[
板情報
|
R18ランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
ジョジョ×東方ロワイアル 第八部
753
:
ビターにはなりきれない
:2020/11/04(水) 18:22:00 ID:UVCbRvCA0
神奈子はここに来て……否。この現世に受肉して初めて、自らの意思──個の感情で、他者を屠った。
神としての使命、だとか。
贄としての意義、だとか。
それらの様に与えられた大義、表面的な建前など……一切関係なく。
初めて、自分本位の感情で死をもたらした。
〝彼は危険だから〟という、まだ体裁の保てる正当的な理由を捨て去って……〝憎しみ〟から、殺した。
恥も外聞もない、八坂の神らしからぬ醜態だ。
まるで、愚かな人間そのもの。
「私はこれからもきっと、アンタにやったように人を殺す。私は私なりのやり方で、家族への決着を付けさせて貰うさ」
家族を守る為に戦い続け、そして自ら死のうとしたドッピオ。
八坂神奈子の心が彼を倣おうとするには、未だ迷いがある。自分は彼のように、純粋ではなかった。
幻想郷……八雲紫……疑問点は新たに出てきた。自分が今後どうすべきかは、これへの接触によって大きく変わる可能性がある。
本当に、今更な話。
神奈子は心で悔やんだ。そして、憎んだ。
我々家族を取り巻く、こんな悲劇に対し。
これもまた、あまりに今更。
行き場のない感情を発露させるとしたら、今では八雲紫しかなかった。目下の所、神奈子の所持する情報では彼女が最も『幻想郷』に近しい人物だからだ。
「行く、か」
気怠い気持ちを払うように、ガトリング銃を肩に掛け直す。
「──────。」
その時、声が聞こえた気がした。
振り返ってみても、ひとつの死体だけが冷たい雪を被ろうとするのみ。
間違いなく、死体だ。
そして考えられるなら、死体の持つ受話器。電話機本体にも繋がっていない、玩具同然のそれだ。
その少年にとって唯一の肉親──『家族』を求める声は、神奈子に届かない。
聞こえないふりをして。女はそこに背を向け、去った。
ヴィネガー・ドッピオ。
少年の名が何故、名簿に記されていなかったか。
女はもう、そんな些細な疑問は忘れていた。
彼という存在が神奈子にとって『三人目』の障害であった事実は、神奈子の中のみに証として在るだけでいい。
そして、証とはそれだけだった。
ヴィネガー・ドッピオなどという名の人間は、初めからこの儀式には存在していない。
そして、この世にすらも産まれていなかった具象なのかもしれない。
ディアボロという男の『影』か『光』か。その表裏すらも曖昧なままに、少年は此処で朽ちた。
いつしかディアボロから分離し、己のルーツすら不明であった人間。そんな人間がひとり消えたところで、儀式には何の影響も与えないに違いなかった。
きっと、今後来るだろう放送の記録にだって残ったりしない。
誰も彼もドッピオの真実など分からぬままに、これからも儀式は何事なく、変わらず続く。
何事もなく、続いてゆく。
【ヴィネガー・ドッピオ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】死亡
【残り生存者数───影響なし】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
754
:
ビターにはなりきれない
:2020/11/04(水) 18:22:27 ID:UVCbRvCA0
【午後】E-3 名居守の祠
【八坂神奈子@東方風神録】
[状態]:体力消費(小)、霊力消費(中)、右腕損傷、早苗に対する深い愛情
[装備]:ガトリング銃(残弾65%)、スタンドDISC「ビーチ・ボーイ」
[道具]:基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:儀式そのものへの疑惑はあるが、優勝は目指す。
1:『家族』を手に掛けることが守ることに繋がるのか。……分からない。
2:八雲紫を尋問し、幻想郷についての正しい知識を知りたい。
[備考]
※参戦時期は東方風神録、オープニング後です。
※参戦時期の関係で、幻想郷の面々の殆どと面識がありません。
東風谷早苗、洩矢諏訪子の他、彼女が知っている可能性があるのは、妖怪の山の住人、結界の管理者です。
(該当者は秋静葉、秋穣子、河城にとり、射命丸文、姫海棠はたて、博麗霊夢、八雲紫、八雲藍、橙)
※ E-3名居守の祠近辺に「お菓子の山」が散らばっています。
〇支給品説明
「お菓子の山@現実」
ヴァニラ・アイスに支給。
色とりどりに包装された和菓子・洋菓子がゴージャスパックで纏められている。昔懐かしい駄菓子から誰もが知るあの菓子この菓子など、老若男女問わず人気のある商品が多い。杜王銘菓ごま蜜団子は無い。
755
:
◆qSXL3X4ics
:2020/11/04(水) 18:23:14 ID:UVCbRvCA0
投下終了です。
756
:
名無しさん
:2020/11/04(水) 23:40:48 ID:N1VAaz320
投下乙
久々に見たがまだやってたんか、がんばれ
ドッピオ図らずも逆鱗に触れたのは運が無かったな
神奈子はやっと自分の現状に疑問を持てたけどこっから後戻りができるのか楽しみだ
757
:
名無しさん
:2020/11/05(木) 00:23:28 ID:RgHjOR8k0
まだやってたんかとか書く気もない役立たずの読み手様がふざけたこと抜かすなよ
758
:
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:18:43 ID:7dG6hTvE0
投下致します。
759
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:19:53 ID:7dG6hTvE0
【夕方】C-3 地下水道
日の射さぬ地下の寒さに、重ね掛けされた灯りの乏しさ。
更には会場内の降雪の影響もやはり色濃く、服一枚では活動にも一苦労するであろう冷えた空気が全面に入り込んでいる。
近代要素を少しずつ内包し変わり果てた幻想郷、もといこの会場内でも地下道は一際夜の暗さを強調してくる場所と言っても過言ではない。
常人には暗夜の礫を恐れずにはいられない、そんな暗澹たる回廊にタップダンスを踊るかのような足取りで闊歩する女が一人。
屈託無き純粋な笑顔にその歩調、半袖を意に介さず、しかもボロボロになったその被服。そして赤に塗れ煌々と輝く右腕。
一挙一動が紛れもなく、夜を恐れぬ人外である事の証左である事を悠々と物語っている。
女の名は、霍青娥。
自らの欲に溺れ、陶酔し、殉じる事を善しとする邪性の仙人。
そして、八雲紫をその手で弑した幻想郷に仇なすモノ。
否。彼女自身に幻想郷に敵対した等という自覚は微塵も存在し得ない。
ただ結果的にそうなったというだけの話。邪仙の目線から語ればそれはただの済んだ禍根で、欲を満たす方法で、他に尽くす道標だったに過ぎない。
愉悦を一網打尽にする最短距離を選んだらたまたまあのにっくき賢者サマが死んでしまいました、という一文で調書は終了である。
食欲を満たすという目的の為、懐石料理みたいな味気なさの連続なんかより中華料理の大皿ばかりのフルコースを選んだ、それと同列に語れるだけの事項。
満漢全席を鱈腹、とまでは行かなかったにしろ珠玉の一皿を貪り尽くせば上機嫌になるのも至極当然であろう。
吾不足止、未不知足也。
しかしながら、探究心も好奇心も彼女の生涯では留まる事など有り得ない。
停滞こそが不浄であり、欲を満たそうとしなくなってしまえば精神的な死が明白となる。
それでも尚、この高揚に酔いしれるのは得た物の大きさ故か。
「〜〜♪」
どこに誰が潜んでいるのか分からないにも関わらず、彼女は存在を誇示するかのように自らの音色を奏で続ける。
古き元神の鼻歌は、澄み切った音とは裏腹にどこか高らかで混じり気の無い歪さで遠く遠くの客席へとその存在感を顕にし。
ポツポツと点在する灯りをスポットライトかの様にその全身で浴びながら、この世界は自分の独壇場だと謳うように。
誰か敵が来るかもしれないという懸念も置き去りにしたかの様に光学迷彩すら紙の中、青と白で構成されたお気に入りの服装で舞い踊る。
放たれた音色を耳にしてくれる聴衆なんかどこにも存在しないにも関わらず、邪仙自らの為だけに爛々と響き続けるのだ。
その姿は舞台装置の上に据えられた偶像にどこか似ていて。
まさしく、帳に遮られたアンダーグラウンドの世界に相応しい。
760
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:21:15 ID:7dG6hTvE0
ふと、自らの腕で掴んだままであった『戦利品』に目を遣ってみる。
ディエゴに渡されたジャンクスタンドDISCに八雲紫の魂を内包して完成した、娘々3分間クッキングも唸るお手製の『精神DISC』。
即ち八雲紫という大妖怪の歩んだ軌跡の一端であり、幻想郷と共に歩き見守り歴史を紡いだ巻物の別側面。
そんな大それたシロモノがまさか部外者で一介の矮小な仙人の手に収まっているだなんて失笑を禁じ得ない。
天国の大妖怪もこれにはニッコリしているに違いないだろう。彼女の場合は地獄行きに決まっているだろうけれども。
しかし、かの賢者サマの生の大トリを飾ってしまったのは他ならぬ青娥自身でこそあって、別にその中身を有難く頂戴する事に面白味は全くの皆無である。
寧ろそれをDIO様に渡す事こそが歓びであり、そうであって初めて真価を発揮する物。
かの天国を覗き見、並びに飽くなき探究心を満たす為に必要な歯車の一つでこそあるが、事実として彼女には使い道の無い──文字通りの無用の長物。
齎す物に意義はあれど、物品自体は全体的な最終目的に比べれば伽藍の堂。
しかし、それはあくまで傍から見た事実の羅列でしかない。
天国への道筋へと繋がるパズルのピースに、また一つ噛み合う事の出来た高揚感。
嘘と嘘で塗り固められた友人ごっこを最期の刻まで堪能した大妖怪を自らの手で奈落の底まで突き崩した光悦感。
自らから湧き出たそんな欲望を身に纏い堪能し次なるフルコースへと身を躍らせるその姿こそが、彼女が何を思っているのかを口以上に雄弁と語っている。
天へと昇らんとする仙女に似つかわしくないその激情、その欲望こそが青娥を邪仙足らしめているのだ。
羽衣のように舞い、羽衣のように掴み所が無く。感情もすぐ移ろう様はまるで方向性を欲のみに定めているかのよう。
その忠実さは、ある意味では人間以上に人間臭いとまで評せよう。
その人外でありながらヒトであるが故に、高尚な種族でありながらも低俗なままで身を窶す。
当人もそれは理解していたが、それでもなお現状の新しい欲で塗り潰してもすぐボウフラかのように浮き上がるたった一つの感情が許せなかった。
理解などとうに諦めている。そうやって考える事で払拭しようにも無尽に楯突くその疑念。
憤怒が過ぎ、悦楽に身体を委ねても、喉元にチリチリと残って離れない小骨のようなしつこさで脳髄を追い回す。
こんな時にまで底から這い出て来なくて良いのに、そうは許されないのかと顰め面。
脳裏に想起されるはかの最期。血塗られた右腕に残る感触の波濤。
ズブズブと肉を掻き分けて掻き分けて、臓腑を物ともせずに突き破ってさあ御開帳と対面して。
その幕引きといえばマエリベリー・ハーン──否、八雲紫が遺した欲の欠片も感じ取れない妄言。
妄言と掃いて捨てるには失笑も笑顔も上っ面。そもそも唾棄出来る程に価値が無い物かすらも分からない。
ただそこにあった物として明言出来るのは、陳腐で安っぽい夢物語を描いていたかのようなその安らかな死に化粧。
『少女になりたかった』等と宣った、何事にも取れて何事にも取れない上っ面だけの少女の遺言だけが脳裏で鬩ぎ。
さながらは見た目年相応の、将来を信じて止まぬその純粋さの延長線上。
自身の執着心とは対角線を描くように、全てに安堵したのか夢を追いかけた事を悔やもうともしなかったあの姿勢。
(不愉快ですわね、まるであの凡夫〈わたし〉のようではありませんか)
それだけは、看過出来ない。
761
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:22:59 ID:7dG6hTvE0
中華、清代始めの短編小説集に『聊齋志異』という書物がある。
著者は蒲松齢、ジャンルは怪奇譚の文言小説、全十二巻。同じく清代に書かれた紅楼夢と比べるとイマイチ知名度が低い。
されどもこんな世まで脈々と保管され続けているのだから、少なくとも駄文の羅列などではないのだろう。
さて、その七巻に『青娥』というタイトルのごくごく短い物語が瀝々と紡がれている。
曰く。秀才な男と結婚して、それでも幼き頃の憧憬を手放せずに俗世を捨てた女。
そして、その幸せを捨てきれずに妻を追い掛け仙人へと羽化するまでに至った男。
傍から見れば、畢竟には仙人の躰でも人の幸せを描く事が出来た夫婦の話。
しかし、それはあくまでも時代の遷移で磐石劫の如く擦り切れる口伝の民間伝承のパッチワーク。
何せ執筆時期と元々の出来事には二桁世紀もの隔たりが存在している。到底正しく伝わっている訳が無い。
斑鳩の聖人が厩で生まれたという伝承が後世に取って付けられて未来の説話で浸透していくように、事実は往々に異なる物である。
当事者から見ればこんな物語等、男が救われない物語を著者か伝承者のお気持ちかそこらで無理矢理改変させられたようなもの。
現実は向こう見ず、理想郷の腕の中に抱かれながら安らかに救いを得ようとするその姿勢。
ハラワタを指という指で掻き回されたかのような、痛みを伴う嫌悪感が己の臓腑を満たす。
確かに文中の少女と同じく、父に憧れ何仙姑に焦がれ道を目指した幼少期を送った事は変わらない。
霍桓という男と簪を通じて結ばれ、それでも道術に恋してやがては形骸だけの家族を捨てたのも全くの同じ。
だが、説話は物語。喩え夢見た幻想がそこに存在していても、空想の域を抜けれぬモノであって現実では無い。
埋葬と同時に霍桓の持っていた簪はすり替えて今は手元にあるし、そもそも事実としてあれ以来霍桓と会う事すら無かった。
きっと本来のアレは失意の内に病床に伏せたに違いない。
それなのに、とりわけ愉快な話でもないハズなのに、その経緯だけは何故か忘れられずにこの頭に明晰な映像を流し出して。
ああ、それでも。
こんなに雨垂れが石を穿てる程の時間が過ぎ去っても。
あの光景は、間違いなく仙人としての原点で――――。
762
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:24:45 ID:7dG6hTvE0
「あら」
肌をくすぐる地下の冷気の奔流の中に、撫でるかの様に仄かに吹き掛ける暖かい風。
受容器の一点の齎したその情報によって、思い返されたさそうに後ろで控えていた昔の記憶が雲散霧消してゆく。
別に感傷までは必要無かったのに何故ムキになったのかなんて軽く思えども、そんな考えすら瞬く間にどこかへ追いやられ。
数秒前までは煮え滾ったお湯の様であった釜も、今や残った感情はと言えば精々どうでもいいという微細な倦厭のみとなっている。
それでも温風はそんな青娥の思考の漂白とは関係無く、ひっきりなしに白磁めいた素肌をなぞり続けている。その暖かさはまるで人肌の温もりのよう。
この風が地上かもしくは地下施設のどこから流れてくるのか、状況証拠だけでは青娥には判別出来なかったけれども、微かに感じたソレは少なくとも今後の進路を決めるのには充分だった。
風吹くままどこへやら、羽衣の流れるままにユラユラと。深海で光を放ちながら漂うクラゲの様に、その身がどこへ向かうのかは青娥自身も分かっちゃいない。
一刻も早く八雲紫の愛くるしい遺品を届けようなんて考えも今や露と消えて跡形も無く、さほど高尚な動機付けも無いまま前進していく様。
未来へ繋ぐ訳でもなく、されども過去に一生苛まれ続けて先に進めない訳でもない。受け継いだ者でも飢えた者でもない。
邪仙は今を生きる生物である。愉しければそれで良し、美しさ見たさに直情的。
だから人を逸脱した。だから天に昇れなかった。
それだけだ。
次第に眼前から吹いてくる風が強まっているのを全身で感じながら、青娥は自分が間違っていないと言わんばかりに笑みを浮かべる。
となれば手に持ったままであった記憶DISCを『オアシス』の能力で背中に隠し持ち、フリーになった両腕をブンブンと振り回しながら歩くのみ。
この先に何が待ち受けているのかを考えているだけで昂ぶりを抑えずにはいられない、そんなウキウキさがそこかしもから漏れ出ているのを咎める相手などどこにも居ないのだ。
向かい風を一身に受けてもその歩みを留めようとする気配なんて微塵もなく、意気揚々と余裕綽々と。
それは立ち止まる事が勿体無いというだけなのか、それとも過去を振り返る必要すら無いという意思表示なのか。
もしかすれば後方遥かに掌を重ねる二つの死骸が存在していた事なんて、もうとっくのとうに忘却の彼方に吹き飛ばしてしまったのかもしれない。
或いは、自らがその結末まで鑑賞したそのドラマの中身がただの陳腐なお涙頂戴物だったという事実に心底どうでも良くなったのか。それを舞台袖から覗く事は叶わない。
長々と続く一本道が段々と光に晒されて色彩を取り戻していく様は、青娥の歩調も加味すればまるで花道を上る歌舞伎役者のそれのよう。
煌々と地面に滴る朱色を除けばモノクロの世界に停留し続けているそれらを闇の中に捨て置いて、青娥は光の方向へと着実に進んでいく。
「――この風、いつになったら止むのかしら」
少しだけ、後悔の音がした。
763
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:25:52 ID:7dG6hTvE0
─────────────────────────────
光に呑まれて行き着く先。ボヤけた視界が鮮明さを取り戻すと共に、青娥は眼前に広がった光景に息を呑んだ。
最初に目に入ってきたのはその空間に存在する住居、岩肌、人工物、その全てにスクリーンを掛けたかの様に広がる橙色の氾濫。
そして柔らかく一帯を包む橙色の中、天蓋に関してのみが黒茶色を凛として主張し、そこに連なる桜色が一層輝きを増していく。
さて地上を注視してやれば地面に等間隔に並べられては灯されたまま鎮座している行灯、あらゆる軒という軒を囲んでは建物一つ一つを照らし上げる赤提灯の数々。
それらに照らされて見える範囲全ての暖簾は上がっており、そこが店であり殆んどが呑み処である事が漠然と窺い知れる。
しかも住居や店舗の建物が均等にかつ大通りの奥深くまで際限なく続いていて、まるで道が無限に続くかとさえ知覚させてくるのだ。
だが、その通りの先の先に小さいながらも他の建築物とは一線を画した色調の豪邸らしき物が見られるのも薄らと分かった。
これが噂に聞き及んだ旧地獄そのもの、それならばあれは地霊殿とやらであろう。
浮き足立つ足並みを抑える様にして足を踏み出していくと、趣を感じさせてくる物々に興味を惹かれずにはいられない。
酒屋、暖簾無し、暖簾無し、内装が暗くて分からない、呑み屋、通りを挟んで食事処、酒屋、暖簾無し、呑み屋、暖簾無し、また小路を挟む。
大通りを中心にしては他の通りを碁盤の目の様に規則正しく配列させて構想されたであろうその町並みの様相は、青娥に唐代の都を朧げに思い出させるには充分過ぎる物。
だが悲しいかな、あの地にはあの活気と意地と生気と怪異が満ちていたのに、こちらには人の営みがまるで存在していない。
それはある日突然全ての妖怪が有無を言わせず忽然と消失した痕跡かの様にも思われた。
遥か高くで天を満たしている岩肌の荒涼さが、何故か奇妙な程に一帯の雰囲気と合致している。
ここでも本来なら地底の妖怪が喧騒を繰り広げ、空気そのものが酒気に塗れ、昼夜の境も関係無い叫喚が響き渡っていたのだろう。
青娥は旧地獄に足を運んだ事は無かったが、それでも人伝の情報と縁起の記載からすればその想像には難くない。
特に酒乱に満ちた澱みは警戒する所であったものの、いざこの光景を目にすれば些か拍子抜けだったという物。
澄み切った空気では寧ろ恍惚に酔う隙すら与えてこない、そんな色模様さえも感じてしまう程。
今は青娥ただ一人、閑散たる様だけが無音という形で伝播してきている。
こんな様子では閑古鳥も泣けやしない。
ふと、提灯や行灯の光の乱雑具合がいつかの夢殿を思い起こさせる。
低俗な小神霊共が広大な空間の中で右往左往に揺れ動く様がそれと重なったのだろうが、あくまでそんなこともありましたわね程度の事柄。
確かに懐かしい事ではあったけれども、そんな過去に一々心を揺さぶられる訳でも無く。
「さて、家探しでも始めましょうか」
それは今から泥棒活動に勤しみますよ、という邪仙なりの意思表示。
穿ユという単語は間違いなく、今の青娥のやろうとしている行動の為だけに作られたのだと誰もが認めてしまう程の白々しさすらあろう。
適当に見繕った建物の前に立つ。暖簾の掛かっていない家々に混じって、一軒だけ窓も扉も付いていない事実が目に付いたのだ。
壁抜けの邪仙には密室や鍵など効力のこの字も存在せず、衝撃を加えてやれば簡単に砕け落ちるガラス容器と同義である。
こんにちは、と家主に挨拶するかの様なノリで宣言するや否や、身に纏った『オアシス』のスーツと共に飛び込むかの様に華麗に侵入。
屋内に入ってすぐさまスタンドを解除し、足音立てずに着地。かくも鮮やかな工程は10点満点のレビューが付いても許されるだろう。
この出来には青娥もニッコリ。場所が場所なら効果音でも鳴りそうなガッツポーズを自信満々に繰り出した。
764
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:28:08 ID:7dG6hTvE0
「これは……酒蔵ですわね、一発目からツイてますわあ」
さて、その中はギッシリという擬音がこの場所の為だけに作られたと言っても許される程に充満した酒瓶、酒樽。
幻想郷で見られる全ての酒という酒が一つの酒蔵に歴史と共に詰まっているという実感が湧いてくる程の酒の量に、ただ圧巻されるのみ。
実際は古今東西ありとあらゆるなんて言葉で言い表すには、過去から今に掛けて製造された酒の銘の数が多過ぎる気がしないでもない。
中華三千年の歴史と共に歩んできた青娥にとってすれば、まぁ皇帝の宮殿における百年分ぐらいかしらね程度にも捉えられないことはない。
それはともかくとして、普遍的な人里の酒造とは比べ物にならない、そもそも規模に歴然とした差すら存在しかねない程に酒がある事だけは確かである。
さぞかしここに安置された酒の数々も青娥に見付けて貰って喜んでいる事だろう。
「地底妖怪用に醸造されたお酒なら意趣返しにも出来ますわね、私ったらあったま良い〜」
それはさる先刻の戦いの怨恨か反省か。過ぎ去った事だが、どちらにせよ邪仙には単なる嫌がらせに過ぎない。
そもそも意趣返しという言葉をわざわざ選んで使っている時点で、そんな怨恨だか復讐だかの心なんてたかが知れているのだ。
実際仙人の肝も胆も一筋縄ではいかない強さだったからこそ良かったし、その結果は青娥自身も十二分に理解している。
そんなシロモノに比類する物をただの人の身に投与すれば劇毒でしかないのだが、それを気にする素振りは一切見受けられそうに無い。
陰湿、悪趣味。どう罵られても気にする事でも無い。ケチを付けられる謂れも無い。
酒瓶を二本程度選りすぐって紙に投入する。
「折角ですしコレも入れてみましょうか」
青娥の目線の先には大きいとしか形容の出来ぬ酒樽の数々。青娥の身長はより若干高い程のそれらは、一つ取っても一石はゆうに超えているだろう。
木々を上手く継ぎ合わせ注連縄で形を整えたその見た目は、素人目に見ても鬼の様な巨躯でも無いと作れそうにない。
そんな精魂込めて醸造したであろう酒樽であったとしても、持ち主も通りすがりも誰も居ない場所では泥棒してくださいと言っている様なものだ。
どちらかと言えばこれは単純に呑んでみたいとかそういった興味本位に過ぎない行動ではあったし、少なくとも実利目的の行動ではない。
それを先程の一升瓶たちと同等に語っているのはまさしく青娥らしさの塊なのだろう。
その中の一つに足を向けて、エニグマの紙をそっと押し当てれば、途端に酒樽が一個丸々紙の中へ吸い込まれて消えていく。
残ったのは酒樽の羅列の中で際立つ大きな空白のみで、まさか泥棒が盗んだ痕跡だとは誰も思うまい。
それにしても、この質量や形態を全部無視して収納可能なこの紙のなんとも万能な事かと青娥は一人驚いていた。
紙面を仙界に繋げて仕舞い込むにしても、その紙の大きさよりも遥かに大きな物まで入るとなれば大掛かりな術式を組まざるを得ない。
手段を明晰に思案してかつそれを実行に移せる仙人が居るか、もしくは例を挙げてみるならばスキマ妖怪の術式が使えれば再現出来る事だろう。
出来そうな人妖を二人記憶の淵から思い当たっては、つい青娥は苦笑を漏らしてしてしまった。
豊聡耳神子も、八雲紫も、等しく青娥自身が弑した相手である。この手段は無かった事になるだろう。
「まぁ豊聡耳様は刀剣でしたから……竹風情とは比べ物にならなかったのでしょうね」
どこか懐かしさや寂しさ、羨ましさといった感情を複雑に表面化させた顔を浮かべて、青娥は遠くへ視線を投げ打った。
その根底にあるのは仙人としての純然たる思いだというのを理解しているからこそ、余計に何かが口惜しく思えてくるのか。
直視するに耐えない己の内面がふと覗いて来た気がして、その情を引っ込めるのに数秒を要してしまうのが、青娥には口苦くてならない。
「……。次の建物でも探しましょうか」
気分転換の方向を探る様に、言葉を投げやった。
口調は軽く繕っても、数歩の間の足取りは先程までとはいかないのに気付かぬまま。
765
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:30:25 ID:7dG6hTvE0
そしてお眼鏡に適う次の建物は、予想していた以上に早く見付かった。
さっきまで居た酒蔵から、通り一本分先にあった何の変哲も無い一軒家と思しきその建物。
暖簾が掛かっていないという事実から妖怪かそこらの住居である事は容易に想像出来るが、それにつけても見た目のボロさに拍車が掛かっていた。
あばら家とまでは言わないにしろ、その無骨な装いをした外観は寧ろ青娥のセンサーに得体の知れない何かがありそうと確信にまで至らせている。
呑み屋と食事処の間で居竦まる様に縮こまったその姿は可愛らしいものだが、そんな雰囲気に惑わされる青娥ではない。
木を隠すなら森の中、一見だけでは価値が分からないけど実は高価な物は安価なガラクタの中に混じっていると相場は決まっているのだ。
考えただけでも胸が躍ろう。重火器近接武器嗜好品なんでもござれである。
「ん〜〜〜〜ん?」
いざ『オアシス』のスーツを起動しようとして建物に近付いて、そこでふと感じてしまった違和感。
扉に鍵が掛かっていない無防備さどころか、扉がやや半開きになって壁と間隙を生み出しているのが見て取れる。
人が現在進行形で中に居るのか、それとももう家探しを終えてもぬけの殻なのかまでは分からないにしろ、少なくとも誰かが存在していた形跡は今目の前にあるのだ。
眉を顰めてみるものの、こういう時に限って光学迷彩スーツのバッテリーは再充電の真っ只中。こればっかりはどうしようもない。
しかし姿を隠せないからというだけで、中に何があるのかをその目で確かめずにむざむざ手ぶらで帰るだなんてそうは問屋が卸さない。
逡巡している時間なんて物は必要無かった。
ええいままよ、と言わんばかりにスライド式の扉に手を掛ける間も無くドアに突っ込む――そのの勢いで、『オアシス』のスーツを使って扉を透過。
体が触れた部分から扉は液状化していき、体が離れた部分から次第に元に戻っていくのは、扉を液面に見立てた飛び込み競技かの様。
それにこの動作と侵入が一体となった手法は、青娥には簪を使っている時と同じくらいに気分が良かった。
そもそも疚しい事なんてこれっぽっちもしていないのに何を恐れる必要があるのだろうかと思ってしまえば、行動に移るのは簡単だったのだから。
そしてやっぱりと言うべきか、部屋の隅に先客は居た。
一部屋で構成された屋内の一番奥手の柱にもたれかかって、片膝立ててスヤスヤと眠る一人の少女。
ボロさの残る室内と同じくその体には軽い傷の跡が見え隠れしているが、その艶と輝く黒髪はそれらと比べると場違いな雰囲気さえ放っているかのよう。
普段の青娥であれば芝居掛かった雰囲気であらあらあらあら、とニンマリ笑うところであったが、そうは至れない神妙さがそこにはある。
外見さえ見てくれは服が違うとは言え縁起に聞こゆ藤原妹紅のその姿なのに、挿絵の白髪とはうってかわって目の前のその髪は黒色。
直接会った事は無けれども、その白と黒という正反対の色への変貌は流石に見紛う事は出来ないのだ。
髪の艶やかなのは別に構わない。これでもヘッドセットには気を遣う邪仙なのだから、適当にトリートメントの材料を聞き出せば良いだけのこと。
しかしその黒色、見れば見る程に漆黒を湛えてどこまでも深くて異質で禍々しく。
逆に何をもってすればその様な変化をその身にありありと表現しようか。
ここまでの変容が起こったその経緯とは如何程な物か皆目検討も付かない。
だが、青娥をその黒髪以上に惹き付けるモノがあるのもまた確かで。
「あらあらあらあらあらあら〜〜〜〜〜〜!!」
失敬とでも言わんがばかりの満面の笑み。口からその歓喜を余す所無く高らかに優雅に溢れさせていく。
口角も目尻も、ヒトのそれとは思えぬ程にその感情を満遍なく表現していた。
766
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:31:35 ID:7dG6hTvE0
かつて、青娥は豊聡耳神子に尋ねた事があった。
『完璧な不老不死について、如何お考えですか?』と。
完璧な不老不死。尸解仙の様な死神との縁の切れぬ形骸的な不老不死ではなく、神仙を目指す者の究極の憧れの一つ。
神霊として縁起に記録され、生前を遥かに凌ぐ力を付けて尚、それに向かって進み続ける一番弟子に対しての究極な問い掛けであった。
彼女とて青娥とて浅学とはとても言い表せない求道者で、少なくとも死神を追い返す事など造作も無い取るに足らぬ力を持っている。
それでもなお、その一点は譲れないと他の術以上に熱心に勉む彼女に、当時何を思ったかなどもう定かではない。
ただ驚いた事に、その少し意地悪な質問に対して、神子は最初っから決まっていますとでも言うかの様に口を開いたのだ。
『安寧、ですかね。青娥や私が最終的に目指している道のその先とは別物でしょうけれど』
『例えば屠自古なんかは霊体ですから死神による終焉は齎されません。ですが、他所からの畏れを失えば消えてしまうのもまた妖です。
その理すら及ばない完全性、自己完結。それこそが完璧で純然たる不老不死だと思いますが、一方で魂の在り方を変えなければ辿り着けぬ境地かと』
『ですからね、青娥。私は死という存在が単純に怖いのですよ。何人にもそれは平等に降りかかって、跡形も無く全てを消し去っていく。
私という存在が死によって掻き消されてしまうのがたまらなく恐ろしくて、不安でたまらないだなんて聖人が聞いて呆れるでしょう?』
『仏教だって心の安寧を保証していますけれども、仏像のその瞳は虎視眈々と死を見据えている。現世での救いをあれらは何一つとして成し得ない。
私は救いを求めているのかもしれませんね。――この話は屠自古や布都には内緒ですよ?』
その時の俗っぽい笑顔と、知らしめられた欲の強大さは今でも忘れられない。
生前の豊聡耳様への印象は、視野に広がる全てに対する冷徹さと非情さと求心力。その一方で道への並々ならぬ熱意と縋り付きが多くを占めていた。
俗人の全てを見透かすその耳と、師弟関係すら曖昧になる程に叡智を持った生まれながらの聖人でありながら、その実そればかりを強く希い続けていたのだ。
もしかすれば、邪仙の心に火が灯されたのはこの時だったのかもしれないし、そうでは無かったかもしれない。
けれどもこの人の死に際はさぞ強烈なのでしょうね、とその時心の底から思ってしまったのは否定のし様が無いだろう。
但し一つ言える事があるとするならば、豊聡耳神子という人物はそれを成し遂げてしまえる程の力量があったのだ。
力量だけでなく、その才知までも。その仙骨さえも、全てが凡庸とは一線を画した一級品。
だからこそ『力を持つといつかは欲望に身を滅ぼされる』という事実をそっくりそのまま体現して潰えたのかもしれない。
767
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:32:39 ID:7dG6hTvE0
では、目の前のこの少女はどうだろうか?
藤原妹紅。縁起に堂々と書かれた『死なない程度の能力』。毛髪一本さえ残っていれば再生が可能とも書かれた不老不死。
天人ではない、さりとて同じ道を歩む者でも無さそうな文面。あの時は幻想郷においてはそんな人間腐る程おります故、なあんて一読して記憶の片隅に留めただけで終わりだった。
同じ腐る存在であれば芳香ちゃんの方が何倍も価値があるに違いないし、芳香ちゃんの世話よりも優先度が低いのは実際当たり前であったのだ。
豊聡耳様は藤原氏という苗字に何か思う所があったらしいけれども、歴史の当事者の回顧なんて知った話では無い。
だが、昔交わした会話の中身を照らし合わせ、いざ目の前で寝入っている実物とご対面となればどうしても分かってしまえる物がある。
眼下の少女は紛れもなく、真の不老不死を体現せしめている存在なのだと。
豊聡耳様ですら辿り着けなかった境地に至った存在であるのだと。
この様な状況に置かれさえしなければ、死という物が永遠に訪れる事が無かっただろうにと。
不思議な話かもしれない。
溢れんばかりの聖人オーラを撒き散らす事憚られなかった彼女には成し得ず、こんなどこの馬の骨とも知らぬ平凡そうな雰囲気の生娘がそれを会得しているのだ。
尸解の術を斑鳩の地で掛けて以来長らく各地を放蕩していたと言うのに、その噂話を今まで小耳に挟む事すらなかったというのも余計に謎めいている。
その不老不死の原理を幻想郷に居る内に知っておきたかったという感情も無くは無いが、正直な所今この場においてその事実はさしたる重要性を持たない。
精々不思議でどうしようもなく機会に恵まれなかっただけの話であって、どうせまた次の機会はいつか来る。
問題はそこではない。
完璧な不老不死には魂の在り方から変えなければ辿り着けないのだと、あの時豊聡耳様は口にしていたのだ。
自身がそんな在り方を目指すつもりなど毛頭無かったが、彼女程の聡明なヒトが仰られるのであればそれはきっと真理なのだろう。
一介の人間の魂魄では死を迎えれば気が散り散りになって二度とは戻らないのだから、その魂から変えてやらなければならないのは確かに理に適っている。
それも少なくとも尸解仙の様な魄の再定義とは訳が違う、無から魄を復活させる程の大掛かりな術式や修行が必要不可欠に違いない。
死神によるお迎えすら存在しない、文字通りの完璧な魂魄の兼ね備え。
であるならば当然。
「私ってばほんとツイてますわね、妖怪の賢者に次ぐ程の魂の持ち主とこんな場所で出会えるだなんて〜〜!!」
それこそは、天国行きの往復切符と成るであろう材料への値踏み。
旧地獄などという天界からしてみれば真反対の概念の場所でありながら、そこへの近道がこんなボロ小屋に転がっていただなんて誰も普通は考えやしない。
それでも彼女はやってのけてしまった。本来であれば虱潰しに探しでもしなければ見付からない代物に、僅か二回の探索で到達してしまったのだ。
短時間でアタリを引き続けるその豪運とまたしても噛み合う歯車を一つ得た高揚感が、今の青娥の感情を占める大半である。
768
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:34:27 ID:7dG6hTvE0
その場でルンルンウキウキと羽衣を舞わせながら踊っても許されるだろう、なんて言わんばかりの優雅な動作も、それを顕著に表している。
被服のボロボロさすら意に介してないと示し付けるかの様に、その場の空気をふわふわと巻き込んでは微細な気流を作り出して。
すぐ傍に寝ている最中の少女が居るというのに、そんな事知ったこっちゃないとお構い無しに足を動かす、手を揺らす。
もしかしたら、青娥は最初から藤原妹紅という存在を少女として見ていないのだろうか。
もしかすれば彼女の視界における眼下の少女は、目的へ一直線に邁進する為だけの道具としてしか存在していないのかもしれない。
「いやはや本当に良い体じゃない、終わったらこの子の体でキョンシーを作るのも悪くなかったりねえ?」
そう言って青娥は覗き込むかの様に、顔をグイと妹紅の顔の方に近付ける。
それは本当に些細な動作。立っていたままの姿勢から若干腰を屈めて、目線を合わせようとしただけの行動。
寝たままの少女がどんな顔をしているのかちょっと拝謁してみようか、ぐらいの軽い気持ちで行われたに過ぎない。
けれども、妹紅にとって青娥のその行動は全く別の意味。
体を休めて寝息を立てていたとしても、本人がそれを望んでいなくとも、眠りは浅いままの状態で維持されていた。
それによって誰かが近くに居るという気配を寝ながらも捕捉されてしまったのは幸か不幸か。
妹紅が意図していなかったと言えど、その体に染み付いた慣行は決して忘れられる事は無いのだ。
寝ていたはずの妹紅の足の筋肉がやや強ばったかと思えば、室内で掃除されずに薄く積もった土埃が舞き上げられ。
次の瞬間には眼前の少女が跳躍していたという事実を、青娥の脳が遅れて警鐘を鳴らしていたとしても時既に遅く。
瞬きをする間も無く、地べたと平行線を描いていたその片足は気付けば軽い炎を纏って中空に丁寧な弧を描いていた。
それはここが私の制空権だと言わんばかりに、反射的に繰り出されたサマーソルトキック。
頭から垂れ下がる黒髪がその動きに同期して艶かしく広がり、その脚は残像を持ってして風を断つに至る。
ただ妹紅の領空に入ってしまったというその一点の事実のみで放たれてしまった自動攻撃。
使い手の記憶が混濁していたとしても、寝込みを襲う賊に対して編み出した過去の成果の腕は鈍らずに、ただ無警戒に近付いた相手を刈り取るのみ。
纏った火の粉さえも揺れ動く髪と似て黒々しく、されど薄暗い部屋の中では煌々とした輝きを見せ付けて。
間一髪でその首を横に寄せた青娥の頬に、軽々しい見た目からは想像出来ない程に鈍重な蹴り上げがチリリと掠る。
だが悲しいかな、その挙動はグレイズには数フレームで間に合っておらず。
その白磁かの様な皮膚をコンマ以下の浅さで幅数センチ抉っていた事に青娥が気付くのと、遅れて舞った黒炎の一端が頬に軽い火傷痕を作るのはほぼ同時であった。
769
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:36:28 ID:7dG6hTvE0
「うううぅぅううう……お前は誰だあああぁぁぁぁぁア?」
優雅な一回転の蹴りを終えた藤原妹紅が床に着地して青娥の側を睥睨する。
酔拳にも及ばぬ程、そもそもそう言い表す事が酔拳に失礼な程にグチャグチャの体幹で上半身を、その黒い長髪をユラユラと揺らして。
瞳に光は宿らずに髪と等しく黒一色、更には藪睨みどころか両眼球がそれぞれ別方向を捉えている。彼女の視界が正しい物を映しているのかも怪しい。
体勢も語調も彼女を表す全てがしどろもどろ。常人とは掛け離れた物以外を感じさせない蓬莱の人の形がそこに居る。
その様相から、青娥は瞬時に理解してしまった。
眼前の彼女が狂いに狂って元の鞘に戻れなくなってしまったのだろうという事を。
藤原妹紅の個はバラバラに砕けてしまったのだという事を。
全てに倦厭して気を狂えてしまったのか、さてはてこの会場にて何か心を壊される様な何かがあったのか。
今まで死を恐れてもいなかった身に急に襲いかかるようになってしまったその恐怖に身も心も支配されてしまったのか。
色々と彼女の身に何が起きたのかの選択肢はあるだろうが、その考えが沸いたとしてもそんな些事を気に留める程の青娥ではない。
だが魂魄を操る事に秀でた道士としての己が、少なくともその内の魂から来る気の淀みを肌で感じ取っていた。
張り巡らされた神経系の一部が断線していると形容するのが正しいのだろうか、妹紅の心を支える回線が数箇所破損しているかの様な感覚。
目で見ずともそれを理解させてしまう程に、藤原妹紅の精神は異常を来たしている。
「誰でもイいかぁ、わたし以外の誰だってぇ」
その言葉を皮切りに、まるで妹紅自身が薪であるかの如く、妹紅の周囲に炎が揺らめき立つ。
そもそもこれは炎と呼称されるべき物なのか、湧く揺らぎ湧く揺らぎその全てが黒。黒。黒。
辛うじて形だけが炎らしさを保っているからこそ炎と認識出来るだけで、本来の炎の醸し出す紅蓮とは到底似つかず。
可視光線のスペクトルを無視した炎色反応。奇術としては悪趣味な、光を全て吸収してしまいそうな底の無い黒一色であった。
それ即ち、攻撃の予感。黄色点滅の余暇すらも許さない赤信号の氾濫を感じずにはいられない程の殺意の数々。
藤原妹紅という個人の魂魄では収まりきらぬ程の怨嗟と憎悪で身を焦がされるのだろうという空気で今居る屋内が満たされる。
今まで会場で味わってきた生ぬるい敵意も、そもそも邪仙になって以来襲来してきた死神の手練手管も、今のそれには劣るだろう。
ちょっと失礼、と言ったか言わなかったか定かで無くなる程のスピードで、青娥は『オアシス』のスーツと共に地面に飛び込む。
水にまつわる擬音で表せそうな波模様を地面に描き、そのスタンド能力で完全に退避したのも束の間。
爆音けたたましく、爆炎の勢いは激しく。
藤原妹紅が爆心地となって、寺や田圃で行われるどんど焼きすらも凌ぐかの如く迸る火柱が周囲を埋め尽くす。
天蓋にまで届きそうな高さまで及んでひたすらに黒色が泳ぐ様は、まるで鯉が点額を描きそうな程の大瀑布。
ベクトルを一歩別に向ければ建物を等しく見境無く軒並み巻き込みそうな程の火力を以て、元来あった荒びた家屋を中心に半径数メートルが業火に包まれた。
770
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:38:29 ID:7dG6hTvE0
─────────────────────────────
黒炎が止む。雷が落ちて去ったかの様に、周辺家屋の整列の中に一点だけ空白を残して。
炭化し黒ずみ骨組みの一部だけが辛うじて残存し立っているだけのその姿が、未だ燻り続ける煙と併せてそこに元々木造家屋があったのだという事を主張している。
だからこそ、その痕跡の中で惨状を何事も無かったかの様に佇んでいる藤原妹紅の存在は異質でしかない。
「うーん、居なくなっちゃった。幻覚だったのかな、消し飛ばしちゃったかなあ」
周囲を見渡しても、妹紅の周りには誰も居ない。輝夜も永琳も、今までに出会い頭に攻撃してきたロクデナシ共も。
最初っから何も起こっていないとでも言いたげに、剥き出しの建物だった残骸を静けさだけが埋め尽くす。
ただ少なくともこれだけは言えた。己に近付いてくるヒトの皮を被ったバケモノ共は、間違いなく殺しても良い相手なのだと。
「全身青女とか見てくれとしてどうなのよ、赤青半々のアイツとどっこいどっこいじゃない」
『貴方は正しいわ妹紅。立ち塞がる物は全部殺して、殺して、殺し尽くす。そうでしょう?』
誰も居ないハズなのに耳介を通して響き渡る誰かさんの声。鬱陶しいったらありゃしないけど、聞こえないフリ。
幻聴が聞こえるだなんてそれこそ私が『異常者』みたいで癪に障る。異常なのは私以外全員だっての。正常じゃないヤツが正常性を語らないで欲しい。
無論、蓬莱の薬を私が未だに持っていると勘違いして攻撃を仕掛けているのであれば話は別だけれども、等しく殺してやれば関係無いのは正しい。
そもそも蓬莱の薬を誰に盗まれたんだろうか。盗んだならちゃんと盗んだって言って欲しい。
アレさえ飲めば私が糾弾される事もあんな幻聴が聞こえるだなんて事も無くなるだろうってのに。
でも、今からまた蓬莱の薬を新たに手に入れるってのもアリかもしれない。
岩笠だったかそんな名前の人間の一団と、蓬莱の薬を富士山の頂上で燃やす旅に同行した時に火口で変な女が言っていた気がする。
八ヶ岳?に行ってイワナかヤマメかそういう感じの女と蓬莱の薬について話をしろ、だっけか。よく覚えていない。
そこで薬を燃やす算段だったけど、手ぶらで行けばもしかしたら蓬莱の薬を恵んでくれるかもしれない。
だけれど結局私はそこから逃げて逃げてこんな変な場所に居る。
あの後男の部下が怪物に襲われたのか全滅して、残った男と一緒に行こうって話になった気がするけど私はアイツを蹴落とした。
勿論物理的に。富士山を下る時に後ろからドンと一突き。悪い事をしたかもしれない。でも生きる為の行動に犠牲は付き物だから。
だからと言ってなんで私が攻撃されなきゃいけないんだろう。
八ヶ岳に行かない私をあの女は怒っているのか?それとも蓬莱の薬を奪ったから帝が追っ手を差し向けているのか?それとも岩笠が実は生きててその差金?
どれでも理由としてありそうだが、少なくともそんな事で私がこんな目に遭わなきゃならないなんておかしいじゃないか。
ただただ生きようとしているだけなのに横槍入れてくるだなんて失礼にも程がある。
『自分が生きる為に他の攻撃してくる相手を皆殺しにするのは何も間違っちゃいない、妹紅にはそれが分かっているでしょう?』
ほら、この幻聴だって私の考えている事を無視してずっと同じ様な事ばっか。
私は今から蓬莱の薬を新しく手に入れる算段を思い付いたってのにそんな事で水を差さないで欲しい。
取り敢えず、今から私は八ヶ岳に行ってヤマメと話して不老不死を得なくっちゃならないのは確かだ。
だから、ええっと……?
「ハロー、また会いましたわね」
「……は?」
突然。しかも地面から生えてきたとしか言い表せない方法で再出現したさっきの全身青女を前に、素っ頓狂な声が出し抜けに出てしまった。
そもそもさっき消し飛ばしたハズなのになんでピンピンしてるのか、地面から生えてきたかの様なこのコイツは一体全体なんだって言うのか。
だから、それらの事実に気を取られた。目の前のコイツが何をしようと現れたのか、考える事が出来なかった。
左足に重石を付けられたかの様な違和感。
何かそこから新しい部位でも生えてきたとでも言いたげに、左足だけが重力に強く引っ張られている様な感触がある。
目の前のコイツがやったのか?私に攻撃してくるならもっと別の事をしてくるだろうに、何の為に?
恐る恐る目線を地面の方から私の真下の方へと向けると。
一本の酒瓶が、私の左足にまるで吸い付くかの様に”くっ付いて”いた。
771
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:40:24 ID:7dG6hTvE0
「こん、のっ!!!!山に行かせろよ青女!!」
「あぁらこわいこぉわい」
全身青女の顔面目掛けて放った渾身の蹴り上げが僅か数寸で届かない。コイツは余裕綽々に首先を軽く動かしただけなのに、いとも容易く避けられた。
お前の攻撃は見切ってるだなんて煽ってくるみたいでムカついてしょうがないな。
それに左足で力強く振り上げたハズなのに、引っ付いた瓶はぴくりとも動かないまま。
どんな幻術が魔法か、ソレは私の左足に癒着して一体化したかの様で、足から離れるという挙動を知らないとでも言いたげに振舞っている。
それにしても一体なんなんだよコイツは。私の蹴りを避ける時に明らかに笑ってやがった。満面の笑みってヤツ。
私みたいなのを甚振って何がそんなに楽しそうなんだ。弱い人間を虐めるのがそんなに愉快だってのか?
クソッ、私は八ヶ岳に行きたいんだよ、それなのに……。
……?
頭が、ズキズキする。
「あんなに激しく動いたら早く回るのも当然でしょうに、本当にお可哀想なお人。
にしても不老不死の肝でもちゃあんと酒精ってキッチリ回るんですのね。興味深いわ」
不老不死……?
何を言って。まだ、私は……。
目の前の、青が、滲んで、霞む。
「こんなに速いのは予想外でしたわ、あの魔女の子ったら随分と焦らしてくれたのですねえ?
ま、私の躰が強靭であってこそなのかもしれませんけれども」
立っていられない。
立たな、きゃ……。
私は、山に行って、それで……。
それで……?
「それでは次は天国でお会いしましょう、再見♪」
……。
掠れながら埋没していく妹紅の五感の中で嗅覚に届いたソレがうっすらと輪郭を残して、捷急に脳へと情報を伝える。
鼻に付く様な強い妖香。白檀とはまた違ったむせ返りそうになる匂い。それでも何故だかそれ程までに嫌気を感じないのは何故だっただろうか。
至近距離で感じたソレは、手で撫でられるかの様な誰かの温かさ。
「よ、しか……?」
無意識に不意に出た単語。自らの発したその意味する所がなんであったかも分からず。
知らない単語を他でも無い自分が呟いているという事実に困惑を催せる暇も無く。
半分以上も閉じた蕩けつつある視界に明晰に映ったのは、頬がドロリと溶ける女の顔。
――――顔が溶けて溶けて、ドロリと液状化して輝夜が溶けてあれはあれは泥で私の目の前で輝夜で泥で顔が私の下に落ちて輝夜の顔であれは喋って私は私は、私は?
狂乱した思考回路は果たして夢と現実のどちらを視界に捉えていたのだろうか。胡蝶の夢も甚だしく、自問自答には至れない。
僅かに残っている物全てを最後の最後で掌の上から零れ落として手放して狂いに狂え。
そのまま妹紅の意識は闇の更に深くへと沈む、沈む。
一世の紅焔の夢よ、さようなら。
772
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:42:38 ID:7dG6hTvE0
◆
「地面に落ちた私の肌ってどうなるのかしら」
崩れ落ちた妹紅を尻目に、青娥はその様をどうでも良いと裏に含ませるかの様に独り言つ。
『オアシス』の能力を応用させて頬の火傷を修繕しているその姿も、もう動かないであろう妹紅の体への興味の無さを浮き彫りにしていた。
皮膚が焼けてその下の桃色が見えている箇所にスタンドを纏った手を当てて、洗顔液を染み込ませるのと同じ手付きで念入りに。
一滴だけ雫が顔を伝って自由落下していったものの、それ以外は万全とでも言うのだろう。火傷の痕跡は一切が無くなり、地面に作られたシミはすぐに消えて跡形も無い。
そしてスタンドを発動させたまま青娥の手は妹紅の足へとその矛先を向け。
ぬるり、と。湿った擬音の聞こえてきそうな動作と共に、目の前の少女の左足で異質さを放ち続けているその酒瓶を抜き取った。
日本酒が半分以下しか残っていないその瓶を揺らしてやれば跳ねるような水音が幾重にも響き、青娥はそれを見て口角をニンマリと。
その気味の悪い笑顔は、妹紅の意識が急に途絶えた原因がこの日本酒であるという事を雄弁と語っている。
やった事と言えば、精々第二回放送前に徐倫と魔理沙の流星コンビにしてやられた無力化の手段をなぞっただけに過ぎない。
あくまでもあの時に注入された酒は選りすぐりの"酔わせる為の"酒で、地底妖怪の箔が付いただけのただの日本酒とは訳が違うという事を青娥は知らない。
けれども、『オアシス』の能力で酒瓶の口と妹紅の表皮を溶かして癒着させ、そのまま中の酒を相手の血管に直で流し込むなんて手段はあの流星コンビには到底真似出来ないだろう。
青娥がここに立っているのは仙人としての躰の強靭さに悪運の強さを持ち合わせ、かつお相手さんの甘さに救われたという事実があってこそだ。
それら全てのハードルが取り払われてしまえば。性格面の上限突破に、相手の体もただのヒト相応であれば。こうも悪辣で奸邪な手法になり得るのである。
それに、あの時の徐倫と魔理沙には冗長にやっていられない焦りもあった。だからこその直接戦闘を介さなくても無力化出来る手段。余力を残していられる容易な策。
その策がこんな場所で、こんな事の為だけに流用されるとは誰が思えようか。たまたま『生かしたまま無力化する』という目的が合致してしまうとは想像し得る訳が無い。
この時ばかりは青娥はあの甘ちゃん二人に感謝の言葉が沸いていた。なお、気持ちは殆んど篭っていない。
「にしても芳香、ねぇ……。一体なんでその名前が?」
妹紅の最後の最期の一絞りの単語。掠れそうな弱々しい声で放たれたそれも、やはり青娥には気に掛かる事柄ではあった。
確かに過ぎ去った確かめ様の無い事ではある。愛しい芳香ちゃんはどこぞやの駄狐のせいでバラバラにされてしまったし、そのパーツも右腕や肚の中。死人に口なしとは良く言った言葉だ。
幻想郷で話を聞いていた限りではこの不老不死人間と交友関係があったとかどうとかは全くその話題に上らなかった。
ならば、何故見ず知らずの他人である藤原妹紅が芳香の名前を知っていよう。
「この会場で初めて会った、となればどうして今際の言葉がそれ?」
この催しでお互いに意気投合したというのが一番自然かもしれない。
しかし、先程の彼女の様子は狂乱そのもの。こんな不審者に近寄る人間もキョンシーも居やしない。
妹紅が狂乱に至った原因が芳香と別れた後と言うのならばまだ分からなくも無いが、だからとして最後にその言葉を遺すだろうか。
「ま、欲の欠片も無い言葉にはなっから期待しておりませぬが」
どうでも良い、というのが短い推論の末に出した結論であった。
先程の賢者サマの時もそうであったが、類推できないイレギュラーの存在など考えは到底追いつけやしない。
事実は小説よりも奇なり。どうせ正気の沙汰を喪った異常者の欲など読み取ろうとも読み取れる訳が無いのだ。時間の無駄になるような事をわざわざ考えている暇も無い。
邪仙の様な、色鮮やかな欲で全てを埋め尽くした世間一般の異常者とは方向性が全く違う。本物の深淵を垣間見るには、自らもその域に至る以外不可能なのだから。
それにメインディッシュはあくまでも魂の方である。魄の方には正直役割などあってほぼほぼ無いような物。
後はこの用済みの体ごとどこかに持って行って、空のDISCを探して埋め込んで殺して終わりである。
773
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:44:26 ID:7dG6hTvE0
刹那、無風の広大な空間に砂を蹴るに近い音が響いた。大きくはないけれども、確かに耳に入る音。
自分と死にかけ一人しか居ない空間なら、当然自身の呼吸音や足音以外は無くて然るべきなのだ。それなのに至近距離で音が鳴っているのだ。
音の主は何なのか。独演の地底世界に来客か。歓迎出来る物は無く、歓迎出来る者は居ない。青娥は瞬間的に身構えた。
が。音の発生源は思ったよりも拍子抜けで。
「抽搐、かしら。ちょっと驚きすぎちゃった」
ジャーキング。うたた寝している時にふとビクッとなるアレである。
意識障害に陥った妹紅の腕の筋肉が不随意に痙攣して砂を掻いていたという、ただそれだけの種明かし。
なんてことのないただの人体に備わった機能だったという事実は安堵と若干の落胆を青娥の瞳に滲ませる。
ディエゴ君が空のDISCを持って来てくれていたならそれはもう大大手柄だったのに、とこの場に居ない人間にケチを付けて、そのまま青娥は妹紅の音を意識の外に捨て置いた。
今最優先で考えるべき事は、目の前でだらんと倒れているこの藤原妹紅の体を運ぶ手段である。
「この先の地霊殿に火車が居るんでしたっけ、死体を運ぶにはうってつけの道具でも置いてないかしら」
もしくは土蜘蛛や鬼が建築道具として使っている手押し車か台車も良いかもね、と舌舐めずり。
ただ、ここに死に損ないの体を置いたままにして一人旧地獄の探索に出るのは、青娥にはなんだか癪な話でもあった。
出払っている最中に誰かがやって来て起こすもしくは殺してしまう可能性、もしくは妹紅が自力で起床してどこかへ行ってしまう可能性。どれらも無い話だとは言えないのだ。
もしこれらを対策するならば、妹紅を引き摺って運んだまま探索という骨の折れる行為をするか、目の届く僅かな範囲のみで探索するしかない。
少なくとも今の妹紅の体は時折痙攣するぐらいで起きる素振りすらも見えないが、用心には越した話でもある。
酩酊しながらも持ち前のボディで酒精を分解し、ものの十数分足らずで快眠を終えた生き証人がまさに青娥自身。
だから、結局この半死人を視界に収めながら運搬用具を探さねばならないという焦燥感が起きるのも致し方無し。
最悪天国に必要な魂に換えは利く、とは言っても時間が経つにつれて次第に減っていく参加者の中からあと二人分。機会損失は余りにも惜しいのだ。
さっくり見付けてさっくり運んでさっくり殺す最短経路を選び取らなければならない。
だから。
それは全く脈絡の無い話で、一瞬一瞬を切り取っても理解が及ばない光景だった。
痙攣が始まってから、青娥は半死人から全く目を逸らしていなかった。己の瞳に常にその変わらぬ姿勢を焼き付けていた。
予兆は何一つとして感じられなかった。人体組成に慣れ親しんだその長年の知識にすら、そんな実例があったなんて事は無い。
妹紅は崩れ落ちた時の体勢のまま、今の今までそこに居たのだと言うのに。
目の前の満身創痍であったハズの少女の体躯が、須臾にも満たぬ間に膨張したかの様な錯覚。
錯覚では無かったのかもしれない。本当にそれは一瞬で、瞼を一回開閉する間に動作は既に終わっていたのだ。
そこには。
昏睡から一瞬で覚醒して立ち上がった藤原妹紅の姿があった。
774
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:46:21 ID:7dG6hTvE0
その佇まいは先程と変わっていない様に見受けられる。黒髪もその衣も変貌を遂げたという事すら無く。
だと言うのに、その立ち上がった体からはこれ以上無いとでも言いたげなぐらいの違和感を放ち続けているのを青娥はしっかりと感じずには居られない。
そもそもあの状況、昏睡した状態からまるで何も無かったかの様に急に起き上がったという事実そのものにも特異的な感触を抱いているというのに。
藤原妹紅の体には、屋内で対峙した時以上に黒炎が漏れ出してその体に纏わり付いていて、最早狂気を隠そうとすらしていない。
いや、黒炎が蛇のように蜷局を巻いて妹紅の体を締め上げているのかもしれないとも思わせる程の苛烈さ。
それは最初から彼女から正気と狂気の境界線すら取り払われていたのかとすら。
何も感じ取れた相違点は外見だけに留まらず。妹紅から来る気の淀みも、先刻感じた物とは似ても似つかない。
精々乱れている程度にしか思わなかったのと対比すればその差は歴然。肌を刺し穿つかの様な痛みや圧迫感となって、その圧は気迫の領域に達している。
それも何も欲を感じ取れそうに無い混沌すら携えて、青娥の仙人としての感覚にこれ以上無い程の警邏を巡回させるのだ。
「■■■■■■、■■、■■■■■■■■、■■■■■■!!!!!!!!!」
突如青娥の耳に雷鳴の様に押し寄せたのは、悲鳴のようなナニカ。
発生源が目の前の少女だと考えるには培ってきた知識や状況からすれば想像に難くないが、それを青娥は理解してしまいたくなかった。
藤原妹紅の口から放たれたソレが、ヒトの発する言葉であるとはお世辞にも言い難い物であったが故に。
放つと表現してしまう事すらも悍ましい、嗟傷と激情と悲嘆と憤怒と全ての負の感情を詰め合わせて一つの釜に詰め込んだかの様な金切り声。
自身の感覚と相手への評価が正しい物であったと、それだけの事によって否応なしに気付かされてしまったのだから。
その精神性の更なる変容のきっかけを青娥は決して知る由も無い。一度は会話は成立しかけた相手がものの数分でこんな事になるとは誰が想像できようか。
そもそも何故こんな短時間で急に覚醒してしまったのかすら定かでは無いと言うのに、そのきっかけの類推など不可能に等しいだろう。
深淵の現に舞い戻った目の前の少女には舌先三寸も通用しないに違いないという確信めいた物すらも青娥に抱かせてしまえるこの状況。
今この場に存在しているのは、相手が何をしてくるのか分からないというブラックボックス要素でもある。
であるならば、先手必勝という言葉は、今の青娥に使うのが最も相応しい。
その思考回路とリソースの全てを相手の無力化に使うのだという強固な意志を体現したかの如く、踏み締めた大地を瞬間的に沈みゆく。
数メートル、青娥の体が三個縦に並んでいれば届いてしまえるぐらいの距離に全速力を賭けて。
酒瓶が残り一本しか無いという事実など知った事では無く。さっき使ったばかりの戦法をもう一度行わんとして。
自らのスタンドを纏い、地表面を水面と捉えて妹紅の立っているその足元を目標地点に一直線に泳ぎ抜く。
775
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:49:01 ID:7dG6hTvE0
だが、恐るべきは藤原妹紅のその反応速度か。
泳ぐ為に地面に半分だけ体を出した青娥のその半身を双眸でガッチリと掴んで、その情報を脳が処理して指令を送る一連の流れが果たして今の妹紅に存在していたのだろうか。
青娥の腕が妹紅の足へ届くその前に。『オアシス』が妹紅の立っている地面を溶解させ身動きを取れなくさせるその前に。
大地を脈動させる程に破裂を伴った勢いで、迫り来る貫手を飛び退き躱したのだ。
目的の為に勢いを殺して妹紅の元居た場所で停止せざるを得なかった青娥の体。攻撃を避けられて伸びきった青娥の腕。
その事実の列挙を妹紅の頭は果たして認識していたのだろうか。
だが、相手の隙が眼下に転がっているのははっきりと理解出来ていたに違いない。
バックジャンプの勢い冷めやらぬまま、空中で退いている最中の妹紅の全身がまた一瞬膨張した。
もう比喩と表現出来る領域を凌駕し終えていた。今度は目の錯覚では無かったのだと青娥は嫌でも思い知らされる。
向こう側へと飛んでいたはずの妹紅が、その腕に黒炎を色濃く横溢させて、追撃しようとしていた青娥の間近まで迫り来ていたのだ。
常識では考えられない肉体の挙動だった。
幻想郷の住人が霊力を用いたとしても、その身に掛かる運動エネルギーを押し殺して逆方向に、ましてや空中で方向転換など出来るものではない。
良くて急ブレーキが限度である。それも、術者の身体に掛かる負担や外傷という余り余る要素を抜きにしての話だ。常人が行えば出血骨折のオンパレード、到底真似できる話でもない。
だが、妹紅はその本来掛かるべき負担全てを蓬莱の薬で得た再生能力に肩代わりさせていた。血管が切れ、腱が断裂してもたちどころに修復してしまえるその能力。
深淵から蘇った今の彼女は、皮肉にもその精神的なストレスによって咎を外し、幻想郷に居た頃よりも再生速度を向上させてしまっていたのだ。
その深淵故に、彼女がその事実を認識する事は永劫に無い。
ところで、急性ストレス反応という物が世の中には存在している。
恐怖といった刺激に反応して脳のリミッターが外れ、神経伝達物質が普段より格段に多く分泌されるという動物の生存本能の一つ。
この話のキモは普段は筋肉の運動単位をセーブしている中枢神経のリミッターさえもが外れてしまう点にある。
生存を脅かされる窮地に直面した際に自らの生命を守る為に命懸けの力を出せる様にする為、その時まで力を温存しておく為の機構。一般的に言うところの『火事場の馬鹿力』である。
その温存分を解き放つのは今だと言わんばかりに、妹紅は自身の抱いた恐怖や狂気によってそのセーブを取り払ってしまったのだ。
今の彼女を押し留める要素は何も無い。筋肉を限界まで酷使して破裂させても、その再生能力によって何度でも蘇る。
傷を負った時に生じる痛覚も、閾値を超えた際限の無い狂乱によって打ち消され続け、それを妹紅が感じる事は無い。
故の暴挙。物理法則を無視したかの様なその挙動すら、妹紅にとっては朝飯前以前の行為と化していた。
向かう速度も爪を振り下ろす勢いも、限界を越えたその筋肉を以てすれば神速果敢の域に到達していて。
恐怖と黒炎に支配された怪獣の爪が、避け損ねた青娥の肩口に鮮明な傷跡を残す。
「いっっっったああああああああ!!??」
悲鳴も斯くや、青娥の目の前で妹紅は更なる追撃を仕掛けようとしていた。
着地した方の脚を軸に横薙ぎ一直線の蹴りだろうか、浮いている脚の先にまたもや黒炎を滾らせて。
地面から上半身を覗かせたままの自身の首筋を刈らんとする軌道をも青娥に予感させたその予備動作を相手に、出来る事は一つしかない。
チャポン、というこの場に似付かわしくない音と共に。
妹紅の蹴りが到達するよりも早く、霍青娥の全身は再度地面の下に沈んだ。
776
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:52:44 ID:7dG6hTvE0
「今のはヤバいとしか言えませんわね……」
地表面のその下で青娥は一人愚痴を溢す。その口調とは裏腹に、その顔は笑っていない。
痛みは傷が浅かったが故に『オアシス』で形を整えてやれば快調と言えなくもないが、それ以上に顔を歪ませていた原因はその黒炎。
掠り傷であったからまだ直に食らわずに済んだものの、至近距離で感じたのは紛れもない大量の怨嗟のソレであった。
呪詛も水子もなんでもござれで扱っている青娥でも、あれ程の物を扱えば自らの身を滅ぼすとはっきりと分かってしまえる程の出力。
まるで、死そのものを体現しているとでも言っているかのように。
藤原妹紅の更なる変貌はまだ御せるだろうと青娥は思っていたし、また無力化してふりだしに戻れば良いとさえも考えていた。
だが現実はこのザマだ。青娥の持ち合わせた純粋なスピードと搦手ですら、相手にとっては反応できる範疇の内ですらない。
貫手してからその傷口に瓶の先端を突っ込む二段階の動きでは到底間に合わず、無力化なんて夢のまた夢。夢として描くには少し夢想らしさが欠けてはいるが。
そして何より青娥が畏れを抱いたのは、一瞬目が合ってしまった時のその双眸。
瞳に光が宿っていないのも、ゆらゆらと両眼を動かしているその様子も、見掛け上は先程となんら変化していないハズなのに。
理性というヒトなら総じて持ち合わせているだろうソレを、全く感じさせない。欲の片鱗すらも覗けないと言うのに、視線だけはやけに直線的で。
そこには人間を構成する要素が、何も残っていなかったのだ。
「諦めたくはありませんが……今は退き時、なのかしら」
戦闘を経らねば決して無力化には至れないだろう、という事実は青娥のやる気を削ぐには充分だった。
術への相手の反応も楽しみたいと言うのに、目の前の相手ときたら何ら感情を抱いてくれないのが目に見えているという見識も拍車を掛けている。
人間らしい凡俗な欲すらも既に持ち合わせていないケダモノの、一体どこに楽しませてくれる要因があろうか。
それに正直、無力化しようとしても非常に骨が折れる。自分一人で相手しようと思えばどうにかなるという仙人としての自負はあっても、そもそも面倒事はキライなのだ。
魂をDISCにする必要性に駆られているのは十全に理解していたし、この絶好の機会を逃したくないとすらも思ってはいる。
ただ余り余るリターンを前にしても、食指を動かすには非常に手間が掛かるのだ。紅魔館でのあの大活劇で体力を消耗していない現状をしても動きたくはない。
色も含めて上海蟹みたいなヤツ。それが現状の妹紅への評価であった。
「あ〜あ、ディエゴ君みたいに一発で無力化と運搬の出来る能力があれば良いのに〜!」
わざと小悪党の捨て台詞のような言い回しで感情を少し吐露して、そのまま青娥は地中を泳ぎ始めた。
逃亡ではなく、戦略的撤退。あくまでも再度戻ってくるという意思を込めてひたすらに前へ進もうとする。
777
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:55:24 ID:7dG6hTvE0
しかし。
その先の光景を見て、青娥は止まらざるを得なかった。
炎が上から下へと逆流でもしたかのように青娥の進路を塞いだのだ。
龍が急直下するかの如く、地表面からその下方へと突き進んでいるとしか表現できないその軌道。そもそも炎は地表面から先は侵食できないハズだと言うのに。
熱を以て周囲の空気の密度を小さくしているからこそ、炎という化学現象は上へ上へと迸り燃え盛るのだと言うのに。
奇術の域ではあったが、同時にそれは直線的で美に欠け弾幕ごっこに反する代物。当然青娥には面白くない。
ただ、それは厳密に言えば流動体のように地面を侵食していた。重力に沿って下降し、我が物顔で地下の領域を食い破らんとするそれを炎と言う事は出来ない。
粘着質な火で成る岩。地を走り全てを飲み込み黒化させていく自然の猛威。古代ギリシャで糊の意を持ち崇められ、ポンペイを埋め尽くした火砕流の原動力。
人はそれを、畏敬の念を込めてマグマと呼ぶのだ。
だがその事実に気付くと共に、その単純明快なカラクリは酷く恐ろしい物であるとも察知させられてしまうのは何の因果か。
近接する灼熱地獄跡にも確かにマグマは存在していると聞き及ぶが、そこを由来にするよりも遥かに効率的な手段。
『藤原妹紅は地面を炎の熱で溶かしている』、ただそれだけ。スタンド能力のパワーで液状化させるのではなく、単なる物理法則に沿って液状化させている。
これはその身を焦がさんとする黒炎の熱量が膨大であるという、一点の曇りなき現実を明瞭に示し続けていた。
齧ったのみの知識で詳細は知らなかったものの、マグマの温度は時として四桁まで及ぶという事を青娥は辛うじて知っている。
触れるだけなら良い。ではもし、頭部を狙われれば。気管に炎を吸い込まされる事があれば。
たちどころに青娥の体は荼毘に付してしまうに違いない。
あとこれは青娥が知る訳も無く関係の無い話だったが、妹紅が最初に相対し打ち克てなかったエシディシの怪焔王の流法は五百度止まり。
全てを捨てて得た火力で漸くそれに勝てたと言うのに、当の相手の躰がそれよりも高い温度によって果ててしまったのは何の因果か。
「……うわめんどくさっ」
最初の一本を契機に、青娥の周囲では地面越しにですら届く程の激しい音を立てて、更に二本三本と溶解した土砂がマグマとなって地下へ降り注いでいる。
あわや火傷という程の距離でもなく、その熱量も液体の性質によって辛うじて遮断され、仙人の頑強な体によってその残りの熱も然程苦には感じる事は無い。
だが、撤退の策は無残に潰えた。
ランダム要素が多すぎる、その一点。
元々青娥は自身の悪運を有効活用し相手を嘲笑うのが肌に合うタイプだったが、その持ち得た悪運を信用する程では無い。
確かにその時々の運によって何を得るのかに期待を寄せるのは好きだ。人の欲という物は得てしてそういう物でもあるから、まさに今を楽しむのにうってつけである。
勿論籤引きで何を引こうがその後の対処でどうにもこうにも立ち回ってしまう技量こそが最大の武器だと思っているし、そもそも最大の武器が複数個存在している青娥ではあるものの。
不明な一定確率で自分自身の『死』を引く選択肢を取らざるを得ないというのは、死神どもの勝手に仕掛けてくるお遊びの時とは根本から違っている。
死神という存在は相手が如何に頑張ろうとも必ず最後には御せるようになっているのだ。そこに死は決して付き纏わない。何故なら青娥自身が強いので。
だが、今この場では違う。このまま行けば無作為に放たれたマグマの雨のどれかに引っ掛かる可能性を否定できない。
悪運によって炎が肌に掠る程度で終わるのであれば喜んでそこに突っ込もう、なんて博打精神は他人が抱いているのを見るに限るのだ。
それで自分自身がお釈迦になるのは全くの別問題。命をベットする事にさしたる忌避感は無いけれども、リターンの少なさは命よりも重い。
いつもの簪さえあれば炎もマグマも壁と断じて穴を開けるマジックショーが出来るが、そんな事は別に大した話ではないのだ。
再浮上。
今取れる最善手として、青娥はそれを選び取る。
778
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:56:50 ID:7dG6hTvE0
◆
もう何度目かの旧地獄の街並みに降り立ち前方を軽く一瞥しても、妹紅の立ち位置は殆んど変わっていない。
けれども前回から分単位で経った訳でも無いのに、その立ち姿を異質と断ずるかのように、取り巻く環境は激化し荒廃していた。
先程から更に範囲を広げて地面の上で走り続ける黒く滾る炎。
燃焼域も増えたのか、周囲の家屋がまた何棟か焼け滓となってその骨組を痛々しく曝け出している。
焦げ付く匂いも炎から漏れ出る呪詛の感覚も先程よりなお色濃く、若干の嫌悪の感情さえも顔に滲まされてしまったのを青娥は自覚する。
前方に幾つも広がる小さなマグマ溜まりの池。
土気色さながらの砂の上に、赤と黒を掻き混ぜた泥のような見た目で鎮座したそれは先程までの攻撃の余波か。
青娥の今立っている場所の後方にも幾らか点在しているものの、明らかに妹紅と対峙しているその間ばかりに穴は集中していた。
そして今もまだ対峙は終わらない。
「■■■、■■■■■■■■!!!!!」
目の前でまたそれが低く呻る。警戒心も顕に、光を飲み込む墨染の眼で殺意だけを輝かせて。
燐火がその顔に陰を作っては消えても、その瞳だけはひん剥いて視界の中から離れやしない。
どこまでもソレは人の形をして二足歩行で動くのに、その敵の胡乱な姿を目にした途端に何故か妙なまでに合点が行ってしまった。
「……まるでケダモノね」
ソレには聞こえていないだろうに。もしくは聴覚がよしんば神経までその放たれた言葉が伝わっても、相手は決して理解し得ないだろうに。
それでも、そう唾棄せざるを得なかった。そうしなければ煮立ちそうな感情がマグマの様に堰を切って湧き出てしまいそうだったから。
直線的でただただ暴力に身を任せた動き、次の一手を考えずに繰り出される攻撃、相手を見る目付きに視線、しどろもどろにすらも及ばない唸り声。
一つ一つのピースはただの気を違え狂わせてしまった人間にしか見えないが、点と点を繋げてしまえば後から幾らでもこじつけに至れてしまう要素ばかり。
搦手も連携攻撃も行わない、ただただ激情丸出しの攻撃手段もなんてことは無く、ただただ理性の欠片も見当たらないというだけで。
先程のマグマを生み出す攻撃も、結局は出鱈目に地中を進む敵を殺そうとしただけなのは地表面の痕跡を見れば大体把握できる。
その眼光も要するに相手を敵として見ているだけ。何も感じ取れなかったのも当然だ。だってそれが正しいのだから。
779
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 01:58:54 ID:7dG6hTvE0
ただ、青娥の情動の釜を沸かせているのはそこではない。
目の前の相手が、理性ゼロの猛獣が仮に藤原妹紅ではなく、他の一般的な人妖であればこんな事を思いもせずに済んでいただろう。
なのに運命の廻りは時として残酷だ。神仙を一度は望んだ身の前に現れたそれが、ただの錯乱者のままで居てくれれば御し易いヒトとして扱えたに違いない。
仙人になったからには神仙を目指すのは道理だし、事実青娥も何仙姑に憧れてかくあるべしと不老不死を目指そうと一時期あったのもまた道理であった。
本質的な不老不死をこんな俗っぽい雰囲気の少女が身にしたのかという思いはあれど、それが憎いと思う青娥でも無かった。
それでも、こんなのは全てに反している。悲哀なんてチャチな感情で片付けられる一過的な物よりもタチが悪い。
憤り。何故。そんな言葉だけが積み重なった疑問。その二つが交互に浮かび上がっては地獄の蓋を開けようと心を揺らして止まないのだ。
元から無かったやる気というスペースに、らしくも無い感情を埋め合わせている現状は不本意と断ずる事は出来たが、かと言って眼前のそれは決して許せまい。
戦闘をする事に意味は無いしするだけ無駄である。しかし邪仙としてではなく、仙人としての自分自身がそうは問屋が卸さないと言っているのだ。
豊聡耳様ですら。死へのカーペットを青娥自身が無理矢理渡らせた彼女だって、その最期の欲は美しかった。あの方ならきっとそう遠くない内に真の不老不死になれただろう。
その道があの向日葵の丘で潰えたのも、互いに仕方の無い事でもあったし、それを後悔する様な陳腐な脳は生憎持ち合わせていない。
だからと言って。
不老不死の末路がこんな野生丸出しの獣だと思いたくもなかった。
完璧な不老不死を得た者が、自らの死に直面したばかりに。
こんな巫山戯た、凡庸な欲すら無い醜い塊になるだなんて想像したくも無かった。
「■■■、■、■!!!」
「邪仙として引導を渡して差し上げます」
羽衣の様に美しく繊細な声には、凛とした力強い芯が篭っていた。
780
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 02:05:06 ID:7dG6hTvE0
幕が切って落とされるまでは一瞬だった。
先に飛び跳ねたのは妹紅の方。助走も無いのに、その地面の一踏み一蹴りだけで二人の間を瞬間的に詰めるその脚力は並大抵ではない。
それでも青娥は冷静沈着を保ったまま。今までとは打って変わって精悍とした顔付きで眼前の光景を見据えているのみ。
業火のバチバチという弾けるそれも、空中から自らを弑そうとしている紅黒の獣の叫ぶそれも、この場において必要無いとでも言わんとしているのか。
水の雫が一滴水面に落ちて波紋を作るまでの、その全ての音すらも耳に捉えて脳に染み入らせてしまいそうな集中力。
全てはこの相手を殺す為。自嘲すらも遠くに置き去りにして、ただ機会を待ち続ける。
何故コイツを殺すのか。DISCにするなら殺してならないと言っていたばかりではないか。
豊聡耳神子は千載一遇の逸材で最愛の弟子であると共に、あのまま放置しておけば天国行の艱難の壁となり得る人物だった。
八雲紫は芳香ちゃんの仇討ちで魂の確保の試金石で、あの時は戦闘行為をしなくても簡単にそれらが実行可能な状況だった。
二人して幻想郷に居た時のその身には必要であったけれども、今この場において一番優先されるのは幻想郷の諸々ではない。だからその命を奪い何かを遺させた。
だが、眼前のコレは彼女達とは訳が違う。故が無い状況で、ただただ個人的な感情でDIO様の命に半ば悖る行為を取ろうとしている。
死に際の欲を聞き出して死に水を取れさえもしない相手を、わざわざ嫌いな戦闘を経てまでも殺そうとしている。
そうまでして、そこまでの思いをしてまで果たしてやる事ではあるのか。
青娥らしくもない、そう一蹴されて然るべき心の激情。
藤原妹紅の体が刻一刻と近付いてくる。
それが光を遮る壁となって、青娥の体に影を作る。時間が引き伸ばされていく感触。
でも、霍青娥という個においてはそうする必要があると思わされてしまったのだ。自らがその欲の強大さで自滅してしまっても、それだけは譲れない。
欲望を漏らすとは即ち、気としての精を練り仙丹とする仙人の命題とは逆行する概念である。他者の欲は仙丹に加工出来ても、自らの欲は俗の象徴。神仙から一歩遠ざかる行為だった。
けれども、霍青娥は仙人である以上に邪仙である。邪仙になってしまったからには、もう神仙への道を辿る事など許されない。
世間一般では悪事と称されるらしい行為を働き地仙への道を追われた身にとって、その程度の欲ならば千も味わってきたしこれからも味わう予定の事だ。
今を生きている邪仙の身で過去への後悔や懐古をしたとしても、それは魅力的な何かも得られぬ『無駄』な行い。
781
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 02:07:19 ID:7dG6hTvE0
ただ、昔々憧れを胸にして完璧な不老不死を求めた青娥という少女には、この事を決して看過する事は出来ないのだ。
あの説話集のそれと過去が重なり出したのがいつだったか定かではないが、気付いた頃には青娥は既に邪仙であった。
豊聡耳様の生前のその豪快さと巧緻さ、そして全てを凌ぐ天才さに心を射られてもそれは変わらず。もしくは変わる余地が無かったのか。
燻り錆び付いた想いを如何に手放そうにもそれが原点であったという事実は決して消えてくれない。
もう戻れぬ道であろうと、あの頃に抱いた八仙への憧憬は本物なのだという自覚と共に。
だからせめてこの一時だけは、純然たる仙人であろうと。
「酔八仙拳の一つ、何仙姑の構え」
その口上はスペルカード宣言の物ではない。決別の意すらも込められて、はっきりと口にされたそれは体術の構えの姿勢の名。
酔拳の極意、酔っているかの様に相手を翻弄するという真理を忠実に守っても、思考回路が断絶した相手には効きやしない事は百も承知であった。
それでも青娥は軽快な足捌きと共に、宙を舞って猛スピードで近付いてくる妹紅のその皮衣を右腕で掴む。
元々宮古芳香のモノであったそれの怪力に不足無し。全速力で放たれた飛び掛かりの猛攻を物ともせず、最小限の動作で受け流す。
その動作の鮮やかさ故に妹紅が抵抗する余地も無く、遠心力だけを頼りに円運動へと移行するその優雅さはこの世から隔絶された物すらあって。
右腕が確固たる弧を描き、藤原妹紅の体が本人の意思とは関係無く宙を舞う。
青娥の左手もまた、迅速に。右腕と同期せず、手癖の悪さを体現したかの如き素早さでエニグマの紙が取り出される。
手を入れるまでもない。最初からそれを出すという一心で行われた開閉は、そのままの流れと勢いで目的の物を吐くものだ。
完全な御開帳に至るよりも早く、紙の大きさすらも無視して物体が飛び出る。青娥より何倍も大きく数石もの体積をしていると言うのに、それを物ともせず一弾指に。
先程蒐集したばかりの酒樽がエネルギー保存則を無視して大地に勇み立つ。
右手で掴まれた妹紅の全身。左手から出現した酒樽。
互いの軌道上にそれらが交差して配置されたのは、因果も偶然も介さない出来事で。
投げられた妹紅の体が酒樽に衝突する事無く沈んだのも、『オアシス』の能力を考えれば最早必然ですらあったのだ。
782
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 02:09:45 ID:7dG6hTvE0
「■■、■■■■、■■■、■■、■■■、■■■■、■■!!!!!!!!!」
藻掻いて液体を掌で攀じらせようとする音、肺の中の空気をガボガボと吐き出す音。
怨念で全てが構成された咆哮と共にくぐもって聞こえるそれらは、紛れもなく妹紅が酒で満たされた樽の中で身悶えしている証拠であった。
その生への執着のみで構成された思考回路の下に精一杯足掻こうとする様は実に哀れで哀れで悲しくて。
水中でどう動こうが樽を破壊して外に出ようと努力しようが、当然そんな行為は徒労に終わるしかないと言うのに。
地底妖怪、特に鬼のような怪力乱神を持ち合わせた物達の為だけに特別に作られた大きさの樽が頑強でないはずがなく。
豪快さがウリの妖怪達が、わざわざ鏡開きのようなチャチな行事をする為なんかに酒を樽に詰めるなんて事をする訳もなく。
日本酒で満ちに満たされたその巨大な樽に、破壊出来る程のヤワさも僅かな空気すらも初めからどこにも存在しないのだ。
だから、藤原妹紅の末路として青娥が現在考えうる物は二つ。
このまま溺れ死ぬか、樽を破壊しようと燃やしてそのままアルコールと共に爆死するか。
酒樽に詰めた時点で既に、妹紅の敗北を決定付けていた。
ふぅ、と後方のソレには一切の脇目も振らずに、青娥は感情の乗っていない軽い溜息を溢す。
体術の行使と片手間に行われた『オアシス』の行使。それ自体は別に大した動作でもない。
あくまでも今ある技量と物資を使って最短で事に及べる方法を取っただけ。戦闘と呼ぶには些か呆気ない幕引きか。
そこに満足も疲労もありはせず、残ったのは終わったのだという実感。
仙人であればもう少し憐憫に満ちた慈愛のある方法であの怪物を御せたかもしれないけれど、と思いはしていた。
溺死。数時間前に感じた命の危険と同じ物ではあるが、パニックとチアノーゼと弛緩のどれにも至らずにそれを脱した身には想像し難い。
爆死。自らの炎に焼べられて命を落とすのは悪趣味で微笑ましい限りの光景だが、今それを見るのは吝か不本意で。
どちらかと言えば、不老不死の存在が死ぬ様をその目で見たくは無かったというのが本心であった。
命を刈り取るのは初めから決まっていた事だったものの、その体現者が生にしがみつこうと必死になる姿を見てしまうのはなんだか遣る瀬無くて。
野生の獣のように生の字だけで埋め尽くされた欲なんて、幾らソムリエとして振舞ったとしても視界に入れたくも無いのだ。
求道者達の夢の末路があの紅黒に満ちたただの名前を亡くしたバケモノであるならば、せめて殺す時は誰の目にも付かない場所で。
良心の呵責なんて物は随分と昔に捨て去ったのにも関わらず、個人としての感情はどうしようにも見過ごせない。
良くも悪くも邪仙であるからこそ、それが青娥にはどうしても我慢が出来なかったのだ。
783
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 02:11:07 ID:7dG6hTvE0
過去の出来事はしつこくその身を追い回してくる。
捨て去ろうと努力してもそれらは何十年何百年と付き纏い、心を焦がし続ける。それが自分に直結する事柄なら尚更だ。
少しばかし青娥は、先刻の怯える小動物のような秋静葉の姿に重なりを見出した気がしてしまった。
あの強引さの皮を剥かれた様子は、過去に一瞥してしまって心に痼を作らされている自分自身とやや似通っている所があったのだから。
過去に捨てた物。誰だってそれは持ち合わせている。アクセルを踏み込んで大小様々なそれらを亡霊と称しても、決して責任転嫁は出来やしない。
彼女で言えば自らの手で蹴落とした者の声。自らに準えて言えば昔の自分が抱いていた夢物語だろうか。
それらが何かの要因と共に掬い上げられ、もう一度対面させられてしまった時に、その時点で備え持った欲を維持できるかどうかは怪しいと身を持って痛感させられる。
秋の神であれば現在進行形の事情だったし、青娥であれば過去形で一度は踏ん切りの付いた事であったという違いはある。
だが誰も彼もが心の凪を脅かされるのがこの会場でありこのゲーム。欲を見て楽しむ側にその凶刃が降りかかろうとは思いもしなかったし、らしくもない行いもした。
過去を掃いて捨てる事など出来やしない。それが出来るのは全てを未来へ繋ごうとする強靭な精神性。豊聡耳様であり、DIO様であり。つまるところのカリスマなのだろう。
邪仙に出来るのは向き直って今を楽しむ事だ。あの脆弱で高尚な欲を鞭撻に走らせる秋の神とは違う。青娥にはそれが出来る。
八雲紫の最期も、果たしてそうだったのだろうか。
どちらでも、良い。
どちらでも、楽しめる。
重要なのは今この段階に置いて気持ちの区切りが付いたという事実。
これで藤原妹紅という不老不死の人間もその成れ果ての怪物もめでたく死を迎えた。
対峙している最中に自らの内に沸き出した過去への懐古も、無事にエピローグと共に千秋楽と相成った。
ならばこの地に残す物は何も無く、誰にも見られぬ地の底の天蓋の輝きの下で後は立ち去るのみ。
魂についての奸計は、機会損失はしょうがなかったという事でディエゴが一つはやってくれるだろうと決して揺るがず。
「■■――――!!!!」
耳を裂く爆音。
後方からのエネルギーの波には最早興味が無く。
その全てについて今更想う所も消え失せたのだから、と青娥は決して振り返らない。
前を向いて、いつもの表情で、ただ歩む。
784
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 02:12:44 ID:7dG6hTvE0
「■■■■■■■■、■、■■■■■■、■■■■!!!!!!」
長い叫喚だった。
その声の大きさと持続時間が、後方の壮絶な光景を簡潔に物語っているのだ。
生命力の高さ故に死ねずに居るのか、それとも力一杯の最後の恨み言か。
けれどももう過ぎた事。今その声が聞こえる事に意味は無い。
「■■、■■■■■、■■■■■!!!!」
まだ続いている。しぶといという概念を生まれ持ったかの様に、未だにその勢いは衰えない。
チリチリと身を焦がす音を満遍なく纏いながら未だに生きているのだろう。
じきに終わるのだから関係無い事だと、青娥は踵を返す事すらしない。
「■■■■■■■■!!!!!!」
いい加減飽きそうな頃合になっても、まだそれは続いている。
だが、最初のそれとは何かが違う。それを上手く言語化出来ないのは癪だけれども、そういう時もあると一人。
「■■■■!!!!」
ドップラー効果。
青娥がそれに気付いて振り返らざるを得なくなった時点で。
藤原妹紅の体は炎に飲まれながら、既にすぐそこまで接敵していた。
785
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 02:14:58 ID:7dG6hTvE0
猛烈な速度の蹴りを湛えた怪物のその見てくれに、見るも無残な姿だな、と青娥は勝手ながら思う。
皮膚のそこら中が熱傷に覆われて爛れ尽くし、黒々と壊死したであろう顔面の中で双眸だけは生を漲らせて自分を一心に見ている。
恐らくは酷い爆風だったのだろうか。左脇付近に至っては衣ごと丸々と肉が吹き飛んで、砕けた肋骨や上腕骨が憎たらしく顔を覗かせている始末。
それでも愚直に、瞳の通り見敵必殺を体現せんばかりに。炎によって自滅しかけたばかりだろうに、黒炎をはっきりと燃え上がらせて。
右脚で空を斬りながら、ただただ前方に存在している元凶を殺してやろうという本能のみで渾身の蹴りを放っているのだろう。
そしてその体の傷跡は、距離が縮まるまでのコンマ一秒単位毎に次第に回復している様に見受けられる。
グズグズと黒色に染まったその顔の皮膚の色が段々と明るさを取り戻し。左脇から弾け飛んだだろう肉も、時間が経る毎に新しく生えるようにして再生していた。
身に着けた衣の内、爆発で持って行かれたであろう部分は流石に元通りなろうとはしていないものの、人としての形は適度に保っている。
この再生速度こそが藤原妹紅の隠し持っていた手の内で、爆発から生還せしめた奥の手で、青娥にとっての誤算。
不老不死の持ち得るであろう再生能力について考慮するべきだったけれども、そもそもここまで耐えられる事自体が想定外である。
最初から一撃で仕留められる手法を使うべきだったのだ。それこそ首への貫手で抵抗の芽を摘まなければならなかった。
けれどもそれは為さず。視認という確実性を考えておらず、情に流された自身の負けである。
炎で体の表面を燃やされるのも、爪で裂傷を作られるのも、仙人の躰と『オアシス』の能力を考えればどうにか補填出来る。
呪詛に満ちた黒炎を受けるのは身に毒かもしれないが、軽く当たる程度なら解呪の範疇に収まっただろう。
だが、徒手空拳や蹴脚はどうにもならない。骨を断ってでも身を穿とうとするその一撃の威力は外傷に留まらないからだ。
幾ら青娥の体が強いと言ってもそこには限度があって、内臓系へのダメージまで防げる程の頑丈さを求めるにおいて相手の攻撃力は些か高すぎた。
脚を動かすには遅すぎるし、今から貫手で首を跳ねても蹴りの威力までは殺せずにそのままの勢いで喰らってしまう。
『オアシス』で蹴りの着弾点を液状化させて避けるにも、やはり残された時間が足りなくて護身にすらなりやしない。
もし眼前のソレが上半身と下半身が二分される程の威力の蹴りであればまだその跡を繋ぎ合わせて生存出来たかもな、という謎の諦観。
なんて事の無い力任せの蹴りだろうに、青娥にはそこから及ぼされる明確な死のビジョンを抱かずにはいられない。
それ程までに視界に収まった情報量は多く、どうしてかそれらの事実を全ていっぺんに脳で処理してしまえる程に青娥は落ち着いている。
明確な死のビジョンは時に人を冷静にさせる、とは誰の言葉だったか。
――ああこれ、死にましたわね。
やっと出た言葉は、それであった。
786
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 02:17:00 ID:7dG6hTvE0
時間の経過が更にローラーで薄く引き伸ばされて、藤原妹紅の接近速度が更に遅くなったように見受けられる。
ただ明瞭で捷急な意識とは打って変わって、脚を動かして蹴りを回避するには体の動くスピードはあまりにも緩慢で、まるで水が体中を纏わり付いているかのよう。
それは避けるという選択肢を初めから除いた状態でセーブとロードを行ってしまった詰みの状態を青娥自身に簡単に想起させて。
青娥自身の思考速度だけが急上昇して他全てを置き去りにしているのは火を見るより明らかだった。
気付けば眼中のコマ送りの光景とは別に、脳裏に色々な映像が上映され始めているのを青娥はなんとなしに自覚させられている。
最初に現れたのは映像では無く、タキュスピスューキアと読める古典希臘語の文字がただただ画面いっぱいに表示されていただけだったけれども。
その文字はきっとアルバムのタイトルか何かなのだと思えてしまえる程に、それ以降の支離滅裂な映像群は青娥に馴染みが深い懐かしさの塊で。
これが走馬灯なのでしょう、と青娥には即断で理解出来てしまった。他に観客が誰も居ない上映会の、たった一人のお客様になったかのように。
過去の些細な出来事ばかりが映画館のスクリーンばりに大画面で浮かんでは通り過ぎ、その連続が留まることを知らず。
――木の重厚さを感じずにはいられない古風な建築物と、その奥で威光を放つヒト。
昔々あるところにおはしましたは、かの高名な聖徳王。道術の弟子にして天に祝福された才知の持ち主。
周囲にて立つ緑髪や白髪にも見覚えがあるけれども、やはりその中でも彼女はズバ抜けていた。
――暗く澱んだ薄明かりの一本道で、眼前で弱々しく威勢を放つ紫色の少女。
かの妖怪の賢者の最期をその手前から再生しているのだろう、心臓を突き刺す手前から流れてくれるとは実に気が利いている。
彼女もまた、今のこの光景のように走馬灯を見てから逝ったのか。
――石窟の中、小神霊揺蕩う中を一目散に付いてくる紅白の少女。
これは確か幻想郷での一幕だったか。あの時の豊聡耳様の復活から、聖大僧正や山の仙人様といった浅からぬ縁を繋いだのだったか。
博麗の巫女もジョースターの系譜と同じく、今生きているなら決してその手を止めぬ強さを再燃させて立ちはだかるに違いない。
――紅々と整えられた煌びやかな内装の建物の中、こちらを見下ろす全身金色のカリスマ性。
それはきっと一目惚れの初邂逅のシーン。その金の髪も服飾も、後光を一面に浴びたかのような神々しささえ放っていた。
だからこそ、その目指した先の天国という概念も含めて少女のように恋をしたのかもしれない。
――青々とした、なんて事のない空。
透明さが売りの水の色とは違い、他の色に滲んで馴染む事に長けたような一面の群青世界。
その光景が脳内の銀幕に表示されるや否や、青娥の体を包むかのように。
どこかで見た懐かしさのある空色に対し、感傷に浸る猶予さえも許さないと言わんばかりに。
ガクッ、と。体幹全てが崩れる程の衝撃が襲った。
787
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 02:19:55 ID:7dG6hTvE0
─────────────────────────────
緊張の根が解けて青娥がまず最初に感じたのは、想定していた腹部の生暖かな感触を全く感じないという事だった。
それどころか腹部への痛みはほぼ僅かで、体が後方に倒れて地面に倒れ込んだ時の物以外の痛みは殆んど感じずに至って健康体のまま。
あれ程までに青娥自身の五感や第六感へと訴え掛けていた死へのビジョンは今や完全に消え失せていたのだ。
自身の体が五体満足であるというのはこの上ない上出来だというのを改めて実感しながら、恐る恐る目を開け立ち上がって周囲の状況を睥睨する。
藤原妹紅の体は、すぐ目の前に。地面の上で横たえて瞼を閉じているが、体を再生させながら肩を微動させているからにはやはり生きている。
だが、その状況だけでは両者共に生きている理由を青娥自身が説明し切れない。こちら側に飛んでくる威力を完全に相殺した上で互いに五体満足であるという事実。
何がどのようにして、もしくは体が動いたのならどのようにして、この運命的な場面が作り出されているのかは分からない。
思考回路は至って冷静だった。あのようなモノを目前としながらもそれだけは軽快で、されど体は鈍重で。意識的に行った動作は思い当たらず、無意識下で行える動作も限られていた。
けれどもそんな最中でこのような状況が作り出されてしまえば、過程を省かれて結果だけを見せられたようにしか思えない。
だが、それよりも驚かされたのはその藤原妹紅の体の近くに転がっていたソレの存在で。
「あの円盤は……記憶DISC……?」
空っぽだったゴミの格を宝物まで引き上げた張本人だからこそ、それを見紛うはずが無い。
他の記憶DISCがどのような色形をしているのかは分からなくとも、少し離れた場所に落ちているそれは、間違いなく先程まで青娥が所持していたハズの八雲紫の記憶DISCであると言えた。
であれば当然湧き上がる疑問。何故というその二文字に尽きる。旧地獄に入る前に確かに背面に隠したハズなのに、どういう訳かあんな場所にあるのだ。
藤原妹紅の倒れている姿と、転がっている記憶DISC。現状存在している二つの点を線で結ぶ事は出来ず、類推もままならない。
走馬灯に意識を集中させていた間、自分が何をしていたのかが分からない。偶然の出来事か、それとも必然の出来事だったのか。
けれども、その思考に専念するよりも先に。青娥には青娥なりのケリを付けなければならないという意志がどうしても色濃く。
指先を天に掲げ気を練る。精神的にも肉体的にも疲労が来ている青娥だったが、決して満身創痍には至っていない。
曲線を描く数条のレーザー弾を、その天を埋め尽くす岩盤に向けて発射する。
今は青空の見えぬ地の下だけれども、レーザーは天へ吸い込まれるように前へと。
ただ、それらは着弾すらしない。
岩肌にフジツボの如くびっしりと張り付いて離れそうにも無い桜色の結晶群が、それらの軌跡を吸収して。
しかし、その光景がまるで想定の内であるかのように、青娥はなお表情を崩さない。
「邪符『グーフンイエグイ』」
そう邪仙が言葉を奏でるや否や、天蓋の上で結晶達がガサガサと揺れ動き。
次の瞬間には、その眼前は桜色の雨で埋め尽くされていた。
788
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 02:20:53 ID:7dG6hTvE0
この会場でわざわざ幻想郷流のスペルカードルールに則るのは、殺意の無い甘ちゃんか踏ん切りの付かない哀れなヒト達だけだと青娥は考えている。
それか例外的に幻想郷に愛着のあってわざわざそれを行使する物好きな人妖ぐらいしか挙げられないのだとも。
だが、そもそもにして殺傷性が中程度の技を使う事自体が利点となり得る時。そういう場なら寧ろ躊躇無く使える精神性も青娥は持ち合わせている。
その場がまさに今この場この状況。藤原妹紅を傷付ける一番良い方法としてそれが思い浮かんだのはまさしく皮肉か天啓か。
グーフンイエグイ。中国語で「孤魂野鬼」と表記されるそれは、異郷の地で没して供養されなかった者の悲嘆と怨言の魂。
異郷の地という概念がこのゲーム会場に当てはまるかどうかは青娥自身も考えていなかったものの、狙いはそもそもそこではない。
弾幕ごっことしての技として言えば、青いレーザーを媒介に周辺を彷徨う霊に対し青娥の気と指向性を込めて相手を追尾させる形式を取る。
レーザーを介して相手の逃げ道を断つと共に、霊魂を弾幕の一部に組み込ませる青娥お気に入りの奇術であった。
しかしこの会場では残念ながら周辺を彷徨い漂う魂も小神霊も居やしない。代わりに養子鬼を使うのも手だが、それでは余りに殺傷性が高すぎたのだ。
けれども地底空間、それも旧地獄という地の利が青娥に最上の恩恵を齎した。
幻想郷に流れ着いてから一切合切地底へ行く事の無かった身であったが、山に住まう同業者から聞いた話の中にあったのを思い出したのだ。
石桜という旧地獄固有の自然現象。桜色をして殺風景な天盤に花を咲かせる邪悪な色彩。
そして、その鉱物が本を正せば純化された魂の結晶であるという事実も。
即ち、孤魂野鬼を使っていた部分を石桜に置き換える事によって擬似的にスペルカードを発動する。
二つ共に魂である事に変わりは無いのだから、レーザーを介して石桜を攻撃に転じさせる事が可能なのではないかという半ば確信めいた宣言。
それが今回の青娥の目的にして行動であったのだ。
それともう一点青娥がこの手法を取った理由として、藤原妹紅の再生能力への対策もまたそこに組み込まれていた。
霊力が無尽蔵でないかと錯覚させられる程に際限の無いその能力。あの規模の酒精の熱量を以てしても命を奪えない強靭さは全ての上での懸念であった。
先程の再覚醒が何に起因しているのか青娥は全く身に覚えが無かったし、過去のトラウマを刺激されてスイッチが更に深く押し込まれたという事実を永劫知る事は無い。
だが再度酒精による昏睡で無力化しようとするには余りにも未確定要素が多く、出血多量による意識障害も血そのものが再生してしまえば復活される恐れがある。
脳震盪や脊髄損傷によって脳機能から遮断させ、体そのものを行動不能にさせる手も無くはないが、結局の所は再生能力が強ければ回復されてもなんらおかしくはないのだ。
だがもし仮にの話。体の至る場所にナイフが刺さっていたら再生能力はどのようにして発動するだろうか。
医療的には血流を促進してしまわないようにする為、そういう大型の異物が刺さった傷の場合は凶器を抜かずに診療所まで搬送する事で延命を図る。
けれども異常な程に再生能力の高いヒトだったら。凶器を抜いたそばからたちどころにその傷口が塞がるような相手であれば。
寧ろ抜かなければ再生に至らないのではと。抜かずに放置したままならその傷は再生出来ないのではないかと。
であれば、石桜という鉱石の破片はまさに刺し穿つのにうってつけだった。
青娥の気によって方向を定められた石桜の数々が、凶器となって藤原妹紅の体を襲い行く。
その様子はかねてから聞いていた壮観さのある舞い散り方とは少々勝手が違っていたが、それでも美観である事になお変わらず。
大小にかなりのばらつきはあるものの、その雨槍のように降り注ぐ様はなんとも悪趣味。乱反射しては輝きをそこかしこに放つ姿もまた心地良いものである。
あの時の雨粒を固めた純粋な水滴もまた鏡面を思わせる良さがあったが、これもまた別の見てくれの面白さがあると青娥は感じつつ。
『ずっと見ていたら心まで乗っ取られてしまう』という山の仙人様の弁もなんとなく分かったような気がした。
彼女は恐らく青娥とは別の意味で言ったのだろうが、青娥は魂の一端一端が命を刈り取るその鮮烈な様に目を奪われていたのだから。
789
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 02:22:50 ID:7dG6hTvE0
後に残されたのは横たえる藤原妹紅の体に突き刺さった石桜の数々と、刺さらずに破片として地面に落ちた桜色の散乱。
爛れたままの皮膚から覗く肋骨にも、眼や口といった重要器官にも、容赦なく血の赤色を滲ませるそれらはまるで針山地獄めいた様相すらもあった。
けれども青娥はその姿を一旦尻目に置き、淡麗な歩調で別の方向へと静かに歩を向けて。そして屈んで手を伸ばし、地面に落ちたままのそれを拾う。
八雲紫の記憶DISC。石桜の猛攻に遭っても傷一つ付かないのは、流石スタンド由来の物品と言ったところで。
掴んで拾い上げるとやけに青娥の手に馴染むそれに、図らずとも先程何が起きたのかが思い出されてくる。
「そうでしたわね、確かに……」
あの時、生存に無我夢中になれなかったにも関わらず。
半ば諦観すら抱いて脳内を流れる映像に身を浸していたと言うのに。
無意識的に記憶DISCを背中から取り出して、妹紅の頭に投げ差したのだ。
本当に、無意識の行動だった。視界すら朧げで、蹴られるのだという確信に支配され、走馬灯に完全に意識が向いていたのにも関わらず。
しかも相手の頭に記憶DISCを差し込んだところで、相手が吹き飛ぶとは想定し得ず。現状でも微塵にも思っていないと言うのに。
体が『偶然』にもその行動を選択して、運良く助かったというのが真相だった。
スタンドDISCが差し込まれた人間を拒絶するという例はあるにはある。
農場トラクターの格納庫において、『スタープラチナ』のDISCに弾き飛ばされた空条徐倫がまさしくそれだ。
『スタープラチナ』という強力無二なスタンドのDISCを、スタンドを最初から持っている体に差し込もうとしたから、彼女は得てしてそうなった。
それと同じような事例が記憶DISCにおいてでも発生したのだ。千年以上、下手したら数千年以上もの濃い記憶を束ねた大妖怪のDISC。
そんな代物を千年以上生きているだけの一介の小娘の身に差し込もうとしたからこそ、この状況になったのだと。
血液が自らの物と同じ型以外の血液の流入を拒絶し凝集溶血を起こすかのように。植物が子孫を残す上で自家不和合性を身に付けたように。
そうなる事が紛れもない自然の摂理であったのだ。
だが、それはあくまでも原理を知ってこその話に過ぎない。
原理を知らずして運良く命を拾った青娥のその行動は、果たして『偶然』だったのか。
青娥は考えざるを得ない。
あの時持っていた物が基本支給品や装備品を除けば、酒瓶と針糸とこの記憶DISCであったからこそ、この効果的な行動を体が取れたのなら。
走馬灯の流れるままに身を委ねていたからこそ、論理的な思考を排して効果覿面な行動にいち早く動けたのだとしたら。
酒瓶と酒樽以外を見付ける前に藤原妹紅を発見できたのは。霧雨魔理沙に所持品を軒並み奪取されたのは。
旧地獄という土地。『オアシス』というスタンドを得たからこその記憶DISCの生成。
どこまでが『偶然』でどこまでが『必然』か。
790
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 02:25:10 ID:7dG6hTvE0
『ジョジョ』というアダ名がジョニィ・ジョースターと一致していた東方仗助という少年が、ジョースターの系譜に連なるのではないかという憶測。
ディエゴとプッチと静葉と四人で足並みを揃えて歩いていた時にも『偶然』『必然』論が既に出ていた。
結局ジョースターの系譜との並々ならぬ因縁は聞けなかったものの、このような状況下に陥った今ならば色々な事を考える余地がある。
ディエゴとDIO様やメリーと紫のような奇妙な一致。それに多方向から何度も出てきた『引力』という単語。
『偶然』を運命にし"引"き寄せる"力"。
推論にしても仮定の多すぎる話であったが、少なくとも理に適っているのを青娥は感じずにはいられない。
盤面の情報を全て読み取って譜面を作り、如何に計算した所で試合を最後に決めるのは努力ではなく『偶然』の成果だ。
五割で吹き荒ぶ暴風か。二割で齎される混乱か。それとも三割で何も起こらない可能性に一縷の望みを掛けるのか。
死力を出し尽くした上で最後に微笑む為の最強の力こそが『偶然』であり、その運命力の強い方が勝者となる。
であるならば。『引力』論を仮にここで唱えるのであれば。
DIO様の求めている天国という概念には、浅からずその『引力』が関わってくるのではないだろうか。
少なくとも天国へと至る間に垣間見る多種多様な欲が重要なこの身であるものの、三つの魂を集める過程と同等にその『偶然』を力とするのもまたお眼鏡に適うのであれば。
記憶DISCを持って生き延びたこの身は、まさしくその力を持っているのだろうと強く実感せざるを得ない。
で、あるならば『ジョースター』というのは何なのか。
「そっちは全然情報がありませんものね、お手上げですわ」
先んじて対峙した空条徐倫や眼下で親子喧嘩をしていたジョルノ・ジョバーナが等しくそれらしいが、そこに何があるのかは分からなかった。
俗に言う白旗。幾らかばかしは思い付く事はあるものの、しっくりと来る推論は全く出てこない。精々水掛け論が精一杯。
但し少なくとも、その過程において絶対的に立ちはだかる壁というのは確かのように思えてならない。
それはプッチの言った『ジョースターを決して侮るな』という短い箴言からも明らかだった。
791
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 02:28:46 ID:7dG6hTvE0
青娥がああでもないこうでもない、と考え込もうとしたその時だった。
「……そこに、いるのは……?」
青娥一人で立っているこの地底空間で聞こえるはずがない、誰かの掠れた声。否、それを誰かと断ずる事は出来ない。
元より青娥はその耳にしっかりとその声を刻んでいたのだから。けれども声の主が彼女であったからこそ、聞こえるはずがないと言い表したのに。
眼前で石桜が全身に刺さったままの藤原妹紅が、瞼を微かに開いて言葉を放っている。
精神の方面の気の淀みを肌で感じる事も、明確な死を連想させる形相も、先程までそこに居たケダモノもそこには無い。
あるのは肉体方面の気の淀みと、寧ろ向こうの死さえも危ぶまれる程の雰囲気。そしてその表情は痛覚が戻っていないのか、とても穏やかな物で。
ただただ、一人の死に体の普通の少女が真っ当に仰向けになって血を全身に滲ませているのだ。
これを奇跡と呼ぶべきなのかもしれない。この出来事は『偶然』と『必然』のどちらなのか、二択はメトロノームの様に揺れ動く。
不老不死の成れの果てがあんな物ならばと義憤に駆られたにも関わらず、最終的に元通りになっている様は果たして青娥にとって、彼女にとって必然であったのだろうか。
けれども、それを考えるのは可笑しい話だとも青娥は思う。何が原因で発生したかも分からずに事を論じるのは余りにも滑稽なように感じたからだ。
「輝夜……殺しちゃって、ごめんね……」
幻想郷縁起に記載されていた蓬莱山輝夜の名前が青娥の中で想起される。だが、そもそも彼女は放送で呼ばれていないだろうに。
第二回放送後に殺したのかもしれないが、それにしては夢幻を見ているのだろうか、その焦点は虚ろに光を失いつつある。
このままだと横たえたままの少女は死んでしまうのは火を見るよりも明らか。二度も捨てた記憶DISCを再度得るチャンスをまた捨てようとしているのも同義。
それでも、欲の健啖家としての青娥自身がこの状況をこの上なく望んでいたというのはまた確かで。
彼女から見える欲の形はどこまでも人間で、凡庸ではありつつも美食として確固たる物を形成していたのだ。
「芳香、そこに、そこで……生きて、たんだ……」
芳香。宮古芳香。忠実な従者にして家族の名前を他ならぬ青娥が聞き間違えるはずが無い。
この場に居ない者の名前を呼んでいるという時点で、もう相手が長くないという感触がより一層濃くなってしまったのに、その懸念はもう蚊帳の外にしか思えない。
寧ろこの場でわざわざ名前を出されるだなんてという軽い驚きも込みで、やはりこの会場内で邂逅を遂げていたのだという説が確信へと変わる。
だが一方で、その言い方からして芳香の死を見てしまったのだろうという嫌な想像さえも青娥に抱かせて。
そこまで想ってくれるのならとても良好な友人関係だったのだろう、と今は居ない従者へと向けて思いを捧げるしかない。
「よしか……いきてて、よかっ、た……」
そしてその言葉を最期に。
蓬莱の人の形は文字を紡ぐのを、止めた。
792
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 02:30:44 ID:7dG6hTvE0
「よし、よし……」
青娥が藤原妹紅に取った行動は、横たえたその頭を優しく撫でる事であった。
黒く染まった髪も今となってはただの艶美な毛の集まりとしか思えず、手櫛で梳いても彼女が発していた怨嗟の炎は鳴りを潜めたまま。
先程まで獣のように理性を失って野生的な瞳を剥き出しにしていたとは到底思えないその表情も、果たしてあれらと眼下の少女が同一だったのかと勘繰らせる程であった。
あの紅黒のケダモノを殺すつもりでその命を手に掛けたのに、ヒトとして不老不死としての全てを取り戻し逝ったその最期。
若干釈然としない物を抱えたままなのは、最初は記憶DISCを捕る為にちょっかいを掛けたのに、その目的をいつの間にかすり替えてしまったからなのだろうか。
それでもその最期はどうしても美しさを感じずには居られず。他者を想って、幻覚とは言えその生存を喜ぶその欲心は並大抵のものではない。
『生きたい』ではなく『生きていて良かった』と言える気持ち。しかもわざわざ自らの愛らしい家族の事を想ってくれていたのだ。
邪仙として久しく忘れていた物を掘り出されたのも、結果を言えばその見えた最期の味を増幅させてくれたのだから感謝をするべきなのだろう。
並外れた不老不死の存在が自分の死を受け入れて死んでいく様は、やはり豊聡耳様程の天性の精神だからこそだったのだろうとも回顧すれども。
普通の人の身から不老不死となっただろう存在が他者への優しさを見せて死んでいく様も、きっとその時だけは高名な仙人のように気高くあったのかもしれない。
戦利品の無い現状に虚しさを覚える事も無く。ただただ覗き見れた欲に恍惚に浸りながら。
青娥はその掌で優しく妹紅の瞼を下ろす。
その姿は疑いようもなく慈母のそれを伺わせるものであった。
「あら?」
地上に降り注いでいた雪の結晶が、今になって漸く忘れられた地の更に底に位置する旧地獄の街並みへと到達し降り注ぎ始めた。
白く丸っこい淡い雪の数々は石桜と違って、輝きも綺麗な色も何も有していなかったけれども。
青娥にとってはそれは不道徳や醜い物といった全てをその下に隠してくれるような気がして。
激情に駆られらしくもない事を思ってしまった自分自身をクールダウンさせてくれるとさえも思えたのだ。
振り続ける火山灰〈エクステンドアッシュ〉のように、白色が全てを埋め尽くそうとしている。
霍青娥の気分は、とても晴れやかであった。
【藤原妹紅@東方永夜抄】死亡
793
:
一世の夢と名も無き鳥
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 02:31:16 ID:7dG6hTvE0
─────────────────────────────
【夕方】D-3 旧地獄街道
【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:霊力消費(小)、爽快感、衣装ボロボロ、右太腿に小さい刺し傷、右腕を宮古芳香のものに交換
[装備]:スタンドDISC『オアシス』、河童の光学迷彩スーツ(バッテリー100%)
[道具]:ジャンクスタンドDISC(八雲紫の魂)、日本酒(五合瓶)×1、針と糸、食糧複数、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:DIOの元に八雲紫のDISCを届ける。
2:会場内のスタンドDISCの収集。ある程度集まったらDIO様にプレゼント♪
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。
※ディエゴから譲られたDISCは、B-2で小傘が落とした「ジャンクスタンドDISCセット3」の1枚です。
※メリーと八雲紫の入れ替わりに気付いています。
※スタンドDISC「ヨーヨーマッ」は蓮子の死と共に消滅しました。
※旧地獄へと雪が降り注ぎ始めました。
794
:
◆e9TEVgec3U
:2020/11/09(月) 02:31:35 ID:7dG6hTvE0
投下を終了致します。
795
:
名無しさん
:2020/11/10(火) 20:42:27 ID:YPZO09WE0
投下乙です。ドッピオがボスと分かれた直後にやられたり、もこたんが輝夜と再開することなくやられたり、と志半ばで途切れてしまいショックでしたが、とても読み応えありました。今後の彼女らの因縁含め続きが楽しみです。これからも投稿頑張って下さい。
796
:
◆qSXL3X4ics
:2021/02/13(土) 19:09:36 ID:WSuwR3hw0
お久しぶりになりましたが、投下します。
797
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:12:26 ID:WSuwR3hw0
『ジョルノ・ジョバァーナ』
【夕方】C-4 魔法の森
昨日まで全く元気にしていた人の命が突然に奪われてしまう。そんな事例を、ここ最近は何度も目にすることになっていた。ついぞこの間まではギャングスターに憧れるだけの、そこらの学生と何ら変わらない生活を送っていたというのに。
『生』というのは、一見何気なく享受しているようで、実は想像以上に脆く、儚い。「今日を生き延びた」という事実はきっと、人々が思うより遥かに尊いことなのだろう。普通に生きていたのでは中々気付けないものだ。
イタリアンギャング、ジョルノ・ジョバァーナは弱冠十五の齢にして、この世の些細な真理の一つを理解できていた。
レオーネ・アバッキオ。
ナランチャ・ギルガ。
ブローノ・ブチャラティ。
三人はジョルノにとって大きな存在だ。何者にも代え難い、生涯の仲間だと胸を張って言い切れる。だからこそ熾烈な戦いの中で散っていった彼らの遺体は、ディアボロを討ち倒した後に故郷に届けてあげた。乗っ取った組織や部下など使わず、ジョルノ自ら足を赴かせて。
三人共に家族はいなかった。いたとしても彼らに遺体を届けるような不要な親切を、きっと本人らは望みやしない。『組織』こそが我々の家族(ファミッリァ)であり、元々こういう陽の当たらない生き方でしか希望のなかったアウトローの人間だ。
それでも、それぞれに立派な墓を作ってあげた。組織の一員としてではなく、無二の仲間として。故郷の土へ埋め、限りない敬意を表すため。墓標を作るという行為それ自体にジョルノは大した意味など無い、無駄だとすら感じる価値観の持ち主だったが、一方で形あるものの証として残すことも重要であるとも思っていたし、だからこそ先程はミスタの墓標も簡素ながら作ったのだから。
そして、宇佐見蓮子。八雲紫。
二人の遺体は現在、メリーの持つ『紙』の中に収まっている。正確には〝八雲紫〟の遺体は存在しない。彼女が仮初の肉体として動かしていた〝マエリベリー・ハーン〟の遺体が蓮子の物と同居していた。
言わずもがなメリーは紅魔の戦乱を生き延び、こうしてジョルノらと共にいる。メリーと紫の肉体が交換されたまま片方が死亡した結果、このような複雑怪奇な状況となっているが、死者である八雲紫本来の肉体をメリーが器としている以上、この世の何処にも紫の遺体は存在しない、といった理屈だ。
ややおかしな物言いではあるが、つまりこの場に〝死者の遺体〟は蓮子の物だけだった。自分自身の遺体を目にするという奇妙な体験をメリーが如何程に感じたかは他人の目では計り知れないが、彼女にとって重要なのは親友の遺体の方なのだろう。
「蓮子の遺体は、必ず故郷の土に届けます」
親友の亡骸を見たメリーは、どこか決意を訴える瞳のままにジョルノ達へこう言い放った。勿論ジョルノにその考えを否定するつもりなど一切無いし、手伝ってあげたいと心から思う。現状の余裕の無さを顧みるに、一先ずはこの会場の土に埋めてあげるのはどうかという提言は、心中へ浮かべるだけに留めた。
こんな小手先の技術で捏造されたような、見て呉れだけは立派な殺伐の世界に埋葬したところで意味はない。蓮子の尊厳を想うなら、彼女の生まれ故郷の土でなければ無意味だ、というメリーの無言の念がジョルノを納得させた。
到底異議を挟むことなど出来ない。無駄な気遣いだと否定する行為こそが侮辱以外の何物でもない。それくらいにメリーと蓮子の信頼関係は、他人から見ても窺い知れる結束があった。
798
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:16:32 ID:WSuwR3hw0
今。三人は地下道から抜け、魔法の森と思しき地域を進んでいる。時刻は夜と言うには早いが、深林特有の鬱蒼とした薄暗さは、まるで闇を結晶に閉じ込めたような光明なき針路だった。
数歩先の草陰からいつ奇襲を受けてもおかしくないほどの暗路を、メリーを先頭にジョルノ、鈴仙と列ねている。本来なら最も対応力のあるジョルノを陣頭に位置すべきだったが、メリーが率先して船頭役に躍り出たのはジョルノ達も意表を突かれた。
何か、思う所があるのだろうか。
ふと漏れた、あまりに脳天気な想察をジョルノは恥じてあしらう。
思う所だらけに決まっている。一人になりたいとか、顔を見られたくないとか、理由は幾らでも考えつく。状況が状況だけに好きにはさせてあげられないが、背中から眺めた彼女の様子や歩幅には、悲壮感といった類の感情は予想に反して見受けられない。
奇襲に関しては最後尾の鈴仙が波長レーダーを光らせているので問題はクリアしているが、堂々と光源を作動させながら宵闇を裂き歩くメリーの勇ましさに、さしものジョルノといえど心強さすら感じる。そしてその『心強さ』といった印象は、メリーという一般人の少女には如何にも似つかわしくない評価でもあった。
程なくしてジョルノは、前方の背に語り掛けた。質問の内容自体は、どうでもよい事柄だったのかも知れない。
ただ〝彼女〟を知るという工程に、言葉と言葉のやり取りを用いただけの話。
「メリー。少し、訊きづらいのですが」
「何かしら? ジョジョ」
「貴方自身の遺体、と言うべきでしょうか。つまり〝マエリベリー・ハーン〟の遺体はどうするのですか?」
誰が聞いても奇妙としか言えない内容でしかないが、現実にメリーは自分自身の遺体を紙に入れて持ち歩いている状態。本人としては、言ってはなんだが処遇に困るような所持品ではなかろうか。
「そうねえ。このまま蓮子と一緒のお墓にでも入れちゃおうかしら。蓮子は嫌がりそうだけど」
冗談交じりにメリーはくすりと微笑む。秘めた感情も読み取れない、妖艶さすら連想させる反応だった。そして何事も無かったかのようにすぐまた背を向け歩を進め出す様も、少女の掴み所の無さをより助長していた。
サンタクロースを信じる純粋無垢な幼子のような。覗く者の目をとろりと蕩けさせる艶美な魔女のような。相反する属性を宿しながらも、一個に閉じ込め調和を成立させる矛盾。そんな不思議な雰囲気を纏う女性を、ジョルノは知っている。
(……似ている。あの人に)
メリーの意外ともいえる姿を、ジョルノは八雲紫のそれへと重ねる。不自然なほどに酷似した姿の二人はまるで鏡合わせに映る、生き写しの存在。もっとも、今のメリーはまさにその八雲紫そのものの姿形なのだが。
彼女は元々、こういう笑い方をする少女なのだろうか。こういう、不謹慎とも取れる反応を返せる少女なのだろうか。
出会ったばかりのメリーの人となりを、ジョルノはまだ掴みきれていない。それ故に、真実は分からない。
そうでない、とするなら。
〝これ〟は誰かの影響で顕在化された、彼女本来とは少し───そして決定的にズレてしまったメリーの姿とでもいうのだろうか。
799
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:18:30 ID:WSuwR3hw0
貴方は〝マエリベリー〟なのですか。
それとも〝八雲紫〟なのですか。
ジョルノがメリーへとこれまで幾度か浮かべた疑問が、再び思考を上塗りする。無論、彼女は疑いようもなくマエリベリー・ハーンその人である筈で、八雲紫は確かに死亡した筈である。
だが容姿そのものは八雲紫の肉体を動かしている。この摩訶不思議なからくりについてジョルノは敢えて問い質すことを自重していたが、肉体の『交換現象』については他人事ではない体験が彼自身にも深く根付いていた。
肉体の交換。
魂。そして記憶の在り処。
「……ディアボロ」
湧いて出てきた数あるピースの一つ。モヤモヤとした幾つかの不定形を解明する、僅かばかりの光明。
それにまつわる重要なヒントを口走ったのは意外にも、後ろを付いて来る鈴仙からだった。
「鈴仙。どうして今、その名前を……?」
足を止めて振り返るジョルノ。その視線には生徒へと解答を促す教師ばりの期待感と、かつての宿敵を同じくした異邦の友との同調、それへの僅かな意外性が混合した色合いを含んでいる。
「あ、いやーえっと、なんていうか」
指摘を受けた鈴仙は不意をうたれ、両手を胸の前でばたばたと振った。思わずジョルノの気を引いた言葉は、どうやら深い意図があったわけでもないらしい。
「ディアボロって、娘のトリッシュの肉体を乗っ取って自由に動かしてるんでしょ? それって今のメリーと少し状況が似てるなって、唐突に思ったの」
ジョルノの宿した期待感はハードルの上でも下でもなく、平均値ど真ん中に突っ込んで露へ消えた。彼女らしいといえば彼女らしい。
とはいえ鈴仙と自分の中に蓄えた情報量には当然それぞれに差がある。ディアボロの名を出せただけでも、鈴仙としては及第点と言えた。
そして偶然にしろ何にしろ、このタイミングでディアボロを連想した鈴仙とのシンクロは、きっと無意味ではない。万事には繋がりという因果がある。
「確かに……ディアボロはどういう手段かで、トリッシュの肉体へと乗り移っています。一方でメリーも、過程に大きな違いはあれど紫さんの肉体と『交換』しています。さらりとやってのけている行為のようですが、僕は少し気に掛かります」
ジョルノにとって渦中の人間としたいのは、メリーその人である。
そして、その様な離れ業を可能とした八雲紫の秘めた真意である。
「メリー。何故あの人は、人間である貴方の肉体とわざわざ交換したのでしょうか。僕にはどうしても、そこに深い意図が隠されているような気がしてならないのです」
彼女にとってはやり切れない喪失の直後ゆえ、詮索は時間を置くつもりであった。当事者間では既に理解を得た措置なのかも知れなかったが、ジョルノらはまだこの肉体交換の理由については何一つ知らされていない。
〝肉体を交換する〟───今回のような現象は実の所、彼にとっても初めての事ではなかった。それこそ自らの『ルーツ』にも無関係とは言えない体験が、ジョルノの好奇心以上の何かを押し出し、メリーへの詮索へと乗り切らせた。
過去を一つ一つ紐解くかの如く、ジョルノはゆっくりと想起しながらも語る。他人へ軽率に語っていい出来事では決してない。それでも今という地点から一歩歩み出すには、遅かれ早かれ整理すべき山積みの記憶だという意識もあった。
800
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:20:51 ID:WSuwR3hw0
頭にまず浮かぶのは、巨大なる円形の石造建築───ローマ・コロッセオの街並み。
「僕にも以前、他人と肉体を交換した体験があります。その際は不本意な形で交換され、そして……不本意な形で元の肉体へ戻りましたが」
「……それは、初耳ね」
粛々と紡がれる不可解極まる体験談にも、メリーの眉根からはさほどの驚愕は見て取れない。興味欲がそれに勝った故か、度重なる事変にも慣れを経た故か。
何より今、メリーは〝初耳〟とあからさまな単語を口零した。ジョルノはこの少女との結託から間もないが、その単語から読み取れるニュアンスはあたかも、それなりの対話を交わしてきた間柄特有の語感に他ならない。
脳が朧気に錯覚する。
メリーという少女と話していながら、まるで〝もう一人〟の相手と会話しているようだと。
「ジョジョも誰かに肉体を乗っ取られた経験があるって事?」
「いえ、鈴仙。結論から述べると、それは『レクイエム』というスタンドの未知なる力が暴走した結果でした。その規模は恐らく世界中にも拡がり、僕たちは寸での所で暴走を食い止めましたが」
思い出に浸るように、と美化するにはあまりに狂瀾怒濤の禍事へと肥大化した一件。打倒ディアボロという名目があったとはいえ、あの事件は図らずも背負う物が重すぎた。それらを語る口も比例して重々しくなっていくのは自然な流れだった。
メリーが手短な場所に生えていた切り株へと腰掛けた。進軍の片手間でやり取りするには、少々長くなりそうな話だと察したのだろう。そして、じっくり腰を据えて耳に入れるべき意義深い内容だとも判断したのだ。
彼女へ倣うようにジョルノと鈴仙もその場へ腰を落とした。都合の良い切り株も三席は無かったので地面に直接ではあったが、並び立つ森の巨木が傘の役目を果たしていたので冷たい雪の上に直で、とはならずに済んだ。
粛然とした魔法の森の遠くから、轟音のような何かが響いていた。森の向こうの紅魔館がいよいよ崩落したか、別の何かが今も命を燃やそうとしているのか。
どちらにせよ、不穏なBGMは今に始まったことではない。足早に駆けつけるには、この森はあまりに底が深く、木霊する物も多すぎる。
誰もそれを口にしようとはしない。
暗黙の認識が、ここにいる三人にはあった。
「───世界規模で起こった『大異変』……それがレクイエムというスタンドにより引き起こされた超常現象、か。なんだか、蓮子が飛び付きそうなネタだわ」
「正確に言うと『シルバーチャリオッツ・レクイエム』という、スタンドの〝その先〟の力が暴走した未知の領域、との事でした。ディアボロから『矢』を奪われない為の、苦肉の策として発動したやむを得ない事情ではあったのですが」
「矢、か。確か秘められたスタンドの力を開花させるっていう、ルーツ不明の道具のことね」
「……ええ。その通りです、メリー」
何度目だろう。また、だった。
またも視界に座るメリーが、八雲紫の姿にブレて映る。
ジョルノは前の地霊殿にて、紫との会話で矢の力について軽く触れてはいたが、メリーにその話はしていない。彼女がそれ以前から矢の知識を得ていたならば別だが……。
───メリーは今、自身が八雲紫であるかの様にも振舞っている。そしてその前提を、隠そうともしていない。
(前々からその節はあった。この『肉体交換』を通じ、もしもメリーの中に紫さんの記憶と意識が介入したとして……メリー自身が彼女の生前の言動や様式をなぞらえていたとしたら)
少し、酷な話だとも思う。
何故ならそれは、
801
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:22:47 ID:WSuwR3hw0
「───貴方は〝マエリベリー〟なのですか。それとも〝八雲紫〟なのですか」
気付けばジョルノは立ち上がっていた。
自分で驚く。無意識に立ったことにも。今は問うべきでない疑問を質した、らしくもない焦りにも。
かつてサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会以降のブチャラティの肉体に抱いた疑問……胸に秘めたままか、問うべきかを迷っていたあの時。今のメリーに抱く疑惑は、あの時とよく似ていた。
そして今回は、問い質してしまった。かつてと今で、何が違うのか。その差を考えることを、ジョルノは放棄した。口に出してしまった以上、今はただ彼女の返答を聞きたかった。
隣で目を丸くさせる鈴仙に構わず、ジョルノはメリーと視線を交えた。どこか後悔するようなジョルノとは対照的に、メリーの含む視線はあくまで穏やかであった。一切の波紋すら立たない、広大な海の朝凪のように。
「タブーにでも触れたような顔、しちゃってるわよ。貴方らしくもない」
脈絡なく会話の流れを断ち切ったジョルノの問い掛けへ対し、メリーは微笑みを浮かべて受け入れる。
「……いえ。貴方らしくもない、って返しもおかしいわよね。私と貴方たちはついさっき知り合ったんだから。うん」
否定をしないことの意味は、即ちひとつしかない。穏やかではあったが、微笑みの中にある種の物憂げさがぽつんと混ざっていることにジョルノは悟る。
次に彼女は、ハッキリと答えた。
持って生まれた力と格を備える、人智及ばぬ賢者の顔ではない。
先刻の、あの、友を救えなかった無念にも潰されることなく立ち上がってみせた一人の少女の顔だ。
人間の、顔だった。
「私はこの世で唯一無二のマエリベリー・ハーン。それだけは確かです。ただ、この肉体に紫さんの意志の残滓が介入しているのもまた、ひとつの事実です」
少女の浮かべる朝凪の海に、一際の波紋が立った。
「物事とは必ずしも一つの側面から覗くものではないわ。安泰の裏では厄災が生じたりもする。逆もまた然り。この世の全ての物事は、そういう相即不離のバランスの下に成り立っている」
木々の隙間からほんの僅か差し込まれる最後の黄昏が、少年と少女の黄金に輝く髪に迎えられた。
見下ろす少年の視線に呼応するかのように、少女もゆっくりと立ち上がる。大妖怪の衣を借り受けた、ちっぽけな少女の瞳の奥はどこまでも勇ましく、儚げで、捉えどころのない───ひらひらと蒼空を翔ぶ蝶を思わせる存在感が渦巻いていた。
802
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:23:48 ID:WSuwR3hw0
「紫さんの守ろうとした幻想郷も、そういう光と陰が混在する処。ふとしたキッカケで拙いバランスが崩壊しかねない幽玄の円。そして多分……マエリベリー・ハーンと八雲紫という二元の存在も、表裏が混ざり合った合わせ鏡。本来は決して出逢うことの無かった存在、なのでしょう」
少女の語る真相を受け、ジョルノの内部にほんの小さな……知覚も困難なほど僅かな頭痛が脳へと訴えた。
この頭痛の発生源。ルーツたるあの『男』の存在感は、時を経るごとに自分の中で肥大化している気がしてならない。
或いは、それは漠然とした〝嫌な予感〟と言い替えてもよかった。現在メリーの精神に起こっている変化が、少女にとって必ずしも吉とは言えない兆しだとジョルノは危惧しているのだ。
「月並みだけど、私は私なんだと思ってます。今はまだ、ちょっと困惑したりもしてますけど。紫さんの意志を受け取った、本来とは少しだけズレてしまったマエリベリー・ハーン。今の私に出せる精一杯の返答は、これくらいかしら」
ジョジョの納得出来る答えかは分からないけども。最後にそう続けて、全部言い切れたとばかりに一呼吸置いた。
新たな間が生まれる。
バトンを渡された格好となったジョルノを、横から少し心配そうに見上げるのは鈴仙だ。本人にすら知覚出来ているのか不明な頭痛を彼女が目敏く察していたのならば、それはジョルノの精神に発生した波長のノイズを受け取ったのだろう。
間は、続いた。
メリーの答えを受けたジョルノが、納得までに至らず言いあぐねていることの証明だった。
あの、ジョルノ・ジョバァーナが。
「───ジョジョ。もしかして、DIOのこと考えてる?」
沈黙に音を上げたのは、二人のどちらかではなく、鈴仙からだった。
「……よく、分かりましたね。鈴仙」
「まあ、全然確信なんか無かったけど。でもジョジョが〝らしくない姿〟見せる時って、私が知る限りDIOの前だけだったから、かな」
頬を掻く鈴仙の脳裏に思い起こされるのは、紅魔館での一件。
あの冷静冷徹なジョルノが、静かな激情を携えながら父・DIOへと突撃していく姿を見てもいられず、鈴仙は両者の境に飛び出たのだ。その代償として腹を貫かれたのだから、この先どれだけ頭を打たれようにも到底忘れられない。
「その通り、です。あの男の呪いのような言葉が、さっきから僕の中をずっと反芻している。紅魔館でDIOから投げ掛けられた、あの言葉が」
ジョルノがその場に腰を落とした。くたり、という擬音が似合いそうなくらい、力無さげに。こうべを伏せ、何か思い悩むように。参っているわけではないが、心を囚われている様子であった。
紅魔館にてジョルノと共にDIOへ立ち向かった鈴仙には、奴の言動一つ一つが全て呪いじみた風情にも聞こえてくる。頭皮の裏に直接へばり付くような後味と気味の悪さが、生温い空気感を纏って鼓膜から侵入してくるような歪さ。
あの言葉。
不思議と鈴仙には、ジョルノがDIOの何を指し示して『呪い』などと称したのかすぐに読み取れた。奴のしちくどい語り口は疑いようもない邪気で塗り固められてはいたが、一方で有無を言わせぬ説得力も確かに含有していたのだから。
鈴仙は想起する。
あの男の囁いた一語一句が、すぐ背後から流れてくるほど近くに感じた。
誰も居ないと分かっていながら、後ろを振り返る。
そこには闇しかない。木々の狭間の冷ややかな薄暗闇が、煙みたいに質量を纏って男の型へと変貌していく。
恐怖心が生む馬鹿げた錯覚を払うように鈴仙は、子供じみた仕草で頭を振った。いくら振ったところで、記憶の中の声は止む素振りを見せてくれない。
803
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:26:43 ID:WSuwR3hw0
───人間を丁度半分。左右全く同じ形貌・面積となるよう切断したとする。もしその者に『意思』がまだ残っていたとして……。
───元々の本人の意思は、果たして身体の『どっち側』に残るのだろう? 視界は『右』のみが見えるのか? それとも『左』か? 魂は一つなのだから、必ず左右どちらかを基準に選ぶ筈だ。
───首から『下』はジョナサン。『上』は私だ。そこでこのDIOは考える。私の意思は果たして『どっち側』に存在するのか?とね。
───ジョナサンは百年前に間違いなく死んだ。だがもしも……奴の意思や片鱗が何らかの形でこの『肉体』に宿っているとすれば。
私は『どっち』だ? この肉体は『DIO』なのか、それとも『ジョナサン』なのか。そういう話をしているのだよ。
───ジョルノ。君は果たして『どっち』なのか? 私の息子か? それともジョナサンの息子か?
血縁や戸籍の話ではない。もっと物理的あるいは精神的な……『魂』の話と言い換えてもいい。
───君のDNAに刻まれた因子は誰のものだ? 君という人格を形成する魂の構成物質には、誰の記憶が宿っている?
「───そう。DIOがそんな事を……」
日記へと書き起すように。出来るだけ正確に思い出しながら、ジョルノはかの〝親子対談〟を語り終えた。
メリーにしろ八雲紫にしろ、紅魔地下図書館にて色濃く勃発したあらゆる軋轢については認識外である筈だ。
であるならば共有しなければならない。〝DIO〟という男をよく知らなければ、局面の果てに見出せる奴への勝ち筋は限りなく細長い糸以下に等しい。
少々長話となった。話題に現れた登場人物はDIOのみならず、サンタナや聖白蓮といった大物も雁首を揃えており、それらを余すことなく伝えたのだから然もありなん。合間のメリーも口を挟むことをせず、じっと興味深げに聞き入っていた。その真剣さと言えば、友人を失ったばかりというのに見上げた姿だと感服を覚える。
やがてメリーも、肩の力を抜きながら言った。どこかリラックスしたようにも見て取れ、ジョルノは戦慄に近い何かすら覚える。
「魂の構成物質、とは上手いことを言ったものね。敵ながら中々興味深い話だわ。色々と合点もいったし」
「合点、ですか?」
「ええ。例えば、さっきから貴方は一体何をそんなに不安がっていたのかって事よ。
なぁんだ。ようは、ジョジョは私を心配してくれていたのね。嬉しいなぁ」
すっかり茶化しながらクスりと綻ぶメリーの態度に、作り上げた嘘っぽさは皆無だ。八雲紫の面影を取り入れながらも、等身大のマエリベリー・ハーンが脈動している矛盾。逆に心を見透かされているのはこちらの方だと、ジョルノはつくづくに観念しそうになってしまう。
「……僕は『ブランドー』なのか。『ジョースター』なのか。あの男からそれを問われて以来、不毛だと理解していながらも考えずにはいられません」
「そんな! ジョジョはDIOとは違うわよ! アイツだって言ってたじゃない! 貴方はジョースターの色濃い息子だったって!」
本当に珍しい、ジョルノの弱気な姿。それを見たくないが為、鈴仙も思わず声を荒らげた。
前に立ち塞がる試練というのであれば、彼はいつだって持ち前の冷静な判断力と胆力で乗り越えて行く。
今回は前でなく、過去に立ち塞がるという試練。宿敵ディアボロは己の過去を何よりも恐怖の根源、そして乗り越えるべき試練と考えていたが、ジョルノの場合はどうか。
過去そのものは消せない。消せないが故に、ディアボロはせめて己が居た痕跡だけでも消そうと手を汚してきた。その為には実の娘をも平然と手に掛けようとする外道であった。
ジョルノはそれを、やらない。
苦慮し、受け止めた上で、彼なりの納得を探す。
804
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:28:43 ID:WSuwR3hw0
「ありがとう。しかし鈴仙、これはたとえ他人から……それこそ『親』から突き付けられる言葉や事実の類では答えにならないクエスチョンです。僕自身が納得し、辿り着くしかない『運命』だと考えています。
僕はブランドーか? ジョースターか? 究極的には、この謎に答えを出す必要すら無いかもしれない。どちらでも構わないと、そう励ましてくれる存在が身近で支えてくれる環境には感謝しかありませんが、この曖昧な感情を心に仕舞ったままでは、きっとDIOには勝てない。そう思うんです」
そうだ。ジョルノはアウトローの人間だが、その環境に不満など無い。幼少期にこそ骨身に堪える苦慮を強いられていたものの、またその因果の起こりがDIOの常軌を逸した悪意から端を発したものの。
〝汐華初流乃〟は救われていたのだ。幼き頃、名も知らぬギャングと出逢ったあの瞬間から。裏側の人間の発言としては妙だが、自分は恵まれた環境に居るのだと誇ってよかった。
自らの選択によって、今の自分はこの環境に立てている。なればこそ、この『先』を作っていくのも此処からの自己選択なのだ。
自分の運命については、それで納得できる。
過去とは人を雁字搦めにしてしまう厄介なもの。DIOやディアボロが苦心したように、決して逃げることの出来ない『影』のような存在。
過去からは逃げられないが、逆を言えばそれは、過去も決して逃げない。だからこそ過去というのは呉越同舟の、つまりは影と言えた。
どれだけ時間を掛け、悩もうとも。自分の『選択』を待ってくれている無二の存在が、過去というしがらみに違いなかった。ジョルノはそう思っている。
「ですから、僕が心配しているのはメリー……貴方です」
肝心なのは、少女の方。
自分とは違い、恐らく。限りなく陽の当たる世界で、およそ一般的な幸福を受けてきた少女。
歳下の、しかも何とまあ中学生の男子に心配される立場を、この少女は笑って受け入れられている。
「貴方は先程、自分自身をマエリベリー・ハーンだと言っていましたが……既に〝以前〟までのマエリベリーと大きくかけ離れつつある兆しも自覚しているのでしょう」
言うまでもなく、それは八雲紫の記憶と意志がその肉体に混在している故の現象だ。今でこそ二面性で済ませられる段階であるものの、これが最終的に一面性へと変わり果てないという保証はどこにもない。
そうなってしまった時、本来の彼女はどこへ行ってしまうのか?
「元ある私───つまりマエリベリーの個性が、紫さんの残存意識に〝殺されかねない〟と、ジョジョは心配してるわけね」
それは言い換えれば、マエリベリー・ハーンという人間の『死』。肉体はおろか、残った精神性までもが変えられてしまったのであれば、彼女の何処に〝マエリベリー・ハーン〟というかつての痕跡が遺るのだろう。
「記憶転移、みたいな話ですね」
横から挟んだ鈴仙が神妙な面持ちで告げた。極めて優秀な師のいる医療現場に携わる彼女だからこそ、引き出せた名称かもしれない。
「記憶転移……ですか。確か、何かで読んだことがあります」
「私もその事例なら聞いたことがあるわ。眉唾物ではあるけど、心臓移植したらドナーの記憶が残っていた、みたいな話ね」
記憶転移。臓器移植の結果、ドナーの趣味嗜好や習慣、性癖、性格の一部、さらにはドナーの経験の断片が自分に移ったという報告が、稀少ながらも存在している。メリーの言う通りに医学的には眉唾物である現象だが、実際にそういった報告があるのもまた事実だった。
DIOが高々と語っていた『プラナリア』や『魂』……ついては『ジョースターの意志』といった精神論もこれに通ずるものがある。鈴仙の出した事例は的を射ていた。
「DIOが僕に語った言葉は、奇しくも貴方にもそっくり当て嵌ってしまう。メリー自身、それを自覚した。先程の『合点がいった』とは、そういう意味も込めていたのでしょう?」
「……私という人格を形成する魂の構成物質には、〝誰〟の記憶が宿っている、か。本当に、憎たらしいほど皮肉が上手い悪党だわ」
意識や記憶とは、必ずしも脳にあるとは限らない。これを疑う者は、もはや今この場には居なかった。
ジョルノの中のジョースター。
メリーの中の八雲紫。
その意志が各々の肉体の内に生きているという非常識を謳うならば、彼らこそが記憶転移の体現者そのものという存在なのだから。
805
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:31:14 ID:WSuwR3hw0
「……紫さんの判断は、果たして正しかったのでしょうか」
大切な誰かを守る為、やむを得ない事情があったにせよ。
ひとりの人間を妖の者へと変貌させるような行いを、彼女が心から望んだとも思えなかった。
幻想郷という独自の掟を背負った土地において、それは特に重罪でもあるから。
八雲紫には郷での比肩なき立場がある。その重役ゆえに、天秤に掛けた秤は傾いた。
幻想郷の賢者としての肩書き。能力。知恵。どれを手放すにしても、郷の維持に甚大な影響が出ることは火を見るより明らかだった。
彼女が死の間際……何を思って死んだのか。何を託して死んだのか。
彼女がもしも───端からただ力を持っただけの〝普通の女の子〟であったならば。
結果はまた違ったのかも、しれない。
「過去の選択が正しかったのか、過ちであったのか。未来を知る術のない私たちにとってその判断は、きっと……すごく難しい問題なのでしょうね。私に『力』を継がせる判断を決意したあの人も、最期までそこに苦悩していたわ」
遠い何処かを見つめるように、メリーは虚空を仰いで淡々と言う。
未来を知る術。そんな手段があるのであれば、まさに『天国』のような場所なのかもしれない。何処かの誰かが執拗に憧れた、そんな夢みたいな到達地点。
メリーはしかし、夢は夢であるとかぶりを振った。元より其処は、紫が焦がれた虹の先とは違う。
未来など、やはり知るべきではない。それが成せずに苦心し、手に取ったあの人の選択を否定するような考えはしたくなかった。
「ジョルノ・ジョバァーナはブランドーか、ジョースターか。この命題と同じに、現在の貴方はマエリベリーか、八雲紫か、という致命的な自己矛盾に陥っているのではないですか?
同情心、なのかも知れません。僕がメリーを酷だと感じているのは、そこです」
ひとひらの白雪が、ふわりとジョルノの肩へ舞い降りた。小さな妖精が音もなく溶け、少年の体温をちびちびと奪っていく。
ただ時間が経過する。これだけの出来事に、掻き毟りたくなるほどのむず痒さを覚える。考えなくてよいことを考えてしまう。大切にしてきた色々な何かが色褪せ、どんどんと体から抜け落ちていく感覚だった。
DIOは百年前、ジョナサンを殺害しその肉体を奪った。意思はDIO。依り代はジョナサン。人の意識や記憶が必ずしも脳に残るのではないとすれば、己の存在とは『どっち』なのか? これが自身に立ち塞がった命題なのだと、DIOは豪語していた。
そして今また、その息子であるジョルノも同じ命題にぶち当たっている。DIOは既に命題に自ら答えを見出していた節があるが、ジョルノはこれからなのだ。皮肉な因果としか言えなかった。
もしかしたら。
娘を殺し、その肉体を奪ったディアボロにも同じ事が言えるのかもしれない。そう思ったからこそ、始めにディアボロの話題を膨らませたのだ。
「───話を戻します。かつて『レクイエム』によって強制的に肉体を交換させられた者……彼らが『最終的』にどうなっていくか、僕は目撃しました」
「それは私も気になっていたの。世界規模で拡がった異変が、どのような形で『終結』を迎えるのか? ジョジョやブチャラティ達は『何』を阻止したのか、是非聞きたいわ」
レクイエムの齎した肉体交換現象の末路。あの能力の真髄とは、入れ替わった者が最終的にこの世のものでは無い〝別のナニカ〟へと変貌させられるという、げに恐ろしき力である。それも世界規模で範囲が拡がっていくというのだから、ともすれば幻想郷とて被害を受けかねない大異変。水際でこれを阻止したジョルノ一行の功労は計り知れない偉業であった。
己自身やDIO、ディアボロといった前例だけでなく、このような大規模での実体験もジョルノは通過している。そんな彼が目の前の少女の行く末を危惧するのは、至って自然な思考だ。
806
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:32:40 ID:WSuwR3hw0
ジョルノはレクイエムが起こした一連の結末を事細かに伝えると、流石に肝を冷やしたのか。メリーも鈴仙も、暫く閉口していた。ただのギャング組織の内輪揉めから始まったよく聞くような事件は、思いの外に巨大な異変に繋がって外界を揺るがしかけたのだから。
「レクイエムはあくまで極端な一例に過ぎませんが、肉体を交換した者が最終的に〝どうなる〟のか? 本質的な所で、それは非常に危ういという意味では変わらないと僕は思っています」
レクイエムの時は人が化け物のような姿へと変貌した。無論、それと今回の話ではわけが違うが、己の存在意義を問うジョルノの精神的な葛藤とは違い、メリーの場合は実際に物理的な齟齬が現れ始めている。
人間は、元ある己とは全く異質の外的要因を内に取り込むとどうなっていくのだろう。そしてそれは、何処までのラインを過ぎてしまえば『終わり』が見えるのだろう。
メリーがメリーでなくなってしまう線引きを割った時、他人の目からは彼女がどう見えてしまうのか。不明瞭な未来を抱える少女を、ジョルノは不憫だと感じずにはいられない。
「……テセウスの船、と言ったところかしらね。今の話のように、これから数年後、数十年後の私が、肉体的・精神的にも全く〝別のナニカ〟に変わってなどないと断言するのは、ちょっと難しいわ」
あるいは、そんなに未来の話ではないかも知れなかった。紫の力を授かった今のメリーが具体的にどう変わってしまったのか。生物学的な寿命や肉体構造の違いも不明なままだ。
だが少なくとも、判明している課題もあった。
人間として生きるか、妖怪として生きるか。
こんな根本的な二択ですら、メリーに迫られた苦渋の運命なのだ。
これが酷でなくて、何なのだろう。
人が人に何かを託す。素晴らしいことだと思う。
しかし時にはそれが、途方もなく無責任な残酷の刃と化して、背負わされた者の背中を知らずの内に切り裂いてしまいかねない。
ただの少女だったメリーはこの日、唐突に、あまりにも重すぎる宿命を受け継いでしまった。
ジョルノの危惧は、それを深く理解している。かつての父が人を捨て、人外へと成り果てた愚かさを知っているからだった。
「このままでは〝マエリベリー・ハーン〟と言う名の個人は死ぬかも知れない。それを免れるには、貴方自身が『真実』へ辿り着くしかないのではありませんか?」
敢えてジョルノも重い言葉を選んだ。自分と同じ苦悩、と比較すれば彼女に失礼かもしれないが、ここから暫くは運命共同体に等しいのだ。
知己朋友といった豊かな存在が、少女の命題を綺麗に解決できると考えるのは浅薄だ。しかし共に歩み、悩めることで、彼女の苦悩は支えられるかもしれない。
「ジョジョ……ううん。───ありがとう」
メリーにも胸に浮かべた色々な言葉はあったけども、まずは少年の根元にある優しさに感謝を告げた。
真実へ辿り着く。ジョルノが示した言葉には様々な意味があり、個人によってきっと答えは違ってくる。
秘封倶楽部的には、『謎』あっての『真実』だ。ジョルノにはジョルノにとっての謎があり、メリーも然り。彼女にとっての差し当っての謎とは目下のところ、自分に宿る八雲紫の意識と力との付き合い方。力に溺れた悪役のストーリーは映画などでもよく見かけるが、あのDIOの生き様はあながち他人事だと笑えなかった。
(もっとも、見る限りDIOは決して力に溺れてはいないわ。求めた力を使いこなし、己の手足として完全に支配できているみたい)
だからあの男は厄介なのだ。力の使い方に迷いがない。己の運命にどこまでも前向きだ。その一点のみを捉えれば、羨ましいとすら思える。
ジョルノらの前では余裕そうに振る舞うメリーであったが、実際のところ内奥では不安の方が勝っている。世には暴かないままの方が良い謎も多数あり、自分に眠る謎を暴いた結果、パンドラの箱である可能性も否めない。
ただでさえ自分の中には、DIOが求めてやまない『宇宙の境界を越える力』とやらが眠っているらしい。こんな謎だらけの身体ならば、いっそ全てに蓋をして楽になりたい。
一応、この問題の具体的な解決法にあてはあった。その答えは到ってシンプルで、メリーが力を返還すれば事足りる。
身の内に残った大妖の力を使い、再び双方の肉体を交換すればいい。幸いにも遺体は手元にあるのだから、行きが可能で帰りは無理なんて不条理もない筈なのだ。
身に余る力は元の鞘に収まり、メリーも真の意味で人間へと戻れるだろう。日帰り旅行を試みるなら、今を置いてない。
メリーはしかし、それを選ばない。
807
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:33:59 ID:WSuwR3hw0
「紫さんの判断は果たして正しかったのか。ジョジョはさっき、そう言ったわね」
この力はメリーを不幸にするのかも知れない。
この力はメリーを殺してしまうかも知れない。
それでも、八雲紫が何を想い、何を信じてメリーに託したのか。
幻想郷へのたゆまぬ愛情。
メリーへのたゆまぬ信頼。
その何もかもが、彼女の意識を通してこのカラダに流れ込んでくる。
秤に掛けた物もあった。諦めた物もあった。
正直、今はまだ分からない所も沢山あるけど。
こんなにも他愛のない小娘を信じてくれた、もう一人のジブン。
その選択を、メリーは信じたい。
「紫さんは私に、全て託して死んでいった。それがたとえ、本人も心からは望まない不可抗力の結果だとしても……私はあの人の選択を信じるわ」
弱者が強者に依存するだけの。ただ無条件で無責任な、形だけの信頼ではなく。
肉体的な繋がりを経て。精神的な理解を得て。
その末に自分自身がきちんと考え、改めて信じる事こそがメリーの答えであり。
そして。その答えに応えるのもまた、メリー自身だ。
「選択が正しいか誤りかを重要とするのではなく、選んだ道を〝最後まで信じ抜いて生きる〟のが、今の私に出来る償い……だと思ってます」
償い。そう言った。
人に過ぎないメリーに記憶や力を与えてしまった紫の選択を、本人も罪悪を感じていた事と同じに。
メリーだって、紫に対し途方もない罪悪感を抱いている。
邪心に魅入られし親友を救わんと我儘を訴えたのは他ならぬ自分だ。小娘の愚かな我儘を律儀にも聞いてくれ、蓮子を救いたてる身代わり役を買って出たのは紫の慈愛だった。
その結果として、あの人が死んでしまった。
本来なら、死ぬべくは私の方で。
此処に立ち、ジョルノと共に異変を解決するこの上ない適役なのは、あの人であった筈なのに。
(……ううん。誰のせいだとか、そういう非建設的な思考はもう止めよう。蓮子と紫さんに叱られちゃうもの)
胸中に抱いた罪悪感は、とても拭えない。
だとしても。この感情を鉛だと吐き捨て、唾棄するべきではない。肩と足に重くのしかかるような不快な気持ちとは、きっと違う。
我が肉体に残ったマエリベリーの部分が、意地っぱりにそう叫んでいた。
そしてマエリベリー〝ではない部分〟も、陰から自分を応援してくれているような気が、して。
「───私の操縦桿を握れるのは、私だけなのですから」
大きな大きな勇気が、無限に湧いてくるのだ。
「君は近い未来、道を踏み外すかも知れない。同じく人間をやめたDIOの様な善悪の括りから、という意味でなく、……───」
その先を、ジョルノは口に出来なかった。
少女が背負わされた艱難辛苦の運命。それを悲観したことによる心の躊躇い、ではなく。
予感される前途にも向き合い、先知れぬ暗雲を照らさんばかりの〝黄金〟のような高尚さ。彼女の眩い瞳に、それを見付けたから。
この顔を前にすれば、全ての助言も忠告も安っぽい虚飾の様に思える。無粋もいいところだ。
参ったよ。降参だ。
諸手と白旗の代わりに、ジョルノは賛美の言葉を以て彼女への意を示した。
「いえ…………君は本当に強い人だ。それは誰かから与えられた賜物ではなく、メリー自身が本来持つ純粋無垢な力だと、僕は尊敬します」
初めてかも知れない。〝マエリベリー・ハーン〟の顔を、正面から覗いたのは。
少女はこんなにも純朴で、澄み切って、一所懸命なのだ。決して何者と比較するようなものではない。
勇気を心に宿したメリーの笑顔は、驚くほどに朗らかだ。あの嘘臭い妖怪の賢者が浮かべるそれとは、似ても似つかなかった。素材を同じくして、こうまで似て非なるものがあるのかと、ジョルノは初めに浮かべた少女への印象とは真逆の感想を浮かべる自分に苦笑する。
808
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:35:30 ID:WSuwR3hw0
「……なーんか、二人して雰囲気良いわね。私、おじゃま虫なのかなぁ」
傍から見れば笑い合う男女という光景。その輪に、どうも自分は馴染めていないらしいと鈴仙は頬をふくらませた。
「あら、そう見える?」
「見えますよ〜。面白くないなぁ」
「じゃあ、鈴仙にはもっと頑張ってもらわなきゃね。これから忙しくなるだろうし」
「ん……?」
悪態をついてはみせたものの、微妙に蚊帳の外であった空気が悲しくなっただけだ。鈴仙からすれば、ちょっと輪の中に入ってみたいぐらいの幼稚なアピールだった。メリーの言う『もっと頑張ってもらわなきゃ』や『忙しくなる』の意味を理解できない。
メリーの表情は変わらず笑顔。だというのに、その笑顔には本能的に忌避したくなる程の嫌な予感がふんだんに込められている。
それは紫が鈴仙を恐怖のどん底に陥れようとする時の笑顔と、何一つ変わらなかった。ガワは同じなのだから、当然といえば当然だが。
やっぱりこの人、紫さんだ。
私をからかう時の、あの人の顔だ。
間違いない。〝メリー〟はやはり演技で、化けの皮はこうもあっさりと剥がれ落ちる。
いやそもそも。肉体を交換したなんてのはあの人の壮大な嘘八百。つまりドッキリで、普通に最初から八雲紫だったのでは?
魂の底から叫びたい気持ちを胸に秘め、鈴仙は額に冷や汗を流しながら少女の台詞を待った。
「DIOは遅かれ早かれ、また私とジョジョを狙ってくるわ。今度は本気でね」
「………………………………?」
「その折には是非とも、鈴仙の大活躍を期待しております」
はて。……はて?
なんだか前にもこんな感じのことを言われた気がする。前っていうか、めちゃくちゃ最近に。
「も…………もーう! 紫さんったら、相変わらず冗談キツすぎですってば〜!」
「私はマエリベリーだし、大マジな話ですけど」
「アハハ………………誰が、いつ、何を狙ってくるって言いました?」
「DIOが、近い内に、私とジョジョを、です」
心労で禿げそうだと怯えるのはもう何度目だろう。紅魔館からメリーを救出しますと紫から宣言されたのは、そう昔ではない筈だ。腹を貫かれ、やっとの思いで地下図書館から脱した直後にまたDIOの元へ戻れと命令されたのも、ついさっきだ。
三度目は無いだろうと……いや、湖越しに単身DIOの邪気にあてられた時をカウントすると、もはや四度目だ。世界中の自殺志願者を掻き集めたって、あのDIOと好き好んで四度もの逢瀬を重ねたいと思うマゾヒストはいないだろう。
紫(メリー)に抗議をあげる行為が逆効果だと、鈴仙は理解している。せめて欲しかったのは理由───Becauseであるが、胸中に渦巻く憤慨と諦観と絶望を喉元で言語化する術は、今の彼女には残っていなかった。
「どういう意味でしょうか、メリー」
口をパクパク上下させるだけの鯉に成り果てた鈴仙を余所目に、代わりに疑問の声を上げたのはジョルノである。
「言ってなかったけど、DIOは私の中に眠る『蛹』の能力を狙っているの。紅魔館に幽閉されていたのも、その為」
「さなぎ……? 貴方へと受け継がれた紫さんの能力ではなく、元々の貴方が持っていた力、という事ですか?」
「そう、みたい。蛹と表現したのはつまり、まだ完全に『羽化』したわけではないから。あの男はこの力に相当固執しているみたいだし、絶対に奪いに来るわ」
それきりメリーも思い耽るようにして押し黙る。人間から妖怪へとすげ替わりつつある実態は、周囲の人間から見れば目下の問題ではあろう。それ以上にメリーを悩ませているのは、寧ろこっちだった。
曰く、宇宙の境界を越えるらしいこの力を秘めるばかりにDIOから的にされる羽目となった。傍迷惑な力だと自棄にもなるが、この力をDIOに明け渡すわけには絶対に行かない。
参加者全ての力に『枷』が嵌められた状態で、この催しが始められたというのであれば。
この世の誰にも知られていなかった、まだ見ぬ私の蛹。
この力の『真実』を完全に暴き、羽化させることで───あの主催への『切り札』にも成り得る。
この異変の黒幕は、あくまで主催なのだから。
809
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:38:45 ID:WSuwR3hw0
数瞬の沈黙の狭間に、両者様々な思惑が交錯していき、気まずい空気が流れた。
やがて糸を切ったのは、ジョルノの方からだ。
「…………どうやらその『力』についての詳細は、黙秘のようですね」
「というより、今はまだ分からないことが多すぎて話せる段階にない、というのが正確ね。一番混乱しているのも、他ならぬ私自身だし」
メリーも一瞬、躊躇った。信頼出来る仲間に対しては、隠した虎の子を開示するべきだろうか、と。
考えて、不確定要素が多すぎると却下した。切り札は最後まで隠すことが効果的であるし、例えばディエゴの翼竜などから情報が外に漏れ出た場合、最悪主催にまで伝わる可能性もある。十中八九、ディエゴは既に気付いているだろうが。メリーからすれば、ディエゴだってDIO並にきな臭い部分を持っている。
最終的には、主催二人が敵。
とはいえ、やはり元凶へ辿り着くまでの最大の壁はDIO一派だ。
奴らを倒す手段……メリーには既に見通しがついていた。
「えっ? えっ!? んっとじゃあ、DIOがジョジョを狙って来る、というのは!?」
ワンテンポ遅れて、鈴仙が話題を出してくれた。寧ろ良いタイミングで。
「それについては鈴仙も直に聞いていたでしょう。あの男は息子である僕を……もっと言えば、ジョースターの血を恐れていました。ただならぬ執念とも言える、強烈な敵意で」
ジョルノが語ってくれた、DIOとジョースターの因縁。ヒントはそこにあった。
始まりは百年前。
ジョースター家の男───ジョナサン・ジョースター。
かつてDIOを倒したらしい人間。
そして、ジョルノの父親……かも知れない人間。
詳細は、未だ不明。放送ではまだ呼ばれていない。
「〝DIOはジョースターを恐れている〟……それもジョルノという子供を産ませ、ジョースターの因子を再確認した上で殺害を目論むほどに」
先程ジョルノから語られた話を、メリーは確認の意味も込めて噛み砕く。改めて、人間性の欠片もない話だ。ここまで来れば異常を通り越して臆病とまで言えた。更に言えば、肉の芽で支配したポルナレフを使ってジョースター狩りまで行っていた経緯も判明している。筋金入りだ。
慎重の上に慎重を重ねるような。叩いて通った石橋を余さず破壊して痕跡を消すぐらいの徹底さと用意周到さを兼ね揃えた男だ。慎重なのか大胆なのか、もはや分からない。
全てはジョースターから始まった。
ならば全てを完結させるのも、ジョースターで然るべき。DIOの異様な執念が、それを物語っている。
「ジョースター根絶を狙うDIO。奴を滅ぼすには、同じくジョースターである貴方……『ジョジョ』しかいないと、私は思ってます」
ジョルノの表情にほんの一瞬、陰が曇った。自分に奴が倒せるだろうか、という不安か。まさか今更、父への情が湧いたわけでもあるまい。
陰りはすぐに掻き消え、ジョルノの顔はいつもの色味を取り戻した。淡々とした、けれども堂々たる自信を内に構えた顔だ。本人には口が裂けても言えないが、こういう所はDIOとよく似ている。
「つまり、僕らが今後取るべき行動は……」
「……ジョースター、達との接触?」
メリーがあらぬ思考を浮かべる間、ジョルノと鈴仙が同時に解答を出した。対DIO作戦を重点とするなら、誰であれここに辿り着く最もベターな対抗手段だろう。
「ぴんぽーん」
出題者としては嬉しい限りの、満足いく解答が無事得られた。何故だかほくそ笑むようなメリーを見て、ジョルノも鈴仙もふうと息を吐いた。またしても八雲紫の悪い癖が垣間見えた、と。
あるいはそれも、メリー本来の顔なのかもしれない。その判断は付かないが、そうだとすれば喜ばしい限りなのだろう。
810
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:39:42 ID:WSuwR3hw0
「接触というか、出来れば友好条約を結びたいわね。……ジョースターの皆が皆、マトモな人望を持っている前提の話だけども」
「僕の首のアザ……『シグナル』には、会場内に4つか5つ程度の反応を感じてます。正確な位置は……例によって、ですが」
「相変わらずあやふやだなあ。4つか5つって」
波長を拾う業前に関してはプロをも自称する鈴仙ならではの無意識なる皮肉。彼女の余計な一言を無視し、ジョルノはアザに気を集中させた。ジョースターと接触するという明確な目的を持った上で気配を探れば、もう少し上等な結果が出ないものかと試したが、無駄なものは無駄である。
それに面倒なことに、DIOやウェスといった厄介者の反応まで拾ってしまうのがこのシグナルの欠点だ。DIOは別にしても、あの天候を操る男の正体もジョースターというのであれば、この方針にはそもそもの穴がある事になる。味方どころか敵を増やしかねない。
「まあ、近くにジョースターの気配があるかどうかが判るだけでも十分よ。先んじるにしても様子見にしても、心構えが出来るという余裕はこちら側のアドだしね」
「特に『ジョナサン・ジョースター』は率先して捜し出したい所ですね。かつてDIOを倒したジョースター……個人的にも思う所がありますし」
「ジョナサン・ジョースター、か……」
ふと、メリーの脳裏に一人の老紳士が現れる。
ウィル・A・ツェペリ。この会場に連れられて、初めて出会った参加者だった。共に過ごした時間こそ短かったものの、ツェペリはメリーの恩人だ。孤独の恐怖にオロオロするばかりだったメリーを導き、多大な影響を与えた人生の師と言っていい。
彼はかつてジョナサン、スピードワゴンと共に、石仮面によって吸血鬼となったDIOを討つ旅の中途だと語っていた。館でのDIOの話しぶりから、その旅の目的は果たされた……とは言えないだろう。
ジョナサンはDIOを海底に百年間、封印した。代償として、自身の命と肉体を奪われた。これまでの話を整理すると、こうだ。
(あのツェペリさんが全幅の信頼を置いていたというジョナサン……個人的にも会っておきたい人物の一人ね)
DIOを倒すという目的にあたり、真っ先に協力を願いたい人材であることに間違いない。ただでさえ『ジョニィ・ジョースター』なる明らかなジョースター族が一人、放送で呼ばれているのだ。時すでに遅し、という事態は避けなければ。
会場内の参加者には、あと何人のジョースターが居るのだろう。それを考えた時、メリーは唐突に気になってジョルノへと訊ねた。
「───ねえ、ジョジョ」
「はい?」
「貴方はどうして〝ジョジョ〟なんだっけ」
「……質問の意図がイマイチ伝わりませんが、あだ名の由来を訊いているのでしょうか?」
「そうそう。まあ、大体分かるから別に答えなくても良いのだけれど」
「はあ」
じゃあ何故訊いたんだ、と言わんばかりのジョルノの不審顔を尻目に、メリーは再びあの老紳士との会話を回顧する。
ツェペリはジョナサン・ジョースターを〝ジョジョ〟と呼称していたのを覚えている。だからジョルノからも同じあだ名で呼んで欲しいと言われた時には、内心不思議な共鳴を感じたものだが。
しかしその〝不思議な共鳴〟は、配られた参加者名簿に目を凝らせば多数存在していた。
811
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:40:33 ID:WSuwR3hw0
〝ジョ〟ナサン・〝ジョ〟ースター。
(因縁の出発点。あらゆる点でも最重要人物ね)
〝ジョ〟セフ・〝ジョ〟ースター。
(聞けば、リサリサという女性が捜す家族の名。そのリサリサさんの本名も〝エリザベス・ジョースター〟か……)
空〝条承〟太郎。
(彼は紅魔館でDIOに一度敗北している。容態が無事であれば、今頃は霊夢さんと一緒のはず)
東方〝仗助〟。
(……これをジョジョと訳すにはかなり強引かしら? 彼だけまるで情報無し。一旦保留)
〝ジョ〟ルノ・〝ジョ〟バァーナ。
(歳下には見えないぐらい、すごく気高く、頼り甲斐のある男の子。髪型のセンスだけは合わないかな)
空〝条徐〟倫。
(承太郎さんを〝父さん〟と呼んでいた、魔理沙と共にいた女性。意思の固そうな瞳をした、姉御肌という感じかしら)
〝ジョ〟ニィ・〝ジョ〟ースター。
(知る限りでは、ジョースター唯一の死亡者。そしてジャイロさんの相棒、でもある)
名簿と照らし合わせて、ざっと七名程の〝ジョジョ候補〟を算出できた。一部微妙なのもいるが、ここまで一致すれば偶然とも思えない。
メリーと八雲紫、双方の持つ記憶。そしてジョルノらの情報を合算すると、大まかではあるがこれがジョースターの候補である。中にはウェスやエリザベスといった、判断の難しい存在もいるが。
それにしても……この〝七〟という数字にも、運命的な奇縁があるものだ。
満天の星空であの人が語ってくれた『夢』の内容は、まるでこの事を予知していたかのように───。
〝赤〟とは、最も目立ち、血や炎の様に漲る生命力を放つ色。
血は生命なり。強きエネルギーを秘めた始まりの赤/紅は『生命』の象徴。
〝橙〟とは、パワフルで陽気な喜びの色。
赤の強きエネルギーと黄の明るさを兼ね揃えた、悪戯好きな『幸福』の象徴。
〝青〟とは、クールさと知性を内包させた、しじまの色。
内に秘めた力を静かに、冷静に奏でる調停者は『平和』の象徴。
〝黄〟とは、一際明るく軽やかな、ポジティブを表す色。
周囲に爽快を与え日常的な安心へ導く、この世で最も優しい『愛情』の象徴。
〝紫〟とは、神秘性と精神性を兼ねた、人を惹きつける色。
古くより二元性を意味する高貴な色は、何者よりも気高き『高尚』の象徴。
〝藍〟とは、アイデアと直観力を産み出す気丈の色。
七色では最も暗くあるが、見た目のか弱さの中に活動的な力を秘める『意志』の象徴。
〝緑〟とは、バランスと調和を融合させる成長の色。
幾億の歴史から進化してきた生命・植物は、父なる大地と共存する『自然』の象徴。
『生命』滾りし赤
『幸福』巡らし橙
『平和』奏でし青
『愛情』与えし黄
『高尚』掲げし紫
『意志』仰ぎし藍
『自然』翔けし緑
───それら七光のスペクトルが一点に集うことで、初めて『虹』は産まれる。
───虹は『天気』であり『転機』でもあるの。あるいは『変化』とも。
(紫さんが求めた虹のその先。今、私たちに出来ること。必要な〝何か〟を、集めなくちゃ……)
必要なものは〝巡〟である。
必要なものは〝人〟である。
必要なものは〝絆〟である。
それら全てを総称して、〝変化〟と呼ぶ。
齎しを得るなら、対価は己が脚だ。
早い話、行動しなければ始まらないという戒めである。
幻想郷も、同じだった。
あの人も歴史の変遷を経る度に、そうして動いてきたのだ。
812
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:41:53 ID:WSuwR3hw0
「───差し当って、七人」
メリーが立った。唐突に呟かれた数字は、夢で語られた紫の先見と、情勢を見据えた上での必要最低戦力。
理屈に非ず。第六感が語る〝七〟という数字への強烈な引力。確信があった。
「いえ、ジョジョ……ジョルノを除けば、あと〝六人〟くらいは欲しいところかしら」
「その数字は、僕のようなジョースター家が後六人、何処かに散っているという意味ですか?」
「まあ……全く根拠のない憶測だし、そもそも貴方のシグナルは後4つないし5つなんでしょう? 後手後手になる前に、最悪でもジョースターと〝近しい立場〟にいる者ぐらいは接触したい所ね」
メリーの返答は答えになっているような、いないような、曖昧な解答ではあったが。事実としてジョニィなるジョースター族は既にこの世にいない。シグナルの数も合わない現状を考えると、全てのジョースターを回収して回るというクエストの完全遂行は現時点で無理難題なのだ。
「鍵は貴方たちジョースター。捜しましょう、本当に手遅れとなる前に」
「あてはあるんですか? ジョースターさんの居所に」
荷を整理しながら鈴仙が至極当然の疑問を尋ねる。全く無い、わけでもなかった。ジョースター(候補)の空条承太郎、空条徐倫の二名は幸いなことに霊夢と魔理沙が一緒だ。
上手く事が運べば、ジョースター(候補)の二人に加え、幻想郷が誇る最高の何でも屋さん二人も合わさり、強力な人材が一気に四人増える。優先する価値の高い目標だ……が。
(魔理沙さんはともかく、霊夢さんは異様な異変解決力を持ち合わせた逸材。F・Fさんが上手くやっていれば、紫さんの遺した手紙が渡っているはず)
博麗霊夢の驚異的な勘を頼りにするのであれば、わざわざ我々が霊夢らと合流しなくとも、彼女は彼女で自律的に行動へ乗り出しているのは想像に難くない。
霊夢の性格上、衆を築いて戦力を増強するやり方は〝らしくない〟が、彼女は別に好きで一匹狼を気取っているわけではない。必要が無いから、異変の際はいつも単独で出掛けると言うだけの話である。
そして何故だか、そんな霊夢の周りにはいつも誰か(主に魔理沙)が居る。霊夢はそれを無下にはしなかったし、人妖問わずに誰をも惹き付ける魅力が彼女にはあった。
今回の異変もそうだ。本人が頼んだわけでもなかろうに、自ずと霊夢の周りには惹き付けられた者たちが見られた。ならばもう、八雲紫の殻を被っただけの小娘(わたし)の助言など、必要ない。
「ジョースターの居所にあてはないけど、霊夢さんはあてにはなると思うわ。彼女に任せられる部分は、任せちゃいましょう」
「それって、霊夢の勘頼り? それとも霊夢は霊夢で、私たちは私たちでそれぞれジョースターを確保するって事です?」
「どっちもね」
「ですがメリー。まずは合流なりしなければ、我々の新たな目的がジョースターである事すら彼女は知りようがない。僕は霊夢さんの人柄などは詳しくありませんが、そもそも彼女は重体でもあった筈です。任せられる、という根拠は一体?」
「女の勘よ」
いとも潔く返したメリーの答えに、さしものジョルノもあっけらかん。これを言われたら男としてはこれ以上何も言えやしない。第一メリーも実際、霊夢とは会話したことだってない。心に飼った八雲紫の意識が、そう答えろと言っている気がしてならなかった。
理想は、単純ではあるが霊夢らと二手に分かれての捜索だ。これからの暗中を占うように、メリーは空を仰ぎ見る。飛び翔る者を遮るように張られた木々の傘、それらの隙間から覗くのはすっかり覇気を無くした夕陽の、最後の煌めきだ。
夜の帳が下り、妖怪達がざわめき出す時間が来る。それはDIOといった、外の世界の妖も例外ではない。もはや奴らが屋根に引き篭る必要も掻き消え、ここからは鬱陶しい縛りを払い除けての大暴れも予想される。
813
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:42:48 ID:WSuwR3hw0
ふと、ではないが。
かねてよりずっと気にかけていた事柄もあった。
(阿求たちは……今どこでどうしているんだろう)
この場所で友達となった稗田阿求を始め、メリーを支えてくれた様々な人物を放ったままである現状を苦痛にも感じていた。
優先すべくはジョースター、と偉そうに言ったものの。そもそも自分は霍青娥といったDIOの配下に急襲を受け、紅魔館に攫われたのだ。
阿求。ジャイロ。ポルナレフ。皆、無事なのだろうか。放送では豊聡耳神子の名があった。つまりは〝そういうこと〟になる。
ジョースターの居所にあてはないと言ったが、阿求達とはここより南東の『太陽の畑』で離れ離れとなった。流石に今はもう居ないだろうが、戻ってみる価値はある。戻って、再会して、そして。
(……そして、幽々子にも)
胸中で呟かれたその言葉。
それはメリーのものではなく、紫の声色で再現されていた。
唯一無二の従者の訃報を聞かされ、更にその下手人が唯一無二の親友だと知り、半狂乱となった姿。最後に見た彼女の光景は、そんな醜態染みたものだ。
原因は、紛うことなき自分/紫。魂魄妖夢を撃った時の生々しい痛覚が、今でも腕に染み込んでいる。
(あの子にも、会わなければ。会って、話さなければならない事がある)
会って「すみませんでした」で終わる話ではない。正当防衛が働いたとはいえ、大事な人の、大事な存在を奪ったというのだ。
ただでさえ放送時の幽々子の取り乱しようは尋常ではなかった。その後の彼女の容態を知る由はないが、あのコンディションにケアが無いまま会うなどすれば、最悪の事態も考えられる。
その〝最悪な事態〟が起こってしまった時。
八雲紫/メリーは、どうすべきなのか。
良くも悪くも〝託された者〟でしかないメリーにとって。
そして〝奪われた者〟の幽々子にとって。
これもまた……あまりに残酷で、皮肉な運命であった。
間もなく、夜が降りてくる。
星芒を失った宇宙のように黒々と広がる暗幕に、北斗七星の灯火を添えられるかどうか。
まるで宇宙を一巡するような。そんな目的の旅。
永く、壮大に輪廻する───とある少女の、銀河鉄道の夜。
運命の車輪は、既に道なき宇宙の線路を走っていた。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
814
:
宇宙一巡後の八雲紫
:2021/02/13(土) 19:43:30 ID:WSuwR3hw0
【C-4 魔法の森/夕方】
【ジョルノ・ジョバァーナ@第5部 黄金の風】
[状態]:体力消費(小)、スズラン毒・ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1(ジョジョ東方の物品の可能性あり、本人確認済み、武器でない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を集め、主催者を倒す。
1:ジョースターを捜す。
2:ディアボロをもう一度倒す。
3:ジョナサン・ジョースター。その人が僕のもう一人の父親……?
[備考]
※参戦時期は五部終了後です。能力制限として、『傷の治療の際にいつもよりスタンドエネルギーを大きく消費する』ことに気づきました。
【マエリベリー・ハーン@秘封倶楽部】
[状態]:八雲紫の容姿と能力
[装備]:八雲紫の傘
[道具]:星熊杯、ゾンビ馬(残り5%)、宇佐見蓮子の遺体、マエリベリー・ハーンの遺体、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『真実』へと向かう。
1:自分に隠された力の謎を暴く。
2:ジョースターを捜す。
3:南東へ下り、阿求達と再会したい。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『伊弉諾物質』の後です。
※『境目』が存在するものに対して不安定ながら入り込むことができます。その際、夢の世界で体験したことは全て現実の自分に返ってくるようです。
※八雲紫の持つ記憶・能力を受け継ぎました。弾幕とスキマも使えます。
※『宇宙の境界を越える程度の能力』を自覚しました。
【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:心臓に傷(療養中)、全身にヘビの噛み傷、ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:ぶどうヶ丘高校女子学生服、スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(地図、時計、懐中電灯、名簿無し)、綿人形、多々良小傘の下駄(左)、不明支給品0〜1(現実出典)、鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品(いくらかを魔理沙に譲渡)、式神「波と粒の境界」、鈴仙の服(破損)
[思考・状況]
基本行動方針:ジョルノとメリーを手助けしていく。
1:ジョースターを捜す。
2:友を守るため、ディアボロを殺す。
3:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
815
:
◆qSXL3X4ics
:2021/02/13(土) 19:44:00 ID:WSuwR3hw0
投下を終了します。
816
:
名無しさん
:2021/08/23(月) 13:20:02 ID:oycyC9zI0
応援してます!執筆大変かと思いますが、頑張ってください!
817
:
名無しさん
:2021/09/19(日) 01:38:59 ID:p.UvvZ7w0
最新話まで追いつきました。自分も執筆してみたいなあと思うのですが、なかなか難しいです。
書き手の皆さんは構図や心理描写や戦闘シーンを緻密に計算して執筆していらっしゃるのでしょうか?
818
:
名無しさん
:2022/01/23(日) 00:17:27 ID:UXmBnN6k0
時が止まっているだとッ
819
:
名無しさん
:2022/01/23(日) 00:18:01 ID:UXmBnN6k0
時が止まっているだとッ
820
:
名無しさん
:2022/01/24(月) 16:39:56 ID:xAaNr6e.0
また前みたいに投下くださいよぉボス
821
:
名無しさん
:2022/03/01(火) 18:04:07 ID:A2Q4mu.w0
うむ。
822
:
名無しさん
:2022/12/31(土) 23:59:57 ID:1ts0gaqk0
来年はもっとがんばりましょう!
823
:
名無しさん
:2023/12/31(日) 23:59:23 ID:xEIMmFO.0
今年は書き込みすらありませんでしたね…
来年こそは頑張りましょう!
824
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/10(水) 21:26:33 ID:wusw3pgI0
ディアボロ、吉良吉影、封獣ぬえ、パチュリー・ノーレッジ、比那名居天子、東方仗助、レミリア・スカーレット、岸部露伴、上白沢慧音、火焔猫燐、ファニー・ヴァレンタイン
ロワ初投下ですが、以上十一名で予約します。
数年投下無いのでゲリラ投下でもいいかと思いましたが、ジョースター邸のカオスな状況を何とか形にできそうになってきたので、万が一被ったら悲しい……
825
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/17(水) 19:07:44 ID:6STwyAes0
>>824
の予約を延長します
826
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:09:43 ID:U4GpWkmk0
投下します
827
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:10:13 ID:U4GpWkmk0
【C-3 ジョースター邸 食堂/午後】
「キラークイーン!」
直前の激しい戦闘により、テーブルや椅子は散らかり、床には無数の焦げ跡を残して水浸しになったジョースター邸の食堂。
強敵エシディシに対する勝利の余韻に浸る間も無く訪れた新たなる危機に、吉良吉影は再び自らのスタンドを呼び出した。
「ぬえ!私の背後を警戒しろ!」
「わかってる!」
吉影と封獣ぬえは、胸を貫かれた岡崎夢美の遺体と昏睡するパチュリー・ノーレッジを背後に庇いながら、背中合わせに立って言葉を交わす。
新たな襲撃者が何者なのか、場所も姿も能力もすべてが『正体不明』である現状、二人に出来ることは、互いの死角を補いながら周囲を警戒する他に無い。
ほんの数時間前、吉影とぬえの間には、凡そ信頼関係と呼べるものは皆無だった。
それどころか、ぬえは吉影の命を狙って密かにスタンドDISCで手に入れたメタリカの能力で彼を攻撃していたし、吉影もまた、ぬえが自らをこの集団という『居場所』から排斥し、『平穏』を脅かすものであると薄々感じていた。
しかし、先ほど吉影が持ち掛けた会談により、互いの生存のために『今は』対立するべきではないという最低限の合意が得られ、更にはエシディシの襲撃により否応なしにとはいえ共闘したことで、吉影とぬえが迷わず自らの背中を預け合うという、奇跡のような状況が生まれた。
(エシディシの熱が何処に残っているかもわからない今、『シアーハートアタック』は使えない……下手すれば自爆する……!)
(夢美は何をされたのかもわからないうちに致命傷を受けてた……即死させる力が無い『メタリカ』じゃあ太刀打ちできない……!)
奇しくも互いに隠し持ち、互いの命を脅かし合った能力が二人の脳裏を過ったが、その選択肢を却下する。
隠すことを諦めるとしても、この状況を打破できる能力ではない。
(ぬえは愚かな妖怪ではない)
(吉影はバカじゃない)
((今するべきなのは『協力』……『生存』のための『仲間』としてはコイツは『信頼』できるッ!!))
828
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:11:00 ID:U4GpWkmk0
食堂の隣室、壁の向こうの敵を正面から始末する決意を固めたディアボロは、即座に方針を決める。
「時間を吹き飛ばし、不意討ちで即座に始末するべき相手は当然ジョルノ・ジョバァーナだ……そしてスタンド使いの男と能力不明の女をキング・クリムゾンのパワーとスピードで殺す!
その後、脱出する前に気絶している魔法使いの女に一撃を叩き込むのは容易い……つまり不意討ちと脱出、外の連中が来るまでに時間を吹き飛ばす回数は『二回』……恐らくこの『二回』で今のオレのスタンドパワーは限界だが……問題ない」
殺意の衝動に任せるまま、熱く震える吐息と共に壁抜けののみを構えるディアボロだが、発した言葉とは裏腹に自身の行動を整理できていないことに気付いてはいない。
最初にディアボロが確認した敵は不意討ちで殺害した夢美を含めて『四人』であり、残りの『三人』を始末するべく改めて壁抜けののみを使って食堂内部を確認した際、そこには『ジョルノ・ジョバァーナとゴールドエクスペリエンス・レクイエムがいた』。
ディアボロが認識できたのはそれだけであり、正体不明の種による恐怖に脅かされたディアボロには、ジョルノがどこから現れたのか、他の者はその時何人居たのかといったことを正確に観察する余裕など無かった。
館の外からも敵が向かってきている現状、ディアボロには更に思考を巡らせる時間は残されておらず、逃走の選択肢は自ら排除した。
だが、ディアボロはそれを無謀とは思わない。帝王として、この『恐怖』に打ち勝つ『試練』に背を向けるわけにはいかない。
「─────キング・クリムゾン」
壁抜けののみで壁に穴を開けると同時に、ディアボロは能力を発動した。
短時間で全員を攻撃するため、ディアボロは夢美に対して行ったような投擲ではなく、自ら食堂に飛び込んだ上でのスタンドによる直接攻撃を選択する。
帝王だけが認識することを許される絶対時間の中、キング・クリムゾンの赤い拳がジョルノ・ジョバァーナに迫る!
─────が、次の瞬間、ディアボロが見ていたジョルノの姿はかき消え、そこにはジョルノとは似ても似つかない、黒髪に黒いワンピースの少女、能力不明の女がいた。
「何ィッ!?」
ディアボロは、ジョルノが実際にはそこにいない可能性を考慮していなかったわけではない。
スタンド使いだけでは済まない数多の異能力が跋扈するこのバトルロワイヤルにおいて、最初に殺し損ねた古明地さとりのような、自分にあつらえたとしか思えない幻影を見せる能力、あるいはそれに似たものがいくら存在していてもおかしくはないからだ。
だが、ディアボロ自身は敵に何もされてはいないのにも関わらず、キング・クリムゾンによる絶対時間の中で急激な視界の変化が起こった。
思い出されるのは、兎耳の女。このバトルロワイヤルでディアボロに植え付けられた新たなるトラウマ。
絶対時間の中で唯一ディアボロに干渉することが可能な、『可視光』のみで精神を破壊するキング・クリムゾンの天敵。
それに類する可視光だけで精神に影響を与えられたとしか思えない能力を前に、未だ残る頭痛が跳ね上がる。
ゴールドエクスペリエンス・レクイエムと狂気の瞳、トラウマの波状攻撃にディアボロは襲われた。
封獣ぬえ。正体不明の恐怖を司る大妖怪の『正体を判らなくする程度の能力』は、能力を使う『対象』が自分自身ないしは味方であっても、能力の『作用』は敵の精神の方に発生する。
ディアボロが『恐怖』を『克服』していようと、それは例えるなら暗闇を畏れないという気の持ちようでしかなく、暗闇の向こうが見えるわけでは無い。
実際に暗闇という『正体不明』の向こうに何があるかを見るには、暗闇を照らしてみることで『正体を見抜く』以外に無いのだ。
狂ったロジックを押し付ける理不尽な能力を前に、キング・クリムゾンの絶対的な筈の力を拠り所とした帝王の矜持が揺らぎかけた。
しかし、それでもディアボロは止まらない。止まる気はない。
829
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:11:42 ID:U4GpWkmk0
「何かわからんがくらえッ!」
「ガハッ!?……こなくそッ!!」
結果として、ぬえの心臓を打ち抜くことを狙ったキング・クリムゾンの拳はわずかに逸れ、肋骨を砕き片肺を損傷させたものの、致命傷を与えるには至らなかった。
兎耳の女の能力によるダメージを受けての平衡感覚の不調と酷い頭痛に加え、未来予知能力である『エピタフ』の喪失、使い慣れないトリッシュの身体、直前のぬえの能力による精神的動揺。
正確な攻撃をするにはあまりにもディアボロに不利な要素が多すぎた。
対するぬえは、直前までは自身の妖力の低下を危惧していた。『正体不明』であることこそが存在意義かつ妖力の源であるにも関わらず、同行者のほぼ全員、外の世界の人間である吉影に至るまでその『正体』を知られていることに気付いてしまったからだ。
とは言え、エシディシとディアボロに対して能力を使い、正体不明の恐怖を植え付けることに成功したため、一時的にではあるが妖力の低下は止まり、ぬえは大妖怪に相応しい妖力を込めた渾身の拳をキング・クリムゾンに対して反射的に叩き込むことができた。
ただし、『スタンドにダメージを与えられるのはスタンドだけ』。ぬえが如何に大妖怪であっても、このルールは破れない。
キング・クリムゾンのスタンドビジョンに対する、見かけ通りの少女の力ではない強烈な反撃にディアボロは一瞬怯んだものの、ダメージは無い。
─────が、その『一瞬』こそが、ディアボロには命取りとなった。
「吉影……ゲホッ……!う、後ろ……!」
「後ろかッ!?」
今のぬえには、スタンド使いである吉影という仲間がいる。即死は免れたとはいえ、キング・クリムゾンの一撃を受けて吐血しながら崩れ落ちるぬえだったが、何とか吉影に敵の位置を伝えた。
吉影はぬえの叫びに応じて即座に振り向き、ぬえに対するキング・クリムゾンのトドメの追撃を間一髪のところでキラークイーンの腕でガードする。
キラークイーンとキング・クリムゾン、近距離パワー型スタンド同士のラッシュの応酬が始まった。
「うおおおおおッ!!」
「死ねッッッッッ!!」
やや細身ながらも2メートルほどの体躯を持つキラークイーンと、筋骨隆々のキング・クリムゾンの拳が激しくぶつかり合う!
ディアボロの身体は様々な理由でかなり消耗しているが、吉影もまた、『メタリカ』の攻撃を受けたことによる鉄分不足のダメージが残り、エシディシとの戦闘での火傷と疲労がある。
しかし、吉影は殺人鬼であり、ディアボロはマフィアの帝王である。
精神力こそが重要なスタンド戦において、二人共、スタンドの拳に本気の殺意を込めることには何の抵抗もない。
間に生身の人間がいたとしたら一瞬でミンチ肉になるであろう拳撃の暴風雨は、しばらくの拮抗状態を見せた。
(つ、強いッ!この『赤いスタンド』……!かなりのパワーとスピードだ!本体は『赤髪の女』?一体どこから入って来た!?
いや今はそんなことはどうでもいい!夢美さんを殺した『謎の能力』を使われる前にこいつを始末しなければならないッ!
こいつは私の能力には気付いていないのか?キラークイーンの拳に触れることを避けてはいない!ならばこの『赤いスタンド』を直接爆弾にすればいい!
ラッシュを搔い潜っての『一撃』……!確実に能力を発動できる『一撃』さえ入れば私の勝ちだ……が……!……強すぎるッ……!)
(クソがッ!あの『ジョルノの幻覚』は一体何だったというのだ!?あれのせいで『瞬殺』に失敗した!この男のスタンドも相当手強い!
もう一度時間を吹き飛ばせばコイツは始末できるが……駄目だッ!冷静になれ!それでは『外の敵』に対処できないッ!スデに時間をかけ過ぎている!
ここは『撤退』の為に能力を使わなければならないッ!ただしこの男をこのまま殴り殺してからだがな!……しぶといヤツめ……!)
一瞬たりとも気を抜くことが許されない攻防の中、吉影とディアボロは『切り札』となる自身のスタンド能力を如何に使うかを思案する。
だがしかし、均衡は崩れ始めた。
『発動すれば勝利』のキラークイーンが押され始め、『発動すれば逃げられる』キング・クリムゾンが押し始めた結果、どちらも能力を使う踏ん切りがつかないという奇妙な状態が続く。
次に起こるのは果たして、キング・クリムゾンの能力によりディアボロがその場から『消える』か、キラークイーンの能力により『爆発する』か。
──────そのどちらかが起こるより先に、ジョースター邸の窓がガシャン、と乱暴に開け放たれた。
830
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:12:24 ID:U4GpWkmk0
「吉良あっ!あるいは違うヤツ!かかってこいやあ!」
初めに食堂に突入してきた比那名居天子の声を耳にし、吉影はディアボロとの戦闘に集中したまま、思わず顔をしかめた。よりによってこいつが先頭か。
「地子さんッ!」
続いて突入したのは東方仗助。レミリア・スカーレットから渡されたキング・クリムゾン対策のウォークマンのイヤホンを耳に付けている。
ちなみに曲目は『有頂天変 〜 Wonderful Heaven』。
初めに渡された時には『亡き王女の為のセプテット』にセットされており、再生ボタンを押すと、穏やかで重厚感のある曲の出だしが聞こえてきた。
……いやこれ難しくねえか!?と仗助は思った。初めて聞く『知らない曲』の『曲が飛んだ瞬間』に正確に反応しろというのは厳しい。『知っている曲』はどうも無さそうだし、『同じ曲を何度か聞く』なんてことをする時間も無い。
『リズム』やらなにやらの『不自然さ』に気付くには、せめてもっとこうアップテンポで、曲調がコロコロ変わったり、いろんな楽器を使ったりする、ハイテンションでやかましい感じの曲が望ましい。
そう思い、慌ててウォークマンの選曲ボタンを連打する仗助の目に入って来たのが、『有頂天変 〜 Wonderful Heaven 比那名居天子のテーマです』という文字列。
有頂天で変でワンダフルヘブンな天子さん、改め地子さんのテーマ曲。すげえやかましそう。
仗助は無事に期待通りの音楽を聴きながら、地子を先行させ過ぎないように声をかけた。
吉影はチコ、とは何だ?と一瞬思うも、そんなことよりこの状況は非常にまずい。
天子と仗助が『仲間』と認識しているであろう夢美、パチュリー、ぬえの三人は床に倒れている。
この二人では、下手すればそれを吉影の仕業だと誤認しかねない。
吉影はこの交戦中の敵スタンドを一刻も早く爆弾に変えて始末しなければならない。
だが、挌闘戦では押されている。慌てて能力を使おうとすれば、手痛い一撃を貰うだろう。
キラークイーンに匹敵する程のパワーをまともに喰らえば、フィードバックによるダメージで吉影は無事では済まない。
先程外に出たばかりの慧音さんは入って来ていないのか?と吉影は思うものの、窓の方に目を向ける余裕は無い。
上白沢慧音が戦闘力に特別優れた類の妖怪でないことは知っているが、敵スタンドのスタンド使い、本体は恐らくただの生身の女だ。今の吉影に必要なのは、強弱に関わらず確実な『味方』である。
そんな吉影にとって幸か不幸か、仗助とほぼ同時に突入してきたのは、戦闘力的には最強クラスの妖怪、しかしながら吉影とは先ほど初めて顔を合わせたばかりのレミリア・スカーレットだった。
「ディアボロッ!」
レミリアは、突入と同時に、まずは『ディアボロ』の名を叫んでみることにしていた。それがとりあえずの策だ。
敵がディアボロ本人であれば、交戦経験があるレミリアからの突如の呼び声に、何らかのそれとわかる反応をする可能性が高い。
放送で呼ばれたにも関わらず生きているのであれば、その謎に迫れる。
更に、突入した三人のうち誰かがキング・クリムゾンで攻撃されるとすれば、それは『能力を知られている』レミリア自身だろう。
天人の肉体強度を失っている天子、生身の人間かつ負傷者の仗助と違い、ほぼ万全の体調の吸血鬼である今のレミリアに、連発できない時間飛ばし、一撃による『即死』はまず無い。
制限によって吸血鬼であっても脳へのダメージで死に至るらしいが、いくらなんでも一撃で頭部が爆散するほどのパワーはありえない。
しかし念のため、魔力で頭部をガードしておく。意識を刈り取られる可能性も無くなり、盤石だ。
腹をブチ抜かれようが手足が千切れようが、レミリアはその程度で戦闘不能にはならない。
仗助の能力による保険もある。そのためにウォークマンを渡した。
天子は正直突入させるべきではないと思ったものの、止めても聞き入れるわけがないということの他に、天子と仗助が危惧しているらしい『吉良吉影の裏切り』の可能性も否定はできず、吉影が敵ならば、そのスタンド能力にレミリアより詳しいであろう天子は、腕力に関わらず戦力になりうる、かもしれない。
レミリアは『どちらかと言えば』吉影の裏切りの可能性は低いと考えていたが、パチェが割と吉影を信用してるように見えた、くらいの根拠しか無い。
天子や仗助が信用に足らない連中とまでは思わない。あり得る話だ、と心の準備はしておく。
レミリアは、ここまでの思考を冷静に組み立ててから突入した。
やっと再会できたばかりの親友がいる場所から、突如聞こえた戦闘音。
感情の赴くままに突撃するより、冷静になるべき。当たり前のことだ。
─────急速に回転していたレミリアの思考にノイズが混ざり始めたのは、いつからだったか。
831
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:12:48 ID:U4GpWkmk0
─────十数秒前。
『あいつがお前の力で治せるとか言っていたからね。
なら、この場で致命傷を受けてはならないのは貴方よ。』
仗助は致命傷を受けてはならない。当たり前のことを言った。
仗助が致命傷を受けるかもしれない。そのことを思った。
……私は『また』虹村億泰に託された心を裏切るのか。
それを思った途端、『言わなくてはならないことがある』この言葉がレミリアの思考に無視できない大きさで割り込んできた。
否。『今』ではない。緊急時に無理に言わなくてもいい。
レミリアの理性はそう主張するが……耐えられなかった。
今、初めて、一つでも、億泰の願いを果たせるという自らの想いに。
キング・クリムゾンへの対策の説明を駆け足で行ったあと、急いでウォークマンを操作する仗助に、レミリアはそれまでとは別の話題を振った。
『それと、億泰って名前に覚えはある?』
『!』
『彼からの伝言よ。『すまねえ』って。』
『……億泰のヤロー……』
然程、無駄な時間をかけてはいない。
だが、今からぶっつけ本番で初見のスタンド能力に対応しなければならない仗助、プレッシャーを跳ねのけなければならない仲間の精神を波立たせるようなことを言うべきだったろうか。
……正しいとか、正しくないとか、そういうことじゃあないんだ、これは。レミリアはそれだけ考え、思考を打ち切った。
そして、別のことを考える。窓の向こうにいるのがもし『ディアボロ』なら……ここで仕留める。
億泰の魂の安らぎのため、ブチャラティの悲願のため。……『元』天人、仗助。あなた達、まさか足手まといのつもりじゃあ無いわよね?
無論、親友の危機を救うため、仲間の命を守るためにレミリアは今から戦う。
そして、敵がディアボロなら、何よりも優先するべきなのはここで仕留めること。
『不意討ちも回避もし放題』レミリア自身が言った言葉だ。
あの能力が仲間に向けられているのなら、『今この場を安全に凌ぐ』ことは何の解決にもならない。『逃がさず仕留める』ことが何より重要だ。間違いない。
レミリアの水鏡が如き冷静さは、どす黒い殺意によって静かに波立っていた。
─────数秒後。
832
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:13:24 ID:U4GpWkmk0
レミリアは食堂の光景を目にしながら、考える。
『赤いスタンド』はキング・クリムゾンで間違いない。しかしスタンド使いは別人の『女』だ。保留。
『女』の『ディアボロ』という言葉への反応を待つ刹那、倒れている仲間たちを見やる。
夢美。動かない。赤い。服ではなく、別の『赤』。吸血鬼にはハッキリと見分けられる。……致死量。近くに血が付着した棒状の物。胸への貫通。ブチャラティがやられたのと同じ。
ぬえ。うずくまって動いてはいる。吐血、胸を押さえている。怪我は他に見当たらない……アイツはそれなりに強力な妖怪だったはず。それを『一撃』で?……古明地さとりがやられていたのと同じ。
パチェ。なぜ最後に意識が向いた?『赤』が見当たらないから。だが動かない。パチェが、動かない。……落ち着け!息はある!『運命』は途切れていないッ!
「……チィッ!」
舌打ちと共に最初に走り出したのは、天子。
突入してすぐに見えたジョースター邸食堂の光景は、倒れている三人の仲間。それらを庇う様にして戦っているのは吉良吉影が操るキラークイーン、その相手は謎の赤いスタンド。
吉影以外の敵がいる可能性を事前に聞いていた以上、吉影をぶちのめすのは一先ずお預け。無論、文句は山ほどある。なんで仲間がみんなやられてお前だけが立ってるんだ。
しかし、それを理由に吉影に襲い掛かるほど天子も馬鹿ではない。
そして、その天子の後ろで、レミリアは、この時、『見ていた』。
先に突入し、剣を振り上げて『女』に向かって走り出した天子。
『女』の目はそちらではなく、『ディアボロ』という言葉を発したレミリアの方を見て目を驚愕に見開いていたのを。
隣でスタンドを出している仗助でもなく、間違いなくレミリアを見ている。
そして、キング・クリムゾンで『ディアボロ』に攻撃されたブチャラティやさとりと同じ状態の仲間二人。
─────十分だ。お前は、『ディアボロ』だ!
「なッ……!?」
ディアボロ自身は、レミリアの姿を見るのはこれが初めてだ。
レミリアの姿を直接見たのはドッピオのみ。それも普段とは違い、ディアボロの人格は『気絶』していたため、ドッピオの視界を通してレミリアを見ることも無かった。
だが、ディアボロは目を覚ましてからドッピオと分離するまでの僅かな間に、記憶から最低限の情報は得ていた。
兎耳の女の能力によるダメージが深い頃だったせいで、最重要と思われる第一回放送の情報をその時点では得られなかったが、その次に重要な、兎耳の女以降に出くわした危険な敵に関する記憶。
サンタナとかいう原始人じみた服装の巨体の化け物、そのサンタナと戦っていた『レミリア・スカーレット』。
見た目は蝙蝠のような羽を持つだけの小柄なメス餓鬼、だがその力はサンタナにも引けを取らない正真正銘の『化け物』であると。
何故か名乗り合っていたため、名簿とも照らし合わせることができ、サンタナ共々その生存は知っていた。
そして今レミリアが呼んだディアボロの名は、レミリアと共闘していたあの裏切り者のブチャラティから伝えられた情報だろう。
ブチャラティは既に放送で呼ばれたが……何にせよこのガキが例の化け物、レミリアで間違いない。
レミリアの存在を中途半端に知っていたため、急に名を呼ばれたのも相まって、ディアボロは露骨に驚愕してしまった。
スタンドビジョンも含めたこの状況を自らを知るものに見られ、『放送で呼ばれている』『容姿が変わっている』といった情報アドバンテージを失った危険性、否、それを失わせるためにレミリアが自らの名を呼んだことに気付き、ディアボロは歯噛みする。
(よりによってコイツかッ!最優先で始末……いや、既に周りの連中にもキング・クリムゾンの能力は知られていると考えるべきだろう……化け物の分際でッ……!)
このような思考の迷走、意識の空白が、ディアボロから、キング・クリムゾンを『即座に』『撤退のために』発動するという選択肢を奪った。
エピタフの未来予知さえあればそうはならなかったが、今のディアボロには無い。
833
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:14:08 ID:U4GpWkmk0
しかし、相手がディアボロであるとほぼ確信したレミリアの方も、ディアボロがその驚愕の『声』まで出した事には若干困惑した。
(……『未来予知』はどうした?)
レミリアは、今のディアボロからエピタフの能力が失われていることを当然知らない。
地霊殿の戦いでは、地霊殿全体を紅霧で包んでまで妨害したあの能力だ。
レミリアが観察しようとしたのは、例えばレミリアがディアボロの名を口にする『前に』、それ自体の時間を飛ばした上でレミリアを攻撃するといったような、乱入者にレミリアがいることを『事前に知っている』ディアボロの反応である。
レミリアがまさかそこにいるとは思っていなかったとでも言いたげな『普通の反応』は少々予想外だ。
とは言え、大した問題ではない。
ディアボロを倒すには『未来予知していても逃げられない』攻撃が大前提であり、それが『未来予知していないから逃げられる』なんてことは有り得ないのだから。
時間飛ばしは連発できない、突入前にも最低一度は使っているという事実から、能力の再発動が遅くなること自体は予想していた。
発動までの時間が長いならその時間分、『未来予知していても逃げられない』攻撃の組み立ては既に考えてある。
広すぎず狭すぎないジョースター邸の食堂に、戦力はレミリア、天子、仗助、吉影の四人。
ディアボロを仕留めうる『瞬間』は、今をおいてそうそう来るものではないだろう。
─────その瞬間、レミリアの足元が、爆ぜた。
『デーモンキングクレイドル』
宣言こそしなかったが、レミリアが帝王に対して選択したのは、何の因果か『魔王』の名を冠した自らのスペルカード。
レミリアの最速最強の突撃技である『ドラキュラクレイドル』と比較して、遅い突撃。
『ドラキュラクレイドル』は外したが最後、レミリアの体はあらぬ方向へとすっ飛んで行き、悠々と弾幕を用意した対戦相手の反撃を甘んじて受けることになる。
『デーモンキングクレイドル』は、外したなら外したで、反転攻勢をかける余裕がある。
幻想郷での弾幕戦における違いはこんなものだ。
キング・クリムゾン相手に『速さ』は意味が無い。攻撃を察知された時点で銃撃だろうと当たらないのは地霊殿の戦いで見た。
この攻撃の目的は、時間飛ばしの使用を強制すること。それ以外で回避できない速さがあれば、それ以上は必要ない。
必要なのは、突撃しながらも自在に動ける力の調整。
レミリアは突撃の始動と同時に、天子と吉影に向かって弾幕を飛ばした。
先ほど露伴に向けて撃ったのと同じ、殺傷能力を極限まで抑えた、『押し出す』のが目的の弾幕。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
後ろから撃たれた天子は、もんどりうってレミリアから見て左の壁へと飛ばされる。
吉影はその逆の壁に背を向けた形で飛ばされた。
加えて、羽で風圧を起こし、吉影の足元に倒れていた三人の仲間を、壁へと飛ばされる吉影を追わせるように飛ばす。
可能な限り優しくしたとはいえ、負傷者を吹き飛ばすというのはあまりに無茶苦茶な行為であるとレミリアも自覚している。
だが、レミリアが見ていたのは短時間とは言え、キング・クリムゾンの拳をある程度見切っていた吉影なら対応できるはずだ。
吉影は、自分に向かって飛んでくるぬえ、夢美の二人をキラークイーンで、パチュリーを自身の体で何とか受け止めた。
そして、レミリア自身はディアボロに向かって猛然と迫る!
834
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:15:12 ID:U4GpWkmk0
仗助は、めぐるましく変わる目の前の状況を必死に見ていた。
近距離パワー型スタンドの中でも精密動作性に一歩抜きんでたクレイジー・ダイヤモンドを持つ仗助は、何が起こっているのかを正確に見ることができる。
(レ、レミリアさんがプッツンして俺以外全員ブッ飛ばしてディアボロとかいうヤツに突っ込んだ!?)
目の前で行われたレミリアの凶行は、そうとしか見えないものだったが、仗助は突入直前のレミリアの冷静な姿を思い出し、それを否定する。
(いや違えッ!ブッ飛ばした目的は『移動』……目的は『包囲』!これで両側の壁には地子さんと吉良のヤローがいる!
そして窓がある壁には俺、レミリアさんが『時間飛ばし』で躱されたら俺とは反対側の壁に到達する!ディアボロは四方を囲まれることになるッ!)
プレッシャーに負けない少年、東方仗助はレミリアの意図を正確に読み取った。
そして圧縮された時間の中、仗助は考える。
ネズミ狩りの時と同様、重要なのは敵の次の行動を誘導し、読み切ること。
誘導する役目は既にレミリアがやっている。仗助に要求されるのは、それを読み切った上での『対応』だ。
(レミリアさんの攻撃を躱すために時間飛ばしを使ったディアボロの次の行動は『攻撃』か『逃走』……
スタンドパワー自体は吉良のスタンドに苦戦する程度、連発できない時間飛ばしで四対一は多勢に無勢……つまりは『逃走』!
そのためには『四人の中の誰かの近くに行く』ッ!
部屋の真ん中に居たままじゃあフツーに袋叩きだからな。さて誰の近くに行くか……
『俺』は無い。コッチには入って来た窓がある。他の敵がいるかもしれないと考えるだろ。実際いるしな。
『レミリアさん』も無い。ディアボロがレミリアさんの強さを知ってるなら、間違っても『安全』だなんて思わないハズだ。
『吉良』は……無くはないか?時間飛ばしで好きに不意討ちできるなら、キラークイーンに苦戦してようが吉良の本体を倒せばそのまま逃げられると考えるかもな……だが、奴にとってより『安全』なのは!
『地子さん』しかねえッ!地子さんの武器は『剣』!スタンドには効かない!しかもレミリアさんにブッ飛ばされてすっ転んでいるッ!)
仗助はディアボロの次の行動を予測し、イヤホンから流れる音楽に集中する。
目端に、レミリアに飛ばされて転がる天子の目が見えた。
レミリアに対してプッツンしているわけではない。いやそれもあるが、その目にあるのは消えない闘争心。
そこに動揺は無く、戦う者の鋭い光がある。
(へッ……地子さんが攻撃されたなら俺が即座に治す!……だがもしディアボロ、テメェが『この女は転んでいるから無視して近くから少しでも早く逃げる』なんて甘いこと考えてるなら……テメェの負けだッ!)
835
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:16:24 ID:U4GpWkmk0
「キング・クリムゾン!」
ディアボロは、何もかもを吹き飛ばして突撃するレミリアを前に、一にも二にも無く能力を発動した。
次の瞬間、何にも干渉されない絶対時間の中で、レミリアの体がディアボロの体をすり抜けた。
弾丸をすり抜けて回避したこともあるディアボロだが、体当たりなどという原始的な攻撃を相手に同じ経験をするとは思っていなかった。
小柄な少女とはいえ、人体が丸ごと自分をすり抜ける感覚……何か『感覚』があるわけでも無いが、ディアボロは少し戦慄した。
「化け物め……まあ良い、今回はこれで『時間切れ』だな。」
キング・クリムゾンには、その能力が発動できる限りにおいて『時間切れ』は存在しない。
だが、今は主催者による制限のせいで連続発動には限界がある上、体力的にもこれ以上の戦闘は厳しい。
ディアボロは壁抜けののみを取り出し、あたりを見回した。
キング・クリムゾンの発動中は、ディアボロは何者にも干渉されないが、逆に干渉することもできない。
能力解除後、壁に穴を開けて脱出する一瞬は『認識』されざるを得ないため、敵から遠い場所から逃げるに越したことはない。
一度死角に入れば、後は壁抜けののみさえあればどうとでもなる。
最初に入ってきた食堂の隣室の方の壁を見て、気付く。
変な体勢……明らかに転倒している剣を持った青髪の女が、ディアボロと壁の間に滑り込んできていることに。
「なんだこいつは。化け物に飛ばされたか?一応離れるか……」
そう言って振り向くと、反対側の壁には先ほどまで戦っていたスタンド使いの男がこちらを向いて立っていた。
いつの間にか、倒れていた赤い魔女、紫の魔女、黒髪の女をスタンドと男とで抱えている。
「!? いつの間にあんなに離れた……?いや、これは……!」
横を見ると、先ほど自分を通り抜けたレミリアが見える。
その反対側には、黒い服にリーゼントのスタンド使い。
「包囲だと……?フン、バカバカしい。」
仲間を撒き散らして強引に一瞬で完成させた包囲陣。
そんなものでキング・クリムゾンを攻略できればあの裏切り者の護衛チーム共も苦労しないだろう。
ディアボロは自らの多々の弱体化も忘れ、鼻で嗤った。
そして然程迷うこともなく、青髪の女のすぐ近く、隣室と食堂を隔てる壁の真ん中付近で壁抜けののみを構えた。
レミリアにも、リーゼントのスタンド使いにも近づきたくはないために、真ん中だ。
レミリアは当然として、リーゼントのスタンド使いは負傷しているようだが能力は不明。外から新手が来ないとも限らない。
反対側の白いスタンドを使う男がいる方も面倒だ。少なくとも脱出より先に本体を一発攻撃する必要がある上、人数が多い。
赤い魔女は仕留めたが、まだ死んでいない黒髪の女はキング・クリムゾンに対して猛烈な反撃を放ってきた。紫の魔女も意識が戻らないとは限らない。
壁を抜けるのにかかる時間は精々一秒。転倒している青髪の女がすぐ近くにいたところで、体勢を立て直して剣を振るう時間など無い。それも時間の認識が飛んだ直後に。
万一何かの間違いで切っ先がこちらに向かってきても、たかが剣。スタンドで受け止めればいい。
─────もし今のディアボロに『エピタフ』があれば、ここまでレミリアと仗助、そして天子の術中に嵌ることは無かっただろう。
そうだったとして、逃げ切ることができたかどうか。それは誰にもわからない。
836
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:17:15 ID:U4GpWkmk0
ディアボロは、『剣士』を知らない。
『スタンド使いの剣士』であれば知っている。
ジャン・ピエール・ポルナレフ。その神速の剣は炎をも切り裂き、スタンドの剣という特性を活かして障害物の向こうの目標だけを斬るような芸当すら可能とする超一流のスタンド使い。
しかし、キング・クリムゾンの敵ではなかった。
マフィアがスタンド以外で扱う刃物は、精々がナイフ程度。
天子が持つLUCK&PLUCKの剣のような大剣は、映画のスクリーンの向こうにしか存在しない。
そもそもディアボロの時代には、マフィアに限らずとも、そんなものを大真面目に振るう古典的な『剣士』などまずいないだろう。
そしてそのような古典的な剣士は、剣を手放していない限り、戦闘態勢を解いてはいない。
転倒し、自身の体が制御不能となれば、剣士は必ず剣を手放す。刃物の危険性を知るが故に。
剣を持ったまま訳も分からず転がれば大変なことになると知っているからだ。無論、スタンド使いの剣士には無縁の話。
剣を持ち続けているということは、剣を制御し続けている、即ち戦えるということ。
ディアボロは剣士を知らないが故に、天子が剣を手放していないということの意味に気付けなかった。
比那名居天子は紛れもなく『剣士』である。
天人の体だった頃、その体は刃物など通らない強度を持っていたが、彼女の愛剣は刃物などではなく『気質』でもって全てを切り裂く『緋想の剣』。
それを素人が玩具を振り回すかのように振るうことは決して無く、美しさを競う弾幕戦のルールにおいて華麗に舞い、幻想郷に大波乱を引き起こした本物の『天人剣士』だった。
そして今は、人間の体でLUCK&PLUCKの剣を振るう、『人間剣士』比那名居地子。
天人の体は失えど、その剣術は失われていない。
837
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:18:47 ID:U4GpWkmk0
─────受け身を取ろうとしたら、取り終わるところだった。
天子が突然感じた奇妙な感覚は、これだった。
『時間飛ばし』の事は聞いていたが、即座に結び付けるには理解も経験も足りない怪奇現象。
後ろから、多分レミリアによって唐突にブッ飛ばされた瞬間、天子の身に宿る剣術は、LUCK&PLUCKの剣の重量、落ちた握力を考慮した上で、剣を把持したまま受け身を取ることができると判断した。
それを実行した記憶も無く終わっていた。
困惑は主にレミリアへの怒りが吹き飛ばした。あの吸血鬼、やっぱりブン殴らないと気が済まない。それも一発じゃあ足りない。
しかしそんな意思とは無関係に、天子の体はほとんど自動的に周囲を索敵する。
剣を持ったまま受け身を取ったなら、次は敵に対する警戒。剣士の基本的な行動原理である。
弾幕戦であれば、弾幕が目の前に迫ってきていたり真上から墓石が降って来たりするものだが、天子の目に映ったのは、先ほど自分で襲い掛かろうとした敵だった。
何故かあまりにも近くにいる赤髪の女と赤いスタンド。
赤髪の女は、何やら壁に向かって棒を向けている。赤いスタンドは、その背後で、目の前の敵である自分よりも何か別なものを警戒しているように見える。
─────などということを観察する時間があったかどうか、天子は即座に赤髪の女に剣を振り下ろした。
時間が途切れ、認識が途切れても、天子の闘争心は途切れなかった。目の前に敵がいるのなら、次の行動は攻撃。そこに迷いは無い。
「っらあ!!」
ガッ!
「ぐうッ……!?」
天子の剣はキング・クリムゾンの右腕に止められた。
が、天子の剣は、キング・クリムゾンの能力解除から攻撃まで、僅か0.5秒で振り下ろされていた。
予想外の速さにディアボロの反応は遅れ、スタンドの腕で剣を止めた時には、既に壁抜けののみを持つ本体の右手首に剣が深く切り込まれていた。
切断こそされなかったものの、ディアボロはその少女の容姿に似合わない呻き声を上げ、壁抜けののみを取り落とす。
(速いッ!?まさかコイツもレミリアと似たような化け物の類なのか!?)
少し前の天子相手には正しかったディアボロの推測だが、今は的外れ。
ディアボロにとって未知の力である点は同じでも、それは妖怪の力でも天人の力でもなく、人間の剣術。
しかし、見事な剣術を披露した天子は、ここで次の手を考えるのに一瞬の逡巡を必要とした。
838
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:19:59 ID:U4GpWkmk0
(『スタンド』に止められたッ!次は……)
天子とて、スタンド使い相手に人間の体と剣一本で何の策も無く突っ込んだわけではない。
狙うのはあくまで本体、スタンドには近寄らない。スタンドを躱せないのなら近接戦で無理せず弾幕攻撃に切り替える。
この程度の方針は立てていた。
しかし、時間跳躍により、いきなり本体もスタンドも目の前にいるという状況に放り込まれた。
本能的に攻撃はしたが、スタンド相手の近接戦の形になってしまうというのは想定外であり、論外。勝負にならないとわかり切っている。
逡巡の間に思い出したのは、先ほどのレミリアとの攻防。
レミリアはスタンドではないが、今の天子にとっては腕力差がありすぎて似たようなものだ。
片手で剣を受け止め、もう片方の手で天子を煽っていたレミリアがもし敵スタンドだったとしたら、煽っている方の手は天子への攻撃に使われることだろう。
同じ状況になったなら、剣を捨てて弾幕を放ったあの動きを即座に繰り出せばいい。
だが、一瞬でも迷ってからでは、即座ではない。
ディアボロは、剣士は知らずとも、拳士ではある。挌闘能力があるスタンドの使い手は皆そうだ。
スタンドは出すも消すも自由であるため、組み技、投げ技の類に意味は無い。
スタンド能力抜きでのスタンド同士の挌闘戦は、その殆どがパワーとスピードばかりがものを言う、拳打のぶつかり合いとなる。
ディアボロのキング・クリムゾンは、右腕で天子の剣をガードするのとほぼ同時に、ボクシングでいうワンツーの動き、拳士として当然の動きで天子に向けて左拳を放っていた。
(あ、ヤバ……くもないか)
死を告げる拳が飛来するのを前に、天子の心は実に暢気だった。
退避と追撃の対応は間に合わなかったが、剣を放した手を前方に掲げるくらいのことはできた。
今の天子の両腕が聖人の遺体によるものであれど、スタンドの拳を生身の『手』でガードすることはできないが、砕かれた手は急所への直撃を避けるクッションにはなる。
天子には、重傷を負おうと、即死さえしなければ問題ない理由がある。
(痛い思いをする羽目にはなるわね……今の私だともしかしたら……いーやジョジョがいるから絶対大丈夫!だけど私ったら簡単に怪我してこれじゃあ足手まと……いやいやいや!
悪いのあの吸血鬼だから!いきなり私無視して敵に突っ込んで何してくれんのよアイツ!……あれ?吸血鬼が敵に突っ込んだのに敵が私の目の前にいたってどういうこと??)
天子は漸く不可解な状況に疑問を持ち始めたが、既に自分が時間飛ばしに対して超人的な対応力を見せた後だということには未だに気付いていない。
それよりもスタンドの拳を人間の体で受ける危険性を心配する天子だったが、そんな心配は必要無かった。
「ドラァ!」
「がはぁ……ッ……!!?」
天子にキング・クリムゾンの拳が届くより先に、キング・クリムゾンの脇腹にクレイジー・ダイヤモンドの拳が突き刺さっていたのだから。
839
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:22:07 ID:U4GpWkmk0
仗助は、その『瞬間』をはっきりと認識することができた。
イヤホンから急に特徴的なトランペットの音が『途中から』聞こえてきたからだ。
サビらしいこのパートの入りを聴きたかったな、という思いを頭の片隅に、瞬間移動というには目の前の景色が変わりすぎている中から、予想通りに天子のすぐ近くにいるディアボロを見つけ、距離を測る。
そして仗助は、クレイジー・ダイヤモンドの足で床を蹴り、一足飛びで天子のもとへと跳んだ。
天子を治すもよし、キング・クリムゾンを殴るもよしの位置を狙って跳んだ仗助は、その移動中の空中で、いつの間にか立っていた天子が剣を振り下ろし、ディアボロの手首から鮮血が散るのを見た。
(やはりそうなったかッ!地子さんを甘く見たな!そのザマじゃあ飛び掛かる俺に気付く余裕なんて無えよなあ?不意討ちってのは少々気が進まねーが……
この『時間飛ばし』の能力は正直マジにクレイジーだぜ……『音楽』で『意識』して『経験』した俺にはわかるッ!
『不意討ちも回避もし放題』!完ッ璧にその通りじゃねーか!こんな奴が『殺し合いに乗っている』!『仲間を奇襲した』!
やるしかねえッ!下手すりゃあのヴァニラ・アイスよりやべえ奴かもしれねえぞこのディアボロって奴はよおーッ!)
仗助は、ディアボロが具体的に何をして食堂の惨状を引き起こしたのかはわからない。
レミリアが知る億泰とディアボロの因縁についても何も聞いていない。
突入前のタイミングでレミリアが億泰の伝言を口にしたのは、それが影響してのことでもあるとわかるはずがない。
だが、そこに強い怒りは無くとも、ディアボロは『危険』過ぎる、本気で倒さなければいけない相手だと判断するのに十分な材料は揃った。
「ドラァ!」
「がはぁ……ッ……!!?」
キング・クリムゾンが天子に反撃の拳を放とうとしていたため、仗助はまずは一発を脇腹にお見舞いした。
完全に仗助の接近に気付かずに壁抜けののみを拾っていたディアボロは、フィードバックのダメージで大きく体勢を崩した。
(何……だ……ッ……!?窓の前にいた……スタンド使い、だと!?いくら何でも速すぎる……ッ!コイツの本体も化け物か……!?)
プレッシャーに負けない仗助の心の強さも、今のディアボロにとっては化け物にしか見えない。
「地子さん!『アレ』いきますよッ!!」
「『アレ』ね!上等ッ!!」
今度は仗助の方から提案した。
仗助と天子。この不良コンビには、目の前のディアボロや、二人で戦ったヴァニラ・アイスのような『能力を発動されるだけで危険』なタイプのスタンド使いを完封する必殺の合体技がある。
「おらおらおらぁ!!!」
「ドラララララァ!!!」
天子がありったけの要石を出現させて放ち、クレイジー・ダイヤモンドの拳がそれらを全て粉砕する。
一瞬のうちに、大量の砂がディアボロに浴びせられた。
(何だ……砂!?いやどうでもいい!一刻も早く脱出せねば……!)
ディアボロは、最早限界が近いスタンドパワーでクレイジー・ダイヤモンドと戦おうとはせず、キング・クリムゾンにはガードの姿勢を取らせていた。
弾丸のように浴びせられる要石の破片の勢いはスタンドのガードで防いだが、余波の砂がディアボロ本体にも浴びせられる。
ディアボロはそれに構わず、今度こそ壁抜けののみで壁に穴を開けようとしたが─────
「─────直す」
仗助の声と共に復元された要石が、壁抜けののみを持ったディアボロの左手を石像のように固めていた。
手が動かない、とディアボロが気付いた時には、既に要石は人型の牢獄へと姿を変えている。
840
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:26:02 ID:U4GpWkmk0
「な……に……ッ……!?」
呼吸すら困難な拘束の中、ディアボロは次の行動─────『行動』はもはや不可能だが─────を判断し、自身の動かない手から、キング・クリムゾンに壁抜けののみをもぎ取らせた。
(まだ、だ……キング・クリムゾン、と……この道具……さえあれば……殺すつもりが……無いのであれば……どんな『拘束』でも……脱出は……可能……)
「ジョジョ!まだまだぁっ!!」
「おうっ!ドォラララララァーーーーーーッ!!!……十分ッ!」
仗助は更なるラッシュをディアボロに叩き込み、ディアボロの肉体ごと要石を破壊しては直し、スタンドも出せない程に融合させてゆく。
全身に一通りクレイジー・ダイヤモンドを叩き込み終わると、仗助は攻撃をやめ、即座に踵を返して駆け出した。。
仗助には、『戦闘』以上にやらなければならないことがある。
「吉良あっ!三人から離れなさいッ!」
弾幕を撃ち終えると同時に天子が駆け寄った反対側の壁際では、吉影が抱えていた夢美、ぬえ、パチュリーの三人は床に降ろされ、吉影自身はキラークイーンと共に一歩前に出ていた。
正確には、吉影もまたキング・クリムゾンの影響により、『降ろそうとしたら降ろし終わっていた』という奇妙な感覚を体験していたが、吉影にはその正体はわからない。
「……さっさと治せ。東方仗助」
完全に敵扱いの天子の物言いに憮然とする吉影だったが、一応天子は剣を手放したままであり、吉影に攻撃しようとするのではなく、吉影と仲間達の間に割り込もうとしている様子だったため、吉影は素直に横に退いた。
次いで駆け寄った仗助が、重傷と思われる者から順にクレイジー・ダイヤモンドで治療を行う。
「赤おん……夢美、さん……!」
多量の血を流しているのが明らかな夢美は既に息を引き取っており、手遅れだった。
しかし今は感傷に浸る暇は無い。
次いで治療したパチュリーは、息はあるが目を覚まさない。
クレイジー・ダイヤモンドで治しても目を覚まさないとなると、頭を打った等の戦闘のダメージで気を失ったのではなく、病気か何かが原因ということになるため、仗助は多少の疑問符を浮かべたが、一先ずはパチュリーが生きていることに安堵する。
最後に、胸を押さえて苦しそうに悶えるぬえを治療した。
「ヒュッ……!?……ッッ!!?」
肺が潰され、呼吸の度に激痛に苛まれていたぬえは、急に抵抗なく通るようになった呼吸に驚き、思わず息を止めた。
「ぬえさん、大丈夫ですよ。俺の能力で治しました」
「!? ……ああ、治す能力、だっけ。ありがと。……夢美は?」
「……夢美さんは間に合いませんでした。あとパチュリーさんが目を覚まさなくて……」
「……そっか。パチュリーはただの魔力切れよ」
「おい東方仗助。我々は今は『仲間』だろう?」
魔力切れ?と仗助がぬえに聞き返そうとしたところで、吉影が口を挟んできた。
仗助は舌打ちしたくなる気持ちを抑えながら、吉影の方に向き直る。
『仲間』なのだから自分の傷も治療しろということなのだろうが、仗助からすればそれは後回しでもいい。
何故吉影だけが立っていて他は全員やられたのか、『爆弾』の音は何だったのか、ディアボロの能力とは符合しない、まるで『炎使い』と戦ったかのような火傷や服の焼け焦げ、食堂の惨状は何なのか。
先に問い詰めることが山ほどある。
同じような負傷をしていたパチュリーは治したが、あちらは意識が無いため命の危機である可能性があった。
戦闘の疲労が色濃いとはいえ、普通に立っている吉影を今すぐ治療する義理は無い。
そう考えて口を開こうとする仗助だったが、吉影は更に言葉を続けた。
「そしてあの『赤いスタンド使い』……奴は我々にとって明確な『敵』だ。夢美さんを殺し、ぬえも私も殺されかけた。それを『拘束』するだと!?馬鹿か、お前は」
吉影はそれだけ言うと、石の塊と化しているディアボロに向かってややふらつきながら歩き始めた。
キラークイーンは出現させたままだ。トドメを刺すつもりなのだろう。
「お、おい」
仗助が吉影に声をかけようとしたその時─────
─────ダァン!と一発の銃声が室内に鳴り響いた。
841
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:29:03 ID:U4GpWkmk0
「へぶっ!!」
レミリアは、キング・クリムゾンの解除と同時に、『デーモンキングクレイドル』の勢いを殺しきれず、顔面から壁に激突していた。
決してミスではなく、壁を破壊してはディアボロの逃げ道を作ることになるため、反転することよりも減速を優先した結果だ。
間抜けな絵面になったとはいえ、吸血鬼の体にダメージは無い。
そして、レミリアは即座に部屋の内側に向き直り、手に魔力を溜めた。
「必殺『ハートブレイ─────』」
レミリアの予想が正しければ、ディアボロと戦闘になるのは天子、仗助の順番になる。
ディアボロに攻撃を受けた天子を仗助が治し、仗助とディアボロのスタンドが戦いになっているところで回り込んで本体を撃つ。
レミリアはそのつもりだったが、何故か仗助と天子が二人がかりで押し込むようにディアボロを攻撃しているため、その隙が無い。
(……撃てないわね)
二人で有利に戦っているのなら悪いことではないのかもしれないが、ディアボロは何よりも『瞬殺』するべきだとレミリアは考える。
「十分ッ!」
そこをどけ、と声を上げようとしたレミリアだったが、一瞬早く仗助の声が上がり、二人がディアボロから離れた。
そこで初めて、レミリアはディアボロの異様な姿を見た。
「……石?これ、どこ撃てば死ぬの?というか生きてるのかしら」
「ウ……グ……!」
「あ、そこが頭ね」
レミリアはそう言うと、収束させた魔力の代わりに支給品の拳銃、元々は億泰に支給され、地霊殿の戦いではブチャラティが使用したマカロフを取り出した。
深い意味は無い。ディアボロを殺すのならこれがいい、とレミリアは何となく思った。
仗助と天子が走った先、仲間の安否も気になるが、先ずはディアボロだ。
慣れない拳銃を当てるために近づき、ディアボロの頭に銃口を向けたところで、レミリアは気付いた。
(『治す能力』で拘束、か……)
ディアボロの体は石に覆われているというよりは、ムラがありながらも石と同化している。
仗助が意図して元に戻さない限り、まともな人間の形に戻ることはまず無いだろう。
─────殺したい。ディアボロは、何が何でも殺したい。
レミリアは、自らに渦巻くどす黒い殺意を意識する。
しかし、冷静な部分では、既に放送で呼ばれたディアボロがここにいる理由を調べるために、完全に戦えない状態で拘束できるならば今は生かすべきだということにも気付いてしまった。
ギリリ、と歯噛みしてディアボロを睨みつけるレミリアだったが、ふと別の事に気付いた。
ディアボロのそばに、忘れもしないキング・クリムゾンのスタンドビジョン、その赤い腕だけが消えかかりながらも残っており、手には棒状の物が握られている。
その先端が床に届くと同時に、シュルリと床に穴が開き始めた。
(!? これは……『地下に逃げて行った謎の能力』か。支給品だったのね)
レミリアは『壁抜けの邪仙』を連想するほどには壁抜けののみの本来の持ち主である霍青娥のことを知らないが、破壊を生まずに穴を開ける現象、スタンドの一部ではないことからその正体をここで初めて知った。
今のディアボロがこれを使ったところでどうなるものとも思えないが、レミリアは行き場をなくして手持ち無沙汰だった銃口を壁抜けののみに向け、引き金を引いた。
842
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:32:53 ID:U4GpWkmk0
「レ、レミリアさん!?」
「……ディアボロのスタンドがまだ消え切ってはいなかったわ」
いきなりの銃声に驚愕した仗助に、レミリアが不満げに答えた。
仗助への不満ではない。
むしろ音楽を利用したキング・クリムゾン対策を見事に成功させ、更には生け捕りにも成功した仗助は凄いヤツだとレミリアは思っているが、無理矢理に抑え込んだ殺意が整った顔を歪ませている。
目線の先には砕け散った壁抜けののみがあり、尚も足掻こうとするキング・クリムゾンが今まさに消えたところだった。
吉影はそれ見たことか、と言いたげな軽蔑の視線を仗助に向けてから、レミリアに向き直って話しかける。
「レミリアさん、そのディアボロとかいう敵を殺したのか?」
「吉良吉影、だったわね。殺してないわ。こいつは『今はまだ』殺さない。情報を搾り取ってからよ。殺すのはその後」
「……なるほど」
レミリアが放つ殺気は、殺人鬼である吉影をもってして、レミリアがディアボロに本気の殺意を向けていることを感じるものだった。
仗助のような甘いガキとは違う、ということを否応なしに理解させられた吉影は、納得の意を示した。
「仗助、夢美は……駄目だったのね」
「……はい」
「パチェからは魔力をほとんど感じないけど無事ね。魔女は食事や睡眠を必要としない代わりに魔力で補っているから、魔力が尽きると倒れるのよ。じきに目覚めるわ」
「そういうモンなんすか。てっきり心臓か何かの病気かと思って心配しましたよ」
「? パチェは喘息だけど……なんで心臓?」
「違いました?パチュリーさんを治した時に体の中、胸のあたりに『パチュリーさんの体じゃあないモノ』があるみたいだったんで、
ペースメーカー……だったかな、心臓の病気の人がつけるヤツとかがあるのかと思って。
まあ俺医者じゃあないんでよくわからないですけど」
「……??」
親友の無事を確認し、安堵の息をつこうとしたレミリアだったが、妙なことを言い出した仗助に困惑する。
魔女であれば何かの実験で自らの体内を弄りまわすくらいのことはしてもおかしくはないが、レミリアがそれを知らないというのは、少なくとも本人としてはいただけない。
常日頃から、レミリア以外とのまともな人付き合いに乏しいパチュリーが、本に夢中になって喘息の薬を切らしたりしないか、というのはレミリアの心配の種だ。
ある日図書館を訪ねたら親友が自分の心臓を弄ろうとして死んでた、なんてことになりそうなことを自分に何も言わずにやるだろうか?とレミリアは考える。
悶々とするレミリアに、吉影が話しかけた。
「レミリアさん。そのパチュリーさんの心臓の事なんだが……ディアボロの直前に我々がここで倒した敵、エシディシのいう男の話からしなければならないな」
「エシディシ!!?を、た、倒した!?」
レミリアは驚愕し、あたりを見回した。
『炎使い』と戦ったかのような惨状を見て、地下で遭遇したエシディシが『炎のエシディシ』と名乗っていたことを思い出す。
よく見ると、大雑把には人型のように見えなくもない何らかの燃えカスの塊が部屋の隅にある。
843
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:36:11 ID:U4GpWkmk0
レミリアは驚愕し、あたりを見回した。
『炎使い』と戦ったかのような惨状を見て、地下で遭遇したエシディシが『炎のエシディシ』と名乗っていたことを思い出す。
よく見ると、大雑把には人型のように見えなくもない何らかの燃えカスの塊が部屋の隅にある。
「エシディシを知っていたのか。とにかく、結論から言うとパチュリーさんにはあまり時間が無いんだ。
私は何も先走ってディアボロを殺そうとしたわけでは無くてだな、信用できるかもわからない情報を探るためにディアボロを拷問だ何だとしてはいられないのだよ」
「時間……?まあ、拷問なんて必要ないわ。ねえ、露伴先生?」
レミリアは唐突に、突入してきた食堂の窓の方、レミリアと仗助に次いで入ってきていた岸部露伴に話しかけた。
「……戦闘は終わったのか」
露伴もまた、キング・クリムゾンによる再度の時間飛ばしを経験していたが、先に突入したはずの天子、仗助、レミリアが消えたと思った次の瞬間、
離れた壁際で謎のスタンド使いが天子と仗助に叩きのめされていたといった状況だったため、時間飛ばしの仕業だと察しはついたものの、介入の余地は無かった。
「岸部、露伴……」
吉影が苦々しげに声を絞り出した。吉影としては、露伴の顔は二度と見たくは無かった。
とは言え、露伴は戦闘の騒ぎを聞いて野次馬根性で戻って来ただけだろう、と吉影は考える。
また嫌味の一つでも言ってやればいい。そう考えて吉影が口を開こうとすると、露伴がそれを遮った。
「口を開くな。お前が吉良吉影だな。今の僕にはお前に関する記憶が無い。この状態でお前が僕に話しかけることは一切許可しない。
次にお前が口をきいたらその瞬間にお前を本にしてすべてのページを破り捨てて暖炉に放り込む。
……さあ、慧音先生。僕の記憶を返してもらいますよ」
露伴が声をかけた方向では、窓から食堂を伺う上白沢慧音が、吉影と同じか、下手すればそれ以上に苦々しい表情を浮かべている。
「あー、露伴先生。能力の解除はもちろんするが、まずは状況の整理を……」
「戦闘が終わった以上、今は緊急時ではないでしょう。これ以上待たせるなら慧音先生を本にして記憶を返させてもらいますよ」
何が何だかわからない食堂の様子を見た慧音は、もう少し引き延ばせないかと考えるも、露伴はとりつく島もない。
とはいえ慧音自身も、ここからは露伴と確執がある吉影やパチュリーが関わるため、能力を解除しないままに進行するのは無理だろうと感じている。
従って、ダメ元で言ってみただけではある。
そのやり取りを見ていた吉影は、慧音の『歴史を食う程度の能力』の事を思い出し、ある程度合点がいった。
(岸部露伴が私を知らないだと?慧音さんが記憶を奪った!?……なんて気の利く人なんだ!
慧音さんはただ優しいだけの人かと思っていたが……流石に露伴のクソカスが相手ともなれば記憶を奪うようなことも容赦なくできるというわけだ!まあ当然だな。
……だというのにこの岸部露伴という奴は……記憶を奪われておきながらなぜ記憶を奪われたことをわかっているんだ?やはり似たような能力があるせいか?
どこまでも迷惑な方向にだけは無敵な奴だ……理不尽にも程がある。
大体何なんだ、今のお前は私のことが『記憶に無い』んだろう?その状態で一言目には『口を開くな』、二言目には『本にする』……
記憶が奪われているということを知っているだけで実質初対面の相手にそれか!?何も変わってないじゃあないか!!お前の常識はどうなっているんだ!?)
「……分かったよ。能力は解除する。だがヴァレンタイン大統領が来てからだ。『説得』の話は聞いていただろう?」
「彼はどこへ?」
「警戒のため、お燐と共にジョースター邸の外を一周して玄関からこの食堂に来るそうだ」
「では記憶が先ですね。安心してください慧音先生。いきなり出ていくようなマネはしませんよ」
「ちょ、ちょっと待て!」
844
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:39:24 ID:U4GpWkmk0
ツカツカと歩み寄り、手を伸ばそうとする露伴を前に、慧音は必死にスタンドの使用を思いとどまらせようとする。
記憶を奪う前の露伴を知る慧音からすれば、いきなり出ていくようなマネはしない、と言われても、ハッキリ言って全く信用できない。
もはやレミリアがヴァレンタインと交わした契約、ヴァレンタインによる露伴の説得に賭けるしかない状況だが、これではその前に全てがご破算だ。
だが、露伴のスピードから逃れられる気はしない。
慧音が絶望しそうになっていたところで、レミリアが口を挟んできた。
「露伴、待ちなさい!」
「……レミリア。悪いが君が何をしようとも、僕が屈することは無い。僕の頭の中を勝手に弄るようなマネは妖怪だろうと神サマだろうと許せはしないね」
「何もしないわよ。私が言いたいのはまだ戦闘は終わっていないということ」
「敵はもういないだろう。それともそこの吉良吉影が敵か?」
「いいえ、敵はあっちの石。情報を得るために生かしてあるけど、あのスタンド能力だと万が一ということもあるかもしれないわ。貴方の能力でその万が一を無くして、それで戦闘終了よ」
「……いいだろう」
露伴はそう言うと、慧音にかざした手を引っ込め、ディアボロに向かって歩き出した。
レミリアは、姑息な時間稼ぎとは思いつつも、内心で少し安堵した。
露伴がスタンド能力を介して慧音から記憶を戻させることができるのは厄介だ。
ヴァレンタインとの契約である遺体の先渡し、そして和解が不可能と思われる吉影をこの場から引き離す前に記憶が戻っては困るのはレミリアも同じだ。
ディアボロの万が一の抵抗に警戒するという体で、レミリアもディアボロに近づく。
「ヘブンズ・ドアー!」
露伴はディアボロに対してスタンド能力を発動すると、『意識を失う』『スタンド能力が使えなくなる』の二つを書き込み、一瞬で能力を解除した。
だがその一瞬、ディアボロに近づいた本当の目的、ディアボロの『内容』をレミリアは見た。
「名前は……『ディアボロ』!」
「「「!!!」」」
レミリアの声を聞いて、事前にレミリアから説明を聞いていた天子、仗助、慧音が驚愕して息を呑んだ。
露伴も驚いた様子を見せたが、それ以上に不満げな目をレミリアに向ける。
「おい、レミリア。僕の能力を使って情報を得るなんてのは記憶を戻してからだ」
「わかってるわ。もののついでよ、ついで」
とは言え、とレミリアは考える。
この襲撃者がディアボロだと確定した以上、ヴァレンタインには何が何でも露伴の説得に成功してもらわないと困る。
一応、説得に失敗したとしても、放送で呼ばれた死者が生きてここにいるという事実の重大さは流石の露伴でも無視できないだろう。
それでも、和解しないままに露伴の能力をあてにするというのは厳しいものがある。
レミリアがそう思っていると、食堂の内側、窓でも壁でもなく正規の入り口から、威厳のある声が聞こえた。
845
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:43:15 ID:U4GpWkmk0
「その石にされた敵は既に放送で呼ばれた『ディアボロ』……間違いないのだね?レミリア君」
「ええ、大統領」
責任重大というわけか、とヴァレンタインは口の中で呟いた。
そして、火焔猫燐と共に初対面の吉影、ぬえに向き直った。
「まずはそちらに自己紹介だな。私はアメリカ合衆国第23代大統領、ファニー・ヴァレンタイン。こちらは私の協力者で幻想郷の火車、火焔猫燐君だ」
「あ、えーっと……」
ヴァレンタインの淀みない自己紹介を受けたぬえは吉影に助けを求めるような視線を向けるも、露伴が吉影を睨み続けているせいか、吉影は一言も言葉を発しようとはしない。
仕方なく、ぬえは初対面の相手に最大限の警戒を払いながら、自己紹介に答える。
「……私は幻想郷の妖怪、封獣ぬえ。寝てる紫の方が同じく魔女のパチュリー・ノーレッジ。こっちは外の世界の人間の吉良吉影。それと……」
ここで、ぬえは少し言葉を詰まらせた。
ぬえは人間の命などどうでもいいとは思っているが、夢美がいなければエシディシ相手に全滅していた可能性、そして彼女の遺言を聞いたこともあり、思うところが無いわけではなかった。
「……赤い方は、外の世界の人間の、岡崎夢美。たった今、そこのディアボロに殺されたところよ。もう一人の侵入者、エシディシを皆で力を合わせて倒した直後にね」
「!! ……そう、か」
「夢美が……!?」
仗助に体は治されていたこともあり、ヴァレンタイン、燐、慧音、露伴は夢美の死に気付いていなかった。
驚愕の後、視線が仗助に集まったが、仗助は黙って顔を伏せた。
静まり返った食堂で、ヴァレンタインがゆっくりと語りだす。
「レミリア君からディアボロの能力については簡潔にだが聞いている。またエシディシについては私自身とお燐君も一度遭遇した。
エシディシはとてもじゃないが普通の手段で倒せるとは思えない怪物だった……あまりに理不尽な暴力に晒されたのだな。
ここにいる我々、夢美君を含めた十人の参加者は、一枚岩とは言えないかもしれないが、決して殺し合いには乗らず、この狂ったゲームを打破しようという意志を持った同志だ。
まずは皆で彼女の魂に黙祷を捧げるとしよう」
そう言って目を閉じたヴァレンタインに、意識が無いパチュリーを除く全員が倣った。
黙祷を捧げる八人に様々な思惑はあれど、奇跡的に、あるいは必然的にか、夢美の死を悼んでいない者は一人としていなかった。
状況が状況であるため、数秒の短い黙祷だったが、それを終えるとヴァレンタインは更に語る。
846
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:45:45 ID:U4GpWkmk0
「……さて、エシディシとディアボロに相次いで奇襲を受けたということだが、私とお燐君は今しがたこのジョースター邸の外周を見回ってきた。
だが足跡などの痕跡は我々のものを除いて存在しなかった上、先程まで雨が降っていて地面がぬかるんでいるにも関わらず、窓や壁に泥の付着のような侵入の痕跡も見受けられなかった。
私は数時間前に一度ここを訪れ、内部の探索を済ませている。そしてこの屋敷には地下通路への入り口がある。侵入経路はそこからと見て間違いないだろう」
ここまで話すと、ヴァレンタインはレミリアに目配せをした。前置きは終わった、ということだろう。
レミリアはそれを受け、遺体の心臓を取り出し、ヴァレンタインに渡した。
「じゃ、これね。それと吉影。パチェを別の場所に寝かせたいから手伝ってくれる?さっきのパチェとエシディシがどうとかいう話も途中だったし」
「ム、それは構わないが……」
吉影は自らを睨む露伴に戦々恐々としながらレミリアに答えた。
露伴の腕がピクリと動いたが、それ以上は動かなかった。今スタンドを使えば流石にレミリアに止められると判断したのだろう。
それを見た吉影は、慎重にぬえに話しかける。
「ぬえ、君も来てくれ。エシディシの話をするならその方がいいだろう」
「ん、わかった。夢美の体もこんな荒れた部屋の床じゃあ何だし、運ばないとね」
吉影の要請に、ぬえはあっさりと首を縦に振った。
ぬえからすれば、吉影とレミリアという二大戦力の庇護下にいながら、彼女にとって危険すぎる能力を持つ露伴とは離れられるのだから、ついていかない理由が無い。
一方、吉影がぬえに同行を求めた理由は、端的に言えばレミリアへの恐怖である。
レミリアは天子と違って殊更に吉影を敵視しているようには見えず、吉影にとって間違いのない『仲間』であるパチュリーとの絆の深さも感じさせてはいる。
だが、そのパチュリーの意識が戻らないままで、友の心臓に仕掛けられた毒というレミリアの特大の地雷を踏みぬくであろう話をしなければならない。
まさか怒りに任せて暴れだすようなことは無いだろうが、一対一で話すには重すぎる、ぬえとレミリアは顔見知り未満程度であれ、幻想郷側の存在がもうひとり居てほしいというのが吉影の心情だった。
847
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:49:22 ID:U4GpWkmk0
「場所は地下通路への入り口がある部屋ね。地下からの警戒も兼ねるから、悪いけど仗助、吉影の怪我を治してくれるかしら」
「……ッス」
パチュリーの現状を知らないレミリアは、吉影の恐怖に気付かないフリをしながらも疑問に思いつつ、仗助に対しては多少言葉を選んで話しかけた。
普段から何かと人間に優しい面を垣間見せるレミリアとて、会ったことも無い人間の死に何かを感じる事など無い程度には人間とは離れた存在ではある。
そのため、パチュリーと同じく、吉影が外の世界で殺人鬼であるというその性質そのものについては然程気に留めてはいない。
だが、吉影は仗助が住む街の平和を脅かす殺人鬼というだけではなく、仗助自身の友人も殺されているのだ。
友を殺された憎しみが、『状況』や『利害の一致』などでは絶対に割り切れないということは、レミリアにも痛いほどにわかる。
仗助が吉影を治療する中、今度はレミリアがヴァレンタインに目配せをした。
吉影を連れ出すのは契約内だが、パチュリーとぬえについては違う。
ただ、露伴と確執があるパチュリーが、いつ目を覚ますかもわからない状態でこの場にいるというのは説得の上では面倒事でしかないだろう。
ぬえについては、どこに居ようと露伴の説得には関係なさそうではある。
レミリア自身もヴァレンタインが納得させるべき対象の一人だが、パチュリーが意識を取り戻すまで離れる気は無い。
とは言え、契約を重んずる悪魔であるレミリアは、独断で状況を変えてはならないと判断した。
ヴァレンタインが軽く頷くのを確認してから、レミリアはパチュリーを抱え上げる。
パチュリーは然程大柄でも無いが、レミリアがそれより二回りは小さく、パチュリーの服装がゆったりしたものであるのも相まって、子供が無理矢理大荷物を抱え上げているようにも見える。
一瞬、近くの者がレミリアに気を遣いそうになったが、レミリアが吸血鬼の腕力でパチュリーの体を揺らすことなく保持し、重さを感じさせない軽やかな足取りで歩きだしたのを見て、思いとどまった。
同様に、夢美の体を持ち上げたぬえも、その細腕で人をひとり抱えているにしては不自然なほど簡単に歩き出す。
「吉影、二人のデイバッグお願い」
少女二人に病人と遺体の運搬を任せた成人男性の吉影は、多少の居心地の悪さを感じてどちらかと代ろうとも思ったが、レミリアに声をかけられて、二つのデイバッグを拾った。
そこで、吉影は気付く。この中のどこかには広瀬康一の解剖済みの生首が入っているのだったということに。
こんな爆弾をうっかり忘れていき、露伴に見られようものなら、意識の無いパチュリーに襲い掛かりかねない。
人知れず肝を冷やした吉影を最後尾に、三人は食堂から退出した。
848
:
◆Su2WjaayOw
:2024/07/24(水) 22:52:44 ID:U4GpWkmk0
なんか時間かかりすぎてるので残りは明日以降投下します。
本当にごめんなさい…
849
:
名無しさん
:2024/07/31(水) 11:08:57 ID:vm3APg3.0
>>848
何を謝る必要があるんですか…初投稿、スレに更新が無いといった状況なんですから…期限などはあまり気にせず頑張って下さい…!
850
:
◆Su2WjaayOw
:2024/08/01(木) 16:39:19 ID:4/PXliNg0
>>849
ありがとうございます
そしてちょっと矛盾と言うかなんというか、難しいところに気付いてしまったので手直し中です…
ヴァレンタインにヘブンズ・ドアーを使ったらヴァレンタインが基本世界の存在になる前、聖人の遺体が無い並行世界の記憶が出てきてしまうんじゃないのかと
勝手に結論付けるにしても色々キツいのでヴァレンタインを本にしない方向に大幅修正するしかない…
851
:
◆Su2WjaayOw
:2024/08/09(金) 02:54:36 ID:i45IUM7A0
>>824
-
>>847
の投下を破棄した上で、再度
>>827
の予約をします
展開を変えなければならないのに加えて、誤字や改行ミス、コピペミスが酷い…
それ以前にタイトル考えてなかったり分割するべき長さなのを忘れてたりと見切り発車にも程がある
プロットは組み直しましたが、ちゃんと読めるものになるのかがわかりませんが…
書き手さんって大変なんだなあ
852
:
◆Su2WjaayOw
:2024/08/22(木) 22:18:21 ID:Jo64SAr20
えー、再予約?
>>824
の予約で二週間以内に投下します…
次があったらほんとにちゃんとやるのでジョ東ロワ復活して…
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板