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ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです

383名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:15:03 ID:FOBxL5ZQ0

 トソさんは、語る。


(゚、゚トソン「どうしてアンプはあんな所に置いてあったんでしょうね? あそこに置いちゃうとソファーに座った時に足が伸ばせないのに」

( ^Д^)「どうしてって……座ってベースを弾きたかったんじゃないですか?」

(-、-トソン「なら、アンプ自体に座って練習すればいいじゃないですか。実際プロのミュージシャンなどはよくそうしていますよ」


 楽器が置いてあったのは向かって左側だった。
 なのに何故アンプだけはソファーの前に置いてあったのか。


(゚、゚トソン「他にも――ティーセット。どうしてあんな高い場所に収納してあったんでしょう」


 女性にしては身長の高いトソさんでも、頭の位置。
 百七十センチ近くある彼女が踏み台に乗って、やっと安定して取れるような場所に割れやすいカップを収納していた理由。


(;^Д^)「う……でも、俺の家も食器は割と高い位置にありますし」

(-、-トソン「そうですね。ですが私がカップを仕舞うとしたらまず間違いなく出入り口近くのケトルが置いてある棚にすると思いますけどね」

384名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:16:01 ID:FOBxL5ZQ0

 そう言えば、ケトルは扉のすぐ横の小さい棚の上だった。
 その棚に何があったのかは覚えていないが、でも確かにあの棚に収納した方が勝手が良い。 


(゚、゚トソン「あとは机もおかしいですよ。あの大きさの部室に長机を、それも真ん中に二つ並べて置いちゃったら、多分練習の度に机を端に寄せることになります」

( ^Д^)「そう言えばちょっと狭かったような……」

(゚ー゚トソン「カップと一緒に置いてあったチョコの瓶だって毎日食べると分かってるんだから机の上にでも置いておけばいいのに。ね?」


 そうでないならば、せめて一番下の棚に置けば良い。
 今はまだ大丈夫だろうが……夏になれば、熱は上に溜まりやすいのだから、あんな高所にあるとすぐに傷んでしまうだろう。
 普通、お菓子は涼しい場所に仕舞う。

 流し台の下にある戸棚とか、そこら辺にだ。


(-、-トソン「一番おかしいのはあの踏み台ですよ。ただでさえ狭い部室で、どうしてパイプ椅子がそこにあるのに、壊れそうな古い踏み台が必要だったのか」


 一々椅子を動かすのが面倒だったのかもしれない。
 だから踏み台を持ってきた。
 だが面倒ならわざわざステップが必要な場所に普段使うものを置かなければ良い。

385名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:17:02 ID:FOBxL5ZQ0

 ……不必要だ。
 あんな、体重の軽いトソさんが乗っても軋むような、危ない踏み台は。

 何処かから持って来る必要なんてなかった。


(゚、゚トソン「あれが部員全員での大掃除の結果でああなっているのなら、『頭が悪いなあ』という笑い話で済むんです」


 少し不便で。
 結構危ないけれど。
 別に使えないわけではないのだから。

 だけど―――。



(^ー^トソン「あの部室の模様替えが誰か一人によるものだった場合――『踏み台に乗っている時にバランスを崩して机かアンプに頭をぶつけて死んでくれ』と、言わないばかりじゃないですか?」



 それが一人の手によるものならば。
 そこには明らかに殺意があった。

386名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:18:02 ID:FOBxL5ZQ0
【―― 15 ――】


 故意の不在証明。
 殺意の不在証明。


*(‘‘)*「……そうね。掃除したのは私だし、配置を変えたのも私だよ」


 だけど。
 殺意も故意も――あったことは証明できない。

 それが恣意的な行為であることは、誰も。


*(‘‘)*「けどそれはそれだけの行為でしかないし、第一そこまで上手くいくとは思えないよ」

「……そうだね」


 手近な場所に硬いものを置いておいたとして。
 踏み台が古いものだったとして。
 そして何より、それらが全て殺意によるものだったとして。

 狙った相手が丁度よい具合にバランスを崩して頭を打つだなんて、そんな都合の良いことが起こるだろうか?

387名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:19:11 ID:FOBxL5ZQ0

「三人の部員の中で君の彼氏は一番小柄だから踏み台を使う確率は一番高い」

*(‘‘)*「大柄な熊谷君ならまだしも、なつる君だって百七十くらいだから横着しなければ踏み台は使うと思うけど?」

「それもその通りだよ」


 会長はずっと笑ったままだ。
 にやにやと。
 へらへらと。

 ……気持ちが悪い。
 吐きそうだ。

 事件の話をしていたら吐き気がぶり返してきたらしい……。


*(‘‘)*「それだけならもう帰っていい? ちょっと具合が悪くって……」

「うん、だろうね。恋人が死んじゃったんだから」


 だけど、と言って会長は続けた。


「その前に――その、君の近くに置いてある僕の鞄を取ってくれないかな?」

388名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:20:03 ID:FOBxL5ZQ0
【―― 16 ――】


 そうかもしれない、と思う。
 あの部屋の掃除をした彼女ならわざと危険な配置にすることはできた。

 けれど「出来過ぎだろ」とも思うのだ。


( ^Д^)「いや今話してくれたことはそれっぽいですけど、ちょっと説得力が足りませんね」

(゚ー゚トソン「そうですか?」


 てっきり言い返すと思っていたが、トソさんは簡単に引き下がった。
 代わりに、


(-、-トソン「話は少し逸れますが……そこにある私の鞄を取ってくれませんか?」


 と言った。

389名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:21:02 ID:FOBxL5ZQ0

( ^Д^)「え? ああ、いいっスけど」


 特に断る理由もなかったので、足元に置いてあった彼女のバッグ。
 何故か俺の足元に置いてあるそれを俺は「なんで廊下でずっと話し込んでるんだろうなあ」とか「もう薄暗くなってきたなあ」とか思いつつ持ち上げ。

 その瞬間に、思わず小首を傾げた。


( ^Д^)「……ん?」


 それなりに膨らんでいる肩掛けの鞄。
 なのに、妙に軽い。
 拍子抜けしたというか、驚いてしまった。


(-、-トソン「―――驚きますよね、そういう時って」

(;^Д^)「え?」

(゚、゚トソン「中身が入っていると思ったものを持ち上げて、それが思いの外軽かったり重かったりした時」

390名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:22:10 ID:FOBxL5ZQ0

 水が入ってると思って空のヤカンを持ち上げてしまった時のような、そんな。
 

(-、-トソン「さて、では」


 この鞄が、もしも。
 あの部室にあったアレが、もしも。

 自分のものだったとしたら――俺はどうしただろう。



(゚、゚トソン「もしもその鞄が自分のものだったとしたら――あなたはどうしましたか?」



 入っているはずのものが入っていないということ。
 きっと俺は――いや大抵の人は。 
 今のように小首を傾げて、機嫌が悪い時なら舌打ちでもしながら、すぐに中身を見るだろう。

 “たとえそこが不安定な踏み台の上であっても”―――。

391名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:23:14 ID:FOBxL5ZQ0
【―― 17 ――】


「…………そうだよ。今君がそうだったように、驚いちゃうんだよね」

*(;‘‘)*「っ……」


 ああ――決まりだ。
 この人は、全部見抜いている。

 ぼくの様子がおかしいとか、ぼくの過去がどうだとか、そういう理由じゃない。
 ぼくがやった仕掛けのことを見抜き、だからこそ犯人だと言ったんだ。


「どうしてあの日、あの時の現場にはガラスの破片があったのにチョコは一つもなかったのか」


 気持ち悪い。
 気持ち悪い。

 キモチワルイ。

392名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:24:05 ID:FOBxL5ZQ0

「まさか、誰かが食べちゃったのかな? そう言えば出血も少なかったよね?」


 全身が震える。
 小刻みに。
 必死に平静を保ってきたのにここに来て……!

 くそ……っ。
 落ち着け、大丈夫だから。

 その仕掛けがそうだったとしても―――。


「結局ね、あの曇りガラスの瓶の中には最初からチョコは入ってなくて、だから―――」

*(#‘‘)*「いい加減にしなさいよ!!」


 誤魔化せ。
 はぐらかせ。
 証拠なんて何処にもないんだから、逆切れして有耶無耶にしてしまえば済むことだ―――!

393名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:25:03 ID:FOBxL5ZQ0

*(#‘‘)*「チョコを抜いたのが私だって、どうして証明できるって言うの!?」

「……できないよ」

*(#‘‘)*「できないでしょ!? アンタの話は所詮推測だ!!」

「……うん」

*(#‘‘)*「彼が転んで頭を打ったのだって蜂が彼を刺したのだって――私が関わっていた証拠なんてない!!」


 ―――そこまで啖呵を切ったところで唐突に会長は笑い出した。
 弾けたように、思い切り良く。



「あはははっ! あはっ、はははっ!! あははははははっ!!!」



 滑稽だと言わんばかりの。
 おかしくて仕方がないと言うような。

394名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:26:10 ID:FOBxL5ZQ0

 哄笑。
 巧笑。
 世界の果てまで響くような悪魔の如き笑い声―――。


*(#‘‘)*「何がおかしいって言うの!!?」

「はははっ! まだ気がつかないのかなぁ!?」


 指を指して、笑われる。
 心底馬鹿にしたように嘲笑われる。


「ねぇ、沢近さん……いくらなんでも昨日の今日で事故が報道されたりなんか、しないよねぇ? いやしちゃうのかなあ?」

*(#‘‘)*「は……?」

「まだ警察もいちおー調査中だし? 先生達だって、生徒を刺激しないように言われてるだろうし……ねぇ?」


 気持ち悪い。
 気持ち悪い。

395名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:27:17 ID:FOBxL5ZQ0

 何が言いたいんだ、コイツは―――!?


「良いこと教えてあげよっか♪」


 そうして悪魔のように好戦的で、天使のように蠱惑的で、人間のように狂気的な満面の笑みを湛えたソイツが言った。




「君の彼氏の死因はね、スズメバチに刺されたことによるアナフィラキシーショックなんかじゃなく――原因不明の内臓破裂らしいよ?」




*(;‘‘)*「え……?」

「内蔵がぐしゃぐしゃになっててね、それで血圧が下がってショック状態になったんだって。頭からの出血もあったしね」


 嘘……?
 嘘だそんな。

396名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:28:07 ID:FOBxL5ZQ0

 そんな馬鹿な。


「ねぇ、じゃあ犯人じゃない沢近さん。君さっき『蜂が彼を刺したのだって〜〜』って言ってたけど……何処から蜂なんて要素が出てきたの?」

*(;‘‘)*「あ……う……」

「あははっ。新聞で見たとか言わないでよ? 刺してない以上そんなこと報道されるわけないし」

*(;‘‘)*「それは……あ、ま、窓を割った時に……逃げてくのが、見えて…………」

「へぇ? ああ、そっか。蜂を逃がす為に割った窓はそういう風な言い訳にも使えるんだ、なるほどぉ――でもさ、」


 気持ち悪い。
 気持ち悪い。


「一般的に蜂が活動するのは秋で、スズメバチが羽化するのは早くても七月の終わりくらいらしいよ? 今梅雨入り前なんだけど……どぉ思う?」


 ……いるはずがない。
 野生の蜂なんているはずがないんだ。

397名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:29:22 ID:FOBxL5ZQ0

 あ、う……あ……。


「残念だったねー、沢近さん。毎日消費期限が切れかけの食品を使ったお弁当を作ってきて、フグとかサバとか当たればヤバいものを食べに行ったりして」

*(;‘‘)*「あ、ああ……」

「学校歩く時だって湿気て滑りやすいところとか……あ、彼がよく通る階段近くに雑巾置いたりもしてたよね?」

:*(;‘‘)*:「うあ、あああ……」

「極めつけは香水だよー。香水って蜂の警報フェロモンと同じ成分が含まれてることがあるらしいけど、効果なかったねっ♪」

*(; )*「―――うわああああああっ!!!」


 気持ち悪い。
 気持ち悪い。
 気持ち悪い気持ち悪いキモチワルイ―――!

 違う違う違ぼくはあんな奴どうでも良くて違う違うただの仇で違う違う違う違うそうじゃない、違う―――!!

398名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:30:03 ID:FOBxL5ZQ0

 屋上の扉を開けて。
 嘲笑を背に走る。
 階段を落ちるように降りて。
 逃げ惑うように走り。
 転んで。
 すぐに立ち上がって。
 必死で。
 走って。
 廊下のその角を曲がって―――。


*(;‘‘)*「―――きゃっ!?」

(^ー^トソン「おや、大丈夫ですか? 廊下を走ると危ないですよ?」


 踵を返す。
 反対方向に。
 走る。
 謝りもせず。
 あれは誰だっけ。
 ぼくは誰だっけ。
 何がしたかったんだっけ。

399名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:31:02 ID:FOBxL5ZQ0

 走る。
 気持ちが悪い。
 吐きそう。
 垂れた涎が余計に不快感を煽る。
 廊下を曲がる。
 階段。
 早く帰らないと。
 何処に?
 家に?
 何をしに?

 ―――その時。




*(;‘‘)*「…………えっ?」




 何かを、踏んで。
 それで滑って。

 え嘘でsy

400名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:32:05 ID:FOBxL5ZQ0
【―― 0 ――】


「―――あははっ♪ 人間の首って、階段から落ちただけでもあんなに曲がっちゃうんだねっ」


 首をあらぬ方向に曲げた後輩を見て愉しそうに笑う生徒会長。
 それに僅かな恐怖を覚えながらも「ああアレは無理だ」なんて冷静に分析している自分がいて。

 本当に、もう。
 何年経とうが何処にいようが何をしていようが。
 どうやら私の本質はずっと変わらず人でなしの人殺しであるらしい。

 それは吐き気のするような醜悪な事実だけれど――でももう受け入れたことだ。
 私は人を殺さない殺人鬼、それだけだ。


(-、-トソン「(まあ、それで分かったわけですし……)」


 少し前に、校門でこの子を見た時に分かった。
 「ああ、人を殺そうとしているんだな」ってなんとなく。

401名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:33:06 ID:FOBxL5ZQ0

 相も変わらず、私はそういう類の人間を直感的に分かってしまうらしい。
 だから『鬼札』だの『死神』だのと呼ばれている。
 名探偵にならない限りは必要のない、人の悪意を感じ取る技術。
 あの蛇を遣わした男の子もそこそこの憎悪を持っていたみたいだけど、どうなったんだろうか。

 ま、どうでもいいか。


(゚、゚トソン「しかし、何を言ったんですか。この子さっき出会った時半狂乱でしたよ」

「あは♪ 何も言ってないよ――言う前にどっか行っちゃったし」


 一つの理由もなく、僅かな決意もなく、あらゆる過去もなく、万別の大義もなく、あるべき意識もない。
 屈託のない、あどけない笑みを漏らして。


(-、-トソン「どうせ酷いことを言ったんでしょう。知っていますか? 犯罪者にも人権というものがあって……」

「わざわざこっちに誘導した君に言われなくないけどね」

(゚、゚トソン「…………」

「酷いことするよね、わざわざトラップが仕掛けられたままの階段に行くように仕向けるなんてさ」

402名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:34:03 ID:FOBxL5ZQ0

 確かに―――。
 私があそこにいなければ……いや、いたとしても廊下の途中だったなら、彼女は普通に私の横を通り過ぎていただろう。
 けど曲がり角で出合い頭にぶつかってしまって、つい方向を変えてしまった。

 それで自分の仕掛けた罠に引っかかり、こうして死ぬことになった。
 だからそこの彼女がこうなっているのは私のせいもあるかもしれない。



(-、-トソン「ですが――それこそ殺意の不在証明、未必の故意ですよ。私は歩いていただけなんだから」



 歩いているだけで罪ならば、人間は皆犯罪者だ。 
 歩いているだけで人を殺してしまうことはあるだろうけれど、やっぱりそれは罪に問われない。

 「人を殺したい」と思いながら歩いていたとしてもそれは同じくだろう。


(-、-トソン「……それに、それを言うならわざわざここだけ雑巾を置いたままにしたあなたも相当悪辣です」

「偶然だよ。こういうことは結構な頻度であるから僕だって回収し切れないんだ。保健委員会の清掃部門や掃除婦さんも仕事してくれてるんだケド……」

403名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:35:04 ID:FOBxL5ZQ0

 僕も見回りは毎日してるんだけど、と呟くように言う。
 思えば私の高校でもたまにゴミが落ちていたりしたけれど、いつだっていつの間にかなくなっていた。
 生徒会の人が拾ってくれていたのだろうか。

 もしそうならば私は知らず知らずのうちに守られていたことになる。
 階下で目を見開き横たわっている彼女が示してくれたように、人間が死ぬ可能性は何処にでもあるのだから。


(゚、゚トソン「……そうだ」


 ふと思い、腕時計を見て時間を確認する。
 まだもう少しあの友人には待っていてもらうことにしよう。


(゚、゚トソン「会長さん、そもそもあなたは人を殺すことをどう思いますか?」

「え?」


 あのミセリという子にもした質問。

 蛇を遣わしたあの子なら、どう答えただろうか。
 そして死を世界に望んだあの子なら、どう答えたのだろうか。

404名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:36:03 ID:FOBxL5ZQ0

「人を殺すということは人を殺すということでしかないと思うケド……『誰かの世界が狭くなること』くらいじゃないかな?」

(-、-トソン「なるほど。そうかもしれませんね」


 誰だって、誰かの世界を構成する一要素。
 意味合いは違えど、一つの欠片。

 人と出会う度に個人の世界は否応なしに広がって、別れを経験する度にその世界は狭くなる。
 少しずつ、少しずつ。

 彼がいなくなって。
 彼女がいなくなって。
 彼や彼女を知る誰かはどう思うのだろうか。

 ミセリという優しい少女は大丈夫だろうかと少しだけ気になった。


「んじゃ、僕からも質問なんだけどね」

(゚、゚トソン「はい」

「もし君がそこの女の子を殺すとしたら、それはどうして?」

405名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:37:11 ID:FOBxL5ZQ0

 殺すとしたら、か。

 人を殺そうとした罪に対する罰、そんなものでは勿論ないのだろう。
 私は人が人を殺すことを容認している。
 それはコミュニケーションの最小で同時に最大、人間が人間である為に欠かすことのできないものだから。

 でも―――。


(-、-トソン「私達はこの学校の授業を見学させてもらったりもしていました。私が主に交流したのは三年生のクラス……理系進学科の子達で、」


 そして、そのクラスには。
 アキレス腱が切れたせいで選手生命が絶たれた生徒がいた。

 それは階段から落ちたせいらしくて、だから。


(゚、゚トソン「私は一生懸命な人が好きです。それはなんでも――たとえ憎しみによる殺人行為だとしても」


 けど。

406名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:38:03 ID:FOBxL5ZQ0


(-、-トソン「それがなんであれ、自分の為だけに無関係な他人を犠牲にしても良いと思っているような人間は……大嫌いなんですよ」



 私がそこの女の子を殺すとすれば。
 きっとそんな些細な、けれど重大な理由なのだ。


「……ふぅん、そう」


 会長さんは満足気に笑った。
 今までの蠱惑的で悪魔の笑みではなく、思わず漏れてしまったような清々しい笑みだった。
 可愛らしい、笑顔だった。

 もう一度、腕時計を見た。
 ……いい加減友人を待たせておくのも悪い。


(゚、゚トソン「では私は失礼します。あとはよろしくお願いしますね、会長さん」

「んー……あ、最後に二つだけ教えてよ」

407名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:39:04 ID:FOBxL5ZQ0

 そして小首を傾げてその子は言った。



「どう考えても殺す為だけの関係だったのに、なんでそこの女の子は――――あの時、あんなに悲しそうな顔をしてたのかなぁ……」



(、 トソン「……それは、」


 それは――きっと。

 たとえ、復讐の為の偽りの愛だったとしても。
 それが恋ではなく、故意でしかなかったとしても。


(-、-トソン「きっと分からなくなっちゃったんですよ――好きなのか、嫌いなのか」

「……え?」


 閉じた世界の彼女の恋。
 彼女は起こりうる結末を容認していたのだろうか。

 ―――密室の恋を。

408名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:40:10 ID:FOBxL5ZQ0

(゚、゚トソン「最初は殺す為に近づいたのに、ずっと同じ時間を過ごすうちに……好きになっちゃったんですよ、きっと」


 あの沢近という子が行ったのはプロバビリティーの犯罪だ。
 スズメバチを仕込むだなんて殺意が疑われる行動なんてしなくても続けていけばいつかは目標を達成できたはずなのだ。
 それなのに何故、危険を犯してまで直接的な方法を取ったのか。

 それは多分、彼に早く死んで欲しかったから。
 時間が経つと憎しみが薄らいで、時を経るごとに好きな気持ちが強くなってしまうから。

 きっと彼女自身は分かってなかった。
 最後まで。
 だけど私はそう思うのだ。


「そんなこと、ありえるの?」

(-、-トソン「ありえますよ」


 自分の心なんてものは自分が思っているほどには思い通りにならないものなのだ。
 特に恋の場面では。

 私はそれをよく知っている。

409名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:41:10 ID:FOBxL5ZQ0

 そうだ、誰だって誰かの世界を構成する一要素。
 人は一面的な存在ではなく、どこまでもどうしようもなく多面的な存在。

 ならば憎いはずの仇の違う面を好きになることも――あるだろう。

 あってしまうだろう。
 それが不幸なのか幸福なのかは分からないけれど。
 分かりようが、ないけれど。


「ふぅん……。結局世の中はままならないんだね」

(-ー-トソン「そうですね」


 本当に、この世の中は。
 人を馬鹿にしてるみたいに、上手くいかない。


(゚、゚トソン「それでもう一つの質問は? なんですか?」

「ああ、それはついで。時間気にしてたみたいだけど今から何処行くのかなー、って」

410名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:42:05 ID:FOBxL5ZQ0

 なんだ、そんなことか。




(-、-トソン「―――今から友達と夕御飯を食べに行くんですよ。焼肉屋に、ユッケを」

「…………え。君、死体を見た後に焼肉って……図太いって言うか――罰当たりだね」




 放っておいてくれ。






【――――第五問、本当に終わり】

411名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:43:07 ID:FOBxL5ZQ0


 「心すら 心に叶ふ ものならず」


【歌意】
(「心に叶う」なんて言い回しがあるけれど)この心でさえも、私自身の思い通りになるものではないのだ。

【語法文法】
『心』は現代語と同じように主に「精神」「感情」を意味する。
続く『すら』は類推や強調の意味の副助詞。今回は「…でさえも」という風に強調として訳している。
『心に叶ふ』は『心(名詞)』『に(格助詞)』『叶ふ(ハ行四段活用の動詞)』なのだが、一つのフレーズとして覚えてしまえば良い。
これは「思い通りになる」「思うままにできる」という意味である。
次の『もの』はそのまま「物」として良いだろう。
最後の『ならぬ』は断定の助動詞『なり』の未然形に打消の助動詞『ず』の終止形が付いたもの。
古文での「なり」の識別は難しいが、体言若しくは連体形に接続されているものは十中八九断定の「なり」である。
今回の場合だと「だ・である(断定)」+「ない(打消)」で「ものではない」ということ。

【特記】
参考にした歌は前回と同じく離別歌「命だに 心にかなふ ものならば なにか別れの かなしからまし」。
正確には、この歌を知り作者が抱いた感想を二つに分けたものが四話と五話の和歌もどきである。

私達は「思い通りになる」なんて言い回しを当たり前に使うが、考えてみれば、自分の思いこそが最も思い通りにならないものなのかもしれない。
百人一首に納められた和歌の多くは悲恋を詠ったものである。
恋をしてはいけない相手に恋をせずにいられたならば、恋の歌がこんなにも多く現代にまで残ることはなかっただろう。

412名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 03:44:04 ID:FOBxL5ZQ0

『天使と悪魔と人間と、』とのリンクネタ。
・この話でトソンが触れている「水川芹亜」という少女が、向こうの第十話でハルトシュラーが持っていた写真に写っている先輩。
・トソンが非情なのはその水川芹亜の調子が悪くなっているから。「生きたくても生きられない人もいるのに、無関係な人を巻き込んでも構わないなんてふざけるな」ということ。
・彼女が話した「アキレス腱が切れたせいで選手生命が絶たれた生徒」が神宮拙下(ハロー=エルシール)。


というわけで『怪異の由々しき問題集』第五話でした。
この作品には希望を持たせた終わり方をする向こうとは違って、結構切なかったり辛かったりする結末の話が多い気がします。



あ、二話連続でエロがなかったので、要望が多ければ追加で書きます

413名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 04:23:36 ID:.YO4ntNw0

トソンの神経は図太いな。
行動をすれば何らかの形で結果として帰ってくる。今回の場合は悪因悪果。
罪を受け入れてやり直すことも許されない。
そう考えるとやるせないです。

414名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 10:43:16 ID:YjiWjqz60
書いて欲しいぶひ

415名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 22:00:04 ID:v/c0oOhY0
おつ
上手く言えないけどひきこまれるんだよなぁ
エロまってますよ

416名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 22:47:05 ID:y7jAf2Vw0
わっふるわっふる!

417名も無きAAのようです:2013/07/07(日) 23:43:59 ID:KgUxIeKQO
色なしさんがエロ書きたいなら、書けば良いと思うけど、
色なしさんの作品のキャラはエロで見て、素敵に見えるタイプではない気がする
エロが見えない方が結果的にエロく見える感じと云うか

418名も無きAAのようです:2013/07/10(水) 00:26:01 ID:awHQ3Esk0



 第四問&第五問。
 模範解答。



.

419名も無きAAのようです:2013/07/10(水) 00:27:11 ID:awHQ3Esk0

・《蛇蠱(へびみこ)》
 「ジャコ」とも呼ばれる香川県に伝わる蛇の憑き物の一種。
 この家系のものが特定の相手に憎悪の念を抱くと相手に蛇が取り憑いて苦しみだし、最後には内蔵を喰われ殺されるという。
 かつて海岸に長持が流れ着き、何人かの村人たちの間で取り合いになった。
 やがて公平に中身を分配しようと長持を開いたところ、中から無数の蛇が出それぞれの家に入り込みやがてこれが蛇蠱の家系となったとされる。

 人に危害を加えることの多い蛇の憑き物の中でもかなり直接的なことをする。
 そのせいなのか、香川県の一部のみの伝承であるのに割と有名。


・《憑きもの筋》
 日本の民間信仰の一つで、特定の霊を使役する家系のこと。
 その霊は総称として『憑き物』と呼ばれ、財宝を盗み家を裕福にしたり他人に危害を加えたりするという。
 大まかな分布図では東北では飯綱系、関東では尾裂狐系、中国四国地方では蛇蝎系。
 他の呪術と違って大きな準備が必要ないことが特徴でお供え物をするだけ、あるいは勝手に主の意思を読み取り行動するものが多い。

 民俗学的観点では病や富裕の差など理解困難な何らかの事象をどうにか理論的に理解しようとした結果として生み出された概念とされている。
 そういった経緯があるせいか、憑きもの筋は移住者の家系が圧倒的に多くまた差別の対象になりやすい。
 その他、詳しい解説は柳田國男など民俗学者の本を参照されたし。

420名も無きAAのようです:2013/07/10(水) 00:28:30 ID:awHQ3Esk0

・《プロバビリティーの犯罪》
 日本語に直した場合は『蓋然性犯罪』と呼ばれる。
 犯罪結果の実現が不確実ながらそれが実現されることを理解し行ったもの――つまり刑法における未必の故意を満たした犯罪の総称。
 たとえると「消費期限の切れた食品を冷蔵庫に置いたままにしておく」のような犯罪。

 より正しくは罪を定義することや罪に問うことが極端に難しい為に“犯罪”にはならないことが多い。
 探偵殺しで警察殺しな最も完全犯罪に近い犯罪行為。


・《未必の故意》
 認容説的定義においては「結果の実現が不確実ながらそれが実現されうることを理解しかつ認容した場合」のこと。
 逆に、予測こそしていたが容認はしていない場合は『認識ある過失』と呼ばれて区別される。
 後者であれば罪に問われない、というわけではないが罪の重さは全く違う。


・《アナフィラキシーショック》
 アレルギー反応の一つ。
 外来抗原に対する過剰な免疫反応が原因で毛細血管拡張を引き起こしショックに陥る症状のこと。
 蜂毒、食物アレルギー等が主な原因。

 対処法としては救急車を呼び、所持している場合は即座に自己注射薬を打つ。 
 最悪の場合には死に至るので本人以外に周囲も気を付けてあげた方が良いだろう。

421名も無きAAのようです:2013/07/10(水) 07:44:55 ID:gmKTa7Ko0
鵺の尾ともいうね。
長持ではなくて、ウツボ船だったとも。

422名も無きAAのようです:2013/07/11(木) 02:23:39 ID:PNLoOR3.O
この作品面白いな、エロはいいからこのままの路線を

423名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:00:51 ID:ENCj2HLk0




 落書き。 
 益体もない些細な出来事。

 「でぃの一日 平日編」





.

424名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:02:02 ID:ENCj2HLk0
【―― 0 ――】


「―――この日常が一番大切だー、って言うケド、そんなの当たり前だよね」


 会長にしては珍しく普通のことを言ったなあ。
 そんな風に思う私を後目に彼女は続けた。


「どんな非日常であっても続いていけば日常になる――だとしたら、『日常』は人生を形作る一番の要素で、それが大切じゃないわけがない」

ミセ*゚ -゚)リ「え……あ、確かにそうですね」


 と思ったら、やはり会長は会長で、普通のことなんて言わなかった。

 でも言われて見れば確かにそうなのだ。
 『日常』と言った場合に、私が思い浮かべるのは学校に行ったり帰って遊んだりする日々だけど、人によって『日常』なんて違う。
 何処かに旅行に行く度に事件に遭遇する漫画の探偵みたいな人がいたとしてもその人にとってはそんな日々が『日常』だ。

 私は誰かが誰かを殺したり、殺されたりするような『日常』は素直に嫌だと思う。
 そういうのは漫画の中だけで十分だ。

425名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:03:02 ID:ENCj2HLk0

 だけど、例えば殺人事件を捜査する刑事さんにとっては死んだ人と殺した人に出会い続けるのが『日常』で。
 私なんかは『日常』と聞いて沢山の退屈と少々の刺激を連想して、そしてそれが嫌いじゃないんだけど、そんな人ばかりじゃないんだ。

 毎日のように誰かから蔑まれるいじめられっ子の日常は――『日常』であり同時に『地獄』だ。

 そんな『日常』に帰りたいなんて思えるはずがないし、私のように安心するとかなんて、いやポジティブな印象なんて何一つも抱けないだろう。
 ……そう言えば、あのライトノベルの変わった名前の主人公もそんなことを言われていた気がする。
 どんなに稀有で貴重な『非日常』だって、続いていけば、それはその人にとっての『日常』へと変わってしまうのだと。


ミセ*-ー-)リ「だとしたら『日常が一番大切だ』なんてぶっちゃけ勝ち組の台詞なんですね」


 結局のところ「日常って大切だなあ」と言えた二次元の登場人物達は皆幸せだった。
 幸せだった間には、日常に浸っている頃には気付けなかっただけで。
 「日常が大切だ」という台詞は、とても遠回しな勝ち組宣言でもあるのだろう。
 辛く苦しい日々が『日常』だった人々も存在するのだから。

 そして会長が言ったことで何より最悪なのが、どんな『日常』であれ大切だということだ。
 『日常』の大切さには幸不幸は全く関係ないと彼女は言っている。

 残酷なほどに美しく、嘲笑するように笑いながら。

426名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:04:04 ID:ENCj2HLk0

 私達は、一瞬一秒の積み重ね。
 それまでの日々の集大成として現在の私達が存在する。

 だったら私達を構成する必要不可欠な要素は『日常(過去)』で――それが大切でないわけがない。


ミセ*゚ー゚)リ「望むと望まないに関わらず、幸不幸なんて関係なく、『日常』は大切なモノ」

「『日常』を大切に思えない人間は二種類しかいないと僕は思うよ。一つは、そんなことにも気付かないお馬鹿さんじゃないかな」


 ……学生の身には心に刺さる言葉だった。

 いや分かってるんですよ?
 今勉教しないと、受験の時に困るって。


ミセ*゚ー゚)リ「ちなみにもう一種類は? もう一つの方はなんなんですかぁ?」


 その事実から目を逸らすかのように私は訊いた。
 会長はなんてことはないように答えた。

427名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:05:05 ID:ENCj2HLk0

 その――悲しい事実を。



「この日々の積み重ねが自分になると理解しながら大切に思えないんだから、結局、自分のことが大切じゃない人でしょ」



 ……なるほど。
 道理だ。
 そしてこれはこれで心に突き刺さる言葉だった。

 だとしたら私は幸福なのだろう。
 毎日がそれなりに楽しく、でぃちゃんに出逢って変化した日常も好きだと言える私はきっと。


ミセ*-3-)リ「会長や……それにでぃちゃんの『日常』は、どうなんでしょうね。会長はどう思っていますか?」

「決まってるじゃん。僕は僕のこと好きだから、毎日が大切だよ。君の友達に関しては僕以上に決まってるじゃん」


 そうして会長は屈託なく笑って言った。


「あの二人は今、幸せな『非日常』にいるんだから」

428名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:06:04 ID:ENCj2HLk0
【―― 1 ――】



 ―――午前六時過ぎ


 カーテンの隙間から溢れる光が朝を知らせる。
 そろそろ起きないと、と比較的真面目な自分が思う一方で心の奥の甘えた私は「起きたくない」と駄々を捏ねている。

 理由は二つある。
 一つは単純に私が朝が苦手だから。
 もう一つは、今日は自分の部屋で寝ているからだ。


 私の部屋とご主人様の部屋は分かれている。
 この少し手狭な一室は勉強机や制服が置かれた私の私室。

 ご主人様の部屋には、彼が仕事をする為の机や、大きなベッドなどが置かれている。
 二人が一緒に寝るのは次の日が休みである時や行為に及んだ後。
 普段は、こうして別々の部屋で寝ている。
 ここに住み始めることになった際、私は同じ部屋が良いと言ったのだが、スペースの関係や「女の子なんだから私室くらい必要」という彼の意見や諸々で、今のようになってしまった。

 要らない気遣いなのにと当初は思っていたが、実際に住み始めてみると別の部屋で良かったかもしれないと考えることもある。
 ご主人様には絶対に見せたくないような行為――例えばお化粧などをしている時には特にそう思う。

429名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:07:04 ID:ENCj2HLk0

 けど、それでも。


(# ;;-)「…………寂しい」


 甘えたくなるような匂いや。
 僅かに聞こえる心臓の音や。
 抱かれると心地良い体温が。
 感じられないということ。

 あの人が近くにいないことが堪らなく、寂しい。
 こうして一人で眠る度にそう思ってしまう私はきっと我が儘なのだ。


(# ;;-)「私は、我が儘なのです……」


 でも。
 我が儘な子だと思われても良いから。
 一緒に眠りたいと、思う。 

 私が「今日は一緒に寝たい」と言っても、きっと勝手に布団に潜り込んでも、ご主人様は怒らない。
 だけどそういう我が儘ができないのはそれ以上に嫌われたくないと思っているからだ。

430名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:08:18 ID:ENCj2HLk0

 我が儘な子だと思われても良いから、一緒に寝て、抱き締めて、愛して欲しい。
 でも、それ以上に――嫌われるのは嫌だから。

 だけど。 


(# ;;-)「今夜は……一緒に寝たいのです……」


 目覚めたばかりなのに夜が暮れてからのことを思ってしまう自分がちょっと可笑しい。
 本当に私は、寝ても覚めても、考えるのはご主人様のことばかり。
 あの人の方もそうだったら、嬉しい。

 今日は勇気を出してお願いしてみようと考えて、笑ってしまう。
 ……私は馬鹿だ。



(* ;;-)「…………早く起きれば、それだけすぐにご主人様に会えるのです」



 どうやら少し、寝惚けていたようだ。

431名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:09:18 ID:ENCj2HLk0
【―― 2 ――】



 ―――午前六時二十分


 私は毎朝シャワーを浴びることにしている。
 目が覚めるし、何よりご主人様とは綺麗な姿で会いたいから。

 ……一度怠ったことがあったのだが、寝癖が付いたままになっていた。
 朝食の時に非常に恥ずかしい思いをした。
 同じ轍を踏むまいと、それ以降は毎朝ちゃんとお風呂へ行くことにしている。

 もう今となっては日課の一つだ。


(* ;;-)「ん……」


 風呂場から出て、タオルで髪の水分を拭き取る。
 昔は髪が長くなかったので手入れも楽だったが今は少し大変だ。
 さらさらした髪を維持するのは手間がかかる。
 でも、私を抱き寄せて頭を撫でる度に「気持ち良い」や「綺麗だよ」とご主人様が褒めてくださるので、暫くは長いままにしようと思っている。

432名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:10:20 ID:ENCj2HLk0

 でも、と脱衣所の鏡の前で思案を巡らす。
 折角ここまで伸びたのだから、ポニーテール以外にも何か別の髪型にしてみても良いかもしれない。

 ミセリさんに訊いてみようかな。
 ファッションのことにはかなり詳しいそうだから。
 一方で私は流行りには疎い。
 一応女子高生なのに。

 それでも、毎朝毎晩自分の体重を計るくらいの女の子らしさは持っている。


(;#゚;;-゚)「……行きます」


 少し前からちょっとずつ体重が増えてきているので、体重計には声に出して自分を鼓舞しないと乗れない。
 身体に巻いているバスタオルを取るかどうかで悩むくらいだ。

 そうして私が意を決して足を踏み出した瞬間。


(,,-Д-)「…………あ、」

(#// -/)「ひ――ゃぁぁぁあっ!!」

433名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:11:04 ID:ENCj2HLk0

 脱衣所のもう一つの扉、廊下へと通じるドアがスライドして開かれた。
 入って来たのは勿論、私のご主人様だ。

 あんなにも会いたかった人なのに、今ばかりは勘弁して欲しい。

 幸運にもご主人様は私が何をしようとしていたかは気付かなかったらしい。
 はしたない叫び声を風呂上りを見られて驚いたと解釈したようで「ごめんね、でぃちゃん」と謝ってくる。
 裸なんて何度も見せているから今更なのに、こういうとぼけたところは昔と変わらない。


(;-Д-)「いきなり、ごめんね……」

(#゚;;-゚)「大丈夫です。気にしないで欲しいのです」

( * Д)「ごめん……」


 と。
 私の身体を隠していたタオルが落ちた。

 後ろからご主人様に抱き締められたことで結び目が解けてしまったようだ。


(#// -/)「ん……。どうし、たのですか……?」

434名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:12:03 ID:ENCj2HLk0

 ああ。
 駄目だ。
 さっきは「裸なんて何度も見せている」と言ったけど、やっぱり……恥ずかしい。

 目の前の鏡には生まれたままの姿の私と、それを後ろから抱き締めるご主人様が映っている。
 こうして見ると、濡れた髪も、雫が滴る胸も、上気した頬も、何もかもがいやらしく感じてしまう。

 まるで――こうされる為の下準備としてお風呂に入ったみたいだと。


(;* Д)「最近、でぃちゃんがどんどん可愛くなってて……。いや前から可愛かったんだけどさ……」


 私を抱く力が少し増した。
 耳元で囁かれると、それだけで気持ち良い。


(;* Д)「可愛いなって思って……。ねぇ、でぃちゃん」

(#// -/)「なんですか……?」


 心臓の鼓動が、おかしくなっている。

435名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:13:04 ID:ENCj2HLk0

 壊れてしまいそうなほど早く脈動している。
 好き、好き、好き。
 そんな言葉を繰り返してるみたいに。

 ご主人様は言う。


(;* Д)「チューしても、いい……?」


 こういうところは草食系で、気を使ってばかりだ。
 だから私はいつものようにこう返す。


(#// -/)「……勿論です。私は、あなた専用なのですから……」

(;* Д)「ありがとう。好きだよ」


 そうして、ご主人様は私の頬に口付けた。

 唇じゃないのですか?
 そんな風に言い掛けていた唇をご主人様の唇が塞いだ。

436名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:14:11 ID:ENCj2HLk0
【―― 3 ――】



 ―――午前七時


 ……ああいう時のご主人様の自制心は心から尊敬する。
 とても男の方とは思えない。

 ご主人様は優しく甘く長いキスを終えて、「朝からごめんね」と恥ずかしそうに脱衣所を出て行ってしまった。
 今日は平日なので学校へ行かなければならない私を気遣ってくれたのだろう。
 ありがたいけれど、衝動に任せて滅茶苦茶にして欲しかったとも思ってしまうはしたない私も心にはいて。

 それよりも二人きりで、お風呂上りで、裸で……そんな状態で自制されてしまうと、女として少し自信を失ってしまう。


(#゚;;-゚)「(昔からそうなので気にしませんが。いつものことなのです)」


 トーストにバターを塗りながら自分を納得させる。
 色っぽい展開にはならないまま、いつも通りの朝食風景だ。

 ミセリさんには以前に意外と言われたが、私達の朝は大抵パンとサラダだ。

437名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:15:05 ID:ENCj2HLk0

 私もご主人様も日本的な朝ご飯を作れるのだが、どちらも朝は苦手だ。
 それにどちらもこうしてゆっくり過ごす方が好きなので比較的簡単な食事になることが多い。
 学校へ持って行くお弁当は昨日の内に大体作ってある。

 どちらが準備するとは特に決まっていないので早く起きた方が朝食の支度をすることになっている。
 今日は、私が着替えている間にご主人様が準備してくださっていた。

 そのご主人様は、今は小さく切ったトーストを口に運びながらニュースを見ている。
 この人は昔からパンを千切って食べる癖があり、これはその名残りらしい。
 沢山の月日が流れて、変わったことも沢山あるけれど、それでも昔と変わらない部分が残っているのは何処か微笑ましい。


(,,゚Д゚)「……ん。どうしたの、でぃちゃん」

(* ;;-)「いえ」


 少し悩んで私は言った。


(* ;;-)「ご主人様も……カッコ良くなられました。そう思っただけなのです」

438名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:16:08 ID:ENCj2HLk0
【―― 4 ――】



 ―――午前八時前後


 朝の心地良い空気を楽しみつつ自転車を漕ぎ、学校に辿り着くのは毎朝大体八時前くらい。
 昼間の喧騒が嘘のように静かな校内を歩いて二年文系進学科十一組の教室へと向かう。

 とは言っても、昼間よりも静かなだけ。
 練習を行っている部活も多いので、何処か遠く、中庭辺りからサックスの音が届いたりもする。
 校内を大きく回るように走っているのはバスケットボール部だろうか。

 そんなことを考えながら私達の教室がある校舎へと入り、階段へと向かう。


(#゚;;-゚)「(今日もいらっしゃるのです)」


 そこで、いつものように階段を上り降りする人影を見つけた。
 最初は驚いたが、毎朝のことなのでもう慣れっこだ。

 その二人は階段を走ったり、一段ずつ飛ばして上ったり、一歩一歩確かめるように下りたりしている。

439名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:17:02 ID:ENCj2HLk0

 何か部活の練習かと思っていたが、そうではないと最近分かった。
 一人は学校していのジャージにシャツ姿で、もう一人は普通の制服だからだ。
 服装に統一感もなく、号令に合わせて行っているわけでもなさそうなので個人的な訓練なのだろう。

 制服姿の一年生が長袖を腕捲りして階段を軽快に上って行く。
 その場に残ったラフな格好の一年生に私は挨拶をする。


(#゚;;-゚)「おはようございます」

(  ・ω・)「おはようございます。いつも邪魔して申し訳ないです」

(#゚;;-゚)「いえ、邪魔になってなどいません。そんなことはないのです。ところでいつも何をなされているのですか?」


 なんとなく、訊ねてみる。
 つぶらな瞳をした濃い焦げ茶色の髪の少年は答える。


(  ・ω・)「インターバルトレーニングです。足腰……特に爪先を鍛える為に。本当は砂浜や山地が良いんですけど」

(#゚;;-゚)「そうですか。通りで……」

440名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:18:03 ID:ENCj2HLk0

 パッと見ではただ育ちの良さそうなだけに見えるが、よく観察すると相当に鍛錬していることが分かる。
 ただ筋力がある、脚が速いというのではなく、何か一つの為に練り上げられた強さ。
 とても静かで大人しいが――その下には鋭い剣気が伺える。

 多分、この人は私と同じ。
 刀を使う人間だ。


(  ・ω・)「……良かったら、朝比奈先輩もご一緒にどうですか?」

(#゚;;-゚)「いえ。申し出は嬉しいですが、遠慮させて頂くのです」


 これでも飛んだり跳ねたりは得意なのです。
 半分は猫ですから。

 そう返そうかと考えて、やめておく。
 ただの冗談。
 ごく普通に別れを告げて階段を普通に上り始めた。

 それにしても、この学校には才能や能力を持った人間が多い。
 私も一度、剣道部の方々に稽古を付けてもらうと勉強になるかもしれないと思った。

441名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:19:02 ID:ENCj2HLk0
【―― 5 ――】



 ―――午前中


 早めに教室に入り自主勉強を行ったり手記を付けてたりしていると、やがて皆さんが登校し始めてくる。
 二年十一組の皆さんは、表面上は仲良しだが、明確な『自分』を持っている人が多いような印象をいつも受ける。
 連帯感はあるが、同じではない感じ。
 私のような客観的に見て「変わった子」も馴染めているのはそういう理由が大きい。

 他の学級には強いカリスマやリーダーシップを持つ中心人物が存在することもあるようだが、このクラスに中心はない。
 そういうところが私は気に入っていた。

 だから授業開始前の一時を取ってもそれぞれだ。
 私と同じくらい早く登校して勉学に励んでいる方もいれば、鞄だけが置かれたままになっており始業の寸前にやっと戻ってくる方もいる。
 中にはミセリさんのように気紛れに遅刻したり早退したりする方もいる。


(#゚;;-゚)「(それでもミセリさんの成績は、私よりもずっと良い)」


 総合では私の方が少し上だろうが、文系科目では全く敵わない。
 特に現代文や古文漢文は全校単位で見ても上位に食い込む。

442名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:20:03 ID:ENCj2HLk0

 受験の心配をしていらっしゃるようだが今の調子ならば英国社の三教科受験でなら大抵の大学に合格できるだろう。
 何処か行きたい学校があるのだろうか。
 あるいは、特定の誰かと一緒に行きたいのかもしれない。

 そんなことを考えてながら、朝の挨拶をクラスメイトの皆さんと交わし合っている内に始業の時間となる。
 今日はミセリさんも遅刻をすることなく私の隣の席に座っている。


ミセ*-3-)リ「朝から現国だからねぇ」


 他のクラスメイトから「今日は早いね」と声を掛けられて、ミセリさんはそう答えた。


ミセ*^ー^)リ「私はこの授業中に、教科書に載ってるお話を読むのが好きなんだー」


 どうやら。
 出席している際もあまり真面目には授業を受けていらっしゃらないようだった。
 ノートは取っているが話は聞いていないらしい。

 この人は本当に凄い。
 何度目か分からないけれど私はそう思った。

443名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:21:14 ID:ENCj2HLk0
【―― 6 ――】



 ―――午後


 昼食後の授業は、私は少し、眠くなってしまう。
 それは皆さんも同じようで午後は全体的に元気がない。
 これが体育があった日などだと半数が夢現だ。

 体育と言えば、そろそろ水泳の授業が始まる季節だ。
 以前家で着た際には少しサイズが合わなくなっているように感じたので新しいものを買いに行かなければならない。


ミセ*-ー-)リ「…………ん」


 教科書を読んでいるフリをしながらお昼寝を取っていたミセリさんが、目を覚ます。
 黒板の上に設置された時計を見て、あと数分で授業が終わることに満足気だ。

 狙って起きたのだとすれば、つくづく凄いと感じてしまう。
 何かと器用な方だ。
 数学の時間に寝ているから余計に苦手になってしまうのだと思うが、でも少しだけ尊敬してしまう。

444名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:22:59 ID:ENCj2HLk0

 思えば、ミセリさんは週何回かスポーツクラブに通って泳いでいると聞いている。
 私は水泳が苦手なので教えて頂けるよう頼んでみようか。
 少し体重が増えてきて、このままではご主人様に持ち上げてもらえなくなるので身体を絞る目的も兼ねて。

 そうして恙なく授業が終わり、クラスメイトの皆さんは帰り支度を始める。
 部活の為に教室を飛び出していく方、遊びに行く為にさっさと教室を後にする方、また仲良しな友人と談笑を始める方、様々だ。


ミセ*^ー^)リ「じゃ、またねー!」


 ミセリさんは今日はこれからデートらしく、簡単に挨拶をすると些か上機嫌に教室を出て行ってしまう。
 先ほどまで睡眠を取っていたのは遊ぶ為の元気を貯めていたのかもしれない。

 余談ではあるが、ミセリさんは「またね」とは言うものの「また明日」とは滅多に口にしない。
 明日は学校に来ないかもしれないからだろう。
 彼女も彼女で、まるで猫のように気紛れな方だった。
 

(#゚;;-゚)「……私も帰ります。さよならなのです」


 さて。
 残っていた方々に別れを告げて、そろそろ私も帰路に着くことにしよう。

445名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:24:07 ID:ENCj2HLk0
【―― 7 ――】



 ―――午後六時


 私達の家の夕食は日にもよるが、六時過ぎだ。
 職業柄、夜は忙しくなることが多いので早めにご飯を食べておいた方が都合が良い。

 夕食の準備も、特に決まっていない。
 なので少し帰るのが遅くなるとご主人様が下準備を終えていたりする。
 今日は真っ直ぐ帰宅したので時間のある私が作っていた。
 こういう日はご主人様は代わりに浴槽を掃除してお風呂を準備してくださる。

 あの人は大学生だが、あまり大学に行くことはない。
 最近では登校せずとも単位を修得できる制度があるそうで毎日行く必要がないらしい。
 でも。


(#゚;;-゚)「(折角学生になられたので、もっと遊んだりして欲しいのです……)」


 そんな大学生活は、楽しいのだろうか。
 折に触れてふと思ってしまう。

446名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:25:13 ID:ENCj2HLk0

 普通に大学に行けばお友達も沢山できただろうし、楽しいことも沢山あっただろう。
 昔は学校でのご友人は少なかったが、今はもう少し大人になったから、上手くやって行けると思う。
 通うのは大変だとは思うけれど通うだけの価値はあるはずで。

 食卓を囲み。
 夕食の席で私がそう問い掛けると、ご主人様はテレビのバラエティを見ながら答える。


(,,^Д^)「なんて言うか、さ。学校もきっと楽しいだろうと思うよ」


 でもさ、と続けた。
 好物の甘めの玉子焼きを口に運んで、咀嚼して。
 目を閉じて、味わって。


(,,-Д-)「こんなに可愛い人が家にいて、こんな美味しい料理があって……。この家にいる方がもっと楽しいんだよね」

(#// -/)「そう、ですか……分かったのです……」


 思わず私は赤面してしまって、ご主人様の顔を見れなかった。
 彼がこちらを向いていなくて良かったと思う。

447名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:26:10 ID:ENCj2HLk0

 テレビをずっと注視しているのは彼も恥ずかしいから。
 頬が少し、紅くなっている。
 照れているのだ。

 それを誤魔化すようにご主人様は言った。


(,,^Д^)「そう言えばさ、今日手紙が届いたんだよ。高校時代に部活が一緒だった……って、覚えてるよね」

(*゚;;-゚)「そうなのですか。嬉しそうです」

( *-Д-)「うん、凄く嬉しい。でぃちゃんも知らない仲じゃないから嬉しいでしょ?」


 冷静に考えれば向こうもパソコンくらいは持っていると思うので、連絡を取りたければいつでも取れる。
 この現代で手紙なんて。
 だけどそういうことではないのだろう。

 何より、ご主人様が嬉しそうだ。
 それだけで私は良い。

 そんな笑顔を見れるだけで生きている価値があったと――そう思えるのだから。

448名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:27:12 ID:ENCj2HLk0
【―― 8 ――】



 ―――午後九時


 夕食が早いため、お風呂の時間も早めだ。
 九時には二人共終わっている。

 見たいドラマがあったので、髪を乾かし終えてリビングへと向かう。
 二人掛けのソファーではご主人様が本を読んでいた。
 昔は本なんてほとんど読まなかったのに変われば変わるものだ。

 私も、ご主人様の隣に腰掛ける。


(*゚;;-゚)「あ……」


 その瞬間、抱き寄せられた。
 そのまま膝枕をするような体勢に移行させられてしまう。
 私はされるがまま。

449名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:28:03 ID:ENCj2HLk0

 そうしてご主人様は私の頭や身体をゆっくりと撫で始める。

 猫だから。
 猫を愛でるように。


( *-Д-)「いい匂い……」

(#// -/)「んっ……ぁ……っ」


 髪の感触を楽しむように優しく撫で。
 顎から頬を指でつつ、となぞって。
 肩や腰にそっと触れて。
 猫ならば肉球があるべき手の平を軽く揉んで。
 指を絡ませ合って。

 その一つ一つで、じんわりと身体が熱を帯びていく。
 もどかしくて、心地良くて。

 ご主人様は猫に触れているつもりなのかもしれないけれど、私は女として感じてしまっている。
 微かに漏れる吐息を隠しつつ私は思った。
 これじゃあトリックどころか犯人が誰かさえ頭に入って来ないかもしれない、なんて。

450名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:29:12 ID:ENCj2HLk0
【―― 9 ――】



 ―――深夜


 身体全体を揺らす振動に目が覚める。
 ドラマの終わりは覚えているので十時までは起きていたはずだが、いつの間にか寝てしまっていたらしい。

 振動の理由はすぐに分かった。

 ご主人様が私を抱いて、階段を上っていた。
 お姫様抱っこ。
 あんなに頼りなかった彼も今ではもう、私を持ち上げるくらいは容易くできる。


(* ;;-)「(もう少しなら太っても……大丈夫かな)」


 今日は増えていなかったが、減ってもいなかった。
 けれど、この分だとそこまで気にする必要はないのかもしれない。

 少なくともこうして抱かれている内は。

451名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:30:03 ID:ENCj2HLk0

 階段を上り終えたご主人様は私が目を覚ましたことに気付いたらしい。


(,,-Д-)「ごめんね、起こしちゃったね」

(* ;;-)「いえ……。嬉しいです、感謝したいのです」


 ああ。
 駄目だ。
 甘えてしまう。

 こんな風に優しくされてしまうと。
 もう――我慢なんて、できない。


(* ;;-)「ご主人様……」

(,,-Д-)「何?」

(* ;;-)「今日は一緒に寝たい、です……」


 遂に、言ってしまった。

452名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:31:00 ID:ENCj2HLk0

 私は駄目な子だ。
 我が儘ばかり。
 自分勝手でご主人様がいつも私を見ていないと気が済まない。

 好き―――。
 もう自分ではどうしようもないくらいに。


( * Д)「うん……」


 ご主人様は言う。


( *-Д-)「俺も一緒、だよ。一緒に寝たい……」

(* ;;-)「なら……!」

(;*-Д-)「でもでぃちゃんが同じ布団にいると、我慢できなくなっちゃうんだよね……色々と」


 そう。
 それもそうだ。

453名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:32:04 ID:ENCj2HLk0

 確かに私達は一度始めてしまうと、お互いにヘトヘトになるまで続けてしまう。
 特に私の方は意識が飛んで終わりということがほとんどで次の日も気持ち良くなり過ぎた名残りでふらついている。
 平日でそんな風では困る。

 分かっている。
 けれど。

 また私が我が儘を口にする前に、ご主人様が続けた。


( *-Д-)「でも俺も我慢するから――今日は、一緒に寝よう」

(* ;;-)「はい……」


 そして私達は唇を合わせた。
 最初は啄むように、次は舌を伸ばして絡ませ合い、唾液と体温を交換して。
 今日はこれでおあずけだから、いつも以上に。

 私は、幸せ。
 好きな人からこんな風に愛される日々が続くことが堪らなく幸せ。

 そうして私は早く週末にならないかなと思いつつ――彼に全てを委ねて、目を閉じる。

454名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:33:12 ID:ENCj2HLk0
【―― 0 ――】


「―――新婚生活が終わるのは、その『非日常』が『日常』になった時なんだよ。付き合っている時も同じ」


 楽しくて楽しくて仕方がないのは始めの数ヶ月だけ。
 その続きは、ただの『日常』なんだ。

 また知った風に会長は語る。
 天使のように蠱惑的なのに色恋沙汰には――いや、天使だからこそ色恋沙汰には縁のなさそうな彼女はそう言った。
 私もそれはそうだと思う。

 だけど。


ミセ*^ー^)リ「でも、幸せな日々がそのまま『日常』になれば……それが一番ですよね?」


 そう。
 辛くて苦しい日々が『日常』である人達がいるのだから。
 楽しくて仕方ない毎日を『日常』にすることだってできるはず。

 付き合い始めてからの特有のドキドキ感がなくなった後でも一緒にいて楽しいかどうか。
 良いカップルかどうかはそこで分かれると思う。

455名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 21:34:22 ID:ENCj2HLk0

「ミセリちゃんは、この『日常』が好き?」

ミセ*^ー^)リ「はい」

「ならこの『日常』を続けていく為に頑張らないといけないね。その先にある自分の為にも」

ミセ*-ー-)リ「そうですね……」


 でも。
 私はただ続けるだけじゃなくて、少しずつで良いからもっと楽しい『非日常』を見つけて、それを『日常』に変えていきたい。


 そして。
 『非日常』も、続いていけばいつかは『日常』になる。
 だから、できることならば――非日常に在る恋を日常に在る愛に変えていきたいなと私は思った。

 彼女達がそうであれば良いと、私は願った。






【――――落書き、終わり】

456作者。:2013/07/27(土) 21:35:43 ID:ENCj2HLk0

時系列的には第三問の後、第四問の前くらい。
まだ彼女が素直に恋愛は素敵で、自分の『日常』がこんな風に続いていくと考えていた頃の落書き。


エロ補完の為に書いたのに、エロシーンを入れることを今の今まですっかり忘れていました。
シャワーシーンくらいはあっても良かったかもしれません。
皆さんも良ければ心の目で補ってください。

余談ですが、でぃが少し太ったのは胸とかお尻とかがより女っぽくなったからです。

水泳をするわけでもないのにスクール水着を着たとか、あまり重くなると持ち上げてもらえないとか。
ちょっと想像すると全くけしからんことです。




>>421
自分より詳しい人がいようとは……!
勉強になりました。

>>422
元々エロありの作品なので、はい

457名も無きAAのようです:2013/07/27(土) 22:33:27 ID:iJeAieJs0

微笑ましい。

458名も無きAAのようです:2013/07/29(月) 23:36:50 ID:D/6Tl8kcO
次の問題編、解答編を早く

459名も無きAAのようです:2013/07/30(火) 16:32:04 ID:FjDwmSp.0
京極夏彦が遠野物語のリミックスを書いたのが出版されてますよ。
興味が有れば御一読を。

柳田国男のも面白いけど、京極夏彦のも読みやすくて良いと思います。

460名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:09:45 ID:kLA0APMA0




ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです



※この作品には性的な描写が(たまに)出てきます。
※この作品は『天使と悪魔と人間と、』他幾つかの作品と世界観を共有しています。
※この作品は推理小説っぽいですが、単なる娯楽作品です。
※この作品はフィクションです。実在の逸話を下敷きにした記述が存在しますが現実とは一切関係ありません。





.

461名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:11:03 ID:kLA0APMA0




 第六問。
 暗記問題編。

 「菊花の約」





.

462名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:12:10 ID:kLA0APMA0




 音に聞きて 一人で探る 君の影



.

463名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:13:03 ID:kLA0APMA0
【―― 0 ――】


「―――よく『家族だから』みたいな言い回しがあるけど、よくよく考えてみるとそれって訳が分からないよね」
 

 家族であるということ。
 それはどういうことなんだろう。


「『だから』という言葉は順接の接続語だから……あ、“だから”って使っちゃった、まあいいや。とにかく『AだからB』という文の場合、AがBの理由になってるってわけだね」


 言い換えれば「Aである故にBである」。
 会長さんが言うようにAはBの原因で――逆に言えばBはAの結果と言える。

 家族だから、○○。


「ちなみに君は家族仲は良かったのかな?」

li イ*^ー^ノl|「はい。とても」

「そう。……それは“家族だから”仲が良かったの?」

464名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:14:11 ID:kLA0APMA0

 この学校で一番空の近いこの生徒会室。
 階数で言えば五階とか六階とかになってしまうこの場所は「時計塔」とも呼ばれている。

 校舎から真上に突き出した長方形。
 そこにあるのはこの生徒会室と、外壁の大時計をメンテナンスする為の部屋と、倉庫くらいのものだ。
 そしてここの主と言って差し支えない会長さんは窓辺で佇み、遥か下、正門の辺りを見下ろしつつそんなことを口にした。

 私は少しだけ悩み、答える。


li イ*゚ー゚ノl|「いえ――きっと家族でなかったとしても仲良しだったと、思っています」


 少なくとも、私は。
 実の兄に恋をしていた私は、そう思いたい。


「ふぅん。それは重畳だね」


 もちろん、そんなことは言わなかったけれど会長さんは知った風に頷いた。
 この人は本当に「知った風」であることが多い。
 それが知ったかぶりなのか、本当に何もかもお見通しなのかは誰にも分からない。

465名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:15:03 ID:kLA0APMA0

「でもきっと氷柱ちゃんみたいな家族は稀で、大抵の家族は『家族だから仲良し』なんだと思うよ?」

li イ*゚ー゚ノl|「それは儒教の流れを汲んでいる以上、仕方のないことです」

「儒教、儒教か。あの爪や髪の毛さえ親の物であるみたいな変な考え方の宗教」


 会長さんの儒教のイメージは限定的過ぎたけれど別に間違ってはいなかったので訂正はしない。
 というよりも、直後に自分で訂正を加えた。
 まあ僕が家族意識の希薄な人生を送ってきたせいなのかもしれないケド、なんて。

 家族は大切にしないといけない。
 家族だから、仲良くしないといけない。 


「でもね、どうなのかな?」


 それは、視線の先の誰かの境遇を思い浮かべるような、そんな声音。


「家族って、いつ『家族』になるんだろう。親子や兄弟姉妹なら分かるけど、夫婦や……あと養子とか。あの人達はいつ家族になるんだろう」

466名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:16:03 ID:kLA0APMA0

 家族だから○○。
 じゃあ、その原因である『家族』ってどういうこと?

 ××だから家族の“××”には何が入る?


「結局、その関係性に血や名前は関係ないのかもしれないね」


 家族のような人間関係。
 家族みたいな人間関係。


「家族は縁の切れない他人だと誰かが言っていたケド……僕は違うと思うな」


 家族になるかもしれない人間関係。
 家族になりたかった人間関係。

 他人はいつ、どんな要素で家族に変わるんだろう。

467名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:17:05 ID:kLA0APMA0

「ちなみに氷柱ちゃんは『家族』ってなんだと思う?」

li イ*^ー^ノl|「……決まってますよ」


 訊かれるまでもなく、言うまでもないこと。
 私にとっては本当に当たり前なこと。

 少し特殊な家庭に育った私は、血も名も繋がっていないかもしれない兄や姉を、それでも『家族』だと言い張る為にこう定義した。



li イ*-ー-ノl|「―――積み重ねた時間と想いが『家族』である証明です」



 私はいつでも、家族のことを想っている。
 夢で逢えてしまうほど強く。

 昔も、今も。

468名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:18:03 ID:kLA0APMA0
【―― 1 ――】


 先輩がいなくなって。
 その先輩を殺した人がいなくなって。
 彼女もいつの間にかいなくなって。

 沢山の人が色々な事情で退場した世界は今も当たり前に生きていて、それが余計に虚しく。
 きっとそれは全員が全員、退場させられたからでもあって。

 なんだかよく分からない気持ちの午後は緩やかに過ぎる。


ミセ* -)リ「…………」


 彼等の間には何かがあったのかもしれず、彼等の過去には何かがあったのだろう。
 私は結局何も知れないまま、ただ事件が終わるのを見届けただけ。

 真相なんて、分からない。
 何が真実だったかも。
 犯人が誰とかどうやって殺したとか、そんなものだけを明らかにしても、なんにも変わらない。

 終わらない。

469名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:19:10 ID:kLA0APMA0

(#゚;;-゚)「ミセリさん……」

ミセ* -)リ「…………」


 きっと私は一生その真実を知ることはない、けれどきっと一生彼等のことを思う度に思い出すのだ。
 何一つ終わらないままに閉じてしまった密室を。

 あの長刀を持った黒髪の少女は知っていたのだろうかと、それだけが少しだけ気になった。


ミセ* ー)リ「……よしっ」


 ―――だけど。

 なくなってしまった軽音部も。
 死んでしまった先輩達も。
 もう戻ってこない、様々な情景も全て置いて行こう。

 ここに置いて行こう。
 心に――置いて行こう。

470名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:20:05 ID:kLA0APMA0

ミセ*^ー^)リ「―――あ〜、よく寝たっ!」


 心の何処か、片隅にしまっておこう。
 だって私は生きているんだから――立ち止まってばかりいられない。

 さてそうと決まればと私が決意した瞬間だった。


(*^ー^)「おはようございます水無月さん。授業中に堂々と睡眠宣言だなんて良いご身分ですね」

ミセ;゚ -゚)リ「は、はは……。おはようございます……」


 声を出したのがマズかったのか。
 それとも伸びをしたのがいけなかったのか。
 見れば、目の前に担任がいた。

 硬直する私、ロリ顔教師はとても良い笑顔で告げる。


(*^ー^)「授業はもう終わりですが、水無月さんはこの後職員室にどうぞ」

ミセ; ー)リ「はい……」


 ……心機一転、大失敗。

471名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:21:16 ID:kLA0APMA0
【―― 2 ――】


 私は昔から授業参観という学校行事が大嫌いだった。

 高校にもなって家族に自分の勉強風景を見せたいと思う人がいるだろうか、いやいない。
 反語表現。

 そもそも「授業参観」という非日常になっている時点で普段の学校生活を見せているとは言い難い。
 生徒の方も教師の方もだ。
 申し訳程度に行われるこの定例行事は、ほとんど親達の交流の為――あるいは服のセンスやら貴賎やらその他を値踏みし合う為――のようだった。


ミセ*-3-)リ「そんなこと思っちゃうのは私にいないからかもしれないけど」


 そして最も大きな理由として「自分には関係ない」のだ。
 どうせ誰も来ないのだから。
 いや、「誰も来ない」なんて言い方をしてしまうとまるで来るべき誰かがいるかのようなので訂正しよう。

 私には授業参観に来るべき家族が一人もいない。 


(#゚;;-゚)「ミセリさんは誰が来られるんですか?」

ミセ*-3-)リ「いつもどーり、誰も来ないよぉ」

472名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:22:06 ID:kLA0APMA0

 授業参観日、当日。
 いつもより少しだけ騒がしい教室といつも通りの私。

 机に突っ伏しつつアヒル口で答える。
 寝たフリのような姿勢。
 実はこのポーズは胸が大きいと胸部が圧迫されて苦しいのだが、まあ幼い頃からの癖なので止める気にはならない。 

 そもそもこの寝たフリ自体、幼く可愛かった頃の私が誰も来てくれない授業参観を乗り切る為に生み出したものだし。
 今使わないで、いつ使うというのだ。

 いや、今も私は可愛いけれど。


ミセ*-ー-)リ「おかーさんが病死で、おとーさんが色々あって小さい頃に死んで……だからもう来る人はいない」


 より正しくは「一度だって来る人はいなかった」だけど。


(#゚;;-゚)「ですが、それならば保護者の方が……」

ミセ;-ー-)リ「女がお金を稼ぐ方法は幾らでも――あ、ウソウソ、嘘だからそんな目をしないででぃちゃん」

473名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:23:26 ID:kLA0APMA0

 端正な顔を名状し難い表情に変えた隣の席の彼女に急いで前言撤回。
 「ならば良いですが」なんて、まるで保護者みたいなことを呟くのはもちろんでぃちゃんだった。

 大きな傷の残る、そしてそんな傷でも損なわれようがないほど清楚そのものな顔立ち。
 尻尾のようなポニーテール。
 幼さの残る声音と折り目正しい一挙手一投足。 

 彼女、朝比奈でぃ。
 私の隣の席に座る人間と猫又とのハーフの美少女。

 そんな彼女も、本当に珍しいことに、今日はそわそわしているように見える。


ミセ*゚ー゚)リ「一応、保護者は伯父さんってことになってるけど、忙しい人だから」


 どうでもいい設定を告げるだけ告げて私は再度机に突っ伏す。
 自分で言った冗談はちゃんと冗談だと伝えておかなければならない。


(#゚;;-゚)「そうなのですか、意外なのです」

ミセ*゚ー゚)リ「いがい?」

474名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:24:22 ID:kLA0APMA0

(#゚;;-゚)「いえ……ある意味では予想通りなのです」


 妙なことを言う。

 両親とは死別し今は一人暮らし。
 私のそういう家庭状況を話すと大抵の人は居た堪れないような顔をするのだが、でぃちゃんは違った。
 むしろ何か安心したかのような――そんな風。

 その疑問はすぐに解消されることになった。
 「私だけ聞くのは公平ではないと思うのでお話しますが……」という前置き、そして。


(# ;;-)「私の父はある家の嫡男で、将来を誓い合った仲の相手がいたにも関わらず私の母――つまり人の姿をした化け猫ですが――と一夜を共にし、」

ミセ;゚ー゚)リ「え、あの、」

(;# ;;-)「それで私が生まれたのですが、良かったねなどとなるわけはなく、それで……」

ミセ;>д<)リっ「あーっ、わーストップ! なしなし、この流れなしっ!!」


 思わず叫ぶ。
 次いで覆い被さるように口を塞ぎにかかる。

475名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:25:24 ID:kLA0APMA0

 自分から「私両親死んでるから授業参観誰も来ないんだ」と言っておいて作った流れを強引に止めた。
 超が付くほど自分勝手。
 聞く立場になって分かったが、友達の家の込み入った事情なんて聞きたい類のものじゃない。

 ごめん、今までの私の友達。


(;#^;;-^)「ま、まあつまり私も授業参観は馴染みがないということです」

ミセ; ー)リ「うん……みたいだね……」


 笑顔で結論を言われてしまったが、こちらは気が気ではない。
 「それで」だったことから恐らく後一つ二つ重たい過去があるのだろう。

 マジでごめん、かつての私の友達。


ミセ*゚ー゚)リ「んじゃあ、今日はその折り合いの悪いお父さんが?」

(;# ;;-)「いえ違います……折り合いが悪いのは悪いのですが……」

476名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:26:22 ID:kLA0APMA0

 冗談だったのに本当に悪いらしかった。

 ……よし。
 もうこの話題は二度と出さないでおこう。


(;# ;;-)「今日は、その……あの……」


 でぃちゃんが話し出す前に始業のチャイムが鳴った。
 騒がしかった皆も一様に席に戻る。

 次は五限、いよいよ授業参観である。

477名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:27:58 ID:kLA0APMA0
【―― 3 ――】


 何故だか知らないが授業参観は母親の方が来ることが多い。
 連絡用のプリントには「父兄」と書かれているのに、父親が来る家庭はほとんど見たことがない。
 たまに夫婦で来ることもあるが……それだってかなり稀だろう。

 だから言うまでもなく、父親一人で来るのは更にレアケース。
 そして有り得ないことだが、


「え、アレ誰の家の人?」

「わっか、お父さんじゃ……ないよね」

「大学生くらいかな」

「カッコいー」


(;#// -/)「ううぅぅぅ……」


 どう見ても父親に見えない男性――兄ならまだしも夫なんかが来るのは、国中探しても彼女一人だろう。

478名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:29:08 ID:kLA0APMA0

 授業自体は恙無く終わったが、その後。
 若くても三十代後半、大抵は四十代や五十代のお母さん達の中に一人混じったスーツの男性。 

 百七十センチくらいの少し低めの身長に、男の人には珍しい可愛らしい童顔。
 親しみやすい笑みを湛え。
 優しげな雰囲気の、話題の中心である彼は―――。



(,,-Д-)「でぃちゃん駄目だよ、今日ずっと窓の外ばっかり見てたじゃん。先生の話はちゃんと聞かないと」

(;#// -/)「分かりました! 分かったのです!だからお願いですから早く帰ってください!!」



 朝比奈擬古。
 でぃちゃんの好きな人であり、夫である。


( ・∇・)「…………誰アレ」

ミセ;゚ー゚)リ「でぃちゃんの……家族、かな?」

479名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:30:03 ID:kLA0APMA0

 なつるの問いは尤もで、保護者の為の授業参観なのにギコさんは少しも保護者には見えない。
 精々、お兄ちゃんだろう。
 実態は保護者でも兄でもなく夫なんだけど。

 しかし保護者って、夫含むのかなあ?


⌒*リ´・-・リ「朝比奈さん……その人って、朝比奈さんの」

(;^Д^)「ギコハハハ。初めまして、でぃちゃんのおっ――うぐぅっ!?」


 自己紹介をしようとした瞬間、鳩尾に文字通り化物の速度で肘打ちを喰らうギコさん。
 でぃちゃん、動きが完全八極拳だった。


(;#// -/)「“お兄ちゃん”! ね、『でぃちゃんのお兄ちゃん』と言おうとしたんですよね?ねっ!?」

(;-Д゚)「いや、俺はでぃちゃんのおっ―――」


 猫耳少女の姿が、ブレた。
 常人の目では捉えられない速度の超高速の掌底が放たれたらしいことは、その後ろ、呼吸すら怪しくなっていそうなギコお兄さんの姿でよく分かった。
 暴力系ヒロインだったのか、真っ赤な顔をしながら容赦がない。

480名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:31:10 ID:kLA0APMA0

(;#// -/)「お兄ちゃん! お兄ちゃんですよね、お兄ちゃん以外有り得ないのです!!」

(; Д)「もうそれでいいよ、もう……」

(;#// -/)「ほらお兄ちゃん! わざわざ来てくれてありがとうございます!でもお兄ちゃんは大学の講義があるから帰らないといけませんね!いけないのです!!」


 女子やお母さん達に惜しまれながらも、ギコさんは自称妹に引き摺られるようにして教室を出ていった。
 傍目には腕を組んで仲良さげだが、知る人が見れば関節を決めていることが分かるだろう。


( ・∇・)「…………アレ、本当に兄貴なの?」

ミセ;^ー^)リ「家族ではあるよね」


 話しつつ教室の外を見遣ると、我が担任が教室前に設置された机の上の用紙を回収しているところだった。
 何処の家の方が来たか分かるように保護者名を記す紙。
 そのシステムが必要なのかは分からないが、多分不審者が入ってくるのを防ぐ為のものなんだろう。

 先生は用紙を摘み上げ、心底不思議そうな顔で名前欄を見ていた。


(;*゚ー゚)「名前、朝比奈擬古。朝比奈でぃの保護者、生徒との関係…………夫?」


 ……でぃちゃんが必死で隠そうとした家庭事情は、存外近いうちにクラスの皆に知られてしまうかもしれない。

481名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:32:18 ID:kLA0APMA0
【―― 4 ――】


 さて。
 私の家族はいないので来ない、でぃちゃんは一応家族(夫)が来た、ということでそれぞれにやや面倒な家庭の事情が浮き彫りになった感じだったが、もう一人。
 親愛なる私の幼馴染、「魚群なつる」も授業参観は好きではないらしかった。

 らしいと言うか多分嫌いだ。
 私と同じように。


( ・∇・)「…………」


 今日も今日とて授業参観の間、なつるはずっと机に肘をついたまま、ぼーっと先生の話を聞き流していた。
 これは十年くらい前から毎年見られる光景で、そう言えばコイツと仲良くなった理由は「授業参観に誰も来ない」という共通点からだったなあ、なんて昔のことを思い出して苦笑する。

 私のように両親がいないわけではない。
 なつるの両親は健在だった。
 ……問題は父親が妙典型な仕事人間であることと、母親が義理であるということだった。

 父親が数年前に再婚した若くてキレーな女の人が彼の今の母親。

482名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:33:18 ID:kLA0APMA0

ミセ*-3-)リ「(コイツ好みの美人で……それがまた嫌なんだろうなあ)」


 なんだかんだと言って、男の子は母親に懐くものだという。
 たとえ死別していたとしてもそれは変わらない。
 また幼い頃は父親が仕事が忙しく滅多に家に帰って来ないのもあったのか、なつるは大変なお母さんっ子だったのだ。

 その人は、なつるが反抗期を迎える前に亡くなってしまったけれど……きっと。
 一人息子である彼の中では、もしかすると夫婦であった父親よりも強く、色濃く残っているのかもしれない。

 だから多分、一緒に過ごして数年、そして彼女が病身で床に臥せっている今でも――義理の母親と仲良くすることなんてできないのだろう。



( -∇-)「…………」

ミセ*゚ー゚)リ「なつる。私、帰るよ?」


 放課後の教室。
 可愛い幼馴染のそんな申し出にも「ああ」なんて素っ気ない返事しかしない。
 視線を合わせようとしないのは放っておいて欲しいというポーズ。


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