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テロを根絶するためには・・・・

1⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/09/14(火) 19:34
初めまして⊂(・Θ・)⊃Piyoと申します。
以後よろしくお願いします。

さて、チェチェンでの学校占拠事件が最悪の終結となりました。
各メディアでは連日、被害にあった女性や子供達の映像が流れていました。
それらは総じてテロリストの非情さを訴えています。
でも、私の目はそれを冷ややかに見つめていました。
チェチェンでは、94年12月のロシア軍侵攻以来、何度もあった光景だからです。

今、各国・各メディアは盛んに「テロ根絶のために、テロとの対決」を叫んでます。
しかし、果たしてそれでテロを根絶できるのでしょうか。
9.11以来、「テロには屈せず、断固対決」世界中がそう叫んでいます。
しかし、むしろテロの有効性が立証され増加傾向にあるように思えるのです。
本当にテロを根絶したいのであれば、
我々は今一度問題の本質を見つめ直すべきではないでしょうか。

●「いかなる理由があろうと、女子供を人質に取り、殺害することは赦されない」
では、第2次チェチェン戦争でロシア軍が無差別爆撃でチェチェン市民を
殺害したことは赦されるのでしょうか。
宣戦布告もなく、いきなり市場に爆弾を落とし市民を虐殺することは赦せますか。
イスラエルでパレスチナ人が差別、弾圧、虐殺されていることは赦されるのでしょうか。
テロリストはこう思っているでしょう。
「先に手を出したのは奴らだ」

●「非対称型の新しい戦争形態」
そう言われて久しい。しかし、本当にそうでしょうか?
テロを行う側は、軍事的にも経済的にも圧倒的に劣勢にあります。
まともな軍隊を組織できず、ゲリラ(武装民兵)主体による抵抗組織が精一杯です。
今回の旅客機爆破テロを見ても、パレスチナでの自爆テロを見ても、
自爆テロを行う人は、ほとんどが生きることに絶望した一般市民です。
民間人が戦うには軍隊は強すぎて相手にならない。だから守りの薄い民間人を狙う。
テロを行う側にすれば、民間人が民間人を攻撃するのだから対称な戦いでしょう。
テロを行う側は、民間人も抵抗組織も差別と弾圧にさらされています。
また、メディアに対する影響力も弱いですから、
宣伝戦で悪のイメージを植え付けられてしまいます。
軍隊に任せて安全なところから自分たちを弾圧している敵国の民間人に、
自分たちの境遇を知ってもらい、弾圧をやめてもらうためには、
民間人を狙うことは仕方がないことなのではないでしょうか。

テロリストVS軍隊ではなく、国家(民族)VS国家の戦いと考えれば、
非対称とは言えないのではないでしょうか。
一部の犯罪者の仕業にしてしまうのは、問題の本質のすり替えだと思います。

●「いかなる理由があろうと暴力で要求を通すことは許されない」
これは、その通りでしょう。
もしそれを許せば、強者が弱者を支配することを容認することにつながるからです。
しかし強者の弱者に対する弾圧を無視して、弱者の抵抗のみを非難するのであれば
テロはなくならないと思います。

民間人、女子供、無差別・・・・一般にテロはこういった理由から否定されます。
しかし、調べてみればわかる。テロリスト達も軍隊によって家族を失っているのです。

9.11が起こったとき、私も怒りと悲しみにテロリスト達を憎みました。
今も、無差別テロという手段を悲しく思い、否定されるべきだとは思います。
しかし9.11とチェチェンやパレスチナにおけるテロは違うと思います。
9.11は未だに正式な犯行声明も政治的要求もなされていないからです。
差別や弾圧の歴史に根差した民族解放とは分けて考えるべきではないでしょうか。

今の私には民族解放を掲げるテロリスト達を憎むことができません。
テロリストを生み出す状況を憎みます。

みなさんのご意見をお聞かせください。

47ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/09/25(土) 13:31
>>46 に同意いただけたら、次は「テロの根絶」についてです。

【テロの根絶方法について】

→A)政治的要求(抑圧の回避、独立その他)の実現について、テロ行為(暴力による政治要求)よりも、【実現の可能性が高く】【コスト(金銭、人命)がかからない】の2点を改善した手法をテロリストに提案する。
  ※本項での目的は「暴力を伴う政治的要求方法」の根絶であって、「政治的要求そのものの根絶」ではない。
   暴力を伴う政治要求がよくないなら、それを伴わない方法で効率(コスト、実現性)のよい方法を提案できれば、非効率なテロ行為は減少する、のではないか。

→B)テロ行為を「犯罪」と見なす場合は、テロリスト及び協力者を徹底的に処罰する(現在行われている方法)。
  ※テロリストの主張の正当性については、テロ行為(暴力を伴う政治的要求方法)を採用した時点で、その主張の正当性は一切否定される。
   テロリスト及び協力者を物理的に撲滅することで、テロが行われる回数を減少させる。(現在行われているが、充分に効果があるとは言えない。ただ、「味をしめたテロリストを放置しない」という意味においては、ヒグマ退治と同程度には効果があると言える)

→C)テロリストがテロ行為をせざるを得ないような環境(政治的、社会的)を改善する。
  ※レジュームチェンジを含めた改善になるが、第三国によるレジュームチェンジへの介入とは、「現政権に対する反政府勢力による革命の手助け」を意味する。(1960〜80年代に世界のあちこちで起きた)
   しかし、レジュームチェンジが起きた場合でも、今度は追い落とされた側が新たな「テロリスト」になってしまうため、単純なレジュームチェンジは問題の解決にならない。

→D)弱者がテロ行為によって強者に政治的要求を行う原因を改善する。
  ※共同体の中で下された決定に対して、多数意見(強者)と、少数意見(弱者)に分かれる。このとき、少数意見(弱者)が共同体の決定(多数意見)に暴力を伴う反論を行うのが「テロ行為」である。
   暴力を伴う反論は本来禁止されているが、「共同体が意志決定を下すときに、多数意見と少数意見(しかも一致した多数意見はひとつだが、それに賛同しない少数意見は複数存在する)に分かれ、少数意見が【採用】されないこと」がテロリストがテロ行為に及ぶ原因である。
   共同体の中での意志決定の方法として、現状の方法は、

   1)多数決により民意(多数意見)に従う(選出された首相・大統領に従うのも同様)
   2)王・独裁者の命令に従い、反対は一切できない(人治主義)
   3)一党独裁政権のエリートの命令に従う(中国共産党などがこのスタイル)

   などが考えられる。(2)(3)の場合、少数意見は圧殺されるか、反論者は投獄処罰処刑される。
   (1)の場合、少数意見は「尊重はされるが採用はされない」。
   少数意見が尊重ではなく「採用」される(少数者に不満が出ない)、なおかつ多数意見も採用される(共同体の中で多数を占める一致した意見に不満が出ない)という、意志決定方法を模索する必要がある。


以上から、

(A)「テロ行為に代わる、効率(金銭、人命を消費せず、政治的要求が実現しやすい)のいい「弱者の政治要求方法」を広く普及させる」
(D)「民主主義/多数決に代わる、共同体の中での意志決定方法を模索する。少数意見が犠牲にならず、多数意見にも不満が出ない方法を考える」

の2点が次の議題になるのではないでしょうか?



以上、まずは脱線から復帰し、「道筋を付ける」というところまでをまとめさせていただきました。

48吉岡:2004/09/25(土) 13:57
>>46 ヤスツ さん
>「テロがいけないなら戦争もいけない、戦争が許されるならテロも許される」

ここが違うのです。
許されるなどとは、私を含めて、誰も言っていないと思う。
犯罪だ悪いことだと、百万回言ってもなくならないと言うだけの話です。

> →A)暴力で政治的要求をする「テロリスト」はよくない
  ※よくない理由は、「テロリストは、地域住民の総意の代表ではない」から。

私は、例え「地域住民の総意の代表」であったとしても、
その被害者が何の罪もない一般民である限り、よくないと思っています。
その点あなたのほうがテロや戦争に寛容です。

> →B)民間人を無差別に殺害する「無差別テロ」という手段はよくない

今アメリカ軍は、巻き添えが当選起こる状況で空爆を行っているが、
それだけではなく、道行く女子どもに銃口を向けている(ファルージャなど)

>おそらく、「* 無差別攻撃については空爆も同様であり、空爆が肯定されるのに無差別テロが否定されるのはおかしい。

どうしてこういう誤読がいつまでも続くのかなあ。
否定されないなどとは一言も言っていない!

>無差別テロが否定されるなら空爆も否定されるべきだ」

これはそうです。

>「テロの否定にかこつけて空爆を否定すること」

何ですかこれは? かこつけてもかこつけないでも
「空爆(だけではなく、軍隊が民衆を虐殺している全てのこと)が原因になっているテロ」撲滅のためには、
空爆などを否定することがテロ撲滅の一つの方法です。

>>47に関しては、
(A)と(D)の 具体的で有効な方法をお示しください。

>→B)については、現在アメリカなどがとっている方法で

その結果、より多くの自爆攻撃者が出ています。
スレ主提出のチェチェン問題では、女性軍団まで出てきています。
彼らはもはや、命を生み育てる望みすら失って自爆に走っています。

49⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/09/25(土) 17:40
⊂(・Θ・)⊃Piyo です。遅くなりましてすみません。
皆さんのたくさんのご意見ありがとうございます。大変参考になります。
少しずつですが私の考えものせますのでよろしくお願いします。

>ヤスツさん
●「現代の空爆は無差別ではないが、現代のテロは無差別である」
チェチェンでは市場に空爆されていますし、首都グロズヌイは東京大空襲の後のような有様です。
イラクでも誤爆で少なからぬ民間人の被害が出ており、これがアメリカに対する憎しみの源になっています。
結局、数の問題ではないのだと思います。
家族を失った側からすれば、精密爆撃であろうとテロであろうと同じです。
テロも空爆もなくさなければいけないと思います。

●「A)戦争とテロは同じ。テロが非難されるなら戦争も非難されるべき。テロリストに罪があるな
 ら戦争の当事者にも罪がある。喧嘩両成敗でなければならない (yes/no)」
YESです。
というより既に少数VS多数の戦争であり、この戦争を終わらせたいと思っています。
当事者を裁きたいわけではないのです。

●「B)少数者にテロをさせず、なおかつ多数者が少数者の言いなりにならない、
 民主主義以外の方法があれば具体的にご教示下さい。」
 民主主義が全てではないと思います。国連加盟国には専制国家も共産国家もありますし、
そもそも、イスラムにおいては全ての立場に優先してクルアーンがあります。
 それをアメリカ式民主主義で解放などと言う方が非民主主義的ではないでしょうか。
 私は、本来国連は、国家、民族、宗教、思想、歴史といった国家間の懸案を調整するための
機構であり、またそうあるべきだと思います。
 当事者同士の問題だと見て見ぬふりをしないで、国際社会が協力し合って、多数派も少数派も
幸せになれる道を模索すべきだと思います。
 具体的には、今PKOで行っているような兵力引き離しと民族自決権の保証だと思います。
 これらは当事国よりも国際社会の役割です。
 パレスチナのような「聖地をどちらのものにするか」と言った問題であれば、中立地域として
国連が管理する必要もあると思います。(それがベストかはわかりません)
 そうなると、国連の実行力の強化が必要になってくるでしょう。
 常設国連軍だとか、ワシントン条約のような軍備制限も必要かもしれません。
 これはある意味、国連を人類規模での民主主義の場に変えると言うことかもしれませんね。
 当然民主主義ですから信仰の自由、思想の自由、社会形態の自由などがあるとともに、
それらが他者に迷惑をかけないように一定の制限を受けるわけですが。

 今の国際社会は、テロ=悪(悪なことは確かですが)と決めつけて、少数派の意見や主張を封殺
しているように思えます。これは民主主義的でもないし、不条理で不義理だと思います。

問題を総括して焦点を絞って頂けるのは、本当にありがたいです。
これからもよろしくお願いします。⊂(⌒Θ⌒)⊃Piyo

50⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/09/25(土) 17:57
>ε=(。 ̄д ̄。)☆:*:★彡さん、ヤスツさん
少々気になったのですが
私たちは神のように万物を見通すことはできず、言葉は万能ではありません。
つたない文章しか書けない私が言うのもおこがましいのですが、
自分の思いを正確に文章に難しいと思います。
文章だけで相手の意図を断定するのではなく、まどろっこしいかもしれませんが
「これについては、こういう意味ですか」
「いや、それについては、こういう意味です」
くらいのワンクッションを置く位の余裕を持った方が良いのではないでしょうか。
互いに結論を急ぎすぎてそれが対立を産むなら、平和のための議論にはならないと思います。
それは悲しいことだと思います。

51ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/09/25(土) 20:27
>>48

>「テロがいけないなら戦争もいけない、戦争が許されるならテロも許される」

これについてですが、「私はそう思う」というものというよりも、「複数の考え方が存在しており、そのうちのひとつとしてそういう考え方もあるのではないか?」というものを、書き出して項目の一つとしておく、というのが「まとめ」です。
それを選ぶかそれを正当化するかは、また別問題です。
誰かがそれを言った言わない、ということではありません。

「地域住民の総意の代表であったとしてもよくないと思う」という吉岡さんの意見は、吉岡さんの意見として立派だと思います。
私が「地域住民の総意の代表であるならば認めてもよい」と言うのは、「地域住民の総意の代表」ならば、それはもうひとつの「国」に準じるものとして認めることができる、ということを言いたいわけです。
そうであるならば、反撃も正当化されますしね。

・テロは犯罪であるが、戦争は犯罪とは言えない。
・テロ鎮圧のための暴力の行使は、治安維持のためのものであるので違法とは言えない。

異論はあるでしょうが、これが現状の認識ではありませんか?
少なくとも、戦争(に伴ういくつかの戦時犯罪を除けば)は今のところ、まだ「違法」と断言するほどにはなっていないのではありませんか?
戦争はできればないほうがいいね、という点については私も異論はありません。
が、戦争以外の方法で対処ができなくなったときに、戦争よりも効率のよい解決方法が充分に機能するという確証はどこにもありません。(そして、その戦争そのものが効率のよい解決方法かどうかも断言しませんが)

私はテロや戦争に寛容なわけではありませんが、不寛容な態度を採ったところで(それこそ、テロと戦争は犯罪だ悪いことだと100万回言っても)、「効率」と「効果」を認める人がいる限りはなくならないわけです。
その意味で、テロや戦争が現実として不可避であることについては、私は寛容(現実を受け入れる)であると言えるかもしれませんね。
目の前の戦争やテロを、「嫌だ」というだけで消え去るわけではありませんから。

>おそらく、「* 無差別攻撃については空爆も同様であり、空爆が肯定されるのに無差別テロが否定されるのはおかしい。

これについてもですが、「あなたがそういったか言わないか」ではありません。そういう考え方も選択肢のひとつとしてあり得る、というのが「まとめ」の中に羅列する理由です。
自分が支持しない、自分の意見ではない、そしてその場にいる人間の誰の意見でもないが、そういう意見もありうる、というものを、「要素」のひとつとして書きだすことが「まとめ」ですよ。

>空爆を否定することがテロ撲滅のひとつの方法

本気ですか?
テロ行為の中の一手段が「無差別テロ」であるように、軍事力行使の中の一手段が「空爆」だと思いますが。
無差別テロを禁じても別の手段があるように、空爆を禁じての別の代替行為が出てくるだけなのでは?

>(A)〜(D)の方法について

(B)については、効果的とは言えない、と私も書いています。念押しをありがとうございました。
(A)と(D)についてお答え下さい。

52ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/09/25(土) 20:47
>>49

「テロ(無差別の)をなくさなければならない」
「空爆(無差別の)はないほうがいい」
これについては何度も言うようですが私も同意はしております。

ただ、「なくなれと唱えればなくなる」ものではない以上、どういった性質のものか、どういう目的とどういった効果を期待して行われているのかといった、「テロ」と「空爆」の機能と効果をよく知ることが、根絶への道となるものと思います。
結果(効果ではなく、被害)の部分だけを共通化して、なくせなくせというだけではなくならないのではないでしょうか。

無差別テロと空爆は、「無辜の市民が犠牲になる」という点で一致していることはわかりましたが、
・それがされる理由
・それが選ばれる理由
・それを選ばないために必要な理由
は、まだそれほど深められていないように思います。
「嫌だと言うんだから止めればいい」というのは、対策としてはあまりに稚拙でしょう。

テロにせよ空爆にせよ、「目的を遂行しなさい」という命題の上に立ったときに、もっとも効率がいいから頻繁に行われるわけですよね。
では、それを上回る効率(人命損耗の低さと、費用の低さと、投資対効果)が見込める方法があれば、現状の方法は回避されるのではありませんか?
ということを、主題にしたいわけですが、なぜ皆さん、その他の枝葉末節なところに捕らわれるのでしょうか(^^;)

53ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/09/25(土) 20:48
国連についてですが、私は国連は「連合国が敗戦国を囲い込むための機構」として始まり、その目的に限ってはP5の意図が一致していたが、それ以外の意図についてはP5の意図が一致しないことが増え、すでに充分に機能していない、と考えています。
連合国が敗戦国(枢軸国)を囲い込む目的としての国連が充分に機能したのは、P5の意図が一致したことにより、国連がP5の「国力」をそれぞれの国々の同意の下、「利用」することができたからと考えられます。
いわば、国連はP5の国々の権力の「代行機関」であったが故に、国連としての「強制力」を発揮できたのではありませんか?

しかし、イラク戦争の国連決議の有り様を見ていると明らかなように、P5が一致しない場合、国連は「一国の行動を制止する力」も、「決議違反の国に実効効果のあるペナルティを与える力」もありませんでした。
あくまで国連は「連合国=P5の代行機関」以上の力を持っていないということが暴露されています。

この上でさらに国連に独自の「強制力」を持たせることができなければ(P5を封じ込めるほどの)、国連は所詮は「連合国=P5の権益を保護する機構」以上には成り得ないのでは。

「国際社会が協力し合って」「みんなでよく話し合って」というのは、原則論ですし、その原則論についてはまったくもって賛成です。
問題は、具体的に「反則者をどうするか」「話し合いで答えが出ない場合どうするか」ではないのでしょうか。
とりあえず、違反国に対する国連の対処として、「安保理への付託」というのがありますけれども、これも「安保理に付託されて、安保理がGOを出したら、実際に制裁がされる」という実効性が伴っていなければ、「安保理に付託されるということの意義」が失われてしまいます。

二次大戦後の国連(連合国)の発言の重さは、「日本に実際に使われた核兵器、を実際に配備しているP5の重さ」から来るものでした。
しかし、核兵器は実戦で使えない兵器であるが故に、「どうせ抜けない刀」となってしまい、「違反行為」や「安保理付託」が脅威にならなくなったことが、「大国側が反撃をしづらい無差別テロの普及」に繋がっているのでは、とも思いますがいかがでしょうか。

また、「民族自決」についてですが、どこまで許すべきなのでしょうか。
というのは、この場合の「自決する民族の線引き」は、どこで行われるべきなんでしょうか?
日本で例えるなら、「日本人」として自決するのか、「関東人と関西人」で自決するのか、「九州、四国、中国、近畿、東海、北陸、関東、東北、北海道」でそれぞれ自決するのか、県別で分けるか……といった話です。
共通の言語を持っているということで分けるだけでいいのでしょうか? DNAが同じでも、宗旨が違うだけで別民族だというケースはどうでしょうか?
アフリカのように、「部族が違うだけで殺し合いになる」ような場合、その民族をどこで分け、自決もさせるべきでしょうか?

民族の自決を言うのは簡単ですし、原則論としては正しいと思います。
しかし、民族をどこで線引きするのかについて、我々は有効な方法を持っているとは言いがたい。
国際社会が相談して、当事国の主張を押さえ込んで線引きをしてしまうことの不都合は、ロレンス以来よく知っているはずなのではないでしょうか?
一定の制限を受けるべき、という一定の線引きもどこですればいいんでしょう。
当事者のうち、一方が納得してももう一方が納得しない場合はどうやって仲裁するんでしょう。
「まあまあ」と割って入るだけならできますが、双方が納得するような結論など出せるのでしょうか?(パレスチナとイスラエルのように)

疑問点を挙げていくと、論じるべき問題点がどんどん増えていきますね。
恐らく我々は「総論では意見は一致している」のだと思います。
問題は、「各論を考えるために、いかなる主張があるか?」を検分していく段階にあります。
そこに入ると、途端に揚げ足取りの応酬になり、また些末な話ばかりがクローズアップされてしまいます。
神のように全てを見通すことは難しいとは思います。
が、できるならば、議論に関わる者全員が「議長」のつもりで、自分の意見も自分のものではない相手の意見も、そこにいない/そこにないが、ありうる意見をも「ひとつの要素」として検討していければよいと思います。

有意義な議論となることを期待しています。

54うろちい:2004/09/26(日) 18:18
テロを無くすにはテロ自体を物理的に押さえ込むことと、テロリストがテロをする理由を無くすことと、2つの方法が考えられます。
どういう場合にどちらを選択するのか、がこのスレの主な議題になるのではないですかね。

55⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/09/27(月) 23:32
>うろちいさん
初めまして⊂(・Θ・)⊃Piyo です。以後よろしくお願いします。
●「テロを無くすにはテロ自体を物理的に押さえ込むことと、
  テロリストがテロをする理由を無くすことと、2つの方法が考えられます。」
どちらか一方と言うことはないと思いますよ。
短期的には物理的に押さえ込んで(テロも、それに対する報復も)、長期的にテロの理由を
解消していくという方法もあると思います。
こうして私たちが議論をしている間にも、テロや戦争で人が死んでいます。
命を救うには応急処置と根本治療が必要なように、この問題についても即効性のある対策と
根本的に再発を防ぐ対策とを同時並行的に行う必要があると思います。 

>ヤスツさん
●「「国際社会が協力し合って」「みんなでよく話し合って」というのは、原則論ですし・・・・(略)」
確かに原則で理想でしょうが、現状において私は現実的だとは思いません。
それが可能ならば、戦争もテロも起きないからです。その点については全く同意します。
対立し受け入れられなくてもそれはそれで仕方がないものとし、長い時間をかけての変革に期待し、
当面は第3者の力によって衝突を物理的に押さえ込むことの方が現実的かつ緊急を要し、
これらを実現するために国連という組織があるはずなのですが、
チベット、パレスチナ、ウイグル、チェチェン、台湾・・・・etc
これらの地域の現状を見れば国際連合憲章第1条にある目的など機能しておらず、
大国のエゴばかりがまかり通っているように思えます。
ですから本来の目的に立ち返ることと、必要な実行力を身につける必要があると思います。
誰もやらないなら日本がリードすべきだと思います。
それは政治家の仕事ですが、政治家に投票する私たち国民一人一人の責任でもあると思います。

●「また、「民族自決」についてですが、どこまで許すべきなのでしょうか。」
 「一定の制限を受けるべき、という一定の線引きもどこですればいいんでしょう。」
ケース バイ ケースです。
ヤスツさんのおっしゃるとおり、この線引きは一律に決められるものではないでしょう。
しかし、誰もが納得する夢みたいな回答を待っていては、いつまでたっても誰も救えません。
その場その場で妥協点を見つけていくしかないでしょう。
当然、過去の例を持ち出して納得できないと言う者も出てくるでしょう。
そういった者に対しては、集団の力で押さえ込むことが必要だと思います。
 
私は民主主義において重要なことは“誰もが幸せになれる回答”ではなく。
“誰もが少しずつ我慢すること”だと思います。
自由だの権利だのと言って自らの欲望ばかり優先することは罪であり、
罰せられるべきだと思っています。

56⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/09/27(月) 23:45
<私たちにできる戦い方について>
このスレでの結論が出る前に、結論をいかに役立てるかという事について並行的に
考えたいと思います。
単なる自己満足で終わらせないために。

私達はインターネットという強力な武器を手に入れました。
情報という弾薬を、時間と空間と国境を越えて打ち込むことができるようになったのです。
一般人が武器を取ってテロリストになるように、
一般人にもパソコンを使って情報戦争ができるようになったのです。

情報は良くも悪くも、白を黒に、正義を悪に変えることすらできます。
ボスニア紛争でも、ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国がルーダー・フィンというアメリカの
広告会社を雇い、セルビアの非人道行為をアピールすることにより、アメリカ国内での世論を
動かしセルビア共和国側に勝ったという前例があります。
先頃の中国で行われたサッカーアジア杯における中国人の反日行動や尖閣諸島上陸事件も
インターネットを利用した反日団体の活動がの成果と言われています。

“情報は武器”
私達にもこういった戦いができると思います。

57ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/09/28(火) 00:55
>>54

A)テロ自体を物理的に押さえ込む方法
 1)テロリストを捕縛、殺害し、テロの発生を、テロ実行者の排除によって達成する
 2)テロリストの組織を破壊する
 3)テロリストの資金源を凍結、組織を機能停止に追い込む

B)テロリストがテロをする理由をなくす方法
 1)テロリストの要求を全て飲む
 2)弱者が我慢を強いられない方法を発明する

58⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/09/28(火) 23:34
>ヤスツさん
>>57は要約すると
A)は現実に実行中だけれど一向に成果が上がらず。むしろ事態を悪化させている。
B)は暴力又は多数決によらない支配を肯定する事になる。
したがっていずれも現実的とはいえない。
さぁ、あなたの冴えたやり方を教えてください。

で、良いのでしょうか?

私は、水と油を混ぜ合わせたり、どちらか一方を捨ててしまうより、
水と油、それぞれの持ち味を尊重して存在させる事を望みます。

59スライムベス:2004/09/29(水) 17:23
アメリカがアルジャージラのバグダッド支局を閉鎖させたのも
情報の重要性を十分認識していたからでしょう。

チョムスキー氏によれば
「アメリカは世界最大のテロ国家」ですが、
テロの連鎖反応、暴力の連鎖反応が世界で続いている中で
なんとなく「片側のテロ」だけが悪い、という
イメージを持たされている人が多いように思えます。
アメリカ政府などによる「情報戦争」が
効を奏しているんでしょうか^^;

60ヤスツ </b><font color=#800000>(RqRGbk8w)</font><b>:2004/09/29(水) 21:40
書き込めないな、変だなあと思っていたのですが、板は生きていたのですね(^^;)
>>57には続きがあったのですが、話が進んでるようなのでもういいや、ということで……。

>>58
「水と油の持ち味を尊重して存在させることを望む」というのは、実に素晴らしい意見だと思いますが、それでは「具体的な実現方法はどうしますか?」ということになりませんか?
テロの根絶について、総論、原則論の部分では同意できることが多いけれども、具体論の部分に入ると「それじゃどうするの?」で止まってしまうことがほとんどです。
これは、「誰の立場に味方して、その目的を支持するかしないか」という取捨選択/判断を求められることによって、総論/原則論が消し飛んでしまう(=総論賛成各論反対という奴ですね)ということかと思われます。

各論を議論しないのであれば、「総論は賛成だが各論は各々がそれぞれのフィールドに持ち帰って実践する」で議論は終了になります。
各論について議論を始めるのであれば、「それぞれの持ち味を尊重して存在させる」というのは玉虫色のスローガンにしか成り得ないのでは、と危惧します。

「各論で対立しても相手に対するテロを相互に実行させない」ためには、「対立するもの同士が置かれている物理的距離を遠くしてしまう」という方法が考えられます。
領土問題が原因であれば、どちらか一方もしくは双方を「国境や領土が重複しない遠方に引き離してしまう」など。
以前、緑装薬4さんがパレスチナ問題の解決方法として、「双方またはどちらかをメガフロートに乗せて海に流せばいい。日本のメガフロート(超巨大浮体構造物)技術は実用化されているし、募金なり支援金なりの資金援助があれば実際に建造も可能である」というアイデアを出されたことがあります。
奇想天外ではありますけれども、それもひとつの方法だと思いました。

テロの根絶は、総論を議論するよりも各論をそれこそ「ケースによって様々」なら「全てのケースについてそれぞれ個別に」でも、突き詰めていかなければならないのではないかと思いますが、いかがなものでしょうか。

61ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/09/30(木) 05:02
>>60 トリップ間違えてました(つД`)

「テロは、多数決または数の論理で弱者になった個人(共同体の支持を得ない)が、多数派に対して自らの主張を通すことができないため、それを暴力による威嚇で状況を変えようとすることを肯定するために起こる」
「戦争は、多数決または数の論理で不利になった国(共同体の指示を得ている)が、対立する相手国に対して自らの主張を通すことができないため、それを暴力(軍事力)による威嚇で状況を変えようとすることを肯定するために起こる」

まずは、とりあえずの認識として挙げておきます。異論はあると思いますが、ざっと、ということで。
テロと戦争は、「口実」と導き出される「結果(被害の性質と規模)」が似ているため並列して比較されやすいのですが、主格(実行を決定するもの)が、「個人かそれに近い、共同体の支持を得ないもの」か、「共同体から選出された代表権者」かの違いがあります。
この差は大きいように思います。私が、「導き出される結果が同じであってどちらも唾棄するものであったとしても、特にテロは戦争以上に封じ込まれるべきものだ」と考えるのはこの点にあります。
テロと戦争(たびたび引き合いに出る空爆など)を同列に並べるというのは、「個人の集合体であり、異論を持つ共同体の中での最大多数(=合意)の元に選出され、合意を代行している政府=国」と、「誰かの合意を得ているのではない個人」を同列に扱うことになります。
「行為の結果、導き出される死者の人数」だけに着目すれば、「どちらも同じ」「個人でやるのは気の毒な理由があるが、国家がやるのは同情すべき理由はない」と見られてしまうものなのかもしれません。

しかし、個人が、その他の個人の合意を代行する「国」と同等の行為をしてしまってもいいものなんでしょうか?
また、テロリストが例えば国と対立する利益集団の代表者だというのなら、交渉相手にもなりうるのかもしれません。(例えば、かつて力があった頃のアラファトは、パレスチナを代表する交渉者として目されてきました。しかし、アラファトによるパレスチナへの影響力が低下し、さらにパレスチナを集団として束ねる能力のある後継者が続かなかったため、アラファトはすでに交渉窓口とは目されず、さらにはパレスチナは集団としての交渉ができなくなりつつあるように見えます)
国対国の戦争は、代表者同士の交渉によって、終わらせることが可能です。
が、交渉相手を潰してしまうと、戦争の場合ですらなかなか終わることができません。(アフガンのケース、イラクのケースがそうですが、原形は降服を受け入れるべき政権が自殺/逃亡して崩壊してしまったナチスドイツのケースかもしれません)
国とテロリストとの交渉が難しいのは、「テロリストが犯罪者だから交渉などしない(建前)」ということよりも、「テロリストは交渉相手としては信頼が置けない(交渉相手が、テロリスト全体に対しての影響力を持たないか、持っているかどうかの裏が取れない)」ということのほうにあるようにも思います。

また、昨今のテロリストは、かつてのIRAのような明確な「命令系統を持った組織」というよりも、「大義に対する共感」に基づき「方法論を共有」し、実際には明確な命令系統や結束力のある組織を持たない、細胞型のものに移行しつつあるそうです。(この20年ほどの話)
別スレで中葉さんが仰っておられたところの、「ホロニックな構造を持つ集団、または大義と具体論(攻撃方法など)だけを共有する集団幻想というか……。

窓口を持たない相手と交渉する術はまだ開発されていないかと思いますが、もしそういった方法が見つかれば、「国(というか、合意に基づいた共同体の代行者)と、個人(合意に基づかない不特定/匿名の存在)の間での取引や「合意」が可能になるかもしれません。
そうした方法があれば、ですが、私には今のところ思いつきませんが。

62吉岡:2004/09/30(木) 08:49
ヤスツさん
「共同体から選出された代表権者」であるということを「ある国」が認めない限り
「テロリスト」として「その代表者を含む地域ぐるみ」爆撃などの攻撃を受ける
という現実をどうとらえますか?
サドル師をテロリストと規定して、彼がいると思われるモスクを空爆する。
フセインをテロ支援国の大統領(独裁者)と規定して、彼がいると思われる建物に地下迄貫通する爆弾を突っ込む。
テロ国家であると規定して、パレスチナを無差別爆撃する。
「アラファトによるパレスチナへの影響力が低下し、さらにパレスチナを集団として束ねる能力のある後継者が続かなかったため、アラファトはすでに交渉窓口とは目されず、さらにはパレスチナは集団としての交渉ができなくなりつつある」
というのは、
アラファトを通じて、パレスチナを思い通りに操ることが出来ない。
傀儡政権以外は「テロリスト」であると規定すると言うことではありませんか?
力の論理でねじ伏せる姿勢では、力で反攻することを、止めようがないように思います。

63イカフライ:2004/09/30(木) 09:35
>>61

>「テロは、多数決または数の論理で弱者になった個人(共同体の支持を得ない)が、多数派に対して自らの主張を通すことができないため、それを暴力による威嚇で状況を変えようとすることを肯定するために起こる」
 どうも、ヤスツさんの言っていることがピンとこなかったんだけれど。

 数の論理で弱者になった,んじゃなくて、力の論理で弱者になった,あるカテゴリ-の一部がテロるんじゃなかろうかね?

 実際,イラク攻撃が多数決で支持を得てたとは思えないしね。

64ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/09/30(木) 14:38
>>62
じゃあどうするんですか?
武器を捨てて仲良くしましょうと言えば、それだけで相手は信用しますか?

>>63
「数の論理」と「力の論理」ですけれども、力の論理も「数の論理」の下支えによって成り立っているとは思います。
ただ、その場合の「数」というのは、「投票権」ではないようです。
日本国内でも「票の格差」が問題になりますが、これともある意味通じる部分かもしれません。
もっと言えば、「国民総生産に基づく実力の差」というものは数で表現できるわけですが、その部分に注目すれば「数の論理」という言葉の説明になるかもしれません。

力=数ですが、数≠投票権とは限りません。


と、アメリカ擁護のような意見ばかりを書くと、ヤスツは大国追従主義で、アメリカに刃向かうものにテロリストの烙印を押して殱滅しようとしているのだ、と思われるのではないかと思うのですが(すでに吉岡さんあたりはそうお考えでしょう?)……
議論というものは、「立場の代弁者同士の摺り合わせ」になるか、そうでなければ「すべての要素を参加者全員が共有して考える」のがよいかと思います。
今のところ、「テロリストと呼ばれる人々側からの、テロを止める条件」の代弁がないようなので、「テロリストと呼ぶ側の、テロを止める手段」について論じてきましたが、吉岡さん、PIYOさんは、どの立場からどのような方法が採れるとお考えでしょうか?
それとも、どちらの立場にも立たず、双方の利益の衝突を解決するアイデアをお持ちでしょうか?

65ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/09/30(木) 14:54
大国に完膚無きまでに占領された後、奇蹟の復興に成功した国……というと日本がまず挙げられますが、ドイツによって空爆されたイギリス、アメリカ/ソ連の代理戦争で焦土になったベトナムなどなど、復興を経験した国は改めてあげるまでもなく枚挙に暇がないものと思います。

また、1945年くらいまで大国の植民地だったけれども、二次大戦終結を境に独立して、曲がりなりにも自決意志を持った国になった、という国も枚挙に暇がないことに異論を持つ方は少ないでしょう。
(そういえば、今年はパラオ共和国独立10周年だそうです)

反政府運動から革命で政権を倒し、軍事政権なり新政権なりを国民が自分で作った「革命経験国」も数知れません。古くはフランス革命、日本では明治維新、新しいところではキューバ、リビアもそうかもしれません。お忘れかも知れませんが、アメリカ自身がイギリスという宗主国との独立戦争の果てに独立国となったわけで、それであるが故に「自国の自由」への固執と「自国を自力で守る」ことに対する執念は他国以上に強いのかもしれません。(他人を思いやることはその人のためではなく、自分を救うためである、という。日本にも「情けは人のためならず」という同じ格言がありますが)

では、「焦土からの復興」「大国の支配からの独立」「自力での革命」に成功した国と、それがうまく行かずに内戦に突入した国との違いはいったいなんでしょう?
テロというもののうち、「戦術としてのテロ」を憎むのは誰も同じと思いますが、「テロに走る理由」の部分に対する評価は、人それぞれであるように思います。
「抑圧があるからテロに走るのだ。テロリストだけが悪いのではなく、抑圧者も悪いのだ(→だからテロ戦術は全面的に否定できないのだ、とまでは行かないまでも、言外ににじみ出ている発言が多く見られますが……)」

「今」を問題にするなら、ボタンの掛け違いであった最初の部分を、うまくいった国とそうでない地域とで比べることも必要ではないかと思いますがいかがでしょうか?

66吉岡:2004/09/30(木) 15:32
ヤスツさん
>じゃあどうするんですか?
武器を捨てて仲良くしましょうと言えば、それだけで相手は信用しますか?
>今のところ、「テロリストと呼ばれる人々側からの、テロを止める条件」の代弁がないようなので、「テロリストと呼ぶ側の、テロを止める手段」について論じてきましたが、吉岡さん、PIYOさんは、どの立場からどのような方法が採れるとお考えでしょうか?

巨大国家による、巨大テロを止めさせるしかありません。
幸いにして、その巨大国は、ヤスツさん曰くの「選挙による多数の意思を反映する民主国家」です。
そして、その国の民衆の、相当多くの部分が「平和的解決」を求めています。
その国の世論に訴えるさまざまな方法を考えるのも、解決の道につながると思っています。

67吉岡:2004/09/30(木) 15:41
ヤスツさん
>じゃあどうするんですか?
武器を捨てて仲良くしましょうと言えば、それだけで相手は信用しますか?
>今のところ、「テロリストと呼ばれる人々側からの、テロを止める条件」の代弁がないようなので、「テロリストと呼ぶ側の、テロを止める手段」について論じてきましたが、吉岡さん、PIYOさんは、どの立場からどのような方法が採れるとお考えでしょうか?

巨大国家による、巨大テロを止めさせるしかありません。
幸いにして、その巨大国は、ヤスツさん曰くの「選挙による多数の意思を反映する民主国家」です。
そして、その国の民衆の、相当多くの部分が「平和的解決」を求めています。
その国の世論に訴えるさまざまな方法を考えるのも、解決の道につながると思っています。

68吉岡:2004/09/30(木) 23:04
二重投稿に、すぐ気がついたのですが
謝罪を書くにも重くって重くってあきらめました。
ところが、今開いてみると、ぐっと軽くなっていました。
直ったようですね。
二重投稿になってしまってすみませんm(_ _)m

69ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/04(月) 18:33
>>67

巨大国家による巨大テロとは、空爆などのことですか?
また、この場合の巨大国家の例としては、アメリカなどがそうでしょうか?
来る11月の米大統領選では、アメリカの事実上の選択肢は(ネーダーは当て馬なので除外)ケリーとブッシュですが、どちらを選んだ場合に「巨大テロがなくなる」とお考えでしょうか?
対テロ姿勢はブッシュもケリーもさほど変わりませんが。
ブッシュが勝った場合、吉岡さんの言う「巨大国家による中東/アフガンへの巨大テロ(空爆)」は今後も継続しますが、ケリーが勝った場合、吉岡さん流に言うと「イスラエルによるパレスチナ人弾圧テロ」はさらに深刻化しますよね。ケリーはアメリカのユダヤ系ロビーを支持層に持ち、「イスラエルを支持し、交渉窓口がないパレスチナを支持しない」と言い切ってる人ですし。
どちらが選ばれてもアメリカの「平和的解決を求める人々」の決断の結果ということになりますが。

アメリカの民衆の、相当多くは「平和的解決をする候補者(が、候補にいるいないに関わらず)」を選びますでしょうか?

「平和的解決」は誰でも求めるでしょうけれども、今話題にしているのはそういった「心意気」の話ではなく、手法の話題ですよね。
こうした質問をすると、いつも「心意気」や「総論」の話で返されてしまって、各論の部分が立ってこないのですが……。


もし、「たったひとつの冴えたやり方」がないなら、パターンごとに適用でき、類似した別の方法にも応用が利く方法を、何通りでも考えればいいのでは。
「ひとつの方法では対処できないので、具体案を考えるのは無意味である」または「様々な方法を考えればよい」で終わってしまうのであれば、総論以上の話を深める意味があまりないように思えて残念です。

70ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/04(月) 18:35
すみません、(ブラウザ更新のため)sageになっていたのでageておきます。

71⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/10/04(月) 21:47
閑話
皆さんこんにちは⊂(・Θ・)⊃Piyo です。
ヤスツさんも触れていましたが、さる10月1日はパラオ共和国の独立10周年記念日でした。
このパラオ共和国、戦争中は日本の統治下にあり1万2千人の将兵が玉砕した地でもあります。
この際、ペリリュー島の人たちは、白人の支配から解放してくれた日本軍と一緒に戦おうと
したのですが、日本軍は現地人の犠牲を出すのを良しとせず島民を本島に避難させ、
一人の犠牲も出さずに73日間の激闘の末、玉砕しました。
パラオの人たちはたいそう嘆き、アメリカの日本文化破壊や反日教育に屈せず今もなお
英霊達を弔い続けてくれています。

パラオの国旗は日の丸と色違いで、海を表す青地に月を表す黄丸
その意味するところは青い海に囲まれ、太陽(日の丸)の反射によって輝く国です。
http://www.palau-namekawa.com/image/palau/words3.jpg
これほどまでに日本を愛しているパラオですが、独立に際しては非核憲法を凍結して
アメリカと自由連合協定を結ばざるをえなくなり、その結果、時の村山内閣は独立1周年記念日
に祝電を送らないという、ひどい仕打ちをしています。

そこで私は、ネットの友人や職場の人たちに働きかけ「祝電のメールを打とう」キャンペーンを
しました。
パラオは人口2万5千人の小国ですがいつまでも友達でいたいですね。

ちなみに余談ですが、パラオは小国といえども国連では日本と同じ1票を持っています。

閑話休題

72⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/10/05(火) 00:03
>スライムベスさん
初めまして⊂(・Θ・)⊃Piyo です。以後よろしくお願いします。
>>59のレス同感です。
●「アメリカ政府などによる「情報戦争」が効を奏しているんでしょうか^^;」
911が情報戦争による敗北だったからこそ、今躍起になっているのだと思います。
しかしアメリカはヤスツさんのおっしゃるように「選挙による多数の意思を反映する民主国家」
なため、戦争を始める又は継続するためには国民の支持が無くてはできません。
だからアメリカは戦争を始める場合、国民の思想を統一するために自国民に対して情報戦争
を仕掛けています。
それに対して、反戦派は例のイラク人捕虜の虐待を告発して効果を上げていますね。
ボスニア紛争では、情報戦(広報戦)によってアメリカの民意を動かし、議会を動かし
国連を動かすことによって、空爆を行わせました。
逆もまた可能だと思います。

>吉岡さん
●「力の論理でねじ伏せる姿勢では、力で反攻することを、止めようがないように思います。」
同感です。それが正しければ、テロは減っているはずですから。
ただ私は、戦いを止めさせる最初の段階では第3者による力ずくの介入が必要だと思います。
●「その国の世論に訴えるさまざまな方法を考えるのも、解決の道につながると思っています。」
これも同感です。しかし、ロシアや中国のように今だ情報統制がなされ、民意の反映が困難な国
に対してどう訴えていくかが問題だと思います。

73⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/10/05(火) 00:05
>ヤスツさん
●「水と油の持ち味を尊重して存在させることを望む」というのは、
 実に素晴らしい意見だと思いますが、それでは「具体的な実現方法はどうしますか?」
前述したとおり、私はテロ問題解決は短期的、長期的な対処とケースバイケースによる
柔軟な対応が必要だと思います。

短期的には、当事者双方の要求を無視した第3者による強制的な引き離しと監視です。
具体的には国連による兵力引き離しと停戦監視です。(今も一部では行われていますが)
この段階においては、双方の言い分は無視し、場合によっては武力制圧も必要と思います。

長期的には、第3者を介して双方の要望を調停することです。
ただし、私は水と油が話し合って混じり合うことができるとは思っていないし、
その必要もないと思います。
それぞれが内政に干渉することなく、かといってどちらかが経済的に困窮する様な事態に
ならないように調停することです。

問題は国連は決して民主的な組織ではなく、小国の権利は無視され、常任理事国などの
大国のエゴがまかり通り、それに対し制裁を加えるといった実行力を持たないということ
です。
ですから、私はまず第一に行わなければならないのが国連の改革だと思います。
常任理事国制度を廃止し、いかなる国に対しても国連決定に従わない場合は制裁措置が
行える強制力を備える必要があると思います。

74⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/10/05(火) 00:09
>みなさん
●「もし、「たったひとつの冴えたやり方」がないなら、パターンごとに適用でき、
 類似した別の方法にも応用が利く方法を、何通りでも考えればいいのでは。」
ヤスツさんのこの意見に賛成です。
そこで私はテロ問題の分類について、以下の4通りを考えてました。
これを修正発展させて議論の共通認識に使えませんでしょうか。
1 分離独立型
  チェチェン、ウイグルなどのように、民族、国家単位での独立が原因となっている場合。
  既存の境界により引き離しが可能。
2 内戦型
アフガニスタン、イラクの様に一国内で複数の部族又は派閥に分かれ争っている場合。
  引き離しには、国内を細分化する必要があるが、支配地域での線引きが比較的容易。
3 混沌型
パレスチナの様に民俗、歴史、宗教が複雑に絡み合い
  地域の帰属権が問題となっており、引き離しのための線引きが困難な場合。
4 ネットワーク型
アルカイーダの様に“恐怖の拡散”を目的とした超国家的テロ組織の場合。
  1〜3の形式においても影響を及ぼしている。
  目的がはっきりせず、線引き、引き離しは困難。

みなさんのご意見をお願いします。

75ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/05(火) 00:32
>>71

パラオ共和国独立10周年については、祝電(電報)は打ちませんでしたが、私は個人的に趣旨に賛同していまして祝辞メールをパラオ共和国の観光局日本事務所宛(パラオ大使館と同じ建物)に送りました。
休日(土、日)のパラオ共和国大使館のドアには、山ほど不在伝票が挟まっていたそうです。花束とかの。

【友を】もうパラオ独立十周年ですが【裏切るか】
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/kokusai/1091966012/
↑こんなスレもありました。

>>72
情報戦争というのは、ゲッベルスの昔から連綿と続いてきているわけですが、今はその「情報戦争」がテロや報復の歯止めをなくさせているようにも見えます。

かつてのテロは、立てこもりであれハイジャックであれ、「要求が通らなかったら殺すぞ」という取引であると同時に、「誰も注目していないことについて、注目を集めるための行為」であったように思います。
「個人が声を挙げても誰も注目しないから、大勢でデモ行進(=そのものずばりのデモンストレーション)する」のと目指すところは同じですね。
ところが、昨今では「要求が通らないことは自明なので、先に殺してしまう(報復を先行させる)ことによって、要求を飲まない相手を糾弾する」「そのために放送局やネットを利用する」という、目的と手段がどうも入れ替わっているように思える方法が横行しています。

ちなみに、ボスニア紛争はブッシュ・シニア(共和党)は手を出さない(=慎重)でいたのを、クリントン(民主)になってから好戦的な介入に転じた、ということだそうです。
クリントンはアフガンのビン=ラディン暗殺のためのトマホーク攻撃(これももちろん一種の空爆)もやってますね。
そのクリントン(民主党)に嫌気がさしたアメリカの国民は、選挙で「逆の選択」をしてブッシュ・ジュニアを選ぶことになるわけですが、後はご存じの通りです。

選択肢は無数にあり、その中から合意/妥協ができる選択肢が多数決で選抜されていき、アメリカの場合なら意志統合のために絞り込まれたのが「共和党」と「民主党」のそれぞれの代表者(政策の代行責任者)であるわけですが、なかなか「合意の得られる選択肢」を担う候補(政策代行者)が上位の候補に残っていかないのが現実のようです。
アメリカについては、他国のことですからこれ以上は主権の侵害になりますが。

私は、軍隊/空爆が巨大な暴力だったとしても、それを「政治から切り離されない、統率された軍隊」が抑制/管理しているなら、それはそれでよいと思っています。
それに匹敵する巨大な暴力でありながら、統率されず政治にも束縛されず、構成者のうちのたった一人の個人が、自分の自由意志で決行できてしまうテロに比べれば、軍隊の行動、国の行動はまだ制御が可能です。
しかしながら、国の行動、軍隊の行動を制御/抑制することと、個人の自由意志で決行されるテロが、常に必ず等価値、平等なルールで動くわけではありません。
軍隊ならば(軍隊が独自行動を取らないならば)抑止はできますが、個人の自由意志に委ねられたテロは、どのように抑止する具体的な方法があるんでしょうか?

できれば具体的に。

76ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/05(火) 00:46
>>72

ロシア(は、それでもずいぶん情報公開も進んだようですが)や中国が、もし完全に情報統制をせず、民意を反映させる国になったら、周辺国が恐るべき脅威にさらされる、という懸念があります。
例えば中国共産党のような「一党独裁」が人道的人権的に是か非かは敢えて論じませんけれども、もしそれがなかったら、共産党政権はあっという間に倒されてしまうでしょう。
倒されてしまった後に、民主的な統一国家が生まれるかというと、歴史的にみて非常に難しい。おそらくは軍閥による分裂国家になり、またそれぞれの分裂国家が正統性を主張しあってかつての国共内戦の再現になってしまう。
情報を統制することによって崩壊や分裂を押さえ込み、また、民主化を求めた民衆暴動である天安門事件を受けて江沢民が「鬱憤を反日に向ける」というような情報操作もあります。(……日本としては迷惑ですけれども、中国の崩壊を防ぐ内政施策としては理解はできます。支持はできませんが)

日本やアメリカは民主主義がうまくいっている国ですが、そうでない大国が「統一されない民意」を暴発させてしまうと、テロどころの騒ぎではなくなります。そのときに、現在のロシアや中国のような「強権的な政府による抑圧」が消滅した場合、ロシア・中国の国民が自国政府に向けて「ローコストなテロ」に走ったら……と思うと怖くて夜も眠れません。
ロシアや中国のような国の場合、仮に民意が反映されていなくても、交渉窓口たる「国家」が盤石である限りは、ある程度の信頼や取引も可能だと思います。
むしろ、「国民の意思が自由に発現され、好き勝手に行動しても罰されず、なおかつ国民の意思が統一されていない(ひとつの方針に合意ができない)」国に、内政を徹底させることのほうが難しいと思います。
現在のイラクがまさにそれですね。

>>73

短期的、長期的解決方法については、概ね同意しますが、国連の改革についてはいささか合意しかねる点があります。

1)常任理事国制度を廃止すると、常に非常任理事国だけが意志決定をすることになる。継続的な意志の存続が難しく、また決定のための所要時間が今以上に延びるのではないか?(常任理事国を増やすという改革案は、継続的な意志決定に携わる国を増やそう、という方針だったはず)
2)常任理事国に対しても国連が制裁措置を敢行できるようにするための、国連の「強制力」は何によって担保されるのか?(場合によっては、国連が超国家政府になってしまうわけですが、超国家政府を既存の国々(常任理事国以外も含めて)は受け入れられるのでしょうか?)

77ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/05(火) 01:00
>>74

これについては同意です。

一応の確認ですが、「テロ問題」というか、「テロの原因として考えられる状況」についての問題という認識でよろしいでしょうか?
「戦術/手法(自爆か狙撃か立てこもりか特攻か空爆か)」などは、あくまで「手段」であって、それらの手段をせざるを得なくなる「状況」とは分けて考えるべきだ、という方向で支持します。

ただ、「ネットワーク型」については、「テロの原因として考えられる状況」ではなく、「テロ組織の形態の問題」であって、少々毛色が違うのかも知れないと思います。
アルカイダの場合は、テロリストというよりそれこそ本来的意味での「アナーキスト」に近いように思えます。
流行の言葉で言うなら「ホロニックなテロ集団」、昔ながらの言葉で言うなら「細胞組織化したテロ集団」などは、それぞれやはり「テロ組織の形態、組織内統御」の種類の問題であるようにも思えます。

アルカイダの場合、元々は「排外的(外敵駆逐)なムジャヒディン(=戦士)が、国内の異敵を追い払う(まさに攘夷ですが)行為」だったのが、「国外まで追いかけていって敵地で無差別攻撃」に変化したものと考えられます。
これが、「敵のいる場所すべてが戦場となる」「味方でないものは、女も子供もすべて敵である」「敵が守ろうとするものは、すべて敵である」……【だから殺してよい】という思想に転化しているわけで、「弱者の正義を根拠にした一種の宗教である」と考えられます。
その意味でも、「4 ネットワーク型(アルカイダなど)」については、「テロの原因として考えられる状況」ではなく、「テロ組織の形態の問題」という別種のものとして扱うべきではないでしょうか。

そう考えていくと、アルカイダの場合は「1+2の混合」の状況の中で生まれた、根無し草による犯罪と断罪してもよいような気がしています。これは個人的感想ですが。

以上、1〜3についてはPIYOさんの分類を支持します。

78⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/10/06(水) 23:35
>ヤスツさん
●「軍隊ならば(軍隊が独自行動を取らないならば)抑止はできますが、
 個人の自由意志に委ねられたテロは、どのように抑止する具体的な方法があるんでしょうか?」
この答えを探すには、テロはなぜ起こるかに立ち返らなければならないでしょう。
吉岡さんやイカフライさんもおっしゃってますが、
現在の国際社会の秩序が大国による力の論理によって保たれているとすれば、
テロリスト達は、その力の論理によって生み出だされた私生児だと思います。
これを正さない限りテロはなくならないと思います。

テロリスト達の多くは正規の交渉の窓口を持ちません。
弾圧と情報操作によって自分たちの現状を伝えることもかなわぬまま未来を閉ざされています。
だから、彼らに交渉の窓口を与え、支持者を明確にして立場を明確にする必要があると思います。
その上で、彼らがあくまで武力に訴えることを望んだり、民意の代表でなく個人的な理由で
戦っているのであれば、秩序の名の下に裁きを下さなければならないでしょう。
(ところで具体的にとは、どのくらいまで必要なのでしょうか?)

ヤスツさんは国連にしても中国にしても現状維持を支持しておられるのでしょうか。
ヤスツさんのおっしゃるとおり、国連にしても中国にしても
改革に伴い血が流れる可能性を否定できません。でも、それでよいのでしょうか。

ヤスツさんは民主主義による多数決の優位性を主張されていますが、
国連運営や中国に関してはこれを良しとしないのは何故でしょうか。
難しいから? それとも多かれ少なかれ犠牲が出るからでしょうか。
でも、人類の歴史において、
幸福が犠牲なしに手に入れられたことがあったでしょうか。
時代が不幸なしに乗り越えられたことがあったでしょうか。

フランス革命、明治維新、アメリカ独立戦争・・・・・etc
人は破壊と混乱を乗り越えて、新たな時代を、体制を作り上げてきました。
今後、ロシアや中国がこれらの苦難の時代を迎えるとしても、
それは私たちがいつか来た道なのではないでしょうか。
失うことを恐れて変革を望まなければ、新しい未来を手に入れることはできないと思います。

今もなお民主化運動家や宗教家が弾圧されている国があり、
国際社会に見放された小国が、テロ戦争の名の下に民族浄化の危機にあります。
大国の安寧が、これらの人々の犠牲の上に成り立っているのならば、
テロが無くなることはないと思います。

このような時代に、私たちが求めるべき回答は
「誰も死なない方法」ではなく
「考え得る最小限の犠牲で、一人でも多くの人を救う方法」なのだと思います。
大国が小国を犠牲にするのも最小限の犠牲かもしれません。
テロリストが我が身を犠牲に主張することも最小限の犠牲かもしれません。
でも何か、もっと冴えたやり方があると思うのです。
そのために努力するべきだと思うのです。

ジェイムス・ティプトリー・Jrの小説「たったひとつの冴えたやりかた」では
宇宙生物に寄生された少女が、人類圏へ寄生生物を持ち帰らないために
太陽へむけて旅だちました・・・・・

とりとめがなくなりましたね。ごめんなさい。
今日はこの辺で失礼します。

79ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/07(木) 01:48
>>78

「たったひとつの冴えたやり方」は、当然ながらジェームズ・ティプトリー・Jrのそれを意識して引用しました。
「最小の犠牲で、最大の救済を行う」の代名詞でもあるかと思いますが、そのような解釈が必ずしもされないという例でもあるのかもしれません。

私は、「正論」に基づくなら「多数決で決め、それに従うのが正義」と考えています。
一方で、「現実」に基づくなら「なんらかの強制力を持たないものは、自由がない」とも考えています。
テロは大国の悪政によって生まれた望まれない子供だ、悪いのは生みの親だ、という意見も理解しないではありませんが、生まれてしまった以上は「うべなるかな」でして、望まれなかろうと全力で排除するか、そうでなければ改心と妥協を強いるしかないのでは、とも思います。
「秩序の名の下の裁き」も、誰がその秩序を保証するのか、誰がその裁きを支持するのかによっては、受け入れられもするし、受け入れられない場合も(むしろそのほうが)多いかもしれません。

私は、国連改革について言えば「日本人として、日本の利になるか否か」という視点以外での判断はできません。
なぜなら、私が代表権者を選出する権利を持っているのは日本の、それも間接代議制の衆院・参院議員を選出する権利までに制限されているからです。
国連については、衆院・参院議員が選出した内閣が対処を担っています。その対処案には今のところ異存はありませんが、「他国のあり方について、日本という国が口出しをする資格と権利があっていいのかどうか」という問われ方をするなら、私は明確な回答は持ち得ません。
「国連を運用することで、日本の安全保障を得る」ということについてであれば賛成もできますが。

改革によって血が流れることが、改革を望んだ人々が「覚悟」しているなら、私はそれに反対する理由はなにもありません。
しかしながら、改革に対する覚悟がない人/国がいるのであれば、血を流す改革について今まで以上に大きな抵抗もあるのかもしれません。
その改革にも反対しないし、改革への抵抗も支持も不支持もしませんけれども、血を流す改革を受け入れられない人と受け入れる人の間で、「流血の内戦」が起こる可能性もありうるでしょう。
そうした「血を流す改革」もまた否定するつもりはありません。
それらを否定しないのと、大国が「全力」で反対者を封じ込めようと血を流すことの間に、なんの違いもないとも思います。
故に、どちらも反対しません。

空爆によって、最小の被害で、それ以外の多数が救済されるなら、それこそまさにティプトリー・Jrの言う「たったひとつの冴えたやり方」だとも思うわけですけれども。

80⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/10/07(木) 20:52
昨日は少々感情的になってしまいました。すみません。
ヤスツさんが指摘してくださった問題点について考え直してみようと
レス丸ごとプリントアウトしたら、なんと50ページにもなりました。
読み返してみると、皆さんの誠実な思いが伝わってきます。
ヤスツさんのおっしゃるとおり、
そこに至る道は違っても、求める思いはひとつなのだと感じました。

>>79でヤスツさんのスタンスが良くわかりました。
ヤスツさんのおっしゃっている事はもっともなことで、
間違っているとは思いません。
逆に、私の言っていることには矛盾があります。
それはわかっています。

でも、ある人がこう言いました。
全ての人に伝えたい・・・・

「暴力は受けた側からしかその本質は語れない
 苦痛にうたれたものにしか争いを止める真の言葉は吐けない

 愛する肉親の死を
 ただ憎しみと争いの連鎖の中に組み込むか
 胸に秘めた自分の礎にするか
 本当の戦いはそこにある
 目を逸らすな!!」

テロリスト達は、自らの命を捨ててまで訴えようとしています。
何故そのようなことができるのでしょうか。
愛するものがあるから、守るべきものがあるからではないでしょうか。
その根底にあるものは、特攻と同じなのではないでしょうか。

その行動に命を懸けている人の心を動かしたければ、
こちらも命を懸ける必要があるでしょう。

かつて、特攻という崇高な行為を行った私たち日本人ならば、
彼らと話し合うことが出来るのではないでしょうか。
理解し合うことが出来るのではないでしょうか。
私はそこに一縷の望みをかけてみたいのです。

平和の世界のために日本が必死になることは、国際社会における日本の地位を高め、
引いては日本の安全と発展に寄与することになると思います。
ヤスツさんの危惧することは理解できるのですが、
弱者にも強大な敵と戦う術があることはもう知らしめられてしまいました。
そしてそれに対し、力で封じ込める事は有効ではないと実証されつつあります。
放っておけば混沌は広まり、世界は暴力が支配する野蛮な時代に逆戻りしていくでしょう。
私はそれこそ回避しなければならなと思うのです。

81ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/08(金) 04:15
>>80

「自分の命を賭しているからテロリストと特攻隊は同じだ」
というようなことを、つい先日NEWS23で筑紫哲也が述べていました。

これはいくつかの解釈が可能です。

1)特攻隊員はテロリストと同じ(自爆攻撃をしているという点で)
2)特攻隊員の自爆攻撃が崇高ならば、テロリストの自爆攻撃も崇高だ
3)特攻隊員の自爆攻撃を崇高と言う者は、テロリストの自爆攻撃を誹謗することができない
4)テロリストの自爆攻撃を否定する者は、同様の行為をした特攻隊員をも否定すべきだ

これは、このスレでも繰り返し引き合いに出ている「空爆と自爆テロは、同様の被害を出すものだから同列に論じて良い」「空爆は大国のテロ、自爆テロは抑圧を受けている弱者のテロで、どちらも同様だ」と同様の誤謬を孕んでいるように見えます。
特攻隊員の特攻攻撃というものは、当人たちの自発意志があった点は自爆テロと確かに類似性がありますが、特攻隊員のそれは「戦争(国の意志で進められる国策、政策)の一環として、軍事的戦術として行われた」ものであり、実行するかしないかについては、あくまでも「軍事上の命令」に形式のみでも基づいているわけです。個人が勝手にしているわけではありません。
対して「自爆テロ」というのは、これはもちろん「組織の上部からの命令」のケースもありますでしょうけれども、「個人が個人の意志として決定や撤回を決められる」という性質のものです。
命令権者の「実行命令の根拠」も、「軍事攻撃としての特攻」とは根本的に異なるものです。
それこそ、特攻隊員が「勝手に特攻をしようとした」ら、それは軍令違反になりますけれども、自爆テロリストは誰の命令も受けずに実行をしても「軍令違反」にはなりません。

根底にあるものが同じで、行為が同じで、効果が同じだからといって、なんでも並列に比較するのは無理があります。

今日の、かつての「弱者」は、昨日までの「強者」を脅かす存在になりました。
それはテロ攻撃という戦術の「普遍化」によるものです。
拉致誘拐、立てこもり、ハイジャック、ビル爆破、要人暗殺などの「テロ行為」そのものは、太古の昔からありましたが、それらの効果がこれほど喧伝された時代はなかったと思います。
弱者が凶悪な「強者」になり、個人が思いのままに要求を出し、「合意」によって成り立ってきた旧来の「政府」がそれに膝を屈する時代が今の時代であり、こうした時代を人類は初めて体験していると思います。
その意味で、混沌が広がり世界は「個人による暴力が支配する野蛮な世界」に戻る可能性を大いに孕んでいます。

それをできれば回避しなければならないという意見には同意します。
「できるだけ多くの人が合意し、同じ利益を受けられるほうが、より多くの人の利益/幸福になる」
とも思います。
民主主義における「多数決」というシステムは、「一人でも多くの人に利益を与える」ために編み出されたものだと思います。
「利益を得る側」からこぼれてしまった少数者を救済する方法は完璧ではありませんが、それが完璧ではないことが「弱者が凶悪な強者になる温床」になっているのだとも思います。

力で封じ込めない、弱者の好き勝手にもさせない。
ではどうするか? という部分を論じていくべきでしょう。

82ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/08(金) 04:15
ちなみに、「強者と弱者」という比較をすると、どうしても「強者は9、弱者は1」という印象を持たれがちなのではと思うのですが、現実には「強者7に対して、弱者Aが1、Bが1、Cが1。弱者A、B、Cはそれぞれ異なる主張を持っている。Aを救済してもB、Cは合意せず、Bを救済してもA、Cは合意しない。では、強者7は対立する弱者A,B,Cをどう処するか?」ということが求められているのではと思います。
「強者7」から分離したはずの「弱者A,B,C」が、主導権を巡ってさらに細分化し、内戦に突入する……そうすると、仲介のために結局かつての強者7が介入せざるを得ず……(アフガンパターン)ということなのでは。

強者7が悪だ、という思い込みから、対立を解決できない弱者A,B,Cを強者7から切り離して放置してしまうことになっては、結局はなんの解決にも至りません。
そうした対立の解決方法も合わせて考えていなければならないでしょう。
弱者A,B,Cがもし強者7からテロという実力行使で独立した場合、A,B,C内での対立を解決する場合も今まで効果があった方法を採用し、内戦または相互テロに突入するでしょう(内戦国が割拠する軍閥同士の泥仕合になるのもそうした理由からでしょうし)。

どこまでも細分化し、個人という単位にまで細かく分け、その上で全ての個人を「超国家政府が直接管理」といった方向にでも行かない限り、強制力を持って対立を解決するのは難しいと思います。
ただ、日本が「政府の権力を縮小し、地方自治体に裁量権を渡すことを目指す(道州制など)」などしているのを見てもわかるように、超巨大な超国家政府が地球上の全ての個人を直接同一の法で御することは不可能であろうとも思います。
ではそうすると……と、どこまでもループに陥ってしまいますね。

83⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/10/14(木) 00:08
>ヤスツさん
>一応の確認ですが、「テロ問題」というか、「テロの原因として考えられる状況」についての
>問題という認識でよろしいでしょうか?
遅ればせながら、質問に答えてませんでした。すみません。
他に「あの質問はどうなった」というものがあったら申しつけてください。
その通りです。このスレで議論すべきは“カウンターテロ”ではなく“テロの原因の根絶”だと
思います。

ここでちょっと気づいたのですが、
ヤスツさんは>>79および>>81
>私は、「正論」に基づくなら「多数決で決め、それに従うのが正義」と考えています。
>民主主義における「多数決」というシステムは、「一人でも多くの人に利益を与える」ために
>編み出されたものだと思います。
というように、多数決による優位性を主張してます。
しかし>>76では
>常任理事国制度を廃止すると、常に非常任理事国だけが意志決定をすることになる。
>継続的な意志の存続が難しく、また決定のための所要時間が今以上に延びるのではないか?
といったように国連における非民主的な現状を肯定する発言も見られます。
この辺のヤスツさんのスタンスがよく理解できません。
もっともヤスツさんの場合は、ヤスツさん自身の主張と言うより、現実というものを
代弁しておられる様にも思えますが・・・・

私の場合、各ケースでの問題解決を考える前に、問題解決を行うための国際社会の環境が
整っていないことが最大にして最優先な問題だと思います。
そのため、国際社会における協力と、テロに対する認識を改める必要があると思い
国連改革を唱えています。
いつまでも、第2次大戦の戦勝国ばかりが主導権を握っているようでは、冷戦のタガがはずれた今
非常任理事国や抑圧された小国や民族の不満はふくれあがるばかりでしょう。
現状において、この国連の体質がテロを生み出す温床となっていることは否定できないと思います。
少なくとも、アラブ(イスラーム)やインド(ヒンドゥー)等のP5以外の文化圏を常任理事国入り
させるなど、バランスのとれた安全保障体制の構築が必要だと思います。

>力で封じ込めない、弱者の好き勝手にもさせない。
これについては、私はある程度の力による強制力は必要だと思います。
現にはびこっている力の論理を崩すには、それなりの力が必要です。
短期的には引き離し、長期的には抑止としての力は必要だと思います。
繰り返すようですが、全ての人が満足できる結果を求めるよりも、全ての人がちょっとずつ
がまんすることが平和への近道だと思うのです。
法の下による平等、その秩序を守らせるための警察。これが今の国連にかけているものだと思います。

私が国連改革にこだわるのは、今の国連は大国の利益優先で、小国には交渉の窓口すら与えられない
という現実があるからであり、大国の一方的な価値観の押しつけを止めさせ、話し合いの場を
作る必要があると感じるからです。
また、当事国同士で話し合っても解決できない場合、第3者による介入、仲裁が必要であり、
そのための力と中立性を保つために、国際社会の支持を広く求める必要があると思うからです。
その強制力の担保は経済制裁や国連軍による軍事力となるでしょう。
この点については>>82に絡めて次のレスで述べたいと思います。

84ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/14(木) 00:40
>>83

>>79,81 で述べているのは、「正論に基づくなら」であって、ある種の理想論ですね。
一方で、>>76は「現実論」に立っています。

何らかの理想を持つことを私は否定しませんが、理想に拘泥するあまりに現実を軽視することになっては無意味であるとも思います。
私の主張は「原則論/理想論」と「現実論」という対立する視点の意見が入り交じりますので、それぞれどちらに立っているのか解りづらいこともしばしばあると思います。
このわかりにくさについてはお詫び申し上げるより他にありませんが、「現実に追随するだけで理想を持たないのはいけない」「理想を最優先し現実を無視するのはいけない」の、双方の落としどころを知るためには、双方の理屈を知る必要がある。そのように考えております。
ネット上での議論では、責任(現実に照らし合わせて失敗した場合に引き受ける責任、罰)が伴わないだけに誰もが理想論だけを振り回しがちですが、現実味を伴わない理想論をぶつけ合うだけでは、建設的に先に進むことは難しいとも思います。
そうした意味で、「現実だけ」「理想だけ」ではない、中間の落としどころを探すことに私の視点が役立てられれば、と思っています。
そう考えた場合、私を「対立する立場の論客」と捉えず、「双方の主張を取り混ぜて俯瞰する議長」の立場を共有するもの、とお考え頂き、また議長の立場を共有していただくことがよいかと思います。

85ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/14(木) 00:46
さて、現実の国連改革そのものについて、私は反対を唱えるつもりはありません。
が、「バランス」や「大国に対する強制力」を国連自身が【国】から独立して持つこと、を考えなければ、PIYOさんが仰る「大国に対しても小国と等しく強制する能力を持った国連」は成立し得ないと思います。
大国に対抗する(大国に対する強制力を持つ)方法として、イスラムを国連の後ろ盾とする、というのは、単に国連が「大国に対するイスラム過激派のテロ活動を保証する」という受け取り方をされかねません。
現状の国連は「大国が主柱となって提供された軍事力を国連軍として独自に使う」が念頭にありながら、国連決議(加盟国の同意)が得られないがために、多国籍軍に国連のお墨付きを与える、という「準国連軍」を持つに留まり、またその「準国連軍」である多国籍軍の有り様を巡って加盟国同士が対立/紛糾する、という自体となっています。
加盟国のいずれからも独立し、いずれに対しても強制力を発揮でき、国連の指揮下に完全に組み込まれて独立した活動を行う強制力=【治安・軍事力】を国連が自前で養っていくことができるかどうか? というのが、国連の独立性、また大国を含めた全ての国に対する強制力の保持を実現できるかどうかに影響を及ぼすものと思われます。

ただこれは、国連が「領土を持たない、超独立存在として、個々の国連加盟国に命令権を持つ上位存在になる」ということでもあります。
日本が日本の上に、超政府を持ち、その超政府の命令に日本が従う、というような図式を、日本以外の全ての国が、それぞれ自分の国に対して受け入れられるのかどうか? ということです。
また、そうした組織/超政府が実際に発足したとして、その超政府に、既存の大国が加わらなければ、その超政府は超政府としての実質的権能を持たなくなります。
「国際連盟」がなぜ実効効果を保てずに崩壊したか、という理由と同じです。

しかし、「強制力を担保する大国の加入」は、結局は「大国の意のままの超政府」という現在と同じ図式を作ってしまいます。
人種、宗教、思想のバランスが必要というお考えはわかりますが、バランスが取れるということは「二種以上の対立する勢力が拮抗し、問題に対して結論を出しにくくなる」ということと同義語でもあります。
ある意味、「今以上に混迷し、決断が下せない超政府」になってしまう可能性も高いのです。


ご存じと思いますが、イラクの大統領選挙実施について、国連は「職員を派遣できない」と明言しています。
これは、「イラクの治安が著しく悪く、国連職員の安全が確保できないため」です。
これについて、「米軍が治安維持に当たっているからだ」という反論をお持ちの方も少なくありませんが、国連自身が多くの人材をテロによって吹き飛ばされており、また国連が「どの国からも中立的な立場にあって国連の完全掌握下で使える軍隊(=治安維持部隊)を自前では持っていないということと、少なからぬ関係があります。
PIYOさんも仰られているように、何らかの「強制力」は必要です。
それも、大国に依存せず、大国の意志を無視して国連が独自に活用できるようなPowerが必要でしょう。

しかし、そうした国連軍を「常設的に維持する能力(収入)」は国連にはありません。
常設国連軍を維持(喰わせ、訓練させ、装備を購入する)する力は国連にありません。
ないからこそ、必要に応じて召集する現在の方式になっているわけですが、これも国力に余剰があり、他国への介入にメリットを感じる大国の協力がなければ不可能です。

参加国のバランスを取るだけではこの問題は解決しません。
日本が国連の財布となって、常設国連軍を維持するというのは、日本の自由にならない自衛隊をもう1セット持つようなものです。
これは他国でも同様でしょう。

この「現実に即した課題」を解決できなければ、「総論賛成だが、実現は難しい」という反論を覆すことは難しいでしょう。

86⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/10/19(火) 22:25
>ヤスツさん
素早いレスありがとうございます。
遅筆な上に、知識の裏付けを取りながら(勉強しながら)書いているのでレスが遅くてすみません。
レスが前後しますが、順番に回答していきますのでご了承ください。

<テロと特攻について>
●「自分の命を賭しているからテロリストと特攻隊は同じだ」
 5)テロは悪いこと>テロと特攻は同じこと>特攻は悪いこと>日本は悪いことをした
 6)日本は中国を侵略した悪者>特攻は悪者がやった>テロと特攻は同じこと>テロは悪いこと
私はその番組を見てませんが、筑紫哲也氏の場合だと5)か6)の可能性もあるかと・・・・・

すこし誤解があるようですが、私はテロと特攻を分類上同一のものとは思っていません。
私が共通性があると思っているのは、その行動の根元的な力になっているものが
“家族や同胞に対する愛”であるということです。
憎しみは愛の裏返しです。
愛するものを守るため、あるいは奪われたとき、人は憎しみを覚えます。
他者の愛に対する無理解が対立の元であり、これを取り除くことテロの防止に役立つと思うのです。
だから、テロリスト達の愛に対する理解を求めたいのです。

ヤスツさんのテロは何故悪いかという説明は客観的に分析したものであり、
論理的に否定できるものではないと思います。
しかし、私はあえてそれに疑問を投げかけます。
それは“テロリストは自らの行為をどう思っているのか”ということです。
彼らにしてみれば、自爆テロも特攻も同じ感覚なのではないのかということです。
彼らの主観を無視して、特攻は正規の軍事行動の一環で許されるが、
テロは不正規な犯罪なので許されないとレッテルを貼る。それで良いのでしょうか。
他に手段を持たない少数派にしてみれば「この怒りは何処にどうやってぶつければ良いんだ」
と言う事にならないでしょうか。

あまり知られていませんがチェチェンは親日国家です。
日露戦争で小国でありながら大嫌いな大国ロシアを破った国であり、チェチェン軍人の中には、
“日本が北方領土奪還のためにロシアと戦うときは義勇軍として馳せ参じる”
とまで言う人もいると聞きます。
イラクも親日国家ですが、その理由のひとつに
“大嫌いなアメリカを相手に戦争をして、手痛い目に遭わせた勇気ある民族”
と言うのがあるそうです。
欧米の植民地や信託統治下にあった国々にとって、日本は独立への希望でありました。
自爆テロが、その日本の特攻に倣った行為であったとしてもおかしくはないでしょう。
軍事目標限定か民間人を含む無差別攻撃かの差は、対象戦争か非対称戦争かと言う形態の相違と
と戦術教義の変化の範囲内ではないでしょうか。

しかし私の考えには問題もあります。
それは各地のテロの陰にあるアル・カイーダ等のテロネットワークの存在です。
まずテロネットワークの目的ですが、これがはっきりしません。
紛争地域において、テロ戦術の教育や訓練、武器の調達などを行っているようですが、
敵も目的も、イデオロギーも違う者同士が協力している理由が不明です。
敵の敵は味方論だとしても納得できないものがあります。
むしろビジネスでやっていると考える方が納得がいきます。
だとすれば9.11が顧客に対する壮大なデモンストレーションに過ぎなかったと合点がいきます。
あるいは世界を混乱に導くことを第一義にしているとすれば、その片棒を担ぐことになり
本来の理想からかけ離れた存在になりかねません。それではただの殺戮者です。
また、テロネットワークが関連している以上、たとえ独立できても独立派が武器を捨てず
新たな目的をかかげ、あるいは他の地域でテロを継続するといった可能性が大きいでしょう。

また、分裂型においてテロリストとの目的が、政権奪取にある場合や、
独立型においても、独立後テロリストによる政権が樹立した場合、次の矛先が国民に向けられる
おそれがあり、新たな内戦や、虐殺が起こることが懸念されます。
もちろん対外的にも内政干渉の口実を与えることになると思います。

特にチェチェンでは、一般市民は長らく戦乱に疲れ果て、平和と復興を望んでいますが、
バサーエフ野戦司令官の独立派はこれをよしとせず、あくまで“いわゆるイスラム原理主義”的
な独立を目指して一連のテロを行っているようで(その陰にアルカイーダの影がちらほら)
このままだと内戦に発展しかねないようです。

とりあえずテロリストに対する偏見に意義を申し立ててみましたが、
それ問題も浮き彫りになりました。

87ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/20(水) 04:12
>>86

私が「テロはよくない」と考えるのは、テロは制御できないからです。
特攻という攻撃方法と現在のテロ戦術の共通点は、遂行者が死を覚悟してそれを行うという点、それともうひとつくらいあげるならPIYOさんの仰る「愛」もあるかもしれません。

ですが、特攻という攻撃方法は、「戦時中(戦争を前提としている)」の攻撃戦術であると同時に、あくまでも「軍隊という組織の支援と命令(志願しても上官の許可がなければ執行できませんでした)」であった、ということです。
軍というものは、基本的には「命令に絶対服従」することで成り立っている組織であることを、軍事に疎い人ほど忘れがちです(これは満州事変のイメージが強すぎて、全てにおいてその印象で考えてしまうからでしょう)。ですが、実際の軍事、軍事力行使というものは、「命令と許可」がなくては一切遂行されないものです。
だからこそ、最高司令官を説得するなりすれば、その麾下にある軍の行動を制御することができます。

一方、テロ戦術は戦争を前提としていません。不正規戦であるということですが、それをさらに棚上げしたとしても、テロ戦術は上官による制御というものが効きません。
フセインを拘束しても、副官以下はフセインの意向や生死とは無関係に「大義」や「それぞれの主義」に応じて戦闘を続け、テロに至っています。
また、今もしビン=ラディンが暗殺されても拘束されても、その影響下にあるアルカイダの細胞組織や末端の「テロの実行者」は、「大義」をそれぞれが自己解釈し、テロを止めることはありません。
彼らの「暴走」を止める権限を持った上官はいませんし、大義への同調以外でそれらに従う義務もテロリストにはないからです。

軍は制御できる。しかしテロは制御できない。

人は、妥協をすることで集合し、組織なり社会なりを作ります。組織なり社会なりが大きくなれば、できることも増え、妥協の結果であっても得られる利益が大きくなります。
ですから国は覇権を目指す本能を持ち、また一方で覇権の分け前を巡って分裂をしたりもするものです。
しかしテロは、本来ならばある程度の勢力を持たなければ保持できなかった「戦力」を、最小単位の個人が行使できてしまうという点に大きな問題があります。
そして、個人の意志を力で変えるのが難しいように、個人単位がそれぞれ自立して「戦力」を操るようになった現代のテロは、組織には対抗できない存在です。
いずれはかつての西部開拓時代のアメリカのように、個人が武器を携帯し、言い分や主張を対個人の武器で貫くという時代に逆戻りしてしまうのかもしれません。

銃の個人所有禁止を国是としている日本は(過去にも刀狩りを成功させていますが)、個人が武器を持たないことで個人同士の対立が殺傷沙汰にならないよう、また個人が無軌道に破壊活動を行わないような社会を作ろうとしました。
が、その結果、その禁を破って武器を所有する個人(犯罪者)には非常に弱い社会となりました。その変わり、警察という監視者/特権的武器所有者を置いているわけですが。
これを「管理された軍事」と「管理されない軍事=テロ」に置き換えると、テロリストをこのままにしておくと、それに対抗するためにあらゆる個人が武装し、個人単位で主義主張のために殺し合いをするのが当然の社会が到来してしまう恐れがあります。

故に、制御された軍事はYES。制御できないテロはNO。
前提として、そのように考えています。
その意味では、テロに至る背景を考える必要はあるが、テロが存続することは一切認めない、というのが私の考えです。

88ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/20(水) 04:29
繰り返しになってしまって申し訳ありません。

逆にテロリストの側に立ってみますと、特攻とテロが同じなのは、「投資コストに対して得られる効果(戦果)」にあると思います。
テロリスト擁護の意見としては、「相手は1秒で100発弾が出る機関銃を、物陰から撃ってくる。こちらは1秒で1発しか弾が出ない拳銃しか持っていない。だったら、命を賭して100人を斃せる方法を採ることがなぜ悪い。自分は命を賭けているのだから」となります。
命を贖う(これで贖罪も兼ねている)ことで、命を賭けない攻撃より多くの戦果を得ることができ、また命で贖っていることで「殺人」という罪悪感に対する贖罪もできている。相手は命を賭けていない、殺すだけなのだから、こちらのほうが尊いし利がある。
テロリストはそう考えます。だからこそ、できるのです。
その部分に限って言えば、特攻隊員の「命を賭けて一撃必殺をすれば、戦闘機1機で敵艦1隻を沈められる(当時としては劇的な戦果でした)」という意識と通じるところもあるでしょう。
いずれも、「コストと戦果のバランス」の点では通じるものがあります。

チェチェンとイラクが親日国家であることは知っています。イランもそうでしたね。
イスラム(中東)圏の国及び、東欧の国(トルコなどもそうですね)には、日露戦争の勝者、日米戦争の勇者である日本に対して、「命がけのレジスタンス」という意識を持って尊敬している国があると聞いています。
それは戦前までの日本に対してであって、今の日本に対してではないのかもしれませんが(そのあたりは中朝韓を除くアジアも同様かもしれませんが、脱線するのでまた別の機会に)。
ですが、それも「特攻という手法」だけが一人歩きしている部分は否めません。
日米戦争末期の日本軍は、それでも「個人が勝手に戦争をやっていた」わけではないのです。そこのあたりの日本史は、日本ですらしっかり教えられていないのが実情ですし(だいたい大正に入ったあたりで年度末になってしまいますので)、外国の方が正しく詳しく知らないが故に、期待を伴った誤解を持ってしまうのは致し方ないこととも思います。
このあたりの話も、あまり触れると戻ってこられなくなるのでこのあたりにしておきましょう(^^;)

89ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/20(水) 04:37
>対称戦争と非対称戦争の相違、について。

どちらが相手にとって効果的か、という戦術と意義の相違でしょうね。
軍事目標の破壊を目指す近代軍というのは、「補給を断ち、軍事施設と装備を破壊すること」が、反撃の防止=戦術上の目的になっています。
つまりは、「相手を殺すこと」は主目的ではありません。敵の兵士すらそうで、兵士は「武器・兵器を運用する部品」だから、武器・兵器への攻撃の巻き添えであり、武器・兵器を投棄して投降すれば殺害の対象にはなりません(建前ですけどね)。
これは、「国対国」の戦争の思考です。アフガン戦争もイラク戦争も、アメリカ側はそういう思考だったと思います。(だからイラク戦争では近代最新兵器の少数精鋭で電撃戦をやったわけですが)
国対国の戦争の思考では、「領土内の軍事拠点の破壊、もしくは占拠」が優先で、敵を殺すことや市民を殺すことは優先されない、ということです。(市民が武器を持って反撃してこないなら、です)
また、国対国の戦争の思考では、「軍事施設と兵器」は国として守らなければならない、国家自決(自決と言っても自殺の意ではありません。念のため)のためのものでもあります。軍事は攻撃のものであると同時に、死守するものでもあるわけです。

一方、テロ戦術を採るテロ組織側は、正規軍の軍事力を正面から取り除くことは能力的にも不可能です。
また、テロ組織側には移動式の拠点はあっても(アルカイダ=拠点、という意味でしたね)、固定式の拠点はありません。
領土もありません。継続的に守らなければならない支援者としての市民・国民もいませんし、守る義務もありません。

正規軍の軍事力は「鉾」であると同時に、その正規軍の背景にある無防備な自国民(関係国の市民も含まれるでしょう)を守るための「楯」でもあります。
ならば、テロリストとしては正面切って楯を打ち砕くよりは、楯の後ろに隠れている国民・市民を叩けば、楯の存在を無意味にすることができます。
本来、正規軍はそうした攻撃は「国対国」で行われることを前提にしており、泣き所であるところの市民の保護については、ジュネーヴ条約やハーグ陸戦規定のような「ルール」で守ることとしてきました。
が、非対称戦争の相手であるテロリストには、そうしたルールは適用されませんし、テロリスト側としてはそれを遵守する義務もありません。
それならば、「相手に言うことを聞かせるために、もっとも効率のいい方法を採る」場合に、正規軍の背後のソフトターゲット(柔らかい、無防備な標的)を攻撃することは効率もよく合理的です。

90ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/20(水) 04:55
>テロ・ネットワークについて。

全貌を知ることができないので、どうしても陰謀論になりがちですが、PIYOさんのお考えにも一理あると思います。
よくある陰謀論のひとつに、「かつてブッシュ・シニアはビン=ラディンを擁護していた。しかし、言うことを聞かなくなった上に911を仕掛けてきたのでアフガンを懲罰的に叩いた」というもの。
911の情報があったのにブッシュ・ジュニアが情報を軽視したのは、ビン=ラディンとの信頼関係がまだあると思っていたから。アメリカのネオコンは兵器産業と癒着していて、アメリカの兵器の消費のためにテロリストという敵を設定し、それに資金と兵器を供給して、アメリカとつぶし合いをさせているのだ、などなど。
どれを取ってもトム・クランシー(「レッド・オクトーバーを追え」の原作者)あたりが小説を1本書けてしまいそうです。

ただ、供給されている武器の形式などから考えれば、フランス・ロシアの兵器産業が絡んでいると考えたほうが合点がいくかもしれません。
また、日本の国産兵器は非常に高価であるため、ついつい「テロリストの背景にも巨大な資本やビジネスが」と考えがちではあるのですが、そのあたりにも誤解があるのかもしれません。
例えば米軍の正式ライフルであるM16A2などは米軍装備のものはそれなりの性能と価格ですが、友軍や他国に出荷されるものは価格と性能を押さえてあると言います。自衛隊に配備されている自動小銃1丁分の費用で、M16A2の廉価版であれば1個小隊分が買える、というジョーク(じゃないのかも)があるほどです。
これは、廉価版の輸出によって開発費を回収しているのに対して、武器輸出禁止を国是としている日本は開発コストの回収ができないから高価になってしまう、というお話。
また、旧共産圏でライセンス生産されているAK47(ロシアで開発され、中国や北朝鮮、中東でもライセンス生産、または勝手に生産されている。シンプルで整備性に優れている)のように、格安で作れる銃もあります。
比較に出すのも烏滸がましい気がしますが、サタデーナイトスペシャルと呼ばれた粗製拳銃(土曜の夜に大量摘発されることからこの名が付いた)などでは、1丁当たりの頒布単価は数千円以下。(新品の自動拳銃を日本円で買ったとすると、だいたい8〜15万円くらいです)製作費用はさらに安い、とも言われています。

さらには、兵器として製作されたのではないものが、効果的な兵器として流用できることも知れ渡ってしまいました。
ここで記すのは避けますが、現在の日本で手に入るごく安価なもので、数百人以上の死傷者を出すことは決して難しいことではありません。
「まさかやるはずがない」という心理的な死角があるために遂行されないだけです。

そうなってくると、必ずしも「ビジネス」だけでは語りきれないようにも思います。

テロリストはかつて「反政府ゲリラ」と呼ばれていました。
彼らが政府の「戦力」だけを対象としていたときは、市民にも支援されていたと思います。
しかし、「敵は強いから倒さない。敵を困らせるために弱い者を殺す」という方法を採るようになり、総論では賛成できる独立や反抗が各論(現実の戦術)の部分で、当の市民にダメージを及ぼすものになりつつあるところを見ると、ひとつひとつのテロの「根拠」や「大義」の善し悪しを語るより、徹底してテロを叩くしかない、という判断に至った大国の方針のほうに分があるようにも思えてしまいます。
これは私に一種のゼネラリストの風があるからかもしれませんけれども。

91吉岡:2004/10/24(日) 11:39
新潟地震の大ニュースの陰で

http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/mideast/news/20041024k0000m030118000c.html

イラク:サマワの陸上自衛隊宿営地にロケット弾
http://www.asahi.com/international/update/1023/001.html

サマワの陸自宿営地にロケット弾、居住地区かすめ着弾

こういうニュースを、自衛隊発、防衛庁発表以外では見られなくなりましたね。
サマワからは、報道陣全員退去命令。バグダッドすら、共同通信とNHK以外は全員退去しています。

92ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/27(水) 05:52
>>91

それは、マスコミにとって「手近な大震災」のほうが取材もしやすく、注目も集めやすい(視聴率が稼ぎやすい)からでしょう。
>>91の発表にも記者の「思い込みと主観に基づいた解説」がないのは、報道する側にとっての価値が低い(センセーショナルにならない)と、デスクが判断しているため。

そして、「新潟県中越地震の大ニュースの陰で」と、地震と結びつけるのは如何なモノかと。
まさかと思いますが、吉岡さんは、「大地震が起きたのを見計らって、うやむやになるタイミングで防衛庁が発表したのだ」という見解をお持ちなのでしょうか?(新潟と結びつける理由)
事件発生が日本時間の23日午前5時というのも防衛庁の謀略ですか? また、着弾から調査結果発表までの所要時間を考えるとむしろ早いくらいかと思いますが。(一応の調査をしてから発表しているわけですし)

さらにまさかと思いますが、ロケット弾を発射したテロリストが、新潟県中越地震の発生を見越して……いや、そこまで言ったら(ry
ここは笑って聞き流して下さい。岡田党首のようにムキになるところではありません。心にゆとりと潤いを。


そういうわけで、この事件の紹介の枕として「新潟地震の大ニュースの陰で」と付けるのは、印象操作であると思いました。
確かに「無関係の枕を冒頭に置く」という印象操作は最近流行ってはいますが、飛びつくべきではない流行だと思いますので、老婆心ながらご忠告申し上げたいと思います。

なお、新潟県中越地震に絡めた意見は、地震スレを別途立てるべきと思いますので、ここではこれ以上は触れません。

93ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/27(水) 08:09
テロに関連する次の事件が始まってしまいました。

現時点で錯綜しているけど概ね把握できていることは以下の通り。

・ザルカウィが日本人拉致を宣言、ビデオが流れる
・拉致された日本人は、ロイター電では「自衛隊員」となっているが、防衛庁はこれを否定
・軍板速報では、ヨルダン経由で入国したフリーのカメラマン「山頭範之」http://www.yamatou.com/ とほぼ断定
・要求は、48時間以内に自衛隊が撤退しなければ、首を切断される(殺害予告)
・小泉総理は「自衛隊は撤退しない」と声明発表

環境と材料は以下の通り。

・イラクに残るのは「自己責任」という前例ができている。(三馬鹿、二馬鹿、故橋田カメラマンの3ケース)
・イラクですでに報道関係者が死んだ前例ができている。(故橋田カメラマンの3ケース)
・新潟地震の救援活動の真っ最中で、世論は自衛隊(の活動)に共感と好感を持っている。
 ↓
 A)自衛隊は帰ってきて新潟を助けて!(人質も助かり新潟も助かり自衛隊も帰国できる。が、サマワの復興は放棄で国際的には無責任で弱腰)
 B)自衛隊は新潟と同じようにサマワを復興させて!(日本人は「自分だけ助かる」という行為を後ろめたく感じる国民性がある。新潟の惨状を味わっている今、「自分だけ」という選択肢をできるかどうか)
 C)自衛隊はサマワにいらない!(→しかしそうすると、サマワに要らないものは、新潟にもいらない、ということになり、新潟の救済復興活動を否定することにもなりかねない)
と言わざるを得ない)

という、感じで、マスコミは(A)を煽ると思われる。
小泉総理は、米大統領選が終わるまでの間は少なくとも(B)を堅持。
もし、大統領がブッシュからケリーに変わったら、撤退させる/特措法延長をしない可能性があるが、そうなると「国連常任理事国」の芽はまた潰れる。

どちらにせよ、今回は48時間という期限が切られているので、その期限内であれば小泉総理は妥協しない(そして、しなかった)。
また、ここで撤退すると「日本には人質を取っての要求は有効」というメッセージを北朝鮮に送ってしまうことになり、北朝鮮に残されている人質の「価値」を高めることになってしまう。
北朝鮮の場合、人質は「不要」になるから解放されるのであって(それぞれの解放時の北高官の言葉を思い出そう)、有用と思わせてはいけないので、この場合もテロリストの要求は呑めない。



さて、どうやってテロリストから人質を解放させますか?

と、話を振ったところで、新潟地震の支援があるんで本日はこれにて失敬。

94ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/27(水) 09:17
追補。

速報をまとめたものですが、情報錯綜しているので、>>93には多少(か、それ以上の)間違いがある可能性アリです。
できれば気付いたものは訂正を。

人質の日本人は、先に挙げたカメラマンではなく、「イラクに旅行中。福岡出身の無職・香田証生(24)」という情報が出ました。(フジ)

95⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/10/27(水) 20:25
<香田さん人質事件について>

1 テロに屈する形で政府の方針を撤回することは、新たなテロを生む土壌となる。
2 今自衛隊を撤退させると、サマーワで築いた良好な状態を放棄し、
 日本の国際的並びにイラクにおける信用を将来にわたって損なうことになる。
3 自由とは自己の望むことを望むままにすること、同時にそれによって生じた事象に
 対する責任をとること。
  政府が危険だから行くなといっているのに、自己の権利を主張して物見遊山で
 出かけていったのだから、それによって生じたことには自己で責任をとるべき。

自業自得を絵に描いたような事件ですね。
政府に国益(今後の安全保障)を損なってまで自衛隊を撤退させたり、
税金を使って解放する義務があるのでしょうか。私には疑問です。

「たったひとつの冴えたやり方」の解釈で最も大切なものは
“すべての選択肢が不幸な結末しかない得られない場合においても、
 人はそのなかで最良の選択を選ばなければならない”だと思います。

この場合は将来にわたっての犠牲とテロの増加を抑制するためにも、
“自衛隊は撤退せず、身代金で勘弁してもらえるように交渉する”だと思います。

ステロタイプなおもしろみのないレスで申し訳ありません。
今、<国連のあり方>について書いている途中ですが、旬なのでこちらに一言でした。

96⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/10/27(水) 20:44
そういえば昔、「人命は地球よりも重い」と言った人がいましたね。
その一言を実行したために、世界でどれだけの人がテロの犠牲になり、
どれだけの日本人が拉致されたことか・・・・

テロリストの要求と人質の命
人質の命と国家安全保障
サマーワにおける友好とファルージャにおける憎しみ
イラクの1人と新潟の10万

世の中には、様々な大きさの天秤があり、その天秤はより大きな天秤に乗っている。
ふと、そんなイメージが頭に浮かびました。

釣り合っていることが良いことなのか、より重い方に傾いている方が良いことなのか・・・・

97うろちい:2004/10/28(木) 10:25
しまった。
いまやこっちのスレッドが旬でしたね。
「テロ対策」スレ501から転載-----------------------------
さて、今回の香田証生さんの件についてちょっと。
前回の高橋さんたちに関しては、
「彼女らは世界、または日本の義務を果たしにいったのだから、彼女らが拘束されたのは
我々にも責任がある。単純に無謀な登山と同じレベルに並べることはできない」
という弁護を僕はした訳ですが、今回は前回と比べると「義務を果たしに行く」という目的性
はほぼ無かったようです。
となると、僕の理論によれば香田さんの行為は「無謀な登山」に近いです。
新聞各紙も大体そういう論調で揃っている様ですが、やはり彼の目的性が
考慮されてのことではないかと思います。
ただし、これまでに述べた通り、雪山のようなイラクの現状には日本政府にも責任があります
(ブッシュ大統領や小泉首相はフセインだけの責任にしてますけどね)。
少なくとも政府やその支持者は単純に「無謀な登山」とは言えないというのが僕の理論です
(もちろん支持者たちは「やむを得ない選択に責任は無い」という立場でしょうけど)。

何か奇跡が起きて無事に帰ってくることを祈ります。
それとも今からでも自衛隊を撤退させるべきか・・
そのせいで困窮する人たちが出なければ是非ともそうすべきだとは思いますが・・

自衛隊は復興支援救助隊でもあり、占領支配軍の一部でもあるわけですが、
後者だけを取り除く手だては無いものですかね。
イラクで
「日本軍は出てけ」という人はいても
「日本のボランティアを追い出せ」という人はいない訳ですから。

尤も、「今や」各国の軍隊を引き上げることが現状の改善になるのか、
という問題もあります。
ただでさえ乏しい秩序が崩壊しそうで、そのマイナスを考えると・・。
困ったもんだ。
------------------------------------------

98イカフライ:2004/10/28(木) 13:47
この人質になっった香田さんという人は、確かに、さしたる目的も無くイラク入りしたようですね。
 物見遊山で行くようなところでないのは、今や子供でもわかるはず、そう考えると、自業自得とは言えるのかな、と思います。

 かと言って、見殺しには出来ないし。
 でも、じゃあ、自衛隊を撤退させろ、とはもっと言えないし。うーん、困ります。

 今回の場合、高遠さんたち3人や、安田・渡辺コンビのように、地元のレジスタンスではなく、外国から入ってきたテロリストの犯行のようですから、イスラム聖職者協会も、なにもできそうもないとか。

>尤も、「今や」各国の軍隊を引き上げることが現状の改善になるのか、
>という問題もあります。
>ただでさえ乏しい秩序が崩壊しそうで、そのマイナスを考えると・・。

 上に書いたことと関係するのですが、もはやイラク人の意志、ですら、無くなっているのですよね。
 テロの為のテロ、になっているような気がして仕方が無いです。

 全く、フセインさえ倒れればok、なんて単純細胞のバカ大統領が、後先考えず戦争始めた結果がこれだよ。

99ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/28(木) 15:25
独裁者の意志を挫くという意味では、「フセインのイラク」の問題は解決できたとは思いますよ。
イラクというステージに入り込んできた「アルカイダ系テロリスト」の問題は、「フセインのイラク」の問題とは重複するけど別問題、ということでしょう。

ドイツがパルチザンに手を焼いたように、
イギリスがスエズ運河を諦めたように、
ベトナムでベトコンを制圧できなかったように、
日本が工作員に対してまったく無策であるように、

「収めるべき領土を持たない遊撃兵が、ルールを持たずに仕掛けてくる」という攻撃に勝てた国は、歴史上ありません。
が、今までは遊撃兵の攻撃能力はタカが知れていたけど、これからは遊撃兵が莫大な戦果を無差別に挙げることができるようになってくるわけで、「放置」することもできない。
少数のテロリストが、いつでも好きなように破壊工作を続けることができることを許したら、安全保障が根底から崩壊しますからねー。

その意味では、「ブッシュが後先考えずに戦争始めた結果」というよりも、
【どこかのバカが正義感と信仰心を口実に、911を仕掛けた結果がこれだよ】
と思います。

アメリカはどちらかと言えば、他国に無関心な国だったと思います。外交で成果を挙げても国内の人気に繋がらないとかで。
が、「徹底的にアメリカの正義を見せつけねばならぬ」というアメリカ国民99%の決起を促してしまった911が、一連の引き金なのではと思いますよ。
イラク(フセイン)は、911のときに「テロを非難」せずに、賞賛したんですよねー。



香田某の処遇について。
同情論が一切出てきませんね。民主党にもマスコミにも。
今のところ「自衛隊解体」を叫んでいるのは社民党だけかな。

100⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/10/28(木) 19:09
>うろちいさん
政府の自衛隊派遣の本当の思惑はわかりませんが、
私の聞いたところ、自衛隊側にしてみれば復興支援に行っているのであり、
それ以上でもそれ以下でもないというのが実情のようです。

そもそもサマーワによる活動は自衛隊主導で決定したことで、その条件は
 1 比較的政情が安定している
 2 サマーワ一帯はシーア派が強く、フセイン時代に弾圧・差別を受けている
 3 クウェートからの補給線が短い
そしてこれが重要なのですが
 4 オランダの治安担当地域であり、アメリカと一線を画した活動ができる
だそうです。

特に南部では自衛隊は歓迎されています。
サマーワでは自衛隊に対する友好のデモが行われてますし、
http://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/top/iraq/topics/i0511.htm
ヤーウェル大統領、アッラーウィ首相、ハッサーニ・ムサンナー県知事等
によって支援継続への期待が示されました。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/iraq/hyokei_041014.html
また、サマーワの宗教指導者が「自衛隊を守れ」というファトア(宗教命令)を出したという
事実もありましたね。(なぜかそのソースが検索に引っかかりませんが・・・・)

NGOばかりが日本とイラクとの絆ではないと思います。
自衛隊に出て行ってほしいと思っているのはファルージャなどの北部の部族や
一部のテロリストだけではないでしょうか。
テロリストの主張をイラク全体の意志と考えるのはどうかと思います。
うろちいさんやヤッスさんの危惧するとおり、自衛隊が撤退したら、
イラクの治安の崩壊や、今後の日本企業の誘致の遅延が心配です。

※ところでヤスツさんとヤッスさんのご関係は?

101⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/10/28(木) 21:30
<国連改革について>
>>85に対するレスです
どうも“強制力”とか、“地球規模の民主主義”という表現が悪かったのか、
国連超国家組織論か地球連邦政府論と受け取られているように感じますが、
私はそこまで飛躍した改革を求めてはいませんし、それができるとも思っていません。
できるとすれば数世紀後か、人間が人間でなくなったときか、
あるいはテロネットワークが人類全体を脅かす驚異となり、
人類がすべての垣根を越えて一致団結するかでもしないと無理ではないかと思います。
(あ、これハリウッド映画のネタになりそう・・・・)

私が望むのは、ソマリア以前のPKOにおける人道的見地からの紛争地帯への介入(内政干渉)
すら辞さない国連の姿勢を復活し、
それが大国の利益を超えて本当に必要とされる人達を救済することです。

ヤスツさんは大国の協力なしに国連軍の派遣は不可能とおっしゃいましたが
であれば、大国に国連軍を組織して出動させるように仕向ければよいでしょう。
不可能なこととは思いません。

たとえばアメリカは、戦争前には徹底的な情報統制をして自国の正義と敵国の悪を強調し
民意を戦争に駆り立てます。
これはアメリカといえども国民の支持(議会の承認)なしに戦争を行うことは無理だからです。

またイラク侵攻においては「国連の支持は必要ない」と言いながら、国連決議1441を根拠に
大義名分を得ています。
これはアメリカの民衆にとっても国連決議が正義を判断するひとつの基準になっているからです。

更にイラク戦争が長引き民衆の支持も経済的にも困窮すると、国連に泣きついてきています。
これはアメリカ一国の国力の限界を示しています。
EUの経済力、軍事力はアメリカに匹敵するものがありますし、それ以外の余裕のある国々
も連合すれば、アメリカといえどもいつまでも単独主義を貫くことはできないでしょう。

そして>>56で前述したとおり、ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国が雇ったアメリカの広告会社
によってアメリカ国内での世論を、議会を、そして国連を動かした前例があります。
小国でも情報戦(広報戦)で適切な対応をすれば大国を動かすこともできると思います。
ましてやそれが大国を除いたとしても世界中の過半数の国が賛同すれば。

ここまでの内容でおわかりになって頂けたと思いますが、私は現状の国連の延長線でも
それなりの活動はできると考えています。
国連改革と言うより、国連憲章の理念に基づく正常化と言った方がよいかもしれません。

もう少し付け足しますと、強制力と言いましたが、これは=軍事力ではありません。
軍事力による強制は下策でしょう。
経済制裁等のムチや復興支援、企業誘致等のアメによる取引も有効と思います。
アメリカに対する経済制裁として日本やEUによる独自規格のOSを開発してwindowsを
市場から駆逐するというのはどうでしょうか。

また担保についてですが、各国のテロに対する安全保障と紛争当事国に対する経済上の優先権等
が考えられます。

102大神:2004/10/29(金) 17:59
>>100

確かにサマワでは州知事が自衛隊に撤退しないで欲しいと言っています
しね。規律が良くて現地民とトラブルを起こさずに、民生復興がメイン
なら歓迎されるのは当然ですね

103イカフライ:2004/11/01(月) 09:24
>>99

>その意味では、「ブッシュが後先考えずに戦争始めた結果」というよりも、
>【どこかのバカが正義感と信仰心を口実に、911を仕掛けた結果がこれだよ】
>と思います。

>アメリカはどちらかと言えば、他国に無関心な国だったと思います。外交で成果を挙げても国内の人気に繋がらないとかで。
>が、「徹底的にアメリカの正義を見せつけねばならぬ」というアメリカ国民99%の決起を促してしまった911が、一連の引き金なのではと思いますよ。
>イラク(フセイン)は、911のときに「テロを非難」せずに、賞賛したんですよねー。

賞賛した、とは言え、フセインは別にビンラディンとつながりがあったとか、アルカイダに武器や資金を提供していたわけではない。
 戦争の大義であった大量破壊兵器だって結局無かった。
 911の米国人のショックと恐怖を口実に戦争を始めた、これが事実ではないの?

 フセイン独裁のイラクが良かった、という気は無い。実際にフセインの弾圧で苦しんだ人々は沢山居た。
 けれど、今のイラクの惨状を見ると、後先考えずに戦争を始めたアメリカの責任、それになんも考えず盲従した小泉の責任は大きい。
 
>アメリカはどちらかと言えば、他国に無関心な国

 なの?なワリにアの国は、しょちゅうよその国の戦争に首突っ込んでは戦渦広げているような気がするんだが。

104ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/11/01(月) 14:52
>>103

ビンラディンと繋がりがあったかどうかは、まだ「ない」と断定できるほどではないような気もしますので、反論も賛同も保留です。

また、大量破壊兵器の有無については、「すぐにでも作れる能力を維持していた」という点のほうが重要なようにも思います。
どこかで出ていた例えを引用しますが、
「サティアンを捜索したがサリンは見つからなかった。しかし、サリンを作るための施設と副生成物が見つかった。サリンそのものは見つからなくても、サリンを作る能力があると見なした」
という例から考えると、「現物がなかった」というのは「大量破壊兵器保有能力と意思の排除」には繋がらないのでは、と思う次第です。

そして、「アメリカ人のショックと恐怖を口実に戦争を始めた」ですが、戦争というのは如何に機械化されようとも、武器が高性能化しようとも、自国の人命と高いコストを投入しなければならないものなわけで、それを考えれば「戦争をしたくてしたくてたまらないブッシュ」という像を思い描くのは、どうにも戯画化されすぎていないか?と。
人殺しをしたくて仕方がないブッシュ、という揶揄が多いことはわかりますが、「人殺しをしたくて仕方がない(悪を悪と認識して行う、行為そのものを目的とする)」というのを、「政治家の取る行動」として見るのは、いかがなものかと。

で、小泉政権がイラク戦争を支持したのは、「アメリカに盲従したから」ではなくて、「湾岸戦争からの10年間の間に、イラク政府は国連に充分に強力をしてこなかった。イラクが協力的でなかった場合、制裁もやむを得ない」という【国連決議】に日本も賛成していたから、では?

アメリカは、そもそもは他国に無関心だった(モンロー主義とかありますよね)が、アメリカの資本力を担保にした世界経済が構築された(ドル本位の)ため、経済の安定のためには秩序不安要素を取り除く努力を、経済的にゆとりのある(あった)アメリカ自身がやらざるを得なくなってしまった。
アメリカ経済が世界経済の担保にならないなら、アメリカは「自国内だけでやっていける」わけで、自らの手を血で汚す必然などないのでは、と。

よその国の戦争に首を突っ込んで戦禍を広げるについてですが、
1)冷戦時代、共産圏の拡大と対抗するために、共産政府に対する民主化ゲリラに手を貸す
2)冷戦時代、紛争地(対共産主義の)での、共産主義のパージのために介入する
この、冷戦時代の「他国への介入」は、対共産主義との対決(=放置しておくと、資本主義経済圏が縮小してしまうから)からきたものですよね。
で、昨今の「民族紛争」的なものについては、さほど積極的に介入してもいないような気がするんですが……。
ソマリアからは手を引いちゃったし。
その結果として、ソマリアは国そのものが事実上の治外法権になってますが。

105ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/11/01(月) 15:00
あのときああしておけばよかった、という話をしても仕方がないので今と今後の話をしますと、今、イラクから治安維持を担っている外国軍を全て撤退させてしまうのは、イラクの内戦を誘発してしまう可能性が高いのですこぶる危険であると思います。
イラク警察の要人が暗殺され続けていることなどを見ても、また今回の香田殺害事件を見ても、外国人テロリストを逮捕・排除する能力はイラク警察単独では不可能でしょう。
外国軍が撤退したらイラクでのテロはなくなるかと言えばこれもノーで、「アメリカ軍ですら撤退させる、要求の通し方」を知ってしまえば、新政権ができても政府を屈服させるためなら、政府側の誰かを誘拐して首を切るぞと脅せばいい、ということになってしまいます。
目的が別であっても、手段としての有効性が証明されてしまえば、その手段は誰もが何度でも使うようになるだろう、と。

そうなると、イラクは「言い分を聞かせるためになぶり殺しにするのを、見せしめとして見せつける」というのが横行する世界になってしまいます。
こういう行動を彼らが容易に行ってしまうのは、他ならぬフセイン自身がやっていた行為を、フセインの命令を受けない者が、フセインの手口だけを真似てやっている、ということに他ならないかと。
また、アルカイダの手口に有効性があると理解されてしまえば、同様の手口を別の目的のテロリストが真似し始めることも明らかです。

真似をさせない、真似をしても効果がない、ということをアピールしない限り、「テロという流行」を沈静化させることは難しいのでしょうね。

そもそもは「人命は地球より重い」と、テロリストの要求を飲んでしまった福田元総理と、
それまでの要人暗殺から無差別テロという方法を解禁して名を挙げてしまった日本赤軍と、
テロに屈したスペイン政府の罪が、特に大きいのではないかと思います。

106イカフライ:2004/11/01(月) 15:14
>>104

米軍の空爆で死んだ人達に対して、私はイラク戦争を正当化することはしたくない。
 感情論で申し訳ありませんが。

107ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/11/01(月) 16:58
>>106

感情論として、イカフライ女史がそういう意見をお持ちになることそのものには、私は同意はできませんが、かといって反対もしません。

テロ話と空爆話は「コストは違うが得られる効果が近い」ことから、どうしても表裏一体に語られがちです。
また、東京空襲や原爆投下など「航空機が爆弾をばらまいていくことの恐怖と悲惨さ」を繰り返しすり込まれてきた日本人としては、「命を賭さずに大量破壊・無差別殺戮ができる空爆は、高みからの攻撃で卑怯である」という考えを無意識の中に持ち、「空爆という手法そのものを受け入れられない」という心情も理解はできます。

「無差別空爆は許し難いが、誤爆(誤射)は事故である」
「ピンポイント精密爆撃を含めた航空支援を禁止しての陸戦は、敵味方民間人の被害を空爆をした場合を遙かに上回る被害者を出す」
ということを合わせ考えると……。

テロも空爆もそうですが、「どういった必要性から」「どのような効果を目的として」行われるのか。ということを考えるとき、テロと空爆は効果は似ていても目的が正反対であることがわかります。
近年(に限りませんが)の空爆は、「戦略上の重要拠点、戦略目標を集中して破壊、無力化する」ことが目的であり、同時に反撃を最小限に押さえ込み、進攻する味方陸戦部隊への被害を小さくすることが目的になっています。つまり、味方及び戦闘そのものでの被害が拡大しないようにするための「空爆」であるわけです。
無差別絨毯爆撃からピンポイント精密爆撃に移行していることからも、現在の空爆は「被害の最小化」を目指していると言えます。

対して、テロというものはかつては要人暗殺などに見られるように「最小の戦力しかないから、最小(物理的に)だが価値の高い目標を集中して叩く」という方法が採られていました。
が、現在の空爆が「被害の最小化」を目指しているのに対して、現在のテロは「できるだけ多数の無抵抗な被害者に、被害を拡大する」ことに主眼が置かれています。いわば、「被害の最大化」を目指していると言えます。

一応ここで、「空爆は最小化を、テロは最大化を目指しているから、空爆の方がテロよりまし」というつもりはありませんが、攻撃が行われた効果の部分だけを比較して、テロリストの自爆テロと大国の空爆を同等・表裏一体として考えるのには無理があるというか、それこそ枝葉末節に囚われることになってしまいはしないか、と考える所存です。

108ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/11/01(月) 17:06
それと、「イラク戦争」ですが、現在はイラク戦争そのものは終戦していて、(暫定政府もできているし、暫定政府はアメリカを含む国際社会と協力をしているわけだし)イラク国内での米軍の戦闘(空爆も)は、「イラク対アメリカの戦争」として行われているわけではなく、「イラク国内の内戦の火種を、イラク政府の委任を受けた米軍が代行して鎮圧している」という図式なのかと認識しております。
「内戦の鎮圧に空爆はいかがなものか」という異論もあるかと思いますが、「陸戦部隊を極力危険にさらさない」ということになると、やはり「まず航空支援(=空爆)」というのは、アメリカが自国民である米軍を守りつつ、鎮圧を遂行するためには選ばざるを得ない方法ではないかとも思います。

問題は、「女子供が空爆に巻き込まれ」という点が許せないのではないかと思いますが、米軍の行動・任務が「イラク国内内戦の鎮圧」にあるとすると、一概に「米軍=悪」という図式では語りにくくなるのではとも思います。

そういうわけで、「空爆で女子供が死に……」というのは、感情論としては理解できますが、時間を巻き戻して関係者に改心を迫ることができない以上、今この瞬間を起点に、ベターな判断をしていくしかないのではないでしょうか。

イラク戦争を仮に行わなかった場合どうなっていたか。
イラクはますます疑いを濃厚にしたまま肥大化し、すでに発覚していますがイランの核武装を推進させる口実になり、中東の核武装化は加速していたかもしれません。
ifを言っても仕方がないので、とりあえずはここまでとしてみます。

109⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/11/03(水) 09:04
>>106
「米軍の空爆で死んだ人達に対して、私はイラク戦争を正当化することはしたくない。
 感情論で申し訳ありませんが。」
イカフライさんは感情論とおっしゃってますが、これは重要だと思います。
なぜならテロも感情に起因する部分が大きいからです。

>>89 >>90でヤスツさんがおっしゃるような理論武装により大国はテロ戦争に
突入しました。これは論理的には正しい選択といえるでしょうが、
問題は、911以降の3年間で成果があったかということです。
この3年間でテロが減少したかというと、むしろ増加したと言えるでしょう。
理由は、アメリカがいくら精密爆撃で被害を極限に努めようとしても、
誤爆や巻き添えで一般市民が殺害される。
ロシアに至っては一般市民ごと無差別爆撃で殺害しています。
これだけで復讐するための理由は十分になり、
そこにテロ組織が復讐のやり方をレクチャーし、お膳立てする・・・・・
ここにテロの環境が整ってしまうわけです。

警察には起こった犯罪を“検挙”する機能と、犯罪の発生を抑止する“防犯”
の機能があります。
現在のテロ戦争は“検挙”に重きを置いて、防犯について軽んじられているように
感じます。
もはやテロの芽を摘むだけでは、対処しきれない状況にあるのではないでしょうか。
土壌を改善することがテロの根絶に必要であり、その方法について、
そして私たちが何ができるかをこのスレで話し合っていきたいと思います。

改めて、皆さんのご意見をお願いいたします。

110ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/11/03(水) 10:17
例として正しいかどうかわかりませんが、防犯には以下のような方針が挙げられると思います。

1)犯人の行為(=行為が違法)に非があるなら、主張に理があっても一切認めず、犯人を殱滅・駆除する
2)犯人の行為の根本にある主張に理があるなら、犯人の行為の根拠を認め、要求を飲むことで、犯人の行為を控えさせる。これは、犯人との意志の合意と協力が必要である(パレスチナを引き合いに出すと「犯人呼ばわりするな」と叱られそうですが、反対者との合意というのはそういうものではないかと)。

アメリカ型の方法は「行為に非がある限り、根拠に理があっても認めない。排除する」というもの(1)。
それ以外の方法を考えましょう、というのは簡単ですが、そうでない方法となると「犯人の言い分をある程度呑んで、犯人と協力をしないと実現できない」というものになります。

テロの本質は「暴力によって意志を貫く」というもの。それに限って言えば、戦闘/武力によってテロリストを排除しようとする大国の方法とは本質的に同じようなものかもしれません。
問題は、テロが「自縛、自浄する能力」を持たないこと、でしょうか。それこそ、アメリカの場合、選挙が終わって指導者が替われば軍を引く可能性だってないわけじゃない。(ケリーが勝ったら、米軍はイラクからパレスチナにシフトするだけかもしれませんが(w。しかも、米軍以外の軍の参加をケリーは求めているわけで、各国にとってはむしろ迷惑……という話は置いておくとして)
かつてのテロは指導者のカリスマと命令に基づいて行われてきたが、昨今のテロは「指導者の精神」という曖昧な根拠を、各地の支部隊長が「勝手に解釈」して、それぞれ個々の判断でテロに及んでいます。このテロは、「指導者と取引すれば収束が図れる」という性質のものではないだけに厄介です。
心を力で折ることはできないと言いますが、テロリストのうちの誰か一人と取引ができたとしても、他の全てのテロリストとも取引をしないと効果は得られません。
また、「手法は同じだが要求の方向や度合いが違うテロリスト」の全てを満足させるのは、やはり不可能です。
そうなると、上記の(2)「要求を飲むことで犯人と協力してテロ行為を控えさせる」は非常に実現が難しい、ということになります。

他の方法を考えましょう、というのは実に結構なことなので、それそのものについては否定しません。
テロの芽を摘むこと以外の、即効性のある方法や、土壌改質を具体的に挙げていかなければ、「その他の方法はバラ色。今の方法は最低」とこき下ろす日本の民主党やアメリカの民主党と同程度に堕してしまいます。

111ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/11/03(水) 10:22
さて、「防犯」という視点からテロの発生を抑止するアイデアも考えてみましょう。

私は「思想的に反対を唱える」という行動そのものは、別に否定も反対もされなくてもよいと思います。
反米なら反米で、それを言うことそのものは別に罪でもなければ否定されなければならないものでもありません。
もちろん、利益の問題から対立することはあるかもしれませんが。

そう考えた場合に、問題になるのは「反対を唱える方法として暴力を用いること」の一点となります。
演説で反対する、声明を出すのは別にかまわないけど、反対している人を暗殺する、反対している人の支持者を皆殺しにするという「手法」が否定されているわけです。

しかしそれを、解決するのは容易なことではありません。
対立する相手に打ち勝つのに、もっとも有効な方法は、「対立相手を消滅させることで、問題そのものを消滅させる」です。
対立を根本から消滅させる方法=対立相手を殺して排除することなわけですから、暴力により相手を駆除するという手段はまさに「究極の問題解決方法」なわけで、これを上回り、なおかつ相手を殺害させない方法は、ほぼ思いつきません。
そういう意味では「対立を解決するのに、対立相手を消滅させる」というのは、理には適っているわけでして。

112ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/11/03(水) 10:33
以前、別スレでも似たような話が出たかと思いますが、いちばんいいのは「教育」でしょう。
これは、聞こえは悪くなりますがプロパガンダ、洗脳を呼び変えてもかまいません。

日本の国民が戦後、「政府にやたら疑いを持つ、政府の言うことを盲信しない」ような風潮になったのは、学校教育の成果とマスコミによるプロパガンダの成果が大きいと考えています。
同様に、戦前「鬼畜米英」となっていたのも戦前の教育の成果。
戦後に「アメリカ万歳、アメリカ大好き、らららーん(笠木シヅ子の歌の歌詞にあるんです)」となったのも、占領軍の教育とプロパガンダの成果と言えるでしょう。
日本でそれができたのは、日本の識字率が99%以上と高かったからでもあると言われていますが、識字率の高くない地域(イラクは高いそうです。だから、今のテロリストの多くはテロリストではないわけです)では、教育を施そうにもプロパガンダをしようにも、その手段が途絶しているわけですから難しい。
また、アルジャジーラのように「逆方向のプロパガンダ」をしているマスコミがあったり、インターネットのように「錯綜する情報源」があったりしている現在は、戦後直後の日本のように「反米マスコミ(マッカーサーが帰るまではいなかった。朝日が尻尾を出したのはマッカーサーの「日本人は12歳」発言からだが、これも朝日の誤訳に端を発していることが判明している)」や双方向性の情報源であるインターネットがなかった時代と簡単には比較できません。
(双方向性の情報源がなく、マスコミが統制制限されているなら、教育やプロパガンダはある程度容易ですが、そうでない場合、情報の取捨選択と判断は個人に任されることになります。メディア・リテラシーに対する耐性と訓練(教育)が充分でない人には、それは難しいでしょう。日本でもそうですから)

思想の自由を保障しつつ、手段だけを排除しようというなら、「手段はいけない」という教育を施すしかありません。
子供のうちから、「暴力はいけない」と教え込むしかありませんが、それを教えるオトナが暴力を使っているうちは説得力はないでしょう。
そして、自分の信念に照らし合わせた暴力を、「正しい」として使うオトナには、「暴力による対立相手の排除」以上に効率のいい方法を提示できない限り、その方法を辞めさせるのは難しい。

土壌改質の方法はないではないが、「暴力による対立相手の排除」という究極の合理的方法以外の、「暴力に依らない、しかもローコストで効果のある対立相手の排除」方法を示せない限り、「究極の合理性」を捨てさせることは難しいでしょうね。

113⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/11/05(金) 17:52
<防犯(テロ抑止)について−その1> 
>>110
1)は現在の対テロ戦争の基本方針で、アメリカのアフガン・イラク侵攻がそうですね。
 しかし、これがテロ撲滅・抑止の観点では成果が上がっていないのが問題です。
 この方法で成果を上げている例としては、日本における営利誘拐に対する抑止があると思います。
 我が国で営利誘拐の発生率が低いのは、過去の徹底した検挙により成功率が低く、
 刑罰が重いためリスクに合わないということだと言われていますが、
 テロの場合は検挙率が低く、実行犯が生還を喫していない場合もあり、また効果が認められて
 いるうえに検挙(掃討)の行為が更なる憎しみを生み、テロリスト志願者を生み出すために
 抑止効果が低いのでしょうね。
 
2)はテロリストの要求を飲むという方針であれば、テロを誘発するだけで抑止効果はないので
 言語道断でしょう。
 しかし、オスロ合意の様に一時的でも平和への道が開かれたこともあったわけですから
 この方法はまだ可能性を秘めていると思います。
 それには、主権を代表した政府同士の対話と仲介者の存在と落とし所が必要ですが、
 これこそ国連が行わなければならない仕事だと思います。

ヤスツさんはテロは個人の犯罪で指揮系統を持たないから制御が効かないと繰り返して
おっしゃってますがこれには異論があります。
テロはそもそも政治的目的のために政治的要求を達するために行われるものであり
組織に属さず個人レベルで行うべきものであればテロ以前の犯罪であり、個別に検挙すれば終わり
というもののはず。
武器や技術の供給があり、訓練されたテロリストによって組織的に行われ、
なおかつ民族的、宗教的支持があるからこそ“戦争”とまで呼ばれるようになりこれ程の
危機となっているわけです。

具体例を挙げるなら、パレスチナにおける自爆テロはアラファト議長の影響力の低下に伴い
影響力を増したハマスなどの組織が、生きることに未来を見いだせない未亡人や貧乏人を利用し、
復讐や残された家族への支援を見返りに人間兵器へと改造しています。

チェチェンにおける一連のテロはバサーエフ野戦司令官率いる独立派の仕業とされていますが、
先の旅客機同時自爆テロや学校占拠事件は、綿密な計画と組織力が必要で個人レベルで行える
ものではありません。
なおバサーエフは97年の大統領選では次点だった人物で、かなりの支持者を得ていました。
それが、いわゆるイスラム原理主義者(厳密にはイスラームに原理主義はない)やアルカイーダ等の
テロネットワークと結びつき、厳格なワッハーブ派の教えはを広めたため、本来スーフィ派で
あったチェチェン人からも支持を失いつつあり、テロに活路を見いだす状況に陥っています。

したがって我々が問題としているテロは、民俗・宗教等の背景のある明確な目的を持った
組織的犯罪又は抵抗運動の手段と言えます。
ならば交渉が可能であり、制御が可能であると思います。
実際、第1次紛争においてバサーエフ派とドゥダーエフ派のゲリラはロシアやダゲスタンの
病院を占拠していますが、交渉で解決しています。

指揮系統からはずれた“はぐれテロリスト”又は目的と手段を取り違えた“無差別テロリスト”
ならば、むしろ殲滅しても後腐れが少なくて済むので徹底駆除の姿勢が抑止にもなりうると
思います。検挙率の向上=防犯ですね。

114⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/11/05(金) 17:53
<防犯(テロ抑止)について−その2>
以前にも書きましたが、テロリストの要求をのむと言うのではなく、まず対話のテーブルに
付かせると言うことには重要な意味があります。
それによってテロ組織のバックボーンを浮き彫りにし、彼らの主張の正当性を明確にすること
ができるからです。
「○○民族のため」と主張するのであれば、○○民族自身に彼らの行動を支持するかどうかを
明確にしてもらいます。
それによって主権を代表する組織であるならば、正式な政府による正規の手段での交渉を促すこと
ができますし、そうでないならテロリストの目的を奪い、政治的に孤立させることができます。
並行的にテロネットワーク等の掃討、分断を行い、外部からの支援を絶って“犯罪組織として”
個別に組織壊滅を図ることができます。
更に改めて第三者の調停による正式な政府同士の交渉を行うことによって、
問題の解決を図れば、テロを抑止できると思います。
対話=妥協・譲歩=負けと取られがちですが、公においてテロの不当性を明確にすることによって
テロリストを孤立化することもできることを忘れてはならないでしょう。
 
>>112の教育による抑止については同意ですが、
そもそもアメリカが何故あれほどイスラームに嫌われているかというと
イスラームの慣習や、民族的な感情に対して無礼かつ無理解であり、
アメリカの民主主義が一番で、これによって世界中の人々が幸せになれると錯覚して
それを押しつけようとしているからで、アメリカ人の無知が原因といえなくありません。
日本でも今回の香田さんの事件でイラク人やイスラームが怖いとか悪いといった発言がありました。
こういった誤った認識が間接的にテロリストを生み出す土壌になっていると言えると思います。
教育によってテロ=悪と教えることも重要ですが、宗教や民族について正しい知識を教え
偏見や誤解を取り除くことも重要でしょう。

115ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/11/05(金) 19:01
>>113

少しだけ枝葉末節のこと。
ハマスは未亡人(女性)に対してはテロを推奨していません。
「女性はテロで死んでも天国にはいけない」と言っています。

テロの問題点は、中葉さんが別スレで仰っておられるところの、「ホロニックな連帯性」を持った、「組織であって組織でないような組織」がそれをしているという点かと思われます。
また、「戦争」「テロ戦争」という呼称については、911後にブッシュが米国内の意識高揚のために名付けたのが最初でしたね。
タリバンの庇護の下、ムジャヒディンとしての訓練と実戦を積んだ世代が、「ソ連撃退」の余勢を駆って「一切の外国人の撃退・排他」という方向に暴走しようとし、現地(自国内)からの「撃退行動」ではなく越境しての911を起こしたことが、テロリストに「ソフトターゲットはたやすい」ということを理解させてしまったのかとも思います。

チェチェンにおけるテロの件についての考察はその通りと思いますが、それをして他の全てのテロを語ってしまえると考えるのは危険だと思います。
自動車に爆発物を積んで、アッラー・アクバルと叫びながらアクセルを踏むことには、大きな組織を必要とはしません。
組織化されたテロと、組織化されないテロ、また、アルカイダのテロとそうでないテロを、一元的に語るのは如何なものかと。

私が危険視しているのは、むしろ「大義を自分なりに消化して、自由行動を取るテロリスト」のほうです。
今後、そうしたはぐれテロリストのほうが増えていくと思いますよ。

116ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/11/05(金) 19:04
>>114
PIYOさんが言っておられるのは、「北部同盟を核にして、武力闘争ではない自力統治を彼ら自身にさせる」というアフガンのようなケースでしょうか?

教育について。
キリスト教とイスラム教とユダヤ教が、それぞれ一神教である限り、完全なる共存は難しいだろう、と、汎神論の一日本人としては考えてしまいますが。

117⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/11/06(土) 18:02
>ヤスツさん
テロ問題が一元的な方法で解決できないことで、ケースバイケースでの対応が必要
ということは今までの議論で共通認識となったのではなかったのでしょうか?

改めて明言しますが、私はテロ問題は地域又は対象毎のケースバイケースで対応が必要で
長期的対応及び短期的対応を予備手段を含めて複数並行的に実施し、状況応じて臨機応変に
対応を変更する必要があると思います。
また、テロによって誰も死なない世界を目標としていますが、
誰も殺さずにそんな世界が手にはいるとは思っていません。

<ハマスによる女性テロ>
ハマス“等”と書いたのは、パレスチナにおける大小のテロ組織の代表という意味で用いたのですが
その辺もきちんと説明しないとならないでしょうか?
ソースです。
2004年1月14日
ハマスは、今回初めて女性テロリストを送り出したのはイスラエル当局
が男性テロリストに対する警戒を強化しているため・・・・
http://www.pubanzen.mofa.go.jp/info/info.asp?num=2004C015&amp;ST=M&quot;
最近では女性が自爆することをヤシンが承認・・・・
http://www.bfpj.net/news_37.html

<教育について>
>キリスト教とイスラム教とユダヤ教が、それぞれ一神教である限り、完全なる共存は難しいだろう、と、汎神論の一日本人としては考えてしまいますが。
難しいでしょうが、各宗教の教えに“異教徒を抹殺せよ”と言うものがありますか?
大多数の人々は、弾圧されさえしなければ平和的に暮らすことを望んでいるはずです。

118イカフライ:2004/11/07(日) 19:36
>>117

>>キリスト教とイスラム教とユダヤ教が、それぞれ一神教である限り、完全なる共存は難しいだろう、と、汎神論の一日本人としては考えてしまいますが。
>難しいでしょうが、各宗教の教えに“異教徒を抹殺せよ”と言うものがありますか?
大多数の人々は、弾圧されさえしなければ平和的に暮らすことを望んでいるはずです。

キリスト教では「汝、殺すなかれ」というよね、仏教では殺生戒ってあるよね、ユダヤ教やイスラム教の教えは知らないが、「殺しちゃイクナイ、争っちゃイクナイ、平和に暮らそう」ってのが、宗教の共通した教えに有るんじゃないかな。
 ところが、殺すなかれ、と言っているキリスト教は、歴史を見ればいかに数多くの命を奪っている。
十字軍しかり、魔女狩りしかり、植民地しかり、同じキリスト教どうしでもカトリックだプロテスタントだ、居たんじゃなんじゃらと、まあ、殺し放題だ。
仏教が、そういう事したのは、あまり知らないが、あるのかな?異教徒狩りみたいなの?

 「宗教とはなにか?」というと、話が広がりすぎてしまうけれど、個人的意見を言わせてもらえば宗教ってのは、人間が作った方便だと私は思ってる。
 まあ、こういうこと言うと、なんらかの宗教信者の反感かうだろうけれど、人がいなければ神は居ないからね。神って言うのは人間がつくりだした大いなる共同幻想だ。
 
 でさ、平和に暮らしたい、ってのは、人間共通の望だと思うよ。
 その平和っていうのは、実は結構平凡な、けれど大切なもんだと思う。
 最初、ヤスツさんが談話室に来た時、あなたにとって平和とはなんですか?って聞かれた私は
「上手いメシが食えて上手い酒が飲めてゆっくり煙草が吸える事」
 と言ったけれど、まあ酒やタバコはともかく、生理的欲求がまず満たせて、安心な心地がもてる事。これがまず一番じゃないのかな?
 その状態になれば、異教徒は共存できると思う。

 宗教戦争も宗教テロも、始めに宗教ありき、ではなく、始めに争いありき、で、その方便に宗教を利用しているように思えるんだけれど。

119水城平四朗:2004/11/07(日) 22:12
こんばんは、久しぶりの書き込みです。
イカフライさんの意見を見て、私も意見を書き込んでみたくなりました。

ところで、シミュレーション小説作家の佐藤大輔という人は、こんな事を言っています。
「すべて、戦争の原因は金です」と、そんなことを。
遠因まで含めて考えるなら、おそらくその通りだろうと、私も思います。

で、テロについても、同じ事が言えるのではないかと。
つまり、根本的な原因は貧困であり、それが改善されれば事態も収まっていくだろう。
完全な解決には至らないにしても。

説明として上手くないかもしれませんが。
人間というものは、実に簡単に堕落するものだと、私は考えるんです。
おそらく、大義やら神の意志やらのために命をかけようと思うのは、少数だろう。
ふつうの凡人たちは、そんなものより現世の利益の方を取るはずだ。
とまあ、だいたい、そんなふうに、私は考えるところです。

120ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/11/08(月) 19:43
「殺すなかれ。ただし、異教徒は別だ」
といって煽った宗教指導者はけっこういたと思いますよ。
キリスト教側では十字軍時代の人々がそうですし、イスラム教側では昨今の「米軍は殺していい」という宗教令を出した例がありましたし。
ちなみに、仏教でも「僧兵」がいたりしましたね。

大多数の人は、「世界の平和」を祈っているのではなく、「自分の目が届く範囲だけでいいから平和を」と祈っているのでは。
イカフライ女史仰るところの「うまい飯が食えてうまい酒が飲めてゆっくりタバコが吸えること」
生理的欲求(飢餓の充足、排泄、睡眠、温暖、もちろん性交も入りますよね(^^;))が満たせること、ですな。
思想はそのための方便。

日本は政教分離が前提となっているため、宗教が政治に介入することを嫌いますが、本来的には宗教と政治というのは同質・同目的のものだったはずなんですよねー。
政治というのは、集団/社会を形成した人間が、個人同士の欲求を対立爆発させないように調整を取っていくことを目的に発達した、「社会の制御方法」。
そのためのプロトコルの違いが、「民主主義」「共産主義」などの思想の違いにあるわけで。

一方で、宗教(と、信仰は分けて考えてくださいね)というのもまた、「集団/社会を形成した人間が、その地域・社会で個人の欲求を爆発させすぎないように、調整や抑制を促す」ということを目的に発達したものと言えます。
教義は「ルール=法(の、原形)」ですし、神という絶対性のあるシンボルを法(教義)の遵守根拠に据え、司祭・教祖・導師が指導的立場に立ち、教団内に「順位」や「階級」を作ることで、上下関係を定義して対立を抑制しよう、というもの。
人間が少ないうちは宗教や政治は不要ですが、人間が増えてくると欲望の抑制や調整のために、宗教や政治が必要になってくる。

これが本来的な宗教の発生原理だとすれば、 宗教が政治の舵取りをしようとする中東型のイスラム革命も不自然ではないわけですが……
宗教によって集団(社会)を導こうとする場合、どうしても指導者は「神に準じる絶対性」を発揮せねばなりません。
そうなると、どんどん排他性が高まり、異なる性質のものを受け入れられなくなっていってしまいます。(神の名の下に政治を行うのが宗教国家ですから、神を超越する、異なる神や概念が、自国の神と対等になっては内政が崩壊します)

キリスト教国家、といっても近代国家の多くは、「キリスト教そのものに国政が左右される」というのはほぼありません。
が、イスラム系国家のうち、政府が宗教によって国内掌握をしようとした国々は、おしなべて「さらに純粋な、融通の利かない宗教指導者」の出現で、国を掌握できなくなってしまいます。
現在の中東や中央アジアのテロリスト、武装勢力の指導者は、そのほとんどが「宗教的導師」であったり、その肩書きを使っていたりしますね。
この辺りの硬質さというか、融通の利かない頑なさが、「排他性」という一神教の脆さを強めすぎてしまっているようにも思います。

そもそも生理的欲求が満たされないことを埋めるために出てきたはずの「方便」が、方便の正当性のために生理的欲求を破壊していくというのはどうしたもんなのかと悲しくはなりますね。

121ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/11/08(月) 19:55
ちなみに、イスラムというのは最後発の一神教だけあって、当初は非常に現実的だったんですよね。
よく言われるところの「コーランか、剣か(改宗するか戦って死ぬか)」なんかの場合も、もうひとつ、「それとも金を払って改宗しないまま服従するか」という選択肢がありましたしね。
また、コーランがきめ細かに規定している「生き方」(顔の洗い方、ラマダンの意味、喜捨などなど)は、すべて砂漠という過酷な環境で合理的に生きるためのマニュアルであったわけで。もともと余裕のない厳しい世界で暮らさなければならなかったが故に、その戒律を定めたコーランが受け入れられたと考えられましょう。

キリスト教もユダヤ教に追い立てられていた発生当初は、やはりローマ帝国という「過酷な抑圧原因」を抱え、これまた砂漠で育まれたわけですよね。
楽には生きていけない環境だから、約束を守ることが何より大事だった。だから、キリスト教のバイブルと言えば「新約聖書」。キリスト教の場合も、「唯一の神と契約する」のが基盤にありますのは、やはり「約束を守る」「信頼を勝ち得る」のが、サバイバルの基本にある厳しい環境にあったからでしょう。

宗教というのは「その地域・社会で、人間の集団が調整しながら生きていくための方便」であり、そこから(法の根拠とする神を信じる)信仰が抜け落ちたものが、政治になっていくのだと思っています。繰り返しになりますが、本来の宗教には政治と同じことが目的として最初から内包されていた、ということ。
そう考えると、「自国の宗教でうまくいった」と考える人は、その「うまくいった方法を、他の地域にも広げるべきだ」という考えを、善意から持つようになります。
アメリカが資本主義を輸出したり、ソ連が革命を輸出したり、日本が明治維新を輸出しようとしたり(受け取ってもらえませんでしたが)したのと同様でしょう。

そうなると、どちらも善意だから始末に負えない。
それが資本主義だなんだという政治に関する話の場合、如何に哲学・思想の部分が勝っていても、「背に腹は代えられない」という事態になれば、ロシアですら資本主義の国に代わっていきます。
が、「神」というのは代わりがあってはいけない(代わりがあったら宗旨が崩壊しますから)わけで、神を拠り所に集団/社会を経営していくことの危うさは、そこにあるのではないかと思います。

また、神に依存する統治は「指導者=神の地上の代弁者」に過度に依存する人治主義・英雄主義にもなりかねないわけで、70年そこそこしか生きない指導者が代替わりしてもシステム/制度が引き継がれるようにさせるためには、やはり宗教に依存した「集団」に近代的な政治を任せるのは難しいのではないかと思う次第です。

122ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/11/08(月) 20:06
オマケ。

宗教と信仰は別、という話はきっとわかりにくいと思います。
これまでにも何度か折に触れて述べてきましたが、改めて。

宗教というのは、「教えを宗とする」と書きますね。
神様の名前を決め、教典の内容を決め、祈る方角や回数を定めて、信徒が同じ行為をするように、「ルールを整備して守らせる」のが宗教です。
いわば、ベクトルを決めるのが宗教。

対して、信仰というのは「仰ぎ信じる」でして、神の名前や守るルールではなく、それを信用・信頼・信心する心の強さ、深さについて言う言葉。
いわば、テンションを示すのが信仰。

よく日本人は無宗教だと言いますが、実際、「特定の宗旨に厳密になるのが苦手」という意味でなら確かに日本人は無宗教・無宗派の人が大多数でしょう。七五三は神社、結婚は教会、盆はと正月とクリスマスをやって、初詣は神社でも寺でもok、葬式は普通仏教。
これほど宗旨替えが甚だしければ、「無宗教」と言われても反論できません(^^;)
一方で、日本人はこれでけっこう「信心深い」ところがあったりします。
ただしこの場合の信心には、鰯の頭も含まれます。罰当たりを恐れたり、神様仏様に同時に祈ったり、願掛け、ゲン担ぎ、絵馬のお札にお守りに破魔矢に酉の市の熊手などなど、これ全て信仰心の賜物。

宗教心と信仰心が分離独立していることの根元は、やはり「八百万の神々」というか汎アジア的な汎神観が底辺にあるからというのは否めないと思います。
宗教と信仰が完全に一体化している(決まり事を厳密に守らなければ立ちゆかない世界の一神教)ヨーロッパ/イスラム圏の人々と、文化や民族の混濁が激しく、信仰心と宗教心が一体化しなかった日本(というか、中朝韓を除く、環太平洋的な)の違いはそこにあるのでしょう。

他国についてしたり顔で語るのはなかなか難しいことではありますけれども、それ以上に「自国をまず知る」ことも大切なのかもしれません。
「日本人の当たり前」を外国人に説明することは、実際難しいですから。

123イカフライ:2004/11/12(金) 13:32
 ということで、こっちにも少々。

>>119

まず、お久しぶりです。

>おそらく、大義やら神の意志やらのために命をかけようと思うのは、少数だろう。
>ふつうの凡人たちは、そんなものより現世の利益の方を取るはずだ。

 人はパンのみにて生きるにあらず、って聖書の言葉がありますね。宗教学校に小放りこまれていた少女時代の私は、
「だよなー、むせっぽいからコーヒーか紅茶欲しいし、パンだけじゃ味気ないからマーガリンとジャムもつっけたいよね。で、目玉焼きとハムとサラダも栄養のバランスの為に」
なんてつっこんでいたんですが。でも、この解釈はそうそう外れたもんでもないと思います。
 パンのみにて生きるにあらず、というのは、まずパン(基本的生存権)があって、尚、そののちのことなんですよね。

 よく、「お金より大事なものがある」っていいますよね、あれ、私、凄く思い言葉だと思います。
お金、っていうのは、それ自体は流通の道具ですが、それを代価にしてえられるのものは生きる事に必要な道具、もっと言ってしまえば「命」と言い換えてもよいでしょう。
だからこそ、安易に使って欲しくなんですよね、よく「お金より大事な云々」という人のカナには、ブランド品とか海外旅行とか奥様ランチとか(例えがおばさんぽくてゴメン)「贅沢品のお金」をいう人がいますが、あれは、間違いです。

 なかには、命より大切なものの為に命をおとせる人も居ます。終戦直後にヤミ米を拒否して餓死した人がいましたね、ああいう人は、命より尊厳に価値を置いたのだと思うんです。
 けれど、殆どの人々は、「堕落論」ではないですが、ヤミ屋やパンパンになっても、生きようとしました。
 そして、私はそれが悪いとは思わないんです。

124イカフライ:2004/11/12(金) 13:38
 人間が生きる究極の目的ってなにか?と考えれば、「生きる」ことですから。
 「どう生きるか?」「いきがいとは何か?」を考えられるのは、生きていてこそでしょう。

 逆に言えば、生きる事が不可能に近い状況、生存権が保障されずこれからも保障されるみこみのない状況、つまりはぎりぎりの絶望の淵に立たされたとき、人間ははじめて「大義」や「神の意志」だけしすがってしまうのかも知れません。

125⊂(・Θ・)⊃Piyo:2004/11/13(土) 17:22
<多数決による民主主義の行き着くところ>
>>111
対立を根本から消滅させる方法=対立相手を殺して排除することなわけですから、暴力により相手を駆除するという手段はまさに「究極の問題解決方法」なわけで、これを上回り、なおかつ相手を殺害させない方法は、ほぼ思いつきません。 
>>112
「暴力による対立相手の排除」という究極の合理的方法以外の、「暴力に依らない、しかもローコストで効果のある対立相手の排除」方法を示せない限り、「究極の合理性」を捨てさせることは難しいでしょうね。
 
ヤスツさんのせいではありませんが、非常に子供っぽく、極論過ぎると思います。
これが人類を幸福に導く民主主義だというのなら、これこそがテロの原因でしょう。
これが「たったひとつの冴えてやり方」でしょうか?
世の中を白と黒に分けて考え、正義と悪を作り出して悪を排除しようとする。
そして自分が正義であるために、プロパガンダによって相手を悪として作り上げていく。
この考え方が対立を生みテロと生み出しているとは考えられませんか?
“0と1”的な考え方では人間という一人一人が違った存在を理解し、
“平和”な世界を造ることは不可能だと思います。

“究極の問題解決法”による理想世界では
何か対立がある度に多数決で決を採り、少数派を処刑していくのでしょう。
最後には、たった2人になって殺し合い、
生き残った者は、ひとりぼっちになって自らの愚かさを嘆くことになるでしょう。

これが世界の現実だというのなら、テロリストの気持ちがよくわかります。
「少数派だから悪い」
「異教徒だから悪い」
「仲間にテロリストがいるから悪い」
「信仰を捨てろ、でなければお前らは皆殺しだ」
そう言われたら、どんな形であれ、せめて死ぬ前に自分の生きた証を残したい。
自分の死の上に生き延びる人々に自分の記憶を刻み込みたい。
そう思えば自爆テロという行為すら正当と思えてきます。

今更の気もしますが、今回の香田さんの事件では
いよいよ日本もアルカイーダの標的になったと嘆いている人がいますが。
大国のエゴの影で、弾圧され抹殺されていく人々に手もさしのべず、平和の上にあぐらをかいて
のうのうと生きているのであれば、それだけで憎む理由は十分にあると思います。

そしていつか日本も、究極の合理性によって敵を排除したアメリカによって
神道を信仰する少数民族として排除される日が来るかもしれません。
そのとき私たち日本人達はどうするでしょうか?
少数派だから悪かったのだと座して死を待ちますか?
信仰も民族自決権も捨てアメリカ人になりますか?
それとも民族の誇りと人間の尊厳を懸けて戦いますか?
もし戦うのなら、強大なアメリカの軍事力に対してどうやって戦うのでしょうか?

126水城平四朗:2004/11/13(土) 22:13
えーと、とりあえず、お久しぶりでした、イカフライさん。
(挨拶を忘れてましたね、そういえば)。

ところで、マイペースで自論を述べさせていただきたいんですが。
要は、「どうして敵と戦わなければならない?仲良く私腹を肥やしあってりゃいーじゃねーか」
と、そういうことなんです。

つまり私が思うことは、敵対関係を消滅させることではないんです。
敵同士なんだから、もちろん「隙あらばばっさりだ」と懐に刃を忍ばせている。
しかし「いや、ここで争うのは損だな」という損得計算から、上辺だけは笑顔で手を握る。
こういう状況ならば、なんとか作れるんじゃないか?と、そういうことです。
それは表面だけの平和に過ぎないわけですが、とにかく平和には違いない。結構じゃないか、と。

そしてポイントは、損得計算じゃないかと、私は思うんです。
つまり、いかにして「ここで争うのは損だ」という気にさせるか?
これも難しいことでしょうけど、現世の利益を現実に示すことは、その一助になるのではないかと。
そんな風に、私としては思っています。
まあその、どれだけ妥当かは分かりませんけどね。

127イカフライ:2004/11/15(月) 15:03
>>126

敵同士が仲良く私腹を肥やしあう、ということについて、思い出した事がありまして。

 中国と台湾は政治的には対立している様に見えます、というか、実際対立しているんですが。
一方、台湾の企業は中国に現地法人を作ったり、生産拠点を置いたりして、経済的にな両国の結びつきはなかり強いそうです。
その理由は、中国本土の安くて潤沢な労働力によるコスト削減と、それによって得られる12億人の巨大市場、まあ、これは日本の中国進出も同じような理由でしょうが、台湾の場合、言語が通じる(勿論、通じない地域もありますが、基本的に両国とも共用語は同じ)というメリットは大きいです。
 少なくとも、今、中国に進出している台湾や日本の企業人は、自国と中国が事を構えることは絶対に望まないでしょうね、大損しますから。

128イカフライ:2004/11/15(月) 16:58
中国問題については、深く語るには別スレが必要だと思いますが、>>127で書いたような例は、現世利益を手段に損得勘定を働かせるというひとつの例にならないかな、と思うんですよ。

 これを実現させるには、非常にあやういバランスの上に乗った、「互いの利害の一致」がないと難しいと思いますが。

 例えば、かつて欧州の植民地が行った事は、一方的な搾取でした、それによって宗主国の植民地住民への抑圧が熾烈を極めたからこそ激しい、独立運動が起きた。
 民族主義やナショナリズムが必ずしも良いとも悪いともいえないですが、それが争いの原因になるのは、その背景にそれに属する人々に抑圧があるからです。
 そして、その抑圧というのは、勿論精神的なものもあるでしょうが、その根本原因は、物理的なもののほうが大きいと思います。
 モノと金、究極的には命でしょうか?

129水城平四朗:2004/11/15(月) 22:47
まあ、そうですね。
佐藤大輔(先日も紹介したシミュレーション小説作家)は、こんなことを書いてます。
「この世はプラス・サム・ゲームであり、だからみんなが幸せになりうるのだ」なんて。
(ただし本文は忘れたので、正確な引用じゃありません)。

私流に言うならば、ですね。
相手を打倒してその富を奪うことは、実はたいした儲けにならない。
相手と協力して全体的な富の総和を増大させ、それを分配したほうが、はるかに利益は大きい。
だから可能性としては、この世の誰もが幸せになりうるのだ。
つまり、「真に私腹を肥やそうと思う本物の悪党は、実は平和を好むものだ」ってことです。
私の思うところとしては。
まあその、理論上の話ですけどね。

それからもうひとつ指摘できるのは、相互の利害が完全に一致している必要はないってことです。
要は「損して得とれ」ってことですが。
つまり、目的が自分の利得を増大させることにあるのなら、それは最終的に収支がプラスになればよいわけですね。
今回は損しても、次回でそれを補えるなら、別に良いわけです。また、ある部分で損しても、別のところで補えるなら、これまたノープロブレムでしょう。

(あと、独立運動についても色々議論できるでしょうけど、長くなりましたので…)

それから私はこういうホームページを開設しているので、よかったら見てやってください。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/1217/
http://members.at.infoseek.co.jp/tou46/
http://members.at.infoseek.co.jp/h_mizuki/
いろいろ間違いなど書いているかと思いますが。

130イカフライ:2004/11/17(水) 20:17
 水城さん、サイトを読ませて頂きました。
 共感するところが多かったです。

131水城平四朗:2004/11/17(水) 22:57
はい、読んで下さって、どうも有難うございます、イカフライさん。
いろいろ至らぬところもあるかと思いますが。
まあその、とにかく私はそういう風に思っているということで。

132イカフライ:2004/11/19(金) 13:48
ところで、「平和造りの部屋」と銘打っている割には、福祉はともかく売買春問題まで語り合っているこのサイトですが。
 ずっとここで話してきて私なりにこのサイトの議論の中心になっていることを考えてみると。
「価値観の違う同士がそうやって共存するか?」
 ではないか?と思います。

 今、旬(笑)な「誹謗中傷スレ」なんかもそうですね。

 これにはいくつか方法があります。
・お互いのテリトリーを作って、そこに立ち入らない。
 これは一番ストレスの無い方法です、気の合う人、価値観や好みの一致する人だけで固まれば良いのですから。視野が狭くなるとかいう弊害はあるでしょうが。
 ただ、これは、関らざるを得ない場合、どうするか?ということがあります。個人レベルでいっても、例えば学校・仕事、近所・親戚付き合い、そういったことから逃れられる人間はいませんから。これが、国家となれば、ますますでしょう。

・力つくで反対者、敵対者を叩く。
 いわゆる「力の論理」ですね。これが上手くいく場合もあります。しかし、この方法が争いの元になるのは、やられた側に憎しみや恨みが残ってしまうということです。
 テロの元凶もここにある事が多いです。絶対的な力、といいますが、例えばアメリカはこの地上で一番強い国だと思います、軍事力・経済力・国際政治での発言力……けれど、9.11で解るように、個人のテロリストによって数千人の死者が出ている。
イラクでは、毎日の様にテロが頻発している。人間は暴力に弱いモノではありますが、追い詰められ、ほかになにも希望が無くなったら、捨て身で報復するのも人間です。

 ・お互いに我慢する。
 まあ、日常の人間関係では、これはありです、というか、特に日本人的な人間関係の処世術ですね、ただ、これは、我慢が出来る範囲、でしょう。
例えば、中国や韓国が「日本の総理は靖国参拝するな」と言ってくる。別に神社にいこうがいくまいが勝手じゃないか、つーかなんでよその国にんなこと言われなきゃならんのよ、というのが日本側の言分でしょう。
が、一応、終戦記念日はずらす、みたいな「気配り」をするわけです。
 で、中国や韓国も小泉さんが靖国におまいりしたからって、それで日本に戦線布告してこない。
 このあたりは「靖国参拝」程度なら我慢する、というレベルなんでしょう。
 けれど、それがパレスチナやチェチェンのような状態では「我慢する」レベルじゃないですよね。

 そうなると、「お互いの共通の利益を作る」「嫌いあっている同士が仲良く私腹を肥やせる環境を整える」という結論は、かなり現実的は平和の道だと思うんです。

133大神:2004/11/22(月) 19:14
 現在テロリスト根絶のために米軍がファルージャを掃討しているが
いろいろ批判されているようで新たに別の地域でテロが起きているよう
です。

 硬軟使い分けるのは当然のこととして、掃討は一般的に新たにテロを
生むのか。そしてでは掃討以外で軟政策だけで成果が上がらない時には
どうすべきか。
 
 色々考えることはあります。今回の掃討戦が一つの参考になるでしょう。
テロリストへの掃討戦の成果として

 以下の二つが挙げられると思います・
・他地域や全地域でテロが増えていないか
・掃討後にその地域の状況がどう変化するか

 今後2ヶ月で選挙があるらしいですが、選挙が行われるかも一つの
焦点になるでしょう。

134緋影:2004/11/30(火) 04:33
貧困と差別の根絶かな?

135うろちい:2004/11/30(火) 09:02
>緋影さん
>貧困と差別の根絶かな?

それも含めて「人権の保障」だと思いますね、結局。
保障されなければ命がけで戦う人たちが必然的に出現する訳ですから。
逆にテロという最後的手段で保障されるからこそ人権というものはどんなマイノリティーにも
存在するのかなとも思います。

ただ、ひとことで「テロ」と言っても人権を守るための戦いとは言えないものもあります。
「人権の保障」で大抵のテロは無くなると思うけど、オウムのようなテロがどうやってなく
なるかはもうひとつ別の問題としてあるように思います。

136大神:2004/11/30(火) 18:15
>>134
>緋影さん

 うろちいさんも言っていますが、貧困などや差別などとは違った
マイノリティーや狂信者のテロは違った問題だと思いますね。

 例えば宗教や思想などといったものが原因のものは貧困や差別が
主因ではない、あるいは全く関係ないものもあります。
 そしてそれらが貧困や差別などと結びついたりすることもあります
からね。

137大神:2004/12/04(土) 08:12
>吉岡さんへ

 上でもありますが、根本的なテロ対策の一環としての復興支援。

吉岡さんが感情的に反発しないように頑張って書いてみます。

138大神:2004/12/04(土) 08:23
>吉岡さんへ
>> 人質騒動の時には重ねて地元民や地元要人から自衛隊は撤退しないで
>>欲しいという請願がありました。
>撤退するかどうかの判断も含めて、これは交渉材料でしょう。
>最初から「撤退しない」と木で鼻をくくった返答で、香田氏は殺害された。

 これはレスがずれています。私が書いたのは地元民からの反応です。

>> 効率的な観点から話をすればそもそもこの若者一人は無に等しいこと
>>しか出来ないわけですよ。治安維持の役にも立たないでしょうし、大して
>>資金も持っていないでしょうから。
>自衛隊が、イラクの治安維持のために派遣されたと言われるなら、これは
>オオゴトですよ。
>自衛隊は、「日本国の自衛」の為に存在するはずなんですがね。いつの間に
>イラクの治安維持のために出撃するような軍隊になったのですか?

 これもレスがずれていますね。私が書いたのはこの人が行っても何の役にも
立たないでしょうということです。治安維持の話はこの若い人への言葉であって
自衛隊に向けての言葉ではありません。つまりもし武器を取りに行ったのなら
それが米軍に向いているなら単なるテロリストであり、テロリストへ向けている
なら一人では何の役にも立たないということです。

>意気も何も、人間が日常生活をしている土地に出かけたことを、非難するのは
>おかしいということです。

 危険な地であるということへの認識が欠けています。この論法なら北朝鮮の
田舎のようなピョンヤンよりも酷いところでも
>人間が日常生活をしている土地
となります。

 そして
>んじゃ、その危険地帯にいるイラク人の全てを難民として日本に迎え入れ
>ますか?そんな危険なところで彼らは生活しているんですよ。

 話が繋がっていませんし、彼らを受け入れる理由が分かりません。
ただ、吉岡さんが自分で「危険なところ」と言っている意味をご自身で気付いて
いないのが不思議です

139大神:2004/12/04(土) 08:47
>吉岡さんへ

 吉岡さんの復興活動への認識は

http://www1.ocn.ne.jp/~sinryaku/8.29zindoufukkousiennouso.htm

 のようなところが基になっているようですね。

 ですが、ざっとみただけでかなりのバイアスがかかっているのですが
その点は考えなかったのでしょうか?つまり言っている事はあっているのかと。

 例えば、給水活動の話も給水車から満水で150tしかないと書いて
いるが、これはあくまで一回分。一日何往復か書いていないのに、多分知らな
いのだろうと思うけど、このサイトの人はいかにも量が少なくて問題かのように
書いている。だが、食事・飲料水として一人一日2Lだから、水の比重が1なので
一人一日最低2キロの水。千人で2t。二万人で40t。

 満水150tでこのように食事・飲料水だけでも一往復だけで五万人以上は
満たせる訳だ。自衛隊の広報が言うように2万人なら一往復で一人当り一日
6キロはもらっている。ニ往復なら一人12キロと、三往復なら・・・と
なる訳だ。

 さて日本人は一日約200リットル使っている訳だが、風呂と洗濯がほと
んどで食事・飲料水につかうのは2リットル。参考までに。

 それとこのサイトでは「水道局に任せてある」とか「イラク人の運転手が
運転」としていることを書いて自衛隊は何もしていないかのように書いて
いるがこれも変な話。
 
・地元民への雇用
・地元民自身による復興へのノウハウの育成
と言ったことはこのサイトの人は頭にはないようだ。

 それに地元の自治体に任せることも
自治体の復興へのノウハウの観点からもさることながら、復興において
地元と協定を結んで自治体が動くことは別に非難される事ではない。
 それに細かいところは地元の担当者が計画しているのでまさに
「分からない」のは当然。

 このサイトの人はただ難癖つけているだけとは認識が無いようですね。

140大神:2004/12/04(土) 09:07
>吉岡さんへ

 続きですが、このサイトの人は
>道路補修(といっても舗装道路ではなく砂利道を数キロつくる程度)、
>学校修理(といっても大工のノウハウがあるわけではないのでしれている)

 と書いてさも大したことをしていないかのように書いています。

ですが、本当に砂利道数キロなのかは示されていませんし、そもそも
砂利道を数キロ作るのが簡単なのか大変なのかも書いていません。

 水の話ですら上のようなザマですから仕方の無いかも知れませんが。
しかも学校修理に至っては
>大工のノウハウがあるわけではないので
 と凄まじいことを言っています。この人の考えだと施設科や工兵は大工
でないと建物の修復すら全く出来ないとなっています。しかもたかが知れている
とのたまっているわけですが、これ、推測です(笑)。


 そして
>…派遣要員のうち機関銃や対戦車火器の射撃技術を持った隊員や、装甲車両の
>操縦ができる「警備要員」=「戦闘要員」に約130人を割いている。これは
>「人道復興支援」にあたる約120人を上回っている。

 この人には交代という概念がないようです。130人が毎日フルにいるわけでは
ありません。

 それに
>残る約300人は「司令部」にあたる部署のほか、通信、整備、補給、輸送など
>部隊全体の「後方支援」にあたる要員が占めている

 と書いています。車両を動かすのには整備がいります。食事をするには
補給がいります。司令部が無いと動きません。通信しないと隣の部隊とも、
自治体とも本国とも連絡できません。
 一体この人は何を言っているのでしょうか?

 上述した通りこの人達が問題とするであろう警備は130人です。しかも
交代を入れて。あとは全体を動かす人、そして復興活動をする人です。

 この人達の中では通用するかも知れませんが。当然、外に通じる話では
ないですね。

141大神:2004/12/04(土) 09:21
>吉岡さんへ
 
>バケツ一杯一万円という超高価な水

 とありますが、そもそもバケツの容量が示されていません。また
計算方法も示されていません。

 バケツ一杯10リットルなら、1リットルで千円。
この中には浄水費用、輸送するための燃料代も、諸々含まれています。
当然日本のようにインフラが整備されているところではありません。

 そういったことはこのサイトの人には頭の中には無いみたいですね。

 そして対比されているNGOですが、水の質、水を配る範囲、採水地からの
距離も示されていません。比べようともしていません。
また、他国の部隊との比較もしていません。


 そもそも現地人で代替できる業務、できない業務の別も考えずに現地人を
雇えなどと言っているサイトですから、それもむべなるかも知れませんが。

142大神:2004/12/04(土) 09:22
>吉岡さんへ

 ダイレクトに影響を受けるようなら、あまり変なサイトばかり見ない方が
いいでしょう。

143大神:2004/12/05(日) 11:01
追加

 対比しているNGOでは、一日650tの水で年間約8000万円で
出来るとあります。一日約20万円で650tの水を供給できるそうです。

ここで、

・何と効率的なんでしょう!!!
 と考えるか、
・安すぎる・・・?
 と考えるか。さてどう考えればいいでしょう。

燃料代、装備の維持費などがこれで賄えるのかと疑問に思えます。

 さらに、水の質ですが浄水装置を使って一日650tの水が
20万円で可能なのでしょうか。そう考えると浄水しているかどうかも
かなり怪しいものです。
 
 水の評価基準としてCOD,BODなどとありますが前者は別として後者はかなり
高そうな水な気がします。

144大神:2004/12/05(日) 11:27
 ついでにもう少し見てみましょう

>4.本当の「人道復興支援」をおこなうフランスNGO「ACTED」
> 小泉政権はこのニセ「人道復興支援」に、われわれの血税、年間約400億円
>を使っている。ちなみに、自衛隊員一人の日給は3万円。
> 同じ給水活動に従事するフランスNGO「ACTED」 の場合。
> …サマワ北部の浄水場で給水し、村々へ配水。給水車六十台、イラク人運転手
>65人、事務所スタッフ20人を雇い(仏人一人)、十万人に給水。
>年間費用6000〜6400万。日本は、フランスNGOの約500倍の費用を使い、
>五分の一しかまかなえない。
>…口を開けば「自己完結型軍隊組織の必要性」を唱えた実態が、このありさま。

 と書いていますが、現地人を84人雇っていることになります。日当が
分かりませんがフランス人も入れて日当平均を一人約500円とすると
一日で約4万円となります。

 年間6000万円〜とありますが、トップページでは〜8000万円なので
どちらかは分かりませんがそれでも一日約20万円と計算しても
既に20%〜30%は人件費で消えています。

 さて、「自己完結型」かどうか分かりませんがどこにも整備、浄水スタッフ
の話が出ていません。居れば当然それらの費用もかかります。


 保有する給水車が60台で、一日650tも給水しているそうですので
かなり大きなベースがありそうですがそのようなことはどこにも書いて
いません。また燃料代ですが、仮に一台一日千円としたらそれだけで
一日6万円。二千円としたら一日12万円かかります。人件費とこれだけで
一日分はほとんど消えてなくなりますね。

 当然距離にもよりますが。

給水車ですので、車の整備とは別に搭載している給水装置の整備も必要と
なります。また浄水しているなら浄水設備の維持費も必要となります。

 
 ここまで書いたら分かると思いますが、私はこのNGOの出した数字は
かなり怪しいと思います。他の人の意見も聞きたい所です。

145番長:2004/12/05(日) 15:03
>グレートゴッド

(  ;゚д゚)ムムム...
いつもながらの実証的な話だなあ。
水質とか人件費から考えると、
そのフランスNGOの話は眉唾だよね。

日本で供給されてる水道水を作るのに、
一体どれだけの費用が掛るのか
調べてみたけど、なかなか好い資料が
見付らない。たとえそれが比較的安価でも、
日本にはインフラが充分に存在するし、
とてもじゃないがイラクと比較できないんじゃないかと。

146大神:2004/12/05(日) 17:53
>>145
>番長さん

 人件費を調べて見ましたら、以下のようなサイトを見つけました。
http://www.creative.co.jp/top/main852.html
ここではトラックの運転手の一回の運び代(?)が約5ドルで、警備の
バイトが一月200ドルとありました。

 そうなるとフランス人を入れた平均人件費は安く見て一人平均一日
約1000円位になりそうです。これで65+20の給料が一日約十万弱
となります。もし、整備、浄水に別に人を雇うとなるとこれより値段が倍に
跳ね上がるでしょう。

 高い稼働率を維持するには十分な交換部品、そして十分な整備態勢が
必要なのは当然だと思います。それに浄水するなら一日約650tの水を
浄水する装置の交換部品、整備態勢も必要となります。

 60台装備していて運転手が65人とありますが、休日もあるでしょう
から稼働率がそんなに高いとは考えられません。もし稼働率が高かったら
交代の運転手、そして一緒に給水作業をする人間も必要ですからとても65人
では足りません。一台には運転役が一人と給水作業を手伝う人が最低一人と
して二人が乗り込んで作業するとすると、このNGOが出した65人は
ドライバーではなくて、この作業部の人間を入れた数字と考えられると思い
ます。

 そうなると交代をいれると人数的には常時一日約20台を動かすのが関の山と
考えられます。


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