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ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです
686
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:31:07 ID:kH3I6/no0
むしろ見ないことが多いと思うだろう。
このモララーという男。
顔立ちは随分と美形でかつ髪と瞳の色も珍しい赤系統、少し長い八重歯がチャームポイントという恵まれた容姿に加え身体つきも中々良い完璧な美男子。
だが如何せん格好付け過ぎることと訳の分からない発言が多いことで三枚目感が出てしまっている。
いや三枚目感をわざわざ出している妙な若者だった。
道化を演じるという彼なりの処世術なのだろう。
彼は呆れたように説明を始める。
こっちが内心呆れているのには気が付いていないらしい。
( -∀-)「『●棒』って言うのは水●豊が出てる刑事ドラマでさー、特命係っていうのは……警察の雑用係みたいな感じの部署で、にも関わらず事件をドンドン解決するわけですよ」
(‘、‘ノi|「貴様もしかして遠回しに私のことを雑用係と言っていないか?」
一応は管理官と同じ地位だぞ、おい。
(‘、‘ノi|「しかし●谷豊か……私も彼は好きだ」
( ・∀・)「ああテレビ全然見ないわけじゃないんだ」
687
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:32:05 ID:kH3I6/no0
(‘、‘ノi|「『探●事務所シリーズ』も『ハロー!グッ●イ』も大好きだ」
(;・∀・)「古い!今の子知らないんじゃね!?」
そんなに古くはないと思うが……。
最近の流行りは分からない。
(‘、‘ノi|「特に前者は大好きで昔は探偵になりたいと思っていた。現実の探偵を知って諦めたが」
( ・∀・)「ふーん……。じゃあなんで警察に?」
(‘、‘ノi|「学生時代に読んでいた推理小説の主人公が刑事で『こんな奴に解決できるのなら私だってできるはずだ』と思ったのだ。若気の至りだな」
( -∀-)「ちなみに何?」
(‘、‘ノi|「筒井●隆の『富●刑事』だ」
(;・∀・)「さっきより古くなった! ドラマ版じゃなくて!?」
(‘、‘ノi|「ドラマをやっていたのか……そうか、見たかったな」
(;・∀・)「てか『富豪●事』に原作があることを知ってる人の方が少数派だと思うけど……」
688
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:33:05 ID:kH3I6/no0
何故かまた驚かれてしまった。
確かに少し古い作品ではあるが名作なのに。
時代は変わるようだ。
私はふと、この素人探偵に絣の言葉を聞かせてみようと思い立った。
捜査に関することは言えないがあれくらいなら構わないだろう。
(‘、‘ノi|「なあ、おい。素人探偵」
( ・∀・)「いや俺は別に探偵じゃねーけど……何?」
(‘、‘ノi|「モンゴル人、トルコ人、アラスカ人。大神という苗字。関係があるとすれば、なんだ?」
彼は「簡単だ」と言い、続けてこう言った。
( -∀・)+「そりゃ――どれも犬や狼を先祖に持つってことだろ? 『大神』だとしたら」
まるで分からない。
説明しろ。
そういう視線をしてやると彼は更に付け加えて言う。
689
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:34:08 ID:kH3I6/no0
( -∀-)「大神という言葉は日本で狼を表す。気高い獣だから神聖視され祀られたりするんだな……だから、大きな神で、オオガミ」
オオサンショウウオの化身が「半崎」と名乗るのと同じだ、と例を出した。
その例は分からないが名が体を表すことは確かだ。
人間の場合は出自が多い。
ならば神話が元になっている名前に持つ者もいるだろう。
( ・∀・)「実際、アラスカ辺りのインディアンには部族名がまんま『狼』の意味だったりするんだってさ」
(‘、‘ノi|「なるほどな……。言われてみれば納得だ」
犯人を捕まえることにはなんの役にも立ちそうにないが。
そうぼやきかけた私に対しモララーは小首を傾げながら呟いた。
( -∀-)「けど、俺ならヨーロッパの人間をイメージするけどなー……」
(‘、‘ノi|「奴もそう言っていたが……何故だ?」
690
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:35:04 ID:kH3I6/no0
( ・∀・)「ルイ警視はイギリス系だから……えっと、ハーフだっけ?」
(‘、‘ノi|「そうだ。父方の名前だと『流依』となるな。それで、どうした?」
( ・∀・)「ああ。俺はクォーターで、俺の家、父親までは西ヨーロッパだから」
西洋、特にヨーロッパの人間が「狼」を名乗る人間を知って。
そしてその人物の出自に関係するものだと聞いたのなら。
きっと。
( -∀-)「『大神』と聞いて、ふと――“狼に変身するという言い伝えのある吸血鬼をイメージするんじゃないかって”」
691
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:36:06 ID:kH3I6/no0
【―― 9 ――】
あれは。
あれはな、と男は言う。
(‘_L’)「あれは――人間に化けた狼だぞ? ただの人狼だ。化物を祓って人殺し扱いされるのはおかしいだろう」
ミセ;゚ー゚)リ「!!」
それがあの人を殺して心臓を、吸血鬼の弱点であるそれの原形がなくなるまでメッタ刺しにした理由。
化物が人の皮を被って生活している。
自分を偽って、人間を騙して、のうのうと生きている。
それは紛れもない悪だ。
……その男は淡々とそう続ける。
コイツ等は何を言っているんだろうと言わんばかりの口調で。
(‘_L’)「祓い屋として依頼を請けたわけでもないのにボランティアで駆除してやったのだ。感謝はされても非難される謂れはない」
692
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:37:06 ID:kH3I6/no0
(,,-Д-)「あの人が人狼だったとして……人を襲っていたかどうかは、分からないでしょ?」
(‘_L’)「見解の相違だな。私達からしてみれば、人ならざる人外が人を騙していることは――そこに存在していることは、許せない」
それが、祓うことを仕事とする人間。
祓い屋としての価値観。
あるいは人間としてのごく当たり前な考え方―――。
(‘_L’)「私からすれば、人外怪異妖怪変化に肩入れすることの方が不思議なのだが」
……ああ、そうか。
会長、知った風なあなたは全部見抜いていたんですね。
真相を分かって話していたんだ。
―――人間には珍しいくらいに優しいね
―――普通、愛着がないなら人間は人間以外をどうとも思わないのに
693
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:38:17 ID:kH3I6/no0
その言葉は――これか。
こういうことですか、会長。
……一流の武道家は人の殺意や敵意を感じ取れるという。
だけど彼には殺意なんてなかった。
だから反応ができなかった。振り返っても避けることができなかった。
“ついそこにいた蚊を手で潰してしまうみたいに、虫けらを殺すように”――殺されたから。
彼は尚も続けた。
白衣の中で、ギコさんの握り拳が震えているのも気づかずに。
(‘_L’)「そこの猫又のように、管理されているのなら分かるが……」
(,, Д)「―――取り消せよ」
(‘_L’)「は?」
694
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:39:06 ID:kH3I6/no0
―――その時、私は初めて聞いた。
あの温厚なギコさんが激昂した時に出す声を。
―――そしてその時、私は初めて見た。
『魔法を失った魔法使い』である彼の魔力を。
その声も、その魔力も、そのどちらもが――――闇よりも暗い黒色だった。
(# Д)「さっきの言葉を取り消せと言った……!」
世界を呪うような。
憎悪のような、慟哭のような。
それは、そんな声だった。
校門の前で感じた恐怖が理解不能なものに対するそれだとすれば、今私が感じる恐怖は理解でき過ぎるそれ。
否が応でも心が揺さぶられる感情―――。
695
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:40:06 ID:kH3I6/no0
ミセ; -)リ「ひっ……」
思わず息を呑んだ私に声をかけたのは、豈図らんや、祓い屋の彼だった。
(‘_L’)「―――そこの女の子。君だけはちゃんとした人間だろう? ここは危ないから、早く遠くへ逃げなさい」
ミセ;゚ー゚)リ「え……?」
( -_L- )「ただの興味本位の怖いもの見たさだったのかもしれないけれど、安易に怪異関わったりしちゃあいけないよ」
さあ――と。
間合いを図りながら私に呼びかける。
さっきまでのものとは違う優しい声音。
……私はふと。
私を本気で案じるその声で、この世界から争いがなくならない理由が分かった気がした。
696
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:41:09 ID:kH3I6/no0
駄目だ。
この人とギコさんじゃあ、信じるものが違い過ぎる―――!
(;#゚;;-゚)「ご主人様、落ち着いてください……! しっかりしてください!」
(# Д)「落ち着けないよ――これだけは」
その一線だけは譲れない。
同じく徐々に河原の方に移動する彼の背中がそう言っていた。
対し、一足早く川に近づいていた妖祓いの男が後方へ走り出しながらも笑う。
( _L )「これの価値を知りながらここで待ち伏せをしたのは愚策だったな、『魔法を失った魔法使い』――いや、」
“人間の成り損ない!”。
男はギコさんを差し示しそう言って、そして。
手に入れた魔導書を――開放した。
697
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 19:42:03 ID:kH3I6/no0
話の途中ですが今日はこれまで。
続きは近いうちに
698
:
名も無きAAのようです
:2013/10/03(木) 21:12:09 ID:mkPtU6bo0
乙
良いところ終わったから続きが気になる。
699
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:10:29 ID:llSprxGo0
【―― 10 ――】
あの警視さんに言った「文書」というのは正しくはないが嘘でもない。
大神という男が持っていたとされる文書――USBメモリは、ただの文書ファイルではなく魔導書のコピーであるからだ。
魔術師の常識ではフラッシュメモリに魔導書を記憶させるなど正気の沙汰とは思えないだろうが、そういう効果を元々の所持者は狙ったのだろう。
「まさか現代機械に記録されているわけがない」と。
加えて言えば、あれは電子の多寡で“0”と“1”を表しているのでプリントアウトしない限りはただのデータだ。
だからこそ、今の今まで気付かれずに保管することができていた。
保存されていた魔道書の名前は『螺湮城本伝』という。
より通りの良い名前でならば『ルルイエ異本』になる。
クトゥルフ神話は周知の通りフィクションだが、あの作品群の中には一部事実が含まれている。
その一つがルルイエ異本の存在だ。
言わば、あのUSBメモリに保存されているのは“本物のルルイエ異本(を写したもの)”だ。
内容は小説内で示されたものとほぼ同じだという。
ムーとルルイエについて、大いなる神クトゥルフとその眷属、彼等の海との関わり……。
リパ -ノゝ「ひょっとするとあの苗字は『大いなる神(クトゥルフ)』と『大神(狼)』のダブルミーニングだったのかもしれません」
700
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:11:09 ID:llSprxGo0
まさか、そんなはずもないだろうが。
冗談にしても笑えない。
本当に特に笑えないのはルルイエ異本の中には異界のモノの召喚方法も記述されているということだが―――。
リパ -ノゝ「個人的に所有し使う分ならば特に制止はしません」
祓い屋はどう思うか分からないが少なくとも公儀隠密としてはそれを止めることはない。
正義の価値観の問題である。
私達は包丁を買った人間を処罰したりはしない。
私達の仕事は「公共の福祉を著しく損ねる人間及び人外の処罰」であり。
その中でも私の仕事は「法律でもまず極刑に相当する人間及び人外への死刑執行」であるのだから。
殺人罪相当行為としての犯人は私以外の人員が調査しているし、殺人事件としての犯人は警察が調査していることだろう。
リハ ーノゝ「まあ―――」
それ以外の人間が犯人を追い詰めることも、ありえるけれど。
701
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:12:06 ID:llSprxGo0
【―― 11 ――】
黒いクリアファイルが開かれた瞬間、それは巻き起こった。
あの時と同じ。
冒涜的で悍ましく単なる怯えより複雑な吐き気をもよおすこの世のものならぬ理解を絶する底知れぬ暗澹たる――魔力と恐怖の奔流。
あの時と違ったのは、まず魔力の総量。
次に、その力が明確な指向性を持ったものであること。
最後に異界より呼び込まれた怪異の存在だ。
ミセ;゚ -゚)リ「う、あ……」
―――いや。
それは「海魔」と呼ぶのが相応しかっただろうか。
702
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:13:19 ID:llSprxGo0
流れ出した醜悪な魔力の中から、青黒くうねくる何かが姿を表した。
蛸のような烏賊のような、全身に吸盤のような顎門を持つ見たこともない不定形の化物達。
悍ましい……その感想しか出てこない。
一匹目が川の魚を食い荒らし、その血で二匹目、それ以後は連鎖だった。
増え続けた海魔は数秒足らずで三十匹に達していた。
ミセ; -)リ「うげぇぇ……」
夢に出そうな光景だ。
確かニャ●子さんで「クトゥルフの眷属って茹でたら蛸みたいに食べられますよねー」みたいな台詞があったけど、どんな神経していたらこれを食べる気になるんだ!?
そいつのSAN値(正気度)絶対にゼロだろ!
(‘_L’)「本来は人間を生贄に捧げなければならないらしいですが、そんな非道なことはできないので仕方ありません」
……でも、分かった気がする。
なんとなくだけど。
あの祓い屋の人は怪異がこういう風に見えているんだ。
703
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:14:34 ID:llSprxGo0
殺したという武道家の人も。
でぃちゃんも。
こういう悍ましい化物が人間に化けていると――思っているんだ。
(# Д)「でぃちゃん!」
ギコさんが名を呼ぶ。
(#゚;;-゚)「はい――では、流派なし、朝比奈でぃ。……参ります」
言いながら、竹刀袋から日本刀を取り出しそのまま鯉口を切る。
蠢く化物に呼応するように始まるのは、先程あの魔導書が起こしたのと同じ力の奔流。
醜悪な魔力の霧が満ち始めた空間に狐火のような綺麗なオレンジが煌く。
染められたキャンパスが、彼女を中心に染め直される。
猫の瞳のような色の魔力が少女の身体から迸り、と同時に彼女は走り出す。
704
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:15:17 ID:llSprxGo0
男が笑う。
(#‘_L’)「愚かな……。猫の妖怪が、水の中でクトゥルフの眷属に勝てると思うのか!」
ミセ;゚ー゚)リ「あっ!!」
その言葉で私も気がついた。
ここが、他でもなく水辺だということに。
あの蛸のような海魔達にとっては川、水の中はほとんどホームグラウンド。
逆に先祖が乾燥地帯にいた猫は本能的に水を恐れる。
そもそも猫云々ではなく、人間の姿をしたものは水中ではいつものように動くことができない。
瞬間的に最高速度に到達する凄まじい瞬発力も――この状況では死にスキルだ!
(#‘_L’)「何より――猫は軟体動物を食べることができない!!」
ミセ;゚д゚)リ「いやそうでなくても食べないですよ!?」
何キメ顔で指差しつつ言ってるんだよ!
食べられたとしても食べないよ!
705
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:16:10 ID:llSprxGo0
ただ、彼の言は事実だ。
食べる云々は置いておくにしてもこのフィールド、川で猫又が勝てるわけがないのだ。
常識的に考えて。
……その光景を目にするまでそんな風に思っていたのは私がまだまだ普通の人間だったからだろう。
条理の外で生きる魔法使い達に――私の常識が通用するわけがないのに。
それは、唐突に起こった。
(,,-Д-)「水を――――禁じる」
世界が捻れた。
空間が揺らめいた。
でぃちゃんの遙か後方、川にお札を貼り付けた刹那だった。
バキリといういつかと同じ音と共に――“水が、その性質を禁じられた”。
ギコさんの使う唯二の魔法によって。
それは、つまり―――。
706
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:17:10 ID:llSprxGo0
(;‘_L’)「……なにっ!?」
でぃちゃんが岸から河中へと身を躍らせた。
疾走する半妖の彼女が水面を蹴り、水飛沫をいくつも飛ばした。
けれど、その爪先が沈むことはない。
蹴られる水は大地と変わらぬ強固さで以て彼女の疾駆を受け止めていた。
そのままの勢いで距離は詰められ振り抜かれた日本刀が海魔の一匹を真っ二つにした。
(,,-Д-)「水を禁じた。これでもう……水は水としての性質を失った」
火を禁じれば燃えることはなく。
水を禁じれば沈むことさえもない。
『禁呪』。
前にもそう言っていたじゃないか―――!
(;‘_L’)「ぐ、く……だが! まだイーブンになっただけだ!!」
707
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:18:09 ID:llSprxGo0
祓い屋の男が焦り叫ぶ。
今度はギコさんが男の方へと走り出す。
「管理されている」という言葉は不適切だった。
統率ではなく、協力。
言葉もないのに完璧な分担ができる間柄を――「仲間」と呼ばずに、なんと呼ぶというのだろう。
ミセ;゚ー゚)リ「でぃちゃん……ギコさん……!」
両手を合わせて祈った。
彼等の無事を。
……そう。
手を合わせ祈る私はまだ分かっていなかったのだ。
ギコさんの言葉の意味を。
会長の言葉の意味を。
「彼女が犯人であることはありえない」という、その理由を―――。
708
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:19:09 ID:llSprxGo0
【―― 12 ――】
『ギコさん――――でぃちゃんを二秒以内に退かせてください』
その声は柔らかで優しげだった。
祓い屋の男の人がいた場所の更に後方から、ポツリと。
決して大きな声でもなかったのに場にいた誰もがその声を聞いた。
言葉と――同時。
(;゚Д゚)「でぃちゃんっ!下がって!!」
(;# ;;-)「っ!」
完全に取り乱した口調で、見たこともないほどに焦ってギコさんが彼女の名前を叫ぶ。
呼ばれるまでもなくでぃちゃんは踵を返し海魔の群れを放置し彼の元へ走る。
709
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:20:10 ID:llSprxGo0
一秒後―――。
(;‘_L’)「なんだ、何が―――」
男の人が訳も分からず音源の方を振り返る。
私もそれを見た。
私やでぃちゃんと同じ淳高の制服。
魔性の風に揺れる半ばから緩やかにカーブした黒髪。
ギコさんに依頼をした後、姿を消していた彼女は、今は和弓を構えていた。
二メートル以上の弓の弦は引かれている。
一目見て神聖と分かるその弓は、梓弓。
二秒後―――。
li イ* ーノl|
710
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:21:08 ID:llSprxGo0
左斜め前にやや弓を押し開く斜面の構えをしていた彼女――幽屋氷柱は、指を離した。
弦を、打ち鳴らした。
『鳴弦』―――。
―――刹那。
五十を超えていた海魔達が同時に吹き飛び掻き消えた。
跡形も残らず全てだ。
極寒の地の早朝の空気のような澄んだ白色の魔力を乗せ放たれた浄めの音が迸り、一瞬間で空間を禊ぎ切ったのだ。
(;‘_L’)「なっ――ッ!!?」
彼の驚きは無理もなかった。
異形の軍勢が一瞬で祓われたのに加え、音に弾かれ地に落ちたその黒いクリアファイルの中身――転写した魔道書さえもが、清められてしまったのだから。
711
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:22:06 ID:llSprxGo0
ミセ;゚ー゚)リ「めい……げん……?」
li イ*-ー-ノl|「中らずとも遠からず、ですね。これは『寄絃』と言うものです。鳴弦の元になったものです」
私の呟きに、構えを解いた氷柱先輩が答える。
こちらへ歩いて来ながら。
先程まで異形のモノが蠢く異界と化していたとはつゆも思えない、ごく普通の河原に歩いて来た。
祓い屋の人の魔術やでぃちゃんの魔力が白いキャンパスを染めるものであるのなら。
先輩の寄絃は――染められたキャンパスを、元に戻すものだった。
ミセ;゚ -゚)リ「氷柱先輩……あなたって……」
li イ*゚ー゚ノl|「―――幽屋氷柱は、」
私の元までやってきた先輩は言う。
li イ*゚ー゚ノl|「幽屋氷柱は――ただの弓道部所属の高校生ですが、今の私は幽屋氷柱ではありません」
712
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:23:11 ID:llSprxGo0
誰も動けない。
身動ぎもできない。
一瞬にして一撃にして空間を掌握した彼女は、笑顔で言った。
li イ*^ー^ノl|「私の本名は『雨斎院雪吹』――――雨斎院白魔神社の巫女にして宮司です」
そう、柔らかに微笑んだままで。
713
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:24:05 ID:llSprxGo0
【―― 13 ――】
ああ、そっか。
「犯人ではない」の意味は、こういうことか。
ありえないんだ。
幽屋氷柱という人が、雨斎院雪吹という人が本気を出したなら――“一撃で終わっていなければおかしい”んだ。
会長も、ギコさんもそれを分かっていた。
li イ*-ー-ノl|「さて……」
相手が狼男でもクトゥルフの眷属でも。
それが不浄のものであるのなら、彼女が負ける道理は何処にもないんだ。
ある意味で一番の化物である彼女は言う。
li イ*^ー^ノl|「ギコさん、でぃちゃん。ありがとうございました。公的な身分がある私では土地の持ち主は頼りにくくて……」
(,, Д)「…………」
li イ*゚ー゚ノl|「本当に、ありがとうございます」
714
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:25:08 ID:llSprxGo0
ギコさんは河原に倒れていた。
いや倒れているんじゃない、その下にいるでぃちゃんを庇っていた。
先輩の寄絃で、半妖である彼女が禊がれてしまわないように。
逆に言うのなら。
彼女は――最悪でぃちゃんに被害が出ても良いと、思っていたんだろう。
li イ*-ー-ノl|「さて、祓い屋さん」
(;‘_L’)「な……んだ……?」
li イ*^ー^ノl|「そのUSBメモリは私達が預っているべきものです」
慄く男に先輩は笑顔のままで丁寧にお願いする。
返して頂けませんか、と。
それが笑みのままでの恫喝だということは、私でも分かった。
交渉する余地は僅かもない。
先ほどは魔を禊いだだけだが、あの凄まじい威力の寄絃が人間には向けられないという保証は、何処にもないのだから。
715
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:26:06 ID:llSprxGo0
(; _L)「あ、ああ……分かった。元の持ち主がいるのなら、仕方がないな……」
li イ*^ー^ノl|「ありがとうございます。そして妖祓い、お疲れ様でした」
労いの言葉をかけ、けれど巫女は続けて言った。
li イ* ーノl|「……ですが、自分の土地でもない場所で許可も取らずに人を祓った上、地脈を穢すモノを呼び出すなんて――随分と命知らずなんですね」
冷たい口調で紡がれたそれが依頼の理由。
捕まえられなかったわけではなく、この一帯の主に許可を取るのが嫌だった。
公的な立場がある彼女は、貸しを作るのを避けたかった。
……そういう裏の世界のことはよく分からないけれど、きっとそうだ。
メモリを受け取り、続けて言った言葉が私に確信を与えた。
li イ*^ー^ノl|「早くこの地域から退散した方が良いですよ、祓い屋さん。主の朝比奈さんは大変気分を害されたそうです」
(; _L)「っ……!」
716
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:27:07 ID:llSprxGo0
男は必死で何処かへと走り去って行った。
自転車も鞄も、あれほど執着していた魔導書も置き去りにして。
ミセ;゚ー゚)リ「…………」
朝比奈さん。
この地域から帝国議会に出ている議員の人の苗字。
……でぃちゃんと同じ、苗字。
雨斎院雪吹が朝比奈擬古に頼んだ理由。
依頼ですらない、お願いの理由。
それは、自分では許可の取りづらい同じく地位のある人間に――身内から話を付けて貰う為。
ミセ* -)リ「……先輩」
私は声を搾り出す。
これだけは訊いていかなきゃ駄目だから。
717
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:28:06 ID:llSprxGo0
li イ*^ー^ノl|「なんですか? 水無月さん」
ミセ* -)リ「先輩は――でぃちゃんが怪我をしても良いと、思っていたんですか……?」
li イ*゚ー゚ノl|「はい」
悩む様子もなく彼女は応答した。
躊躇も、逡巡もなく。
まるででぃちゃんを「化物」と呼んだ、あの祓い屋の人のように。
けれどあの人と違ったのは。
祓い屋と神職の違ったところは。
li イ*-ー-ノl|「神職の仕事は区切ることです――聖域とそれ以外を。神仏の領域と、人間の領域と……怪異の領域を」
神仏の領域。
人間の領域。
怪異の領域。
それらを区切ることが神職としての仕事。
そうであるのならば―――。
718
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:29:05 ID:llSprxGo0
li イ*^ー^ノl|「私は無害の怪異を禊いだりはしませんが――代わりに有害な人間は、ちゃんと禊ぎます」
尤も。
今日は個人的用件でしたけど、なんて。
あくまで笑みを浮かべたままで彼女は言って。
そうしてから。
では仕上げをしましょうか、と丁寧に弓を地面に下ろし―――。
li イ*-ー-ノl|「拍手―――」
ぱんっ、という一度の拍手で以てこの土地の神に拝すると、そのまま河原を去って行った。
最後まで――笑顔のままで。
―――私は、今日の朝までは感情移入ができていた先輩がずっと遠くに行ってしまったような気がして。
共通項がなくなってしまったように感じてしまって。
彼女の姿が見えなくなるまで、その背中を眺め続けていた。
719
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:30:09 ID:llSprxGo0
【―― 14 ――】
しかしさあ、と素人探偵が言う。
そろそろ本気で時間が危ないのだが私は律儀に先を促した。
( ・∀・)「ルイ警視にヒントをあげた人、自分で犯人捕まえればいいのにな」
(‘、‘ノi|「ん? それはそいつは警察ではなく諜報機関の人間であるから……」
( -∀-)「それにしたって、警察には関係のない苗字の件はいいとしても、警察に関係ある自転車の件はちゃんと説明していけって思わねー?」
それもそうだ。
別に急いでるようでもなかったし説明してくれれば良かったし私も訊ねれば良かった。
もしかして嫌われているのだろうか。
ふとそう思ったが思考を遮るように、そして思いついたようでモララーが言った。
さっきの話じゃないけどさ、と前置き。
720
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:31:05 ID:llSprxGo0
( ・∀・)「西尾●新が言ってるよな、」
(‘、‘ノi|「誰だそれは。随分と洒落た名前だが」
(;・∀・)「西●維新さえも知らない!?若者なのに!? しかも知らないのに名前が回文になってることは気づいてる!?」
また驚かれてしまった。
誰なんだそいつは。
(‘、‘ノi|「回文であることくらいは誰でも気がつくし……私はもう若者と呼べる年齢ではない」
( -∀・)「大して年変わんねーじゃん。二十七だろ?」
(‘、‘ノi|「…………どうして貴様は私の年齢を把握している?」
思わずそのアメリカンカジュアル風の服の胸倉を掴もうとした私の手をいなし彼は笑う。
「まーいーじゃん」と。
……全然良くはなかったがこれ以上追及しても無駄だと判断し先を促した。
八重歯が見える微笑みを浮かべ彼は言う。
721
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:32:07 ID:llSprxGo0
( -∀-)「西尾●新っつー推理作家が、自分の作品の中でキャラに言わせてるんだよな――『まるで名探偵の不在証明だよ』ってさ」
名探偵の不在証明?
犯人ではなく、名探偵の?
( ・∀・)「名探偵っていうのはさ、事件に巻き込まれるもんじゃん。警察でもないのに」
(‘、‘ノi|「そうだな。貴様のようにな」
( -∀-)「だとするとおかしいんだよな――“本当に優秀な探偵であるのならば、事件は未然に防げるだろう?”って」
未然に防ぐことは無理としても。
せめて一人目の被害者が出た時点で気がつくだろうと。
嵐の孤島での連続殺人で五人も六人も殺されてから犯人を捕まえる探偵は本当に優秀と言えるのか。
そこまでいってしまっては容疑者は半分以下になってるんじゃないのか。
私も学生時代、金田一シリーズ――少年ではなく本家の小説――を読みながらよく思っていた。
722
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:33:06 ID:llSprxGo0
( ・∀・)「それがシャーロック・ホームズみたいにさ、」
(‘、‘ノi|「誰だそれは」
(;・∀・)「まさかのホームズ先生すら知らないパターン!?」
(‘、‘ノi|「冗談だ、続けろ」
私だって冗談くらいは言う。
(;-∀-)「まあ……だからホームズみたいに依頼されてから動くんじゃなくて事件に巻き込まれる探偵は、犠牲者が出ることを防げてもおかしくないじゃん?」
(‘、‘ノi|「だがそれでは全ての作品が短編になってしまう」
私の指摘に彼は大きく頷いた。
そう、それこそが。
723
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:34:06 ID:llSprxGo0
( ・∀・)「だから名探偵の不在証明なんだよ――探偵は優秀であればあるほど、事件に乗り出すのが遅れるんだ」
その推理作家の処女作は名探偵がエピローグにしか登場しない、という。
名探偵が最初から登場していたら犯人をすぐに捕まえてしまって連続殺人事件にはならないだろうから。
だから名探偵の不在証明だ。
優秀であればあるほどに。
彼等はいつだって犯人の後手に回る。
(‘、‘ノi|「その点、連続の刑事ドラマは分かりやすいな。最初の一人が殺されて調査に乗り出し、犯人を捕まえて終わりだ」
( ・∀・)「ところでさっき言ってた『相●』でさ、探偵と刑事の違いを述べるシーンがあったんだよ」
ついこないだな、と彼は続ける。
( -∀-)「それによると探偵は依頼者の為に真実を伏せておくことが許されるが、刑事は真実を全て明らかにしないといけないそうだ」
(‘、‘ノi|「それは……そうだろう。当たり前だ」
724
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:35:12 ID:llSprxGo0
探偵の依頼者は個人だが、警察の依頼者とは国家なのだから。
( ・∀・)「そういうことを聞いた後だと……そのヒントを出した奴の意図、分かる気がしないか?」
(‘、‘;ノi|「は?」
犯人を見抜いた第三者が犯人を指摘しない場合。
それはおそらく犯人が親族や親しい人間であることが多いのだろうが、では刑事に手がかりを示した場合はどうなる?
今回のような場合は。
本当に捕まえて欲しくないのなら知らぬ存ぜぬを貫き通せば良い。
わざわざ捕まえようとしている人間にヒントを出す、その複雑な心理は―――。
(‘、‘ノi|「ああ……そうか、そういうことか」
思わず呟いた。
あの一目見て分かる異常者の意図を理解して。
人殺しの少女の心理を読み取って。
725
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:36:09 ID:llSprxGo0
(‘、‘ノi|「アイツ――誰かの心を守ろうとしてたんだな……」
犯人は分かった。
捕まった方が良いとも思う。
……けれど、その過程で誰かが傷つくとしたら。
犯人は誰かが明らかにされる過程で、誰かの心が傷つくんだとしたら。
言わなければいけないのに言いたくなくなってしまって。
最終的に――“ヒントだけを出して後は成り行きに任せる”という選択をすることもあるだろう。
( -∀-)「その人は誰かのことを想ってそんな行動をしたと……俺は、そう思うよ」
そうであって欲しいと思うよ。
素人探偵は目を閉じて、静かにそう言った。
726
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:37:19 ID:llSprxGo0
【―― 15 ――】
後日談と言うか、本日のオチ。
……いやもう昨日のことになっちゃったけど。
ミセ*゚ -゚)リ「…………あ、」
li イ*^ー^ノl|「こんにちは、水無月さん」
ぎこちなく頭を下げる。
珍しく登校日だった土曜日、半日授業を終えて帰ろうと校門へ向かっている途中。
私は一番会いたくなかった人に見事に会ってしまっていた。
一瞬、そのまま帰ろうかと思った。
けれど幽屋氷柱に戻った先輩が「会長さんって、」と話し出した為、私はつい立ち止まって、耳を傾けてしまった。
ミセ*゚ -゚)リ「会長が……どうかしたんですか?」
li イ*-ー-ノl|「会長さんに『どうして自分で犯人を捕まえなかったんですか?』と訊いたの」
727
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:38:08 ID:llSprxGo0
そう言えばそうだ。
怒涛の展開の中ですっかり意識から外れていたが、犯人が分かっていたのなら会長が自分で捕まえれば良かったのだ。
そうでないのならせめて、ギコさんに言えば良かった。
犯人の名前なり、ヒントなり。
私を経由させるなんて面倒な真似をしないで。
li イ*゚ー゚ノl|「会長さんは言いたくなかったみたいで……だからちょっと無理矢理聞き出したんだけど、」
ミセ;゚ -゚)リ「無理矢理聞き出したんですか……」
……あの会長から?
信じられないことだけど、同じ弓道部同士、私の知らない共通項が何かあるのだろう。
それでね、と先輩は続ける。
li イ*^ー^ノl|「会長さんは――私の正体を、水無月さんに知らせたくなかったんだって」
ミセ*゚ー゚)リ「…………え?」
li イ*゚ー゚ノl|「私が神社の宮司であること。怪異を禊ぐこともある人間であることを……あなたに知って欲しくなかった、って」
728
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:39:05 ID:llSprxGo0
どうしてですか?
そう言いかけて私は口を噤む。
決まっているじゃないか――「こういう気持ちになるから」だ。
どちらかと言えばギコさん側の私が、あらゆる意味で容赦のない雨斎院雪吹という人間を知れば……少なからず影響を受ける。
今のような複雑な気持ちになってしまう。
それが嫌だったから、会長は―――。
li イ*^ー^ノl|「ギコさんが気が付かないなら別に良かったんだって。きっとそのうち警察の人が捕まえるから」
だから賭けたのだ、あの人は。
ギコさんが真相を看破するかどうかを運に賭けた。
結果はこういうものだったけれど。
彼女は。
あの生徒会長は当たり前の正義よりも――生徒の心を守ることを、優先させたかった。
それは少しだけだけど……救われる話だった。
729
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:40:06 ID:llSprxGo0
li イ*^ー^ノl|「一応言っておくけれど謝らないよ。私には私の守りたいものがあるから」
ミセ*-ー-)リ「分かってますよ、もう」
もう分かりましたよ。
それは、今この瞬間で。
ミセ*゚ー゚)リ「けど……代わりに教えてくれませんか?」
li イ*゚ー゚ノl|「何かな?」
ミセ*゚ -゚)リ「先輩と魔導書の関係、そしてそれをどうしたのかを」
私の問いにもあくまで微笑み彼女は答える。
li イ*-ー-ノl|「先にどうしたのかについてだけど――処分しました。絶対に復元できないように粉々に砕いて」
ミセ;゚ -゚)リ「え?」
li イ*゚ー゚ノl|「次に私との関係だけど、」
730
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:41:06 ID:llSprxGo0
ミセ;゚ー゚)リ「いやっ――いやいやいやいや! なんでですか?」
あの祓い屋の人程ではないにせよ先輩だって拘っていたのに。
……疑問の答えはすぐに出た。
先輩は、最初から壊す為に魔導書を探していたんだ。
彼女は私の問いには答えずに続けた。
li イ*-ー-ノl|「……私には三人お兄ちゃんがいるの。一番上から月次お兄ちゃん、威織お兄ちゃん、卯杖お兄ちゃん」
そしてあのデータは。
二番目のお兄さんが随分前に、ある目的の為に中国で写し取ってきたものだという。
ミセ*゚ -゚)リ「目的、って……」
li イ*゚ー゚ノl|「お兄ちゃんは、人間じゃなくなった人間を元に戻す為の魔術を探していた。ずっと……長い間」
けれど、あの魔導書ではその目的は果たせず、仕方がないので自宅で厳重に保管していた。
考古学者でもあったお兄さんは歴史学的見地から処分するのを躊躇ったらしい。
731
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:42:07 ID:llSprxGo0
……でも数年前に、自宅から盗み出されてしまい、それが流れ流れて大神という人の元に辿り着いた。
li イ*^ー^ノl|「本当はね。大神先生とは勝負をするつもりだったの」
ミセ*゚ー゚)リ「勝負?」
li イ*゚ー゚ノl|「そう。剣で勝負をして……もしも私が勝ったならUSBメモリを返して下さいって」
剣道八段という全国でも数人しかいない人間と高校三年生の少女。
とても勝負になるとは思えないけど、そうするしかないほどに先輩は追い詰められていた。
大神という人が何故返したくなかったのかも今なら分かる。
祓い屋の人には「化物」と罵られたあの人は――人間になりたかったんだ。
人間として、生きていきたかったんだ。
でぃちゃんの実家、朝比奈家の人達もそれを分かっていた―――。
li イ*-ー-ノl|「壊したのは、お兄ちゃんがそれを望んでいたと思ったから。いくら価値のあるものでも……人を傷つけてしまいそうなものは、ない方が良い」
ミセ* ー)リ「…………」
732
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:43:07 ID:llSprxGo0
私は黙っていた。
そのお兄さんがどうなったのかは訊いてはいけないような気がして。
大切な誰かとの絆。
正義。
そして――人間と怪異。
今回の問題は色々なものが絡み合う複雑なものだったようだ。
li イ*゚ー゚ノl|「私の守りたいものは家族だよ」
幽屋氷柱は言う。
雨斎院雪吹は言う。
少女は言う。
li イ*-ー-ノl|「私は家族を守りたかった――ずっと昔から、今も」
前からずっと。
前よりずっと。
733
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:44:07 ID:llSprxGo0
li イ*゚ー゚ノl|「水無月さん、あなたの守りたいものは何? 譲れないものは何?」
自動車のエンジン音が聞こえた。
風が頬を撫ぜる。
帰路に着く生徒達の話し声や笑い声が妙に遠い。
私は答えられなかった。
黙って、彼女を見つめ返した。
li イ*^ー^ノl|「……ふふ。少し難しかった?」
ミセ* -)リ「いえ……」
li イ* ーノl|「私は家族が好き。皆好き。特に、卯杖お兄ちゃんが―――」
とても小さな声で。
誰にも聞こえないような声で少女は言った。
私にしか聞こえないような声で言った。
私はあの人が一人の男の人として好き――と。
734
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:45:06 ID:llSprxGo0
li イ*^ー^ノl|「うん。じゃあ、そろそろ行くね。そのお兄ちゃんも来たことだし」
ミセ;゚ー゚)リ「はい……って、え?」
校門の前に止まっている軽自動車。
運転席から下りた二十代くらいのお兄さんが氷柱先輩の名前を呼んだ。
雪吹ー、と。
( ^Д^)「いぶきー。帰らないのかー?」
li イ*^ー^ノl|ノシ「ちょっと待ってよー、おにーちゃーん! 雪吹、すぐに行くからー!」
ミセ;゚ー゚)リ「…………え?」
いや。
いやいやいやいや……え、マジで?
735
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:45:30 ID:Vr9EvYokO
10/3の分読んでたら続きにリアルタイム遭遇した
④
736
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:46:07 ID:llSprxGo0
あの教育実習生の人が氷柱先輩の――あっ、ていうか苗字同じだ!
なんで気づかなかったんだ私の馬鹿!
つーか先輩、家族の前だとキャラ違い過ぎ!!
何その甘えたような声音!?
しかも何、一人称自分の名前とかアンタは小学生か!
li イ*^ー^ノl|「じゃあね、水無月さん」
ミセ;゚ -゚)リ「いや色々言いたいことがあり過ぎなんですけど!?」
なんだこのオチ!
( ^Д^)「いぶきー」
li イ*>ー<ノl|「わー、おにーちゃーんっ!」
―――ってもういないし!?
私は足を大きく前後に開き、片手を伸ばしたポーズで驚愕し静止する。
737
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:47:09 ID:llSprxGo0
既に先輩は愛しのお兄ちゃんの胸に飛び込んで頬擦りしている。
うわあ……。
ブラコンだあ……。
( ^Д^)「まったく……わざわざ迎えに来させんなよな」
li イ*^ー^ノl|「雪吹はねー、昨日もおにーちゃん達の為に頑張ったから! だからいいのー」
( *^Д^)「そうかー。全然なんのことか分からないけど、お疲れ様」
お兄ちゃん訊けよ!?
詳細を!
てか鼻の下伸ばし過ぎ――私が抱きついた時より全然嬉しそうじゃん!!
ちくしょう!
本当になんだこのオチは!?
li イ*^ー^ノl|「大好きだよー、おにーちゃん」
( ^Д^)「ああ。俺もお前等のこと、大好きだよ」
li イ*-ー-ノl|「えへへー」
738
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:48:06 ID:llSprxGo0
―――そんな風に。
雨斎院家の兄と妹は、実に仲睦まじく車に乗り込んで、一緒に帰っていったのだった。
ミセ; -)リ「…………はぁ」
なんだ、このオチ……。
739
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:49:11 ID:llSprxGo0
【―― 16 ――】
警察署の玄関の方に歩き出しその途中で私は振り向いた。
危うく忘れる所だった。
(‘、‘ノi|「ああそうだ、貴様。確かに敬語を使わなくても良いとは言ったが……そういう風には呼んでくれるな」
( ・∀・)「え? 何がだ?」
(‘、‘ノi|「名前だ、名前。貴様、いつも私のことをルイ警視と呼ぶだろう。だがルイは男性名だ」
( ・∀・)「でも父方の名前だと『流依(るい)』なんだろ?」
(‘、‘ノi|「だから男の名前のように聞こえて嫌なのだ、その名前は」
ルイは男性名で女性名ならばルイサやルイスになる。
ちょうど名前の話をしたのだから断っておかなくては。
しかし素人探偵は小首を傾げ言った。
740
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:50:08 ID:llSprxGo0
( -∀-)「いやー、でもさ。警視だって俺のこと『貴様』とか『素人探偵』としか呼ばないじゃん」
(‘、‘ノi|「心の中ではちゃんと呼んでいる」
( ・∀・)「俺も心の中ではちゃんとした名前で呼んでるよ」
しれっとした顔で嘘を吐くな。
(‘、‘ノi|「では改めて自己紹介をし直すというのはどうだ?」
( ・∀・)「まあ、じゃあそれで」
私は両足を揃えて敬礼をし名を名乗った。
どんな意味かは知らないが私の名前であることは確かなそれを。
(‘、‘ノi|「西部警察本部調査官、ルイーザだ。父方の名前では鞍馬流依と言う」
モララーはあえて敬礼を返すことはなく名を名乗る。
そして深々とお辞儀をする。
741
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:51:08 ID:llSprxGo0
( -∀-)「モララー=フォルチュナ。フルネームは『モララー・フォルチュナ・フォン・シギショアラ』。改めて、よろしくお願いします」
ヨーロッパ人なのにお辞儀なんだなと私は笑った。
俺はヨーロッパ人じゃねーよと彼も笑った。
そうして。
( -∀・)+「じゃあな、ルイーザ警視」
(‘、‘ノi|「ああ、モララー。また何処かの現場で会おう」
(;・∀・)「それは警察官が素人探偵に言って良い台詞じゃねーだろ……」
(‘、‘ノi|「冗談だ」
私と彼は別れる。
いつかの再会を予感しつつ。
名前というものはやっぱり大事だな――そんな酷く当たり前な言うまでもないことを思いながら。
742
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:52:08 ID:llSprxGo0
【―― 0 ――】
「―――雪吹ちゃん、君は雪吹ちゃんだね」
人間みたいな化物。
化物みたいな人間。
もし一緒に暮らすとしたら、普通の人はどちらを選ぶのだろう。
特別進学科三年十三組の教室。
廊下に出ようとしたところで会長さんに話しかけられた私はそんなことを思っていた。
li イ*゚ー゚ノl|「何かのなぞかけですか? あるいはロミオとジュリエット?」
「違うよ。君は複雑さが欠片もない――明確なものしかない、って話だよ。僕と同じようにね」
表の世界、裏の世界。
誰がどう言おうと、周囲がどうであろうと関係がない。
正義も悪も同じでしかない。
743
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:53:07 ID:llSprxGo0
僕と同じだ、と会長さんは言った。
知ったような口調で。
「君は――君も、あのナントカさんという先生を殺そうとしていたんだよね?」
li イ*゚ー゚ノl|「…………」
「殺そうとはしていなかったかもしれないけれど……最終的にはそういう手段も考えていた」
どうしてそう思うんですか?
なんの証拠があるんですか?
意味がないので、そんな言葉は言わなかった。
会長さんはいつも通り全部お見通し。
……何より、そんなことを言うと私が犯人みたいだから。
「梓弓って確かに和弓の代名詞だけど……現在は滅多に使わないんだよね」
そう。
現在の弓道ではカーボンやグラスファイバー、あるいは竹の弓が主体だ。
744
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:54:08 ID:llSprxGo0
「持って帰って手入れすることはあるけれど弦は外す」
li イ*-ー-ノl|「…………」
「何より“君は警察に連絡した時、梓弓と鞄しか持っていなかった”――何処の大馬鹿者が雨の降る日に弓を剥き出しにして持ち歩くのかな?」
傘もなく合羽もなく。
早朝から降り続く雨の中、剥き出しの弓と鞄だけを携えて。
考えてみればおかし過ぎる。
そう言えば、でぃちゃんはいつも真剣を竹刀袋に入れて持ち歩いていたなあ。
殺しかけてしまった彼女のことを思い出した。
「警察にずっといたのは鞄の中身がスカスカだったから。学校に来ても仕方なかったから来なかった。置き勉をしてるとでも説明したんだろうケド……」
そんな些細なことまで気がつくんですか。
凄いな、本当に。
「本当はナントカさんを殺した後、弓をへし折って鞄に入れ、学校に来て焼却炉に放り込んだ後に早退でもする気だったんでしょ?」
745
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:55:10 ID:llSprxGo0
弓は傷んでしまっても良かった。
一度だけ使えれば。
交渉が上手くいかなかった場合に一度だけ寄絃を使えれば良かった。
使えなくても良かった、とも言える。
手間は掛かるが徒手空拳でも目的は果たせただろうから。
「わざわざ弓をそのままに通報したのは駆け寄ってUSBメモリを探してしまったからと、疑われることで長く警察にいて、事件の情報を少しでも手に入れる為」
li イ*゚ー゚ノl|「……そろそろいいですよ、会長さん」
私は言った。
彼女が言いたいことが分かったから。
li イ*-ー-ノl|「水無月さんには上手く誤魔化して説明します。だから、安心してください」
「……そう。なら、別にいいけど」
li イ*^ー^ノl|「では、お兄ちゃんが迎えに来るので失礼します」
746
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:56:05 ID:llSprxGo0
腕時計を見て時間を確認。
まだ少し余裕があるけれど、水無月さんに会って説明したらちょうど良くなるだろう。
歩き出そうとした私をもう一度だけ呼び止めて会長が言う。
「君は――家族が、一番大事なんだね」
人間みたいな化物。
化物みたいな人間。
どちらと暮らすかなんて考えるまでもない。
li イ*^ー^ノl|「そんなの当たり前じゃないですか――会長さんと違って、私は家族が大好きなんですから」
裏も表も。
善も悪も。
それ以外の要素も知ったことじゃない。
私は家族と暮らす。
ずっと仲良く、暮らしていく。
747
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:57:26 ID:llSprxGo0
li イ*^ー^ノl|「それじゃ、失礼します」
もう会長は私を引き止めることはしなかった。
私も言うべきことは何もなかった。
―――私の名前は雨斎院雪吹。
雨の降る中に立つ朝顔斎院で「雨斎院」、雪が白魔の息吹のように吹き荒れるで「雪吹」という。
シベリア州にある白魔神社の巫女であり宮司。
淳機関付属VIP州西部淳中高一貫教育校高等部三年十三組に所属する高校生。
雨斎院家の次女。
そして――『世界で一番兄を愛している妹達』の片割れだ。
【――――そこまで。第八問、終わり】
748
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:58:27 ID:llSprxGo0
「敷栲の 袖返せども つゆぞ乾かぬ」
【歌意】
夢で良いからあなたに逢いたいと、眠りにつく際にあなたを想って袖を裏返しにしてみるけれども、私の涙は全く乾くことがありません。
【語法文法】
『敷栲』とは寝床に敷く布のこと。そして『敷栲の』は枕詞で、眠りに関係する「枕」「床」「袖」「黒髪」などに掛かる。
次の『袖返せ』はサ行四段活用「袖返す」の已然形か命令形。意味としては「袖を翻す」「袖を裏返す」。
袖や着物を裏返すという行為はおまじないのようなもので寝る時に行えば恋する相手が夢に出てくると言われた。
続く『ども』は逆接確定条件の接続助詞。活用語の已然形に接続し「…けれども」「…のに」という風に訳す。
必然的に前述の『袖返せ』は已然形ということになる。
『つゆ』は名詞で「露」だが、この場合は露を涙の雫に喩えており、更に「つゆ(全然)…ない」というような全否定の副詞としても解釈する掛詞。
お馴染みの『ぞ』は係り結びを作り出す係助詞。強調の意味を持ち最後を連体形で結ぶ。
最後の『乾かぬ』は「乾く」を「ず(ぬ)」で否定したもの。「乾かない」となる。
【特記】
参考にした歌は源氏物語第五帖若紫より「初草の 若葉の上を 見つるより 旅寝の袖も 露ぞ乾かぬ」。
光源氏が若紫の不遇な境遇を知って読んだ和歌である。
この歌では、「夢の中で逢えるようなおまじないをして寝た」のに「涙が全然止まらない」という風に詠まれている。
夢で逢えるなんてことは所詮は迷信だったのか、それとも、夢で逢ってしまったが故に余計に辛くなったのか。
思わず涙が溢れてしまう感情、それはきっと重く長く深過ぎる恋心。
749
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 14:59:35 ID:llSprxGo0
というわけで第八話でした。
武道やってる人は分かると思いますが、基本刀でもなんでもそのままで持ち運ぶことはないです。
『天使と悪魔と人間と、』の読者の方は、幽屋氷柱と鞍馬口虎徹がどんな会話をしたのか考えてみると面白いかもしれません。
この話の被害者である大神は鞍馬口虎徹が師事する居合道の先生の一人という設定なので。
そのやり取りを入れようか迷ったのですが蛇足なのでやめておきました。
続きは十一月です。
>>643
前編の最後で明かしたのは引きにする為ですね。
あと生徒会長の超越性を演出する為と。
七話と八話では生徒会長、幽屋氷柱、絣雪という三人が裏で動いていますが、何処か似たところがある三人でした。
この三人だけが全ての事情を把握した上で他人を動かし自分の望む結末にしようとしていたと。
まあそういうわけで生徒会長の口から「文書=魔導書」が明かされる必要があり、それが自然にできたのがあの場面だけだった、ということです。
750
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 15:13:16 ID:Vr9EvYokO
投下乙
751
:
名も無きAAのようです
:2013/10/04(金) 16:59:16 ID:m3sqItfM0
おつ
でぃちゃんかわいいよでぃちゃん
752
:
名も無きAAのようです
:2013/10/08(火) 20:41:40 ID:tBsCIy1Q0
第七問&第八問。
模範解答。
.
753
:
名も無きAAのようです
:2013/10/08(火) 20:42:21 ID:tBsCIy1Q0
・《鳴弦》
矢を番えずに弓を引き音を鳴らすことで邪を祓う退魔儀式。
行事としての名称は「鳴弦の儀」「弦打の儀」であり、平安時代辺りから始まったものとされている。
元は誕生儀礼だったが、やがて夜間の警鐘、邪気祓いとしても使われることになった。
現代では「読書鳴弦の儀」として皇子・皇女誕生後の御湯殿の儀式に残る。
これは漢籍等を読む読書の儀と共に鳴弦を行う行事である。
歴史を遡ると古神道の「寄絃」に至るとされており共通点も多い。
後には、こういった儀式では音の鳴る矢である鏑矢を射るのが主流(「蟇目の儀」と呼ばれる儀式)になり、鳴弦はあまり行われなくなっていった。
・《寄絃(よつら)》
古神道において魔除けの為に梓弓を打ち鳴らす儀式のこと。
祈祷の前に行なわれていたとされ、また「源氏物語」においては光源氏が命じて行わせるシーンがある。
苦しむ葵上の為に光源氏が巫女を呼び寄絃を行うと六条御息所の生霊が登場する……という風に分かりやすく魔除けとして扱われている。
巫女の原型は日本神話の『天鈿女命(アマノウズメ)』とされている。
現在では彼女が弓を並べて叩いたのが和琴の由来であると考えられており、その関係もあって古代日本では弓は神事における楽器の一つだった。
754
:
名も無きAAのようです
:2013/10/08(火) 20:43:10 ID:tBsCIy1Q0
・《梓弓》
文字通り「梓で造られた弓」のこと。
梓を材料とした弓は現在にはほとんど存在しないものの、かつてはメジャーなものだったとされる。
それは「梓弓」という言葉が弓全般をも指し示し、また掛詞として残っていることからも伺える。
梓弓は合戦で使われる弓というよりかは神事に使われることが多いもので、巫女が持ち歩いていたとされるのもその関係である。
また退魔儀式の道具としての梓弓には様々な作り方があった。
その最も簡易なものが作中に登場した「梓の木の枝を折りそれに弓を張る」というもの。
現在でも当時使用されていた梓弓が納められている神社仏閣が各地にあり最も有名なのは正倉院宝物庫にあるそれである。
・《梓》
カバノキ科カバノキ属の落葉高木。和名は「水目」や「梓樺」。
山地に自生し灰色の樹皮を持ち、サリチル酸メチルを多く含む為に枝を折ると独特の匂いがする。
その匂いから「夜糞峰榛(ヨグソミネバリ)」と呼ばれ、桜に似ていることから「水目桜」とも呼ばれる。
徳仁親王の御印章であり、古くは梓弓を作る際に使用されていた。
なお「梓」は本来この種を指す漢字ではなく、中国ではノウゼンカズラ科のキササゲのことである。
・《拍手(はくしゅ、かしわで)》
両手の手の平を打ち合わせることで音を出す行為のこと。感動や賞賛を表す拍手と神に拝する為の拍手がある。
二拝二拍手一拝などを始めとして様々な作法があるが、意味合いとしてはどれも感謝を表すためや神を呼び出すため、邪気を祓うためである。
755
:
名も無きAAのようです
:2013/10/08(火) 20:44:11 ID:tBsCIy1Q0
・《人狼》
狼男の別称。
その能力、性質、起源は多岐に渡るが、一般に「人間の姿に変身する狼」と「狼(半狼半人)に変身する能力を有する人間」を『人狼』と呼ぶ。
呪い、あるいは病によって獣人化現象を起こしている人間は『狼憑き』と呼ばれることが多い。
記録として最も古いものでは旧約聖書「ダニエル書」でネブカドネザル王が自らを狼であると想像して七年間苦しむ話がある。
現代精神医学では動物に変身するという妄想、または自分が動物であるという妄想は「狼化妄想症」という症候群の症状の一つである。
ヨーロッパにおいては狼は悪魔の獣とされ恐れられ、中世の魔女裁判において追放刑を受けた者は「狼」と呼称され人のいない森へと追いやられていた。
当時のフランスでは人間社会から追放された彼等を見て「狼人間が走る」と表現していたらしい。
近世では狼男は知能障害、精神疾患、あるいは狂犬病などの感染症と結び付けられ考察されていたと伝わる。
実際の伝承では、人語を話す狼、もしくは人間と同じ大きさの狼という形で伝えられていることが多い。
半狼半人の姿が有名になったのは近世以降のフィクションの影響。
「満月を見ると狼に変身する」「銀の弾丸で撃たれると死ぬ」なども映画で造られた設定である。
……このように西洋において狼は悪魔の使いや呪いの結果、また魔術師や吸血鬼が変化した姿として畏怖されていた。
一方で東アジアや南アメリカでは知性と神性の象徴として捉えられている。
モンゴル人、トルコ人、中国のミャオ族などの一部では狼祖・犬祖伝説が伝わり民族的な誇りとなっている。
またインディアン民族には狼の氏族(クラン)を持つ部族も多く、部族名が「狼」を意味しているものもある。
日本では狼の名称そのものが「大神」を意味し、三峯神社など少なくない神社で祀られている。
756
:
名も無きAAのようです
:2013/10/08(火) 20:45:12 ID:tBsCIy1Q0
・《螺湮城本伝(ルルイエ異本)》
クトゥルフ神話群に登場する魔導書。人皮で装丁されていると伝わる。
内容はクトゥルフを主にその眷属と海の関わり、異界のモノ達を召喚する呪文、ムーとルルイエの沈没について記述されているらしい。
現代に伝わるのは中国夏王朝時代の「螺湮城本伝」を翻訳したもので更に時代を遡ると人類ではない言語で書かれた粘土板文書に行き着く。
中国語で書かれた巻物、英語訳版、ドイツ語訳版が存在し、十五世紀に魔術師フランソワ・プレラーティが部分的にイタリア語に翻訳したという説がある。
現在の所有者及びそもこれらが現存しているのかどうかは不明だが、イタリア語版はナポレオン・ボナパルトが所持していた。
この作品『怪異の由々しき問題集』では内容を更に転写した文書が登場する。
雨斎院雪吹の兄である雨斎院威織がかつて中国語版を手に入れ、そして焼き払い、後に瞬間記憶能力を使って思い出し再現したデータである。
・《宮司(ぐうじ・みやづかさ)》
神職の一つ。神主の中でも特に宗教法人としての神社の代表役員のこと。
古くは春宮や中宮など皇族(宮)に仕えた人間のことを指していた。
神職(神主)になるには一般に神道系の大学を卒業する、神職養成講習会に参加するなどの方法があるが、宮司になる為には更に所定の研修を受け昇進する必要がある。
作中においては雨斎院雪吹が「雨斎院白魔神社宮司」を名乗っているが勿論現実ではありえない。
757
:
名も無きAAのようです
:2013/10/08(火) 20:46:23 ID:tBsCIy1Q0
以上で第七話と第八話は終了です。
続きは十一月を目標としています。
758
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:13:22 ID:FY4OK5Uo0
落書き。
益体もない些細な出来事。
「本日のオチというか、後日談」
.
759
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:14:07 ID:FY4OK5Uo0
【―― 0 ――】
「―――お葬式ってさ、嬉しくなるよね」
久しぶりに学校の外で出会った会長は黒い服を来ていた。
上下黒の喪服のような服装だ。
話を聞くと、あの殺された大神さんという人の家に線香を上げにいった帰りなのだそうだ。
剣道も嗜む会長は一、二度教えを受けたことがあったらしい。
だとしたら彼女は顔見知りを亡くしたわけだが、それなのにいつものように微笑んでいるのは何故なのだろう?
私が疑問に思っている中、話が一段落したところで会長はそんなことを言った。
表情に対して以上に疑問を抱かせる言葉を。
ミセ*゚−゚)リ「どういうことですか?」
「だってそうでしょ。お葬式に沢山の人が来たってことは、それだけの人との繋がりがあったってことだから」
ミセ*゚ -゚)リ「あ……」
「そこで流された涙はその人への想いの結晶なんだから」
760
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:15:05 ID:FY4OK5Uo0
あなたが生まれた時に周りの人は笑っていたでしょう。
あなたが死ぬ時には周りの人が泣いてくれるような人生を送りなさい。
……確か、そんな名言があったはずだ。
だから会長は「お葬式は嬉しくなる」と言った。
きっと大神という人の葬儀では沢山の人が泣いていたのだろうと考えて。
ミセ*-ー-)リ「お葬式は残された人間の為にやるものだって言葉も、そういう意味なんですかね……」
「そうかもしれないね」
一拍置いて、彼女は続ける。
「アニメとかではさ、主人公の少年が世界の命運を左右したりするでしょ?」
ミセ*゚ー゚)リ「え? まあ、そういう話が多いですね……」
いきなり話が飛んだ?
まあ会長との会話ではいつものことなので先を促す。
761
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:16:05 ID:FY4OK5Uo0
「アレって思春期特有の自己拡散っていうか、『重要な存在になりたい』って気持ちに関係してると思うんだよ」
一時期自分探しというものが流行ったけれどアニメを見る人達は擬似的な自分探しをしているのかもしれない。
自分の価値を見つけたくて、自分の存在を認めてもらいたい。
アニメを見る人間が皆自己投影してるとは言わないけど、だから一人の少年が世界の行方に関わるような作品が売れるのだとは思う。
「でもね。多分だケド……年を取るとね、自分が重要な存在じゃないことが嬉しく感じるんだ」
ちょっと違うかな、と会長は笑う。
そう、自分が重要な存在ではないことを嬉しく感じるのではなく―――。
「『自分は世界にとって不可欠な存在にはなれなかったけど、誰かにとって大切な存在になれたこと』――それを嬉しく思うんだ」
子どもの頃は、自分が死ねば世界が終わってしまうほどに重要な存在になりたかったけれど。
そしてそんな人間にはなれなかったけれど。
年齡を重ねていけば、自分が死んでも世界が続いていくこと――自分の死を悲しんでくれるような人達が生きていることを嬉しく思うようになる。
762
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:17:05 ID:FY4OK5Uo0
誰かの死んでも世界は回る。
だけど、その誰かの存在は他の誰かの心に残り続ける。
あの大神さんという人は誰の心に残ったのだろうと、そんなことを思った。
ミセ*-3-)リ「そう考えると、私はなーんかそういう重要人物じゃなくて良かったなあと思います」
「そうだね。君が死んでも世界は終わらないし」
ミセ;-ー-)リ「ハッキリ言われると傷付きますけどね……」
「たとえばあたしを殺してみろ。安心しろ、それでも世界は何も動かないよ」。
好きなライトノベルにあった台詞だ。
最初に聞いた時はあまりにも切ない言葉だと感じたが、会長とのやり取りでそうじゃないと思えるようになった。
ひょっとして慰めに来てくれたのかな?
そうだったら嬉しいけど。
「誰かが死んで……でも僕達は生きている。それだけなんだ。それだけで、いいんだ」
763
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:18:05 ID:FY4OK5Uo0
【―― 2 ――】
彼女が弓を引く姿は、これ以上なく綺麗だと思う。
足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引分け、会、離れ、そして残心に至るまでが繋がった一息。
「一息の間で行なわれる」ということなのではなく、剣道で言うそれと同じく、挙動が断絶していないということだ。
そして滑らかでありながらも節毎に動作が完結している。
いや、「メリハリがあるのに流れるよう」という表現の方がしっくり来るかもしれない。
その射形に見蕩れている内に道場に弦の音が響く。
冬の早朝の空気のような澄んだ音が。
li イ*^ー^ノl|「どうしたんですか?」
射を終えた彼女が振り返る。
柔らかな笑み。
僕はどう返すかを悩み、頬の古傷を掻いて言う。
(=-д-)「……外れないもんですね」
li イ*-ー-ノl|「良いところを見せられて良かったです」
764
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:19:05 ID:FY4OK5Uo0
丸が幾つも重なったような模様の的――霞的の正鵠に、先ほど射られた矢が刺さっている。
僕の知る限り彼女が射を外したことは一度もない。
彼女、弓道部部長の幽屋氷柱は訊く。
li イ*゚ー゚ノl|「こんな朝早くにどうしたんですか?」
僕はまた少し悩んで答えた。
(=-д-)「はあ、大したことじゃないんですが……。最近、大神先生が亡くなったじゃないですか?」
li イ*-ー-ノl|「そうですね」
(= д)「それで……。はあまあ、上手くは言えないんですが……。悲しいな、みたいな」
li イ*゚ー゚ノl|「分かりますよ。私もあなたと同じように、ほんの数回ですが指導を受けた身ですから」
直接の弟子ではないし、そこまで深い仲ですらない相手だ。
自分も剣道や居合道をやるのでその関係で何度か練習を見てもらったことがあっただけ。
それだけだ。
765
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:20:06 ID:FY4OK5Uo0
でも。
それでも――悲しいものは、悲しい。
上手くは表現できないんだけど。
(=-д-)「偲ぶとかそういうわけじゃないけど……ちょっと剣でも振りたいなー、と思って。そう思ってここに来ました」
しいて言えば。
自分の中に、仮にも自分の先生であった人の影響がどのくらい残っているのかが、気になった。
あの人の剣に自分はどれくらい近付けたのだろうかと。
氷柱さんは言う。
li イ*-ー-ノl|「どうか、偲んであげてください。きっとあの世で喜んでおられると思います」
(=゚д゚)「はあ、そうですかね?」
li イ*^ー^ノl|「ええ。だって、優しい先生だったでしょう?」
(= д)「まあ……そうでした」
766
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:21:06 ID:FY4OK5Uo0
続けて彼女は呟く。
「どうか私の分まで偲んであげてください」と。
まるで自分はその資格がないみたいに。
(=゚д゚)「……今なんて?」
li イ*^ー^ノl|「なんでもありませんよ。鍛錬ならば歓迎しますし、お付き合いします。道場ですから」
ありがとうございますと言うと「構いませんよ」と彼女は柔らかに微笑んだ。
胸の鼓動が早くなる。
僕は紅くなった頬を誤魔化すように目を伏せた。
どうしてこの人はこんなにも魅力的なんだろうか。
彼女が更衣室に向かい、一人きりになった淳高の道場で僕は思う。
(=-д-)「(きっと、真っ直ぐだからだ)」
斬ることだけを追求した刀が美しいのと同じように、真っ直ぐに何かを貫く姿は美しいのだ。
たとえ誰かを傷付けることになったとしてもその美しさだけは真実なのだろう。
767
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:22:05 ID:FY4OK5Uo0
【―― 3 ――】
私がその報せを聞いたのは一週間ほど経った時だった。
自宅の道場で男性が殺害された事件の捜査が打ち切られた。
厳密に言えば打ち切られたわけではない。
別の地方で過去に起きた事件と同一犯だと判明し、今後はその事件の捜査本部が捜査を担当するとのことだった。
一方的な命令だが組織とはそういうものだ。
そういったわけで、私達は初動捜査を済ませた段階でお役御免となった。
(‘、‘ノi|「素人探偵や絣には悪いことをしたな」
捜査に協力してもらったというのに満足な成果も上げられないままに担当を外れてしまうとは。
仕方のないことではあるものの申し訳なく感じる。
医師が全ての患者を救えるわけではないのと同じように刑事も全ての犯人を捕まえられるわけではない。
場合によっては、病気にしろ事件にしろ最後まで担当し続けることが難しいこともある。
当たり前のことだ。
しかしそれでも少しだけ嫌な気分だった。
警察を辞めて探偵にもなろうかと考えてしまうくらいには。
768
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:23:06 ID:FY4OK5Uo0
たとえ私が何かの事件を担当しその犯人を捕まえたとしても全てそれで終わりというわけではない。
そこからは裁判が行われ、裁判が終われば何らかの刑が下される。
あるいは被害者やその関係者からすれば事件が終わることなど一生ないのかもしれない。
そう考えると警察は本質的に無責任だ。
無責任という言い方が相応しくなければ「自らの責任を果たすことしかできない」と言おう。
きっと究極的には、人間そのものがそうなのだろう。
私は私の責任を果たすことしかできない。
私は私の人生を生きることしかできない。
そういうものだ。
だから。
(‘、‘ノi|「(私はせめて、私の意思で犯人が捕まるように祈っていよう)」
そして私は私の責任を果たし続けよう。
私の人生を生き続けよう。
慰めのようにそう思いつつ、私は今日も私として現場へと向かう。
769
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:24:06 ID:FY4OK5Uo0
【―― 4 ――】
結局今回の一件で俺は何もできなかった。
何もしなかったわけではないが、結果を見ればいてもいなくても同じような有り様だった。
俺がいなかったらどうなっていただろう?
きっと俺がいなくても事件は起こって、多分氷柱ちゃんは俺がいなくても上手く対処して文書を取り返していた。
だとしたら俺がいた意味はなんだろう?
でぃちゃんやミセリちゃんに迷惑を掛けただけじゃないのか。
(# ;;-)「……また落ち込んでいらっしゃいますね、憂鬱そうなのです」
(,,-Д-)「うん……。少しね」
真後ろからでぃちゃんの声が届く。
背を向けて座っているので顔は見えない。
だが明るい表情はしていないだろう。
暫く経ったある日の夜。
俺は上半身裸で寝室の椅子に座って手当てを受けていた。
770
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:25:06 ID:FY4OK5Uo0
氷柱ちゃんの寄絃は想像以上に強烈で、服こそ全く被害はなかったが、背中には火傷の痕のような傷が残った。
それ以外にも身体の節々が鈍く痛む。
あんなに冷たく澄んだ音なのに火傷みたいになるなんて可笑しいねと俺が言うと「笑い事じゃないのです」と怒られた。
数日経って痛みは治まったが傷は癒えていない。
当日は仰向けで寝るのが辛いくらいだったのでかなり楽にはなったけど。
(,,-Д-)「(でもミセリちゃんは無傷らしいし、やっぱり人以外のモノを対象にした清めの音だったんだろう)」
だとしたら咄嗟にでぃちゃんを庇って正解だった。
半分は人間と言えど半分は妖怪だし、それにあの時は戦う為にかなり妖怪側に寄っていた。
直撃していればただでは済まなかっただろう。
それにしても、もうほとんど力が残っていない俺なら大丈夫だと思ったんだけど……。
(,, Д)「『人間の成り損ない』ね……」
あの魔術師は誰から俺の正体を聞いたんだろう。
何にせよ言い得て妙だと笑みが零れた。
771
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:26:05 ID:FY4OK5Uo0
巻かれていた包帯が解け、ガーゼが外されて傷跡が空気に晒される。
でぃちゃんは濡らしたタオルで背中を軽く拭いていく。
と。
(# ;;-)「ご主人様……」
その手が止まった。
次いで、後ろから抱き締められた。
鼻腔をくすぐる彼女の匂いや肌に伝わる柔らかさが心地良さを与えてくる。
……俺の背中に彼女の胸が、つまり傷跡に胸部が当たってるわけで、痛いのか気持ち良いのか分からない。
(,,^Д^)「どうしたの? そんなに強くギュッとされると、痛いよ」
(# ;;-)「痛くしています、お仕置きなのです」
そう言うと、彼女は更に俺を抱く両腕に力を込めた。
決して離すまいという意思が伝わる強さ。
772
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:27:05 ID:FY4OK5Uo0
耳元で彼女の声が聞こえた。
(# ;;-)「あまり、無茶をしないでください……。あなたが死んでしまったら、私はどう生きていけば良いのですか……」
縋るような声だった。
泣きそうな声だった。
俺は、静かに言葉を返す。
(,,-Д-)「ありがとう……でもね、でぃちゃん。俺は、でぃちゃんが傷付くのが嫌なんだ。でぃちゃんの代わりになら、俺はいくらでも傷付くよ」
(# ;;-)「それは私だってそうです。同じなのです。私は、あなたの為なら死んでも、いい」
(,, Д)「でぃちゃんがいなくなっちゃったら俺は生きていけない」
(# ;;-)「それも……同じなのです」
ごめん、と俺は言った。
でぃちゃんがいない日々なんて俺は考えられない。
それは彼女だって同じで。
773
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:28:04 ID:FY4OK5Uo0
だとしたら――俺はどれほど酷いことをしてしまったんだろう。
(,, Д)「ごめん……」
もう一度俺は謝った。
もういいですよ、と彼女は笑った。
そうして俺以上に俺を大切にしてくれている人は、俺の背中に口付け、つーとそのまま傷跡を舐め上げた。
淡い痛みとくすぐったいような快楽に思わず声が漏れてしまう。
次いで彼女は色っぽい笑みを小さく漏らす。
こういう部分は淫魔っぽいよなあと感想を抱く俺の耳元で、彼女が囁いた。
(# ;;-)「…………愛しています。あなたが、どんな存在であろうとも」
(,,-Д-)「……うん。俺もだよ」
俺は振り返って彼女を抱き締める。
お返しと言わんばかりに強く。
傷はまだ完治していないけれど、一晩くらい、少しくらい無茶をしても大丈夫だろう―――。
774
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:29:05 ID:FY4OK5Uo0
【―― 5 ――】
本日のオチというか、後日談。
時間という概念はあらゆるものを彼方へと押し流していく。
あの一連の事件から数週間の時が流れ、ニュースでの報道もほとんどなくなった。
私にしたって、あれほどに衝撃的だった出来事はすっかり心の何処かに埋没してしまっていた。
そんな頃のことだった。
学校帰りにショツピングに出掛け、一時間程度買い物を楽しみ、日も暮れてきたのでそろそろ帰ろうかなと思った――その時。
リパ -ノゝ「…………おや、」
私は、あの死神のような少女に再会した。
街を歩いていて向こう側からやって来たものだから思わず「あっ」などと声を漏らしてしまったのが悪かったのか。
驚いて立ち止まってしまったところに声を掛けられた。
775
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:30:09 ID:FY4OK5Uo0
リパ -ノゝ「…………お久しぶりです、」
ミセ;゚−゚)リ「……どうも」
街で出遭った彼女は、清楚というか、大人しい感じの格好をしていた。
服装で目立つのは黒壇のように黒い髪と合わせたような黒のジャケットくらいだ。
無論、刀なんて持ってない。
左目に付けていた眼帯も包帯に変わっていて、全体的に暗いファッションだからメンヘラっぽく見えるかもしれない。
あの時と変わらないのは庇護欲を唆る可愛らしい顔立ちと、蚊の鳴くように小さく砂糖菓子のように甘い声音。
漂わせていた妖刀のような鬼気も薄まっていて、彼女の本性を知らない人ならば気付かないだろう。
ミセ;゚ー゚)リ「なんで、こんな所に?」
リパ -ノゝ「…………あなたも勘違いしていらっしゃるようですが、私達も常時ああいったことを行っているわけではありません、」
ミセ;゚−゚)リ「買い物をしたり、ご飯を食べたり、友達と遊んだりするってことですか?」
リパ -ノゝ「…………そうです。あなたが一緒にいた、あのお二人と同じように、」
776
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:31:07 ID:FY4OK5Uo0
あのお二人――ギコさんやでぃちゃんと同じように。
常に非日常的な仕事をしているのではなく、オフの日には普通に学校に行ったり友達と談笑したりして過ごしている。
彼女、ギコさんからは『ユキちゃん』と呼ばれていた少女は語る。
リパ -ノゝ「…………私はこれでも、数年前まではあなたと同じように学校に通っていました、」
ミセ;゚ー゚)リ「へぇ――って、じゃあ年上!?」
そうです、と事もなげに言いつつ彼女は街路樹の木陰に入る。
私も他の歩行者の邪魔にならないように位置を変える。
……あんな風に人を殺した少女が、立ち話をする為に歩道の端に寄ったということ。
その行動が彼女の発言の正しさを証明しているようだった。
彼女もこうして、普通に生きている人間なのだ。
リパ -ノゝ「…………あなたは私に二度と遭いたくなかったと思いますし、私もできることならば再会したくはなかった、」
私に遭うということは誰かが死ぬということですから、と彼女は付け足す。
誰かが死んで、誰かが殺されなければならない状況に現れる死神のような少女。
777
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:32:04 ID:FY4OK5Uo0
ですが、と彼女は続ける。
リパ -ノゝ「…………こうして縁があり出遭ってしまったわけですから、二つほど、伝えておきたいと思います、」
ミセ;-ー-)リ「はあ……」
私からは何も伝えたいことはないし、言ってしまえば二度と会いたくないどころか顔も見たくないような相手なんだけど……。
そういう機微は分からないのだろうか?
心中を知らずか、それとも察した上で無視してか、彼女は言う、
リパ -ノゝ「…………一つ目に。あの文書を奪おうとした男は雇われですが、その裏には組織があります、」
ミセ*゚ー゚)リ「組織?」
リパ -ノゝ「…………そしてその組織はあなたの過去にも関わっている、かもしれません、」
ミセ;゚ー゚)リ「!!」
私の――過去に?
あの出来事に……?
778
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:33:07 ID:FY4OK5Uo0
ミセ;゚ー゚)リ「あなた、私の過去を……。それ以前にその『組織』って……?」
リパ -ノゝ「…………申し訳ありません、少し調べさせた頂きました。そして重ねて申し訳ありません、私の担当ではないことなので、詳しいことは、」
そして「あくまでも可能性の話です」と彼女は付け加えた。
それでも、私は動揺を隠せない。
しかし彼女は淡々と話を続けていく。
リパ -ノゝ「…………二つ目ですが、あなたの目の話です、」
私の目。
怪異が見えるという瞳。
リパ -ノゝ「…………まず名称をご存知ですか?」
ミセ*゚ー゚)リ「名称? ええっと、名前ってことですか?」
リパ -ノゝ「…………その瞳は『浄眼』と呼びます、」
779
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:34:04 ID:FY4OK5Uo0
……ゲームやマンガで聞いたことがある名前だった。
微妙にテンションが上がってしまう。
リパ -ノゝ「…………中国の伝承に登場する異能らしいです。曰く、その瞳を持つ者は、『人ならざるモノ』を見る力を持つ、」
人ならざるモノ――怪異。
リパ -ノゝ「…………そもそも魑魅魍魎を視認できる人間は道士等の魔術を専門にする者か、先天的にそういう才能を持つ者に限られます、」
あるいは「自分自身が半分怪異である者か」。
つまり言うまでもないが、普通の人間には妖怪は見えないのだという。
ちなみに心霊スポットで幽霊が見えるのは大体が勘違いで、本当に見えた場合は幽霊側が見せているか、たまたま幽霊と波長が合ってしまった場合らしい。
とにかく。
リパ -ノゝ「…………その瞳は、かなり珍しい代物ということは覚えておいてください、」
ミセ;゚ー゚)リ「分かりました」
780
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:35:05 ID:FY4OK5Uo0
いつだったかでぃちゃんも「ハッキリと怪異が見える人は珍しい」とか言っていた気がする。
素人ではまずありえないレベルの精度のようだ。
まあよく分からないけど……。
街が夕闇に染まり始めた頃。
最後に、彼女は言った。
リパ -ノゝ「…………私の友人にも、仇敵にも、同僚にも。目の能力を持つ人がいました、」
ミセ*゚ー゚)リ「私のように怪異が見える目の人も?」
リパ -ノゝ「…………はい。未来や死あるいは心、因果……視えるものは様々でしたが、完全に普通の人生を送れた人間は一人もいません、」
その目の所為で死に掛けた人間も生命を散らした人間もいます。
彼女は淡々とそう続け、「けれど」と。
リパ -ノゝ「…………ですが、その目があったからこそ見つけられるモノもあると思います、」
あると良いと思いますなんて呟き、彼女は少しだけ微笑んだ。
781
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:36:08 ID:FY4OK5Uo0
そうして彼女は宣言する。
リハ -ノゝ「…………もしも、あなたが自分の目を嫌いになった時。私はあなたの目を殺しに来ます、」
そう言い切って。
でも次いで死神の少女は言うのだ。
「そんな日が来ないことを私は祈っています」と。
それだけを最後に告げて彼女は夜の帳が下り始めた街に消えて行く。
私の帰り道は逆方向、共に歩むことはない。
私はこれから何を見るのだろう?
あの過去に向き合ったところでこの目がなくなるわけじゃないし、況してや人生が終わるわけでもない。
これからも私が生きている限り私の物語は続いていく。
私はこれから何を見るのだろう?
それはまだ分からないけれど、でも生きていこうと――そんなことを私は思った。
【――――落書き、終わり】
782
:
名も無きAAのようです
:2013/11/12(火) 03:37:03 ID:FY4OK5Uo0
というわけで今回の落書きは終わりです。
この落書きは後日談やおまけというか、ぶっちゃけエロ成分補給が主目的のはずなんですが、完全に忘れてました。
でぃが背中の傷を舐めながら手で奉仕するエロシーンは心の目でどうぞ。
次話は十一月中に投下したいのですが……。
期待せずお待ちください。
783
:
名も無きAAのようです
:2013/11/14(木) 15:43:16 ID:9PpjdX4Y0
乙、待ってる。
今回の事件ではそれぞれが何かを感じていた。
それは繋がりだったり、気持ちを改めたり、後味の悪さだったり千差万別。
怪異が見えるミセリの眼について触れられていたので、眼と彼女の過去がどう関係していくのか気になる。
784
:
名も無きAAのようです
:2013/11/26(火) 14:45:42 ID:91sN0hh.C
ミセ*゚ー゚)リは、語り部以外にも重要な役回りがあるのか
785
:
名も無きAAのようです
:2014/12/05(金) 17:36:18 ID:MhKUymVo0
一年たったんですが・・・
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