したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

近現代史綜合スレ

814名無しさん:2016/05/28(土) 11:30:42
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160528-00000002-mai-soci
<米大統領広島訪問>オバマ氏の所感 全文
毎日新聞 5月28日(土)1時49分配信

 オバマ米大統領は27日、広島市の平和記念公園を訪問し、安倍晋三首相とともに原爆慰霊碑に献花し、黙とう。広島市の松井一実市長や長崎市の田上富久市長、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の代表委員の坪井直(すなお)さん(91)らを前に所感を述べた。所感の全文は次の通り。

 71年前、晴天の朝、空から死が降ってきて世界が変わりました。閃光(せんこう)と炎の壁がこの街を破壊し、人類が自分自身を破壊する手段を手に入れたことを示しました。

 私たちはなぜここ広島に来るのでしょうか。それほど遠くない過去に恐ろしい力が解き放たれたことを考えるために来ます。また、10万人を超える日本の男性、女性、子ども、多数の朝鮮半島出身者、12人の米国人捕虜の死者を悼むために来ます。その魂がもっと心の内を見て私たちは何者なのか、私たちはどのようになれるのか、振り返るよう語りかけてきます。

 広島を際立たせているのは戦争という事実ではありません。人間が作った道具は暴力的な紛争が古くから行われてきたことを教えてくれます。私たちの先祖は石から刃物を、木から槍(やり)を作ってきました。これらの道具はただ単に狩りをするためでなく、人間に対しても使われてきました。どの大陸においても文明の歴史は戦争に満ちています。食料不足や黄金への渇望、民族主義的、宗教的な熱狂から戦争が起こり、帝国が台頭し、衰退してきました。そして、人々は支配され、解放されてきました。その時々で数えきれない犠牲者が出て罪のない人々が苦しみ、犠牲者の名前は時とともに忘れ去られました。

 広島と長崎で残虐的な終わりを迎えた世界大戦は、最も豊かで強い国々の間で戦われました。その文明は世界にすばらしい都市や美術を生み出してきました。そして、思想家は正義や調和、真実という進んだ考えを見いだしてきました。しかし、最も単純な部族同士の紛争の原因のように、支配、征服を欲する本能という同じ根本から戦争は起きてきました。つまり、古いパターンが制約が働くことなく、新しい能力により増幅されてきました。ほんの数年間で6000万人が亡くなりました。男性、女性、子ども、私たちと全く変わらない人たちです。銃で撃たれ、殴られ、行進させられ、爆撃され、拘束され、飢餓に苦しみ、毒ガスにより、亡くなりました。

 世界にはこの戦争を記録している施設がたくさんあります。記念碑は勇ましさや英雄的な物語を伝え、墓地や収容所の跡は言い表せないほどの恐ろしい行為がなされたことを示しています。しかし、この空に上がったキノコ雲の姿は、最も明確に人類が抱える矛盾を想起させます。思想、想像、言語、道具作りなど、人類が自然界から離れ、自然を従わせることができると示す能力は、同時に、比類のない破壊力も生み出したのです。

 物質的な進歩や社会の革新が、どのくらいこうした真実を隠してしまっているでしょうか。私たちはどれだけ簡単に、暴力を崇高な理由によって正当化してしまっているでしょうか。すべての偉大な宗教は、愛や平和、公正さにいたる道を説いていますが、どの宗教も信仰の名のもとに人を殺す信者を抱えることを避けられません。

 国は犠牲や協力によって人々が団結するという物語を語り、台頭して偉大な成果を生みました。その同じ物語は、自分とは違う他者を虐げたり、非人間的に扱ったりすることに使われてきました。

 私たちは科学によって海を越えてコミュニケーションできますし、雲の上を飛ぶこともできます。病気の治療や宇宙の解明もできます。しかし、そうした発見が、効率的に人を殺す機械になり得るのです。

 近年の戦争は私たちにこうした真実を伝えています。広島も同じ真実を伝えています。技術のみの発展だけでなく、同様に人間社会が進歩しなければ、我々を破滅させる可能性があります。原子を分裂させた科学の革命は私たちに道徳的な進歩も要求しています。

 これが私たちが広島を訪れる理由です。

815名無しさん:2016/05/28(土) 11:31:03
>>814

 この広島の中心に立つと、爆弾が投下された瞬間を想像させられます。混乱した子供たちが抱いた恐怖感を感じ、声にならない叫びを聞きます。むごたらしい戦争、これまで起きた戦争、そしてこれから起こるかもしれない戦争による、罪のない犠牲者に思いをはせます。言葉だけでは、このような苦しみを表すことはできません。しかし、私たちは正面からこの歴史に向き合い、このような苦しみを再び繰り返さないためにできることを問う責任を共有してきました。

 いつの日か、証言をする被爆者の声を聞くことができなくなります。しかし、1945年8月6日朝の記憶は決して消してはいけません。その記憶があるからこそ、我々は現状に満足せず、道義的な想像力の向上が促され、変われるのです。

 あの運命の日以来、私たちは希望をもたらす選択を行ってきました。米国と日本は同盟を築いただけでなく、友情をはぐくんできました。それは戦争よりもはるかに人々にとって有益でした。

 欧州の国々は貿易と民主主義の結びつきによって戦場に代わって連合を作りました。抑圧された人々や国家は自由を勝ち取ってきました。国際社会は戦争を避け、そして核兵器を規制、削減し、最終的には廃絶することを求めた機構や条約を設けてきました。

 しかし、私たちが世界で目にする、すべての国家間の侵略行為やテロ行為、腐敗、残虐行為、そして抑圧は、私たちの仕事がまだ終わっていないことを示しています。

 私たちは悪を行う人類の能力をなくすことはできないかもしれません。だから、私たちが築いた国家や同盟は、私たち自身を守る手段を持たなければなりません。しかし、我が国のように核兵器を持っている国は恐怖の論理から脱し、核兵器のない世界を目指す勇気を持たなくてはいけません。私が生きているうちに、この目標を達成することはできないかもしれませんが、たゆまない努力で破滅の可能性を少なくすることはできます。

 私たちはこれらの核兵器をなくす道のりを描くことができます。私たちは新たな(核兵器の)拡散を止め、狂信者から核物質を守ることができます。これだけでは十分ではありません。なぜならば、原始的なライフルや「たる爆弾」ですら、非常に大きな規模での暴力をもたらせるからです。

 私たちは戦争自体に対する考え方を変えなければいけません。外交を通じて紛争を防ぎ、始まってしまった紛争を終わらせる努力をする。相互依存が深まっていることを、暴力的な競争ではなく、平和的な協力の名分にする。国家を、破壊する能力ではなく、何を築けるかで定義する。そして何よりまして、私たちは人類の一員としてお互いのつながりを再び想起しなければなりません。このつながりこそが我々を人類たるものにしているからです。

 私たちは過去の失敗を繰り返すよう遺伝子で決められているわけではありません。私たちは学ぶことができます。選ぶことができます。子どもたちに違う方法を伝えることができます。共通する人間性を説明し、戦争が起こりにくく、残虐性が簡単には受け入れられないようにする物語です。被爆者の方たちの話から、それらが分かります。原爆を落とした爆撃機を操縦したパイロットを許した女性がいました。それは彼女が、自分が本当に嫌悪しているのは戦争そのものだと気付いたからです。広島で殺された米国人の家族を捜し出した男性がいました。なぜなら彼は、その米国人たちの喪失感は彼自身のものと同じだと確信していたからです。

816名無しさん:2016/05/28(土) 11:31:40
>>815

 私の国の物語は(独立宣言の)簡単な言葉で始まります。「すべての人類は平等に創造され、創造主によって奪うことのできない権利を与えられている。それは生命、自由、幸福追求の権利である」。しかしその理想を実現することは、米国内や米国民の間であっても、決して簡単ではありません。しかし、その物語にあくまでも忠実であろうとすることに価値があります。それは努力しなくてはならない理想であり、大陸と海をまたぐ理想です。

 全ての人のかけがえのない価値です。全ての人命は貴重であるということです。私たちは一つの家族の一部であるという根源的で不可欠な考え方です。それが私たちが伝えていかなくてはならない物語です。

 だからこそ私たちは広島に来るのです。それによって、私たちは、愛する人たちに思いをはせます。朝一番の子供たちの笑顔。食卓での配偶者との優しい触れ合い。親の心地よい抱擁。そうしたことを思い、そうしたかけがえのない瞬間が71年前のここにもあったのだと考えることができます。亡くなった方々は私たちと全く変わらない人たちでした。

 普通の方々はこうしたことを理解できると思います。彼らの誰もがこれ以上、戦争を望んでいません。むしろ科学の驚異を、命を奪うのではなく、もっと人生を豊かにすることに役立ててほしいと考えています。

 国家が選択をするとき、国家の指導者がこのシンプルな英知をかえりみて選択すれば、広島から教訓を得られたと言えるでしょう。

 世界はここで永遠に変わってしまいました。しかし、広島の子供たちは平和に日々を送っていくでしょう。なんと価値のあることでしょうか。それこそが守り、そして全ての子供たちに広げていく価値があることなのです。

 これこそが、私たちが選択できる未来です。広島と長崎は、核戦争の夜明けではなく、私たちの道義的な目覚めの始まりであるべきです。

817名無しさん:2016/05/28(土) 11:52:17
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160527-00010001-aptsushinv-int
【映像】オバマ大統領ヒロシマ演説、被爆者と握手
AP通信 5月27日(金)20時5分配信

 [広島 日本 27日 AP]

 アメリカのバラク・オバマ大統領は27日午後、同国現職の大統領では初めて日本の広島を訪問し、70年前に原子爆弾で犠牲になった14万人に敬意を表した。

 平和公園の原爆慰霊碑で献花を終えたオバマ大統領は被爆者らを前に演説を行い、「71年前、晴れた雲のない朝に、死が空から落ちてきた。そして世界が変わった。閃光と火の壁は都市を破壊し、人類が自滅する手段を備えていることを証明した。
 なぜ、我々はこの場所に来たのか。広島に。我々は10万人以上の日本の男性や女性、子供たち、何千もの韓国人、捕虜になっていたアメリカ人を含む全ての死者を追悼するために来た。彼らの魂は我々に語りかける。我々が何者なのか、そして我々がどのようになろうとしているのか」
 「科学を人生の発展のために使用してほしい。今、広島の子どもたちは幸せに暮らしている。それを世界のすべての子どもたちに。
 広島、長崎が核戦争の夜明けとして知られる未来ではなく、私たち自身の道義的な目覚めとなる未来」と述べた。

 オバマ大統領は演説後、被爆者2人のもとへ向かい握手し、会話を交わした。

(日本語翻訳 アフロ)

(C) AP
最終更新:5月27日(金)20時5分

818名無しさん:2016/05/28(土) 12:53:17
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160528-00000504-san-n_ame
オバマ大統領広島訪問 米メディアはどう伝えたか?「心揺さぶられる瞬間」「日米の特別な関係を明示」
産経新聞 5月28日(土)0時57分配信

 【ワシントン=小雲規生】米主要メディアは27日、オバマ大統領の広島訪問について「繊細さが要求される判断だった」などとして詳しく報じた。いずれもオバマ氏が謝罪を避けながらも、「核なき世界」の実現に向けたメッセージを重視したとしている。

 米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)はオバマ氏が平和記念公園での演説後に被爆者と抱擁しあったことを「心揺さぶられる瞬間」と表現。オバマ氏と安倍晋三首相が献花後に交わした握手は「日米の特別な同盟関係を明確に示すものだ」とした。一方で広島訪問には中国や韓国で懸念が出ていたことも伝えた。

 米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は謝罪との受け止めを避けたいオバマ氏は被爆者と私的な場で会わず、公衆の場での短時間の会話に留めたと指摘。原爆資料館訪問も簡単なものだったとした。米紙ワシントン・ポスト(電子版)はオバマ氏の狙いは「核軍縮と不拡散に向けた米国の決意を改めて示すことだった」と分析した。

 CNNテレビも27日朝から広島訪問をトップニュースとして放送。オバマ氏の演説や被爆者との会話の様子を伝えた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160527-00000143-mai-pol
<米大統領広島訪問>「歴史的意義大きい」与野党とも歓迎
毎日新聞 5月27日(金)23時25分配信

 今回のオバマ米大統領の広島訪問を与野党とも歓迎した。自民党の谷垣禎一幹事長は27日の記者会見で「当時戦った米国の大統領が訪れる意義は極めて大きい」と述べた。

 公明党の山口那津男代表も「原爆を投下した国のリーダーとして被爆地を訪問したこと自体が歴史的に大きな意義がある。核のない世界を目指してともに歩んでいきたい」と記者団に語った。

 一方、民進党の岡田克也代表は「核を初めて使った国と被害を受けた国がしっかりと核廃絶に向けて努力をする。日本も具体的な歩みが求められる」と指摘。共産党の志位和夫委員長は「米国の核兵器政策の転換が必要だ」と述べた。

 おおさか維新の会の松井一郎代表は「被爆者、日本国民の心に寄り添う点で大きな意味がある。さらなる相互理解を進めるべきだ」とコメントを発表。社民党の又市征治幹事長は談話で「核兵器は二度と使われてはならないと世界に想起させることとなった」と評価した。【高橋克哉】

819名無しさん:2016/05/28(土) 12:54:53
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160527-36396490-bbc-int
オバマ米大統領、広島で献花 被爆者の手を握り、抱き寄せ
BBC News 5月27日(金)17時42分配信

バラク・オバマ米大統領が27日、現職大統領として初めて被爆地・広島を訪問し、平和記念公園を訪れた。安倍晋三首相と共にまず平和記念資料館を見学した後、原爆死没者慰霊碑に献花した。第2次世界大戦のすべての犠牲者を追悼した。

大統領は献花の後、所感を読み上げ、広島への原爆投下について「空から死が落下し、世界が変わった」と表明。原爆投下は「人類が自らを滅ぼす手段を手に入れた」ことを意味したと述べ、「核兵器なき世界」への決意を強調。「広島と長崎が核戦争の夜明けとして知られる未来ではなく、私たち自身の道義的な目覚めとなる未来」の実現を呼びかけた。

オバマ氏は1945年8月6日の記憶は決して色あせてはならないと述べ、「広島の記憶によって自分たちは独善と戦える。広島の記憶が自分たちの道徳的想像力をかきたて、変化を促してくれる」と強調。さらに核兵器について、「恐怖の論理から脱却し、(核兵器の)ない世界を追求しなくてはならない」と述べた。

同様に核兵器なき世界実現のため「努力を積み重ねていく」と強調した安倍首相の所感発表の後、大統領は被爆者の人たちと言葉を交わした。日本被団協の坪井直代表委員の手を握りながら話にじっと耳を傾け、被爆米兵を調査してきた被爆者の森重昭さんをそっと抱き寄せた。

大統領はその後、安倍首相や岸田文雄外相の説明を受けながら、原爆ドームをじっと見上げた。

オバマ氏はかねてから表明していたように、原爆投下について謝罪はしなかった。

史上初の原爆投下で、広島では少なくとも14万人が死亡。3日後には長崎へも原爆が落とされ、さらに7万4000人が死亡した。

オバマ大統領は、主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)を終え、山口県にある米海兵隊岩国基地で米兵たちを前に演説した後、大統領専用ヘリで広島入りした。

大統領は岩国基地で「第2次世界大戦で命を落としたすべての人の思い出を尊重するための機会だ」と演説。「平和と、核兵器がもはや必要なくなる(世界の)安全保障を追及していくと、あらためて確認する機会だ」と述べた。

大統領は基地でさらに、米国と日本の同盟関係は「世界で最強の(同盟の)ひとつ」だと強調し、「いかにかつての敵国同士が単なるパートナーというだけでなく、最高の友達になれるか」を自分の訪問が示していると述べた。

米国では大勢が、原爆投下が甚大な惨禍をもたらしたと認めつつ、戦争を終結させたのだから正当だと考えている。

一方で、27日に原爆死没者慰霊碑を訪れた被爆者の家族は、被爆の苦しみが「世代を超えて続いた」と話した。ハン・ジョンスンさん(58)はAP通信に対して、「オバマ大統領にはそれを知ってもらいたい。私たちの苦しみを理解してもらいたい」と語った。

父親が原爆によって孤児となったサトウ・セイキさんは米紙ニューヨーク・タイムズに、「われわれ日本人はアジア各地で、ひどい、ひどいことをした。そしてわれわれ日本人は、それを本当に恥ずかしいと思っているのだし、アジア諸国に誠心誠意謝っていないのだから、謝罪すべきだ。しかし原爆投下はまったくの悪の行いだ」と話した。

広島で取材するBBCのジョン・サドワース記者は、オバマ氏の広島訪問について、中国の軍事的台頭を懸念するアジア地域で、米国と日本の同盟関係強化という戦略的な意味合いもあるだろうと指摘する。

岩国基地でオバマ氏はこの点について、「私は大統領として、米国が再びアジア太平洋地域で主導的立場を確実に担うように努めた。なぜならこの地域は必要不可欠だからだ」と述べた。

<解説>シンボルと暗号――ジョン・サドワース、広島

被爆者を抱きしめるオバマ米大統領の姿は、日本人の間に深い印象を残すだろう。世論調査によると、日本の大半の人が今回の訪問を歓迎しており、謝罪がないこともほとんどの人は気にしていない様子だ。

深い象徴性で十分なのだ。原子爆弾を実際に使用した唯一の国の指導者が、核の時代の危険性の記念碑となった町で、花輪を捧げたのだから。

しかし中には、確かにその演説は高邁な理想に溢れてはいたが、世界最大級の核兵器備蓄量を誇る国の最高司令官であることには変わりないと指摘する人もいるだろう。しかもその核兵器の備えを刷新するため、数十億ドルの予算措置を承認した当人でもあるのだ。

大統領からわずか数列後ろにはいつものように、核攻撃命令の暗号を収めたブリーフケースを手に、将校が待機していた。

(英語記事 Barack Obama makes historic Hiroshima visit)

(c) BBC News
最終更新:5月27日(金)22時5分

820名無しさん:2016/05/28(土) 12:56:31
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160527-00000592-san-pol
オバマ大統領広島訪問 おおさか維新・松井一郎代表「日本政府も米国民の心に寄り添う一層の努力を」
産経新聞 5月27日(金)21時58分配信

 おおさか維新の会の松井一郎代表(大阪府知事)は27日、オバマ米大統領の広島訪問について「日本国民の心に寄り添う点で大きな意味がある。日本政府も米国民の心に寄り添う一層の努力を行い、過去の不幸な戦争に関する両国民の更なる相互理解を進めるべきだ」との談話を発表した。 

 松井氏は「日米両国は中国と北朝鮮の核の脅威に直面しており、現状では残念ながらアメリカの核抑止力を必要としている」とも指摘。その上で「将来は核廃絶が実現するようあらゆる努力を傾けるべきだ。オバマ氏が当時の悲惨な状況を知り、核兵器の非人道性を肌で感じていただくことが、その契機になることを期待したい」とした。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160527-00050170-yom-int
同盟と核兵器の危険性へ焦点…米主要紙も報じる
読売新聞 5月27日(金)23時11分配信

 【ワシントン=大木聖馬】米主要紙のウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)は「オバマ大統領は広島平和記念公園で献花し、原爆投下で苦しんだ無辜(むこ)の人々を悼んだ」と報じた。

 同ワシントン・ポスト(同)はオバマ氏が「核兵器の開発を再考し、完全に廃絶することを呼びかけた」と伝え、オバマ氏が被爆者と会話を交わし、抱きしめた様子などを詳報した。

 同紙はまた、「過去の米大統領は広島訪問を、原爆投下への謝罪と見なされる恐れがあることから避けてきた」とした上で、「オバマ氏は謝罪ではなく、日米同盟と現代の核兵器の危険性への警告に焦点を当てた」と解説した。

最終更新:5月27日(金)23時12分

821名無しさん:2016/05/28(土) 12:58:08
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160527-00000009-jct-soci
オバマ大統領広島訪問 あちこち「配慮」と「和解」の演出
J-CASTニュース 5月27日(金)20時35分配信

 米国のオバマ大統領が2016年5月27日夕方、現職の米大統領としては初めて広島市を訪問し、平和記念公園で献花した。直後の演説では、直接的な謝罪の言葉は避けながらも、原爆の被害に向き合う言葉を繰り返した。演説に立ち会った被爆者とも笑顔で言葉を交わしたり抱き合ったりして「和解」を強く演出した。

 異例だったのが、犠牲者についてのくだりで「韓国・朝鮮人」(Koreans)「米国人」についても言及したことだ。韓国や米国の世論にも配慮したとみられる。

■「韓国・朝鮮人」「米国人」にも言及

 オバマ大統領は約50分にわたって平和記念公園に滞在。安倍晋三首相や岸田文雄外相らの出迎えを受け、最初に公園内の広島平和記念資料館を視察。献花に続いて演説に臨んだ。約17分にわたる演説では、

  「8月6日の苦しみは消えることはない」

などと述べ、広島訪問の目的を

  「恐ろしい力がそれほど遠くない過去に解き放たれたことを深く考えるため」
  「10万人を超える日本の男性、女性、子どもたち、何千人もの朝鮮人、数十人の米国人を含む死者を悼むため」

と説明した。

 原爆投下当時、朝鮮半島から徴用された人や、少数の米国人捕虜も広島にいたと考えられている。これに関連して、韓国では5月26日に被爆者団体が記者会見を開き、すべての被爆者に対する謝罪を要求。公園内にある「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」をめぐる立場を表明しなかったことに対して失望感を表明した。

 一方、米国ではオバマ氏の広島訪問に元米兵捕虜が立ち会う計画が浮上していたものの、直前になって見送られることになった。この計画には、日本の加害者としての側面も強調する狙いがあっただけに、退役軍人関連団体が失望感を表明している。

 オバマ大統領は、こういった経緯に配慮した可能性もある。

『共有された責任』(shared responsibility)を強調
 これに加えて、オバマ大統領は

  「歴史の観点から直視する『共有された責任』(shared responsibility)がある。こういった苦しみを繰り返さないために、我々がどのように(核兵器使用とは)違ったことができるか問わなければならない」

とも発言。核保有国が共同で「核なき世界」を目指す努力をすべきだとした。

 CNNやBBCをはじめとする米欧メディアは、この「共有された責任」(shared responsibility)というキーワードを強調して速報していた。

 また、演説直後にオバマ大統領と言葉を交わした日本原水爆被害者団体協議会(被団協)代表委員の坪井直(つぼい・すなお)さん(91)は、その後のTBSとのインタビューで、

  「我々は恨みや何かは関係ありません。だから、私たちはオバマさんが来られたことは大歓迎します、感謝しております」

とオバマ大統領に伝え、核廃絶に向けた継続的な取り組みを求めたという。これに対して、オバマ大統領は、

  「人間の、人類の幸せをどうしたらなれるのかと、そういうことをとくとくと説いた」

という。歴史的な視点で「核なき世界」を強調してきたオバマ大統領が、やはり「共有された責任」という考えで、自らの広島訪問を意義付けようとしたようだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160527-00000588-san-pol
オバマ大統領広島訪問 公明・山口那津男代表 喪服姿で「生涯忘れられないこととして胸に刻む」
産経新聞 5月27日(金)21時22分配信

 公明党の山口那津男代表は27日、オバマ米大統領が米国の現職大統領として初めて被爆地の広島を訪問したことに関し「被爆の実相を見て、感じる機会を現職の大統領が持たれたことを歓迎したい」と評価した。

 同時に「今日を一つの重要な歴史的転換点として核のない世界を目指し、ともに歩んでいきたい。生涯忘れられない重要なこととして、私自身の胸にも刻んでおきたい」とも述べた。

 山口氏は被爆者らへの哀悼の意を示し、喪服姿で国会内での記者団の取材に答えた。

 オバマ氏が被爆者に謝罪しなかったことの是非を記者団から問われると、「被爆した犠牲者に思いをはせたこと自体を評価すべきだ」と述べるにとどめた。

822名無しさん:2016/05/28(土) 12:59:25
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160527-00000033-mai-soci
<オバマ氏広島へ>世界が注目する日…外国人から評価、注文
毎日新聞 5月27日(金)11時52分配信

 オバマ米大統領の広島訪問は世界が注目している。平和記念公園や原爆資料館を訪れた各国からの観光客らからは、おおむね訪問を前向きに評価する声が聞かれた一方、核軍縮に向けた具体的な成果を求める声もあった。【蒲原明佳、村瀬優子、伊藤遥】

 米国の大学生、ローレン・リトルペイジさん(22)は日本留学中の2年前に初めて原爆資料館を訪れ、今回は旅行で広島へ。

 原爆の後遺症が今も被爆者を苦しめていることを知り、「絶対に核を使うべきでないと思うようになった」。原爆が戦争を終結させたと考える米国人もいるが、「私たちの世代は違う。多くの人が、核廃絶を難しいと感じる一方で二度と使うべきでないとも考えている。大統領の発言に注目したい」と期待を寄せた。

 一方、原爆ドーム前で、英語の説明に見入っていた米国人のシャウン・ベルクさん(37)は「当時の混乱した状況をふまえ、原爆投下が正しかったかは判断できない。戦争を体験していないオバマ氏が謝ることはできない」と言い切る。

 インドのアンジャン・ボーミックさん(39)は「核兵器削減のための具体的な行動計画を示さなければ不十分だ」とオバマ氏に注文し、「インドも核保有国だが、(領土紛争を抱える)パキスタンとの課題を乗り越え、核兵器を手放さなければならない」と話した。

 原爆の悲劇を自国の痛みと重ねる人たちもいる。バングラデシュのハルン・ラシードさん(68)は「私たちもバングラデシュ独立戦争を経験した。いつも犠牲になるのは一般市民だ。訪問が核兵器廃絶の一歩になれば」と期待を込めた。

 日本の加害の歴史に絡めた声も。香港の大学の歴史講師、張静?さん(34)は「戦争中、中国や韓国、東南アジアでも罪のない人々が日本からひどい仕打ちを受け、米国も真珠湾攻撃を受けた。オバマ氏が原爆投下を謝罪しなくても、私にはその気持ちがよく分かる」と話した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160527-00000140-mai-soci
<米大統領広島訪問>歴史的瞬間 市民から拍手
毎日新聞 5月27日(金)22時51分配信

 ◇「スタートを切ることが大切」

 広島の原爆ドーム近くの交差点には多くの市民が集まり、原爆資料館前でオバマ米大統領が車から降りると、携帯電話で中継映像を見ていた人たちから拍手が湧いた。

 看護師の栗矢美紀さん(51)=広島市中区=は、「歴史的な瞬間を見たい」と長女紗良さん(11)と駆けつけた。オバマ氏と安倍晋三首相は核兵器廃絶などには長い時間がかかると述べたが、「スタートを切ることが大切で、今日がその日。行動に移したところを娘に見せたかった」と話した。大学生の藤岡慶一郎さん(22)=同市東区=は「原爆を投下した国のリーダーとして現実に向き合う姿勢が伝わった。米国主導で核軍縮を進めてほしい」と期待した。

 一方、3歳で被爆して孤児となった心理カウンセラーの飯田国彦さん(73)=東広島市=は「核のない世界の実現を『Yes we can』と訴えたプラハ演説に比べて物足りない。放射線による被害が何十年も続く原爆の残虐性に一言触れてほしかった」と厳しい表情を見せた。【伊藤遥、蒲原明佳、藤田愛夏】

823名無しさん:2016/05/28(土) 13:00:34
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160521-00000003-withnews-int
ゲバラが広島で発した「悲痛な言葉」 いま読んでおきたい偉人たちのヒロシマ語録 オバマ氏は何を語る?
withnews 5月22日(日)7時0分配信

 アメリカのオバマ大統領が5月27日、広島を訪問します。実は、これまでにもヒロシマを訪れた著名人はたくさんいます。キューバ革命の伝説的英雄、チェ・ゲバラは急きょ日程を変更して、広島へ足を伸ばし「悲痛な言葉」を残しました。原爆資料館で資料に見入ったマザー・テレサ。慰霊碑の碑文をかみしめた「レッド・ツェッペリン」のジミー・ペイジ……。被爆地で語られた言葉を集めました。

冷戦崩壊後、あの「大物」指導者が
 アメリカと並ぶ核大国の指導者だった「大物」も、今から20年以上前、広島に来ています。旧ソ連の崩壊後、92年に夫婦で訪れたゴルバチョフ元大統領です。「ゴルビー」の愛称で知られる彼は、こんなメッセージを資料館に残しています。

【ゴルバチョフ元大統領】
「歳月がヒロシマの悲劇の痛みを和らげることはできませんでした」
「このことは決して繰り返してはなりません」
「私たちは原子爆弾の犠牲者のことを決して忘れてはなりません」

革命家は親子2世代で
 キューバ革命の伝説的英雄、チェ・ゲバラは半世紀以上も前に訪れていました。革命政権が成立した直後の1959年7月に来日し、池田勇人通産相(当時)と会見した後、予定になかった広島訪問を強く希望したといいます。

 1泊して慰霊碑に献花、資料館や原爆病院を訪れました。「君たちはアメリカにこんなひどい目に遭わされて、怒らないのか」と言い残したことが有名です。カメラ好きで知られ、本人が爆心地近くで撮影したモノクロ写真が見つかっています。

 広島行きを強行したのは、多数の人びとを一瞬で殺傷した原爆の残虐性に関心をもっていたからではないかといわれています。

 また、その足取りを追って、長女アレイダ・ゲバラさんも2008年に来日、広島で講演しました。ゲバラの死後、母親から「平和のために闘うためにはここを訪れるべきだ」と記した(広島訪問時の)絵はがきを見せられたそうです。

【チェ・ゲバラ】
「痛ましいのは原爆が投下されて14年たった今年も後遺症で多くの人が亡くなっていることだ」
「資料館では、胸が引き裂かれるような場面を見た」
(帰国後キューバの新聞に寄稿)

 革命の同志、キューバのフィデル・カストロ国家評議会議長(当時)も2003年3月に広島を訪問。資料館で「このような野蛮な行為を決して犯すことのないように」と記帳しました。帰国後、このようなメッセージを広島市に届けました。

【カストロ議長】
「何百千万の人々があの地を訪れるべきだ。あそこで起こったことを人類が真に知るために」
「あの攻撃はまったく必要のないもので、モラル上も正当化できない」
「日本国民は一言も恨みを発しなかった。それどころかそのようなことが2度と起こらないよう平和を願う記念碑を建てた」
(帰国後に国会で演説)

824名無しさん:2016/05/28(土) 13:00:59
>>823

法王やマザー・テレサ、ダライ・ラマも
 1945年8月6日午前8時15分。広島に落とされた原爆は、14万人もの命を一瞬で奪いました。ローマ法王のヨハネ・パウロ2世(81年)、ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサ(84年)、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世(95年)、世界的な宗教者やノーベル平和賞受賞者らも続々と訪れ、祈りを捧げてきました。

【ヨハネ・パウロ2世】
「過去を振り返ることは、将来に対する責任をになうことです」
「ヒロシマを考えることは、平和に対しての責任を取ることです」

【マザー・テレサ】
「ヒロシマに多大な苦痛をもたらした恐るべき罪悪が二度と起こらないよう、神がわれわれ一人ひとりを愛するように互いに愛し合いましょう」
「愛と祈りの行為が平和の行為であることを忘れないようにしましょう」

【ダライ・ラマ14世】
「(平和記念資料館の印象について)本当におそろしい広島の模様をそこで見た」
「核兵器が、絶対的な権力を持っており、激情にかられ理性の入る余地のない人たちの手に入ったらどうなるのか」
「非武装化された世界を目指すべきだ。そのためには、私たちの世代がそのための考えをとりまとめなければならない」

イギリスから「レッド・ツェッペリン」、米国の巨匠監督
 戦後70年という節目の夏に訪れたのが、英国の伝説的ロックバンド「レッド・ツェッペリン」のギタリスト、ジミー・ペイジさんです。平和記念公園で慰霊碑に献花しました。

 1971年、初来日の際にメンバーとともに広島を訪問。被爆の悲惨さを感じ、心に強く訴えかける体験だったといい、再び訪れたそうです。

【ジミー・ペイジ氏】
「戦後70年間、広島が被爆したことは全世界の人の心にあり続けた。平和を祈りたい」
「(「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という碑文について)犠牲者の気持ちを思い、いまを生きる私たちが平和を守るということですね」

 「プラトーン」「JFK」などの社会派映画で知られる巨匠オリバー・ストーン監督は2013年8月、原爆ドームや資料館を訪れました。

 見学後、「私自身、最初は原爆投下の正当性を信じていた。広島を忘れてはいけない。正しく記憶しておく必要がある」と語っています。インタビューでは、核廃絶を実現するために若い世代へメッセージを送りました。

【オリバー・ストーン監督】
「いまここであの日の瞬間、爆風を感じている」
「瀕死(ひんし)の被爆者がさまよっていた。父と母の姿も見えた。川に浮き沈みする遺体も見えた」
「(米国の歴史を批判する)僕たちの主張は、米国の大手メディアは受け入れない。時々無力感を感じる」
「私の最大のメッセージは、真実を学んでほしいということ。若者に関心を高めてほしい」
「若い世代は、広島についてもっと学ぶべきだ。僕だって5、6年前まで広島の歴史を知らなかった」

オバマ大統領、何を語るか
 オバマ大統領は伊勢志摩サミット閉幕後の5月27日、広島を訪問します。ただ、2009年に「核兵器のない世界」を訴えたプラハ演説のように、広場などで多くの聴衆を集めた大々的な演説は予定していないといいます。

 今回の訪問について、核廃絶を求める活動を続け、オバマ氏を支持してきた米俳優マイケル・ダグラスさん(71)は「彼が米国大統領として決断したことを幸せに感じている。(広島で)核廃絶について強い言葉を発することを望むし、そう期待している」と話しました。

 現職の米大統領としては史上初の被爆地訪問で、何を語り、どんなメッセージを発信するのか。世界の注目が集まります。

825名無しさん:2016/05/28(土) 16:57:26
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160527/k10010537591000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_013
オバマ大統領が所感 核なき世界への決意を表明
5月27日 21時03分
アメリカのオバマ大統領は27日午後、現職の大統領として初めて被爆地・広島を訪問しました。平和公園で原爆慰霊碑に献花したあと、被爆者の人たちを前に「われわれは核兵器のない世界を追い求めなければならない」と述べ、核兵器の廃絶に向けて取り組む決意を表明しました。
オバマ大統領は27日、現職のアメリカ大統領として初めて広島を訪問し、午後5時半ごろ、平和公園に到着しました。
安倍総理大臣の出迎えを受けたオバマ大統領は、まず、原爆資料館で被爆の実相を伝える展示を見学しました。
そして、安倍総理大臣とともに原爆慰霊碑に献花し、黙とうをささげたあと、献花に立ち会った広島と長崎の両市長や被爆者の人たちを前に所感を述べました。
冒頭でオバマ大統領は「71年前、雲ひとつない晴れた朝、空から死が降ってきた。そして世界は一変した。せん光と炎の海がひとつの都市を破壊し、人類がみずからを滅ぼしうる手段を作り出したことが明らかになった」と述べました。
そして、「この地に立つと、私たちは原爆が投下された瞬間を想像せざるをえない。子どもたちが何が起きたのか分からず、恐れおののく姿を感じる。そして静かな叫びが聞こえる。われわれは悲惨な戦争で犠牲になった罪のないすべての人たちを思い起こす」と述べ、戦争のすべての犠牲者に哀悼の意を示しました。
そして「広島で亡くなった人たちは私たちと同じ普通の市民だ。彼らはもう戦争は望まない」と述べて、原爆で犠牲になった人たちの多くが一般市民であったことを強調しました。そのうえで「いつかは被爆者の声を直接、聞くことはできなくなるが、1945年8月6日朝の記憶を決して風化させてはならない」と述べました。
また、「われわれは核兵器を保有する恐怖の論理から脱する勇気を持ち、核兵器のない世界を追い求めなければならない。私が生きている間に実現しないかもしれないが、絶え間ない努力によって破滅を避けることはできる」と述べ、核兵器の廃絶に向けて取り組む決意を示しました。
さらに「われわれは、戦争についての考え方を変え、外交を通じて対立を避けるようにしなければならない。過去の過ちを繰り返してはならない」と述べたうえで、「広島と長崎を核戦争の始まりとして記憶するのではなく、人類の道徳的な目覚めにしなければならない」と述べ、被爆地の経験を伝え、核兵器が2度と使われないようにしなければならないと訴えました。
このあと、オバマ大統領は、握手をしたり抱き合ったりしながら、2人の被爆者と会話を交わしました。
そして、安倍総理大臣とともにゆっくりと歩いて原爆ドームを視察し、平和公園を後にしました。
現職のアメリカ大統領として初めてという歴史的な訪問を終えたオバマ大統領は、午後7時15分ごろ、山口県のアメリカ軍岩国基地を出発し、帰国の途につきました。
オバマ大統領が原爆資料館で記帳
アメリカのオバマ大統領は原爆資料館を視察し、芳名録に「私たちは戦争の苦しみを経験しました。ともに、平和を広め核兵器のない世界を追求する勇気を持ちましょう」と記帳しました。

また、安倍総理大臣は「原爆によって犠牲となったすべての方々に哀悼の誠を捧げます。恒久平和を祈り核兵器のない世界の実現に全力を尽くします」と記帳しました。

826名無しさん:2016/05/28(土) 16:59:35
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160527/k10010537631000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_012
首相 核兵器ない世界の実現 日米で取り組む決意
5月27日 18時44分
安倍総理大臣は、アメリカのオバマ大統領とともに広島市の平和公園を訪れて所感を発表し、オバマ大統領の広島訪問に「心から敬意を表したい」と述べたうえで、核兵器のない世界の実現に向けて、日米両国が力を合わせて取り組んでいく決意を示しました。
安倍総理大臣は、現職の大統領として初めて被爆地・広島を訪問したアメリカのオバマ大統領とともに平和公園を訪れ、被爆者の人たちが見守るなか、原爆慰霊碑に献花したあと、オバマ大統領に続いて、所感を発表しました。

この中で安倍総理大臣は「アメリカの大統領が被爆の実相に触れ、核兵器のない世界への決意を新たにすることは、『核なき世界』を信じてやまない世界中の人々に、大きな希望を与えてくれた。広島の人々のみならず、すべての日本国民が待ち望んだ歴史的な訪問を心から歓迎したい。日米両国の和解、信頼と友情の歴史に新たなページを刻むオバマ大統領の決断と勇気に心から敬意を表したい」と述べました。
そして、安倍総理大臣は「71年前、この地にあって想像を絶するような悲惨な経験をした方々の思いは筆舌に尽くしがたいものだ。『世界中のどこであろうとも再びこのような悲惨な経験を決して繰り返させてはならない』。この痛切な思いをしっかりと受け継いでいくことが今を生きる私たちの責任だ」と述べました。
そのうえで、安倍総理大臣は「核兵器のない世界の実現について、道のりがいかに長く、いかに困難なものであろうとも絶え間なく努力を積み重ねていくことが今を生きる私たちの責任だ。日本と米国が力を合わせて世界の人々に希望を生みだすともし火となる。この地に立ち、オバマ大統領とともに改めて固く決意している。そのことが広島、長崎で原子爆弾の犠牲となった、あまたのみ霊の思いに応える唯一の道である、私はそう確信している」と述べました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160525/k10010535201000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_057
オバマ大統領 広島訪問で「核兵器ない世界 目標再確認」
5月26日 0時05分
日米首脳会談後の共同記者発表で、アメリカのオバマ大統領は被爆地の広島を訪問することについて、「第2次世界大戦で犠牲になったすべての人たちを追悼するためのものだ。そして核兵器のない世界という共通の目標を再確認するとともに、数十年かけて培ってきた日米の特別な同盟関係に光を当てるものだ」と述べました。
そのうえで、オバマ大統領は「今後もアメリカ軍を派遣し、行動しなければならないときもあるだろう。しかし、戦争は苦痛を生むもので、われわれは戦争を避けるため、できるだけのことをすべきだ。それが、私がベトナムで思い起こし、広島でも改めて考えたいと思っていることだ」と述べました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160525/k10010535231000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_058
首相 「ハワイを訪問する計画はない」
5月25日 23時57分
安倍総理大臣は、オバマ大統領の広島訪問に関連してアメリカの記者から「パールハーバーを訪問する考えはあるか」と質問されたのに対し、「現在、私はハワイを訪問するという計画はないが、昨年、戦後70年の節目にアメリカを訪問し、アメリカ議会の上下両院の合同会議でスピーチを行った」と述べました。
そのうえで、安倍総理大臣は「その際、私は、先の大戦に対する悔悟の念とともに、かつて敵であった国どうしが今は同盟国となった、この日米の和解に尽力をされた人々に対する敬意と尊敬の念を表明し、感謝を申し上げた。今後はまさに心の紐帯で結ばれた希望の同盟国として、世界のさまざまな課題の解決に協力をしていきたい」と述べました。

827名無しさん:2016/05/28(土) 17:00:46
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160525/k10010534131000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_079
国連加盟60年 平和への誓いなど決議 参院で可決
5月25日 11時05分
日本が国連に加盟してことしで60年になるのにあたり、参議院は25日の本会議で、日本が人類の平和と助け合いのために努力することを誓うとともに、政府に対し核兵器の廃絶などに努めるよう求める決議を全会一致で可決しました。
この決議は、日本が1956年12月18日に国際連合に加盟してからことしで60年になるのにあたり、25日の参議院本会議で全会一致で可決されました。
決議は「国際平和の達成は日本と世界の悲願であるにもかかわらず、世界各地で紛争やテロが続いているほか、大量破壊兵器やミサイル技術の開発や拡散、それに難民・貧困問題など、世界全体で対処すべき課題が山積している」としています。
そのうえで、「国連が創設以来、国際平和の維持と創造のために発揮した英知と努力に深く敬意を表し、今後も日本が率先垂範して人類の平和と助け合いのために努力することを誓う」としています。
そして、政府に対し、日本国憲法の掲げる恒久平和の理念の下、核兵器の廃絶などに最大限努めるよう求めています。
決議のあと、岸田外務大臣は「国連との連携を一層強化し、国際社会が直面するさまざまな課題の解決に積極的に貢献していく」と述べました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160524/k10010533421000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_090
米大統領 被爆者と対話機会を 広島知事らが首相に要請
5月24日 18時28分
安倍総理大臣は広島県の湯崎知事らと会談し、湯崎知事らは今週27日にアメリカのオバマ大統領が広島を訪問する際、オバマ大統領と被爆者との対話の機会を設けるようアメリカ側に伝えてほしいと要請しました。
安倍総理大臣は24日午後、総理大臣官邸で広島県の湯崎知事や広島市の松井市長と会談しました。
この中で湯崎知事らは、今週27日にアメリカのオバマ大統領が広島を訪問することについて、安倍総理大臣に感謝を述べたうえで、「オバマ大統領の訪問が成功裏に終わるよう、地元としてはできることは最大限協力させていただきたい」と述べました。
そのうえで湯崎知事らは、訪問の際、オバマ大統領と被爆者との対話の機会を設けるようアメリカ側に伝えてほしいと要請しました。
会談のあと松井市長は記者団に対し、「うまくいくよう外務省とアメリカが調整していただいていると信じている。被爆者とオバマ大統領が会ってお話しできるような機会を設けてもらえれば、被爆者の気持ちも分かってもらえるのではないか」と述べました。

828名無しさん:2016/05/28(土) 19:55:50
http://www.yomiuri.co.jp/national/20160528-OYT1T50073.html
オバマ氏と握手の坪井さん「この人は本気だ」
2016年05月28日 16時21分

 27日にオバマ氏としっかり握手し、言葉を交わした日本原水爆被害者団体協議会代表委員の坪井直すなおさん(91)は、「強き味方がおるぞと我々を奮い立たせてくれた。核廃絶という我々の行く道を強めることができるようになった」と振り返った。

 オバマ氏については「底深い人という印象が強かった。便宜上、言っているのではなく、この人は本気だという感じを受けた」とし、「簡単に言葉通りになるとは思えない。それでも半歩でもいいから同じ向きに歩もうとしていることを確かめていきたい」と語った。

 自身も被爆者で、被爆死した米兵について独自に調査してきた歴史研究家の森重昭さん(79)は、オバマ大統領に抱きしめられる写真が世界中で報道された。「これまで被爆死した米兵の歴史を調べてきたが、昨日は自分が新しい歴史をつくることができた」と語った上で、「声明を改めて読むと、核兵器廃絶は容易ではなくても、よく考えてくれていることが伝わった」と感慨深げだった。

2016年05月28日 16時21分 Copyright c The Yomiuri Shimbun

829名無しさん:2016/05/28(土) 20:17:28
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052500051&g=pol
国連加盟60年で決議=参院

 参院は25日の本会議で、今年が日本の国連加盟から60年に当たることを踏まえ、国際平和への貢献を誓う決議を全会一致で採択した。決議は「国連が創設以来、国際平和の維持と創造のために発揮した英知と努力に深く敬意を表する」と評価した上で、「今後もわが国が率先垂範して人類の平和と助け合いのために努力する」と宣言した。(2016/05/25-10:13)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052500046&g=pol
戦時中の旧外地会計を承認=参院、14年度決算も

 参院は25日の本会議で、戦時中に日本が運営していた朝鮮総督府など旧外地の特別会計のうち、戦後70年以上にわたり手続きが行われていなかった1944、45両年度の決算を承認した。これにより、国の会計上の戦後処理が終結した。
 旧外地特会は、日本が支配していた「朝鮮」「台湾」「樺太」「関東州」「南洋」の5地域の運営に関するもの。資料の散逸で決算処理ができない状態が長く続いていた。44、45両年度の剰余金に積立金を加えた約7億8000万円が2015年度一般会計に組み入れられる。
 また、本会議では14年度決算も承認。警察の捜査書類や証拠品の不適切な管理、NHK関連団体の不正経理など計8件について、内閣に是正を求める警告決議を採択した。(2016/05/25-10:59)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052500451&g=pol
「被爆者との対面重要」=オバマ大統領訪問で-松井広島市長

 広島市の松井一実市長は25日の記者会見で、27日のオバマ米大統領訪問の具体的な日程は知らされていないとする一方、被爆者と大統領との対面について「被爆者と会い話をする重要性を伝えてきた。(実現に向け)日本政府も米当局と調整しているものと期待している」と話した。その上で「被爆者と大統領が会うのは重要だ」と改めて強調した。
 第2次世界大戦中に旧日本軍の捕虜となった元米兵の一人が訪問に同行するという一部報道については「捕虜としての悲惨な戦争体験は、事象の違いはあるが被爆体験と相通ずる」と話した。被爆者や市長との対談が実現した場合、「未来志向の面談になるよう望んでいる」と述べた。(2016/05/25-13:00)

830名無しさん:2016/05/28(土) 20:32:09
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052500525&g=pol
米大統領が来日=27日に広島訪問-戦争犠牲者を追悼

 オバマ米大統領は25日夜、中部国際空港(愛知県)着の大統領専用機で来日した。26、27両日の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)に出席後、被爆地・広島を現職米大統領として初めて訪問する。自身が提唱してきた「核兵器なき世界」への取り組みの重要性を訴えるとともに、第2次世界大戦の全ての犠牲者を追悼する。
 オバマ大統領の来日は2014年4月の国賓訪問以来、4回目。今回が任期最後になる見通しで、サミット出席も最後となる。
 大統領は25日の到着後、サミット会場のホテルで安倍晋三首相と会談し、米軍属による女性死体遺棄事件への米側の対応を説明した。26日からの会議の進め方や27日の広島訪問についても擦り合わせた。(2016/05/25-23:22)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052600390&g=pol
被爆者との対話調整=広島訪問の式典で-米大統領

 日米両政府は、オバマ大統領が27日に広島を訪問した際、式典に招待された被爆者と言葉を交わす方向で調整に入った。オバマ氏は1945年8月の原爆投下について「謝罪」をしない方針だが、核の残虐性を再認識し、廃絶に取り組む決意を伝えるとみられる。
 オバマ氏は主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)閉幕後の27日夕、広島の平和記念公園を訪問。平和記念資料館(原爆資料館)を視察し、慰霊碑に献花する。安倍晋三首相も同行する。
 オバマ氏は慰霊碑の横で声明形式の短い所感を読み上げた後、自然な形で被爆者に声を掛けるもようだ。(2016/05/26-12:21)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052600599&g=pol
広島訪問、元捕虜の同行見送り

 【ワシントン時事】オバマ米大統領が27日に広島を訪問する際、第2次大戦中に旧日本軍の捕虜となった元米兵ダニエル・クローリーさん(94)が同行する計画が見送られることになった。元捕虜らでつくる「全米バターン・コレヒドール防衛兵記念協会」が明らかにした。
 同協会によると、ホワイトハウスから21日、広島平和記念公園での式典に参加できる元捕虜を紹介してほしいと依頼があり、クローリーさんを推薦した。しかし、後日、クローリーさんは参加者に含まれないことになったとの連絡があった。
 クローリーさんは「声を掛けておいて参加させないのはばかげている」と話しているという。同協会のジャン・トンプソン代表は「クローリーさんは和解の力強い象徴になっていただろう。政権、米国、日米同盟にとって損失だ」と指摘した。(2016/05/26-15:35)

831名無しさん:2016/05/28(土) 20:36:18
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052600508&g=pol
オバマ大統領の広島訪問、日米指導力の象徴=前米国務次官インタビュー

 【ワシントン時事】米国の対北朝鮮政策やイラン核問題をめぐる交渉などに携わったウェンディ・シャーマン前米国務次官は26日までにインタビューに応じ、オバマ大統領が安倍晋三首相と共に広島を訪れることについて「世界における日米の指導力の象徴になる」と高く評価した。一問一答は次の通り。
 -広島訪問をどう捉えるか。
 (大統領にとっては)困難な決断だったはずだ。大統領と首相が一緒に行くことは極めて重要だ。日米同盟の強さや、世界を舞台にした日米の指導力を象徴することになる。首相と大統領が世界の指導者として、あらゆる核兵器の開発を停止させ、核なき世界を最終的に実現するために、できる限りのことをしようと前進することが重要だ。
 -訪問は謝罪のためではない。
 ホワイトハウスは(原爆投下の)決定を再検討するのではなく、未来を見据えたいと表明してきた。米国は核兵器を使用した唯一の国であることから、核不拡散だけでなく、核なき世界を最終的に実現する特別の責任があることを理解している。米国には、核兵器が再び使われることのないよう懸命に取り組む特別の責任がある。
 -米国として被爆者に謝罪する必要はないのか。
 核兵器の使用が戦争を終わらせ、数百万人がさらに死ぬことを防いだと確信している。起きてしまった恐怖と、広島・長崎の人々の痛みや苦しみを過小評価するわけではない。戦争を終結させるという文脈の中で下された(原爆投下の)決定を再検討したところで、あまり有用だとは思わない。
 -核なき世界を唱えつつ、オバマ政権は北朝鮮の核問題で前向きな結果を得られなかった。
 北朝鮮への制裁を一段と強化しなければならないかもしれない。
 -北朝鮮の内部崩壊に備え、日米中などの間で調整するよう訴えたが。
 備えておかなければ、北朝鮮はわれわれ全員に対し優位に立つ。崩壊の可能性に対処する用意をしていないために、活用可能な全ての手段を行使することをわれわれがためらうと考えるだろうからだ。体制を転換させるという話ではない。(2016/05/26-14:28)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052600801&g=pol
日本は反省を=米大統領の広島訪問で-中国外務省

 【北京時事】中国外務省の華春瑩・副報道局長は26日の記者会見で、オバマ米大統領の広島訪問について、「日本が国際社会に責任を持つ態度で歴史をかがみとして戦争の悲劇を繰り返さないことを願う」と述べ、過去の戦争に対する日本の反省が必要との認識を改めて表明した。
 一方、主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)の首脳宣言で、中国が軍事拠点化を進める南シナ海情勢が取り上げられる見通しであることに関連し、華副局長は「南シナ海問題はサミット参加国と全く関係ない。経済問題に集中すべきだ」と不快感を示した。(2016/05/26-18:33)

832名無しさん:2016/05/28(土) 20:53:34
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052600950&g=pol
中国軍首脳、旧日本軍処理施設を視察=オバマ米大統領の広島訪問前

 【北京時事】中国国防省によると、軍制服組トップの范長竜・中央軍事委員会副主席は26日、吉林省敦化市ハルバ嶺を訪れ、旧日本軍が遺棄した化学兵器の処理施設を視察した。范氏は「処理作業を早めるよう日本側に促す」と述べた。

 ハルバ嶺には30万発以上の砲弾などが埋まっていると推定され、処理に必要な資金は日本が負担。ハルバ嶺の無害化処理施設は2014年に稼働を開始し、22年に廃棄作業を完了する予定。
 今回の視察は、27日に予定されるオバマ米大統領の広島訪問を控え、日本が戦争の「被害者」ではなく、「加害者」であることを印象付けようとする狙いがありそうだ。(2016/05/26-21:38)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052600647&g=pol
大戦の全犠牲者追悼へ=27日に広島訪問-被爆者と対話も・米大統領

 オバマ米大統領は主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)閉幕後の27日午後、現職米大統領として初めて被爆地・広島を訪れる。日本が植民地支配した韓国などアジアを含む第2次大戦の全犠牲者を追悼し、かつて戦火を交えた日米両国が揺るぎない同盟を構築した和解の意義を強調する。被爆者とも対話する見通し。
 オバマ氏が2009年4月にチェコ・プラハで「核兵器なき世界」に取り組む決意を表明してから7年。任期最後の年に訪れた被爆地で、核兵器を使用した唯一の国として核軍縮へ行動する道義的責任を内外に改めて訴え、自身の外交レガシー(遺産)にしたい考えだ。
 大統領は26日夜、サミット会場で記者会見し、1945年8月6日の広島への原爆投下について「現代史の変わり目だった」との見解を示した。
 さらに、広島訪問で「大戦の悲劇を振り返るだけでなく、紛争の危機を減らすための取り組みが終わっていないことを明確にする」と強調した。核軍縮に関連しては、北朝鮮の核問題を「大きな懸念だ」と批判した。
 大統領は27日夕、岩国基地(山口県岩国市)から専用ヘリコプターで広島入り。平和記念公園での式典で慰霊碑に献花し、被爆地を訪れた所感を声明形式で述べる。平和記念資料館(原爆資料館)も視察する。安倍晋三首相が同行する。(2016/05/26-21:01)

833名無しさん:2016/05/28(土) 22:19:14
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052800060&g=pol
安倍首相の真珠湾訪問に期待=大統領への批判は一部-米

 【ワシントン時事】米紙ワシントン・ポスト(電子版)は27日、オバマ大統領の広島訪問を報じた記事で、ホワイトハウスは安倍晋三首相のハワイ・真珠湾訪問を歓迎する意向だと伝えた。真珠湾攻撃から今年12月7日(現地時間)で75年となるが、ある米政府高官は安倍首相が訪問しなければ「驚きだ」と語ったという。
 安倍首相は25日の記者会見でハワイを訪れる予定は現時点でないと述べている。一方、オバマ大統領の広島訪問や平和記念公園での演説について、米国内で批判は一部にとどまっている。(2016/05/28-06:23)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052800011&g=pol
オバマ氏が手作り折り鶴=原爆資料館で小中学生に

 オバマ米大統領は27日に広島市の平和記念資料館(原爆資料館)を訪問した際、「平和の象徴」として自分で作った折り鶴4羽を持参し、広島市の代表として同席した小中学生2人に1羽ずつ、資料館に2羽贈った。資料館に贈った2羽は、オバマ氏が記帳した芳名録の横に飾られた。
 鶴は4色の和風折り紙で作られ、オバマ氏は安倍晋三首相に「少し手伝ってもらったが、私が(事前に)作った」と説明した。オバマ氏は小中学生2人に親しげに語り掛け、「英語も勉強して」と励ましたという。(2016/05/28-00:44)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052800014&g=pol
「原爆の子の像」モデルに関心=オバマ氏、熱心に視察-資料館館長

 原爆死没者慰霊碑での献花に先立ち、オバマ氏は平和記念資料館を視察。岸田文雄外相が案内した。後ろで見守っていた志賀賢治館長(63)によると、「関心が深く、事前に勉強されている。大変に熱心だった」という。
 オバマ氏は資料館全体を回らず、資料館側が用意した原爆を伝える資料を見学した。オバマ氏は、2歳のとき被爆、10年後白血病を発症して死亡し、平和記念公園の「原爆の子の像」のモデルになった佐々木禎子さんに関心が高いと聞いていたため、館長は佐々木さんが作った折り鶴などの資料を準備したという。
 館長は「大統領が国に帰り、見たことを語ると思う。語ったことを聞いた人に(資料館へ)来てもらうことを願う」と述べた。(2016/05/28-00:51)

834名無しさん:2016/05/28(土) 22:21:26
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052700769&g=pol
「原爆の惨劇、忘れない」=米大統領、全犠牲者を追悼-歴史的な広島訪問

 オバマ米大統領は27日夕、現職米大統領として初めて被爆地・広島を訪問した。オバマ氏は平和記念公園で「原爆投下の瞬間を想像せずにはいられない。歴史を直視して、何をしなければならないかを自問する共通の責任がある」と演説し、「核兵器なき世界」を追求する重要性を訴えた。1945年8月6日朝の惨劇の記憶を薄れさせてはならないとも語った。その後、参列した被爆者と言葉を交わし、抱き寄せた。

 オバマ氏は2009年1月の大統領就任時から被爆地訪問を模索、7年越しの実現となった。一方、米大統領に原爆投下の事実と向き合うよう求めてきた被爆者にとっては、長年の願いがかなう歴史的訪問となった。
 オバマ氏は約17分間の演説で「広島を訪れるのは朝鮮人と米兵捕虜を含む10万人を超える(原爆の)死者を追悼するためだ」と切り出し、戦争が罪のない市民に多大な悲劇をもたらしたと指摘。その上で、核兵器に対する恐怖の論理から抜け出す勇気を持ち、09年4月のプラハ演説で提唱した「核兵器なき世界」を追求しなければならないと訴えた。
 また、かつて戦火を交えた米国と日本の関係にも言及し「同盟だけでなく、友情も育んだ」と強調した。広島と長崎の未来は「核戦争の夜明けではなく、われわれの道義的な目覚めの始まりである」と結んだ。大統領に同行した安倍晋三首相は「世界中のどこであろうと、このような悲惨な経験を繰り返させてはいけない。核兵器のない世界を必ず実現する」との決意を示した。(2016/05/28-00:50)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052700674&g=pol
歴史の旅、未来見渡す=ベトナムと広島を初訪問-アジア重視の集大成・米大統領

 オバマ米大統領は27日、ベトナムと日本での政治日程を終えて帰国の途に就いた。オバマ氏にとっては、かつて激戦を繰り広げた両国との痛みを伴う歴史を直視する旅だった。「最終目的地」は政権が掲げてきたアジア太平洋へのリバランス(均衡)政策を未来に進める道筋を示すことだ。戦後70年を経て、米大統領の被爆地・広島訪問を初めて実現させたことは、アジア重視外交の集大成とも言える。

 ◇原爆の記憶は消えない
 オバマ大統領は27日夕、岩国基地(山口県岩国市)から専用ヘリコプターで広島入りし、平和記念公園に約1時間滞在。平和記念資料館(原爆資料館)で「私たちは戦争の苦しみを経験した。平和を広め核兵器のない世界を追求する勇気を持とう」と記帳した。

 「1945年8月6日の朝の記憶は決して消えることはない」。オバマ氏は被爆者を含む約100人足らずの招待者を前に、原爆投下の是非には踏み込むことなく「戦争が双方の市民に悲劇をもたらした」ことを繰り返し強調した。原爆投下への謝罪は行わないものの、逆に戦争の是非にも触れないことで「われわれ(米国)も悪かった」(オバマ氏側近)ことをにじませた。
 ◇「対中国ではない」
 来日前に訪れたベトナムでは、対ベトナム武器禁輸の全面解除に踏み切った。両国の共通の課題となっている中国への包囲網といった見方がある一方で、オバマ大統領が「中国は関係ない。両国関係が完全に変化したことを示したかった」と述べた言葉にうそはないだろう。
 米国は2014年に武器禁輸を部分解除しているが、ベトナムはこれまで武器を一切購入していない。ベトナムは南シナ海の領有権をめぐって中国と激しく対立する一方で、インフラや食品の輸入など経済面では中国に依存している。
 大統領は24日、ハノイで学生ら約2300人の聴衆を前に演説し、ベトナム戦争に言及し「300万人のベトナムの兵士と市民、5万8315人の米国民が命を失った」と語った。その上で「両国は痛みと尊い犠牲を忘れてはならない」と誓った。
 ◇旧敵とも和解は可能
 大統領の今回の歴訪には、隠れたテーマがもう一つある。それは原爆投下を含めて戦火を交えた敵同士の「和解は可能」というメッセージだ。ベトナムでは、チャン・ダイ・クアン国家主席との共同記者会見で「相互利益と尊重に基づいて対話すれば、関係を変化させることが可能だ」と強調。広島では「日米は同盟だけではなく、友情を育んだ」と訴えた。
 オバマ氏はこれまで、ウクライナ情勢やシリア情勢で軍事介入を避けていることから、野党共和党から「弱腰」と批判されてきた。だからこそ大統領は、被爆地から戦争の悲惨さと和解、未来への可能性を結び付けることで、あくまで平和を追求する哲学を外交レガシー(遺産)としたい考えだ。(2016/05/27-23:54)

835名無しさん:2016/05/28(土) 22:39:00
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052700890&g=pol
「歴史的意義」与野党から評価=オバマ氏広島訪問、核廃絶へ注文も

 オバマ米大統領の広島訪問について、与野党幹部は27日、「歴史的に大きな意義がある」(公明党の山口那津男代表)などとして一様に評価した。ただ、核兵器廃絶に向けた具体的な「行動」を求める声も同時に上がった。
 山口氏は国会内で記者団の取材に対し、大統領の訪問を歓迎した上で、「今日を一つの重要な歴史的転換点として、核のない世界を目指して共に歩んでいきたい」と述べた。
 民進党の岡田克也代表は東京都内で記者団に「現実の被害がどういうものか見ていただいたことは非常に良かった」と語った上で、「日本も(核廃絶へ)具体的な歩みを求められている」と指摘。おおさか維新の会の松井一郎代表は「日米両国は、将来には核廃絶が実現するようあらゆる努力を傾けるべきだ」とする談話を発表した。
 共産党の志位和夫委員長は記者団に「前向きの歴史的な一歩」としつつ、「(核兵器全廃を掲げる)核兵器禁止条約の国際交渉を開始するという具体的な行動に移る必要がある」と米国に促した。社民党の又市征治幹事長も談話で、核保有国に「核軍縮に向けた現実的かつ着実な努力」を求めた。
 生活の党の小沢一郎代表は談話で「広島や長崎の悲劇を絶対に繰り返さないという人類社会全体の約束こそ肝心だ」と強調した。(2016/05/27-21:37)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052701004&g=pol
オバマ米大統領、涙ぐむ被爆者を抱擁=「平和な世界」へ決意-広島の悲劇訴え

 1945年に世界で初めて原爆が投下された広島に27日、現職の米大統領として初めてオバマ大統領が訪問した。「閃光(せんこう)と火の壁が街を破壊した。人類が自分たち自身を破壊する手段を持った」。慰霊碑への献花に続く演説で広島で起こった悲劇を訴えたオバマ氏は厳しい表情を崩さなかったが、柔和な表情で涙ぐむ被爆者を抱擁する象徴的場面もあった。

 終戦から71年間をかけて築いた日米の友好関係を強調したオバマ大統領。被爆地の広島と長崎から「平和な世界」をつくる決意を新たにした。
 午後5時すぎ、大統領専用ヘリ「マリーン・ワン」で、広島西飛行場に着陸し、歴史的訪問をスタート。濃紺のスーツに青色のネクタイといういでたちで平和記念公園に入ると、まず平和記念資料館(原爆資料館)を訪れた。「私たちは戦争の苦しみを経験した。平和を広め核兵器のない世界を追求する勇気を持とう」と記帳。約10分間の視察中、「平和の象徴」である折り鶴を同席した小中学生2人に贈った。
 その後、晴天の下、前を見つめ安倍晋三首相と並んでゆっくり歩きながら、原爆死没者慰霊碑へ。地元高校生から受け取った花輪を献花した後、黙とうをささげた。一方、米国内で「謝罪」と受け止められることを避けるためか、続いて献花した安倍首相のように頭を下げることはなかった。
 続く17分間の演説は終始、神妙な面持ち。「空に上るきのこ雲の姿は人間性の中心にある矛盾を想起させる」「愛する人々、子供たちの笑顔、夫婦の触れ合い、親の抱擁。71年前、同じようにこういう大切なひとときがあった。亡くなった人々はわれわれと同じだ」-。

 その後、オバマ氏は、被爆者代表として出席していた日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の坪井直代表委員(91)の元に歩み寄った。
 「自分は91歳になったが、オバマ大統領が人類の幸せとは何か語るのを見て、心がずいぶん若返った。(2009年に)プラハで語った『核兵器なき世界』の実現に向け一緒に頑張りましょう」。興奮しながらこう話す坪井さんの手を握りながら、耳を傾けたオバマ氏は、時折笑顔を見せ、「ありがとう」と応じた。オバマ氏はこの後、近くに座っていた被爆者の森重昭さん(79)が涙ぐむと背中をさすりながら抱き寄せた。
 最後は慰霊碑から原爆ドームに向かって歩き、岸田文雄外相から説明を聞いた後、こう言い残して平和記念公園を後にした。「平和にとって大切な場所だ」。(2016/05/27-23:52)

836名無しさん:2016/05/28(土) 22:39:49
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052700991&g=pol
「核なき世界の出発点」=米大統領の被爆地訪問-広島、長崎両市長

 現職米大統領が初めて被爆地・広島を訪問した27日、広島市の松井一実市長と長崎市の田上富久市長は広島市内でそろって記者団の取材に応じた。平和記念公園でオバマ大統領の原爆死没者慰霊碑への献花に立ち会った両市長は「核なき世界への出発点になる」などと大統領訪問を評価した。
 松井市長は「(オバマ氏には)核兵器のない世界の実現に向けた決意を一層強固なものにしていただけたと思う」と指摘。その上で「(他の)世界の政治指導者の被爆地訪問の流れにつながればと期待している。そうすることが核兵器のない世界に向けてしっかりした歩みを始める歴史的な出発点になる」と強調した。

 同じ被爆地・長崎の米大統領訪問は実現しなかったが、田上市長は「また別の機会にでも、あるいは退任されてからでも(オバマ氏に)長崎にぜひお越しいただきたい」と話した。
 また、湯崎英彦広島県知事は「被爆の実相を伝える努力を続けていかなければならない」と改めて気を引き締めた。(2016/05/27-21:57)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052700945&g=pol
オバマ米大統領演説要旨=広島訪問

 オバマ米大統領が27日、広島市の平和記念公園で行った演説要旨は次の通り。
 1、71年前、雲一つない晴れた朝、空から死が降ってきて、世界が一変した。せん光と火の壁が街を破壊した。そして、人類が自分たち自身を破壊する手段を持ったことを明示した。
 1、私たちはなぜこの場所、広島に来るのだろうか。10万人を超える日本人の男女、子供、数千人の朝鮮人、捕らわれた十数人の米国人の死者を悼むためだ。
 1、広島と長崎に残酷な結末をもたらした世界大戦は最も富裕で、強大な諸国によって戦われた。こうした国の文明は世界の偉大な都市や素晴らしい芸術を生んだ。しかし、同じ場所から戦争が起きた。
 1、数年のうちに約6000万人が亡くなった。撃たれ、爆撃を受け、捕らえられ、飢えさせられ、ガスで殺害された。
 1、空に上るきのこ雲の姿は人間性の中心にある矛盾を想起させる。われわれの考えや創意、言葉といった自然界から人類を区別する能力がわれわれに不相応な破壊力も与える。
 1、私たちはこの街の中心に立ち、原爆投下の瞬間を想像せずにはいられない。あの戦争とその前の戦争、それに続く戦争の罪のない犠牲者全員を記憶している。私たちには歴史を直視し、こうした苦しみを止めるには何をすべきかを問う共通の責任がある。
 1、いつの日か被爆者の声は聞けなくなる。しかし、1945年8月6日の朝の記憶は決して薄れさせてはならない。あの運命の日以来、私たちは希望の選択をした。米国と日本は同盟を構築しただけでなく、友情を築き上げた。
 1、国際社会は戦争を回避し、核兵器を制限・削減して究極的には廃絶を目指す制度や条約をつくった。それでもなお、国家間の攻撃やテロ行為が世界中にあり、仕事は決して終わっていない。
 1、私自身の国のような核兵器を持つ国は、恐怖の論理から抜け出す勇気を持ち、そうした兵器のない世界を目指さなければならない。私の人生のうちにこの目標は実現できないかもしれない。しかし、粘り強い努力によって破滅の可能性を低くできる。(核兵器)備蓄の破棄につながる計画を立てることはできるし、他国への拡散や狂信者の手に渡るのも阻止できる。
 1、私たちは戦争そのものに関する考え方を変え、外交によって紛争を防止し、起きてしまった紛争を終結させる努力をしなければならない。
 1、(原爆で)亡くなった人たちは戦争を望んでいない。科学の奇跡は生活を奪うことではなく、その改善に用いることを望むだろう。国家や指導者が選択をするとき、この簡明な知恵を熟慮するなら、広島の教訓は生かされる。
 1、この場所で世界は永遠に変わった。しかしきょう、この街の子どもたちは平和のうちに一日を過ごすだろう。それは何と貴重なことだろうか。これが私たちが選べる未来だ。広島と長崎が核戦争の夜明けとしてではなく、私たち自身の道義的な目覚めの始まりとして知られる未来だ。(2016/05/27-23:51)

837名無しさん:2016/05/28(土) 22:44:05
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052700992&g=pol
オバマ大統領の演説全文

 オバマ米大統領が27日に広島市平和記念公園で行った演説全文は次の通り。
 71年前の雲一つない晴れた朝、空から死が降ってきて、世界は一変した。閃光(せんこう)と火の壁が街を破壊した。そして人類が自らを滅ぼす手段を持ったことを明示した。
 なぜわれわれはこの地、広島にやって来るのか。そう遠くない過去に放たれた恐ろしい力について思案するために来るのだ。10万人以上の日本人の男性、女性、子どもたち、数千人の朝鮮人、十数人の米国人捕虜を含む死者を悼むために来るのだ。彼らの魂は私たちに話し掛ける。そして彼らは私たちに内面を見つめるように求め、私たちは何者なのか、何者になるかもしれないのかを見定めるよう求めるのだ。
 広島を際立たせているのは戦争の事実ではない。暴力的な紛争は原始人にも見られることが遺物から分かる。石英から刃物を作り、木からやりを作ることを学んだわれわれの祖先は、こうした道具を狩りだけでなく、同じ人類に対して使った。全ての大陸で、文明の歴史は戦争で満ちている。穀物の不足であれ金(ゴールド)への渇望であれ、国粋主義の熱狂的な扇動や宗教的な熱意であれ、帝国は興亡し、人々は支配されたり、解放されたりしてきた。節目節目で、罪のない人々が苦しみ、無数の死者を出し、彼らの名前は時間とともに忘れられた。
 広島と長崎に残酷な結末をもたらした世界大戦は、最も豊かで最も強力な国々の間の戦いだった。彼らの文明は、世界の偉大な都市や素晴らしい芸術を生んだ。その思想家たちは正義と調和と真実についての考えを進展させた。しかし、最も単純な部族間紛争の原因となった支配や征服への同じ基本的な本能によって戦争へと発展した。古いパターンが新しい能力によって、新たな制約もなく増幅した。
 数年の間に、およそ6000万人が亡くなった。われわれと何ら違いのない男性、女性、子供たちが、撃たれ、たたかれ、行進させられ、爆撃され、収容され、飢えさせられ、ガスで殺された。世界中に、この戦争を記録する多くの場所がある。勇気と英雄の物語を示す記念碑、言葉では言い表せない悪行がこだまする墓地や空になった収容所がある。
 しかし、この空に立ち上ったきのこ雲の姿は、人間性の中心にある矛盾を最も鮮明に想起させる。われわれを種として特徴づけるひらめき、思想、創意、言語、道具を作ること、自然界から人類を区別し、自然をわれわれの意志に従わせる能力。これらがいかに、不相応な破壊力もわれわれに与えるかということを。
 物質的な進歩や社会革新が、どれほどこの真実からわれわれの目をそらさせるのだろうか。われわれは、より高度な理由のため、暴力を正当化することをいかに簡単に学んでしまうのだろうか。全ての偉大な宗教は愛と平和と正義への道を約束するが、いかなる宗教にも信教を理由に人を殺すことができると主張した信者がいた。各国は犠牲と協調の元に国民を結束させる話を説きながら台頭し、偉業が成し遂げられるが、同時にこうした話は自分たちとは異なる人々を虐げ、人間性を奪う口実に利用されてきた。
 科学のおかげで私たちは海を越えて交流し、雲の上を飛び、病気を治し、宇宙を理解するが、こうした科学的発見はより性能のいい殺りく兵器にも変わり得る。
 近代の戦争は私たちにこの真実を教えてくれる。広島がこの真実を教えてくれる。技術は、人間社会の進歩を伴わなければわれわれに破滅をもたらす。原子の分裂へと導いた科学的革命は、モラルの革命も必要とする。
 だから私たちはこの場所に来る。私たちはここ、この街の真ん中に立ち、原爆投下の瞬間を想像せずにはいられない。目の当たりにしたことに混乱した子供たちの恐怖を感じずにはいられない。われわれは声なき叫びに耳を傾ける。あのひどい戦争、これまで起きた戦争、そしてこれから起きる戦争で命を落とす全ての罪のない人々のことを忘れない。単なる言葉だけでこれらの苦しみを表すことはできない。しかし、私たちには歴史を直視し、こうした苦しみを食い止めるために何をしなければならないかを自問する共通の責任がある。
 いつの日か、ヒバクシャの証言の声は聞けなくなるだろう。しかし、1945年8月6日の朝の記憶は決して薄れさせてはならない。その記憶のおかげで、私たちは自己満足と戦うことができる。その記憶が私たちの道義的な想像力をたくましくしてくれる。その記憶が私たちに変化を促してくれる。
 そしてあの運命の日以来、私たちは希望を持てる選択をしてきた。米国と日本は同盟を構築しただけでなく、戦争を通して得られたものよりもはるかに多くのものを私たちにもたらした友情も築き上げた。

838名無しさん:2016/05/28(土) 22:44:16
>>837

 欧州の国々は、戦場を商業と民主主義の結束に変えた連合を構築した。抑圧された人々と国は自由を勝ち取った。国際的な共同体は、戦争を回避し、核兵器の存在を制限、縮小し、究極的には廃絶を目指すための制度と条約をつくった。
 それでもなお、われわれが目にする国家間のあらゆる侵略行為、世界中でのあらゆるテロ、汚職、残虐行為、抑圧は、われわれの仕事が決して終わっていないことを示している。悪事を働く人間の能力をなくすことはできないかもしれない。そのため、国家、そしてわれわれが締結している同盟は、自身を守る手段を持つ必要がある。しかし、私の国のように核兵器の備蓄がある国は、恐怖の論理から抜け出す勇気を持ち、核兵器なき世界を追求しなければならない。私が生きているうちに、この目標を実現できないかもしれない。しかし、粘り強い努力によって破滅の可能性を低くできる。こうした備蓄の破棄につながる計画を立てることはできるし、他国への拡散や致死性の物質が狂信者の手に渡るのも阻止できる。
 しかし、それではまだ十分ではない。今日の世界を見渡すと、最も粗末なライフルやたる爆弾でさえ、恐ろしい規模の暴力をもたらすことができる。われわれは外交を通じて紛争を防ぎ、起きてしまった紛争を終わらすため、戦争自体に関する考え方を変えなければならない。われわれの相互依存の拡大を暴力的な対立ではなく、平和協調への理念と見なそう。破壊の力ではなく、つくり上げるもので国を定義しよう。
 そして、恐らく何にもまして、われわれは一つの人類の仲間として、お互いのつながりを改めて思い起こさなければならない。これも、われわれ人類を類ない存在としている。われわれは遺伝子情報によって、過去の過ちを繰り返すよう規定されてはいない。われわれは学ぶことができる。選ぶことができる。われわれは子供たちに別の物語を話すことができる。共通の人間性を描いたり、戦争の可能性を減らし、残虐さをそれほど簡単には受け入れたりしない物語だ。
 われわれはヒバクシャのこうした話を知っている。原爆を落とした爆撃機のパイロットを許した女性がいる。本当に憎んでいたのが戦争それ自体だったと分かったためだ。この地で死亡した米国人の家族を捜し出した男性がいる。彼らと自分自身の損失は同じと信じていたからだ。
 私自身の国の物語も、簡単な言葉から始まった。「全ての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」(米独立宣言)。この理想の実現は決して容易ではなかった。わが国内や国民の間でさえそうだった。しかし、この話に忠実であろうと努力する価値はある。それは、真剣な努力に値する理想であり、大陸そして海を越えて広がる理想だ。全ての人間の絶対的な価値を示し、全て生命は大切であるという揺るぎない主張だ。われわれは皆一つの人類という家族の一員であるとの根源的で必然的な考え方だ。これこそ、われわれ皆が伝えなければならない物語だ。
 これが広島を訪れる理由だ。愛する人、自分の子供たちの朝一番の笑顔、台所の食卓越しの夫や妻との優しい触れ合い、心安らぐ親の抱擁といったことに思いをはせるためだ。こうしたことに思いを寄せると、71年前にここで同じように大切なひとときがあったということが分かる。亡くなった人々は、われわれのような人たちだ。普通の人には分かることだと思う。皆、戦争はたくさんだと思っている。科学の驚異は暮らしの向上に焦点を当てるべきで、命を奪うものであってはならないと考えている。国々やその指導者が決断を行うときにこの単純な知恵が反映されれば、広島の教訓は生かされたことになる。
 世界はここで永遠に変わってしまった。しかしきょう、この街の子供たちは平和に一日を過ごすだろう。それは何と貴重なことか。それは守るに値することであり、全ての子供がそうあるべきだ。これこそわれわれが選択できる未来だ。広島と長崎が核戦争の夜明けとしてではなく、私たち自身の道義的な目覚めの始まりとして知られる未来だ。(2016/05/27-23:38)

839名無しさん:2016/05/28(土) 22:49:58
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052700807&g=pol
核なき世界へ「希望与えた」=米大統領の広島訪問を歓迎-安倍首相

 安倍晋三首相は27日夕、オバマ米大統領と訪れた広島市の平和記念公園で所感を述べ、「米国の大統領が被爆の実相に触れ、核兵器のない世界への決意を新たにする。核なき世界を信じてやまない世界中の人々に大きな希望を与えてくれた」と高く評価した。
 首相は「全ての日本国民が待ち望んだ歴史的訪問を心から歓迎したい」と表明。その上で「日米両国の和解、そして信頼と友情の歴史に新たなページを刻む大統領の決断と勇気に対して、心から敬意を表したい」と述べた。
 核廃絶の決意については、「世界中のどこであろうと、再び悲惨な経験を決して繰り返させてはならない。核兵器のない世界を必ず実現する」と訴えた。日米関係にも触れ、「日米が力を合わせて、世界の人々に希望を生み出すともしびとなる」と述べ、同盟深化の重要性を強調した。(2016/05/27-20:05)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052700889&g=pol
安倍首相発言要旨=オバマ米大統領広島訪問

 安倍晋三首相の広島平和記念公園での発言要旨は次の通り。
 日米両国は戦後70年を経て、深い信頼と友情で結ばれる同盟国となった。日米同盟は、世界に希望を生み出す同盟でなければならない。
 米国の大統領が被爆の実相に触れ、核兵器のない世界への決意を新たにする。核なき世界を信じてやまない世界中の人々に大きな希望を与えてくれた。全ての日本国民が待ち望んだ歴史的な訪問を心から歓迎したい。日米両国の和解、そして信頼と友情の歴史に新たなページを刻むオバマ大統領の決断と勇気に対して、心から敬意を表したい。
 世界中のどこであろうと、再び悲惨な経験を決して繰り返させてはならない。この痛切な思いをしっかりと受け継いでいくことが、今を生きる私たちの責任だ。
 核兵器のない世界を必ず実現する。その道のりがいかに長く、いかに困難なものであろうと絶え間なく努力を積み重ねていくことが今を生きる私たちの責任だ。必ずやその責任を果たして、日本と米国が力を合わせて、世界の人々に希望を生み出すともしびとなる。この地に立ち、オバマ大統領と共に改めて固く決意した。(2016/05/27-19:30)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052700744&g=pol
原爆投下、なお日本と認識差=「正当化される」過半数-米世論

 オバマ米大統領の広島訪問は、核兵器を実戦で使用した唯一の国の指導者が被爆地に足を踏み入れるという意味で、歴史的機会だ。だが、米国民の多数派は依然として「原爆投下が戦争終結を早め、多数の米兵の命を救った」と考えている。多くの人命を一瞬にして消し去ったキノコ雲の意味をめぐり、両国民の認識の違いはなお大きい。

 米調査機関ピュー・リサーチ・センターが戦後70年に当たる昨年実施した世論調査結果によると、広島・長崎への原爆投下は「正当化される」と考える米国人は56%に上り、「正当化されない」の34%を大きく上回った。同じ質問に日本人の79%が否定的見解を示したのとは対照的だ。
 オバマ氏の広島訪問発表後も、米当局者が「日本は謝罪を求めていない。われわれも(謝罪を)しない」(ライス大統領補佐官)と繰り返してきた背景には、こうした国民世論がある。
 米国民の意識は年代によって差があり、原爆投下が「正当化される」と回答したのは65歳以上で70%に上ったが、18〜29歳の若年層では47%と半数を割った。男女別でみると、肯定的な意見は男性の62%に対し、女性は50%にとどまった。
 米国民の見方は時代によっても変化している。米調査機関ギャラップが原爆投下直後の1945年8月に実施した世論調査では、85%が投下に支持を表明。しかし、この数字は戦後60年の2005年には57%にまで低下した。
 もっとも、同じ調査では05年時点でも、米国人の80%が「原爆投下によって(戦争終結で)米国人の命が救われた」と回答。核兵器が戦争を早期に終わらせたという認識自体は根強いことを示した。一方、「日本人の命が救われた」と答えた米国人は41%で、「そう思わない」の47%を下回った。(2016/05/27-17:45)

840名無しさん:2016/05/28(土) 22:52:18
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052700076&g=pol
米大統領、今夕広島訪問=「核なき世界」重要性訴え

 オバマ米大統領は27日夕、現職米大統領として被爆地・広島を初めて訪問する。大統領は安倍晋三首相と共に平和記念公園で所感を述べ、2発目の原爆が投下された長崎を含む第2次世界大戦の全犠牲者を追悼する。また、大統領が提唱している「核兵器のない世界」に取り組む重要性を内外に向けて訴える。(2016/05/27-05:49)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052700072&g=pol
外国記者の視線「ヒロシマ」へ=「歴史的」「和解の象徴」-オバマ氏訪問どう見るか

 オバマ米大統領は27日午後、現職米大統領として初めて被爆地・広島の土を踏む。主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)を取材している海外メディア記者や外国人研究者の視線も「ヒロシマ」に注がれる。「歴史的だ」「悲劇から何を学ぶか」「和解の象徴」。歴史的訪問をどう見ているか、聞いてみた。
 「(大統領の決断は)素晴らしい。原爆投下という大きな悲劇の教訓をどうくみ取り、この悲劇から何を学ぶかが問題だ」。サミットの国際メディアセンター(三重県伊勢市)で語ったのは、香港公共ラジオRTHKのワシントン支局で働く米国人記者バリー・ウッドさん(72)。
 英紙フィナンシャル・タイムズ東京支局長で英国人のロビン・ハーディング氏(37)も「(オバマ大統領は)在任中にほとんど進展のなかった『核兵器のない世界』に向けた取り組みを訴えたいのだろう。和解の象徴だ」と高く評価した。
 オバマ大統領は訪日に先立ち、日本と同様にかつて戦火を交えたベトナムを初訪問し、関係の「完全正常化」を宣言した。国営ベトナム通信のグエン・ティ・トエン東京支局長(40)は、「日本とベトナムは、共に米国と戦った国だが(より緊密な)日米関係は米越関係と全く異なる」と指摘。その上で「米越関係が今後(日米関係のように)発展していけばいい」と話した。
 毎年サミット開催地を訪れ、サミットの成果を研究している英シェフィールド大政治学部の米国人研究者ガレット・ブラウン氏(44)は、オバマ大統領の広島訪問の意義をこう解説する。
 「日米双方の戦争犠牲者に対する追悼という面はある。しかし、それだけでなく(広島訪問を通じて)政治面でいかに(両国関係を)前進できるかを表した」。一方、マイナス要因を質問すると、「大統領が仮に謝罪をにおわせれば、退役軍人や共和党から批判が出て、緊張を生む可能性はある。しかし(日米関係にとって)害にはならないだろう」と分析した。(2016/05/27-05:47)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052700060&g=pol
「核使わない」自らの言葉で=広島訪問、オバマ氏に期待-鈴木長崎大教授

 現職大統領として初となるオバマ米大統領の広島訪問を27日午後に控え、もう一つの被爆地・長崎でも期待が高まっている。長崎大核兵器廃絶研究センター長の鈴木達治郎教授(65)は「核兵器がもたらす悲惨な結末を身をもって感じてもらうのが最大の意義」と語り、「短くても、オバマ氏自身の言葉で『核兵器は使ってはいけない兵器だ』と言ってほしい」と訴える。(2016/05/27-05:36)

841名無しさん:2016/05/29(日) 15:55:22
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052400730&g=pol
米大統領の被爆者面会要請=広島知事ら

 広島県の湯崎英彦知事と広島市の松井一実市長は24日午後、首相官邸に安倍晋三首相を訪ね、オバマ米大統領が27日に広島市を訪問する際、被爆者との面会が実現するよう改めて要望した。首相からは明確な回答はなかったという。
 松井氏は会談後、記者団に「外務省と米国で鋭意調整していただいていると信じている」と述べ、面会実現に期待をにじませた。(2016/05/24-17:55)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052400403&g=pol
オバマ氏献花に被爆者招待=原爆ドーム視察も検討-日米

 日米両政府は、オバマ米大統領が27日に行う広島平和記念公園での献花に、被爆者を招待する方向で調整に入った。日本政府関係者が24日、明らかにした。同公園内の原爆ドームのオバマ氏による視察も検討している。
 オバマ氏は26日からの主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)に出席後、27日午後に平和記念公園を訪れ、平和記念資料館を見学するとともに、慰霊碑に献花する。この後、被爆地を訪れた所感や核廃絶への決意を表明する見通しだ。安倍晋三首相も同行し、オバマ氏訪問の意義などについて見解を述べる。(2016/05/24-12:41)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052400054&g=pol
大統領は謝罪拒否再考を=広島訪問前に書簡-米有識者グループ

 【ワシントン時事】映画監督のオリバー・ストーン氏ら米国の有識者約70人は23日、オバマ大統領が27日に広島を訪問するのを前に、謝罪を拒否する方針を再考するよう促す連名の書簡を大統領に送付した。できる限り多くの被爆者と面会することも求めている。
 名を連ねたのはストーン氏のほか、言語学者のノーム・チョムスキー氏、元国防総省職員のダニエル・エルズバーグ氏、アメリカン大のピーター・カズニック教授ら。
 書簡は「アイゼンハワー大統領やマッカーサー元帥でさえ原爆投下は戦争終結に必要なかったと述べていた」と説明し、訪問時に原爆投下の是非に触れない方針を考え直すよう要求。また、被爆者との面会は「核廃絶への決意を誰もが強固にせざるを得なくなる貴重な経験だ」と指摘した。
 書簡はまた、「大統領は核兵器なき世界に向け、残り任期中にも決定的な指導力を発揮できる」と強調し、核兵器の近代化計画中止や核軍縮交渉の再活性化を求めている。(2016/05/24-05:37)

842名無しさん:2016/05/29(日) 16:00:32
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052300719&g=pol
日米首脳そろって所感表明へ=広島訪問時、核廃絶へ決意

 安倍晋三首相は、オバマ米大統領の27日の広島訪問に同行する際、被爆地を訪れた所感を日米両首脳で、そろって表明する方針を固めた。政府関係者が23日、明らかにした。両首脳は協調して、「核なき世界」に向けた国際社会の一層の取り組みを訴える見通しだ。
 大統領は、26、27両日の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)の日程を終えた後、被爆地である広島を訪問。米政府高官によると、大統領は広島で「全ての犠牲者に哀悼の意を表したい」との意向だ。首相も広島入りし、両首脳は広島平和記念資料館を見学するとともに、原爆死没者慰霊碑へ献花。原爆ドームも訪れる方向だ。
 首相は広島での所感で、大統領の広島訪問を歓迎するとともに、核廃絶に向けた決意を表明する方針だ。
 23日の参院決算委員会で、首相は「(大統領の広島訪問は)核兵器のない世界に向けて、大きな力となる」と強調。さらに、「今後とも、オバマ大統領と力を合わせ、(核廃絶)実現に向けて一歩一歩、着実に進んでいくよう努力を重ねたい」と述べた。(2016/05/23-18:50)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052800291&g=pol
謝罪なければ問題ない=オバマ氏広島訪問でトランプ氏

 【ワシントン時事】米大統領選の共和党候補指名が確定した実業家ドナルド・トランプ氏(69)は27日、オバマ大統領の広島訪問について、謝罪しなければ問題ないとの見解を示した。
 トランプ氏はカリフォルニア州サンディエゴの集会で演説し、「(オバマ氏が)謝罪しない限り全く結構なことだ。誰が構うものか」と語った。 
 一方、トランプ氏は民主党候補指名をほぼ確実にしたヒラリー・クリントン前国務長官(68)を批判、「(彼女は)私が日本を核武装させたがっていると言ったが、そんなことは全く話していない」と述べた。トランプ氏は日本の核武装を容認する発言をしたが、積極的に求めはしないことをかねて説明している。(2016/05/28-23:23)

843名無しさん:2016/06/04(土) 20:37:15
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160601/k10010542781000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_051
外相が米大使に謝意 オバマ大統領の広島訪問実現で
6月1日 17時57分
岸田外務大臣はアメリカのケネディ駐日大使と会談し、オバマ大統領の被爆地・広島への訪問が実現したことに謝意を伝えるとともに、今後、「核兵器のない世界」の実現に向けて、日米両国でさらに協力していくことで一致しました。
この中で岸田外務大臣は、先月27日にアメリカのオバマ大統領が広島を訪問したことについて、「現職の大統領に被爆地を訪問してもらったことは、1人の広島市民、そして被爆地出身の外務大臣としてうれしく思っている。ケネディ大使には、さまざまな形で力添えを頂き、心から感謝したい」と述べました。
これに対し、ケネディ大使は「広島の皆さんが、オバマ大統領に示された本当に温かい歓迎の意に心から感謝を申し上げたい。歴史的な訪問に参加することができて大変光栄だ」と応じました。
そのうえで両氏は、「核兵器のない世界」の実現に向けて、日米両国でさらに協力していくことで一致しました。
また、両氏は、沖縄県でアメリカ軍関係者が逮捕された事件を受けて、実効性のある再発防止策を策定し、沖縄県の犯罪を抑止するため、連携して取り組んでいくことを確認しました。

844名無しさん:2016/06/05(日) 00:37:30
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016060100687&g=pol
広島訪問は「歴史的」=米大使、岸田氏に意義強調

 岸田文雄外相は1日、ケネディ駐日米大使と外務省で会談し、オバマ大統領の広島訪問実現への尽力に謝意を伝えた。大使は「大統領個人にとっても非常に意義ある訪問だったし、日米両国にとって歴史的な訪問だった。日米同盟のさらなる大きな舞台が設定された」と強調した。
 広島が地元の岸田氏は「一人の広島市民、被爆地出身の外相として、心よりうれしく思っている」と表明。「今回の訪問は一つのスタートだ。核兵器のない世界に向けて米国と協力し、しっかり努力していきたい」と語った。両氏は米軍属による女性死体遺棄事件についても意見を交わした。 (2016/06/01-21:42)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016060200083&g=pol
「大統領は何度も書き直した」=広島演説めぐりオバマ氏側近-米

 【ワシントン時事】ローズ米大統領副補佐官は5月31日、オバマ大統領の日本・ベトナム歴訪を振り返るエッセーをインターネット上に投稿した。副補佐官はこの中で、広島平和記念公園での大統領の演説について「大統領は旅の間中、何度も(原稿を)書き直していた」と明らかにした。

 副補佐官は、大統領手書きの原稿を撮影し、その写真を併せて掲載した。「人類は自らを滅ぼす能力を手に入れた」を横線で消して「手段を手に入れた」に書き換えてあり、大統領が一言一句に気を使いながら推敲(すいこう)を重ねた様子がうかがえる。
 副補佐官はまた、「私たちは両国で圧倒的に温かい歓迎を受けた。両国とも米国が20世紀で最も激しい戦争をした国だ」と指摘。「ホーチミンの若者や広島で会った被爆者の中に共通の人間性を見つけることは全く難しくない」と記し、大統領が訴えた平和の達成は可能だと強調している。 (2016/06/02-13:28)

845名無しさん:2016/06/05(日) 11:28:29
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016053100770&g=pol
オバマ氏「広島に来て良かった」

 現職の米大統領として27日に初めて被爆地の広島市を訪れたオバマ氏が、「広島に来て良かった」との感想を周辺に語っていたことが分かった。外務省が31日の自民党外交部会で、オバマ氏側近の話として明らかにした。

 また、オバマ氏は広島市の平和記念公園から移動した際、多くの一般市民から見送られたことに感銘を受けたと話しているという。外務省はオバマ氏サイドの話について、帰国途上の大統領専用機から同省に伝えられたと説明した。 (2016/05/31-19:25)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016053000024&g=pol
「大統領は真珠湾に触れたか」=トランプ氏、広島訪問で批判投稿-米

 【ワシントン時事】米大統領選で共和党の指名獲得を確実にしている実業家ドナルド・トランプ氏(69)は28日、オバマ大統領の広島訪問に関連し、ツイッターに「大統領は日本にいる間に真珠湾奇襲について議論したのか。何千人もの米国人の命が失われた」と投稿した。

 トランプ氏は27日の演説で、原爆投下について謝罪しない限り、広島訪問は問題ないとの立場を示したが、批判的な立場に転じたようだ。米国が30日に戦没者追悼記念日(メモリアルデー)を迎えることも意識したとみられる。 
 大統領の広島訪問をめぐっては、トランプ氏の選挙運動を支援するペイリン元アラスカ州知事も「米国の退役軍人を侮辱している」などと語っている。(2016/05/30-05:46)

846名無しさん:2016/06/05(日) 21:07:45
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20160604-00000027-nnn-soci
米・ケリー国務長官から原爆資料館に手紙
日本テレビ系(NNN) 6月4日(土)17時25分配信
 4月にアメリカの現職閣僚として初めて広島市の原爆資料館を見学したケリー国務長官から一週間前、資料館に手紙が届いた。

 ケリー国務長官からの手紙は、オバマ大統領が広島を訪れた翌日、原爆資料館の館長宛てに届いた。4月に広島市で開かれたG7外相会合に出席したケリー長官は、原爆資料館を見学し、約50分間、被爆者の遺品や資料を見て回った。資料館見学についてケリー長官は、「核兵器の脅威のない世界平和に向け努力することの重要さを確信する」とつづっている。

 原爆資料館・志賀館長「説明も聞きながら一つ一つの展示の説明文をきちんと読みながら熱心に見ていただいた」

 志賀館長は、資料館見学で衝撃を受けたケリー長官の意見がオバマ大統領の広島訪問を後押ししたと思いたいと話している。

847荷主研究者:2016/06/06(月) 22:56:29

http://www.chunichi.co.jp/article/ishikawa/20160517/CK2016051702000048.html
2016年5月17日 中日新聞
内灘に消えた“北陸の宝塚” 大正・昭和「粟ケ崎遊園」

粟ケ崎遊園周辺の鳥瞰(ちょうかん)図の一部分。手前が遊園で右奥が金沢駅方面、左奥が河北潟=内灘町所蔵

本家まねるも経営基盤に難

 石川県内灘町の内灘砂丘に、一大レジャー施設「粟ケ崎遊園」があった。大正末期の1925年に開園し、41年の太平洋戦争開戦直前に閉鎖された。にぎわいを見せた“夢の国”はなぜ砂上の楼閣のごとくなくなってしまったのか。(高橋淳)

 手がかりを求めて向かったのが、「町歴史民俗資料館 風と砂の館」。学芸員の中江麻代さん(31)が、施設の概要などを教えてくれた。千人収容の大劇場や温泉、動物園、野球場、貸別荘、レストラン、六十三メートルのすべり台…。広さは兼六園の二倍近い約二十万平方メートル。「夏は近くの海水浴場と合わせて入り込みは一日一万人といわれています」

 たくさんの人がいろいろなレジャーを楽しんだようだ。にぎわいぶりを知りたいと聞いたのが、当時小学生だった金沢市の斉本信子さん(88)。年に数回、家族で出掛けた。「娯楽のない時代、みんなこぞって行った。遊園に行く電車は、男性客が車両外の手すりか何かにつかまって走る混雑ぶりだった」と振り返った。

人気を博した少女歌劇団=石川県内灘町所蔵

 最大の呼び物は少女歌劇団。とはいえ誰がいたのか、何人いたのかは不明。風と砂の館には、ショーの断片情報をかき集めて「(かつての)女優名鑑」を作ろうと奮闘している人がいた。町文化財保護審議会長の竹田菊夫さん(72)だ。竹田さんは「二百人はいたのではないか」と推測する。

 夢の国の人気はすごかったようだけど、なんで閉鎖されてしまったのか。問題を解くカギは建設のいきさつにありそうだ。

 遊園には「北陸の宝塚」という異名があった。創設者で北陸一の材木商だった平沢嘉太郎(一八六四〜一九三二年)が、阪急電鉄創業者で宝塚歌劇の生みの親・小林一三(一八七三〜一九五七年)のアイデア-鉄道と娯楽施設を組み合わせた事業展開-をまねたためとされる。平沢は金沢から遊園に客を運ぶため、両地点を結ぶ浅野川電気鉄道(現北陸鉄道浅野川線)を敷設している。

 平沢が約四十億円相当の私財を投じた遊園は、「市民の別荘を造りたい」という夢の具現化だった。だが、戦時色が強まる中で客足は遠のき、遊園は四一年に閉鎖される。

(左)粟ケ崎遊園を創設した平沢嘉太郎=内灘町所蔵(右)「女優の全体像を明らかにしたい」と話す竹田菊夫さん=内灘町歴史民俗資料館風と砂の館で

 でも宝塚は戦時中に閉鎖されたが、復活を果たしている。再起できなかった遊園との差は何なのか。

 地域史に詳しい金沢星稜大教授の本康宏史さん(58)が時代背景を解説してくれた。当時は「第二の宝塚」をもくろんで各地に郊外型遊園地を造る動きが広がり、粟ケ崎遊園もその一つだったという。

 本康さんは「小林は鉄道を重視し、宅地開発で乗客を増やして宝塚に集客した。逆に平沢は遊園への思い入れが強く、鉄道は二の次。金沢の客頼みで経営基盤がもろかった」と経営姿勢の違いを指摘する。

 遊園は閉園後、軍需工場となり鉄道事業と分離された。複数の事業で利益を生み出す見通しが立たない中、「夢をもう一度」と遊園事業を引き継ぐ経営者が現れなかったのかもしれない。

848名無しさん:2016/06/11(土) 11:46:23
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016060800591&g=pol
できるだけ早期に設立を=元慰安婦支援財団で準備委員-韓国

 【ソウル時事】韓国外務省傘下のシンクタンク、国立外交院外交安保研究所の※喜庸(※恵の心が日)・日本研究センター所長は元慰安婦支援のための財団について、「韓日両政府が昨年12月28日に(慰安婦問題に関し)合意してから、相当な時間がたっている。できるだけ早く設立するのが望ましい」と強調した。電話インタビューで語った。
 財団準備委員会の委員を務める※氏は「韓日両政府間の協議も経なければならないので、今の段階でいつ創設されるのかを話すのは難しい」と述べ、当初6月中とされた設立がずれ込む見通しを示唆、「あまりに遅れれば、財団の活動に支障が出かねない」と懸念を示した。 
 一方、※氏によると、財団の準備委員長に選出された金兌玄・誠信女子大名誉教授は、財団の活動に賛同するよう説得するため、元慰安婦との面会を開始した。
 ※氏は「金委員長が直接、元慰安婦と話して、『心の傷をいやすための活動を行う』と説明すれば、説得力がはるかに高まる」と指摘し、財団への支持拡大に期待をにじませた。(2016/06/08-15:24)

849名無しさん:2016/06/11(土) 18:18:31
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016060700074&g=pol
「想像できない歴史の重み」=広島訪問で感じる-米大統領

 【ワシントン時事】ローズ米大統領副補佐官(戦略広報担当)は6日、ワシントン市内で記者団に、オバマ大統領が先月27日の広島訪問で「実際に訪れるまでは十分に想像できない被爆地の歴史の重みを感じた」と語った。ローズ氏はオバマ氏の最側近で、今回の広島訪問に深く関与した。
 ローズ氏は、「広島を訪問するしないをめぐり議論はあったものの、間違いなく正しい行動だった。行く前よりそれを確信している」と強調。さらに「被爆地を訪れるまでは、核に関するさまざまな問題の重要性をある意味で完全に理解できない」と述べた。
 ローズ氏はこの日、カナダ在住の被爆者サーロー節子さん(84)と面会、大統領宛ての手紙を受け取った。サーローさんは面会後、大統領の広島演説で新たな政策がなかったことを指摘したとしつつ「広島まで(大統領を)お連れになった努力を感謝すると伝えた」と話した。 (2016/06/07-06:47)

850名無しさん:2016/06/12(日) 21:16:57
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160612/k10010553511000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_006
韓国 元慰安婦支援の財団を来月半ばにも設置へ
6月12日 4時07分
慰安婦問題の最終的な解決に向けて、韓国政府が、日本政府との合意に基づき、来月半ばにも元慰安婦たちを支援する財団を設置する見通しとなり、韓国内で依然として日韓の合意に反発する動きがあるなか、財団の準備委員会は元慰安婦たちのもとを訪れて理解を求めています。
慰安婦問題を巡っては、去年12月に日韓両政府が最終的な解決に向けて合意し、韓国政府が元慰安婦の女性たちの名誉と尊厳の回復や心の傷を癒やすための事業を行う財団を設置し、この財団に日本政府がおよそ10億円を拠出することになりました。
韓国政府の関係者によりますと、財団の名称は「和解・癒やし財団」とし、来月半ばにも設置する見通しとなりました。
財団の準備委員長を務めるソンシン(誠信)女子大学のキム・テヒョン(金兌玄)名誉教授が、これまでに10人ほどの元慰安婦のもとを訪れて、日韓両政府の合意や財団の趣旨に理解を求めています。
韓国内では依然として日韓の合意への反発があり、元慰安婦たちの支援団体「挺対協」は、政府に対抗して独自の財団を設置すると表明し、元慰安婦たちに「和解・癒やし財団」からの支援を受けないよう圧力をかけています。
このため、政府側は今後もできるだけ多くの元慰安婦たちと会い、支援を行う環境を整えたいとしています。

851名無しさん:2016/06/18(土) 22:15:54
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016061600760&g=pol
慰安婦合意、着実に履行を=国交正常化50周年が転機-別所駐韓大使

 【ソウル時事】国連大使に転出する別所浩郎駐韓大使は16日、ソウルの日本大使館で記者会見し、慰安婦問題をめぐる昨年12月の日韓合意について「きっちりと履行し、日韓関係全体を揺るがすことがないようにしていけば、明るい展望がある」と述べ、着実な履行の重要性を強調した。
 別所氏は「日韓国交正常化50周年を迎えた昨年、大きな転機があった」と指摘。昨年6月にソウルと東京で開かれた式典に朴槿恵大統領、安倍晋三首相がそれぞれ出席したことが、11月の首脳会談、12月の慰安婦合意につながったと述べた。「この流れの中で、新しい時代を開いていくという両国首脳の意思が確認された」と強調、「日韓関係には大変な潜在力がある」と語り、一層の関係発展に期待をにじませた。 (2016/06/16-17:59)

852名無しさん:2016/06/19(日) 00:02:46
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016061700881&g=pol
10億円、「少女像」と分離を=慰安婦合意の早期履行重要-駐日韓国大使

 近く離任する柳興洙駐日韓国大使は17日、東京都内の日本記者クラブで会見し、日韓合意に基づく元慰安婦支援の財団への日本政府による10億円拠出と、ソウルの日本大使館前の少女像の移転問題を切り離すよう呼び掛けた。大使は少女像移転について「前提条件ではない」と強調。財団発足後速やかに拠出を実行すべきだと訴えた。
 柳氏は財団について「(7月10日投開票の)参院選後に設立される」と見通しを語った。日本では慰安婦を象徴する少女像の移転が進展しないことに不満が強いが、柳氏は「少女像問題が条件と言ったら(日韓合意に反対する)韓国の世論を説得しにくくなる」と強調した。
 また、合意に反対する市民団体が独自の財団を立ち上げたことに触れ「早く(10億円の拠出が)実行に移され、元慰安婦が直接感じられるようにして、市民団体の活動がうまくいかないようにすることが重要だ」と述べた。 
 柳氏は2014年8月に着任。後任には李俊揆前駐インド大使が内定している。(時事)
柳興洙(ユ・フンス)、李俊揆(イ・ジュンギュ)(2016/06/17-20:17)

853名無しさん:2016/06/19(日) 11:24:42
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160617/k10010560121000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_016
ロシア下院議長 広島でオバマ大統領の謝罪なしを非難
6月17日 21時09分
ロシアのプーチン大統領側近のナルイシキン下院議長が東京都内で記者会見を行い、16日に安倍総理大臣に対して、終戦直後にソビエト軍が広島と長崎の被爆地の状況を撮影した映像を手渡したことを明らかにしたうえで、広島を訪れたアメリカのオバマ大統領が謝罪しなかったことを非難しました。
ロシアのプーチン大統領側近のナルイシキン下院議長は16日から来日しており、17日、東京都内で記者会見を行いました。
この中でナルイシキン議長は、16日に会談を行った安倍総理大臣に対して、終戦直後にソビエト軍が広島と長崎の被爆地の状況を撮影した映像を手渡したことを明らかにしました。
会見でナルイシキン議長は「原爆投下によって数十万人が犠牲になったことは誠に遺憾だ」と述べたうえで、先月、アメリカのオバマ大統領が広島を訪問したことについて、「被爆者に謝罪しなかったことに驚いている。アメリカの軍人と政治家は犯罪の責任がある」と述べ、被爆者に謝罪しなかったことを非難しました。また、ナルイシキン議長は17日に会談を行った公明党の山口代表に対して、日本とアメリカが進めるミサイル防衛システムの配備について、ロシアが憂慮していることを伝えたということで、「ミサイル防衛システムは地域の安定や均衡を壊すことになる。日本側はロシアの懸念と憂慮を理解してほしい」と訴えました。

854とはずがたり:2016/06/20(月) 14:07:42
靖国神社の宮司と聞いて情けない取り込まれて,と思ったけどちゃんとまともな事いっていた。
また明治維新という過ちは彼の発言でも何でも無いようで,官軍・賊軍を東軍・西軍と云っただけのようだ。

靖国神社の徳川宮司「明治維新という過ち」発言の波紋
http://www.excite.co.jp/News/society_g/20160620/Postseven_422520.html
NEWSポストセブン 2016年6月20日 11時00分 (2016年6月20日 11時33分 更新)

靖国神社の徳川宮司の発言が波紋
[拡大写真]

 靖国神社が揺らいでいる。来る2019年に迎える創立150周年に向けて徳川康久宮司が語ったインタビュー記事の発言が、波紋を呼んでいるのだ。
 記事は共同通信社から配信され、加盟する一部の地方紙(静岡新聞6月9日付、中国新聞6月10日付)に掲載されたのみだった。ところが、地方でしか読まれないはずの記事が各界の識者の注目を集め、にわかに論争へと発展している。
 徳川宮司は靖国神社が抱える課題や、神社の将来像について語った後、「明治維新を巡る歴史認識について発言していますね」という質問を受けて、自らの「明治維新史観」を開陳した。以下が宮司の発言だ。
〈文明開化という言葉があるが、明治維新前は文明がない遅れた国だったという認識は間違いだということを言っている。江戸時代はハイテクで、エコでもあった〉
〈私は賊軍、官軍ではなく、東軍、西軍と言っている。幕府軍や会津軍も日本のことを考えていた。ただ、価値観が違って戦争になってしまった。向こう(明治政府軍)が錦の御旗を掲げたことで、こちら(幕府軍)が賊軍になった〉
 一連の発言が波紋を呼んだのは、靖国神社創建の「原点」に関わるからだ。靖国神社のルーツは明治2年(1869年)に建てられた東京招魂社に遡る。
 明治維新に際して、薩摩藩・長州藩中心の後の「明治政府軍」と徳川家や会津藩が中心の「幕府軍」が争う「戊辰戦争」が勃発。勝利を収めた明治政府軍が“官軍”、敗北した幕府軍は“賊軍”とされた。

 この時、明治維新を偉業として後世に伝え、近代国家建設のために命を捧げた官軍側犠牲者を慰霊顕彰するため、明治天皇が創建したのが東京招魂社だ。明治12年に社号が「靖国神社」と改められて現在に至る。
 それゆえに、「賊軍vs官軍ではなく、東軍vs西軍」とする発言は、靖国神社の歴史観を揺るがしかねないと受け止められたのだ。
 靖国神社にある遊就館に展示されている「錦の御旗」には、「戊辰戦争で官軍の象徴として使用された」との解説があるように、靖国神社の見解はあくまで、「明治政府軍=官軍」だ。
 発言の背景には、徳川宮司の出自が関係している。徳川宮司は徳川家の末裔であり、“賊軍”の長であった15代将軍・徳川慶喜を曾祖父に持つ。徳川家康を祀った芝東照宮に奉職した後、靖国神社の宮司になった。「賊軍の末裔」が「官軍を祀る神社のトップ」に立ったわけである。

◆「大村益次郎像を撤去せよ」

「明治維新史観」の見直しは最近のムーブメントだった。昨年1月に発売された原田伊織氏の『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』(毎日ワンズ刊)がベストセラーになったことを皮切りに、半藤一利氏と保阪正康氏の共著『賊軍の昭和史』(東洋経済新報社刊)など、明治維新の勝者の立場に立った歴史観を見直す論考が相次いで発表されている。
 その流れで徳川宮司の発言が飛び出したことで、騒動が拡大しているのだ。著書で「薩長史観」を鋭く否定した原田氏は徳川宮司に同調するかと思いきや、意外にも「発言は中途半端」と手厳しい。「明治維新当時、東軍・西軍という言葉はほぼ使われていません。徳川家や会津藩に賊軍というレッテルを張ったのは明らかに薩長ですが、その責任や是非を問わず、当時ありもしなかった言葉に置き換えて流布するのはおかしい。また、靖国の持つ歴史観を見直さないのは欺瞞です。“官も賊もない”と言うならば、まず靖国神社の境内にある大村益次郎(官軍側の司令官)の銅像を撤去すべきです」
 そんな意見が飛び出すほど、今回の発言は衝撃だった。波紋が広がる徳川宮司の発言について靖国神社は、「創建の由緒から鑑みて『幕府側に対する表現や認識を修正すること』を神社として行なう考えはなく、今後も同様の考えが変わることはないとの発言と理解しております」と回答した。
 宮司は150年間封印されていたパンドラの箱を開けてしまったのか。

※週刊ポスト2016年7月1日号

855とはずがたり:2016/06/21(火) 14:22:32
北方領土問題は「千島20島」の帰属問題である
択捉・国後・歯舞・色丹だけの問題ではない
http://toyokeizai.net/articles/-/81453
美根 慶樹 :平和外交研究所代表 2015年08月23日

日本とソ連は1955年に交渉を開始。翌年に交渉は妥結し、日ソ共同宣言という形に結実し、戦争状態は終了。外交関係も回復したが、領土問題は解決しなかった。

その後、何回も交渉が行われ、日本とロシアは「歯舞」「色丹」と「国後」「択捉」の北方4島は平和条約において解決されるべき問題であることを双方で確認しあった(1991年4月の日ソ首脳会談)。

「南樺太」は日露戦争の結果、日本が獲得した領土なので、日本は領有権を主張しないことにしていた。なお、北樺太は戦前すでにソ連領となっていたので初めから問題にならなかった。

歯舞・色丹の返還にはすでに合意

一方、「歯舞・色丹」について、日本は、これらは北海道の一部であり、ロシアに対して占領を解いて日本に返還するよう求めた。「2島返還」という場合の「2島」とは「歯舞・色丹」のことだ。

この主張に対してはロシア側も理解し、前述の交渉結果、「ロシアは歯舞および色丹を日本に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、両国間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする」と両国の共同宣言に明記された。

しかし、両国間の交渉は完了していないので、これら2島も北方4島の一部として交渉対象になっている。

「国後」「択捉」については、日本とロシアがともに領有権を主張しており、これをどう解決するかが問題だが、実は、この問題を解決するだけでは交渉は完了しない。「千島列島」を構成するその他18島(北千島)の領有権がどの国にあるかの確定がされているわけではないのだ。

ロシアは、これら18島も「国後」「択捉」も「第二次世界大戦の結果としてロシアの領土の一部となった」と主張している(日本外務省『われらの北方領土』2011年版)。18島についてはロシア以外に権利を主張している国はないが、法的にはロシア領と確定しているのではない。そのため、正式にロシア領とする決定が必要なのだ。そしてロシアは日本に対して、それをロシア領と認めるよう要求している。

一方、日本は「千島列島」についての交渉の対象を「国後」「択捉」に絞っており、18島については権利を主張していない。

つまり、ロシアは20島について権利を主張しているのに対し、日本は2島だけを交渉の対象としているので、両国の主張は部分的にかみ合っていない。ただそのズレが目立たないのは、18島については争いがないからだ。

しかし、この問題はいずれ出てくる。「国後」「択捉」についての領有権問題について結論が出ると、ロシアは、18島に対して領有権があることを日本に認めるよう要求してくる。日ソ交渉のなかで、ロシアはすでにそのことを要求していたのだが、議論されなかっただけなのだ。

なぜ、ロシアが日本にそのような要求をするかというと、それは18島に対する権利を持っているのは日本だとみなしているからだ。ロシアは、20島すべてを「戦争の結果として取得した」と主張して、すでに権利はロシアに移ったような言い方をしているが、それは主張に過ぎず、法的な権利はないことを自覚しているからこそ日本にそれを認めよと要求しているのだ。

日本にはサンフランシスコ平和条約で「千島列島」を「放棄」したので18島に対するロシアの領有権を認めるような立場にないと誤解している人がいるが、実際はそうではない。国際法的にどのように説明するかはともかく、ロシアは今でも18島の領有権は日本にある、あるいは残っているとみなしている。かりに、日本が「放棄」したことを理由にロシアの要求について応じず、たとえば、「ロシアの千島列島に対する領有権主張について日本は関知しない」と言えば、それだけで交渉はまとまらなくなるだろう。

なお、日本政府は1955年の日ソ交渉において、「千島列島」を交渉対象に含めていた。平和条約で「放棄」したからと言ってロシアとの交渉の対象外となるのではないと、当時の日本政府も考えていたのである。

856とはずがたり:2016/07/22(金) 12:39:20

下賎な安倍や麻生如きをやんごとなき五摂家と比較申し上げるなんて畏れ多いにも程があるww

四条家は院政期に院の近臣としてフィクサー的に活躍したけどその伝統があるのか!?

旧華族に序列が存在 安倍家・麻生家は「五摂家」より格下
http://www.news-postseven.com/archives/20160717_428779.html
2016.07.17 07:00


■ ガンダムトライヴ yahoo-mbga.jp
アムロもシャアもクルーゼも登場!パイロットを搭乗させ、部隊を編成
Ads by Yahoo! JAPAN
「旧家族」の序列とは?(安倍邸)
【「旧家族」の序列とは?(安倍邸)】


「旧華族」とは明治以降の貴族階級のこと。そんな旧華族の末裔たちが人知れず集う「霞会館」は、霞が関ビル(東京都千代田区)の34階にある。ここには一般人は入ることができない。

 その旧華族にも「序列」がある。最高ランクは平安時代にルーツを持つ藤原北家の流れを汲む「五摂家」(近衞家、九条家、鷹司家、一条家、二条家)と武家の「徳川宗家」であり、明治維新後に「公爵」を授けられた。

 中でも五摂家筆頭の近衞家は戦時期の首相・近衞文麿や細川護熙元首相を輩出し、現在の当主・近衞忠煇氏は日本赤十字社の社長を務める。鷹司家の現在の当主(28代目)である鷹司尚武氏は伊勢神宮大宮司の職にある。現首相の安倍晋三(大島家)や副総理の麻生太郎(牧野家)は旧華族といえども発祥は明治期。「五摂家」とは歴史が違うのだ。

 公爵の下には位の順に「侯爵」「伯爵」「子爵」「男爵」があり、頑強な華族ヒエラルキーを形成した。戦後、華族制度は廃止されたが、培った「人脈」は失われなかった。

 恵まれた家系から信頼が厚く、各界に幅広い人脈を持つ旧華族は、昔から人と人を“つなぐ”役割を期待された。1200年の歴史を誇る「旧華族」四條家出身で、庖丁道で知られる日本料理の流派・四條司家の第41代当主の四條隆彦氏の父であり、先代の隆貞氏は、「政財界のフィクサー」として名を馳せた。

「父は田中角栄元首相のことを“エイちゃん”と呼んで親しくしていた。旧華族の一員として、霞会館を舞台に様々な業界や身分の人を繋げていた」(隆彦氏)

 影響力は政財界にいまなお現存すると、『日本の華族 その栄光と挫折の一部始終』(新人物往来社刊)の著者で静岡県立大学の前坂俊之名誉教授も指摘する。

「財閥系の閨閥には婚姻を通じて多くの旧華族が繋がっている。今も霞会館というインナーサークルを通じて新しいビジネスが生まれている」

※週刊ポスト2016年7月22・29日号

857荷主研究者:2016/07/26(火) 22:45:39

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201607/20160716_13046.html
2016年07月16日土曜日 河北新報
<北北上運河>明治の木製水門出土

公開された木製閘門の基礎部分

木製閘門の当時のイメージ図

 東日本大震災の津波で被災した宮城県石巻市の北北上運河の復旧工事現場で、明治時代に造られた木製水門「釜閘門(こうもん)」跡が発見された。県東部土木事務所は15日、遺構の一部を地元住民らに公開。木製閘門の遺構は珍しく、同事務所は「明治時代の運河が分かる非常に重要な遺構」と説明している。

 北北上運河は、石巻と東松島両市の境を流れる定川と石巻市内の旧北上川を結ぶ運河。釜閘門は、船が円滑に往来できるよう定川と北北上運河の水位を調整した。1907(明治40)年ごろ完成し、13(大正2)年の大潮で破損。16(大正5)年にコンクリート製の閘門となり、震災発生時まで使われた。

 遺構は今年2月に出土した。見つかったのは閘門の基礎部分で、木製の基礎くいや門扉のちょうつがいの役割を果たす鉄製金具「ヒンジ」など。ヒンジの土台部分は地元産の稲井石が使われていた。

 同事務所によると、発見場所には新たな水門を建設予定で、2018年3月の完成を見込む。中断していた工事は来月再開する。

 同事務所の担当者は「当時の技術を知る上で貴重。ヒンジなど回収史料の展示も検討したい」と話した。

858名無しさん:2016/07/30(土) 15:29:22
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016072700010&g=pol
来月にも10億円拠出へ=元慰安婦支援、韓国財団に-政府

 政府は昨年12月の日韓合意に基づき、韓国政府が28日に設立する元慰安婦を支援するための財団に対し、来月にも10億円を拠出する方針を固めた。政府関係者が26日、明らかにした。日本側が求めていたソウルの日本大使館前の少女像撤去について、撤去に先立つ資金拠出を容認するもので、日韓関係改善を優先した判断とみられる。 
 慰安婦問題をめぐる日韓合意は、韓国政府が元慰安婦を支援するため財団を設立し、日本政府が10億円を拠出することなどが柱。少女像については、韓国政府が適切に解決させるよう努力することで合意したが、日本側には像の撤去を資金拠出の条件とすべきだとの声もあった。
 菅義偉官房長官は26日の記者会見で、「日韓それぞれが合意に責任を持って実行をしていくことが極めて重要だ」と強調した。政府は像の撤去について、引き続き「適切な対応」を韓国政府に求めていく方針だ。(2016/07/27-00:53)

859名無しさん:2016/07/30(土) 23:45:48
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160730/k10010614421000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_004
元慰安婦への支援事業 韓国と内容の調整急ぐ
7月30日 6時21分
慰安婦問題を巡る日韓両政府の合意に基づき、韓国政府が28日に女性たちを支援する財団を設立したことを受け、日本政府は、財団に拠出する10億円で賄われる支援事業の内容について、来月上旬にも韓国側と事務レベルで協議し、調整を急ぐ方針です。
慰安婦問題を巡り、日韓両政府は去年12月、韓国政府が設置する財団に日本政府が10億円を拠出し、元慰安婦への支援事業を行うことなどで合意し、これに基づいて韓国政府が28日に財団を設立しました。
これについて日本政府内では、岸田外務大臣が「誠実に努力した結果だと受け止めている」と述べるなど、「国内の反発が根強いなかで設置にこぎつけた」などとして、韓国側の努力を評価する声が出ています。
そして政府は、合意に基づいて来月にも財団に10億円を拠出する方針で、拠出金で賄われる支援事業の内容について、来月上旬にも韓国側と外務省の局長レベルで協議し、調整を急ぐ方針です。
ただ、韓国では一部の元慰安婦や市民団体が合意に反発し、日本では自民党内に、ソウルの日本大使館の前に設置された少女像が撤去されていないことに不満もあるなかで、両政府は合意の着実な履行に向けて緊密に連携して対応していく考えです。

860名無しさん:2016/07/31(日) 12:21:03
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016072800631&g=pol
任期内の履行に全力=慰安婦問題で韓国大統領

 【ソウル時事】慰安婦問題に関する日韓合意に基づき元慰安婦の支援などを行う韓国の財団「和解・癒やし財団」が28日発足したことを受けて、朴槿恵大統領は2018年2月までの任期内の合意履行に全力を挙げる。
 財団の金兌玄理事長は記者会見で、生存中の元慰安婦40人のうち、37人と個別に面会したことを明らかにし、「ごく少数を除いて財団の事業に応じる意向を明確にした」と説明。当事者の間で財団への支持が広がっていると強調した。
 「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会(挺対協)」の保護を受け、合意への反対を声高に叫んでいる元慰安婦は「例外にすぎない」という認識だ。さらに、「財団の門はいつも開かれている」と述べ、挺対協など反対派の団体にも参加を呼び掛けた。

 財団は理事長を含め現在10人だが、増員は可能で、表向きは反対派との「和解」を目指す姿勢を取っている。だが、「合意を支持し、財団に加われば、挺対協の存在意義はほとんど失われるので、参加する可能性は極めて低い」(日韓関係専門家)。このため、朴大統領としては、表向き「和解」を掲げながらも、元慰安婦への資金分配など合意の履行を通じて支持を広げ、反対派の弱体化を図っていくしかないのが実情だ。
 これに対し、挺対協は大学生、高校生ら若年層を積極的に取り込み、集会などに動員している。財団の記者会見場に大学生が乱入したことは、合意に対する若年層の強い反感を浮き彫りにした。 
 さらに、最大野党「共に民主党」など野党との連携を強めており、17年12月の次期大統領選挙で慰安婦合意の是非が争点となる可能性も否定できない。「共に民主党」は合意の無効確認・再交渉を要求しており、野党候補が当選した場合、合意の履行は不透明となり、「問題の最終的かつ不可逆的な解決」も揺らぎかねない。

◇慰安婦問題の日韓合意骨子
 一、当時の軍の関与の下、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題として、日本政府は責任を痛感
 一、安倍晋三首相は、心からのおわびと反省の気持ちを表明
 一、韓国政府が元慰安婦支援を目的とする財団を設立。日韓両政府が協力し、全ての元慰安婦の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を実施
 一、日本政府は10億円程度の資金を一括拠出
 一、日本大使館前の少女像は、韓国政府が関連団体との協議を通じ、解決に努力
 一、心の傷を癒やす措置の着実な実施を前提に、日韓両国は慰安婦問題の最終的かつ不可逆的な解決と確認(2016/07/28-15:57)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016072800894&g=pol
10億円、使途明確化要求へ=少女像撤去は条件とせず-日本政府

 昨年末の日韓合意に基づく元慰安婦支援の財団設立を受け、日本政府は8月中の10億円拠出を目指し、近く両国外務省の局長級協議を開いて財団の事業内容を詰める。日本側は資金の使途を明確にするよう韓国側に求めていく方針。一方、懸案となっているソウルの日本大使館前の少女像撤去については、資金拠出の前提条件とはせず、韓国側の対応を静観する考えだ。
 「財団が実施する事業の詳細は、日韓両政府の間で調整中だ」。菅義偉官房長官は28日の記者会見で、日韓合意をめぐる協議状況を説明。その上で「両政府で日韓合意を誠実に守っていくことが大事だ」と強調した。
 局長級協議で日本側は、拠出金の使途について「日韓の未来につながる使い方」(政府筋)を提案する方向で調整している。政府関係者は「医療費補助や青少年交流プログラムなど、形に残るものがいい」と語った。 
 韓国側では、元慰安婦へ直接支給する案が有力とされる。これについて日本側は、「賠償金」と受け止められることを警戒。賠償問題は1965年の日韓請求権協定で解決済みとの立場を堅持しているためで、局長級協議の焦点の一つとなりそうだ。
 一方、日韓合意では、日本側が求める少女像撤去について、韓国側が「解決へ努力する」としている。日韓の協議でも、日本側は改めて合意履行を促すものの、当面は韓国側の取り組みを見守る。政府関係者は「日韓関係を前に進める方が得策だ。少女像の撤去はそれからでもいい」と指摘。早期の資金拠出を通じ、韓国側の前向きな対応を引き出す構えだ。
 ただ、安倍政権を支持する保守層の間では、少女像撤去を10億円拠出の前提とする意見が、依然として根強い。自民党の稲田朋美政調会長は28日の記者会見で、「撤去は重要な要素だ」と述べ、政府の対応をけん制。首相周辺は「日本の国内世論がどう受け止めるか心配だ」との懸念を示しており、日韓の歯車がかみ合うかは不透明な要素が残る。(2016/07/28-19:50)

861名無しさん:2016/07/31(日) 12:21:25
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016072800816&g=pol
領土解決「私たちの世代で」=安倍首相

 安倍晋三首相は28日、首相官邸で北方領土元居住者の3世、4世の中学生らと面会し、北方領土問題について、「この問題は日本の悲願であり、私たちの世代において解決していきたい」と述べ、解決に向けた進展に全力を挙げる考えを強調した。
 また、9月にロシアのウラジオストクでプーチン大統領と会談することに言及し、「ここで平和条約の問題についても話をしたい」と説明。「皆さんが東京にやって来るのと同じように北方四島に足を運べる、そういう新しい時代をつくっていきたい」などと語った。 (2016/07/28-18:24)

862名無しさん:2016/07/31(日) 15:01:53
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160727-00000091-sasahi-peo
米国に嫌われた宰相・田中角栄の孤独 「秘密指定」解除された米公文書を徹底検証〈週刊朝日〉
dot. 7月28日(木)11時30分配信

 高等小学校卒ながら、首相に上り詰め、「今太閤」と呼ばれた田中角栄が逮捕されて、7月27日で40年になる。空前の角栄ブームとなった今、「米国の虎の尾を踏み、失脚した」との説が有力視されている。朝日新聞編集委員の奥山俊宏氏が裏付ける証拠を見つけ出そうと、解禁された米公文書の密林に分け入って見えてきたものとは――。

*  *  *
 ホワイトハウスの文書の数々を読むと、田中はたしかに、米政府の「虎の尾」を踏んでいた。

 国務次官だったジョンソンの回想録によれば、「田中は安保条約に不満を持っている」という記事がニューヨーク・タイムズに掲載され、ニクソンがとても腹を立てたことがあった。

 ニクソン大統領の怒りの原因となったと見られる記事は、田中の話を情報源と明示したうえで、両首脳の間で日米安保条約と台湾防衛の関係について突っ込んだやりとりがあったように紹介されている。

 その記事によれば、米国は条約上、中国本土の共産党政府の脅威から台湾を防衛する義務を負っており、その義務を果たすために沖縄など日本列島に在日米軍がある。ところが、記事によれば、田中は「日米安保条約は基本的には日本防衛を目的としており、台湾防衛については台北とワシントンの問題だ」と述べた、とされている。

 記事によれば、田中の見方は米国の立場と異なる。記事は「日本防衛は自衛隊が責任を負っている。在日米軍は、韓国、台湾、フィリピン、南ベトナムに対する米国の約束を果たすために存在している」と指摘している。

 日米双方の記録によれば、首脳会談で田中はニクソンに「日本にとっていつまでも中国との国交断絶状態を継続することはできない」と言い、台湾との断交は避けられないだろうと述べた。米側の記録によれば、ニクソンは「日中の国交回復は友人の負担の上になされるべきではない」と答えた。

 この会談の3週間余り後の9月25日、田中は北京を訪問し、29日、中華人民共和国との間で外交関係を樹立し、台湾政府と日本の国交は断絶した。

863名無しさん:2016/07/31(日) 15:02:11
>>862

 田中は、キッシンジャー国務長官に以前語った自身の言葉とは異なり、一貫して米国と歩調を合わせることなく、台湾断交に向かって突き進んだ。その結果、台湾が中国に攻撃された場合の問題は未解決のまま残され、日米安保体制は大きな矛盾を抱え続けることになった。

 73年8月1日の日米首脳会談に関するホワイトハウスの会議録には「最重要の課題を最少の準備で持ち出すのは田中首相の性癖である」と記載された。

 同8月3日に開かれた大統領外交情報諮問委員会でキッシンジャーは日本について「彼らは何でもリークする」「付き合うのが難しい」「狭量で冷血だ」「生き残るために周囲に同調できる」と評した。

 74年1月6日、電話の中で、キッシンジャーは国務省幹部に、田中の言動への不満をぶつけ、「気が狂っている」と吐き捨てるように言った。

 同11月11日朝、現職大統領として初めての訪日を控えたフォードにキッシンジャーは念押しした。

「彼らは、あなたがしゃべったことをすべてリークするだろうということを覚えておかねばなりません。あなたがしゃべっていないこともたくさんリークするのです!」

 同16日、ホワイトハウスの大統領執務室で、キッシンジャーはフォードに日本の危険性を語った。

「日本は大変な脅威です。歴史上、彼らが恒久的な同盟を持ったことは一度もありません。日本人は何でも受け入れます。何にでも適合できる異常な社会です。彼らの社会の基礎的な構造はいかなる体制にも順応できます。もし我々が大国としての地位を失えば、我々は日本も失うでしょう」

 同18日、フォードは米国の現職大統領として史上初めて日本の土を踏んだ。キッシンジャーはこれに同行した。翌19日に東京で大平に会うと、キッシンジャーは「もしあなたが田中の後任になるのなら、私は必ずしも悲嘆に暮れませんよ」と言った。(敬称略)

※週刊朝日 2016年8月5日号より抜粋

864名無しさん:2016/07/31(日) 15:07:54
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160728-00068696-playboyz-ent
田中角栄より“所得倍増計画”の池田勇人が漫画的に面白いワケ
週プレNEWS 7月28日(木)6時0分配信

先の参院選挙に続き、都知事選真っ只中ーー選挙権は18歳に引き下げられ、憲法改正論議に沖縄問題、原発再稼働の是非、そして若者らによるデモ…。

今また政治に注目が集まっている中、漫画『疾風の勇人』(モーニング連載中)が話題になっている!

戦後の日本復興から政治に関わり、GNP(国民総生産)を13兆円から26兆円まで倍増させる経済政策〝所得倍増計画〟をぶち上げ、中小企業や農業の近代化、地方の国土開発などを実施し、日本を経済大国に導いた池田勇人(はやと)内閣総理大臣の物語だ。

なぜこの時代にその人物を題材として選んだのか? 「池田勇人を主人公にした戦後政治モノをやりたい」と自ら担当編集者に提案したという作者・大和田秀樹先生に発想の動機や池田勇人の魅力を聞いた!

―ちょうど田中角栄ブームもきてますが、彼を描こうとは思わなかったんですか?

大和田 迷いましたよ(笑)。小学校までしか卒業していないのに総理大臣になる人生はめちゃくちゃ漫画になりやすいですからね。企画が立ち上がった頃は田中角栄語録ブームの前でしたけど。

ただ、角栄さんって総理になる前と辞めた後の闇将軍時代が輝いていて、総理大臣時代はたいしたことを手がけていない。語録的なものには向いていると思いますが、これは少年漫画っぽくないなぁと候補から外しました。

―池田勇人なら、少年漫画っぽくなれると?

大和田 ええ、〝おっさん向け〟の少年漫画という感じの構図がすぐ浮かびましたね。大学入試では東大を落ちて、病気(落葉状天疱瘡)で大蔵省を退職してエリートコースからも落ちこぼれて、最初の奥さんを病気で亡くした…そんな男が総理大臣になる。資料を読み進めるほど、池田勇人の人生が面白いと思ったんですよ。

それに、他には特別に有名になった映像や漫画の作品もなく、名前を知っているけど具体的には何をしたのか、いつ頃の政治家だったのか人の記憶に曖昧(あいまい)な存在だったのも良いかなと思いまして(笑)。



―単行本1巻の帯に書いてある名前は、戦後の混乱期の日本復興の礎(いしずえ)を築いた吉田茂、非核三原則の提唱や沖縄返還を成し遂げた佐藤栄作、敗戦後GHQとの折衝にあたった白洲次郎、答弁の際に前置きする「あー」「うー」が流行語になった内閣総理大臣の大平正芳、そして名言集も話題の田中角栄…その中で主人公が最も知名度が低そうですからね(笑)。それでも、人物像を掘り下げていけばその成り上がり感が面白く、また田中角栄と違って清々しいと。

大和田 ドラマティックな人生の物語は読んでいる人も気持ち良くなれますから。角栄さんは王様になった後、ロッキード事件(米・ロッキード社からの旅客機導入における汚職事件)などをやらかしていますから感情移入もしにくいですよ。

―この時代でいえば、他に吉田茂も歴史に残る迷言があったり小説や映画にもなってますが、池田勇人のドラマティックさには敵(かな)わない?

大和田 スンナリ入ってこなかったですね。元々が貴族的な雰囲気なので、あまり共感できないというか。ただ、この時代を取り上げるキッカケにはなりましたよ。「バカヤロー解散」(※)なんて、言葉の響きが面白いですよね。資料を読みながら、オッと思ったんです。
(※)1953年3月の衆議院解散の俗称。同年2月の衆議院予算委員会の質疑応答中に「バカヤロー」と発言したことがキッカケになった。

―そもそも、なぜその時代の資料を読んでいたんですか?

大和田 前作の『ムダツモ無き改革』(近代麻雀コミックス)のためです。

―小泉ジュンイチロー首相やタイゾー、パパ・ブッシュや金将軍、さらにアドルフ・ヒトラーが月面に〝新たなるドイツ〟を建国する等々、実在の人物によく似た政治家キャラが時代を問わずに登場するギャグ麻雀漫画ですね!

大和田 これを描いていた時に第2次大戦を調べたんですが、そうすると必然的に戦後について知ることになる。

―確かに第2次大戦の頃の政治家も多く登場していましたよね。

大和田 そこで、戦後をあまり知らなかったことに気付いたんです。僕らの時代は日本史の授業ではサラッとだけしかやらなかったですからね。改めて本を読んでみたら、その面白さに興味を持ったんです。

865名無しさん:2016/07/31(日) 15:08:10
>>864

―『疾風の勇人』を描くにあたっては、どのような資料を読んだんですか?

大和田 宮澤喜一(大蔵官僚、大蔵大臣などを経て総理大臣に。タレントの宮澤エマの祖父)や大平正芳らの元秘書や番記者の書いた本ですね。辞任後、すぐに亡くなったので池田本人が書いた回顧録は出版されていないんですが、周辺者が書いた本が意外と残っていて。

―漫画の中の池田勇人像はその資料から作り上げたんですね。

大和田 資料を読んだらなんとなく人物像は浮かんで、そのまま描いた感じですね。キャラ作りに苦労をしたわけでも、僕なりの付け加えもほとんどしていません。顔つきをイケメンにしたくらいです。

―実際のお写真よりシュッとして、若い印象はありますね(笑)。

大田和 やっぱり今時はイケメンにしないといけませんから(笑)。そういう意味で影響を受けたのは、渡辺謙さんがドラマで演じた吉田茂です。ムチャクチャ、イケメンだったじゃないですか。似顔絵的なことを考えていたんですが、ドラマを見てこれでいいんだと。他にもスティーブン・スピルバーグ監督の映画『リンカーン』のダニエル・デイ=ルイスも実物よりイケメンでしょ?

―確かにそうですね!

大田和 他にも登場人物のほとんどは当時50歳くらいだけど、スーツをシングルで描くことで若々しい雰囲気を出す工夫をしていますね。

―ストーリーでは独自の解釈を盛り込んだり、推理的なことは入れているんですか?

大和田 オリジナリティは意外と入れてないんです。誇張はしていますけど、基本は〝池田勇人を中心として戦後史をなぞる〟展開をしています。史実通りになぞるだけでも、意外と知らない人が多いというか。

知らないから、戦後史はまだ陰謀論や〝実は○○だった〟などエンターテインメントの創作をしていいところまで到達していないというのはありますね。例えば、戦国時代であれば〝家康が影武者だった〟幕末であれば〝実は沖田総司が女だった〟などエンターテインメントとして成立しますよね。

866名無しさん:2016/07/31(日) 15:08:20
>>865

―史実通りに進んでも面白いのは、戦後の復興から日本が成長している時代だからでしょうか?

大和田 あと景気がいいですよね、この時代は。

―42ヵ月間続いた好景気の岩戸景気(1958年7月〜1961年12月)もありますしね。前作の『ムダツモ無き改革』で現代を描いている先生なら、調べて描き比べて過去の景気の良さや勢いが肌感覚でわかるかと思いますが…。

大和田 そうですね。だって、舛添(要一)さんってトータル数百万円の世界ですよね。『ホテル三日月』に泊まった、泊まらないって…角栄さんと比べると、みみっちいなぁと(笑)。

―最近の政治家と比べると、この時代の政治家は総じて魅力的ですかね?

大和田 皆が亡くなって随分と経ったことを考慮しても、今の人よりエネルギッシュでしょうね。国会で「バカヤロー」と言う人も今はいないでしょう。

―そんな元気な時代だから、読むことで読者の活力にもなるように思えますが、先生自身も?

大和田 僕は描いていて、全部が面白いです。池田勇人の失言「中小企業経営者の5人や10人、自殺してもかまわぬ」(※1)や昭和電工事件(※2)など名前だけ知っていた歴史上の事件を〝コレはこういう事件だった〟と描くと満足感がありますね。

※1)朝鮮戦争の特需が後退して中小企業の倒産が続いていたころ、通産大臣だった池田の衆院本会議(1952年)での発言「正常な経済原則によらぬことをやっている方がおられた場合において、それが倒産して、また倒産から思い余って自殺するようなことがあっても、お気の毒でございますが、止むを得ないということははっきり申し上げます」を、新聞が言葉尻を捉えて報道した。

※2)1948年に起きた贈収賄汚職事件。復興金融金庫から融資を引き出すために、昭和電工の日野原節三社長が政府高官や政府金融機関幹部に対して収賄し、GHQ高官らも失脚した。

―そんな史実のホントも含めて、今後の展開も気になるところですが…。

大和田 まだまだ歴史上のスーパースターや、戦後の日本復興と高度成長期に関わる(アメリカ大統領の)ケネディ、アイゼンハワー、ニクソンなども登場して、おなじみの歴史上の話も出てきます。

―連載中のエピソードでは池田勇人はまだ通産大臣ですが、池田内閣も発足して…続きますね!

大和田 それはもう読者様の反応次第で…僕はどこまでも描きたいんですけど、厳しい世界でシビアに切られる時もありますから(笑)。

(取材・文/渡邉裕美 撮影/松井秀樹)

■大和田秀樹(おおわだ・ひでき)
マンガ家。98年、『たのしい甲子園』(角川書店)でデビュー。代表作は『ムダツモ無き改革』(竹書房)、『機動戦士ガンダムさん』(角川書店、連載中)。『週刊モーニング』で連載中の『疾風の勇人』(講談社)、第2巻は8月23日発売予定。

867名無しさん:2016/07/31(日) 18:59:23
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49263
2016年07月31日(日) 魚住 昭
昭和の妖怪・岸信介は「アヘン密売」で絶大な権力を得た!? 今さら聞けない「満州国の裏面史」

アヘンがあってこその満州国

アカデミズムの世界で広くその名を知られる京大人文科学研究所の山室信一教授は、私の高校時代のクラスメートだ。

といっても彼は飛び切りの秀才。私は部活が命の体育会系だったから、一緒に遊んだ記憶はない。私が今もかすかに覚えているのは、小柄なわりに頭が大きくて、生真面目な顔をした山室君の学生服姿である。

その山室君の労作『キメラ―満洲国の肖像 増補版』(中公新書)を読んだ。23年前に初版が出たとき、ずいぶん話題になったから、すでに読まれた方も多いにちがいない。

今ごろになって言うのも失礼だが、一読三嘆。中国東北部の大地に忽然と現れて消えた幻の国の本質に迫った傑作だった。

私は半世紀前の熊本でこんな立派な仕事をすることになる人と机を並べていた。と思うだけでちょっぴり誇らしくなった。

本の中には最近、私が追いかけている「昭和の妖怪」岸信介も登場する。とくに興味深かったのは、増補版で新たに加筆された「補章」の記述だった。

山室教授は、満州国政府で岸の忠実な部下だった古海忠之(前回登場したアヘン取引の責任者である)の言葉を引きながら、こう述べている。

〈総務庁次長を務めた古海忠之は、「満洲国というのは、関東軍の機密費作りの巨大な装置だった」とみていますが、満洲国のみならず、陸軍がアジア各地で広汎な活動ができたのも、満洲国が吸い上げる資金をつぎ込めたからだともいわれています。基本的な資金源はアヘンでした〉

山室教授によると、アヘンは満州国の財政を支えただけでなく、機密費の主な資金源になった。そのため満州や蒙古各地でケシを栽培させたほか、ペルシャなどから密輸した大量のアヘンを満州国に流し込んだという。

それが莫大な利益を生み、軍の謀略資金になった。関東大震災(1923年)直後、無政府主義者の大杉栄ら3人を殺したとされる元憲兵大尉・甘粕正彦が、満州で「影の皇帝」といわれるほどの権勢をふるったのもそうした裏金があったからだと指摘して教授はこう語る。

868名無しさん:2016/07/31(日) 18:59:43
>>867

〈甘粕はまた中国人労働者を満洲に雇い入れる斡旋事業においても、裏金をつくり出していました。岸信介にしても一介の官僚でありながら、甘粕の特務工作に対してその当時の額面で一〇〇〇万円(卸売物価の上昇率からみて現在の八〇億〜九〇億円にも相当します)を手渡したりしています〉

ただし、甘粕はこれらの資金を着服したりはせず、満州国から華北や蒙疆へ日本が進攻していくための特務工作に使用したといわれている。だから〈満洲国はそうした「第二の満洲国」造り工作の策源地であり、資金源であったということになります〉と教授は解説する。

なるほど、そう考えると、関東軍が陸軍中央の統制を無視して暴走を繰り返した理由も分かってくる。彼らは満州でアヘンという打ち出の小づちを手に入れた。だから中央の顔色をうかがう必要がなかったのだ。

それにしても、岸から甘粕に渡されたという1000万円は眉に唾をつけたくなるほど巨額のカネである。ホントだろうか。

山室教授が根拠にしているのは、戦後になってからの古海の証言だ。その全容は『新版 昭和の妖怪 岸信介』(岩見隆夫著・朝日ソノラマ刊)に収録されているのでご紹介しておく。

あの男から取ってきてやる

古海によると、岸が満州国政府の高官だった1930(昭和5)年代後半、岸と甘粕を中心に古海らを加えて約10人が会を作っていた。会の名はなかったが、そこでアジア政策をどうするか、日本での情宣活動はどうあるべきかが話し合われた。

会は単なる懇談に止まらず、具体的な行動もとった。日本内地の新聞の乗っ取りを企てたり、甘粕による排英工作(=英国勢力をアジアから駆逐する謀略工作)を支援したりした。その意味では会というより一派と呼んだほうがふさわしかった。

古海が言う。

869名無しさん:2016/07/31(日) 19:00:01
>>868

〈甘粕という人はたくさんのカネを持っていたが、使う方もバカ大きくて、そういう意味では、ケタ外れのスケールをもっていましたね。大量の工作資金を必要とするのに、甘粕は決して自分で資金づくりをしない。そのため、随分私どもも甘粕のために資金作りをしたものです〉

当初、甘粕には満州国総務庁の機密費を支出していた。ところが、1937(昭和12)年に大蔵省出身の星野直樹が総務長官になって「機密費の流用はまかりならん」ということになり、甘粕は資金の調達に困ってしまった。そのため甘粕から頼まれた古海が岸に取り次いだ。

「甘粕が困っている。1000万円必要だといっている」

古海が言うと、岸が答えた。

「何か担保はないか」

「鉱山の採掘権を持っている」

「そうか。採掘権さえあれば大丈夫だ。それくらいはたいしたことではない。いままで一度も鮎川から搾ったことがないから、あの男から取ってきてやる」

岸はあっさり資金調達を引き受けた。鮎川とは新興財閥・日産コンツェルンの総帥・鮎川義介(岸の縁戚)のことだ。日産は1937年末、岸らの誘致で本社を満州の新京(現・長春)に移転し、社名を満州重工業開発に変更した。古海が言う。

〈岸さんは鮎川に甘粕の採掘権を一千万円で売りつけたわけです。甘粕は満州建国の功労で関東軍からあちこちの鉱山の採掘権をもらっていたのです。その後、鮎川は岸さんの斡旋で甘粕にカネを出し続けていました〉

額が真実かどうかはともかく岸は膨大なカネを自由に動かしたようだ。『岸信介-権勢の政治家-』(岩波新書)の著者・原彬久東京国際大学名誉教授は〈岸は同僚官吏はもとより、民間人、それもいわゆる満州浪人、無頼漢に至るまで彼のそばに来るものには惜しげもなくカネを与えたといわれる〉と記している。

私が気になるのは、岸の豊富な資金がアヘンの密売によって作られたものだったのかだ。その謎に迫るには、上海の「阿片王」里見甫の証言に耳を傾けなければならない。

『週刊現代』2016年8月6日号より

870とはずがたり:2016/08/04(木) 20:55:40
この辺迄は対等にやり合ってたんですなぁ。。

アメリカ本土空襲
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E6%9C%AC%E5%9C%9F%E7%A9%BA%E8%A5%B2

ドーリットル空襲
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%AB%E7%A9%BA%E8%A5%B2

871名無しさん:2016/08/06(土) 17:00:26
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016080300614&g=pol
元慰安婦支援財団の解体要求=少女像撤去に反対-韓国野党

 【ソウル時事】日韓合意に基づいて元慰安婦への支援などを行う韓国の「和解・癒やし財団」が発足し、日本からの10億円の拠出時期が焦点となる中、韓国の野党は合意や財団への批判を強めている。財団の解体などを要求するとともに、日本大使館前の少女像撤去に反対する立場も、一層鮮明にしている。
 最大野党「共に民主党」は、3日までに出した声明で「日本政府は財団発足直後から、10億円に関し『賠償金ではない』という立場を示し、『少女像撤去が合意の重要な要素だ』と主張するなど、本音をあらわにし始めた」と指摘。「韓国政府は、10億円拠出と少女像撤去を関連付けようとする日本側の主張を絶対受け入れてはならない」と訴えた。
 さらに「日本側は10億円を『賠償』ではなく『未来への投資』に使いたいと望んでいる」という見方を示し、「財団の本来の目的や趣旨は失われており、存廃を検討すべきだ」と主張した。 
 第2野党「国民の党」も、3日の声明で「財団の設立は、運営に必要な10億円がいつ拠出されるのかも分からないまま強行された」と非難。少女像の撤去が10億円拠出の「必須条件」となっていると主張した上で、「少女像はいかなる歴史教科書よりも『正しい歴史』を語る象徴であり、どんな理由であれ撤去することはできない」と強調した。(2016/08/03-16:05)

872名無しさん:2016/08/06(土) 17:03:37
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016080600193&g=pol
10億円使途、文書で確認へ=元慰安婦支援で調整難航も

 日本政府は、昨年末の韓国との合意に基づき拠出する元慰安婦支援の10億円について、具体的な使途を確認する公式な文書を韓国側と交わす調整に入った。元慰安婦には現金支給への期待が高いが、日本側では「第2の賠償金」と受け取られかねないとして慎重論が強い。日本政府としては使途をあらかじめ限定することで、請求権問題は「解決済み」との立場を明確にしたい考えだ。
 日韓合意に基づき、韓国では7月28日、元慰安婦を支援する「和解・癒やし財団」が発足。日本政府は今後、「元慰安婦の心の傷を癒やす措置」として10億円を拠出する。ただ、具体的な使途に関しては、従来堅持してきた法的立場から注文を付けざるを得ない状況だ。
 日本側では、財団が10億円を元手に元慰安婦や遺族に現金を支給した場合、賠償請求権をめぐる問題は1965年の日韓請求権協定で「完全かつ最終的に解決済み」としてきた政府の立場に矛盾しかねないとの懸念が強い。自民党からは、強制労働を強いられた韓国人徴用工の賠償請求訴訟などへの波及を懸念する声も上がっている。
 このため、日本政府としては10億円の拠出に合わせ、日本側の法的立場を損ねない形で具体的な使途を列挙し、確認する文書を韓国政府と交わしたい考え。併せて、確認事項を徹底するよう財団への指導を求める方針だ。
 両政府は近くソウルで外務省局長級協議を開き、財団の事業内容に関する詰めを急ぐ。日本政府は元慰安婦や遺族に対する直接の現金支給でなく、10億円を原資とした医療・福祉支援などで理解を得たい考え。ただ、韓国政府の説得で日韓合意を受け入れた元慰安婦の多くは現金支給の形を希望しており、韓国側がこうした立場に固執すれば、調整が難航する可能性もある。(2016/08/06-15:12)

873名無しさん:2016/08/06(土) 19:50:38
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016080200369&g=pol
財団への拠出に慎重論も=自民部会

 自民党は2日、党本部で外交部会などの合同会議を開き、昨年末の日韓合意に基づく元慰安婦支援の財団設立について議論した。出席議員からは、財団への10億円拠出に関し、7月下旬に韓国の野党議員が日韓が領有権を主張する島根県竹島に上陸したことなどに触れ、「今の状態では出すべきではない」と慎重な対応を求める意見も出た。(2016/08/02-11:43)

874名無しさん:2016/08/07(日) 14:45:00
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016080500394&g=pol
靖国参拝「稲田氏は適切対応を」=岸田外相

 岸田文雄外相は5日の記者会見で、稲田朋美防衛相が15日に靖国神社を参拝するかどうかについて、「内閣の一員として適切に対応されるものと考える」と述べた。中国や韓国との関係悪化を招かないよう稲田氏に参拝見送りを促す発言とみられる。
 稲田氏は行政改革担当相として2013、14両年の8月15日に参拝している。 (2016/08/05-12:02)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016080500906&g=pol
稲田防衛相に「強く憤慨」=「百人斬り」否定発言を批判-中国

 【北京時事】中国国防省新聞局は5日、日中戦争の南京攻略戦で行われたと報じられた日本兵による中国兵の「百人斬り」競争を稲田朋美防衛相が否定したことについて「強烈に憤慨させられる」と批判する論評を発表した。

 稲田防衛相は4日のインタビューで「百人斬り」に関し、「なかったと思っている」と語った。論評はこの発言に対する見解を問う記者の質問に答える形で、「日本軍は理性のかけらもない『殺人競争』を行った」と主張。「歴史を否定すれば、中日関係に未来はない」と強調した。 (2016/08/05-20:59)

875とはずがたり:2016/08/13(土) 08:50:17
岸信介とアヘン王の関係を追う〜密売で儲けた「数兆円」はどこに消えた?
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160807-00049375-gendaibiz-soci
現代ビジネス 8月7日(日)13時1分配信

上海の「阿片王」といわれた里見甫…は戦後の1965(昭和40)年、69歳で亡くなった。われらが先達、草柳大蔵は『実録・満鉄調査部』(朝日新聞社刊)で里見をこう描いている。

 〈五尺五寸ほどの痩せた男である。頭の頂天が尖っていることのほかは、何の変哲もない風貌をしている。むしろ柔和である。路傍の地蔵尊や野際の石小法師の前をとおるときは、必ず足を停めて掌をあわせる。物静かな語り口であり、周囲の人が「どうして生きているのか」と訝るほど食事を摂らない〉

 さすが草柳である。里見の人間像が眼前に浮かぶ。里見はアヘンで中国に途方もない害毒を垂れ流したが、彼自身は私利私欲とは縁遠い、恬淡とした男だったらしい。

 草柳によれば、里見は上海・虹口の乍浦路に面したピアス・アパート3階に住んでいた。6畳と3畳の二間しかない家で、秘書はおかず、「おちかさん」という身の回りの世話をする女性が通いで来ていた。

 乗用車はビュイックの中古車で、しばしば藍衣社(=蒋介石直属の秘密結社)の狙撃の的になったが、運の強い男で、かすり傷ひとつ負わなかったそうだ。

里見と岸の関係
 里見と岸の間にはいったいどんな交流があったのだろう。岸は戦後になって『岸信介の回想』(矢次一夫・伊藤隆との鼎談・文藝春秋刊)でアヘンについてこう語っている。

 〈満州国ではアヘンの吸飲は厳重に禁止したけれど、陰で吸っているのはいたでしょう。(中略)いずれにせよ満州ではアヘンを禁止し、生産もさせないし、吸飲もさせなかった〉

 読者はすでにおわかりと思うが、この発言は著しく事実に反する。満州国は表面上はアヘン根絶を目標に掲げたが、熱河地方ではケシの栽培を奨励した。それでも足りない分は華北などから輸入し、アヘンの専売で莫大な利益をあげていた。

 岸がつづけて語る。

 〈しかしアヘンを扱ったものとして里見という男のことは知っています。ただ私が満州にいた頃は里見は上海で相当アヘンの問題にタッチしていて、金も手に入れたのでしょうが、満州には来ていないから私は知らない。里見を知ったのは帰国後で、満映にいた茂木久平の紹介です。里見が死んで墓碑に字を書いたことがあるけれど、これも茂木に頼まれたからですね〉

 茂木久平とは、満州の「夜の帝王」甘粕正彦が理事長をつとめる満州映画協会の東京支社長だった男である。どうやら岸は、里見とはそんなに深い関係ではなかったと言いたいらしい。

 たしかに岸と里見の直接的な交流を示すデータはほとんどない。唯一、佐野眞一さんの『阿片王 満州の夜と霧』(新潮社刊)に、戦後、里見の秘書役をつとめた男の証言が出てくる。

 岸は満州から帰国後の1942(昭和17)年、翼賛選挙に立候補して当選した。秘書役によれば、このとき里見は、岸に200万円(現在の約16億円相当)を提供した。「鉄道省から上海の華中鉄道に出向していた弟の佐藤栄作(後に首相)が運び屋になって岸に渡したんだ。これは里見自身から聞いた話だから間違いない」という。

 しかし、これは残念ながらまた聞きである。真偽の判断はつかない。それより東京裁判に提出された里見の宣誓口述書を読んだほうが、戦時中の岸と里見の関係のバックグラウンドを知る手掛かりになりそうだ。

 〈私即ち李鳴(=里見の中国名)事里見甫は良心にかけて次のことが真実である事を誓ひます。

 1937年9月又は10月私は新聞記者として上海に参りました。私はそれ以前天津に居つたのであります。

 1938年1月又は2月に楠本実隆中佐が私に特務部(=支那派遣軍参謀部の一部)のために多量の阿片を売つて呉れるかどうか尋ねました。彼は此の阿片がペルシヤから来る途中にあると云ひました〉

 里見はこの後、ペルシャ産アヘンで得た利益は約2000万ドル(現在の日本円で数兆円相当)に上ること、その利益は特務部(後に廃止)がある間は特務部に、それがなくなってからは興亜院(占領地の政務・開発にあたる日本の機関)に支払われたこと、1939年の末ごろには蒙古産アヘンも販売し、その大部分は中華航空機で運ばれてきたことなどを語っている。

 問題は興亜院などに送られた金がその後、どこに行ったのかだ。里見は知っているはずだが口をつぐんでいる。私はいろんな文献にあたるうち、『阿片吸煙禁止処理経過事情』という文書に突き当たった。宣誓口述書と同じく東京裁判の検察側証拠として提出されたものだ。

 そこには〈売上金ノ大部分ハ東条内閣ノ補助資金、及議員ヘノ補助金ニ割当テラレル為東京ニ送ラレタ〉という衝撃的な記述があった。以下次号。

『週刊現代』2016年8月13日号より

876名無しさん:2016/08/13(土) 12:25:07
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081100315&g=pol
元慰安婦支援「相当な進展」=近く協議結果発表-韓国政府

 【ソウル時事】韓国外務省報道官は11日、ソウルで9日に行われた日韓局長級協議で、元慰安婦支援のための「和解・癒やし財団」の事業や、日本からの10億円の拠出問題に関し「相当な進展があった」と強調、「極めて近いうちに関連内容を説明する機会があるだろう」と語った。別の韓国外務省当局者は「来週中には発表されるだろう」という見通しを示した。 
 報道官は「協議の具体的内容について、上部への報告手続きが進められているところだ」と説明、詳細には言及しなかった。
 日本からの拠出に関しては「財団の事業の円滑な実施に支障を来さない時期に行われると考えている」と述べた。(2016/08/11-16:04)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081200856&g=pol
合意履行へ「緊密に協力」=財団、理事会で活動具体化へ-韓国政府

 【ソウル時事】韓国外務省報道官は12日夜、日韓外相の電話会談に関して声明を出し、岸田文雄外相が慰安婦問題をめぐる合意に基づき、韓国の「和解・癒やし財団」に対し「10億円を迅速に拠出することを決めたと述べた」と発表した。また、「両外相は、合意の忠実な履行を通じ、一日も早く被害者の名誉と尊厳回復、心の傷の癒やしを実現することが重要だと再確認した」と説明。「緊密に協力していくことにした」と強調した。
 当初発表された声明は「少女像撤去に向けた努力」や「10億円の使途についての合意」には触れていなかった。ただ、韓国外務省は追加資料で「少女像問題に関し、日本側が関心を表明し、わが方は基本的立場に沿って対応した」と明らかにした。「基本的立場」については「昨年12月の合意発表時に表明した」と説明、解決に向けた努力を約束したとみられる。
 財団の事業の具体的内容に関しては「今後、財団で決定する予定で、決まっていない」と述べるにとどめた。日韓政府の発表を受け、財団の金兌玄理事長は「理事会を来週、開催する予定だ」と明らかにした。元慰安婦支援策の具体化に向けて協議するとみられる。 (2016/08/12-21:51)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081200872&g=pol
10億円拠出、見切り発車=少女像撤去は見通せず

 日本政府が元慰安婦を支援する韓国の「和解・癒やし財団」に10億円を拠出することになり、昨年末の日韓合意に基づく支援事業は実行段階に入る。ただ、韓国が「解決に努力する」と約束した、慰安婦問題を象徴するソウルの日本大使館前の少女像が撤去される見通しは立っていない。早期に事業を具体化したい韓国政府に配慮した「見切り発車」とも言える。
 「日本側の責務はこの10億円の支出によって果たしたことになる」。岸田文雄外相は12日夜、記者団にこう強調。自民党内などに10億円拠出の前提とすべきだとの声が強かった少女像撤去に関しては、「韓国政府が適切に対応する」と述べるにとどめた。
 日本政府が10億円の先行拠出を決めたのは、「少女像を今持ち出せば、韓国の反対論が強まって合意が宙に浮く」(外務省幹部)との懸念があるからだ。韓国では日韓合意に反対する団体が元慰安婦を独自に支援する動きを見せており、少女像に敏感な韓国世論に火を付けることになれば、元慰安婦一人一人に理解を求めてきた韓国政府の努力が水泡に帰しかねない。
 10億円を元手にした元慰安婦や遺族に対する財団を通じての支援について、日本側に慎重論があった現金支給が認められる見通しだ。1965年の日韓請求権協定で全ての賠償問題は「解決済み」としてきた日本の立場と矛盾しかねない現金支給には、「第2の賠償」との懸念があったが、「医療・介護目的」に限定することで日本側が折れた。
 韓国外務省は12日夜発表したコメントで、日韓合意を「忠実に履行していく」と強調したが、少女像には言及しなかった。一方、日本政府関係者は「朴槿恵大統領を信じるしかない」と述べた。元慰安婦への支援事業が動きだす中、少女像撤去は日韓間の重い課題として持ち越された。(2016/08/12-21:24)

877名無しさん:2016/08/13(土) 12:25:38
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081200464&g=pol
元慰安婦の医療・介護支援=日韓、10億円使途で合意

 岸田文雄外相は12日、韓国の尹炳世外相と電話会談し、元慰安婦を支援するため日本側が拠出する10億円の使途について、医療や介護目的などとすることで合意した。岸田氏は「速やかに10億円を支出すべく、必要な手続きを進める」と伝達。昨年末の慰安婦問題をめぐる日韓合意は、大きく前進した。一方、ソウルの日本大使館前の慰安婦少女像の移転については、韓国側が引き続き努力することを確認した。
 10億円の使途が決まったことについて、岸田氏は電話会談後、記者団に「支出が完了すれば、合意に基づく日本側の責務は果たしたことになる」と語った。日本側は、月内の資金拠出を目指し調整を進めるとともに、少女像移転について、韓国に前向きな対応を促していく考えだ。
 韓国外務省は「両外相は、一日も早い被害者の名誉と尊厳回復、心の傷の癒やしが実現することが重要だと再確認した」との声明を発表した。
 元慰安婦への支援は、韓国側が7月に設立した「和解・癒やし財団」を通じて実施する。使途が特定されているものに限り、元慰安婦やその家族に一定額を支給する。現金での支給も想定している。
 ただ、現金給付に対しては自民党の保守系議員を中心に「賠償金と受け取られる」などと異論が残る。これに関して岸田氏は「事業を行うための支出という性格は明らかで、請求権の問題は法的に解決済みであるとの立場に変わりはない」と強調した。
 慰安婦問題は日韓間の長年の懸案だったが、昨年末に両国政府が「最終かつ不可逆的な解決」を目指すことで合意。日本側が撤去を要求している少女像について、韓国側は「関連団体との協議を通じて適切に解決されるよう努力する」こととなっているが、元慰安婦の支援団体が強く反対している。 

◇日韓合意後の動き
【2015年】
12月28日 日韓外相が会談し、慰安婦問題の最終的かつ不可逆的な解決で合意
【16年】
 3月31日 ワシントンで安倍晋三首相と韓国の朴槿恵大統領が会談。合意の着実な履行を確認
 4月13日 韓国総選挙で与党が過半数割れ
 5月31日 日韓合意に基づく元慰安婦支援のための財団準備委員会が発足
 7月10日 参院選で与党勝利
     同 元慰安婦1人が死去。生存者は40人に
   15日 ウランバートルで安倍首相と朴大統領が合意の誠実な履行を確認
   28日 元慰安婦を支援する「和解・癒やし財団」発足
  8月9日 ソウルで日韓局長級協議
   12日 日韓外相が電話会談し、財団への拠出金の使途を医療、介護目的とすることで合意(2016/08/12-21:42)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081200869&g=pol
岸田外相発言要旨=日韓合意

 日韓合意に関する岸田文雄外相の発言要旨は次の通り。
 これまでの日韓局長協議や12日の(尹炳世韓国外相との)電話会談を通じて、財団の事業の内容について大筋で合意に至った。韓国政府が今後も日韓合意を誠実に実施していくことを改めて確認できた。日本政府としても、昨年末の日韓合意にある通り、速やかに10億円の資金を支出すべく必要な手続きを進める考えだと伝えた。
 10億円に基づき、財団が元慰安婦の方々のための事業を実施する。具体的には、財団が元慰安婦の方々やその家族からニーズを調査した上で、日韓両政府が合意する使途の範囲内で、資金が支出される。われわれは医療や介護関係という使途を想定している。
 日本政府による資金の支出が完了すれば、日韓合意に基づく日本側の責務は果たしたことになる。韓国側には合意に基づき少女像の問題の適切な解決のための努力を強く求めてきており、日韓合意の着実な実施を求め続けていく。
 -少女像の撤去は。
 韓国政府が日韓合意を誠実に実施していくと確信している。尹外相から「日韓合意を誠実に実施していく」という発言もあった。こうした考え方に基づいて、韓国側が適切に対応されるものだと考えている。
 -財団の事業内容は。
 大筋合意に至っているが詳細を引き続き事務レベルで詰めていく。
 -拠出金の渡し方は。
 10億円は元慰安婦の方々のための事業を行う支出だ。この点において合意している。
 -日韓請求権協定に基づいて賠償金ではないと確認したか。
 10億円は事業を行うための支出だ。この性格は明らかだ。慰安婦問題に関する請求権の問題は法的に解決済みだという立場は全く変わりない。(2016/08/12-21:13)

878名無しさん:2016/08/13(土) 12:25:58
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081200764&g=pol
慰安婦少女像

 慰安婦少女像 元慰安婦を支援する「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会(挺対協)」が2011年12月、慰安婦問題の象徴としてソウルの日本大使館前に設置した像。日本政府は、外国公館の品位維持を定めたウィーン条約に反するとして撤去を求めている。15年12月の日韓合意では、「韓国政府は関連団体との協議を通じて適切に解決されるよう努力する」とされた。記念館や公園を新設して移設する案が検討されているが、挺対協は強く反発している。(2016/08/12-18:20)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081200763&g=pol
韓国政府、独自に実施=元慰安婦への支援事業

 【ソウル時事】元慰安婦に対する支援事業は韓国政府も独自に取り組んできた。事業は元慰安婦への支援金支給のほか、介護費や生活面での活動費支援など多岐にわたる。
 韓国政府は元慰安婦として238人を登録。だが、2002年に134人いた元慰安婦は現在、40人(国外居住が2人)にまで減少した。年齢も84〜100歳と高齢となり、病気を抱える元慰安婦も少なくない。
 女性家族省は登録した元慰安婦に対し、「生活安定支援金」として1人当たり毎月126万ウォン(約12万円)を支給。これとは別に登録後、一時金として4300万ウォン(約400万円)も支給している。事業は1993年に開始。毎月の支給額は年々増加傾向にあり、一時金も98年に500万ウォンから今の支給額に拡大した。
 体の不自由な元慰安婦の介護支援もある。元慰安婦を通じ、介護する側に「看病費」が支払われ、年間で最大1600万ウォンが手当てされる。介護支援の予算は06年の開始時から2倍以上に増加し、今年は4億4300万ウォンに達した。
 さらに、元慰安婦への医療支援や住宅改修費用などを手当てする「治療事業」も行われている。昨年の予算額は2億8500万ウォンで、病院などに支払われた。 
 10億円の拠出先となる元慰安婦支援の「和解・癒やし財団」の金兌玄理事長は7月、財団発足後の記者会見で「(元慰安婦の)37人に直接会った。人によって使途は違う」と話した。政府の支援事業との違いをどう出すか、財団側の事業の進め方が今後の鍵となる。(2016/08/12-18:20)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081300162&g=pol
「少女像と関係なく拠出」=元慰安婦支援の10億円-韓国紙

 【ソウル時事】13日付の韓国紙は、日韓外相の電話会談で元慰安婦支援財団への10億円の拠出が決まったことについて「日本、少女像と関連付けず」(中央日報)、「少女像と関係なく10億円拠出」(朝鮮日報)などと報じた。
 中央日報は「これにより、昨年12月の合意を受けた政府レベルの後続協議は大枠で終了した。財団は本格的な活動に入れる」と伝えた。ただ、朝鮮日報は、日本側が10億円の使途に関し「医療や介護」を挙げているのに対し、韓国側は「決まっていない」と説明していると指摘した。
 京郷新聞は、朴槿恵大統領が植民地支配からの解放記念日(光復節)に当たる15日の演説で「慰安婦問題をめぐる合意が履行されたと強調し、『新たな次元の韓日関係』に言及するとみられる」と展望。一方で「国内的には合意への批判が強く、混乱が続くとみられる」と予測した。 (2016/08/13-09:03)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081300077&g=pol
「和解と癒やし示す」=日韓合意を評価-米国務省

 【ワシントン時事】米国務省報道担当者は12日、声明を出し、旧日本軍の元従軍慰安婦を支援するため日本側が拠出する10億円の使途で韓国と合意したことについて「これらの重要な措置は、2015年末の日韓合意で具体化された和解と癒やしへの取り組みを示している」と評価した。
 声明は、韓国が7月に設立した「和解・癒やし財団」に日本の資金が拠出されるという発表を「歓迎する」と表明。ただ、日韓の今後の行動については「両政府に聞いてほしい」と述べるにとどめた。 
 米政府は歴史問題をめぐる一連の日韓対立を受けて、オバマ大統領が14年3月に安倍晋三首相、朴槿恵・韓国大統領との日米韓首脳会談を主導するなど同盟国の日韓両国の和解に尽力していた。(2016/08/13-06:03)

879名無しさん:2016/08/13(土) 12:35:58
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081100551&g=pol
安倍首相、15日の靖国参拝見送り=4年連続、玉串料奉納へ

 安倍晋三首相は11日、終戦記念日の15日に合わせた靖国神社参拝を見送る方針を固めた。自民党総裁として、私費で玉串料を奉納する予定だ。関係者が明らかにした。終戦記念日の靖国参拝見送りは4年連続。参拝に反対する中国、韓国両国や、東アジア地域の安定を求める米政府との関係に配慮した。 
 首相は、2012年12月の政権復帰から1年を迎えた13年12月26日に靖国神社を参拝。中韓両国は激しく反発した。13〜15年の終戦記念日は参拝を見送り、いずれも代理人を通じて私費で玉串料を奉納。今年は自民党の西村康稔総裁特別補佐を通じて納める方向だ。(2016/08/11-23:27)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081200731&g=pol
稲田氏、終戦記念日に靖国参拝せず=高市総務相は参拝へ

 防衛省は12日、稲田朋美防衛相が13〜16日の日程でアフリカ北東部のジブチを訪問し、自衛隊の派遣部隊を視察すると発表した。これにより、稲田氏は15日の終戦記念日に合わせた靖国神社の参拝を行わない。自衛隊を指揮する防衛相としての立場を勘案した判断とみられ、中韓両国などとの関係悪化はひとまず回避された。
 15日は、安倍晋三首相も4年連続で参拝を見送り、自民党総裁として私費で玉串料を奉納する予定。閣僚では、高市早苗総務相が昨年に続いて参拝する方向だ。
 ジブチには、ソマリア沖アデン湾での海賊対策に当たる自衛隊が活動拠点を置いている。発表に先立ち稲田氏は12日、石川県小松市で記者団に、靖国参拝について「靖国の問題は心の問題であり、安倍内閣の一員として適切に判断したい」と述べた。
 稲田氏は行政改革担当相在任中の2013、14年とも、自民党有志議員による「伝統と創造の会」会長として終戦記念日に靖国神社を参拝。自民党政調会長だった昨年も15日に参拝した。
 こうした経緯から、中国は稲田氏の防衛相就任に関して「日本の防衛政策が右傾化する」と懸念を表明。韓国とともに防衛相としての参拝を警戒していたほか、米政府も東アジア地域の安定確保の観点から慎重な対応を求めていた。このため稲田氏は、15日の参拝を断念し、海外視察を決めたもようだ。 (2016/08/12-20:32)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081200227&g=pol
「歴史的事実の尊重を」=閣僚靖国参拝で米国務省

 【ワシントン時事】米国務省のトルドー報道部長は11日の記者会見で、今村雅弘復興相が靖国神社を参拝したことについて「歴史的事実を尊重することが重要だ」と指摘し、慎重に対応すべきだという立場を示した。
 報道部長は、安倍政権の他の閣僚による靖国神社参拝の可能性に関しては「日本政府に問い合わせてほしい」と述べるにとどめた。 
 国務省はこれまで、歴史問題をめぐる日本と中韓両国の対立について「癒やしや和解を促進するようなやり方で歴史問題に臨むことの重要性を引き続き強調する」(トナー副報道官)と繰り返している。(2016/08/12-09:54)

880名無しさん:2016/08/13(土) 21:01:04
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160812/k10010633181000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_006
元慰安婦への支援事業で大筋合意 速やかに10億円拠出へ
8月12日 20時50分
慰安婦問題をめぐって、12日夕方、岸田外務大臣は韓国のユン・ビョンセ(尹炳世)外相と電話で会談し、日本政府が拠出する10億円で賄われる元慰安婦への支援事業について大筋で合意しました。会談のあと、岸田大臣は記者団に対し、資金は医療や介護関係に充てられることを想定しているとしたうえで、速やかな10億円の拠出に向けて手続きに入ることを明らかにしました。
慰安婦問題をめぐる去年12月の日韓両政府の合意に基づき、韓国政府が元慰安婦の女性たちを支援する財団を先月設立したことを受けて、日韓両政府は日本政府が拠出する10億円で賄われる元慰安婦への支援事業の内容について、事務レベルで詰めの調整を続けてきました。
これについて12日夕方、岸田外務大臣はユン・ビョンセ外相と電話で会談し、元慰安婦への支援事業について大筋で合意しました。
会談のあと、岸田大臣は記者団に対し、日本政府が拠出する資金は、医療や介護関係に充てられることを想定しているという考えを示しました。そして、岸田大臣は、速やかな10億円の拠出に向けて手続きに入ることを明らかにしたうえで、資金の拠出にあたって慰安婦問題をめぐる賠償請求権は法的に解決済みだという、これまでの立場に変わりないという認識を改めて示しました。
さらに、資金の拠出が完了すれば、合意に基づく日本側の責務は果たしたことになるという考えを強調しました。
一方、岸田大臣はソウルの日本大使館の前に設置された少女像の撤去について、韓国側に対し、合意に基づいて引き続き適切に対応するよう求めたのに対し、ユン外相は「日韓合意を誠実に履行していく」と述べたということです。
岸田外相 資金支出で責務果たしたことに
岸田大臣は、支援事業の内容について「財団が、元慰安婦の方々や、その家族からニーズを調査したうえで、日韓両政府が合意する使途の範囲内で資金が支出されることになる。われわれとしては、医療や介護関係といった使途を想定している。日本政府による資金の支出が完了すれば、日韓合意に基づく日本側の責務は果たしたことになる」と述べました。
韓国外務省 早く女性たちの名誉回復を
韓国外務省は12日行われた日韓外相の電話会談について、元慰安婦の女性たちを支援する財団に、日本政府が速やかに10億円を拠出することになったと発表し、「一日も早い、元慰安婦の女性たちの名誉回復が重要だと再確認した」とする一方、具体的な支援事業の内容については説明を避けました。
日本の岸田外務大臣と韓国のユン・ビョンセ外相は12日夕方、電話で会談し、慰安婦問題の最終的な解決をめぐって意見を交わしました。
これについて韓国外務省は、元慰安婦の女性たちを支援するために韓国で発足した「和解・癒やし財団」に対し、日本政府が速やかに10億円を拠出するという説明があったと発表しました。そのうえで、「両外相は、合意の忠実な履行を通じて、一日も早く元慰安婦の女性たちの名誉と尊厳の回復、それに心の傷の癒やしが行われることが重要だと再確認した」としています。
これにより、問題の最終的な解決に向けた取り組みが近く始まることになりましたが、韓国外務省は財団がどのような支援事業を行うかについては明らかにしませんでした。
これまで財団の関係者たちは、10億円の大部分を元慰安婦たちやその家族に支給する考えを示してきましたが、日本側が「直接的な支給は賠償だと誤解されかねない」と懸念を示していることに配慮して、10億円の使い方に関する説明を避けたものと見られます。
また、ソウルの日本大使館前の少女像についても、韓国外務省は12日の発表では触れていません。

881名無しさん:2016/08/13(土) 21:01:34
>>880

慰安婦問題 これまでの経緯は
慰安婦問題をめぐっては、日韓国交正常化50年にあたる去年の11月に行われた、安倍総理大臣とパク・クネ(朴槿恵)大統領との初めての首脳会談をきっかけに、解決に向けた流れが加速しました。
そして、去年12月、両首脳の指示を受けて、日本と韓国の外相会談が行われ、慰安婦問題をめぐって、韓国政府が設立する財団に日本政府の予算でおよそ10億円を拠出し、元慰安婦への支援事業を行うことなどで合意するとともに、この問題を「最終的かつ不可逆的に」解決することを確認しました。
これを受けて、韓国政府は、先月28日に元慰安婦の女性たちを支援するための財団「和解・癒やし財団」を設立しました。日本政府は、今月にも10億円を拠出する方針を固め、韓国側との事務レベルの協議で、10億円で賄われる支援事業の内容について調整を進め、今月9日に行われた両国の外務省の局長レベルの協議では、詰めの作業が行われていました。
一方、日韓両政府の合意をめぐっては、韓国では、一部の元慰安婦や市民団体が反発しているほか、日本でも、ソウルの日本大使館前の少女像の速やかな撤去を求める声があがっています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160813/k10010633561000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_003
元慰安婦への支援事業 韓国に少女像の撤去促す方針
8月13日 7時57分
慰安婦問題をめぐり、政府は12日の日韓外相会談を受けて、元慰安婦への支援事業に充てられる10億円を速やかに拠出するため、手続きを進めることにしています。一方で、ソウルの日本大使館の前の少女像の撤去はめどが立っておらず、韓国側の一層の努力を促していく方針です。
慰安婦問題をめぐり、岸田外務大臣は12日、韓国のユン・ビョンセ(尹炳世)外相と電話で会談し、日本側が拠出する10億円で賄われる、元慰安婦への支援事業について大筋で合意しました。
これを受けて、政府は日本側が拠出する資金は、医療や介護関係に充てられることを想定していて、10億円を速やかに拠出するため手続きを進めることにしています。
岸田大臣は12日、記者団に対し、「資金の支出が完了すれば、日韓合意に基づく日本側の責務は果たしたことになる」と強調しました。
一方で、去年12月の日韓合意で、韓国側が「適切に解決されるよう努力する」とされた、ソウルの日本大使館の前の慰安婦を象徴する少女像については、撤去のめどがたっておらず、自民党内などからは不満の声が上がっています。
これに関連して、外務省幹部は「日本は行うべき事は行っており、ボールは韓国側にある」と指摘していて、政府は少女像の撤去に向けて、韓国側の一層の努力を促していく方針です。
韓国の市民団体は少女像移転に応じない姿勢
慰安婦問題の最終的な解決に向け、日本政府が韓国の財団に10億円を拠出すると伝えたのを受けて、韓国政府は元慰安婦たちへの支援を進めることで少女像の問題でも進展をはかりたい考えですが、像を設置した市民団体は移転に応じない姿勢を崩していません。

12日に行われた日韓外相の電話会談で、日本政府は元慰安婦の女性たちを支援するために韓国で発足した「和解・癒やし財団」に速やかに10億円を拠出すると伝え、これにより慰安婦問題の最終的な解決に向けた取り組みが始まることになりました。
一方、日本大使館前の少女像の問題について、12日、韓国外務省の報道官は何も触れませんでした。
韓国政府や財団の関係者たちは、10億円をもとに元慰安婦たちやその家族への支援を進めていくことで、日本との合意に対する韓国国民の理解を高め、少女像を設置した市民団体と話し合う環境を整えたい考えです。
すでに、財団の理事長は生存している元慰安婦の女性40人のうち、これまでに37人と面会し、多くの元慰安婦らが支援を受ける意向を示していると明らかにしており、一定の手応えを感じています。
しかし、少女像を設置した市民団体は依然、日韓の合意に反対していて、像の移転には応じない姿勢を崩しておらず、像の問題が進展するかどうかは韓国の世論の動向が鍵を握りそうです。

882とはずがたり:2016/08/15(月) 21:50:29
“最高のシンクタンク”満鉄調査部の系譜が九州に
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160815-00010001-newswitch-bus_all
ニュースイッチ 8月15日(月)8時40分配信

“最高のシンクタンク”満鉄調査部の系譜が九州に
満鉄OBが多く参画した九州経済調査協会は今年設立70年の節目
設立趣意書には「調査の不備と統計の貧困が敗戦を招いた」
 九州経済調査協会(福岡市中央区)が設立70年の節目を迎えた。記念セミナーなどを開催するとともに、30年後の九州のあり方について数年がかりでまとめる。

 初代理事長の松岡瑞雄氏は、旧南満州鉄道の調査部出身。他にも九経調設立には多数の満鉄OBが関わった。満鉄調査部は日本における草分けかつ最高のシンクタンクと称され、満鉄設立の翌年、1907年に産声を上げた。

 帝国主義時代の日本が中国東北部に建国した満州国は、かいらい国家であると同時に先進的な社会実験の場でもあった。その一翼を担った満鉄は調査部や日本の広報活動のルーツとされる「弘報係」を置いた。

 九経調が生まれた1946年は戦後の混乱期。61年の九州経済連合会の発足より15年も早い。こんな時期に、シンクタンクという発想があったのは驚異的ですらある。

 設立趣意書も興味深い。「調査の不備と統計の貧困が敗戦を招いた」として「国民経済の科学的究明による正しい判断」の必要を説き、同時に「九州人が九州を正しく理解すること」が郷土建設の第一歩とする。志の高さを感じさせられる。”シンクタンク冬の時代”といわれて久しいが、こうした過去を思い、未来を展望することには意味がある。

【関連記事】

883名無しさん:2016/08/20(土) 20:27:42
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160815/k10010636281000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_047
靖国神社 首相が私費で玉串料 高市・丸川大臣は参拝
8月15日 14時29分
終戦の日の15日、安倍総理大臣は、自民党の西村総裁特別補佐を通じて、自民党総裁として、靖国神社に私費で玉串料を納めました。一方、安倍内閣の閣僚では、高市総務大臣と丸川オリンピック・パラリンピック担当大臣が午後、靖国神社に参拝しました。
終戦の日の15日、安倍総理大臣は、靖国神社に参拝せず、自民党の西村総裁特別補佐を通じて、「自民党総裁・安倍晋三」として、私費で玉串料を納めました。
西村氏は、記者団に対し「総理からは玉串料を納め、参拝してくるように指示があった」と述べました。
安倍総理大臣は、第2次安倍内閣が発足して1年後となる平成25年12月に靖国神社に参拝しましたが、それ以降は参拝しておらず、終戦の日には毎年、私費で玉串料を納めています。
一方、安倍内閣の閣僚では、高市総務大臣と丸川オリンピック・パラリンピック担当大臣が午後、靖国神社に参拝しました。
参拝を終えたあと、高市大臣は記者団に対し「国策に殉じた方々に尊崇の念を持って感謝の誠をささげた。あわせて戦没者の皆様のみ霊が安らかでありますように、ご遺族の皆様が健康でいらっしゃいますようにとお祈りをした」と述べました。また高市大臣は、記者団が「閣僚の靖国神社参拝に対し、例年、中国や韓国から反発が出ているが」と質問したのに対し、「本来、自国のために殉じられた方々の慰霊の在り方は外交問題になるべきものではないと考えている。世界中の国々が遠い過去までさかのぼって慰霊の在り方や慰霊施設の是非を論じ始めたら大変なことになる」と述べました。
丸川大臣は、記者団に対し「私たちの国を取り巻く状況が緊張感を増している中で、かけがえのない平和を守るために正しい選択ができるようにお守りくださいという気持ちを込めて、平和への誓いを新たにした」と述べました。そのうえで、丸川大臣は「国策に殉じて亡くなられた方たちをどのようにおまつりするかは、その国のやり方があり、外交問題としてとらえるものではない」と述べました。
安倍内閣の閣僚では、このほか、山本農林水産大臣が閣議のあとの記者会見で、今月6日に参拝したことを明らかにしたほか、今村復興大臣が今月11日に、一般の参拝者と変わらない方法で参拝しました。
官房長官「首相が適切に判断する事柄」
菅官房長官は、閣議のあとの記者会見で、安倍総理大臣が靖国神社に私費で玉串料を納めたことについて、「政府として見解を申し上げることではない。靖国神社に参拝するかどうかは安倍総理大臣が適切に判断する事柄だ」と述べました。
また、菅官房長官は今村復興大臣や萩生田官房副長官が参拝したことについて、「閣僚等が靖国神社に参拝したことは承知しているが、あくまで私人として参拝したと理解している。閣僚が私人として参拝することに対して、個人の信教の自由に関するものであり、政府として立ち入るべきではないというのが従来の政府の立場だ」と述べました。
一方、菅官房長官は、みずからが参拝するかどうかについて、「適切に判断する」と述べるにとどめました。
共産党書記長「私費でも許されない」
共産党の小池書記局長は、東京都内で街頭演説し、「靖国神社は、軍国主義による侵略戦争を美化している神社だ。たとえ私費であっても、玉串料を奉納するということは、安倍総理大臣が、侵略戦争を肯定し、美化する立場に立つことを国内外に示すことになり、絶対に許されない」と批判しました。

884名無しさん:2016/08/20(土) 20:27:52
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160815/k10010636461000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_044
靖国神社 超党派の国会議員約70人が参拝
8月15日 11時58分
終戦の日の15日、超党派の国会議員でつくる「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の衆参両院の国会議員およそ70人が靖国神社に参拝しました。
「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」は、毎年、春と秋の例大祭と8月15日の終戦の日に東京・九段の靖国神社に参拝しています。
終戦の日の15日は、会長を務める自民党の尾辻元参議院副議長や民進党の羽田元国土交通大臣、日本のこころを大切にする党の中山代表ら、超党派の衆参両院の国会議員およそ70人が、午前11時すぎに靖国神社の本殿に昇殿し、そろって参拝しました。安倍内閣からは岸外務副大臣や水落文部科学副大臣、それに石原内閣府副大臣らが参拝しました。
このあと、尾辻氏が記者会見し「安倍総理大臣が参拝しないのは、よほどの事情があると察するしかないが、国益のためだと言うのであれば理解する」と述べました。
稲田防衛相が会長の議員グループも参拝
これに先立って、稲田防衛大臣が会長を務める自民党の議員グループ「伝統と創造の会」のメンバーも靖国神社に参拝しました。
稲田大臣は、自民党の政務調査会長を務めていた去年は参拝しましたが、ことしはソマリア沖の海賊対策で派遣されている海上自衛隊の部隊の視察でアフリカのジブチを訪れているため、15日は参拝しませんでした。

稲田大臣は訪問先のジブチで記者団に対し、終戦の日に靖国神社に参拝しなかったことについて「今の平和な日本は、いかなる歴史観に立とうとも、この国のために、家族を守るため、ふるさとや国を守るために出撃していった多くの方々の命の積み重ねの上にあると思う。そういった感謝の気持ちを日本人は忘れてはいけないと思う」と述べました。そのうえで、稲田大臣は「毎年『伝統と創造の会』で参拝していた。ことしも、私はいないが、『伝統と創造の会』で参拝し、会として玉串料を奉納したと承知している」と述べました。

885名無しさん:2016/08/20(土) 20:41:54
http://mainichi.jp/articles/20160815/k00/00e/040/279000c
終戦記念日
天皇陛下おことば(全文)…戦没者追悼式
毎日新聞2016年8月15日 12時26分(最終更新 8月15日 13時02分)

 本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

 終戦以来既に71年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。

 ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

886名無しさん:2016/08/20(土) 20:43:28
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081500003&g=pol
終戦記念日で与野党談話

 与野党が15日の終戦記念日に当たって談話を発表した。要旨は次の通り。
 【自民】日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中で、国民の命と平和な暮らしを守り抜かねばならない。その責任を全うするため平和安全法制を整備した。国民の理解を求めながら、子や孫の世代に平和な日本を引き渡す努力を続ける。
 【民進】戦後、日本人が育んできた平和主義が脅かされようとしている。安倍政権が目指す集団的自衛権を制約なく行使し、海外で武力行使できる国と、民進党が目指す憲法の平和主義の理念に基づき武力行使に抑制的な国のどちらを選択するか、いま一度国民にも考えてほしい。
 【公明】戦後日本は、平和憲法と国連憲章の理念を基礎として平和国家の歩みを始めた。憲法の「国民主権」「基本的人権の尊重」「恒久平和」の3原理を守り発展させていくべきだ。
 【共産】安倍政権は、憲法の平和主義を根底から覆す暴走を続けている。安倍(政権による)改憲を許さず、憲法の平和主義を守り生かすため、恒久平和を希求する全ての人が力を合わせることを呼び掛ける。
 【おおさか維新】政府の安全保障政策の合憲性を判定するため、憲法裁判所を設置すべきだと考える。わが国が国民生活を守り、世界の平和と安定に向けた主導的な役割を果たせるよう取り組んでいく。
 【生活】今この国の政治は大きな分岐点に差し掛かっている。再びこの国が判断を誤り、途方もない苦難を人々に与える惨禍をもたらすことのないよう、全力で取り組んでいく。
 【社民】安倍政権の発足以降、憲法解釈はねじ曲げられ、戦前回帰への扉が開かれようとしている。日本は平和憲法の下で「戦争しない国」を貫き、憲法9条は多くの国々の信頼と羨望(せんぼう)を得てきた。憲法改悪を断固阻止する。
 【こころ】先人たちの犠牲に応えるため、今こそ日本の歴史、伝統、文化に立脚した自主憲法を制定し、真の独立を回復し、平和を維持し、全世界の繁栄と平和に貢献することを誓う。(2016/08/15-00:13)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081500421&g=pol
安倍首相式辞=終戦記念日

 15日の全国戦没者追悼式での安倍晋三首相の式辞全文は次の通り。
 本日ここに、天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、全国戦没者追悼式を挙行するに当たり、政府を代表し、慎んで式辞を申し述べます。
 あの、苛烈を極めた先の大戦において、祖国を思い、家族を案じつつ、戦場に倒れられたみ霊、戦禍に遭われ、あるいは戦後、はるかな異郷に亡くなられたみ霊、皆さまの尊い犠牲の上に、私たちが享受する平和と繁栄があることを、片時たりとも忘れません。衷心より、哀悼の誠をささげるとともに、改めて、敬意と感謝の念を申し上げます。
 いまだ、帰還を果たされていない多くのご遺骨のことも、脳裏から離れることはありません。おひとりでも多くの方々が、ふるさとに戻っていただけるよう、全力を尽くします。
 わが国は、戦後一貫して、戦争を憎み、平和を重んじる国として、孜々(しし)として歩んでまいりました。世界をよりよい場とするため、惜しみない支援、平和への取り組みを、積み重ねてまいりました。
 戦争の惨禍を決して繰り返さない。
 これからも、この決然たる誓いを貫き、歴史と謙虚に向き合い、世界の平和と繁栄に貢献し、万人が心豊かに暮らせる世の中の実現に、全力を尽くしてまいります。あすを生きる世代のために、希望に満ちた国の未来を切りひらいてまいります。そのことが、み霊に報いる途(みち)であると信じて疑いません。
 終わりに、いま一度、戦没者のみ霊に永久の安らぎと、ご遺族の皆さまには、ご多幸を、心よりお祈りし、式辞といたします。(2016/08/15-12:24)

887名無しさん:2016/08/20(土) 20:45:32
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081500403&g=pol
玉串料奉納を批判=共産・小池氏

 共産党の小池晃書記局長は15日午前、安倍晋三首相が代理人を通じて靖国神社に玉串料を奉納したことについて、「たとえ私費でも、侵略戦争を肯定、美化する立場に首相自身が立つことを内外に示すことになる」と批判した。JR新宿駅前での街頭演説で語った。
 小池氏は「靖国神社は、過去の日本の侵略戦争を自存自衛の戦い、アジア解放の戦争だと美化している神社だ。それを宣伝することを自らの存在意義にしている特殊な施設だ」と指摘した。(2016/08/15-12:14)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081500159&g=pol
安倍首相、靖国に玉串料=高市、丸川氏が参拝-超党派議員は集団で

 安倍晋三首相は終戦記念日の15日午前、自民党総裁として代理人の西村康稔総裁特別補佐を通じ、東京・九段北の靖国神社に私費で玉串料を奉納した。自身の参拝は見送った。閣僚では、高市早苗総務相、丸川珠代五輪担当相が同日午後、参拝。一方、超党派の「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」(会長・尾辻秀久元参院副議長)のメンバー約70人が同日午前、集団で参拝した。
 首相の終戦記念日の靖国参拝見送りと玉串料の奉納は4年連続。靖国参拝に反対している中国、韓国に配慮した。9月に中国・杭州で開く20カ国・地域(G20)首脳会議の際に合わせて調整している日中首脳会談への影響も考慮した。

 首相は15日午前、東京・三番町の千鳥ケ淵戦没者墓苑で献花。この後、政府主催の全国戦没者追悼式に参列し、式辞を述べた。
 菅義偉官房長官は記者会見で「靖国に参拝するか否かは首相が適切に判断する事柄だ」と説明。「閣僚の私人としての参拝は、個人の信教の自由に関する問題で、政府として立ち入るべきではない」と語った。尾辻氏は集団参拝後の会見で、首相の参拝見送りについて「国益での判断というなら理解していただける」と述べた。
 山本有二農林水産相は15日の記者会見で、6日に靖国を参拝したことを明らかにした。今村雅弘復興相も11日に参拝を済ませた。

 また、首相側近の萩生田光一官房副長官は15日午前に参拝。「大戦で犠牲となられた先人のみ霊に哀悼の誠をささげた。恒久平和への誓いを新たにした」と記者団に語った。
 これまで終戦記念日の参拝を続けてきた稲田朋美防衛相は、自衛隊部隊視察のためアフリカ北東部ジブチを訪問中で、15日の参拝を見送った。稲田氏が会長を務める自民党議員による「伝統と創造の会」のメンバーは同日参拝した。 (2016/08/15-13:43)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081600665&g=pol
「責任、謝罪、反省」裏付け=日本拠出の10億円-韓国政府

 【ソウル時事】韓国外務省報道官は16日の記者会見で、慰安婦問題をめぐる合意に基づき日本政府が韓国の財団に拠出する10億円について、「賠償金と理解できるか」という質問に直接は答えず、「岸田文雄外相が昨年12月に表明した日本政府の責任、謝罪や反省の立場を実質的に裏付ける履行措置だ」と述べた。

 「賠償金」と断定することを避けながらも、事実上、賠償金の性格を帯びているという認識を示唆した。 
 日本政府は、拠出金が「賠償金」と受け止められることを警戒。岸田外相は12日、尹炳世外相との電話会談後、記者団に対し「慰安婦問題に関する請求権の問題は法的に解決済みだという立場は、全く変わりない」と述べている。(2016/08/16-17:00)

888名無しさん:2016/08/21(日) 10:42:59
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081800651&g=pol
10億円の使途、決定先送り=元慰安婦の支援財団-韓国

 【ソウル時事】日韓政府間合意に基づき元慰安婦の支援を行う韓国の「和解・癒やし財団」の金兌玄理事長は18日、時事通信の取材に対し、前日に理事会を開いたものの、日本が拠出する10億円の具体的な使途については決定を先送りしたことを明らかにした。金理事長は「支援方法をめぐりたくさんの意見が出たが、事業の具体的内容については決まらなかった」と述べた。
 ただ、金理事長は「支援策としては医療・介護関連が想定されている」と説明し、大枠の方向性に関しては合意が得られているという認識を示した。
 韓国外務省当局者も18日、記者団に「10億円の具体的な使途や財団の事業に関しては、まだ決まっていない」と語った。理事会関係者は「1回の理事会で決められることではない。改めて開き、論議していく」と述べた。 
 岸田文雄外相と韓国の尹炳世外相は12日の電話会談で、10億円の使途に関し、医療や介護目的などとすることで合意した。岸田外相は「速やかな拠出」を表明しているが、具体的な事業内容を詰めるまでには、なお時間がかかりそうだ。(2016/08/18-16:21)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081800156&g=pol
事業内容、非公開で協議=韓国の元慰安婦支援財団

 【ソウル時事】日韓政府間合意に基づき元慰安婦への支援などを行う韓国の「和解・癒やし財団」(金兌玄理事長)は17日夜、約3時間にわたり非公開で理事会を開き、具体的な事業内容について協議した。関係者が18日、明らかにした。

 岸田文雄外相と韓国の尹炳世外相は12日に電話会談し、日本側が拠出する10億円の使途に関し、医療や介護目的などとすることで合意、岸田外相は「速やかな拠出」を表明した。これを受けた理事会では、元慰安婦支援で突っ込んだやりとりが交わされた。
 関係者によると、一部の理事は「合意では、すべての元慰安婦の名誉と尊厳の回復、心の癒やしのための事業を行うことになっている」と指摘。「存命中の40人を支援するだけでなく、亡くなった方々の追悼事業も行うべきだ」という考えを示した。(2016/08/18-09:53)

889とはずがたり:2016/08/22(月) 14:04:05

北方領土、進むロシア化 元島民「試練は増すばかり」
http://www.asahi.com/articles/ASJ743WB5J74UTFK007.html?ref=goonews
藤田直央2016年7月10日08時33分

 ロシアの前身にあたるソ連が戦後に占領し、日本が返還を求め続ける北方領土問題。定住が進むロシア人の数は、かつて島を追われた日本人の元島民とほぼ同じ約1万7千人になる。5月の首脳会談を機に交渉が再び動き出す中、北方領土最大の島・択捉(えとろふ)島を7月初め、元島民や子孫の人たちと訪れた。

 海に突き出た約150メートルの桟橋、室内プールや全室監視カメラ付きの保育園、島内二つ目の空港から飛び立つ飛行機――。元択捉島民で神戸市の山本忠平さん(81)は3年ぶりの訪問で、様変わりに驚いた。

 今回の日本人訪問団に、博物館館長は「日本時代」を過去のものとする島の歴史の展示を説明し、中等学校では生徒が「択捉島のエコツーリズムの展望」のプレゼンで将来を語った。山本さんは1991年以来5回目の訪問。進む故郷のロシア化を痛感し、「どうしようもない」ともらした。

 北方領土は寒冷、強風の地だ。日本政府はソ連崩壊期の91年度に始めた人道支援で、主に漁業や水産加工業で暮らす住民への影響力を強めようと発電施設まで提供。だが、ロシア政府から09年に経済安定で物資すら不要と伝えられ、今は高度な治療が必要な患者の受け入れなどにとどまる。

 一方、ロシア側は07年からの「発展計画」でインフラや公共施設の整備を進めた。この地域は歳入の9割を補助金などに依存。国防相が今年3月に軍備強化を表明するなど中央政府は「国境の島々」を重視する。択捉島に住む地区行政長(56)は訪問団に、「次の訪問でもさらなる発展を見てほしい」と語った。

 山本さんはソ連支配下の択捉島で12歳になる47年まで過ごし、国籍変更を拒んだ母らと貨物船に乗せられ「送還」。ソ連兵が来た時の怖さや、樺太の収容所を経て函館にたどり着いた苦難を語り部として伝える。

 今回は訪問団が移動する船中での研修で話した。「実効支配は強まり、試練は増すばかり。私の世代では力不足で、若い力が必要です。自由に往来できる島々に早く戻ってほしい」

890とはずがたり:2016/08/23(火) 20:45:27
宋教仁
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%8B%E6%95%99%E4%BB%81

宋 教仁(そう きょうじん)は清末民初の革命家・政治家。湖南省桃源県の小地主の家に生まれる。字は得尊、号は敦初。漁夫などの書名を用いた。

幼少より私塾で学び、1900年には生員の資格を得る。1903年に黄興と知り合った後は排満革命思想に目覚め、黄興、陳天華らと共に華興会を創設し副会長に選出された。1904年、西太后の誕生日に合わせ蜂起計画を立てるが清朝当局に露見し計画は失敗、同年末日本に亡命する。
日本亡命期間中は1905年6月に法政大学に入学、雑誌『二〇世紀之支那』を発行する。7月、宮崎滔天により孫文を紹介され。8月には広東派の興中会、浙江派の光復会、湖南派の華興会が合併して中国同盟会が成立する。12月、文部省の「清国留学生取締規則」に抗議して陳天華が自殺、宋教仁は遺体を引き取りに行き、留学生の帰国を訴える。1906年、早稲田大学留学生予科に学ぶ。1907年3月、大陸浪人古河清らと馬賊工作のため満州に赴く。夏、日本に帰る。1908年、『間島問題』を著す。1910年末、帰国する。1911年7月、中国同盟会中部総会を設立する。
同年10月、武昌蜂起が発生すると宋教仁も武昌に入った。11月、北一輝と上海に滞在、また各省都督代表連合会に湖南省都督府代表として出席。翌1912年1月、中華民国が成立し孫文が臨時大総統に就任した。翌月宣統帝が退位して清朝が滅亡、さらに翌月、孫文に代わって前政権の実力者であり、大きな軍事力を持つ袁世凱が臨時大総統に就任した。
しかし、袁は彼を大総統につかしめた革命勢力を好まず、インフラ整備などの近代化政策を自らの手で強権的に進めようとした。宋は最高権力者が専権を振るう状況よりも、議院内閣制に基づいた法による統治、大総統の権限を制限することが、中国を安定させしめると考えた(詳しくは後述)。そこで革命組織を改組して国民党を組織、事実上の党首として活躍、同年12月の選挙では圧勝した。
この間、袁世凱は宋の懐柔を図るがことごとく失敗した。業を煮やした袁は刺客を放ち、1913年3月、上海駅頭で宋を射殺した。なお、宋教仁の唯一無二の理解者であった北一輝は、宋暗殺の刺客を放ったのは孫文であったとしている。

宋教仁の思想[編集]

宋教仁
宋教仁は、中国の伝統的学問を身につけていたが、科挙の廃止に伴い革命を志向するようになった。
宋は終始孫文に対立した革命家であると言われる。革命戦略については孫文の唱えた辺境根拠地革命に対し、宋は長江流域における都市革命を主張し、中部総会を設立した。また、宋は孫文の唱えた大総統制に対し、議院内閣制を主張した。孫文が強力な権限を持つ大総統による統治を望んだのに対し、宋は民主的な議院内閣制を主張したのである。
無論、その背景には袁世凱大総統の独裁をどう抑えるか、という問題があったのだが、宋は議院内閣制により大総統の権限を抑制しようとしたのであった。そしてこの法を以て対立するという態度が袁世凱に恐れられ、ついには暗殺されるに至った。実際、民国初期の段階で政治的主導権を握ったのは、孫文派ではなく、宋教仁であった。
このように孫文と対立し、また孫文が軍事力で袁世凱に対決しようとしたのに対し、宋は法を以て対決しようとした事から妥協的であるといわれ、「革命右派」と呼ばれ、中国では批判されてきた。しかし1970年代以後、日本でも宋教仁研究が進み、現在では現実的な愛国者であると評価されるようになってきた。

891とはずがたり:2016/08/24(水) 23:35:17
2016年 08月 24日 18:31 JST
コラム:なぜドル円だけが3桁なのか=佐々木融氏
http://jp.reuters.com/article/column-forexforum-tohru-sasaki-idJPKCN10Z0O8?sp=true
佐々木融JPモルガン・チェース銀行 市場調査本部長

[東京 24日] - 先進国通貨の対ドルレートを見ると、円だけ異なる点があることに気づく。他は整数が1桁だが、円の対ドルレートだけが3桁なのだ。

実は、ドル円相場も最初は1桁だった。何しろ、もともとは1ドル=1円だ。

円は、1871年(明治4年)に「新貨条例」という法律で日本の貨幣単位として採用された。純金1.5グラム=1円と定められ、1円、2円、5円、10円、20円の金貨が製造された。

一方、米国のドルはその79年前の1792年に「貨幣鋳造法」によって公式に採用され、1ドル金貨の金の含有量が決められたが、1871年時点での日米両国の金貨幣の純金含有量を比較すると、日本の10円金貨が15グラム、米国の10ドル金貨が15.05グラムでほぼ同じとなっている。

つまり、円という通貨は、そもそも1ドル=1円という価値になるように作られたと考えられる。

<戦前にたどったヘリマネへの道>

しかし、1877年に勃発した西南戦争の戦費調達のために、政府の不換紙幣が大量に発行されると、円の価値が下落し、1897年には1ドル=2円程度まで円安が進んだ。

戦費調達のために、政府が紙幣を大量に刷って市中に供給した結果、円の価値が下がり、インフレ、他国通貨に対する円安を引き起こしたのだ。当時、東京のコメ価格は、4年間で倍になったと記録されている。

こうした事態を背景に、1882年、松方正義大蔵卿(現在の財務大臣)は、日本銀行(日銀)を創設。日銀が唯一の中央銀行として、本位貨幣(金貨や銀貨)と必ず交換する銀行券(兌換銀行券)を独占的に発行するという制度を作った。

1897年に公布された「貨幣法」では、「1円=純金750ミリグラム」と定め、5円、10円、20円金貨を鋳造した。1円は、当初定められた純金含有量のちょうど半分と同等の価値ということになったのである。

このような措置をとったのは、それまでの物価上昇を反映するためだった。そして、日銀が発行する兌換銀行券も、金貨と兌換することを定め、これによって日本の貨幣制度は完全に金本位制度になったのである。

こうした政策のおかげもあって、ドル円は1897年から1931年までの34年間もの間、1ドル=2円前後で安定的に推移した。

しかし、ここから事情が変わってくる。1929年10月24日の米国での株価大暴落(暗黒の木曜日)を発端として世界的な大不況となり、他の主要国同様、日本でも物価が大幅に下落し、デフレに陥ったのだ。

この状況下、1931年12月13日に大蔵大臣に就任した高橋是清は、金の輸出を禁止し、日銀の発行している兌換銀行券を金貨に交換することを法律で制限した。つまり、金本位制度の停止である。

さらに高橋蔵相は1932年3月、金融関係者に対し、財政政策の拡張と満州事変の戦費調達のために、国債の日銀引き受けを実施する準備がある旨を伝えた。高橋蔵相の強い意向を受け、日銀も同意した。まさに、ヘリコプター・マネーが行われたわけだ。

892とはずがたり:2016/08/24(水) 23:35:34
>>891-892
<1ドル=1万円になったのと同じ衝撃>

さて、この結果、円は暴落し、対ドルで2円前後から1932年12月の4.86円まで急速な円安が進行するとともに、日本はデフレから脱却した。

しかし、高橋蔵相は、経済が回復した後は当然、日銀直接引き受けを止めるつもりでいた。1935年10月に発表した1936年度予算編成方針では「公債漸減方針」を掲げた。

ちなみに、当時日銀は国債を直接引き受けていたが、引き受けた国債を市中に売却していた。直接引き受けは行っていなくとも、市中から購入した国債をそのまま保有し続けている現在の状況に比べると、直接引き受けていた当時の方が健全だったとも言えるかもしれない。実際、1936年当時の日銀のバランスシートの大きさは対国民所得比で20%前後であり、現在と比較しても極めて小規模にとどまっている。

日銀は引き受けた国債のうち、当初98―99%は市中で売却できていたが、1935年度には77%しか売却できなかった。公債の市中消化が滞り、日銀が発行公債を背負い込む状況を受け、高橋蔵相は、公債政策の行き詰まりを指摘し、悪性インフレーションの弊害が現れることへの警告を発した。

もっとも、健全財政路線にシフトすることで、高橋蔵相は軍部と対立。1936年2月26日に暗殺された(二・二六事件)。その後、公債漸減方針が撤回され、「対満州政策の遂行」「国防の充実」「農村の経済更生」「税制大改革」の名のもとに国債が野放図に発行され、戦争に突入していったことは歴史が示すとおりだ(国債発行額は1932年度の7.7億円から1945年度には334億円へと13年間で40倍以上に膨れ上がった)。

そして、戦後の日本は復興資金を日銀信用により賄ったことなどにより、ハイパーインフレに悩まされることになる。1944年から1951年までの8年間の物価上昇率は年率平均プラス100%にも達した。こうしたハイパーインフレを受けて、ドル円は円安方向へと大幅に修正されたのである。

ちなみに、第2次世界大戦が勃発した1939年当時は、1ドル=4.25円程度だったが、1945年8月に戦争が終結すると、軍用交換相場として1ドル=15円に設定され、1947年3月にはこれが1ドル=50円に、さらに1948年7月には270円に引き上げられた。そして、1949年4月に、連合国軍総司令部(GHQ)が発表したレート(一般に利用される相場)は、1ドル=360円となった。

1ドル=4.25円だったドル円は、たった10年間で360円までの大幅な円安になったということだ。これが先進国通貨の中で、ドル円だけが3桁になっている理由である。

要するに、日本という国は、たかだか80年ほど前に現在と同じような政策を採用しており、その結果が現代の為替相場に残っているのだ。4.25円が360円になるのは、120円が10000円(1万円)になるのと同じマグニチュードである。

後世の為替ストラテジストが、なぜドル円だけが5桁なのかを説明する時のキーワードは、「アベノミクス」「量的・質的金融緩和(QQE)」なのだろうか。

893名無しさん:2016/08/26(金) 23:28:27
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016082100221&g=pol
領土問題に冷や水=「引き分け」期待に予防線-ロシア

 【モスクワ時事】国後島での邦人足止めには、北方領土問題解決に向けた日本の期待に冷や水を浴びせる狙いがありそうだ。プーチン・ロシア大統領は2012年、領土問題解決に関し「引き分け」と発言した。12月のプーチン大統領来日が確実視される中「引き分け」の中身に日本の関心は高まらざるを得ない。その期待値を下げるため、ロシア側が予防線を張り始めた可能性がある。
 安倍晋三首相とプーチン大統領は5月にロシア南部ソチで行った首脳会談で、年内の大統領訪日で基本合意している。安倍首相は13日、地元の山口県下関市でプーチン大統領を「ぜひ山口にお連れしたい」と踏み込んだ。
 しかし、山口での会談で、北方領土問題が大きく動く保証はまだ何もない。日ロ間の平和条約締結交渉は重ねられ、原田親仁日ロ関係担当大使とロシアのモルグロフ外務次官は6月に続き、26日に再びモスクワで会うが、外務省高官の話し合いで打開できるほど甘い話ではない。
 領土問題解決へ厳しい認識が日本国内で広まれば、年末の山口での首脳会談では「協議継続」で合意しても成果らしく見える。一方で安倍首相は5月のソチでの会談で「今までの発想にとらわれない新アプローチ」を提案。これは「平和条約交渉を続けつつ、それとは別に経済関係を活発化させるアプローチ」とロシア側では解釈されている。領土問題置き去りへの懸念は深まりそうだ。 (2016/08/21-23:05)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016082200543&g=pol
安倍首相夫人が真珠湾訪問

 安倍晋三首相夫人の昭恵さんは22日、自身のフェイスブックで、米ハワイの真珠湾を訪問したことを明らかにした。昭恵さんは旧日本軍の攻撃で撃沈された戦艦アリゾナの記念館で撮った写真を投稿し、「お花と祈りをささげました」と記した。

 菅義偉官房長官は同日の記者会見で、昭恵さんが自ら主催する日米国際海洋環境シンポジウムに出席するためハワイ入りしたことを説明。「ハワイ訪問は私的なものであり、政府としてのコメントは控える」と述べた。首相のハワイ訪問の予定は「全くない」とも語った。 (2016/08/22-15:37)

894名無しさん:2016/08/27(土) 00:17:06
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016082400096&g=pol
10億円拠出を閣議決定=元慰安婦支援、日韓外相会談で伝達へ

 政府は24日午前の閣議で、日韓合意に基づいて元慰安婦の女性を支援するため韓国が設立した「和解・癒やし財団」へ10億円を拠出することを決定した。岸田文雄外相が同日午後に会談する韓国の尹炳世外相に直接伝える。
 両外相は12日の電話会談で、10億円の使途を元慰安婦の医療や介護とすることで大筋合意。岸田氏は、手続きを速やかに進めると伝えていた。政府は10億円を予備費で支出する。
 岸田氏は、10億円の拠出によって「日韓合意に基づく日本側の責務は果たしたことになる」としており、今後はソウルの日本大使館前に設置された慰安婦少女像の速やかな移転を韓国側に求めていく方針だ。 
 菅義偉官房長官は閣議後の記者会見で、「韓国側に対して、それぞれの問題の解決に向けた努力を含め、引き続き日韓合意の着実な実施を求めていきたい」と語った。(2016/08/24-12:02)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016082400786&g=pol
元慰安婦に1000万円=政府、月内に10億円拠出

 外務省は24日、日韓政府間合意に基づき元慰安婦を支援する韓国の「和解・癒やし財団」に日本が拠出する10億円の使途に関し、生存者1人につき1000万円程度、死亡者には200万円程度支出すると発表した。日本政府は財団への10億円を今月中に送金する方針だ。

 元慰安婦への支援は、財団が対象者の個別の需要を把握し、日韓が合意した使途の範囲内で、現金で支出する。具体的な使途としては医療・介護、葬儀関係費、親族の奨学金などを想定している。 
 昨年12月末の日韓合意の時点で、支援の対象となる元慰安婦のうち生存者は46人、死亡者は199人。財団は両政府に事業の実施状況を定期的に通知する。(2016/08/24-21:52)

895名無しさん:2016/08/27(土) 00:18:06
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016082400593&g=soc
日本の10億円「受け取るな」=元慰安婦支援で韓国挺対協

 【ソウル時事】日本政府が元慰安婦を支援する韓国の財団への10億円拠出を閣議決定したことについて、韓国の民間団体「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会(挺対協)」の尹美香常任代表は24日、「問題の最終的解決にはならないし、賠償金でもない。受け取ってはならない」と強調した。日本大使館前で開いた水曜日恒例の抗議集会に参加した際、語った。(2016/08/24-16:13)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016082400749&g=pol
少女像撤去、誠実に履行=対北朝鮮で連携-日韓外相会談

 岸田文雄外相は24日、韓国の尹炳世外相と外務省で約50分間会談し、元慰安婦の女性を支援するため韓国が設立した「和解・癒やし財団」に、日本政府として10億円を拠出することを同日決定したと伝えた。その上で、ソウルの日本大使館前に設置された少女像の撤去を含め、昨年末の日韓合意を着実に実施するよう要請。双方は合意を誠実に履行することを確認した。

 10億円拠出決定に関し、尹氏は「岸田氏のリーダーシップの下、資金拠出の手続きが順調に進んでいることを評価する」と謝意を示した。
 両外相は、24日に潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を発射するなど核・ミサイル開発を加速させる北朝鮮への対応も協議した。岸田氏は「日米韓の緊密な連携は不可欠だ。尹外相とも引き続き緊密に連携をしたい」と表明。尹氏は、北朝鮮の核・弾道ミサイル能力向上に深刻な憂慮を示し、「日韓がいつにも増して緊密に協力していくべきだ」と応じた。
 岸田氏は、韓国国会議員団が島根県・竹島(韓国名・独島)に上陸したことを取り上げ、尹氏に直接抗議した。中国が軍事拠点化を進める南シナ海問題に関しては、関係各国が国際社会で確立されたルールに基づいて行動することが重要だとの認識で一致した。 (2016/08/24-21:23)

896名無しさん:2016/08/27(土) 14:34:43
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160824/k10010651691000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_077
政府 韓国への10億円拠出を閣議決定へ
8月24日 4時19分
政府は、24日の閣議で、慰安婦問題をめぐり韓国側が行う元慰安婦への支援事業に充てられる10億円の拠出について、今年度予算の予備費から支出することを決定する方針です。
慰安婦問題をめぐっては、岸田外務大臣と韓国のユン・ビョンセ(尹炳世)外相が今月中旬、電話で会談し、韓国の財団が行う元慰安婦への支援事業の内容について大筋で合意し、日本側が10億円を速やかに拠出するため手続きを進めることを確認しました。
そして、政府は24日の閣議で、財団への10億円の拠出について、今年度予算の予備費から支出することを決定する方針です。
岸田大臣は24日の日中韓3か国の外相会議にあわせて行われる日韓外相会談で、こうした内容を韓国側に伝えることにしています。
また、「10億円の拠出で日本は責務を果たしたことになる」として、去年12月の日韓合意で、韓国側が「適切に解決されるよう努力する」とされた、ソウルの日本大使館前の慰安婦を象徴する少女像の撤去に向けて、韓国側のいっそうの努力を促す考えです。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160824/k10010652991000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_050
元慰安婦の支援事業 本人には1000万程度の支払い
8月24日 21時29分
外務省は韓国側が行う元慰安婦への支援事業に充てられる10億円について、本人に1000万円程度、亡くなっている場合は200万円程度を現金で支払うと発表しました。
政府は24日の閣議で、慰安婦問題をめぐって韓国側が行う元慰安婦への支援事業に充てられる10億円の拠出について、今年度予算の予備費から支出することを決め、これを受けて外務省は1人当たりの支出額や使いみちを発表しました。

それによりますと、去年12月の日韓合意の時点で、韓国政府に登録された元慰安婦245人を対象とし、支援事業を行う韓国の財団が対象者本人や遺族などの代理人から使いみちを聞き取ったうえで、現金で支払うとしています。
支払う金額は元慰安婦本人に対し、日本円で1000万円程度、去年12月の時点で亡くなっている場合は200万円程度とし、使いみちは本人の場合は医療や介護などが、亡くなっている場合は葬儀に関係する費用や遺族の奨学金などが想定されるとしています。
また、支払いが適切に行われているかどうか確認するため、財団は事業の実施状況を日韓両政府に定期的に通知するとしています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160825/k10010654031000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_027
韓国外務省「少女像は非常に敏感な問題」
8月25日 21時18分
日韓外相会談で、岸田外務大臣がソウルの日本大使館前にある慰安婦問題を象徴する少女像を撤去するよう改めて求めたことについて、韓国外務省の報道官は「国内的に非常に敏感な問題だ」と述べ、少女像をめぐって具体的な動きが出るまで時間がかかるという認識を示唆しました。
岸田外務大臣は、24日に行われた韓国のユン・ビョンセ(尹炳世)外相との会談で、慰安婦問題に関して、元慰安婦たちやその家族への支援事業を行う韓国の「和解・癒やし財団」に10億円を拠出することを閣議決定したと伝えたうえで、ソウルの日本大使館前にある慰安婦問題を象徴する少女像を撤去するよう、改めて求めました。

これについて、韓国外務省のチョ・ジュンヒョク(趙俊赫)報道官は25日に開いた記者会見で、「少女像の問題は国内的に非常に敏感な問題であるため、政府はそうした敏感さを十分に勘案しながら、関連する議論を進めている」と述べ、韓国政府内でこの問題についての協議を行っていることを説明する一方、韓国内では少女像の撤去や移転に反対する世論が強く、具体的な動きが出るまで時間がかかるという認識を示唆しました。

韓国政府や「和解・癒やし財団」の関係者たちは、支援事業を進めていくことで慰安婦問題での日本との合意に対する韓国国民の理解を高め、少女像を設置した市民団体と話し合う環境を整えたい考えですが、市民団体側は移転に応じない姿勢を崩していません。

897名無しさん:2016/08/27(土) 16:16:20
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016082500368&g=pol
元慰安婦1000万円に異論=自民

 自民党は25日、外交部会などの合同会議を党本部で開き、日韓政府間合意に基づき、日本が元慰安婦の生存者1人につき1000万円程度を支出することについて議論した。出席議員からは「事実上の一括支給で個人賠償と取られる。納得できない」などの異論が出た。
 これに対し、外務省側は「金額は目安であって、(賠償問題は解決済みとする)日韓請求権協定には違反しない」と理解を求めた。会合ではこのほか、ソウルの日本大使館前に設置された少女像撤去に向け、「韓国側の努力の内容をきちんと国民に説明できるようにしてほしい」と求める声も上がった。(2016/08/25-12:08)

898とはずがたり:2016/08/31(水) 10:38:13
2016.8.31 05:00
【歴史戦】
習近平氏が「日本の暴行暴いた」と称賛した英国人記者、「南京事件」の現場に居合せず 在職記録もなし
http://www.sankei.com/world/news/160831/wor1608310007-n1.html

 【ロンドン=岡部伸】中国の習近平国家主席が昨年10月に訪英した際、第二次大戦で「侵略者日本の残虐行為を暴いた」と称賛した英国人記者が、所属していたとされる英新聞社に在職記録はなく、中国側が「日本の残虐行為だ」と主張する「南京事件」の現場にもいなかったことが30日までに明らかになった。

 習氏がエリザベス女王主催の公式晩餐(ばんさん)会で取り上げたのは英国人のジョージ・ホッグ氏。「第二次大戦の際、記者として侵略者日本の残虐行為を暴く記事を発表した」と紹介した。

 中国は2008年にドイツなどと合作で、ホッグ氏を主人公にした映画『チルドレン・オブ・ホァンシー 遥(はる)かなる希望の道』を制作した。この中でホッグ氏は赤十字職員と偽って南京に入り、中国市民を殺害する日本兵を写真撮影。日本兵に見つかり処刑される寸前に中国共産党の軍人に助けられる。

 しかし、映画の原作となった『オーシャン・デビル』を執筆した英タイムズ紙記者のジェームズ・マクマナス氏は、「ホッグ氏の中国入りは1938年2月で、彼は南京に行っていない。映画は脚色され、事実ではない」と証言した。

 中国側が主張する「南京事件」は日本軍が南京を占領した37年12月13日から6週間程度。2月に上海入りしたホッグ氏が目撃するのは不可能だったというわけだ。

 ホッグ氏は大学卒業後、英紙マンチェスター・ガーディアンやAP通信の記者を務めたとされている。ところが、産経新聞が後継紙である英紙ガーディアンに問い合わせたところ、ホッグ氏の署名記事はもちろん、在職記録もなかった。

 AP通信やUPI通信には署名記事はあったが、紀行文などで、「日本軍の虐殺行為を暴いた」という署名記事は見つからなかった。

 マクマナス氏の著書などによると、ホッグ氏は上海入りした後、湖北省黄石市に移り、孤児施設で教師を務めた。中国の国民党政府軍が孤児たちを徴兵しようとしたため44年11月、孤児60人を連れてモンゴル国境に近い甘粛省山丹まで移動。戦火から子供たちを守った「中国版シンドラー」と評されている。

 45年8月24日付のマンチェスター・ガーディアンによると、ホッグ氏は同年7月に破傷風で病死した。

 ホッグ氏の両親からの依頼で死因を調べた在重慶英国領事館から英外務省に宛てた46年1月9日付公文書(英国立公文書館所蔵FO369/3426)は「ホッグ氏が校長を務めた山丹の学校教育が中国で最も素晴らしい教育の一つで、ホッグ氏が誠実に天職(教師)に尽くし、協同組合活動の指導者として修練を重ねる極めて良質な人物」と記している。

899名無しさん:2016/09/03(土) 11:04:51
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160903-00000058-san-pol
日露首脳会談 「経済」先行にリスク
産経新聞 9月3日(土)7時55分配信

 「この後、1対1の時間を取って議論したい」

 安倍晋三首相は2日のプーチン露大統領との会談中、通訳だけを交えた“サシ”の対話に持ち込んだ。会談は夕食も含め約3時間10分に及んだが、うち55分間は2人だけの会談だった。その結果を首相は「道筋が見えてきた。手応えを強く感じることができた」と表現。首相はプーチン氏との親密な関係を軸に北方領土問題の解決に挑むが、乗り越えなくてはならないハードルは依然高い。

 ◆ぶつかる「国益」

 「これまで築いた信頼関係に基づき、くつろいだ雰囲気だった」

 日本同行筋は2日夜、首脳会談の様子をこう説明した。とはいえ、両首脳が意見を異にする場面がなかったわけではない。核・ミサイル開発を強行する北朝鮮への対応だ。

 首相「北朝鮮が発射した潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)は新たな脅威だ。国連安全保障理事会で厳しい対応を取る必要がある」

 大統領「問題解決のためには6者協議を再開することが重要だ」

 首相「会議のための会議は意味がない。具体的な成果が出るような協議でなくてはならない」

 首相はプーチン氏と2人きりで会談した後、同行筋に「それぞれの国益を総合的な観点から判断すべきだと一致した」と説明した。しかし、両首脳の「国益」を測る尺度はそれぞれ違う。北方領土問題の解決の前には、この大きな溝が横たわっている。

 ◆「食い逃げ」懸念

 「ウラジーミル(プーチン氏のファーストネーム)の訪日では新たな歴史を開く成果を…」。首相はこの日の会談で、大統領の訪日時に領土交渉の一定の“成果”を得たい考えをにじませた。その仕掛けとなるのが、5月の日露首脳会談で打ち出した8項目の経済協力だ。ただ、経済協力と引き換えにロシア側が領土返還に前向きな姿勢に転じる保証はない。プーチン氏は5月に「何も売るものはない」と明言しており、「食い逃げ」の懸念も残る。

 また、プーチン氏は2012年3月に「引き分け」という柔道の用語を引用して日露双方による妥協の必要性を指摘した。日本政府内では平和条約締結後に歯舞、色丹を返還するとした日ソ共同宣言を根拠に「2島先行返還」が過去に検討された経緯がある。ただ、2島先行返還を容認すれば、交渉は一気に進展するとの見方もあるが、ロシア側に主導権を握られかねない。会談に同席した日本同行筋はこう断言した。

 「4島の帰属の問題を解決して平和条約を締結する日本の基本的立場に変更はない。そこから離れるような提案は行っていない」(ウラジオストク 峯匡孝)

900名無しさん:2016/09/03(土) 21:36:17
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016082900021&g=pol
第五福竜丸

 第五福竜丸 静岡県焼津市のマグロ漁船。1952年に水爆実験を成功させていた米国は、53年にソ連が行った「強化原爆(ブースト型核分裂弾)」の実験を水爆開発成功と誤認し、水爆の小型化による実用化を急ぐため54年3〜5月、太平洋のマーシャル諸島で「キャッスル作戦」と呼ばれる6回の核実験を行った。3月1日の最初の実験「ブラボー」の際、第五福竜丸の乗員23人は近海で死の灰を浴びた。2週間後に帰港するが、半年後に「原水爆の被害者は私を最後にしてほしい」と遺言して、無線長の久保山愛吉さん=当時(40)=が死去。日本中に大きな衝撃を与えた。(アスタナ時事)(2016/08/29-05:43)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016082900020&g=pol
マーシャル諸島

 マーシャル諸島 海抜の平均が約2メートルと低く、気候変動に伴う海面上昇で水没が危惧される太平洋中央部の国家。人口は約5万人。いくつもの環礁を構成する小さな島々を合計した全国土は180平方キロで、日本で一番面積が小さい香川県(1900平方キロ)の10分の1以下。任期4年の一院制の国会(定数33)があり、総選挙は4年に1回、投票日は11月の第3月曜日と憲法で定められている。第1次大戦に伴い、日本がドイツから奪い、第2次大戦終結まで統治下にあった。戦後は米国が支配していたが、1986年に独立した。(アスタナ時事)(2016/08/29-05:41)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016082900019&g=pol
人類と核兵器、共存不能=核実験被害共通のカザフで語る-マーシャル諸島議長

 【アスタナ時事】太平洋の島国マーシャル諸島の国会をまとめるケネス・ケディ議長は28日、核軍縮国際会議参加のため訪れた中央アジアのカザフスタンで「カザフとマーシャル諸島は、大国の核実験場にされたという一点で結び付いている」と強調した。マーシャル諸島では米国の核実験が繰り返され、1954年には近くで操業していた日本のマグロ漁船「第五福竜丸」が被ばくした。議長は「人類と核兵器は絶対に共存できない」と訴えている。
 首都アスタナで、時事通信社の取材に答えた。カザフ北東部のセミパラチンスクは旧ソ連の核実験場にされた。これに対し、マーシャル諸島のビキニ環礁とエニウェトク環礁で核実験を行ったのは「米政府と米軍だ」と議長は語り、広島・長崎に続く米軍の核爆弾投下がマーシャル諸島で繰り返された点を強調した。
 実験が行われたのは46〜58年。計67発の核爆弾が爆発した。最も威力が大きかったのは、第五福竜丸を襲った54年の実験だ。議長は「54年の実験『ブラボー』で爆発させた水爆『シュリンプ』は(高性能火薬TNT換算で)15メガトンだ。広島の原爆(15キロトン以上と推定)の1000倍だ」と述べ、ビキニ環礁の東方にあり、第五福竜丸と共に死の灰を浴びたロンゲラップ環礁の住民を忘れないでほしいと訴えた。

 核実験が続いた12年間について「広島の原爆1.6発分を毎日落とされたのと同じ規模の実験が行われた。(日本では)広島に続いて長崎に原爆投下が繰り返された。マーシャル諸島では最初の投下に続いて全部で67回、同じことが繰り返された」と米国を批判。「それが今、カザフに私たちが来ている理由だ。同じことを繰り返してはいけない。マーシャル諸島はもう十分苦しんだ」と世界に呼び掛けた。 (2016/08/29-05:39)

901名無しさん:2016/09/03(土) 22:12:43
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016082900575&g=pol
少女像移設に反対=慰安婦追悼公園の推進委員長-韓国

 【ソウル時事】ソウルの韓国統監官邸跡地で29日、旧日本軍の慰安婦を追悼する公園「記憶の場」の除幕式が行われた。崔英姫・造成推進委員長はあいさつで、日本大使館前に設置されている少女像について「だれも動かすことはできない」と述べ、追悼公園に移設する案に断固反対する立場を表明した。

 慰安婦だった韓国人女性、金福童さん(90)も「わが国に建てた少女像に対し、(日本が)移せとは何だ」と語り、日本側の移転要請に強く反発した。 
 岸田文雄外相は24日、韓国の尹炳世外相と外務省で会談した際、少女像の撤去を含め、昨年末の日韓合意を着実に実施するよう要請している。
 しかし、設置した民間団体「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会(挺対協)」の尹美香常任代表も移転に応じない考えを強調しており、早期実現は難しそうだ。(2016/08/29-17:13)

902名無しさん:2016/09/03(土) 22:53:31
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016090200795&g=pol
北方領土は「大戦の結果」=パンドラの箱に等しい-ロシア大統領

 【ウラジオストク時事】ロシアのプーチン大統領は米ブルームバーグ通信が2日配信したインタビューで、日本との北方領土問題について、2004年の中ロ国境の最終画定と異なり、「第2次大戦の結果だ」と強調した。大統領はさらに、大戦結果の見直しは「パンドラの箱」を開けるに等しいと指摘し、北方領土問題の解決は容易ではないとの立場を示唆した。
 プーチン大統領は、04年に中ロ国境地帯を流れるアムール川のタラバロフ島を中国領と認めた時と同じように解決できないのかと問われ、「(中ロ国境画定は)非常に高いレベルの信頼を背景にしてのみ可能になった」と説明。「日本との信頼もこうした高いレベルに達すれば、何らかの妥協を見いだせるだろう」との見方を示した。
 ただ、中国および日本との領土問題には「根本的な違いが存在する」と持論も展開。「日本との問題は第2次大戦の結果生まれたが、中国との国境画定問題はそうではない」と語った。その上で、大戦の結果を見直すなら、大戦を経て旧ソ連への帰属が決まった旧ドイツ領のカリーニングラードや旧ソ連軍の占領下にあったドイツ東部地域の扱いも議論しなければならなくなると指摘し、見直しを「パンドラの箱」と形容した。(2016/09/02-19:09)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016090200370&g=pol
ロシア大統領、北方領土問題解決に意欲=引き分け論に言及

 【ウラジオストク時事】ロシアのプーチン大統領は米メディアとのインタビューで、北方領土問題の解決に意欲を示した。「交換したり売却したりするのではなく、一方の国が勝者や敗者と感じないように解決したい」と述べ、「引き分け論」に再び言及した。ロシア大統領府が2日、会見録を公表した。
 この中で大統領は「日本との平和条約締結は最重要問題であり、日本の友人と問題の解決策を見いだしたいと強く思うが、ロシアは領土を取引するつもりはない」と述べた。
 ただ、2日夕の日ロ首脳会談で「この問題を協議することになると確信する」とも語っている。さらに、問題の解決は「損失を与えるのではなく、長期的かつ歴史的な2国間関係の発展の条件をつくるようにしなければならない」と強調した。 
 大統領の発言は安倍晋三首相との首脳会談を前に、領土問題の解決に意欲を示すことで、経済・民生分野の8項目の協力プラン具体化へ向け追い風にしたい考えとみられる。「経済が先行して領土が置き去りにされるのではないか」という日本側の懸念に配慮した可能性もある。(2016/09/02-13:11)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016090200067&g=pol
極東で対日戦勝行事=北方領土支配を誇示-ロシア

 【ウラジオストク時事】ロシアは2日、旧ソ連の対日戦勝を祝う「第2次大戦終結の日」を迎え、極東各地で記念行事を開催した。戦勝70年の昨年と比べて規模は小さいが、北方領土支配の根拠とする「大戦の結果」を改めて誇示。日本の領土返還要求をけん制する狙いもありそうだ。
 関係者によると、ロシア政府主催の愛国集会「全ロシア青年教育フォーラム」が行われている択捉島では、中心地・紗那(クリリスク)の学校外壁に「対日戦勝記念日おめでとう」と記された横断幕が掲げられた。 
 安倍晋三首相が2日に訪問するウラジオストクでは、記念セレモニーや戦没者への献花などを実施。ハバロフスクでも、市民が献花や退役軍人との対話に参加するよう呼び掛けられた。ロシアが北方領土を編入するサハリン州のユジノサハリンスク(豊原)ではコンサートを行い、戦勝ムード一色になる。
 ロシアは、メドベージェフ首相が大統領だった2010年、日本が降伏文書に調印した9月2日を「第2次大戦終結の日」に制定した。(2016/09/02-09:23)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016090100368&g=pol
財団への入金確認=慰安婦支援の10億円-韓国

 【ソウル時事】韓国外務省は1日、元慰安婦を支援する「和解・癒やし財団」の銀行口座に、日本政府から10億円が入金されたと発表した。日本政府は8月、生存者1人につき約1000万円、死亡者には約200万円支給すると発表。8月中にも財団に送金する方針を示していた。
 韓国外務省によると、10億円は8月31日に入金され、9月1日に確認された。今後、昨年末の日韓合意の時点で生存していた元慰安婦46人と死亡者199人に対し、合意で決まった使途に沿う形で現金支給される。(2016/09/01-11:51)

903とはずがたり:2016/09/06(火) 20:21:10
薩長同盟、倒幕狙ってなかった? 龍馬の役割にも異説
http://www.asahi.com/articles/ASJ9142H3J91ULZU004.html?iref=com_favorite_03
編集委員・宮代栄一2016年9月4日11時30分

異説あり、薩長同盟
 今から150年前、薩摩藩の西郷隆盛と長州藩の木戸孝允(きどたかよし)が京都で会談して締結し、両藩が倒幕へと突き進む出発点となったとされる「薩長同盟」。だが近年、「軍事同盟ではなかった」との見方が浮上している。

 「薩長同盟」は1866(慶応2)年、京都市上京区にあった薩摩藩の小松帯刀(こまつたてわき)邸で締結された。

 歴史上、この「同盟」が画期的とされるのは、「八月十八日の政変」や「禁門の変」などで直接砲火を交えた薩摩藩と長州藩が、この時、幕府を倒すために初めて協力して軍事的行動を起こす約束をしたとされるからである。

 戦いに敗れた長州の恨みは深く、薩摩藩を「薩賊」と呼ぶほどだったが、土佐藩の脱藩浪士だった坂本龍馬と中岡慎太郎が仲介。歴史ドラマなどでは、朝敵の汚名を着せられて窮地に陥った長州藩を救うため、坂本が渋る西郷隆盛を説得して会談を実現。二大倒幕勢力がようやく手を結ぶ場面として描かれることが多い。

 だが、その実情はいささか違っていたようだ。

 当事者の木戸孝允の手紙による…

904とはずがたり:2016/09/06(火) 22:18:05
北朝鮮帰国事業 全マスコミが「北朝鮮は天国」と騙された
http://www.excite.co.jp/News/society_g/20160718/Postseven_428951.html
NEWSポストセブン 2016年7月18日 07時00分 (2016年7月18日 07時33分 更新)

905とはずがたり:2016/09/07(水) 10:26:26

知られざる天皇家の「闇」をあぶり出した、ある女官の手記
明治大正期の貴重な証言
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49332
原 武史

906とはずがたり:2016/09/09(金) 19:59:37
日本は「無条件降伏」をしていなかった 教科書が教えない歴史の事実
http://www.dailyshincho.jp/article/2016/08240600/?all=1
『歴史問題の正解』有馬 哲夫[著]
ネット書店で購入する
■無条件降伏のウソ

 8月になると、戦争関連の記事や番組が増える。多くの日本人は、1945年に日本は連合国に対して「無条件降伏」をした、と習ってきたし、今もそう信じている人がほとんどだろう。

 しかし、有馬哲夫早稲田大学教授は、新著『歴史問題の正解』の中で、その見方に異を唱えている。第6章のタイトルは、そのものズバリ「日本は無条件降伏していない」である。

 このような見解を聞くと、「戦争を正当化するある種の人たちのトンデモ説だろう」と警戒する人もいるかもしれない。

 しかし、有馬氏はあくまでも第一次資料をもとに、それを論証している。そこで提示している事実は、私たちが信じ込んでいた「日本は無条件降伏した」という見方を覆す内容だ。

 以下、同書をもとに「無条件降伏の真実」を見てみよう。(「 」内は引用)

■海軍作戦部長も「間違い」


「無条件降伏の真実」とは
 ルーズヴェルト米大統領が、無条件降伏という方針を唱え始めたのは開戦から1年以上経った1943年のこと。敵国が無条件降伏するまで戦争を止めない、というこの方針に、陸海空軍の幹部はもとより、当時の国務長官コーデル・ハルまでもが反対した。

 なぜなら、このような方針を採れば日本など敵国の徹底抗戦を招き、無用に戦争を長引かせることになる。そうなれば自国の兵士たちへの影響もはかりしれない。

 当時のアメリカ海軍作戦部長にいたっては、このように侮蔑的に述べている。

「このルーズヴェルトのお気に入りのスローガン(無条件降伏)は間違いであることを(戦争が進むにつれて)ますます確信するようになった」

 要するに、大統領が国民受けを狙ってぶち上げた方針に対して、政府も軍人もこれは政治的スローガンにすぎず、早期和平の妨げになると考えていた。

 ところが、ルーズヴェルトがこの世を去り、あとを継いだトルーマンもまたこの方針を受け継いでしまう。そこで、実際の交渉にあたってアメリカから日本に対しては、「無条件降伏」は、あくまでも「軍事的指導者の影響力が除去されること」であって、「日本国民の絶滅や奴隷化を意味するのではない」というメッセージを発していた。

 日本を災厄に導いたのは軍閥であって、天皇でも日本政府でも国民でもない、ということである。

 日本政府側も、このメッセージの真意を受け止めたうえで終戦に向けて動くようになったのである。

■国際法上認められない「無条件降伏」

 有馬氏は次のように指摘している。

「私たち日本人は『日本は無条件降伏をした』と繰り返し教わってきたので、『無条件降伏』という言葉に違和感を持つ者はあまりいない。しかし、国際法の観点から見た場合、『無条件降伏』を相手に求めるというのは、当時も今も、相当異常なことだ、ということは理解しておく必要がある。

 近代の戦争においては、降伏した国から主権や基本的権利を奪うことはできず、まったくの無条件ということありえない。

 もしあるならその国民を皆殺しにし、領土をすべて奪ってもいいことになる。実際、こんなことが出来ないように、1941年に行われた大西洋会談では、すべての国には政体選択の自由、領土保全、交易の自由があり、敗戦国も例外ではないとしている。逆説的だが、無条件降伏という言葉は、何が『無条件』なのかを定義しないと使えないのだ」

 有馬氏は、同書で示した事実に関してはすべて根拠(第一次資料)を明記しているので、事実誤認だと思う方も、根拠をもとに反論してほしい、そうした事実をもとに議論することが重要だ、と述べている。

デイリー新潮編集部

907名無しさん:2016/09/10(土) 11:45:26
http://www.jiji.com/jc/article?g=soc&k=2016061800189
「黒焦げの少年」身元判明か=原爆写真展で、「兄だ」-長崎

 長崎原爆の爆心地付近で全身黒焦げで亡くなった少年を写した1枚の写真。身元などは不明だったが、長崎平和推進協会の調査で、少年が旧制中学1年の谷崎昭治さん=当時(13)=である可能性が高いことが分かった。同協会が昨年7月に長崎市で開催した原爆写真展で2人の妹が気付いたのがきっかけだった。

 妹の西川美代子さん(78)と山口ケイさん(76)は、これまで少年の写真が収蔵されている長崎原爆資料館などで谷崎さんの姿を探してきた。昨年7月の写真展で大きく引き延ばされた写真を見た時、「じっちゃん(谷崎さんの愛称)だ」と直感した。
 2人は知人を介し、同協会で原爆関連写真を調査している深堀好敏さん(87)に面会。深堀さんが九州大の法医学者に鑑定を依頼し、顔の特徴などから少年が谷崎さんの可能性が高いという鑑定結果を得た。

 谷崎さんは爆心地近くに下宿しており、原爆投下の日に実家がある現在の長崎県西海市に帰る予定だった。投下後、谷崎さんの父親は何度も下宿があった場所を訪れ、母親も谷崎さんが送った最後の手紙を肌身離さず持っていた。
 2人は昨年秋、少年の写真を手に両親の墓前に報告。山口さんは取材に「両親もほっとしたと思う」とほほ笑み、西川さんも「どこかで生きているのではと思い、気持ちの整理が付かなかった。やっと会えて安心した」と語った。
 自身も被爆者の深堀さんは「遺族の元に帰すことができ、長い間、写真展をやってきて良かった」とうれしそうに話した。(2016/06/18-15:01)

908名無しさん:2016/09/10(土) 14:35:56
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016090700845&g=pol
安倍首相、少女像撤去を要請=北朝鮮へ圧力強化-日韓

 【ビエンチャン時事】安倍晋三首相は7日、ラオスのビエンチャンで韓国の朴槿恵大統領と会談した。首相は、慰安婦問題をめぐる昨年末の日韓合意について「(ソウルの日本大使館前の)少女像の問題を含め、着実な実施に向けた努力をお願いしたい」と述べた。韓国政府が努力すると明記した合意を踏まえ、少女像撤去を求めた発言だ。

 両首脳の会談は今年3月にワシントンで行って以来。朴大統領は「日韓合意を着実に実施していくことが重要だ」と応じた。
 挑発行為を繰り返している北朝鮮に対し、両首脳は日米韓が連携して圧力を強化すべきだとの認識で一致した。首相は「日韓、日米韓の防衛協力の強化は不可欠だ」と強調。朴大統領は、中国が反発している在韓米軍への高高度防衛ミサイル(THAAD)配備について「北朝鮮の脅威に対応するための安全保障策として必要だ」と指摘した。(2016/09/07-21:32)

909名無しさん:2016/09/11(日) 10:52:21
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016090600695&g=pol
「現状では推進せず」=少女像撤去問題で韓国高官

 【ソウル時事】韓国外務省の林聖男第1次官は6日、国会外交統一委員会で答弁し、日本大使館前にある慰安婦を象徴する少女像の撤去問題について「政府も国民の世論を把握しながら動くため、今の状況では、政府が前に出てこの問題(の解決)を推進する考えはない」と述べた。 
 民間調査機関・韓国ギャラップが2日公表した世論調査結果によれば、76%が「日本政府が慰安婦問題をめぐる合意を履行したかどうかにかかわらず、移転に反対」と回答しており、撤去に向けた環境が整っていないと判断したとみられる。
 昨年末の日韓合意は「韓国政府は関連団体との協議を通じて、(少女像問題が)適切に解決されるよう努力する」とうたっているが、韓国政府としては当面、具体的な動きが取れないことを認めた格好だ。(2016/09/06-18:30)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016090600441&g=pol
対日関係「破綻回避を」=慰安婦問題で韓国側議連幹事長

 【ソウル時事】韓日議員連盟幹事長の姜昌一議員は、慰安婦問題をめぐる日韓の政府間合意について「韓国では反発が強い」と指摘しながらも、「この問題で韓日関係を破綻させてはならない」と強調した。9日からの訪日を前に5日、時事通信とのインタビューで語った。
 合意に反対している最大野党「共に民主党」所属の姜議員は「(合意は)国家を拘束する条約や協定ではなく、安倍(晋三)政権と朴槿恵政権の約束にすぎない」という見方を示した。また、「両政権がやったことだから、再交渉の必要はないが、われわれは認めていない」と断言した。新任の長嶺安政駐韓大使と5日に会談し、こうした認識を伝えたという。 
 一方で「韓日関係は慰安婦問題がすべてではない。経済、文化交流など問題が山積している」と指摘。「互いに良い方向を模索していくべきだ」と呼び掛けた。
 姜議員は韓日・日韓議員連盟の合同幹事会出席のため、9日から議員10人前後と共に訪日する。(2016/09/06-14:27)

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016090600066&g=pol
安倍首相が長崎に招待=カザフ大統領

 【モスクワ時事】カザフスタン大統領府は4日、今秋訪日予定のナザルバエフ大統領が安倍晋三首相から被爆地・長崎を訪れるよう招請されたと発表した。両首脳は20カ国・地域(G20)首脳会議が開かれた中国・杭州で会談。安倍首相は「カザフは核軍縮に多大な貢献をした」と指摘したという。
 1991年まで旧ソ連セミパラチンスク核実験場があったカザフは、今も放射能汚染の後遺症に苦しんでいる。今年8月に首都アスタナで核実験場閉鎖25年に合わせた核軍縮国際会議を開催。ソ連崩壊後、ウクライナとともに一時的に核保有国となったが、核弾頭をロシアに移管して廃絶した。 (2016/09/06-07:23)

910名無しさん:2016/09/11(日) 16:44:44
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160911-00000012-jij_afp-int
タイムズスクエアで終戦を祝う「キス写真」の女性が死去 92歳
AFP=時事 9月11日(日)12時10分配信

【AFP=時事】第2次世界大戦(World War II)の終結を喜ぶ水兵からドラマチックにキスをされる姿が、後に世界的に有名になった写真に撮影されていた女性グレタ・ジマー・フリードマン(Greta Zimmer Friedman)さんが8日、肺炎のため死去した。92歳だった。ニューヨーク・タイムズ(New York Times)が息子ジョシュア(Joshua Friedman)さんの発言として伝えた。

 日本の降伏が伝えられた1945年8月14日、フリードマンさんは米ニューヨーク(New York)のタイムズスクエア(Times Square)で水兵に抱きしめられてキスをされた。その場面をカメラマンのアルフレッド・アイゼンスタット(Alfred Eisenstaedt)氏が撮影した。当時フリードマンさんは21歳の歯科助手だった。この写真は米誌ライフ(Life)に全面掲載され、20世紀の米国を語る一枚だと言われている。

 米海軍協会出版局(Naval Institute Press)が2012年に出版した「The Kissing Sailor: The Mystery Behind the Photo That Ended World War II(キスをする水兵:第2次世界大戦を終わらせた写真の謎)」という書籍で、この写真の女性はフリードマンさんで、水兵はジョージ・メンドンサ(George Mendonsa)さんだと特定されていた。

 情熱的な写真からフリードマンさんとメンドンサさんは恋人同士だったように思えるかもしれないが、実際には知り合いでさえなく、その場に居合わせただけだった。この写真には、ジョージさんの肩の上に将来の妻リタ・メンドンサ(Rita Mendonsa)さんの笑顔も写っている。

「退役軍人の歴史プロジェクト(Veterans History Project)」が2005年に記録に加えたインタビューで、フリードマンさんは1960年代にアイゼンスタット氏の写真集を見るまでこの写真を見たことはなかったと語っていた。

 インタビューの中でフリードマンさんは「このキスのことはあまり覚えていません…単に誰かがお祝いをしている、というだけなんです」と当時を振り返った。「ロマンチックな出来事ではなかったんです。『戦争が終わった、ああ本当に良かった』というだけだったんです」

【翻訳編集】 AFPBB News

911とはずがたり:2016/09/11(日) 23:24:07

アメリカの原爆や空襲も国際法違反だしソ連の対日参戦も同じだ。
そしてアメリカの原爆とソ連の対日参戦が日本の降伏を導いた訳だ。

「約束守るべきだった」1945年の旧ソ連対日参戦、正当化論調に異議 KGB元大佐インタビュー
http://www.iza.ne.jp/kiji/world/news/160819/wor16081910190013-n1.html
2016.8.19 10:19

 第二次大戦後の北方領土問題や「シベリア抑留」の悲劇を生んだ旧ソ連の対日参戦(1945年8月9日)について、ロシアでは当時の日ソ中立条約(41年締結)の効力を否定して正当化する論調が強まっている。ソ連による抑留問題の実態を暴露したソ連国家保安委員会(KGB)元大佐の歴史家、アレクセイ・キリチェンコ氏(79)は産経新聞のインタビューに応じ、こうした見方が誤っていると論破した。一問一答は次の通り。

 --ソ連は45年4月5日、中立条約を延長しない旨を日本に通告した。これをもって、対日参戦に問題はなかったとの主張がある

 「ソ連のモロトフ外相は当時、日本の佐藤尚武大使に条約を延長する意思がないことを表明した。しかし、老練な佐藤大使は、条約が46年4月25日まで有効であることをモロトフに認めさせている。後にスターリン首相がこれを“修正”して対日参戦したということになるが、外相の約束は破られるべきでなかった」

 --ある日本専門家は最近の論文で、41年の日本軍人らの発言や松岡洋右外相の「北進論」を挙げ、日本には中立条約を守る意思がなかったと強調している

 「戦争のことを考えるのが軍人の仕事である。ソ連との戦争に反対する者が陸軍にも海軍にも存在していた。松岡は政府と見解が相いれず、同年7月に更迭されている。誰にどんな『計画』があったとしても、それに意味はない」

--ソ連の極東戦力が日本の対ソ攻撃を抑止したとも主張されている

 「実際には、日本は41年秋、満州の関東軍からの部隊引き抜きも含め、南方へと兵力を迅速に集中させた。9月にはソ連にも、当時の関東軍の構成では、日本に戦争はできないということが明らかだった。10月末には、スターリンが極東の軍や共産党指導者との少人数の会合を持ち、極東の部隊を西部(対ドイツ戦)に投じることが決まった。日本が攻撃してこないとの確信があったのだ」

 「ほかならぬ極東の部隊が41年11月7日にモスクワの『赤の広場』でのパレードを行い、そこから(西部の)戦闘に向かった。それによってモスクワは攻撃されることを免れたのだ。41年から43年の間に、極東から西部へと完全に訓練・武装された42個師団が振り向けられた」

 --満州からソ連への国境侵犯が頻発し、それが日本の「攻撃意図」の表れだともされている

 「日本はノモンハン事件(39年)以降、ソ連国境を破らないようにということを徹底していた。日中戦争があり、ソ連を挑発して『2正面』で戦うことはできなかったためだ。逆に、関東軍がソ連からの脱走兵や送り込まれた諜報員を収容所に入れていた事実があり、越境はソ連からの方が活発だったのではないか」

912とはずがたり:2016/09/11(日) 23:24:21
>>911-912

--ソ連はどう対日参戦に向かったのか

 「戦争の前半には、中立条約はソ連にとっても日本にとってもきわめて有利なものだったのだと考える。しかし、独ソのスターリングラード攻防戦(42〜43年)の後、ソ連は自らの力を認識し、日本との戦争準備を始めた。国防委員会は対日戦に備え、シベリア鉄道の予備支線としてコムソモリスク・ナ・アムーレ-ソビエツカヤ・ガバニ間の鉄道敷設を決め、それは予定された45年8月1日より数日早く完了している」

 --原爆投下でなく、ソ連こそが第二次大戦を終結させたのだとして対日参戦を正当化する主張も強い

 「満州の実態を見るならば、当時、片道分の燃料しかない航空機が380しかなく、その多くは8月半ばに日本に戻ってしまった。ソ連側は5000機以上も戦闘態勢にあったが、空中戦はほとんどなかった。満州には戦車もたいへん少なく、この頃には完全に弱体化していたというのが事実だ」

 --“公式史観”と異なる見方を公にする理由は

 「私は、日本をソ連の敵国の一つとして研究し始めた。だが、日本の現実を深く知るにつけ、ソ連とその後のロシアが少なからぬ過ちを犯し、それが今日に至るまで両国関係に本質的な影響を与えていることを理解した。むろん、日本も天使にはほど遠かった。将来の悲劇と困難を避けることには意味があると考える」(モスクワ 遠藤良介)

 ソ連の対日参戦 ソ連軍は1945年8月9日、当時有効だった日ソ中立条約を破って日本に対する戦闘を開始し、満州(中国東北部)や樺太(サハリン)などに侵攻。日本がポツダム宣言を受諾し、15日に終戦の詔書が発表された後も一方的な侵略を続けた。ソ連軍が日本の北方四島を占拠し終えたのは、日本が降伏文書に調印した9月2日よりも遅い同5日だった。ソ連はまた、武装解除した日本将兵など約60万人を旧ソ連各地に連行して強制労働を課し、6万人以上の死者が出た(「シベリア抑留」)。

 ◆アレクセイ・キリチェンコ氏 ソ連国家保安委員会(KGB)元大佐、ロシア科学アカデミー東洋学研究所上級研究員。1936年、旧ソ連のベラルーシ生まれ。64年にKGB大学を卒業しKGB第2総局で対日防諜を担当。80年代に研究所入りして日本人強制抑留問題に取り組み、日露間での真相解明に向けた原動力となった。著書に「知られざる日露の二百年」(現代思潮新社)がある。

913名無しさん:2016/09/19(月) 20:46:04
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160912-00050105-yom-pol
新党大地・鈴木代表と三浦瑠麗氏、日露関係議論
読売新聞 9月12日(月)23時33分配信

 新党大地の鈴木宗男代表と国際政治学者の三浦瑠麗氏が12日、BS日テレの「深層NEWS」に出演し、日露関係について議論した。

 鈴木氏は今月2日に行われた安倍首相とプーチン大統領の会談について「(首脳間で)相当な信頼関係ができ、(北方領土問題解決に)お互い自信を持っているのではないか」と評価。色丹、歯舞の2島引き渡しを明記した1956年の「日ソ共同宣言」を「(交渉の)スタートライン」と強調した。三浦氏は「(2島返還で)手打ちとなったときの日本国民の怒りは甘く見てはいけない」と述べた。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板