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( ^ω^)冒険者たちのようです

136名無しさん:2024/09/01(日) 03:07:42 ID:9tBcNMXI0

ξ-⊿-)ξ「だから───さよなら」


眼前に浮かび上がったそれに向けて、両手を突き出す。
たったそれだけの事で、光の中で影は一層もがき苦しんだ。

光の粒に溶け込んでいくようにして、やがて───それは完全に消え失せた。



        *  *  *


(;´・ω・`)「こいつは驚いたな」

それから程なくして、意識を完全に取り戻した魔術師は、
意識を失っていた間の事の顛末をツンから聞き及ぶと、
驚きのあまり自分の身体と、ツンのその表情とを幾度も見比べていた。

ξ゚⊿゚)ξ「私もよく分かってはいないんだけど……
     信じられません、よね?」

にわかには自分でも信じがたいと、ツンは思う。

父がそうであったように、幾年、幾歳月を信仰に使い果たした
名のある信徒であっても、かの聖ラウンジの秘術を用いる術を
得られる者など、ほんの一握りの人間だけであった。

それを、まだ齢にしてたった十八の自分が、その一人に選ばれた。
実際に主の声を聞きながら、聖術の奇跡を賜ったのだ。
奇跡以外に言いようのない事実に対して、未だ実感は沸かなかった。

137名無しさん:2024/09/01(日) 03:08:21 ID:9tBcNMXI0

(´・ω・`)「いや、勿論信じているさ。
      この胸にあったはずの、あの厄介な烙印が、嘘のように癒えている。
      それこそが、何よりの証拠だ」

(´・ω・`)「───本当にありがとう」

ξ゚ー゚)ξ「こちらこそ……!」

そこで、二人に初めて笑みがこぼれた。
お互いがお互いを助け合い、誰も死なずに済んだことに、安堵が沸き起こる。

笑みが浮かぶと共に、聖ラウンジの秘術を賜ったという事への実感。
誰かを救える力を手にした事への喜びを、少しずつ噛みしめていた。

(´・ω・`)(それにしても、”封魔の法”───そういう事だったか)

(´・ω・`)(人の身に、魔力を食い物にする魔法生物の類を封じ込める)

(´・ω・`)(魔術を使う者の精神力を糧にそれを成長させ、
       やがては対象の術者を死に至らしめる、という訳か……)

(´・ω・`)「……やはり恐るべき才能か、モララー・マクベイン」

ξ゚⊿゚)ξ「え?」

考え事をしていたかと思えば、ぼそりと何事かを呟いた彼の様子に、
ツンが一瞬怪訝な表情を浮かべる。

(´・ω・`)「いや失礼、ただの独り言さ。それより──」

そう言って、すっくと立ち上がり外套の砂埃を払うと、
魔術師はツンの正面へとしっかり向き直り、礼を示した。

138名無しさん:2024/09/01(日) 03:09:01 ID:9tBcNMXI0

(´・ω・`)「自己紹介がまだだったね。
      名を、”ショボン=アーリータイムズ”。
       ご周知かとは思うが、これでも魔術師の端くれさ」

ξ゚ー゚)ξ「”ツン=デ=レイン”、聖ラウンジの信仰者です。
     大陸の各地を旅して、少しでも自分が力になれればな、って」

(´・ω・`)「そうか、それは……きっとなれるさ。
      その力は、何物にも代え難い。
      自分がそれに助けられたことで、実感したよ」


ξ゚⊿゚)ξ「あなたも……旅を?」

(´・ω・`)「まぁ、今の所はね。
      信頼していた人物に裏切られて、貴重な研究の機会を逃してしまって」

ξ゚⊿゚)ξ「ふぅん……よくわからないけど、大変ですね」

(´・ω・`)「君も、ね」

頷き、ショボン=アーリータイムズは洞窟の外を眺めた。
天候が既に落ち着いているのを見て、出立をと考えたのだろう。
投げ出してきた自らの手荷物を取りに行こうとした所で、出口で立ち止まった。

(;ノoヽ)「お、あう……?」

(´・ω・`)「……おっと」

おずおずと洞窟の入り口から覗き込んできた子供の目が、ショボンのものと合った。
少しうろたえた様子で、背後のツンの表情を伺う。

139名無しさん:2024/09/01(日) 03:10:16 ID:9tBcNMXI0

ξ゚ー゚)ξ「もしかして……この人を呼びに戻ってきてくれたの!?」

(´・ω・`)「その通り。
      ありがとう――君のおかげで、彼女を救うことが出来たよ」

そう言って少年の頭に手を置こうとしたショボンの脇を素早く通り抜けると、
その奥に立つツンの傍へと駆け寄って、彼女の背後に隠れてしまった。

ξ゚ー゚)ξノoヽ)「おあう〜!」


ξ゚ー゚)ξ「大丈夫、怖い人はもう居ないからね」

(´・ω・`)「ふふ、懐かれているようだね。
      ……どうやら、耳が聞こえないようだが」

ξ゚⊿゚)ξ「──私、この子を連れて街を目指したいと思います。
     聖ラウンジ教会なら、きっとこの子を預かってくれると思うから」

強い眼差しは、その言葉を曲げることはないだろうと感じさせた。
それにショボンは、一度だけ大きく頷いた。
恐らくはやり遂げるだろうという、彼女の決意を確認して。

(´・ω・`)「承知した。それなら、ここからだとヴィップの街が近い。
       早ければ一日、遅くとも、まぁそれに加えて数刻だろう」

ξ゚⊿゚)ξ「交易都市ヴィップ……一度、行ってみたかったんです。
     多くの人で賑わっている街だとか」

140名無しさん:2024/09/01(日) 03:11:05 ID:9tBcNMXI0

(´・ω・`)「うん。少し休みたい所だろうが、山の天候は崩れやすいと聞く。
      この先、途中で山小屋の一つくらいはあるだろうから、そこで休もう」

(´・ω・`)「もしさっきの野盗共と出くわしたら、本来の力を取り戻したこの僕が、
      今度はより華麗に撃退してお目にかけるとしよう」

ξ゚⊿゚)ξ「……えっと、ショボンさんは……?」


(´・ω・`)「僕の胸の烙印、”封魔の法”を打ち消してくれたお礼とでも
      考えてくれればいい。女性と子供の二人では、危険過ぎる」

ξ゚⊿゚)ξ「……ありがとうございます!」

(´・ω・`)「さて、出立しよう」

ショボンが支度を整え終わるのを待って、ツンの後ろで
隠れていた子供は、一瞬だけショボンの前に立って、一言。

(ノoヽ)「あ……”あうがおっ”」

(´・ω・`)「………?」

ξ゚ー゚)ξ「………!」

耳が聞こえないために、正しく声を発音する事ができない子供の
その一言は、どうやらツンの方にだけは伝わったらしかった。

141名無しさん:2024/09/01(日) 03:11:53 ID:9tBcNMXI0

――その後、洞窟の中で横たえられていた一人の死者を埋葬した――

聾唖の少年の親だったであろう遺体の事をツンが話すと、ショボンはこれも引き受けた。

かくして、ショボン、少年、そしてツンの三人で力を合わせて、近くの野原を掘り起こした。
彼を埋葬する際、少年は一度姿を消すと、近くの野草や草花を取ってきて、遺体に握らせた。

これが永遠の別れになることと、餞の気持ちを理解出来たのだろうか。
ツンが膝を付き手を合わせる所作を、少年もまた、見よう見まねで行っていたようだ。


        *  *  *


こうして、奇妙な取り合わせの三人は山を降りる。
”交易都市ヴィップ”を目指すために、ゆっくりと歩き始めた。

疲労感が、なぜだか心地よかった。
充足感が、澄んだ風と共に頬を撫ぜる。

(´・ω・`)「あまり走り回って、滑落するなよ?」

ツンの純白だったはずの修道服は見る影もなく砂ぼこりにまみれ、
黄色みがかってしまった部分を払うと、裾をぎゅっと結んだ。
そして、靴ずれした足で、彼女は再び歩き始めた。

あちこちへと興味津々に駆け回り、ショボンとツンの後を
あとからついて来る聾唖の子供の姿を目で追いながら、想う。

ξ゚ー゚)ξ(そうよ……救いを求めるばかりが信仰じゃない)

ξ゚ー゚)ξ(私は救われるよりも……こうやって、誰かを救いたいんだ)


少年の背中を見て思い返すのは、愛情深く育ててくれた父との日々。
彼女の胸の中を今、鮮やかに彩られた清風が駆け抜けていた。

142名無しさん:2024/09/01(日) 03:12:41 ID:9tBcNMXI0
 

    ( ^ω^)冒険者たちのようです

            第3話

          「誰が為の祈り」


            ─了─

143名無しさん:2024/09/01(日) 03:15:24 ID:9tBcNMXI0
>>74-142が3話です
途中、AAが大幅に崩れていますのでお見苦しいかと思います

144名無しさん:2024/09/02(月) 12:28:05 ID:XV0YxuRU0

ツンとショボンの出会い…いいね!
二人とも善人だったからこその出会いだね

145名無しさん:2024/09/03(火) 23:51:29 ID:7NA/cZ8o0
乙です!
芽の出なかった子が事件をきっかけに力に覚醒する展開!こーゆーのがいいんですよね!

剣士、魔術師、僧侶ときたら、次は盗賊かなぁ?

146名無しさん:2024/09/05(木) 22:54:02 ID:Eo72dpzQ0
>>144-145
焼き直しの話ではありますが、ご感想ありがとうございます
整合性を見直す必要があり、今は特に前半を書き直して投稿しておりますが、
ヴィップワースからの続きを早く書きたいなとは思っております
幸いこの板は流れがとてもゆっくりそうなので、それに合わせてやっていきます

147名無しさん:2024/09/07(土) 09:53:23 ID:sf0mk.MU0
ヴィップワースの方は読んだことないけど
正統派JRPGのようでこれは期待

148名無しさん:2024/09/14(土) 02:21:23 ID:A6V2HoW60


   ( ^ω^)冒険者たちのようです

            第4話

           「力無き故に」

149名無しさん:2024/09/14(土) 02:21:50 ID:A6V2HoW60

―大陸東側 リュメの街―


交易都市ヴィップの街から東へ二日程度の距離に、リュメの街はある。

この岩山に囲まれた荒れ果てた土壌の為、作物もあまり育たない。
必需品は行商などで賄うが、生産的な職に就くのはごく一部の人々だ。

各地に大きな影響力を持つ聖ラウンジの信仰も、この地に根付く事は無かった。
今ではがらんどうの教会は月に一度、各地から持ち回りで宣教師が滞在する程度。
ほとんどは子供の遊び場か、そうでない時は浮浪者の寝床と化していた。

自分の農地や商業の販路を持つ人々は裕福な暮らしを築いている一方で、
路銀を稼ぐのが難しい者たちは、日ごろから貧しい生活を強いられていた。
それを見て育つ子供達は、物心つく前より人から盗みを働いたり、日がな物乞いや話術で
小銭を稼ぎながら逞しくも、浅ましく日々を暮らす。

あまつさえ、それを斡旋しているのは時に大人という事もある。
この街では仲介や情報の売買を交わす、情報屋ギルドが大きく幅を利かせている。
ただそれは表向きの姿であり、彼らには盗品の買取や金の洗浄などの裏稼業とされる
盗賊ギルドとしての側面もあった。

大きな都市から見れば治安は悪いとされる街だが、その分人々の結びつきは強い。
貧困層も中流層も、困った時には助け合って生活している事が多い街だ。
そんな日々の貧しさを必死に生きる人々にとっては、ある種の拠り所もあった。

この街には、”義賊”として名の知れた一人の男がいるということだ。

150名無しさん:2024/09/14(土) 02:22:15 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)y-「おーう。お前ら、今日も辛気臭い顔してんなぁ」

「あ、フォックス!」

「あとでカードしようぜ〜」

爪'ー`)「ああ、見回り終わったらな」


遅めの起床に身体を伸ばし、気だるげな様子で宿の二階から降りてくる男。
気安く彼に声をかけているのは、この場所をたまり場としている悪童たちだ。

適当に返事を返しながら、”グレイ=フォックス”は大きなあくびを一つした。

リュメを根城とする情報屋ギルドの頭目の彼の元には、多くの人が集まる。
彼らの活動は特定の組織や権力者が統括しているということはなく、組合に属する
ギルドとして正式な共同体の体裁を為しているというわけではなかった。

彼らが立ち寄る酒場に自然と人が集まるようになったというのが事の始まりで、
やがてスリで生計を立てる子供や、脛に傷を持つ食いつめ者たちも集うようになった。
時に御法に触れる事も行うのだが、個人の結びつきはあれど、彼ら自身は権力者に依存しない。

いつからか、通称を”情報屋ギルド”と呼ばれるようになった。

151名無しさん:2024/09/14(土) 02:22:40 ID:A6V2HoW60

「フォックスじゃん! 今晩遊んでいく?」

爪'ー`)「おー、気が向いたら行くわ」


親しみやすい雰囲気を持つフォックスには街を歩く道すがら、
娼婦から老人や子供に至るまで、誰もが気軽に声をかけてくる。

”金はある所から盗む”
”殺しはやらない”
”困った時は助け合い”

そんな無頼の思想のもとに行動する彼は、食い詰めた人々に口利きや援助も行う。
時に法を犯すような行いはすれども、それを人のために施すフォックスに対しては、
それでもなお頼りになる”義賊”として、街民からは感謝される事が多い。

今日もふらふらと街の様子を見渡し、このまま酒場へと行こうとしていた。
その後を追って来たのは、フォックスが長い付き合いをしている男だった。


( "ゞ)「お頭、飲みに行くんで?」

爪'ー`)y-「ん……デルタか。丁度いいや、お前も付き合う?」

( "ゞ)「勿論、お目付け役としてお供しますぜ」


この街では、フォックス同様に彼を知らぬものは多くない。
”デルタ=スカーリー”は彼の兄弟分であり、その補佐を行う右腕だ。
情報の売買や収集を中心的に行い、多くの部下を実質的にまとめ上げている。

こうしてよく仕事を抜け出しさぼる頭目に付き合う、目付け役でもあった。

152名無しさん:2024/09/14(土) 02:23:01 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)y-「所でよ、皆いつになく元気無くないか?
     花売りのティコんとこの婆さんも寝込んでるみたいじゃん」

( "ゞ)「へぇ、何でもゴードンとこの酒や食料品がまた値上がりしたって話ですぜ」

爪'ー`)y-「またか……あいつんとこの薄めた葡萄酒に、他所の何倍の値があるってんだ?」

( "ゞ)「また今夜あたり息巻いた若い衆があいつの倉庫を狙うって話ですけどね」

<ニダー商会>は、リュメで最も富める者として名高い”ゴードン=ニダーラン”が営む商会だ。
リュメの食料品や飲食店などの流通をひとしきりまとめあげ、娼館などにも手を伸ばす
ゴードンに睨まれた商売人は、この街で商品を仕入れる事も出来なくなり、商売もままならない。

最も発言力を持っており、流通価格も彼の一存で決められる範囲では自由自在。
金と権力を欲しいままに、豪商として名を馳せている男である。

あくまでこの街では、という話ではあるが、住民にとってニダー商会の存在はとても大きい。

爪'ー`)y-「ふぅん。あの業つく狸は溜め込んでるからなぁ……
     けど、子分どもにはこれ以上やり過ぎるなって伝えといてくれ」

( "ゞ)「勿論伝えましたぜ、先月の事もありやすし」

そのニダー商会の倉庫には、フォックスら盗賊が仕事に入る事がある。
実入りが大きい分、それに味を占めて派手な動きをしないようにとは言い聞かせているが、
先月、鼻も高々に金や高価なワインなどの戦利品を持って帰った少年がいた。

名前はナッシュと言ったが、ザルのような警備をいいことにその時の彼は盗み過ぎた。
二人の前で、ヘマを踏んだかも知れないと話した事を、二人は思い返していた。

153名無しさん:2024/09/14(土) 02:23:28 ID:A6V2HoW60

( "ゞ)「それと、一つ気になる事がありましてね」

爪'ー`)y-「やっこさんとこの守衛がまた賄賂でも吹っ掛けてきたか?」

( "ゞ)「いや。何でも素性の知れねぇよそ者が今この街にいるみてぇで」


そこまで話した所で、行く手の酒場から一人で出てきた男の姿にデルタは合図を送る。
前から来る男の様子を観察しながら、フォックスも同調して歩調を合わせた。


( ▲ )

うつむきがちにフードを目深に被った男の表情は窺い知る事が出来ない。

だが、入念に準備を整えたかのような斥候<スカウト>の軽装によく似ていた。
深い濃紺の装束に身を包む細身の男のしなやかな身振りから、衣服の下には鍛えた肉体を想像させる。

煙草を地面に捨てて、足でにじり消すフォックス達を男は横切った。
すれ違う間際にその男の横顔を一瞥したが、こちらを見る事もない。
そのまま、お互いに何事も無く通り過ぎていった。


爪'ー`)(……ふぅん)

154名無しさん:2024/09/14(土) 02:24:01 ID:A6V2HoW60

すれ違い、互いの背中が遠のいていく中で振り返る事はなかった。
フォックスはその背中に何かを感じた様子であり、デルタが小声で囁く。


( "ゞ)「あいつです、お頭」

爪'ー`)y-「ああ、そうだろうな」

( "ゞ)「同業者、ってとこですかね?」

爪'ー`)y-「さぁな……」


フォックスの眼には、先ほどの男とすれ違う一瞬で確かに見えていた。
男が胸元の内側に、刃物らしき大きさのものを忍ばせていたのを。

血の気が多い情報屋ギルドの面々のことだ
よそ者が自分達の領域に入り込む事を良しとせず、知れば問題が起こり得る。
それを避けるためにも、こちらからは干渉したくはない。

爪'ー`)y-「だけど、ありゃあ堅気じゃねぇな」

( "ゞ)「危うきに近寄らず……ですかね」

爪'ー`)y-「ん。さぁ、物騒な話はさておきだ。まずは一杯やろうぜ」

( "ゞ)「またこんな陽の高いうちから飲んじまうんだから」

爪'ー`)y-「飲み比べだ、負けた方が今日の酒代持ちってのはどうだ?」

( "ゞ)「お頭にゃあ負けませんってば」

フォックスとデルタは、勇み足で馴染みの酒場へと入っていった。

155名無しさん:2024/09/14(土) 02:24:26 ID:A6V2HoW60

――烏合の酒徒亭――


庶民の歓楽などほとんど無いこの街では、安いエールを出す酒場こそ人気だ。
それがこの店が多くの人が利用する理由であり、またフォックス達の行き付けでもあった。
カウンターから、馴染みのマスターの顔がフォックスらを迎える。

(# `ハ´)「いらっしゃ……アイヤァー! お前さん方、よくもまぁ店に顔出せたもんアル!」

爪'ー`)y-「いきなり怒鳴るなよ、親父」

( "ゞ)(……シナーの親父がこの調子だと、またうちの奴らがツケてやがるみたいですね)

爪'ー`)y-(あぁ、それもこの勢いだと5〜6人で飲み明かしでもしたかね……ツケで)

(# `ハ´)「怒鳴って何が悪いネ!?お前んとこの馬鹿共、
      ウチのお得意さんに出す”緋桜”を3本も開けやがったアルよ!?」

( "ゞ)「そのお得意さんが……俺らだろ?」

(#`ハ´)「どうせツケだと思って、毎回毎回毎回毎回……
      底無しに飲むお前らなんか、お客な訳ナイよッ!」


せっせと皿洗いやグラス磨きを終えた端から、今度は手練の動作で炒め物をまとめて人数分仕上げる。
異国で二十年修行をして来たという<烏合の酒徒亭>のマスターの料理は絶品だった。
酒以外の目的にも多くの客が押し寄せ、さほど広くない店の中はいつも活気に満ち溢れている。

血眼で鍋を振るいながら怒気を荒げるシナーとは対照的に、フォックス達は淡々としたものだ。
店内に入るとシナーの怒声を右から左へ受け流しつつ、ゆっくりと空いてる席に着く。

156名無しさん:2024/09/14(土) 02:24:46 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)y-「そう言うなって。勿論溜まってるツケは面倒見てる俺らが払うさ。
     でも今日はあいにくとそこまで持ち合わせがねぇからさ……また今度ってことで」

(#`ハ´)「あぁ、もう! こっちはこの押し問答してる時間も惜しいアルヨ!」

( "ゞ)「お頭の言う通りだ。今日のところはよろしく頼むぜ、シナーの旦那」


───「マスター、注文まだかい?」───

───「おせーぞシナー。さっさと酒だ!」───


(# `ハ´)「もう……こちとら仕事が溜まってるアル!
      お前ら、その内毒入りの酒飲ませてやるから覚悟しとけアルヨッ!!」

そう言って、カウンターからずんずんと歩み出てくると、フォックス達の卓上に
でん、と大きな音を立ててエールの酒樽を叩きつけ、肩をいからせながらカウンターへと戻っていった。

爪'ー`)y-(扱いやすい親父………)

( "ゞ)(いや、全く)

必死に注文をこなしていく宿のマスター、シナーを傍目に、
そうしてまだ日も高い内から、二人は飲み比べを始める。



        *  *  *

157名無しさん:2024/09/14(土) 02:25:06 ID:A6V2HoW60

会話の合間に一献、またニ献と杯を飲み干していく。
決して調子を乱す事なく、樽から注がれる端からすぐに底を尽いていく。

そうして夜の帳が下りる頃には、既にお互い、12杯目のエールを飲み干していた。
グラスを置き、赤ら顔の互いの視線が卓上で交わされると、またエールを注ぐ。

爪'ー`)「プハァ……そういや、何年になるかな」

( "ゞ)「ゲフッ……あの”貧民窟”から、俺らが街に出てきてからですか?」

爪'ー`)「あぁ。もう十五年にはなるか?」

( "ゞ)「俺もお頭もあん時はまだ五つぐらいのガキだったから……それぐらいかねぇ」

さすがに酒が回ってきたのか、樽から注がれたエールが目減りする事はない。
二人ともペースを落として、昔の事を思い出しながら語らい始めていた。

爪'ー`)「やっぱり、今でも思うんだよな」

( "ゞ)「あいつらを置いてけぼりにした事、ですかい?」

爪'ー`)y-「……そうさ」


────話は遡る。




        *  *  *

158名無しさん:2024/09/14(土) 02:25:31 ID:A6V2HoW60

――15年前――


大陸各所には、俗に、”貧民窟”と言われる場所がある。
フォックスとデルタは、険しい山間の中腹地点に位置するこの洞窟で生まれ育った。

大きな都市部からほど近い場所などに点々と存在する、仮住まいの竪穴だ。
そこには行き場のない浮浪者や孤児、あるいは過去に罪を犯したもの。
世間ではつまはじかれ、まともに暮らしていかれなくなった者たちが、
この場所で身を寄せ合い、寒さと飢えに苦しみながらも、共に暮らしていた。

食事も衛生も、まともに行き届いた生活を送れるわけもない。
人としての最下層の暮らしを送る人々が寄せ集まった、吹き溜まりのような場所だ。

だが、どのような場所にあっても、人と人は誰しも平等とはなり得ない。
暴力で他者を従えるものもいれば、病を得て弱りながら死んでいくものもいる。
貧民窟では食料を調達したり年寄りの世話をさせられているのは、力の弱い子供ばかりだった。

同じ境遇の狭い共同体の中にあっても、いつの世も弱きは強きに搾取され、支配される。
それはこのような狭い場所に住み暮らす彼らにも同じことだった。


「この馬鹿ガキ、こんなもんで足りるかよッ!」

爪; o )「うわっ」

周りの居住者よりやや身なりの良い髭面の強面が、少年に怒声を浴びせて突き飛ばす。
他の者たちにとっては慣れた光景なのか、老人ばかりが多いこの場所では、強面を止める者もない。

一人駆け寄ったのは同じような年ごろの両目に大きな火傷痕を持つ少年、デルタだけだった。

(;"ゞ)「あんちゃん!」

159名無しさん:2024/09/14(土) 02:26:08 ID:A6V2HoW60

「てめぇら二人で明日もう一回行ってこい!今度はこんなもんじゃねぇからな」

爪; -;)「いてて……」

野山などから調達してきた食料が、男の要求に満たないというのが暴力の理由だった。
こうして地面に転がされては、身体を煤や灰まみれにするのが、この少年の日常であり、
誰からともなく、"灰かぶりのフォックス"と呼ばれるようになっていた。

(;"ゞ)「ちぇっ、なんだよ……自分ばっかりいっぱい食ってるくせにさ」

フォックスとデルタはいつも二人で行動しており、生まれは違うが兄弟のように暮らしていた。
だが、貧しい家庭が口減らしの為に赤子や老人を捨てて行く事の多いこの場所においては、
フォックス達が本当にここで生まれたかどうかも、定かではなかった。

彼らは物心ついた時から、この貧しく弱った大人達と生活を共にしていた。

「……すまねぇなぁ、お前さんたちにこんな役目させちまってばかりでよう……」


それを良しとしない考えの者もいたが、この集落では他の大半は老人ばかり。
まだ若く力の強い髭面の強面は体格もよく、皆が彼の言いなりのようになっていた。

爪'-`)「いいよ。それより、これあげる」

「お前さん、これは……」

爪'-`)「じいちゃんも食ってないだろ。あとでこっそり食べて」

( "ゞ)「兄ちゃん、俺のは?」

爪'-`)「あるある。あいつが寝るまで我慢だぜ」

(*"ゞ)「やった、腹ペコだったんだ」

「ありがとうよ……フォックス、デルタ……」

住む家も無く、野山の野草や果実を摘んでそれを糧として生きる。
そんな彼らに衛生などは行き届く訳が無く、住み暮らす洞窟内では絶えず病死や餓死した者達の
糞尿などの悪臭が染み付き、それを嫌って、決して近隣の住民達も近づこうとはしない。

そして、フォックスとデルタもそれらを見て育ってきた。
彼らが貧民窟を抜けたのは、洞窟に刻まれた暦の上で、彼らが五歳を迎えた時である。

それは、冷たい風雨が吹き荒れる日だった。

160名無しさん:2024/09/14(土) 02:26:29 ID:A6V2HoW60

ある日を境に、フォックス達の住む貧民窟には疫病が蔓延する。
不潔な身なりをしている抵抗力の弱い老人などから、たちどころに病魔に侵されていった。
ほとんどが高熱で動くことも出来ず、寒さにがちがちと歯を鳴らし、ただ命尽きるまでを耐えるばかり。
互いの顔も薄ぼんやりとしか見えない暗い洞窟の中には、苦しむ育ての親達の呻き声が木霊していた。


――「苦しい……助けてくれ、デルタや……」――

――「み、水を汲んできてくれ………フォックス」――


「お、おいお前ら……このジジイどもを、叩き、出せ……!」

救いを求めるしゃがれた声に、獣のような眼差しを向けて悪寒に悶える怖い大人。
糞尿の悪臭や獣臭さに死臭とが入り混じり、呼吸するのも憚られるほどだった。

まだ幼い少年二人に、そんな状況を変える力などなかった。
生き地獄の様な光景に怯える気弱な少年デルタは、目に涙を溜めて震えた。
悔しさに握りこぶしを震わす聡明な少年フォックスは、親達の死期を悟っていた。

やがて、フォックスがデルタに呟く。

爪 - )「もう……いやだ」

( "ゞ)「……うん」

それに相槌を打つデルタが、頷くとともに涙を零した。

食料も金も持たず、ましてや薄布一枚ほどの軽装の幼子。
それがこの場を離れたとて、人里まで辿り着ける保証など何一つなかった。
それでもフォックスは、この時決意していた。

「デルタ、逃げよう――ここから」

涙を拭ってフォックスの横顔を覗き込み、デルタはその意を汲んだ。
かくして、二人の幼子の逃避行が始まった。

「………うん」

161名無しさん:2024/09/14(土) 02:27:13 ID:A6V2HoW60

フォックスとデルタはほの暗い山間部の森を三日三晩歩いて、人里を目指した。
やがて辿り着いたリュメへの街道で力尽き、衰弱していた所を情報屋ギルドの人間に拾われる。

盗みやナイフの技術をギルドの人間から教わると、幼少から暗い野山で育ったフォックスは
めきめきとその才能を開花させ、人を惹き付ける天性で多数の人間からも好かれていった。
飄々とした雰囲気は親しみやすさを醸し、懐に入り込んだり、卓越したナイフ捌きや開錠など、
小器用で多彩な技術に長けた彼は、盗賊や斥候としての高い資質を持ち合わせていた。

一方で、情に厚いというだけでなく、努力家という一面を発揮するようになったデルタもまた、
山間部で培った身体能力をフォックス同様に如何なく発揮し、少しずつ技術を身につけていった。
貧民窟にいた頃から目を患っていた彼だが、暗闇では常人以上に夜目が利き、それが助けとなった。

自分達を可愛がってくれたギルドの人間は今でこそ次々と現役を退いていったが、
次代の情報屋ギルドの二大巨頭として、フォックスとデルタは二人でその地盤を固めていく。

貧民窟での呼び名から、”グレイ=フォックス”を名乗ったのは、初仕事の後からだった。



        *  *  *



爪'ー`)y-「あの時……まだ何かしてやれる事はあったんじゃないか、ってな」

( "ゞ)「お頭。酔っ払ってまであいつらを偲ぶのは、無しにしましょうや」

爪'ー`)y-「後悔してる、って訳でもないのさ。ただな……」

( "ゞ)「俺とお頭はあん時はまだガキで、どうする事もできなかった。
    ――それで、いいじゃあねぇですか」

162名無しさん:2024/09/14(土) 02:27:44 ID:A6V2HoW60

酒が悪い方に入った時のフォックスの事を、デルタはよく知っていた。

少し遠い所を眺めるように視線を外して、デルタの言葉に無言で頷いている。
それは自らを納得させるように、しかしどこかで飲み込めてはいないかのように。
かつて手からすり抜けていった育ての親たちの命を、偲ぶ気持ちが燻っているのだ。

( "ゞ)「俺だって、あん時お頭について行ってなきゃあ……。
    今こうしてられるのは、お頭のおかげなんですから」

爪'ー`)y-「まぁ、今さらの話、だったな」

( "ゞ)「……へい」

卓上に置いたグラスを握ったまま、じっとフォックスは押し黙った。
昔の話になると、時たまフォックスはこうしてナーバスになる事がある。
場の雰囲気を変えようと、デルタが話の種を頭の中で模索するのはいつもの事だった。

( "ゞ)「そうそう。そういやお頭、この噂知ってます?」

爪'ー`)y-「どんな噂だ?」

( "ゞ)「大陸のどこかは知りやせんが、昔々に魔法を使って国を治めてた、
    お偉い王様の墓があるって話でね」

爪'ー`)y-「知ってるさ。確か、オサム王とかって奴だろ」

( "ゞ)「そうそう。確かその時に治めてた領地の名前もそのジジイの名前で、
    そいつの墓があるオッサムっていう村は、今でもあるそうです」

爪'ー`)y-「ふーん」

( "ゞ)「で、そこにはどうやらまだお宝もたんまり眠ってるみたいですぜ?
    金銀財宝か、抜けば玉散る鋭い魔剣か……はたまた――」

163名無しさん:2024/09/14(土) 02:28:09 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)y-「………デルタなぁ、俺を焚き付けるのはいいけど、
     どうせ、そいつぁどっかの冒険者が先に見つけるだろうさ」

爪'ー`)y-「俺らは、ほら。この街離れらんないしな」

( "ゞ)「……まぁ、そうなんですけど」


フォックスの言う通り、彼らはこのリュメの街を離れる事など出来ない。

それというのも、この街の商店の大半を金で牛耳り、強欲な市場操作によって
街民の経済に圧制を強いているゴードンから、貧しい人々を庇護するためだ。

彼ら自身は、決して安っぽい正義感に浸るわけでもなく、ただやりたい事をしている。
今までも幾度か一部の富裕層の倉庫や邸宅に侵入し、金品や食物を盗んできた。
一部を自分達の酒代に換えると、残りの多くを困窮者や身内に富の再分配をするのだ。

偽善と言われる行為であろうと、事実としてそんな助けがなければ生きられぬ家族もある。
かつて、貧民窟で寒さに震える夜を、肩を寄せ合い過ごしてきた経験。
それが、フォックスとデルタをそのような行動に突き動かしている。

持たざる者を見殺しにできないというのが、この街で育った彼らの性分だった。


爪'ー`)y-「冒険者ねぇ。憧れた事もあったな」

( "ゞ)「あっしもです」

164名無しさん:2024/09/14(土) 02:28:40 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)y-「未開の大陸各地を転々と旅してさー、その内最高の女と恋に落ちちゃったりして。
     一晩の邂逅の後、冒険への情熱が再燃する俺は、再び旅に出ようとしてな……」

( "ゞ)「”どうしても行くというのなら、あたしも連れてって!”」

爪'ー`)y-「そうそう……で、そこで俺は涙を呑んでこういうのさ」

爪'ー`)y-「”俺の恋人は冒険だけさ――女子供は邪魔なだけだ”」

( "ゞ)「”そんな……あたしのお腹の中には……あなたの、あなたの子供が──!”」


(# `ハ´)「───うるせぇアル、この馬鹿供ッ!!」


その力の限りの大声に後ろを振り返った二人の目線の先には、鉄鍋で肩をとんとんと叩いて
厳しい顔でこちらを睨みつける、店主の姿があった。

ゆっくりと周りを見渡すと、烏合の酒徒亭の店内に、すでに二人以外の客は誰もいない。


爪'ー`)y-「………ありゃ」

165名無しさん:2024/09/14(土) 02:29:14 ID:A6V2HoW60

( "ゞ)「もう、随分と夜も更けてやしたか」

(# `ハ´)「とっくに看板アルヨ……お前達が帰らないと、店が閉めれないアルッ!!」

( "ゞ)「わざわざ待っててくれたのかい、シナーの旦那」

爪'ー`)y-「いつも感謝してるぜ親父」

(# `ハ´)「さっきから厨房で何度も怒鳴ってたアルヨ!
      お代はツケといてやるから、今日はさっさと帰りやがれヨロシなッ!!」

( "ゞ)「わーったわーった。んじゃ退散しますか、お頭」

爪'ー`)y-「そうだな……ごっそさん。ツケは近々払いに来るからなー」

(# `ハ´)「こっちとしては二度と来なくてもいいアルがナ……!」


緩慢な動作で席を立つと、シナーに後ろ手を振りながら二人を店を出た。
無駄酒飲み達が去った後、閉められた木扉にシナーは一掴みの塩を全力で投げつけた。

自分達の去った後に、シナーが清めの塩を投げつけていた事など露知らず、
デルタから切り出した冒険話に花が咲き、フォックスは上機嫌を取り戻していた。

酒場を出てから、あとは夜の街をふらふらと帰路につくだけ。

いつもならそうだ。

だが、普段ならば人っ子一人出歩かないはずの時刻に、
建物の屋根から屋根へと飛び移っている人影に二人は気づいた。

166名無しさん:2024/09/14(土) 02:29:41 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)y-「……ウチの若い衆、だな」

鋭い観察眼が重要視される盗賊という職業柄、夜目の利く二人はすぐに気づいた。
自分達の部下である3人が、今夜”仕事をする”という話を、昼間に聞いたばかりだ。

( "ゞ)「えぇ、ゴードンとこに行くつもりなんでしょうな」

街の離れ、小高い丘へとそびえるゴードン邸の方角へと向かう人影が3人。
こちらの様子には気づかず、そのまま行ってしまった

爪'ー`)y-「どれ、たまには俺らも見に行くとするかね」

( "ゞ)「へ……?今日の俺らは、酒入ってますぜ?」

爪'ー`)y-「ま、親心ってやつさ。邸宅の外から様子だけでも、な」

( "ゞ)「そりゃまぁ、構いやせんが…」

遠ざかっていった3人の影の後を尾けて、二人は小走りに走り出す。
盗賊ギルドの部下達であろう人影との差が、再び目視で追える距離にまで縮まった。
その辿り着いた先には、予想通りゴードン=ニダーランの邸宅があった。

邸宅の隣に佇むのは、食物や酒などを保存している備蓄倉庫。
敷地内に進入するや、そのまま影たちは倉庫の煙突から内部へと侵入していったようだった。

その一部始終を、フォックスとデルタの二人は外壁の縁に登り、遠巻きから眺める。
3人が入っていった煙突を注視しながら、フォックスが三本目の葉巻を消した頃、デルタが不安を口にした。


( "ゞ)「遅いな……」

爪'ー`)y-「あぁ」

167名無しさん:2024/09/14(土) 02:30:13 ID:A6V2HoW60

この街で盗賊をやるのなら、丁度良い具合にやれ、と部下達には伝えている。

路地裏を根城にする歳の離れた弟分達は、威厳など微塵も無いフォックスに対しては、
必要最低限の礼儀すら払おうとはしないし、フォックスもそんな彼らに多くは求めない。

だが、仕事に関しては話は別だ。

自分達は人様の食い扶持を奪ったり、情報を冒険者に売ったりして食いつないでいく。
決して声を大にして触れ回る事の出来ない職業だからこそ、日陰者なりに適度に仕事をするべきだ。

丁度良く、というのは重要で、標的が破滅に至るほどの被害を与えてはならない。
自分達が足跡さえ残さなければ、上手く行けば標的さえ気づかぬまま世は事も無く巡るだろう。

だが、一度やり過ぎてしまえば多くを失い、やがては日の当たる場所にいられなくなる。

色気を出したばかりに、身に余る戦果を持ち去ろうとして足が着く。
そんな愚鈍な盗人は、フォックスの周辺には一人もいないはずだと思っていた。
仮に、多少のヘマをしてもとっさの悪知恵で乗り切れるようには育てているつもりなのだ。

それが三人がかりで仕事に掛かり、一向に離脱してこないという事は、何かがあったとしか思えない。

爪'ー`)「なぁ、デルタ」

( "ゞ)「何ですかい?」

爪'ー`)「ゴードンとこ、前回は先月だったか」

( "ゞ)「えぇ。確かナッシュの奴が一人でたんまり掻っ攫って来た時ですね」

爪'ー`)「ゴードンの親父も、伊達に街で一番でかい家に住んでない。
     心底呆れるほどの馬鹿じゃないだろうさ」

( "ゞ)「………と、言いやすと?」

168名無しさん:2024/09/14(土) 02:30:50 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)「あん時、ナッシュは仕事を気取られかけたって話してたよな」

( "ゞ)「ま……言いつけを守れないお子様には、自分からきつくお灸を据えときやしたが」

爪'ー`)「以前からちょくちょく拝借してた事ぐらい、帳簿なんかを遡ればさすがに解るだろうぜ」

( "ゞ)「あー、奴が生活用品の値上げをする度に倉庫の商品がかっぱらわれてるのに
    気づく節も無く”ウチの葡萄酒は今日から40spニダ!”とかほざくもんだから、
    てっきり本当の馬鹿だとばかり思ってましたよ」

爪'ー`)「まぁ、俺も今までそう思ってたんだけどな、そろそろ様子を見にいくか」

( "ゞ)「お供します」


フォックスのその言葉に頷くデルタの表情も、やや険しさを帯びていた。
これまでこの街でフォックスらが盗みに入ったという事実が露見した事はない。
ヘマを踏んで治安隊に突き出された半端者達もいたが、それでも決して口を割る事はなかった。

しかし、ギルドの頭目としてフォックスの名前と顔は多数の人間に知れ渡っている。
仮に自分たちがゴードンの家に忍び込んでいた過去の事実が明るみになれば、
今まで通りこの街に住み暮らす事は難しくなるだろう。

だが、ただ自分がやりたいがための事をしてちっぽけな自尊心を満たす、
そんなうわべだけの偽善を汲んで、その元に動いてくれている子分たちが
みすみす治安隊に突き出されるのを、指を咥えて見送るというのもご免だった。

二人は外壁を伝って、手練の動作で素早く倉庫の屋根へと登り切る。

爪'ー`)「合図するまで、お前は外で待っててくれ」

万が一の事を考えて、デルタは外に残しておいた。
自分や部下達に何かがあった場合、デルタに助けを呼ばせる為だ。

三人の部下達が消えて行った暗闇が覗く煙突。その縁に手をかけると、
フォックスはそのまま垂直に飛び降りて内部へと侵入した。




        *  *  *

169名無しさん:2024/09/14(土) 02:31:16 ID:A6V2HoW60

降りた先の場所の暖炉はもう使われておらず、拓けたただの空間だった。
足音を殺しながらそろそろと壁沿いに隣の部屋へと伝うと、広大な備蓄庫があった。
封のなされた食料品などには子分たちの仕業か、いくつか物色した痕跡が見て取れる。

爪'ー`)(そっちの部屋か)

耳をそばだてると、隣の部屋から物音があった。
音も無く速やかに物陰へ身を寄せると、僅かに身を乗り出し目を凝らす。

携帯用の松明の小さな明かりが、地面に落ちて燃え尽きようとしている。
その明かりに照らされるのは、数人の人影。

先に邸宅に盗みに入った三人ともが地べたへと倒れ伏せている光景だった。
その中心で、周囲の闇に溶け込むようにして、佇む男の姿があった。

程なくしてフォックスの気配に気づいたか、影が振り返る。


( (∴) 「………」


目深に黒いフードを被り、小さな穴が開いた仮面を着けている男。
その脱力したような佇まいからは、何の感情も読み取る事が出来ない。
驚く様子でもなく、機先を伺うフォックスの姿を、仮面の奥の瞳に捉え続ける。

ただ、無機質な殺気だけを身に纏っていた。

爪'ー`)「ウチの奴らが世話になったかい」

( (∴) 「……」

その問いに答える事はなく、仮面の男は悠然と歩を進める。

見れば、三人の部下達は一様に床に転がされてのびている。
全員死んではいないようだが、大量の出血が見て取れた。
鼻を折られて、そのまま昏倒させられたのだろう。

力自慢の冒険者ほどではないにしろ、喧嘩などに慣れているならず者三人だ。
それを争いの形跡も残さず一方的に叩きのめしたであろう力量を、推して測る事ができる。
呑まれる事のないよう決して顔に動揺は出さないが、フォックスは内心に焦燥があった。

170名無しさん:2024/09/14(土) 02:31:37 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)「まぁ、こいつは話半分に聞いてくれりゃいいんだが……
    そこの馬鹿三人、今回は見逃してやっちゃくれないか?」

( (∴) 「………」

爪'ー`)「代わりといってはなんだが、アンタ個人には一人につき150sp。
    いや……キリのいいところで500spの礼は約束する」

やがて数歩の距離のところで立ち止まった仮面の男に、交渉を持ちかけた。

出来うる限り後腐れなく、波風を立てずに穏便に収められれば最上だった。
しかしこの場に仲間が盗みに押し入っているという事実は揺るがず、大儀は向こうにある。
この男をどうにかしなければ、全員治安隊に突き出される羽目になる。

やはり子分の無茶な動きから、ゴードンは倉庫の品が抜かれている事に気づいた。
そこへ来て、その対処のためにあてがわれたのがこの男なのだろう。

問題は、この男が命までを求めるかどうかというところだ。


爪'ー`)「手付けとして、まずはここに200spある。
    そいつらの無事を無事渡してくれれば、残りはこの後すぐにでも払うさ」

( (∴)「……こちらさんの依頼も、侵入者一人につき150spの報酬でね」

爪'ー`)「そうかい、それならこっちはー―」

( (∴)「いいや。たった今仕事内容が変わった。交渉決裂だ」

仮面の男は覇気の無い声色でそう言った。
男が手を入れた胸元から、鈍色の光が松明を照り返し煌めく。

それは、一振りの短剣だった。

171名無しさん:2024/09/14(土) 02:31:59 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)「……俺も頭数に入れば、600spってことか?」

言い終わるか終わらないかの内に、仮面の男は一息に彼我の距離を詰める。
その速さはフォックスの動体視力をして、尋常のものではなかった。
瞬時に、それが殺しに精通している者の動きだという事を理解する。

大きく体を反らしたフォックスの顎の先を、白刃が残影を残した。
空を斬り裂く音が遅れて届いたかと思えば、次には胸を狙った刺突が襲い来る。

その手を払いつつ横に身体を流すと、男は逆の手にいつの間にか短刀を移していた。


( (∴) 「違うな」

爪;'ー`)「うおっ……!」


仮面の男が独楽のように大きく身を翻すと、鋭い斬撃がフォックスの頬を掠めた。
遅れて紅く細い線が浮かび、血を滲ませる。

一撃ごとに、確実に急所を狙っている。
紙一重で躱しているが、その業前はお目にかかった事はない程のものだ。

恐らくは暗殺者。それも達人級の。


爪;'ー`)「狙いは、俺の首だったか?」

( (∴) 「……」


その沈黙こそが答えだった。

172名無しさん:2024/09/14(土) 02:32:34 ID:A6V2HoW60

実質的に情報屋ギルドを仕切っているフォックスを亡き者にする。
ゴードンはそのためにこの暗殺者を雇ったのだと、そこで思い至った。

情報屋ギルドは主に貧困層を中心に民意の支持がある。
衛兵や各所への賄賂などでもこれまで上手く立ち回ってきたつもりだったが、
ゴードンら富裕層からすればその貧困層に施しをする自分たちが、商いに邪魔なのだ。

活かさず殺さず、自分たちのさじ加減一つで庶民の暮らしを逼迫させ、食うに困った
家庭の若い娘などは系列の娼館などへと召し上げて、そこからさらに分け前を跳ねる。
そんな具合に、情報屋ギルドが無くなれば貧富の差は歴然となるだろう。
富める者は更に富み、今よりも強権を行使する事ができる。

だが表立って自分を葬れば、ゴードンは強く反感を買うはずだとフォックスは考える。
それどころか、嬉しくもないが周りの子分たちも黙ってはいまい。
今回の三人の仕事は、ゴードンの指示で泳がされていた撒き餌なのだ。

仲間を餌にギルドの頭目であるフォックスをおびき寄せ、人知れず亡き者にする。
大義名分を掲げ、堂々と目の上のたんこぶである情報屋ギルドを一網打尽にするために。
それがかなわぬとも、仲間を引き連れて盗みを繰り返していた首魁として治安隊に突き出せば、同じことだ。


爪'ー`)「……ゴードンは俺の首にいくらの値を付けた?
    俺を殺すと、後々面倒な事が起こるぜ」

173名無しさん:2024/09/14(土) 02:33:15 ID:A6V2HoW60

そんな言葉も、暗殺者にとっては何の意味もないだろうと知っている。

自分も腰元からナイフを取り出し、それを片手で前方へ構える。
腰を落とし、体勢を低く保つ。相手の攻撃がどこから来るか、つぶさに観察する。

仮面の男は緩慢な動作で、逆手に掴んでいる短刀の刃先をフォックスへと突き向ける。
鈍色に輝く先端が大きく湾曲した刃の造形は、見る者を威圧する凶暴な威容を放っていた。


( (∴) 「首一つ、1500sp―ー不足はないな」

爪'ー`)(随分な嫌われようだったのな、俺ってば)


地に落ちて燃え尽きようとしている松明の明かりの残滓が、
間もなく完全な闇に落ちるであろう室内を、ほのかに照らしていた。
互いの持つナイフの刃先はその光量を受け、闇に一筋の光を放つ。

フォックスらが得手とする投擲の為の投げナイフとは、大きく形状が異なる。
重厚で骨すらも断ち切る事が可能なほどに、叩き斬る事、切り裂く事に特化した大振りの凶器。

だが、異質なほどに対照的なのは仮面の男自身の存在感だ。
まるで幽霊が立つかのように、黒の装束を纏い、無機質に待ち構えている。

( (∴) 「ちんけな得物だな」

フォックスの手元にすっぽりと収まるほどの心もとないナイフを見て、
表情が変わる事も無い幽霊がひどく冷淡な声色で口にした。

爪'ー`)「いやぁ、大きければいいってもんでもないさ」

内心に抱いている焦燥を、まだ悟られている様子はない。
フォックスもまた、表面上の冷静さを崩さぬまま取り繕い、身体の動きを確認する。

174名無しさん:2024/09/14(土) 02:33:40 ID:A6V2HoW60

禍々しいとさえ思えるナイフを相手取りながらも、フォックスは虚勢を張った。
事も無げな顔をしながら、しかし眼ではしっかりと相手の出方を伺いながら。

所持していたナイフは刃渡りが手のひらにも満たぬ、投擲用の小さなナイフ。
殺傷力は歴然だが、ことナイフさばきに関しては手足を動かす事と同じぐらいの自信がある。

倒れ付している部下達を介抱し、いち早くここから離脱しなくてはいけない。
倉庫に侵入している事が、家主であるゴードンにまで伝わっているのかまでは解らない。
今すべき事は、ゴードンに雇われたであろうこの男を、どうにかして撃退する事だけだった。

爪'ー`)(どうでるか、ね)

( (∴) 「――シィッ」

先手を繰り出したのは、仮面の暗殺者。
身を包む黒い外套により素人目であれば闇に溶け込んだその刃が、
どんな軌道を描いて襲い掛かってくるのか、首元を抉られるまで解らないだろう。

爪'ー`)「――ふッ」

だが、陽の差さぬ場所で生まれ育ち、盗賊を生業に培ったフォックスの夜目には
急激な軌道の変化をも見抜いていた。大きく首を切り裂こうとしたかに見えた一刀は、
その実ナイフを握る手首を、返しの小さな振りで狙う為の攻撃だ。

刃物を用いた喧嘩を経験した事があるからこそ、致命傷となり得る手首に対し
狙いを付けてくる事も読めていた。瞬時に上へと腕の構えを上げ、振りを躱す。

再びフォックスが構えるよりも早く、男が大きく一歩を踏み込んできていた。
続けざまに初撃とは比べ物にならぬ速度で襲ってきた下方からの激しい一撃が、
フォックスの顔あたりを突き上げる様にして振るわれた。

顎ごと身体を目一杯仰け反らせ、辛くも意識外から来た攻撃を避ける。
白刃が顎の先端に僅かな裂傷を負わせた。

毒を使われていたら、もう終わっていただろう。

175名無しさん:2024/09/14(土) 02:34:09 ID:A6V2HoW60

爪#'ー`)「……らぁッ!」

体勢を崩しかけた所を突きが狙っていたが、即座にナイフを横に薙ぐ。
多少無茶な反撃だったが、怯ませるぐらいの効果は発揮したようだ。

( (∴) 「躱すか」

爪;'ー`)(……こちとら必死だっての)

すぐに飛びのいて距離を取り、一度だけ大きく呼吸を整えた後に
再びしっかりと相手を正面に捉えて、視線をぶつけ合う。

この短い立会いの中で既にフォックスの額には、じっとりと冷たい汗が伝っていた。


( (∴) 「……こないのか?」

爪'ー`)「その気になれば、いつでも殺れるんじゃないのかい」

駆け引きからでの言葉ではなく、こればかりは本心だった。
一方の男は鼻を鳴らして、一度手元でナイフを遊ばせた。

会話で気を逸らせながらも、この状況を看破するために自分ができる行動を、
必死に頭の中で張り巡らしていた。このままいくと、勝機は限りなく薄い。

この男のナイフ術は、暗殺の業として相当に磨き抜かれている。
より効率的に、より不可視に、人の命を奪う事を生業としている者のそれだ。

この状況からでは出し抜きようがなく、こちらの技量で無力化は難しい。
殺しは元来やらないが、不殺にて無力化するにはそれ以上の実力差が必要となる。

方法があるとすれば、命を一度捨てる事。
結局、最後の選択肢であるそれにしか至らなかった。


( (∴) 「なら、行くぞ」

176名無しさん:2024/09/14(土) 02:34:39 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)「……やっぱり、さっきの交渉の続きをしねぇか?」

( (∴) 「はっ」


こちらの声に耳を傾ける素振りは見せているものの、決して隙を許はしない。
それどころか、一秒ごとに虎視眈々と機先を伺っているようだった。

言う通り、これは機を見計らう為の時間稼ぎに過ぎない。
だが、ほんの僅かでも気を散らせる事が出来れば上等だ。


爪'ー`)「ここで俺が死ねば、盗人の征伐を口実に俺らは解散。
    仲間同士取り分で揉めたように演出して、死体を転がしときゃあいい具合だ。
    あんたみたいな本職まで雇うなんてな……参ったぜ」

( (∴)「……お前の命になんぞ興味ない。
    問題は、金になるかならないかだけだ」

爪'ー`)「あんた、命よりも金の方が大事ってタチか。
    それなら俺たち四人の命、一人頭300spまでなら出すけど、どうだい?」


仮面の男は口元を手で覆い、視線を外してあざける様にほくそ笑んだ。
フォックスが予想していた通り、持ちかけに応じるような様子はない。
殺しを専門にやっている人間もまた、依頼者との信頼関係で成り立っている。
易々と契約を反故にすることは出来ないだろう。

仕事の出来には、自分の命も直結するからだ。

( (∴)「時間稼ぎなんだろうが、さっきは気まぐれで聞いてやっただけだ。
    仕事は自分の事しか信じないんでね……気を持たせたなら謝ろう」

爪'ー`)「いやぁ、気にするなよ」

きっかけを作るとするならば、ここしかない。

177名無しさん:2024/09/14(土) 02:35:03 ID:A6V2HoW60
少しばかりわざとらしいが、ナイフを手にした方の手で頭を掻く仕草に見せかける。
頭の後ろでナイフの刃先を指で摘んで持ち替えておいた。後は脇を伸ばして、出来る限り溜めを作る。

爪#'ー`)「わかっちゃあ……いたけどねぇッ!」

( (∴)「俺もさ」

男の言葉と同時、全身を弓の弦のようにしならせると、全力でナイフを投げ放った。
狙いはつける余裕もなかったが、それでも外しはしない。

次の瞬間には、キン、と甲高い破裂音が響いた。

( (∴)「この程度――」

投擲したナイフは呆気なく弾き落される。
だが、すでにフォックスの両足は一直線に全力で男の元へと駆け出していた。

思ったよりも低い位置から、目の前を横一文字に斬撃が弧を描いた。
直前に大きく前傾すると、ほぼ同時に後頭部すれすれをナイフが通過した。

長い銀髪を後ろで結わえていた紐が、数本の毛髪とともに背後の宙へ舞う。

勢いづいてしまった状態で、振りを見てから避けられるかどうかは博打だった。
だが決して止まらず走り抜けながらも、辛うじて身体を伏してかわす事が出来た。

爪'ー`)「―ーへッ」

勝利を確信している相手ほど、虚を突かれれば脆いものだ。
確実にこちらを上回れる技量を持ちながら、たとえ一瞬だろうと侮ったのが運のツキだ。

( (∴)「この……ッ」

178名無しさん:2024/09/14(土) 02:35:25 ID:A6V2HoW60

爪#'ー`)「このフォックス様を――なめんじゃ……ねぇぞッ!」

短刀を手にした右手首をがっしりと掴むことで、追撃のナイフが振るわれる事はなかった。
仮面の男の胸の下へ潜り込むと、走りこんだ勢いをそのままに、
肩から肘にかけてをぶちかましてそのまま地面へと吹き飛ばした。

( (∴)「う、ぐッ」

転がされた衝撃を受けてもナイフを手放す事は無かったが、即座に手首を右膝で押さえつける。
流れるように男の上体へと腰掛けて位置取りし、もう片方の手へは腕を伸ばして封じた。
これで、もはや身じろぎする程度しか出来ない程に完璧に有利な体勢を作り出した。

吹き飛ばされた衝撃で男の仮面の留め紐は外れ、床へと転がっていた。

その素顔にはやはり見覚えがあった。
昼間に酒場の前で見かけた、よそ者の男だ。

爪'ー`)「やっぱり、あんただったか」

('A`)「……」

見紛おうはずもない、背格好から細身の体格、身にまとう雰囲気の全てに覚えがある。
どう見ても堅気ではない男がこんな街にいるのは、大抵の場合潜入や暗殺などの仕事を
抱えている事情があるからだ。

爪'ー`)「知ってる? 殴り合いで馬乗りになっちまえばよ、
    もうその時点でほとんど勝負は着いてるんだぜ」


言って、にやりとフォックスは笑った。
一方の暗殺者は苦虫を噛み潰しながらも、腰を浮かして脱出しようとはするが動けない。
だが、こちらは男の四肢を封じた上で、自由に使える右手で顔面を殴りつける事が出来るのだ。

179名無しさん:2024/09/14(土) 02:35:49 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)「そういやアンタ、さっき命より金がどうとか……」

('A`)「だったらどうだってん―ー」

( #)'A)「―ーぐぅッ」

言い終えるより先に、頬を拳で殴りつけていた。
顔を庇う事も出来ず、固い猫目石の床を介した衝撃は相当に大きいはずだ。

爪'ー`)「俺さぁ、そういう事言う奴はいけ好かねぇんだ」

爪'ー`)「だから本当は二十発も殴ってやりたいところだけど、優しい俺はさ。
    まぁ、なんとか十発ぐらいで気絶してくれりゃあいいなって思うワケよ」

(#'A`)「……」

ここに来て初めて表情に怒りの感情を滲ませた暗殺者の男は、
口の端に血を伝わせながらも、フォックスをするどい目つきで睨めつける。

だが意に介する事もなく、フォックスは後ろを振り向いて声を投げかける。
つい先ほどこの男にのされてしまった、三人の部下たちに向けてだ。

爪'ー`)「おいおい、お前らー、そろそろ起き上がれよ」


その声に、やがて一人が反応し、ゆっくりと上体を起こした。
目が合うと、すぐに大きく見開かれる。仰天していたようだった。
続く二人も身を起こすと、同様の反応を示す。

180名無しさん:2024/09/14(土) 02:36:12 ID:A6V2HoW60

「あ、あれ………」

「な、なんで、お頭」

「……フォ、フォックスのあに──」

鼻血をぼたぼたと垂らしながらも、それを衣服の袖で拭い取っている。
倒されていた三人の子分たちはどうにかふらつきながら、立ち上がった。

爪'ー`)「しー。そんなとこで寝てたら風邪引くぞ。とっとと帰るこったな」

男には見えない位置から、指で口をふさぐ真似をした。
”何も言うな”と促すようにして、立ち上がった三人を手で追っ払う。

爪'ー`)「この通り、この場は俺が何とかしとくからさ。邪魔だよ、帰った帰った」

目の前で起きている状況が即座には理解出来なかった様子で、全員が動揺している。
何か言いたげな様子をしながらも、侵入してきた部屋へすごすごと退散していった。

そうして部屋には、二人だけが残された。
地面で微かに燻っていた松明も、今はもう完全に燃え尽き、窓辺から差す月明かりだけが二人の影を照らす。
互いの呼吸が聞き取れる程の静寂の中で、フォックスは落としどころを探っていた。

('A`)「ガキの子守りとは、随分とお優しい事で……」

爪'ー`)「だろ? 面倒見が良いばかりに気苦労が多いのが悩みの種だけどな」

('A`)「あぁ。全く麗しい師弟愛で、吐き気がするよ」

( #)'A)「うッぐッ」

再び拳を振り下ろす。今度は、鼻っ柱を叩いた。
久しく人を殴った事などなかった拳には、鈍い痛みが走っている。
だが、殴られたこの男はそれ以上に痛みと屈辱を抱いているはずだ。

181名無しさん:2024/09/14(土) 02:36:43 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)「あんたみたいに、殺しが仕事みたいな奴に理解してもらおうとも思わねぇよ。
    だがあいつらを殺してたら、俺もあんたをやっちまってたかも……な」

('A`)「はん、そこらのコソ泥の命が尊いものだとでも?」

爪'ー`)「あぁ……尊いね。一生懸命に生きてる奴の命を奪う権利なんてもんは、誰にも無い。
    この街の皆だってそうさ、貧しくても生きていこうと、毎日が死に物狂いだ」

('A`)「盗賊風情がいっぱしに聖人気取りか、欺瞞だな」

爪'ー`)「少なくとも、あんたみたいな人殺しよりはずっとマシさ」

もう一発お見舞いしようとしたフォックスだったが、これまでで初めて
真剣な口調で話し始めた男の様子に、対話を試みようと思った。
何がこの男の琴線に触れたかは判らないが、感情を暴露させている風である。

握った拳を振り上げたまま、少しだけ熱を帯びているその瞳を射貫き返す。

(#'A`)「殺さなければ、殺す。
    鼻を垂らしたガキが、それを命じられて殺すのは悪か?」

爪'ー`)「………」

(#'A`)「殺しを省みたところで、罪が消える事などあるのか?」

(#'A`)「そんな虫の良い話なんぞある訳がない」

爪'ー`)「そりゃあ、そうだな」

('A`)「──度殺せば、二度と戻れないんだよ。
   泣こうが喚こうが、悔やむだけ時間の無駄だ」

憎悪に満ちたその瞳を、冷淡な表情でただ見下ろしていた。
憐憫という訳ではなかった。フォックス自身でも共感できるところはある。

フォックスはしばしの沈黙をおいて語り掛ける。

182名無しさん:2024/09/14(土) 02:37:06 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)「殺した罪はもう消えないから、悔いようとも思わない……ってか?」

('A`)「下らんな」

爪'ー`)「”ツイてなかった”……そう思うしかないと思うぜ? 多分さ」

('A`)「ふざけやがって……」

爪'ー`)「あんたみたいに腕の立つ男なら、きっと途中で足を洗えたはずだ。
    自分の力で道を切り拓いて、な」

( A )「………」

爪'ー`)「けど、省みる事をしなかったのは、あんたの落ち度だろうが。
    も一度日向に戻ろうと努力しなかったのは、あんたが世を拗ねて、諦めたからさ」

(#'A`)「もう、黙れ」

爪'ー`)「ガキの頃から人殺しを強いられていたなら、中には同情してくれる奴もいるだろうよ。
    けどあんた……結局、悔いようと思わなかったんじゃない。悔いるのが、怖かったんだろ」

(# A ) ブチッ


その瞬間、男の顔が歪んだ。
かと思えば、次の瞬間には跨るフォックスの顔を目掛けて何かが吹きかけられた。

血の飛沫だ。
自ら歯で口の中を切り、貯めた血を目潰しのために噴き出した。

爪;ー)「うぉッ……!」

183名無しさん:2024/09/14(土) 02:37:35 ID:A6V2HoW60

(#'A`)「フッ――」

左手で顔を庇った一瞬、フォックスによる男への四肢の拘束が緩んだ隙を突き、
上体を起こしながらすぐさま左の拳で顎を上方へと打ち抜かれた。

衝撃に後方へと倒れこんだフォックスを、男は流れるような動作で地面へとそのまま組み伏せる。
脚を使い、足裏と膝で両腕の自由を封じられたフォックス。先ほどまでとはまるで逆の体勢だ。

気づいた時には、頬に冷たい金属が押し当てられていた。

爪;ー)「あー……ちょっと待った、説教臭かったなら謝るぜ」

('A`)「もう喋らなくていいぞ、お前」


無機質で冷たいナイフの刃先が、つん、と首元の皮膚に触れた。
このままあと少し刃を押し込み、少し横に動かされただけで自分は死ぬだろう。
諦念が心に影を落とし、覚悟を決めなければいけなかった。


爪; ー)「ったく……しくじった」

('A`)「──じゃあな」


呼吸が上ずり、手足の血の巡りがさぁっと引いていくのを感じた。
いよいよ覚悟を決める時がきたかと、フォックスは身を強張らせる。
血糊で塞がれた瞼を、ぎゅっと強く閉じこむ。

最後の瞬間が訪れるのは、次の瞬間か、はたまた数十秒後か。
どちらにしても長時間苦しみたくはない、一瞬で終わらせてくれよ、と願った。

やがて、どっ、と体を揺らす音が響く。
首元をナイフが貫く衝撃か――そう思った。

184名無しさん:2024/09/14(土) 02:38:11 ID:A6V2HoW60

しかし、そうではない。
極限の恐怖が、刃で刺し貫かれる感覚を錯覚させたに過ぎなかった。


「水臭ぇですぜ」

爪;ー )「お、おぉ?」


その声だけですぐに理解した。
旧友の慣れ親しんだ顔がぱっと頭に浮かび、死の淵にあった意識を引き戻す。

( "ゞ)「危なかったら合図してくれりゃあいいのに……。
    けど、あいつらが話してた状況とはまるっきり真逆じゃねぇですか」

暗殺者の腹部を蹴り込んだ体勢のままそこに立っていたのは、デルタだった。
仲間を救出後も、長時間姿を見せないフォックスの窮地を察して助けに来たのだ。

絶対絶命を経て目にした慣れ親しんだ男の背中は、この上無く頼もしかった。

爪;'ー`)「いやはや……死んだと思った。助かったぜ、デルタ」

( "ゞ)「いいって事よ」

目を覆っていた血糊を袖で擦り落としながら、ゆっくりと立ち上がる。
ごほごほと咳払いをする音の方へ向き直ると、微かに確保できた視界では、
男が片腹を押さえて片膝を付いている光景があった。

喉をさすって身体の具合を確かめるフォックスの前に、ナイフを構えデルタは立つ。

( "ゞ)「やっぱり昼間の奴か……うさんくせぇと思ってたんだよ、お前さん」

('A`)「新手か……次々と湧いて出てきやがって」

再度ナイフを構え、暗殺者はゆらりと立ちあがる。
フォックスも先ほど弾き落とされたナイフを拾うと、デルタと共に並び立った。
的を絞らせないようにする事が出来る二対一という状況ならば、十分に渡り合える。

185名無しさん:2024/09/14(土) 02:38:50 ID:A6V2HoW60

だが、先ほどまでの怒りの色が一瞬で失せると、暗殺者の表情は既に平静だった。
その佇まいからには、焦りを浮かべた様子もない。殺意は未だ健在のようだ。

( "ゞ)「おっかねぇナイフだな……けど、俺達に勝てるつもりか?」

('A`)「ここまで嘗められたら、引き下がれるか」

爪'ー`)「お前さん、暗殺ギルドか何かだろ?」

( "ゞ)「確かにそんな感じだな。でも俺たち二人、喧嘩だったら負けねぇぜ?」

('A`)「ハッ……」

デルタが参じたことで形勢は覆り、気持ちに余裕が生まれた。
向こうも容易には踏み込めず、一定の距離を保つのに傾注している様子が伺える。

互いに、長い膠着状態に入ろうかという所だった。

それは正しい判断だ。フォックス以上に夜目の利くデルタがいる以上、
暗闇の中でナイフの軌道を見切れるだけのアドバンテージは、向こうだけのものではない。

片方が仕掛けて生まれた隙を、もう片方が突く事も出来る。
だからこそ、ここで出来る限り相手の戦意を削いでおきたかった。
相打ち覚悟の無謀な博打に出られると、悪くすればどちらかが死ぬ恐れもあるからだ。

186名無しさん:2024/09/14(土) 02:39:21 ID:A6V2HoW60

実質、仕事の依頼などの運営を中心に立って切り盛りしているのはデルタなのだが、
それでもデルタとフォックス、二人のどちらかでも欠けるような事が出てしまえば、
今後のリュメの街での盗賊ギルド全体に、大きな影響が出てしまうだろう。

何より、どんな状況であれ人を殺すのは自分自身の信条に反する。

爪'ー`)「ここで俺達のどっちかを殺しても、最終的にあんた、死ぬぜ」

('A`)「知ったことか。どうあろうと、両方道連れだ」

( "ゞ)「そりゃ勇ましいこって」

睨みあいの最中、先に痺れを切らしたか、男は床に口の中の血を吐き捨てると、
ナイフを片手に携えたまま、ゆっくりと二人の前に歩み出る

ろくに構えもしていないが、その不用意さが逆に恐ろしい程だ。
小さいが手傷を負っているフォックスを庇い立て、デルタが前衛を請け負った。

爪'ー`)「油断すんなよ、デルタ」

( "ゞ)「解ってやす」

('A`)「俺が無様を晒して増長させちまったか。
   二対一ねぇ……正直、何の頼みにもならんぞ」

強気な発言は動揺を誘っているのか、不気味な無表情はなお崩れない。
暗殺者はなおも無造作に距離を詰める。

( "ゞ)「………シィッ!」

これ以上間合いを詰められては、刃渡りで劣ると判断したデルタが動く。
男の動きを牽制するために、首元すれすれを目掛けてナイフを振るった。
腕を狙われないよう、あくまで小さく返しの早い振りでだ。

187名無しさん:2024/09/14(土) 02:40:03 ID:A6V2HoW60

だが、殺意の篭もらないその一撃は、男に見透かされていたようだった。
牽制に動じる事も無く、首皮を裂く程の近距離で振るわれたナイフの軌道を見切っている。

( "ゞ)(ちゃちな脅しは通用しねぇ、か)

('A`)「見本を見せてやろうか」

やがてデルタの前で、暗殺者は奇抜な動きを始めた。
右から左、左から右へとナイフを投げて持ち手を入れ替えながら、弄んでいる。

同時に、とんとんと軽い身のこなしで拍を刻みながら、小刻みに飛び跳ねる。
まるで舞踏のような足運びを交わしながら、攻撃のタイミングを掴ませない。

('A`)「本気で殺すなら、こうやるんだよ」

( "ゞ)「あぁん?」

呟き、暗殺者は、背後の闇に音もなく紛れる。
黒装束が溶け込み、夜目の効く二人でも所在の視認を困難にさせた。
ステップを刻む足音を頼りに位置を把握しようとするが、不規則な動きに勘を乱される。

そうかと思えば、闇の中から風切り音がした。
瞬いたと思った光は、シュルシュルと風を裂き、デルタの眼前に迫っていた。
辛うじて首を傾けたデルタの頬を、回転力を伴った刃物のようなものが斬り裂く。

爪;'ー`)「軌道に気を付けろ!」

188名無しさん:2024/09/14(土) 02:40:35 ID:A6V2HoW60

( "ゞ)「!?」

それは、遠く西方の国で使われる投擲武器、”飛輪<チャクラム>”だった。
平たく丸い金属の刃は単純な構造なれど、しかし遣い手の技量次第で如何ようにも曲げられる。
現に、デルタの頬を裂いた飛輪は背後で切り返し、飛び出してきた方向へと帰っていく。

刹那、気を取られたデルタの腹下に、極めて低い位置取りから再び暗殺の一撃が飛び出す。
突き出した刃は胸を狙い振るわれたが、デルタはそれに反応出来ていなかった。
引いて全体を見ていたフォックスが代わりに対処し、デルタの肩を突き飛ばして刺突から逃す。

('A`)「―ーそら」

次いで、右手の棚が揺れる音がしたと思えば、三角に飛び上がると共にナイフが振り下ろされる。
フォックスはそれに手持ちのナイフを合わせ撃ち鈍い衝撃を受け止めると、凶刃の主は再び闇に紛れた。

攻撃はより苛烈に、加えて緩急が付けられていた。

それでいて、自身の防御を無視した刺突は大胆であり、速く、鋭く、不可視。
暗所を利用したその闘法は、視覚や聴覚を攪乱する技術を織り交ぜながら行われる、
致死の一撃を繰り出すための”悪意の姿勢”<ヴィシャス・スタンス>。

気を抜けばチャクラムが顔面に突き刺さり、誘われれば思いもよらぬ所から致命打をもらう。
窓辺から差す月明かりだけが、次の一撃を見切るための心もとない灯りだった。

やがて、微かな足音はフォックスの背後に回り込む。

爪;'ー`)「背中、任せたぜ」

(;"ゞ)「分かってやす」

月光の中心に、二人は背中を合わせ周囲の気配に集中していた。
小石か何かが時折飛んでくるが、それに反応した時、あらぬ場所から攻撃が来るだろう。
じりじりと追い詰められながら、二人は背中合わせにゆっくりと円を描く。

189名無しさん:2024/09/14(土) 02:41:00 ID:A6V2HoW60

そのさなか、空を裂き飛輪が眼前に迫る気配を探知したフォックスが、咄嗟にナイフを突き出す。
がちん、と金属が擦れたかと思えば、手を持っていかれるような衝撃が手元を揺らした。
見れば、フォックスのナイフに飛輪が巻きつき、空回っていた。

爪#'ー`)「―ー来るぞ!」

影の中から男が再び姿を見せた時、右の上段からナイフでデルタに撫でつける構えだった。

このまま無造作に斬りつけようとしているのか、だが、そんな大振りならば容易に避けられる。
そう考えてしまったデルタは、既に体を半身に保ち、避ける構えを見せていた。

だが次の瞬間、咄嗟に声を荒げたフォックスの一声に体が固まる。

爪;'ー`)「違うデルタ! 左が本命だ!」

(;"ゞ)「んなッ!?」

('A`)「―ーご名答」

デルタの視線は、完全に上へと誘導されていた。

見れば、右手に握られていたと思ったナイフは、いつの間にか空を掴んでいる。
左手では既にデルタの胸部に向けて、踏み込みと同時にナイフが突き立てられようとしていた。

右から左へまるで魔法のように持ち手を入れ替えつつ、得物が姿を消す。
フォックスの言葉で、辛うじてそれに気づくことが出来たデルタだったが、
回避の猶予など与えてくれない、あまりに絶妙なタイミングの一撃。

もはや運任せとばかりに、がむしゃらに振り回して致命打を防ぐ他なかった。

(;"ゞ)「―ーく、うおぉッ!」

190名無しさん:2024/09/14(土) 02:41:31 ID:A6V2HoW60

目の前で火花が散るような衝撃と、遅れてやって来た恐怖。
しかし、手に伝わってきた確かな感触がデルタに生を実感させた。

間隙なく穿たれた凶刃は、デルタの持つナイフの持ち手を避け、
辛うじて、柄の部分で受け止められていた。

('A`)「死ぬのを、想像出来たか?」

(;"ゞ)「───野郎ッ!!」

刃とナイフの柄を重ねた状態から強引に弾いて飛び退くと、デルタは再び距離を取る。
身に着けるベストから露出した腕をさすり、肌が粟立つのを抑え込む。

爪;'ー`)(今ので分かったろ、デルタ)

(;"ゞ)(えぇ………かなり使いやがる)

気を抜いたらすぐにでも肩で息をしてしまいそうな程の疲労感。
それがたった一合の立会いで、デルタの身に一瞬で押し寄せていた。

('A`)「コソ泥と本職との技量の隔たりが理解出来たかい」

(;"ゞ)「へっ、褒められたもんじゃあねぇけどな」

('A`)「どうでもいいさ。
   さてお二人さん、無残に死骸を晒すとしようか」

爪'ー`)「………」

やはり、どうあっても引き下がるつもりは無いらしい。
たかだか数ヶ月で消える酒代の為か。
それとも、暗殺者としての矜持か。

そんなものの為に、自分や相手が死ぬのも馬鹿らしいと、フォックスは考えていた。

191名無しさん:2024/09/14(土) 02:42:02 ID:A6V2HoW60

( "ゞ)(兄貴……!)

この場を納めるためには、最大限にリスクを軽減し、誰もが損をしなければいい。
目配せを送ってきたデルタを手で制し、ナイフを持つその手を下ろさせた。

今度は下手な駆け引きからではない。
お互いの命が卓の上に乗った交渉を、フォックスは最後の機会として暗殺者に語り掛けた。

爪'ー`)「……最後に、もう一度だけ交渉いいか?」

('A`)「さっきの今で聞き入れると思うのか?
   お前の拳骨、相応に高いものについたぞ」

爪'ー`)「正直思わねぇけどな……俺ってば、殺しができねぇ主義なのよ。
    だけど、あんたにとってもきっと悪い話じゃないはずさ」

('A`)「ほう?」

二対一を歯牙にもかけていないという態度は、案外と虚勢なのかも知れないと思った。
そこらの喧嘩自慢とは一線を画す、フォックスとデルタの二人を相手取るということ。
それは、いかに手練れの暗殺者と言えども少なからず手を焼くはずだった。

まだ多少は、話し合う余地が残されているのではないかと考えた。

爪'ー`)「交渉の前に、一度だけ言っておくぜ?」

爪'ー`)「この最後の交渉が決裂して殺し合いになっても、そりゃ確かに俺達は素人だ。
    あんたの言う通り、どっちかは道連れにされて死ぬかも知れねぇ」

('A`)「……」

爪'ー`)「だがな……例えどちらかがあんたに刺されても、そいつはあんたの動きを止めて、
    もう一人が確実にあんたの喉首を掻っ切る。断言するぜ──これだけは」

192名無しさん:2024/09/14(土) 02:42:48 ID:A6V2HoW60

('A`)「はっ」

強い意志が込められたフォックスの瞳と、言葉。

しばしその言葉にじっと耳を傾けていた様子の男だったが、
最後にはおどけたように、肩をすくめて見せた。

( "ゞ)「お頭、何を……?」

爪'ー`)「いい、デルタ。お前今いくら持ってる?」

この期に及んで交渉を持ちかけたフォックスに戸惑うデルタをよそに、
デルタの腰元に付けられた銀貨入りの麻袋をひったくると、その中身を確認していた。

爪'ー`)「ひぃ、ふぅ……ま、ざっと800spってとこか」

(;"ゞ)「ちょ、お頭?」

さらに、自分の腰元に結び付けられていた銀貨入り袋を取り出すと、
それら二つを束ねて男の方へと投げ渡した。空いた方の手でそれをはし、と掴む。

('A`)「何のつもりだ?」

男の様子を気に掛ける事もせず、フォックスは続けた。

爪'ー`)「しめて1300sp、俺の首代にゃあ足りねぇが。
    ……そいつを受け取って、ゴードンの所に帰ってくれ。
    そんで、今日ここで見た事は全て忘れるこった」

(;"ゞ)「ちょ、それじゃあ俺の今月の生活が……!」

('A`)「ハッ……臆したか」

193名無しさん:2024/09/14(土) 02:43:31 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)「いーや、違うな。仮に俺らと刺し違えたところで、どう上手く事が
     運んでも、安いプライドだけを抱えたまま、あんたもあの世行きだ」

爪'ー`)「それなら何事も無くその金と、上手くすりゃあコソ泥を始末した
    追加報酬を持って立ち去った方が利口ってもんだろ?」

('A`)「追加報酬だと?」

爪'ー`)「あぁ、ゴードン=ニダーランの奴にはこう報告すればいい」

爪'ー`)「”アンタの家に忍び込んでいたのは、盗賊ギルドのグレイ=フォックスだ。
    抵抗したから殺した。発覚を避けるため死体はもう処分した”……ってな」

そう言って、胸元にぶら下げていたペンダントを取り外す。
付近の床に広がっていた部下たちの血痕にそれを擦り付けると、
フォックスは暗殺者の方へと放って血の付いたペンダントを投げ渡した。

('A`)「……何だこれは?」

爪'ー`)「俺の首代わりにでも。手土産は、必要だろ?」

フォックス達の手持ちだった1300sp、そして暗殺者が言う通りの報酬額ならば、
上手くすれば2800spもの金を手にすることになる。
それには、フォックスがこの暗殺者の手にかかり死ぬことが条件なのだが。

爪'ー`)「ゴードンは態度はでかいが小心者だ、俺を殺した事に進んで関与はしたがらないだろう。
    死体の確認までも求めないとは思うぜ、あんたみたいに肝が据わっちゃいねぇからな」

('A`)「現にお前がここに生きているだろうが」

爪'ー`)「なぁに、そこはアンタが一芝居打ってくれりゃあ丸く収まるさ。
    俺は、今日を限りにこの街から消える―ーそれなら、あんたの仕事にも傷がつかねぇ。
    俺一人が盗みを働いていたのを見かけて、殺した事にでもしといてくれ」

194名無しさん:2024/09/14(土) 02:44:03 ID:A6V2HoW60

フォックスの言葉に唖然とするデルタを置いて、話はとんとんと進んでいった。
暗殺者の男も毒気を抜かれた様子で、先ほどと違って顎をさすりながら、思案にあぐねている。

だがデルタからしてみれば他人事として聞き捨てられる話の内容ではない。
慌ててフォックスに問い詰め、説明を求める。

(;"ゞ)「―ーな、何言ってんです! そんな事したらお頭だけじゃなくウチの
    奴らも全員治安隊の奴らにしょっぴかれるんじゃないですかい!」

爪'ー`)「大丈夫だ。幸い床には血の痕もあるし、ゴードンの奴は馬鹿だから騙せるさ。
    盗みを働いていたからって、俺を殺した事を役人にまで公表はしねぇはずだ。
    あいつも俺らや、路地裏の奴らに恨みを持たれるのが怖ぇだろうからな」

('A`)「……ふぅん……それで2800sp、か」

爪'ー`)「了承してくれれば勿論俺はすぐにでもこの町から消えるし、
    あんたの信用に傷を付けるような事を吹聴しねぇつもりだ。
    二度とこの町に顔は出さねぇよ」

(;"ゞ)「消えるって……なーに言ってやがんですかいッ!」

つらっとして、淡々と自らが即席で考えた筋書きを語るフォックス。
自分が置き去りにされたまま話は進んでいき、デルタは狼狽するしかない。
二人を傍目に、手元の銀貨入りの袋を眺めながら、男は考えこんでいた。

一対一で渡り合っていた先ほどならば、そんな要求を呑む事は有り得なかっただろう。
だが状況は変わり、侵入者を三人とも取り逃がした上に、二対一という劣勢。
仮にフォックスら二人を斃したところで、1500spの報酬しか手に入らない。

195名無しさん:2024/09/14(土) 02:44:46 ID:A6V2HoW60

デルタと一緒の今ならば、決して勝てない状況ではないだろう。
たとえどちらかが死んでも、文字通り命を賭ければこの暗殺者を討ち果たせると思っていた。

だが、数の有利にも臆することなく戦闘をも辞さないこの男は、荒事に長けた凄腕だ。

だからこそ、二人どちらかの命が脅かされる大きなリスクは、回避できるに越したことはない。
現在の盗賊ギルドの支柱として欠いてはならない存在は自分ではないのだと、フォックスは一人想う。

男が、やがて長らくつぐんでいた口を開いた。

('A`)「まぁ……悪くないか」

フォックスにとっては、願ってもない。
聞きたかったのはその言葉だ。

長考の後、男はそう言って暴威を振るうナイフを懐に収めた。
リスクとプライド、そして金を天秤に掛けて、納得がいくだけの交渉内容だったようだ。

爪'ー`)「いいのかい?」

('A`)「ま、いいだろう……交渉成立だ」

爪'ー`)「―ーなら確認だ、俺たちはこれから無事に逃がしてもらうが、
    ここで起きた俺たちのやり取りの他言は無用だ。
    俺はあんたに殺された。それで、後は好きにしてくれ」

(;"ゞ)「………!」

デルタがフォックスの肩をぐっと手で掴み、強い視線を投げかける。
だが、フォックスはそれを意図して無視し続けていた。

('A`)「ま……いいだろう。こっちもさっきの獲物を取り逃がした損失を埋められる」

196名無しさん:2024/09/14(土) 02:45:31 ID:A6V2HoW60

('A`)「だが、こちらにも条件がある」

('A`)「俺はあと二日間この街で滞在するつもりだ。
   その間に一度でもお前の姿を見かけたなら、確実に殺す。
   ……寝込みだろうが、酒場でもな」

爪'ー`)「解ってる、さっきも言っただろ? 今夜の内に行方を眩ますさ」

('A`)「それでいい。依頼人への報告に矛盾が生じては、信用も失墜するからな」

爪'ー`)「それを聞いて安心したぜ、正直、もうあんたとやり合いたくはねぇ」

('A`)「はんっ、地元を捨ててまでかよ、生き汚ねぇな」

殺意を向けてきた相手が、一時的に敵では無くなる事への安堵。
張り詰めていた部分を逃がすかのように、フォックスは大きくため息を漏らした。

爪'ー`)「そりゃあ死にたくはねぇ。誰だって、死んでるより生きてるほうが嬉しいだろう?
    けどな、一番はこの街のガキ共のためさ」

('A`)「コソ泥にしては聞こえのいい言い訳だな」

爪'ー`)「あんたも見たとこ、生まれ育ちは悪そうだから解んだろ。
    ……路地裏で石投げられたり、他人の残飯漁って生き抜く辛さをよ。
    仮住まいだとしても、俺はこの街の奴らに恩がある」

( "ゞ)「兄貴、あんたが居なくなったらー―」

爪'ー`)「いいんだデルタ―ーお前がいる。お前が、ガキどもを育ててやってくれ。
    あいつらが、俺らみたいな思いをしないで済むようにな」

('A`)「……ふん」

197名無しさん:2024/09/14(土) 02:46:05 ID:A6V2HoW60

フォックスやデルタにとって、もはやリュメは故郷と言ってもいい。
今は貧しさに身を寄せ合う皆が、いつか笑って暮らせるようにしたかった。
だからこれからも情報屋ギルドの共同体はより成長し、力を付けていかなければならない。

だが情報屋ギルドの頭を失えば、そんな日々が訪れる機会はもう失われるだろう。
自分の中では忘れ去りたくもあった、故郷を想うという気持ち。

それは、フォックスが貧民窟で置き去りにしてしまった親達の姿を、
圧制に苦しむ困窮した街の人々の姿に投影していたからなのかも知れない。

爪'ー`)「これで話はついたな……さて、どっか行ってもらえるか?」

やれやれ、と暗殺者はため息をつくと、床に落ちてひび割れた仮面を拾った。
部屋の入り口の脇へと逸れて、腕を組みながら壁に背をもたれると、顎を引いて合図で促す。

('A`)「背中にナイフを突き立てられたらかなわんからな……先に行け」

爪'ー`)「気遣いどうも。まぁ、さすがにそんな卑劣なマネはしないけどな」

('A`)「盗人がよく言うぜ……」

何事もなかったように、フォックスは前だけを見て出口へと歩く。
かたやデルタは警戒を完全に取り払う事なく、男の動向に警戒を払いながら、フォックスに続いた。

男とすれ違う瞬間、ぼそりと一言だけ呟いた。

('A`)「ドクオ」

爪'ー`)「ん?」

198名無しさん:2024/09/14(土) 02:46:30 ID:A6V2HoW60

('A`)「俺の名前だ。いつかどこかで会う事があれば、殴られた礼はする」

爪'ー`)「──あんた、根に持つタイプだろ」

互いに一言だけ交わすと、視線を合わせる事も無く
正面のドアを押し開け、堂々と外へ出た。



        *  *  *



地面を踏みしめて久々の外気に触れると、火照った生傷に痛みを取り戻す。
倉庫の中で繰り広げられた戦闘が嘘のように、外の世界はただ日常だった。

デルタが再度、フォックスへと詰め寄った。

(;"ゞ)「お頭……本気ですかい!?どうするつもりなんです、これから」

爪'ー`)y-「どーするもこーするも、あいつ絶対どっかの暗殺ギルドの奴だぜ?」

爪'ー`)y-「約束守らなきゃ、俺が暗殺されちゃうよ」

(;"ゞ)「って、無茶苦茶言い出したのはお頭じゃないですか!」

( "ゞ)「またなんだって、こんなこと……」

ぶつぶつと文句を垂れるデルタの様子から、やはり相当な不満が見て取れる。

”お前を失えないからさ”。
そう思ってはいても、おどけて適当にはぐらかした。
これから、デルタにはより重圧を掛けてしまう事になるのかも知れない。

199名無しさん:2024/09/14(土) 02:47:05 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)y-「まぁ、マイナス1300spの思わぬ赤字になっちまったけど……」

(# "ゞ)「お頭……? 大半はあっしの金ですからね」

爪'ー`)y-「いやぁ、まぁ……お互いに転機じゃない?」

爪'ー`)y-「とりあえず俺はしばらく旅に出るさ……。
     その道すがらで、昼間の酒呑み話みたいな事があったら面白ぇなぁとか思いつつ」

( "ゞ)「まだ腑に落ちやせんが、当て所ない旅はいいですねぇ。是非あっしも──」

言いかけて、デルタは肩をすくめた。
納得は出来ないが、フォックスの命やギルドの存続には代えられない事を、飲み込んだ。

( "ゞ)「………と、言いたいのはやまやまなんすが、今回みたいな事が無いように、
    ウチの奴らをまだまだしっかり面倒見ないといけねぇ」

爪'ー`)y-「解ってんじゃんか、デルタ。自分がギルドにとって必要な人材だって事をさ」

( "ゞ)「………留守の間、街の皆の事はあっしに任せて下さい」

爪'ー`)y-「おう、頼もしいな。ま、ほとぼりの冷めた頃に帰って来るよ」

爪'ー`)y-「ゴードンの親父の土地を店ごと買い上げられるぐらいの金を持って、さ」

爪'ー`)y-「じゃあ、ここでお別れだ」

街の西口で、交易都市ヴィップへと続く道と、ギルドのアジトへと続く道。
枝分かれした岐路で、二人はやがて立ち止まった。

200名無しさん:2024/09/14(土) 02:47:47 ID:A6V2HoW60

( "ゞ)「ひとまずはどちらへ?」

爪'ー`)y-「まずはヴィップでも目指すさ」

( "ゞ)「二日の道のりですぜ……文無しでですかい?」

デルタの心配ももっともだ。
街へ着いても、野垂れ死んでは元も子も無い。

だが、その心配をよそに、フォックスは胸元からそっと何かを取り出した。
月光を受けて光輝く宝石、それは大粒の翡翠だ。

持っていく所へ持って行けば、200spは下らぬであろう。

爪'ー`)y-「道中で行商人とでも出くわしたら、こいつを安値で捌くさ」

( "ゞ)「ヘヘッ、抜け目ねぇなあ…」

翡翠を懐へしまい、くるりと背を向けたフォックスは、
ニ、三度後ろ手に手を振ると、深い暗闇が包む森の奥へと消えていく。
その背中が見えなくなるまで、デルタはその場所で見送っていた。

201名無しさん:2024/09/14(土) 02:48:20 ID:A6V2HoW60

( "ゞ)「……達者で、兄貴……!」

最後にその背中に声をかけると、自らもすぐに踵を返し帰路へと着く。
あまりに唐突に、別れの時は呆気なく訪れた。
だが、またいつか会える確信があるからこそ、湿っぽい別れ方だけは避けた。

いずれフォックスがリュメに帰ってくる時の為、部下達をまとめ、鍛え上げる。
この時すでに、ギルドと街の繁栄の為に注力しようという意志が固まっていた。

たとえフォックスが居なくても、やっていく。
その決意が、デルタの足取りにも現れていた。



        *  *  *



暗い森を往く。
持っている物といえば、一振りのナイフと、大粒の翡翠。

爪'ー`)y-「”冒険者”って響き……悪い気はしないね」

だが、自然とその足取りは軽い。
妙な開放感に期待ばかりが膨らみ、不思議と旅への不安は無かった。

爪'ー`)y-「大陸全土を股にかけて冒険たぁ、ロマンがあって結構結構」

爪'ー`)y-「さぁて。風の向くまま、気の向くまま……ってね」

20年の歳月を生きてきて、初めて臨む自分一人だけの冒険の旅路。
フォックスは、今その生まれて初めての経験が生む期待に、心を躍らせていた。

デルタや街の皆としばらく会えない寂しさがあるといえば嘘になる。
だが、それ以上に生まれてからこれまで、貧民窟、そしてリュメの街しか知らない
閉塞的な生活を送ってきた彼にとって―ー故郷からの一歩を踏み出した風景は、何もかもが新鮮に彩られていた。

202名無しさん:2024/09/14(土) 02:49:32 ID:A6V2HoW60

    ( ^ω^)冒険者たちのようです

            第4話

           「力無き故に」


            ─了─

203名無しさん:2024/09/14(土) 02:51:40 ID:A6V2HoW60
>>148-202 が第4話となります
勢い任せで書いた部分で加筆修正が多くなってしまったのでとても辛かったです
次回は個人的に好きな最後の導入部となりますので、よろしくお願いします。

204名無しさん:2024/09/14(土) 23:12:06 ID:lpux1o9U0
まだ2話までしか追いつけてないけど楽しく読ませてもらってます
面白い。乙!

205名無しさん:2024/09/15(日) 15:12:02 ID:vEhUS7ZA0
おつ!
ヴィップワースの作者であること信じて続きを待っています
気になってたんだけどspと銀貨銅貨ってどういう関係?
銀貨1枚=1sp、銅貨1枚=0.1spみたいな感じ?

206名無しさん:2024/09/15(日) 21:05:29 ID:zt/6BeYM0
>>204-205
感想ありがとうございます!
spはシルバーポイントの略で銀貨を表します。
ネタ元となるカードワースでも明言されている部分ではないので、なんとなくこれぐらいかな〜
という感じに想像して頂ければと思いますが、貨幣価値のイメージは自分の中でもそんな感じです

207名無しさん:2024/09/20(金) 21:54:39 ID:rZYyh41M0
おつおつお

208名無しさん:2024/09/21(土) 01:57:39 ID:SlYPMgKc0


   ( ^ω^)冒険者たちのようです

            第5話

        「行く手の空は、灰色で」

209名無しさん:2024/09/21(土) 01:58:18 ID:SlYPMgKc0

荒れ果て、閑散としたダイニング。
まだ少女といえる面影を横顔に残した麗人は、そこに居た。
他には家財もなく、ただ一つ置かれたのは食卓だけだ。
その上に腰掛けて俯きながら、彼女は膝を抱え一人佇んでいた。

この空間の空気を、打ち捨てられた廃墟の景色を、懐かしむように。

この場所に来たのはたまたまだった。
先だって受けた地質調査の依頼で、偶然この場所を通りがかったからだ。

――生家だった。

彼女は確かにこの家で生まれ、そして育った。

人里の離れに建てられた家だが、建て構え自体は立派なものだ。
物取りの輩が押し入ったような形跡も無い。

もっとも、盗れるような物も残されてはいなかった。
この場所に残されていたのは、彼女がここで暮らした日々の微かな想い出だけだ。

210名無しさん:2024/09/21(土) 01:58:51 ID:SlYPMgKc0

室内を見回すと、記憶の中の残骸がそのままに晒されていた。

視界に入った煤ぼけたイーゼルには、風化した紙切れが残されている。
腰掛けていた食卓から降りると、そこに挟まれた画布の表面をさっと手で払ってみる。
すると、長きの歳月で積もった砂埃が、床に降った。

払った画布の下には、人肌のような赤みが書きなぐられている。
ところどころが劣化しているが、全体像にはどことなく想像がついている。

はにかんだ笑みを浮かべて、こちらを真っ直ぐと見つめる瞳の少女。
絵心もさほど無いはずの父親が、幼少時代の彼女自身を描いた油絵だった。

ぼんやりとその油絵を眺めながら、彼女はまた空想に耽っていった。


        *  *  *



――十年前 大陸東部 ロアリアの街――


今より二十年前から、大陸東部には宗派による争いが戦火をもたらしていた。

211名無しさん:2024/09/21(土) 01:59:22 ID:SlYPMgKc0

火中の只中にあったのは、この東部地方に本拠を置く”極東シベリア教会”。
当時、異宗教への弾圧を強めていた聖ラウンジ教会の過激派らによって、
対立を深めていくなか、宗教戦争の火蓋が切って落とされる事になる。

元々は聖ラウンジの教えが広まっていたこの地に、シベリア教会が流れ着く。
その後、彼らが少しずつ教義を広め始めていったのが最初のきっかけだった。

当時から最大の宗教派閥であった聖ラウンジに、シベリアの信徒達は後に迫害される。
最初は些細な諍いだったそれは、幾度も積もり重なっていく内、過熱していった。
シベリアの信徒達はいつしか武器を取り、武力での抗戦を始めた。

小さな小競り合いから発展した争いの火種は、傍観者だった民衆にも飛び火する。
ロアリアには聖ラウンジの信徒だけではなかったが、シベリア信徒も無信仰の者も、
闘争が過熱を辿る程に、自らの信仰をひた隠すようになっていった。

その理由は、聖ラウンジ過激派の異端審問官の存在によるものだ。

ラウンジの異端審問団は日ごとに各家々を巡回し、自らが”異端”と認定した
シベリア教会の信仰者を、ことごとく審問という名の拷問に処した。
それが無宗教の人間であっても、追求しては、弾劾していった。

日頃より、一つの神を信じ、全ての民の救済を願う。
それが聖ラウンジ教であるはずだが、必ずしも一枚岩ではなかった。

それはこのロアリアの街に限った話でもなかった。

212名無しさん:2024/09/21(土) 02:00:01 ID:SlYPMgKc0

この時、既に大陸各地で数多の信徒達を抱えていた聖ラウンジによる
一神教への信仰は、いつしか彼ら自らが内包する莫大な思念の渦に揉まれ、
醜い正義に歪んだ一面をも見せるようになっていったのだ。

地元の領主達も、暴徒と化した教会から敵視される事を恐れ、騒動の鎮圧に腰を上げようとはしなかった。
それほどに、自らの信仰を盲信した一部の過激派の暴走は歯止めが効かなかったのだ。

やがて大本営である聖教都市ラウンジの信徒達の預かり知らぬ所では、
”異端裁判”と称して、その場の裁量をもってして火刑までが行われるようになった。


未だその動きは完全に消えることなく、この大陸東部地方ロアリアの街で燻り続けていた。



        *  *  *



──十年前 大陸東部 ロアリアの町──

ルクレール家の当主は、雑多な事柄に関心を持つ熱心な研究者だった。
自然に群生する、珍しい植物や生物を持ち帰って来ては、
その生態や特性をじっくりと研究した。

213名無しさん:2024/09/21(土) 02:00:43 ID:SlYPMgKc0

かつて当主が一番に打ち込んだのは、魔術の研究だった。

一介の魔術師でもない当主パンゼルは、それを独学で行っていたという。
ある時を境に、冷気を操る魔術をも身につける才覚があったとは本人の談だ。

もっとも、手のひらに少しの冷気を集め、触れたものをじんわり冷やす程度。
本職の魔術師が使うそれと比べてはあまりに粗末な手品のようなものだが。

それでも、愛娘の”クー=ルクレール”にしてみれば、十分な笑顔の魔法だった。


「アンナ、今夜はよく冷えた葡萄酒で乾杯といこうか」

川 ' ー')「あら、またご自慢の手品をお披露目したいだけなんでしょ?」

「はは、見破られたな……」


貯蔵庫から取り出してきた一本の葡萄酒の瓶を抱えながら、
妻であるアンナの鋭い指摘に、父親のパンゼルは気さくな笑顔を見せる。

娘のクーの瞳は、両親達の晩餐のお供であるその葡萄酒に釘付けだった。

川゚-゚)「ちちうえ、私もぶどうしゅ飲みたい」

「いいとも! 待ってろよ、今お父さんの魔法で……」

川 ' -')「駄目よあなた、クーはまだ八つなんだから」

川;゚-゚)「えー!」

214名無しさん:2024/09/21(土) 02:01:14 ID:SlYPMgKc0

「堅い事を言うなよアンナ……」

クーとパンゼルは、二人とも気落ちした様子で肩を落とした。
二人を尻目に、アンナはてきぱきと食卓の上に料理を並べていく。

また談笑が始まると、食卓を囲んで暖かな空気が広がる。
夕刻、屋敷一階の食堂は家族の団らんに賑わっていた。

だがある時、三人がナイフやフォークを動かす手は、はた、と止まる。

唐突に、重苦しい音が響いた。

雨音混じりに、門扉を激しく叩く音が鳴り響いているようだった。
どんどん、どんどんと。幾度も、次第にその音は強まっている。

川゚-゚)「だれかきたっ」

不意の訪問者に、娘のクーは戸口へ出て行こうとしたが、
母親のアンナはすぐにその腕を引き掴んで、静止する。

川 ' -')「待ちなさい、クー」

その眼差しはいつもの母からすればやや鋭いもので、彼女は言う通りにした。

手に持っていた葡萄酒の瓶をことりと食卓の上に置くと、パンゼルは
無言で門を叩くその音の方へと振り返り、ゆっくりと立ち上がった。

川 ' -')「……あなた……」

215名無しさん:2024/09/21(土) 02:02:08 ID:SlYPMgKc0

「大丈夫だ……二人とも、そこに居なさい」

心配そうな面持ちのアンナと、小首を傾げたクーの視線を背中に受けながら、
パンゼルは食堂を出て、依然として叩かれ続けていた玄関の門扉の鍵を開けた。

そこに立っていたのは、そぼ濡れた黒の外套に身を包む、数人の男の姿。
訝しむ目で一瞥すると、ドアの隙間から体を割り込ませてパンゼルは問うた。


「……何です、貴方がたは」

(≠Å≠)「随分と待たせてくれたものだな、見られて困るものでも隠していたか?」


パンゼルには、ある程度予想がついていた事でもあった。
聖ラウンジの過激派、異端審問団の一団だとすぐに思い至る。

今でこそ民衆の声や聖教都市の布令によって大きな力を失いつつはあるが、
それでも彼らは独自に、異宗派を排斥する為の活動を続けていた。

聖ラウンジ内部でも分裂があり、聖教都市の影響力はこの東部地方にまで及んでいなかった。


「あなた達は、ラウンジ聖教の……」

(≠Å≠)「いかにも。真に主を信仰する、聖ラウンジの者だ。
    名を”イスト=シェラザール”という。
    偉大なヤルオ神の信仰者にして、敬愛なる神の声の執行者である」

審問官の横柄なその態度に、内心にパンゼルは苦虫を噛み潰す思いをしていた。
同じ信仰を持つ人間に対して、教会の権威を笠に力を誇示するかのような振る舞い。
そして思い上がった言動に、パンゼルの瞳にはありありと蔑みの色が映っていただろう。

だがそれ以上に、早まる鼓動を抑えて、平静を取り繕う思いに必死だった。

216名無しさん:2024/09/21(土) 02:02:57 ID:SlYPMgKc0

「……こんな夜更けに、何の御用で?」

(≠Å≠)「ふむ、随分とご立派な屋敷じゃないか――いいぞ、入れ」


その一言に、審問官の一団はどかどかとパンゼルを押しのけるようにして屋内に雪崩れ込む。
土足で上がり込むと、彼らを束ねる一際横柄イストという審問官は、舐るような目つきで周囲を見渡した。
一家の長として、パンゼルはそれにも毅然として向き合わなければならなかった。


「いきなり何を! 今は忙しい、出て行ってくれ!」

(≠Å≠)「……なにぃ?」

「この十字架を見れば、私が貴方がたと同じ聖ラウンジの信徒だという事がわかるはずだ。
 貴方がたも、同じように主を信じるのだろう?」


同じ聖ラウンジとは言いつつも、異なる宗派を弾劾し続ける過激派は、
東部の人々にとって災いに他ならない。その存在に、みな戦々恐々としていた。
それは勿論のこと、パンゼル達も同様にだ。

パンゼルは首から下げたチェーンを首元から外へと押しやると、
銀の十字架を覗かせて、審問官の目の前でそれを握りこむ。

イストは少しくすんだその十字架を凝視した後、大仰な仕草で急に叫んだ。


(≠Å≠)「――信徒の、振りをしているッ!」

「何を……!」

217名無しさん:2024/09/21(土) 02:03:29 ID:SlYPMgKc0

(≠Å≠)「……と、まぁそんな場合もあるのでな。
    しっかりと、入念に、邸宅内を見回らせてもらおうか」

「待ってくれ、勝手な事をされては困る!」

静止など聞かず、審問官は引き連れた従者らと共に屋敷内の物色を始めた。
そこらを引っ張りまわし、物が転げ落ちて壊れたりするのもお構いなしだ。

やがて、一団はクーとアンナの居る食堂の隣に面していた父の書斎の扉を開けた。
食堂と書斎は扉一枚に隔てられており、怒声にも近い審問官との不穏なやり取りは、
不安そうに見守るクーとアンナの二人には筒抜けだ。


(≠Å≠)「……ほぉ。なんだ? この部屋は」

「私は昔学者を目指していた。日ごろから趣味半分に
 動植物に関する様々な研究をしている……その、研究室だ」


まずい、とパンゼルは歯噛みしていた。
異端審問団が興味を持つようなものが、この部屋にはあるかも知れない。
扉の向こうにいるクーとアンナの不安げな面持ちが思い浮かぶ。

せめてこのまま二人と対面せずに引き上げてくれる事を願っていた。

だが、審問官の目つきはこの書斎に入るなり明らかに変わった。
ふむ、ほぉ、と一人頷きながら、書棚の中身や、卓上に転がっている
器具の一つ一つを、手に取って見て回り始めた。

218名無しさん:2024/09/21(土) 02:03:54 ID:SlYPMgKc0

(≠Å≠)「臭うな……実に臭うぞ」

確かに、硝子製の様々な器具が置かれ、薬漬けにした薬草や木の根。
果ては昆虫類の標本まで乱雑に置かれたこの部屋は、傍目からには
あまり一般的なものには見えないだろう。

クーが生まれてすぐにパンゼルは魔術の研究を諦めた。
動植物の観測や、生態調査を主として研究を切り替えたパンゼルにとって
聖ラウンジへの信仰に疑いが漏れるような物は、何もないはずだった。

書棚の奥で埃を被っていた、その――ただ一冊の書物を覗いては。

一見して研究の範疇という物ならば、さして問題のなさそうなその一冊。
基本的な事項を綴った入門用とされる魔術書が、書棚の奥から審問官の手に取られた。

聖ラウンジ教会は、賢者の塔の魔術師連盟とは対極にある存在だ。

魔術とは時に人の生命を奪う術であり、良からぬものを媒介とする事もある。
穏健派の信徒たちならばいざ知らず、よりにもよってそれをこの異端審問官に見られた。
自分たちの暴走した信仰を疑う事もせず、狂気じみた妄執に憑りつかれた、狂気の集団に。

そして、疑わしきは裁く事こそが、異端審問団のやり方だった。

(≠Å≠)「魔術書だと……? なんだ、これは」

「そ、それは……」

(≠Å≠)「言え、このような物、一体何に使おうというのだ?」

「違う! それは昔に学んだ資料で、ただの興味本位で……!」

219名無しさん:2024/09/21(土) 02:04:21 ID:SlYPMgKc0

(≠Å≠)「もういい!」

イスト審問官はパンゼルの前に指を突き出して、二の句を制した。
額に指を押し当て何事かをぶつぶつと呟くその間を、得体の知れぬ静寂が場を支配する。

間をおいて、さも何かを考え付いたかのように、イストは告げた。

(≠Å≠)「……少なくとも貴様は、シベリアの信徒か、その他の邪教」

(≠Å≠)「私の中で、その疑問は今とても大きく膨れつつある。
    魔術……聖ラウンジの信徒がこれはいかんな。度し難い」

その言葉に、パンゼルは額から伝う冷や汗を一度手で拭った。

もし異端者としての烙印を押されてしまえば、最後に待つのは死だ。
いかなる真実を説こうとも、長きに渡る拷問の末に心を折られて。

「聞いてくれ……確かに、私は過去に魔術に好奇心を覚えて調べていた。
 その真似事をしてみようと思い譲り受けた参考書というだけで……」

(≠Å≠)「はっ、これ以上の問答は無用!
    まずは貴様の身に問うて、糾弾するかはそれから決める事とする。

もはや有無を言わさぬ険しい表情で、イストは一方的に言葉を突き付ける。
従者達に連行を促されるパンゼルは、腰から下の力が抜け、崩れ落ちる思いだった。

彼ら異端審問団は、死よりも辛い拷問をも課すという。

身の潔白を訴える人々の叫びなど空しく、いつしか自分の身にあらぬ
その疑いを認めてしまい、苦痛から逃れる為に、自ら死を選ぶのだ。

220名無しさん:2024/09/21(土) 02:04:43 ID:SlYPMgKc0

(……それでも、アンナとクーだけでも、無事ならば……)

審問官達が聞く耳を持たない事など、分かっていた。
しかし、自分一人だけがその審問を受けて済むのならば止むを得ない。

もしかすると、命までを取られるという噂は噂であり、杞憂かも知れない。
降って湧いたそんな楽観的な考えで、パンゼルは辛うじて正気を保つ。

自分が苦痛を与えられるだけで、家族さえ無事ならば、それだけでいい。
妻と娘の存在をやり過ごせたと思ったパンゼルは、それだけを案じていた。

だが───彼の願いは、最悪の形で裏切られる。


「待って下さい!」


突然、食堂と研究室とを隔てる扉は、勢い良く開け放たれる。
そこに立っていた妻、アンナの姿を見て、パンゼルは表情を歪めた。
背中に、娘のクーを庇いながら、彼女は毅然として言った。

川 ' -')「……その人を、連れて行かないで下さい」

パンゼルは落胆し、悲哀に暮れた。
このまま自分一人だけが連行されてしまえば、それで済んだかも知れない。
だが彼女は、自分の身の危険を省みずにこの場に来てしまった。

221名無しさん:2024/09/21(土) 02:05:34 ID:SlYPMgKc0

川 ' -')「本当に色々な研究が好きでした……。
    それが高じてしまった、それだけなんです」

(≠Å≠)「………ほぉ」

悲哀と焦りの入り混じるパンゼルと、毅然と向き合うアンナの表情は対照的だった。
にやにやと下卑た笑みを浮かべながら、イストはそれらを見比べる。

(≠Å≠)「隠していたな? その女を」

「違う……私は……!」

(#≠Å≠)「貴様ぁ! 聖ラウンジの庇護を受けし、我ら異端審問団をたばかるかぁッ!」

川;゚-゚)「ふぇ………」

震えるような怒声に、アンナの背後に隠れたクーはただ怯えるしかなかった。
イスト達とアンナ達とを遮るようにして、パンゼルはその前に立ち塞がる。

「私は大丈夫だ、アンナ。クーを連れて下がるんだ」

川;' -')「でも……!」

(≠Å≠)「なるほどなるほど。貴様は――
    そこの”魔女”に骨抜きにされているという訳だな?」

宗派の争いのさなか、”魔女裁判”を謳い、異端審問が行われる事もあった。
審問は女性に限られ、他を惑わす発言や世を忍ぶ暮らし方、あるいは醜悪な容姿など。
そんな人の個性や外見に難癖を付けるような形で、最後には人としての尊厳や命を奪う。

歪んだ正義を振りかざす異端審問官たちによるこうした独断専行は、未だ蔓延っていた。

222名無しさん:2024/09/21(土) 02:06:10 ID:SlYPMgKc0

東部の僻地に位置するロアリアを訪れる人々も少なく、彼らの非道が本営に露見する事はなかった。
たとえ聖教都市へ出向き直訴したとして、そこで審問に遭うのではという恐怖があったからだ。

それに付け込む異端審問団の行いは、ますます嗜虐的に増長を続けている。
魔女認定を受ければ火刑に処され、認めざるを問わずして、死の拷問は続く。

「どういう……意味だッ!」

(≠Å≠)「どうもこうもない、十分な証言だ。
    ルクレール当主よ、勇気ある告白をよくぞしてくれた」

不気味な含み笑いをしながら、審問官は腕組みをして
背後に従えていた数人の信徒達の方へと振り返り、あごで合図した。

(≠Å≠)「……女を連れて行け」

川;' -')「きゃあっ」

「おいッ! 彼女に何をするッ!?」

川;-;)「うえぇぇぇんっ、うぇぇぇん」

装束の一団は靴音を立てながら、アンナとパンゼルを拘束する。
泣き叫ぶクーの方を向いて二人は抗おうとするも、力で捻じ伏せられる。

223名無しさん:2024/09/21(土) 02:06:37 ID:SlYPMgKc0

連れ去られて行く二人は、それでも娘の身を案じていた。

川;' -')「……大丈夫! きっと、きっと迎えに来るから!」

「……クーッ! 必ず迎えに来るからな、待ってるんだぞッ!」

その両親の叫びも、次第に遠ざかっていった。
訳もわからず泣きじゃくる一人の少女を、一人その場に置いて。

(……貴様ら!アンナから手を離せぇッ!)



”クー=ルクレール”は、この屋敷にただ一人取り残される事となった。
その日を境に、父と母が再び家に戻って来る事はなかったのだ。

いつからか、使用人や縁者がクーの面倒を見に家を訪れるようになった。
だが、両親の居場所をいくら尋ねても、彼らは無言で俯くばかりだった。



        *  *  *




群れを成した盲目の羊達は、信仰というただ一つの光を妄信し、
その後も、次々とロアリアの街で白羽の矢は立てられていった。
いつ焼きつけられるかも分からない、自分達への異端の烙印。

それを恐れる余り、人々は互いに猜疑心を持ち始める。

224名無しさん:2024/09/21(土) 02:07:18 ID:SlYPMgKc0

他の住民の信仰に関して、虚偽の噂を聖ラウンジの者達に密告し、
審問を免れるといった自分可愛さも、次第に目立つようになっていった。

街中や、そのすぐ外では毎日のように繰り返されるシベリアとラウンジによる信徒同士の諍い。
住民達は皆家に閉じこもり、外出しようともしない。
美しい緑に彩られていたはずのこの街の広場には、まだ血の痕がこびり付いている。

だが、この街にで起こる血塗られた争いの続きに。
そして罪の無い人々の命を脅かす異端審問官達の暴挙に。

やがて――この地を訪れた一人の男が、終止符を打つ事となる。


( ゚д゚ ) 「美しい街だと聞いていたが……随分、閑散としたものだな」


各地を放浪し、やがて長い旅を経てこの街たどり着いた。
”ミルナ=バレンシア”は、通りすがりの、冒険者だった。

225名無しさん:2024/09/21(土) 02:07:40 ID:SlYPMgKc0

─── 一週間後 ルクレール家 屋敷前 ───


川 -) 「………」

屋敷の正門、石段の上に腰掛けて、クーはずっと膝を抱えていた。
両親が連れさられて、7日もの月日が経とうというのに、朝早くから
日暮れまで、彼女はずっとこうして両親の帰りを待ち続けていた。

大きな不安を抱えている彼女を支えようと、世話人や縁者は入れ替わり
立ち替わり、彼女の隣でずっと両親の無事を唱えていた。

だがいつまで経っても心を開かない彼女に業を煮やし、5日目には屋敷を訪れる事はなかった。


川 -) 「……おとうさん……おかあさん……」


大人たちは、クーの両親がもう帰っては来られないであろう事を、知っていたのだ。
それでも、寝食も忘れたようにして、クーはひたすらに両親を待ち続けていた。


川;-;) 「あいたいよ……」

来る日も来る日も、夕焼けを目にする度に思い浮かんでいた。
数日前までの、何よりも楽しかった家族皆で過ごす団らんの光景が。

思い返すたびに、次から次から、目からは涙が溢れた。

街の離れに位置するルクレール家の屋敷周辺には人通りなどなく、
クーは両親が居なくなってからの毎日を、同じように過ごしていた。

だが、この日はいつもの毎日と少し違っていた。

226名無しさん:2024/09/21(土) 02:08:16 ID:SlYPMgKc0

がさっ

川;-;)「?」

がさがさ、と屋敷の右手の雑木林から物音が聞こえた。
すると、見慣れない人物が独り言を呟きながらその姿を現した。

( ゚д゚ )「やれやれ……人っ子一人外を出歩いてないとは、一体どうなってる?」

ぱんぱんと体に纏わり付いた木の葉を払っている一人の男の姿があった。
それをじっと見つめるクーの瞳に、男ははたと動きを止め顔を上げる。

川;-;)「……おじちゃん、だれ?」

Σ( ゚д゚ ;)「おじっ……」

クーから一度視線を外して、こほんと後ろで一度咳払いをすると、また向き直った。

( ゚д゚ ;)「まぁ……このぐらいの歳の子供からしたら、十分おじさんか」

川;-;)「……わるいひと?」

( ゚д゚ )「いいや、怪しい者じゃないぞ」

少女の真っ直ぐな質問に対して物怖じする事なく、改まったように
腰に手を当てて自分の顔を親指を立てて指した。

( ゚д゚ )「俺はな、”ミルナ”っていうんだ。お嬢ちゃんの名前は?」

川;-;)「……クー」

( ゚д゚ )「ほう、クーっていうのか、この家の子か?」

川;-;)「……」

無言でこくりと頷くクーの顔を見て、ミルナと名乗った男は剣呑な何かを察したようだった。
クーのもとにしゃがみ込むと、目線を合わせて、静かに問いかけた。

227名無しさん:2024/09/21(土) 02:09:10 ID:SlYPMgKc0

( ゚д゚ )「どうした? こんなに泣き腫らして、何かあったのか?」

川;-;)「……ふぇっ……!」

( ゚д゚ ;)「!!」

それから数分ほどの間、堰を切ったように大声を上げてクーは泣き喚いた。
それをなだめすかし、機嫌を取り戻すためにミルナは必死だった。

やがて満足行くまで泣いたか、ぐずりながらもクーは泣き止むと、
その頭に手をぽんと置いて、ミルナは再度尋ねてみた。


川 p-q)「ぐしゅっ」

( ゚д゚ )「――で、一体何があったんだ?」

川゚-゚)「おとうさんとおかあさんが、つれてかれたの」

( ゚д゚ )「誰にだ?」

川゚-゚)「わかんない……でも、らうんじとかなんとか、いってた」

( ゚д゚ )「……そう、か」

過激化するシベリア教会と聖ラウンジ教会による宗教戦争。
それが今や異端審問と称して、民衆にまで飛び火していたという噂は、
ロアリアの街を離れた一部の者達から、近隣の村々に広がっていた。

それを知ってか知らずか、ミルナは一人呟くようにして空を仰ぎ見て、瞳を閉じる。

( ゚д゚ )「……それなら、この街の静けさにも合点が行く」

川゚-゚)「なんで?」

228名無しさん:2024/09/21(土) 02:09:56 ID:SlYPMgKc0

この時、ミルナの横顔を覗き込んで首を傾げたクーだったが、
何かを決意したかのような、ミルナの表情の機微に気づく事はなかった。

唐突に、ミルナはそれをクーへと切り出す。


( ゚д゚ )「父さんと母さんに、会いたいか?」

川゚-゚)「うん! 会えるの?」

( ゚д゚ )「だったら……俺に付いてくるといい」


そう言うと、ミルナはクーに手を差し出し、その場から立ち上がらせた。

ぱたぱたと彼の背を追うクーの瞳には、逞しい背中越しに自分を導くその大人の姿が、
両親の居ない世界で最も信用できそうなものに──そう、映っていた。

ミルナの外套の端を掴み、歩き始めた彼の後を追い、自然と体は動いていた。



        *  *  *



───ロアリア市街 聖ラウンジ聖堂───

この土地は曇りがちな天候の為、灰色に淀んだ空模様になる事が少なくない。

一雨きそうな、いつも通りの天候に加えて、雷鳴の轟きが響いた。

閑散とした町々をしかめた面で眺めて、教会の軒先に立つのは、黒尽くめの男。
この街の聖ラウンジ教徒として、実質一番の執行力を持つ異端審問官、イストだ。

同じように黒のローブを纏った教徒が、イストに声をかける。


( ▲)「イスト審問官」

229名無しさん:2024/09/21(土) 02:10:31 ID:SlYPMgKc0

(≠Å≠)「……何だ」

イストは声の方に視線を向ける事も無く、人っ子一人出歩かずに
家の戸を閉め切り、閑散としている通りを見渡していた。


( ▲)「先日審問に掛けた露天商の中年が、舌を噛み切って自害を」

(≠Å≠)「下らん……命を自ら絶つような不信の輩などどうでもいい。いらん情報を持ってくるな」

( ▲)「……申し訳ありません」

(≠Å≠)「そんな事より、ルクレール夫妻の方はどうした?」

( ▲)「相変わらずです……聖ラウンジへの信仰心に、変わりはない、と……」

(≠Å≠)「ふぅん……? 貴様、躊躇しているようだな?」


末端の審問官もまた、この男の狂気を宿した瞳に射貫かれる事を怯えていた。
身内であろうとも、己の意に染まぬ者は異端者の烙印を押して断罪してしまえばよい。
そのような考えを持つ危険な男であることを、染まりきらぬ者たちの間では周知されていたからだ。


( ▲)「……いえ、そのような事はありません」

(≠Å≠)「ならば、男の方は更に念入りに、もっと徹底的に痛めつけろ。
    そうだな――両手両足の腱を切るぐらいして構わん」

( ▲)「ハッ……」

230名無しさん:2024/09/21(土) 02:11:36 ID:SlYPMgKc0

(≠Å≠)「それから、今日でそろそろ一週間になる。女の方は火刑の準備をしろ」

( ▲)「ッ……ですが、女の方からはまだ、異端と言えるだけの証拠は……」

ローブの審問官がそこまで言った時、イストが自分の方に顔だけ振り向いた。
両の眼をかっと見開いて自らを射抜く視線に、彼は言葉を詰まらせた。


(≠Å≠)「私は……火刑の準備をしろと、そう言ったはずだな……うん?」

( ▲)「ハッ!」

(#≠Å≠)「それが何だ……貴様、魔女の肩を持つとは、まさか貴様も異端者かぁッ!?」

( ▲)「……滅相も……ございません」

(≠Å≠)「フン……魔女認定など、この私の裁量を持ってしてこの場で与える」

( ▲)「それではすぐに……火刑の準備を……」

審問官イストの言葉に深く頭を垂れると、末端の信徒は
彼の前から逃げるようにして、足早に聖堂へと戻って行った。

イスト=シェラザールは、今やこのロアリアを実質的に支配していた。
自ら死を願うほどに人としての尊厳を奪い、生き地獄のような責め苦。
それらの恐怖を持ってして、正しき行いであるとそれでも信じていた。

それに違和感を覚える者など、いようはずもないとまでに。

231名無しさん:2024/09/21(土) 02:12:28 ID:SlYPMgKc0

異端認定の権限を持ち、審問官たちを束ねるイストに対しては、
皆が恐怖に飼いならされた子羊のように従順に、あるいは心を殺して、従う他なかった。

自分が過ちを犯していると認識できている者であろうとも。


(≠Å≠)「疑わしきは裁く、それでいいのだ」


拷問狂なのか、と水面下では決して本人に悟られぬように囁かれてはいた。
真の盲目故に、道を違えた事にも気づかず血塗られた階段を上り続ける。
イストにとって、それは純然たる信仰心そのものだった。

異端として裁く為ならば、身体の機能を生涯奪う事であっても厭わない。
糞尿を巻き散らして死を懇願する妊婦の前でも、眉一つを動かさない。
淡々と拷問を続ける事ができる、氷のような心をこの男は持っていた。

指摘出来る者など決していないが、誰の眼にも明らかな、狂人だ。


(≠Å≠)「嵐が来るな」

ふん、と鼻を鳴らし、肩口にぽつりと雨粒が落ちたのを感じて、
黒衣の修道服をはためかせながら、イストは踵を返した。

時折どこからから悲鳴ともつかぬ呻き声が漏れる、聖堂の中へと消えていった。



        *  *  *



ミルナとクーは、忽然と人が消えたように静かな街を見渡しては、時折立ち止まる。
寂れた遊具が打ち捨てられた公園を抜けて、昔栄えていた通りの中央を歩いていた。

( ゚д゚ )「いつから……こんな、静かな街になったんだ?」

232名無しさん:2024/09/21(土) 02:12:49 ID:SlYPMgKc0

川゚-゚)「わかんない。おそとであそんだこと、あんまりないの」

( ゚д゚ )「友達とか、いないのか?」

川゚-゚)「まえはね、よくおうちにきてた子がいたんだよ?……でもね」

( ゚д゚ )「でも……?」

川゚-゚)「おとうさんのしごとのつごうで、もうあえないって、とうさんがいってた」

( ゚д゚ )「……そうか」

この娘の両親は、真実を伏せたのだろう。
それを想って、ミルナは内心に深く息をついた。
露天商が多く、市場が賑わっている街だという噂を聞いたのが、5年ほど前。

それが今では、これほどまでに外を出歩くのを恐れ、住民は皆門戸を閉め切っている。
明らかに異常な事態だというのに、領主や他の町の人間は何とも思わないのか。
そんな事を考えながら歩いているものだから、少女の言葉も自然と耳から抜けていく。

うんうんと相槌を打ちながらも、頭の中では別の事を考えていた。
そして、その考えは、いつになく険しい表情をしている自分の顔にも、表れていた。

川>-<)「いたっ」

突然立ち止まったミルナの背に、顔面ごとぶつかって尻餅を付くクー。

233名無しさん:2024/09/21(土) 02:13:34 ID:SlYPMgKc0

( ゚д゚ )「雨、か……」


少しずつ雨粒が増えてゆく空を一瞬見上げると、頬を膨らましていた
背後のクーの様子に気づいて、すまんな、と手を差し伸べて身を起こした。

川;゚-゚)「さむい……」

( ゚д゚ )「冷えてきたな……どうする?
    自分の屋敷で待っていてもいいんだぞ」

川゚-゚)「それはやだもん、おとうさんとおかあさんに会う!」

( ゚д゚ )「そうか……ま、もうすぐだ」

( ゚д゚ )「ただな。少しばかり、怖い目に合うかも知れない」

川゚-゚)「どうして?」

( ゚д゚ )「これから、クーの父さんと母さんを連れて行った、悪い奴らを懲らしめるからだ」

川゚-゚)「……いっぱい、こわい人がいたよ?」

( ゚д゚ )「それでも、できるさ」

川゚-゚)「まもって、くれるの……?」

( ゚д゚ )「そうだな。俺の背中に居れば、安全だ」


いくつか会話を交わしながら、やがて二人の足は、一つの建物の前で止まる。
白い外壁に、赤茶色の屋根の頂上に、大きな十字架が掲げられた、聖ラウンジ聖堂の前で。

この建物の周りだけ、何かを焼いたような、すえた臭いが鼻に付く。
二人ともその悪臭に顔をしかめていた。

そして、ミルナだけは感じ取っていた。
寂しげに佇むこの聖堂の締め切られた扉から既に、人の悪意のようなものが流れ出ているのを。

234名無しさん:2024/09/21(土) 02:14:43 ID:SlYPMgKc0

( ゚д゚ )「少し、うるさくなるぞ」


そう言って、こちらを見つめるクーの顔を見ながら、門扉の正面に立って片足を上げた。

そして、クーがミルナの言葉に頷くよりも少し早く、高く掲げられた剛脚は、
門扉の裏側であてがわれていたであろう閂すらもへし折る程の力で穿たれる。

次の瞬間には扉ごと蹴破り、門扉は勢いよく開け放たれた。

広い聖堂内に、轟音が鳴り響く。
その音に、祭壇に祈りを捧げていた多数の黒衣の信者達の全員が、こちらを振り向いた。

( ▲)「何事だ!」

全員が全員、ずかずかと中へ上がりこむミルナへ、視線を集中させた。
浮き足立つ者が殆どだが、数名は即座に走り出し、壁のラックにしまわれていた
鎖で鉄球を繋いでいる、フレイルの柄へと手を伸ばしていた。


( ▲)「貴様……何という事を! ここは神聖なる聖ラウンジの神のおわす所ぞ!」

( ゚д゚ )「ほう……神聖、ねぇ」


言って、くっくと含み笑いを不敵に隠そうともしないミルナの姿に、
フレイルを手にした信者達が、じりじりとにじり寄っていく。


( ゚д゚ )「神がいると? ……こんな、掃き溜めにか?」

( ▲)「なんと……我ら聖ラウンジを、愚弄するか!」

( ゚д゚ )「笑わせるな。俺は、この子の両親を連れ戻しに来ただけだ」


自分の背中にぴったりと張り付き、少しだけ震えるクーの肩を掴むと、
ミルナは黒衣の信者達の前に、その顔だけ向けさせた。

川;゚-゚)「……このひとたち、だ」

235名無しさん:2024/09/21(土) 02:15:39 ID:SlYPMgKc0

その言葉を引き出すと、怯えるクーの瞳をしっかり見据えて、
ミルナは一度小さく頷いた。そして、すぐにクーを自分の背中に戻す。

( ゚д゚ )「……だ、そうだ。貴様らがこの娘の両親を連れ去ったのを、認めるな?」


 「……あれは、確かルクレール家の……」

   「娘がどうしてこんな男と……いや、それよりも……」


( ▲)「何者だ、貴様?」


ミルナとクーの前に立つ黒衣の信者の後ろでは、少しずつ声高に、
まるで呪詛を唱えるかのように、一つの言葉がぽつぽつと囁かれ始める。


   「異端者……」

    「そうだ……イスト様に認定を頂くまでもない……」

  「そうだ、紛う事なき、異端者……」

「裁いてしまえばいい」


二人を扇状に取り囲みながら、十数人もの黒衣の信者達は、一様に呪詛を唱えた。
がっしりと背中に取り付くクーの体が、小さく震えているのがミルナの背に伝わる。

ここまで覚悟を決めて、この幼子は両親を取り戻すために来た。
その意に報いる事ができるのはこの自分だけなのだと、ミルナも同じく覚悟を決めた。

震える少女を安心させるために、怯むこともなく、高らかに言い放った。


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