[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
【ザ・問答】 KK「おしえて、そもさん!!」「説破!」【Q&A】
1
:
片山第弐BBSイケイケ共同管理隊(*^o^)/\(^-^)/\(`д`)★
:2005/09/24(土) 21:04:57 ID:Pe0Ja0rU
「おもに一般さん(&信者さん)がKK仏法真理についての疑問などを提示し、おもに信者諸氏が回答するスレッド」です。古参ネット信者ヴァイオラさんのリクエストによってスレ立てとなりました。
このスレでは幸福の科学やその教えについて知りたい一般の人、被伝道対象中な人、新参信者さんとかの素朴な疑問、「ここが知りたい!!」などに、ネット界隈のKK信者さんが答えてくれる、というスレです。
「おしえて、そもさん!!」「せっぱ(説破)!」 ・・・イメージとしてはOKWEBのような感じですが、ネット伝道を推奨されていないというKKにおいて、その信者さんがいったいどこまで答えてくれるのか見物ですね。
KKアンチ、KK退会者、中立など、信者以外の皆さん。このスレの問答への批判、反論は【ザKK7・法論スレ】から存分に榴弾攻撃してくださって結構です。あるいは反論や疑問を、直接この「問答スレ」に書きこまれてもいいですが、【テンプレ書式】には従ってください。
〔問答スレ・ルールとテンプレ〕
・Q&Aの【テンプレ書式】を提示しますので、投稿者(質問者、回答者、そのた野次者ふくむ)は書式に従っての投稿をお願いします。
・アラシ行為を禁じます。テンプレを守らないものや、単なるAAカキコなども禁です。
・故意に書式に従わない投稿は、管理人が移動や削除。そのほか質問や回答の体をなしていないものなども、移送または削除の対象になる場合があります。
*******〔質問者テンプレート〕*******
【質問】
【属性】
【内容】
*******〔回答者テンプレート〕*******
【回答】
>>13
【属性】
【お答え】
*******〔その他レステンプレート〕*******
【物言い】【ちょっと待った!】【批判】【反論】【苦情】【お礼】【解決】【継続】【追加】【便乗】
>>24
【属性】
【内容】
〔天婦羅説明と凡例など〕
◎1行目→ 質問の場合は→【質問】と明示します。その後は空白でもいいしタイトルっぽくしてもOKです。例:【質問】愛kk無罪ってなんですか? 回答の場合は→【回答】
>>13
のように、>>に続けて質問NOを明示します。半角英数です。その他レスの場合は→【物言い】【お礼】
>>24
のようにやはり番号をつけてテンプレ例にしたがってね。
◎2行目→ 【属性】 このあとに「一般 アンチ シンパ 退会者 信者 幽霊会員」など発言者の属性や簡単な説明を明記してください。例:【属性】一般(親が会員)
◎3行目→ 【内容】or【お答え】 このあとに質問、疑問、回答、その他の本文をどぞー。
2
:
片山第弐BBSイケイケ共同管理隊(*^o^)/\(^-^)/\(`д`)★
:2005/09/24(土) 21:22:45 ID:Pe0Ja0rU
Q&Aの例示として、Yから日本ソードさんの質問と回答群を抄録し例示します。ヴァイオラさんが誘導してくれていますが、そのまま継続して戴いてもOKです。
【質問】『nihon sword』さんの質問
【属性】一般(家族母が信者で被伝道中)
【内容】
うちの母と、その友人たちが会員で、いろいろと話を聞かされり議論したりしました。勧められたこともあり、何冊か本も読みました。勉強会や支部についてはあまり詳しくは知りませんが、彼女らが実践していることを見ると、尊敬さえすることがあります。
しかし、教義の基本的な部分である、この世とあの世の仕組み、生まれ変わりのシステム、次元構造などは、どうも理解できないのです。会員の人に訊いても、なぜそんなシステムを信じることができるのかわかりません。ですが、彼らはそのシステムが正しいと思っているわけだし、皆を幸せにするために、その教えを広めようとしているわけです。
それなら、会員の中にはそのシステムについて論理的に矛盾なく、一般の人間にでも無理なく理解できるような説明や資料を作っている方もいるのではないかと思ったのです。それは教団に大きなプラスになりますから。
そのような資料を知っている方や、教義に詳しい方がいましたら、教えていただけないでしょうか?
僕は宗教には入っていません。ですが最近宗教に興味があって、いろんな宗教の方に話を聞かせてもらったりしています。会員の方々は、実感しないとわからない、入信して徐々にわかっていくのだ、とおっしゃるのですが…。真理ならば、実感することはできなくても、もうすこし納得できるのではないかと思うのですが…。虫のいい願いなのでしょうか。
教えてもらったHPから、少し調べてみました。なるほど、教団の姿勢としては、わからないことは精舎や支部で訊いてくれ、ということみたいですね。
実はすこし前、精舎(?)に行ったことがあるのです。会員に誘われて。なんだか大きくてきらびやかなところでした。
仏教を基本とした教義なんだそうですが、僕の考えているブッダの思想からみると少しおかしいなと感じるところがあったので、講師の方に自分の考えを言ってみました。しかし、「いろいろな考えがあっておもしろいですね。私たちは、このような世界観でやっているが、あなたの世界観もおもしろい。入信していろいろな人と話していくうちに、さらに良い考えや、方向性が見つかるのではないでしょうか」という感じで、質問をかわされた上に、入信を勧められてしまいました。そして、ちょっと気まずいくらいに誘われはじめたので、帰ってきてしまいました。準備不足と、会話の腕の無さを後悔しましたが、また行って勧誘されるのもいやだし。それに講師の方は給料もらっているのだから、信者でもない僕が行って話しをしてくださいって言うのも悪いかと思って。
勉強不足を怒られるかもしれませんが、質問させてください。
3
:
片山第弐BBSイケイケ共同管理隊(*^o^)/\(^-^)/\(`д`)★
:2005/09/24(土) 21:25:27 ID:Pe0Ja0rU
【質問】『nihon sword』さんの質問2
【属性】一般(家族母が信者で被伝道中)
【内容】仏陀の縁起の法?
ブッダの、縁起という考えが好きです。僕はそれを、「たくさんのものが相互作用すること」という風にとらえています。縁起はブッダの最大の悟りではないでしょうか。今まで出会った人たちに、感謝しています。彼らの中の誰か一人にでも出会わなかったら、僕は今の僕ではなかったのではないかと思います。僕が出会うあらゆる人や物が、僕に影響を与えていくのだと思います。だから僕は、僕のまわりの世界に感謝しています。そして人生がこの先どうなるかは、だれにもわからないし、それがこの世のおもしろいところだと思います。
幸福の科学には、生まれる前に親や妻を決めたり、自ら苦難を設定して、人生の計画を立てる、というのがありますね。縁起の理法が、真理であるならば、縁を決めておくという人生計画は、その真理を歪めようとするものではないでしょうか。また、人生計画が真理であるならば、縁起という考えは、計画の不確定要素にしかならないのではないでしょうか。
母に聞きましたが、子育ては本当に手探りだったそうです。人生のあるとき、子どもが何を本当に必要としているか、それはとても難しいことだそうです。自分の人生とはいえ、たくさんの人と出会う人生の中で、節目となる時期や、そのイベントを決めることができるのでしょうか。
僕がブッダの考えを好きなのは、自然の流れに沿っているように感じるからです。自然に対しては、善も悪も感じず、偉大なものだという思いです。自然に畏怖するというのは、信仰として考えるならば、原始的なのかもしれませんね。しかし、植物や動物には、人間ほど悩みが無いと思うので、比較的真理に近いのではないでしょうか。
僕は、人生の計画をしてから生まれる、ということに、不自然さを感じてしまいます。
皆さんは、どうお考えですか?
4
:
irh_hikarinotenshi(転記)
:2005/09/24(土) 21:32:57 ID:Pe0Ja0rU
【回答】
>>2-3
【属性】信者 (光の天使 ヴァイオラ)
【お答え】
その質問にちゃんと答えられる信者はそう多くはいないと思います。
多くの信者は、結構素直に受け入れてきただろうから、ここに引っかかるという人が理解出来ないのが実際のところだろうと思います。
精舎の講師の答え方も当然のことで、質問されたからといって、その場で目一杯説明したとしても、おそらく、納得出来るところまで理解することは不可能です。ですから、学習していくなかで少しづつ理解を深めていくことをお勧めされたわけです。講師というのは、優秀な人ほど、相手の状態に合わせて話をされますから、知っていることを全部話してはくれないものです。
それでも、この質問に答えてみようという人がいるならば、『腰をすえて1ヶ月くらいかけてキッチリ説明し切るだけの覚悟とスキルが要求される、ある意味相当困難な課題である』との認識を持って当たっていただきたいです。
事の重要さが判らない人は、下手にコメントしない方が宜しいかもしれません。
これまでの投稿からいっても、ヤフー掲示板でこの問題を扱うには、ちょっと荷が重いように感じます。私も、幾つかの予定がこなし切れずに大幅に遅れている状況なので、受けて立てるかどうか。他の人の様子をみたい。
いずれにしても、非常に興味深い素朴な疑問を提示していただいて、勉強になります。
この休み中に幾つかの予定がこなせたなら、取り組んでみたいテーマですね。
もし、今回出来なくても、何時か自分のホームページ上で扱うことを前提に検討したいと思います。
それから、「ヒョウゴ」さんには申し訳ないけれど、しかるべき場所で固定して聞かれた方が、他の人のためにも良いと思います。
今のところ、一番良いと思うのは、片山実験場で、Q&Aのスレッドを立ててもらうことです。依頼してみます。
5
:
kokoro_no_chikara(転記)
:2005/09/24(土) 21:38:03 ID:Pe0Ja0rU
【回答】
>>2-3
【属性】信者
【お答え】 縁と計画
心の力と申します。まず熱心な会員さんは現実世界での活動を大切にしていますので、ほとんどの活動している会員さんはここを見ていないということをお伝えしておきます。ですので本当の姿を知りたいのであれば、支部などで、できれば支部長さんとお話いただくのがいいと思いますね。
しかしここで出会ったのも何かの縁だと思いますので、満足いただけるかどうかわかりませんが一個人として書いてみたいと思います。
まず縁起の理法ですが、これは原因があって結果があるという考え方ですね。
日本ソードさんがおっしゃる縁ということについては、袖摺りあうも他生の縁、という言葉がありますが、大切なことは今ある縁は偶然ではないのだから、一期一会を大切にしていきましょう、ということだと思います。
また、今の接し方が後生にも影響を及ぼしますから、誠実に接することが大切である、ということでしょう。
縁起という言葉には偶然はない、という考え方も含まれています。
計画については目標があって初めて成り立つものですが、あの世での価値観とこの世での価値観はまったく違うようで、あの世では魂の価値観に基づいて目標を立て計画を作るのだと思います。
魂の欠点を修正したり、人々を救おうとしたりするために、縁のある人とその目的が達成されるように、”計画”してくると思うのですね。
新しい世界を獲得するということも含まれると思います。
ですので計画の立て方はひとそれぞれでヘレンケラーとアニーサリバンのコンビくらいだとまず間違いなく計画でしょうが、私などは仏法真理をとにかく学ばせていただき転生のサイクルを上向きにしたいという計画しか立てていない可能性もあると思います。
どんな計画を立てるかも人それぞれだと思うのです。
この世での計画もそうですが不確定要素の介入で、方針を変更したり挫折したりすることもありますから、肉体に入ったとたんに価値観が変わり計画もわからなくなってしまうこの世ではもっと達成は難しいでしょう。
この世ではあの世の計画を達成するには仏法真理を知って努力し続けることでやっと何割か達成できるのではないかと思います。
あの世の計画とは宿命でも運命でもなく目標をうちに含むものですから、縁起の理法を踏まえて達成させるのが人生の本当の目的なのです。
そのために仏法真理は必要なのです。
多くの出会いでたくさんの人から学んだというのは、ひとつの計画であり、また間違いなく日本ソードさんの努力が導いたものです。
計画即ち努力目標ということだと思います。それが真の魂の願いであり達成したときに真の幸福が訪れるのだと思います。
話はどのくらい的を得ていますでしょうか。
6
:
hirofumi1945(転記)
:2005/09/24(土) 21:40:29 ID:Pe0Ja0rU
【回答】
>>2-3
【属性】信者
【お答え】 計画と実現は必ずしも一致しない
どうもhiroです。初めまして
日本ソード?日本刀ですか(笑)
さて、貴方も過去の私同様に日本教とも言える「アニミズム信仰観」に陥っていると考察されます。
確かに仏陀の説かれた「縁起」には自然科学的なる原因結果の連鎖の一面の側面はあります。
されども、ある意味では貴方の縁起論は仏陀の謂う縁起では無く、自然発生的なる原因結果での関係学なっており、仏教的なる本質とは違います。
貴方は自然、所謂「偶然論」的なる発想であると理解できますね。
それは、結果的には「仏も神も無い」物と物とが出会い、影響を与え(直接・間接的)結果を出していく…結論的には唯物的なる仏教哲学(アニミズムもそう)になっていくだけであり、信仰も修行も必要ない「自然のまま、あるがままの世界」=唯物論の発想であります。
仏陀の説かれた「縁起」は別名で言えば、「良き種を蒔けば、良き結果が育つ」理想社会実現の修行論なのです。
俗的なる言葉を使えば、例えば貴方が妻を娶り子供を授かる行為をせねば結果的には子供は生まれません。
縁起は簡単な様で、深い深い真理と繋がるものであり、別の真なる意味で信仰と起源が始まるものでもあります。
仏神が無ければ、この世界は始まらなかったという縁起もある筈です。
結果我々が存在し続けれるのも、仏神が「存在せよ」との意思があるからなのです。
これを「無」と言います。
これも縁起論の一つであり、「縁起を見るものは法(存在)を見る」の言葉通り深遠なるものがあるので、一言での説明は難しいですね。
長い長い期間において、説明を聞ける忍耐力があるのであるならば、質問を続けて下さい。
必ずや有志の方々が答えて下さると私は信じます!
7
:
diamond_love_fight(転記)
:2005/09/24(土) 21:43:42 ID:Pe0Ja0rU
【回答】
>>2-3
【属性】信者 (ひかりもの)
【お答え】 はじめまして。
ダイヤといいます。
宗教は嫌でしたー。
幸福の科学に入ったら、それから宗教法人になりました。
もしあのときに入ってなかったら、今頃ここでアンチやってたかもー。
だからアンチの人たちって、
超・値上がり前の株が目の前にあるのに、それの価値を見抜けないでいるのよねー。って見方してます。
かれらはある意味ぎりぎりの「チャンス」を逃すかどうかの人たちだなーと見ています。
さて、次元構造ですが、そんなん、すっぱりわかったら、ある意味、どこかで開祖になってるかも。
人間が知り得ることではありません。
だからこそ、これほど明確に解明していることが、「人間ではない存在」の存在証明であると思います。
確か…リバティの何月号かに、とてもわかりやすいイラストの「霊界マップ」が載っていたと思います。
ダイヤは怠け者ですから、ちやんと調べてお話するわけではありません。
支部のリバティ担当の方か、リバティ大好きな会員さんに、聞いてみてください。
…わかったら、教えてくださいね(*^_^*)
8
:
toehkjtkss(転記)
:2005/09/24(土) 21:50:11 ID:Pe0Ja0rU
【回答】
>>2-3
【属性】信者 (toehkjtkss たまご)
【お答え】>人生計画?
はじめまして(^-^)会員です。
縁起の理法は、確かに真理中の真理ですし、縁起といいましても、大きくは時間縁起・空間縁起と分けて考えていくと理解が早いかも知れません。
時間縁起は、転生輪廻の思想をもとに、時間の流れにおいて、原因・結果の連鎖によって個人においてもマクロの世界においても進歩の原理となっていくというもの。
空間縁起は依他起生といって、この世の存在が、お互いに関連し影響しあい、助け合って成り立っているのだという真理です。ここから全体の調和という考えがでてきます。
人生計画については、個々の魂の段階に応じて幅があるようです。
リーダー的存在即ち、他の多くの人を導きまた人生に少なからず影響を与える存在ほど、綿密な計画が成されているとか。
ただし、この世という三次元の世界では個々が小さな神様であり、独立した考えのもとに行動できるため、100%計画通りということには、どの段階の方でもいかないようです。
その都度本人にとって良いと思われる方向へと修正をする手伝いとして、各人に守護霊がいらっしゃいますが、指導、インスピレーションを送ろうとしても、当人の認識力、心境の高下でままならないときもあるそうな。
そのために、よりよい生き方を選び取っていくため、日々心の針を天上界に向け、内省しつつも利他行をすることが、幸福の科学での修行目的の一つであるかと…
日々善き種を蒔いていける人生こそ、この世に生きる意味でしょうし、自分を高めつつ他の人の幸福に繋がる生き方を、それぞれが模索しつつ学ばせていただいています。
ある霊言集のなかでは、人生計画はたいていの場合半々位であると。
それは、大きく生まれる地域、家族、また伴侶などはだいたい決めてくるらしいです。(赤い糸とか…)
中には、前世のカルマ(業)を刈り取るために、今世厳しい環境を自ら選び頑張ると誓って生まれてくる方もいらっしゃるそうです。
長くなりますので、これくらいで… 一言に縁起といっても深遠なる真理ですから、学んでみると心が深く耕されます。ただし、この世的な自己確立の部分が若い方にとっては欠かせないので、そこは注意が必要なところだと思います。
付け足しです。自己確立のところ。この世からの逃避として真理の世界に参入してしまうと、幸福の科学の場合は行き詰まるのが早いかも知れません。
私たちが目指している「悟り」の世界は、愛他利他の世界なので、仕事能力の部分がどうしても必要になってくるようです。
無我の修行に入っていくにあたり、この世的と思われる仕事能力であれ、充分な自己確立であれ欠かせないとのこと。
その下支え無しに、いきなり己を虚しくしていくといっても、クラゲのように漂うだけで、核心から遠ざかるばかりか、極端な場合は、この世的にも生活が成り立たなくなるような危うさも出てくることがあります。
ゆえに『世間解(せけんげ)』という悟りの一面が大切とされています。霊的世界を受け入れ、瞑想などで参求しつつも、この世での生活もあるわけですから、時間仕事力をあげることで修行の質を広く高くしていけるのでは。
そして、『中道』というこの世での修行を貫く指針が説かれています。宗教的修行の方に傾きすぎると、この世的には非常に生きにくくなり、逆にこの世が全てになってしまうと、自我を主張し、いかに自己拡大して幸せになるかだけになってきます。それを勝ち抜いた人だけが幸福というエゴイスティックな傾きです。
やがて赴くあの世を知りつつも、この世的なドラスティックな幸福も肯定して、利自即利他を目指すのですが、自己確立を通して忍耐という特質を身につけることが、その後の悟りに大きく関わってくるようです。
9
:
ethanol9999(転記)
:2005/09/24(土) 22:00:56 ID:Pe0Ja0rU
【物言い】
>>2
【属性】アンチ
【内容】初めまして
ethanol9999と申します。以後よろしくお願いします。属性は「アンチ」です。(笑)
ここで信者さんに質問をしても、「支部・精舎に行け」「本を読め(買え!)」という回答で終わるのがパターンです。(笑)
また自己の投稿に関して、一切責任を持たないと公言されている信者さんもいらっしゃるのでご注意を。
で、ネット上で入手できる情報については、片山さんのHPがリンクなんかも充実してるのでよろしいかと思います。
○ネットKK信者像を考える〔仮称〕
http://happiness.lib.net/limited/index.html
#contents
10
:
nihon_sword(転記)
:2005/09/24(土) 22:08:21 ID:Pe0Ja0rU
【お礼】
>>4-8
【属性】一般 (日本ソード 23歳/男性)
【内容】ありがとうございます!
皆さん、親切な回答、どうもありがとうございます!
ためになる意見をたくさんいただきました。皆さんの意見をもとに、もう一度、自分の考えや、縁起について見直してみようと思います。
明日から5日間の旅行に出てしまうので、すぐに書き込むことはできないのですが、考えて、わかったことや、新たに疑問に思ったことなどを、また書き込ませてください!
11
:
i_am_out_of_kk(転記)
:2005/09/24(土) 22:10:23 ID:Pe0Ja0rU
【便乗】
>>4
【属性】退会者 (片山第2BBS 主管理人)
【内容】主管理人の黒田 KKQ&A 誘導と営業
>今のところ、一番良いと思うのは、片山実験場で、Q&Aのスレッドを立ててもらうことです。依頼してみます。
ただ今建設工事中。近日にスレ立てとなります。
12
:
irh_vaiora(転記)
:2005/09/24(土) 22:12:39 ID:Pe0Ja0rU
【継続】
>>11
【属性】信者 (光の天使 ヴァイオラ)
【お答え】片山実験場第二掲示板に
片山実験場・第二掲示板にQ&A専用スレッドを作ってもらいました。
ヤフーでは、一件づつ開いて読まなければならないので、他者の意見を比較しにくいと思います。
あちらに引っ越していただけると有難いです。
(仮建立Q&Aスレにて)本人の了解は得ていませんが、本人が旅行で不在なのと、質問提起のために、代理で提示させていただきました。
13
:
日本ソード
:2005/10/05(水) 01:15:21 ID:J5disbVA
【質問】縁起と因果について
【属性】一般
【内容】
皆さんからの回答を頂き、僕は、縁起についての考えが浅かったと感じました。そこで、縁起について、もっと深く考えてみようと思いました。僕の考え方は、自分の理解できる範囲からしか結論を出さない、という傾向があるように思います。宗教に対するスタンスとしては良いのか悪いのかと思いますが、そのスタンスで考えてみました。
「誰かが(何かが)、あることをした」ということのすべてが、縁になる。その縁によって、多くのものが、時間的、空間的に相互作用している。つまり物事は、縁によって起きる。これが、今僕が考えている縁起です。これをもとに、いくつかのことを考えてみました。
「運命」について。
僕が次になにを思うのか、ということも、何かの縁(生まれてから今までの無数の縁)から起きている、と考えることができます。この考え方でいくと、世界が生まれてから今までのすべての(それこそ無数の)縁を把握していれば、次の瞬間世界がどうなるのかが解かるということになります。人間には知る由も無いが、自分が次に何をするか、世界がどうなるかが、すでに確定している。縁起の法が、数学のようなものであるならば、そう考えることができます。しかし僕は、運命は確定しないと考えます。僕は「偶然」も真理だと考えるからです。量子力学などを勉強していて、そう思いました。高い確率で実現することでも絶対ということはありません。生まれた縁はもう消すことはできないが、それでなにが起こるかは、絶対ではない。つまり、人は、縁起というものに大いに支配されているが、運命は確定しない。偶然論でも運命論でもない位置です。
「因果、業」について。
因果、業という考え方も、縁起から来ていると思います。僕の印象ですが、縁起よりも因果の方が、善悪の色が強いと感じます。因果応報。良い種をまけば、良い結果が訪れる。悪い種をまけば、悪い結果が訪れる。そして、種をまくこと、また、まいた種が持つ力のことを「業」と呼んでいるようです。しかし因果応報がシステムだとは考えにくいと思います。100に値する悪いことをしたら、それがどこかに記録されていて、いつか100に値する悲劇が起こるというのは、ちがうと思います。やはり、因果応報も縁起によっていると思います。ならば、その人を取り巻く状況によって、結果も変わってくると考えるのが自然です。しかしもちろん、良い種をまけば良い結果を呼ぼうとする縁が生まれるのには違いないと思います。
14
:
日本ソード
:2005/10/05(水) 03:45:24 ID:J5disbVA
【質問】縁起と因果について(続き)
【属性】一般
【内容】
前世での業により、現世で良いことが起きたり、苦しみを味わったりする、というのがあります。因果には、そのような意味も含めて語られることが多いように思います。この考えは、ブッダ以前のインド宗教からあったものだと思います。そのころの宗教では、生き物は死んだらすぐに生まれ変わって、まさに車輪のように輪廻転生していると考えられていたのではないでしょうか。その価値観の中では、前世の業という考え方は、自然だと思います。しかし、幸福の科学のように、あの世にしばらくとどまってから生まれてくる、そしてむしろ、あの世の方がメインでありあの世のシステムも確立しているという価値観においては、すこし疑問を感じます。この世での魂と因果が、あの世にも引き継がれるならば、なぜあの世で悪業の報いを受けなかったのか。前世で人を殺した人間が現世で同じような苦しみを受けるのなら、地獄の意味は何なのか。人生の中でしか、悪業の報いを消化できないのなら、地獄で与える苦しみに何の意味があるのか、あの世とは何をする場所なのか、という疑問です。
僕は、前世の業によって苦しむという考えを否定したのがブッダだと考えています。人生における苦しみを、無理な理由をつけることなく、正しく観た。人生は「苦」であるという真理。人生は思いどおりにならないのだという真理を、ブッダは見つけたのだと思います。そこからスタートするのが仏教ではないでしょうか。普通の人間は、前世での業など、知ることはできないし、過去を変えることもできません。生まれたときから体が虚弱な人が、自分は前世で、どんな悪いことをしたのかと考えることには、なんの意味もないと思います。ブッダの言った苦しみの原因と、それを取り除くということは、もっと現実的で、実践的なものだったのではないでしょうか。相手と会話をし、その人の苦しみを聞き、原因を見つける。対機説法というのは、その人のレベルに合わせて教えを説くというより、なにを言えばその人が救われるか、ということを1番に考えた結果だと思います。
人生計画の疑問からは、ずいぶん離れた考察になってしまいました。その疑問について、次回書き込もうと思います。
今回の縁起などの考えは、僕が今思うことを書いたもので、無明な部分も多々あると思います。そのような点に、ツッコミを頂けたらうれしいです。
15
:
日本ソード
:2005/10/05(水) 05:16:58 ID:J5disbVA
>>8
【自己確立について】
>>私たちが目指している「悟り」の世界は、愛他利他の世界なので、仕事能力の部分がどうしても必要になってくるようです。無我の修行に入っていくにあたり、この世的と思われる仕事能力であれ、充分な自己確立であれ欠かせないとのこと。その下支え無しに、いきなり己を虚しくしていくといっても、クラゲのように漂うだけで、核心から遠ざかるばかりか、極端な場合は、この世的にも生活が成り立たなくなるような危うさも出てくることがあります。
僕が目指していることも、自分と他人の幸せです。自分が感謝している多くの人、自分の好きな人に、幸せになってもらうには、現実的な力や行動指針が不可欠だと考えます。
力の使い方や、行動指針、日々の選択というものは、もちろん頭でも考えて行っていることでもありますが、感情はそれよりも早く、結論を出しています。
感情は、今までの自分の経験や知識、体調や本能など、自分のあらゆるものを総合して結論を出しているのだと考えています。なので、感情というのは、自分が1番したいことに比較的近い結論を出すと思います。しかし、人間の性質上、その結論が非常に反社会的な場合や正しくない場合もあるでしょう。
感情の出した答えが正しいのか、正しくないのかは、すぐにはわかりませんが、感情の出した結論は、時として、逆らいがたいほどの力で自分を動かします。それほどではなくても、理性と感情が違っていると、バランスが取れていない状態です。
自分の行うすべての行動を、吟味してから行うこともできません。僕は、人を不幸にしてしまうかもしれません。それでなくても不完全な自分は、考えたとしても過ちを犯すでしょう。
それなので僕は、真理を求めます。真理というのは、自分のものにしたならば、揺らぐことのないものだからです。それは感情に対して揺らがぬ指針を与えるでしょう。
自分と人をより幸せにするような感情を持って生きてゆきたい。自分のしたいことをすると、みんな幸せになる、というのが、僕の人生の最終目標です。大それた夢です。
そのためには、心を耕すこと、現実的な能力を磨くこと、両方同じくらいに大切ですね。『中道』という言葉を聴き、改めてそう感じました。ありがとうございます。
僕がこのような夢を持ったり、宗教的な真理を人生の指針にしようと思い始めたのは、ごく最近のことです。いろいろなきっかけがありました。
それまでの僕は、宗教に否定的でした。というのは、いくつもの宗教を渡り歩いた母と、特定の宗教を持たない父の間で、僕も家族も幸せでない時期があったからです。
そのせいか僕は、信仰という面で、拒絶的なところがあります。盲目に信仰してしまう母を見て、宗教に対して厳密な論理性を求めるようになったように思います。
なので僕は、あの世のことなどの、僕が把握できない部分に対しては、アンチっぽい質問になってしまうかもしれません。
もちろん真理というものに対しての好奇心も大いにあります。真理を知ることは喜びですよね。
初心者ですが、どうかよろしくお願いします。
16
:
たまご
:2005/10/05(水) 07:17:27 ID:erffCev2
>僕は、前世の業によって苦しむという考えを否定したのがブッダだと考えています。人生における苦しみを、無理な理由をつけることなく、正しく観た。人生は「苦」であるという真理。人生は思いどおりにならないのだという真理を、ブッダは見つけたのだと思います。
おはようございます、深く考えておられるのですね。業のところ、『平等知』と『差別知』から、否定できないものであるとしています。
感情のコントロールは次第にできるようになるものではないでしょうか。本能に基づく快・不快に左右される赤子から、次第に精神性がそれを凌駕していくことが、人格の形成につながっていくのでは?
もしかしたら、ソードさんの言われている感情には動機など違う意味も含まれているのでしょうか…。
芸術家など繊細な感性、感情表現が、多くの人の感動をうむこともありますが、結構本人は苦しかったりしていませんか?
喜怒哀楽はついてまわるものですが、実はそれを超えた世界の静寂なる境地、悟りの世界の至福を味わってご覧なさいと、釈迦は説かれたのだと思います。
わー、もうこんな時間、ではまた(^_^)/~
17
:
主管理人の黒田★
:2005/10/05(水) 08:21:01 ID:ntly.q5A
>>16
【物言い】【苦情】 テンプレ活用の勧告など
【属性】 管理者
【内容】 このスレはテンプレ活用スレです。
Q&A形式なので質問者と回答者は論文調を心がけ、内容をまとめて、文中にむやみな質問、問いかけ、反問、避けるように。また、挨拶もそこそこに簡潔にお願いします。
はっきり答えられないものには解答しないか、解答不能の旨をはっきり伝えること。仏法真理検定試験のココロで。
一問一答を心がけましょう。
無量法門誓願学! 信者さんの学習の質・思慧の姿勢が問われます!!w(ゼロ氏風)
18
:
たまご
:2005/10/05(水) 09:19:15 ID:erffCev2
>>17
【お詫び】
【属性】信者
【内容】
了解です。論文調の旨、努めます。
勉強になり、ありがたく思います。
19
:
IAOO_KK
◆ZKLVh/2jGY
:2005/10/05(水) 09:33:42 ID:ntly.q5A
【質問】どうして地獄で苦しんだのにこの世で前世の報いを受けるの?
>>14
【回答】神智学厨密教科学仮説
【属性】退会者
【内容】
前世でなした行為の報いをうけるのは因果の理法の当然の働き。磁化の原理。
地獄の苦しみは何であったのか。
この苦しみは当人の地獄波動の再同調とその後の霊体内の低級波動質量の除去過程にともなう苦しみであってカルマの解消なのではないということ。
本人の魂の力が前世と大差なければ転生の過程又は再誕後にで再び除去した質量が本人の引力に引きつけられて戻ってきて、再び本人の霊体の構成粒子として取り込まれてしまう。
本人は再びこの質量に対処しなければならない。本人はこの質量を変質させるか再び除去する必要がある。
付け加えると、霊界原子質量粒子やエレメンタル・エッセンスにとって人間の地獄波動は彼らの逆進化にとっては有益である。
人間にとって地獄の意味は低級非物質質量の分離・除去。あの世もこの世も人間においては人間・人類の意識の進化の促進、霊界環境の建設・整備・改善の場である。
この世も霊界の階層の一つであるという視点を忘れてはなるまい。
物質界は意識の最終的決定的安定性を得る階層のように思われる。
20
:
日本ソード
:2005/10/05(水) 10:47:43 ID:J5disbVA
>>17
【お詫び】
【属性】一般
【内容】
今眺めてみると、とんでもない長文でした!
次回からは、もっとコンパクトにまとめたいと思います。
どうもすみません。
21
:
日本ソード
:2005/10/05(水) 12:03:35 ID:J5disbVA
>>19
【質問】
【属性】一般
【内容】
回答ありがとうございます。語句(磁化の原理、波動質量など)に関して僕の勉強不足により、誤解があるかもしれませんが、次のように理解してよいのでしょうか?
死んで再び天上界に戻るには、きれいな魂でなければならない。この世で魂が汚れてしまった者は、地獄で魂の汚れを落とさなければならない。地獄での苦しみは、魂の浄化に伴う苦しみである。その苦しみは、前世でのカルマの解消とは関係ない。
これはつまり、自分の魂を汚してしまったという業に関しては、地獄で解消されるけれども、他人を傷つけたとか、他人に善行を行ったという
業については、来世まで持ち越されるということなのでしょうか?
他人を傷つけた報いを、天上界で受けることはないのでしょうか?
また、最後の行の
>>物質界は意識の最終的決定的安定性を得る階層のように思われる。
これは、この世が最も魂の安定を得られる場所だ、ということなのでしょうか。それはなぜなのですか?
22
:
IAOO_KK
◆ZKLVh/2jGY
:2005/10/05(水) 17:34:26 ID:8BDQ0jFE
【回答】
>>21
この世が最も魂の安定を得られる場所であるのはそれはなぜなのですか?
【属性】 退会者
【お答え】
>>21
におけるすべての質問に答えることはしません。KKはソフトオカルト〜カルトの部類に入ると思われますので、本格的に密教科学を扱うことはありません。
私の回答完全でないのです。KK信者さんが回答を修正もしくは訂正したものを提供してくれるかもしれません。
A2:人間存在の役割は惑星下の人間界から鉱物界まで神のフォースを仲介することで、部分的にでもこれを果たすことは目的の達成であり存在をより完成させることであるから。
23
:
青の青
:2005/10/05(水) 20:13:01 ID:wtwGpado
【回答】どうして地獄で苦しんだのにこの世で前世の報いを受けるの?
>>14
【属性】信者
【お答え】
地獄は基本的に反省をすれば抜けられます。反省とは自らの間違いを知り、正しい有るべき姿を見出す事です。
しかし、正しい姿を見出しただけでは足りないのです。魂の傾向性を修正しなければなりません。魂の傾向性とは、性格あるいは性根という様なものです。
例えば、人殺しを犯していた場合、怒りを抑えられず殺したとしましょうか、怒りっぽいのは間違いだと知っただけでは、傾向性までは変わらない訳です。
ですから、穏やかさ、我慢強さを獲得していく為の修行が始まっていくのです。霊界でも修行、指導はあるのでしょう、その成果を試す為、あるいは更なる修行の為に、人生の計画を立てて、穏やかさ、我慢強さを鍛えられる環境を求めて、生まれてくるのです。
地上での修行は天上界での10倍の効果が有ると言われています。
無明の中、成否が分からない中で、修行を成功させるのは、それだけ凄いことであるわけです。この実績が、魂の安定性を高めていくわけですね。
業(カルマ)とは、幸福の科学では魂の傾向性を指している訳です。
魂の傾向性があって、行為、業が出てくる訳です。
24
:
たまご
:2005/10/05(水) 20:14:54 ID:erffCev2
【追加】
【属性】信者
【内容】業、そのほか
実はソードさんの思索の過程そのものが、出ている経典があります。
『釈迦の本心』(第5章)、参考のため各節テーマを書きます。
1.縁の思想 2.因果の理法 3.業とは何か
4.運命論について 5.自由意志の本質 6.地獄の思想
7.地獄の実体 8.天国の思想 9.天国の実体 10.仏国土建設の本義 以上が第5章の各節テーマです。
ソードさんの流れと一致していて面白いので書きました。
≫14“前世の業によって苦しむという考えを否定したのが仏陀”とありますが、
平等知…全ての人は仏性を持ち等しく尊い価値を秘めたる存在である。
差別知…転生輪廻を繰り返し、積み重なった業があるゆえに、個々の魂としての違いが現出してくる。
業を否定的な面からとらえるのではなく、業=魂の傾向性として解説いただいています。善なる面も修正が必要な面も含まれての傾向性が、転生の過程において形作られていて、人生のさまざまな場面での選択において、その傾向性に基づき判断が成されていく。それによって、また新たな苦となる場合あり、功徳となって善なる業としてつみかさなる場合あり、ということです。
確かに、現在の苦しみの原因を過去世に遡って探ることは普通はしないでしょうし、過去世自体考えも及ばない人もいると思います。
しかし、自己判断の傾向性とその過ちを探り出し、それを改めていくことによって、今世の魂の修行を一段と進めていこうという意図を持ったときに、“業(魂の傾向性)での苦しみ”を悟りという幸福に変化させる機会となるのでは。
生まれつきの肉体のことについて、過去世から原因を引っ張ってくるのは厳しい面ではあります。肉体的ハンディのある方をそのような目で見たら、とても失礼なことです。ですから、人は全て忘れて生まれてくるのでしょう。
同じくゼロからスタートはするけれど、過去から積み上げている努力の過程、質は一律ではないので、差別知としての魂の段階差、もしくは認識力の差が生じ、それは即ち、縁起の理法、因果の理法による“公平なる姿”となるのです。
ですから、この世とあの世、死後の生命についての正しい見解が無ければ、業も縁起もそもそも成立しない思想だと考えられます。
25
:
たまご
:2005/10/05(水) 23:10:23 ID:erffCev2
縁起、業、因果いずれも、世界認識と個々の現状分析のために必要ですが、悟りの道に入るための根本前提であって、
実践的真理の命題としては、苦・集・滅・道から八正道の実践による中道なる生き方(中道=仏神からみた正しさ)と、そこからの発展を目指すことがメインです。
「愛」と「悟り」と「ユートピア建設」が目標です。
自由意志でさまざまな登り道を選び人生を歩んでいく訳ですし、ストレートに宗教ではなく、職業を通じて、家族との絆を通じて、また専門分野の深い探求によって、真理はその一端を見せてくれるでしょう。
“信じる”ということは“知る”ということを包含する世界なのだそうです。対立関係にある概念ではない、と教えていただいています。
哲学的考察からの実践による自己確立と同時に、五感を超えた世界からの導きを信じることで、「愛」「慈悲」「智慧」「悟り」といった言葉が単なる概念を表す言葉でなく、魂の質量として、実体あるものとして光を放つのではないでしょうか。
感情に振り回されるのは心の実体ではないですし、平静なる心、涅槃寂静の境地から、今世は光明荘厳の法門へと心の修行を進めてくのが、
幸福の科学における学びの醍醐味です。
26
:
AHW
:2005/10/06(木) 02:32:51 ID:wXHI7XT.
【回答】【便乗】
>>13-15
【属性】アンチ
【内容】仏陀思想継承というよりエルカンターレ教
>この考えは、ブッダ以前のインド宗教からあったものだと思います。そのころの宗教では、生き物は死んだらすぐに生まれ変わって、まさに車輪のように輪廻転生していると考えられていたのではないでしょうか。
その通り。仏陀は原始経典によれば、輪廻の主体たる核の存在については無記をつらぬき、kkのような「バラエティに富む霊界(実在界?)と輪廻する永遠の魂こそが真実」という教説はまったくとっていない。
kkの教えの柱は、たくさんの著作にそうあるように「あの世・霊界こそが真実の魂の棲家であり、この世は仮の世だ」という点にある。
これはむしろ、仏教以前のインド宗教に共通していた常識であり主張だろう。仏陀はこれらを否定しさり、カウンターとして独自の修行論と認識論を成立させた。不勉強文化なのかkk経典内箱庭主義なのか知らんが、kk信者はこういうことすら知らない香具師もけっこう多い。
エルカンターレ教といえばちょとはすっきりするのだが、仏教の○○!!ととにかく言うから伝統仏教界から相手にされなくなっちゃった訳だ。
27
:
光の天使
:2005/10/06(木) 07:39:32 ID:jr0XXWts
【前置き】話が複雑に入り組んでしまって、答えにくくなっているので、基本から説明することにします。
【質問】幸福の科学の教義を解かりやすく教えて
①釈迦仏教と幸福の科学の違い
【回答者属性】仏弟子(会員)
【回答】まず、釈迦仏教と幸福の科学の違いについて説明します。
釈迦仏教の特徴は、「この世には様々な苦しみがあるが、その苦しみを和らげ、あるいは解消し、心の安らぎを得るための方法を示している」というところにあります。釈尊は、あの世を否定する立場ではありませんが、あの世の事よりも、まず、この世の人の心を救う事に重点が置かれました。その弊害として、唯物論的解釈をする愚か者を生み出してしまいましたが、釈尊の教えを本当に理解したならば、あの世の存在なくして理論が成り立たないということが判ります。
一方の幸福の科学では、唯物論の弊害を嫌って、まず、あの世があるということを大前提として論を展開しています。
その方法として、まず、【霊言集】の発刊から始め、各霊人の個性をそのまま出し、これをもって、霊的な存在があるということを示しました。
あの世の存在を前提にした上で仏教理論を提示したという点において、同じ仏教理論を使っていながら、微妙に違った印象を与えることになります。
また、苦を【マイナス】とすると、釈迦仏教では、心をコントロールすることによって、【マイナス】を【ゼロ】に、そうして【プラス】に変えていこうとしますが、幸福の科学においては、これに加えて【発展】の教えを追加して、単なる【プラス】ではなく、周りの人をも【プラス】に導いていくほどの大きな力を持とうとする意図があります。
釈迦仏教と幸福の科学では、あの世の存在を前面に出した論を展開しているか否か、より発展していくような方向付けが成されているかどうか、また、個人の幸福に留まらず、社会の幸福(ユートピア)への積極的な働きかけがあるかどうかが違います。
28
:
光の天使
:2005/10/06(木) 13:16:32 ID:jr0XXWts
【質問】幸福の科学の教義を解かりやすく教えて
【テーマ】②他の宗教と幸福の科学の関係
【回答者属性】仏弟子
【内容】
幸福の科学の信仰の対象は主エル・カンターレです。
エル・カンターレは、大乗仏教では、毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ=大仏)として表されている存在とされ、法を統べる仏陀としての存在と、救世主としての存在の両面を持っているとされています。
これはどういうことかというと、根本仏であるということ、人類の親であるということ、いろいろな宗教家の口を通して説かれた(仏法)真理は、このエル・カンターレの法の断片であったということを意味します。つまり、イエスの説いた教えも、釈尊の説いた教えも、天台智顕(てんだいちぎ)の説いた教えも、全てエル・カンターレの法の断片であるということです。
そうして、様々な時代に、様々な地域で説かれた、様々な教えを総括し、伝わり方が不充分であったところを補完すると共に、これらの教えを統合することによって、それぞれが断片であった教えの全体像が示されることとなるわけです。
これをうがった見方をすれば、いろんな宗教の寄せ集め、あるいは、コピー宗教と見えるかもしれません。しかし、発信元はエル・カンターレであったということなのです。
29
:
光の天使
:2005/10/06(木) 14:24:55 ID:jr0XXWts
質問】幸福の科学の教義を解かりやすく教えて
【テーマ】②幸福の科学的【縁起の理法】
【回答者属性】仏弟子
【内容】
仏教理論の中心的考え方として、【縁起の理法】があります。
【縁起の理法】には、【空間縁起】と【時間縁起】があります。
【空間縁起】は、同じ時間を共有するものに対する考え方です。
所謂「縁がある」というものですが、これについては、書籍「神秘の法」等にもあるように、単に、顔を知っている、名前を知っている、その人の書いた書籍を読んだことがある、という場合でも、それなりの縁が付いたということになります。ましてや、付き合いがある、一緒に何かをした、親族であるという場合には、それだけ強い縁があるということになります。これらの縁に対して、どう接するかということが、縁が縁を呼ぶという事に繋がっていきます。
ですから、【時間縁起】的にも大きく影響してくることになります。
【時間縁起】は、時間の経過と共に現れてくる【原因結果の法則】のことです。今現在、このような状況にあるのは、過去に原因があるということであり、また、この状況は未来に起こることの原因にもなってくるという法則を表す言葉です。これを一言で【原因結果の連鎖】と云います。
【原因結果の連鎖】と云うからには、延々と続くということで、ここに、この世で終わらない、「この世とあの世の生活を繰り返す」という転生輪廻(一般では輪廻転生と云う)の思想が関ってきます。
ですから、釈尊が【縁起の理法】を説いた時点で、あの世の存在の肯定が前提となっているわけです。(①で釈尊があの世を否定していないとした根拠)
また、【縁起の理法】は個人にも、社会・国家にも当てはまることから、それらが複雑に絡み合って歴史を織り成している事を認識しておく必要があります。
30
:
光の天使
:2005/10/06(木) 15:40:00 ID:jr0XXWts
【質問】幸福の科学の教義を解かりやすく教えて
【テーマ】④業(カルマ)と人生計画
【回答者属性】仏弟子
【内容】
先の【縁起の理法】を元に、【因果応報】という考え方があります。善因善果、悪因悪果という考え方ですが、私はこの言葉を使う事を善しとしません。何故ならば、善因、悪因の厳密な判断は大変難しく、一見悪因と思えるようなことが、善因を呼び込む誘い水になることもあるからです。所謂「回り道する」ということです。それが悪いことなのか、必要悪なのかという論点もあり、軽はずみに使えないのです。
また、この言葉には、「様を見ろ!罰が当たったのだ!」という念いが出る時に使われるケースが多いので、そういったマイナスな心にならないためにも、普段から使わない方が良いと思います。
その代わりにつかわれるのが、【業】(ごう=かるま)という言葉です。
これは、当会においては、【魂の傾向性】と云っております。
この【業】も、「業な人」「業が溜まっている」と、「過去のマイナス要因」として使われることが多いですが、本来の意味は、善業・悪業をひっくるめた傾向性のことを指します。
【縁起の理法】からいっても、善業は伸ばし、悪業は無くしていくよう努力しなければなりません。
その際、上手く一回の転生の内に全てが完了できれば問題ないのですが、そんな事が出来るのなら誰も苦労しません。当然、やり切れずにこの世の人生を終わることになります。
あの世では、その人の心境に応じた世界で生活するので、問題が露わになり難いのです。また、同じような心境の人ばかりの集団なので、実際問題、理屈は解かっていても、実践による習得ができない状況なのです。そこで、一定期間を置いて地上に降り、いろんな心境の人たちにもまれながら、実践を通して習得していくことになるわけです。
その際に、人生計画を立てるといわれています。当然のことながら、各人によって、習得しなければならない課題は違いますから、それぞれに応じた生活環境がありますし、課題も一つではないので、どのタイミングで課題が提示されるかなど、ある程度の人生計画を立ててから生まれることになります。
つまり、ここでいう人生計画とは、どの様なタイミングで、どの様な環境設定で、どのような課題をクリアするつもりなのかという計画を立てるということなのです。
【業】を【運命】と捉えると、これは罰ゲームの様な考え方になってしまい、改善の余地が無くなってしまいます。それでは、人生は苦しみでしかないのか?ということになり、何のために生まれてくるのか虚しくなってしまいます。
【業】は【宿命】と捉えて、「解決しなければならない課題があるのだ」と考えると、努力次第で如何様にも好転できることになります。
人生計画を立てて生まれるというのは、こうした、【宿命】という考え方が真理なのだということを示しているのです。
余談ですが、あの世には地獄があるといわれています。
あの世に還ると、閻魔大王が居て、過去帳を調べて、悪人と認定した者を地獄に落すとされていますが、本当は、同じような心境の人が集まるのがあの世の世界なので、地獄に落ちる人は、そういう心境だから落ちるのであって、この世の悪業の報いを受けているわけではないのです。ですから、ちゃんと反省の心が起きれば、直ちに地獄から抜け出せるのですが、人間の傾向性はなかなか変われないので、抜け出すのは至難のわざです。ですから、宗教においては、この世にいる内に傾向性の修正をし、心を正しなさいと教えているわけです。
ここまで読めばお解かりかと思いますが、傾向性の修正は、いろんな心境の人がいて、思うようにならない、ある意味最悪の環境であるこの世においてのみ可能なことなのです。
31
:
光の天使
:2005/10/06(木) 15:48:44 ID:jr0XXWts
【上記投稿追記】
以上の理由から、偶然というものは無いと云っておきます。
つまり、「縁起の理法」は偶然性を否定する立場にある真理でもあるのです。
32
:
光の天使
:2005/10/06(木) 16:30:49 ID:jr0XXWts
【質問】幸福の科学の教義を解かりやすく教えて
【テーマ】⑤業(カルマ)と人生計画
【回答者属性】仏弟子
【内容】
>>14
>この世での魂と因果が、あの世にも引き継がれるならば、なぜあの世で悪業の報いを受けなかったのか。前世で人を殺した人間が現世で同じような苦しみを受けるのなら、地獄の意味は何なのか。人生の中でしか、悪業の報いを消化できないのなら、地獄で与える苦しみに何の意味があるのか、あの世とは何をする場所なのか、という疑問です。
@説明したので、ある程度は解かったと思いますが、疑問に沿って答えます。
あの世は、罰を受けるところではなく、いわゆる学校という風にイメージしてください。
優秀な人は優秀なクラス、言葉が悪いですが、落ちこぼれは落ちこぼれのクラスに住み分けが出来ているのです。落ちこぼれのクラスでは、学級崩壊状態で、非常に荒れています。そういう状態が虚しいと感じ、真っ当な人間になろうと反省した人から、もう少しマシなクラスにクラス替えするわけです。つまり、住み分けの問題であって、仏には、罰を与えるという考え方はないのです。もう、自ら苦しみの世界に飛び込んで、散々苦しんだわけですから、責めるわけでもなく、ただ黙って各人が自分の力で這い上がって来るのを待っておられるのです。この忍耐力は物凄く慈悲深い仏ならではのことです。もちろん、天上界には地獄から這い出す者を手助ける天使たちもいます。しかし、最後は本人の反省次第なのです。
では、地獄以外の天上界では、何をしているのかというと、少しでも仏に近づくための真理の学習をしているわけです。地上生活を振り返って反省をし、計画の実行できた事と、出来なかったことを点検して、足りない部分を復習しつつ、今より上の世界に上がるための学習をするのです。
この世は、云ってみれば、進級試験のようなものです。試験問題は、各人それぞれが自分で課題を設定して、ある程度以上クリアすれば、この世に還ってきた時に進級できるわけです。
殆どの人は、前世でクリア出来なかった課題に再挑戦することになるし、新たに課題を作ってしまった場合には、それも加えることになります。
総裁先生の説明では、前世で人を殺した場合、今世でもう一度同じ状況を作って、やっぱり殺したら失格。殺さずに解決できればクリア、というパターンと、殺す側と殺される側で立場を入れ替えてやってみるパターンなど、いろんなシチュエーションの課題を作って、傾向性を修正しようとする試みが成されているということです。
33
:
光の天使
:2005/10/07(金) 06:51:14 ID:0USjJdNM
>>32
【訂正】
>この世に還ってきた時に進級できるわけです。
@この世からあの世に還った時に進級できるわけです。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板