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ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです
283
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:35:08 ID:cSkX3lNM0
(-、-トソン「……何をグズグズしてるんですかプギャーさん」
騒ぎを聞きつけてやって来たらしいその人――病葉トソン先生は、事情を知らない故か極めて冷静な様で雨斎院先生を押しのけた。
退いてください、と冷たい声音で言いつつポケットからバタフライナイフを取り出す。
(゚、゚トソン「こういうのはですね、」
クル、カチッ。
手馴れた動作で展開された刃渡りほんの数センチの凶器が彼女の双眸を写す。
爬虫類みたいな、その瞳。
艶かしい光彩と――纏われた呪力。
(ー トソン「こうすれば――――いいんですよっ!」
妖怪や化物よりもよほど恐ろしいその力に私が驚いている最中で彼女は自然に、ほんの少し本を読もうかとページを開くような、そんな日常の一部にのように。
思い切り、刃を鍵穴に突き刺した。
284
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:36:09 ID:cSkX3lNM0
金属と金属が擦れる嫌な音が響くのも構わず、病葉先生は無理矢理手を回し――同じく無理矢理に鍵を開けた。
―――密室が、開かれる。
そこで私が見たのは。
開け放たれた扉。
アパートの一室のような長方形の部室。
綺麗に片付けられた室内。
一番奥にはソファー。
正面には大きな長机。
並んで、周りにはパイプ椅子。
上には筆記具が刺さったスタンドと束ねられた楽譜。
左手には幾つかの楽器が鎮座していて右手には棚。
天井に近い一番上の段にはカップが二つ。
棚の前には古びた踏み台があって、踏み台の近くには割れたカップとガラス製の容器。
その破片、キラキラと輝く欠片、近くにドロドロと――――血。
285
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:37:07 ID:cSkX3lNM0
ソファーの前にあるアンプの角にこびりついた血。
そして。
( ν)
頭から血を流して仰向けに倒れている中学時代からの先輩の姿だった。
286
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:38:08 ID:cSkX3lNM0
【―― 6 ――】
病葉先生が指示を飛ばす。
なつるへは保健室の先生を呼んでくるようにと。
熊谷さんには救急車を呼べと。
その間、雨斎院先生は大丹生の近くに行き、散らばった破片に気をつけてしゃがむと頭部を動かさないようにハンカチで頭を抑えた。
続いて伸ばされていた両の手、右手を取って脈を測る。
それと同時にソファーの上の窓が割られた。
沢近さんは鍵を取りに行くよりも外から窓を開けた方が早いことに気づいたらしいが、そのせいで血塗れの恋人を近くに見ることになって絶叫した。
(;#゚;;-゚)「っ……」
(; (ェ))「もしもし!? ここ学校で……あの、友達が血塗れで……。はい、お腹を押さえて意識もないみたいで、今先生が見てるんですけど……」
ミセ;゚ -゚)リ「嘘…………え、だって」
私は思わず駆け寄ろうとして、それをでぃちゃんに引き止められた。
首だけで振り返ると、ふるふると彼女が首を小さく振った。
指を指す。
287
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:39:07 ID:cSkX3lNM0
(#゚;;-゚)「…………あそこ」
ミセ;゚ー゚)リ「っ!」
息を、呑む。
倒れ伏した大丹生のだらりと伸びた腕には蛇が巻き付いていた。
刺青などではないし、本物でもない。
靄のように朧気な蛇の霊。
濃い紫の色合いの邪悪な蛇は大丹生に噛みつかんとしてなのか顔に近づいていく。
このままでは大丹生だけではなく雨斎院先生までも危ない――と。
(-、-トソン「……まったく」
そんな心配は杞憂に過ぎなかった。
私を引き止めたでぃちゃんが動かなかった理由は、ここが学校だから半妖とバレるかもしれない行動は慎みたかった、などではなく。
単に――動く必要がないと知っていたからだったらしい。
288
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:40:07 ID:cSkX3lNM0
脇に立っていた病葉先生は上品に屈むと、牙を見せ威嚇してくる蛇の頭をナイフで一突き。
ストン。
床を指す小さな音と共に地面に縫いつけてしまった。
蛇の霊はしばらく苦しそうに悶えていたが、やがて空気に溶けるように消えて行った。
(-、-トソン「なんですかなんなんですか、この現代で憑き物とか。憑物語ですか」
馬鹿らしい、と。
霊的存在であるはずの蛇の憑き物を単なる力技、呪文とか魔除けとかそういうアレコレを使うプロセスをすっ飛ばし、何事もないかのように殺してしまった彼女は短く溜息をついた。
言わば幽霊を殴って成仏させたようなもの――常軌を逸している。
なんだ……この人は。
なんだこの人!
289
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:41:08 ID:cSkX3lNM0
( ^Д^)「…………トソさん」
(゚、゚トソン「分かりました。水無月さん、熊谷さんに電話を変わるように伝えてください」
辺りにもう蛇の霊がいないことを確認して、病葉先生は私に言う。
熊谷さんから携帯を受け取るとお礼を言って、そして。
(-、-トソン「ええはい。そうですね、警察は必要ないと思いますよ?」
こんなのはただの不慮の事故ですから、と全く感情のこもっていない声でそう言った。
290
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:42:07 ID:cSkX3lNM0
【―― 7 ――】
(,,-Д-)「彼女は『病葉トソン』といって……なんて言うかさ、僕達専門家の界隈では鬼札みたいに扱われてる存在なんだよ」
もう宵闇も濃くなってきた街の外れの元診療所でギコさんはそんな風に語った。
教師陣、救急車や警察も駆けつけての事件。
当事者である私達も簡単に事情を聞かれた後、一度帰るようにと言われた。
大丹生は……駄目だったらしい。
雨斎院先生の話では、部屋に入った時点で既に脈はなく。
救急隊員も手の施しようがなかった、そうだ。
ミセ*゚ー゚)リ「…………」
(,,゚Д゚)「触れないものは殺せない。ならば触れるものは、殺せる。そういう目――『魔眼』と呼んで差し支えない霊能力を持っててね、だから強引な祓い方ができてしまう」
私がここ、でぃちゃんの自宅である元高岡診療所にいるのは、私が今日一人であったせいだ。
保護者である伯父さんは家にほとんどいない。
あんなシーンを見て精神が不安定になっている学生を一人にするのはまずいということで、私の及び知らない場所で何らかの相談が行われた結果、こうしてこの家に泊まらせてもらうことになった。
291
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:43:08 ID:cSkX3lNM0
(,,-Д-)「……と、まあ」
こんな話、今日はいいや。
私の正面に座っていたギコさんはそう言うと、続けて「もう休みなよ」と私に勧める。
ミセ*゚ー゚)リ「…………え、でも」
(,,^Д^)「気づいてる? さっきからさ、ミセリちゃん、全然表情動いてない。笑顔のまんまだ」
いつもはあんなにコロコロ変わるのにさ、と彼は言って。
(,,-Д-)「それが君の処世術なのかもしれないし……そうであるなら否定はしないけれど、でも俺は」
でも俺は。
辛い時は泣いた方がいいんだと思う――と。
そんな風に言った。
292
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:44:08 ID:cSkX3lNM0
……人は自分の為にしか涙を流せないという。
泣く、という行為は、何か悲しい出来事を見て感情移入した自分自身を「可哀想だ」と思っているに過ぎないんだ。
だけど、それでも。
泣くことを我慢し続けて、緩やかに壊れていくのは、誰も望んでいない。
そんなことは、誰も。
そうであるくらいならば自分の為でもいいからちゃんと涙を流すべきなんだ、と。
(,, Д)「……君はまだ泣けるんだからさ」
それだけを私に告げて。
彼は部屋を後にした。
(# ;;-)「…………あの、」
入れ違いのように入ってきたでぃちゃんは私の隣に座ると、聞いてしまいました、と無礼を詫びた。
盗み聞きされて困るようなことは言ってなかったはずなんだけど、何故だか酷く恥ずかしい。
泣きそうに――なっていたからだろうか。
293
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:45:09 ID:cSkX3lNM0
(#゚;;-゚)「私は、学校に行ったことがなかったのです」
ミセ*゚ー゚)リ「え?」
これでも妖怪ですから、と続けて。
(#゚;;-゚)「だから中学時代の話を訊かれても、何も言うことはできません」
ミセ*゚ー゚)リ「…………」
(#゚;;-゚)「ミセリさん。あの大丹生さんという方は、中学時代からのお知り合いだったのでしょう?」
コクリ、と頷く私に優しく微笑んで彼女は更に言う。
私には全く分からないことなんですが、なんて申し訳なさそうに前置いて。
(#゚;;-゚)「学校にほとんど行ったことのない私にはそういう――先輩とか、後輩とかはよく分かりません」
294
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:46:09 ID:cSkX3lNM0
でも。
(#゚;;-゚)「でもほんの少しでも言葉を交わし、同じ時間を過ごした人が辛い目に遭って……それは悲しいことだと思います」
そして悲しい時には。
泣くべきなんだと思います、と。
その言葉は、とても。
ミセ* ー)リ「あーあ……」
……あーあ。
本当に、もう。
べっつに友達とかじゃなかったんだけどなー……あんな奴。
ノリはウザいし、ベースは下手だし。
っつーかつまらない。
面白い系の男子には致命的なほどギャグのセンスがなくて、どうしようもない奴だったし。
295
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:47:08 ID:cSkX3lNM0
だけど、なあ。
ミセ* ー)リ「あんな奴……ただの先輩で、友達ですらなかったけど」
高校に入学した当時、あの馬鹿みたいに広い敷地で迷っていた私を見つけて。
「お、水無月じゃん」とか後ろに“www”が付きそうなかっるいノリで話しかけてきて。
バイト代が入ったところだとか缶コーヒーとか奢ってくれて。
ちゃんと一年生の教室まで送り届けてくれたのは、あの人だったのだ。
ミセ* ー)リ「あのチビ、ノリはウザいしムカつくし……良いところなんて何もないような奴だったけどさ」
(#゚;;-゚)「…………」
だけど。
それでも。
296
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:48:09 ID:cSkX3lNM0
でも――やっぱり。
ミセ*;ー;)リ「そーんな馬鹿でも……死ぬと悲しいものなんだねぇ……」
ああ……忘れてたな。
別に幼馴染とか。
そういう特別な存在じゃなかったとしても、人が死ぬと、悲しい。
ミセ*っー;)リ「ちっくしょー……」
しとしとと雨が降り始めた中。
私はつい最近友達になった相手に、そんな当たり前なことを思い出させてもらったのだった。
297
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:49:10 ID:cSkX3lNM0
【―― 8 ――】
(;^Д^)「あのトソさん……いやこれ、マズいんじゃないっスか?」
(-、-トソン「何を今更。マズいに決まっています」
深夜に勝手に事件現場に入るだなんて。
非常識な私でも流石に分かる。
「これって表向きは事故なんだから無問題♪」とかそういうことではなく、人が亡くなった現場に入るのは常識的に考えて如何なものかと。
それ以前に学校自体への不法侵入罪。
大学にバレたら多分、マズい。
口にした時の「マズい」よりも遥かに重いレベルで良くない。
(゚、゚トソン「でもですよ、プギャーさん。よく考えてみてください」
血を避けるようにソファーの前まで飛んで、次いで振り返り一回生の頃からの友人をニックネームで呼んで続ける。
298
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:50:12 ID:cSkX3lNM0
(゚、゚トソン「犯罪をすることが罪なのか、罪が犯罪なのか」
(;^Д^)「は?」
(-、-トソン「人を殺すのが悪いことなのは『人を殺すと法を犯したことになるから』ですか? 違うでしょう?」
倫理→法律。
法律→倫理は……少し頷きかねる。
より正しく言えば、倫理1+倫理2+…+倫理x という風に個々人の価値観を束ねていった結果として法律があるんだと思う。
他にも色々要素はあるだろうがとりあえずはこれで正しいはずだ。
だから人によっては法律で決まっていることでも「悪くない」と思う。
その個人の価値観で行動すると――これは誤用の方でも、誤用じゃない方でもどちらでもいいんだけど――確信犯という風に呼ばれる。
さて、それを踏まえて考えた場合。
(゚ー゚トソン「法律には規定されていなくとも、大多数の人間が『悪い』と思うことは……果たして罪なのでしょうか」
たとえば魔法。
現代ではそれで人を殺しても法律を犯したことにはならない。
299
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:51:09 ID:cSkX3lNM0
が、それでも悪いことは、悪いはずだ。
(-、-トソン「つまりは……そういうことですよ」
(;^Д^)「いや分かりましたけど、トソさん。それって今あなたが不法侵入してることとなんの関係もないですよね?」
(゚、゚トソン「ないですね」
(;^Д^)「言い切った!?」
うるさいですね、あなたも共犯なんだから捕まりたくなかったら黙ってください――なんて、ややキツい言葉を浴びせつつ私は調査を開始した。
別に正義感の為ではない。
早々に事故と断定してしまった警察の代行ではない。
ただ単純に――興味深いのだ。
(-、-トソン「(なんとなくだけど……犯人は分かっている)」
300
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:52:08 ID:cSkX3lNM0
確信があるのだ。
これが事故ではなく事件である確信が。
殺人犯がいるという確信が。
机の上に散らばったポップスの楽譜を眺め見る。
視線を移しながら、未だドアの前から動こうとしない友人に私は訊いた。
(-、-トソン「この部屋って、私が鍵を壊すまでは密室だったんですよね?」
( ^Д^)「ええ、まあ。開かなかったですし……最初から壊れていたーみたいなオチがない限りは鍵が閉まってたんでしょうね」
(゚、゚トソン「合鍵はどうですか?」
( ^Д^)「本来は二つみたいですね。事務室にある予備と、顧問から部長が預かっていたものと」
ソファーに座るには絶妙に邪魔な位置(足が伸ばせないのだ)にあるアンプを調べながら、「本来は?」と鸚鵡返し。
角度的にも位置的にも血痕的にも、これで頭を打ったのは確からしい。
301
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:53:09 ID:cSkX3lNM0
( ^Д^)「ほら、よくあるじゃないっスか。部室の鍵を勝手に複製するのって」
(゚、゚トソン「ありますか?」
( ^Д^)「ありますよ、割と。……んで、そういうので部員全員が持ってたらしいです」
もう一度血を避けるように、今度は大きく跨いでそのまま棚の前の古びた木製の踏み台に乗る。
「古びた」というより「古い」踏み台だったようで、私が乗ると軋んだような音がした。
壊れないか心配だが、よく考えれば多少小柄ながら男子高校生が乗っても壊れなかったものなのでまあ大丈夫だろう。
……私が被害者の男の子より重いなんてことがなければ。
それはゾッとする。いやさ――ゾッとしない。
(-、-トソン「……っと。じゃあこれ、密室殺人でも何でもないじゃないですか」
(;^Д^)「事故直後に全員から鍵は――あの子達が言った通りの場所、一人は教室、もう一人は自宅から回収されているので……ってだからこれ密室殺人じゃないですって」
棚の一番上は引き戸になっていて、中はお菓子などが入っているようだ。
二段目、私の頭くらいの高さの棚はティーセットが納められていた。
不自然に空いたスペースは被害者の子が倒れた拍子に中身を落としてしまったのか、事故の時には足元に陶器の破片とガラス片が落ちていたし。
302
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:54:08 ID:cSkX3lNM0
ところで軽音部なのになんで当たり前にお茶する為のものが一式揃っているんだろう。
コイツらは放課後にティータイムか。
(゚、゚トソン「じゃ、その自宅に鍵を置いてた子が犯人ですね。『自宅から持ってきた』と言って、実は最初から持ってたんですよ」
( ^Д^)「あー、それはないでしょ。だって鍵持ってきたの母親らしいですし、その時あの子達事情聴取されてましたし」
そう言えばそんな光景も見たような気がする。
事件直後、その母親が初老の刑事さんに鍵を直接渡している場面。
(-、-トソン「……部長の子の鍵は?」
( ^Д^)「制服のポケットの中でした」
(゚、゚トソン「なら最初に駆け寄った人がそれとなく鍵を……」
(;^Д^)っ「いや最初も何も、遺体に近寄ったのは俺とトソさんだけですよ。その後は保健室の先生と……それで救急隊員の人と」
303
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:55:13 ID:cSkX3lNM0
三段目には楽譜の束。
四段目にはその他のもの……収納されているものに特におかしなところはない。
ふむ……。
(゚ー゚トソン「一応訊いておきますけど――キミ、犯人じゃないよね?」
(;^Д^)「さりげなくドラマのパロディを使わないでください! そして俺が犯人なわけないでしょ!?」
陶器の破片はカップ。
ガラスの方は……被害者の男の子がチョコレートが好きらしいから、それの容器だろう。
曇りガラスで中が見えないってことは中を見なくても良いってことで、きっとあの子は同じ種類のチョコしか食べないのだ。
いやぁ、なるほどなあ。
……そんなこと推理してどうするって言うのだ。
( ^Д^)「……そもそもトソさん。これが事件だったとしても、それが呪いの結果なら証拠なんて見つかりようがないですよ」
(-、-トソン「まあ、そうですね。呪いの実物見ちゃってますし」
304
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:56:13 ID:cSkX3lNM0
ああ、そうか。
あの蛇を殺さずに後を追えば呪いの犯人は掴まえられたのか。
しまった。
(゚、゚トソン「でもですよプギャーさん。目の前で人死にが出たわけです。思うところはないですか?」
(;^Д^)「いや確かに犯人には捕まって欲しいと思いますが……どうしようも、ないでしょ」
否定の言葉は弱々しかった。
彼は私のように人の死に慣れた人間ではない、無理なからぬことだろう。
様々な経験で、自殺にも殺人にも慣れ過ぎている私とは違うのだ。
(-、-トソン「……申し訳ありません。やはり私は死神です」
(;^Д^)「いやそんな! そんなことは……」
ソファーに散らばったガラス片――こちらは叩き割られた窓の方――を見つつ、探偵に協力していた一般人、くらいの微妙なポジションの友人を見やる。
目の前で人が死ぬのは、嫌なものだ。
死んでいたとしてもまだ温もりのあるうちに……脈を測らないと死んでいるかなんて分からない状態の人間を。
305
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:57:08 ID:cSkX3lNM0
……む。
話は戻るけれど、あの時あの蛇を殺したのは正しい判断だったのか。
まだ死んでいるかどうか分からなかったんだから。
(-、-トソン「……でも安心してください」
( ^Д^)「え?」
落ち込み気味のプギャーさんに、私は言った。
(゚ー゚トソン「犯人。掴まえられるかも知れませんよ?」
(;^Д^)「本当ですか!?」
(-、-トソン「法で裁けるかどうかは微妙ですが……少なくとも、自白と反省くらいはさせられるでしょうね」
ぐるりと大きく部屋を回って、考える。
扉の前まで戻ってきて、手近にあったケトル(瞬間湯沸し器)が置かれた小さな棚に手を置いて、黙考。
306
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:58:13 ID:cSkX3lNM0
状況の意味。
密室ができる時は何かの意図があるはず。
今回は「呪殺ではなく事故に見せかける為」が一番妥当な線だが、そもそも人を呪い殺すのなら密室なんて作らない方が良い。
怪しいじゃないか。
どう見ても。
( ^Д^)「あ、それなら分かりますよ」
私の言葉でやや元気を取り戻したのか、一歩踏み出すようにして彼は言う。
( ^Д^)「部長の子は最近陰湿な嫌がらせをされてたらしいです。生徒に聞いたんですけどね」
(゚、゚トソン「嫌がらせ?」
( ^Д^)「はい。なんか悩み事とかがあると鍵閉めて閉じ込もる子だったらしくて……そういうことでしょうね」
要するに……偶然?
呪いを掛けた人間は密室を作る気なんてなく、ただ被害者が鍵をかけてしまった?
それで、この奇妙な状況?
307
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 06:59:11 ID:cSkX3lNM0
なるほど。
そういうのもアリか。
警察によって事情聴取や現場保存が行われたのは、そういうことか。
(-、-トソン「…………なるほど。だいぶ分かってきました」
だいぶ、どころか。
ほぼ確信した。
これは明白に――――殺人事件だと。
308
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 07:00:10 ID:cSkX3lNM0
【―― 9 ――】
(#゚;;-゚)「ご主人様……」
(,,-Д-)「……うん」
(#゚;;-゚)「たとえこれが呪いによる殺人だったとして、そしてあなたが怪異の専門家であったとして……全ての問題を未然に防げるわけではありません」
警察官は全ての犯罪を未然に防ぐことができるだろうか?
そんなわけはない。
それどころか一介の専門家でしかない俺にはそもそも防ぐ義務すらないのだと。
分かっている。
分かっていた。
(,,-Д-)「分かってるよ」
その通りだ。
慰めとも取れる意見は、正しい。
だけど……。
309
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 07:01:16 ID:cSkX3lNM0
(,, Д)「俺はさ……でぃちゃん」
そういうことじゃ、なくて。
理屈はどうだとかそういうのは正直どうでもよくて――単に。
(,,-Д-)「俺の見える範囲で、誰かが傷つくのが……嫌なんだよ」
最初から世界を変えてやろうなんて思っていない。
もう誰も彼もを救おうだなんて考えていない。
自分の手の届く、両手を広げたその小さな世界さえも守れなかった俺だから。
俺には、何も残っていないけれど。
何も残っていないからこそ……目の前で零れていく何かを、拾ってあげたいのだ。
あの時は何もできなかった俺に、何かできることがあるのなら―――。
310
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 07:02:35 ID:cSkX3lNM0
(# ;;-)「……止めてくださいよ」
ぴしゃり、と。
溢れていく感情を羅列したような支離滅裂な言葉に耳を傾けていた彼女が、いきなり俺を抱き締めて。
(# ;;-)「何も残っていないなんて言わないでください。何もできなかったなんて思わないでください。私はちゃんと、ここにいるのです」
あなたのおかげで――ここにいるのです、と。
……そう言った。
座っている俺を胸に埋めさせるように。
頭を、撫でて。
(,,-Д-)「…………うん。そうだね」
懐かしいような心地の良い匂い。
できればずっと昔のように甘えていたかったけれど、俺は無理して彼女を引き離し立ち上がった。
311
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 07:03:25 ID:cSkX3lNM0
そうだ。
何も残っていないわけじゃ、ないけど。
でもやっぱり――昔とは違うから。
(,,-Д-)「じゃあ、早速明日にでも……この問題を解決することにしよっか」
(#^;;-^)「……はい」
昔とは、違うのだ。
なあなあで過ごしているうちに色々なことが起こって結局は全部上手く行くような、そんな時代はとうに終わった。
俺の仕切りだ。
俺の問題だ。
だったら俺が解決しないといけない。
312
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 07:04:08 ID:cSkX3lNM0
だから、俺は言おう。
精一杯格好つけて。
(,,-Д-)「この世には完全なものなんて一つもないってことを――思い知らせてあげるよ」
さあ、この不完全犯罪を解決しよう。
313
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 07:05:07 ID:cSkX3lNM0
【―― 10 ――】
(゚、゚トソン「被害者の子は小柄でしたけど、でもあんなに少ない出血で死ぬものなのでしょうか」
( ^Д^)「そう言えばちょっと少なかったですね、血」
(-、-トソン「む、頭部打撲による脳梗塞ならば目に見える出血量は関係ないんですね……」
さて、夜が明けるまではあと数時間。
どうなることやら。
今まで私は数え切れないほどの『死』に触れてきた。
私自身が一つの『怪異』なのかもしれないと思う。
無自覚に無意識に『死』を引き寄せてしまう――『死』に引き寄せられてしまう私はきっと、『死神』なのだ。
だけど人が死ぬ場面に遭遇するということは、同時にその人を助けられる(かもしれない)ということで、その人の無念を晴らすことができるということだ。
だからこそ、いつからか私はこういう風に探偵の真似事をやるようになった。
続けていく内に人が死ぬことは少しだけ少なくなった。
……いや、本当のところはやはり興味本意で足を突っ込んでいるだけなのだろう。
別に私は知りもしない誰かが死んだところでどうとも思わないのだから。
314
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 07:06:13 ID:cSkX3lNM0
私のことを『人でなし』と呼ぶ人がいた。
私のことを『殺人鬼』と罵った人がいた。
どの呼び名も正しかったが、人でなく鬼である私にも心がある。
……さて。
今日の私は何を思っているのだろう?
( ^Д^)「……っつーかトソさん、本当に謎は全部解けたんですか?」
(-、-トソン「無論です」
そうして私は思い切り格好つけてこう言った。
(-、-トソン「そもそもこの世に謎なんてありませんよ――――あるのは論理的解決だけです」
【――――そこまで。第四問、終わり】
315
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 07:07:50 ID:cSkX3lNM0
「命だに 絶えてなからば 悲しからまし」
【歌意】
命というものさえまったくなかったならば、こんなに心が痛むことなんてなかっただろうに。
【語法文法】
『命』は通常「生命」「一生」という風に訳すが、他にも「命を支えるもの」「唯一の拠り所」という意味もある。
次の『だに』は強調(最小限希望)・類推・添加とあるが、今回は現代語の「さえ」と同じように訳している。
最小限希望として訳す用法は未来に関することか若しくは願望についてでしか用いず、またこの最小限希望の用法は『だに』にしかない。
『絶えて』は副詞。「(下に打消を伴って)まったく」「すっかり」「特に」などと訳し、今回は在原業平の歌と同じく「まったく」としている。
『なからば』は形容詞ク活用「無し」の未然形。
和歌に何度も出てくる『ば』は接続助詞で、未然形に接続した場合は順接仮定条件として「〜ならば」「〜だったら」を意味する。
続く『悲しからまし』は『悲しから』で一つの語。形容詞シク活用「かなし(悲し・哀し)」の未然形。
最後の『まし』は頻出の反実仮想を表す助動詞。「〜だったなら、〜だろうに」という風に事実に反した仮定を表現する。
「〜ましかば、〜まし」「〜ませば、〜まし」「〜せば、〜まし」「〜ば、〜まし」という四種類があるのだが、今回は比較的分かりやすい最後のもの。
【特記】
参考にした歌は古今和歌集に収録された離別歌「命だに 心にかなふ ものならば なにか別れの かなしからまし」。
また在原業平の有名な歌である「世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」。
私の命さえなかったならば、掛け替えのないものがなかったならば、こんなに辛くはなかっただろうに。
……どうでも良いですがク活用とシク活用って活用表の左側に位置する補助活用(カリ活用)が覚えにくいのは作者だけでしょうか?
自分は最後まで覚えられなかった(今も覚えてない)ので、受験生の皆さんは気を付けて下さい。
316
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 07:08:34 ID:cSkX3lNM0
この作品は『天使と悪魔と人間と、』という作品とリンクしているのですが、基本的にあまり関係はありません。
片方を読んでいなければ片方が分からないということはなく、むしろ読まない方が余計なネタバレを知らずに済むとさえ思っています。
ですが、リンクネタを一つ紹介します。
『天使と悪魔と人間と、』の第五話で水無月ミセリが校舎で迷っていた下級生を助けた話が出てきていますが、その助けた理由がこの話で分かります。
つまり彼女自身もかつて上級生に助けられたからこそ自分も同じように助けようと考えたというわけです。
さて、というわけで第四話でした。
少しごちゃごちゃした話でしたがどうだったでしょうか。
>>241
あとがきに難解なところってありましたかね……?
分かりにくくなっていたなら申し訳ないです。
317
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 07:34:11 ID:Qevz2h1.0
おつ
318
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 09:06:51 ID:M6EX3Pas0
乙!
トソンかわいいよトソン
319
:
名も無きAAのようです
:2013/06/22(土) 14:40:53 ID:922C0t/E0
乙!
おもしろい。
320
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:23:37 ID:iJgDDcdQ0
ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです
※この作品には性的な描写が(たまに)出てきます。
※この作品は『天使と悪魔と人間と、』他幾つかの作品と世界観を共有しています。
※この作品は推理小説っぽいですが、単なる娯楽作品です。
※この作品はフィクションです。実在の逸話を下敷きにした記述が存在しますが現実とは一切関係ありません。
.
321
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:24:37 ID:iJgDDcdQ0
第五問。
証明問題 解答編。
「密室の恋」
.
322
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:25:30 ID:iJgDDcdQ0
心すら 心に叶ふ ものならず
・
323
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:26:20 ID:iJgDDcdQ0
【―― 1 ――】
階段を、登る。
一段、一段。
踏みしめるようにして。
フラフラと身体を揺らしながらギシリと奥歯を噛み締めた。
『あなたの秘密を知っています』
思考が、巡る。
ぐるぐると。
掻き回すようにして。
絶対に消化できない何かを腹の中に押し込んでしまった感覚。
324
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:27:07 ID:iJgDDcdQ0
……吐きそうだ。
「…………分かってる」
ぼくは、分かっている。
ぼくは冷静だ、こんなものは子供騙し。
そう、こんなのは所詮は子供騙しでしかない。
こんな話を聞いたことがある。
人間というのは考え事をしている際に言葉を吹き込まれると、自然にそれを考えていたように感じてしまうのだと。
ああもう。
上手くいえない。
現文の成績が悪いのは関係ないだろうが、どうにも上手く表現できない。
が、とにかくこんなものはただの子供騙し。
ハッタリでしかない。
325
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:28:10 ID:iJgDDcdQ0
「あんな文章が書かれた紙が下駄箱に入っていたら誰だって背筋を凍らせる」
『あなたの秘密を知っています』だなんて……誰だって人に知られたくない秘密の一つや二つくらいある。
こういうものがいかにも尤もらしく見えてしまうのは、ただ一点「自分だけに適合するものだ」という思い込みのせい。
要するに気に留める必要はない。
「……でも、」
ぼくは、こうして指定された場所――屋上に続く階段を登っている。
分かっているのだ。
子供騙しなのは。
理解しているのだ。
ハッタリでしかないのは。
だけどぼくには心当たりがあった。
「ああ、あのことだ」と思う。
むしろそのことでしかないと確信できるほどの秘密が。
326
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:29:10 ID:iJgDDcdQ0
「……吐きそうだ」
脳漿がぐしゃぐしゃになったみたいに。
頭の中が滅茶苦茶、まともな思考なんてできやしない。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
キモチワルイ。
こんなことになるなんて、思ってなかったんだ。
「こんな思いをすることになるだなんて……」
思ってなかった。
今も信じられない。
ぼくは、ドアノブに手をかける。
327
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:29:18 ID:6fiERVXY0
読んでる支援
328
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:30:07 ID:iJgDDcdQ0
【―― 2 ――】
もやもやとした感情を抱えながら一日を過ごし、俯き加減に歩いていると、校門のところで声をかけられた。
ふんわりと可愛らしさが香るその声を私は知っている。
(゚ー゚トソン「ミセリさん」
ミセ*゚ -゚)リ「……どうも」
人もまばらになってきた校内。
声をかけてきたその人、病葉先生はちょいちょいと指先だけで小さく手招き。
手繰り寄せられるように私は近づいていく。
怖い人なのは、なんとなく分かるのに。
どうしてか怖がることはできない不思議な彼女。
年齢だけで言えば四、五歳くらいの差なのに女性としては長身である病葉先生の近くにいると、「私もまだまだ子供だなあ」なんて当たり前のことを思ってしまう。
(-、-トソン「―――ミセリ。あなたは、『ミセリ』という名前なんですね」
329
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:31:06 ID:iJgDDcdQ0
何を今更、と思って、そう言えばいつの間にか名前で呼ばれていたと気がつく。
一体いつからだろうか?
(゚、゚トソン「誰かから頂いた名前なんですか?」
ミセ*゚ー゚)リ「さあ……聞いたことないです」
先生の問いに少し考え、答える。
もしかすると誰かから貰った名前なのかもしれないが少なくとも私は知らなかった。
もう知ることもできないし、どうでもいいことだ。
私のそんな思いを知ってか知らずか、病葉先生は「良い名前ですね」なんて微笑する。
(-、-トソン「私の親友の名前もミセリと言います。『水川芹亜』という名前で、ニックネームが『ミセリ』」
ミセ*゚ -゚)リ「はあ」
(゚、゚トソン「本人は『恋が叶わない名前だからヤダー』と言っていましたが……私は雅で良い名前だと思います」
330
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:31:57 ID:iJgDDcdQ0
「恋が叶わない?」と鸚鵡返しをした私に病葉先生は首肯して返す。
そうして一息置いて、
(-、-トソン「『芹摘みし むかしのひとも わがことや 心に物は かなはざりけむ』――はい、解釈してみてください」
できるか。
そもそもその歌『芹摘みし』が枕詞だろうからそれの意味を知らないと訳が分からない。
ミセ*゚ー゚)リ「出典は? 先生が作った歌ってわけじゃあ……ないですよね」
(゚、゚トソン「そうですね。いえ、むしろ誰が作ったというわけでもない歌です。古歌、というやつですね」
古い歌、と書いて古歌。
いろは唄と同じように出典不明の詠み人知らずの歌。
……確かそんな感じだったと思う。
(-、-トソン「『芹を摘んだという昔の人も私のように嘆いていたのでしょうか。本当に、世のことというのはままなりませんね』という悲しい歌です」
ミセ*゚ -゚)リ「……はあ。それでどうして芹が出てくるんですか?」
331
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:33:08 ID:iJgDDcdQ0
七草粥でも作るつもりだったのだろうか。
(゚、゚トソン「諦め――特に叶わない恋の代名詞だからですよ」
そう言い、どうしてなのかは気が向いたら調べてみてください、と彼女は言って。
軽く屈むように。
私の耳に口を寄せて、両目を閉じて。
(、 トソン「少し……歩きながらお話しましょうか。私達もそろそろ、この学校とお別れしなければなりませんし」
するりと一言、囁いた。
そうか、もう大学に帰っちゃうんだなんてぼんやりと思いながら私は返答する。
返事は勿論、肯定だった。
約束の時刻までにはまだ少し時間がある。
332
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:34:06 ID:iJgDDcdQ0
【―― 3 ――】
―――たとえば人を好きになること。
それは良い感情か。
それとも悪い感情か。
そういう問いかけを人に――誰でもいいが、ある程度普通の人生を送ってきた人間に――してみると、きっと「良い感情だ」という答えが返ってくる。
別に否定はしない。
確かに人を好きになることは素敵なことだし、幸せなことだから。
分かっては、いる。
だけどぼくは分かっているから、どうかあなた達も分かっていて欲しい。
恋愛感情が純粋な好意である際は綺麗なことが多いけど、そんなことはそうそうないということ。
そしてたとえ不純物のない好意であったとしても、それが一つ二つと交錯すれば、綺麗なままではいられないということ。
333
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:35:05 ID:iJgDDcdQ0
分かっていて欲しい。
人間だから、人間らしくないこともする。
人間らしくないのが人間。
人間ができる最も人間らしい行動は人間らしくない行動に他ならない。
……どうか。
どうか。
ぼくを裁く前に、それだけは分かっていて欲しい。
334
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:36:08 ID:iJgDDcdQ0
【―― 4 ――】
夕暮れにはまだ幾何かの猶予を残したその時間帯に私達、私と病葉先生は大きく回るように構内を歩く。
モラトリアムで、ノスタルジックな、サウダージ。
(-、-トソン「まあノスタルジーもサウダージもほぼ同じ意味ですけどね」
ミセ*゚ー゚)リ「そうなんですか?」
(゚、゚トソン「どちらも郷愁……昔を懐かしむ、というニュアンスが強いです。ノスタルジーはフランス語でサウダージはポルトガル語ですが」
初めて知った。
ミセ*-ー-)リ「なら私の言い表したかった感情とは違うかなぁ……」
トラックを走り抜けていく下級生を眺めながら私は呟いた。
演劇部が発声連習。
遠くで聞こえる吹奏楽部のチューニング。
335
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:37:06 ID:iJgDDcdQ0
こういう青春らしい雑音に、雑音なのに心地良い音の束。
この学校そのものが奏でた徽音に、もう私の知る彼らは混じることがなくて。
それだけが、少しだけ……悲しかったから。
(-、-トソン「そういう感情ならば『サウダージ』が適切だったと思います」
手を振ってくる生徒に手を振り返しながら病葉先生は答える。
サウダージには『戻らない過去を懐かしむ』という意味も入っていますから、なんて。
ミセ*゚ー゚)リ「……先生って、」
その口調に、その空嘯いた様に、何か空元気のようなよそよそしさを感じてしまって私は言葉を紡ぐ。
ミセ*゚ー゚)リ「先生って、なんだか辛いことを沢山経験してきたような目をしていますよね」
(゚ー゚トソン「そうですか? 私自身は今まで概ね幸せな人生だったと思っていますけど」
336
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:38:06 ID:iJgDDcdQ0
いや――違うな。
そうじゃない。
辛いことを沢山経験してきた、というよりは。
ミセ*゚ー゚)リ「そうでないなら――先生は辛い経験をしてきた人に沢山出会ってきたような気がします」
ハッとしたような一瞬の沈黙。
そして。
(-、-トソン「それは……そうかもしれませんね」
切なげで、刹那げな。
何かが途切れ、何かに千切れてしまったような。
どうしようもないほど悲しい目をして、病葉先生はそう言った。
337
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:39:05 ID:iJgDDcdQ0
【―― 5 ――】
「そもそもミセリさんは、人を殺すことを……どう思いますか?」
その後はずっと取り留めのない話をしていた。
好きな食べ物、好みのタイプ、よく見るテレビ番組……。
今話すべきではないどうでもいい話を、ずっと。
病葉先生が、多分ずっと言えずにいた問いを訊いてきたのは最後も最後。
ゆっくりと構内を半周し校門に戻ってきたところで当たり障りのない挨拶をし、会釈をして背を向けた時だった。
ミセ*゚ー゚)リ「……どうして、そんなことを?」
「他意はありませんよ。私の親友は『許せない』と言っていました。だから……ちょっと気になったんです」
親友と同じ名前の私がどう思うかを気になった?
本当に……それだけ?
338
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:40:06 ID:iJgDDcdQ0
ミセ*-ー-)リ「質問を質問で返しますが、病葉先生はどう思うんですか?」
言葉に詰まるかと思っていたが、答えは一瞬で返ってきた。
「『本を閉じること』――だと思います」
背に聞いた解答に「本を?」とまた私は鸚鵡返し。
彼女は「はい」と言い、丁寧に、一語一語慎重に風に乗せていくような口調で続けた。
「人生という物語を、それが書かれた本を、閉じてしまうこと――だから『本を閉じること』だと思うんです」
これからも。
笑ったり、泣いたり。
怒ったり、喜んだり。
誰かと出会って、誰かと別れて、誰かを好きになって、誰かを嫌いになって。
何かを見て、何かを聞いて、何かを感じて。
今の自分では想像もつかないような場面の当事者になるはずだったのに。
素敵な未来が待っていたかもしれないというのに。
339
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:41:06 ID:iJgDDcdQ0
ミセ*゚ー゚)リ「だから、本を閉じる」
「……はい」
振り返っていないから分からないけれど、きっと病葉先生は神妙な面持ちで頷いていた。
だから分からないけれど、分からないなりに私は真面目に答えることにした。
ミセ*-ー-)リ「私はきっと、怒ると思います。すっごく怒ります」
だけど。
ミセ*゚ー゚)リ「だけど……そんな風にするしかなかったその人の境遇を悲しんで、そんなことになるまで気がつかなかった自分の愚鈍さが悔しくて、同じだけすっごく泣くと思います」
340
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:42:06 ID:iJgDDcdQ0
これが私の精一杯。
飾らない気持ち。
今から人を殺した人間に会いに行く私の気持ち。
「……そうですか」
先生は呟いて、もう一度「そうですか」と言った。
安心したような声音だった。
もう一度だけ別れを告げ合って、私は学校を後にする。
結局最後まで私は振り返らなかった。
私は今から会いに行く。
特別でこそないけれどそれなりに大事だった友達を殺した人間に、会いに行く。
341
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:43:05 ID:iJgDDcdQ0
【―― 6 ――】
河原、大きな橋の下に私達を見つけて彼は「およ」なんて間の抜けた声を漏らした。
(・(ェ)・)「呼び出されたと思ってきてみれば……水無月、お前のアドレスってこと暫く思い出せなかったぜ」
ミセ*゚ー゚)リ「うん。初めてかもしれないね」
熊谷さんにメールを送るのはこれが初めて。
こんなものが初めてになってしまうのは、正直なんとも言えない。
悲しかった。
学校からは少し遠いこの河原。
川の名前はなんて言うんだっけ、思い出せない。
思い出す気もないけれど。
西地区の最も東側、新都と住宅地を隔てる河川に架かった橋の下。
それもここから南に行ったところにある人通りの多い大きな橋じゃなくて、あの橋ができるまで使われていた――つまり現在では交通の便が悪い為に使われない道路。
342
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:44:05 ID:iJgDDcdQ0
叫んでも誰も来てくれない場所で私達は向かい合う。
(‐(ェ)‐)「なんて悲しそうな顔してんだ、お前」
ミセ*゚ー゚)リ「え?」
大柄な先輩が言った一言に耳を疑う。
(・(ェ)・)「ただでさえ不細工な顔が酷い有様だぞ」
ミセ*^ー^)リ「……酷いこと言うね」
苦笑いしての私の返事に熊谷さんは眉間に皺を寄せて訝しむ。
腕を組んで、目を細めて。
(‐(ェ)‐)「言い返せよ」
ミセ*゚ー゚)リ「…………」
343
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:45:09 ID:iJgDDcdQ0
(・(ェ)・)「いつものお前なら、ギャーギャー言い返すはずだろ」
ミセ*-ー-)リ「……そだね」
そういうやり取りを、よくしていたような気がする。
でもそれはついこの間のことのはずなのにとても遠くて、靄がかかったように上手く思い描くことができない情景だった。
もう戻ってこない風景だった。
ミセ* ー)リ「はぁ…………ふぅ」
私は一度息を整えて、そして言った。
ミセ*゚ー゚)リ「熊谷さん……大丹生を殺したのはあなたですよね?」
.
344
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:46:15 ID:iJgDDcdQ0
ドラマなどで見ていてずっと言ってみたかった台詞。
実際口に出してみれば、残ったのは言い知れぬ虚無感だけだった。
熊谷さんはふぅ、と一息ついてから、
(‐(ェ)‐)「……そうだよ」
まるで後悔しているかのような面持ちで、そう言った。
ミセ*゚ー゚)リ「言い逃れはしないんですか?」
私の問いかけに彼は「まさか」と手を広げる大袈裟なリアクションを取って。
一度そうしておいてから「しないさ」と呟く。
(‐(ェ)‐)「水無月。俺はお前のことを割と駄目な女と思っているが、それでも無根拠に他人を糾弾するような軽薄な奴とは思っていない」
ミセ*-ー-)リ「…………」
(・(ェ)・)「それに方法が方法だしな……」
345
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:47:13 ID:iJgDDcdQ0
右手を、上げる。
そう言う彼の腕には濃い紫の大蛇がいた。
あの時見たのと同じ、朧気な蛇の霊。
大きく口を開けて私を威嚇するそれは、熊谷さんの意思など素知らぬ風で、怖かった。
(・(ェ)・)「しかしどうして俺が犯人だと分かった?」
ミセ*^ー^)リ「熊谷さん、『失ったものを懐かしむ感情』をポルトガル語でどう言うか知ってますか?」
(・(ェ)・)「いや……どう言うんだ?」
ミセ*゚ー゚)リ「『サウダージ』って言うらしいです。そう――分かんないですよね、知らないと。答えられないですよね、知ってないと」
単語自体を知らなかった私が意識的にでも答えられなかったように。
知ってしまっている人は、無意識でも真実を言ってしまう。
ミセ*゚ー゚)リ「熊谷さんは救急車を呼ぶ時に『友達が倒れてて、お腹を押さえて意識もないみたいで』って……」
それと、同じ。
346
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:48:21 ID:iJgDDcdQ0
ミセ*^ー^)リ「でも普通、頭から血を流している人間がいたら『頭を打ったみたいで』って言いませんか?」
熊谷さんの言っていたことは正しかった。
大丹生の死因は出血多量――特に内蔵からの出血が多い為のものだった。
“けど、そんなことがあの時に分かるはずがない”
パッと見では生死すら分からない人間を見て、そんなことを言う人はいない。
正し過ぎたのだ。
咄嗟に腹部のことを言ってしまったのは……他ならぬ自分自身がそれを引き起こしたから。
(‐(ェ)‐)「かもしれない。だが部屋に入ってもいない俺達なら、目に見える出血も少なかったみたいだし、ついパッと見た光景――人が腹に手を当てているのを見て……」
ミセ*゚ー゚)リ「ほら、また」
私は続ける。
347
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:49:06 ID:iJgDDcdQ0
ミセ*-ー-)リ「私の記憶が正しければ両腕とも伸ばされていましたよ。打った頭を抑えることもしないで」
(・(ェ)・)「それは扉が開いた瞬間のことだろう? その後意識を取り戻して頭や腹を抑えたのかもしれない」
ミセ*゚ー゚)リ「ありえませんよ」
だって、その後は。
部屋の中には大丹生以外の人がいて―――。
ミセ*゚ー゚)リ「だって右手は雨斎院先生が脈を取る為に持ってて、左手は病葉先生が抑えていたんですから」
そう――その蛇を殺す為に。
伸ばされた両腕はどちらも固定されていた。
当然先生達がやるべきことを済ませた後は放されただろうけど、その頃にはもう熊谷さんは電話を代わっていた。
頭を打った人間を動かすわけがないから弾みで戻ったはずもない。
だから、ありえない。
そんな発言は「最初から腹部が致命傷になると知っていた人間の勘違い」でしか、ありえない。
348
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:50:05 ID:iJgDDcdQ0
(‐(ェ)‐)「参ったな……」
犯人でしか――ありえない。
熊谷さんは感心するようにもう一度「参った」と呟き、目を伏せた。
天網恢々疎にして漏らさずってか、なんて自嘲するように笑って。
(・(ェ)・)「……お前、霊感ホントにあったんだな」
ミセ*゚ー゚)リ「え?」
(・(ェ)・)「なつるから聞いてたよ、幽霊が見えるって話。しかもまさかこんなモノまで知ってるなんてな……」
自身の腕で寛ぐ蛇を見つつの一言に私は正直に答えることにした。
ミセ* ー)リ「私の力じゃないよ」
幽霊は、確かに少しだけ見える。
だけどそれだけじゃ今回の問題を解決することなんてできなかっただろう。
だからこの問題を解いたのは―――。
349
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:51:05 ID:iJgDDcdQ0
【―― 7 ――】
(,,-Д-)「―――『蛇蠱(へびみこ)』」
蛇。
爬虫綱。
有鱗目。
ヘビ亜目に属する生物の総称。
(,,゚Д゚)「漢字では少し難しい字を書くけど、なんて言うか、一般に言われている『憑き物』のイメージに合致する怪異だね」
唐突に現れた第三者に熊谷さんは目を見開き驚いたが、その隣にいた少女を見て納得したように小さく頷いた。
この問題を締め括るように登場したギコさん。
もちろん、隣にいたのはでぃちゃんだった。
きっと彼にも見えたのだろう。
目の前の竹刀袋を携えた少女が纏う橙色の魔力と顕現している猫の耳と尻尾が。
350
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:52:05 ID:iJgDDcdQ0
(,,゚Д゚)「日本のある地域に伝わる憑きもの筋で、その家系の人間が誰かに対して強い憎悪の念を抱くと蛇の霊が相手に取り憑く」
そして最後には。
取り憑いた人間の内臓を食い破り、殺してしまうという怪異。
(,,-Д-)「と、思うんだけど……どうかな」
(‐(ェ)‐)「その通りだよ。俺は憑きもの筋の生まれで……名前はよく知らないが、多分そうなんだと思う」
蛇の霊。
人を呪い殺すという怪異、蛇蠱。
憑きもの筋。
(・(ェ)・)「なるほど、専門家がついていたのか。そりゃあバレるはずだよな」
呪いは成就した。
されど犯罪は完全にならず暴かれた。
351
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:53:05 ID:iJgDDcdQ0
(#゚;;-゚)「あなたの罪は現在の法では立証することはできません。裁くことはできないのです」
でぃちゃんの静かな声音が響く。
(‐(ェ)‐)「バレたら大人しく捕まろうと思っていたのに、無理なんだな」
(#゚;;-゚)「はい」
(・(ェ)・)「名乗りでても、無駄なんだな」
(#゚;;-゚)「はい。きっと誰も相手にしないのです」
これは犯罪じゃない。
罪ではあっても。
人を呪い殺すという行為は罪ではあるが犯罪には成り得ない。
自首することもできず。
ちゃんと謝ることさえ……できない。
352
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:54:04 ID:iJgDDcdQ0
( (ェ) )「それは……辛いな」
「良かったね」だなんてなるはずがない。
過去の行いを悔いているのに、そのことは誰からも許されない。
それは、なんて――罰なんだろう。
(,,゚Д゚)「……辛い?」
( (ェ) )「…………」
(,,-Д-)「そう。ならその辛い感情をどうか忘れないで」
誰も君のことを責めてくれないのだから、せめて。
ギコさんはそれだけを呟いて踵を返し、すれ違い様に私の肩をポンと叩いた。
……そうだ。
後は私の時間なんだ。
ここからは私だけが取り組むべき問題―――。
353
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:55:33 ID:iJgDDcdQ0
ミセ*-ー-)リ「……熊谷さん。人間はその常識に応じて罪の重さが決まるそうです」
誰も責めてくれないが故にそれは重く。
誰も責めてくれないが故にそれは辛い。
ミセ*゚ー゚)リ「たとえ誰かが許してくれたとしても、その罪はずっと自分の心の中に残って痛み続けるんです」
ねえ、分かっていたはずでしょう?
ミセ*゚ー゚)リ「熊谷さん。どうしてですか?」
( (ェ) )「…………」
ミセ* ー)リ「どうして、あなたは―――」
だらりと下げられた両腕。
蛇はもういない。
静謐に閉じられた両目。
光はもうない。
354
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:56:17 ID:iJgDDcdQ0
まるで彼の方が死人みたいだと私は思った。
人を殺した人間は心が死んでしまうのだ。
傷つけた時も同じ。
与えた量と同じだけの傷を負う。
そうだとしたら、一体どちらが不幸なのだろう。
空虚な雰囲気。
重苦しい沈黙。
そうしてやっと彼の唇が動き出し、言葉を紡ごうとしたその瞬間だった。
ミセ;゚ー゚)リ「………………え?」
私は。
あの時と同じ、瞳に焼き付く赤を見る―――。
355
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:57:07 ID:iJgDDcdQ0
【―― 8 ――】
じゅぶり、という気持ちの悪い音を聞いた。
それが気のせいだったのか、そうでないのかはもう分からない。
ただ覚えているのは焼きつくような赤。
(; (ェ) )「っ……ぁ……」
掠れた声。
搾り出したような。
熊谷さんの腹部――背後から刀で一突きにされたその場所から滝のように流れ出る血液の赤。
次いで口。
刃は内蔵を貫通したのだろうか、それが抜かれた瞬間に熊谷さんは血を吐いて、赤く染まりつつある河原に倒れた。
どさり、と。
(; (ェ) )「ぁ…………」
ミセ;゚ー゚)リ「え、あう――くまがや、さん……?」
356
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:58:04 ID:iJgDDcdQ0
意味が分からない。
意味が分からない。
なんだこれは。
なんだこれは。
だって今まではちゃんと話ができていて、熊谷さんも反省していて、それで―――!
『…………当たり前なことなのですが、後から反省するくらいならば人なんて殺さないでください、』
ぐちゃぐちゃな思考の中で聞こえる飴玉を舌先で転がすような甘い声。
でも朴訥に、抑揚もあまりなく、そして蚊の鳴くような声のそれは狂気に満ちていて。
いや違う。
これは。
狂気じゃなく――“凶器”。
357
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 22:59:04 ID:iJgDDcdQ0
(;゚Д゚)「でぃちゃんっ、救急車っ!!」
(;#゚;;-゚)「はい……!」
それこそ無駄ですよ、と彼女が言う。
私は助かるような殺し方はしないので、と彼女は言う。
そこに立つ彼女。
……私と同じくらいの年か、それより下か。
華奢で可愛らしい顔立ちからは年齢を読み取ることはできないが、前髪の奥から除く片目を隠した眼帯はただならぬ雰囲気を醸し出す。
うなじが隠れるくらいの長さの黒髪は黒檀のように黒く、風に揺れていた。
妖刀のような魔性、鬼気。
間違いなく人間であるはずなのに、まるで人間らしくもなく。
リパ -ノゝ「…………表向きの法では裁けなくとも、罪悪は雪がれる運命です、」
358
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 23:00:04 ID:iJgDDcdQ0
大きく刀を振り、血を飛ばしたことで眼帯をしている方の瞳はまた髪に隠れた。
けれど私を見ている――捉えているのか分からない、墨汁を煮詰めたようなどろどろとしたその目は、変わらなかった。
(,, Д)「ユキ……ちゃんっ……!」
リパ -ノゝ「…………お久しぶりです。一年ぶりくらいでしょうか、」
怒りに満ちた表情のギコさんが彼女――「ユキ」と呼ばれた少女を睨みつけた。
デタラメに長い刀を持ち、軍服のような黒い制服を来た少女。
熊谷さんを刺した女。
背後から一突きにされた熊谷さんの顔は見たこともないほどに蒼白。
ハンカチで傷口を押さえたくらいでは血は止まらない。
ミセ*;ー;)リ「熊谷さん! しっかりしてくださいっ……!」
必死で呼びかける私も何処かで分かっていた。
理解して、しまっていた。
ぐったりと倒れ伏したままの彼がもう助からないということを。
359
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 23:01:05 ID:iJgDDcdQ0
だって。
リパ -ノゝ「…………まったく。左目も見えず、右手も自由に動かないのでは上手く人も殺せません、」
あそこにいる女は――死神なのだから。
さながら底なし沼。
一度飲まれたが最後、二度と出ることは叶わない。
罪が消えないことを暗示するような、そんな。
(# ;;-)「殺すことは……なかったでしょう……。何も、殺すことは……」
リパ -ノゝ「…………今回で三人目だったそうです。呪殺という手段の悪辣さを見れば死刑は妥当だというのがこちらの判断です、」
(# ;;-)「っ!」
360
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 23:02:06 ID:iJgDDcdQ0
女の言葉が終わるのも待たずでぃちゃんは勢い良く竹刀袋から日本刀を取り出し、抜き放って構える。
両の瞳が猫そのままに縦に裂け、狐火のような呪力が渦を巻く。
リパ -ノゝ「………………やりますか?」
対し、長刀を構えることさえしない女は相変わらずの朴訥な口調で続けた。
リパ -ノゝ「…………私としては構いませんが、人斬りに殺意を向けるというのがどういう意味かはご存知ですよね、」
:(# ;;-):「……っ」
(,,-Д-)「でぃちゃん」
:(# ;;-):「でも、私は……っ!」
(,, Д)「―――でぃちゃん!」
カラン、と。
ギコさんに乱暴に肩を掴まれ揺すられて、その手から刀が落ちた。
そして崩れ落ちるようにでぃちゃん自身も膝をつく。
361
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 23:03:05 ID:iJgDDcdQ0
威嚇のような、嗚咽のような。
唸り声を残して。
リパ -ノゝ「…………何かご用件がある場合は最寄りの窓口までどうぞ、」
そうして彼女は罪人に背を向け。
一瞬だけ、ちらりと倒れたままの熊谷さんを見て。
リハ -ノゝ「………………見積もって後二分。遺言はご自由に、」
それだけを言って、そして。
リパ -ノゝ「それでは運が悪ければまたお遭いしましょう」
もう二度と会わないことを私は祈っています、と。
そんな風な一言を言い残し、刀も納めぬままで去っていった。
362
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 23:04:05 ID:iJgDDcdQ0
【―― 9 ――】
因果応報……だよな
そんなことない
だって、ちゃんと後悔して、反省してたじゃん
関係ないって
それに聞いただろう?
もう、三人目だから……
……それでも
それでも、だよ
何人とかは関係ないよ、やり直そうと思えたら……
駄目だって、もう
いや最初から駄目だったのかな……
363
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 23:05:14 ID:iJgDDcdQ0
そんなことない
そんなこと、絶対ないから
水無月
お前は勘違いしてるよ
俺はそんなにいい奴じゃないんだよ
大丹生もな
こうして殺されることになって良かったかもしれない
全部お前に知られずに済むんだから
お前にもなつるにも、話さないでいいんだから
…………
「どうして」とか「なんで」とか訊くな
知るとお前が傷つくだけだ
アイツは死んだ、俺も死ぬ……それでいいじゃないか
良くないよ
364
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 23:06:13 ID:iJgDDcdQ0
いいんだよ
俺達のことなんてさっさと忘れろ
忘れるなんてできないよ
だって
二人がどんなに悪い奴だったとしても、私達にとっては優しい先輩だったんだよ?
私達にとってはただの素敵な先輩だったんだよ?
忘れられるわけないじゃん
それでも忘れろ
無理してでもいいから忘れろ
…………
ああ、そろそろか
目蓋が重い
眠くなってきた……
365
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 23:07:05 ID:iJgDDcdQ0
最後だから言っといてやるけどな、俺はお前のこと憎からず思ってたよ
なつるも同じだ
いっつも馬鹿にして酷いこと言って……悪かったな
気にして、ないよ……
……そっか
安心した―――
………………熊谷さん?
.
366
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 23:08:04 ID:iJgDDcdQ0
【―― 10 ――】
ミセ* ー)リ「…………そうだよね」
なんで忘れていたんだろう。
なんで覚えていられなかったんだろう。
こんな――当たり前なことを。
ミセ* ー)リ「人が死ぬと、悲しいんだ」
恋人が死ぬのも。
親友が死ぬのも。
先輩が死ぬのも。
たとえ、ほんの一年くらいの付き合いの奴でも。
一度言葉を交わした誰かと二度と会えなくなるのは悲しいんだ。
367
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 23:09:04 ID:iJgDDcdQ0
ミセ* ー)リ「バッカみたいだよねー……私」
そのことをちゃんと覚えていられたら。
そしたら、もっと。
……もっと?
どうしたって言うんだ。
どうすれば良かったんだろう。
分からない。
ああ、でも。
ミセ* ー)リ「…………いいよね」
考える時間は、ある。
いくらでも。
これからの人生全てがその時間。
368
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 23:10:04 ID:iJgDDcdQ0
だから、さ……。
ミセ*;ー;)リ「今だけは、何も考えずに泣いても……いいよね……?」
夕陽に照らされる世界。
本当に世のことはままならないんだなあ、なんて。
当たり前なことを思いながら、日が沈み切るまで私は子供のように泣いていた。
名前も知らない川辺では芹が静かに揺れていた。
【――――そこまで。第五問、終わり】
369
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 23:11:10 ID:iJgDDcdQ0
この話の原案を書いたのは多分一年以上前なんですが、冷静に読み返してみると色々な作品から影響受けてるなーと思います。
今期でやってる作品では『空の境界』のあるシーンを思い出させるような……というかミセリが諸に引用してますね、劇中の台詞を。
第五話はこれで終わりです。
一応。
この続きはまた近いうちに投下したいと思います。
370
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 23:16:30 ID:Feu6dmxM0
乙
一応ってことは続くのな、最初の天使のシーンも気になる
371
:
名も無きAAのようです
:2013/07/06(土) 23:27:16 ID:6fiERVXY0
乙
続き待ってる。
372
:
名も無きAAのようです
:2013/07/07(日) 00:06:08 ID:KgUxIeKQO
雪最高!雪最低!
乙。
373
:
名も無きAAのようです
:2013/07/07(日) 03:05:36 ID:FOBxL5ZQ0
【―― 11 ――】
学校の屋上だった。
時刻にして六時半過ぎだった。
二人の人間。
ぼくと――その人。
そして見透かしたような笑みで、会長は告げる。
「――――犯人は、お前だ」
……ぼくは。
逃避も。
弁解も。
謝絶も。
374
:
名も無きAAのようです
:2013/07/07(日) 03:06:20 ID:FOBxL5ZQ0
無意味で。
無駄で。
無価値だと知りながらも、それでも。
精一杯の虚勢。
やっとのことでいつもの笑みを作って返事をした。
*(‘‘)*「私が? 何の犯人だって?」
会長は微笑んだままだ。
憎らしいほどに整った顔立ちは今日は素直に不愉快だ。
「この期に及んでよく言うね」
375
:
名も無きAAのようです
:2013/07/07(日) 03:07:03 ID:FOBxL5ZQ0
まったくだ。
自分でもそう思う。
「まさに『言わせんな、恥ずかしい』だよ――沢近さん」
微笑を嘲笑に変えて会長は続けた。
「君が軽音部の部長のナントカ君――自分の彼氏を殺した犯人だって、僕は言っているんだよ?」
.
376
:
名も無きAAのようです
:2013/07/07(日) 03:08:02 ID:FOBxL5ZQ0
【―― 12 ――】
はあ?
被害者の彼女が犯人?
俺と同じく大学から研修にやってきていた友人、病葉トソン。
この名探偵気取りの女子はあの呪いによって引き起こされた殺人事件の犯人は二人いたと言った。
一人目はもちろんあの蛇を遣わした人間で、そしてもう一人が―――被害者の彼女。
ぶっちゃけよく顔も覚えていないあの少女が……犯人?
(-、-トソン「プギャーさん、これは推理小説読みとしては当たり前な教養みたいなものなのですが……」
(;^Д^)「はあ」
(゚、゚トソン「『密室殺人』というものが物語で出てくる際に一番着目すべきなのは、言わずもがな『密室を作って得をする人間は誰なのか』なんです」
( ^Д^)「それは……そうでしょうよ」
少し考えてみれば分かることだが、そもそも普通は密室なんて作らない方が良いのだ。
だって、そりゃそうだろう。
密室の中で誰かが死んでいる状況――事件性がないわけがない。
377
:
名も無きAAのようです
:2013/07/07(日) 03:09:03 ID:FOBxL5ZQ0
室内で誰かが死んでいて、その部屋の窓が開いていたなら外部犯や物取りの犯行と考えることができる。
だがそこが完全な密室の場合はそうはいかない。
要するに『見るからに事件っぽい』のである。
( ^Д^)「でもですよトソさん。今回の場合は結果的に密室になってるだけで、別に密室でもなんでもないじゃないスか」
(-、-トソン「はい。部員全員が一つずつ鍵を――“with me(今持っている)”でこそないですが“have(所有している)”の意味では――持っていたわけですからね」
でもだからこそですよ、と彼女は続ける。
(゚、゚トソン「たとえばあそこで他の部員の子どちらかが鍵を持っていた場合、持っていない女の子はまず疑われずに済むでしょう?」
(;^Д^)「あー……まあ」
結果的にどちらも持っていなかったから意味がなかったが、まあ確かにそうだ。
そうだけど……。
378
:
名も無きAAのようです
:2013/07/07(日) 03:09:53 ID:FOBxL5ZQ0
(-、-トソン「おそらくは部長の子が受けていた嫌がらせも彼女の仕業でしょうね。部屋に閉じ篭りたくなるように仕向けたんですよ」
( ^Д^)「いや、だとしても。だとしてもですよ? 今回の事件は呪いによるものじゃないですか」
(゚、゚トソン「蛇はいましたね」
( ^Д^)「まさかその女の子が憑きもの筋の人間を唆したー、とか言いませんよね?」
それもあるかもしれませんが、と彼女は一旦言葉を切って。
そして、もっと確実で直接的な方法も並行して行われていますよ、なんて微笑みながら言う。
(゚ー゚トソン「ところでプギャーさん。私、あと一つ二つ用事が終われば今日は帰りなんですが、何か食べに行きませんか? ユッケとか」
(;^Д^)「はぁ? いや、俺ユッケ食べたことなくて……」
それ以前に、なんかいきなり話飛んだぞ。
(-、-トソン「ならば是非とも食べに行きましょう。きっと美味しいですよ」
379
:
名も無きAAのようです
:2013/07/07(日) 03:11:02 ID:FOBxL5ZQ0
( ^Д^)「“きっと”?」
(゚、゚トソン「私は食べたことありませんからね。そして今日も食べるつもりはありません。もう沈静化しましたが、一時期危ないと言われていましたし」
(;^Д^)「っ――じゃあなんで誘ったんスか!? 無責任だn(-、-トソン「……そういうことですよ」
もう一度彼女は繰り返す。
ゆっくりと。
言葉を噛み締めるように「そういうことですよ」と。
(゚、゚トソン「多分、あの女の子はそういうことを繰り返していたんです」
そういうことを。
何を?
(-、-トソン「プギャーさん。『未必の故意』――という言葉をご存知ですか?」
380
:
名も無きAAのようです
:2013/07/07(日) 03:12:03 ID:FOBxL5ZQ0
【―― 13 ――】
「知っての通り、僕は生徒会長なんだけど」
*(‘‘)*「その生徒会長さんは今日の部活はどうしたんですか? 弓道部でしたよね、確か」
「今日は休みの日だよ――って、もー口を挟まないでよね」
随分と勝手なことを言ってから、会長は「でね」と閑話休題をする。
子供らしい所作。
「僕は生徒会長に就任した時に――つまり去年の秋に――視察として一度全部の部活を見て回ったんだよ」
それは……初耳だ。
『一人生徒会』というアダ名は伊達ではないらしく、この会長は呼ばれる通りに一人で生徒会だったらしい。
たった一人で全ての生徒会活動をほぼ完璧と言えるレベルで執行している。
この学校では基本的に春と秋の二回に生徒会選挙があり、別名『歩く校則』のコイツは今は二期目。
去年の秋ならおそらく就任直後のことだから、予算編成の為だったのだろう。
「それで、今日も一度見てきた」
381
:
名も無きAAのようです
:2013/07/07(日) 03:13:03 ID:FOBxL5ZQ0
会長は微笑みながら続ける。
「いつの間にか随分と綺麗になってて……模様替えでもしたのかと思っちゃったよ」
*(‘‘)*「…………」
「聞いた話だと君がしたんだってね、大掃除。彼氏が部長だからってそんなに頑張ることもないと思うんだけど」
ぼくが、した。
あの部室の掃除。
「お疲れ様。それで一つ訊きたいんだけどさ……」
小首を傾げ、そして。
「―――どぉして君は部室をあんな風にしたのかな?」
382
:
名も無きAAのようです
:2013/07/07(日) 03:14:02 ID:FOBxL5ZQ0
【―― 14 ――】
『未必の故意』――とは法学上の用語で、結果の実現が不確実ながらそれを容認した状態のこと、だ。
それだけではイマイチ伝わりづらいが、俺がこの知識を仕入れた時と同じように――つまりは推理小説風に説明すれば幾らか分かりやすくなるだろうか。
――踵の折れやすくなったヒールを履かせること。
――落ちやすそうな場所に連れていくこと。
――食中毒になりそうな食べ物を冷蔵庫の中に置いておくこと。
そういった風に、必ず起こる犯罪結果ではないけれど恣意的にそれを行い、また起こりうる結果を容認したことを「未必の故意」なんて呼ぶ。
あるいはもっと直接的に『未必の殺意』と。
狙った相手が死ぬ確率を高めることによって長期的に、偶然を作用させて殺人を成功させること。
こういう犯罪は犯人を捕まえることどころか犯罪として立証すること自体が難しい。
だってヒールをプレゼントすることもデートで高台に行くことも相手の家に賞味期限の切れそうな食品を置いておくことも、どれも犯罪ではないし、故意かどうか分からないのだから。
蓋然性犯罪やプロバビリティーの犯罪と呼ばれる「殺意の証明が極端に難しい殺人行為」――完全犯罪に最も近い殺人。
(-、-トソン「―――たとえば、」
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