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【オリスタ】FullBlackHabit 【SS】

1名無しのスタンド使い:2015/03/09(月) 22:36:50 ID:d154izBE0
 初めに、断っておくことがいくつかあります。
 
□テーマは「部外者から見たジョースター家の姿」です。
 しかしジョースターの一族は主人公ではありません。争うのも関係のない奴らです。
とんでもない与太話がたくさん出てきますが、
 あくまでも噂話や適当な調査、推測に基づくものであり、事実とは限りません。
 

 □原作から老ジョセフ、静・ジョースター、徐倫の三名が登場します。
 うち静・ジョースターの青年期は原作で描写されないため、オリジナルとなります。
 三名とも物語には関わりますが、基本的に戦闘には距離を置き、スタンド・波紋は一切使用しません。
 あくまでもオリキャラとオリスタの攻防が中心となります。
 
□主な舞台は2020年のニューヨーク州南東部が中心です。
 また、特殊な設定として「徐倫逮捕後、ジョンガリ・A等の陰謀が上手く行かず、承太郎とSPW財団が脱獄を手伝わなかった」場合を描いています。
 これにより、1.プッチはメイドインヘブンを完成させておらず、そもそも脅威が認知されていません。
2.徐倫(28歳)は現在もフロリダの刑務所に収監中で、スタンド能力を得ておらず、精神的にも未熟なままです。
 3.つまり第六部の出来事の大半が起こっていません。
  
□ジョースター家とSPW財団が知っている「幼児のスタンド使い」が、静・ジョースターのみとなっています。
 マニッシュ・ボーイは認知されていません(緑色の赤ん坊は存在さえしていません)。
 花京院が誰にも伝えることなく死亡したか、DIO討伐後、財団が行方を追えなかったのかは想像にお任せします。
 
□最初の戦闘までがめっちゃくちゃ長いです。あと最初だけちょい古めな政治的話題が出てきますが、そのあとは特に出てきません。

73名無しのスタンド使い:2015/03/22(日) 07:18:41 ID:87DKo/cU0
ということは、ここからバトルものになるんかな?
こりゃ楽しみやで!

74名無しのスタンド使い:2015/05/09(土) 15:51:45 ID:SfqvJzjA0
4. セブンス・ハウス ( vs ナポレオン・ソロ 1 / 4)

 
4時半。コロンビア大学の古ぼけた講堂に、真っ白い太陽が傾いでいくのを眺めていた。俺より何万倍か頭が良い十代、二十代の学生どもが、俺の横を、一瞥もせずに通り過ぎていく。虚しくならないといえば嘘になる。こいつらはこれからも俺と目を合わせないだろう。ありきたりなことを言えば、住む世界が違うのだ。食うものも見ているものも違う。
 
 俺は大学に行ったことがない。そういう年頃の全てを犯罪と、愛も実りもないセックスに費やしてしまった。核分裂を研究したり、砂漠に雨を降らせるような未来を選ぶ余地などなかったのだ。そして友達も少なく、恋人もいないまま、今は死ぬのをのんびりと待っている。
 
 だが、今以上に幸せな人生が存在するのかといえば、そうでもないような気がする。人生の代案がないのだ。
 それなりにやっているつもりでもある。

75名無しのスタンド使い:2015/05/09(土) 15:53:50 ID:HDoFfW3s0

冴えない話だな、とスマートフォン越しに“フィータス”は言った。
なにが? 何の話だ?
金に目が眩んで、神聖な学び舎に侵入だもんなあ。立派な変態だろ。
 ああ、なるほど、と俺は言う。まあ確かに。でも、ちょうど学問に興味があったんだよ。経営修士が必要でさ。
冗談だろ?
もちろん、と俺は言った。経営修士を取ったところで、銀行の防犯アドバイザーの肩書にハクが付くわけではない。ただ、挑戦だけで十万ドルだ。経営修士なんかより、ずっと素敵な響きがするだろう。
金の響きだ。バサバサとドル紙幣が舞い散るような……。

76名無しのスタンド使い:2015/05/09(土) 15:54:32 ID:SfqvJzjA0

でもジョースターの暗くて静かでロックなほうの娘が相手だろう?
暗くて静かでロック? そんな印象はないが、まぁ、そう、それが問題なんだ。俺は彼女のことをよく知らない……それを調べるのが仕事なんだが……。

77d154izBE0:2015/05/09(土) 15:55:48 ID:SfqvJzjA0

世界には数多くの秘密がある。うんざりするくらいある。知りたくもないほどだ。こうした秘密を盗む技術が、いわゆる「諜報」だ。しかし現代ではジェームズ•ボンドよろしく、武力と秘密兵器と変装術で「諜報」するような無粋なマネは殆ど行われていない。相手だってこちらを「諜報」しているのだから、隠れても意味が無いし、当然、暴力に訴えれば必ず報復されるのだ。
現代では、秘密を手に入れるために秘密を渡す、という「取引」の代行者たちこそがジェームズ•ボンドに代わる現実的なスパイだ。特に、特定の機関に属さず、あらゆる国や企業や有名人たちの有象無象の秘密を掻き集めては垂れ流す、人種国籍無差別のスパイたちの集まり、秘密の高速取引機関、「サーキット」は、スパイネットワークの中でも最高の存在とされていた。

俺の強盗時代の数少ない友人、“フィータス”は、この幸運で優秀なチクリ屋ども、「サーキット」の一員だった。古参の情報屋といえば聞こえはいいが、要するに、尻に毛が生える前から記憶力と好奇心とモラルが破綻した男で、金か情報かクスリを渡せば、どんなことも喋るような奴だった……どの銀行に、いつ頃、大金を積んだトラックがやってくるのか、とか……。
つまりはクソ野郎だ。だが使える男でもある。

78d154izBE0:2015/05/09(土) 15:56:56 ID:SfqvJzjA0
富豪の娘なんてのは、スパイたちの格好の餌だ、と”フィータス”は言った。親の金以外に取り柄のないような馬鹿が乱痴気騒ぎを起こすたびに、スパイたちは富豪の両親をゆする材料を手に入れる。
だが、シズカ•ジョースターに関しては、正直に言って大した情報がない。
異性関係もか? 万引きしたとか、飲酒運転だとか……。
犯罪歴も補導歴もない。異性関係については……まぁなんともいえない。
なんだよ? 勿体振るなよな。
別に勿体振ってるわけじゃないぜ。ただ、説明しにくいんだ。なかなか見かけないタイプだからな……シズカ•ジョースターは、性的にドライなんだ。いわゆる「彼氏」がいた形跡はない。だがセックスの相手には事欠いてないし、かなり頻繁に男と遊んでいるみたいだ。奔放と言ってもいいが、別に浮気だとか、不倫だとか、金で男を買ってるわけでもないし、逆に何かをもらっているわけでもない。相手を選んでいないわけでもないし、特殊な性行為をしている様子もない。誰にも隠していないし、誰にも強要していない。野郎どもも、それを分かってシズカと「交遊」してるのさ。
よくわからんが、売女ってことだろ? それはスキャンダルに入らないのか?
お前んとこの田舎ならそうかもしれんが、ニューヨークじゃなんの価値もない情報だぞ……なあ経営修士を目指すリザード君よ、一つ教えてやろう。経済とセックスはな、自由化が進めば進むほどに貧富の差が激しくなるものなんだよ。貧乏人がいて金持ちがいる。生涯童貞のやつもいれば、毎日のようにヤってる奴もいる……あーだこーだ言ったが、要は単にセックスしてるってだけの話だからな。処女信仰の連中くらいにしか意味が無いスキャンダルだろ。

79d154izBE0:2015/05/09(土) 15:58:35 ID:SfqvJzjA0
  
 ふぅん。腑に落ちない話だ……まあいい。で、その「暗くて静かでロックな」ってのはどういう意味だ?
 言葉通りさ。「暗くて静かでロック」なんだよ。
 パッと見では、そうは見えなかったけどな。
 ハイスクール時代から交友関係は、性的なものを除けばかなり限定的というか、まあ全くないな。いわゆる「ガリ勉(Nerd)」だ。誰とも交わらないから、ブランド品にウン百万突っ込んだとか、パーティーで未成年飲酒をやらかしたとか、そういうくだらねえ話が降って湧いてこないのさ。大学時代の情報が過小なのも、こういう人付き合いの薄さが続いているせいだな。

80d154izBE0:2015/05/09(土) 16:00:20 ID:SfqvJzjA0
  
「暗くて静か」なのはわかったよ。じゃあ「ロック」ってなんだ? バンドでもやってたのか?
 いや、そういうわけじゃない。別に当たり前の話だとか、俺がそういう人間だって誤解してほしくはないけど……。金持ち白人の養子で、キレイ目なアジア人の「ガリ勉」で、ボーイフレンドを山ほど使い捨てるよーな性生活をしてるときたら、本人が望もうが望まなかろうが、周囲からの「絡み」があるもんだよな? つまり陰険でカスみてえな「絡み」がさ……。
 よくはわからないが、まあ、言いたいことはわかる。女の「嫉妬」とかそういうのだろ。
 
 学がないのが丸見えだな、リザード。学園生活だと、そいつは「イジメ」という形になるんだよ。性別なんぞ関係ない。窃盗に暴力に恐喝にセクハラ、ヒドけりゃレイプ沙汰だってあるだろうな。魂がヒネくれてブチ折れられるまでヤられちまうんだよ、自分のステイタスに似合わない振る舞いをしている奴は。
 ……はあ、それで? 何がいいたい?
 
 シズカ・ジョースターみたいなイケ好かないステイタスを持った奴は、かならず打ちのめされるもんなのさ。板から飛び出した釘みたいにな。で、実際に確認できる限りでは、シズカ・ジョースターという釘を打とうとした連中が二十二人もいたんだ。同級生に上級生、地元の不良連中にパパラッチ共……。
 二十二人か。随分と多いな。しかも気持ち悪くなるほど具体的な数字だ。どうかしてるんじゃないか? お前ら「サーキット」は。
 いやいや、俺らだって、よほど重要人物でないなら、普通は誰彼の敵が何人いるなんて数えねえよ。そして、シズカ・ジョースターは重要人物じゃない。でもこれはイレギュラーなケースなんだ。いいか、なんで俺らがシズカ・ジョースターのイジメっ子の数を把握しているかというとな、そいつら全員が「行方不明」になっているからなのさ。
 はあ?
 
 あと、勘違いするなよ、と”フィータス”は言った。
 俺の業界じゃ、「行方不明」ってのは「ちょっと家出した」とか「海外にとんずらした」とかじゃない。「死体が見つかってない」って意味だ。めちゃくちゃに「ロック」だろう? しかも、モグワイの曲みたいに暗くて静かな「ロック」だよ。金持ちの子女の周りでポンポンと人が消えてるっていうのに、誰も何も騒がないし、何も見つからないし、本人だって静かに暮らしているんだから。

81d154izBE0:2015/05/09(土) 16:02:50 ID:SfqvJzjA0

 なるほど、やる気の失せる話をありがとうな。
 なあ、マジな話、止めておいたほうがいいぞ。ベテランのパパラッチも二人「行方不明」になってるんだ。クソな仕事だとは言わないけど、十万ドルじゃワリに合わねえよ。

 もちろん、十万ドルじゃワリに合わないだろうな。と俺は言った。”フィータス”に明かしていない”ランドバロン”の隠し金庫を合わせても、ワリには合わないだろう。だが、俺はこの話を受けた時点で「二つのこと」を決めていた。
 
 ワリに合わない仕事から、採算を引き出す「二つのこと」を。

82d154izBE0:2015/05/09(土) 16:03:25 ID:SfqvJzjA0
 
 なあ”フィータス”。”ランドバロン”のデッドマネーの噂は知ってるか?
 あのナチから騙し取ったとかいうお宝の噂だろ?
 あの噂はな、と俺は言う。これが「一つ目の決定事項」だ。あの噂は本当だ。ナチから盗ったものが何なのか、全貌こそはわからないが、もしも中身がわかったら、その情報の取引相手が欲しい……ユダヤ人の狩人の取引相手が。

……リザード、お前、ジョースターに楯突くつもりなのか?
ああ? なんだと? 楯突くだと? そもそも俺はジョースターの味方じゃないぞ……ちょっと待て、着いちまったからな。また後で連絡する……おっと、やっぱり、まだ切らないでくれ。

83d154izBE0:2015/05/09(土) 16:04:18 ID:SfqvJzjA0

 コロンビア大学はマンハッタンの街に組み込まれている……もしくは、マンハッタンがコロンビア大学を侵しているのか……それは知ったことではないが、ともかく大学と街との境界は酷く曖昧で、ニューヨークの住民、タクシードライバー、浮浪者、犬猫、そして大学生たちが一緒くたになって蠢いていた。
 だが、そんな曖昧模糊に入り組んだマンハッタンでさえ、シズカ•ジョースターの住処は見間違いようがなかった。無駄に広大な駐車場に並ぶ無駄に高級な車の列、エントランス前に陣取るヒスパニック系の屈強な警備員が二人、そして街の色に合わせてはいるが、隠しようのない豪華さを誇る7階建ての、アールデコ調のマンション。
 
 ダンジグ通りのセブンス•ハウス(第七宮)。金持ちの子息向けの寮だ。

84d154izBE0:2015/05/09(土) 16:05:29 ID:SfqvJzjA0
 
 その背の高い赤煉瓦と青銅柵の門の前で、妙な服装の女がうろうろと歩き回っていた。何が妙なのかは説明し難いが、とにかくアンバランスで、カラフルで、安っぽい格好だ。観光客向けの土産服を適当に見繕っているかのようだった。
若い。十代の後半といったところだろう。
醜くはないが、とりたて美人でもない。作りは悪くないが、なんとなく憐れみを誘うような野暮ったさもあった。化粧っ気のない顔に、脂汗の球がぽたぽたと線を引いていた。それから……ピストルを片手で弄んでいた。
 
 なんてことのないピストルに見えた。俺みたいな無精者が、まぁ50ドルやら60ドル程度で買う安い、装飾性の欠片もない、小さな護身用のピストルだ。
 俺の昔の仲間を眼を切り裂いた、あのクソババアの豆鉄砲に似ていた。

85d154izBE0:2015/05/09(土) 16:07:50 ID:SfqvJzjA0

 なぁ、マンションの前で妙な女がピストル持ってうろついてるんだが……。
 なんだ? なんかの隠語か? と”フィータス”が笑う声がした。フロイト式の判断をしてやろうか? そりゃあ、お前、女子大生と一発ヤりたいっていう深層意識がな……。
 例え話じゃねえよ、マジにピストル持ってうろついてるんだって。大学の中だっていうのに、クソみたいな治安だな……。
 普通に考えりゃあカリフォルニアだって治安悪いけどな。ジョースターの子女が住んでるマンションなんだから、警備員くらいいるだろ? そいつらが出張ってないんだったら、モデルガンかもしれないぜ? 学生演劇の練習とかやってるんじゃないか? まぁとにかく、奇妙な奴には関わるなよ。奇妙さってのは”あっちの世界”への入り口なんだ。”あっちの世界”に踏み入れた奴が、現実の世界に戻ってくる大変さは、お前も知ってるだろう?
 もちろん、よく知っている。
 
 だがイカれ女はますます落ち着きをなくしたかのように、門の前を早足で歩きまわる。どうにもこうにも近付き難いが、いつまでも待っているわけにもいかない。学生演劇の役者ならすぐにでもいなくなるかもしれないが、本物の病人なら丸一日をああやって過ごすのかもしれないのだから。
 どうしようもない。

86d154izBE0:2015/05/09(土) 16:10:14 ID:SfqvJzjA0
 
 まるで番犬のようだった。
 門に近づくと、少女はぴたりと歩みを止め、俺を見た。
 恐怖に満ちた眼だった。生温い、粘り気のある疲労性の脂汗を額に浮かべていた。
 そして俺も、その恐れに満ちた顔を見て、ギクリとして、歩みを止めた。それをこのイカれ女はどう解釈するだろうか。関わり合いにならないで済むはずもない。笑顔でやり過ごすか? 何事もなかったかのようにまた歩き始めるか? 正直に言えば、俺は何故こんな対応を取ったのかわからない。
 
 だが俺の頭に浮かんだ言葉は、「シズカ•ジョースター」しかなかった。

87d154izBE0:2015/05/09(土) 16:11:01 ID:SfqvJzjA0
 
 やぁ、と俺はイカれ女に話しかける。殆ど聞き取れないほど小さな声で。
 あの、シズカ•ジョースターの住処って、ここかな……探してるんだけど……。
 
 すぐさま悪手だと思った。 この少女とシズカ•ジョースターに何か関係があるのか? それはわからないが、女の眼が一瞬、潤んだのを見た。恐怖? 悲しさ? とにかくまずい事態になってもおかしくなかったが、少女はマンションの四、五階の高さを指差して言った。 シズカ•ジョースターはいる、あそこに、と。声が小さいだけではなく、酷い訛りと適当な文法で、少しばかりイライラした。外国人に違いない。きっとろくでもないところから来たのだろう……。 
 そして、恐れていたような酷い事態は、何も起こらなかった。

88d154izBE0:2015/05/09(土) 16:12:02 ID:SfqvJzjA0
 
 セブンス•ハウスの4階は、それ以外の階と違って、いくらか横に細長い窓が貼られていた。おそらくは共有スペースなのだろう。なんとはなくだが、そんな感じがした。そして誰かはわからないが……レースカーテンの奥に、確かに、人影が見えた。その不気味な影がシズカ・ジョースターだとは限らない。だがシズカ・ジョースターであるように思えた。
 俺の中で、どんどん彼女の存在が大きくなっていく。
 奇妙である以上に、不気味だ。
 
 警備員にいくらかの金を渡して(彼は”ランドバロン”から一切の連絡を受けていないと言い張った。真実はわからないが、彼は金払いの良い奴に対して良心的だ)、シールで大理石っぽく見せてあるリノリウム張りのエントランスを抜けた。エレベーターをパネルの前で、しばらく考え込んだあと、俺は4階を選ぶ。
 シズカの住処は最上階。7階だ。だが部屋は逃げたりしないだろう。
 
 そしてシズカ・ジョースターも逃げてはいなかった。
 4階は予想通りの共同スペースだったが、予想外に立派な作りだった。木製の床に水色の壁紙。シャンデリアにグレープフルーツの香り。BOSSのクソ立派な立体サウンドシステムに、クソデカいテレビに、プレイステーション。アルバイトとカヌーサークル会員の募集ポスター。ラタン織りの立派な背もたれがついた椅子と、ここの大学生たちが侃々諤々の議論をするためにつかいうであろう大きな机。「談話室三大ルール。1. 汚すな 2. 汚したら片付けろ 3. 汚すな 4. 絶対に汚すな」とだけ書かれたホワイトボード。とにかく広い。
 大窓のそばには、なにやら立派な本が山ほど詰まった立派な本棚と、コーヒーテーブル。そして読書するシズカ・ジョースターがいた。4時55分。

89d154izBE0:2015/05/09(土) 16:16:13 ID:SfqvJzjA0

 ……というところで「4」はここまで。仕事忙しくて遅れちゃったゴメンネェ!
 ここからは「4」の註釈です。読み飛ばして「5」へ行って結構。
 
 ・コロンビア大学
 アメリカ屈指のエリート私立大学。バラク・フセイン・オバマの母校といえば、どことなく凄そうに思えるだろうか? 日本人にとっては、いわゆるマンハッタン計画発祥の地、原爆の母校といった方がイメージしやすいかもしれない。

・経営修士
 MBAの名で知られる経営学の学位。経済学との違いは、マクロ・ミクロな金の動きだけではなく、人材管理、財務会計、オペレーションやマーケティングなどの物流、統計やITサービスなどの情報技術など、会社を実際に運営することを前提とした、実践的なカリキュラムが組まれていることだ。主に事業者や事業者志望、起業家向けだが、「ステイタスにはなるけど使えない」との声もある。

90d154izBE0:2015/05/09(土) 16:17:28 ID:SfqvJzjA0
 
・フィータス
 和訳すると「胎児」。ここでは同名のイギリスのインダストリアル•ミュージックに分類されるアーティストについて説明。
 ロックミュージックは当初「騒がしい」音楽として不快に思われていたが、やがて市民権を得る。しかし、それでもなお「ノイズサウンド」は大抵の人間にとって不快なものだった。初期のインダストリアルは、この不快さを悪用した実験音楽、要するに芸術という名の悪趣味な嫌がらせだった。
 しかし八十年代。工業化、人口増加、自動車、テレビの普及による騒音の拡大、そしてメタルミュージックの興隆に伴い、ノイズもまた市民権を得るようになる。フィータスこと、在英オーストラリア人のジム•サルウェルは、この時期のインダストリアルミュージック再生の先駆者だ。彼の破壊的な多文化主義の音楽は、現代の観点でも斬新でカッコいい。だが全く売れなかった。現在も活動中だが、知名度に反して赤字は膨らむばかり。代表曲は「need machine」「wash it all off」等。個人的には「street of shame」などが好みだ。
 
・スパイ、サーキット
 世界で二番目に古い職業と呼ばれるスパイだが、現代でも典型的スパイは諜報•情報戦に必要な人材である。しかし、有用性は日々低下している。理由としては(1)インターネットテクノロジーの発達(2)マスコミによる情報の過剰報道(3)外交術の洗練(4)文系学問の興隆である。このような状況においては秘密や情報は「いずれ盗まれるもの」であり、問題はいかに見つからずに盗むかではなく「どれだけ早く盗み、利用できるか」という高速化の問題となる。
 ここに出てくる秘密の高速取引機関「サーキット」はあくまでも非現実的な存在だが、既に近いシステムは存在している。それが外国人記者クラブとウィキリークスであり、サーキットもこの2つをモデルにしている。
 余談ではあるが、スパイには四種類のタイプがあり、フィータスのようなチクリ屋は伝統的にはエゴタイプ、自身の知的欲求や承認のためにスパイをするもの(実際には、させられるものの方が多数だが)と分類されることが多い。

91d154izBE0:2015/05/09(土) 16:35:10 ID:SfqvJzjA0
 
・ナード
「おたく」と訳されることが多いので、日本では馴染みのある概念だろう。
 しかし実際には今日における日本の「おたく」のような、サブカルチャーに浸る人間というよりは、アメリカの学校社会におけるアウトサイダー、理想的でない、あるいは理想を目指さない・敬意を払わない人間がナードと呼ばれる。理想というのは、スポーツで活躍できる程度に運動ができ、社交性が高いということだ。ゆえに「おたく」の非ナードも存在するし、運動神経のよい、美男美女のナードもいる。要は節度や社会適応の話なのだ。そのため、「節度のないやつ、周りが見えないやつ」という意味でもナードは使われる。
 ここでは「ガリ勉」と訳しているが、勉強好きではなく、勉強にしか興味のない人間、という意味で受け取ってほしい。

・ダンジグ通りのセブンス•ハウス
 非実在。元ミスフィッツのボーカリスト、ダンジグの曲から採った。この手のアーティストの中でも非常にゴスいというか、いわゆる「中二病」的な存在なので聞き手を選ぶが、「7th house」は彼のファンサイトのタイトルにもなっている程に出来がいい曲だ。ちなみに7th houseとは歌詞中では直訳すると「(道沿いに)七軒目の家」のことだが、正しいニュアンス、また黄道十二宮においては「宝瓶宮(水瓶座)」のこと。
 色々とややこしいのだが、1980年~90年頃に、約2000年かけて黄道を移動し続けていた春分点が「うお座」から「みずがめ座」へ移動した。一部の占星術師達やニューエイジ(新時代)活動家達は、その移動日からの2000年を「宝瓶宮時代(アクエリアンエイジ)」と名付けた。「うお座」はキリスト教(キリストは魚に喩えられるため)を意味し、「みずがめ座」はキリスト的価値観からの解放=自由を意味するようになった。東側の日本に住む我々はともかくとして、西洋世界では意外と重要な概念である。

92名無しのスタンド使い:2015/05/10(日) 16:27:20 ID:lIMC9Z2E0
乙です!
ついにシズカと接触、ここからどうなっていくか楽しみです!

93名無しのスタンド使い:2015/05/11(月) 05:07:10 ID:8I4DSfDs0
情報量すげー
どうやったらこんな細密なんを頭の中でまとめられるんすかね!?
続き楽しみにしちょります!

94d154izBE0:2015/08/03(月) 17:50:17 ID:MRu.bgz60
5. 禍 ( vs ナポレオン・ソロ 2 / 4)
 
 _________
 
 ……あまりにも恥ずかしいというか、いわゆる「みんなの想像する年頃の女の子」っぽいという理由で、誰にも話したことはないけれど、あたしは「運命」についてよく考える。

 ……良い結論に辿り着くことはない。

95d154izBE0:2015/08/03(月) 17:50:51 ID:MRu.bgz60
 初めて銃を持ったのは十六歳だった。特に理由はない。映画やドラマやゲームの影響というわけでもない。強いて言うなら、それはあたしにとっては当たり前のことだった。私の家庭にとって、銃は日常を維持するための時計のようなものでもあり……破滅から身を守る聖書であり……周囲との関係を繋ぐ絆だった。

 ある時、父はあたしを廃工場の駐車場へ連れて行った。風も雲も当たり障りもない休日だった。駐車場に放置された英国車の残骸には、中身の詰まった安ワインが三本、無造作に立っていた。父は一丁のピストルを私に渡した……それは私の憧れていたような西部劇風のリボルバーではなく、払い下げ品の安い、スウェーデン製のピストルだったが。

96d154izBE0:2015/08/03(月) 17:51:22 ID:MRu.bgz60
 父は、あたしの才能を知りたいと言った。

 あたしも父に才能を見せたかったが……何十発と撃っても、弾丸は英国車の存在しないフロントウィンドウを通り過ぎて、空を切るばかりだった。どれほど辛かったか……才能のなさが、指から頭へ伝わり、目頭を熱した。妄想と違って、あたしの指は私が思うほど精密な動きをしてくれなかった。その時の父の顔をよく覚えている。失望でも悲しみでもなく、その顔には疑問符を浮かべていた。
 いったいお前は何をしたんだ、アイラ、と。

97d154izBE0:2015/08/03(月) 17:51:56 ID:MRu.bgz60
 初めて人を殺したのも十六歳だった。
 父がマフィアだった。それも上級幹部。短気で荒っぽくて無茶苦茶で親切。母を大切にしていた。家を訪れる大人たちの誰からも敬意を持たれていた。十代の初め頃から、私の自慢は母から受け継いだしなやかな指から、父の権威に代わっていた。あたしも父のようになりたいと思った。何かおかしいだろうか。血の掟も何も気にならなかった。人を殺すこともなんてことはない。

98d154izBE0:2015/08/03(月) 17:52:37 ID:MRu.bgz60
 よく覚えている。初めて殺した人間は中南米から来た黒人で、あたしと一、二歳しか変わらなかった。話によれば、同じ地域からイタリアへ出稼ぎに来た自称恋人を追ってきたのだという。そしてネアポリスの魚屋の”お相手”をしていた自称恋人と、魚屋と、人のいい男だったマフィアのポン引きをナイフで刺し殺して、逃げて、捕まった。もちろん、自称恋人は恋人ではなかったし、無理やり連れ去られた娼婦というわけでもなかった。何にせよ、何のてらいもなく殺せる相手だった。彼は善人でもなんでもないのだから。

 しかも、あたしが慣れ親しんできたマフィアたちはみな怒り心頭だった。殺されたポン引きは、相当に好かれていたのだろう。あたしの「試練」が始まる前には、たくさんの拷問が加えられていた。両足の骨は粉微塵に砕かれ、両方の「玉」が切り取られ詰め込まれた状態で、口が縫い合わされていた。
 にも関わらず、彼は怯えていた。生への執着が見てとれた。あたしに哀願していた。殺さないでくれと。

99d154izBE0:2015/08/03(月) 17:53:06 ID:MRu.bgz60
 あたしはアイラ。マフィアの家庭に生まれた。
 その父が、あたしには才能があると言った。実際、あたしもそう思った。あたしの「スタンド」は父よりもずっと荒事に向いていた。尊敬する父よりも、あたしの方が才能があり、そして強い。当然、あたしもマフィアになるものだと思った。運命は明白だった。
 
 それなのに、あたしは後悔している。

100d154izBE0:2015/08/03(月) 17:55:09 ID:MRu.bgz60
 ___________
 
 最初の印象とは随分と異なっていた。いや、そもそも最初に出会ったシズカ・ジョースターは、「その辺の大学生のフリ」をした女だったのだ。こちらが本物のシズカ・ジョースターなのかもしれない。
 
 ハロー、ジョニー。とシズカが声を掛ける。甘ったるい、諭すような声だ。
 焼けた肌も、ピンバッジだらけのジーンズも、際どいチュートップも、少しばかり長めに伸ばした黒髪も、眩い若さも、見てくれはアイゼンハワー記念公園で会ったときと何も変わらなかった。しかし目つきだけは、全く異なっていた。睨みつけているわけではなかった。しかし恐ろしくギラついた、圧力を持った眼光が、黒い瞳の奥から滲み出ていた。

101d154izBE0:2015/08/03(月) 17:55:41 ID:MRu.bgz60
 今朝ぶりだねえ……いや、やっぱり、初めまして、にしておこうかな、とシズカは言った。今朝は『スージー』を名乗ったし……。
 
 初めまして、ジョニー・オブライエン。私はシズカ・ジョースター。シズカは日本語で、英語だとstillness(静寂)みたいな意味……呼びにくいと思うから、適当な名前で呼んでもいいけど……それこそ『スージー』とでも。アメリカ人だけど、血筋はたぶんモンゴロイド。コロンビア大学のポスドクで、専門は比較文学と史学。ニューヨーク不動産王の養女。それから……。
 ……スタンド使い?
 ま、そうかもね、ジョニー・オブライエン。あなたと同じかもしれない。

102d154izBE0:2015/08/03(月) 17:56:13 ID:MRu.bgz60
 人気のない談話室に、通りを走り抜けるタクシーの走行音が、ゆっくりと響き続けていた。他の住民はなにをしているのだろう? 各々の部屋にいるのか、他の共同室に集まっているのか、クソ真面目に授業に出ているのか……よくよく考えてみれば、大学の仕組みを知らない俺に、大学生の行動などわかるはずもない。

103d154izBE0:2015/08/03(月) 17:57:03 ID:MRu.bgz60
 いつ、気がついたんだ。と俺は訊ねる。
 ずっと気になっていたことだった。俺と”ランドバロン”との関係はもとより、俺自身のこと、そして、”ランドバロン”の目的について。
 
 シズカは紙コップからコーヒーを啜る。テーブルの上は二、三冊の書籍が重ねられている(一番上の書籍は『飛び道具:投擲技術の歴史』と題されたクソ分厚い本だった)他は、ロッキーマウンテンのリンゴ、スキットルズとか、そういった菓子類と、加糖コーヒーのペットボトルで埋まっていた。
 
 何の話? とシズカが尋ね返す。心なしか、俺は気圧されていることに気付く。私を性的な眼で見ていたことについて?
 違う! 俺や、俺とお前の父親の関係についてだ! 初めから全部わかっていたのか? それとも完全に偶然なのか?
 
 シズカはほんの少しだけ、考えこむような仕草を見せるが、ほとんど途切れなく、ロッキーマウンテンのリンゴが乗った皿へ関心を移す。そして、いつの間にやら手にしていたポケットナイフでリンゴを切り分けていく。なるほど。それなら質問の仕方が違うね。「いつ」ではなく「なぜ」と聞くべきでしょう。それから小さなリンゴ片をナイフで突き刺し、俺の方へ向ける。とりあえず食べる?
 いや、いい。じゃあ聞き直すが、「なぜ」気付いたんだ?

104d154izBE0:2015/08/03(月) 17:57:45 ID:MRu.bgz60
 うーん、微妙。なんていうかなあ、その質問自体がね、面倒で……。
 シズカがナイフとリンゴを手放す……空中で。しかし、ナイフもリンゴも、空中で静止したままピクリとも動かない……シズカの身体から飛び出した、もう一つの、半透明の手がナイフとリンゴを掴んでいたからだ。「スタンド」、という言葉が頭に浮かんだ。
 間違いなかった。シズカは「スタンド」使いだ。
 だが、なぜ隠さない?
 
 さすがに「コレ」は見えるよね、とシズカは再びナイフを手に取り、リンゴを口に運ぶ。ま、次からは、見えないふりをしたほうがいいかもね。俺は「シズカはスタンドを隠している」という前情報のせいで、酷く動揺していた。しかしシズカは察しているのか察していないのか、話し続ける。これが、多くの人が「スタンド」と呼ぶ超能力。そして私たちは「スタンド」が使えるから「スタンド使い」と呼ばれている……。
 俺は、と俺は声を絞り出す。その名前を今日はじめて知ったけどな。「スタンド」を。

105d154izBE0:2015/08/03(月) 17:58:16 ID:MRu.bgz60
 別におかしなことではないけど……とシズカは次の一切れをナイフで突き刺す。ところで……「スタンド使い」の性質は知ってる? つまり、私の父から説明されたかどうか、ということだけど。
 ……さあ、知らないな。普通じゃない現象を起こせる、とかか? 幽霊みたいに誰にも見えないとか……。
 
 それは「スタンド」の性質だね。私は「スタンド使い」の話をしているんだよ、ジョニー。そしてシズカ・ジョースターの半透明な腕が、ナイフを再び摘み……空中で一切れのリンゴをバラバラに切り刻んだ。
 俺の「スタンド」では出来ない芸当だった。
 
 ……例えば、今、私は、自分の手でリンゴを切ることもできた、とシズカは言った。
でも、そうはしなかった。私はナイフがあれば「精神」の力だけでリンゴを切れる。世の中には「切り刻む」ことに特化した「スタンド」もいて、そうした「スタンド使い」はナイフがなくてもリンゴを切り刻める……一方で、殆どの人間は、手を使って、物理的にリンゴを切断するしかない。しかも……ナイフの作り方すら知らない。
「スタンド使い」の性質①は、難しい言い回しをすれば、「過程を無視して、事物に、精神的に干渉できる」こと! ざっくばらんに言えば、「スタンドを使えば普通はできそうもないことでも、手っ取り早く簡単にできる」ってことだけど……。

106d154izBE0:2015/08/03(月) 17:59:10 ID:MRu.bgz60
 ……何が言いたいのかわからないぞ。お前の「スタンド」は、俺の背後関係を覗き見る「スタンド」ってことなのか?
 せっかちだなあ。まあ最後まで聞きなよ……そもそも「スタンド使い」の話だと言ったでしょう。ま、そういう「スタンド」もいるけど……それはさておき、そういうスゴい「スタンド使い」がどんな存在なのかといえば、それは【人間じゃない】わけだ。
 
 ……はあ? 俺は人間だぞ?
 ん……まあ、そう思うのは自由だけど、「スタンド使い」以外に「スタンド」が使える生物なんていないからね? 「人間」はリンゴを切るために何千年と苦労してきた。このナイフを造るためにね。それをどう? 私たちは下手をしたら一切の物理干渉なしでリンゴを切れる。それって「人間」と言えますか? 【人間じゃない】でしょう?

 ……言いたいことはわかるが共感はできないな。しかも益々何が言いたいのかわからないぞ。シズカは嫌そうな顔も、嬉しそうな顔もしなかった。ただただ興味深そうに俺を見ていた。まあ、別に理解さえしてもらっていれば、話は進むから、どう思ってもらってもかまわないんだけどね。それで本題。「スタンド使い」達は、一つだけ、「人間」ととてもそっくりな所がある。なんだと思う?

 俺は学生じゃあねえんだぞ、質問は止めてくれよ。
 今、答えておけば、あとで私に質問しても許されるかもしれないのに?
 忌々しい考え方だな。姿形か?
 
 残念。シズカ・ジョースターはトーンの高い、嬉しそうな声を出したが、目は全く笑っていなかった。ジョニー、あなたは会ったことがないかもしれないけど、「スタンド使い」は人間の形をしているとは限らなくて、動植物の「スタンド使い」もいる……こうした「スタンド使い」達の性質②は……「群れる」こと。「スタンド使い」と「スタンド使い」は引かれ合う。磁石のS極とN極、男と女、花と虫のように……。

107d154izBE0:2015/08/03(月) 17:59:58 ID:MRu.bgz60
 ジョニー。私はね、父が……”ランドバロン”が「刺客」を用意していることは知っていても、それが誰かは知らなかった。本当にね。ただ、それでも「あなた」が「刺客」で「スタンド使い」であることはすぐにわかった。のんびりと公園のベンチで過ごしているだけでも、わかる……というか、そうしているだけで「刺客」の正体を掴めると知っていた、といったほうがいいかな。偶然がないということ、スタンド使いの「引力」の力と範囲の知識、あとは多少の経験があれば簡単だよ……ま、会えて嬉しいかどうかは微妙だろうけど……。
 めちゃくちゃに微妙だ。今のところは。

108d154izBE0:2015/08/03(月) 18:00:20 ID:MRu.bgz60
 ……いや、待てよ、それはおかしい、と俺は口をはさむ。俺は今日の今日まで、俺以外の「スタンド使い」に会ったことがないんだぞ?
 
 シズカは少し疲れたような素振りと、溜め息をついて、レースカーテンを少しばかり開けた。まあ、そうかもね。そこが非常に肝心なところで……多くの「スタンド使い」は……特に私の父は……スタンド使いの「群れる」性質を、良い意味で「出逢い」とか「運命」だと考えている。この広大な世の中にあって、掛け替えのない仲間や友人と巡り合うことができる素晴らしい力だ、と……だからジョニー、父は、あなたを平気でマンハッタンに呼び出せる。

 でも本当のところは、この「群れる」性質は、必ずしも良いものとは限らない。

109d154izBE0:2015/08/03(月) 18:00:50 ID:MRu.bgz60
 シズカは言った。今から十、二十年前、エジプトの「カイロ」、日本の「モリオウ」、そしてイタリアの「ネアポリス」で、ある「禍」が起きた、と。
 
「スタンド使い」は「スタンド使い」と引かれ合う。そうして集まった「スタンド使い」は、さらに強い力で「スタンド使い」を引き寄せる。それも無制限に。結果的にもたらされたのは、「スタンド使い」の理想郷の誕生などではない……善良ではない超能力者たちも街に集まり、そこに制御不能な破壊と苦難を……「禍」をもたらした。そしてまた、「禍」は「禍」を、「スタンド使い」によるテリトリー争いにも似た戦闘の潮流を起こす。
 取り返しの付かないような破滅を。

110d154izBE0:2015/08/03(月) 18:01:26 ID:MRu.bgz60
 ……結局、SPW財団と……「禍」を暴力で押さえ込んだ「ネアポリス」の連中は、「スタンド使い」達を、出来うる限り、文字通り「孤立(Stand-Off)」させるための方策を取った。決して「群れ」ないように。「監視」とか「探索」が得意な「スタンド使い」を利用して……もちろん、財団と「ネアポリス」の連中とでは、微妙に目的が違うけど……まあ、そういうわけで、別に今まで「スタンド使い」と会ったことがなくても、不思議ではないね。
 
 おいおい、やっぱり不思議だぞ、と俺は言う。そのトンデモな話を信じるとして、だ。二つばかり不思議なことがある。まず、その「孤立」は、十、二十年前からの話だろう? 俺がスタンドを使えるようになったのは三十年以上前だぞ。
 シズカが俺を訝しげな視線を向ける。三十年以上前? 小さい頃からスタンド使いだったってこと? それとも生まれた頃から?
 いや、厳密には十五歳の頃だから……三十八年も前か。ほぼ四十年前だな。
 ……五十代? シズカが少しばかり、声色を変える。へえ、三十代くらいに見えるね。星系が趣味なの?
 よく言われるが、別に何もしてないぞ。今年で五十三歳だ。国民IDにだって、そう書いてある。「スタンド使い」とやらは、みんな俺みたいなもんだと思っていたが……。
 シズカは悩ましげな表情でつぶやく。ふぅん……ま、それはそれとして、「群れ」についても不思議はないよ。「スタンド使い」たちが大量に現れるようになったのは、ここ十年、二十年の話だからね。幸運か不運かは別として、おかしくはない……しかし珍しいね! 四十年近く前からの「スタンド使い」ということは、父よりも年季がある! 私の知る限りでは、一番、年寄りの「スタンド使い」かもしれない。

111d154izBE0:2015/08/03(月) 18:02:03 ID:MRu.bgz60
 感心するのはあとにしてくれ。もう一つ疑問がある。もし「禍」とやらが本当なら、なぜ俺はここにいる? そしてなぜ俺と……君しかいないんだ?
 ……結局、疑問で合計三つじゃないですか。構わないけど。まず何故あなたがSPW財団や、その背後にいる危ない人達の監視を潜り抜けてここのいるのかといえば、もちろん私の父、ジョセフの個人的な伝手によるものだから……さっきも言いましたが、父は、この「禍」に対して極めて楽観的でね。
 
 そして、シズカはギラついた目で、再び俺を見る。片手でレースカーテンを捲る……開いた窓から、タクシーが行き交うマンハッタンの景色が見える。
 それで、私とあなたしか引力が働いていないのではないか、ということだけど、それは間違い。いま、ここにいる「スタンド使い」は、私とあなただけじゃない……。

「禍」はもう、始まっているんですよ。

112d154izBE0:2015/08/03(月) 18:02:31 ID:MRu.bgz60
 あそこにいる女の子が見える? と、シズカが呟く前から、俺は門の前の少女を見ていた。例のイカれた女だ。しかし今は、うろうろと動きまわるのを止めて、赤煉瓦の柱の影から、こちらをジロリと見上げていた。
 ああ、あの気味悪い子だろう……「スタンド使い」なのか? 知り合いか?
 知り合いと言えば知り合いかな、仲は壊滅的に悪いけど。とシズカは笑みを浮かべた。彼女の名前は「アイラ」。ご察しの通り「スタンド使い」。どんな「スタンド」なのかは……検討はつくけど私も知らない。年齢は十八歳。イタリア国籍。名前からして、母親は異邦人かな? どのみちアメリカ人でもなければ、旅行者でも移住者でもない……。
 ……まさかとは思うが、例のマフィアか? あんな子どもが?
 
 イエス。ネアポリスのマフィア「パッショーネ」の暗殺グループの新米……くだらない話ではあるけど、おかしな話ではないですね。今の「パッショーネ」の主要メンバーの半分は、トップも含めて、元々は「ちびっこマフィア」だから……非行青少年の社会復帰にこれっぽっちも興味がない、というか、マフィアこそが落ちこぼれの社会復帰の現場だと信じている。彼らは、若者がレアル・マドリードの選手とか、カルバン&クラインのスタイリストに憧れるのと同じくらい、マフィアに憧れるのも至極当然だと考える……ま、ろくな高等教育も受けてないような奴らの考えなんて、そんなもんですよ。で、今、あのかわいそうな「ちびっこマフィア」が、私を狙っている……正確には、狙うかどうか迷ってる、というところだろうけど。

113d154izBE0:2015/08/03(月) 18:03:52 ID:MRu.bgz60
 ……与太話にしか聞こえないが、一応、聞いておきたいね。なぜ「パッショーネ」はお前を狙っている? 仮に狙っているとして、なぜあの子独りなんだ? しかも、どうしてあんなに堂々と姿を見せているんだ? 君は、なぜそんなに平然としていられるんだ? 何もかもがすっきりしないぞ……。
 
 ジョニー、あなたは馬鹿じゃないんだろうけど……でもちょっとばかり、賢いとも言えませんね。質問が多すぎる。しかも、重要な質問がすっかり抜け落ちている……ま、お答えしましょうか。第一に、彼女の目的はジョニー、あなたと同じ。
 
 私の「スタンド能力」を暴くこと。それから……。
 私を身代金として、私の父、ジョセフの遺産を強奪すること。
 
 ……気付いてはいたんだな。
 もちろん。あなたもそうでしょう? ジョニー。私があなたの能力とか、そういうのを察していることを念頭に置いているから、こっそりとではなく、堂々と接触してきた……たぶん、あなたの能力はかなり近距離でしか使えなくて、それでいて、スピードやパワーに欠ける。戦闘や窃盗は無理だから、交渉か、私の油断を引き出すことでどうにかしようとしている……そして、あなたは私を人質にすることは考えてはいないけど、どうにかして遺産の一部でも得られないか、とも思っている……私の“友人”になれたら、どちらも不可能ではないからねえ。

114d154izBE0:2015/08/03(月) 18:04:58 ID:MRu.bgz60
 そして第二に、あの子は独りじゃない。「パッショーネ」の暗殺チームの組織図は複雑だけど、直接の暗殺に関わる人間だけでも、二人から六人程度のチームを組んでいることが普通だから。まして彼女は新米だからね。単独行動は許されていない。
 ……おいおい、っつーことは、最悪、あと五人のマフィアが、この辺りにいるってことか?
 
 いや、残りの五人は、もういない
 ……なんで?
 それ言わせるわけ? とシズカはニッと口角を釣り上げた。殺したってことだよ。

 二日前、バーナム・アイランドの彼らのセーフハウスで、五人は始末した……セーフハウスの掃除人と一緒だから、六人か。もっとも、本当の意味でいなくなるのは、もう一週間は先だけど……あの手のセーフハウスは、中で何が起こっていても、特定のメンバー以外は入るな、という厳命が敷かれているものだし……彼女に……「アイラ」に六人の死体を埋める根性があるとは思えないし……。
 
 ……おい、それは冗談なのか? ジョースター流の? 薄気味悪いぞ。
 ははは、冗談だったら、良かったのにねえ。父が妙な気を起こさなければ、誰も死ぬことにはならなかったし、私は今頃、エチオピアをゆっくり回っているはずだったのに……いや、そもそも、フランスから出る必要さえなかったのに! どうして父親っていうのは、娘の日記を覗くようなことをするんでしょうねえ? 「スタンド」がどうこうなんて、どうでもいいことなのに……傍迷惑だね。「スタンド」なんてあるばっかりに、しつこい漫画家には追い回されるし、ダサい髪型のマフィアに付きまとわれるし、本当にもう……頭にくる。

115d154izBE0:2015/08/03(月) 18:06:35 ID:MRu.bgz60
 ……マジの話なのか? だとしたら、なんで殺したんだ。
 もちろん、殺したのは、命を狙われたから……って言ったら、納得する?
 ……どうかな。
 じゃあ、まあ、命を狙われたってことにしておきましょう。しかも、殺されるだけならともかく、私は年頃の女だし、奴らは国民皆保険に加入しているかどうかすら怪しいケダモノ。どんな目に合わされるか……そういうのもキライじゃないけど、ま、それはともかくとして、待ち伏せされていたんですよ。私を捕まえようとする悪いマフィアにね。殺す理由には十分でしょ? マフィアって言葉の響きだけでも殺したくなるっていうのに……。

 待ち伏せだって? いや、それもおかしいだろう! だって君はフランスに留学していたはずでは……。
 ああ、そっか。うーん……じゃあ、面倒臭いんで「嘘」でいいや。
 いやいや、「嘘」って……。
 どうでもいい話ってことだよ。話が進まなくなるし。そんなことより、三つ目の質問に移りましょうか。なぜ、あのかわいそうな「アイラ」が柱の影でビクついているのかって話……もちろん、私とマフィアが怖いから。

 ……君がイヤな感じの女だっつーのはわかったが、マフィアが怖いってなんだよ?
 そりゃあ、新米とはいえマフィアの暗殺部隊の一員だからね。おめおめ逃げ帰った日には「ケジメ」をつけなきゃいけなくなるでしょ?
 いや、そうじゃない。逆だ。あの娘が本当にマフィアの暗殺者なら、なんであそこでウロウロしてるんだよ? どうして躊躇しているんだ? 逃げたら「ケジメ」を取らなきゃいけなくなるんだろ? 君に返り討ちにされる可能性があるとしても、普通は突っ込んでくるはずだろ。
 ああ、その話ね。とシズカは首を傾げた。まあ、ここまでの話を信じていないなら、なおさら信じられないと思うけど……実は「アイラ」はねえ、「あるマフィア幹部の娘」なんだよ。だから逃げ帰れば、助かる公算もそこそこある……実際、私と戦うよりは、無事で済む確率が高いだろうねえ。でもさ、仲間を皆殺しにされて、即帰国、ってわけにもいかない。少なくとも、私に挑んで返り討ちにあった、って実績くらいは欲しい、ってところかな……ま、どのみち、あの辺りをうろうろされてるのもキモいから、そろそろ踏ん切りをつけてもらわないと……。

116d154izBE0:2015/08/03(月) 18:07:16 ID:MRu.bgz60
 シズカはカーテンレースを払いのけ、窓から身を乗り出し、叫んだ。おーい!
 俺も、暗殺者との噂の女の子……アイラも、突然のシズカの大声に、身体を縛られた。
 お仲間が最後になんて言ってたか知りたい? と、シズカは、駐車場の柱の影に隠れているアイラに呼びかける。アイラの表情は見えないが……わずかに見える身体の端々から、恐れが感じられた。

 知りたいよねえ? あなたの愉快な仲間たちの、リーダーの臨終際の台詞なんだしさ……。
 アイラが柱から顔を覗かせる……その肌に脂汗が滲んでいるのが見える。

「ママ」だってさ、とシズカは言った。さすが暗殺者のリーダーともなるとプロ意識が違うよねえ。あんなゴツい殺し屋がさあ、死に際に何を言うかと思ったらさ、「ママ」とかさあ。陳腐過ぎて笑い死ぬかと思ったよ……それに比べてさあ、あんたは、どういうつもりなわけ? そんなところでADHD患者の真似してたって、私を笑い殺せないよ。

117d154izBE0:2015/08/03(月) 18:07:40 ID:MRu.bgz60
 全てがスローモーションに見えた。
 先に動いたのはアイラだった。柱の影から素早く身を乗り出すと……例の玩具のような安拳銃を構えながら身を屈めた。小さな銃口はシズカ・ジョースターのいる窓へ……そして、その近くへいる俺へと向けられていた。
 ドン、ドン、という、二発の重い銃声が、マンハッタンの街道を走り抜けていった。

118d154izBE0:2015/08/03(月) 18:08:04 ID:MRu.bgz60
 ゆっくりと、二つの弾丸が、開いた窓に向かって飛び込んでくるのが見えた。
 一発目は既のところでアルミの窓枠へ突き刺さり、ガキャン、と鋭い音を立てた。そして二発目は、俺のシャツの襟をねじ切り、背後の本棚に深い穴を空けた……。当たってもいないのに、頸動脈が「痛い」と叫んでいた。
 おお、とシズカは振り向きざまに言った。ニアピン賞じゃない?
 ふざけんなよ、と俺は叫んだ。心臓が破裂しそうなほど高鳴っていた。マジモンの銃じゃねーか! イカれている。こんな市街地で、なんてことを……。
 マジモンの銃? どうかな? とシズカは再び窓の外へ眼を向けた。でも……やっぱり面白い「スタンド」だったねえ! お笑い芸人のわりには、やるじゃん。

119名無しのスタンド使い:2015/08/03(月) 18:08:43 ID:MRu.bgz60
 既にアイラは姿を消していた。だが逃げたわけではないことは明白だった。階下から、悲鳴と、ドム、ドム、と鈍い銃声が、交互に鳴り始めたのだった。
 
 あらら、皆殺しにするつもりなのかな? やる気満々だねえ。
 シズカはまた、俺に顔を向けた。嫌な感じの、ニヤけた顔だった。
 じゃあ、あとは頑張ってね?
 
 ……おい、何を言ってるんだ、お前は?
 ん? とシズカは首を傾げた。いや、だからさ、あとは頑張ってよ。私は本を片付けないと……と、テーブルの上の本を抱え上げ、本棚に一冊ずつ戻し始めた。他愛もない本棚とは言っても、ちゃあんと体系づけて並べてあるんだよ……。
 
 い、意味がわからないぞ? あんな挑発をしておいて、あのイカれた女を放置するのか? このマンションの連中、全員殺されるぞ!
 全員殺される? 私は殺されないよ……あ、ちなみに下の階の連中は助けなくていいから。生命保険くらい入っているだろうし。そんなことより……ジョニーには頑張ってもらわないとね。

120名無しのスタンド使い:2015/08/03(月) 18:09:16 ID:MRu.bgz60
 はあ? と俺が声を荒げると、シズカはにやりと不気味な笑みを浮かべた。
 私の「スタンド」が知りたいんでしょう? 教えてあげるよ……元から隠しているつもりもなかったけど。ただ、噂話は光より早い。この御時世、「スタンド」っていうプライベートな情報が、あちこちに流出しちゃうのは困る。秘密を守れるくらいの「強かさ」がない人には、教えたくない……命がけで襲ってくるちびっこギャングを返り討ちにできるくらいの「強かさ」がないやつにはね。
 
 私と秘密を分かち合えるような「友達」になりたいなら、追い払ってもいいし、怪我で動けなくさせても、気絶させてもいいし……殺してもいい。とにかく、アイラを「再起不能」にすること。私を失望させないでよ、ジョニー。「友達」っていうのは「対当」じゃないとダメなんだ……私が「友達になりたい」と思えるような強さを見せてよ。
 
 おいおい! 無理に決まってるだろ! あの女は銃を持ってるんだぞ!
 俺は次から次へと本棚に本をしまい、本棚から本棚へと歩きまわるシズカのあとを追う。シズカは俺も一瞥もせずに、冷たく言い放った。私の見込みだと、ジョニーなら大丈夫だよ。アイラは屑のわりには才能があるけど……まあ、所詮はお笑い芸人だよ。最悪返り討ちにあったとしても……私には関係ないし。
 なんだと! と、シズカの後を追って本棚の裏に回ると……。
 そこにシズカの姿はなかった。

121名無しのスタンド使い:2015/08/03(月) 18:09:44 ID:MRu.bgz60
「透明化」なのか? 姿を見せろよ! どうにかしろ!
 ワガママだね、とシズカの声だけが、どこからともなく響いた。でも、今のテンションはちょっとおもしろかったから、特別にヒントをあげるよ……。
 
 アイラの「スタンド」は結構特殊だけど……基本的には【近距離パワー型】だ。その力は、せいぜい半径十メートル以内でなければ発揮されない。不安なら、なるべく距離をとって戦うことだね。
 
 スタンドの問題じゃないだろ! あいつは銃を持ってるんだぞ! 銃だ!
 しかし……シズカは返事をしなかった。談話室には冗談のように空虚な静けさだけが存在していた……そして遠くから、濁った悲鳴と銃声が響き続けていた。

122名無しのスタンド使い:2015/08/03(月) 18:11:44 ID:MRu.bgz60
 ……というところで「5」はここまで。ぶっちしてごめんねえ! 忙しいのっ! 次からはガチの殺し合いだよん。
 ここからは「5」の註釈です。読み飛ばして「6」へ行って結構。

123名無しのスタンド使い:2015/08/03(月) 18:21:39 ID:MRu.bgz60
 ・血の掟
 主にシチリア・マフィアにおける制裁ルールと組織加入ルールをまとめたものだが、大概の闇組織には同様のものが必ず存在する。パッショーネの場合は「ライターの火を消さないこと」というヌルいルールだったが、組織に不利益を齎すものの殺害など、組織に対する裏切りを精神的・法的に防止するような加入条件があることが普通。
 
 ・比較文学
 基本的には、ある特定の国家の文学と、別の国家の文学の比較から、各々の文化・文学の特性を引き出す学問のことを指す。発祥当時は画期的だったが、グローバル化が進む現在は国家間を横断して文学を研究することは珍しくなくなり(というより、特定の国家や作家に絞った研究がほぼやり尽くされた)、現在はより広範に、文化だけではなく、メディアや学問の壁を超えた文学研究として機能している。
 
 ・ポスドク
 学生でも教員でもなく、金も貰えてない研究者、という宙吊りな立場。

124名無しのスタンド使い:2015/08/03(月) 18:22:33 ID:MRu.bgz60
 ・ロッキーマウンテンのリンゴ
 アメリカのお菓子。丸々一個のリンゴに串を刺し、キャラメルとチョコレートでコーティングしたカロリー爆弾。とても美味しいが、日本では大阪でしか売ってない。残念。
 
 ・禍
「わざわい」や「か」、「まが(つ)」等と読む。文字通り「ふしあわせ」のような意味。
 当SSでは、本文中の理由によって、イタリアだけではなくカイロと杜王町が(少なくとも一時は)悲惨な状況に陥った、という設定となっている。通常の警察力を超えた、制御不能な力がせめぎ合っている、という状態は一般的に「無政府状態(アナーキー)」といい、極めて不幸かつ不安定なものなのだ。誰が彼らを見張り、制御する力を持つというのか? 社会は超能力バトル漫画とは異なり、こうした人々を分断することでしか成立しない。
 ところで、一般的に「女禍」というと中国唯一の女性皇帝「武則天」を指す(則天武后は彼女を皇帝ではなく、皇帝の后としてのみ認める、という立場での呼び名)。女性差別が最高に厳しい当時の中国にあって、策謀と恐怖によって権力を維持しつつ、中国を繁栄に導いた世界トップクラスの名君だが、その「恐怖」の部分のクローズアップと、「女」ということもあって、中国では評価が低い。
 
 ・落ちこぼれの社会復帰
 実際、マフィア、ギャング、ヤクザなどの「組織」へ加入して活躍することが「立身」となりえるような社会や階層は世界中のどこにでもある。あなただって、学もなく、学校に通えるような豊かさもなく、容姿に恵まれているわけでもなく、サッカー選手になれるような才能もなく、雇用の窓口も非常にせまく、また就職しても大概は豊かになれないと確信できるような経済状況があり、不正が横行する社会に住んでいるとしたら、まず真っ先に犯罪者になることを考えるはずだ。

125名無しのスタンド使い:2015/08/03(月) 18:25:22 ID:MRu.bgz60
・セーフハウス
 日曜朝のヒーロー番組と違い、どんな悪の組織も、数人や数十人で世界を支配しようとしているわけではない。彼らの前線を支えるアジト、セーフハウスがあり、彼らの兵站を支える「掃除人」や「ハウスキーパー」も多数存在する。
 
 ・近距離パワー型
 原案の【ナポレオン・ソロ】はヴィジョンが拳銃に取り憑く物質同化型ですが、特性がわかりにくい(能力値が実情ではなく、スタンドのヴィジョンの力を反映している)ので、【近距離パワー型】に変更しました(ヴィジョンは消えてないよ)。破壊力と射程がEでも、取り憑く武器が武器だと能力値の意味がなくなっちゃうからね。変更後の能力値、能力は後ほど。
 
 ・シズカ・ジョースター
 当SSのシズカ像は、インターネットに散らばる他のシズカ像に対する反感から出来上がっている。つまり、以下のようなシズカ像に対する「反(アンチ)」だ。
 ・概ね十代の快活で、ジョースターらしい正義感溢れる少女。
 ・ライトノベルのヒロインのような純朴さ・清純さ・愚かさ。
 ・「日本人らしい(それが何を意味するのか不明だが)」文化的背景。
 ・他の部の主人公たちから借用したような性格や性質、能力。
 ・スタンドバトルを前提としたスタンド能力と、その扱い方。
 単純に言って、よく見る「シズカ・ジョースター」というファン作品のキャラクターは「ジョジョ」だ。だが実際には「養子」という立場、「透明化」という強力なスタンド能力は、明らかに「ジョジョ」ではなく、むしろジョースターの侵略者「ディオ」にふさわしいものだ、と筆者は考えている。
 当作品では(それを嫌がるファンの方々には謝るしかないが)ジョースターやスタンド使いそのものをそれほど「良く」描いてはいない。そしてシズカも、ジョースターや他のスタンド使いとは様々な意味で異なる奇妙な存在として描くつもりでいる。現状で公開できる彼女の特徴は、現状では以下の通りだ。
① (主人公ではないけど)ジョジョとしては最年長の二十代半ばで、正義や公平さには関心がない。
② 思考は成熟しており、狡猾で、性的に奔放。
③ 「自分の身は自分で守れ」という独善的なアメリカン・フロンティアの精神。
④ 歴代のジョースター達と同様に不良だが、無実の徐倫よりも「犯罪者」に近いモラルの低さ。
⑤ スタンドを隠している。

126名無しのスタンド使い:2015/08/03(月) 20:55:27 ID:LvzyRq0c0
更新乙です!
確かにシズカのキャラクターは「ジョジョ」っぽくないですね
しかし、あえてそうすることで、魅力的なキャラになっている!
さて、次回はいよいよバリバリの戦闘が始まるわけですね!楽しみ!

127ヒーローゲーマー:2015/10/03(土) 06:47:59 ID:bO9kWJSQ0
ttp://wikiwiki.jp/kakikaki/?%A5%B2%A1%BC%A5%E0%BE%AE%C0%E2%B2%C8%20%A5%D2%A1%BC%A5%ED%A1%BC%A5%B2%A1%BC%A5%DE%A1%BC2
僕が書いた小説です!
読んでください。

128HERO GM:2016/04/26(火) 22:23:25 ID:OHTYCq2.0
freak.downWorld
近距離パワー型&操作系
触れた及び殴ったものを機械化、自然化する能力。触れた物を誕生から消滅を操作も可能。打撃はまぁまぁ得意
パワーCスピードC射程距離E持続力C精密動作性C成長性A 本体極道に憧れる少年(黒髪だけど前髪が寝癖でめちゃめちゃである
) 特徴体型は人間並 体はアイアンマン似だけど自然の模様がある 色は青、自然の模様の色は緑 顔は少しバットマン似(冠を被っている)冠の色は金色。

129FBH:2016/05/15(日) 18:34:05 ID:3atvsi3M0
おおう!? 上の二つはよーわからんな。とりあえず何ヶ月かぶりかわからないけど、更新しまっせ。

130FBH:2016/05/15(日) 18:37:05 ID:3atvsi3M0
5. ナポレオン・ソロ ( vs ナポレオン・ソロ 3 / 4)
 
 初めから嫌な予感がしていた……でも、その「初め」がいつなのかは思い出せない。
 
 コンスタディノスがシズカ・ジョースターを「アメリカ」で「捕獲、もしくは殺害する」という任務をメンバーに伝えたときは、間違いなく、誰もが嫌な予感を覚えていたと思う。わざわざアメリカへ渡ってまで、一人の人間を追うようなことは――実際には、待ち伏せだったけれど、これまでになかったし……その対象、シズカ・ジョースターが何者なのかは、パッショーネのスタンド使い達は全員知っていた……スピードワゴン財団と繋がりを持つ一族の子女。その日まで「触れてはならない」人物の一人に数えられていたはずだった。
 理由は? とあるメンバーが尋ねた。
 理由なんて俺達に必要なのか? とコンスタディノスは尋ね返し……そして自答した。くだらないことを聞くんじゃない。言われたことをやらない奴が、なぜここにいる?
 
 アメリカに辿り着いたときも、同じような不安が胸で疼いていた。少しばかり荒れた波。暗い雲に覆われた港は完全に機械化され、殆ど人がいなかった……いたとしても、みな一様に暗い顔をしていた。喧騒と排ガスが渦巻く……アメリカ大陸。

131FBH:2016/05/15(日) 18:37:58 ID:3atvsi3M0
 そして不安は現実になった。
 同じような不安定な気候が何日か続く。五人の暗殺者達と、何の不自由もない平屋の家でゆっくりと……しかし仕事前の独特の緊張感を以って過ごす。『タタール人の砂漠』のように、その何日かを無為に過ごしているような気もしていた。待ち伏せ。その何かがくるまでは、ひたすらに待ち続けるしかない。しかし、この待ち伏せは何を根拠に行われているのだろう? そもそも一体、何が起こっているの?
 私は物資補給と……息抜きを兼ねて、外へ送り出された。不用意と言われても仕方はない。しかし、なんといっても、まだ対象がアメリカにいなかった……いたとしても、その場ですぐに動き出すわけでもない。

 楽しんでこいと言われはしたものの、何を楽しめばいいのか皆目検討もつかなかった。ディズニーワールドは幾分か遠かったし……正直に言えば、セーフハウスでケーブルテレビでも見ていたほうが楽しかった。ドイツ語や中国語ではなく、英語の習熟を目指した甲斐があるというものだった。大きなスーパーマーケットでダラダラと過ごしたあと、十分な量の食料と、嗜好品を詰めてセーフハウスへ帰った。

132FBH:2016/05/15(日) 18:39:24 ID:3atvsi3M0
 ドアを開けるまで、気付くことができなかった。血の匂いがなかったからだ。
 全員死んでいた。居間で二人。台所と廊下、寝室とトイレで一人ずつ。
 一様に首をねじ折られ、肩越しから私を見ていた。
 
 玄関でひと通り胃の中身を吐き出した後で……「暗殺者殺し」の痕跡を探しまわった……頭の中は真っ白だった。なぜ全員? 半数は確かに「戦闘的」なスタンド使いではなかった……暗殺と戦闘は似て非なる。でも、例えばコンスタディノスは、一対一の戦闘にこそ向いているスタンドを持っていたし、戦闘経験も豊富だった。フランスの外国人部隊で訓練を積んだ、箔のついたゴロツキで、あたしに戦闘のイロハを叩き込んだ人だ。その彼が廊下で、首をぐるりと捻じ曲げたまま突っ伏していた。
 
 戦闘の形跡はなかった。でも全員が戦闘状態にならずに暗殺されるなんて、あり得る? 五人の暗殺者を、誰一人気付かないうちに首をねじ折って殺すなんて可能なの? そして気付く。もしも、まだ「暗殺者殺し」がセーフハウスに潜んでいたら……? あたしよりも経験を積んだ五人の暗殺者を暗殺できる「暗殺者殺し」が……。

133FBH:2016/05/15(日) 18:41:00 ID:3atvsi3M0
 その場から逃げたのは、それだけが理由というわけでもなかった。第一に、仲間の死体に囲まれていることが嫌だった。冷酷かもしれないけれど、正直な気持ちだ。もちろん、あたしが居たところで、彼らを助けられたかどうかは別だけれど、それでも罪悪感は大きかった。
 
 第二に、危険もあった。「暗殺者殺し」が潜んでいるとしても、倒せるかどうか……いや、それどころか、通報されるだけでも相当に厄介だ。あたしたち暗殺者は、守勢には滅法弱い。このまま危険区域に居続ける意味などなにもない。

 第三に……あたしたちはまだ何も為していなかった。
 暗殺は終わっていない。あたしもまだ生き残っているわけではない。暗殺の失敗は生き残ったことにはならない。まだ死んでいないというだけだ。

「シズカ・ジョースター」……「暗殺者殺し」を手駒にしているのが彼女なのか、それとも、彼女が「暗殺者殺し」そのものなのかはどうでもいい……彼女を捕獲、もしくは殺さない限り、あたしは生き延びたことにはならない……セーフハウスに転がる死体のひとつに数えられるだけだ。待っていても死が近づいてくるばかりだ。攻勢に出なければ。

134FBH:2016/05/15(日) 18:41:51 ID:3atvsi3M0
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あのイスラムの連中がダーティーボムを街のど真ん中に撒き散らしたらどうなる、と俺はいつも言っていた。十分にあり得る話だろう? あいつらはアメリカを、いや、世界を憎んでいるんだから。まず、あいつらが俺の敵になる。それから、パニクった地域住民達が俺の敵になる。暴動だ。清潔な水と食料を求めて、あのアラビア人どもを抹殺するために使うべきだった大量の銃をお互いに向け合うことになる。それこそが、あの汚い連中の目的だとも知らずに。

俺は備えていた。クソみたいなアルバイトを掛け持ちして得た金で、除染スーツも買ったし、俺をキチガイ扱いする家族が見向きもしない家の地下室に食料品と水を貯め込み、プレステとテレビとパソコンをEMPから守るケージの中に入れた。そしてもちろん……銃器を学んだ。

銃は良い。俺みたいなデブのガリ勉でも、十分に身を守れる……そして簡単に殺されてしまう。俺は銃器の扱いだけではなく、銃声で銃そのものを判断できるようになるまで勉強を積んだ。俺の友達は俺を変態扱いするが、俺は正気だと思う。自分の身を守ろうと思わない奴の方が、合理的に考えて狂っているんじゃないか?

135FBH:2016/05/15(日) 18:46:54 ID:3atvsi3M0
 マクドナルドの喫煙席で、「管理人」はあたしに、座れ、と言った。窓からは鈍色の雲が低く低く垂れ込めているのが見えた。状況は最悪だった。幸先も良さそうもない。
 
 ソファに座ると、粘っこい汗が背中にへばり付くのを感じた。
 まずは落ち着くことだ、と「管理人」は言った。任務は終わっていない。シズカ・ジョースターを捕えるまでは……。

 あたしは応える。それはわかってる。増援は?
「管理人」は言った。ない。アイラ、君一人でシズカを捕まえるんだ。

 君一人で捕える、とあたしは繰り返した。あたし一人で? 捕える? そんな無茶な! あたしよりも経験を積んだ仲間が五人も殺されたというのに、殺すならまだしも、捕えるなんて無理に決まってる!
 それなら、お前が死ぬことでしか任務は終わることがないだろう。
 ふざけてるの? あたしは「管理人」を睨みつけて言った。あたしたちが壊滅した責任は、あんた達にあるでしょう? あたしたちはシズカ・ジョースターがアメリカに着いたことを知らなかった。シズカ・ジョースターが「攻勢」に出るということだって……。
 
 ふざけているのは、アイラ、お前の方だよ、と「管理人」は言った。第一に誰彼の責任は関係ない。お前らが任務に失敗すれば、私も殺されて死ぬからだ。そして第二に、我々でさえシズカ・ジョースターのアメリカ上陸を知らなかったが、だからなんだというのだ? なんのためのセーフハウスだと思う? シズカ・ジョースターが我々を出し抜く力を持っていたとしても、君たちは臨戦態勢でそれに応じなければならないはずだ。もちろん私たちも全力を注ぐ。既に、シズカの居場所は捉えている……マンハッタン、コロンビア大学周辺、上流階級の子息向けの学生寮、セブンスハウスだ。

136訂正:2016/05/15(日) 18:48:04 ID:3atvsi3M0
(失礼、134と135の間には見えない時空の仕切りがあります。―---←これね)

137FBH:2016/05/15(日) 18:48:46 ID:3atvsi3M0
「管理人」は無造作に、布に包まれた「何か」をテーブルに乗せた。ゴトン、と重たい音を立てるそれを、あたしはよく知っていた。「管理人」は、それは手に入る中で最高のものというわけではない、と言った。ここに来る前に、近くのガン・ショップで、私のポケットに入っていた金で買えるものとしては最高のものだが……それで十分かな?
 
 あたしは訊ねる。本気で言っているの? 本気で、今から、単独行動で、シズカ・ジョースターを捕えろと?
 
 第三に、と「管理人」は言った。我々は相手が誰だろうと必ず任務を果たす。誰であろうとだ。そいつがただのネズミではなく、我々の眼を欺き、我々の持てる最高の暗殺班を半壊させる力を持ったネズミだとしても、我々は、噛みつかれた、強すぎる、などと文句は言わない。我々は猫だ。そして獲物は獲物だ。獲物は必ず捕える。

 そしてあたしは布に包まれた「何か」を手に取る。軽くて小さいが、軽量化されたモデルではない。グリップの感覚もよくない。クソみたいなプラスチックの冷たさ……。「管理人」は言う。シズカを捕えろ。決して殺すな……だが、他の奴らは皆殺しにしていい。

138FBH:2016/05/15(日) 18:50:01 ID:3atvsi3M0
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 エレベーターの停まっている階数だけ覚えておく。四階だ。使えはしないけれど……ざっと考えても、「近距離パワータイプ」、「罠」を仕掛けるスタンド、「毒」を撒き散らすスタンドとか……スタンド戦において待ち伏せされやすい閉所ほど不利な場所はない……だが逆を言えば、シズカがエレベーターを使うなら、かなり有利な状況へ持ち込める。
 階段を上がる。全ての階を探し回るわけにはいかない。四階を目指す。
 三階で歓声が聞こえる。ざわめきと黄色い悲鳴。木製の大きな二枚扉。
 冷や汗が背中から噴き出る。でも、他に選択肢なんてあるの?
 もしもシズカが人混みに紛れていたら? 彼ら、彼女らが仲間のスタンド使いなら?
 間違いなく言えるのは、殺す意味がないのと同じくらい、生かしておく意味はないということだけ。

139FBH:2016/05/15(日) 18:51:05 ID:3atvsi3M0
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 俺だけは聞こえていた。窓の外から響く、トン、という軽く、しかし小さくはない銃声を。コブラ社のCA380。クソみたいな護身用のピストルだ。スラムの神経質なシングルマザーが護身用に買うような……。俺は浮かれ騒ぐ同級生たちの肩を叩く。おい、聞こえたか? いま銃声がしたよな?

 マーシィ、とオービーは言った。黒人でラグビー選手のような体格をしている彼は、実のところ、なんの運動神経も持ちあわせていない心優しい男だ。だが、今回はかなりイライラしていた。オービーがハートランドの入った紙コップを空ける。なあマーシィ、こんなこと言いたくないけど、空気を読むって知ってるか? 何も期末の打ち上げの時までイスラムがどうとか、銃社会がどうとか……しかもなあ、俺は親がムスリムなんだぞ。あんまり聞きたくないぜ、そういうの……。

 そういう話じゃない! 銃声が聞こえたんだってば! それに絶対にISILの連中じゃないぜ! 銃声はコブラのCA380だよ! クソみたいな安物銃だ! きっとスラムの薬中が……。
 それもだいぶ差別的だよね。スカイラーが間に割って入る。生存第一主義もいいけど、ちょっとはカウンセリングを受けたほうがいいんじゃない? スラムの人たちまでテロリストに見えるとか、結構ヤバいし。大学のカウンセラーならタダなんだしさ……。

140FBH:2016/05/15(日) 18:52:09 ID:3atvsi3M0
 お前は俺の母親かよ、自分が病院に行くべきかどうかなんて……といったところで、キンバリーも間に割って入る。もしかしたら、シズカかもね。
 シズカ?
 ほら、一番上の階に住んでたじゃん。凄い美人でさ、背の高い日系人の……。
 ああ、とオービーがコップにビールを継ぎながら会話に混じる。いたね、そんな娘。でも、ここ一、二年くらい見かけなかったよな? てっきり大学を辞めたのかと思ってたけど。
 スカイラーも会話に混じる。留学したって聞いたわよ。フランスに。
 ソルボンヌに?
 まさか。あの娘、人文学系でしょ?
 で、なんでシズカだって?
 帰ってきたのを見たのよ、とキンバリーは言った。今朝くらいかな、談話室で見かけて、ちょっと話をしたの。相変わらず変な感じの娘だったな。危なそうっていうか。全身真っ黒だし。話をしてもすごくそっけないというか、「話しかけてくれなくたって結構です」って雰囲気全開でさ。
 わかるわぁ。ぶっきらぼうなのかしらね。でも、銃をぶっ放すほどじゃあないでしょう?
 いやあ、どうかなあ。たまにさあ、凄い目してる時ない? 人を殺しそうな目というか。

 コンコン、とドアが鳴る。全員の視線がドアに向かう。俺はひっ、と声をあげ、ソファの後ろへ飛び込み、その勢いで頭から床にぶつかる。他の奴らが笑う。ビビりすぎだと。スカイラーが扉へと向かう。噂をすれば影かしらね。ちょっと騒ぎ過ぎたかも……。

 次の瞬間、軽い銃声と共に、スカイラーの後頭部が内側から弾け飛ぶ。

141FBH:2016/05/15(日) 18:53:06 ID:3atvsi3M0
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 初めて殺した男の顔を思い出す。
 父は私の耳元で言った。一発で殺すんじゃないぞ。
 私は父を見る。それは私の知っている父ではなく、冷徹なマフィアの男だった。
 わかっているとは思うが、「俺たち」はみんな気が立っている。殺すだけじゃ気が済まない、って雰囲気だろう簡単に殺さないことは、封を切ったバターみたいに滑らかに殺すことと、同じくらい重要だぞ。

 男の顔を見る。今となっては茫洋としか思い出せない顔だ。本当の顔は、どんな顔だったのだろう? でも、その縫い合わされた口から漏れ出す音は、ずっと憶えている。今しがた鳴り響いたように。私の耳は、その悲鳴を言葉としては受け取れない。
 助けてくれ、と言ったのだろうか? それとも、殺してくれ、と言ったのだろうか?

142FBH:2016/05/15(日) 18:54:25 ID:3atvsi3M0
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 バン、とドアが蹴り開かれ、弾き飛ばされた“元”スカイラーの身体が転がる。
 テロに怯え続けたアメリカ人の習性なのか、みんなすぐに動き出す。俺の真上に、ソファから飛び降りたオービーの身体が勢い良く落ちる。キンバリーは、殆ど這うような姿勢で本棚の影に隠れようとするが、間に合わない。
 キンバリーの背中に三発の弾丸が食い込むのを、俺は見ていた。
 彼女はそのまま床に倒れ、息絶える。ふっ、と消え去るように。
 
 たどたどしい英語で、シズカが上の階にいるのは知ってる、とテロリストは言った。
 たぶん、あんた達は彼女と無関係なのも知ってる。
 でも皆殺しにする。恨まないでね。恨まれるのはキラいだ。

 女の声だ、と思う。イスラムは老若男女全員クソ畜生だ。だから俺はトランプに投票すべきだと言ったのに……だが文句を言ったところでどうしようもない。サバイバリストとして鍛え続けた脳が生存に向けてフル回転する。

143FBH:2016/05/15(日) 18:55:11 ID:3atvsi3M0
 オービー、と俺は小声でクソ役にも立たない、身体がデカいだけの男に声を掛ける。
 しっかりしろ、すぐにでも行動を起こさないと殺されるぞ。
 オービーはすっかりうろたえて、なんなんだこのクソ野郎が! と俺に怒鳴り散らす。どうしろっていうんだ! 俺たち殺されるぞ!

 落ち着けよ! と俺はオービーの眼を見る。冷静なら俺たちは助かる。小さな声で話せ。
 俺はテロリストに聞こえないように、慎重に話す。落ち着いて聞け。大きな反応をするな。今、あのクソキチガイ女の銃には弾が入ってない……かもれない。
 なに? かもしれないだって? 適当なことを、と言いかけるオービーの口を俺は塞ぐ。黙って最後まで聞け。この眼で見たから間違いない。あの女の銃はCA380。9mm弾だ。当たりどころによっては死ぬ。でも滅茶苦茶な威力ってわけでもない。そして重要なのが……あの銃の弾倉は五発しか入らない、ってことだ。

 憶えているか? さっき銃声がした、って俺は言ったよな。一発だ。そしてスカイラーに一発。最後にキンバリーに三発……あのキチガイ女が、ここに来るまでの弾を込め直していたとしても、あと「一発」しかない。俺たち二人が別れて突撃すれば、少なくとも一人は助かる。頭をうまく守れば、運がよければ二人とも……だが、ここでボケっとしてれば、確実に俺たちは死ぬ。準備をしろ、覚悟も決めろ。3カウントで走るぞ。

 さっ、とオービーの顔が青褪めていくのを見る。考える時間は与えたくない。
 行くぞ、1、2、そして俺はオービーを突き飛ばす。畜生、とオービーは両腕で顔面を覆い隠し、テロリストに向かって走りだす。
 そして、俺はソファの反対側から飛び出すフリをする。

144FBH:2016/05/15(日) 18:56:07 ID:3atvsi3M0
 別に大嘘を吐いたわけではない。CA380は短い距離でも正確に当てるのが難しい拳銃だ。相手が訓練されたテロリストでも二人同時に飛び出せば、少なくとも片方が生き残る確率は非常に高い。二人共助かる可能性だってあるだろう。

 ただ、問題が二つあった。
 第一に、俺は「片方が生き残る、非常に高い生存率」つまりは「五十パーセント」なんてものに自分を預けられない。確かに、CA380は弾倉に五発しか入らないが、薬室に
、もう一発残っている可能性があった。つまり残弾は二発。一発なら生き残れるかもしれないが、二発浴びるのは厳しい。テロリストは俺とオービーに一発ずつは振り分けないだろう。となれば、俺は五割の確率で二発浴びることになる。

 第二に、テロリストの武器は果たして一つだけだろうか。
 第二手が銃やナイフならまだいい。だが自爆用の爆弾だったら? 組み付いた瞬間に確実に死ぬ。接近せず、かつ撃たれずにテロリストを倒さなければいけなかった。
 そんなわけで、俺は友人の身体に二つの穴が空く音を黙って聞いていた。
 畜生、という臨終の際の台詞も。まあ恨まれて仕方ない。
 だが、これで六発、弾切れだ。勝手な話だとしても、仇は取るつもりだった。

145FBH:2016/05/15(日) 18:56:41 ID:3atvsi3M0
 二百ドルもした高級なユーティリティベルト(ガンホルダー付き)のホルスターから払い下げのMEUを抜く。何百回とテストと手入れを繰り返した銃だ。CA380のような玩具とは程遠い。四十五口径。本物の殺傷力。そして十メートル内なら、問題なくどこにでも当てることができる。

 ソファから身を乗り出して構える。脳裏に浮かぶのはクリント・イーストウッドだ。アメリカ人のフロンティア・スピリットとはつまり、自分の身と正義は自分で守ることだ。この後、裁判で何と言われようが、俺は生き残る。俺の口から言葉が漏れていく。
 くたばれ、クソテロリストめ。

 次の瞬間、俺の頬に穴が開く。俺のMEUから飛び出した弾丸が大きく逸れる。痛みで腕が痙攣を起こす。俺の眼はテロリストの手に握られたCA380の銃口を捉えている。これは現実じゃない、と思う。この部屋だけで七発目? 改造銃? 理屈に合わない。CA380の弾倉を増設するくらいなら、新品の、もっと弾の入る銃を買えばいい。どのみち、無理やり改造しているなら、ひと目で分かる。

 そして、二発、三発と、立て続けに銃弾を浴びる。
 血を失っていく中、俺の頭のなかでは、クリント・イーストウッドが呟き続ける。くたばれ、テロリストめ、テロリストめ、テロリストめ、と。

146FBH:2016/05/15(日) 18:58:10 ID:3atvsi3M0
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 初めて殺した男の顔に見える。どの死体も同じ。いつもそうだ。そして男の目は、いつもあたしに何かを訴える。助けてくれなのか、殺してくれなのか、判断できない。

 念の為に、全員の頭にもう一発ずつ撃ち込む。9mm弾だと不安が残る。
 何年か前。あたしが戦ったスタンド使いは、四十五口径を頭に撃ち込んだというのに、構わずに突っ込んできたことがあった。そういうスタンドなのだと思ったけれど、違った。人間はそういう生き物だった。生命力の塊のようなところがある。

 そのスタンド使いの顔も、思い出そうとする度に、初めて殺した男の顔になる。

 デブの手に握られたMEUを見る。ガラスみたいに輝いているし、装飾用のメダルが銃身に埋め込まれていた。ガンマニアだったのかも。良い銃、文句なし、いかにもアメリカ的。でも、あたしのスタンドとの相性はイマイチだ。9mm弾が理想的だった。
 あたしの『ナポレオン・ソロ』には。

147FBH:2016/05/15(日) 18:58:52 ID:3atvsi3M0
 他に隠れている人間がいないか、部屋を見て回る。誰もいない。死体の散らかった部屋を出る。他の部屋を探すことも考えるけれど、一刻一秒でも早くシズカと、その仲間を始末するべきだと思い直す。いるかいないか分からない「敵候補」を探しまわっている場合じゃない。階段に足を掛ける。背中に嫌な気配を覚える。もしも、この階に、まだシズカの仲間がいたら? 既に増援が押しかけていたら? あの部屋の死体のどれかがスタンド使いで、「死後にスタンドが暴走するタイプ」だったら? 嫌な思いを拭えないまま、少しずつ階段を登る。

 四階だ。下の階とは趣の違う大扉が見える。共同階なのかもしれない。
 少なくとも、シズカと、その仲間と思しき謎の男は、さっきまでここにいた。
 心臓が跳ねる。最悪なのが待ち伏せだ。こちらには相手のスタンド能力がわからない……その上、シズカは「透明化」のスタンド能力を持っている可能性が高い。宙に浮かぶナイフが、あたしの頸を裂くイメージが脳裏を駆け巡る。

 汗の滲む掌とグリップの隙間から、スタンドが顔を出す。
 仲間たちが「ヴィジョン」と呼ぶそれは、魚の「エイ」に似ていた。手の平や甲から、バリバリと剥がれて現れるあたりが特にそうだ。眺めているうちに、甲の方からも「ヴィジョン」が剥がれ落ち、宙に舞う。あたじのむき出しになった手の骨が見える。

148FBH:2016/05/15(日) 18:59:38 ID:3atvsi3M0
「ヴィジョン」は「当人の人間性」を象徴するものだ、とコンスタディノスは言った。
 父の意見は逆で、あくまでも「スタンド」は「スタンド」という超常現象であって、人間の心の力を糧とする「当人とは別の生物」だと考えていた。実際、父のスタンドは、父の精神とは別に「意思」を持っていた。何が正しいのかは私にもわからない。わかるのは、この「エイ」達が、わざわざ現れては恐ろしい「顔」を見せる、その意味だった。

 空のビール瓶を相手に、初めてスタンドを使った時、その「エイ」は現れなかった。
 いつも、人を殺す時に、そのエイは現れる。それは明確過ぎる意思表示だった。
「エイ」達はいつも、歯を剥き出し、闇が続く空洞の眼を向けて、あたしを責め立てる。
 殺せ、と。

 あたしは駆り立てられるように、扉に向かって撃ち始める。

149FBH:2016/05/15(日) 19:00:22 ID:3atvsi3M0
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 椅子を窓際に寄せ、脚に『皮』を引っ掛ける。銀行強盗時代を思いだす。何度もこうして窓から飛び降りたものだ。何階までなら平気だったかどうかは覚えていない。この『皮』は引っ張るだけなら殆ど破れないが……落下の速度によっては、『皮』を巻きつけている俺の腕や肩のほうが壊れてしまう。

 窓から飛び降りる。二階を過ぎた辺りで、腕と肩に衝撃が走る。
 失敗したかと思ったが、腕は軽く締め付けられる程度で、肩が外れたり千切れたりはしていなかった。そして『皮』がゆっくりと伸び始める。『皮』はうちの銀行の従業員の受付嬢のものだった。特に利用価値がないと思いながらも、一通り集めておいた価値はあった。

 セブンスハウスの芝生につま先が触れた瞬間、頭上から銃声が響く。
 思わず、意味もないのに頭を庇い、壁際に身を寄せ、上を見る。窓ガラスがパリン、と軽い音を立てて割れ、気持ち程度の破片が遠くへ飛び散る。鳥肌が立つ。現実味はないのに死ぬほど恐ろしい。警官に撃たれた時だって、こんなに恐ろしくはなかった。

150FBH:2016/05/15(日) 19:01:23 ID:3atvsi3M0
 あれ? と肩越しから話しかけられる。俺は思わず叫び、その場から飛び退く。
 シズカ・ジョースターだった。セブンスハウスの外壁に寄り掛かり、煙草をふかしている。何故ここにいるとか、どうして平然としているのか、とか、色々な疑問が頭を巡る。けれども言葉にならない。彼女は、まだ半分以上残った細い煙草を芝生に投げ捨てると、スニーカーのつま先で踏み散らす。そしてニヤついた顔で俺に問い掛ける。逃げるの?
 俺は吐き捨てる。当たり前だろうが、イカれてんのか? あの女は銃を持ってるんだぞ。
 あっ、そう? とシズカは笑みを浮かべる。銃を持った相手と距離を取るほうが危ないと思うけどね。うるせえなあ、と思う俺の横を通りすぎて、シズカは俺の『皮』を間近で眺める。これがジョニーの『スタンド』? なんだかキモい動きしてたよねえ。ゴムみたいな性質?

 俺は、俺の『皮』に触れようとするシズカの手首を掴む。思う以上にしっかりとした、力強さを感じる太さの手首だった。俺は言う。やめとけ。それに触るべきじゃない。
 シズカは俺の眼を見て言う。ふうん、危ない「スタンド」なの?
 俺は言う。いや、「まだ」だよ。「まだ」危なくはない。
 シズカが問い返す。「まだ」?
 そして俺も答え直す。「まだ」だ。なんというか、お前らの言うところの『スタンド』というものを、俺はまだ飲み込めてないんだが……その『皮』は、俺の『スタンド』は、それ以上にややこしい。俺にもわからない部分が多い。
 わかるのは、俺以外には安全じゃない、ってことだ。

 シズカは俺の眼を見る。訝しむように目を細める。
 そして言う。ねえ、ちょっと、「ナニ」してるわけ……?

151FBH:2016/05/15(日) 19:02:13 ID:3atvsi3M0
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 思い起こせばロングビーチ。1990年の夏だ。俺は海パン一丁で砂浜に突っ立ち、缶ビールを勢い良く飲んでいる。一仕事を終えたばかりだった。つまり、強盗のことだが……この時の報酬は二十二万ドル。一生を遊んで暮らせるわけではないが、投資をすれば、その限りではない。
 もちろん、俺は投資なんてしないが。無駄に高級で着心地の良い海パンと、イカしたサングラスと、良い女と、酒を買い漁る。毎日が二日酔いで、朝まで騒ぎ、夕暮れ時に目覚める。海を見続ける。満ち溢れている。金がなくなったら、また盗めばいい。
 
 俺には「能力」があった。物理学の天才でも、ウォール街の野獣でも、バスケットボールの英雄でもないが、そいつらが一生を費やしても手に入らない「能力」だ。そいつは目に見えない。監視カメラに残ることもない。そして金庫を開け放つ。誰にも知られずに。
 そう思っていた。

152FBH:2016/05/15(日) 19:03:25 ID:3atvsi3M0
 珍しく昼に起きる。暑くて不愉快だ。ビールが次々に消える。Tバックの美女たちと白い砂浜に飽きて、街路をうろつき周り、潰れたビールの空缶をあちらこちらへ投げまくる。行く先々の露天で買い足す。そして占い商に呼び止められる。猫目のそいつは言う。おいおい、あんた、あんた、相当に「特別」だな。

 俺はビールを啜る。酷い二日酔いで身体がバラバラになりそうだ。俺は重い頭を抑えながら聞き返す。俺が「特別」だって?んなこたあ、俺にだってわかってるんだよ。そんな言葉じゃあ、気持よくなれないね。お前のその水晶球にも、一セントたりとも払わないぞ。

 猫目の占い商は言う。別にお前の汚れた金なんぞ欲しくない。手相を見せろ。
 掌を差し出す。その後でサッと血の気が引く。汚れた金?
 別に隠さんでもいい。占い師に守秘義務なんぞないが、通報する気もない。警察は占い師の言うことなんて信じないからな。犯罪がらみで最近、羽振りがよくなったんだろう。盗みかな……いや、しかし、ふむ……「運命」は恵まれていない……友人は得難いだろうが、それでも、素晴らしい「生命力」だ。余裕で百までは生きそうだな。しかも、他人にはない「能力」を「二つ」も持っているな。それとも「二つで一つ」なのか? 「一つが二つ」なのか……。

153FBH:2016/05/15(日) 19:04:04 ID:3atvsi3M0
 ……スパイか何かなのか?
 占い師は俺の掌をバチリと引っ叩く。スパイ? お前馬ッ鹿野郎だなあ。占い師だって言ってんだろ。う、ら、な、い、し、だ。西から東まで秘儀に通ずる本物の! お兄さんは中々ナイスな手相の持ち主だから特別サービスだ。アドバイスをくれてやる。

 ヒリヒリと痛む手の上に、占い師はマジックペンで記号を書き始める。完全な円が蛇行する線によって、真ん中から二つに割られている。オタマジャクシが互いの尻尾を食い合っているかのようだ。占い師はオタマジャクシの片割れを黒く塗り、両方の頭に小さな円を描く。そして言う。「陰陽」だ。「太極図」とも言う。道教における最重要の教義を示した図だが……お前さん、ロクに学校も行ってないだろう? ざっくり説明してやる。

 これはな、完璧なセックスを示すものだ。
 俺はビールを吹き出して、猫目の占い師の前で噎せ返る。ふざけてるのか?
 ビールを引っ被った占い師は言う……ふざけてるのはお前だろう。お前の力は実際、性的興奮を伴うものだろうしな……いや、逆か。性的興奮に能力が伴うのか。

154FBH:2016/05/15(日) 19:06:38 ID:3atvsi3M0
 パンツの中に手を突っ込み、「息子」を元気づける。極限状態でも頑張ってもらわなければ、あのイカれた女を倒すなんて到底無理だ。俺は、俺の股間に視線を向け続けるシズカに吐き捨てる。見てんじゃねえよ、 恥ずかしいだろうが!

 シズカはギョッとした目で、俺の股間を見る。いや、見るなって、ちょっと! 本当に何で「ナニ」してるわけ? ヤダ! エー! アリエナイ! キモい! そっちこそ、こっちを見ないでほしいんだけど……。

 俺はチュートップから覗く、シズカのふくよかな胸の谷間を凝視する。朝のことを思い出す。危ない女だと知っていたら、たぶん妙な妄想はしなかっただろう。だが今は関係ない。俺は空想上のシズカの中に入っていく。罪悪感や緊張感たっぷりの現実は、この際だから無視している。シズカも俺の目線に気付き、侮蔑の目を向ける。いや、いやいやいや、俺だって好きでやってるわけじゃねえよ。五十歳にもなってさ……でも仕方がないだろ。別に脱げとか言ってるわけじゃないんだぞ。本当はそうしてもらったほうがありがたいんだ。こんなクソみたいな状況じゃ、勃つものも勃ちにくんだよ……とりあえず黙ってヨソを向いてくれないか? ほんのチョットだけでいいんだ、あと少しで……ああ、「来た」ぞ……イイカンジだ。

155FBH:2016/05/15(日) 19:10:30 ID:3atvsi3M0
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 我々西洋人は、知らず知らずのうちに「絶頂」を最上のモノとしている、と猫目の占い師は言った。おそらくは一神教の世界観に由来しているんだろう。だが我々は神ではないから、「絶頂」は「永久」には続かない。我々が目指すべきは「永久」だ。

 占い師は太極図の円をぐるぐるとなぞる。これは男と女の交わりを示している。どっちの色が男か女なのかは横に置いておこう。互いの身体が、互いの身体に入り込み、混ざり合い、しかし一体になることはない。男が女に、女が男に力を与え、「永久」に「回転」を続ける……これが完璧なセックスだ。道教の信徒達は不老不死の仙人となるために、これを体得する。「絶頂」はない。「絶頂」は「永久」を止めてしまうからだ。

 おいおい、俺は確かに酔っ払ってるかもしれないけど、それでも話が見えないぞ。何が言いたいんだ? セックスで「イクな」ってことか?
 そういうことだ。
 じゃあ、いったいなんの話……え、そうなの? 本当に「イクな」ってだけ?
 そぉだっていってるだろぉ。別にセックスに限らないが、「イク」とお前の力は弱まるぞ。逆に「イク」ことなく性的興奮を持続させ続けるなら、お前の力は高まるんだ。でも、いいか、イメージしろ。お前は無限に続く高原に立っている。緩やかな起伏が広がる。登るべき山も、落ちるべき谷もない。お前は無限の高原を果てなく歩き続ける。他の連中は適当な所で満足している。ここがゴールだと。登り切った、落ちきった、などと……全て戯れ言だ。耳を貸すな。お前に限界はない。そして、その世界には太陽がない。何故なら、お前自身が太陽であり、太陽の力を手にしているからだ。

156FBH:2016/05/15(日) 19:14:36 ID:3atvsi3M0
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 呼吸の力がゆっくりと、全身に深く広がる。指先が痺れる。「来た」。漲る。そしてピタリと身体に留まる。エネルギーとしか言いようのない、熱量が身体を巡る。俺はシズカが触ろうとしていた『皮』を握る。血液が波打つ。際限なく波が広がる。「登るべき山も、落ちるべき谷もない。お前は無限の高原を歩き続ける」。その波が心臓から肺へ、そして俺の掌から『皮』に伝わり、『皮』が四階の窓へと勢い良く、ゴム紐のように跳ね戻っていく。

 俺は思い出す。「スタンド使い」達は、自らの能力に名前をつけている。何とも不思議で格好の悪いことだと思う。こんな特別な能力に陳腐な名前を付けることに、何か意味があるのだろうか? それでも俺も、「スタンド」という呼び名さえ知らなかったそれに、かつて名前をつけていたことがあった。

 それはこんな名前だった。【モンスター・マグネット】。

 シズカに話しかける。バツが悪い。まあ本当に……悪かったな、「オカズ」にしちまって、でも、元はといえばお前が……いや、すまない。でも、そういう力なんだよ。俺のは。
 俺に嫌悪を向けていたシズカの目は、いつの間にか、違った目に変わっていた。
 それが何の意味を持つのかはわからなかった。好奇? 驚き? 恐怖?

 シズカは言った。
 ……「波紋」?

157FBH:2016/05/15(日) 19:15:19 ID:3atvsi3M0
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 酔いから微妙に冷めてしまった俺は、占い師の手を振り払う。なんだそりゃあ。永久? 太陽? ヒッピーかよ。金は払わないからな。勝手に占いやがって。

 猫目の占い師はいう。なあに、占いってほどでもないし、金もいらない。「特別な手相」のマニアってだけだからな。そもそも、お前の力は専門外だし……チベットの連中の方が詳しいんじゃないかな……だがもし……この占い師のアドヴァイスがお前の役に立ったと思うなら……この名刺をやる。会いに来て、金を払えってんじゃないぞ。もしもお前の周りに「特別」な奴がいたら電話して、教えてくれ。逆にな、そいつが素晴らしい手相の持ち主だったら、金を払ってもいいくらいだ。じゃあな、飲み過ぎるなよ。

 俺は海水浴場の便所に入り、ビール色の小便をし、糞のはみ出した便器に名刺を捨てる。
 占い師のアドヴァイスは役に立ったというのに……。

158FBH:2016/05/15(日) 19:18:23 ID:3atvsi3M0
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 撃ち続ける。扉だったものの破片が飛び散る。エイ達が不気味な悲鳴を上げ、真っ黒な血を流しながら散り散りに崩れ始め、床に落ちる。やがて銃弾が扉を貫通しなくなり、錠の壊れた扉がゆっくりと開き始める。なんというか……「人に命中した感じ」がない。そんなもの気のせいだと言われたらそうかもしれないし、「スタンド使い」としてのあたしの特性なのかもしれない……。

 大広間だ。人の気配がない。大きな円テーブルと椅子が並び、簡易な書棚が並ぶ。
 そして窓が外に向かって空いている。

 大広間に足を踏み入れる……砕けたエイ達がパズルのように繋がり……また再び宙を舞い始める。ルールは単純だ。銃の形や種類、メーカー、国籍は関係ない。それらしいものなら水鉄砲だっていい。実際、暗殺の時ならオモチャの方が何かと便利で……とにかく、それが銃の形をしていれば、エイ達はそれに力を与える。「無限の銃弾と、有限の威力」。再装填どころが、弾倉さえいらない。撃てば撃つほど、少しずつ威力が弱くなる……同時に、エイ達が苦しみながら砕ける……途中でやめてしまったけれど、最後には銃口から数センチ離れた空中で、弾丸が静止してしまうほどだ(スタンドの弾丸だから、重力に従って「落ちる」ことがない)。でも、しばらくすれば威力も、エイ達も復活する。

159FBH:2016/05/15(日) 19:20:36 ID:3atvsi3M0
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 エイ達には名前があった。一匹ずつそれぞれにではなく、彼らを示す名前が。
 脳裏を記憶が掠める。ソファに腰掛ける父が、アメリカ製の古いドラマを見ている。かなり微妙なイタリア語の吹替がついている。私は父の隣に座る。一緒に壁掛けテレビを眺める。やがて、父とは一緒に見なくなる。

 英語で会話が出来るあたしには、わざわざ下手くそな吹替で見る意味がないから、とあたしは父に言った。大嘘だ。一緒に見なくなったのは、あの若いブラジルの男の死を……心のどこかで……父のせいにしたかったからだ。
 父に憧れた。ギャングに。ガンスリンガーに。人殺しに。間違っていた。最低だ。あたし達が社会に対してある種の貢献をしているという言い分を、世間は認めることがない。世間は私達に白い目を向ける。人々の気持ちも、言い分もわかる。あたしにだってわかる。あたしが「普通の」友達を学校でつくるなんて、不可能もいいところだからだ。

 あたしがマフィアの家に生まれたのは、父のせいだ。
 でも私が父に憧れたのは、父のせいなんかじゃない。
「普通の」人たちほど多くはないにせよ、私はいくらだって他の道を選べた。

 ドラマを違う時間に、同じテレビで見る。食卓の話題がズレることはない。それでも寂しがった父は、ドラマの主人公が使っていたピストルと、全く同じピストルを私にプレゼントする。ワルサーP38K。形ばかりではあるけれど、改造が施されていて、原型がない。あたしたちはそれを「アンクルスペシャル」と呼んでいた。

160FBH:2016/05/15(日) 19:22:16 ID:3atvsi3M0
 エイ達が初めて現れたのは、その時だった。あたしのヴィジョン。気のせいかもしれないけれど……その最初だけは、かなりと痛みと恐怖を伴った。父は私を抱きかかえながら、あたしの手の肉と皮から生まれた、悪魔の顔を持つ「スタンド」を銃眼に納めていた。

 父さん、と呼びかける。あたしのスタンドだ、あたしの、あたしの、あたしの「スタンド」なのに、なんで……。
 あのブラジル人と同じ顔に見えるの、と言いたかった。それを飲み込んだ。
 父は言った。落ち着け。自分にさえ敵意を向ける「スタンド」だってある。友達ってわけじゃあないからな。それにしても、なるほど、これがお前の……いや、お前の銃の持ち主……【ナポレオン・ソロ】ってわけだ。

161FBH:2016/05/15(日) 19:23:10 ID:3atvsi3M0
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【ナポレオン・ソロ】。複雑な気分になる。ロバート・ヴォーンは好きな役者だった。父から貰った「アンクルスペシャル」は今でも大切にしている……あの殺戮現場と化したセーフハウスに置いてきてしまったことが心残りだった。頭にくる……でも【ナポレオン・ソロ】という名前と、それと同じ名前のエイ達は、今でも全く好きになれない。あたしがこれまでに会った「スタンド使い」達は、大なり小なり自分の才能を誇り、愛し、受け入れているというのに、あたしだけが……。

 警戒を切らさないように、窓に近付く。開け放たれた窓に下に立てかけられた椅子の脚に、肌色の布が結び付けられている。布に触れる。いくらか頑丈そうで、十分な長さがある。舌打ちする。古典的だ。まるで脱獄映画。こんなくだらない方法で逃がしてしまうとは……。

 心臓が跳び跳ねる。
 布から生えた手が、あたしの腕を、ありえないほど強い力で掴む。
 それが手だと認識した瞬間には、既に布は「人」へと姿を変えていた。
 全裸の女だった。ただ、眼窩にぽっかりと開いた闇が、あたしを見つめていた。
 それが、両方の眼で見た最後の光景になった。

162FBH:2016/05/15(日) 19:26:02 ID:3atvsi3M0
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「波紋」? 何の話だ、とシズカに問い返すが、シズカは何も答えず、口元に手を当て、何かを思案しているかのようだった。ぶつぶつと呟く。「波紋」? PISCESの? そうこうしているうちに、悲鳴と銃声が響く。上手く行っているとは思わないが、まあ最悪というほどでもない。
 
 これで「片目」は奪った。射撃において両目が使えない、というのは致命傷だ。人間は両目で距離を計る。射撃の危険性が格段に下がったと考えていいだろう。
 
 それは甘いよ、とシズカは言った。“リザード”、悪くはないけれど、凡ミスが多いね。
 俺は応える。凡ミス? 何が?
 まず第一に、連中は視力を失ったくらいだと、大して動揺しないんだよ。そういう風に訓練されているから、というのもあるけれど……「傷を治すスタンド」が背後に控えているからね。まあ、彼女のボスがそういうスタンドなんだけど……怪我をしても治る前提で突っ込んでくるから、怪我はあまり意味がないよ。殺す気がないなら、手足を奪うとか、頸を締めるとかの方がよかったんじゃない?
 
 俺は唖然とする。どうして何階も上で起こっている状況を、まるで見ているかのように把握できるのかさっぱりわからない。なぜ「視力を奪った」と判断できたのか?
俺は応える。でも、怪我は大きいだろう? 片目だ。射撃の命中精度が……。
シズカが鼻で笑う。命中精度ォ? “リザード”、いったい、アイラの「スタンド」を何だと考えているの? まあ、全く頭に入らなかったんだろうけどさ……。

163FBH:2016/05/15(日) 19:28:35 ID:3atvsi3M0
 俺はギョッとする。「スタンド」。全く考えていなかった。いや……。
 よーく、今までの状況を振り返ってみなよ、おかしな点が一杯あるでしょう?

 俺は振り返る。おかしな点……おかしな点?
 セブンスハウスの芝生が風に揺られる。ふとアパートの外に目をやると、鉄柵の外側でイエローキャブが走り回り、なんとなくいけ好かない、高慢な感じに溢れたバアアとフレンチプードルが街路を……冷や汗がどばっと溢れる。そうだ、何故、あんなに平然としているんだ? 何故、誰も通報しない? テロにビビりまくりのアメリカ人が、どうして何事もなかったかのように……。
 シズカは笑う。ああ、そっちから気付くのね。まあ、そうだよね。それも大事だね。
 俺は訊く。銃声を掻き消すスタンドなのか?
 シズカは応える。いや、違うよ。というより、たぶん、そのヒントだけだと、色々な辻褄が合わない。もっとよく考えて見ればいんじゃないかな。

 逡巡する。何も思い浮かばない。銃がヒントなのは間違いない。何度も思い浮かべる。窓枠に当たった銃弾、階下からの銃声、それから真上から聞こえる銃声……。

 シズカは芝生を毟り始める。いやいや、さすがに気付いてほしいなァ。簡単でしょ?
 おっ勃ってる暇があるなら、そういうことに集中すべきだよ。
 俺は応える。いや、おっ勃てるとか言うな……銃自体がスタンドなのか?
 シズカは俺を睨みつける。当てずっぽうで言ったね? そんなことで大丈夫なわけ? アイラは”リザード”の「スタンド」……まあ「スタンド」でいいか。「スタンド」を把握してしまったというのに。だいぶ不利な取引じゃない? 少なくとも、「スタンド」の情報は、彼女の片目なんかじゃ割に合わないけど。

164FBH:2016/05/15(日) 19:30:19 ID:3atvsi3M0
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 残った左目で、血を眺める。痛い。眼窩の中でぐちゃぐちゃになった目の残骸が、ずきずきと脈打つ。あたしは呟く。危なかった。しっかりしろアイラ、助かったんだ。両目だったら完全に詰んでいた。しかも敵のスタンドを把握できた。殺せ。殺すんだ。泣き叫ぶのはシズカを捕まえた後でいい。

 穴の開いた布切れを見る。グズグズに崩れ始めている。人型だ。風船みたいなものだろうか? 「スタンド本体」という感じではなさそう……撃った時の感触が、やっぱり、人を撃った感じではなかった。

 かなりの不覚を取ったけれど、収穫は大きい。
(1) シズカではなく、もう一人のスタンドだ。「アクトン・ベイビー」と違いすぎる。
(2) 強力過ぎる。近距離でも遠距離タイプでもないかもしれない。
(3) 条件付きの「罠」を生み出せる。
(4) 「罠」のパワーは強いが、非常に脆い。銃弾一発で穴が空いて破裂した。
(5) 「罠」のパワーの強さから推測するに、おそらくスタンド自体のパワーは、さほど強くない。
 
 深呼吸をする。眼が痛む。頭も痛い。鎮痛剤を持っていない。歯を食いしばる。
 エイ達が悲鳴を上げながら飛び回り、壁にぶつかり、お互いを食い合っては再生する。言わんとしていることはあたしにもわかる。殺す。絶対に殺す。

165FBH:2016/05/15(日) 19:31:37 ID:3atvsi3M0
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 俺はゾッとして、背筋を冷や汗で濡らす。おいおい、脅すなよ……。
 シズカは平然とした顔で応える。脅してないよ。普通に危ないだけだって。たぶん、このままだと殺されるんじゃない? 頑張りなよ。まあ別に逃げてもいいけどねえ。彼女一人じゃあ追ってこれないだろうし……その場合は、後で大群で襲われるのがオチだけど。
 わかったわかった、わかってるよ! 俺は踵を返し、セブンスハウスの玄関に向かう。そのくらいわかっている。片目を盗ったんだ。ここで見逃してもらうなんて選択肢はなくなった。逆だ。俺が逃げるなんて以ての外だ。アイラを逃がしてはいけない。勝ち目が完全になくなる。

 ところでさ、とシズカが背中越しに話しかける。彼女、殺さないわけ?
 俺は応える。別に殺したくないわけじゃない。殺せないんだよ。
 なんで?
 俺は若い頃に、色々悪いことをやったが、と応える。子供は殺さないと決めたんだ。別にモラルの問題じゃない。子供殺しにとって、刑務所は地獄だ。俺みたいなジジイだと確実に生き残れない……今までブチ込まれなかったことは奇跡だ。ここで子供をぶっ殺して捕まってみろ、今までの諸々の罪込みで、寿命が来るまで地獄で過ごすことになる。
 ふうん、とシズカは応える。勃ちっぱなしの割には、カッコイイこというね。
 うるせえな! と振り返ると、そこに彼女の姿はもうなかった。

166FBH:2016/05/15(日) 19:48:38 ID:3atvsi3M0
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 ピストルを構えながら階段を降りていく。ぞわぞわする。エイ達も押し黙って静かになる。まだ意図は読めないけれど、シズカ達があたしを殺そうとしている可能性は確実にある。逃げている可能性もある。そうだったらいいのに、と思わないこともない。片目を失って逃げられたというのであれば、まだ格好は付く。気が楽だ。少なくとも最悪ではない。ただ、良くもない。仲間を皆殺しにされて、なんの収穫もなく……。

 わからない。わかるのは、殺さなければいけない、という点だけ。
 少なくとも、殺すつもりでなければ……こっちが殺される。

 二階で異変に気付く。エントランスホールで「ガヤ」が起きている。何故? あたしのスタンドは殆どの一般人には見えないし、聞こえないはずなのに。いや、そもそも、このアパートにはそんなに人がいたのか? 階段の手すりから覗き込むと、ロビーが人で溢れかえっていた。

 奇妙な光景だった。
 誰もが真っ黒な眼で、頓珍漢な行動を繰り替えしていた。服装も意味不明だ。医者のような白衣の男は、ソファに座り、存在しないノートパソコンのキーを叩き続けているように見えた。スーツ姿の若い女は、浄水器の水を延々と飲み続けているし、その近くで海パン姿の男が、何やら陽気にテレビCMの話をしながら、ぐるぐると、同じ場所を歩き続けている。そういう意味不明な連中が三十人も四十人もいた。「スタンド」の能力だ。

 これで確定だ。近距離タイプではない。遠距離タイプかどうかはわからないけれど、少なくとも、スタンド本体に力があるタイプではない。そうだとしたら、あまりにも強力過ぎるスタンドだ。こんな生き人形を、何十体も生み出せるのだから……。

 明らかな「足止め」だ。他の出口、例えば非常階段か何かを探して、そこから出るべき?
 それとも正面突破を試みるべきなのか。

167FBH:2016/05/15(日) 19:51:31 ID:3atvsi3M0
決め手となったのは、私の片目を奪った「スタンド」の能力。
 あれは私が布に触れた瞬間に起動するタイプの「スタンド能力」だった。今、目にしているのは既に起動している「スタンド能力」。ある程度、自律的に動いているけれど、例えばアパート内にいる私を探しまわって、殺す、という感じではない。同じ所で、同じ行動を繰り返している。おそらくは共有スペースの全裸の女のような「罠」タイプ。何かに反応して私を襲うようになるはずだ。
 
 ただ、はず、というだけ。他の目的や能力があるのかもしれない。
 それを確かめなければいけなかった。仮にシズカ達に逃げられたとしても、スタンドの情報だけは持ち帰らなければいけない。それが暗殺の糧になる。
 
 床に向かって『ナポレオン・ソロ』を放つ。床に銃弾がめり込む。謎の「スタンド」人形達は反応しない。あたしの『ナポレオン・ソロ』の銃声は、殆どの人間には聞こえない。例外は三パターン。「スタンド」使い。『ナポレオン・ソロ』を認識したか、撃たれた人間。それから……極々特殊な例だけれど、強い警戒心がある人間。「スタンド使い」とは別種の超能力者といってもいい。
 
 それから英語で叫ぶ。動くな! ホールに響き渡る。人形たちはあたしを一瞥さえしない。少し恥ずかしいくらいだ。これで少なくとも、この「スタンド」が音に反応するタイプではないことはわかった。後は「何」に反応するのかだ。「触れる」ことに反応することはわかっている。「加害」はどうだろうか。

168FBH:2016/05/15(日) 19:52:16 ID:3atvsi3M0
『ナポレオン・ソロ』を放つ。瞬く間に銃弾が、看護婦姿の「スタンド」人形の胸を貫く。人形は旋回する銃弾に巻き込まれて、妙な壊れ方をする。人間と違う壊れ方。引き裂かれてバラバラになるかのよう。人形たちは丸い暗闇の眼で、一斉に私を見る。
 
 人形たちが走りだす。速い。かなり速い。強力な「スタンドパワー」が込められている。ちょっと強力過ぎるくらいだ。脆さと引き換えなのだろう。これでわかった。人形は「触れる」か「危害」を加えられると、そいつを襲うように作られている。極々単純な、ベアトラップのような仕組みだ。何の問題もない。
 
 次々に撃ち抜く。厳密に言えば、弾をバラ撒く。左目が見えないというのもあるけれど、そもそもあたしは……当てるのが上手くないし、そういう訓練は殆どしていない。大概のガンスリンガーは線や点をイメージして、何かを撃つ。あたしは面を意識する。野球のストライクゾーンのような面だ。ど真ん中じゃなくていい。面のどこかに入れば誰かが死ぬ。
 
 あるガンマンは言う。頭に当てれば一発だと。
 あたしの父は、そういうのが得意だった。
 でも、一撃必殺でないとして、何が問題なの?
 一発で死なないなら、死ぬまで何発でも撃ちこむだけでしょう?

169FBH:2016/05/15(日) 19:55:06 ID:3atvsi3M0
 群れる人形たちが死体の山に変わり、死体の山がしおれて布切れに変わる。
 そして静寂。エントランスホールでは不気味な抜け殻が散乱する。何かがおかしいと思う。こんな楽になぎ倒せるような人形たちを、なぜバラ撒いたの? 足止めにしても、かなり中途半端。考えてもわからない。相手のスタンドがわかったところで、あいての戦法が見えなければ、確実に拾える情報なんて何もない。

 エントランスホールを、抜け殻たちを避けて歩く。出口に向かう。ふと考える。出口だ。このまま帰れる? シズカのスタンドさえ見ていないけれど……それはもう、残った片方の目でしか見ることができない。片目を失った今なら、イタリアへ逃げ帰ることは許されるのだろうか。可能性はある。殺意と安堵が交互にやってくる。

 出口に近づいていく。他の部屋は探索しなくていい? 近くに「人形」たちのスタンド使いが潜んでいる可能性はゼロではない……強いかどうかは別として、かなり力のあるスタンドだ。こうなると、遠距離タイプだとも思えない。もっと特殊な型のスタンドなのかもしれない。罠の種類が予測できない以上、次々と罠に飛び込んでしまう可能性もゼロではない。

 どうすればいいのだろう。人形たちの抜け殻を越えて、エントランスホールのカーペットの上を踏み歩く。出口へ一歩一歩近づいていく。
 
 がくん、と視界が揺れる。

170FBH:2016/05/15(日) 21:20:44 ID:3atvsi3M0
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【モンスター・マグネット】には、ある種の知性がある。少なくとも、機械や植物に知性があると思うなら、『モンスターマグネット』のそれは知性だ。

 人間にも、ある種の知性がある。例えば、俺の親父はよく俺と母親を殴った。奴は合理的観点から……つまり、「父親には従うものだ」という教育的な理由から、俺たちを殴っていると信じていたが、真実は違う。奴はろくに考えもせずに俺たちをぶん殴っていた。

俺たちにもある種の知性がある。何気なくそれを使う。なんとなく赤信号で止まり、いつものパスワードを使い、当たり前のように食後に皿を洗い、そして妻子をぶん殴る。俺はそれを『慣習』と呼ぶ。

171FBH:2016/05/15(日) 21:22:13 ID:3atvsi3M0
【モンスター・マグネット】はそれを盗む。『慣習を盗む』。ある思考の様式。記憶にこびりついた、計算を必要としない知性。それを盗む。盗むと言っても、盗まれた奴から記憶やIQがすっぽりと抜け落ちるわけじゃない。あくまでも盗むのは『慣習』だ。『慣習』はいずれ復元される。最初ばかりはクレジットカードの暗証番号をド忘れしたり、鍵や財布をどこにしまったか思い出しにくいかもしれないが、何かがなくなるわけじゃない。

『モンスターマグネット』が盗む慣習は『皮』の形態を取る。まさに薄っぺらな知性だからだろう。小さく丸め込めるし、まあまあ丈夫で、ある程度は自在に伸び縮みする。そして『氣』を吹き込むと、そいつらは慣習を……知性を再現する。

『皮』は、多少ズレていたとしても、ある程度は人間のように振る舞う。記憶があり、思い思いの行動をする。でも人間ではない。数字は知っているが計算はできない。何桁もの暗証番号を記憶しているが、新しいことは覚えられない。会話はできるが秘密は持てない。感情はあるが他人に配慮ができない。命令しても完璧にはこなせない。なにより、恐ろしく脆くなる。

 そして、触れたり、危害を加えるとブチ切れる。

172FBH:2016/05/15(日) 21:25:11 ID:3atvsi3M0
アイラが悲鳴をあげて崩れ落ちる。ほんの少しだけ『氣』の入っていた『皮』が、エントランスのカーペットの下、アイラの尻の下敷きになり、エネルギーを失って息絶える。だが、ただ消えたわけじゃない。自分の体を踏んだアイラに『ブチ切れ』て、その足首をへし折ってから消えた。

アイラが右足を見る。妙な方向に折れ曲がった足首を見て青ざめる。右目から一筋の血を流している。俺は嫌な気分になる。何が悲しくて自分より何回りも若い女の子の眼を潰して、足をへし折らなければならないのだろう。サディスティックな気分にすらならない。

でも、と俺は思う。殺すわけじゃない。
『皮』の端と端を結び合わせ、輪を作る。輪は俺の指に合わせて、ゴムのようにしなやかに伸びる。十年ぶりくらいな気もする。こんな遊びをするのは。だが、誰もがする遊びだ……指をピストルに見立て、巻き付けたゴム輪で友達を撃つアレだ。

殺すわけじゃない。でも殺さない理由も見つからない。殺す気でやるべきなんだろう。


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