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(゚、゚トソンムジナのようですミセ*゚ー゚)リ

1名も無きAAのようです:2014/02/16(日) 00:45:12 ID:FUwnuIG.0

   ―― ― ―― ― ―――

 恐らく私は。狂ってしまったのだ。
 穴ぐらから飛び出て。
 あの夜に浴びた。青い青い月の光で。

 透き通るあの光はきっと。私の皮膚を。肉を。骨を透過して。
 私の正しい脳みそをあまりに穏やかに殺してしまったのだ

 だから私は。私では無い。
 私の肌と。体毛と。脂肪と。筋肉と。骨と。内臓を持った。
 同じ形をしただけの。

 私ではない。誰かだ。

 斜視のこの目に。乱視のこの目に。
 映るこの景色は。当然に狂っていて。
 焦点は左に3cmずれている。見上げた三日月は6重に見える。

 正すメガネは無いのだと。気づいたのは一昨日だったか。

 寄り添う肌の冷たさは。狂った脳を覚ますことをしてくれず。
 私の心臓の熱ばかりを奪って。私を殺してゆく。枯らせて行く。

 唇に優しさが欲しかったのはきっと。
 今宵の月も青かったからなのだ。

   ―― ― ―― ― ――

422名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 21:55:25 ID:rlK3C6BQ0

 半覚醒状態のデレに、他愛ない質問と、核心を探る質問をまぜこぜにして問う。
 他愛ない方には答えが返ってくるが、核心に迫る物はダメだ。
 ドクオの術にかかり、本人の意志は全く働いていないはずなのだが、それでも答えようとはしない。
 知らない訳ではないのだ。知らないことには知らないとはっきり答えることからも分かる。

 その後十数分に渡り、質問を続けて見たが成果は得られなかった。
 分かったのは、今のデレの人格を形成している「おとうさま」の暗示の能力は、ドクオより数段上だということだけだ。

('A`) 「……もう一度聞く。おとうさんとおかあさんのことを覚えているか?」

ζ(   *ζ 「……」

('A`) 「…………わかった。そろそろ終わりにしよう」

('A`) 「最後に、俺に言いたいことはあるか」

ζ(   *ζ 「…………」

('A`) 「何でもいい。ゆっくりでいい。どんな他愛ないことでも構わない」

ζ(   *ζ 「…………なにもありません」

('A`) 「……」

ζ(   *ζ 「……なにもありません」

 デレの頬を、一筋の涙が伝った。

423名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 21:56:52 ID:rlK3C6BQ0

 術を解く。
 完全に気を失い、倒れかけたデレの体を受け止めた。
 少女然としていて軽く、小さい。
 しかし、年齢を考えれば、もう少し成長していてもおかしくないはずだ。

 やはり、吸血鬼に定期的に血を与えるというのは、少女の体には荷が重いのか。
 ドクオはぐったりとした彼女の目じりを指で拭ってやる。

('A`) 「ジョルジュ、すまん。デレを寝室に連れていく」
  _
( ゚∀゚) 「あいよん」

 部屋の隅で大人しく気配を消していたジョルジュが小走りで部屋の扉を開けた。
 ここは一回の奥の物置部屋。今はジョルジュに貸し与えている場所だ。
 デレは、今も死に失せた「お父様」の呪縛に囚われている。
 出来るだけ、その名残の無い場所で術による干渉を行いたかった。

('A`) 「……どう思った」
  _
( ゚∀゚) 「どうもこうも、本当にがっつり洗脳されてんだな、って感じ」

('A`) 「ああ」
  _
( ゚∀゚) 「上辺だけをキャラ漬けされてるってレベルじゃないもんな。正直やった奴を殴り倒したいわ」

('A`) 「……」
  _
( ゚∀゚) 「まあでも、希望はあるんじゃねえかな。最後のは、なんか、本人が呪縛と戦おうとしていた感じあるし」

('A`) 「だと、良いんだがな」

424名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 22:00:04 ID:rlK3C6BQ0

 地下の寝室に降り、ベッドにデレを寝かせる。
 洗脳されている部分に干渉したせいで消耗したのだろう。
 ぐったりと眠って、起きる気配が無い。

('A`) 「最近は、少し人間味を取り戻してきていたようだったから、期待したんだがな」
  _
( ^∀^) 「焦りは禁物ってな。状態が改善してる兆しはあるんだしよ、無理しないでいこうぜ」

('A`) 「……ああ」

 デレの額を撫で、乱れた髪を調えてやる。
 こうして寝ていると、本当にただの少女だ。
 起きている時の所作言動の薄気味悪さが嘘のように思える。
  _
( ゚∀゚) 「つかさ、なんでそこまでデレちゃんのこと気にかけてんのさ」

('A`) 「……お前も色々してくれてるだろ」
  _
( ゚∀゚) 「そりゃ俺も並の善意?みたいなもんあるし。でもさ、ドクオはなんかこう、もっと必死というか、マジというか」

('A`) 「…………コイツは、洗脳されての行動とはいえ、俺の命の恩人だからだ。それ以外に理由は無い」
  _
( ゚∀゚) 「ふーん……」

 いまいち納得していないという顔ながら、ジョルジュはそれ以上続けなかった。
 嫌われているのを自覚して、あまり接近しないようにデレを覗き込む。
  _
( ゚∀゚) 「まあ、でも。目をつけたのがドクオだったってのが、この子のなけなしの幸運だったと俺は思うぜ」

('A`) 「……俺がどうかはともかく、他のゴミに同じように懐こうとしたかも知れないと考えると肝が冷える」

425名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 22:01:02 ID:rlK3C6BQ0

 あらかじめ寝間着を着させておいたので、このまま寝付かせて問題ないだろう。
 ドクオは布団をデレに被せてやる。

 小さな、しかし少し荒い寝息が聞こえる。

 以前に一度、暗示をかけた時もこうだった。
 その時は、ドクオの暗示で無理やりに元の人格を引き出そうとしたが失敗。
 術が解けたと同時にデレは意識を失い、そのまま数時間眠り続けたのだ。
 悪夢を見ているかのように魘されている彼女の姿には、簡単に干渉できない何かがあった。

 今回は多少気を使ったつもりだが、それでも夢見は悪いらしい。
 もう一度額の汗を拭ってやる。
 デレが少し反応した。閉じていた瞼が開き、うるんだ目でドクオを見上げる。

ζ( 、 *ζ 「お父様……?」

('A`) 「……負担がかかっているはずだ。もう少し寝ていろ。」

ζ( 、 *ζ 「……?」

 術にかかる前後の記憶があいまいなのか、自身の状況が把握できてい無いようだ。
 今、あれこれと説明しても無意味だろう。
 ドクオは頭を撫で、一先ず寝かしつけようとする。

ζ( 、 *ζ 「お父様……」

('A`) 「なんだ」

ζ( 、 *ζ 「……傍に……いてください」

426名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 22:02:10 ID:rlK3C6BQ0

 小さな手が布団から現れて、ドクオの指を掴む。
 デレはそのまま瞼を閉じて、寝息をたてはじめた。
 少し引いてみたが、寝ている割にはしっかりと捕まっている。
  _
( ゚∀゚) 「よっぽど怖い夢でも見てんのかねえ」

('A`) 「……甘ったれなだけだ」
  _
( ゚∀゚) 「ドクオも一緒に寝たら?昨日もロクに寝てないだろ?」

('A`) 「……」
  _
( ゚∀゚) 「色々考えてるのはわかるけど、無理は良くないって」

('A`) 「……そうだな。俺も少し寝る。上のことは任せていいか」
  _
( ゚∀゚)b 「おうよ。家事もろもろとデレちゃんの夕飯は俺に任せな」

('A`) 「すまん、いつも世話になる」
  _
( ^∀^) 「ま、無職の俺の方が世話になってんだけどな」

 地下を出てゆくジョルジュを見送って、ドクオも布団に潜る。
 ジョルジュの言っていた通り、ここ数日真面に睡眠をとっていなかったので、常に睡魔に襲われ続けている。
 ついでに腹も空いているが、こちらはいつものことだ。
 二日前にいくらかデレの血を吸ったので、まだまだ耐えられる。

427名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 22:04:44 ID:rlK3C6BQ0

 デレをなるべく中央からどかさぬよう。端に寄って眠る。
 仕方ないので、指はデレに捕まれたままだ。
 暗示をかけて負担をかけたのはこちらなのだから、この程度のわがままは許してやっても罰は当たるまい。

 目を閉じる。
 デレの寝息だけが聞こえる。

 最近では、すっかり耳に馴染んでしまった。
 一度、同じ床に入ることを赦した時点からデレは必ずドクオと共に眠る様になった。
 寝付くまでの数分を、会話して過ごすことも増えた。
 デレが、少しずつ年相応のらしさを取り戻すのと同時に、ドクオもようやっと彼女に慣れ始めている。

( A ) 「…………」

ζ( 、 *ζ 「ん……」

( A ) 「…………おい、離れろ」

ζ( 、 *ζ スャー......

( A ) 「…………チッ」

 手を抱くようにすり寄ってきたデレを、少しだけ押し戻し。
 ドクオもまた、深い眠りに就いた。

428名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 22:05:33 ID:rlK3C6BQ0

 眠い人用三行


 デレの洗脳
 解けず
 とりあえず添い寝



短いですが明日か明後日また投下します

429名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 22:09:43 ID:Lr4GRp020
ムジナまってたよ!!しえん!

430名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 22:10:37 ID:Lr4GRp020
っておわってたwwおつ
次に備えて今日のぶんいまからよんでくる

431名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 22:11:19 ID:ZOZNalQA0

どう収束していくのか毎回気になるぜ

432名も無きAAのようです:2014/10/19(日) 23:33:40 ID:scZKMryM0
乙!
本当に文章力があって、キャラの立て方も上手いよ
完結したら現行で見たあと
まとめでもういっぺん一気読みしたいぐらい

433名も無きAAのようです:2014/10/20(月) 01:45:29 ID:nVrxe7Es0
乙!

434名も無きAAのようです:2014/10/21(火) 22:38:21 ID:wnH.c6X.0
ζ(゚ー゚*ζ
http://i.imgur.com/lgNMzMZ.png

キャラの掛け合いも面白いし背景の描写も密でわくわくする
続き楽しみです

435名も無きAAのようです:2014/10/21(火) 23:00:15 ID:rWRoTenY0
>>434
クオリティすgeeee

436名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 14:38:46 ID:tDoD0cvc0
 

        Place: 草咲市                 とあるビルの屋上
    ○
        Cast: 棺桶死オサム 百々クックル 小山内リリ

   ──────────────────────────────────

437名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 14:43:01 ID:tDoD0cvc0
 
【+  】ゞ゚) 「吸血鬼の生涯に、孤独はつきものだ」

 その男は、屋上の縁に立ち月を見上げていた。
 背に負った棺桶が黒いシルエットを歪にし、一目では人の姿とは分からない。

【+  】ゞ゚) 「元は人であるから人を愛してしまうが、人にとって吸血鬼は恐れ忌むべき捕食者に過ぎない」

【+  】ゞ゚) 「稀に受け入れる者が現れても、やはり長くは続かない」

 大きく、輪郭のはっきりとした満月。
 雲のない夜空にその光を遮るものはなく、街は夜とは思えぬほどに明るい。
 いつもは眩しいネオンライトも、今日はどこか控え目だ。

【+  】ゞ゚) 「故に、吸血鬼は愛されることに飢える。野良の吸血鬼が同族を生み出してしまう大きな理由はここにあるだろうね」

 男、棺桶死オサムはくるりと振り返った。
 月の逆光で表情は見えないが、恐らくいつも通りの腹立つ笑みを浮かべているのだろう。

【+  】ゞ゚) 「悲しいことに、同意の下で吸血鬼化させたとしてもそう言った関係は割合すぐに破たんすると相場が決まっていてね」

【+  】ゞ゚) 「有限の時間だからこそ尊く愛した相手でも、永遠に共にあるとなれば別であるから、必然ともいえるのだが」

 棺桶死は、少し高く作られたそこから屋上の側へと降りる。
 巨大な箱を背負っているにも関わらず、足音一つない。
 黒い影に塗りつぶされたシルエットの中、その双眸だけが紅く怪しく輝いている。

【+  】ゞ゚) 「これは、吸血鬼に与えられた罰なのだろう。人でありながら、人を喰らう、その業に対する、ね」

438名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 14:45:36 ID:tDoD0cvc0
 
 棺桶死は屋上の端をなぞる様に横へ。
 月明かりのあたりが変わり、体が徐々に闇から現れる。
 穏やかな笑み。街ですれ違えば少々身分の高い老紳士にしか見えないだろう。

 相対するは、長身の男と少女。
 男は黒いスーツで全身を固め、少女は背中にランドセルに似た四角い皮の鞄を背負っている。

【+  】ゞ゚) 「久しぶりだね百々、小山内。前に英栄で一戦交えて以来かな?」

( ゚∋゚) (……我らの前に進んで姿を見せるとは、何を企んでいる、棺桶死)
       ∨ ̄
⌒*リ´・-・リ 「と、申しております」

【+  】ゞ゚) 「いやさ、態々草咲まで君らが来てくれたのだ。一戦、相手してやらねば義理が立たんと思ってね」

( ゚∋゚) (その余裕。今日こそ捻りつぶす)
       ∨ ̄
⌒*リ´・-・リ 「と、申しております」

【+  】ゞ^) 「受けてたとう。アレが引退してから、どうにも退屈でたまらんからね」

( ゚∋゚) (…………ほざけ)
       ∨ ̄
⌒*リ´・-・リ 「と、申しております」

 長身の男、百々(どうどう)クックルは両手に杭を備えた。
 巨大なメリケンサックに、短杭の刃を生やした特注品。
 便宜上、「拳杭」と名付けてはいるのだが、杭持ちの間では「百々杭」と呼ばれている
 扱いが直感的で単純な半面、膂力が物を言うため百々以外に使う者が居ないからだ。

439名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 14:48:57 ID:tDoD0cvc0

 百々の隣に立っていた少女、小山内(おさない)リリはテコテコと屋上の入口付近まで下がる。

 それを合図に、百々は前へ。
 長く逞しい足を活かし、瞬く間に棺桶死に肉薄。
 走る勢いを殺さぬまま拳と杭を叩き付ける。

 打撃と、金属を引っ掻くけたたましい音が連続する。
 棺桶死は背負っていた棺桶を前に出し、百々の杭を受けたのだ。
 百々は続けて逆の拳を、あえて棺桶に打ち込む。
 剛力に蓋が軋み、棺桶死の体が僅かに揺らいだ。

 この一瞬の隙に百々は横へ体を潜り込ませる。
 見えたのは棺桶死の脇腹。
 がら空きのそこへ、フックの容量で拳を振るう。

 杭の先端が棺桶死の肉を捉えるかと思ったその寸前、棺桶死の身体が霧散した。
 黒い霧の塊へと変貌した棺桶死は、百々から距離を取った位置で再び人の姿へ戻る。

【+  】ゞ゚) 「やれやれ……流石、人間とは思えない」

 棺桶死が手放していった棺の蓋は、大きく窪んでいた。
 鉄製である。
 そう簡単に歪むものでは無い。

【+  】ゞ゚) 「大天福や素直嬢とは全く違う強さだ。彼らは人間的な部分をより特化しているが、君は」

 言葉の途中で銃声が鳴り響き、棺桶死の頭が横に弾かれた。
 耳のやや上から血飛沫が吹き出し、夜空に立ち上る煙となる。

440名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 14:50:39 ID:tDoD0cvc0

⌒*リ´・-・リ 「…………余裕を持ちすぎかと思われますが」

 血飛沫の原因は、屋上入口の陰から半身だけを露わした小山内リリ。
 その腕には小さな体に見合わぬ厳つい小銃。
 銃口から登る細い煙が風に吹かれて靡いている。

 一発目の命中によって生まれた棺桶死の停止に、さらに引金を引く。
 銃口の消炎器が、十字に火を噴いた。
 地に伏せ、かなり独特な体制で銃身を抑えながらも狙いは正確。
 放たれる弾は悉く棺桶死の体を貫いてゆく。

 この射撃の間にも、百々は棺桶死に迫った。
 拳の間合いへ到達すると同時にリリの銃が哭き止む。

( ゚∋゚) !

 大きな踏み込みから、棺桶死の胸部に杭を叩き込む。
 三本の杭が肉を断ち、骨を砕いた。
 振り抜いた拳の勢いのまま棺桶死の体が宙に浮く。
 百々は軸足を入れ替え、体重を移動し、逆の拳で頭部を殴り払った。

 深く食い込んだ杭が、硬い音を立てながら棺桶死の顔を四分割する。
 血と脳漿が吹き出し百々の体を濡らすが、それでも巨漢は止まらない。

 さらに切り返しの拳。
 捻りが咥えられた並列する三本の刃が棺桶死の胸を抉り、吹き飛ばす。
 軽々と浮いた棺桶死は放物線を描き貯水タンクへ。
 仰け反った姿勢で頭部から衝突し、跳ねて地面に伏せる。

441名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 15:01:44 ID:tDoD0cvc0

⌒*リ´・-・リ 「クックルちゃん!」

 手りゅう弾のピンを口で外し投げつけるリリ。
 貯水タンクに跳ねたそれは、起き上がろうとしていた棺桶死の頭へと落ちる。

 そして。

 静かな月夜に似合わぬ轟音が鳴り響く。
 リリは腕で顔を庇い、百々は彼女の小さな体の前で自らの肉体を盾とした。
 ぱらぱらと、舞い上げられた瓦礫の落ちる音。
 百々とリリはすぐに離れ、それぞれの得物を構えながら、棺桶死の居た場所を睨みつける。

( ゚∋゚)

⌒*リ´・-・リ 「はい。これくらいで奴が死ぬとは思えません」

( ゚∋゚)

⌒*リ´・-・リ 「一応大天福ちゃんにも連絡はしておきました。彼のことだからすぐに来てくれると思います」

 手りゅう弾によって破損した屋上の床。
 そこには棺桶死の身体、流れ出た血すらも存在しない。

    「やれやれ、やはり君らは容赦がないね」

 後ろからの声に、咄嗟に振り返る二人。
 が、棺桶死の姿を視認することが出来ず、リリが横に吹き飛ばされた。
 コン.ク.リートの床を転がり、縁の段差に背中を打ちつける。
 口から唾液が零れ、苦しげに身を丸めた。

442名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 15:03:19 ID:tDoD0cvc0

 リリを心配する余裕も無い。
 百々は僅かに見えた棺桶死の攻撃を腕で捌く。
 すさまじい衝撃にスーツの内に仕込んだ特殊繊維のプロテクターが軋みを上げた。
 次々と襲い来る棺桶死の攻撃。

 月明かりの中、百々は硬く握られた白い拳を視認した。
 ただし、その数が妙に多く感じる。
 棺桶死が早いとか、薄暗い中で残像が見えるとか、そんな甘いものでは無い。
 実際、棺桶死の手は左右合わせて六つ存在していた。

 棺桶死の身体は、大半が霧に変化したまま。
 実体化しているのは胸部と顔、そして複数に増えた腕のみだ。
 その状態から、人間には再現不可能な速度と力の連撃を放っている。

【+  】ゞ゚) 「よく耐える。……だが」

 連続する打撃を受け切れず、いくつかの拳が百々の体を捉えた。
 内臓が揺さぶられ、骨が痺れる。
 絞り固めた筋肉の防御も余り役には立たない。

 こじ開けられた腕の防御の隙間を抜けて、百々の顎が打ち上げられた。
 巨体が浮き、そのまま受け身も取らず地面に落ちる。

【+  】ゞ゚) 「速さだけなら大天福だね。アレは私より僅かに速い」

 霧を纏い完全な実体へ戻る。
 腕は二本に戻り、受けた数々の傷は一つも残っていない。
 軽く埃を払い襟を正すさまは銃弾爆薬鋼の剣が煌めく戦闘の後とは思えぬほど穏やかだ。

443名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 15:04:47 ID:tDoD0cvc0

【+  】ゞ゚) 「おや、死なない程度に意識を飛ばしたつもりだったのだが」

⌒*リ´・-・リ 「…………う、くっ」

【+  】ゞ゚) 「相変わらず見かけに寄らない頑丈さだ」

⌒*リ´・-・リ 「……棺桶死、あなたはなぜ、この街に来たのです」

【+  】ゞ゚) 「……特に理由は無い。娘の顔を見ようかと思ってね」

⌒*リ´・-・リ 「……」

 リリは小銃を杖代わりに立ち上がった。
 やや覚束ないが、気丈に棺桶死を睨みつける。

⌒*リ´・-・リ 「…………ハインリッヒ高岡とは何者なのです」

【+  】ゞ゚) 「!」

⌒*リ´・-・リ 「先日、私たちの元に、あなたの居場所をリークする電話がありました」

⌒*リ´・-・リ 「それは、あなたが私たちをおびき出すため、素直ちゃんたちの前に姿を現す以前の話です」

【+  】ゞ゚) 「……」

⌒*リ´・-・リ 「信憑性の無い情報でしたので、一先ずは裏取りをしていたのですが、結果として正しかったということになります」

444名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 15:39:51 ID:tDoD0cvc0
※私用にて中断します

445名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 16:08:17 ID:oAXzoo4c0
おま……!乙……!

446名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 16:13:46 ID:9jQR.3h.0
くぁ……!


447名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:14:42 ID:tDoD0cvc0

⌒*リ´・-・リ 「私たちですら正確な居場所のつかめないあなたの、一時の隠れ家までを暴いて見せたその男が名乗った名」

⌒*リ´・-・リ 「それが、ハインリッヒ高岡」

【+  】ゞ゚) 「……」

⌒*リ´・-・リ 「疑問に思った私たちは、とりあえずその男の名を調べました。
        偽名である可能性も考慮し、近しい意味合いを持つ名前までを徹底的に」

【+  】ゞ゚) 「そして、見つかったかね?」

⌒*リ´・-・リ 「いいえ。少なくともここ十数年の記録からは、それらしい人物を特定できませんでした」

 棺桶死はごく小さな声で「そうだろうね」と呟いた。
 やはり関係者なのだろう。

⌒*リ´・-・リ 「と、本来ならばここで「ハインリッヒという名は偽名である」と結論付けて終わりなのですが……」

 頭の片隅に置く程度に留めていたその名を、リリたちはこの街に来てもう一度聞くことになる。

 ここ、草咲市市街は最近妙に吸血鬼絡みの事件が頻発している。
 今までにない規模での吸血鬼の量産。それに伴う数々の凶行。
 杭持ちたちは全力で原因の解明に当たっており、僅かずつであるが進展も得られている。

 その中に、あったのだ。
 ハインリッヒという名が。

⌒*リ´・-・リ 「大天福ちゃんが、一連の事件の要因に関わると思われる吸血鬼を捕らえたのですが、
        その吸血鬼が取り調べの中で唯一口にしたのが『ハインリッヒの意志』という一言だったそうです」

448名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:16:05 ID:tDoD0cvc0

⌒*リ´・-・リ 「……なにか、繋がってくる気がしませんか?」

⌒*リ´・-・リ 「地雷女。棺桶死オサム。吸血鬼事件の異常な頻発。その他にも、いつになく草咲市は賑やかです」

⌒*リ´・-・リ 「この、きなくさ〜〜〜い感じ、全て偶然でしょうか?」

【+  】ゞ゚) 「…………そうか。奴はついにそう言う手段に出たか」

⌒*リ´・-・リ 「やはり、御存じなのですね」

【+  】ゞ゚) 「ああ。だが、語らんよ。奴のことは、出来るだけ私たちだけで片付けたいからね」

⌒*リ´・-・リ 「よく言います。私たちを招くようなマネをしたのは、この件に少しでも戦力を巻き込みたかったからでしょう」

【+  】ゞ゚) 「……察しが良くて助かるね」

⌒*リ´・-・リ 「貴方の思惑通りに私たちが動くと?」

【+  】ゞ゚) 「私の思惑では無い。人を救いたい君たちの意志が、私の利と一致するだけさ」

⌒*リ´・-・リ 「腹の立つ言い方だ。……と、申しております」

【+  】ゞ゚) 「!」

 棺桶死の背後、気絶していたはずの百々が立ち上った。
 わずかな間もおかず、そのまま熊が爪を振るうように、棺桶死の体を薙ぎ払う。
 素早い反応を見せたため深く抉ることはできなかったが、血が地面に跡を残す。

449名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:18:07 ID:tDoD0cvc0

【+  】ゞ゚) 「む?」

( ゚∋゚)

 相変わらず冷静さを見せた棺桶死だったが、少しして眉をしかめた。
 切り裂かれた傷の修復が遅い。
 霧への変化すらもどこか鈍っている。

【+  】ゞ゚) 「おやおや。これは」

( ゚∋゚) (我々がいつまでも貴様に振り回されるだけだと思うか?)
       ∨ ̄
⌒*リ´・-・リ 「と、申しております」

【+  】ゞ゚) 「ふむ。確かに油断してもいられないようだ」

 棺桶死の血が糸のように伸び傷口を縫合してゆく。
 折角の有効打もすぐに回復されてしまったが、止むを得まい。
 血刑の糸による縫合は飽くまで応急処置。
 これまでのように時間を巻き戻すかの如く復活されるよりはマシになったと思うべきだ。

【+  】ゞ゚) 「気絶したふりをして、杭に何か仕込んだか」

( ゚∋゚) (抗血刑剤。かねてから研究されていたが、ようやっと実用レベルに達したというところだ)
       ∨ ̄
⌒*リ´・-・リ 「と、申しております」

【+  】ゞ゚) 「…………旭の遺産か。死んでもなお仇を成す者とは、どこにでもいるものだね」

450名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:19:20 ID:tDoD0cvc0

【+  】ゞ゚) 「…………さて、頃合いだ。そろそろお暇させてもらうとしようか」

( ゚∋゚) (逃げるつもりか棺桶死)
       ∨ ̄
⌒*リ´・-・リ 「と、申しております」

【+  】ゞ゚) 「……これ以上は戯れでは済まなくなるだろう。まだ君らを殺すときでは無い」

( ゚∋゚) (我らがこの好機をみすみす逃すと思うか?)
       ∨ ̄
⌒*リ´・-・リ 「と、申しております」

【+  】ゞ゚) 「好機……?はて……」

 棺桶死が顎に手を当て小首を傾げる。
 同時に、百々の杭の刃が根元から全て折れた。
 咄嗟に構えたリリの小銃も、弾倉が地面に落ち込められていた弾が一つ残らず取り外される。
 どちらも、装備して居たそれぞれは何の操作もしていない。

【+  】ゞ゚) 「いくら君でも、素手で私とやり合うのは無理があるのではないのかな、百々」

( ゚∋゚)

⌒*リ´・-・リ 「……本当に、忌々しい人」

【+  】ゞ^) 「止むをえまい。私は人類にとっても、吸血鬼にとっても最大の怨敵でなければならないからね」

451名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:20:25 ID:tDoD0cvc0

【+  】ゞ゚) 「では、また会おう百々、小山内。その日まで、健やかで居ておくれよ」

 棺桶死の体が文字通り霧散した。
 黒い靄は瞬く間に空気に融け消えて、彼の放っていた強烈なプレッシャーも綺麗に消え去る。

⌒*リ´・-・リ 「……結局、核心事は煙に巻かれてしまいましたね」

( ゚∋゚)

⌒*リ´・-・リ 「ええ。腹立たしいことですが、今は棺桶死の思惑に乗るしかないでしょう」

( ゚∋゚)

⌒*リ´・-・リ 「はい。まずは装備を新調しなければ。私の銃は何とかなりますが、クックルちゃんの杭は時間がかかりますし」

( ゚∋゚)

⌒*リ´・-・リ 「水臭いことを言わないで、クックルちゃんのサポートをするのが、私のお仕事だもの」

( ゚∋゚)

 棺桶死が一度去った場所に再び戻ることは滅多にない。
 二人は手早く戦闘の痕跡を清掃し、屋上を去った。

 人のいなくなった屋上は煌々とした月の明りの中で、時が止まったように、静寂を取り戻した。

452名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:21:21 ID:tDoD0cvc0
 
 
 
 
 
 
.

453名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:22:16 ID:tDoD0cvc0
  





  ダッ!


     ダッ!!

       ダッ!!
        ダッ!!
         ダッ!!

454名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:24:18 ID:tDoD0cvc0
  
         _人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人_
        >                                         <
        >  大    天    福    大    参    上  ! ! !  <
        >                                              <
       ´ ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄

                            三 ∧_∧  
                        三⊂(´†ω゚`)つ
                           三   〈          バー―――z___ンッ!!
                           (_/⌒J 



(´†ω゚`) 「またせたな百々!!!この大正義大天福が来たからには―――――ッ!!」


(´†ω゚`)


(´†ω゚`)








(´†ω・`)

.

455名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 18:25:56 ID:tDoD0cvc0

 おわり
 間が空きましたがあけましておめでとうございます。今年も滞りつつ続けてゆきます


三行

  ( ゚∋゚) (棺桶死殺す)
         ∨ ̄
  ⌒*リ´・-・リ 「と、申しております」


>>434
 遅くなりましたが、大変に素晴らしいです
 イメージの中にあったデレそのものを描いていただき非常に喜ばしく思います

456名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 19:24:43 ID:Q5B5v9ls0
乙、このぐらいの間は訓練されたブーン系民には一日と変わらない。
オレは更新されたのをみて狂喜乱舞したけどな

457名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 19:54:09 ID:P5VBhslg0
乙乙
大天福先生が大天福すぎてとても良い

458名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 20:35:05 ID:TcjWcj5o0
乙!

459名も無きAAのようです:2015/01/03(土) 21:40:40 ID:oAXzoo4c0
乙 オサムかっけぇ〜〜〜

460名も無きAAのようです:2015/01/04(日) 09:05:34 ID:wiiJefkc0
キテタ!
毎回三行が秀逸過ぎる

461名も無きAAのようです:2015/01/04(日) 13:19:20 ID:42G6Detw0
おつ

462名も無きAAのようです:2015/01/19(月) 21:47:37 ID:7UVWQIYA0
乙!
やっぱムジナが個人的に一番面白いわ

463名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:13:40 ID:fIZnY.bU0


        Place: 草咲市 幸寿町 辺丹州 字 戸六 35-7 穏やかな音楽の流れる喫茶店
    ○
        Cast: 流石兄者 素直クール わかばを吸う女

   ──────────────────────────────────――――――

464名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:18:49 ID:fIZnY.bU0

 その女は、既に席に座り煙草を燻らせていた。
 窓際の角の席。
 入口に背を向けるその姿は若い女のようにも、老いた老女にも見える。

「あれだ」

 そう一言だけ呟き、クールは席に向かう。
 ハイヒールの鳴らす硬質な音が、静かな喫茶店の中に響いた。
 先ほどまでテーブルを拭いていた店員の女がいそいそと駆け寄ってきたが、
 一瞥もしなかったクールの態度にやや戸惑っている。

「二人。あちらと待ち合わせで」

「あ、はい、いらっしゃいませ」

 俺に頭を下げ店員はいそいそとカウンターへ戻る。
 カップを拭いていた店長らしき老人と目が合ったが、逸らされた。
 服装で俺たちが杭持ちだと見抜いたのだろう。
 客に対するには、少し鋭さの過ぎる警戒心が見て取れた。

「流石くん、早くきたまえ」

「はい」

 先に女の向かいに腰を下ろしたクールに呼ばれ、俺もテーブルへ。
 数秒悩んで、クールの隣に間を空けて腰掛けた。

465名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:21:34 ID:fIZnY.bU0

「良い雰囲気の店ですね」

「でしょう。気に入ってるの、暴れたりしないでね」

 俺の述べた社交辞令に、同じく社交辞令然とした返事をする女。
 初めて正面から顔を見た。
 世間一般で言えば、美人な部類か。
 気だるげな表情がむしろ艶となっている。

「紹介しよう。部下の流石くんだ」

「流石兄者です、初めまして」

 クールが相変わらず無感情な声で俺を紹介しる。
 最近やっとこの、「これはペンだ」と言うのと同じトーンで名を伝えられることに慣れた。
 初めの頃は紹介されていると気付けず、反応が遅れてしまったものだ。

「初めまして。私は、そうね」

 女は少し悩み、テーブルに置いてあった煙草の箱を手に取った。
 薄い緑の地にシンプルなロゴとデザインが描かれている。
 喫煙者でないため詳しくは無いのだが、ひらがなで名前が書かれた煙草は初めて見る。

「仮に、『わかば』とでもしときましょうか」

「偽名ですか」

「そうね。だけれど気を悪くしないで。普段使っている名前ですら、私の本来の名前じゃないから」

466名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:22:35 ID:fIZnY.bU0

 互いの紹介を終え、落ち着いたところに丁度店員が現れる。
 俺とクールの前に水とおしぼりを置き、伝票にペンを構えて注文を取る姿勢になった。
 特に何かを頼むつもりでも無かったため、目でクールを窺う。

「経費は落ちる。良識の範囲で好きなものを頼みたまえ」

「じゃあ、俺はブレンドを」

「私もブレンドおかわり。それとガトーショコラ一つ」

「私はアイスラテを。と、ショートケーキを二つ」

「俺は要りませんよ」

「何を言っている。二つとも私が食べるに決まっているだろう」

 苦笑する店員を戻らせ、わかばの女は咥えていた煙草を灰皿に押し付ける。
 吸殻はこれを含めて三本。
 珈琲も二杯目であるし、少々待たせてしまったようだ。
 遅れてきたわけでは無いのだが、はるかに早く彼女はここに着ていたのだろう。

「それで、話しってのは何」

「率直に言おう。君の力を借りたい案件がある」

 予測できていたのだろうか。
 わかばの女はため息を吐き、器に残ってた珈琲を飲みほした。

467名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:23:52 ID:fIZnY.bU0

「私が出張んなきゃいけないような緊急事態なわけ」

「そうだ。でなければ連絡などしない」

 いかにも乗り気でないという風に、わかばの女は唇を尖らせる。

「いいわあ、一応話くらいは聞きましょう」

「そう言ってもらえると重畳だ」

「でも、期待はしないでよ。私は、今の生活ぶっ壊してまで協力するような義理は無いから」

「ああ、分かっている」

 二人の女の会話を、水で喉を潤しながら聞く。
 優位性を持っているのは、わかばの方で間違いないだろう。
 こちらは依頼する側なのだから当然と言えばそうだが、それだけでない何かが感じ取れた。 

 「わかば」がどういった存在で、クールや十字協会とどういった関係があるのか、俺は一切教えられていない。
 一応尋ねてはみたのだが、「今は顔だけ覚えておけ」という返答しか得られなかった。
 協力を仰ぐといった時点で無認可の吸血鬼狩り屋の類かと予想していたのだが、どうにも空気が違う。

468名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:25:03 ID:fIZnY.bU0

「流石くん、細かい話は君に任せる」

「わかりました」

「あなた、良くこれの部下なんてやってられるわね」

「異動の願いは散々出しているのですが、認められなくて困っています」

「ふうん。なんだか嫌にタフそうな相棒で良かったわね、クーちゃん」

「タフ過ぎて困っているところだ。あと部下の前でクーちゃんはやめろ」

「いいじゃない。私にとってはいつでもどんなときでもクーちゃんはクーちゃんよお」

「流石くん、さっさと話を」

「はい」

 わかばが、煙草を一本抜き取り、口に咥える。
 ライターを構えたところで、思い出したように俺を見る。

「煙草、吸っても」

「俺は構いませんが」

「ありがと」

 ライターが火花を飛ばし、細い火が点る。
 煙草の先端が燃え、軽い明滅を起こす。
 一度大きく吸い込んだ煙を、俺たちにかからぬよう、少し開けた窓に吹くわかば。
 その目が俺を流し見たのを確認し、俺は口を開いた。

469名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:28:56 ID:fIZnY.bU0

「現在、草咲市に棺桶死オサム『始祖の吸血鬼』が姿を現していることはご存じで」

「いいえ。そう、あのおじいちゃんまた来てるの」

「はい」

 棺桶死オサム、そして吸血鬼に対する認識はある程度共有できているようだ。
 これならば、いちいち説明せずに済む。楽でいい。

「まさか、あのおじいちゃんを殺すの手伝えってんじゃないでしょうね」

「正確には、それも視野に含めて、複数の状況に対する遊撃的な立場を取っていただきたいと、上は考えています」

「遊撃的、ねえ」

「我々のみでは手に負えない状況が発生した際の援護、ということになります」

「ねえ、クーちゃん」

「なんだ」

 相変わらず顔を窓側に向けたまま、わかばは視線のみをクールに移動する。
 やはりわかばの用いる呼称が気に入らないのか、普段よりもいくらか不満げに見えなくもない。
 面白い。今度隙を見せた際に俺もクーちゃんと呼んでみよう。
 そのためにも普段から防弾ベストを着込んでおかなければ。

470名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:31:54 ID:fIZnY.bU0

 クールの反応を無視し、わかばが煙草を咥えたまま向き直る。
 軽く握った状態両手を目の前に差し出し、言葉に合わせ一本ずつ立ててゆく。

「荒巻、渋澤、百々、大天福、増井、盛岡、横堀、咲名、的間。今挙げた杭持ちのうち何人がこの街に来てるの」

「現時点では四人だ。ただし、咲名は今杭を持っていない」

「それぞれの子分は」

「百々は小山内。大天福には天主堂、盛岡には権藤がついている」

「ちなみに親猫のおにいさんやラスイチのおじさんとの協力体制は」

「子子子ギコ、鴨志田フィレンクト両陣営共に、一応は約束されている」

 クールの返答を聞き、わかばは眉間に皺を寄せた。
 煙草の煙が沁みた、というわけでもないのだろう。

「あのさ、あんた含めて、十協の戦力トップ10が五人もいて、それぞれ子分も真面に揃ってて、
 加えて親人間派吸血鬼の二大勢力が共に協力的なのよね。普通ならそれだけでオーバーキルだってのに、
 その上で私を引っ張り出すってさ、それどんな異常事態なのよ。
 吸血鬼満載したジャンボジェットが突っ込んで来るってレベルじゃなきゃ納得しないわよ」

「近い状態にあると、言っても過言ではありませんね」

「飽きれた。世の中腐ってるわ。No futureだわ」

 言葉通りの心底呆れた顔から煙が吹き出された。
 クールに見慣れてきた今、こちらの方が大げさな反応に見えて仕方ない。
 何はともあれ、この意見には同意だ。今の草咲市は異常が過ぎる。

471名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:33:22 ID:fIZnY.bU0

 現在、草咲市で俺たちを振り回す事案は主に三つ。

 棺桶死オサム、『地雷女』両名の不自然な滞在。
 好戦的な新生吸血鬼、仮称『蠍』こと志納ドクオの出現。
 高危険度吸血鬼の不自然な大量発生。

 どうやらそれらには関連性があるようだが、一体どんな裏があるのかがまだ見えていない。
 つい最近新たに得られた情報では「高岡ハインリッヒ」などと言うこれまた聞き覚えの無いワードまで登場している。
 一切の明度を得られぬまま、断片の情報ばかりが手に入り、解決にはほとんど繋がらない。

 結局それぞれに部分的に対応しなければならないため、労力体力がすり減るばかりだ。
 三つめに上げた大量発生の件は特に人手を食い、俺たちまでそちらに駆り出されかねない状況になっている。

「それで、私なのね」

「はい。解決の糸口が見つからないからこそ、せめて目の前の事件には応対しなければなりませんから」

「一応聞くけど、人員はもう余裕無いのよね」

「辛うじて、あと数名回してもらえるとは言われていますが、そうですね。それ以上は望めません」

「ま、いくらここが激戦区って言ったって、他を無視するわけにはいかないもんねえ」

「はい」

 わかばは幾分減った煙草を灰皿に捩じりつけ、何度目か分からないため息を吐く。
 どうやら受ける気にはなってくれたようだが、やはり乗り気とはいかない。

472名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:37:40 ID:fIZnY.bU0

「報酬は出すと、上は言っています」

「報酬ったってあんた、私はそもそも十協に養われてる立場だもの」

 「十協なくなられても困るしねえ」と呟き足す。
 俺が話す間に届けられたコーヒーを、そっと唇に運んだ。
 慎ましい嗜み方だ。隣で二つ目のケーキを食い散らかしているクールにも見習ってほしい。

「わかったわ。どれくらい手伝えるか分からないけどとりあえずはね」

「そう言っていただけると助かります。素直さん」

「ちょっと待ちたまえ。今大事なところだ」

 残しておいた二つ分のいちごをたっぷりと味わうクールを待つ、俺とわかば。
 反撃に銃弾さえ飛んでこなければ、横っ面を全力で殴っているところだった。
 無論、俺が殴りかかったところでこの女はあっさりと躱すだろうが。

「これを。連絡用だ。必要な番号とアドレスは全て入力してある」

「あらあら、随分準備がいいこと」

「お前はごねるこそするが、こちらの依頼を断ることはないからな」

「あんたたちが断り切れない話ばっかり持って来るからでしょお。そろそろ勘弁してよね」

473名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:39:27 ID:fIZnY.bU0

「じゃ、要件が済んだなら、私は帰るわよ」

 一通りの話が済み、荷物を手早くまとめ、立ち上がるわかば。
 ハイヒールのせいもあってか、思っていたよりも身長が高い。

「ああ、応じてもらって感謝する」

「感謝してるなら、もっと媚びた声出してもらえないかしら。せっかく可愛い顔してるんだから。ね」

「ね、と言われましても」

 不意に話を振られ、ついクールの顔を見た。
 俺に他人の顔面をとやかく語る美的な感性は存在しないが、ほとんどの人間がこの顔を美しいと賞する。
 中身を知っている俺にとっては、外面などどうでもいい。

 いくら美しい拵えが施されていようと、刃物は刃物。
 肉を裂き魂を刈り取る死神の鎌に「可愛い」などとのたまわれるほど、俺は剛毅な質でない。

「素直さんが他人に媚びるところは見て見たい気もしますね」

 じろりと、クールの視線が刺さる。
 白を切ってわかばに目を戻すと、いかにもわざとらしいため息が聞こえた。
 続いて、決心したように深く息を吸い込む音。

「ありがとお、わかばちゃあん」

 一瞬、俺とわかばの動きが止まった。
 たまたま見合わせていた彼女の瞳孔が開くのが分かる。
 恐らく俺も同じような状態だろう。

474名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:41:05 ID:fIZnY.bU0

「お望み通り媚びてやったぞ」

 反射的にクールを見た。
 こともなげに、ストローに口をつけ残りのアイスラテをじゅるじゅると鳴らしている。
 相変わらずの無表情ではあったが、こちらを向かないという頑なさだけは感じ取れた。

「今の聞いたよね、流石っち」

「ええ、幻聴だと思いたいところではありましたが」

「そうね、そう。私まだ鳥肌が収まらないわ」

 わかばが腕を見せた。
 触れるまでも無く肌が粟立っているのが分かる。

「俺も三年くらい寿命が縮んだかも知れません」

「大概にしたまえよ流石くん。わかばについてはやむなく大目に見るが」

「だってねえ。あんた、そんな甘ったるい声も出せるんだ」

「末の妹の真似だ。私や他の妹共と違って、奇跡的に一般的な人格なのでな」

「今の、他の人たちの前でもやってもらっていいですか」

「四肢に一発ずつ、頭と心臓に四発ずつ鉛をぶちこませてくれるならば考えてやる、流石くん」

「脳天に一発ならば悩むところでした。諦めましょう」

「仲良いのねえ、あなたたち」

475名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:43:19 ID:fIZnY.bU0

「さて、どうしましょうか。これから」

「どうするもこうするも、上からの命令には従わねばなるまい」

 わかばが去った後の喫茶店。
 クールが追加でモンブランを注文したために店を出られなくなり、俺は斜向かいに座り直す。

「警邏の応援に入るんですか」

「不満ではあるがな」

「俺の勘では、地雷と吸血鬼の大量発生は関連性があります」

「それは私も分かっている」

「蛆のように湧く吸血鬼を狩るより、地雷の周辺を浚う方が速いかとは思いますが」

「同意見ではあるが、現状は手詰まりだ。せっかくもらえた増援も、全て向こうに取られては捜査も進まん」

 素直クールにしては異様に聞き分けが良い。
 撃つなと言っても撃ち、壊すなと言っても壊し、行くなと言っても向かうこの女が命令を聞くなど気色悪いにもほどがある。
 何かに感づいているのだろうか。

「そう訝しがるなよ流石くん」

 モンブランの頭頂に乗った栗の甘露煮を丁寧に掬い取り、頬張る。
 続けて何かを喋ろうとしている気配はあるが咀嚼が終わらない。
 俺は氷の溶け切った水を、少しだけ口に含む。

476名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:44:50 ID:fIZnY.bU0

「人手を失った今、乙鳥や賤之女デレについて調べるのは骨だ。
 本来地雷にたどり着くための糸口に過ぎなかったと考えればむしろここに執着するのは無駄ですらある」

「それならば少しでも甲斐のある方に行くと」

「そうだ」

「正直に言ってはいかがですか」

「なんだ」

 残っていた大きなケーキの塊を、クールは口に押し込んだ。
 まるで子供だ。
 口の端に付いたクリームを指で拭い、咀嚼途中の舌で舐めとる。

 俺は親では無いので一々注意する義理も無いが、これの隣に居る俺が恥をかくのでは無かろうか。

「久々に思い切り引金を引きたいだけでしょう。最近はフラストレーションの溜まる場面が多かったですから」

 クールの表情に当然変化は無く、膨らんだ口を黙々と動かし、モンブランを味わっている。
 両頬を挟み叩けばさぞ愉快だろう。
 その場合、正面では噴出した脂と糖と唾液の混合物を浴びることになるので、立ち位置は重要だろうが。

 ぼんやり殴る角度を色々想定している内に、クールは全てを飲み下した。
 すすぎとばかりに残していた水を飲みほして、立ち上がる。

「流石は流石くん。そこまで分かっているならば、さっさと弾薬の追加申請をしてくれるとさらに流石なのだがね」

「ついでに、また異動願いを出しておきます」

「構わんが、資源を無駄にするのはあまり流石でないと、私は思うよ流石くん」

477名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 02:46:04 ID:fIZnY.bU0

 おわり


 三行

    「率直に言おう。君の力を借りたい案件がある」
    「わかったわ。どれくらい手伝えるか分からないけどとりあえずはね」
    「ありがとお、わかばちゃあん」

478名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 06:07:04 ID:hz3Zpf.60
おつおつ
このコンビの掛け合いも大好きだ

479名も無きAAのようです:2015/01/25(日) 20:30:10 ID:U1rYcqMMO
ω・)乙。大天福先生の他にも強い杭持ちがいるのな

480名も無きAAのようです:2015/01/26(月) 00:43:36 ID:fQk3VuFw0
おつ

481名も無きAAのようです:2015/01/26(月) 08:10:29 ID:uNY7hUJE0


482名も無きAAのようです:2015/05/27(水) 17:15:00 ID:n3hJY36.0
いつまでサボってるんだ?
さっさと続き!

483名も無きAAのようです:2015/08/11(火) 22:38:41 ID:i.gb1g5I0
楽しみに続きを待っております

484名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 05:25:26 ID:FSizOkdU0
まだかなー

485名も無きAAのようです:2015/11/16(月) 05:16:49 ID:r5itCX7k0
モチベーションなくなっちゃったのかな…

486名も無きAAのようです:2016/01/27(水) 13:40:25 ID:qby..1f60
待ってる

487名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:36:34 ID:K0Dfv0VQ0


        Place: ―
    ○
        Cast: 都村ミセリ 都村トソン

   ──────────────────────────────────

488名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:37:23 ID:K0Dfv0VQ0

 幸福な微睡だった。

 頬に、腕に、胸に感じる、自分とは違う体温。
 はっきりしない意識で、少し強く抱きしめる。

 静かに続く寝息に、「んん」と声が混じった。
 もぞもぞと動く。
 これ以上ないというくらいにひっついているのに、さらに近づこうとする。
 肌が擦れ合う。堪らなく愛おしく、彼女の頭に顔を押し付けた。

 人の臭い。
 シャンプーの残り香と、汗と皮脂の混じった、ほんのり塩気と苦みのある甘い香り。
 幸せが胸の中にじわじわと広がってゆく。

 薄い毛布が一枚。
 少し肌寒い、雨模様の夏の朝。
 服を纏わない互いの体の熱が、めまいがしそうなほどに心地いい。

 掌で体を撫でてやる。
 瑞々しい肌。触れているこちらの方が気持ちよくなってしまう。

 この柔らかい幸せの塊を、壊さないよう、傷つけないよう優しく。優しく撫でる。
 孤独を融かし尽くして、柔らかな日だまりを思い出させてくれる彼女を、
 自分からすれば刹那の間に老い朽ちる彼女を、少しでも長く傍らに置けるよう。


  「ミセリ」


 小さな声が、胸元で紡がれた。
 寝ぼけている。軽やかな鈴のような声に少女の甘さが混じっている。

489名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:38:17 ID:K0Dfv0VQ0

  「どうしたんです?」

  「なんでもないさ。なんとなくだよ」


 この心の穏やかさを、なんと言葉にすれば伝わるだろうか。

 心臓の拍動のほんの少し横で、一緒になって脈を打つ、愛しさの感情。
 惜しみなく注いで良い。躊躇わず受け取ってよい。

 怯えた野良猫の心はもう消えた。
 孤独を感じる必要などもう失せた。
 首輪の要らない、代償の要らない、愛していい人を見つけたのだ。


  「…………したいんなら、良いですよ」

  「まだ朝だよ」

  「本来、貴方にとっては夜みたいなものでしょう」


 耳を澄ます。
 鼓動が体を伝わって聞こえる。
 窓の外で、しとしと雨が降っている。

 なんて明るい夜だろう。
 なんて怖くない夜明けだろう。

490名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:39:13 ID:K0Dfv0VQ0

 吸血鬼になってからずっと、なる前からも。
 夜明けは一人でいることが普通だった。

 どれだけ人を騙して連れ帰っても。
 ホテルの一室で、男女問わずに床を共にしても。
 夜が明ければ独りだった。
 光が全てを明かしてしまえば、何もかもが終わりだった。

 時には、吸血鬼と知ってなお離れていかない者もいた。
 しかし捕食者と肉という関係性は、人の精神を容易く疲弊させる。
 結局、それまでのようにはいかずに、ほどなくして破綻した。

 いつも一人だった。
 心の凍えに、ぬるま湯をかけて温めてやるけれど、すぐに冷めて余計に寒くなる。


  「……あんたにとっちゃ朝でしょ。もう少し寝な、私も寝るし」

  「実を言うと」

  「ん?」

  「あなたに触られていたら、なんだか、その……」

  「……」

  「したく、なってしまいまして」

491名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:40:57 ID:K0Dfv0VQ0

  「昨日したばっかりなのに?」

  「昨日、貴方が途中で寝ちゃうから」


 恥ずかしげな声で、胸に顔を押し付ける。
 頭を撫でてやる。腰に回された手の力が強くなる。

 体を剥して、顔を見た。
 昨日半端にして眠りに落ちたせいか、髪が乱れたまま。
 恥ずかしげに、うるんだ目でこちらを見上げてくる。

 心臓が焼け付いてしまう。
 堪らなくなって、顎に指を添え、顔を寄せた。
 驚きを見せるが、すぐに目を閉じて受け入れようとする。


  「あ、やっぱりだめです」


 触れる寸前で顔を逸らした。
 ちくりと寂しくなる。この程度で寂しがった自分に、少し戸惑う。


  「嫌だった?」

  「嫌っていうか、寝起きですし、口臭いかも……」


 強引に唇を奪う。
 最初は拒もうとしたが、すぐに舌が柔らかくなる。

492名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:41:52 ID:K0Dfv0VQ0

  「いつものトソン」

  「……まったく」


 本当は、頭が惚けているだけで、今回もほどなくして終わっていしまう温もりなのかもしれない。
 絡み合っているのが依存心ばかりだということは、自覚している。
 欠けている自分の何かを都合のよい誰かに求めているだけ。
 お互いを摺りつけ合って摩耗して行くだけの関係性。

 楽で、怠惰で、温かくて、震えるほどに満たされている。
 いつか来る淋しさばかりの終焉など気にならないくらい。

 これで良い、と思える過ち。
 このままがいいと願う誤り。
 
 冷静なフリをする脳みそは、きっともうすでに熱にうなされている。
 元々冷たいこの身体に、彼女の体温は愛し過ぎる毒だから。


  「ねえ、トソン」

  「はい」

  「たまには、トソンにリードされたい」

  「…………」

  「だめ?」

  「いいでしょう。頑張ります」

  「ほどほどにな」

493名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:42:51 ID:K0Dfv0VQ0

 いつか彼女に、別れを告げる日も来るだろう。
 永遠に一緒に居るなんて、迂闊なことは言えないから。

 それでも、今は共にある。
 触れあい。舐めあい。侵しあい。赦しあう。
 刹那で去ってゆくこの時間を、悔いの一片も残さずに貪りつくす。


  「…………どう、ですか?」

  「……そうゆうこと、一々聞かないの」

  「仕方がありません。あなたがお手本なんですから」

  「…………っ」

  「声、上げないんですか」

  「生意気」


 頭の中に咲いた白い花の香りに酔いながら、掌に触れる髪を撫でて。
 あばらの檻に閉じ込められた心臓が打つ鼓動を数えて。
 擦れ合う肌から一つに融けるような錯覚に惚けて。

 この空気に、心地に、干渉に酔って溺れる自分たちの体を強く強く結びつけ合う。
 依存してしまうことを恐れない。傷つけあうことも恐れない。
 血流にのって全身を侵すこの麻薬のような感傷を受け入れる。

 どうせ足掻いたところで、絡まった糸が解れることはないのだから。
 共に抱いた蓮の花が散るまでの短い生涯を、精々美しく生きるしかないのだから。

494名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:44:00 ID:K0Dfv0VQ0

 三行


 多分
 再開
 します

495名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 02:58:27 ID:YVITkghk0
よおおおおおおっしゃあああああああああまってたあああああ


496名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 03:21:16 ID:3Un72ygg0
よく帰ってきてくれた


497名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 04:30:58 ID:ZYwiS2MA0
おつ
待ってたよ

498名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 08:02:29 ID:XdhD2tMk0
まってた

499名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 08:09:03 ID:7UXDrI3A0
嬉しい、これ大好きだ


500名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 11:54:29 ID:fs1L/VkU0
初めて読んだけど面白いなこれ


501名も無きAAのようです:2016/02/21(日) 12:29:37 ID:VUrSRkhw0
待ってた
乙乙!

502名も無きAAのようです:2016/02/22(月) 00:43:01 ID:B84YVr1c0

大天福先生はよ!

503名も無きAAのようです:2016/02/22(月) 10:50:42 ID:.3fMkTNA0
きたーーーー!

504名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:24:27 ID:f3BgqBeU0


        Place: 草咲市 戸津釜町 字上弦 122-32 品のあるホテルの一室
    ○
        Cast: 本能寺ビーグル 戸景リザ 鈴木タムラ

   ──────────────────────────────────

505名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:25:44 ID:f3BgqBeU0

 その女の腰には、蜥蜴のタトゥーがあった。
 四つん這いで身をくねらせ、尻尾を「6」のように丸めている。
 趣味のいいデザインでは無かったが、シンプルさには好感を持った。
 トカゲというのがいい。あるいはイモリや、ヤモリの類かもしれないが、似たようなものだろう。


∬* ヮ ) 「ねえ」


 女が首に手を回し付き湿度の高い声を吐く。
 身に着けた香水よりも甘い。
 鼻と耳の奥、脳幹にじりじりと痺れるような痛みを覚える。


∬* ヮ )「あなた、吸血鬼なんでしょう」


 頬が紅潮している。
 目じりを下げ、細めた目は潤んでいる。
 少々幼い印象は受けるが美人。あるいは艶のある女である。

 ただ少し、頭が悪い。
 自分が賢いと誤解し、あざとい企みを隠す。

 こういう女は、案外好きだ。
 吸血鬼に限らず、男というのは、いくらかバカな女を抱いてる方が気楽でいられる。
 対等な個人として付き合うには気が滅入るが、床の中ではこれくらいの方がよろしい。

506名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:26:42 ID:f3BgqBeU0

▼・ェ・▼ 「よくわかったな」


 とりあえず話を合わせてやる。
 吸血鬼であるとばれたところで問題は無い。
 既にここはホテルの一室。鍵の閉じられた密室だ。
 仮に既に通報されていたとして、どうとでもなる。

 いま、この街の杭持ちは些事に構う余裕はない。
 売女まがいの女の通報で駆け付ける人員など、下っ端の雑魚程度だろう。


∬*‘ ヮ‘) 「むかし付き合ってた男が杭持ちでさ、教えてもらったのよ、吸血鬼の見分け方」

▼・ェ・▼ 「ほう。どこをどう見る?」

∬*‘ ヮ‘) 「見るってより、感じるの。吸血鬼に会うと、首筋のあたりがぞっとする」


 なるほどな、と納得する。
 人を襲う獣は数あれど、人間を主食とし、人間を襲うことを生業とする獣はそういない。
 本能が、感じるのだろう。目の前に立つ“捕食者”の脅威を。
 すべての人間に備わった感性では無いのだろうが、それの分かる種がいるのはむしろ自然だ。


▼・ェ・▼ 「わかっていてついてきたのか」

∬*‘ ヮ‘) 「この街の人間ならみんな知ってるわ。吸血鬼は確かに怖いけれど、無為に人を殺したりしない。そうでしょ?」

▼・ェ・▼ 「……最近はそうでないものも多いがな」

∬*^ ヮ^)「貴方がそんな“理性的でない”吸血鬼だとは思えないもの」

507名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:27:31 ID:f3BgqBeU0

 女は、思いのほか品よく笑った。
 
 確かに、吸血鬼は人の血を吸う。
 金などの代償に血を買うことが出来なければ襲って食うこともあるだろう。
 ただし、だからと言ってそう簡単に殺しはしない。

 人が家畜の乳牛をそうそう殺さないのと同じ理由だ。
 殺すよりも生かしておいた方が得が多い。
 実際、吸血鬼と遭遇した時に反抗せず大人しく血を吸わせて済まそうとする人間もそれなりにいる。
 この女のように、気付いておきながら密室までついてくる者は、珍しい例だが。


∬* ヮ )「それに」


 女が頭を引き寄せる。
 目を閉じ、顔を少し傾け、口を重ねた。
 舌の交わりは浅い。唾液に、酒の残り香がある。
 
 女の口蓋を、舌で撫で上げる。
 腕の中にある肉付きのよい身体が震え、喉の奥から、息の音が漏れた。

 口を離す。
 伸びた唾液の糸に、オレンジ色の照明がちらと映えた。

508名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:28:43 ID:f3BgqBeU0

∬* ヮ ) 「似てるのよ、その感じ。いい男に出会った時の感覚と」

▼・ェ・▼ 「そうか」

∬*  , ) 「……ねえ」

▼・ェ・▼「なんだ」

∬*  , ) 「もう。吸血鬼とキスをした女がどうなるかなんて、知ってるでしょ?」


 触れた。
 すんなりと指が入る。
 女は待ちかねていた、と言った風情の声をあげる。

 これは吸血鬼の唾液にしては効果が早い。
 さきにしていた愛撫も、さほど丹念に行ったわけではなかった。
 そもそも好きなのだろうこの女は。吸血鬼に体を貪られることが。
 自身を圧倒的に蹂躙されることを、望んですらいる。

 生ぬるい指先をうごめかせた。また声が上がる。
 この調子ならば、人間の女だからと気遣う必要も無いだろう。

509名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:29:42 ID:f3BgqBeU0

 女の腕が解け、掌が頬を撫でるように挟む。
 中身に比べて冷たい手だ。

 だらしなく口を開いている。喉の奥の暗がりがみえた。
 何かを飲み込むことを期待して、蠢いている。
 口からはみ出して伸ばされた舌は、溺死した蛙のようだ。


▼ ェ ▼ 「……」


 口を開けた。
 肉体の反射というべきか、女を抱くと自然に唾液の分泌が多くなる。
 口から口へ。吸血鬼から人間へ、唾液がとくとくと滴り落ちる。

 少し外れ、泡立つ透明の媚薬は女の頬にかかった。
 不満げに、しかし甘い声をあげながら女は唾液に舌を伸ばす。
 舐めとり、受けて止め、溜めてから呑み込み。背筋を震わせる。

 しばらくの時間、中身に触れ続けた。 
 唾液が回ってきたのだろうか。徐々に、確女の目が惚けて行く。

 指で、これまでよりも強めに擦りあげた。
 一段低い、雄叫びじみた声を出す。手を止めず、執拗に中身を掻きまわした。
 女は、シーツを掴み、悲鳴を上げる。

 入口を、奥を、順に、時には順を変え、指の腹で、凹凸のある肉壁を隅々まで探りまわす。
 溢れる液体が、指を伝って、外にまで漏れ出していた。

 陰毛は短く整えられている。好印象だ。愛液に塗れ内腿に張り付く黒い毛は、酷く醜い。

 手を止めずにかき回す。
 女は吠えながら、腰を暴れさせた。もはや人間では無い。
 唾液に頭をやられている。

510名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:31:06 ID:f3BgqBeU0


∬*; д ) 「ねえ、ねえ、もう!」


 肩に女の爪が食い込んだ。
 手を止め、引き抜く。
 指の間に糸が張った。口に含み、舐めとる。

 悪くない味だ。
 血ほど腹は膨らまないが、嗜好品としては上等だろう。


∬*; ヮ )「ねえ、もう、いいでしょう?」


 息を荒げながら、女が腰元に縋りつく。
 熱い。暑苦しい。

 女の舌が皮膚の上を這い、性器にたどり着く。
 まだ、“足りていない”。
 女が口を開けた。いくらか持ち上がっていた先端を一口に頬張り、血の滞留を促すように軽く吸う。

 また、熱い。
 舌が絡みつく。泡立つ唾液は、人の体温だ。

 自身ですらさほど愛着の無いそれを、女は愛おしげに舐めまわした。
 喉の奥まで咥え頭全体を前後させ、一度吐き出して、頬ずりでもするように、唇と舌で撫でまわす。
 硬さが増すのを自覚する。仕方がない。これも肉体の、本能の反射だ。

511名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:31:48 ID:f3BgqBeU0

 女を寝かせ、足を開かせる。
 白いくびれが左右に揺れる。


▼・ェ・▼ 「……」


 熱だ。熱だ。
 この體になった時に失った、体温の熱さだ。

 動く。
 女が声を出す。
 意味は無く、行為の結果としての、肉体の反応だけがある。

 吸血鬼が他者を抱くことに、生物的に明確な理由は無い。
 正確には、しなければならないという必然性は無い。
 吸血鬼の生殖機能はそうなった辞典で失われている。
 生殖器は人間の名残であり、あるいは主食である人間を誑かすための道具だ。

 性的な快感が失われるわけではない。
 かつてのように衝動的な欲求は失われるが、行為のもつ享楽性は残るのだ。
 だから、こうして、本来の目的とは別に、多少興じることも可能である。

 角度を変える。
 反応を見る。
 律義な女だ。
 感触の良し悪しを怠けず反応で示してくる。
 遠まわしな要求でもあるのだろう。
 大人しく従って、好ましい場所を中心に、深く触れさせる。

512>>511ミス 辞典× 時点○:2016/04/20(水) 18:33:54 ID:f3BgqBeU0

▼・ェ・▼ 「口をひらけ」

∬;‘ ヮ‘) 「え?」

▼・ェ・▼ 「口をひらけ」


 溜めた唾液の塊を、女の口に落す。
 女はその危険性に気付き拒否しようとしたが、既に遅い。
 口で口に封をし、強制的に喉の奥へ送り込む。
 女の手が拒絶の意志を表すように、肩を押す。
 気にせず、舌を絡め、口蓋の撫で上げた。

 怯えているのが、体のこわばりから伝わってくる。
 そうでなくてはならない。
 例え“理性”によって守られていたとしても“本能”の恐怖を忘れさせることは許されない。

 先端が、女の奥に触れていた。
 僅かに硬い、弾性のある部位を、執拗に嬲る。
 ベッドに突いた腕に、女の手が絡みつく。
 その程度の爪では、吸血鬼の皮は引き裂けない。

 悲鳴である。
 舌を絡めた接吻の時点で媚薬としては十分な効能がある。
 それをここまで飲んだのだ。
 この女がいくら好きもので吸血鬼の唾液に慣れていたとしても、関係ない。
 
 だらしなく開いた口に、出るだけ唾液を落とし続ける。
 女は鳴きながら、泣いていた。涙がこぼれ、目元の化粧が溶けている。
 全ての栓が壊れてしまったらしい。

 よろしい。実に、よろしい。
 これでこそ興が乗る。

513名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:34:59 ID:f3BgqBeU0

 人間の時分と違い、絶頂があろうと精液を消耗するわけではない。
 半透明の体液を放出するが、精液と異なり生成に時間を要さないため、さほど時間を取らず回復する。
 途中吸血を挟めば、休憩を取る必要が無い程に。

 どれほどの時間、抱いていただろうか。
 十分だ。満足した。性器を引き抜くと、女の腹から透明な液が流れ出る。

 充血が酷い。
 この様子では、途中からは痛みの方が勝っていただろう。

 女は完全に意識を失っている。
 唾液を飲ませ過ぎたか。
 行為自体には手心を加えたはずだ。

 髪は散らかり、化粧はまるで抽象画。
 滑稽である。
 これに懲りて、行きずりの吸血鬼と行為に及ぶ愚かさを学べばよいが。

 とはいえ、その学習を活かす機会は、二度と来ないので、別に構いはしない。


▼・ェ・▼ 「タムラ、いつまで隠れている。さっさと出て来い」


 ベッドを叩く。
 しばし待つと、下方からもぞもぞと布を擦る音が聞こえた。
 覗き混む。ベッド側面の飾り板がパカリと外れ、そこから一人の女が顔を出した。

 鈴木タムラ。
 山村から出てきたばかりのおぼこ娘のようななりをしているが、一応は吸血鬼である。

514名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:36:02 ID:f3BgqBeU0

爪*∩∩) 「……おわりでありますか?」

▼・ェ・▼ 「見れば分かるだろうが」

爪*∩∩)「……見てないから分からんであります」

▼・ェ・▼ 「音でわかるだろう」

爪*∩∩) 「……途中から耳を塞いでいたであります」

▼・ェ・▼ 「なんのために隠れてたんだ、お前は」

爪#゚〜゚)「少なくとも本能寺さんの情事を見学する為ではないであります!!」


 タムラはベッド下からはい出し、立ち上がったが、ベッドの方を見ようとしない。
 服の埃を払うふりをして一瞬視線を向けるも、すぐに逸らす。
 これだから面倒なのだ。男も知らず吸血鬼になったような女は。


▼・ェ・▼ 「はやくしろ。お前の為に態々失神させたんだ」

爪*;゚〜゚)「早くって、そもそもこんなことしなくとも、普通に首筋ブッ叩けばよかったのでは?」

▼・ェ・▼ 「それでは、俺がつまらない」

爪*'〜`)「自分は地獄でありましたよ……」

▼・ェ・▼ 「いいから」

爪∩〜`)´、「やります!やるでありますから、服を着てください、本能寺さん!」

515名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:37:37 ID:f3BgqBeU0

▼・ェ・▼ 「そんなこと言っているから、人間を捕まえることすらできんのだ」

爪*'〜`) 「当たりまえのようにナンパする本能寺さんの方が異常なんでありますよ……」


 文句が多い奴だ。無能な奴ほどそういう傾向にある。
 一応下だけ服を着て、タムラの尻を叩く。
 間抜けな声を上げ、こちらを睨むので、顎で指示を出す。
 ぐぬぬ、という顔をした。屈辱の表情のパターンの豊かさは褒めてやってもいい。


爪*゚〜゚) 「では、失礼して、いただきますであります」
   人

 手を合わせてから、タムラが女の首筋に噛みつく。
 人間の皮膚は脆い。鼻で笑う程だ。
 タムラの丸い牙にでさえ、容易く破られ血を溢す。

 女は傷を負っても反応しない。
 それを確認し安心したのか、タムラは小さく音を立てながら血液を呑み始めた。

 いつ見ても、子供じみた吸い方だ。乳臭くてかなわない。
 もう少し色気をつけて男を誑かせるようになれば、態々こうして獲物を狩ってやる必要も無くなるというのに。

516名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:40:16 ID:f3BgqBeU0

▼・ェ・▼ 「タムラ」

爪*゚Q゚) ,「…………ぷあ、なんでありますか?」

▼・ェ・▼ 「抱いてやる。早く終わらせろ」

爪*゚〜゚)「……なに血迷ってんでありますか?自分の体に性的興奮を覚えるようなロリコンだったんでありますか?」

▼・ェ・▼ 「阿呆か。お前が男の絞り方憶えれば手間が減る」

爪*゚〜゚) 「仮に今後の為に男を覚えるとしても、本能寺さんだけはお断りであります」

▼・ェ・▼ 「……」

爪*゚ワ゚) 「初めてなんでありますよ?もっと紳士的な優しい殿方に甘くリードされ痛いッ?!」


 拳が出たのは反射だ。
 頭を軽く小突く程度に威力を抑えたこと、さらには血刑を使わなかっただけでも賞賛されるべき寛容さだ。

 前言撤回。面倒が多すぎてコイツを抱くなどこちらからお断りである。


爪。゚〜゚) 「拒否されたから暴力なんて。本当にろくでなしであります」

▼・ェ・▼ 「もうそれでいいから早く済ませろ」

517名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:42:28 ID:f3BgqBeU0

爪*'〜`)=3 「ふう」


 タムラがひとしきり吸血を終え、口を離した。
 枕元のボックスからティッシュペーパーを数枚とり口元を拭う。
 あんなにちびちび吸っておいてどうしてこうも汚れるのだろうか。
 不器用という性質は全く理解しがたい。


▼・ェ・▼ 「おい」

爪*゚〜゚) 「大丈夫であります。自分が満腹になったくらいじゃ死なないでありますよ」

▼・ェ・▼ 「違う。いい機会だ。愛液の味も憶えておけ」

爪*;゚Д゚)「はあ?!」

▼・ェ・▼ 「嗜みだ」

爪*;゚Д゚)「そんな嗜みいらないであります!それに!」


 タムラがちらりと女の下半身を見た。
 すぐに顔を逸らす。赤面でもすればらしいが、あいにく吸血鬼。
 車に酔ったような表情だ。つくづく魅力が無い。


爪*;゚д゚)「女性のそこの味なんか覚えたって……」

▼・ェ・▼ 「吸血鬼に男女の区別などあってないようなものだ。食いはぐれたくなかったら、男でも女でもまず人間の抱き方を覚えろ」

爪*;'〜`)「吸血鬼って言うか淫魔であります、それじゃ」

▼・ェ・▼ 「最も確実で安全なのが、人間の性欲に取り入る方法だと言っているだろう。上手くやれば血刑も暗示もいらん」

518名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:43:27 ID:f3BgqBeU0


 言外に「こんな風にな」と追加する。
 実際この女をここに至らせるのに、血刑も暗示も用いていない。
 本当に狩りの上手い吸血鬼は、特有の力を無暗矢鱈と使わないものだ。


爪*゚〜゚) 「わかりましたけど、それはまた今度にするであります」

▼・ェ・▼ 「ったく」

爪*゚〜゚) 「いいから、本来の目的の方、果たすでありますよ!」

▼・ェ・▼ 「ああ、早くしろ」

爪*゚〜゚) 「前置き無駄に長くしたのは自分のくせに……」


 拳を肩まで待ちあげる。
 ぶつくさと文句を垂れていたタムラは、慌てて口を紡ぎ女に向き直った。

 女を抱くのも、血を吸って腹を満たすのも、あくまでついでだ。
 本来の目的はこれからにある。
 わざわざタムラを連れてきたのは、腹立たしいことに、此奴の方がその目的に見合った技能を持っているからだ。

519名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:44:36 ID:f3BgqBeU0


爪*‐人‐)「では、お命頂戴」


 几帳面に眼前で手を合わせてから、タムラは女の首を爪で切り裂いた。
 的確に頸動脈を断っている。
 血が吹き出し、瞬く間にシーツに染みを広げていく。
 吸血した分と合わせて考えれば、間もなく死ぬだろう。


▼・ェ・▼ 「おい」

爪*゚〜゚) 「安心してくださいであります。プロでありますから」


 女の血の勢いが弱まり始めた。
 タムラは自分の指を食いちぎる。
 零れた血は落ちることなく、糸のように伸びて空中に留まった。

 タムラは、女の胸に耳を押し付ける。
 心音を聞いているのだ。
 良く理解できないが、タイミングが重要らしい。


爪*゚〜゚) 「……」


 女が、死んだ。
 血の流出はほぼ止まっている。
 ここからが、タムラの本領だ。

520名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:46:07 ID:f3BgqBeU0

 吸血鬼の誕生は、想像以上にシビアな条件を揃えなければ起こらない。

 吸血鬼に殺された人間が吸血鬼になる。
 大まかにはそうだ。
 何も考えずに吸血鬼が人間を殺して回ればそのうち吸血鬼は出来るだろう。

 しかし、これは効率的な方法では無い。偶然に縋る博打の行為だ。
 同族を生み出したいと考えるならばきちんとした手順を踏まなければならない。


爪*゚〜゚) 「人間を吸血鬼にするには、吸血鬼の細胞に人の体組織を乗っ取らせなければならないであります
       ですが、吸血鬼の細胞というのは、吸血鬼の体外においては存外弱い存在なのであります。
       生きた人間の体内に侵入しても、体温の差で機能が落ち、免疫に喰われて終わり。
       仮に非常に弱った人間であっても、生きてる限りはそう吸血鬼になることはないであります」



 タムラの血が女の体内に侵入する。
 傷口から、動脈を通り、脳と心臓へ。
 女の血液がほぼ抜けていることもあり、血管の動きでどこまで侵入しているかがわかる。


爪*゚〜゚) 「そうなると、やはり吸血鬼になるのは死者なのでありますね。これは古から変わらないであります。
       ただし、死後時間が経ちすぎていれば、今度は人間の細胞が死滅してしまっていて乗っ取れません。
       つまり、免疫が失われつつも、細胞が完全に死滅する前に、吸血鬼の細胞を送り込まなければならないのであります」


 指先を動かし、精密に体内への侵入を進めながら、タムラは解説を続ける。
 誰に向けてではない。癖なのだ。マニアとしての。
 こうすると気分が乗るのだと、初めて組んだ時に言っていた。
 気色悪いが、実際便利なので放っている。

521名も無きAAのようです:2016/04/20(水) 18:46:55 ID:f3BgqBeU0

爪*゚〜゚) 「ところがどっこい。いくらタイミングがよくとも、傷口から血を流しこんだだけでは、不十分なのであります。
       吸血鬼化に偏りができた場合、重要な器官の乗っ取りが済む前に、周辺組織を食い散らかしてしまうでありますから。
       そうなると、いくつかの組織が欠損した状態で吸血鬼化してしまうのであります。
       いくら吸血鬼が並ならぬ再生能力を持っていても、最初から無いものを再生は出来ないのであります。
       だから、吸血鬼化は満遍なく、特に重要な器官は優先して行う必要があるのであります」


 一々長いが、要はタイミングよく、満遍なく血を逃しこまなければならない、ということだ。
 こんなことをその都度意識している吸血鬼はそういない。
 大概は出来る限り血を抜いてから、自分の血を流しこむ、程度の認識が精々だろう。

 この場合、タムラの方が異常なのだ。
 吸血鬼化させる前から吸血鬼について詳しく、知識量で言えば下手な杭持ちよりも優秀だった。
 それが面白いと、あの男が吸血鬼化させてつれて来たのだ。


爪*゚〜゚) 「そこで自分があみだしたのが……」

▼・ェ・▼ 「優先的に心臓と脳を乗っ取って吸血鬼化させているんだろう。心臓と脳が生きていれば何とかなるからな」

爪*゚д゚) 「ちょっと本能寺さん!いいとこなんでありますよ!」

▼・ェ・▼ 「毎度毎度聞かされて口上を覚えたこちらの身にもなれ。もう終いだろう、さっさと済ませろ」

爪*゚ 3゚)「あーあ、本能寺さんのせいで仕上げに失敗するかもしれないであります〜」

▼・ェ・▼ 「殴る」

爪*'〜`)「本能寺さんは早めに“理不尽”って言葉を覚えてほしいであります」


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