と男は短く返した。
そんな反応だけでも、彼が悪意を抱いていないということは明白に読み取ることができた。
次いで男は言う。


( `ハ´)「あの建物に行くのだろう? 手筈は整えてある。ついて来い、途中までは付き合おう」

マト゚ー゚)メ「?」

( `ハ´)「察しが悪いな。仕事だよ。お前と一緒にいた男から頼まれた」


一瞬ミィは驚き、すぐに納得して微笑んだ。

あの時と同じなのだ。
たとえ同じ場所にはいないとしても、ミィのことを想っている。


マト^ー^)メ「……やっぱり、私の信じたブーンさんが信じた私の信じたブーンさんは、私が信じた通りです」

( `ハ´)「言っていることはよく分からないが……かつて自分を襲った相手に仕事を頼むなど正気の沙汰とは思えないが。信じられない」

マト゚ー゚)メ「それも単純に、プロとしてのあなたを信じたんでしょう」

486名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:26:04 ID:4cu/qweg0

( `ハ´)「……参ったな」


ミィの言葉に男は呟く。
苦笑して、「そんなことを言われては裏切れない」と。


( `ハ´)「では契約通りに事を運ぼう。目標は、あそこだな?」

マト゚ー゚)メ「はい、あの場所です」


二人の視線の先には白を基調とした建物があった。

塀の向こうにあるのは巨大で広大な施設。
一面、見渡す限りに広がっている。
地方都市の一画に鎮座するそれはある多国籍企業の研究施設だった。

そう。
ブーンの父親が働いていた製薬会社の支部だ。

あの研究施設の最下層で、『クリナーメン』と名乗った少女と――そして全ての真実が待っているのだ。

487名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:27:04 ID:4cu/qweg0

 *――*――*――*――*


 そこは小じんまりとした広場だった。

 平日の地方都市の鉄道駅。
 人影は疎らだ。
 しかしその規模や新装されたところらしいモダンなデザインを見るに、混雑時には多くの利用客が賑い、ターミナルの役目を存分に果たしているのだろう。

 そんな建物に併設された公園に僕はいた。
 いつだったかミィと訪れた駅とその時の出来事を思い出し、懐かしく思いながらベンチに腰掛ける。


(#゚;;-゚)「じゃあ、うちの役目はここまでやな」

( ^ω^)「ああ、ありがとう。悪いな、僕まで送ってもらって」

(#゚;;-゚)「一人送るんも二人送るんも変わらんやろ」

( ^ω^)「そうかもな」


 ディは「それじゃ」と背を向けかけて、再度僕に声を掛けた。

488名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:28:04 ID:4cu/qweg0

(#゚;;-゚)「なあ。この場所が嬢ちゃんとの待ち合わせ場所って言うんは分かった。研究所からも近いし、分かりやすい」

( ^ω^)「ああ、ここまで送ってくれて感謝してるお。アニメでしか見たことなかったような貴重な体験もできたしな」

(#゚;;-゚)「やけど……今からずっと、待っとくつもりなんか?」


 僕は目の前の少女の言葉を捉えかね、目を細めた。
 ディは言う。


(#゚;;-゚)「いつ帰ってくるかも分からんのに、ずっとここで?」

( ^ω^)「……答えるまでもないお」


 そうだ。
 そんなことは答えるまでもないことで、だから一瞬、何を言っているのか分からなかった。
 僕は信じると言ったのだから、彼女が帰ってくるまで信じて待っている。
 それだけのことだ。


( ^ω^)「……できることなら、最初に出逢った公園や印象深い建物を待ち合わせ場所にしたかったんだが」

489名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:29:05 ID:4cu/qweg0

 現実はドラマじゃないのだ。
 どれほどドラマティックな物語であったとしても、上手く行かないことはある。


(#゚;;-゚)「うちがおらんくなってしばらくしたら、兄さんの目はまた見えなくなるんやで」

( ^ω^)「……そうか、それもそうだお。ならミィが帰ってくるまで一緒にいてくれないか?」

(#^;;-^)「嫌に決まっとるやろ。そんな気の長いことやってられへんわ」

( ^ω^)「なら、仕方ないな。大人しく待ってるよ。僕が何も見えなくともミィは僕を見つけてくれるだろうから」


 僕の言葉に、ディはなんとも言えないような表情を浮かべた。
 強いて言うならば「理解できない」だろうか。

 彼女は言った。


(#゚;;-゚)「さっぱりやで。うちには兄さんのことが全く分からんわ」

( ^ω^)「かもしれないな。でも、そういうもんだろう?」

490名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:30:00 ID:4cu/qweg0

 僕にはこの『殺戮機械』のことを理解できなかった。
 彼女が、あるいは彼が、どんな背景を持ち、どんな経緯で今に至り、どんな未来を目指しているのか……。
 終ぞ僕には分からなかった。

 でも、それはそういうものだろう?
 誰だって他人のことは分からないんだ。

 分かるのはいつだって自分のことだけで。
 もしかしたら自分のことすら分かっていないのかもしれなくて。
 それでも僕達は自分である為に、自分になる為に必死で思考し選択する。
 そういうものなんだ。

 だから僕は言った。


( ^ω^)「どんな超能力を使っても僕の気持ちは誰も分からない。一つだけ言えるのは、僕もお前と同じように生きてるってことだお」


 誰にも理解はされなくて、誰にも共感もされないかもしれないけれど。
 それでも、その場その場で必死に考えて選んでいる。

 それだけのことだった。

491名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:31:01 ID:4cu/qweg0

(#^;;-^)「ふぅん、そうか」


 僕の言葉に対し彼女はフッと微笑んだ。
 そうして背を向ける。


(# ;;-)「じゃあな、兄さん。何もかもが終わったらまた会うこともあるかもな」

( ^ω^)「……なあ。今からでもいいから、良かったらミィを助けに行ってくれないか?」

(# ;;-)「兄さんが手配した奴等みたいに……か?」


 そうだ、と頷く。
 僕は少しばかりの助力としてミィの助けになりそうな人間を送り込んでおいた。
 その人達と同じようにミィに手を貸してくれたなら嬉しいと僕は言う。
 と言うか百人力だ。

 しかし生憎と答えは芳しくないものだった。
 振り返って彼女は告げる。


(#゚;;-゚)「一つ言っとくけどな、うちが兄さんを助けたんはちゃんと理由がある」

492名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:32:16 ID:4cu/qweg0

( ^ω^)「ミィと一緒にいれば『クリナーメン』とかいう奴と会う機会があるかもと思ったからだろ? だったら、」

(#゚;;-゚)「それだけやない。恩返しや」

( ^ω^)「恩返し?」

(#゚;;-゚)「前に会った時に金借りとったからな……そのお返しや」


 ああ、と思い出す。
 そう言えば前にこの『殺戮機械』と戦った時にはそんなこともあったか。
 言っちゃ悪いが帳簿に書くまでもないような大した金額じゃないからすっかりと忘れていた。
 あんな程度の金銭では花束やケーキくらいを買うのが限界だったと思うが……。

 彼女は続ける。


(#゚;;-゚)「そういう事情があったから手を貸しとっただけや。そんで、恩返しはもう終わり」

( ^ω^)「でも、恩云々を抜きにしても、ミィと一緒にいれば『クリナーメン』の能力を奪う機会だってあるかもしれない」

(#^;;-^)「そうやなぁ。けどな、うちからすれば嬢ちゃんの方を襲ってもええんやで?」

(;^ω^)「それは……」

493名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:33:17 ID:4cu/qweg0

 コイツは『未来予測』も『確率論(クリナーメン)』も欲しいと思っているのだ。
 敵と手を組みミィを襲うことも、漁夫の利を狙うことも可能。


(#^;;-^)「だからうちに頼むのは得策とは言えんなあ。嬢ちゃんがどうなってもええって言うんやったら構わんけど」

( ^ω^)「そんなわけないだろ。本末転倒だ」

(#゚;;-゚)「やったら、ここでお別れや」


 今度こそ彼女は背を向け歩き出す。
 気儘に、和傘をクルクルと回しながら。
 もう振り返ることはない。


(# ;;-)「じゃあ、さいなら」

( ^ω^)「ああ」


 別れの挨拶を簡潔に交わし合った直後に『殺戮機械』は視界から姿を消した。
 都市伝説へと戻った彼女が何処へ行ったのかは僕にはもう、分からないことだった。

494名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:34:16 ID:4cu/qweg0

 *――*――*――*――*


研究施設への潜入は驚くほどスムーズに進んだ。

男はトラックの運転手に、ミィは荷物の中へと隠れて施設内へ侵入。
建物内に事前に潜り込んでいた別の人間と入れ替わり、資材の搬入を終えたように見せかけて車を外へと移動させる。


( `ハ´)「今から三時間後と六時間後にもう一度トラックが来る。上手く時間を合わせて荷台に乗り込んで脱出する。それが今日の段取りだ」

マト-ー-)メ「間に合わなかった場合は?」

( `ハ´)「私は待つつもりはない。自力で脱出しろ」


施設内を進みながら男は簡潔に計画を説明した。
会話を続けつつ、二人は躊躇いなく先へ。
ミィの持つ『未来予測』の能力で何処にスタッフがいるかは知覚できる。
後は上手く遭遇を避ければ良いだけだ。

主要な通路には監視カメラも設置されているものの、金銭を扱うような施設ではないのでその数は多くなく、躱すことは十分に可能だ。
また扉の前と言った必ず映ってしまう場所のシステムには事前に手を加えてある。

495名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:35:08 ID:4cu/qweg0

( `ハ´)「(気休めとして指定の制服を用意したが……この分では必要なかったか?)」


変装の出来如何など、誰ともすれ違わなければ問題にならない。
決して人がいないわけではないのだが、ミィの力を以てすれば避けることは容易かった。

それでも油断なく周囲を警戒しつつ、男は言った。


( `ハ´)「私が依頼されたのはお前をこの施設の地下、最奥まで連れて行くことだ。送り届けた後は先に戻り脱出の手筈を整えておく。それで良いか」


男には目的地が分からない為に案内のしようがなく。
護衛としても異能の力を持つミィに必要があるとは言えないのだ。


マト゚ー゚)メ「構いません」

( `ハ´)「依頼人の事情を深く詮索するつもりはないが、私は何処まで連れて行けば良い? 図面の上では地下六階まで存在するらしいが……」

マト-ー-)メ「…………」

( `ハ´)「まず、お前は目的地が分かっているのか?」

496名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:36:02 ID:4cu/qweg0

地下へと続く薄暗い、それでいて綺麗な階段を降りていく。
病院と同じく白を基調している為かこういった研究施設は何処か不気味に男は感じる。
廃墟や貧困街よりも余程おどろおどろしい。
作られた清潔さという物は一定を過ぎると違和感しか生まない。

男がそんなことを考えていると、少し前を歩いていたミィが立ち止まった。
何事だと訊ねる前に彼女は言った。


マト-ー-)メ「この施設の奥へ行けば行くほど、何故でしょう、視界に靄が掛かったように段々と見にくくなっています」

( `ハ´)「……能力のことに関しては私にはよく分からないが、それは大丈夫なのか?」

マト゚ー゚)メ「近くのことはよく見えているので大丈夫です。原因が分からないことが気掛かりですが、きっと近付いているということなんでしょう」

( `ハ´)「近付いている?」

マト^ー^)メ「警備が厳しい場所は重要な物があるのと同じことです。私に妨害を仕掛けてくるような相手がいる近くには、きっと私の探す何かがある」


そう、少女はふわふわと笑って見せた。

目指すべき場所は地下七階。
『未来予測』の能力を以てしても知覚できない暗闇の底だ。

497名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:36:58 ID:4cu/qweg0

 *――*――*――*――*


 人は何故暗闇を恐れるのだろう。
 死を連想させるから?
 でも人が生まれてくる子宮の中だって真っ暗のはずだろう?

 目蓋越しに感じる光でまだ約束の時間には程遠いのだということが分かる。
 視覚の障害には色々と種類があると聞くが、僕も暗闇は得意な方ではないから、何も見えないとしてもこうして光が感じられるだけで幸いだった。

 だけど、こんな状態になってこそ気付いたことがある。
 人は暗闇を恐れているのではない。
 何も見えない状態が内包する『分からないこと』を恐れるのだ。
 『分からないこと』が人間は怖いのだ。


 どんな暗闇であったとしても母親や恋人の腕の中で恐怖に震えることはない。
 そこが何処か、どんな場所かを知っているからだ。

 同時にどんな光に満ちた空間であったとしても分からないのならば恐怖を覚えることはある。
 天国というものがあるとして、死後はそこに行けると確約されたとして、それでも多分、僕は死ぬことを怖がる。
 分からないから。
 余程に信心深い人間でなければ恐怖こそ抱かなかったとしても完全に不安を拭い去ることはできないだろう。

498名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:37:59 ID:4cu/qweg0

 身近な例えで言えばまあ、転校の前の晩は誰だって少しは不安を覚えるはず、というだけの話だ。


「……『分からないこと』は、怖い」


 闇夜に現れると伝わる妖怪や幽霊といった物々は『分からないこと』の化身なのだ。
 未知への恐怖を擬人化した存在。

 だからこそ、ああいった伝承は科学の発展によって『分からないこと』自体が減っていくほどに数を減らしていった。
 人間の認識のキャパシティがミィのそれのように優秀でない以上は完全になくなるということはないだろうが、それでもきっと増えることはない。
 減り続けるばかりだ。

 僕の周りで魑魅魍魎の話を好んでしていたのは民俗学だか文化人類学だかのゼミの連中だけだった。


 ところで学者という人種は世間では物知りだと捉えられているらしい。
 だが実際のところ、あの手の人間は無知も良いところだ。

 これは「知らないことがあることを知っていることが尊い」とかそんな話ではない。
 大学はそもそも知らないことや分からないことを研究する施設であって、知っていることや分かっていることを理解しているのは前提に過ぎないということだ。
 知っていることや分かっていることだけを評価する段階は高校までで終了してしまっている。
 故に学者の価値は生徒の優秀さで決まるのではなく、研究成果の如何で決まる。

499名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:39:09 ID:4cu/qweg0

 だから学者とか研究者とかいう人種が尊敬されるべき点があるとしたら、その一点。
 『分からないこと』に付き合い続けることができるという点がそうなのだろう。

 そう、『分からないこと』は怖い。
 恐怖ではないとしてもストレスが溜まる。
 付き合い続けるのは難しい。
 それに付き合い続けることのできる稀有な人種が大学に残り続ける。


 閑話休題。

 こうしてぼんやりと考え続けるのは好きな方だが、聴き手がいない為に話が支離滅裂になりがちだというのは欠点だ。
 一人だから仕方がないが。


 人間は『分からないこと』を恐れる、という話だった。
 多分僕の今の心境はその一言で説明できる。

 周囲が何も見えないから。
 ミィがいつ来るか分からないから。
 だから、僕は不安だし落ち着かない。

 目蓋なんて下ろしていた方が間違いなく楽なはずなのに目を閉じたままだと不安になる。
 不思議なものだ。

500名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:40:07 ID:4cu/qweg0

 気分転換に周囲を歩き回りたいが、何も見えないものだからそれも叶わない。
 この場を離れている間にミィが戻ってきたら困るというのもある。

 よくよく考えてみると懸念を抱くべきは彼女がいつ帰ってくるかではなく、今後の生活はどうすればいいか、だと思うが……。
 目が見えなくなったところだというのに女のことを考えるなんて我ながらとんだ女好きになったものだ。
 今後の生活をどうするか以前にミィが戻ってくる前にトイレに行きたくなった場合に僕はどうすればいいのだろう。


 トイレのことはともかくとして、僕が冷静さを保てるのは実感がないからかもしれない。
 今は確かに何も見えないが、何かの切っ掛けで治るかもしれない。
 現実逃避的にそんな風に考えていたのだ。
 大怪我を負った人間の陥りがちな思考ではある。

 実際、失明のことをあまり深刻に捉えていないのはミィと交わした会話のためかもしれない。


マト^ー^)メ『全部が終わったら――今度は、ブーンさんの目を治しに行きましょう』

( ^ω^)『え?』

マト-ー-)メ『きっと世界の何処かにはいるはずです。人を治癒する能力を持った、なんだか私達にとって都合の良い能力者が』


 あのふわふわとした笑みを浮かべ、そう彼女は言った。

501名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:40:58 ID:4cu/qweg0

 いるだろうか、そんな能力者は。
 以前なら迷いなく首を振っていただろうが、この数週間で四人だか五人だかの条理の外の力を操る人間を見たものだから、いるような気がしている。

 いたとしても見つけられるだろうか?
 彼女がいつまででも付き合うと言ってくれたことだけが救いだった。


「…………ミィ」


 僕は彼女の名前を、呼んで。
 彼女のあの笑顔を思い出す。

 今頃、彼女は何処にいるだろうか?
 いくら信じてると言っても心配なのは変わらない。
 もう本当の本当に僕には何もできない。
 ここでこうして無事を祈りながら待っていることしかできないのだ。

 僕は一体、彼女に何ができたのだろう?

 思考が途切れると、そんなことばかり考え始めてしまう。
 僕は彼女にとって何かになれたのだろうかと。

502名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:41:58 ID:4cu/qweg0

 と。




「―――ずっとこんなところに座っていると、風邪を引きますよ」




 何分間か、何時間か。
 ずっと彼女を待ち続ける僕に誰かが声を掛けた。


「お隣に失礼します。いえ、その前に名乗った方が良いでしょうか」

「……声で分かるお」


 誰か――いや、彼女は僕の隣に腰掛ける。
 分からないはずがなかった。
 そう。

 彼女は。

503名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:43:15 ID:4cu/qweg0

 *――*――*――*――*


地下五階から六階へと続く階段を二人は歩いていた。
男が、厳密には情報屋の女が事前に入手していた地図によれば地下六階は倉庫スペースだ。
普段は使わない物品や震災に備えた非常食などが保存してある。

話に聞く限りでは、この先にはミィの探す物は何もない。
況してや彼女が知覚したその場所――地下六階の更に奥、地下七階などあるはずがない。


マト゚−゚)メ「(何も見えないのは地面だからとか、そういうことではない)」


『未来予測』を支えるのは現状を知覚する能力だ。
より多くの情報を認識すれば、より正確な予測が可能。
故にミィの知覚能力は常人を遥かに超えるどころか神と言っても差し支えないレベルに達している。
壁の向こう側が見えることは一つの異能であるはずなのに、その異能をミィは呼吸でもするかのように当然に使う。

地下七階に相当する場所、コンクリートで隔てられているからと言って、たかだか数メートル下方のことを彼女が分からないはずがなかった。
通常時ならともかく、瞳の色を変え、見ようとしても見れない――そんな状況は異常でしかなかった。

例えるなら、あの『ウォーリー』という能力者の力がフロアを中心に広がっている状態だ。
こうして階段を歩いているだけでも視界に靄が掛かっているようで、ミィは無駄だと分かりつつも目を擦った。
そしてお目当ての地下七階は完全に闇に包まれ何があるのかさえ分からない。

504名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:44:02 ID:4cu/qweg0

何かがあることは分かっている。
だが、それが何かが分からない。
だからこそ、地下七階というその場所に自分が探す何かがあると分かった。

そして地下六階を目前にして。
彼女は立ち止まった。


( `ハ´)「……どうした?」

マト-ー-)メ「ここまでで結構です。後は、私一人で行きます」

( `ハ´)「…………分かった」


突然のミィの申し出に意外にも男は何も訊かずに頷いた。
が、直後にこう続けた。


( `ハ´)「了承したのではない。お前の意図が分かった」

マト゚ー゚)メ「!」

( `ハ´)「次のフロアに何かがあるのだな? 恐らく、何か良くない物が」

505名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:44:59 ID:4cu/qweg0

そうして男はミィを追い越し階段を降りていく。
ミィの意図を見透かし、危険があることを承知で、それでも歩みが止まることはない。


マト;゚ -゚)メ「待って……待って下さい。そんな、どうしてですか?」

( `ハ´)「仕事だからな。この先に危険があるとしても関係ない。いや危険があるとしたら尚更、行かなければならないだろう」

マト;゚−゚)メ「私をその先に送り届ける為に……ですか? どうして、そこまで……」

( `ハ´)「言っただろう、仕事だからだ。他意はないよ」


まあ、と男は足を止め、続けた。


( `ハ´)「私個人としてはお前ならどんな相手と遭遇しても問題ないと思うのだがな。恨むならお前と一緒にいたあの男を恨め」

マト;゚−゚)メ「ブーンさんを……?」

( `ハ´)「そうだ。奴は言っていたよ。『ミィが前触れなく帰れと言ったら、きっと先に何かがあるから、どうか力になって欲しい』と」

506名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:46:04 ID:4cu/qweg0

それが今、ということだった。
少女の思考を読み切って――見切って出しておいた指示。
この数週間、ずっと隣にいたからこそ分かったこと。

男は言う。


( `ハ´)「どんな目を持っていたとしても、やはり子どもだな。嘘が見え見えだ」

マト -)メ「嘘なんて……吐いてませんよ」

( `ハ´)「そうだったか? まあ、なんでもいいがな」

マト -)メ「この先は、本当に危険ですよ?」

( `ハ´)「知っているとも。安心しろ、これでも退き際は弁えているつもりだ。お前が気にすることはない」


そして男は階段を下り終え、その扉の前に立つ。
フロアへのドア。
恐らくはこの先に地下七階への入り口があるのだろう。

無論。
何の障害もなく辿り着けるとは思っていない。

507名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:47:21 ID:4cu/qweg0

それでも、男は迷わず扉を空けた。

視界に広がるのはだだっ広く、薄暗い空間。
コンクリート製の柱とダンボールに入った荷物だけが点在している。

いや、違った。
このシェルターと呼べるような地下倉庫にはもう一つ何かがあった。
明確に二人に敵意を向ける白い何かが。



(* ∀)



誰かが――いた。
かつてミィが戦った白いセーターの女。
初めて会った時とは異なり異様に静かだが、それでもあの時と同じように敵意をミィに向けていた。


( `ハ´)「……なるほど、待ち構えられていたか。ならば是非もなし。幸いなことにこういった場面にお似合いの台詞を私は知っている」


フッと笑みを浮かべて男は言った。
「ここは私に任せて先に行け」と。

508名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:48:16 ID:4cu/qweg0

マト;゚ー゚)メ「でも……!」

( `ハ´)「いいから行け。それとも、お前の目には私が負ける未来でも映っているのか?」


そんなことはなかった。
ミィの瞳は数秒後の未来しか見えず、戦いの結末なんて知りようがない。
目の前の男がどうなるかなんて分からないのだ。

だが、それでも一度は敵同士だった相手として力量は理解していた。
だから一瞬間だけ悩み、ミィは言った。


マト -)メ「…………なら、あなたも一緒に戦ってください」

( `ハ´)「……ん? 何を言って、」

マト ー)メ「ここまでずっと気付かないフリをしてあげたんです。それくらい、してくれても良いでしょう……?」


そう、虚空へと呼び掛けた。

前方に立ち塞がる白セーターの女は門番のようにその場から動くことはない。
状況には何も変化はない。

509名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:48:11 ID:KfBOluu.0
支援!

510名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:49:05 ID:4cu/qweg0

その瞬間だった。



( ^ν^)「―――恩着せがましいですねー。『気付かないフリをしてあげた』と言いますかー」



ミィ達が立つすぐ後方。
倉庫の入り口に黒いスーツの男が立っていた。
何の前触れもなく現れた男は、少しズレたスクエア型の眼鏡を押し上げつつそう言った。


(;`ハ´)「貴様、いつから……。いやそれよりも、その異能、『ウォーリー』か……?」

( ^ν^)「最初からですー。そして、その通りですー。私はただ、その少女の監視をしていただけなんですが……」

マト-ー-)メ「『ウォーリー』さん。お金なら後で払います。だから……」

( ^ν^)「そう言っても払うのはあのあなたの大切な人でしょうに。ですが、そういうことならば構いませんよー。こうなることも予測はしていましたからー」


協力とか趣味じゃないんですがねー、と一方はフランクに笑い。
私もだよ、ともう一方は無愛想に呟いた。

511名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:50:22 ID:4cu/qweg0

( ^ν^)「では、さっさと行ってくださいー。私達もさっさと片付けて先に帰っておきますからー」

( `ハ´)「そういうことだ。じゃあな」


奇妙なものだ。
この二人の男とミィは以前出会った時は紛れもなく明白に、『目に見えて』敵同士だった。
それが今は事情こそあれど彼女を守る為に戦おうとしている。

こんな未来を誰が予想しただろう?

あのブーンという男だって「後で助けてもらおう」などと考えながら人と関わっていたわけではない。
その時々に必死で生きてきただけだ。

そう。
これはただの偶然。
同時に、これまでの選択が作り出した必然だった。


マト゚ー゚)メ「(こんな未来は私にも見えなかった)」


結局は未来なんて誰にも見えない。
人との縁も、それによって紡ぎ出される結末も――きっと、誰にも見えやしないのだ。

512名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:51:23 ID:4cu/qweg0

マト-ー-)メ「では、また会えることを祈っています」


心許りのミィの言葉に、二人は顔を見合わせる。
二人共が何を言っているんだかと言わんばかりの表情だった。
その横顔が語っている。
「次に会う時はまた敵同士かもしれない」と。

そう。
それもまた真実だった。
だからこそミィは最大限の感謝を胸に、走り出す。



(#* ∀)「ひゃ――あぁぁぁああ!!」



白のセーターの女が向かってくるミィに応じて右腕を巨大な鎌へと変え、振るう。
それを軽やかに躱し、敵の背後にある出口へと向かう。

目指すはこの先の地下七階。
真実の待つ場所だ。
無事に帰る為に今は振り返らず走る。

513名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:52:07 ID:4cu/qweg0

ミィがすぐ脇を抜けたことが分かると、当然セーターの女も追撃を行おう振り向こうとする。
だが、その隙を彼等が見逃すはずはなかった。

暗い倉庫に発砲音が連続して響いた。
飛来する弾丸に咄嗟に女は左腕を盾に変え防御。
女は焦点の定まらない瞳で、前方に立つ二人の男を睨み付ける。



( `ハ´)「行かせんよ」

( ^ν^)「彼女を追うのは私達を倒してからにしてもらいましょうかー。……私はこの台詞を言ってみたかったんですよねー」



それが合図だった。
セーターの女は標的を二人の男に変え、猛然と襲い掛かる。

戦いが始まったことが分かっても、ミィは決して振り返らなかった。

514名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:53:09 ID:4cu/qweg0

 *――*――*――*――*


階段を降り切った先は長い通路だった。

先ほどと同じように薄暗く、壁に点々と等間隔で小さな灯りが設置してあるだけだ。
無機質な白い道の先、一番奥には大きな扉がある。
エレベーターにある物と似たような左右に開くタイプの扉だった。

普段ならば、このくらいの距離になればその先に何があるのか分かるのだが、この場所に至ってはミィの異能は全く機能していなかった。
廊下までは確かに見えているのに、その扉の向こうは黒く塗り潰されたようになっており何があるのか全く分からない。


マト゚−゚)メ「…………」


ミィは足を止める。
そうしてアカイロに染まった両目で真正面を見据えた。
淡く光を放つ双眸は、この場にあってもやはり美しかった。

もしかしたら彼女の魔眼はいつになく好調なのかもしれなかった。
扉の先に何かあるか分からないのは、単に『見えていないから』なのかもしれなかった。

515名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:54:09 ID:4cu/qweg0

そう、この時の彼女に先のことなんて見えるはずがなかった。



ミセ*^ー^)リ「―――来てくれると思ってたよ、『プロヴィデンス』」



ミィが目にしたのは真実の待つ扉の前に立つ少女。
『クリナーメン』と名乗り、ミィの大切な人を傷付けた相手が扉の前に立っていたのだ。

他のことが目に入るわけがなかった。

目を奪われ。
目の色を変え。
そして――心底に目障りに思う相手がそこにいたのだから。


ミセ*^ー^)リ「この距離まで近付くと、私の些細な妨害もまるで意味を成さないみたいだね。流石『プロヴィデンス』だよ、奇跡的だねぇ」

マト −)メ「…………」

ミセ*゚ー゚)リ「どうしたの? 怒ってるの? 私だって怒ってるんだよ? ずっと待っていたのに、ずっと帰ってきてくれないから」

516名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:55:12 ID:4cu/qweg0

ミィはこの少女を初めて目にした時、あまりの鮮烈さに少女以外の色が世界から消え失せたようだと感じた。
その熾烈で強烈な、人間が決して抗えない『運命』と言う名の絶望を形にしたような少女に、恐怖した。
生まれて初めて……ではなかったとしても、記憶を失ってから初めて、何かを怖いと思ったのだ。

【記憶(じぶん)】を失って何も残っていたなかった彼女が、初めて――何かを失うことに、その恐怖に震えた。


ミセ*^ー^)リ「もしかしてさっきの階にいた子のことを考えてるの? ダメだよ、あの子は失敗作。失敗作の癖にあんまりにもウルサイから何も考えられないようにしちゃった」


今も少女の姿は変わらない。
あの時と変わらぬ装いに変わらぬ態度で、いとも無邪気に微笑んでいる。

その在り方は何も変わっていない。
初めて会った時と比べてまるで変化がない。
まるで時が止まっているかのように。

いや――ミィはただ、「まるで死んでいるみたいだ」と思った。


ミセ*^ー^)リ「どうしたの? なんで何も喋らないの? どうして? ねぇ。ねぇねぇねぇねぇねぇ―――」

マト −)メ「…………あなたは、」

517名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:55:59 ID:4cu/qweg0

少女を前にして初めて口を開いたミィは直後に「……いえ、お前と」と言い直す。
あの時とは違い、少しも恐怖はない。

だから続く言葉など決まっていた。
この相手が何であろうとも。
扉の先に何が待っていようと。

彼女は、ただ―――。



マト#゚−゚)メ「……お前と話すことなど何もない。私はお前を許さない。私の瞳に映るのは――お前を殺す、未来だけだ!!!」



他のことなど何も目に入らなかった。
他のあらゆることが眼中になかった。
あのふわふわとした笑みなど何処にもなかった。

ミィは――普通の少女のように大切な人を傷付けられたことを、それだけを考え、憤っていた。
この場にあっても相も変わらず無邪気に微笑む少女は、笑みを崩すことはなかった。

そして全てが終わり、そして全てが始まった。

518名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:57:44 ID:4cu/qweg0


  僕は信じていた。
  この選択が未来を作っていくことを。
  僕と彼女の想いが通じ合っていることを。
  そして僕や、彼女や、誰かの人生が世界にとって無駄ではないということを。

  物語の僕達は確かにそこに生きていた。
  何の記録にも残っていないとしても、誰の記憶にも存在しないとしても――ここにいる僕達自身が、その証明なのだ。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第九話:名もなき怪物」





.

519名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 20:59:13 ID:4cu/qweg0

というわけで第九話は以上です。
文量多くなったので分割しました。
安価は次回、第十話の最後に実施します。

……多分。



先立って安価のルールを説明しておきます。

通常の物とは異なり、多数決です。
次回の最後に選択肢が出現しますので良かったら選んで書き込んでみてください。
予め規定した時間までに集まったレスの数で結末を決定し、そのエンディング用の次回予告を投下します。

こんな感じです。
ではまた、次回。

520名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 22:53:30 ID:7mlkwPhg0

おもしろい。

521名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 23:40:22 ID:09qUGsDQ0
ニュッくんまで乗りますかーいいねー

522名も無きAAのようです:2014/02/24(月) 23:57:14 ID:D4AtV/HI0
おつ!

523名も無きAAのようです:2014/02/25(火) 02:58:10 ID:XhZGys4wC
先生のやつでこんなに次回が待ち遠しいことは今までなかった 
次回楽しみ、安価も参加する

524名も無きAAのようです:2014/02/25(火) 02:58:59 ID:XhZGys4wC
先生のやつでこんなに次回が待ち遠しいことは今までなかった 
次回楽しみ、安価も参加する

525名も無きAAのようです:2014/02/25(火) 03:00:25 ID:XhZGys4wC
二重投稿すまんこ

526名も無きAAのようです:2014/02/25(火) 12:34:51 ID:Z3SZpCSMO
うおお乙!
次回安価が楽しみ

527名も無きAAのようです:2014/02/26(水) 14:11:05 ID:6kfp9oK.0
熱い展開じゃないですかもー!おつ!

528名も無きAAのようです:2014/03/01(土) 01:50:37 ID:H5YVOsVI0

【現時点で判明している“少女”のデータ】

マト ー)メ
・名前:不明
・性別:不明
・年齡:不明
・誕生日:不明
・出身地:不明
・職業:不明
・経歴:不明
・特記:不明    
・外見的特徴:不明
・備考:特になし


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