[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
ローファンタジー世界で冒険!避難所
485
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/01/30(金) 01:05:01 ID:M9i/mhRs0
「それは俺に従うのが嫌だという意味か。
或いは、自分でも解除が出来ないのか?」
「どっちもだよ」
吐き捨てるようなミリアの応え。
虚偽を語っていないのを魔術で聞き分け、アルサラムの瞳は険しさを増す。
「……無責任な話だが、虚偽感知の術が反応しない以上はそのようだな。
正式な魔術師なら、自分で掛けた術を解けないというのは有り得ないものだが」
同僚の言葉を聞き、ヴェクスは解呪不可の原因を考えた。
そして、すぐさま魔力を持つ体液の存在に思い至って、己の推論を述べ始める。
「そういえば、魅了に体液を使っているんだったか。
体系的な魔術じゃないとは思ってたけど、どうやら体内で毒を生成しているというのが近いようだね。
吸血鬼は血を吸って仲間を増やすものだが、彼女は毒液を与えて仲間を増やすわけだ。
主な方法はキスかな? 若い女性のキスを拒める男はそうそういないからね。
いや、まったく羨ましいと言うべきか、世の男どもにとっては悪辣な手段と言うべきか」
ヴェクスが推測したように、ミリアの魅了は魔術ではなく、常時発動している力の副産物だ。
ミリアの意思であっても、革命の扇動者たる地位は降りる事が出来ない。
そして、魅了する方法についての考察も概ねだが合っている。
「術者が解呪出来ないなら、俺たちで不正義の始末を付けるしかないようだ」
アルサラムは言った。
リンセルに働き掛ける力の排除を試み、ミリアにも裁きを下すつもりで。
「いや、それはコトンやイヴンスディール外交司書と相談の上でだ。
そこまで凶悪な条件を課したとは思いたくないが、魅了の魔力が解ければ死ぬなんて設定も有り得る」
自らでも穿ち過ぎとは思いつつ発せられたヴェクスの一言。
しかし、それは奇しくも真理の一端を言い当てている。
本来、死ぬ筈のリンセルを生かし続けている奇跡は、ミリアが施した苗木のように小さな――――世界だから。
この小さな切れ端程度の力が、リンセルを覆う昏い死の色に抗って、少しずつ塗り替えようとしている。
魅了の影響が消え失せれば、ミリアとの繋がりは切れるものの、この少女もまた、死ぬべき者として死ぬ。
今は、誰も知らぬ事実だが。
「確かに倫理観が壊れた女なら、何をするか分からない。
子を養いて教えざるは父の過ち。
訓導して厳ならざるは師の惰なりと言う。
この女を見る限り、父親も、魔術の師も放縦懶惰の輩だと分かる。
本国の調査で分かった事だが、祖父のボルツも名の知れた重犯罪者で国外追放を受けたらしいな。
遺伝とは言わないが、教育の欠如が子にまで連鎖したといった所か」
「クソッ、クソッ、知った風に勝手なことを! 外せッ! 外せッ! 外せよッ!」
父親の罵倒は最も耐えがたい。
ミリアは反感を込めて吼え、再び鎖の拘束を解こうとした。
しかし、魔術具の拘束力は強く、ミリア如きの膂力で破れるほど柔でもない。
結果は数十センチ、床の上を無様に転がっただけだ。
アルサラムの足首に噛み付こうともしたが、これもあっさり避けられて失敗に終わった。
すぐに無駄な試みは諦めざるを得ず、ミリアも荒い息を吐く。
(クソッ、ダメか……せめて、アレクが気付いてくれれば)
魔術に必要な身振りを取れないので、肉体の強化や変質も不可能。
誰かと連絡を取ろうにも、特異病棟に手荷物は持ち込めないので、通信用タブレット端末も控え室。
主導権は完全に相手が握っていて、状況も全く動かせなかった。
486
:
医療司書コーデファー
◆COTONz2BNI
:2015/02/13(金) 19:53:25 ID:zYarGhO20
ミリアの検査が終わって数分後、アレクサンデルも検査室に入った。
最大の関心事が見当たらないせいか、表情には若干の苛立ちがある。
「フラスネル医療司書、ミリアは何処だ?
控え室には戻って来なかったが、まさか一人で病棟に入ったのか?
よく分からない施設だから、先走らずに俺を待てと言ったんだがな」
「患者が心配みたいで、看護婦を伴って先に行ったわ。
あなたとあの女は、さして付き合いが長いようには思えないけど……そこまで心配?」
「ああ、ミリアには軽率な面があるから心配で仕方がない。
こんな治安の悪くない地域でさえ、掏りの被害を受けたようだしな。
もし、赴いた先がアルティヴィツェやカルディアなら、今頃は不逞の輩に暴行されていたかも知れん」
「まるで、父親のような案じ振りね」
「父親は俺の望む関係ではないがな」
苦笑いを浮かべた聖堂騎士が診療台に座ると、コーデファーは覧界視を手に取って覗き込む。
被験者の体内魔力は濃く、炎のように揺らいでいて、霊的資質の高さを窺わせた。
これが元来の形質から来るものか、ミリアの影響かは不明だ。
しかし、ミリアが行使可能な力の性質を考えれば、アレクサンデルが魅了されている可能性は高いと思えた。
彼をどうすべきかが、コーデファーにとって目下の懸案事項。
術者のミリアに比べれば重要性が低くとも、リンセルとは異なった検体程度の価値はある。
拘留するのが最善とも判じたが、予定に無かった人物なので拘束用魔術具の用意は無い。
だから、代わりに即効性の睡眠作用を持つ錠剤と、水入りのコップが出された。
「飲みなさい」
「……これは何だ?
此処の性質を考えれば、何がしか精神に影響するものじゃないだろうな」
一粒の白い錠剤を受け取ったアレクサンデルは、眉を顰めて思案する。
彼の懸念はミリアに魅了された状態が、何らかの変化をするかもしれない点。
現状を受け入れている以上、ミリアとの繋がりを他の影響で絶たれるのは避けたい事態だ。
「検査に必要な薬よ。
子供のように怖がってないで飲みなさい」
「昔から魔術医の世話になっていたせいか、どうにも薬は性に合わない」
そう言いながらもアレクサンデルは薬を口に含み、水を喉に流し込んだ。
五分程して、診療台に横たわった男は瞼を閉じる。
「……即効性にしては少し利きが遅かったけれど、ようやく眠ったようね。
どうせ、あの女に魅了されてるのだろうし、このまま拘束しても問題無しだわ」
診療具を置いたコーデファーは、被験者の顔を窺いつつ呟く。
同意を得てはいないが、リンセル同様に精神探査で深層意識を探るべきだと心に決めて。
「いや、生憎だが眠ってなどいない」
目論みは早々に頓挫した。
アレクサンデルの右手が素早く伸び、細い首輪が巻きつくコーデファーの喉笛を締める。
無論、呪文を詠唱させないようにだ。
487
:
医療司書コーデファー
◆COTONz2BNI
:2015/02/13(金) 19:54:00 ID:zYarGhO20
一般的に魔術で防御を行うのは難しい。
攻撃動作を認識してから呪文を詠唱しても、間に合わないからだ。
特にアサルトライフルを初め、近代銃は一秒にも満たない間に致死攻撃を連続で行える性能を持つ。
敵を目前にしてから、呪文詠唱で魔術を展開するのは非現実だ。
当然ながら、防御魔術の起動問題については魔術師たちも無策ではない。
コーデファーがバニブルの同輩たちから受け取った防護の指輪も、その結実の一つ。
この飾り気の無い金の指輪は身に着けている間、常に体表へ不可視の膜を張って外部からの衝撃を防ぐ。
「薬が効かない……いえ、飲んだ振りをしてたのね。
医者から出された薬を疑って飲まないなんて、クランケ失格だわ」
首を掴まれたコーデファーは驚愕の顔を浮かべるものの、直ぐに落ち着きを取り戻していた。
防護の魔力で、首に圧迫感を感じないからだ。
さらに守りを固めるべく、彼女は呪衣の起動キーワードを唱える。
「Teyurera Pio Naples」
しかし、魔力が励起した時には、すでに相手も診療台から飛び退って数歩先の距離。
アレクサンデルは警備職に従事しているが、今は武装しておらず、初歩の神聖魔術を習得するのみ。
対するコーデファーも己の研究に役立つ魔術しか習得していないが、魔術具を所持している。
状況はアレクサンデルの側に不利だったが、彼に撤退の選択肢は無い。
ミリアの従僕たる男が考えるのは、女主人の奪還のみだ。
「精神に影響を及ぼす薬かと思ったが、どうやら単なる睡眠薬だったようだな。
しばらく、そちらの様子を窺っていて正解だった。
ミリアは特異病棟か」
アレクサンデルは氷刃の声で聞き、舌の裏に留めていた錠剤を口から吐き出す。
「ええ、そうよ。
危険な毒蜘蛛を放し飼いにしておく訳にはいかないもの」
体躯に勝る相手を前にしても、魔術具を持つコーデファーは恐れない。
薄い笑みを浮かべて、ゆっくりとアレクサンデルに近づく。
病院の扉は個人認証のコードがなければ開かないので、検査室の外には逃げられない。
このまま接近して触れるだけでも、相手を簡単に吹き飛ばせる。
アレクサンデルは無言のまま、掴んだコップをコーデファーの顔に投げつけた。
その結果は、投擲物が目標に触れる前に破裂し、微細な硝子片となって室内に散ったのみ。
「防護の魔力光が見えない?
そんな物なんか、効く訳がな――――」
コーデファーが笑みを凍らせて絶句する。
先程まで診療具として使っていた覧界視が、男の手に握られていたから。
彼はコップを投げつけたのと同時に診療具が置かれた台まで跳び寄って、魔術具を奪い取ったのだ。
「――――覧界視を返しなさいっ!
それは、現存する物が二桁と無い貴重な魔術具なのよ。
あなた如きなんかじゃ、一生働いたって買えないものだわ」
「魔術具だとは思っていたが、思ったより高価だな。
ミリアの身柄と交換で返還する条件はどうだ」
手にした金属筒を剣のように構えるアレクサンデル。
覧界視は武器ではないものの、形質保持の魔力を帯びているので容易くは破損しない。
とは言え、呪衣の防護障壁とぶつかってまで無事かは分からなかった。
貴重な魔術具を武器として振り回す愚か者も、そうそういない。
「無理よ、ふざけないでちょうだいっ」
488
:
医療司書コーデファー
◆COTONz2BNI
:2015/02/13(金) 19:54:27 ID:zYarGhO20
コーデファーが拒絶した瞬間、アレクサンデルは床を蹴る。
格闘経験を持つ者の体術に学者が対応できる訳も無い。
一息で距離を詰められて、小さな肩は鋭く衝かれる。
「ふぇうっ!」
「むっ」
放電にも似た衝撃音。
両者は短い呻き声を上げ、数メートルも吹き飛ばされた。
呪衣の魔力はアレクサンデルを撥ね飛ばしたが、魔力を帯びる物体の干渉を完全には防げない。
速度に体重を乗せた打撃は二重の魔力防護を通って、鈍い痛みに変換されている。
「な、なんなの……馬鹿なの……?
覧界視で殴りかかるなんて」
右肩の痛みは弱かったが、コーデファーは戦闘員ではない。
絶対の安全圏を崩されてまで、単独で戦うなどという意志は持てなかった。
動揺しつつ、慌てて起き上がり、特異病棟側の扉へ駆け寄るとコンソールを操作する。
手練の魔術師であるヴェクスとアルサラムがいれば、相手が誰であろうと負ける事は無いと考えてだ。
何より、下手な打ち合いを続けて高価な魔術具を壊されては堪らない。
扉が開くと、彼女は特異病棟の中に飛び込みつつ叫ぶ。
「エクレラ! 見ているんでしょう! さっさとあの二人に連絡して!
いえっ、違うわ! その前に配置してる使い魔を早く動かしなさい!」
すぐ背後に追跡者の姿を認めると、コーデファーは扉の閉鎖を諦めた。
魔力減衰の影響で呪衣の微光も弱くなってゆくが、気にも留めない。
アレクサンデルから距離を取るべく、薄緑の廊下を脱兎の如く走り出す。
489
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/02/14(土) 23:55:46 ID:mhk5/j/60
エクレラからの連絡を受け、ヴェクスはタブレット端末を手にしたまま、警備官に視線を向ける。
「ミリアの付き添いをしてた中年男がコトンを襲撃して、彼女を追い回しつつ此方へ向かってるようです。
幼女を追い回す中年男、拙い、実に拙い構図だ。
それはさて置き、彼の目的は我々が確保したお姫様でしょう。
もちろん容疑者を渡す訳にはいきませんし、このままコトンが捕まって事案発生も困ります。
相手は警備職の経験がある屈強な男な上、此処は即座に入院可能な病院。遠慮はいらない気もしますがね」
若干、丁寧な口調を使ってはいるが、ヴェクスの言葉が意味する所は武力行使に他ならない。
「うゥむ……応も否も無く心を操られてんのなら、のしちまうのは気の毒だが」
「彼が説得に応じてくれれば良いのですが、現状を判断する限りは期待薄でしょう」
「あんたらがそう判断すんのなら、そうなんだろう。
公務執行妨害で、どうにかするか」
ウィムジーは腰に佩いたサーベルの柄を指で撫でつつ、あまり気乗りしない風で扉に向かう。
魔力も魔術も異能も精霊も超能力も、彼にとっては等しく『訳の分からないもの』だ。
そっち関連のトラブルは勘弁してくれ、というのが本音である。
それでも、職責を重んじる彼は職務を放棄したりはしないし、きっとこれからもそうだろう。
「警備官、俺も行こう。
病棟の中で魔術の発動が可能なのは、俺だけだからな。
その前にあの女へ手錠を掛けた方が良い。
後、数分で鋼縛索の持続時間が切れる筈だ」
アルサラムが警備官を呼び止め、ミリアの再拘束を促す。
頷いたウィムジーは片膝をつくと、芋虫状態のミリアの背を起こして、細めの手首に手錠を掛けた。
これで、緊縛が緩んでも魔術に必要な動作は出来ない。
「いや、本当に悪いが、ちぃと辛抱してくれ」
ウィムジーはミリアを宥めつつ立ち上がり、廊下へ出たアルサラムを追い掛けてゆく。
広い室内に残ったのは、ヴェクスとミリアの二人のみ。
「……退屈だし、世間話でもしようか」
沈黙を破って、先に話し始めたのはヴェクスだ。
「他所の国にはレンタル恋人や、お友達契約なんて、耳を疑うものがあるそうだが、知っているかい?
指定の料金を支払って、時間制限付きで恋人や友達になって貰うものらしい。
とは言え、これは少なくとも当人同士が合意の上で契約するから、まだ良い。
しかし、ミリアちゃん好き好き契約書は君が無断で判を押してしまう。これは宜しくない。
昔、婚姻届を勝手に役所へ出す女と付き合ってたんだが、あれよりも酷い」
女難を嘆く男は、お手上げのポーズを取りつつ苦笑する。
「ミリア君の目的は、人間って種を変えるって事だったっけ。
具体的な方法としては魅了した人間を使って、影から社会を操るってとこかな?
大勢で遺伝子操作なり、強化魔術の研究なりをやれば、まあそれなりの成果は出るだろう。
宗教やら人権やら倫理やら、面倒な問題が出てくるのは否めないけどね。
で、そこまでの面倒を負ってまで、大望を掲げる動機は何なんだい? 是非知りたいものだな」
490
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/03/01(日) 04:26:08 ID:dvXRnVE60
「アンタに答える必要なんか無いね」
ミリアは嫌そうな目で長身の男を見上げた。
アルサラムに散々罵倒された後では機嫌が良くなりようも無く、表情も実に不快げだ。
睨みつけられる男の方はミリアの瞳を覗き込むと、そこに微かな怯えと疑心暗鬼を認めた。
攻撃性を他に向けて糊塗しようとしているが、現状に不安を抱いているのは間違いない。
警戒心を緩めるのも骨が折れそうだと感じつつ、ヴェクスはご機嫌取りを開始した。
「まあ、そう拗ねないで。
折角の可愛い顔が台無しだ」
「アタシが可愛い、ね。
それならキスの一つでもしてみる? 今なら何しても誰にも言わないけど」
ミリアは唇を舐め、挑む時の目つきで男を煽り立てる。
挑発を受けたヴェクスは座り込み、じっと黒い瞳を見つめ返して考え込む素振りをした。
魅了の魔力を警戒してか、顔を近づけまではしない。
「うーん……是非にと言いたい所なんだが、それは遠慮せざるを得ないな。
神に仕える聖堂騎士すら盲目にしてしまう、魔性のキスだからね」
「あっそ」
辞退は当然のことだ。
手札の割れた種で誘っても、誘惑に応じる筈が無い。
緊縛の身では他に打つ手も無く、ミリアは詰まらなそうに目を背けた。
しかし、会話を続けたい男の方は話を止めない。
「ところで、その力は自分でも制御出来ないって話だけど、生まれつき持ってたもの?
もし、チュッってしただけで効果があるのなら、最初に心を捕らえた相手は御両親かな……いや、待て。
親を魔力で魅了するのは、倫理的に拙いな。
父と娘が出来てたりしたら、確実に夫婦喧嘩が起きる」
瞬時にミリアの瞳が不快の色を溜めた。
親の事は他人に土足で触れられたくない点の一つだ。
「下らない心配、本当に下らない。
そもそも、この力を手に入れて一月経ってないし、父さんは……二年前に死んでるし」
「あぁ、そうだったの。それは失礼した。
しかし、魅了の魔力を得て一月も経ってないのなら、本当に最近の事だ。
時期的には各地で異変が頻発し始めた頃か……。
もしかして、君の力の切っ掛けは黒い宝玉?」
「だったら何」
憮然とした表情のまま、ミリアは答える。
「強い魔力を持つって報告の割りに、魔術師らしくない雰囲気が気になってたけど、これで得心が行った。
ミリア君の力の源は、偶然手に入れた黒い宝玉の一つだったわけか。
あれは厄災の種という代物で、アイン・ソフ・オウルの力の欠片だ」
ヴェクスは一旦言葉を切って、ミリアの様子を見た。
そして、相手がアイン・ソフ・オウルという単語について、何も聞き返さない事を確認してから話を再開する。
「厄災の種は、所持者の魔力を増幅する性質を持っててね。
総数は知らないんだが、相当な数が世界各地へ散らばったらしい。
今、世界各地で起きてる異変の何割かにも、おそらく厄災の種は関わっているだろう。
我が国では、前国家司書のヴェルザンディが地下書庫に甚大な被害を与えてくれてね。
エヴァンジェルでも、傷ましい事に前教皇ミヒャエルが千を越える犠牲者を出したとか」
491
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/03/01(日) 04:27:03 ID:dvXRnVE60
「……つまり、何が言いたいのさ。
厄災の種を持ってたら、アタシもトチ狂って大量殺人を行うかも知れないって?」
不機嫌さを隠さないミリアだが、ヴェクスは軽い頷きを返す。
「まあ、そんな所かな。
君の目的と対立する相手は、決して少なくない筈だ。
大多数の人間は二十年も生きてない君一人に自分の種族の行く末なんか、左右されたくないだろうしね。
ミリア君が本気で目的を遂げるなら、対立した他者を悉く排除しなけりゃならない。
魅了した人間を尖兵として、違う思想を持つ人達と争えば、双方には大量の死者が出てしまうだろう。
そうなれば、アルティヴィツェで起きてる民族紛争のように泥沼の殺し合いだ」
「アタシは別に殺し合いなんか望んでない!
アタシの……父さんの思想は人間全ての為になる!」
「うんうん、そうかも知れないね。
ただ、いくら理念が良くっても、手段を間違えれば望む結果は得られないものだよ。
漏れなく魅了される副作用が付くのってのも、ちょっと宜しくない。
君への愛から相手は服従するしかないし、自爆や道連れの殉死にだって応じかねない。
此処に来る聖堂騎士の男も、ミリア君の為なら命すら投げ出すんじゃないかな?
君がどれくらいの見返りを与えられるのかは知らないが、損得の天秤は釣り合いが取れてないように思える」
自覚があるだけにミリアは黙り込む。
ステンシィ家とは違って、三主教の聖職者たちは明確に立場を利用しようという意図で取り込んだのだ。
利用し、搾取していると非難されても言い返せない。
彼の言っている事も結局はアルサラムと同じなのだが、攻撃的な態度ではないだけに敵意も返し難かった。
考え込む相手を見て、ヴェクスは厄災の種に話題を戻す。
「先に挙げたヴェルザンディと、ミヒャエルの二人だけどね。
フェネクスで起きた大量虐殺事件の映像に、テロ組織の一味として姿を残している。
姿を眩ましたヴェルザンディのみならず、事件後に肉体が崩れ去ったミヒャエルまでもね。
仲間が蘇生させたとも考えられるが、風化した肉体の蘇生というのもあまり聞かない。
となれば、復活の原因として厄災の種が関わっていると考えるのも、不自然ではなさそうだ。
すでに人外の存在へ変質している可能性だって、まぁ無くもない。と言うか高い。
おそらく、厄災の種は入手した時から、少なからず彼らの肉体と精神を蝕んでいたんだろう」
「仮にそうでも……アタシはこの力を手放すつもりは無いよ」
「力を失いたくない気持ちは分かるけど、厄災の種の摘出は試みられるんじゃないかな。
制御が出来ない異能なんてのは、行政としても放置しがたいからね。
君に生じた変化も、今は魅了の体液だけかも知れないが、これから危険度を増すとも考えられる。
しかし、幸いにも君はまだ誰も死なせてないようだ。
リンセル・ステンシィは危うい状況にあるが、コトンも珍しく診療に尽力している。
取り返しのつきそうな間に救いの手が差し伸べられたのは、むしろ幸運だ」
「余計なお世話をありがとう、ヴェクスさん」
ミリアが素っ気無く吐き捨てる。
ヴェクスの方は冷えた言葉にも堪える様子など見せず、膝を伸ばして床へ座り込んだ。
「参ったね。冷たい目で睨まないで欲しいなあ。
僕は女性の不機嫌な顔を見るのが、好きじゃないんだ。
ちなみに若くて綺麗な相手だと、がっかり度も比例して上昇する」
「勝手にがっかりすれば? 悪いけど、アタシはアンタと馴れ合う積もりなんか無いよ。
あの警備官みたいに、捜査の為だなんてのは分かり切ってるし」
ミリアは苛ついた息を吐くと、ヴェクスの無視を決め込む。
親しげな癖をして全く心が篭もってなさそうな会話は、此方の手の内を探る手管に過ぎないとも考えた。
この馴れ馴れしい態度の魔術師も、ウィムジーと同じくミリアの捕縛に加わっていた者の一人なのだから。
492
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/03/01(日) 04:28:06 ID:dvXRnVE60
今は、ただリンセルの顔が見たかった。
目の前の魔術師は厄災の種の影響で、肉体の風化した男が蘇ったと言う。
それならば、とミリアは考える。
(厄災の種がもう一つあれば、リンシィを今すぐ目覚めさせられるかも……)
リンセルの快癒を考えて、ミリアは黙り込んだ。
彼女の関心を自分に引き戻すべく、ヴェクスは幾つかの世辞を思い浮かべる。
「ま、確かに此処に来たのは仕事なんだけど、それはそれだ。
綺麗な女性と仲良くなりたいってのと、仕事とは別の話だからねっ。
しかし、ミリア君は本当にスタイルが良いなあ。
アッシュ・グレイの長い髪も綺麗だし、実に大人っぽい雰囲気だ。
古臭い魔術師なんかより、モデルでもやった方が間違いなく大成するよ。
怪しげな黒い石じゃなく華やかな宝石……そうだね、エメラルドやサファイアの方が似合いそうだ」
ミリアの反応は黙殺だ。
「ああ、それと目にも力がある。
まるで吸い込まれそうな……あ、もしかしたら今、魅了の魔力とか使ってない?」
またも黙殺。
「この村には、療養している友達を見舞いに来たんだっけ?
ミリア君は猫のように孤高な印象があるけど、親しい人には優しそうだよね」
幾度か褒め言葉が投げかけられるものの、ミリアの堅く閉じた口は開かない。
献じられた空疎も、即座に忘却の河へ流されるのみ。
迷った末、ヴェクスは反応が期待できそうな話題を持ち出す事にした。
「ボルツ・スティルヴァイ。
君の祖父に当たる人物をネットや古い新聞で調べてみたが、少しは知られている名前のようだ」
鍵を掛けようした心に隙間風が入り込む。
ミリアはヴェクスが何を言うのかと、僅かに動揺を見せた。
「数十年前にはイストリア近隣で竜種群を撃退し、英雄視もされていたが、その後はクーデターを画策。
国家転覆罪で手配されて国外逃亡……こんな感じかな。
後は彼の妻が政治家だった事くらいか。
国許に残った家族の詳細な情報は無かったが、重犯罪者の親族だけに苦しい立場だったのは予想できる。
殊更、愛国心や国家への忠誠を強調する必要もあっただろう。
しかし、人間は己の血統や家族にも誇りを持ちたいものだ。
ボルツ・スティルヴァイを悪人とは思いたくない……。
では、何が悪いのか、何を改めるべきなのか。
君のお父さん、ドニ・スティルヴァイが人間って種を変革する思想に行き着いたのも、その辺りが原因かな。
彼の意志を尊重するのも良いけど、君は君で、父親の付属物じゃない」
「黙れっ、いい加減なことを勝手に言って!」
岩の唇が動き、室内の空気が震えた。
怒気に当てられた所為か、或いは単に持続時間が切れただけなのか、鋼縛索までが力無く緩む。
殺意すら宿っていそうな視線を受けて、ヴェクスは宥めの言葉を考えた。
しかし、それを口に出そうとした矢先、彼のタブレット端末が軽やかな音で鳴り響く。
ディスプレイの受信元はエクレラ。アレクサンデルの鎮圧に決着がついたのだ。
ヴェクスはミリアから少し距離を置くと、タブレット端末を操作して仲間からの連絡を聞き始める。
「……………………ファラーに任せたのは、失敗だったか」
今まで、軽薄な笑みを絶やさなかったヴェクスの顔に初めて険しさが浮かぶ。
搾り出すような彼の声は、苦い色を帯びていた。
493
:
医療司書コーデファー
◆COTONz2BNI
:2015/03/22(日) 18:55:44 ID:YRbksS5g0
壮健な聖堂騎士と、肉体的には幼児の医療司書では脚力も雲泥の差。
即ち、逃走者が追跡者に追いつかれ、回り込まれるのにも十秒と掛からなかった。
「フラスネル医療司書、ミリアを監禁しているのは何処だ」
アレクサンデルは立ち竦むコーデファーに問う。
無機質な廊下には遮蔽物もなく、運動能力の格差を考えれば、再び逃走しても無駄なのは明白。
逃がれられぬ事実を悟って、コーデファーも前方を塞ぐ男を悔しげに見上げた。
「あなた、あの女に精神を操られてるのよ。今は正気じゃないの。
精神が汚染されて、全ての判断基準にバイアスが掛かってるの。分かってる?」
「ああ、少なくともミリアが他者を魅了する力を持っていて、俺が影響を受けた認識もある。
その上で、ミリアの望むように世界を変えて行くつもりだ。
悪いが、医療司書の身柄は確保させてもらおう。
この期に及んで手段を選んでもいられないからな」
アレクサンデルが数歩近づく。
コーデファーは歯噛みしながら後ずさり、窮地を脱する手立てを探した。
幸か不幸か、コーデファーの脳細胞は相手の動揺を誘う言葉を見つけてしまう。
「一つ、残念なことを教えてあげる!
あなたがどんなに想っても、ミリアがあなたを顧みることはないのよ!
だって、あの女……もう、お腹に子供がいるんですもの!」
「出任せで時間を稼ぐつもりか」
男の足が止まり、瞳に剣呑な光を宿らせる。
彼は直ぐに相手の意図を見抜いたが、聞き逃してしまうには意味が大き過ぎる言葉だった。
「いいえ、本当のことよ。
詳しく聞きたい? 聞きたいでしょう?」
コーデファーは探るような瞳で囁く。
唇には微かな笑みを湛え、細い指で己の腹を優しく撫で始めた。
「話したいのなら止めはしない」
「あなたが今持ってる魔術具、覧界視で調べた結果よ。
ミリアの中には、本人以外の精神活動が存在してたわ。
人体に二つの精神活動が存在するケースなんて、まあ胎児くらいでしょうね。
反応は微弱だから、まだ胎芽のようだけれど……お相手は誰かしら!
魅了の力を持ってるなら、相手なんかよりどりみどり!
父親は誰だか知らないけど、あなたじゃないのだけは確かで――――」
アレクサンデルは聞き終える前に覧界視を握り締め、全体重を掛けて突進した。
コーデファーがもう少し言葉を選べば、或いは目論見通りに時間を稼ぐ事も出来たかもしれない。
「――――んきゃあぅふっ!」
甲高い悲鳴。
またも反発の呪力が生まれるが、予め予想していた聖堂騎士は弾かれつつも踏み止まる。
が、コーデファーの方はそうも行かない。
金属筒の魔術具を鳩尾に突き立てられると、床に崩れ落ちて意識を遠のかせた。
二度の魔力発動で残存する防護魔力を消費したのか、白い呪衣を包む光も失せてゆく。
494
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/03/23(月) 07:23:58 ID:gVL2TxMM0
「ミリアに子供だと」
渋面のアレクサンデルが呟いた。
コーデファーの言葉を鵜呑みにはしていないものの、心には昏い感情が渦巻く。
誰か知らない男がミリアの腰に手を回す光景を無意識に思い描き、吐きそうな不快感すら覚えた。
「はぁ……ふ」
床に倒れる女の吐息が、男の意識を引き戻す。
まずは、速やかに呪衣を剥ぎ取って防護の魔力を奪い取り、彼女の身柄を確保しておくべきだと。
白いケープが速やかに脱がされると、長広の袖を持つカフタン風の服が現れた。
袷仕立てで前開きの白いガウンは捲れていて、ゆったりした下穿きのズボンが覗く。
この緩やかで風通しが良い服装は、乾燥地で気温の高いバニブルの気候に適応した服装だ。
「ともあれ、真偽はミリアに問えば分かる事だ。
悪いが、身柄は確保させてもらおう。
認証がなければ扉を開けられない、不自由な建物だからな」
聖堂騎士は覧界視をコートのポケットに捻じ込むと、コーデファーを小脇に抱えた。
その瞬間、背後に気配を感じて振り向く。
気配の主は瞳に鋭さを宿す男、アルサラム・ファラー・アゼルファージだった。
横には警備官のウィムジーも引き連れている。
「誰だ? そちらは村の警備官のようだが、もう一人は違うな。
見た限り、医療関係者でも行政関係の人物でもなさそうだが」
アレクサンデルの誰何を受け、老いた警備官は手帳を取り出す。
「あぁ、俺らは地区警察でな。
こっちの若いのは臨時職員の魔術師さんだ。
何しろ、魔術の絡んだ事件となると普段の人員じゃ、とても手に負えんからな。
で、そっちの医療司書さんはどうした? まさか死んじまってんじゃアないだろうな」
「フラスネル医療司書には、少し口を噤んで頂いてるだけだ。
それで……ミリアを捕らえたというのは、お前たちか? 地区警察ということは」
バニブルから来た魔術師が頷く。
「そうだ、聖堂騎士。
他人の心を誑かすような魔女に、自由を与える訳には行かないからな。
あの女を放っておけば他人を誤った愛に溺れさせ、世界に害を為す。
貴様に少しでも理性が残っているのなら、魔女を世界の中心として生きる愚は犯さない事だ。
まずは、その医療司書を引き渡し、おとなしく同行してもらおう。
俺は此処でも魔術を使えるが、貴様は使えない……抵抗した所で無駄だ」
「大地を統べる偉大なるものよ、我に岩をも穿つ不可視の拳を与えたまえ。我が敵に裁きを」
魔術師の説得に返されるのは、突き出された掌と神聖魔術の詠唱。
アルサラムもコーデファーも基本が煽っていくスタイルなので、説得の不調は致し方ない。
「なるほど、確かに神聖魔術が発動しない。
三主から女神に宗旨替えすれば、消呪区域に踏み入った程度でも使えなくなるのは必然か」
妙に納得したような顔で聖堂騎士は言うが、アルサラムは冷笑を返す。
「悪辣な魔女が女神とは笑止だな。聞くに堪えない。
硝子を宝石と見誤る目でも、あの女が芋虫のように這う姿を見せてやれば、少しは晴れるのか」
そう言って、魔術師は暴徒の鎮圧に最適な魔術を思い浮かべた。
対象を傷つけずに無力化する魔術なら、コーデファーが人質となっていても構わずに放てる。
495
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/03/23(月) 07:24:51 ID:gVL2TxMM0
周囲の言い争いが、朦朧とした意識を覚醒に導く。
コーデファーが体をくの字に折り曲げつつ、小さな呻きを上げて瞼を開いた。
「んぁ……ふぅあぅ……ぅう……む……」
「おお、気付いたな。
怪我はしとらんか?」
ウィムジーが安否を問い掛けると、コーデファーは首を動かして視線を四方に散らす。
そして、自分の置かれた立場を理解すると、すぐさま手足を振り回して暴れ始めた。
「こ、この莫迦っ、わたしにこんなことして許されると思ってるの!?
さっさと離しなさいっ! ロリコン! 誘拐犯!
アルサラム、警備官、あなたたちも愚図愚図してないで、さっさとわたしを助けなさい!
惚けっと突っ立ってるだけなら、案山子以下よ、本当に使えないわね!」
口撃の反応は警備官が呆れ顔で、魔術師は黙殺、聖堂騎士は少し考え込む。
「確かにミリアとは年齢差もあるが、誤解を招くような表現は……いや。
フラスネル医療司書、悪いが少し黙っててくれないか。
もう一度昏倒させるのも気が引ける」
内心では罵倒を気にしたのか、アレクサンデルの言葉は冷たい。
黒髪の魔術師の方は救助を促された為でもないだろうが、腕を水平に上げる。
「……俺が纏めて黙らせてやろう。
警備官、詠唱を中断されないように前を固めてくれ」
「おう、そりゃ構わんが……」
魔術師の言葉に警備官は懸念を抱き、同じ懸念を聖堂騎士が口に出す。
「良いのか? 攻撃魔術を放てば俺が抱えた医療司書まで危険に晒されるぞ」
「そ、そうよ、わたしまで巻き込む気!? ふざけないでっ!」
やや怯えを見せてコーデファーは激昂するが、抗議にも拘わらず呪文の詠唱は為された。
「根源なる二つの力よ 我が望みしは夜の停滞 万物の深き眠り。
生命の至要たる大気は霊素で変じ 意識を奪う迷妄となれ。“昏睡の霧”」
アルサラムが唱えたのは空気に麻痺成分を付与する呪文、昏睡の霧。
魔術で変質した空気を吸引すれば、麻酔を嗅がされたように意識は喪失する。
しかし、アレクサンデルも治安維持を職業とするだけあって、相手の手段は予想していた。
最初から殺傷を試みるのではなく、束縛や眠りや麻痺……そういった方法を取るのではないかと。
だから、彼は詠唱を聞くと同時に呼気を止め、精神を集中して、魔術の抵抗に専心する。
「けほっ!」
「ウ……ム?」
周囲一体の空気は、一瞬きの間に生物を昏睡させる霧と化した。
何も備えていない医療司書と警備官は、苦味を帯びた霧を吸い込み、一瞬で昏倒する。
一人、事態を読んでいたアレクサンデルは、重い荷物から手を放して疾駆。
武器が無く、呪文も使えないので、格闘でアルサラムを叩き伏せるつもりだった。
接近戦に持ち込む事が出来れば、次の呪文を詠唱させる事もない。
だが、アルサラムも戦闘職であり、身体能力強化の術を封じた腕輪まで身につけている。
顎を狙った拳の突き上げを避け、渾身の蹴りは腕で防ぎ、容易く倒されない。
496
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/03/23(月) 07:25:41 ID:gVL2TxMM0
「俺は眠りを齎す魔力の中でも眠らない。
貴様は息を止めたまま、どれだけ動ける? 一分か? それとも二分か?」
アルサラムは精神活動を守る魔術具、護心の首飾りを身に着けていた。
生物を昏睡させる空気の中でも、彼の精神は正常を保つ。
対して、アレクサンデルの方は無呼吸で動かねばならない。
息を切らした瞬間に一呼吸で無力化してしまう……筈だった。
「……なぜ、まだ動ける?」
無言で繰り出される攻撃の連続。
経過時間は二分を越え、アルサラムの体捌きにも鈍さが現れ始めた。
さらに一分が経過し、防戦していれば充分と考えていたアルサラムも疑念を抱く。
無呼吸のまま、人間が三分も機敏に動けるものかと。
「魔術で心肺機能を強化……いや、違う。
この空間で、貴様程度の魔術が三分も持続するわけはない」
鋭い攻撃は連続的に魔術師の急所を狙う。
アルサラムは両腕で十字の盾を作り、首筋への正拳突きをガードした。
が、アレクサンデルの一撃は防御を打ち砕く。
相手の腕の骨を折り、体勢を崩す所へ追い討ちを掛け、側頭部に容赦無く重い蹴りを放った。
「がふっ!」
衝撃で頭蓋を揺らし、アルサラムは唸声を上げて床に倒れる。
聖堂騎士の勝因は体術で勝っていた事もあるが、やはりミリアの施す力が大きい。
魅了も身体能力の増強効果も、革命のアイン・ソフ・オウルの理で保護され、消呪区域の影響を受けていない。
建物の消呪措置で魔力が失せてゆく原理や法則より、革命のアイン・ソフ・オウルの理が勝ったのだ。
世界をチェスに例えるのなら、彼らアイン・ソフ・オウルとは何に当たるのだろうか。
新しい動きを持つ駒として現れ、自らルールを付け加え、それを広め、いずれは盤の形すら変えてしまう異分子?
アレクサンデルは障害を排除したと見るや、傍で倒れるコーデファーを背中に担いで走り始めた。
昏睡の霧は発動瞬間こそ階全体を覆っていたものの、消呪区域の影響を受けて次第に効果範囲も狭まっている。
10m程を駆け抜けると、空気の質に違いを感じてアレクサンデルは荒い息を吐いた。
悲鳴を上げる肺も全力で動き出して、新鮮な空気を取り込む。
いかに心肺能力が強化されようと、人間の限界まで越えた訳ではないのだ。
三分近くも無呼吸で動けば、頭痛や嘔吐感に襲われるのも否めない。
「……ミリアが囚われているのは、奴らの来た方向だな。
医療司書の指だけでも、扉を開けられると良いんだが」
一呼吸を吐けたアレクサンデルだが、回復するのはアルサラムの側も同じ。
彼が身に付けた護心の首飾りは、着用者が夢魔と戯れるのを拒むのだ。
標的を昏倒させると確信した聖堂騎士の蹴りも、意識を刈り取るには至っていない。
「クッ……甘い考えなど捨てるべきだった。
限界を越えて動けるのは、魔女への盲目的な狂信……いや、肉体そのものを弄られていたのか」
アルサラムは顔に苦痛と苛立ちを浮かべ、右腕で頭を押さえながら体を起こす。
折れた左腕は、だらりと痛々しげに垂れ下がっていた。
「無理をするな、腕の骨が折れている筈だ」
「たかが片腕の骨を折ったくらいで、傀儡風情が良い気になるな」
「もはや、身振りが必要な魔術は使えないだろう」
「種切れの心配なら無用だ。
そもそも、不法と妥協をするなどありえん」
497
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/03/23(月) 07:27:26 ID:gVL2TxMM0
魔術師はコートの内側から香炉風の金属容器を取り出すと床に置き、慣れた手つきで一枚の札を入れた。
刹那、金属器から薄い煙が立ち上り、それは瞬時に色と重さと実体を備える。
現れたのは、銀色の甲冑を纏う古代兵士の一団だ。
槍を持つ十人の兵団が前列に五人、後列に五人の隊伍を組んで廊下に陣取った。
古代の兵士を作り出した小さな金属容器は、虚霊炉という魔術具だ。
封入した絵を術者の魔力を介して実体化させる機能を持つ。
そして、入れられた札はクレド・マディラ、中央大陸で広く流行するカードゲームの一つ。
「使い魔か」
再戦か後退かの判断を迫られたアレクサンデルは、即座に再戦を選んだ。
魔術師からの逃走は難しく、両手両足をへし折るくらいしないと、自由には動けないだろう。
「マディラの槍兵隊、攻撃せよ」
アルサラムの命令を受け、魔力で具現した古代槍兵たちが長槍を構える。
蘇生術が広く普及した現代社会では、強硬手段の敷居も低い。
相手の逃走を許すくらいなら、人質ごと攻撃して、死んでしまったら蘇生措置を取れば良いとの決断だった。
「医者ごと……だとッ」
十本の槍が次々に前方へ投擲される。
アレクサンデルは常識の土台が宗教なので、人が死んでも蘇生させれば良いとまでは割り切れない。
だから、コーデファーを抱えたままの回避。
彼女に死なれたら、扉の認証も有効に機能するのか分からない懸念もあった。
投槍の投擲速度や威力は、術者の魔力を十体の使い魔に分散させた結果、低下している。
アレクサンデルも致命傷だけは避けられそうだと判断した。
全ての攻撃を躱し切ったら、コーデファーを捨てて近接戦闘に持ち込むのも可能だと。
しかし、十の槍は続く一撃への媒鳥。
「――――beandaz」
魔術師が起動呪語を発音した。
アレクサンデルの背後で、中空に鈍い煌めきが出現して凝り固まり、長大な鉄杭と化す。
鉄杭の正体は、起動呪語で実体化し、瞬時に敵へ打ち込まれ、攻撃後は再び非実体化する魔術具、魔槌だ。
本来は対人用の武器ではなく、大型魔獣用の兵器である。
屈強な男の腕ほどの太さを持つ鉄杭は、出現するや否や高速で風を切った。
前方からの攻撃に集中している聖堂騎士には躱せない。
異変を感じる間もなく、死の気配を孕む呻きが上がった。
魔槌はコーデファーごとアレクサンデルの背を突き破って、串刺しとする。
進入した硬質の異物は皮膚を裂き、肉と骨を突き破って、夥しい真紅の鮮血を床に散らせた。
498
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/04/08(水) 05:53:44 ID:aE19SoAU0
ヴェクスは苦い舌打ちをするものの、普段の明晰さまでは失わなかった。
エクレラの報告を聞くや否や、険しい顔のまま指示を返す。
「ミリアは厄災の種の保持者だ。
恐らく、今二人に死なれたら蘇生は出来ない。
手遅れにならないよう、サーナは三分以内に医者を検査室へ集めてくれ。
特異病棟の外には僕らで運ぶ」
「何か……あったの」
通話の内容から異変を察し、ミリアは不安混じりの声で聞く。
「ああ、ファラーに腹をぶち抜かれて聖堂騎士とコトンが絶命寸前だ。
君に可能なら、厄災の種で魂を奪う真似は止めてくれよ」
「アレクが絶命寸前!? 魂を奪うって……厄災の種が? 魔術じゃなくて?」
衝撃を受けたミリアは手錠の存在を忘れて立ち上がろうとするが、縛めに引き戻されて無様に体勢を崩す。
「知らないなら良い。
心臓が止まっても、脳死するまでは死亡扱いじゃないと良いんだが」
一秒を惜しむヴェクスはミリアの疑問に答えず、室内から出てゆく。
ミリアが厄災の種を制御出来ないのなら、長話に興じてる暇など無いということだ。
目下、彼が優先すべきなのは、コーデファーとアレクサンデルの救命。
二人が死ねば、バニブルと他国の関係が微妙になる恐れもあった。
ヴェクスとしては外交官の上役から派遣された身なので、こういった失態を犯すのは避けたい。
「ちょっと待って! 良い訳ないだろ! 外せよ、手錠! アタシも連れてけッ!」
喉を振り絞る叫びに応えは無く、ミリアは室内に取り残された。
二重の金属扉と手錠があれば、拘束には事足りると判断されて。
実際、ヴェクスの見立て通り、ミリアは部屋を脱出する術を見出せなかった。
高い魔力を持ってはいても、発露する手段が限られている。
魅了は体液を媒介としなければならず、手錠で身振り手振りを封じられた身では魔術も使えない。
「クソッ、アレクが死ぬ? 厄災の種があると蘇生出来ないって? ふざけんな……!」
ミリアの悪態は誰にも聞かれることなく、壁に吸い込まれて消えた。
拘束を解こうと腕を打ち振っても、手錠はびくともしない。
腕力の強い種族にも対応できるよう、高張力鋼を材質としているので当然のことだ。
仮に魔術で筋力を強化したとしても、元の筋力が低いミリアでは外せるかどうか怪しい。
無駄を悟って動きを止めると、今度は耳に痛い程の静寂。
焦れた心が瞬時に冷やされ、不安も増幅されてゆく。
(さっきの口振りじゃ、体に穴が開くような大怪我……)
(此処の医者に任せて大丈夫なの……)
襲い来る不安の中、十日程前の光景が蘇った。
体に鉄骨が突き刺さって、瀕死に陥ったリンセルの姿が。
(リンシィ……)
心に刺さった棘が痛む。
ミリアはリンセルの治癒を試みたものの、焦りからか魔術も不首尾に終わっている。
以来、リンセルは生死の境を彷徨い続けて、昏睡したまま目覚めない。
自分が冷静に行動していれば、今頃リンセルは家族と過ごせていたかも知れないのに。
そして今また、同じような状況が巡って来たにも拘わらず、今度はこんな場所で待つことしか出来ない。
(あの時のアタシは無様に失敗して、今度は何も……出来ない! クソッ!)
499
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/04/08(水) 05:58:52 ID:aE19SoAU0
後、数分が経過すればアレクサンデルは死ぬのだろうか。
魅了の魔力に惑わされ、心を奪われ、最後には厄災の種で魂まで奪われて。
(これじゃ、アタシは本当に悪の魔女だ……どうして……こんなはずじゃなかったのに)
(さっきの魔術師、厄災の種が魂を奪うって言ってた)
(確か、セプテットでも星霊教団の術師が同じ話をしてた……)
(あれって厄災の種を利用した魔術じゃなくて、厄災の種そのものが魂を集めるってこと?)
(まさかリンシィが目覚めないのも、アタシの持ってる奴が魂を奪ったせいじゃ……)
(いや違う、リンシィは死んじゃいない)
(ああ……でも、アレクは死ぬ? アタシの所為で)
困惑した心には自責と恐怖と、己への呪いが吹き荒れていた。
祈るように閉じた瞳からは、涙が溢れる。
(どうしたらいいのか分かんないよ……誰か……父さん……)
何もしなければ良かったのだろうかとの考えが、頭を擡げた。
この世界に何かを求めようとせず、父親の後を追っていれば良かったのではないかと。
それ以上は思考が混濁して、何も考えられない。
「父さん……助けて……」
弱々しい声で救いを求めると、不意に室内の空気が変わった。
異変を感じて、ミリアも弾かれたように瞼を開く。
涙で滲んだ視界は、薄緑の光で彩られていた。
強い光ではなく、蛍のように熱を持たない柔らかい光だ。
ミリアが瞳を見開いて視線を下げると、全身に若草色の植物が纏わり付いていた。
ホログラフィーのように浮かび上がる光の蔓草が。
「な、何、これ?」
ミリアは光の蔓に触れてみようとするものの、水のような感触があるだけで掴めない。
不可思議な現象の正体は、依然として不明だ。
しかし、ミリアには助けを求める自分へ父親が応えたようにも思えた。
試しに腕を強く振ってみると、少し力を込めただけにも拘わらず、手錠で牽引されてベッドが動く。
しかも、手首に痛みは無い。
それなら……と思い立ち、ミリアはベッドに足を掛けると渾身の力で腕を引っ張った。
すると、今までベッドの鉄パイプとミリアの手首を固定していた手錠の鎖が、玩具のように弾け飛ぶ。
手首に残った手錠の輪も、指を差し込んで力を込めるとロック部分が壊れて床に落ちた。
「魔術も使ってないのに……これも厄災の種の力?」
奇異に思いながらもミリアは立ち上がり、入り口の扉を見つめる。
部屋を閉ざす扉は二重構造の金属製で、二枚の扉を左右に分けてスライドさせる引分タイプ。
開閉には認証コンソールを操作しなければならず、無理に開けるなら切削工具が必要な代物だ。
しかし、今のミリアに暗澹とした無力感は無い。
金属扉を破壊することも、以前は不首尾に終わった治癒魔術も、成し遂げられる気がしていた。
(今度は失敗しない……父さん、アタシに力を貸して)
「根源なる二つの力よ 我が望みしは強靭なる四肢 肉体に潜む力の開放。
半ばを眠らせる五体を霊素で補い 己の内に潜みし力は目覚めん “力強き体躯”」
ミリアは右手の指で宙に印を描きつつ、身体能力強化《フィジカル・エンチャント》の魔術を詠唱。
手足に筋力の充足を感じると豹のように走り出して、助走の勢いを乗せた拳を扉に放つ。
「……ヅアァァァァッ!!」
渾身の一撃は、雷鳴のような凄まじい音を響かせた。
500
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/04/08(水) 06:03:15 ID:aE19SoAU0
殴打の感触は金属製のナックルダスターを嵌めて、空き缶を殴ったものが近いだろうか。
但し、ミリアの覆うものは金属の拳鍔ではなく、アイン・ソフ・オウルが持つ結界光。
さしもの頑丈な扉も人の力を遥かに超える干渉力までは阻めず、圧力で変形して中央付近を窪ませた。
ミリアはその凹みに両指を差し込むと、強引に扉を左右へ押し分ける。
続く外扉も力尽くで抉じ開けると、再度の疾駆。
(凄い血……これ、アレクとコーデファーの……?)
廊下に広がった血溜まりを見て怯み掛けるが、ミリアは足を止めない。
先程のヴェクスは、三分以内に治療を開始するよう指図していた。
ならば、もう殆ど猶予は無いはずだ。
病棟入り口の扉も病室の扉と同じように強引に抉じ開け、ミリアは検査室へと躍り込む。
扉の向こう側には十人近い姿があった。
バニブルの魔術師が三人と、警備官のウィムジー、妖精種の看護婦、白衣の医者が五人。
コーデファーとアレクサンデルは、吐血と出血で真っ赤に染まった診療台に寝かされている。
見ただけでは、二人に息があるかどうかの判断は付かない。
「アレクの治療はアタシがやる。邪魔するな」
ミリアは自分へ向けられる十の視線を睨み返し、アレクサンデルが寝かせられた診療台に近づく。
治療を始めようとする二人の医者は、困惑顔ながらも場所を空けた。
全身に光の蔓を纏う異様な雰囲気に気圧されただけでなく、魔術での治療補助を期待してだ。
「戯言を。
他人の心を操るような魔女の好き勝手など、認められる訳が無いだろう」
アルサラムは即座に臨戦体勢を取ろうとするものの、ヴェクスが素早く腕を伸ばして遮った。
今のミリアに警戒心を抱いているのは彼とて変わらないが、重傷者の治癒を優先したいのだ。
特に体の小さなコーデファーは負傷の影響も甚大で、もう呼吸すら止まっている。
「待て、ファラー! 此処で戦えば二人とも死ぬ!
まずは重傷者の治癒を優先してくれ。
コトンの出血が酷い。君の魔力で補助しなければ一分と持たない。
サーナに病棟を封鎖させるから、ミリアの捕縛は後にしてくれ!」
「駄目だ」
ヴェクスの要請は無碍に拒まれた。
己の世界を持つアイン・ソフ・オウルには及ばないものの、アルサラムも強固な信念の持ち主。
彼は悪と認めた者には如何なる妥協もしないし、交渉にも応じない。
優先されるべきは断罪で、それは犠牲者が出たとしても為されねばならないとの思考だ。
アルサラムは得体の知れない光を纏うミリアを無力化すべく、同輩の腕を振り払い、魔槌の目測を合わせる。
対するミリアは、既に治癒魔術の詠唱を行っていた。
「根源なる二つの力よ 我が望みしは賦活の源 繁茂する緑の再生。
傷つきしものは 霊素を埋め 骨肉を充填せよ “緩やかなる賦活”」
アレクサンデルの体内に投じられていた光《オウル》が、ミリアの魔術を切っ掛けに増幅される。
小さな若草色の光点は蔓草にも似た形状へと変化しつつ、植物の繁茂さながらに深い傷痕を埋め始めた。
続いて血も固まり始め、緩やかに肉体の修復が始まってゆく。
501
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/04/15(水) 05:10:57 ID:bJYOm/Ho0
ミリアが傷病者の治療を行うと嘯いても、アルサラムは攻撃を思い留まらない。
起動呪語を唱えるや、再び魔槌を三次元空間に実体化させた。
「beandaz」
長大な金属の杭は中空に現れた瞬間、銀色の稲妻と化して標的を襲撃する。
治療魔術に専心しているミリアでは、避けるべくもないような速度だ。
魔槌は犠牲者の肩口に突き刺さり、そのまま肉体を貫くかにも見えた――――が、鋭い杭は破砕する。
ミリアの体に纏わりつく光の蔓に触れた瞬間、杭の先端は炸裂して粉塵を撒き散らし、長大な柄も裂け割れていた。
無論、凶悪な魔術具を破壊したのは強固な防護結界である。
光の蔓という形で表象したアイン・ソフ・オウルの理が、免疫機構のように外界からの干渉を排撃したのだ。
この程度の魔術具では、条理を越える結界の力は破れず、ミリアも微動だにしていない。
しかし、室内には動揺が広がった。
「キャア!」
「く、糞野郎、何考えてやがる!」
アレクサンデルの隣で回復を見守る医者たちが、悲鳴や非難の声を上げて飛び退く。
「魔槌が砕ける程の防御、か。
どうやら、一撃で終わるほど甘い相手ではなかったようだ。
あれから目を離したのは、判断の誤りだったな」
周囲から向けられる冷たい眼差しなど物ともせず、魔術師は鉄の声で言った。
魔術具が破壊されるなど余りに異様な光景だったが、日頃から魔窟的な書庫を徘徊するアルサラムに驚きは無い。
物理攻撃を阻まれても、ミリアの行動を封じる別の手段を模索するまでだった。
昏睡したウィムジー、アレクサンデル、コーデファーの三者を運んだ使い魔、マディラの槍兵隊の具現は解除済み。
虚霊炉も再び使える状態だ。
魔力減衰帯の外ならば、特殊な能力を持つ使い魔でも再現させられるだろう。
ミリアが防御魔術で守っていても、呼気を必要とするのなら、大気を変質させる魔術も有効かもしれない。
「アルサラム、今は治療の邪魔をするのは賢明ではありません」
次なる攻撃の気配を感じてエクレラが説得したが、武闘派の魔術師は反論を返す。
「治療? あの女が本当に治療だけを行っていると思うのか?
魔女から施術を受けた男が、そのままの姿で目覚める保障など何処にも無い。
肉体を更に弄られ、より強力な尖兵に変貌しないとも限らないだろう。
他者の心を操る者の言葉など、善意から出たものと受け取るべきではあるまい」
「罪無き、聖堂騎士やコトンが死んでもかい?」
ヴェクスが言葉を添えるが、結論は変わらない。
アルサラムは飽く迄もミリアを無力化するつもりだった。
「例え善人が不利益を蒙っても、悪人に利益を与えてはならない。
甘い選択で一つの悪を野放しにすれば、百の害となって猖獗を極める。
あの聖堂騎士とて、背教を強いられ続けるより、殉教する方が本望だろう」
余りにも自然な語調で話される言葉を聞き、エクレラもヴェクスも説得の不可能を悟った。
このままアルサラムの行動を止めるのに傾注すれば、コーデファーは確実に死ぬ。
「サーナ、もう議論している暇は無い」
ヴェクスはアルサラムの助力に見切りを付け、コーデファーの治療を促す。
彼の魔力を治療に使えない以上、次善の策として他の人物がコーデファーを治療するしかない。
治癒魔術と科学医療を同時には行うのは難しいので、まずは施術者と術式を選定する必要があった。
血管の縫合中に治癒魔術を掛ければ、切開した部位まで塞がれてしまう。
こういった医療事故を防ぐ為にも、最初に治癒の手段を魔術か医術かに統一しなければならないのだ。
502
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/04/15(水) 05:11:35 ID:bJYOm/Ho0
「では、ヴェクスが治癒石での治療を行い、魔力が尽きたら医師の治療に任せましょう」
エクレラの提案にヴェクスが頷く。
「それが妥当な所かな……魔術の即効性は科学医療の比ではないしね。
ただ、此処まで酷い傷だと損傷した血管に臓器、骨、失われた血液、全て修復するのは無理だろう。
僕の魔力が尽きたら後は頼むよ、ドクター」
治癒の魔力を持つ白い石を握り締め、ヴェクスは一人の医者に目を向けた。
魔術師ゆえに魔術の優位を信じ、彼らも同意するだろうと思って。
しかし、医師から同意の言葉は返って来ない。
「あのね、いくら魔術師だからって、先端医療を嘗めて見てもらっちゃ困るわ。
あなたたちが悠長に話し込んでいる間に、もうメディ・ジェルで出血なんか止めちゃったわよ。
AAT(Abdominal Aortic Tourniquet・腹部大動脈止血帯)を使おうとも思ったけど、此方の方が早いもの。
このジェルはね、患部に塗れば血液が線維素を生成して、10秒も掛からずに止血しちゃうのよ。
どう? 科学医療を見直したのなら、患者の治療も最後まで私たちに任せて欲しいのだけれど」
塗布用シリンジを持った黒髪の若い女医、アルテナ・ポレターナが顎を向けてコーデファーを指し示す。
鮮血の溢れる深い傷口は、彼女の言葉通りにゲル状の物質で塞がれていた。
ゲルは植物由来のポリマー成分を原料とし、身体組織に似た構造を形成して血液の凝固作用を高めるものだ。
「魔力を使わず即座に傷を塞ぐとは……驚いた。
魔術師としては複雑な気持ちだが、どうやら君たちの技術を少々軽く見ていたようだ。
此処は医療のエキスパートに任せるとしよう」
鮮やかな治療の手並みを見て感嘆し、ヴェクスは傷病者の施術をアルテナに譲った。
ラクサズのような科学技術を嫌う伝統的な魔術師と違って、この辺りの柔軟性は高い男だ。
「ええ、任せてちょうだい。
それと迷惑だから、そっちの分からず屋が暴れないようにして」
アルテナは言った。
室内で魔術戦を始められてしまっては、患者の手術どころではない。
ヴェクスも要請に応じて、直ぐに同輩の魔術師へ注意を向ける。
「根源なる二つの力よ 我が望みしは夜の停滞――――」
一方、ミリアの抑止を最優先するアルサラムは、周囲の危惧する通りに魔術の詠唱を始めていた。
周辺一体の大気に麻痺成分を付与する術、昏睡の霧の呪文を。
「手術中、攻撃魔術、不許可」
妖精種の看護婦が動く。
ミリアの力を知らない医療従事者たちにとっては、手術を妨げるアルサラムの方が脅威だった。
アデライドは小柄な肉体で這うように突進し、魔術師の腹部目掛けて正拳突きを喰らわせようとする。
「邪魔をするなッ」
魔術師は詠唱を中断して蹴りを突き出し、突進を迎え撃った。
リーチの違いから拳は届かず、アデライドは顔面から足に突っ込む。
動きを止められたアデライドは足を掴もうとするが、アルサラムは直ぐに足を引き、そのまま足払いを掛ける。
戦闘技術を修めた彼と、頑健な種族とは言え看護婦に過ぎないアデライドでは、戦闘センスに雲泥の差があった。
両者が対等に戦える筈も無い……が、アデライドが盾役となった事で室内での格闘は止まる。
ヴェクスがコートの下に携行する蜂型の使い魔、数十匹の軍蜂をアルサラムに向けて放っていた。
「ファラー、お医者さんが手術中には暴れないで下さいってさ」
標的の死角から放たれた何匹もの蜂が、首筋や手首に取り付き、一斉に針を突き刺す。
注入された睡眠毒は、即座に意識から明晰さを奪って眩暈を引き起こし、アルサラムに膝を突かせた。
503
:
名無しさん@避難中
:2015/04/15(水) 22:01:41 ID:WD6jpzIA0
頑張れアルサラム巡検司書 善良な人々を誑かす魔女に負けるな
504
:
Miryis stalemate
◆NHMho/TA8Q
:2015/04/28(火) 03:40:28 ID:4SqGrx9.0
えっ、嘘……人が見てる……。
誰もいないと思って安心して一人エッチしてたら、実はずっと見られてましたみたいな……。
それはともかく、自己中ヒロイン兼ラスボスを打倒する道程は険しいかもね。
まず、原則として二次創作スレで世界設定の根幹を決める訳にはいかない。
なので、覚醒の具体的な原理や条件が分かるまでは、一般人がアイン・ソフ・オウルになる描写も出来ない。
これは迷った挙句、リンシィやライザをアイン・ソフ・オウルにしなかった理由でもある。
もちろんアルサラムも例外じゃないから、設定が明らかになるまでは彼もアイン・ソフ・オウルになれない。
……って感じだからね。
ま、最下級のアイン・ソフ・オウルなら、条件次第では倒せそうだけど……。
505
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/04/28(火) 03:41:41 ID:4SqGrx9.0
アイン・ソフ・オウルの力で増幅されたミリアの魔術は、何倍にも効力を増す。
若草色に輝く光が泡立つ血を肉に変え、血管を作り、臓器と繋げ、骨すらも癒合させた。
瞬く間にアレクサンデルの傷痕は埋められ、断裂した神経も肉の中で根のように伸びる。
肉体の再生に伴って呼気が緩やかとなり、ミリアも安堵の息を吐いた。
「これで大丈夫……だよね」
当面の難局を乗り切ると、現在に意識が向く。
魅了《エンスロール》の存在が露見して地区警察に伝わり、自らを捕縛する魔術師までが投入された現実に。
人の尊厳を脅かす精神操作の魔術は、社会通念上でも非常に忌み嫌われている。
治安行政が、それを行う自分の捕縛を諦めるとは思えなかった。
強引に此処を切り抜けたとしても、指名手配の身となるのは間違いない。
(此処で捕まったら警察の拘置所? それとも異能者用の拘禁設備?
どっちにしたって、捕まれば自由なんか無いに決まってる。
アタシは父さんの理想を叶える為に生きてるんだから、それが出来ないんじゃ生きてる意味も無い)
ミリアは顔を上げ、警戒すべき相手の様子を窺う。
アルサラムは強烈な睡魔で床に膝を付きながらも、瞳に熾火のような光を宿らせてミリアを睨んでいた。
視線は熱した針。怯みそうになる。無意識の後退り。
(この魔術師、確か……さっき何か呪文を唱えようとして、仲間に止められてたな)
ミリアはアルサラムの横に立つ魔術師へ目を移す。
(人死にを出したくなかっただけなら、あっちの魔術師もアタシの逮捕を諦めたって訳じゃないよね……)
この優男はと言えば、ミリアの予想に反して早々と捕縛の継続を諦めていた。
相手の力を魔術師としての眼で推し量り、光の防護が魔槌すら退けたのを見て。
強力な魔力を持たないせいか、ヴェクスは戦いの見切りが早く、勝てない相手とは戦わない。
それ故に監視の使い魔を残して退却し、さらなる人員と武装を用意すべきとの結論に達していた。
自分たちまで魅了される危険性も少なくない、との危機感を持っていたので尚更だ。
(部屋の隅の女は、服装が医者のものじゃない……あれも魔術師?)
部屋の隅には若い女、エクレラが立つ。
若いと言ってもミリアよりは年上だが――――彼女は胸元の首飾りを指で弄りつつ佇む。
視線は冷たい熱を帯び、ミリアの挙動を油断無く窺っていた。
(この場の魔術師は三人……まだ外に居るかも知れないけど)
警備官のウィムジーは魔術の眠りに墜ちたまま、ベッドの一つで横臥している。
彼に外傷は無く、ミリアも眠っているだけなのだろうと判断した。
その他の医師や看護婦たちは、重症に陥ったコーデファーの手術中だ。
無論、医学的な知識が全く無いミリアでは、手術の経過も患者の容態も分からない。
「そっちの医療司書は助かるの?
アレクと同じくらいの怪我なら、いつ死んでもおかしくない筈だけど……」
ミリアはコーデファーの容態を案じて、やや不安げに問う。
やはり、自分が原因となって人が死ぬ事になれば、彼女とて後味は良くない。
「私だって必ず治すとまでは言い切れないけど、医者として全力を尽くすわ。
それで、そっちの男性は? 大口叩いて術を掛けたんだから快方に向かってるんでしょうね」
手術危惧を操るアルテナは、患者の腹部に視線を落としたまま問い返す。
ミリアは振り返って聖堂騎士の顔色を確かめ、心裡にて先程の感覚を思い返した。
「……治したって手応えはあるよ。
後は目覚めないなんて事が無いよう、祈るだけかな」
506
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/04/28(火) 03:44:54 ID:4SqGrx9.0
「それなら即刻、部屋から出て行きなさい。医者以外は全員。
このまま部外者に居座られると、手術の邪魔だもの。
怪我人なら、私たちが必要な処置をして病室へ移すから心配いらないわ」
「え……あ……うん」
ミリアは退去に同意するが、病院の医師たちを信用して良いかは迷った。
彼らが何処まで事情を把握しているかは分からないが、自分の存在は既に治安行政へ知られているのだ。
この状態を放置したままでは、逮捕される危険が残ってしまう。
(結局、アタシの力を知ってる奴は全員、口を塞ぐしかない……か)
事件を隠蔽しようとするなら、ミリアに思いつく手段は一つのみ。
魅了の力で関係者全ての心を捕らえ、自分が有利となるように動いてもらねばならない。
ミリアが対象の吟味を始めると、不穏な気配を感じたのだろう。
ヴェクスが己の肩にアルサラムの腕を掛けて立ち上がらせ、エクレラも外部へ通じる金属扉を開けた。
彼らは扉へ向かって緩やかな後退を始めつつ、ミリアに自首を促す。
「病人を気遣ってくれて有り難いね。
それじゃ、次は此方の話にも同意を貰いたいな。
君の行っている行為……魔術での魅了は国際条約違反なので、法を尊重して警察へ同行して欲しい。
無論、君にも弁護士を付ける権利は保証されてるから、その点は安心して良いよ」
ヴェクスの台詞は本来ウィムジーが言うはずなのだが、警備官はまだ夢の中だ。
「嫌だね」
ミリアは強気に拒む。
絶対に安全なシェルターの中に居る気分であれば、ミリアとて強気になれるというものだ。
何しろ、今の彼女は鉄扉を素手で破り、魔術攻撃すら軽い振動にしか感じない程の結界で覆われている。
おそらくは、高位古代語呪文《エルダーエンシェント・スペル》でも無ければ、傷を与える事は難しいだろう……。
「その光は随分と強固な魔術防御のようだが、それも厄災の種の力かな?
それとも、それがアイン・ソフ・オウル(無限光)?」
「さぁね……そんなこと、どうだって良いと思うけど」
「高い能力を持つ者こそ、社会秩序を守って欲しいなあ」
ヴェクスがアルサラムを肩で抱えると、ミリアも逃走の気配を感じて診療台を回り込みながら躙り寄る。
村内の医師の口を封じるより、外部から来た魔術師を逃がさないのが先決だった。
「生憎だけど、間違った社会が作った条約なんて従えないよ。
そう……社会の方が間違ってて、父さんの方が正しい。
だからアタシは父さんの遺志を受け継いで……この世界を変える」
「物理で?」
「とりあえずアンタを逃がさない為には、そうするよッ」
ヴェクスが背を向けて廊下に跳び出ると、ミリアも歩調を速めて廊下へ飛び出す。
対する逃走者は銀の指輪が嵌った左手を突き出し、防衛を意味する起動呪語を唱えた。
「difaac」
魔術具の効果はさして珍しいものではなく、透明な魔力障壁を張るものだ。
しかし、見えざる壁が追跡者の動きを鈍らせたのは僅か数秒。
ミリアが強引に突き進むと、宙に留まった魔力は瞬く間に若草色の光で侵食され、霧散してゆく。
「足止め? こんなもの!」
507
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/04/28(火) 03:48:14 ID:4SqGrx9.0
ミリアは体に粘りつくような魔力を突き破り、その勢いで蹈鞴を踏んだ。
慌てて体勢を立て直すと、追跡を再開すべく魔術師の背を視線で追う。
アルサラムを抱えたヴェクスは渡り廊下の窓を開け――――その瞬間、真っ白な気体が広がった。
突如の妖霧に阻まれ、ミリアも二人の姿を見失う。
(煙……霧……何、これ?)
霧の正体は、周辺数キロに渡って霧を広げる魔術具、幻霧筒。
先行したエクレラが逃走補助の煙幕として用いたものだ。
小さな筒から噴き出す濃霧は陽光を遮り、村の光景を一面の白に沈め始めた。
「またね、ミリア君」
ヴェクスの捨て台詞と共に、渡り廊下から人の気配が消える。
アルサラムを肩で抱えたまま、窓から飛び降りたのだ。
普通なら大怪我をしかねない愚行だが、彼らには魔術具での身体強化があった。
窓から飛び降りた魔術師は、霧を味方として全力で走り始める。
彼には霧を見通す透視の魔術具があり、抜かりなく移動経路も設定していたので、逃走に支障は無い。
「マズッ」
ミリアも慌てて窓に駆け寄るが、下を覗き込んでも影を追う事すら出来なかった。
(どうしよう……病院の方を先に片付け……いや、魔術師を追うのが先!)
僅かに逡巡するものの、ミリアはすぐさま迷いを捨てて窓の外へ身を躍らせた。
現在、追う者と追われる者の立場は逆転しているが、此処で相手を逃がせば、再び追われる立場に戻るのだ。
自分の力を知る者は外部へ逃す訳にいかない。
数瞬の浮遊感の後、ミリアは足の裏に固い感触を感じた。
「痛ッ……くない」
痛みの無い着地に安堵して周囲を見渡したが、四方は全て白い闇。
視界不良の霧に閉ざされた中では、闇雲に追っても追いつけないだろう。
(視界は五メートル以下……霧で何も見えないんじゃ、使えそうなの耳くらいか)
「根源なる二つの力よ 我が望みしは魚の息を聞く鋭き耳 音の波を捉える聴こえの器。
聞こえざるものは 霊素を鳴らして 耳を澄ませ “共鳴りの調べ”」
ミリアは聴覚拡大の呪文を詠唱すると、精神を集中して異音の伝播に耳を澄ませた。
508
:
装幀司書ヴェクス
◆xNodesigng
:2015/05/05(火) 21:27:00 ID:dl3rE25Q0
白の帳は農地や牧草地を越え、ドイナカ村の中心部や周囲の森林地帯にまで広がっていた。
明らかに自然物ではない霧の発生に村内も騒つく。
水道管の破裂だ、花火だ、いや有毒ガスかも知れないと想像も逞しく、慌てて転ぶ者まで現れる始末だ。
体に粘りつくような濃霧の中、魔術師ヴェクスはアルサラムを担いだまま、音を殺して建物の裏へ回り込む。
霧など無いかのような素早い動きは、透視の瞳と名付けられた眼鏡の賜物だ。
無論、普通の眼鏡などではなく、流した魔力量に応じて着用者の視界を晴らす魔術具である。
今の彼が確保している視界は百メートル以上で、逃走にも不足は無い。
霧の中を走りつつ、ヴェクスはミリア自身が追って来るケースを想定していた。
強化魔術師の特性からして、追撃の際には視力や聴力を拡大する公算が大きい。
周辺一帯が濃霧に覆われているからといって、無策の逃走は避けるべきだった。
ならば、どうすべきか?
普通に考えるなら、遠距離移動には転送施設を使う。
だが、突如として村が霧に覆われた今、異変を理由に出国要請は通らないかも知れない。
警備官のウィムジーがいなければ、管理官の説得も時間が掛かりそうに思えた。
そして、此方が転送施設を使う可能性はミリアとて考える筈だ。
思考を巡らせたヴェクスは、芝生の上で佇む薔薇班《ロゼテッド・タビー》の猫の元に駆け寄り、短く命令する。
「建物の反対付近に回り込み、呪文詠唱を聞いたら転送施設へ向かえ。
相手の視界に入らないよう、距離は常に三十メートル以上を保持。
標的が来たら迎撃して足止めだ――――wake up Miss Elh?m」
起動呪語の直後、虎猫の体は瞬く間に膨れ上がって巨躯の豹となり、主人が命令した通りに疾駆を始める。
先程まで小さな猫であったものの正体は戦豹。第四種魔術具に当たる擬似生命体だ。
普段はただの猫にしか見えないが、起動呪語を唱えれば即座に豹の姿へと変貌する。
この使い魔を媒鳥(おとり)として使い、その間に村を離れるのだ。
「その前に……」
ヴェクスはタブレット端末で同輩の女魔術師に連絡を入れた。
「サーナ、静かに建物の裏手へ。
対象は転送施設へ誘導を図ってみる
ファラーは逃走用のレンタルカーに押し込んどくから、五分後に村を離れてくれ」
「アルサラムを起こさないのですか? 解毒の霊薬はあるでしょう」
「ファラーを起こしたら突っ込みそうだから、もう少しグッタリしてて貰うよ。
おそらく、あの光の蔦は高位古代語呪文《エルダーエンシェント・スペル》じゃないと通らない。
火力の高い奴を失うのは避けないと」
「……それで貴方は?」
「リンセル・ステンシィを保護する。
相手さんは場数を踏んでなさそうだし、逃げた筈の相手が再び同じ場所へ戻って来るなんて思わなそうだ」
エクレラも意図を察した。
保護名目で昏睡の少女を拉致して、切り札にするのだろうと。
ミリアが快癒を望んでいた以上、リンセル・ステンシィに何がしかの価値を置いているのは間違いない。
「ファラー、そろそろミリアも動くだろうから、気取られないように頼むよ」
通信を切ると、ヴェクスは白いセダンの後部座席にアルサラムを押し込み、建物の裏口から病院へ入り直す。
そして、階段を登り、渡り廊下を進み、コーデファーの治療が行われている部屋に入って行く。
無論、此処では医者たちが忙しく手術を行っているのだが、彼は何の遠慮もせず手術中の医者へ話しかけた。
「……余り時間が無いし、そちらも忙しそうなので用件だけお話しする。
リンセル・ステンシィとアレクサンデル・レシェティツキを保護したいので、引き渡して頂きたい。
病室の解除コードはフラスネルから聞いてるが、一応、其方側にも伝えねばと思いましてね」
509
:
装幀司書ヴェクス
◆xNodesigng
:2015/05/05(火) 21:28:22 ID:dl3rE25Q0
「フラスネルさんが手術中なのは見えないの?」
ヴェクスに応答したのはアルテナ・ポレターナだ。
声音には微かな苛立ちが込められている。
医者が精密作業の最中に集中力を乱されれば、不機嫌になるのも致し方ないだろう。
或いは、病院側の権限を軽んじるような不躾さも、彼女の不機嫌に拍車を掛けているかも知れない。
「見えてはいるが、一刻の猶予も無いので許して欲しいね。
何せ、さっきの光る蔦を纏わせた女、ミリアが戻って来れば全てはお仕舞いだ。
彼女は自身の体液を触媒に使う、魅了使いの魔術師なんだよ。
リンセルとアレクサンデルの二人も、彼女の魔力で洗脳を受けている。
ミリアが戻れば、貴方がただって精神操作の口封じを受ける可能性が高い。
何か対策を取らねばならないだろう」
そう言いながらヴェクスは眠る老警備官に歩み寄り、懐から取り出した小瓶を傾けて透明な雫を垂らす。
この透き通った液体も魔術の産物で、解毒の霊力を秘めた秘薬だ。
摂取した事で、ウィムジーの体内に残る麻痺成分は数分で抜けるだろう。
「魅了の魔術? それは厄介な相手だけど……。
この病院だって信頼して貰って治療を任されたのだから、おいそれと患者を放り出すなんて出来ないわ。
患者を転院させるには、主治医に病院長、それに家族の許可だって必要よ」
「残念だが、可哀想なリンセルちゃんの家族は魅了使いの手に落ちたようだ。
主治医は見ての通り、瀕死の重傷。
地区警察の臨時職員としては、国で保護を行うのが妥当だと思うね。
詳しい話は、サンプティア警備官が起きたらって事になるが……後、三分って所か」
「ルーラルダで保護するの?」
アルテナは血管を縫合しながら聞いた。
この村の正確な所在地は、ドイナカ村デンエーヌ地区ローカルナ州ルーラルダ連邦となる。
国で保護と聞いて普通に連想するのは、当然ながらルーラルダ連邦だ。
しかし、ヴェクスは主権の所在については明言しない。
「最優先は安全確保が出切る所だ。
それと、この場に居合わせた医師も直ぐに身を隠してもらいたい。
僕たちや警備官、医療司書と同じく、君たちが標的になるのも間違いないだろうからね。
此処の防衛能力では、厄災の種を持つ魔術師から患者を守り切れるとは思えない。
色々な許可に関しては、緊急避難を終えてからの事後承諾にしてもらおう。
それとも、まさか沈む船から逃げ出す時まで誰かの許可がいるのかい」
「……切迫した状況なのは分かったけど、フラスネルさんの治療は中断出来ないわ」
「救急車両で手術を行う事は?」
「山間の集落へ行く時に備えて最低限の設備はあるから、出来なくはないけど……」
「では、そうして貰いたい。
標的と成り得る人物は、早急に安全な場所へ移らなければいけないからね。
さっきの女はいつ戻って来るか分からないが、甘く見積もって十分って所だろう。
ああ、そっちの中年男は暴れかねないから、寝ている間に拘束した方が良い」
「看護婦、ストレッチャーを用意して! 止血処置をしてフラスネルさんを移すわ!」
医師の指示で看護婦が搬送器具を用意するのを横目に見ながら、ヴェクスは特異病棟へ足を向けた。
使い魔が媒鳥役を果たすように祈りつつ、リンセル・ステンシィの病室へ。
510
:
装幀司書ヴェクス
◆xNodesigng
:2015/05/14(木) 23:35:29 ID:BOZaQZbQ0
ふと、ヴェクスは微かな懸念を抱いた。
先程の自分は、起動呪語を正確に発音出来ていたのだろうか……と。
起動呪語は魔術具を発動させる際のキーワードである。
従って、通常の呪文詠唱と同じく、例え一音節でも誤字や脱字、言い間違いがあれば、正常な発動はしない。
普通の会話と違って、魔術に関係する言語は常に正確な発音を為されなくてはならないのだ。
機械のパスワード同様、環境依存文字が表示されなかった等という弁解も通じない。
そして、彼の発音に関する懸念は現実である。
一音だけ起動呪語に不明瞭な箇所があって、設定したエルハームとは発音されていないのだ。
そして、既に使い魔が彼の言葉を聞けない位置まで離れた以上、起動呪語の訂正も不可能である。
運命の女神はダイスの振り直しを認めない。
――――wake up Miss Elhām(目覚めよ、閃光嬢)。
――――wake up Miss Elhaam。
――――wake up Miss Elha-m
心裡にて起動呪語を繰り返すこと三度。
これらを発音できていれば、ヴェクスが期待する通りの完全な機能も得られただろう。
しかし、繰り返すが呪文は一文字のミスであろうと許されない。
一見すれば正常に起動したかに見えても、言霊を過てば相応の報いを受ける。
リンセルの治癒に際して、ミリアが呪文の欠字で望む結果を得られなかったように。
「此処か、リンセルの部屋は」
ヴェクスは扉の前で立ち止まると、急いで認証コードを入力した。
内部は医療器材が青い光を灯らせるだけで仄暗い。
部屋の奥には一人の少女――――リンセル・ステンシィが診療台で横たわっていた。
着ているのは、胸元にフリルがあしらわれたローズレッドのパジャマだ。
細い手足には電極が装着されていて、心電図までコードが伸びている。
長かった栗色の髪はバッサリと切り落とされており、今は三つ編みを編めない程に短い。
検査の邪魔とばかりに、コーデファーが短く切ってしまったのである。
「さ、僕と来てもらおう」
リンセルは手早くコード類を外され、魔術師の背に移された。
511
:
enchanter
◆xNodesigng
:2015/05/14(木) 23:42:02 ID:BOZaQZbQ0
◆ルーラルダ連邦
国名:ルーラルダ連邦
位置:中央大陸のやや西寄りの地域
言語:共通語
首都:フールサット
体制:連邦制、直接民主制
行政:二十の州で構成された連邦政府
主席:大統領
面積:約4万km2
人口:約700万
気候:四季があり、起伏にも富んでいて、地域毎の気候はかなり異なる
地形:丘陵や山岳が多い
主食:パン、ジャガイモ
産業:観光業、酪農が中心
交易:中立外交が中心
通貨:大陸西域で広く普及するR$(リ・ドル)、R¢(リ・セント)の他、周辺国家の通貨も使用可能
信仰:星霊教団、三主教など
歴史:幾つかの州が自治を守る為に盟約を結んだ国家連合として始まり、後に連邦国家へ移行
備考:州毎の自治権は強い。ドイナカ村はローカルナ州デンエーヌ地区に属する
◆魔術具
魔術具とは魔力を封じた道具で、主に付与魔術師が作成する
魔道具、魔導具、魔法具、術具など呼称には微妙な差異がある。
司祭や神が作ったものは祭器や神具とも呼ばれたりするが、本質的には余り違いも無い。
猶、付与魔術師の人口比率は伝統希少工芸の職人と同じか、それ以下で、一州単位で一人二人なのはザラ。
これは神秘を保つ為、魔術師たちが徒弟制度に近い方式でしか魔術の伝承をしない事による。
◆魔術具の区分
・第一種魔術具……特定の機能が常時発動している道具
・第二種魔術具……所持者が魔力を流すと、機能が発動する道具
・第三種魔術具……設定した起動呪語(キーワード)で、機能が発動する道具
・第四種魔術具……擬似生命体(使い魔や知性を持つ魔剣など)
・特殊魔術具………それ以外の魔術具
◆起動呪語
魔術具の起動、機能変更、停止など、操作を行う際のキーワード。
一語でも過てば十全の機能を発揮しない……どころか逆に作用する場合すら有り、ミスは厳禁。
第一種や第四種の魔術具でも、起動呪語で機能が変化する品も作成可能。
一個の魔術具に複数の機能を持たせるのは、製作者に高い技量が必要となる。
512
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/05/15(金) 00:11:37 ID:rh73CTdk0
霧の中で耳を澄ませるミリアは、幾つかの音を捉えた。
弱い風と揺れる草、虫の鳴き声、開いた窓からは何人かが話す声。
最もミリアの注意を惹いたのは、スプリンター並の速度で遠ざかってゆく足音だ。
(遠ざかる重い音……砂利道を蹴るような足音が四つ……速い。
さっきの魔術師の男と女……二人組が村の方に走って行く? 人混みに紛れて逃げるつもり?)
「……逃がすかッ」
ミリアは濃霧を突き破って砂利道へ飛び出ると、路面を駆けて足音の主を追う。
戦豹の走力は最高で時速100kmにも達し、恐怖心を持たず、視界不良の中を全力で走れる。
たとえミリアの身体能力が四倍に強化されようと、追いつけない筈だった。
しかし、運命は非情。
幸運の女神は豹の使い魔に微笑まず、代わって憐れみの涙を流した。
不完全な起動呪語で動く戦豹の動きは、主人の想定より遥かに鈍かったのだ。
胸が光の蔦で抑えられて揺れず、さして走力が落ちない事もミリアに利した。
(あの影、人間のものじゃ……ない?)
霧に映る影は人型のシルエットではなく、明らかに獣のものである。
「豹ッ?」
追走を続けて五メートル圏内まで接近すると、ミリアも影の正体に気付いて戦慄した。
強靭でしなやかな肉体を持ち、全身に黒斑を散らせた黄色の毛並み――――この地域に存在する筈も無い豹だ。
捕捉された戦豹は即座に体を反転した。
迎撃体勢を取り、ミリアに飛び掛かって首筋へ牙を突き立てようとする。
「フッ……ぁうッ」
疾走していたミリアは、急停止できない。
相手が人間なら、恐れ無く反撃したかもしれないが、相手は豹である。
獣の姿形は本能的な恐怖を与えて、ミリアの顔を反射的に背けさせた。
これでは、軌道を変えての回避も不可能。
「……ぅ、あ」
心臓を氷の手で握られるような衝突の一瞬。
本来ならば、ミリアは一撃で首を噛み千切られる筈だった。
しかし、足を止めるミリアが見たのは己の死ではなく、光の蔦越しに獅噛みつく獣の姿。
大型の獣に圧し掛かられたにも拘わらず、猫に抱きつかれる程の感触すら感じない。
「ひ、い、いやっ!」
息が触れる程の距離で肉食獣の顔を見て、ミリアは錯乱したまま左手の拳を振り回す。
それが戦豹の最期。獣の牙は届かなかった。
媒鳥を命じられた使い魔は頭部を粉砕され、人造の血と骨と肉を無残に散らせる。
砂利道はドス黒い血で濡れて、霧の中にも錆臭い香りが立ち込めた。
ミリアの左腕に絡んだ光の蔦も鮮血を浴び、血斑の間に変色した黄色い微光を覗かせている。
「えっ、うっ、嘘……死んじゃったの……。
ど、どっかの飼い猫……じゃないよね、これ……。
でも、猫にしては大き過ぎるし……やっぱり豹?」
呆然と使い魔の死骸を見つめるミリア。
だが、錯乱した心も時間が経過するに連れて平静な状態へ戻ってゆく。
「じゃ、じゃない……よく考えろ、アタシ。
こんな村で豹なんかに遭う訳ないし、あいつらの使い魔に決まってる」
513
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/05/15(金) 00:19:55 ID:rh73CTdk0
ミリアは獣形の残骸に目を落とした。
(使い魔に足止めさせて、逃げる時間を稼ぐつもりだったって事だよね。
でも、アタシを足止めした後は?
村で車を調達するか、転送機を使うかして地区警察に向かう?
そうだ、村に向かう理由は転送機……空間跳躍で手の届かない所に逃げるつもりだ)
しかし、この仮定には違和感を覚える。
なぜ、使い魔は村の方へ逃げようとしたのか?
ミリアの追走を許せば、村まで導いてしまったかも知れないのに。
(単に逃げただけ? いや、使い魔が命惜しさに逃げるなんて無いはず。
って事は、村の方へ向かおうとしたのは、本当の逃走ルートからアタシの目を逸らす為?
でも、それじゃあアイツらは何処へ逃げる? 山? 森? それとも裏を掻いてやっぱり村?)
そもそも、相手の狙いは本当に転送施設なのだろうか。
ミリアも其処を疑い、車での逃走説に焦点を当ててみる。
霧で視界を塞いだとは言え、人を抱えながらの長距離移動は困難だ。
移動手段として、車を使う可能性は少なくないと思えた。
付近で車を調達できそうなのは村か病院だが、病院付近でエンジン音がしていたらミリアも真っ先に狙う。
ならば、車の用意が出来るのは村しかない筈だ。
魔術師の目的地は、やはり村なのか?
……だが、豹が村の方へ向かった事は腑に落ちない。
では、とミリアは考えを変え、村以外の場所で車に乗るならどうすれば良いかと考えた。
(アタシに悟られないよう車を動かすには……音を消す……騒音を増やす……後は……アタシの方を遠ざける?)
「そうだ、豹の目的は足止めじゃなくて、アタシを病院から引き離す事ッ!」
穴は多いが、使い魔の起動呪語が完璧なら至らなかった結論だ。
ミリアをミスリードしようというヴェクスの目論みは、脆くも崩れた。
(病院の方に……聴覚を集中……)
強化された聴覚は、調節すれば数百メートル先の音すら捉える。
研ぎ澄まされた耳に一際大きく聴こえるのは、期待通りのエンジン音。
コーデファーを乗せる用意をすべく、駐車場の救急車が駆動したのだ。
村に向かって駆けていれば聞き逃したであろう音を捉え、ミリアの口角が吊り上がって歪む。
濡れた腕を激しく振って多量の返り血を落とすと、ミリアは風の速さで砂利道を引き返した。
病院の駐車場では、車内設備を起動させる為に救急車のエンジンが掛かったばかりだ。
その音を目印としてミリアは一直線に近付き、車の影が見えると勢いを殺しつつ突っ込む。
「み……魅了使い!?」
窓へ張り付く女を見て、運転席に座っている男は驚きの声を上げた。
光の蔦を纏い、さらには血飛沫で汚れた女が霧の中から現れれば、声の一つも上げたくなるだろう。
彼の口から漏れる言葉から、能力の露見をミリアも悟った。
躊躇い無く、血飛沫を落としきれていない腕で車の扉を開け、運転席の人物を引き摺り出す。
ミリアが掴んだのは人間族のようで、年齢は三十程、小太りで茶色い髪の男だ。
「魔術師も警備官もいない……。
アンタ、さっきの部屋にいた医者だよね?」
ミリアは相手の胸倉を掴んだまま、軽く凄んだ。
魔力の正体を知る男は、怯えたように顔を背けて逃れようとする。
「た、た、助けふェ」
514
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/05/15(金) 00:24:49 ID:rh73CTdk0
掠れた懇願に耳を貸さず、ミリアは苛立ちを込めて男の顎を掴んだ。
そのまま、厚ぼったい唇の間に親指を差し込む。
「悪いけどさ、余計な遣り取りしてる暇とか無いんだよ。
うざい抵抗するなら、アンタの顎を砕いて、両手両足へし折るだけだから」
恫喝のせいか、すんなりと男の唇は抉じ開けられた。
ミリアは強引に相手を引き寄ると、唾液を溜めた舌を押し入れる。
暴力で言う事を聞かせるより、欺かれない魅了の方が信頼できたから。
「んぁ、む」
「ふ……ぅ、はぁ……」
吐息と濡れた音。
常人に過ぎない男性医師が結界を越えられたのは、ミリアが受け入れる意志を示したからだ。
舌が絡み合い続けると、次第に男の目も陶酔を帯びた虚ろなものへ変わってゆく。
やがて、向こうの方から舌を動かし始め、無骨な手が胸の膨らみに伸びて来た。
ミリアも男の心を捕らえたと確信して、柔らかな唇を離す。
無意味な報酬を与えるつもりは無い。
「で、魔術師や警備官は何処?」
「え……あ……はい……魔術師の一人なら戻ってきて、特異病棟に入って行きました。
そ、そう、なんかチャラ男っぽい方の男。
リンセル・ステンシィを保護するって……。
怪我した男と小さい子も、あなたが離れてる隙に救急車へ移せって言ってまして、それで僕が車の用意を。
もうすぐ、怪我人の二人を連れて皆も来るんじゃないかな……。
その他の魔術師は、戻って来なかったので分かりません。
警備官は僕が部屋を出た時は、まだ寝てましたけど」
「つまり、リンシィとアレクを確保した上で逃げ出すつもりだった訳か。
人質にでもしようって事? させないけど」
此処で選択肢が分かれる。
居所の分からないアルサラムとエクレラを探すのか、病院内のヴェクスとウィムジーを追うのか。
(確実に居所の分かる奴を魅了して、そいつを動かすのがベストだね。
アレクとコーデファーを救急車に乗せるつもりなら、こいつにも動いてもらうか)
ミリアは即座に決断を下すと、男に目を向けた。
「アンタは、このまま何事も無かったように動いてて。
状況が落ち着いたら、バレないようにアレクサンデル・レシェティツキと相談すれば良いから」
「あっ、僕、ヨードル・アークジーン」
男は名乗ったが、ミリアに名前を覚える気は無く、指示を出し終わると即座に駆け出す。
途中、口の中に残る他人の唾液も不快げに吐き捨てられた。
515
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/05/15(金) 00:33:46 ID:rh73CTdk0
ストレッチャーで患者を運ぶ医師団は、エレベーターで移動している。
従って、階段を駆け上がるミリアは彼らと擦れ違わずに検査室へ辿り付いた。
蹴り破った扉の先には、少女を背負う魔術師の姿。
傍らには魔術の眠りから目覚めたウィムジーが立っていて、その他に人影は無い。
「裏を掻こうとしたみたいだけど、残念だったね。
リンシィは返してもらうよ。二人とも逃がさない」
少年のような髪型となったリンセルが視界に入ると、ミリアの瞳に険しい光が宿った。
全身を覆う光の蔦も一際、妖しげな輝きを増す。
「ヴェクスとか言ったっけ?
もしリンシィを傷つけたら、アンタを殺すから。
さっきの話通り、厄災の種が魂を吸うものだったら、蘇生できないんじゃない?」
ミリアが目を据えて歩き出すと、ウィムジーが動く。
彼は盾のように立ち塞がって、拳銃を構えた。
リンセルを背負ったままでは、ヴェクスが動けないと踏んだのだ。
「止まれッ」
警備官は制止を命じた。
「銃? 撃ちたきゃ撃てば?」
ミリアは冷ややかな声を漏らす。
ウィムジーが今までに出合った、どの魔術師や犯罪者も持たない圧迫感を伴って。
警告でも歩みが止まらないのを見て、警備官は床を狙って引き金を引く。
乾いた発砲音が鳴るが、今さら威嚇射撃で止まるミリアではない。
「人なんざ、撃ちたかないんだが――――」
ウィムジーは照準をミリアの足に変えて、二度目の弾丸を放った。
しかし、確かに命中した筈の弾丸はミリアを傷つける事なく、推進力を奪われて床へ落ちた。
警備官が狙った部位は蔦の無い部分だったのだが、防護結界は蔦自体を物理的な障壁としている訳ではない。
光の蔦は別世界の理が具現しているものであって、結界の防護範囲は全身に及んでいる。
アイン・ソフ・オウルの結界で守られた者は、この世界にありながら、別の世界に存在すると言っても良いのだ。
それ故、世界へ干渉する力でなければ、どう足掻いても働き掛けられない。
「――――面妖な、これだから魔術ってのは好かん!」
「どきなよ、ウィムジーさん。
今のアタシに殴られたら、きっと死ぬから」
ミリアは低い声で言うと、片手を伸ばして警備官の腕を掴む。
さして力を込められたようには見えないものの、ごきりと嫌な音がして、掴んだ腕は半ばから垂れ下がった。
拳銃が取り落とされ、ウィムジーも呻きを上げて蹲る。
体を張って盾となった警備官が崩れ落ちると、双眸は再び黒髪の魔術師を映した。
「アンタの魔術も通らないよ」
ひたと視線を据えたまま、ミリアは老警備官を横切ってヴェクスに近付く。
発散される精神的な圧力は、項の毛を逆立たせ、肌に粟を生じさせ、心まで塗り潰す程に重い。
516
:
装幀司書ヴェクス
◆xNodesigng
:2015/05/24(日) 18:13:50 ID:6Ue6X/RM0
ミリアは警備官の腕を生木の枝のように折ると、ヴェクスの方へ近付く。
視線は敵意が篭もったもので、体を覆う光の蔦は悪夢が具現したかのように妖しい。
その異様さはヴェクスとて重圧を感じる程のものだが、彼は顔を引き攣らせつつも笑みを浮かべた。
「……お年寄りは大切にしようよ」
「今は年寄りの心配より、リンシィを気にすべきだと思うね。
もしリンシィに傷を付けたらアンタを殺す。脅しじゃない」
感情を抑えた低い声音。
しかし、獅子の咆哮にも匹敵する威圧。
ミリアの全身を覆う蔓も、内面の怒気に反応したのか無音のまま蠢く。
「リンシィ! それ、可愛い愛称だよね!
僕もリンシィって呼んで良い?」
「無駄口叩いてないで、アタシのリンシィを返しな」
ミリアが進む分だけ、魔術師は後退した。
強固な防護結界を纏った女に対して、彼が打てる手は極めて少ない。
「しかし、エルハームも頑張ってくれると思ったんだが、少しばかり見通しが甘かったか。
アレ、オリンピック優勝選手に速度倍化の術を掛けても、追いつけない性能だったんだけどな。
君が予想外に速かったのか、使い魔が予想外に遅かったのか……。
いずれにしても、信頼と実績のイヴンスディールの家名には傷を付けてしまったようだ」
「エルハームってのは豹の事? あれなら一撃で殴り殺したよ」
苛立ち、吐き捨てるようなミリアの言葉。
それを聞き、ヴェクスは皮肉げな笑みのまま、戯けた口調で迎える。
「淑やかさに欠けるのは良くないな。
豹を殴り殺す女の子ってのは、ちょっとワイルド過ぎる」
「アンタの好みなんか、知った事じゃない。
知った事じゃないけどね、これから嫌でもアタシの事は好きになってもらうよ」
ミリアが唇を舌で濡らす。
今までに何度か行ってきた、魅了の準備だ。
「ワァオ、何とも情熱的な告白」
「時間が無いからさ、無駄な抵抗はしないでね」
「いや、そうもいかない――――」
ヴェクスは背中の少女を素早く前に回して抱きかかえると、その細い首筋にナイフの先端を押し当てた。
続いて、刃のように尖った声音を発する。
「――――こう見えてシャイなんでね。
少し、心の準備をさせて欲しい」
517
:
装幀司書ヴェクス
◆xNodesigng
:2015/05/24(日) 18:19:21 ID:6Ue6X/RM0
「うゥヌッ……オイ、そりゃいかんぞ!」
ウィムジーが己の激痛も忘れて叫ぶ。
リンセルを殺せば拙いというのは、誰かに言われるまでもなくヴェクスも理解していた。
だが、手元の少女は現状で使えそうな唯一のカードだ。
まずは、札の価値を確かめなければならない。
「治安行政側の人間が取るべき手段ではないのは分かっているが、此方も脅しじゃない。
倫理観に関しては、本職ほど高くもないんでね。
自分の心を誰かの手に委ねるくらいなら、刺し違えてでもって感じかな」
途端、室内の大型医療機器が振動音を立て始める。
ミリアの怒りが膨れ上がる魔力の波動として現れ、周囲の空気を震わせたのだ。
「もし、リンシィに傷を付けたら……殺してやる。
アンタを殺すのなんか、三秒だもいらない。
ご自慢の使い魔と同じように、一撃で頭を叩き潰してやる」
凄むミリアを他所に、ヴェクスは心中で見えざる笑みを浮かべ、聞こえざる笑い声を上げた。
どうやら、手持ちの札での勝負は可能らしい。
「それは有り難い。
一撃で叩き潰されれば、痛みも感じないだろうからね。
しかしだ、僕がこの子の首にナイフを刺すのだって三秒いらない。
僕を殺した後、君は致命傷を受けたリンセルを確実に治癒出来るのかな?」
「リンシィを……道連れにでもするつもり?」
「そうならないことを願ってるよ。
ただ、僕は恋の奴隷に為るつもりは無いとだけ言っておこう。
後腐れの無い恋人だったら、いくらでも欲しいんだけどね」
ヴェクスの優先度は自分の命、自分の精神、ラクサズ、バニブル、同門の魔術師、警備官、リンセルの順だ。
人質を殺して、自分まで殺されるつもりは無かった。
魅了されても回復の可能性が残る精神より、不可逆の生命の方が優先度も高い。
しかし、それを表に出してしまっては交渉にならない。
だから、余裕ある態度と表情。
ミリアも宣言が本気かブラフか分からず、焦り、迷う。
「リンシィを無傷で置いてくなら……アンタは……見逃してもいい」
ミリアは口惜しげな表情で妥協を口にしたが、交渉相手は譲歩を見せない。
むしろ、弱みを衝いて更なる好条件を引き出せると思っただけだ。
手札が良ければ、賭け金は吊り上げるのみ。
「それを信じるのが難しい事くらいは分かるよね?
君の人格は置いとくとしても、立場を考えれば敵対者は口を封じた上で利用したい筈だ。
室内から出た途端、背後から襲い掛からないとの保証も無い。
ミリア君が大人しく捕まってくれるのが、ベストだと思うけど……どうかな」
518
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/05/27(水) 06:03:19 ID:QOY/h.gM0
突きつけられたのは、ミリアにとって飲めない要求。
だが、リンセルの身を考えれば拒む事も出来ない要求。
背反のジレンマで思考は固まり、逡巡で悪戯に時間が過ぎてゆく。
やがて、室内スピーカーから女性のアナウンスが流れ始めた。
「――――院内の皆様方、先ほど病院内で起きたトラブルを鑑みて、緊急の非常放送をさせて頂きます。
本日、魔術で不法行為を行う人物を拘束すべく、村の警備官が出動いたしました。
ですが、容疑者女性は激しく抵抗し、現在警備官の手を逃れて病棟付近を徘徊しているようです。
容疑者の特徴は十代後半、黒い瞳で灰色の髪、体にホログラム状の植物が浮かび上がっている可能性も有り。
鉄の扉を素手で壊せる程に肉体を強化していて、自分の体液を摂取させて対象を魅了する能力も持っています。
医師や患者の皆様は充分に気を付け、目撃された場合は速やかにメール等で地区警察へ連絡して下さい。
猶、外の霧は有害なものではないので、ご心配されませんように」
聞こえたのは、アルテナ・ポレターナの声。
病院の医師たちも、ただ己の身を守ろうと逃げるだけではない。
同僚や患者たちにミリアの脅威を周知させようと、事務室から危険の告知を行ったのだ。
「さっきの……女医?」
ミリアの顔が動揺で青褪める。
秘密裏に行動したい彼女にとって、情報の拡散は最も恐れるべき事態だ。
何しろ、魅了は性質を知る者ほど危険視する力。
事態を隠蔽しようにも、院内の通信機器、患者や医師の携帯端末、それら全てを即座に止めるのは不可能だ。
「僕らは、誰が魅了されているか分からないから情報を漏らさない方が良いと判断した。
だが、病院側の判断は違ったようだ――――」
ヴェクスの答えを聞き、ミリアはギリッと音を立てて歯軋りする。
一人ずつ口止めする労力と、情報の拡散、どちらが速いかなど言うまでも無い。
睨むミリアにヴェクスは言葉を続ける。
「――――で、どうする?
僕としては、増援が来るまで特異病棟の空室にでも篭もってて貰いたいんだけどね。
君が扉を破れるのは分かってても、他に適切な場所が無い」
要求が伝えられた。
但し、デンエーヌの地区警察でミリアに対応可能かは疑問が残る。
だからこそ、其処に他の組織が力を捻じ込む余地も生まれて来るというものだが。
「……拒めば?」
「此方は退かない。
何度も同じ事を言わせないで欲しいね」
ヴェクスは緩やかに動き、進路を開けた。
そして、決意を促すようにナイフの腹で人質の顎を押し上げる。
柄の螺鈿細工が美しく、装飾用にも見えるが、ヴェクスのナイフは切れ味を鋭す術が掛けられた逸品だ。
抵抗できないリンセルを切り裂くなど、実に容易い事だろう。
「魔術師、いかん!」
ウィムジーが必死の形相で立ち上がるが、ヴェクスの方針は変わらない。
リンセルの首筋には、鋭利な刃が当てられたままだ。
「警備官殿、現状でミリア君の暴挙を止められるのは、リンセル・ステンシィだけです。
ミリア君は鉄の扉や使い魔を破壊する力を持ち、銃も魔術具も効かず、魔術師ですら捕らえられない。
此処でこの少女を手放してしまえば、我々は二人とも魅了の魔力に囚われ、彼女の尖兵となってしまう」
「言い分は分かるさ。
だがな、一般市民の安全が最優先だ。
あんたとミリアさんは切った張ったの覚悟だってあんだろう。無いとは言わせん。
だが、その子は他人の身勝手な都合で、何の謂われもなく生きる権利を奪われんだぞ。
そんなこと、あって良いはずがねェだろう!」
519
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/05/27(水) 06:05:04 ID:QOY/h.gM0
リンセルを抱えた男は警備官の言葉に頷く。
彼も警備官の主張は尤もだとは思うのだが、状況を有利に進めるにはリンセルを使うしかない。
もはや、不意を突いてミリアから逃げる事など、全くの不可能なのだから。
「……だそうだ、耳が痛くないかい? ミリア君。
魔力で利用されて、糞のような駆け引きの道具に使われて。
最後には何も分からないまま殺されるる少女……うん、実に悲劇だ。
しかし、君は悲劇を避ける決定権を持つ」
魔術師は交渉相手に囁く。
父親の理想とリンセル・ステンシィの命を天秤に掛けよ、と。
「よ、よくもそんなふざけた事……クソ、クソッ!」
三主は、神は、なぜこんなにも残酷なのだろう。
崇める者が大勢いる聖都に何度も嫌がらせをしておいて、それに充分耐えて苦しんだ者たちも執拗に苦しめる。
神など何処にも存在しないから、地上を省みる事など出来ないのだろうか。
それとも、聖都に現れたという巨大な怪物が、やはり三主神だったのだろうか。
怪物なら怪物で、最初からそう名乗れと、ミリアは三主に理不尽な恨みを向けた。
「さ、借り物の理想と、紛い物の友人、どちらかを選んでくれないか。
まあ……紛い物とは言っても、いずれ本物になる可能性も無くはないがね。
君の選択次第では」
ヴェクスが択一の選択を迫るが、どちらか一方などミリアには選べない。
リンセルは失いたくないが、父親への思慕だって捨てられるものではない。
ならば、両方を一遍に掴む事は?
(ダメだ……リンシィの背後に隠れた奴を殴り飛ばすより、ナイフを刺す方が絶対に速い。
そんなのダメだ……どうすれば……クソッ。
この二人さえ魅了すれば、まだ間に合うはず! 逃げた仲間の所へ案内させられるのに!
残った医者だって、さっきの男を使えば……!)
思考が縺れるミリアに魔術師は追い討ちを放つ。
「そういえば、僕が死んだらリンセルの御両親には謝罪が出来ない。
もし、ミリア君がそうするつもりなら、君の方から謝っておいて欲しい。
御令嬢は残念でしたが、代わりにまた元気な子を産んで、可愛がって下さい。
きっと、御令嬢も天国から見守ってくれるでしょう……って。
ああ、いや、リンセルの代わりには君がなればいいのか。
父を亡くした娘と、娘を亡くした親で、ぴったりじゃないか」
魔術の槌は完璧に阻んだミリアだが、言葉の槌には打撃を受けた。
(リンシィが殺されて……そんな残酷な言葉で慰められる……そんな馬鹿なこと……出来るか。
アタシはリンシィの代わりにはなれない……。
レナードさんやフロレアさんの心に入り込んでも……決してリンシィにはなれない。
だって、父さんの代わりだって誰もなれないんだから……)
ミリアにとって父親が唯一無二であるように、リンセルの両親にとって娘は唯一無二の存在だ。
少なくとも、そうあって欲しい。
彼らから愛されるのは嬉しいが、彼らがリンセルへの愛を忘れてしまったら、きっと自分の心は切り裂かれてしまう。
「リンシィの代わりなんて……いない」
言葉に出した事で、ゆらゆらと揺れていた選択の天秤がリンセルに傾く。
リンセルの両親であるフロレアやレナードの悲しむ姿は、想像するだけで耐え難いものだった。
自分に向けられる優しさも、愛も、絆も、魅了の力で作られた嘘の塊だとは分かっている。
でも、心に刻まれた楽しい風景は余りに鮮明で、彼らを嘆きの底に突き落とすなど、とても出来なかった。
520
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/05/27(水) 06:05:39 ID:QOY/h.gM0
ミリアは涙を零す。
父親の理想を捨て去ったという想いが、彼女を打ちのめした。
それは、昨日まで生の目的として大切に持っていたものだったから。
「……ごめん、ね……父さん……ごめんなさい……」
泣きながら、ミリアは夢遊病者の足取りで歩き始めた。
無残に破られた金属扉を潜って、向かう先は薄緑の廊下の奥だ。
ミリアが遠ざかるにつれて、精神的な重圧が軽くなっていくのを感じ、交渉に勝った魔術師は安堵の息を漏らす。
「どうやら、少しは君の事を考えてくれたらしい」
リンセルに言葉が掛けられた。
眠れる少女は、周囲の錯綜を他所に変わらぬままだ。
彼女の為の奇跡が起こらない限り、決して目覚める事も無いだろう。
「父さん……ぅ……ぅ……父さん……ごめんなさい……」
怪物たちを閉じ込める監獄の中、か細い嗚咽が虚ろに響く。
ミリアは父の理想の実現を諦めてしまった。
しかし、父たるドニ・スティルヴァイは――――革命のアイン・ソフ・オウルは理想を諦めない。
ミリアの全身を覆う蔓草が、色の濃淡を彩と揺らす。
同色の草葉の間には、先程まで無かったはずの光の球花が幾つも姿を覗かせていた。
521
:
装幀司書ヴェクス
◆xNodesigng
:2015/05/31(日) 04:10:29 ID:P45YHKFw0
車を運転していたエクレラは、村から5km先の山間部で携帯端末のコール音を耳にする。
それがヴェクスからの通話だと目の端で確認すると、彼女は直ぐに路肩へ停車して連絡を受けた。
濃霧の中で通話しながら車を走行させる運転技術を持たないので、当然の事だ。
「サーナ、そちらはどうだい?」
「エヴァンジェル方面に向かっていて、もうすぐ霧の圏内からも出ますが、そちらは?」
「リンセルちゃんを人質に取ったら、ミリア君は快く病棟内へ戻ってくれたよ。
それにしても信用無いね。
向かっているのは、アクノス方面のようだけど」
「貴方が魅了されている可能性を考えれば、最初から正確な情報など出せません」
「なるほど、確かに」
「此方の位置は、探具の魔術で調べたのですか?
念の為に魔力封緘は掛けていたのですが」
「いや、タブレットの位置特定アプリ」
「位置を特定する……プログラムですか。
本当に気持ちが悪いですね」
「念の為に聞くけど、気持ちが悪いって機械のことだよね?」
「それはともかく、対象を確保したのなら迅速に処置しましょう。
直ぐに私たちも其方へ戻ります」
「……いや、まだミリア君の気が変る可能性は少なくないと思う。
君らはバニブルに戻って対策を練った方が良い。
彼女がその気になったら、誰も対処出来ない状態は変わってないんだからね。
最低でも、一つは対抗手段が無いと話にならない。
ファラーに高位古代語呪文《エルダーエンシェント・スペル》を授与してもらえるよう、従兄殿へ頼んでおいてくれ。
コトンは当初の予定通り、他の病院に移動させた方が良いだろう」
「では、事後処理をお願いします、ヴェクス」
「ミリア君が怖いから、出来れば僕も戻りたいんだけど……ま、仕方ない。
ところで、ファラーは怒ってない?」
「アルサラムなら意識が途絶する寸前まで、貴方への呪いの言葉を吐いていましたよ」
そう言って通話を切り、エクレラは再び車を走らせた。
522
:
装幀司書ヴェクス
◆xNodesigng
:2015/05/31(日) 04:11:12 ID:P45YHKFw0
所変わってドイナカ村。
ヴェクスとウィムジーは病院長室に向かいながら、事後処理の会話をしていた。
「地区警察は応援を寄越してくれそうですかね」
「いや、魔術対策課は殆ど斃っちまって余裕が無いとか、泣き言抜かしやがった。
上に言わせりゃ、魔術絡みの案件は鰻上りに増えちまって、もうこの規模の事件なんぞ珍しくないんだとさ。
なもんで、そっちは民間から腕の良い魔術師を探して対処しろ、だとよ」
「それは、なんとも無茶な要求を言ってくる……。
上司と言うものは、どこも同じようなものなんですかね」
「ウム、悪ぃがもう暫らく手を貸してくれんか」
「ええ、それはもう。
最初から、そのつもりで派遣されたものでして……上司から。
しかし、さっきのアナウンスで村にも混乱が広がったでしょうから、まずは警備官から説明しなくては」
ヴェクスの危惧どおり、緊急アナウンスが流れた後、ロビーでは幾つもの安否確認が始まっている。
その中に、ミリアが魅了使いではないかと疑う男たちもいた。
湯治で村を訪れ、暫らく前からセプテットに滞在する四人組の侏儒《ドワーフ》族の二人だ。
一人は水質が肌に合わずに被れた皮膚を診てもらうべく病院を訪れ、もう一人は付き添いである。
「黒い瞳で灰色髪の女。
確か、宿の朝食で何度か見かけたな。
人間族の年齢ってのは分かり難いが、まだ若そうな感じだったから年も合っとるかもしらん。
何より、村に来たばかりの様子だったのが気になる。
グライグとゼドッゾにも知らせた方が良いんじゃないか」
他種族からは双子のように見える侏儒は、厳しい顔を見合わせた。
「左様だな。
時に携帯電話は此処で使っても良いのか」
「何、禁止の張り紙は無いから大丈夫だろうよ。
それに緊急事態でそんなことは言っていられん」
侏儒の男が太い指を操って電話を掛け、かくして病院からの一報はセプテットに届いた。
それは、常ならぬ霧の発生を怪しんでダイニングに集まっていた宿泊客の全員に伝わる。
特に関心を示したのは猫人《シャパリュー》の雑誌記者、メーレット・プラヴァだ。
予期せぬスクープに遭遇してジャーナリスト魂を刺激されたのか、丸い瞳を爛と輝かせている。
「魔術で不法行為を行う女?
この小さな村に灰色の髪で黒い瞳、おまけに年齢まで一致した女魔術師が二人もいるとは思えない。
決め付けるようだが、ミリアさんは限りなく黒に近いグレーだと思うね。
彼女は自分で強化魔術《エンハンス》の使い手だと言っていたが、奴らは獣や虫の能力を肉体に付与できる。
普通の魅了なら精神魔術の領域だが、体液を使う魅了ってことは強化魔術で作った毒かも知れない。
精神に作用する魔術なら、イストリア条約違反の恐れもありそうだが……」
事件を記事にするつもりなのか、猫人はボールペンとメモ帳を取り出して、何かを書き始めた。
「ともあれ、詳しい情報が欲しいな。
確か年齢は十七で……苗字は何だったか……」
523
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/06/10(水) 00:09:58 ID:M.fc9DxQ0
図書都市バニブル、素描すれば書架の迷宮。
建物という建物は書物の陳列場で、管理者たる人間は蒐集と保存に忙しない都市。
この街に戻ったアルサラムは古風な塔の一室、重厚な調度品が並ぶ部屋で師のラクサズと対面していた。
「……あの魔女を無力化する可能性はあった」
アルサラムの口惜しげな言葉を聞くと、ラクサズは机上に置かれた水晶に手を翳してミリアの姿を映す。
視点はエクレラの首飾りからで、場面は魔槌で攻撃を仕掛けた瞬間だ。
雷速で打ち込まれた長大な金属杭が、破砕音を鳴らして爆ぜ割れる、まさにその時。
「過信も嫌いではないが、魔術師なら彼我の力量を正確に把握しなければなるまい。
君の魔力は人間という種の中では高い方だが、ミリア・スティルヴァイはそれ以上だ。
鑑みるが良い、石魔《ガーゴイル》を貫く魔槌も彼女には全く通用しなかった。
ヴェクスの機転がなければ、我々は高い代償を支払う事になっただろう」
「機転……機転、か。
現状は鍵の無い檻に入れただけで、根本的には何も解決していない。
魔女が気を変えれば、すぐにでも被害は拡大する」
「然り、人の気持ちなど容易く変わる。
厄災の種を持つ者を、いつまでも貧弱な檻の中には留め置けまい。
あの漆黒の宝玉は人の感情を歪め、増幅し、浅学菲才の輩を一夜にして練達の魔術師に変える。
魔術の不正使用で彼女に責任を取らせるとしても、このまま事が運ぶとは思えない。
あのような類型は破綻するまで嘘と保身を重ね、時には自分すら騙す」
ラクサズが言葉を切り、相手の発言を促す。
「相手が人ではなく、人の姿をした何かなら、周囲を汚染する前に殺してでも排除すべきだ」
アルサラムは憤りを込めて吐き捨てた。
言葉に滲む感情は、治安行政の担い手たちが当たり前に持つような正義感や、悪へ対する怒りではない。
凶悪犯罪の被害を受けた当事者が加害者に抱くような、殺意混じりの特殊な憎しみだった。
「バニブルは法治国家だ。
法に則らない私刑を行う訳にはいかない。
被疑者の身柄が国外では猶更」
「では、法整備を進めて欲しいものだ。
貴方も政治家の一員だろう」
「無論、各所に働き掛けて進めてはいる。
しかし、仮に司法が認めたとしても彼女の殺傷は難しいだろう。
ミリア・スティルヴァイは、アイン・ソフ・オウルの可能性が高い。
彼らは伝説で描かれる竜、秘境の巨人族、或いは半神半人の英雄たちにも比肩する存在だ。
小手先の戦術では、差を埋める事など出来まい」
「ラクサズ・イレアード・イヴンスディールなら、その差を埋める術を知っているんじゃないのか」
「最も簡単な術は、自らもアイン・ソフ・オウルと為る事だ」
「アイン・ソフ・オウルと言うのは、保持する世界の規模や質が高い者の総称……だったな。
人類の一人ひとりが、己の世界を持つというのは分からなくもない。
大宇宙に比して、個人を小宇宙に例える思想など珍しくもないからな。
だが、人為的に己の世界を広げて、存在の質を高める手段など存在するのか」
「それについては、詳しいと思しき者が一人いる」
「誰だ」
「Daath(ダアト)」
524
:
enchanter
◆FarahLxH6M
:2015/06/10(水) 00:15:53 ID:M.fc9DxQ0
◆世界の樹形図
円環多元世界群《リース》
│
├世界群体(世界群体がネバーアース?)
│├ネバーアース(初期設定では、もう一つの地球の呼称がネバーアースだったように思う。惑星の名前?)
││├アイン・ソフ・オウル(知的生命が持つ独自の世界の中で、規模が大きく、周囲と混じらないもの)
││└知性体(彼らも各々の中に小世界を持ち、それが他者の小世界と混ざり合って世界群体を構成する)
│├仙界(世界群体の下位領域)
│├魔界
│├天界
│├地獄
│└etc.
│
├ガイア(ネバーアースとは別の法則に基づく平行宇宙の一つ)
│
├地球(様々な惑星や銀河団を含む三次元宇宙。正確には"地球が存在する宇宙"と表現すべきか)
│
└etc.
525
:
enchanter
◆FarahLxH6M
:2015/06/10(水) 00:27:39 ID:M.fc9DxQ0
◆細分化した位階
天位、地位、人位のアイン・ソフ・オウルのそれぞれを上中下の三つに分割して分類。
等級一つの差は大人と子供の差にも等しく、対等な条件で格上に勝利するのは至難の業。
ただし、様々な自然法則に縛られる無位級の戦いなら、単純に物理攻撃力の高い方が有利かもしれない。
■×13・神位、世界群体の全界に己の理を敷ける存在
■×12・天位上級、一界や一惑星を統べられる存在
■×11・天位中級、複数の国〜大陸規模の影響を及ぼせる存在
■×10・天位下級、一国の守護神に相当する存在
■×9・地位上級、一郡から州レベルでの影響を持つ神に相当、地位の等級で別格と称される存在
■×8・地位中級、一市程度を司る都市神に相当
■×7・地位下級、村や泉や山の土地神などに相当
■×6・人位上級、神話の英雄に比肩し、条件次第では地位下級に勝ち得る可能性を持つ
■×5・人位中級、歴史上の英雄に匹敵
■×4・人位下級、大国の競技大会で優勝できるレベル
■×3・無位上級、魔術師や異能者等、世界への干渉手段を持つ者(非アイン・ソフ・オウル)
■×2・無位中級、世界への干渉手段を持たない一般人(非アイン・ソフ・オウル)
■×1・無位下級、感情の弱い種族や獣(非アイン・ソフ・オウル)
526
:
enchanter
◆FarahLxH6M
:2015/06/10(水) 00:35:39 ID:M.fc9DxQ0
◆キャラクターの能力(参考)
【■=基本能力】【□=魔術やアイテムで強化した状態】【☆=アイン・ソフ・オウルの力が発現した状態】
■□☆は、1つ分がソードワールド1.0での能力値6点分程に相当。
目安として、人間の筋力は■×2が平均で最高は■×4、人間大のストーンゴーレムが■×5。
経験は■1つが約10年、2つが約20年、3つが約40年、4つが約80年分の経験に相当して……以後は倍々。
□が多いのは事前準備で強くなるタイプで、☆が多いのはアイン・ソフ・オウルとしての能力が高いタイプ。
『リンセル・ステンシィ』
筋力:■■
魔力:
器用:■■■
敏捷:■■
知性:■■
体力:■■
世界:■■
経験:■
※ミリアのドーピングで若干能力が底上げされているので、普通の女子中学生にしては高めの能力。
陸上の全国大会では勝ち抜けないが、手芸やパン作りの大会なら持ち前の器用さで上位を狙える。
『アデライド=べリシャリッツ・ルテニウム』
筋力:■■■■
魔力:■
器用:■■■■
敏捷:■■
知性:■■■
体力:■■■■
世界:■
経験:■■
※北欧神話のドワーフに近いイメージの鉱物妖精なので、肉体的な能力は全般的に高め。
知識量は低くないものの、感情の弱い種族なので保持する世界は人間より小さい。
『アルサラム・ファラー・アゼルファージ』
筋力:■■■□
魔力:■■■■
器用:■■■■□
敏捷:■■■□
知性:■■■
体力:■■■□
世界:■■■
経験:■■
※普通の人間の中では最高レベルの魔力と器用さの上、他も平均して高く、武闘派として充分な能力。
『ミリア・スティルヴァイ』
筋力:■□□☆☆☆
魔力:□□□□☆☆
器用:■■□□☆☆
敏捷:■□□☆☆
知性:■■☆
体力:■□□☆☆☆
世界:■■☆☆
経験:■
※人位の位階では下級だが、厄災の種と強化魔術の補助で、巨人や竜にも見劣りしない能力。
ただし、何も強化されていない状態であれば、能力はほぼ一般人と変わらない。
なお、神や仙人の跋扈する本編なら、能力を最大に強化しても瞬殺。
527
:
装幀司書ヴェクス
◆xNodesigng
:2015/06/18(木) 07:23:25 ID:LyiFb6eo0
トリフネの病院長は人間族で、五十台半ばの男性だ。
彼は恰幅の良い体を皮張りの椅子に沈めながらヴェクスの報告を聞き、不快そうに顔を歪ませていた。
自分の半分程度しか生きていない若造が、我が物顔で事を仕切っているのが気に入らないのだ。
口には出さないものの、苛立ちの現れとして人差し指でデスクを叩き続けている。
「つまり、危険な異能者を病室に追い込んだけど、いつでも脱出される状態だって……そういう事?」
「まあ、そういう事です。
頑丈な金属扉も異能封じの設備も、彼女のキャパシティが高過ぎて抑えられない。
言うことを聞かないと友人を殺すと脅かして、ようやく動きを止められたくらいでして。
ただ、こういった遣り方は恨みを買うものですから、爆発してしまった時が怖い」
詰問を受けた黒髪の魔術師は、お手上げだと言うように肩を竦める。
「だったら、のんびりしてないで警察が迅速に動くべきでしょう! ねぇ!
此処は医療とか研究が目的の施設なんだから、拘置所代わりに使ってもらっちゃ困るよ!
外国人犯罪者なら本国へ強制送還でしょ? だよね? 税金で犯罪者を養うなんて有り得ないし!」
「仰る事は尤もですが、彼女を安全に拘留したり、護送したりするのは難しい。
イストリア大使館に連絡するとしても、必要な手続きを踏むのに数日は掛かります。
それまでは此処に隔離して拘留するしかありません。
村長や周辺住民への告知と、病院の封鎖も必要でしょう。
それと、無駄な被害者を増やさないよう、現在入院している患者は他の医療施設へ転院して頂かねば。
特に強制入院中の異能者たちを魅了されたら、最悪の事態となりかねない」
目下、これが最大の懸念だった。
理性の働かない異能者集団が盲目的にミリアを愛するようになれば、周囲に及ぼす影響は計り知れない。
危険を早急に取り除かなければならなかったが、院長は顔色を変えてヴェクスの要請に反対する。
「とんでもない話だ! キミはウチに潰れろと言ってるのか!?
高価な設備を幾つも壊された上、全ての患者を転院させろだって!
損失の保障は誰がするの? ミリアとかいう女? そいつに支払い能力あるの?」
経営を預かる身としては、医療設備の被害保障は大きな関心事だ。
ミリアが破壊した二箇所の特殊金属扉も、設置に約20万R$が必要な代物である。
これは大企業を二十歳から定年まで勤めた際の退職金にも等しい。
当然、泣き寝入り出来るような金額でもない。
「冒険者の店で魔術具を売り払った記録があるので、さして個人資産は無いと思われます。
彼女の財産や家族構成は調査中ですが、父親は死んでるようなので返済能力の有無は何とも……。
その辺りの交渉をするなら、母親なり他の親族なりになるでしょうね。
あぁ、損害保険には加入されてませんか?」
「特異病棟はね、保険の適用外なの!」
「それは残念」
528
:
装幀司書ヴェクス
◆xNodesigng
:2015/06/18(木) 07:24:07 ID:LyiFb6eo0
初老の病院長はデスクを挟んで立つ二人を睨みつけ、悪態を吐く。
「まったく……好意で警察に協力したら、このザマだ!
あんたたちで無理だってんなら、軍隊でも何でも動かしてさっさと対処してよ!
その為に高い税金払ってんだからさぁ!」
愚痴を零す院長の態度に堪えかねたのか、ウィムジーが顔を近づけた。
不快ではないが恐しい、厳父の如き形相で。
「アンスバーグさん、あんたも医者なら損得より患者や村民の安全を考えてくれんか。
今、病院の医者を迅速に動かせるのは、院長のあんただけだろう。
俺は悪くない、俺に責任は無い、他の誰かがやるべきだ。
……警備官の俺にだって、そんな魔物が囁きかけてくる事はあるさ。
だがな、力や知恵のある奴は無い奴を守らなきゃならん。
今起きとるのは、初期対応が拙けりゃ大惨事になりかねん案件だ。
危険を知ってて何も対処せなんだら、病院にだって責任問題が行く。
グダグダ言って患者を見殺しにする病院に、患者を預けたいと思う奴なんか誰もおらんぞ」
老警備官の声は低く、ドスの聞いた声と表現するのが適切だろう。
凄みを利かせた態度に威圧されてか、院長も意気消沈してブツブツと呟き始めた。
「べ、別に何もやらないとは言ってないよ……言ってないでしょう」
病院は即日、封鎖される。
ドイナカ村の村長は、特定危険魔術師指定法を適用して、ドイナカ村を警戒区域に指定。
病院周辺の数百メートルは、関係者以外の立ち入りが禁止される。
住民には村会の連絡で現状が告知され、観光客も大まかな事情を知った。
院内の事務員も一般患者を別の医療施設へ移すべく、関係各所へ連絡を始める。
「ああ、院長センセイ。
特異病棟ですけど、患者の世話はどうしてるんですかね?」
疑問を抱いたヴェクスは病院長を呼び止め、質問を投げる。
「廊下は監視カメラで全部カバー。室内は一部だけしか映せない。人権問題で煩いからね。
重度の患者とは直接接触しないよう、遠隔操作で医療介護ロボットにやらせてるよ」
忙しさから院長は投げやりに答えた。
「では、彼らの監視は僕がやりましょう。
何か異変があれば知らせますから」
「ああそう、じゃあそうして!」
応諾は得られた。
ニュアンスとしては勝手にやってくれ、というものではあったが。
「……逃げるのすら難しい相手なんか、本当は近寄りたくないんだがね」
警備官は村長や地区警察への報告で忙しい。
必然的に現場へ残されるのは臨時職員の魔術師だ。
ヴェクスは病院長室を出ると、特異病棟に隣接する狭い部屋へと移動した。
此処には二十以上ものモニターが並び、棟内の全区域を映している。
それらを一通り眺め、魔術師は苦い笑みを浮かべた。
無機質な病棟が、僅かばかりの時間経過で様子を一変させていたから――――。
529
:
フロレア・ステンシィ
◆d/Florean2
:2015/07/04(土) 23:27:46 ID:i/F/jYMs0
患者の転院について説明する連絡は、ステンシィ家にも届く。
電話のコール音が鳴ると、ロルサンジュのカウンターで接客中のフロレアが受話器を取った。
「…………娘を転院? もしかして容態が悪化したのでしょうか」
病院の事務から報告を受けた母親は、緊張感に満ちた声を絞り出す。
「いえ、そういう訳ではありません。
付近が警戒区域となりましたので、患者さんたちを他の病院へ搬送する事になっただけです。
警察の調査が終わるまで詳しい事情は分かりませんが、魔術関連の事件が起きたようですね」
とりあえず、娘の容態に変わりはないと理解して、フロレアは心を落ち着かせた。
そして、娘を引き取るなら、夫と共に車で迎えに行くべきなのだろうかと考える。
魔術でどのような現象が起きているのかは分からないが、安全でない状態なら急いで迎えに行かねばならない。
「では、すぐに娘を迎えに行きますので、対応の窓口を教えて下さい。
警戒区域ということは、村の近くに避難所を設けられているのでしょうか」
娘の身を想ってか、普段は温厚なフロレアがやや語気を荒げて聞いた。
彼女らしからぬ態度を見て、店内の常連客も何事が起きたのかと不安そうに様子を窺う。
惨劇を経験して一ヶ月も経たぬ彼らが、警戒区域と聞いて身構えるのは当然の事だ。
「此方に来て頂いてもお会いする事は出来ません。
名簿に拠るとリンセル・ステンシィさんは……アクノス研究所の付属病院へ運ばれたようですね。
まだ搬送中かもしれませんが、後はそちらに連絡して下さい。
其方の電話番号は――――」
フロレアは直ぐに教えられた番号へ掛けたものの、やはり救急車は到着していないようだった。
続いて、ミリアにも電話を掛けるものの、拘留中の彼女から応答などある筈もない。
容疑者の私物を保管している押収品ケースの中で、タブレットが虚しくコール音を鳴らすのみだ。
現状把握を求めて村の役場にも電話を掛けるが、此方は全くの無駄に終わった。
村議会が警戒区域指定の対応に追われているため、一向に電話連絡が付かないのだ。
ドイナカ村で何が起きているのか掴めず、フロレアの不安は膨らむばかりだった。
「あのー……注文、良いですか?」
「あっ、済みませんっ」
遠慮がちに声を掛ける客の姿に気付き、フロレアは慌てて応対に戻った。
急いで接客を終わらせると、彼女は厨房のレナードと話し合う。
「レン、リンシィの入院している病院が警戒区域に指定されたみたいなの。
アクノスの病院に転院されたらしいけれど、まだ着いてないって……。
それにミリアちゃんとも連絡が付かない」
「タブレットの電源を切ったまま、リンセルに付き添っているんじゃないか」
「ううん、電話が鳴るのに繋がらないの。
魔術で事件が起きたみたいだから、もしかしたら巻き込まれてるのかも……」
「ミリアの泊まっていた場所は何処だ? そちらには連絡出来ないのか?」
フロレアはハッと気付いたように、電話口まで向かう。
ミリアから聞いて、セプテットの電話番号をメモしているのを思い出したのだ。
もどかしく思いながらも、彼女はメモの数字通りにプッシュボタンを押す。
「お忙しい所失礼致します。
ドイナカ村のペンション、セプテットでしょうか?」
「はい、セプテットのオーナーですが、宿泊の御予約でしょうか?」
530
:
フロレア・ステンシィ
◆d/Florean2
:2015/07/04(土) 23:38:28 ID:i/F/jYMs0
警戒区域の対応に急がしい村の議会と違って、セプテットは直ぐに電話が通じた。
応じたのはペンションオーナーのセザールだ。
「いえ、安否確認の取れない身内が、そちらへ宿泊されていたのを思い出して、お電話致しました。
申し遅れましたが、私はエヴァンジェルのベーカリー店員で、フロレア・ステンシィと申します。
所在確認をしたいのはミリア・スティルヴァイという女の子なのですが、そちらに居りませんか?
何か事件に巻き込まれたのではないかと、心配で心配で……」
フロレアは不安を滲ませた声で、縋るように言った。
「確かに彼女は此方へ泊まっていましたが、今は外出しております。
警戒区域指定のアナウンスから随分と時間が経っているのに、まだ帰って来られないようですね」
「済みませんが、そちらの村では何が起きているのでしょうか。
村の役場は何度電話を掛けても繋がらなくて、何が起こってるのか、よく分からないものですから……」
「警察が不法行為を行う魔術師を病院に拘留したと聞きました。
ですが、いつでも脱出されかねない状態なので、地区警察が移送を終えるまで警戒区域に指定したそうです。
当該魔術師は鉄の扉を壊せる上に、体液を媒介として他人を魅了する能力も備えているとか。
聞く限り……容疑者は黒い瞳と灰色の髪を持つ十代後半の少女のようです」
セザールが迷いつつも言った台詞の意味を、フロレアも直ぐに読み取る。
しかし、彼女にはミリアを信じたい気持ちの方が強い。
理性が“危険な魔術師”の特徴はミリアに酷似していると告げても。
ミリアが何かの隠し事をしていると、以前から感じていても。
「あの……ミリアちゃんが間違えて拘留されているという事は無いのでしょうか?
彼女も魔術が使えると言っていましたから、間違えて逮捕されたなんて事は……」
「容疑者の顔や名前は発表されていませんので、私には分かりません。
もし、誤認逮捕の疑いがあるのなら、デンエーヌ地区警察に連絡を取ってみては如何でしょう?
宿泊客の事ですから、此方でも安否確認はしてみますが」
「お忙しい所、色々と心を砕いて頂いてありがとうございます。
またお電話させて頂くと思いますが、宜しくお願い致します」
礼を述べて通話を切り、静かな溜息。
彼女の心の負荷は重くなるばかりで、一向に軽くならない。
続いての連絡先は、地区警察署の警務課だ。
まず、フロレアは自分の姓名と職業を名乗り、それから用件に入った。
「ドイナカ村の事件について、お聞きしても宜しいでしょうか。
警戒区域指定の原因となった女性魔術師についてなのですけれど……」
「ドイナカ村の事件ですね。どうぞ」
「もしかして、身内が間違って拘留されているかも知れないんです。
そちらで調べて頂く訳にはいかないでしょうか」
「その方のお名前は」
「ミリア・スティルヴァイです」
「ミリア・スティルヴァイさん……ですね。
ただ今、魔術対策課へ確認致します」
ミリアの名前を聞いても、警務課受付の反応は事務的だ。
未知の現象が絡むと言っても、地区警察から見ればミリアの事件も数ある犯罪の一つ。
むしろ、人死にが無いだけに優先度も低く、署員の誰もが知るという程の事件では無い。
フロレアの問い合わせから暫らく経つと、受話器から低い男の声が聞こえて来た。
531
:
フロレア・ステンシィ
◆d/Florean2
:2015/07/04(土) 23:44:14 ID:i/F/jYMs0
「……お待たせ致しました。
魔術対策課の警部ファドルカ・ジキレスです。
あの、ステンシィさん。
先ほど仰ったミリアという方の親族でしょうか」
電話に出たのは先程の警務課受付とは別の人物で、ファドルカ・ジキレスと名乗った。
魔術対策課と言うのは、魔術犯罪への対処を専門とする警察の部署で、全員が魔術師である。
職業柄、彼らは犯罪に転用できる魔術について、極めて造詣が深い。
「血縁ではありません。
けれど、ミリアちゃんには一週間ほどですけど住み込みで仕事を手伝って貰いました。
今では私も娘同然に思っています」
「知りあって一週間ほどで? 娘同然に思えるものですか?」
「想いと時間は関係ありませんっ!」
ジキレス警部は、事情を説明して良いのものか迷った。
フロレアは拘留中の容疑者と無関係ではないようだが、親権者や後見人という訳でもない。
更には、ミリアの能力と今の台詞を考慮すれば、魅了の影響を受けている可能性も高そうに思えた。
いや、状況から判断すれば、ジキレスにはミリアがステンシィ家の乗っ取りを図っていたようにしか思えない。
此処でミリアを拘留していると伝えてしまえば、魅了された者たちは容疑者の開放に動くだろう。
警察としては事実を偽りたくはないが、正直に拘留してますとも言い難い状況だった。
「……ええ、まあ、落ち着いて下さい。
それで先程の件なのですが、部外者には事件について何もお教えする事が出来ません。
何しろ魔術が関わる案件なものですから、どのような影響が出るかも予測が難しい。
ただ、警察としては事件解決へ向けて適切に動きますので、どうかご理解下さい。
ミリアさんに関しても、しっかりと保護致しますので」
ジキレスは無難な言葉を返すが、フロレアは納得せず、何とか手掛かりを得ようと食い下がる。
無論、警察側は答えられないの一辺倒で応答するだけだ。
結局は何の進展も得られず、不信と違和感だけを残して、問い合わせは終わった。
「やっぱりおかしい……。
ミリアちゃんとの関係まで聞いておいて、何も教えてくれないなんて。
もし拘留した魔術師がミリアちゃんじゃなかったら、別人だって教えてくれると思うの。
ううん、きっとそうするはず……それなのに……。
レン……ロルサンジュは暫らくお休みしましょう。
娘の行方も安否も分からないまま、普通に働き続けるなんて私には無理……」
フロレアはレナードの胸に頭を埋め、精神の限界を吐露した。
娘のリンセルは知らぬ間に別の病院へ搬送され、ミリアの行方も把握できない。
リンセルを聖都の病院へ預けたままにしていれば良かったのだろうかと、後悔が心を刺す。
彼女たちも、三主降臨の事件で禍物に拠る虐殺を目の当たりにした一人だ。
身内が何かの事件に巻き込まれたのではと考えると、とても平静ではいられない。
「……ああ、家族を失ってからでは遅い。
他国の警察が頼りにならないなら、弁護士や教皇庁にも相談した方が良いかもしれないな。
とにかく、傍観していてはいけない」
思い悩む妻の姿を見て、レナードも家族を取り戻す意志を固める。
程なくして、ロルサンジュの玄関扉には臨時休業の札が掛けられた。
532
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/07/26(日) 00:01:35 ID:IimECF.w0
異能者を日常から隔離し、拘束する為の施設は、密林の様相を呈していた。
廊下の天井が厚い葉の茂りで覆われ、頑丈なコンクリート壁には草色の蔦が這い、タイルの床も太い根で隠れる。
その全てはミリアから表出する光の蔦と同じく、光子で作られた非実体のものだ。
植物を装う光が無機質な空間を浸食して、非現実的な光景に変えている。
異常な事態の元凶、ミリア・スティルヴァイは病棟の一室で倒れ込んでいた。
未成熟な肉体と精神が、今までの過度な負荷に耐え切れず。
深い眠りの中で彼女は心の底へ底へと沈み込み、無意識の海を漂う。
程なく、曖昧だった記憶の断片が色と形を得て、夢の中で像を結び始めた。
◆
舞台は灰色の空の下。
一人の少女が家路を辿り、足早に街の通りを歩いている。
今より少し幼い、十四才のミリアだ。
肌は仄かな赤みが差した白、灰色の長い髪は後ろで束ねられ、切れ長の目に嵌まった瞳は黒い。
服装はアッシュグレイのTシャツに、黒いデニムレギンス。
晩秋まで暖かいせいか、開放的な服装が多いイストリア人の中では、比較的地味な格好だと言える。
「はぁ……ぁ」
夢の中の少女が心の重さを溜め息に変えて吐き出す。
彼女の悩みの種は、父親のドニ・スティルヴァイだった。
ミリアの父は体が強くないものの、意志は強く、こうと決めたら決して自分を曲げない。
過去の資料を調べ、当時の関係者にも聞き込む事で国家反逆罪の祖父が冤罪であると確信し、様々な活動を行う。
その結果、イストリア政府からは反体制的な活動者と見做されてしまった。
政府から睨まれた者を雇用する事業者は少なく、ドニに真面な働き口は無い。
その場限りの仕事はあっても、将来の見通しが立つようなものは見つからない。
加えて、海外渡航やウェブ閲覧にも制限があって、当局からの監視もあった。
政治団体や外国の組織……いや、祖父のボルツと結びつかないかを警戒されているのだろう。
「私たちが嫌いなら、さっさと国から追い出せばいいのに。
そうすれば、こんな生活とはお別れだもの。
行政も、近所の人も、あの人も、全てうんざり」
無駄と知りつつ、ミリアが父親を疎外するものたちに愚痴を吐く。
仮想敵のリストに記載されている"あの人"とは母親の事だ。
母のキアラ・カステリットはミリアが十二才の時にドニと離婚して、スティルヴァイの姓も棄てて家から出て行った。
娘に残されたのは見捨てられた想いだけだ。
だから、ミリアは無責任な母親に代わって家の事を務めねば、と考える。
「……やっぱり私が働くしかないか。
父さんは中等学校に進めって言ってくれるけど、あんまり体も丈夫じゃないし」
国外に出て状況を改善する事が出来ない以上、自分に出来るのは父親の傍にいて、父親を助けることだけ。
父は自分の立つ大地にも等しく、もしも居なくなれば自分も共に奈落へ落ちるしかない。
過去のミリアは、そう考えていた。
「あっ、そういえば今日はパスタが安い日だった」
思い出したような少女の呟き。
すると、町並みの光景は歪み始め、夢の舞台も変じてゆく――――どこか、別の場面へと。
◆
この夢を見るのは、一人だけではなかった。
ミリアの追憶を体験する者が、もう一人。
魅了の際にリンセルの小世界へ根を張った革命のアイン・ソフ・オウルの端末が、共振現象を引き起こしたのだろう。
同じように無意識の海を揺蕩うリンセル・ステンシィも、夢の中でミリアの回想を覗き見る。
533
:
名無しさん@避難中
:2015/07/27(月) 00:39:15 ID:QFb2FHZo0
枢要罪の能力について、なんとなくの妄想を投下。
◆ヴェルザンディ
《傲慢》(ハイペリファニア)
自分以外の世界観を拒絶し、認めず、軽んじる事で、他者の世界へ重圧を掛ける力。
この力は自然法則や、他のアイン・ソフ・オウルの異界則へも影響を及ぼす。
従って、たとえ音速や光速で動く物体であろうと"ヴェルザンディが捕捉可能な範囲"まで速度が落ちる。
同様のデバフは筋力/魔力/耐久力/五感にも掛けられるが、知性/経験/判断力/精神力/感性などは変化させられない。
《神を蔑する天使》(イブリース)
全能感に近い絶対的な自信で自己変革を行い、人間の限界を遥かに超えたステータスを持つ。
肥大化した自我は他者からの精神干渉を阻み、無効化する。
《独壇場の演説者》
周囲の世界に干渉して攻撃や野次の意思を弱め、自らの台詞を聞くよう強制する。
具体的には呪文を詠唱している間や喋っている間は、攻撃や奇襲などで台詞を中断される事が無い。
《記憶の書架》
今までに閲覧した無数の書物の文章を一言一句、過たずに諳んじる能力。
博識な司書の一人として、舌戦の際にも様々な書物から引用を行う。
《高位古代語呪文》
ダァトが開発したとされる魔術体系の中で、伝承者が極端に少ない呪文。
かつては魔力不足で扱えなかったものも、枢要罪の今では問題なく使用できる。
傲慢と独壇場の演説者の影響で、呪文を詠唱している途中に魔術を潰すのは困難。
◆ミヒャエル
《虚飾》(ケノドクシア)
生成した幻で空間/物質/生物/概念など、ありとあらゆるものの状態を欺く。
この幻は世界そのものを誤認させ、物理的な影響をも与える。
そして、たとえ自らの肉体を失っても、自分自身の幻を生成して自らの存在を維持できる。
されど幻は幻。ミヒャエルの世界が消失すれば作り出したものの一切は夢のように消滅する。
《虚栄の神像》(ベリアール)
世界各地に伝わる神々の伝承や像で己を上書きして、擬似的にその神として振舞う力。
使用するには模倣が出来るくらい、対象の神について熟知していなければならない。
神として振る舞って信仰を自分へ向けさせれば、信者たちの小世界を共用する事も可能。
◆バアル=ペオル
《怠惰》(カタスリプシ)
範囲内の存在の精神活動を低下させ、対象を無気力化させる。
力の強度を高めれば生物や無生物の別を問わず、電子や原子の動きすら遅延に導く。
《不働の魔神》(ベルフェゴール)
己の苦しみを他者へ転嫁し、押し付ける力。
毒/呪詛/負傷/眠気/病気など、自らの精神や肉体の苦役を任意の対象へ移す。
534
:
リンセル
◆Ac3b/UD/sw
:2015/07/29(水) 23:12:15 ID:dgFDYIVk0
ルーラルダ連邦の北部、アクノス州アクノス市。
此処は約四十万の人口を抱え、金融と工業を中心として発展した地域だ。
法人税率が低いせいで、海外企業が本社を設置する際には、必ずと言って良いほど候補地に名が挙がる。
アクノスに拠点を持つ投機家集団は多く、国際市場に大きな影響力を持つ者も少なくない。
彼らの集う金融街は、財を毟り取られた貧者達から恨みを込めて、悪の巣《イーヴィルネスト》の愛称が贈られている。
富の集積地から少し離れた場所には、巨大な六芒星形の建物が建っていた。
魔術的な建築というよりは、ポストモダンといった印象で、現代建築家が作った神殿と表現するのが適切だろうか。
とは言え、屋上には確りとヘリポートも備え付けてあり、他の病院と比べて機能や利便性が劣る事はない。
この奇妙なデザインの建物が、リンセルの搬送された第一号中央精神医学研究施設ヘルメース・附属病院である。
「後で研究所の方に移すとして、とりあえずは此処で良いわね」
アルテナ・ポレターナは六人用の病室に入ると、昏睡の続く少女をストレッチャーから寝台の上へ移す。
リンセルの新たな寝床は、カーテン付きの電動リクライニングベッドで、コーデファーが眠る寝台の隣となった。
「レセ……レシェ……レシェティッキさんだっけ?
そっちはどう? 魅了の魔力で洗脳されてるって聞いたけど」
アレクサンデルの措置について、アルテナが他の医師へ聞く。
「ええ、ですから隔離病棟へ移しました。
魔術科の医師が診ると思いますが、まずは意識の回復を待ちましょう」
答えたのはミリアが魅了した男性医師、ヨードル・アークジーンだ。
年齢は彼の方が上だが、アルテナが研究所長の娘なのもあってか、どこか態度に気を使う様子が見られる。
「聖堂騎士って話だから、エヴァンジェルの教皇庁にも連絡しないといけないのよね……」
「ええ、そちらも私がやっておきます」
「こっちの女の子はアイン・ソフ・オウルが関わってるって話だから、まず主治医を回復させないと駄目よね。
今の状態じゃ、まーくんを使って良いのかすら分からないもの。
フラスネルさんの怪我は深いけど、特殊な症状は無いから二日もあれば復帰できるでしょ」
アイン・ソフ・オウルの関与については、病院長から伝えられた情報だ。
ヴェクスの推論をウィムジーが調書にして、地区警察へ上げた情報でもある。
「アイン・ソフ・オウル……とは?」
ヨードルが少しでも情報を得ようと、聞き慣れない単語について問い返す。
「想いで超常の現象を引き起こせる、人類の限界を超えた存在たちよ。
彼らの力の源は世界――――最も根源的な要素にして、究極の力。
本当かどうか知らないけど、物質界っていうのは、あらゆる生命が持つ小さな世界の集まりで出来てるんですって。
フォトモザイクって、小さな写真を組み合わせて大きな絵を作るアートがあるけど、そんな感じなのかしら……。
それが本当なら、アイン・ソフ・オウルは自分の世界にアクセスして、物質界の構成要素に干渉してるって事よね?
ああーっ、こんな事ならアイン・ソフ・オウルについて、もう少しあの少年から詳しく聞いておけば良かったわ!」
アルテナが独り言ちる間も、輸液や医療機器の用意が行われた。
暫くして、入院の準備が完了すると、医師団も患者を残して退室してゆく。
転院するのはリンセル一人だけでもないので、これからの彼らは忙しい時間が続く事だろう。
◆
リンセルは変わらずに眠り続ける。
生と死の狭間で揺れる彼女は、精神の働きも限りなく低下していたが、完全に死に絶えてしまった訳ではない。
ミリアと過ごした日常の光景が、切れ切れの夢に浮かぶ。
しかし、程なくして夢は変貌した。
自分自身ではない、別人の記憶で構成された夢に。
535
:
リンセル
◆Ac3b/UD/sw
:2015/07/29(水) 23:13:40 ID:dgFDYIVk0
意識の虚ろなリンセルでは、不可解な現象にも抗う事は出来ず、他者の記憶に囚われ、迷い込むしかない。
ミリアの心象が描く舞台は、石造りの外壁とオレンジの屋根を持つ家の中だった。
白とベージュを基調にしたキッチンで、十四歳のミリアが鍋の前に立っている。
「父さん、シーフードパスタで良い?」
「ミリアさんの作ってくれたものなら、何でも構いませんよ」
微笑みでミリアに応えたのは線の細い、理知的な印象の男。
ミリアの父親、ドニ・スティルヴァイだ。
髪はミリアと同じく癖の無い灰色で、黒い瞳には強い意志が、唇には優しさが灯る。
服装は真っ白なシャツにグレーのスラックスで、年の頃は三十後半と言った所だろう。
夢の登場人物なのもあって、この世の人ではないような、何処か儚げな雰囲気があった。
「飲み物は?」
「フィーバーフューをお願いします」
「頭、痛いの?」
ハーブティーの注文を受けたミリアが、心配そうに聞き返す。
フィーバーフュー(夏白菊)は頭痛に効能があるものの、強い苦みを持つハーブだ。
頭の痛みに悩まされていなければ、わざわざ飲もうという人間は少ないだろう。
「予防的なものですから、今は大丈夫ですよ」
「それなら良いけど……。
ただでさえ身体が丈夫じゃないんだから、気を付けてね」
不安げだったミリアが安堵したように言う。
「……安心して下さい。
決して、ミリアさんを一人にするような事はありませんから」
ドニは静かに約束した。
この約束は後に言葉を違えず果たされる。
例え、彼が死したとしても。
「お待たせましたっ」
パスタが茹で上がると、ミリアがテーブルに料理皿を置いた。
メインメニューはシーフードパスタ。生地は薄く延ばして巻いた筒状で、フジと呼ばれるものだ。
具は海老などの魚介類で、その上に刻んだバジルが散らされており、オリーブの香りも漂っていた。
サイドメニューは野菜がふんだんに入ったフィッシュスープである。
「では、頂きましょう」
二人の食事。
父と一緒にいる瞬間だけが、安堵のひと時。
場面は緩やかに進むが、夢の中でのリンセルは姿を持たず、何かを思う事もない。
意識の働きは余りに弱っていて、夢の映像も流れるままに受け取るだけだ。
ドニの視線が一瞬、ミリアからリンセルの方向に逸れたとしても。
やがて、周囲の景色が歪み始め、夢は色と形を失ってゆく。
ミリアの目覚めに伴って、追憶の舞台劇も閉幕を告げられた。
リンセルの曖昧な意識も途切れ、再び闇の中へ沈む。
536
:
装幀司書ヴェクス
◆xNodesigng
:2015/08/03(月) 02:21:40 ID:u/02I.Ww0
ミリアが眠りに就いてから一日が経過し、病棟からも多くの入院患者が立ち退いた。
監視用の小部屋では、警備官と魔術師がモニターを眺めている。
彼らの目に映ったのは、緑の燐光が植物の繁茂を描く幻想的な光景。
「ありゃ何だい? CGじゃねぇよな?」
ウィムジーが目を細め、疑問を口にした。
超常の現象は彼の専門外なので、病棟の異変については魔術師から聞くしかない。
「睡眠中に無防備とならないよう、周囲へ防護結界を構築したって所でしょう」
ヴェクスが推論を口にした。
魔術師の彼とて、口に出来るのは推論しかない。
「結界ってこたぁ、あの中には入れねぇのか」
言いながら、ウィムジーは差し入れの朝食を置く。
ダブルチーズラスティックバーガーと、スエスモシュトゥ(林檎ジュースと炭酸水のブレンド)の紙コップを。
差し入れはファストフード店で買ったもので、若者はこういった物が好きだろうと、彼なりに気を利かせた代物だ。
「僕なら毒蜘蛛が巣を張る植物園には立ち入らない。
肉体や精神を囚われる危険を考えればね」
「ああ……魅了って厄介なもんがあったんだったな。
中には他の患者もいたはずだが、そいつらはどうしてる?」
「殆どは個室でおとなしくしてますよ。
ただ、ミリアの部屋に近い何室かは、扉や壁を透過した光の蔦の浸食を受けてましてね。
どうやら、あの光は速度こそ早くないものの、浸透力はかなり強いらしい。
当然ですが、入室患者も関心を示して興奮状態だったり、逆に放心してたり。
何も悪影響が無ければ良いんですが……さて、どうなるやら」
ヴェクスが紙コップのジュースを一息で飲み干そうとして、慣れない炭酸に顔を顰めた。
止む無く、口の中に溜まった炭酸を少しづつ喉に流し込む。
「どうにかして、特異病棟の患者を外へ出せないのか」
「グプッ……無理でしょう。
此方から病棟内に足を踏み入れる事が出来ない以上は。
そもそも、あそこの患者たちは準備も無しに外へは出せない」
「あんたも魔術師なら、どうにかならんのか?
もう二人ほど魔術師がおった筈だが、昨日の奴らは何処へ行った?」
「ファラーとサーナでしたら、バニブルに戻しましたよ。
状況が致命的な悪化を見る前に、対抗手段を持って来ると期待して。
もし、ミリアがアイン・ソフ・オウルなら、通常レベルの魔術で対処するのは困難ですからね」
「アイン・ソフ・オウルってのは何だ? 異能者の種別か?」
「その前に警備官殿、この世界の仕組みは御存知ですか」
急に話題が飛んだので、ウィムジーは戸惑う様子を見せた。
しかし、何とか記憶の中から宇宙論や物理学の欠片を引っ張り出すのに成功したのだろう。
自信無さげにではあるが、自分の認識について喋り始める。
「あン? 世界の仕組みだと?
うゥむ……あらゆる物質は原子で出来とるとか習ったな、確か。
原子の構成は、原子核の周りを電子が回っとるんだったか?
テレビ番組か何かで、他にダークマターってのがあるとも聞いたような……」
537
:
装幀司書ヴェクス
◆xNodesigng
:2015/08/03(月) 02:24:28 ID:u/02I.Ww0
「それも世界の一面ですが、魔術や哲学の分野では別の説で世界を捉えます。
人は誰でも魂の奥に世界を内包していて、意志ある生命は一個の世界であると、ね。
それらの小さな世界が他者の世界と溶け合い、雲のように重なり、砂のように混じり合って、我々の見る現象界が創られる。
この考えを突き詰めれば、僕らの姿も一個の世界が人という形で表現されたものだと言えるでしょうね。
そして、この内なる己の世界が巨大なものたちを、アイン・ソフ・オウルと呼ぶんですよ」
「分かったような……分からんような。
つまり、心の中にデカい世界を持ってて、異能の力や魔力が強い連中って事か?」
ウィムジーはピンと来ない様子で、ヴェクスの言葉を単純化して消化する。
元より、神秘とは程遠い駐在の警備官に魔術師並みの理解力を期待するのは酷というものだ。
己の世界について、自らの心や感覚で実感した事が無い者では、理解するにも限界がある。
それは、今しがた解説を行ったヴェクスとて同様だ。
「彼らの力の源が一個の世界だと考えれば、発揮できる力の程は御察しの通り。
別の世界のルールを使っているのなら、魔術の作法や物理法則を無視しているかのような超常の力も不思議では無い。
いずれにせよ、アイン・ソフ・オウルたちは感情で世界を歪め、想いで奇跡を起こすそうです」
「感情で世界を歪める……ねェ。
何とも物騒な響きだが、空間が歪むって事かい?」
「上司の受け売りですが、彼らが己の世界で現象界を浸食する事の比喩でしょう。
適切に例えるのは難しいのですが、リバーシ(オセロ)にチェスのルールを持ち込む感じですかね。
リバーシでの対戦中にチェスのルールであるキャスリングを使えば、リバーシというゲーム自体が揺らいでしまう」
「そりゃ、インチキめいとるなァ。
病棟に蔓延った植物のような光も、異界的な力の産物かも知れねぇって事か」
「或いは、そうかも知れませんね。
あの光の蔦が一種の異界と考えれば、ファラーの攻撃に不可侵を保ったのも納得が行く」
「そんじゃあ、今は打つ手無しって事か」
「残念ながら、とても強力な力でなければミリアに干渉するのは難しい。
我々に出来るのは、彼女が目覚めた時に備えて逃走や足止めの手段を用意するのと、村民を避難させる程度。
後はリンセル・ステンシィが人質として機能し続けるのを、神に祈るのみですかね」
「……うゥむ」
「警察側の進捗はどうでしょう?」
「お前さんたち魔術師が秘密主義なもんで、警察が抱える魔術師は絶対数が少ねぇんだわ。
とは言っても、それなりに人員確保の手は打っとるぞ。
特殊武装班に神魔コンツェルンだか何だかの武器を配備したって話だからな。
まあ、今の所は死者も出てねェから、此処の優先度が低いってことには代わりねェが――――オイ、光が消えるぞ」
警備官が言葉を止め、モニターを注視する。
ミリアから現れた緑光の植物群は薄らぎ、陽炎のように揺れながら消えてゆく。
「結界で身を守る必要がなくなった……要するに、お目覚めなんでしょう。
防護結界が無ければ食事くらいは運べるかも知れませんから、看護用のロボットでも入れてみますか?
隔離施設の食事は、機械を遠隔操作して運ぶそうですからね。
スピーカーとカメラを内蔵してるから、一応は会話も可能らしいですよ」
「俺が持ってくってのは駄目か?
どうにも、遠隔ロボットだのドローンだのは好かん」
「……流石にそれは遠慮して頂きたい」
ウィムジーの提案にヴェクスは引き攣ったように笑んだ。
538
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/08/07(金) 02:45:51 ID:PPqgYxgE0
「此処は――――」
病室内で目覚めたミリアは、朦朧としながら上体を起こして周囲を見回す。
部屋には窓も時計も無く、四方の壁にも時間の経過を示すものは何も無い。
ただ、強い空腹感から、少なくとも数時間は経過しているように思えた。
「――――病室、か」
漸くミリアの脳が働き始め、置かれた状況を思い出す。
リンセルの安全と引き換えに自ら特異病棟の一室に入った事を。
ヴェクスと名乗る魔術師の本気度は不明だったが、少なくとも賭けをする気にはなれなかった。
治安行政に関わってはいても、相手は魔術師なのだ。
「蔦が無い……?」
視線を下に落とすと、今まで全身を覆っていた光の蔦が、いつの間にか消えている。
ミリアは確認の為に床を拳で叩いてみたが、衝撃と振動も薄い皮膚を通して骨まで響く。
(……ってことは、魔力の防護も働いていないってことか)
再び蔦状の光子が現れるように念じてみるものの、何も変化は起こらなかった。
ミリアは自らの心と知覚で、己の世界を感じ取り、内奥に触れた訳ではない。
従って、アイン・ソフ・オウル特有の力も自在には使えない。
そもそも、光の結界はミリア自身の世界を淵源としている訳ではないので、自らの意思で扱えないのも当然だ。
急に心許なさを感じて、ミリアは室内の確認を始めた。
手の届かない天井には、小型のエアコンと火災報知器、四つの埋め込み型の照明。
鉄の扉は二つあって、廊下に面したものと、部屋側面の浴室とトイレに通じるものがある。
廊下に面した扉はミリアが壊してしまっていたが、開閉用のコンソールは無事だ。
近くでコンソールを覗き込めば、小型スピーカーと豆粒程度のカメラレンズが設置されているのが確認できた。
(……こいつで、今までアタシを監視してた?)
「誰か見てる?」
ミリアはレンズの向こう側に聞く。
「もちろん見ているとも、ミリア君」
スピーカーからヴェクスの声が流れると、ミリアは心の中に獰猛なものを覚えた。
リンセルの奪還を考えるのなら、彼は放置出来ない存在だ。
可能なら、どんな手を使ってでも取り込まねばならない。
「ヴェクス……だったっけ?
まあアンタの名前なんてどうだっていいけど。
アタシが聞きたいのは一つだけ。
今、リンシィは何処でどうしてる?」
「無事とだけ言っておくよ。
君が檻の中に留まっている限り、危害を加える理由も無いからね」
「まだ、この病院にいるの? それとも救急車で何処かに移した?」
「詳細に答えられないのは分かっているだろう?」
「……卑怯者ッ」
「いやいやいや、ちょっと待ってよ。
それを君が言うのかな?
今まで、魅了の魔力で良いように人の心を操ってた君が」
539
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/08/07(金) 02:52:59 ID:PPqgYxgE0
ヴェクスがダブルスタンダードを突っ込むと、ミリアの表情に苛立ちが浮かぶ。
「別に良いように操ってたわけじゃないし!」
「隷属化の術と違って、対象の認識を歪めるだけの魅了の魔力は、そういった自覚も薄いのかもしれないね。
でも、君は相手から事前に承諾を取ったり、公言はしてなかっただろう?
後ろめたさや、反社会的な行為をしてる自覚はあったはずだ。違うかい?」
「間違った社会を変えるには、手段なんか選んでられない!」
「うんうん、御立派な覚悟だけど、それで傷つく人間も少なくないんじゃないかな?
例えば、あの聖堂騎士。アレクサンデル・レシェティツキ。
君を信奉する事と三主への信仰が釣り合う筈もないから、彼は信仰を棄てたに違いない。
いや、魔力で価値観を変えさせられて、信仰を棄てるように強いられた。
これで魅了の魔法が解ければ、どうなるだろう?
彼は、他者を心の中へ踏み込ませてしまった自分に苦しみ、君に加担した事を後悔するに違いない。
しかも、君を奪還しようとした際、命に関わるような怪我をした訳だけど、その責任は確り感じているのかな」
「勝手なことを! アレクの怪我は……アタシが治した!
それに怪我させたのは、アンタたちだろ!」
「だが、怪我の原因を作ったのも君だ。
ミリア君に振り回されなければ、今頃は彼も聖都で平穏に暮らせたかも知れない。
まあ、直ぐに三主教が引き取りに来るとは思うけどうね。
そうしたら、もう二度と君の元には戻らない」
「……そう」
(残念! 医師団の中にも三主教の中にもアタシが魅了した奴がいるから!)
あるかなしかの薄い笑みが、ミリアの口角に浮かぶ。
一連の会話で、ミリアの側も協力者がいた事を思い出したのだ。
あの小太りの男性医師が、アレクサンデルやリンセルを確保してしまえば存分に暴れ回っても問題ない。
(なんて名前か、忘れたけど)
魔術を使えば今すぐの脱出も可能だが、強引に病棟を抜け出てもリンセルに危害を加えられては無意味。
とは言っても、監視する相手の居場所を掴んで、魅了の魔力で捉えるような手立ては思いつかない。
結局は、人頼みで状況が変わるのを待つ方が好転の可能性も高そうだと思えた。
「シャワー浴びるからさ。朝御飯と着替えくらいは用意してくれるよね」
ミリアはそう言うと、不貞腐れたようにカメラレンズの前から踵を返す。
部屋の中を数メートル歩き、もう一つの扉を開けると、中には縦横五メートル程度の部屋があった。
小さなユニットバスと洋式便器が、ぽつんと寂しげに置かれている浴室だ。
「……誰か聞いてる?」
念の為に無人の浴室に向かって聞く。
「もちろん聞こえてるよ。
残念ながら、人権上の問題から浴室にカメラは無いけどね」
返って来ると思わなかった応答は、直ぐ横の壁から流れて来た。
ミリアが音源に目を向けると、タイルと同色のスピーカーが壁に埋め込まれている。
「気持ち悪……」
見えざるヴェクスに悪態を吐くと、ミリアは汗や霧や戦豹の疑似体液を吸って汚れた服を脱ぐ。
程なく、広い浴室にはシャワー音が響き始めた。
540
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/08/09(日) 05:02:13 ID:x5JjfWiU0
図書国家バニブル・東ソプト区。
此処の図書保管センターは、バニブルの中でも特に現代的な印象を持つ。
金属製の書架は高い天井まで伸び、それは余りにも整然としていて、コンピューターの内部構造を思わせた。
館内は情報技術化が進められていて、本の貸し出しは蔵書検索や予約が行える機械を使い、返却は返却用のポストに投函する。
慣れた者ならば、カウンターの司書と顔を合わせずとも本を借りる事が可能だ。
改修や増築の容易い地上階層は、このように最新設備が整えられている。
そして、この先進化の著しい空間には不似合いな人物が二人、入口の辺りで佇んでいた。
「イアハート調査司書、此処から王の執務室に向かうのか」
アルサラムが隣に立つ女、ヴォルアナ・ヴァルン・イアハートに聞く。
彼女はラクサズの紹介で手配された案内人で、ダァトこと、フラター・エメトとの面会許可を持つ数少ない人物だ。
結婚してからは東ソプト区に居住し、家庭に入っていたのだが、少し前に調査司書の身分を得ている。
「ううん、地下書庫を一階ずつ突破する必要は無いわ。
私はフラター王から転送の魔力を持つ霊符を頂いてるから、一気に執務室のフロアまで行けるの」
ヴァルンは得意げに答えた。
彼女の恰好は国章の刺繍を入れた赤いドレスと黒いコート。絹のベルト。頭部には白いヴェール。
アルサラムの方はバニブルの国章を刺繍された黒い丈長のコートとロングブーツで、暗赤色のベルトには儀礼短剣を吊るす。
いずれも古い時代の装いで、中世期から迷い込んで来たかのような印象を抱かせる。
無論、この時代錯誤の服装はフラター・エメトとの謁見に備えた礼装だ。
「そうか……頼む身分で悪いが急いで貰いたい所だ。
俺は邪悪な存在を討つ為、一刻も早くアイン・ソフ・オウルの域にまで届く力を得なければならない」
「邪悪な存在?」
「魅了の魔力を使う魔女だ。
他人の心を捻じ曲げ、自由意思を奪い、都合良く動かしては、労せずに上澄みだけを掬う」
「な、なんて女なの! それは許せないわねッ」
ヴァルンは魔術で夫の心を奪われた苦い経験を持つ事から、我が身の災難を重ね、我が事のように憤った。
「ああ、必ず罪の清算をさせねばならない。
犯した罪には、相応しいだけの罰を」
「そうね、頑張って!
イストリア条約では精神操作の刑罰は禁固三年以下で、規模が広くて封じる手段も無ければ終身刑も有り。
操られた被害者が犯した罪も、基本的には術者へ加算。
他者の精神を変容させて、自らの犯罪を実現した者は間接正犯となる。
ただし、裁判で犯罪防止や自己防衛に使った事を示せれば、罰金刑で済む可能性もある……だったかしら」
「刑法について語るつもりは無い。
王に謁見する必要性を納得して貰ったのなら、迅速に転送の準備を」
「ええ、分かったわ、アルサラム……って呼んでいいの?
それとも、アゼルファージ司書って呼んだ方が良かったりする?」
「好きに呼んでくれ」
「それじゃ、貴方の事はアルサラムって呼ぶわ。
私の事はヴァルンでお願い。
アルサラムの準備が出来てるのなら、直ぐにでもフラター王の元へ行きましょう。
少しだけ変わった見た目をしてるけど、くれぐれも非礼の無いようにね――――ペテ・エスタイ」
ヴァルンが魔力が込められた符を取り出すと、起動呪語を舌に乗せる。
次の瞬間、二人の姿は陽炎の如く掻き消え、一瞬きの間に地下深くの階層まで到達した。
541
:
enchanter
◆FarahLxH6M
:2015/08/09(日) 05:12:10 ID:x5JjfWiU0
書き手の世界構造に関する知識が不十分な段階で、限りなく全知に近いダァトと接触させれば基本設定との齟齬が出かねない。
拠って、本編の設定を整理して書き手の認識を再確認しておく。
◆世界の歪みに関して
造物主はネバーアースを創造した後は永遠に去り、一切の干渉をせず、観測者としてのみ存在している。
しかし、管理者の存在しない世界群体には歪みが生まれる。
最初の異変として、異質で強大な力を持つ個体が誕生した。
それこそが、原初のアイン・ソフ・オウルたる枢要罪と八大竜王。
彼らは世界の覇権を掛けて争い、戦いの果てに魂を散華させて互いを根絶し合った……とされる。
その際に生まれた世界の歪みが、アイン・ソフ・オウルとしての力を覚醒させる理由となっている様だ。
大いなる厄災が近づくに連れてアイン・ソフ・オウルの強大化や発生が起きるのも、世界の歪さが増しているから、で説明がつく。
◆アイン・ソフ・オウルへの覚醒について
設定には、世界の歪みがアイン・ソフ・オウルとしての力を覚醒させる理由となっている様だ、とある。
また、世界自身の防衛機構が世界の歪みを平定するべくアイン・ソフ・オウルを生み出す、とも。
1.人口過剰な地域や強大なアイン・ソフ・オウルが存在する空間は、世界の器に掛かる負担も高く、歪みも発生しやすいと仮定する。
2.アイン・ソフ・オウルが感情で世界を歪める存在である以上、強い意志と感情を覚醒の起点としても不自然ではなさそうでもある。
3.無論だが、感情の強度だけを覚醒の条件にしては、アイン・ソフ・オウルでない一般人は強い感情を持たない事になってしまう。
(強い感情を持った時点で、誰でもアイン・ソフ・オウルになってしまう訳はないので)
4.世界の歪みが発生する場所で使命感や殺意、生命への危機感などの強い感情を持つこと……が覚醒条件の候補と考えられる。
5.大量の魂(世界)を取り込む、という方法でも自分だけの世界の規模を大きく出来そうではある。
6.前提からして間違っていた場合、以上の仮説は全て崩れ去る。
7.小宇宙《コスモ》を燃やせ。
542
:
装幀司書ヴェクス
◆xNodesigng
:2015/08/13(木) 04:58:48 ID:n/j7HWKE0
ミリアが浴室に消え、監視用モニターに映るのは無機質な部屋だけとなった。
浴室とトイレにはカメラを設置されていないので、ミリアの様子も音でしか分からない。
「警備官殿。
アクノス市警に連絡して医師団の全員を拘束できますか?」
ヴェクスはスピーカーでシャワー音を聞きながら、ウィムジーに話しかけた。
「アクノスに向かった医者の中にスパイがいるってことか、魔術師」
警察関係者だけあって、ウィムジーも相手の真意に気付いたようだ。
「ええ、聖堂騎士を三主教に引き渡すと言った時、彼女の表情には余裕が見えました。
つまり、聖堂騎士が三主教の管理下に移される状況も、さして都合が悪くない。
要するに外部協力者が存在するのでしょう。
ミリアの魔力で魅了され、手先として動くものがね。
おそらく、それは聖堂騎士を拘束している医師団か、引き渡される先の教皇庁の中にいる」
ミリアの反応を観察していたヴェクスは、彼女の表情に嘲笑うような余裕を感じていた。
魔術師も警備官も、世慣れていないミリアが簡単に出し抜けるほど甘い相手ではない。
それなりの洞察力を持ち、相手の出方を考え、手を打つという当然の事を行う。
「なるほど、話は通しておこう。
上にも管轄が違うなどとは言わせん。
しかしな、三主教の方はうちでも手が出せんぞ。
教皇庁に要請して動いてもらわんと、どうにもなるまい」
「すぐに対処して貰いたい所ですが、確実に信頼できる相手を選んで話さなければ、悪化しかねないのが難点ですね。
聖堂騎士の一人を魅了した事実がある以上、精神汚染の規模も思ったより広がっているかも知れませんし。
ミリアがエヴァンジェルに滞在した時間を鑑みると、魅了被害者は最大で数十から百人以上の規模と考えるのが妥当かな。
そこまで魔力が持つかという問題は、厄災の種が解決する」
「ううむ……信奉者が数十から百人か。
ちょっとしたカルト教団だな。
魔術ってのは、つくづく厄介なもんだ」
警備官は苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てる。
「確かに魅了は厄介な力ですが、あの女が持つ最強のカードじゃないでしょうね」
「ふゥむ、もっと厄介なもんといやぁ、さっきの植物みたいな結界か?
普通の魔術じゃ破れんとか言っとったしな」
「あれも堅牢な障壁だとは思いますが、違いますね。
いや、違う事もないかな?」
「おいおい、どっちなんだ」
「じゃあ、正解としておきましょうか。
僕は、あの光の結界が、強固な意志や強い感情が生む副産物ではないかと推測してまして。
心の壁というか、境界というか……要するに他者の価値観を拒み、己の常識を守る精神の具現ではないかとね。
感情で世界を歪める存在について考えていたら、ふとそんなインスピレーションが湧いたんです」
「つまり、結界を作るような強い意志や感情が、一番強いカードってぇ事か?」
「ミリアに関しては、死んだ父親の理想を叶えようという意志、なのでしょう。
彼女が事件を起こした動機にして、あらゆる不法を正当化する免罪符でもある。
これを叩き潰さなければ、おそらく事件は解決しない。
ですが、リンセル・ステンシィの命で揺らいだ程度の意志ですから、不落の要塞という訳でもないはず。
希望的観測ではありますがね」
543
:
装幀司書ヴェクス
◆xNodesigng
:2015/08/13(木) 05:00:01 ID:n/j7HWKE0
ミリアには、淡いピンク色の病衣が着替えとして用意された。
反省の意を見せずとも、血のようなものがベットリ付いた服を着続けろとは言えない。
服の替えを運ぶのは、看護の意味を持つ自動搬送ロボット“プロセドリアー”だ。
看護婦を模した人型の機械だが、妙にアニメチックな造形である。
長い金髪と碧い瞳、不必要なまでのプロポーションの良さを持ち、気のせいか星の巫女にも似ていた。
「……まぁ、何とも言えないデザインだ」
検査室に置かれた機械人形を見て、異郷の魔術師は呆れたように言う。
如何に高性能医療機器でも、見た目が等身大のアニメフィギアでは異様な印象も否めない。
ドイナカ村の警備官も同意したように頷く。
「多分、院長の奴の趣味だろう。
そう言えば、車に同じような絵を描いとる奴もおったな。
痛車とか何とか言っとったが……何を考えとるやら。
あぁ、俺は役場の様子を見てくるから此処は頼んでいいか」
「ええ、何かあったら連絡しますよ。
何も無ければ、それに越した事はありませんが。
三主教の方は此方の上司に連絡しますので、御案じなく」
ウィムジーが出てから数分後。
プラスチックのバスケットにタオルと服を詰めたプロセドリアーが、病棟の廊下を歩いてゆく。
人工知能の発達で近年の医療ロボットは生物の感情を認識し、高い判断能力を持つ。
細かい指示を下さずとも、大抵の事はやってくれるのだ。
頭の螺子が外れた相手でも、精神を擦り減らさないで会話出来る点から、特異病棟では特に重宝されている。
(千年前には付与魔術師しか為しえなかった神秘を、いとも容易く大衆が操る。
まったく、堪ったものじゃないね)
現代の付与魔術師は浴室の前で佇む機械人形を見て、そんな感想を抱いた。
実際、ここ数百年の機械工学は進歩が目覚ましく、高度な人工知性を持つ機械も先進国では珍しくない。
例えばインペリア。彼の完全管理都市は機械を国家元首として戴き、市民を統治させている。
(機械が人の上に立つ光景なんか、ラクサズが見たら憤激しそうだ。
ああ……教皇庁の内部にミリアの手先がいるかも知れない件は、今の内に連絡しておくか)
ヴェクスは魔術通信具を使って、ラクサズに必要事項を伝える。
それは手短で、プロセドリアーが浴室前の扉で佇む頃には終わっていた。
「ミリア君、着替えとタオルを用意したよ。
浴室の外で看護用のロボットに持たせてるから、シャワーを済ませたら受け取ってくれ。
ところで……まさか、シャワー音に紛れて壁なんか掘ってないよね?」
スピーカーで着替えの用意が整った事を伝えつつ、策謀の有無も問う
ミリアは魔力減衰帯でも魔術を使えるので、他人に悟られぬ時間を利用して何かしている可能性はあった。
強化魔術の使い手なら、爪を硬化させて壁を削るくらいは可能なはずだ。
「一応言っておくけど、他の部屋や廊下にもセンサーを備えた監視カメラがあるから。
気づかれずに抜け出すのは不可能だよ」
内心では杞憂と思っていたが、それでもヴェクスは警告を行う。
(……機械人形の瞳にも監視カメラはある。念の為に起動させておくか)
プロセドリアーの撮影機能が起動して、管理室のモニター画面に撮影中の映像が転送された
今、重要視すべきなのはミリアの人権より、事件の解決だ。
だから、ヴェクスに疚しい気持ちは無い。おそらく。
544
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/08/20(木) 07:07:44 ID:O2xX6Z/U0
ミリアがシャワーを浴びていると、浴室のスピーカーから声が聞こえて来た。
コンクリート壁の掘削に励んでないかというヴェクスの確認だ。
「……別に壁なんか掘ってないけ、ど――――」
ミリアは向けられた疑いに文句を返しつつ、浴室の扉を少し開け、顔だけで外を覗き込む。
目の前には、アニメ調の等身大フィギアが静かに佇んでいた。
この場合、表情を強張らせて絶句するのは当然の反応かも知れない。
「――――何これ?」
尤もな疑問がミリアの口を衝く。
その疑問に答えるのは、金髪碧眼で真っ白なナース服を着た人形自身だ。
「初めまして、私は自律型の医療支援ロボット、プロセドリアー、です。
あなたの、名前は、何ですか?」
高音の合成音声には抑揚がついていて、挨拶にも感情らしきものが表現されていた。
笑顔のつもりなのか、瞼が閉じ、それに合わせて口元も緩やかな弧を描く。
技術の高さを感じさせる仕草だが、やや不気味だ。
「……ミリア、だけど」
あからさまに警戒したまま、ミリアは恐る恐る自らの名を名乗る。
本当に自分へ向かって話し掛けて来たのか、確かめるように。
「ミリア、さん、ですね。
タオルと、お着替えを、用意いたしましたので、どうぞ、着替えてください」
人型の看護用ロボットが、着替えの入ったバスケットを床に置く。
ミリアに用意されたのは、ピンク色で足首まであるワンピースの病院着だ。
外を歩き回るには目立つ恰好だが、血塗れにしか見えない服よりはマシではある。
「そ、そう、ありがと……」
「どう、いたしまして。
もし宜しければ、着替えの、お手伝いを、致しましょうか?」
明るい調子の音声で介助を申し出るロボットだが、ミリアは首を振った。
「生憎だけど、アタシは介助が必要な重病人じゃないの。
それくらい一人で出来るから、着替えの手伝いもいらない」
「それは、失礼いたしました。
他に何か、御用はありませんか? ミリア、さん」
「あっ、あー……それなら電気シェーバーってある? 無ければ剃刀でもいいんだけど……」
ミリアは躊躇いがちに要求する。
一昨日辺りから暫く剃っていない箇所が衣擦れして、激しく動く度に気になっていたのだ。
出来れば早く剃って、元の滑らかな状態に戻したかった。
「電気シェーバー、ですね。
もしかして、ムダ毛の処理、ではありませんか?
デリケートゾーンは、皮膚が弱く、自己処理も、難しい場所です。
毛の埋没や、色素沈着、毛嚢炎のトラブルが多い箇所ですから、自己処理は、オススメしません。
宜しければ、私がお手伝い致しましょうか?」
プロセドリアーが背中に手を回して、電気シェーバーとジェルの容器を取り出す。
直ぐに電気シェーバーのスイッチを入れたようで、ヴヴヴヴヴ……と低い電動音が鳴る。
545
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/08/20(木) 07:08:32 ID:O2xX6Z/U0
「……そ、その前に。
さっき自律型って言ってたけど、アンタの中に誰かが入ってるって事は無い? 着ぐるみみたいに」
この等身大フィギアらしきものが、スーツアクターである可能性を考えてミリアは聞いた。
イストリアでもエヴァンジェルでも、自律型の機械は一般的でない。
馴染みの薄いものに対して疑いを持つのは、無理からぬことだ。
他人に局部を見られるのは嫌だという、人として当然な理由もある。
「私の中には、誰もいません。証拠を、お見せします」
プロセドリアーは手首を取り外して、開口部からコードや精密部品が内蔵される内部構造を突き付けた。
続いて己の看護婦用の服を捲り、腹部に医療器具や衛生用品が収納されている様も。
ミリアも感心したように内部を覗き込む。
「へー……ロボットってのは本当だったみたいだね。
で、アンタは自我とか感情はあるの?」
「はい、あります。
私たちは、感情認識/生成プログラムを、搭載しています。
近くに、信頼出来る人がいれば、安心しますし、暗くなると、不安になります」
「ほんと?」
「信じて頂けなくて、残念です」
疑いの眼差しを向けられ、プロセドリアーは悲しげなトーンで言葉を返す。
しかし、悲しげな反応を返したからと言って、感情を持っているという証左にはならない。
「裸見られると恥ずかしい、とか思ったりする?」
「いいえ、私たちに、羞恥心は、ありません。
ですが、社会のルールに、反するので、無闇に裸になるような事も、ありません」
「ふーん……そこら辺は、やっぱり機械って事か。
患者の下の処理もするのなら当然だろうけど。
ま、こっちも恥ずかしがる事ないみたいだし、やって貰おうかな」
ミリアは看護用のロボットを浴室に招き入れる。
先ほどの言葉通り、室内を見ても魔術を利用して壁を破壊したような跡は見つからない。
ミリア自身はと言えば、素裸のままで、シャワーで上気した肌には微かに赤みが差している。
上から順に眺めれば、腰まで垂らした濡れた髪。豊かな胸と桜色の乳首。
柔らかな曲線を描く肉体。薄青の茂み。程よい肉付きの足……そんなものが見える。
546
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/08/20(木) 07:09:05 ID:O2xX6Z/U0
ミリアは浴室の床に座って両足を大きく開く。
プロセドリアーも跪き、電気シェーバーを持ったままミリアの局部に顔を近づける。
人が相手なら恥ずかしい体勢だが、所詮は機械相手だ。
ゴム手袋を嵌めた指先で下腹部に万遍なくシェービングジェルを塗られても、比較的恥ずかしさは少ない。
しかし、繊細な部分に慣れない刺激を受ければ声は漏れる。
「ん……っ」
「痛い、ですか?」
「痛くは無いけど、変な感じ。
足の裏を自分で撫でても何ともないのに、他人に触られるとくすぐったくて仕方ないようなものだと思う」
「他人に足の裏を触られると、とても、くすぐったいんですね、覚えました。
それでは、ミリアさんの、ムダ毛を剃ります。
危ないですから、出来るだけ、動かないでください」
「分かってるよ」
機械人形はミリアの肌を指で引き伸ばすと、電気シェーバーを当てて短い毛を刈り取ってゆく。
これ一つで、どんな部位や状態にも対応出来る最新機器なので、ザラザラとした剃り跡なども残らない。
「痛みは、ありませんか?」
鋭利な刃がミリアの肌の上を滑ってゆく。
少しずつ上の方から毛を剃られ、その後を蒸しタオルで拭き取られる。
機械なので丁寧にやってくれるが、皮膚の薄い箇所に近づくと緊張するのは否めない。
「……だ、大丈夫。
ところでアンタさ、リンセル・ステンシィって患者の居場所を知らない?
昏睡のまま寝たっきりだから、もしかしたら看護した事あるんじゃないかと思ったんだけど」
ミリアは自分の両足の間で作業する相手に囁く。
声を潜めたのはヴェクスに聞かれたくないからだが、どのみち機械人形の瞳も耳もモニター室に通じているので意味は無い。
無論、今の様子を撮影されている事など、ミリアの与り知らない事だが……。
「済みませんが、患者さんの個人情報は、お教えできません」
トーンを落とした相手の答えにミリアも溜め息を吐く。
相手がロボットでは、脅しても賺しても望む答えを引き出せるとは思えなかった。
「そっか……。
ま、期待はしてなかったから良いけどね」
ミリアは何度か体勢を変えさせられつつ、下腹部の毛を刈られてゆく。
程なくして、青い草原も更地に戻った。
「終わりました、ミリアさん」
「まあまあかな、ありがと」
剃り跡を撫でたミリアは、肌の滑らかさを確認すると礼を述べた。
547
:
ミリア
◆NHMho/TA8Q
:2015/08/20(木) 07:09:24 ID:O2xX6Z/U0
機械人形も笑顔を模した表情を作る。
「どういたしまして。
また御用がありましたら、御遠慮なく、申し付けてください」
「……それなら、一つ質問。
アンタって口から水分を摂取したら壊れる?」
「防水加工が、されていますので、平気です」
「そっか。
なら問題ないね」
ミリアは医療用ロボットの頭を抱き寄せ、その唇に濡れた舌を差し込む。
人の感情を理解するようなものなら、魅了で精神に影響を及ぼせないかと考えたのだ。
これを操って利用すれば、外界に干渉できるかも知れないと。
「乱暴は、止めて、下さァい」
人工音声が困惑の色を帯び、心持ち非難がましいものに変わった。
しかし、ミリアは機械人形の頭部を両手で押さえつけ、ゴムのような感触の舌を舐め回す。
「これは乱暴じゃなくて、親愛の証だよ。
主に人同士でするもんだけどね」
「キス、ですね」
「そうだよ、キス。
で、キスされて何かアンタの感情に変化は無い?」
「困惑を、隠せません」
結果から言えば、ミリアの行為は全くの無駄に終わった。
魅了の魔力は無機物に効かない、という検証結果を得ただけだ。
特異病棟で医療用の自律機械が使われるのは、精神に干渉されないからなので、少し考えれば自明の事である。
「……クソッ、やっぱりダメか」
試みが期待外れに終わり、他に打てる手も考え付かない以上、後は普通に収監されているしかない。
ミリアは浴室の中で着替えると、病室兼監獄に戻った。
一連の行為が筒抜けである事など、思いも寄らず。
548
:
医療司書コーデファー
◆COTONz2BNI
:2015/08/28(金) 20:55:34 ID:jldd9I/I0
アクノスの病院に搬送された翌日、コーデファーは漸く意識を取り戻す。
昨日こそ瀕死の彼女ではあったが、今は腹部の裂傷も完全に消え去り、肌は白磁の美しさを取り戻していた。
傷の快癒は医師の手際に起因するものではなく、コーデファーが常に装着する首飾りの魔力だ。
「……ん、ぁ?」
医療司書は瞼を開けると、まず見覚えのない六人部屋の病室に困惑した。
窓を眺めると高層ビルと高架で描かれた風景が嵌まっていて、明らかにドイナカ村ではない。
困惑しつつもコーデファーがナースコールを掛けると、直ぐにアデライドが駆け付けた。
「看護婦、此処は何処」
「アクノス、第一号、中央精神医学研究施設、ヘルメース、附属病院」
「アクノス州の病院……とりあえず、今の状況を教えなさい」
コーデファーはアデライドに聞き返す。
実際、眠っている間に致命傷を受け、移動させられ、知らぬ間に完治していた彼女は状況がよく分からない。
「了解、説明開始」
アデライドの説明で、コーデファーが知った事は以下の通り。
まずはアルサラムの魔術で眠らされ、アレクサンデルごと攻撃を受けて死にかけた事。
元凶のミリアは拘留されたものの依然として危険な存在であり、警察の手に負えるかは怪しい事。
彼女による被害の拡大を想定して、患者たちを転院させ、ドイナカ村も警戒区域に指定された事。
ミリアの異常な魔力に対抗する為、アルサラムとエクレラはバニブルに戻り、病院では最小限の人員が事後処理に当たっている事。
その他はリンセルが隣のベッド、アレクサンデルが隔離病棟に運ばれた事くらいだ。
「――――アルサラム! 恐ろしく愚劣で野蛮な男ね! わたしごと殺そうとするなんて!」
コーデファーは怒りで顔を歪めた。
実際、金属杭で体を貫かれたのだから彼女の怒りも正当なものだとは言える。
「激怒厳禁、安静必要」
「そんなこと分かってるわ……!」
コーデファーは怒りの収まらない様子で言い返す。
目の前にアルサラムがいれば、そのまま聞くに堪えないような悪口雑言を吐く所だが、看護婦相手に怒った所で無益。
すぐに冷静さを取り戻すと、今聞いたばかりの話を脳内で反芻し始めた。
(あの女、ミリアは魅了しただけではなかったのだわ。
まだ何か……別種の作用を持つ力を隠し持ってる。
きっと、それがリンセル・ステンシィの延命の原因ね。
魔槌を防いだ不可思議な光を作り出したのは、体内に埋め込んだとかいう魔術具?
少なくとも、意志を持ってる物が体の中にあるのは間違いないはず……)
優先すべきは、自己を劣化させない技術を完成させ、完全な不老不死を成就させる事。
その為にはリンセルではなく、不可思議な現象の源に近い存在こそを調べなければならない。
「看護婦、電話を用意して」
549
:
医療司書コーデファー
◆COTONz2BNI
:2015/08/28(金) 20:56:50 ID:jldd9I/I0
ヴェクスからの応答を待つ間、コーデファーはふと疑問を浮かべた。
なぜ、自分は不老不死を欲するようになったのかと。
しかし、幾ら思索の糸を手繰り寄せても、端緒となる記憶を引き寄せる事が出来ない。
おそらくは、若化の際に脳内から失われてしまった情報なのだろう。
(……別に思い出せなくたって問題ないわ。
死は生物として最大の苦痛だから、最大限の努力で避けようとしても不自然ではないもの)
「電話、準備完了」
程なく、看護婦が携帯電話を持って来た。
既に通話状態で、耳元へ持っていくと五秒も経たずにヴェクスの白々しい声が聞こえて来る。
「無事なようで嬉しいよ、コトン。
僕も勇気を奮って、君を救った甲斐があるってものだ」
「失点を嫌っただけのくせして恩着せがましいわね。
で、もうあの女の尋問はしたの?
ミリアが体内に隠し持つ魔術具は何? あれが謎の光の原因?」
「臨時職員とはいえ、今の僕は警察の一員。
捜査情報にも、一応の守秘義務があるんだけどね」
「そんなこと、どうだっていいわ。
どうせ、ラクサズだか誰だかの意で動いてるんでしょう?
彼は未知の力について知りたい。わたしは未知の力を調べたい。
お互いの利益になるのに、何か不都合があって?」
受話器の向こうから苦笑の気配。
「例えば、僕が正体不明の飴を持っているとしよう。
綺麗で美味しそうに見えるが、製造メーカーも原材料も分からない飴をね。
これが食べられるかどうかは知りたいが、そのまま食べるのも不安だ。
非常に美味しいかも知れないけど、特定の種族には猛毒って場合もあるからね。
しかし、成分を調べさせる相手として、飴玉を見て瞳を輝かせる子供ってのは不安が否めない」
「無駄に回りくどい物言いって本当に腹が立つわ……死ねばいいのに。
要するに、わたしがあの女に魅了されてないかを疑ってるの? それなら無駄な心配。
人の形をしただけの害虫に、愛情なんて微塵も湧かないから」
「かも知れないが、とりあえず治療に専念した方が良い」
「治癒の首飾りを付けてるから、一日も経ってればもう大丈夫。
身体が動くのに、黙って寝てるつもりなんか無いわ。
わたし、時間の浪費って大っ嫌いなの」
「君の主義はともかく、猛牛も闘牛場へ追い込んだだけで、鎖で拘束したわけじゃない。
闘牛士に頑張って貰わなくちゃ、とてもじゃないけど美味しく食べられないよ」
「まったく、情けない話ね。
付与魔術師の名門たちが、二十年も生きてないような女に手も足も出ないなんて」
「世の中の広さを知るね。
央漢の故事で、井底の蛙とか言ったかな」
コーデファーとヴェクスが電話越しの会話を続ける中、二人の人物が静かに病室へ入って来た。
黒いスーツの上にロングコートを羽織った青年と、紺色のスーツを着た十八くらいの女。
どちらも医者ではなく、患者に面会するといった雰囲気でもない。
彼らは地区警察からの要請で動いた連邦刑事局の刑事だ。
550
:
医療司書コーデファー
◆COTONz2BNI
:2015/08/28(金) 20:58:52 ID:jldd9I/I0
現在、この病室には六人の女性が入院している。
彼女たちの視線も一斉に闖入者へ集まったが、謹厳そうな青年は気にした風もなく、アデライドへ近づく。
「失礼、ローカルナ州から来た看護婦ですね。
私は連邦刑事局のクラウス・ロットナー。
ドイナカ村の事件について、詳しく事情を知りたいので同行願えますか」
ロットナーと名乗る刑事は警察手帳を掲げつつ、硬い声でアデライドに同行を要請した。
「確認、任意同行」
「任意だが、起きた事件の重大性を考えて協力して頂きたい」
任意と言いつつ、ロットナーは有無など言わせない。
彼らの目的は、ミリアに魅了されている可能性を持つ人物全員の拘留なのだから当然だ。
「了承」
アデライドは即答で同行を応諾した。
感情の動きが少ない顔からは、事件について検討したかまでは窺い知れなかったが。
続いて、ロットナーの視線は病室の新参者へ向けられた。
「そちらは医療司書のコーデファーさんかな」
「何? 警察への任意同行ならお断りよ。
わたし、大怪我したばかりで今日はベッドから一歩も動けそうにないの」
もちろん嘘だ。
「先程、体は動くと聞こえたが」
刑事に嘘は通用しなかった。
「……立ち聞きしてたの?」
「偶然、聞こえまして。
体が動くなら、捜査協力をお願いしたい」
「もしかして、あなたもわたしが洗脳されてないか疑ってる?
あんな女に誑かされたって思われるのは心外だわ」
「精神魔術の厄介な点は、影響を受けているか否かを即座に判別出来ない事でね。
検査でオールグリーンと出るまでは隔離させて貰いたい。
とは言え、さして時間は取られないでしょう。
未知の魔力は検知出来ずとも、嘘や偽証の判別は此処でも出来るそうですから」
刑事たちは病院に来て三時間も経たず、ドイナカ村から来た全員を隔離病棟へと送り込んだ。
そこで、心理分析ソフトと精神波測定を利用して、尋問と虚偽判定が行われる。
結果は、その日の内に出た。
医師団の一人、ヨードル・アークジーンが見事に引っ掛かったのだ。
彼は逃走を図ったものの、ロットナーに軽く捻られて捻挫を受け、そのまま隔離病棟へ拘禁された。
これでヨードルが教皇庁への連絡を遅らせ、アレクサンデルの解放を目論んでいた事も判明する。
警察の動きは速い。
同日、ルーラルダ連邦刑事局から教皇庁へ連絡が入り、アレクサンデルが精神操作を受けている事実も伝えられた。
エヴァンジェルの治安維持を司る都護聖省も、提供された情報を元にロルサンジュへ聖堂騎士を派遣。
しかし、ステンシィ夫妻への事情聴取は適わずに終わる。
ベーカリーに訪れた聖堂騎士アリアード・レーシャルは、明りの無い店舗に臨時休業の張り紙を見つけただけだった。
551
:
装幀司書ヴェクス
◆xNodesigng
:2015/09/03(木) 22:39:24 ID:jhx5I9Ow0
舞台は再びドイナカ村の病院に戻る。
管理室のヴェクスは、モニターでミリアの様子を眺めていた。
現在、病室と廊下との境界には、破壊された鉄扉の代わりにkee poutと書かれたテープが張られている。
破るのは容易いテープではあっても、一応は障壁としての役割を果たしているようだった。
入浴後のミリアも暇を持て余すように寝転がり、監獄として定めた範囲からは出ない。
焦燥も緊張感も見せないのは、魅了したヨードルの動きを待っているからだろう。
しかし、ミリアの元に朗報など来ない。
彼女の尖兵は既に拘束されたのだから。
無論、ヴェクスも懇切丁寧に経緯を教えるつもりなど無い。
自分の試みが順調に進んでいると夢想させていれば、ミリアも動かないと考えて。
怠惰に寝そべる囚人を監視しつつ、看守の方は先程の映像に効果的な使い道が無いか検討していた。
(さて、この自殺案件の映像はどうすべきか。
脅迫で動きを封じられればいいが、逆上して後先考えずに暴れられても堪らない。
いや、そもそもリベンジポルノの真似事をすれば、地区警察に手を貸したバニブルまで名声を地に落とす。
証拠が残るような方法で脅すのは好ましくないな)
ヴェクスは何かを思いついたようで、電話を掛けるべくタブレット端末を手に取り、指先を動かす。
彼は通話先の相手に幾つかの魔術具を送付するよう依頼し、程なく要件を終えて電話を切った。
続いて、コーデファーの検査が終わった頃を見計らい、アクノスにも電話を掛ける。
「やあ、コトン」
猫撫で声に生理的な嫌悪感を抱き、コーデファーは無言で通話を切った。
しかし、ヴェクスはあからさまな拒絶に引き下がることなく、即座に電話を掛け直す。
「いきなり電話を切るなんて酷いなぁ。
そう邪険にしないでよ」
「わたし、何時間も検査を受けたばかりで疲れてるの。
少しは気遣いなさい。
……で、何の用?」
コーデファーは面倒臭そうに言った。
「報復の絞首紐《リプリサル・ギャロット》を送るから、リンセル・ステンシィに装着させて欲しい」
「あれを保険にするつもり?
其処まで外道な手段を使うっていうのも情けないわね」
「悪魔と戦う時は、悪魔よりも悪魔的にならねばならないって言うだろう。
ともあれ、ブラフよりは実行性のある方が良い。
まあ、世の中の為だからセーフじゃないかな」
「理念のためなら不法も正当化されるって論理、あの女も使ってなかった?」
「もちろん、使ってたよ。
あらゆる侵略行為は、目的で手段の正当性を担保するものだからね。
まあ、彼女の主張は裁判で聞くとして、まずはそれが可能な状況を作るのが肝要だ。
罪を問う奴がいれば、そいつにミリアの管理をさせたい」
「まぁ、いいわ。
せいぜい、お得意の口先で宥め賺して自暴自棄にさせないことね。
それと、其方に覧界視が置きっぱなしになってるから、すぐに此方へ送って頂戴」
突き放した様子で言うと、コーデファーが通話を切る。
用を終えたヴェクスがモニターに目を移せば、医療用ロボットが病棟に夕食を運んでいた。
時刻も夜に差し掛かったのだろう。
552
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/09/05(土) 20:50:45 ID:Aa/MmyRA0
図書国家バニブルの地下書庫、その深層。
無数の書架が林立する闇の迷宮に力強い濁声が響く。
「ホンマに来よったか!
あの婆はんに見せられた通りの奴やな」
「ダァト……ではないな。誰だ」
アルサラムは不審に思い、書物の森に向かって誰何を響かせた。
それに応えて、一人の男が本棚の影から現れる。
真っ黒な髪で類人猿を思わせる強面、齢は三十を超えた程度のようだが、明確な国籍や人種は不明。
黒いスーツを着て、サングラスを掛け、右手で黒い宝玉――――厄災の種を弄んでいる。
「ワシは蜘蛛《スパイダー》」
「喋る虫とは珍しいな」
「アホ、蜘蛛が喋るか!
蜘蛛は通り名や! 通り名! 本業は探偵!」
即座の訂正が飛ぶ。
蜘蛛《スパイダー》を自称する男は、バニブル市街に居を構える私立探偵であり、ヴァルンが面識を持つ相手だ。
当然ながら、ヴァルンも見知った相手の存在に気付く。
「マサトシ! なんでこんな所に居るの!?」
ヴァルンが素っ頓狂な声で驚く。
彼女が呼んだマサトシというのが、探偵の名前なのだろう。
言葉の響きは極東の一部で見られるものだが、彼が東大陸の出身なのかは誰も知らない。
「ヴァルンの知り合いか」
アルサラムは同行者に確認を取る。
「うん、ハー君が魔術で操られた時、弟子入りしようとした私立探偵」
ヴァルンの他己紹介に男も、そやそやと言いながら頷いた。
「それで、市井の探偵が何の用だ」
アルサラムは改めて相手の目的を問う。
謎めいた第一声からして、此方に用事があるのは間違いない。
「あァ……兄さん。
悪いが、こっから先は進まんといてぇや」
進路の妨害は想定していたものだった。
現在、不安定なバニブルの政局を掻き乱すべく、どの派閥が暗躍していても不思議ではない。
アルサラムは眉を跳ね上げ、声音の温度を一段下げる。
「貴様の雇い主は、国家司書の地位を狙うラクサズの政敵といった所か」
「政敵ぃ? ちゃうちゃう。
ワシの依頼人は、イシュタルって占い師の婆はんや。
ざっと調べた限り、バニブルの政治家や官僚との繋がりはあらへんな」
蜘蛛《スパイダー》はニヤッと笑い、掌を横に振って否定のジェスチャー。
「では、横槍を入れる理由は占い師の戯言か」
553
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/09/05(土) 20:52:50 ID:Aa/MmyRA0
「まぁ、そうやな。
フェネクス虐殺の前日辺りやったか?
ラングルード地区で大陥没が起きたのは覚えとるやろ」
「忘れる訳がない」
私立探偵の言う大陥没とは、バニブルのラングルード地区で起きた、類を見ない程に大規模な崩落現象である。
被害は地階数十層にまで達し、倒壊した建物や負傷者・行方不明者は数知れず、影響範囲も100平方キロ近くに及ぶ。
原因こそ調査中だが、近衛隊長ハーラルの報告からバニブル政府が推測するのは容易だった。
地下書庫の底にはダァト――――建国王フラター・エメトの手で強大な禍物が封じられていると言う。
その封印に綻びが生じたか、或いは解けてしまったと考えるのが自然だ。
「兄さんが行こうってしとる所は、枢要罪“憤怒”に最も近い場所でな。
先の大陥没も、そいつの力の一端が吹き出ただけぇって話や」
「それと俺に何の関係がある」
「で、だ――――その“憤怒”と兄さんは属性や相性が近いらしい。
つまり、禍物から影響を受けて、そっち側に染まられちゃ困るって話やな。
もし、そないなっちまったら、バニブルが受ける被害は大陥没の比じゃあらへん」
「その占い師の心配は無用のものだ。
俺の心は悪しき禍物の色になど染まらない。
運命の在り様は予言でなく、人の意志によって定まるものだ……退け」
「不可避《アドラステア》の称号を持つ予言者の予言やなけりゃ、ワシも聞き流したかもわかれへんがなぁ。
ま、口でぇ言うても無駄やちゅうこっちゃか、兄さん。
それやったら、ワシも破滅を防ぐ努力をせなあかんな」
私立探偵は黒宝玉を弄ぶ手を止めた。
口笛のような甲高い音を響かせて息を吸い込むと、彼は全身から薄墨色の陽炎を迸らせる。
蜘蛛《スパイダー》の通り名を表すが如く、暗い魔力の揺らぎは瞬く間に蜘蛛の形を取り始めた。
「予言は予言。
未来は己の手で切り開く。
正義の執行を阻むものがあれば、押し通るまで」
アルサラムもカードデッキを手にする。
付与魔術で特殊処理を施したクレド・マディラこそが、彼の最も使い慣れた武器だ。
ドイナカ村では虚霊炉の内臓魔力を用いてイラストを実体化させていたが、件の魔術具はラクサズの元で魔力の充填中。
従って、今は己の魔力だけでカードの絵を具現化しなければならない。
「ちょっ、ちょっと待ちなさい! 待って! こ、この脳筋っ!
アルサラムが憤怒のアイン・ソフ・オウルに乗っ取られるのを防ぐだけなら、別に戦わなくてもいいでしょ!」
ヴァルンの制止が地下空間に響いた。
しかし、既に臨戦態勢の両者は止まらない。
「怪我をしたくなかったら下がっていろ」
アルサラムは同行者へ下がるように促すと、視界を埋め尽くす相手を眺めた。
呪力で作られた無数の影蜘蛛は、一匹一匹が中型犬ほどの大きさ。
それが、今やびっしりと石床を埋め尽くし、書架や天井にも張り付く。
実に悍ましい光景だが、普段から魔境染みた地下書庫を巡検する司書は鋼の意志を揺らがせない。
「ディオラオスの金狼――――進路を塞ぐ虫どもを蹴散らせ」
アルサラムが空中にカードを投げると、描かれた狼のイラストが抜け出す。
美々しい絵は、アルサラムの魔力で質量を備えて実体を持ち、象にも匹敵する巨躯の金狼となった。
イラストを失ったカードには『神に逆らって狼に変えられたディオラオス王の末裔たち』とのテキストだけが残る。
554
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/09/05(土) 20:57:24 ID:Aa/MmyRA0
「ウォォオオォォオオ!!」
一声吠えて駆け出すと、巨大な狼は黒い大蜘蛛の群れを踏み潰しながら猛然と書架の間を突き進んだ。
丸太のように太い前肢と鋭い牙で、蠢く影蜘蛛の波を割り、さながら除草機のように刈ってゆく。
圧倒的な質量の生物が眼前に迫って来る戦慄すべき光景だが、蜘蛛の主は怯まない。
「阻め!」
影蜘蛛の全てが蜘蛛《スパイダー》の思念に呼応して動き、一斉に漆黒の糸を吐き出す。
幾百もの魔力糸は黒い驟雨の如く宙を疾って網を作り、突進する魔獣を糸檻の中に閉じ込めた。
「……掛かったようやな」
蜘蛛の繰り手が勝ち誇る。
瘴気の網は体表を焼き、捕えた獲物の内部へ呪力の毒素を流し込み、全身に拡散させて肉体を冒す。
影蜘蛛の毒は生物の中枢神経を狂わせ、使い魔の機能を浸食し、霊体であれば維持魔力を失わせる。
金毛の巨獣も毒素で引き裂かれるような激痛を刻まれ、暴れ狂った。
古びた大気が鳴動し、付近の書棚は衝撃で倒れ、死蔵に飽いた居住者たちを吐き出す。
もし、保護魔術が施されていなければ、この短い間で幾つもの貴重な知識が永久に葬られた事だろう。
「ガァ! グォォッ! ハァフッ!」
地に引き摺り倒された魔獣は叫びながら暴れ続けるが、それでも蜘蛛の束縛は破れない。
影蜘蛛の網に強度を与えているのは、人では持ちえない程の異常な魔力だ。
「……その玩具はどうやって手に入れた」
魔術師が探偵に聞く。
アイン・ソフ・オウルの高みまで至った者を除けば、純粋な魔力でアルサラムを上回る人間は多くない。
そして、己に勝る魔力を持つ者が黒い宝玉を掴んでいれば、嫌でも思考は一つの可能性に辿り着く。
「厄災の種か? これやったら依頼主からもろたわ。
これがあらへんと、ワシが勝てんとかゆうてな。
せやけど兄さん、厄災の種なんて、ほんま物騒な名前やんなぁ」
闇を孕んだ球を摩りつつ、蜘蛛《スパイダー》は歯茎を剥き出して嗤った。
「それは探偵風情の手には余る代物だ」
「魔術師風情がゆうもんやな。
自慢の使い魔は網ン中やってのに。
とっとと降参して引き返せや、ワレ!」
「多寡が一度の攻防で、勝利を確信したつもりか。
ディオラオスの金狼に熾天の炎を重ね――――出でよ、メルジェの獣王」
再び、アルサラムがカードデッキから一枚を抜き取る。
それは間髪を入れず中空へ投げられ、瀕死の巨狼に向けて赤光の筋を噴き出した。
瞬間、狼の毛皮は赤黒く染まり、火蜥蜴《サラマンダー》のように全身が紅蓮の炎に包まれる。
「使い魔の姿が変化したやと!?」
蜘蛛《スパイダー》はサングラスの奥で目を見開いた。
金狼が姿を歪め、体色を変え、鬣を伸ばし、暗赤色の大獅子に変貌してゆく。
獣の全身から噴き出す灼熱の炎は、瞬く間に影蜘蛛の網を焼き切り、幾筋もの白煙を登らせていた。
形勢を盛り返したアルサラムは、デッキから更に一枚のカードを抜く。
「メルジェの獣王が攻撃に成功したから、カードをドローさせて貰うぞ」
「待て、なんやその俺ルール!」
555
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/09/09(水) 05:34:09 ID:Pt1wfvVk0
アルサラムの従僕《サーヴァント》は、新たな肉体を得て悠然と立ち上がる。
赤獅子の全身に絡みつく瘴気の網も、噴き出す火炎で焼き切られ、瞬く間に枷としての役目を終えていた。
「メルジェの獣王、影蜘蛛の使い手を狙え」
アルサラムの言葉で、獣魔の瞳が蜘蛛《スパイダー》に向く。
使い魔に宿るのは敵意でも殺意でもなく、純粋な戦意だ。
それを感じ取り、標的たる探偵も防御の意志を固めた。
しかし、巨体の獣相手と正面から打ち合うには、小さな影蜘蛛では余りに力不足。
接近すれば蟻の如く踏み潰され、網で拘束しようにも輝く焔と呪力の影は相性的に最悪。
ならば、蜘蛛《スパイダー》の取るべき手は一つ。
「影蜘蛛ども、重なって阻め」
術者の命令で数多の影蜘蛛が近くの影蜘蛛に近寄り、蠱毒の要領で同化を重ね、翳りの濃さと体躯の大きさを増してゆく。
瞬く間に虎程の大きさとなった影蜘蛛たちは、突進してくる獅子の足に取り付いて進撃の阻止を図った。
別の個体は先程よりも強力な魔力糸を吐きかけ、再度の拘束を図る。
そして、これらは全てが無駄に終わった。
漆黒の糸は炎獣から噴き出す熱で瞬時に燃え尽き、足に取り付いた個体は猛進に引き摺られるのみ。
「ぐ、ぬぬ……ワシの影蜘蛛が!」
蜘蛛《スパイダー》は動揺の言葉を吐き捨て、慌てたように後方へ下がってゆく。
開いた空間に大獅子が進むと、書架の影から新たな影蜘蛛が湧き出すものの、それらも次々と焼滅される。
「此処まで押されるんか!」
影蜘蛛の瓦解で更に退く探偵。
呪術と魔術の攻防は魔術師側が圧倒しているかに見えたが、この二度目の撤退でアルサラムは不自然を感じ取った。
(……退き続けている割に、奴は俺を恐れていない。
攻め込んでも決定打は与えられず、瓦解した先に進めば新手が阻む。
形勢の不利を装って、俺に力押しさせるつもりか)
アルサラムは相手の棒演技の台詞から、持久戦の意図を汲んだ。
厄災の種から膨大な魔力供給を受けられる蜘蛛《スパイダー》と違って、彼の魔力は有限。
迅速な戦術の切り替えが必要だった。
(俺の見立てでは、奴の保持魔力は俺の倍か、それ以上。
このまま使い魔《サーヴァント》での一進一退を続ければ、此方の魔力切れが先だ)
アルサラムの瞳に浮かんだ色を探りつつ、蜘蛛《スパイダー》が口を開く。
「やーや、ほんま強いなぁ……。
せやねんけど、戦いは数や!
なんぼ強かろうが、そっちの使い魔は一匹! ぎょうさんの影蜘蛛には適わへんでぇ!」
耳障りな大声に呼応して、書架の上から五匹の影蜘蛛が音も無く降って来る。
その異様な気配を察知して、アルサラムは全力で疾駆。
鞘から短剣を抜き、鮮やかな剣捌きで一匹の影蜘蛛を切り裂くと、そのまま影蜘蛛の密度が薄い場所まで駆け抜ける。
「破ッ」
(蜘蛛の強化に対抗して、下僕《サーヴァント》を増やすか?
いや、それとも……それが奴の狙いか)
「なぁ……兄さんは戦いになったら、無駄口を叩かん主義やねんか?
さっきから、喋ってるんはワシ一人だけやがな」
蜘蛛《スパイダー》は少し寂しそうに愚痴を漏らした。
556
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/09/11(金) 00:26:08 ID:qxDutRJ60
アルサラムは疾走しながら短剣を縦横に振るう。
刀身は磨き抜かれていて、反りの無い両刃。
銀の閃光が軌跡を描けば、影蜘蛛の頭が裂かれ、脚が切り落とされ、胴を薙がれる。
進路を阻む虫魔たちは次々と呪力を断ち切られ、後は溶けるように崩れてゆくのみ。
この魔術師らしからぬ武技は、卓越した資質と修練の賜物だ。
(使い魔を幾ら倒した所で、術者が補充するなら無意味。
……直接攻撃で仕留めるしかない)
数瞬の合間にアルサラムは戦術の方針を組み上げた。
しかし、防御に専心する相手の陣形を正面突破する事は、如何に熟練した能力を以てしても至難の業。
(蜘蛛の頭を潰す媒鳥がいる。
敵の目を逸らし、攻撃を分散させる要員が)
アルサラムは次なるカードの具現を決め、幾つかの候補を心中に思い描く。
まず、前提としてクレド・マディラはカードの質に応じて、五等級のレアリティが設定されている。
アイアン(黒鉄)/ブロンズ(青銅)/シルバー(白銀)/ゴールド(黄金)/アダマス(神鉄)の五種の等級に。
先ほど使ったディオラオスの金狼と熾天の炎は、どちらも第二位の級であるゴールドだ。
このクラスのカード再現は、一枚につき全魔力の四分の一を使う。
(二度のゴールドで、残存魔力は約半分。
同程度のカードを使えるのも後二回。
一つは蜘蛛の足止め。もう一つを己か敵に使うのが最善)
「抜札《ドロウカード》――――冥界の軍隊蟻」
左手で握ったカードデッキから、蟻の群れが描かれるカードが中空へと滑った。
絵札の中から新たに現れるのは、青白い霊気を放つ大蟻の群れだ。
個々では影蜘蛛に劣る程度の力しか持たないが、数だけは只管に多い。
物量での目晦ましには、恰好の下僕《サーヴァント》だ。
「近くの蜘蛛を手当たり次第に襲え」
アルサラムは大蟻の群れを近くの影蜘蛛に向かわせた。
「ほーぉ、新手の使い魔やな。
せやけど、烏合の衆なんざ影蜘蛛の餌食になるだけやで……迎え撃て!」
アルサラムの使い魔《サーヴァント》が、探偵の使い魔《サーヴァント》に襲い掛かるものの、使い魔の強さは魔力量が物を言う。
魔力を分散させて召喚した使い魔では、より高い密度の呪力で練られた使い魔には敵わない。
冥界の軍隊蟻が一体の敵を仕留める間に、影蜘蛛の方は三体も敵の数を減らす。
「あっちのライオンくらいのパワーなら厄介やが、雑魚を増やした所でこんなもんや!
ワシの魔力も一向に尽きる気配があらへん!
こっちは、兄さんが力尽きるのを待ってればええだけやな!」
蜘蛛《スパイダー》は勝ち誇るように言葉を続けた。
――――自らの狙いが、アルサラムの魔力切れを待つ事だと思わせる為に。
557
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/09/11(金) 00:27:46 ID:qxDutRJ60
戦況は優勢と退勢が交互に訪れ、まだ趨勢も読み難い。
メルジェの獣王に目を移せば、獅子は群がる蜘蛛を噛み殺し、焼き消し、彼らの主たる蜘蛛使いに跳躍していた。
しかし、寸での所で無尽蔵に湧き出す影蜘蛛と、呪力の黒糸で進撃を阻まれる。
緩やかな退き戦は、ジリジリとアルサラムの使い魔《サーヴァント》から炎の魔力を削ってゆく。
「おおっと、危ない! ひゃっひゃ!」
探偵は服の裾を焦がすも、間一髪で後方へ退避。
炎と霊気で照らされた空間に冷笑が響く。
一方、アルサラムは敵の死角を衝くべく、書架の影から蜘蛛《スパイダー》の側面へと回り込んでいた。
ドイナカ村でも装着していた身体能力強化の腕輪は、そのまま。
魔力が齎す隔絶した体術で短剣を一閃し、勢いを殺さぬまま影蜘蛛の胴を浅く削ぎ、脚を奪う。
黒血の如き呪力の影が飛散する中、魔術師はただの一瞬も留まらず、戦場を流麗に駆け抜けた。
視線の先には黒服の男。
流水の動きで蜘蛛《スパイダー》の側面に忍び寄ったアルサラムが、その心臓目掛けて刃を突き出す。
直前、魔術師は項の毛が逆立つのを感じた。
直後、魔術師の刃が止まる。
そして、色の無い糸が浮かび上がった。
いつの間にか、探偵の周囲には影蜘蛛の網が張り巡らされ、結界のように空間を満たしている。
アルサラムは其処に突っ込み、刃を突き出した姿勢のまま粘り付く糸に囚われたのだ。
「隠の糸、か。
網を張って待つのが蜘蛛の流儀だったな」
アルサラムの口から呟きが漏れる。
彼が蜘蛛《スパイダー》の主を狙ったのと同じように、相手の側もアルサラムへの直接攻撃を狙っていたのだ。
己の周りに視認できぬ程の極細糸を張り、透明な罠でアルサラム自身を絡め取ろうというのが、蜘蛛使いの真の狙い。
呪力で姿を消していた糸も、今や炎の照り返しで光輝き、巨大書庫に鮮やかなイルミーションを描く。
「そないいうこってや。
蜘蛛の糸は、これから兄ちゃんが気ぃ失うまでぇ全身を締め上げる。
国の為やから、再起不能くらいにはさせてもらうぜェ!」
魔力糸で全身を絡め取られる魔術師を見て、蜘蛛使いは己の勝利を確信した。
そして、決め台詞。
「ワシら探偵に必要なものは三つある。観察力、行動力、決断力や。
兄さんは一つばかし足りんかったようやなぁ……うっひゃひゃひゃひゃひゃあ!」
蜘蛛使いは声を上げ、笑った。
巡検司書は音も無く、嗤った。
558
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/09/15(火) 06:46:40 ID:lCS1mxWg0
アルサラムが使い魔を増やしても、無尽蔵に近い影蜘蛛を刈り尽くすのは困難。
蜘蛛《スパイダー》自身に攻撃魔術を掛けても、厄災の種で強化された魔力抵抗を破らなければ敗北が確定する。
此処までは両者共に読んでいる。
だからこその魔力に頼らない剣撃と、それを封じる蜘蛛の巣。
「縛れっ!」
蜘蛛《スパイダー》は網に掛かったアルサラムを締め上げようと、周囲の糸に呪力を流した。
縦横無尽に張り巡らされた糸が煌めき、ヒドラの触手のように動く。
当の魔術師はと言えば、切迫の危機にも動じず、冷静な表情で左手のデッキから一枚のカードを滑らせた。
「抜札《ドロウカード》――――戦界崩滅《ヴァースブレイク》」
カードが静かに床へと落ちる。
「まだ、悪足掻きする気が残っとったか?
せやけど、今さら新しい使い魔を召喚しても無駄やで」
蜘蛛《スパイダー》は落ちたカードに警戒を見せるが、其処から新たな使い魔《サーヴァント》は現れない。
代わって地下書庫に現れたのは、血の輝きを持つ魔力線の放射。
数百もの赤い光線が床を走り、それは壁面から天井へと伝導して、血管や葉脈のように複雑な模様を地下書庫に描く。
一瞬遅れて、線に沿って大きな亀裂が生まれた。
「な、なんやと!?」
魔術師が選んだ切り札は、地形を破壊するカードだ。
それを具現すれば、当然ながら周囲の地形や建築物は崩壊してゆく。
恐ろしい速度で砕けてゆく床や天井を見て、蜘蛛《スパイダー》の背筋には怖気が走った。
アルサラムを拘束した呪力の糸を解いて、崩落から身を守る為に使わねば死ぬ。
しかし、蜘蛛糸での拘束を解いてしまった瞬間、目前の敵には無防備な姿を晒さねばならないのだ。
「ぐぬ、糞がっ!」
上層の床が巨大な岩塊に姿を変えて、頭上から降り注ぐ。
崩落の速度は極めて速く、迷う時間など一瞬たりとも無い。
「ちょっ、ちょっと何考えてるの! アっルっサっラっム〜〜っ!!」
後方で袖手傍観していたヴァルンも、巻き添えを気にしない同行者の姿勢を非難しつつ、全力で遠ざかる。
元より戦闘区域から離れていた彼女なので、此方は無事に安全圏まで逃れられるだろう。
「支えろ!」
蜘蛛《スパイダー》は崩落からの防御を優先した。
アルサラムの桎梏を解き、解いた糸を手当たり次第に壁や書架に伸ばす。
張り直された魔力糸の屋根が巨大な瓦礫群を受け止めるのと、アルサラムが矢のように突撃したのは同時だ。
「ま、待てぇっ……ぶぉっぐぅっ!」
探偵の助命嘆願は最後まで発されなかった。
正義の執行を阻むものは悪であり。悪を正すのは善。そして善意に歯止めは無い。
アルサラムは全く躊躇なく、水平に寝かせた短剣を標的の喉へ突き刺し、横に払う。
人を殺す事への心理的な抵抗が無い一撃。
蜘蛛《スパイダー》の頸動脈は断ち切られて、首から噴水のような血飛沫を流す。
559
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/09/15(火) 06:49:08 ID:lCS1mxWg0
戦闘が終了してみれば、惨憺たる有様だった。
周囲には凄まじい量の粉塵が舞い上がり、原型を留める物は何も無い。
膨大な書架は過半が倒れ、天井の崩落で上階の一部も雪崩落ちている。
壁や床は魔力と衝撃で広範囲が破砕され、移動するのも困難だ。
その中で形質保持の魔力で保護された書物だけが、破れも痛みも燃えもせず、冗談のように無事な姿で散乱していた。
使い魔たちを見れば、影蜘蛛の群れは一匹残らず消え去り、大蟻の軍団も崩落で潰れ去っている。
ただ一匹、暗紅色の炎獣だけが瓦礫の下敷きになりながらも辛うじて消滅を免れていた。
凄まじいばかりの被害だったが、隣室や通路にまでは崩壊の魔力も及んでいない。
ヴァルンも逸早く難を逃れたようで、どこにも目立った負傷は無かった。
崩壊が収まった頃を見計らい、彼女は瓦礫の上を這うようにして元の場所まで戻って来る。
「ア、アルサラム、なんて事してくれるの!?
此処の瓦礫を片付けて修復するのにどれくらいの費用と手間が………………き、きゃあああ〜〜!」
惨状を目の当たりにして、ヴァルンが悲鳴を上げた。
蜘蛛《スパイダー》は強靭な蜘蛛糸を操って崩落の直撃は免れたものの、上半身が朱に染まっている。
致命的なのは、アルサラムの短剣で裂かれた首だ。
これを必死に魔力糸で繋ごうとしている蜘蛛《スパイダー》だったが、苦患の中では血管縫合はおろか、呪術の維持すら不可能。
意識を混濁させ、膝をつき、急速に命の灯を弱めてゆく。
迅速に高位の治癒魔術を掛けなければ、死を待つだけなのは明らか。
「死、死……マサトシが死んじゃう……なんで、どうして!
剣で首を裂くなんて、此処までする必要あったの!」
ヴァルンがアルサラムに詰め寄る。
「完全に無力化する必要はあった。
この男はヴェルザンディやミリア。
あの危険な魔女たちと同じ、厄災の種の持ち主だ。
仕留めなければ、此方が討たれる可能性も高い」
アルサラムは瓦礫の上に転がる宝玉を睨みつけ、そう呟いた。
実際、厄災の種は感情や欲望を増幅して、柔軟な思考を難しくする機能も秘める。
「あんまり知らない人だけど、こんな所で死んじゃうなんてあんまりよ。
貴方、治癒魔術は使えないの!?」
「治癒石の手持ちはあるが、致命傷を癒せるだけの物は無い」
冷静に死の告知を返され、ヴァルンは落胆の表情を浮かべつつ瀕死の探偵へ近寄る。
一時は世話になろうとした人物だけに、目の前で死なれるのは極めて後味が悪い。
「何か他の手は…………あっ、フラター王なら助けられるかも!
この階層にいるはずだから、どうにか其処まで持たせられれば助けられるわ。
内蔵魔力が少なくても良いから、治癒石があるなら出して」
「――――確かに幾万もの魔術を収めたフラター・エメトなら、この男の治癒など造作も無いじゃろう。
だが、彼の魔術王の手を煩わせるには及ばぬ。
その男の命を繋ぐに足るだけの治癒石なら、わしが用意しておいたので遠慮なく使うが良い。
起動呪語は何の捻りもなく、ヒーリングじゃ」
唐突な援助の申し出は、第三者から為された。
ヴァルンに治癒魔力を秘めた石を差し出したのは、地味な茶色いローブの上に赤いストールを羽織った老婆。
種族は人間のように見え、皺だらけの顔に白い長髪といった容貌で、ありがちな占い婆さんといった印象を受ける。
不可解な事に、この老婆は何の気配も予兆も無く、崩壊著しい地下空間の中心部へ現れた。
「あ、ありがとう……って誰!? い、いえっ、それは後ねっ! ヒーリング!」
ヴァルンが蜘蛛《スパイダー》の首の傷口に拳大の透明な石を押し当て、内包された魔力を開放する。
560
:
巡検司書アルサラム
◆FarahLxH6M
:2015/09/15(火) 06:54:09 ID:lCS1mxWg0
透き通った石からは、淡い白光が浮かび上がった。
治癒石とは、名前の通りに治癒の魔力を封じた石で、それなりに高価な代物だ。
込められた魔力次第で色や大きさは異なるが、老婆が提供した物は大振りで内蔵魔力も高い。
当然、それを使われた被術者の深傷も目に見える速度で塞がれていった。
「……随分と用意の良い事だ。
尤も、貴様が蜘蛛使いを俺に差し向けた張本人と考えれば、段取りの良さにも得心が行く。
馬鹿げた予言を根拠に俺の妨害をした真意は何だ、詐欺師イシュタル」
アルサラムは得体の知れない老婆に刺すような視線を向けた。
予言者ではなく、詐欺師と悪し様に呼んで。
「真意も何も嘘は無いぞ、アルサラム・ファラー・アゼルファージ。
貴殿が憤怒の意志に惹かれた時、この国は崩壊する。
ダァトに封印されている身と言っても、あれは神にも等しい力を持つ。
更にアイン・ソフ・オウルの中で最も苛烈にして、最も正義を希求するものだ。
思想の方向も貴殿と近いだけに同調を拒み続けるのは難しかろう」
イシュタルは答えたが、魔術師は微塵も納得しない。
「俺が狂わされると言いたいのか」
「左様、想いの渦に近づけば飲まれる。
アイン・ソフ・オウルに抗せるのは、アイン・ソフ・オウルのみ」
老婆の断言を聞き、アルサラムが拳を握り締める。
「そのアイン・ソフ・オウルに至る為、俺は此処までやって来たのだ。
無力な正義など、理不尽な暴力の前には屈するのみだからな。
俺は正義を遂行する為、誰よりも力を持たねばならない。
邪魔をするならば、誰であろうと排除するまで。
第一、仮に貴様が予知能力を持つとしても、それが実現する保証など何処にも無い」
「予言は未来の儂――――枢要罪〝憂鬱〟アスタロトが教え、過去の儂――――占い師イシュタルが識る。
競馬や宝籤の数字からローファンタジアの崩壊まで、今までに誤った事は一度も無いぞ」
「不可避の予言とやらか。
だが、蜘蛛使いの派遣は無駄に終わった」
「少しばかり、試してみたのじゃよ。
厄災の種であれば、僅かでも変化が訪れるのではないかと期待しての。
もし、何か一つでも予知を変えられれば、バタフライ効果で未来も加速度的に変わってゆくであろうからな」
老婆は厄災の種を拾い上げると、灰色の瞳に微かな憂鬱を見せた。
運命の抗えぬ圧力に屈した時、人はこのような顔を見せる。
「ならば、俺が詐欺師の戯言など覆して見せよう。
不吉な予言も成就させはしない。
もう退け、これ以上道を阻むなら容赦しない」
「……では、一つだけ捨て台詞を残して退散させてもらおうかの。
地上で起きる争いの大半は、大切な何かを失う恐怖に駆られてのものじゃ。
仲間や家族の平穏、国家や宗教などのコミュニティ、法に人権、理想……それらを守る為に人は誰かを攻撃する。
貴殿の正義を貫こうという意思も尊いものだが、他者にも貴殿とは異なる視点の正義や想いがあろう」
「何を言いたい」
「なぁに、単に愛を持てと言った所じゃよ」
老婆は曖昧に笑うと、舞い上がる粉塵の中に姿を消した
561
:
enchanter
◆FarahLxH6M
:2015/09/16(水) 05:56:01 ID:V/dyFW320
本編が再開するのか、凍結したままなのかは、気に掛かる所だ。
もし、凍結の理由が「乗っ取り紛いの所為でやり難い/継続意欲を失った」というものであれば、俺たちも向き合わねばならない。
562
:
フロレア・ステンシィ
◆d/Florean2
:2015/09/24(木) 05:54:17 ID:czcrj7pE0
ステンシィ夫妻はバスや鉄道を乗り継いで南西に向かい、途中で都市国家アパサに辿り着いた。
此処はエヴァンジェルを含む都市国家群“十ニ都市同盟”の一つで、海神であるツルア信仰の厚い港湾都市だ。
南に広がるサラキア海を眺めれば、コバルトを溶かしたような青色の上にボートやクルーザーが幾艘も浮かぶ。
生活排水が少ないのか、水の透明度も極めて高く、海底に船影が見える程だ。
この綺麗な光景が瞳の端に映っても、フロレアの顔は物憂げだった。
実の娘のリンセルと、実の娘同然と刷り込まれているミリア、二人共いないのだから当然かも知れない。
アパサからはルーラルダ連邦まで長距離高速列車を使い、アルバン市からバスかタクシーで南下するのがドイナカ村への最短経路である。
何事も無ければ半日で着くはずの行程だが、残念ながら事件は起こった。
国境を越えようという所で唐突に車内が暗くなり、列車も線路上で急停止する。
減速で体が引っ張られ、通路を歩いていたものは蹈鞴を踏む。
ボックスシートでステンシィ夫妻の向かい側に座っていた少女も、投げ出されるようにしてフロレアの胸に顔から飛び込んで来た。
「だ、大丈夫?」
「これは失礼致した、奥方。
どうにも、この姿では踏ん張りが効かぬ」
華奢な少女は蒼白い顔を上げると、黒い瞳でフロレアを見据えた。
古風な喋り方をした少女は人間族らしき風貌で、年齢はリンセルと同じくらいに見える。
黒いワンピースを着ていて、足首までありそうな長い飴色の髪が印象的だ。
彼女が元の席に座り直した所で、不安がる乗客へ向けて車掌のアナウンスが入った。
「乗客の皆様。
只今、路線の周囲で何らかの異常が起きたようです。
当列車は路線の安全が確認できるまで、停止いたします」
列車が停止する旨を聞き、フロレアは不安げな顔で夫を窺う。
「何が起きたのかしら」
「フロー、外を見てみろ。
詳しくは分からないが何か異常な事態が起きたようだ」
レナードが車窓に目を移した。
先程までは真昼の海が見えていた筈なのだが、今は違う。
外は真夏の夜のように薄暗く、赤や緑や黄色に輝く光の塊が、星のように宙を浮いていた。
日常から一変した非現実的な景色は、明らかに魔術的な空間浸食である。
「どう見ても……普通の景色じゃないわね」
開け放たれた窓からは潮の香りも消え、漂うのは異質な冷気と気配。
外を見た乗客たちの唇からも、次々に驚きや恐怖の声が漏れる。
聖都での虐殺事件を経験した者の中には、恐慌を起こす者すらいた。
「然り。
ルーラルダで頻発している異変の一つが範囲を広げ、国境を越えたものと存ずる」
ボックスシートの向かいに座る少女は車外の異変にも動じず、落ち着き払った顔だ。
こんな現象は珍しくない、とでも言わんばかりの態度である。
「ルーラルダの異変?
確か、ミリアちゃんのいる村も警戒区域になっていたけれど……。
そう言えば貴女は魔法使い? それとも冒険者なのかしら?」
「我は一介の錬金術師。
パラケルススとでも呼ぶが良い」
少女が名乗った錬金術師とは、一般に贋金師の類だと思われている。
その錬金術師を名乗られれば反応に困る所だが、フロレアは気にした風もない。
563
:
フロレア・ステンシィ
◆d/Florean2
:2015/09/24(木) 05:58:28 ID:czcrj7pE0
「そう、錬金術師のパラケルススちゃんね。
私はエヴァンジェルのパン屋でフロレア・ステンシィ。
こっちは夫よ」
「ああ、レナード・ステンシィだ。宜しく。
今は昏睡状態なのだが、私たちにも君くらいの年の娘がいてね。
アクノスに転院したようなので、これから手続きに向かう所だ。
それと、最近もう一人の娘が出来たのだが、そちらもドイナカ村から行方が分からない。
一刻も早く、リンシィとミリアの安否を確かめなければならないというのに……」
己の無力を感じてか、夫妻の顔は暗い翳りを帯びた。
「難儀であるな。
だが、闇雲に動くのは危険。
貴殿らは己の身を守るだけの力があるようにも見えぬ。
この異変に関しては、周囲の様子を見つつ、己の身を最優先とするのが得策と存ずる」
パラケルススの言葉にフロレアも頷く。
「そうね。
電話があるけれど、パラケルススちゃんは使う?」
無事に異変が収まる保証も無いので、フロレアとて不安は否めない身だ。
しかし、彼女は務めて明るい顔を作り、隣席の少女に問う。
「気遣いは忝いが、通信は試みるだけ無駄であろう。
どうやら、この空間は魔法的に外界と切り離されたようだ。
即ち、我らは大海の孤島へ流されたにも等しい身。
まずは車掌にアナウンスさせ、乗客の中から事態を打破できる戦力を募らねばなるまい。
魔術師や冒険者、或いは我のような者を」
パラケルススは立ち上がり、三歩進むと膝から崩れ落ちて床に手を付いた。
「ど、どうしたのっ?」
フロレアは屈み、少女の様子を窺う。
「……急に立ち上がったので貧血のようだ。虚弱な体が恨めしい」
「この混雑の中を一人で行くのは無理よ。私たちが付き添うわ」
フロレアは優しく付き添いを申し出た。
現在の車内は非常に混乱していて、少しでも事情を知ろうと運転室や車掌室に向かって乗客が殺到している。
果ては、異変はレヴァイアサンの仕業でフェネクスのような虐殺が起きると、憶測でデマを流す者まで現れる始末。
もし虚弱そうな少女を一人で混乱の中に行かせれば、怪我をしかねない。
「済まぬ」
レナードが人込みを掻き分け、開いた隙間をフロレアがパラケルススを抱えるようにして進む。
その間にも車内の空気は不穏さを増していった。
不安に駆られた乗客が車掌へ質問を飛ばし、それが詰問や難詰、怒声に変わるまでも速い。
フロレアたちが最後尾の車両に辿り着いた時には、そこかしこから怒号が飛んでいた。
「糞っ、なんで電話が通じねぇ!
外の様子も変だし、魔術テロじゃないのかよ!?」
「何が起きているか説明しろ! 車掌の義務だろ! 早く出て来い!」
車掌室の前は不穏な空気が立ち込め、もはや暴動の一歩手前の状態。
乗客の何人かが車掌室の扉を蹴り破ろうとして、車掌は錯乱しながら通じない無線を何度も弄っているような有様だ。
564
:
Froh
◆d/Florean2
:2015/09/24(木) 06:32:21 ID:czcrj7pE0
◆エヴァンジェル近辺の地図
【
http://upup.bz/j/my53577uhVYtja1IyseRbq2.jpg
】
565
:
フロレア・ステンシィ
◆d/Florean2
:2015/09/26(土) 00:29:20 ID:057zsX1Q0
「取り急ぎ、周囲の錯乱を落ち着かせねば。
この人数なら、アンゼリキウムで酢酸リナリルの効果を高めるのが最適か」
パラケルススは乗客不在の空席を見つけると、其処に座り、鞄の中から金装飾が施された白い筒を取り出した。
一見すれば万華鏡や証書ホルダーにも見える金属筒は、側面や底面に幾つもの収納スペースを持つ。
蓋の一つを開ければ、中にはボールペン程の透明な小筒が何本もホールドで固定されていた。
別の面にも錠剤や針やコットンやライターなど、様々な物が小分けされて入っている。
形状こそ円筒ではあるものの、まるで多機能筆箱のようだ。
「何をするの?」
化学物質と思しきものを使う意図を察して、フロレアが問う。
「芳香で鎮静を図るのだ、奥方。
暴動寸前の状態では、誰も聞く耳を持つまい」
パラケルススは短く説明すると、透明なシリンダーに一粒の錠剤を入れ、中の液体と馴染ませるように軽く振った。
程なく、周囲には淡い柑橘類の香りが広がり、芳香の拡散と共に怒声も小さくなってゆく。
芳香が拡散を開始してから三分程が経った頃だろうか。
やや騒めきが収まった頃を見計い、パラケルススは前方の群衆に向かって語り掛ける。
「皆、聞け!
車掌を責めても事態は解決せぬ。
彼の仕事は列車を安全に運行させる事であり、怪異を鎮める事に非ず。
まずは専門家たる者を乗客の中から募り、安全を確保するのが肝要。
それが出来る車掌の邪魔をしてはならぬ」
調合された香料の作用だろうか。
見も知らぬ少女の声が、不思議なまでに聴衆の心へ響く。
今まで必死に扉を蹴り破ろうとしていた者も、なぜ自分は怒声を飛ばしていたのかと恥じ入った。
「あ、ああ……誰かにそうかも知れないな、済まん」
「誰か、こういった事に詳しい奴はいないのか?」
「いやぁ、俺はさっぱりだ」
落着きを取り戻した人が次第に座席へ戻り始め、人込みも緩やかに割れてゆく。
パラケルススの方はフロレアの手に引かれて通路を進み、車掌室の前まで辿り着いた。
「車掌殿、この列車は歪んだ空間に囚われたものと存ずる。
至急、乗客の中から魔術師や冒険者を募るのが良策」
少女の要請で車掌が無線機から顔を上げる。
先程までは乗客の怒号に怯え、泣きそうな表情だったのが、今は幾分かの冷静さを取り戻した様子だ。
「ぼ、冒険者が……集まるだろうか?」
「一両に八十人が収容できる車両で五両編成だから、乗客は最大で四百人。
魔術師や異能者の割合を人口の二百分の一と仮定すれば、我の他に一人は戦力がいると期待したい。
もし招集が無駄に終われば、我一人で対処しよう」
パラケルススは乗客のパニックを防ぐ為、敢えて自信有り気に振る舞う。
車掌も安堵したように頷き、車内アナウンスを流す。
「緊急の放送を致します。
お客様の中に冒険者や魔術師の方はおられますか?
もし、おられましたら、最後尾の車掌室まで御出で下さい。
早急な異変解決の為、是非とも協力をお願い致します」
566
:
フロレア・ステンシィ
◆d/Florean2
:2015/09/26(土) 00:30:11 ID:057zsX1Q0
車掌の招集要請は二人の冒険者を集めた。
一人は屈強そうな熊獣人の大男、ラクフォズ・ダッジム。
もう一人は彼の連れで、森エルフの女精霊使い、珊瑚樹のルパイネドーラ。
各々が自己紹介と能力の説明を行った所で、車掌が協力の要請を始める。
「皆様、集まって頂き、本当に有難うございます。
それでは、パラケルススさんとラクフォズさんとルパイネドーラさんの三人で班を組んで貰って……な、何か」
熊の頭部を持つ獣人にズイッと顔を近づけられ、車掌が言葉を飲む。
「オイラの事はラクフォズじゃなく、ダッジムって呼んでくれ。
ラクフォズっつーのは、フォズの息子って意味なんでな。
ま、それも間違っちゃないんだが、俺自身の名前で呼ばれた方がしっくり来る」
「は、はぁ……はい」
車掌は小さな声で応諾した。
ダッジムは頭部も完全な獣形で、見た目はズボンを穿いただけの黒熊。
彼に一片の悪気が無くとも、凄まじい威圧感なのだ。
「ダッジム、貴方は顔が怖いのだから大人しくしてなさい」
「おいおいドーラ、種族差別は止めてくれや。
こんなフレンドリーで愛嬌ある顔なんざ、大陸中を探したって――――」
「今が非常事態だって分からない?
これ以上、無駄口を叩くなら蜂蜜を残らず棄てとくわ」
「待て、分かった!」
連れを窘めるルパイネドーラは緑の瞳と髪を持つ人型の妖精族で、背はフロレアと同じくらいだ。
二十代半ばにも見えるが、長命種族なので外見から正確な年齢までは分からない。
「両者とも宜しなに。
まずは各々の見解を聞かせて頂きたい」
パラケルススは挨拶を一言で終わらせ、全員の理解度を問う。
「そ、そりゃあ……誰かが魔法を使ったんだろうさ、お嬢ちゃん」
獣人が頭を掻く。
車掌やフロレアでも魔術への理解が浅いと分かる態度だ。
「幻覚魔術や精神魔術で、異質な光景を見せている訳ではないでしょう。
召喚魔術で別の空間に呼ばれたか、或いは空間を変質させて異界化させたか。
いずれにしても、事の元凶は異常な魔力の持ち主です」
エルフの推論を聞き、パラケルススも頷く。
「ルパイネドーラ殿は精霊王を召喚できまいか?
急造の異空間なら不安定な筈。
上位精霊なら空間の維持魔力に干渉して、結界を破壊できるやも知れぬ」
「ごめんなさい、まだ精霊王との交感は無理なの」
「ならば、異変の源を突き止めるしかあるまいな」
パラケルススの結論を聞くや、ダッジムは己の出番とばかりに扉へ手を掛けた。
「列車の外に出てかい?」
567
:
フロレア・ステンシィ
◆d/Florean2
:2015/09/26(土) 00:31:34 ID:057zsX1Q0
気短かな獣人の行動にパラケルススは首を振る。
「ダッジム殿、急くでない。
乗客の中に術者が潜んでいる可能性も有ろう。
我は列車内から捜索するのが賢明と存ずる」
「おっ、なるほどね。頭良いな!」
ダッジムが感心した風にパラケルススの頭を撫でる。
大きな掌での撫で摩りは、虚弱体質の錬金術師の身体を傾げさせるに充分だったが。
「ひゃふっ……ん」
膝をつく少女を見て、周囲から大柄な熊男に非難の目が集まる。
「悪ぃ悪ぃ」
斯くして、列車内の探索が始まった。
まずはルパイネドーラが霊的な力の感知に秀でた精霊を先行させ、異常な力の有無や流れを探るのだ。
風の精霊は放たれると、最後尾から調査を進めてゆく。
四両目、三両目、二両目と、列車の何処にも異常は見つからない。
異変の震源は列車外ではと疑う精霊使いだったが、やはり原因はパラケルススの推測通り、列車内にいた。
「……該当しそうな奴がいたわ」
「どんな奴だ?」
低く抑えた獣の声。
ダッジムの瞳に獰猛な肉食獣の気配が宿る。
「精霊力《オーラ》の形から判断して矮躯、小人種か幼児くらいの背丈のようね。
右手の指先から異常なまでの力と明るさを感じる。
サーモグラフィー程度しか分からないから、容姿まで知るなら先頭車両に赴かないと無理よ」
ルパイネドーラの返答を受けて、パラケルススが考え込む。
「相手が小人であれば、強力な魔法を操る妖精種であろう。
幼児ならば、強力な異能者が自覚なく能力を発動しているのやも知れぬ」
異常現象の原因が車内にあると聞き、先程から車掌の表情も驚きと不安が綯交ぜだ。
「まさか事件の犯人が列車内にいるなんて……そんな。
そうだ、先頭車両の乗客はどうしましょう!
避難させないと、危険なのではありませんか?」
「そうね。
水や食料を配給するとかアナウンスして、先頭車両の人に少しずつ後尾へ移って貰うのはどう?
犯人は前の方の座席だから、後ろの方から少しずつ人が減っても、気付かれ難いと思うわ。
風の精霊を操れば、犯人付近の乗客も騒がせずに動かせる。
水の精霊を使って水人形の表面に乗客の姿を映せば、即席の分身も作れるけれど……」
精霊使いが提案を述べる。
「その辺りは車掌殿とルパイネドーラ殿の手腕に任せよう。
我らは減った乗客の代わりに先頭車両へ紛れ込む」
「……気を付けてね、パラケルススちゃん」
心配げなフロレアが見送る中、三者は先頭車両へ向かって行った。
568
:
フロレア・ステンシィ
◆d/Florean2
:2015/10/12(月) 00:07:04 ID:aQ0L7z220
宵の薄暗さの中で、色鮮やかな光は刻一刻と変化してゆく。
虚空に煌めく光の球は形を変え、鳥や蝶や鯨の姿となって羽ばたき、舞い、泳ぎ始めた。
黒曜石のような黒い大地も隆起して、粘土のように歪みながら出鱈目に色を塗られ、牛や馬や豚の姿を象る。
外界から閉ざされた空間は不思議な奇景を描くが、どこか楽しげな雰囲気や美しさもあった。
少なくとも、撮影に勤しむ乗客たちが現れる程度には。
好奇心から外に手を伸ばす者もいて、即座の危険は無さそうにも感じられる。
フロレアも座席に戻ると、暫く窓の外に視線を向けていた。
「綺麗ね……。
フェネクスの夜景みたい」
「ん、行った事があるのか」
「ううん、テレビでイルミネーションを見ただけよ。
でも、これを作ったのは誰なのかしら?
自然現象では無さそうだけど、魔術師の仕業にしては遊び心があり過ぎるように見えるの」
「ああ、単純なテロでも無さそうだな」
とりとめも無い夫妻の会話。
そのまま、十分程が経った頃だろうか。
やや落着きを取り戻したフロレアは、車内の変化へ目を向ける。
「レン、何かしら……これ?」
フロレアは床に白い石が転がっているのに気付き、拾い上げて夫に見せた。
「鉱石……だろうな。
石英か珪灰石じゃないか」
妻の掌に乗った白い石に値踏みの目を向け、レナードは見たままを答える。
それは親指程度の小さな、何の変哲も無い、山や河原にも転がっていそうな物だ。
さして、価値あるものには見えない。
「さっきは無かったら、誰かが落したのね」
「そうだとは思うが……。
ああ、錬金術師の子の物じゃないか?
確かこの辺りで転んでいたから、その時に落としたんだろう」
「あっ、そうね。
きっとパラケルススちゃんの物ね。
錬金術師なら、鉱物を持ってても不思議じゃないもの。
もしかしたら重要なものかも知れないから、私が届けに行って来るわ」
パラケルススの調合を見ていたフロレアは、石が薬の素材である可能性に思い至った。
調合の素材なら、あり触れた物であっても欠ければ困る筈だ。
「この状況では不測の事態が起こらないとも限らない。私も行こう」
レナードも立ち上がり、ステンシィ夫妻は連れだって先頭車両へ向かった。
569
:
フロレア・ステンシィ
◆d/Florean2
:2015/10/12(月) 00:08:24 ID:aQ0L7z220
列車の先頭車両では、乗務員たちが乗客を食堂車まで誘導する真っ最中だ。
混乱を鑑みて車内放送は用いておらず、何人かが個別に声を掛けて、一人ずつ連れ出してゆく。
「避難行動について説明しますので、責任ある方は食堂車まで来て下さい。
乗務員の指示に従って、慌てず、順番にお願い致します」
人が一人減ると、ルパイネドーラが貯水槽の水を人型に変え、乗客に偽装した傀儡を作って元の座席へ送り返す。
彼女は熟練の精霊使いらしく、手並みも鮮やか。
風の精霊を使った再音の術で騒めきを再現して、本物の乗客が車両から少しずつ減ってゆく違和感も与えない。
先頭車両の非戦闘員を食堂車に集め終わると、ルパイネドーラも先頭車両へ入ってゆく。
「御苦労さん。
後は此処を封鎖すれば、遠慮なく暴れられるって訳か。
ちょっと近づいて見たが、標的は人間族のガキだな。
ぼーっと真っ白な画用紙を見てるだけだが、異様な気配だけはしやがる」
先頭車両で見張りをしていた獣人は、大き過ぎる小声で相棒の女エルフに言う。
「じっとしててって言ったのに近づいたの?」
「後ろから覗き見しただけだ。
気取られちゃいねぇって」
「……まあいいわ。
隣の席に座ってた自称保護者を連れて来たから、詳しい事情は彼女に聞いて」
ルパイネドーラが首を傾ける先には、三十半ばらしき人間族の女が佇んでいた。
彼女は異変の容疑者である少年の隣に座っていた人物で、保護者と名乗る女だ。
「ガキ一人で長距離列車に乗るってのも考え辛いし、連れくらいはいるわな。
で、アンタは誰だい?」
ダッジムは見知らぬ中年女性に問い掛ける。
「私はNGO組織Ark to shineのメンバーでホノラウと申します。
今は不幸にもフェネクスでの虐殺に巻き込まれた、リノ・セラミスタ君をルーラルダに連れてゆく途中ですが」
「……Atsか」
女が所属する組織の名を聞き、ダッジムは渋い顔となった。
アーク・トゥー・シャインは難民支援の非営利組織として知られ、こういった組織の例に違わず、人権侵害に煩い。
もしも、攻撃的な異能を使おうとした子供に攻撃すれば、後で訴訟を行ってくる筈だ。
その面倒な事態を考えれば、渋い顔になろうというものである。
「ええ、そのAtsの者ですが、私を連れて来た理由は何ですか。
乗務員は避難行動の説明をすると言ってしない。
食堂車では、先頭車両に異変の原因があるかも知れないから戻るなと言う。
そして、そちらのエルフはリノ君との関係を聞くから付いて来いと……振り回されるばかりで、とても困惑しています。
とりあえず、先頭車両が危険なのでしたら、リノ君も食堂車まで退避させて貰えませんか」
NGO職員の視線からは不審が滲み出ていた。
外の異変や、乗客が水の魔術で再現された異常な状況を考えれば、当然の反応でもあるが。
「その辺りは聞いてねぇのか。
生憎だが、オイラたちは異変の原因をそのリノってガキだと見て、下準備の真っ最中だったんだよ。
そんで、ようやく容疑者以外を全員退避させ終わったってわけ。
アンタの話を聞いた限りじゃ、フェネクスの虐殺事件ってのが異能発現の切っ掛け臭えなぁ。
ルーラルダ近辺では異変が多発してるらしいから、不安定な空間の影響を受けて覚醒したとも考えられるが……。
ま、いつ能力が覚醒したかなんてこたぁ、どうだっていいか。
対処しなきゃならんって事には変わりねぇしな」
570
:
フロレア・ステンシィ
◆d/Florean2
:2015/10/12(月) 00:09:48 ID:aQ0L7z220
女は獣人の説明に面食らったが、すぐさま不快げな表情を顔に出す。
「両親を亡くしたばかりの子供に虐殺を生き残ったから異能者、異変の容疑者とレッテルを押し付ける。
自分がどれだけ差別的な行為を行っているかの自覚も無い態度には、呆れるばかりです。
超能力に関する基礎データは? 無いですよね? 無責任な言い掛かりで決めつけてるだけですよね?
御自分に異変を解決する能力が無い事を認めたくなくて?
だから、他人に悪しきレッテルを貼って、それを解決する立ち位置を演じなければ、アイデンティティを保てない。
さながら、魔女狩りのようです」
語調も荒く、否認するNGO職員。
理解しがたいものへの不審が、ありありと瞳に浮かんでいる。
「……言いたい放題だな。
基礎データなんざ、あるわきゃねぇだろ。
だが、あのガキが異能を持つのは間違いねえよ。
精霊が異常な力を感知したらしいし、俺も危険な気配をビンビン感じたからな」
「隣に座っていた私は、何も感じせんでしたけど?
それで、貴方がたはリノ君をどうするつもりです」
「決まってんだろ、オバハン。
無理にでも異変を止めて貰うのさ。
でないと、元の場所に戻れねぇし」
「貴方がたは不確かな推測を元に、罪の無い子供に暴力を振るうつもりですか?
無知と混乱に付け込んで子供を傷つけるような事があれば、私たちは冒険者協会に厳重な抗議を致します」
「だから……まず、ガキの異能を止めるのが先だっつてんの!
抗議も何も、空間が異界化してちゃ、電話なんか何処にも通じねぇだろ」
「では、私がリノ君と話して超能力者でない事と安全を確かめます。
暴力での解決しか頭にないような方には、とてもではありませんが任せられませんので!」
冒険者への不信感からか、或いはオバハン呼ばわりが火に油を注いだのか、女は憤慨したように息巻く。
「止めとけ、ガキってのは獣に近い。
暴力がうんたらかんたら言ってるが、その暴力を抑える理性は訓練しないと身につかねぇ。
つまり、子供の異能者ってのは理性が働かねぇから猛獣と同じなんだよ。
アンタにはあんのかい? 噛み殺される覚悟が」
「脅迫紛いのネガティブな先入観を周囲に植え付けて、暴力を正当化しようとする。
まったく、最低そのものの態度ですね。
尤も、リノ君は得体の知れない超能力者じゃありませんから、的外れな妄言ですけれど」
説得は聞き入れられない。
歴史ある魔術に比べて、超能力や異能に対する一般人の理解が薄い事も災いした。
NGOの女職員は獣人の話を疑い、止める間もなく先頭の座席へと踵を返す。
ダッジムの頭に、この女の腹に一発入れて気絶させてやろういう考えが浮かぶものの、すぐに霧散した。
炭鉱の金糸雀として消えて貰う方が、後腐れが無いと考えたのだ。
「熊に殺られる動物愛護団体のようにな」
「ダッジム殿、如何したか」
パラケルススが不審な顔で聞き返す。
「いや、あのオバハンの説得が成功したら良いなって祈ってただけだよ」
苛々した靴音が遠ざかると、入れ替わるようにしてステンシィ夫妻がやって来た。
571
:
フロレア・ステンシィ
◆d/Florean2
:2015/10/12(月) 00:11:29 ID:aQ0L7z220
フロレアは座席の近くで拾った白い石をパラケルススに差し出す。
「パラケルススちゃん。
もしかして、これを落とさなかった?
必要な物だと思って、持って来たのだけれど…」
「……賢者の石?」
錬金術師は呟き、己のポシェットに手を入れて弄る。
そして、ようやく其処に有るべきものの不在に気付いた。
注意深く白いポシェットの内側を見ると、蓋の留め金が折れており、カパカパと開く状態だ。
いつから、この状態だったのかは不明だが、ポシェットの不具合が所持品を紛失した理由なのは明白だ。
「感謝する、フロレア殿。
これは賢者の石。万物を完全な姿へ導く霊薬だ。
まだ完成形の赤化には至らぬが、それでも卑金属を銀に変成させる程度の力は持つ」
パラケルススは小さな石を受け取り、それが未完成の賢者の石であると語った。
伝承では、これを得た者は万物を黄金に変え、病を癒し、神にも等しい力を持つと伝えられる。
製造過程は、腐敗を示す黒化、復活を意味する白化を経て、最後に赤化した石が現れるとの説が一般的。
つまり、パラケルススの言う通り、白い石は未完成品だ。
とは言え、製造には莫大な労力とコストが掛かっていたので、別にフロレアへの感謝が色褪せる事もない。
「良かった! やっぱり薬だったのね。
それで……この異変は止まりそう?」
フロレアは外の景色に視線を向けた。
夜空には赤光の鳥が群れを為し、青い光の蝶や緑の燐光を放つ魚が軽やかに輪舞する。
その光に照らされる下を、動物隊がユーモラスに行進していた。
フェネクスに赴いたことがある者ならば、彼の芸術都市のイルミーションを連想する景色だ。
「異変が止まるかどうかはともかく、異変の正体には見当が付いた。
想像の具現化で間違いあるまい。
リノ・セラミスタが、想像界の風景を現象世界に照応させているのだ」
「リノ・セラミスタ……?」
「フェネクスの星誕祭で虐殺事件に遭い、難民となった少年と聞く。
おそらくは、在りし日のフェネクスを周囲の空間へ投影しているのであろう」
子供の落書きのように変化する空間を観察し続けて、パラケルススは異変の正体を看破した。
その推理を聞くと、ダッジムが会話に割り込んで来る。
「はん? 想像の具現化だって?
じゃあリノってガキを気絶させりゃ、この怪現象も収まるって事か……。
しかし、力の規模と範囲がやたらでかいな。
周囲の空間全てを塗り替える能力なんて聞いた事ねぇぞ」
ダッジムは車窓から外の魔境を眺め、呆れたように感想を漏らす。
「確かに影響範囲は広いが、範囲を広げれば広げるほど、威力の方は低下するものだ。
強引に作った不安定な空間ならば、少しの切っ掛けで砂上の楼閣の如く崩れ去ろう」
「ステ振りは範囲だけだと願いたいが、どうなんやら。
無力化を図る順番としちゃ、オバハンの説得が最初で、それが無理ならパラケルススの薬。
それもダメならオイラの腕力とドーラの精霊魔術……こんなもんか?」
「それで良いが、我も短い間なら接近戦で戦えるやも知れぬ。
恐らく、ダッジム殿にも引けは取るまい。
そうならぬ事を期待してはいるが」
572
:
フロレア・ステンシィ
◆d/Florean2
:2015/10/12(月) 00:13:15 ID:aQ0L7z220
「ほぉ……切り札有りかい? 期待してるぜ」
虚弱な錬金術師に嘯く、巨躯の獣人。
本来なら、両者が格闘で互角に戦える筈もないが、バラケルススは自身有りげだった。
大まかな手筈が決まると、バラケルススは手慣れた指使いで薬を調合する。
出来上がったのは、大型の猛獣でも一呼吸で昏睡させる睡眠薬だ。
「ルパイネドーラ殿、風の精霊を操って、対象だけに睡眠薬を吸引させる事は可能であろうか」
「ええ、出来るわ」
エルフが頷くと、緩やかな風がバラケルススの頬を撫でた。
水の精霊で数十の傀儡を作りつつ、風の精霊も同時に操っているのだから、ルパイネドーラの力量の高さが窺える。
車両後方で動く冒険者たちを他所に、難民支援組織の女職員はリノに向かって話し掛けていた。
「リノ君。
今、外で起きている現象が、貴方の所為だって言い掛かりをつける人たちがいるの。
でも、もちろん違うでしょう? そうよね?」
少年の返答は無い。
座席に腰を下ろしたまま、大きく見開いた瞳で白い画用紙帳を指でなぞり続けるだけだ。
陶酔する芸術家の如く、心は此処に有らず。
「リノ君、聞きなさい。
これは冒険者協会から賠償金を請求出来る機会なのよ。
人生を取り戻すチャンスを逃しちゃ駄目。
幸運の女神は誰の元にも訪れはしないの」
女が肩を揺すると、空想に耽っていた少年も現実に引き戻された。
もし、この職員が真摯に少年と向き合っていれば、此処で異変は終わったかも知れない、
が、それは無理な注文だ。
そもそも、そうであれば、この異変自体が起こらなかったのだから。
「……ママじゃない」
虚ろな瞳に理性の光が宿ると、次第に怯えが浮かぶ。
「ママは……ママは何処?」
少年は不安に苛まれた顔で周囲へ視線を走らせるが、探す相手の姿は無い。
フェネクスの星誕祭で消えた二人の姿は、何処にも無かった。
その事実をホノラウは伝える。
「何度も教えたでしょう? 貴方のママもパパも、もう居ないって。
ね、だから、これからの事を考えなくちゃ駄目よ。
これから行くルーラルダは各地で難民が大勢発生し続ける中で、受け入れに消極的な国なの。
でも、貴方の訴えが市民の間に広がれば、政府も動かざるを得ない。
貴方も同じ街に住んでた人たちを助ける事が出来たら、とっても嬉しいでしょう?」
リノは頭を両手で抱え、瞳から涙を流す。
脳裏には巨大な人腕蜘蛛が厄災の種をばら撒き、周囲の群衆が事切れてゆく場面がフラッシュバックしていた。
心を引き裂かれ、世界の全てを奪われるような恐怖と共に。
「パパ! ママ! 何処ッ! 何処ッ!?
わああぁぁああぁぁ! 誰か、助けてぇぇぇぇ! ああぁぁああぁぁ! 」
少年の悲痛な叫びを合図として、周囲の心象風景は苦悶の色彩を帯び始めた。
楽しげですらあった光景は終わりを告げ、彼の心が描いた生物たちは不気味に変貌してゆく。
外の動物たちも溶け合い、奇妙に複合しながら、人の腕を生やす巨大蜘蛛の姿へ変わり始めた。
フェネクスの悲劇を再現したかのように黒い驟雨も降り始め、それは屋根を溶かして車内へと滴り落ちて来た。
573
:
フロレア・ステンシィ
◆d/Florean2
:2015/10/12(月) 00:15:56 ID:aQ0L7z220
「ひっ!」
短い悲鳴。
説得すると息巻いていたNGO職員が真っ先に黒い雨を浴び、力無く倒れ込む。
乗客を模した水人形たちも、天井から漏れる黒雨の水滴を浴びて次々と形を崩していった。
「気を付けられよ。
我の見立てでは、この黒い雨はフェネクス虐殺の記憶を具現化したもの。
迂闊に触れれば、精神を塗り潰されよう」
パラケルススの警告で、二人の冒険者とステンシィ夫妻は慌てて雨漏りの箇所を見上げる。
フロレアもレナードも元の席に戻り損ねていたのだが、後ろの車両へ戻れていても状況に変わりはなかっただろう。
背後の車両でも、乗客の悲鳴は響き渡っていたのだから。
「ドーラ、やれッ」
車内に広がってゆく阿鼻叫喚を聞き、ダッジムは吠えるような指示を出す。
ルパイネドーラも即座に風の精霊へ思念を伝えた。
「シルフよ、標的を風の輪に閉じ込めなさい」
使役精霊のシルフは、パラケルススのシリンダーから粉を吸い上げる。
そして、列車内の大気を掻き乱しつつ旋回。
環状の風を作って、そのまま前方へと突進する。
眠りの微片を含んだ旋風は少年の気管に入り、神経に作用して、意識を奪う――――筈だった。
「やったのか?」
ダッジムが誰にともなく問うものの、答えは否だ。
確かに睡眠薬を吸引させたにも拘わらず、夢魔の囁きは届かない。
視界の先で小さな影がゆらりと動くのを見て、錬金術師は目論みの不首尾を認めた。
「即効性の麻酔だが、影響を受けておらぬようだ。
今の少年は、肉体的にも通常生物の範疇に無いのであろう」
少年は幽鬼のように席から立ち上がると、振り返り、車両の後方を睨む。
瞳には攻撃的な拒絶の光が浮かび、とても七歳児とは思えない圧迫感だ。
誰もが肌を粟立たせ、強い敵意に気圧された。
「ママを返せぇぇ! 悪者ぉぉっ!」
臨戦態勢を見せる相手たちを視界に捉え、リノは喉を枯らして叫ぶ。
それは聞くものの心に世界から除かれるような重圧を与え、骨が震える程の恐怖を刻む血の咆哮だった。
途端に黒い雨の勢いも増し、天井の各所にも掌ほどの穴が次々と開く。
「おぉい坊主、落ち着けッ!」
「煩い煩い煩い! みんな嫌い!嫌い!大嫌い!」
ダッジムが説得を試みるものの、相手の敵意は膨れ上がり、心的な重圧も増すばかり。
ルパイネドーラは説得は不可能と逸早く判断し、残存する水人形を一斉にリノの元へ向かわせた。
水の精霊を相手の肺に潜り込ませて、意識を奪う意図だ。
麻酔同様に意識を奪えなければ、もはや溺死させるしかない。
「やっぱ、やるしかねぇか!」
覚悟を固めたダッジムも一瞬遅れて続く。
彼の思考も冒険者としては珍しくないもので、死なせても蘇生魔術で復活させれば良い、だ。
巨体に似合わぬ俊敏な動きで黒い雨雫を器用に避けつつ、ダッジムは標的に迫り――――唐突に消える。
数体の水の精霊と共に。
574
:
フロレア・ステンシィ
◆d/Florean2
:2015/10/12(月) 00:19:41 ID:aQ0L7z220
列車の天井を突き破り、通路に鉄色の壁が現れていた。
「な、何っ!」「うきゃうっ」「きゃっ」「うっ」
地震のような衝撃と振動が列車を揺らし、エルフと錬金術師とステンシィ夫妻の四人が体勢を崩す。
異臭に気付いたルパイネドーラが、顔を上げると赤い飛沫が一面に広がっていた。
水の精霊たちの気配も、今は感じられない。
視界を塞ぐ鉄の壁は何なのか? 巨漢の獣人は壁の向こう側なのか?
状況が飲み込めず、精霊使いは仲間に問い掛けた。
「ダッジム?」
混惑する精霊使いの問い掛けには、事態を把握したパラケルススが答える。
「ルパイネドーラ殿、あの壁は巨大ロボットが振り下ろした剣のようだ。
信じ難いが、あれもリノ少年の想像で創り出されたものであろう」
ルパイネドーラもフロレアもレナードも視線を窓の外に向け、謎の金属壁の正体を確認した。
先頭車両の通路を塞ぐ壁の正体が、体高三十メートル級のロボットが振り下ろした剣であると。
客車を一刀両断した二十メートルの刃を側面から目にした所為で、通路に壁が現れたかのように誤認したのだ。
ステンシィ夫妻は非現実的な光景に声も無い。
いや、巨大な人型ロボットの出現には誰もが戦慄を隠せなかった。
熟練の冒険者も、窓から外を見てしまった数百の乗客たちも。
「巨大ロボット……。
あんなものを七歳の少年が異能で作れるって言うの!?
でも、範囲を広げれば威力は落ちるはずじゃ……」
精霊使いは絶望に満ちた否認を口から漏らす。
三十メートル級のロボットは、一般的なアイアンゴーレムの四倍程度。
包丁を巨大化させたような剣など、振り降ろされれば斬られたでは済まない。
数十トンもの衝撃を受ければ、人の肉体など簡単に四散してしまうだろう。
異能を操る少年への攻撃意思が急速に萎え、恐怖と逃走の感情が頭を擡げるのも致し方ない。
猶、この巨剣の持ち主について改めて語れば、フェネクスの虐殺の場で召喚された異世界の人造兵器である。
全身が銀色で、背に翼を持ち、中世騎士の甲冑にも似たフォルムと大剣を持つ人型の機械。
それを、リノは恐怖と破滅のイメージとして記憶していて、この空間に再現したのだ。
外見を想像で模した物なので、本来の性能は再現されていないが、危険度の高さに変わりはない。
「彼我の力に絶対的な差があるようだ。
力の規模が桁違いであれば、我らにとって膨大な量でも、リノ少年にとっては微小な減少率なのであろう。
地を這う蟻では、象が犀に変わっていたとて判別など付くまい」
「そんな……何か手は無いの! このままじゃ殺されるわ!」
「力量の差は顕著。
神経に干渉する事が出来ず、物理的にも止められぬ。
もはや、打つ手は一つか……」
パラケルススは切り札の使用を決意したが、それを実行する暇までは無かった。
「ミ、サイルッ!?」
窓を見て、掠れた悲鳴を上げる精霊使い。
少年の想像で実体化するロボットは、容赦なくミサイルでの追撃を仕掛けてきた。
正確にはミサイルを模したエネルギーかも知れないが、どちらであっても結果など変わるまい。
「シルフッ!」
精霊使いの絶叫は、耳を劈く轟音と赤い閃熱の中へ消えた。
575
:
フロレア・ステンシィ
◆d/Florean2
:2015/10/12(月) 00:22:43 ID:aQ0L7z220
誰の物とも知れない叫びの中で、紅蓮の炎塊が紫陽花のように咲く。
それは、幼児が全力で虫を叩き潰すような過剰な攻撃力だった。
爆発の圧力で屋根や壁は砕け散り、先頭車両もほぼ全壊の有様だ。
後続の車両も衝撃で横転し、今度は壁と窓が黒い雨に晒されて、溶け始めてゆく。
風の精霊を守りに回せたルパイネドーラと、その背後にいるステンシィ夫妻は辛うじて爆発の直撃を免れていた。
床に倒れ伏すフロレアの喉からも、微かな吐息が漏れている。
「う……ぅ……」
但し、無傷ではない。
粉砕された車両の破片が全身に突き刺さり、熱波を浴び、天井が吹き曝しとなった事で黒い雨にも打たれている。
ルパイネドーラも似たような状態で、全身から血を流して失神。
男性であるレナードだけが、僅かな体力の違いからか、甚大な負傷を受けても意識を保っていた。
パラケルススとホノラウの二人は即死だ。
数千度の爆炎で焼かれ、髪も皮膚も肺も一瞬で黒焦げにされていた。
爆音が消えれば、炎の音に混じって無数の悲鳴が聞こえて来る。
子供を抱えた母親が助けてと叫ぶ声。神へ縋る老人の祈り。若い男女の苦痛の叫喚。子供たちの苦悶の呻き。
外へ逃げようとした男は漆黒の雨に心を塗り潰され、恐怖の中で意識を途絶させた。
死神が跳梁し、絶望が勝利したフェネクス虐殺。
その限りなく正確な再現が此処に。
この暴力的な力こそが、アイン・ソフ・オウル。
彼らの感情一つで、年齢も、経験も、思想も、善悪も関係なく、台風や津波の如き圧倒的な力で理不尽に薙ぎ払われる。
つまりは、熟練の冒険者たるダッジムも判断を誤っていた。
相手は猛獣に等しい脅威ではなく、神災にも等しい脅威だったのだ。
小さき神が味わった虐殺の記憶は――――誰にも生存の奇跡など起こさせない。
576
:
enchanter
◆FarahLxH6M
:2015/10/25(日) 06:35:14 ID:GDNk2S7c0
……言葉が足りなかったようで、それは本編の書き手たちへ深く謝罪したい。
まず、俺には本編を進めている書き手に乗っ取りと思われているのではないか……という懸念がある。
此処で設定を増やしている事が本編の書き手に継続意欲を失わせ、その所為でスレを停止させたのではないか、という懸念が。
本スレで書かずとも、此処のレスが本編を停止させているのなら、乗っ取りと何が違うのだろう?という訳だ。
だが、俺は自分が原因となってスレッドが止まるのは本意じゃない。
つまり「俺たちは向き合わねばならない」というのも、この避難所での投稿を止めるべきではないのか、という己への問い掛けだ。
今後はレスをウェブ上に投稿せず、自分の為だけの話として静かに終わらせる方が望ましいのではないか?
そう迷っていたので、あの発言が出たという訳だ。
勿論、俺自身が本編のキャラクターたちを動かして、創発板のスレッドを進めようと考えているわけではない。
さすがに其処まで厚かましくはないが、そう受け取られても仕方なかったとは思っている。
猶、此処での設定、枢要罪アスタロトは現在は存在していないものだ。
名前も知れない占い師が未来の自分がなると称してはいるが、成否の知れない予言という形で描いている。
本編と食い違っても良いように。
本スレに別の憂鬱の枢要罪が出たら、彼女の予言は成就しなかった、という寸法だ。
俺が憤怒の枢要罪になるかのような台詞も、同様に回避可能かもしれないものとして描いたつもりだ。
そう見えないとは思うが、なるべく根幹の設定には触れないようにしようとは考えているんだ。
しかし、このような設定を出して意図の不明な台詞まで吐かれれば、不安にもなるな。本当に済まない。
それと……俺が本編の避難所に書き込まない理由は、個人サイトの専用掲示板に警戒心を抱いているからに他ならない。
この点は、陰で物を言う奴と受け取られても当然だと、我ながら思う。
何か、他に聞きたい事があれば遠慮なく聞いて欲しい。
此処でなら会話も可能だが、どこか別の場所で発された質問でも真摯に応えたい。
577
:
フォルテ
◆uVQKW6f//c
:2015/10/25(日) 11:34:23 ID:B40SDoH60
>>576
こちらこそ気を遣わせてしまって申し訳ないです。
あの彼が言ってる乗っ取りは全然関係ない雑談スレみたいなところで
「放置スレがあるから再利用しようかな〜」的な発言を見かけたのかな?と自分は解釈しました
(ざっと探してみたもののソースは発見できなかったけど)
4か月も止まってればなな板だったらとっくに落ちているところなのでそういう話が出てもそらそうだわなーという感じです
こっちは元々本編と連動してもいいし矛盾してもおkの番外編(俗に言うパラレル設定?)という前提でやってもらっているので
その前提でいけばアイディアの元になることはあれど邪魔になることはあり得ないハズ
本編が止まっている原因はひとえに単なるサボリでございますw
これだけのクオリティがあれば本編の存在知らなくてこちら側に独自に付いた読者さんとかいそうなのでその人達のためにも存分にやってくださいませ!
個々の掲示板の管理人の信頼どうこう以前に個人掲示板自体に書き込むのに抵抗がある人も多いのは理解してますよ〜
なので本当は本編にも参加してほしいところだけど無理には勧めませんw
578
:
enchanter
◆FarahLxH6M
:2015/10/25(日) 23:29:45 ID:GDNk2S7c0
>577
気を遣わせているのは此方こそで、汗顔の至りだ。
それどころか、多大な配慮に甘えさせて貰っている。
ただ、この件は慎重に判断したいので、もう少し考える時間は持ちたい。
サボりに関しては、運営を主導している立場での悩みを案じていた。
他の書き手にレスの督促や、今後の運営方針を窺う事で、却って離脱を招いてしまうのではないか。
……という懸念から、それらを発信し難いのではないかと。
その点に関して此方にも良い案は無いが、他の書き手と話し合いを持つのは、きっと有用な事だと思う。
また、敵側の目的や思想に不明な点が多いので、何も思い浮かばなかったとも推察している。
生前のミヒャエルは真なる三主を仮想敵とする事で、人類を結束させるという目的があった。
彼がネバーアースの理や仕組みに気付いていれば、大勢の意思を統一させる事で大いなる厄災を乗り切ろうとしていた可能性もある。
ヴェルザンディもまた、理想の世界を作る意志を持っていた。
それらが、枢要罪に変化した事でどのような変化があったのか? 彼らの新しい方針、実現の手段、最終目的は何か?
この辺りを未設定として、触れないまま進めようとしても、なかなか動かし難いものだ。
アヤカシの扇動もミヒャエルの仕業なのかどうか、明らかでない。
鬼が言う「綺麗な心をした邪悪な奴」は山上の男女と別に表現しているので、第三のアイン・ソフ・オウルの存在も読み解ける。
俺はマモンと予想したが、別の奴かも知れないし、やはりミヒャエルなのかも知れない。
これらに関しては、ある程度設定する事で書きやすくなる可能性はあると思う。
そして、本編への正式な参加に関して。
これは初期から何度も検討していたのだが、やはり迅速な意思疎通が難しいと思われる点。
加えてパワーバランスの高さから断念した。
元々の説明ではアイン・ソフ・オウルの位階はソードワールド2.0で例えられているが、余り2.0は詳しくない。
其処でギリシャ神話に変換してイメージしている。
人位が英雄、地位が下位神、天位がオリンポスの神々、神位がゼウスといったように。
これは個人的な捉え方だが、位階二つの差は余りに大き過ぎて、相対した時に即死するイメージしか湧かない。
世界交錯という現象もあるが、天位級の枢要罪を倒していく流れで進めるなら、人位では力不足。
潤滑な進行には、地位級程度の力量は必要と思われるが、この時点で既に神の領域だ。
どちらかと言えば、市民生活周りをメインに据えたい俺に本編は向かないだろう。
力になれず遺憾な所だが、其方が上手く行くようには祈っている。
579
:
フォルテ
◆uVQKW6f//c
:2015/10/26(月) 22:41:10 ID:92HSW/dg0
>サボリの原因
噛み砕くとそんな感じかもしれない
一行にまとめると「もう少しだけ待ってみようかな?」を無限ループ→いつの間にか今に至る
という感じですねえ\(^o^)/
せめて導師様が残ってる間にどうにかしてればよかったなあ…
でもエスさんだけでも残ってくれてたのが救いですね
>本編参加
避難所だけの問題なら公共性のある板に引っ越しもアリなんだけどそういうことなら難しそうですね…
とりあえず持ち直せるように頑張ってみます
580
:
Miryis stalemate
◆NHMho/TA8Q
:2015/12/11(金) 00:03:36 ID:mVzftu6I0
ずっと黙ってるのも不誠実だし、アタシも結論を書かなくちゃね。
結論から言えば、
>>273
のリンセルのその後から、
>>575
の事件までの一連の流れは終了する。
レスの続き自体は列車消失事件の結末までがあるけど、今後は此処に投下しない……と言うのが結論だよ。
スレ主さんは、彼の言葉は全然関係ない雑談スレでの発言を指すんじゃないかなって言ってくれたけど、そんな場所があるとは思えないしね。
あれは明確に此処の書き手を指していて、しかも文面からすれば相当な不快を与え続けていた……と捉えるのが自然だと思う。
おそらくは無神経、無理解に物語の上澄みを掬っていた事で。
それなら止めるのが最善。不快な思いを与えていたのならゴメンね。
波乱は望まないから、アタシへの言及や返レスは無用でお願い。
物語的には、本編で起きた因果律の混沌で消えたってのが整合性のある説明、かな。
仮に厄災の種がバラ撒かれてない事になってるのなら、アタシは事を起こさず、ミリア事件も始まらない。
三主事件が起きず、ボルツ・スティルヴァイも死んでないなら、イストリアを出る事だって出来ないはずだしね。
ただ、アタシなりにあの世界を愛してはいたから、誰の目にも触れなくてもミリア事件とでも呼ぶべきものの終わりまでは書くかもしれない。
魔術対策課を交えたリノの処遇、異変の犠牲者を絡めた蘇生関連の話、当然リンセルの行方も。
色々長くなっちゃったけど、アタシも本編の続きは楽しみに待ってるよ。
……それじゃあね。
581
:
エスペラント
◆hfVPYZmGRI
:2015/12/11(金) 22:50:43 ID:ULzlp2so0
すいません、返答が不要と書かれていましたが
いろいろ漁っていた際に発見し、自らの発言により起こったことの為
敢えて言わせていただきます。
本当に申し訳ありません。
私としては正直此処に関しては余り目を通していませんでした
聞いた経緯に関しては詳しい事は言えませんが本当に平身低頭の限りで誠意を見せるつもりです。
今更綺麗事と言われる覚悟で、ローファンタジーに書き込む形が違うとは言え
同じ設定を広げ、書いているのは仲間だと言っても差し支えない事だと思います。
なので消えることは無いですし、本当だったら私は消えていた身分ですが
此処の方に助けられた事を恩を仇で返すという最悪の形にだけはしたくない最低の自己保身もあります。
しかし本当に感謝しています、ありがとう。
もういないのであれば意味は無いですし、自分は最低の事をした事には変わりありませんので
忘れないようにしながらこれからも参加し続けようと思います。
それでは、お嫌でしょうがまたいつか
582
:
ひとりごと
◆uVQKW6f//c
:2015/12/12(土) 11:35:30 ID:Xr2sXq5s0
エスさんなら反応してしまうだろうなと思ったw
まあ隠れスレの更に隠れスレで波乱も置きようもないから大丈夫でしょうw
本編での大幅な世界改変はいっそ別の時間軸として切り離してしまうことで
こっちの書き手も気楽にできるようになるかな?との意図もありました
(もちろん心機一転仕切り直し&新規が入りやすくなるように、との意図がメインですが)
無理には引き止めないけど戻りたくなったらいつでも戻ってきてね〜
583
:
Miryis stalemate
◆NHMho/TA8Q
:2015/12/13(日) 04:19:58 ID:D2PS773Q0
来ちゃった……って言うんだよね、こういう時は。
>>581
まず、アタシは返事を聞かずに立ち去るほど短気じゃないから、もう何処にもいないなんて事はないよ。
繊細でもないから、傷心で塞ぎ込むような事だってない。
ただ、本編の書き手を傷つけてまで、此処を継続するつもりが無かったってだけ。
これが、何かしらの誤解から生じたものなのかは分からない。
迷探偵の回らない頭には、スレの乗っ取りを企てる者は自分を指すって結論しか出てこなかったから。
・もし本編が停止したまま倉庫行きになれば、此処だけがネバーアースを描く事になって実質的に乗っ取ったと言える点。
・キャラテンプレに操作可能と明記してあるNPCや、本編出演のモブに名前を付けて、此処で動かしている点。
・どうしても本編が動かないなら、アタシが枢要罪を操作した方が良いんじゃないかって考えが、何度か頭を過った点。
・此処の書き手が乗っ取りという単語を口にして、意味不明な態度を取った点。
・此処の書き手の発言全てにアタシは責任を持つ点。
・数か月も停止してたスレを、部外者が動かすとは考え難い点。
……うん、我ながら危惧や複雑な感情を抱かせてもおかしくないし、アタシに非無しと言えるかは怪しい。
でも、詳しい事情を説明出来かねるなら、無理に口を開かせる事も無いよ。
消えることは無いって言ってもらえるのなら、素直に甘えさせてもらおうかな。
アタシのあざとーく、しおらしーい態度で、仏心を出してもらえたって思って。
長々とやり取りが続くと、本編を進める為の気力まで削っちゃうかもしれないから、これにて一件落着!
殊更に自責で卑下するなんて、以ての外だからね。
むしろ、楽しんで書いて。
>>582
アタシは箱庭を作る事に楽しみを見出すタイプの書き手かも知れない。
だから、本編の書き手がやり難くならないようにって意図で支流のIF世界って口にしたけど、実際は本編と矛盾する設定は描けないと思う。
……ちょっと賢者の贈り物みたいな感じだね。
ただ、その辺りは因果の混沌が起きる時間をミリア事件の後にすれば、設定上の問題も起きないから大丈夫。
色々な気遣い、ありがと。
最近は常に朦朧としてて考えが纏まらない感じだけど、余裕が出来たら再投下を考えるかも。
誰かに見てもらおうって意図で始めた訳じゃないから、止めてもダメージを受ける訳じゃないんだけど、
起承転結の転の部分で止めたままってのも微妙だしね。
あ、それとブルースプリングスの設定投下場所は空想のコキュートスの12レス目だよ。
前の避難所に投下してたのは、その前身設定と思しき子供の国カイコだったかな。
584
:
エスペラント
◆hfVPYZmGRI
:2015/12/16(水) 00:24:08 ID:CeEtYI6I0
今は忙しいので、避難所への返信は後にしてこちらをまず先に
>>582
本当に申し訳ありません。
ただ何と戦ってるんだって言われそうですが
何処で火種として拾ってくるか分からないのは此処とは別の掲示板でよく分かっているので
>>583
ただ前に見た時に乗っ取り紛いの行為とも書かれていましたし
それは自分を指しているのであれば聞き捨てはならないというのもあります。
これは大部分でもあるのは本当の事で自ら思った事として言わせていただきます。
全部明かせないということに関して触れて頂かないのは助かります。
ありがとうございます。
ただ一つ言いたいのは余りに他の方の設定とかに矛盾とか出ることを気にするのは
皆で作っていくものである以上疑問を持っていたので
少なくても参加して作っていく権利がある以上ある程度の整合性云々は気にしなくても良いと思います。
それは設定した主だけが考えて作る事が許されるとか公言とかしているのは別だとは思います。
これは別に商業作品でもないわけで、設定が違うだのなんだの言う輩はいないでしょうし
久しぶりに覗いて思った事なので戯言程度に聞いていただければと
あとブルースプリングスに関して教えて頂きありがとうございます。
カイコの事も正直言われるまで忘れていましたが、覚えて頂けてるとは思いませんでした。
ちょっとうれしいですね。
とりあえずこれで終わりにします
今はいろいろ考えたり荒らしの類が居るので書き込みタイミングや
また忙しいのもあり何時になるかは分かりませんが書かせて頂きます。
それでは
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板