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錬金術師は遂せるようです

76 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 21:45:41 ID:YLCyI6VU0
その時だった。

ζ( Д *ζ「模原 臨!」

模原の腕は、ピタリと動きを止めた。
刃を刺したまま、入間は顔だけを給水塔に向けた。
そこには元の気丈さを得た黒衣の魔女――都子が立っていた。

ζ(゚ー゚*ζ「あなたに、妹なんかいない」

それは、謐けさに投じられた一石そのものであった。
地に伏せる模原は、ガツンと頭を殴られたような心地だった。

(  ∀ )「いない、だって?」

力無く呟かれた言葉に、入間はそっと懐に手を這わせた。
――都子の傷が癒えた時、合図と挑発を兼ね、
先の言葉を叫ぶよう入間は依頼していた。
模原の能力は対一人にしか効かないという仮説を、入間は立てていた。
何故なら路地裏の戦いで、模原は都子から逃亡という選択肢を奪わなかった。
己が能力の穴を塞ぐことなく、模原が二人を甚振るのは、
単なる偶然には思えなかったのだ。
よって入間は都子の傷が癒えるまで時間を稼ぎ、
彼女の恢復と同時に模原を挑発。
彼の注意を都子に惹きつけることが出来れば、入間は【狭窄】から解放されるのだ。

( ^ν^)(乱闘やりながら
       オセロの真似なんて、もう二度とゴメンだ)

ゴチる入間の口調には、余裕と勝機が滲んでいた刹那。

(  ∀ )「――オマエは」

どう、と入間の体が宙に弾き飛んだ。

77 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 21:46:20 ID:YLCyI6VU0
(; ν )「っ――!?」

(#o∀o)「あの娘の何を知っているというんだァァアァアアァァアアッッッ!!!!!!!!!!」

咆哮。
それ以外に形容しがたい音が、模原の口から発せられていた。
ビリビリと揺れる空気を吐く腹は、
杭として機能していたナイフを微塵に変える。

(;^ν^)「バケモノじゃん――!!」

白い水蒸気を放つ口内は、マグマのように滾った殺意の表れだろうか。
いずれにせよ、このままでは都子がタダでは済まない。
作戦を変更し、入間は銃を構える。
高速で落下しながらも、その銃口は模原の頭を狙っていた。

(#o∀o)「邪魔だ」

ところが入間は、明後日の方向へ投げ飛ばされていた。
いや、頭蓋を誰かに挽かれ――まるで脳がそちらへ行きたいと転移し、
彼の肉体と魂が追いついてしまったかのような挙動を、入間は引き起こした。

(lil ν )「ぅヴォエッ――」

超加速を越えた重力と斥力が同時に働き、
入間は内臓を直接打撲したような有様だった。
辛うじて銃を握りしめたまま、吐瀉物を撒いて彼は落下していった――――。

78 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 21:47:16 ID:YLCyI6VU0
激昂する模原は、今や人としての形を保っていなかった。
自身を人間として定義する動機――妹について、都子が否定を口にしたからである。
しかし模原は、そんな自分の有様に気付くことはなく、
未だ自らを人間の一種として認識をしていた。
すべては盲目的に、黄金を産み出す業――錬金術の成せる奇蹟と信じたままに。
彼は、進みゆく。
立ち竦み、こちらを見下ろす、高出 都子の元へ。
息を呑む都子が一つ瞬きをする度に、模原はその距離を縮めていた。
もはや彼の手は梯子を捉えている。
あと一つ、息をすれば彼女の首は捻られていたことだろう。

ζ( ー *;ζ(だけど、怖がってなんかいられない――!)

数巡前に入間と交わした言葉を思い出し、都子は勇気を口にする。

ζ(゚ー゚*ζ「そもそもあなたは、生きた人間ではない」

恐怖が膠のように張り付いていた筈の口が、
雄弁に言葉を紡いだ瞬間、模原は動きを止めていた。
彼自身理由は分かっていなかったが、
都子にはそれが、呆気に取られていたようにも思えた。

ζ(゚ー゚*ζ「あなたは、ホムンクルスなの」

(#o∀o)「何を、言っている――」

嘲笑するように、模原は呟いた。
彼の脳裏では、参倍郷に従事する錬金術師の口が動いている。
蒸留機に人間の精液を封じ、一定の温度を保ち続けることで、産まれる小人。
姿を生じた時点で、それはあらゆる知識を備えているが、フラスコの外へは出られない。
取るに足らない知識を持つ人間の手なしでは、
存在することすら叶わぬ知恵の小人。
――それこそが、ホムンクルス。

79 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 21:50:57 ID:YLCyI6VU0
(#o∀o)「そんなはずはない」

嘲りを含んで、模原は言い返す。
模原はまだ、何も知らないと自負している。
世の中のことも、宇宙のことも、錬金術についても、知らないことばかり。
黄金の智恵を持つ小人とは、程遠い姿だ。
そもそも単一で発生する小人に、妹という概念は存在しない。
模原には、妹がいる。
それだけで、模原は人間であると主張出来た。
されど都子の唇は、熱く真実を語る。

ζ(゚ー゚*ζ「わたしが一番初めに作り出した心臓は、
     ガラスの壁を越えることができない、あなたに与えられた」

模原の頬に当たる部分――黒雲めいた晦冥に、煮えた油のような血が巡る。

(#o∀o)「默れ、【フラスコ】如きが――」

発したのち、模原は絶句した。
あんなにも忌むべき単語を、智ある小人を封ずる
フラスコという言葉を、都子は抱えている!
開闢にも似た霹靂が、模原の体躯を戒めた。

ζ(゚ー゚*ζ「移植手術とあなたの発生、どちらが先かは分からない」

だけど、と続く言葉を模原は静かに受け入れる。

ζ(゚ー゚*ζ「わたしに【乳母のフラスコ】と
     名が付けられたのは、紛れもない事実でしょう?」

積み重ねられる信憑性に、しかし模原は頭を振った。
都子にはそれが、駄々を捏ねている小さい子供のように見えた。

(#o∀o)「妹が、いる」

繰り返された言葉に、都子は首を振る。

80 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 21:52:20 ID:YLCyI6VU0
ζ(゚ー゚*ζ「小さなフラスコから解放され、あなたは父に恩を感じた。
     だから全智を棄て、後釜を失うことで忠義を示そうとした」

(#o∀o)「煩瑣(うるさ)い……」

ζ(゚ー゚*ζ「そして始終見張らなくてはならない
     わたしに執着する理由立てとして、哀れな妹を――」

(#o∀o)「煩瑣いと言っているんだ!!」

瞬間、模原は見えざる脳波を手繰り、都子の脳を犯した。
己が手足の如く、都子の脳は容易く手中へと堕ちる。
幽けき姿の手弱女――妹を追憶し、恥知らずな侮辱を
紡ぐ口を封じようと、模原は選択肢を刷り込んだ。
都子に与えられた選択肢は四つ。
謝罪。
あるいは沈黙。
はたまた自害。
それとも舌を噛み千切るのか。

(#o∀o)(さあ、選べ――)

どうせ彼女は、どれも選べないだろう。
模原はほくそ笑み、そう決めつけた。
微動だにしない彼女に、模原がいよいよ迫ろうとした時だった。

ピチャ…………

天雫が垂れるような音が、模原の頬より響いた。
遅れて都子の口から、小塊が溢れた。

(;o∀o)「ッ――!?」

それは、舌だった。

ζ( ー *ζ「何度だって、否定するわ――」

些か幼さを含んだ斑声(むらごえ)が、
模原の鼓膜、三半規管、蝸牛――それらを超えて、脳へと響く。

ζ(゚ー゚*ζ「だってあなたの妹には、名前も貌も無いでしょう?」

81 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 21:52:54 ID:YLCyI6VU0
(;o∀o)「――――」

声なき模原は、もはや何を言おうとしたのかさえ、纏めることが出来なかった。
妹を幽閉せし胸の奥――黒けき洞に、火のついたマッチが落とされたような心地。
虚ろで、同時に盲いた過信を照らすに足る、暗澹とした光であった。
それを感ずると同時に、模原は思い出す。

――叡智とは、あらゆる物質が傅く神秘。
この世を統べる巨大なる法。
如何なる暴力によって破壊されようと、いつかは回復するものだ。
されど智が秘めたる不変性は、それもまた猛き暴力にも数えられる。
ゆえに智力はフラスコや骨の中に飼われ、一生を過ごすこととなる。
だからホムンクルスは、フラスコの外から出られない。

(; ∀ )「そんな……」

模原の呟きは、連想される言葉に対する命乞いだった。
それ以上智を得ることは、取り返しのつかない展開を迎える。
彼の直感は、警鐘を鳴らす。
しかし真理は、智は、決して彼を容赦しない。

――例外によって産まれ出でた心臓は、
小人を閉じ込めるフラスコを象徴していた。
それを胸裡に抱えることで自らに宿った智力を心臓に封じ、
ホムンクルスとしての性を、彼は捨て去った。
されど封じられてもなお、智は力強かった。
かの不変性を以って、智は模原の肉体に干渉した。
不変性は、彼に無限の再生能力を与えた。
そしてホムンクルスの性を忘れることのないよう、
他人の脳に干渉する力も与えた。
拒絶してもなおこちらに手を伸ばす智を、模原はひどく恐れた。
同時に智の持つ強大な力に、彼は魅入られてもいた。
ゆえに模原は、都合に悪いことを忘れることにした。
その姿勢こそが、まさに選択肢の【狭窄】そのものあった。
その力に甘んじて彼は鍛錬を重ねることもなく、
何の疑問も抱かず、盲いたままに自らの能力に溺れ続けた。
常軌を逸する覚悟も、強固に執着する美学も持ち合わせていない模原。
彼は、錬金術師ではなかった。

(; ∀ )(そんなことが、常識として、赦されるのか)

詭弁を口にしたい模原だったが、それは出来なかった。

82 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 21:53:38 ID:YLCyI6VU0
三発の銃声が、真夜中の虚空に響く。
一発目。模原の胸部を貫通し、苛烈なまでに破裂する。
それは、心臓を宙へと引き摺り上げた。
二発目。胸部に着弾した瞬間、それは水酸化ナトリウムの液を、四方に散らした。
強塩基性のそれは貪欲な肉体が枝葉を伸ばし、
心臓を受け取ることがないよう、傷を酷く灼いた。
三発目。宙を舞う心臓――玻璃を主材としたそれは、
どう見ても人の持つ臓器ではなかった。
ナトリウムの錬金記号が刻まれた凶弾は、
空気に含まれる僅かな水を糧に、一瞬の命を燃やす。
ピシ――、と内から外にかけて、心臓に罅が入る。
なおも暴れ狂う弾は、さながら卵を破る雛のようだった。

(  ∀ )「あぁ……」

成すすべもなく、模原の手から梯子が離れていく。
それと同時に、破滅という名の雛が孵る。
フラスコより生まれ、フラスコと同じ位置を持つ玻璃の心臓が、細かな粉塵と化す。
次いで起きた水素の爆発に巻き込まれ、それは跡形もなく消え去った。
――落下する模原は、その顛末を閑かに見守っていた。
揺らめく彼は、自分の腕を見やり、ようやく気付く。
そこには寒暖のどちらにも対応できる、
上質な素材で出来たシャツを纏った腕は存在しなかった。
ただの虚無であり、辛うじて残った人間性によって、
黒だと認識する脳だけが残されていた。

(  ∀ )(そんな……)

都子の言葉に信憑性が増し、模原は言葉を失う。
自分が何者であるのか、いよいよ受け入れ難い事実が忍び寄る。
かつて背中であった部分が、床に叩きつけられようとした時だった。

(  ν )「クッッッソ疲れたわ」

聞き覚えのある声が、彼を抱き止めていた。

(きみは、死んだはずでは)

もはや彼に口は残されていなかったが、入間は首を振った。
かろうじて他人の脳へと干渉する力が、彼には残されていた。
もっともこの状態では、彼の思考も相手に筒抜けとなる。
その事実について、彼は少々気恥ずかしく思った。

83 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 21:54:37 ID:YLCyI6VU0
( ^ν^)「必死こいて這い蹲って、ビルの壁をよじ登っただけだ」

タネを明かす入間の手は、皮がベロベロに剥けている。
さながら蝋引きした和紙のように、赤い血が滲出していた。

(その手をナトリウムに見立て、
 壁面に残った雨垂れで【超加速】を施したのか)

納得する彼に、入間は眉間を寄せた。

( ^ν^)「お陰様で久々に、銃の精度が狂うところだった」

(それでも当ててみせたじゃないか)

どうしてそこまで入間が必死になれるのか、彼には分からなかった。
彼にとってフラスコは退屈そのものであった。
出られた時には随分と喜んだような気がするのだけど、と彼は思った。

( ^ν^)(そりゃ、男同士の秘密だけども)

内裡でも小さな声で語る入間に、彼は惹きこまれていく。

84 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 21:55:10 ID:YLCyI6VU0
***


鶴嘴を持つ都子に、入間は首を振った。
どうしたって彼女の傷を付けることなど、彼には無理だった。

ζ(゚ー゚*ζ「入間さん」

しかし都子は、自ら歩み寄った。

ζ(゚ー゚*ζ「わたしを、『使って』ください」

( ^ν^)「だけど都子」

ζ(゚ー゚*ζ「わたし、今まで自分一人じゃ何にも決められなかったんです」

( ^ν^)「それは、模原や参倍郷のせいで――」

ζ(゚ー゚*ζ「ええ。機会そのものが奪われたってことは、理解していますよ」

首肯する都子は、後ろめたく思う入間の目を射抜いた。

ζ(゚ー゚*ζ「だからこそ、わたしも戦いたいんです。
     ほかでもない、わたしの自由の為に」

だから、と都子は入間に鶴嘴を託した。

ζ(゚ー゚*ζ「新しい依頼です。あなたと一緒に戦いたい
     わたしの為に、作戦を考えてくれませんか」

( ^ν^)「…………」

ζ(゚ー゚*ζ「【乳母のフラスコ】で産出出来るもの全て。それが報酬です」

そして回想内の都子は、入間に微笑んだ。
待ち侘びた春を植物が受け取り、花開くように。
それは間違いなく、彼女にとって、新しい一歩であった。

85 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 21:56:02 ID:YLCyI6VU0
***


(……――はは、)

入間の回想を見た彼は、蝕まれたように笑った。

( 色香も、空気も、音色も、所作も、何もかもが違うじゃないか)

まるで目の前で起きた出来事のような鮮やかさに、彼は惨めに認めた。

(これが、本物の記憶なんだ)

亡霊のような――もはやそれの名称すらも思い出せない、
虚構の思い出に固執していた彼は、力無く笑って、諦めようとする。

( ^ν^)(それでも、模原)

絶望にうな垂れる彼を、入間は包むように言葉を編む。

( ^ν^)(大宇宙に妹という概念が存在するかぎり、
       模原 臨という小宇宙の中で、それが生を
       享けることは、何ら不思議ではないんだよ)

(――――…………)

黙する彼は、近付く終焉と引き換えに、授かった智恵を取り戻しつつあった。
そして入間の真意を理解した上で、彼は応えなかった。
今更そう言われたところで、矮小なる智の小人へと
彼を引き戻したのは、その言葉が原因であるのだから。
だからこそ、彼は礼も言わなかった。
自分自身を騙す偽りがどんなものであったのか。
刻一刻とそれを忘れ行く彼が、一度でも思い出すことが出来た喜びについて。
彼は、敢えて触れなかった。

86 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 21:56:54 ID:YLCyI6VU0
( ^ν^)(広大なる法の許よ)

軽くなった手の内を眺め、入間は祈る。

( ^ν^)(下にあるものは上にあるもののごとく、
       上にあるものは下にあるもののごとく)

内に宿る小宇宙を気に掛けて、彼は弔いの意を示す。

( ^ν^)(勤勉にして偉大なる、小さな智慧者に、安寧と休息が在りますように)

模原 臨という人間を、決して忘れることのないように。
影も形もなく失せてしまった彼が、大宇宙の片隅に遺されていくように。
強く、強く、入間は祈った。

「い、入間さ〜ん……」

困ったような声に、入間は顔を上げる。
そこには錆びた梯子に、必死でしがみつく都子がいた。
降りたはいいものの、途中で梯子の長さが足りないことに気付いたらしい。

( ^ν^)「行くから待ってろ」

気丈に返す入間の口調には、寂寥が過ぎ去っていた。
もうじきに、長い夜が明けようとしていた。

87 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 21:57:46 ID:YLCyI6VU0
***


昇る朝日から逃れるように、入間は進み行く。
その背には、都子が身を預けていた。

( ^ν^)「寝てもいいぞ」

群れるビルの隙間を縫いながら、入間は都子に呼びかけた。
すると都子は、うなじに顔を擦り付けるように、首を振った。

( ^ν^)「そうか」

意を組む入間は、取り囲む空間を見遣った。
ビルの壁々は、色とりどりのタイルによって、その高さを支えられていた。
さんざめくような色彩たちは、現世を塞き止める砦のようだった。
逃れる二人を捕らえようとするような陽光は、入間の遥か背後で手を伸ばしている。
暖かな祝福に似たその光は、名残惜しくも未練なく、二人の行き路を見送った。

( ^ν^)(ああ、ようやくだ)

およそ百メートル先に現れたものを見て、入間は安堵を覚えた。
そこには空間を切り取るように、長方形の枠が存在していた。
薄く光を放つそれは、來狂の住居への入り口である。

( ^ν^)「しっかり掴まれよ」

都子に呼びかけ、十秒後。
二人を飲み込んだ枠は、急速に縮まりゆき、やがては小さな色の粒子へと変わった。
飛翔する微細な色は、パレットのようなタイルに飛び込んでいく。
授粉したタイルはゆらめき、錯覚じみた動きで姿を消すと、
そこは何の変哲のない路地裏へと変わった。

88 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 21:58:38 ID:YLCyI6VU0
***


ようやく來狂の住居へと辿り着いた入間は、都子を背から下ろした。

ζ(´ー`*ζ「ここは……?」

都子はしょぼついた目で、薄暗い回廊を眺める。

( ^ν^)「部屋同士を結ぶ、間の道だよ」

とっさに説明はしたものの、都子はすっかり目を閉じている。
どうやら彼女は、立ったまま寝そうになっているようだ。

( ^ν^)(子供の体温だな)

都子の手を握りながら、入間はそう思った。
幸いにもその手を引くことで、都子は着いてきた。
もっとも風に揺れるススキさながらの動きである。

( ^ν^)「もう少しだ、頑張れ」

ζ(´ー`*ζ「うん……」

幼子のするような返事に、入間は不覚にも頬を緩めた。
説明通り、行く道の先には光の点が存在していた。
その点を目指して行けば、たちまち二人は新しい空間へと移動した。

カポーン…………

と、妙な音が入間の耳に入る。
思わず入間は温泉を連想するが、答えは近かった。

川 ゚ 々゚)「おかえり」

二人を出迎える來狂は、番台に座っていた。
右の暖簾には女子歓迎、左の暖簾には野郎専用と書かれている。

89 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 21:59:24 ID:YLCyI6VU0
川 ゚ 々゚)「長旅、ご苦労様」

バスタオルとハンドタオルを差し出して言う來狂に、
都子は薄目ながらも面食らっている。
そんな都子に入間は、受け取ったタオルを分け与えた。
礼を言う都子を背中で受け止め、入間は來狂と対峙する。

( ^ν^)「これ」

無骨に鶴嘴を差し出すと、來狂はニコリと笑った。

川 ゚ 々゚)「役に立ったでしょう?」

( ^ν^)(予備の弾を、じかにくれてもよかったんだぜ)

体力があれば、入間はそう言っていたに違いない。
しかし隣には都子もいるし、嫌味を言うのはなお憚れられた。
そうとは知らず、都子は暖簾を少しめくった。

ζ(゚、゚*ζ「すごい、ホントに銭湯みたい」

光景に驚く都子だが、欠伸は止まる気配がない。

川 ゚ 々゚)「まずは疲れを癒しましょー」

相変わらずニコニコ笑いを絶やさず、來狂はそう言った。

( ^ν^)「じゃ、そういうことだから」

ひらひらと手を振る入間は、するりと暖簾の向こうへ吸い込まれた。

ζ(゚ー゚*ζ「は、はいっ」

いじましく、都子はそれを見守ってから、暖簾をくぐった。

90 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:00:03 ID:YLCyI6VU0
***


脱衣所と洗い場はコンパクトで、それが都子には有り難かった。
正直一歩でもいいから、進む距離を節約したかったのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ふわー……」

タオル片手に恐る恐るといった様子で、
浴室を開けた都子は、吸い寄せられるように中へと入った。
ハート形のボトルが三本あり、
それぞれシャンプー、リンス、ボディーソープが詰められていた。
風呂に入ることすら約二年ぶりの彼女は、きしんだ髪を柔らかな泡で包み込む。

ζ(´ー`*ζ(いい匂いする……)

疲れによって穴が空いたような心に、満足感が
注がれるような気がして、都子は入念に体を洗った。

ζ(゚ー゚*ζ(すごい。すごい、楽しい)

ハンドタオルで髪を纏め上げ、少女は浴槽へと近付く。
真珠色のお湯を湛えたそこは、少し変わった作りをしていた。
寝転がるのにちょうどいい大きさのスロープが設けられていたのだ。
都子がためしに身を横たえると、胸までは暖かなお湯に覆われた。
それでいて頭は溺れることがないよう、専用の窪みが設えてある。

ζ(´ー`*ζ(ね、寝ちゃう……)

うつらうつらと夢心地のまま、都子はお湯に揉まれる。
緩やかな勢いのジェットバスが、体を優しく揉みほぐしていく。
極め付けに、花と焼菓子を混ぜたような匂いが彼女の脳へと染み渡った。

ζ(´ー`*ζ(ん〜〜〜〜……)

ムリ、と呟いたのを最後に、都子は意識を手放した。

91 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:00:45 ID:YLCyI6VU0
***


一方入間は、手短に風呂を済ませていた。
元々彼はのぼせやすく、浴槽には一分浸かれば十分なのだ。
脱衣所に戻った入間は、真新しいジャージが支給されていることに気がついた。
しかしそれを用意したであろう人物は、番台から姿を消している。

( ^ν^)「來狂」

名を呼ぶと、微かに彼の気配がした。
その場所は女風呂――都子のいる部屋である。

( ^ν^)(取り込み中か)

付き合いの長い入間は、來狂の動向を察する。
そもそも來狂の住居には、今まで浴室は一つしか存在しなかった。
それをわざわざ新しく作ったということは、來狂は何か企んでいるに違いない。

( ^ν^)(どうせ都子を寝落ちさせ、麻酔を掛けた後、
       鶴嘴で彼女の為に心臓を拵えるのだろう)

そしてそのまま手術に持ち込めば、來狂は欲してやまない【傷みの王】が手に入る。
動向から察するに、來狂は一秒さえも口惜しいのだろう。
しかしどうにも入間は、人道的な方法を装い、
偽善的な行動をする來狂を好いてはいなかった。
もっとも今までの状況を考えれば、
痛みがないだけ、彼女はマシに思うのかもしれない。

92 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:01:34 ID:YLCyI6VU0
もし彼女が來狂の行いに納得し、無礼を許すのであれば、
外野である入間が來狂を責める必要はない。
自身を納得させるようにそう結論付けて、入間は暖簾をくぐる。
すると先程まで漂っていた石鹸の香りや、暖かな湿気が幻のように消え失せた。
――このように來狂の住居は、彼の性格と同じくらい空間の作りが狂っていた。
されどその強大さこそ、來狂の覚悟の強さと蓄えた智識の豊かさを示していた。
それは入間が望んでやまない境地の一つでもあった。

( ^ν^)(本当に、すげぇよ、あんた)

ふらつく入間は、それでも智を諦めていない。
幾度か空間を飛び、入間は歩む。
辿り着いたのは、小さな自室であった。
來狂より貸し与えられたその空間は、唯一邪魔の入らない場所でもあった。
壁に据え付けられたベッドに身を横たえて、入間は柔らかな綿に沈んでいった。

( ^ν^)(本当に、疲れた……)

本当は小銃のメンテナンスや、傷の手当てをしなければならなかった。
だがそれ以上に気に掛かることが、彼にはあった。
よって入間は、目を閉じた。
四肢の力を抜き、規則正しく呼吸をする。
弛緩する意識は、深い眠りの淵へと誘われていた。
しかし入間は、完全には眠らなかった。
長年の特訓により、彼の脳は半ば眠りながら思考することが可能だった。
題して來狂はイルカ人間と揶揄ってやまないが、
そんな言葉を無視できる程度に役立つ技能であった。
体を癒し、智を深掘りする彼は、模原と來狂の関係性について考察を始めた――。

93 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:03:05 ID:YLCyI6VU0
***


次に入間が目を覚ましたのは、己が名前を呼ぶ声が聞こえたからだ。
言わずもがなそれは、來狂のものだった。

川 ゚ 々゚)「おはよぉ」

ニコリと微笑む來狂を確認し、入間は溜息を吐いた。
というのも今二人がいるのは、居心地のいい私室ではなかったからだ。

( ^ν^)「また俺の部屋を、塗り潰したな……?」

入間に分け与えられた空間も、元を正せば來狂のものである。
空間を構成する要素を分解し、再構成することなど、來狂にとっては朝飯前だった。

川 ゚ 々゚)「心配しなくとも、あとで部屋は戻してあげるよ」

削がれた気を接着剤でくっつけるように、來狂は入間を慰めた。

( ^ν^)「それで、用件は?」

手元に用意されていたコーヒーを飲み、入間はそう言った。
黒々とした液体は、甘じょっぱい味がした。
角砂糖三個に塩を小さじ半分、それが入間の好むコーヒーであった。

川 ゚ 々゚)「やっとこ手術が終わったよ」

くぁー、と彼はあくびを洩らす。
曰く都子の手術は、丸一日かかったらしい。
もっともその数字は、心臓の算出を含めた時間だろうと入間は考えた。

( ^ν^)「都子は?」

川 ゚ 々゚)「まだスヤスヤ眠っているよ」

來狂もまた、コーヒーを口にした。
挽いた豆ごとお湯を被せたそれを、造作もなく彼は飲み込んでいく。

94 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:04:00 ID:YLCyI6VU0
川 ゚ 々゚)「いやはや、なかなかの難敵よ」

やおらテーブルの下からそれを取り出して、彼はそう言った。
差し出された瓶の中には、白いダイアモンド――【傷みの王】が鎮座している。
成人男性の握り拳ほどの大きさをしたそれは、
室内の僅かな光さえも糧にし、輝きを放っていた。
一見すると神々しく見える光景だが、入間は石の影に注視する。
【王】が落とす影は赤黒く、微かに脈動していた。
臣下を失い、硝子の檻に閉じ込められてもなお、【王】は己が価値を主張している。
しかし入間は、少々違った感想が浮かんでいた。
それは時を超えてなお身の潔白を主張する、
カリオストロ伯爵の叫び声のように思えたのだ。
……いずれにせよ、不気味で異様な代物には違いなかった。

川 ゚ 々゚)「んふふ」

入間が鑑賞する様を愉しむように、彼は笑った。
そして來狂は、【王】から入間を取り上げるかのように、瓶を持ち上げた。
入間はさして気にも止めず、瓶の行方を見守る。
來狂の手に収まった【傷みの王】は、ゆらりと揺らめく。
それが動揺している様子に思えて、入間は仕方がなかった。
來狂の歩む先は、コレクションの山。
さも抗議するかのように、【王】は七色の光を放ったが、來狂はそれに構う様子はない。
そして彼は、

川 ゚ 々゚)「よいしょっと」

無造作に【王】をしまい込む。
積年のコレクションは、智で智を撲り合う格闘技場のようだった。
ぞぶぞぶと沈む【傷みの王】を、入間は絶句しながら見守る。
さしもの光も、漏れ出でることはなかった。

95 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:06:36 ID:YLCyI6VU0
( ^ν^)(……あれ、結局はいつか
       俺が片付けることになるんだろうか)

あまり考えたくない可能性がチラつき、入間は額を抑えた。
とうに飲んだはずのコーヒーが、未だに苦味を感じる気がして、彼は少々憂鬱だった。

川 ゚ 々゚)「素晴らしい仕事ぶりだったよ」

そんな様子にも気付かず、興奮した声音を來狂は惜しげも無く出した。
しかし入間の表情は、未だ険しい。

( ^ν^)「あんた、模原のことを知ってたんだろう」

川 ゚ 々゚)「模原?」

とぼける來狂は、あざとく小首を傾げてみせた。

( ^ν^)「都子の選択肢を【狭窄】していたホムンクルスだ」

模原の補足に、ああ、と來狂は呟いた。

川 ゚ 々゚)「アレってそんな名前だったんだ」

ウンウンと頷いて、來狂は席へと戻るが、白々しい様子に入間は確信を深めた。
彼は模原の正体や能力を把握していながらも、わざと入間に伝えなかったのだ。

96 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:11:01 ID:YLCyI6VU0
( ^ν^)(大方、俺を試したんだろう。
       錬金術師として、一枚殻を破らせるために)

舐るような入間の視線に、來狂は腕を組んだ。

川 ゚ 々゚)「ヒントは与えたつもりだけど?」

( ^ν^)「やり方がまどろっこしいんだよ」

入間が憤るのも、無理はなかった。
何故なら彼の指すヒントとは、会議中に勤しんでいた折り紙の素材に隠されていたのだ。
古めかしいその紙は、元々とある医院の壁に貼られていた、人体解剖図の一種である。
脳の輪切りは体性感覚――体から入力された刺激を、
脳内のどの部分に投射されるのかを纏めた地図だ。
これらの区分を、医学ではホムンクルスと呼ぶ。
また体から脳へと受ける刺激の量と感度には、各分野で大きな差がある。
人間は唇や顔、手から刺激を多く受け取るが、背中や尻は逆に乏しいとされる。
これらの差異を視覚的に表現した結果が、異形じみた小人の絵である。

( ^ν^)(模原の正体は、この小人に他ならなかった)

自分自身の脳さえも欺く模原は、他人の脳と同期することも、容易く行なってみせた。
そして自身が人間だと思い込んでいるうちは、
選択肢の【狭窄】という能力のみを使いこなしていた。
ただし屋上で、彼は受け入れがたい事実を都子から突きつけられた。
その際自身に課した【狭窄】が解除され、
「本来の記憶を取り戻す」という選択肢が、突然模原の目の前に出でたのだ。
見知らぬ情報に対する興味関心は、
無視できない程の牽引力で、本人を過酷な状況へと導く。
よって模原は自分の意思とは関係なしに、
無意識のうちに都子の語る真実へと耳を傾けてしまった。
事実思い出した模原が慌てて彼女の口を封じたところで、それはとうに遅すぎたのだ。

97 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:14:05 ID:YLCyI6VU0
( ^ν^)(故に奴の真価は、早々に解放されてしまった)

入間を宙に飛ばした時点で、模原の本能は、真実を掴んでいたに等しかった。
脳を司る小人としての本性を表した彼は、他人の脳を自在に操ることが出来た。
入間が強引に空間転移したのも、それが原因である。
空間認知機能を乗っ取り、五指の如く操った模原は、入間の位置情報を修正したのだ。
さも最初から、入間がそこに存在していたかのように。

( ^ν^)「散々だったんだぞ」

その苦労を一言に集約し、入間は言った。
しかし來狂は、さして興味がないように
豆だらけのコーヒーを啜った。

川 ゚ 々゚)「今後の勉強になっただろう?」

それは、來狂の本心であった。
身の丈に合わぬ欲を持ち、叶わざる願いをなぞるべく、
業(ごう)に染まりて業(わざ)を獲得する。
時として実子の肉体を傷付け、犠牲を強いながらも、
手放すことの出来ない価値を得る。
欺きによって牧羊犬と化し、真実を知りて狼獣へと還る。
自然にしろ、人工にしろ、産み出した結果に対する
向き合い方に、問題を抱える者は多い。
そして時にはそれを利用し、何者かの幸せを掴む道を選ばなくてはならない。
――これより参倍郷と新参会は、入間の暗躍によって殺しあうことになる。
両陣営を構成する人々にも人生があり、人格があり、思想がある。
それを皆、破壊するのだ。

( ^ν^)(分かっちゃいるよ)

だからこそ來狂は、入間に都子を傷付けさせたのだ。
だからこそ來狂は、入間に模原の真実を伏せたのだ。
悩み、思案し、誰かを救い、誰かを絶望へ
衝き落とすという決断を、自ら下せるようになるために。

( ^ν^)「本当に、あんたはイかれてる」

礼代わりの言葉に、來狂は微かに微笑んだ。
その背後にある扉より――ノックが四度響いた。

98 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:17:15 ID:YLCyI6VU0
來狂が振り向くよりも早く、扉が開く。

『ちゃーっす』

深淵のように深い山の向こうから、軽快な声が掛けられた。

川 ゚ 々゚)「どうぞ」

遅れて來狂が言うと、声の主は無遠慮な足取りでやってきた。
喪服に身を包むその人は、

川 ゚ 々゚)『どーもどーも』

來狂と変わらぬ姿を持ち、同じ声をし、
均しい所作を振る舞い、同程度の狂気を纏っていた。
彼は、並行世界の來狂である。
時空間を操作する來狂は、数多ある並行世界の自分と同盟を組んでいた。
彼らは錬金術を行使できないものの、幅広い職業や地位を築いている。
錬金術師の來狂は、彼らに報酬を支払う代わりに、彼らと入れ替わる権利を得ていた。

( ^ν^)(たしか参倍郷に入会した來須は、
       有名コンビナートの役員だったっけ)

來狂の錬金術は仕組みを看破されない限り、
常人には來狂が入れ替わったことすら気付かれない。
よって來狂は、入れ替わった自分の持つ経歴や
技能をそのままに、安全かつ巧妙に工作活動が出来た。
とはいえ今やって来た彼は、どうも様子が違っていた。
喪服と馴染む色合いの袋を背負い、額には汗が滴っている。

川 ゚ 々゚)『例のブツになります』

床に置かれた長細い袋は、いかにも重々しい音を鳴らす。
席を立つ錬金術師に釣られ、入間も袋に近付くことにした。
一足早く中身を拝んだ來狂二人は、神妙に手を合わせた。

99 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:19:19 ID:YLCyI6VU0
( ^ν^)「!」

袋の中身は、高出 都子の死体だった。

川 ゚ 々゚)「もう帰っていいよ」

金の延べ棒を握らせ、來狂はそう言った。
そそくさと懐にしまう葬儀屋の体からは、死体特有の甘い香りが染み付いている。
去る彼の後ろ姿を、入間は静かに見送った。

( ^ν^)「これは――」

川 ゚ 々゚)「並行世界で死んでしまった、都子ちゃんだよ」

ことも無げに、來狂はそう言った。
絶句する入間は、ようやく彼女に手を合わせる。
袋の中の都子は、瞼を閉じているが、その目は酷く落ち窪んでいる。
薄く開いた口からは、泥漿じみた血が淀んでいた。
微かに薫る死臭を嗅ぎ、酸っぱいものが入間の喉に迫った。

( ^ν^)「どうして……」

力無く死因を問いただす入間に、來狂は理由を語ってみせた。
曰くこの都子は、生きたまま模原に【傷みの王】を抉られたのだという。
その世界線での模原の中では、存在しない妹が生き続けていた。
そこで彼は、妹のために【王】を調達した。
【王】を携え、愛する妹の元へと奔走する模原だが、
その途中で偽りの記憶に気付いてしまう。
おそらく妹の入院する病院が存在しないことで、疑念を抱いたのだろう。
混乱した彼は事の真偽を探るべく、自らの心臓さえも抉り取った。
そして人ならざる心臓を認め、失意に溺れる彼は、
そのまま息絶えたのだという――。

100 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:19:55 ID:YLCyI6VU0
川 ゚ 々゚)「そんなわけで秘密裏に処理する死体を、そのまま貰い受けたってわけ」

イかれた來狂は、続けて言う。

川 ゚ 々゚)「彼女を使って、上手いこと参倍郷を挑発する」

(  ν )「――――」

様々な思いが、入間の身を駆け巡る。
知っている顔なのに、まったく別の道を進んだ都子。
自ら破綻し、一人で逝ったであろう模原への哀れみ。
新参会が都子を攫い、参倍郷を挑発するというシナリオ、
その最適解とも言える手段。
やれやれ、と入間は袋のチャックを更に下げた。

( ^ν^)「人使いが荒いぜ」

そう言いながらも、錬金術師の入間は行動を開始した。

( ^ν^)(まずは彼女の指を切り落とし、参倍郷の会長に送りつけるか)

後生大事に都子を抱え、入間は小さく謝罪を口にした。

101 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:20:43 ID:YLCyI6VU0



終章 錬金術師は遂せるようです


.

102 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:21:47 ID:YLCyI6VU0
――都子の救出劇より、半年が経とうとしていた。
彼女は現在も、來狂の住居に匿われている。
【傷みの王】を摘出したことで、彼女の肉体は超常的な回復力を失った。
人並みの身体能力を得た都子は、
移植された心臓の経過を見ながら、日々リハビリに励んでいる。
長い努力の末、ようやく都子は軽い運動ができるようになった。
短時間であれば走ることも、泳ぐこともできる。
制約の多い日々は、未だ抜けることができない。
だが何も許されていなかった頃に比べれば、彼女は自由に選び採ることが出来た。
更に空いた時間を活用して、彼女は勉学にも励んでいた。
通信制の高校に入学すべく、都子は自力で問題集をこなしていた。
数学はやや苦手だが、特に気に入っているのは歴史や英語である。
物語めいた教科とそれに追随する文化の枝葉に、
どうやら彼女は惹かれているらしかった。
その興味は止まるところを知らず、じきに同世代の人間を追い越すことが予想できた。
もっとも本人はそれに気付いていないのだが。
――そんな忙しく過ごす彼女も、時折外出することがあった。
來狂の庇護を離れ、散歩をするのだ。
時間にして最大一時間半の、散歩。
それが都子にとって、一番の楽しみであった。
さて今日の都子は、川沿いのサイクリングコースを、歩いていた。
気付けば季節は秋へと変わり、微かに夏を残した風が吹いていた。

ζ(゚ー゚*ζ「気持ちいい天気ですね」

三つ編みを風に攫われながら、都子は言った。
柔らかく笑みを浮かべる視線の先には、お目付役の入間が佇んでいる。

( ^ν^)「ああ」

都子の外出には、毎回入間は携わっていた。
護衛半分、楽しみ半分といった割合で、彼も都子との時間を楽しんでいた。
なんと先日は彼女の自立を見守るべく、アパートの内見にも付き合った。
その際彼女には頼れる身内がいないことに気付き、
不肖ながらも彼女の従兄弟を入間は名乗ることになった。
多少気恥ずかしかったものの、入間は満更でもなかった。

103 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:23:26 ID:YLCyI6VU0
ζ(゚、゚*ζ「そういえば」

と、いつになく真面目な声音で、都子は切り出した。

ζ(゚、゚*ζ「あの時、模原さんと最後に何を話していたんですか?」

それは言わずもがな、屋上での戦闘後の様子を指している。

( ^ν^)「……話していたように見えたか?」

思い返す入間は、当時の模原の容姿が思い出せない。
遠く見下ろしていた都子は、なおのこと二人の様子が分からないことだろう。
それなのに彼女が断定したものだから、入間は戸惑っていた。
それに対し都子は、だって、と切り出した。

ζ(゚ー゚*ζ「入間さんがお話を聞いてくれてる時って、すごく優しい顔してるんですよ」

( ^ν^)「…………」

自覚なき男は、硬直した。
來狂にはそんな顔をした覚えはもちろんのこと、都子や模原にだって、そんな顔をしたことはない、はずだと彼は思っていた。

( ^ν^)「……見間違えじゃないか?」

川面を眺め、入間はお茶を濁した。
その視線に取り入ろうと、都子が欄干に身を乗り出した時だった。

ζ(゚ヮ゚*ζ「あーっ!」

( ^ν^)そ

すわ何事かと身構える入間だが、

ζ(゚ー゚*ζ「入間さん、おっきい亀がいますよ!」

無邪気に彼女はそう言った。

104 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:25:11 ID:YLCyI6VU0
視線を辿れば、猫の額ほどの中洲で、亀がいる。
ミシシッピアカミミガメが首を伸ばし、日差しを享受している。

(;^ν^)「お、おう……そうだな……」

体から力が抜けながらも、入間は精一杯優しく言うよう努めた。

(;^ν^)(なんとか男同士の約束は守ったぜ、模原……)

そんな心も知らず、都子は更なる報せを運ぶ。

ζ(゚ヮ゚*ζ「しかもアイスクリームみたいに、三段重ねしてますよー!」

興奮気味に語る都子は、スマホを取り出した。
先月契約したばかりのそれは、ようやく彼女の手に馴染もうとしている。

( ^ν^)(電源のつけ方さえ分からなかった子が、写真を撮ってる)

故障を疑ってスマホを片手にベソをかいていた都子を思い出し、入間は眉根を寄せた。
無論それは不機嫌を表しているのではなく、微笑ましさを隠したものだった。
それに気付かず、都子は日向ぼっこをする亀タワーを画面に収めた。

( ^ν^)「撮ってどうするんだ」

ζ(゚ヮ゚*ζ「來狂さんに、見せるんです!」

屈託のなく答える都子に、入間はしばし考え込んだ。

( ^ν^)「……そりゃいいな」

意味深に開いた間には気付かず、都子はニコニコと微笑む。
入間の脳裏では、亀を見せられて、反応に困る來狂の姿が浮かんでいた。
都子の無邪気さには、さしもの彼もたじろいでしまうのだ。
その様を密かに観察し、溜飲を下げるのが入間の日課であった。

105 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:25:55 ID:YLCyI6VU0
( ^ν^)(それも、あと少しで見れなくなるがな)

理由は単純明解。
参倍郷の壊滅が、目前に迫っていたからだ。
【乳母のフラスコ】を失った参倍郷は、会員の離脱によって急速に衰退した。
くわえて参倍郷は、新参会と激しい抗争を起こした。
言わずもがなそれは、入間の暗躍が原因である。
もはや両者は共倒れ寸前のチンピラ集団に成り下がり、
近く警察も大規模な逮捕を計画しているらしい。
よって入間と來狂は組織の滅亡を見届けた後、都子を社会へと戻すことにした。
無論都子も経緯を知っており、入間たち二人には頭が上がらないほどの感謝を口にした。

( ^ν^)(お守りも、とうとう卒業か)

遅れて歩く入間に、都子が気付いた。
先行く彼女は道を引き返し、やや寂寥に浸る入間へと声を掛ける。

ζ(゚ー゚*ζ「休憩、しますか?」

その優しさに、入間は首を振った。

( ^ν^)「一人暮らし、楽しみだよな」

入間の言葉に、都子は一瞬虚をつかれたような顔をする。
欄干に身を預けた彼女は、こくりと頷いた。

ζ(゚ー゚*ζ「でも、ちょっと寂しいです」

( ^ν^)「すぐ友達が出来るさ」

ζ(゚ー゚*ζ「多分、そうですね」

106 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:27:07 ID:YLCyI6VU0
でも、と都子は言葉を紡ぐ。

ζ(゚ー゚*ζ「入間さんや來狂さんの代わりに
     なるような人なんて、絶対いませんよ。絶っ対!」

言葉の調子に、入間はぽかんとした。
そして毒気を抜かれたように、ようやく微笑んだ。

( ^ν^)「あんな変人が、この世界に何人もいてたまるかよ」

くすくすと笑う入間に、都子もつられて笑う。
來狂の同盟について流石に隠しているとはいえ、彼の変人エピソードは事欠かない。
どうしたって來狂の狂気は、隠しきれないのである。

ζ(゚ー゚*ζ「でもそれだけじゃなくて、本当に代わりになんてならないですよ」

念を押して言われた言葉に、入間は気付く。
彼女を救ったのは、他でもない自分であり、來狂でもあるのだ。
苛烈な過去を、都子は忘れないだろう。
その身に刻まれた辛苦も、彼女を虐げることだろう。
されどその苦しみから目を背けない限り、都子は命の恩人を忘れることもないのだ。

( ^ν^)「……たまに、散歩に誘えよ」

珍しく出た入間の要望に、今度は都子が驚く番だった。
されど見開いた目は、芽吹くように喜びへと変わる。

107 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:27:55 ID:YLCyI6VU0
ζ(゚ー゚*ζ「しましょう。散歩以外にも」

( ^ν^)「こう見えても、結構忙しいんだぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「でも必ず付き添ってくれるじゃないですか。
     洋服屋さんとか、クレープ屋さんとか、プリクラとか」

( ^ν^)「そりゃ迷子にならないよう、見張ってるだけだ」

ζ(゚ー゚*ζ「それじゃあ迷子になったら、入間さんに連絡しますね」

( ^ν^)「マップアプリで調べろよ」

ζ(゚ー゚*ζ「なんですか、それ?」

(;^ν^)「だー、もうっ!教えてやるから、貸せ」

欄干にもたれる二人は、スマホを覗き込む。
あれやこれやと話し込み、入間の動作に都子は目を輝かせる。
その背を眺める川の流れは、傾く秋の陽を浴びて、細かな光を返した。
それはまるで、玻璃の破片が散るように。
日常へと歩みだした都子へ、祝福を捧げるように。
智と情を背負う錬金術師へ、健闘を祈るように。
儚き小人を思わせる煌めきは、波立つ泡と消えて、二人を見送った。

108 ◆vXEvaff8lA:2020/05/03(日) 22:28:47 ID:YLCyI6VU0



錬金術師は遂せるようです 終


.

109名無しさん:2020/05/03(日) 22:33:18 ID:ZwDuAQio0
すごい読み応えあった
おつ

110名無しさん:2020/05/03(日) 22:33:32 ID:lLLHlqTM0
ンン乙!!!!

111名無しさん:2020/05/03(日) 23:17:55 ID:PFL2lZPE0
乙!面白かった!

112名無しさん:2020/05/04(月) 07:54:57 ID:Hnyv6x5U0
乙です!

113 ◆S/V.fhvKrE:2020/05/07(木) 00:14:58 ID:CASE550M0
【投下期間終了のお知らせ】

主催より業務連絡です。
只今をもって、こちらの作品の投下を締め切ります。

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114名無しさん:2020/05/16(土) 13:12:18 ID:/d1NBOzI0
バチクソ良かった乙
作者は語彙が豊富だな

115名無しさん:2020/06/21(日) 20:23:58 ID:J.tzOaTs0

小銃は拳銃じゃなくてアサルトライフルのことだぞ


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