したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

投下用SS一時置き場4th

1名無しさん:2014/04/21(月) 22:13:58 ID:FM0uhBto0
規制にあって代理投下を依頼したい場合や
問題ありそうな作品を試験的に投下する場所ですよ―。

2名無しさん:2014/05/06(火) 21:57:40 ID:UDedbgbw0
投下します。

3間奏 -手記、午前9時、森の洋館にて- 1:2014/05/06(火) 22:05:43 ID:UDedbgbw0
さて、お立ち会い。下らない一人の中年の、くたびれた手記の御伽話。
なんてことはない。誰も知らない、誰も語らない。誰も覚えない。誰も忘れない。
それでいいのだ。何故ならこれは、貴女が貴女だけの答えに辿り着くための、ただの下らぬ蛇の足なのだから。





【六十九頁第二項】





ーーー(中略)ーーーそれどころか全く異質の理だと言えるのである。
そして青い背表紙には、“世界統合とその後のシルヴァラント・テセアラの歩み”と書かれていた。
読んだ感想としては単純明快、“似過ぎている”。この一言に尽きるだろう。
表紙の地図からしてそうだったのだ。アセリアと瓜二つというよりも、最早そのままなのだから。
トレズバレーがモーリアへ。アルタミラがアルヴァニスタへ。バラクラフ王廟が過去ダオス城へ。
ミズホがーティスへ。パルマコスタがベネツィアへ。ユウマシ湖がヴァルハラ平原へ。
そして救いの塔が、精霊の森へと変わったのだ。
内容にしても共通点は多い。マナ、精霊、時の魔剣、ドワーフ、クレイアイドル、エルフ、
レアバード、ハーフエルフ、ユミルの森、モーリア、二つの衛星、大樹、忍者、藤林家。
数多くのキーワードが存在する。ここまでくれば間違いないだろう。

“エミル=キャスタニエの世界はアセリアと同じ世界である”。

アセリアは恐らく、彼等の歴史より遥か未来だったのだ。
そして、エクスフィア、エクスフィギュア、天使化、クルシスの輝石ーーーそれらの情報を見て合点がいった。
かの魔王ダオスが、何故瀕死から復活し羽を生やしたのか。
挙句が、大樹ユグドラシルである。英雄ロイド=アーヴィングによる世界統合の証は、我々の時代で魔科学によって枯れてしまうのだ。
更には母なる星、デリス・カーラーン。
ダオスは魔術を使えた。混血なのではないかという疑問はかねてからあったが、
ウィルガイヤの民の血を引いていると考えれば話は早い。
それにしても、やはりサイグローグとやらは異世界から地形や道具、人を集める事のほか、
同世界から時空を超えて地形や道具、人を集める事も可能な様だ。まるで時空剣士である。
しかし仮に時空剣を持っていたとして、あんな男にオリジンは力を貸すだろうか。
いいや、貸しはしない。ならば恐らくエターナルソードではない別の方法を使っているのだという事くらいは、素人でも解るだろう。
即ち、“エターナルソードはまだ手付かずの可能性がある”という事だ。

前置きはここまで。以下は、現状で出来る私なりの考察である。



①主催は何者か?

サイグローグ。金髪、モノトーンの衣装に仮面を付け、背丈はゆうに3mはあっただろうか。
地面を浮いて滑空するように移動し、出身、性別、年齢、種族、戦闘力その他一切は不明。
ルーティ=カトレット曰く、“何でもありな奴”。
この評は冗談ではなく、事実である。飛行竜が無ければ到達出来ないはずのダイクロフトの王の扉の前に突如として現れ、
そして地下迷宮アルカナルインへと誘った導き手、その正体がサイグローグなのだから。
アルカナルインでは千年前に死んだはずのバルバトス=ゲーティアを蘇らせ、ヒントを呟き、光と共に姿を消し、まるでゲームの様に“ポイント”を与えたという。
そしてフォッグの情報によれば、マオという参加者も彼を知っているとの事。
曰く、“サイグローグの塔”の番人にして導き手。まるでゲームの様に戦闘をけしかけ、死んだ敵を蘇らせ、勝てば褒美を与えてくれた、と。
共通するのは“死者蘇生”、“ゲーム感覚とルールの強制”そして“サイグローグの目的は勝利ではない”。以上三点である。
以下は現時点で可能なそれらについての考察だ。

4間奏 -手記、午前9時、森の洋館にて- 2:2014/05/06(火) 22:11:15 ID:UDedbgbw0
【死者蘇生】

参加者達の世界ーー書籍から推察するに少なくとも11の異世界が確認出来るーーの中で、
そんな事を容易くやってのけたのは、カイル=デュナミスの世界、ロイド=アーヴィングの世界、そしてルーク=フォン=ファブレの世界のみである。
無論これは書籍だけでの情報だ。
さて、三つの世界の蘇生媒体は神の眼、禁書、そしてフォミクリーだ(厳密に言えば後者二つは蘇生ではない)。
マオとルーティの話によれば、元の世界でサイグローグが召喚した死者は生前の性格だったうえ、技も同じ、そして寧ろ強化されていたのだという。
これはフォミクリーによる蘇生を否定する材料になり得る情報だ。
レプリカによる蘇生だとすれば、同じ体術や性格、記憶を刷り込むには些か骨が折れる。
フォミクリーには、記憶を継げず、また凡ゆる面で劣化を避けられない欠陥があるからだ。ましてやオリジナルよりも性能が上などあり得ない。
デフォルトで生前と同じ条件を有す神の眼を利用しての蘇生に対し、デメリットしか存在しない。これは禁書のケースも同様だ。
ヘイムダールの書籍によれば、禁書の中へ記憶を封じる事が出来るのだという。その記憶は、禁書内の世界に限り実体を持つことが許され、
また肉体同様成長や死亡、意思疎通も行うことが出来る。但しオリジナルとはその記憶や成長は断絶しており、
即ち記憶の中のもう一人は、記憶を封じた時点から同期機能が失われ、全くの別人として禁書内を過ごす事となる。
さて、この記憶保存だが本の情報も曖昧で具体的な方法は全く不明だが、それでも現実味は薄いと断言できる。
何故ならば、この方法は死の経験を保持させつつ、肉をコピーすることが不可能だからだ。
経験値がオリジナルから断絶し、同期できないという欠点は、つまりオリジナルの死の記憶を持つことが出来ないという事である。これは現状と矛盾する。
尤も、そもそも我々が記憶を入れられたであろうその怪しげな本の記憶すらない時点で、おかしな話なのだ。
本の記憶を消去し、いちいち過去の記憶を植え付けるくらいならば、神の眼を使ったほうが早い。
死の記憶の情報より、禁書の記憶は除外。劣化しない条件より、フォミクリーも除外。
ならばやはり今回の死者蘇生は神の眼を使った奇跡の類、と考えても良いだろう。
ただし、後述するが私はこの世界における奇跡は第七音素、ひいては記憶粒子を必要とする魔術機関と見ている。
従って厳密に言えば奇跡による蘇生は上位のレプリカと言えなくもないが、混乱を防ぐ為ここでの言及は避ける。

   よって、導かれる仮定ーーー“サイグローグは神の眼を使っているか、神の眼に精通し、力を使える仲間が居る”。

【ゲーム感覚とルールの強制】

サイグローグは我々の戦いをゲームに見たてている節がある。
アルカナルインやサイグローグの塔に至ってはそれがより顕著に現れている。
強制力のある“ルール”をダンジョン全体に設定し、挑戦者に遵守させていたのだ。
これは最早人に出来る力の限界を超えている。ある意味でサイグローグは世界を創造してしまっているのだ。
そもそも異なる世界にダンジョンを作っている時点で、我々の常識の物差しで測れない事は推して知るべしか。
時代ならまだしも、次元を超えてしまっている。ならば文字通り、奴自身次元が違うということ。
挙句、精霊を拒絶するこの島だ。常軌を逸してしまっている。
最早サイグローグをただの一人の人間だと言い切る方がどうかしているのだ。

   よって仮定ーーーサイグローグは人よりも精霊や神の類に近い上位存在である。

この仮定を正とすれば、前項でのサイグローグが神にしか使えない奇跡を使えるという予想も合点がいく。

5間奏 -手記、午前9時、森の洋館にて- 3:2014/05/06(火) 22:14:06 ID:UDedbgbw0

【サイグローグの目的は勝利ではない】

奴は選択と迷いが楽しみだと言っていた。勝利自体は目的ではないのである。
アルカナルインやサイグローグの塔にしてもそうだ。サイグローグはクリアされる事を寧ろ楽しんでいるとすら言える。
そして奴が指定する世界のルールも、嫌に生温い。
話を伺うにそのルールには決して穴は無いが、努力すれば達成出来るラインなのだ。そこに決して無理難題は無かった。
頭を使い、ギリギリでクリアされる事が目的なのだ。
ペナルティも同様に温い。それ以上のフロアに行かせない、スタート地点へ戻す……etc。
まるで子供が遊ぶ双六か何かだ。もう一度我々に挑戦させる気しかない。
しかし、それにしては今回は些か嗜好が違う。奴が好むであろうゲームの枠を完全に超えているし、ましてや駒を殺し合わせるなど悩みを消してしまうにも等しい行為。
確かにより濃い迷いや悩みはあるだろうが、優勝者が一人というのも如何なものだろうか。
そもそも、迷いを誘発するならば面子も手段も謎だ。
私が居てアーチェやチェスター、アミィ、ミント達を呼ばない意味が分からない。
私が主催ならば、彼女達を呼び適当に想い人が死ぬ様に仕向けるだろう。ルールも、そうしなければならないようにすれば良い。
だいいち私を呼ぶならば、普通ならミラルドも呼ぶ筈だ。我ながら情けない話だが、ミラルドが死ねば私は壊れてしまうと断言できるからだ。
となると、やはり迷いや悩みを楽しむだけが目的とは到底思えない。このゲームの目的は別にあるはずなのだ。この面子で、このルールでなければならない理由が、ある。
しかしサイグローグは勝利を目指している訳でもない。
ならば目的は何だ?
バトルロワイヤルはゲームだ。しかしそこには必ず“サイグローグの勝利か敗退が発生する”。奴の嗜好と矛盾しているのだ。
問。“本当にこのゲームはサイグローグだけの思惑で動いているのか”。
解は否である。サイグローグは勝利に興味はない。あくまでも副産物としての悩みを楽しんでいるだけなのだ。それは人の生死と必ずしも直結するわけではない。
明らかに、このゲームは“人を殺す≒悩みや迷いを断ち切る事に特化している”。

   よって仮定ーーーサイグローグの他にバトルロワイヤルで得をする人物が居り、サイグローグはあくまでもそれに乗ったか利用されているに過ぎない。
   もしくはーーーこのサイグローグはルーティ達が知るサイグローグではない“何か”である。即ち言い換えれば“サイグローグは一人ではないかもしれない”。


②この会場は何処なのか?

ざっと11の世界について纏めてみたが、可能性は大きく分けて、
・現実世界
・バテンカイトス
・夢幻世界
・フォミクリー
以上四つに分類される。
ルールブックでは異次元世界と断定されてはいるものの、改めて考察をしたい。

【現実世界】

現実的ではない。あらゆる世界の魔力の位相を弄り、回復術を抑制し、あらゆる世界の建物を寄せ集め、挙句そこへルールを作る。
そんなものを既製品をいじり倒して産むくらいなら、神の眼なり創世力なりに頼って一から産んだ方が俄然早いからである。
出来上がったカレーをどうにかしてクリームシチューにするくらいなら、一からクリームシチューを調理した方が余程利口、という事だ。
何よりアルカナルインやサイグローグの塔という幻想迷宮を創り出したサイグローグのポテンシャルならばそれが可能だ。よって全てが現実世界という可能性は限りなく低い。

6間奏 -手記、午前9時、森の洋館にて- 4:2014/05/06(火) 22:15:49 ID:UDedbgbw0
【バテンカイトス】

可能性だけで言えば充分にあり得る。是非術者であるというキール=ツァイベルに会い、考察を重ねておきたい。
バテンカイトスならば、クレーメルケイジを術の媒介にしない筈だ。直接確かめれば直ぐに分かる。
しかし何故バテンカイトスをわざわざ構築したのか、という疑問は残る。
何らかの理由でネレイドを干渉させる為か。しかしネレイドの器がそうそう居るとも思えない。要検証。

【夢幻世界】

作業の楽さとリスクの無さで言えば、最も現実的な解答だ。夢や幻の世界を作るには、文献を読むに大きく三通りある。
一つ、“デリスエンブレムを利用した方法”。
私の知るデリスエンブレムは、持っていなければ、紋章を踏んだ物をワープさせる、
といった設置式の罠ーー余談だが、サイグローグが我々を島に飛ばしたのはこの罠を利用したのだと思っているーーだ。
文献によれば人の心の闇を利用し幻を作り出す罠を仕掛ける事も出来るようではあるが、
例えエクスフィアを用いたとしても、能力が限定的過ぎる為、現実味は薄い。
記憶にない異世界の住民が存在するこの島を考えれば、心を映すはずのデリスエンブレムの罠はまず除外される。
二つ、“フォルスを利用した方法”
夢のフォルス、虹のフォルス、音のフォルス。エクスフィアで能力を拡張してこれらを利用すれば、この状況を作る事くらい訳はないだろう。
しかしそうなれば最大8日もの間常時能力を行使し続ける事になる。
脅迫、または洗脳で能力を使わせていたとしても、フォルスをそこまで連続して使用出来るだろうか? いや、常識的に考えて有り得ない。
無論レプリカで能力者を量産し、作業化していないとも言い切れないが、仮にそうだとして、
夢のフォルス使用者から、夢のフォルス使用者へのバトンタッチの瞬間に必ず情報の歪が生じる筈だ。人の想像は共有できないからだ。
脳を並列で無理やり繋ぎでもしない限り、同じ夢や幻を生み続ける事など不可能に近い。そしてそんな無茶を犯す必要性がない。
そうなればこの解も考察材料が少ないものの、現時点では労力とリスク的に現実的とは言い難い。
三つ、“神の眼を利用した方法”
他と比べると最も現実的な方法と言える。
こういう設定なのだと思い描けば、その夢を世界に吐き出し、現と化す。そんな奇跡を起こせる万能変換器、神の眼。
エネルギーさえあればどうとでもなる。労力、リスク共に殆ど無し、更にこれを是とするならば仮定A〜Dの筋も通る。
参加者を呼び、世界を作り、ルールを設定する。その全てが神の眼一つで賄えてしまうからだ。
以上三つの可能性を踏まえて考えると、夢幻世界を作るならば神の眼を使用する可能性が最も高く、安全と言える。

【フォミクリー】

四つ目の可能性。会場形成だけにとどまらず、何らかの形でこの技術がゲームに関わっている可能性は高いと見る。
何故ならば、此処は魔力の互換が可能な世界だからだ。
それが神の眼によるエネルギーならば、話は早い。神の眼の力は奇跡で、その本質は癒しだ。そして、癒しは第七音素、ひいては記憶粒子。
即ち、神の眼は奇跡を生む道具であると同時にーーー無尽蔵の第七音素と、記憶の欠片を産む人工子宮なのだ。
これを利用しない手もない。島にある数々の設備、アイテム、そして或いは、可能性は少ないにせよ肉体までもがレプリカかもしれないのだ。
神の眼による奇跡は一見万能かつ容易だが、しかし細かいアイテムや環境まで想像して緻密な計画性のもとに創らなければならない。
我々の想像には限界がある。全ての支給品や植物、建築までもをここまでリアルに表現することなで、果たして出来るものだろうか。
第七音素が余るほどあるならば、意志を持たぬものに限ってはフォミクリーを使用したほうが効率的だ。
奇跡と第七音素は平行している。そしてこれは余談であり後述する事にもなるがーーーフィブリルの正体は第七音素だと思っている。

よって仮定ーーーこの世界は神の眼による夢とレプリカで創造された、半現実半幻想の世界である。

7間奏 -手記、午前9時、森の洋館にて- 5:2014/05/06(火) 22:19:24 ID:UDedbgbw0
③参加者は異世界から来たのか?

異世界というと語弊がある。私は、我々はある意味で“同じ世界の住民”だと思っているからだ。
そもそも、金の単位、武器、防具、装飾品、食材、種族、料理、術技、道具、魔物。それらが共通するなどあり得ないのだ。
この異常な偶然を見て同じ世界と感じなければ、なんなのか。いや、これを偶然という一言で済ませて良いのか。
否である。
私は断言しよう。これは“偶然”などではない。“必然”だと。
しかし、では何故我々は違う星に住んでいるのか? エミル=キャスタニエと私の世界の様な時の流れでどうこうなる以前のレベルで、11の世界は仕組みが違い過ぎる。
なればこそ間違いなくそれらは違う星なのだ。それが何故、ここまで凡ゆる条件が一致するのか。
一言で言えば、“世界の仕組みと形を変えただけで、後は一緒”なのだ。これほど馬鹿馬鹿しい事があるだろうか。
まるで餓鬼が遊ぶパズルのように、我々の住む世界は一見複雑だが、単純過ぎる。
それはとてつもなく奇妙な事で、同時に私はどうしようもないくらいに嫌悪する。
それを認めてしまえば、我々とは、人とは、エルフとは、精霊とは、マナとは、歴史とは、文化とは、世界とは、一体何だというのか。
……飛躍していると言われるだろうが、しかし他世界には神がいたのだ。予想など一つしか出来ない。

即ち、仮定ーーー我々の世界は元は一つで、実験の様に何者かに生み出された平行世界なのではないだろうか。


④ルールがある意味とは?

ルールブックの全文を以下に引用し、考察を記していこうと思う。
ルールを馬鹿正直に信じるよりも、一度疑っておきたいからである。

基本ルール

全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
  └嘘の可能性は低いか。ここで言う一人とは、首輪が嵌った人間を示す? 仮に人が全-滅してクィッキーが残ればどうなるのだろうか?
   クィッキーに意思が無い為に条件外と考えるのが妥当か? ならば、ソーディアンだとすれば?
   仮にソーディアンに、人間の精神を移植できるならどうなるのか?
   エクスフィアを使用すれば不可能ではない可能性大。人格照射方法をハロルド=ベルセリオスから聴いておきたい。
勝者のみ元の世界に帰ることができ、加えて願いを一つ何でも叶えられる。
 └『あと百回願いを叶えろ』が願いであればどうなるのか? そもそも何で願いを叶えるつもりなのか?
  神の眼? だとすればそれは願いの成就先は現実ではなく夢の可能性がある。成程ルールにはそれが夢か現実かの記述はない為、矛盾もない。
  しかし神の眼にも限界があるはずだ。神の眼で神の眼を超えるエネルギー体を生むことは出来ないだろう。
  ならば、可能性があるとするなら賞品は何か。決まっている。今の情報ではそんなもの“創世力”以外に有りはしない。
  しかし賞品が創世力だとするならば、発動条件が邪魔をする事となる。
  『献身と信頼、その証を立てよ。さすれば我は振るわれん』『使用者の最も愛する者を犠牲にせよ』書籍によれば起動条件はこの二つのどちらかだ。
  優勝時点で、前者の条件はクリアできない。献身や信頼の証を立てることが出来ないのだ。何故ならば、優勝者は一人だから。すると条件は必然的に後者となる。
  愛するものは死んでいようがそうでなかろうが、元の世界の誰かしらを犠牲にしなければ、願いを叶えられないというわけだ。
  悪趣味な話だが、どこかの主宰が好みそうな話ではある。現時点では賞品は創世力が濃厚か。
ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
  └特記事項無し
プレイヤー全員が死 亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる。
 └勝者なしと明記してあるということは、そうなっても問題がないということだ。優勝者が出ようが出まいが構わない、と。
  ならば、主宰の目的とはその過程にある? もしくは、ゲーム終了時にある? 
開催場所は異次元世界であり、海上に逃れようと一定以上先は禁止エリアになっている。
  └嘘の可能性有り。特に海上の件は一度調査しなければ何とも言えない。
   海だけ記述してあるのは何故か? 空と地中は? いずれにせよ検証が必要。


8間奏 -手記、午前9時、森の洋館にて- 6:2014/05/06(火) 22:21:56 ID:UDedbgbw0
放送について

放送は12時間ごとに行われる。放送は各エリアに設置された拡声器により島中に伝達される。
   └嘘である。まず、拡声器が確認できない。12時間の条件も、僅かに遅れた。遅れた理由は大樹方向の爆発と考えるのが妥当か。要現地調査。
    拡声器などと直ぐにバレる嘘をついた理由もわからない。
   ルールに穴があるとわざと知らせるためか。いや、そんなことをしなくとも疑うのは普通だ。
   ならば可能性としては“誤植”しかない。すると、以前もこのルールを何かに使用していたということ?
   可能性の一つとして、“バトルロワイヤルが他にも行われていて、ルールが異なっている”事を此処に記す。
   となれば、参加キャラクターがランダムに見えることも頷けるか。ミントやチェスターは、もう一つの会場に居る?
   ……或いは、我々は何度も繰り返して……。
放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。
  └特記事項無し

首輪と禁止エリアについて

ゲーム開始前からプレイヤーは全員、首輪を填められている。
  └特記事項無し
首輪が爆発すると、例外無くそのプレイヤーは死ぬ。
  └嘘の可能性有り。断言できる理由が乏しい。奇跡で防ぐ事すら出来ないのか?
主催者側はいつでも自由に首輪を爆発させることができる。
  └特記事項無し
この首輪はプレイヤーの生死を常に判断し、開催者側へプレイヤーの生死と現在位置のデータを送っている。
  └生死の判断は鼓動の感知だと思っていたが、無機生命体に関しては説明がつかない。生死と明記した理由は、偽ることへの抑止力?
   無機生命体の生死はどう感知しているのか? 脳? 思考を読んでいる? いいや有り得ない。サイグローグの嗜好と反する。
   ならば嘘か。現在位置は完治できるだろうが、生死のデータと言われると疑問が湧く。
   しかし逆に言えば、首輪を外してしまえば生死と現在位置は把握できないということか。いや、そうなるとクィッキー等の動物は?
   ……情報が少ない。何れにせよ、嘘の可能性はある。なにしろ、この項で盗聴のことを伏せているのだ。 
24時間死者が出ない場合は全員の首輪が発動し、全員が死ぬ。
 └やはり、全員が死んでも問題がないことは明らかだ。そしてサイグローグはこのゲームが進行が滞ることを恐れている様に見える。
  ……初日、口頭でサイグローグは我々に“ゲームは八日間”と言っていたが、今にして思えばこれもおかしな話だ。
  何故ならば、地図は7×7の49エリアだからだ。そして、一日に指定される禁止エリアは4つ。
  八日ならば、8×4で32エリア。17エリア分もの余裕がある。にも関わらず敢えて八日と言ったのは何故か。
  何かのヒントを与えるためか。いいや、回りくど過ぎる上にそのヒントを出す意図がわからない。
  私が主宰ならば、エリアも最初から32にしておくか、半日毎の禁止エリア指定数をもっと増やすだろう。
  17エリア分も余裕があれば、ゲームの進行が滞るからだ。最終日には1エリア内でゲーム、効率を求めるならばこれが理想型だろう。
  しかし、そうはしなかった。にも関わらず紙面上では24時間以内に死者が出なければ首輪一斉爆破だと云う。
  進行を滞らせるルールと、進行を円滑にするルール。この二つは矛盾している。
  そして、そうなるには理由があるはずだ。サイグローグだけではどうにもならなかった、理由が。
  49エリアの島を、32エリア分潰すのみでゲーム終了させなければならなくなってしまった、理由が。
  世界を創った後に、ルールを変更せざるを得ない何かがあったのだ。
  それはなにか? 簡単だ。“ゲームが八日で終わるんじゃない。この世界が八日で終わるのだ”。
  “仮定ーーーこの世界は神の眼による夢とレプリカで創造された、半現実半幻想の世界である”
  この仮定が正だとして、フォミクリーによって複製されたレプリカの乖離性質を考えれば、筋は通しやすいと考える。

9間奏 -手記、午前9時、森の洋館にて- 7:2014/05/06(火) 22:30:14 ID:UDedbgbw0
首輪を外すことは専門的な知識がないと難しい。下手に無理やり外そうとすると首輪が自動的に爆発し死ぬことになる。
  └特記事項無し
 なお、どんな魔法や爆発に巻き込まれようと、誘爆は絶対にしない。
  └特記事項無し
例え首輪を外しても会場からは脱出できないし、禁止能力が使えるようにもならない。
 └特記事項無し
開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。禁止エリアは3時間ごとに1エリアづつ増えていく。
 └半日で4エリアとの明記に注視したい。ルールブックと島の創造時には、ゲーム自体が八日という想定はなかったのではないだろうか。
  そもそも、4エリア計算でも49エリアは割り切れないという疑問もあるが……やはり、ルール自体は何かの使い回しの可能性有りか。
  或いは、島を作った時点で、ルールとの統合性はとれていなかった? 即ち、島を創造した人物とルールを作った人物は、別?
  少なくとも、八日ルールが記されていないことと4エリアの矛盾から考えて、イレギュラーがあった可能性と主宰が一人ではない可能性は見える。
    
スタート時の持ち物

プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
└言い換えれば、プレイヤーは最初、武器等を装備していた事になる。
ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
└以上二つのルールから私の指輪を没収しなかった事はイレギュラーだということが分かる。
 私はやはり、ジョーカーなのか? しかし何故私なのかは未だに分からないままだ。もっと適切な人物は居るはずだ。
ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を配給され、「ザック」にまとめられている。
ザックの中身は「地図」「コンパス」「着火器具、携帯ランタン」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「支給品」
「ザック」・・・他の荷物を運ぶための小さいザック。四次元構造になっており、参加者以外ならどんな大きさ、量でも入れることができる。
「地図」・・・舞台となるフィールドの地図。禁止エリアは自分で書き込む必要がある。
「コンパス」・・・普通のコンパス。東西南北がわかる。
「着火器具、携帯ランタン」・・・灯り。油は切れない。
「筆記用具」・・・普通の鉛筆と紙。
「食料」・・・複数個のパン(丸2日分程度)
「飲料水」・・・1リットルのペットボトル×2(真水)
「写真付き名簿」・・・全ての参加キャラの写真と名前がのっている。
「時計」・・・普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
「支給品」・・・何かのアイテムが1〜3つ入っている。内容はランダム。
  「支給品」は「作品中のアイテム」と 「現実の日常品もしくは武器、火器」、「マスコットキャラ」の中から選出される。
 └ザックの中は異次元となっているようだ。重さも感じないし、好きな物が取り出せるようになっている。
 明らかに袋の口より大きなものも入るし、取り出せる。仮に人間が生きたまま入れるのだとすれば、これほど良い隠れ場所はないか。
 クィッキーは入れるようだ。人が侵入できるかは検証が必要。

制限について

身体能力、攻撃能力については基本的にありません。治癒魔法については通常の1/10以下の効果になっています。蘇生魔法、即死術は発動すらしません。
    └治癒制限は作業円滑化の為か。しかし場合によってはサイグローグが自分の首をも締める結果にもなりそうではある。
    或いは、制限が必然と考えるのはどうだろう。この会場を構成する要が第七音素による奇跡であるならば、
    第七音素を使用する回復術に影響があるのは当然と言えるのではないだろうか。
    会場が八日で消滅するならば、それを早めないためにも回復術に使用する第七音素を規制したとは考えられないだろうか。
    ならば、この会場の第七音素のバランスは非常に危うい?
キャラが再生能力を持っている場合でもその能力は1/10程度に制限されます。しかしステータス異常回復は普通に行えます。
└特記事項無し
その他、時空間移動能力なども使用不可となっています。(短距離のテレポート程度なら可)
└能力、との表記に注目。時空転移の手段を規制しているわけではないようだ。
 エターナルソードや聖女の奇跡があるならば、何も脱出が全くの夢という訳でもないか。

10間奏 -手記、午前9時、森の洋館にて- 8:2014/05/06(火) 22:33:31 ID:UDedbgbw0
魔法の使用に関して

ロワ会場ではマナが特殊な位相をとっており、魔法使用者の記憶によって指向性を持ち、様々な形態となる。即ち魔法の内容が術者の記憶にあるのならば、周囲のマナが晶術・フォルス・爪術など各々に最適な位相を勝手にとってくれる、ということである。
   └第七音素の奇跡では説明がつかない? 記憶によって指向性が変化するなど有り得るのか。
    そもそも、フォルス能力に至っては内部変換、心の力であり、我々の魔術のような外部変換ではないはずだ。
    ならば、フォルスのみが独立している? 心の力を規制など出来ないはずでは。
 広範囲攻撃魔法は、範囲内の目標を選別出来ないため、敵味方を無差別に巻き込む。
└マーキング無効なのは作業効率化の為か。
 そうせざる得なくなる理由が現時点ではこれといって見当たらない。単純に円滑化の為と受け取って良さそうだ。





④脱出の鍵は?


【首輪解除】

現時点では何とも言えないが、複数の要素が複雑に絡み合っているという事だけは言えるだろう。
少なくとも、“情報を送受信する機能”“盗聴機能”“爆破回路”の三つは備わっている事は確かだ。
いかんせん情報が少なすぎる。可能ならば死者の首を落として首輪を手に入れたいところではある。
しかし、解除となると私には難しいだろう。私は植物学や歴史学、語学、精霊学にはそれなりに精通しているつもりだが、機械工学はさっぱりなのだ。
ハロルド=ベルセリオス、もしくは眉唾ではあるが、フォッグ曰くその道に詳しいチャットと合流したいところだ。
次点で光晶霊学のエキスパートであるというキール=ツァイベルか、ルーティ曰く薬物学に詳しいというにフィリア=フィリスか、
エミル曰くサイバックが欲しがった頭脳の持ち主リフィル=セイジか。何れにせよ、首輪に関してはこの館に居る内は進展しなさそうである。
私個人の見解としては、レンズとエクスフィアが一枚噛んでいると見ているが、果たして。

【第七音素】

奇跡は癒し、癒しは第七音素、第七音素は記憶粒子。
そして奇跡は一般的な術技など比べ物にならないほどのエネルギーを消費するのだという。
即ち、奇跡は膨大な量の星の記憶を喰らって始めて起こせる、禁忌にも近い術であるという事だ。
ただでさえマナが薄く、その上この世界自体が神の眼による奇跡で構築されているとするならば、
この島での奇跡の行使は何かのバランスを崩しかねない行為となる。なにせ、私の予想では第七音素節約の為に回復術すら制限しているのだから。
さて、ここでまず前提だ。第一に、この世界が神の眼による既に造られた隔離世界ならばーーー“魔力の絶対量は予め決まっている”。
それを補うための大樹かとも思ったが、無限にマナを生む大樹を、限られたエネルギーの神の眼で創ることは出来ないのは道理だ。
如何に神の眼といえど、その本質はただの大きなレンズなのだから。
プラネットストーム、即ち音符帯を介しての魔力のサイクル以外に、新しい魔力が入る余地はないのだ。水で満たされたコップに、新しい水は注げない。
故に、大樹ユグドラシルの存在は矛盾する。ならば東にある大樹とは何か。
私は、この世界での大樹はオールドラントで言うラジエイトゲートの機能を担っているのではないかと考える。そうすると、アブソーブゲートも要るはずなのだが……。
……話を戻そう。第二に、この島がシステム的に“世界”として真に完成しているならばーーー“星の記憶がある”はずである。
プラネットストームが機能しているならば、尚更だ。即ち、この世界には恐らく“預言が存在する”のだ。
さて、第七音素は互いに引かれ合う性質を持つという。莫大な第七音素、記憶粒子を収束する聖女の奇跡を、この二つの前提のもと行使したらどうなるだろうか。
少ない第七音素を無理やり奪い、第七音素以外に変換したらどうなるのか? コップの水を蒸発させたら、どうなる?
単純な話だ。この世界の記憶そのものを消してしまいかねない。なにせ奇跡とは、運命を変える一手なのだ。星の記憶を奪い、改竄する力と同義だ。

11間奏 -手記、午前9時、森の洋館にて- 9:2014/05/06(火) 22:34:08 ID:UDedbgbw0
奇跡を使えば、代償に記憶がなくなる。それもまた道理なのだ。それがあった事実。どうしてそうなったか、誰がそうしたのか、いつなのか。
それがまるで消しゴムで消された様に“世界から消える”。最初からそんなもの、なかったかの様に。未来と、現実は蒸発する。
しかしだからこそ奇跡を使えば、奇跡で出来たこの世界を壊せるのではないだろうか?
この世界は奇跡の粒で出来た砂時計だ。駒が百粒の奇跡を使えば、世界は百粒の奇跡を奪われる。
星の記憶すら消す、強固な神の奇跡は、裏返せばそれを相殺するに足る唯一の手段なのである。
星の記憶を奇跡で消せば、どうなるだろうか? この世界の内側から、この世界を構築する魔力を全て奪って奇跡を起こせばどうなるだろう?

定められた未来を奇跡で奪い、その奇跡で新しい世界と未来を紡げば、どうなるだろう?

一つ。時空を飛び越える時空剣エターナルソード。
二つ。神の眼の奇跡を内側から壊す聖女の奇跡。
三つ。音素の力を無効化し消滅させる、第二超振動。

現時点で言える三つの脱出条件のうちの一つがこれだ。預言があったからといって、我々の未来が詠まれているとは限らない。
奇跡さえ、あれば。

【フィブリル】

虹色波紋状の干渉効果、全てを破壊する力という言い伝え、無理に行使すると死亡する危険性。限られた適合者、どの属性にも属さない特別さ。
そして、フィブリル同士のフリンジによる桁違いのエネルギー。第七音素や超振動と共通する項が多過ぎる。
これは仮定だが、フィブリルとは第七音素ではないだろうか。完全に同一のものとは言わないが、性質が極めて似ている。
考察する価値は大いにあると思うし、超振動を起こす手段としてーーー(中略)ーーー







壁には煤けた古時計。煤けた真鍮の短針は9を刺し、歪んだ長針は天を貫く。
秒針が、かちりと動いた午前9時。森達が、ざわりとそよいだ午前9時。
館を包む奇妙な平和は、遠く吼える砲撃で終ぞ砕かれる。

地響きと共に、眩い閃光が空を翔け抜けた。世界が白く染まった瞬間だった。
少し遅れて、空を劈く爆風の音。
部屋の壁が悲鳴を上げ稲妻の様な亀裂を刻み、窓硝子はいつか夜の街に降った雪の如く、粉々に砕け散った。
同時にばらばらと本達は雪崩を起こし、扉の向こう側からは食器達がその身体を投げ、割れる音の狂奏曲が流れだす。
暖炉は慌てた様に黒い煤を吐き出して、窓の向こう側からは中年男の叫び声。
誰もいない書斎の中、サイドテーブルに置かれた羊皮紙の厚い束が、床にばさばさと乱暴に落ちた。
殴るように書かれた表紙の名前が、砕けた窓から覗く閃光に照らされる。
筆者は、クラース=F=レスター。

しかし生憎、彼はこの物語に出ては来ない。
それどころか自由軍の首領も、果ては黎明の崩壊に関わる誰も彼もが出てこない。
誰も会話しなければ、誰も登場しない。剣すら、動物すら。道化すら。これは誰もが知らぬ、単なる気まぐれの一頁。
姿は見えず、時間は進まず、物語は語られず。道化師は知らず。旗すら立たず。

それでも願わくば、この頁が星に眠る黒箱を切り崩す一振りの白刃にならん事を。

12間奏 -手記、午前9時、森の洋館にて- 10:2014/05/06(火) 22:35:06 ID:UDedbgbw0
notice:“クラースのメモ”解禁

シンフォニア世界はアセリアの過去である
ダオスはエルフの血を引いており輝石保持者だった
エターナルソードはまだ手付かずの可能性が高い
サイグローグは神の眼を使っているか、神の眼に精通し、力を使える仲間が居る
サイグローグは人よりも精霊や神の類に近い上位存在である
サイグローグの他にバトルロワイヤルで得をする人物が居り、サイグローグはあくまでもそれに乗ったか利用されているに過ぎない
サイグローグはルーティ達が知るサイグローグではない可能性がある
サイグローグは一人ではないかもしれない
この世界は神の眼による夢とレプリカで創造された、半現実半幻想の世界である
我々の世界は元は一つで、実験の様に何者かに生み出された平行世界かもしれない
ゲーム開始ポイントから会場へのワープは、デリスエンブレムを利用した可能性がある
駒の選出はランダムではない可能性がある
バトルロワイヤルは過去もしくは平行して今、行われている可能性がある
ルールブックには嘘が記してあり、穴がある可能性が高い
ルールブックは使い回しの可能性がある
ルールブック制作・会場形成・サイグローグの参加の3項目には時差があるかもしれない
回復術の効果が低いのは必然である可能性がある
フィブリルは第七音素の可能性がある
フリンジは超振動の可能性がある
超振動は脱出の鍵かもしれない
奇跡は脱出の鍵かもしれない
エターナルソードは脱出の鍵かもしれない
首輪にレンズとエクスフィアが絡んでいるかもしれない
参加者名簿は出身世界順に並んでいる
優勝賞品は創世力の可能性が高い
奇跡は星や人の記憶、存在そのものを喰らって行使できる諸刃の剣である
魔力の万能変換器、ルールのシステムの核として神の眼が関係している可能性が高い
11つの世界はどこかで繋がっており、それは各世界の神々ですら分からなかった事である
八日がタイムリミットなのは、会場が消滅する為である可能性がある
サイグローグは11個全ての星の記憶を知っている可能性がある
大樹がラジエイトゲートの役割を担っている可能性がある
サイグローグには協力者がいる可能性が高い
この島では実は精霊が召喚出来るかもしれない
サイグローグは記憶操作が可能かもしれない
サイグローグは駒の脱出に積極的である
この会場の中で預言を詠む事が出来るかもしれない
この会場の中での魔力の絶対量は予め決まっている可能性が高い
このゲームは優勝者が出なくとも良い
このゲームで何度かイレギュラーが発生している可能性が高い
このゲームのシナリオが決まっている可能性がある
ゲームのシナリオは奇跡で壊せるかもしれない
クラース=F=レスターはジョーカーである可能性がある

13間奏 -手記、午前9時、森の洋館にて- 11:2014/05/06(火) 22:36:23 ID:UDedbgbw0
話は進まんですが、投下終了。あとで一応本スレにも投……転載します。

14名無しさん:2014/05/16(金) 00:17:04 ID:5phnltpY0
投下します。

15間奏-終章/歯車の廻る館- 1:2014/05/16(金) 00:19:49 ID:5phnltpY0
幕間劇はこれにて終わり。指揮者は棒を捨て、奏者は楽器を置く。観客は立ち上がり、拍手喝采の雨霰。
けれどもまだまだ物語は続きます。エンドロールは流れない。栞を挟むのを忘れずに。

時逆しまに返りて、惨劇の前へ頁は戻る。
黎明は崩れず、空は青く、硝子は割れず、壁は立ち、花は伸び、本は本棚へ、食器は食器棚へ。
運命は言った。あと数分で、それは崩れるのだ。
運命は言った。あと数分で、お前は死ぬのだ。
運命は言った。私の預言を崩してみせろ、人の子よ。





ビードロのソファに座っていた。
部屋にはきれかけの裸電球がぶら下がり、ぱちぱちと光の残滓を振りまいている。
文字を書く手を止めて、ローテーブルに万年筆を置く。机の上にはインク瓶と羊皮紙と、水の入った瓶と、床に落ちていたガルドが一枚と、空のカップが二つ。
息を吐いて、私は辺りを見渡した。思うに、我々は本当に恵まれている。
キッチンがあり、リビングがあり、ベッドがあり、書斎があり、ソファがあって、トイレも風呂も調味料も、あまつさえ酒だってある。
最早生活していける環境なのだ。地図を見るに、ここまでの環境があるのは此処とせいぜいが西の城と南西の街くらいだろう。
……野宿を強いられている人そっちのけで、こんなに優雅な朝を過ごしてもよいものなのだろうか。
私は水の入った瓶を傾けながら思った。飲み水すら、水道から補充すれば良い。不自由などありはしない。
今誰かが苦しみ、戦い、命を散らしているかもしれないのに、我々はこんなにも平和な朝を過ごしてしまっている。
それに胡座をかいてのんびりするのは如何なものか。
そんな風な事を思いながら、薄緑に透き通った瓶を指で弾く。きん、とか細い音がした。
……いいや、きっとそれでいいのだ。私は頬杖をつきながら思った。瓶の中で、小さな水の泡が弾けた。

こんな環境だからこそ、こうして束の間の夢の様な平和に甘える事が出来る。
今この瞬間だって、きっとかけがえのない大切な時間なのだ。
確かに、こんな当たり前の事すら出来ず死んで行く人間もいるだろう。だが、それで何が悪いと。
見えぬ人の為に遠慮をするなど、馬鹿らしい。ミントならそうしただろうが、私は生憎とそこまで聖人ではない。
甘えられるものには甘える。それでいい。
我々は、我々の好きな様に生きる。自由に選んで、自由に休んで、自由に戦い、自由に死ぬ。それがきっと、彼の目指す理想なのだから。
ならば私はそれに従おうじゃないか。
……私は苦笑を浮かべて、再び指で瓶を弾いた。
なんだ、自由軍シルエシカーーー存外、居心地は悪くないじゃないか。

「フォッグ」

そう思ったからこそ、私は窓辺に居た彼の名を呼んで、そして言う。

「あんたには話しておこうと思う」

今朝までは決して他人に告げるつもりはなかったそれを話そうと思ったのは、第一に知ってしまったからだった。
預言ーーー星の記憶が、あるかもしれない。情報を纏めて、ついさっき辿り着いたその答えは、あまりに絶望的だった。
しかし不思議とそれを知ってしまった事に特別動揺はなかった。ただ、知ってしまったからには告げねばならぬと心が言っていた。
第二に、信じたからだった。
彼の想い、彼の意思。太陽の様に熱く大きいその魂を。
だから、口を開く。その言の葉は、きっと彼を道化の坩堝に巻き込むと理解していたが、それでも告げる事を選んだのだ。

16間奏-終章/歯車の廻る館- 2:2014/05/16(金) 00:21:59 ID:5phnltpY0
「おう?」

フォッグがこちらを振り向き、小首を傾げながら呟いた。風呂上がりの彼の髪の毛は、まだだいぶ湿っていた。
私は小さく息を吸ってみる。
覚悟は、酒と粗く挽いた黒胡椒と不味いパンと羊皮紙の束とレモングラスと珈琲豆と小さな頃の想い出と……きっとそんなもので出来ていた。




「私は、恐らくーーーーージョーカーだ」




あぁ、存じているとも。とんでもない事を言っている自覚は、勿論あるともよ。
もしこんな台詞を告げられたら、私でも滅多な事を口にするもんじゃないと怒っただろう。
失言だったかな、と私は思った。恐る恐る顔を上げると、さしものフォッグも目を見開いている。
私は少しだけ驚いた。ここまで冷静にその可能性を享受して告げる自分の口と……目の前の男でも、たじろぐのだという事実に。

「そりゃぁ、おめェ……」フォッグが口をもごもごと動かしながら、訝しげに呟いた。「アレか?」

「冗談、か?」
私は肩を竦めて言う。だとすれば笑えないくらい御粗末だが。
「そう、ソレ……ソレなんだがよぅ……」
煮え切らない声色に、私は帽子のつばを下げテーブルの上に乗った型板硝子を見た。
無精髭の生えた冴えない中年が、飴色の歪んだ鏡面に写り込んでいる。今日はなんだか、硝子に映る自分をよく見ている気がした。

「最初に疑ったのは、指輪が四つ目の支給品としてあった時だ」

私はインク瓶を手に取って、言う。妙に掠れた声だった。

「ルールブックには支給品は三つと明記されていたし、わざわざ私の固有装備というのも引っかかった。
 幾ら私が指輪がなければ無力だからと言ってそれを与えるなど、剣士にわざわざ剣を与えるようなものだ」

フォッグは私の向かい側のソファに腰掛けると、眉を顰め髭を弄りながら頷いた。私はインク瓶の蓋を強く閉めた。

「最初にルーティに会って、彼女の支給品を見せて貰ったよ。
 グミだった。全種類のな。噴き出すと同時に、思ったよ。私だけか、と。
 そこで彼女にソーディアンやレンズ、剣が支給されてでもいれば、まだ理解できた。
 だがそうではなかったんだ。運か? 偶然か? いいや、違うね。これは仕組まれている。私は瞬時にそう思った」

インク瓶を置いて、テーブルの上のガルドを弾く。窓から差す朝日を浴びて、金色の軌跡を描きながら、ガルドはやがてテーブルの隅で沈黙した。

「私は考えた。何故、私なのかと。私はこれでもアカデミー首席だった。馬鹿ではないんだ、サイグローグが故意に私に指輪を渡した事くらいは予想出来る。
 なにせ四つ目の支給品なのだ。しかし、だからこそ解せなかった。バレバレ過ぎるからな。
 これでは、“私にシルフを呼ばせて精霊が干渉できない事を確認させる”という意思が丸見えだ。
 ただ、そうする事で私に何がしたかったのかが、最初は分からなかった。
 オリジンを呼べないと気付かせて今更絶望させるとでも? そんな事のためにわざわざ指輪を与える? いや、ナンセンスだ。
 ならば四つ目の支給品というイレギュラーとしてわざとらしく指輪を与えたのは何故か?」

フォッグは“晶霊温泉”とメルニクス語の刺繍が入ったタオルで頭を拭きながら、黙って私の話に耳を傾けている。
ふわりと、柑橘系の爽やかなシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐった。

「サイグローグは、精霊などどうでも良かったのだよ」私は言った。「それはさして問題ではなかった」

17間奏-終章/歯車の廻る館- 3:2014/05/16(金) 00:24:12 ID:5phnltpY0
どういう事だ? フォッグが口をへの字に曲げながら質す。
「奴は、私に私が“特別製”なのだと気付かせたかったんだと思う」
「とくべつせい」
唇を尖らせ、フォッグは訝しげに繰り返した。私は頷く。

「それが私だったのは、気紛れなのか、理由があるのかどうなのかはまだ分からない。ただ理由があるとすれば、それはーーー」

私は顔を上げた。フォッグの大きな体の向こう側の矩形の窓は、景色を小さく切り取っていた。
生い茂る杉は天を貫くグーングニルの槍の様に真っ直ぐ伸び、空は青く、ずっと見ていると吸い込まれそうになるほど透き通っていた。
その景色の中に、いつかの紙飛行機の幻想を見た。その身を焦がしても白銀の太陽に向かって進み、やがて煤になって、アーリィに溶けていった。

「私がここまで生き残って、戦闘もせず考察を繰り返し、奇跡的に全世界の情報を得る事が出来る書斎に出会い、ラタトスクの謎を知り」

フォッグが目を細めた。私が何を言おうとしているのかを理解したのだ。

「そして……貴方にここまで話すくらい信頼を置いている事自体が、理由になるんじゃないだろうか」

それはあくまで可能性の一つだった。
この世界が世界であり、万物の変換器、神の眼を使用しているなら、星の記憶があるはずだという、最も絶望的な可能性だった。



「笑えねェぜ、兄ちゃん」



いつもよりも、ワントーン低い声がした。フォッグがこちらを睨みつけ、その大きな拳を握っている。

「笑えねェな」フォッグは真剣な表情のまま、繰り返した。「つまり、アレは」
「そうだ。サイグローグは、私の運命を知っていて、私を使っているのだ」

私は言った。吐き気がするぐらい私は冷静だった。
目の前のフォッグの表情が更に険しくなる。私は肩を竦めて笑った。笑うしかなかった。

「だが何もそれで絶望する必要もない。裏返せば、私はそこそこまで生き残る、もしくは何らかのアクションを起こすという事になるだろう?
 更に裏をかいて、そんな私の思考を楽しんでいるだけかもしれんがね。
 ま、考えるだけ無駄かもしれん」
「だがよ、それはサイグローグが……」
「解ってる」私はフォッグの言葉を遮ってかぶりを降った。「解ってるんだ」

机を窓から伸びた朝日が照らす。埃がこびりついたガルドの側に、万年筆が転がっている。床には錆び付いた釘が落ちていた。

「フォッグ、奴はバケモノだよ。人じゃない。見誤ってはいけない。このゲームは、勝つ事を目指してはいけない。
 断言する。奴には勝てない。考察をして、痛いほど分かった。我々はただの駒だ。駒がどれ程足掻いたところで、盤外の指し手に干渉することなど」

敵うわけがない。どれだけ自分が無力で、世界が大きいのか知っていないわけがない。
世界を救う英傑ですら、ゴミのように死ぬ。世界を滅ぼす魔王すら、当たり前の様に死ぬ。
誰も彼もが人一人、救えずに消えてゆく。それが現実だ。残された道など、既にしてありはしない。
理解しているな、クラース=F=レスター。現実を見ろよ。お前に力は、勇気は、あるか?
答えを出したら筆を取れ。私には私の戦い方がある。脱出の為に抗え。頭を動かせ。戦える人間を全力でサポートするんだ。
自分は武器を取ろうなどとは思うな。刃を置け、戦うな。脱出する事だけを考えろ。敵を見たら逃げろ。
石にしがみついてでも生きろ。藁に縋ってでも生きろ。どんな手を使ってでも生きろ。手を汚す事になっても、生きろ。
私は、ミラルドと会うんだ。会って、抱き締めて、幸せになるんだ。その為に、生きるんだ。生きるんだ!

18間奏-終章/歯車の廻る館- 4:2014/05/16(金) 00:27:53 ID:5phnltpY0
そうだ、解っている。私は冷静だ。そう、少し考えれば解る事。わかりきっている事。それなのに。


「できは、しない」


なのに、なのに、なのにーーーーーーーーーどうして、私の声は、震えている?
どうして、私の拳には力が入っている? どうして、こんなにも、悔しくて堪らないんだ?
諦めることは、そんなに悪い事なのか?


「割り切って、どこまで迷わずに生きるかだ。それしか、ないんだ」


私なりの戦い方を見つけて、決意したばかりじゃないか。
それを、少し考察してみて星の記憶があるかもしれないと分かっただけで、ここまで何故揺らぐ?
何故、何故だ?





「認めねェ」





ぴしり、と。
静寂に亀裂がはいる音がした。その声は明確な怒気を孕んでいて、私ははっとして弾かれた様にフォッグの顔を見上げた。

「認めちまったら、自由軍が居る事自体がアレになっちまうだろ」

馬鹿な。私は震える口で言った。それでも貴方は、戦えるというのか。運命を支配するあの化け物に銃口を向けられるのか。勝つというのか。

「そいつを認めちまえば、アレもソレも、全部終わっちまうだろうが!!」

バン、と机を弾いてフォッグは立ち上がった。そして胸をどんと拳で叩き、口を開く。

「何故だ」私は震える唇で呟いた。「認める認めないじゃない。星の記憶なんだ。預言だ。そういう次元の話じゃ、ない」

「何でだぁ? おいおい呆れたぜ兄ちゃん。そんなこたぁ決まってんだろ」

ところがフォッグはそんな私の言葉を鼻で笑い、当たり前の様に言い放ってみせるのだ。





「ーーーーーー未来がわからねぇから、人は自由でいられんだ」

19間奏-終章/歯車の廻る館- 5:2014/05/16(金) 00:31:04 ID:5phnltpY0
だから、それを奪う奴は認めねェ。平然とそう呟く彼に、私はそれ以上何も言えなかった。
嗚呼、理屈ではない。この精神を支えるのは、泥臭い不屈の意思なのだ。私には到底無い、図々しいくらいの自我なのだ。
やはり、この人は強い。運命など、どうでもいいと思わせるだけの力がある。言葉にも、態度にも。
けれど、フォッグ。けれどね、私には無理なんだ。私はそれに抗えるほど強くない。
こればかりは、どうしようもないんだ。私は貴方にはなれない。
……だから、貴方を信じて想いを託すよ。私は自分をこれ以上信じる事が出来ないんだ。
フォッグ。どうか、どうか貴方だけはずっとそのままでいてくれ。運命なんか笑って砕いてくれ。前に進んでくれ。
それだけなんだ。それ以上は何も望まない。卑怯な私の、たった一つの願いだ。どうか聞き入れてはくれないだろうか。
貴方はーーーーーーーーー最後の希望だ。

「……そうだな。悪かった。少し、風に当たってくるよ」

私は自分のそんな女々しい想いを胸の奥にそっとしまうと、そう言って立ち上がる。
全く私という人間は毎回毎回、進歩が少しもない。
何かあるたび躓いて、一歩進んで二歩下がる。その度、フォッグの言葉に救われて、そして落ち込む。その繰り返しだ。
やれやれ。どうしようもないな、全く。言いたいことも碌に言えず、迷ってばかりだ。これでは餓鬼の頃とちっとも変わらない。
私は半ば自分に呆れながら踵を返して、溜息を吐いた。そしてドアノブに手をかけてーーー



【8:59ーーーーーーーーーselect,summonerーーーーーー】



ーーー私は、その部屋を出た。

20間奏-終章/歯車の廻る館- 6:2014/05/16(金) 00:37:04 ID:g6IPVOgg0






ごどん、と重い何かが何処かに嵌る音。頭の隅でぎりぎりと歯車が回り、胸の奥でぱちぱちと何かを刻む様な感覚。
網膜の裏側で、火花が散った気がした。
がり、がり、がり。
幻聴の向こう淵で、軋みながら円盤が回る。一定のリズムで、金属が旋盤の上をゆっくりと回る。
かち、かち、かち。
頭の中で、秒針が何もない空間を叩く。遅くもなく、早くもない。決して止まらず、螺旋を描いて針が周る。
きら、きら、きら。
円盤の縁に沈むのは、黄金の巾木。光に照らされて、瞬きの様に不規則に輝く。

冷たいドアノブの向こう側は、まるで異世界の様にひんやりと静まり返っていて、思わず息を飲んだ。
廊下の向こう側に、大きな扉がある。その先は森だ。森だった、はずだ。
ちりちりと、額の真ん中が熱を持っていた。根拠も何もなかったが、嫌な予感がした。
まるで別世界へ移動した様な、もう後戻りなど出来ない様な、そんな奇妙な感覚だった。
ふと怖くなって、閉まった扉を振り返る。朽ちたオークの扉は、黙ったまま私の目の前に立ち塞がる。
扉の奥には、フォッグが居る。居る、はずだ。
こち、こち、こち。
背の向こう側で、時計が忙しなく囁く。全身から汗がどっと噴き出た。廊下は薄暗い。
じっとりと湿った掌を見て、正体不明のこの悪寒に固唾を呑んだ。
ごどん、と再び重い何かがはまる様な音が、体の中から聞こえた。

私は暫く冷たいドアノブを握っていたが、やがて扉を開けてフォッグの元へ帰る事を諦めて、振り返り歩き出す。
足元で、ぎしりとフローリング達がざわめいた。
何の気なしに、懐中時計を開く。銀装飾に嵌った硝子の牢獄の中で、秒針がぐるぐると廻る。
八時五十九分五十九秒。私はそうして重い扉を開けて、外へ出た。
かちり。扉が閉まると同時に、時計の針が十二を叩く。



午前九時。世界が、館が、空が、大地が、森が、時が、運命が、希望が。


何もかもが、あの雪の夜に見た夢を嘲笑いながら、光に染まった。

21間奏-終章/歯車の廻る館-:2014/05/16(金) 00:39:53 ID:g6IPVOgg0
投下終了です。間奏は終わりですが、館編、あと少し続きます。

では、おやすみなさい。

22名無しさん:2014/07/13(日) 19:46:26 ID:N4Owj6Kw0
投下します。

23紅椿アポトシス 1:2014/07/13(日) 19:48:28 ID:N4Owj6Kw0






    まず始めに「虚空」があった。
    虚空は世界であり命そのものであった。
    虚空は音を生み音は分離を促した。
    かくて世界は、古き約束の大地と虚空の記憶とに分離した。

                          第33石碑

24紅椿アポトシス 2:2014/07/13(日) 19:51:21 ID:N4Owj6Kw0
長い廊下が続いている。
天井からはシャンデリアと、のこきのこの人形がぶら下がり、乳白の蝋燭が壁際の燭台に刺さっている。
灯火は陽炎の様にゆらゆらと踊り、廊下に落ちる影は何かを嗤う様にせわしなく蠢いた。
等間隔で、通路の左右にレンガのアーチが組まれている。アーチの中にはベロア生地の赤いカーテン。
カーテンは金のタッセルで纏められ、その足元には古ぼけたテディベア。脇に、パステルカラーの風船達。
石畳の路側には、草花が植わる色とりどりの花壇。
生えているのは氷割り草、ティアの花、スナカケワラビ、リキシフルーツの幼木、
レインボーフラワー、トリトリソウ、ヤミマチソウ、忘れて草、モウソウダケ。
一見ただの賑やかな草木達だったが、ある程度常識を持つ人間が見れば、それが明らかに異質である事は容易に理解できた。
ノルゼン、ピピスタ、ベルサス、ペトナジャンカ、ラジルダ、キョグエン―――……各地方の自生植物が自由に並ぶプランター。
平たく言えば“有り得ない”。それらは本来同時に並ぶはずがない植物達だった。
温度、湿度、地質、風、季節、相性、気候。ありとあらゆる条件が絡み合い、自生環境のパラドックスを起こしている。
瑞々しいはずの植物達は、故にこの上なく奇妙で気味が悪かった。
そんな緑の向こう側には、古美色メッキの柵が並ぶ。蔦模様のレリーフが、蝋燭の揺らめく灯火に怪しく煌めいた。
柵の向こうには、紫色の煙が渦巻いている。
底も、天も。等しく煙は満ち、此処が何階なのか、油断すれば直ぐにわからなくなってしまいそうだった。
無限に続く回廊。或いは、そんな言葉が相応しいか。
メルヘンチックな世界に渦巻く矛盾と狂気は、得も言われぬ奇妙さを演出していた。
しばらく真っ直ぐ道なりに進むと、現れたのは身の丈二倍以上の大きな木の扉。
その奥から――――――声が、聞こえる。



「ND2000」一人の男が本を片手に、頬杖をつきながら気怠そうに呟いた。「ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに―――ふぁ」

低い声から、一転して気の抜けた欠伸。男は目尻に涙を浮かべながら、首をぽきぽきと鳴らした。

「……其は、王家に連なる赤い髪の男児なり。名を聖なる焔の光と称す。
 彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう」
「……い」
「ND2002」

側から聞こえた声など歯牙にもかけず、男は続ける。
部屋は薄暗い。三つ又の燭台に刺さった白い蝋燭だけが、文字を読む頼りだった。
「栄光を掴む者、自らの生まれた島を滅ぼす。名をホドと称す。
 この後、季節が一巡りするまでキムラスカとマルクトの間に戦乱が続くであろう」
男は口を閉じ、ページを捲る。さぞ興味なさげな挙動だったが、動きとは裏腹にその視線は紙面に釘付けだった。
預言。オールドラント以外の住民から見れば、それは脅威であり特異だ。

「……おい」

うんざりした様な声で、少年が呟く。男は横目でちらりと斜め上を見た。梁に張られたハンモックに、仏頂面の少年が腰掛けている。

「ND2018」男はそれを無視すると、なおも続けた。「ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう」

本を捲ると、横目でちらりとサイドテーブルに広がる資料を見る。
ルーク・フォン・ファブレ。いかにも主人公、という面構えの写真だった。
尤も男が見たのは、オリジナルの方だったが。

「そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街と共に消滅す。
 しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう」

右手で頁を捲りながら、左手でペンをくるくると回す。少年の舌打ちが聞こえたが、男はそれすら無視した。

「結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる。
 やがてそれがオールドラントの死滅を招く事になる」
「おいっ」
「ND2019。キムラスカ・ランバルディアの陣営はルグニカ平野を北上するだろう。軍は近隣の村を蹂躙し要塞の都市を進む。
 やがて半月を要してこれを陥落したキムラスカ軍は、玉座を最後の皇帝の血で汚し、高々と勝利の雄叫びをあげるだろう」

25紅椿アポトシス 3:2014/07/13(日) 19:55:16 ID:N4Owj6Kw0
ペンを鏡面仕上げの銀机の上に起き、男はソファに腰を更に深く沈めた。少年が呆れた様に溜息を吐く。

「ND2020。要塞の町はうずたかく死体が積まれ死臭と疫病に包まれる。
 ここで発生する病は新たな毒を生み人々はことごとく死に至るだろう。これこそがマルクトの最後なり」

少年はハンモックから飛び降りると、椅子に立てかけていた曲剣を手に取る。
柄に沈んだコアクリスタルが、蝋燭の灯火にぎらりと怪しく煌めいた。

「以後数十年に渡り栄光に包まれるキムラスカであるが、マルクトの病は勢いを増し、
 やがて、一人の男によって国内に持ち込まれるであろう。かくしてオールドラントは障気によって破壊され、塵と化すであろう」

少年は鞘から静かに刃を抜くと、小さく息を吸った。なだらかなカーブを描く白銀の刃が闇に翻り、ヒュォ、と風を切る。
何度かその斬れ味を確かめる様に刃で空を裂き―――少年は、つかつかと男の元へと足を踏み出した。

「これがオールドラントの最期である。以上が、に―――」
「おい貴様っ!!」
「―――なんだよ、さっきからうるせぇなあ!」

耳元で、大きな声。
男がこめかみに青筋を浮かべながら恨めしそうに振り返ると、額の中心にぴしりと曲剣の切っ先。


「やかましいのはお前だ。黙れ」


ぎらりと、油に濡れた様な眼光。男は冷や汗を浮かべ、息を飲む。バンダナ一枚隔てた向こう側に、明確な殺意があった。
空気が張り詰める音がした。しなる緊張の弦がめいいっぱいに伸ばされ、きりきりと小さな部屋の中で啼く。

「そもそも、だ」

切り出したのは少年だった。殺意と共に刃を収めると、呆れた様に肩を竦めて口を開く。

「どうしてこの部屋なんだ。ここじゃなくてあいつらの部屋に行けばいいだろうが」
「……いやぁ、さっきデートに誘ったら嫌われちゃったからさぁ。
 それに、今お勉強で忙し〜の。預言の資料、俺様の部屋にはねぇし。
 なんかレオノアなんちゃらってヤツしか置いてないのよ〜」

男はにへらと笑い、本を閉じて机に投げる。少年はやれやれと溜息を吐きながら椅子に腰掛ける。

「……馬鹿か。僕の部屋に許可無く居るのは貴様だろう。早く出て行け。それとも、そんなに殺られたいか?」

ニヒルな笑みを浮かべる少年に、男は目を細めた。“似ている”。いや、だからこそ、気に食わないのか。
同族嫌悪か。否。それにしては、そこまで似ているわけでもない。なら、何故似ていると感じる。臭いが一緒だから?
考えるだけ、無駄か。

「……可愛くねぇ餓鬼だなぁ。それに俺様、ヤられるなら綺麗なおね〜様がいいわ。野郎には興味ねぇし。
 ガキンチョはあっちいってな」

26紅椿アポトシス 4:2014/07/13(日) 19:57:19 ID:N4Owj6Kw0
よく回る口だ。対する少年はそう呟いて鼻で笑うと、椅子から立ち上がり腰の曲剣の柄に手を添える。
これ以上の無駄口は認めない。そんな意思の表れの所作だった。

「二度は言わん。出て行け。その減らず口を永遠に叩けない様にしてやる」
「……へいへい」

手をひらひらと翻しながら、男は立ち上がった。これ以上は冗談で済みそうにもない。
数歩進んで重い扉に手をかけ、ゆっくりと開いて……ふと何かを思い出した様に、男は頭を後ろにもたげた。
椅子に座す少年と、視線が交差する。

「せいぜい、後悔の無い選択をするんだな」

男は吐き捨てる様に呟いて、踵を返した。

「僕は、後悔などした事はない」

少年はがばりと立ち上がり、かぶりを降りながらうわ言の様に呟く。
扉が開き、廊下の灯りが部屋に漏れる。底の見えぬ暗闇を、悪夢を、白が侵食する。
“本当に?”蝋燭の炎の中の幻影が、断ち切るべき過去が、少年に問う。
―――光が、眩しい。

「今も?」男は背を向けたまま後ろの少年に質す。
「今もだ」少年は胸に手を添えながら応えた。

「……あっそ。やっぱ俺様、お前嫌いだわ」

最後に恨めしそうにぼそりと呟いて、軋む扉をばたりと閉める。眩い白が、光が、断ち切られた。
その向こう側で、暗闇の淵で―――少年はいつまでも、いつまでも無言のまま立ち尽くしていた。

蝋燭を、一瞥する。炎の中から迫る様に耳の奥を刺す幻の残響が、煩い。

27紅椿アポトシス 5:2014/07/13(日) 20:03:09 ID:N4Owj6Kw0


暇ではなかったが、暇を持て余していた。
仕事はうんとある。だが男はモニターとの睨めっこにはいい加減うんざりしていた。
そんなものは、全部まとめてあの道化師かあの人に任せておけばいいのだ。
口笛を吹きながら、あちらでふらふら、こちらをふらふら。階段をぶらぶら。廊下をふらふら、踊り場でぶらぶら。
碌な宛も無く彷徨い、男は暇を潰していた。

「んおっ!?」

角を曲がると、目の前に突然一人の女。男は目を丸くする。相対する女は驚きもせず、腰を下げて後ずさる男を睨みつけていた。

「きょ、教官〜! 驚かせないでくださいって……あっ、分かったぜぇ?
 さてはこの色男に会いにきてくれたんだなぁ〜? くぅ〜俺様感動〜♪」
「下らん事をほざく暇があるならば仕事をしろ。
 聞いたぞ、貴様今日は持ち場を離れさぼってばかりだそうだな。何をしていた?」

やれやれと溜息を吐きながら、女は淡白にそう吐き捨てる。
男は肩を揺らしながら下品に笑った。

「でひゃひゃひゃひゃ。ばれましたぁ? ナニってそりゃ……男と男のひ・み・つ☆ 熱い夜を過ごしてきたのさ」
「下らん」女が真顔で呟く。「私が最も嫌いな類の人間を教えてやろうか?」

塵を見る様な無感情な瞳が、男を見下す。翡翠色の双眸は、砕けた氷の様に冷たく、鋭かった。

「ひゃ〜。さっすが教官。クールビューティー! そこに痺れる憧れるゥ!」

それでも男はたじろがない。見て見ぬ振りをしているのか、はたまた天然か、或いは敢えてなのか。
軽口を叩き続けるその口に、女は呆れて果てて怒ることすら億劫になった。

「……仕事をしろ。他の奴等は持ち場を離れていないぞ」
「ぐっは。折角の言葉もスルー? 教官きっつ〜。俺様ピュアなハートが傷付いたぁ!」

それでも、苛つかないわけではない。おどけてオーバーリアクションを繰り返す男に、女は眉を僅かにひくつかせた。
冷静さには自身があるが、どうやらこの類の無自覚な挑発に自分は弱いらしい。

「……死にたくなければ、その戯言を吐く薄汚い口を閉じる事だな。それとも―――」

そんな風に自己分析をしながら、女は腰に手を伸ばす。
二丁の譜業拳銃を音も無く抜くと、銃口は風を切り、瞬く間に男の口の中。
かちゃり、と口の中で銃が奥歯にあたる。

「―――今死ぬのが、お望みか?」

女が小首を傾げ、嗤った。さらりとブロンドの前髪が揺れて、瞳を隠す。
すらりと伸びた細い指が、ゆっくりとトリガーにかかった。

28紅椿アポトシス 6:2014/07/13(日) 20:06:44 ID:N4Owj6Kw0
「ぅが、あがっ! ひょーはん! あがっあはら、ほれほぼへろっへ!!!」

情けない声に女は鼻で嗤うと、銃をくるくると腰に収める。男は堪らず尻餅をついた。

「げほ、ごほっ! く、口閉じろってのに口ん中に銃突っ込むってど〜いう事よ!」
「黙れ。貴様、そんな態度ではいつか本当に死ぬぞ。私だから良かったようなものだ。
 だいいち、自分の仕事はどうした。魔法制御が貴様の担当だったはずだが?」
「うぐ。そ、それは……」
「忘れたとは言わせないぞ、神子。貴様が怠けていなければあの惑星魔法とて発動することは無かったのだ」
「悪かったって。ちょっとした悪ふざけでしょうよ!?
 つうか、あれは俺様のせいじゃないですって。マジで気付いたら発動してたんだっつ〜のに」

男は悪びれもせず言うと、頭を掻きながら立ち上がり、諸手をあげて肩を竦めた。
女が訝しげに男を睨む。男は唇の端を吊り上げて、にたりと笑った。

「……そもそもよ〜、窓もない、ギャルもいない! じとじとしてて薄暗い! ビーチもねぇしラッキースケベもねぇ!
 そんな場所にずっと引きこもってたらサボってみたり文句の一つくらい言いたくなったりもするっつ〜の。
 だからさぁ教官、俺様をそのスペシャルセクシーダイナマイツボデーでかまって〜!」
「……貴様には付き合ってられん。せいぜい寝首をかかれないよう気を付けるんだな」

女が吐き捨てる。男は小首を傾げて鼻から息を吐いた。

「つれないねぇ。そんなんだからいつまでたっても“側近”なんじゃねぇの?」

言い終わって、男の表情が強張る。しまった、と後悔。
目の前の女の視線が鋭くなり、瞬間、空気が変わった。
凍てつく空気、止まる鼓動。刹那の静寂。
殺意と怒気がぴしりと張り詰めて、弾ける様に時が再び動き出す。
口の中で舌を巻くより、腰の剣を抜くより疾く、二対の閃光がメルヘンチックな廊下に瞬いた。
目にも止まらぬ速さで抜かれた譜業拳銃が、煙を吐いている。石畳には、魔弾の残滓。立ち込める土煙。
砕けた煉瓦が、ぱらぱらと辺りに降った。

「ひぇ〜っ! おっかねぇなぁ〜」

煙の奥から、男の声。女は銃を構えたまま、視線だけで辺りを見渡す。姿は見えない。
煙が晴れると、そこにはテディベアを盾に立つ男。破れた顔から綿を吐き、腹から炎を上げながら、人形は無残な最期を遂げていた。

「余程死にたい様だ、な!」

再び、閃光。弾ける音が、今度は八回。男は剣を抜き、テディベアを背後に放る。
一発。
身を翻して避け、魔弾は石畳に弾ける。
二発。
くるりとターンして、刃の腹で受ける。
三発。
すぐさま体を捻じり、一回転。振り返りざまに下から剣を振り上げた。石畳と剣が擦れて、火花が上がる。
振り上げと同時に、地を砕きながら走る衝撃の顎――――――魔神剣。
正面から襲う魔弾を、魔神の剣閃が喰らう。
四発。
眉間を狙う一撃を、踏み込みからの神速の一撃が砕く。
五発。
一撃が決まった上空に、マナが収束して弾けた。ばちりと中空に閃光が走って、切っ先に紫電が堕ちる――――――雷神剣。
天駆ける一迅の魔雷が、光弾を焦がした。
六発。
間髪入れず、再び身体をくるりと一回転、地面を蹴り上げ天を廻る。
振り上げた剣は流れる様に右上から右下に光の軌跡を描いて、再び舞い上がった。
空気がぐるりと捻れて魔弾を砕き、真空の二重螺旋が虚空に浮かぶ――――――閃空衝裂破。
七発、八発。
衝裂破の勢いに任せて、空中でぐるりと宙返り。追撃の二発が赤い髪を掠めて、遥か向こうに消えてゆく。

「あらよっ、と」

男はそのまま天井からぶら下がるシャンデリアに飛び乗ると、剣をくるくると回して腰に収めた。
きらきらとシャンデリアのクリスタル・ガラスの装飾が揺れ、七色に煌めいた。

「危ねぇなぁ。琴線に触れちまったなら謝るけどよ」

29紅椿アポトシス 7:2014/07/13(日) 20:11:29 ID:N4Owj6Kw0
そのまま宙返りで飛び降り、バックステップで距離を取る。女が銃を構えたまま、舌を打った。

「逃げる気か、神子!」

男は人差し指を眼前で揺らすと、ちっちっ、と続け様にかぶりを振る。

「“仲間”と争うつもりはねぇんでね。つ〜か、その呼び方やめてくんね?」
「どの口が!」
「悪かったって〜」
「悪びれもせずよく言う! 貴様とて、妹に触れられたくはないだろう!」

“妹”。その単語にあからさまに表情を曇らせたが、男は直ぐにいつものだらけた表情に戻す。
女は銃を構えたまま、トリガーに再び手を掛けた。

「……オーケーオーケー、誰にでも触れられたくない部分はあるもんな。
 休戦といこうぜ。これでも、マジで悪いとは思ってるんだぜ?」

沈黙。
それもそのはずだった。形だけの謝罪に女の険しい表情は崩れるわけがなく、銃も降ろされるはずがなかった。

「……良いだろう」

しかし、折れたのは女だった。
最初から此処で勝手に殺し合いを始めるつもりなど毛頭無かったし、それがいかに無益な事であるかを理解していたからだ。
無論、それは男も同様だった。だからこその平謝り。裏切りでもしない限り許される事は、最初から分かっているのだから。

「今回の事は不問にしておいてやろう。ただ次はない。閣下を愚弄すれば、その下品なツラが蜂の巣になると思え」

女は銃を下ろすと、くるりと男に背を向ける。束ねられたポニーテールが、ふわりと風に揺れた。

「お互い、まだ死にたいわけではないだろう」

こつ、こつ、こつ。ヒールの音が遠退いて、女が廊下の奥に消えてゆく。
男は暫く立ち尽くしていたが、やがて全身の力を抜く様に大きな溜息を一つ吐いた。

「……よく言うぜ。とっくに死んでんだろ。俺様も、あんたらも」

肩を竦めて、再び溜息を吐く。それでも、と青年は掌を目の前に翳す。そう、それでも確かに、此処に生きている。生きてしまっている。
フラノールの夜、アルテスタの家、救いの塔、転送魔法陣、散ってゆく羽、上がる血飛沫、砕ける輝石。
あの日あの時あの場所で、終わったはずの歴史が改竄される。
此処に来る前に、もう一つの、未来を見た。一つになった世界、パルマコスタ、センチュリオン、ヴァンガード、ニブルヘイム。
そこに、居てはいけないはずの男の姿があった。



―――世界は、矛盾で出来ている。



「ったくどいつもこいつも、葬式みてぇなツラしやがって。やってらんねぇわ、マジで。
 ……ま、俺が集めたメンツでもないし。文句も言えね〜わなぁ」

男はやれやれとかぶりを振ると、頭の後ろで腕を組む。

「俺様は、守れさえすれば、それでよかった。
 ……それが、どうしてこうなっちまうんだろうな。本当に」

誰も居ない暗闇に悪びれもなくぼそりと呟いて、決意を固める様に振り返る。血の色をした髪がふわりと揺れて、風に靡いた。
赤い絨毯が伸びる長い廊下のずっとずっと向こう側、黄金の王座に、男が寄るべき大樹が座している。
男は自嘲に唇を歪めながら瞳を閉じ、掌を胸元に翳す。マナの奔流に闇が輝き、孔雀色の光子がこうこうと舞い散った。
揺れる髪、照らす光、すらりと伸びた背からは金色の翅―――否、翼。
胸元には、天使の名を奪った宝石。
本来あるべき歴史を捻じ曲げて、金翼が背に揃う。

「悪いな、ロイド」

瞳が、ゆっくりと開かれる。足は、進むべき道へ。
持つべき者から奪った石。運命のパラドックス。不動の歴史を崩す刃。
定まる運命を砕く鍵。終わった命を燃やす聖なる焔。
右手に茨の剣を、左手に三十枚の銀貨を。背に大いなる金翼を、胸に黒き血潮を。
あるべき死の輪廻から零れ落ちた緋色の玉が、結末の決まっている黎明に呪詛を吐く。

「俺様、ほんと馬鹿だから」

忌避する者。手を貸す者。足掻く者。愉しむ者。巻かれる者。追う者。黙する者。利用する者。
それぞれの思惑が錯綜し、運命の糸は絡み合い、やがて闇に沈んで混沌の淵。

歴史が、運命が、現実が、過去が、預言が。歪んで、捻れて、砕けて、壊れて。


嗚呼、未来は一体、何処に在る。


【??? 生存確認】
【??? 生存確認】
【??? 生存確認】

【主催陣営 残り???名】

30紅椿アポトシス 8:2014/07/13(日) 20:13:55 ID:N4Owj6Kw0


























旅を始めて、やがて辿り着いたのがその街だった。

異国の商品が並び、文化がひしめく。行き交う人種も様々で、石畳を色とりどりの靴が叩く。
裏通りには極彩色のネオンと、網タイツを履いた女達と、煙草の紫煙と脱ぎ捨てられた兵士の鎧。
表には果物が編み籠に並び、パステルカラーの縞柄テントからはベアの肉がぶら下がる。
街角には露店商。麦わら帽子を被った商人達が、骨董品やオニキスのネックレスを叩き売る。
川沿いには、鉄を叩く武器商人。
メッサーシュミット、ダイヤモンドエッジ、ククリ、マクシミリアン。乱雑に置かれた粗悪な屑武具の中で、業物が光り輝く。
民家の中から、リュートの音と吟遊詩人の唄。商人が壁を背に、ジョッキで葡萄酒を飲み交わす。
一息ついて、水を飲む。じりじりと、空には眩い太陽。首筋に、汗が滲んだ。
やがて花屋の屋台を横目に歩き始めると、大きな橋が見えた。滝を見ながらそこを渡ると、白と青が眩しい大聖堂。
行き交う巡礼者の波に揉まれて、人の隙間を縫う様に、道を進む。
やがて人混みを抜けたが、そこは聖堂でなく民家の前だった。
迷ったかな。少年はそう呟くと溜息を吐き、前を見る。

はっとして、息を飲んだ。

雑踏の音が遠退いて、景色が色褪せてゆく。
そこには、少女が居た。泥だらけの見窄らしいギャバシャツに身を包み、擦り切れた木の杖を抱えて座り込む、一人の少女が居た。

―――私は、目が見えないんです。

気配を察知したのか、少女が自嘲気味に言う。

この目が見えるようになったらどんなに素晴らしいことか。
神の力で、この目を癒してほしい。人間の力で出来ない事を神に願うのは、いけないことでしょうか?

少女が問うた。反駁する前に、少女が目を開いてこちらを見上げる。白濁とした双眸の中に、光は灯らない。
少しだけ後退り、空をちらりと見た。空には、白い鳥の群、銀色の太陽、積乱雲。
しかし二対の硝子玉には、そんな景色すら映らない。
狂った様な雑踏の音と、信仰者の祈りだけが、毎日拷問の様に鼓膜を揺らしているのだ。

―――もし、

そんな事を思っていると、目の前の少女がふいに口を開く。

もし、全能の神を否定する人間がいたら、私はその者たちを一生、恨むことでしょう。

少女はそう締めくくると、音もなく唇をにいと歪めた。自嘲か、或いは―――。
こちらがたじろぐ事を知っていたかの様に、くつくつと肩を揺らして、少女は曇った目を歪める。
表情だけで嗤うその様は、差別でもなんでもなく、ただひたすらに鳥肌が立つほど気持ちが悪かった。
何も見えない無垢な瞳が、けれども全てを見透かすようにこちらを睨む。
恨みと哀しみと狂気に濡れた瞳から、いつまでもいつまでも、目を離すことが出来なかった。


これが神を殺して得た未来の対価だと、運命だと、定めだと言うのならば――――――。












英雄とは、正義は、悪は、一体何処へ行ってしまったのだ。

31紅椿アポトシス:2014/07/13(日) 20:16:40 ID:N4Owj6Kw0
投下終了です。

32紅椿アポトシス8@修正:2014/07/13(日) 20:48:43 ID:N4Owj6Kw0
>迷ったかな。少年はそう呟くと溜息を吐き、前を見る。

ここ、以下に修正します。

>迷ったか。心の中でそう呟くと溜息を吐き、前を見る。

33エンドロールは流れない -broken gold gear-:2014/08/29(金) 23:08:17 ID:4bhZgOjE0
投下します。

34エンドロールは流れない -broken gold gear- 1:2014/08/29(金) 23:11:58 ID:4bhZgOjE0
見た事のある光景だな、と。
白く染まる世界と、空を割る轟音を前にして最初に思ったのは、恐怖でも何でもなく、ただ、それだけだった。




アセリア暦4197年、冬。

ミッドガルズ城の窓から十二星座の塔が見えなくなる程、吹雪が激しく寒い冬だった。
その年の冬は大陸全土が記録的な大寒波に見舞われ、嘘か真かベネツィアの水路すら凍てついてしまったと伝え聞く。
ただでさえ年中秋の様に涼しいユークリッドの冬は厳しいのに、その日は特に猛吹雪で、
一寸先がホワイトアウトで見えなくなってしまうほどだった。
私はミラルドと共に薪を燃やし暖を取って、シチューを啜って本を読んで、冷える手先を擦りつつ、毛布に包まってぐっすりと眠った。
酷く冷える夜だった。
窓ががたがたと凍える様に踊り、隙間風がびゅうびゅうと騒がしかったのをよく覚えている。

その日の深夜、ミッドガルズ騎士団長、ライゼンは第三師団長スリーソンに内密である打診をしたという。
友人――バジルというレスネスだ――曰く対他国牽制の為の動きだった、との事らしい。

当時、アセリアを支配する二大勢力、ミッドガルズとアルヴァニスタは同盟を結んでいた。
アルヴァニスタは魔術やマナの有効利用を始めとする魔法学部門、畜産や水産を始めとする農業全般の双方に長け、のびのびとした方針だった。
ユークリッドがアルヴァニスタ領である贔屓目を抜きにしても、いい国だったと思う。
ただ、教育面では他国より大きく遅れをとっていた。今ある現実以上のものを望む人間が居なかったからだ。
基本的に平和主義者のエルフ達が宮廷魔術師として一台勢力を担っていたのも大きい。
中でも宮廷魔術師団長と執政を兼任するルーングロムは冷静沈着、博識かつ調和を求める素晴らしい人物と評判も高く、レアード王子ですら一目置く存在だった。
……これは余談だが女性のファンも多かったという。
ルーングロムは先代の王の時代からアルヴァニスタに仕えており、信頼は絶大だったのだ。
……話は脱線したが、とどのつまりアルヴァニスタは変化を嫌う国だった。
争いを好まず、平和を望む。故に第一次産業は発達するし、その為の知恵があった。
しかしだからこそ、教育面では劣ったのだ。
上の人間すら現状に満足している連中が多く、少しでも人の身で魔術などを探求しようものなら、異端だと罵られ村八分にされた。
人なりの生活をするには十分で、学者としては生き辛い。アルヴァニスタはそういう国だった。

一方のミッドガルズはと言うと、それとは対極の国だった。国民性も、政治もだ。良くも悪くも軍人らしい国だった。
当然だが、穏便な生活を好み必要以上の力を求めないエルフ達は、好戦的で研究者気質なミッドガルズを敬遠する傾向にあった。
(後にエルフはダオスの真意を知っていたから協力を渋っていた事も明らかになった)
しかしごくごく一部の研究者気質のエルフやその血を引く狭間の者達は、水鏡ユミルやアルヴァニスタを去りミッドガルズに流れる事となる。
“更なる発展を目指すには、指を咥えて今を見ているだけではだめなのだ。
 そして今のアセリアで未来を見据えて動けるのは―――他ならぬミッドガルズだけではないか”
故郷を捨てたとあるエルフは、著書でそう声高く主張した。
しかしそれでも、ミッドガルズのエルフの絶対人口は少なく、その分野に関してはアルヴァニスタより遥かに遅れを取っていたと言って良い。
おまけにミッドガルズは農耕も得意ではなかった。地形的に恵まれてはいたたものの、その広大な土地を開拓はせず、城壁に引き籠り、産業は殆ど他国からの輸入に頼った。
しかしながら、軍事力は圧倒的の一言に尽きた。
確かに余裕はなく、荒々しい厳かな政治ではあったが、それを治める為の手腕は持っていたし、知識とそれに対する理解と評価もあった。
学問分野は発達しており、第二次産業もそこそこだ。

35エンドロールは流れない -broken gold gear- 2:2014/08/29(金) 23:19:34 ID:4bhZgOjE0
やがて二つの王国は手を取り、協力し合った。協定を結んだのは随分と昔の話だと聞く。
災害にはミッドガルズが手を貸し、軍が民を助け、建物を建て、難民を救った。
天災や飢饉にはアルヴァニスタが資源や知恵を授けた。
ミッドガルズは、知恵の代わりにアルヴァニスタへ知識を授けた。魔科学工学による生産の機械化、利便化。
それを円滑に動かせるのは、魔術師が多いアルヴァニスタであり、一部の者は発展を嫌悪したが、苦渋を舐め喘いでいた民が喜んだ事で、理解は進んだ。
アルヴァニスタはその御礼にとエルフとの協力により天候を操り予測する術を授けたという。
エルフの中にはミッドガルズに協力したくないと言う者も居たが、ルーングロムの鶴の一声で不満は無くなったのだと聞く。

しかし、両国とも己が全てを渡すわけではなかった。
当然だ。国と国。メリットがあるから手を取っているだけで、腹の中では鋭い毒牙で互いに牽制し合っていた。

だが国民性の違いがそこで大きく影響する事となる。
争いを好まない日和見アルヴァニスタ、力を求める暴君ミッドガルズ。ミッドガルズがアルヴァニスタを支配しようと目論むのは、半ば必然だった。
なにせミッドガルズの兵力は、アセリアの過半数を占めていたのだ。
世界全体の兵力の約七割。ミッドガルズはそれだけの軍事力を掌握していた。
おまけに、ミッドガルズは兵器にも強い。
アルヴァニスタが勝っていたのは魔術分野と、領地や生産力で、武力に関してはからきしだった。
魔術を行使するならば話は別だが、しかし戦争をすればアルヴァニスタから去り故郷に帰ると囁くエルフや、避難すると言う狭間の者も少なくはなかった。
戦えば、アルヴァニスタに勝機は無い。それは誰の目からも火を見るより明らかだったのだ。
同盟協定もよくよく見ればミッドガルズの方にやや有利で、アルヴァニスタもミッドガルズを心の中では恐れていた事を目敏い人間とエルフの民は気付いていた。

しかしながら、そこまで有利であったはずのミッドガルズはアルヴァニスタを攻めあぐねていた。
建前上とは言え両国は同盟関係であったし、何より―――若きエルフ族長、ブラムバルド=ミレネーが居たからだ。
どちらかと言えば、こちらが本音だった。
いかにエルフが争いを嫌悪する聡明な一族とは言え、アルヴァニスタを叩けば、恐らく黙ってはいないだろう。
ミッドガルズはそう確信していた(実際のところ当時のブラムバルド氏はまだ人間を信用していたわけではないので、どうなっていたかは分からないが)。
アルヴァニスタを実質支配しているルーングロム率いる宮廷魔術師達を失くせば、エルフ一派への損害も大きい。
なにせエルフ達は、アルヴァニスタに協力する事への見返りを十分過ぎるほど貰っていたからだ。
勿論それを知るのはユミルの住民でもごくごく少数だった。なにせ、アルヴァニスタの宮廷魔術師達の大半がハーフエルフだったからだ。
それを周知の事実とすれば、ハーフエルフを忌避するエルフの民に少なからず動揺が走る事に疑いの余地はなかった。
何れにせよ、アルヴァニスタとユミルの関係はハイリスクハイリターンの付き合いだったというわけだ。
ユミルの上層部のエルフからすれば、今そのパイプを失いたくはないと考えるのは半ば当然だ。
しかし、それはアルヴァニスタからすれば予防線を張る為の投資だったに違いない。
戦争をすれば、エルフはアルヴァニスタに手を貸さざるを得ないからだ。
あまつさえ、ブラムバルド族長とアルヴァニスタ王が懇意にしているのは周知の事実だったし、
噂ではブラムバルド族長とルーングロム執政が、エルフとハーフエルフの関係にも関わらず、杯を交わす程の仲だと言われていた。
アルヴァニスタやユミルとしては、あえてそれを公言する事である種の抑止力にする事を狙っていたのだが、それがうまく作用していたと言って良いだろう。
第一それを抜きにしても、アルヴァニスタ王がブラムバルド族長と懇意にしていたのは本当だったのだ。
アルヴァニスタ王はエルフの文化を高く評価し、その社会的地位向上の為に奔走していた。
これは心の底から、エルフの不遇さに嘆いたからだという。
そしてそれを、表に出る事の出来ないルーングロム氏がブレーンとして陰ながらサポートしていたのだ。
皮肉な話もあったものだ。なにせエルフと人間が手を繋ぐ為に、ハーフエルフが橋を渡していたのだから。

36エンドロールは流れない -broken gold gear- 3:2014/08/29(金) 23:24:42 ID:4bhZgOjE0
……さて、話を戻そう。
そんな中でミッドガルズ執政が打診した話が、アセリアの運命を大きく左右する事となる。
彼が話したのは、国中から科学、機械工学、魔術学に優れている者達を集えないかという事だった。
それも、アルヴァニスタが派遣している魔術部隊には内密でだ。

「なにゆえその様な事を?」スリーソンは質したという。「貴方は何をなされるおつもりでいらっしゃるのか」
「抑止力だよ」ライゼンは葉巻を咥えながら、半笑いで答えた、と後にスリーソンは語った。

対他国牽制用兵器を作るのだ、とライゼンは告げる。
牽制する国は言わずとも、加盟国であり見方である筈のアルヴァニスタである事は、言及せずとも明白だった。
「あの日和見共には忌々しい長耳の後ろ盾がある。ところが我が国には切る札すら一枚も無い。
 ならば、用意するのは当然だとは思わんかね?」
ライゼンは言う。
「しかしながらライゼン殿。我が国にエルフの魔導軍勢に勝てる様な兵器が作れるとは思えませぬ。
 重火器の類では、それこそ柳に風を送り、暖簾に腕を押す様なもの」
スリーソンは答えた。ライゼンは紫煙を吐きながら、にやりと笑う。

「―――――――――ならば聞くがなスリーソン。……人が魔術を使えるとすれば、どうなると思う?」

それから、その言葉の真意を知ったスリーソンは戦慄する事となる。

37エンドロールは流れない -broken gold gear- 4:2014/08/29(金) 23:27:30 ID:4bhZgOjE0
後日ハーメルから発見された手記によれば、当時はスカーレット夫妻が要となり取り組んでいた魔科学研究が、軌道に乗り始めていた頃だったという。
そうしてライゼン率いるハーフエルフを中心とした、魔科学研究を完成させる為のチームが結成された。
後にダオスがマーテルの口からそれを知りミッドガルズに忠告をした際に、その研究は表向きに発表される事となる。
魔術でしか傷付かないとされるダオスへの攻撃手段という目的を得たミッドガルズにとって、これほど良い隠れ蓑は無かった。
その頃既に魔科学の理論は確立しており、ライゼンは公に一般国民や軍人、科学者を動員し、
また渋るアルヴァニスタを世界の為だと説得し金銭及び魔術的支援を得て、魔導砲の着工に取り掛かった。
察しの良い者は、それがダオスが来てから始めた研究にしては手際が良過ぎると怪しんだが、足を踏み込む事は出来なかった。
何故ならミッドガルズが以前から魔科学研究をしていた確かな証拠など、どこにもなかったからだ。
そして、5年の月日が流れた。

アセリア暦4202年、夏。

そうして遂に、悪夢が訪れる。かの魔導砲はヴァルハラの上空に放たれてしまう。
喘ぐマーテル、朽ちる魔物、揺らぐマナ。不気味な啼き声を上げる空、暴走する閃光。
あの日見た醜悪な光は、破滅の白は、人間の業の深さは、今でも忘れられず網膜に焼きついている。



その光景が、色が、破滅が―――――――――目前に、再び広がっていた。

38エンドロールは流れない -broken gold gear- 5:2014/08/29(金) 23:35:06 ID:4bhZgOjE0
目の眩む様な光、大地と空の啼き声。耳を突き飛ばす様な爆音。影すら溶けてしまいそうな、白、白、白。
辺りは尽く真っ白で、何もかもが無くて。まるでお前にも何もないんじゃないかと迫られているみたいで。
全部見透かされてしまいそうなその寂しげで空虚な閃光が、肌を突き刺す様な白が、物言わぬ暴力が、ただただ怖った。

「ぅ、」

少し遅れて、事の重大さに気付く。余りに現実から乖離した景色が、漸く意識に重なった。
何が何だか分からないが、とてつもない事が起きたには違いない。
私は細めた目を開いた。景色から眩い光が消えて、同時に今度は闇が世界を包み込んだ瞬間だった。

    ...
―――闇だと?


待て、と思う。おかしいぞ。だって今は朝だ。何故太陽が出ているのに、アーリィの様に暗くなる?
“有り得ない”。疑問と結論が警鐘を鳴らす電流となって、脳天から爪先まで駆け抜ける。
冷や汗がどっと吹き出した。マズい、と第六感が叫ぶ。
肉が震える。骨が怯える。汗が迸る。血が逃げ惑う。アドレナリンが、ドーパミンが、どくどくと溢れ出る。
逃げろ、と。本能がそう告げていた。
闇が世界を覆って、一秒半。ここで初めて弾かれる様に上空を見上げて、目を見開き、息を飲み口を開ける。
馬鹿みたいな表情の中に浮かぶ双眸に、馬鹿みたいな景色が写っていた。

「う、 ぉ、お  、」

まず、我が目を疑う。少し遅れて理解がやってきて、半秒遅れで状況を整理し、結果を悟った。
それは、その正体は、青い空を覆っていたのは。
聳える塔が砕け、数を数える事すら億劫になるほどに空に散った……巨大な、礫だったのだ。

「ぉ、おお、、お、ぉおぉぉッ!!?」

太陽の光を遮り、青を切り取り、いつか見た時空を超えたメテオよりも遥かに悪趣味な、
無数の意思無き殺人流星群が―――――――――気紛れで命を狩りに、墜ちて来る。

39エンドロールは流れない -broken gold gear- 6:2014/08/29(金) 23:40:21 ID:4bhZgOjE0
瞳孔が開いてゆく中で、しかし私は叫びながらもきっと冷静だった。
理由などは知った事ではなかったが、しかし何が起きたのかは理解できる。
南西方向に居た何者かが、島の中心の塔を破壊したのだ。それも、かのトールハンマーを彷彿とさせる様な超高威力を以ってだ。

「洒落に、なら――――――ァがぅッ!?」

ずん、と世界に圧力がかかった様な錯覚。同時に、文字通りの衝撃が走った。
いや、そんな生易しいものではないかもしれない。或いはそう、暴力と形容するのが相応しいか。
体をハンマーで横殴りにするかの様な、理不尽な暴力が全身を叩いた。
森の木々がめきめきと唸り、落ち葉が吹き荒び、館の屋根がべりべりと剥がされ、ガラス窓は砕け散った。
大地と自然は蹂躙され、風は啼き、雲は千切られ、そして私の体は十数メートル吹き飛ばされた。
状況が掴めないまま、なされるがままに私はそれから回転を六回程入れて、やがて館の煉瓦壁に強く打ちつけられる。
殴打した背中は酷く熱を持っていたが、そんな事を気にしている場合ではない。
私は砂埃にじくじくと痛む目をなんとか開き、空を見上げる。射撃から、十秒が経過していた。

しかし、あまりに現実は非常だ。逃げる時間すら与えず、巨大な隕石達が、直ぐそこまで迫っていたのだから。

瞬間、不思議と今までの人生が脳裏に過ぎてゆく。あぁ、と思う。成程これが走馬灯というやつか。

……そうか。私は、死ぬのか。

悟りと同時に、針で刺された様に痛む瞳を閉じて笑った。仲間達が、熱い網膜の裏側でこちらに手を伸ばしている。
瞳を開ければ、涙に滲む黒い空。あまりに突拍子もない馬鹿げた景色に、書庫で読んだ外殻大地を思い出す。
息つく間もなく、第一撃が森の奥を襲った。轟音が鼓膜をびりびりと揺らす。
視界の隅で、嘘みたいな量の土と樹木が空を舞っている。まるでこの世の終わりのようだった。
……かつての想い出が、フラッシュバックする様に頭の中を駆け巡る。

いつも優しかった母の顔、いつだってこちらを向かなかった、父の大きな背。大学でロックスターを目指したあの夏。
師と野原に寝そべったあの日。師へ向ける幼馴染の、自分には寄越さない顔を見たあの日。
師を喪ったあの日。帽子を被ったあの日。紙飛行機を飛ばしたあの日。ワインの封を開けて二人で泣いたあの日。家を買ったあの日。
クレスと出会ったあの日。船で二日酔いになったあの日。カレーを食べて慌てるすずを見て笑ったあの日。
アーチェの母から手袋を受け取ったあの日。夜な夜な特訓するチェスターを横目に毛布に包まったあの日。
ミントの母の墓参りをしたあの日。精霊王と契約を交わしたあの日。時空を超えたあの日。
常闇の街で、時の剣を掲げたあの雪の日。魔王を倒したあの日。全てを知ったあの日。
友と別れた、あの、日。

本当に、本当に、色々あった。
三十路間近の中年には過ぎた経験と、友だった。
まったく、いい人生だった。だから……もう、十分だよ。
これだけのドラマがあったのだ。最期くらい呆気なく終わったって、拍手もされず幕を降ろしたって、それはそれでいいのかもしれない。
この馬鹿げた景色を前にすれば、嫌でも理解するよ。
人の決意など、あまりにも無力なのだと。





「嗚呼、でも、それでも、ミラルド。なぁ――――――――――――死ぬのは、嫌だよ」





澄んだ瞳が、空を写す。時間が怖いくらいに圧縮され、目の前の景色がコマ送りになってゆく。
色彩が抜け落ち、世界はモノクロームの海に沈んだ。
土煙と共に押し寄せる黒は、さながら大津波。瓦礫の海が、空から降ってくる。
私はゆっくりと瞳を閉じる。死を享受する自分と、諦めきれない自分の狭間で、たましいが揺れていた。
恨む様に空を見上げて、絶望を受け入れる為に瞳を開く。

40エンドロールは流れない -broken gold gear- 7:2014/08/29(金) 23:48:26 ID:4bhZgOjE0
だけど。
――――――――――――だけどそこにあったのは、絶望を知らぬ一人の男の大きな背中だったのだから、運命とは本当に分からないものだ。

















「おう。元気か、兄ちゃん」

















圧縮された時が、その一言で融解する。世界が元来の速度を取り戻す。
金髪を靡かせ、桃色のマフラーと藍のマントはためかせ、大きな、本当に大きな背がそこにあった。

41エンドロールは流れない -broken gold gear- 8:2014/08/29(金) 23:51:29 ID:4bhZgOjE0
頭を後ろにもたげ、正義のヒーローが、シルエシカ首領がにたりと嗤う。
背にはガラス片や木片が刺さり、頭からは血がどくどくと流れていたが、全くダメージを感じさせない何かがそこにはあった。
「なあ」私は言った。上空約1200m。瓦礫が、迫っている。「私は夢でも見てるのか?」
がはは、と笑い声。あちこちから爆発音が響き、土と木々が舞い上がった。大小のクレーターが出来てゆく。
……いや、訂正だ。私は思った。夢でだって、こんな景色は見た試しがない。

「夢ならアレだったんだがよぉ、兄ちゃん、こいつはその、アレよ! アレだぜ!」
フォッグが肩を揺らして声を張り上げ、続けた。
「いいか、ついでにアレを教えてやる! リーダーってのはよォ、ピンチにこそどっしりアレして笑ってなきゃいけねぇんだ!
 兄ちゃんも笑え! 笑うとよ、不思議とアレな気がしねェのさ!」

私は息を飲む。瓦礫の雪崩は上空1000。十秒待たず直撃だ。それをこの男は、どうすると?

「俺様の後ろに隠れてな、怪我すンぜぇッ!!」

マントを翻し、腰から取り出すは緑褐色とブロンズが光る巨大な砲身。
職人の町ティンシアとシルエシカの技術が誇る、最強の晶霊銃メガグランチャーが、絶望を運ぶ天に歯向かう。

「おうおう、いい度胸じゃねェか! 俺様を誰だと思ってやがる! 未来の総領主、フォッグ様だぜ!!」

派手な安全装置を外し、がちゃりと銃を肩に掲げ、フォッグはそれでも笑った。上空500。五秒後の自分の死を恐れぬ笑みに、私は震える。
人の身で天変地異に抗うなど、誰が考えよう。通常人にある感情を、恐怖を、フォッグは知らないのだ。
私は大きな勘違いをしていた。この男に正気など、疾うにありはしなかったのだ。
それが、フォッグ。彼が不死身の二つ名を持つが故の、人が到達する限界をも穿つ純粋過ぎる精神。
でも、だからこそ、彼には不可能を可能にしてしまう力がある。だって彼は、ある意味で誰よりも狂気じみているのだから。

「俺様をアレしたきゃ――――――――――――――――――軍隊でも持ってきな!!!」

42エンドロールは流れない -broken gold gear- 9:2014/08/29(金) 23:54:18 ID:4bhZgOjE0
口上を終えるとフォッグはどかりと足を前に出し、砲身を構えた。銃口は光り輝き、晶霊の残滓が大気に弾ける。
距離200。二秒後、運命の壁。生と死の狭間で、私は吹き飛ぶ帽子を追う事すら忘れ、彼の背をぽかんと見ている事しか出来なかった。
刹那、ごどん、と重い何かが何処かに嵌る音。頭の隅でぎりぎりと歯車が回り、胸の奥でぱちぱちと何かを刻む様な感覚。
あぁ、知っている。私は思った。この感覚を、私は知っている。
網膜の裏側で、火花が散った気がした。
がり、がり、がり。
幻聴の向こう淵で、軋みながら円盤が回る。一定のリズムで、金属が旋盤の上をゆっくりと回る。
かち、かち、かち。
頭の中で、秒針が何もない空間を叩く。遅くもなく、早くもない。決して止まらず、螺旋を描いて針が周る。
きら、きら、きら。
円盤の縁に沈むのは、黄金の巾木。光に照らされて、瞬きの様に不規則に輝く。
ちりちりと、額の真ん中が熱を持っていた。
こち、こち、こち、こち―――ごどん。
刻む黄金の時計の中で、再び重い何かがはまる様な感覚。





「エレメンタルゥウゥウゥッッ!!! ッマァアァァアアァスタァアァァァァアァァァッッッッッッ!!!!」




爆音と共に、虚空が揺らぐ。衝撃波で辺りを吹き飛ばし、放たれた晶力の弾丸が空を喰らった闇を穿つ。
紅蓮の緋色が隕石を溶かし、疾風の翡翠が土煙を吹き飛ばし、泡沫の蒼穹が闇を浄化し、大地の黄金が全てを砕く。
そして最後に放たれた極太のレーザーが、どこまでも、どこまでも突き抜け、天へと伸びていった。

43エンドロールは流れない -broken gold gear- 10:2014/08/29(金) 23:57:43 ID:4bhZgOjE0
知っている。私は再び思う。

そう。あれはきっと――――――運命の変わる音だったのだ。








「おう。俺様にかかりゃあ、こんなもんよ」








夜の世界に、光が差した。ぽっかりと空いた円形の大口の遥か彼方、成層圏まで突き抜ける様な青が、目に染みる。
午前9時27秒。降り注ぐ絶望と星々の弾幕に、運命の歯車に、砲身から放たれた希望の光が風穴を開けた瞬間だった。

44エンドロールは流れない -broken gold gear-:2014/08/30(土) 00:00:03 ID:EtXRVuEc0
投下終了です、短いですが!

45名無しさん:2014/10/01(水) 21:35:52 ID:CSHND38c0
投下します。

46エンドロールは流れない -自由軍、我等の胸にはミアキスを-:2014/10/01(水) 21:38:57 ID:CSHND38c0
広がる淡い青、彼方に浮かぶ白銀の火球、流れる掠れた白。地に落つ崩れた茶。辺りに吹き飛んだ緑。上がる黄塵、地を這う紅蓮。
照らす光が、じりじりと肌を刺す。

丸くくり抜かれた空は、我々二人と半壊した館だけを照らし、周囲数百メートルを天災から守っていた。
光はまるで結界のように我々を中心にその範囲だけを照らし、結界より外は、天地とも全て荒れ果てた荒野の様な有様だった。
余りに浮世離れした景色に、私は終始見とれてしまっていた。
暫く轟音は止まず、辺りから降り注ぐ樹木の破片や岩石の驟雨の残滓を、フォッグは銃で、或いはその体で受け止める。
私は尻餅をついてそれをただ呆然と見ていただけだったが、やがて自分が主人公に守られる薄幸のヒロインの様な気がして、酷く嫌な気分になった。
だが、どれだけ嘆こうが私が後衛術師である以上その関係は揺るがない。
私は守られる立場であるという事実を素直に受け止めざるを得なかった。
……フォッグが礫を受け止める度に、彼の身体には赤い痣が出来ていった。
私はただ、瓦礫の雨と大地の震えが終わるまで、腰を抜かしている事しか出来なかった。
それだけしか、出来なかったのだ。





気付いた時には、空には一面の紺碧が敷き詰められていた。まるでさっきまでの豪雨が悪い夢だったかの様だ。
私は全身に入っていた力がどっと抜けてゆくのを感じた。強張っていた肩が、酷く凝っている。
固く閉じた拳の中は、汗でじとりと滑っていた。
私は大きく溜息を吐いて、辺りを見渡す。広がる惨状は、まるで本で読んだオールドラントの魔界<クリフォト>の様だった。
穴だらけの大地。燃える荒野。横たわる大樹達。積み上がる岩。砕けた煉瓦の山。上がる土煙。
我々の周囲に参加者が居れば、間違いなく死んでいると確信出来る様な凄まじい有様だった。
エミル君達が無事だといいが、と思った。

「……馬鹿げてる」

死に損なって、まず最初に出た言葉が、それだった。歪んだ唇から、無意識に乾いた笑みが出る。

「おう、違いねェな」

フォッグが力無く言った。私は見上げる。彼は背に刺さったガラスの破片を自力で抜くと、踵を返してこちらを向いた。
そして、それを皮切りに我々はふっきれた様に笑った。最初は微笑だったが、後に腹を抱えて転げ回った。身体を土屑だらけにしながら、我々はひぃひぃとのたうち回った。
地面を叩き、涙を零し、息が出来なくなるほど爆笑した。
いつまでも、いつまでも。
辛いことも悲しいことも忘れて、我々はあの悪夢を前に生き残れた奇跡を、今を分かち合った。

47エンドロールは流れない -自由軍、我等の胸にはミアキスを-:2014/10/01(水) 21:42:20 ID:CSHND38c0
それにしても、フォッグの有様は酷かった。痣は青紫色に変色し、全身は細かいものではあったが傷だらけだった。
それでも本人曰く傷のうちにすら入らないと言うのだから、本当に末恐ろしい。

「おう兄ちゃん、しかしアレだ、良かったなぁオイ。あのまま家ん中居たら、アレだったぜ」

笑い疲れて、瓦礫に腰を下ろしながら休憩していた時の事だ。フォッグは思い出した様に私に言った。
「アレ?」私は首を傾げる。「なんだ、アレとは?」
埃だらけになってしまった帽子の手入れをしながら、私は対面の丸太にどかりと腰を下ろしたフォッグに問うた。
「おぅ、アレだ、その……アレはアレよ!」
フォッグはがはは、と笑うと顎で私の後ろを指した。私が振り返ると、そこにはまるでガラクタを詰め込んでミキサーにでもかけた様に崩れたリビングがあった。
吹き飛んできた樹木に薙ぎ払われたのだろう。長く太い杉の幹が、リビングの床を見事に抜いていた。
今の今までそれに気付かなかった自分を内心訝しく思ったが、よくよく考えればあの緊急事態で冷静に周囲の状況を把握出来るかと言われれば限りなく否だ。
何はともあれ、成程と私は苦笑を浮かべる事となった。

「……あのまま私が扉を開けずに戻っていたら、死んでいたという事か」

その惨状を見て、あぁ、と一人ごちる。あの何処かから聞こえた歯車の音は、やはり運命の変わる音だったのだ。
もしもあの時あの場所で、私が扉を開けずにいたならば、きっとこの五臓六腑四肢百骸はあのリビングよろしく粉微塵になっていた事だろう。
……そう、“そちら”だったのだ。
あの時、私は閉まった目前の扉を開き、外へ進んではいけない様な気がしたが、逆だった。
進んではいけないのではなく、戻ってはいけなかったのだ。元に戻れなくなっていたのは、扉を開けない方の選択だった。
もしもあの時、私が外へ出ず、フォッグの元へ戻っていたら―――想像しただけでぶるりと背筋が震えた。
運命とは恐ろしいものだ。

「……というか、あの現場に居合わせて無事なフォッグが明らかに常人離れしているのだがね」

私が苦笑しながら肩を竦めると、フォッグは身体を揺らしながら豪快に笑い、自分の胸を拳で叩いた。

「そりゃぁアレよ。俺様は、アレだからよ!」

フォッグが言う。私の口から自然と笑みが零れた。
不思議と、話しているだけで元気が貰える。そんな人間、世界広しと言えど片手で数える程しか居ないはずだ。

「無敵、か?」
「そう、ソレ!」

埃を叩いた帽子を被りながら、私は目の前で豪快に笑う、そんな片手で数えるべき一人の男を見た。
屈託など毛程もない眩しい笑顔がそこにあって、額からどくどくと……。
……。……ん? どくどくと?

48エンドロールは流れない -自由軍、我等の胸にはミアキスを-:2014/10/01(水) 21:45:11 ID:CSHND38c0
「―――って、オイ! ち、血! 血ィ! 血が出てるんだが!?」


諸手を挙げてあたふたとする私を見て、フォッグは目を白黒させた。
まるで焦っている私の方が可笑しな人間の様に思えて、私は眉をしかめる。
「いや、血が出てるぞ……」
堪らず私が指を指すと、フォッグは思い出した様に顎まで流れる血を拭い、驚いた様に目を丸くした。
普通なら痛みの方が先に襲ってくるものだが、どうやらこの人の場合は、血を見て初めて怪我に気付くらしい。
私は出鱈目なその反応に呆れた。豪快というより、これでは鈍いだけじゃないか。

「おう。こんなもんかすり傷だぜ。唾つけときゃ治る」

フォッグはそんな私に、あっけらかんとした声色で言う。
さしもの私も、その発言には吹かざるを得なかった。
それがかすり傷だと言うならば、大概の怪我はかすり傷で済むし、治癒術師など必要無いだろう。
「いや唾って、そんな……」
私は呟き、フォッグを見る。今度は額の輝眼が発光していた。私は不思議に思って、彼の額を観察する。
輝眼――エラーラと言うのが一般的らしい――は、確か感情によって色を変えたり、意思疎通によって発光するのだと書庫で読んだ。
この場合は……もしかしなくとも後者だろう。

「ところで、そのエラーラの発光は?」

私は質したが、フォッグは腕を組んだまま、ブラックソディをかけ過ぎた料理を食べた時の様な表情で押し黙る。

「……おう、坊主の方もアレみてぇだな」

沈黙がしばし続いたが、やがてフォッグは腕組を解くと、顎髭を摩りながら低い声で応えた。
「坊主?」
私は質す。坊主とは?
「おぅ? 言わなかったか?」
フォッグは小首を傾げる。
「いいや」
私は首を振った。
「アレよ、アレ。ほら、あのよ……その、海のアレ……あの、ア……アイ……アイフ……あー、海賊のよ……アレ!!」

あぁ、成程。私は頷き納得した。というよりも、よくよく考えれば彼が通信できるセレスティアンなど名簿には一人しか居なかった。
額にエラーラを持ち、彼と同郷で、仲間且つ坊主と呼ばれる様な外見をした人間など。

「つまり、このチャットとかいう少年の事だな?」

私が懐から四つ折りの名簿を取り出し短い金髪の少年に指を差すと、フォッグは“そう、ソレ!”と言い力強く頷いた。
私は少年の顔を見る。短髪、大きな目、しっかりとした自信ありげな表情。利発そうな子供だな、と思った。

「その坊主がアレだかんよ」
「ふぅん……? まぁ、アレなんだな?」
「おう! アレよ!」

今回の“アレ”が何を指しているのかは皆目見当がつかなかったが、
時折フォッグが笑顔の合間に見せる真面目な表情が、芳しくない状況であろうという事だけは物語っていた。
まるで子を想う親の様だな、と思う。真逆本当に子供ではないだろうかと一瞬疑ったが、それはないかと一人ごちた。
飼いミアキスのデデちゃんや妻のリシテアさんの件から考えて、恐らく彼は自分の子供を溺愛するタイプだろうと思ったし、
それにチャットという少年の首は、まるでワジールレイピアの刀身の様に細く貧弱だったからだ。
フォッグの子供だというにしては、悪い意味であまりにか弱過ぎた。

「……はは。しかし、アレだな」

ふと呟いた後に、私は少し自嘲した。口を閉じてから自分が“アレ”と言っている事に気付いたからだ。
フォッグのが移ったかな、と思う。
「おう?」
フォッグがそんな私を訝しげに覗き込む。私は自分の両手に視線を落とした。

「いやね。見てくれ、まだ手が震えてるんだ。怖かった。本当に。頭がどうにかなりそうだった。
 貴方からすればあんなものただの夕立かもしれないが、私にはそれこそこの世の終わりに見えたぞ。
 幾ら何でも滅茶苦茶過ぎだ。さっきまで死ねないとかほざいていたのが恥ずかしくなるくらい、あっさりと死を受け入れたよ。
 私はここで死ぬんだと、そう思った。それくらい怖かった。
 やはり幾ら覚悟や決意を立てたところで、目前に迫った死の恐怖と理不尽さには敵わないな」

私は目の前で拳を開き、両手を晒した。小刻みに震える掌に、恐怖がローンヴァレイの谷より深く刻み込まれていた。

「おう? そうか?」

フォッグが首を傾ける。私は力無く笑った。

「普通、アレを大砲で全部砕こうだなんて思わないさ。
 流石に……もう駄目だと思った。背中は打身が痛むが、それでも今、五体満足にこうして話しているのが信じられないくらいだ」

49エンドロールは流れない -自由軍、我等の胸にはミアキスを-:2014/10/01(水) 21:48:18 ID:CSHND38c0
だけど、気付けた事もある。私は震える両手を再び見て、思う。
死を享受し諦めた身体に抗うように、脳は、心は、死にたくないと願った。
どこまでいこうと、私は血潮の流れた一人の人間だ。それ以上でも以下でもない。
死ぬのは嫌だし、生きたいと思う。当たり前だ。
きっと誰もがそうだった。クレスも、すずちゃんも、ダオスさえも。誰一人、死ぬ事を臨んだ人間など居ないだろう。
最期まで、生きていたいと思ったはずだ。そんな、当たり前を知った。そう思うと、胸の奥が無性に苦しくなった。
私が無力だったからなんて自虐は言わないが、それでも、側に居てやりたかった。
最期を看取ってやりたかった。手を握っていてやりたかった。仲間として、友として。
しかしきっと、その場に居ても自分の無力さに後悔する羽目になるのだ。
なんという事は無い。今朝、エミル君に言った通りだった。どの道を選んだところで、人は後悔する難儀な生き物なのだ。
だから彼が決めたように私も、迷いながらでも動ける人間にならなければいけない。
思考停止は、それこそ死人と変わらないのだから。

「……死が怖くない人間など、この世には居ないな」

言ってから、はっとした。それは完全に無意識の、口を自然について出た台詞だった。
何を言ってるんだ私は。
気恥ずかしさを慌てて取り繕うように、帽子の鍔を下げる。

「おう、きっとそういうもんなんだろうな」

何か言いたげな煙を含んだ様な声が私の耳に届いたのは、それと同時だった。
「……そういうもの?」
私は立ち上がるフォッグを見上げ、質した。フォッグは困った様に眉を下げ、小さく笑う。
こんなに寂しそうな笑い方もするのか、と私は少しだけ驚いた。
失礼にあたるだろうが、そういった感情とは無縁の人種だと思っていたからだ。

「俺様は正直アレはよくわからねェからよ」フォッグは口を開くと、丁寧に言葉を選ぶ様にぽつぽつと零した。「昔からそうだった」

昔から? 私が訊く。おう、とフォッグは言った。
珍しいな、と思う。昔の事を語る様な人だっただろうか。

「セレスティアってのは、アレが当たり前でよ。人がアレしちまうなんて事は日常みてェなもんだった」
フォッグは何かを懐かしむ様に目を細めると、そんな私を尻目に言葉を続けた。
「俺様は、アレやダチを何人も亡くしてきた。
 だが、俺は生き残る。毎回なんでか知らねェがよ、アレしても、アレしたって、生きちまう」
「今回みたいに?」
私が言う。フォッグはこくりと頷いた。
「おう。だからよ、アレよ。
 アレに置いていかれる事ばかりだったんだぜ。あんまり毎回アレしてるからよ、怖がるアレもいたくれェだ」
確かに、と思った。
余りに死なさ過ぎるのも考えものだ。何故って、人は自分から能力が離れれば離れるほど、その相手を嫌悪するものなのだから。
私が魔術の才を産まれた時から持つエルフと、狭間の者達を羨み嫌う様に―――自分よりもあまりに強いフォッグを認めたくない者も、少なからず居た事だろう。

「大変だったろう」

私は言った。上から目線などではない。本心からそう思った故の言葉だった。
それでも今の彼が笑っていられるのは、やはり心の強さと、天性のカリスマがあったからだろう。
しかし私は少しだけ、彼に対する想いを改める事にした。
その強さとカリスマで、今まで全ての負を砕いてきたかと思っていた。辛い過去も何も無いと思っていた。
……馬鹿だな、本当に。
私は自分を呪うか、モーリアの下層にデモンズシールと裸で放り出してやりたい気分になった。
大きな間違いだったのだ。
ここまで沢山のモノを喪って、沢山の傷を受けて来たはずだ。数え切れないくらいの出会いと別れがあったはずだ。
これだけ強くて生き残ってきた彼が、辛くないわけがない。苦労していないはずが、なかったのに。
剰え、彼は革命軍の首領なのだ。
彼は誰よりも強く、誰よりも笑顔で豪快に生きていたが故に―――きっと誰よりも喪って、誰よりも嘆く表情を見て、誰よりも弱さに苦しむ者を見てきたのだから。

「ただよ」

しかし、フォッグはそんな私の気持ちを裏切る様に、口を開いて言うのだ。

「ただ、アレだとか、辛いとか寂しいとか、死ぬのが怖いとか、そんなアレを思った事は一度もねェぜ」

50エンドロールは流れない -自由軍、我等の胸にはミアキスを-:2014/10/01(水) 21:53:24 ID:CSHND38c0
思わず、呆気にとられる。理解出来なかった。
「何故だ」
私は震える口で問う。目の前の男は、仲間を喪って苦しくないのだと言う。
正気ではない、と思った。



「――――――あいつらは、ここに居るからだ」



ペイルティの海に浮かぶ流氷の様に厚い胸板を、心の臓がある位置を、紅蓮の拳がどんと強く叩く。
痺れる様な何かが私の中を走り抜ける。思わず、息を飲んだ。飲まざるを得なかった。
クレスでさえ言わない様な暑苦しい漫画の主人公の様な台詞を、何故こうも容易く、三十路過ぎのこの男は言えて。
―――――――――そして何故、こうも誰かの魂を、熱く揺さぶる事が出来るのだろう。

「簡単なアレだろ?」

フォッグはにかりと笑う。私に返す言葉など、あるはずがなかった。

「それからよ」
フォッグは何も言わない私を前に、言葉を続ける。
「俺様の事を不死身だとかなんだとか言うアレがたまにいるが、ありゃあ違ェ」

フォッグは断言した。私は動揺を押さえ込み、彼の話に黙って耳を傾ける事にする。

「俺様は生き残ったぶん、アレしてった奴等のアレをよ……魂みてェなアレを、受け取ってるつもりだ。
 だから何だ。その、アレよ。人よりアレが図太いし、ちょっとだけ頑丈なんだ。そんだけよ」

成程、とどうにか回転させた頭で思う。その理論なら不屈の精神も肉体もまだ少しは納得いく。
要するに彼は―――究極の偽薬効果人間なのだ。
それが元来から持つ異常な体力と合わさり、極限且つ無尽蔵のエネルギーを生み出している。
誰かが自分に命と力をくれている。だから倒れる筈がない。だから誰でも倒せる。だから、何も怖くない。



嗚呼、それはなんて羨ましくて―――――――――――――――――――――どこまで、狂っているんだろう。



私はそう思った。思ってしまった。そう。フォッグは疾うに正気を通り越してしまっていた。
あまりに現実離れした思考に、無尽蔵の体力に、卓越した精神力。
私は恐怖の念すら抱いた。背筋が凍るくらいの狂気の沙汰へ、彼は片足を突っ込んでしまっている事を、今初めて気付いてしまったのだ。
あんまり浮世離れしているものだから憧れてしまうが、それは手放しで喜べるものではなかった。

ある意味で彼は――――――“この島で最も現実を見ていない”からだ。

……でも。
そう、でも、だからこそ彼はシルエシカの首領たり得たのだろう。
そんな漢でなければ、皆を導き世界を統一する為に、王をぶっ潰すなど有り得ない。
何かを喪っても、犠牲を厭わず憎しみすら持たず前を向き、ただひたすら目標の為に進み続ける事など出来ない。
そう、彼からは一切の憎しみや負の感情が見えないのだ。およそ人間が持つ闇を持っていないのだ。
妹を奪われたチェスターや、故郷を失ったクレス、親を亡くしたすず、そして友を奪われたアーチェの様な、黒い感情が無かった。
それをどうして、常軌を逸していないのだと言えようか。
私は生唾を飲み込んだ。

... .........
英傑は、狂人と紙一重なのだ。

51エンドロールは流れない -自由軍、我等の胸にはミアキスを-:2014/10/01(水) 21:59:01 ID:CSHND38c0
「死ぬとか、アレだとか、そんなのはよく分からねェ。俺様の魂はアレしようがあいつらを忘れねぇしな。
 だから死ぬ事と生きる事に大した違いはねェよ」

フォッグはそう締め括り、顎鬚を触りながら私の顔を真っ直ぐに見た。眩し過ぎる、とだけ思った。
そんなフォッグへ、まず最初になにを告げるべきか、私は迷った。何を言ったところで彼は意に返さないだろうが、言いたい事は幾つかある。
私はしばし悩んだが、やがて口を開く。
何よりも一番言いたかった事を、まずは告げる事にした。





「フォッグ、人は死ぬよ」





人は、死ぬんだ。
私はそう繰り返した。それが彼の完璧すぎる精神力に寸分の影響すら及ぼさないであろう事を私は当然知っていたが、それでも、続ける。
理屈ではないのだ。彼の理論と同じ様に、私にだって、理屈では動かないそういう想いはある。
それが正しかろうが正しくなかろうが、善だろうが悪だろうが、嫌われようがどうだろうが、白だろうが黒だろうが、
人の性格が一朝一夕で変わらぬように、ダオスとクレスの正義が最期まで交わらなかった様に。
何よりも優先して貫きたい思想は、誰にだって一つくらいはあるのだ。

「……私は、生と死は全く違うものだと思う。貴方の言う精神死ではなく肉体死は避けられないからね。そして、死は不可逆だ。
 リッド=ハーシェルもそうして肉体的に死んだうちの一人だ、そうだろ?
 死と生が同義だと言うなら、どうして」

そこまで言って、震える唇で息を飲んだ。原因不明の動機が、私の言葉を喉の奥で詰まらせていた。
私はその何かを踏み超えるように、かぶりを振る。遠く、白銀の太陽が薄い白雲の隙間に隠れた。

「―――どうして私は、こんなに寂しくて、悔しくて、虚しくて、やるせなくて……心を痛めなければならない?」

私は全身から血を絞り出すように言った。フォッグは口を固く閉ざして私の言葉を真剣に聞いている。
私はそんな真っ直ぐな視線から逃げる様に、帽子の鍔を下げた。

「何度も言ったと思うが、私はそんな風に受け止められない。強く立っていられない。
 大切なものを残してこの世を去るのが堪らなく怖くて、いつ自分に降りかかるか分からない死に怯えるような……ごくごく普通の弱い人間なんだ。
 今にも絶望と憎しみが其処まで来ている。奴等が私の首に、手を回して嗤っている。いつでも黒い道に進めるように、と私を惑わす。
 ……正直に言うとな、ミラルドじゃなくて良かったと思う自分がどこかに居るんだよ。
 あいつじゃなくて、生贄になるのがリッド=ハーシェルで良かったと胸を撫で下ろす自分が居るんだ。
 貴方にとって彼が大切な友だと知った今ですらそう思う……どうだ、最低だろ?」

52エンドロールは流れない -自由軍、我等の胸にはミアキスを-:2014/10/01(水) 22:01:15 ID:CSHND38c0
ぽつぽつと、冬のローンヴァレイに降る雨のように、私は呟いた。視線は地面を泳いでいる。
地面に拳大の石が落ちていた。私はそれを蹴る。石はハーブ達が植わる花壇へ飛んで行った。
私は自嘲する。今日はずっとこんな調子だ。
まるで思春期の餓鬼だな、と思う。

「でもそんな死に怯え醜くくすんだ感情すら、死と生が同義故に価値が無いと言うなら。
 それなら弱者足り得る我々の生きる道など、最早無いに等しいじゃないか。
 私は、そんな死や感情をゲーム扱いして愉しむサイグローグは、やはり赦せない……赦せないんだよ」

ようやく震えが収まった両手を開き、生きている事を確かめる様に、私は掌を閉じては開いた。
私は、そうして覚悟を決めて顔を上げる。情けない顔をしているだろう私を見ても、フォッグは眉一つ動かさなかった。
残酷だな、と思った。

「だから、なぁ。頼むよ。貴方だけはどうか、逝かないでくれ。嘘でも、誰かの前で生きるのと死ぬのが同じなんて、言わないでくれ。
 そうじゃなきゃ、フォッグの強さが怖くなってしまう。
 私は、この島にいる奴等をまとめられるのは、最早貴方しかいないと思うんだよ。
 ……向かうべき灯台の光を失ってしまったら、果たして船はどこへ向かえばいい?
 フォッグ、私にはそれが分からないんだよ……灯火一つ無い闇の中では、舵を取る勇気の無い人間の方がきっとこの世には多い」

私は懇願する様に言った。アセリアの旅で私はクレス達をまとめたが、本来それは柄ではなかった。年長だからか自然とそうなったが。
……私は、他人があまり好きではない。縛られる事も嫌いだ。知識だけはそれなりにあるが、言ってしまえばそれだけだ。
根本は餓鬼のまま。それをこの島に来て、フォッグと出会ってから嫌というほど知ってしまった。
フォッグの熱さもある意味では大人らしからぬが、しかしその器と力には、どうやっても敵わない。
だから、喪うわけにはいかない。
けれど危う過ぎるのだ。生と死に囚われない、究極のポジティブさは―――いつか、彼自身を殺すと思った。
死に無頓着な彼は、恐らく率先して前線に立つだろう。きっと敵の攻撃から仲間を守るのだろう。
その結果自分が死ぬのだと理解しても、止まらないのだろう。
今まで怪我をしても、何を失くしても喪っても、理想も足も止めなかった筈だ。
そうしてきたからこそ、彼は皆から慕われている。

しかし、人は死ぬのだ。

今までが奇跡だった。フォッグが言うように彼は不死身ではないし、その恐怖や力に立ち向かう勇気故に、死の危険は常人以上に付き纏う。
そして彼が死んだら、きっと数多くの人は向かうべき道を失ってしまう。かくいう私がそうである様に。
私がそれを彼に言ったところで彼は止まらないだろう事は先程も言った。
だが、しかしそう思う人が居る事を、彼には知って欲しかった。それ自体は無意味ではないはずだ。
誰もがいつかは、死ぬ。
フォッグ、貴方も死ぬのだ、と。

そんな事を思っていると、目の前の彼は、おう、と小さく呟いた。

「そりゃあ、そうだな。悪ィな、余計なアレしちまったぜ。でもよ、アレを許せねェのはアレよ、俺もだぜ?」

フォッグは腕を組みながらそう言った。
私の科白に対する答えとしては、それは余りに不親切で不充分だったが、期待など始めからさしてしてはいなかったし、
私としては彼に気持ちを吐露出来ただけでも充分だった。

「……あぁ、分かってるさ」

私は呟いて、空を見た。嘘みたいに静かになった景色の中に、中腹で折れ、煙を狼煙のように上げている塔がある。

「だがよ」

フォッグが私の視界の外で呟いた。私は目線を彼の顔に戻す。太陽の様な底無しの笑顔がそこにはあった。

「力を合わせりゃアレなんてねェだろ? なぁに、俺様達なら朝飯前よ。いいか、御託が言えるうちがアレだぜ!
 そのアレで、アレよ! サイグローグをぶっ潰そうぜ!!」

53エンドロールは流れない -自由軍、我等の胸にはミアキスを-:2014/10/01(水) 22:05:08 ID:CSHND38c0
肩を揺らし、馬鹿笑いをしながら、フォッグはそう叫んで私の肩をバンバンと叩く。
加減知らずの馬鹿力に私は肩を脱臼させそうになりながらも、あぁ、と思った。
そうだ。これでこそ、フォッグだ。
どれだけ人間離れして、弱者から離れていようとも、決して図に乗りはしない。
天真爛漫。ありのままで嫌味がないこの姿だからこそ、私は、いや、皆は彼の元に集うのだ。

「はぁ〜〜〜。まったく、毎回悩んでいるこっちが馬鹿らしくなるよ。
 やめだ、やめやめ! 下手な考え休むに似たり、ってね」

私は立ち上がり、帽子を被り直して伸びをした。背がびりびりと熱を持った様に痛んだが、彼の傷に比べれば些細なものだ。

「おう、それでいいんだよ。……しかしアレだ。悪ィな、アレが長くなっちまって。
 アレしたらぼちぼちアレしに行くぜ。坊主が呼んでるからよ」

フォッグはそう告げると、サックを背負い立ち上がる。
「さっきのエラーラか?」
私はサックを持ちながら訊いた。
「そう、ソレ! セレスティアンはな、アレだからよ……その、エラーラがな。
 アレだ……そのよ……アレよ。アレが、その、アレを知らせるアレだからよォ!」
「……ふむ? エラーラを使ってセレスティアンは互いに意思疎通出来る、って件の事か?」
「そう、ソレ!」

がはは、とフォッグは高らかに笑った。
私はサックの中身をまさぐる。
書斎の必要性が高いであろう本――私にとってレオノア百科全書は物理的な意味でも良い武器になりそうだった――や、
館にあった日用雑貨、調味料、衣類、救急箱、食器……その他諸々が詰まっていた。
どうやらサックの中はバテンカイトスの様な構造になっているらしく、
容量は無限、重量は一定、欲しいものは探れば必ず手に触れる、という仕組みになっていたのだ。
その中から、晶霊技師ガレノス著の “輝眼が持つ可能性と謎”を探り当て、私は取り出した。
厚手のヌメ革のしっかりとした表紙と日に焼けた羊皮紙を捲り、エラーラフォンの根底理論の頁を見る。

「エラーラ、か……首輪の感知と似た様なシステムかもしれないな。
 もしかしたら、そこにこの悪趣味な首輪を解除する鍵があるかもしれん。
 この筆者が言うように、インフェリアで言うドカターク効果の様なものが作用しているのか、或いは……」
「おう、考えるのもいいが坊主がピンチだ。行くぜ」

不意にフォッグが私から本を取り上げ、私のサックに無理やり押し込む。私は肩を竦め、やれやれと溜息を吐いた。

54エンドロールは流れない -自由軍、我等の胸にはミアキスを-:2014/10/01(水) 22:06:56 ID:CSHND38c0
「ふう。おちおち考察や休憩すらできやしない……此処で待機してるんじゃなかったのか?」

嫌味ったらしく私が言うと、フォッグは髪を掻き上げながらどかりと大砲を、メガグランチャーを担ぐ。

「おう、馬鹿言ってんじゃねぇぞ兄ちゃんよぅ。アレも救えねぇで、自由が掴み取れるわきゃねェだろう」
「自由、か……」

私は呟く。そういえば、昨晩フォッグは王政を下らない窮屈な制度だと言ったんだったか。
……驚かざるを得なかった。そんな事、考えた試しがなかったからだ。
私は、いやアルヴァニスタの国民だって王政にはあらかた満足していたし、それを不自由だと思った事もない。それが当たり前だったからだ。
国があって、王が居て、政治家が居て、民が居て、法がある。それが必然で、当然だった。縛られるのが嫌だった私ですら、王政に疑問を感じた事が無かった。
しかし、彼はそれが不自由だと言う。私が一切不自由だと感じた事のない世界を、不自由なのだと。
……分からなくなった。自由とは何だ? 不自由とは何だ?
明らかな事は、一つだけ。私にとっての自由と、フォッグにとっての自由が異なるという事だ。
世界が違えば、言葉や人種、文化と共に価値観も違う。当然だった。
しかしそんな彼の謳う自由とやらを、見てみたい。そう思ったのも本当だった。

「自由な心、自由な争い。
 好きに喧嘩して、酒飲んで美味いもんたらふく食って、
 女と遊んで死ぬほど暴れて、遊んで疲れてよーーーそんで好きにくたばりゃァ、人生それでいい」

フォッグがこちらに背を向け、空を仰ぎながら独り言の様に呟いた。
風にばさばさと靡くマントを見ながら、私はそれが真理だな、と思う。
だけど、そう上手くはいかないのが人生だ。人は、現実を知りそれを学んで年を取り、老けてゆく。

「はは。本当にそうできれば、幸せだろうな」
「……するんだよ」

私が肩を竦めて笑うと、フォッグは間髪入れずに言った。私ははっとして、彼を見る。
頭をもたげ、背後の私へ顔を向けていた。眼光は鋭い。茶化す気は起きなかった。
彼は、この後に及んで本気だったのだ。

55エンドロールは流れない -自由軍、我等の胸にはミアキスを-:2014/10/01(水) 22:09:39 ID:CSHND38c0
「俺達ァ、自由なんだ。縛られちゃいけねェ。だから、アレは気に入らねェよ。
 さっきも言ったアレだがよ、そこは兄ちゃんと一緒なんだぜ。アレは、許せねェ」
「サイグローグ?」
私は尋ねた。おう、とフォッグは頷く。
「おめェはどうだ? 気に入らなきゃぁ、どうする?
 アレするか? アレか? おぅ、いいぜ。そいつも“自由”だかんな。
 だがな、俺は単純だ。そいつぶっとばして、好きにする。アレがアレしてりゃあ、全力で助けてやる。
 そんだけよ」
「それだけ、か」私は呟いた。「その“それだけ”をするのが、どれほど難しいか……」

フォッグは少しだけ表情だけで笑うと、再び前を向いた。私の何倍もある大きな背は傷だらけで、しかし真っ直ぐ天まで筋を伸ばしている。
誰よりも現実を見ず夢を求めてきた彼の言葉に痺れるのは、やはりその夢を現実にしてきたからだ。
……今でもまだ、分からなくなる。彼がこのゲームには最も適しておらず私が知る現実から乖離しているのは間違いなかったし、
しかしそれでも彼の姿と台詞には胸を打ち感動させる力があり、その理想を実現させる説得力もあり、その夢は誰もが羨むほどに輝いていた。
強過ぎる光に私が目を眩ませているだけなのか、疑心暗鬼になっているだけなのか。
どうにも答えは出なかったが、それでも一つだけ分かる事があった。

「行くぜ、兄ちゃん。俺様を死なせなくないんだろ? だったら、着いてこい。
 悪いがよ、俺様は無茶するぜ。それでも死なせなくねェんなら、アレしてみせろ。
 そんでアレが終わったらーーーーーー浴びるほど酒飲もうぜ。それで全部、いいじゃねェか」



――――――――――――彼が、格好良いという事だ。

56エンドロールは流れない -自由軍、我等の胸にはミアキスを-:2014/10/01(水) 22:11:20 ID:CSHND38c0
「ミアキスを、胸にッ! 前を見ろ、足を進めろ、拳を握れ、剣を取れ、自由を掴め、夢を持て!
 走れ、抗え、争え、戦え! その手で敵をぶッ潰せッ!!
 自由軍シルエシカ!!! 出撃だァァァッ!!!!!」

天をも劈く正義の咆哮が、荒れ果てた世界をびりびりと揺らした。
どこまでも、どこまでもその声は遠く轟く。それはまるで世界に対する戦線布告だった。
振り上げられた拳は、真っ直ぐに天を居抜き、両足は大地を確りと踏み締める。ブロンズの髪が揺れ、マントがはためく。
きっとそれは、誰もが夢見たヒーローの姿だった。
私は何か熱いものが胸に込み上げるのを感じた。魂が、震える。

「全く、貴方という人は本当に……」

私は震える喉で溜息を吐いて、崩れた塔を見上げた。
黎明の塔。嘗て人は、神の住む天界を目指して大地に石を積み上げた。
しかしそれも遥か遠い昔の物語。どれだけ高く積み上げ天を目指しても、やがては神の怒りに触れ、天の雷に崩れ地に伏し朽ちてゆく。
それでも、いつの日だって人は空の向こう側へと手を伸ばし、夢を見た。光を見た。
その自由を奪う権利は、誰にだってありはしないのだ。
中年にだって、夢はある。三十路にだって、理想はある。
現実を諦めて大地に眠るには、私の未来と広がる世界は大き過ぎるじゃないかと、彼の天へ突き上げた拳が語っていた。

「……いいだろう。旅は道連れ、世は情け。私も答えを見つける為に、その覚悟、見届けよう」

私の名前は、クラース=F=レスター。29歳、身長176センチ、体重62キロ、中肉中背、ユークリッド出身、王立学院首席卒業。
召喚術の研究がライフワーク、宝物は、師の帽子、旅の思い出。大切な人は、どこかのお節介な助手。
甘さ控えめのチェリーパイと兎のシチューが好物の召喚士。そして。


今日からは、無茶をするリーダーを補佐する、自由軍シルエシカの参謀だ。






「ーーーーーーミアキスを、胸に」






私は生きるよ、クレス。私は諦めないよ、すず。私は帰るよ、ミラルド。
だからどうか、どうか待っていておくれ。
帰ったらお前に伝える事が、山ほどあるんだ。
きっとお前も驚くぞ。
なにせ隕石相手に大砲一本で挑み、戦場で私相手に一緒に泥酔してくれた、そんな馬鹿でお人好しで。

――――――死なせなくないなら自分をサポートしろとほざく様な呆れたリーダーが、そこには居たんだから。

57エンドロールは流れない -自由軍、我等の胸にはミアキスを-:2014/10/01(水) 22:13:01 ID:CSHND38c0
投下終了です。館パートは、ひとまずこれにてしばし休憩に入ります。

58名無しさん:2014/11/08(土) 00:59:33 ID:xQG7g5jE0
ゆっくりと投下します。

59エンドロールは流れない -空穿つ暗銀の騎士-:2014/11/08(土) 01:04:47 ID:xQG7g5jE0
【第一章・海は哭き、月は嗤う】


邪神は終ぞ蘇り……母は遥か泥の底……。
……世界を凍てつかせし銀の騎士……船を飛び出す金の騎士……残る満月の王女は、果たして何処へ征かん……。
魔獣は欠月に嗤い海に消え……残る行方は……煌髪の姫……恋に盲目な少女は……はてさて銀の騎士が堕ちればどうならんや……。
……弓士と獣は姫の手を取り……先にあるのは絶望か……希望か……。
フフ……誰も彼もが選択しなければならない……今宵は月も浮かび……良い“選択”の宴となりましょう……。
……話数は二百八十八……エンドロールは……まだ流れません……。
第三譜……『海は哭き、月は嗤う』……本日のメインディッシュは……“仔羊の選択、三種の希望のソースを乗せて”……味は約束致します……。
さて……これより再び幕は上がります……拍手喝采の御用意を……。
わたくし名をサイグローグと申します……。
さぁ……寄ってらっしゃい見てらっしゃい……頂きますはその肥えた舌のみ……。
……豈図らんや……お代は少しも取りません……ええ……取りません……取りませんとも……。
……わたくしは……ただ物語を読み上げるだけ……そう……ただ……全てを叶える眼と……繋ぎ止めし楔と……世界の器を差し上げただけ……。
……ええ……わたくしは何も……ククク……ゲームに意味は……何も求めないのです……ただの……暇潰し……。
……それだけの事……。


【9:00'00"00】


枝世界の覇者たる汝等に問おう。“神は、いつ死ぬ?”

曰く、人が争いを始めたその時である、と幻想の魔王は答えた。
曰く、私が死んだその時じゃないかしら、と天命握りし黒剣は答えた。
曰く、信仰が無くなった時である、と孵化せし運命は答えた。
曰く、最初から死んでいる、と交わり響く天の使いは答えた。
曰く、世界が無くなってしまった時である、と再誕せし獣王は答えた。
曰く、相対する者が居なくなった時である、と伝説の導き手は答えた。
曰く、星の記憶を造った時である、と栄光を掴みし深淵は答えた。
曰く、故郷が滅びた時である、と荒れ狂う嵐の王は答えた。
曰く、愛する者に刃を向けられた時である、と無垢なる絆は答えた。
曰く、空虚なる裂け目に世界が飲まれた時である、と世界樹の使いは答えた。



曰く、神は殺せないのだ、と永遠の邪神はその問いを嗤った。



永遠の時、永久の孤独。変わらぬ想い、変わらぬ強さ。
そこには誰も居なかった。争いなど無かった。人は居なかった。信仰など無かった。
物質も命すらもが無かった。死という概念が無かった。世界など無かった。愛する者など居なかった。
好敵手など居なかった。後から現れそれはただ邪魔な存在だった。
全てが平和で、平等で、差別も怒りも憎しみも悲しみもありはしなかった。
変化など、進化など、要らなかった。朽ちる事などあり得ない。
ただ極光色を反転させた底無しの無だけが、忘れられた様にそこにあった。
そう、それは叶う事の無かった永遠の物語だけれど、でも。
それだけで、充分だったのだ。

邪神は他の物語を嗤いながら語る。貴公らは神が何たるかをまるで解っていない。




阿呆共め。神は―――――――――――――――――――――死なぬが故に、神なのだ。

60エンドロールは流れない -空穿つ暗銀の騎士- 2:2014/11/08(土) 01:08:17 ID:xQG7g5jE0
【9:00'00"09】




色が、無かった。
ただ何色なのかと尋ねられれば、それは恐らく白と形容する他は無いな、と漠然と思った。
白。
見渡す限りの白が、少年の視覚を責める様に網膜をちくちくと刺している。
その正体は果たして光だった。晶霊の弾丸が放ったむせ返るような閃光が、くたびれた体を痛めつけんと乱暴に差していた。
恐慌にして狂光。白達は涎塗れの牙を剥いて並べられた現を皿ごと喰らう。
一片の躊躇や優しささえそこにはなく、あるのはただ一方的な暴力だけだった。
その暴力的な光に影すらもが慄いた。光はまるで生きているかのように万物に絡み付き、その肌を弄び、無様に逃げ惑う影を貪り尽くした。

僅かに遅れて、風圧のような何かが少年の体を虚空に叩きつける。
熱や風、重力の類では決してなく、気配や存在感の塊の様な、そんな何かだった。
しかし暫くして光は腹を満たしたか飽いたのか、すんなりと世界から身を引く。
同時に、堰を切ったように細い黒線が大地に群がり、影が現れ、地平線へ競うように伸び、やがて焼き付いた様に中空で静止していった。

世界が、色を取り戻した瞬間だった。

少年は瞳を閉じる。
光の驟雨を耐えたのだ、開けている事だってきっと出来ただろう。それでも彼は自ずから光を閉ざした。
何かから逃げるように、或いは殺す様に、ゆっくりと鈍く光る瞳を閉じる。

命は、諦めていた。
運命なんかこれっぽっちも信じちゃいなかった。けれど多分、此処で自分は死ぬのだろう、と。
矛盾しているが、そんな定めじみた何かを確かに感じていた。
だから目を開けたら、そこはきっと罪深い自分に相応しい焔渦巻く煉獄なのだと。
そう少年は信じていた。

一筋、視界に白い線が入る。深い闇を鋭い刃で切り裂くように、その線は太く強くなった。
地平線と光の筋が重なり、空と大地の境目が無くなる。海が、向こう側に見えた。揺蕩う波が白銀に煌めいている。
一対の硝子玉が、ゆっくりと露わになった。
青い空と、銀の海。金の太陽。身体を焼き尽くす業火は、望んだ煉獄は、遙か彼方宇宙の向こう側に浮かんで世界に光を満たす。

――――――あぁ、そうだったのか。

少年はそこで漸く理解した。

今更、本当に。光から目を背けても、そこにあるのは、光だったなんて。

開いた硝子玉の曲面に映ったのは、海と空と光と、なんの事もないただの陳腐な崩れた家屋と壊れた用水路と、
割れた石畳と、砕けた名も知らぬ英雄の石像と、罅だらけの型板硝子と、剥き出しになった錆びた水道管と、水路に沈んだ女神の絵画と、砂だらけの絵本と……そんなものだった。
必死になって生きてきた世界は、守ってきた居場所は、たかだかそんなものだったのだ。
愛しいあの人の、ステラ=テルメスの姿は、名残は、その世界の何処にも無かった。
少しも、ありはしなかった。

荒れた息遣い。耳の内側から鼓膜を揺らす鼓動。黴臭い土。流れる汗。そよぐ髪。痛む怪我、流れる血潮。
輝く太陽の光は骨の髄まで染みるようだった。
なんだ。そうだったのか―――少年は空を仰いで大の字になり、やれやれと溜息を吐いた。
疎ましい光はいつも天が照らした。太陽は、煉獄はいつも天にあった。
死んだらそこへ行けるだなんて、誰が言ったんだ。光が神の象徴だなんて、誰が言ったんだ。
あまりに、この世界は。こんなに綺麗な景色のくせして、最初から、ずっと―――――――――――――。




瞬間、思考を遮断するように衝撃波が襲う。身体は吹き飛ばされ、ごろごろと転がって瓦礫の山にダイブした。
体の中から何かが弾ける音がして、口から嘘みたいな量の血が溢れる。
なんだよ、と。少年は痛みに喘ぎ血に噎せながら、諦めたようにへらへらと嘲った。結局、生ききってしまったのだ。

視界の隅、砂埃と共に舞う石畳の向こう側。共に心中した筈の悪魔がそこに、立っている。

簡単な話だ。死んだらそこに行くんじゃない。嗚呼、今になってそれに気付くのかよ。
地獄は――――――生きているだけで、そこにずっとあっただなんて。

いつだってそうだ。

取り戻すのも、気持ちを伝えるのも、戻る道を探すのも、誰かを愛する事も。

全部、遅過ぎるんだよ。

なぁ、ステラ。

61エンドロールは流れない -空穿つ暗銀の騎士- 2:2014/11/08(土) 01:12:12 ID:xQG7g5jE0
【9:02'12"99】


閃光が走り去り、モノクロームに染まっていた街は、忘れてしまった記憶を思い出したように色を取り戻す。
しかしそこは疾うに人の生きる世界ではなくなってしまっていた。
大地は遥か遠く見える船の砲身から、一直線に潰されたように大きく抉れ、地の層はその柄を露わにしていた。
子供が砂場に水を流して作った川のように、大地から10メートルほど
の深さの小さな峡谷が向こう側まで続いている。
2エリア分余りにその爪痕を残し……そしてそのまま軌道を上空に逸らして、晶霊砲は、黎明の頂を砕いていた。

十数キロ先で上がる土煙を背に、片膝を地につき、黒煙を上げる両手を震わせ……邪神がそこに居る。
肩で息をしながら、血反吐を吐きながら―――それでも、神は生きていた。



【9:0--------------0'00"59】



時は僅かに逆巻く。

リングシールドとアイスニードルの二重防壁をやすやすと突破し、
反射的に展開した低威力の闇の極光すら押し退け、王が放った雷鎚は神を穿たんと迫った。
耐える事も、弾く事も、防ぐ事すら出来なかった。
セネル=クーリッジのクライマックスモードは、避ける為の一瞬の隙すら奪ってしまったのだ。
肉迫する雷鎚。刹那、邪神は無意識に下級術を紡いでいた。
瞬きすら許されぬ圧縮された時の狭間で、何故そんな無駄な事をと問われれば、それは“なんとなく”なのだと、そう言うしかなかった。
本当にただなんとなく、邪神ネレイドは―――ほぼ無詠唱で下級水晶霊術を発動させた。
アクアエッジ。
インフェリア三大精霊のうち、最も気性が穏やかで扱い易いが故に、初心者晶霊術師がまず教わる、基本中の基本の水属性初級術。
だが成程確かにネレイドが紡ぐアクアエッジならば、ネイルシュトローム程度の威力はあるだろう。
ほぼ無詠唱でそれならば、避けられやすい術とは言え、対人ならば牽制にしては十分過ぎるくらいだ。
だがこの場合、相手は兵器。目前の弾丸にそれは糠に釘を打つより遥かに無意味な、あまりにもか弱過ぎる豆鉄砲だった。

解せぬ。

それ故ネレイドは真っ白になった頭の中で、先ずそう思った。何故自分がそんな行動を取ったのかが分からない。
アクアエッジは当然、成す術なく前方の弾丸に衝突すると同時に蒸発し、跡形も無い。
しかし結果的に、その下らない反射的行動が功を奏す事となる。

他属性の晶霊が結合することは、同属性、若しくは極光術以外では基本的に有り得ない。対属性ならば尚更だ。
無論フリンジにおいての複合晶霊術という例外もあるが、その場合でも基本的に術の属性は単一であり、
この事からもエターニアにおける晶霊の解釈が他世界とはやや異なる事が分かる。
晶霊には、活力というものが存在する。対応する属性を多用する事で、ケイジ内の大晶霊ないしは群晶霊が力を蓄えてゆく。その際のクレーメルパワーを活力と言う。
しかし、その活力も減少する場合がある。
一つ、大晶霊の具現結晶化、二つ、対属性の行使。
背反する対極の晶霊術は、非常に相性が悪い。互いに性質を避け合い、同時に存在はしない。
最も顕著なのが環境だろう。火山と氷山は絶対に同じ場所には存在しない道理と同じ様に、
対属性は無意識に――いや、或いはファキュラ説を真とするなら意識的に――避け合うのだ。
それが目前に迫る晶霊砲にどう関係があるのかと言えば、
この一撃の属性が、トレインケイジを利用したが故に純粋な雷であったという一点に尽きるだう。
発射からコンマ5秒。真面な人間ならばその刹那に弾丸の属性が何かなど到底理解出来るはずもないが、
ネレイドは無意識下且つ本能レベルで、それが雷属性であると理解していた。
それは勘と言い切るにはあまりに天文学的確率であり、ネレイドが手練である事のアドバンテージか、或いは天が神に味方をしたと説明するしかなく、
その全てを一つの理由に収束させるなら、ネレイドが“神”であるから、という漠然とした言葉で表現する他なかった。
かくして、ネレイドは水属性を濃縮した下級術を、雷属性の弾丸に放ったのだ。

そうして起きた結果は“晶霊砲の雷弾は僅かに左へ軌道をずらした”。
一秒を薄く引き伸ばした刹那、目測でははっきり分からないほどごく微少な変化ではあったが、
それが致命的な一撃を与える圏内から外れた事を、ネレイドは理解した。

62エンドロールは流れない -空穿つ暗銀の騎士- 4:2014/11/08(土) 01:15:54 ID:xQG7g5jE0
【9:00'00"81】



しかし理解するのと同時に、ネレイドは唸る猛追に体を焼かれるのを、皮膚の下の神経が脳に伝えるよりも遥かに疾く悟った。
僅かにずれた軌道は本来ネレイドの全身を喰らうはずだったが、左半身だけを撃ち抜く程度へ変わっており、
ネレイドの左目は、網膜は、その猛追が左腕の皮膚に到達する瞬間を捉えていた。
コンマ一秒待たず半身が撃ち抜かれる未来は見えていたが、ネレイドはその刹那、顔色一つ変えず、瞬き一つせず―――――――――“跳ねた“。

一言一句違わずそれは文字通りの表現だった。ネレイドの体躯は雷撃に撃ち抜かれるのとほぼ同時に、右側へ跳ねたのだ。
吹き飛んだシゼルの胸には、沈む光弾が四つ、いや、五つ。
ネレイドが神速で放った肉を穿つ魔弾が、ソウルショットが、自身の身体をずらすため、ゼロ距離でシゼルの肉を貫いた結果だった。
左半身を食い損ねた弾丸は、しかしソウルショットによる衝撃でネレイドが吹き飛び切る前に、その肉を穿つ。
左腕を焼き、左足を燃やし、脇腹を喰らう。到底軽いとは言い難いダメージを左に負ったものの、雷撃の被害を最小限に抑える事に成功したのだ。
砲撃から、ジャスト一秒。
闇の極光、リングシールド、アクアエッジ、ソウルショット。
5つの防壁を以って、邪神ネレイドが死の運命を変えた瞬間だった。



【9:0--------------4'15"02】



そして、逆巻いた時は元に戻る。
正確無慈悲にネレイドの五体を粉砕するはずだった一撃は、ネレイドを生かし遥か彼方へ突き抜けた。
塔を犠牲にし、館を砕き、閃光は海の向こう側へと駆け抜け、掻き消える。
砲撃から、135秒。
煤けた街を包む黄塵が晴れ、同時にシゼルと感覚を共有しているネレイドが、興奮から冷め激痛を思い出しもがき苦しみ出すには充分な時間だった。
時を同じくして、セネル=クーリッジは砂に痛む両目をこすり、ゆっくりと目を開いた。
―――眩しい。
セネルが開眼一番に思った事が、それだった。
太陽が、光が、殺したくなるほどに眩い。
蒼穹に浮かぶ白銀の太陽の周りには雲一つ無く、むせ返るくらいの光の驟雨が大地を打っていた。
恨むように眉間に皺を寄せ、大空から目を反らす。視界に入った大地は、どうしようもないくらいに死にきっていた。
煙は風に運ばれ、砂は流され、砕けた街が露わになっている。
かつて見せた賑やかな水の街の名残は一切残っておらず、そこにはただ徒らに虚無感だけが置き去りにされていた。
その土色の残骸の中心で――――――肩で息をしながら、邪神が片膝をついている。
瓦礫のソファに身体をあずけ、身体中から血を流しながら、セネル=クーリッジは一瞬驚いたように目を大きくし、それから小さく肩を揺らした。
くつくつと小さな笑い声が、しんと静まった街に響く。力の抜けた微笑だったが、やがてそれは少しずつ大きくなり、喘ぐ邪神の耳に届いた。
そして―――セネルは不意に口を閉じ、溜息を吐く。


「へえ、神の血も赤いのか」


片目を血で潰され、何処で打ったか青痣を顔面に幾つも付けて、息も絶え絶え―――それでもセネルは、唾を吐き捨てる様に呟いた。
瞬間、びくん、とネレイドの、シゼルの身体が小さく跳ねる。掠れた女の声が、乾いた空気を揺らした。

『ギ、さ、まァ……よくもォ……我は、神ィ、だぞォ……それを……ッ』

カカカ、と嗄れた声が辺りを包む。草臥れきった風貌だったが、腹の底からセネルは愉しそうに哄笑した。
目尻に涙を浮かべ、腹を捩り、足をバタつかせ、セネルは笑う。
痛みにのたうつ神を見るだけで、一泡吹かせてやっただけで、本当に可笑しかった。
だから、もう、いい。
セネルは肩を揺らしながら、そう思った。思ってしまった。もう十分だ、と。
これでもう、こんなおかしな世界ともおさらばだ。
無駄に生ききってしまったが、どうせ殺される運命である事に変わりはない。
あの閃光から生き残っても、その先に控えるのがこの化け物とあっては些か分が悪過ぎる。
“勝てない”。試すより前に、それを本能で理解してしまった。
優勝を目指すと決めた狂戦士にとって、それは心を折るには十分過ぎる理由だった。
殆ど確定した死の運命に抗うほどの気力と体力は、心の折れた今のセネルには微塵も無く、
一瞬でも目前の悪魔に屈してしまった精神は、到底次に迫る死の瞬間までの僅かな時間で立て直すことは出来ないだろう、という確信もあった。

(……なんだ。はは。そうか、そうだったのか)

63エンドロールは流れない -空穿つ暗銀の騎士- 5:2014/11/08(土) 01:18:16 ID:xQG7g5jE0

セネルは己の諦めと絶望を再認識し―――瞬間、表情だけで嗤う。
例え地の底まで堕ちても、戦士として相手の力量を計りかねるほど腐ってはいないつもりだった。
でも、だからって、こんなにも簡単に諦めたのは何故だろうか。
ふいに湧いた疑問の答えは、すぐに解った。
愛する人を生き返らせる事と、大切な妹を護る事。その二つよりも、自分にとっては“この化け物を倒せるかどうか”の方が大切だったのだ。
倒せないと分かった瞬間、自分は全てを諦めた。敵を一泡吹かせて、満足してしまった。
ステラを生き返らせるという結果も、シャーリィを守りこのゲームで優勝させるという目的も。全部、都合良く消してしまった。
自分にとってそれは所詮その程度のものだったのだ。
今まで拳を振ってきた理由は、たった一度勝てなかったくらいで砕けるような、そんな陳腐な代物だった。
それを悟った瞬間、セネルの全身からどっと力が抜ける。
一瞬でも愛する人という目的を忘れ、力量で劣るから無理だと諦めてしまった。
その結果が、これかよ。その本質が、これかよ。今更どうしてそれを解っちまうんだよ。何で気付いたんだ。
知らない方が、よっぽど幸せに逝けたのに。
嗚呼、本当に、ほんとうに――――――――――――――――――どこまで、滑稽。

『図に、乗るなよッ……餓鬼がッ! その脆い身体、微塵も残ると思わぬ事だ!!』

何処かから、叫び声が聞こえた。
泥色の思考の沼から意識を浮上させ、セネルはぼやけた視界の隅に映るそいつを見る。
膝を立て、揺れる身体をなんとか支えながら、邪神が牙を剥いていた。
思わず、温度の違いに溜息を吐く。血走った目がこちらを睨んでいる。恐怖はちっとも感じなかった。
生きたいと願わなければ、恐怖という感情は産まれない。至極当たり前で、単純な話。
セネル=クーリッジ。
愛を喪い戦う理由を落とした少年に、生への執着など、最早無かった。

「業火に焼かれ、苦しみながら灰塵に帰すがよい!!」

神の怒りの彼方を、曇った眼が恨むように睨んだ。焔の様に激しい気配が揺らめき、深紅の魔力が混沌と大気で渦を巻いていて。
きっとそれが自分を焼き殺すであろう致命的な一撃であると理解していたが、ただただセネルは光の消えた双眸で虚ろを見上げた。
口を半開きに、合わぬ焦点で、灰色の空を仰ぐ。
青い海が脳裏に過ぎた。息を飲むくらいに綺麗だった。どこまでも澄んで、終わりなんて、ずっと無い。
底も無く、濁りも無い。憎しみも、痛みも、あらそいも。
かなしみも、うらみもふくしゅうも、つみもばつも、なにもない。なにもかもが、きっとそこではゆるされる。
そんな海に沈むのを夢見るように、セネルは穢れた瞳をゆっくりと閉じる。

「フィアフル――――――」

あぁ、と。
セネルは死を前に、思考の淵で諦めたように嘲った。
漸くだ。漸く、全部終わる。やっと、くそったれな世界から消えられる。人間を、辞められる。
もう、疲れたんだ。生きる事にも復讐をする事にも、誰かを殺そうと、もがく事も。
こんな汚れた両手じゃ、ステラを抱いてやる事は、きっと出来ない。あの世で会う事すら、俺にとっては拷問だ。
そんな事、分かってたはずなのに。

自分の死を見る為に、静かに瞼を開く。その瞬間からだけは、目を逸らしてはいけないと思ったから。
しかし、これだけ絶望して死ぬ事を享受したというのに、現実とは本当に分からないものだ。
開けた世界、広がる景色。その中にあったのは、迫っていたのは、空でも闇でも、煉獄でもなく。



【9:05'---------------------------------------------------------------------------------------Xe-l Ne-l Fe-s---------------------------------------------------------------------------------------16"18】



――――――そう、それは夢に見たような、蒼い海。

64名無しさん:2014/11/08(土) 01:19:53 ID:xQG7g5jE0
投下終了です。

65名無しさん:2014/11/22(土) 15:03:17 ID:.aJ578Io0
投下します。

66エンドロールは流れない -胡蝶之夢-1:2014/11/22(土) 15:05:33 ID:.aJ578Io0


―――第1章 海は哭き、月は嗤う―――





【9:05'16″19】





そこは陸の上であり、また海の底だった。

一秒、瞬息、弾指、刹那。或いはそれよりも遥かに短く、神の第六感を以ってしても知覚できないほど、“突然”の出来事。
中空を並々と満たすその悪魔の海原は、何も無かった空間に突如として具現した。
幾重もの魔波がうず高く天まで積まれ数十メートルの壁となり、景色を手当たり次第に舐めている。
その様は正に圧巻、いや、最早異様という他なかった。

      何 だ 、 こ れ は ?

圧倒的な気配と世界の暗転に息を飲むと同時に、ネレイドは視線だけをぎょろりと上げて天を睨む。
蒼い、と。ネレイドは網膜に焼き付く景色に、先ずそれだけを思った。そして次に、海、という単語が思考の水面を揺らす。
目を疑うまでもない。紛れもなく、是非もなく、狂いもなく、寸分違わず相違無く、そこにあるのは海そのものだったのだから。
しかしそれは明らかに自然の摂理を無視した常軌を逸している現象であり、その状況を瞬時に咀嚼し嚥下する事は、
いかに非物質世界を統べるネレイドと言えど至難の技であった。
それ故ネレイドはその摩訶不思議な現象の理解に至るまで、僅かながら思考に空白を作らざるを得なかった。
指先が動揺に動き、艶めかしいドレスが僅か3.4ミリ右に靡いた瞬間だった。

大地には土、天には空、虚空に風、海原には海、森には草木、焔に熱、生物には命、星には重力、宇宙に星、日向に光、影に闇。
それらはセイファートがその神力で定義した、あるべき世界の正しい姿だった。
ところが現実問題、空に海が広がってしまっている。理が、まるで最初からそうであったかの様に捻じ曲がってしまっていた。
万物の摂理を無視した天より降りし海。これが人為的な事象である事は誰の目から見ても火を見るより明らかで、
そしてそれが自然現象ではない以上、魔術の類である事も重ねて明白であり、
更に一般的な魔術師が行使出来るレベルの範疇を軽く数倍は超えているであろう事実くらいは、
魔術や戦闘を僅かでも齧った事がある者であれば、誰しもが少し考えれば辿り着く事が出来る解だった。
それがただのタイダルウェイブやセイントバブルであれば、ネレイドとてここまで顕著な反応はしなかっただろうが、
なにせ相手はネレイドの虚ろを突く秘奥義相当の晶霊力。

とりわけ異様なのは、この術から感じる属性が“光”であるという一点に尽きた。
ネレイドの、もといエターニアの常識では水は微小の水晶霊が、それこそ気が遠くなるほど無数に結合して生まれる魔術的なものであり、
その塊でもある海は、当然の如く水属性である。
しかしシャーリィ=フェンネスの世界における海は水属性ではなく海属性であり、
また海属性は、光属性と等価であった。
それは彼女の世界において海こそが神そのものであり、崇められるに足る存在だったが故にである。
水は転じて海へ、更に転じて聖なる属性へ。そしてやがては神々を象徴する光へと昇華した。
人の想いと願いが、歴史と共に世界の理を造った典型的な例である。
しかしながらネレイドにとってそんな常識は埒外も同然であり、それ故に混乱せざるを得なかった。
水から感じる晶霊が光。そんな馬鹿な話があるものか。
得体の知れぬ現象。理解の範疇を超えた術。
クライマックスモード、クレーメルキャノン、そしてこの光の海。
たかが300秒たらずで己の身に降りかかる三度の秘奥義級の術技。
後に控えるは、セイファートの使者の極光。挙句、発動者がそれぞれ違うときた。
あまりに、偶然が過ぎる。ネレイドは思った。いかに神とは言え、動揺しないほうがおかしな話だ。

神を戦かせるか、人の子よ。

非物質世界の神であるネレイドは自らに降り注ぐ災厄を恨めしく睨み、けれども口元を歪ませた。
恐怖、否。憎悪、否。悲哀……否。愉悦。そう、ネレイドはこの状況を愉しんでいた。
認めよう、とネレイドは発動寸前のフィアフルフレアを詠唱待機へと移行する。
認めようぞ、人の子ども。貴公等の醜い足掻き、その強さ。限界、そして制限ある物質世界の分際で、天晴ぞ。

『ヒュ、ヒャは、ハハははカカカッ!―――――――――――――――好かろう。 来 る が よ い ッ ! !』

67エンドロールは流れない -胡蝶之夢-2:2014/11/22(土) 15:07:30 ID:.aJ578Io0
哄笑と同時に、ネレイドは構えをとった。シゼルの体もその動きにシンクロし、四肢の筋肉を強張らせ、
左足を後ろに引き、構えの姿勢を流れるような動きで取った。
それはフィアフルフレア程度ではこの術を相殺出来ない事をネレイドがこの瞬間に理解したからである。
海が天に召喚されてから、凡そここまで0.6秒フラット。
しかしそのたかだか半秒とコンマ一秒がセネル=クーリッジの死の運命を覆す。
それは間接的に、謀らずともシャーリィ=フェンネスの意思が兄の危機を救ったとも言えた。
一瞬の静寂ののち、大気が水圧に震え出す。びりびりと大地が怯えるように揺れた。
邪心すら慄く、魔海の天蓋。憎悪と愉悦と混乱が入り混じり、
誰しもが慌てふためくその混沌の渦中で――――――――――――――――――――




【9:05'17″00】




――――――――――――――――――――セネル=クーリッジだけが、冷静だった。

その光景を前にして、セネルはしかし眉一つ動かさず天を見ていた。
ネレイドの周囲の高濃度の火晶力が空間を捻った瞬間と、その海が現れたのは、ほぼ同刻。
砲撃から、317秒。突如として天を覆った荒れ狂う海が、街を、空を、大気を、その口で平らげんと覆い尽くした。
星を照らす太陽すらもがその姿を濁流の向こう側に消し、世界は瞬きするよりも早く、青黒い闇の淵。
ドーム状に弧を描いた海の塊が、陸を喰わんと脳天から落ちてくる。
セネルはそんな異様な光景を、しかし息を乱さず受け入れる事が出来た。

その理由はと問われれば、セネルが本能的にその原因を悟る事が出来たから、という他無い。
このエリアに居る人数はセネル陣営三、シゼル、殺し損ねた子供が二、その他不明が二の計八人である事は、先のレーダーから明らかだった。
不明の二人は不確定要素だったが、それ以外は割れていたし、
恐らくは剣士と弓兵であろうあの子供達の実力から、こんな大規模な攻撃術をしかけられるとは思わなかった。
ジルバにおいては水属性術は殆ど持っていないし、唯一のディバインセイバーもその性質の殆どが水とはかけ離れている。
そして何より、セネルは誰よりも長くシャーリィと共に過ごしてきた。
妹の魔力の“匂い”を嗅ぎ間違えるほど勘は鈍ってはいなかったし、目前に広がったこの異常な海は初見のうえ、明らかに妹のキャパシティを超えていたが、
それが妹がなにかしらの箍を外して放ったであろうものである事は、理解の為の回路を通らず半ば本能的に察する事が出来た。
微かに感じる滄我は、目を凝らせば妹の聖爪術の象徴でもある翡翠色の光を放っており、
またそこから感じる本質は明らかに“静”ではなく“猛”であった。
それは辛くもかつてのメルネスとして覚醒した妹のそれと酷似しており、
即ち、その海が強い敵への怒気と深い現実への絶望を孕んでいる事実を示唆していた。
“大切な妹が、そこまで追い詰められる何かがあった”。
目の前に広がるものはそう想定するには充分な根拠を持った光景で、
また、その予想はセネルの中で諦めかけて燻った何かを再熱させるには、十分に足る理由となった。

――――――死に尽くしたはずの心に、堕ちたはずの英雄に、僅かではあるが火が焚きつけられた瞬間だった。





【9:05'17″56】

68エンドロールは流れない -胡蝶之夢-3:2014/11/22(土) 15:08:47 ID:.aJ578Io0
サニイタウン。
崩壊したその町に追い打ちをかけるようにして現れた海に対して最も反応が遅れたのが、
かつてのインフェリア王国元老騎士であり、手練の筈のレイシス=フォーマルハウト当人であった。
実際のところ彼の剣の腕は、霊峰ファロースでリッド=ハーシェルとその仲間達を前にして遅れを取らぬほどであり、
現在彼の持つ武器がデッキブラシである事を考慮しなければ、単体近接戦闘能力においてこの町の八人の中で最も高く、
また“海”の発動者であるシャーリィ=フェンネスを除けば、本来なら真っ先に異変に気付くであろう人間であった。

にも関わらずそれが何故“海”の発動から今に至るまで全く気付けなかったかと言えば、
彼の眼中に“ネレイドを殺す”という目的しか無かったから、と説明するしかないだろう。
その執心さは、天を海が覆う直前の静寂に気付かず、発動の瞬間の轟音すら耳に届かぬ程であり、
その血走った双眸は、目前のただ一点に穴を開けんと睨み続けていた。
妄執とも言うべきその意識は並々ならぬ殺意の波動となってぎらりと光る視線に乗っていたが、
しかし幸運にもシャーリィ=フェンネスの底知れぬ現実への憎悪と絶望によって、この町に上手く溶け込んでいた。
そうでなければネレイドに勘付かれ、ここまで迫る三秒前には、
遠距離からフィアフルフレアかナッシングナイトを撃たれて灰か氷漬けになり終わっていた事だろう。

しかし今のレイシスには、その可能性すらもが遙か埒外だった。
犠牲を出さないためにネレイドを討つ筈が、犠牲を出しても討てなかった。
その事実はレイシスの精神を崖の縁まで追い詰め、文字通り周りを見えなくするには充分だったのだ。
故に本当に、彼が今生きているのは“運が良かった”と言わざるを得ない状況だった。
更にレイシスの視線の先には既にネレイドが見えており、その事実も併せてレイシスの“海”への注意力を散漫させてしまっていた。
直線距離にして約150m。レイシスの鍛え上げられた体力と脚力ならば、5秒弱で切っ先が喉を掻き斬る距離である。
その疾さはまさに、電光石火、疾風迅雷。
げに恐ろしきは、レイシスの奇妙な冷静さであった。
ここまで精神を乱しながら、けれども本人は距離と秒数、その両方の数値を正確に把握していたのだ。

しかしながらそれは何も意外という訳でもなかった。
何故ならば今のレイシスは、ネレイドを殺す事意外に何も見えておらず――――――逆に言えばそれは“かつてない程に神経が研ぎ澄まされていた”からである。
無論ここで言う研ぎ澄まされた神経とは、殺すことに特化した第六感であり、
それは偶然ではなく、人間の奥底に潜む獣としての生存本能に近いものだった。
他の意識をシャットアウトし、それらに回していた意識とメモリを殺す事だけに集中する事で、
レイシスは火事場の馬鹿力にも近い集中力、攻撃力、判断力の結晶を手に入れていた。

しかしその代償ら計り知れず、現に視野はレイシスが自分でも驚くくらいに狭く、ネレイドとその周囲50cm以外はブラックアウトしており、
匂いは何も感じず、音は自分の荒い呼吸と心音だけが、まるで水の中に居る時の様に鈍く反響していた。
触覚は、右手だけが異様に敏感で、僅かな旋風が当たる感覚さえ、火に炙られる様だった。
右手は獲物を動かし最短で敵を殺す道を最初から知っていたかの様に、
網膜の裏側に何百回とそのイメージをフラッシュバックさせた。
それは僅か半秒の事であったかもしれないし、数分もの間だったのかもしれない。
しかしそれは、ネレイドの息の根を止める上でさして重要ではなかった。
何れにせよ確かなのは、レイシスにとって今の惚けているネレイドを討つ事は赤子の手を捻るより遥かに容易いという事であり、
イメージでは喉を斬るまでの一連の動作を一度も失敗をしていないという事実だった。
無論、ネレイドが何故こちらに気付かず空を見上げているのか、といった疑問がレイシスに無かったわけではないのだが、
それを考えるよりも遥かに早く、レイシスは足で大地を蹴り上げ、敵までの残りの歩数と、
そこから導かれる合理的な体の動き方、それに至るまでの最短のプロセスを脳内で弾いていた。
その五臓六腑百骸九竅をネレイドを殺す事のみに特化した精密無慈悲な生体プログラムとしたレイシスに、
その程度の疑問など昨日の晩飯を思い出すよりも遥かに些細な問題であり、
そしてそれ故に、レイシスは天に浮かぶ海に全くもって気付く事が出来なかったのだ。

喉の皮膚を穿つまで、5秒フラット。
確信と同時に、レイシスは武器の柄を握る右手に力を込める。動き方は、シミュレートの通り。
いかに獲物がデッキブラシと言えども、極光でコーティングすれば剣にも劣らぬ威力だった。

69エンドロールは流れない -胡蝶之夢-4:2014/11/22(土) 15:10:03 ID:.aJ578Io0
閑話休題。レイシス=フォーマルハウトに晶霊術の才は無い。

クレーメルケイジはレイシスを嫌うかの様にまるで反応をせず、晶霊達は終ぞその力を貸すことは無かった。
尤も、レイシス自身晶霊術士になりたいと言うわけではなかったため、その才の無さは別段困る話でもなかったのだが。
しかしながらその対価か、レイシスは生まれながらにして魔的な剣術を扱う事が出来た。
剣は雷を帯び、風は切っ先に集い、またある時は光を歪め残像を見せ、爆発を起こした。
大多数の王都インフェリア民は、クレーメルケイジ無しで属性を操るその技術を異端と蔑み悪魔の子と囃したが、
何事にも誠実なレイシスのその姿勢から、やがてその噂は表面上ではなりを潜めた。
尤もその裏では国王が平民の娘に手を出して生まれた彼を汚らわしく思い、
また若輩の分際で、国王が惚れた女の息子故に特別扱いされる事をやっかむ者共が居た事も、勿論レイシスは知っていた。
しかし、レイシスは賢しい子供であった。
母を不幸にし、死へと追い込んだグルノーレ2世への恨みを滅し、
人前では極力その力を封じ、他人には本性と能力を見せないよう努めた。
そう――――――リッド=ハーシェルに、出会うまでは。

バロールにてリッド=ハーシェルに出会い、その剣術を目の当たりにして、レイシスは我が目を疑った。
片田舎に住むリッドは、周囲と本人の知識の浅さ故に、それこそその力を異端と思ってはいなかったが、
王都に住まうレイシスにとって、リッドは産まれてから今に至るまでの人生で初めて出会う“対極の世界の同類”であった。
リッドが扱う剣術もまた、魔的とも言うべき属性を付与された――雷神剣、風雷神剣を始めとする――ものであった。
そしてその技能の正体が、他ならぬフィブリル、もとい真の極光術であった事を、レイシスはセレスティアに渡り知る事になる。
本来人間はクレーメルケイジを介してのみ術を行使出来る。
しかし極光術のみがその例外であり、媒介を必要とせず体内でフリンジする事により、晶霊力を引き出す事が出来た。

その極光の力を使い、レイシスはこの瞬間、デッキブラシに光属性をコーティングした。
それは彼独自の最終奥義・爪竜残光剣を発動する為であり、レイシスは走りながらも姿勢をより低く、抜剣の姿勢へと構えを移行する。
その流れの滑らかさは最早達人の域のそれであり、ネレイドを討つという言葉が現実になるのだ、という説得力すらあった。

ただ、この時のレイシスに油断があったとするならば、
それはネレイドが防御姿勢を取り、得体の知れぬ魔障壁――正体はリングシールドであったがレイシスはその存在を知らなかった――を、
展開した事に些かの疑問も抱かなかった一点と、
最も奇襲に対してクリティカルダメージを受けやすい、技の発動前の姿勢で走っていたという一点であろう。
二点ともネレイドを討てるという過信と驕りが招いた油断であり、そしてこの死の島は、それを見逃す程都合が良くもなかった。
故に不幸にも、この油断が彼にとって致命的なミステイクへのトリガーとなってしまう。

距離にして100。時間にして3秒弱。
圧倒的速度で迫る騎士、否、鬼神の身体を、

「爪、りゅ―――――――――」

シャーリィ=フェンネスの憎悪が、その残滓が、希望を砕く様に横薙ぎにした。

70エンドロールは流れない -胡蝶之夢-5:2014/11/22(土) 15:13:33 ID:.aJ578Io0
【9:05'19″10】




空を、見ていた。

轟音の中で、セネル=クーリッジは、ただただ空を仰いでいた。

心に火は灯ったとしても、それだけで敵が倒せるのかと問われれば、それは論じるまでもなく否である。
勇気と無謀が異なる事くらいはセネルは重々承知していたし、
この場合その二択の無謀にカテゴライズされるであろう事は、自身の経験が“やってみなくとも分かる事である”と示していた。
ただそれでも動く理由があるとすれば、それは理屈を超えた“何か”であり、
この瞬間のセネルにはその非合理的な“何か”など微塵も無かったが、コンマ3秒後にその虚ろな目に蒼い光が写り込んだことで、
図らずともその“何か”を持つ事となる。
闇の極光、真の極光。違いが目を見開き、海を認識している中で、ただ1人。
ただ1人、セネル=クーリッジだけが、壊れたように中空を見ていた。
海を目前に立ち尽くす彼の目の前に現れたそれは―――――――――そう、青く輝く、一匹の蝶。

「……シャー……リィ……?」

ぼそりと妹の名前を呟いて、手を伸ばす。脚を動かす何かを求める様に、拳を振るう何かを探す様に。
そうして触れたその蒼は、その意思に応える様に、或いは知っていたかの様に、ぐるりと体を“何か”に変える。

その内容に、少年の目の色が変わった。





【9:05'19″20】



(な……ッ!?)

まさにそれは、虚を突く一撃。
胴体を横から殴り、足を取り骨を軋ませ、内蔵を揺らす、一撃。
刹那すら永い圧縮された時間の中で、レイシスの視界はがくんと“左に回転した”。
喋る暇も疑問も許さない。思考の処理が間に合わぬまま、レイシスは揺れる焦点で数千の線となり回転する世界を追う。
少し遅れて、体に衝撃が走った。スプーンで内蔵をかき混ぜられる様な激痛を自覚する頃には身体の自由は最早無く、
口の中は砂利と血の匂いが混ざった泥水で満たされていた。

砲撃から、319秒。荒れ狂う濁流が何もかもを飲み込み、世界が海色になった瞬間だった。
蒼穹の水楼、猛りの滄我。街を飲み込む海のドームは、しかしジルバ=マディガンのみに狙いを定めて軌道を変え、
まるで渦に吸い込まれる様に、或いは磁石の如く引き合う様に一気に落下した。
これが水でなく、氷や炎、或いは雷ならば、街にここまでの被害は出なかっただろう。
しかし辛くもシャーリィ=フェンネスの秘奥義は破壊に特化した海であり、ジルバを食らっただけではその波は、怒りは終わらなかった。
ジルバの五体を顎で砕き、その身を深紅に染め上げた悪魔の津波は、そのまま彼女等を中心に街へと拡散してゆく。
骨肉を血液一滴残らず皿まで食らい、泥と瓦礫を巻き込んだ死の波が、まだ足りぬ―――全てを飲ませろと、大地を駆け抜けたのだ。
神も騎士も鬼も、その速度と威力を前にしては成す術を持たず、皆が等しく無力。
秒速5.5メートル。高さ80センチメートル。凄まじい勢いで迫る濁流の弾丸に身体を撃たれ、レイシスは泥の波間に溺れてゆく。
半秒にすら満たぬ、一瞬の出来事であった。



【9:05'20″01】

71エンドロールは流れない -胡蝶之夢-6:2014/11/22(土) 15:14:43 ID:.aJ578Io0
【同刻、ネレイドの見る景色は――――――紅蓮に燃えていた。

その正体は海ではなく果たして炎であり、その発生源は他ならぬネレイド当人であった。
天に出現した海を認めた瞬間、ネレイドが最も最初に考えた事は、“防御”ではなく“破壊”であった。
正常な思考ならば不定であり広大な海を“壊す”などと思う事はあり得ないが、ネレイドは奇しくも“破壊神”であった。
コンマ2秒で1000ミリ。猛スピードで迫る波を前に悩んでいる暇など微塵も無く、
脳に破壊という二文字を浮かべたコンマ1秒後には、リングシールドを展開させると同時に詠唱を始めていた。
晶霊術は先程詠唱を中断したフィアフルフレアであり、水の塊に対して火属性であるそれの相性は御世辞にも良いとは言えなかった。
それでもネレイドがその術を選んだ理由は、大きく分けて三つあった。

一つ、どれだけ一瞬であろうが無駄に出来ない危機的状況において最も重要なのが対処速度であり、
いかにこの島で詠唱速度随一のネレイドとは言え、その速度と比例した強力な術は碌になかった事。
ネレイドは下級術の連発と、中級以上は手数による足止めを狙った術を主に放ち、
近接では晶霊弾、また中距離からはフィアフルフレアやプルート、シューティングスター、ナッシングナイトで相手を遠距離に押し込み、
十分な距離があればアブソリュート、ホーリーランスなど強力な術を放つという、
言わば、中距離から遠距離にかけて相手を近付けない事に特化した戦法を主軸にしている。
その中でも最も速く強い術を求められたが、下級術では太刀打ち出来ないし、上級では時間が掛かり過ぎて話にならない。
しかしながら、幸運にも詠唱を“破棄”でなく“中断待機”していたフィアフルフレアならば、最短で発動でき、
なおかつ下級よりも遥かに高威力であった。
水に対して火とうい最悪の選択ではあったが、故にネレイドは海への対処にフィアフルフレアを選択した。

二つ、街を襲う海が“本体”ではなく“余波”であった事。
シャーリィ=フェンネスの放った怒りの滄我<ゼルネルフェス>は、あくまでも濁流で獲物を押しつぶすまでの術で、
それ以降は術者の命令外であり、操作対象外だった。即ち、今現在街を襲う海は、行き場を失った海の“物理現象”なのである。
ライオットホーンによる地割れ、フレイムランスで燃え移った炎、インブレイスエンドで凍った水溜まり。
規模こそ違えどそれと同等であり、故に魔術対処には極めて弱かった。
世界は変われどそのルールはほぼ同じであり、より顕著なのが、ヴェイグ=リュングベルの世界のフォルスである。
何れにせよ魔術には物理ではなく魔術にて対抗するのは常識であり、故に物理に対しては魔術は有用であった。
これは彼らの世界にて純粋な銃火器が殆ど発達しない理由でもある。
物理属性の銃火器は牽制や不意打ち程度のレベルでしか意味が無く、その開発コストと成果が伴わない。
尤もそれがすべての世界での共通認識であるかどうかをネレイドは知る由もなかったが、しかし博打に出る事となる。
その質量と速度故に物理的な威力こそあれど、その波が既に術者から手放され晶力を帯びていないならば、
属性相性のリスクはぐんと減少するのは確かであったし、ネレイドは自分の勘と実力を信頼していた。
故に、フィアフルフレアでも十分対処可能な範囲内であると踏み、そしてその考えは結果として的の中心を射抜く事となる。

三つ、その海の元々の属性が“水”ではなく“光”であった事。
もし、術者の手元を離れたこの波の正体が、光の塊であればどうなるか?
そう、それならば勿論火との相性が悪いとは限らない。あくまでも水と火の相性が良くない事はネレイドの常識であり、
異世界の住民が入り混じるこの島では、現実として海から光を感じる常識外の晶霊術が存在している。
その時点で自身の常識が通用しない可能性がある事をネレイドは理解していた。

『フィアフルッ、フレアァァァァァァァァァッッ!!!』

海の出現から、僅か4秒。
以上三点の見解を以って、ネレイドは海を滅するべく術を紡いだ。
しかし、ネレイドはこの瞬間、気付かない。気付けない。気に掛ける必要すら、感じていない。
ネレイドの6m前方、炎の初弾が水の弾幕の戦闘へ着水し、その飛沫が跳ねた瞬間、そのネレイドの5m後方で。

――――――――――――セネル=クーリッジが、血塗れた拳を光らせ立ち上がっていた事を。






【9:05'20″95】

72エンドロールは流れない -胡蝶之夢-7:2014/11/22(土) 15:16:32 ID:.aJ578Io0
予想すらしなかった出来事に対処する事は、如何に手練であろうと難しい。それが元老騎士の称号を持つ者であっても、例外ではなかった。
それでも時間にして僅か2秒でレイシスが濁流から脱出できたのは、偶然という表現で済ませる他なかった。
流されること、距離にして28ランゲ。精神統一をし、一瞬すら数十秒に感じていたレイシスにとって、
その距離と時間は永久にも等しく、その集中を欠くには十分であった。
その二つの数値を最小限で抑えることに成功したのは、“偶然”残っていた家の外壁に“偶然”レイシスが引っかかり、
“偶然”その外壁が波の水圧に耐え、“偶然”レイシスが五体満足であったからである。
それらの偶然が果たして本当に偶然であったのか、セイファートがレイシスに与えたチャンスであったのか、
或いは定められた惑星の記憶であったのかは定かではなかったが、何れにせよレイシスにとって、それは天に感謝すべき偶然であった。
本来はこのまま町の端まで流され、全身を砕かれているであろう未来からすれば、幸運どころではない話である。

レイシスは僅かに残された家屋の煉瓦外壁に体を殴打した瞬間に、まず無意識に近くにあった鉄柱を掴んだ。
それが基礎から生えていた躯体であったこともまた幸運であった。
何が起きたのかはさっぱりであったが、このままこの流れに流されては拙いということだけは、レイシスにも理解できた。
必死に濁流に流されぬよう体を瓦礫に預け、レイシスは中腰のまま目を開ける。気を抜けば流されてしまいそうな流れと暴風の中、
そこで初めて、レイシスは世界を見た。

そこにあったのは、声を失うような地獄絵図。

崩れる家屋、流れる木々、泥の波に飲まれる大地。降りしきる炎の雨、荒ぶ旋風、上がる土煙。
思わず閉口して思考を止めざるを得ないレイスの視線が、状況を理解するために景色を舐めるのは当然であり、
故にネレイドを再発見するまで時間さして掛からなかった。

この瞬間のレイスに誤算があったとすれば、それはネレイドを発見した時点で周囲の状況を確認することを辞め、
第三者の介入の可能性を捨て去り、警戒を怠った事である。
もしここでネレイドの背後数メートルの位置で立ち尽くすセネル=クーリッジを発見出来ていたならば、
レイシスの取るべき選択は変化していただろうが、現実としてレイシスはセネルを発見できず、再びその憎悪を剥き出しにする事となった。

――――――――――――――――奇妙な蒼い蝶がレイシスの目前を横切ったのは、それとほぼ同刻である。





【9:05'22″98】

73エンドロールは流れない -胡蝶之夢-8:2014/11/22(土) 15:17:19 ID:.aJ578Io0
前述したように、結果としてネレイドがフィアフルフレアを選択したのは正解であった。
これが例えばエクスプロードやインディグネイション、アブソリュート等の一撃単位の属性晶霊術であれば、
その瞬間は波をしのげても、直に体は波に飲まれるが、フィアフルフレアは時間にして約3.2秒もの間、炎弾で相手を拘束する。
それはプルートやブライティストゲート、エタニティスォーム等と比較して決して長時間とは言えなかったが、
少なくともこの状況においてその3秒は金銀財宝よりも価値がある時間であり、ネレイドにとっては十分であった。
数百度の熱の驟雨と水の弾幕が混ざり合い、水蒸気が辺りに立ち込めてゆく。
炎の雨は波を瞬く間に次々と蒸発させ、ネレイドの前方3メートルから後方に濁流を寄せ付けなかった。
それでもやがては波に押され直撃は免れないことを、ネレイドは理解していた。たかだか3秒の弾幕で凌げる量など、たかだか底が知れている。
しかしながらその頃には波の勢いは幾分収まるであろうこともネレイドは知っていたし、
そうなればリングシールドだけでも十分対処しきれるであろうと踏んでいた。

レイシスと同じようにこの時ネレイドに油断があったとすれば、それは海に意識が向いていたことでレイシスを完全に意識の外へ置いていた事と、
セネルをただの死に損ないの雑魚としてしか見ていなかった事、そしてリングシールドが前方を半円状に護る魔術防壁武装であり、
背後もを護る360度カバー出来る様な高尚な代物では無かった事、最後に、ネレイドがフィアフルフレアにて波を抑えていた事により、
その背後のセネル=クーリッジが全く波の被害を受けることが無かったという四点である。

フィアフルフレアの効果時間が終了し、相殺しきれなかった濁流達がリングシールドの表面に達するコンマ1秒前、
ネレイドの視界に、上から蒼い光がちらりと映る。

……光?

疑問に思うと同時に眼球を動かして、空を仰ぐ。
水圧を腕に感じると同時に、蒼く光る数十匹の蝶が、何かから逃げるように、或いは探すようにぱたぱたと虚空を泳いでいた。
それは余りに、今の状況とはそぐわぬ現象。次から次へと訪れる意味不明な現象の連続に、
ネレイドはその瞬間呆気に取られた事を否定できるはずもなく、
その隙こそが第五の油断となった事を、ネレイドはコンマ3秒後に知る事となる。

「魔神拳、」

蝶に気を取られ、更に声が直ぐ背後で聞こえた事で、二重にネレイドは対処速度を遅らせる事となる。
何故、と、拙い、がネレイドの脳裏で交互に浮かび、振り返ろうとする瞬間、視界の隅で既にセネル=クーリッジは拳を振り抜いており、
ネレイドはその血走った焦点の合わぬ目で、己の体が強化された拳で貫かれる瞬間を、網膜に焼き付けた。
不運にも、或いは幸運にも、この時ネレイドが背後を振り向いたことによって、図らずともレイシス=フォーマルハウトがその視界に映り込む。
極光術使い二人の視線が衝撃波越しに交差し、それはヒルアングラー族をも上空へと打ち上げる渾身の一撃が、無防備な神の背へと放たれた瞬間だった。


「……竜牙」




【9:05'25″79】

74エンドロールは流れない -胡蝶之夢-9:2014/11/22(土) 15:18:46 ID:.aJ578Io0
血を吐きながら打ち上がる神、拳を振り抜く銀の騎士、暗殺に失敗した金の騎士。
東の空に蝶の波、死んだ大地に泥の波。吹き荒れる疾風、終わらない絶望、流れないエンドロール。
西には王女、煌髪の姫、剣士と弓兵。

三日月を討ち、幕を下ろすはずだった戦を世界が嗤う。まだだ、まだ終わらせない、と煉獄に堕ちた月が口を歪めた。


【9:05'25″80】



島の最果ての地にて。血肉を争う混戦が――――――――――――――――再び、幕を上げた。

75エンドロールは流れない -胡蝶之夢-:2014/11/22(土) 15:20:22 ID:.aJ578Io0
これにて、投下終了です。

76名無しさん:2015/02/07(土) 22:24:53 ID:PqWi6qMk0


77エンドロールは流れない -フリーズキールはキブシの花弁-:2015/02/07(土) 22:26:32 ID:PqWi6qMk0
あ、投下します。

78エンドロールは流れない -フリーズキールはキブシの花弁-:2015/02/07(土) 22:35:29 ID:G2P.Bfi20
―――第2章 自由軍シルエシカ―――



岩山を超えるのは大層骨が折れた。

というのも、自慢ではないが、私は元々体力がある方ではない。
アルヴァニスタでたまたま第300回記念レースに参加した時だって、本当に偶然一位でゴールしただけに過ぎないし、
剰え司会者からは中年扱い、挙句の果てに翌々日に遅れて筋肉痛ときた。骨折り損のくたびれ儲けとは、まさにこの事だ。
孰れにせよ、私には凡そ“筋”や“力”と名の付くものに関してはとんと縁がない。
例外があるとすればそれは“学力”と“記憶力”くらいのものだった。

いや、何が言いたいかというと、そんな私にその“筋”と“力”を体現したかの様な男と共に、
同じペースで岩山を超える事など、どだい出来るはずがなかった、という事なのだ。
一体何処の誰が、三十手前にもなってこの霊峰ファロースの楽しい楽しい下山マラソンに参加するなどと言うものか。

「はぁ、はぁ……ちょ、はあっ、ちょっと……。
 ……ひぃ、ちょっと、まっ、ぜぇ……待っ、っゲホッ! がっ、はぁ、はぁ! んくっ……待っ、てっ……く、くれっ……お、おいっ」

ただでさえ大柄な男が無尽蔵な体力に身を任せて急げば、それは私でなくともこうなって当然だ。やっとの事で言の葉を捻り出しながら、私はそう思った。
どかり、と意識とは無関係に腰が砕ける様に落ちる。情けなくも膝が笑い、べったりと身体を濡らす汗は服を少し絞れば滝のように溢れそうだった。

「おうおぅなんだぁ? お前それでもアレかぁ? 情けねぇなぁオイ」

腰に手を当て、私より十数歩先に進んでいた彼はこちらを振り返る。困ったような笑顔のまま、やれやれと肩を竦めてみせた。私は突っ込む気力すら半ば失っていたが、悲鳴をあげる体に鞭を打って口を開く。

「う、げほっ、うるさ、い……走る、だなんて、聞いてッ、な……ぜぇぜぇ……それに……はぁ、はぁ……わ、私はっ、生憎……げほっ……だ……誰かみたいにっ……。
 ほ、骨までっ、ぜえ、ぜぇ……筋肉なわけじゃ、ない……からなっ……はぁ、はぁ……」

苦し紛れの皮肉を理解したのかしていないのか、彼はがはは、と笑った。雲を裂くような豪快な哄笑だった。

「おぅおうおめぇ、アレよアレ! 肉を食え肉を!
 肉食っときゃお前……アレよ……俺様みてぇな、アレになるからよォ!」

尻餅をついて天を仰ぐ私の元へ駆け寄り、彼は私の頭を帽子ごとがしがしと乱暴に撫でる。私は帽子を取り、やれやれと汗を拭いながら溜息を吐いた。

「む、無茶を言えっ……私だって、並の人間より、は、鍛えているっ、つもりっ……なん、だぞ……。それより、ちょっ……じ、十五分でいいから、なぁ……とりあえずっ……」

私は大の字になって岩肌に横たわる。身体が酸素と水と充分な休息を求めていた。風は涼しく、火照った肌に心地良かった。

「おうおう、仕方ねェなぁ」彼の呆れた声が聞こえる。「まぁそろそろアレにするか」

私は息を整え、ゆっくりと上体を起こす。岩影に向かって荷物を置き、何処かへ歩き始めていた彼の背が見えた。

「何処へ?」
私は訊く。
「おう、ションベンだ」彼は含み笑いをしながらこちらに頭をもたげ、肩を竦めて答えた。「一緒に来るか?」
「やめておくよ」私は少し考えたが、首を振って言った。「男としての自信すらなくしてしまいそうだ」

79エンドロールは流れない -フリーズキールはキブシの花弁- 2:2015/02/07(土) 22:38:34 ID:G2P.Bfi20
私は唇を歪める。ジョークでも言わないと、また無駄な事を考えてしまいそうだった。
がはは、と彼は下品な笑い声を吐き出すと、踵を返し手をひらひらとさせながら岩陰に消えていった。

ふう、と溜息を零す。
私が吐いた息は山の空気に晒され、白く染まりもやもやと不穏に漂ったが、やがて空中で掻き消えていった。
肌に張り付いた髪を掻き上げ、額の汗を拭う。汗ばんだ身体は早くも山の風に冷やされ、全身の体温をひんやりと半濡れの衣服が奪った。ぶるり、と思わず体が震える。
あっという間にかじかんでしまった指を太腿の隙間で温めながら、私は空を見上げる。
晴れていた。不気味なくらいの快晴だった。
トールから見た海の天蓋の様に碧く澄んだ空は、しかしその三分の一が欠けている。
永年の風化でくり抜かれた岩壁が、まるで大波がそのまま化石になってしまったような見事なアーチを作っていて、その先端が空を隠してしまっていたのだ。
岩肌に触れると、経年劣化したペンキの様に、ぼろぼろと石が剥がれた。私はふと反対方向の景色を、南を見る。ちょうど私の左手の方向だった。
そこは、絶壁だった。2メートルほど先からは地面が無く、落ちれば命どころか肉片すら残らないような断崖だった。
落ちる時の滞空時間の長さを考えただけで酷い目眩がしそうだ。
私は重い腰を上げ、その崖に腰掛ける。高い所は別に苦手ではないのだ。
中空にぶらぶらと浮かぶ足で空を蹴りながら崖の側面を叩くと、剥がれた石がからからと音を立てて遥か崖下へと消えていった。
ふと耳を澄ませる。しん、と無音が辺りを飲んでいる。
私は遠く広がる景色を、ぼんやりと眺めた。下の景色は地図では砂漠のはずだが、何やら雪原の様な白銀一色に見えた。
そこから天を貫くように伸びた巨塔は中腹でばきりと折れてしまっている。……我々の館を襲った隕石の元凶だ。
遥か向こうに広がる南の港街、恐らく塔を砕いた魔術が居るであろうそこからはもくもくと煙が上がっており、森のそばにある西の城はよく見えないが殆ど壊れてしまっているようだった。
森の中心には、大樹があった。遠目での判断だがどうやら無事のようで、私はほっと胸を撫で下ろした。

「……運が良かっただけなんだな、本当に」

私は何の気なしに呟いた。その一言で済ませてしまうにはあまりにも壮絶な2日間だったが、本当にそうなのだ。それ以外に形容しようがない。
私は、運が良かった。
港街ではきっとまだ誰かが闘っているのだろうし、城は壊れるほどの何かがあって、砂漠が雪原に変わるほどの事があり、塔が砕けるほどの砲撃さえあった。
無力な私が居たところで誰も助けられなかったのかもしれないが、それでも後悔ばかりが私の胸を締め付け、離さなかった。
やれやれと溜息を吐いて、地面に視線を落とす。枯れ草がかさかさと寂しげに岩肌から顔を出していた。
中空で遊んでいた足を上げ、私はごつごつとした岩肌の上で胡座をかく。ついでに片肘をついた。指の隙間から、白い息が溢れる。
……休憩がてら少しだけ、このゲームの脱出条件を考えた。
クレス亡き今、エターナルソードでの脱出は不可能かもしれないと思ったが、よくよく考えればオリジンと契約したのは他でもない、私だ。
アーリィで私はエターナルソードを使って過去を見た。実際、クレスが居なくとも私にエターナルソードを扱うことは出来るのだ。
私が主神とすれば、言わばクレスは陪神のようなもの。
すると此処にダイヤモンドとエターナルソードがあるかどうかは別として、残るは多重契約の問題だけとなる。
英雄ミトス物語、世界再生伝説、古代大戦の書。モリスン邸にて読み、持ち出した情報諸々含め、このゲームに参加するミトス=ユグドラシルが英雄ミトスである事はまず間違いないだろう。

80エンドロールは流れない -フリーズキールはキブシの花弁- 3:2015/02/07(土) 22:43:15 ID:G2P.Bfi20
そしてルイン復興物語にある、世界統合を果たしたロイド=アーヴィング。世界を分け、世界を一つに。この二人のした事は私の知る中ではエターナルソードを利用する以外に考えられない。
彼らの世界が我々より遥か過去ならば尚更だ。となれば最も未来の契約者である私が優先されるのが必然ではあるが、
我々の世界と彼らの世界が直線上ではなく平行線上の関係であるならば、私がロイドやミトスの世界軸の未来でオリジンと契約をしているとは限らないので、
話はまた少し変わってくるだろうし、何より同じ世界に三人契約者が同時に居る事は明らかなイレギュラーで、如何に私が最も未来の契約者と言えど少々勝手が異なるかもしれない。
誰もが契約は破棄していないと言い張るならば、精霊王とて私に肩入れする事は難しいだろう。そうなればむしろ一番過去の契約者であるミトスが優先される可能性だってあるのだ。
三人が口を揃えて契約破棄していないと言うならば、最も過去の人間の契約が優先されるのも、また道理であるからだ。
そしてそのミトスは、恐らく敵。ミトスとロイドが呼ばれた時間軸にもよるが、なかなかどうして一筋縄ではいかなさそうだ。
挙句、この世界は精霊を拒絶している。そもそも言葉だけの一方的な破棄宣言が、存在出来ないであろうオリジンに対して伝わるかすら定かではない。
断絶された世界で三人がどう考えようが、それを窺い知れぬオリジンにとっては、多重契約そのもの以上でも以下でもないのだ。
となれば予想される確実な答えは、一つしかない。
英雄ミトス、英雄ロイド、そしてしがない召喚術士の私。三人のうち誰か一人になればよい。そうすればカラスのパラドックスに嵌る事はないのだ。
―――いや、綺麗事はよそう。端的に、冷酷に、断言しよう。
即ち、それは。

.....
二人殺せば、時空剣は応える。


その意味を考えれば考えるほど、何かがざわざわと心の中で蠢いてゆく。黒い何かの大群が、頭の中で揺らいでいる。
もし、仮に。仮にその三人が全員対主催のいい奴等だったとして。仮に神の奇跡による脱出が不可能で、時空剣に頼るしかなかったとして。私は。

私は――――――過去の英雄である2人を、彼等の未来を、殺せるだろうか?

嗚呼。ならばサイグローグは、私にそれを選択させる為に私を利用しているのか。常識的に考えて一番力がなく、意思が弱く、反骨的で、残酷な考えが出来る弱い人間を。
私に彼等を卑怯な手で陥し入れるそのさまを、悩み苦しみ堕ちる様子を見ようとしているとでもいうのか。

81エンドロールは流れない -フリーズキールはキブシの花弁- 3:2015/02/07(土) 22:45:10 ID:G2P.Bfi20
そこまで考えたところで、私の視界に影がかかる。私は帽子を被りなおしながら、後ろに頭をもたげた。マントをはためかせ、用を済ませた彼が立っている。
「考え事か?」
彼が私の目を見ながら問うた。
「…まぁね」
私は目を逸らしながら答える。
「アレし過ぎるのはよくねェぜ」
彼は言った。
「まったく」
私は相槌を打ちながら溜息を吐く。そんな事は百も承知だ。
「たまに学士の兄ちゃんに似てるな、おめェはよ」彼は小さく笑った。「時々、頭が良すぎんだよ」
「キール=ツァイベル?」私は立ち上がり、肩を竦めた。「まさか。貴方の話を聞く限り彼は私が最も嫌いなタイプだよ」
頭が硬い奴は嫌いでね。私がそう締め括ると彼は困った様に眉を下げて笑い、そして何かを思い出したような表情で口を開いた。

「ところで兄ちゃん、ちょっとアレもっかいしてみてくれるか?」

アレ? 私が小首を傾げると、彼はおう、と力強く頷いた。
「アレよ、アレ。あの風のアレ!」
あぁ、と私はごちる。
「……シルフの事かな?」
「おう、ソレ!」
がはは、と白い歯を見せ、彼は豪快に笑った。私もつられて、少しだけ笑う。

「ま、別に構わないがね……しかしそんなに珍しかったか? 貴方の世界にもシルフは居ると聞いたが?」

私は尋ねる。彼の要望が疑問だったからだ。
威力も控えめ、おまけに精霊も居ないただの鎌鼬。そう何度も見せるような大それた代物ではないし、
おまけに召喚術師としての優位性というか、説明し辛いが何やら大切なお株を奪われているようで私も気分が良いわけではないのだ。

「おう? まぁアレよ! いいじゃねェか細かい事気にしてんじゃねェぜ!」

そんな私に彼は言う。彼に嫌味がこれっぽっちもないのは分かりきっていたので、私は諦めて肩を竦めた。

「やれやれ。全く、貴方という人は……」

私はサックから本を出した。埃っぽい古書の表紙には、見たこともない字で“ナコト新書”と書かれている――見たこともない字で、というと解せないが本当に見たことがないのだから仕方がない――。
それはさておき、私は左手を背表紙に添え、右手を中空に滑らせた。身体が覚えている動きだった。右手の指先が本の頁にふわりと触れ、ぱらぱらと羊皮紙が捲れてゆく。
古本のどこか、祖母の家のような懐かしい匂いが鼻腔をくすぐった。

「……この指輪は御身の目、この指輪は御身の耳、この指輪は御身の口。
 我が名はクラース……クラース=F=レスター……」

ぶわり、と大地から風が巻き上がる。魔力圧だ。描かれた魔法陣から空へ空へと競うように迸る翡翠色のマナが、私の周囲で唸り声を上げた。
からから、ぱらぱら。本の頁が捲れ、鳴子が踊る。

「指輪の契約に基づき、この儀式を司りし者なり!
 我ここに盟約を受け入れ、我に秘術を授けよ! 我が手の内に、御身と、力と、栄えあり!!
 出でよ―――――――――シルフ!」

ぶわり、と大地から風が巻き上がる。魔力圧だ。描かれた魔法陣から空へ空へと競うように迸る翡翠色のマナが、私の周囲で唸り声を上げた。
からから、ぱらぱら。本の頁が捲れ、鳴子が踊る。

「指輪の契約に基づき、この儀式を司りし者なり!
 我ここに盟約を受け入れ、我に秘術を授けよ! 我が手の内に、御身と、力と、栄えあり!!
 出でよ―――――――――シルフ!」

82エンドロールは流れない -フリーズキールはキブシの花弁- 3:2015/02/07(土) 22:50:36 ID:G2P.Bfi20
右手が空を走り、本がぱたりと閉じられた。昇華した翡翠色のマナが可視化して、たまゆらのように虚空に浮かび上がる。解放された風属性の結晶が、ぱちぱちと岩壁に泡沫の様に弾けた。
翳した掌の5メートル先で、圧縮された真空波が空を切る。2、3、4、5。全部で5発の刃達が舞い踊り、大気はびりびりと僅かに震えた。
ただそこには、本来あるべき精霊の姿は無い。無いのだ。
……出でよシルフ、か。
滑稽な詠唱台詞だ、と表情筋の裏で私は嘲った。

「……さて、この出来損ないの召喚術がどうかしたのか?」

私は顎鬚を触りながら神妙な面持ちでこちらを見ていた彼に問うた。

「おう。やっぱりよ、アレが違ェな」

彼は言った。私は小首を傾げる。一体何が違うと言うのか。
「違う?」私は眉をしかめる。「違うとは?」
「アレよ、上手く説明出来ねェけどよ、アレだ、アレ……あー、そうだ兄ちゃん、コレでアレを試してみてくんねぇか」
彼はもどかしそうな表情をして、形容できる言葉をその少ないボキャブラリーの中から探し出そうとしているようだった。
しかしそれも諦めたのか、彼はふと思い出した、或いは話題を逸らそうとしているかの様に私に言う。
彼は手袋を外して、それを指から抜いて私に見せた。指輪だった。
黒く燻んだ古ぼけた銀の指輪で、よくよく見ると掠れてはいるが蔓のような植物のレリーフが施されている。
中央には、プリンセスカットをされた小さな青い宝石が座していた。フリーズキールの街を閉じ込めたような、深く寂しく青だった。

「これは?」

私は彼からその指輪を受け取り、指輪を掲げ太陽に透かしながら問う。片目をつぶって見る青い宝石越しの太陽は、その光を石の中で乱反射し、ちりちりときれかけのフィラメント電球のように踊っていた。

「炎のアレよ」

彼は頬を人差し指で掻きながら言った。

「ほのお」

私は指輪を下げ、彼の目を見ながら問い直す様にその言葉を繰り返した。何故って、その言葉のイメージとあまりにも手元の宝石の色がかけ離れていたからだ。
炎と言えば、誰もが文字通り燃えるような赤を思い浮かべる。先入観無しにしたって、それはこの世の真理の様なものだった。
この青は炎と呼ぶにはあまりに冷た過ぎる。まるでーーーそう。それは炎と真逆の、氷のよう。

83エンドロールは流れない -フリーズキールはキブシの花弁- 3:2015/02/07(土) 22:55:57 ID:G2P.Bfi20
「俺様の世界の契約の……ほら、アレだ、アレ。真っ赤に燃えるアレよ」

彼は怪訝そうな私の顔を見て、僅かに頷いて言葉を続けた。けいやく、と私は言葉の意味を理解していない赤子の様に繰り返した。

「昔、空の向こうのアレから落っこちてきたって言われてたアレだ。
 だからインフェリアンに因んで、“イフリートの涙”って名が付いた。あっちでは契約ん時にこれをアレしてたんじゃねぇかって昔アイメンのアレが言ってたぜ」

ほぉ、と私は呟く。成程、涙だから青色という訳か。
ふとウンディーネでは駄目だったのか、と私は問おうとしたが、彼の口から続けられた言葉にその質疑は遮られた。

「まぁ、俺様がまだこーんなにかわい子ちゃんの頃に聞いた話よ。だからそれも眉唾なアレだがな」

彼は掌を腰くらいに下げ、このくらい、と何度か示した。私は彼の小さな頃を少しだけ想像しようとしたが、吹き出してしまいそうだったのでやめておいた。

「つまり、それがイフリートの契約の指輪だった……という事か?」

私は訊く。彼は頷いたのでそうなのだろうが、どうにも個人的に解せなかった。

「だが、インフェリアもセレスティアも契約の指輪は無いと聞いたぞ?」

そう。何故ならエターニアに契約指輪は存在しない。
フォッグの情報、レオノア百科からの情報、それらからも彼等の世界の契約は戦闘で力を認めさせ、彼等の住処であるクレーメルケイジさえあればよい事は明らかだった。
しかし、それは分かっている、と言わんばかりに目前の彼は笑い、口を開く。

「おう、そりゃそうだ。なにせ俺様がアレするず〜っと前のアレらしいからな。
 文献に残ってなけりゃ証拠すらねェアレなんだよ」
「……ふむ。成る程、仮説の域を出ないという訳だな。しかも太古ではそうしていたかもしれない、という下手をすれば妄想の類の」

彼の言葉に私は顎を撫でながら答えた。よくある話だ。古代遺跡の壁画やオーパーツを信仰や伝承の類の物語にする為、よく出来た話で脚色する。
我々の世界のラグナロックだって似たようなもので、エルフの言う古代戦争が隅から隅まで事実なのかと言えば、確かめる方法こそ失われているが答えは限りなく否だろう。
しかし、こと今のこの話では嘘か否かはさしたる問題ではなかった。私の手で実際に試す事が出来るからだ。彼の世界の指輪が私の世界と互換性があるのか否かは分からないし、限りなく低いだろうが、それでもやってみる価値はある。

「……よし、やってみよう」

だから私は本を再び開いて、彼にそう言った。灼熱の劫火を纏う炎の巨人、イフリートを呼ぶ為に。

84エンドロールは流れない -フリーズキールはキブシの花弁- 3:2015/02/07(土) 22:59:27 ID:G2P.Bfi20
結論から言おう。彼の指輪は本物だった。

私の詠唱にイフリートが召喚される事はなかったものの、溶岩が地面に沸き、中空からは火の玉が降り注いだ。魔術で言うイラプションそのものだ。
私は当然驚いた。
真逆こんな冗談みたいな偶然があるはずないと思っていたし、呼べたとしてそれは彼の世界と私の世界の精霊が同一である可能性を示唆したもので、学術的な観点からも非常に興味深かったからだ。
しかしそんな私よりも驚いていたのが、意外にも彼だった。狼狽とまではいかないが、並々ならぬ動揺が表情から見てとれた。動揺。あのフォッグがだ。
私が心配して話しかけるまでの数秒間、彼は口を開け言葉を失っていた。そんな彼の様子を初めて見た私もまた、更に動揺した。
しかし彼は私に声をかけられると弾かれたように馬鹿笑いし、いつもの様子に戻った。
私はそんな彼にほっと一安心したが、彼の表情から垣間見られた何やら胸にもやもやと陰る暗雲の様な何かは、晴れることなくずっと残ってしまうこととなった。

我々はそれから直ぐにその場――後で聞いたがリッド=ハーシェルがキャンプした場所と同じだったらしい――を発った。
途中、悪意しか感じない様な絶壁とロープ軍の迷路――アミダくじかよ、とフォッグも呆れた――等に手間取りつつも、我々はファロース山の下山を急ピッチで終えた。
「この先に地下神殿があんだぜ」ふと彼が下山途中に右手方向を指差して私にそう言った。
「今はそれより温泉と酒場に行きたいよ」私は汗を拭いながら答える。「マクスウェルでも祀られてるなら行くがね」
「いやソレが祀られてたんだが」彼が答えた。私が目を丸くして「ならば行こう」と言ったが、「それより坊主だ」と彼は頑なに首を縦に降らなかった。
私は憤ったが、餓鬼のように駄々を捏ねてもしようがない事は分かっていたので、しぶしぶそのまま下山した。

まぁ、そんなこんなで我々は今、砂漠の前に立っている。砂漠と言えど、砂一粒見えやしないのだが。

「これは……」
「おう、雪だな」

私が呟くと、間髪入れず彼が言った。私は屈んで、足元の雪に触れる。幾つかの足跡があることから、そこまで危険ではない事は分かっていたからだ。
雪はぎくりとするぐらい冷たかったが、しかし指先で溶ける事は決してなかった。

「触っても消えない雪、か」

私はちくちくと無精髭が映える顎を摩りながら、ふむ、と思った。素人目に見ても到底自然現象とは言い難い。魔的なものでまず間違い無いだろう。
私は腰を上げ、辺りを見渡す。上から見た景色と同じ、見渡す限りの雪原だ。

「罠だな」
私は言った。
「罠?」
彼が訝しげに訊き返す。
「あぁ」
私は頷いた。
「それも普通のトラップじゃない。この範囲、継続時間、特性、恐らく……フォルスだろうな」
「フォルスっつーと、あのボウズのアレだな」
ボウズ? 私は疑問に思ったが直ぐにあぁ、と理解した。
「ん、ああそうか。貴方はマオと会っていたんだったな。
 そう、そのフォルスだ。因みに樹のフォルスは、森の中に草木を生やし人を感知出来るのだという……攻撃の意図がないなら、或いは監視用かもしれないという事だ。
 フォルスは魔力に反応するらしいから私のイフリートで消せなくもないだろうが、これだけ広いと徒らに貴重な魔力を消費するだけで意味もないだろう。
 ま、こちらは戦力に乏しいから極力この罠には迂闊に踏み入らず避けるべきなのは間違い無いがね。命惜しくばくれぐれも余計な真似はしない事だ」

私は掌の粉雪を払うと、後ろの彼の方を振り返る……振り返ったはずだった。いや、何故って彼が私の視界から消えていたからだ。
同時に私は、はっとして再び雪原の方をがばりと振り返る。嫌な予感ほど良く当たるものなのだ。
私は目の前に広がる景色に頭を抱えた。忠告を理解したのかしていないのか、彼は悪びれもせずにずかずかと雪原の上を進んでいたのだから。

85エンドロールは流れない -フリーズキールはキブシの花弁- 3:2015/02/07(土) 23:01:07 ID:G2P.Bfi20

「……。……あー、うん。おーい……フォッグ……? ……私の話は?」
「おう? あぁしっかりアレしてたぜ!」
「いや、だったらだなぁ……」

やれやれ。私は肩を竦めて苦笑した。いや、分かっているのだ。この人にそういう理屈は通じない事くらい、理解している。

「おうおう細けェ事は気にすんな! 罠だとかアレだとか知るか! コソコソこういう事をする奴には、特攻して正面からそのツラぁぶん殴るのが一番良いんだよォ」

それみた事か。私は足元を見ながら思った。
黒く滲んだ砂と白い粉雪の境界で、私はやがて一歩を踏み出す。
諦観か、或いはそうでないのかはまるで分からなかったが、私は雪原に足を乗せた。ぼふり、と粉雪が舞う。
この人について行くと決めたからには、覚悟を決めなくてはならない事だけは明らかだったからだ。
かつての私であれば決して踏み込む事のなかったであろう、罠の上。踏み心地は世辞にも良いとは言えない。
選択肢にすら無かった道の上に、私は今立っているのだ。
私は、項垂れた顔を上げる。太陽を背にした彼がこちらに手を差し伸べていた。

「行こうぜ、坊主が待ってる」

彼はそう言って寒さすらをも笑い飛ばす。私は少しだけつられて笑い、後ろを振り返った。白い道に、私の足跡が、数秒前の軌跡がぽつぽつと残っていた。
黒い道と、白い道。
そう言えば、そんな様な事を道化師は言っていた。どちらを選ぼうが結局は同じなのだ、と。
果たしてそうだろうか。私は思う。勝ち取った勝利も、未来も。失った悲しみも、怒りも、誰のものでもない我々の、我々だけの軌跡だ。
それがどう足掻いても決まっているだなんて、あり得てたまるものか。何が惑星の記憶だ。何が預言だ。
人は、自分の手で草叢を裂き、その足で道を歩ける。未来も、道も、誰にもわかってたまるものか。

「ああ。行こうーーーーーシルエシカの初陣だ」

私の未来は、私が掴み取ってみせる。

86エンドロールは流れない -フリーズキールはキブシの花弁-:2015/02/07(土) 23:03:30 ID:G2P.Bfi20






【魔法を使えなかった人間のお話】





そこは、薄暗い部屋の中でした。外は雪がしんしんと降っていました。後に、フラノールと呼ばれる町の宿屋です。
部屋には、アーチ型の窓が一つ。窓の向こうには、屋根から下がる巨大なつららが三本。その更に向こうに、朧げな月がありました。
冷たい月明かりが、部屋の中に差し込みます。部屋の中にはダブルベッドが一つ。机が一つ。本棚が二つ。椅子が2つ。そして、静かに燃える暖炉が一つ。
ぱち、ぱち、ぱち。暖炉の火がゆらゆらと燃えています。
暖炉のそばには、ロッキングチェアに座る女性。細かく編まれたキルトの膝掛けをかけ、手には古い本が一冊。頬杖をつきながら、本のページを捲っています。

「姉様?」

ふと、ベッドの方から声がしました。透き通るような少年の声でした。

「あら。起こしてしまったかしら」女性は本を閉じて、ベッドの方へ視線を向けます。「ごめんなさい。物語を読んでいたの」
「物語?」少年は寝惚け眼を擦りながらベッドから降りて、尋ねます。「何の?」
「ある世界のお話よ」

女性は答えました。とても優しい、穏やかな声でした。

「ふうん」少年は毛布を抱きながら、暖炉の前に座ります。「面白いの?」
「いいえ」女性は首を振って言いました。「少し怖いお話」
「こわい」

少年は小首を傾げて繰り返しました。女性は困ったように笑いました。

「魔法が使いたくて仕方がなかった、人間の司祭様のお話。きっと周りのみんなが魔法を使えるから、悔しかったんでしょう。
 未来を知る魔法を手に入れようと頑張る、そんな内容よ」

女性はキルトの膝掛けを広げて、少年の肩に掛けながら続けます。
ぎしり、とロッキングチェアが軋みました。

「司祭様はどうしたと思う?」

ぱちり。暖炉の中で蒔が音を立てます。火が揺れて、部屋の中の影がふわふわとダンスを踊りました。

「クラトスみたいにアイオニトスを?」

少年が白い息を吐きながら言いました。

「いいえ」女性は首を振ります。「アイオニトスは、その世界にはなかったの」
「じゃあどうしたの?」

少年が質します。女性は頷いて、悲しそうな表情をしながら口を開きました。

「魔法を使う素養がないのに無理やり魔術回路を身体に組み込んだの。未来を知る魔法の事も忘れて力に溺れて、身体も心も変質して化物になってしまったわ」

少年は顔を顰めます。

「悲しいお話だね」
「そうよ。司祭様は、最期には正気を失って亡くなってしまったの……おいで」

女性は本をサイドテーブルに置くと、両手を広げて少年に言いました。少年は満面の笑みでそれに応え、女性の胸に飛び込みます。

「……なんだか、僕らの魔法を怖がる人間みたいだ」

少年は顔を曇らせて言いました。女性からはその表情は見えませんでしたが、掌で少年の頭を撫でながら、頷きました。

「そうね……でも、戦争だって終わった。いつか、人とエルフとその狭間の者達が手を取り合ってわかり合える日だって、きっと来るはずよ」

女性は笑うと、少年の頭から静かに手を退け、そして、言いました。

「さて、夜も更けたわ。もうお話はおしまいにしましょう。明日は朝早くユアン達と合流するから、もう寝ましょう?」

少年は最後に女性を抱き締めると、名残惜しそうな表情のまま、立ち上がります。

「はい、姉様」

少年は笑いました。でも、幸せは長くは続きません。






だって次の日が、彼女、マーテル=ユグドラシルの命日なのですから。

87名無しさん:2015/02/07(土) 23:04:47 ID:G2P.Bfi20
投下終了です。

88名無しさん:2015/11/22(日) 20:03:24 ID:l39KhIco0
投下します。

89エンドロールは流れない -Common destiny- 1:2015/11/22(日) 20:05:15 ID:l39KhIco0
二人、喪った。

一人は、女性だ。未来のために、現在を捨てることを選んだ人。
その姿と理想の高さに眩しいと思いながらも、その高みより墜ちることを止められなかった人。
そして、もう一人は……少年だ。
たった一つのかけがえの無いものを守るために、仲間も、世界も捨てた誇り高き騎士。



誰かが、俺の事を英雄だと言った。
ーーー違うよ。そんなんじゃない。
俺は毎回のように、そう答える。自分は英雄なんかじゃない。好きだった人も、大切な友達だって、救えなかったのだから。
誰も彼もが、何かを履き違えて、何処かのボタンを掛け違えて、勘違いしているのだ。
何時だって、世界は輝く結果を見て英雄を讃えるけれど、星に住む誰しもが、血濡れた過程に興味はなかった。

嗚呼、何が英雄。何が救世主。殺人鬼、悪魔、それらと一体、何処が違う。
雑破に言って、英雄も愚者も、本質は同じ罪人なのだ。

だったら俺は、英雄よりも愛した人の為だけの騎士になる。






ーーーー第三章・愛をその手に

90エンドロールは流れない -Common destiny- 2:2015/11/22(日) 20:08:03 ID:l39KhIco0
一面の闇を天地に裂く白い地平線が、真一門に走った。ゆっくりと瞼を上げるのと同時に、意識が徐々に覚醒してゆく。
呼吸は寝息の様に穏やかで、心は恐ろしく落ち着いていた。目を擦り、両手を開き、閉じて、感触を確かめる様にもう一度開く。甲冑が擦れ、カチャリと音を上げた。
腰を上げ、頭を掻きながら周りを見渡す。ひんやりとした青白い煙が地表を満たしていた。
ぼさぼさの金髪をくしゃくしゃと手で揉み、天を見上げる。ジェノスの空のような、深く澱んだ灰色に満ちていた。
次に、僅かに視線を落として地平線を見る。深い霧のような青い靄がかかって、壁なのか地面なのか空なのか、果たしてそれが分からなかった。
夢。そう、それは例えるなら、朝方に見る得体の知れない夢の様な空間だった。頭の中は浮遊感で満ちていて、しかし何故かそんな場所に居る事への不安はなく、むしろ妙な安堵感があった。
腰に手を当てると、案の定、そこには剣の柄が下がっている。視線を下げず、右手で握った。いつも通りの触り心地、いつも通りの重さ、いつも通りのグリップ。
鞘を抜くときの音も、構えた時の切っ先の長さも、間合いも、技も。全てが目を閉じていても思い出せる。
苦しい時も、悲しい時も、楽しい時も。ずっと一緒にいて、いつだって力をくれて、叱ってくれて。一番の友達で、一番の兄貴で、一番の父親で。
そして、一番の、相棒。

「……ディムロス」

目を開ければ、ほら、そこはいつか見た紅蓮の魂剣。
ハイデルベルグ城を化粧する雪の様に透き通った白銀の刀身、その中心に、今にも燃え上がる様な焔のレリーフ。
見飽きたくらいのソーディアンは、けれどもそのコアクリスタルを光らせることはない。
問いかけにも応えなければ、小うるさい説教を垂れてくる事もない。
しかしながら、その剣はディムロスとしか言えないほど、あまりに精巧で、あらゆる面から見ても“本物”だった。
感触を確かめる様に、スタンは剣を翻しながら鞘に仕舞う。瞳を閉じれば、そこはいつか見た薄暗く寒いあの城の地下通路。
ぽつんと汚れた石畳に立つ、苔の生えた石碑の文字が、ぼんやりと緋色に光った。

「“吹き上がる炎の奔流、正しくそれは魔王の息吹”」

一つ一つ、文字を確認する様に呟くと、スタンは一気に剣を振り抜く。一閃。軌跡を追う様に花咲く紅蓮の炎が、中空をじりりと焦がした。

「魔王……炎撃波」

91エンドロールは流れない -Common destiny- 3:2015/11/22(日) 20:09:04 ID:l39KhIco0
スタンは溜息を吐くと、静かに瞳を開いた。灰色の空に跳ねる火の粉を手で払うと、空をきりりと見上げる。
“濁っている”。そう思った。まるでそれは、何かを映す事を止めた鏡の様に。

「なあ、そろそろ姿を見せろよ。こっちを見てるのはわかってるんだ」

曇って向こう側が見えない底無しの灰を見ながら、スタンは肩を竦めた。揺れる金髪を掻き上げ、背後を振り返る。
途端に青白い煙が捻れて淀んで、渦を作った。
歪んだ空間の中心が裂けて、その暗がりから、よく見慣れた金髪が顔を出す。
やれやれ、とスタンは思う。
ここに来て、やっぱりお前が来るのか、と。

「よく来たね、“俺”」

何故って、現れたそいつが“スタン=エルロン”そのものだったのだから。
自分そっくりの人間が現れた意味は、スタンにはさっぱり理解できなかった。けれど、何となく何をすれば良いのかは理解できた。
だいいち、そうでなければ、大層な剣など腰に下げ、やってくるはずがあるまいて。

「俺、おまえに会える気がしてたよ」

スタンは先ず、そう言った。本当になんとなく、此処は所謂そういう場所なんだろうな、と思っていた。
目の前のスタンは少し意外そうに目を丸くする。スタンはそんな様子に口を僅かに歪めて、続けた。

「多分、こうなるだろうって思った」

剣を翻し、切っ先をそいつへと向ける。
視界が僅かにぶれていたことに此処で漸く気づいて、左手で片目を触った。穴が空いている。
成程ハンデは大きいな、とスタンは思った。

「そうか……なら今さら、名乗る必要もないよな」

目の前のそいつも肩を竦めてそう言うと、同じに笑う。何所か悲しそうな、影のある笑みだった。
見慣れた剣を見慣れた動きで抜いて、そいつは構える。
スタンは自嘲した。よく知っているからだ。その構えも、その動きも、その強さも。そしてそれは、相手も同じ。
自分と戦うというのは、こうもやり辛いものだったのか。

「スタン=エルロン……お前は、俺だ」

そいつは呟くと、剣を肩に乗せ、不敵に嗤った。
良い感じだ、とスタンは冷や汗を拭きながら思った。戦いの前のこの感じ。火蓋が落ちる前の緊張感。息をする事すら躊躇う様な、張り詰めた殺意。今にも弾けそうな闘気。
油断は即、死だ。何せ相手は自分なのだから。癖も弱点も何もかもを全部把握している。一手間違えば、首が飛ぶ。
溢れる晶力に怯え固まった空気に、思わずスタンは身震いした。
嗚呼、こうだ。
戦いは、こうじゃなきゃあ面白くない。

92エンドロールは流れない -Common destiny- 4:2015/11/22(日) 20:09:38 ID:l39KhIco0
「いい目だ。既に覚悟はできているみたいだな」

ふん、と鼻で笑いながら、そいつが言う。
よくよく考えれば不思議なものだ。スタンは思った。
つい先刻まで雪原で戦っていたはずがいつの間にやら奇妙な場所で目を覚まし、挙句自分が出てきたのに、こうも体は落ち着いて現実を享受している。
或いは、いずれこうなる事を何所かで理解していたのかもしれない。
無い方の瞳の奥に見られていたスタンは、“英雄スタン=エルロン”は、きっと目の前のこいつなのだから。

「勿論さ」

この問答に底知れぬ深い縁の様なものを感じながら、スタンは答えた。

「俺の体は、どうだい?」

そいつは何の気なしに問う。スタンは訝しげに眉を顰めると、小首を傾げた。
何を言っていやがる。俺の体も何も、これは元々俺の体じゃあないか。

「……撹乱するつもりか? どういう意味か分からないけど、妙な問いかけは無用だぞ」

スタンは答えた。へえ、と目の前のそいつはおちゃらけた様に肩を竦めてみせる。スタンは眉を顰めた。腹の中で得体のしれぬ怒りがじわじわと熱を持ち出していた。
どうにも、へらへらと笑う目の前のこいつが気に入らないのだ。

「俺は、俺の名前は、スタン=エルロン」スタンは言う。「英雄崩れの、ただの馬鹿な男だよ。今度こそ彼女を守って、共に生き抜いて、勝利させる事こそ、俺の務めだ」

“英雄崩れ”。腹の中でスタンは繰り返した。それを見透かした様にそいつは表情だけで嗤う。
……やっぱり、気に入らないな。スタンは思った。態度も、容姿も、言葉も。全てが一々癪に触る。
俺に似ているくせに、俺には出来ない顔をするそいつが、心底気に入らない。

「分かった。いや、解らないけど、分かった。
 ま、言いたい事は山ほどあるけどさ。お前の想い、確かに見届けたよ」

そいつはかぶりを振って呟く。やけに煮え切らない声色だった。

「だからまず俺を倒して、その手で勝利を掴んでみせろよ、“英雄崩れ”」

そう言ってそいつが翻した剣のコアクリスタルは、紅蓮色に染まってゆく。意味を問われるまでも是非も無い。そいつはスタンで、スタンはそいつなのだから。

「そうかよ。じゃあ、お前は英雄なのか?」
スタンは問うた。コアクリスタルが熱く滾ってゆく。
「ああ、英雄だ。少なくとも、お前よりはよっぽどな」
そいつは迷わずに言うと、剣を空に掲げた。青白く濁った煙が熱に吹き飛ばされ、切っ先から高く、高く炎の渦が天へと突き抜ける。
目が眩むほどの熱と光に世界は満ち、大地はおののく様にびりびりと震えた。スタンはしかし目を細めずにそれを直視し、剣を、物言わぬかつての友を確りと握り直した。
乾いた唇で、息を吸う。肺が焼ける様な熱気が喉を通った。

「行くぞ、英雄!」
「来いよ、英雄崩れ!」

真っ赤に染まる世界の淵は、濁った海色、イドの底。
天はつぶらに、地平線は弧を描く。目が覚めれば、そこはきっと血に染まる悪意の雪原。
夢幻の渦中の理は、英雄崩れの手の甲の上に。こうこうと光輝く、海原色の石の中。
黒き愛を代償に、無くした意識の沈みし海。
宝石の底の底、エクスフィアの見る夢の深淵で踊ろう。これは誰もが知らぬ、誰もが死なぬ戦争譚。
だけれどこれは、捻れて堕ちた英雄が、自分と向き合う物語で。


ただ一人の為に戦う、愛の物語。

93エンドロールは流れない -Common destiny- 4:2015/11/22(日) 20:12:47 ID:l39KhIco0
投下終了です。

94名無しさん:2015/11/23(月) 03:22:00 ID:YTH1tfEc0
投下します。

95エンドロールは流れない -刃鳴吹雪が舞う頃に-:2015/11/23(月) 03:23:01 ID:YTH1tfEc0
余計な火の粉を浴びて火傷はしたくない。
だから、彼が今することは――――この場から一刻も早く逃げることだった。
シンクという少年はいつだって、そうしてきた。

賢く、巧く生きることがいつだって求められている。

どうせ世界の行く末は最初から決まっている。
雁字搦めに凝り固まった道だ、選択肢など存在しない。
変えられぬ運命であるあらば、いっそのこと突き進むしかなかった。
如何な英雄でも、世界は変えられない。
例え、絶望が待っていようとも、闇へと浸かろうとも。
無力な人間は簡単に掌を翻す。
預言。未来を読むことに縛られた人間がいきなり、何も無き世界で生きるとなれば困難となるだろう。
口を開けば、預言。神よ、どうか我々を救い給え。
導師へと媚び諂い、自らで考えて行動することをやめた愚かな屑共。
シンクはそんな人間を腐る程目にしてきた。
所詮は肉塊、脳味噌に何も詰まってないのだろう。
預言に浸るなど、神に祈るなど――――クソにも劣る所業だというのに。
その裏にある現実に誰も直視しない。
レプリカを、世界を、歪めておいて、何故。
それは青臭い正義感でも赤黒い悪徳でもなく、純粋な疑問だった。
きっと、この問いに対して正確な答えはない。
そして、誰もがその答えを見つけられる訳ではない。
どうしようもなく、預言に頼りきった無知な『子供達』には、難しすぎる。
純粋が飽和した彼らには、もう期待などできなかった。
つまるところ、シンクは何かを願うことに、諦めた。
ただそれだけの話だ。
この殺し合いという舞台上でも変わらず、シンクはけたけたと嘲笑し、最後まで傍観者で在り続ける。
彼もまた、主役であることに気付かずに。







疾走。疾走。疾走。
降り積もった雪を踏み鳴らし、クロエ・ヴァレンスはスタン達との距離を縮めていく。
イレーヌが困惑し、武器を取るが遅すぎる。その時間で自分は接敵を終えている。
上空から落ちてくる瓦礫など知ったことではない。
今はあの殺人鬼達を正義の刃にて断罪するのが最優先事項だ。
さながら今の彼女は狂戦士《正義の味方》。
大義は、我らに在り。刃を振るうに足る理由は既に山積みだ。

96エンドロールは流れない -刃鳴吹雪が舞う頃に-2:2015/11/23(月) 03:25:48 ID:YTH1tfEc0
          
「……ッ」

交錯、火花散る。
槍と剣がぶつかり合う。
何の変哲も無い一撃ではあるがその剣閃は鋭く研ぎ澄まされている。
幼き頃から両親を亡くし、復讐を誓った時からずっと振るい続けてきたこの剣技。
クロエはそれを直情的に実行するだけでいい。
いわば、軽いウォーミングアップのようなものだ。軽く振るった剣閃がイレーヌへと伸びていく。
雪を押し潰しながら放たれた一撃を、イレーヌは取り出した槍で何とか抑える。
刀身と柄によるぎちぎちとした金属音が辺りへと鳴動する。
押し返された刃を袈裟に振るい、弾き返す。
一旦の後退。刺突が繰り出される前に、一足一刀の間合いから離脱する。

「彼への手出しは許さない」

スタンを庇う形で、イレーヌは前へと出ているが、数刻前とはどこか様子がおかしいのだ。
何を怖がっているのか、その表情には薄っすらと恐怖が混じっている。
まるで、魔物を見るかのように。
まるで、彼らが想い合っているかのように。
ふざけている。ふざけているにも程がある。
何故、寄り添い、かばい合う。
貴様らは悪鬼だ、この殺し合いで人を殺すことを是とした屑にも劣る奴等だ。
断じて、生かす価値はない。
だから、自分が『殺す』のだ。

――何かが、矛盾している。

雪を蹴り解し、前へと進む。
槍は慣れぬ得物なのか、イレーヌの手つきは覚束なく、こうしている間にも深くはない傷が彼女の身体へと刻まれていく。
このまま押し切れば、殺れる。クロエの頬が釣り上がり、自然と表情も明るくなる。
スタン達を斬れば、正義が勝つことを証明できるし、彼らへ及ぶであろう危害を未然に防げるのだ。
セネルも、シャーリィも、ロイドも、シンクも、護れる。
ならば、取るべき行動はとっくに決まっていた。
壊そうとする者達を、皆殺しにしてしまえばいい。
動くのは敵だ、剣を取るのは敵だ、声をかけるのは敵だ。
自分へと駆け寄ってくる総てを敵だと思え。

97エンドロールは流れない -刃鳴吹雪が舞う頃に-3:2015/11/23(月) 03:30:37 ID:YTH1tfEc0
                   
間違ってなんか、いない。

斬って、斬って、斬り続けた先にこそ、理想郷はあるのだ。
だから、敵を斬る。理由など、それだけで十分だった。
雪と瓦礫が降りしきる中、クロエは直走る。
頬に付いた一粒の雪は熱ですぐに溶けていく。
まるで涙を流したかのように、痕を残して。
剣閃と刺突がぶつかり、そして弾かれて、再び接触し合う。
術を唱える暇など与えない。攻めて押して、このまま殺し切る。
この敵に楽な死に方などさせてなるものか。
痛みに喘ぎ、苦しみ抜いた末に殺してやる。
笑みか、それとも苦渋か。
そう意気込む自分の表情は、見えなかった。
踏み込んだ足が雪を削り、加速が全身を伝うのが感じ取れる。
鈍い空気振動を辺りへと響かせ、クロエは剣を握り締めた。

「ちょっと何をやってるのさ! 今はこの戦場から逃げ出さないと!」

煩い。近寄ってくる緑髪の少年の顔がよく見えないが、きっと敵だ。
正当なる仇討を邪魔する不埒者も斬って屍と化してしまえ。
そう思った刹那、右腕による剣風を自然と繰り出していた。
手に持つ白金の刃が、加速。緑の少年へと迫るべく、空を切り裂いていく。

「――ッ! 見境ないにも、程があるでしょ! 一発殴って落ち着いて!」

何と少年は素手であるにも関わらず、剣風に蹴撃を合わせ、逆に弾き返した。
横に薙いだ一閃も雪を削り取るにすぎない。
縦横無尽に暴れる刃を少年は意外にも丁寧に捌いていた。
紙一重に一撃が届かない。後に少年は背後へと回り込み、蹴撃。
振るう刃の嵐を潜り抜け、掌底を一閃する。
汚い呻き声を上げながらクロエは吹き飛んでいく。

「詠唱、終わり。雷光よ、震え上がれ。サンダーブレード」

緑髪の少年の後ろからイレーヌが掌を翳し、振り下ろした。
分散した雷がクロエへと追い縋る。

98エンドロールは流れない -刃鳴吹雪が舞う頃に-4:2015/11/23(月) 03:34:19 ID:YTH1tfEc0
         
「邪魔を、するな」

軋み、火花を散らす雷光に苛立ちが混じらせ、クロエはくるりと刀を回す。
乱雑に刀身を地面へと叩きつけ、そのまま擦りつけながら地面へと滑らせる。
滾った力を暴力的に抑えつけ、鋒から斬撃を放つ。
雷光を飲み込み、それでも尚止まらない斬撃の波《魔神剣》は寸分違わずイレーヌ達へと進撃した。
      
「アイスウォール!」

相手が氷の壁を生み出し、斬撃を受け止めるが関係ない。
この瞬間こそが、彼らの隙であり接近する好機だ。
脚部に蓄えた力を破裂させ、イレーヌへと肉薄する。
道中、邪魔な少年は剣で視界の外へと振り払う。
次いで、腹部目掛けて蹴撃をぶち込んだ。
ガードされはしたが、そのまま地面を転がっていったので良しとする。

「ああ、もうっ! 付き合ってらんないよ、生命が幾つあっても足りやしない!」

少年がこの場を離れていくのにも目をくれず、クロエの疾走は止まらなかった。
大切な何かを吐き捨てて、憎悪を掴み取る。
疲弊などないかのように、疾風の如く雪原を駆ける。

「殺さないと奪われるなら、その前に殺してやる!」
「あらあら、まるで私達が血も涙もない殺人鬼みたい。
 まぁ、言い訳はしないけれどね。でも、黙って死ぬ程、私はお人好しじゃないの」

氷壁を斬り上げと斬り下ろしのコンビネーションで脆くさせ、最後には中央へと全力の刺突を撃ち込んだ。
ばりんと心地良い音を立てて氷が崩れ落ちる。
もう彼女を護る防壁は何処にも存在しない。
今度こそ、完全に殺して終わらせる。

「互いの意見がかち合ったなら、それはもう――殺し合うことでしか……私達は解決できない」
「奪ったお前が、元凶が、そんなことを言うなぁぁぁ!!!!!!」

そのまま氷壁ごと斬り抉ろうとするも、相手の魔槍を前に、白銀の刃はその先へと進めない。
切っ先が食い込みつつも、槍は罅割れずに其処にある。
ソーディアン・アトワイトをもってしても斬り落とせない上等なモノだというのか。
しかし、相手の得物を壊して叩き斬る結末が望めないなら、本体――イレーヌを斬ればいい。

99エンドロールは流れない -刃鳴吹雪が舞う頃に-5:2015/11/23(月) 03:37:32 ID:YTH1tfEc0
          
もう、人を斬ることへの躊躇いは何処にもなかった。

戦闘が始まってあまり時間が経っていないというのに、イレーヌの表情からは余裕が削げ落ちている。
以前に見せた表情とは違い、汗と血が滴り落ちている顔は汚く歪んでいた。
意地を張るには限度というものがある。
脚はカチコチにかたまったのか、がくがくと震えている。
槍を握る腕は今にも垂れ下がりそうで、翌日の筋肉痛間違いなしといった具合だ。
肩で息をして、クロエの連撃を躱し続ける彼女の余力は確かに削られている。

「これ以上、奪わせてなるものか」

これまでは巧く戦闘を回避していたようだが、そうはいかない。
チャンスはあまり残されていない。
動くなら、今だ。
後退を待たず、駆け出した。
地面を踏みしめて、一足飛び。敵の心の臓を貫き、五体バラバラに切り刻んでやる。
自分でも驚く残虐な思考に、不思議と嫌悪感は生まれなかった。
鈍い金属音を打ち鳴らせ。この一刀こそが終止符となる。
肌を這い上がってくる狂気に神経が熱く鼓動している。

さぁ、断罪の時だ。

体内に残留する熱を剣へと込めて、クロエが振るう。
触れるもの尽くを斬り伏せる重みある一撃だ、存分に受け止めるがいい。
今の身体は不思議と軽く、何かの恩恵でもあるのか。
平常よりも数段と強靭さを感じるのだ。
少しでも気を緩めてしまえば、絶頂してしまいそうな力が溢れてくる。

それは正義の想いが呼応しているのだろう。

手始めに振るった振り下ろしは弾き返され、お返しとばかりに返ってきた突きは身体を捩らせて躱す。
軽く掠った気もするが、動くのに支障がなければ十分だ。
それよりも、相手を殺すことだけを考えておけばいい。
槍の攻撃範囲の内側へと体を潜り込ませ、斬撃。
予測していたのか、空を切る。
だが、そのままでは終わらせない。
剣から片手を離し、相手の顎へとストレート。
真っ直ぐの拳がクリーンヒットだ。
そして、そのまま腹部への蹴撃へと繋げていく。

100エンドロールは流れない -刃鳴吹雪が舞う頃に-6:2015/11/23(月) 03:40:24 ID:YTH1tfEc0
    
「お前は悪だろう!? 敵だろう!? 理性なくルールを享受した癖に!」

戦況の天秤が揺れ動き、そして徐々に揺れがゆっくりと片方へと堕ちていく。
一進一退の攻防を広げ、傍から見れば互角の戦いではあったが、徐々にクロエが優勢となっていく。
イレーヌを完封できる程の勢いを今のクロエは持っている。
その証拠に頬へと釣り上がる笑みは勝利を確信していた。
自分の猛攻によって相手のペースは崩れがちだ。
それを、意地と体力で何とか食らいついているイレーヌには限界がある。
余力があるからできた状況だった。彼女が消耗していたら、とっくにクロエの勝ちで終わっていた。
体力はともかく、戦闘経験で言えば自分は格上だ。
身体能力、培った技術は差がある。
狂気に蝕まれてはいるが、この程度の判断力はまだ残っている。
相手は後退して、術を詠唱。
止まらず走りながらも生み出した雷光も、氷壁も険しいものではあるが、今の自分なら打ち破れる。

「ならこうして無残に死ぬのも、間違ってないはずだ、違うか!?」
「どうでもいいわよ、そんな理屈。私はただ――幸せになりたかっただけ」

自分が優位に立っている内に斬り殺す。
そうでなければ、後悔するのはとっくにわかっているはずだ。
更に、イレーヌ達が戦場から撤退を許す保証は何処にもない。
前へと進み、想いの果てへと辿り着こう。

「そんな理由で、そんな! 理由で、私の仲間を殺したのか? 手を取り合うこともせず、殺し合うことを肯定したのか?」
「……ええ、そうよ。そして、それは貴方も同じ。所詮、私達は糸で繋がれた操り人形よ。
 何の策もなく、ただベタベタと戯言を述べているだけで、この箱庭から逃れるなんて不可能。
 その程度もわからないの? スタン君よりも、貴方は本当に馬鹿なのね。憐れみを通り越して失笑モノだわ」
「黙れ、黙れ!」

気づけば、口からは憎悪の言の葉が勝手に漏れ出していた。
言葉の応酬などした所で何の解決にもなりやしないのに。

「頑張ったことが報われて、周りが笑顔で、成したことが認められたいってずっと思っていた。
 口では綺麗事を並べていても、中身は自分がよく思われたいって打算もあった」

無論、そんなことはわかっている。
けれど、わかっているからこそ、滴り落ちる汗を拭う手にも力が灯っているのだ。
人には抑えられない激情があり、ぶつけなくてはならない相手がいる。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板