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ジョジョ×東方ロワイアル 第八部

1 ◆YF//rpC0lk:2017/12/27(水) 20:28:42 ID:gcTLuMsI0
【このロワについて】
このロワは『ジョジョの奇妙な冒険』及び『東方project』のキャラクターによるバトロワリレー小説企画です。
皆様の参加をお待ちしております。
なお、小説の性質上、あなたの好きなキャラクターが惨たらしい目に遭う可能性が存在します。
また、本企画は荒木飛呂彦先生並びに上海アリス幻楽団様とは一切関係ありません。

過去スレ
第一部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1368853397/
第二部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1379761536/
第三部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1389592550/
第四部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1399696166/
第五部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1409757339/
第六部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1432988807/
第七部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1472817505/

まとめサイト
ttp://www55.atwiki.jp/jojotoho_row/

したらば
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16334/

262Who・Fighters ◆BYQTTBZ5rg:2018/08/08(水) 21:24:13 ID:rvT5jfdE0
【因幡てゐ@東方永夜抄】
[状態]:黄金の精神
[装備]:閃光手榴弾×1、焼夷手榴弾×1、スタンドDISC「ドラゴンズ・ドリーム」、マント
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット1、基本支給品×2(てゐ、霖之助)、コンビニで手に入る物品少量、マジックペン、トランプセット、赤チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:???
2:柱の男は素直にジョジョに任せよう、私には無理だ。
[備考]
※参戦時期は少なくとも星蓮船終了以降です(バイクの件はあくまで噂)
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※蓬莱の薬には永琳がつけた目盛りがあります。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。


【古明地さとり@東方地霊殿】
[状態]:脊椎損傷(大方回復)、栄養失調、体力消費(中)、霊力消費(中)
[装備]:草刈り鎌、聖人の遺体(頭部)@ジョジョ第7部
[道具]:基本支給品(ポルナレフの物)、御柱@東方風神録、十六夜咲夜のナイフセット@東方紅魔郷、止血剤
[思考・状況]
基本行動方針:地霊殿の皆を探し、会場から脱出。
1:???
2:ジョースター邸にお燐が居る……?
3:ジョナサンを助けてあげたい。
4:お腹に宿った遺体については保留。
[備考]
※会場の大広間で、火炎猫燐、霊烏路空、古明地こいしと、その他何人かのside東方projectの参加者の姿を確認しています。
※参戦時期は少なくとも地霊殿本編終了以降です。
※読心能力に制限を受けています。東方地霊殿原作などでは画面目測で10m以上離れた相手の心を読むことができる描写がありますが、
 このバトル・ロワイアルでは完全に心を読むことのできる距離が1m以内に制限されています。
 それより離れた相手の心は近眼に罹ったようにピントがボケ、断片的にしか読むことができません。
 精神を統一するなどの方法で読心の射程を伸ばすことはできるかも知れません。
※主催者から、イエローカード一枚の宣告を受けました。
 もう一枚もらったら『頭バーン』とのことですが、主催者が彼らな訳ですし、意外と何ともないかもしれません。
 そもそもイエローカードの発言自体、ノリで口に出しただけかも知れません。
※両腕のから伸びるコードで、木の上などを移動する術を身につけました。
※ジョナサンが香霖堂から持って来た食糧が少しだけ喉を通りました。
※落ちていたポルナレフの荷を拾いました。

263Who・Fighters ◆BYQTTBZ5rg:2018/08/08(水) 21:24:51 ID:rvT5jfdE0
【秦こころ@東方心綺楼】
[状態]恐慌、体力消耗(中)、霊力消費(中)、右足切断(治療中)
[装備]様々な仮面
[道具]基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1:???
2:感情の喪失『死』をもたらす者を倒す。
3:感情の進化。石仮面の影響かもしれない。
4:怪物「藤原妹紅」への恐怖。
[備考]
※少なくとも東方心綺楼本編終了後からです。
※石仮面を研究したことでその力をある程度引き出すことが出来るようになりました。
 力を引き出すことで身体能力及び霊力が普段より上昇しますが、同時に凶暴性が増し体力の消耗も早まります。
※石仮面が盗まれたことにまだ気付いてません。


【ジョナサン・ジョースター@第1部 ファントムブラッド】
[状態]:???、背と足への火傷
[装備]:スタンドDISC「サバイバー」、シーザーの手袋@ジョジョ第2部(右手部分は焼け落ちて使用不能)、ワイングラス
[道具]:命蓮寺や香霖堂で回収した食糧品や物資、基本支給品×2(水少量消費)
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田を撃破し、殺し合いを止める。ディオは必ず倒す。
1:???
2:レミリア、ブチャラティと再会の約束。
3:レミリアの知り合いを捜す。
4:打倒主催の為、信頼出来る人物と協力したい。無力な者、弱者は護る。
5:名簿に疑問。死んだはずのツェペリさん、ブラフォードとタルカスの名が何故記載されている?
 『ジョースター』や『ツェペリ』の姓を持つ人物は何者なのか?
6:スピードワゴン、ウィル・A・ツェペリ、虹村億泰、三人の仇をとる。
[備考]
※参戦時期はタルカス撃破後、ウィンドナイツ・ロットへ向かっている途中です。
※今のところシャボン玉を使って出来ることは「波紋を流し込んで飛ばすこと」のみです。
 コツを覚えればシーザーのように多彩に活用することが出来るかもしれません。
※幻想郷、異変や妖怪についてより詳しく知りました。
※ジョセフ・ジョースター、空条承太郎、東方仗助について大まかに知りました。4部の時間軸での人物情報です。それ以外に億泰が情報を話したかは不明です。

264 ◆BYQTTBZ5rg:2018/08/08(水) 21:26:54 ID:rvT5jfdE0
状態表の方が長い話ですが、以上です

265名無しさん:2018/08/08(水) 22:20:01 ID:51MAdnUQ0
投下乙です
意識を取り戻したのか、それともディスクの何らかの作用で目が開いただけなのか…
この大人数でグループを結成するとも限らないけどそうであれば頼もしい対主催グループの誕生…!
ヴィランが結集している一方でヒーロー側もまとまれるかどうかにジョナサンの目覚めが大きな鍵となりそう

266名無しさん:2018/08/08(水) 23:03:41 ID:mVFsEpZo0
投下乙です

ジョセフー!?徐倫!?いったイ何やってンのよォーッ!!
最悪のスタンドがジョナサンに入ってしまい、この先嫌な予感しかしない

267名無しさん:2018/08/08(水) 23:12:55 ID:51MAdnUQ0
あ、ジョセフが持ってるDISCってそういえば…
なんか勘違いしてました

268名無しさん:2018/08/09(木) 00:35:55 ID:gLXGZJ4I0
これは物凄くワクワクされられる繋ぎ回……
氏の作品らしいオチで全てを持っていったが……こりは芸術的なまでのキラーパス……ッ

269名無しさん:2018/08/09(木) 08:19:47 ID:bMZ.RTrQ0
ヤバイDISCがIN!?

270 ◆qSXL3X4ics:2018/08/09(木) 18:45:30 ID:eL9lb5wk0
投下乙です。流石に筆が速い!ファイトクラブだッ!
まあまあ人数いる中でサバイバーは凶悪だけど、徐倫さんが何とかしてくれる……はず

この流れに乗ってこちらも投下です。
あと八雲紫とサンタナなんですが、話の都合上今回は出さなくなったので11人になりました。

271奈落論:2018/08/09(木) 18:48:16 ID:eL9lb5wk0
『秋静葉』
【午後 14:47】C-3 紅魔館 一階個室


 異能なる男・DIOとの会話を終え、私は心ここに在らずの恰好で一人となって、適当な部屋に篭った。
 いま一人になる事が恐ろしくはあったけど、DIOの方からそれとなしに休息を促されてしまい、力ない足取りで何とかベッドのある部屋へと辿り着けたのだった。

 彼は、知っているのだろう。
 いや、知っていた。
 『人殺し』の呪いから目を背けてきた私へ烙印を押し付けるように、その罪を囁いた事の意味を。
 呪縛から逃げ出そうとばかりに思っていた私を、一人に閉じ込める事の意味を。


 ボフッと、糸が切れたマリオネットみたいにベッドへと倒れ込む。考えてみれば戦い尽くしだ。感覚が麻痺していたらしく、体力も限界に近付いていた。
 鉢ごと絨毯の上に転がった猫草が不満そうな目つきで起き上がり、私を睨んでる気がするけど無視した。


 眠りたい。だが、眠れば───


『…………ぅして、……んな酷い…とを……?』


 キタ。また、『声』がする。


『…たし、シズハさんを、信ジテ……のに……っ』


 これは『罪』か。これは『罰』か。


『テメェ…決闘……ャマしたんだ……れを、…ろしたのは、テメェだ……』


 これは『呪縛』か。これは『因果』か。


『もし…トリ様……ろすなら、……がオマエを焼きコロシ…やる』


 これは『幻想』か。これは『歪み』か。


(頭が……痛いっ! あの人達の『声』が鳴り止まない……!)


 極限のスキマを常にギリギリで駆け抜けるような戦い。気付いたら、毎日丁寧に整えていた金色のショートヘアもボサボサになっていた。
 その『発信源』を私は、両の腕で必死に抱える。
 上から押さえ付けるように。
 痛みを我慢する幼子のように。


 これは『試練』か。


 紅葉神程度がイキがり、分不相応な境地【殺人者】へと足を踏み入れた。その反動が脳を揺さぶる声となって、こうして私を苦しめているのだ。
 すべての参加者達を蹴落とし──殺し、一人生き残る。その意味する所は当然理解出来ていたし、覚悟もしていた。
 だがこうして一人の身になり、箍を緩めた事によって『声』が飛躍的に増幅した。

 秋静葉がこれより戦うべき相手。
 それは生者に非ず。
 乗り越えるべきは死者だったのだ。
 過去の因果を。崖から蹴落としてきた者達を。
 背負い。或いは、捩じ伏せなければならない。
 無慈悲な形相で背中から取り憑こうとしてくる数多の腕を、残らず振り払わなければ。
 きっと私は、容易く奈落へと引き摺り込まれる。
 あの男は困惑する私にそう説いた。

272奈落論:2018/08/09(木) 18:50:28 ID:eL9lb5wk0


「断つべきは……過去の『因縁』……」


 頭に響く声を、断つ。その手段は二通り。

 耳を塞ぎ、声を拒絶するか。
 受け入れて、呑み込むか。

 前者を選ぶなら簡単だった。DIOと会うまでは無意識に行っていたのだから。
 後者の場合。これが私にとって困難極まる試練。
 たった三人分の声でさえこの体たらくだ。この先、声はもっともっと増え続ける。
 その時、私の心が圧し潰されないとは限らない。
 声に惑わされ、崖から足を踏み外さない保証なんてない。

 健常なまま確実にゲームを進み通したいというのであれば、逃げを選ぶべきだ。恐れから身を守ろうとする行為は、生物が遥か古来から受け継いできた究極の本能に過ぎない。
 反して、後者は。本能に逆らい恐れを受け入れようとするなんて……どうかしている。正気の沙汰ではない。


『その声を断ちたいか?』


 穴蔵から無数に湧き出る蛆蟲のような、過去からの怨念達。それらとは一線を画す声。
 また、彼の声が脳裏に響く。力強くもどこか居心地のよい、この今においては何よりも依存していたくなる声が。


『その因縁を断ちたいか?』


 周囲の鬱陶しい唸り声を払い、神々しい光を纏ったDIOが……こちらへと手を差し伸べる。
 私は藁をも掴む気持ちで、すぐにその手を取ろうと腕を伸ばしかけ。

 少しだけ、考えた。


 ───私は果たして、〝どっち〟なんだろう、と。


『静葉。君が私に対し、どのような認識を抱いているかは知らないが…………このDIOは〝悪〟だ』


 自らを悪と断言せしめたDIO。こうまで威風堂々とこの台詞を吐ける輩が、この世に果たしてどれほどいるだろう。
 私は彼を『悪』だとは思えない。単に彼の事をまだよく知らない、と言えばそれまでだけど。


『世間一般的に様々な定義はあろうが……私が思うに〝悪〟には二種類存在する。
 自らを悪と認識せぬまま悪行を重ねる『無自覚の悪』。
 そして悪の限りを我が身に自覚させた上で悪を遂行する『悟った悪』というものだ』


 どっちがより悪だとか、より厄介なんだろうか、とか。DIOが言いたい事はそういう説教染みた話ではなく。

 私が〝どっち〟を選びたいかという、意思の確認。


『こういった事は通常、口に出して確認するものではないのだが……選択を迫るのもまた、時には重要だ』


 選択。確かに、それは重要かもしれない。
 述べられた二択を例に出すなら。そしてDIOが自分でも言う通り〝悪〟であるのなら。
 彼は間違いなく『悟った悪』の方に当て嵌るのだろう。

 私の場合だと……恐らく、私は〝悪〟ですらない。
 つまり『無自覚の悪』かというと、そういう訳でもなく。
 自分で言うのも何だけど、私は昨日まで〝善〟の境界線に居座っていたのかもしれない。
 でも今日、初めて人を殺した。明確に、誰かの命を故意に奪った。それも三度も。
 その行為は間違いなく〝悪〟だ。

273奈落論:2018/08/09(木) 18:52:08 ID:eL9lb5wk0

 今。この時。この瞬間。
 私は悪を自覚し、本当の意味で〝善〟から〝悪〟に成る。
 その決意をした時点で、私の取るべき二択から『無自覚の悪』への道は自動的に消失した。
 というよりも、DIOが私へと選択を迫った時点で、と言った方が正しいかもしれない。

 なんて恐ろしい。DIOは選択を迫るなどという建前を口にしておきながらその実、私に一方のルートを強制させた様なものだった。
 『無自覚の悪』なんていう逃げ道を壊されたも同然だ。選択を迫られた時点で、無自覚でいられる訳がない。


『方便さ。騙した訳じゃあないだろう?』


 本人は良かれと思っての事なのか。あのまま私が『無自覚の悪』の道を辿れば、志半ばで果てていたのかもしれない。


『そうとも。無自覚の悪とは、罪の意識から逃げ出す事だ。耳に栓し、本来受け入れるべき因果の声を無視する事だ』


 それが叶えば、どんなに楽なことだろう。
 私は、その楽な方の道をとうとう捨てた。


『悟った悪とは、どこまでも前向きになれる生き方の一つさ。茨の道だが、最終的には望むモノが手に入るだろう』


 見返りなど、最初から一つしかない。
 失われた半身を取り戻すには、声を受け入れ、呑み込み、糧にするしか。



『おめでとう。秋静葉』
『君には生きる資格がある』
『君には勝利者になる資格がある』
『君には私の友達になる資格がある』
『そして……君には〝悪〟に成る資格がある』


 ───〝悪〟に成れる資格は、誰もが心に有しているものだからね。




 今、理解した。
 〝強さ〟とは。
 目を背けたい自らの穢れた過去を自覚してなお、『顧みない』事なんだって。

 私、秋静葉は。
 ここから先……〝悪〟に成る。
 たとえ最後には奈落に堕ちようとも。
 垂らされた蜘蛛の糸を掴む資格だけは……無いのかもしれない。


 元より『希望』なんか、望んじゃいない。……もう。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 一階個室/午後】

【秋静葉@東方風神録】
[状態]:自らが殺した者達の声への恐怖、顔の左半分に酷い火傷の痕(視覚などは健在)、上着の一部が破かれた、服のところが焼け焦げた、エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)
[装備]:猫草、宝塔、スーパースコープ3D(5/6)、石仮面、フェムトファイバーの組紐(1/2)
[道具]:基本支給品×2(寅丸星のもの)、不明支給品@現実(エシディシのもの、確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
1:頭に響く『声』を受け入れ、悪へと成る。
2:DIOの事をもっと知りたい。
3:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
[備考]
※参戦時期は少なくともダブルスポイラー以降です。
※猫草で真空を作り、ある程度の『炎系』の攻撃は防げます。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、ディエゴ、青娥と情報交換をしました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

274奈落論:2018/08/09(木) 18:54:02 ID:eL9lb5wk0
『DIO』
【午後 14:54】C-3 紅魔館 二階客間


「失礼致します。DIO様、二人をお連れしましたわ」


 普段の奔放な態度とは明確に違う、上品な作法を前面に出した霍青娥が二回のノック音と共に、身体を柔らかに折り曲げて入室した。
 後方には真っ青な顔でただ連れられるメリー。その少女を見張るように最後尾につく蓮子の二人。
 既に友人と談笑でも開始していたのか、DIOとプッチは何とも座り心地良さそうな椅子を対面に向け合い、三人の来客の姿を認めた。

 ふと刺々しい視線を肌に感じ、青娥は部屋の窓際に目を向ける。吸血鬼在室中ゆえ基本的に殆どの窓にはカーテンが掛けられていたが、その一角だけは半分ほど幕が開けられ、ふてぶてしい態度のディエゴが日光に目を細めていた。
 怪我人なのだから大人しく個室で休むか、せめて座ってれば良いですのに……と、青娥は言葉には出さずとも視線に込めて彼にお節介を焼いてみた。無視されたが。


「あぁ、ご苦労だった青娥。君も疲れているだろうし、遠慮せずに座りたまえ」


 家主(ではないが)の許可が得られたところで、青娥はスカートの裾を押さえながらちょこんと椅子に座る。今更その白々しい恥じらいは淑女の真似っぷりにしか見えないが、彼女が演じると相応の絵になるのも事実だった。

「どうしたメリー? 怖がらなくていい。君も楽にしていいのだよ。もっとも、蓮子の分の椅子は足りないがね」

 さあ、とDIOは自身の真横に置かれた同様の椅子を指し、朦朧のメリーを柔らかく導いた。
 逞しく盛り上がった二の腕と反発するかの如く、ピンと伸ばされた人差し指は細く、白く、滑らかに。場の全員が男の何気ないその所作を、優れた指揮者の振るうタクトの動きと被って見えた。
 だが彼の危険性が脳骨に染み込んでいるメリーにとって、その仕草一つ取っても死神の手招きにしか映らない。その上、一体いつ付けられたのか。男の左瞼の上から下を切傷が真一文字に走っていた。

 知れたことだが抵抗も無駄。諦観に頭を支配されかけているメリーはもう、大人しく従う以外の道など選べるわけがない。

(また、知らない男の人…………DIOにそっくりな人と……『神父』、さま?)

 彼女の視界の内には更なる新手の二人。
 あのDIOと瓜二つの顔形を持ったジョッキー風な男性に、神父服を着た教誨師の様な男性。こちらは一見温和そうで、DIOとの距離感も近く見える。
 第一印象ではあるが、この中では一番話が通じそうな人種というか、穏やかな人物かもとメリーは受け取った。
 その神父らしき男がメリーを眺めながら、まったりと口開く。

「この娘が君の言っていた『境界が見える』女の子かい? DIO」
「ああそうだ。中々面白そうな人材じゃあないか?」
「君の話通りならね」
「なあメリー……そう怖がるなよ。彼は私の友人で、エンリコ・プッチという。見ての通り教会職さ」

 そう言ってDIOは対面に座る神父を紹介した。その様は父親が娘へと、来訪してきた旧友を紹介するようであり、DIOの奇抜な格好を除けば何ら不自然のない光景だった。
 オドオドする余裕すら無くなっているメリーは、招かれるままに用意された椅子へと腰を下ろす。後ろを付いてきていた蓮子が、無言のままに背後の位置へ立つ気配も同時に感じながら。

「どうだプッチ。君はどう思う?」

 DIOは実に楽しげにメリーを指しながら、友人の意見を尋ねる。

「どうって」
「メリーさ。非常に酷似しているのだよ、あの八雲紫の容姿や能力と」
「と言われてもな。私はその八雲紫をまだ目にしてすらない」

 ごく簡単な見落としを指摘されたも同然なDIOは、「それもそうか」と自らの額を軽くぺしっと叩く。多少盛り上がっているDIOに比べ、プッチはやや大人しめだ。彼も怪我人には間違いなく、疲れも幾分見えている。
 しかしその表情に一切の煩わしさは浮かべず、彼自身も友人との会話を楽しんでいる節はある。マイペースな人物、と初見ながらもメリーは思った。

275奈落論:2018/08/09(木) 18:55:16 ID:eL9lb5wk0

「じゃあ視点を少し変えて……そこのディエゴはどうだ? 彼を初めて見てどう思った? プッチ、私はそれを聞きたいのだ」

 スゥ…と、DIOの視線が今度はこちらを監視するように離れて立つディエゴに向かった。急に振られる形となった本人は別段意にも介さず、ほんの少し鼻を鳴らす程度に留まる。

「ディエゴ・ブランドーか。無論、驚いたさ。姓も君と同じだというのだから尚更ね」
「私も彼という存在をこの土地で初めて知った。ただのそっくりさんでは片付けられない、強烈な『引力』を感じたよ」
「……何者なんだ? 君とディエゴはどういう関係だい?」

 二人の会話は着々と、真髄に迫っていく。
 そもそも言って、DIOの生き写しとも呼べる存在のディエゴをプッチが軽く考えられるワケもない。
 この非常に重要な『関係性』という問題点に、しかし答えたのはDIOではなく。

「知るか。オレにとっちゃドッペルゲンガーと会話してるみたいで、あまり良い気分とは言えん」

 いい加減眺めるのも飽きたのか、話題の渦中に放り込まれた事に嫌気が差したのか。ディエゴが溜息混じりで首を振り、不機嫌オーラを隠そうともせずに答えた。
 以前、大統領のスタンドと闘った経緯もあってか、同じ顔の自分と話すというのがそもそも彼にとって不吉以外の何物でもないのかもしれない。
 確かDIOと初めて出会った時は『縦に繋がった平行世界』がどうとか論じていたか。信じる道理もなければ根拠もない。だがそれのどこかで、惹き込まれる魅力を放つ言葉の節々と感じたのも事実だ。


「───人類の夜明け」


 低い声で不満を垂れるディエゴを横目に、DIOが言う。
 その言葉を耳に入れた瞬間、プッチは刮目した。


「……! それはDIO……『時の加速』の事か?」
「私とディエゴ。そしてメリーと八雲紫の存在は現にあるのだ。それを否定する材料もあるまい」

 ハハッ……と、笑いをこらえきれないプッチの口の端が釣り上がった。
 待ち望んでいた世界がようやく到来したような。焦がれる程に渇望していたモノが手に入ったような。浅く、深い笑みだった。
 本人達のみが理解し得る会話もあるのだろうが、傍から聞いている者達にとってはイマイチ要領を得ず、現実感も薄い内容である。

「という事はディエゴやメリーは……一巡した宇宙【新世界】の人間なのか……!?」
「私はそう思っているよ。そして“その現象”を引き起こした者など一人しかいない」

 かつて──プッチの視点からでは『未来』となるが──宇宙の終焉と始まりを巡って勃発した戦い。
 曰く『天国』と。とある邪悪な男が称したその世界を作り上げた人間……エンリコ・プッチの計画。
 それは正確に述べれば、DIOが綴った日記が端となり増幅していった悪意の芽。プッチはそれを彼自身の観点・解釈で引き継いだに過ぎない。

「つまり私達の天国計画は『成功』していたのだ、と……」
「こんな突飛なゲームにさえ呼ばれなければね。あくまで可能性だが」

 正史によればその計画は、最終的に潰される事となる。
 ジョースターの意志を継いだエンポリオ少年によって。
 しかし今回、荒木と太田の開催したバトルロワイヤルが、本来辿っていた筈のルートを大きく逸らしてしまった。

 これで未来は、分からなくなってしまった。


「……DIO。君がディエゴに大きな引力を感じたという事は分かった」

 小刻みに身体を震わせるプッチが、興奮を抑えるかのように息を整え、そして首を回した。
 しっかりと。今度はメリーの瞳を覗きながら、男は再び友人に問う。

「じゃあ、彼女はどうなんだ?」
「メリー、か」
「容姿や能力が件の大妖怪と酷似している、ただのそれだけでは決め付けられない。君がディエゴに感じた『引力』のように、説明出来ない不可思議なエネルギーが働いたという確たる根拠があれば決定的だが」

 引力。その言葉はメリーにとっても実の所、的を射ている。
 電子新聞という媒体越しではあったが、彼女は確かにあの『八雲紫』を目に入れた瞬間、自分の心が言いようのない困惑と興味に突き動かされたのだから。


「……今までの話を聞いていたかいメリー?」


 背骨を直接撫でられたかのような、不快感とも恍惚感とも言い難い未知なる感触。
 隣に座るDIOが黙する自分に語りかけた、という事に彼女が気付くのには凡そ数秒の時を必要とした。まるで彼の吐き出す言葉が意思を持ち、全身を睨められたのかと錯覚しそうになる。
 恐怖で口が動かない。絶対零度の冷水を掛けられ、唇が凍結してしまったかのように。

276奈落論:2018/08/09(木) 18:57:11 ID:eL9lb5wk0

「そう怖がるなと言っているじゃあないか。
 なあメリー……私は一つ『質問』がしたいだけなんだ」

 拒否など不可能。もとより物を考える余裕などとうに失せていた。
 全てを投げ出し、今はDIOの言う事を聞き入れるしか出来ない。

「実は君をこの部屋へ呼んだ理由の一つでもある、どうということもない質問さ」
「………………なん、ですか」



「───君は『スティール・ボール・ラン』をご存知かね?」



 その言葉をこのゲームの中で聞くのは二度目だろうか。確か竹林をさ迷う最中、ジャイロが話題に出していた。
 霞がかる記憶の光景を脳裏に描きながらメリーは、絶え絶えといった様子で肯首を返す。そのSBRレースとやらがこのゲームにどう関係しているのか。古ぼけた懐古の授業風景で教えられた内容では、大規模ではあったが単なる馬のレース。それ以上でも以下でもないような認識だったが。
 DIOの質問の意図を図りかねていると、思考を遮る声が背後より届き、メリーの腰が僅かに跳ねた。

「私も知っています。世界史の中では有名な乗馬レースですから。確か開催年月は1890年……スタート地点はアメリカ・サンディエゴビーチとされていた筈です」

 蓮子のどこまでも淡々とした声だ。大学の面倒臭いプレゼンの時でさえこうも機械的には喋らないだろう。

「ふむ。やはりメリーも蓮子も知っているようだ。どうやら世界的にも随分名の知れた催しであったらしいが……」
「スティール・ボール・ラン……? DIO、私はそんなレースなど初めて聞いたが」
「私もそこのディエゴから話を聞くまではとんと知らなかった。1890年といえば私が海底に沈んだ直後の年……そこまで大きなレースを開催する噂すら耳に入らなかったというのは不自然だ」

 DIOもプッチも件のレースに関して初耳だと口を揃えている。その一方でメリーや蓮子、ディエゴやジャイロらにとってはそうではない、と。

 この者達を二分している隔たりは、何だ。
 ディエゴがもしもDIOの『一巡後』の姿だと仮定すれば。


「私の予想だと、メリーは八雲紫の『一巡後』の存在だと睨んでいる」


 一巡後。
 ここに居るマエリベリー・ハーンは、かの大妖怪八雲紫の一巡後の姿。

 もはやDIO達が何を話しているか、メリーには皆目見当もつかない。しかし、一巡した宇宙だとか新世界だとかいう単語の数々は、朽ちる寸前にまで追い込まれたメリーの憔悴した心でさえも僅かに打ち震わせる。

 DIOとプッチの『天国論』。
 その謎が、自らのルーツに関わるピースだとすれば。


(───知りたい)


 良かった。自分にはまだ、『秘封倶楽部』としての矜恃は残っているらしい。
 この世の謎だろうがあの世の謎だろうが、それがはたまた一巡前の謎だろうが。
 真相を解明し、次なる謎を追い、この世界の全てを暴いてやるのが“二人”の目的なのだから。


(だから……お願いよ。早く……早く正気に戻ってよ…………蓮子っ)


 心でいくら祈りを捧げても、私のたった一人の相棒には届いてくれやしない。
 『声』ではもう、駄目なんだ。悪意の触手に絡み取られた親友を正気に戻すには、もう…………


(……『行く』、しかない)


 行く。もう一度『あの場所』へ。


(今度は白楼剣も無いわ……でも、もう限界)


 限界。それは、蓮子が?
 それとも───私?


(戻ってこれないかもしれない。そうなったら……そうなったで)


 いいの? ねえメリー。それは本当に貴方が選んだ希望の道?
 それとも、DIOによって選ばざるを得なくなった破滅の道?
 分からない。分からなくなってしまった。
 正常な判断力なんて、とっくに奪われているのだから。


(ツェペリさん。どうか私に力を、貸してください)


 武器は、心だけ。
 けれどもそれは、私だけの心じゃない。
 あの人が教えてくれた大切な『心』が、きっと私を空へと導いてくれる。

277奈落論:2018/08/09(木) 18:59:35 ID:eL9lb5wk0



「───DIO」



 どこにそんな力が残っていたのか。メリーの男を呼ぶ声には、今までとは明らかに違う……『決意』が込められていた。
 あるいはそれは『無謀』、とも呼べるかもしれない。

 DIOはメリーの声を耳に入れ、彼女を向く。
 二人の表情はとても対照的で。
 覚悟を決めたメリーの、硬く……そして脆い瞳を。
 男は微笑みながら覗いた。
 この世ならざる妖艶な……そして残酷な笑みだった。


「操縦桿を握るのは……貴方じゃないわ」


 そこからは、一瞬だった。

 勢いよくメリーが立ち上がったかと思うと、後ろの蓮子の腕を取り、そして。
 メリーと蓮子。秘封倶楽部の二人が真正面から互いを『覗き込み』、次の瞬間メリーだけが床に崩れ落ちた。


「───随分と、手こずらせてくれた」


 何が起こったか理解出来ずにいる人間はDIOと蓮子以外の者だけだ。
 突然メリーが気絶するも、DIOの言葉はまるで予定調和だと言わんばかりの落ち着きぶりであったのだ。


「今、メリーが〝私〟の中に自らの意思で侵入(はい)って来たのを感じます。これで彼女も、じきにDIO様のしもべになるでしょう」


 そんなDIOに同調するように、蓮子は依然として変わらず平坦に口を開いた。
 同調するのも当然の話だ。今の宇佐見蓮子は、まさしくDIOの一部と成り果てているのだから。
 彼女の言葉で青娥もディエゴも。メリーをよく知らぬプッチでさえも現況を把握出来た。

「なるほど。つまりやっとの事でメリーちゃんを手篭めにしてあーんなコトやこーんなコトまで出来る……ってワケですのね」
「そういうことか。つまりDIO……今のがメリーの『能力』という事かい?」

 青娥がやれやれといった具合に首を振り、同時にプッチも合点がいった。
 話に聞いていた『結界の境目を見る』能力。メリーは今、蓮子の額に取り憑いていた肉の芽を間近で直視したのだ。
 以前もポルナレフの肉の芽を介してメリーを傀儡にする腹積もりだったが、その時は邪魔者が多くて失敗に終わったと聞いている。

「手間も時間も掛かったが……ようやくと言ったところか。完全に洗脳が完了するのに、もう時間も掛かるまい」

 待ち望んだオモチャがようやく手に入った。DIOは息を整え椅子に座り直すと、歪んだ笑みから安堵のそれへと表情を移し替える。

 メリーは『あっち側』へ旅立つ前、何か悟った風な台詞を吐き捨てていったが。聞くに耐えない、空しい虚勢の戯言。所詮はその程度の悪足掻き以下の断末魔でしかない。
 現に彼女に秘策などない。DIOの支配する空間に我が身一つで飛び込み、今回こそは戻れる保証なんて完全に無い賭けに出た。
 それはメリーにとっての最終手段。足掻く腕も、地を蹴り上げる脚も、空を翔ける翼ももがれたダルマ。そのうえ声すら届かない。
 全ての道が閉ざされた彼女はとうとう『直』に強行手段にでた。状況を見れば誰がどう考えても自殺行為であり、それを最後の希望だのと都合良く捉えた破滅者がようやく自ら蜘蛛の巣に飛び込んだのだ。
 蜘蛛の巣、というよりは奈落。巣どころか蜘蛛の糸などという希望すら垂れない地獄だ。翼のないメリーに、奈落より這い上がる方法などない。

 底の無い暗黒を永久に堕ち続ける、惨めな蛹(さなぎ)の完成だ。


「さてさて! もうすぐ新しい『お仲間』が増えるということで……ねぇ〜DIO様?」


 意外にも気の利く女なのか。床に転がったままのメリーを甲斐甲斐しく自らの椅子に座らせ、一切の邪気なく満面の笑顔を咲かせた青娥が猫なで声で主へと語り掛けた。
 今の今まで大人しく聞き役に徹していただけに、幾分かソワソワした様子である。彼女が楽しそうにしていると大抵ロクな事が起こらないというのだから、青娥を知る者なら警戒しそうな声色であるが。
 しかしDIOはそれをも受け流すリラックス具合で、しなやかに応答する。

「なにかね青娥」
「そ・ろ・そ・ろ♪ 教えて下さる?」

 両掌を合わせて頬に添えながら、わざとらしくピコンピコンと首を傾ける青娥。ディエゴはその光景を、なるべく巻き込まれないよう離れて眺めていた。
 ハッキリ言って気色悪い。邪仙が気色悪いのは今に始まったことでもないが、容姿のみを評価すれば極上の花とも言っていい美女の笑顔がこうまで黒く見えてしまうのは、明らかに今までの行いの悪さ故だろう。

「教える、とは何のことだ?」
「勿論……『ジョースター』についてですわ。貴方様がそこまでして彼らを敵視する理由……私たち新参者にはイマイチ図りかねてますもの」

 この女にしては至極マトモな質問だ。腕を組み直し、窓に映った雪降る日本風景を横目に入れながらディエゴは思う。

278奈落論:2018/08/09(木) 19:00:14 ID:eL9lb5wk0

 DIOとジョースター。両者の関係は根深く、ただの因縁という言葉では片付けられない重みを感じる。
 どうやらかつてDIOは最初のジョースター……ジョナサンに敗北したらしいが、それも実質痛み分けだったと聞いた。
 いや、宿敵ジョナサンの肉体を奪ってこうして生き延びている以上、勝利者は寧ろDIOの方ではないのか?
 空条承太郎だって既に死亡している。そんな血族に何をそこまでビビる事があろうか、とディエゴ自身当然のように見下している。

(良い機会かもな。奴の『過去』を本格的に知るには)

 ゆえに青娥の疑問は、ディエゴにとっても利害の一致である。DIOの性格を考えれば、自らの敗北譚など軽々と話したくもないだろうが。
 しかしそれでは前に進めない場合が、世にはあるのだ。『過去』を乗り越える為の試練には。


「オレも知りたい。ジョースター共を効率よく一掃するには、その因縁の根っこの所を掌握しとくに越したことはないからな」


 かくしてディエゴも諸手を挙げた。あのDIOを苦戦させた強敵、という枠から認識を一歩広げるために。
 欺瞞も慢心も捨てるべきだ。DIOとは違ってどこまでも『人間』であるDio/自分には、油断など相応しくない。

「DIO。私も彼らの意見には一理あると思うが」

 肉人形である蓮子を除けば、プッチ含む全員がその『過去』を求めてきた。
 無論、他者には語れないアンタッチャブルなラインもあるだろう。しかしDIO自身も、どこかで変化を促さねばその精神は不変のままである事も承知していた。


 ふぅ、と白い息をひとつ吐き。
 男は静かに、その口を開いた。


「良いだろう。“差し支えない範囲”で話すとしようか」


 部屋の温度が、一気に低下した。
 一味の全員がそれを瞬時に体感するほどの異変が起こったのだ。
 その時。その変化が。

 この紅魔館全体に。


「───だが、それも次の機会だ。鼠の始末を先に行いたい」


 始めの動きはDIOからだった。
 彼はゆっくりと腰を上げると、首筋に手をあてながら視線を宙空に泳がせた。

「……! DIO、これは」
「分かっているよプッチ。『ジョースター』がこの館に侵入した。それも、この気配は……」

 次にプッチが大きく反応し、DIOへと目配せする。二人の首筋に刻まれた『星のアザ』が、敵の気配を察知したのだ。

「……そのジョースターと関係してるのかは知らないが、こっちにもお客さんだぜ。DIO、正面玄関だ」

 至って冷静のままであるディエゴがプッチの次に動いた。窓から半面のみを覗かせた彼の瞳の先には、紅魔館のアーチを渡ってくる『男』の姿をちょうど捉えていた。
 コソコソと警戒心だけは立派なものだが、一本橋という立地的に身を隠せる箇所など無い。故に男の動向は残念ながら上からでは丸わかりである。

「確か名前は……『ホル・ホース』だったか。アンタの部下じゃあなかったか?」
「ホル・ホース……。そうか、奴が」

 ホル・ホース。金でしか動かず、心の底からDIOに従っているとは言い難い現金な男だったが。
 しかし殺し屋としての実力は充分。それ以上に彼という男の自由性が、DIOはいたく気に入っていた。出来れば手元に残しておきたい戦力だが。

279奈落論:2018/08/09(木) 19:01:35 ID:eL9lb5wk0

「ディエゴ。君の翼竜包囲網は紅魔館周辺に張ってあるか?」
「さっき張ったばかりだ。多少の遅れくらいは目を瞑って欲しいね」
「館内部はどうだ?」
「既にそこかしこに潜ませている。だが屋内の恐竜共は基本的に監視役には向かないぞ。行動も制限されるし、何より目立つからな」

 つまり……例えば『地下』などからの侵入には、ディエゴの翼竜は上手く機能してくれない。アザの感覚からいって侵入したジョースターは『下』からのようだ。
 ホル・ホースはともかく、ジョースターの方は寄り道としてこの館を選んだだけとは思えない。明らかに我々や包囲網の目を警戒している侵入経路だ。


「私が出よう。この『シグナル』はよく知っているからな」


 帝王が黄を彩るマントを翻し、戦闘準備に入った。
 アザの感覚よりも更に色濃い、身内ならではの強い反応。
 間違いなくジョルノ・ジョバァーナだ。当然、たった一人で踵を返してくるわけが無い。

 奴の目的はなんだ?
 承太郎と霊夢の二人を安全圏まで送り届けるに終わらず、尚も向かってくる理由とはなんだ?


「……青娥。メリーは君に任せよう」
「アイアイサー! この娘々にお任せあれ〜♪」


 親からの言いつけを守ろうと張り切る無邪気な子供。勢いよく返事を返した青娥だったが、子供ゆえに果たしてマトモに言いつけなど守ろうとしてくれるか怪しい。
 そのやり取りを見ながらプッチは心中、主旨を掴みあぐねていた。正直言って、この女では不安だ。
 もっと言えば、DIOがここまでメリーに執着する理由もわからない。
 世界中を旅し、その方々にて多種多様なスタンド使いを見てきた男の舌を唸らせる程なのか?
 メリーがスタンド使いかはともかく、所詮はその中のあらゆる人材の一人という程度。

 それがメリーという少女。
 プッチの認識ではそうであった。今は、まだ。

 DIOは違うのか?
 彼女をどう捉えている? どう見ているのか?
 昔から意図の全てまでは図れない男だと感じてはいたし、プッチ自身そんなDIOが好きではあったが。

 だが、彼が自らの生み出す行為に引力を感じていると言うのなら。
 それでいい。それが正解なのだろう。
 きっと『運命』は、彼を基準に是正されてゆく。
 そして己が身もまた、彼を押し上げる位置に在る事が正解なのだ。


(……まさか、な)


 そして……プッチだからこそ思い当たる節が、一つだけ。
 あくまで可能性に過ぎない。
 しかし、もしもプッチの“ある予感”が的中したなら。
 メリーは……ただの蛹に終わらない。



 金の卵より産まれ育った、唯一無二の蛹だ。

 これが“もし”無事に羽化したならば───



「プッチ。君も共に来てくれ」


 今それを必要以上に考える意味は無い、と。
 プッチが不意に浮かべた予感を、あたかも意図して中断させたかの様な声が、手を差し伸べてくる。
 それは共に在るのがごく当然とでも言うように。
 DIOはプッチの手を必要とした。


「君と組むのはそういえば初めてだな。誰にも負ける気がしないよ」


 プッチにもまた、DIOが必要だ。
 奇妙な星の下にて巡り会った二人の男は、長き時を経て足踏みを揃える。
 もう二度とは願わなかった……有り得ない『if』が実現したのだ。


「蓮子。君も来い」
「ありがとうございます」


 そんな二人の『悪』に追従していく『悪の芽』の少女。
 妖刀を携え、眠りに堕ちた親友の姿を一瞥すらせず。
 三人は音もなく部屋から出ていった。

280奈落論:2018/08/09(木) 19:03:21 ID:eL9lb5wk0


 残るは、毒林檎を齧ってしまった白雪姫と……


「で、お前はどうするんだ? 霍青娥」


 古代獣の司令塔、ディエゴ・ブランドー。


「……って、もう“行っちまった”か。早速の命令違反、清々しすぎて呆れる気も失せるぜ」


 二人のみであった。残るべくである、もう一人の女は既に居ない。
 つい数瞬前までそこに居たはずの邪仙が、影も形も残さず消えていた。ご丁寧に、眠れるメリーを残して。
 床下へ『潜って』行ったのだろう。面白楽しいイベントを求める彼女の性質を考えればこの行動も予想はしていたが、それにしたって躊躇というブレーキが全く備わっていない。


「人のこと言えやしないが、全員身勝手なモンだ。この寝惚けたお姫様をオレはどうすりゃいい?」


 チラリと、椅子の上で寝息ひとつ立てず瞳を閉じた少女を見下ろす。
 見れば見るほど本当にそっくりだ。あの舐め腐った大妖怪の女とやらと。
 深く冷たい沼を彷徨う様に静かに眠るメリーを眺める内に、軽い悪戯心と征服心が湧き上がる。


 試しに、恐竜化させてみようか。


「……なんてな。触らぬ神に祟りなし、だ」


 馬鹿な事を。こんな怯えついた女ひとり手篭めにした所で意味などない。
 神などという、この世のクソを煮詰めてこしらえた様な出来損ないの依代共は、触ろうが触るまいが自己中心的な気まぐれで人間を祟るもんだ。

 『神』に見棄てられた男・ディエゴは、来る修羅場を予感させながらもその場でクツクツと浅く微笑んだ。
 今回は祭りに参加する気はない。だからと言って、素直に子守りを請け負うつもりも毛頭ないが。


 さて……。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 二階客間/午後】

【ディエゴ・ブランドー@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:体力消費(小)、右目に切り傷、霊撃による外傷、 全身に打撲、左上腕骨・肋骨・仙骨を骨折、首筋に裂傷(微小)、右肩に銃創
[装備]:なし
[道具]:幻想郷縁起、通信機能付き陰陽玉、ミツバチの巣箱@現実(ミツバチ残り40%)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。過程や方法などどうでもいい。
1:さて、オレは……。
2:幻想郷の連中は徹底してその存在を否定する。
3:ディオ・ブランドー及びその一派を利用。手を組み、最終的に天国への力を奪いたい。
4:同盟者である大統領を利用する。利用価値が無くなれば隙を突いて殺害。
[備考]
※参戦時期はヴァレンタインと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※主催者は幻想郷と何らかの関わりがあるのではないかと推測しています。
※幻想郷縁起を読み、幻想郷及び妖怪の情報を知りました。参加者であろう妖怪らについてどこまで詳細に認識しているかは未定です。
※恐竜の情報網により、参加者の『14時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※首長竜・プレシオサウルスへの変身能力を得ました。
※光学迷彩スーツのバッテリーは30分前後で切れてしまいます。充電切れになった際は1時間後に再び使用可能になるようです。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。


【マエリベリー・ハーン@秘封倶楽部】
[状態]:気絶中(蓮子の肉の芽の中)、精神消耗、衣服の乱れ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:蓮子と一緒に此処から脱出する。ツェペリさんの『勇気』と『可能性』を信じる生き方を受け継ぐ。
1:蓮子を『芽』の中から連れ戻す。
2:八雲紫に会いたい。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『伊弉諾物質』の後です。
※『境目』が存在するものに対して不安定ながら入り込むことができます。
 その際、夢の世界で体験したことは全て現実の自分に返ってくるようです。
※ツェペリとジョナサン・ジョースター、ロバート・E・O・スピードワゴンの情報を共有しました。
※ツェペリとの時間軸の違いに気づきました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

281奈落論:2018/08/09(木) 19:04:28 ID:eL9lb5wk0
『聖白蓮』
【午後 15:13】C-3 紅魔館 一階厨房


 聖白蓮は泣いていた。


 いや、正確に言えば彼女は涙目となって狼狽していた。
 命蓮寺にかの大魔法使いあり、とまで謳われた華々しい肩書きも、現在の彼女の体たらくを見た後ではアホらしくもなる。

 真相とは、この通りである。


「ど、どうしましょう……! 服……ちっとも乾いてくれないわ……っ」


 その尼公は真っ裸であった。
 驚くべきことに……未だに。


「この白蓮、一生の不覚……! まさかキチンと袋を閉じていなかったなんて……」

 説明するのも馬鹿馬鹿しくなる程の大失態だが、彼女はエニグマの紙を入れたビニール袋を完全に締め切れていない事に気づかなかったのだ。
 寒中遊泳の最中、頭を過ぎるばかりの部下の死。その事に気を取られていたのは致し方ないとも言える。
 お陰で紙が濡れ、中に仕舞い込んでいた衣服の数々も全てダメになってしまった。不幸中の幸いか、武装品の独鈷や紙を媒体としない特殊仕様の魔人経巻は水難に耐えられたが、その代償として敵地の館内部を痴女として彷徨い歩く罰を与えられたのでは、少々釣り合いが取れない。

 白蓮の目的は奪われたジョナサンのDISCだ。彼の肉体があのまま現状維持を保ってくれる保証などない。
 従って単騎で動く白蓮に時間的猶予があろうはずも無く。そんな事は彼女自身、おおいに理解出来ている。
 だが焦眉の急である現状と、このまま全裸で敵地のド真ん中に現れるリスクや不名誉とを秤に乗せれば、一介の女性としての社会的立場が「ちょっと待て」と声高にストップを掛けるのもやむなし。
 「やれるだけはやってみたら?」と頭に棲まう善性の白蓮が辛うじて助言を授け、窮地に陥る彼女は懸命な抵抗を選んだ。

 その“やれるだけ”というのが、熱によって水気を乾かすという実に古典的な手段である。

 おあつらえ向きに裏手から侵入したこの場所は、館の厨房だ。火を起こすにはうってつけ。その住職に考える時間は、もう残されていなかった。

「…………駄目。時間が掛かりすぎる……!」

 侵入成功から時間にして三十分は無駄にしただろうか。釜の火にあてがう僧服は依然として乾かない。その間、半泣きで火にあたる事しか出来ないというのは侵入者としての自覚以前に、いい歳した大人として恥ずかしいというレベルだ。


「───覚悟、しないと」


 苦渋の決断である。幾らなんでも、間抜けすぎる。
 しかし人命が懸かっている。恩人の命が助かると思えば、一糸まとわぬ痴女姿で表を歩く程度、日課の滝修行より余程楽だ。

(いえ。これも修行の一環だと思えば……)

 そうだ。これは修行なのだ。
 裸がなんだ。外界には裸の王とやらも居るらしいではないか。
 大したことない。逆境の時でこそ、逆に考えるんだ。

 見せちゃえばいいさ。

 そうだ、そう考えればいい。
 見せよう。寧ろ、うんと見せてやろう。
 ボディスタイルには、まあ自信はある。なら恥ずべき所など無いのではないか。
 見せよう。もう見せちゃおう。聖白蓮の何もかもを。余裕だ、こんなの。
 違う。もっとだ……もっと気持ちを過剰化させて!


「み……見せたい! 裸を見られたいわっ!」


 いいぞ。これくらいでないとミッションは達成できない。
 よし行こう。もう随分時間を無駄にした。本当に。

 裸一貫の尼は、若干の気恥ずかしさを交えながらも、とんでもない台詞を吼えて立ち上がった。勢い余って胸部に熟れた二玉の大きな果実が、振動を吸収しながらもぶるんと揺れる。白蓮、これを気にしない。
 もう完璧に吹っ切れた。頭のおかしい方向へであったが、とにかく覚悟を決めた。ヤケクソである。

 露出願望が渦巻いていたのだ。己の心の奥底には。
 全てを受け入れよう。受け入れ、前へ進めよう。
 なんと愚弄されようと構わない。正義は此処に在り。
 ガンガンいく僧侶? 妖怪寺の露出魔住職?
 上等だ。どんなに破廉恥な十字架を背負わされようと、もう誰も私を止められない。十字架だと別の宗教だけど。

282奈落論:2018/08/09(木) 19:07:03 ID:eL9lb5wk0



「いざ、南無さ「あら、貴方は……」ん………………」



 纏う全ての衣を脱ぎ捨て。記念すべき最初の一歩を踏み出そうと。
 厨房の扉を開け放ち、未知の世界に入門しようとした……


 ───瞬間に、いきなり見られた。何もかもを。


「っ! キャ…………───」


 キャー!などという生娘同然の初心な叫びを上げるわけにはいかない。まがりなりにも潜入中の身だ。
 何度でも確認するが、ここは敵地だ。然らば、出会う人間は基本的に敵。
 そこは流石の聖白蓮。いかに美しい醜態をフルオープン解放中とはいえ、すぐさまスイッチを切り替え戦闘態勢に入る。

 ビクビクと局所を抑えていた両の腕を迎撃の姿勢に移し。
 豊かな双丘にサンドされていたエニグマの紙を瞬時に開き。
 得意のゼロコンマ以下からのノータイム詠唱を可能にする魔人経巻を掌に出現させる。

 その、ほんの僅かな間に相手側が予想外の反応を示した。


「まあ! まあまあまあまあ! これは一体……!?」


 この白々しい反応。白蓮には見覚えがある。


「聖大僧正サマ? なんてお見苦しい姿を……!」


 霍青娥。最悪だ、よりによってすぎる。
 命蓮寺のライバル宗派である神霊廟に出入りする、あの胡散臭い邪仙その人だった。
 青娥は通路で鉢合わせするや否や、顔を大層怯ませ目をも丸くさせ口元に手まで当てながら素っ頓狂に驚いていた。
 あまり考えたくないが、目の前の青娥は突然の敵襲に驚いたというよりかは、白蓮のあられない姿そのものに呆気にとられている感じだ。

 これが常人の反応なのかもしれない。
 今更ながらに我がアンビリーバブルな姿を再度認識させられた白蓮は、紅魔の館もかくやと言わんばかりに途端に赤面し始める。


「えェーとぉ……? 聖白蓮、サマですよね?」
「あ…………………………は、はい」
「……………………なにゆえ、真っ裸で? まさか、そーいうご趣味でも」


 死にたくなってきた。
 奔放で自分勝手で邪極まる、あの霍青娥に素でドン引きされる屈辱恥辱。
 なにゆえ、私はこんな格好で? それは自分自身が今一番知りたい。

「…………聞かないでいただければ、幸いです」

 反射的に返してしまった。もう、色々と終わりかもしれない。

「…………しばし、お待ち下さいな。こちらでお召し物を用意しましょう」

 そう言って、邪仙は普通にその場をパタパタと離れ。
 後に残された惨めな裸の女が、魔人経巻を半端に開いた姿のまま硬直から抜け出せずにいた。
 唇だけはパクパクさせながら。

            ◆

「有り合いの物で申し訳ございませんが、“無い”よりはうんとマシでしょう」

 何処だかの部屋から失敬してきたであろう替えの服を脇に抱えた青娥は、厨房の隅に引っ込んで蹲っていた憐れな知り合いへ同情の目を向けながら肩を叩いた。
 邪仙の施しは白蓮にとって、涙が出るほど渡りに舟である。彼女の性格が性格だけに正直、撮影機か最悪応援部隊を呼ばれるかもと、疑っていた自分が恥ずかしいくらいだ。

「全くもう。聖様も弟子達の模範となるべき命蓮寺のトップなのですから、もう少し恥じらいというか……淑女としての自覚を持ってほしいものですわ」

 正論だ。この女にそれを言われたのでは耳も痛くなるが、こればかりは自分の方がどうかしていた。
 裸を見られたいって、何。
 青娥から渡された着替えを広げながら白蓮は、未だ赤面の収まらぬ頬の熱を逃がすように首をブンと振る。

「たまたま居たのが私だったから良かったものの、殿方ならば一生モノの黒歴史ですよ。自粛なさって下さいね」

 それは考えたくない。何から何まで彼女の言う通りなのが余計に惨めさを助長してしまう。この歳になって母に叱られる娘の気持ちを体感するなどと夢にも思わなかった。

「と、とにかく! 此度の失礼と、替えの衣類に関しては謝り申しておきます……!」
「貸し一丁、覚えておきますわ」

 はあー、と一際大きな溜息が白蓮の口から漏れた。この面倒臭い相手に借りなど作っては、連日連夜敷居を跨がれ取り立てに現れるだろう。
 いつまでも過ぎた失敗を悔やんでいても仕方ない。渋々といった表情で下着を着付け、何やらスベスベした素材の服を上から身に付け始める。

283奈落論:2018/08/09(木) 19:08:19 ID:eL9lb5wk0

「何か……この服、見た事ある気がしますが」
「適当な箪笥に仕舞われていた衣類ですわ。文句があるなら没収しますよ?」

 本当にそれだけは勘弁して欲しい。喉奥から湧き上がる不満不平を寸での所で塞き止めた白蓮は、最後に前面のジッパーを胸元まで上げて着替えを完了させた。
 妙にテカテカした光沢の激しい、いわゆるライダースーツ。住職を務める彼女の清楚とした普段とを見比べれば、あまりに不釣り合いなギャップ。場違いとすら言える。
 漆黒のスーツに首元を緑のスカーフであつらえた姿は、しかし一方で彼女の為に産み出されたのだと豪語できるフィット具合だ。
 印象が180度見違えた、和から洋へのコーディネート。それを超然と着こなしているのも、つい最近これと全く同じモノを着用した記憶があるから故か。何故あの服がこの場所にあるかは深く考えないようにしたい。

「とぉ〜ってもお似合いですわ聖様! えぇ、えぇ。それはもう、こっちを本職にした方が様になってると言える程!
 もし私が服なら「着て!」って喋り出すレベルですよ〜!」
「意味が分かりません……」

 おだてるのだけは無駄に達者だ。呉服屋の店員か何かに転職した方が様になるのは彼女の方ではなかろうか。
 まあ、ヒラヒラした以前の服よりかはまだ動き回るのに適した作りではある。ボディラインがよりピッチリと浮き出る素材というのは小恥ずかしいが。



「───で、青娥さん」



 だが、もう充分と肩の力は抜けた。おふざけはここ迄だ。
 言葉にせずとも、目付きや気迫だけでそれが肌に伝わる程、白蓮の纏う雰囲気が一変する。
 青娥、そのオーラを受けて尚、ヘラヘラ顔を崩そうとしない。

「なんで御座いましょう?」
「単刀直入に尋ねます。貴方……ここで何を?」

 遅すぎる疑問が物理の言霊と化し、鋭い真剣へと研がれた。
 たまたま通りがかっただけ、では通らない。神父と秋の神がこの館に潜んでいるのは分かりきっている。

 霍青娥。良い噂は聞かない。
 豊聡耳神子の師であり、実力は完全に未知数。
 他人を誑かして甘い蜜を吸う詐欺師同然の謀略は立派なものだと、霊廟の連中からも聞く。
 握手しながら足を踏むような真似を、平気の平左でやる女だ。

 無邪気が故の行いだと、ある者は言う。

(無邪気……? 邪気の塊が目に見えて溢れ返っているように見えます)

 先程の青娥の、白蓮に対する反応や施しは……恐らく作りではない。素であろう。
 新鮮にも見えたが、彼女のマイペースが崩される事などそうない。擬態やフリでも何でもなく、あれがいつもの霍青娥そのもの。

 だから気にかかるのだ。
 十中八九、神父側であるこの女が何を狙っているのか、と。

「何を、と言われましてもねえ。裸の痴女がなにやら助けを求めていたようでしたので、私なりに……」
「この館で誰と、何を企んでいるのかと訊いてます」

 この女のペースに乗せられるな。はぐらかされて適当に遊ばれた後、毎度みたく尻尾を巻くに違いない。

「あらやだ。査問でしたの? これは失礼。頭が回りませんでした。通りで眉間にシワが寄ってるわけですね」
「二度は訊きませんよ。急いでいますので」

 暴力も辞さない。これ以上、のらりくらり躱されるようなら。

「ここで何をしているは、こっちの台詞ですわ。人様が休憩を選んだアジトに無断で、しかもあろう事か産まれたままのお姿で入ってきたのはそちら───」

 轟、と。全身が突風に叩き付けられたようだった。
 何の比喩でもなく、目にも留まらぬ速度で青娥は頭から突風を纏った脚に押し倒された。後頭部の痛みを勘定に入れれば、踏み潰されたとも言い換えられる。

 ちょっとばかし、遊びすぎたかしらん? 青娥は心中で自省する。
 聖白蓮は基本的には温厚で知られるが、力技で他を圧倒する暴君の如き側面も見られる。マトモに正面から戦えば無類の強さを誇る肉体派尼公だ。
 床に倒され手も足も弾幕も出せない青娥は、他にやることも無いので取り敢えず眼前から見下ろす白蓮の瞳に見入ってみた。
 笑ってない。怒ってるというよりかは、永い永い説法をこれから始めてやるぞという心意気燃える瞳だ。

 じゃあ逆にこっちは笑ってやる。
 怖気の欠片も見せずに唇を半月型に歪ませる青娥の顔は、反抗期の悪ガキと何ら変わらない思考をなぞりながらそう語っていた。

284奈落論:2018/08/09(木) 19:10:23 ID:eL9lb5wk0

「貴方の時間稼ぎに付き合うつもりはないわ」
「やん。乙女として壁ドンってのに憧れてはいましたけど、床ドンはあまりドキドキしないものですわねぇ」
「ではもう少しだけドキドキさせてあげます」

 スゥ……、と動いた白蓮の右拳が固く固く握り締められる。筋肉が圧縮する摩擦音まで聞こえてくるようだ。

(あ、これマジなやつかも。ちょっ タイム)

 生命に警報が鳴らされている事を今更ながら理解した青娥は焦りを覚える。
 この肉弾強化尼に接近戦で敵う道理はないが、そもそも青娥には闘う気だってありはしない。
 とびっきりのお祭り会場に一番乗りでS席を確保しようと近道を通ったら、たまたま露出魔に遭遇しただけだ。
 プッチらから話も既に聞いていた。この女の目的はジョナサンのDISCだろう。仲間も連れず、恐らく単身。
 館に侵入したとかいうジョースターとはまた別だ。偶然にも同タイミングでの侵入という事になるが、青娥的にはDIOとプッチの暴れっぷりを観戦したい。


(だったら───)


 ドゴォォッ!!!


 法力を存分に纏った、必壊の鉄拳が館を揺るがした。
 “この程度ならギリギリ壊れないでしょう”という、邪仙の強固な肉体を見定めた前提での威力。

 壊れたのは、白いタイルを敷かれた厨房の床のみ。そこに組み敷いていた筈の青娥の姿は煙のように消えている。


「───もーう。聖大僧正サマったらぁん。ドキドキどころかボキボキにされる所だったじゃない〜。い・け・ず」


 砂糖壺の底から這い出たかの様な甘ったるい声。
 方角は背後より。死角を取られたかと焦った白蓮は、前方へ大きく跳躍しながら相手へと振り返った。


「YEAH〜〜〜! 仙人脱出マジック大成功〜〜〜♪」


 毒気を抜く満面のスマイルで、邪仙が首だけになってこちらをニヤニヤと見ていた。正確には、首から下は鍋に入り込んでいる。
 この館を居住とする魔女が儀式に使う大鍋だろうか。死体のひとつは隠せるであろうサイズであるが、今の一瞬で奴はどう攻撃を避け、どう鍋に隠れたのか。そもそも何故鍋に入ったのかはこの際置いておく。

「……お得意の壁抜けですか?」
「あら。マジックの種を明かす手品師は居ませんわ」

 頭に大きな蓋を乗せながらというシュールな姿を晒し、軽いジャンプと共に鍋から飛び出す青娥。首から下はいつの間にか、ぴっちりしたバイクスーツの様な服に着替えられている。

「あ、このスーツは別に貴方に対抗した趣向ってワケじゃありませんので。あしからず」
「不思議なまやかしを使うのね。その服の作用かしら?」

 不敵に笑う青娥を見据えながら、白蓮も間合いを取る。
 先程、青娥は体を押さえ付けられていたに関わらず、『床を潜って』攻撃を避けた様に見えた。
 それ以上に不気味なのが、カウンターのチャンスを捨ててまでこのような茶番を演じている点であった。

(まるでお前なんかどうとでもなる、って言われてるみたいで……良い気はしないわね)

 読めないのだ。この女の何もかもが。
 思った以上に厄介で、マトモに相手しようとなると時間の浪費は免れない。


「さて聖様。ワタクシ、本当に貴方には興味ないんですの。今は」


 ペロリと舌を舐めずる、その妖艶な女はハッキリと言う。笑いの表情も、嗤いへと。
 白蓮は眉を僅か釣り上げた。彼女が発したその台詞だけは、今までのどんな言葉よりも本心から生まれたモノに違いないと分かったからだ。

 本当に、心の底から、青娥は今、白蓮などどうだっていい。

 どうだっていいから先の不意打ちで殺してしまっても構わなかったのだが、それであっさり討ち取れるほど白蓮の首は軽くない。
 どうせなら上げる花火だって多い方が観戦する方も楽しめる。
 お祭りが血祭りに変わり果てようと、彼女にとっては精一杯に楽しめた者の勝ちなのだ。

「バイク。貸してあげますわ。これで貸し二丁、ですね」

 紙から現れた青娥のオートバイが、唸り声を上げながら乗り手を誘っていた。室内だろうが所詮は他人様の家。お構い無しだ。

「何のつもり?」
「ライダースーツというのはバイクに跨るからこそ、ライダースーツと呼ばれるらしいですよ」

 ここに至ってまで邪仙は戯れる。言葉の揚げ足を取り、遊びに興じる。
 それが幻想郷を闊歩する少女達の本来のようなものである。
 霍青娥は今それを唯一、100%地で振る舞えていた。
 だからこそ彼女は強い。躍起にならないからこそ、強い。

285奈落論:2018/08/09(木) 19:10:52 ID:eL9lb5wk0

「聖サマの欲……それも生と死の狭間で抗う環境の末に現れる、心よりの真欲。
 この霍青娥が興味ある物はそれだけ。貴方ならさぞや、私を虜にしてくれるんでしょうね」


 ───奈落にて、お待ちしております。


 後に響いた言葉の余韻が白蓮の鼓膜を揺らす頃にはもう、邪仙の姿は地の底に消えていた。
 あれは壁抜けとは明らかに違う。……スタンド?

「奈落……ターゲットは『下』かしら」

 ふざけた事に彼女は、徹底的に傍観者に徹したいらしい。挙句、乗り物まで譲る始末。
 当初は静かな潜入を想定していたが、このけたたましい二輪駆動で暗躍も何もない。コソコソするのはやめて、正面からDISCを取り返しに来てみろ、とでも言いたいのだろうか。

 青娥を除外しても、敵は何人いるのか。計り知れない部分が多すぎる。
 発見されれば袋叩き、というリスクを見つめてなお。

「いいでしょう。あえて挑発に乗ってあげます」

 味方なんか居ない。
 孤独な戦いの末に、手に届く希望があるのなら。
 たとえ其処が、奈落の底でも。


「いざ、南無三───!」


 清き僧正服を捨て、風を切る騎乗服を身に付けて。
 いつぞやに流行ったオカルトの噂を体現する大魔法使いが、エンジン音を携えて館を走り出した。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【C-3 紅魔館 一階厨房/午後】

【聖白蓮@東方星蓮船】
[状態]:健康
[装備]:ライダースーツ、独鈷(11/12)、魔人経巻
[道具]:オートバイ、基本支給品(水濡れ)、不明支給品0〜1個@現実、フェムトファイバーの組紐(1/2)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1:プッチを追い、ジョナサンのDISCを取り返す。
2:殺し合いには乗らない。乗っているものがいたら力づくでも止め、乗っていない弱者なら種族を問わず保護する。
3:ぬえを捜したい。
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼秦こころストーリー「ファタモルガーナの悲劇」で、霊夢と神子と協力して秦こころを退治しようとした辺りです。
※DIO、エシディシを危険人物と認識しました。
※リサリサ、洩矢諏訪子、プッチと情報交換をしました。プッチが話した情報は、事実以外の可能性もあります。
※スタンドの概念を少しだけ知りました。


【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:衣装ボロボロ、右太腿に小さい刺し傷、右腕を宮古芳香のものに交換
[装備]:スタンドDISC『オアシス』、河童の光学迷彩スーツ(バッテリー100%)
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:DIOの戦いぶりを鑑賞。
2:DIOの王者の風格に魅了。彼の計画を手伝う。
3:会場内のスタンドDISCの収集。ある程度集まったらDIO様にプレゼント♪
4:芳香殺した奴はブッ殺してさしあげます。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※DIOに魅入ってしまいましたが、ジョルノのことは(一応)興味を持っています。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。


〇支給品情報
「ライダースーツ@東方深秘録」
極速!ライダー僧侶!でお馴染みの、東方深秘録にて披露された驚愕のライダースーツ。
怪ラストワード『*100キロで空を駆けろ!*』ではこの黒い衣装に身を包み、バイクで敵に突撃する豪快な姿が見られる。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

286奈落論:2018/08/09(木) 19:11:43 ID:eL9lb5wk0
『ホル・ホース』
【午後 15:09】C-3 紅魔館 エントランスホール


 グラスワインに一滴の泥水でも混ざれば、舌の肥えたソムリエならおもむろに立ち上がり、目をひん剥きながら叱り飛ばす。
 ホル・ホースが今やった行為は、ワインに泥水を混ぜるようなリスクだ。


(ぐ……! 中まで入ると尋常じゃねえ寒気だ……!)


 ギィ……と、極力隠密性を高めて館に入りはしたが、扉の音は誤魔化せても光は誤魔化せない。
 紅魔館の構造上、昼間であっても内部は比較的薄暗いゆえ、僅かな隙間であろうと日光の差し込みは目立つ。玄関扉が無駄に大きな作りなので尚更だ。
 例えば……其処に住まう者が吸血鬼であれば、どれだけ小さな光の一滴でも過剰に反応しかねない。

 このリスクを犯してでも彼は、館に入るべき確固たる理由があった。

(チクショウ! 何でよりによってDIOなんだよ! 百パーセントこの洋館に居るンじゃねーか!)

 聖白蓮の足跡を追って辿り着いた館。大口に繋がれた一本橋を渡る最中には、既にヒシヒシと感じていたのだ。

 ───肌にへばりつくこの独特な悪寒は間違いなくあのDIOのモノだ、という直感を。

 命あっての物種。それを何より信条とする彼がUターンを選ぶことなく侵入を決意したのも、考えあっての事。
 DIOとはホル・ホースの契約主だからである。金で雇われた仕事の関係ではあるが、下手に面識の無い相手よりかはまだ取り入りやすい。契約期間は依然続行中なのだから。
 ならば寧ろ、ここほど安全な場所も無いのではなかろうか?
 ホル・ホース目線で言っても、DIOという男は意外と話の分かる相手だ。世界各国から殺し屋を金で雇い、ただターゲットの始末を命じる。縦組織に有りがちな、窮屈な規律なども強いない。
 DIOの集った刺客者らは、ホル・ホース含め比較的自由な体系で構築されていたろう。無論、お決まりの“裏切り者は許さない”という了解は敷かれていたが、ハメを外しすぎなければお咎めなどそうそう無い。

 何が言いたいかといえば、少なくともDIOの方からホル・ホースへ危害を加えてくる理由は浮かばない。逆にホル・ホースからDIOに謀反を起こす理由もない。
 冷静になって考えれば、この立場でDIOを警戒する必要など無いのだった。

(ま、既に『二回』命令を失敗してんのがコエーっちゃコエーけどよ)

 ホル・ホースは過去にジョースター抹殺の指令を二度、しくじっている。
 そんな失態を背負っていながら厚い顔でDIOの元に舞い戻り、彼の反感を買いかけた事がある。
 その直後にこのゲームへと呼ばれてしまったものだから、DIOが案外根に持つ性質であるならやはり進んで会いたくはない。

 即ち、既に館へ侵入を果たしているであろう聖白蓮とは事を荒立てることなく接触する、というのがベストだ。

(DIOに会わねーでいられるなら会わねーに越したことはねーぜ! 何処にいやがるんだ、その住職サマはよォー)

 ここは紅魔館のエントランスホール。既に戦闘の後なのか、どこかしこが損傷している。
 外から見ても分かったが、この館はそれなりのデカさがあった。人ひとりを見付けるのに、敵エンカウント無しでやり遂げるにはどれだけの幸運が必須とされるのか。

287奈落論:2018/08/09(木) 19:12:18 ID:eL9lb5wk0



「とにかく隠密が最優先だ。DIOにだけは何があっても絶対見付かる訳には「ホル・ホースか。そんなにコソコソしてどこへ行く?」いかね……ぇ…………?」



 手当たり次第。取り敢えず一階から詰めていこうと身近な通路の扉を見定めた、瞬間だった。

 一度聴いたなら二度とは忘れない、人の心の隙間をまさぐってくる様な男の声。



「誰に見付かると不都合なのだ?」



┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨……


(う、……そだろ……全然、気付かなかったぞ……!)


┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨……


「一人か? 誰かを捜しているのか?
 お前が単独とは珍しいが、新たな相棒でも見付けたか?
 なあ……ホル・ホース」


┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨……


 ディ……DIOッ!

「───様……!」


 ディオ・ブランドー。お出ましだ。
 初めの村から外へ一歩出た瞬間に大魔王とエンカウントしてしまった勇者の気持ちを一身に受けながら、ホル・ホースは全思考を保身の口八丁へと回す。

「ぁ……い、いや! 捜していたのはDIO様ですぜ! この館に居るかもと思い、単身ながらもやって来た次第でさぁ!」
「そうか。じゃあさっきのは、私の聞き間違いだったらしいな」

 ホールの中央から伸びる大階段の上。踊り場から奴がこちらを見下ろしながら、大迫力のオーラで語りかけてきた。燭台の灯るランプの光が、後光をさしているようにすら錯覚する。
 このDIOの前に立った時はいつもそうだった。背骨に氷でも詰められた様に固まってしまう。それでもホル・ホースは残った気力を駆使しながらも唇を動かし、怪しまれないよう誤魔化そうとする。

「そう! 聞き間違い! 『DIO様だけでも見付けなければ』と言ったんです! いやァ〜大変でしたぜここまで辿り着くのは」

 コツコツと子気味の良い音を響かせながら、DIOがゆっくりと階段を下りてくる。狙っているのかいないのか、その緩慢な動作が余計に緊迫した“間”を作るので、対峙する側としてはどうしても強ばってしまう。
 表面上では通常の軽々しい素面を演じきったホル・ホースは、DIOの背後を付いてくるもう一人の男の存在に気が付いた。

「? DIO様、そっちの神父服の男は誰ですかい?」
「彼か? 彼は私の友人で、名前は……」
「エンリコ・プッチだ。君はホル・ホースだね。DIOから聞いているよ」

 友人という紹介を受けたそのプッチなる男を見て、ホル・ホースは思わず「は?」というマヌケな声が漏れそうになる。
 あのDIOに友人が居たなどという話は聞いたことがない。いや、あるにはあるが、ホル・ホースの知るDIOの『友達』というのは、世間一般的な『友達』の枠に収まるような生易しいものではなかった。
 どちらかと言えば『支配』だとか『利用』だとかいう言葉の意味と混同している可能性がある。DIOの言う『友達』は。
 だが今、奴の背後から姿を見せたプッチなる神父は、どこかDIOと距離感を近くしている様に見えた。本人を目の前にしてタメで話す態度も、媚びや偽りの様子は無く、実に自然な関係だ。

 吸血鬼と神父。これ程までに反発し合いそうな関係も無さそうなものだが、本人が言うのだから友人なのだろう。

288奈落論:2018/08/09(木) 19:12:55 ID:eL9lb5wk0


「で……だ。ホル・ホース。私は君のことを高く買っている」


 とうとうDIOがホル・ホースと同じ目線にまで下りてくる。そのデカい図体を前にすると、まるで壁を相手に話しているような気分だ。

「は、はあ……そりゃあ、どうも」
「合流早々悪いが、この上の通路の奥……客室に『女』が寝ている。彼女を保護していてくれ」
「女……ですかい?」
「大切な『客』さ。他にも私の部下が居ると思うが、まあ仲良くしてやってくれ。どいつもこいつも問題児ばかりだがね」

 女。それはまさかDIOの『餌』じゃねーだろうな。
 身も蓋もない想像を頭に浮かべる間にも、DIOとプッチはホル・ホースの横を通り過ぎ、どこかへ向かおうとしていた。
 普通、この状況で再会したなら今まで何をしていたとか、誰と会ったか等と根掘り葉掘り訊かれそうなものだが、そんな事は些事だと言わんばかりだ。

「お出かけで?」
「少し『下』に、な。鼠が侵入したようだ」

 ドクン、と心臓が脈打つ。
 鼠……まさかそれは、聖白蓮か?
 だとしたらマズい事になった。神父服の方はともかく、DIOなんぞに狙われちゃあ坊さん一人、あっという間に干物にされてしまうだろう。
 だからと言って自分も付いていく訳にはいかない。この男の目を盗んで白蓮と先駆け会う難易度はハード過ぎる。

(命を懸ける程じゃねえ。相手が悪すぎるぜ……聖サマとやら)

 幽谷響子から始まった一連の『世話焼き』も、今回ばかりが終着駅だ。
 自分なりに誠意は見せたが、間に合わなかった。
 ただの、それだけ。一銭にもならないお使いだ。


「……? DIO様、その『左目』は?」


 諦めがホル・ホースを支配した時、視界に入った。
 暗くて気付かなかったが、DIOの左目には大きな傷が刻まれている。

「名誉の負傷、とでも言っておこうか。空条承太郎と刺し違えて付けられた裂傷だ」
「じょ……! まさか、ヤツを殺ったんですかい!?」
「フフ……どうも治りが悪くてな。どうでもいい事だが。
 じゃあホル・ホース……“今度こそ”私のために命令を果たせよ」

 そう吐き、DIOは不気味な笑みで館の奥の闇に消えていった。神父もそれに続き、消えていく。
 ホル・ホースがギョッとしたのは、そのプッチの後にもう一人の存在がいた事だった。

 まだ他愛もない少女。黒い帽子を被ったそのどこにでも居るような女の子の右手に見えるのは。

(あ、『アヌビス神』かっ! 物騒な奴が居やがる……)

 持ち手を操る妖魔刀。少女もそれに操られているのだろう。
 DIOが部下を連れて自ら出陣するというのは珍しい事だ。何か意図があるのだろうか。
 だが少なくとも、これでますますホル・ホースには聖白蓮に手を貸すという選択肢は無くなった。誰であろうと勝ち目が無さすぎる布陣だ。

 三人がその場から離れ、圧迫するような大気がホールから完全に消えた。
 瞬間、ホル・ホースの額にドッと汗が流れ始める。向こうから手を出してこない事など分かりきってはいたが、命があるのはやはり幸運だったのだろう。


「にしても……あの承太郎をあっさり殺っちまうとは。間違いなく奴は『優勝』に最も近い男だぜ……!」


 ホル・ホースはこのゲームに呼ばれる直前の事を思い出していた。DIOの館にて、奴が自らの肉体の秘密を誇らしげに話している時のことを。
 両の指を煙草の火に押し付けるも、あっという間に熱傷が完治していく光景は人外の存在だと疑わせないものであった、が……。

(確か……奴は『左半身』が弱いとか言っていたな)

 さっきのDIOも、傷が癒えていなかったのは『左目』だった。承太郎の渾身の攻撃が奴に一矢報いたとか、そんなとこだろうか。
 興味はある。DIOの戦いぶりを観戦すれば、奴のスタンド『世界(ザ・ワールド)』の秘密の片鱗も見えるだろう。

 まぁ、だからといってDIOを討ち取ろうという訳でもない。余程隙を見せない限り。


「しかし、女だと? あのDIOの『客』ねえ」


 今はとりあえず、DIOの命令を守るしか出来ない。
 楽そうな割にあまり身も入らない理由は、やはり聖白蓮の事で後ろ髪が引かれているからだろうか。

 DIOが消えていった闇を見つめながら、ホル・ホースは階段に足を掛ける。
 どことなく、力の無い足取りであった。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

289奈落論:2018/08/09(木) 19:13:30 ID:eL9lb5wk0
【C-3 紅魔館 エントランスホール/午後】

【ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:鼻骨折、顔面骨折、濡れている
[装備]:なし
[道具]:基本支給品(幽谷響子)、幻想少女のお着替えセット
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
1:聖白蓮は諦めるか?
2:誰かを殺すとしても直接戦闘は極力避ける。漁父の利か暗殺を狙う。
3:DIOは確実な勝機があれば隙を突いて殺したい。
4:大統領は敵らしい。遺体のことも気にはなる。
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※白蓮の容姿に関して、響子から聞いた程度の知識しかありません。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

290奈落論:2018/08/09(木) 19:14:37 ID:eL9lb5wk0
『エンリコ・プッチ』
【午後 15:17】C-3 紅魔館 地下大図書館への階段


 思えばDIOと会う時は決まって夜だとか、日光の届かない屋内とかだった。
 彼は吸血鬼で、自分は人間。当然の配慮だが、息苦しくないのだろうか。プッチはたまに思う。
 吸血鬼とは言っても、元は人間。奈落の闇に永く棲み、太陽を恋しいとは思わないのだろうか。
 海底に100年間も閉じ込められていたという。そこは勿論、人匙の光も当たらない究極の闇。孤独。

 彼はこの星の奈落で何を想い、何を糧にして生き延びてきたのだろう。

 きっと、その瞳は地上を。空を。……『天国』を仰ぎ続けていたに違いない。
 天国とは言うまでもなく比喩であるが、孤独の奈落にて屈辱に耐え忍んできた彼だからこそ、天国を望むのだ。
 孤独であった彼だからこそ、唯一人の『友』が必要なのだ。

 地下への薄暗い階段を降りる途中、プッチはそればかりを考えていた。エジプトにてDIOが死んだと知った時もだ。そればかりを考えていた時期というものがあった。
 プッチには、肝心な時にDIOを『救う』事が出来なかった過去がある。愛する妹を喪った時だってそうだ。

 今度こそ、彼を天国へ押し上げなければならない。
 私は『受け継いだ』人間だ。
 其処に到達する資格があるのは、本来ならば彼なのだ。


「───夢の中でメリーから面白い話を聞いてね」


 壁の洋燈の光に反射する、男の艶かしい唇。
 そこから紡がれた会話は、プッチの“予感”を補強する。

「そこは果てしない竹林の中だった。私は怯えながら走る少女と出会った」
「ポルナレフの肉の芽、の中だっけ?」

 簡単には聞いている話だ。
 全ての始まりは、その夢の中からだった。

「私自身、植え付けた芽の中に自分の意思が存在すると知ったのは初めてだ。メリーという第三者からの介入が刺激となり、私を模した意思がそこに現れたのだろうな」

 本来の自分とは別の自分。その意思のみが異なる場所に飛ばされ、間接的な事象体験を起こす。
 何とも稀有な事例かもしれないが、遠隔操作スタンドのようなものと考えれば分かりやすいか。本体と遠隔スタンド。その両者の意思は常に繋がった存在なのだから。

「竹林でのメリーとの会話は短いものであったが、その中で私はとても面白い話を聞いた」
「それは?」


「───メリーは時折、結界を通じて『幻想郷』らしき土地へと赴いていた、という体験談さ」


 幻想郷。メリーは自らの能力により、『其処』へ到達した。


「その時は『面白い話だ』程度に考えていたのだがね。しかしディエゴや八雲紫と会い、私の中である『推測』が浮かんできた」


 たまらずDIOの唇が裂けた。
 見た者がそう錯覚してしまうほど、男は愉快で愉快でたまらないといった、人間のそれとは遥か異なる邪悪な笑み。

 釣られるようにして、プッチもたまらず笑いを堪えきれない。

291奈落論:2018/08/09(木) 19:15:24 ID:eL9lb5wk0

「じゃ、じゃあDIO! やはり彼女の『能力』とは……ッ!」
「可能性の話だよ。だからこそ、念には念を入れないとな。
 蓮子を連れてきたのもその為だ」

 後ろから足音もなく付いてくる蓮子を、プッチは振り向いて覗く。
 変わらず沈黙を保った、機械の様な表情。肉の芽の支配による本体への影響は、個々人によって差異が出る。
 かつてのポルナレフや花京院もその影響により、本来の性格とは真逆の様な性質が浮き出てしまった。
 きっと通常の宇佐見蓮子という少女は、表裏の少ない自由奔放な人間だったのだろう。肉の芽がそれを上から強引に押さえつけ、強烈な支配と共に一種の心理的オーガズムを放出している。
 芽の効果は男女問わずではあるが、女性に対して特に効果があるようだ。蓮子の様に成熟しきっていない娘には、性的な刺激への耐性も幾分弱い。

 そんな親友の変わり果てた姿を、メリーは見捨てないだろう。
 蓮子がDIOの手元にある限り、メリーは逃げやしない。たとえ何者かの手引きによって離されたとしても、必ず戻ってくる。


「蓮子。メリーは必ず籠絡しろ」
「仰せのままに。DIO様」


 メリーの意識は今、蓮子の肉の芽の中にある筈。
 この状況で誰が彼女を救えるだろう。


「時にプッチ」


 目の前に広がる巨大な扉。
 そこはかつて、DIOが空条承太郎を討ち倒した場所。
 大図書館への遮りを開け広げながらDIOは、背後のプッチに語り掛ける。


「なんだい?」
「舘に侵入した『ジョースター』の反応に、私は心当たりがある」


 ゴゥン……


 過大な音を吐き出しながら扉が閉められた。
 上にも横にも奥にもだだっ広い図書館。ちょっとした戦争なら軽く行えそうなほどだった。

 遮蔽物も多く、侵入者の姿は見当たらない。

「……誰だい? DIO」

 承太郎とジョニィは脱落済み。
 必ずしもジョースターの人間とは限らなく、あの『弟』の可能性もあると、プッチは改めて周囲を警戒する。



「私の『息子』だ」


 DIOの言葉が言い終わるか終わらないかの内に、密閉された室内に風が走る。

 誰も居ないことを確認したばかりの真上方向から突如現れたジョルノ・ジョバァーナが、黄金の拳を叩きつけてきていた。



         「「無駄ァ!!」」



 敵を絶する拳と咆哮が、重なった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

292奈落論:2018/08/09(木) 19:16:18 ID:eL9lb5wk0
【C-3 紅魔館 地下大図書館/午後】

【ジョルノ・ジョバァーナ@第5部 黄金の風】
[状態]:スズラン毒・ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1(ジョジョ東方の物品の可能性あり、本人確認済み、武器でない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を集め、主催者を倒す。
1:『声の主』を救う。
2:ディアボロをもう一度倒す。
3:あの男(ウェス)と徐倫、何か信号を感じたが何者だったんだ?
[備考]
※参戦時期は五部終了後です。能力制限として、『傷の治療の際にいつもよりスタンドエネルギーを大きく消費する』ことに気づきました。
 他に制限された能力があるかは不明です。
※星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※ディエゴ・ブランドーのスタンド『スケアリー・モンスターズ』の存在を上空から確認し、内数匹に『ゴールド・エクスペリエンス』で生み出した果物を持ち去らせました。現在地は紅魔館です。


【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:全身にヘビの噛み傷、ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:ぶどうヶ丘高校女子学生服、スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(地図、時計、懐中電灯、名簿無し)、綿人形、多々良小傘の下駄(左)、不明支給品0〜1(現実出典)、鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品(いくらかを魔理沙に譲渡)、式神「波と粒の境界」、鈴仙の服(破損)
[思考・状況]
基本行動方針:ジョルノ、紫らを手助けしていく。
1:こっちは二人なんですけど!?
2:友を守るため、ディアボロを殺す。少年の方はどうするべきか…?
3:姫海棠はたてに接触。その能力でディアボロを発見する。
4:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。
 波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。
 波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※八雲紫・ジョルノ・ジョバァーナと情報交換を行いました。

293奈落論:2018/08/09(木) 19:16:52 ID:eL9lb5wk0
【DIO(ディオ・ブランドー)@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:左目裂傷、吸血(紫、霊夢)
[装備]:なし
[道具]:大統領のハンカチ@第7部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝ち残り、頂点に立つ。
0:来たなジョルノ!
1:天国への道を目指す。
2:永きに渡るジョースターとの因縁に決着を付ける。
3:神や大妖の強大な魂を3つ集める。
4:静葉の『答え』を待ち、利用するだけ利用。
[備考]
※参戦時期はエジプト・カイロの街中で承太郎と対峙した直後です。
※停止時間は5→8秒前後に成長しました。霊夢の血を吸ったことで更に増えている可能性があります。
※名簿上では「DIO(ディオ・ブランドー)」と表記されています。
※古明地こいし、チルノ、秋静葉の経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民、幻想郷についてより深く知りました。
 また幻想郷縁起により、多くの幻想郷の住民について知りました。
※自分の未来、プッチの未来について知りました。ジョジョ第6部参加者に関する詳細な情報も知りました。
※主催者が時間や異世界に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※恐竜の情報網により、参加者の『14時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※八雲紫、博麗霊夢の血を吸ったことによりジョースターの肉体が少しなじみました。他にも身体への影響が出るかもしれません。


【エンリコ・プッチ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:全身大打撲、首に切り傷
[装備]:射命丸文の葉団扇
[道具]:不明支給品(0〜1確認済)、基本支給品、要石@東方緋想天(1/3)、ジョナサンの精神DISC
[思考・状況]
基本行動方針:DIOと共に『天国』へ到達する。
1:DIOの息子……か。
2:ジョースターの血統とその仲間を必ず始末する。特にジョセフと女(リサリサ)は許さない。
3:主催者の正体や幻想郷について気になる。
[備考]
※参戦時期はGDS刑務所を去り、運命に導かれDIOの息子達と遭遇する直前です。
※緑色の赤ん坊と融合している『ザ・ニュー神父』です。首筋に星型のアザがあります。
 星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※古明地こいしの経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民について大まかに知りました。
※主催者が時間に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※静葉、ディエゴ、青娥と情報交換をしました。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。


【宇佐見蓮子@秘封倶楽部】
[状態]:健康、肉の芽の支配
[装備]:アヌビス神、スタンドDISC「ヨーヨーマッ」
[道具]:針と糸@現地調達、基本支給品、食糧複数
[思考・状況]
基本行動方針:DIOの命令に従う。
1:メリーをこのまま篭絡する。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『卯酉東海道』の後です。
※ジョニィとは、ジャイロの名前(本名にあらず)の情報を共有しました。
※「星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力」は会場内でも効果を発揮します。
※アヌビス神の支配の上から、DIOの肉の芽の支配が上書きされています。
 現在アヌビス神は『咲夜のナイフ格闘』『止まった時の中で動く』『星の白金のパワーとスピード』『銀の戦車の剣術』を『憶えて』います。

294 ◆qSXL3X4ics:2018/08/09(木) 19:18:08 ID:eL9lb5wk0
「奈落論」の投下を終了します。
特に異論が無ければ近い内に続きの予約を入れるかと思います。

295名無しさん:2018/08/09(木) 19:27:08 ID:ss29vhfA0
一旦の投下お疲れ様です!
人物の立ち位置を中心に見据えた下準備のような話で早くも続きが気になるところです。

一つ取るに足らぬ質問ですが、「続きの予約」というのは155話の時に取ったような手法であると考えても宜しいでしょうか?
「予約されていた八雲紫の登場について」等でwiki収録時に色々と問題が発生しそうなので……

296 ◆qSXL3X4ics:2018/08/10(金) 18:23:49 ID:imOd3OcM0
ありがとうございます。
今回の話は今回の話で完結しておりますので、八雲紫やサンタナの漏れはまた次回改めて予約を入れるつもりです。

297名無しさん:2018/08/10(金) 19:29:37 ID:FqjXSYyA0
投下お疲れ様です

導火線に火がともり、遂に火蓋は切って落とされた
次のパートも期待せざる得ない

298#:2018/08/10(金) 19:48:14 ID:Xed1GqI60
熱風吹き込み大炎上と
果たして何人生き残れるのか?
紅魔館はどれだけ残るのか?

299名無しさん:2018/08/12(日) 09:12:43 ID:mYZxjaw20
少なくとも紅魔館はただでは済まないな

300名無しさん:2018/08/13(月) 17:05:30 ID:NILAgOoA0
爆発に定評のある紅魔館だから仕方ないね(諦観)

301 ◆qSXL3X4ics:2018/08/17(金) 01:59:16 ID:BUsYcGXY0
DIO、ディエゴ・ブランドー、霍青娥、エンリコ・プッチ、秋静葉、宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーン、ジョルノ・ジョバァーナ、八雲紫、鈴仙・優曇華院・イナバ、聖白蓮、ホル・ホース、サンタナ
以上今度こそ13名予約します

302名無しさん:2018/08/17(金) 10:49:57 ID:DiuikDTs0
さようなら紅魔館

303 ◆qSXL3X4ics:2018/08/24(金) 23:47:08 ID:0ZHK2IoM0
予約を延長します

304 ◆qSXL3X4ics:2018/08/30(木) 18:37:12 ID:/BP69OTc0
力不足ながら全編は間に合わなかったので、まずは前編という形での投下を行います。

305黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:40:21 ID:/BP69OTc0
           ◆


    「あの虹の先には何があるのかしら?」


 幼い頃、夢で見た見知らぬ日本風景。
 雨の上がった土の独特な匂い。ぺトリコールの中。
 虹の満ち欠けを辿っていた独りぼっちの私へと。

 紫色の傘をさした、綺麗な女の人が語りかけて来た。

 「お姉ちゃんはだれ?」と物怖じせず訊く私に、その女性はこう言ったわ。



「私? 私はね───■■■」



 夢は、ここで終わっていた。



            ◆

306黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:42:01 ID:/BP69OTc0
『鈴仙』
【午後 15:12】C-3 紅魔館 地下大図書館


 だだっ広い図書館もここまで来ると考えものだ。書物の管理だけで一日など優に消費するんじゃなかろうか。
 本なんてそう何度も読み返すものでもなかろうに、誰に貸し出す訳でもないこの量の本を所蔵しておくのは理解に苦しむ。
 現実逃避の術として、縦横に長い本棚の数々をボーッと仰ぐのみに勤しむ鈴仙の耳に、薄情な内容が飛び込んできた。

「DIOが動き出しました。丁度良い、待ち伏せましょう」

 ジョルノはどうあってもDIOと拳を交えたい姿勢を崩さない。

「時間を稼ごうと言ってるんですよ鈴仙。何も無意味に戦うわけじゃない」
「で、でもジョルノ君! 相手が何人で来るかも分からないのに!」

 時間を稼ぐというのは、単騎行動中の八雲紫に依存しての選択だろう。彼女が無事、件の『声』の主を救出できれば即刻撤退の作戦なのだから。
 だが極力奴らとの戦闘を回避したい鈴仙からすれば、こんな袋の鼠必至の空間で兵力不明な敵集団と相見えるなど、断固お断りだった。

「いいですか鈴仙。既に話しましたが、僕がDIOの接近に気付いていると同時に、奴からも同じことが言えます。
 逃げ隠れした所であっという間に追い込まれるのがオチでしょう」

 戦略的な言い分はジョルノに理がある。
 そもそも鈴仙はあれやこれやと異議を唱えて、結局は戦うのが怖いというだけだ。が、やはりそんな消極的な逃げ腰ではジョルノを論破するには至らない。

 帰する所、DIOとの対決は免れないのだ。

「……DIOって、ジョルノ君のお父さんなんだよね?」

 全てを諦めて腰を落とし、深い溜息を寿命数年分と共に吐き出しながら、兼ねてよりの疑問を問う。

「この身体には奴の血が流れている。残念ながら、ただそれだけの事実としか僕は捉えてません」

 本当だろうか。鈴仙は返ってきた答えにもまた、疑問を浮かべる。
 人の持つ波長というのは敏感だ。さっきからジョルノは平然とした顔を作ってはいるが、鈴仙の捉える彼の波長は館に近付くにつれ荒んできている。

 血の繋がった自らの父親へ敵意を向ける。
 それはDIOがどうしようもない悪党で、自分の息子であろうと手を下してくるような男だったからだと聞いた。

 また、『家族』か。
 ディアボロとトリッシュの時と同じに、子を手にかけるような外道がここにも。
 これが鈴仙には全く理解の及ばぬ領域であり、今まで抱えたことのない嫌悪感に気分を悪くする理由だ。

(ホント……悪趣味なゲームよね)

 トリッシュという名の少女は、父親に殺された。
 ジョルノもまた、父親と戦うことを選ぶという。
 胸に風穴を開けられ、惨い死に様を見せ付けられたトリッシュとジョルノの姿が、どうしても被ってしまう。

 守りたい。
 ジョルノを死なせたくない。心からそう思う。
 鈴仙は決意を済ませる。ようやくではあったが、その狂気の瞳からは濁りが消えた。

307黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:42:28 ID:/BP69OTc0

「紫さんは現在、館の地下から上り、僕らよりももっと上部を動いているようです」
「分かるの?」
「ええ。事前に渡しておいたブローチにゴールド・Eの生命を込めておきました。大体の位置は感覚で分かります」

 流石に用意周到だ。これなら通信機器が無くとも、館から撤退する最善のタイミングが掴める。紫の脱出と同時にこちらも退けばいい。

「鈴仙。初めに言っておきますが、僕は紫さんの語る『夢』を手助けしてあげたいと思ったから、今ここに居るのです」

 ジョルノが図書館出入口の大きな扉を見据えながら、改めて言う。親の仇でも睨み付けるかのように。
 否。親こそが、仇であるかのように。

「好きで巻き込まれている様なものですが、貴方にまでそれを強制するつもりはありません」

 今ならまだ、尻尾を巻くには間に合う。
 言外に、そう確認しているのだろうか。
 だとすれば、心外だ。

「僕は貴方に『付いて来い』と命令はしません。
 しかし、危険を承知で『お願い』します。
 僕を手助けして欲しい。鈴仙」

 ジョルノがいつかみたく、腕を差し出してきた。
 私の答えなど、決まっている。
 本当はちょっぴり、いや滅茶苦茶恐ろしくはあるけども。
 差し出された腕は、あの時よりも随分と近くに見えて。

 今度は、すぐに届かせる事が出来た。
 紡がれたこの腕と腕は、友愛の証ではない。
 信頼とも違う。協定でもない。
 今はまだ、上手く言葉を言い表せない。
 けれども架けられたアーチには、きっと意味がある、
 この大切な橋を守る為に、私は再び立ち上がるんだ。


「ありがとう、鈴仙。
 さあ、奴が下りてきます。───『奇襲作戦』です」


            ◆

308黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:44:26 ID:/BP69OTc0

 鈴仙の波長を操る能力により、ジョルノの周囲の光を屈折させた。第三者からでは彼の姿は見えなくなっている。
 彼曰く、DIOのスタンドは『時を止める』。およそ大概のスタンド使い相手に有効な手段ではあるが、ジョルノはDIOのザ・ワールド対策として『奇襲』を選んだ。
 かつてはブチャラティが提案した、時を飛ばすスタンド使いディアボロ相手と同様の対策『暗殺』に通ずる手段。
 ゴールド・エクスペリエンスは一撃さえ入れば敵の意識を暴走させ、事実上無効化させることが可能。DIOにはキング・クリムゾンの様な『未来視』が備わっていない為、幾分は当てやすい筈だった。


 図書館の扉が大袈裟な音を立てながら、ゆっくりと開かれる。
 何かとびきりタチの悪いウイルスでも運び込まれるような。目に見えた不快感が肌を刺激する風が、地下の大空間に流出する。

 病原体とも言うべき男が、意思を得た影のようにゆらりと現れた。


(き、来た……! アイツが……DIO!)


 鈴仙は自らの体を物陰に隠し、一方的にDIOを凝視した。
 これだ。あの霧の湖から紅魔館を覗いた瞬間に陥った、絶対的な圧迫感。肺まで凍りつくような寒気。
 あんな遠くから目撃しただけで寿命が縮まったかと錯覚させる帝王のオーラ。それが今、こんなにも近くから放射されている。

 違う。
 アレはディアボロとは、根源的に違う。
 牙城のようにブ厚く構えられた……“自信”。崩せるものなら崩してみろと言わんばかりの、巨大な塊だ。


 DIO。


 男の容姿は、なるほど確かにジョルノとよく似ている。しかし息子と違って、顔に貼り付けられた面貌には明らかな邪悪性が見られる。
 もしも軍勢でも連れてこられたら……と内心ハラハラを隠せない鈴仙であったが、背後には二人程度の影しか確認出来ない。

 全部で三人! 数では不利だが、ジョルノが先取点を取れば!



         「「無駄ァ!!」」



 敵を絶する拳と咆哮が、重なった。

 姿を曲げ隠し、扉の上部位置に張り付く様に潜んでいたジョルノ。
 彼は頭であるDIOのみを狙って飛び降りた。重ねて、先程対峙した時点では無かった左眼の傷を瞬時に見切り、敵の左方向から拳を繰り出したのだ。

 その上でDIOは、拳を防ぎ切った。

 つまりDIOは。
 死角である真上方向からの、更なる死角の左側から突如現れた拳撃へと。加えて目視不可である筈のジョルノの奇襲に、完璧に対応したカウンターを繰り出す離れ業を披露したという事に他ならない。

309黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:46:02 ID:/BP69OTc0


(それくらいは……『予想内』よッ!)


 想定外なものか。ジョルノがDIOの存在・位置を感知可能なら。つまりDIOからもジョルノの奇襲が容易に予想出来た筈である。
 姿が見えずであろうとも、DIOには息子の接近が分かっていた。この程度であれば、充分にシナリオ通りだ。
 とはいえシグナルの位置把握は完璧とまではいかない為、DIOの攻撃タイミングは群を抜いた正確性である事も窺える。

 鈴仙は入口近くの本棚の陰に隠れて戦いをじっと見ていた。波長を操る能力は現在、全面的にジョルノのフォローに使用している為、自らの姿までは器用に隠せない。
 ジョルノの初撃が失敗するであろう事は想定内。ジョルノは鈴仙の攻撃こそを『本命』だと語り、彼女を切り札として隠した。敵は館に潜入したジョルノ以外のメンバーを知らない筈であるから。
 鈴仙の必殺のスペルを確実に当てるには、機を待ちたい。通常の弾幕であれば制限なく撃てるものだが、彼女の『狂気の瞳』に限っては、相手がこちらの眼を目視する事が発動条件であるからだ。

 まだ。まだ鈴仙は姿を現せない。
 DIOが隙を見せてくれる好機が到来する時まで。

 目の前ではジョルノが敵スタンドの拳とせめぎ合っていた。
 力の均衡は、劣勢。


「……くっ!」


 拳から腕に伝わる衝撃を逃せず、ジョルノの脳が揺れた。やはり単なるスタンドパワーで敵う相手ではない。

「前に言った筈だぞ。スピードはあるがパワーは足りん、とな」

 ザ・ワールドの豪快な腕力が、ゴールド・Eの細身を悠々と跳ね飛ばす。ジョルノは宙返りを経て受け身を取り、地上へと着地した。
 すぐさま迎撃の姿勢を作ったが、予想に反してDIOは距離を詰めてこない。後ろの神父風の男、帽子を被った少女の二人へと腕を伸ばし、軽く制したくらいだ。


「愚直だ」


 果たして、DIOが背後の部下を押し留めたのは言葉を投げ掛ける為であった。
 男は先の鍔迫り合いに全力の半分も注いでいない。一方のジョルノは、少なくとも一撃で決められる程度の万力は込めていたというのに。

「何がですか」
「お前の読みがだよ。大体の位置は互いに分かるというのに、わざわざ姿を隠し、わざわざ目の塞がった左側から攻撃を繰るとは。
 ブラフにすらなっちゃいない。たとえ両目を塞がれていたとしても避けられるぞ。本当にやる気はあるのか?」

 ジョルノの姿は既にDIOから見えている。初撃をしくじった時点で、姿を隠し通す事の意味は薄れた。
 故に鈴仙はジョルノの周囲を捻じ曲げる波長を解いた。守りから攻めへの態勢へと転じ、隙を窺いながら会話を見守る。

「やる気が無いのは貴方の方では?」
「ほう?」
「今……『時』を止めていたならば、早くも勝負は決していた筈。何故能力を使わなかったのですか?」

 それは鈴仙も疑問に思っていた。
 DIOのスタンド能力が『時を止める』能力である事は、他ならぬジョルノから教わった情報である。
 奇襲はともかく、安直に近付くのは自殺行為。一撃で沈めなければ、返しの時止めで強力無比のカウンターを食らってもおかしくはなかった。

「取り留めのない話だ。私のスタンド能力を知っているのならば、お前の方こそ何故安易に近寄った?
 決して頭の回らない男ではないだろう。狙いがあった筈だ」

 狙い、と言える程のものか。
 何となく、DIOが時を“止めてこない”と感じたから。
 直感だが、ジョルノはそう思ったからこそ無茶な攻撃を出した。

「前に会った時、言いましたよね。話をするのは『次の機会』だと」

 空条承太郎と博麗霊夢を救出するため、F・Fらと共に紅魔館へ突っ込んだ時。
 ジョルノは父との対話を選びたかった。しかし迫る時間がそれを許さず、一目散に撤退したのだ。

「貴方も息子と話を付けたかったのではないですか?
 そうでなければ今頃、僕は心臓を貫かれ転がっていたでしょう」

 ジョルノに真の狙いがあったというのなら。
 囚われの少女を救うより。八雲紫の夢を手助けするより。
 彼個人に確たる目的が潜んでいたというのなら。

 それは父との対話。
 性を理解するには、あまりに棲う世界の違う父親だと叩き込まれた。
 歩み合う事は不可能だろう。しかし、言葉を交わすことで『知る』ことは出来る。

 DIOという男を。

 家族を、父親を知りたいが為に、ジョルノは再びこの地へ戻ってきた。

310黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:46:48 ID:/BP69OTc0

「……愚直だと言った事は取り消そう。やはりお前は恐ろしく賢く、度胸のある人間だ。
 私もお前とは少し話をしたかった。その事をお前自身も察したのだろう。
 だからお前はあっさり近付けたのだ。私が能力を“使わない”と、当たりをつけて」

 見くびっていた訳ではない。DIOは自分の息子でさえ容易に手を掛けられる類の男だ。
 奴が時間を止めてこないと踏んだのは大きな博奕だったが、リスクに見合った価値はあった。

「さてジョルノ。一つだけ質問を許そう。
 何でも訊いてくれ。答えられる範囲で答えよう」

 まるで引力。
 紅魔館へと戻る結果に至った原因は、やはりDIOと引き合ったからとでも言うのか。
 内に絡み付いた縁を等しく千切り捨てたこの身にも、しがない感傷が残っていたのだろうか。
 ジョルノはひとつ、くだらない質問を投げ掛ける。


「では───どうして貴方は、僕を産んだのですか」


 およそマトモな理由が返ってくるとは思っていない。
 この男は真性の邪悪だ。有りもしない良心には端から期待してない。
 産んだ理由など、そもそも無いのかもしれない。
 それでも落胆などしない。今更怒りも湧かない。

 ただ……知りたい。
 知ることが、ジョルノにとって少しでも一歩となるのなら。
 彼にとっての『真実』に辿り着けるのなら。
 長年掻きむしってきた、心の澱みに打ち付けられた『痛み』を消化するには。


 どうしても、父本人の言葉が必要不可欠であるのだから。


「ふむ。思ったよりありふれた質問だが……イイだろう、答えよう」


 DIOは顎に手をやり、息を整えてジョルノの真っ直ぐな瞳を覗き込む。
 今。自分はこの男の本性を覗こうとしているのか。
 それとも、覗かれようとしているのか。


「私は過去……とある男に敗北し、百年間海の底に沈められていた。
 もはや時間の感覚も失せていたが……その間、毎日のように考えていた事がある。例えばになるが───」


 男は、ひりついていた空気を寝かし付けるように優しげなトーンで語る。


「人間を丁度半分。左右全く同じ形貌・面積となるよう切断したとする。
 もしその者に『意思』がまだ残っていたとして……」


 白く尖った歯を剥き出しに晒しながら、自身の顔面……その正中線を境に両の手を重ね合わせ、断層をズラすようにしてそれぞれ上下に滑らせる。

「元々の本人の意思は、果たして身体の『どっち側』に残るのだろう?
 視界は『右』のみが見えるのか? それとも『左』か? 魂は一つなのだから、必ず左右どちらかを基準に選ぶ筈だ」

 語られる話は荒唐無稽で、どこか猟奇的。親子の間で交わすような穏やかな内容とは、些か逸していた。
 それでもジョルノは父との対話を試みる。

「貴方が何を言いたいのか。僕には分かりませんが」

 虎視眈々と、慎重に。男の器を測り取るため。

「このDIOの身体は、かつての宿敵ジョナサン・ジョースターの肉体を奪い取った物だ。この首の傷を『境界線』にしてな」

 トントンと、DIOが自らの首を見せ付けるように指で叩いた。そこには確かに周囲をぐるりと一周する大きな線が走っている。
 世界中から掻き集めた非凡な外科医であろうと、首と死体とを神経含め完璧に繋ぎ動かすなど不可能だ。現代医学ではまだその域に達していない。
 瀕死に追い込まれたディオの『生』への執念が、理屈を超えてそれを可能としたのだ。

 ジョナサン・ジョースター。名簿には記されていたが、ジョルノには聞いたこともない名前だった。
 リサリサ……彼女は本名を『エリザベス・ジョースター』だと叫んでいた。夫の名をジョージ・ジョースターだとも。

 ジョースターは、DIOの宿敵だと言う。
 ジョルノはその名に、何故か強く惹かれた。


「首から『下』はジョナサン。『上』は私だ。
 そこでこのDIOは考える。私の意思は果たして『どっち側』に存在するのか?とね」


 常識的にも医学的にもDIOはDIOそのものであり、既に死したジョナサンとやらが目の前の男だと考えるには無理がある。たとえ彼の肉体の大部分がジョナサンで占められていても、だ。
 根拠と呼べる理屈を求めるならば、ヒトの本体とは『脳』であるというのが一般的な見解であるからだろう。DIOの脳が肉体を支配している以上、その肉体が占める個性は完全に〝DIO〟によって覆われている。

 大多数の者であるならそう考える。
 しかし、要のDIO。その男だけは疑問に思った。
 百年間考えることをやめず、宿敵の半身を得た糧……その意味を。

311黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:47:30 ID:/BP69OTc0

「プラナリアという生物がいる。蛭に似た見た目の生き物だが、彼らの特徴はその驚くべき『再生能力』にある。
 例えばその身体をメスで十個の肉片に切断すれば、ものの一、二週間で全ての断片が十匹のプラナリアに完全再生するのだとか」

 プラナリアは再生医療の界隈では有名な生物だ。たとえ脳と切り離された、それこそ尻尾のみの断片となった彼らでも、『以前の記憶』を引き継いで脳を含め完全再生されたという実験結果もある。
 頭部を失ってもどうやら記憶は失われないらしい。少なくともプラナリアにとっては。

「……意識や記憶とは、必ずしも脳にあるとは限らない。そう言いたいのでしょうか?」

 では彼らの元々の記憶・意識はどこに蓄えられている?
 魂ではないか、などと言えば学術の世界では鼻で笑われ、弾かれるだろうが。

「ジョナサンは百年前に間違いなく死んだ。だがもしも……奴の意思や片鱗が何らかの形でこの『肉体』に宿っているとすれば。
 私は『どっち』だ? この肉体は『DIO』なのか、それとも『ジョナサン』なのか。
 そういう話をしているのだよ」

 DIOは人間を辞めている。そんな彼に常識などという型は嵌められない。
 最早オカルトの世界だ。ヒトでの前例も無い以上、その答えはDIO自身が探して受け入れ、定義するしかない。

 しかしジョルノはそれでも、敢えてハッキリと自分の答えを示した。
 悪を断罪する正義を体現するように、その瞳に迷いは無い。

「考えるまでもないでしょう。その邪性を支配するDIO……貴方こそが、その肉体の全貌です。こんなに単純な話も無い」

 敵意の混ぜられた鋭い視線を受けてなおも、DIOは我こそが盤石だという余裕の笑みを崩さない。
 まるでジョルノの答えを予想していたみたいに、すぐさま口を開いて返した。
 この上なく、楽しげに。


「私もそう思う。だが『血を分けた子』ならどうかな?」


 ジョルノの鼓動が僅かに跳ねる。
 動揺は決して表面に出さなかったが、眼前のDIOは息子の精神を透き通して見ているかのように、口の端を更に上げた。

「ジョルノ。君は果たして『どっち』なのか?
 私の息子か? それともジョナサンの息子か?
 血縁や戸籍の話ではない。もっと物理的あるいは精神的な……『魂』の話と言い換えてもいい」

 フツフツと、ジョルノの内側から沸騰するような急激な熱が沸き上がってくる。

「君のDNAに刻まれた因子は誰のものだ?
 君という人格を形成する魂の構成物質には、誰の記憶が宿っている?」

 DIOが『何故』自分を産んだのか。
 その狙いを、もはや理解しかけている。


「遠回りになったが……初めの質問に答えよう。
 ジョルノ。私がお前を“産ませた”理由とは、それを確かめてみたかったからだ」


 何もかも、後悔した。
 こんな男に、こんなくだらない質問をしてしまった事に。


「ハッキリ言って私は今、後悔している。
 お前が『ジョースター』の色濃い息子だという事が理解出来たのでね。やはり気まぐれなんぞで子など作るべきではなかったな」


 やはりまだ、心のどこかでは『父』を信じてあげたい気持ちが滞留していたのだろうか。
 人を信じるという気持ち。本来は両親から学ばなくてはならない、人として大切な感情。
 目の前の『父』は、人を信じるというその感情が欠落している。
 だからこそジョルノもそれを教わる機会に恵まれず、悲惨な幼少期を経験している。
 人間として堕ちる所まで堕ちかけていたジョルノを救ったのは、見知らぬギャングだった。

 今、あのギャングから教わった『信じる心』が成長し、最悪の父親へと牙を向ける。
 皮肉な事に、父だけは信じてはならないと理解し。
 この男だけは許してはならないと、魂が轟いた。


「お前は私の『敵』でしかなかった。もう興味は無いよ。
 死ね。ジョルノ・ジョバァーナ」


 『話』は終わりだと、DIOが突き放す。
 二人の間にほんの僅か繋がっていた糸が、完全な形で千切れ落ちた。
 猛るジョルノが、渾身の力を込めてDIOへと飛び出し。


 それを横から遮るように、鈴仙の背中がジョルノの特攻を止めた。


 ───赤き狂気の光が、地下空間を爆発的な勢いで埋め尽くす。


            ◆

312黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:48:08 ID:/BP69OTc0


 水鏡に映る虹を見る度、幼い頃に見たあの夢を思い出す。


 零さないよう、手のひらで掬って溜めた虹の色は、無くなっていた。
 虹の先を見ることはできない。
 いつも途中で零れて、端から消えていっちゃうから。
 まるで、朝見た夢が段々と記憶から薄れていくみたいに。


「どったの? 水なんか掬っちゃって」


 遅刻癖の困った親友が、興味深げに掬った手のひらを覗き込んで来た。


「ねえ。貴方はこの手のひらの中に、水溜まりが見える?
 それとも、水溜まりに映った虹が見えるかしら?」


 親友は「何それ。心理テスト?」って言ったきり、さっさと帰路に着いて行った。



 あの夢に出てきた女性の顔は、もう覚えていない。



            ◆

313黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:49:51 ID:/BP69OTc0

『エンリコ・プッチ』
【午後 15:26】C-3 紅魔館 地下大図書館


 DIOは決して愚ではない。

 彼がジョルノ・ジョバァーナ及びにウンガロ、リキエル、ヴェルサスら四人の子を産ませた背景には、今聞かされた実験的企てがあったのだと。
 早い話、生まれてくる子供に『ジョースター』の意志が片鱗たりとも宿るかどうか。それを試した様なものだったという。
 上手く行けば──十中八九は上手く行く試みだが──産まれた子はDIOの兵力となる。恵まれた素質が約束された、一騎当千のスタンド使いとなる事が期待出来た。
 現にプッチは運命に導かれ、三人のスタンド使いの息子を味方に付けた。

 しかしそれは同時に、深い諸刃の試みでもある。万が一、産まれた子にジョースターの黄金の精神などが芽生えれば、たちまち反旗を翻す可能性があるからだ。
 現にジョルノというイレギュラーが育ち、こうしてDIOへと立ち向かってきているではないか。


(DIOはそのリスクを考えなかったのだろうか?)


 プッチは訝しむも、すぐに否定する。
 DIOという男が、決して愚ではないと知っていたから。

 もしも産まれる子にジョースターの片鱗が僅かでも確認出来たなら。
 それはそれで、ある意味においては収穫なのだ。

 彼が父親として良き模本かどうかはさておき、少なくとも世に吐き捨てるほど分布する、後先考えずに子供を作る様な無責任な親とは違う。
 産まれ落ちてすぐに息を引き取った子供と、無関係な他所様の健やかな子供とを密かにすげ替え、我が子として何食わぬ顔で育て上げるような愚かな親とは……決定的に違う。

 “こうなる事”も想定した上で、DIOはジョルノを産ませた。プッチにはそう思えてならないのだ。
 口では気まぐれだと後悔したような軽口を叩くも、本質ではそうじゃない。
 DIOはジョースターを、自らの人生最大の宿敵だと認識している。徹底的に潰さなければならない因縁の芽だと敵視している。

 何よりその因縁という『運命』が曲者で、恐るべき障害だったのだ。
 そしてその恐れこそが、超えねばならぬ唯一絶対の壁だと理解していた。
 もしも産まれた子がジョースターに与する因子であったなら。
 それは如何なる因果に引き付けられて産まれた意志なのか。
 たとえエジプトの戦いでジョセフや承太郎を抹殺したとして。ジョースターの血を根絶やしにしたとして。
 運命は、自らの血を触媒にして再び立ち向かってくるのか。


 それをどうしても『再確認』する必要が、彼にはあった。


(DIO。君は、そこまでしてジョースターを乗り越えようと考えて……)


 DIOの肉体は、ジョースターの肉体そのものでもある。
 自らが生きている限り、ジョースターは永劫無くならない。
 考えずにいれば全て丸く収まるであろう、その自己矛盾的な葛藤を内に抱えたまま、DIOはどうしても捨てきれずにいた。
 思考の端に渦巻くジョースターの意志が、いつだってDIOの歩く道を遮ろうとしてきた。

 もしやすれば、DIOはジョルノのような存在が産まれてくる未来を望んでいたのかもしれない。
 まだ完全に……ジョースターとしての意志が芽生えきっていない段階でなら、容易く“摘む”ことも容易だろう。
 DIOがエジプトで敗北さえしなければ。きっと彼はその足で、産まれた我が子を迎えに──いや、『選別』しに向かっただろう。
 作物の良質と粗悪とを区別し、都合が悪い物は芽の時点で摘む。それと同じだ。


 彼はジョセフ・ジョースターを。
 空条承太郎を。
 そして最後に息子ジョルノ・ジョバァーナを殺し。
 完全な形でジョースターを消し去る事で。

 自らの肉体に残留するジョナサンの意志も含め。
 初めて運命に勝利出来ると、考えた。

 奈落そのもののような暗黒街に産まれ。
 最悪の屑親を父に持ってしまった少年ディオは。
 マイナスを起点とした、泥濘の運命へと勝つ為に。

314黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:50:51 ID:/BP69OTc0


「ジョースターとは、まるで……血の亡霊【ファントム・ブラッド】だな。
 DIO。“僕”に出来ることがあるのなら、是非とも使ってくれ」


 だからプッチは、彼が好きなのかもしれない。
 意味合いは違えど、同族だから。そう口に出せば、彼は気分を害すかもしれないが。

 まこと───『血』とは厄介なモノだ。
 プッチは自身の惨たらしい過去を心に描きながら、運命という名の難敵を悲観した。




 横槍の形で飛び出してきた兎の妖獣の瞳から、眩いばかりの『赤い光』が輝く。
 たとえ目を瞑ったとしても瞼の裏まで貫通する程の、絶大な光量を纏った光線。受ければ即、精神をミキサーの如くかき混ぜられ行動不能に陥るだろう。


 DIOは鈴仙の対スタンド使いスペル『幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)』を、真正面に“見据えながら”突撃してきた。
 その背後においてプッチのホワイトスネイクが、DIOの後頭部から小型の『DISC』を抜き出す光景を鈴仙は目撃し。


 絶望の鈴が、長く伸びた耳朶を打った。


「“無駄”だ、鈴仙・優曇華院・イナバ。貴様程度の能力……対策も容易い」


 ザ・ワールドの拳が鈴仙の胸を穿つ間際。
 彼女は唐突に理解した。
 客観的な視点からは知る由もない筈の、マジックの種。

 DIOは今、背後の白蛇によって『視界』を抜かれたのではないか。故に敵の視力に訴えかける鈴仙の技が通じなかった。
 たとえ時を止められようと、先攻さえ取れれば赤き光速が勝てる。時を飛ばす、あの悪魔と戦った時みたいに。
 その思惑も、見抜かれていた。


(そ、んな……私の能力が、知られ……て……っ)


 薄れゆく意識の中で不意に感じ取った全貌は、少女を絶望させるに余りある真実であった。
 敵の手に配られた『幻想郷縁起』が回され、鈴仙の能力が知れていた事も。
 故に彼女の姿を見た途端、即座に対抗策を取られた事も。
 吸血鬼と神父が、アイコンタクトも無しに阿吽の呼吸で動ける奇妙な関係性だった事も。
 風穴を開けられるまではなかったにしろ、心臓に甚大なダメージを叩き込まれ、意識が薄れゆく鈴仙には素知らぬ事実。
 ジョルノがらしからぬ焦りで何か声掛けてきているも、致命傷を負わされた鈴仙には上手く聞き取れない。

 が、そんな事よりも。
 鈴仙の思考は今、己の行動への疑問に蝕まれていた。


(わた、し……何で、飛び出…ちゃっ……んだ、ろ……)


 ジョルノは決して愚ではない。

 聡明で抜群の行動力を持つ、神童の様な少年だと称しても言い過ぎにはならない。
 だから皆、彼に惹かれ。付いて行きたいと願う人間も少なくはない。
 鈴仙も、その中の一人であった。
 正しきを信じ、穢れを正す。邪道の世界に生きていながらも、そういう信念を持った少年。

 そんなジョルノが今、激情に駆られながらDIOへと飛び出しかけた。
 らしくない。鈴仙はそう感じながらも一方で、付き合いは短いなりにその気性もまた彼らしいと思った。

315黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:51:19 ID:/BP69OTc0
 気高き『高尚』さを胸に秘めたジョルノ。彼は大袈裟な形で自分の感情を吐き出すタイプではないが、それでも『ライン』という物は存在する。
 もしも一線を越えれば、ここぞとばかりにジョルノは爆発する。それこそ一線を越えて、『殺人』にすら悠々と手を染められる。
 感情をコントロールするという点では、ジョルノは完璧ではない。年齢も若く、経験だって豊富な方ではない。

 ジョルノは決して愚ではないが、血の繋がった父親から『あんな事』まで吐き捨てられて。
 それでいて冷静に、じっと堪えられる程に感情をコントロール出来はしなかった。
 数少ない相手には間違いない。チームの命を狙う新手のギャングや、あのディアボロですら、ジョルノの『夢』を叶える為のいわば避けられない試練。立ち塞がってきた敵である。
 サイコ染みた医者チョコラータ、くらいであろうか。防衛の為でなく、仲間の為でなく、目的の為でもなく、ジョルノが心底嫌悪し、激情しながら『叩き潰す為』に断罪した悪は。
 大義名分ではない。高尚な理由などそこには無く、ただ許せないから手に掛ける、本能的な衝動。DIOは、かのチョコラータに抱いた悪感情と同類だ。

 かつての尊敬する上司ブチャラティが、自らの実父ディアボロに手を掛けられたトリッシュを救う為、激昴し、その場でボスに戦いを挑んだ時のように。
 人には、犯してはならない『領域』という物がある。
 ジョルノにとってそれは、未だ触れたことの無い『家族』という唯一の、透明な絆。
 その領域を、あろうことか父親本人から滅茶苦茶に穢された。その事が許せなかった。

 それだけの話。


 鈴仙は、それが共感できてしまった。
 漠然とではあったが、ジョルノが自らの存在意義を『家族』本人から覆されてしまったこと。
 こと今の鈴仙には、その気持ちが痛いほどに理解出来る。
 ジョルノを止める為、自分の体を盾にしてでもDIOの前に立ち塞がった鈴仙の頭には、ディアボロや八意永琳の姿が過ぎった。

 深手を負った鈴仙が本当に成そうとした行いは。
 ジョルノを守る為だったのか。
 それとも家族を手に掛ける〝悪〟を、この世から殺(け)してやりたかったという……本能的な衝動なのか。


「鈴仙ッ!」


 私の名を呼ぶ声が、すぐ傍で轟いた。
 どうやらジョルノは、床に崩れる私の体を支えて懸命に救おうとしているらしい。

 勿論、敵がそんな暇を与えてくれるわけがない。


「本当に貴様は『ジョースター』の人間だったらしい。
 失望もあるが……“オレ”にとっては待ち侘びた瞬間だ。その木偶人形と共に死ね」


 敵を討つよりも、瀕死の鈴仙を治療する事を選んだジョルノ。
 そんな隙だらけの息子を心底見下す瞳で、スタンドの拳を掲げたDIOに躊躇のひと匙もない。


 嗚呼。本当に、この世は『家族』をどうとも思わないクズが多すぎる。
 鈴仙が最後に浮かべたのは、憎悪とも愚痴とも取れない……因果応報への悲観であった。



(神も仏も……ありゃしない、わね)



 視界が、完全な暗幕によって覆われて。
 肌から伝う彼の暖かみも、とうに冷たいそれへと変わっている。


 五感に残った聴覚が微かに捉えた、けたたましいバイクの駆動音を最後に。


 ───鈴仙の意識は奈落の闇に堕ちた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

316黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:52:59 ID:/BP69OTc0
『ホル・ホース』
【午後 15:20】C-3 紅魔館 二階廊下


 未だ未練がましい気持ちがホル・ホースの歩行を邪魔している。
 聖白蓮を援護したいという親切心はそもそも無い。何事も自分の命が最優先なのだ。
 しかし彼女に対し、全うせねばならない何かしらの使命が自分にはあるのではないか。そういう高尚な感情が尾を引き、男の歩みを鈍足なものにしていた。

「……つったってよォー。相手が悪すぎるぜお坊さんよォ」

 無意識に漏れた独り言は、自己嫌悪からの逃げか。
 元々、寅丸が死んでしまった時点でホル・ホースの使命とやらはお役御免なのだ。今更、白蓮を追った所で大層な名分など無いも同然。
 結果DIOに見つかり、金にもならない命令を受け入れざるを得なくなってしまった。本末転倒だ。

 警戒心よりも妙な焦燥感が脳を支配していたからであろうか。廊下の向こうで音響した、場にそぐわないバイクの駆動音にすら大して気にも止めず。
 ホル・ホースはDIOの言う『大切な客』の居る部屋の扉に手を掛けた。


 まず目に入ったのは、赤い装飾の椅子に寝かしつけられた『少女』。女とは聞いていたが思った以上に若く、ホル・ホースからすればまだまだ未成熟なガキ同然である。
 保護してくれとしか命令を受けていないが、ただ寝ているだけなのか気絶でもしているのか。どういう状況なのかホル・ホースには図れずにいる。
 子守りでも押し付けられたかと、当たりくじなのかハズレくじなのかよく分からない複雑な気持ちを抱く彼の視界にその時、動く物が入った。


 バルコニー。“男”がそこに居た。


 部屋に入ったホル・ホースに気付いているのか、いないのか。男は窓の向こうに広がるバルコニーの手すりに身体を傾けながら、何やら独り言でも呟いている。
 ホル・ホースは訝しんだ。男は背中を見せており、顔は見えない。けれどもよくよく見れば、彼は手すりに足を乗せている幾匹かの小動物か何かに話し掛けている様子だった。
 小鳥さんか?とファンシーな感想を思わず漏らしかけたが、ホル・ホースの観察がそれ以上続けられる事は無かった。男がこちらの存在に気付き、振り向いたからだ。
 その際、男が鳥のような小動物から何か『円盤』の様な物を受け取り、懐に隠したのをホル・ホースは見逃さなかったが、それ以上に男の“顔”を見るや、仰天して呼吸が止まる。

 当然だ。その男の顔には、見覚えがあるどころではない。


「やあホル・ホース。無事なようで何よりだ」


 男は、服装こそ見慣れない物であるものの、その金光りする髪と端正に整った顔立ちはどう見ても。


「ディ……DIO、様ァ!?」
「ああ。『Dio』だぜ」


 ついぞ先程、エントランスですれ違ったばかりの我が雇い主DIO。
 その男が腕を軽く広げながら、ホル・ホースへと気さくに近寄って来ているというのだからさもありなん。

「な……ぇ、じゃあさっきオレが出会ったのは!?」
「ん〜? 何の話だホル・ホース?」

 訳が分からない。そういえばDIOの部下に他人への変装が得意なスタンド使いが居ると話には聞いたが、これも奴のスタンド『世界』とやらの仕業か!?

「ク……ハハハ! ジョーダンだよホル・ホース。
 そう固まるな、オレは『DIO』じゃない」

 焦りまくるホル・ホースに種明かしをと、男は歯を覗かせながら吹き出した。馴れ馴れしくもこちらの肩をバンと叩き、自らの名を明かす。

「ディエゴ・ブランドーだ。『奴』から何か聞いてないか?」

 ディエゴ・ブランドー。その名は確かに名簿にも記されていた気がする。そういえばDIOも、女の他に部下がいるとか零していたか。
 すると言うとこのディエゴは奴の部下という事になるが、何の因果でこうもDIOと瓜二つな容姿であるのか。

317黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:54:18 ID:/BP69OTc0

「奴の顔見知りは、オレの顔を見て全員似たような反応をするよ。こちとらいい迷惑なんだがな」
「じゃ、じゃあアンタは奴……いやDIO様の部下かよ。兄弟とかそんなんじゃあなくって?」
「別に部下じゃないがね。オレはオレさ」

 晴れ晴れしく肯首するディエゴを見届けると、ホル・ホースもようやく安堵の息を吐き出した。
 よく見ればDIOよりも、ホル・ホースよりも若い青年だ。あのゲーム好きであるダービーらでさえ、兄弟間でここまでは似てない。
 よりによってDIOと似なくても良いだろうに……と、ホル・ホースは内心で毒づく。こんな圧迫感のある顔面がこの世に二人と居てはたまらない。


「で、だ……ホル・ホース。ジャイロ・ツェペリの奴は元気だったか?」


 ふっ、と話題が変わった。
 今、ディエゴの口から出た名はホル・ホースとて知らない男ではない。
 長年の経験でよく分かる。ディエゴは顔こそ笑ってはいるが、吐かれた言葉の奥に敵意を感じ取った。友達を心配をする声色などではない。
 因縁があんだろーな、と心情を察すると同時。今の台詞には明らかに不自然な内容が混じっていた。

「……アンタ、何故それを?」

 鋭く放ちながらも、ホル・ホースはおよそ確信を得る。
 何らかの理由で、自分の行動・足跡が漏れている。そしてディエゴは敢えてそれをバラすかの様に、自ら伏せカードを明かしてきた。

「いや、元気なら良いんだ。相棒の方が逝っちまったからって、悲しみに暮れてるんじゃないかと心配してたんでね」

 心配のしの字もしてなさそうな上っ面でディエゴはケタケタ笑う。どうやらこちらの質問に答えるつもりはないらしい。

 どことなく気に入らない野郎であった。あの男と出で立ちが似ているからではなく、性格の方がホル・ホースと合わないきらいがある。
 自信家らしい所は結構だが、他人を見下す事が常となっている片鱗が見えた。ホル・ホースとてこれまで数多くの人種と付き合ってきたが、往々にしてこの手の輩は度が過ぎると、仲間ですら踏み台にするのに躊躇しない。
 そしてホル・ホースの性質から言って、こういうタイプとは相性がすこぶる悪い。必要以上に馴れ合わず、適度な距離感でギブアンドテイクの仕事関係を続けてきたホル・ホースは、主に相方の能力を縁下から持ち上げるやり方が主流である。
 いざとなれば互いに切り捨てられる潔さを双方持ち合わせることに異論はまるで無いが、それも裏切り前提の関係が色濃く出れば仕事に支障が生じる。

 ある程度の信頼は必須なのだ。単独だと弱いホル・ホースの短所を補う相方には。

(見捨てられる程度ならともかく、平気なツラでオレを盾にしかねんヤローだぜコイツはよぉ)

 ホル・ホースの観察眼は、ディエゴを相方候補から即座に除外する。長所短所を埋め合う以前に、この男は少々やりづらい。どこかキケンな匂いもする。

「おやおや。嫌われちまったらしい。これから苦難を共にする『仲間』になるかもしれないってのになァ」

 視線から伝わってしまったか。ディエゴもホル・ホースの機微を敏感に察知し、軽薄な態度で軽口を叩いた。
 まあ、これくらいの不遜な口を利く人間は珍しくない。DIOの部下にも腐るほど居たものだし、その度にホル・ホースは事を荒立てることなく適当に相手していた。

318黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:54:42 ID:/BP69OTc0

「あんさんがこのオレとどう付き合っていきたいかは追々として……この女の子は誰だい?」

 従ってホル・ホースは目下の疑問をまず解決する。
 ロクな説明すら無かったのでどう触れていいものか分からなかったが、ひとまずDIOの命令は寝息ひとつ立てないこの少女を保護しろという内容だ。
 見た目人間に見えるが、幻想郷の少女達と交わってからすっかり常識観が壊されている。最早この子が妖怪の類であろうと、もう驚かない。

「ああ、その子。どうやらDIOの『お気に』らしいぜ」

 少女の髪を気障にも手に掬い、サラリと流しながらディエゴが言う。
 思わず鳥肌が立つ。まさか奴の『餌』じゃねーだろうなという勘繰りが頭を過ぎるも、そうであればさっさと食い終わっているだろうという結果に落ち着いた。

「何なんだ、この女は? DIO様の部下か?」
「さあね。オレには何とも。
 だがある程度の見当はつく。恐らく……───!」


 言葉は途中で途切れた。
 ディエゴの瞳が一層鋭く研ぎ澄まされ、室内のある一点を刺すように睨んだのだ。

「? どうしたよ、突然───!?」

 釣られてホル・ホースも、そこを見た。
 部屋の一角。何の変哲もないただの壁。
 正確には空間そのものに。

 音もなく、切れ目が裂かれた。


「───やっと、見付けた」


 密閉でもない部屋の中だというのに。
 まるで鍾乳洞で木霊したかのように、妖しげな声が綺麗に鳴り響いた。

「お出ましだぜ」

 ディエゴの顎が薄ら開き、下卑た笑みが零れる。
 


「私を呼んだのは貴方ね。我が『半身』よ」



 スキマから現れた大妖怪・八雲紫が。
 彼方に夢魅る幸福も、この世のあらゆる不条理も、全てを受け入れんとするが如く。
 両の腕を虚空へ広げながら、現に降り立つ。

 まるで。待ち望んでいたものがようやく訪れたような。
 そんな面持ちで、女はマエリベリーへと───。


            ◆

319黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:55:19 ID:/BP69OTc0


 とある休日の、親友とのショッピング帰り。
 ふと空を見上げると、晴天だというのに珍しい物が見えた。

 逆さ虹。気象学的には環天頂アークって言うのかしら。

「何か良い事の前触れかもしれないわね」

 こういう時、現世の結界は緩みやすくなるものだ。
 明日に予定している活動の前途に胸を踊らせながら、視線を雲の上から下へ戻すと。


 紫の羽を彩る、一羽の蝶々が目の前を横切った。


 反射的にわたしは、人差し指を伸ばしていた。
 絡むように指先へとまる蝶。



「───番の蝶、かしら」



 私の声じゃない。
 背後でそう呟かれた気がして、私は少し驚きながら振り向いた。

「……気のせい、かな」

 人混みはあったが、それらしき人物は居ない。
 ただ、その中に綺麗な金髪の女性の後ろ姿があった様な気がして、わたしはつい目で追ってしまう。
 晴れ間なのに紫色の傘なんかさして、まるであの虹みたいに周囲とは不釣り合い。
 現と幻想。喩えるなら、そんな感じで。


「そういえば……どこかで見たような傘だったな」


 番の蝶(つがいちょう)。
 二つが組み合わさって、初めて一組となるものを『番(つがい)』と呼ぶ事もある。




 いつの間にか、紫の蝶はわたしの指を離れ。
 あの虹の先にフワリと羽ばたいて、見えなくなった。


            ◆

320黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:55:58 ID:/BP69OTc0

『ジョルノ・ジョバァーナ』
【午後 15:31】C-3 紅魔館 地下大図書館


 全ては己の短慮が招いた采配だ。
 齢15の身の丈に合わぬ、数多くの責を背負うジョルノがそれを痛感するには、充分な悲劇であった。

 ジョルノの剣として飛び出した鈴仙は皮肉にも、盾という形で『世界』の拳を直に受け、急所である心臓を傷付けられた。一般的な肉体であれば貫通は免れない程の一撃を何とか押し留めたのは、都時代に鍛錬してきた屈強さ故か。
 それでも致命傷だ。峰打ちにて亀甲すら砕きかねない過剰な破壊力は、あのキング・クリムゾンをも上回るかもしれない。
 ジョルノは彼女の治療を最優先し、なるべく傷に障らぬよう床に寝かすも。

「お前の能力は『治癒』の一種だと聞いている。猶予の一切も与えるつもりは無い」

 『世界』の兇手は、再び息子の生命を摘みに立ちはだかる。

 拳の打ち合いという土俵に登れば、基本的にジョルノはDIOの『世界』には勝てない。スタンドに秘められる生来のポテンシャル差が圧倒的なのだ。
 防御に徹していては、鈴仙の命の灯火などロウソク以下の線香花火のようなもの。燃え尽きるより早く、砂の上へと音も立てず転げ落ちるだろう。

 しかしジョルノが迫り来る災害に防御を展開させる未来は訪れなかった。
 森閑たるべき図書の蔵には似合わない騒音が、音速の拳を乗せながら接近してきたからだ。


「破ァ!!」


 不躾な乱入者はバイクに跨り、DIO目掛けて族の如く突進してきた。この地下図書館へ至るには、蛇の胃の様に曲がりくねった階段を下る必要がある筈だが、そんな悪路など何の問題にもならないと言わん程の猛烈な勢いで、操縦者は闇から姿を現す。
 美しいと表現するのも生温い。光り輝く虹を連想させたグラデーションの髪を流す女性だった。バイクスーツまで着こなした彼女はなんの迷いも無く、今にもジョルノの首を狩らんとするDIOの背中へと、法定速度を完全無視したバイクごと突っ込んできた。

「DIO様ッ!」

 無論、男の忠実なる下僕がそれを安穏と見過ごす愚は起こさない。
 宇佐見蓮子が妖刀を振りかぶり、バイクの突進エネルギーを達人的なタイミングを以て殺した。言うまでもなく、様々な強者達の動きを『覚えた』アヌビス神だからこそ成せた達人技。

 それでも、甘い。
 バイクスーツの女性は、蓮子の想像を彼女の体ごと優に飛び越えた。

「DIO! 『上』だッ!」

 続くはプッチの咆哮。蓮子とプッチの頭上を、洋燈に照らされた影が通過する。
 アヌビス神が遮ったのはバイクのみ。ハンドルを捨て、シートから大きく跳躍した女は自ら砲弾となる事を選び、本命のDIOへと突撃する。唸りを上げる鉄の馬など、囮に過ぎない。

「〜〜〜ッ!」
「遅いッ!」

 予期せぬ闖入者にDIOの防御が遅れる。
 当然の話。DIOには依然『視力』が無い。プッチが抜き取ったDISCを再び持ち主に返す隙など挟みようが無かったのだから。
 結果、視界を封じた劣悪な状態異常のまま、DIOは防御に移行せざるを得なかった。
 故に生じた、コンマの遅延。その遅れは、闖入者の鋭い掌撃を男の脇腹へと通す功績に大きく貢献した。

 メキメキと、木の幹でも折れたような重い音が辺りに轟く。
 慣性力を味方につけたとはいえ、生身の女性が繰り出せるパワーではない。まして相手は吸血鬼の体幹なのだ。

(これは……まるで)

 暗幕の視界という悪条件の中、突如身に襲いかかる弩級の衝動。貫かれたDIOは、存外な破壊力に吹き飛ばされながらも、その思考は寧ろ冴えていた。
 間もなく響き渡る破壊音。蔵書の崩れを防ぐ為、頑強に床へと備え付けられた本棚へとDIOが衝突する音だ。

「DIO様!」

 バイクを弾き飛ばした蓮子が、叫びながら崩れ落ちた瓦礫へと駆け寄る。プッチも動揺の声こそ上げなかったが、蓮子の後に倣った。
 掃除の行き届いていない棚ゆえに、辺りは真っ白な埃が舞い上がり、さながら煙幕のよう。


「───まるで…………近接パワー型スタンド並みの腕力だな」


 その煙幕の中から、男は何事も無かったように姿を現す。
 コキコキと首を左右に傾け、砕けた筈の肋骨をも軽く擦りながら余裕ぶるその仕草は、到底マトモなダメージが入ったようには見えない。


「……少なくともひと月は立ち上がれない程度の手応えはあったのですが……成程。“人間ではない”という話は真だったようです」

 女の方もあれほど無茶な身のこなしを終えたにも関わらず、汗一つかかずにプロスタントマン顔負けの着地を成功させた。
 血を流し倒れる鈴仙と、彼女を治療するジョルノらの盾となるように、目の前の邪悪の化身へと構える。


「貴方が話に聞く……DIO!」
「ほう……誰かと思えば『聖白蓮』だったか。是非、一目拝んでおきたかった女だ」

321黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:56:25 ID:/BP69OTc0

 プッチから渡された視力の円盤を悠然と後頭部に挿し込みながら、白蓮へと対峙するDIO。開示された視覚の情報を脳に取り入れた彼が真っ先に漏らした言葉は、白蓮への興味を示す内容だった。
 予想外の台詞に白蓮はやや目を丸くする。自分がDIOの名前や人物像を知っているのはスピードワゴンの忠告あっての事だが、相手側からも目される理由に見当がつかない。
 更に……。


「───プッチ神父」


 DIOの隣に立つは、白蓮が追跡していたメインターゲット、エンリコ・プッチ。衣まで脱ぎ捨てた甲斐あって、バッチリと捕捉出来た。

「全く……呆れた尼だ。よもや屋内でチンピラの真似事とは。まさか君は普段の寺でもそんな様子なのか?」

 言葉通りにプッチは首を振りながら、とうとうここまで追って来た女性の執念に感服する。トレードマークの僧衣まで失ったとあっては、今の白蓮を見てまさか聖職に従事する人間だとは誰一人、欠片も思わないだろう。

「聖、白蓮……そうです、か。貴方が……」

 窮地を救ったその凛々しい背中を見上げながら、ジョルノはしんみりした声色で呟く。

「先の突撃を見て命蓮寺にあらぬイメージを抱いたのであれば悲しい誤解ですが……貴方も私の事を存じておられるのですか?」
「ええ。……小傘から、少し」

 トーンの落ちた声で告げられたその名は、少し前にも放送で呼ばれた名前だ。
 ほんの一瞬伏せられたジョルノの瞳を見て、彼が小傘に抱く感情は悪いものではないと白蓮も察する。
 同時に、負傷した兎耳の少女──確か永遠亭の薬売りだったか──を治療しているらしき所から、その少年は〝善〟なる側だと判断。

 この時点で白蓮の取るべき行動は、決定された。

「ならば救いましょう。〝禅〟なる心で。
 この様な世紀末の世界でも、神や仏は確かに御座すのだと……貴方達に説いてみせます」

 白蓮の目的はDIOやプッチ打倒でなく、あくまでジョナサンのDISCだが、救いを求めている人間を見捨てる様な真似は到底選べない。
 お人好しが服を着て歩くような彼女が、たとえ服を脱ぎ去ったとしても。
 〝善〟と〝禅〟の本懐に宿る心意気は、〝全〟裸であろうと揺るがない。


「ここはこの聖白蓮にお任せを。三対一……上等です!」


 驕心や猜疑という名の衣も纏わぬ、ひたすらに『信念』を貫き通せる至上の志さえあるのなら。
 露出されたその心には今や、一片たりともの羞恥だって存在しないのだから。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

322黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:56:57 ID:/BP69OTc0
『霍青娥』
【午後 15:33】C-3 紅魔館 地下大図書館


「まさか侵入したジョースターがジョルノ君だったなんてねえ。でも……こんな特大カード、中々お目にはかかれないわね」


 ラッキー♪と、心の底から溢れる喜びを抑えきれない青娥が堪らず口に零す。それ程には、この一大ショーは彼女にとって垂涎モノだ。
 邪仙にはこの戦いに介入するつもりは毛頭ない。腐ってもDIOの従順たる部下を自負しているつもりの彼女だが、それ以上に重要な至福が別にあるからだ。

「DIO様&神父様(蓮子ちゃんもいるけど)VSジョルノ君&聖大僧正サマなんて(あの兎は木偶として)。
 S席確保しといて良かったぁ。これは見ものよねっ」

 白蓮にバイクを貸し与えた損失など、お釣りが来るほど愉快なる見世物小屋。これには旦那を質に入れてまで観戦する価値があろうというもの。
 決して邪魔にならぬよう、また余計な火の粉が飛んで来ぬよう、青娥はしっかりと河童の迷彩スーツを着用して身を隠している。いつぞやと同じく、ジョルノや紅美鈴とウェス・ブルーマリンとの戦いを人知れず傍観していた時の様に。
 その上、席は図書館を一望できる高さを誇る本棚の最上から。ゆえに彼女は呑気にも、支給されたおむすびを口に頬張りながら高みの見物を決め込むつもりであった。

 これが賭け試合ならば、文句無しにDIOチームに財産を投入しても良い……と行きたい所だが、青娥は実際にDIOやプッチの実力をこの目で確かめた訳では無い。
 あの八雲紫を一蹴したDIOの力は間近で目撃してはいたものの、どちらかと言えばあれは紫側に大きな不調というハンデがあったようだ。
 つまり、我が主とその旧友の本気が見られるのは今回が初めてとなる。青娥の鼓動が早まるのも無理からぬこと。

「と言っても……あの住職サマの力だって半端じゃないのよねえ。もぐもぐ」

 逆に聖白蓮の力はよく知っている。あの甘ったるい性格を勘定に入れなければ、青娥の身近な知人の中でも群を抜いた潜在能力だ。
 この試合。レートで言えば案外に五分五分かも……等と客観的に評する青娥。プッチの怪我だってまだ快復してないだろうに、やる気満々の白蓮を相手取るには少々厳しいか?

 しかし……それでこそ、見る価値があるものだ。
 賭けてる物など無い以上、別にどっちが勝とうが負けようが───青娥にとっては大差ない。

 死熱必至の奪り合いに立ち会えた時点で、邪仙の欲が存分に満たされる未来は確定しているのだから。


「ほひはふぉふぁいほ!へふほ〜♪(どちらもファイト!ですよ〜♪)」


 ハムスターの様に頬を膨らませ、口元に米粒をひっ付けながら。青娥は無邪気に、元気よく腕を振った。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

323黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:59:16 ID:/BP69OTc0
『八雲紫』
【午後 15:28】C-3 紅魔館 二階客室


 とかくこの世はそう都合よく進まない。歯車が噛み合わず、軌道に乗せる事すら儘ならない理不尽ばかり。
 「運が悪かった」で片付けられるだろうか。恐らくだが、今回に関してはそうではない。

 またも、一手遅れた。
 八雲紫がこの光景を見てそれを感じ取るのは、早かった。


「……DIOは何処?」


 開口二番に問い質した事柄は、意外にも邪悪の行方。
 己の魂を揺さぶっていた謎の『声』の主が、そこで眠りこけている少女だというのは本能的に理解した。

 同時に、その少女の『中身』が失せている事も。

 一計を案じたのはDIOだろう。やはりあの男は人の動かし方に長けた名将だ。
 少女の奪還はそう容易ではないらしい。彼女の『意思』の在り処はきっと、既にDIOの手元だろう。ここで肉体のみを取り返し館から脱出するのは、紫からすれば釈然としない。

 少女───マエリベリー・ハーンは此処には居ない。
 器に在留する彼女の残滓は、驚くほど静かだ。

「流石に理解が早いな。ここまで散々振り回されて、やっと賢者の本領発揮……ってツラだぜ。意外とスロースターターなのか?」

 紫の質問へ馬鹿正直に返すより、あっけらかんと挑発する事をディエゴは選んだ。先程までとは違って、今この女とマトモにやり合えば恐らく不利は自分の方だと悟りつつ。

「ディエゴ。貴方にも随分な仕打ちを受けてきたけど……今は“見逃してあげる”。
 もう一度訊く……DIOは何処? 三度目は無いわよ」

 女の髪が揺れた。バルコニーより吹く冷たい風が原因ではない。
 今度という今度は八雲紫も本気なのだ。溢れる妖気を抑えきれていない状態が、それを優に語っている。

「とと……そうキレるなよ。第一、オレだって『Dio』なんだぜ。オレじゃあ役不足かい?」

 本気の紫を前にし、敢えてイラつかせる様な態度を続けるディエゴ。恐らく“役不足”も誤用でなく、本来の意味で使っているのだろうと、紫は内心で舌打ちする。
 言うまでもないが、正確にはDIOでなくDIOの近くに置かれているであろう『探し人』が目的だ。件の少女を救うには、必然的にDIOとまみえる可能性が高い。
 そして現在、DIOはジョルノとぶつかっている事が容易に想像できる。というより、そうなるよう紫の方から意図的に誘導した。
 ジョルノは口に出さなかったが、彼がDIOに対し並々ならぬ想いを抱いていたのは何となく感じていたし、再びの邂逅を望んでいた節もあったからだった。
 いわばジョルノを囮として使う策は、所詮ついで。本心では世話を焼いたようなものだ。

 そのお節介が、果たして吉と出るか凶と出るか。
 そこまでは紫にすらどう転ぶか分からない領域。

 だというのに……どうにも転がされている気がしてならない。

(それはDIOに? それとも……運命って奴かしらね)

 クサイ台詞だと自分ながらも思う。しかし、こと『運命』という因果律は紫にとって他人事ではない。

 我が写し鏡だと見紛う程に、そこで眠る少女との出逢いは運命だと言わざるを得ないのだから。

「ディエゴ。アナタはDIOの『天国論』についてどう思っている?」
「なんとも言えんね。ただオレは『見下す』のが好きだ。その天国とやらに登り詰めれば、神サマだろうが何だろうが上から見下ろすのは楽そうだ、とは思ってるぜ」
「……哀しい人間。環境さえ違わなければ、アナタの意志は正しい手段で頂きまで登り詰める素質があった筈なのに」
「……それ、煽ってンのか?」

 飄々と宣っていたディエゴの態度が一変する。先の意趣返しとでも捉えられたのか、触れられたくない箇所に触れられたが故の立腹か。

「アンタの言う『正しさ』とは何だ? まさかお前まで“気高さを忘れるな”などと言わないよな?」
「私には貴方へ対し説教を垂れる資格はないでしょう。幼少期の貴方が、それらを学ぶ環境に居なかった苦境は推測できます。
 ただ……ねじ曲がり、ふんぞり返った貴方の目指す地点に、天国などという理想郷は相応しくない」

 人間には、時たま彼のような人種が産まれてくる。
 世から見捨てられ、故に世を……世界を怨む報復人。
 こういった人間は、得てして危険である。幻想郷であれば即座に弾かれて然るべき、力を求める孤立者だ。


「アナタの言うそれは……ただの『奈落論』。
 這い上がって来たと勘違いしたその場所こそが、真理から孤立した堂々巡りの伽藍堂……地の底よ」

324黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 18:59:51 ID:/BP69OTc0

 男の口元がひび割れた。
 恐竜化による攻撃意思か。はたまた自嘲の嗤いか。
 掛かってくるのならば今度こそ足下は掬われない。

 迎撃の態勢に移さんとした紫へと、裂帛へ誘う爪撃が襲う事は……果たして来なかった。

 ディエゴがその場から動く気配を見せない。
 見ればひび割れたと思った口元も、通常のままの様子であった。
 肩を透かされた形になった紫を軽蔑の眼で見送るディエゴ。彼は意外にも、襲い掛かるどころか踵を返して部屋の出入口へ足を向けた。

「何処へ?」
「アンタが視界に入らない場所さ。これ以上目を合わせてると、どっちかがくたばるだろうからな」

 ディエゴ自身、大きく負傷している現状。それを分かっている彼も、挑発に乗って無謀など起こすべきでないと理解している。
 しかしそれ以上に今のディエゴにとって、ここで八雲紫を叩く事に自己満足以上の意味はない。紫をこの場で始末するにはまだ『機』ではなかった。


「……っと。忘れてたぜ。霍青娥には気を付けといた方がいい」


 ふと、極めてどうでもいい事柄を思い出し、ディエゴは足を止める。
 本当にくだらないのでこのまま立ち去ろうとも考えたが、まあこの程度の心の余裕くらいは保っておきたい。


「青娥に……?」
「オレが『ある事実』を伝えてやったらアイツ、珍しく怒ってたぜ。お前……殺されるかもな」
「はて。有象無象の弱者達から恨みを買う原因に、心当たりならば山ほどありますゆえ。
 ……ご忠告、感謝しますわ」


 そのままディエゴは無音のままに部屋から脱し、紫の前から姿を消した。
 どうにも不気味である。紫は今度こそ彼を抹消する覚悟でこの場に現れたのだが、奴には敵意こそあれ戦意はさほど見えなかった。
 身体のダメージを考慮し撤退、という風にも見えたが、別の意図があるようにも思えた。
 そもそも───

(この子を置いていくとは。“中身”まではどうにも出来まいと、高でも括っているのかしら)

 紫は神妙な面持ちで、椅子に掛けられたメリーを覗く。少女の“意思”は残念ながらここには在らず、だからこそ紫一人がどう足掻こうと『無駄』だと見くびっているのだろうか。

 どうする? ディエゴを追撃するか。
 この場にて交戦すれば、最悪メリーを人質に取られる危険性を考慮し、敢えて今は奴を見逃したが。
 ……却下。時間が足りない。
 目的を見据えろ。今、やるべくは。


「……貴方からお話を聞くことよね。時代錯誤のカウボーイさん?」


 どさくさに紛れて退出しようと、抜き足差し足で移動する前時代的な装いの男を、紫の声が射止めた。
 男──ホル・ホースは大袈裟にハットを跳ねさせ、蛇に睨まれた蛙の様に硬直する。
 紫はこの男に全く見覚えがない。恐竜化させられていた頃の、つまり図らずもDIOの下に付いていた頃にも、男の顔など見たこともなかった。
 つまり彼は新参者。つい最近DIOの一味に参入したばかりである事が予想される。
 ディエゴとの会話中も、彼は如何にも話について行けてない困惑そのものを貼り付けた顔であり続けていた。
 手玉に取るならディエゴでなく、このカウボーイの方がだいぶやりやすいだろう。今の所、敵意も感じない。


「改めて……私の名は八雲紫。死にたくないのならば、少しだけお時間頂けるかしら?」
「……ホル・ホース、だ。全く、DIOのヤローのそっくりさんの次は、カワイコちゃんのそっくりさんかい。まさかオレのそっくりさんは居ねーよな?」
「貴方の名前なんかどうだっていいの。あまり時間も無いし……幾らか質問に答えて貰うわ」


 この日何度目かの大きな大きな溜息が、ホル・ホース口から漏れた。厄日という単語を辞書で引けば、そこにホル・ホースの日常が示された引用で解説されてるのではないか。
 真実、ホル・ホースは何も理解出来てないし、知らない。
 その事実を懸命に説けば、果たしてこの胡散臭い美女は退いてくれるだろうか。

 ……無理だろうな。ホル・ホースは殆ど諦めの念を浮かべながら、己の引きの悪さを悔やんだ。

           ◆

325黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/08/30(木) 19:00:31 ID:/BP69OTc0


          ───
       ─────────
   ─────────────────


 夜の竹林ってこんなに迷うものだったかしら?
 携帯電話も繋がる気配は無いし、GPSも効かないし、
 珍しい天然の筍も手に入ったし、
 今日はこの辺で休もうかな……って今は夢の中だったっけ?
 しょうがないわ、もう少し歩き回ってみようかしら。


 それにしても満天の星空ねえ。
 未開っぷりといい、澄んだ空といい、大昔の日本みたいだなあ。

 タイムスリップしている? ホーキングの時間の矢逆転は本当だった?
 これで妖怪がいなければもっと楽しいんだけどね。


 そうか、もしかしたら、夢の世界とは魂の構成物質の記憶かもしれないわ。
 妖怪は恐怖の記憶の象徴で。



 うーん、新説だわ。
 目が覚めたら蓮子に言おうっと。



 さて、そろそろまた彷徨い始めようかな。




   ─────────────────
       ─────────
          ───


【かつて稗田阿求が発見したメモ】
数百年前の迷の竹林で発見。
意味不明な単語も多く見られ、未だ解読不能。
外の世界の人間が書いた物だと思われるが、
夢の世界とは一体どういう意味だろう。

           ◆

326 ◆qSXL3X4ics:2018/08/30(木) 19:02:08 ID:/BP69OTc0
前編投下終了です。
遅くならない内に次も書き上げる予定です。

327名無しさん:2018/08/30(木) 23:59:26 ID:IkxW/jJI0
氏のストーリーの魅せ方はやはりというべきかなんというか、上手ですよねェ〜〜ッ
文章の読み易さ・展開の構成どちらも上品に画かれているのに加えて、文中に仕込まれたギャグ成分も綺麗に織り込まれていて読んでて楽しい……楽しくない?

ページをスクロールする手が止まらないとはこの事か〜〜……うーんすき!
これには後編への期待が高まってオラわくわくすっぞ!!

328名無しさん:2018/09/11(火) 11:15:53 ID:iEQbbFsw0
盛り上がってきました

329 ◆qSXL3X4ics:2018/09/14(金) 20:42:34 ID:lQG/D5qE0
お待たせしました。中編投下します

330黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:44:44 ID:lQG/D5qE0
           ◆


          ───
       ─────────
   ─────────────────


 夜の竹林ってこんなに迷うものだったかしら?
 携帯電話も繋がる気配は無いし、GPSも効かないし、
 珍しい天然の筍も手に入ったし、
 今日はこの辺で休もうかな……って今は夢の中だったっけ?
 しょうがないわ、もう少し歩き回ってみようかしら。


 それにしても満天の星空ねえ。
 未開っぷりといい、澄んだ空といい、大昔の日本みたいだなあ。

 タイムスリップしている? ホーキングの時間の矢逆転は本当だった?
 これで妖怪がいなければもっと楽しいんだけどね。


 そうか、もしかしたら、夢の世界とは魂の構成物質の記憶かもしれないわ。
 妖怪は恐怖の記憶の象徴で。



 うーん、新説だわ。
 目が覚めたら蓮子に言おうっと。



 さて、そろそろまた彷徨い始めようかな。




   ─────────────────
       ─────────
          ───


【かつて稗田阿求が発見したメモ】
数百年前の迷の竹林で発見。
意味不明な単語も多く見られ、未だ解読不能。
外の世界の人間が書いた物だと思われるが、
夢の世界とは一体どういう意味だろう。

           ◆

331黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:46:15 ID:lQG/D5qE0
『聖白蓮』
【午後 15:37】C-3 紅魔館 地下大図書館


「殴られた横っ腹の借りを返す前に、だ。念の為聞いておこうか、聖白蓮」


 先のダメージをものともせずに、DIOが気障ったらしく腕を組む。
 些か掃除の行き届いてない書物の群から立ち上る埃の煙幕は、まるで吸血鬼の胃から吹き出される寒波を想像させるおぞましい寒気。

 少々、難儀な物の怪退治になりそうだ。
 白蓮は予感される大仕事に背筋を強張らせながらも、決して気圧されない。

「何でしょうか?」
「お前は何故、このDIOの前に立つ?
 そこの出来損ないを救いに来たのだと寝言を言うのなら、これは『親子』の問題だ。引っ込んでいてもらおう」

 戦う理由。それは白蓮にとっても、置いてはおけない問題だ。
 万事の発生には、必ず理由がある。
 相応の理由があるのだから異変を起こす者がいるのだし、異変が起こるから巫女は解決に向かう。
 民衆を救い、導く役職に就く尼公の白蓮ですら「力も方便です」と残している。先の宗教戦争において自ら出陣した珍事にだって理由はあるのだ。

 『妖怪退治』と『殺し』は決してイコールでは結ばれない。
 しかし、このゲームにおいてはそのイコールが結ばれ“得る”。得てしまう。
 たとえ目の前の吸血鬼が妖怪の括りに則し、退治なり成仏なりさせてしまえば、現状に限って言えばそれはもう『殺し』の領域となる。
 『殺人』にも理由はある。誰でもいいから殺したかったなどと供述する人非人の戯言ですら、広義で見ればそれは一つの理由だ。

 白蓮がDIOらと戦う理由は明確だ。
 その戦いの過程で彼らの命を奪ってしまう結果が起こり得る事も、予想しなければならない。

 言うならば今の白蓮には、『殺人』を犯す公然の理由がある。本人はそれを許容してはいないが、当て嵌ってしまうのだ。
 無論、僧侶たる彼女が“それ”を犯してしまえば、因果応報により必ず地獄に堕ちる。断じて避けなければならない。

「“因縁生起”……世の中のものは、すべて相互に関係しあって存在している、因縁によって生ずる、という考え方です」
「フン。坊主の説法を頼んだ覚えはない。尤も、その考え自体には同意できるが」
「因縁生起を略し、『縁起』と呼ぶ。“吉凶の前兆”という様に、昨今ではかけ離れた意味で使われるこの言葉は、本来は因と縁が互いに密接に絡み合う意味なのです」

 縁起の考え方は、仏教が持つ根本的な世界観である。
 この因果論は、“様々な条件や原因が無くなれば、結果も自ずから無くなる”、という逆の考え方も出来る。
 DIOがジョルノという親子の『縁』を断ち切ろうとする『理由』には、我が子すらも滅す事によって、ジョースターという『縁起』を完全に消滅させようという魂胆がある。
 仏教の世界でいうところの『縁滅』を狙っているのだ。

「貴方の所業に理由はあるのでしょうが……それはやはり悪行でしかない。
 無論、私がこの場へ赴いたのにも理由はあります」

 テカテカの光沢を反射させながら、白蓮は右腕をDIOに向け、人差し指を立てた。

「ひとつに。そちらの神父様の持つ、ジョナサン・ジョースターから奪った円盤。
 彼を蘇生させるには、その円盤が必要不可欠と判断した故に、ここまで参りました」

 真っ当な理由だ。いわば人助けに類する行動理念であり、白蓮を象徴すると言っても良い行動であった。
 DIOもプッチもそこは容易に予測出来る。そして白蓮の言う通り、ジョナサンのDISCは未だプッチの懐に仕舞われていた。
 この円盤の特徴の一つに、破壊不能レベルの弾性を纏うことが挙げられる。外圧によって壊すことは難しいが故に、たとえ宿敵の命そのものと呼べる円盤でもこうして持ち続ける他ない。ここにヴァニラ・アイスさえ居れば悩むまでもない話であるが。

「御足労悪いが……このDISCだけは渡せないのだ。諦めて寺へ帰るといい。力ずくはあまりオススメしない」
「力ずく、ですか。好きな言葉ではありませんが……嫌いな言葉でもありません」
「……中々面白い尼だ。少し気に入った。……他の理由は?」
「ふたつに。人類の三大禁忌(タブー)というものがあります。内一つが『親殺し』の大罪。
 どのような理由があろうと、己を産み落とした親を殺すなど言語道断。逆もまた然り、です」

 見過ごせない。見過ごせるものか。
 家族の問題、で見過ごしてしまうほど、白蓮の眼は曇ってなどいない。
 親子で殺し合わなければならない程、憎んでいるというのか。
 ならば何故、産んだのだ。
 それを問い質すつもりは無いし、返ってくる答えにはおよそ正常な感情など篭ってないだろう。

332黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:47:14 ID:lQG/D5qE0

 永く、善も悪も見てきたから分かる。
 最期を看取ったスピードワゴンがかつて忠告した言葉が、ここで理解出来た。

 この男DIOは、生粋の邪悪だ。
 絶対に、野放しには出来ない。


「なるほど。正義の真似事のつもりか」
「はい。正義の真似事を、演じさせて頂きます」


 幻想郷のようにはいかない。
 交わし合う言葉も不要。
 躱し合う弾幕も無意味。
 言葉遊びも、弾幕遊びも、全ては児戯だと切り捨てたなら。
 あまりに無情で、あまりに空しいではないか。
 この荒廃した箱庭で正義論など掲げて、私(おまえ)は部下を何人失った? 家族を何人救えた?

 いっそ。何も掲げさえしなければ。
 正義も悪も翳さず、降り掛かる厄災を払うのみに徹すれば。

 少なくとも、寅丸星は死なせずに済んだのではないか。


(…………私とした事が。まだまだ修行が足りませんね。自暴自棄と無念無想を混同するなど)


 聖白蓮は、それを選ばない。
 寅丸星の信じた正義を否定し、捨てる選択は愚の骨頂だ。
 拠り所を放棄し、単孤無頼の奈落に堕ちた人間は、等しく弱い。


「DIO。そしてエンリコ・プッチ。
 邪心に満ち満ちた貴方がた二人は、この聖白蓮が退治させて頂きます」


 掲げるモノを信じるから、人は強くなれるのだ。
 昔日に人間の身を辞めた白蓮の目にも、素晴らしき『人間賛歌』は七色のように美しく映る。
 あとは空に架かったそのアーチを、この自分が辿れるかどうかだ。



「───正義、正義か。……ククク。なるほど、なるほど……!」



 正義を宿す白蓮の、瞳に映った邪悪は嘲る。
 静寂だったさざ波は、間もなく荒波となり、地下中に波乱を招く津波となって鼓膜を打つ。


「ハハ……ッ! ハァーーッハッハッハッハァ!!!」


 閑かなる地の底だからこそ、男の絶笑はより深く引き立った。
 乱反射される嘲笑い。ドス黒い悪の大気で覆い被さる巨大な津波は、そこに居る正義の心を揺さぶった。

「可笑しいですか」

 不快からか。はたまた戦慄の類か。
 白蓮は喉元でひりついていた言葉を吐き、目の前の悪をひと睨みする。

「クックック……! いや、そうではない。
 ただ、あまりにもお前が私の『予想通り』の人物像だったものでな」

 黄金に揺蕩う髪を根元からクシャりと握り締め、腕の震えを強引に塞き止める。男を突如として襲った痛快なる破顔は、そうまでの現象を引き起こすものか。

「プッチ神父から、何か私の良くない風評でも吹聴されたのですか」
「それも間違ってはいないが……私はお前に少し、興味があった。名簿で初めてその名を目にしてからな」

 名簿。そこに連なる聖白蓮の並びが、果たしてこの男へと如何なる興趣を与えたのか。
 依然、白蓮の疑問符は止まない。

「お前からすれば、実にくだらん言い掛かりよ。しかし、こと私にとっては……これが意外と死活問題でね。中々どうして、馬鹿にできんのだ」
「随分と回りくどい御方です。言いたいことがあるのなら、ハッキリと」
「名前だよ。お前の名に、私は…………そう。恥ずかしながら白状しよう。

 ───恐れたのだ。ほんの僅かだが、動揺を覚えてしまった。このDIOが、だ」

 過ぎ去った過去の笑い話を、心の引き出しからそっと取り出すように。
 かの邪悪の化身は俯きがちに首を振り、また笑った。
 自らを〝悪〟と言い切る悪人正機を体現した、この男ほどの者が。
 可愛げすら覗かせるように、それを言うのだ。

333黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:48:53 ID:lQG/D5qE0

「失敬な話ですね。私は魔王か何かですか」
「魔王……なるほど。言い得て妙だ。あながち間違いでもない。
 お前は私にとって、滅ぼすべき『魔王』の様な存在……その可能性もあった」

 心外だ。確かについぞ最近まで、白蓮は魔界に身を置いていた。だがその心まで魔に染まった訳ではない。魔王などと蔑まれる所以などあるか。

「名は体を表す……ということわざがあるように。言葉には時折、不可思議な魔力が籠る。日本ではこれを……え〜〜〜と、」
「言霊でしょうか」
「そう。その言霊というのが実に……ある意味では重要なのだ。
 血脈と共に『ジョジョ』という愛称が代々に渡り継がれるのも、言葉に魔力が宿るからとしか思えん。そういう風習が定まっている訳でもないのにな」

 DIOが流した『ジョジョ』の名に、白蓮は軽く眉をしかめる。
 愛称。ジョジョ。直感的に、それはジョナサン・ジョースターの渾名なのではと予感する。

 背後で鈴仙を治療するジョルノも、『ジョジョ』の名にほんの一瞬ピクリと反応したのには、その場の誰も気付かなかった。

「その言霊と私の名前に如何なる関係が?」
「聖(ひじり)……私はその名に、少しだが縁があってね。
 正確には『聖(ホーリー)』……ホリィ・ジョースターだったかな」

 ホリィ・ジョースター。またしてもジョースター。
 その女性の名前……ルーツの根源を知る者は、ここではDIOとプッチの二名のみ。
 全ての事の発端である女。そう言い換えてもいいのかもしれない。
 かのジョセフ・ジョースターがエジプトのDIOを嗅ぎ付け、仲間を連れて遥々と海を渡って来たのも、元を正せば空条承太郎の母・空条ホリィがDIOの影響を受けて昏睡したからである。
 この点に関してDIOの意図があった訳では無い。ホリィが生来、スタンドの発現に耐えられる精神をしておらず、DIOの復活が血脈を介して彼女に悪影響を及ぼしたからであり、あらぬ必然を引き起こしてしまったに過ぎない。

 DIOは『聖女』が嫌いである。
 少年時代、浅はかな考えでエリナに手を出し、ジョナサンの成長を引き起こす一因を作ってしまった。
 周囲からは『聖子さん』などと呼ばれていたらしいホリィへと、間接的にではあるが危害を加えた為、空条承太郎を敵に回してしまった。
 メリーに関してもそうだ。彼女の瞳はエリナと酷似している。メリーもDIOにとっての『聖女』。だからこそ丸め込み、手篭めにしようと画策している。

 DIO。ディオ・ブランドー。
 彼の持つ女性観の根源には、とうに他界した『母親』が密接に絡んでいる事は、本人も自覚するところである。
 思い返せば……母もまた、ディオにとっては聖女の様な存在だったろう。

 母の愛があったおかげで幼少ディオは、過酷な環境をたった独りでも生き抜いてこれた。
 そして、母の清すぎた聖心のせいでディオは、余計な重苦を背負ってきたと言ってもいい。
 あの女は、人間として眩しいくらいに良く振る舞い、息子に愛を注いできたろう。
 しかしディオの育った環境においては、その愛は必ずしも幸福には結びつかなかった。

 ディオは母親が嫌いであった。
 だからこそ、聖女を憎むのかもしれない。
 聖なる女は、いつだって彼の闇の運命を祓ってきた。


 そして───聖なる女、聖白蓮。


「聖(ひじり)などと、こんな御高尚な名を付けられた程だ。さぞ正義感に満ち溢れ、義に厚い女なのだろうなと……確信すらしていたのだよ。
 くどいが、言葉には本当に魂が宿るものだな。お前もまた、エリナによく似ている。その奇天烈な積極性に目を瞑ればだが、な」
「人様を魔王と呼んだり聖女と呼んだり……しかし、『言葉の魔力』ですか。確かに、古来より名前には不思議な力が籠ると考えられてきました。
 神<DIO>と名付けられた貴方が聖女に恐怖するのも……皮肉な運命めいたモノを感じます」

 本人も言う通り……DIOの言い分は極めて自己中心的で、無関係の白蓮からすれば言い掛かりもいい所だ。
 しかし、彼は恐らくそういった迷信やジンクスを受け入れるタイプだろう。
 実際に白蓮はDIOの前にこうして立ち塞がっている。そして、その彼女を自ら倒すことで、運命を……恐怖を乗り越えようとしている。
 聖白蓮とは、DIOにとって紛うことなき障害なのだ。

 信じ難いほどに、前向きな男だ。
 ベクトルさえ間違わなければ……このゲームを共に打破する、頼れる仲間になれたろうか。

334黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:51:18 ID:lQG/D5qE0


「尤も、私は自身が聖女だなどと自惚れておりません」


 誠に口惜しく、遺憾千万である。


「───魔人経巻」


 詠唱省略。ゼロコンマからの魔法発動を可能とする巻物。
 それが、黒を基調とする彼女のバイクスーツの内から。
 つまりは素肌。白蓮の胸部の狭間から音もなく取り出され。



「『ガルーダの爪』」



 空気が爆発した。


 音すら置き去りにして、白蓮が空想を具現化させたスキルの名は『ガルーダの爪』。
 装った衣装にこれ以上似合う体術もない……とんでもなく強烈なライダーキック。



「『世界』」



 爆発の如き蹴りが停止した。


 半ば不意打ちに近い形で炸裂した白蓮の足技は、男の呟いたザ・ワールドの明滅と共に、止まる。
 時を止めた訳ではない。彼女の目にも止まらぬ速度を、物理的に、単純なスタンドの防御で受け止めたに過ぎない。


「───更にくどいが、名前には魂が宿る。お前達が『スペルカード』の遊戯法により、くだらん弾幕へ名付ける事と同じように」


 世界の腕が、攻撃の硬直で宙に止まったままの白蓮の足首を掴んだ。


「天国へ至るのに必要な『14の言葉』が設定されたように」


 そのまま、世界は受けた蹴りの反動をモノともしない勢いで、掴んだ白蓮を一旦大きく頭上へと振りかぶり。

「……ッ! 御免ッ!」

 その手は食うかと、筋力倍加の魔法を受けた白蓮の凄まじい拳骨が。
 命蓮寺の鐘を毎朝毎晩、素手にて十里先まで打ち鳴らす程の鋼鉄の拳が。
 人体の急所……脳天へと、真上からモロに叩き込まれた。

 常人であれば、即死必至の破壊拳。
 常人であれば。


「我々スタンド使いも、傍に立つヴィジョンに名前を付ける」


 その拳を頭蓋に受けておいて。
 DIOのスタンドはまるで動じない。揺らぎもしない。

 脳が揺れたのは、掴まれた白蓮の方だった。
 一切の躊躇もなく、世界は彼女の身体を床へと思い切り叩き付けた。スタンドの腕が掴んでいた箇所は足首なので、必然的に白蓮は顔面から硬い床へと振り込まれる事となる。

 鈍い音が木霊する。
 幸い、砕けたのは床板のみに留まった。もしも彼女の肉体強化が頭部にまで及ばずにいたら、これで決まっていたろう。
 頭半分めり込ませて地に放り込まれた白蓮を不敵に見下ろしながら、男はスタンドを我が身の傍に立たせる。


「紹介しよう。これが我がスタンド───『世界(ザ・ワールド)』だ」


 筋骨隆々に構築された、黄金の肉体美。
 ザ・ワールドの言霊を冠するスタンドがDIOと並ぶ。
 冷気とも熱気とも見えない蒸気が、彼らの肉体から噴出する。あるいは、スタンドのエネルギッシュなオーラとでも呼ぶべきか。

 DIOと、『世界』。
 最悪の吸血鬼が、最高のスタンドを身に付けてしまったのは、この世の必然か。

335黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:52:59 ID:lQG/D5qE0

「聖さんッ!」

 ジョルノが張り上げる。
 白蓮はスタンドを展開していなかった。つまり、まず確実に非スタンド使いだ。生身の人間があのスタンドに対抗出来るわけが無い。

「……ッ! 加勢します!」

 鈴仙の治療を優先したいが、白蓮一人では荷が重すぎる。
 ゴールド・Eを自身の前に動かし、勢いを付けて立ち上がる。が───


「邪魔はさせない。DIO様のご子息といえど……斬るわよ」


 黒帽子を被った少女──宇佐見蓮子がジョルノの前に立つ。
 年齢はジョルノより少し上くらいだろうか。右手には妖しく光る不気味な刀。

「退いてください。でなければ……女といえど、容赦しない」

 突撃はジョルノの方から。蓮子は動じることなく、刀構えて待ち受けるのみ。
 警告はした。意識の暴走でショック死を迎えようが、躊躇はしない。
 ゴールド・Eが、叫びと共に無数の拳を繰り出す。

「無駄無駄無駄無駄ァ!!」

 パワーはさほどない。しかしこの場合、薄い痛覚であるからこそ痛みは倍増する。ジョルノのスタンドとは、そういうものなのだ。
 スピードなら充分。世界にも対抗出来る速度のラッシュが、蓮子の体を撃ち抜───

「な……ッ!」

 ───けない。

 蓮子の持つアヌビス神は、ジョルノのラッシュをひとつ残らず刀の峰で弾く芸当を見せ付けた。
 おかしい。ただの少女にしては熟練された剣の腕、だという事を差し引いても、おかしい。
 所詮、刀だ。スタンドであるゴールド・Eの攻撃を防いだ事も、刀を生命化出来なかった事も理屈に合わない。

「いや……その刀、スタンドか」

 刀自体が『スタンド』! 警戒すべきは、あのスタンドに隠された能力。それがある筈だ。


「その『刀』は少々厄介だぞ、我が息子ジョルノ・ジョバァーナ。いくらお前とはいえ、簡単にはいガッ!」

 息子の勇姿を応援する父の姿とは程遠く。
 チラと見た、ジョルノと蓮子の交戦を遠巻きに眺めるDIOの隙だらけな横っ面に、熱と衝撃が撃ち込まれる。


「いガ? ご子息が心配ですか」


 顔面から床に叩き付けられ、昏倒したと思われた白蓮が、ケロリとしながら回し蹴りを決めていた。

「……硬いな、女。イイだろう……やはりお前は、このDIOの栄養となる資格を有していコハッ!」

 脇腹に、大きく腰を落としての正拳突き。
 最初に叩き込んだ脇腹への掌撃と同箇所。今度は、内部に組み立てられた骨をまとめて粉砕する程のパワーを込めた。

「コハ? 随分と余裕ですが、貴方の食事とやらになるつもりは御座いません」

 ギリギリと鳴る白蓮の拳からの、筋肉と骨との摩擦音。
 DIOの巨躯は、今度こそ抗った。先のように空へ吹っ飛ばされる事なく、白蓮の正拳突きに耐えたのだ。

(堅い。そして重い。だが、この女……何よりも───)

 ───疾いッ!

 余裕を見せていたとはいえ、世界が見切れなかった程の轟速が生身の女から繰り出された。
 どれ程の荒修行を耐え忍べば、こんな馬鹿げた肉弾ミサイルを身に付けられるのか。

 これは、想像以上に……

「どうやら貴方は肉食系のようですが……お生憎様。
 私は修行僧……肉などタブーの、菜食主義者(ベジタリアン)です!」

 想像以上に……強いッ!


「DIOッ! ホワイトスネイ───!」


 後方から迫るプッチの救助は、煙のように掻き消された。
 白蓮の『ヴィルパークシャの目』。周囲の状況に目を配らせる暇すら挟まず、ほんの一喝でプッチのフォローをも遮った。
 限界まで強化された彼女の肺から吸い上げられた空気が、声の大砲となり、音響兵器に昇華する。
 物理的な砲撃ならばスタンドでどうともなるが、広範囲の衝撃波ともなれば防御のしようがない。プッチはたまらず吹き飛び、僅かだが強制的に戦線から離脱された。

「私は遊ぶつもりはありません。一瞬でケリを付けます!」

 ケリがDIOの下顎に到来する。むしろ着弾とも称すべき、爆発的なハイキック。
 常人なら脳震盪どころの話ではない。顎が割れ、滝すらも下から上へ割りかねない重さの蹴撃は、間もなくDIOの顔面に地割れを起こした。

336黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:53:40 ID:lQG/D5qE0

(ザ・ワールドの可動が追い付かん……! 攻撃を繰り出すまでの初速から最高速に達するまでの間隔が、疾すぎる! これはまるで……)


 ───まるで、時間が止められたように。


 迫り来る白蓮の百掌が炸裂する刹那。DIOの心の水面は、外面とは裏腹に恐ろしい平衡を保っていた。
 思考を進める暇すら与えてくれない……という意味合いでなく。
 DIOの感じた「時を止められたようだ」という聖の猛攻は、ある意味でも理にかなっている。
 極限まで時が圧縮され、意識のみが白蓮の残像をかろうじて捉えられている。物理的には、DIOの身体は全く追い付かない。


 ───まるで、承太郎の『星の白金』のように。


 承太郎のスタープラチナは時間を止める。そのカラクリは、厳密に言えばDIOの『世界』とは少し理屈が異なる。
 “速すぎる”が故に光速をも置き去りにし、本体視点からは周囲がとてつもなくゆっくりに見えているという現象だ。


 ───まるで、ジョルノの『黄金体験』のように。


 現時点でのDIOには素知らぬ事であるが、ジョルノのゴールド・Eにはある能力がある。
 殴った生物の意識のみを暴走させ、本人から見た周囲全ての光景を限界までスローに感じさせるものだ。
 ジョルノの能力を引用して喩えるのならば、万全の聖白蓮の肉体とは、黄金体験を受けてかつ暴走する意識に身体がしっかりと付いていくような状態だ。

 少なくとも。吸血鬼の能力を手に入れたとはいえ、元々は人間としてのポテンシャルでしかなかったDIOの、修練も工夫もさほど蓄えていない肉体と、女性でありながら幾星霜にも積んできた修行と知識の総決算の末、人間をやめた大魔法使いの聖白蓮では、経験値の差が圧倒的であった。
 歯痒いことであるが、生身同士ではDIOが白蓮を覆せる道理は無い。当然、スタンドを用いての肉弾戦ともなれば別だが、ここに来て承太郎から刻まれた左目のダメージが効いている。
 視野が通常の半分である事の不便とは、想像していた以上に重荷となる。遠近感がぼやけ、立体感も取り難く、動体視力まで低下している。これらの欠落は言うまでもなく、戦闘においては命取りだ。
 主に防御・回避行動において、DIOは素早い敵に遅れを取らざるを得ない。その遅延はほんの僅かな“ゆらぎ”程度でしかなかったが、白蓮ほどの熟練された格闘者相手では致命的な傷となる。

(戦いの流れは……完全にこの女が掌握している)

 これでやれ尼だの、やれベジタリアンだのと自称するのだから恐れ入る。要はこの僧侶、戦い慣れていたのだ。


「明鏡は形を照らす所以。
 故事は今を知る所以───明鏡止水」


 厳かに紡がれた聖女の瞳には、今や一点の曇りも映さず。
 止水の如き静寂にたたえられた水からは、刹那の次に荒波が打ち出される理の矛盾。
 澄み切り落ち着いた心は、両の掌を四十の臂へと錯覚させるに至る真境地。

 聖白蓮の四十本の腕が、無慈悲へと化けた。


「其の疾きこと風の如く。
 徐かなること林の如く。
 侵掠すること火の如く。
 動かざること山の如し───風林火山」


 人の目では止まらぬ数多の腕が、風の如く邪悪を穿つ。
 静と動。逆襲に構え、受け流す型を取り、時には林の如く静寂を保つ。
 苛烈を纏う四十の閃撃は、悪を灼き尽くす火の如く攻め立てる。
 肉体に受けた幾本もの槍など、山の如く受け切りものともせず。

 無慈悲なる四十の腕は、絶えなき猛攻の更なる加速により、二十五の世界が乗算された。
 千の世界が集約し、更に千が掛け合わさり。
 永久の加速により、また更に千。

 その数、〆て十億。俗に三千世界と呼ぶ。
 邪悪の化身が統べる一個の『世界』など、数にもならない。


 ───天符『三千大千世界の主』

337黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:55:31 ID:lQG/D5qE0


「南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無ァ!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」


 やがて白蓮の背後からは、後光と共に千手観音が現れ。渾身の連打を無慈悲にもお見舞いする。
 有り得ぬ錯覚を五分の視界で拾いつつも、DIOは防戦一方なりにザ・ワールドの障壁でそれらを防ぐ。

 無限の型から繰り出される掌打のラッシュ。白蓮が涼しい顔で打ち出すそれらの猛攻は、もはやスタープラチナと大差ない……いや、ともすればそれ以上の速度。
 重さでは承太郎に一歩劣るが、彼女のラッシュは拳でなく掌打……つまり破壊でなく脳を揺さぶる目的に比重を置いている。
 この矛の選出が、破壊に耐性のある吸血鬼DIO相手には正解の型でもあった。


 しかし。攻防は数秒ともたない。
 三千の光芒を降り注がせる白蓮の腕の内、たった二つの掌(たなごころ)。その両が、優しく合わさっていた。

 不思議な事に、ラッシュの合間に白蓮は『祈り』を終えていた。
 この攻防の何処にそんな余裕があったのか。全力ラッシュの隙間に、両腕を攻撃ではなく、まして防御でもなく。
 一見無防備とも取れる、祈りの型に差し出す余裕すらあったというのか。


 DIOの反応が、一瞬遅れた。
 時間にして須臾ほどの刹那であった筈というのに、白蓮の動きがひどく緩慢に映り、その上でザ・ワールドですら追い付けない可動速だったのだからおかしな話だ。


 半跏倚坐(はんかふざ)。
 右足を左足のもも上に組んで載せ、座する型を云う。
 加えて両の腕を、母性溢れた胸へ捧げ、祈りに。

 あろう事か彼女は。
 剣戟の最中に攻守を放棄し、瞼すら閉じながら瞑想した。
 世界をも置き去りにしていく、遥か短い一瞬の間際に。


「無数の掌は研ぎ澄まされし刀の一振。
 三千を一にて。一を雷切にて。
 下されし裁きこそ───紫電一閃」
 

 その祈りを、インドラの雷といった。


 屋内に、紫電が産まれる。
 至近で大爆発でも起こったかのような、凄まじい轟音。
 天井から床をくり抜き地下まで貫くほどの落雷が、人為的な祈りによって引き起こされたというのだ。
 火花散る千の攻防は、万の太陽を掻き集めた巨大な光芒が引き裂き、終焉の幕を下ろした。


 DIOが立っていた空間には、代わりに直径五メートル程もある大穴が口開いていた。
 炭化した図書館の床の底からは、黒煙と共に闇が吐き出されている。アレをまともに喰らったのでは、原型が残っているかも怪しい。

「DIO!」
「DIO様!」

 プッチも流石に声を荒らげた。ジョルノと交戦中であった蓮子も、手を止めて叫ぶ。
 一部始終を視界に入れていたジョルノはしかし、いち早く違和感に気付き、彼女の姿を探した。

(聖さん……?)

 居ない。強烈な雷光に数秒、視界が機能不全となっていた為、DIOと白蓮の姿が途絶えたのだ。
 段々と鮮明さを取り戻していく光景には、DIOは勿論ながら、そこに居るべき白蓮の姿までもが無かった。



「───まさか屋内で雷に遭遇するとはな。ただの脳筋女ではないようだ」


 意中の人物ではない声が、これ見よがしに響く。
 三千世界を叩き込まれた筈だ。たかだか一個の『世界』の、たかだか二本の腕などで。
 あれを退けた? 有り得ない。


「……時を、止めたのか」


 ジョルノの確信めいた問い掛けに、DIOは満足気な嘲笑で応える。
 男の眼差しの遥か向こうには、壁に激突したのか、蹲る白蓮の姿があった。DIOは瞬時にしてカウンターを叩き込み、彼女をあの位置にまで吹き飛ばしていたのだ。
 胸を抑え、吐血している。致命傷ではないが、引き摺るダメージだ。

338黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:56:19 ID:lQG/D5qE0

「しかし……なんと強堅な肉体だ。今のは即死させるつもりで打った全力の拳だぞ? 全く以て感服する」

 カツカツと足音を立てながら、DIOが白蓮へと近付いていく。
 皮肉を混ぜながらも、男は今しがた一撃を入れた聖女に対し、内心では畏怖の気持ちを僅かに覚えていた。
 時間停止からの心臓狙い。完璧に決まったかに見えたカウンターは、その実それほど効いてはいない。
 物理的な攻撃を馬鹿正直に続けていては、少々骨が折れる相手だ。あれも肉体強化魔法とやらの恩恵なのだろう。

 突出して厄介なのは、攻撃から攻撃に転じる非現実的な速度。
 それを可能としているのは、幻想郷縁起にも載っていた『魔人経巻』という巻物。理屈は不明だが、巻物を広げるだけで詠唱した事になり、魔法を発動するのに通常必要な『詠唱』という隙を丸ごとカット出来るという。

 あれだ。白蓮の持つ魔人経巻が、奴の繰り出す攻撃の起点となっている。
 スタープラチナ以上の攻速ともなれば、流石に苦戦は免れない。

 だが……それでも。
 聖白蓮は、空条承太郎には遥か及ばない。


「お前がどれだけ疾かろうが、このDIOの『世界』は追い越せん。祈りたければ、死ぬまで祈ってろ」
「……ッ! 魔人、経巻!」


 床へ這いつくばっていただけの白蓮が、たちどころに巻物を広げ上げる。
 ただそれだけの所作で、彼女は次の瞬間……迫り来るザ・ワールドの鼻面に膝蹴りを見舞い終えていた。

「……やはり、電光石火の如き瞬発力」

 到底人の身で辿り着ける境地ではない。決意に至るまでの道順こそ違えど、在りし日のディオと同じに人間をやめた彼女は、その対価に見合った肉体をモノとした。

 ただ一つ。人間をやめたという点で同類であった二人には、大きなベクトルの相違があった。
 『死』を極端に畏れたかつての白蓮は、若返りと不老長寿を手に入れる為に人間をやめた。
 若くして『人間には限界がある』という壁を悟ったディオは、石仮面により人間をやめた。

 善悪という論点を除外するならば、白蓮が『過去』へ後退する点に対し、ディオは『未来』へ前進する為に人間をやめたのだ。
 この差が、この戦いにおいて何を齎すという訳でもない。
 しかし少なくとも、DIOのある意味純粋な執念が形を得、具現した精神性が『ザ・ワールド』である事は間違いない。

 スタンドの有無。こればかりは覆せないハンデであった。

「───惜しむらくは、『波紋』にも『スタンド』にも精通せず、心得が無かったその不運よ」

 疾い。重い。堅い。
 それだけの話だ。白蓮にはDIOと拳交えるだけの、最低限の資格すら有していない。
 彼女に備わる唯一の資格など、DIOの血肉となる食事……それへと変わる下層の末路のみ。

339黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:58:28 ID:lQG/D5qE0


「初めの遣り取りの時にも思ったが……やはりお前は『スタンド』の特性をよく知らないようだ」


 顔面に叩き込まれた強烈な膝蹴りに、一ミリたりともの身悶えすら覗かせず。
 ザ・ワールドは、宙に止まった白蓮の足首を緩やかに握り締めた。

「……ッ!」

 白蓮の視界が180度反転する。捻られた視界を立て直すよりも早く、衝撃が背骨から貫通した。

 今度はザ・ワールドの鋼鉄の膝が、彼女の背にめり込んでいた。

(攻撃が……効いていない!?)

 初撃にあれだけの攻撃を与えておいて、ケロリとしていた時点で気付くべきだった。
 スタンドとスタンド使い。同じ寺の修行僧、雲居一輪と雲山の様な関係だと思っていたが……少し、勝手が違うらしい。


「大原則だ。───スタンドはスタンドでしか攻撃出来ない」


 突き刺さるようなエグい痛みと共に、白蓮の身体は宙へと浮いた。
 振り上げられるスタンドの拳。所謂、瓦割りの型を取ったザ・ワールドが、瓦よろしく彼女の腹部、臍の中心を猛然と殴り付けた。
 くの字となって床へ衝突した白蓮。痛みに喘ぐよりもまず、呼吸困難に陥る。
 朦朧とする白蓮の視界に映るは、スマートながらも隆々と盛り上がった金色の脚。

 マズイ。即座に両腕をクロスさせ、重力を帯びた攻撃に備えるも。


「つまりは、生身では基本的にスタンドへ干渉する事も出来んのだ。お前の攻撃を防ぐことは容易いが、逆はどうかな?」


 かかと落とし。脳天目掛けて振り落とされるそれを、非スタンド使いの白蓮に防御する術はない。
 クロスさせた屈強な盾すらも、DIOのスタンドはすり抜ける。盾の向こうには、白蓮の額が無抵抗に晒されていた。

 鉄塊に鉄塊を撃ち込んだ様な、思わず耳を塞ぎたくなる重苦しい音。
 先の紫電のお返しと言わんばかりに、DIOは極めて無遠慮に、相手の頭蓋へと鋼鉄の雷を落とした。

「が……ッ!」

 細く短い女の叫喚。
 如何な強化された肉体であろうと、人体の弱みへと立て続けだ。彼女の様子ひとつ見ても、鈍いダメージが蓄積されつつある事は明白。
 間髪入れず、ザ・ワールドのつま先が悶える白蓮の背と床の隙間へと入れられた。
 勢いよく真上へ振り上げられる脚と共に、彼女の身体は回転を強要されながら、再び空中へと放り込まれる。最早サッカーボールと変わらない扱いだ。


「せめて『波紋』くらいは身に付けていたならば、良い試合には運べただろうが……お得意の法力ではプロレスごっこが関の山か?」


 舞い上がるグラデーションのロングヘアが、乱雑に掴まれる。宙吊りの形でザ・ワールドに拘束された白蓮の眼前へと、DIOが立ち塞がる。

340黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 20:59:12 ID:lQG/D5qE0


「聖さんッ!」


 ジョルノは救援に向かいたくとも、アヌビス神を構える蓮子の邪魔を突破出来ずにいた。
 信じ難い事だが、ゴールド・Eをフルパワーで稼働させても敵のスピードや技術が遥か上を行っている。
 ジョルノ本体にダメージや疲労はさほど無いが、それは蓮子が時間稼ぎを主にした付かず離れずの立ち回りを展開しているからであり、思う様に攻めさせてくれないのだ。
 その上、白蓮を助ける為にこの場を無思慮に離れ、意識の無い鈴仙が狙われては本末転倒だ。
 更に悪い事に、あの妖刀は段々とパワーやスピードが上昇しているように感じる。
 恐らく戦う相手から学習し、無際限に成長するスタンドなのだろう。その能力を活かす為での時間稼ぎでもあるらしい。

(埒が明かない……こうなったら)

 決心を付けたジョルノが床を破壊し、無から有を生み出そうとする最中にも。


「さて。肉体派坊主の有り難い説法のお返しに、このDIOがわざわざスタンド教室を開いてやった訳だが……。
 そろそろ終わりとしようか。お前以外にもゴミ掃除は残っているのでね」


 長髪を掴まれ、宙吊りの白蓮へとDIOの魔手が襲う。


「……時間を、止められるもの……ならば」


 聖女の血を吸わんとするその指が、まさに喉元へと到達する間際。
 細々と呟く白蓮が、懐に隠し持った独鈷をサーベル状の形態に変貌させ。


「止めて、みなさ───」


 全ての世界が、同時に停止した。



「───ザ・ワールド。時は止まる」



 やはりだ。聖白蓮は、空条承太郎へと遠く及ばない。
 奴が相手であれば、こうまで露骨に接近し、時を止めるなどという単純なやり方は選べなかったろう。
 駆け引きを挟んでいないのだ、白蓮は。
 スタンド戦であれば用いて然るべき、間合いの取り合い。能力の考察。二手三手先を読み合う駒の奪い合い。彼女にはそれらの“探り”が殆どない。
 非スタンド使いというハンデを度外視しても、彼女のスタイルは清々しい程に愚直で、分かり易かった。
 なまじDIO以上の運動能力を持つものだから、かえって攻め手のパターンは絞りやすい。決して単調な技しか持たない訳でもないだろうが。

 所詮、このDIOの敵では無かったということだ。
 DIOにとって聖女とは、触らぬ神であると同時に、取り除かなければならない危険因子という認識でもある。
 厄介ではあったが、少し捻ってペースを乱しさえすれば……御覧の有様。
 時が止まった今、まさに煮るなり焼くなりであるが、この女相手なら少々煮ようが焼こうが、易々とは拳を下げないだろう。


「懐かしいな。百年前もこうして、ジョナサンの奴と拳で遣り合ったものだ」


 遣り合った、とは到底言えない、あまりに一方的な試合だったと記憶している。あの時はグローブを着用していたし、ジャッジも見ていたのだったか。
 だが時の止まった今。なんの気兼ねなく禁じ手を行える。止まっていようがいまいが、もはや関係ないが。

 暑苦しいファイトスタイルで攻める白蓮の脳筋精神に感化されたかは定かでないが、DIOはゆっくりと両腕を前に構え、静止した白蓮の前へと挑発するように差し出した。
 今となっては子供のごっこ遊びのようなもので、思い出すと苦笑すら漏れるが、ロンドンに住んでいた少年時代ではそれなりに嗜み、格好が付いていたように思う。

 昔も今も何も変わらない、ブース・ボクシングの構え。
 勿論、今回“も”対戦相手を再起不能にしてやろうといった、あの頃以上にドス黒い目的の上で。

 瞬きすら許されない白蓮の瞼。
 見る者が眩むほどの美貌の、その上からまず。

「顔面に一撃。そしてこのまま……」

 吸血鬼の底知れぬ怪力が、その面を潰さんとし。
 

「親指を目の中に突っ込んで……殴り、抜けるッ!」


 駄目押しに、もうひと工夫。
 この女はちょっとやそっと殴った程度では、こちらの拳が痛むレベルにタフだ。
 しかしどれだけ肉体を強化しようと、人には鍛えようもない箇所というものが幾つか点在する。


 眼球。


 正義の炎を燃やす彼女の瞳から、それを消し去らんと。
 かつて宿縁の男へと叩き込んでやった時よりも遥か膨らんだ、悪意。
 目頭に突き刺した爪先を、眼孔へ潜り込ませる。
 粘膜を破るぶちゃりとした水っぽい音が響く。
 そのまま突き入れた親指を、テコの要領で外へと掻き出す。
 まるで職人の魅せるたこ焼き作りのように、丸々とした眼球がヅルンと裏返った。
 目と脳を繋ぐケーブルの役目を果たす視神経もぶちぶちと引き千切られ、白蓮の右眼球がDIOの掌に収まった。

341黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:01:02 ID:lQG/D5qE0


「“目をくり抜けば天国へ行ける”……などと世迷言を吐き、気を違えた女が自ら眼球を抉った話があるが……さて。
 空洞となったお前の視界に『天国』は映っているか? 聖白蓮」


 ───そして時は動き出す。


「……っ!? 〜〜〜ぁ、ぐッ!」


 火薬を詰め込まれた爆弾袋が、一斉に花火を上げた。
 顔面に蓄積された痛みの爆発よりも、突如として失われた右半分の視界に、声にもならない絶叫を上げたくなる。

 白蓮は、しかし耐え切った。
 痛覚。五感の喪失。
 それらは修験者が荒行の中で自ら引き寄せる類の、強き戒め。
 本来そうあるべき痛みが、他人によって無秩序に与えられ蹂躙される。
 許される所業ではない。罪も無い、女子供にすら埒外の痛みを強要する〝悪〟は、絶対に放ってはおけない。

 そして、きっと。
 ここから我が意思が歩む道の先には。
 天国や極楽、悟りの境地など……有りはしないのだろう。


「……私、ごときの仏道の先に、『天国』は有り得ない……でしょう。
 貴方がたと共に、『奈落』へと……ハァ、ハァ……堕ちる覚悟は、出来て、おります」


 黒澄んだ血を垂らしながら、右目を失った白蓮の不完全な視界の先に、自らの顔面を抑えて苦悶するDIOが映っている。


 男は傷付いた左目と対を成すように、右目にも亀裂を入れられていた。


「……ッ!! 貴様、ひじり……びゃく、れぇぇん……ッ!」


 今までに見せていた全ての余裕が、男の表情から消し飛んでいた。
 時間が止められる直前、白蓮の握った独鈷がDIOの肉体に届く隙は無かった筈だ。
 時が動き出した直後に斬り付けられた? 有り得ない。
 確かにDIOには気を緩ませる素振りこそあったが、時間停止直後の弛緩など、最も油断すべきでない瞬間だという事は誰より重んじている教訓だ。まして相手はスタープラチナ以上の速度を持っている。


 眼球をひりつかせるこの斬撃は、いつ入れられた?
 DIOが最も注意力散漫となる瞬間は、いつだ?


「───聖、白蓮。キサマ、“まさか”……」


 ───まるで、承太郎の『星の白金』のように。


 それは、始めの白蓮の猛攻を受けたDIOが、彼女の凄まじい速度を身に受けて描いた印象だった。
 あくまで彼女は非スタンド使い。『ザ・ワールド』に直接干渉出来る術はない。

 しかし、限界を超えて到達する『光速』のその先の世界。
 先の、F・Fが入り込んだ十六夜咲夜と交戦した際にも同じ現象が起こった。

 『時の止まった世界』へ足を踏み入れる手段は、どうやら一つではないらしい。
 その上、この白蓮は……あの空条承太郎のスタープラチナと“同じタイプ”。


 同じタイプの……───!


「入門してきたのかァ!! 聖白蓮ッ!!」
「他宗派への入門は言語道断ゆえ、それは誤りです。本来ここは、私の『世界』なのですよ」


 荒修行もここまで来ると人智の及ばない領域だ。
 時間をも置き去りにして可動するスタープラチナと同等の理屈で以て、白蓮の速度はとうとうDIOの世界にすら追い付いた。
 速い。ただそれだけの馬鹿げたエネルギーを限界突破し、静止した時間の中をも跳ね回り、DIOへと返しの刃を突き付けた。

 こうなっては、本格的に彼女を始末せねばならなくなった。誰であろうが、時の世界への入門など許されるべきでない。
 戦い方も慎重スタイルへ変えねばならない。相手が時間の鎖に縛られないともなれば、戦闘に駆け引きを差し込めざるを得なくなる。
 白蓮が静止した時をも動けると分かれば、DIOの取る選択肢は大幅に狭まれるのだ。


 やはり、DIOにとって『聖女』とは禍であった。

342黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:02:50 ID:lQG/D5qE0


「問いを返します。DIO……貴方の閉じられた闇の視界に、『天国』とやらは映ってますか?」


 完全に右眼球を抉り取られた白蓮とは違い、DIOの右目の傷は深くはない。放ってもすぐに治癒が始まるだろう。
 だが一秒が命取りとなる戦闘においては、あまりに長過ぎる暗黒の時間。
 一時的に視覚不全となったDIOの鼓膜に、安らぎへ誘うような温和な声が鳴り響く。

「極楽浄土を目指すには、貴方はあまりに独善で、邪悪すぎる。身の程を知り、悔い改めなさい」
「また説法のつもりか……? 田舎のお香臭い坊主如きが、オレによくぞ垂れたものだ」

 右目が埋まっていた場所を空洞とさせながら、それでも白蓮は堂々と構える。
 傍から見れば、不気味極まる光景だ。
 苦を受け入れんとする格好が、視界を手放したDIOの瞼の裏にも焼き付くようだった。

 男は考える。
 この女は果たして……停止した時の中を『何秒』動けるのか?
 DIOの現在の限界停止時間は『8秒』。つい先程覚醒した奴の潜在速度がそれ以上とは思えないが、確かめねばならない。


「ザ・ワールド! 時よ止まれッ!」

「───スカンダの脚」


 時間停止。それは確実に成功した。
 それでも聖女の脚は止まることなく、DIOの門を蹴破ってきた。
 貫通不可の『世界』を盾にしようが、瞬間移動の如きスピードですり抜けてくる技はまさに疾風迅雷。
 塞がれた視界の中、縦横無尽に動き回る獣を捕らえるのは容易ではない。
 数発の鈍痛が、身体中の神経を一度に駆け回った。白蓮のあまりに疾すぎる乱打が、まるで時間の静止が一気に解放されたかのようにDIOの肉体を襲撃する。

「が……ッ!」

 視覚は無い。だが血の匂いや気配で分かる。
 気付けば、女は背後にまで回っていた。一瞬の間の後、肺の中の空気が暴発し吐き出される。
 刀の達人が対象を斬り付け、数瞬の硬直の後に血が噴出し両断されるという描写をよく見るが、アレと同じだとDIOは感じた。
 痛覚すらもタイムラグに置く打撃。彼女が通り去った空間には真空すら発生し、そのスキマを埋めようと周囲の空気が引き寄せられ、軽い乱気流をも産んだ。

 またも吹き飛ぶ吸血鬼の体。
 もはや単純な接近戦において白蓮の体術は、『世界』を弄べる領域にまで至りかけている!


『いい加減にしろ……暴れ過ぎだ』


 分厚い本棚をまるで障子紙か何かのように破って奥まで吹き飛んだDIOを追撃せんと、力を込める白蓮の背後より不気味な声が響く。

 全身におぞましい文様を貼り付けた、白い人型のスタンド。
 古明地さとりより話には聞いていたが……!

「……プッチ神父!」
「『ホワイトスネイク』!」

 先の果樹園での交戦により、その能力の一端は想像出来る。
 恐らく『遠隔操作』の類だが、肝心のプッチ本体の姿は見えない。あの負傷だ。騒ぎに紛れ身を隠したのだろう。
 即座に五感を研ぎ澄まし、隠れた本体を察知するべきだが、既にスタンドの腕は白蓮の額へと迫っていた。

 反射的に防御し、カウンターを企むが……

「しま……ッ!」

 防御の腕を透過し、ホワイト・スネイクの指が眼前に突っ込んでくる!
 スタンドはスタンドでしか干渉できない。ついぞ先程告げられたルールが急遽脳裏に浮かんだ白蓮は、咄嗟に首を後方へ逸らすも。
 白蛇の指先が白蓮の喉元を通過し、一回り小さいサイズの円盤がそこから生えた。

 白蓮の肉体に半端な物理攻撃など大して通じない事は散々思い知らされた。
 であるならば、プッチの『ホワイト・スネイク』は、ある意味では『ザ・ワールド』よりも上等な攻撃力を持つ。
 頭部のDISCさえ奪えれば、問答無用で相手を無効化出来るのだ。いわば、防御無視の効力を持つプッチならば、白蓮と戦うには『向いている』。


『記憶DISCとまではいかなかったが……奪ってやったぞ』


 一撃狙いのDISC化はギリギリで回避されたが、白蓮の喉を通ったホワイトスネイクは、僅かばかりの功績を挙げた。

「〜〜〜〜っ!? ───っ! ───っ!」

 懸命な様子で、白蓮は何やら喉元を必死に抑える。
 スタンドの指がちょっと掠った程度の接触。その鋼の肉体には全く傷にもならない筈。
 事実、抑えた箇所に異常は見られない。

 そこから失われた小さな円盤の正体は。

343黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:04:21 ID:lQG/D5qE0


(こ、声が……出ない!?)


 『声』を円盤化させ、盗られた。
 彼女は素知らぬ事だが、プッチはついさっきもDIOの『視力』を一時的に抜き取り、鈴仙の攻撃を無効化させるという奇策を披露している。
 右目を潰され、白く透き通るように物柔らかだった声をも失った白蓮は、敵のこの攻撃に潜む意図を察した。


 声が出せないという事は、どういう事か。


 俗に謂われる『スペルカード』という弾幕攻撃。
 幻想郷に住まうあらゆる少女達が好む遊戯に使用される、オリジナル必殺技のようなものだ。
 スペルと名の付くからには、呪文またはそれに類する手段を利用して作り上げる弾幕なのだが。
 少女達は、そのごっこ遊戯の中でこそ如何にもといった技名を宣言……つまりスペカを唱え多種多様な弾幕を描く。
 別名:命名決闘法と定められている以上、スペカの宣言は必要だというルールも確かに存在するが……実の所、弾幕を放つのにその宣言は必ずしも必要とはしない。
 あくまでルールの中での取り決めなのだ。命名決闘法の外であれば、わざわざ宣言するまでもなく不意打ちを狙うのも当然ながら自由なのである。

 要は、多くの少女達は技を放つのに『声』を発する必要が、実は無い。

 が、例外も存在する。
 聖白蓮。彼女を幻想郷の人外その他諸々の種族にカテゴライズするならば───『大魔法使い』だ。霧雨魔理沙やパチュリー・ノーレッジといった魔女系統もこれに相当する。
 呪文やお経を“読み上げる”行為を起点とし、肉体強化魔法並びに全てのスペカを発動させるスタイルだ。


 その彼女の『声』が奪われた。
 それはつまり、肉体強化含む全スペカが封印されたも同義───


「───魔法『魔界蝶の妖香』」


 縮小された視界の中、白蓮は悠然と敵を見つめ……


 ───唱えた。


 声は、まるで響かない。
 誰一人の鼓膜に、掠りともしていない。
 けれども、その唇の動きだけは確かに一つのスペカ宣言を成し終え。
 物陰に隠れながら彼女を窺っていたプッチには、不思議とそう聞こえた。


 プッチの狙いに誤算があるとしたなら。
 白蓮の操る『魔人経巻』……誰が呼び始めたのか、通称エア巻物にびっしり記された呪文には、読経の必要が無いという事だ。
 その特殊な巻物には、広げるだけで“読み上げた”事とする機能が搭載されていた。白蓮の速攻の秘密とは、まさにこれの恩恵に依る所が大きい。

(あの教典……思った以上に厄介だ! それに私の居場所がバレているのか……!?)

 紫色に光る蝶形の弾が所狭しと駆け巡る。その狙いは正確とは言えないが、白蓮がプッチの居場所を凡そ見当付けている事の証明だ。
 法力万全の白蓮の五感は鋭い。プッチにとって不運なのは、その五感の内、視覚と聴覚が半ば塞がれている障害が、却って彼女の感覚をより鋭敏に研ぎ澄ませている事だ。

 白蓮から見て、右前方の本棚の後ろにプッチは身を隠している。
 事実上の即死効果を与える遠隔操作型スタンドを持ちながら、近接超特化型の白蓮の前に本体が身を晒すメリットは皆無。果樹園で交戦した際は作戦上、本体のみで迎え撃っただけだ。
 勢いに乗った白蓮に迂闊に近付く愚など有り得ない。教科書通りにプッチはスタンドのみを対峙させるも、彼女は遠距離攻撃すら充分なカードを揃えているらしい。まこと、大魔法使いの称号は伊達じゃない。

 それでも、スタンドを持たない白蓮から見ればプッチは脅威だ。スタンドを前に立たせるだけで、大概の弾幕の盾となってくれる。
 プッチの隠れる直線軌道上を翔ける蝶弾のみ、ホワイトスネイクが手刀で弾き落とす。こうなってしまっては分が悪いのは白蓮の側であった。

 全方位に広がる蝶の弾幕をものともせず、ホワイトスネイクはあっという間に白蓮の元に辿り着いた。
 彼女のDISCを確実に獲る為、視界の消失している右側から攻める。ザ・ワールドの拳とは違い、ホワイトスネイクの指は受ければ即・戦闘終了となり得る。

(避け切れない……っ!)

 DIOから受けた幾多の攻撃は、彼女の俊敏性を明確に奪う程の鈍痛をその足へ蓄積させていた。

 ホワイトスネイクの攻撃を、完全に回避しきれない。

344黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:05:39 ID:lQG/D5qE0



「ゴールド・エクスペリエンス……床板を『蝶』に変えた」



 突然、頭が割れ砕けそうな激痛がプッチの頭部を襲った。
 それだけではない。自らの額から『DISC』が半分ほど突出している。

「が……っ! こ、この現象は……!?」

 DISCが飛び出ているのだから、これはホワイトスネイクのDISC化能力が何故かプッチ本体へと『返って』きていると考えた方が道理だ。
 注視してみれば、白蓮と……そしてジョルノの周囲にはいつの間にか、紫色の蝶々がひらひらと踊るように舞っていた。
 白蓮の放った蝶形の弾幕『魔界蝶の妖香』と、ジョルノの創った蝶とが、互いに交差しあい、紛れるように飛ばされていたのだ。
 ホワイトスネイクは、その内の一羽を弾幕と見誤って叩き落としてしまった。


 ───ジョルノが産んだ生物には、『攻撃するとダメージがそのまま本体へ返る』という強力な能力が備わっているとも知らずに。


「あの神父は僕が叩きますので、聖さんはDIOをお願いします。あと“これ”……貴方の『目玉』ですので、嵌めといて下さいね」
「……!? ★●■〜〜〜っ!」


 声は全くとして出ていないが、白蓮の驚愕と困惑ぶりはその顔にも存分に表れている。
 なにせ先程DIOに抉り取られたばかりの自分の眼球が、野球ボールか何かのような扱いでジョルノから投げ渡されたというのだから無理もない。
 勿論それはたった今彼が手頃な物で創った目玉なのだが、ジョルノの能力を詳しく知らない白蓮は、そんな物を大した説明なく受け取ってしまった反動で思わず頬が引き攣った。
 そのトンデモ行為に、彼が以前ブチャラティから受けた仕打ちのトラウマが多分に含まれていたかどうかは本人のみが知るところだが。


「神父は……あそこか」


 反射ダメージの効果で、プッチの頭部からはスタンドDISCが半分飛び出ている。それにより、身悶えていたホワイトスネイクの像がノイズに紛れて消失した。
 これ以上ない好機。プッチは今、直ぐ様の反撃が出来ないという、スタンド使いにとって致命的な状態。

 ジョルノが駆ける。狙うは当然プッチ本体!


「させないッ!」


 この場で唯一手の空いた蓮子が、再度してジョルノの前へと飛び出た。
 周囲には夥しい数の蝶。下手に攻撃すれば自らの首を締めかねない事になるのは、今の攻防を見ていれば予想出来る。
 臆することなくジョルノが疾走する。不規則に漂う反射蝶を上手く避けて彼を斬り伏せるという事は、如何な刀の達人であろうと難事である。


「だったら、斬れないように……斬ればいい」


 蓮子が小さく呟くと同時。
 ジョルノの右肘から先が宙を飛び、全ての蝶が散るようにして消えた。


「───ッ!? ぅ、なに……っ!?」
「ジョルノさん!?」


 両眼と、消失したホワイトスネイクが落とした己の『声』を取り戻した白蓮の視界に飛び込んできた最初の光景は。
 鮮やかに振り下ろされた妖刀の輝きと、血飛沫と共に舞う少年の腕。
 蓮子の一振は確実に反射蝶ごとジョルノの右腕を通過した筈が、どういう訳かリフレクターが作用しなかった。

 物体透過能力。
 アヌビス神が持つ、厄介極まるスキルの一つである。
 ジョルノを護るように飛び舞う蝶の数々をすり抜けて無視し、対象のみをブッた斬る。
 こと“斬る”能力に関して、アヌビス神の力は本物である。

「『ガルーダの爪』!」

 重症を負ったジョルノと前衛を交代するように、白蓮は移動と攻撃を併せ持った蹴りを見舞った。DIOにも披露してみせた、爆撃を模した苛烈なるライダーキックである。

 それすらも、刀の峰で止められた。

 速さに掛けては他の追随を許さない白蓮の蹴りを、こんな少女相手に、だ。
 相手が人間の少女だということで、白蓮にも無意識下での躊躇は澱んでいたかもしれない。それにしたって、ザ・ワールドをも翻弄するレベルのスピードは易々と防がれるものではない。
 いや、それよりも……。

(この子……今、明らかに私を見ずして受け止めた!)

 白蓮の瞬速に追い付いたのは、少女の視線より刀が先だった。
 まるで刀そのものに意思があるかの如く、少女の腕をグンと引っ張って白蓮の蹴りを受けさせたように見えたのだ。

345黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:06:14 ID:lQG/D5qE0

(敵本体は『刀』の方……!? だとすれば……)

 刀に意識を奪われている。有り得ないことではない。
 今、こうして接近して分かったが、どうもこの少女……正気を感じない。
 いや、元来持つ正気が、上から悪の気に包み込まれているかのように朧気で薄明な意思だ。

 つまりは……少女に傷を付けず、刀のみを破壊しなければならない芸当が求めら───


「URYYYYィィイイァ!!」


 少女の不遇な環境に、一瞬胸を痛めてしまった事が仇となったか。
 戦場に復帰したDIOが、猛烈なパワーを込めて白蓮の左肩へスタンドの一撃を入れてきた。
 ミシミシと、全身の骨髄を伝播する重い痺れが彼女の動きを鈍くし、次に襲ったザ・ワールドの回し蹴りは、今までで一番に深く白蓮の身体へ食い込んだ。

「あ……!」

 今度こそ受け身すら取れず、白蓮は木の葉のように吹き飛ぶ。

「聖、さん……!」

 重症ながらも、ジョルノが隻腕のスタンドを起動させて白蓮をキャッチ。彼女の強力な近接戦闘術が一瞬でも戦線を離脱されれば、片腕のジョルノにこの猛攻を防ぐ術は無い。

『おのれ……味な真似をしてくれる……!』

 視界には入ってくれないが、プッチ本体が態勢を立て直したのか。
 ホワイトスネイクが側頭部を抑えながらも、再び発現して現れた。
 さっきみたいに反射の罠に二度掛かってくれるようなヘマはしないだろう。

「頑張った方だけど……ここまでよ」

 今しがたジョルノの戦闘力を半分削いだ蓮子が、アヌビス神の切っ先を向けて言った。失った右腕を作る隙など、与えてくれるわけがない。
 決して前線に出ようとはしていない彼女だが、ストレートに強力なのはあの刀だ。白蓮とDIOの戦いにジョルノがまるで介入出来なかった事から、その厄介性は伺い知れた。

「聖……そしてジョルノ。貴様ら二人だけは、絶対にここで摘まなくてはならない」

 DIOが横にスタンドを立たせて睨んだ。
 息こそ荒くなっているが、ダメージはそれほど入っていない。白蓮から断絶された右目も、いつの間にやら殆ど再生しかけている。


 囲まれた。
 二対三という数での不利は元々、白蓮の奮闘が限りなく上手く回ってこそ埋められた穴である。
 長期戦となれば劣勢に陥るのは当然。ましてDIOのみならず、配下の神父と少女の方も想像以上に曲者であるというのだから。

(紫さんは……さっきからまるで動いてないな。彼女の事だ、そうあっさりもやられないだろうが……)

 万事休すの状況に追い込まれ、逆に頭が澄み始めたのか。
 ジョルノの心中には、八雲紫の姿が浮かんだ。
 彼女に預けたブローチの位置は、館の一箇所から全く動かずにいる。
 ターゲットの人物を発見したのであればすぐさま外部に出る筈であるし、見付けられないのならいつまでも不動でいる意味が分からない。

 恐らく、向こうは向こうで何か『予定外』のアクシデントでも起こっているのだろう。

(何を僕は……あの人の救援でも期待しているのか?)

 自分らしくない弱音に、ジョルノはかぶりを振った。
 今までにもこの程度の窮地など、幾度となく経験してきたろう。
 どうもDIOの、“あんな話”を聞かされてから臆病になっている気がして。


 こんな時、ブチャラティならどんな声を掛けてくれるのか。
 ディアボロを倒して新たなボスの座に就き、組織パッショーネを一から洗浄していく過程で、彼の家庭事情をほんの少しだけ調べてみた事がある。
 幼い頃より両親は離婚。父親は麻薬絡みのいざこざにより、死亡。
 調査書によれば、当時まだ子供であったブチャラティはその時、襲撃してきたマフィア二人を殺害している。
 父を守る為に。そして父を奪った麻薬をこの世から消滅させる為に。
 ブチャラティは自ら闇の世界の住人となり、幹部にまで登り詰めた。

 力を持たない子供の彼であったからこそ、『父親』とは唯一の拠り所であり、依存すべき繋がりであったのだ。
 だから彼は、『父親』から憎まれ、手を下されそうになったトリッシュを命懸けで守ると誓った。

 ジョルノは……トリッシュと同じ存在だった。
 『父親』から目の敵とされ、命を狙われるという恐怖は……想像以上に人間を弱くさせる。

 きっとブチャラティならば。
 そんなブチャラティだからこそ、彼はジョルノをも救おうとするだろう。

 あの人はもうこの世にいないが、心の底から尊敬すべき人間であった。
 彼はあの時、ローマでジョルノに全てを託し。
 最期に……きっと、『夢』を叶えて逝ったに違いない。

346黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:06:47 ID:lQG/D5qE0


「僕はまだ───自分の夢を叶えていない」


 運を天に任せた上で全てを諦めては、勝利者にはなれない。
 DIOは想像より遥かに強大で、邪悪だった。
 準備不足は否めない。元より、ここは敵の本拠地だ。
 普段の自分であれば、時期尚早だとしてDIOとの決戦は見送っていたかもしれない。


 八雲紫の『夢』を語る、その純朴な瞳に。
 どこか……惹かれたのだろう。
 理由を訊かれたのなら。それが彼女に手を貸そうとした理由だ。
 そして。父親とケリをつける為に此処へ来た。


 誰しも───夢を語る時の瞳というのは純粋で、

 眩くて、

 清く、

 正しい光を纏うものなのだ。



「このジョルノ・ジョバァーナには……『夢』がある」



 黄金の髪を持った少年が、断固とした眼差しで宣言する。
 片腕となったゴールド・Eを隣へ並ばせ、DIOを睨みつけた。



「ギャングスターに、僕はなります」



 言葉の響きに、揺らぎなど無かった。
 傍で聞き遂げる白蓮にも、少年の持つ根底の強さが見て取れた。
 発された単語の意味は不明だが、少年の宣誓は白蓮にとっても、心地好い余韻を残してくれた。


「───ボーイズビーアンビシャス。……少年よ大志を抱け。外の世界には、こんな言葉があると聞いた事があります」


 少年の語る『夢』は、白蓮にも過日の大志を思い出させてくれた。
 少年でも、少女ですらないけども、自分にも『夢』と呼べる想いが今でもある。
 それを叶え遂げるまで、倒れる訳にはいかないのだ。

「私を使ってください、ジョルノさん。貴方はまず、腕の止血を……」
「易々とは治療させてくれないでしょう。僕の見ていた限りでは、聖さんと相性が悪い相手はあの神父の男です」
「……全員、私が相手取ります。その間に貴方は何とか……」

 白蓮のポテンシャルなら、多数相手でも時間稼ぎは可能かもしれない。
 だが、スタンドを持たない。それだけの事実が、戦況を大きく傾かせる致命的要因となりかねない。


「作戦会議は終わりか? 言っておくが、先程までのように『疾い』だけで翻弄できると思わない事だ」


 クールダウンを経たDIOが自信を顕にする。
 根拠の無いハッタリではない。男の自信は、揺るぎない経験の元に立ち上げられている。
 あらゆる窮地に即座の対策を導き出してこそ、百戦錬磨のスタンド使いたる所以。伊達に世界中のスタンド使い達を見てきたわけではない。
 きっと白蓮のスピードなど、すぐにも順応し対応を立てられる。

 どうすればいい。
 先ずは敵の陣形を崩したい。ホワイトスネイクに攻撃は通じない以上、そこ以外を突くしかない。


 白蓮は腹を決めた。
 魔人経巻を広げ、パラメータを一気に増幅させ。

 ジョルノが失った右腕の治療に取り掛かり。

 ホワイトスネイクが駆け出し。

 蓮子がアヌビス神を振りかぶり。

 DIOが叫び、時間を止める。



 その全てに先んじて、
 此処に立つ誰もが予想すらしなかった、
 弩級のアクシデントが、

 熱風の爆音と共に姿を現した。



 その凶兆の名を、ある者は『サンタナ』と呼称を付けた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

347黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:07:56 ID:lQG/D5qE0
『八雲紫』
【午後 15:36】C-3 紅魔館 二階客室


「聖がこの紅魔館に?」
「来ている筈さ。DIO達もそっちに出っ張らっちまってる」


 幻想郷がアメリカにあれば、この男のような時代遅れな服装をした人間がわんさか表を出歩いているのだろうか。
 取るに足らない事を思考の端に追いやり、八雲紫はホル・ホースから一通りの情報を頂き終えた。
 思い掛けない偶然に、命蓮寺の住職が単身でこの館にまで来ているらしい。無論、客としてでなく鼠として。
 狙いはジョナサン・ジョースターのDISCだという。DISCといえば青娥や鈴仙の手に入れた『スタンドDISC』が例に浮かぶが、それとは別種の物だろうか?
 その旨をホル・ホースへと訊いても、詳細は知らないと首を振った。

(また、ジョースターか。その家系、詳しく調査する必要がありそうね)

 最早ただの一参加者では収まらない『ジョースター姓』の秘密。
 なるべくなら全てのジョースターと接触を図りたい。尤も、ジョニィ・ジョースターは既に故人。彼をよく知る者がまだ生きている筈だ。


「……で、貴方は?」
「え。お、オレ……?」


 今考えても、答えなど分からない。
 それよりかは、今はホル・ホース。この男の見極め及び処遇だ。
 DIOの部下と名乗るわりには、会話や立ち振る舞いに奴への尊敬は感じられない。ディエゴが去った時には、既に『様付け』を早々に放棄している時点で、忠誠心は大してありはしないだろう。

 幾つかの質問(という名の尋問)を交わして理解出来た。
 彼は処世術に長けてはいるが、あくまで保身が最重要。悪い言い方をするならば、フヨフヨ漂う根無し草。だからこそ此処まで生き延び、だからこそ此処から先を見通せない。
 運やマグレで今まで生きてこれた訳では決してないが、このゲームに限って言えば、何か拠り所を掴んでいなければすぐにも野垂れ死ぬだろう。

 その“拠り所”とは、言うまでもない。

「聖白蓮。彼女が本当にこの館に来ているのなら、貴方にとってみれば千載一遇のチャンスでしょう」
「だからそれはさっき話したろう。オレぁ、建前上はDIOの部下やってんのよ。お前さん、オレがあのDIOの目の前で聖の姉ちゃんと話せってのかい?」
「なんならDIOを撃てばいい。射撃の名手なんでしょ?」

 勿論、そんな事でDIOが討てれば苦労はない。しかし問題は、このままだと白蓮の敗色が濃厚だという事だ。
 あの尼の強さは理解している。並大抵の妖怪はおろか、マトモにぶつかれば私ですら少しは手を焼く。
 しかしそれでもDIOには勝てない。実力どうこうでなく、『聖白蓮』ではきっと……『人間の持つ邪悪さ』には勝てない。

 彼女はそういう女だ。
 少なくとも、一人では勝てない。

348黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:08:40 ID:lQG/D5qE0

「下には多分、一緒にジョルノ君が居る。鈴仙も居る。そこに貴方が加われば、DIO相手にだって劣らないんじゃないかしら?」

 口では上手いことを言うものの、紫の見立てではそれでも過不足。ホル・ホースの実力はまだ不明なれど、DIOには届かない。

「なに!? み、味方が居んのかよ! 二人も!?」

 しかし紫の申し訳程度の煽てに、ホル・ホースは案外乗ってきた。
 DIOには勝てない、とは思うものの、戦力に加算があるなら白蓮らの足でまといにはならないだろう。
 紫とて、無駄な犠牲者など出したい訳もない。まして囮役を引き受けたジョルノ達のフォローに入るのなら、願ってもない援軍だ。

「表向きでもDIOの部下なんでしょう? 私が貴方なら、その立場を逆に利用するけどねえ」

 ポン、と背中を後押し。
 さあ人間。貴方の答えは?

「…………〜〜〜く、ゥゥーー……っ!
 だーーもうッ! わーった、わーったよ!
 行きゃイイんだろが行きゃあ!!」

 半ばヤケクソのよう。それでも頷いてくれた。
 及第点だ。これならば、後顧の憂いなく彼に『任せて』やってもいい。
 信用出来るか出来ないかで言えば、この男は信用出来ないに分類される。
 良い人間か悪い人間かで言えば、間違いなく悪い人間だ。

 でも、まあ……他に適役も居ないし? 時間も無いものね。

「つーか! 何でテメーがさっきから上から目線なんだよ!
 お前さんも来いよ! 同郷の奴なんだろ!?」
「あら、私にはキチンとやるべき事がありますのよ。貴方、レディを戦場に送る気?」
「あー? ンだよ、その『やるべき事』っつーのは」

 待ってましたその言葉。
 そう言わんばかりに溌剌とした紫の腕は、天に掲げたその扇子をある一点へと振り下ろし、指し示した。


 マエリベリー・ハーン。
 未だ目覚める気配の無い、白雪姫へと。


「この娘の『意思』の行方をざっと探してみたのだけど、どうやらすぐ近くには居ないみたいなのです」
「意思ィ〜? どうやって追ったんだよ」
「私と波長が似ているから難しい事ではないわ。
 そして……『追跡』するのも、ね」

 紫の指先が、メリーの肩に触れる。
 ツツーと、優しく擦るように指先が滑り、少女の頬が撫でられた。
 眠り終えた幼子を慈しむ母親のように、扇子の奥に隠れた口元がフ……、と緩む。


「これより、この娘が見ている『夢』を追体験……というより直に『侵入』します」

349黄金へ導け紫鏡之蝶 ──『絆』は『夢』 ──:2018/09/14(金) 21:09:09 ID:lQG/D5qE0

 ひどく大真面目に言い放たれたその言葉に、ホル・ホースの顔は硬直へと囚われた。
 夢の中へ入る。そんなスタンド使いが、DIOの部下に居たとか居ないとか。
 しかし非現実的な話だ。それこそ夢見心地の気分でいるのではないだろうか、この胡散臭い美女は。

「あー……えっと、夢の中に、侵入。それも他人の」
「夢みたいな話でしょう?」
「なるほどね。オレもガキの頃、テメェの望んだ好きな夢を見たくて、色々実験したもんだ」
「あら、意外と可愛らしい幼少時代をお持ちで」
「だろう? まあ、出来るわけもねー。そう、出来るわけもねーんだ」
「出来ます」
「どーやって」
「……私の力、じゃあない。どうやらこれは……この娘の『能力』みたいね」
「……じゃあその娘も、スタンド使いか?」
「少し、静かにしてて」

 問答無用のお達しを受け、ホル・ホースは大いに不満な顔で口を噤んだ。
 外野の視線を難なく受け流し、紫の人差し指がメリーの閉じられた瞼にそっと重なる。



 ……。

 ………………。

 …………………………。



「入れそうね」
「マジか」


 何とも重たい無言の空気を耐え忍んだホル・ホースの耳に飛び込んだ第一声は、ファンタジーの肯定を示唆するような短い内容。

 メリーには、『境目が見える程度の能力』が備わっている。
 かつて結界を通じて衛星トリフネ内部に侵入した際、相棒の蓮子の目に触れる事で、自分の見ているビジョンを相手に『共有』させるという際立った能力を発揮していた。

 『夢』を他人と共有できるチカラ。
 その能力を紫が知っている訳がない。
 けれども、何故か紫の内には希望めいた確信があった。
 何となく……自分の姿にそっくりなこの娘とは、何もかも通じ合える気がする、という奇妙な確信が。


 その確信が、二人の関係を決定的なモノへと繋げてしまうという……ある種の『恐怖』も。


 意を決して紫は振り向き、そこに立つ男へと声を掛ける。

「ホル・ホース。貴方には、少しの間だけここを守っていて欲しいの」

 ギョッとした表情が、男の動揺の全てを物語る。
 予期せぬ要請。唐突すぎる申し出だ。

「ハァ!? なんでオレが!?」
「守って、というのは多少大袈裟ね。私が『向こう』へ行っている間、私本体は完全無防備になると思うの。
 だからその間だけでも、ここで見守っていてくれるだけで構わない。元々、彼女を守れっていうDIOからの命令があったんでしょう?」
「いや……だけどよォ、アンタがついさっき言った事だぞ。“聖白蓮に会いに行け”って……!」

 あれは方便みたいなもので、紫は単にホル・ホースという男の『底』を確認したかっただけだ。
 この場で白蓮に会いに行こうともせず、ひたすら保身にしがみつく軟弱な男であれば、この話を持ち出す気など無かった。
 渋々ながらも彼は、最低限の男気を見せてくれた。ならば少しは紫の期待には添えてくれるだろうと信用し。

「聖なら簡単にやられるようなタマじゃないわ。
 貴方が百人束になって掛かったって、あの尼には敵わない」
「……チッ。ここで見てりゃあ良いんだな?」
「ええ。でも、もしも…………いえ。何でもありません」

 歯切れの悪い言葉を振り払うように、紫はスカートを翻してメリーの隣へ立ち、おもむろにその身体を抱き上げた。
 部屋の奥に備えられたベッドの上へと彼女を横にして、自らも靴を脱ぎ、その隣に横たわる。


「それじゃあ、ちょっと神隠しに遭ってくるわね。
 あ、私が寝てる間にオイタは駄目よ?」
「るせぇ! とっとと行ってきやがれ!」


 茶目を見せながら、紫とメリーは互いに向き合うようにして。
 瞳を閉じ、メリーの閉じられた目へと触れた。


 それを合図に、部屋の中は静寂に包まれた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

350 ◆qSXL3X4ics:2018/09/14(金) 21:10:17 ID:lQG/D5qE0
中編投下終了です。もう少し続きます。

351名無しさん:2018/09/15(土) 12:55:16 ID:ZFL3hUoA0


352名無しさん:2018/09/16(日) 12:48:07 ID:OjWtdSY20
ここでサンタナ参戦か。確変の勢いに乗って押し切れるかな

353 ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 15:48:35 ID:fObrG55w0
投下乙です。
後編を楽しみにしつつ、合間に一作ゲリラ投下をさせていただきます。

354 ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 15:55:33 ID:fObrG55w0
 目覚めてすぐ、ウェスは途方に暮れた。目の前の状況が飲み込めなかった。降り注ぐ雨から身を守ることもなく、濡れ鼠の様相を呈した姫海棠はたてが地に膝をついて泣いている。それはいい。ひとまず上体を起こして、ウェスは身震いした。眠っている間、冷たい雨に打たれ続けたことで、随分と体温が奪われていることも自覚した。それもいい。
 問題は、ウェスのすぐそばに、原型を留めなくなるまで頭部を執拗に破壊された凄惨な遺体が放置されていることだ。割れた頭蓋から滲み出た血と脳漿が溶けてできあがった赤黒い水たまりには、さしものウェスも生理的な嫌悪感を覚えた。

「なんだっていうんだ……いったい」

 あまりに意表を突かれたため、自分がなぜ雨の中野ざらしで寝ていたのか、戦っていたあの女戦士は、ふたりの神々はどうなったのか、そういう疑問を抱くまでに若干の時間がかかってしまった。
 数瞬の間を置いて立ち上がったウェスは、傍らの惨殺死体を見下ろし、その正体があのリサリサであることを悟った。遺体が身に纏う衣服や、ひしゃげた顔面のそばに転がったサングラスの破片に見覚えがある。間違いはないだろう。
 ウェスは項垂れて慟哭するはたての背後へと歩み寄った。

「おい、こいつはお前がやったのか」
「うぇっ……ひっく……うぅ……っ」

 期待した返事はなかった。けれども、ウェスからしてみれば、それは十分に返答足りえるものだった。この中途半端な女に、これ程冷酷で残忍な殺人ができるとは思えない。下手人はほかにいる。だがそうなると、いったいなぜリサリサだけが殺されて、自分が生存しているのかがわからない。

「おいッ、無視してんじゃあねェーぜ」

 紫色のフリルがあしらわれたはたての襟を乱暴に掴みあげる。はたては雨と涙と鼻汁とでぐしゃぐしゃに濡れた顔を、はじめてウェスへと向けた。駄々を捏ねて泣きじゃくる子供のようなその表情は、ウェスを苛立たせるには十分だった。

「チッ……そんなに泣くほどツラいならよォー……オレがここで終わらせてやってもいいんだぜ」

 バチバチ、バチ。大気中の静電気を操って、ウェスの腕から襟、はたての体へと微弱な電流を流し込む。はたての華奢な体が、びくんと跳ねた。

「ッ、嫌……!」

 電気に対する反射行動か、背中に折り畳まれていた羽根が瞬時に盛り上がり展開され、ウェスの腕を振り払った。弾き出されるように飛び出したはたては、そのまま飛行をするでもなく、ろくな受け身も取れずに水たまりに突っ込み、飛沫を上げて転がった。その際、顔面を強打したのだろう、ウッといううめき声が漏れ聞こえた。
 起き上がったはたては、顔を真っ赤にしながらもまなじりを決し、ウェスを睨め付ける。

「う……ぅ……」
「なんだ? その眼は……イッチョマエに文句でもあるってのか? このオレによォオ」
「もう……、もう、もうっ――!」

 堰を切ったように、はたての怒号がしんと静まり返った廃村に響き渡った。

「なんッなのよアンタはさっきからぁああッ! なんだってそんな風に意地悪言うの!? 私が助けなかったら、今頃そこの死体と同じように殺されてた癖にッ……なんで私アンタなんか、……アンタなんか見捨てて逃げればよかった……!」
「……なにを言い出すのかと思えば、随分とくだらねーことを言いやがる」
「なっ……くだらない、ですって!?」

 ウェスは小さく鼻でせせら笑うと、己の手荷物の中からワルサーを取り出した。雨に濡れることも気にせず、空の弾倉に予備の弾丸を装填してゆく。水に濡れた弾丸では命中精度も威力も大きく落ちることは理解しているが、ウェスからすれば関係ない。
 弾丸が装填されたばかりのワルサーの銃口を、ウェスは自分自身のこめかみに押し当てた。瞠目し、なにごとかを叫びかけたはたてよりも早く、ウェスは連続で引鉄を引いた。
 銃声は一発も鳴らなかった。

355雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 15:59:57 ID:fObrG55w0
 
「な……なっ、なにしてんのよアンタはァアアーーーッ!」
「見ての通りだ……オレは自分では死ねない。何度も試したからな……だから、ここで死ぬならそれでもよかった。助けてくれなんて頼んだ覚えはねえ」

 ワルサーに装填されていた弾倉を引き抜いて、中身を検める。雨に濡れたにしては異常な程、弾倉の中身は『濡れすぎて』いた。普通、密閉された金属製の弾丸の中身まで浸水することはあり得ないし、近年の拳銃であれば水中でもそれなりの殺傷力を誇る。この弾丸は、ウェスを狙ったその瞬間に、本来の役目を失ったのだ。
 役に立たなくなった弾倉を捨てて、新品の弾倉に詰め替えるウェスを、はたては凝視した。

「冗談じゃないッ……ふざけたコト言ってんじゃあないわよ、アンタ……死んでもいいですって? いまさらッ……いまさら! ここまで好き勝手やっておいて……そんな勝手なことが許されると思ってんの!?」
「それこそ今更だな……許される必要がどこにある? お前に言われるまでもなく……きっとオレが行くのは『地獄』だろう……『天国』へは行けない。だが……生きているからにはやらなければならないことがある。オレが『地獄』に行くのはすべてが終わってからだ」

 柄にもなく、ウェスはくぐもった声を出した。
 生きている限り、歩みを止めるわけにはいかない。どこまでも冷静に、どこまでも無感情に、ウェスは己の目的の為だけに他者を殺す機械となる。そして、喪ったものを取り戻す。すべてが終わって不条理が取り除かれた世界に『呪われた人間』は必要ないとウェスは思うが、厳密に言えば終わった後のことはどうでもいい。

「家族を殺して……参加者を皆殺しにして、それで自分も『地獄』に堕ちるっていうの、アンタ」
「そうだ。そして生きている限り、オレは前に進み続ける……オレを止められるのは『死』だけだ」
「……っ、狂ってる」
「お前は思っていたよりも『マトモ』だな。向いてないと思うぜ……新聞記者なんてよ」

 またしても、ウェスは笑った。
 あのイカれた記事を書いた人間が持つには、些かちぐはぐした『論理感』がはたての言葉にはある。なによりも、ことあるごとに涙を流すような中途半端さなら、やめてしまった方がいい。
 はたてはさも心外とばかりに立ち上がり、尖った双眸をウェスに向けた。涙はいつの間にか止まっていた。

「そんなこと、アンタに言われる筋合いないわよ。せっかくヤッバいネタを手に入れたっていうのに、このまま腐らせたまるもんか……アレも、コレも、まだまだ配信したい内容が沢山あるのよ。誰よりも早く、独占スクープでみんなの度肝を抜いて、あいつらをぎゃふんと言わせてやるんだ……あんたと同じように、私にだって止まれない理由がある」
「そうかい……だったら勝手にしろ。お前がどうなろうとオレの知ったことじゃあないからな……それで役に立たなくなったとしても『切り捨てる』だけだ」
「……アンタほんっとのひとでなしね。今更もう期待はしてないけど……あーあ、アンタのことなんて助けなければよかった」

 憮然として嘆息するはたてから、物言わぬ遺体となった女戦士へと視線を向ける。

「で、アレは誰がやったんだ」

 問うた瞬間、はたては再び表情を曇らせた。

「トリッシュって子が殺された時、近くで寝てた紫髪の子が……まるで機械みたいに、淡々と気絶した彼女を……言っとくけど、私が飛び出さなかったら、アンタも一緒にやられてたんだからね」
「そいつはどうも。で、お前は恐れをなして泣きじゃくってたってワケか」
「だって、仕方ないじゃない……あんな殺し方、異常よ。怒りも憎しみもなにもなかった。ただ、作業をするみたいに平然と……あんなムゴいことができるなんて」
「殺し合いを助長するような記事を書いているヤツのセリフとは思えねェな」
「別に殺し合いを助長しようなんて、そんなつもりはないわ。私はただ、みんながアッと驚くような記事を書きたいだけ」
「そうか……そいつは立派な心がけだな」

 思うところはあったものの、はたての思考回路の異常さちぐはぐさを一々指摘してやる義理もないので、ウェスはあえてなにも言わなかった。はたてが今のスタンスでいる限り有用であることに違いはないのだから、今はそれでいい。
 ウェスは興味を失ったようにはたてに背を向け、歩き出した。

356雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:04:27 ID:fObrG55w0
 
「――だが、お前のお陰でオレは『復讐の旅』を続けることができる……『地獄』行きのな。お前を『協力者』に選んだのは失敗じゃあなかったらしい」

 それは、多分に『皮肉』の含まれたいびつな感謝だった。
 はたては一瞬遅れて、歩き出したウェスの隣へと駆け寄ってきた。

「ね、ねえ、それ褒めてるつもりなの? ぜんぜん嬉しくないんだけど」

 ちらとはたての顔を見る。嬉しそうだった。まなじりにはウェスを糾弾するような色も見て取れるが、口角が微かに上がっている。
 過ごした時間は少ないが、はたての目的を聞いていると、どうやら人より『承認欲求』が大きいように感じられた。他者に認められ、求められることで、この女は自分自身の必要性を再認識するタイプなのだろう。
 視界の片隅に見える木とはたてを見比べて、吐き捨てるように笑った。

「少なくとも……お前じゃあなかったら、きっとオレは今頃死んでただろうからなァア」
「そう、そうよね……だったらもっと感謝しなさいよね! 私と私の書いた記事に」
「ああ、してるぜ、お前のおかげだ……(お前のおかげでこれからもっと大勢の人間が死ぬという意味だが)」

 はたては安堵したように息をついた。

「で、あのカミサマふたりはどうなったんだ」
「さ、さあ……戦ってたハズなんだけど、決着がついたのかどうかは。少なくとも、もう戦闘は終わってるみたい」
「……そうか」

 肝心なトコロで役に立たないオンナだな、とは思っても口にはしない。どうせ決着がつく前に怖くなって逃げ出したのであろうことは容易に想像がついたので、あえて追求する気にもなれなかった。

「まあ、どっちでもいい。生きていたなら、次会った時に殺せばいい話だからな……どっかでおっ死ぬ分には問題ねェ。そんなことより――」

 ウェスは曇天の空を見上げる。ウェスとはたての周囲だけ、雨は止んでいた。その空を、一匹の小さな影が通り過ぎていった。普通であれば虫が飛んでいる程度にしか思わないのだろうが、この会場においてそれは異常だ。
 なによりも、影の正体が虫でないことをウェスは見抜いていた。
 影は、まるでふたりを監視するように、付近の陋屋の屋根瓦に止まり、羽根をたたんだ。
 直径にして三センチから四センチ程度の、小さな翼竜だった。

「アレはなんだ……お前、知ってるか」
「そういえば、あちこち飛び回っていたみたいね……見たところ、あの『トカゲ男』の能力のようだけど」
「ほう……じゃあ、誰かの能力なんだな? アレは」
「うん。多分『触れたものをトカゲに変える』って能力だと思う。今は無事だけど、あの洩矢諏訪子もアイツにトカゲに変えられてたみたい」
「そうか……だったらよォ、お前、アレを撃ち殺してみろ」
「えっ……いいけど」
「頼むぜ〜」

 ウェスの意図を理解しようとするでもなく、はたては求められるままにカメラ付き携帯のレンズを翼竜へと向けた。翼竜をファインダーに収め、携帯電話のボタンを押し込む。

   遠眼「天狗サイコグラフィ」

 機械的に再現されたカメラの撮影音がカシャ、と鳴った。はたてが撮影したのは、陋屋の中心で羽根を休める翼竜の写真だった。写真に切り取られた四角形の空間を埋め尽くすように、紫色のお札を模した弾幕が大量展開される。
 鮮やかな紫が、淡い輝きを放ちながら翼竜へと殺到した。異変を察知した翼竜はただちに飛び立とうとしたものの、ろくな知性を持たない翼竜に、大量に飛び交うお札団弾すべてを回避するのは不可能だ。
 一発目が翼竜に命中した。弾幕に込められた霊力が弾けて、翼竜が高度を落とす。そこへ、二発目、三発目の弾幕が追撃をかける。雨に打たれながら、翼竜は一匹の昆虫へと姿を変え、地面に落ちていった。
 のんびりとした歩調で『翼竜だったものの死骸』に歩み寄り、指でつまみ上げる。

357雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:11:44 ID:fObrG55w0
 
「ミツバチだ……しかし少し大きいな。オオミツバチか?」
「これがあの『空飛ぶトカゲ』の正体……? ってことは、やっぱり姿に変えられてたんだ」
「ああ、決まりだな……コイツはスタンドで操られていた。せいぜい偵察係ってところだろう……オレがお前に情報収集を任せたようにな」
「ってことは、やっぱりあの『トカゲ男』がやったのかしら」
「誰の能力だったとしても、気に食わねェことだけは確かだぜ……『高みの見物』で情報だけもっていくヤツがいるんだからな」
「アンタがそれ言う?」

 ウェスの背後に、スタンド像が浮かび上がる。雲の集合体、気象の具現『ウェザーリポート』だ。

「ねえ、アンタなにする気なの」
「オイ、お前……『恐竜』がどうして滅びたか、知ってるか」
「えっ」

 はたては問いの意味がわからないといった様子で眉根を寄せるだけだった。

「実際のところ、恐竜が滅んだ理由には諸説あるが……定説として唱えられているのは――」

 話しているうちに、自然界では考えられないほど急激に、通常ではあり得ない速度で気温が低下しはじめた。
 絶えず降り注いでいた雨が、その雨脚を弱めてゆく。空から降る雨が、液体の形状を保てず、その姿を雪の結晶へと変えてゆく。ウェスの上空を中心に、雨が完全なる雪へと姿を変え、その寒波の並は徐々に広がってゆく。
 寒波は瞬く間に廃村全体へと伝播していった。

「――長く続いた冬の『寒さ』に耐えられなかったからだ」

 吐く息が白くなる。人間ですら凍えるほどの寒波を、ウェスが引き起こしているのだ。
 雨に打たれ全身を濡らしていたはたてが、両肘を抱えて震え始めている。ウェザーリポートは、はたてに向かって突進した。実体を持たないその像が、はたての体を突き抜け、そのまま通過してゆく。

「えっ、な、なに!?」
「ウェザーリポート……お前の体に纏わり付いた水分をトばした」

 宣言の通り、ウェザーリポートが齎した熱量は、瞬く間にはたての髪を、衣服を乾燥させていた。瞬間的にかなりの熱がはたてを襲った筈だが、元々の気温の低さと体温低下もあって、はたての体はそれをダメージとは認識しない。ウェスが、そうなるように調節した。
 かたや、ウェスの視界の隅を飛んでいた一匹の翼竜の高度がみるみる下がってゆく。さっき死んだ翼竜とは別の個体だ。そいつはそっと一軒の陋屋の軒先に羽根を下ろすと、体を丸めたままじっと動かなくなった。

358雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:21:54 ID:fObrG55w0
 
「雪の降るような『寒さ』の中では活動を止める……『何者であろうと』な。恐竜だろうと昆虫だろうと、その点は同じだぜ」

 あの翼竜はもう動けない。このままじっとしている限り、寒波に耐えられず徐々に体力を奪われ続け、いずれ支配が解けると昆虫の姿に戻り死に至るだろう。一匹一匹を点で潰してゆくのは骨が折れるが、面で活動を制限するのであれば、さほど集中力は必要ない。
 この殺し合いにおいて、情報は命を左右する要素にも成りうる。どこかでいい気になって楽に情報収集を決め込んでいる参加者がいるならば、ここでその手段は潰しておくべきだ。此方の情報だけが相手側に筒抜けになるという事態を今後防ぐために、ウェスはウェザーリポートを発動したのだ。

「アンタまさか、この会場中にソレをやる気なの」
「どうかな……今のままじゃあ、あまり広範囲に能力を及ぼせないらしい。本来ならこの程度の会場を寒波で覆うのはワケないんだが、くだらねェ制限ってのがかけられちまってるらしいんでな」
「うーん、なるほどねえ……でも確かに、そういう風に監視されたままっていうのは気持ち悪いよね」

 はたては腕を組んで目線を伏せる。暫し黙考したのち、おもむろに携帯電話を取り出した。キーを操作し、着信履歴を表示させる。
 二件、電話番号が表示されていた。新しい履歴の方に見覚えはないが、おそらくはたてが泣いている間に掛かってきたものだろう。今必要なのはその番号ではない。

「ねえ、その制限って……荒木と太田にかけられたやつよね」
「ここへ来てからだからな……そう考えるのは自然だろう」
「それ、解いてあげられるかも」
「なに?」

 はたては、画面に表示された電話番号を選択し、発信ボタンを押した。
 発信音に次いで、呼び出し音が鳴る。はじめて荒木がはたてに電話をかけてきた時に、彼らは非通知設定にする、といったことをしなかった。意図は分からないが、目の前に糸が垂らされているなら、掴んでみるのも悪くはない。
 十コールも鳴らないうちに、電話は繋がった。

『もしもし』
「その声、アンタは太田ね?」
『ンフフ、いかにも。まさか君の方からかけてくるとはねえ……わざわざかけてくるということは、なにか困ったことでもあったのかな』
「まあね……ちょっとお願いがあって。って、アンタたちにお願いするのも癪な話だけど」

 はたては自分の言葉の気軽さに驚いた。太田に対しては、どこか奇妙な懐かしさのようなものを感じる。面識など一度もないはずなのに。

『うーん、普通、こういうゲームの主催者っていうのは参加者個人の願いなんて聞いてあげないものなんだけどねえ』
「そこをなんとか、ねっ? 簡単なお願いだから」

 暫しの沈黙。電話の向こうから伝わる太田の息遣いからみるに、対応を考えている最中のようだった。
 
「これからもステキな記事書くからさ」
『ン〜〜〜……まあ、君には実績があるのも事実だからね。聞くだけ聞いてあげよう。叶えるかどうかは内容次第ということで』
「じゃあ、単刀直入に言うわね。ウェスの制限をちょっぴり解除して欲しいの」
『……は?』

359雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:22:37 ID:fObrG55w0
 
 ある程度は予想通りの反応だった。視線を隣に向ければ、ウェスも柄にもなく瞠目し、はたてを凝視している。気持ちのよい反応だった。今自分は、自分にしかできない仕事をしているという実感があった。

「といっても、自由にどこでにも雷を落としたいとか、殺し合いを有利に進ませたいとか、そういうズルがしたいわけじゃない。ウェスの能力を、この会場全体に行き渡らせるようにしてほしいってだけよ。具体的には、この雨が全部雪になるくらい」
『いやあ、それは十分ズルなんじゃないかな? 二つ返事でいいよと言えるような内容じゃないなあ』

 やはり、予想通りの反応だった。ここからが腕の見せどころだ。
 元より屁理屈を捏ねて記事を書くことを生業としているはたてにとって、理屈を捏ねることはさして難しい問題ではない。

「そうかしら? でもさあ、それってちょっと不公平じゃない」
『寧ろ公平さ。彼はそれだけの能力を持ってるからね。ある程度は制限しなきゃ』
「ふうん、なるほど」

 これでひとつ確定した。
 やつらは、参加者の固有能力に制限をかけられる。やつらの裁量ひとつで、行使できる能力の範囲は操作できる可能性が高い。もうひと押し、攻めてみようと思った。

「じゃあさ、会場中に偵察の……恐竜? を放ってるヤツはいいの? もう一度言うわ……私は別に『誰かを殺したい』とか『殺し合いを有利にしたい』とか、そういうことは考えてないの」
『なるほど……読めたよ、君の魂胆が。つまり、君とウェザーはその恐竜の動きを止めたいってワケだね』
「そういうこと。だって、会場中に偵察係を放って、ひとりだけ会場中の情報を得ているやつがいるのよ。私やウェスの情報も、たぶん握られてる。この殺し合いでそいつだけがみんなの情報を覗き見て立ち回れるなんて、こんなに不公平なことはないわ」

 太田はなにも言わない。構わずはたては続けた。

「そいつの能力に制限をかけろとか、そいつに罰を与えろとか、そういうことも言わないわ。ただ、そいつが能力を使って有利に立ち回ろうとするなら、こっちだって能力を使って対抗したいってだけよ」
『うーむ』

 押せばいける、とはたては思った。

「何度も言うけど、別に直接誰かを殺したいとか、そういうこと言ってんじゃないよ。ただ、ウェスが本来『できること』をほんの一部『できるように』してほしいだけ……そもそも、直接の殺しに発展しない『天候操作』って、そんなにヤバい能力じゃないんじゃない?」
『ふむ……それは確かに一理あるかもね。僕らとしては、会場全域に雷を落とすとか、滅茶苦茶な嵐を起こすとか、そういうことをされちゃ困るから能力に制限をかけたわけだから、雨や雪を降らすくらいなら、まあ』
「じゃあ」

 一拍の沈黙を置いて、太田は笑った。

『ンフフ……仕方ないなあ。主催者に直接コンタクトを取るなんて大胆な行動に出た君に免じて、今回だけは特別に許してあげよう。この電話以降、指向性を持たず、殺傷性も持たない天候操作に限っては、範囲制限を解除するよ。あっ、もちろん吹雪とかもナシだからね』
「わかってるわかってる、そんなズル考えてないってば」
『それと、今回は特例ってことも忘れないように。いつでもこんな風に願いを叶えてあげられるなんて思われちゃ困るからね』
「それもわかってる。余程のことがない限りかけないから」

 きっと彼らは、はたての命の危機とか、そういう状況では助けてはくれない。今回は願い事の内容がルールに触れる箇所で、尚且つ論破できる余地があったから成功しただけだ。次以降はそうそう上手くはいくまい。

『それじゃあ、僕も忙しいから、これで切るよ。第五誌も楽しみにしてるからね……ンフフ』

360雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:27:10 ID:fObrG55w0
 
 受話器からは、ツー、ツー、と切電音が流れていた。
 はたては自信に満ちた表情で、ウェスへと目配せする。受話器から漏れる音で会話の内容を把握していたウェスは、未だ瞠目したままだった。

「おいおい……マジかよ、お前」
「マジも大マジ。ホント、私を『協力者』に選んでよかったわね」

 携帯電話を折りたたんでポケットにしまうと、はたては胸を逸らして破顔した。

「私がいかに役に立つ存在かわかったなら、これからはもっと私を丁重に扱うことね。そして私の記事を楽しみに待つこと」

 無言ではたてを凝視するウェスの視線が心地よかった。ここへ来てはじめて、乱暴者のウェスに対して主導権を握ったような気がした。
 高揚した気分のまま、はたては黒翼を大きく広げた。地を蹴り、翼をはばたかせて、はたては飛んだ。上空から、はたてを見上げるウェスを見下ろす。

「それじゃ、私はもう行くわ。こんなところでいつまでもじっとなんかしてられないもの。アンタも精々頑張ってね」

 小さくなっていくウェスに軽いウィンクを送る。ウェスははじめはたてを見上げていたが、すぐに興味を失ったように歩き出したので、はたてもそれに倣って彼方の空を見上げ、高度を上げた。
 体に纏わりつく雨が止んだことで、幾分飛びやすくなったように感じられる。代わりに冷たい雪が降るようにはなったものの、はたての体にはまだ、ウェザーリポートによって齎された熱が残っている。また体が冷え始める前に、どこか落ち着ける場所で暖を取って、ゆっくりと記事を書こう。
 まずは隠れ里での大乱闘と、二柱の神々の激闘を纏めた第五誌を発刊する必要がある。だが、その前に号外を出すのも悪くはない。

「内容は……号外『怪雨(あやしのあめ)到来!? 会場全域を覆う異常気象にご用心』……ってところかしら」

 雪降りしきる空を滑るように飛びながら、はたてはほくそ笑む。記事にするのは、起こった事実だけだ。ウェス本人を記事に取り上げるつもりはない。
 今日は傘を持って家を出ればいいのか、明日の天気は、今週の雨模様は。いつの時代も、気象に関する情報は誰だって喜ぶものだ。この記事は万人に受け入れられる自信がある。けれども、インパクトには欠けるから、号外だ。それは仕方ない。
 ウェスの能力が会場全域に広がるには、おそらく今しばらく時間がかかる。ならば、すぐに概要を纏めて配信すれば、この天気情報は何処よりも早い最新情報ということになる。
 きっと役に立つはずだ。読者の喜ぶ表情を夢想し、はたては自分でも気付かぬうちにあたたかい気持ちになるのだった。

361雨を越えて ◆753g193UYk:2018/09/17(月) 16:27:50 ID:fObrG55w0
 
 
 
【真昼】D-2 猫の隠れ里 付近 上空

【姫海棠はたて@東方 その他(ダブルスポイラー)
[状態]:霊力消費(中)、人の死を目撃する事への大きな嫌悪
[装備]:姫海棠はたてのカメラ@ダブルスポイラー、スタンドDISC「ムーディー・ブルース」@ジョジョ第5部
[道具]:花果子念報@ダブルスポイラー、ダブルデリンジャーの予備弾薬(7発)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:『ゲーム』を徹底取材し、文々。新聞を出し抜く程の新聞記事を執筆する。
1:怪雨、寒波を纏めた異常気象の最新情報を号外として配信。インパクトには欠けるが、今まで念者の能力上書けなかったタイプの記事なので楽しみ。
2:その後、落ち着ける場所で第五誌として先の乱闘、神々の激突を報道。第二回放送までのリストもチェックし、レイアウトを考える。
3:ウェスvsリサリサ戦も記事としては書きたいが、ウェスとの当初の盟約上、ウェスのことは記事にできない? それとも、この程度なら大丈夫? 悩みどころ。
4:あの電話
4:岸辺露伴のスポイラー(対抗コンテンツ)として勝負し、目にもの見せてやる。
5:『殺人事件』って、想像以上に気分が悪いわね……。
6:ウェスを利用し、事件をどんどん取材する。
7:死なないように上手く立ち回る。生き残れなきゃ記事は書けない。
[備考]
※参戦時期はダブルスポイラー以降です。
※制限により、念写の射程は1エリア分(はたての現在位置から1km前後)となっています。
 念写を行うことで霊力を消費し、被写体との距離が遠ければ遠い程消費量が大きくなります。また、自身の念写に課せられた制限に気付きました。
※ムーディー・ブルースの制限は今のところ不明です。
※リストには第二回放送までの死亡者、近くにいた参加者、場所と時間が一通り書かれています。
 次回のリスト受信は第三回放送直前です。
 
 
 
【真昼】D-2 猫の隠れ里
 
【ウェス・ブルーマリン@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消費(大)、精神疲労(中)、肋骨・内臓の損傷(中)、左肩に抉れた痕、服に少し切れ込み(腹部)、濡れている
[装備]:ワルサーP38(8/8)@現実
[道具]:タブレットPC@現実、手榴弾×2@現実、不明支給品(ジョジョor東方)、救急箱、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:ペルラを取り戻す。
1:会場全域に寒波を行き渡らせ、恐竜の活動をすべて停止させる。
2:まだこの付近にあの神々がいるなら探してみるか? それとも徐倫が逃げた方向へ移動するか?
3:はたてを利用し、参加者を狩る。
4:空条徐倫、エンリコ・プッチ、FFと決着を付け『ウェザー・リポート』という存在に終止符を打つ。
5:あのガキ(ジョルノ)、何者なんだ?
[備考]
※参戦時期はヴェルサスによって記憶DISCを挿入され、記憶を取り戻した直後です。
※肉親であるプッチ神父の影響で首筋に星型のアザがあります。
 星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※制限により「ヘビー・ウェザー」は使用不可です。
 「ウェザー・リポート」の天候操作の範囲はエリア1ブロック分ですが、距離が遠くなる程能力は大雑把になります。
 ただし、指向性を持たず、殺傷性も持たない天候操作に限っては会場全域に効果を及ぼすことが可能となりました。雷や嵐など、それによって負傷する可能性のある事象は変わらず使用不可です。
※主催者のどちらかが『時間を超越するスタンド』を持っている可能性を推測しました。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※ディアボロの容姿・スタンド能力の情報を得ました。


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