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Ammo→Re!!のようです

1名も無きAAのようです:2015/02/08(日) 19:35:24 ID:F94asbco0
前スレ
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/13029/1369565073/

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                            配給

【Low Tech Boon】→ttp://lowtechboon.web.fc2.com/ammore/ammore.html

【Boon Bunmaru】→ttp://boonbunmaru.web.fc2.com/rensai/ammore/ammore.htm

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116>>80-81の間に入るはずだったもの:2015/03/18(水) 19:34:11 ID:3zCqeYac0
ほっそりとした顔、魔女を思わせる鷲鼻、愁いを湛えた表情をより一層妖艶にする紫色の口紅と紫のアイシャドウ。
憂鬱気に開かれたブラウンの瞳が、トラギコを見る。
帽子の鍔を摘まみ、妖艶な笑みを浮かべてシュールは言葉を発した。

lw´‐ _‐ノv『この歌が聞こえるか? 怒れる者たちの歌が聞こえるか?
       これは二度と囚われぬ者たちの歌』

歌うように滑らかに発せられたのは、明らかに挨拶の台詞ではない。
間違いなく棺桶の起動コード。
背負っていたコンテナにその体が招き入れられるのを見るのと同時に、トラギコも応じて口にした。

(#=゚д゚)『これが俺の天職だ!!』

叫んだのは、ブリッツの起動コード。
アタッシュケースが開き、機械仕掛けの籠手が飛び出す。
それを両腕に装着し、収まっていた高周波刀の柄を左手で握りしめる。
松葉杖をその場に投げ捨て、M8000を懐にしまう。

シュールが背負っていたコンテナの大きさは彼女の身長とほぼ同じ、約六フィート。
つまり、Bクラスの棺桶という事だ。
そうなると拳銃弾は通じない。
高周波刀だけが、シュールの棺桶を打ち破れる。

望んでいた相手とはいえ、状況は不利だ。
眼前のコンテナが開き、現れたのは六フィート弱のトリコロールカラーの棺桶。
丸みの多い装甲は見た目にも厚みがあり、アクセントとして黒い線が装甲の淵に塗られている。
威圧感を与えるカラーリングで、尚且つ注目を浴びるようなデザインは悪趣味という他ない。

117名も無きAAのようです:2015/03/18(水) 20:49:44 ID:VNeIzLqI0
やっぱりそうだったのか
VIPで追ってた時いつの間にか解除されてて?ってなったけど
そのまま指摘忘れてたすまん

118名も無きAAのようです:2015/03/19(木) 21:33:59 ID:ui9qwufQ0
作者でごわす。
上記の恥ずかしいミスを修正した物をブログにて公開いたしました。
もしよろしければこちらをご覧いただければと思います。

ttp://guruguruhaguruma.blog38.fc2.com/blog-entry-287.html

119名も無きAAのようです:2015/04/10(金) 21:41:50 ID:ImNmCLvM0
乙です!今回もめっちゃ面白かったです!
しかしカギ爪とベルだとガンソードを思い出すわ

120名も無きAAのようです:2015/04/11(土) 19:41:08 ID:jAWZD5rY0
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真実に挑む虎が一匹。
真実に手を伸ばす女が一人。
真実を見届けようとする男が一人。

己の運命、宿命、命運を操るのは己自身。

彼らに覚悟はあるのか。
失い、追われ、襲われ、襲い、追い、奪うだけの覚悟が。
全てを知らぬ彼らに、全てを知り得ぬ彼らにその備えがあるのだろうか。

所詮彼らは――

Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編 第七章
        【driver-ドライバー-】
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明日、VIPにてお会いしましょう

121名も無きAAのようです:2015/04/11(土) 22:33:42 ID:c7Vk9JKw0
待ってる!

122名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 19:39:48 ID:u7PlYkbY0
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真を追う者は真に追われる覚悟を。
力を求める者は力を要求される覚悟を。
夢を見る者は夢を捨てる覚悟を。
愛を得ようとする者は、それを失う瞬間を覚悟しなければならない。

                                           ――イルトリアの諺

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123名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 19:45:46 ID:u7PlYkbY0
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,r ヽ.__,,.、                        __    ,r' メ-‐、_   __
     '〜´ ̄ニ=一_---__- -ー―--_― ''  ̄´  `v⌒    .::.⌒'´ ヽ_
ー--―--__-一-_-二ニ_ー-- ̄- ̄ニ  二_一=ニ 込ィ1 :.:.:::.:.:.:.:.:...:..
  ,.-y'父ヽ         ̄ ―--―  ,、 ̄ニ一__ ̄- .,ィid1`′二_,.-‐‐-、
^^´/公 ヘ `ー、_,x‐,ュ三ニヽ‐- .__ ,ィヽ´ヽ\_,.-、一_ / 「l´ ヽ'´ ヽ\_へ ヾ
--一--ー---‐‐--====ー--一--=====ー--ー-一. |」 丶-―--ー‐一
                     August 10th AM08:12
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アイリーン・ストリートは漁港から島の中心部にあるグレート・ベルに向けて伸びる道で、多様な店と市場が並んでいることから、観光客や生活用品を買い求める島民が多く利用する。
商品を買い求める客足は夜明けから徐々に増え始め、朝の七時になる頃には牛歩の如き速度でしか移動できない場所も発生する。
観光客は宿泊しているホテルではなく地元の食材と料理を振る舞う定食屋に寄って朝食を済ませ、ほとんどの店が開く十時手前に改めて買い物に出かけるのが最も一般的な動きだ。
しかし、その日は朝の八時の段階で外出している観光客はいなかった。

普段は客でにぎわう土産物店の中にも、早々にシャッターを下ろしている店まである始末だ。
恐らく、十時を過ぎても観光客はホテルや宿から足を延ばして買い物に行くことはないだろう。
そうなることを予想してシャッターを下ろした店の判断は正解だと言える。
ではなぜ、店主は客足が途絶えることを予期できたのだろうか。

主な理由は二つある。
一つ目は、逃亡犯が島に逃げ込んだために行われた厳戒な封鎖。
そして二つ目が、その緊迫した状況下にありながら起こった爆弾テロの騒ぎである。
旅行先のどこかで起こった小さな犯罪程度ならまだしも、それが島の安全を根幹から脅かす大事件へと発展したのであれば外出を避け、宿泊施設に留まるのは当然だと考えられるからだ。

現に、宿泊施設では観光を取りやめた客対応のために朝早くから多忙を極め、調理場は戦場と比喩される年末年始の宴会並に慌ただしかった。
唐突に訪れた商機に経営者は大喜びであったが、この事態に慣れぬ従業員は人手不足と材料不足に怒った。
特に、漁に出る船が軒並みで主な食糧である魚は防波堤から釣り糸を垂らす磯釣りでしか入手できない事が、何よりも手痛い。
磯釣りで手に入る魚の量と種類は飲食店からしたら微々たるもので、長期間に渡る供給はとてもではないが不可能だ。

124名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 19:51:36 ID:u7PlYkbY0
飲食に関わる店で最も致命的となるのは、仕入れが出来なくなることだ。
島街であるティンカーベルは多くの島で構成されているため、それぞれが分担して農作物・畜産を管理することで、小さな領土内でも食糧に困ることのないようにしている。
収穫物は船や橋を渡って異なる島の市場へと定期的に出荷されるのだが、内外への移動が完全に禁止されてしまっているために、どうしても食材が不足してしまう。
一日程度ならば備蓄していた分でどうにか維持できるのだが、その島内で生産していない食材を使う料理は早々に提供が停止する。

分担生産による弊害は避けられなかったが、飲食店への打撃は経済学者が思うよりも小さく済んでいた。
材料不足を心配するのは多種多様な料理をメニューに載せている宿泊施設ぐらいで、小さな飲食店などは状況が不利と判断してすぐに店を閉じ、メニューの変更を視野に入れて休業していた。
提供できないのに店を開くのは愚かだし、それ以前に客が来なければ店を開いて準備をするだけ時間と材料と光熱費の無駄だと判断しての事だ。
特に速い反応を示したのは、アイリーン・ストリート周辺の店だった。

爆発が起こり、パニックが起こってから僅か一時間足らずの間に七割の店がシャッターを下ろし、二時間後には業突く張りな土産物屋以外全ての店が営業を停止した。
アイリーン・ストリートの近辺にある店がいち早く反応したのは彼らが優れた感性を持っていただけではなく、事件そのものがアイリーン・ストリートで起こったからだった。
朝市で市場が賑わい始めた午前四時頃にスタードッグス・カフェのテラス席に置かれた鞄が爆破し、市場を一瞬にして恐怖の坩堝へと変えた瞬間、店主たちは二つの決断に迫られた。
店を閉めるか、店を開いて店を求める客を手に入れるか。

緊急時における決断力の速さは商人としての優秀さを示し、結果的に大きな利益を生み出せるのであればそれは商人の鑑だ。
だが、彼らは店を閉めて救護活動に手を貸すことを即決し、店の利益を放棄したのだ。
人間らしさ、つまりは他者を助ける優しさが人一倍強い島民ならではの反応だったと言えよう。
互いに助け合うという事の多い島という環境が彼らを突き動かし、結果的には店の損失を最小限に抑え、商人としても正しい成果を得たのである。

幸いにして爆発による死傷者はおらず、音に驚いた拍子で転んで捻挫したり破片で擦過傷を負ったりした程度で済んでいた。
爆発という非日常的な事態にも関わらず混乱が経度で済んだのは、通報よりも先に駆け付けた警察官たちの努力の賜物だった。
偶然現場付近に居合わせたイブケ・ゼタニガ巡査は即座に一般人を現場から遠ざけ、更には民間人に協力を仰いで全体の混乱を回避させた。
彼は人間の心理を操る術を心得ており、一方的に命令を下すよりも協力を要請することで全体が秩序を保った状態で動くことを知っていたのだ。

斯くして事件現場の調査は迅速に執り行われ、負傷者の搬送と目撃者からの事情聴取などを終えた後、島全体に流す放送を通じて警察から島民への説明が行われることになった。
時刻は朝の八時十二分。
島民は誰もが目覚め、各々仕事に動き出す時間帯だった。
純度の高い金属がぶつかり合い、巨大な音を生み出す。

125名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 19:55:19 ID:u7PlYkbY0
予告なしに鳴り響くグレート・ベルの鐘の音が、その音を聞く人間に静聴を求めた。
静寂。
市場が、港が、民家が、学校が。
ティンカーベルにある全ての施設から雑音が消え、凪いだ海のように静かになる。

ノイズが僅かに入り、それから続けて報道担当官と名乗る若い男の落ち着き払った声が島中に響き渡る。

『警察報道担当官のベルベット・オールスターです。
ティンカーベルの皆さんにお知らせいたします』

それから続けて放送された内容は一連の事件を簡潔にまとめたもので、余計な装飾は一切なく、当然のことだが面白みもなかった。
故に全ての情報はそれを聞いた人間に伝わり、その後の余計な質問の一切を封じた。
パズルを組み立てるように順序だって並べられた話は、聞く者に余計な考えを生み出させないようにと計算されたものだったが、誰もそれに気付くことはなかった。
自らの意志で情報を選別し、その結果自力で理解したのだと思えば、疑問に思うはずもない。

犯人は精神的な疾患と妄執を抱いた人物であり、以前から警察が目をつけていた三十代前半の男――ジョン・ドゥベール――はすぐに逮捕・拘留された。
同時に、その犯人が昨夜のエラルテ記念病院で起こった火事に関与し、目撃者であったカール・クリンプトン医師を殺害したことを供述したとも説明がされた。
その情報を伏せてきたのは犯人を刺激して新たな事件を起こさせないようにするためだったのだが、
モーニング・スター新聞が発行した今朝の朝刊の一面がその思惑を完膚なきまでに台無しにし、事件発生の動機の一つを担ってしまったと強い口調で報道担当官は付け加えて説明と発表を締めくくる。

こうして、ジュスティアに向けられつつあった矛先は世界最大手の新聞社へと向けられ、逆にジュスティアは好印象を得ることとなった。
放送直後に開かれた記者会見の場に現れた警察長官専属秘書、ライダル・ヅーは手短にコメントを言い放って異例の速さで会見を終了させた。

瓜゚-゚)「二日以内に、円卓十二騎士を動員してこの島からあらゆる犯罪者を駆逐します」

126名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 19:57:46 ID:u7PlYkbY0
それだけで、島民はもちろんだが会見を聞いていた人間はこれから何が起こるのかを察した。
正義の代弁者を自負するジュスティアが駆逐するというのならば、それは、犯罪者にとっては事実上の死刑宣告に値する。
更に人々を動揺せしめたのは、彼女が口にした円卓十二騎士という存在の大きさだ。
お伽噺として語り継がれ、伝説と化した騎士の階級を持つ十二人。

表立った行動を避けてきた彼らが動くという事は、警察だけでなくジュスティアという街全体が事件解決に動くという事を意味している。
記者会見に参加した多くの島民、そして記者たちは皆一様に同じ気持ちを抱いた。
果たして、どのような愚か者がジュスティアを怒らせたのだろうか、と。
そしてその答えは、すぐに分かる事となった。

瓜゚-゚)「では、第一手」

――軍服姿の男達に連れ去られたモーニング・スター新聞社の人間は、その唐突さに喚く事さえできなかった。

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八時半を回ったあたりから、日差しは強さを増した。
非常に高い場所に浮かぶ薄い雲を除けば、目立つ雲は水平線の向こうにしか見当たらない。
波は穏やかで、海は澄んでいた。
強い日差しは健在だが、穏やかに島中を駆け巡る風は涼しげだ。

127名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:01:02 ID:u7PlYkbY0
現場検証に立ち会うことになったボブ・ガガーリンは勤続十七年のベテラン警部で、これまでに十数件の事件の解決に助力してきた経験者だ。
新聞やラジオで報道されたような難事件にも関わり、他の新人の警官に比べれば現場の捜査を行った経験が豊富だと自負していた。
しかし、テロ行為の跡から犯人に結び付くような状況証拠を見つけ出す経験は一度もなかった。
ブルーシートで完全に封鎖された現場は、注意深く見なければ瓦礫と小さな爆心地以外に何も見当たらない。

爆心地となった場所には小さなテーブルとイスがあったのだが、木っ端微塵に砕け散って広範囲に散らばっている。
テーブルは金属とプラスチックで作られ、椅子はプラスチック製だった。
熱で溶けたプラスチック片が足元に落ちているのを見て、これが椅子の物なのか、テーブルの物なのか、それとも別の物なのかは分からない。
離れた場所には歪に折れ曲がった金属の棒が転がっており、その曲がり方から爆弾の近くにあったパラソルだろうか。

その他諸々の証拠品になり得るものを一人で収集し、分類してラベル貼りをするのかと思うと、非常に気が滅入る。
いつもならば新入りの警官や鑑識に命令して集めて分析させるのだが、現状ではボブ以外に現場慣れした人間はいなかった。
というよりも、この現場検証を担当する人間がボブ一人と、現場を封鎖するために必要な護衛が四人――平均年齢六十歳の駐在――だけだというのだから、自分でやる他選択肢はない。
汗水たらしてボブが集めた証拠品はこれまで自分がそうしてきたのと同じように、より優れた人間が捜査の材料にすることになる。

悔しいかどうかと尋ねられれば、ボブは迷わずに頷くだろう。
事件を自らの手で解決することはこの上ない快感だし、正義のためにこの身を使っているのだと実感できる数少ない機会を他人に持っていかれるのだ。
ジュスティアの人間なら、悔しくないはずがない。
だが命令は命令だし、優れた人間が捜査を担当するのは当然のことで、下っ端がその補助をするのもまた当然である。

白い手袋を指先までしっかりと嵌めて、ボブはそこで次に何をするべきかを考え始めた。
現場の総指揮を執るライダル・ヅーの配慮によって、この事件は解決したことになっているが、実際は何も分かっていない。
犯人像、犯人の目的、そして使用された爆発物の正体さえ分かっていない。
現場検証に関して言えば、ボブは素人だった。

持っている知識だけで現場から情報を収集し、何が起きたのかを分析するには荷が重かった。
それでもやらなければならないのが、この仕事の辛いところだ。
最大の証拠品となる爆弾はすでに運び出され、分析が進められている。
残るのは文字通りの残骸。

128名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:08:07 ID:u7PlYkbY0
その骸から探すのは、あるのかどうかも分からない手がかり。
途方もない宝探し。
砂浜で漂流物探しをした方が、まだ正解を引き当てる確立が高い。

(::゚J゚::)「ふぅ……」

手始めに、粉々に砕けて飛散したテーブルと椅子の破片を集めることにした。
元の色が何色だったのかも識別できない程に焼けた物もあれば、辛うじて白い表面を残している物もある。
これらをパズルのように組み合わせれば元々の形状などが分かるそうだが、それが分かったところで事件解決の手がかりになるとは思えない。
だが専門家に言わせれば、こうして得た情報を少しずつ形にしていく事が大事なのだそうだ。

屈んで小さな破片を集め、それを積み上げていく。
プラスチック片を探す中で、砕けたティーカップや先の折れたスプーンが見つかった。
死人が出なかったのは奇跡としか言えない。
通常、爆弾テロと言えば不特定多数の人間を殺傷するのが目的であり、ここまで被害の少ないテロは初耳だ。

一つ一つの品を見ながら、ボブは物思いにふけった。
いつしかその手は止まり、柄だけとなったスプーンを弄び始めた。

瓜゚-゚)「……やる気がないのなら、最初からそう言ってください」

剃刀のように冷たく鋭い声は、ボブの正面、頭上から落ちてきた。
声に応じて顔を上げると、断頭台に乗せられた死刑囚の気持ちが分かった。
長官の秘書、ライダル・ヅーだ。
フレームレスの眼鏡の向こうにあるはずの鳶色の瞳は陰ってよく見えないが、その声から彼女の機嫌がこの上なく悪いことが分かる。

跫音一つ、気配一つ感じ取れなかった事に対する脅威よりも、醜態を晒した自分に待ち受ける処遇の方が恐ろしい。

(::゚J゚::)ゞ「お、おっお疲れ様です!!」

129名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:10:27 ID:u7PlYkbY0
文字通り飛び上がったボブは急いで敬礼をしたが、ヅーは無表情のままそれを無視した。
警察官は法の体現者としての訓練を受け、それを肝に銘じて職務を遂行するが、ヅーは別格だ。
彼女はジュスティアの規律そのものであり、執行人にして法の化身。
迂闊にも一度怒らせれば綱の切れたギロチンのように無慈悲に決断を下し、障害となる一切合切を排除する女だ。

一瞬とはいえ気を抜いていた姿を見られたボブは、彼女が寛容な人間であることを願うばかりだったが、そのような身勝手な願いは通じない。
結果には結末を。
銃爪を引いたら何が起こるのかを説明するが如く。
鋼鉄を彷彿とさせる冷たい視線を向け、ヅーは強い口調で言い放つ。

瓜゚-゚)「もう結構です、ボブ・ガガーリン警部。
    お守りがいなければ事件現場一つ捜査出来ないとは知りませんでした。
    現場は私が調べますので、一般人が入ってこないように警備していてください」

(::゚J゚::)「し、しかし」

瓜゚-゚)「意見や弁明を求めてなどいません。
    自分一人で出来ることを最大限行い、その結果を追い求める事も出来ない無能はこの現場に必要ないと言っているだけです」

ヅーにはいくつもの渾名があるが、そのほとんどは身内によってつけられたものだ。
歩く断頭台、鉄仮面、粘着女、ジュスティアのギロチン。
全てに共通しているのは、彼女の人間性があまりにも温かみに欠けている事を表現していることだ。
無論、本人もその渾名の数々は知っている。

だからと言って、ただの一歩も譲歩しない姿勢はある意味で尊敬の対象に値する。
ボブもその在り方には尊敬の念を抱いているのだが、いざ目の前で見せつけられるといい気はしない。
不快感を通り越し、己の無力さに怒りを覚える。
大人しくヅーの言葉に従い、ボブはブルーシートの向こうに消えた。

130名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:14:20 ID:u7PlYkbY0
残ったヅーは、さっそく現場検証を行うことにした。
散った破片に法則性がある事は、一目で分かった。
瓦礫が四方八方に散る中でも、爆心地の北に向けてそれが集中して散らばっている。
これが意味するのは、指向性の爆弾が使われたという事だ。

つまり、殺すべき対象がその方向に座っていたことを意味している。
テロではなく殺害が目的だったのだ。
殺害されかけた人物についての聞き込みを行わなければならないのだが、今は人手が足りない。
情報収集をもっと早い段階で行えていれば、人々の記憶が新鮮な内に情報を手に入れられただろう。

現場を封鎖した警察官は確かにいい判断をしたが、肝心の調査についてはほぼ手出しをしていないのが惜しまれる。
命令がなければ捜査を始めないのは、警察の悪い習慣の一つだ。
組織である以上命令に従うのは当然だが、状況を読んで独自の判断を下せなければ事件の早期解決は夢と化す。
常に会議で槍玉にあげられるトラギコ・マウンテンライトは、その点で言えば一流だった。

勤続年数と手柄に見合わない刑事という階級にも関わらず、彼は事件解決のプロフェッショナルだ。
警部の立場にありながら、事件の直接解決に貢献したことのないボブ・ガガーリンなど比較対象にならない程の高次元に位置する人間だった。
暴力による解決方法は容認しがたいものではあるが、それでも彼は事件を解決し続けてきた。
解決力という一点においては、ヅーはトラギコの事を尊敬していた。

尊敬の念を抱く一方で、束縛を嫌う自由主義に嫌気がさしているのもまた事実。
集団行動や組織的な行動というものに協力的ではなく、警察という組織に属している以上はチームワークを重んじてほしいところである。
現に、軍の追跡班を使ってトラギコの動向を調べたところ、爆発発生時にこの現場にいたとの目撃証言を手に入れている。
その後姿を晦ましていることから彼はこの爆破事件を目撃し、何かしらの証拠を手に入れたのだと推測が出来たが、チームで動いていれば爆破を防げたかもしれない。

いつまでもトラギコの身勝手な行動に頭を抱えている暇もなく、ヅーはもはや彼を追うことを諦めていた。
諦めざるを得ないのだ。
爆破事件の後に二つも新たに事件が発生し、そちらの隠蔽でヅーは手一杯だった。
警察官二人と民間人一名の使者を出した発砲事件と、モーニング・スター新聞社で起こった大量殺人事件。

131名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:17:23 ID:u7PlYkbY0
前者の目撃情報はなく、後者に至っては円卓十二騎士のショーン・コネリがショボン・パドローネと戦闘を行っており、新聞社という最悪の現場であった。
同僚の死を理由に記者たちが騒ぎ立てるのは必至であり、それを回避するためにヅーはモーニング・スター新聞の生存者たちを全員捕えたのだ。
捕えたと言えば聞こえが悪いが、事実上彼らを保護したのだ。
それでも、隠し通すのは無理だ。

絶対にどこかで綻びが生じ、そこから表に流出してしまう。
そのため、ヅーは二日以内という期限を設けた。
この期限内に解決出来なければ、事件は全て公になる。
隠し通せて二日。

全力で隠蔽を図っても残り、二日。
しかもそれは希望的な観測を含めての二日だ。
トラギコのせいで火事の件が公になったのは、もはや些細な問題だった。
それより何より、今は一刻も早く脱獄犯を捕まえなければならない。

捜査の混乱は幸いにして起こっていないが、何かに着手しようとするたびに別の事件が起こる事が問題だ。
そのせいで対応に追われ、どれ一つとして解決の糸口が見つかっていない。
今はトラギコを捕えるよりも彼を自由にして事件を解決させた方が、いくらか賢い。
こちらも事件解決に向けて動いているが、進展はない。

標的となった人間の座っていたと思われる座席の付近に近づき、何か手がかりがないかどうかを探す。
人物の特定につながるような物があればいいのだが、一見したところそのような物はない。

瓜゚-゚)「くっ!」

毒づいたところで、証拠品が見つかるわけではない。
物がないのならば、とヅーは考えを変える。
腹を撃たれて病院に搬送されたばかりだが、トラギコと接触して更にショボンに命を狙われた新聞記者がいたのだ。
多少の怪我をしていても、口を使って情報を提供することは出来るだろう。

132名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:22:34 ID:u7PlYkbY0
記者の名は、アサピー・ポストマン。
トラギコが情報収集の駒として彼を使っていたのは目撃証言からも明らかだし、爆発直後に現場で聴取していたのも彼だ。
つまり、この新聞記者がもたらす情報は双方にとっての問題解決のカギとなる。
遅かれ早かれ、トラギコもこの男を追ってくるだろう。

病院で待ち伏せして合流し、改めて脱獄犯狩りに協力を要請するしかない。
犯人を追っている軍は一向にその手がかりを掴めずにおり、何一つ期待が出来ない。
そのため、捜査を行っている警察からは軍に対する不満が少しずつ噴出し始めていた。
今朝の記者会見の直前にも、軍人と警官との間でひと悶着があったぐらいだ。

軍の努力も分かるが、彼らは捜索にあまりにも不慣れだった。
派遣されたのは人狩り専門の部隊でテロリストたちのアジトに対して強襲を仕掛けたり、街中で爆殺したりすることには長けているが、人探しは素人同然の能力だった。
二人一組の厳めしい男がところ構わず家に押し入り、情報の提供を強要し、怪しげだと判断した建物には問答無用で突入するような神経をしているのだから、いつまで経っても人は見つからない。
物事はスマートに行わなければならないのだが、軍人には無理な話だった。

そもそも得意分野が違うのだから、戦闘は軍、捜査は警察という具合に分担して行うべきなのだ。
ジュスティア軍元帥タカラ・クロガネ・トミーによってその提案が却下された段階で、ヅーはこうなることを予見していた。

瓜゚-゚)「派閥争いを現場に持ち込むとは……」

長官のツー・カレンスキーとタカラは縄張り意識が強く、互いに敵対心を持っていた。
昔ながらの考えをしているタカラにとって、ジュスティアの代表とも言える警察の長官を女性が担当しているのが気に入らないのだろう。
警察内部にも快く思っていない人間がいるぐらいだ。
愚かしいことこの上ない。

一通り現場を観察、調査したヅーはブルーシートを捲りあげて外に出た。
病院なら、バケツと水と雑巾ぐらいはあるだろう。
その三つの道具があれば、簡単な拷問が出来る。
水責めはヅーの得意分野だ。

133名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:26:25 ID:u7PlYkbY0
(::゚J゚::)「お、お疲れ様です!!」

瓜゚-゚)「誰も現場に入れないでください。 できますか?」

(::゚J゚::)ゞ「はっ!!」

ボブは上ずった声で返答し、ヅーはそれを聞き流しながら停めていた白いセダンに乗り込んだ。
エンジンをかけ、アサピーが入院しているエラルテ記念病院に向かう。
火事騒ぎは沈静化できたがその後の処理がまだ数多く残っており、方々に指示を出さなければならない。
現場検証の指示や、情報収集の指示などやることは山のようにある。

頭を痛めるのは何もその采配が面倒だとか苦痛に感じるからではなく、一つ一つの精度や質がおろそかになってしまうからだ。
いくら効果的な捜査をさせても濃度の薄いスープを飲み続けるような物で、まるで意味がない。
それというのも、人員が不足しているためだ。
事件が起こるたびに人数を裂き、あちらこちらに警官が散ってしまうせいで主戦力が――

瓜;゚-゚)「まさか、これが狙い?」

だが警官を散らして何をするというのだろうか。
頼りないことこの上ないが、一応軍人まで動いているのに何を狙っているのか。
彼らは、ショボンたちは一体何を狙っているのだろうかと、改めてヅーは頭を回転させた。
島で起こった全ての事件がショボンの犯行と考えると、彼らは何かを追っている事が分かる。

追っていることを悟られないように、そして邪魔をされないように警官たちを散らしているのだとしたら。
ショボンたちの次の手を読むために必要なのは、彼らが追っている人物を見つけることだ。
見つけられずとも、誰を追っているのかが分かるだけでもかなりの進歩になる。
これはトラギコとも共有しておいた方がいいだろう。

アクセルを深く踏み込み、ヅーはギアをサードからフォースに切り替えた。

134名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:31:43 ID:u7PlYkbY0
アクセルを深く踏み込み、ヅーはギアをサードからフォースに切り替えた。

瓜゚-゚)「……」

ハンドルを握りしめながら、ヅーは昨晩のことを思い出していた。
森の中から突如として現れたバイクとSUVはヅーの目の前でカーチェイスを繰り広げ、久しぶりに彼女を興奮させた。
SUVに乗っていた一人は昨夜の内に捕えて護送させ、現在は軍の駐屯地で尋問の最中である。
が、その後ヅーが追ったバイクの運転手が極めて曲者だった。

ヅーの扱う強化外骨格、“イージー・ライダー”は舗装された路面を高速移動することに特化した物でその出力や機動性はバイクを遥かに凌ぐ物だ。
単一の目的をもって設計された唯一の棺桶であるコンセプト・シリーズは、初見の相手に最も効果を発揮する。
公の場で棺桶を使うことがないヅーにとって、イージー・ライダーは犯人追跡の切り札とも言えた。
つまり、ヅーがイージー・ライダーを使うという事は、犯人を、そして目撃者を確実に捕らえるという事に他ならない。

にも拘らず、運転手はイージー・ライダーの弱点である山道に素早く進路を変更し、まんまと逃げおおせたのだ。
人相は愚か性別すら分からず、正確な人数も分からずじまいだった。
ナンバープレートを目視しようとしたが、プレートは上向きに曲げられていて確認は出来なかった。
それらに加えて、使われていたのはただのバイクではなく、大型ツアラータイプの物に改造を加えて爆発的な加速と機動性、そして荒地での対応力を両立させていたことが追跡を困難にさせた。

ただし、どれだけ単車の性能が良くても運転手が使いこなせなければ意味がない。
その点、ヅーを出し抜いた運転手は非の打ちどころのない完璧な人間だった。
無駄な蛇行運転をすることもなく、迎撃をするわけでもない。
直前までSUVに追われていたことなど微塵も感じさせない冷静さで、イージー・ライダーの姿が迫るや否やすぐに進路を変えて対応したのである。

ある意味で、あの夜の出会いが思考を手助けしてくれたのだ。
追う者と追われる者、この二者の構図はショボンと彼が追う標的に重なる部分があった。
ヅーが追い、逃げられた人物がショボンの獲物だとしたら。
捕まえた男がショボンの仲間だと分かれば、追っていた人間の正体なども分かるはずだ。

135名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:34:32 ID:u7PlYkbY0
そちらの方はタカラに任せてあるため、尋問はスムーズにいくだろう。
報告は後で聞き、今は貴重な情報を持っているアサピーの方に向かい、彼から情報を吸い出すことだけを考える。
一度命を狙われて生き延びた彼を、ショボンは絶対に逃がさないはずだ。
到着してから彼の身辺を警護する手筈を整えておくことも念頭に置き、アクセルを踏む。

ショボンがアサピーの存在を消す前に会わなければならないため、公道の制限速度を無視してセダンを加速させる。
一般車の間を縫うように、そして無駄のない動きですり抜けて一直線に病院を目指した。
その甲斐あって僅か三分で病院に到着したヅーは、セダンから降りるなり走ってアサピーの病室に向かう。
三人の軍人を護衛に付けてあるため、ショボンといえども突破は容易ではないはず。

病室の前でカービンライフルを構える軍人に一瞥をくれることもなく、ヅーはそのまま室内に入った。

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Ammo→Re!!のようです

                                       ノト     |
                                      彳ミ    ノiミ
                       __,,.. .-‐ '''""~~""''' ‐-彡彡ミ .彡ミ..,,____
                  _,..-'''"              彡彡ミミ 彡;;;ミミ
         __,,.. .-‐ '''""~                        彡彡ミミミミ彡彡ミミミ
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Ammo for Tinker!!編   第七章 【driver-ドライバー-】

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136名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:38:23 ID:u7PlYkbY0
右手に広がる森は鬱蒼と茂りながらも、丁寧に枝打ちされた木々の下に広がる豊かな土壌に太陽の光が程よく注がれ、朽木でさえ神秘的に見える。
高速で道路を駆け抜けていれば気付かない自然の美しさに、トラギコ・マウンテンライトは少しだけだが荒れた心が癒される思いがしたが、それは気のせいだった。
脚は痛み、二日酔いのような頭痛がまだ抜けきっていない。
一本だけとなった松葉杖を突くその手には、黒い輝きを放つ鋼鉄の籠手が嵌められていた。

その正体は、彼の持つ強化外骨格“ブリッツ”である。
しかし今、身体能力の補助を目的として設計されたその籠手は、電源が切られた状態でまるで効果を発揮していなかった。
それどころか防御用の手段ぐらいにしか使えず、その重量もあって今は邪魔だった。
それでも彼はブリッツを捨てることはおろか、手放すという考えを一瞬たりとも思い浮かべなかった。

強化外骨格は戦うための道具であり、彼にとっては命綱でもあったのだ。

(;=゚д゚)「あー……くそっ……」

命からがらシュール・ディンケラッカー達から逃げ延びたトラギコは、警察の目から逃れるために山道を経由して島の北西部を目指すことにした。
街中を走って移動すれば必ず人目に付くため、原動機付自転車で山道を越えるプランを選んだのだが、どうにも速度が上がらなかった。
坂道が多く続いたせいでバッテリーを激しく消費し、燃費がいいはずの車種にも関わらずバッテリーは恐ろしい勢いで減っていった。
そして遂に上り坂の途中でバッテリーが底をつき、トラギコはそれを道端に乗り捨てることを選んだのであった。

徒歩での移動に伴い積んでいた籠手を装着し、高周波刀はバイクのシートを切り裂いて作った鞘に納めて背負った。

(;=゚д゚)「あちぃ…… いてぇ…… 殺してぇ……」

そこから先は徒歩で移動を行い、引き続きカール・クリンプトン殺害に繋がる証言や証拠を集めることになる。
移動手段として重宝する予定だったスーパー・カブが使えなくなった今、トラギコは己の両足を頼らざるを得ない。
“鷹の眼”カラマロス・ロングディスタンスに脚を撃たれたのは正直なところ、不覚としか言えない。
昨日から常に動き続けている影響か、痛みは一向に収まらない。

137名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:45:04 ID:u7PlYkbY0
ティンカーベルは避暑地として非常に優秀な土地だが、それでも夏の日差しを浴びながら山道を徒歩で上るのは非常に辛い。
体力と水分を奪われ、最悪は身動きが取れなくなってしまう。
加えて上り坂。
泣き面に蜂とはこの事である。

汗が徐々に額に浮かび、熱さが体の中心部から蓄積され始める。
道中で車を見つけたら、ヒッチハイクをするしかないと考えていたその時。
麓の方からタイヤが地面を踏みしめる音が聞こえ、思わず振り返る。
黒塗りのセダンだ。

高級車ではあったが、全体的に土埃で薄汚れているのが何とも言い難い。
全面スモークガラスであることから、金持ちが運転している可能性が高かった。
金持ちがヒッチハイカーを乗せるとは思えないが、トラギコには万人が喜んでハイカーを乗せる便利な術を知っていた。
懐からベレッタM8000を抜いて地面に向けて発砲し、すぐにそれを運転席に向ける。

セダンはゆっくりとトラギコの前で停車し、トラギコは銃口で車から降りるよう命じた。
ドアが開き、まず現れたのは両手だった。
次いで脂ぎった白髪交じりのブラウンヘアが現れ、いかにも学者といった風体の男が姿を現した。
トラギコが五十代後半であろう男に対して学者、という印象を抱いたのには理由がある。

一つ目は右手の指にペンダコが見られたこと。
二つ目は非力極まりそうな体つきをしていながらも、妙に鋭い眼光を秘めた青い目。
三つめは実用的な身なりの中にも品を感じさせ、胸ポケットにペンが二本刺さっていたこと。
そして、知識を豊富に持った人間が放つ独特の雰囲気を漂わせていたことだ。

(=゚д゚)「ヒッチハイクだ」

(’e’)「それは構わないんだけどね、君。
   これから仕事に向かう途中でね、それでもいいかな?」

138名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:49:45 ID:u7PlYkbY0
銃口に怯える様子を見せない。
御しやすいと言えばそうだし、扱いにくいと言えばそうだ。
恐怖こそが人間を操る核心であり、それがなければ意のままに動かすことは難しい。
掴みどころのない男だったが、今は移動手段を手に入れたことを喜ぶべきだ。

(=゚д゚)「あぁ、構わねぇラギ」

助手席側に回り込んで乗り込み、男も車に戻る。
両手を降ろしていいかどうかと目で訴えられたので、トラギコは頷いた。
銃を懐にしまい、シートベルトを締める。
車内はエアコンがよく効いていて、涼しかった。

が、それ以上に土と鉄の匂いが印象的だった。

(’e’)「紹介が遅れたが、私はイーディン・セント・ジョーンズ。
   気軽にジョーンズと呼んで構わないよ」

(=゚д゚)「よろしく、ジョーンズ博士」

(’e’)「ほう、どうして私が博士だと?」

(=゚д゚)「見りゃ分かるラギ。 研究は何を?」

感心した風に唸るジョーンズは車を走らせながら、トラギコの質問に答える。
暴れたり抵抗する様子がないのはありがたい。

(’e’)「主に考古学を研究していてね。
   発掘もやるが、出土した品の復元なんかも手掛けている。
   先日まではフィリカに行っていてね、その帰り道にここに寄ったんだが、如何せんこれだろう?
   せっかくだから思う存分発掘しようと思ってね」

139名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:53:46 ID:u7PlYkbY0
(=゚д゚)「復元ってぇと、ダットとかラギか?」

                           Digital  Archive  Transactor
現代における高性能な電子機器の代表、デジタル・アーカイブ・トランスアクター。
太古の技術で作られた最新の情報機器で、高度な計算は勿論だが様々なデータの管理や作成に長けた物だ。
それ一つあるだけで街の運営も十分に可能な品ではあるが、精密機械であることに加えて膨大な量の専門知識を要求されることから、発掘された状態からの復元は非常に難しい。
知識と技術、そして貴金属などの希少な資材がなければ復元は不可能である。

(’e’)「それもするんだが、私はもっぱら棺桶だ。
   棺桶っていうのは――」

(=゚д゚)「軍用第三世代強化外骨格、だろ?」

学者が好きそうな正式名称で即答したトラギコに対して、ジョーンズは得意げな笑顔を浮かべながら首を横に振った。
まるで出来の悪い生徒に対して正答を教える教師の様だった。

(’e’)「正しくは、軍用第七世代強化外骨格だ。
   詳しい事情はまだ分からないが、発見された資料には第七世代と明記されているんだよ」

世代が何故異なるのか、そのようなことはトラギコの興味の範疇を遥かに超えていた。
第三であろうが第七であろうが、棺桶は棺桶。
軟弱な老人すらも兵士に仕立て上げる兵器に変わりはない。

(=゚д゚)「心底どうでもいい話ラギね」

(’e’)「正しい情報は常に正しいのだよ、君。
   ところで、君の名前は?」

140名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:58:26 ID:u7PlYkbY0
トラギコは一瞬、返答に迷った。
己の名前を名乗れば後々面倒に巻き込まれるのは目に見えているが、信頼関係構築のために正直に話せば協力が得られるかもしれない。
偽るか、それとも素直になるか。
出した答えは、前者だった。

これ以上余計な足跡を残せば、また襲われかねない。
得られるメリットとデメリットを天秤にかければ、欲張らない方が賢明だ。
ましてや、本名かどうかなどこの男が知るはずもないのだから。

(=゚д゚)「トム・ブラントだ」

(’e’)「よろしく、ブラント君。
   気になっていたんだが、君は何故その棺桶を付けているんだい?
   確かそれは“ブリッツ”だろう? アタッシュケース型のコンテナが付属しているはずだが」

籠手の形をした強化外骨格は多くあるが、ジョーンズは一目見ただけで知っている人間の限られるコンセプト・シリーズの名前を言い当てた。
“マハトマ”と見間違えることなく、ブリッツの名を出せたという事は見る目があり、知識があるという事。
この男は、思った以上に棺桶に精通しているようだ。
下手に嘘は吐かない方が賢明だと判断したトラギコだが、だからこそ理由を正直に言うわけにはいかない。

(=゚д゚)「……ちょっといろいろあってな」

(’e’)「充電が出来ないと不便だろうに。
   ちょうどいい、私の職場でコードを用意してあげよう」

茶会への招待のように出てきた提案に、トラギコは目を丸くした。
棺桶についての知識が豊富にあるにしては、随分とおかしな提案だったのだ。

(=゚д゚)「だけどコンテナがないと充電出来ないんじゃねぇのか?」

141名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:59:08 ID:u7PlYkbY0
そう訊き返したトラギコを見て、ジョーンズは鼻で笑った。
成程、いかにも一般人が持っている知識だとばかりに。

(’e’)「おいおい、そんなわけないだろう。
   効率は落ちるが、充電なら道具があれば出来るさ。
   起動コードの入力が要求されることから分かる通り、コンテナは他人に使われないように安全に保管する目的の方が強いんだ。
   一度起動させてしまえばコンテナの守りは失われるから、後は外部からの侵入も変更も可能になるわけで、それ以外にコンテナは使わないだろう?

   コンテナがないと装着補助が失われてしまうのが難点なんだが、ブリッツの場合にはあまり気にならないはずだ。
   特に持ち運びが可能な小型のAクラスはそれが利点でもあるわけだしね。
   ケーブルはほとんどのAクラスで規格が統一されているから、それをデータ送受信口に直接繋げば大丈夫なはずさ」

警察で学んだ強化外骨格の知識が誤っていたことに対して、トラギコは恥じると共に憤った。
充電が出来ないというのは聞いていたが、実際に試したことはなかった。
現場で働く学者の方が正確な情報を持っており、あの街で得た知識は時代遅れという事になる。
一応、ジュスティアも独自に棺桶の研究を行っているはずなのだが、それが追いついていないのは問題だ。

機会があれば、この男をジュスティアは特別講師として招いた方がいいかもしれない。
あの街にはかなりの数のコンセプト・シリーズが配備されており、これが分かるだけでも仕事の効率が変わるだろう。
しかし意外な場所でこれほどまでに有意義なことを学べたのは幸運と言える。

(’e’)「まぁ、君のブリッツは特殊だから例外と言えば例外なんだけどね。
   棺桶はまだまだ不明な点が多いし、このことは公にはされていなかったから君が知らなかったのも無理はない。
   そう怒る必要はないよ」

妙に上から目線の発言だが、ジョーンズは学者として優秀なため特に苛立ちはしない。
むしろ警戒した方がよさそうだ。
何故ならブリッツはこの世に一つしかない強化外骨格で、それを持っている人間は一人に限られる。
つまり、トラギコが偽名を使っていることもその正体を知ることもこのジョーンズには可能だという事だ。

142名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:02:33 ID:u7PlYkbY0
(=゚д゚)「ん……イーディン・S・ジョーンズ?
   そういや俺の勘違いだったら悪いんだが、あんた教科書に載ってなかったか?」

(’e’)「あぁ、歴史系の本に載っているよ。
   そんな下らないことよりも、もう少し棺桶について話をしないかい?」

(=゚д゚)「つっても、俺は素人ラギよ」

(’e’)「構わないよ。 学者はね、教えたがりで話したがりなんだ。
   それに、私の職場までは大分時間がかかるからね。
   この島の北側に発掘現場があるんだが、警察が通行規制をしている部分を避けないと辿り着けないんだ」

銃で脅されたにしては、肝が据わっているのか間抜けなのか分からないぐらいに楽観的だ。
自分が殺されないと思っているのだろう。
これまでに何度かそういう場面に遭遇した経験があるのかもしれない。

(=゚д゚)「発掘現場ってぇと、何かの遺跡が見つかったラギか?」

(’e’)「あぁ、戦場跡が見つかったんだ。
   どうやらここは物資保管の拠点らしくて、未使用の銃器や保存状態のいい棺桶がたくさんあってね。
   発掘冥利に尽きるよ。
   コンセプト・シリーズも見つかっているし、楽しいことこの上ない」

現代で使用されている銃器も、元を辿れば過去に使用されていた物を分解して構造を理解したうえで再製造しているもので、発掘は発明に匹敵するほど重要な行為だ。
繊細さと根気強さが要求される作業だが、一獲千金の博打に似た要素が強く依存性が強い職業の一つである。
特に戦場跡から発掘される物の中で喜ばれるのが棺桶だ。
使用者はとうの昔に骨すら残らない程風化しているが、その遺体を包んでいる強化外骨格は劣化がほとんどない。

143名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:04:58 ID:u7PlYkbY0
多少のメンテナンスは必要だが、復元不能なダメージを受けていなければ改めて使うことが出来るのだ。
地域によって多く出土する棺桶の種類は疎らだが、希に最も貴重とされるコンセプト・シリーズが発見されることがある。
特化した性能を有している実用性と、世界に一機だけという希少性から非常に高額で取引される。
乱暴に扱っているがトラギコのブリッツも、一般市民の生涯年収を遥かに超える値段のはずだ。

(=゚д゚)「戦場ってことは、戦争がここであったのか」

(’e’)「あぁ、偶然にも一世紀ちょっと前にも戦争があってね。
   これは史実として資料も残っているんだが、イルトリアとジュスティアの兵隊がここで大規模な戦闘を行ったんだ。
   あの“魔女”、ペニサス・ノースフェイスが参戦したやつさ」

(=゚д゚)「デイジー紛争だっけか?」

昔からジュスティアと軍事都市イルトリアは犬猿の仲で、今でこそ見られなくなったが以前は小競り合いが頻発していた。
未だに互いの街に攻め入っていないのは先人が起こした過ちを繰り返さないためか、それとも無益だと知っているのかは分からない。
デイジー紛争は密漁船がイルトリア海軍により沈められたことをきっかけに起こった紛争で、これがジュスティアとティンカーベルの関係を構築するための大きなきっかけになったと言われている。
当時はイルトリアがティンカーベルの漁業を支援していた関係もあり、警備という名目で配置された海軍に対してジュスティアが陸軍を派兵し、泥沼の争いへと発展したという。

紛争後、当時の市長エラルテ・ニエバズが三十三年の月日をかけてジュスティアと交渉を行い、セカンドロックをジュスティアと共有する話がつけられたというのが一応の史実だ。
トラギコの学んだことが間違っていなければ、だが。

(’e’)「そうそう、あの戦闘がきっかけで発見されたのが今回の遺跡なんだ。
   最近、軍事基地の一部が見つかって大忙しさ。
   セキュリティがまだ生きているんだから恐ろしいものだよ」

(=゚д゚)「で、ここであった大昔の戦争は?」

(’e’)「第三次世界大戦の一部だとは思うけど、詳しくはこれから調べる予定だよ。
   といっても、いつもと同じように分からないだろうけどね」

144名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:09:06 ID:u7PlYkbY0
栄華を極めた文明を崩壊させ、世界を終わらせたとされる第三次世界大戦は謎の多い戦争だ。
判明していることはほとんどなく、当時の詳細な資料も発見されていない。
強化外骨格という兵器の登場によって戦争が激化し、大国の支援を受けた発展途上国も参戦したことで戦争の火種が世界中に飛び火して終焉が加速したというのが歴史学者たちの考察だ。

(=゚д゚)「じゃあそんな棺桶マニアのあんたに訊くが、音を操作する棺桶を知ってるラギか?
    トリコロールカラーの悪趣味な奴ラギ」

上機嫌になっているジョーンズに、トラギコはダメもとで質問をした。
もしも何かヒントになるような物があれば、と思ったのだ。
青、赤、白、そして黒で彩られた忌々しい強化外骨格の情報が何か手に入れば、次に活かすことが出来る。

(’e’)「勿論知っているよ。 現存する中でそんなカラーリングをしているのは、“レ・ミゼラブル”だけだ。
   暴徒鎮圧に特化した強化外骨格でね、敵意ある者に対して有効な音響攻撃が主兵装なんだよ。
   だから目立ちやすいカラーリングなのさ。 あの色なら敵は全員注視するし、意識を向けさせられる。
   つまり、敵対心を持つ人間には絶大な効果を持っているわけだ。

   しかし、ブラント君は珍しい棺桶を知っているんだね。
   あれはまだ復元したばかり――」

次の瞬間、トラギコの右手は躊躇いなく銃を抜き放った。
その速度は電光石火の早業で何一つ余計な動作がなく、安全装置を解除するのと撃鉄が起こされたのは同時。
拳銃を用いた近接戦闘において絶対的優位性を確保できる中間軸再照準(※注釈: 胸の前に銃を構える方法の一つ)の構えを取り、
指先に僅かでも力が込められれば、豊富な棺桶の知識が詰まった脳漿はパワーウィンドに飛び散ってグロテスクな装飾を施す準備を整えた。

(=゚д゚)「ショボン・パドローネはどこラギ?」

(’e’)「いきなりどうしたんだい?」

(=゚д゚)「いいから言え」

145名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:11:09 ID:oHcI4UCw0
支援

146名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:12:23 ID:u7PlYkbY0
(’e’)「落ち着きたま――」

ジョーンズの鼻先を銃弾が掠め、パワーウィンドが砕けた。

(=゚д゚)「――言え」

発掘したにしても、それがシュール・ディンケラッカーの手元に渡るためにはショボンを挟む必要がある。
もしくは、ショボンの組織を介さなければそれを手に入れることは出来ない。
シュールが脱獄したのは二日前の八月八日のことだ。
短期間でコンセプト・シリーズの棺桶を一人で用意するのは不可能。

詳しいことはこれから聞き出すが、ジョーンズは間違いなくショボン達に対して協力的な立場の人間なのである。
ジョーンズの性格が幸いして、思わぬ拾い物をした。

(’e’)「……まいったな。 もう少し紳士的に話し合いが出来ると思っていたんだが」

(=゚д゚)「頭をぶち抜かれなかっただけ紳士的だと思え」

ここで逃がす手はない。
何が何でも情報を手に入れ、手掛かりとし、足掛かりとする。

(’e’)「しかしね、それを答えたところで私には何もメリットがないんだ。
   君は私の情報が欲しいから、私を殺すわけにはいかない、そうだろう?
   もちろん私も死にたくはないし、君を怒らせて早死にしたくもない。
   今は私の職場に着くまで落ち着くのが互いにベストだと思うんだがね」

(=゚д゚)「手前の職場に着いたところで、俺が無事だという保証がないラギ。
    で、奴はどこラギ?」

147名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:17:10 ID:u7PlYkbY0
発掘の指揮を執る人間がショボンの組織に属しているとしたら、その作業員たちも仲間である可能性が濃厚だ。
素人のような恰好をしていても懐にあるのはペンではなく拳銃という事も、十分考えられる。

(’e’)「第一ねぇ、そのショボンとかいう男を私は知らないんだ」

これで言い逃れをしようとしているのならば信じがたい馬鹿だが、この男はトラギコの能力を試そうとしているようにも思えた。
どこまでトラギコが本気なのか、それを見極めようとしているのかもしれない。
だとしたら大きな間違いだ。
初対面の人間に試されることで得られるのは怒りだけだ。

(=゚д゚)「誰がいつ男だと言ったラギ? 博士、あんたは頭がいいが馬鹿ラギね。
    時間稼ぎが趣味か? 俺は膝を撃つのが趣味ラギ。
    車を停めろ」

(’e’)「あぁ、よく言われるんだ。
   では訊くが、どうして彼を探しているんだい?
   彼は髪がないが善人で追われるような男ではないよ」

(=゚д゚)「あれが善人なら刑務所は善人の展示場ラギ。
    まずは車を停めてからお前らの組織について話してもらおうか」

(’e’)「ほぉ、君は警官か探偵かな?
   煙草、吸うかな?」

トラギコが最初に要求したのは、停車だ。
それを無視してシガーライターを取り出し、なおも話を続けようとするジョーンズだが、おそらくはトラギコが手を出さないと考えているのだろう。
だが、それは大きな過ちだ。
銃口を下に向け、トラギコはジョーンズの太腿を撃ち抜いた。

148名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:21:28 ID:u7PlYkbY0
肉が抉れて血が扉を汚したが、流石に大動脈を傷つけると後始末が大変なためわざと表面の肉を削るように撃っただけ優しいと言える。
見た目は派手だが、そこまで深刻な傷ではない。

(;’e’)「あばっ?! 馬鹿か君は!! 本当に当てる奴があるか!!」

ようやく車を停めたジョーンズは傷口を押さえ、トラギコを罵倒する。
三発目の銃弾が彼の頬を掠めた。
これで本気であることが伝わるだろう。

(=゚д゚)「あぁ、馬鹿だよ。 で、そんな馬鹿な俺にも分かりやすく説明してもらおうか、博士」

(;’e’)「想像以上の馬鹿だよ、君は。
    とりあえず先に止血させてくれ」

止血のために血で汚れた右手で後部座席を指すが、当然認めるはずがない。
シートの下に何が仕込んであるか分からないし、余計な動きは禁物だ。
万が一周囲にこの男の護衛が控えていたら、合図一つでトラギコを襲うよう指示することも出来る。
シュールに棺桶を渡すよう手はずを整えられる人間ならば、それぐらいの用心はしていると想定しておくべきだ。

(=゚д゚)「駄目ラギ。 棺桶については詳しいようだが、銃についてはどうかな。
    この九ミリを食らえばお前の脳味噌がどうなるか、知りたくないラギか?」

(;’e’)「第一、話したら殺さないという保証がない。
    そんな話聞き入れるのは馬鹿だけだ」

(=゚д゚)「義手の中でも、指ってのは割と大変らしいラギよ。
    それが五本、両手で十本になると発掘どころじゃなくなるよなぁ。
    話せ」

149名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:25:17 ID:u7PlYkbY0
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       ミヌ彡|::.:|.|:.:|..:|  |    l    l亡フ|  |
        X |..:.|:|..:|:.:|  l    「  ̄l  L三z|  | August 10th AM09:12
    _,. -‐(__)フ__l/´「 ̄ ̄|`丶 侶占コ | ̄ ̄l   .|
   {二二フ ,. -ァニ二二二ニヾ、i .| ̄ ̄| |──l   .|
      |,. '´ ∠ ____ノ l_|    |_| r----{三ヽ
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点滴のチューブが繋がれたアサピー・ポストマンは確かにベッドの上に寝かされ、薄いシーツの下で寝息を立てていた。
彼は術後の麻酔から覚めておらず、乱暴に開け放たれたスライド式の扉から現れたライダル・ヅーに気付いた様子はない。
それどころか、今まさに窓から侵入してきた男の存在にも気付いていなかった。
立派に蓄えた黒いひげと長く伸ばした癖の強い黒髪、体にぴったりと張り付く特殊なスーツと背負った長方形の物体。

不審者以外の何者でもないが、その顔を見たヅーは男の正体を見抜いた。
ベッドを挟んで相対する二人の視線は、互いの動きを読むべく油断なく固定されている。

瓜;゚ー゚)「……急いできて正解でしたね、デミタス・エドワードグリーン」

“ザ・サード”の渾名で知られる今世紀最悪の盗人、デミタス。
予告状を送り付け、警察をあざ笑い続けてきたその態度と反省のなさから死刑が宣告された男だ。
先日、シュールと共に脱獄したのを機に足取りが掴めていなかったが、ようやくここで出会えた。

(´・_ゝ・`)「名乗った覚えはないんだが」

瓜゚-゚)「有名人ですからね、我々の間では」

こうして会話をする間にも、ヅーは拳銃を抜き放つべく様子を窺うが隙が無い。
流石は盗人。
相手の隙を狙うことに関してはヅーよりも格上なのだ。

150名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:30:57 ID:u7PlYkbY0
(´・_ゝ・`)「それでも、予告状通り盗ませてもらうぞ」

予告状の話など聞いていないと思ってしまった瞬間的な油断。
生じた刹那の驚愕が、デミタスにとっての突破口だった。
確かに眼前にあったデミタスの体が、消失した。
地を舐めるような低姿勢になったわけでもなく、飛び上がったわけでもなく、文字通り消えたのだ。

瓜;゚-゚)「くっ!!」

僅かにベッドが軋む音が聞こえたヅーは、咄嗟に両手を眼前で交差させた。
防御の構えに対して襲ってきたのは、腹部への猛烈な打撃。

瓜゚-゚)「ぐ……」

予感していた。
だからこそ攻撃する場所を誘導することで、腹部に力を込めて対処することが出来ていた。
胸部への攻撃であれば肋骨を奪えたが、この瞬間的な戦闘の合間にそれを考えるだけの能力は彼になかったようだ。
が、明らかに人間離れした膂力にヅーの小柄な体が冗談のように宙を舞い、壁に叩き付けられた。

瓜; - )。゚ ・ ゚「……はっ!?」

姿が見えない、それがもたらす心理的な重圧は極めて大きい。
デミタスは強化外骨格を使っているに違いなかった。
意識が混濁する中でヅーは追撃に備えて身を構えるが、恐れていた展開は訪れなかった。
扉を蹴り破って入ってきた警備の者がライフルを構え、倒れたヅーを庇うように前に出る。

彼はジュスティア軍から派遣された人間で、戦闘経験は豊富なはずだ。

( ''づ)「どうしました!?」

151名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:35:08 ID:u7PlYkbY0
从´_ゝ从「侵入者か!!」

瓜;゚-゚)「不可視の棺桶使いです!!」

要点は手短に、そして要件は正確に。
デミタスであることを伝えるよりも大切なのは、見えない相手という事と棺桶使いであるという事だ。
物理的に姿を消すとなると、現代の技術や戦闘技法では不可能である。
馬鹿げた力とその能力を見れば、強化外骨格が成す業であることは明白だ。

警告は僅かな時間稼ぎにしかならなかったが、その間にヅーは呼吸を整えることが出来た。
秘書の肩書を持つとは言っても、彼女は警察官。
優れた頭脳と対応能力こそが、彼女の武器だ。
アサピーの枕を引き抜いてそれを放り投げ、懐から取り出したベレッタで穴だらけにした。

粉雪のように飛び散る羽毛が不可視の棺桶の軌跡を露わにする。
そして判明する。
デミタスの目的が。

瓜;゚-゚)「しまっ……!!」

彼が狙っていたのは、アサピーのカメラ。
その中に収められた写真を奪われると、多くの証拠が失われてしまう。
ショボンの素顔や爆破テロの現場の写真など、想像するだけでその価値は計り知れない。
現像しない限り、写真が持つ価値は無限大なのだ。

あれを奪われると、ヅーたちの捜査に多大な影響が出る。
最悪の場合は捜査が進まず、暗礁に乗り上げてしまう。
照準を宙に浮くカメラの前に向け、銃爪を引く。
銃弾は虚しく壁に穴を空け、命中した様子すら見せない。

152名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:39:32 ID:u7PlYkbY0
羽毛が急速に動き、デミタスが接近していることを知らせた。
小うるさい羽虫を潰して作業に専念するつもりなのだ。

从´_ゝ从「うわっ!?」

( ''づ)「うお?!」

その接近に驚いた兵士たちだったが、カービンライフルの銃爪を引いて弾をフルオートで発砲することは出来た。
弾は壁と床を砕き、窓ガラスを破壊したがこれも当たらない。
二人の兵士が突如として浮かび上がったかと思うと、窓の外へと飛んで行った。
不可視化の兵装は見聞していたが、実用レベルに達した物を見るのは初めてだった。

瓜;゚-゚)「くうっ……」

盗みに入るという事は、相手の死角や懐へ入り込む近接戦闘に長けているという事。
起動コードの入力が聞こえなかったことから、デミタスが身につけていた趣味の悪い衣装は強化外骨格の外装であることが予想できる。
なす術がない。
体術の経験値で勝っていても、身体能力の補助があるとないとでは雲泥の差だ。

構えていた拳銃が吹き飛び、顔に不気味な風が吹き付ける。

「お前には、個人的に用がある」

眼前の何もない空間から声が聞こえたかと思うと、ヅーの腹部に強烈な衝撃。
衝撃を殺そうにも受け身を取ろうにも、背中にあるのは壁。
壁と拳に挟まれた臓器は押し潰され、呼吸が止まる。
空虚がせり上がる不快な感覚と口の中いっぱいに広がる酸味が、嘔吐を誘発した。

153名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:43:47 ID:u7PlYkbY0
胃液を吐き出し、危うく意識が飛びそうになる。
寸前のところで痛みはヅーの意識を奪うことなく、呼吸困難と激痛によって四肢の動きを封じた。
意識がある分、最悪だった。
無力な自分を実感しながら相手の動きを見るしか出来ない。

力なく崩折れたヅーの目の前に、忌々しいデミタスがその姿を現した。
詳しく観察する余裕すら、今のヅーにはなかった。

(´・_ゝ・`)「聞かせてほしいことが二つあるんだ」

肩を蹴られ、仰向けに転がせられる。
そして、踵が視界を埋め尽くした。
鼻の骨が折れる感覚と激痛、そして意識の混濁が始まる。
顔を濡らすのが涙か血なのか、分からない。

(´・_ゝ・`)「一つは、お前には人の夢を奪う権利があるのかということだ」

太腿を踏みつけられ、太い骨が折れたのが分かった。
最早痛覚はその機能が焼き付く前に、回線の一切を遮断しようとしていた。
すでに腹部の痛みは全身の激痛と合わさり、どこが痛んでいるのか分からない。

(´・_ゝ・`)「俺には夢があった。 ささやかな夢だ。
      子供たちが幸せに育つ、ただそれだけの夢だ。
      孤児が生きるには金が必要だが、金を稼ぐことは出来ない。
      なら、どんなことをしてでも金を稼ぐ人間が必要になるだろう?

      金の仕送りが途絶えればどうなると思う?
      ……小さな体を売るしかないんだよ。
      この世界の汚れ、苦痛、屈辱を一身に受けるんだよ、その体で」

154名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:48:55 ID:u7PlYkbY0
瓜; - )「……っ」

記憶のフラッシュバックが始まった。
デミタス・エドワードグリーン。
判決は死刑。
その最終決定を下したのは――

(´・_ゝ・`)「エミリーもピピンもいい子たちだった……
      二人とも今は金持ちの愛玩道具になって、ビルボは真空パック詰めになった肝臓だけ見つかったよ。
      それが、お前が俺から奪った夢だ」

――他ならぬ、ヅー自身だ。
ジュスティア警察を嘲笑うようにして予告し、その通りに盗んだ。
彼は現場の警官たちのプライドを傷つけ、職を奪い、自殺者を出した。
それは許されることではない。

警官たちにも家族がいたのだ。
彼の事情など、知った事ではない。
ヅーが一日に十数名単位で死刑台に送り込んでいる事を、この男は知るはずもない。
罰を受けるべき人間の事情や名前など、宣告の後はどうでもいいのだ。

瓜; - )「……っそ」

(´・_ゝ・`)「そしてもう一つ。 俺が聞きたいのは謝罪の言葉でも命乞いの言葉でも強がりの言葉でもない」

最早、意識は薄らいで痛覚は消え失せていた。

(´・_ゝ・`)「お前の命が終わる音だよ」

そして、ヅーは意識がブラックアウトしていくのをただ受け入れるしかなかった。

155名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:53:33 ID:u7PlYkbY0
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長い沈黙があった。
十分なのか、それとも一時間なのか。
時間の経過は心的な状況によって感じ方が大きく変わる。

(’e’)「――くそくらえ、と言ったら?」

(=゚д゚)「……手前ぇ」

銃爪にかけた指に力を込めようとした、その瞬間。
助手席側の扉が、軽くノックされた。
スモークガラスで中が見えないのであれば問題はないが、銃声は大問題だ。
誰がノックをしたのか、トラギコはジョーンズが抵抗しないように注意しながら、慎重にそちらを見た。

万が一にでもカージャッカーだとしたら、迎撃しなければならない。
果たしてそこにいたのは、トラギコの意表を突くには十分すぎる人物だった。
  _
( ゚∀゚)「おい、エンストか?」

手入れのほとんどされていない茶髪は大部分が白に染まり、一インチほどに伸びた無精髭と垂れた鳶色の瞳。
汗染みの出来たワイシャツに色褪せたジーンズ。
それでもなお失わない軍用犬じみた雰囲気。

156名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:58:22 ID:u7PlYkbY0
(;=゚д゚)「じ、ジョルジュ……さん?!」

ジョルジュ・マグナーニ。
ジュスティア警察で先輩としてトラギコに多くを教えてくれた、数少ない尊敬の対象。
一身上の都合で退職した彼が、どうしてここに、と考えてしまったのは懐かしさ故。
常に喪失感と命の危機にさらされ、心がすり減るのを防ぐために鋼鉄で保護してきたトラギコにとっては正に不意打ちだった。

同僚の登場は、固めてきたトラギコの心を内側から大きく揺さぶった。
思うのは過去。
振り返るのは良き思い出。
奪ったのは数秒。

(’e’)「では、失礼するよ」

一瞬の隙をついてジョーンズは車外へと飛び出し、血の跡を残して坂を転がりながら移動していった。
射殺しようにも、もう死角へと逃げ込んでいる。
  _
( ゚∀゚)「馬鹿な奴だ」

誰が乗っているのか分かっていないのだろう。
いや、ジョルジュには興味の対象外なのだ。
ジョルジュが興味を持っているのは、如何に素早く犯罪者を仕留めるか、その一点のみ。
ジョーンズの逃亡を見届けたジョルジュが取る次の行動は、誰よりもトラギコがよく知っていた。

彼に直接教えを受け、彼の行動を真似してきたからこそ分かる。

(;=゚д゚)「くっそ!! やべぇやべぇやべぇ!!」

157名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:01:30 ID:u7PlYkbY0
急いで運転席へと移り、頭を下げたままアクセルを踏んで車を発進させた。
キーを抜いてエンジンを切られていなかったのは不幸中の幸いだが、無理な体勢のせいでギアを変えられず、速度を出せない。
車が前に進むのと同時に助手席の窓ガラスが砕け散り、運転席のヘッドレストが吹き飛んだ。
驚くことではない。

ジョルジュが本気を出せばスミス&ウェッソンM29をホルスターから抜いて撃つ速度は、銃を構えた状態の人間と大差ない。
ジュスティア人の中で最も早撃ちを得意とする、世界最速のガンマン。
それが、ジョルジュだ。
一発の銃声で二つの的に弾を命中させることも、宙に放り投げた三つのコインが地面に落ちる前に吹き飛ばすことなど造作もない。

現場から離れるセダンの背後から、フルオート射撃に匹敵する速度の連射が車体を襲う。
マグナム弾でも、運転手を殺さない限りはセダンを止められない。

(;=゚д゚)「どうなってんだ!!」

その答えは分かっていた。
ジョーンズの仲間という事は、すなわちショボンの仲間へと身を堕としたことを意味する。
何が起きて、どうして彼らは結託したのか。
少なくともジュスティアの精神を持っている人間ならば、ショボンのような堕ち方はしない。

ジョルジュは確かに不真面目な部分も多かったが、それでも彼は良き警官であろうとしていた。
何故それが終わったのか。
答えが分かるはずはない。
  _
( ゚∀゚)「……」

バックミラーに映るジョルジュが、残忍な笑みを浮かべてアタッシュケースを構えた。
その中身を、その力をトラギコは知っている。
動いた口が紡ぐ言葉も、一言一句覚えている。

158名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:04:21 ID:u7PlYkbY0
  _      Go ahead.          Make my day.
( ゚∀゚)『いいぜ、望むところだ。 この俺を楽しませてくれよ』

起動したのは大口径対強化外骨格用リボルバーを使うAクラスのコンセプト・シリーズ、“ダーティー・ハリー”。
アタッシュケースに収納されているのは、反動抑制と動作補助の役目を持つ籠手と一体となった拳銃だ。
目的はただ一つ、重装甲の強化外骨格をも撃ち抜ける拳銃の携行と緊急時の使用である。
トラギコの所有するブリッツと非常によく似た設計思想をしているが、大きく異なるのはその射程だ。

ブリッツの主兵装である高周波刀は応用が効くが距離が短く、対するダーティー・ハリーは中距離を相手に十分戦える。
六十口径のニトロ・エクスプレス弾を強化した弾丸がもたらす威力はCクラスの棺桶の装甲ですら貫通し、頑強で名を知られるトゥエンティー・フォーの装甲も貫くことが実証されている。
ならば、セダンの装甲など紙同然。
運転席側を狙って撃たれれば、トラギコの体は水風船のように爆ぜることだろう。

蛇行運転で逃げようにも、相手が悪すぎる。
警察きっての射撃の天才を前に、逃げ切ろうとするのが不可能だ。
彼の実力を知っている人間だからこそ出来る戦い方をする他ない。
座席の下へと潜り込むと、半分に千切れたシートが落ち、フロントガラスに大きな穴が開いてそこから風が流れ込んできた。

(;=゚д゚)「くっそ、視界が……!!」

蜘蛛の巣状のひびがフロントガラス全体に走り、何も見えない。
続けてハンドルが破裂し、助手席のシートも半壊した。
運転席に撃って効果がないと判断して、潜んでいる可能性のある助手席を撃ち抜く。
かつて彼から教わった通りの順番だからこそ対応できたが、次に撃たれる場所も分かってしまう。

次は動きを止めるために車軸を狙ってくるはずだと思った瞬間、予想に反してセダンが上下に大きく揺れた。
明らかに、何かを乗り越えた感覚だ。
覚えている限りで乗り越え得る障害物と言えば、ガードレールしかない。
ガードレールにぶつかり、乗り越えたと考えるのが自然だ。

159名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:07:18 ID:oHcI4UCw0
支援

160名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:07:47 ID:u7PlYkbY0
不自然なのは速度をそこまで出ていなかったことだが、ジョルジュがガードレールの支柱を破壊したのであれば納得できる。
運転手を撃ち殺すのが難しいと判断し、崖から落として確実に重傷を負わせる方針に固めたのだろう。
それならば、速度を十分に高めずともセダンはガードレールを押し倒して乗り越えることが出来るのだ。
短時間で打ち出された方策は完璧で、トラギコには思い至らなかった。

完敗だったが、とにかく今は生き延びることを考える他ない。
どうにか座席の下から這い上がろうとするが、嫌な浮遊感を覚えた時にはトラギコの視界は大きく上下に揺れ始めていた。
猛烈な速度で滑落し始めているのだと認識したところで、どうしようもない。
シートベルトを片手で手繰り寄せ、手首に巻きつけるようにして握りしめた。

高低差や周囲の状況などを考える暇などないまま落ち続け、車体が大きく持ち上がると同時に横転した。
平衡感覚を失い、背中をダッシュボードに何度もぶつける。
車外に放り出されれば、待っているのは避けようのない死。
限りなく現実的な死の実感を総身で受けながら、トラギコはそれを受け入れるしかできない。

――そして、訪れた衝撃と共にトラギコの意識は黒い世界へと溶けて消えた。

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目を覚ました時、アサピー・ポストマンの周囲には黒尽くめの男が五人立っていた。
柔軟性のある素材で作られた上質な布地のダークスーツを着ているが、その上からでもはっきりと彼らの体に付いた筋肉の多さを見て取れる。
両腕の筋肉と胸筋は特に発達しており、彼らの腕力が如何に優れているのかを如実に物語る。
視線を読ませないためのサングラスと片耳に入ったインカムは、彼らが組織に属していることを示す。

161名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:13:01 ID:u7PlYkbY0
(;-@∀@)「え?」

生きていたことを喜ぶ間もなく、枕元に立っていた彫りの深い男がインカムに呼びかける。

(●ム●)「……保護対象が起きました」

アサピーの無事を歓迎している風ではないし、何よりも威圧感がすさまじい。
全員が懐を不自然に膨らませ、皮の厚そうな両手は傷だらけだ。
それを聞いた他の四人が互いに向かい合い、話しを始める。

川_ゝ川「各位、対象の起床に伴いプランAを実行する」

(,,●ω●)「プランA了解。 ルート確保後、戦術プランPPで行動を開始する」

(●ι●)「戦術プラン、市街地における最重要人物の護衛任務、了解。 ルートの消毒作業を開始する」

I●U●I「消毒作業了解。 チームB、作業に移れ。 十五秒後に移動を開始する」

次の瞬間、男たちは足元から艶のないモスグリーンに塗られた大型のスーツケースを持ち上げ、それを背負った。
そして背負うのと同時に、全員が同じ言葉を口にする。

『我らは平和を願い、勝利を求める。 どうか名も無き我らに、気高き白の祝福があらんことを』

小型にして強力、そして一際優れた携帯性と有用性の両立。
キー・ボーイやジョン・ドゥと肩を並べるほどの名機ながら、その特殊さ故に実戦で使用されることのあまりない強化外骨格の起動コード。
一部の軍やボディガードに幅広く浸透しているAクラスの強化外骨格、“エーデルワイス”。
新聞社に勤める前にフリーランスのカメラマンとして働いていた際に担当した雑誌で、ジュスティア軍が運営する警備会社の特集が組まれたことがあった。

162名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:17:50 ID:u7PlYkbY0
アサピーが担当したのは警備会社の社員の姿を撮影するだけで、実際に使われた写真は小指の爪ほどの大きさだった。
経営不振によりその雑誌社はすでに倒産しているが、初めて得た仕事が関係しているためにその記事の内容はよく覚えている。
雪原地帯以外ではほぼ使う事のない白を基調とした迷彩柄の装甲は、装甲とは言い難いほどに頼りなかった。
彼らの四肢を包んだのは、動作補助用の人工筋肉とフレームであり、生身の部分の露出の方が圧倒的に多い。

頭部だけはカメラと一体化した歪なヘルメットで護られているが、口元は大きく開いており実質的に守られているのは頭蓋だけとなる。
だが、この強化外骨格の優れた点はBクラス並みのパワーを発揮できながらもAクラスの中でもかなりの小型に納められている点だ。
加えて、使用者が走りながら起動コードを入力してもかなりの正確さで装着を完了させる人工知能の性能も、この棺桶の特徴の一つである。
コンテナ内に一度招かれて装着を済ませるタイプの棺桶と異なり、時間の短縮が出来る点で一線を画している。

グレート・ベルの鐘が、澄み渡る金属の音色を響かせた。

(::[∵/.゚])「作戦開始」

その一言と共に、アサピーは枕元にいた男に抱きかかえられていた。
思い出に浸る時間も瞬間も与えられないまま、説明さえもないまま病院の外へと連れ出される。
地平線の彼方に沈みゆく夕日の赤々とした血を思わせる深紅色と、巨大な暗幕が下りるように広がる濃い群青色の夜闇、そして鳴り響く鐘の音が不気味だった。
それはまるで――

――まるで、血に濡れた惨劇の舞台に幕を下ろすように見えて。

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                   I員TTTTTTTTTTTI  _|_    ______   |FF|ニ|
    _____________           /| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄~! iニi  . .| FFFFFFFFF |  /二ニ,ハ
    . |IIIIlミ|三三|゙ ____|ミ| LL LL LL LL LL | iニi,___| FFFFFFFFF |  |EEE|日
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163名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:22:02 ID:u7PlYkbY0
抵抗は最初から選択として頭に浮かぶことはなかったが、ただならぬ状況にあることを知りたい気持ちが湧き上がってきた。
ただの新聞記者の端くれから大事の中心に近づける機会は、人生でも二度あるかというほど。
この状況、興奮せずにはいられない。
何者かに脇腹を撃たれたとしても、つい先ほどまで眠りの中にいたとしても、関係ない。

今をただ生きて、真実を追い求めるだけだ。

(-@∀@)「取材を申し込んでも?」

揺さぶられながら、路地裏へと連れられながらアサピーは取材を開始した。
が、応じる者は当然いない。
そこで思い出す。
カメラがない。

(;-@∀@)「あ、あの、僕のカメラはどこにあるので?」

誰も答えない。
商売道具であり、アサピーの努力の結晶が一眼レフカメラの中にある。
それを回収しないことには、死にかけた意味がなくなってしまう。
背筋がようやく冷えてきた。

(;-@∀@)「ねぇちょっと、あれがないと困るんですよ。
      ショボン・パドローネとショーン・コネリのベストショットがあるんですってば」

好ましい反応はない。
どころか、無言の圧がアサピーを襲った。
目的地がどこであれ、意図的に迂回を繰り返して尾行者に気を遣い、時には分散し、時には集結して移動する彼らは無駄な行動を起こす気配を見せない。
されど放つ雰囲気、殺意、敵意、それら全てが物質的な何かを思わせながらアサピーの頬を舐めたのだ。

164名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:25:21 ID:u7PlYkbY0
これ以上語るのであれば、次にアサピーを待つのは無慈悲な咀嚼だ。
骨まで到達する一撃を甘噛みと表現し、彼らは今度こそ物理的にアサピーを黙らせるだろう。

(::[∵/.゚])「……コンタクト!!」

(;-@∀@)「えっ?!」

一喝。
対象はアサピー以外の全員。
目的は警戒、警告、そして戦闘開始の宣言。

(::[∵/.゚])「対象、デミタス・エドワードグリーンを確認。 排撃する」

(;-@∀@)「スクープ?!」

(´・_ゝ・`)「今度こそ盗ませてもらうぞ、そいつの命。
      ――姿は見えずとも、殺意は見える」

完全にアサピーを対象とした宣戦布告の言葉の後、一瞬でデミタスと呼ばれた男の姿が視界から消え失せた。
減音器で申し訳なさ程度に抑えられた銃声が連続するが、地面を抉るだけ。
この世界にいる人間は、こうも容易く銃弾を回避できるわけではない。
その非現実極まりない事象を現実へと落とし込むためには、旧時代の技術が必要となる。

強化外骨格が。

(::[∵/.゚])「報告の通りだ、慌てるな。 ケースDが発生、プランDで対処」

姿が見えないという圧倒的な不利にもありながら、男たちは落ち着き払った声と態度で動き始める。
まず、アサピーを抱えた男が跳躍し、建物の壁を足場にして屋上へと昇る。
その間に残った男たちがデミタスを探して仕留め――

165名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:29:19 ID:u7PlYkbY0
(::[∵/.゚])「馬鹿な、感無しっ――?!」

――首を刎ねられ、仕留められていた。
詳しいことは分からないが、デミタスの狙いがアサピーであり、彼を守ろうとしている男たちが窮地に陥っているのは分かる。
姿が見えない相手を前に、ジュスティア軍が翻弄されている。
そして、思い出す。

予告状を出したうえで警察を手玉に取り、目的の物を奪い取った男の事を。
“ザ・サード”だ。
命を狙われる原因は分からない。
分からないことだらけの状況に慣れつつも、アサピーはその状態から一つの事を学んだ。

混沌としているように見える中にも、中心点が必ずあるという事だ。
例えばトラギコ・マウンテンライトが追っていた脱獄囚。
例えばショボンとショーンの争いの発端であるアサピー自身。
その中心点に向かうにつれて事態は激しさと混乱を加速させ、関係者を惑わせるのだ。

今見極めるべきはその中心点。
一介の記者であるアサピーが襲われる原因、殺されようとしているその理由こそが中心点に違いない。
目撃情報、もしくは体験がその原因だろう。

(::[∵/.゚])「状況Eが発生!! これよりルートRで保護対象をポイントCへ移送する!!
      支援プランDを――」

アサピーを抱えて屋上を駆け回っていた男が、つんのめり、アサピーはその場に放り出された。
辛うじて屋上の縁に体がぶつかって止まり、落下を免れたが強かに打ち付けてしまった全身が痛む。
手術を終えたばかりの傷口が開き、熱と痛みが腹から広がる。
何故男が倒れたのか、それは男の頭を見れば十分理解できた。

頭頂部が半分抉れていたのだ。

166名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:33:15 ID:u7PlYkbY0
(;-@∀@)「流れ弾? ……いや、これは」

予感というよりも直感でアサピーは自ら縁を乗り越えて、ゴミ捨て場の上に落ちた。
それが、この島で起きつつある事件の核心の片鱗をアサピーに見せるとは、誰も思わなかっただろう。
確かに目撃したのだ。
彼方で光った、カメラのフラッシュにも似た輝き。

マズルフラッシュと呼ばれるそれの場所を、アサピーは視認したのだ。
全てを繋げ、これまでの不自然な何もかもを解き明かし得る情報だった。
この情報をトラギコ・マウンテンライトに伝えれば、事態は急激な変化を起こすはずだ。
そうなればスクープの中心に入り込める。

幸いにして黒いビニール袋に入っていたのは可燃性のゴミばかりで、安いクッションの役割を果たした。
痛む体を使い、アサピーはゴミ捨て場を脱した。
決定的な瞬間を伝えるという任務、責務、責任の全てを一身で背負いながらアサピーは傷口を押さえながら歩き始める。
この事件、想像以上に奥が深く闇が多い。

指先に感じる血の感触の正体を確認するよりも、やるべきことがある。

(;-@∀@)「……ご、護衛の皆さん? 誰か、誰かいませんかー?」

ともあれ、アサピーは無力だ。
武器も技術も武術もない。
誰かに守られ、誰かの力を鉾として立ち向かわなければならない。
エーデルワイスを身に纏っていた男たちはどこに消えたのか分からず、姿の見えないデミタスの位置も分からない。

分かるのは殺されてはならないという事と、トラギコと会わなければならないという事。
どこの路地裏にいるのか、皆目見当もつかない以上、アサピーが取るべき進路は音のする方向。
即ち人通りの多い場所だ。
だが、それは賭けだ。

167名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:37:27 ID:u7PlYkbY0
アサピーが見た光の位置は、このグルーバー島の中心部に聳え立つティンカーベルの象徴。
つまりそれは――

――鐘の音を鳴り響かせる鐘楼、グレート・ベル。

その場所こそが、狙撃の原点。
調べれば必ず何かが見つけることの出来る聖域。
是非ともトラギコにこそ、それを任せたい。
彼ならば、真実を追求し答えへと辿り着くためには手段を択ばないあの男ならば、確実に実現できるはずなのだ。

(;-@∀@)「おーい、誰かー。 メディーック!!」

叫ぶがその声は虚しく響くだけ。
逆に、アサピーの場所を他者に知らせてしまうだけだとは思いもしない。
彼は素人。
襲われる側の経験はなく、スクープを目指して追うのが彼の仕事故に知らないのは当然だろう。

(;-@∀@)「誰か何とかしてくれー!!」

彼が叫んだその瞬間。
二つの勢力が。
否。
たった一つの強大な勢力に対して、唯一無二の存在が無慈悲極まりない牙を剥いていた事を、アサピーは知る由もなかった。

168名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:38:33 ID:u7PlYkbY0
.

「……また邪魔するか、女!!」


「悪いけどな、またあたしなんだよ、男」


この時。
ジュスティアでも、ましてやティンカーベルでもない別の存在に自分が生かされたことなど、アサピーは知るはずもない。
考えていたのは生き残る事と、これから向かうべき場所だった。
選択次第ではすぐに新たな魔手に狙われ、今度こそ殺されてしまう。

それを回避しつつも、安全に情報をトラギコへと発信できる場所。
ただ一か所だけ、アサピーの脳裏にその場所が浮かんだ。
斯くしてアサピーは、偶然その場にやってきたタクシーに飛び乗り、事なきを得た。
彼が目指したのはグルーバー島にある警察の支部ではなく、ジュスティア軍の駐屯地でもなく、ましてやモーニング・スター新聞の支社でもなく。

現段階で絶対にして唯一の安全圏。
ショボンが事件を起こした発生源。
島から隔絶され、隔離され、独立した海上の街。
それ即ち、船上都市にして世界最大の客船。

これより今、真実を巡る舞台はオアシズへと移るのであった。






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          Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編 第七章 了

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169名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:39:47 ID:u7PlYkbY0
支援ありがとうございました。
これにて本日の投下は終了となります。

質問、指摘、感想などあれば幸いです。

170名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 22:45:06 ID:oHcI4UCw0

ジョルジュがカッコイイ。

171名も無きAAのようです:2015/04/13(月) 03:23:08 ID:0ZOfpTTA0

熱くなってきたな

172名も無きAAのようです:2015/04/13(月) 08:40:10 ID:Vg1/oZVs0
おつん 
アサピー生きてたとは トラギコも満身創痍だしどうなるんだ

173名も無きAAのようです:2015/04/20(月) 20:57:10 ID:5tF1rZAw0
読んだ!

174名も無きAAのようです:2015/04/21(火) 00:52:53 ID:jAYoOxFk0

今まで読んできたブーン系の中で一番大好きだ。次回も待ってる!

175名も無きAAのようです:2015/04/21(火) 02:34:33 ID:rMLlNYo.0
自演乙

176名も無きAAのようです:2015/04/22(水) 13:11:20 ID:gDjJ741I0
泣けるぜ

177名も無きAAのようです:2015/05/09(土) 20:22:37 ID:H9d9/bIA0
                        次回予告

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背を向けるのも向き合うのも自由だけど、絶対に逃げられないもの、なーんだ?

                                         イルトリアのなぞなぞ

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明日の夜、VIPにてお会いしましょう。

178名も無きAAのようです:2015/05/09(土) 22:06:02 ID:Xvn7Em9Q0
キター(((o(*゚▽゚*)o)))

179名も無きAAのようです:2015/05/09(土) 23:40:39 ID:4dkUQKUU0
ウホッ

180名も無きAAのようです:2015/05/09(土) 23:54:33 ID:4cRB7eYo0


181名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:02:25 ID:EB3u4DHo0
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背を向けるのも向き合うのも自由だけど、絶対に逃げられないもの、なーんだ?

                                         イルトリアのなぞなぞ

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世界最大の豪華客船、そして船上都市という二つの言葉が連想させるのはオアシズを置いて他にはない。
客船を改造して作られた街の発電装置は自然の力だけで街一つに十分な電力を供給できるよう設計されており、船で文字通り一生を過ごすことが可能だ。
惜しむらくは世界最大級の船だけあって、寄港できるだけの環境が整っている限られた街にしか停泊できない事だけ。
それ以外の全ての事は船で事足りる上に、街に寄るたびに新たな商品を仕入れ、常に流動的な環境が船内の景気を停滞させることなく循環させていた。

言い換えれば、立ち寄らずともある程度の事は船の中で完結できるという事であり、万が一大地が裂けようともこの船だけは神話に出てくる箱舟のように悠々と終末世界を旅できるというわけだ。
だが、現在オアシズが停泊している港を保有するティンカーベルに乗客達が降り立つことは制限されていた。
制限に伴って商品の搬入出も禁止され、事態が落ち着くまでの間、船から降りることも船に乗り込むことも出来ない。
接岸していながらも島に降りることが出来ないがオアシズはもともと独立した街であり、陸地から離れていても生活するという意味では何一つ問題はない。

不燃ごみなどの廃棄物に関してはコンテナに積めたものを特定の廃棄場に運び出すことが許されている以外、何一つとして船に入ることも出ることも認められなかった。
それでもオアシズ側は不平一つ漏らすことなく、警察の要請通りに規定を守り続けている。
オアシズとしても犯罪者を船内に招き入れるのには反対というスタンスを貫いているため、船と外界を繋ぐ存在に対して警戒することに対しては大いに賛成していた。
船と港を繋ぐ唯一の道はオアシズの船倉と通じるものだけであり、そこは入り口が封鎖されている上に完全武装した男たちによって厳重な警備下に置かれている。

182名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:06:33 ID:EB3u4DHo0
支給されたライフルはダットサイトとフラッシュライト、そしてアングルドフォアグリップを装着したコルトM4カービンライフルで、背負うのは傑作強化外骨格“ソルダット”と重装備だ。
埠頭には三人一組の警備員が随時巡回を行い、不審者や不審物に細心の注意を払っていた。
彼らはジュスティアから派遣された兵士ではなく、オアシズが契約している警備員であり、その忠誠心と練度は軍人と比肩し得るだけのものを持っている。
軍帽の下から覗く双眸は闇を鋭く睨みつけ、安全装置の解除されたライフルのトリガーガードに指がかけられ、いつでも発砲出来る状態を整えている。

オアシズの厄日と呼ばれる連続殺人事件と海賊の襲撃以降、住人の命を守るという行為の重さに比べて銃爪を引く行為の軽さを実感した彼らの動きに躊躇はなくなった。
万が一不審者が現れた際には実力を持って対処することを誓い、銃把を握る手にも力がこもる。
離れた場所、グルーバー島の中央でグレート・ベルが“鐘の音街”の名に恥じぬ巨大な鐘の音を響かせた。
その美しい音色は数世紀以上も変わることなく島にあり続け、今なおその役割を果たし続けている。

警備員の一人が腕時計に目をやる。
夜光液で浮かび上がる文字盤が示す時刻は夜の五時五十五分。
六時五分前に鐘が鳴る習慣があるとは知らなかったが、そもそも島にある全ての風習を部外者が理解するなど不可能なのだ。
時計から目を上げ、警備員たちは歩哨の任務を再開した。

赤に染まった水平線の果ても、もう間もなく夜の帳に覆い隠されようとしている。
本格的な夜の到来に伴い、風が冷気を帯び始め、波の音と相まって夏の暑さを忘れさせてくれた。
避暑地としても知られているティンカーベルならではの気温変化だが、冬は川の水も凍るほどの寒さになる。
だからこそ発展したのが、アルコール度数の高い酒だ。

特にウィスキーの生産が盛んなのが、グルーバー島の西に位置するバンブー島である。
泥炭をふんだんに使って燻し香を身に纏った琥珀色の液体は、他に比類のない深みのある香りと味、そして中毒性を有している。
ティンカーベルの地で始まったとされるこのウィスキーは、スコッチ・ウィスキーと名付けられ、世界で愛飲されている。
しかしその輸出すらも禁止された今、何日間港が封鎖されるにしても、一日の遅れで生じる損害は相当な物だろう。

積み込みに勤しむ商業船などで賑わいを見せるはずの埠頭も、最低限の明かりだけで照らされて寂しげな印象を与える。
警備員が主に注視しなければならないのは海面だった。
埠頭に通じる橋を渡る者がいれば、島側の出入り口を封鎖している軍関係者たちから連絡があるはずだからだ。
橋の可能性をなくせば残りは海だけ。

183名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:10:45 ID:EB3u4DHo0
潜水装備を身につけた賊が現れる可能性を視野に入れ、二人はライトを地面ではなく海面の上を磨くようにして念入りに照らし、微細な変化に目を光らせている。
強化外骨格の中には潜水能力に長けた物が存在するが、使用するのが人間である以上は空気を外部に排出する必要がある。
つまり、不自然な泡があればそれは注意するに足るものという事。
仮に無呼吸で動いたとしても、多少なりとも透明度のある海中を動かなければならない以上、その姿を見つけ出すことは可能だ。

水平線に見えていた陽が沈み、オレンジとも紅蓮とも言える美麗な空が濃密な紺色に押しつぶされ、瞼をゆっくりと閉じるようにして夜へとその姿を変えた。
一日に一度しか見ることの出来ないその光景を、不思議なことに三人が三人とも眺めてしまっていた。
あまりにも美しい光景に目を奪われるのは人間として正しい反応だったが、彼らは決して警戒の糸を緩めたわけではない。
現に彼らは、無線機から聞こえてきた声に対して即時対応できたからだ。

『……こえるか? 聞こえるかオーナイン?』

聞き慣れたジュスティア軍人の声が無線機の向こうから呼びかけてきている。
いつもの雑談というわけではなさそうだ。
無線を通じてのやり取りしか行っていないが、すでに互いの好みや声を覚えるまでには仲が親密になっている。
何気ない故郷の話や酒の話。

事件が終わり次第、会って酒を飲みかわそうという約束まで取り交わしている仲となった。
共通認識が異なる街の人間を結び付け、思わぬ交友を広める機会になったのは皮肉というべきか幸運というべきか。
しかし規定のために名前を話すことは許されておらず、両者ともにその一線を越えないようにして話をしていた。

( 0"ゞ0)「こちらオーナイン。 何か起きたのか?」

『タクシーが来て、今検問で止められている。
オアシズへの乗船を求めている客がいるそうだ』

犯人の逃亡を防ぐため、橋に通じる道は厳重に封鎖され、特に船に近づくための道は徹底して守られている。
その検問の一つに引っかかったのは、今日はこれが初めての事だ。
むしろこの状況下で動くような馬鹿がいるとは思わなかった。

184名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:15:03 ID:EB3u4DHo0
( 0"ゞ0)「そちらで対応を」

当然の返答だ。
正直なところ、この事件に関してオアシズ側が持つ責任というのは乗客の安全を守る事であり、島の安全回復を手助けする義理はない。
失態を犯したのはジュスティアであり、オアシズではないのだ。
第一、島全体を封じたのはジュスティア側であり、怪しげな車両・人物の判断は彼らに一任されている。

オアシズの警備員が行うことはと言えば、ジュスティア側が許した人間が本当に安全なのかを確かめることと船の安全を維持することであり、遠く離れた検問所に指示をすることでもない。
仕事が分業されている以上、余計な介入は無用。
特に、大きな事件に関わり合いになるのは御免こうむる。
例え仲がよかろうとも、その一線を越えてしまえば双方の仕事に支障がでる。

互いにやるべきことをやる。
それが仕事だ。

『自称新聞記者の男で、市長と話がしたいと言っている。
緊急の用件だそうだが、どうする?』

( 0"ゞ0)「追い返してくれ。 ゴシップ記事を書かれたら俺が市長に殺される」

今朝行われたライダル・ヅーの会見によれば、モーニング・スター新聞は昨晩の火事について独自の調査を行い、記事に書き起こし、事件解決の妨害をしたらしい。
そのような前歴のある新聞社を、みすみす船内に招き入れる訳にはいかない。
市長も同様の意見であろうことは、火を見るよりも明らかだ。
沈静化の方向で進んでいる船内を再びかき回されようものなら、オアシズは再び大きな損害を受けることになる。

自分たちの行った愚かな報道を顧みずに来たのであれば、彼らの厚顔無恥な振る舞いに対して暴力で応じる他ない。

『了解』

185名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:18:20 ID:EB3u4DHo0
そして、無線機から音が途絶えた。
再び訪れた静寂の時間。
興味本位で記者が近付いてくるかもしれないことが分かった警備員たちは、一層気持ちを引き締めて警戒にあたることにしたのであった。

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                    Ammo→Re!!のようです

            Ammo for Tinker!!編   第八章 【brave-勇気-】

                                          August 10th PM06:24
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海から吹き付ける風は冷たく、肌寒くすらあった。
黄色い塗装のタクシーからは排気ガスが程よい熱を悪臭と共に吐き出され、車の傍は風さえなければ程よい温度を保っていた。
期待していた言葉が得られれば風の冷たさなど喜びで忘れる事が出来たのであろうが、男が期待していた返答は得られなかった。
風は、容赦なくその強さを増し始める。

絶望的な経験はこの三日の内に何度も経験してきたが、これほどまでに心折れるとはアサピー・ポストマンは思いもしなかった。
せっかく状況を好転させ得る情報を持っているというのに、相手方はそれを求めていない。
当然の展開と言えばその通りであるが、自分の持つ情報が見向きもされないというのはあまりにも悲しい話だ。
そして今、アサピーはもう一つの危機と直面していた。

命からがら急いでタクシーに飛び乗ってオアシズを目指したのはいいが、肝心の金がなかったのだ。
気付いたのは乗車して目的地を告げ、メーターが三十ドルを示した時だった。
着の身着のまま病院から連れ出されたため、金になりそうな物は何一つ身につけていない。
金銭がないままにタクシーを転がしてしまった以上、金は払わなければならない。

186名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:22:23 ID:EB3u4DHo0
しかし無い袖は振れない。
逆立ちしたところで一セントも転がっては来ない。
このままでは運転手に警察に突き出されて投獄されるのは必至。
ただでさえ方々から狙われている上に、警察はアサピーを目の敵にしている。

その理由を作ったのがアサピー自身であることが、更に最悪だった。
エラルテ記念病院で起こった火災事故を“事件”として記事にして、警察全体に良くも悪くも多大なる影響を及ぼした。
己の行動によって多くの警察官が迷惑をこうむり、捜査に支障が出ることは記事を形にする前に分かっていたが、止められない思いというのも世の中にはある。
何よりもアサピーが信じているのが、真実を表にするという行為の持つ絶対的な正義だ。

秘密裏に処理されてしまう事件の影というのは、公に出来ない後ろめたさがあるものである。
問題なのはそれが隠され続け、特定の人間だけが墓場に持っていくという特権を有していることだ。
情報は公平であり、その公平さの中で初めて善悪が決定する。
単純な殺人一つを見ても、それが自らの尊厳を守るための行為なのか、それとも快楽を目的としたものなのかは情報無くして判別できない。

民衆は真実を欲しているのだ。
欲しているのだから、与えるのだ。
それこそが記者。
それこそが、アサピーの心掛ける記者の絶対的な信念である。

信念を貫き通すためには必要な物がある。
この世界を動かし、変え得るものと同様に“力”だ。
マスメディアはその力を腕力、武力以外で持つ言わば第三の力を掲げる存在。
その一員であるアサピーがこの状況を打破するには、その力を使う他ない。

使える力は情報の収集とその発信である。
これまでに手に入れた情報を利用して、何かしらの突破点を見つけなければアサピーは無賃乗車の罪で投獄される。
そんな愚かな話があろうか。
ティンカーベルを大きく揺るがす事件の片鱗を握りながらも、くだらない罪で投獄されるという事が愚か以外の何に思えよう。

187名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:24:46 ID:EB3u4DHo0
島の状態を考えれば、オアシズは絶対的な安全圏。
そこに逃げ込み、手に入れた情報をトラギコに共有するための手段を模索すれば大きな進展が期待できる。
だというのに、オアシズ側はアサピーを受け入れてくれない。
果たして本当に、今目の前にある検問所の人間はアサピーが話した通りの言葉を伝えてくれたのだろうかと心配になる。

オアシズの停泊する埠頭に通じる橋は言わば最後の砦であり、そこを守るための検問所は海沿いの道を完全に封鎖する形で配置されている。
車両を使って強硬突破を試みようなら即座に破壊するだけの装備があり、武器がある事をアサピーはタクシーから確認した。
いくら運転手を脅してもオアシズへ到着する間もなく爆殺されるに違いない。
急造されたにも関わらず検問所は厳重な状態にあり、二人一組で砂浜を警戒している様子が伺える。

確実なことは言えないが、おそらくは橋の上にも数か所の検問所があるのだろう。
複数個所に分担して道を封鎖することで、取り逃がしや取りこぼしを防ぐ効果が期待できる。
それでも防げるのは物理的な問題であり、情報はそう簡単にはいかない。
人から人へと伝えられる情報以外にも、紙やラジオを通じて伝えられる情報を完全に封じるのは不可能だ。

その自由さこそが情報の強みであり、そして弱みでもある。
実際に必要とする人間に伝わらなければそもそもの効果がない上に、そこに悪意が紛れ込めば情報は本来の方向性を失い、暴走してしまう。
生き物のように繊細で、大砲のように強力なもの、それが情報だ。
特に人伝いの情報伝達は誤解が生じたり、連絡内容に徐々に間違いが紛れ込んだりするのが常である。

そういった情報の特性を理解した上でそれを取り扱うのがプロだ。
仕事をする人間の全てがプロであれば誰も困らないが、世の中そうもいかない。
無能な人間もいれば、化け物じみた能力を持つ人間もいる。
今回の場合、アサピーの状況を端的に伝えたりすれば当然伝わらないし、そのように扱われれば断られるのが道理。

せめてこちらの服装からただならぬ状況を察してほしいし、病院から連れ出された経緯を軍人が共有していればまだ身動きが取れる。
しかしながら、詰所から帰ってきた男の反応を見る限りでは情報共有はなされておらず、丁寧に説明したとは思えなかった。
情報はこうも簡単に死ぬのだ。
改めて話をするように頼み込むアサピーに対して警備の男はライフルから手を放すこともなく、短い言葉で彼に再び退去を命じた。

188名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:27:24 ID:EB3u4DHo0
|゚レ_゚*州「悪いが、例外は認められない。 話をしただけでもありがたいと思え」

(;-@∀@)「ああそりゃあどうもありがとうございます。
      でもですね、軍人さん。 どうしても話をせにゃならんかもしれんので。
      アサピー・ポストマンって聞いたことないですかね?」

食い下がることは記者として必要な資質の一つである。
駄目だと言われて引き下がるようでは、記者失格だ。
例え相手が柔軟性の欠片も持ち合わせていない人間だとしても、だ。

|゚レ_゚*州「話は以上だ」

(;-@∀@)「以上だ、って…… この事件に関する重要な情報があるんですってば!!
      ここに来たのだって、あなた達の仲間が襲われて大変なことになったからで。
      だもんで、とにかく僕の話を!!」

|゚レ_゚*州「ならここで話せ」

堅物。
これがジュスティア軍人の理想的な対応であり、一般的な対応であった。
マニュアルに対して絶対服従、規律遵守の性格は警備員としてはこの上なく必要な能力である。
逆に、個人の裁量で動かれては警備の意味がなくなる。

最高の警備員に人間性は不要と著書内で記したのは、ジュスティア警察の最高責任者、ツー・カレンスキーだ。
軍の元帥であるタカラ・クロガネ・トミーも兵たちに同様の躾を施しているらしく、軸のぶれなさが如何にもという具合である。
反抗するアサピーの様子を見て、新たに二人の兵士が現れた。
威圧的な視線を向けられるが、それでも諦められない。

189名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:31:48 ID:EB3u4DHo0
諦めればこれまでの努力が無駄になる上に命の危険に晒され、無賃乗車の罪で逮捕されてしまう。
突破口を得るまでは梃子でも動くまいと決め込んだアサピーは、これで生じた犠牲や被害に対しての責任について問うことにした。
正に、その時である。

(::゚J゚::)「……まて、お前がアサピーか? モーニング・スター新聞の?」

地獄に仏とは、まさにこの事。
首を縦に激しく振って男の言葉を肯定する。
アサピーの名を知る話の分かりそうな男が現れ、事態が好転するかに思われた。
だが。

(::゚J゚::)「お前が今日の朝刊を書いた糞記者だな!!」

(::0::0::)「何?!」

|゚レ_゚*州「……ほほう」

事態が思わぬ方向に動き始めた。
それまでの空気とは打って変わり、兵士たちが向ける視線の中に嗜虐的な物や怒りの色が伺える。
興味を持たれたのは大いに嬉しいことだが、この展開は好ましくない。
空気の変異に対してアサピーは身の危険を感じ、一歩下がって背中をタクシーの扉に預けた。

極力名前と会社名を出さずにおいたのは、こうなることが怖かったからだ。
警察に恨まれていれば当然、軍人にも恨まれているしジュスティア関係者の全員に嫌悪されているはずだ。

|゚レ_゚*州「予定変更だ。 ちょっとこっちに来い」

(;-@∀@)「あ、いや、やっぱり遠慮しときます」

(::0::0::)「まぁまぁ。 タクシー代は払っておいてやるから」

190名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:36:50 ID:EB3u4DHo0
(;-@∀@)「あ、こりゃどうも」

首根っこを掴まれたアサピーはテントの幕内に連れていかれ、状況の進展に内心で喜んだ。
その喜びが恐怖に切り替わるのに時間はそうかからなかったのは、無言で椅子に座らされ、両手両足を結束バンドで拘束されたからである。
明らかに歓迎ムードではないのは分かっていたが、ここまで乱暴に扱われるとは思いもしなかった。
せいぜい唾や罵声ぐらいで済むと思っていたが、それどころでは済まないのは間違いない。

(;-@∀@)「これは、流石にやりすぎじゃないっすかね?」

ハードSMで互いに楽しもうというわけではなさそうだ。

(::0::0::)「やりすぎかどうかは、結果次第だろうな。
     俺たちは記事を書けないが、これからやる事がどういう効果を生むのかは分かっているつもりだ」

(;-@∀@)「あ、怒ってます?」

(::0::0::)「まさか。 とりあえず俺たちは不審者を捕まえて、尋問をするんだ。
     仕事だよ、仕事。 お前が何者なのか、口を割ってもらうまで尋問する」

彼らがここに連れてきた意味が分かった。
不審者への尋問という形で、今朝の記事を生み出したアサピーに対して復讐しようというのだ。
あくまでも職務上の行為故に咎められることもなければ、彼らの行為に間違いはない。
罵倒するよりも遥かにストレス発散になる。

(;-@∀@)「ぼくは怪我人ですよ!! 怪我人に対して非道なことをして、恥ずかしくないん――」

それ以上の言葉を紡ぐ前に、アサピーの口に絞り雑巾が突っ込まれた。
泥と腐った水の味がした。

(::0::0::)「まずは口の利き方を直させなければなあ」

191名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:40:22 ID:EB3u4DHo0
|゚レ_゚*州「任せな、教育は得意なんだ」

男は指の骨を鳴らしながら近づき、左手の拳を握り固める。
その事前動作が示すのはただ一つ。

(;-@ロ@)「もぼぼー!!」

振り下ろされた拳が、アサピーの太腿を直撃した。
激痛のあまり飛び上がりそうになるが、椅子から離れることが出来ない。

|゚レ_゚*州「俺たちに舐めた口を利いたら、次は殴るぞ。
     今のは撫でただけだ。 そうだろ?」

(;-@ロ@)"

首肯する他ない。
拳を使わずに口頭で済ませられないのかと言いたかったが、どうにか耐える。
しかし。
男が全くおかしなことを話し始めた時、アサピーは自分の考えが甘いことに気付く。

(::0::0::)「さて、質問を始めるか」

当たり前の話ではあるが、口の中に雑巾が入ったままでは二択の質問以外に対して答えることは不可能だ。
初めから何も聞く気はないのだ。
これは痛めつけるための儀式、そして遊びの一環。

|゚レ_゚*州「クラーク、道具は?」

( ''づ)「ほらよ」

192名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:45:05 ID:EB3u4DHo0
新たな男が持ってきたのは、黒い布とバケツに入った水。
何に使われる道具であるかは、一目瞭然だった。

=(;-@ロ@)=

迫る男の手から逃げるようにして体を激しく揺らして抵抗するも椅子を倒されて無駄に終わり、布を被せられて視界を奪われる。
恐らくは水を使った最も手軽な拷問方法、それがウォーターボーディングだ。
布を伝って水を鼻や口から流し込むことで、人体に溺れていると錯覚させることで苦痛を与える拷問であり、軍や警察の情報収集でよく使われている。

(::::::::::)「んー!!」

講義も虚しく、アサピーの顔に海水がかけられた。
一度にかけるのではなく、鼻の穴に流れ込む量が多くなるように少しずつ必要な場所に流してくる。
口は閉じればどうにかなるが、鼻の場合はどうにもならない。
意図的に封じる訳にもいかず、口の中の雑巾のせいで呼吸は鼻に頼らざるを得ない。

結果、尋常ではない量の海水が鼻を通じて体内に――と錯覚させている――流れ込み、アサピーはもがき苦しむ。
水を吐き出すことも叶わず、最小の水で溺れさせられる。
程よく苦しんだところで布が取られ、口からも雑巾が抜き取られた。
海水を吐き出し、せき込む。

(;-@д@)「ごっほ、げはぁっ!!」

(::0::0::)「ああ、悪い。 雑巾を取るのを忘れてたよ」

人生に最悪の一日があるのだとしたら、アサピーにとってそれは間違いなく今日だ。
再度布をかけられ、水を注がれ、たっぷりと苦しんでから解放される。

(;-@д@)「は、はなしを……」

193名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:49:43 ID:EB3u4DHo0
|゚レ_゚*州「しつこい奴だな」

(;-@д@)「お願いですから、話を…… ぎゃっ!!」

ブーツの爪先が、アサピーの太腿を直撃した。
恨まれるのは記者としてよくある話ではあるが、拷問されるという話は聞いた試しがない。

(::0::0::)「まだ素直になり足りないらしい。
     もう一度だ」

そして、濡れた布がアサピーの視界を覆い尽くした。

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August 10th                              .,.,,....::;:;;.,:;:;;.,::;;:;;;;;;;;;;;;; PM07:11      
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初めて新聞というものに興味を持ったのは、六歳の時だった。
その時期、アサピーの友人たちが話題にしていたのは漫画本やコメディアンの話で、誰もニュースには興味を持っていなかった。
勿論、アサピーも最初は漫画やラジオドラマの話が面白く感じていたのだが、八月六日のモーニング・スター新聞の朝刊が全てを変えた。
世界最大の鉄道都市“エライジャクレイグ”が手掛ける線路工事の地域が拡張され、数十年以内に世界最高峰のクラフト山にまでそのレールを広げるという計画が書かれていたのである。

鮮明に記憶しているのは、カラーで描かれた線路図とそれがもたらす世界への影響だ。
要点を捉えた記事は彼の想像力を大いに掻き立て、エライジャクレイグが新たに開発した列車の内装は彼に夢を与えた。
そこで列車に興味を持てばまた異なった未来が待ち受けていたのだが、アサピーがその心を奪われたのは写真だった。
一枚の写真、そして複数の文章が与える力に魅了され、いつしか自分も新聞記者として活躍して世界中の様子を伝えたいと思うになったのだ。

194名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:56:10 ID:EB3u4DHo0
関わった――というよりも、一人で作り上げた――学級新聞が校内で表彰され、景品として渡されたポラロイドカメラは文字通り壊れて動かなくなるまで使い続けた。
思えば安物のカメラであったが、この上のない宝物としてアサピーはそれを使った。
最初に撮影したのは家事をする母親だった。
それが遺影になった日、十三歳になったアサピーは真実の普及に対して妄執的な考えを持つようになる。

精神的に不安定な女が運転する乗用車が歩道に突っ込み、歩行者七人が次々と撥ね殺された。
悲惨な交通事故として処理された突然の死に対して、アサピーが求めたのは真実だった。
事故が起こったアサピーの生まれ故郷である“潮風の街”、カティサークは幸いにしてジュスティアと契約して警察と司法が行き届いていたため、犯人はすぐに逮捕された。
問題となったのは、犯人の責任問題や事件が起こった背景にあったが、街の長の意向で犯人の名前や出自、事件の詳細などは一切公表されなかった。

裁判が行われたが傍聴席は解放されず、一般への公開もなかったことが事故の背後に何かがある事を匂わせていた。
秘匿された真実は逮捕から二日後に下された懲役七年という罰で隠され、遺族以外の記憶から風化するかに思われた。
事故の真実を教えてくれたのは、新聞だった。
複数の新聞社がこの事故の背後関係などを調べ、一年後、モーニング・スター新聞社のライバルであるオトコウメ・ニュースペーパーが一面を使って報道したのである。

そして公になったのはカティサークの長と犯人との間で金銭的な取引があり、意図的に情報が隠され、刑罰が軽くなったという真実だった。
司法はあくまでも警察と契約を交わしている人間の意見を反映するための機関で、いわば警察のおまけだ。
どれだけ非道な真似をしたところで、契約者がそれを非道と認めず、重い罰を望まなければそれまで。
事故が事件へと変わった瞬間、アサピーは救われた思いがした。

知りたかったのは理不尽の理由。
犯人の死に方よりも、理由に関係する情報の方がアサピーを救ってくれた。
真実とはあるべき人の手元に帰すべき物で、選ばれた人間だけが眺めていていいものではないと感じたのはこの日からの事。
以降は写真を取り、雑誌に投稿し、出来る限りメディアに関わりを持ち続けようとした。

アルバイトで貯めた金でカメラを買い、写真を撮り、新聞社や雑誌社に送る日々が続いた。
苦しい生活が続く中でもアサピーが耐えられたのは、夢があったからだ。
いつの日か隠された真実を写真に収め、世界に向けてそれを公表すると云う夢。
息苦しさを覚え、アサピーの意識がそこで覚醒した。

195名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 19:59:32 ID:EB3u4DHo0
(;-@д@)「げほっ、ごはっ!!」

飲み込んでしまった海水を吐き出す。
雑巾の風味が程よく合わさり、嘔吐感を誘発する。
しかし全ては錯覚による影響だ。
実際に溺れたわけではないので、水はあまり飲んでいない。

錯覚により体が反応しているだけで死ぬわけではないのだ。

从´_ゝ从「ほら、起きたか?」

(::0::0::)「あと少しで死ぬところだったが、気分は?」

時間は分からないが、どうやら気絶していたようだ。
死にかけたというのに、全く悪びれる様子のないジュスティア軍人たち。
男達がいくらアサピーに対して恨みを持っているにしても、いささかやりすぎだ。
が、間違ってもそれをここで糾弾しようものなら間違いなく殺される。

糾弾するとしたら、生きて帰ってからだ。

从´_ゝ从「覚えておけよ、新聞屋。
      お前らが捜査を邪魔するたびに、俺たちの仲間はこんな気分になるんだ。
      一歩間違えれば死にかねない仕事をしているんだよ、俺たちは」

ようやく終わりが見えてきたのを察したアサピーは、彼らが反省を求めていることを理解した。
記事が生むのは良い影響だけではないのは重々承知しているが、悪影響をこうむる人間の種類を深く考えたことはなかった。
最初の頃は良心の呵責があったが、それは意味のない葛藤だと断じて忘れることにした。
無意識下で意識しないようにしてきたのは、記者として生きるためだ。

196名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:01:07 ID:EB3u4DHo0
知らないわけではない。
ただ、考えないように生きてきただけである。
記者は読者が求める真実を見つけ出し、掘り出し、作り出し、そして生み出す。
そのためには誰かが傷つくことを考えてはいられない。

分かっていることだ。
拷問されて思い出すようなことではない。
それでも、今一度考えるいい機会になった。
そう思わなければ、この受難はあまりにも耐えがたい。

新聞記者を辞める日が来たら、この事を自叙伝として出版してもいいぐらいだ。

(::0::0::)「これに懲りたら、もう二度とあんなことをするなよ」

腕の結束バンドをナイフで切り、男がそんなことを言う。
無論、話を聞くつもりはない。
せめてもの反抗として、アサピーは返事をしなかった。

(::゚J゚::)「……おい、何をしているんだ?」

足を固定している結束バンドにナイフの刃が食い込みかけた時、テントの幕を開けて入ってきたのはアサピーの正体を告発した男だ。
声色に滲み出るのは批難の色。
既視感のある嫌な予感に、アサピーは身を震わせた。

从´_ゝ从「あぁ、痛めつけたからもう帰す。
      怪我をしているようだしな」

(::゚J゚::)「何を甘いことを。 こいつを帰したら、また同じことをするぞ」

197名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:06:38 ID:EB3u4DHo0
从´_ゝ从「その時はまた捕まえるだけだ」

先ほどまで痛めつけていた男の声に、もう憎しみのそれは窺えない。
生粋のジュスティア人らしい対応であり、頼もしくすら思える。
今現れた男はアサピーを敵として認識しており、紛れもない憎しみの感情を持っている。

(::゚J゚::)「こいつは今ここで殺しておこう」

(::0::0::)「おいおい、正気か? 何でそんなに殺すことにこだわるんだ?」

(::゚J゚::)「当たり前だろ」

さも当然のように言い放ったその言葉からは、一片の揺るぎも感じ取れない。
害虫を見つけたら殺す、そんな風にしか聞こえなかった。
アドレナリンによって紛らわされていた恐怖が、今になってアサピーの体に寒気を思い出させた。
痛めつけるのではなく殺されるという行為に幾度となく晒されてきた彼は、殺意と呼ばれるものに敏感に反応することが出来るようになった。

(::゚J゚::)「そいつは、ここで君たちに殺される予定なんだ。
     ただでさえ予定が狂っているんだ、ここらで修正しないとね」

徐々に変わりゆく男の様子。
この雰囲気、アサピーは知っている。

从´_ゝ从「何を――」

(::゚J゚::)「お休み」

男が放った台詞と同時に、男二人が昏倒するようにして倒れる。
二本のワイヤーが男たちに繋がっていることから、テーザーガンを使ったのだと推測できた。
本来であればすぐにでも逃げ出したいのだが、足と椅子がまだつながったままのために起き上がる事すら叶わない。

198名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:13:44 ID:EB3u4DHo0
(::゚J゚::)「さて、そういうわけで死んでもらおうか」

その外見、口調や声色こそ違うが、放つ雰囲気は既知の物。
モーニング・スター新聞社を襲い、同僚を殺し、アサピーを殺さんとした男のそれと酷似している。

(;-@∀@)「ひょっとして、ショボン・パドローネ?」

(::゚J゚::)「……ほぉ、よく分かったね。
     流石に成長するか。
     ま、意味ないんだけどね」

あっけのない肯定の後、ショボンはアサピーの腹部を蹴り上げた。
呼吸が止まり、悲鳴を上げることも出来ない。
仮に悲鳴を上げたところで、この場所に連れてくる姿を見られている以上、助けは期待できない。
ジュスティア警察や軍隊を敵に回しているアサピーを助ける酔狂な人間など、少なくともこの検問所にはいないだろう。

完璧な変装をしたショボンは慣れた手つきで痛みに喘ぐアサピーを再び椅子に固定し直し、雑巾を口に突っ込んだ。
そして布を被せ、水をかけ始める。
拷問は適度に苦痛を与え続ける物だが、ショボンの場合は殺すために行う。
そのため、海水は途切れることなくアサピーの鼻に注がれ、体力と冷静さを奪い続ける。

何度も咳き込んで口から吐き出そうとするも雑巾が邪魔をして、上手くいかない。
尋問中の事故死を装うのならば、この殺し方しかない。
すでに幾度も痛めつけられていたせいで意識を逆転のための思考に割くだけの余裕はもはや残っておらず、殺されるのを待つ他ない。
あと一歩。

本当に、あと少しという所でオアシズに辿り着けるというのに。
アサピーに出来るのは空気を求め、塩水を吐き、楽になる事を求めて抗うだけ。

「……ん?」

199名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:19:11 ID:EB3u4DHo0
ショボン――声色は別人――の声が、何かに気付いた風に漏れ出た。
その間にも海水をアサピーに垂らすのを止めることはなく、本当にショボンが声を出したのを聞いたのかどうかも怪しい。

「今度は番犬の登場か」

そしてその言葉を最後に、アサピーはその日三度目となる気絶を体験することになった。

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<_プー゚)フ

相性を考えれば、ダニー・エクストプラズマンにとってショボン・パドローネという男との戦闘で負けはないはずだ。
この禿頭の男はあれやこれの下地を作ってから戦いに挑むタイプで、突発的な戦闘を好まない性格をしている。
逆を言えば、ショボンはこうした突発的に発生した状況下での戦闘を苦手としているという事だ。
多少の危険が伴ったが、アサピー・ポストマンを泳がせておいて正解だった。

これがライダル・ヅーの仕掛けた第二手目。
何度も命を狙われるだけの価値を持つ男を餌にして、最重要目標を釣り出すという作戦は見事に形を成した。
新聞社で対峙したショーン・コネリの報告を聞く限り、ショボンの持つ強化外骨格はBクラスのコンセプト・シリーズ“ダイ・ハード”。
近接戦で高い能力を持つダイ・ハードが相手ならば、エクストの“ダニー・ザ・ドッグ”の方が優位にある。

200名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:23:43 ID:EB3u4DHo0
高周波発生装置を搭載しているとはいっても、それは脛にある楯と各関節に仕込まれたナイフだけの話。
同じく一つの能力に特化して設計されたダニー・ザ・ドッグは全身が高周波兵器だ。
短期決戦を狙えば、負けることも仕留め損なう事もあり得ない。
しかもショボンは、強化外骨格を手元に置いていないというハンデがある。

今ならば難なく殺せる。
が、この男は恐ろしくしたたかな性格の男だ。
こちらが棺桶を身に纏う隙にアサピーを殺し、この現場を離脱するだろう。
エクストにとってアサピーの命は第三番目の優先順位にあり、いざとなれば切り捨てても構わない存在だ。

重罪犯の確保、もしくは殺害に次いで優先されるのが犯人の逃亡の阻止である。
棺桶が使えないのは、第三位までの優先事項を一気に破りかねないからであり、アサピーの命を心配しているわけではない。
かと言って、事前に装着した状態で移動しようものならば跫音で気付かれ、同じ結果になる。
銃か、それとも近接戦闘か。

最も好ましいのは近接戦闘だが、ショボンはそれを絶対に避けてくる。
戦いに応じれば御の字で、逃げられる可能性の方がはるかに高い。

(::゚J゚::)「で、どうする? 捕まえるか? それとも殺す?」

<_プー゚)フ

見え透いた挑発だ。
声帯を損傷しているエクストが言葉を発するためには、人口声帯を取り出して使う必要がある。
それは致命的ともいえる隙を産む。
言葉に言葉で応じる必要はない。

予期できる動きを計算に入れ、チャンスを窺う。

(::゚J゚::)「無視かい? 騎士らしくもない」

201名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:29:19 ID:EB3u4DHo0
言葉を黙殺し、逆にその隙を狙ってエクストは攻撃の手段を選択してから実行に移す。
この間、コンマ七秒。
背負っていた強化外骨格を降ろし、駆け、握り固めた左の拳をショボンの腹部に放つ。
呼吸を止めて隙を作り出すための定石に対して、ショボンは予期していたような動きでそれを掌で受け止める。

(::゚J゚::)「ったく、これだ――」

予想通り。
接近できればそれでいい。
この拳はショボンを戦いの舞台に連れ出すための拳。
これでようやく幕が上がるというものだ。

超至近距離から放つ後ろ回し蹴りが、動物的な反応速度で後退したショボンの頬を掠める。
変装用のマスクが吹き飛び、テントの壁に叩き付けられる。

(´・ω・`)「――あっぶないな」

当たれば顎の骨を砕き、首の骨を折る一撃。
頬に掠りでもすれば脳震盪を誘発させられたのだが、文字通り皮一枚のところで回避された。
これほどの威力を持つ蹴りを涼しい顔で受け流せる人間は稀有で、改めてショボンの実力を認識する。
続けて放つ足払いを難なく回避したショボンは、腰に手を伸ばした。

武器の使用を予期し、その種類を想定する。
対刃物、対拳銃の訓練と実戦は十二分に経験している。
対爆破物の実践はまだ十数回程度。
少し心もとないが、仮に爆発物を使用されても自らの命を守るだけの対応は出来るはずだ。

何を取り出すのかと身構えたエクストに投げつけられたのは、円柱の物体。

<_プー゚)フ「っ!!」

202名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:34:19 ID:EB3u4DHo0
――フラッシュグレネード。
次に起こるのは閃光と耳を聾する破裂音。
どちらも一時的に人体からその機能を奪い取る効果があり、エクストは腕を眼前で十字に組んで視覚の防御を行った。
そして生じる落雷にも匹敵する閃光と爆音がテントを満たす。

視覚は守られ、聴覚は奪われた。
暗闇の中で人間が真っ先に頼るのは視覚ではなく聴覚だ。
何が起きているのかも分からない中、手さぐりで動くのはあまりにも危険。
動かないのはもっと危険である。

素早く腕を解いて、エクストはショボンの行方を目で追いつつ、アサピーを庇える位置に立つ。
直後、エクストの正面にショボンの姿が現れる。
回復していない視力を使って、エクストは右足を軸にした回し蹴りで相手を牽制。
これ以上の接近を許さず、また、武器による殺傷を回避する一撃だ。

接近戦を好むはずのないショボンが接近したという事は、拳銃ではなくナイフしかないと考えられる。
事実、回し蹴りを放った左足の太腿に熱を感じる。
切られた。
傷の深さは大したことはなさそうだが、警戒しておく必要がある。

浅くとも何度も切られれば血が失われ、やがては死に至る。
次第に回復してきた視力が、ショボンの姿をはっきりと捉えた。
彼の背にダニー・ザ・ドッグが背負われていることを除けば、何一つ問題はなかった。

(´^ω^`)「あっはっは、これはもらっておくよ。
      こっちの作戦の邪魔をした代金だと思っておくんだね」

<_プー゚)フ「……!!」

203名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:36:44 ID:EB3u4DHo0
狡いショボンの得意とするのが、目を逸らすことの出来ない事態を用意して本命から目を逸らさせるという行いだ。
この短時間の間によくもそれだけ考えられるものだと褒める反面、それを許してしまった自分がふがいない。
だがしかし、棺桶には起動コードがいる。
ダニー・ザ・ドッグのコードはエクストの首にあるセンサーに指をかざさなければならず、あのままでは使用は出来ない。

それに、コンテナに入った強化外骨格はかなりの重量になるため、走ることは困難になる。
つまり罠。
こちらを憤らせ、怒らせ、判断力を削いで勝機を見出すための罠なのだ。
素早くショボンの目論見を見破ったエクストは、構わず近接戦闘を再開することにした。

ナイフを持っていようが、当たらなければいいだけの話。
少しゆるく握った拳の中指を立て、地面を強く蹴って地を這うように低く疾駆する。
僅かに驚きの表情を浮かべつつもショボンは逆手に構えたナイフを振り、エクストの前髪を数本切り落とす。
遅い。

拳を繰り出すと見せかけて放つのは、重量によって跳躍がままならない無防備な足を狙った脚払い。
当たる寸前、ショボンはナイフを振り切った反動を利用して背負ったコンテナでそれを防ぐ。
ブーツの固い爪先と金属がぶつかり、鈍い音を鳴らす。

(´・ω・`)「危ない危ない」

そのままコンテナを肩から降ろして、ショボンは逃走を図る。
背を見せてテントから出て行ったその瞬間を、エクストは待っていた。
姿勢を整え、コンテナを背負い、親指を喉のセンサーに当てて横に引く。
すぐさま体全体がコンテナに包まれ、強化外骨格が体を覆う。

似`゚益゚似

204名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:40:58 ID:EB3u4DHo0
嗅覚センサーを最大値にまで引き上げ、ショボンの匂いを識別させる。
カメラが映し出す視覚情報に映像として同期された匂いの色が、彼の逃走経路を浮かび上がらせる。
整備士以外にはあまり知られていないが、ダニー・ザ・ドッグには他の強化外骨格よりも遥かに優れた嗅覚センサーが搭載されており、それを映像化することが可能なのだ。
周囲にある多くの匂いが種類に応じて彩られ、視認可能な情報としてカメラに表示される。

その中から必要な匂いだけが残り、ショボンの軌跡を教えてくれる。
風で匂いが霧散する前に追いつくべく、エクストはテントを飛び出した。
夜間でも真昼のように明るく鮮明な映像を映し出すことの出来る両眼のカメラが、そこに転がる静かな死を見つけ出した。
警備をしていた男たちが倒れ伏し、口から血の泡を吹いて呼吸することなく虚ろな目を夜空に向けている。

僅かだがショボンの香りがそこに残されている。
体温の低下が見られることから死後間もないというわけではなく、アサピーが拷問を受けている間に殺されたようだ。
ショボンの匂いは高く積まれた土嚢の裏に続いていたが、追う必要はなくなった。

(::[-=-])『ったく、今日はとことん犬野郎に邪魔される一日だ!!』

土色のデザートカラーをした強化外骨格、ダイ・ハードが猛烈な勢いで飛び蹴りを放ってきたのである。
ショボンは逃げようとしたのではなく、棺桶を身につけるために時間を稼いだのだ。
その行為が如何に愚かなことか、エクストは教えてやろうと決めた。
脛を守っていた楯が足首の位置に移動して固定され、巨大なナイフとしてダニー・ザ・ドッグの装甲を抉ろうとする、その刹那。

エクストは全身の高周波装置を起動させ、破壊兵器へとその身を転じさせた。
迎え撃ったその手段は正攻法だった。
しかしながら相手は狡猾なるショボン。
無策に突撃をするような手合いではなく、必ず何かを仕掛けてから動く男だ。

否が応でも応じざるを得ない手を選ぶのは、戦闘でも同じ。
一手目の次が本命。
高周波装置を備えた武器同士がぶつかり合い、不協和音を奏でる。
単純に考えて出力される範囲はダニー・ザ・ドッグの方が上であるため、防衛で後れを取ることはない。

205名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:45:05 ID:EB3u4DHo0
互いに破壊の音色を奏でる高周波兵器は、装甲の上を滑るようにして火花を残して別れる。
飛び散った花火の後に残ったのはリンゴを思わせる手榴弾。
これが第二手にしてショボンの本命と見定めたエクストは、それを気にすることもなく追撃を選んだ。
爆風だろうが火炎だろうが、高周波振動を続けるダニー・ザ・ドッグの装甲に傷をつけることは敵わない。

オレンジ色の爆炎と飛び散った鉄片がカメラを覆い尽くすも構うことなく前進し、匂いを頼りに拳足を振るう。
確かな感触を正拳突きに捉え、爆煙が晴れる。
背後からバッテリーを狙っていたショボンが、肘に仕込まれた高周波ナイフで拳を止めていた。
どれだけ強力な強化外骨格でも、電力を絶たれれば機能を停止する。

性能差を埋めるとしたら、そこを狙うしかない。

(::[-=-])『ちっ!!』

似`゚益゚似『ぬんっ!!』

同時に互いを押しのけ、エクストが後ろ蹴りを見舞う。
巨大な二枚の楯がそれを防ぐと同時に、ショボンは跳躍して後退する。

(::[-=-])『どうだろう、見逃してくれないかな?』

似`゚益゚似『死ね、悪党』

(::[-=-])『おお怖い』

とび後ろ回し蹴りに対してショボンは僅かに状態を逸らして回避し、殺した兵士から奪い取ったのであろうカービンライフルを至近距離から撃った。
銃弾は振動する装甲によって砕け散り、鉄粉となって風にさらわれる。
銃身を蹴り払って破壊。
一つの高周波兵器と化したエクストを前には、銃もナイフも爆薬も意味をなさない。

206名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:47:21 ID:EB3u4DHo0
バッテリーの残量が残り五分の稼働時間を示す。
この調子で全身を振動させていれば五分後には動けなくなり、強制的に排出される。
そうなってしまえば有利な立場になるのはショボンだ。
時間稼ぎという目標、それが生み出す効果と戦力差の逆転。

ダニー・ザ・ドッグが持つこの力を知る以上、ショボンはそれが電力を大量に使うことを知っているはずだ。
だからこそ、手榴弾や高周波ナイフ、銃弾を使ってこちらを乗せてきた。
二つの罠を用意したうえでの目的に気付いた時には、もう、エクストは引き返すことが出来ない事を悟った。
ここで殺すか、殺されるか。

引くという選択肢はなく、それがあったとしても選ぶような人間ではない。
円卓十二騎士の一人として、エクストはここで勝負を決する覚悟があった。
勝負は五分以内。
その間に終わらせる。

ここで小悪党は死ぬのだ。

(::[-=-])『だけどね、犬と遊んでいる時間も無いんでね。
      僕は失礼するよ。 この場所に仕掛けた爆弾が爆発する前にね』

似`゚益゚似『っ、貴様!!』

(::[-=-])『ここが吹き飛べば、どれだけの被害になるだろうね』

隠し通すことの出来ない大きな失態を繰り返すことが何を産むか、エクストはよく知っている。
日に数度もそれが起こればジュスティアの信頼は地に落ち、ティンカーベルとの関係は終わりを告げるだろう。
ショボンを目の前で逃して爆発を防ぐか、爆破されることを覚悟でショボンを捕まえるか。
彼に託された選択肢は天秤に乗せるにはあまりにも脆く、重要すぎた。

207名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:50:55 ID:EB3u4DHo0
逡巡というにはあまりにも長い時間を費やすエクストを前に、ショボンは飛ぶようにしてその場を走り去った。
事態を受け入れ、エクストはすぐさま爆弾の仕掛けられた場所を探すことにした。
センサーをフル稼働させ、爆発物を探る。
念入りに排水溝や茂みの中を探すが、何一つ痕跡が見つからない。

捜索開始から三分後、エクストはショボンに騙されたことに気付くのであった。

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         .,''""  '' ´  "   "' ')rl    | .|  !
        ''""〜 ''     ,,     .. ,ヽ|___|/ ..|August 10th PM07:27
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目が覚めた時、アサピーはまず自分が天国や地獄と呼ばれる場所にいるのか、それとも日に二度目となるエラルテ記念病院に運ばれたのかを考えた。
後者であれば再び命の危機にさらされ、今度こそ自由を奪われるだろう。
ともあれ、それは生きている証なのだから文句ばかりも言えない。
ところが前者の場合は話が別である。

カメラがあればそれに収めるか、それとも自由気ままに天国探検をするか、地獄から脱出を試みるか。
そうなれば子供のころに夢見た冒険者になれる。
一度死んでしまえば何をしても怖くない。
意識がある以上は死後の世界にはいないのだと思えるが、案外死の世界でも思考が出来るのかもしれない。

痛みという概念もあれば、現実世界との区別は曖昧となる。
どちらも現実であり、それまでアサピーが生きていた世界とは別かどうかという断定は他者に委ねる他ない。
柔らかな布団に寝かされていることと、近くから潮騒の音が聞こえることから、少なくとも死んだわけではなさそうだ。

208名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 20:57:53 ID:EB3u4DHo0
(;-@∀@)「い、生きてる……生きてるぞ……」

部屋は見事な調度品と家具で彩られていたが、窓が一つも見当たらない。
衣服はみすぼらしい病院の患者着ではなく、洗剤の香りが漂う清潔感のあるパジャマだ。
肌触りがよく、布の質が極めて良い。
腹部の手術跡に当てられたガーゼと包帯は真新しくなっていて、誰かがここに運んだだけでなく世話をしてくれたのだと分かる。

ジュスティアの関係者でない事だけは断言できる。
拷問で殺されかけたことは、必ずや記事にして世間に公表しなければならない。
サイドテーブルの上に水差しが置かれていることに気付き、自らのために水を注いで三杯飲んだ。
出入り口と思わしき扉が開き、現れた人物がこの場所がどこであるのかを教えてくれた。

¥・∀・¥「初めまして、ですね。 私、オアシズの市長リッチー・マニーと申します」

(;-@∀@)「マジかよ、こいつはおったまげ……」

つまりアサピーは、幸運にも目的地であるオアシズへと乗船することに成功したのだ。
いかなる手段を使って船内に運び込まれたのか、それが気になるところだが今はそれどころではない。
真実を世に知らしめるため、是が非でも彼の協力がいる。
むしろ、このオアシズ上で最も権力を持つ男が協力してくれれば鬼に金棒だ。

¥・∀・¥「なにやら、お話があるとかで。
      私でよろしければお話をお伺いしますが」

興奮を押さえつつ、マニーは確実に用件を伝え、目的を果たすべく乾いた唇を舐めた。
三度それを繰り返し、ようやく言葉を口にする。

(-@∀@)「あの島で起きている事を、世間に知らせたいのです。
      そのためにはオアシズの協力が必要不可欠でして」

209名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:01:18 ID:EB3u4DHo0
¥・∀・¥「ほほう、その事態とは?」

より効果的に。
より扇情的に。
心を揺さぶるためにわざと言葉をため、それから発する。

(;-@∀@)「極悪な脱獄犯が――」

¥・∀・¥「“ザ・サード”と“バンダースナッチ”ですか? それで?」

出鼻を挫かれたことに、アサピーは動揺を隠せなかった。
衝撃的とも言える話を知っているのは、どうしたわけか。

(;-@∀@)「ど、どうしてそれを」

¥・∀・¥「あぁ、話の腰を折ってしまいましたね。
      それで、続きは?」

続きを促され、アサピーは気を取り直して続ける。

(-@∀@)「エラルテ記念病院で火事が起こり、今日また襲撃がありました。
      前者の犯人はまだ捜査中ですが、後者、僕を襲撃してきたのはザ・サードでした」

¥・∀・¥「情報が不正確ですね。 貴方が襲われる前に、すでにライダル・ヅー様が襲われています。
      その犯人もまた、ザ・サードです。
      アサピー様、申し訳ないが前置きはさておいて本題に入ってはもらえませんか?
      時は金なり、です。 今はとにかく時間が惜しい」

210名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:04:20 ID:EB3u4DHo0
どうにも雲行きが怪しい。
流石に最初からこちらに好意的だと考えていたのは甘かったようだ。
気を取り直して咳払いをし、アサピーは核心部分を話すことにした。

(-@∀@)「僕が手に入れた情報を整理すると、何者かによって狙撃が三度行われました。
      僕を二度撃ち、エラルテ記念病院でカール・クリンプトンを撃った人物は同一だと思われます。
      証言と実体験を基にお話ししますが、発砲音は聞こえていませんでした。
      ですが、発砲炎を見てその狙撃地点が分かり、発砲音が聞こえなかった理由も分かりました」

これが、アサピーの手に入れた事件解決への大きな足掛かり。
これ以上の情報は、おそらくはマニーには意味がないだろう。

¥・∀・¥「……狙撃については聞いていましたが、場所は?」

(-@∀@)「グレート・ベルです。 狙撃手は、グレート・ベルの鐘の音に合わせて狙撃をしていたのです」

全ての狙撃の際には、必ず鐘の音が鳴り響いていた。
二度はその音の意味があったから分からなかったが、三度目。
つまり、病院から連れ出されている最中に鳴った鐘だけは別。
特に意味もなく、時刻を告げる物でもなかった。

鐘の音の大きさと鳴らされる意味をよく知っているからこそ、アサピーは気付くことが出来た。
では、実際にそのようなことが可能なのだろうか。
問題はそこにあった。
他の音で銃声を誤魔化すことが、果たして可能かどうか。

それを聞くためにも、トラギコとの接触が必要だった。

211名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:09:44 ID:EB3u4DHo0
(-@∀@)「しかし僕は銃器については素人ですので、そのようなことが可能かどうか。
      その裏付けをするために、トラギコ・マウンテンライト刑事とコンタクトを取りたいのです。
      そのために、ここに来ました」

あまり驚いた様子を見せず、笑顔をそのままにマニーは得心した風に頷いた。

¥・∀・¥「なるほど。 やはりそうでしたか。
      申し訳ありませんが、今はあまり手を貸すことが出来ません。
      勘違いをしないでほしいのは、手を貸したくないわけではないのです。
      今、貴方を匿うと多方面に不利益が生じます。

      何故なら、貴方は重要な役割を持った生餌なのです」

(;-@∀@)「生餌?」

¥・∀・¥「貴方は今、ショボン・パドローネらに執拗なまでに狙われていますよね?
      ジュスティアはそこに目をつけ、貴方を餌にして彼らを釣り上げようとしているのですよ。
      現に、二回の成功例まで作ったのですから、今後も同じでしょうね。
      つまり、生餌を庇えば当然被害が生じますし、せっかくの好機をも失うことになります。

      だからこそ、貸せる力は限られます」

一度目は、病院から移動する際。
そして二度目は拷問中に。
どちらもジュスティア警察か軍の人間が傍にいて即応できていたのは、そういうわけだったのだ。

¥・∀・¥「貴方が伝えたいことは分かりました。
      次に、私からの質問です。 貴方は、何を見たのですか?
      危険を冒してまでも彼らが追う、その情報。
      それが何なのかが分かれば出し抜くことが可能です」

212名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:11:53 ID:EB3u4DHo0
(;-@∀@)「何度も考えたのですが、これと言って……
      でも、カメラが盗まれてしまったので正直なところあったとしても記憶には……」

マニーは首を横に振った。

¥・∀・¥「カメラが盗まれてからも、貴方は狙われていました。
      つまり、フィルムではないのです。 貴方が無意識の内に目撃した何かが、彼らにとって不都合なのです。
      思い出してください」

(;-@∀@)「と言っても、本当に覚えがないんですよ」

¥・∀・¥「ファインダー越しに何かを見てしまったとか」

トラギコと出会ってからアサピーが調べてきたのは、事件に関係しそうな情報の収集だ。
その過程で何かを見つけてしまった、と考えて記憶を探る。
朝市の写真にはショボンとデミタス・エドワードグリーンが写っていたが、それはもはや意味を持たないだろう。
情報が古く、そして広く知れ渡ってしまっている。

逆に、そう言った鮮烈な情報以外にこそ答えがあるような気がした。
狙われる直前に行ったことと言えば、爆破現場の写真を撮ったり、情報を聞いたりしただけだ。
その時に撮影した写真が、問題なのかもしれない。
それが考えうる限り最も自然なことだった。

(;-@∀@)「あの、爆破事件についての詳細とかはご存知ですか?」

¥・∀・¥「私の耳に入っている限りでは、これと言った証拠も残っていないために捜査が難航しているとのことです」

奇妙だ。
アサピーはあの現場で見つけた物があった。
恐らくは警察が見つけて捜査に役立てるだろうと思った、ある物が。

213名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:16:58 ID:EB3u4DHo0
(-@∀@)「スーツケースも見つかっていないんですか?」

¥・∀・¥「さぁ、流石に何が証拠物品として回収されたのかまでは私でも分かりかねます。
      それこそ、警察に確認しない限り不可能ですよ」

現場に駆け付けたアサピーが見つけたのは、熱と爆発の威力で変形したスーツケースだった。
それは黒く焼け焦げたのか、それとも元から黒かったのかは分からないが、蓋が半分吹き飛んでいたのを除けばかなり原型を留めていたのは確かだ。
気になる点があるとしたら、それぐらいだろう。
今は思いつくことが少ない。

やはり一度、トラギコを介してジュスティア警察に話を聞かなければ何も分からない。
パズルのピースが欠けた状態でそれを組み合わせることは出来ず、答えに辿り着くことは永遠に不可能である。
狙われる直接の原因は不明だとしても、現場で撮影と取材をしたことが大きく関係していることは確かだ。
撮影したのは証拠品や負傷者の状況で、爆破直後の画像としてはかなりの鮮度を持っていた。

そして最初に襲われたのは、手に入れた情報を持ち帰って整理しようとした時だ。

¥・∀・¥「何はともあれ、貴方を襲ったのは情報に価値を見出す人間の集まりです。
      新聞記者と少し思考回路が似ている点があるので、貴方の方がよく分かっていると思います。
      ねぇ?」

そう。
警察と新聞記者が情報に対して持っている考え方は、大きく異なる。
正確な情報と判断してから公表するのではなく、かもしれない、という可能性の段階で公表する違いだ。
当然前者が警察であり、後者は新聞社全般が持っている考え方である。

ショボンはアサピーが何かを知っているかもしれない、同僚に何かを話したかもしれないという可能性で殺すことを選んだ。
不確かだろうが、知られていたとしたら死んでもらった方が好都合。
全ては自分たちにとって好都合だから、という考えに他ならない。
実に自分勝手で、そして賢い選択だ。

214名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:20:17 ID:EB3u4DHo0
アサピーら新聞社が不確かでも情報を人々の下に手渡すのは、万が一その情報が正しければ新聞社は正義となり、間違っていたとしても不利益にはつながらないからだ。
いわば保険のような意味合いが強い。
それでも、その情報で救われる人がいるのも事実だ。
例えば脱線事故が起こった際に、死傷者の正確な数よりも死傷者がいたのかどうか、という情報の方が喜ばれる。

正確な数字はさておいて、自分の身内や知り合いがそれに巻き込まれたかどうか、の方が大切なのだ。

(;-@∀@)「要するに、僕が殺された方が彼らにとっては都合がいい、と。
      とんだファック野郎どもだ……」

¥・∀・¥「まぁそれは致し方ないことかと。 しかし、貴方が何かしらの可能性を持っているのもまた事実。
      ですが我々としては、別にティンカーベルがどうなろうと構わないのです。
      他の街の話ですからね。 ただ、ここにいつまでも留まるわけにもいきません」

(;-@∀@)「では、僕に協力をしてくれるので?」

期待を込めて尋ねたアサピーに対して、マニーは質問で返した。

¥・∀・¥「一つ訊きますが、この事件を記事にするのはいつですか?」

(-@∀@)「明日にでも……いや、今日にでも!」

力強く断言する。
情報は鮮度こそが重要だ。
すぐにでも号外を発行させれば、たちまちアサピーは英雄の階段を駆け上がることになる。

¥・∀・¥「なら、私は貴方に協力できません」

(-@∀@)「え?」

215名も無きAAのようです:2015/05/10(日) 21:26:01 ID:EB3u4DHo0
全く予想していなかった答えに、アサピーは言葉を失いかけた。

¥・∀・¥「切り取られた真実を記事にして、それが世にもたらす不利益を考えていないからです。
      あなた方がいう所の真実、つまり情報とは断片的な物。
      ナイフの危険性だけを取り上げ、その使い方と利便性を知らせないのと同じですよ。
      不完全な情報を与えて神を気取る人に協力はするつもりがありません」

世界最大の豪華客船の市長の口から出てきたのは、幾度となく聞いてきた言葉だった。
情報がもたらす弊害。
それを知らないマスコミ関係者は一人もいない。
故に、アサピーは決まりきった言葉で返すことにする。

(;-@∀@)「ですが、人々には情報を知る権利があります。
      我々はその手助けをしているだけで――」

言葉を遮るようにして、だが威圧的ではない声色でマニーはその決まりきった言葉を一蹴した。

¥・∀・¥「知る権利ではなく、知りたい人間が知り、そうでない人間は知らないままでいる権利ですよ。
      無理やり押し付ける事を手助けとは言いません。
      餌を待つ豚ならいざ知らず、人間ならば自力で調べるという事が出来ます。
      どうしても情報を与えたいのなら、求める人間にだけ与えるべきではありませんか?

      両親が死んだことさえ理解できない子供に伝えるのが、果たして正義なのでしょうか?
      両親の死体を前にした子供に対してその心境を訊き、それを記事にするのが果たして子供のためになるのでしょうか?
      知ることが必ずしも人にとって幸せとは限らないのですよ」

静かに、そして一言ずつ確かに言い聞かせるようにしてマニーはその口から力のある言葉を連ねた。
反論の余地は、なかった。
新聞記者として、そしてそれを志してからの人生でこれほどまでに短い言葉で黙らされたのは初めてだ。
恫喝に対しての耐性はあったが、こちらが掲げる権利の間違いを指摘する権利に対しては何一つとして言葉は用意されていない。


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