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持ち帰ったキャラで雑談 その二

1名無しさん:2007/05/13(日) 21:30:22
リディア「僭越ながら、新しいスレを立てさせてもらいますね」
アーチェ「本スレにはあげられないのをあげる場所だから。主にSSかな」
リディア「それでは、楽しんでください」
アーチェ「いつでも参加募集中〜」

2確執編十章:豪雨の茶会      2/5:2007/05/13(日) 21:31:43
 違う。
 あたしは答えをすでに知っていた。
『知らない』から、知っている。
 赦せなかった。
 あの時の、あのリディアの言葉だけは。
 時間の流れくらいでは消え去らないほどに。

 ――あたしが持たないものを持ってるあの娘が。
 ――あたしが持たないものを手に入れて。
 ――あたしに対して、紡いだ言葉。

 どれかひとつでも欠けてれば、ここまで理性を失うことはなかっただろう。
 あの娘は理解してるんだろうか。
 自分がどれだけの高みからあたしを見下して、あの言葉を紡いだのか。
 持たないからといって、あたしは欠けてるわけじゃない。
 不幸の看板背負って生きてきたつもりなんてないんだ。

 確かにあたしとあの娘はよく似たところがある。
 けど、違う。
 その違いを、あの娘は本当のところ理解してない。
 しょせん上っ面だ。言葉で理性的に区分けして、その意味が見えてない。
 だからあんなことが言える。

 ――バカにすんな。

3確執編十章:豪雨の茶会      3/5:2007/05/13(日) 21:32:28

 ・二日目 PM12:00 サイド:アーチェ

「やっぱり観光地のおみやげ屋は風情があるデスねー」
 こういうところに来るとカメラスキーの血が騒ぐんだろう。
 さっきからカメラのレンズ越しからしか世界を見ずに、ふらふらとあちこちを彷徨う四葉。
「はい、ジョニーの糧さん。チーズ」
「おう! って誰がジョニーの糧だよ! ――僕は覗き魔だから」
「…わざわざ自己主張するあたり本物デスね」
 さすがに観光地だけあって、街並ひとつとっても住んでる街とはずいぶん違う。 
「いい、四葉。今度勝手に姿を消したらおでこに『迷子』って書くわよ。当然、油性」
「う゛っ!? そんな人間迷子札は激しくイヤデス…」
「あははは、弱そうな悪魔超人だね――僕は覗き魔だから」
「ならあんたも自分のおでこに『覗き魔』って書いとけば? 史上最弱のヘタレ超人が誕生するわよ」
 人が行き交うだけでいっぱいの細い道の周囲に立ち並ぶ、見慣れたそれとは違った家々。
「おぉ! 今や懐かし三角ステッカー! これはチェキデスっ!」
「へぇ、なんだか昔の駄菓子屋チックね」
「お、スコープじゃん。僕がガキの頃住んでたとこってド田舎でさ。
 よくこれ使って遊んだもんさ――僕は覗き魔だから」
「…子供の頃から覗き魔だったわけ、あんた?」
 ただ歩いてるだけなのに、不思議と穏やかな気持ちになれるのが不思議だった。
「あ、四葉。ハンカチ落とした」
「僕が拾ってやるよ。…はい、気をつけなよ――僕は覗き魔だから」
「ど、どこ覗いてるデスか!?」
「陽平…あんた白昼堂々、それは人としてどうなの?」

「もうイヤじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 春原が奇声をあげながら地面をのたうちまわりだした。
 即座に杏が蹴飛ばして黙らせる。賢明な判断だ。
 けど、今回は惜しくもすぐに復活した。
「何で普通に会話してるだけでヘンタイになってくんだよ!」
「春原」
 軽くこめかみを押さえてから――ひと睨み。
「罰罰ゲーム」
 気迫に押され、「ひぃっ!」と黙り込む春原。
「け、けどこれってあんまりだろ!」
「本当のことじゃん」
「どこの世界に『覗き魔』自称して歩く奴がいるんだよ!」
「最初の一人、っていい響きだと思わない?」
「場合によるだろっ!」
「はいはい、わかったわよ。――なら罰罰罰ゲームね」
「もうイヤじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

4確執編十章:豪雨の茶会      4/5:2007/05/13(日) 21:33:09
「あ、国崎さんデス」
 四葉が指差す先。見慣れた銀髪が目に入った。
 どうでもいいけど、周囲の風景からビビるほど浮きまくってる。
「国崎…アンタ、何してんの?」
 胡坐をかいて道端に座ってたその姿は、あたしの声に顔を上にあげた。
「見ればわかるだろう」
「わかんないから聞いてんだけど」
 冗談抜きで本当にわからない。
「あのな…人形劇に決まってるだろうが」
「どこに人形があんのよ」
「お前らが俺からふんだくったまま返さないんだろうが!」
「答えになってないし」
「このガキ…仕方がないから、部屋にあったので代用することにしたんだよ」
 言って、指差す先。

 カミソリと石鹸が転がってる。

 しばし、無言。
「……これで、何をするって?」
 こめかみを押さえつつ、うめく。
「人形劇」
「動くの?」
「動くとも」
 動いた。うぞうぞと。
『…………………………』
 きっとあたし達は、揃って同じ顔をしてたことだろう。
「……せめて、関節らしきものがあるので代用しなさいよ」
「ムチウチになったヘビと、陸に上がった死にかけのナマコみたい」
「亀さんだってもっと機敏に動くデス。けどこれはこれで面白いのでチェキ、と」
「文句言うなら人形返せ!」
 当然のように無視して。
「で? 誰か見てく人、いるの?」
「いや。何故か思いっきり避けて通られる」
「……お願いだから、捕まるのだけはやめてよね」
 これ以上話をして関係者と思われるのも嫌なので、
あたし達はもはや何も見なかったことにしてその場を通り過ぎた。

5確執編十章:豪雨の茶会      5/5:2007/05/13(日) 21:33:52
 ふと気づくと、昨日まであった蒼穹は姿を消し、
空一面に黒と灰のグラデーションが立ち込め出していた。
「何か日が陰ると、途端に寒くなる気がするわね」
 襟を押さえて服の中に寒気が入るのを防ぐ杏。
「ひょっとして、雪でも降ってくんのかしら」
「それもいいかも。きれいだし」
 と、一人先行してた春原がふいに戻ってきた。
「おい、向こうに穴場の共同浴場があるってさ」
「何? 絶好の覗きスポット?」
「僕の言葉が信じられないなら、向こうの連中に聞けよ。女の子もいるし」
 その先には、なるほど、数人のメンバーが談笑してる様子。
「知り合い?」
「ついさっき知り合ったばっかだけど。僕らと年同じくらいらしいぜ。
 行くなら、一緒に行かないかってさ。どうする?」
 正直、ちょっと春原のことを見直した。
「春原、アンタのそういう誰とでも気さくに話せるとこは嫌いじゃないよ。
 ――けどアンタ、覗き魔だもんね…」
「ホント、そこは陽平の長所よね。
 ――けどあんた、覗き魔だもんね…」
「いい加減それ引っ張るのやめてくれませんかねぇっ!?」
 もちろんあたしとしてはその提案に異論はなかった。
「じゃ、一緒に……」

 ――その時。

 針で突き刺すような痛みが頭に走る。
 一瞬目を閉じた瞬間、世界は『変わった』。

 足音が聞こえてくる。
 あたしでなければ、音の主は一人しかいない。
「お楽しみのところ、申し訳ありません」
 ――『アクマ』。

6確執編十一章:ギリギリの導き      1/8:2007/05/13(日) 21:35:04

 ・二日目 PM2:00 サイド:アーチェ

 昨日と同じだ。
 街は死に絶え、あたりにはあたしと『アクマ』の気配しかない。
「昨日も思ったんだけど…これはアンタの芸なわけ?」
 不気味なほど静まり返った世界に、あたしの声が残響する。
「…………」
「あたし達以外誰もいない世界。『意識は世界に属し、世界は意識に属す』…だっけ?」
 そのことですか、と前置きしてから、
「そうですね。私の能力です」
「あ、そ」
「期待していた答えと違いましたか?」
「いんや、そうだろうと思った」
 ――あくまで無力を装う、か。
「ま、いっか。ギャラリーいない方がやりやすいのは確かだし」
「やる気なようで安心しました。逃げ回られると困りますので」
「足が遅いとか?」
「逃げ回る者の背中を刺し貫くのが性分にあわないだけです」
 手を前にかざすだけで、両刃の剣がそこに握られる。
 頬を冷や汗が伝った。
『彼女』の剣の威力はすでに昨日まざまざと見せ付けられてる。
 そこに殺意がブレンドされれば、あたしは一瞬で輪切りにされるだろう。

 ――アイツは、あたしを『アクマ』に殺させたいってわけ?

 怒りがこみ上げてくる。こんなの理不尽だ。
 相手は目的を告げもせず、一方的にあたしを殺そうとしてる。 
 昨日、電話越しに耳にしたアイツの言葉が蘇る。
『どれだけ勝手暴悪に見えても、そこには必ず意味がありますから』
 ――こんなもののどこに意味があるってのよ!

7確執編十一章:ギリギリの導き      2/8:2007/05/13(日) 21:35:57
「『アクマ』」
 そう言葉を紡いだのは、しかしあたしじゃなかった。
 聞こえてきたのは背後。
 振り返ると、いつの間にかそこには一人の姿が立っている。
 流れるような金の長髪。どこか物憂げな瞳。
 そして、腰に長剣を携えた出で立ちは。
「……セリス」
 かつては軍属だったこともあるという、生粋の剣士。
 その双眸が冷たくこちらに向けられている。
 ――冗談じゃなかった。
 一対一でさえ絶望的なこの状況下で、さらに伏兵が現れるなんてありえない。
 アイツが求めてるのは戦いですらない、ただの殺戮だとでも言うんだろうか。
 けど、意外にそれを否定する言葉が向こうから来た。
「交わされた契約を忘れたか。示威行為以外で抜剣するなら黙っていない」
「……契約?」
 あたしの知らない何かが、二人の間で行われている。
「黙っていない、ね。ならば、どうするというのです?」
「無論、お前の敵に回らせてもらう」
 そもそも、と、
「私はお前達の間で一方的に取り交わされたルールが気に入らない」
「それがすべてにとって正しい、とあの人間は考えているようですけれど?」
「傲慢な。他人に押し付けていい正しさなどあるものか」
「部外者のあなたが、ずいぶんと入れ込んだことを」
「部外者というなら、お前も、あの男も、同じことだ」
「――平行線、ですか」
 小さく溜息をひとつ。
「それこそあなたの自己満足に過ぎないというのに」
 明らかに両手で扱う長大な剣を、しかし彼女は片手で構える。
 実戦剣術というより、どこか儀礼的な優雅さをまとった立ち振る舞い。

「いいでしょう。一人も二人も変わりません。
 アレには『反逆の末に共に掃滅』とでも伝えることにします」

8確執編十一章:ギリギリの導き      3/8:2007/05/13(日) 21:36:53
 どうも話はあたしを置き去りにして勝手に進んでいった様子。
 何が何やらわからないまま、あたしは『アクマ』に剣の切っ先を向けられた。
 ――んな理不尽な流れで、殺されてたまるもんですか!
「アーチェ」
『アクマ』と対峙してるため、自然背後から聞こえてくる声。
 振り向きもせずに応える。
「何?」
「奴の剣戟は私がおさえる――あなたは後ろから私のサポートをして」
 言葉の間に挟んだ、一瞬の間。
 その空白の間に、声はすぐ隣から聞こえてくるようになった。
「一体、何がどうなってんの? 何でアンタはあたしの味方をしてくれるワケ?」
「話してる時間があると思う?」
 腰の柄に手をかけながら、『アクマ』の方を一瞥。
「けど、そうね――」
 その目に揺らぐのは、紛れもない――殺意。

「私は奴らが一方的に振りかざしてる正義が気に入らない。それだけ」

 殺し合いは、いきなりあたしじゃ視認できない速度で始まった。
 5メートルはあった彼我の距離を一瞬で0に縮め、セリスが『アクマ』の胴体を薙ぐ。
 が、そこにすでに『アクマ』の姿はない。
 軽く宙を跳ね、ギリギリのところで剣先をかわしながら、
あろうことかその体勢のまま空中で袈裟斬りに剣を振るう。
『アクマ』は重力に縛られない。中空は彼女にとって第二の支配領域だ。
 セリスもその動きは予想してなかったのか、素人目にわかるほど対応が遅れた。
 左肩から断ち割られる様が脳裏をよぎる。
 ――やられる!
 と思った瞬間、セリスの左手が動いた。
 いつの間にかその手に握られた短剣が、『アクマ』の剣閃をかろうじてうけとめる。
 逆にガラ開きになったその胴体に向けて、セリスの刺突が疾った。
 それより早く宙を空打ちした翼が『アクマ』の体を背後へと遣る。
 セリスもまたバックステップで間合いをとる。
 右手には剣を、左手にはそれよりわずかに刃の短い投擲用の剣を携えて。
 
 一連の動作が、わずかまばたき数度の間に行われた。

9確執編十一章:ギリギリの導き      4/8:2007/05/13(日) 21:38:49
「アーチェ。ボーッと見てないで加勢してよ」
 こちらのすぐ傍まで戻ってくるなり、どこか拗ねた声音で一言。
 たった今見せた死戦とのギャップと相俟って、なんだか可愛い。
「……ど、どうやって加勢すんのよ」
 今この2人が展開した死合は、あたしじゃ目で追うのがやっとの世界だ。
「あなた、魔法使いでしょう?」
「そうだけど…あんな接近戦でボコスカやってるとこに、魔法なんて撃てるわけないじゃん」
「どうして? 逃げ回らないだけ返って当てやすいでしょうに」
「アンタにも当たっちゃうでしょうが!」
 あたしには至近距離で戦ってる2人のどちらかだけを狙うなんて不可能だ。
 いや、たとえ出来たとしても、やらない。
 正確にどちらかを狙ったとしても、その余波は確実にもう一人を巻き込むだろう。
 セリスは少し考えるように黙ってから、あぁとうなずいた。
「そうか、アーチェは知らないのね」
「何がよ」
「まぁいいわ。とにかく私のことは構わなくていいから、最大出力で援護をお願い」
「だから、大丈夫な理由を説明してってば!」
 応えの代わりに、銀光が交わる激しい金属音が轟いてきた。

 セリスの戦闘スタイルは、右手に片手用の細身剣、左手に投擲用の短剣というのが主流らしい。
 見た目は確かに二刀流だけど、実際の戦闘スタイルはイメージとはちょっと異なる。
 二本の剣で滅多に斬り付けるなんてことはしないで、
右手で攻撃する時は短剣を盾に、左手で攻撃なら細身剣を盾にと、
つまりは剣と盾の役割をその都度変えてくってものらしい。
 そのスタイルは千変万化で、攻撃に一定のリズムがない。
 リズムがあるってのは、つまりは流れが決まってるってこと。
 それは戦闘を支配する意味を持つ反面、自分の流れに動きを縛られるって欠点も持ち合わせる。
 格闘ゲームを思い浮かべてほしい。一定のリズムを持ったコンボは決まれば有効だけど、
何度も使ってればそのうち相手にリズムを読まれ、逆用されてしまう。
 それと同じことだ。
 特有のスタイルを持つ『アクマ』の剣術の前には、下手なリズムはかえって隙をつくってしまうんだろう。
 うん。それはいい。
「……で、この状態でどうやって魔法を使うのよ」
 当たり前だけど、威力が大きい魔法ほど効果範囲は広くなる。
 最大出力なんかで撃てば、たとえ数メートル離れてたって巻き込んでしまう。
 ――けど、セリスはそれをわかった上で、あぁ言ったんだよね。
 なら、彼女にも何か策があるんだろう。
 あたしはそれを信じることにした。

10確執編十一章:ギリギリの導き      5/8:2007/05/13(日) 21:40:09
 互角に見えた勝負は、けど徐々にセリスが押され始めるという劣勢ムードの様相を呈してきた。
 もともと軽量化を重視した剣身は、『斬る』ことに向いてない。
 重さが足りない分、威力が削がれるからだ。
 だからセリスの必殺は、常に『突く』って動作に乗せられる。
 その欠点は――言うまでもない。効果範囲が極狭ってことだ。
 これが普通の相手なら、幾度か剣を捌いた先に隙を見出して必殺を当てることも出来るんだろう。
 けど、戦闘領域が三次元な『アクマ』とは分が悪かった。

 呪を紡ぐ。
 それはあたしにとって、言葉を紡ぐのとさして違いのない動作だ。
 けどそこには意味がある。
 世界に能動的に影響を与える、『魔法』としての力。
 物心ついた時には、息を吸うのと同じ感覚でそれが使えた。
 どういう原理で使うんだ、ってたまに聞かれたりするけど、そんなのあたしは知らない。
 ――リディアなら答えられるかもしれないけど、さ。
 そんなのいちいち知らなくたって魔法は使えるし。
 普通の人だって、手を動かしたり、呼吸したりするのに『どうやって』なんて考えないだろう。
 あたしにとっての魔法ってのは、つまりはそういうものだ。

 あたしの視界で、2つの存在が一進一退を繰り返してる。
 本気の一撃なら『アクマ』を止めるのも不可能じゃない。
 けど、それは確実にセリスを巻き込む。
 そもそも仲間を巻き込まないように魔法を使うなんて、すごく気を使う作業だ。
 多人数での戦闘で全力を振るうなんて無理と言いかえてもいい。
 敵を倒す代償に仲間を失うなんてシャレにならない――

 ふと、違和感が走る。

 敵? 誰が?
 決まってる、『アクマ』だ。
 向こうは理由は不明だけど、こっちの命を狙ってて、
 ――それなら、こっちも相手の命を奪ってもいいっての?

11確執編十一章:ギリギリの導き      6/8:2007/05/13(日) 21:41:25
 ちょっと待て。
 あたしは何を考えてたんだろう。
 いくら不可解な状況で命を狙われたからって、相手を殺していい道理なんてあるわけない。
 そもそもあれは『アクマ』であると同時にリヴァルでもある。
 彼女には何の罪もない。
 いや、罪の有無なんて問題じゃない。

 いつからあたしは魔法を『相手を殺す道具』として使うようになったんだ。

 そりゃ確かにあたしが使えるのは攻撃系の魔法ばっかりだ。
 リディアの召喚獣みたく応用も利かないし、一撃で人の命を奪える凶悪なのだってある。
 けど、それなら使わなければいいだけの話。
 殺されそうになったら、相手を殺してもいい? そんなの自分勝手な言い訳だ。
 どんな理屈も言い分も、人を殺していい理由にはならな――

 ゾッとした。

『あの時』、あたしは何をしようとした?
 今と同じように、ただ怒りに駆られたあたしは、魔法を。
 ――リディアに、全力でその力を振るおうとしたんだ。
 何も見えちゃいなかった。
 自分の力も、その意味も。
 あの時のあたしはそれに微塵も躊躇がよぎらなかった。
 やろうとしてることは、今とまったく変わらない。
 その時――そう、本当にその時になって、あたしは初めて思い至った。

 あたし、リディアを殺しててもおかしくなかったんだ――

12確執編十一章:ギリギリの導き      7/8:2007/05/13(日) 21:42:33
 確かにリディアはあたしと同じ魔法使いだ。
 普通の人に使うのと違って、たとえ全力で力をぶつけたところで死ぬとは限らない。
 事実、あたし達は一度本気でぶつかり合ったこともある。
 だけど――いや、だから。
 あたしはいつの間にか、魔法が持つ力を失念してた。

 その力は、人一人をこの世界から消すには十分過ぎるってことを。

 ――あたしは、何てことを…
 自分のやろうとしたことに愕然とした。
 怒りに任せて、そんな当たり前のことを忘れてたなんて。
 アイツや春原に対して自然に使ってたことも、それに拍車をかけてたのかもしれない。
 けど何を言ったところで、すべてはいいわけだ。
 事実は、消えない。

「――アーチェ、早く!」

 その声に我に返った。
 折りしも、セリスの持つ細身剣が弾き飛ばされ、地面に突き立つところだった。
 膝を突くセリス。――早く、と叫ぶ。
 早く? 早く、どうしろっての?
 決まってる。魔法だ。
 魔法を使わないと。
 でないと、セリスは『アクマ』の剣に――
 けど、あたしが魔法を使えば、今度こそ誰かを殺してしまうかもしれない。
『アクマ』か、セリスか。
 あたしに命の重さを決める資格なんてあるんだろうか。
 敵だから攻撃してもいい? 違う、そんなのは自己の正当化だ。 
 けど、『何もしない』って選択肢はあっても、『決定を先送りにする』なんてのはない。
 けど、けど、けど――

 ……あぁ、またあたしは、いいわけをしてる。

「……決められないよ」
 涙が、頬を伝った。
「決められるわけ、ないじゃん」

「――なら死になさい」

 世界が、暗転した。

13確執編十一章:ギリギリの導き      8/8:2007/05/13(日) 21:43:57
 死んだ――はずだった。
 けど、気づくとあたしは杏や四葉に囲まれて、またも地面に寝転がってた。
「………………あたし、寝てた?」
 杏の顔は怖いくらいに怒りで歪んでた。
「だ・か・ら、『寝てた?』じゃないっての!!」
 がくがくと揺さぶられるも、思考がいまいちついてこない。
「あんた、まさか何かの持病持ちとかじゃないでしょうね?」
「あー…実は脳が」
「やっぱり」
「即座に頷かないでよ。冗談に決まってんじゃん!」
 夢――なんてことは今さら考えない。
 あたしは確実に『アクマ』に殺されて、けど傷一つなくここにいる。
 ――ひょっとして、あそこでの死はこの世界に何の影響も及ぼさないってこと?
 それなら昨日のあたしが無傷だったこともうなずける。
 けど、なら『アクマ』のしてたことは一体なんだったのか。
「ねぇ、杏。あたしどんくらい意識失ってた?」
「どのくらい…って、10秒も経ってないわよ」
 長かったらとっくに救急車呼んでるって、と付け足される。
 死なないだけでなく、時間的な対応もないらしい。
 別世界、とは微妙に違うだろう。
 あの世界はこことまったく同じ構造をしてた。
 ただ、人の姿がなく、死が存在せず、時間の流れが繋がらない。
 ――まるで、この世界を中古のコピー機で印刷したら出来上がった劣化品のような。
「で、本当に大丈夫なわけ?」
 杏の瞳は不安でかすかに揺れてる。
 四葉に至っては軽く涙目だ。
 それが、なんだかすごく嬉しかった。

「アーチェ。何で撃たなかったの?」

 鼓動が一際強く跳ねた。
 仮初の喜びなんて、その一言であっさりと吹き消された。

「あれ、セリスさんデス」
「何で…ってか、いつの間にここに来てたのよ?」
 二人の言葉を無視して、セリスはこちらに詰め寄ってくる。
「あそこで私達が『死んだ』のは、あなたが撃つのを躊躇ったからよ」
 気遣いなんて微塵もない、直球の一言。
「……だって、あそこで撃ったら、アンタに当たったじゃん」
「構わないと言っただろう!」
 怒気をはらんだその声に、あたしはビクッと身を竦ませる。
「覚えておけ。戦場で力を使うことを躊躇う者は、死体と変わらない」
 場に沈黙が訪れた。
 誰も――あたし以外誰も、セリスの言葉の意味は理解できないだろう。
 それでも、彼女がまとう雰囲気がこの現実からかけ離れてるものだってことはわかる。
「…………」
 あたしは何も言い返せない。
 セリスの言葉は正しい。あそこであたしは迷うべきじゃなかった。
 けど、それでも。
 自分の愚かさに気づいたあたしに、命の秤を使うことなんて出来なかった。
 セリスの手がこちらに伸びてくる。
 叩かれると思った。
「……けどね」
 それまでの怒りはもはやそこになく。
「命の重さを量れないあなたの優しさは、尊ぶべきものだと私は思う」
 その指があたしの頬に触れる。優しく、いたわるように。
 ――ずるい。
 こんな気持ちの時に、そんな言葉を使われたら、泣くに決まってるじゃないか。
「迷うべき時は、必死に迷って。けど、決断すべき時には躊躇わないで」
「……うん、うん」
 ボロボロ涙を流すみっともない姿で、あたしはセリスの言葉に何度もうなずいた。
 セリスはかすかに笑みを浮かべ、もはや無言できびすを返した。
 そして――ピタリと止まる。
 何かを思案するように首を上に傾け、さらに停止。
 そのままわずかに小首を傾げ、こちらを振り向いた。

「あの…ここ、どこ?」

 涙は、長い間支払料金を滞納した水道みたいに強制的に止められた。

14紅魔の見る夢:2007/05/21(月) 17:37:18
紅魔館のロビーで引っくり返っている少女の姿にレミリアは微かな頭痛を覚えた。隣では少女の゙母゙が手摺に寄りかかり、からかう様に笑っている。
「ごめんねぇ、フランドール。アサヒったらいつまで経ってもよわっちくてつまんないでしょ?」
フランドール、と呼ばれた少女がきょとんとしながら、レミリア達を見上げ、困ったように首を傾げた。
「うるせぇよ、大きなお世話だ」
倒れたままの少女、アサヒが服の埃を落としながら、不機嫌そうに起き上がる。
途端にフランドールが彼女に飛び付き、心配そうに顔を覗きこんだ。
「アサヒ、大丈夫?手加減、また出来なくて…ごめんなさい」
しゅんと力なく羽根を垂らしながら、フランドール。
「気にすんなよ、誰だって初めはそんなもんだってーの」
くしゃりと少女を撫でてやりながら、励ますように笑いかける。
「そうそう。アサヒだって今もよく真っ黒になってるからねぇ」
「そうなの?」
「だーっ!母さん!あることないこと言うなよ!
フランも!母さんの言ってる事なんか信用すんなよ!」
一人わめくアサヒの様子がおかしく、思わず誰もが吹き出す。


ただ、一人を除いては。


「…くだらない」
そう吐き捨て、背を向けるレミリアに紅がふと思い付いた様に声をかける。
「レミリア、そんなにあの子が嫌いなのかい?」
その言葉に一瞬、足を止めかけ―しかし、何事もなかったかの様にレミリアは足早に暗がりへと姿を消したのだった。
「…素直じゃないねぇ」
そんな紅の呟きはレミリアが歩いていった廊下に溶けて、消えた。

15紅魔の見る夢:2007/05/21(月) 18:44:08
「これはどういう事?」
しん、と静まりかえった館を見回しながら、レミリアは不機嫌そうに呟いた。
たしか…ロビーで弾幕ごっこをするフランドール達に苛立ちを覚え、部屋のベットに潜り込んだ筈だった。
それから…急に紅茶が飲みたくなり、咲夜を呼びつけたのだが、いつまで経っても現れない彼女に苛立ちを覚え始め、部屋を出たのだが…。
「全く…ほんとに揃いも揃って役に立たないメイドばかりね。
主人の呼び出しに応えないなんて」
苛立たしく靴音を響かせながら、長い廊下を進む。誰一人の姿もない。
「…………」
やがて苛立ちは焦りに変わり、半ば走るかの様に廊下を進む。部屋を一つ一つ見ても、誰も居ない。
「ちょっと!誰か、誰か居ないの!?」
叫びながら、廊下を走る。普段なら「お嬢様、はしたないですよ」と背後に現れる咲夜が居ない。
「パチェ!門番!咲夜!フランドール!お願い…誰か」
手摺に手を付きながら、乱れた息を整える。
誰も居ない。そう思っただけで吐きそうになった。


(っしゃあ!今日は負けねぇからな!)
「!?」
(へーんだ。アサヒになんか絶対負けないよーだ!)
不意に聞こえた声に手摺から身を乗り出す。
そこにはいつもの様に弾幕ごっこに興じる妹とその友人の姿。


楽しそうに笑い合う二人がどこか遠くにあって、ただ一人取り残された気持ちになって。
「淋しかった…?この私が…?」
そう言った途端、レミリアの視界は闇に包まれた。

16紅魔の見る夢:2007/05/21(月) 19:35:26
「レミリア?ちょっと大丈夫?」
不審そうな紅の声にレミリアは辺りを見回した。
紅魔館のロビー。下でわめくアサヒ、それを見て笑うフランドール。
…夢?
「まぁ弾幕張り慣れてるあなたにはアサヒの拙い弾幕じゃあつまらないと思うのも無理は無いと思うけど」
そこらへんは勘弁してあげてね、と肩をすくめる彼女を尻目にレミリアはくすりと笑い、
「そうね。でもせっかくだから私が直々に弾幕を伝授してあげるわ」
「え゛っ?!」
「わーい!お姉様との弾幕ごっこなんて久し振り!」
ただ一人、悲鳴を上げるアサヒを無視してレミリアは弾幕を展開した。


「にしても、紫に似てずいぶんお節介ね」
「あれ、ばれてた?うまく隠れたつもりだったのになぁ」
ひょこりと窓から入ってきたフヨウに溜め息を付きながら、頭を指差す。
「あんたのアホ毛が窓の外で揺れてたからねぇ。
にしても…レミリアに一体どんな夢見せたのよ?」
「んー…独りになっちゃう夢、かな」
「…バレたら弾幕ごっこだろうね」
「大丈夫!僕頑張って避けまくるから!」
避けまくるだけじゃ意味はないだろうに。
そう思いながら、紅は再び撃墜された娘の救出に向かうのであった。



〜蛇足〜
フランドールが姉離れしていくのが寂しいけど、そうとは言えないレミリアな話。
フヨウが夢を操れるのは某悪夢さんのせいだったり…放出して話には出てこないけどまだとりあえずくっついてます

17対峙編、abstract:2007/05/22(火) 22:02:31
(注:この話は俺作品の中でも特に主観の強い話になっています。
  故に自分の解釈のみを是とし、他の主観を廃絶している可能性が極めて高いです。
  恣意をこめているつもりはありませんので、悪しからず)

時期:退屈編と星海編の間。季節的には去年の夏頃から冬間近までという設定

背景:退屈編が終わりしばらく経った頃。「俺」の独断で全キャラを放出
(去年の8月初め頃。覚えてない人はそういうことがあったと思ってくれれば)
それからしばらくしてリディア様とアーチェの二人を再び持ち帰り

スレ的事実としてはそれだけだが、二人は放出されたことにそれぞれ想いを抱く
と同時に、自分達が「神」の作った世界の住人であることを知る
(この辺のくだりを詳しく知りたい人がいたら、星海編を参照)
すべてを単なる事実として認識したリディア様に対し、
アーチェはどうしてもそれを認める(あるいは許す)ことが出来なかった
故に「神」であり観測者である存在を否定するようになる
(ここからアーチェの長い反抗期が始まる。誰も覚えてないだろうけど、
 スレ一周年の時などでアーチェがやさぐれてたのはそのため)

軋轢は日を追うごとに大きくなり、ついに臨界を迎える

以下は、その時のやりとり

18対峙編       1/7:2007/05/22(火) 22:03:42
 ――誰がこの世界を定義したんだろう。
 らしくないと思う。自分はいつからそんな哲学めいたことで悩むようになったのか。
 けれど、考えずにはいられない。
 夢でもいいと思っていた。
 すべてがある一瞬で消えてなくなってしまってもいい。
 今を全力で楽しむことが出来るのなら。

 ――なら、あたしは何が許せないんだろう。
 らしくない。悩むのも、いらつくのも、全然自分らしくない。
 いつからこんなにも後ろ向きな人間になったのか。

 そこまで考えて、ふいに、自嘲。
 ――『あたしらしい』って、何だっけ?

「ねぇ、リディア」
 アーチェの問いかけに、リディアは振り向かずに応える。
「何?」
「何で、アンタはアイツを許せるの?」
 彼女の視界には、蒼しか映っていない。
 空の蒼。海の蒼。そして、境界を結ぶ蒼。
 ここにリディアを呼び出したのはアーチェだ。
 話がしたかった。彼女が何を思ってその道を選んだのか。
「許す、って、何を?」
 とぼけているのではない。リディアは本気で、アーチェの言葉が理解できないのだ。
 自分と同じでありながら、自分とは異なる結論を導き出した少女。
「リディアだってもうわかってんでしょ? あたし達はアイツが作ったオモチャ。
 所持されるのも、捨てられるのも、全部アイツの気分次第」
「………………」
「あたしね、ようやくわかったんだ。なんでこんなにイラつくのか。
 ――あたしがね、いないの。どこにも」
 自分はここにいる。だが、ここにいない。

「アイツは、あたしのことを何にも理解してないのに。
 それなのに、自分の都合であたしの心を捻じ曲げる。
 ……そんなの、あたしは耐えられない」

19対峙編       2/7:2007/05/22(火) 22:04:30
 リディアは、しばらく無言だった。
 身じろぎひとつせず、アーチェの存在を完璧に廃絶して、視線を蒼に向けていた。
 どれだけの時間が経っただろう。
「……そうだね。それはきっと、正しい」
 小さく頷いて、こちらを振り向く。
 アーチェは目を見開いた。
 リディアは、笑っていた。ひどく透明な笑顔で。
「けどね。あなたはとても重要な事を見落としてるよ、アーチェ」
 何故、そんな笑顔を浮かべて彼のことを語れるのか。
「私達は、確かに『彼』が作ったお話の登場人物に過ぎないのかもしれない。
『彼』が思いついた物語の上で踊らされているだけかもしれない。

 ――でも、それが何?

 前にアーチェ、言ったよね? 『私達はここにいる』って。
 現実とか夢とか、考えてもしょうがない。覚めない夢は現実と変わらない。
 何を悩むの? 何に腹を立てるの?
 生きてることに苛立っても、私達はここでしか存在出来ないのに」

「……それが」
 ややかすれた声で応える。潮風にあたっているせいだろうか、ひどく喉が渇いた。
「そう思うことがアイツのせいだとは、考えないわけ?
 アイツはあたし達の心さえ弄れる。いくらでも自由に動かせる。
 絶対に信用なんて出来ない。出来るわけない。そんなヤツなのよ?」
「………………」
「アンタはアイツの味方をさせられてんのよ、リディア」
 大きな波に水が逆巻き、わずかな音と共に砕けて呑まれる。
 リディアはアーチェから目を逸らしていた。何かをこらえるように。
 ――事実を認める心さえ、あたし達には存在しないのかな。
 そんなことを考える。
 アーチェはリディアの答えを待っていた。そして、それは長い空白の後に叶えられた。

「あなたは……少し頭を冷やした方がいいみたいだね」

 腹を立てているのかと思ったが、そうではなかった。
 リディアはやはり笑っていた。だが、その質はひどく悲しげなものへと変わっていた。
 道が違えたことを、アーチェは悟った。
 それもアイツが原因だ。リディアは『彼』の味方をするのが「役目」なのだから。

「王よ。意思通ずるなら、応えて」

 アーチェは抵抗しない。リディアが自分に怪我を負わせるはずがない。
 反撃することも可能だったが、矛先を彼女に向けても意味がなかった。
 この怒りは、然るべきところに向けられなければならない。
 ――考えてみなよ、アーチェ。あなたのその怒りは、どこから生まれてくるの?
 海面から爆発的に伸びてくる水の帯に呑まれる直前、そんな言葉を聞いた気がした。

20対峙編       3/7:2007/05/22(火) 22:05:22
 無為に時を刻むのが好きだった。
 何をするでもなく。何を求めるわけでもなく。
 時の移ろいと共に影が伸び、夕焼けに染まり、そして夜の帳に包まれていくのを
ただ眺めているだけで、全身に震えが走るほどの幸せに包まれた。
 安上がりな幸せと思う者もいるかもしれない。
 それでもいい。幸福を独り占めというのも、退屈だが、悪くはなかった。
 故に、今日もここにいる。
 大概一人で。たまに、数人で。
 鳥居の奥、神が住まうと言われる社の庭で、彼はぼんやりと佇んでいた。
「お月見? 風流だね」
「……風土が流れ行き渡ると書いて、風流。実にいい言葉だと思いません?」
 声のした方を見れば、そこには落ちかけた帳の中でも映える桜色の髪。
 だが、その有り様に彼は思わず眉を潜めた。
「どうしたんです? この寒空の下で着衣水泳でもしてたんですか?」
 アーチェは見るも無残なほどびしょぬれだった。
 髪からは今なお滴が地面に引かれて落ちている。
「ねぇ、『ライール』」
 ぞくりと、体が震える。
 それは動揺と幸福がない交ぜになった不思議な感覚だった。
「…………珍しいですね。名前で呼ぶなんて」
「アンタがそう望んだからじゃない?」
 冷たい微笑。彼は曖昧に笑みを返す。
「アンタさえ望めば、あたしは自ら望んで何でもしちゃうんじゃないの?
 だって――あたしはアンタの操り人形に過ぎないんだから」
「………………」
「けど、アンタはそうしない。あたし達に触れようともしない。
 ――善人でも気取ってるつもりなワケ?」
「違います」
 即答。
「俺は自分を善人だとは思ってません。何故なら、俺は俺が望むことしかしてませんから」
 その言葉に、アーチェは一瞬だけ微かに笑みを浮かべた。
 即座にそれは怒りの形相へと変わる。

「……なら、何であたしはアンタのことが許せないのよっ!」

21対峙編       4/7:2007/05/22(火) 22:06:39
「何でこんなに辛いの? 何でこんなに苦しいのよっ!
 あたしをいいようにしたいなら、そうすればいいじゃん!
 アンタが嫌いなわけじゃないのに、あたしはアンタを憎んでる。
 それがどんだけ苦しいかわかってる!?」
 彼女の顔は変わらず濡れていて。
 頬を伝うものがしたたる滴なのか、それとも別の何かなのか、判断がつかない。
「リディアがね、言ったの。あたしの怒りはどこから生まれてきてるのかって。
 ……わかってるよ、言われなくったってそんなこと。
 アンタはあたし達の気持ちを尊重してくれてんでしょ?
 あたしが――本当のあたしが気に入らない事を、アンタは強要しない。
 あたし達を自由にさせようとしてくれるのだって、ちゃんとわかってる。
 ……だけど、だけど!」
 気づくと、アーチェの顔が目の前にあった。
 宵闇の中でも目尻に溢れる輝きを覗けるほどに。
「だからって……あたしにアンタを憎ませないでよっ!!」
 ――嫌いたかったわけじゃない。
 憎みたかったわけじゃない。
 楽しければ、そう、楽しければそれでよかったのだ。
 たとえすべてが『夢』であったとしても。
 アーチェが何より許せなかったのは。

「アンタは、自分のしてることを許せないから、あたしにアンタを許させないだけじゃない!!」

 リディアと話をして、アーチェははっきりと理解した。
 彼は偽善者だ。善人ではないけれど、決して悪人でもない。
 臆病で、アーチェ達を欲望の赴くままに動かせなかっただけかもしれない。
 けれどそれは自分達を大事に思ってくれている証拠だ。
 リディアが彼を否定しないのは、彼女がそういう人間だと彼が思っているから。
 もちろん自己弁護の気持ちだってあるだろう。
 けど、何よりリディアの意思を尊重していることはアーチェにもわかった。
 それは誰よりもアーチェ自身が、リディアならきっとあのように答えるだろうと思ったから。

 だから、アーチェは彼の事が許せない。
 自分が彼を憎むのは、アーチェならそうするだろうと彼が考えているからだ。
 彼はこの状況下で『アーチェは自分を否定する』と思っている。
 それだけじゃない。
 彼は臆病で、優しい。だから自分のしてることを許さない。
 そのために、弾劾役としてアーチェを配置したのだ。

 操られてるとか、いいように動かされてるとか。
 そんなことは心底からどうでもよく。
 ただ、自分がその程度の人間とみなされているのが、純粋に気に入らなかった。

22対峙編       5/7:2007/05/22(火) 22:07:36
「……ケリをつけよう、ライール」
 アーチェの右手に光が宿る。同時に青白色の魔法陣が、彼女の足元で淡い輝きを発し始めた。
「これからもあたしにアンタを憎ませるなら、この世界からあたしを消して。
 それを認めないっていうなら、あたしは全力でアンタを――倒す」
「……それが無意味なことだと、理解していますか?」
「どういう意味?」
「俺がそう望むだけで、あなたは決して俺に魔法を使えない。そういうルールだからです。
 今この瞬間に俺に土下座して許しを請わせることだって可能なんですよ?」
「悪人気取りはいいって。つまんない」
 そんなことが出来るなら、とっくの昔にアーチェの風呂ぐらい覗いているだろう。
 彼は何よりアーチェ達の意思を尊重する。
 今、こんな状況が生まれていることこそが、その証だ。
 彼が許さない限り、アーチェは彼に反抗心を抱くことすら出来ないのだから。
「アンタが許せないのは自分だけ。その動機付けのためにあたしを利用しないで」
「あなたは俺を肯定しない。それが最も自然な在り様なんですよ」
「勝手に決めるなっ!」
 あいている左手で、彼の頬を思い切りひっぱたく。

「アンタの勝手な理屈で、毎日身近にいる人を嫌って生活するなんてまっぴらごめんよ!」

 その言葉に、彼は初めて動揺の表情を浮かべた。
「……そうか、そうですよね。そこまでは考えていませんでした」
 そして、苦笑。救いようがないな、というように。
「他人の心を完全に把握出来ると思うことが、そも愚かなんでしょうね」
「当たり前のことを今さら語ってんじゃないわよ、バカ」
 アーチェの顔にも薄い笑みが浮かんでいる。
 その右手の輝きが、さらに増した。
 夜を引き裂くほどに青白く燃える光。
「ここであたしがアンタを撃てなかったら、アンタは今のあたしが望む通りにしなさい。
 これはアンタが想像《創造》する、紛れもないあたしという存在が紡いだ結論よ」
「もし、撃てたら?」
「アンタは確実に死ぬ。それでこの『夢』は終わる」
「そうですね。その通りだと思います」
 故に、これは駆け引きにすらなっていない。
 終わりを迎えたくなければ従えと言っているのだ。最初から選択の余地などない。
 それを把握した上で、彼は頷いた。
「……わかりました。あなたが望むようにするといいでしょう」
 その言葉に、アーチェの瞳から感情が消えた。


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