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本流対策室/2 板
1
:
トキ
:2012/03/09(金) 19:48:22 ID:JdfF7lug
このスレッドは、生長の家の「今の教え」と「本流復活」の問題に関連して、以下のテーマを
扱うものとします。
「本流掲示板」等他の掲示板に掲載された投稿へ何らかのコメントをする。
いわゆる「本流復活派」の方々の言動について、コメントをする。
上記に関連するテーマなら、広く受け付けます。また、この2つのテーマについて賛否
どの立場の人の投稿も歓迎しますが、たとえ違う立場の意見でも、お互いに尊重する寛大さ
をお願いします。
この掲示板は、基本的に生長の家の教義と谷口雅春先生の説かれた教え
を支持、共鳴する人のためにサイトです。生長の家と谷口雅春先生へのご批判をされる内容
の投稿はご遠慮下さい。
投稿の削除はしない方針ですが、アダルトサイトや出合い系サイトの勧誘を含む内容など
明らかに目的外の投稿は、削除の対象となります。
目的外の投稿の判断は、最終的には、管理人である「トキ」の判断になります。
ご理解下さい。
スレッドのルールと方針は、生長の家の「今の教え」と「本流復活」を考えると、と同じに
考えております。
855
:
金木犀
:2012/04/25(水) 11:51:19 ID:gUphdZ4w
初心者様
掲示板というのは、宛名がなくてもあってもいいのかと思っていました。
どうもすみませんでした。
いや、ここでは、なんとなく宛名がないといけないものかなとは思っていましたが、
そういう時は独り言と書くべきなのかも知れませんね。
それにさっきのは、一応春らんまん様の宛名になっているから、それでいいかと。
今度から、宛名のないものは書きません。
いつも、失礼なことばかりしてすみません。
お許し下さい。
856
:
春らんまん(旅の空から)
:2012/04/25(水) 12:00:40 ID:FqQs/bDc
さくら様へ
まだ、ありました(泣)。
①外来のモノを、日本的にアレンジする力、ですね。
あと、②全てのモノは、御皇室という、いわば文化センターを通してからでないと、国民に行き渡らない” について、ですね。
①もともとの仏教の地では、”死んでしまえば・無”ですから、ご遺骨の灰を川に流したりするみたいですが、
日本ではお墓を建て、お経をあげ、○回忌とか機会の度に法事をしますね。
これは、
“人間・死んでも死なない”を、古来から”知っている”(←という言い方でいいのかな)から、なんだと言えます。
つまり、”生命(御霊・みたま)は、生き通しである” が、 古代からの大和民族の霊魂観 であると言えるのです。
日本人の道徳観の基礎になった”神・仏・儒”。
もともと神道的感覚が日本人のエートスであり、その上に、後から伝わった仏教(本来の仏教とは違うもの)が乗り、
儒学は取り入れたが、儒教を採用しなかったので、朝鮮に見られるような "教条主義” "男尊女卑” "鉄壁の身分制度” は、なかった。
目上の人に対する礼儀とか、”取り入れたら、イイね♪”
という取捨選択・いいトコ取りしてこれたのが、このアレンジ力で、
これは、島国で・外来のモノに対する好奇心まんまん・まずはドンナモンカ、見る余裕があり、決して排他的な心情を持たない点から可能になるのでしょう。
カレーも手では食べず、箸もあるけど、やっぱ白いご飯よね! ってなカンジでご飯にかけ、そうそう、スプーンもあったワと、これで日本版カレーとなり、
ご飯に合うなら、パンにも入れちゃえ、ラーメンやうどんにもイケるわ♪
という、おおらかさ(笑)。
②>島国で・外来のモノに対する好奇心まんまん・まずはドンナモンカ、見る余裕があり、決して排他的な心情を持たない点から可能になるのでしょう。
に関連すると思うのですが、
どこの王朝でも、最高のものを王に献上しようと高みを目指しますよね?
それで、モノや芸術等に限らず、思想的なものも、まずは御皇室に入って、”コレイイね♪” となると、民は安心して受け入れるというのか、
だって・親子関係ですもの。天皇様と我々国民は。
明治時代に肉食を広めようとする時、本当はお肉なんて大っきらいだったらしい明示天皇様にまずは率先して食べて頂いて、それから牛鍋となり、庶民の御馳走すき焼きへと
進んでいったようです。
なるべく、ワカり易いように書いたつもりですが、とりあえずこの辺で終了致します。
また、意味不明点がありましたら、お問い合わせください。
再拝
857
:
初心者
:2012/04/25(水) 12:19:04 ID:TfQ0e6RA
金木犀様
ひとりごとは仕方ありませんね。第三者に向けて書かれたとすれば、このように
応ずるよりほかはありませんから。
なんにいたしましても、複数の方から屁理屈よばわりなどされたりいたしまして、
あまりに面倒なことですから、これからは、根拠とか、説明とか、気が向かぬかぎり
は書こうとはおもいません。言いたい放題のことを書かせていただくことにいたします。
858
:
志恩
:2012/04/25(水) 12:27:09 ID:.QY5jUA6
春らんまん様
さすが、神道にお詳しくていらっしゃいますね。ありがとうございました。
大変勉強になりました。
ところで、
春らんまん様
空の旅からは、いつ帰られるのですか?
早く,戻って来て欲しいです。
春らんまん様が、お救いしたい! と切望されておられた
初心者様が、こちらの掲示板に、いらして下さってますから、
このように、様々な事語って下さると、ありがたいです。
それから、WEB誌友会を発案されたユタカ様が言われてましたが、
WEB誌友会をここの掲示板でやろうと思われた発端の想いは、今の教えでは
教えて貰えなくなった 神の国・日本、 天皇・日本、 愛国心とは、等々、
どういうものか、知っている人に教えてもらいたいからだ、ということでした。
幸い、見識の高い復興G様や、金木犀様、トキ様、役行者もおられて、仏教に精通されてる
ももんが様もおられますが、さくら様や若い方も参加されますし、
訊け様が、司会役で前夜祭からがんばっておられることもありますから、
春らんまん様にも、いろいろと、ここをご覧の皆様を啓蒙するためにも、教えて頂けたらと
思っております。もしも、お気が向かれましたら。
でも、参加が、無理でしたら、後から、感想をおっしゃって下さるだけでも、いいですけれどね。
では、
春らんまん様、書き込み、とてもうれしかったです。げんきでね。
859
:
初心者
:2012/04/25(水) 13:09:09 ID:TfQ0e6RA
毎日のように、書かれた文字を引用、反復、再利用しなければ自分を落ち着かせ
ることができない人々と、そのようなことをしなくても平気でいられる人間と、
いったいどっちが救われているといえるのでしょうか。
860
:
初心者
:2012/04/25(水) 13:18:49 ID:TfQ0e6RA
わたしは、「人間神の子」の教えはそれなりに学んだつもりだし、体験したつもり
なんです(あくまでも、「つもり」ですが)。その段階を通過して、「神の子」の教えは
もはや自分には必要ないと判断するにいたりました。みなさまは必要として
おられるかもしれませんが、わたしはそうではありません。この教えでなければ
救われない。そんな「教え」があるんですか?
861
:
春らんまん(旅の空から)
:2012/04/25(水) 13:27:16 ID:FqQs/bDc
>>858
志恩様 こんにちは。
合掌 ありがとうございます。
旅の道中では御座いますが、おなつかしい皆皆さまのことが忘れ難く、時にフラフラと覗いては、
つい書きこんでしまう、という軽挙妄動を謹んでお詫びいたします。
なんとなく、初心者さんって、(意外と)可愛らしい方なんだなぁ、と、
今日は彼の "簡素に書くぞ宣言" あたりで、感じました(笑)。
大自然讃歌、あれは、大いに失敗だったと、多くの教団関係者は思っているのではないでしょうか。
しかし、この板で事前に初心者さんの書いてあることを読んでいた私にとっては、
衝撃が少なくて済んだ、という効果がありました。
"あっちゃ〜、やっちゃったな、とうとう。"
という感じでしたけど、
これは、掲示板など覗いていなかった一般の信徒さん達には、大打撃を与えたと思いますよ。
今まで、なんとなく疑問?に感じていても、"まさか"でフタをしてきた違和感や、
尊師の御教えを正しく継承しています!と、実態を隠し続けてきた職員の涙ぐましい努力を、
一気にブチ壊して・崩壊の扉を開けてしまったなぁ、と。。
逆に言えば、もうそこまで、総裁の実相顕現の時期は来ている、ということと信じています。
誌友会は、参加も妨害もしません。
最初は、大丈夫かしらん? と 見ていましたけど、
ユタカさんの熱意にも感動したし、招神歌もされていたし、良かったと思います。
今後も、聖典解釈の間違いのままの暴走の恐れは、復興G閣下以下、
素晴らしい方たちが書いて下さっているようなので、
当初心配していたような事(勝手な解釈をするんじゃないか)は、杞憂と安心致しました。
本来は、いついつと日時を設定して・この日が誌友会・ではなくて、
日々の掲示板の投稿自体が、
誌友会であるべきなんでしょうけど、
私を始め、時に暴走列車が走る為、なかなか難しい事であると、自戒と反省を新たにさせていただきました。
なので、
誌友会は後で読みます。
旅の途中で、書ける時だけ、たまに寄りますね。
宜しくお願い致します。
再拝
863
:
初心者
:2012/04/25(水) 13:46:17 ID:TfQ0e6RA
あいかわらず「思い込みの世界」にひたりきったままの人がいますね。
その「思い込み」が諸悪の根源だと、なぜに気づかないのでありましょう。
864
:
春らんまん(旅の空から)
:2012/04/25(水) 13:56:43 ID:FqQs/bDc
初心者さんへ
久遠天上理想国実現の神示 より(以下・抜粋)
『生長の家』とはタカアマハラのことである。
たてlに無限に生(の)びることを『生』と言ひ、
よこーに無限に長(の)びることを『長』と言ひ、
(中略)
久遠天上の『生長の家(たかあまはら)』が地上に顕現して全世界が『生長の家(せいちょうのいへ)』になねば
永遠理想世界は地上に来ぬ。
久遠天上とは知に対する天ではない、実相世界のことである。
(中略)
高天原と、瑞穂の国と、生長の家とは三位にして一体であると言ふのである。
(中略)
全世界が『生長の家』になったら各人の家系もまた連綿と無窮につづくやうになるのである。
(後略)
一時、自分だけが神の子の自覚が出来て、もう必要としない、ということは、ないんじゃないですか?
自分たちの世代だけで歴史があるのではなく、御先祖の代代から皇国を護ってきた事実と、これを後世の次世代に継承していく責務が、
人間に与えられた使命だと思いますよ。
これが、動物と一緒ではない、ということの意味だと考えます。
この教えでなければ救われない、というのは、個人救済はどこの宗教でも団体でも可能でしょうが、
国家の救済と世界の救済は、生長の家の御教えしか為し得ないでしょう。
↑
(再掲)
高天原と、瑞穂の国と、生長の家とは三位にして一体であると言ふのである。
からです。
865
:
春らんまん(旅の空から)
:2012/04/25(水) 14:05:37 ID:FqQs/bDc
神示に誤字脱字がありましたので、訂正致します。
>全世界が『生長の家(せいちょうのいへ)』になねば
↑
ならねば
>久遠天上とは知に対する
↑
× 知
○ 地
謹んで訂正・謝罪致します。
866
:
さくら
:2012/04/25(水) 15:13:17 ID:tPVxKQcE
春らんまんさま
ご丁寧な返信ありがとうございます。
不快なんて、とんでもない、
げんに、「春風のような清らかな風」と、
男性にも評判がよろしいじゃないですか、笑。
お言葉の、真の意味を、捉えられないこと者の方が、信仰がないのです、
すみません。
>““真理への道は、唯一つ。人間は、神の子だ、ということである”
毎朝聞いた放送ですが、
ここで、“ へ の 道” が付いている事に注目しますと、
“人間は神の子だ"ということは、まだ ”真理”(に到達した状態)ではない、 ということを教えてくれます。
神の子である人間は、”神”であり、愛であり、真理である、ここに至る、過程なんだと教えてくれていると考えます。
論争(対話に於いて、真理が明らかになる)においての歴史は、プラトンにはじまるようですが、
それは、はじめに「絶対的答え=真理あり」の前提があり、
まだ到達できないのは、人間の理性が未だ曇っているだけで、今はその道程に過ぎない、必ずここにたどり着けるんだ、という前提があったようです。
これは、ヘーゲル主義の「弁証法」の発想の源泉で、
理想的な共産主義社会に到達すると前提しているマルクス的思想も広い意味でヘーゲル主義のようですね。
例えば、このプラトン哲学のモデルになったのは幾何学だったといわれているそうですが、
数学者ユークリッドが体系化して、「弁証法的思考」を続けていけば、あらゆる問題の「真理」を発見でき、現象はすべて合理的に説明できる、と二千年もの間信じられていたそうです。
けれど、十九世紀半ばになると、非ユークリッド幾何学が登場します、そして、物理学においては相対性理論が生まれますが、
そこから、「絶対的自明の理」とされてきた前提が置き換えられてしまいます。世界の見方がかわってしまったと思います。
ゲーデルの不完全性定理などは、言ってみれば、数学的に完全な証明はない、という証明みたいですね、
(なんでそうなるかとか、全然、知りません、文系なんで、笑。)
数学の世界でさえそうなのですから、人間の意識が複雑に反映される社会は、なおさら、
「絶対的真理の実現」の不確かさ、「絶対的真理が証明」はありうるか、ということは、もうすでに、覆されてしまってるようですね、
言語学において、ソシュールがすごいところも、こんなとこにもあるみたいですよね、
客観的秩序があってそれを語っていた、と思っていた世界が、
実は、言葉が秩序をつくっている、しかも、その言葉にしろ、客観的に存在するわけでなく、使う主体に影響されている、つまり、この世界の客観的真理の証明は、言語によっても、無理だということですね、(たぶんもっと複雑なことですが、だいたいで、笑)
言語については、人間のつくっているのは言葉の世界ですから、
人間に対する言葉の影響というのは、深い問題があることと思いますよね、、
生長の家でも、「言葉の創化力」の運動ですから、無関心ではいられないのではないか、と感じました。
だから、真理への・・の「〜への」、は、たしかに、いまだ、到達できない人間の真理への道、その通りだとおもいました。
人間は、「絶対なる真理に到達できない」、たしかに、春らんまんさまの言うとおりで、そういうことを見抜かれるのは、さすがだなと、思いました。
867
:
さくら
:2012/04/25(水) 15:13:59 ID:tPVxKQcE
しかし、わたしのような生半可な信仰の者が言っては申し訳ないのですが・・
神道的にも、生長の家でも「神の子」というのは、修行や真理の言葉を学んでから、
はじめて「神の子」になるのではなく、今この瞬間生きていることこそ、「神が神を生きている」「神が神を行っている」(・・榎本先生の説かれているような・笑)そのようなこととも、理解しております。
信仰における醍醐味、とは、ここかな〜、とわたしは感じました。
神の命である自分が、不完全な躰を選んで、不完全な世界を、不完全なままに生きている、不完全さを経験している!だから、すばらしいな、と。
悪も不完全もない、というのは、理屈で説明することではないんですが、
本当に、その不完全さの中で一生懸命生きる人間には、ある時、ふと、すべてそのままで美しいな〜と感じる瞬間がある、と思います。
現象にあらわれる、真象というのでしょうか、多様なものが複雑に関係し合いながら、
それでも、全体では絶妙なバランスをとって世界をつくっている、そのような美しさを、味わう心境ですね。
・・いつもそんな心境だといいんですが、まあ、神(自分)が、おこったり泣いたりして、
右往左往して、雑多な世界を生きている、そんな感じです、笑。
神道のことは、今、学び中で、参考にさせていただきます、ありがとうごいました。
神道には、「見える神道」と「見えない神道」と呼ばれる側面があるようですが、
わたしは、歴史なんかにも弱くて、、やはり、心惹かれますのは、「見えない神道」
とよばれるものの方かな、と感じました。
地域の共同体や儀式や文化に根ざしたもの、なにより、神聖な存在を「あえて言挙げ」しないけれど、拝み崇拝する、日本人の精神の核となるような信仰心でしょうか・・そのようなものです。
天皇のお姿は、神をあえて語られませんが、生活や、国民に対しての日々の姿勢はそのままで、祈りの姿だと感じます。・・「祈り」と言ったから、といって、「何もしない」ということをあらわしてはいませんで、その生きる姿勢そのままのお姿が祈りだと感じると言うことです。
最近読んだ、南方熊楠が、鎮守の森を守るために書いた「神社合祀に関する意見」に書いてあったことに共感していました。
「神社の人民に及ぼす感化力は、これを述べんとするに言語壮絶す。いわゆる「何事かおはしますかを知らねども有難さにぞ涙こぼるる」ものなり。似而非神職の説教など待つことにあらず。神道は宗教に違いなきも、言語理窟で人を説き伏せる教えにあらず。
本居宣長などは、仁義中孝などとおのれが行わずして事々しく説き勧めぬが神道の特色なり、と言えり。すなわち言語で言い表し得ぬ冥々の裡に、わが国万古不変の国体を一時に頭の頂上より足ゆびの尖まで感激して忘るる能わざらしめ、皇室より下凡民に至るまで、いすれも日本国の天神地神の御裔なりという有り難さを言わず説かずに悟らしむるの道なり。古来神殿に宿して霊夢を感ぜしといい、神社に参拝して迷妄を開きしというは、あたかも欧州の神社神林に詣でて、哲士も愚夫もその感化を受くること大なるを言えるに同じ。別に神主の説教を聴いて大益ありしを聞かず。真言宗の秘密儀と同じく、何の説教講釈を用いず、理論実験を要せず、ひとえに神社神林その物の存立ばかりが、すでに世道人心の化育に大益あるなり。」
宗教的エコロジーも、神道的観点からなら、わたしはとても共感ができますし、
愛国心も同じです。
漢字を使い出した日本語は、「音痴の言語」とも呼ばれるそうです。
言霊学では「音」「聞こえ」「声」を大切にしたはずの日本語が、
ロゴス的な、そして、日本的意味を失っていることもある漢字によって、
感情を想起するような視覚の言語になっているそうです。
ですから、シニフィアンの暴走と指摘されることも、
あながちただの杞憂ではないと感じた次第です。
日本人としての愛国心は、闘争的になるなど、考えられないことと、感じる次第です。
本来の、自分の内なる神の「声」「聞こえ」に耳を傾けることを信仰の原点として
大切にしたいとも感じています。
歴史のことなど、不勉強すみません、
また、よろしくお願いいたします。
旅のご報告も楽しみにしてますね!
868
:
春らんまん(旅の空から)
:2012/04/25(水) 16:54:03 ID:R/yaXAbk
さくら様 こんばんは。
さすが総裁第一秘書のさくら様(感嘆)。
当方の知力では、読むだけで精一杯の、ムツカシイ御本もお読みなんですね。
気持のこもったレス、ありがとうございました。
一点だけ、
>人間は、「絶対なる真理に到達できない」、
↑
とは、当方は申し上げておりません。
"至る過程だ"と申し上げているのであり、到達できないならば、努力する必要も又、ないと言わざるを得ません。
(また、"観の転換"で、神の子の自覚はありましても、そのままその"完成した姿"であるならば、
何度も輪廻転生する必要もない訳です。)
だから、古来から日本人は、神に至る道を "道" と 名付けたのでしょうね。
今日は、本当に、ありがとうございました。
感謝再拝
869
:
初心者
:2012/04/25(水) 16:59:48 ID:TfQ0e6RA
春らんまんさま
全世界が生長の家になる。そうですか。そうなればよくなりますか。
じつはわたし、20年も前に某教区の教化部でずいぶん長くお世話になったの
ですが、そのときにおもったのが、「全世界がこの教化部のようになったときに、
それは果たしてよい世界なのだろうか」ということでありました。
とてもよい世界であるとはおもえませんでした。今よりひどくなるのでは
ないか、とさえおもえました。いばってる人、無根拠に讃嘆したがる人、
陰気な人、一面的にしかものを考えられない人、あることないこと言ってくる人、
物やお金を盗む人、陰で人の悪口を言う人、自分のことを棚にあげる人、
深く考えられない人、考えようとする人間を無条件にバカにする人、やたらと
真理で人をさばこうとする人もしくはそのことに快感を覚えてしまい自分を
見失っている人、多様性を認めようとはせずに画一的な価値観だけを押しつけて
くる人、救われている人と救われていない人を仕分けしたがる人。教化部には、
いろんな人がいましたね。世間でも見かけないような傲慢な態度をとり続ける
人もいました。さすがに、下品な言葉づかいで人をおとしめようとする人は、
いませんでしたが、世界が教化部のようになるのが理想だとはとてもおもえ
ませんでした。そればかりか、世間より少しはマシな世界に近づいているとさえ
感じたことはありません。
現象の生長の家は最低でも、それは本来の姿ではない。こういうことなので
しょうか。理想像の先送り。差延ですね。
870
:
さくら
:2012/04/25(水) 17:08:36 ID:CoNvYg/.
863>あいかわらず「思い込みの世界」にひたりきったままの人がいますね。
その「思い込み」が諸悪の根源だと、なぜに気づかないのでありましょう。
…さくらが、宮崎あおい激似と言った件ですわね…初心者さま。
仕方ないですわ。否定しても言われちゃうんだから…
871
:
春らんまん(旅の空から)
:2012/04/25(水) 17:13:51 ID:R/yaXAbk
初心者様、こんばんは。
>さすがに、下品な言葉づかいで人をおとしめようとする人は、
いませんでしたが
↑
あ、すみません、本当に。
では、私みたいのは、初めてお目通り叶った、ということでございますね。
ありがとうございます。
ん〜。
自分が研修生だった時、職員同士で揉めていることがありました。
時の総務は、両者の言い分を聞いたり、仲裁に入ったり、
一切しませんでした。
環 境 は 心 の 影
としか、言いませんでしたね。
この言葉で、 自分も"あ、ナルホド"と思わせていただいたので、
初心者様が見られた醜悪な現象は、
そこから何かを教えてくれる出来ごとだったのではないでしょうか。
教化部は分かりませんが、道場などでは、職員に幻滅したことは、私も多々あります。
いずれにしても、"神の子の真相が現れる・過程"なんだと、教えられました。
現象処理は、現象処理であり、
理念は、高く保持していかなければ、"虚無感"だけで終わってしまいませんか?
なんて、思うのであります。
レス、ありがとうございました。
再拝
872
:
春らんまん(旅の空から)
:2012/04/25(水) 17:37:23 ID:R/yaXAbk
宮崎あおい激似のさくら様
素敵な夫と出会う秘訣? お尋ねでしたかしら。
(私の場合は違いますが)
ざっつ! 神想観 ですよ♪
これで魂の伴侶に出会えたという方、実際にお会いしたことあります。
宮崎あおい激似のさくら様なら、大丈夫!!!
絶対にいいお方と巡り合いますよ。
ばいざうぇい
結婚生活って、これまた、宿題と言うか、課題ですよね・・
私、独身が長かったせいもあり、ここをご覧の方たちは御存じのように、
相当"ヘン〜〜〜”でしょう?
(一般の女性に比して)
夫様は、だいぶ・御苦労されたみたいですよ(笑)。
家庭内街宣・毎日ですもん。
もともと、結婚前に夫様は持病があったのですが、
私と結婚してから、なくなりました。
だって、毎日ハラハラ、ドキドキ、生存の危険に晒されているんですよ!
今月はいついつ病院に行って、薬もらって。。なんて考えるヒマがないほど、
おびやかされるんですもの(笑)。
夫様は、"びっくりして、病気も治った"
と、
感謝して下さいます。
結婚生活って、本当に、課題のオンパレードですね。
再拝
873
:
SAKURA
:2012/04/25(水) 20:00:46 ID:FEa/NNlc
>>669
>>678
>>702
>>706
>>760
>>768
>>769
>>813
>>817
>>829
>続きです
■「生命の実相」より一部抜粋
悪があるように見えても本来無い。この真理が人間の魂に沁み込んでしまうまでは
人間は本当には幸福にもなれないし、本当に赦すこともできないものである。
<つづく>
874
:
SAKURA
:2012/04/25(水) 20:07:12 ID:FEa/NNlc
>>669
>>678
>>702
>>706
>>760
>>768
>>769
>>813
>>817
>>829
>>873
続きです
■「生命の実相」より一部抜粋
本当に常にその人の生活が幸福であり、本当に赦すことのできる人は
「悪はあるように見えても本来ない」と悟った人ばかりである。
心の変化で、人体を流れる電流に変化を来たすことは早大心理学教室で発明した
嘘発見器以来周知の事実である。そして感応電流を人体に通ずれば健康にある影響
を及ぼすのも周知の事実である。そうすれば、心の変化が人間の健康に影響を
与えるのも当然のことである。
<つづく>
875
:
初心者
:2012/04/25(水) 21:07:48 ID:TfQ0e6RA
さくら様
またしても、横からお邪魔いたします。
ゲーデルは、不完全性定理をひっさげて、「ヒルベルト計画」を粉砕した人物
ですね。たしか弱冠24歳だったゲーデル青年は、完全なる数学の存在を証明
しようとした、20世紀数学界の一大プロジェクト「ヒルベルト計画」実行のため
の大会議のさなかに挙手をして、数学に完全な証明はないとする不完全性定理
を発表したといいます。
数学に完全な証明はない。これを数学で証明するのは不可能ですから、ゲーデル
青年は、論理学でそれを証明したということですね。そのときにもちいられた
ゲーデル文やπ文なるものを見たことがありますが(とても「読んだ」とは言え
ません)、さっぱり理解できませんでした。世の中には賢い人がいるものです。
言葉もおなじですね。超越論的シニフィエは存在しない。つまりは、少なくとも
言葉の世界においては、他のなにものにも依存せず、それ自体が意味を持ち、
なおかつ他のすべての意味を支配する「絶対的真理」は存在しない、ということ
でしょうね。簡単にいえば、「現象なし」であるなら、「実相とは何かを対立概念で
ある現象をもちいずして語れ」ということでしょうか。おそらく不可能でしょうね。
876
:
トキ
:2012/04/25(水) 21:34:45 ID:yp/YpLKY
本流掲示板で、「トキさんは、和解の具体的な案を出さない」とみんなから罵倒されているので、過去に出した和解の案をアレンジして
出してみます。ちなみに、私はイソベさんではないので、これは教団側の見解ではありません。誤解のないように!
まず、現在の裁判は、最高裁判所へ上告中ですから、今でも継続中です。これを以下の条件で、裁判上の和解にして終結してしまいます。
*教団側は、聖典の著作権についての生長の家社会事業団の主張を認める。
*教団側は、過去の行き過ぎた言動を生長の家社会事業団と光明思想社に対して謝罪する。
*生長の家社会事業団と光明思想社は、教団側に失礼な言動があった点を謝罪する。
*生長の家社会事業団と光明思想社は、1年間の期間限定で、光明思想社が有する聖典の出版権を日本教文社に有償で転貸する。なお、この期限は更新を認めるものとする。
*生長の家、生長の家社会事業団と光明思想社は、第三者を含めた「和解委員会」を設立し、1年間の期限で、今後の教団のあり方を協議する。なお、この期限は更新を認めるものとする。
*「和解委員会」には、信徒中の有識者、弁護士資格を持つ信徒など、両当事者とは無関係な人間を含める。
*「和解委員会」は、非公開の聴聞会を開催し、参考人を招致して、意見を述べさせる事ができる。
・・・・ということでは、どうでしょうか? ちなみに、これは手続的な部分に限定をしております。まずは、争いを納めて、信徒を安心させる、という点に両方とも主眼を置くべきだと思います。
合掌 ありがとうございます
では、おやすみなさい。
877
:
志恩
:2012/04/25(水) 21:36:04 ID:.QY5jUA6
志恩のひとりごとです。
今、本流対策板の、本日の部、読ませていただきました。
朝、初心者様が、モデルチェンジして下さったお陰かもしれませんが、本日は、素晴らしい展開になりましたね。
春らんまん様は、言うまでもなく さすが!♡と、思いました。神道の歴史や、政治、皇室その他の発言は、どれも深みがある内容なのに
分り易く説明してくださって、目から鱗。。。大変感動しながら、読ませて頂きました。
また、
さくらさんも、神道から哲学から… よく勉強しておられたんですねぇ。感心しましたよ。
昨年のことを思いますと、華麗なる大変身って感じ。
金木犀様が、先日例えられましたが、
春らんまん様の春風のような清らかな風を運ぶ真理の風景をバックに、さくらさんの
華麗なる さくら吹雪が舞っているような 生長の家本来の懐かしさのある日本の原風景が、目に浮かびました。
今日の神道の話その他は、それについて勉強されていらしたお二人の、大先輩でいらっしゃる復興G様や ぼるぼ様や 金木犀様から、それから
トキ様、役行者様からも、きっと、ハナマル を戴ける内容ではないかしらと、しみじみ うれしく有り難く思っているところです。
878
:
トキ
:2012/04/25(水) 21:38:26 ID:yp/YpLKY
補足です。「更新を認める」というのは、「両当事者の合意により、更新を認める」という意味です。
「和解委員会」での和解内容は、和解成立後、公正証書にして、両当事者が所持するものとする。
879
:
SAKURA
:2012/04/25(水) 21:47:36 ID:FEa/NNlc
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続きです
■「生命の実相」より一部抜粋
*『生命の実相』である。これから後世に、もっと強く生命力を振起させる文章が
でて来るかもしれない。出ることを望む。ともかく、薬物でないと生命力は振起
しないと思われていたのを文章術によって生命力を振起する道を拓いたのが
『生命の実相』である。学と術とはちがう。
現象学は正確に告げる必要があるし、現象学は現象を正確に
告げる必要があるし、人を生かす術は現象を飛び越えさせてしまう。
<つづく>
880
:
志恩
:2012/04/25(水) 21:55:10 ID:.QY5jUA6
横スレして、すみません。
881
:
初心者
:2012/04/25(水) 22:47:02 ID:TfQ0e6RA
ひとりごとの乱用は、できればつつしまれたほうがよろしいかと。
第三者に語られた場合には、ひとりごとで応ずることもありうる、
ということでしょう。
882
:
志恩
:2012/04/25(水) 22:54:17 ID:.QY5jUA6
ひとりごとは、数ヶ月前に一度、今回で、2度目でございますが、
今後は、謹めとおっしゃるのでしたら、謹みます。
883
:
初心者
:2012/04/25(水) 23:02:50 ID:TfQ0e6RA
「謹め」とは言っておりません。当てつけがましく感じたものですから、
思うところを書いてみたまでです。
884
:
志恩
:2012/04/25(水) 23:23:30 ID:.QY5jUA6
そうとられましたか?文の表現は、むずかしいですね。
当てつけでは、ありませんよ。
今後の生長の家を担ってくださる若いお二人が、すごく神道や哲学を勉強されていたので、
素直な気持ちで、とても心強くて、涙がでるほど感動して書いたのです。
あなたが、モデルチェンジしてくださった成果だと、思っていました。
あのような展開になったのはね
。
それとも、あなたの本意では、なかったのですか?
私は、二人の間でしたら、入りませんでした。
3人の間だから、いいかなと思いました。
なにか、反論がございましたら、遠慮なくおっしゃってください。
885
:
志恩
:2012/04/25(水) 23:59:36 ID:.QY5jUA6
先輩に学ぶことも勿論ありますが、若い柔らかい頭脳の持ち主の後輩にも大いに学ぶ
ところがあると思っております。
あなたが、20年前に教化部で、散々嫌な場面を見たことは、真実であろうなと
感じています。私が奉職させて頂いていた昔は、そうでは、ありませんでしたが。
今後は、そういうことにならないためには、どうしたらいいか、老若男女問わず
意見を聞いたり、なんどもなんどもディスカッションされたりして、予防するための
新しい規約を作成されたら いいのではないでしょうか。失敗に学ぶです。
宗教は、あなたは、必要がなくても、必要な人間は、世の中に五万と 居ます。
私は、いまでも、生長の家の教えは、古くさくないし、哲学的で 最高だとおもっています。
どの宗教に触れるかは、、その人の魂の波長の問題です。魂の波長の合った宗教が、ご縁のある宗教です。
どうか、
生長の家の真実の佳さを理解してくださって、和解に応じられて、世の中で救いを求めている人達の為に
本来の生長の家を、蘇らすために、別の観点から、学び直していただけませんでしょうか。
私は貴方と今回、数回会話をさせて頂いて、あなたが納得さえすれば、とても理解力の早いお方だなあと感じています。
いつも生意気なことばかり申し上げてすみません。
これも、当てつけに思われたら、おゆるしください。そして、お忘れください。
886
:
志恩
:2012/04/26(木) 00:14:53 ID:.QY5jUA6
真っ暗闇の中、ロウソク1本灯しても、白いやわらかな光が広がるでしょ。
たった一人、光明思想に触れるだけでも、、
もう1本、もう1本と、あせらず、発祥のときのように、されればな、と思っております。
887
:
志恩
:2012/04/26(木) 00:24:42 ID:.QY5jUA6
日本だけ救われれば、いいのかというお話もございますが、
日本は、世界を脅かす様な人種では、ありませんし、
それは、1本のローソクの例えのように……光は、じわじわと世界に広がるのではないでしょうか。
888
:
SAKURA
:2012/04/26(木) 00:29:49 ID:IZOyeWaY
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>>768
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>>873
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続きです
■「生命の実相」より一部抜粋
【*『生命の実相』である。これから後世に、もっと強く生命力を振起させる文章が
でて来るかもしれない。出ることを望む。ともかく、薬物でないと生命力は振起
しないと思われていたのを文章術によって生命力を振起する道を拓いたのが
『生命の実相』である。学と術とはちがう。
現象学は正確に告げる必要があるし、現象学は現象を正確に
告げる必要があるし、人を生かす術は現象を飛び越えさせてしまう。】
「生命の実相」より抜粋です!!! 谷口雅春著
<つづく>
889
:
SAKURA
:2012/04/26(木) 00:41:03 ID:IZOyeWaY
>>669
>>678
>>702
>>706
>>760
>>768
>>769
>>813
>>817
>>829
>>873
>>874
>>879
続きです
■「生命の実相」より一部抜粋
心の平和を得ることが幸福のもとである。心の平和を得なければ億兆の富と
いえどもなんの幸福もわれわれにももたらしない。
富を善事に駆使うる者は「富」を得るときそれに捉えられる。
「生命の実相」より抜粋です!!! 谷口雅春著
<つづく>
890
:
さくら
:2012/04/26(木) 07:55:47 ID:tPVxKQcE
春らんまんさま
おはようございます。
「絶対なる真理にたどり着けない」、というのは、極端な言い方でした、
失礼しました。
つまりは、この世界に「絶対」なるものはない、ということが言いたかった、ということです。
先ほどの話で、ヘーゲル主義的な「絶対なる真理」「完全なる世界」を実現するための弁証法的な問題解決は、もはや、通用しなくなっている、ということが言えると思いますが、
だからといって、努力しなくて良い、ということを言いたかったのではなかったんです。
「絶対なる善」や「絶対なる正義」、「絶対なる真理」をどちらかが主張すれば、
そこに、「絶対なる悪」「絶対なる不義」「絶対なる虚説」が存在することになります。
・・が、そんなことは、現実に、ありうるでしょうか。
例えば、対立関係があるとすれば、それは、どちらかが「善」であり、「悪」である、
というより、そこには、「違い」があり、「差」があるに過ぎないのではないか、
と考えられます。
ですから、努力するとすれば、その「差」や「違い」を認めて、理解し合い、差をなくしていく方向への努力ではないかと、感じています。
例えば、トキ様が書いて下さった本流側と教団側の、和解案のように、
お互いに譲歩すべき処は譲歩し、お互いの立場や考えを理解し合うべきは理解しあう。
努力とは、どちらが「絶対正しい」ということを証明することではなく、
「違い」認めて、改善すべき点をあきらかにすべき、ということに、賛同いたします。
そして、宗教団体なのですから、「信仰を守る」観点を大切にしてほしいと、
ねがっています・・。
>つまり、”力を誇示”して、この信仰の方がいいですよ、と優位性を示した、という意味だったと思います。
また、論理的であるということが、論理の構築がないものより上等である、という錯誤(これは戦後日本へのキリスト教布教の時の絶対的な支柱でしたね?)を抱かせるということかもしれません。
ロゴス(論理)中心主義は、歴史や文化の中で構築された価値判断も含んだ、
二元論的世界観をつくるようですね、、
人間がこの世界で物事を認識する過程というのは、、「世界から二つの概念や物事の関係性を組み立てる」ことで理解ができるというのが基本の仕組みになっているそうですが、
このロゴス中心主義に陥いることになってしまうのは、
言葉を習得した人間の宿命的な部分もある、とも言える点もあるかも知れません、、
やはり、言葉がどのような働きをするのか、
言葉を大切にする生長の家も、さらに慎重に考えても良い問題とも感じます。
>神社本庁の関係者が、世界の宗教界の団体に招かれ、”日本の神道というものを教えて欲しい”と乞われ、説明に大変御苦労があった件を読みました。
もう、一神教では、世界は救えない、日本(や、一部世界の限られたエリアでは今も続いている)の多神教の宗教感によってしか、救えないという危機感からだったようです。
春らんまんさまが書いて下さったように、「日本の神道」のあり方は、
このロゴス中心主義とは、全く違うあり方ですね、
神社には、神器などが祀られていると思いますが、社の本体の中は、「空間」
だと思われますが、そうですか?
この「空」を祀るために、儀式がつづいた神道とはすごいですね・・
それは力で、絶対これが正しい真理なんだ、「絶対の信」なんだと、教えたわけでもないのに、
「何事かおはしますかを知らねども・・」のために二千年、続いた道なのですから・・
他に類のない宗教なのだと思います・。
春らんまんさまは、ご自分が考えている「日本国実相顕現」のやり方は、
日本の神道的やり方であると、お思いになりますか?
891
:
初心者
:2012/04/26(木) 08:00:21 ID:TfQ0e6RA
志恩様
「ひとりごと」という表現を過去にもちいたことはほとんどない、という
ことですね。それを今回は、なぜかもちいられた。こういうことですね。
こうした表現をこのタイミングでもちいると、それがどういう効果をもたら
すか、それをぜんぜん考慮されずに、たまたま掲示板で見かけた言葉なので、
使ってみる気になったと、おそらくはこういうことを言っておられるので
ありますね。
ふつうのケースでは、このタイミングでこういうもちい方をされますと、
「当てつけ」と捉えられてしまうことがあるのですよ。
信仰の世界では違っているのかもしれませんが、世間一般では、「このケースで
このような表現をもちいると当てつけにとられるかもしれない」、と考えて
使用を控えたりすることがありますね。
892
:
さくら
:2012/04/26(木) 08:07:20 ID:tPVxKQcE
・・それから、ザッツ神相観、了解しました、笑。
やっぱり、春らんまんさまの旦那さま、ほんと、すばらしいんですね〜
ショック療法をあたえて病気をなおされた
らんまんさまの威力も、・・やっぱり、ただ者ではないですね、笑。
結婚生活とは、実に、奥深いものなのですね、笑、
893
:
さくら
:2012/04/26(木) 08:20:40 ID:tPVxKQcE
志恩さま
志恩さまの独り言のお言葉、嬉しかったです、ありがとうごいます。
・・私のように荒削りの粗悪な雰囲気の文の見本のようなものは、
志恩さまのような先輩方には、
今までも不快な思いを与えてきたことだろうと、反省しております、、
あたたかく見守っていただき、ありがとうございます。
感謝、合掌。
894
:
さくら
:2012/04/26(木) 08:48:29 ID:tPVxKQcE
初心者さま
>言葉もおなじですね。超越論的シニフィエは存在しない。つまりは、少なくとも
言葉の世界においては、他のなにものにも依存せず、それ自体が意味を持ち、
なおかつ他のすべての意味を支配する「絶対的真理」は存在しない、ということ
でしょうね。簡単にいえば、「現象なし」であるなら、「実相とは何かを対立概念で
ある現象をもちいずして語れ」ということでしょうか。おそらく不可能でしょうね。
ゲーゲルの不完全性定理を含めて、丁寧な解説ありがとうございます。
これがなんなのか、理解できないですが、笑、まあ、すごい、天才がいたということですね、
日本的神道の世界観こそ、世界の宗教を救い、人類に調和をもたらすということを、
世界が認めはじめている、春らんまんさまも書いて下さっています。
そして、神道的なあり方、というのは、言葉で人を扇動しようとしたり、
絶対を主張するものではなく、
言葉を超えた、「道」、であるということも、示して下さいました。
言葉を使う人間というのは、「絶対の真理」を証明し、
「超越論的シニフィエ」を言い当てることはできません。
ただ、そこには、「対立」があるだけですね。「差」をつくり、それを認めるだけではないかな、と思います。
神道的なあり方、とは、その「差」をとる、道、と一体になるようなことなのかな、
と春らんまんさまとのやりとりでも、感じさせていただきました。
他を、力で排除しようとするやり方は、キリスト教的なロゴス中心主義のやり方であり、
それは、神道的なやり方とは、かけ離れたものということも、
らんまんさまに教えていただきました。
日本語は、もともと、「音(オン)」を大切にする言葉であったはずで、
「はじめに、ロゴスあり」ではなく、はじめに、音オンあり、であったはずですね・・?
音痴の言語と言われるようになってしまった日本語ですが、
人の感情を扇動することに使われず、
神道的な、「響き」を大切にする使われるようになると、もっと、調和があらわれるかもしれないとも思います。
895
:
「訊け」管理人
:2012/04/26(木) 08:51:19 ID:???
――――――――――――――――――――――――――――
(ひとりごとに関して)
ふつうのケースでは、このタイミングでこういうもちい方を
されますと、
「当てつけ」と捉えられてしまうことがあるのですよ。
――――――――――――――――――――――――――――
チェスト!!
896
:
95%ロムの信徒
:2012/04/26(木) 09:12:29 ID:tWP7OEjY
素朴に質問というか聞いてみたいのですが、
どちらも(本流派 今の教え派)肯定するという見解はいいのでしょうか。
今の教えを今の人は認識しているのでしょうか?
897
:
95%ロムの信徒
:2012/04/26(木) 09:14:24 ID:tWP7OEjY
すみません。
見解はいいのでしょうか。→見解はありでしょうか?でした。
898
:
初心者
:2012/04/26(木) 09:31:39 ID:TfQ0e6RA
さくら様
「ロゴス中心主義は二元論的世界観をつくる」などと言ってもらっては、ちと困り
ます。わたしは、「生長の家はロゴス中心主義だ」と言っておりますのに、
「生長の家は一元論を説いているのだから、それが二元論を形成するロゴス中心
主義というのはおかしいではないか」と反論されてしまいそうです。ここは
ひとつ、釈明の機会を。
ロゴス中心主義の根底にあるのは、「言葉には意味があるとする思い込み」で
すね。こうした思い込みが根底にあってロゴス中心主義は形成されてゆきます。
生長の家は、「言葉には意味がある」との思い込みからスタートしておりますから、
この意味で、生長の家はロゴス中心主義とならざるを得なくなります。
言葉には意味がある、とはどういうことかと申しますと、「言葉と、それが意味する
ものは別の場所にある」ということです。たとえば、「言葉には意味がある」と思い
込んでいる人は、「カワ」という言葉と、水が流れている実際の「川」はぜんぜん
別の場所にある、と考えますね。
この時点で、「言葉には意味があるとする思い込み」は、言語的には「二元論的
世界観」を形成しているということがいえそうです(ちと苦しいかも)。
ソシュールは、「言葉とそれが意味するものは同じ場所にある」と考えますから、
一元論ですね。「カワ」という言葉と、それが意味するとされる「川」は表裏一体の
関係にあり、分離させることはできないと、ソシュールは考えます。ソシュールの
思想は、言語的には一元論的世界観を形成しているということがいえそうです
(簡単にもうせば、「川」は、「カワ」という言葉によって喚起された脳内のイメージ
ということにでもなるのでしょう。いずれにしても、これもちと苦しいかも)。
以上のことから、ロゴス中心主義は、言語的には二元論的世界観に陥っている、
ということがあきらかにいえますね。とりあえず、言語学の観点から苦しい釈明を
試みてみました。
899
:
さくら
:2012/04/26(木) 10:17:32 ID:CoNvYg/.
>95%ロムの信徒
>日本人の道徳観の基礎になった”神・仏・儒”。
もともと神道的感覚が日本人のエートスであり、その上に、後から伝わった仏教(本来の仏教とは違うもの)が乗り、儒学は取り入れたが、儒教を採用しなかったので、朝鮮に見られるような "教条主義” "男尊女卑” "鉄壁の身分制度” は、なかった。
目上の人に対する礼儀とか、”取り入れたら、イイね♪”
という取捨選択・いいトコ取りしてこれたのが、このアレンジ力で、
これは、島国で・外来のモノに対する好奇心まんまん・まずはドンナモンカ、見る余裕があり、決して排他的な心情を持たない点から可能になるのでしょう。
カレーも手では食べず、箸もあるけど、やっぱ白いご飯よね! ってなカンジでご飯にかけ、そうそう、スプーンもあったワと、これで日本版カレーとなり、ご飯に合うなら、パンにも入れちゃえ、ラーメンやうどんにもイケるわ♪という、おおらかさ(笑)。
�>島国で・外来のモノに対する好奇心まんまん・まずはドンナモンカ、見る余裕があり、決して排他的な心情を持たない点から可能になるのでしょう。
春らんまんさまのご文章お借り致しました、失礼します。
これは、わたしの個人的に感じることですが、
信仰においての原点となる核を失わないなら(これは大切なところですね…、)
このような、排他的な心情をもたない、いい所を生かす、といいうことは、有りうるのではないかとも、感じますが、どうでしょうか…。
今のおしえを、すこしは理解するようつとめてきましたが、100%雅春先生の対極にあり、100%間違えだとは、わたしには、言えない点もありました。
人により受け取りは違うので、95%ロムの信徒は、今のおしえを、どう理解されたか違うとは思いますけれど、いかがでしょう。
方針などやり方は、たくさん、改善の余地ありで、だからこそ、そのための、話し合いや和解案なのだと思いますが…。
同じ意見の人しか、褒めない、相手にしない、認めない、そのようなやり方では、なかなか発展は望めないのではないかと、感じています。
900
:
志恩
:2012/04/26(木) 10:50:33 ID:.QY5jUA6
95%ロム信徒様
896:
>>どちらも(本流派、今の教え派)肯定するという見解はいいのでしょうか。<<
ということですが、私は、本流派は、本来の生長の家の教えを復活する運動をされてるし、
今の教えは、雅宣教になってるし、
どちらも肯定するということは、しようと思っても、出来ない事だと思っています。
私は、昨夜、トキ様が「和解の具体案」を提示して下さった内容に、思わず一瞬心が誘われて、ひととき甘い幻覚を観たんです。
雅宣総裁が、雅春先生の教えの立ち位置を替えて、立って下さったらと…
でも、初心者様は、雅春先生の教えは、ここまで達してないと、以前も繰り返し言われていましたが、今朝の言葉も
生長の家は「言葉に意味がある」という思い込みからスタートしていると、おっしゃってますから、
まず、立ち位置を替えるのは、無理だと分りました。
今の教えを支持する方々と、本来の生長の家を支持する方々と、交わる事は、言う易し、行うが難しという感を一層、
深めました。
これも、あんたの思い込みだよと言われれば、それまでです。
901
:
初心者
:2012/04/26(木) 10:54:20 ID:TfQ0e6RA
さくら様
ロゴス中心主義は、絶対的真理がどこかにあると考えます。そのどこかにある
はずの絶対的真理を、言葉で言い当てようとしたり、それがかなわぬときは、
霊的直観力に訴えてでも言い当てようとします。
なぜこのようなことになるのかといえば、言葉や想念を離れたところに絶対的
真理があるとする二元論的思考であるがゆえにです。言葉は何かを言い当てて
いる。こうした信仰のあるがゆえにです。
「あえて言挙げせず」で「何事かおはしますかを知らねども有難さにぞ涙こぼる
る」神道であれば、ロゴス中心主義にいたずらに陥ることはなかったものと考えます。
902
:
SAKURA
:2012/04/26(木) 11:04:14 ID:4tf.tE3w
>>669
>>678
>>702
>>706
>>760
>>768
>>769
>>813
>>817
>>829
>>873
>>874
>>879
889続きです
こんにちは…
今日も、「谷口雅春先生の言葉」の強さに感銘する【SAKURA】で〜す!!
いまから、商談中に、入りますが……それでは〜〜?また後程〜〜?
■「生命の実相」より一部抜粋
俗人は「富」をもてば増殖したくなるであろうし、それが奪われざらんことを欲して
守りたくなるであろう。ここに、人が現象に捉えられて、自己の内にすでにある
「無限の富」を忘れがちとなる危険がひそんでいるのである。
誰でも必要以上に富をもつことは人生に不要な重荷を背負いこんだことになる
「生命の実相」より抜粋です!!! 谷口雅春著
【*『生命の実相』である。これから後世に、もっと強く生命力を振起させる文章が
でて来るかもしれない。出ることを望む。ともかく、薬物でないと生命力は振起
しないと思われていたのを文章術によって生命力を振起する道を拓いたのが
『生命の実相』である。学と術とはちがう。
現象学は正確に告げる必要があるし、現象学は現象を正確に
告げる必要があるし、人を生かす術は現象を飛び越えさせてしまう。】
「生命の実相」より抜粋です!!! 谷口雅春著
<つづく>
903
:
さくら
:2012/04/26(木) 11:08:13 ID:CoNvYg/.
初心者さま
「本来の生長の家」とは、
「神道的考え方」を、認めて、高く評価しつつも、
「神道的な、あり方」を、行わないと、いうことなのでしょうか…。
わたしには、本来の生長の家、が何を行ったてきて、
いまも、何を実現しようとしてるのか考えると、
すこし、わからなくなります。
904
:
初心者
:2012/04/26(木) 11:09:47 ID:TfQ0e6RA
志恩様
「思い込み」という言葉を乱用しないでいただければ、ありがたいのですが。
わたしは、「思い込み」という言葉を、「言葉には意味があるとの思い込み」と
いうように、限定された使い方しかいたしておりません。この言葉を、わたしと
結びつけてほかの方面にもちいられますと、またしても「当てつけ」と感じざる
を得なくなってしまうのですよ。
何度ももうしますが、言葉には意味などありません。この「立ち位置」を変える
には、ソシュールを否定していだたくしかありません。ソシュールは正しいのか、
間違っているのか、どちらとお考えでありましょうか。
905
:
SAKURA
:2012/04/26(木) 11:10:57 ID:4tf.tE3w
>>669
>>678
>>702
>>706
>>760
>>768
>>769
>>813
>>817
>>829
>>873
>>874
>>879
>>889
>>902
続きです
■「生命の実相」より一部抜粋
無限供給というのは飽食の意味でなく、必要なだけ食膳に上るということである。
このことを食物に限らず「金」でもおなじことである。
「生命の実相」より抜粋です!!! 谷口雅春著
<つづく>
906
:
初心者
:2012/04/26(木) 11:16:56 ID:TfQ0e6RA
さくら様
神道的なあり方というのは、以前からもうしておりますように、
ジュリアン・ジェインズのバイキャメラルマインドであろうと考えております。
そもそも宗教がなぜ必要になったのかといえば、それは左脳自我の登場に
よるものと考えます。神道は左脳自我を満足させるものではないと考えます。
代わりに、ロゴス中心主義が左脳自我を満足させます。
907
:
トキ
:2012/04/26(木) 12:03:12 ID:CTiR3hpE
本流掲示板に以下の投稿がありました。
------------------------------------------------------------------------------------
呼び捨てはいけませんNEW (8654)
日時:2012年04月25日 (水) 20時21分
名前:yamazaki (旧 山崎)
相手が誰であろうと決して呼び捨てはしないでいただきたい。
この掲示板に書き込まれる方で呼び捨てにされた方は過去には私の知ってる限りでは1人だけです。これは掲示板のマナーです。
--------------------------------------------------------------------------------------------------
この件で議論になった様子ですが、それに関連して、意見を申し上げます。
確か、先代の本流掲示板の中で、某教区の女性の教化部長さんが、「代田」「前原」と呼び捨てにしている、というので、
憤激した信徒さんが投稿した記事を拝読した記憶がありました。まあ、その人もエキセントリックな人なので暴走をしたの
でしょうが、やはり否定的な意見が多かったです。
その基準で行けば、仮に自分達とは完全に意見を異にする人でも、やはり呼び捨てというのは賛同できないと思います。
自分達がされて不愉快な事を、相手にしても気にしない、というのは、良くない事ですから。
他の板での議論ですが、少し気になったので、書いてみました。失礼をお許し下さい。
合掌 ありがとうございます
908
:
初心者
:2012/04/26(木) 13:55:47 ID:TfQ0e6RA
さくら様
二項対立。難しく感じる言葉ですが、それほど難しい意味は含んでいません。
動物の世界は、まさしく二項対立の世界です。敵か味方か、食えるか食えないか、
安全か危険か、オスかメスか、強いか弱いか。こうした二項対立の世界に動物は
棲んでいるということがいえます。
言葉もじつは、この動物的な二項対立から抜け出すことはできていないと
いわれているようです。大きいか小さいか、右か左か、男か女か、遠いか近いか、
旨いかまずいか、上手か下手か、内か外か、高いか低いか。ありとあらゆる
言語は、こうした二項対立をあらわしていると考えることができそうです。
複雑な概念を含んだ言葉は、こうした二項対立が複雑にからみあったものと
考えることができそうです。
こうしてみてくると、言葉の世界は二項対立によって成り立っているということ
がいえそうです。生長の家で「無は関門である」ということが問題にされるのは、
「ない」という言葉が「ある」という言葉との二項対立によってしか定義できない
という事情が、少なからず関係しているようにもおもわれます。
人間が言葉を使って考える生き物で以上、その思考はこうした二項対立から
逃れることはできないということになります。ロゴス中心主義が二元論的世界観を
形づくらざるを得なくなるのは、二項対立から逃れることができないという言葉の宿命によるものと考えることができます。
909
:
初心者
:2012/04/26(木) 14:16:48 ID:TfQ0e6RA
ロゴス中心主義の思考パターンは、じつはたったひとつしかありません。それが
二項対立です。実相と現象、霊と肉、精神と物質、光と闇、中心と周縁、善と悪。
こうした二項対立を設けることからロゴス中心主義は出発します。
その手法はいたって単純です。一方の項を特権化し、もう一方の項をそれに
従属させようとします。一方の項を最大化し、もう一方の項を無にまでおとしめ
ようとします。言葉の世界が二項対立によって成り立っている以上、こうした
パターンに陥ってしまうのは避けがたいことなのです。
910
:
春らんまん(旅の空から)
:2012/04/26(木) 17:09:34 ID:UEma/TJs
初心者様
さくら様
皆皆さま こんばんは。
>>901
>「あえて言挙げせず」で「何事かおはしますかを知らねども有難さにぞ涙こぼる
る」神道であれば、ロゴス中心主義にいたずらに陥ることはなかったものと考えます。
↑
ここだけ、ドンピシャで、初心者様の仰りたいこと、初めて理解することが出来ました(左脳が働かなくて、すみません)。
保守人必読書リスト
http://www.amazon.co.jp/%E4%BF%9D%E5%AE%88%E4%BA%BA%E5%BF%85%E8%AA%AD%E6%9B%B8%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88/lm/R247OJAKK9Y6H3
にあります
皇道―日本の精神文化 [単行本]
葦津 大成
http://www.amazon.co.jp/%E7%9A%87%E9%81%93%E2%80%95%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E6%96%87%E5%8C%96-%E8%91%A6%E6%B4%A5-%E5%A4%A7%E6%88%90/dp/490157700X/ref=cm_lmf_tit_7
から
『皇道とは天皇の大御心のままの政治(まつりごと)であり、対立観なき天皇精神が国家社会のすみずみにまで反映される姿を皇道の顕現という。』(今泉定助先生)
192ページ
(前略)この神道の祭りの伝統が、日本の天皇の即位を中核として厳然と守られてきたところに、今泉先生の皇道があります。
この皇道は、印度の仏教や、シナの儒学や、西欧のキリスト教、科学文明に相交わってねそこから多くの刺激をうけ鍛錬されながら、
しかも独自の性格骨組みわ確保したまま成長してきたのです。
その独自の性格というものを、ただ日本の特殊的個性とだけ考えずに、これこそ人類文化の正統正系たるものと信じたのです
(これを先生は。天地初発の時いらい神ながらに、という語で説かれていますが、この自負と自信とは、積極消極の差はあっても、補註のように、本居宣長等の国学者の自負でもありました。)
(後略)
この内容・聖光録 85頁にある、人類光明化運動指針〜成長の家各員の運動心得十三ヵ条に、一致すると思うのですが、いかがですか?
>>890
さくら様からの御質問
>ご自分が考えている「日本国実相顕現」のやり方は、日本の神道的やり方であると、お思いになりますか?
↑
はい。
「やり方」、というか、「日本国実相顕現」という思想のバックボーンには、上記の神道観をベースにした”皇道”の精神・これだろうと考えています。
心の現れが形ですから、神道形式、となると思います。
>神社には、神器などが祀られていると思いますが、社の本体の中は、「空間」
だと思われますが、そうですか?
↑
はい。
「空間」⇒”域”(聖域・神域) を 尊んでいる、と考えます。
今日、【社】と【神社】についての文献を読みましたが、【社】は、”もり”とも”やしろ”とも読まれていた辺りを読んで、
神社建築の内部だけでなく、周囲の空間・鎮守の森全体の空間を、”聖なるエリア”と捉えられると思います。
《注連縄(もしくはヒモロギ)(←”聖と俗との”区分け”)をめぐらせた向こうは、神聖なる空間》であり、神国日本というのは、日本の国土全体が大きな注連縄(もしくはヒモロギ)で包まれた神と共存する国、
とイメージしていただけば、分かりやすいでしょうか。
再拝
911
:
初心者
:2012/04/26(木) 17:51:52 ID:TfQ0e6RA
現象はない、されど言葉には意味がある?
「現象はない」といった手前、「言葉に意味はない」というのは、
さすがにまずいですよね。
「現象はない」と主張した生長の家が、今度は「言葉には意味がある」と
主張しなければならなくなった、というわけですね。
912
:
春らんまん(旅の空から)
:2012/04/26(木) 18:24:22 ID:UEma/TJs
>>911
初心者様
>現象はない、されど言葉には意味がある?
「現象はない」といった手前、「言葉に意味はない」というのは、
さすがにまずいですよね。
「現象はない」と主張した生長の家が、今度は「言葉には意味がある」と
主張しなければならなくなった、というわけですね。
↑
言葉には、意味がありますよ。
まして、言霊のつまった聖典には、霊的波動があって、人々を救ってきたと思いますよ。
言葉には意味がない?
このへんが、意味がわかりません(カタカナ多様の説明は止めて〜〜)。
913
:
初心者
:2012/04/26(木) 20:59:25 ID:TfQ0e6RA
春らんまんさま
ひとつお伺いいたします。「言葉には意味がありますよ」、と言っておられるのは、
霊的に、神道的に、宗教的に言葉は意味を持つ、ということを言っておられるの
でしょうか、それとも通常の言語として、言葉は意味を持つ、と言っておられるの
でしょうか。
とりあえず、以前、国家を意味するとされる「国」という言葉にはどんな意味が
あるのかと、こちらで訊ねたことがありますが、返信はいただけませんでした。
霊的にでも、神道的にでも、宗教的にでも、言語学的にでもかまいませんので、
「国」という言葉がどのような意味をもつ言葉であるのか、ご教示いただければ
ありがたく存じます。
914
:
ももんが《助っ人》
:2012/04/26(木) 21:13:59 ID:XXCuaQns
>>912
春らんまん様
春らんまん様、お久しぶりです。合掌、拝。
割り込んで、すいません。
春らんまん様、『有る』とか『無い』とかに、引っかかったらダメだよ。
それに、言葉=コトバ=音・姿、じゃない。(^_^)
がんばってください(^_^)
応援、してます。
前回は、ありがとうございます。合掌、拝。
915
:
さくら
:2012/04/26(木) 21:24:33 ID:CoNvYg/.
春らんまんさま
丁寧な返信ありがとうございます。
春らんまんさまの、信念を、改めて垣間見る想いに打たれます。
皇道というのも、学びたいと思いました。
>ご自分が考えている「日本国実相顕現」のやり方は、日本の神道的やり方であると、お思いになりますか?
↑
はい。
「やり方」、というか、「日本国実相顕現」という思想のバックボーンには、上記の神道観をベースにした”皇道”の精神・これだろうと考えています。
心の現れが形ですから、神道形式、となると思います。
らんまんさまの思想のバックボーンの神道観は、勉強不足ながら、私なりに、感じさせて頂きました。
天皇の御心とは、対立観なき天皇精神のことで、「左」の思想も「右」の思想もないと理解しております。
「天皇思想」にかなわないものは、排除してよし。
の精神ではないということですよね。
すばらしい日本的な精神と思います。
私の問うた意味は、生長の家では、その神道的精神を、どのように生かすべきか、どのようなやり方で、実現すべきかを、
春らんまんさまの場合でしたらどうか、と、聞きしたくて、質問していました。
今の教団のやりかたもそうですが、
「今までの生長の家」の方針にも、この神道的精神のあり方とはかけ離れたやり方がなかったか、たいへん疑問に思っていたからです。
例えば、「おかしいことを、おかしいという」わたしはこれを、悪いことだとは、決して思いません。
しかし、そのおかしいと言っていることの根拠も、不確かな場合もある、ということは、ある程度の自覚が必要とされる場合もあると思われます。
相手から見たら、そちらがおかしい、と思っているかもしれませんね。
そこには、「差」があり、「違い」がある、ということだ、と思います。
どちらかが「絶対なること」の証明など、できないことは、前述した通りです。
このような「違い」があるのに、理解し合うのは、困難だ、相手が受け入れるはずがない、
ということも、言われることだと思いますが、
理解には、理屈だけでなく、心情的なことも含まれます。
理解をしあうのは、相手のやり方や理屈は、改善の余地があると指摘しても(…例えばトキさまが、示してくださるような、和解案のように、)
相手が何を言いたいか、その真意を受け入れる、ということも、必要なことがあると感じています。
自分の思想や考えの、都合の良い言葉にだけに反応するだけでは、
なかなか、論点が、はっきりしないようにも、感じています。
916
:
さくら
:2012/04/27(金) 08:18:13 ID:tPVxKQcE
初心者さま
幾度か、お言葉頂いていて、失礼いたしました。
初心者さまがご指摘されることは、言葉の本質的な問題だと思いますし、
言葉を扱う宗教が、無関心ではいられないことだと感じています。
>ロゴス中心主義の根底にあるのは、「言葉には意味があるとする思い込み」で
すね。こうした思い込みが根底にあってロゴス中心主義は形成されてゆきます
「言葉には、意味がない。あるのは、差延である。」
これも、言語学の基本にあるのだと思いますが。
言語学の方が、ロゴス中心主義になってしまった宗教よりも、
ほんと、仏教的な法則?に近いような気がしています、
初心者さまが「ソシュールは仏教のパクリだ」って言われている、と仰っていたように、
ソシュールから始まる言語学の、現実の把握の仕方の方が、
ロゴス中心主義に陥った宗教組織より、
もしかしたら、「宗教的」に言い当てているのかもしれませんね、。
「なぜ、言葉を扱う宗教が、なぜ、ソシュールを学ばないで、否定できるんだ!」
・・とこのようなことを、初心者さまは仰りたいのではないのでしょうか、(笑)。
>ロゴス中心主義は、絶対的真理がどこかにあると考えます。そのどこかにある
はずの絶対的真理を、言葉で言い当てようとしたり、それがかなわぬときは、
霊的直観力に訴えてでも言い当てようとします。
「絶対的真理」この発想がどこから来るか、ということは、むずかしいですね、
宗教間の対立も、この「絶対的真理」のぶつかり合いという点があると感じます。
また、ご指摘のように、「霊的直感であるから、それは絶対なる真理である」、ということは、証明にはならないと理解いたします。
直感とは、正しく生活がに則ったときに湧いてくる、自分の内なる声のようなもの・・
との理解があるのですが、(それも、なんとなくやっていたことが良くなっていたというような、そういう、「なんとなく」、が、大切のような気がしています、。
そういうのを・・無為自然とか、神ながら、とかいうのでしょうか。)
霊的にかかった言葉だから無条件に信じるとか、組織の権威のある書物に書いてあるから絶対の根拠にするとか、そのようなものではないと感じてます。
917
:
さくら
:2012/04/27(金) 08:18:45 ID:tPVxKQcE
>なぜこのようなことになるのかといえば、言葉や想念を離れたところに絶対的
真理があるとする二元論的思考であるがゆえにです。言葉は何かを言い当てて
いる。こうした信仰のあるがゆえにです。
これは、一昔前の、ヘーゲル主義的な考えにつながりますね、
絶対的真理ありき、で、それが、人間の理性の曇りを取れば、
いつかこの世に完全なものがあらわれる、という考えがあったということですね。
本来、雅春先生は、このようなことを否定して、生長の家の教えが始まったと思います、
が、言葉で示されたことによって、
二元論的なものを含まざるを得なかった、と言えるのかもしれませんね。
言語は、超越的真理、と言い当てることはできない、
これは、哲学的にも言語学的にも、否定できないこととなっていることですので、
宗教だけは例外だ、とは言えないとのことだと思います。
>神道的なあり方というのは、以前からもうしておりますように、
ジュリアン・ジェインズのバイキャメラルマインドであろうと考えております。
以前話されていた、「自分専用の神様」 がいた時代だったかと思いますが。、
今は「宗教」が代わりに、神を語ってくれる時代になったということが示されていたと思います。
神道的なあり方は、この時代への回帰ということになるでしょう。
ここに、本来の信仰のあり方が、あるような気がします。
春らんまんさまも、世界の宗教が、いま、神道的なあり方こそ、
世界の平和をもたらすものと注目されていると、書かれていました。
>人間が言葉を使って考える生き物で以上、その思考はこうした二項対立から
逃れることはできないということになります。ロゴス中心主義が二元論的世界観を
形づくらざるを得なくなるのは、二項対立から逃れることができないという言葉の宿命によるものと考えることができます。
言葉の宿命を理解する、というのは、現実を把握するのに、重要な点があるのですよね、
対立があるならどこからその対立がなぜ起こってきたのか、
繰り返さないために何に気づくべきか、
・・そういう根本的なことから理解することも大切だと思います。
言葉の問題は、根本的に理解するのに、避けて通れない問題だと思っています。
918
:
初心者
:2012/04/27(金) 10:41:12 ID:TfQ0e6RA
さくら様
>「言葉には、意味がない。あるのは、差延である。」
これも、言語学の基本にあるのだと思いますが。
言語学の方が、ロゴス中心主義になってしまった宗教よりも、
ほんと、仏教的な法則?に近いような気がしています、
初心者さまが「ソシュールは仏教のパクリだ」って言われている、と仰っていたように、
ソシュールから始まる言語学の、現実の把握の仕方の方が、
ロゴス中心主義に陥った宗教組織より、
もしかしたら、「宗教的」に言い当てているのかもしれませんね、。
そうですね。たしかに、言葉以前にあらかじめどこかに意味が存在していて、
言葉はその意味を言い当てている、とする考え方は(これをわたしは「思い込み」
と表現しておりますが)、たしかに二元論的な世界観を形成するロゴス中心主義
に陥りやすいものですね。
言葉を離れたところに意味があるとする考え方は、必然的に、言葉を離れた
ところに絶対的真理があるとする思考にたどりつきますね。そうした思考に
たどりついたうえで、今度は言葉によってそれを言い当てようとします。
仏教はどうなのでしょう。絶対的真理を言葉で言い当てようとしているので
しょうか。雅春先生は、釈尊は絶対的真理にたどりついたけれども、それを
当時のインドの民衆に語るのは不可能と考えて、「苦を取り除くための教え」
を説いた、とこのように解説しておられたと記憶しておりますが、これは
はたして正しい解釈といえるのかとの疑問を持ちます。
絶対的真理とは、あくまでも「言葉を離れて意味は存在する」とする
ロゴス中心主義の考え方ですね。釈尊は、言葉を離れて意味は存在しない、
ということに気づいておられたのではないかと、わたくしは考えます。
釈尊が、絶対的真理を解かないとお決めになられたとすれば、それは
「言葉を離れたところに意味はない」ということをお気づきになられたから
ではないかと、わたしは考えます。
919
:
SAKURA
:2012/04/27(金) 11:55:01 ID:IxTatX/w
>>669
>>678
>>702
>>706
>>760
>>768
>>769
>>813
>>817
>>829
>>873
>>874
>>879
>>889
>>902
>>905
続きです
■「生命の実相」より一部抜粋
白刃そのものの罪でないのは、白刃が殺人の用に供されようとも、
白刃そのものの罪でないと同様である。
罪は「使用法を誤る」ということと、「処を得ない」ということになる。
白刃も富も、処を得て正しく使用せられるとき、
天下を平定する剣となり富となる。
「生命の実相」より抜粋です!!! 谷口雅春著
<つづく>
920
:
SAKURA
:2012/04/27(金) 12:30:50 ID:IxTatX/w
こんにちは…
【SAKURA】の「生命の実相」の抜粋…私自身も“心”があらわれます…。
今後も、引き続き“投稿”のかたちを、とらせて頂きます…。
皆様も先生の“言葉”如何でしょうか??
■「生命の実相」より抜粋です!!!
【*『生命の実相』である。これから後世に、もっと強く生命力を振起させる文章が
でて来るかもしれない。出ることを望む。ともかく、薬物でないと生命力は振起
しないと思われていたのを文章術によって生命力を振起する道を拓いたのが
『生命の実相』である。学と術とはちがう。
現象学は正確に告げる必要があるし、現象学は現象を正確に
告げる必要があるし、人を生かす術は現象を飛び越えさせてしまう。】
谷口雅春著
「雅春先生の言葉」の重みを改めて思いますが…先生も、更に超えた本を、
望んでおられます。その様に上記の文章から伺えましたが…??
そういった中で、どの様に考えましても…やはり!!
【雅春先生の言葉】…表現力が豊かです〜〜ネ!
しかし、先生自身【時代に逢った文章術…人の心をひきこむ術】
望まれていらっしゃいました様に、解釈しました…。
再合掌
<つづく>
921
:
さくら
:2012/04/27(金) 12:40:30 ID:Mp.8QAAM
SAKURAさま
いつも、いつも、聖典の抜粋のご愛念、学びになります。
ありがとうございます。
ただ、せっかくの貴重な聖典の抜粋なのですから、
聖典版の方が、必要なみなさまに見て頂けますし、
すばらしい愛行が、さらに、引き立つことと、思いますよ。
そのために、スレッドをご用意頂いているのですから、
ありがたい掲示板ですね。
もし、勘違いされてるのでしたら、ごめんなさいね、
ここは、本流対策室です。
話し合いに参加される意図がおありでしたら、
よろしかったら、SAKURAさまご自身の意見を、
お聞かせ願えませんでしょうか。
聖典版の書き込み、
また、話し合いのご自分のご意見、
楽しみにしておりますね!
いつも、ありがとうございます。
922
:
さくら
:2012/04/27(金) 12:44:20 ID:Mp.8QAAM
あ、ごめんなさい、、SAKURAさまの
>926読まずに投稿しました!
「雅春先生の言葉」の重みを改めて思いますが…先生も、更に超えた本を、
望んでおられます。その様に上記の文章から伺えましたが…??
そういった中で、どの様に考えましても…やはり!!
【雅春先生の言葉】…表現力が豊かです〜〜ネ!
しかし、先生自身【時代に逢った文章術…人の心をひきこむ術】
望まれていらっしゃいました様に、解釈しました…。
このようなことが、SAKURAさまのご意見なのですね、
了解しました。
923
:
初心者
:2012/04/27(金) 13:05:10 ID:TfQ0e6RA
SAKURAさまのご意見、ごもっともであると考えます。
924
:
初心者
:2012/04/27(金) 20:24:13 ID:TfQ0e6RA
情報は予想もしない場所にあるのかもしれません。ブラックホールは蒸発して
も、なかにあるはずの情報は消え去ってはなりません。情報はブラックホール
のなかではなく、予想もしない場所にあるということでしょうか。
「言葉に意味はない」とは、意味がまったくないということではありません。
意味は予想もしない場所にある。こういうことをいっています。どこにあるのか。
これが問題です。
では、これにて。
925
:
春らんまん(旅の空から)
:2012/04/27(金) 20:33:31 ID:pn8Z6sCA
初心者様 さくら様 皆皆様
こんばんは。
今日は遅くなりました(いつも、そろそろ寝ている時間です)。
GWも仕事で、ちょっと
まとまった時間が取れないので、きちんとしたお返事は、GW明けに投稿させていただきたいと思います。
だいぶ間が空いてしまって
申し訳ないのですが、その途中で、書ける時があれば、早くお返事出せるかもしれません。
何卒・御理解のほど、宜しくお願い致します。
再拝
926
:
役行者
:2012/04/27(金) 21:57:58 ID:AoAw8esQ
初心者さま
皆様
お久しぶりです。
しばらく離れていたら、手の届かないところまで話が展開されてました。
唐突で申し訳ありませんが、第三者にも向けて・・・を含め記します。
初心者さまがなぜ、ここまで言葉にこだわるか!いろいろ考えられるのですが、それはきっと、言葉による弊害や危険さを身を持って体験してきたからだと憶測します。
このように、言葉についての徹底的な究明は、真理が展開されるにあって大切な過程だと存じます。
初心者さまの記述を読んでいると理屈ぽくって、終いにはなんだか分からなくなってくるときがあるのですが、原点に戻って鑑みると、きっと、諸刃の剣である言葉に慎重であられるのであろうな、と思うのです。
繰り返しますが時々、何でここまで訳の解らないことを考えておられるのかなあ・・・と思うのですが、それはきっと真理に真摯に向き合っているからなんでしょう。
この言葉について徹底的に究明することにより、生長の家の実践哲学に生かせば、鬼に金棒でしょう。
たぶん、人類のためにも、地球のためにも、生長の家がより洗練された言葉を表現し、その言葉により実践して行く、その参考にというとこで、話を展開していただいているのであろうと存じます。
熟読し、徐々に話しに参加させていただきたいと思ってます。
感謝 合掌
927
:
ももんが《納得》
:2012/04/27(金) 22:20:30 ID:XXCuaQns
>>926
役行者様
役行者様、お久しぶりですでございます。合掌、拝。(^_^)
本日は、酔っ払らって、ロレツが回ってませんが(^_^)
頭は、冴えております。
役行者様の、初心者様へ解析流石であります(^_^)
唯識派の仏教の『種字』の在り方を良く御存じだから、ですから?
密教の『種字』も、これに当たりますからね。
近代西洋哲学は良くしりませんので、わかりませんが、役行者様は、流石に、密教にお詳しくから、色々御存じですね。
いそがしかったですか、お疲れ様です。
また、無学な私にも、御教授お願いします。
健康に気おつけてがんばって下さい。ありがとうございます。合掌、拝。
928
:
さくら
:2012/04/27(金) 22:39:58 ID:Mp.8QAAM
役行者さま
ご多用さまでございます。
おやさしい役行者さまですから、
対策室にも、紅茶と、スコーン(クリームつき)の差し入れ、
持ってきて下さったのですか、笑。
また、役行者さまのご理解、ご見解、楽しみに拝見いたします、拝。
929
:
役行者
:2012/04/28(土) 06:42:08 ID:AoAw8esQ
初心者さま
ももんが様
さくら様
また、皆様
唐突な出現に、歓迎くださりありがとうございます(^_^;)
大いに、“”言葉“”について語り合いましょう!
いきなり本論に入ります。
表層的な言葉の差異でほとんど生活は成り立ちますし、一般的にはまたそれ以上、究明する必要もないかと存じるのです。
ただ、“”言葉“”で教育し、真理を究明し、教え導いている方々は少なくとも必要なセッションかと存じるのです。
そこで敢えて、問題提起をされていると存じております。
本題に入ります。
“”言葉“”に意味があるか、ないか?
なのですが、少なくとも日本の言霊学からは“”ある“”と異議を唱えたいと存じてます。
受けうりなのか、学んだのか定かでないのですが、言霊学的にはモノの本質を捉え、その後、名前が誕生したとそのように承ってます。
名前を命名した、時代や背景、そのときの文化レベルにももちろんよりますが・・・
たとえば、超いそがしい!の“”超“”なのですが最近の若者が付けた単語と存じてます。
超 イコール とても
と、解釈しておりますが、この“”超“”・・・果たして本当の意味は?というと、ニュアンスがかなりズレてきているのではないでしょうか。
このように時代の変遷と共に、言葉の差異が生まれ、終いには随分違った“”言葉“”の使い方になっていまい、本質とはかけ離れた意味になってしまった単語がかなりあるのではないかと推測出来ます。
ですから、一般的には“”言葉“”には“”意味がない“”とおもいますが、どうでしょう、
本質的には、まず、本質があり、その後に、言葉が誕生したと存じてますが・・だからこそ、“”真言“”として、空海は“”言葉“”を重んじたのではないでしょうか!
いろいろと忙しいと思うので、ゆっりと話し合えればと存じてます。
合 掌
930
:
ユタカ(なせば成る我ハ神の子)
:2012/04/28(土) 14:34:07 ID:4u9fyInI
継承者は、
汝 自 身 な り ――
<第二回 W E B 誌 友 会>
∧_∧
( ゚∀゚ )
/`y/∧彡ヘ ひとりひとりの法燈継承――
<二二二派━━━━━らゝ,ュ/ ・ ヾ
`.,イ/ ヽ_)
〈,イ {、 )
,'. ゙;, `ヽ)
{、, ゙ .l
l ,; r‐<´ .ト、ミミヾ、 ・ ・
l ,;_l に,ノ:::ヽ ヾミ三彡"━╋━┓
l ト(. l lヽ:::::::::ノ. ┃ ┃
l、_ノ::>.l l く::::r'. ┃ ┃
/:/ 〈__,〉. l:::l
/:/ , l:::l ━╋━┓
/:/ ; .l:::l. ┃ ┃
〈;;ゝ .〈;;;ノ ,; : ,.:┃ ┃
、 、;, 、.,' ' ;' ,. '";', "' ┃┃ ┃
` ゙\ ;.,. ,..”,' / , ,./,. .;'__ ┛
___,,,,,,,,,... -----―――'''''''''''"""" /
'''''''''""""__,,,,. -‐''''" _,,. -''" ,,. -'' ,,.-'' ,r'" /
<誌友会案内詳細>
●日時:4月28日(土)21:30〜23:30(延長あり)
●テキスト:『生命の實相』第一巻 「七つの光明宣言」
●場所:「トーキングスティックボード」板(業務連絡は「部室2」板)
●前夜祭期間:28日迄
(前夜祭期間は該当箇所に関する話題を、どしどしお寄せください。多少の脱線もありです)
* WEB誌友会は「皆で同一箇所を拝読すること」これを最大の目的としております。
* 誌友会での発言に関してですが、「完璧を期す必要はございません。」65点主義でお願い致します。
* 同時に他者投稿文に対しての、細かなご指摘等はご遠慮願います。
* 輪読箇所関連資料が、聖典板(465以降)に掲載されております。事前拝読されるとより理解が深まります。
931
:
SAKURA
:2012/04/28(土) 20:22:54 ID:FEa/NNlc
>>669
>>678
>>702
>>706
>>760
>>768
>>769
>>813
>>817
>>829
>>873
>>874
>>879
>>889
>>902
>>905
>>919
続きです
■「生命の実相」より一部抜粋
深々した生命の表現、叡智の表現、法愛の表現、深切であり深刻であるのである。
深切を親切などとまちがえて書かれている世の中であるから、なれなしく
親しくするのが深切だと思っている人があるが、深切とはときとして
峻厳な統制であり、仮借することなき規律である。
「生命の実相」より抜粋です!!! 谷口雅春著
<つづく>
こんばんは…
【SAKURA】の「生命の実相」の抜粋…私自身も“心”があらわれます…。
今後も、引き続き“投稿”のかたちを、とらせて頂きます…。
皆様も先生の“言葉”如何でしょうか??
932
:
SAKURA
:2012/04/28(土) 20:34:17 ID:FEa/NNlc
>>669
>>678
>>702
>>706
>>760
>>768
>>769
>>813
>>817
>>829
>>873
>>874
>>879
>>889
>>902
>>905
>>919
>>931
続きです。
■「生命の実相」より一部抜粋
人類の魂の深奧から切実に深々として湧き出るかぎり、
どんな明るいものでも深刻である。
人類は深刻と暗黒とを混同する愚からからさけねばならぬ。
「生命の実相」より抜粋です!!! 谷口雅春著
<つづく>
こんばんは…
【SAKURA】の「生命の実相」の抜粋…私自身も“投稿“しながら…
【言葉の重み】が、ひしひしと“心”に響き渡り…不思議なのですが…
いつまでもその余韻が?残ってしまいます…。これは、やはり「神霊天下り?」
当に【言葉=言霊】痛切に思います…。
今後も、引き続き“投稿”のかたちを、とらせて頂きます…。
皆様も先生の“言葉”如何でしょうか??
933
:
復興G
:2012/04/30(月) 10:42:07 ID:ojEbkDH2
>>932
:
SAKURA様。
>■「生命の実相」より一部抜粋
人類の魂の深奧から切実に深々として湧き出るかぎり、どんな明るいものでも深刻である。人類は深刻と暗黒とを混同する愚からからさけねばならぬ。<
――「深刻に明るく」 行きたい、生きたいですね。
ありがとうございます。
936
:
うのはな
:2012/04/30(月) 11:20:14 ID:El6gIMAw
管理人殿
すみませんが、935を削除しておいてください。
937
:
うのはな
:2012/04/30(月) 18:45:04 ID:El6gIMAw
4月30日 靖国見真会 参加者過去最多数
本流掲示板で「靖国見真会」参加者さんの報告を読みました。
関係者みなさま、お疲れ様でした。
春らんまんさん、よかったですね! 盛会おめでとうございます。 拝。
938
:
春らんまん(旅の空から)
:2012/04/30(月) 19:58:51 ID:9x34pUtE
うのはな様 合掌 ありがとうございます。
私は、今回も前回も、参加しておりません。
三日ほど前の早朝、"244"という数字が現れたので、"あ、そうかな"と思っていました。
再拝
939
:
SAKURA
:2012/05/01(火) 19:49:12 ID:FEa/NNlc
>>669
>>678
>>702
>>706
>>760
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>>874
>>879
>>889
>>902
>>905
>>919
>>931
>>932
続きです。
■「生命の実相」より一部抜粋
どんな明るいものも、五官の表情を、視覚の表情を、
単に撫でかわいがるだけのものは低卑である。
「生命の実相」より抜粋です!!! 谷口雅春著
<つづく>
こんばんは…
【SAKURA】の「生命の実相」の抜粋…私自身も“投稿“しながら…
表面上の“笑顔”ではなく“心”からなんです〜〜ョネ!
心からのポジティブ表情?納得ですが?……皆様は、如何でしょうか〜〜〜?
「雅春先生の言葉」から、ぐさっと〜〜入り込みましたし…反省させられます。
「言葉の使い方」で、随分変わります〜ネ!「言葉の勉強は生命哲学」でしょうか?
今後も、引き続き“投稿”のかたちを、とらせて頂きます…。
皆様も先生の“言葉”如何でしょうか??
940
:
SAKURA
:2012/05/01(火) 19:52:43 ID:FEa/NNlc
>>933
「復興G様 へ」
お言葉…ありがとうございました…。いつも、貴重な「聖典板の内容…」
コピ−させて頂いております。今後も楽しみに致しております…。
再合掌
941
:
SAKURA
:2012/05/02(水) 21:15:29 ID:FEa/NNlc
>>669
>>678
>>702
>>706
>>760
>>768
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>>879
>>889
>>902
>>905
>>919
>>931
>>932
>>939
続きです。
■「生命の実相」より一部抜粋
さびと渋味とは日本人のみしる深刻なる美である。
それは感覚の刺激を超えて、実相に透入する美である。
「生命の実相」より抜粋です!!! 谷口雅春著
<つづく>
こんばんは…
「わび」・「さび」・・・よく耳にします“言葉”です〜〜〜ョネ!
もちろん「日本人的感覚」なのでしょうか??
それとも、今の日本人?無縁の産物?そのような“感覚…”でしょうか?
「日本庭園」歩いていますと、特に雨上がりの“コケ…のある庭園”を、
見ますと…当に“〜〜いとおかし”でしょうか?
当に「わび・さび…の世界」です〜〜〜ョネ!
さらに、日本で云います【??道】書道・茶道・華道・香道…もまた、
その人の個性に応じましたそれぞれの「わび・さびの世界」でしょうか〜〜?
そこに静かにたたずみますと…
当に【実相世界…】突入でしょうかしら〜〜〜ン?
■今回【誌友会の問題】ですが…これでも【わび・さび…が】各自の“心”に、
作用しますと…【実相世界…突入!!】でしょうかしら〜〜〜ン!
■本来の【調和精神…】です〜〜〜〜〜〜〜ョネ! 再合掌
942
:
SAKURA
:2012/05/02(水) 21:32:33 ID:FEa/NNlc
>>669
>>678
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>>706
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>>879
>>889
>>902
>>905
>>919
>>931
>>932
>>939
>>941
続きです。
■「生命の実相」より一部抜粋
さびと渋味のなかに落ちつきと平和があるが、
絢爛な五官刺激の中には誘惑と頽廃と罪悪があるばかりである
「生命の実相」より抜粋です!!! 谷口雅春著
<つづく>
943
:
トキ
:2012/05/03(木) 19:22:19 ID:Gl6TQvmc
本流掲示板への投稿者様へ、この掲示版から引用する時には、出典を引用して下さいね。
お願いします。
管理人敬白
944
:
トキ
:2012/05/04(金) 10:28:58 ID:Xtke8G9s
>>943
志恩様、本流掲示板の管理人様、ご対応に深く感謝申し上げます。
合掌 ありがとうございます
管理人敬白
945
:
SAKURA
:2012/05/04(金) 14:24:48 ID:zhRcXJMw
>>669
>>678
>>702
>>706
>>760
>>768
>>769
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>>931
>>932
>>939
>>941
>>942
続きです。
■「生命の実相」より一部抜粋
罪悪があるといっても、「罪悪」そのものが積極的に存在するというのではない。
「罪悪」とは「実相をツツミている」ということである。
さびと渋味の中には生命の悠久の美がシンボライズされているが、
五官刺激は瞬間を追わしめて「生命の悠久」をツツミ蔽うばかりである。
「生命の実相」より抜粋です!!! 谷口雅春著
<つづく>
こんにちは…
本当に「現象世界=現実世界」で生きている私達は、くだらない“感情意識”に…
このくだらない“感情”は??ややもしますと…
「低次元想念感情?」しか呼び起こさない“モノ”が多いのではないのでしょうか?
「罪悪」と言うことさえ、気づかずにされています方が…多い中!つまり「欲望…」
“本当の心は実相”なんでしょうが……どうしても“感情”が優先されますと…
この感情が?ネガティブ感情…それとも…ポジティブ感情?どちらでしょうか?
■「実相をツツミている」事!
つまり“窓ガラスが曇っている”様なものでしょうか??
「五官の刺激は瞬間で終わり」ですが…「神想観の実相世界」は悠久です…。
つまり!正しい理念で祈る事……【神想観で生命の悠久】を…です〜〜ョネ!
その様に思います…。
再合掌
946
:
SAKURA
:2012/05/06(日) 15:31:23 ID:ace8L14.
>>669
>>678
>>702
>>706
>>760
>>768
>>769
>>813
>>817
>>829
>>873
>>874
>>879
>>889
>>902
>>905
>>919
>>931
>>932
>>939
>>941
>>942
続きです
■「生命の実相」より一部抜粋
ひとりになる時間をもつことはたいせつである。
その時間は静かに自分の魂に対座する時間である。
「生命の実相」より抜粋です!!! 谷口雅春著
<つづく>
947
:
SAKURA
:2012/05/08(火) 13:38:54 ID:79E/CdBc
>>669
>>678
>>702
>>706
>>760
>>768
>>769
>>813
>>817
>>829
>>873
>>874
>>879
>>889
>>902
>>905
>>919
>>931
>>932
>>939
>>941
>>942
>>945
>>946
続きです
■「生命の実相」より一部抜粋
しかし、ひとりなる時間ばかりに耽る者は独善主義に陥りやすい。
人は自他一体の生命であるから、互いに扶け合い、語り合い、讃め合い、
勇気を付け合う時間も必要である。
すべてのひとを仲よく交わることの中に魂の生長があり、家庭の和楽があり、
人間らしい歓びがあるのである。
「生命の実相」より抜粋です!!! 谷口雅春著
<つづく>
948
:
SAKURA
:2012/05/08(火) 22:38:21 ID:FEa/NNlc
トキ様 へ
観覧者の皆様 へ
こんばんは…
今回は【生徒の家…お家騒動】神の御心に?この事は叶うのでしょうか?
■■【谷口雅春先生の…「生命の実相」一部抜粋投稿より】
「ひとりの先覚者が現れてある教義や主義綱領を掲げて民衆の賞賛をはくしていると、
その同じ教義や主義綱領を自分は前から称えていたと言って、その団体の人員を
浚って行ったり、同じ主義綱領をほんの少しばかり変更して自分の方が勝って
いるといって崇拝を自分の方へ集めようとする者がある。
牛後となるより鶏口となれという小才子(こざいし)が多いから
この世は乱れるのである。人間はなぜ大同団結をしないのだろう。
三十年黙って一つの団体の牛後に喜んで真面目に活動しうる人は、ついに
その団体で押しも押されれもせぬ人物になることができるのである。
明智光秀のような才子はいくら多くとも世が乱れるばかりである。ついに
天下をとったものは徳川家康であったことを知らねばならない。」
「生命の実相」より抜粋です!!! 谷口雅春著
<つづく>
949
:
SAKURA
:2012/05/09(水) 22:59:57 ID:FEa/NNlc
>>948
トキ様 へ
観覧者の皆様 へ
ヤ〜〜〜〜ッと“パソコン”の前に???こんばんは……
来月は…いよいよ暦の上では…「梅雨〜〜♫〜〜」
■そして【谷口雅春先生…6月17日】この世を去られた日です…。
あれから〜〜〜先生も今回の【お家騒動…】果たして?
“予期”されていらっしゃいましたのかしら〜〜ン??もの悲しく思う所存です…。
■【C/C/R 雨を見たかい……】雨をみたかい(訳詞付) / CCR
URL
http://www.youtube.com/watch?v=ArSkPZReYd0&feature=related
(スタート…の処を “○印” 接触が悪い時は?もう一度プッシュ!してみて下さい〜♫)
■先生の「最期の遺稿…「碧巖碌」終講の辞を一部抜粋」 谷口雅春
…云々…
もう私も93歳の寿を迎へてゐるので、何時、私の霊魂も現世から他界へ移住するやう
神から命ぜられるかもわからない。碧巖碌の最後の章まで毎月一章づつ書いてゐるのでは、
それをとても書き了(お)へる日時まで現世の寿命を保ち得るといふ保證も自身も私には
ないのである。好き機会に終講のチャンスを捉へて読者とのお訣(わか)れの挨拶を書いて
置くのも老人の智慧であると思ひついたので、読者諸賢に、今までの御愛読下されたその
愛念に感謝の辞を述べて置くのが老人の智慧であり、礼儀でもあると思ひついたのである。
…云々…
それでは「左様(さやう)なら!!」とニッコリ笑つて、皆様とお別れ致しませう。しかし
今別れても次の境涯で皆様と再会する時機が屹度来ると信じます。
私は今年四月の何日でしたか、好天に恵まれまして、「西海橋」と、その別れにふさわしい
再会を約したやうな名称の、長崎に住んでゐる人なら誰にでも再会できる西海橋公園に
参りました。その日は見渡す限り桜花爛漫と咲き揃つてゐる公園で、昨年此処で
出会つた人々とまた今年も斯うして再会できる喜びを祝つたことでありました。
まことに西海橋公園は彼岸(彼方の岸)に渡す橋の下に見渡す限り桜花が爛漫と咲き
揃つてゐるのでした。橋を通つて彼岸に渡つてしまはないで、その下へ墜落しても、其処が
再会極楽浄土になつてゐるといふ実相常楽世界を象徴的に再現したような世界
(公園)なのです。この世界そのものが公園なのです。……云々……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
もし?「雅春先生」お会いできる機会…“再会”となりましたら?今回の【お家騒動…】
どの様に捉えられますでしょうか?
■「生長の家…」は、あくまでも【大調和の世界…】ではないのでしょうか??
再合掌
PS:
【どしゃぶりの雨の跡…】は…“心”もあらわれ〜♫〜さわやか気分…
きっと「生長の家…お家騒動」…雨のち晴れ〜〜☆〜〜!!!!!
950
:
SAKURA
:2012/05/10(木) 00:33:12 ID:FEa/NNlc
>>949
トキ様 へ
観覧者の皆様 へ
引き続き…“投稿”させて頂きます…。
【それでは「左様(さやう)なら!!」とニッコリ笑つて、皆様とお別れ致しませう。しかし
今別れても次の境涯で皆様と再会する時機が屹度来ると信じます。】
先生の“言葉”を、当時の私は…単純に「谷口雅春先生が生まれ変わって来られる?」
と思いましたが…「霊界通信…」を読んでからは「先生の言葉」の意味がよ〜〜く解ります。
きっといつか〜〜私も旅立ちます…。そして、私も修行を積んで、
きっと先生にお会いに行く〜〜?でも?「通行手形=魂の向上」はと?思います…。
その時は、先生にお会いできますのでしょうか???と思いますと…
今以上に、この現状を“頑張ろ〜〜〜う〜♫〜!” と、思います…。
【今!“天国”…この現象世界にいても“天国”に住んでいる事…】
そのよう“心の修行”を、今!おかれました“現象世界”で〜〜〜〜〜“トライ!!”
いま此処で【ますます一体!神想観=瞑想】ですネ〜〜〜ウフフ
いつも見ていると…「雅春先生」がおっしゃつていらっしゃいます様な気持ちになります…。
■今回の【お家騒動…】 ><
【著作権は?誰のもの〜〜〜〜〜〜〜〜♫〜〜】 >< 再合掌
951
:
トキ
:2012/05/12(土) 21:26:37 ID:.qT77rPQ
本流掲示板で以下のような投稿がありました。
>>「“看板”返せ!!」の書き込み・大運動を!! (8613)
>>日時:2012年04月24日 (火) 12時32分
>>名前:元生長の家長老・平成彦左衛門
の中で、「蜜柑の花咲く丘」様の投稿に対して、
>>トキ軍団、困った、困った・・・NEW (9114)
>>日時:2012年05月12日 (土) 00時07分
>>名前:鳶の子
>>トキ軍団の先鋭隊であるのでしょうか“蜜柑の花咲く丘”さん、ご自分に腹立たしいのでしょうね??
という投稿がありました。無視するつもりでしたが、申し上げますと、少なくとも、一連の投稿に
トキ掲示板は一切関与しておりません。
先ずは、この点を申し上げます。
合掌 ありがとうございます
管理人敬白
952
:
トキ
:2012/05/12(土) 21:29:20 ID:.qT77rPQ
次に、「鳶の子」様が、「蜜柑の花咲く丘」様に
>>通称“トキ掲示板”というところがありますので、そちらでの御活躍をお祈りいたしたいと思います。
と書かれていましたが、管理人としては、「蜜柑の花咲く丘」様のお越しを心から歓迎したいと思います。
総裁援護の投稿も大歓迎です。ぜひ、お越し下さい。
合掌 ありがとうございます
管理人敬白
953
:
トキ
:2012/05/12(土) 22:15:28 ID:.qT77rPQ
ついでに、この一連の議論を通して感じた事を申し上げます。
「蜜柑の花咲く丘」様の意見も、それに反論する意見も、理解は出来ます。
例えば、谷口雅春先生から直接指導を受けた世代と、その後の世代では、「今の教え」への感想はまるで違います。
直接指導を受けた世代の人達は生理的に受け付けない、と言う人が多いです。しかし、後の世代になるとそこまでの
拒絶反応はないみたいです。この差が、両者の間の意見の対立の根底にあると思います。
なお、稲穂さんという人が、教化部長の年収を全部、1000万円以上としておられますが、これは私が内部で
聞いている情報とは異なります。特に、定年退職後、嘱託で教化部長をされている先生は、かなり収入が減少する
とも聞いております。ただ、理事の給料は確かに高く、教団内部でも批判はあります。それは、教区の職員などは
財政の逼迫で給与が押さえられており、教団自体の収入がかなり減っているという背景があります。が、聖使命会費
が、年金収入の老人や母子家庭など苦しい家計の中から集めているのに、教団本部が浪費をしている、という主張
には、ある程度は同意します。
裁判については、批判的です。別に裁判制度そのものを否定するつもりはありません。しかし、裁判での教団の
主張は、かなり無理があります。私の周囲の弁護士さんなど法律に詳しい人に聞いても同じです。実際、地裁、高裁
とも、時効の抗弁を除けば、生長の家社会事業団は勝訴しております。だとすれば、生長の家本部が正しいとは
言えないのも事実です。他方、生長の家社会事業団は、聖典を護ると豪語していますが、結果として、信徒に聖典が
入手しにくくなり、信徒が難渋しております。
こういう観点から見たら、この裁判は、実に意味のない争いであると思います。信徒の一人として、すみやかに
話し合いによる解決を訴えたいと思います。
ただ、この件では、過去、この掲示板に生長の家社会事業団は和解の意思を示しているのに
生長の家本部が拒絶している、という投稿がありました。もし、これが事実なら、生長の家本部の態度は残念である
と思います。
この一連の争いを見る限り、両者とも、自分こそが、正しい谷口雅春先生の教えの継承者である、と言われています。
傍流の私は、どちらが正しいか、わかりません。しかし、正しい真理の継承者であると自称するのなら、まずは、
見苦しい争いを止めて、基本的な谷口雅春先生の教えに戻る事が大事であると思っています。
両者におられる諸先輩には失礼な事を申し上げた事を深くお詫び申し上げます。
954
:
金木犀
:2012/05/13(日) 12:52:53 ID:9htTk4K.
トキ様
トキ様の仰ることはよく理解できるのですが、一つだけわからないことがあります。
>正しい真理の継承者であると自称するのなら、まずは、
見苦しい争いを止めて、基本的な谷口雅春先生の教えに戻る事が大事であると思っています。>
これは、そうなればほんとにいいと思いますが、見苦しい争いをやめるには、その前に理論的な
決着がなされなければ、無理なのではないでしょうか。
総裁先生が雅春先生のご著書を絶版にしておられることは、是か非か。
大東亜戦争は、侵略戦争であったのかどうか。
女系天皇を容認するのかどうか。
日本国憲法はこれは素晴らしい憲法であるから守るべきであるというのは是か非か。
これらは、教団は是の方で、本流側は非だと思いますが、
争いをやめるというのは、どちらかが理論を変えるということでしょうか。
相手の理論には目をつぶって、とりあえず仲良くするということでしょうか。
この論点があって、本流が出てきたと思うのですが、以前にトキ様が和解案を
出しておられたのを読みましたが、それによると、先ず民事で和解し、その後に
現実的に和解できるように、それに向けて話し合いをしようということだった気がします。
それはそれで、具体案としては、いいかなとも思いましたが、ほんとに決着がつくのでしょうか。
ところでその中に、日本教文社に出版権を貸与するという条項案は
光明社からリニューアル版を出そうとしているのですから、
学ぶ会には受け入れは無理ではと思いました。
私はリニューアル版を出すことは非常に良いことだと考えています。
時代に合わせて、装丁や、編集を変えるのは、(編集に関してはよくわからないですが)
時代には時代のセンスがあるので必要なことかと思います。
現在は一時的に品不足になっていますが、そのうち十巻くらいでも出れば、
どんどん売れ始めると思いますし、そうなれば次々出すことが可能だと思います。
私は、新書版くらいの大きさでも出して欲しい気がするのですが、
リニューアルに関しては、色々と期待しています。
だから、生命の實相の出版に関する寄附も、わずかですが協力したいと思っています。
トキ様の和解案が、生命の實相の出版権の貸与の部分を除けば、
若しかしたら、それでうまくいくのかも知れないという期待もありますが、
それで、ほんとに教団側が納得するのだろうかという気もします。
尤も神に不可能はないのですから、
お互い神想観を重ねれば、大団円がある気もしますが。
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