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Web誌友会 板/2

1トキ:2013/01/20(日) 11:50:32 ID:UVsStHb2
「今の教え」と「本流復活」を考える・「web誌友会」 板 です。

*web誌友会についての話題は、このスレッドでお願いします。

 このスレッドは、生長の家信徒の人達のweb誌友会のために作成したスレッドです。

 上記に関連する話題なら、狭く解釈しないで、広く受け付けます。また
どの立場の人の投稿も歓迎しますが、基本的に生長の家の教義と谷口雅春先生の説かれた教え
を支持、共鳴する人のためにサイトです。生長の家の信仰と谷口雅春先生へのご批判をされる内容
の投稿はご遠慮下さい。
 投稿の削除はしない方針ですが、アダルトサイトや出合い系サイトの勧誘を含む内容など
明らかに目的外の投稿は、削除の対象となります。明らかな他団体や特定の霊能力者の宣伝となる投稿も削除の対象になります。
 目的外の投稿の判断は、最終的には、管理人である「トキ」の判断になります。
ご理解下さい。


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*このサイトは、「生長の家“本流宣言”掲示板」等と違い、自分の発言を自分で削除できません。
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 たとえ、自分と違う意見の人でも、敬称はつけましょう。相手に対する敬意と礼儀を忘れない様に
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*教団援護派、本流復活派、中間派、分裂肯定派など、どなたも歓迎します。また、相手の存在そのものを否定するような内容
 の反論はしないで下さい。
*議論が感情的になった場合は、管理人がストップをかけます。その時は、協力をお願いします。
*その他、ご不明の点は、管理人である「トキ」まだお尋ね下さい。

 原則として、身元がわかるような内容の自己紹介は避けたほうが無難です。

身元をかくすため、多少の作為(年齢を少しごまかす、住まいを変える)は、悪意がない限り、問題とはしません。

どの立場でも、(教団援護派、学ぶ会など)歓迎しますから、それは明らかにしても大丈夫です。

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 その他、御不明の点は、お気軽にお尋ね下さい。

管理人「トキ」 敬白

1550トキ:2013/05/31(金) 18:49:54 ID:2/B5w8I6
>>1549

ユタカ様

 いつも素晴らしいご投稿、ありがとうございます。

 いえいえ、ここは信徒みんなの場所ですから、気にされないで下さい。神様も御照覧でしょう。
トキは単なる管理人に過ぎませんし、どんどんご利用下さい。

 それよりも、信仰の根幹にかかわる貴重なご投稿をして下さり、
心から感謝申し上げます。復興G様もおよろこびのご様子ですし、その調子で頑張って下さい。
 
 応援しています。

合掌 ありがとうございます

1551復興G:2013/05/31(金) 20:26:50 ID:AB6RqYXc

ユタカ様

質問を発しておいて、しばらくパソコンから離れ、別の仕事に没頭していました。ごめんなさい。

ユタカさんが
>>こんにちはさまから教えていただいた『そのままでよい』の内容はここだ!!と思ったところ<<

は、>>1528だったのですね。

わかりました。

出所の番号を教えて頂ければ、ああ、そうだったかとすぐにわかります。

「本当に実相独在に立てば……」と こんには 様がおっしゃるのは、
「現象はない、実相においてはすべてが一体で、すべてが自分自身なのだから、自由自在に、なんにも引っかかることなく、平常の心で、内からわき起こる思いのままが“そのまま”の心、実相の心なのだ」

だから「そのままでよい」ということになるのかなと、私は受けとっていました。

ところで、その >>1528の後の方に、

>>余談ですが、これは「総裁への中心帰一とは何か」にも通じるお話ですね。
私自身、自分でじっくりと解釈してみて、初めて理解できました。<<

と、こんにちは 様は書かれている。ユタカさんは、ここが

>>全く分かりません。<< ( >>1544

なのですね。

こんにちは 様がそう思われたのはなぜか、くわしい経緯は私にもよくわかりませんが、ただ私は、一般的に、上記のように

「現象はない、実相においてはすべてが一体で、すべてが自分自身なのだから、自由自在に、なんにも引っかかることなく、平常の心で、内からわき起こる思いのままが“そのまま”の心、実相の心なのだ。」

というところに立って行動すればよいので、必ずしも
「総裁には無条件にハイと中心歸一しなければならない」
と縛られるようなことではない。

かと言って、「そのままの心」は、すべてを本来神として拝む心だと思いますから、
「雅宣総裁は大悪人である」などとと決めつけて、融通がきかなくなってしまうことでもない。

まさに、「そのままの心」は「そのままの心」で、自由自在な自発の心である、と私は思っています。

こんにちは 様が、

>>思うに、感謝も、愛も、礼拝も、無限力も、生かし合いも、健康も、人間の当たり前の姿の一面相です。
しかし、一面相にこだわると、それはもう実相じゃない。
実相は、どんな姿も立場も超えて自由自在である。
それは当たり前を生きることである。
そういうことなのではないでしょうか?<<

>>1528でおっしゃっている通りですね。

いかがでしょうか。
ありがとうございます。

1552志恩:2013/05/31(金) 20:55:26 ID:.QY5jUA6
復興Gさま、いつもご指導を有り難く存じております。

そのままについてですけれど、
私は、実相は、大悪人ではなくても、やることが、大悪人の行為をした場合は、
その行為について、「悪いことをしましたね」と素直にいうことが、そのままの心を生きる
ことだと思います。

ahope様が、谷口雅春先生著「人生読本」の謹写をして下さってますが、

本日、私、「人生読本」を繰っていましたら77頁~78頁にかけて

「気取るな、そのままが一番よい」

という題のご文章が載っていました。以下,ご紹介させて頂きます。
---------------------------------------------------
【 気どるな、そのままが一番よい】

「無邪気といったら、どんなことだといいますと、気どらぬことです。

自分の そのまま を出すことです。

写真によく映りたいと思って固くなると、変な顔に映るでしょう。

知らぬ間にパッと写されると、かえって柔らかい優しい顔に映っているでしょう。

あの固くなるのが、素直でないのです。固くならない そのままが、無邪気でで素直なのです。

人間は「神の子」ですから、そのまま が一等よいのです。

無邪気で素直であれば、目の色から顔のかたち、動作、技芸、ものおぼえまでよくなるのです。

 そのままを、なんのこだわりもなく出すとき、

われわれの「内にある最も佳(よ)きもの」が、すらすら出るのです。

皆さん、そのままになりましょうね。

素直になりましょうね。

こだわりの無い心になりましょうね。

-----------------------------------------------------------

1555神の子さん:2013/05/31(金) 21:03:06 ID:???
山ちゃん1952様ブログより

2013年05月30日

自覚と決意がないものは言えない。

≪衆生の中には「自分自身」も含まれていまして、自分の前にあらわれる人々の姿を自分の心の姿だと観ずると自分が済度されるのであります。≫

この言葉は大変重い言葉です。そう軽々と人に諭すように言う言葉ではありません。

余程の自覚ができない限り難しいです。

こういうことを「大見得切って」いう人がいますが、それならばそれを貴方はどのようにして自覚し、行動されていますか?

そういうふうに返答された場合、答えられますか?

一切責任は我にアリなどというが、そういうこと言う人ほど「何もしない人」が多い。

それは実行が伴わないからである。私など自慢じゃないが、物欲あり、食欲あり、欲の塊である。そんな人が言っても、誰も信用してもらえない。(笑)

「嗚呼、こんな日本になって、申し訳ない」と自覚しているが、何も行動も伴わない。なにもしない。それならば、誰も思うことが出来ます。

そういうのは一切が自分の責任だと自覚できていない証拠であります。

「谷口雅宣」先生がこうなったのも「私の責任」だ。なんて「ちゃんちゃら」可笑しい。

それならば、「生長の家」の正常化まで親身を投げ出して、たとえ生長の家を辞任しても、学ぶ会に入信して、その間違いに生涯をかけられますか?

そんなこと出来ないで、常に自分を安定した椅子に座り、「私も一度は言った」んだが。

たった一度のことを鼻にかけてしゃべっているに過ぎないのです。それで「私の責任」などとよく言えたものである。

そんな「軽い」一切は我の責任などと言えない。

≪衆生の中には「自分自身」も含まれていまして、自分の前にあらわれる人々の姿を自分の心の姿だと観ずると自分が済度されるのであります。≫とは

覚悟というのが必要なのであります。

そうした覚悟のない済度は佛も応えてもらえないです。それほどに強い自覚が必要であります。

1556復興G:2013/05/31(金) 21:03:36 ID:AB6RqYXc

>>1551の追伸です。

私は、
「総裁が変わらなければ幸せになれない」

と思い込むのは、総裁の奴隷になることだと思います。

テキスト『生命の實相』第3巻第4章94頁に

≪ 現在の経済組織がいかにともあれ、また来らんとする経済組織がいかにともあれ、現実世界は心の世界の顕現でありますから、人間が生命の実相を悟らず、人間の征服欲が、人間の我欲が、人間の復讐欲が、現実世界を操っている以上は、そこに人間にとっての地上天国が実現すべき必然的理由がないのであります。≫

とありますが、この「経済組織」というのを「生長の家の教団組織」と置き換えても同じことではないかと思いますが、いかがでしょうか。

≪心を浄めて地上天国の根本基礎を築きなおし、そこからこそ社会改造にも出発しなければ、いたずらに犠牲者ばかり多くして効果は少ないのであります≫
(同書94〜95頁)

とも書かれています。

今こそ正念場であります。

「正念場」とは、
≪神の創造し給えるそのままの状態を念じますことを「正念(しょうねん)」といいまして、その正念の影が映れば現実世界は完全な病気も災難もない状態を現出するのであります。つまり「正念」とはあらゆる事物を神の造り給えるままの状態そのままに念ずることで、そういう正念をもって生活することを神に結ばれた生活というのであります。≫
 (同上書76頁)

≪“正念”というのは、「ここは正念場だ」などというでしょう。「ここが正念場だ」というのは、正念を出して来なければならないギリギリの場だ、という意味であります。≫
 (『真佛教の把握』50頁)

――こういう谷口雅春先生の御教えを真剣に学び、生活に実行するのが、本当に「谷口雅春先生を学ぶ」ということではないでしょうか。

ありがとうございます。

1557ユタカ:2013/05/31(金) 21:08:25 ID:R1D4Jmeg
復興Gさま

まだ、ゆっくり読めていませんが、こんにちはさまの出所は>>1527 >>1528です。

また、のちほど・・・

1558神の子さん:2013/05/31(金) 21:24:10 ID:???
>>1556で復興G様のおっしゃるとおりだと存じます。
「総裁が変わらなければ幸せにならない」と思い込むのは,総裁の奴隷になります。
ていうか、
総裁は、変わらないと思いますので、
復興G様はじめ、昔の大物の方々に、もともとの教えを、われわれは学び直して、
本来の生長の家の灯を灯し続ける使命があるのではないかと存じております。

ここは、全国の方々閲覧されてますので、共に学ばさせていただきます。
いつも、ありがとうございます。
================================
以下、
ひとりごと板にWEB誌友会板関係の書き込みがございましたので、転載させて頂きます。

【ひとりごと板】

3679 :rei:2013/05/30(木) 07:56:52

トキさま
おはようございます。

悲しみと喜びが一気に押し寄せて複雑な今日この頃です。
裁判結果、予期していても、信徒にとってこれほど悲しいことはありませんね。
ネットに流れていたことが本当だったのだと、確認出来てしまう一日でした。

web誌友会の可能性の素晴らしさは特筆すべきではありませんか?
講師も自宅にいらっしゃるので自分の書庫から好きな本を引っ張り出して来て
自由自在に誰の制約も受けずに講義出来る。
人目を気にせずに質問も出来る。
全国の知恵、情報が集まって来て、真面目に答えて下さる方がおられる。

独立してもいいのでは、と思えるほど素晴らしいです。
掲示板を運営して下さってるトキさまに心から感謝しております。

合掌
==============================

3683 :トキ:2013/05/31(金) 21:08:20
>>3679

rei様

 今は大変ですが、これで良くなるしかないと本気で思っています。

 私も在籍年数は長いですが、活動をしている私自身、教団の運営のあり方には疑問を感じる事が
多々ありました。これは、今の総裁が就任する前からそうでした。

 が、一度、こういう事があったら、みんな、本気で反省をすると思います。

 ミクロの視点では、こういう騒動は恥ずかしい事ですが、マクロの視点では、良い事だと
思っています。

合掌 ありがとうございます

1559トキ:2013/05/31(金) 21:25:09 ID:2/B5w8I6
>>1555

 どうも山ちゃん1952様の御文章は私はよく趣旨が理解ができないのですが、あえて、私見を申しあげます。

 吉田松陰先生は、松下村塾を開き、29歳で亡くなるまで後進のご指導に当たられました。吉田先生のお考えは
当時の幕府からしたら大変な危険思想ですが、先生御自身は温厚で、親切丁寧に若い人達の指導に当たられたよう
です。(まあ、このあたりは、山ちゃん1952様の得意分野ですが)

 吉田先生は、倒幕の計画は立てられましたが、実行の以前に捕らえられ未遂に終わっています。ですから、実行
という面では結果は遺されませんでした。それよりも、多数の若い人を指導され、その薫陶を受けた若者が後年、
明治維新をなした事を考えると、松下村塾でのご指導こそが、吉田松陰先生の最大の功績かと思います。

 一部の人達が総裁の打倒を唱えたり、裁判をする事については、私はコメントを避けますが、こういう混迷の
時期に、復興G様などの先達の方々が、正しい谷口雅春先生の教えを吾々後輩にご指導をされることは、私は
松下村塾でのご指導に匹敵する偉大なご功績であると、考えております。

 以上はトキの感想です。

合掌 ありがとうございます

1560志恩:2013/05/31(金) 21:28:12 ID:.QY5jUA6
1558:志恩です。

1561志恩:2013/05/31(金) 21:41:07 ID:.QY5jUA6
トキ様

教えていただきながら、
人それぞれの考え方が、ございますから、意見を発表し合って、
また、それにご意見や反論がありましたら、発表し合うので、
切磋琢磨して、魂の進化が得られるのだと存じます。

私は、未熟者ですので、わからないことや、そうとは思えないことは、
復興G様やトキ様の胸をお借りして、正直に書き込ませて頂いております。

不愉快に思われた場合は、遠慮なくお叱りください。

1562復興G:2013/05/31(金) 22:33:32 ID:AB6RqYXc

皆様、ありがとうございます。

今回ユタカ様の提唱で自主勉強会をされたテキストの終わりの方を、もう一度おさらいしましょう。

≪……世界の改造家がもし切実に人類を愛し、本当に地上天国をこの世に招来しようと思うならば、まず生長の家に来り地上天国の雛型たるべき各自の生命の実相を「見真」しなければならないのであります。

神の造りたまえる存在の実相に透徹し、その実相を雛型としてそれを現実世界に現わして[のみ]この世界は本当に地上天国となるのであります。

我欲や見当違いで改造改造と力んでみても、各自の心に神の子としての生命の実相が見真されていなければ、盲人の手引きで、多数の盲人を河中へ突き落とすようにエッサエッサと改造の掛け声を掛けながら、現在の人類をまた別の地上地獄へ突き落とすに違いないのであります。

心が形の雛型となる! ではまず心に自己の生命の円相を自証せよ、組織は自然に浄まるであろう。≫

  (『生命の實相』第3巻 94頁より)

ありがとうございます。

1563トキ:2013/05/31(金) 22:35:40 ID:2/B5w8I6
復興G様、素晴らしいご指導をありがとうございます。

この誌友会は多くの信徒さんにとって、貴重な学びの場です。
個人としても、信徒の一人としても、深く感謝申し上げます。

合掌 ありがとうございます

1564トキ:2013/05/31(金) 22:36:22 ID:2/B5w8I6
志恩 様

 私もまだまだ未熟です。だから、素晴らしいと勝手に思っています。
こちらこそ、よろしくお願い申し上げます。

合掌 ありがとうございます

1565復興G:2013/05/31(金) 23:03:47 ID:AB6RqYXc

合掌 ありがとうございます。

トキ様が、組織板<1477>

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1322573377/1477

に書かれた「生長の家教団の理事、参議の先生方へ」という訴えのご文章に、

心からの賛意を表します。

ありがとうございます。

1566志恩:2013/05/31(金) 23:32:17 ID:.QY5jUA6
トキ様

私も復興G様のご指導に感謝致しております。

復興G様 謹写〜
>>神の造りたまえる存在の実相に透徹し、その実相を雛型としてそれを現実世界に現わして[のみ]この世界は本当に地上天国となるのであります。
我欲や見当違いで改造改造と力んでみても、各自の心に神の子としての生命の実相が見真されていなければ、盲人の手引きで、
多数の盲人を河中へ突き落とすようにエッサエッサと改造の掛け声を掛けながら、現在の人類をまた別の地上地獄へ突き落とすに違いないのであります。
心が形の雛型となる! ではまず心に自己の生命の円相を自証せよ、組織は自然に浄まるであろう。≫

  (『生命の實相』第3巻 94頁より)<<

この謹写につきましてのことですが、
これは、教団も、本流も、…われわれも、この精神で、、ということだと存じます。

しかし、もしも、これが、
我欲や見当違いで、、ということが、本流のみを批判されるものでありましたら、
それは、それこそ、見当違いだと、私は思います。

1567期待!!:2013/05/31(金) 23:39:03 ID:kMrMC83s
ホームページ作成
有り難うございました。
たいへん当店に感謝します
以上 宜しくお願い致します。(^0^)
再度のあなたに感謝する根気良さと愛!!!
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1568志恩:2013/05/31(金) 23:42:26 ID:.QY5jUA6
トキ様の組織板>>1477:のご文章、拝見しました。
大変すばらしいご文章だと、私も賛同させて頂きました。

1569こんにちは:2013/06/01(土) 00:07:07 ID:ZOvWhJ3.
ユタカ様

お返事が遅くなり申し訳ありません。

総裁への中心帰一に通じるという私の発言の主旨は、復興G様のおっしゃる通りです。
昨今、中心帰一に対する硬直した発言が見受けられますので、自由自在なる心からの発露が本当の中心帰一であると申し上げたかったのです。

なお、谷口雅春先生のおっしゃる「そのまま」「当たり前」は、究極的なお話であると思います。
ですから、ある意味では簡単なことではないかもしれません。
しかし、真理を研鑽する中で無限に生長しつつあることを素直によろこぶ心は「そのまま」であると思います。

1572こんにちは:2013/06/01(土) 00:35:14 ID:ZOvWhJ3.
>>1534 a hope様

イカロスの歌、聴かせていただきました。
私なりの解釈で申し上げれば、沢庵禅師のような態度こそがイカロスであると思います。
生活化しない生悟り(=ニセの翼)で舞い上がったが、ずぶ濡れになってしまったということです。

谷口雅春先生のおっしゃる「そのまま」「当たり前」は、ある意味ではとても遠い彼方にあるように思えます。
しかし、実相の分からない者が素直に「分かりません」と言うこともまた、「そのまま」「当たり前」であると思うんです。
実相を生きることは、ある意味では遠い彼方にありますが、ある意味ではすぐそばにあるとも言えるのではないでしょうか?

私は、谷口雅春先生のお話を解釈しながら、「自分の偽らざる本心こそが実相なんだな」と思いました。
一見、実相のように見えなくても、本当は実相からの発露であるというか、そんな感じです。
あまり頓着せずに、自分の思う道を思いっきり生きるのがいいんじゃないかなあ、と。

でも、これは私の個人的意見です。
谷口雅春先生なら、どうおっしゃるのかなあ?

1573ユタカ:2013/06/01(土) 07:40:40 ID:R1D4Jmeg
みなさま、ありがとうございます。

ゆっくり考えながら読ませていただきます。 しばし沈黙します・・・

1574a hope:2013/06/01(土) 07:57:56 ID:edEDolt2
みなさま おはようございます。

みなさまのペースに、だいぶ遅れてついて行っている a hopeですから、話がずれていたり、
すでにご指導してくださっている内容だったら、ごめんなさい。

>>153で3ユタカさまが、
<<皆さんは、『そのままでいい』をどのように考えますか??>>
と質問してくださっています。
自分なりに考えてみました。


(『そのままのでいい』 a hopeの見解)

実相は完全円満で傷つくことはないのだから、現象生活では自分の思うままに、何を言っても何をしてもいいというのは、
「我の心」であって、「そのままの心」ではなく、『そのままでいい』ということにはならないように思います。
『そのままでいい』というのは、『神の心のままでいい』ということなのだと思うのです。


神の子として神の御心に近づこうとする心、神の子の自覚を悟ろうとする誰もが本来持っている信仰心(向上心)ではないかと思います。

神の心=大和精神=愛

生長の家の「愛」は「自他一体の自覚」であるとここで教わりました。
目の前に現れた相手の姿は、自分の心を映した観世音菩薩さまであると思って、礼拝しそこから学ぼうとする心。

そんな心かな〜なんて思います。

わたしは、相手を「神の子」として尊重する気持ち(思いやりの心)が少しもないまま、
自分の我の心を出して何かを言ったり行動したりすることが、『そのままでいい』ということにはならないと思います。


志恩さまが、>>1410で、
<<われわれは、実相を表現する舞台として、この現象世界を与えられております。
だから、現象世界は、表現の場なのです。>>
と、ご指導してくださっています。

わたしも、まさにこの現象世界は、「神の心」を表現させるために、御親である神さまが、
わたしたち神の子に与えて下さった「最高の舞台」なんだと思います。


『そのままでいい』=『神の心のままでいい』ということになると思います。

わたしたち生長の家信徒は、その心に近づくために、聖典・聖経を拝読したり、神想観をしたり、愛行をするのだと思っていましたが、
違うのでしょうか?

1575a hope:2013/06/01(土) 07:58:48 ID:edEDolt2
>>1572こんにちはさま

ご指導ありがとうございます。
<<沢庵禅師のような態度こそがイカロスであると思います。>>
わたしも、「イカロスの翼」のことは、沢庵禅師のことを考えていて浮かんできました。

<<谷口雅春先生のおっしゃる「そのまま」「当たり前」は、ある意味ではとても遠い彼方にあるように思えます。
しかし、実相の分からない者が素直に「分かりません」と言うこともまた、「そのまま」「当たり前」であると思うんです。>>

わたしは、困ったことに、この性格上、「分かりません」のままで済ませられないのです(笑)

でも、すべての答えは、聖典「生命の實相」に書いてあると確信しています。
それに、このトキ掲示板で、復興Gさまや始め、トキさま、こんにちはさまなどの大先輩からご指導が受けられるのですから、
今は大安心の心境です。
わたしは、本当に幸せです。

みなさま、ありがとうございます。 合掌。

1576髪の子:2013/06/01(土) 08:16:40 ID:0ZjosHJM

皆様ありがとうございます。
皆様の意見を聞かせてもらいながら、大変勉強になります。
感想を述べさせてもらいます。

生長の家は「ねばならない」をとく教えだと言われます。
確か、雅春先生はどこかのご著書で、真理にさえもひっかかるなというお言葉を拝見した記憶ございます。

「ねばならない」は「生きるぞ」と力み込んでいるように思います。
「ねばならない」の気持ちから解放される時「生かされている」の心境に思います。しかし雅春先生は「真理」としてお説き下さったときには、ねばならないの表現はあった気もします。

「宇宙の大生命の生きる力に任せて生かされよう…。朝が来たらご飯を食べよう。人前でおならをしたら、謝ろう。人間死なしというけど、やはり亡くなってその人に会えないのは寂しいよ」など、そういう自然に発する思いや、自らの行動も、そのままの心なのかな…。
もし、そこで間違いというか、秩序に反する事があれば、必ず修正の機会が来るようにも思います。

1577髪の子:2013/06/01(土) 08:33:48 ID:ZTt15T/6

参考までにお伝えします。
光明掲示板で「そのままの心」と入力検索してみてください。
童子様、マリーゴールド様、コスモス様が雅春先生のご著書を謹写されている「そのままの心」に関するご文章が出て参ります。

1578志恩:2013/06/01(土) 13:42:34 ID:.QY5jUA6
>>1577:髪の子様、

早速、光明掲示板の方で、「そのままの心」、検索してみましたら、載っていました。感謝。
只今、このWEB誌友会板では、【そのままの心】とは、についてでディスカッションの最中ですので、
そのところを重点的に、転載させて頂くことに致しました。
-------------------------------------------------------------

  ☆ そのままの心 ☆ について〜

光明掲示板より

十月十日 【そのままの心に成る日】 (本日午後一時より小倉市堺町国民学校にて白鳩会) (2280)

日時:2012年10月07日 (日)

名前:童子

 ‘そのまま’の心とは、天地は本体『一』であるから、天地一切と調和ちたる心である。

人は生れたるままの心 ―― 即ち『實相の心』 ―― になることが必要である。

      ‘そのまま’が天衣無縫である。どこにも隙がないのである。

      天衣無縫が無敵であり、うまれたる侭さながらである。

『無敵の用(はたらき)は生れながらにして其形像幼童の如し』ともあり、『平法は温和にして心広し。故に無敵にして其体豊か也』とも『無敵の体は広大也。
 天地の万物を包括せるが如し』ともある。

 ひろびろと‘そのまま’の心になる時、天地は‘わがもの’。‘わがもの’となる時、もう何処にも敵がないのである。


 『敵と成る者山河を動かすとも、我が心体の裏にして、何ぞ外に向って敵として戦ふべきか』と云う山内翁の語(ことば)に至っては、
 実に、天地は‘わがもの’ ―― の自覚あってのみ云い得ることである。

 この点、宮本武蔵の『五輪書』などに、敵に対する技巧について細々と書いてあるのに比較して、山内蓮心翁の『平法』の方が偉大であるとも云える。

 宮本武蔵は敵に勝つことに心逸った趣があったが、山内蓮心は敵無きことをその極致としたのである。
敵は外部にあらわれて『山河大地を動かす』とも、その姿は外にあらずしてわが心内の姿の映像とせるところ、

また先ず内の敵を斬ることを先にして、『何ぞ外に向って敵として戦ふべけんや』を後にせる素晴らしい心境である。

1579志恩:2013/06/01(土) 13:46:47 ID:.QY5jUA6
光明掲示板より ☆そのままの心☆ について

日時:2013年05月24日 (金) 08時57分
名前:童子

    生長の家信徒行持要目

 (前略)

 ニ. そのままの心を大切にすべし。

  そのままは零なり、一切なり、
○(まる)なり、円満なり、無礙なり、無限供給なり、調和なり、病なきなり、
一切の不幸、災厄、病難は‘そのまま’を外したるときあらわれるなり、

 顧みてそのままの心に復(かえ)るとき、一切の不幸は滅す。

 (後略)

1580志恩:2013/06/01(土) 13:53:21 ID:.QY5jUA6
そのほか、
マリーゴールド様、コスモス様も 
☆ そのままの心 ☆ についての謹写を
されておられますが、長文ですので、以下のスレッドをご覧下さいませ。

光明掲示板より
「そのままの心」に関する投稿文が 多く掲載されているスレッド
http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou

1581志恩:2013/06/01(土) 14:06:13 ID:.QY5jUA6
1580に、【そのままの心】スレッドは、載せられませんでした。
で、つづきは、
長文ですので、聖典引用板のほうへ、載せさせていただきます。

1582志恩:2013/06/01(土) 14:33:23 ID:.QY5jUA6
ahopeさま
1574:『そのままのでいい』 a hopeさまの見解


>>神の心=大和精神=愛
『そのままでいい』=『神の心のままでいい』ということになると思います。<<

簡潔に平易な言い方をすれば、これでしょうけれど、
そのまま=神の心のまま

が、自分では 神の心のまま のつもりが、我の心になってみたり……
人間は、日々、学びながら生きているのですよね。

1583髪の子:2013/06/01(土) 19:18:52 ID:ZAz7ASpg

志恩様、「そのままの心」に関する聖典の転載くださりありがとうございました。

第二青年の書P163の「人生の目的と、神の愛を生きるには」の項にも、''そのままの心''に関するご文章がございます。
御本をお持ちでない方は、「生長の家本流復活青年掲示板」に、さくらふぶき様が、謹写されてくださっています。第十三章にございます。

その後、同書P194の第十五章を拝読戴けましたら、「そのままの心」は日本精神であることに悦び溢れることと思います。
そのままの心について語りあえることは、私たちの日本人としての遺伝子にあるから、だからこそなのですね。

ahope様が>>1574で最後にお尋ねなられてますが、私的には、そのままの心に近づく為でなく、既にある、そのままの精神を自覚すると申しますか、顕現する為に、神想観や聖典拝読を行っていくのだと思いました。

1584髪の子:2013/06/01(土) 19:48:13 ID:dwuUzalc

生長の家本流復活青年掲示板

http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=seinen&amp;mode=res&amp;log=61

1585ユタカ:2013/06/01(土) 22:21:56 ID:R1D4Jmeg
みなさま、ありがとうございます。
ゆっくり読み返しさせていただきました。皆様が真理の研鑽をされている中に私は感想になってしまうかもしれません、それなのに、すみません・・・発言させて下さい。

外では裁判で、なんやかやと大騒ぎしている中で、このWEB誌友会板で皆さまが真面目に真理に向き合いながらその一つ一つに真剣な気持ちがこめられていることが伝わって来て、非常に感動し、涙が出そうになるのを我慢しました。
こういう時期に、皆様が「谷口雅春先生の御教えの生長の家」を愛し、仲良く研鑽されているお姿が尊くて神様に見えました、その感動に『そのままの心』を実感した気になりました。

そして、私自身も皆様と同じ一つの生命の中にいて生かされている一体感でいっぱいになり、「そのままのこころ」とは、
神様の御心、 神はすべてのすべて 神のほかにあるものなし との言葉が心に浮かんで自分の中でそのように感動しながら納得しました。

ここにいらっしゃるすべての皆様の真理を研鑽なさる尊いお姿が、神様そのものに見えて・・・
皆様の存在自身が『そのままの心』と思いました。

そのままのこころ=神さま=すべてのすべて とユタカはこのようになりました。


以上が今の感動を速報する素直なそのままの感想です。

そして、信徒同志は神の子を磨くために手に手をとり仲良く向上していくことが生長の家の信徒となり、自分が変われば世界が変わる。信徒同志が仲良くして生長の家を勉強しそれを生き抜くときそこに道が出来てゆくことを信じます。

1586ユタカ:2013/06/01(土) 22:50:18 ID:R1D4Jmeg
そして、「そのままの心」は血液の中に白血球を創り、本来はない病菌が迷いによって仮の姿を現したとしても対応できるように準備している偉大なる神様の御計らいを考えると、

実相世界に戦争はありませんが、人類全体の映しこの世で、尖閣諸島問題や著作権問題などは「そのままのこころ」で適当な対応が必要です、とこう思います。

1587人気店:2013/06/01(土) 22:54:22 ID:kMrMC83s
人気店
商品は長期にわたり更新します
新型は途切れません
多く見学してか下さい
入ります:
◆★担当者:川古琴心
◆★連絡先:brandvbag@gmail.com
◆★当社URL:http://www.brand-vbag.com
http://www.bag-better.com
http://www.brand-cuco.com

1588志恩:2013/06/02(日) 00:22:11 ID:.QY5jUA6
髪の子様

あれこれと家事に忙しく、PC の前になかなか座れずにおりまして
お礼の言葉が遅くなりましたが、
さくらふぶき様が謹写されました「そのままのこころ」に関するスレッドを
ご紹介下さって、ありがとうございました。

聖典板の方へ掲載させて頂きました。

この生長の家本流復活青年掲示板に、「第二青年の書」をまるまる1冊分を謹写された 
さくらふぶき様も
たしか、髪の子様なのでしたよね。ほんとうに、あなたさまは、貴いことをされ続けていらして、
頭がさがります。心から尊敬いたしております。ありがとうございます。

1589ユタカ:2013/06/02(日) 00:32:05 ID:R1D4Jmeg
トキ様 復興G様 元本部職員D様 訊け様 志恩様 こんにちは様 a hope様 髪の子様 goro様 神の子様 解説者様
あさひ様 ありがとう様 SAKURA様 さくら様 皆々様(WEB板でユタカが帰ってきてから話した方々です、その前やもれてしまい書いていなかった方がいたらごめんなさい!)

読み返すとまた感動して、今は近くに人がいないので泣いてしまいます。皆々さま、本当にお世話になります、合掌、有難うございます。

>>「現象はない、実相においてはすべてが一体で、すべてが自分自身なのだから、自由自在に、なんにも引っかかることなく、平常の心で、内からわき起こる思いのままが“そのまま”の心、実相の心なのだ。

まさに、「そのままの心」は「そのままの心」で、自由自在な自発の心である、と私は思っています。


復興G様、いつもいつも正しく深く的確な素晴らしいご指導をありがとうございます。こんにちはさま、ご解説をありがとうございます。「そのままのこころ」のところより前にいらした元本部職員D様、分かりやすく、丁寧に教えてくださいました、ありがとうございます。
志恩様、資料をあちらこちらから集めてたり、活発なご意見を沢山下さったり、お世話くださり有難うございます。 a hope様いつも話題の提供と勉強会のおつきあいをありがとうございます、ご回答にも勉強させていただいております。 髪の子様 活発で親切で自由自在なご発言に感謝しています、ありがとうございます。あさひさま、ありがとうございます。神の子さまありがとうございます。ありがとうさまありがとうございます。SAKURAさまありがとうございます。さくらさまありがとうございます。
最後になりましたが、トキさま、心から感謝します、ありがとうございます。。。

WEB板の皆々様、これまで、返信しないで、すごいスピードで前進して失礼の段、お詫びいたします。申し訳ございませんでした。
これからも、よろしくお願いいたします。 また、もれていらっしゃるかたがいましたら、再度お詫びいたします。

1590ユタカ:2013/06/02(日) 01:05:45 ID:R1D4Jmeg
感動したので、ここにも転載させて下さい。 ルール違反?

>2336 :志恩:2013/06/01(土) 21:51:08 ID:.QY5jUA6
本流青年掲示板より
 「そのままの心」について〜

第十三章  青年と真理を語る  (2) (394)
日時:2011年08月14日 (日) 21時28分
名前:さくらふぶき

 人生の目的と、神の愛を生きるには

 岩間 人生の目的というのがよくわからないんでお訊きしたいんです。

 愛行そのものを人生の目的として愛念を実行すること、それから神様と一体となる、そういうような実感を得るのを人生の目的とするかということ、
 そういうことでいろいろ悩んでいるんですけど。
 それでどうも生活がちぐはぐになっていくのを引きしめるために、どういうふうにして目的をたてていくかということをお聞きしたいのです。

 谷口 人生の目的という問題は、いつも講習会で一日の講義の課題になっておるのでありまして、それを唯今の短時間で全部話すということは、
ちょっと難しいんでありますけれども、
大体もう予備知識もある方だと思いますから簡単にいいますと、人間は神様の自己実現であり、
しかも最高の自己実現として、万物の霊長として現れているのであります。

 そこでその神というのはいかなるものかというと、「神は愛なり」とキリスト教ではいいますし、仏教では仏心とは大慈悲心だともいいます。
 その大慈悲心そのものの顕れが観世音菩薩であるといわれているのであります。
 だからキリスト教でも仏教でも慈悲とか愛とかいわれるのが仏様や神様の内容を為しておると見ていい訳であります。

 それで神の愛を人間が実現するということは、人間が地上に顕れたところの究極の目的であるといえます。
 愛を本当に実現し得た時に、人間は本当に深い喜びを感ずることが出来るのはそのためであります。

 そこで愛を実現するには、どうしたらいいかということになるのでありますが、
 これは趙州和尚が「平常心是道」と言ったように、先ず第一、平常の心――そのままの心――を大切にすべしというのが、

 あの生長の家の信徒行持要目に書いてありますが、「そのままの心」というのになることです。
「そのままの心」です。「そのままの心」というのは〇(ゼロ)の心であって、〇(ゼロ)っていうのは一体何かというと、我というものが無い心です。

 我というものは一種の個人主義を持っています。そして肉体的な性格を持っているのであってその自己中心的な性格を一遍精算してしまって、
 これから必ず人の為にだけなることを実行致しましょうというように大決心をすることです。

 その大決心によって「自己中心的」な自分というものを自己抛棄し、捨て去って、そこから自然に動き出してくるのが「
 本当の平常心」「そのままの心」ですね。

 自己愛や利己心もそのままにあるのが、「そのままでいいんだ」と、

 そういう「そのままの心」じゃなくって一遍「ニセモノの自分」を捨ててホンモノの「そのままの心」ですね。

 そのまま自我の我というものがなくなって、〇(ゼロ)になったときの「そのままの心」です。

 無我になると、そうすると物事がなんでもスラスラといくようになるのです。
 なんでも我というものがあるとスラスラといかない。
 自分の「我」の形に引っかかるわけです。

 そして周囲が「我」の形にぴったりと添うてくれなかったら、摩擦がおこってうまくいかない、
 つまりチグハグになるのだから自分というものをまず〇(ゼロ)にするんですね。       つづく

1591ユタカ:2013/06/02(日) 01:07:59 ID:R1D4Jmeg
続き

>2337 :志恩:2013/06/01(土) 21:55:49 ID:.QY5jUA6
 (つづき)

   大体人間が神の自己実現として、神をこの世の中に実現するには、二つの方法がある。

 一つは、自分が〇(ゼロ)になって神様に全部無条件降伏をすることなんです。
 そうすると、その自分の我が無条件降伏したら、自分というものがなくなって、神様がそこに顕れて、

 神様が「本当の自分」だから、それで「自分がやること」が即ち「神のやること」であるということになるのです。


 もうひとつのやり方は、自分というものをできるだけ拡大すること。
 「自己拡大」を徹底的にやるのであって、それは自分は「神の子」であるということを一心に念じて、

 常に「自分はここに神が生きているのである」という念を、ふだんも常に念々持続して絶やさないように精進努力をして、
 そして神想観を一所懸命に励んで、そして自分の努力によって、自己の自覚を拡大してゆく、今日は昨日よりも拡大し、

 明日は今日より、あさっては明日よりも拡大してですね。
 毎日毎日神想観を励んで、われ神の子なりの自覚を一層深めていくというその修業によって、自分が拡大されて、

 ついに神と同じような偉大な生活に入っていくというわけで、その自分で努力して一所懸命にやっていくのが、
 いわゆる自力門とか聖道門とかいわれるのであって、よほどの大努力を要するわけなんです。

 もっとも第一の「自己抛棄」の方も「抛棄する努力」はいるけでども、
 とも角それは現象の自分の現在というものがほんとうに見苦しいものだ、こんなにきたない、無力なものであると気がついて、

 自分では努力しても甲斐がないというので、へりくだりの心を起してすっかり自分の「我」というようなものを捨てて、
 “神様どうでもして下さい、神様のせよとおっしゃることを、なんでも素直に致します”というので、それに無条件降伏するんです。

 即ち、神のとりこになる。神の捕虜になってしまうのです。
 神の捕虜になったら反抗するわけにはいかんのであって、神様がするとおりにさせられるということになって、
 ここにはじめて「自分の置換」というものが他動的に行われるということになるんです。

 まあその二つの他力的方法か、自力的方法か、
 どちらかによって自分というものを自己抛棄して他力的に乗托して自分というものをおきかえるか、

 自己拡大してついに神に達するかによって、
 自分というものが「ここに神が生きておる」という大自覚のところへ入っていくのでありますね。

 他力的方法も自力的方法も、いずれも兎も角、現在の不完全な自分は否定しなければならぬ。

 そして「神が自分に生きている。神は愛である」ということがわかってくると、
 それが実際に生活に実現してくるのでありまして、それがなお、いろいろと摩擦があったり、さわりがあったりするのは、
 まだその自覚に到達しないのであるから、そこのところをよく反省して、自分を捨てるか、

 それとも自己拡大するか、まあ自分の生まれつきの性格に従って、どちらでも選んで、そして精進努力して行かれれば、
 やがて、本当に神を自己の内に自覚せられる時が来るにちがいありません。

1592志恩:2013/06/02(日) 01:21:25 ID:.QY5jUA6
ユタカ様

「そのままの心」についての感想を書いて下さいまして,ありがとうございます。

>>そして、私自身も皆様と同じ一つの生命の中にいて生かされている一体感でいっぱいになり、「そのままのこころ」とは、
神様の御心、 神はすべてのすべて 神のほかにあるものなし との言葉が心に浮かんで自分の中でそのように感動しながら納得しました。

ここにいらっしゃるすべての皆様の真理を研鑽なさる尊いお姿が、神様そのものに見えて・・・
皆様の存在自身が『そのままの心』と思いました。

そのままのこころ=神さま=すべてのすべて とユタカはこのようになりました。

そして、「そのままの心」は血液の中に白血球を創り、
本来はない病菌が迷いによって仮の姿を現したとしても対応できるように準備している偉大なる神様の御計らいを考えると、

実相世界に戦争はありませんが、人類全体の映しこの世で、尖閣諸島問題や著作権問題などは「そのままのこころ」で適当な対応が必要です、
とこう思います。>>

ユタカ様は、私達1人ひとりを、いつも神の子と礼拝して下さって、元気を頂ける言葉で励まして下さるので、大変、ありがたく
幸せな気持ちにならせて頂けます。

私は「そのままの心」で心に浮かぶのは、義母と実母のふたりのことなんです。
ふたりとも、毎朝、甘露の法雨読誦と神想観を欠かしたことはないのですが、それだけでなく、24時間、神想観…

口を開けば「かみさま、かみさま」が口ぐせで、肉じゃが1つこしらえる時でさえ、「かみさま〜っ、美味しくできますようにぃ〜♫」
と言ってました。(義母は亡くなり,実母は生存中)

私も、それは見習って、生きております。

1593復興G:2013/06/02(日) 05:14:35 ID:AB6RqYXc

合掌 ありがとうございます。

ユタカさんの素直な清らかな心に感動しています。

「そのまま」の「そ」は「素」であり「もと」であり「一」であり、神である。

だから、「そのまま」は「神のまま」であり、構えない、対立しない、空っぽの心である。
それが大和精神であり、愛の心、大調和のこころである。

そう思いました。ありがとうございます。

1594髪の子:2013/06/02(日) 12:23:15 ID:GpLjp1XI

>>1588

志恩様、聖典板にも、さくらふぶき様の謹写の転載をありがとうございます。そして、さくらふぶき様のご愛念に感謝申し上げます。

私は、さくらふぶき様ではございません。
谷口雅春先生を心から感謝尊敬申し上げ、様々な掲示板を閲覧勉強させて貰っている1信徒です。昨日、第二青年の書を拝読しておりましたら、「そのままの心」に関するご文章を目にしまして、こちらの掲示板でお伝えしたいと思った次第です。

志恩様、いつもありがとうございます。

ユタカ様、ユタカ様のお優しい気持ちに感謝申し上げます。
皆々様、ありがとうございます。

1595志恩:2013/06/02(日) 12:42:08 ID:.QY5jUA6
髪の子様

そうですか。髪の子様は、さくらふぶき様ではいらっしゃらないのですか。
それは、失礼しました。

以前に、みすはなまる様というお方がいらして、他にも、みすまる様というお方が、いらして、
どちらのお方だったか、
マリーゴールド様、さくらふぶき様 つながりのことを話して下さったことがあるのですが、

似た様なお名前の方々が多々ありましたので、混ざっているのだと思います。
それでなくとも、私は、そそっかしい性格のところが、ありまして、、

これは、いいわけですけれど…(笑)間違えてすみません。

それにしましても、
髪の子様は、ものすごく記憶力がいいお方でいらっしゃいますねぇ。

どこに書いてあったのか、ピンポイントで探し出せるのですから、おどろきですよ。
また、いろいろと、教えてくださいますように、ありがとうございます。
今後も よろしくお願いします。

1596ユタカ:2013/06/02(日) 17:36:01 ID:R1D4Jmeg
復興Gさま、みなさま、
昨日は突然、感謝の心で一杯になってしまいました。。失礼しました。

>「そのまま」の「そ」は「素」であり「もと」であり「一」であり、神である。

だから、「そのまま」は「神のまま」であり、構えない、対立しない、空っぽの心である。
それが大和精神であり、愛の心、大調和のこころである。


復興Gさま、逸脱したので軌道修正をありがとうございました。
復興Gさまのお書き下さいました沢山の資料からの御愛念が放出されていて・・・涙が出てしまいました。

さてと・・・今週は待ちに待った、復興G様のWEB誌友会があります。

復興Gさま、予習箇所、本などありましたら、お書きください。各自で予習出来ればありがたいです。

1597a hope:2013/06/02(日) 19:00:56 ID:edEDolt2

みなさま、ありがとうございます。合掌。

わたしは、>>1598のユタカさまのコメント中の「有難うございます」「ありがとうございます」という言葉から、
ユタカさまの真(まこと)の心=神の心を感じさせていただきました。

「生長の家」では、相手に合掌して「有難うございます」というのが挨拶がわりに言われてていますが、
わたしは、教団の信徒だったころは、自分の気持ちに、相手に対する感謝の気持ちが少しもないのに、
簡単に「ありがとうございます」ということにとても抵抗がありました。

ですが今は違います。
ここで、たくさんの素晴らしい出会いをさせていただき、このような素晴らしい「真理」のお勉強をさせていただけることは、
本当に『有難い』(奇蹟のような出来事)なんですよね。
そう思うと、わたしもユタカさまのように、みなさまに、そして神さまに「有難うございます」「ありがとうございます」と
何度でも言いたくなります。

いつだったか、どなたかが(うのはなさま?)、『日本語の「ありがとう」意味、は英語の「Thank you」とは違う…』
というような文章を紹介してくださっていましたが、その本当の意味が今、やっとわかりました。

a hopeは、みなさまのペースにはついていけませんが、自分のペースで、しっかり勉強させていただいています。


今週末は、いよいよ、復興Gさまのご講話と、訊け管理人さまご司会のweb誌友会が開催されるのですね!


復興Gさま、訊けさま、トキさま、ユタカさま、

きっと、たくさんの閲覧者の方々が、心待ちにされていると思います。
わたしにも、何かお手伝いできることがありましたら、喜んでお手伝いさせていただきます。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

感謝 合掌。

1598ユタカ:2013/06/03(月) 09:31:34 ID:R1D4Jmeg
a hope様 ありがとうございます。次回の誌友会の意気込みに、熱いものが伝わってきます!嬉しいです。 ありがとうございます。

今週は復興G様が担当されて、司会が訊け様だから、訊け氏と相談してお手伝いなさってください。(訊け氏が暴走したら止めると言うのもお仕事のうちでないですか?、だけど、訊け氏は絶対に人のいう事聞きません。。。薩摩男の代表です。暴走とは・・・野球で例えるなら、自分でプレイボール!と宣言して、すぐさまピッチャーやって、即バッター席に立ちヒットをとばして、あっという間にホームベースに帰ってくる人。ある意味スゴくてのびっくり仰天です。で、部外者と言いながら人3倍しっかり』勉強しているから、自分の大好きな先生の大量投稿で持論を述べるのを少量で勘弁してもらえるようにお願いすることもお手伝いのうちかも?周りが圧倒されて、読みこなすのが・・・。訊け様のおしゃべりは本当に上手でおもしろくて、素晴らしいのですが、講義は復興Gさまを中心に振って欲しいです。次回はよろしくお願いします。)
ユタカの場合は今まで自主勉強ですから次回は参加者になります。自主勉強の時は、大勢の人が助けてくれて、感謝、感激してます。ありがとうございます。
あと、a hopeさま、ユタカは40巻通読を目指しているので、週に2章は読みたいと思っています。ここで、いろいろ話題が出ていても、見えないところで読み進んでいきませんか?ってユタカは2章づつ読み進んでいます。
先週の土曜日まで 第3巻の 生命編生命の円相の真理(上) 第1章2章までを読んで、今週はWEB誌友会があるので生命編生命円相の真理(上)第3章だけを読みましょう。
次の週 6月10〜15日 の週は 第4章・第5章を読んで、次は第4巻をご用意ください。
通読していきましょう。 分からない箇所があれば、復興G様にご質問させていただけるチャンスがあるので、とてもラッキーですから、このチャンスを生かさないと勿体ないです!!

他では教えてもらえないので、まさに、ビックチャンスです!! 本当に有難い奇跡のような勿体ないことです。
とにかく、読み進んで、G様に、教えていただきましょう! 感謝、感謝。

復興G様、どうぞよろしくお願いします。。。ありがとうございます。合掌。

1599a hope:2013/06/03(月) 11:19:32 ID:edEDolt2
>>1598ユタカさま

ユタカさまって、ホント中性的な魅力のある素敵な方ですね。

ところでわたしも今回より、web誌友会の主導権を手放させていただき一参加者として参加させていただくつもりですが、
新しい形でのweb誌友会を提案させていただいたので、もう一度わたしの提案した形のweb誌友会を紹介させていただきながら、
第14回web誌友会の「予告」をさせていただきます。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

《第14回 web誌友会予告》

・前半 (司会 復興Gさま)
日時:6月7日(金)
内容:復興Gさまのご講話 質疑等


・後半 (司会 訊け管理人さま)
日時:6月8日(土)
内容:自由参加の誌友会

☆ ☆ ☆ ☆ ☆



前半の司会は復興Gさま 後半の司会は訊け管理人さまですから、
時間配分や内容等に関しましては各司会者さまにお任せする形でいいのではないかと思います。
ですから、具体的な時間や内容は、復興Gさまや訊け管理人さまが、加筆くださるとありがたいです。


お手伝いに関してのユタカさまの提案ですが、

<<訊け氏が暴走したら止めると言うのもお仕事のうちでないですか>>
<<自分の大好きな先生の大量投稿で持論を述べるのを少量で勘弁してもらえるようにお願いすることもお手伝いのうちかも?
周りが圧倒されて、読みこなすのが・・・。訊け様のおしゃべりは本当に上手でおもしろくて、素晴らしいのですが、
講義は復興Gさまを中心に振って欲しいです。次回はよろしくお願いします。>>

こちらのお手伝いに関してですが、了解しました!
今回は、講義(講話)と誌友会が前半・後半と別れていますから、講義は復興Gさまが中心でしてくださいます。
後半の誌友会に関しましてはわたし個人的には、閲覧者のみなさまが余裕をもってついていけて、
出来るだけたくさんの方が参加しやすいような話題を提供していただけるといいな〜と思っています。
訊け管理人さまは、とても頭よい方なので、きっと上手に司会をしてくださると信じています。


<<あと、a hopeさま、ユタカは40巻通読を目指しているので、週に2章は読みたいと思っています。ここで、いろいろ話題が出ていても、見えないところで読み進んでいきませんか?ってユタカは2章づつ読み進んでいます。
先週の土曜日まで 第3巻の 生命編生命の円相の真理(上) 第1章2章までを読んで、今週はWEB誌友会があるので生命編生命円相の真理(上)第3章だけを読みましょう。
次の週 6月10〜15日 の週は 第4章・第5章を読んで、次は第4巻をご用意ください。
通読していきましょう。 分からない箇所があれば、復興G様にご質問させていただけるチャンスがあるので、とてもラッキーですから、このチャンスを生かさないと勿体ないです!!>>


本当ですね!わたしも、ユタカさまのペースに合わせて、自主勉強を続けていきます。
ユタカさま、色々ありがとうございます。

これから、仕事です。
夜、また、戻りましたら、自主勉強の方の範囲の再確認させていただきます。

それでは、みなさま、今日も素晴らしい一日をお過ごしください!

1600トキ:2013/06/03(月) 12:32:01 ID:sx0OB4XI
 誌友会、とても楽しみにしております。
復興G様、その他の皆様、よろしくお願い申し上げます。

1601ユタカ:2013/06/03(月) 12:33:43 ID:R1D4Jmeg
a hopeさま

はい、わかりました。 ahopeさまの提案素晴らしいですね、すでにそのように決定していたのに、余計なことを心配しすぎてすみませんでした。そして、人のこと言えないですね、ユタカが大暴走しちゃて・・・・ははは(笑)すみません・・・
そして、ありがとうございます。 新しいWEB誌友会をとても楽しみにしています。

よろしくお願いします。

1602復興G:2013/06/03(月) 18:50:57 ID:AB6RqYXc

ユタカ様、a hope様、トキ様、皆々様。

熱烈な 真理を求めるお心、ご愛念――すごいなと、感謝、感動措く能わずであります。

お返事おそくなって、たいへん失礼しました。

土日は私、リアルでの各種学習会や、人との面談などが次々にあり、そのことからまた新たに急いで行いたい仕事ができて、それに専念し失礼していました。

ユタカ様発議のWEB誌友会自主勉強会は、今まで数ヶ月なんとかやってたWEB誌友会とは見違えるように活発な勉強会で、私もたいへん啓発されました。

このまま、そういうのを続けられたらいいのではないか。
「訊け」どんが司会を引き受けてくれもうしたことでもあるし――あとはユタカさんと訊けどんに、やり方をお任せすればよいのではないか、という気もしていました。

しかし、a hope様が>>1599で書かれているように、

☆ ☆ ☆ ☆ ☆
《第14回 web誌友会》
・前半 
日時:6月7日(金)
内容:復興Gの講話 質疑等(司会も復興G)
・後半 (司会 訊け管理人さま)
日時:6月8日(土)
内容:自由参加の誌友会
☆ ☆ ☆ ☆ ☆

という提案があって、私がそれに同意していたということがありましたから、それはそれで実行すべきかと考えなおしてもいます。

その場合、テキストの範囲は、もう「神示」を2つずつというのではなく、神示のすべてと、第3巻「光明篇」全部(第1章〜第4章)にしたらよいと思います。
それですでに自主勉強会で予備学習済みですから、その蒸し返しではなく、新たな視点から、さらに生活・伝道に生かす研鑽をしたい。

今、『生命の實相』出版権をめぐる裁判に決着がついたので、そのことも無関係ではあり得ないでしょう。

「今こそ正念場」と私は>>1556に書いていましたが、この「正念場」において、観念論ではなく、どのように「正念」を顕して行くか。「今、起て!」と神は宣り給う。どのように起つか。

一人ひとりにその課題が突きつけられていると思います。
それを研鑽してまいりたいと思う次第です。

皆様、どうぞ第3巻95頁までをもう一度拝読しなおして、それをより具体的に、「そのままの心」をあらわにして真剣に語り合ってまいりましょう。

――と、ここまで書きましたら、それならもう「前半」の「復興Gの講話」は要らないのではないか。いきなり訊けさんの司会で「自由参加の誌友会」に入ったらいいのではないか、という内なる声が聞こえてまいりました。

どうしましょう。

1603復興G:2013/06/03(月) 19:24:14 ID:AB6RqYXc

>>1596でユタカ様が
>>さてと・・・今週は待ちに待った、復興G様のWEB誌友会があります。
復興Gさま、予習箇所、本などありましたら、お書きください。各自で予習出来ればありがたいです。<<

と書き込まれていました。

その予習箇所は、新たな箇所ではなく、自主勉強会の内容の総括を、みなさん各自でなさってみたらいかがでしょうか。

膨大な量の貴重な書き込みがあったわけですが、まだ不消化なところもありましょうから、いまいちど読み返して
(できればプリントアウトして重要と思われるところには赤線を引くなどして)
それに対する自分の考えを確立しておく。

私もこれから、それを行います。

そうして、それぞれの「総括」をぶつけ合えば、また何か
すごいものが生まれてくる可能性があるように思います。

1604a hope:2013/06/03(月) 23:27:44 ID:edEDolt2
ユタカさま

改めまして、>>1598のユタカさまの自主勉強会のご提案、大賛成です!

勝手にまとめさせていただきますと、

《ユタカさまの自主勉強の予定範囲》
6月3日(月)〜8日(土)第3巻の 生命編生命の円相の真理(上)第3章
6月10日(月)〜15日(土)第3巻の 生命編生命の円相の真理(上)第4章、5章
6月17日(月)〜22日(土)第4巻〜

このようになりますね!

わたしは、「生命の實相」は頭注版を40巻まで揃えてあります。
ですが、他にも、読んでいる本がたくさんあるので、今、「生命の實相」は第24巻で足踏み状態です。
わたしもいずれは全巻通読を目標にしてはいますが、「生命の實相」は、
ただ全巻読破すればいいというものではないと感じています。

昔は、第1巻を読むだけで、病気が治ってしまったり、人生が好転した人が続出したのですから、
その拝読の仕方や、心の持ち方に重要なポイントがあるのではないかと感じています。

先週の範囲からですが、わたしが赤線を引いた所を一部紹介させていただきます。
第3巻 生命編生命の円相の真理(上)第1章 p126 5行目〜

『聖典『生命の實相』や、月刊『生長の家』や諸種の小冊子を読んで、
それに書いてある真理を心のうちに飲んだ患者は、
物質的医学で治らなかった難病が、断然物質的治療法を無視して治っているのであります。
そしてまた、それに書いてある真理をよく理解した人が他の人に伝えてあげれば、
それだけで、物質的医学のもてあました病気が治っているのであります。…』

ここに、『真理を心のうちに飲んだ』や、『真理をよく理解した』という表現がありますが、
わたしは、そのような拝読の仕方を心がけていきたいと思っています。

1605a hope:2013/06/03(月) 23:30:00 ID:edEDolt2
>>1602 1603復興Gさま

<<その場合、テキストの範囲は、もう「神示」を2つずつというのではなく、神示のすべてと、第3巻「光明篇」全部(第1章〜第4章)にしたらよいと思います。
それですでに自主勉強会で予備学習済みですから、その蒸し返しではなく、新たな視点から、さらに生活・伝道に生かす研鑽をしたい。>>
<<皆様、どうぞ第3巻95頁までをもう一度拝読しなおして、それをより具体的に、「そのままの心」をあらわにして真剣に語り合ってまいりましょう。>>
<<その予習箇所は、新たな箇所ではなく、自主勉強会の内容の総括を、みなさん各自でなさってみたらいかがでしょうか。
膨大な量の貴重な書き込みがあったわけですが、まだ不消化なところもありましょうから、いまいちど読み返して
(できればプリントアウトして重要と思われるところには赤線を引くなどして)
それに対する自分の考えを確立しておく。>>

こちらの、復興Gさまのお言葉を a hope が要約させていただくと、

予習範囲:
①第3巻「光明篇」全部(第1章〜第4章)p95までを拝読しなおす。
②自主勉強会の内容の復習 
*このweb誌友会板の>>961から、自主勉強会用の参考資料として復興Gさまによる
「谷口雅春先生著 神示講義・自覚の巻『到彼岸の神示』より」の謹写が始まり、
その後、ユタカさまによる最初の自主勉強会が始まっています。

復興Gさまもおっしゃていますが、>>961からですと本当に膨大な量の書き込みの量になるかと思います。
復興Gさま、もしできましたら復興Gさまのご講話の「テーマ」や「内容」等をだいたいでいいので決めていただくと、
閲覧者の皆さまも予習がしやすいのではないかと思いますが、いかがでしょうか?

たとえば、復興Gさまの>>1556のご投稿内容からのテーマでしたら、「組織と信仰」みたいな感じで決めていただいてあると、
そのことについて、より深く個人個人が考えてweb誌友会に参加できるのではないかと思うのですが・・・。

わたしが、あまり発言してしまうとまた主導権を握ってしまうことになりそうなので、発言はこれくらいにさせていただきますが、
個人的には、復興Gさまのご講話は、訊け管理人さま司会の誌友会とともにとても楽しみにしています。
おそらく、他にもたくさんの方々が心待ちにされていると思われます。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

1606復興G:2013/06/04(火) 09:48:01 ID:AB6RqYXc

>>1605 :a hope様。

>>予習範囲:
①第3巻「光明篇」全部(第1章〜第4章)p95までを拝読しなおす。
②自主勉強会の内容の復習 
復興Gさま、もしできましたら復興Gさまのご講話の「テーマ」や「内容」等をだいたいでいいので決めていただくと、閲覧者の皆さまも予習がしやすいのではないかと思いますが、いかがでしょうか?

たとえば、復興Gさまの>>1556のご投稿内容からのテーマでしたら、「組織と信仰」みたいな感じで決めていただいてあると、そのことについて、より深く個人個人が考えてweb誌友会に参加できるのではないかと思うのですが・・・。<<

――それは、いいですね。

「組織と信仰」――実は、私も「組織」というのが苦手で、今までやってきました。果たして「組織」と「信仰」は両立するのか? という疑問を感じながらやってきました。

しかし、「信仰」は個人のものでありながら同時に個人のものではない。
内面的には個人のものであるけれども、実際生活に於いては、『生命の實相』第3巻の巻頭にありましたように、

≪一人の生命が全体の生命のために生命を投げ出したとき、その生命は、全体の生命と一つになる。ひとりの生命がはなれ離れに動き出そうとするときには、いろいろの衝突や摩擦が起こるが、全体の生命とひとつになって、宇宙といっしょに動き出すならどこにもわれわれの活動に無理はおこらない。

 われわれが各個人(ひとりひとり)離ればなれに動き出すのは、たとえば、時計の針が針の力ばかりで動き出そうとするにもひとしい。そこには無理があり摩擦があり、ひょっとすればその時計の針が折れるかもしれないのである。

 しかし時計が全体の力で動いているときは実に小さなバネの力で長時間なめらかにそれは運転をつづけるのである。全体といっしょに動く生活、全体の力で生きる生活、自分だけの力で生きない生活、「我」で生きない生活、捨てたときおのずから生きてくる生活、これならいつまでたっても行きつまる気づかいはない。これが「生長の家」の生活である。≫

――そういう意味では、信仰生活は個人のものではない。全体の生命とひとつになって、全体とともに生きる生活でなければならない。

「個即全」というのが神の国のすがたであり、それを現実の国のすがた――国体として顕してきたのが日本ではなかったのか。

今、「組織と信仰」と言えば、教団に属している人は教団の組織運動と生活、ということを思い浮かべるでしょう。
しかし、その教団が本来の「一」なる神から離れておかしくなっているのではないかというので、“こちらこそ本流”と名乗る別派が幾つも生まれているのが現状です。

ですから、「組織と信仰」と言っても、人によって感じ方は様々であると思います。

「組織運動と信仰生活」と言えば、ややテーマが具体的に受けとりやすくなるかな――とも思いますが。

神の国、実相の国においては、すべては「一」であって、分裂はない。その神の国のすがたを地上にあらわすのが生長の家、「万教帰一」の人類光明化運動であると思います。

その生長の家が、分裂抗争しているのでは、話にならない。

では、信仰者として、われわれは今、何を為すべきか。

――そういう意味を含んだ「組織運動と信仰生活」というのをテーマにしたらいかがでしょうか。とても、とても大きな課題になると思いますが――。

1607志恩:2013/06/04(火) 11:07:25 ID:.QY5jUA6
復興G様

復興G様は、以前より、好き嫌いがはっきりされてるお方でいらして、
前々から、本流の方々が、だいきらいでいらっしゃることが、
復興G様のお言葉の端はしで、感じてまいりましたが、

このたびも、1606:で、元々の教えに回帰運動されてることについて、
分裂抗争しているのでは、話にならないと、本流の運動をされている方々を、酷評されてますが、

分裂しててでも、教えを護らなければ、と思われて運動されておられる方々に対する、
それは、復興G 様の するどい批判のお言葉に、私には聞こえます。

だれだって、したくてやってるわけでは、ないですよ。
しなかったら、どうなるか。。という想いで,皆様されておられるのです。

それでは、復興G様は、
雅宣総裁が、どのようなひどい行為をされても、すべては自分の心の鏡だ、合わせ鏡だと
とらえて、雅宣総裁の行為である現象はいっさい見ずに、おかしいことは、おかしいと思わないように、思わないように、
自分の心を諌めながら、雅宣総裁の実相を拝み、みずからは、神想観、聖経読誦、聖典拝読、

そして、愛行を、ひたすら実行して生きているのが、生長の家の信徒の、本当の生きかたであると
お示し下さっておられるのでしょうか?


雅宣総裁が、目にあまるようなあこぎな行いを、過去のみならず、現在進行形であるのに、
それらも、自分の責任だからと受け止めて、批判せず、分裂なんて言わず、ひつじのように、おとなしく生きていけと、おっしゃるのでしょうか?

私は、その考え方は、納得いきません。

合わなければ、分かれればいいでしょう。

雅春先生は、前の女性と別かれて、輝子先生と結婚されました。
恵美子先生も,前の夫と別れて、清超先生と結婚されました。
佳世子様も、前の夫と別れて、再婚されました。

合わなければ、別れておられるじゃないですか。

そして,その後、お幸せにお暮らしです。

無理矢理、トップの理不尽な考え方や,トップのあこぎな命令に合わせるのが、この教えの真理の生き方だとは、思えません.

根本の教えと違った方向へ行ってしまった。

いけないことは、いけないことなのですから。
人類にとっての、幸不幸を一番大切に考えて、真摯に生きてこそ、本来の生長の家の信徒の生き方ではないかと、
私は思います。


復興G様のお言葉〜

>>「組織運動と信仰生活」と言えば、ややテーマが具体的に受けとりやすくなるかな――とも思いますが。
神の国、実相の国においては、すべては「一」であって、分裂はない。その神の国のすがたを地上にあらわすのが生長の家、「万教帰一」の人類光明化運動であると思います。

その生長の家が、分裂抗争しているのでは、話にならない。<<

1608志恩:2013/06/04(火) 11:09:39 ID:.QY5jUA6
このような一見、分裂抗争があるから、
結果的には、将来、大調和という いい方向へ行くのではないでしょうか。

1609復興G:2013/06/04(火) 14:43:25 ID:AB6RqYXc

>>1608 :志恩様。

その通りだと思います。

私は、志恩様が >>1607で引用されたように、

>>「組織運動と信仰生活」と言えば、ややテーマが具体的に受けとりやすくなるかな――とも思いますが。
神の国、実相の国においては、すべては「一」であって、分裂はない。その神の国のすがたを地上にあらわすのが生長の家、「万教帰一」の人類光明化運動であると思います。その生長の家が、分裂抗争しているのでは、話にならない。<<

と申し上げただけであって、それ以外に何も言っておりません。

>>1556で志恩様が

>>復興G様 謹写〜
>>神の造りたまえる存在の実相に透徹し、その実相を雛型としてそれを現実世界に現わして[のみ]この世界は本当に地上天国となるのであります。我欲や見当違いで改造改造と力んでみても、各自の心に神の子としての生命の実相が見真されていなければ、盲人の手引きで、多数の盲人を河中へ突き落とすようにエッサエッサと改造の掛け声を掛けながら、現在の人類をまた別の地上地獄へ突き落とすに違いないのであります。
心が形の雛型となる! ではまず心に自己の生命の円相を自証せよ、組織は自然に浄まるであろう。
  (『生命の實相』第3巻 94頁より)<<
この謹写につきましてのことですが、これは、教団も、本流も、…われわれも、この精神で、、ということだと存じます。
しかし、もしも、これが、我欲や見当違いで、、ということが、本流のみを批判されるものでありましたら、それは、それこそ、見当違いだと、私は思います。<<

と書かれましたことは、その通りであると思っております。

>>1606で書いたことも、同じことです。
(本流のみを批判したわけではなく、これは、教団も、本流も、…われわれも、、、ということ。)

ありがとうございます。

1610復興G:2013/06/04(火) 14:46:24 ID:AB6RqYXc

間違えました。

上記の >>1556 は、 >>1566の間違いでした。

お詫びします。

1611志恩:2013/06/04(火) 14:56:25 ID:.QY5jUA6
復興G様

早速に、お返事をありがとうございます。
納得させて頂きました。

合掌 礼拝

1612ユタカ:2013/06/04(火) 17:24:11 ID:R1D4Jmeg
>>1605 a hope様 復興G様

>復興G様のを要約すると・・・・

と書かれてありましたが・・・ 復興G様が素晴らしい具体的な内容を提案なさっておられるのが書かれていらっしゃいませんので掲載させていただきます。

>>1602 今、『生命の實相』出版権をめぐる裁判に決着がついたので、そのことも無関係ではあり得ないでしょう。

「今こそ正念場」と私は>>1556に書いていましたが、この「正念場」において、観念論ではなく、どのように「正念」を顕して行くか。「今、起て!」と神は宣り給う。どのように起つか。

一人ひとりにその課題が突きつけられていると思います。
それを研鑽してまいりたいと思う次第です。

上記は非常に重要な見落とせない内容であると思われます。 吾々はこのような事態でどのように考え、行動していったらよいのか!!

今の状況にあった内容ですし、すぐには、答えがみつからないかも知れませんが、大いに発言できる内容だと思います。

今回はぜひ、吾々の「今を起つ」をどうしたら、どのように との内容で進行してまいりましょう。

よろしくお願いいたします。

1613ユタカ:2013/06/04(火) 17:27:15 ID:R1D4Jmeg
a hopeさま

再掲すると・・・

>>「今こそ正念場」と私は>>1556に書いていましたが、この「正念場」において、観念論ではなく、どのように「正念」を顕して行くか。「今、起て!」と神は宣り給う。どのように起つか。

一人ひとりにその課題が突きつけられていると思います。
それを研鑽してまいりたいと思う次第です。

==========
上記のように、復興G様のご提案で進行をさせてください。

どうか、よろしくお願いいたします。

1614a hope:2013/06/04(火) 20:20:38 ID:edEDolt2
>>1606復興Gさま

<<神の国、実相の国においては、すべては「一」であって、分裂はない。
その神の国のすがたを地上にあらわすのが生長の家、「万教帰一」の人類光明化運動であると思います。
その生長の家が、分裂抗争しているのでは、話にならない。
では、信仰者として、われわれは今、何を為すべきか。
――そういう意味を含んだ「組織運動と信仰生活」というのをテーマにしたらいかがでしょうか。
とても、とても大きな課題になると思いますが――。 >>


「生長の家」の教えを信仰する組織は、具体的にはどのような運動をしていくことが生長の家の大神の御心に沿うことになるのか?
そしてそれは、信徒個人の信仰生活とどう結びついていくのか?

わたしは、そういう復興Gさまのご講話が聴けて、さらに今回のweb誌友会で皆で話し合うことができたら素晴らしいと思います。
これは、教団側、本流(分派)側では、意見が大きく分かれるのではないかとも予想されます。

わたしは、「組織運動と信仰生活」というテーマでお勉強させていただきたいです。

1615a hope:2013/06/04(火) 20:21:29 ID:edEDolt2
>>1612 >>1613 ユタカさま

そうですね。
わたしは、一参加者としてweb誌友会に参加させていただく上で、どのような予習をしていったらいいのかと考えて、
そこに関する所だけを復興Gさまのご投稿からピックアップさせていただき要約させていただきました。

<<「今こそ正念場」と私は>>1556に書いていましたが、この「正念場」において、観念論ではなく、
どのように「正念」を顕して行くか。「今、起て!」と神は宣り給う。どのように起つか。
一人ひとりにその課題が突きつけられていると思います。
それを研鑽してまいりたいと思う次第です。>>

こちらの復興Gさまのご提案に関しましては、後半の誌友会の司会者である。
訊け管理人さま、ユタカさま、トキさまなど運営にかかわるか方々でお話を進めて行って下さったらうれしいです。

ですが、このことは「組織運動と信仰生活」というテーマとも、密接につながってくることだとも思います。
ですから、もちろん、わたしには異論はありません。

1616a hope:2013/06/04(火) 20:22:30 ID:edEDolt2
訊け管理人さま

復興Gさまが、ご講話のテーマを提案してくださっています。
後半の誌友会は、どのように進行されますか?
わたしは、訊け管理人司会の誌友会も、心から楽しみにしています。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

1617a hope:2013/06/04(火) 20:28:24 ID:edEDolt2
>>1616
本文中の「訊け管理人」さまの名前に敬称が抜けました。
申し訳ありませんでした。

1618ユタカ:2013/06/04(火) 22:05:31 ID:R1D4Jmeg
a hopeさま

よく読んでおりませんでした。結局一緒ですね、そのようで結構です。

よろしくお願いいたします。 楽しみにしています。

1619復興G:2013/06/05(水) 05:33:31 ID:AB6RqYXc

皆様、おはようございます。

ユタカ様、a hope様、志恩様、「訊け」管理人様、トキ様、皆々様。

ありがとうございます。

第14回web誌友会は、「まさに正念場」。
とても重要な意味のある誌友会になりそうです。

日程等の確認をしたいと思います。

日程は、a hope様が>>1599で書かれた通り、

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

《第14回 web誌友会予告》

・前半 (司会 復興G)
日時:6月7日(金)
内容:復興Gの講話 質疑等

・後半 (司会 「訊け」管理人さま)
日時:6月8日(土)
内容:自由参加の誌友会

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

とさせてください。

>>1602で、
>>もう「前半」の「復興Gの講話」は要らないのではないか<<
と書いたのは、撤回します。

そして、

>>前半の司会は復興Gさま、後半の司会は「訊け」管理人さまですから、時間配分や内容等に関しましては各司会者さまにお任せする形でいいのではないかと思います。
ですから、具体的な時間や内容は、復興Gさまや訊け管理人さまが、加筆くださるとありがたいです。<<

ということでした。で、前半については私が決めます。

前半の「講話」は、6月7日(金)午後8時(19時)までに終えるようにします。

講話が一応終わったら、質疑に入ります。

テーマは、昨夜ユタカさまが、(>>1618
「(表現は違っても)結局一緒ですね、そのようで結構です。」
と言ってくださった通りでまいりましょう。

「組織運動と信仰生活」とし、内容は ユタカ様が>>1612>>1613に書かれたとおですが――

具体的には、これまでに書いてきたこととは別の視点から――2.26事件の背景を今までに聞いたことのない切り口で語られる 橋本徹馬氏の自叙伝資料などを提示しつつ、歴史に何を学ぶか、大局的な新たな視点から、今のことを考えてみることも致します。


前半の6月7日(金)についてはそうしたいと思いますが、
後半の6月8日(土) 具体的な開始・終了時間などについては、司会の「訊け」さま、お世話役のユタカ様などで相談して決めて下さい。
よろしくお願いします。

ありがとうございます。

1620復興G:2013/06/05(水) 06:28:07 ID:AB6RqYXc

>>1619 訂正です。

× 書かれたとおですが――

○ 書かれたとおりですが――

1621「訊け」管理人:2013/06/05(水) 09:04:11 ID:???

>>1619復興Gさま


 ありがとうございます。「組織運動と信仰生活」をテーマにやり取りをする今回ですが、橋本徹馬氏の自叙伝資料など、興味深い誌友会になりそうです。ですので個人的にも、今から楽しみであります。

 さて、誌友会後半に関して以下ご提案致します。
 この誌友会「後半」ですが、開始するのは「質疑応答の終了後」頃を考えております。さらには内容ですが、「前半の話の流れ次第」ということに、決定しようと思っております。いやいったい、どんな話になっていくのかが現時点、全く読めぬためであります。ですので仮決定になりますが、誌友会後半は現時点、

○ 開始時期は、誌友会前半部の「質疑応答の終了後」頃
○ 内容は、「前半部の流れ次第」

 という感じを、考えております。状況次第で軌道修正を行いますが、基本線はこれで行こうと考えております。

 以上なにかご提案等あらば、賜れましたら幸いであります。宜しくお願い致します。



1622復興G:2013/06/05(水) 16:21:25 ID:AB6RqYXc

>>1621 :「訊け」管理人殿

今日は日中、他の仕事に入っておりましたので、お返事が遅くなり、失礼しました。

ええと、web誌友会前半は7日(金)、後半は8日(土)という予定になっていたんですが、何も日を変える必要はなかったんですね。

それなら、7日の質疑応答から、もう貴殿の司会で進めて頂いてもよいと思います。

それでよろしいでしょうか?

1625「訊け」管理人:2013/06/05(水) 16:46:33 ID:???

>>復興Gさま


 以下の件ですが、了解致しました。

>>それなら、7日の質疑応答から、もう貴殿の司会で進めて頂いてもよいと思います。<<

 ただし、以下二点をお知らせ致します。目下この様な状況でありますので、貴殿より「それでも宜しい」とのご快諾を頂戴できれば、当方は上記の件受けることは可能であります。その、目下の状況とは、

○ 7日(金)19:00直後くらいは、PCの前にいられるかどうか不明である事。
○ なお司会ですが、「論点整理の役目である」と云う認識を当方は持っている事。

 です。

 補足致しますが一点目に関しましては、現誌友会システムでは「ある程度、時間の融通は効く」との認識であります。19:00直後くらいに参加出来ずとも、皆さんへの迷惑は回避されましょうか。もしもご返答が「その通り。迷惑にはならぬ」で御座いましたら、当方は7日の質疑応答から司会が出来ると思います。

 さらに二点目ですが、「あくまでも論点整理をする役目」との認識であります。いろいろな質問が寄せられましょうから、当方では「それはこういう意味でしょうか」等の、なんと言うのか、「質問明確化の役目」との認識でおります。これについても、貴殿ご返答が「その通り」と云うことであらば、当方は7日の質疑応答から司会が出来ると思います。

 まとめますが、

○ 7日(金)19:00直後くらいは、PCの前にいられるかどうか不明。されど、8日(土)午前零時以降であれば、「参加可能か?」と云う状況です。
○これでご迷惑にならぬのならば、司会をすることは可能です。
○あくまでも「論点整理」が、メインとの認識です。(司会について)そうであれば質疑応答からの司会も、可能だと思っております。

 となります。

 以上、今回誌友会に関する、当方の状況報告で御座いました。



1626復興G:2013/06/05(水) 17:40:04 ID:AB6RqYXc

>>1625 :「訊け」管理人殿

ええと、私は第13回web誌友会までの のんびりしたペースを考えていました。

つまり、50時間、3日間にわたる、のんびりした誌友会のペースです。

それをいっぺんリセットして、ユタカさん主導の自主勉強会のペースに切り替えて考えなくてはいけなかったのですね。

前半・後半に分けるという案は、最初>>800でa hopeさんが提案され、>>837で私が、
「前半の講話に厄半日」
「後半の自由会話が1日」
で合計1日半ぐらいかけて、という提案をしていました。

私の考えでは、夜は11時頃に終えて寝(やす)み、
翌日また夜に後半を始める、ということを思っていました。

しかし、「訊け」殿のお考えは、夜から午前様になっても寝まず続けるということのようですね。

熱意はすごいなと思いますが、あまり無理せずに夜は寝て、翌日適当な時間に再開でもよろしいのではないかと、私は年のせいもあって、そう思っていたのですが……

いかがでしょうか。

1627初見者:2013/06/05(水) 18:06:00 ID:NqKwCCw6

複雑な誌友会ですねー。生長の家の誌友会ってこんなにややこしいものですか?

1628復興G:2013/06/05(水) 18:16:41 ID:AB6RqYXc

では、7日(金)は夜11時で一応お開きにします。
それまでは、皆さんのお助けをいただきながら、私がなんとか司会兼務の覚悟でさせていただきましょう。

11時以後は、書き込みしたい人は自由に書き込みをする。
それは、今までの「後夜祭」に当たりますが、同時に今度は次の自由会話誌友会の始まりになる――ということで、あとは貴殿がユタカさんなどとも相談して決めていただいたらありがたいと思います。

1630トキ:2013/06/05(水) 18:31:48 ID:7x7v50rs
>>1627

 リアルの誌友会でも、時間の制限はあります。ネット上の場合、ネット独特の制限は必要だと
思います。

合掌 ありがとうございます

1632トキ:2013/06/05(水) 21:47:13 ID:7x7v50rs
>>1629の御発言は、誌友会開催の関係から、別板の浄心行板へうつしました。
投稿者様には申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

合掌 ありがとうございます

管理人敬白

1633復興G:2013/06/05(水) 22:35:04 ID:AB6RqYXc

トキ様、お心遣いありがとうございます。

合掌

1634トキ:2013/06/05(水) 22:44:56 ID:7x7v50rs
>>1633

復興G様

 こちらこそ、行き届かないで、申し訳ありません。

 これは「暴論」かもしれませんが、誌友会開催中、不規則発言は、講師と司会の方がご意見が一致
したら、管理人の意見に関係なく、別板へうつす、という約束もあり得ると個人的には思います。

 実際には少しタイムラグはありますが、不規則発言の抑止にはなると思います。

1635ユタカ:2013/06/05(水) 22:51:19 ID:R1D4Jmeg
復興G様 ありがとうございます。

7日の開始時刻は何時でしょうか? すみません、長いことお休みしていてわからないのです、教えてください。(a hope様、ご存知でしたら教えてください。) 訊け様の8日の午前0時継続の提案ですが・・・訊けさんの体力とやる気は本当に素晴らしいですね。 ですが、復興G様は、お身体にさわるといけませんので仰いますように、その日は終了時間になりましたら、それ以降は早い時間から準備されていらっしゃいますでしょうし、一旦終了してお休み下さい。ご回答なさる明日以降〜に備えて一旦、ご退場・・・なされてくださいませ。  私も一旦終了して頂いてあとは自由ですと有難いです。


訊け様、

ありがとうございます。 WEB誌友会創始者の訊け管理人様のご登場を心から嬉しく有難く思います!!
お世話になります。再びの名司会を楽しみにしています、そのままの心を大切に!と言うことですから、蝶ネクタイ(かな?今回は別のサプラズかな?)の訊けさまで颯爽と??頑張ってください。司会のみは訊けさまで、ご講義・解説は復興G様で、生長の家の真理を<正しく学べる>と言うのが嬉しいひと時です。。。 私は参加者ですが、今の考えを発言させてください。7日は<夜通し>ですと、皆さんも大変ではないでしょうか?。訊け様も、どうぞお休みなってください、と思いますが、それは訊け様の自由です。私は参加者ですので睡眠とります。。で、その日の終了時間からは、遅い時間からの参加者様もおられるでしょうし、自由に書きたい皆様がいらしたら自由に書いていただいて、
次の日に<訊け様が要点の整理>をなさって、夜に再び登場されて復興Gさまのご都合にあわせて<御回答を復興G様に頂くよう>になさったらいかがでしょうか? 8日の土曜の昼間は皆さんそれぞれいそがしいでしょうから、夜からスタートしていただければ有難いのではないでしょうか。 復興G様もそのように仰っていますし・・・如何でしょう?

あと・・・志恩様を、どうかおとりなしくださいますようよろしくお願いいたします。

1636復興G:2013/06/06(木) 05:20:16 ID:AB6RqYXc

>>1635 :ユタカさん

ユタカさんの参加があれば、もうweb誌友会は活性化すること間違いなし! うれしいです。

ありがとうございます。

7日、と言えば明日ですね。
開始時間について――まだ決めていませんでした。

やはり開会の祈りをして、神様の天降る誌友会にしたいと思いますから、その時間を決めましょう。

いつものように、21時(夜9時)以後がよろしいのでしょうね。21時に開会の祈りでよろしいでしょうか。
祈りの言葉は、どなたか書き込んでいただけますか?

(a hope様も、“お役に立てることがあればお手伝いしたい”と言ってくださっていましたね。)

しかしその前に、午後の早い時間にでも、“2.26事件に光を当てる” “歴史から「今」を学ぶ” というような復興Gの講話といいますか、論文の投稿をしておきます。

それを読んで頂いて、ご意見あるいは質問の発表を用意して頂き、実際の質疑開始は原則として開会の祈りのあとから、ということにして頂けたら……と思います。

いかがでしょうか。

1637復興G:2013/06/06(木) 05:33:30 ID:AB6RqYXc

なぜ、生長の家の誌友会に2.26事件の話など持ち込むのか? 

「現象は、ナイ」と言われるが、歴史とは何なのか?――

≪歴史というものは、実在の生命が『無』の世界を征服して進軍する結果として現象界に現れる作用すなわち生命は如何なる階調序列をもって其の現れ方をなすか、更に『生命』が、『無』を征服する際に起こる反作用すなわち其処に如何なる自壊作用を起こすかという事の跡を辿って行くことによって、ちょっと考えると過去の出来事であって今の事とは何の関係もないように見えている過去の記録の中に、生命の『今』、生活の『今』が現れている。

過去の記録と見えるものの中に現在があり、今があり、久遠の相(すがた)があり、その久遠の相が過去に於いても現実に現れて来たし、今もこれからも現実に現れて来るのであるから、その歴史を把(つか)むことによって、『今』を知り、そうして『久遠』を知り、未来を知るということが出来るのであります。≫

――と、谷口雅春先生は『限りなく日本を愛す』の135〜136頁に書かれています。

そういうわけで、過去の歴史を調べて『今』の私たちの生き方を考えてみるのは有意義なことであると思うのであります。どうぞよろしくお願いいたします。

1638ユタカ:2013/06/06(木) 08:02:04 ID:R1D4Jmeg
復興G様

21時開始ですね。有難うございます。よろしくお願いいたします。
お祈りは今まで通りa hope様がなさると思います。

復興G様構想の歴史から紐解いた今を起つ信仰と組織との誌友会は、内容が重厚で盛り沢山で皆さんも喜ばれると思います。
住吉大神様の聖霊天降る素晴らしいWEB誌友会にご尽力くださいまして有難うございます。

1639a hope:2013/06/06(木) 08:54:47 ID:edEDolt2
みなさま おはようございます。

第14回web誌友会に関しまして、復興Gさま、訊け管理人さま、トキさま、ユタカさまなどで、
お話し合いを進めて下さっているようでありがとうございます。

>>1636で、復興Gさまが、

<<やはり開会の祈りをして、神様の天降る誌友会にしたいと思いますから、その時間を決めましょう。
いつものように、21時(夜9時)以後がよろしいのでしょうね。21時に開会の祈りでよろしいでしょうか。
祈りの言葉は、どなたか書き込んでいただけますか?
(a hope様も、“お役に立てることがあればお手伝いしたい”と言ってくださっていましたね。)>>

と、おっしゃってくださっています。
そして>>1638でユタカさまも、

<<21時開始ですね。有難うございます。よろしくお願いいたします。
お祈りは今まで通りa hope様がなさると思います。>>

とおっしゃってくださっています。
ありがとうございます。


今まではa hopeが、第2回web誌友会でユタカさまが用意してくださった『準備祈願』を、ユタカさまの代わりに再掲載させていただだいたあと、
聖経「真理の吟唱」より祈りの言葉を謹写させていただいておりました。

ですが、今回はユタカさまも登場されていますし、すでに午後から復興Gさまがご講話を始められるご予定のようですし、
わたし自身明日の日中は仕事で参加できませんので、今回は開会の「祈りの言葉」のみを担当させていただきたいと思います。
(ですが、開会の「祈りの言葉」はいくつあってもいいと思いますので、他にも「祈りの言葉」を謹写されたい方があったら遠慮してくださいね!)

a hopeの予定としましては、明日の21時(夜9時)になりましたら、「招神歌」のあと、聖経「続真理の吟唱」より『住吉大神を顕斎殿に迎え奉るための祈り』、
そして、「みすまるの歌」を謹写させていただきたいと思っております。
(リアルタイムでの謹写は不可能ですので、明朝の神想観で心を浄めた後謹写させていただき、
開会直前にもう一度お祈りした後、心をこめて掲載させていただく予定でいます。
みなさま、ご理解いただけますようお願い申し上げます。合掌。)

1640a hope:2013/06/06(木) 08:58:55 ID:edEDolt2
>>1639訂正
遠慮してくださいね!→遠慮なくなさってくださいね!

みなさま、どうぞ、このようにアホなアホープに遠慮なさらず、どんどんご参加ください。(;'∀')

1641ユタカ:2013/06/06(木) 09:05:16 ID:R1D4Jmeg
a hopeさま ありがとうございます。

続吟のお祈り! 最高だと思います! 何か、今回の誌友会にピッタリと思いました。 神業ですね。

真心こもったご愛行を有難うございます、お世話になります。 よろしくお願いいたします。

1642「訊け」管理人:2013/06/06(木) 10:43:25 ID:???

>>誌友会関係者各位


 皆さん、ありがとうございます。さて、現時点での感想を述べますと、「よく分らない」ということになりましょうか・・・・いや、今後の展開が「読めない」上に7日(金)ですが、未だ予定がつかないのです。(申し訳ありません・・・)無論、19:00頃から参加出来るかもしれませんが、あくまでも「かも」なのです。確定が出来ぬため復興Gさまには、ご迷惑をおかけ致します。

 まあそれでも、後半は「流れで」行いたいと思います。

 流れで行くとは一見、いい加減に映りましょうけれども、さにあらずです。前半の誌友会で問題に上がった点など「どこを膨らませるか」とか、「どこに関して補足資料を挙げるか」とか、現時点でまったく読めぬのです・・・・ですので「流れ」で行きたい、後半部です。

 なお、8日(土)も個人的には、「午前中から開始する」方向で調整しておりました。ところが拝読する限り、なにか違っていたみたいですねえ・・・・まあ、余りご迷惑をおかけせぬ方向で調整します。いやなにせ、現時点では「まったく読めぬ」のです。こんな返答で、誠に申し訳ありません・・・・




1643ユタカ:2013/06/06(木) 13:40:15 ID:R1D4Jmeg
訊け様

すみません、訊け様のやりやすいように土曜日はなさってくださいませ。。。
ご発言が沢山出ていたりしたら、時間があるようでしたら、どうぞ、そのようになさってくださいませ。。 よろしくお願いいたします。

あと・・・・<補足資料 >って??  どういう場合に補足がいるのでしょうか?
補足でなくて、いつもの例題のような<紹介文>という資料のことなのですよね? 

あまり先を心配せずに力を抜いて、皆さんと一緒に勉強するつもりでいつもの「そのままの」訊け様で充分にOKでないですか?『流れ』で充分だと思います、有難いです。皆さんが一杯ご発言できるように導いて下さいませ。
楽しみにしています、どうぞよろしくお願いいたします。

住吉大神様の聖霊天降るWEB誌友会ですから、神様の流れに乗らせていただいて、明るく楽しくされど勉強は真剣にやりましょう〜。^^ありがとうございます。

1644復興G:2013/06/06(木) 15:22:01 ID:AB6RqYXc

>>1639 :a hope様

7日 開会の祈りなど、どうぞよろしくお願いします。

「訊け」様

>>1643 :でユタカさんのおっしゃってるように、『流れ』で充分・・・・・・土曜日午前中からでも、やりやすいようにやってください。

皆様、よろしくお願い申し上げます。

礼拝

1645復興G:2013/06/07(金) 16:47:14 ID:AB6RqYXc

合掌 
皆様、ありがとうございます。

只今より、第14回web誌友会の「第1部」(前半)、
基調講話のようなものの投稿を始めさせて頂きます。

生きとし生けるものを生かし給える御祖神
元津みたまゆ幸はえ給え
わが生くるはわが力ならず 天地を貫きて生くる祖神のいのち
わが業はわが為すにあらず 天地を貫きて生くる祖神の権能
天地の祖神の道を伝えんと顕れましし 生長の家の大神守りませ


ありがとうございます。ありがとうございます。

生長の家大神様
只今より 第14回web誌友会の基調となる講話を始めさせて頂きます。
われ心を空しくして大神の御導きにしたがい奉る。
この投稿文が大神の御導きのままに正しい真理を現すことが出来ますことを感謝申し上げます。

このweb誌友会にご参加あるいは閲覧くださいますすべての方々の神性仏性、神の子の魂にひびく書き込みが出来、すべての人・物・事を生かすことができますように。


大神様、ありがとうございます。ありがとうございます。
大神の大いなる御導きに感謝申し上げます。
ありがとうございます。ありがとうございます。


天照らす祖神の神の大調和の生命射照らし宇宙静かなり
天照らす祖神の神の大調和の生命射照らし宇宙静かなり

1646復興G:2013/06/07(金) 16:48:07 ID:AB6RqYXc

皆様、ありがとうございます。

今回 第14回web誌友会のテキストは、『生命の實相』 第3巻 巻頭に掲げられた神示から 第4章の終わり 95頁まででございます。

既に2回にわたって自主勉強会が行われています。
まずは、そこで学んだことを 「今」、実生活、信仰生活にどう生かすべきか。

「組織運動と信仰生活」

をテーマとして、おさらい、まとめをさせて頂きたいと思います。

まずは、テキストから「ここぞ」と思われるところを抜粋させて頂きます。( )内の頁数で、書名が書き入れてないものはすべてテキスト『生命の實相』第3巻です。

       ○

○ 「言葉の宇宙」が先ず出来て、「形の宇宙」がその映像(かげ)としてあらわれるのである。(p.1)

○ 『生命の實相』が展開(ひら)けば形の理想世界が成就するのである。(p.2)

○ 精神界が先きで現実界はその影である。(p.3)

○ 形あるものはすべて、「生命」そのものが表わした影であります。(p.20)

○ 元来、人間は行をしなければ、水で身体(からだ)を洗わなければ、浄まらないというふうな窮屈な不完全なものに作られていないのであります。また人間は神様がお造りになったものでありますから、病気になるように不完全には造られていないのであります。それから神は人間を罪を犯すように造っておき、その人間を罰するというような矛盾はされないのであります。神さまのお造りになったこの世界には罪もなければ、病気もない。そういう不完全な人間を神さまがお造りになっていると思うのが迷いであったということがわかってきて、今までの信仰に革命ができ、この新しい信仰を発表するために生まれましたのが、「生長の家」であります。(p.26)

○ 「生長の家」の発見しました縦を貫く真理は、「人間は神の子である、神そのものである」という真理である。(p.28)

○ 「生長の家」の真理を体得するには、神想観や『生長の家』の読誦などという静的の工夫のほかに、動的の工夫が要るのであります。真理は生命そのものでありますから、そして生命は「動」が本態でありますから、動的の工夫に移って、真理というものは、はじめてその潜在していた生命の正体――生かす力の正体をあらわすのであります。(p.33)

○ 「できたら、しよう」というのではなく、意を決してすればできるのであります。「余裕があったら、しよう」というのではなく、断じて行なえば、必ず余裕ができてくるのであります。(p.35)

○ われわれあの「本質」は無限の智慧であり、無限の愛であり、無限の生命であっていろいろ多方面のハタラキをするものであって、その完全な発現を大和精神(やまとだましい)というのであります。完全にわれわれが自己「生命」の実相(ほんとのすがた)を自覚し、大和精神が発揮されますと、いろいろ多方面において自分の生活が自由自在になってくるのであります。(p.38)

○ 一人が真理を知ればその人一人が光明に照り輝くばかりでなく周囲までもその光明に化せられる。光明は感染する。ではではできるだけこの光明を人に伝えようではありませんか。……時は今、常に時は今である。(p.50)

○ 「生長の家」所説の真理は、神が、至上の愛が、万物を生かすところの真理を人間に吹き込んで、その人間の筆により仮に書かせたものであります。だからこの真理によって生かされないものは何物もないのであります。読んで病気が治るばかりでなく、家が「生長の家」となり、国が「生長の国」となります。(p.51)
<つづく>

1647復興G:2013/06/07(金) 16:48:50 ID:AB6RqYXc

<つづき>
○ われわれはいかにしても本当に実在せる世界、すなわち「実相世界」においては神から離れることはできないのであります。(p.75)

○ 神の創造し給えるそのままの状態を念じますことを「正念(しょうねん)」といいまして、その正念の影が映れば現実世界は完全な病気も災難もない状態を現出するのであります。つまり「正念」とはあらゆる事物を神の造り給えるままの状態そのままに念ずることで、そういう正念をもって生活することを神に結ばれた生活というのであります。(p.76)

○ “正念”というのは、「ここは正念場だ」などというでしょう。「ここが正念場だ」というのは、正念を出して来なければならないギリギリの場だ、という意味であります。(『真佛教の把握』50頁)

○ 本当の神というものはただ一つ――それは力が足りないこともない、愛が足りないこともない、われわれが悪いからとて神罰をあてるということもない、といってわれわれを悪いようにも造ってい給わない(われわれが罪を犯すように見えるのは本当の相ではないのであって、念の仮作せる影であります)。無限の力で、われわれとこの世界とを実に円満完全に神そのままの相(すがた)に造ってくださった神が本当の神であります。(p.77)

○ 生長の家の神というのも固有名詞ではないのでありまして、生長の家において顧わされた宇宙神であります。しかし今まで、神はいろいろの相をもって顕われ給うたのであります。時にはいろいろの名称をもって呼び奉る日本の神々として、時には旧約のエホバ神のように怒りの神、嫉みの神の相(すがた)をもって、時にはまた、いったん万人の罪の実在を肯定しておいて、万人の罪にかわって十字架にかかるというような愛の相において、時には阿弥陀如来のように肉体死後の世界において霊魂をお浄土に救いとってくださるというような相(はたらき)において、しかし、今、神は生長の家において万教の本尊は「一」であるというその全相が実に円満完全なそのままの相で顕われ給うたのであります。(p.77〜78)

○ あなたは万事万般、どんな些細なことでも自己の内からの催しで導いてくださる本当の神にお頼りになりたくはありませんか。(p.86)

○ 神からの十全の神徳を真っ直ぐに射し込ましていただくに必要な条件であるところの、神を完全の相(すがた)において理解した上で神を信ずるというのが「生長の家」の信仰なのであります。ただ、なんでも彼(か)でも怪力だから信ずる、御利益(りやく)があるから信ずる、霊力があるから信ずるというのでは生長の家の信仰ではないのであります。(p.88)

○ 神をその十全の神徳において理解し、同時に神の創造(つく)り給える「実在世界」の実相を理解して、本当のおかげを得ていただくために、わたしは聖典『生命の實相』を世に贈り出したのであり、また毎月の『生長の家』誌を書いているのであります。(p.88)

○ 同志よ、同志を作れ、そしてこの人類光明化運動を燎原の火のごとく野火のごとく広がらしめよ。(p.93)

○ 現在の経済組織がいかにともあれ、また来らんとする経済組織がいかにともあれ、現実世界は心の世界の顕現でありますから、人間が生命の実相を悟らず、人間の征服欲が、人間の我欲が、人間の復讐欲が、現実世界を操っている以上は、そこに人間にとっての地上天国が実現すべき必然的理由がないのであります。(p.94)

○ では世界の改造運動に内より燈(ひ)を照らすものは生長の家でなければならない、だから世界の改造家がもし切実に人類を愛し、本当に地上天国をこの世に招来しようと思うならば、まず生長の家に来り地上天国の雛型たるべき各自の生命の実相を「見真」しなければならないのであります。(p.94)
<つづく>

1648復興G:2013/06/07(金) 18:39:45 ID:AB6RqYXc

<つづき>

 勉強のテーマは、「組織運動と信仰生活」でありました。

 さて、「組織」 は 「生命体」 であります。

 動植物あるいは人間の肉体組織も生命体であり、社会組織も生命体であります。

 個生命は、組織の中で役割を果たすことによって生かされます。

 服部仁郎先生の『今を生きる』という本の中に面白いご講演記録がありました。その一部を謹写させていただきます。

       ○

    「自他一体」を生きる

 「今を生きる」というのは具体的にどういうことかと申しますと、生命が生命の目的を生きることなんですよ。それは、皆さん、夫婦喧嘩の目的はと申しますと、喧嘩の目的は勝つこととすぐに思いますけれども、夫婦喧嘩の目的が勝つことにあるとしますと、それは理屈が正しいか、力が強い方が勝ちますよ。勝ったら勝った方はよろしいが、負けた方はくやしいな。一方の目的がかなえば一方の目的はかなわん。自他一体なら、両方の目的がかなわなければいかん。

 そうすると、喧嘩の目的はというと、勝つことは過程であって日的はちがうんです。目的はいったい奈辺にあるかというと、それは結婚生活の陶冶にあり、仲のいい幸福な家庭を作ろうということにあるでしょう。それを一方はすんだ過去のことを言っているんだ。そうすると一方は、そんなすんだことを言っては困るといって未来のことを言っているんだ。過去と未来のチャンバラが喧嘩なんですな。

 しかし目的は、仲よくすることにある。仲よくなったらもう、喧嘩はありませんわな。目的を観じ目的をすぐ生活するんですな。それが宗教です。

 谷口先生がお説き下さっている宗教は、即生活です。そこで私たちはその生活をいかにすべきか――それは、宇宙普遍の法則にのっとった生活、自と他が一体であるという自覚を深めないといけない。自と他が一体であるという自覚が深まると、最も合理的な生活ができる。自分が一人の生活をするように、矛盾なく自と他が一体の生活の合理化ということができる。

 この生活の合理化が科学となり、教育となり、哲学となる。そしてそれが実生活に行われる時に、政治になり、あるいは経済になり、自然科学、医学等にもなる。科学の目的も人類が幸福で平和な生活をするためにあるんですね。宗教というのは、自と他が一体であるという自覚のもとに高度の生活をすることであるわけです。

 神社の前で合掌する、あれは宗教の行事です。信仰というのは一人一宗であります。一軒の家にキリスト教の人がいらっしゃってもいいし、天理教の人がいらっしゃってもいいし、あるいは日蓮宗の人がいてもいいでしょう。キリスト教では「天にましますわれらの父よ」と言って、偶像崇拝を排斥しますが、お宮をそこに置いたから偶像というのではなく、「天にまします神」というのが偶像のような信仰だったら、これも同じことだと私は思いますよ。

 ともかく神仏の前で皆さんが合掌する。こうして合掌して、まさか「バカヤロウ」「コンチクショウ」はないはずです。

 争っていた人が仲なおりするのに、仲裁にはいった人が「手打ち」をしますね。手は右と左は反対ですな。反対だからってこれがお互い自分の立場を主張してゆずらなかったら、永遠にこの手は合わん。それを合せるのです。神仏の前で合掌すると、どんな場合でもスカッとやましい心が消えてしまう。今の自民党も社会党も、ひとつこうやって合掌してやってほしいですな。
<つづく>

1649復興G:2013/06/07(金) 18:40:34 ID:AB6RqYXc

<つづき>

 生長の家の信徒行持要目で、「そのままの心を大切にすべし」と唱えますが、私たちは合掌して美しい心でそのまま生活する、それが宗教です。それが本当にできますと、病気や不幸というものがなくなる、というよりは、はじめから存在しないということです。

 それでは「自他一体」の証明をしてみい、といって一体できるかなあということですなあ。私たちは、親子は一体だ、夫婦は一体だというが、いまだかつてその一体であるというのを証明してくれと言った人はないはずです。これはとうてい証明しようったってできない。そこでそのまま私たちは鵜含みにしているのね。自覚というのはね、証明を用いずして了知する、というのが自覚ですな。

 八紘一宇、四海同胞というのもこの自覚です。

 かりに私という一個の人間の各部について「自他一体」を説明しますと、「ごちそうができたよ」ということを聞きますね。そうしますと、私の足は疲れていても体全体をそのごちそうの場へ運んで行く。眼がそれを見ると、「えらいごちそうだ。私はごちそうをいつも見るだけでいっぺんも食ったことない。口ばっかり食べて損だなあ」という。鼻は、「私はちょっとにおいを嗅いだだけで、私の前はいつも素通りだ。」手は、「私はいつもごちそうを口まで運んでやって、いまだかつて一粒のごはんもごちそうになったことない。」耳は「私は、ごちそう、ごちそうって聞いてるけど見たことない。」

 ――みなさん、足はどうでしょう。足はいまだかつてごちそうだって見たことない、においをかいだこともない。それでお腹がすいたときには体全体をそこへ運んで行く。何も楽しむことはなく、献身的に尽しているけれども、いっぺんも足を上位に置いたということがない。いつも尻の下に敷かれている。それでも足は「これほど皆さんに協力したけど、いつも尻の下にしかれて」なんて文句を言わない。しかし、足が動かん限り、全体があっちこっちに行けないとするなら、足はすべての支配者にもなっているということではないかと思うね。

 その場合に、それぞれが意見を出して、「口ばっかりごちそうを食べて」と言って口を排斥するようになれば、おそらく口は言うでしょう、「それでは、私はもう食べない。これからストをやろう。そら、耳よ食え、鼻よ食え、眼よ食え」と言いだしたら、たいへんだと思いますね。

 私たちの体のどこ一つも切って捨てることはできない、そのように私たち三十億の人類のだれ一人も切って捨てることはできないのだということを知らなければなりません。宗教は自他一体の教えであります。
<つづく>


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