したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

投下用SS一時置き場4th

68エンドロールは流れない -胡蝶之夢-3:2014/11/22(土) 15:08:47 ID:.aJ578Io0
サニイタウン。
崩壊したその町に追い打ちをかけるようにして現れた海に対して最も反応が遅れたのが、
かつてのインフェリア王国元老騎士であり、手練の筈のレイシス=フォーマルハウト当人であった。
実際のところ彼の剣の腕は、霊峰ファロースでリッド=ハーシェルとその仲間達を前にして遅れを取らぬほどであり、
現在彼の持つ武器がデッキブラシである事を考慮しなければ、単体近接戦闘能力においてこの町の八人の中で最も高く、
また“海”の発動者であるシャーリィ=フェンネスを除けば、本来なら真っ先に異変に気付くであろう人間であった。

にも関わらずそれが何故“海”の発動から今に至るまで全く気付けなかったかと言えば、
彼の眼中に“ネレイドを殺す”という目的しか無かったから、と説明するしかないだろう。
その執心さは、天を海が覆う直前の静寂に気付かず、発動の瞬間の轟音すら耳に届かぬ程であり、
その血走った双眸は、目前のただ一点に穴を開けんと睨み続けていた。
妄執とも言うべきその意識は並々ならぬ殺意の波動となってぎらりと光る視線に乗っていたが、
しかし幸運にもシャーリィ=フェンネスの底知れぬ現実への憎悪と絶望によって、この町に上手く溶け込んでいた。
そうでなければネレイドに勘付かれ、ここまで迫る三秒前には、
遠距離からフィアフルフレアかナッシングナイトを撃たれて灰か氷漬けになり終わっていた事だろう。

しかし今のレイシスには、その可能性すらもが遙か埒外だった。
犠牲を出さないためにネレイドを討つ筈が、犠牲を出しても討てなかった。
その事実はレイシスの精神を崖の縁まで追い詰め、文字通り周りを見えなくするには充分だったのだ。
故に本当に、彼が今生きているのは“運が良かった”と言わざるを得ない状況だった。
更にレイシスの視線の先には既にネレイドが見えており、その事実も併せてレイシスの“海”への注意力を散漫させてしまっていた。
直線距離にして約150m。レイシスの鍛え上げられた体力と脚力ならば、5秒弱で切っ先が喉を掻き斬る距離である。
その疾さはまさに、電光石火、疾風迅雷。
げに恐ろしきは、レイシスの奇妙な冷静さであった。
ここまで精神を乱しながら、けれども本人は距離と秒数、その両方の数値を正確に把握していたのだ。

しかしながらそれは何も意外という訳でもなかった。
何故ならば今のレイシスは、ネレイドを殺す事意外に何も見えておらず――――――逆に言えばそれは“かつてない程に神経が研ぎ澄まされていた”からである。
無論ここで言う研ぎ澄まされた神経とは、殺すことに特化した第六感であり、
それは偶然ではなく、人間の奥底に潜む獣としての生存本能に近いものだった。
他の意識をシャットアウトし、それらに回していた意識とメモリを殺す事だけに集中する事で、
レイシスは火事場の馬鹿力にも近い集中力、攻撃力、判断力の結晶を手に入れていた。

しかしその代償ら計り知れず、現に視野はレイシスが自分でも驚くくらいに狭く、ネレイドとその周囲50cm以外はブラックアウトしており、
匂いは何も感じず、音は自分の荒い呼吸と心音だけが、まるで水の中に居る時の様に鈍く反響していた。
触覚は、右手だけが異様に敏感で、僅かな旋風が当たる感覚さえ、火に炙られる様だった。
右手は獲物を動かし最短で敵を殺す道を最初から知っていたかの様に、
網膜の裏側に何百回とそのイメージをフラッシュバックさせた。
それは僅か半秒の事であったかもしれないし、数分もの間だったのかもしれない。
しかしそれは、ネレイドの息の根を止める上でさして重要ではなかった。
何れにせよ確かなのは、レイシスにとって今の惚けているネレイドを討つ事は赤子の手を捻るより遥かに容易いという事であり、
イメージでは喉を斬るまでの一連の動作を一度も失敗をしていないという事実だった。
無論、ネレイドが何故こちらに気付かず空を見上げているのか、といった疑問がレイシスに無かったわけではないのだが、
それを考えるよりも遥かに早く、レイシスは足で大地を蹴り上げ、敵までの残りの歩数と、
そこから導かれる合理的な体の動き方、それに至るまでの最短のプロセスを脳内で弾いていた。
その五臓六腑百骸九竅をネレイドを殺す事のみに特化した精密無慈悲な生体プログラムとしたレイシスに、
その程度の疑問など昨日の晩飯を思い出すよりも遥かに些細な問題であり、
そしてそれ故に、レイシスは天に浮かぶ海に全くもって気付く事が出来なかったのだ。

喉の皮膚を穿つまで、5秒フラット。
確信と同時に、レイシスは武器の柄を握る右手に力を込める。動き方は、シミュレートの通り。
いかに獲物がデッキブラシと言えども、極光でコーティングすれば剣にも劣らぬ威力だった。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板