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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2
2509
:
神の子さん
:2015/01/01(木) 10:16:34 ID:bVgHiQ3c
新年、明けましておめでとうございます。
皆様が、幸せな一年を過ごされますように、(^^)
2510
:
SAKURA
:2015/01/02(金) 20:31:45 ID:???
「トキ様」へ「観覧者の皆様」 へ
こんばんは…… ローマ字(大文字)のSAKURAで〜〜す。
>>2465
>>2466
>>2468
>>2485
>>2486
>>2486
>>2492
>>2493
>>2494
>>2495
投稿の続きです…。
― 『 日・本・版 …』―
■―― 霊界通信 ――■ −7 −
「親樹の通信」 浅野和三郎 著
■――――― (二) 果して本人か? ――――(その1 )――――――■
■さてこれから新樹の通信を発表するにつけ、この仕事に對して
全責任を有する彼の父としては通信者が果して本人に相違ないか
ド―かを先ず以て読者にお傳へすることが順序であると考えます。
これに関して充分の考慮が拂われて居なければ、畢境新樹の通信
とはただ名目ばかりもので心霊事実として一向取るに足らぬもの
になります。
不敏ながら彼の父とても心霊研究者の席末を汚して居るもの、
この点に関しては常にできる限りの注意を拂ひつつあるのであります。
すでに述べたとおり真先きに新樹の霊魂を呼び出したのは彼の
伯父で、そしてこの目的に使われたのは中西霊媒でした。
彼の父は多大の興味を以てこの実験に対する当事者の感想を叩き
ました。するとその答は斯うでした。――
『あれなら先ず申分がないと思う。本人の言語、態度、気分等の約
六割位は髣髴として現われて居た。自分は前後ただ二回しか呼び出
さないが、若しも今後五度、十度と回数を重ねて行ったら、きっと
本人の個性がもっと完全に現われるに相違なかろうと思う……。』
比較的公平な立場にある、そして霊媒現象に對して相当懐疑的
態度を持する人物の言葉として、これは或る程度敬意を払うべき
価値があると思われます。
彼の父が自身審判者となりて中西女史を通じて初めて新樹を
呼び出したのは、それから約一カ月を隔てる四月の九日でした。
その時は幽明を隔てて最初の挨拶交したまでで、さして伝うべき
ほどの内容を有しませんでしたが、ただ全体から観て成るほど
生前の新樹そっくりだという感じを彼の父に与えたのは事実でし
た。が、研究者としての立場から観た時に、それは確証的なもの
ではありませんでした。彼の父はあせった。
『何とかして動きの取れない証拠を早く挙げたいものだ。それに
はただ一人の霊媒にかえる丈ではいけない。少くとも二三人の霊媒
にかけて対照的に真偽を確めるより外にない……。』
そうする中に亡児は一度鮎川女史にかかり、つづいて七月の中
旬から彼の母にかかりて間断なく通信を送ることになりました。
『これで道具立ては漸く出来かかった。その中何とかなるだろう……』
――かれの父はしきりに機会を待ちました。
(その2 )つづく
❤〜SAKURA
2511
:
SAKURA
:2015/01/02(金) 20:34:26 ID:???
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>>2510
投稿の続きです…。
― 『 日・本・版 …』―
■―― 霊界通信 ――■ −7 −
「親樹の通信」 浅野和三郎 著
■――――― (二) 果して本人か? ――――(その2 )――――――■
■ 月が八月に入りて漸くその狙いつつあった機会が到着しました。
同月十日午前のこと、新樹は母の躯にかかり、約一時間に亘り、
死後の体験談の試みましたが、それが終りに近づいた時の父は不図
思いついて彼に向って一の宿題を提出しました。――
■『幽界にも大廟は必らず存在する筈だ。次回には一つ大廟参拝を
試み、そしてその所感を報告して貰いたいのだが……。』
「承知しました。できたら行りましょう……。」
するとその翌日中西女史が上京しました。彼の父はこの絶好の
機会を捕え、直ちに新樹の霊魂を同女史の躯に呼んで、昨日彼の
母の躯を通じて提出して置いた宿題の解決を求めました。
『昨日鶴見で一つの宿題を出して置いた筈だが……。』
そう言うより早く新樹は中西霊媒の口を使って答えました。――
異う
『ああ、例の大廟参拝ですか……。僕早速参拝して来ましたよ。
僕、生前に一度も大廟参拝をしませんでしたから、地上の大廟と
幽界の大廟とを比較してお話しすることはできませんが、ドーも
こちらの様子は大分勝手が異うように思いますね。
絵で見ると地上の大廟にはいろいろの建物があるらしいが、こち
らの大廟は、森々とした大木の茂みの裡に、ごく質素な白木のお宮
がただ一つ建っているきりでした……。』
彼はこれに附けくわえてその際の詳しい物語りをするのでした。
委細は他の機会に紹介することにして、ここで看過してならぬこ
とは、彼の母を通じて発せられた宿題に対し、彼がその翌日中西
霊媒を通じて解答を与えたことでした。
『先ずこれで一つの有力な手懸りが附いた。』と彼の父は歓びま
した。『思想伝達説を持ち出して強いて難癖をつければつけられ
ぬこともないが、それは死後個性の在続説を否定すべくつとむる
学徒達の頭脳(あたま)からひねり出された一の仮定説に過ぎない。
自分は難癖の為めの難癖屋にならぬことにしよう。
多くの識者の中に恐らく私の態度に左袒される方もあろう……。』
翌くる十二日の午前、彼の父は鶴見の自宅に於いて、
今度は彼の母を通じて亡児を呼び出しました。
『昨日中西さんに懸って来たのは確かに汝(おまえ)に相違ないか?』
『僕です……。あの人は大変かかり易い霊媒ですね、こちらの考え
が非常に迅く感じますね。』
『モ一度汝の母の躯を使って大廟参拝の話をしてくれまいか、少
しは模様が異うかも知れない。』
(その3 )つづく
❤〜SAKURA
2512
:
SAKURA
:2015/01/02(金) 20:36:41 ID:???
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>>2511
投稿の続きです…。
― 『 日・本・版 …』―
■―― 霊界通信 ――■ −7 −
「親樹の通信」 浅野和三郎 著
■――――― (二) 果して本人か? ――――(その3 )――――――■
■『そりゃ少しは異いますよ。斯うした仕事には霊媒の個性の“匂”
いと言ったようなものが多少づつ加味せられ、その為めに自然自分
の考えとピタリと来ないようなところもできます。お母さんの躯
はまだあまり使い易くありませんが、矢張りこの方が僕の考えと
しっくり合ってるようです。もっとも僕の考えて居ることで、
微妙いところは、途中でよく立消えになりますがね……。』
斯んなことを言いながら彼は大廟参拝を繰りかえしたのでしたが、
彼の母を通じての参拝談と中西霊媒を通じての参拝談との間には、
ただ長短精粗の差があるのみで、その内容は全然同一物でした。
■ 彼が一度鮎川女史に懸ろうとしたことも事実のようでした。
八月四日午前彼は母の躯を通じて問わず語りに次ぎのような事を
のべました。――
『僕は一度あの御婦人……。鮎川さんという方に懸ろうとしました。
折角お父さんがそう言われるものですから……。けれどもあの方の
守護霊が躯を貸すことを嫌っているので、僕使いにくくて仕方がな
かった……。僕たった一度しかあの人にはかかりませんでした……。』
新樹と交通を開いた当初に於て手懸りとなったのは先ずこんな
程度のものでしたが、幸にもその後東茂世女史の霊媒能力が次第
に発達するに従い、確実なる証拠材料が弥が上に積み重ねられ
現在に於て果して本人に相違ないかドーか?と言ったような疑念
を挟むべき余地は最早全然なくなりました。
東女史の愛児相凞さんと新樹との間には近頃あちらで密接なる
交友関係が締結され、一方に通じたことは直ちに他方に通じます。
そして幽界に於ける両者の生活状態は双方の母達の霊眼に映じ、
また双方の母達の口に通じてくわしく漏されます。ですから、
よしや地上の人間の存在は疑われても、幽界の子供達の存在は
到底疑われないのであります。
斯うした次第で、彼の父も母も之を亡児の通信として発表する
に少しの疑惑を感じませぬが、ただその通信の内容価値につきては、
餘りに之を過大視されないことをくれぐれも切望して止みませぬ。
発信者はホンの幽界の新参者、又受信者はホンの斯界(しかい)の
未熟者、到底満足な大通信の出る筈はありませぬ。
せいぜい幽明交通の一小標本位に見做して戴けば結構で、真の
新樹の通信は之を今後五年十年の後に期待して戴きたいので
あります。 (三)に続く
❤〜SAKURA
2513
:
a hope
:2015/01/03(土) 11:55:12 ID:cEpBaIdo
明るい心の祈り
神は光であり、すべての闇を照らして明るくしたまうのである。
私は神の子である。
だから神さまの光が私の中に宿っていて、
私の心は神さまの光に照らされて常に明るいのである。
だから私は常に明朗であり、ニコニコしてすべての人の心を明るくする。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2514
:
トキ
:2015/01/03(土) 12:53:51 ID:Qj6Pg0Tc
SAKURA 様、
a hope 様、
いつも素晴らしいご投稿を感謝申し上げます。
本年も一緒に勉強を続けていきたいと思います。
よろしくお願いします。
合掌 ありがとうございます
管理人敬白
2515
:
a hope
:2015/01/04(日) 11:58:41 ID:cEpBaIdo
国を守る祈り
人間があって国が生まれたのではないのである。
国があって人間がその中に生まれたのである。
植物があって地面ができたのではなく、地面があって植物が生えるように、
私は国のいのちのから生まれ出たいのちであるから、
この国を大切にせずにはいられないのである。
日本人はみな、日本の国から生まれた兄弟姉妹であるから、
みなたがいに仲よく日本の国を守るのである。
ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2516
:
a hope
:2015/01/06(火) 10:12:00 ID:cEpBaIdo
父母への感謝の祈り
私は神の子として、神の生命が父母を通して生まれたのである。
私がいくら神の子であっても、人間の父母を通してうまれなかったならば、
万物の霊長として、生き物のうちで最も美しく最も知恵があり
最も幸福な生活のできる人間には生まれることができなかったのである。
お父さん、お母さん、ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2517
:
a hope
:2015/01/07(水) 08:39:09 ID:cEpBaIdo
今を感謝する祈り
神は私を〝神の子〝 として、自分の心も魂も体も、
ともに最も、勉強になり鍛錬になる場所で私を訓練していてくださるのである。
この訓練は神さまの愛から来ているのであるから、
今私はどんな場所におかれても感謝し、
どんなことを命ぜられても素直に今の仕事を感謝してていねいに深切に実行するのである。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2518
:
a hope
:2015/01/08(木) 08:09:58 ID:cEpBaIdo
調和を得る祈り
神は愛であります。
愛は調和によってまっとうせられます。
調和のないところには争いや憎しみや嫉妬があって愛はありません。
神は愛であり、愛は調和であり、私は〝神の子〝 でありますから、
私はすべての人々に調和してなんでも行います。
他の人が私に反対をとなえれば、その人が調和してくれるように祈ってけっして争いません。
したがってその人もきっとわたしの味方になってくれます。
ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2519
:
a hope
:2015/01/09(金) 09:04:13 ID:cEpBaIdo
幸福な家庭の祈り
私の家は神の子の家、神の子の家は神に愛され、神に護られているのであるから、
いかなる悪しきことも近づいてこないのである。
父母も兄弟もみな神の子であって、悪い人は一人もいないから争いだけはけっしてなく
本当に幸福なのがわが家である。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2520
:
a hope
:2015/01/11(日) 09:58:47 ID:cEpBaIdo
劣等感をなくす祈り
神は完全である。
私は〝神の子〝 であり、神の完全さのあとつぎである。
それゆえに私は完全である。
完全だということは〝善〝 であるということである。
神は善であるから、けっして悪をつくらないのである。
神の造らない悪は、どんなにあると見えてもないのである。
人がどんなに私のことをいっても、私は、自分が〝神の子〝 であり、
善であることを知っているから、劣等感をもたないのである。
私は神の子であり、優秀である。
ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2523
:
a hope
:2015/01/12(月) 10:44:40 ID:cEpBaIdo
生きがいの祈り
神さま、常に無限の知恵と無限の愛をもって導きたまい、
護りたまうことを感謝いたします。
私は〝神の子〝 でありますから、神さまの生命が私に宿っているのであります。
神の生命でありますから、本当に神さまの御心(みこころ)にかなう生活をするとき、
生きがいを感ずるのであります。
神さま、どのように生くるべきかを常にお導き下さいませ。
ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2526
:
トンチンカン
:2015/01/12(月) 15:27:17 ID:r6TJQSCM
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『曳馬野』大明神・・ 八ヶ岳の「祠(ほこら)」に、丁重に祭ってあげましょう!!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・『曳馬野』大明神、、、は、「ていねいに生きて」いるお積もりなのですよ!!
・「面倒くさい」そのコトの中に、<価値>を求めているのです・・・
・表向きには、「肉食」を絶ってベジタリアンの生活なのですよ・・・
・『曳馬野』大明神、、も、老齢化すると ヒガミっぽく なるのでしょうね・・
2529
:
a hope
:2015/01/13(火) 08:22:38 ID:cEpBaIdo
敏捷を得る祈り
私は神の子であることをハッキリ悟ったのである。
何をするにもハキハキと敏捷にことを行うのである。
もう前のようにグズグズしないのである。
何をするにも元気ハツラツ「神さまの生命(いのち)」がするのだと思ってテキパキと実行する。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2530
:
a hope
:2015/01/14(水) 09:10:39 ID:cEpBaIdo
何でもできる祈り
神は私たちを〝神の子〝 として、神の〝何でもできる力〝 を授けたもうたのである。
それゆえに私はけっして「できない」ということを言わないのである。
私に与えられた学科でも、仕事でも、それは先生から与えられても、親から与えられても、
私は〝必ずできる〝 と思うから、素直に実行するのである。
すると必ず神の力があらわれて、何でもできるのである。
ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2531
:
トンチンカン
:2015/01/14(水) 21:04:54 ID:r6TJQSCM
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
雅春先生自身が雅宣総裁が生長の家にぞっこんでないことは知りながら、救うことが出来
なかった・・・ そんな息子を敢えて副総裁にし、組織を任せた清超先生の行動は、なん
と評価しますか?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・出来の悪い「マサノブ爺さん」を 副総裁 にし、組織を任せた<清超先生>にこそ問
題があるのでしょ、、、 なんてね・・・
・完全に、「ふて腐れ」、「開き直り」のマサノブ爺さん・・・
・「四面楚歌」の状態となり、<自暴自棄>のマサノブ爺さん・・
・少なくとも、マサノブ爺さんよりも「正常」である人達に、手当たり次第に<難癖>を
付けているだけじゃないのですか・・・???
(参考)トキ掲示板(Web誌友会 板/2)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
5107 :a hope :2015/01/14(水) 09:26:34 ID:cEpBaIdo
>>5105
曳馬野さま
わたしが詮索好きだと見抜かれたようなので、それならば、正々堂々と反論させていただ
きます。
本当に雅宣先生が「生長の家」の教えを正しく法燈継承されていて、教えの神髄を変える
ことなく時代に合わせて説いていらっしゃるのであれば、わたしのこの掲示板での雅宣先
生の教えへの「批判」など、なんの影響力ももたないと思います。
曳馬野さまや初心者さまやさくらさまは、雅宣先生の教えが、本来の「生長の家」の『光
明思想』とは真逆の『暗黒思想』であるとわかっていて、敢えて援護されているのではな
いですか?
その目的は何ですか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
5108 :神の子さん :2015/01/14(水) 20:26:34 ID:???
>>5207
本来の「生長の家」の『光明思想』とあなたが言う生長の家の組織から
>>5106
の投稿に
何も言わない『トキ管理人』のような人が出ているのです。
前にも書いていますが、雅春先生自身が雅宣総裁が生長の家にぞっこんでないことは知り
ながら、救うことが出来なかったと云うことになります、貴女の言うような総裁であるな
らば。
そんな息子を敢えて副総裁にし、組織を任せた清超先生の行動は、なんと評価しますか貴
女は。
それよりも復興Gさんが去って後、あなた以外誰が参加されていますか誌友会に。誌友
会の態をなしていなくても敢えてしているところに、貴女の傲慢さを見てしまうのです。
そんなあなたが光明思想を、私がしているのが正しいとばかりの主張を続ける。そんな誌
友会はいらない。
しかしトキ女には『私たちはしっかり光明思想を学んでいます』と云う飾りが欲しいので
す。貴女の欲しいとトキ女の欲しいが合致したのでしょう。私はそのことに対して『何を
着飾ってんだ、欲しい欲しいをぷんぷんさせて』臭い臭いと云っているだけ。
(注) 「神の子さん」=「曳馬野」=「マサノブ爺さん」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2532
:
a hope
:2015/01/15(木) 09:42:28 ID:cEpBaIdo
歓びの祈り
神はよろこびである。
小鳥も〝歓びの歌〝 をうたっているのし、太陽も歓びの笑顔で照りかがやいているのである。
草木の緑もよろこんでいきいきしているし、花もよろこんで美しい花を咲かせているのである。
歓んでいないものは何にもないのである。
わたしも歓んでいるのである。
ここは地上天国である。
ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2533
:
神の子さん
:2015/01/15(木) 13:47:57 ID:3/GnsEUs
最近、思うようになった。
どの本かは思い出せないが、
雅春先生の文章だったと思うが、
イエスキリストは正しかったが、パリサイ人を批評し過ぎた為に
十字架に架けられたという解説があった。
雅春先生も正しかったけれど、
左翼を批評し過ぎた為に、
大切な三代目継承者が左翼になった。
「生長の家」が一度磔になった暁には、
本物の宗教として復活するのだろう。
み教えが素晴らしい証だ。
信徒はこのことから学び、
自分の子孫を愛するなら、
総裁をあまり批評し過ぎないのが良いといえる。
間違いを指摘するだけでよい。
一連のことから真理を与えられている。
ただただ感謝。
2534
:
トンチンカン
:2015/01/15(木) 22:50:39 ID:r6TJQSCM
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
マサノブ爺さんをあまり「批評し過ぎない」のが良いといえる。
間違いを指摘するだけでよい。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<光明掲示板>
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
と云う事でした。 (2843)
日時:2015年01月15日 (木) 20時54分
名前:中仙堂
“ソレハソレトシテ”
??????
漫才の世界じゃあるまいし、
怒りを覚える事の方が
本当でしょ。
昔、お山にお勤めだった女性が、
ある夏の日、
それとなく
見つめていたら、
お山の
さる ぼっちゃまが
お庭の池で捕まえた蛙を
熱々のアイロンの上に
落として
「ジュッ」
と遊んでお出でだったと云う。
さも有りなん。
恐くて
そっと
その場を去ったという。
四十年前に女子青年のお方に
お聞きしました。
「あれが、まさか三代目さま?」
と云う事でした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(参考)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
2533 :神の子さん:2015/01/15(木) 13:47:57 ID:3/GnsEUs
最近、思うようになった。
どの本かは思い出せないが、
雅春先生の文章だったと思うが、
イエスキリストは正しかったが、パリサイ人を批評し過ぎた為に
十字架に架けられたという解説があった。
雅春先生も正しかったけれど、
左翼を批評し過ぎた為に、
大切な三代目継承者が左翼になった。
「生長の家」が一度磔になった暁には、
本物の宗教として復活するのだろう。
み教えが素晴らしい証だ。
信徒はこのことから学び、
自分の子孫を愛するなら、
総裁をあまり批評し過ぎないのが良いといえる。
間違いを指摘するだけでよい。
一連のことから真理を与えられている。
ただただ感謝。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
2535
:
a hope
:2015/01/16(金) 14:57:29 ID:cEpBaIdo
日々好日(よいひ)の祈り
この世界は神さまのおこしらえになった世界であるから、
毎日毎日がよき日であって悪い日はないのである。
今日は昨日よりよりもっとよいことがくるし、
明日は今日よりもいっそうよいことがくるのである。
私をとりまいているすべての人は、みなよい人であり悪い人はないのである。
神さまありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2536
:
a hope
:2015/01/16(金) 15:46:21 ID:cEpBaIdo
>>3533
神の子さま
どなたかわかりませんが、たいへん示唆に富んだお言葉をありがとうございます。
確かに「虚説に和解してはいけない」、というのは雅春先生の教えですが、
わたしは「虚説」を排撃するのと、現象に現れて見える「悪」や「罪」を批判するのとは別だと感じています。
<<イエスキリストは正しかったが、パリサイ人を批評し過ぎた為に
十字架に架けられたという解説があった。
雅春先生も正しかったけれど、
左翼を批評し過ぎた為に、
大切な三代目継承者が左翼になった。>>
パリサイ人や左翼の思想が「虚説」であったからこそ、キリストや雅春先生はそれを排撃したのだと思いますが、
「虚説」はあくまでもその人の間違った『思想』であって、現象に現れている姿ではないわけですから、
その「虚説」の思想が反映したために現象に現れて見える「悪」や「罪」をも認め、批判しすぎてしまうと、
その認めた通りのことが現象に現れてきてしまうのだと思います。
ですから、雅春先生が過去に左翼思想を批評されたからと言って、時代が変わった現代でも左翼の運動を批評され続けてしまうと、
それは、あんに左翼の活動を活発化させるに過ぎない行為となってしまうのではないかと感じています。
実際に、雅春先生御自身が「菩薩は何を為すべきかで」『唯物思想や左翼思想を持った人々をも受け入れるのが「生長の家」の「人類光明化運動」である』
という、ご主旨の内容を述べられています。
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/11346/1322022766/3082
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/11346/1322022766/3083
わたしたち信徒は、雅宣先生のまちがった思想にはけっして和解せず、本来の「生長の家」の信仰をしていけばいいのであって、
「雅宣先生の現象のお姿はわたしたち信徒の観世音菩薩さまである」と感謝して拝ませていただくのが、
本当の「生長の家」の実相礼拝なのだと思っています。
2540
:
神の子さん
:2015/01/17(土) 23:45:04 ID:3/GnsEUs
一切皆善の教えなのだから、
無駄は一つもないと思う。
今の現状から学ぶべきが信徒に与えられた課題だ。
退行しているように見えるが、
実は進歩しているのだ。
2541
:
a hope
:2015/01/18(日) 09:30:36 ID:cEpBaIdo
〝心に光を〝 の祈り
神さま、わたしは〝神の子〝 です。
神さま、あなたは光です。
心の暗(やみ)を照らす光であります。
わたしは神の子ですから、〝光の子〝 であります。
常に明るい愉快な心をもっていて、暗さを吹きとばします。
私は〝神の子〝 で光の子〝でありますから、
私の行くところみんなが明るくなります。
ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2542
:
a hope
:2015/01/18(日) 09:48:25 ID:cEpBaIdo
>>2540
「ID:3/GnsEUs」の 神の子さん
またまた、感慨深いお言葉をありがとうございます。
わたしが今感じていることですが、
生長の家の信仰は、本来「真理のコトバ」の書かれた聖典等の「文書伝道」だと思うのですが、
最近は、教団にしても、本流復活にしても、そのことを忘れてしまっているのではないかと思います。
光明掲示板で、何年間もほぼ毎朝、世の中を光明化する「真理の言葉」を発信し続けてくださっていた「伝統」さまが、
排除されてしまいました。
それでいて、名前だけは「光明掲示板」というのですからおかしな話ですね。
あの掲示板も、教団と同様、現象の罪や悪を批判するだけの「暗黒掲示板」になってしまったのでしょうか?
なんだか、ちょっと悲しい気持ちもしますが、世の中で起こることに無駄な事は何もないのですね。
信徒が自らの力で学べるように、神さまがすべてを仕向けてくれているのかもしれませんね。
2543
:
a hope
:2015/01/19(月) 10:40:38 ID:cEpBaIdo
伸びるための祈り
私は〝神の子〝 である。
神から無限の知恵と能力とを与えられているのである。
しかしそれは、わたしの内に種まかれている知恵と力であって、
その種は、私が、ただジッとしているだけでは花も咲かないし、
実もみのらないのである。
種は、自分の内にある力を外に出して伸ばし出すことによって、
花咲き実を結ぶのである。
私は知恵と能力とを外に伸ばし出して善く勉強し、また、
人に深切をしてあげるから伸びるのである。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2544
:
a hope
:2015/01/20(火) 08:54:30 ID:cEpBaIdo
病気を消す祈り
私は〝神の子〝 である。
〝神の子〝 は〝心の力〝 というものを知っているのである。
心で念ずれば必ず、その念じたものが出てくるのである。
念ずるとは、こころに一心に思うことである。
病気にかかるかも知れぬと、心に強く思えば病気が出てくるのである。
「神の子が病気にかかるものか」と強く思えば、病気は消えてしまうのである。
今後、私は病気のことなどいっさい思わないのである。
それゆえ、常に健康である。
ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2545
:
a hope
:2015/01/21(水) 08:54:20 ID:cEpBaIdo
「自分はまだまだこれからだ」こう思う人には失望はありません。
どんなにいま失望していても勇気がくじけることはありません。
どんなに今成功していても、どんなに今偉くても、自分はまだまだこれからなのです。
「自分はまだまだこれからだ」という言葉には、どれだけ偉くなっても、
まだまだ善くなる力を含んでいます。
それには無限の力を含んでいるのです。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2546
:
a hope
:2015/01/22(木) 09:59:25 ID:cEpBaIdo
『自己を信ずる者は、人をして彼自身を信ぜしめる事が出来るのである。』
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2547
:
SAKURA
:2015/01/22(木) 19:43:21 ID:???
「トキ様」へ「観覧者の皆様」 へ
こんばんは…… ローマ字(大文字)のSAKURAで〜〜す。
>>2465
>>2466
>>2468
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>>2495
>>2511
>>2512
投稿の続きです…。
― 『 日・本・版 …転載編 』―
■―― 霊界通信 ――■
「親樹の通信」 浅野和三郎 著
■―――――(三) 通信の初期 ――――(その1 )――――――■
■ すでに申上げたとおり新樹が彼の母を通じて兎も角も通信を開始
したのは、昭和四年七月半ば頃でしたが、通信とはホンの名ばかり、
僅かに簡単な数語をとぎれとぎれに受取り得るに過ぎませんでした。
当時の手帳から標本として少しばかり妙出します。
問 『汝(おまえ)は目下(いま)何かキモノを着て居るか?』
答『着て居ます……白いキモノ……。』
問『飲食を行(や)るか?』
答『何物も食べません……。』
問『睡眠は?』
答『睡眠もいたしません……。』
問『月日の観念はあるか?』
答『ありません、些っとも……。』
これが七月十七日の門燈筆記で、
その未尾に次げのような筆者の注釈が附いて居ます――。
『この日の通信の模様はよほど楽になった。自分が「昨年の今日は、
汝と一緒に大連の郊外老虎灘へ出かけて行き、夜まで楽しく遊び暮
らした日だ」というと、彼は当時の当時を追憶せるものの如くしき
りに泪を流した……。』
七月二十五日、第八回目の通信の記録を見ると、モー幾らか
進境を認めることができます。左にその全部を掲げます。――
問『私達がここに斯うして坐り、精神統一を行って、汝を招ぼう
として居る時に、それがどんな具合に汝の方に通じるか?
一つ汝の実感をきかせてくれないか……。』
答『ちょっと、何にかその、ふるえるように感じます。
細かい波のようなものが、プルプルプルと伝わって来て、それが
僕の方に感じるのです。』
問『わたしの述べる言葉が汝に聞えるのとは異うか?』
答『言葉が聞こえるのとは異います……感じるのです……。
もっとも、お父さんの方で、はっきり言葉に出してくだすった
方が、よくこちらに感じます。僕はまだ慣れないから……。』
問『私に限らず、誰かが心に思えば、それが汝の方に感じるのか?』
答『感じます……いつも波見たいに響いて来ます。それは眼に見
えるとか、耳に聞こえるとか言ったような、人間の五感の働
きとは異って、何も彼も皆一緒に伝って来るのです。現に
お母さんは所中僕の事を想い出してくださるので、お母さんの
姿も、一切が僕に感じて来てしょうがない……。』
(その2 )につづく
❤〜SAKURA
2548
:
SAKURA
:2015/01/22(木) 19:44:24 ID:???
「トキ様」へ「観覧者の皆様」 へ
こんばんは…… ローマ字(大文字)のSAKURAで〜〜す。
>>2465
>>2466
>>2468
>>2485
>>2486
>>2486
>> 2492
>>2493
>>2494
>>2495
>>2511
>>2512
>>2547
投稿の続きです…。
― 『 日・本・版 …転載編 』―
■―― 霊界通信 ――■
「親樹の通信」 浅野和三郎 著
■―――――(三) 通信の初期 ――――(その2 )――――――■
問『生前の記憶はそっくりそのまま残って居るか?』
答『記憶して居ることもあれば、又忘れたようになって居るのも
なかなか多いです。必要のない事は、丁度雲がかかったように、
奥の方に埋もれて了っていますよ……。』
問『満鉄病院へ入院してからの事を少し覚えているか?』
答『入院中の事、それからドーして死んだかというような事は
全然覚えていません。
火葬や告別式などもさっぱり判りませんでした……。』
問『汝が臨終後間もなく火の玉が汝の母に見えたが、あれは一た
い誰が行ったのか?』
答『僕自身は何も知りません……。今守護霊さんに伺ったら、
全部守護霊さんがやってくだすったのだそうです……。』
問『いつ汝は自分の死を自覚したか?』
答『伯父さんに呼び起された時です……。』
問『あのまま放任して置いてもいつか気がつくかしら?』
答『さぁ……(しばらく過ぎて)只今守護霊さんにきいたら、
それは本人の信仰次第で、真の信仰のある者は早く覚めるそう
です。信仰のないものは容易に覚めるものではないといわれます。』
これが当日の問答の全部です。例によりてその未尾には筆者の
注釈がついている。――
『右の問答後、妻に訊くと、先刻細かい波の話が出た時に、彼女
の霊眼には、非常に織細な、きれいな漣(さざなみ)がはっきり
見えたと言う。これが所謂(いわゆる)思想の波、エーテル波動
とでもいうものか?』
初期の通信の標本紹介はこの辺で打ち切り、後は多少類的に
手帳から抄録を行い、いささかなりとも死後の世界の実相を
知りたく思われる方々の資料に供したいと存じます。
(四)へ つづく〜〜
❤〜SAKURA
2549
:
a hope
:2015/01/23(金) 10:15:27 ID:cEpBaIdo
『もっと自分を愛せよ。
自分が善くなることが一大事であるから欠点を指摘されたら喜んで直すのが自分を愛する道だ。』
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2550
:
トキ
◆AXzLMGIbhk
:2015/01/23(金) 11:44:50 ID:qhzd28iE
>>2548
SAKURA様
>>問『汝が臨終後間もなく火の玉が汝の母に見えたが、あれは一た
い誰が行ったのか?』
>>答『僕自身は何も知りません……。今守護霊さんに伺ったら、
>>全部守護霊さんがやってくだすったのだそうです……。』
この部分は、他の霊界通信でも、同様のことが書かれていました。
よく亡くなった人の姿が親しい人の前に現れるというのは、こう説明
されると理解できますね。
2551
:
SAKURA
:2015/01/23(金) 22:57:59 ID:???
「トキ様」へ「観覧者の皆様」 へ
こんばんは…… ローマ字(大文字)のSAKURAで〜〜す。(その1)
>>2465
>>2466
>>2468
>>2485
>>2486
>>2486
>>2492
>>2493
>>2494
>>2495
>>2511
>>2512
>>2547
>>2548
>> 投稿の続きです…。
>>2550
トキ様
「トキ様」お返事ありがとうございます。
■『 新樹の通信 』の書籍の中で…
「臨終の後」…“火・の・玉?”が見えたとの事???
それが「守護霊」のお働きに〜〜と書かれていますョネ!!
本当に、何故?臨終の間〜〜〜間もなく“火の玉?”が… ??
アッ!!これは〜〜〜どのように理解をすべきでしょうか??【考える人】。。。
私は「守護霊」ではなく…その反対…かと思ってしましました。…が?
私の「亡き母」の時は…おおまかな内容になります。…が?母が亡くなって?
その後!自宅に帰りましてから、パソコンを開きますと、ビックリ!
『保存しておりました…写真の映像』に「亡き母」の御霊様……
『白い〜〜〜白い〜〜〜御霊様』が〜〜〜クッキリ!ハッキリ!…映っています。
実は、母の危篤状態の知らせを受け…パートナーが…少しでも
私の母に…私共のマンションに来て頂いた時の【和室の部屋】の映像を
一目!見せたら〜〜〜イイヮ!…この一心で数枚の【和室の写真】を撮りましたのです。
「亡き母」を呼ぶ予定に準備していた【部・屋】…が?
姉の突然なる「緊急電話」から、モ〜〜〜ウ!駄目見たいに言いますし、
そして、私が来るまで「亡き母」が、頑張って居るように見えるから〜〜
早く!早く!来て〜〜〜と。。。姉の言葉から、私はもう一度!今のマンションの
【和室の部屋】を見せようと思い…写真を撮りまして…パソコンに入れ込んで…
その後「亡き母」の病院に直行しました。そして、パソコンを開く事もなく…
トウトウ!帰らぬ人となったのです…。唯!私が来た事が、臨終の「亡き母」にも、
伝わったのでしょうか?母が、一生懸命【息…】をしています…その姿!!
この現世界へ〜〜〜戻ろうとして居るように〜〜〜
ハァ〜〜ハァ〜〜“息…”を!それでも、拍くその“息…”そのものは、苦しそうに
見えません。…一瞬の事で…チョット“息…”を休んだ事から、
急に母の“息…”がピタッと止まり…【心・臓・停・止】
次第に…冷たくなっていく“母の手”…余儀なく「死・・・」を認める事と ><
此の時に私は「亡き母」の【肉・体・と・の・糸】がプツン!プツン!…と、
一本づつ切れて行く!その『音…』が、手を握っておりました「亡き母」の間に…
感じる事となりまして
そう!!プツンとプツンとプツンと……“3回の音”が…
私自身の“鼓・膜”に響きました…。これは、本当に【不思議現象の体験】
その後「亡き母」の遺体を、葬儀会場に預けて、とりあえず私は、一端!
自宅に戻る事となり、翌日の『葬・式』のため喪服を取りに自宅戻り…
そして、パソコンを開いてア〜〜〜〜〜〜〜ッ!「唖然」…
一度も「亡き母」は見る事が出来なかった…準備した【和室の部屋】
その写真を開きますと【仏壇の側】に〜〜〜
白い!白い!白い!〜〜〜丸い!丸い!丸い!霊魂…が見えます。
本当に〜〜〜“奇麗な丸い!白い!…霊魂”なのでした。
後に、菩提寺の「住職様」にお聞きますと……
「白い霊魂」は〜〜〜かなりの『高・級・霊』に入るとか…
本当に!此の「霊魂」が「亡き母」の魂と思えて……
その後『小・桜・姫・物・語』から、矢張り…『魂の自覚』が早い人は、
すぐさま「白い魂」に入るようですかと??書かれています。
キット!キット!「亡き母」の性格から見ますと……本当に〜〜〜
『愚痴』・『中傷』・『悪口』…にも一切!!耳を貸さない性格の「亡き母」でしたから、
そんなに…霊の世界では、悪い所には言って居ないように思えます。
(その1)につづく
❤〜SAKURA
2552
:
SAKURA
:2015/01/23(金) 22:59:21 ID:???
「トキ様」へ「観覧者の皆様」 へ
こんばんは…… ローマ字(大文字)のSAKURAで〜〜す。(その2)
>>2465
>>2466
>>2468
>>2485
>>2486
>>2486
>>2492
>>2493
>>2494
>>2495
>>2511
>>2512
>>2547
>>2548
>>2551
投稿の続きです…。
>>SAKURA投稿の続きです。
>>2550
トキ様
「トキ様」お返事ありがとうございます。
■□『フエス・ブック』に、その写真を投稿しました。
「亡き両親」の時代の【生長の家の活動運動】を…その時の写真が
『母の遺品の箱』の中から出て来ました…。
それは、当時【北九州の八幡道場】が…中心となり…
そうですネ!…ネ!私が小学校の頃に建築!!されまして…確か?
棟上げ式に“お餅…”を投ゲル時に。。。参加した記憶があります。
ここの道場で私達は、すくすく育ち、更に【生長の家】を誇りに思い…
小学校6頃でしょうか「隣の家」に伺いそこで、
実に、偉そうに『甘露の法雨』を一人前に、お聖教しまして…
隣の方が自然に入って行くくらいの自然体での『伝・道』した。
そして、その道場の写真…「亡き母」の足を運んだ
『八幡道場…白鳩連合の団体写真』…当時方がその写真に写っています。
実に〜〜〜懐かしい!懐かしい!『思い出アルバム』。。。
時間がありました時…ブログに詳しく…「回想記」を投稿させて頂きます。
再合掌
2553
:
a hope
:2015/01/24(土) 09:28:30 ID:cEpBaIdo
人の喜びをうらやむ者は
常に苦しいものですが
人の喜びを喜ぶものは
楽しいばかりであります
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2554
:
a hope
:2015/01/25(日) 11:33:29 ID:cEpBaIdo
向上の祈り
神はわが親でありたまう。
私は神の子である。
わが内に無限の良さが宿っているのである。
私の良さは無限であるから、これだけよくなったら、
もうそれ以上良くならないなどということはないのである。
私はまだまだ毎日いっそう良くなるのである。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2555
:
a hope
:2015/01/26(月) 09:41:45 ID:cEpBaIdo
無限愛の祈り
神は愛である。
愛は人の幸福になるためにつくすのである。
私は神の子であり、神の愛を自己の内に宿しているのであるから、
人のためにつくすことが大好きである。
隠れたところでないしょでだれにも知られずにする深切な行いは、
神さまが見ていられて天国でほめていられるのである。
私は天国で褒められる人となるのである。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2556
:
a hope
:2015/01/27(火) 08:44:55 ID:cEpBaIdo
神への感謝の祈り
神さま、毎日のお導きとお護りとに感謝いたします。
神さまあなたは私に必要な日光も空気も水も食物も、あらゆる必要ないろいろな物も、
私がお願いする前からゆたかに与えてくださっているのです。
おかげで私はこうして今日まで生かされて生長してきたのです。
感謝がおくれてすみません。
神さま本当にありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2557
:
a hope
:2015/01/28(水) 08:30:09 ID:cEpBaIdo
『真のその人の生長は日常生活できまる。』
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2558
:
a hope
:2015/01/29(木) 09:06:35 ID:cEpBaIdo
将来何をやろうと、きまっていない人は、真面目に生活を生きているうちに、
自然に自分の人生の最後の目標が明らかになってくるのである。
それは山の麓(ふもと)を登って行く時には、まだ頂上の風光がハッキリわからないが、
登って行くにしたがってだんだん頂上の景色がハッキリわかってくるようなものである。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2559
:
a hope
:2015/01/30(金) 10:48:30 ID:cEpBaIdo
『あなたよ、姿勢を正しくせよ。それだけであなたは健康になる。』
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2560
:
a hope
:2015/01/31(土) 10:10:23 ID:cEpBaIdo
恐怖しない祈り
神さま、あなたは無限の愛であります。
私は神の子であります。
神さま、あなたは常に無限の愛をもって私は護っていて下さいます。
神さま、あなたは眼に見えませんけれども、常に私のそばにいて護っていて下さるのです。
それが私には感じられます。
だから私は何ものもおそれません。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2561
:
a hope
:2015/02/02(月) 09:12:09 ID:brQxC10.
世の中で最も大きく成功した者はみんな心の明るい愉快な人ばかりです。
朝起きたとき先ず、「自分は楽しい、自分の前途には光が輝いている」と三べん心の中で言って、
微笑してから起きなさい。
微笑をもって一日を迎えるのです。
必ずその日一日楽しく勉強や仕事ができるでしょう。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2562
:
a hope
:2015/02/03(火) 08:47:11 ID:cEpBaIdo
人間は、悲しめばどれだけでも悲しめるが、また歓べばどれだけでも歓べるのである。
悲しみを呼べば悲しみが来て合奏し、歓べば歓びが来て合奏する。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2563
:
a hope
:2015/02/04(水) 11:14:47 ID:cEpBaIdo
責任自覚の祈り
神はこの宇宙をつくって、人間を〝神の子〝 として、神のあとつぎとして、
人間にこの世界を支配することを委(まか)されたのである。
それゆえに神に何ごともまかされている人間は、この世に何ごとが起こってきても人間自身に責任があるのであって、
人間自身の心の持ち方で善くも悪くもなるのである。
私は神にまかされた重大な責任を思って何ごとも一心にまごころで行うから結果がよいのである。
ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2564
:
a hope
:2015/02/05(木) 09:22:04 ID:cEpBaIdo
心の眼をひらけば、幸運はいたるところに手を伸ばして待っている。
地球の引力を発見したニュートンにとっては、リンゴの落ちることが運であった。
空間の電波を発見したフランクリンにとっては、雷鳴を聞くことが運であった。
誰でも見逃すところに心の眼が開いた人には運がある。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2565
:
a hope
:2015/02/06(金) 09:35:08 ID:cEpBaIdo
交友円満の祈り
すべての人間は〝神の子〝 であり、たがいに兄弟姉妹である。
だから私はすべての人々と仲がよいのであって、
だれとでも親しく交わることができるのである。
一時、だれかがあやまちを犯しても、私はその人をとがめることなく、
その人の内にある〝神の子〝 を尊敬して、
きっとその人がよくなってくれることを信ずるのである。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2566
:
a hope
:2015/02/07(土) 09:33:35 ID:cEpBaIdo
「心が落ちつかねば、どちらを向いても落ちつかぬ。」
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2567
:
a hope
:2015/02/09(月) 11:59:04 ID:cEpBaIdo
「他(ひと)を喜ばそうという考えは自分を健康にし、
他(ひと)から喜ばしてもらおうという考えは病気を招く。」
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2568
:
a hope
:2015/02/10(火) 09:06:23 ID:cEpBaIdo
無限生命の祈り
私は神の子である。
神は無限生命である。
無限の生命力をもってハリ切っていられるのである。
その神の無限生命が私に流れ入って、私の生命となっているのであるから、
私は常に元気はつらつとしていて、いくら勉強しても、
いくら運動しても病気にならず疲れるということを知らないのである。
ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2569
:
a hope
:2015/02/11(水) 10:17:25 ID:cEpBaIdo
祖国を尊ぶ祈り
住吉の大神、宇宙を浄めたまう。
住吉の大神、宇宙を浄めたまう。
浄めたまいおわりて天照大御神お生まれになり、
宇宙すべてその光にて照りかがやく。
天照大御神、その御徳のあらわれとして日本国の構図を示したまう。
天皇中心の国なり。
これがわが国である。
全世界を太陽の徳をもって照らす使命をもった国である。
この国にうまれさせていただいたことを感謝いたします。
ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2570
:
a hope
:2015/02/13(金) 08:00:11 ID:cEpBaIdo
『諸君よ、いったん「われこれをなそう」と決して起ち上がったならば、
「わが行くところ必ず勝利あるのみ」の覚悟が是非とも必要である。
逃げ路をあらかじめ準備しておいて事にのぞむようなことでは、
何人も全力を発揮することはできないのだ。』
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2571
:
a hope
:2015/02/16(月) 08:59:13 ID:cEpBaIdo
父母へ感謝の祈り
私は神の子として、神の生命が父母を通して生まれたのである。
私がいくら神の子であっても、人間の父母を通して生まれなかったならば、
万物の霊長として、生き物のうちで最も美しく最も知恵があり
最も幸福な生活のできる人間には生まれることができなかったのである。
お父さん、お母さん、ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2572
:
a hope
:2015/02/17(火) 08:35:30 ID:cEpBaIdo
人にほめられようと考える前に、神にほめられようとまず考えよ。
人にほめられようと思う者は、人が見ていないところでは善い働きをしないから、
結局は人からもその尻尾(しっぽ)を押えられて、人からも貶(おと)される。
神にほめられようと思う者は人の見ていないところでも善い働きをするから、
結局、人からもほめられ喜ばれる。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2573
:
a hope
:2015/02/20(金) 09:12:31 ID:cEpBaIdo
歓びいっぱいの祈り
神さま、あなたがこの世界をお造りになりましたのは、
歓びの心でお造りになりました。
それですからこの世界には歓びが充ち満ちているのです。
太陽は歓びに輝いています。
新緑も悦びの色で燃えるようです。
小鳥も悦んでさえずっています。
私も歓びいっぱいで元気に勉強いたします。
ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2574
:
a hope
:2015/02/21(土) 09:38:41 ID:cEpBaIdo
うれしい、うれしい、お父さん、お母さん、ありがとうございます、
と心の中で、つねに喜んでお父さんやお母さんに感謝していますと、
人間は自然とうれしいことがでてきて、ありがたい感謝すべきことがうまれてくるのであります。
それは「うれしい、うれしい」という心の種を蒔くから、
そのとおりのものが、形の世界にあらわれてくるのであります。
また、「お父さま、お母さま、ありがとうございます」という心の種を蒔きますから、
形の世界にも本当の深切な、ありがたいお父さんお母さんのすがたがあらわれてくるのであります。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2575
:
a hope
:2015/02/23(月) 10:08:05 ID:cEpBaIdo
ひとりの憂いを癒やし得ば
ひとりの涙をぬぐい得ば
弱りし一羽の小鳥をば
救けてその巣に戻し得ば
わが生涯はむだならず
エミリー・ディキンソン
2576
:
a hope
:2015/02/24(火) 08:51:07 ID:cEpBaIdo
神と一体感の祈り
神はすべてである。
神はいたるところに満ちみちていられるのである。
私の周囲に、上にも下にも、前にも後ろにも、
右にも左にも、すっかり神が私を包んでいるのである。
私は神の中に生き、神は私の中に生きているのである。
私の生命が神の生命なのである。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2577
:
a hope
:2015/02/25(水) 09:36:00 ID:cEpBaIdo
『失敗は大したことではない。
損も大したことではない。
自己の心を乱すか乱さないかの方が大切だ。』
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2578
:
a hope
:2015/02/26(木) 10:23:51 ID:cEpBaIdo
噴火山の爆発力には何物も抗することが出来ない如く、
真に自己を信ずる者の決意の前には何者も抗することなく、
道を拓いて彼の前に奉仕するのである。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2579
:
a hope
:2015/03/02(月) 09:06:01 ID:cEpBaIdo
腹立った時の処置方法
短気は損気といわれているように、腹立てるということは、自他ともにばかげていることである。
腹立つことは、まず第一に、自分自身にとって最大の不親切な行為である。
吾々は、吾々の内に神が宿り給うているのである。
宿っているといっても、吾々の中に別の「神」というものが寄生しているということではない。
肉体は吾々の外皮であり、道具であって、その中に宿っている「神」そのものが、「我々」そのものなのである。
「神」は「愛」である。
それゆえに「吾々」そのものは「愛」である。
「愛」を行ずることによって、「吾々」自身が生きることになるのである。
自分自身を、「憎しみ」を行ずるような低い卑しい存在だと思いちがいしてはならないのである。
自分を「腹立つ」ようなそんな短気な存在だと軽蔑してはならないのである。
腹が立ってきた時、いろいろ方法はあるが、次の如く思念することにより、ふしぎにも短気がなくなるのである。
○
「私は立腹するようなそんな愚かな私ではない。私は神の子である。
愛に満たされ、寛大で、包容力が大きくて、何ものをもゆるすのである」
○
「神よ、あなたがすべての罪を赦したまうが如く、私もあの人の罪を赦すことを得せしめ給え」
○
「人間は神の子であるから完全である。
彼は現在的には悪しく見えているけれども現象は本来ないのであるから彼が悪いと見えるのはウソである。
彼は神の子で完全であり、自分に好意をもっているのである」
私はこうして祈る ――人と時と場合に応じた祈り―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2581
:
a hope
:2015/03/04(水) 09:15:07 ID:cEpBaIdo
信念をたかめるためには
人は信ずる通りのものとなり、信ずる通りにその事業はなるのである。
信仰は勝利への第一要素である。
ではこのすばらしい信仰、信念を如何にしたらたかめることがでいるのかといえば、
毎日毎日繰返し繰返し次のごとく思念することである。
○
「われは神と偕(とも)に何事でになすがゆえに、
自分はいかなる事態に処しても過ちなく物事を処理することができるのである。
わが内より神の智慧は湧き出でるのである。
神はわが内に宿りたまいて、内より自分を助けてい給うのである。
われは神想観中に必ず神の導きの声をきくのである」
○
「神の愛、常に吾をとりまきて護り給い、神の智慧常に吾を導き給うて栄えの道に進め給う」
私はこうして祈る ――人と時と場合に応じた祈り―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2583
:
a hope
:2015/03/06(金) 10:52:37 ID:cEpBaIdo
疲労しないための祈り
肉体という皮袋を使用しているところの五官的自我は、あらゆるときにおいて、疲労という問題で悩まされるのである。
しかし、この疲れるということの解消のためには「人間は働けば疲れる」という考え方が
「人間は、どんなに働いても疲れないものである」という「考え方」におきかわらねばならないのである。
この「考え」が信念にまでならなければならないのである。
この信念を得るためには、常時、繰返しくりかえし、次の如く祈らねばならない。
「神は無限力であり、自分は神の子である。
今、神の無限力が、とうとうと流れ入って、自分は無限の精力を回復しつつある。
神が自分を通して、仕事をしたまうのであるから、けっして疲れることはないのである」
私はこうして祈る ――人と時と場合に応じた祈り―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2584
:
a hope
:2015/03/13(金) 07:27:50 ID:cEpBaIdo
悦び無限の祈り
神はこの世界を、歓びの心をもっておつくりになりました。
太陽も月も星もことごとく、神の悦びの感情の表現であります。
神の悦びの最高のきわまりの時に、人間は生まれたのであります。
それゆえ、私は常に悦びの感情に満たされております。
私は何を見ても神の悦びの芸術に見え、何を見ても神の悦びの言葉にきこえるのです。
悦びは悦びを呼び、毎日私の悦びはふえるばかりであります。
ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2586
:
a hope
:2015/03/24(火) 07:00:52 ID:cEpBaIdo
神の愛を受ける祈り
神さま、あなたは無限の愛であります。
愛は人の幸福を祈る心であります。
人の幸福を心で祈り、人が幸福になるように何かの助けをしてあげるのが〝愛〝 であります。
それを実行したとき、その人の心は神さまの愛と波長が合うのであります。
だから私は毎日一回必ず人の助けになることをいたします。
それゆえに私は神さまに愛されます。
ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2589
:
a hope
:2015/03/26(木) 06:59:44 ID:cEpBaIdo
失望しない祈り
私は木の生長を見るときに、私もまた木のようにのびなければならないと思うのだ。
木は寒いときに葉を落としてじっと縮かんでいるように見えるときにもけっして失望して働きをやめていない。
春が来たときに新しい緑の芽を吹き、美しい花を咲かせるために着々と準備しているのである。
私もまた木のようにどんな困難にあっても静かに準備して、必ずいっそう美しい花を咲かせる時が来るのである。
ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)
2590
:
a hope
:2015/04/15(水) 08:54:55 ID:cEpBaIdo
神を讃える祈り
神さま、ありがとうございます。
花が咲いております。
花のいのちは神さまから来たのでございます。
鳥が啼いております。
鳥のいのちは神さまから来たのでございます。
雨あがりの青空はすみきって空気はスガスガしうございます。
あの青空のように私の心をすみきらせて下さいませ。
私のいのちを花のように美しく生かしてください。
私はいま鳥のごとくよろこびの歌を歌って神さまをほめ讃えます。
ありがとうございます。
ジュニア 「希望の祈り」――毎日の進歩のために―― 谷口雅春先生著(日本教文社)
2591
:
トキ
◆AXzLMGIbhk
:2015/05/09(土) 21:48:59 ID:rFzDYMW2
みすまるの珠に、榎本恵吾先生の記事が掲載されています。
http://misumaru.o.oo7.jp
どうして生長の家が内部紛争に至ったか、という点でたいへん
的確な説明をされていると思います。
2593
:
トキ
◆AXzLMGIbhk
:2015/05/13(水) 22:11:46 ID:2dNuIyGk
みすまるの珠に榎本先生のご著書「弟子像」の一部が紹介されています。
http://misumaru.o.oo7.jp
この弟子像は、榎本先生の晩年の作品ですが、持っている人は少ないと
言われています。生長の家宇治別格本山で研修生をして榎本先生の指導を
受けた人でも、心境の程度により、お願いをしても、もらえなかったとい
う人も多いです。
著作権の問題もあり、一般の方々への販売は難しいのですが、榎本先生
のご著書は信仰という観点から考えると、本当は広く販売されるのが理想
かと思います。特に、弟子像は、一連の教団の内紛について、かなり説得力
のある教示をしています。
その観点から、今後の「みすまるの珠」で「弟子像」が紹介されるのを
楽しみにしております。
2596
:
縹さん
:2015/05/14(木) 00:50:48 ID:kEnG6jMo
>>元気が無く、投稿の継続が困難となっています
>>私の方が力尽きてしまい
大東亜戦争で満州の広野に、ヒルマの奥地に、南洋の海に散った護国の英霊は、死ぬまで元気に力を出し続けたのです。
あなたの鎮護国家は怪しいものですね。平時に机上の論を述べるのでなく、一旦緩急あればの心を持たれてからにしてください。
2597
:
トキ
:2015/05/28(木) 19:45:37 ID:qG1P8VuI
みすまるの珠
http://misumaru.o.oo7.jp
生命の実相を中心にしなかったことが遠因となり、教団がおかしくなったという
点は私も心当たりがあります。教団が大きくなり、また財政的に豊かになると、ど
うも、信仰というよりも、就職という感じで職員になった人もいました。中には、
「ほかの職場では使い物にならないので、御慈悲ですから、教化部の職員に雇って
あげてください。」と言いに来る人もいました。
そういう人も長くいると、管理職になったりします。
大きくなったことは嬉しいことですが、反面、弊害もあったということかと
思います。
2598
:
a hope
:2015/07/06(月) 08:57:23 ID:cEpBaIdo
ーー生長の家 創刊号 よりーー
『生長の家』 は讀み捨てにするやうな雑誌ではありません。
どんなに此れが好い雑誌であるかは讀んで御覧になれば判ります。
讀みガラを捨てないで常に座右に置いて下さい。
そして心に暗い影がさして來たら本誌のどの一頁でも宜しいから、開いてお讀み下さい。
あなたの心がそれはそれは輕くなります。
暗い人生観が明るい人生観にかはります。
これを病人に贈れば實に好い慰めともなり見舞ひともなります。
私の書いたものは唯讀むだけでも元氣が出て病氣が輕減することが度々あるさうです。
愛息や愛弟妹に讀ませて頂けば、在來の消極的教育とはちがつた溌刺たる積極的精神が培はれます。
『生長の家』 は一つの家庭に是非一冊はなくてならない雑誌です。
日本國中の家庭が此の雑誌をとつて呉れれば日本國中の家庭が榮えます。
争ひの絶えなかつた家庭が平和の家となり、悲しみの家が喜びの家となり、病人の絶えなかつた家庭が健康の家となり、何事も不如意であつた家が 『生長の家』 となります。
私は日本國中の家庭を樂しい 『生長の家』 とするために全精力と全資金とを此の事業に献げます。
日本を愛する人々よ、知人に此の雑誌を紹介して下さい。
屹度その知人がお喜びになります。
此の人なら讀んで喜んで呉れさうなと思はれる知人があつたら其の人の住所氏名を發行所まで御知らせ下さい。
幾部でも見本誌をお送りします。(生長の家發送部より)
2599
:
a hope
:2015/07/06(月) 08:59:55 ID:cEpBaIdo
(
>>2598
a hope所感)
以前、縹さまがわたしに「生長の家」の創刊号の拝読を奨めてくださり、
『「生長の家」を信仰していく上で、必ず役に立つときがくるから・・・』
というような内容のご助言をいただいたのを思い出しました。
久しぶりに拝読してみると、とても清々しい気持ちになりました。
<<日本國中の家庭が此の雑誌をとつて呉れれば日本國中の家庭が榮えます。>>
当時の「生長の家」が人々の心を明るく光明化することで、
この日本国を光明化していこうとしていたことがわかります。
「生長の家」の信仰の基本がここのあると思いました。
個々の人々の心の光明化なくして、日本国の実相を顕現も、世界平和もありえないと思いました。
ところで、大熊先生のブログで素晴らしいyou-tubeが紹介されていました。
http://blogs.yahoo.co.jp/panda41415151/13462962.html
ただ、聞き流しているだけで心が浄められ光明化しますよ!
https://www.youtube.com/watch?v=HY7THgLlS5c
2602
:
a hope
:2015/07/08(水) 10:40:42 ID:cEpBaIdo
「生命の實相」第1巻 p14
「生長の家」とわたし
わたしはこの『生長の家』の生き方がどんなに善い生活だかということについては、確信をもっている。
諸方の読者から集まって来る多くの賛辞は、わたしのこの確信がただのウヌぼれでないことを第三者として証拠たてている。
なかにはわたしを教祖あつかいしてくださる誌友もあるが、わたしは『生長の家』の教祖ではない。
わたしは諸君と共に『生長の家』の教えを聴聞して、ひたすら、その教えのごとく生き行こうと努力する一人の求道者にすぎない。
わたしがまだこの世的な悩みをいく分でも持っているのはわたしの生活がまだ『生長の家』の生き方には完全になり切っていないからである。
むろんこの雑誌の原稿はわたしの手にもったペンにより書かれる。
しかし、ひとたび『生長の家』を書こうとしてわたしがペンをもって机に向かうとき、わたしはもうふだんのわたしではないのである。
霊きたりてわたしを導く。
弱い性質のわたしにはとても書けない強い言葉が流れるように湧いて来る。
第二号の『生長の家の歌』※のごときは自分ながら驚くほど強いことが書けている。
わたしが亀岡にいたとき、わたしが専念、教えのことを書いているのをかたわらで見ていた霊視能力者の加藤氏は、わたしと別な霊人が筆をとっている姿を見たといっていた。
それは信じてよいかどうかは知らない。
しかしもし『生長の家』に教祖というべきものがあるならば、この地上のわたしではないであろう。
およそ宗教的な深さをもったものは、それが教えであると芸術であるとを問わず、その源は霊界にあるのである。
古来から神品(しんぴん)といい神徠(しんらい)といいインスピレーションといったのはこれである。
われわれはすべて霊界および現世の人々からラジオ的に放送されて来る思想波動を感受するところの受信機であるのでる。
しかしJOAKの放送を受けるにはラジオの受信機の調節をJOAKの放送に合せなければならぬであろう。
それと同じくわれらがいっそう高き世界よりくる思想波動に感ずるためには、自分の心をその思想波動に調子を合せねばならぬのである。
ここにわれらは不断に心を清め、心をいっそう高き世界よりの波動に感ずるように訓練しなければならない。
この訓練がたりないとき雑音が混じる。
受けるインスピレーションが不純なものとなる。
もしわたしの書くものに純粋ではない雑音が混じっているならば、それはわたしの罪であって、霊界よりこの地上に『生長の家』運動をはじめた神秘者の罪ではないのである。
2603
:
a hope
:2015/07/08(水) 10:44:00 ID:cEpBaIdo
(
>>2602
a hope所感)
谷口雅春先生は、霊感によって「神の言葉」を感受され、数々の聖典や聖経などを書かれました。
そのことが、上に謹写した『「生長の家」とわたし』にはっきりと書かれています。
そして、当時は、雅春先生が執筆する姿が、霊人と変化するのを何人もの人が霊視されています。
唯神実相を大悟された雅春先生だからこそ、神からのインスピレーションを真っ直ぐに受けることができたのだと思います。
ですが、雅春先生御自身は、
<<なかにはわたしを教祖あつかいしてくださる誌友もあるが、わたしは『生長の家』の教祖ではない。
わたしは諸君と共に『生長の家』の教えを聴聞して、ひたすら、その教えのごとく生き行こうと努力する一人の求道者にすぎない。
わたしがまだこの世的な悩みをいく分でも持っているのはわたしの生活がまだ『生長の家』の生き方には完全になり切っていないからである。>>
と、とても謙虚におっしゃっておられます。
この雅春先生の実相世界の造り主である「神」の前にひれ伏すような謙虚な姿勢こそ、
本当に「唯神実相」を悟っていたという証拠なのではないでしょうか。
もし肉体人間が、その創造主の「教え」を補足しようなどと考えるのであれば、
それは自分を「創造神」以上の存在だと勘違いしていなければできない暴挙だと感じています。
2604
:
a hope
:2015/07/08(水) 10:47:38 ID:cEpBaIdo
>>2602
補足(頭注より)
※第二号の『生長の家の歌』・・・現在は『甘露の法雨』として、生長の家の聖経になっている。
2605
:
a hope
:2015/07/10(金) 11:07:17 ID:cEpBaIdo
「神 真理を告げ給う」p64 より
○
戦争は、ひとりひとりの自己処罰では足りない時に、集団的自己処罰として起る場合と、高級霊が〝自己〝 を滅して〝公け〝 に殉ずるところの自己犠牲の行為を通して、普通の生活状態では到達し得ない急速度の霊魂の浄化を得んがために起こる場合とがあるが、大抵はその二つの原因が重複(ちょうふく)しているのである。
従って戦争には〝低い霊魂〝 が互いに処罰し合う極めて残虐な悲惨な所行が各所で行われるのでるが、また他方には純潔な高級霊が、理想のために、〝公け〝 のために自己を犠牲にして「私」を顧みない崇高な精神の発露が行われるのである。
前者の残虐な悲惨な面だけを説く人もあるが、高潔崇高な自己犠牲の行為を行う〝場〝 として戦場が選ばれたということを看過ごすのは片手落ちである。
第二次世界大戦に於いて、多くの自己処罰が行われたが、多くの〝滅私奉公〝 の尊い犠牲精神で神去りまして高級天体へ移行した夥(おびただ)しい霊魂もあるのである。
戦争はこうして人為と摂理と両方面から起こるのであるから、人間がいくら努力し、警戒して、平和論をとなえても無くなるものではないのである。
大東亜戦争は一方に於いては〝高級霊〝 が最後の滅私奉公の行動を通して、急激に霊魂の地上進化の最後の課程を了(お)えて他の高級天体に移住する契機をつくったのである。
○
2606
:
a hope
:2015/07/10(金) 11:10:35 ID:cEpBaIdo
(
>>2605
a hope所感)
以前、本流復活の先輩方が雅宣先生が「大東亜戦争は日本の侵略戦争だった」と発言したと批判されていましたが、
上の「神 真理を告げ給う」の文章を拝読すると、そう言う側面(侵略戦争)も確かにあったのだろうと感じました。
一方、天皇陛下(神)のため、日本国(神国)のため、日本人(神の子)を守るため
又は、アジアの国々の解放のため、
自己の「生きたい」という欲望を滅して体当たりして戦争に臨んで命を落としたたくさんの霊魂にとっては、
それは間違いなく「聖戦」であったのだろうと思います。
『生長の家』が戦没者を英霊として供養するのは、そういう意味があったのだとやっとわかりました。
来月には終戦記念日があります。
今年は心からお祈りができそうです。
2607
:
島津綾久
:2015/07/10(金) 16:30:27 ID:???
>>a hopeさん
その部分はかなり複雑な話になるんですが、総裁説は「戦時国際法から見れば」の、条件付きなのです。
総裁説では大東亜戦争、意義の部分はあったと御認めなのです。が、戦時国際法からみれば「違反行為である」という・・・・・・・その部分はたしかに、首肯できる内容なのです。それが証拠にあの、〝戦線布告なき開戦前動員〟の真珠湾攻撃に対し、本流派は誰も反論できずにおります。(私が確認してナイだけ?ならば登場されたし)
拜
2608
:
アクエリアン
:2015/07/10(金) 20:33:18 ID:bXmMWTIs
>>島津さん
この問題で、現総裁に問われているのは、戦時国際法の解釈の価値観か、宗教的次元の価値観か、どちらの価値観を採るのか、ということなんだと思っています。
当然、「宗教者」、「生長の家法統継承者」として、現総裁は、宗教的次元からの見解を、表明しなければならないし、大東亜民族解放の意義、価値観を採らなければならないとおもいますがね、私は。
ところが、現総裁は、そういうスタンスではないのでは。
あくまでも、戦時国際法の解釈を、第一義的に採っておられますね。
私は、生長の家開祖谷口先生の法統継承者としては、やはり、宗教的次元の価値観を戦時国際法の解釈の上にもってこなければならないのでは、という考える者です。
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