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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

2579a hope:2015/03/02(月) 09:06:01 ID:cEpBaIdo

腹立った時の処置方法

短気は損気といわれているように、腹立てるということは、自他ともにばかげていることである。
腹立つことは、まず第一に、自分自身にとって最大の不親切な行為である。
吾々は、吾々の内に神が宿り給うているのである。
宿っているといっても、吾々の中に別の「神」というものが寄生しているということではない。
肉体は吾々の外皮であり、道具であって、その中に宿っている「神」そのものが、「我々」そのものなのである。
「神」は「愛」である。
それゆえに「吾々」そのものは「愛」である。
「愛」を行ずることによって、「吾々」自身が生きることになるのである。
自分自身を、「憎しみ」を行ずるような低い卑しい存在だと思いちがいしてはならないのである。
自分を「腹立つ」ようなそんな短気な存在だと軽蔑してはならないのである。
腹が立ってきた時、いろいろ方法はあるが、次の如く思念することにより、ふしぎにも短気がなくなるのである。

              
               ○

「私は立腹するようなそんな愚かな私ではない。私は神の子である。
愛に満たされ、寛大で、包容力が大きくて、何ものをもゆるすのである」

                  
               ○

「神よ、あなたがすべての罪を赦したまうが如く、私もあの人の罪を赦すことを得せしめ給え」
  
               ○

「人間は神の子であるから完全である。
彼は現在的には悪しく見えているけれども現象は本来ないのであるから彼が悪いと見えるのはウソである。
彼は神の子で完全であり、自分に好意をもっているのである」


私はこうして祈る ――人と時と場合に応じた祈り―― 谷口雅春先生著 (日本教文社)


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