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「今の教え」と「本流復活」を考える・挨拶板

1トキ:2011/06/24(金) 09:44:31
生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える/挨拶板です

 初めて書き込みをする人や、生長の家について相談がある人が利用するために開設しました。
注意書きも書きましたので、お読み下さい。書き込みに少し自信がない、という方は、この板を
ご利用下さい。

 挨拶の場合は、最初に「挨拶」、相談の場合は、「相談」と書いて下さると助かります。
では、宜しくお願いします。

364a hope:2011/09/08(木) 14:51:11 ID:MNrNIsM2

琴音さま
はじめまして
あほの a hope といいます。
生活に追われている、子だくさん主婦ですが、夏休みが終わり少し余裕がでてきました。

ところで、琴音さまの相談

【相談】
話は変わるのですが、昨日注文した「神想観」と「生命の実相 1」が今日
届きまして、「神想観」に書かれていた色々な種類のものをやりました。
和解の祈りということで、特に私は姉と仲が悪いので、
許します、といった内容を祈ったのですが、
その後、以前の「生命の実相」を読む前の私に戻った感じで、
やたらとものほしげになったり、「足りない足りない」と感じたり、
「生命の実相」を読んで清まった心が「迷い」に入ってしまいました。
(まるで姉の欲念がうつったかのようです)

やっぱり、悟るまでは変な祈りはしないほうがいいのでしょうか?
確か、「生命の実相」にも、霊媒的な体質の方はまず体を動かして、
神想観をするよりも「生命の実相」を読んだほうがいい、と
書かれていた気がしますが・・・。


ですが、実はわたしもとても似た経験をしたので驚いています。
わたしの場合は、神想観をすることで、情緒不安定になるだけではなく、
体調まで悪くなり、数週間寝たきり状態になりました。
そんな状態を救ってくれたのが、実は「本流宣言」の掲示板だったのです。
あちらでは、一白鳩会員さまや、山科さま、みどりの日々さま、破邪顕正さまなどの大先輩方から、
色々アドバイスをいただきました。

そして、他の方々の、掲示板の書き込みを読んでいるうちに、自然に体調が良くなっていったんです。
だから、わたしは今はこちらに居ますが、あちらの掲示板には、いつもとても感謝してますし、
今でも「本流宣言」は神さまが管理している掲示板だって信じているんです。


ところで、神想観についてですが、わたしの経験から言わせていただくと、
自分勝手にやらないほうがいいと思います。
(わたしも、人からの感情なんかをすごく受け易い体質です。)

わたしは、教団も退会していたので、「本流宣言」で先輩方のアドバイスを受けた後からは、
雅春先生の基本的神想観のCDを聞きながら、雅春先生の声に導かれながら、
神想観をするようにしました。

今は、CD聞かなくても、自分ひとりでできるようになり、
神想観後は毎回感謝の気持ちでいっぱいになりますよ!

この掲示板は、時々おふざけがひどくなる時もありますが、
管理人さまのトキさまはじめ、みな優しい人ばかりです。

わたし、a hope は、だいたい 女子会板にいます。
よかったら、遊びに来てください。

365さくら:2011/09/08(木) 16:19:01 ID:TMMW7LMw
あ、あほの、a hopeさま

…お、おふざけが過ぎまして、申し訳ありません、汗。
聖典を拝読し、生まれ変わります〜
雅春先生の招神歌で、神想観は、素晴らしいですよね、

ではまた、女子会などで!

366さくら:2011/09/08(木) 19:15:07 ID:MyHzqVpw
訊け管理人監督 さま

フォローをありがとうございます、

あの体験談は、何度読んでもよいですね・・
何度読んでもあの婦人の喜びが伝わってきます。

ありがとうございます。

367琴音:2011/09/08(木) 20:33:28 ID:xk4PMokw
さくら 様、「訊け」様、「義春」様
「役行者」様、a hope 様

皆様、お返事ありがとうございました。
こういった板に書くのが初めてで、皆様のお返事に気づかず別の質問を
してしまったみたいで、大変申し訳ございません。

他宗教歴としては、神道→統一教会→キリスト教→霊波の光(いまここ)
家は真言宗(祖父母が円応教)、祖父の兄が大本教だったと最近知りました。

とにかく宗教的に複雑であったことから、
すべての宗教を統一する教えであり、神の子という考えの統一教会に
感動し、毎日伝道にあけくれていたのですが、
人数集め、金集めの考えに嫌気がさし、やめました。
それでも神様を捨てきれず、時々お祈りしたり、
教会に通っていたのですが、「統一教会の教え」が抜けず、
一時期は「神様なんていない」という無信仰に行き着きました。

でも、神様を信じていないときって、
すべてが悪い方向に行くのですね。
人生で行き詰まったときに、伯母に勧められて、
「霊波の光」でお力を得て、順調に歩んでました。

ところが、賛助会員になって、「もっといいことがおこるはず」
と思っていると、毎月何かしら体調を崩し、就職ご祈願を受けても決まらない、
決まったところでも問題があって辞めることになり・・・と、
7ヶ月の間、順調にいった月はありません。
それでも、祈ったり、浄霊を受けたり、「御書」と呼ばれる教祖の書いた本
を読んでいたりしたのですが、まあ、真理ではないな、と。
判っていながらご利益あるから、と続けていたのですが。。
教祖イコール神である、とするけれど、人間は神の子では?
という思いがどうしてもぬぐえなくて、
もっとそういう内容の書いてある本を読みたい。

と思って、ネットサーフィンしているうちに、
まず「幸福の科学」の教えというか、啓示が書かれたブログに行き着きました。
で、特に「谷本雅春」先生の所に共鳴して、調べてみると、生長の家の教祖?
らしいと。そういえば今は霊波だけど、伯母さんの姉は生長の家を昔、
やってたらしい、と思って、「生命の実相」を求めました。

読んでみると、
ああ、統一教会でゆっていたことと同じ、いやさらに詳しい内容が、
既に昭和初期に出ていたんだ、と。
そして、引用されているたとえ話も、あるときは統一教会の講義で、
あるときは創価の友達から、またあるときは・・・と、
どこかで聞いたことのある話がそのままそこに書いてあったのです。

こんなに昔から、神様は日本の私たちにちゃんと救いの道を用意して
くれていたんだ、と。そして、私が改心させられるときの言葉って、
「生命の実相」の中にある言葉なんだな、と感じたのです。

つづく

368琴音:2011/09/08(木) 20:50:06 ID:xk4PMokw
つづき
「生命の実相」を読んでいって、まず、霊波の光の神様は間違っていないけれど、
教祖が神様で、他は救われる対象、という考えはやっぱり間違いなんだな、
とわかりすっきりしました。
また、いかに教祖に依頼してその念で救われたからといって、私にとっては
「依頼心」を増加させることになり、奇跡に対する盲信になっていました。

特に「霊界への恐怖心」の観念が植え付けられていたり、
「困った人」に対してどうしたらいいかとか、わからなかったのですが、
読むほどに「すっ」と入ってきて、
まあすぐ忘れてしまうんですけど(笑)、
今は手持ちの全巻を読み終わり、2巡目に入っています。

姉に対しては、今日、
もう一度生命の実相を読んでいて、
「私に対して不幸になってほしい気持ちが今、あるんだな。
でも姉が幸せになりますように」
と祈ったら、元の自分に戻りました。

多分、本来的ではないのですが…今の(感じやすい)自分にはこれが
精一杯です。

369琴音:2011/09/08(木) 20:58:10 ID:xk4PMokw
訊け さま

ちなみに私の母校は「國學院・神道学科」です(笑)
1年生の授業で古事記の暗唱、させられました。
2年生の祝詞の授業で「方向性まちがえた」と思い、
後半は聖書ばかり読んでました。

おかげで聖書の引用も神道の引用も、わかります。

370琴音:2011/09/08(木) 22:42:14 ID:xk4PMokw
管理人様
↑367〜369の私のコメント、削除してください。

ここで語ることでもないし、
生長の家のものでもないし。

なんか「わかってない」「わかってない」と思われているようなので、、
もうここを訪れるのはやめることにします。

371さくら:2011/09/08(木) 22:55:05 ID:MyHzqVpw
ちょっとまって!琴音さん、わたしも統一協会で活動をしていたものです。
あなたのことが人事のようには思えなくて、声をかけされていただきます。
あなたの言葉の中で、他の宗教をしている時でも、人間は神の子であるはずなのに、
そんな言葉がありました。
それはあなたの魂の声だと、わたしは、感動いたしました。
今までの宗教の中で、あなたが求めてきた、あなたの純粋な魂がもとめてきた
ものは、なんだったのか、あなたの純粋な魂の経験をかいてくださって、
わたしにもたくさんの気付きをもらったのですよ。
あなたが分っていないなんて思っていません、あなたの魂は何を求めているか、
知っているではないですか。
だからこそ、生命の實相をひらかれ、あなたの気付きを得られたのだと思います。
信仰は自分と神との関係です、あなたにしかわからないことがあると思います。
自分の中の神に気づかれたあなたを本当に、尊いと思っています。
あなたに教えてもらうことも、わたしにはたくさんあるはずです。

統一協会では、お互いハードな経験をしましたね、笑。
わたしも少し、ここに体験をかかせていただきました。

あなたの話をわたしは聞きたいと思っています。
もしよかったら、またお話しに来ませんか?

372義春:2011/09/08(木) 23:04:11 ID:iu5Ar./Q
 わたしもさくらさんと同じです。
違う宗教だから話し聴かんなんてケツの穴が狭いものを
私は信じてきたつもりはありませんから。

 わかってないというなら、私もわかってませんよw
私はそれで良いと思うし、それだからこそ、愉しみもある。
それに此処でアニメネタを貼り付けるような人間なので、
そもそもタブーすらないのかもしれません。
(タブーは無視しますが、自分が道理にかなってないことはしませんが。)

まっ、それだから、気楽にいって良いと思うのですよ。

373義春:2011/09/08(木) 23:05:26 ID:iu5Ar./Q
あっ、さくら様だった…さくら様、お気を悪くされたら、申し訳ありません。

374a hope:2011/09/08(木) 23:06:09 ID:MNrNIsM2
琴音さま

わたしは、「わかってない」「わかってない」なんて思ってませんよ。

わたしは、他の宗教を知らないので、そのことに関してはよくわかりませんが、
琴音さまのおっしゃっていることはよくわかりますよ。

さくらさま 同様、わたしもあなたのお話をもっと聞かせていただきたいです。

375初心者:2011/09/08(木) 23:06:12 ID:4IaAZAME
琴音さま

訊け管理人さまは、この時間帯はキャバクラの接待で、掲示板は留守がちなのですよ(これも仕事ですから)。
けっして「わかっていない」から相手をしないというような話ではありません。
どうかここにしらしてください。
あなたが「わかってない」のではなく、みんなあなたのことを「わかりたい」人たちばかりなのです。

376初心者:2011/09/08(木) 23:09:47 ID:4IaAZAME
申し訳ありません。

「どうかこここにしらしてください」は
「ここにいらしてください」の間違いです。
間違いに気づいて直したはずなのに、どうしたのかしら。

377さくら:2011/09/08(木) 23:14:36 ID:MyHzqVpw
義春くん、

私は、さくらさん、でも、さくらちゃんでも、気にしませんよ、笑。

378初心者:2011/09/08(木) 23:21:49 ID:4IaAZAME
義春さん

訊けさんを、早く呼んできなさい。

379義春:2011/09/09(金) 00:11:09 ID:SjZg29/2
>>378
初心者さま
メール出してみましたが応答ありません。
たぶん、明日の朝かと想います。
基本的に朝にかかれるみたいです。

380義春:2011/09/09(金) 00:12:28 ID:SjZg29/2
>>377
さくら様
有り難うございます!
いや、真に申し訳ありません(滝汗)

381初心者:2011/09/09(金) 00:34:17 ID:4IaAZAME
>>379
義春さん

そうですか。仕方がありませんね。
お手間をおかけしました。

382義春:2011/09/09(金) 00:48:54 ID:SjZg29/2
>>381
初心者さま
いえいえ、これくらい何の事もありません。
それに私もブログ管理人さあが、
どう書かれてるかを楽しみにしてます。

383「訊け」管理人:2011/09/09(金) 03:32:25 ID:???

>琴音セニョリータ


 いやいや、まあ(笑)真剣な求道者ですね貴女さまは(笑)いやこれ、別
にバカにしているわけではなく、本当にそう思っている次第です。
 まあわたしなんかも毎日、学びの日々です。人以上に唯物論+無神論に
犯されております。それに青春時代の若気の至り・・・これを思う時の恥ずか
しさと言ったら死にたくなるレベルです(笑)「ああ祖先は烏頭坂(関ヶ原)や
田原坂(西南の役)で戦死されたのに、子孫の俺の死に場所がフェリス坂で
よいのか・・・」とか。それで毎日、ブログ更新なんか行ってます。まあ共に学
ぼうではありませんか。「よくわかってない」からこそ、「ここに来るべき」
ですよ。

 まあそれでも、自己処罰したかったら(=追放されたかったら)

「い い 掲 示 板 知 っ て ま す ん で お 教 え し ま す よ 」(笑)

384さくら:2011/09/09(金) 06:16:14 ID:MyHzqVpw
セニョリータ!

385キケ・カンリニーオ:2011/09/09(金) 09:26:36 ID:???

マンマ・ミーヤ!!

吉瀬美智子が人妻だって、
昨日まで(マジで)知らなかったぜ!

386ハル・ヨシリータ:2011/09/09(金) 09:38:09 ID:SjZg29/2
>>385
兄貴!
それマジですか!?
オーソレ〜ミ〜ヨ〜

387トキ:2011/09/09(金) 09:40:26 ID:upwd2b1M
>>370

琴音様

 すみません、お返事が遅れました。管理人が行き届かないため、不愉快な気分に
させてしまった点は深くお詫び申し上げます。

 ご投稿のことですが、時間帯によっては、アクセスする人が少ないときはあります。
ですから、ご投稿に返事がすぐになかったのは、単にアクセスする人が少なかっただけ
の話だと思います。

 私も、昨日の夜は所用で早く寝ましたので、ご返事が出来ませんでした。
私は、琴音様の参加を心から歓迎し、かつ感謝しておりますので、今後もご投稿を
継続して下さるように、お願いを申し上げます。

合掌 ありがとうございます

388460:2011/09/13(火) 16:17:17 ID:v2PhadaI
460です。ガラガラヘビの話題は蛇足でした。
一部の人に罵倒されながらも、懲りずに書き込む理由は次のとおりです。

ACの自覚がある人は、生長の家は、残念ですが、機能不全に陥っている宗教だから、引っかからないように
気をつけろ、ということです。

ここの宗教では、雅春氏が説いたことを体現しようとしている信者は珍しい存在です。
一人ひとりの中に存在する神性や仏性に光をあてようとする人は少ないです。
ご利益信仰の物質尊重人間ばかりで、生長の家にいつ誰がつながったか、生長の家組織で肩書きをもつ知り合いはいるか、
正社員か否か、肩書き、経歴、家柄(古!でも保守的な人が多いから当然なんでしょうね)、いかに自分の係累が優秀か、
が判断の基準です。「みんな神の子」ではありません。(私が関わったところでは。全国展開してる組織ですから、私の経験はごく一部
ですが、ここの宗教にゴタゴタが続いてるのは、私が経験したことと関係していると考えてます)

ですから、機能不全の家で育ち、やっと成人してからもさまざまな症状に苦しんでるACや問題がはっきりと目に見えるとこまで進んだ依存症のAC
(物質だけでなく、ギャンブルなども含め)は、谷口雅春著作を読んで、ここなら救われるに違いないと思って生長の家を訪ねると、
ひどい失望を味わわされます。家庭に恵まれなかった分、人から認められたいという気持ちを利用され、いいように使われ、再び怒りを経験することになります。
怒りだけでなく、家庭の中で味わわされた混乱も再度味わわされます。

雅春氏の本や文章の行間からほとばしる豊かな愛に、誘蛾灯にひきつけられる虫のごとく(悲しいたとえですが)宗教法人生長の家をも慕う気持ちにさせられますが、
ここの(雅春氏が説いたことは役に立ちますので「宗教」とくくるのは迷います。仮に)「組織」に関わると、
結局、癒しや回復に結びつかず、時間などが無駄になる可能性が高いです。
自尊心の低さを悪用され、新たに傷を負う可能性も高いです。

生長の家が機能不全組織とわかった上で関わる分には、傷つけられても傷は浅く済むと思っています。
知っていて犯す罪は軽い、ではありませんが、前もって焼けた棒だと知っていれば、掴まされた時にすぐ手放せますから。

389460:2011/09/13(火) 16:24:54 ID:v2PhadaI
本人が初めて生長の家につながり、親や兄弟が誰一人として生長の家信徒でなかったりすると、粗末に扱われる場合があります。勧誘できなかったりすると特に。
だから、ここは新しい人があまり定着しないところではないかと思います。
組織で活動している人は生長の家二世三世、地縁血縁が生長の家信徒で占められている、という人も珍しくありませんから、ストレンジャーは気に入ってもらえないと、
軽く扱われ、信徒さんのいう「人間神の子」のセリフが吐き気を催す言葉に成り下がります。
切実に救いを求めている「人」としてでなく、「数」としてカウントされ、行事の動員人数の足し、くらいにしかみられない…。助けを求めてまだ息があがっているような人間に
いろいろと理由をつけて役をやらせたり…。
そんな役を果たせる余裕があると思いますか?徳積みとか理由をつけますが、おかしいと思います。
普通に考えたら無理でしょう。
ここだけの話ということで打ち明けた悩みが筒抜けになったりします。結局、自分を危険にさらすことになります。

390460:2011/09/13(火) 16:36:29 ID:v2PhadaI
生長の家組織の中には(ここに投稿しておられるのは良心的な人たちだろうと思っていますが)、
「共依存の気がある人(度を越したおせっかい)」「ぬるま湯につかってて自分が平和ならそれでok」「私が恵まれているのは
生まれる前から徳を積んでるから。家庭に恵まれない人は…と遠まわしのいやみを言う人」「自分の頭で考えることをあまりしない人」
「因縁話が好きな人(こっちが新参だからと遠慮せず。根掘り葉掘り聞いてきます)」「人を心理的に操作するのが好きな人(心理学の知識の悪用というか誤用ですね)」
「プライバシーを覗くのが趣味のような人」もいて、安全な場所ではありません。

安全な場所でこそ、家庭で傷つけられた自分を癒すことができます。
口だけ「神の子神の子」を連呼して、行動の伴わない場では無理です、危険です。

谷口雅春氏が説いたようなことを信じて実行している「場」というのは珍しくて、
本の中にしか存在しない、くらいに思っていたほうが、ACにとっては安全です。

以上

391トキ:2011/09/13(火) 16:57:14 ID:JGTh/CoE
460様

 ご投稿ありがとうございました。

 詳細は知りませんが、もし、460様が生長の家の組織と関わる事で、何か不快なご体験があると
ならば、関係者の一人としてお詫びを申し上げます。この掲示板は多くの人が見ています。中には
教団本部の関係者もいるでしょう。後学の為には、貴重な内容を含むと思います。

 また、生長の家という組織に対して、具体的なご提言などがありましたら、ここに書いて下さい。

 確実とは言えませんが、読まれた人には、少なくとも警告になると思います。

 以上、宜しくお願い申し上げます。

合掌 ありがとうございます

392さくら:2011/09/13(火) 21:31:52 ID:6tmMyXBA
460様。
はじめまして、お節介で、御座位ます。

お聞きしたいと思いまして、横レス失礼いたします。

460様にとって、「安全な場所」とは何処でしょうか?

私は、正直言うと、確信犯的な気持で、生長の家の組織にいるつもりです。
私は、安全な場所なんて、宗教に求めてはいません。むしろ、一番危険な場所かも知れない、
とも、思うところがあります。
組織のことは、あなたのように酸いも甘いもわかっているような、経験は豊富ではありませんが、
460様に、共感できる部分もある気がいたします。
受け取り方が違うだけですが。

また、書き込み楽しみにしています。

393初心者:2011/09/13(火) 21:34:19 ID:4IaAZAME
460へ(あえて呼び捨てにしましょう。人間の名前とは思えませんから)

「人を心理的に操作するのが好きな人」には、あたしも入るのですかな。あたしが心理学を
学んだのは、操作されたくなかったからです。操作されるのが不快であったから、心理学を
学びました。それだけです。

人を操作しようというつもりはありません。ただし、あたしを操作しようとすれば、3倍返しで
お返しします。460はあたしを操作しようとした。だから、少しばかりお返ししただけです。

もちろん本気ではありません。本気でお返ししようとすれば、掲示板が修羅場と化します。
だから、本気でお返ししたりはいたしません。

460は掲示板にもどってきてくれたと考えてもよいのですか。もし戻ってきてくれて、
あたしに刃向かいたいのなら、向かっておいで。あんたは頭がよさそうだから、3倍返し
くらいで勝負をしてみようじゃないのさ。

ここは安全だよ。敵はあたしくらいしかいないから。安心して、いつまでもここにいなさいよ。

394さくら:2011/09/13(火) 22:17:01 ID:6tmMyXBA
宗教団体は、あなたの言うように、危険なところなのですよね、
何のためにここにいるのか、それを自分で判っていないと、
本当に、危険なところだと、私も思います。

395460:2011/09/14(水) 16:36:27 ID:v2PhadaI
>>392さくら様
初めまして。こんにちは。
声をかけるのは勇気が入ったことと思います。

安全な場所について、もしかすると宗教を思い浮かべていらっしゃるかもしれませんが、違います。
私は生長の家が一番よいと思って勇気を出して行ってみて、ああいう経験をしましたから、
宗教の名の下に人を編入して序列づける組織とは、もう関わりたくありません。
けれど、仲間の話をきけば、ここでも時々名前のあがる宗教団体のおぞましさを知って、自分は
この程度ですんで良かったとも思っています。

安全な場とは、つながって嬉しいと思える人達のいる場です。自分の体験を言語化できる場所です。
人に傷つけられた傷は、人の中で癒されるんだ、という気持ちを心の底の底まで落とすことができました。
決して一人でいては回復は進まないんですね。人は人を傷つけもするけれど、人を癒すこともできる。
この不思議な働きに、人間には尊いものが宿っているってほんとだなぁと胸が熱くなります。
これ以上はネットですので、控えます。

>>394 「何のためにここにいるのか、それを自分で判ってい」ることが大事だ、と、私も思います。

396「訊け」管理人:2011/09/14(水) 16:50:11 ID:UodBcqiE
>>460さん

 一応全部拝読しました。まあ、こんな記事はいかがでしょう。
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65588366.html#more

 でも多分・・・効果ないかも(笑)まあ、時間かけていきやんせ。

追伸

 でもまあ(嫌味でも脅しでもないが)貴君がまずなすべきこと、これは
解りますか?「人とのつながり」とのことですけども、貴君はどなたか、お
詫びせねばならぬ人がおりませんか?

 まずは、そこからかもしれもはんな。

397460:2011/09/14(水) 16:53:43 ID:v2PhadaI
>>393 初心者様、お久しぶりでございます。最初に言っておかねば。
「敵」だなどと思っていませんよ、少なくとも私は。
ジジェクやシニフィアンとシニフィエを教えてくれた人だと思っています。

>>388>>390は初心者様と出会う前の経験です。
あてこすりで書いたと思っているなら勘違いです。ただ、練成会のエピソードを読んで、「う''」とはなりました。
だからクロストークの形で、レスをつけました。
初心者さんは自身と女子青年(でよいでしょうか?)との調和へと進まれました。
私も追体験させていただきました。

三倍返しというのは、漫画のセリフみたいですねー、なんだか懐かしい。
勝負のお声を掛けていただき、恐悦至極に存じ奉ります。が、勝負する気はなく、一番書きたかったことを書いたので、
この掲示板に書き込むのもいったん卒業です。

でもチャンスなので一言。
初心者さんの文脈でのロージァズの使い方はまずいなと思っていました。
もし、この板でロージァズに興味をもたれた方がいたら、ロージァズの著作にあたることをお勧めします。
「聴く」に関しては、全集の11巻が詳しいです。

最後に。
古い話になりますが、今まで生長の家が獲得してきた信徒をはじめ、名声、賞賛、物質的なものは初代、二代目の手柄であって、
雅宣氏は自身の手柄ではまったくない、と思っているだろうと理解してます。
ですから、雅宣氏にとってすでにつながっている信徒というのは、手柄としてカウントする対象ではないのだろう、と私は思っています。
それで、独自のドクマを展開して新しい信徒を獲得したいのだろうと書きました。

以上になります。

398460:2011/09/14(水) 16:55:49 ID:v2PhadaI
>>396
大きなお世話サマー♪♪

399さくら:2011/09/14(水) 17:41:15 ID:6tmMyXBA
460様

誠実にお言葉を頂き、ありがとうございます。
やはり、あなたの言葉を読んで、私には共感できる部分があると、感じました。具体的な体験を知らずに理解できるとは簡単に言えませんが、人の中で癒されてきたご自分の路程を大切にされているのを、感じさせて頂きました。
同じ経験でなくても、痛み、というものは、共有できると私は思っています。
あなたが、今、穏やかにご自分の道を歩まれていることは、本当に良かったと思いました。
経験がすべて、あなたの道になっていると感じました

良かったらまた気づきを書いて頂くと、また私にも学びになると思います。

ありがとうございます。

400初心者:2011/09/14(水) 20:03:02 ID:4IaAZAME
460へ

去るのかい。あたしがロジャースを勉強したのは、20年以上も昔のことだから、
ほとんど忘れてしまっているよ。

全集を読んだってことは、それだけ熱を入れてたってことだな。まあ、あたしは
救われたよ。ロジャースのおかげで、自分の居場所が見つかったって感じかな。

あたしは、460とちがって、人間関係で傷ついたことがない。いつも分厚い鎧を身に
まとい、傷つかないようにと防御していたから、いちどだって傷ついたことがない。

それはしかし、なにもしてこなかったってことだ。少なくとも、人との関係ではなにも
してこなかったってことだ。自分の居場所が見つかったってことは、傷つかないで人と
かかわれる安全な場所を見つけたってことなのかもしれない。けっこう楽しかったよ。

お前ってどんなやつなんだ。最初はチンドン屋みたいにあらわれて、最後は、淑女の
ごとく去ろうってわけかい。お前のことは覚えておいてやるよ。気が向いたらまた
来なよ。あたしは、いつまでいるかわからないけど。

見捨てられ不安はなおりそうもないが、お前に見捨てられても、あたしは平気だよ。
それじゃ、元気でな。

401義春:2011/09/14(水) 20:36:57 ID:iu5Ar./Q
460さま
お久しぶりです。お元気そうで何よりです。
 まぁ…なんというか、私は親友を教団から排除されてしまっているので、
色々お辛い気持ちは少しは分かるかと思います。
たぶん、少なくとも近畿圏内でも有数のアンチだったと思います。

 ですが、雅宣先生は自分の子分作りでログマを作られているのではないと思います。
詳しくは初心者さまとの間のやり取りを、読んで頂ければと思いますが、
かいつまんで話させて頂くと、雅春先生の御在世の時代、
 
 日本が赤化…つまり、共産革命が起きるか、抑えられるかの瀬戸際でした。
私はまだ、この世に生まれてないので、この辺りに関しては少し感覚が鈍いですが、
私の青少年時代でも、その余波が残っていて、高校時代の先生はバリバリの
日教組の人でした。その人と論戦した経験から言えば、日本の全てを悪と見る、
そんな人でした。
 
 そんな人が大量に生まれていた、時代に、何とかして日本国の守ろうとする…
日本国といっても、政府とかではなくて、国体である天皇陛下の御為に…
というものでしたが、その御心に想いを馳せる時、止むに止まれぬ想いと
察せられないほどの想いでしょうが、私なりに察するばかりです。
 
 その赤化の元である、ソビエトの崩壊を雅春先生は御在世のまま観られることなく
御昇天なされました。

 そして、それは、その時に説かれた雅春先生の御言葉は雅春先生御自身で言葉の定義を
定められる事が無かったという事でもあります。

 それだから、言葉の実態から外れてしまった雅春先生の言葉がロゴスと化して、
暴走する可能性…いえ、もう暴走していますね。

 それに対して、雅宣先生は生長の家を御継ぎになった御立場から、それを止めないといけません。
そうでなければ、そのロゴスに飲み込まれて、生長の家が生長の家ではなくなってしまう
可能性も出てくるのです。

 しかし、それに雅春先生の御言葉がありません。
だから、御自分でそれを紡がないといけなくなった。
 
 それなので、恐らく、雅宣先生は御自分の子分作りをされていると
私には思えないのです。

 まぁ…冷静に現実を省みれば、教団は年々教勢が衰えています。
たぶん、教勢自体を伸ばそうと思えば、例えば、カウンセリング等を
重視していけば良いと思います。そうすれば言い方は悪く雅宣先生に
失礼になるのを承知の上で言わせて頂きますと、大勢の子分を作れると思うのです。

 それなので、いま少し、私の思いも組んで下さることをお願い申し上げます。
最後になりましたが、横レスとなってしまった、失礼の段、重ね重ねお詫び申し上げます。

402「訊け」管理人:2011/09/15(木) 04:11:35 ID:???
>460さま(笑)

 おはんが、とんねるずファンなのは判った(笑)

403トキ:2011/09/19(月) 18:33:16 ID:7WZYehbA
 この最近、いきがかり上、本流復活派に対する批判を投稿する事が多かったと思います。
おかげで、本流掲示板では、私は「イソベ」だとか「援護派」とか言われてしまいました。
 そこで、少し、教区の立場から、教団側にも文句を言います。まあ、こういう投稿を書くと
本流掲示板では、自分達に都合の良い部分だけを切り取って使われれる危険性はありますが、
そういう事はしないでね。

 教区の立場から申し上げると、本部は何を考えているのだ、とういう感想を持っています。
どんなに高尚な事を言っても、運動は後退の一途です。本流掲示板の「靖国見真会」参加者様
が、オマエは現在の教団の問題点を指摘しない、と言っていましたが、以前から詳細に言っている
のですよー。失礼ですねえ。プンプン。

 とにかく、教区の会議に出席して数字の書いた紙を見せられるけど、もう、運動は後退の一途。
後継者の育成とか言うけど、原子力発電がどうの、とか絵手紙がどうの、という話を聞いて
感激する人間はに会った事がないのも事実。本流掲示板で「最近、谷口雅春先生の話が増えた。
これは我々の批判の成果だ!」とかいう投稿がありましたが、関係ありません。もう、現場
では、「今の教え」は使えない、というのは現場の幹部の大半の認識です。一例をあげますと、
今年の冬、自宅で開催した誌友会に出講した講師が、普及誌の総裁の文章を長々と読み上げたら
出席者の一人が、「そんな話を聞きに来たのではありません。私は信仰の話を聞きたいのです。」
と異議を申し出た事もありました。あれには参りましたぜ。

 結局、谷口雅春先生の話をして参加者に喜んで帰ってもらうか、「評論家的な話」を聞いて
参加者が不愉快になって帰るか、という究極の場面になったら、講師もやはり谷口雅春先生の話を
するしかないのです。だから、かっては「環境」の話をしていた講師も、今では谷口雅春先生の
話一本というケースが多いですね。

 過去、生長の家からは多数の「分派」が発生しましたが、その中で現在でも残っているのは、
五井さんとか、幸福の科学の大川さんの親父さんの善川さんぐらいです。過去、成功をしたところ
がほとんどない、という事が言えるでしょう。ところが、今、本流復活派はものすごく大きくなっ
ています。これは、率直に言って、本部のやり方にまずい点があるのも理由の一つです。この点は
本部にも素直に反省をしてもらいたいです。

 私は今でも、信念をもって教団に残っています。
 とにかく、今すぐにマサノブを追放しろ、とか、昔のやり方に無条件に戻せ、という考え方にも
反対です。だけど、今の本部の言っている事を見ると、教区の感性とあまりにも距離があるのを
感じます。もっと、素直に教区の声があがるシステムを作って欲しい。また、上層部も教区の現場
の声を聞いて欲しい。そう願っています。

 まあ、バランスととる意味でもたまには原宿教団の批判をするのも必要かと。ご容赦下さい。

合掌 ありがとうございます

404義春:2011/09/19(月) 20:03:20 ID:SjZg29/2
教区の話ですか…そうですね…【転載不可】を前提に話させて頂きます。

…まぁ…他教区の人から聴いた話ですが、その教区の幹部に一寸、暴走する子がいて、
自分の気に入らない人逹を排除したり、色々問い詰めたり…という事は聴きます。

その子にしたら、自分の考え方は雅宣先生の考え方を、そのまま受け入れている、
そして、教区も雅宣先生のご指導をそのまま受け入れている、だから、それに批判的な人間は
中心帰一から外れた組織会員として間違った考え方をしている…
という様に考えているのじゃないか…そう、友人は話していました。

友人は冷静に話してましたが、内心は辛い気持ちで心がえぐられる様だっただろうと察します。

私が活動をしていた頃には、そんな事はありませんでしたし、その幹部の子も知っていますが、
生長の家の組織=生長の家の御教えになっているのかな?
必死になって頑張ってるんだろうな…
そして、それらが、悲しい気持ちにさせました。

私としましては…【中心帰一】とは何か?この【中心帰一】という言葉も暴走しやすく、
排除の論理に繋がっていく怖さを感じております。
ともすれば【中心帰一】を以て、意見を封じ込める様になっていくと感じております。

教団の幹部の方々におかれましては、不愉快な意見かと存じますが、お聞き下されれば…と想います。

405義春:2011/09/19(月) 20:45:57 ID:SjZg29/2
先程に続き【転載不可】で。
翻って考えてみますれば、私は2つの言葉が暴走している様に想います。
【中心帰一】と【実相独在】…この2つの言葉をピン止めしないといけない…と。
その様に愚考致しております。

406「訊け」管理人:2011/09/19(月) 21:45:29 ID:UodBcqiE
 
 【転載不可】で暴走させるのも、「アリ」では?(笑)

 でもまあホント・・・・・「・・・・・・にもかかわらず、我々は
神の子だ!」「こんな嬉しい話がありますかってえの」が吉田國太郎先生談
なんだよなあ(笑)まあ、「てえの」なんて言葉使い、してはいないがw

407ぼるぼ:2011/09/19(月) 23:14:48 ID:wfJvl.1M
>>406

「・・・・・・にもかかわらず、我々は
神の子だ!」

これが生長の家であります。

暴走も危険も、どんとこい。釈迦さえ見捨てるような外道でも救ってしまう。これが、雅春先生の広げた大ぶろしきなんである。

さっき、前にも一度見たんですが、ふと再視聴してしまったYouTubeなんですが、洗脳とか言語学とかに引っかかって迷っている人には参考になる番組であると思いました。

これ、ね:http://www.youtube.com/watch?v=gOT5TCsr9Kg&feature=related

ここに登場する若者(僕から見て、ですが・・・)も、最終的な解脱、悟りには今一歩足りません。

彼ら自身も、仏教経典や聖書(雅春先生も読んでいた文語訳の旧約)をもっと読みたいと言っています。

こういうレベルでも構わないので、煩悩即菩提なんですから、自由に発言するとよい。

答えは、一つ。人間は神の子だ、ということであります。

408【総裁の】「訊け」【代理人】:2011/09/20(火) 07:30:13 ID:???
>ぼるぼさま

苫 米 地 英 人 センセイ(笑)

 彼はしばらく前、定点観察対象の有名人ですた(笑)まあ簡単に申せば彼
の宗教論、メチャクチャです。いや、どうメチャクチャかと申しますとこれ
・・・云っていることがしょっちゅう変わっちゃうというレベルの、そんな
初歩的メチャメチャさなんです(笑)とは申せ、「しかしながら、ここは評
価する」てな話を一点。

 彼の出している本で、こんなのがあります。『人を動かす「超」話し方ト
レーニング』この本は結構、オススメではなかろうかと。いや、内容は難解
でよく分からないんですが(笑)付属CDがGOODなんですね、これ。
 この付属CDですけどサブリミナル効果があります。友人多数も使用して
ますが、なんか頭が良くなった感じがします(笑)いや、「感じがします」
なんてこんな、ボカした書き方したら悪いからハッキリ書きますけど、「こ
の付属CDについては効果絶大」と断言できようかと。

 ザックリと結論を申せば、「苫米地センセイは信用ならぬ」「セミナー(1
00万円近いw)には行かないほうがよい」なマイナス面と、「それでも上記
サブリミナルCDは効果あり」なプラス面とがある、これが個人的感想でしょ
うかね・・・

追伸

 しかし洗脳力・・・これはかなりお持ちの同氏ですね(笑)御繁えに触れて
いなかったら私、たぶん彼のセミナーを受講していたと思いますもん(笑)

409【総裁の】「訊け」【代理人】:2011/09/20(火) 07:49:12 ID:???
補足

●現代版 魔女の鉄槌Trailer
http://www.youtube.com/watch?v=KVqamkPSV9U&feature=related

 苫米地英人氏の著書『魔女の鉄槌』です。まあ同氏、相変わらず売り方が
上手ですね(笑)わたしは未だ読んでおりませんけど、シニフィアンなどの
テーマ、これを含んだ内容の本だと思います。が・・・・・・・・・・
・・・・・・・・同氏本購入の際にはまあ、立ち読みされるくらいの時間的
余裕を持たれた上で接するのが良いのではないかと。(読んでみると「たいした
話しじゃ、ねーじゃん!」てなオチを数度、経験してますんでw)

追伸

 まあオススメは、『人を動かす「超」話し方トレーニング』くらいじゃない
かなあ・・・(笑)

410トキ:2011/09/20(火) 09:36:41 ID:gWnzZ.Zk
>>405

義春様

 「中心帰一」という言葉が「暴走」している、というのは同意します。

 今、教団内部で、「今の教え」を肯定する唯一最大の論拠が「中心帰一」です。
でも、これは、いわゆる「狂信」に紙一重の状態で、全然、健全な状態ではありま
せん。こういう事をするから、信徒が怒るのです。

 まあ、どこの組織にも、そういう訳の分からない人はいますが、あまり気にしないで
下さい、とお伝え下さい。江戸だか明治時代の短歌に

 “倒されし 竹はいつかは おきあがり 倒せし雪は いつかは 消え去る”

というのがあります。現象で何が起きても、消えてしまいますから。

合掌 ありがとうございます

411初心者:2011/09/20(火) 10:43:07 ID:4IaAZAME
>言語学とかに引っかかって迷っている人

いいえ、迷ってはおりませんよ。言語学をもちいて、迷っている人たちを観察して
いるだけです。こういうレベルの、真理とのかかわり方もあるということです。

>・・・にもかかわらず、われわれは神の子だ!

もちろん、こうしたレベルでのかかわり方だって、やろうとおもえば、簡単に
できてしまいますよ。
あまりにも簡単すぎて、いまとなっては、面白くもなんともない。それだけの
ことであります。

412さくら:2011/09/20(火) 15:43:51 ID:MwO0IqU.
洗脳とか…に引っかかって迷っている人

ある意味、これは、私がそうという気がしますね。いろんなところにある洗脳の罠には興味はありますものね、自分じゃさすがにもう深入りしないけれど、

だけど、結局神の子だもんね、
これを自分の中に持って、伝えるだけなのですね。

…というか、ここも、男の戦場になりますか、初心者さま、笑。

413初心者:2011/09/20(火) 16:16:40 ID:4IaAZAME
>>412

そうですね。ここも戦場にいたしましょう。

「迷っている人」といわれて、黙って引き下がるわけにはいかんでしょう。

414さくら:2011/09/20(火) 16:22:01 ID:MwO0IqU.
総裁の、訊け、代理人、さま

苫米地英人、読んでみたかったんで、ためします。

ところで、なんで、妻が元「オウムシスターズ」の長女なんですか?

415さくら:2011/09/20(火) 16:22:54 ID:MwO0IqU.
え?ここも戦場?

じゃ、また、追い出されるのか、笑。

416役行者:2011/09/20(火) 16:33:52 ID:???
>初心者様
>さくら様

 私も、参加します!!

417初心者:2011/09/20(火) 17:19:26 ID:4IaAZAME
暴走も危険もOKという人とは、議論してみる必要がありますね。
どのようにOKなのか、そのあたりの考え方を展開していただきたいものであります。

シニフィアンを暴走させることの問題点や危険性については、べつのスレッドで対話を
かさねておりますので、ここで改めて述べる必要はないと思います。

役行者様がどちらの側につかれるのか、それはわかりませんが、これは重要な問題です
ので、ぜひご参加ください。

さくらちゃんは、ここにいてもいいですよ。

418義春:2011/09/20(火) 17:36:06 ID:SjZg29/2
>初心者さま
>さくら様
>役行者様

何か私の書き込みから端を発しているので、大変、責任を感じております…。
私も居させて頂いて宜しゅう御座いましょうか?

419八百比丘尼:2011/09/20(火) 17:48:50 ID:j8iOdie.

 戦でいつも泣くのは、女子供なのよ!
http://www.youtube.com/watch?v=ly_xF1Poj7E

城に首、持って帰らないで。洗うのいやだから。

  谷崎潤一郎 「武州公秘話」より


        −−鈴夜 サロメーー

《 ずっ〜と赤塚センセイのサイトで遊んでいたので
  何のことか分かりません。
            ニャロメ? 》

420さくら:2011/09/20(火) 17:50:15 ID:MwO0IqU.
役行者さま、義春さま〜

わたし、参戦表明してませんけど、どんな闘いですか、これ、笑…わたしは、いつも丸腰、です、笑。
ただ、センノウ、と言われるものについて、色々な見方を学べたら、良い機会だな〜。


役行者さま。違うスレッドで、すみません、

>答えになってないかも知れませんが、以前、初心者様は、「宗教家の役目はシニフィエを説くことである」と述べられていることを想い出しました(*^-^*)

また読み返し必要かも、です、わたし理解が、まだら、なんですよね。

絵手紙について、ですが、わたし、結構頑固にやらなかったんですよ、笑。でも、やっぱり、調和が大切だし、描いてみたですが、新しい発見は、ありました。
まず、絵手紙書くとき、書く対象を、すごく観察するんですよね、花なら、花の形状を、そのまま、写し取ろうとする。
その時、自分の意識は、無になってて、なんというか、集中すると、花と一つになる感覚なのかもしれません。
この、そのままを写し取ろうとする、というのが、良い気がしました。自分の我でうまく書こうとしたりせず、自然の対象と、そのまま向き合う、というんでしょうか。
茶道の時も、同じ感覚がしている気がします。頭を真っ白にして、型、に集中し、ただ、お客様に、一服を差し上げることに、集中する、時のような。
芸術的感性や、日本的な文化も、奥の深いものが、ありますね。

421さくら:2011/09/20(火) 18:00:23 ID:MwO0IqU.
あ、初心者さまから、OKが出でる〜、気づかなかった。

でも、わたし、見当違いなKY発言しちゃってても、いいんですか、笑。

422初心者:2011/09/20(火) 18:02:28 ID:4IaAZAME
義春さんが参加なされて、いよいよ本土決戦の様相を呈してまいりましたね。
せっかくですから、安易にシニフィアンを暴走させると、どうなるのか。それをこの場で
あきらかにさせることができればと思います。

おもえば、わたくしも、つい最近、安易にシニフィアンを暴走させてしまったために、
手痛い敗北を喫してしまいました。経験則からいって、シニフィアンを暴走させることは、
けっしてよい結果につながりません。

戦場とは、シニフィアンを暴走させることによって生じる思考の未熟性をあきらかにする
場、ということになるかと思います。対スズメバチ戦はもちろんのこと、こちらの戦場に
おいても、「思考の未熟性」が争点になると思います。シニフィアンの暴走による思考が
どれほど未熟で、やがて未熟さゆえの危険性を内にはらみはじめるのかということを、
これからあきらかにしてゆければと考えております。

423役行者:2011/09/20(火) 18:12:51 ID:XDphrwd.

>サクラ様

闘う気が、雅心に・・・闘争即雅心!!

ということで、一件落着(^_-)-☆

してなかっかなぁ(-。-;)

皆様へ
というより、攻めて、シニフィアンとシニフィエのこの掲示板にての激論は熟読お願いします。

 参照;>1176 >1177

そこから、始まるかと・・・

424初心者:2011/09/20(火) 18:15:11 ID:4IaAZAME
「見当違いなKY発言」であっても、それなりにピン止めされていれば、それはそれで
よろしいかと思います。これまでどおりの発言でよろしいのではないでしょうか。

425役行者:2011/09/20(火) 18:17:48 ID:XDphrwd.

>>422

我々まだすぐ激情に走ってしまう子供なので、大人の考えの方がおられて、安心しましたσ(^_^;

426役行者:2011/09/20(火) 18:21:08 ID:XDphrwd.
失礼しました。

参照は、スレッド3 の
>1176 >1177 です。

427初心者:2011/09/20(火) 18:36:00 ID:4IaAZAME
いまから、役行者様、義春さんと3人で酒盛りをはじめますので、さくらちゃんは、見張り
役をお願いします。敵の姿が見えたら、すぐに知らせてください。

428役行者:2011/09/20(火) 19:04:49 ID:XDphrwd.
 CLUB Queen beeにて、グイッと行ってきますo(^-^)oワクワク

 男はいつの時代でも勝手でござる(>_<)

429さくら:2011/09/20(火) 20:42:49 ID:MwO0IqU.
>男はいつの時代でも勝手でござる(>_<)

まことに、まことに、そうでございますね、役行者さま〜。
見張り役?冗談でしょ、笑。

まあ、ここで、酔うわけにいかないので、酔っ払いは遠巻きに見守りますが。

それなりにピン止め、で、いいのなら、女の考えもありってことではないんですか、。

430ぼるぼ:2011/09/20(火) 20:58:59 ID:M0AaoEgg
雅春先生の死後、残された生長の家の信徒達は頼るべき指導者を失って、真理に飢えてさまよっていると思うのである。

ネットの掲示板なんかで、熱心な求道者が必死になって真理を求めているのがひしひしと感じられるのである。

しかし、神は自分の内にあって、自己実現をしているのであり、外に求めても無駄である。特に、他人の言葉を追いかけたり、試したりしても虚しい。

秋の運動会も、楽しくやるのがよいのであって、絶対相手チームに勝ってやるといって、無理な運動をするとケガをするのである。

議論や、戦闘、大きくは国家間の戦争、小さくは話し合い、も、神の智慧をもってすれば、完全円満な勝利が得られるのである。

真理に飢えた魂には、信が必要である。信によって、よく耕された肥沃なこころに神の無限の生命がすくすくと育つのである。

論より信が先である。

431トキ:2011/09/20(火) 21:07:43 ID:gWnzZ.Zk
>>430

ぼるぼ様

 よい意見ですね。感心しました。

432さくら:2011/09/20(火) 21:36:25 ID:MwO0IqU.
ぼるぼ様、

ありがとうございます。ぼるぼ様の、築かれてきた信念を感じ、本当、その通りだと思います。
すみません、私なりに疑問に思ってることがあって、場違いかもしれないですけど、書き込んで。

>雅春先生の死後、残された生長の家の信徒達は頼るべき指導者を失って、真理に飢えてさまよっていると思うのである。

…では、なぜ、こうした状態になるのか、私には不思議なところがあるのですよね。生長の家では、人につくのではない、と散々言われるのに。
私は、掲示板とか、他に、真理を求めてはいないのですよね、
もう何処かに求めているのでは、ないのですよね、

ただ、世間知らずなので、仕組み、が知りたいとは、思います。世の中や人を動かしている本当のものは、何か、とか。


現実にも、何かにいつも渇望していて、いろんな意味での「真理」を求める方がたくさんいます、

だから、その時、ぼるぼさまが、言われることは、本当に、その通りだと思います、

>神は自分の内にあって、自己実現をしているのであり、外に求めても無駄である。特に、他人の言葉を追いかけたり、試したりしても虚しい。

このことを、どの様に伝えるか、だけだと思うところなのです。
他人の言葉は、その時高揚感があっても、自分を見つめては、いないような気がしてしまいます。
真理を求める、と言えるなら、自分の生活の当たり前の行いのなかで、神と自分を見つめる作業しか、見当たらないのです。

あとは、何が人を動かすのか、その仕組み、を知りたいとは思っています。これは、求めています。



…私の言葉は、やはり、ピン止はされていませんけど、

433初心者:2011/09/20(火) 21:49:56 ID:4IaAZAME
ぼるぼ様

>論より信が先である。

「論」は、あとでさきでもよいです。その「論」について語り合いましょう。
シニフィアンの暴走はOK。これはどういうことなのでしょう。

434義春:2011/09/20(火) 21:59:21 ID:iu5Ar./Q
ぼるぼ様
はじめまして、若輩者ですが、何卒、宜しくお願い申し上げます。

 確かに、個人としては暴走や激情も時としては良いと思います。
私もよく、暴走して周りの方々に、良く窘められます。
しかし、宗教組織や国家になってくるとどうでしょうか?
これに想いを致す時、イタリア・フィレンツェの
サヴォナローラを思い出すのです。

 彼は信仰者でした。
そして、暴走する人でもありました。
その彼は法王・アレッサンドロ6世にこう書き送っています。
「理性や感性を超越し、神の力と寛容さに身をゆだねることこそ
あらゆる不孝を耐え忍ばせるだけでなく、
苦悩そのものを喜びに変えてくれるものです」

また、市民達にこうも説教しています。

「市民達よ、もしお前達が神を恐れずに生き続け、また、今の自由の
政体を愛さずに生きるならば、お前達は神に滅ぼされるであろう。
幸せと救いはお前達の息子達にだけ、与えられることになろう」

・・・と。

 その彼がフィレンツェの実権を握って神権政治を行った時、
彼の信じるところのイエスの教えに従って、それに合わないものは
滅ぼしてしまおうとしました。

絵画や彫刻などの美術品の破壊、そして、市民生活は殺伐としました。

 そして、法王と対立したことから、
フィレンツェの立場そのものも危うくなり、
事実、彼の破滅後、フィレンツェは急激に勢力を弱めてしまいます。

 ですから、私は信と理は両輪であるべきだと思います。
宗教は個人を救済し、国家をも救済いたしますが、
もし、狂信に走れば、考えを異にする他者を排除…
下手をすれば肉体的にも、排除しかねません。
それは考えるだけで恐ろしい…です。

 そして、イエスはこうも仰っています。
数あるイエスの言葉の中で最も重要であり、尤も省みられない言葉です。
「神のものは神のもとへ、カエサルのものはカエサルへ」
つまり、政教分離を説いたのだと思います。
その言葉から映し出されるイエスは、
信仰と共に、現実を直視されたお姿なのです。
省みれば、その頃のイスラエルは、後のベスパンシアヌス帝の
イスラエル陥落につながる、政祭一体・考えを異にする他者の排除の
芽が生まれていました。
それですから、イエスの言葉が身に迫ってくるのです。

 思うところをつらつらと書いてみました。
若輩者が出過ぎた事を申しまして、お気を悪くされたら重ね重ね
申し訳なく思います。

435さくら:2011/09/20(火) 22:04:21 ID:MwO0IqU.
義春さまには、毎度、歴史から学ぶってこうなんだ、って、教えられますね、

436義春:2011/09/20(火) 22:06:54 ID:iu5Ar./Q
>>435
さくら様
有り難う御座います。
資料をあさっていまして、投稿が遅くなってしまいました…。
皆様の話に割り込む形になってしまい、申し訳ありません。

437初心者:2011/09/20(火) 22:11:48 ID:4IaAZAME
義春さん

適切なるピン止め、ありがとうございます。ぼるぼ様のシニフィアンも、これにより、適切に
ピン止めされたことでありましょう。ピン止めされたなかで何が出てくるか。これが問題で
ありますね。

438義春:2011/09/20(火) 22:24:37 ID:iu5Ar./Q
初心者さま
有り難う御座います。
歴史に学ぶ日々を送っていると、これより更に残酷で、思い出すだけで
涙が溢れるような事があります…。
私は、もう他者を排除するような事を繰り返したくない…見たくもない…
その一心で書かさせて頂きました。

439役行者:2011/09/20(火) 22:42:34 ID:XDphrwd.

 >ぼるぼさま

>暴走も危険も、どんとこい。釈迦さえ見捨てるよう な外道でも救ってしまう。これが、雅春先生の広げ た大ぶろしきなんである



 その通りでございます。たぶん、ぼるぼさまは生長の家以外のところで、社会に貢献されているのだと思います。現象面での戦いに無常を感じた人間のもつ、何か温もりを感じます。

 しかし、いま、我々が説いてるのは、個人の救いはもちろん、
・・・・・・
 その後、続きを書こうとしたら、一緒に酒盛りをしてたはずの、初心者様と義晴さんに置いてきぼりをされました(>_<)お酒呑むと調子に乗っちゃうから・・・(-。-;)

 失礼(p_-)

440初心者:2011/09/20(火) 23:51:23 ID:4IaAZAME
雅春先生がひろげた大ぶろしきだからといって、それだけで、どんとこい、といってすべてを
片づけてしまおうなんて、けっこう無責任な態度ですよね。

さくらちゃんがいってるように、それなら今のゴタゴタにしたところで、どんとこい、ですま
せてしまえばよいのですよ。なんでもかんでも、どんとこい、ですませてしまえばよいのですよ。

それが、なぜ、すますことができない人たちが、こんなにも大勢あらわれてきたのですか。
釈迦をさえも凌駕するという、雅春先生の大ぶろしきからはみ出た人たちが、なぜかくも多く
あらわれているのですか。雅春先生がひろげた大ぶろしきって、こんなにも小さなものだった
のですか。

どんとこい、って何なんですか。シニフィアンが暴走して、悲惨なできごとがあらわれてきても、
それでも、どんとこい、っていってればいいのですか。生長の家がカルトやセクトの餌食に
なっても、それでも、どんとこい、っていっていればいいってことですか。これが雅春先生の
大ぶろしきなのですか。

シニフィアンの暴走の危険性を理解し、それを止めようとする人たちは、それだけで、言語学に
引っかかって迷っている人たちになってしまうのですか。どんとこい、っていってる人って、何様
なのですか。そんなに偉い人なのですか。「信」とは、自分が人より偉いと信じることなのですか。

神は自己の内にある。そんなことは、わかりきったことだ。そもそも自己とは何か。自己とは、
実在宇宙そのものだ。実在宇宙のすべてが自分なのだ。そんなことはわかっている。偉そうに
いってもらわなくても、そんなことはすべてわかっている。

問題は、これもさくらちゃんがいっているように、世の中の仕組みなのだ。隠された構造なのだ。この構造について何を知っている?何を語れる?さあ、「迷っている」と人を見下している偉い
お方よ、それについて何が語れる?何を知っている?そんなことも知らないで、信を振りまわしたところで、人はけっして救えない。さあ、何を知っている。知っていることを語りたまえ。

441うのはな:2011/09/20(火) 23:54:06 ID:iM0b0bt6

 元本部職員さんはどうしてるの?
 
 初心者さんと元本部職員エンジェルは同世代かなと、思ってるのですが。。

442うのはな:2011/09/21(水) 00:26:29 ID:iM0b0bt6

● 事件が起こったとき、妙な言いがかりをつけて来たとき

 その相手を憎んだり、腹を立てたりしてはならない。
それは、相手に宿る“キリスト”があらわれていないからである。相手の悪をみとめて、
それを憎んだり腹を立てたりしている限り、相手の悪は消えないのである。
みとめるものが顕れるのが“心の法則”であるからである。
現象悪をみとめず、その人の實相の“キリスト”をみとめて、拝み、尊敬すればよいの
である。實相の“キリスト”をみとめるということは、キリスト教的な表現であるけれども、
仏教信者ならば、相手に宿る“観世音菩薩”をみとめ、拝むようにすればよいのである。
 相手の人が、姑であってお、嫁であっても、他人であっても同じことである。

 良人や舅姑たちから何かいいつけられても、それを困難だと思ってはならない。
魂の向上に役立つところの仕事なのである。
低学年の生徒には易しい問題がテストとして与えられるが、高学年の生徒には難かしい
問題がテストとして与えられる。
それと同じように難かしい問題があなたに課せられるのは、あなたの魂がそのテストに
耐えることができると神が判断せられたからである。
あなたに与えられた問題であなたの力で解決できない問題はないのである。
その問題を超えることによって、あなたの魂はそれだけ進歩する。
問題を与えて下さった人を救世観世音菩薩だと思い、神想観中に感謝の念を
繰り返すと問題が好転する。


『幸福を開く鍵』 谷口雅春 先生著 より抜粋

443復興G:2011/09/21(水) 06:22:05 ID:yhDBe2kY

>>405 :義春様
>翻って考えてみますれば、私は2つの言葉が暴走している様に想います。
【中心帰一】と【実相独在】…この2つの言葉をピン止めしないといけない…と。<

私は、初心者様のおっしゃるソシュール言語学、シニフィアン、シニフィエなどの言葉の意味を咀嚼できないまま、ずっと別世界のようなところで【実相独在】を言って来ました。そしてやっと最近、どうしてもこれは元に戻って勉強し直さなければならぬと気がつき、理解を深めるための勉強を始めたところであります。

その間、義春様のたいへんなご努力による丁寧なご解説はとても有意義だったと、感謝しています。

そうして、今【実相独在】という言葉が暴走しているように思う、とおっしゃっていることを受け止めて、考えています。
私は、次のように考えます。

   ********

「独在」というのは、言葉にしてしまうと相対になってしまいますが、本当は、相対するものは何も無い、対立を絶しているから「絶対」というべきものなのです。しかし、この世界で表現されるもの(言葉を含む)には、絶対というものはない。「実相独在」というのも、言葉にした途端に「相対」的なものになってしまって、それはシニフィアンとして暴走する危険性を持ったものになってしまう。で、すでに暴走を始めている、という義春様の発言は、おそらくその通りであろうと、反省しています。

ところで、私は「スレッド(1)」の<376>あたりのところからの初心者様の発言をめぐっての論議を読み返しています。そうした中で、

>>587
で初心者様は、

>神は無限の表現力を持っています。
であれば、神の作品は無限の数になるはずです。
実相世界は、その無限の作品のなかのただの1作品にすぎません。
これでは少なくとも「実相世界独在」とはいえません。
ただの1作品である実相世界にどれほどの価値があるのでしょうか。<

と書かれているところがありました。

この、「実相世界は神の1作品」という考え方は根本的に違うと思います。
「実相世界」は、神自身、神そのものであり、「神こそ全ての全て」であって、「神の外にあるものなし」「実相世界の外にあるものなし」というのが真理であると思います。

それは、『新版真理』第7巻第1章(10頁)に
 ──────────
神が子供を生んだというようなのは、譬喩的な擬人的な、一種の小乗的な説き方でありまして、人間になぞらえて、そして判り易く、あまり哲学的な思索傾向をもっていない、人間的な愛情関係に於いて神を観たい人に、そういう説き方をするのであります。それでも間違ではないんですけれども、神様がこうして万物を生み出すというような考え方は最高の真理ではない。何故ならば、そのような考え方には、何処やらに相対的な(それ自身独立していないで他との関係に於いてある)あるものがあるからです。創造者と被造物とが対立している。……
 ──────────
とあって、華厳の相即相入の哲学──主観と客観は一つ、創造者と被造物とは一つというのが大乗の真理である、と書かれている通りであります。

   ********
(つづく)

444復興G:2011/09/21(水) 06:22:49 ID:yhDBe2kY
(つづき)

現象界にあらわれているものは、時間・空間というスクリーンに投影された影であります。神は時間・空間の中に出現したものではなく、時間・空間をも生み出したものであり、あらゆる対立を絶して、超えているから「絶対」と言い、「独在」と言えるのでしょう。それは本当は、現象の言葉では表現不可能なものだから、仏教(禅宗)では「不立文字」と言い、「説似一物即不中」(せつじいちもつそくふちゅう)とも言う。「説いて一物に似たるも即ち中(あた)らず」、何と説いても本当の処には的中しません、それはどんな言葉をもっても表現出来るものではないと言っているのです。

「実相独在」というのも、そう表現したときにもう「中(あた)らず」となっているのかも知れない。それを「ピン止め」しようとすると、ますます「中(あた)らず」となるようなことかも知れないと思います。

それは、初心者様がスレッド(3)の<609>で

>シニフィアンとシニフィエの用語なんだけど、これは特別な意味を持った言葉なんだよね。だから日本語に訳すことは不可能だと思うんだよ。……だから、シニフィアンとシニフィエは、べつの言葉で言い換えることはできないと、あたしは考えているんだよね。<

とおっしゃっているのも、同じようなことかも知れませんね。

そうして、「シニフィアン」という言葉も、意味がよく分からないまま、もしかしたら暴走を始めているんじゃないかという気もしますが、いかがでしょうか。

445さくら:2011/09/21(水) 07:11:55 ID:6tmMyXBA
>信と理は両輪であるべきだと思います。

こう義春さまが、仰るように、信とは、何をどう信じることか、それを理、でどう理解していくか、このことは、私にも、やはり、重要なことだと思えるのですよね。

雅宣総裁は、その事を「真理を分かる」とは、どういうことなのか、というテーマで、小閑雑感、の中で、慎重に、考察されていました。もう少し、生長の家ではこれについても考えて良いかな、と思っていました。

ちなみに、雅宣総裁の一挙手一投足、それがどうした、というのは、私にはあまり重要ではないのですよね、たぶん、それ程に、愛情がないのかもしれません、すみません、笑。
一つの、与えられた課題、として、自分の信や、理に、ヒントを与えて下さっているように、受けとっているところがあります。だから、雅宣総裁の文章に、教えてもらうことがあっても、私は、雅宣派、というわけではありません。「今の教え」を支持しているわけではありません。
では、そこで、自分の信仰をどう考え試すか、それだけは、考えてはいます。


大風呂敷…
これは、雅春先生の、大きすぎる、愛のことでしょうか、

人間は神の子である、という偉大な、そして、全ての人に分かりやすく、愛深く、これ程あらゆることに行き届いた真理で、全ての人類を救われた。それ以上の愛を、私は生長の家に触れるまで知りませんでした。
だから、雅春先生は、私の人生の最も敬愛すべき師となり、これが私の信、となったと言えると思います。
そして、私の信となったことで、雅春先生からも、自立、しなければならないとも同時に思われました。自立することが、雅春先生の教えを、本当に生かすことだと思いました。自立とは、どういうことなのか、これも自分で考えていかなくてはならないことです。


自分に、信の部分で、迷いはなくても、人や世の中を動かしているのは、何であるか、この迷いの正体というか、やはり仕組みは、慎重に考察の必要はあると思っていました。組織、国家、宗教団体とか…人の信仰というものまで、何がそれを動かしているのか。

初心者さまや皆さまが議論されていた、シニフィアンの暴走の危険性は、私には理解を助ける大きなヒントになりました。今のゴタゴタの原因の理解もそうと言えます。
ただの言語学の迷い、とは受け取れなかったのですね。

「真理を求めて迷っている人」には、今は、この信の部分、理の部分、両方を知る必要は、あると思います。
そして、信とは、何か、理とは何か、この本質も見分けることは、大変重要だと思います。


復興Gさま、いつも、適切なご指摘で、大変勉強させて頂いています。

言葉、にすれば、全ては相対化されてしまうのでしょうか。
やはり、信仰の部分は、言葉ではなく、自分の内の信を実行し、そこにできる道、しか、示すものがないという気も改めていたしました。

446義春:2011/09/21(水) 07:43:34 ID:iu5Ar./Q
復興G様
 おはようございます。
お伺いの件ですが、「実相独在」…この言葉が相対的な世界である、
この世界に言葉として表現された時点で、「実相独在」も相対的になってしまいます。
それは復興G様の仰るとおりだと思います。
だから、シニフィアンは無理に言おうとするなら「相対的な世界に表現された言葉」
となろうかと思います。
 
 そして何が恐ろしいかといえば、シニフィアン連鎖により、相対的な世界に
表現された言葉が、言葉を呼び、それが有り得ぬ動きをする…
それが、中世の魔女狩りや先にあげさせて頂いた、サヴォナローラを
生み出す素地になったかと思います。
だから、シニフィアンは言葉によってピン止めをされねばならないと
私は理解しております。
 
 それに対して、シニフィエとは、潜在的な言葉を指し、このシニフィエの
一番奥に言葉で表現できないところの、本当の「実相独在」や「神」があるのだと
私は思います。

 復興G様のおかげで、私もよりシニフィアン・シニフィエの理解が進み、
シニフィアンについて言葉のピン止めできるという機会が出来ました。
心から御礼申し上げます。有り難う御座います。

447復興G:2011/09/21(水) 09:43:24 ID:yhDBe2kY

>>445 :さくら様
>>446 :義春様

ご丁重なレス、ありがとうございます。

現象界には、「絶対」というものはない。「実相独在」という言葉も、相対的な世界である、この世界に言葉として表現された時点で、相対的になってしまい、シニフィアンとして暴走する危険性をはらんでいる。信仰の部分は、言葉ではなく、自分の内の信を実行し、そこにできる道、しか示すものがない──そういうことなんでしょうね。

でも、生長の家は「有言実行」ですから、あらゆる言葉を尽くして、現象の言葉にも表現しながら、信を実行して行きたいと思っています。

で、この掲示板では、前にお約束したように、「信仰/体験板」でまた、私の体験を語りながら、「実相独在」の真理に肉薄して行きたいと考えています。
その時は、ソシュールの言語学、「シニフィアン」「シニフィエ」のこともしっかり踏まえて書きたいと思い、まだ勉強中ですので、しばらくご猶予をお願いいたします。
ありがとうございます。

448義春:2011/09/21(水) 10:22:43 ID:iu5Ar./Q
>>447
復興G様
有り難う御座います。
復興G様のお話から、「実相独在」について更に学んでいきたく、
思っております。
これからも宜しくご指導・ご鞭撻の程、お願い申し上げます。

449初心者:2011/09/21(水) 10:40:53 ID:4IaAZAME
本音で語ることにいたします。敵をどこまでも追い詰めないではおかない、残虐な戦士で
あり続けるようとすることは、この場にはふさわしくないと考えます。

本音を申しますと、わたくしは、生長の家の方々に不快感を禁じえないでおります。よると
さわると、他者を「迷い」の物差しで測りたがる、いやらしい人々であると理解しております。

言語学を語ればどうなるか。それは、すべて予測できたことです。「あの人は迷っている」。
このひと言で片づけられてしまうことは、はじめから予測できておりました。他者を、ただ
ひとつの物差しで測ろうとする、あのいつもの、きまりきったいやらしい視線を、つねに
意識しながら、わたくしは書き込みを続けました。

その人たちは、言語学については、おそらく何も知らない人たちです。知らないことにたい
してさえ、「迷っている」と決めつけることのできる人たちなのです。「迷っている」と決めつけ
さえすれば、安心できる人たちなのです。知らないことにたいしてさえ、「迷っている」のひと
言で片づけて、それで安心を得ようとする人たちなのです。

これは非対称な関係なのです。わたくしからは、生長の家の人々の姿が見えております。
すべて丸見えであります。それにたいして、生長の家の人々は、わたくしの姿をどれだけ見る
ことができているのでしょう。ごく一部を見て、それがすべてだと考えておられるのではない
でしょうか。

「信」をやたらと強調しておられる方がおられます。なぜ「信」でなければならないのでしょう
か。知ってはいけないのでしょうか。どうしてもそれは信じなければならないものなので
しょうか。それは、きまりごととしての、真理の世界の法則なのでありましょうか。

信じようが、知ろうが、どちらでもよいではないですか。なぜそのことばかりを問題にする
のですか。なぜそれを問題にしなければ、気がすまないのですか。信仰は「信」でなければ、
落ち着かないのですか。誰もが「信」を基調に信仰しなければ、自分の信仰がゆらぐように
感じられるのですか。なぜそうやって、自分の立てた基準を押しつけようとするのですか。

もちろん、わたくしにしたところで、自分が立てた基準を押しつけようとしているでありま
しょう。しかしそれは、不安からそうするのではありません。そうしなければ、自分の信仰や
真理観がゆらぐと考えて、そうしているのではありません。雅春先生の教えがすべてでは
ない。このようなわかりきったことを、ただいっておきたいだけなのであります。

「信」だけで成り立つ信仰に、心の余裕はありません。「信」がゆらげば、それですべてが
終わりです。いちど手にした「信」を変化させることができますか。おそらくできないで
ありましょう、。知は変えることができます。いくらでも変えて、進化させてゆくことができます。
「信」は強度だけが問題になります。どれだけ強く信じられるか、。それだけが問題になります。
知のしなやかさや、変化への対応力が、「信」にはありません。「信」は、つねにひとところに
とどまろうといたします。

「信」だけで総裁先生と向き合うのは、不可能であると考えます。総裁先生と向き合うに
あたって必要とされるのは、しなやかで柔軟性に富んだ「知」であると考えます。「知」で
向きあうとき、総裁先生は魅力的な存在へと変化します。「信」だけでしか向き合えない
人たちが、問題を、必要以上に大きくさせてしまいました。

450さくら:2011/09/21(水) 10:57:57 ID:MwO0IqU.
時間がなくて、ちょっとだけ。

初心者さま、あなたの言われる、知のフロンティアの世界は、
私には理解はしきれませんが、世界観は、共感できる部分、あります。

私にとっては、信も、フロンティアだと感じてます、
言葉が適切か、分かりません。

疑っても、否定しても、迷っても…

やはり、信にも、フロンティアが、ある気がするのです、

感覚的でごめんなさい。

ではまた。

451初心者:2011/09/21(水) 11:14:24 ID:4IaAZAME
復興G様

疑問があります。生長の家の人々は、なぜかくも実相の独在にこだわり続けるので
ありますか。実相は独在でなければならいなという理由を何かお持ちなのですか。
どうしても実相は独在でなければならないと、このように考えてなければならない
理由が、どこかにあるということなのですか。

わたくしに関心があるのは、実相があるとかないとかではなく、それが独在であるとか
そうでないとかでもなく、なぜ実相は独在でなければならないと考えるのか、という
ことであります。何がそうさせているのか。生長の家の人々をして、何が、実相の独在を
求めさせているのか、ということであります。

求めさせているのは、シニフィアンの連鎖であり、それを支配するシニフィアンの法で
あるのではないかと、わたくしは考えます。生長の家の方々は、シニフィアンの連鎖を
逃れ、シニフィアンの法による支配からも逃れることができているのでしょうか。言葉を
使っていながら、言葉の支配からは逃れることができている。生長の家の方々は、こうした
超人的ともいえる技術を、すでに身につけておられるのでありましょうか。

452初心者:2011/09/21(水) 11:36:54 ID:4IaAZAME
さくらちゃんへ

何を信じるか、ではなく、何を信じたいか、が先にあるのではないですか。

人は信じたいものを信じる。こういうことではないですか。

信じたいものをはじめに決めさせてしまう。何がそうさせるのか、その仕組みを、わたしは
知りたいと思います。そこにこそフロンティアがあると思います。

信がフロンティアであるというのは、適切ではないと考えます。信とは、追い詰められた
心理状態です。これしかない、と思わせる心理状態です。対立するふたつの概念を、人は
信じることができません。人にできるのは、対立する概念を知ることだけです。

信を基調にする人々は、対立する概念を受け入れることができません。つねにそれを
排除しようとするはずです。対立する概念を受け入れないかぎり、フロンティアは
広がらないのではないでょうか。対立する概念のすべてを迷いであると切り捨てて、
ひとつところに安住の地を求めているかぎり、フロンティアが広がる可能性は、ほとんど
ないと考えます。

信の世界を生きる人たちは、信じるべきものを、最初から決めているように考えます。
信じたいものを信じようと努力しているだけのように感じます。信じてしまえば、そこが
終着点です。あとは、信を守ることだけを考えるようになります。信がおびやかされ、
それを失ってしまうことを、必要以上に怖れるようになります。対立する概念を受け入れて、
フロンティアを広げようとする勇気や柔軟性は、もはやどこにも残されていないのでは
ないでしょうか。

信の世界。それは、はじめから結果がわかっている世界なのではないでしょうか。

453さくら:2011/09/21(水) 12:25:37 ID:MwO0IqU.
さて、さっきの、続きを…と思ったら、戦闘モードの初心者さまから、早速つっこみが〜。
ちょっと、私の言葉の使い方に、つっかかりがありましたか、知に対して、信、これも、暴走したのかも。なんて、言葉をつかったら、良いですか、笑。


言いたかったのは、私は、今の、宗教団体の仕組みのなかでは、信(この言葉が適切か、わからないのですが、)のフロンティアは、不可能ではないか、と考えてますよね。

生長の家の場合ですと、もともと、宗教ではなく、言葉の創化力を駆使して、人類光明化を企てた団体でしたよね、
それで、言葉の正体は、あなたが明らかにした通りです。いつでも、暴走の危険はあった、それでも、雅春先生は、やらざるを得なかったのですよね、
そこに、使命があられて、神霊のご加護がありましたが、
だからと言って、そこにも、信の根拠を見いだすのは、違うと思えるのですよね。どんな高級な神霊でも、それを、信の根拠にするのは、大変危うい、とも思うのですね。

何を信じたいか、など、正直、私にはないです。まず、宗教ありき、ではない、と思うからです。
たしかに、恐れは、ありますよね、フロンティア、だから。
でもそれは、失う恐れ、では、ないのですよね。

…っていうか、初心者さまの、お相手は、やだ、笑。

454役行者:2011/09/21(水) 12:30:57 ID:XDphrwd.

 皆さん、少し視点を変えます。
 「信」には、「盲信」という言葉もあります。行き過ぎると、洗脳なのではないでしょうか・・・何事も、行き過ぎるのはよくないかと存じます。

 それから、シニフィアンの連鎖をとどめるのは、もっと、平たい言葉でいえば、現象処理です。もう、ここまでいろいろな例を挙げて初心者様をはじめ、説明しているので理解して頂けるかと存じますが、現象面において、「真理の言葉」の暴走を防ぐということです。

 そのファンダメンタルがあってこそ、真の宗教の本当の意義があるのではないでしょうか?

 雅春先生は、「信」とは、実相に入る込むことだ。という表現をされてました。言葉は、我が内に向けて発して、神の中に入って、神に包まれて、「信」なのではないでしょうか?雅春先生に対して仰ぎ奉りの「信」。 これは、雅春先生が一番、厭がっていたことと存じます。

 我が内なる神に、「信」、そして、言葉の力が、それを強固にしてくれる。
 言葉が、外に向かうと、盲信になる可能性を秘めてます。
 どんな素晴らしい聖者に対しても、その方に「信」が向かってしまったら、それは極論をいうと「盲信」でないかと、そう存じております。

455さくら:2011/09/21(水) 12:42:45 ID:MwO0IqU.
私も、宗教には、苛立ちがあるのですよ、
それは、何か、フロンティア、の限界に対する、苛立ち、だったのでしょうか。

456初心者:2011/09/21(水) 14:41:38 ID:4IaAZAME
>…っていうか、初心者さまの、お相手は、やだ、笑。

やだ!ほかの人にはいってもいいけど、あたしにだけは、こんな言い方はしないで。

あら、どうしたのかしら。あたしったら、さっきまでとは、モードがちがっちゃったみたい。
いいわ、モードなんて、あとで戻せばいいんだから。さくらちゃんの気持ちをつなぎ
とめるのが、先決よ。

そうよ、そうだったのよ。うっかりしてたわ。さくらちゃんの信には、フロンティアがあった
のよ。そうなのよ。フロンテロイアはあったのよ。

さくらちゃんは、最初に何を信ずるべきを決めたりはしなかったわよね。行動して、考えて
みて、それから信ずるべき対象を見いだすのよね。そして、いちど見いだした対象であっても、
信じる価値がないとおもえば、すぐにでも捨て去ってしまえる人なのよね。

あたしも、そうやって捨てられたのだった。そのことを思いだしたわ。

さくらちゃんにはフロンティアがあったのよ。あたしもいつか、フロンティアになりたい。

457さくら:2011/09/21(水) 14:43:57 ID:MwO0IqU.
なるほど、初心者さまが、言ってるのは、
ある、仕組みの中の、信ということですね、
分かりました、

458さくら:2011/09/21(水) 14:50:35 ID:MwO0IqU.
え?
だれですか?…この、上に書いてる初心者、っていう人、

捨てた覚えも、拾った覚えも、ないんですけど〜、笑。

私のフロンティアは、私だけが、知ってて、守るから、
いいんです、笑。

459復興G:2011/09/21(水) 15:01:47 ID:yhDBe2kY

>>451 :初心者様

>疑問があります。生長の家の人々は、なぜかくも実相の独在にこだわり続けるのでありますか。実相は独在でなければならいなという理由を何かお持ちなのですか。<

私は、「実相は独在でなければならい」とこだわっているつもりはありません。
「実相は独在である」と堅く信じているだけです。

現象界はすべて相対的にあらわれる世界で、生滅常なき世界であります。だからこそ面白い、という見方もできます。しかし、私は根源なる「絶対」の世界、実相世界の独在を信じます。

初心者様は、スレッド(1)の<588>で、

>ここでは「空」について述べます。
わたくしのいう「空」は、何もないという意味ではありません。
ドリームタイムでは、すべてが一体化され、あらゆる区別が存在しません。
そこは、分離も分割も不可能な世界であり、すべての存在者が混然と一体化された世界であります。
こうした世界は、現実世界の根源でありますが、しかしそれがどういうものかということを、言葉で説明することはできません。(中略)
仏教者は、この「語られぬタオ」を「空」と呼んできました。
ドリームタイムを「空」と呼ぶことに問題はないかと存じます。<

と述べられており、「すべての存在者が混然と一体化された世界」を、現実世界の根源として認められているのですね。

それは、「実相世界」と極めて近似した世界であると思われます。

しかし、初心者様は、「実相世界には嫌悪感をもつ」とおっしゃる。それについて、スレッド(1)の<413>あたりから、役行者様などとのやりとりで詳しくいろいろおっしゃっているようですね。その時に読む時間がなかったので、これからじっくり勉強させていただきます。そして、私が「実相は独在である」と堅く信じる根拠について、できるだけ言葉を尽くして申し述べさせていただきます。
今しばらくのご猶予をください。

460初心者:2011/09/21(水) 15:25:26 ID:4IaAZAME
そうなのです。ある仕組みのなかの信なのです。
仕組みによってつくられる信。このように言い換える
こともできそうでありますね。

461初心者:2011/09/21(水) 15:27:07 ID:4IaAZAME
復興G様

>この、「実相世界は神の1作品」という考え方は根本的に違うと思います。
「実相世界」は、神自身、神そのものであり、「神こそ全ての全て」であって、「神の外にあるものなし」「実相世界の外にあるものなし」というのが真理であると思います。

疑問がいくつかありますので、以下に列挙いたします。

神はなぜ「実相世界」だけを創造なさったのでしょうか。ほかには何にひとつとして創造なさら
なかった。これは事実なのでしょうか。
もしも事実であるとすれば、創造主である神は、なぜ創造を手控えられたのでありますか。

しかも、神は、「実相世界」を創造なされたにもかかわらず、それを相対化なさらなかった。
だとすれば、神はなにゆえに「実相世界」を創造なさったのでしょうか。相対化する必要も
ないものを、神はなにゆえに創造なさったのでありましょうか。

そして、神が時間と空間を創造なさったことで、現象世界だけが相対的世界として出現しま
した。「実相世界」でさえも相対化される必要がなかったにもかかわらず、存在しないはずの
現象世界だけが相対化された。これはいったい、なにを意味しているのでありましょうか。
存在しないはずの現象世界だけを相対化することで、なにが得られるというのでありましょうか。

それと、最新の物理学では、宇宙の本質は2次元の平面であると考えられているようです。
宇宙は、2次元の平面によって虚構され、映し出された立体映像であると考えられているよう
なのですね。現代物理学が説くように、宇宙の本質が2次元の平面であるとすれば、神が
空間を創造なさったという説明は成り立たなくなるように思います。

この点にかんして、雅春先生よりも早い時代を生きたルドルフ・シュタイナーは、2次元の平面に
エーテル界が作用するとき、そこに3次元の世界が出現すると、このような興味深いことを
すでに述べていたといいます。雅春先生は、2次元の世界から3次元の世界が出現するという
ことにかんして、言及されておられるのでしょうか。もしも言及されてなかったとすれば、
宇宙の本質にかんしては、シュタイナーに1日の長があるようにも思います。

もしも、いっさいの言及をなされてなかったとすれば、雅春先生は、はたして真実を説かれて
いたのかという疑問が出てまいります。宇宙の本質が2次元の平面であるとすれば、雅春先生
は、そのことに気づいておられなかったのでありましょうか。

雅春先生が説かれていた現象世界とは、わたくしがいつも述べておりますような、差延と
パースペクティブによって虚構された、実在しないはずの宇宙のことでありますね。
わたしがいう、実在宇宙、それはつまり2次元の平面宇宙のことでありますが、これに
かんしては、なぜ重要視なさらなかったのでありましょうか。実在しない宇宙だけではなく、
実在する宇宙についても説かれるべきであったと考えております。

462復興G:2011/09/21(水) 15:36:55 ID:yhDBe2kY

>>454 :役行者様。

まったく、お説の通りであると思います。

463初心者:2011/09/21(水) 15:49:09 ID:4IaAZAME
さくらちゃんへ

よく気づきましたね。そうなのです。はじめに信ありき、ではなくて、構造ありき、なのです。

信じたいものを、人は自由に選ぶことができません。人は、構造によって選ばされてしまう
のです。

人は、構造によって支配されていますが、多くの人は、そのことに気づいていません。
そのために、ほんとうは、構造によって選ばされているにもかかわらず、自分で選んでいると
錯覚します。わたくしは、この構造を知りたいと思っているのですよ。構造を知ることによって
しか、真理に接近することはできないとも考えているのですよ。

面白いことに、生長の家で構造に言及すれば、「それは迷いだ」とさげすまれます。構造に
よって支配されているにもかかわらず、それに言及すれば、迷いにされてしまうのですね。

生長の家の人々に「迷いだ」といわせているもの。じつはそれも構造です。
構造を語らずして真理を語ることなかれ。わたくしは、このように考えます。


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