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テーマソング
【Silent Siren】「KAKUMEI」MUSIC VIDEO FULL ver. 【サイレント サイレン】
ttps://www.youtube.com/watch?v=crGzlCuaTGg
金曜:21:00
ゼルダブレワイに関する、紹介、レビューものリンク集
ttp://a0014028.html.xdomain.jp/zeldawildlink.html
ゼルダ楽しいよ。
こーゆー、楽しい紹介が自分でもできたらなー。
楽しいものを楽しく遊んで楽しく消化して楽しく言葉で伝える。
そんな感じになりたい。
けど、自分のつまらん正確性も独創性もなんもないレビューを見返して、すげー遠いところにいるのを実感。近づきたい。
面白そう
遠泳 eviyan
ttps://web.archive.org/web/20060126225848/
ttp://www.fsi.co.jp:80/conts/a/11/enneiv3_1.html
これ、インターネットアーカイブなので前編が見れねー。中編、後編のみ。
全編見れるところがあったら、教えてー。
◇「デジタル漫画」
「デジタル漫画」ってジャンルが嘗てあったんす。
普通の漫画に、webならではの映像や音を合わせて、flashなどを中心にして作られた漫画群。
これ、確かに一大ブームになる気配はあって、集英社も「ジャンプデジタル漫画賞」ってのを開設して、入賞者をweb連載したりした。
国際妖怪警察OKEI
ttp://nzambi.com/dm/okei/index.html
今ではメッキリ減りました。壊滅に近く、絶滅も視野に入るくらいマイナーに。
ジャンプの賞も何年も前に閉鎖し、他の会社も撤退し、跡形もない。
何でかと言うと、自分が思うに、
1 漫画に比べてお金に繋がらない、商品として扱いにくい。作るのに、静止画よりも手間とコストがかかる。
2 パソコンスペック、通信技術の向上。漫画そのものを原稿そのままに、気軽にダウンロードできるようになった。
3 海賊漫画の台頭。
いや、これはモナギコ系AAを扱う自分も他人事じゃないっす。
モナーも「デジタル漫画」みたいな道を辿っている?
でも
4デジタル漫画は、漫画に比べて重い。容量もそうだし、映像的演出に時間をかけるので、読書スピードも重めで、音がなったりするのでボリューム感も重め。
のような重さがネックな気がするんです。
「遠泳」はその点が非常に意識されている。
読み込みの画面もそうだし。
漫画の進め方も、音を使うのがデジタル漫画らしいけど、読むのに邪魔にならない。時が止まらないし、ウザくならない程度に留めている。
映像も使うけど、漫画部分もある。
漫画部分、原稿を読むみたいにページを上下にスクロール出来て、それに伴って音が出たりして、これ、凄い臨場感ある。
読むテンポに変化がつけられていて、飽きずに、待ちぼうけせずに最後まで進めれる。
そして読後の余韻もある。
この遠泳は「デジタル漫画」でもかなり古く(19年近く前)、ブームの先駆的な役割だったんだけど、これを超える工夫ってある? くらいに洗練されている。
今では前編が見れないのが、返す返す勿体ない。
◇男性、女性、異性
のっけから、性的。
だけどこの性はかなり現実的で、いわゆる漫画的なエロだったりお色気とは、本質を異にする。
以前は少年として遊んでいた子供たちが、青少年として女を男として意識しだす。
そこに込められたリアリティ。
「おしたおす?」と教室で語る。その中学から高校の間の、女性と「やる」ことに興味津々で、でもまるで体験として実在感がない故の感じ。
青春でも、春と言うにはまだ苦い時期。
主人公はその若さを隠そうと距離を置こうとしつつ、水着姿のヒロインにこらえきれず。
ここに漂うエロス。どうなるのか、読者も登場人物さえもわからないでいる沈黙のドキドキ感よ。
そして、こうした男女の成長に焦点を当てた話の為か、家族と言う要素は周到に排除されている。
家に帰るシーンに至っても、父の姿も母の姿も全く現れない。
テーマがぶれることを嫌ったのか、徹底して焦点を絞っている。
◇狭い視点
この作品では、主人公のモノローグ以外、登場人物の心情は語られない。
よくあるAのキャラの顔を写して心の声、次いでBのキャラの顔を写して心の声。という手法は取らない。
漫画(AA)の多視点の表現―読者はAの心もBの心も覗ける神様視点
(わたしの水着にみんなメロメロね)
∧ ∧
☆ノ^^ハ)) V/ (ヒンニュー。。。こいつぁ、貧乳じゃ)
ノリ Aエー 人
ι)`ー'〉 (((ハヾヽ
( ヽノ| ハBビーハル
し'_ノ (^(^>J
|ヽフ´)
し'l_ノ
ヒロインが何を思いそのセリフを喋ったのか行動したのか、親友は?
それは語られない。
だからヒロインの最後の行動までアレに対してどう対処するのかドキドキが続くし、物語の緊張の線になっている。
更に親友にも、奥行きある印象を与えている。
主人公とヒロインが遠泳を成功して満足しているのを見つめるその親友の顔。
そこに喜び以外のもの、羨望だったり寂しさだったり、そういうのを感じるのは妄想しすぎか。
前編で味のあるセリフもあるし、後編で二人と花火大会に行かないなど。
恐らく彼の心情にもう一歩踏み込むとわかりやすすぎるようになって軽くなってしまう、その絶妙の重さの塩梅で、親友のキャラやその変化が描かれている。
主人公と親友に永遠の友情を感じつつ、あのように物理的にも精神的にも近い状態は、決して続かない、今だけのものだと。
そう妄想できるのは、語りすぎない、からだろう。
それは先の家族の省略にも通じる。
時においてもそうだ。
三人は、数年前までは他の仲間たちとも仲よく遊んでいた。遠泳していた。
回想場面が入っても可笑しくない設定だが、それはされない。
過去と同じく、未来も語られない。
主人公とヒロインの約束、夏の終わり、これから先を含ませつつ、それらは描かずに、夏とともに物語は閉じる。
今に、視点が狭められている。
からこそ、その瞬間を生きる若い主人公たちの精一杯さ、性の謳歌が、リアルタイムに伝わっていく。
やや顔を背けたい、恥ずかしさを感じる部分があるのはわかる。
それも含めて、この作品の味だし、商業で使えないだろうことも含めて、自分は好きだ。
デジタル漫画の歴史とともに埋もれるのが、寂しい作であーーーるんるん。
(i'^i、 o
〜 !_⌒ lヽiヽ゜
\(,,゚Д゚)つ
〜 〜 ヽ)_ long distance swim
視点と言うか。
一人称、三人称というか。
考え中なのだけど。
書き方に
Aタイプ
主人公の心情中心。読者には、主人公以外の心の声は原則的に聞こえない。
→主人公に感情移入しやすい
Bタイプ
俯瞰に近い視点。読者は、Aの心の声もBの心の声も聞こえる。
→大局に立った視点。心理的駆け引きなどを楽しめる。
の2タイプあるのかな。
思い出保存型シンドローム
ttp://dechi.xrea.jp/library/log/syndrome/index.html
はAタイプですよね。
主人公のモノローク、心情は痛いほどに伝わってくるけど、ヒロインの心の声は聞こえない。
ヒロインが何を思っているのかわからない。
と言うことによって、ヒロインは主人公にまだ心を寄せている? とか 相手との恋愛や結婚を機に主人公への思いは冷めてしまった? とか。
読者は想像し、わからないから、余白として機能し、わからないヒロインの心情と、それを深層で求める主人公の心が、物語の導線になっている。
それがヒロインからの行動、手つなぎのシーンで、過去と変わらず大切な友達だ、と仄めかされる。
ことにホッとすると同時に、恋が破れたことによる切なさがじんわりと実感される。
これは途中までわからない、から緊張感があるんすよね。
たとえば、しぃがモナーをどう思っているのかを()で読者が知ってしまったら、随分ゆるりとした話になってしまう。
一人暮らしだモナ
ttp://dechi.xrea.jp/tokyo1dk/log2/886.html
はBタイプ。
読者はギコの心もしぃの心もわかる。
これは超絶技巧で、書かれた心理戦で。
その駆け引きや、物語の動き方が凄い。
自分はAタイプ系の物語を多く書くんですけど。
Bタイプを書くだけの技量が無いとも言う。
Hunter×Hunterや一人暮らしの1さんのような、心理戦は一生を何回繰り返しても書けそうもないという。
ありきたりの心理を書くにしても、Aタイプなら共感してくれるかなとか。
逃げです。
でも、初心者はBが書くのが楽と思いがちかもしれないけど、効果から言えばAの方がイージーだと思います。
ゲームのしょーかい。そうかい。
星のカービィ ロボボプラネット
1”3D”Sという失敗
ロボボプラネットは3DSのソフトだ。
3DSの目玉と言えば3Dの裸眼立体視だが、自分は3D機能は最初の数本は物珍しくて使っていたが、基本的にOFFしている。
今では2DSなんて立体視を削除したハードが出ていたり、立体視に対応していないソフトがあったり、この裸眼立体視をゲームに導入するというチャレンジは失敗だとメーカー側も認めているかのような雰囲気だ。
問題点を自分なりに整理すると。
①3Dブームの終息
3DSが発売した当時は、3D映画全盛で、3Dテレビが話題になったり、立体視が大きくクローズアップされていた。
目新しさは確かにあって、つまり、最初は新鮮な気持ちで遊べるんですよ。だが、飽きてくる。
②ゲームプレイに障害
これは特定のアングルじゃないと3D映像が機能せず、ゴーストと言うかジャギーと言うか、こう、ぼやけたりして、見えにくくなる。
これはNew3DSで大きく改善されたが、やはり、携帯機だから寝転がってやりたいとかなると、まず、使えない機能となる。
肝心のゲームプレイが、立体視と相性が悪く、制約されてしまう。
③立体視を効果的に使ったゲームが少ない
幾つかのゲームは3Dのムービーや飛び出す映像を出すことで、発売当初は話題性を提供した。
だが、ゲームの本筋において、立体視を利用したことで、ゲームプレイが快適になる、遊びが広がる、といったゲーム性と3Dの親和性があるゲームは驚くほどに少ない。
ムービーとして見た目はリッチになるが、3Dはゲームにあまり貢献しない、或いはそうさせるのが困難だったり、ノウハウが足りなかったりするのだろう。
2 数少ない”3D”でプレイしてみたくなる3DSソフト。
自分が遊んだゲームでそれに挙げられるのは、スーパーマリオ3Dランド、カービィの前作トリプルデラックス、そして本作ロボボプラネット、の3本だ。
マリオ3Dランドは、3DS初期の作でお手本のような3D機能、立体的に空間を把握することで、距離感をよりはっきりと認識でき、ハード特性により3Dゲームをより楽しめる画期的なソフト。
トリプルデラックスも、立体視を使うと見た目的にリッチになるし、遊びやすさも確保されている。
ただ、ジャイロ機能と言う3DS本体を傾けて操作する遊びが随所に組み込まれていて、立体視のメリットを減じている。
ハードを動かすと、視野が変わり、プレイヤーとハードの距離が変わり、立体視にぶれが起きやすく、快適なゲームプレイと言えず、どうしても相性が悪い。
ハードごと動かすジャイロ、3D立体視。共に3DSの目玉だったが、これ、水と油だ。
ロボボプラネットは、このジャイロを使う遊びはアクセントとしてあるが、随分と減っていて、立体視で遊び続けやすくなっている。
カービィと立体視の相性の良さ。
それは基本的には左から右に移動する横スクロールアクション、それに加えて難易度が低い。
このシンプルなイージーさは、立体視によるわずらわしさを減じてくれる。
たとえば画面が立体視を使ったせいで支障がありダメージを受けるとする。
複雑な操作を要求され、一発でゲームオーバーならストレスを受けるが、カービィの「ゆるさ」なら不思議と許せてしまう。
そして3Dである意味。
マップがかなり3Dチックなんですよね。
動くのは二次元の横スクロールながら、マップは3D的で、3Dなカメラワークで演出される場面もあるし、マップ自体こう3D的にオブジェクトや敵が配置されている。
特定のポイントに触れると、操作するラインが、手前のところだったのが、奥のラインに移動したり。
半2D的、半3D的だとでもいうか。
遊び心地は確かにいつものカービィなのだけど、演出やギミックなどは、かなり目新しく、他のソフトには少ない。あったにしても、ここまで全面に出しているのはカービィだけ。
画面奥から手前へ敵が攻撃してきたり、奥の柱がこちら側に倒れてきたりなど、演出にとどまらず、ゲームの遊びにも組み込まれている。
3Dの深度も、表現も、流石の出来。
自分は2、3ステージしか、3DをONにして遊ばなかったけど、こういうソフトが3DS初期に出ていたら。
つまり「立体視でゲームを遊ぶとどうなるのか?」という関心があったブーム期だったら、全編通して、3Dで遊んで、新鮮な感動を受けただろう。な。
こういうソフトが、立体視の可能性を広げるハード初期に出なかったのは残念だけど、逆を言えばこなれてきた後期だからこそ出せた、成熟機の産物なのだろう。
だからNew3DSではじめて遊ぶ人は、マリオ3Dランドとともに、ロボボプラネットも、立体視ゲームとはこういうもんなんだと楽しむにはオススメです。
いや遊びやすさや取っつきやすさなどを考えれば、今までテレビゲームに触れていなかった人、幼児などが初めて手にするソフトとしての定番としてのロボボプラネット。ひいてはカービィシリーズ。
3ロボット
カービィの遊び、気軽に敵能力をコピーして、すいすいと遊ぶのは基本で。
ところどころにコピー能力を利用したパズルがあって、そのヒントや使う能力が近くにあったりフレンドリーだったのも基本で。
あの、トライ&エラーとか何度もチャレンジしてストレスの上でクリアとかじゃなくて、ふわふわとばしばしばしと動いてステージや敵をなぎ倒していく、アクションそのものの面白さを提供する。
そのカービィの楽しさは健在。
そういう基本的なカービィの面白さを広げるのがロボボアーマーと言うロボットに乗り込む要素。
これは単純に、特定の場所に行くと乗り降りできるロボットで、破壊力と爽快感のあるロボットを楽しめるというだけじゃなく。
ロボットも敵能力をコピーできるんですよ。それも微妙にカービィ本体とは機能が違うんです。
そしてその能力を駆使したパズル要素もちらほらあるんす。
カービィの新コピー能力とか2、3増えて、それ話題になるじゃないですか。
それを本作限りのロボットの要素に限定して、10近く増えてるなんて。
あとカービィは自由に飛べるんですけど、ロボットに乗るとジャンプが二段ジャンプほどに制限される。
カービィのメリットでもありデメリットでもある、空中の自由さは確かにあるのだけど、ところどころで制限することでジャンプアクションとしての楽しさも、ちょっとだけ提供している。
だからカービィプレイ、ロボットプレイと、プレイにメリハリを与えて変化をつけるだけじゃなく、それぞれに違ったコピーやアクションを使うことでゲームプレイに広がりを生む。
ロボット=いろもの。
じゃないです。確実に遊びにバリエーションを生んでいる。
4やり込み
ゲーム本編は遊び心地はいいけど、易しめ。
でもサブゲームは充実している。
カービィの吸い込み大作戦、カービィハンターズ、共に体験版的な短さだけど、後にそれぞれ単体でソフト化、ダウンロードソフト化されていて、遊びとして楽しい。
クリア後のステッカー集め、ICキューブ集めも、ステージを再訪させる要素。
後に追加される2つのモードも、特にメタナイトのそれは結構いい感じに楽しいです。
10時間〜20時間の遊びになるだろうけど、中身はまったりだけど、単調でもなくマンネリでもなく、ほどほどに充実していて、2Dアクションしてるなーって思います。
ハードな死んで覚えるゲー的なストイックなプレイヤーは満足しないかもしれないけど。
ゲーム初心者にはもってこいだろうし。
カービィファンから中堅のプレイヤーまで、楽しませてくれる、カービィ2Dアクションの集大成であり、ロボットと言う新機軸を打ち出した良作です。
ストーリーは終盤は盛り上がるけど、道中は薄め。
なんのために、なにを目標に遊んでいるか強烈な動機付けは感じないけど、その緩さもカービィか。
自分は緩いのも好き。
あんまり考えないでのほほんとプレイしているのは至福。
カービィのデザインってシンプルで印象に残って、簡単にコピーできていいよね。
ってササっと書いてみて、己のセンスのなさに愕然とする図。
_ / ̄ ̄ ̄\_ who are you?
\ ( 〇 〇 )/
ヽ ▽ /
と/───`つ
>>307
に加筆―。
覚えている人いるかなー。(←見ている人すらいないよー)
大きな二つの心臓の川 Big Two-Hearted River
『ヘミングウェイ釣文学全集 上巻・鱒』
谷阿休訳 より
;"; "i "; ;ヾ;"ゞゞ ;"; ;ヾ; ; ; ;ヾ ; ;::'': ;;ヾ ;;
"ゞ ;;'";:;,rー、'':':':::":.:'..'.:.;: .:::;:::メ;ヾ; ;メ ; ゞ';'';ヾ';
メ ; ゞ;::;:'|! :;:::;`ヽ. :; : :;';: : : .. :.:.:..ゞ;':;;'ヾ;;ゞ;;ヾl|;ゞ;;i ;';;
ゞソ; ;ゞ;::|! '::;;::':; し〜^ヽ. .:.:.:.:.:.:.:.:.:.:\ir':''|l|:;':':;';;;'::;
ヾ; ;ヾ; |! /! .:. :. :. :l|i:.;;'|;メ;ゞ|lヾ ;;
;;:':';:':: |!∧ニユ |ノ :. : :: ::|l| ;''ド';:;:ルノッ
:::.:.:' ∩ ´ー) <! ゚ ,,,,.,.,;::':;;;,;';'::;r;::':;;":;';';';';';;::;;;';
ヒ句x[lつ .' 。゜__ -- .. .__..,,厶';;;':;'冫;::;;:';::':;::::':;
;::;:: ベ─./ , )べ, -... - .. ... ゙~'''^''゙'''^'゙'''^''^"゙゙゙"゙゙
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;:::;;:':ゞ/;::;;:";:':;: : ;::;;';ん,,^''^" -==- ^~'''^''゙^"^~
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^^ 〜^ ^ ー 〜 〜 ^ ^^
ヘミングウェイの中短編。
ニック・アダムズものという連作の一つで、従軍後の心の再生を描いた、らしい。
が、そうした前提知識がなくても、ただ一人大自然に真向かいになって、料理をし釣りをする。
料理の焼けた匂い、清流の冷たさ、バッタが飛び跳ね、鱒が抗う重さ。
それら感覚に迫る描写が絶妙で、小旅行したかのような感覚に浸れる。
台詞も極力少なく、大きく感情を誇張することもないが、アウトドアを楽しんでいて自然と一体になることに喜びを覚えている気持ちが、すらりと伝わっていく。
追記
幾人かの訳者によって訳されていて、何種類か翻訳のバージョンがある。
その中でも、谷阿休の訳が、すらりと入って情景が浮かびやすく、好きです。
その、訳の正確さ云々じゃなくて、文章のタイプが好みなんです。
「ヘミングウェイ釣文学全集」は、ヘミングウェイの釣りへの並々ならぬ情熱や、鱒釣りの前提知識を得たりできて、通して読むと伝わってくるものがあった。
元々収録されていた短編集の「われらの時代 男だけの世界」(高見浩訳)なら、主人公のニック・アダムズの流れをある程度は追えるし、一冊のそこに配した著者の意図とかも味わえる。
「われらの〜」には他に名短編がいくつも収録されている。「雨の中の猫」「敗れざる者」「殺し屋」など。
「釣文学全集」では、未完ながら味わいのある「最後のよき土地」がありまっす。
と言うことで、どちらもお勧めだし、どちらかが気に入ったら両方買いじゃんって感じですけど、
big two heated river 単品に絞ると、「釣文学全集」に軍配を挙げたいっす。私見100パーざんすが。
◇「ヘミングウェイ短編集(一)」(大久保康雄訳)
∧ニユ (
(* ´ー) ))
ヒ句x[lつ┻┛
それからフライパンを網の上に乗せて火にかけた。
ますます腹がへってきた。
豆とスパゲッティが煮立ってきた。
ニックはそれをかきまぜた。
泡立ってきて、小さな泡がぶつぶつ表面に浮かびあがった。
うまそうなにおいがした。
◇「われらの時代 男だけの世界」(高見浩訳)
∧ニユ (
(* ´ー) ))
ヒ句x[lつ┻┛
それから、炎の揺れるグリルにフライパンを乗せた。
腹がますますへってきた。
豆とスパゲッティが温まってきた。
そいつをスプーンでよくかきまぜた。
泡が立ってきた。
いくつもの小さな泡が、じわじわと浮かびあがってくる。
いい匂いがしてきた。
◇「ヘミングウェイ釣文学全集 上巻・鱒」(谷阿休訳)
∧ニユ (
(* ´ー) ))
ヒ句x[lつ┻┛
炎の立つ鉄架の上にフライパンを載せた。
空腹がひどくなってきた。
豆とスパゲッティがあたたまってきた。
ニックは豆とスパゲッティをスプーンで掻き混ぜた。
ブツブツと気泡の弾ける音が立ちはじめた。
小さな気泡がじわじわと、底の方から表面に昇ってきていた。
いい匂いが立ち籠めた。
ゲームの紹介の時間です。
聖剣伝説レジェンドオブマナ
◇世界 精緻なドット絵と雰囲気あるBGM
聖剣lomで特筆すべきはグラフィック。
ドットを極め、当時最高峰の描き込みによるグラフィックは、温もりを伝え、世界観に絵本のような雰囲気を与えている。
これはプレステ1の作だが、以後スクエアのグラフィックは、CGを中心にしたものにシフトしていく。
ので当時の最高峰は、皮肉にも、ドット絵を使ったRPGとして史上最高峰、を意味するんじゃないかなん。
巨大なボスは描き込まれ、迫力がびしびしするし、ドット絵のキャラクタは、時代の古さすらも、生き生きとしたものにしている。
これに下村陽子の作る音楽が、抜群にマッチして、世界を作っている。
特に最初に訪れる「ドミナの町」では、中世ヨーロッパの片田舎を彷彿とさせる牧歌的な風情が展開する。
◇実はサガフロンティア系譜のアクションRPG
この作品は、フリーシナリオに近い。
各所にイベントが散らばっていて、それらをある程度、好きな順から自由に進めれる。
主にメインストーリーとなる三つの流れがあって、クリアの必要のない様々なミニストーリーが点在する。
武器は11種類あって、好きな種類のものを使っていける。
蓄積要素が必殺技習得だけなので、種類の取り換えの融通は効く。
武器入手は初心者は店から買う、中級者はハックスラッシュ気味に敵からのドロップアイテムを駆使する、熟練のやり込みにはオリジナル武器の作成と強化が待っている。
各人のプレイスタイルによって、バトルも十人十色。
主人公はセリフを喋らず、ストーリーを大きく引っ張るわけではない。
NPCを一人連れていくことが出来て、その仲間が物語を紡ぐ役割を担う。
他にペットというモンスターを仲間にするシステム、ゴーレムという武器防具からパーツを作成し機械兵を組み立てるシステムがあって、
ゴーレム、ペットどちらかを三人目のメンバーとして連れていくことが出来る。
魔法は楽器を使うことによって発動する。
しかし、本作では従来のシリーズと比べ、あまり存在感を持たないのが難。
他にも色々とオリジナルなシステムが組み合わさって、アクションRPGをベースに、奥深い体験へと連れて行ってくれる。
と、この作品は聖剣ファンよりもサガファンの方が刺さるような気がする。
癖のあるシステム、奥深いやり込み要素、シニカルな皮肉が潜むストーリー。
こだわってこだわって、ユーザーはそれを十分に堪能できなくても、「これで勝負だ」、的な頑固職人の味がする。
◇哲学的なセリフ回しとストーリー。でも哲学的って、良いことなの?
ストーリーは大きく分けて三本。
ドラゴンのバトルを主とした昔からのオーソドックスなゲームらしい「ドラゴンキラー編」。
反対にゲームというフォーマットのストーリーを逸脱したかに見える賛否両論な「エスカデ編」。
そして珠魅という宝石を核とした種族の騎士と姫をめぐる「宝石泥棒編」。
中でも「宝石泥棒編」が出色。
設定に独自の歴史、時の流れがあって、山場へ向かって謎を含みつつ起伏のあるストーリー。
何よりも設定やバックボーンが、もう素晴らしくファンタジーでありながら、それが他にはない聖剣lom特有の、それこそ宝石のような輝きがあって、物語を紡いでいく。
他にミニイベントなら、砂漠の実験と、ランプと恋、の話が、なかなかに印象に残った。
ただ、エスカデ編をはじめとして、ストーリーが「哲学的」に傾き過ぎている感じもある。
セリフ回しが観念的で奥が深い。
だけじゃないと思う、「哲学的」と呼ばれるのは。
それは生活に根差していない感覚、文化を背景にしていない感覚、言葉が上っ面をなぞっているような、同人的という形容すれすれを走っている。
本作で、勿体ないと思うのは、歴史が設定され、詰められているのに、そこに生活や文化、社会が匂ってこない点だ。
宝石泥棒でボイド警部ってキャラが出てくるのだけど、他の警察組織の一員も警察の小道具も牢屋も描写されない。どころか、警察署そのものや警察組織そのものすら、全く出てこない。
じゃあ、なんだ、って言うとファンタジーと言うパレットに、警察が全く馴染んでいないし、その背景が浮かんでこない。単体の要素として浮いちゃっている。
こういうのは他にも、魔法学校があって、魔法を学ぶ生徒たちが出てくるのだけど、彼らって社会に出てなんになるんだろう、「兵士として就職? 魔楽器を売る?」とか考えるのだけど、作中では全くふれられない。
食事シーンは皆無で、果樹園から野菜が取れるのだけど、イルカキュウリなんてイルカのグラフィックの野菜が出来て、でも食べるところは出てこないし、想像しにくい。
そういう風に、設定として登場するのだけど、それが社会や文化として位置づけられない、全体に馴染まない感じがする。
それは多分、ゲームの作り方そのものの矛盾にあって。
まず設定資料とか作ってそれを元にスタッフたちが作品を広げるのだろうけど、こうした先に挙げたものは、ゲーム進行には必要のないもので、だから余り考えられないでほうっていかれてしまった。
作品全体に流れる文化が、共有されないまま、設定やキャラクタが独り歩きして、思考して、セリフをつぶやく。
だから観念的で、哲学的なものになる。
これは本作の限界というよりゲームの限界で、特に当時の胎動期のゲームの限界で。
こういう文化や生活を、ファンタジーという題材で、表現した作品って数えるほどなくて。
それは「ドラゴンクエスト7」や「クロノトリガー」や「ゼルダの伝説ブレスオブワイルド」みたいな、とんでもない傑作の域ですよね。
でも、聖剣も世界観の表現では、表面部分で素晴らしいグラフィックと音楽で十二分に外堀を埋めていて。
それでプレイヤーの世界の介入のさせ方も、幅や間口を取った自主性を尊重したフリーシナリオで。
だから、そこが実現していれば、素晴らしいマスターピースになった気がする。
本作の目指して欲しかった到達点は「哲学的」なんてもんじゃなく、「詩的」な感じだった。です。
その詰めの甘さのようなものは、エンディングの流れにもあって。
最後にクローズアップされる要素が、物語全体にバランスよく配置されていないのもあって、どうも納得できない。
◇中級者に門戸を開きつつ、膨大なやり込みを秘める
フリーシナリオ形式の欠点として、説明不足は否めない。
シナリオを進めるのにフラグが不親切だったり、あるミニイベントは発生条件すら気づかないまま物語を終えることもあるだろう。
クリアまでに取りこぼす要素もあるだろう。
難解な世界辞典は理解しにくく、ユニークなサボテンの日記も普通なら見過ごしてしまいそうな要素だ。
本作は、雰囲気ゲーとして、世界のライトな部分を楽しめるものの、釈然としない部分も残す。
ゴーレム作成、武器強化は、ゲーム本編だけではやり込めない程に深く、やり込めば時間も労力も桁外れにかかる。
つまり攻略本、攻略サイト必須の、少し不親切な作りになっている。
そこもサガ的。
だけど、一応のエンディングまでなら僅かな助けでも独力で行けると思うので、この物量、自由さのある世界を、手探りで辿っていく楽しみは、やはり体験してこそ。
ので、まずは攻略情報からは距離を置いてプレイ。
一応のエンディングまで行ければ、武器やレベルを引き継いで強くてニューゲームできるし、反対に敵の強さを極み難易度まで変更可能だったりする。
そこからさらなる旅をしたければ、攻略情報を漁るのがオススメ。
昔の作にしては攻略サイトには困らないだろうし、少し足を出せば600ページの辞典サイズのアルティマニアな攻略本をお供に出来る。
__,xヘハ7Zァx_ サボテン君の日記は、
. _≫‐ヨZ※片7≪ シナリオをクリアした後の密かなデザート。辛口だけど。
⌒7〜}ハ}ハ{⌒ ̄
. _〉 〉=く,
道行く若者に声をかけて、 .. ァ´ / ̄ ハ,
君のランプを売らせれば、 _{^ {/⌒ o l´ ̄ ̄ ̄ ̄`
∧∧ 手間をかけずにランプは売れる ]、rヘ o _. ァ/ ,ハハ < なけた。
(,,゚Д゚) . lvv;ヘ_≧z-=f{ jj,ノ}} l、_______, ニキータは徹底的に守銭奴なのが、却って憎めない
/ i ∧∧ 私のランプが好きな人は、 {{ { \_ノノ:i i iV≪_ノ
(*゚ー゚) ほんの少しだけど、遠くから \,_ ..ィ:i_j_iノト、 ________
U ), わざわざ買いに来てくれるの Ⅵ ̄ ̄ ̄ _] ∠丶-'"> / あなたの心の道具箱、
`| ̄ ̄ ̄´| (*`ー´*) < スマイリーニキータだにゃ
|\/\/| ,とi iつ \
` ー--‐  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
いやー、読んでるかい、ジョージ。
本の紹介だよ。
夏休みの読書感想文にぴったりだね。(小学生並みのしょーかいぶんってことさ)
さかなクンの一魚一会
◇魅惑文章
さかなクンの自叙伝。
ギョギョギョと侮るなかれ。リーダビリティが抜群で、そのくせ中身の濃い文章が展開していく。
フリガナ付きで、絵が多く入っている。
子供向けかなと思えても、子供にカブトガニの飼育エピソードやウマヅラハギに惹かれていく過程を、わかりやすく、書けますか。
いや、ほんと、すっごいよ。
自慢たらしくもなく、わかりにくくもなく、魚博士なマニアックで細かなディティールも、平易に伝えていて。
絵も、さかなクン本人が描いた絵で、その魚の特徴が浮かびつつ、魚特有の愛嬌なようなもの(あるじゃないですか)がディフォルメされた、見事なもの。
クラリネットを吹く魚たちの絵。くらくら。
すらすらと読めます。楽しく読めます。
それで語られる内容が、さかなクンの半生でしょ。詰まらないわけがない。
もう面白いエピソードが、タコに傾倒した小学生の頃からしてもう、カブトガニとか、テレビチャンピオンとか、大学の一芸入試とか、笑いつつも感心しつつ。
やっぱり刺さったのがあれですね、進路選びからの挫折パート。重くなる話をコミカルに語るのが、かえってね、ジンとしてしまい。
寿司屋での、ふとしたきっかけでの転機に、おおおと。
◇転びつつも、進んでいく
小学生の時に飼育したくて、タコ捕り名人にタコを釣ってもらったら、そのおじいちゃんが、釣ったタコを内臓引きちぎって、びしびし叩きつけて。
「ぎゃああああ、やめて――」
)ワラ
割烹料理屋で水槽のウマヅラハギを見て、飼いたくなって。
「あのー。表で泳いでいるウマヅラハギちゃんをください!」
すると板前さんはニコッとして、
そして出て来たのは
「ぎゃあ、ひええええええ!」
)藁
そこから中学生時のカブトガニの飼育のエピソードですよ。
飼育に失敗して、死んだカブトガニがすんごい腐臭をして、それでも剥製にして形に残そうと、風呂場でゴーグルにマスクをして涙涙に身をくりぬく。
そこに、魚というものが本質的に命で、その泥臭い部分も含めて、魚を自然と見つめているその視点の成長。というか。
いや、狂気じみた部分も含めて、何かを好きになるということの、とても純粋な部分が出ている。
それでもまだ、カブトガニの飼育のエピソードは続いていき、展開していく。
そこから命の尊さのようなものまで伝わってくる。
◇魚版シャカリキ
最後は教訓めいた感じで、成功者さかなクンといった風になるけど、分かりやすいニーズをつかむには、しゃーない。
でも、この何かね、魚を愛しすぎた故に魚研究の登竜門の大学に入れなかった感じとか、次第に魚一直線になっていく感じとか、それでも切り開いてく感じとか。
あれです。曽田正人の「シャカリキ」を思い出させました。
ただひたすら自転車を愛して、その愛に叶うだけの天からの才能があったというのも含めて。
あと、母親がほんと苦労してんな―、こーゆー愛情もあるんだなー、さかなクンも母親を好きなんだなーって言うのが、余韻にちょっとしたぬくるみを残しております。
極めてハードな描写もあり
| |つ_∧ ;;⌒);;⌒) オエ、オエエエ〜と、次から次へとおそってくる吐き気に耐えながら、
| |-∀-; ) ;;⌒) 甲羅の中の身を取り出します。
| | と ) ドロドロロ〜ッと出てくるはらわたや身は、もうこの世のニオイとは思えないほどの臭さ。
| |( ( ( 必死で中身をかきだしビニール袋に詰めたら
| |(_(_)
TVチャンピオン電話内予選
∧_∧ 小学生のころから通いつめ、入りびたり、
∧_∧ D (`(;´Д` )') 魚と一日中、一緒にいれる。
( ´∀`)○ ___ ''""''"""''" " 天職だと思っていた水族館勤務は
( )D……/◎\
こーゆー、精緻でリアルな絵を描くだけの下積みや観察眼があるから
ttp://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h22_h/trend/1/zoom_f012.html
こーゆー、勢いがある楽しいイラストを即興で描けるんすねー。
ttps://twitter.com/jijicom_ent/status/757051235094568960
自分は絵心が無くて諦めてる派だけど、そりゃ観察の足りなさとか絵を描く量が殆どなきゃ、
ササっと書いたAAにゃ魂がこもらんよなー。
あー、さかなクンすげー。
漏れは底辺AAコピペ改造流を貫いてコー。
だってさかなクンと同じ15分くらい費やして、出来たのが、>>388 っすよー。(爆死)
ブックレビュー。びゅーっとな。
月の砂漠をさばさばと
さきちゃんとお母さんの、母子の日常物語。
12のエピソードで綴られてまっす。
ほのぼのとゆっくりと日常が積み重ねられ、時に切なさや悲しさ、子供特有の怖さなども描かれるが、
それでも文章全体から漂う優しさ、肯定的な明るいタッチと、おーなり由子の柔らかな絵が、心をほっと暖めてくれる。
ぬくい毛布のように心地よい読後感に満たされる。
子供でもすらすら読める易しくて優しくて、でも、よく読んでみると行間から滲む含みのある文章の加減が絶妙。
北村薫を知らない一読さんも楽しめれそうだし、これは何度も読める重層さがある。な。うん。
表題の「月の砂漠をさばさばと」は一度読んだら、忘れられないし、忘れたくないって思える作品でした。
「夢の終わりに月の砂漠で」はこの地平を目指したんですよ。飛べなかったけど。
文庫と単行本があるが、断然に文庫がおすすめっす。
確かに挿絵が小さくなるというデメリットはあるにはあるけれど。
それでも巻末の梨木香歩の解説「日常を守護する」は、余りに素晴らしい。
作品の理解がぐっと深まるとともに、さりげない表現などにも気づき、読みも深くなるし、北村薫ひいては彼の「日常系」と呼ばれる著作群を理解する大きな助けとなること請け合い。
またこの解説を読むと、梨木香歩本人の作、「西の魔女が死んだ」の狙いというか雰囲気に込めたものというか、そういうのをより味わえる気がする。
「月の砂漠をさばさばと」内の「ふわふわの綿菓子」の私的解説っす。もろにネタバレっす。
著作権違反、牢屋に入ってもえー人は、ここに目を通して―。
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/sports/3246/1483523187/
でも、漏れを牢屋に連れて行かないで―。
166Now_loading...774KB2017/08/22(火) 03:54:23.43ID:y7FHPQ0l
絵本のような小説で。読みの例。
「さきちゃんとお母さんの日々を綴った」北村薫『月の砂漠をさばさばと』。
母娘の食卓で交わされる、通学路の帰り道で出会った犬たちに名前を付ける話
白くてふわふわ⇒マロ マシュマロみたいだから
黒くてウォーウォーと鳴く⇒オペラ 鳴き方がテレビで見たのと似てたから。
???⇒アオリン
?は何でしょ。
答え:青い犬ではありませんよ、ダンボールに居たからです。ダンボールがアオリンゴのそれだったから。
ここで話は飛ぶ。団欒終了。
1の見方。
このような謎かけに、北村薫のミステリ作家としての観察力が……
殺人事件に使われるミステリの手法を……北村薫は日常のふとした会話の中で……
2の見方。
あー、なんか楽しそうだ。ほわほわ。なんか楽しそうで口が食べ物にも会話にも軽快に動くシーンだよ。こうやって体も心も成長してくんだな。素敵。
3な見方
いや、もやもやするぞ。
楽しそうな食卓のやりとりだよ。これって。子供っぽい、純情な感じがするよ。
でもさ、ダンボールに入った犬って。捨てられたってことじゃん。
これって悲しくない? それを美味しい食卓に入れるなんて。こいつを飼い犬の、恐らく血統書つきだろう、白犬と黒犬と並べて話す、残酷な子供らしさよ。
段ボール箱に入っている→捨てられたって連想は、どうなんだろうね。
自分の子供の頃の昭和の時って、捨て犬とか規制がけっこう緩くて、こーゆー捨て犬って、子供の時に見かけたもんなんですよ。
こう結び付けれるのは強引かもしれないけど、極端な一つの読みってことで、勘弁を。
でも、やっぱり、なんかね、一見明るいやり取りにちょっとした闇ってのは大げさだけど、なんだろう。
マシュマロ、オペラなんて血統書付きな高価な犬を連想させるワンちゃんと、しょぼい段ボールのアオリンゴの犬を並べる、その子供らしいあどけない純な感じとか。それが並んでしまう世間の辛さ、帰り道にある現実感とか。
そーゆーのを察しないで、「元気がないの(?)」なんてネガティブに答えるお母さんとのやり取りが、一見ユーモラスな家族の食卓の会話として成り立っているように、読者に思わせる。
そのチョイスに、単なる癒し系じゃない、なんだろう、リアルさのようなのが出ていて、好きです。
このように、さりげなく通り過ぎてしまいそうで、でも立ち止まって味わいたい文章ってのは、他にもあります。
犬へのネーミング→校長先生へのネーミング→自分へのネーミングの由来→熊のネーミングの話
→自分をネーミングした父への想い
という繋げ方。
一見バラバラなようで、全体としてしっかりと構成されたエピソードの配置の妙。
作中で語られなかった父。姓が変わることへ、母が何故、真剣だったのか。
というなぞかけは作中では明示されないが。
姓が変わる→旧姓になる→離婚していた→母と生活しているさきちゃんは、父とは離れて暮らしている
ということらしい。
これは梨木香歩の解説でふれられているが、作中では離婚というワードを一度も使わず明言していない。
ので気付く人は気づくっていう要素だろうけど。
知ってしまうと、切なさが語られない(語れなかったってことでしょう。幼いさきちゃんには離婚したなんて大人の事情を突きつけられない)だけに余計に切なくなる、と思いません。
自分も一読後に解説を読んで、あーって教えてもらったんだけど。
それでも、綿菓子が時とともにしぼむという描写の、言いようのない切なさは、それを知らなくても、伝わるんじゃないかな。伝わりました?
「――お肉だけじゃ駄目よ。ちゃんと緑も食べてよ」
「食べてるよ」
と、さきちゃんは、茹でられて色鮮やかなブロッコリーに箸を伸ばします。
「食べてるよ」なんて。
これ、明らかに食べてませんでしたよね。
母から注意されて、こういうわかりやすい嘘というか強がりみたいなのを言い、はじめて緑にも箸を伸ばす。
こーゆーの、好きなんだよなー。
さりげなく嘘をつくというか、なんかこのあるある感というか。
こーゆー懐のある表現、なんとなく伝わるような一本調子じゃない表現。妄想しすぎですか。そうですか。
似たようなものに、こんなのあります。子供っぽい。
「たけし、宿題やった?」
「何だよ、今からするところだったのに。ウザいこと言うなよー」
いじょー、ながくなりましたが、しょーかいでした。
「大久保町は燃えているか」を改めて読んで、もー、色んなものが浮かんでくる。
小説への感想は後でふれるとして。
私的に封印していたというか、見て見ぬふりをし続けていた部分というか。そーゆーのが。
ぐるぐるぐるぐる。
このスレ読んでいる人がどれくらいいるかわからんけど。
自分用メモってことと、書くことで思考を整理していくことと、整理していく過程をそのまま出すことで他人様はともかく自分としては得るものがあるのではないかということで。
愚痴愚痴っぽくネガティブなものも含めて、深夜のラブレターならず、深夜の朝焼けまでの罪状告白。聞いて脳内神様!
ということで、まともな思考の人は読むに堪えんだろうし、疲れるだろうし、マイナスな影響を与えそうなので。
ほんとはこーゆーの書かない方がカッコいー職人なんだろうけど、自分はこーゆーやつでして。
だからね、あざ笑ってくださる目線のある人だけが読むといーよ。明日の自分も含めて。
打ち切りについて
自分は小ネタはともかく、大きな挫折となる打ち切りを3度、経験してまして。
1モナーファンタジータクティクスの打ち切り
ttp://a0014028.html.xdomain.jp/monafan.html
これオープニングで終わるんす。
本編には至らない。本編は後継の人が書いてたかなと思ったんですけど、その人も確か1章を終えることなく、リタイア。
小ネタで茶を濁しつつ、それでも自分も本編AAを進めてたんです。
攻略本も買ったサー。ゲームも本編をもう一度ふくしゅーしたサー。
情熱はあったんす。
でもね、プレイ時間30分で済む過程を書いていてね、第一章の最初のバトルとシナリオ部分を書くのに、一か月ほどかかってたんす。
それを悲しい挫折宣言と共にどっか地下に投下して、もうそこは自分でも忘れちゃったな。
枝葉を取っ払った総プレイ時間30時間として。1時間を2カ月。
順調に最初のモチベーションとペースを保って、何年計画? それまでAAなんぞやってられんわーって、打ち切り決断。
原作ファンも多く、2chのピーク期とも重なり、これまでもこれからも一番多くの住人や感想を抱えていて、リアクションと言う点ではこの上なく恵まれていたんですけど。
それと、書いていて、楽しく、負担にならない居心地の良さ、というのは違いますよね。
自分のAA人生で一番やる気のある期間だったんですけど、それでもゲームのAA化の壁は高かった。とてつもなく高かった。
1-2 ゲームのAA化 その1
FFTのAA化で挫折したのは、自分だけじゃないよん。
FFTを描く
ttps://www.logsoku.com/r/2ch.net/aastory/1225382225/
第二部まで。
キリのいい所まで書き進めれたのは、職人の鏡。
これくらいで、多分ゲームプレイで15時間ほどで、やはり、なんというか限界が来るんじゃないでしょうか。
このスレの職人さんは明らかに自分のモナーの時よりも職人歴が長く、技術もアリーの、時間の掛け方もわかってるーの、バトルも楽しくアレンジしつつ、拡大は特徴を押さえ。
あの、自分のモナーファンタジーは描いた当時の時期もあったんでしょうけど、あくまでもゲームを単純なAA化するのにパロディー化して笑わせるのに力点を置いていて、
この作者さんのように自分色に染める、ゲーム世界を自分の作品とするまでに至らないので。
この作者さんはほんと自分よりもずっと上の作者さんなんですけど、やっぱりそこまで自分のものとしたからには愛着もひとしおなんでしょうけど、ここが限界点だよね。優れたAA職人であっても。
スレは7-8、期間は半年を過ぎて、そこでモチベーションも、一番やりたいことも変わっていく転機になる。
あの弁護するとFFTって、ゲームシナリオの方向性が、1章、2章、3章と変わっていくんですよね。
1章はどちらかと言うと、貴族と平民、持つ者と持たざる者の争いが軸なんです。階級対立、社会構造。
身分差を意識した平民の親友ディリータから「お前とは違うんだ」な感じで、エリート意識のある没落貴族アルガスからは弓で射られていく。
貴族の中の貴族、兄たちとは袂を分かち、傭兵となる。
この物凄い対立感、喪失感、すべてを失ったラムザ、だからこそ出来る何かがある、そう思わせる姫救出劇の始まりじゃないですか。
でも、その力学は変わっていくんす。
身分対立は、教会の隠蔽体質へと変わり、戦うべくは人だからこその悲劇だったのに、化け物モンスターとなる。組織対立、信仰問題。
身分から除外され根無し草となったラムザ、それに代わり与えられるのは教会に反逆した「異端者」の立場でしょう。
第一部の革命軍のボスが、3部くらいで変わり果てた姿で出るんですけど、いやそのラムザのセリフが痛い痛い。
「クエストスタッフやオウガのファンだった人はたとえその選択しかなかったとしてもあなたの行動を残念に思うだろう。
「夢や理想は、FFブランドの手を借りて実現しても価値が半減してしまう! そうじゃないのか、松野!
「“現実”はもっと厳しいものなのだ! おまえが考えている以上にな!
「おまえに責められる覚えはない! おまえたちに責められる理由など何もないのだッ!!
)違う
それでも第二部は
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
|γ´ `ヽ |
|f.i ゙`ヽ_ 丶 ヘ | 騎士アグリアス
|| ト、ト、,,ヽ ヽ ヘ| 「今さら疑うものか! 私はおまえを信じる!!
|| .i__ヽ `ーxヽ i r i. |
|| iュ ィf;デlヽr /.r|
|j i i V / |
|i. ト、 __ ∧ V..j|
|k, l i≧≦-ヘ V |
| il | );| | | ; ;| リ|
|;; 込ノ;ノ i ヾ; ;ヘ `|
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
なんて名台詞、名展開があるけど、アグリアスはその後本編で一言も話さなくなるし。
やっぱりモチベーションが落ちるのは、本編の方向性が変わる、特に歴史ロマンに惹かれた人はダメージが大きい。
そーゆー事情があったような気がします。
なんかディスってますが、ゲームシナリオはなんだかなーですけど、ゲームプレイそのものは財宝探しに仕事にジョブの成長に、面白く展開していきます。
とフォロー。
ゲームとしての楽しさと、ゲームシナリオを再現するゲームAAの楽しさは、必ずしもイコールでは結ばれないようです。
1-3 ゲームのAA化 その2
ゲームのAA化は、打ち切りや自然消滅が多い。
多分、もっとも大きな期待を背負っただろう ◆dCs3N3avQg さんの「モナー聖剣伝説2」もペースが落ち、盛り上がりどころに至るまでに終わってしまった。
ゲーム系AAって、元ネタがあるからすっごく入りやすいんですよ、初心者とかファンがAAを描く動機になることが多い。
でもそのボリュームからして、終えるのは至難。
入り口は広く、道中は厳しく、出口は極めて狭い。ブラックAA。
ゲーム再現系で完走したので、書いている方も読んでいる自分も、双方が終えれたのは振り返ると二つだけでした。
真女神転生〜モナー戦争〜
ttp://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/7907/dds_mona.html
「 やる夫が空を目指すようです 」
ttp://aapp.arc-spi.com/?cat=5
当たればデカいのはわかるんですけど、自分にはムリポな高みです。
元ネタありきだからオリジナル原理主義者には楽に書いているように見えますけど、いや、これ、凄い愛着力いりますよ。
讃えられてしかるべき。ここにたたえよー。ぱちぱちパチパチパチわーわーわー。
2-1 ウイユヴェールの打ち切り リベンジ
ttp://a0014028.html.xdomain.jp/uiyu.html
FFT本編の再現は無理だ―ってなったときに。
じゃあ、ボリューム的にほんの一部のサウンドノベルなら。ってことで。
ウイユヴェールでした。
でも、これもリアルライフに支障が出始め、途中で打ち切り。
また暇になったときに、リベンジして、なんとか完成。
でも、スレはとっくに落ちていて、当時の住人には届かなかった。
つまり、ここが再現系の限界ですよね。自分の。
16話程度。
打ち切り前の段階ではパロディー色強め。
ゲーム内のエピソードを補完するオリジナルを二編。(当初の予定では5つくらい。ボクサー8頭身パブロと1さんブラックの濃密な絡み合いを提供したかった)
打ち切り後のリベンジでは当時のテイストが戻らず、コピーでぜーぜー完走。
満足のいく出来ではないけれど、多分ね、モチベ的に1スレを超えると、10話なんて超えると、書いていて、楽しいからパロるというより、ここまで来たから無理矢理でも完成せねばな方向になる。
そーゆー辛い思いをしてまで完成させる甲斐は確かにあったけど、こゆのを打ち切る人を止めれるほどに得るものが大きいってわけじゃないでした。
ただね、むぼーにも今まで八頭身を描いたことなく人体のデッサンもわからないのに、飛び込みでキモイのを追求できたのは、得難い喜びでした。
振り返ると、最近は原作物はコピーが多いけど、パロディーも素敵だなと思いつつ、やっぱり消費スタミナとかモチベ低下率が。
パロディーのなけなしのセンスも忘却しきったし。
ある程度キャリアがあって、連載物を持ちたい時期に、こーゆーちょーどいーボリュームで、加工しやすい題材にぶつかれた。
自分は幸せでした。
まー、でもこのウイユヴェールのストーリーの悲壮感は、殆どの選択肢では、つまり99パーセントのIFの中ではウイユかパブロかどっちかが死ぬ。その陰鬱感にあって。
途中の大きな分岐で、一歩たがえると、その後の10を超える細かい分岐の果てはどれもバッドエンドなんて意地の悪さ。
取り返しのつかない一線、というのがとても上手く出ていて、読者もウイユも、もう悲劇が待つのを知っていて、それでパブロをデートに誘うような場面があるんす。泣ける。
だからウイユヴェールは話の祖筋というより、サウンドノベルだから評価されるような味があって、サウノベ黎明期にコンシューマでこれを出せたのは、だから画期的だと、そう思わされる作品で。
そーゆーの、AA化だとすっぽり抜けて、多数分岐のサウンドノベルが、一本のノベルになっちゃいました。
ちょっとだけ抵抗したんですけど、それも虚しい。
選択やアクションの果てに、ハッピーエンドだった感動とか、やっぱゲームプレイしてこそですよね。
小説でもゲームので有名なのは、ICOの宮部みゆきくらい?
たぶんドラクエ4コマ劇場、柴田亜美とか江藤ひろゆきとかの。そういうのが、方向として、面白いんじゃないかな。
3 からくりサーカス
脳内打ち切り。
ストックは原作五話分くらい? オマケ含めると500コマを超えてた。
でも、晒した3コマは、呪いAAとして、知る人ぞ知る大失敗作となった。
本編再現はムリポなのは自分でも分かる。
ならばと、プリンスドマヌカン、人気の鳴海主人公のエピソードを一つ、コミックス2巻分。
この容量ならと挑むも大けがして失敗。
モチベが続かず。
拡大AAを積極的に取り入れたが、基本がないのに独特の藤田絵を再現するのは余りに敷居が高すぎた。
補完資料を入れつつ。一コマ一コマに手間を入れつつ、なまじ愛着があるのが、さらにペースを落とすことになり、分解、失敗。
じゃあ、何だ、どれだけのサイズだったら、満足できて完走できたんだっていうのが最近分かってきて。
七つの海
ttp://a0014028.html.xdomain.jp/nanaumi.html
読み切り漫画一本のボリュームが、労力的にも手応え的にもとても良かった。
アレンジはあんまり入れず、コピー系で、その元もネットにあるという意味ナッシングと言えるけど、
それでも自分的に原作を消化できた満足感があったし、表現とかで学ぶものも多かった。
内容は、海洋大冒険、ゲームの世界、ワンピースなんて、ファイナルファンタジーなんて挑むの諦めて、現実を見よーよ、足元を見て跳び箱を飛ぼうよ。
というのが、どれだけ我が身に迫って、コピーしていくうちに癒されたのは、知ってもらえると思う。
それでも当初の予定を超えて100コマ長。200コマに迫るボリュームは、ある程度書きなれたり、自分のように低コストコピー中心じゃないと、きっついわな。
ヨコハマ買い出し紀行
ttp://a0014028.html.xdomain.jp/yokohamakaidasi.html
となると漫画一本分。
ここらへんが楽しく書けるし、学習効果も効率的。
有名漫画だったのでAAMZで、先人の再現拡大一枚絵にも当たれたので、一話だとワンポイントに使えた。ラッキー。
本編でオリジナルを持っている人でも、コピーやパロティー的な気安さでやれる、そういう一話をピックアップすると、プロの作品なのでキリよくまとまっていると思うんで、面白いんじゃ?
でんも、自分にはパワーひまわりを育てる気力などないよ。
4スタッカート
スレタイですなー。
これが一番大きな挫折でしたん。
描き始めの高揚感はすごかった。
モナモナ団系の、能力バトルや拡大をぜいたくに使った演出。
シリーズ構成も100ページの小説を五本くらいで、組み立てようとか思ってた。
書く前から、打ち切り決まってたようなもんで。
>>30
にあるように、元は「大久保町シリーズ」のようなコメディどたばた劇を書こうとしたのが、
設定を借りようとしたハーメルン、ドラクエの影響を受けつつ、
そうして出来上がった敵ボス、ジョンくんが、ものすごく大暴れしてコンセプトをぶち壊していったんですなー。
楽しい喫茶店から、不穏すぎるニュース、バトルへと流れ、終いにはお客さんを殺すところまで行き。
目を疑いましたよ。
それでも力業で、今までにない作風になった的な喜びもあり、AA化していくと。
これが楽しくない。
しんどい。
元の小説もアクションが書きなれてないのはありありとしてるし。
バトル物は読んでいるとテンポが気持ちいいが、書くのは時間がかかってテンポが気持ちよくない。
第一部で打ち切り。
ネットがやになった。
AAはもっとやになった。ぶっちゃけ引退際だと思った。もう書かねー。
騙し騙し一年単位でモチベを取り戻し再開。
二部で、人死にをAAで描いた際に、漏れの中の何かがふっきれた。
もうAAは描かねー。
後遺症は大きく、復帰した今もバトル物に距離を置く始末。
バトルは書いていて楽しかった。物語が急激に動くのが楽しかった。
でも、小説で書き終わった瞬間に力尽きてしまった。
AA化して書いてるうちは、書きたいものと違うなってのが、付きまとってきた。
量的にも一定周期で書けるボリュームが、ちょうど一部で限界だったんだろう。
クレアさんごめん。
ここに宣言。
スタッカートは永久にお蔵入り。
ここに晒そう。
スタッカート(未完)
ttp://a0014028.html.xdomain.jp/suta.html
スタッカート小説版(完結編)
ttp://a0014028.html.xdomain.jp/sutasyou.html
元ネタ小説は完成してたんですよん。ほんとですよん。恥ずかしい出来だけど。
この小説版も、小説サイトではものすっごく評判が悪く、あー、ほんと、だめでしたー。
4-2 小説再現系
そこで小説再現、その限界について考えてみた。
ゲーム系、漫画系で学習したように、小説も文庫一本をAA化するのは余りに危険。
一番よく知られている例は、ししさんの「夏への扉」ですよね。
オリジナルのAAに最適化した設定に、書き下ろしの背景、文章部分を削りスリム化しても、タイムスリップの過去編の入り口で止まってしまった。
それでもあれだけ反響があったんだから、挑む甲斐はあるのでしょうけど。
自分はコピーしていて。
黄色い桜を探して(原作:√∞◆DQ/36J7k22)
水に眠る(原作:北村薫)
月の砂漠をさばさばと―ふわふわの綿菓子(原作:北村薫)
辺りの分量が気持ち良かったです。
量的に少々厳しいものがあった「水に眠る」も楽しかった。
何でかと言うとどれも原作を何べん読んでも面白いし、惚れてしまうほどに好きなんですね。
モチベも高く続いたし、やっぱ好きだから書く。
それが自分流だよなーって。
スタッカートはモナー系のメインストリームで評価されるものを書こうと、気負い過ぎてました。今思えば。
確かにバトル系は今は描けそうもないし、大久保町は燃えているかは文句なく面白いし、それが今では到底再現しきれないボリュームなのもわかるし、
だってアニメ映画化でも文庫一本丸々入んないんだよ、削らなきゃいけないんだよ、そんなボリューム個人の趣味でやるにゃ、重いよん。
自分の手で書きたいのもあるし、そうなると学習のためのコピーも、好きだけで書けるコピーも、限りがある。
となると短編、ショートショートだよなー。
でも何か最近自作小説系もボリュームが減っていて、クックものくらいのはかけそうもなく。
セミリタイアと言うか寄る年波も考えて、楽な距離を泳ぐのが吉なんでしょう。
或いは少しずつ短編を積み重ねていくとか。
いじょー、長々と電波な考察と愚痴を吐き出しましたです。
あとで読む自分、思いっきりヒキソウ。
日はまた昇ったよ。すっかり朝だよ。急がねば―。
自分はこういう感想?みたいなのは作者の人間味がリアルに出てて結構好きだったり
えー、読んでくれたの―。ありがとー。
もっとドロドロとするかと思ってたら、割と平凡ですよね、自分って。平凡でありつつ不器用で底辺って感じ。
さてさて、元々書こうとしてた、本の紹介っす。
大久保町は燃えているか(電撃文庫)
◇うさんくさいです、B級です、だからこそ楽しい
兵庫県明石市大久保町は、現在ナチス占領下にある。
この、余りに荒唐無稽な設定を、笑いながら受け止めれるか、そーゆーとこで読者を選びそう。
地の文というか、語りも真面目な個所もあるにはあるのだけど、そこで登場人物がほんとに無駄でしょーもないことを言ったり、地の文で作者がなんかヒトコト言ったり。
特にライトノベル方式に多いのですけど、メタ的と言うか、作者本人が、小説内容にヒトコト突っ込む。
これ、下手をすると寒いというか冗長と言うか、内輪ネタな感じを受けるのですけど
(特にアマチュアはキツクナイ? AA作品でも作者自らが物語中で語っちゃうの、やっぱ萎える部分があって。
東京一人暮らしの1さんのあの作者ナレーションは本当に稀有だよねー)
これらが、大久保町では芸の域まで行ってるんですよね。なんか楽しく、それで起きる間の伸び方まで好ましく思えてしまう。
あの、そこは作者である田中哲也の関西生まれの育ちと、吉本興業で台本を執筆していたという、笑いとトークのバックボーンに支えられている気がする。
ハラハラッとする部分はあるけど、外した部分があるんで、純粋な物語を求めるとちょっとまどろっしくもあり、小説らしいロジックを求めると甘い部分もある。
でもこの甘さは、意図的に配置された無駄な枝葉や、大げさすぎるシリアスな設定に人間臭い間の抜けた人物の組み合わせなどと加わって、自分は許せるというかこのロジックの緩さこそ、本作の味なんじゃないかなと思う。
あの、凄く庶民派で、ネタ派だけど、ロマンチストなところもあるよね。ポエマーを馬鹿にしつつ、詩心を愛してるよね。とかそういう矛盾を含みつつ、あははって笑い飛ばしちゃう、その醍醐味。
苦手な人は苦手だと思うよ。
でも、自分は好きです。何度読み返しても、にやりとしてしまうし、底抜けに明るくもまだ終わってほしくない寂しさみたいなものに浸ってしまう。
これは他人に紹介するとしたら、時間を無駄にしたいときに、暇つぶしにイイよってなるんですが。
自分にはそれ以上のものがあるんだよー。
新板のハヤカワと旧版の電撃文庫があるんですけど、これは断然、電撃文庫の一択でしょう。
こちらの方が挿絵に何というか、親しみを持ちやすいし、何といっても最後の挿絵です。この絵があってはじめて物語がすんなりと閉じる、とっても大事な要素になってます。
旧版の電撃文庫ですよー。
◇このセリフと地の文の落差
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| わたしはヘルベルト・フォン・ブラウフィッチェ大佐。
| お会いできて光栄だ。
\ ____________________
V
∧_∧
(,, ・∀・)
(il+,y0li)
くノ,_々;;;〉
(_,,)_,,)
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見事な日本語だ。当たり前だ、どう見ても日本人だ。
――
「減帯」などと書いて「へるべると」と読むのではあるまいな。
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◇なんかさ、如何にも少女少女した仕草よりも、こういうので何となく惹かれていく感じみたいなの。さり気なくも上手いと思うのですけど、どうなんでしょ?
∧ ∧
(*゚ー゚)
. U ∩
〜( | ∧∧
U U (Д゚,, )
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鼻に皺を寄せた顔を向けられ、
「いー」と歯を剥いて、唸られた。
妙な感じだったが幸平はそのとき、くっきり浮き出た女の子の顎の骨を可愛いと思った。
小さく尖った顎だった。
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◇太田じいさんのピアノって、実は本作の評としても、しっくり来る。
♪
♪ ___
\ (_ ♪
|\ ヽ_
∧∧ | \ \
|(゚∀゚)| \ >
|ノ つΓ ̄ ̄ ̄~| ̄ ̄|
( 匚____ζ―r-
|〓(_))¶ ¶ ¶
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そのいい加減さが、かえって音楽を美しくしているようだった。
歌の方も、歌っているのか喋っているのか判断のつきにくい歌い方なのに、
長年使用してくたくたになった革のような味があった。
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| ちょうど、かつて黒人がニューオルリンズで云々 ;
\____________________
◇くだらなくてさいこー
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 哺乳類とか、イヌ科とかネコ科とか言うでしょ?
| キツネザルってキツネ科かサル科かどっちだろうと思わない?
\ ____________________
V
∧ ∧
(*゚ー゚)
. と つ
〜( | ∧∧
U U (Д゚,, )
∧
/  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| あれね、どっちだろうって思ってあたし調べたのよ。
| そしたらキツネザル科なんだって。
| ひどい話でしょう
\____________________
◇主人公にヒロイン、そして個性的なわき役たちが物語を動かす。
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ようどうですよね
\ ____________________
V
うんうん、と頷いて
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| そりゃなんといってもようどうだ
\ ____________________
V
∧_∧
( ´∀`) ←ただでさえ抜けている主人公よりも、さらに抜けている河合、
( ) ポエマーな西畑と共に、シリアスな空気をかき乱し、絶妙にほんわかさせていく。
| | |
(__)_) ________
∧,,∧ / 君も聞くだろうか、この爆音を。
ミ,,゚Д゚彡 < 見るだろうか、オリオンを。
ミ ∩∩ \
ミ ミ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
∪ ∪
◇人間臭い人たち。いい人たち。困った人たち。ちょっと近寄りたくない人たち。でも憎めない。
気づくと、この小説は人、そして人と人、時に強引にストーリーを進める力も、主人公たちの人を和ませる間の抜けた、なんだろう人懐っこい無防備さ故なんだなって思う。
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| おかしな理屈だが、ぐっとくるね
\____________________ The World Is Waiting For The Sunshine
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_______________ 好きだなあ、と思う。
/
l 鷹弦さんに 緑丘でも獅子舞やるように、 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::________::::::::::::::
\ 言うてもらわれへんかなあ /
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ l 前門の虎、習わぬ経を読む
________ \
/  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
l 親切な人もたくさんいる ________
\ /
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ l 結局は自分が満足したいから人に親切ににするのだ
\ ________
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/
l でも、親切にされると嬉しい
\
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
いじょー。
夏の終わりの読書紹介でした。
秋の始まりの本のしょーかい。
伊豆の踊子
古典として有名。にしては、意外にも40ページほどの中短編なのだ。
感覚に訴える描写、情景というか、踊り子の清廉な美しさと、旅情ある風景、風物が、読書を豊かにしてくれる。
踊り子が清廉で(解説に処女性という言葉も出るけど、むしろ今の時代ではそれに捉えられると解釈が狭くなる気がする)、清潔で、あどけなく、女でありながら幼い。
ここに主人公がその清廉さに惹かれ、それが汚れることも自分が汚すことも恐れ、適度に距離を置きながら、それは紳士的でもあって、少しずつ気持ちが近づいていく過程が心地いい。
旅の合間のなかなか埋まらない二人の距離(物理的にだが、これは心もそなのかな)や、すれ違う会話などを通して、それでも心が朗らかになる経緯が、好き。
それだけに最後が、爽やかでありながら胸に響く。
一般に言われるように、それは癒しだったり、満たされないものが埋まる感覚、だけなのだろうか。
それだけではない。と自分は思う。旅は一時、どうしようもなさ、も感じたのかなとか。
そう思わせるのは、必要以上に主人公の心を暴かない、明示しない、ほどほどに距離を置きつつも、鋭いフレーズが光る描写とその作品への姿勢にあるのだろう。
語りきらない美学。
∧ ∧
(^ー^*)
(ヽ//J
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この美しく光る黒眼がちの大きい眼は踊り子の一番美しい持ちものだった。
二重瞼の縁が言いようなく綺麗だった。
それから彼女は花のように笑うのだった。
花のように笑うと言う言葉が彼女にはほんとうだった。
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l二二l
,| |
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――物乞い旅芸人 村に入るべからず
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誰も手に取らないのに、本をしょーかい!
すでにこいつぁ、備忘録。
星への旅(少女架刑など)
死への色が濃い短編が6編。
やはり注目は「少女架刑」でっす。
死体のわたしが語る一人称で、死体解剖されていく過程をこれでもかと綴る。
自分は本を読むときは映像をイメージしながら読むんですけど、それを躊躇ってしまうような軽い吐き気のするような描写が、こう、クル。
死体は刻まれているのに、死人のわたしはそれに痛覚も触覚も感じずに、恥ずかしさとかを感じながら、事実をありのままに語っていく。
この語り手の置き方と、解体の描写に、これは映画、テレビやラジオでは出来ない、つまり小説ならではの、文章でしか成り立たない技だと思う。
それは、魂となって肉体の少し上を漂うような、わたしの精神。
もうね、これはシンドイノダケド、死体として、徹底的に物体としてモノとして扱われる肉体。
これによって心と身体の相克が際立つ。
自分が死んだ後に、残った肉体、死体を思うとね。もう、なんつーか、生きなきゃと。
魂ってあるんだろうか、こんな魂だったら報われるんだろうか、とか却ってこう、その心で語ることへのファンタジーに悲しくなったり。
ヘビーできつくて、けっこうだららーって続いて、それで「読み終わったーっ」て一息ついたら。
次の短編「透明標本」ですよ。この子憎たらしい、掴みかかりたくなるような配置。
あの、グロイと言っても、ゾンビホラーな「エンタメ怖い」ってのとは違って、腹に来る感じです。
個人的に、毒にも薬にもなる小説だと思うし、だからこそ、その「毒」をもっと若い感性の時に飲みたかったなって言う思いもある。
表題作、「星への旅」。
集団自殺をゴールに、わいわい旅していく話。
自殺サイトで集まって、デートして自殺―。とか意外とね、今の方が刺さるお話な気がする。(書かれたのは昭和42年)
こう熱をもって死ななきゃじゃなくて、生きるのかったるいなー、なんかないかなー、死ぬのなんてどう? いいかも! いいかも! 目標をもった旅たのしーね!
あれ? ほんとは死にたくない? 逃げよっかそのままか、あとで決めよ! いっけね、寝過ごした。
なんてね、軽いんです。(自分の曲解)
その軽さが、却ってリアルでねー、なんとなく「死にたい」って言ってた自分の青春期と微妙にシンクロして、わかるわかるーって言う思いがあって。
もちろん、この一作だけだと、その軽さ故に、浅はかだっていう批判も出来そうなんですけど。
その軽いインスタントさを、「少女架刑」らと共に配置した重さ、みたいなところに意味があると思う。
┌────────┐
│ 新鮮な死体を? │
└────────┘
∧▲
(,,゚ヮ゚)
と O
/ |
( _ /_ ノ_ _
ゲームの紹介でーす。
はじめて旬のものを紹介できた。
はまってしまって生活リズムずたずたん。
ゼノブレイド2(DLC 黄金の国イーラ)
◇様々な面がブラッシュアップ
これはダウンロードコンテンツなのだけど、準新作と言っても差し支えない。
グラフィックは、制作エンジンを変えたおかげで、パワーアップしている。
フィールド探索も、テンポが滞りストレスの感じる部分は減り、無理に随所に訪れさせようとする誘導も減り、探索の面白さが増している。
バトルも戦略性が増しながら、それでいてより遊びやすく、TIPSでチュートリアルを見返せるため、理解もし易くなった。
キャンプによるアイテム作成は、バトルでの能力アップアイテムの存在感を引き立たせ、フィールドアイテムの収集と直接的に繋ぐことで、マップ→キャンプ→バトルと、有機的に流れを作っている。
サブクエストは素晴らしくなり、幾つか問題は残すものの、作品を豊かにする。
ストーリーは、うーん、序盤から人物や用語がずらっと出てきて、このイーラから入るのはやや敷居が高いと思うものの、それでもイーラから始めたらこの物語のエンディングにどのような感情を植えつけられるのか、気になってしまう出来。
ムービーはとても良い。メインストーリーをひたすら追うとムービーゲーに近い割合なものの、出来は良く、特に終盤のそれには心が揺さぶられたなー。
と、ゼノブレイド2本編をブラッシュアップしたものになっている。
本編に劣るのはボリュームです。
プレイ時間、マップの数や広大さ、アイテムの種類や量、仲間ブレイドの数など。
けど、イーラだけで、20〜30時間は遊べる。
それだけ本編のボリュームが大きいわけで、むしろ大きすぎて、消化不良感や味わい尽くせない部分だったり、とっちらかった印象もあるので。
コンパクトに纏めたという評価も出来る。
本編が高級中華、珍味アリの満漢全席。
なのなら
イーラは、料亭の幕の内弁当。
◇ヒトノワ
サブクエストに当たるヒトノワシステムはとても面白い。
テキストは力が入っているし、仲間キャラクタの掘り下げはもちろん、その街の住民がクローズアップされていて、文化、社会が匂うものもあり、その土地への愛着が生まれてしまう。
メインストーリーがシリアスで重めなので、サブストーリーが何処か軽く陽の感じで、やり取りが楽しく、人助けをしている手ごたえがして、メリハリにもなっている。
料理大会や新人傭兵のエピソードが好きだな。
その土地と住民との親交が、ストーリーに憎いほどに組み込まれていて、本編を遊んでいたら、たぶんちょっと分裂のような複雑な感情になりながら、見つめることになると思う。
ただ強制しすぎている嫌いがあって。
住民と最初に会話するときの、演出はかなりテンポが悪く、不要。オプションでOFFにすべし。
また、途中でメインストーリーを進めるのに、幾つかサブを消化する必要が、文字通り義務としてあるので、能動的に遊んでこその部分なのに、ちょっとエゴい。
強制するにしてももう少し緩和してもと思う。3時間内で十分に終わる量だけど、メインが気になって仕方がないところで、水を差されたような感がある。
とても良くできている。
が、もう少し発展の余地があるだろう。
あと、中盤から後半にかけてモブとの会話が楽しく味わいがあるセリフで、生き生きとしているのに対して。
序盤辺りでは、バトルの豆知識など、ゲームを進める都合によって喋らされている感のあるセリフがかなり多く、ちょっとそっけないというか、ここは頑張って欲しかった。
たしかに攻略情報は必要だけどさー、なんだろう、ちょっと考えなさすぎな感じがして。
◇やさしい人たち
主人公のシン、ラウラ、アデルに集う人々はみんな、基本的に優しい。
ラウラは、お姉さん的な、こう、親しみのある優しさ。
シンは、表には出ないものの、氷のように秘めた優しさ。苦しい時に無言で寄り添ってくれたり。
アデルは陽気な直情的な優しさ。王として皆をひきつける人柄。
ユーゴは優等生的な育ちの良さを感じる優しさ。少し控えめなのも良い。
基本的に優しく、でも人によって個性的で微妙に違う優しさ。
それらが旅で街でふれあう感じが、シリアスなストーリーを暗くなり過ぎなくさせる。温かみ。
それらの優しさが、またヒカリと言う本編のキーキャラの心に変化を与え、その変化の果てのエンディングは……必見。
◇文化が見える、人が見える
本作ではキャンプのクラフトで料理が作れるので、それはFF15のシステムと似ていて、こちらは美麗なCGどころかちょっとした一枚絵もないので。
見劣りはする。インスタ映えはしない。
でも、こちらの方が良いと思うんだ。
それは、土地があって、例えばスペルビアって国は荒野な土地なのだけど、だからか、そのスペルビア料理ってあんまり美味しくないそうで、その土地出身の人ももちろん残念な味覚をしている。
というのをサブイベントで、表現しているんですよね。
それは美味しそうな料理が並ぶイーラという国の豊かさを、対として示していて。
そういう土地や文化を匂わせる描写が、いいなって思う。
また料理にしても、ヒカリがメシマズな料理を作るのを、前半からギャグとして描くのだけど。
これはふりかえると、不器用で、でも人に何かを味わってほしい、美味しいと言って欲しい的な、そういう献身の心みたいな、不器用で形になりにくいけど。とかが伝わってくる描写なんです。
また本編で、だからこーなのかと思わされたり、あのシーンはこうだったのか、的なものを絡めて、想像を働かせる。
一見、ウケを取りつつ、練られてます。
面白いです。
ゼノブレ2は減点方式で70点。加点方式なら1000点って感じだけど。
イーラは減点方式で85点。加点方式なら985点って感じでした。
イーラをやれば本編をやりたくなるし、本編で満足した人にはぜひ手に取ってほしいイーラ。
メインがしっかりしつつ、サブも充実。
ノポン族は可愛らしくも、相変わらず商魂たくましい。
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ヒカリはとてもキャラの深みが増した。
主人公のラウラも可愛い。JRPGとしては攻めた27歳の年齢と、そのお姉さん的な優しさが、〇。(容姿は女子大生っぽいが)
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/ 人| i| vり `ィ笊㍉ー r=个
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/| | | / ..:::: ∧ l|_jニ >-=≦ :::::/ /:.:|l ∧ マx、 .|:::,
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_厂_,.。s≦/ .// L,/、_/{ |,x(|___|)x | )ヽ._>、. L__)ト .,___> ` ー<
どくしょかんそー、とっきゅーびん。
ななつのこ
◇ゆるやかな日常の謎
題材は確かに日常系なのだけど、この優しくてふんわりした肌ざわりは、それだけでは無いように思う。
それは、ミステリってその謎解きの宿命か、殺人事件や密室トリックと言った、どうしても固い硬質的な殺意と言うか、人を傷つけようとする意図、のようなものが置かれることが多い。
だけど、本作での駒子の日常に起こる七つの謎は全てそのようなものから遠くにある。
大学生の毎日の延長にある、そこから生まれる想いだから、同じく毎日に生きる自分との距離は近く、馴染みやすく、人肌のぬくさにしんみりとなる。
ただ、もう一つに感じるのが、短編一つ一つのオチに至る驚きに比して、本編全体に流れるギミックやオチが、どうにも途中で読めてしまい、ちょっと緩い印象がある。
この緩さも、温かみを損なわない味と考えてしまえば、良ポイントよねん。こういうの好きですよ、自分は。
◇白いタンポポ
本作で出色なのは6番目の「白いタンポポ」です。
色がねー。色彩豊かな描写の文体と相まって、ミステリな謎と絡まって。
それも作中作の「ななつのこ」と繋げるお馴染みのギミックだけじゃなく、北原白秋の短歌の解釈の定説への一つの異見ともなり、それもまた味わい深い別解釈だなと思わせる。
そういう、前にもふれた、また連想で挙げる人も多い北村薫のファンなら堪らない、文学の匂いと日常、女の子の弱さと成長、そういうのが連なり、それぞれに効果を上げ、一纏まりとして機能している。
ちょっと、このエピソードは飛びぬけて出来が良いです。
これを読んで、ググってしまい、画像を見てほうっとなりました。
主人公の駒子がとても身近で、そして好ましい程度の可愛らしさを漂わせるのも魅力。こういうのに、パーソナルを感じる。
∧∧
ミ ゚oシ
( : J ∧ ∧
/::::::::) (゚o゚*)
(,,ノ"J (;;y:::J
(ノ丶)
まずは自己紹介をするのが順序だと思い、そうした。
そのときも、後になってからも、私はあくまでも一人称に『私』を用いた。
例えばふみさんが使っているような『お姉ちゃんはねえ』なんていう言い方は、なぜだか無性に恥ずかしかった。
∧_∧
(´∀` *) 廃れたる 園に踏み入り たんぽぽの 白きを踏めば 春たけにける
O旦⊂ ) (北原白秋)
(__(__ ̄)
本のショー会。
kindleや青空文庫で無料で読めるよん。
銀河鉄道の夜
綺麗な星空間の車窓と、それを見送りながら、しあわせとは何かを考える少年の心の対比。
美しいのは音と浪漫に溢れた情景描写だけではなく、自己犠牲も厭わない何か大きなもの、作中では神と称されるが、
天国のような理想郷のような、その銀河の情景の果てにある、しあわせな在り方、在る場所への、何というかぼんやりとイメージに浮かぶ遠景な気がする。
「ちらっ」「ぴくぴく」「ごとごと」。安易に多用すると阿呆っぽく聞こえそうなオノマトペや擬音語(要するに自分の書く文章のことざんす、アホッポイ)も、詩的な広がりを生み、音楽が聞こえるようなリズムを与えている。
そして情景。読書経験を積むごとに、文章の読み方が変わるごとに、脳内イメージで映るそれが変わったりして、だけど、じんと美しく、その美しさゆえにどこか寂しさが始終漂う。
流点観測はこれを下敷きに書いたのだけど、やはりその時点ではこの作品は十分に胃に消化されていなく、それは今もこれからずっと先も同じだなと痛感する。少しでも血肉にしたいものです。
鳥を捕る人のエピソードが好き。
サソリの話と同じく、幸せや星の対比に、ゆるしがあると思う。
ゆるされる存在、それは罪を背負う存在でもあり。
幻想的な情景を描きながら、そこにある人の、何だろう、醜さだろうか、何か、心のささくれざる、立たざるを得ないさがのような(良くわからんので略
________
/
l ぼくわからない。
l けれども、誰だって、ほんとうにいいことをしたら、さいわいなんだねえ。
l だから、おっかさんは、ぼくをゆるしてくださると思う。
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 ̄V ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
∧_∧
( ´∀`)
( )
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ホンショ―。
日はまた昇る
前半のパリでのあれこれ。老紳士やら何やらはちょっと退屈。
パリジャンな気怠い閉塞感、日常の弛みを表現しようとしたんだろなと思うのだけど、ちょいと、だらーっとしている。
ただ、そこからの旅の描写、豊かな自然や道々の風景はロードムービー的な、何だか景色が浮かぶ楽しいもので。
何より、舞台が整ってからのスペインでのフェイスタ(祭り)と闘牛、それに伴う恋愛劇の加速は、とても迫真性があり、一気読みしてしまう。
序盤でフラストレーションを感じても、読み進めば、それが祭りの熱気へと浄化されていく。
冷えたワインボトルが、すこぶる喉に浸みそう。
コーンはホントに嫌な感じにダメな奴で、もうね、居た堪れなくなる。
∧_∧
( ・∀・)
( ヽ:/ )
(| |
i,_,ノi,_,ノ
反対にビルはめんどくさいところもあるが、うん、人が良くて、近くに居たら旅が楽しくなるだろなって。
∧∧
(,,゚Д゚)
(| V |)
〜| |
し`J
アシュリーは美女で魔女。この娘、自分が綺麗でモテ女って、絶対に自覚してるよね!
∧ ∧
(*゚ー゚)
. U`)'')っ
( Y l
(ノ丶)
雄牛に対する虚勢牛のように、ドラマの中心になれない主人公が、それでも読者の自分の身近に生きていて嬉しく、少し悲しい。
∧_∧
( ´∀`)
( Y )
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(__)_)
フィエスタが爆発した。
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/、ヽ〉 .__/ r-!,
〈 、_〉'¨7./:::::ヽ-''"
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|.川 .||ノ.ヽ!::::::::/ 〈^ヽ_/
r-ヽ. |.......∧:::::/ _____ ;::::::::!
⌒Y {...........∧::| /---、ヽ /::::::::;′
| !',..........∧| !^ ,. ----、 /:::::: /
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r! ト、':,..........∧从/. .从:i:}/
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}^ヽ /::::人:::::ヽ ト-- イ|::∧......{.....ハ マ::ソ ィf{-----、
/ヽ ゞ:/ .ゞ-r! ; |.{::::: \...........≧≦/../........{.......\
弋 ':,_圦 、_,,./^{ ; 乂:::::::::\...... |/Y^V............',.......... \
\ ゝ-彳 |! .:{ .}::::::::::::::∨........{o.......r- 、'、_..........
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【公式】「Celebrate! Tokyo Disneyland」ご紹介! | 東京ディズニーランド/Tokyo Disneyland
ttps://www.youtube.com/watch?v=xVqAimrMMN8
東京ディズニーランドは夜が凄いです。
有名なエレクトリカルパレードは規模もお金の使い方もスケールが大きいのですけど。
この、「Celebrate! Tokyo Disneyland」ってshowは、一回りも二回りも、いや比較にならないくらい、凄い大きなものです。
シンデレラ城に、ディズニーアニメを主としたデジタルアニメを写し込み、それが夜空の闇に幻想的に浮かび、そこからはみ出るように光線や花火や噴水や熱火が演出されます。
これはネット動画では伝わらない類の、映像を主としたアトラクションになっています。ショーになっています。
メルヘンの塊のシンデレラ城、その存在感、その建物の大きさとそれがスクリーンになる迫力。蟻の王並みのオーラです。
これはまだ知名度がそれ程と言うのと、これから夜は冷えて寒くなってくるので。
今が見時なのでしょう。
関東圏で金と暇と彼氏を有り余るほど持っている、そんな人は是非、体験することをお勧めします。
えっ? そんな人いないって?
ここにいるじゃないですか? 漏れですよ。わたしですよ。
……人って大ウソつきです。
夢と魔法と幸せの国で何を学んだんだんでしょう。
多分、シンデレラ城をモニターにすること自体、
そのシンデレラ城が王国の何処からでも目立つ目印として配置されている、象徴的に扱われている、実物よりも高く見えるように置かれている、
どこからでもそれなりに全体像が見れる、大観衆を受け入れるキャパを持っている。
ディズニーの持つ西洋的な雰囲気、それは日本人の多くのファンタジー感の根本ともなる、を象徴している。
とか、いろいろあんだろね。ようわからんのに語っちゃったが。
見返してみたら◆8/honey2 さんのディズニー論、すごかった。
ttp://dechi.xrea.jp/library/log/D8honey2/001.html#R238
自分は本場のハロウィンを学ぼうとして、ただ遊んで帰って来たとゆー。
げげげげゲーム。レトロなゲームの紹介だよ。
バーチャルコンソールやミニスーパーファミコンとかで、遊べるよ。
ファイアーエムブレム 紋章の謎
◇ファンタジー×歴史
剣と魔法と馬と竜と、戦争と人間ドラマ。
本当に手堅いというか、王道のゲームならこの題材、というのを丁寧に仕込んで、ストーリーに組み立てている。
FFとかDQよりも、ずっと、自分が望んだバトルファンタジーを正面から描いていて、各国の思惑もナレーションでさらりだけど、何やら言外の奥行きを感じて。
クラシカルな雰囲気が、今では貴重な感じがする。そんな世界観です。
ただ主人公のマルスが優等生過ぎて、あまり立ってない。能力的にも中の上って感じで、目立たない。
エースは明らかにオグマとチキに取られてしまっている。その地味さも味。
◇ロスト
このゲームはチェスのようなボードゲームを軸にしているのだけど、
面白いのが、失ったキャラは、死なせてしまったキャラは例外を除き、帰ってこない。
屍の先を進むか、リセットをするか、選択が迫られる。
それだけじゃなく、取り逃がし要素もあって、ゲームがはまってクリアできない、また最初からやり直しを強いられる可能性まで孕んでいる。
このロストするというのが、作品の持つ戦争の雰囲気、死という戻れない一線がある緊迫感、そしてそれを踏み越えながら敢然と進んでいく歴史シミュレーションの対局感、重厚さを引き立てている。
またそれがキャラクターへの愛着を一層深める。
お気に入りのキャラを育てるには、経験を積まねばならず、戦線に立つことも多くなる。それはロストする、積み重なったものが一つの判断ミスで全て失われてしまうのと隣り合わせ。
だからこそ、ごく少ないセリフと、好みの顔グラと成長度、共に戦場を駆けていく個人的体験だけからなのに、人並ならない愛情をかきたてられる。
チェスのコマのように操っているはずのユニットが、まるで生きているかのよう。
◇二部構成
1部は初心者にも誘導があって、難易度上昇も穏やかで、取り逃し要素もそれほどではなく。
だから、ある程度幅の広いプレイも出来るし、効率性を重視したキチキチにならず、初心者でもある程度の攻略情報で遊べるし、
むしろ自分でここに壁を作って戦線を形成してとか、こうやるとこう死んでゲームオーバーになるのね、と学びながら遊ぶ側面もあり。
2部は反対に上級者使用で、ある程度先を見据えた判断や効率が求められるし、
攻略情報を見ないと逃す要素もあったり、増援でいきなりあぼーんとか平気で仕掛けてくる。
こちらは状況判断と攻略情報を求めた、ストイックなプレイになりがち。
この持ち味の大きな違いはあるものの、今のVCのお値段ならどちらか一方やるだけでもお得なボリュームだし、
第1部はファイアーエムブレムシリーズのスタンダードにして、後のエムブレム以外のSRPGにも言えることだが、豪華な感じになるものの複雑になりがちである意味余計とも言える「オリジナル」要素が削ぎ落された、
原点にしてこれこそがオリジナルな面白みを持っている。
古典的名作と言っていいと思う。
ゲームプレイの感覚は違うものの、キャラやストーリーや世界観や基本ルールは共通するだけに、
1部をやれば2部をやりたくなるのが人の性だし、その時、基礎力が付いたうえで攻略情報を見るというのも、楽しみ方としてはアリだと思う。
1部をやって、シリーズの他の作の覚醒とか、SRPGならFFTやオウガとかを経て、数か月のスパンと経験を経て2部というのもアリかな。
難易度がガラリと変わるので。
◇攻略情報いろいろ
こういうゲームだからか、SFCの中ではずば抜けて攻略情報が飛び交っている。恵まれている。
攻略本は数種類出ているし。
攻略サイトもデータ解析から章の進行のノウハウまで多種多様だ。
クリアしても「FE紋章の謎 おすすめキャラ」とかで検索すると、この人もこのキャラを使ってたのね、とかこいつ意外と使えるのか、とか、なんか楽しくなる。
攻略サイトなら確かに、かわき茶亭くらいの、ざっくばらんな指針程度なのが遊びの幅を狭めすぎないで戦略を練って遊んでいる感がする気がする。
ttps://www.pegasusknight.com/mb/fe3/tc_map1.html
自分は何回か、数年に一度、がーって遊ぶのだけど。
小学生時のはじめては攻略情報ナッシングでやって、1部の10章くらいで詰んで、あーってなって。
二回目からはその経験と、攻略本を頼りに、クリア。
最近は、すっかりヌルゲーマーと化し、この親切丁寧な攻略サイト(あら、画像など攻略本より内容が充実しているんじゃない?)を頼りに、クリア。
ttp://fireemuburemu.web.fc2.com/
∧∧_∧ ∧_∧
[ii]l ・∀) (´Д`;)
i∩ ) く二と )
| | | | | |
(__)_) (__)_)
ジリジリ
ガルダ兵 かいぞく マルス ロード
てつのおの LV1 レイピア LV1
□□□■■ □■■■
HIT 60 DEF 3 HIT 70 DEF7
ATC 12 CIT 0 ATC 10 CLT16
うそーん! HP残り 2 かよ。
攻撃力12 -防御力7 = 5
あぼーん?
いや命中率が60パーだ。 避けろ! 避けろ!
なんて思わず祈りたくなるシチュエーション。
詰め将棋的に招ける好機があれば、回避できる危機もある。
でも一つ何かが狂うと、判断ミスをすると、その綻びを敵側が突いて、危機が容赦なく訪れる。
それでも、ランダムな回避率、クリティカル率に、そのコンピュータと将棋な正確性と離れた確率、パーセンテージへと希望を託し、可能性にはらはらし、熱が籠る。
敵兵が迫ってきて、致命的な攻撃が放たれるか、躱せるか、その緊張感よ。
∧_N
( ´ー)
( つll→
| | |
(__)_)
ゴードンが好きです。
地味だしエース級には強くないし、台詞もそんなにないけど、なんだか堅実に戦線で敵兵を削り、
ドラゴンナイトと戦う時に一瞬輝き、パルティアを持たせて、なんだかここまで来たのか―、って感じで好きです。
ストーリーは、第二部5章と15章のシチュエーションが好き。
攻略のコツは基本マスを使うチェスっぽいゲームなので、射程や移動の制限を無視できる、ワープ、レスキュー、リブロ―の杖がとても有効的。
使える回数に限りがあるのでどこで使うか。その使いどころによっては危機を脱せるし、クリア条件が飛躍的に軽くなることもある。
中盤で一つだけ手に入る移動力をあげるブーツも誰に使うか。ドーガが最有力だけど、エース級で壁になるユニットが候補かな。
他にリザイア、オーラ、エクスカリバー、マスターソード、三種の宝武器。
それらを節約しつつも、時にはケチらず思い切って使う大胆さとか。
特に2部のリザイアは超強力。ハマーンで修復しつつ切り札になるはず。
げげげ、ゲームの時間だよ。
プレステ3のアーカイブスで遊んでみたよ。
中古のプレステ1や2って壊れてたりするけど、今回は当たりだったよ。ありがとよ。
ベイグラントストーリー
◇映画的
リスクブレイカーのアシュレイは、カルト宗教の長であるシドニーを追い、単身レアモンデに乗り込む。
そこに教会騎士団も討伐にやって来て、三つ巴の形で物語は進んでいく。
ベイグラはかなり映画に近づいたゲームだと思う。
カット割りとか心象を伝えようと凝っていて、セリフ回しも抜群で、登場人物には存在感がある。
ムービーを豊富に使っているわけではなく、ローポリゴンでグラフィックは今からすると荒いが、それも味になっている。
もちろん映像を強化したリメイクを求める気持ちはあるのだけど、そうすると本当に映画的になると思うのだけど、
それでもPS1の性能で攻めたドットとポリゴンを駆使した映像は、教会のステンドグラス絵のような、これだから出る持ち味というか、表現に昇華されている。
そのグラフィックも、吉田明彦(オウガやFFT、ニーアなど)と言う自分の中でゲームイラストレーターとしては、最上の位置に置いている職人のもので、
その中でも抜けて良く、またこのグラフィックにも合っている。
FFTのようなチビキャラじゃやっぱり佇まいの再現は出来ていなかったし、FF12のようなCGバリバリなムダ毛とかたるみとか感じさせないツルツルな絵とも違い、
少し荒くて古くて、それでいて新しいキャラグラフィックが、空間の中に生きている。
呼吸を感じる。
また崎本仁の、時に重く、時に癒しにも及ぶ、BGMが世界への疑似体験を補強する。
この松野組とも呼ばれた精鋭スタッフの持ち味がそれぞれ発揮され、一つの物語、一つの空間を作り出している。
◇魔都レアモンデ
やはり空間です。
このゲームをやっていると、このレアモンデに、実際に潜り込んでいるような気になる。
都市は朽ちた廃墟で、そこを地下街が巡り、アンデッドや獣が跋扈して、陰鬱で暗く、緊張が漂い、それでも時にはっとする美しさや安らぎの色も見せる。
効果音がとてもリアル。音の反響や、川のせせらぎや、空間にいる感じを出している。
街も張りぼてじゃなくて、歴史があって、バックグラウンドがあって、中世ヨーロッパの城下町的で、でも魔都の暗さも内包した、素晴らしいもの。
バックグラウンドは作中では多くは語られないが、十分に匂い立つし、西洋史を少しかじっていれば通じる素養も感じる。
ストーリーによる縦軸、時。
空間による横軸、場所。
が見事に一つのゲームで融合し、調和し、重奏的にゲームプレイを奏でる。
◇でもね、癖があるのよ
ここまでべた褒めだけど、かなり悪い、とは一概には言えないのだけど、癖がある。納豆級。
まずバトルと武器に癖があって、種族値によってダメージが左右される。攻撃呪文が余り効かない。
と言うのもあって、なにも下調べもせずに進めていくと、途中から攻撃してもダメージ0とか。
ファミ通40点満点やスクエアの初心者でもRPGと言う層が手に取ると、なんだ、わけわかんねー、クソゲーってなりかねない。
なんというか、このゲームが出たのは2000年で、丁度インターネットが一般家庭に普及し始める時、2002年末に第一回Flash紅白だったかな。
つまり攻略情報を気軽にさわれる人に幅がある時期で、その点でネットに一早く注目して活動していた製作者松野の、なんだろう、思い込みと言うか、逸りみたいなのが。
やはり普通にプレイするだけでもネット情報、攻略情報は必要だし、ストーリーも掲示板での口コミとかそういうのに向いていた気がする。
早すぎたんですよね。今だからこそ、プレイして輝くというか。
にしても、とあるチェインスキルを有効活用しないと初心者には難しいし、武器の使い分けも必要になる。
それらがゲーム中でアドバイスされない、そうした遊びへの誘導が圧倒的に足りない。
インターフェイスにも問題があって、武器の付け替えがロードが入って煩わしい。
癖があるのに、一般に向けた味付けがされていないんでしょう。
パクチーどっさりの現地風味のフォーって感じ?
また周回して味が出るシステムのように思えるけど、自分はしませんでした。
パズルゲームの要素があって、それでテンポと言うかプレイ感が削がれて、そのパズルもストーリーに全く関係せずに、何だろう、歪で。妙にストレスが。
◇それでも最高峰
まー、まー、尖ってる。でも、その尖り方すらも、ベイグラントストーリ-という一つの世界を表現していると思えば、煩わしささえも重厚なそれに還元されてしまう。
パクチーは好きな人はとことん好きなもので。自分も好き。
ってこって、やっぱり一番はストーリーが素晴らしく、メッセージを投げかけ、空間が素晴らしく、世界に没入させる。
楽しいものです。
ゲームというのを商品や一般というところから少し離れて、文学的な、なんだろうゲーム体験的な、自分の人生経験的な部分で置くとしたら、
最上の席の一つにこのゲームが、同じ松野製作のタクティクスオウガと共にあるのは間違いない。
◇ネタバレですよ。未プレイの人は見ないでね。信じるということ。
真実、と言う言葉がある。
確かに真実はあって、多くの人が目指すのだろうけれど、それは決してたどり着けないものだと、一方で確かに思う。
転がっているのは各々のそれぞれにとっての事実の破片ばかりだ。
それでも、それでも一つの事実を信じることが出来たら。
真実を求める思いも、何かを信じるためのもがき。なんじゃないか。
自分を信じて、ある事実を選び取る。人はそうやってより明るい方に進んでいくんじゃないだろうか。
主人公が掴んだ一つの信じられる事。
プレイヤーの自分にとって、彼はどうして経験によって殺人技を会得していったのか(一見すると実にRPGのお約束なのだけど)、という謎が残り、
そこに暗い予感を残しつつも、彼の思いに、ただ自分も救われた気持ちになって、ただ遠くからその姿を見送ることにする。
┌───────
|シドニーも…?
└─v─────
┌─────────────
| ああ、アイツがオレの知っている限りでは一番優秀だ。
| 他人の過去を読みとったり、他人に自分の意志を押しつけたり、と様々だ。
| オレの知らない能力を持っているかもしれん。
└─v───────────
∧_∧
(,, ´∀`) ∧_∧
( ) X ヘハ ノ X
| l 〉 (∀^ ヾ|
(___)__) ( §
| Y |!!
(_(__)
┌─^──────
|哀しいわね…。
└──────
┌─^──────
|何がだ?
└──────
┌─────────────
| 他人の過去を読みとって真実を手にしても、押し付ける能力があっては
| その言葉が真実か嘘なのかわからない
| 彼は真実を話していても、それを信じさせられてしまう限り
| 真実か嘘かを私たちは見抜けないわ。
└─v───────────
┌─────────────
| ふん、馬鹿なことを。
| 人間は誰だって嘘をつく。
| 負の能力があろうがなかろうが、嘘をつき、信じさせることは誰だってできる。
| そうだろ?
└─v───────────
∧_∧
(,, ´∀`) ∧_∧
( ) X ヘハ ノ X
| l 〉 (∀^ ヾ|
(___)__) ( §
| Y |!!
(_(__)
┌─^──────
|それにアイツがオレに嘘をつくものか。
└──────
ゲームの感想やよん。
確かにこれもゲームだけど、テレビゲームと言う括りは、ちょっと違う気もする。
Nintendo Labo Toy-Con 03: Drive Kit
◇工作恨み節カタルシス編
自分の中での小学生の思い出に、プロペラ機の模型制作ってのがあった。
超不器用な自分にとって、工作は魔の居残りタイムだったわけで、これもクラスで一番に(無駄な)時間を費やした。
木工とか、絵とかは、時間によって、誤魔化せるというか自分なりに拘れるところもあって、そういうので居残りも苦ではなかった。
だが、このプロペラ機は、翼の紙をミスった、時間をかける、余計悪くなるという連鎖もあって、良くなる気配を全く見せず。
ようやく出来上がったそれは、作り方も悪く、飛ばし方も悪かったのだろう。全くゴムも回らず、動かなかった。
哀しい。
これによって、失敗することによって、幼くも限界を知ることになり、その道を、クリエイティブに向かわなくなったというのは、確かに正しい教育だった気がする。
しかし、教育の本来の目標として、何かを作って動かす、「成功体験」を積ますってのは、まー、ダメでしょ。
そこにnintendo laboです。
これ、構造がかなり複雑です。
特に車なんですけど、ハンドルは元より、内部もワイパーがどうのバックスイッチがどうの、かなり込み入ったメカメカしい仕組みを作らされます。
でも、それが出来るんですよ。
超絶不器用な自分でも、一人で、べたばたやって、殆ど誤らず、完成までこぎつけれた。
だから小学生3年を超える児童なら、親がちょっと見守るだけで、まず失敗せずに、出来上がるでしょー。
それも段ボール一枚から立体的なハンドルを作ったり、歯車を作ったり、それも段ボールがきちりとミリ単位で、がしりとハマる。その手ごたえ。
小さい成功体験を積み重ね、中くらいの成功を置き、休憩時間も提案してくれて、最終的に一つの形ある玩具を組み立てる。
これはCMでね、子供が遊ぶのがクローズアップされてるけれど、それもわかる。
自分が子供だったときに、こういう工作や電子工作をやりたかった。
お値段7000円くらいで、自分は八時間くらいの工作時間で、それだけだとキツイとお思いの方もいるかもしれないけれど、これは説明書のような電子解説書が懇切丁寧で、これ込みで、
これがあるから本棚の組み立てにすら難儀する自分が、迷わないで楽しくやれる。
という説明費、優秀な教師がつきっきりでマンツーマンでレクチャーし続けれくれる授業料と思えば、安い。
この工作は、大きな失敗しません。
説明が100パーセント図解されて動画で手順を追えて、それも一つ一つの細かい工程も省略せず、飛ばしたいときも、「トバス」ようなことはせず早送り機能で、工程をすっぽかす、大体の工作のミスはこういうこところにある、を無くします。
ダンボールだから紙のように折り曲げたり折り目をつける必要があるのだけど、あらかじめ少し折り目が出来ているので、それに重ねて折っていく形なので、
折り紙で失敗する(折り目とかがずれて、最終的に大きく形がずれて、はまらない)というのが無い。
また表と裏とわかりやすく色分けされているので、ミスることは無い。
プラモでありがちな、部品を無くす、部品が分からないという失敗も、少しずつ一つの素材を作るたびに幾つかのパーツを取り分ける。シートとか形とか見分けやすく、図解されて示されるので取り違いもない。
説明の仕方もユーモアがあって立ち止まってしまうような専門用語は極力控えている。
補強とか接着する役目の継ぎ目的なダンボール素材があるのですけど、「ぶっさしくん」って名付けて、なるほどね、覚えやすいし作っている身としては確かにぶっさす。
とキャッチ―にしてます。
また驚くことにノリもハサミもカッターも釘も必要ないわけで、手が汚れない、ケガをしない、そのくせ超複雑な部品を平面の段ボール紙から立体へと組み立てていく。
失敗点があるとすれば、センサーを認知する特別シールを張るところを間違える。とかかな。
素晴らしいです。これはブーム的に扱われているけど、このダンボール工作はスタンダードな学校教育に何年も耐えられるものだし、電子説明書として草分けであり見本にもなる。
◇アスキーアートに似ている
こうして、良い年したおっさんの工作体験は、見事成功に導かれた。
これはもしかしたら、自分の原初の、2000年あたりのAAのような体験だった気がする。
漫画のように絵が描けない、小説のように長編ストーリーを書けない、そんな自分が出会ったアスキーアート。
先人の書いたお手本のアスキーアートをまるまるコピペして、気軽にてきとーにセリフを入れ、それでも形になって、ちょっとだけ褒められたアスキーアート。
toyコンガレージと言う発展の道があって、自分流にAAを自作する上級者使用の奥深さがありつつも、自分は初心者の位置のままが楽しい、なんて思っているのも似ている。
凄く気軽に作れて、作成過程を導かれ、労力はかかるが、それもしっかりと設計によって計算された労力で、それなりに見栄えのする並の漫画や日曜大工を超えるものを作り出せる。
そして遥かに霞む超上級者をほうっと見つめ、遠くから眺める。(nintendo laboはオリジナルtoyコンのコンテストを開いていて、結果が公式サイトに載ってます。日本だけじゃなく、海外のも。続けてほしい)
nintendo laboは素晴らしい。アスキーアートは素晴らしい。
◇ゲーム部分は、ほどほど
ただ、ゲームはそこまでって感じ。
車、陸部分は安定した楽しさはあるのだけど。
こういうのは昔ゲームセンターでクレイジータクシーってので、スリリングにハンドル回して楽しんだ体験には及ばないし。
ある程度の山は乗り越えれてそれなりにストレスなく出来てるのだけど、疾走感は余りなく、ほどほどピクニック気分。
潜水艦、海部分は操作する仕組み、ここを回すとこう動く的な面白みはあるけど、操作に癖があって、どうも動かしていて楽しくない。
飛行機、空部分はその中間。どうも上手く動いてくれないストレスのようなものが微妙にたまる。
それなりって感じです。
フィールドもね、ゼルダとかゼノブレをやっていると、如何にも記号的で密度の低いマップ。
それなりにイベントが詰まっているので、映像を見た限りでの1,2の前作よりは遊べて、やろうと思えばある程度は充実感のある「ゲーム」を10時間ほどは遊べると思うけど。
まー、でも、ロードが入らないので、それなりに遊びやすく、フィールドを探索できる。
やっぱり、作る過程が自分は一番燃えて、そこで燃え尽きたって感じ。
ゲーム部分は、作ったものが動いた、ゲーム内できちんと機能した、ってところで。
laboとしては、どうなんだろう。
ゲーム部分を作り込んで、そのゲームを楽しく遊べるためのtoyconを編み出しました。どうぞ長く遊んでね。ってのがゲーム屋として正しい気がするけど。
あの、工作を楽しんでね、工作するとこのダンボールパーツがこう動き、この仕組みがこの動きを生むの、それがテレビ画面ではこの役割を果たすの。
どうか、未来のある理系キッズはもっと工作を楽しんでね、オリジナルのtoyconもガレージで作れるし、4弾、5弾もあるのよ。っていうアプローチこそ、玩具メーカーとしての道な気がする。
そしてその路線を進む価値はある気がする。ゲーマーをある程度切り捨ててでも。
だからまー、ゲームをやるために仕方なくダンボールを組み立てるという層は楽しめないだろうし。
その組み立てる、と言う方向に、価値を見出せる人は、ぜひ手に取ってほしい。
お値段の話してたけど、お金で買えない体験だよ。
最後にゲームとしての難点。なぜそこまでテレビゲームとして遊ぶ気概が湧かないか。
ってーのは、遊ぶのに、えらく一手間が、かかるからです。
車などのtoyコン、3つを並べれるある程度の高さの机と空いているスペースを確保して、ペダルを踏むので、車と同じように座る椅子を用意して。
そこにテレビを用意して、switchがあって。
と十分に遊べる環境を作るのにちょっと力がいって、息抜きとして遊べず、イベントとして遊ぶ場を作らなきゃ、楽しーなー、よし片付けよう、今度遊ぶ時も準備するのかとなって。
だから、その意味でかさばるし、プレイ環境が制限される意味で、いただけないです。
ただ、ペダル部分が地味ながら凄いなって思う。振動するし、微妙な力加減が動きに反映するし、踏み込む感じもあるし、大人が体重かけても壊れない頑丈さだし。
なんとなく、カメラトイコンとポケモンスナップ的なのが出てほしい。
そんな感じで。
laboの感想は遊んだ人によって大きく変わるだろうし、メインの対象年齢からは外れるだろうし、肝心のtoyconガレージにはノータッチだし、そんな駄目な人の感想でしたん。
ゲームの小説ショ―。
ささっとお茶漬け感覚で。
小説 ダンジョンマスター(電撃文庫)
ダンジョンマスターと言うゲームを下敷きにしたノベライズ。1巻で一応の完結をする。
原作ゲームは知らないが、ドラゴンクエスト、ロードス島戦記あたりを知っていれば、とっつける。
ダンジョン探検からは、バトルシーン、ダンジョンのギミックをメインに展開し、ワクワクする。
お約束を踏まえながらも、意外とバラエティがあって、エンタメ読んでるなーって気持ちが続いた。
文章面では漫画的な擬音語「ギギーッ」とかが今の自分にはダサく、また戦闘シーンで視点がコロコロ変わって一体感、臨場感を損なっているなど、幾らか粗がある。
が、特徴となっていると言えば、そうとも言える。
人物の視点移動が頻繁なのは、俯瞰してゲーム画面を楽しむプレイヤーの目線に寄せた、と言えば、確かにそういう味わい……かな?
けっこう王道なのに、主人公がリザードマンと言うトカゲ男だったり、仲間になるモンスターがアレだったり、なんか忘れられない凹凸がある。
後半の仲間パーティが団結して一つの敵に挑む感は、すごくいい。
雰囲気が適度にライトで、適度に緊張感が漂い、ほどよく自分に合っていた。
ただ、ネットで検索してみても殆ど感想がヒットしない、埋もれっぷりがヤバい。
ゲーム原作ってことと、そのゲームがマイナーなことと、トカゲが主人公ってことで、手に取られにくかったか。
ちょっとしたエンタメ佳作なんだけど。
埋もれたままでは悲しいと思い、発掘の意味も込めて、しょーかい。
. ∧_, - 7
. / ヽ /`ー-、
斤、/ヽ,、 ,ィ `┬ ' ワー 、
l ヽ\< 〉,‐' / ヽ ヽ
j\ ,ヽ__r'ヽ.___〉┐ ヽ ヽ
_j--' T `七iノ `く --、 ヽ ヽ
 ̄ヨ、_三ノゝ、,イ),n'__,イ己´ j --、 ヽ
` ーr ' | Lj´ ヽj リ --'ー′__ l\ ヽ._
__  ̄ `乃L、ヾア、 トキ r' 人,ノ __l , ヽ ヽ
ヽヽ / ヽ└'┴j /、 \ Y 入 ノ ヽ_ \
\\ l l `ー‐´ `(^| ソ/\|´ ヽヽ ヽ
ヽ ヽ、_ノヽ ヽ `i' ,々ヽ( 八 ` ヽ
\ _ ) l ヽ<ノ ノ ヽ.__, - ,/ l
フ-1 ヽ `'´ / l j
`´`7 ) 、 _, - フ , 、∠rー 、_/
_, 、, - ' rキ ` ー -- ― ' ̄ ,∠, ,_ヽ_r、>-ヲ
/,!_,/7__/7-' `′ └' ̄ヽ_j ヽ'`┘
レ'´ レ'′ レ'
竜 VS 戦士 僧侶 エルフ 魔法使い
剣 薬 毒 毒
月の砂漠をさばさばと
猫が飼いたい
ネタバレビュー
AA版。
出来れば原作、買ってよん。
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/sports/3246/1536669024/356-
◇切ない
うう、切ない。
これ程のきゅきゅっは他の北村印作品でも長編の「スキップ」くらい。
さきちゃんが程ほどに大人で、子供なのがクルんだよー。
お母さんに、泣きわめくこともせず、猫を飼ってと難題を突き続けず、自転車で先に行くのを止めたりしない。
自分の幼い主張は、世間と現実と言う壁で、叶わないことを知っている。
かと言って、大人にはなり切れていない。
黙って想いをこらえるし、「近所の野良猫に」なんてメルヘンチックなことも言うし、猫を黙して連れて帰ろうとする。
それらを自分で、無理やりな行動だと知っていてそれでもしてしまうのか、いやそこまで理的になりきれない幼さなのか、ここは読者の想像に任せていて。
自分はここらへん半々の、語らないことによる、その中間の曖昧な少女らしさ、って感じて、シリーズを読んでいる。そうすると個人的に、グッが増す。
◇散りばめられた唸る表現。
1
ちょっと口にしたことを、さきちゃんが覚えていてくれていたのです。
お母さんは、温かいお風呂に入ったような気持ちになりました。
本当のお風呂に入った時も、連れて行きました。
さきちゃんと一緒に泳がせてみると、やっぱりうまく行きません。
でも、そんなことはたいしたことではありません。
これ、上手いよね。最後の一文で、心から喜んでいることを、婉曲的にでも心にダイレクトに伝わる表現で書いている。
比喩にしたって。
温かいお風呂に入る → 皮膚感覚の温かいから心を連想 → 心があったまる
は良く使われる表現だけど。
心が温まってお風呂に入ったよう → 心の温かさからお風呂を連想 → 実際にお風呂に入る
という逆ルートは新鮮だし、少しメルヘンに陥る危険のある比喩な言葉遊びから、実際の行動に描写を移す。というところにたまらない生活感というかなー、二人の生活のリアリティと言うかなー。
そんなのを感じる。
もちろんエピソード全体で、この暖かさは、オチの状況での外の風吹く冷たさとのギャップ、対比としても効果的に配置されている。
だけじゃなく、親子で心が通い合う暖かな場面と、オチの親子でも叶わない娘の純な想いと母の見る現実というギャップ、にも使われてるのかな、とも思う。ああ!
2
見ると、ちょっと先の垣根の前を、白い猫が、のんびり歩いています。
のんきそうな足取りです。
思ったより大きな猫でした。
「……にゃあ、にゃあ!」
と言ったのは、猫ではなくさきちゃんです。
ここの見せ方も、ひたすらに上手い。
文脈から「にゃあ」は猫の鳴き声に思わせといて、それをすらっと逆転させて文章全体に驚きと遊びを加える。
それをテクとして強調しすぎず、さらっと効果だけを読者に伝える謙虚さ。
ここからのさきちゃんとのやり取りが、本当に和やかで嬉しそうで、だから別れの切なさが倍加する。
「猫が飼いたい」というタイトルが切に迫ってくる描写。
3
猫は、暴れてはいませんでした。
ただ、どういうことなのか分からず、きょとんとしているようでした。
その恰好は、漫画の一場面のようにユーモラスなものでした。
――無理よ。
と、お母さんは思いました。
でも、さきちゃんは一途な顔をして、懸命になんとかしようとしていました。
風がひゅうっと吹いて、さきちゃんの前髪を揺らしています。
――さき。
お母さんの目からは、いつの間にか、涙がぽろぽろと溢れていました。
ここは、もうヤバい。
まず、猫のおかし気な格好を写す。
悲しい場面に一つ笑いを入れることで、心が緩み、涙腺を緩ませる。(泣け泣けモードがしつこく続くあざとい場面だと、構えちゃうじゃない?)
また主観的に極めて悲しい場面でも、一つ視点を遠く客観にすると滑稽にも思える場面だと示す、この現実感というか、この現実があるからこその主観の想いの儚い切なさと言うか。
それでさ、お母さんが(無理よ)と思う。これを「無理よ」とセリフで言えない。この言葉に出来ない想いのあや。
その言葉に出来ない想いは、(さき)という呼びかけも口に出来ないことで、いよいよぐぐっと迫ってくる。
泣いていて、喉がひくついて、形ある言葉に出来なかったとも取れますし。ここらへん、の語りの、絶妙さ。
泣いてしまう母。
さきちゃんの悲しみ、別れの切なさを、この母と言う視点、プリズムを通すことで、より引き出す視点の妙。
さきちゃんは悲しかった。とか、さきちゃんの涙やセリフを入れないことで、かえってその気持ちが大切なものとして、切実なものとして、伝わってくる、言葉のマジック。
そこで母の涙。で読者は心で共に泣いてしまうわけですけど。この対比となる、涙を書かない表現も上手く、またそれが伏線と対比となりラストの印象深さを高めている。
4
アイスクリームや冷凍食品も買ってありました。
お母さんとしては、早く帰りたいところです。
それに、日は出ていたけれど、風が冷たそうです。
外に出るつもりはなかったから、さきちゃんにも、暖かい恰好をさせてありません。
お母さんはせかせかした気持ちのまま、
「首輪してないでしょ、野良だよ。
目で見て分からなくても汚れてるよ 」
「……」
そのまま、アクセルを踏みました。
「──ノミとかいるかも知れないし、
それにね、今、野良猫には、悪い病気が流行っているんだってさ」
そういう記事が、新聞に出ていたのです。
「どうしてそういうことを言うの」
お母さんは、はっとしました。
運転しています。
前を見ていなければなりません。
それでも、さきちゃんの瞳が目に浮かびました。
濡れています。
いやー、これ上手い。(上手いしか言ってないな)
「どうしてそういうこと言うの」
お母さんはそのセリフから、瞳が目に浮かぶ それは濡れている、と想像する。
ここからさ、文字だけのセリフの奥でこう喋っている口調と言うか口元から、涙が滲むというかさ、なにか心が溢れてくるものが、こっち側にも伝わってくる。
実際に泣いているかどうかは問題じゃない。
それが伝わるほどのさきちゃんの悲しみ。
またそれが伝わったことでの、お母さんが、はっと取り戻したさきちゃんを気遣う気持ち、イマジネーション、思いやりの心。
それが読者に感じられるかどうかの勝負の描写だと思うし、だから自分には「ああ! すげー」ってなる。
お気に入りの短編を二つ。
ネタバレ気味。
物語のきらりとするところがネタバレだったりすると、
そこの印象を書きたい気持ちがわっと出てくると同時に、
でも未見の人にネタバレをさせたらイカン気がして、
とまどうのだけど、
自分はネタバレ言ってでもスッキリしたい人。自分本位。ほんとダメな人。
キリマンジャロの雪(ヘミングウェイ)
ネタバレ気味。
ヘミングウェイの有名な短編。特にその冒頭は引用率高し。
献身的な妻への隠せない苛立ち、いざこざする不穏なムード。
男はもう文字にはなることはない小説を夢想する。
なんてことない話から、徐々に形がはっきりしていき、コントレスカルプ広場の人々の雑居の生き生きとしたスケッチ、
それが反転してパリの少年の死観の欠如、そして眼を背けたくなる戦場の死の生々しさ。
とりとめもないが、流転する意識の流れを捉えた、その見事さ。
物語にはところどころハイエナが登場し、死神が登場し(その死神が二人組で自転車を連ねて走っている、この絶望的な状況でも忘れないユーモラスさ、ユーモラス故に絶望が深いこの例えの巧みさ)
逃れられない死と言うのが迫っているのを着実に読者に意識させていく。
そしてクライマックスのキリマンジャロを望んだ日の光が緑が眩しく感じる情景シーン。楽園のよう。
描写を削ぎ落したハードボイルと言う論調には、ヘミングウェイの臨場感ある目に浮かぶ情景に出会う度に、疑問を覚えるのだけど、そうした情景の中でも筆頭に挙げられるような素晴らしい世界。
暗めの夫婦のいさかいと死を中心とした描写が続くからこその、その突如の鮮烈さだし、そこからが、あー! ヘミングウェイ!
キリマンジャロは標高六〇七六メートル、雪に覆われた山で、アフリカの最高峰と言われている。
その西の山頂は、マサイ語で、”メガイエ・ヌガイ”、神の家と呼ばれているが、
その近くに、干からびて凍りついた、一頭のヒョウの屍が横たわっている。
それほど高いところで、ヒョウが何を求めていたのか、説明し得た者は一人もいない。
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