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本流対策室/2 板
929
:
役行者
:2012/04/28(土) 06:42:08 ID:AoAw8esQ
初心者さま
ももんが様
さくら様
また、皆様
唐突な出現に、歓迎くださりありがとうございます(^_^;)
大いに、“”言葉“”について語り合いましょう!
いきなり本論に入ります。
表層的な言葉の差異でほとんど生活は成り立ちますし、一般的にはまたそれ以上、究明する必要もないかと存じるのです。
ただ、“”言葉“”で教育し、真理を究明し、教え導いている方々は少なくとも必要なセッションかと存じるのです。
そこで敢えて、問題提起をされていると存じております。
本題に入ります。
“”言葉“”に意味があるか、ないか?
なのですが、少なくとも日本の言霊学からは“”ある“”と異議を唱えたいと存じてます。
受けうりなのか、学んだのか定かでないのですが、言霊学的にはモノの本質を捉え、その後、名前が誕生したとそのように承ってます。
名前を命名した、時代や背景、そのときの文化レベルにももちろんよりますが・・・
たとえば、超いそがしい!の“”超“”なのですが最近の若者が付けた単語と存じてます。
超 イコール とても
と、解釈しておりますが、この“”超“”・・・果たして本当の意味は?というと、ニュアンスがかなりズレてきているのではないでしょうか。
このように時代の変遷と共に、言葉の差異が生まれ、終いには随分違った“”言葉“”の使い方になっていまい、本質とはかけ離れた意味になってしまった単語がかなりあるのではないかと推測出来ます。
ですから、一般的には“”言葉“”には“”意味がない“”とおもいますが、どうでしょう、
本質的には、まず、本質があり、その後に、言葉が誕生したと存じてますが・・だからこそ、“”真言“”として、空海は“”言葉“”を重んじたのではないでしょうか!
いろいろと忙しいと思うので、ゆっりと話し合えればと存じてます。
合 掌
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