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本流対策室/2 板

894さくら:2012/04/26(木) 08:48:29 ID:tPVxKQcE
初心者さま

>言葉もおなじですね。超越論的シニフィエは存在しない。つまりは、少なくとも
言葉の世界においては、他のなにものにも依存せず、それ自体が意味を持ち、
なおかつ他のすべての意味を支配する「絶対的真理」は存在しない、ということ
でしょうね。簡単にいえば、「現象なし」であるなら、「実相とは何かを対立概念で
ある現象をもちいずして語れ」ということでしょうか。おそらく不可能でしょうね。

ゲーゲルの不完全性定理を含めて、丁寧な解説ありがとうございます。
これがなんなのか、理解できないですが、笑、まあ、すごい、天才がいたということですね、

日本的神道の世界観こそ、世界の宗教を救い、人類に調和をもたらすということを、
世界が認めはじめている、春らんまんさまも書いて下さっています。
そして、神道的なあり方、というのは、言葉で人を扇動しようとしたり、
絶対を主張するものではなく、
言葉を超えた、「道」、であるということも、示して下さいました。

言葉を使う人間というのは、「絶対の真理」を証明し、
「超越論的シニフィエ」を言い当てることはできません。
ただ、そこには、「対立」があるだけですね。「差」をつくり、それを認めるだけではないかな、と思います。
神道的なあり方、とは、その「差」をとる、道、と一体になるようなことなのかな、
と春らんまんさまとのやりとりでも、感じさせていただきました。

他を、力で排除しようとするやり方は、キリスト教的なロゴス中心主義のやり方であり、
それは、神道的なやり方とは、かけ離れたものということも、
らんまんさまに教えていただきました。

日本語は、もともと、「音(オン)」を大切にする言葉であったはずで、
「はじめに、ロゴスあり」ではなく、はじめに、音オンあり、であったはずですね・・?
音痴の言語と言われるようになってしまった日本語ですが、
人の感情を扇動することに使われず、
神道的な、「響き」を大切にする使われるようになると、もっと、調和があらわれるかもしれないとも思います。


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