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look for の訳について

1kuribonguu★:2009/11/12(木) 09:18:04 ID:???0
いつもお世話になっております。
いつもすみません。分からないことがあるので教えて頂けると嬉しいです。
それはlook forの訳なんですが、lookにforが組み合わさると「探す」という
イメージしかないのでしょうか?
具体的に言うと「彼は窓を見た」という場合
「He looked at the window.」になるかと思うのですが
彼は窓の方を見たという場合
「He looked for the window.」
とはならないんでしょうか?
「For」のイメージが向かう方向って感じだとすれば和訳とはピッタリ来る感じが
あるのですが・・・。「For」は使えないということでいいのでしょうか?
お分かりになる方、ご教示戴ければと思います。宜しくお願い致します。

50ニャンコヴィッチ★:2009/11/23(月) 11:58:11 ID:???0
kuribonguuさん

今頃でなんですが、私が横から割ってはいって、なんかゴタゴタしてしまってごめんなさい。

『for』のイメージは、ヨシカワさんの紹介してくださったページ
http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2005/09/for_learning_ho.html
で、『to』のイメージと対比させることで、本当にハッキリと浮き彫りにされていますね。

本当に申し訳ありませんでした。

51kuribonguu★:2009/11/23(月) 18:54:30 ID:???0
ニャンコヴィッチさん
いえいえ、とんでもないです。
わざわざコメントを戴き恐縮しております。
途中から私が入るレベルの話でなくなってきたのでROMに徹しており
失礼致しました。
「to」と「for」は本当に私には使い分けが難しいなぁと思いました。
でも、このように考えたりイメージを思い描いたりする楽しさを感じたのも大西先生やこの掲示板の方に出会えたからだと思います。
また、素朴な疑問を伺ってしまうかも知れませんがニャンコヴィッチさんをはじめ皆様、今後とも宜しくお願い致します。

52算数K★:2009/11/28(土) 15:28:19 ID:???0
ニャンコヴィッチさん

「目的に繋がっている。あるいは、そこに至る道がある程度見えている」>>43では「to」のイメージとしては弱いのではないかと思います。 COBUILD English Usage に次のような説明があります: you do not use `to' to indicate the general direction in which someone or something is moving. You do not say, for example, `The boat was drifting to the shore'. You say `The boat was drifting towards the shore'. この例の場合、「そのまま流されていくと岸『に至る道がある程度見えてい』」たけれども、「to」は使えないということですね。単に「目的に繋がっている」だけでよいのではないでしょうか?

ヨシカワさんご紹介のページの「toの方はどうかと言えば、単にAとBとの結びつきを示すにとどまる」>>39も、「A と B との結びつきを、B に重心をおいて、示す」と解釈したいですね。この B に重心をおいた「結びつき」を A から B への「矢印→」と見なせば「矢印→の終点を示す」となりますし、「矢印→」を「動き」と解釈すれば「到達点を指し示す」となります。文法用語に(物理用語の『力』のように)こだわらなければ、>>26でも書いたように、 to の直後の B は『目的』でも『終点』でも『到達点』でもOK、と考えます。したがって、「矢印/動き」+「終点/到達点」を(実際にそうしたかどうかは問わない)文法説明として『到達』としても問題ないと私は思うわけです。もちろん、ニャンコヴィッチさんの『到達』という説明に対する違和感は私なりに理解しているつもりですよ。

「His house looks to the East.」の場合>>36も、私は『到達』でよいと考えます。 to the East なら、「家の正面から仮想の線が東に伸びる」という感じではなく、方位磁針が北を指すように「家の向きが(方位として)東を指す」ような感じに思えるからです。ただ、ネイティブに聞けば、文法学者でもない限り、「この to は toward(s) と同じ」と答えるでしょう。そのくらい「指し示す」感じが弱く toward(s) との違いがない例文ではないでしょうか。 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/8450/1254827423/7 にも書いたように、 to と toward(s) のイメージの違いも、他の語句とのコンビネーションによってニュアンス程度の差しかないこともあるということでしょう。

53ニャンコヴィッチ★:2009/11/29(日) 11:27:46 ID:???0
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「目的に繋がっている。あるいは、そこに至る道がある程度見えている」>>43では「to」のイメージとしては弱いのではないかと思います。 COBUILD English Usage に次のような説明があります: you do not use `to' to indicate the general direction in which someone or something is moving. You do not say, for example, `The boat was drifting to the shore'. You say `The boat was drifting towards the shore'. この例の場合、「そのまま流されていくと岸『に至る道がある程度見えてい』」たけれども、「to」は使えないということですね。単に「目的に繋がっている」だけでよいのではないでしょうか?
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`The boat was drifting (to/towards?) the shore'.
この状況は、それこそ「general direction」な状況であって、
岸のどこにthe boatが着くかまでをある程度計算している状況、つまり「岸に至る道がある程度見えてい」る状況だとは思えません。
算数Kさんがこのボートに乗っていらしたら、the boat から the shore まで、「general」では"ない"線(道)が引けるでしょうか?
それ故に you do not use `to'なんだと思います。

それに、「そこに至る道がある程度見えている」は、「目的に繋がっている。」を別の表現で言い換えたまでで、私は「そこに至る道がある程度見えている」=「目的に繋がっている。」のつもりです。

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「His house looks to the East.」の場合>>36も、私は『到達』でよいと考えます。 to the East なら、「家の正面から仮想の線が東に伸びる」という感じではなく、方位磁針が北を指すように「家の向きが(方位として)東を指す」ような感じに思えるからです。ただ、ネイティブに聞けば、文法学者でもない限り、「この to は toward(s) と同じ」と答えるでしょう。そのくらい「指し示す」感じが弱く toward(s) との違いがない例文ではないでしょうか。
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「His house looks to the East.」
私もこの場合、「この to は toward(s) と同じ」と思っています。
だからこそ、私は110さんに、この場合の「to」に『到達』のイメージがあるか?と繰り返し問うていたわけです。(110さんは、眼科で Look to the right. と言われたら、視線が左の風景に『到達』する、つまり、いちいち左の風景を意識したイメージのようですが。)
それで、算数Kにもお尋ねしますが、「家の向きが(方位として)東を指す」に、実際のところ、『到達』のイメージをハートに感じますか?

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ヨシカワさんご紹介のページの「toの方はどうかと言えば、単にAとBとの結びつきを示すにとどまる」>>39も、「A と B との結びつきを、B に重心をおいて、示す」と解釈したいですね。この B に重心をおいた「結びつき」を A から B への「矢印→」と見なせば「矢印→の終点を示す」となりますし、「矢印→」を「動き」と解釈すれば「到達点を指し示す」となります。文法用語に(物理用語の『力』のように)こだわらなければ、>>26でも書いたように、 to の直後の B は『目的』でも『終点』でも『到達点』でもOK、と考えます。したがって、「矢印/動き」+「終点/到達点」を(実際にそうしたかどうかは問わない)文法説明として『到達』としても問題ないと私は思うわけです。もちろん、ニャンコヴィッチさんの『到達』という説明に対する違和感は私なりに理解しているつもりですよ。
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(もう何度繰り返したか分かりませんが)私は、
1.「to」には『到達』のイメージは"ない"
、といっているのではありません!
2.「to」自体の「文法説明」の際に『到達』を含めると「問題」がある
、といっているのでもありません!

私は…
A.先の「His house looks to the East.」の場合のように『到達』に「重心」が置かれない場合があるし、
B.ヨシカワさんの紹介してくださったページに「forの目的語とされるものは、…あるいは何かがたどり着く先というニュアンスを見てとれる」とあるように、「for」"にも"「何かがたどり着く先(=到達先、ですよね)」という「ニュアンス」がある
…ので、
「to」と「for」の"違い"を、(私が先に引用した、大西先生が「ハートで感じる英文法」でされている説明のように)『到達』のイメージを使って説明するのは、適切ではない、
と言っているのです。

ご理解いただけたでしょうか。

54ニャンコヴィッチ★:2009/11/29(日) 11:31:28 ID:???0
私のコメント(53)は、算数Kさん宛でした。すいません。

55110★:2009/12/01(火) 11:33:31 ID:???0
算数Kさん、ニャンコヴィッチさん、他皆様おはようございます。

The boat was drifting.
ボートは漂流している最中であった、ですね。
過去進行形ですから始まりから終わりに動的に向かっている最中です。
その説明に"to the shore"は無理ですね。
過去の動作、動きの説明にto+名詞が使われるとその目的地に
到達しているような感じがします。
ですが、この文は過去進行形・・、なんとも相性が悪いです。。

ニャンコビッチさんの持論である"そこに至る道がある程度見えている"は僕としてはtowardsのイメージが強いです。
The boat was drifting towards the shore.
そのボートは岸に向かって(の方向に)漂流している最中であった。
The boat was drifting for the shore.
そのボートは岸を求めて漂流している最中であった。
とも表現できますね。

そこに至る道がある程度見えている=目的に繋がっている感覚がある
という事でしょうか?
現実として目的に繋がっているの意味では前文と矛盾します。


後半部分の内容です。
Look to the right.
右を見なさい。
Look towards the right.
右の方向に目を向けなさい。
日本語に訳してもこれだけの違いがありますね。
まずlookは単なる目を向ける動作であるという事です・・。
"Look to the right."ならはっきりしっかり右を見ろって事ですね。
"Look towards the right."なら右の方向に目を向けろと言う事で
実際に見るか見ないか?そんなことまでの意味は含んでいませんね。
まぁ目を向けた結果として実際に見ることは多いかもしれませんが、
それは文法的なお話とは違いますよね。

とりあえず消えると困るのでここで一回投稿します。

56ニャンコヴィッチ★:2009/12/01(火) 12:31:09 ID:???0
110さん
私宛にするな、って言いませんでしたっけ?

>The boat was drifting for the shore.
>そのボートは岸を求めて漂流している最中であった。
>とも表現できますね。

「ボート」が「岸を求めて漂流」?
「漂流」の意味を調べなさい。

57110★:2009/12/01(火) 12:52:04 ID:???0
そこに至る道がある程度見えている=目的にある程度繋がっている感覚がある
なら矛盾もなくほぼイコールでしょう。

>A.先の「His house looks to the East.」の場合のように『到達』に「重心」が置かれない場合がある
>>55に示したとおり文法的にはtoとtowardsは違うでしょう。
もちろん結果としてこの場合、家と言う動かない物ですから
His house looks towards the East.
目を向けている結果としてそっちの方向を見ていることにもなるでしょうが、
文内容自体にはそんな内容まで含んでいるわけではないでしょう。
それに見晴らしが良さそうな感覚もこの文からはしてきません。
この例文の場合もtoのイメージは対象にタッチして到達して指し示していると思いますけどね。
といいますかtoの持つ基本イメージがいちいち文脈によって変わっていては文法的に成り立ちません。

>B.ヨシカワさんの紹介してくださったページに「forの目的語とされるものは、
>…あるいは何かがたどり着く先というニュアンスを見てとれる」とあるように、
>「for」"にも"「何かがたどり着く先(=到達先、ですよね)」という「ニュアンス」がある
あと日本語の話なんですが、"到達先というニュアンスを見て取れる"と"到達"は違います。
イメージの話ですが単純な事で"向かう"からこそ"到達先というニュアンスを見て取れる"のです。
日向さんの意見ではforの持つイメージを対象側から眺めてみた意見を述べているにすぎないと感じます。
大西先生の言われる到達と言う言葉はtoの基本イメージ、感覚、体感を一言の日本語で簡潔に表現しているだけでしょう。
そもそも「to」と「for」の"違い"に到達という表現を使うか使わないかは状況により変わりますから、何とも言えませんね。
到達と言えるだけで、他にも表現はイロイロできますから。
あくまで感覚、イメージを表現すると日本語で到達という表現、とは言えると言うことだけです。

58110★:2009/12/01(火) 12:53:49 ID:???0
>>56
あなた、何様ですか・・?

59110★:2009/12/01(火) 13:08:31 ID:???0
>>55
The boat was drifting for the shore.
ああ、適当に作った英文ですが変ですね。失礼しました。

60算数K★:2009/12/03(木) 09:24:45 ID:???0
ニャンコヴィッチさん>>53

「文法」と「実例」に分けて考えると、私が「文法」に重心を置いて話をしているのに対し、ニャンコヴィッチさんは「実例」に重心を置いて話をされているように思われます。(違ったらごめんなさい。)あえて単純化すると、私が「「文法」としては『到達』もOK」、ニャンコヴィッチさんが「「実例」から見ると『到達』は不適切」という感じの構図です。やり取りの齟齬を解消するためには、私は>>31のように「文法とは何か」という話を繰り返さなくてはなりません。(もう「消化」>>36されたと思ったのですが…。)

「文法」などの理論の用語と日常語の違い。ニャンコヴィッチさんもお好きな、かのファインマンも学生時代に物理学では日常語を変な意味で使うと思っていたそうです。例えば物理学でいう『仕事』。(こういう違いを示唆するつもりで、>>52では「文法用語に(物理用語の『力』のように)こだわらなければ」と書きました。)滑らかで水平な床の上を100キロの荷物を100m?動かしたときの『仕事』は物理学的には0(「滑らか」なので『力』が要らないと解釈される)ですが、日常語的な「仕事」をしないのに『仕事』というのは違和感があるかもしれません。例えば数学でいう『傾き』。水平な床の『傾き』は数学的には0ですが、日常語的な「傾き」がないのに『傾き』というのは違和感があるかもしれません。しかし、『仕事』にしろ『傾き』にしろ、二重括弧の理論の用語は一重括弧の日常語からの違和感をよそに、理論の内部では一貫性、整合性、簡潔性があり問題は全くありません。

大西先生も「文法」について説明するとき consistency に気を遣っているそうです。有名な「不定詞は『漠然』、動名詞は『躍動感』」にしても、実際には違いがほとんどない場合がありますが、 consistency に気を遣い微妙なニュアンスにも「不定詞は『漠然』、動名詞は『躍動感』」という違いがあると説明されます。日常語的な「漠然」と「躍動感」の違いがほとんどない実例があるという理由から「不適切」ということにはならず、「文法」の内部では consistency から『漠然』と『躍動感』で「OK」なのです。

私は「「文法」用語としては『到達』もOK」、実例には日常語の「到達」とは微妙に異なる場合もあることを考慮し臨機応変に対応すればよい、と考えます。ニャンコヴィッチさんも、物理学用語の『仕事』を日常語の「仕事」と切り離して理解するように、「文法」用語としての『到達』を日常語の「到達」と切り離して理解されれば、私の考えにも「ある程度」同意してくださるのではないかと思っています。(両者の抽象的/具体的という違いが「学習者の「混乱を招く」かもしれないことについては同意し」ています、最初>>26から私は。)そして、もし『到達』に代わる用語をご提案されるなら、「文法」としての一貫性、整合性、簡潔性を考慮していただけませんか。「ハートで感じる英文法会話編スペシャル」で Chris 先生が大西先生との会話で「前置詞の to も不定詞の to も『指す』で同じ」と説明されていたように。

61ニャンコヴィッチ★:2009/12/03(木) 12:45:32 ID:???0
「文法とはなにか」についての算数Kさんの考えは理解しているつもりです。
ですが、同意はしていません。
これについては週末にコメントさせてください。(今、チョー忙しくって。申し訳ありません)

本筋には関係ありませんが、
-------------------
例えば物理学でいう『仕事』。滑らかで水平な床の上を100キロの荷物を100m?動かしたときの『仕事』は物理学的には0(「滑らか」なので『力』が要らないと解釈される)
-------------------

この場合、『仕事』は物理学的にも0ではありません。

62ニャンコヴィッチ★:2009/12/03(木) 12:56:15 ID:???0
先のコメントは算数Kさん宛てです。(何度もすいません)

63算数K★:2009/12/03(木) 13:23:39 ID:???0
ニャンコヴィッチさん>>61

「文法とはなにか」についてのコメントは、どうぞごゆっくり。

「滑らかで水平な床の上を100キロの荷物を100メートル動かしたときの『仕事』は物理学的には0」です。これは中学の理科の先生でもうっかりしてしまう有名な問題なのですが、ご存知ありませんでしたか?あくまで「滑らかで水平な床の上を」移動させるのです。『仕事』=『力』×『距離』ですが、『力』はベクトルであって移動させる方向成分のみが『仕事』に寄与します。この問題の場合、100キログラム重の『力』(『重力』)は移動させる方向と直交する下向きであって、移動させる水平方向の成分は0です。よって、荷物を水平方向に動かす『力』も0とされます(無限小量は無視されます)。したがって、この問題の場合、「『仕事』は物理学的には0」になります。カーリングで摩擦が全くない理想的な状況を思い浮かべていただければよいかと思います。(このように、物理学でも何でも、「理論」と「実際」を双方向的に翻訳しながらでないとうまく学習できないと思います。)

64ニャンコヴィッチ★:2009/12/03(木) 18:14:34 ID:???0
算数Kさんへ

ざっと考えても、押した物体が移動する、つまり運動エネルギーを持つ、ということは『仕事』をされたということです。
すなわち、押した人は『仕事』をしたということです。

>『仕事』=『力』×『距離』ですが、『力』はベクトルであって移動させる方向成分のみが『仕事』に寄与します。この問題の場合、100キログラム重の『力』(『重力』)は移動させる方向と直交する下向きであって、移動させる水平方向の成分は0です。

この『力』は押した人の力であって、物体の進行方向と同じ。
0ではありません。

65算数K★:2009/12/03(木) 22:00:46 ID:???0
ニャンコヴィッチさん>>64

物理学や数学(や一般に理論)は、「ざっと考え」るとすぐに「うっかり」>>63しがちですから、ご注意くださいね。

「この『力』は押した人の力であって、物体の進行方向と同じ。0ではありません。」とおっしゃるなら、その『力』はどのくらいですか?(ヒント:私なら極端な場合を考えます;すなわち、もうすでに荷物が動いている状況をです;そういう場合、『力』はどのくらい必要ですか?)

66110★:2009/12/03(木) 23:07:15 ID:???0
>>63 算数Kさん こんばんわ。

この物体に働いている力は重力と垂直抗力のみですね。そう言う問題です。
算数Kさんのおっしゃるとおり摩擦係数0の水平な床を物体が
既に移動中であり、その物体のある地点から100mまでの動きを考えるのが普通かと思います。
力が変位と垂直ですからもちろんθ=90°、つまりはcos90°=0ですので
もちろん垂直抗力と重力がする仕事は0となりますね。

67ニャンコヴィッチ★:2009/12/04(金) 12:53:20 ID:???0
(皆さんへ、
なんか、物理の話になってきましたが、番外編ということでご了承いただけないでしょうか)

算数Kさんへ

>私なら極端な場合を考えます…もうすでに荷物が動いている状況をです

極端な場合で"ない"場合とはどういう状況ですか?


>「滑らかで水平な床の上を100キロの荷物を100メートル動かしたときの『仕事』は物理学的には0」です。
>理科の先生でもうっかりしてしまう有名な問題なのですが、ご存知ありませんでしたか?
>あくまで「滑らかで水平な床の上を」移動させるのです。

これ↑で、「氷の上で、(誰か(あるいは山の斜面から滑ってきたなら重力)から「仕事」をされた)100kgの荷物が、算数Kさんの横をスーッと滑っていく」というような「極端な場合」も指しているつもりですか?
それで「理科の先生でもうっかりしてしまう」のは算数Kさんの責任ですよ。
「物理学や数学」の問題をちゃんと伝えない側に、人のことを「うっかり」などという資格はありません。

それとも、そもそも、「動かす」「移動さ"せる"」の意味をご存知ないのでしょうか?

68算数K★:2009/12/05(土) 07:59:01 ID:???0
ニャンコヴィッチさん>>67(皆さん、すみません。少なくとも私は「文法」の話に関連させているつもりですが、適当に読み飛ばしてください。)

私が「極端な場合」すなわち荷物がすでに「スーッと滑っていく」場合を考え たのは、あくまで問題の『仕事』が0であることを確認するために問題の条件を少し変えてしまう思考実験でした。問題の周辺も含めて考えるというのは物理学や数学ではよくある手法です。(話の流れ>>60から『動かす』に「動かす必要がない」場合も含めてしまうのは習い性かもしれませんね。)惑わすつもりはなかったのですが、説明不足でお気に障ったのならゴメンナサイ、悪しからず。(ちなみに、「理科の先 生でもうっかりしてしまう」というのは私が中学時代に直接この話をうかがった理科の先生ご自身の体験談でした。)

さて、もともとの問題の条件は「極端な場合で"ない"場合」すなわち荷物が止まっている場合と解釈するのが普通です。この場合、ニャンコヴィッチさんもおわかりかと思いますが、髪の毛1本が荷物に触れる『力』でも問題の『仕事』はできます。その1/10の『力』でも、1/100の『力』でも、1/1000の『力』でも、・・ ・、できます。どんなに小さい『力』よりも小さい『力』で問題の『仕事』ができるわけです。どんな正の量より小さい非負の量は数学的に0です。したがって>>63に書いた通り通常の(トンデモ系でない)物理学では「無限小量は無視され」「荷物を水平方向に動かす『力』も0」と解釈され、『仕事』も0になるというわけです。

この話を初めて聞いた人は(中学時代の私も含めて)、「無限小量」でも0ではないのではないか、などと思ってしまうようです。気持ちは(私も体験的 に)わかりますが、すると物理学の整合性に抵触してしまうのです。抵触してしまう物理現象は沢山ありますが、一例をあげれば電気回路のスイッチを切ったときの電流でしょうか。電流は極めて短い時間は流れ急激に0になります。 数学的に(数式の上で)は「急激に0に近くなるものの0になるのに無限の時間を要する」現象ですが、通常の物理学ではどんなに精密な電流計でも測定できなくなる時間(それでも極めて短い時間)で0になると解釈されます。この現象も、『仕事』0の問題も、0に収束する量の数学的な極限を物理学的に解釈しなければならない点は同じです。そういう点から見ると、『仕事』の問題で『仕事』が0だと認めるか否かは、電気回路のスイッチを切ったときの電流が0になることを認めるか否か、に相当します。『仕事』0を認めたくない人でも電流0は認めるのが普通(電流0も認めないトンデモ系の人はいるかもしれませんが)なので、同じタイプの現象なのに一方の0は認めず他方の0は認めることになってしまい、物理学の整合性に抵触するという次第です。

このように、物理学でも数学でも(まともな「文法」でも、と私は「文法」の話に関連させたいわけですが)、理論の整合性を保つことは理論的にも応用的にも生命線であると思います。学習者は、初めは納得しにくいことでも、理論全体の整合性を知るようになると納得しにくくも少しずつ理解していくものなのではないかと思います。(もっとも、全体の整合性に照らし合わせることが一般に大変であったり、最先端では研究者自身が学習者なので整合的に理解できないことが少なくなかったりということが少なくないことは付け加えておかなければならないでしょう。)

69ニャンコヴィッチ★:2009/12/05(土) 10:14:32 ID:???0
算数Kさんへ

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>私が「極端な場合」すなわち荷物がすでに「スーッと滑っていく」場合を考え たのは、あくまで問題の『仕事』が0であることを確認するために問題の条件を少し変えてしまう思考実験でした。問題の周辺も含めて考えるというのは物理学や数学ではよくある手法です。(話の流れ>>60から『動かす』に「動かす必要がない」場合も含めてしまうのは習い性かもしれませんね。)惑わすつもりはなかったのですが、説明不足でお気に障ったのならゴメンナサイ、悪しからず。
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確かに、「物理学や数学」では「極端な場合」も考えなければいけません。というか、説明できなければいけません。
ですが、算数Kさんの「極端な場合」は、
「滑らかで水平な床の上を100キロの荷物を100メートル動かしたときの『仕事』は」
という設問に含めるには、かなり無理があります。

---
>さて、もともとの問題の条件は「極端な場合で"ない"場合」すなわち荷物が止まっている場合と解釈するのが普通です。この場合、ニャンコヴィッチさんもおわかりかと思いますが、髪の毛1本が荷物に触れる『力』でも問題の『仕事』はできます。その1/10の『力』でも、1/100の『力』でも、1/1000の『力』でも、・・・、できます。どんなに小さい『力』よりも小さい『力』で問題の『仕事』ができるわけです。どんな正の量より小さい非負の量は数学的に0です。したがって>>63に書いた通り通常の(トンデモ系でない)物理学では「無限小量は無視され」「荷物を水平方向に動かす『力』も0」と解釈され、『仕事』も0になるというわけです。
---

ちょっと、気になったのですが、
算数Kさんは、『仕事』=『力』×『距離』の(『力』はいいとして)『距離』は何の距離と考えてらっしゃいます?
つまり「滑らかで水平な床の上を100キロの荷物を100メートル動かしたときの『仕事』は…」の「100メートル」とはなにを指してます?


=====
私は算数Kさんにはもう長い間色々お世話になってますし、ちゃんとした知識や考え方を持ってらしゃるので、尊敬してますし、それに人間的にも好きですよ。
でも、今回の件は、たとえ議論の本筋に関係なくても、いただけないです。
私の「お気に障った」とかそういう問題ではなく、

「滑らかで水平な床の上を100キロの荷物を100メートル動かしたときの『仕事』は物理学的には0」

これ↑を見ただけで、
算数Kさんの「極端な場合」の「思考実験」ができない(この設問からは、できなくて当然ですが)学生さんや一般の方が、
「摩擦のない床の上では重いものを動かしても、物理学的な『仕事』は0なんだ」
と鵜呑みにしたら、確かに自分で考えたり、調べたりしない側にも責任がありますが、算数Kさんの責任でもあるんですよ。

算数Kさん、今一度確認させてください。
「滑らかで水平な床の上を100キロの荷物を動かしたときの『仕事』は物理学的には0」
ではなく
「滑らかで水平な床の上でも100キロの荷物を動かしたときの『仕事』は物理学的には0ではない」
ですよね。

70算数K★:2009/12/05(土) 15:59:16 ID:???0
ニャンコヴィッチさん>>69

・確かに、「スーッと滑っていく」場合も「極端な場合」と表現してしまったのは、そういう場合も「極端な場合」に含めて考えてしまう私の「習い性」とはいえ、理解していただくには無理があったかもしれませんね。

・「100メートル」とは、問題設定の「滑らかで水平な床の上」で、荷物がはじめにあった地点から荷物を移動した地点までの水平距離が100メートル、というつもりでした。

・確認の件ですが、こういう表現ならよろしいでしょうか?「摩擦のない水平な床の上で、地点Aにあった100キロの荷物を、地点Aから100メートル離れた同じ床の上の地点Bに、重力のみに抗して動かしたとき、この荷物を動かすのに要した『仕事』は物理学的には0」。「ではない」は要りません。また、こう表現したら「極端な場合」を含めて考えた私のキモチがおわかりになるでしょうか?「摩擦のない水平な床の上で、地点Aにあった100キロの荷物が、地点Aから100メートル離れた同じ床の上の地点Bに、重力のみに抗して動いたとき、この荷物が受けた『仕事』は物理学的には0」。(当初>>60の意図は、日常的な感覚では「仕事」が0でないと思いがちだが物理学的には『仕事』が0であるような現象がある、ということでした。それさえ認めていただけたら十分だったのですが。。。)

71算数K★:2009/12/05(土) 20:39:56 ID:???0
あっ!>>70↑の3番目の「・」ですが、「ただし、動かす[動く]前後で、この荷物の床に対する速度は変わらなかった(地点Aで静止なら地点Bでも静止)とする」としてください、念のため。どうも暗黙の了解を書くのに意識的になれず忘れてしまうようです。スミマセヌ。

72ニャンコヴィッチ★:2009/12/06(日) 15:50:27 ID:???0
算数Kさんへ

---
「摩擦のない水平な床の上で、地点Aにあった100キロの荷物を、地点Aから100メートル離れた同じ床の上の地点Bに、重力のみに抗して動かしたとき、この荷物を動かすのに要した『仕事』は物理学的には0」。「ではない」は要りません。また、こう表現したら「極端な場合」を含めて考えた私のキモチがおわかりになるでしょうか?「摩擦のない水平な床の上で、地点Aにあった100キロの荷物が、地点Aから100メートル離れた同じ床の上の地点Bに、重力のみに抗して動いたとき、この荷物が受けた『仕事』は物理学的には0」。

「ただし、動かす[動く]前後で、この荷物の床に対する速度は変わらなかった(地点Aで静止なら地点Bでも静止)とする」としてください、念のため。どうも暗黙の了解(※)を書くのに意識的になれず忘れてしまうようです。
---

「摩擦のない水平な床の上で、地点Aにあった100キロの荷物[を/が]、地点Aから離れた地点Bに[動かし/動いた]とき、この荷物[を/が][動かす/動く]のに要した『仕事』は物理学的には0である。ただし、地点Aと地点Bでの速度(0も含む)は同じ場合に限る」

確かに、これなら問題ありません。
が、これってかなり「限ら」れた場合であって、算数Kさんのいう「極端な場合」ではないんですか。
以前、
---
>さて、もともとの問題の条件は「極端な場合で"ない"場合」すなわち荷物が止まっている場合と解釈するのが普通です。この場合、髪の毛1本が荷物に触れる『力』でも問題の『仕事』はできます。その1/10の『力』でも、1/100の『力』でも・・・できます。どんなに小さい『力』よりも小さい『力』で問題の『仕事』ができるわけです。どんな正の量より小さい非負の量は数学的に0です。したがって>>63に書いた通り通常の(トンデモ系でない)物理学では「無限小量は無視され」「荷物を水平方向に動かす『力』も0」と解釈され、『仕事』も0になるというわけです。
---
と発言されてます。
「この場合、髪の毛1本…物理学では、無限小量は無視され、荷物を水平方向に動かす『力』も0と解釈され、『仕事』も0になるというわけです。」
というところでなにかを説明されているようですが、私にもわかるように、まずは「極端な場合で"ない"場合」を明確にして設定して頂けないでしょうか。

===
あるいは、そうではなく、

「摩擦のない水平な床の上で、地点Aにあった100キロの荷物を、地点Aから100メートル離れた同じ床の上の地点Bに、重力のみに抗して動かしたとき、この荷物を動かすのに要した『仕事』は物理学的には0」



「摩擦のない水平な床の上で、地点Aにあった100キロの荷物[を/が]、地点Aから離れた地点Bに[動かし/動いた]とき、この荷物[を/が][動かす/動く]のに要した『仕事』は物理学的には0である。ただし、地点Aと地点Bでの速度(0も含む)は同じ場合に限る」

と、イコールで、それが極端な場合も極端でない場合も含んでいるおつもりだったなら、算数Kさんの説明能力に問題があり、算数Kさんに

>これは中学の理科の先生でもうっかりしてしまう有名な問題なのですが、ご存知ありませんでしたか?

という資格はなかったということです。

(※)「動かす[動く]前後で…速度は変わらなかった」のような、結果が分枝してしまう(誤差が発生する、ではありません)条件設定は「暗黙の了解」とはいいません。
今回の件で「暗黙の了解」といえるのは「空気抵抗を無視する」といったようなことです。

73算数K★:2009/12/06(日) 18:56:46 ID:???0
ニャンコヴィッチさん>>72

・まず、「極端な場合」(>>65〜)について。もともと>>60の「滑らかで水平な床の上を100キロの荷物を100m動かしたときの『仕事』は物理学的には0」は、「摩擦のない水平な床の上で、地点Aで静止していた100キロの荷物を、地点Aから100メートル離れた同じ床の上の地点Bに静止するように、重力のみに抗して動かしたとき、この荷物を動かすのに要した『仕事』は物理学的には0」というつもりでした。(それで、ニャンコヴィッチさんの「この場合、『仕事』は物理学的にも0ではありません。 」>>61というご発言はこの「普通」の解釈によるものと思ってしまったのですが、違ったのでしょうか?)それを私の「習い性」(>>68〜)で「地点Aと地点Bでの荷物の床に対する速度が同じ」場合に拡張して考え、同じ結果を生む様々な「動かし方」のうち「動かさない場合」を「極端な場合」としました。>>70>>71では様々な場合をまとめて書きましたが、すべてが「極端な場合」のつもりではありません。>>68の「極端な場合で"ない"場合」は「動かす場合」のうち最初の「地点Aと地点Bで荷物が床に対して静止する」場合に戻って説明しようとしました。

・次に、>>68の「髪の毛1本〜」は件の理科の先生にうかがった話を私なりにアレンジしたものですが、「『仕事』0」の説明としては次の段落と次の次の段落を言いたいがための私のミスリードでしたね、すみません。うかがった話は先生が研修か何かで仕入れて来られた説明だったと思いますが、おそらく「トータルの『仕事』が0」という高校生向けの説明が困難な中学生を対象に「『仕事』0」の説明を『力』×『距離』の「『力』0」の説明に落とし込もうというアイデアだったのではないかと思います。それで、私も拝借してしまったという次第です。

・最後に、書き込みに対してのご指摘なら構いませんが、たとえ仮定の上でも「説明能力に問題」や「資格はなかった」という能力や人格に対しての表現は、この掲示板にふさわしくないと思いますので、やめていただけませんか?私には当てはまるかもしれませんが、他の方がこの掲示板に書き込むのを控えてしまうことがないように。

74ニャンコヴィッチ★:2009/12/07(月) 12:58:48 ID:???0
算数Kさんへ

とりあえず…

>最後に、書き込みに対してのご指摘なら構いませんが、たとえ仮定の上でも「説明能力に問題」や「資格はなかった」という能力や人格に対しての表現は、この掲示板にふさわしくないと思いますので、やめていただけませんか?私には当てはまるかもしれませんが、他の方がこの掲示板に書き込むのを控えてしまうことがないように。

確かにそうです。ごめんなさい。やめます。
でも、

>これは中学の理科の先生でもうっかりしてしまう有名な問題なのですが、ご存知ありませんでしたか?

こんな発言は、たとえこの時点で算数Kさんに自分に落ち度はない自信があったとしても、すべきではありません。
算数Kさんにそのつもりがないのは、私なら重々承知ですが、傍からは人を小馬鹿にしているようにしか見えませんよ。
それに、私に対する謝罪は受けましたが、算数Kさんが書かれてすぐに、中学の理科の先生がこの発言を読んでいたとしたら、当然「「理科の先生でもうっかりしてしまう」というのは私が中学時代に直接この話をうかがった理科の先生ご自身の体験談でした。」など知る由もありませんから、「おいおい、中学の理科の先生なんて所詮…、ってことか?」と受け取られていたとしても仕方ないと思います。

(「仕事」については、例のごとく週末にコメントさせてください。)

75算数K★:2009/12/07(月) 13:53:34 ID:???0
ニャンコヴィッチさん>>74

・「とりあえず…」には、安心しました。

・「これは中学の理科の先生でもうっかりしてしまう有名な問題なのですが」という発言ですが、確かに「これは中学の理科の先生でもうっかりしてしまうことがある有名な問題だそうですが」などとすればよかったでしょうか。うかつでしたね。失礼しました。念のため付け加えたいと思いますが、ここで「うっかり」してしまうのは、0を0でないとしてしまうのではなく、重力の作用の方向を見ずに機械的に100×100キログラム重メートルとしてしまう単純ミスだそうです。しかも、これは中学生向けという意味で「有名な問題」なのではなく、中学の先生が教える際に戒めとすべきという意味で(中学生に解説することもある)「有名な問題」なのだそうです。

・「「仕事」については」は了解です。ごゆっくりどうぞ。>>73の1番目の段落の「?」こそ齟齬の原因だったような気がしています。(こういう齟齬は学生や同僚とのやり取りでは日常茶飯事ですが、すぐに「な〜んだ、それでは話が合わないはず」と解決しにくい掲示板では疑心暗鬼が増幅されがちですから、お互い気をつけたいものです。)

76ニャンコヴィッチ★:2009/12/09(水) 12:51:32 ID:???0
算数Kさん、

続きは新しいスレッド(番外編:物理のお「仕事」)でやり取りするようにしませんか。長々とすいません。

(管理人さん、皆さん、これも学習の一環として御容赦いただけないでしょうか?
もしも邪魔でしたらすぐに「掲示板」に移動しますので、おっしゃってください)


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