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シンが核鉄を拾った・避難所

1名無しさん:2008/04/01(火) 00:19:33 ID:EMZEqsAg0
スレが消えてたので立てさせて頂きました
職人さん来てくれると良いなぁ

227/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/03/18(水) 19:04:12 ID:pYyNBAd.0
 アクセス規制に巻っ込まれたので使わせていただきたく思います。>>1氏に感謝を。

―――――ここから下、本文―――――

 何の変哲も無い竹刀。
 合成革と強化プラスチック製の喉鎧が付いた面。
 ベストの様な形をした面と同じ素材の胴。
 指一本まで独立して包む構造に作られた篭手。
 膝下を覆う緩衝材が仕込まれた脛当。
 黒一色のそれらを学校指定の青いジャージの上に装着し、シンは浮ついた様子で剣道場の外に立ちんぼになっていた。
 明らかに“剣道”をやる格好ではない。
 昨日の雨が微妙に残っているらしく、運動靴で踏みつけた砂利は湿り気と重みを感じさせる。
 剣道場から張り出した屋根の下には、ステラ。
 昨日突然「剣道部の部長に稽古つけて貰える事になった」とシンから告げられ、無茶しすぎるんじゃないかと心配し着いてきたのだ。
 ちなみに、稽古の許可自体はハイネから得ている。そういうのばかり根回しが早い。
 閑話休題。
 ざりざり足の裏で砂利を擦っていると。
「落ち着かないか、まぁ無理も無いよな」
 そこに、シンと同じ装備を纏った人が剣道場から出てきて声を掛けた。
 赤いジャージの上に白い鎧、面の向こうには黄金の髪と目。
 剣道部部長カガリ・ユラだ。
 運動靴をいそいそと履き、小走りでシンの傍に駆けてくる。
「…………あの」
「ん、皆まで言うな! 言いたい事は大体分かる」
 問おうとしたのを先んじられ、シンはちょっと鼻白んだ。
 そもそも、彼がこんな格好をしているのは昨日の剣道部見学が発端だった。
 あの突きが琴線に触れたシンは早速カガリへ指導をしてくれと頼み込み、カガリの方もそれを二つ返事で了承して、じゃあ明日ここへまた来いと言ったのだ。
 で、言われた通りに今日来てみれば、待っていたのは副部長(男子)。
 あれよあれよという間に引ん剥かれてこの剣道っぽくない各種装備を着せられ、「グッドラック!」の一言と共に外へ放り出されたのだ。
 確かに強くなりたいと願いはしたし、剣道を指南してくれと言ったわけでもない。
 だが、まさかこんな珍奇極まる異装を着せられるとは。
「お前も授業でやってるって言ってたから知ってるだろうけど、剣道の打突部位は面胴小手に喉だ」
「そうすね……でも、脛も打突部位に含むのって長刀じゃ?」
「その通り、しかしだ」
 竹刀の切っ先でぺちんと自分の脛当を叩き、カガリはにかりと笑う。
 そして、曰く。
 これからやる事は基本的に一つ。
 お互いの装備がある場所――即ち、面・胴・篭手・喉・脛――を竹刀で打つだけ。
 面・胴・喉に一撃が入った場合、入れた側に得点を一つ加えて仕切り直し。
 竹刀の振り方は自己流で構わない。しかし余りに危険だと判断した時は修正をさせて貰う。
 篭手や脛などを防御のために用いるのも可であるが、攻撃を阻んだ方の篭手や脛は仕切り直すまで防御や構えに使ってはいけない(篭手の場合は両手持ちを不可に、脛の場合は踏み込みに制約を掛ける)。
 両手または両足に攻撃を受けた場合、受けた側は戦闘続行不可能と見做して当てた側に加点し仕切り直す。
 あとは礼儀を大事に。
「…………と、ルールはこんな感じ」
「は、はぁ」
 そう言って長台詞を締め括ったカガリに、シンは生返事を出すのが精一杯だった。
 基本的には、剣道を下に敷き、更に自由度というか実戦じみた雰囲気を増したようなものなのだろう。
 まぁ、こんな装備をつけている時点で実戦もクソもない気はするが。

327/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/03/18(水) 19:07:30 ID:pYyNBAd.0
「まー実際やった方が早いよな! て事で構えろー」
 溜息を吐く間さえ無い。
 笑いながら正眼で構えたカガリに、納得しきれぬながらシンも続いて竹刀を両手で握った。
 実戦なら、この手に握っているのは我が心臓――<<Uplight-Impulse>>の名を冠した機械剣。
 それを握っているのだと思う。
 右拳を上に左拳を下に、両手の間隔はほとんど開けず握り柄を掴み、左半身を前方へ向ける。
 刀身は体に隠れ、切っ先の位置から狙いを読む事は普通なら不可能。
 深呼吸して気持ちを落ち着かせ、シンはやっと視線をカガリへ合わせた。

 ――――獅子が いる

 自失したのは果たしてどれ位だっただろうか。
「シン!!」
 焦り雑じったステラの声。
 はっと気付いた時、既にカガリは剣を振り下ろしていて。
 痛烈な衝撃が頭蓋を叩いた。
「ははっ、どうした? 腑抜けてる暇は無いぞ」
 獣のような獰猛極まる笑みはそのままに、正眼へ戻した竹刀を再び動かすカガリ。
 歯噛みしながらシンも竹刀を横へ薙ぐ。
 双弧を描く剣閃、しかし。
 ――スパァン!
 面を抉り致命足らしめたのはカガリの竹刀だけ、シンの竹刀は彼女が盾代わりとした篭手に阻まれている。
 するりと後ろへ退いて、カガリは再三正眼に構えた。
 剣先がひたりと中空で止まり、凄まじく息詰まる重圧を威掛けてくる。
 活路など何処にも見出せない。
 シンは、侮りと投げ遣りな気持ちに満ちていた数分前の自分をブン殴りたい気持ちで一杯だった。
「っかぁぁあ!」
 なけなしの闘志を振り絞り、吶喊。
 大きく後ろへ流れていた腕を引き寄せ、胴目掛け突く姿勢に入る。
 斬撃の描く軌跡が弧なら、刺突の描く軌跡は線。
 同じ地点を目指すとして単純に比較すれば、弧と線、どちらがより早く到達するかは自明の理であろう。
 線に並べるのは線だけである。
 ――――線と弧、描く速度が同じという前提の下ならば、だが。
「ふっ」
 短い呼気がやけに大きく聞こえた。
 気合一声、伸び来た竹刀を切っ先で絡め取り、横へ往なす。
 そも、相手の構えている前に無策で突っ込んだのが間違いなのだ。
 カガリの右側へ流れていくシンのベクトル。
 元の構えへ戻った直後、カガリはガラ空きの側頭部に容赦無く撫で斬り上げるような一撃を見舞う。
 姿勢を崩したところに後押しされる形で追撃を食らい、シンは無様に砂利へ転ばされた。
 全身余す所無くじゃりじゃりと擦られ、防具越しとはいえかなり響く。
 3度。
 この短い間だけで、シンが3度頭を割られた。
 戦士の顔となって動向を見守っていたステラは、カガリの戦い方に心底感嘆する。
 一対一の近接戦闘では、恐らく自分も勝てまい。戦士長ハイネならなんとかなるだろうが、純粋な剣士としての腕はカガリに軍配が上がるとみた。
 そう易々と勝てる相手でない、ステラの背に戦慄が落ちた。

427/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/03/18(水) 19:09:13 ID:pYyNBAd.0
「…………ぁ、ぇ」
「浮ついてるな。教えを乞うた側のする顔じゃないぞ」
 くくっと喉奥で笑うカガリ。
 起き上がるに起き上がれぬまま、シンは千々に乱れた思考を纏めようと奮起する。
 決して剣閃を見切れなかったわけではない。
 だのに何故、自分は今こうして地に這い蹲り、彼女は悠々と構えていられる?
「ぶちょーさん、凄いね」
「…………やけに冷静だなキミは」
 言うほど緊迫感がないステラの台詞に、君も違う意味で凄いぞとカガリは思った。言わないけれど。
 して、そんなやり取りもシンの耳に入ってはいなかった。
 この醜態、考えるまでもない。カガリの言った通り、全てはシンの心がこの場所に無かったせいだ。
 戯れにしか思えない装備であったり、それを熱心に説明するカガリの姿であったり、引いてはそんな事がしたいんじゃないというシン自身の鬱屈であったり。
 それらが心中そこかしこに引っ付いて、折角の機会を色褪せたもののように認識させていたのだろう。
 馬鹿な話だ、シンは自嘲した。
 自分から指南を頼んでおきながら、何という醜態。
 頭を振って立ち上がり、両足で確り砂利を踏む。
「もう良いか?」
「はい、大丈夫です。…………すいません、腑抜けてました」
「やる気が出たんなら、それに越した事はない」
 響かない鐘を打っても楽しくないからな、そう言って頷くカガリ。
 こちらに向けられた切っ先から、再び闘気がじわりと滲み出てきた。
 背筋を撫でる怖気、けれど。
「がんばってね、シン!」
「、頑張るよ…………往きます!」
 シンは改めて一歩を踏み出す。
 守るために。
 負けぬために。
 強くなるために。



 マルキオの孤児院地下。
 ミーアは、今、人喰いの衝動を必死に堪えていた。
 ジンム学園の屋上にて頭の軽そうなホムンクルスから襲撃を受けたのが一昨日辺り。実行犯を殺し情報隠滅した共犯者へ追い縋ろうとしたものの、余りにも腹が減っていたせいで追撃しきれなかった。
 物理的に物を食った食わないではない、ホムンクルスという種が抱えた業たる人喰いの空腹。
 何を食っても腹が満たされない、それは正しく餓鬼道の如し。
 これを、この耐え難い苦しみを、あの女は十年余りに渡って耐えてきたのか。
「っ…………ぐ、ふぅっ……!」
 腹を抱えて屈み込み、何をも見ぬよう固く固く目を閉じる。
 普段は小煩くて小憎たらしい子供達でさえ、今のミーアには極上の肉にしか見えない。
 それが、辛かった。
 あんなに焦がれたホムンクルスの体、いざ手に入れてみれば前以上の厄介に苛まされるではないか。
 否、第一この肉体とて想定していたモノとは違うのだ。もっと確りした人間型ホムンクルスへ成る積もりだったのに、少し取り違えた結果が、薔薇とヒトとの中途半端に雑じった植物人間。
 こっそりと手に取った核鉄さえ、武装錬金の声になんら反応を示さなかった。
 嗚呼、何という無様か!
 波のように荒々しく振幅していた衝動のボルテージが、じりじりと波引いていく。
 過呼吸も徐々に収まり、空腹こそ消えないものの人並み程度の平常を取り戻すことは出来た。
 畜生。
 あの女に出来て私に出来ない筈がない、今はその一心で衝動を押し殺せている。
 だが、それも何時まで持つか。
「はぁっ……はぁっ…………ぁ、はっ、」
 口の端を汚した涎を乱雑に拭い取り、ミーアは荒い息をそのままにのろのろ立ち上がった。
 ぐら、長い間屈み過ぎたせいか一瞬目が眩む。
 ぼんやりと網膜を撫でる淡い照明、薄暗い周囲に映り込む僅か濃い影。
「…………ミーアさん?」

527/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/03/18(水) 19:12:01 ID:pYyNBAd.0
 それは、半分だけ血を分けた憎むべき姉君ラクス・クラインであった。
 未だ目を覚まさぬヒルダの見舞いをした戻り路であろう。
 のっそり顔を上げたミーアに慌てて走り寄り、ラクスはその体を支えようとする。
 けれども。
「如何しましたミーアさん!?」
「っ!!」
 ――パシッ!
 差し出した手は、差し出された者の手で振り払われた。
 じん、乾いた痛みが手の甲を苛む。
 驚きと悲しみの入り混じった表情をするラクスに、ミーアは淀んだ眦を向けた。
 怒るような、泣き入るような目を。
「アタシを、助けようと、しないで」
「し、しかし、」
「お願い…………駄目なの」
 ずるずると背を預けた壁にしな垂れかかって崩れ落ち、とうとう床に腰を下ろしてしまうミーア。
 息は相変わらず落ち着かないまま、彼女の心を掻き乱す。
 ラクス・クライン。
 殺したいほど憎いヒト。
 だが、この身に薔薇が咲いたあの日から、憎しみがどんどん薄れていくのだ。
 ミーアにとって、嘗ての寄る辺であった憎しみを失う事は、ミーアをミーアたらしめていた根幹が消えるのに他ならなかった。
 自分が、全く違う“自分”に徐々に食い潰されていくような感覚。
 何より恐ろしいのは、それを己自身が何となく肯定している節さえ感じている事だ。
 このままでは、人喰い衝動が表面化するより先に、折り合いの付かない精神が壊れてしまう。
 一番恐ろしい事とは、なんだ。
 ただの人喰う化け物に成り下がる事か。
 己さえ認識できぬほど壊れ果てる事か。
 あれほど憎かった者に尻尾を振る事か。
 どれもこれも共通しているのは、今の自分が確実に“死ぬ”という事。
 そして。
 今の自分を今のまま生かし続ける術は、恐らく――――無い。
「何を、恐れていらっしゃいますの?」
「……………………」
 ふつりと呟いたラクスに、ミーアは思わず顔を背ける。
 それは彼女の言葉を言外に肯定しているのと変わらないのだが、果たしてミーアが気付いているわけもなく。
 ラクスは、返事代わりに示したミーアの反応に柳眉を寄せた。
 何らかの言葉を返してくれればこちらもそれなりに物が言えたけれど、このように黙ってそっぽを向かれてしまっては。
 明確なのは拒絶の意図だけ。
 だが、それでもラクスは、ミーアが突き放した手をそのままに出来なかった。
 力なく震える、か細い少女の手を。
 ――ぱさ。
 衣が擦れる音。
 目を固く閉ざしていたミーアは、冷え切った手が温かいもので包まれるのを感じた。
 ゆるゆる目を開くと、そこには相変わらず憎むべき姉君がいる。
 違うのは、スカートが汚れるのも気にせず跪いて、ミーアの握り締められた拳を己が双掌で包み込んでいる事。
「不安な時に誰かが手を握っていてくれると、安心しませんか?」

627/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/03/18(水) 19:13:44 ID:pYyNBAd.0
 私も昔こうして貰った事がありますの、そう言ってラクスは微笑む。
 びきり、と、封じ込めていた何かに罅が入った。
「…………放っといてって言ったわ」
「ごめんなさい、お節介な性分なのです」
「そんなだから嫌いなのよアンタの事」
「あらあら、困りましたわ」
 全然困っていない風にころころと笑うラクス。
 それを憎みきれないのがミーアには悔しく、そしてほんの少しだけ、嬉しかった。
 ――――嬉しかった、だと?
 気付いた瞬間、持て余していた感情が罅割れから漏れ出し一気に肥大化していく。
 嗚呼、触れ合う事はこれほどに嬉しいのか。
 記憶の奥底に封じ込めていた温もりが息巻いて溢れ出てくるのを、ミーアは堰き止められなかった。
「ホント、嫌いよ…………大っ嫌いなんだから」
「私は好きになりたいのですけれど」
「あんだけの事したのよ? 家壊したのも、メイド全員喰ったのも、アンタの平穏ブチ破ったのも、全部アタシが原因よ?」
「……過去は変えようがありません。けれど、未来を選ぶことは出来ます。憎しみ合うくらいなら、私は一方的でも貴女を好きになる未来を選びますわ」
「あぁ、そう…………やっぱ壊れてるわ、アンタ」
 開けていた薄目を閉ざしてそっぽ向き、ミーアはなにかを誤魔化す風に毒づく。
 手から伝わる温もりが毒素のように思考を侵していくのを、最早、彼女は止めようと思わない。
「ねぇ。アタシの事好きになる云々って言うんならさ、そのバカ丁寧な呼び方とか止めて頂戴よ。呼び捨てで良いわ呼び捨て」
「呼び捨て、ですか? むぅ、解りましたわ…………み、ミーア」
「なァに緊張してんのよ」
 おずおずと己の名を呼び捨てにしてみた姉に、ミーアは意地悪げな微笑を作る。
 本当に久しぶりに、少し、穏やかな気分だった。



 『堕月之女神』本拠地。
 無機質で無愛想な鉄色の廊下をのそのそ歩きながら、バルサム・アーレンドは如何にもかったるそうな気配で舌打ちした。
 報告が遅れていた一昨日の失態について先程ガルシアに呼び出され、小言を一頻り貰ったのだ。
 それはいい。まだいい。
 小言は言われど大して叱責されなかった事、それが逆に焦りを生んでいる。
 他者から色々と物を言われる場合は、往々にして理由が二つに分類されるという。ただ単に言う側がクレーマーであるか、あるいは言う側が言われる側へ何らかの成果を期待しているか、だ。
 で、大した事を言われなくなってくる時もまた、理由が二つに分類されるらしい。言わずともやってくれる筈だという信頼/希望的観測か、あるいは貴様にゃもう期待せぬという諦観か、だ。
 バルサムは今回ガルシアから貰った小言を、後者の意味で取った。
 何せ、あの粗探し大好きなガルシアが、折角のチャンスをみすみす棒に振るったという絶大な汚点があるのに。
「まぁいい、次は励め」
 とだけ言って碌に責めもせず報告を締め括らせてしまったのだ。
 実にヤバげな気配。
「堪んねーな、あぁくそっ」
 独りごち嘆息する。
 変な色気を出さずさっさとあの戦士を潰してしまっとけば良かったのだ、と、既に何度目かも分からぬ懊悩を反芻する。
 なんともはや、口惜しい。
 髪をごりりと掻きながら休憩室の扉を開け、そこでバルサムは面食らった。
 先客がいたのだ。

727/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/03/18(水) 19:14:58 ID:pYyNBAd.0
 このオーブで我等が『堕月之女神』に加わったコーディネーターの一人、バルサムに取っては遺憾ながら好敵手にして目の上のたんこぶでもある男――カナード・パルス。
 そいつが据え付けの長椅子に腰掛け、無言でコーヒーを啜っている。
 思わず足を止めてしまったバルサムに無遠慮な視線を投げ、しかし彼は直ぐ顔を逸らした。というか元の向きに戻した。
 目を閉ざし無言のままコーヒーをぐいと呷るカナード。
 妙な圧迫感に満ちた空間だった。
 うんともすんとも言えず、また髪に指を突っ込みながら自動販売機の前に立つバルサム。
 アイスとホットが一応選べるコーヒーの他には、クソ甘ったるいオレンジジュース(果汁1%)とクソ苦いグリーンティーしかない。あとは無味無臭の味気ない水。
 そのコーヒーとて泥水よりはマシな程度の味しかせず、しかも砂糖だのミルクだのといった上等な調味料もここには無い。
 バルサムは少しばかり悩み、結局コーヒーを選んだ。
 紙コップが受け台に落ち、僅か間を置いて茶褐色の液体に満たされる。
 ひょいと取り出すと匂いばかりはそれなりで、今日こそは味を変えてあるかと微妙に期待するも。
「…………不味ィ」
 やっぱりいつも通りだった。
 ふと首筋に視線を感じて、振り向くと、カナードがこちらを見ていた。
 眼が、やけにギラギラ光っていて。
「しくったらしいな、バルサム。蹴られた股間は平気か?」
「心配にゃ及ばねーよ。もう直った」
 そっけなく返すと、何が可笑しいのかカナードはくつくつ喉を鳴らす。
 “なおった”という言葉の意味する所を悟ったか。
 ホムンクルスでもないただのコーディネーターの筈なのに、その態度には彼らを恐れる様子など微塵も無い。
「…………毎度毎度思うんだがよ、お前も変わってんな。人間の癖に随分忌憚無く喋っけど、ホムンクルスが怖くないのか?」
「怖いのはヒトの欲望だ。何時の世も、どの場所でも。アイツを生み出す過程で築かれた屍山血河に比べりゃ、ホムンクルスの人喰いなんか可愛い方だ」
「アイツ、ねぇ? あのボンボンがそんな恐ろしいモンにゃ到底思えないけどよ」
「だろうな」
 嘯き、カナードは犬歯を剥き出してぎたりと笑った。
 下手な同属より余程凄みのある表情に、バルサムは穏やかならざる心中を隠して表向きは同意しておく。
 アイツ。
 カナードが頻りに話題に出す、とある青年を指す言葉。
 彼と共にこのコミュニティへやってきたその青年は、ホムンクルスの一般論からすれば余りにも貧相で頼りない存在だった。
 一応はコーディネーターらしいが、体力も精神面もかなり凡庸。下手をすると良く鍛えたナチュラルの方が余程有用に思える、そんな感じの男だ。
 過去に何があったかは知らないけれど、言う事の割にはカナードはその“アイツ”とやらを一応それなりに宛てにしているらしい。
 ――――時に。
 ホムンクルスが運営する組織に加わった人間は、ナチュラル・コーディネーター・ハーフを問わず“信奉者”というカテゴリーに分類される。
 その大半が、不老不死を得たい、強靭な肉体が欲しい、至る理由は様々でも最終的にはホムンクルスになりたいで集約されるような願望を持つ連中だ。
 様々な理由で組織に組み入っている彼らであるが、最終的に悲願を達成できる率は途轍もなく低い。
 与えられた任務の過酷さに膝を折った者、下手を踏んだ代償を己の命で払わされた者、上層部の機嫌を損ねてしまい消された者、何となく腹が減ったホムンクルスに間食として喰われた者。こちらも理由は様々、死ぬ時は死ぬのだ。
 実力、要領、何よりも運が良くなければ、己の望みを叶えさせる事は出来ない。
 そう。カナードは、信奉者の中でも頭三つは飛び抜けて強いのである――――それこそ、自前で持っていた核鉄を組織に献上させず、所有し続けるのを許すくらいに。
 力こそが全て、とは言わないが、『堕月之女神』ではやはり強い者が持て囃される傾向にあった。
 発足当時からこの『堕月之女神』に籍を持つバルサム、その立ち位置は一応幹部のようなところだ。
 しかしここにきて腕利きの新参が多く入ってきたため、内心ではお株を奪われやしないか戦々恐々としていたりする。
 その筆頭が、この、カナード。
「まぁ、雨風凌げて飯も食えるんだ。これ以上はそうそう望まないさ」
「だといいがね…………」
「不安か?」

827/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/03/18(水) 19:16:39 ID:pYyNBAd.0
 バルサムの呟きに、カナードが見透かしたような言葉を被せた。
 ちら、今まで意図的に外していた視線を合わせ、そしてバルサムは返す。
「人間風情が何匹歯向かってきたとこで、オレ達は敗けゃしない」
「ほぉ」
「あんま図に乗んなってんだよぞ」
 それは倣岸な人間を脅かす恫喝か、はたまた不遜な人間を抑える警告か。
 思わず零してしまった台詞に、カナードはさしたる反応も示さず薄く笑ったまま。
 甲斐が無ぇ、バルサムが溜息を吐くのも道理であった。
「まぁ、精々使い潰されないように上手くやるさ。俺とて死にたくは無い」
「どの口が抜かすんだか」
 しかめっ面してきりきり歯を擦り合わせるバルサムにしたり笑いを飛ばし、カナードはすっくと立ち上がった。
 すっかり空となった紙カップを所定のゴミ箱へ落とし、体を二、三度ほど捻る。
「そろそろアイツが中間報告を入れてくる頃だな、仕事するとしよう」
「さっさと行っちまえ、そんでメリオルに怒られちまえ」
「? どうしてそこでメリオルの名前が出るんだ?」
「…………なんでもねーよ」
 言い、バルサムは濁すようにぺっぺと手を動かす。
 思う事はあったが深く聞かず、カナードは首を傾げながら廊下へ出て行った。
 途端に落ちる沈黙の帳の中、バルサムは思い起こした。
 メリオル・ピスティス。数ヶ月ほど前に何処ぞのコミュニティから遣されて来た、気の強そうな顔立ちに眼鏡を掛けた怜悧な美貌を持つ“信奉者”の女性。
 派遣直後からカナードと組んでの仕事を回されていて、それが縁で彼を懸想するようになったらしい。当人に聞いたわけではないが振る舞いでわかる。
 しかし当のカナードが色恋に気を割くタマで無いため、その思いはほとんど報われていないのが現状だった。
「けっ、世間様の春もバケモノにゃ見向きしたくありませんってかねぇ」
 誰宛かも分からぬ心の澱を吐いて、バルサムは長椅子へごろりと寝転がった。

「…………あぁ、上手くやるとも。上手く、な」
 薄暗い廊下を往くカナードの独白も、また、闇に消え。


 同刻、『堕月之女神』司令個室。
 禿頭を片手で撫でながら、ジェラード・ガルシアは黙考していた。
 数日前、先に仕掛けたホムンクルス禁錮施設襲撃は大成功といって差し支えない結末だった。それなりに使えそうな手駒が幾つか手に入ったのも良い。
 しかしそこで欲を出したのがケチの付き始めだったのだろう。
 ブルーコスモス上層部のとある御仁からラクス・クラインをなるべく無傷で連れて来いとのお達しが下っていたのは、時間にしておよそ2ヶ月ほど前の話だったか。
 施設襲撃で仕入れた手駒のチェック中に件の方と同じ声の女がいた事で、ガルシアはそれを思い出したのだ。
 肉体を整形することが出来る武装錬金の使い手が禁錮施設にて見つかったので、無事成功したら釈放するという交換条件でそいつに施術させた。ホムンクルスに普通の品では歯が立たない。
 そこまでは良かった。
 顔だけをラクスそのものとする施術が見事完了したその直後、この女が禁錮施設に収容された経緯が部下の調査で判明。
 要するに、本物のラクス・クラインがこのオーブに存在すると知れてしまったのだ。
 用済みな上役立たずと成り下がった整形師(コーディネーターだった)を間食にしつつ、ガルシアはすぐさま彼女の身柄確保を部下に命じた。
 そしてまた誤算だったのが、禁錮施設で仕入れた連中の余りにも強すぎる我。
 命令には碌すっぽ従わない、制限されている人食いを勝手に行う、データを引き出す前に施設まで破壊する。
 堪ったものではなかった。
 なまじ一般のホムンクルスより腕があるため、以前から『堕月之女神』に所属していた者とも折り合わず。というか合わせる気が向こうにない。
 そういう訳で、最初に向かわせたアカツキ島の施設では残念ながらラクス・クラインの身柄確保は出来なかった。不幸中の幸いは、幾つか転がっていた端末の残骸から彼女の現在所在地が割り出せた事。

927/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/03/18(水) 19:18:34 ID:pYyNBAd.0
 なれば。
 今度は半分同じ血を継ぎ、そしてほとんど同じ顔となったあの女を当たらせてみよう。
 思いついてしまったガルシアは、早速あの女ことミーアを勾留牢から出し、他のもうちょっと忠実な部下と共にカグヤ島へ向かわせる。
 この時に少しばかり目を離したのが、最大の誤算だった。
 彼女らが出発してから1時間強、惰眠を貪っていたガルシアの所に恐るべき報告――例の凶悪ホムンクルス三体組が勝手に襲撃部隊へ加わっていたとの事――が飛び込んでくる。
 最後に部隊のメンバー確認を行った信奉者を腹癒せに喰らいつつ、ガルシアは禿げ上がった頭を抱えた。
 予断だが、この信奉者はチェックを怠ったわけではなく、ただホムンクルス3体に凄まれたせいで抗えなかったのだ。信奉者の命は実に安い。
 満ち満ちていた不安は、案の定的中する。
 またも大暴れしやがったホムンクルス3体組!
 結局捕まらなかったラクス・クライン!
 おまけに一緒して逃げ出した整形済み偽ラクス!
 次々舞い込むトラブル(その大半は自身の失態が原因なわけだが)に、ガルシアは頭から突っ伏した。
 今まで世界の裏にてコソコソと生き長らえていた、弱小と認識して差し支えない組織こと『堕月之女神』。それが、この短期間で禁錮施設三ヶ所を破壊する暴挙に出たのだ。
 最早向こうもいい加減此方を見縊りはしなかろうし、安穏に考えてはいられない。
 そんな事を思っていた矢先に、例の3体組の2人――クロト・ブエルとシャニ・アンドラスが独断専行したと、残りの一人オルガ・サブナックから報告されたのだ。
 クロト・ブエルは折角偽ラクスを発見した癖に、何故か錬金の戦士へ突っ掛かり、敗北。
 シャニ・アンドラスは近隣学園の学生寮を深夜に襲撃するも、錬金の戦士に発見され、敗北。
 双方とも撃滅され、挙句虎の子の核鉄まで奪還されてしまった。
 回収に向かって失敗したバルサムに思わず小言を一頻り投げてしまうのも無理ない話であろう。
 叱責しなかった理由は、まぁ、彼が割と長い事自分に忠実に付いて来てくれているから少しばかり甘い目が出たわけで。
 返す返すもラクス・クラインを取り逃がしたのは失敗だった、後悔の坩堝に嵌るガルシア。
 と。
 ――ヴィィ、ム
 来室を知らせるブザーが卓上で喚いた。
 相手の顔を確認したところ、歪んでいたガルシアの口元に少しばかり笑いが戻る。
「入りたまえ」
 なるたけ厳粛な雰囲気を作ってセンサーに呼び掛け、ドアに開くよう指示を出した。
 ふしゅ、エアロックから空気が抜けて、向こう側に立つ者の姿を直に晒す。
 軟弱そうな気配、癖のない茶髪、中性的な顔立ち、線の細い身体。
 つい先程こちらへ顔を出すように言っておいた者、見た目だけならおおよそ頼りない青年であった。
「君か。先日はご苦労だったね、お陰で一時ながらラクス・クラインの足取りがつかめたよ」
「恐縮です」
 ガルシアの形ばかりの世辞に、青年は陰を帯びた微笑で応じ一礼する。
 彼こそが、端末の残骸から情報を引き出しラクス・クラインの所在地特定に貢献した信奉者であった。
 情報は直接的な武器以上に役立つ事が多々あるのをガルシアも承知している、そのためにこの青年は信奉者でありながらかなり重宝されているのだ。
「しかし彼女はまたも我々の手からすり抜けた」
「…………由々しい事態ですね。では捜索を僕に?」
「あぁそれもある。だが、君にはもう一つ別の仕事も頼みたい」
「別の仕事、ですか」
 怪訝そうな顔をする青年に、ガルシアはにやりと笑った。
「このオーブに戦団が戦士を遣したのは、あの混ざり物についてを調べ上げた君なら知らない筈がないな。で、その戦士が誰であるかを特定して貰いたいわけだよ」
「成る程、わかりました。戦団の方に直接ハックを?」
「あぁ、直接はいかんよ直接は、もっとマイルドに行きたまえ。ただでさえ監視の目は厳しい、電脳上も同じだろう」
 ややオーバーに首を振るガルシアに、青年は心の中で溜息を吐いた。
 電脳上の事に関しては貴方より余程自分のほうが精通している、そんな釈迦に説法する真似などせずともヘマなんかしやしない。

1027/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/03/18(水) 19:20:10 ID:pYyNBAd.0
 そう思いはしても口に出さぬ、処世術も初歩中の初歩だ。
 青年がそんな事を考えているなぞ露知らぬまま、ガルシアは腰掛けている椅子を回し青年に背を向けた。
「幸い、馬鹿2人がダイイング・メッセージを遺してくれた。暴れるしか能の無い連中だったが、最期ぐらいはそれなりの事をする」
「ダイイング・メッセージ…………彼らが消息を絶った近辺を洗えば良いんですね」
「理解が早くて助かるよ」
 背凭れの向こうでガルシアが笑っているのが、此方からでも何となく解る。
 実を言うと、青年にはこの時点で既に戦士達の所在地について一応ながら算段が付いていた。
 混ざり物――ミーア・キャンベルが起こしたクライン邸襲撃事件の調査や、施設に遺されていた端末の情報復元を行った身だ。その中で彼らが何処を拠点にしたか、これだけの情報でも場所は絞り込める。
 けれど、それを言う気は無かった。
 青年には目的があり、今ここで戦士達の情報を吐くと不都合が生じる。
 まだ、彼が来ていない。
 面従腹背、出来るだけ先延ばしして時間稼ぎを――――
「なぁ?」
「っ」
 考えを読まれたかのごときタイミングで、ガルシアが青年に声をかけた。
 ぐっと息を詰まらせた青年へ畳み掛けるように、後ろ向きの男は、威圧的な色を滲ませて問う。
「よもや、不埒な事は考えていないよなぁ」
「…………無論、です」
「それならば良いんだが」
 ぐるり、椅子が再び回り、ガルシアの姿をこちらに戻した。
 机へ両肘を突いて顔前で指組みし、ぎろりと見据える。
 ホムンクルスの一集団を率いるに相応しい、凄みを帯びたおぞましき兇眼で。
「解っているな? この『堕月之女神』の門戸を叩いた瞬間だ。その瞬間から、君は既に――――」

  裏 切 り 者 の コ ー デ ィ ネ ー タ ー だ 

 臓物を錆刀で抉り散らすような、そんな鈍くも鮮烈な闇が、青年の心に噛み付いた。
 そう。後でどう取り繕っても、自分がホムンクルスのコミュニティに所属していたことは変えようが無い事実。
 理由がどうあれ、その過程で自分は、人類を裏切った。
 自覚しないよう努めていた闇をガルシアに掘り返され、青年は顔を真っ青にしよろめいた。
「ふむ、まぁ今日は休んでおくといい。下がりたまえ、明日からは励めよ」
「……………………ぁ、ぃ」
 返事にもならぬほど小さい声で零し、青年はのったりと司令室から出て行く。
 半死人の足取りで廊下の向こうに消えていく背を一頻り眺め、ガルシアは無線を動かした。
 ガルシアもまた、青年をただ飼い馴らせていると思ってはいない。
 保険をもう少し強めておくか。
「……ワタシだ。っておい待て切るな、オレオレ詐欺をこの無線でやる馬鹿がいるか! 司令だ、ジェラード・ガルシアだ!!
 全く貴様は、あの男の下についてからヤケに反抗的だな? 別の者と組ませるぞいい加減!」
[――――――――]
「えぇい、それが嫌なら働け! あの男が連れてきたコーディネーター、彼奴に仕込んだモノの濃度を少し上げるだけだ」
[――――――――]
「その通り、彼奴自身よりも仕込んだモノの方が御しやすいのでな。解ったらさっさとやれぃ」
 言うだけ言って無線をブツッと切り、ガルシアは深く背凭れに寄り掛かる。
 やんちゃ者ばかりが増えて、上に立つ者は大変だ。
 言った奴は兎も角中身だけならそれなりに賛同者のいそうな言葉を心中に浮かべ、瞑目。
 しばしの間、ガルシアは休息を取る事にした。
 不死身でいるのも、中々大変なのである。
                           第23話 了


後書き
 23話投稿です。ミーアがデレ期の入り口にきました、そしてウチのとこのラクス嬢にブラックな他意は一切ありません。
 脇の視点が多すぎて中々話が進みません。どれもこれも主役より脇役が好きな性分のせいですごめんなさい。
 OOやら他の方のネタなど、俺も是非見たいです。自分だけだと煮詰まりかねませんし、皆様をお待たせする期間が長すぎて気が退けます故に……もっと早く書けりゃ一番なのですがorz
 それでは、本日はこの辺りにて失礼を致します。それではまた今度に、ギギー。

11名無しさん:2009/04/15(水) 00:04:55 ID:b/ENEdZk0
こんなとこにあったのか!!GJ!
探しても見つからんと思ったら避難所とは・・・

12名無しさん:2009/05/19(火) 22:28:27 ID:Bir3y.oc0
GJ!

てっきりもう書かれてないのかと思ってガッカリしていましたけどまだ続いてるようで安心しました!次回も楽しみにしています!

1327/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/12/24(木) 23:44:42 ID:.fhkTlXE0
 その日、オーブ国営国際空港に、一人の青年が降り立った。
 水底を思わせる蒼い髪に愁いを帯びた翠の瞳。
 一見線の細い体を黒基調の仕立てが良い服で包み、手にはキャリーバッグひとつ。
 良く言えば優しげな、悪く言えば軟弱そうな、どちらにせよ抜群の整い方を誇る顔立ちには、これといった感慨の一つも浮かんでいない。
 旅に悪い意味で慣れた者のする表情であった。
 ころころとキャリーバッグを引き連れて椅子に腰掛け、青年は先程買ったミネラルウォーターを口に含む。
 父親から久しぶりに届いた連絡、何かと思えばこの島国への出向命令。
 思うことは無いでもないが、文末に一言「体に気を付けろ」とだけ書いてあっただけでなんとなく反抗する気が失せてしまう自らの易っぽさといったら。
 一気にボトルの半分ほどを喉へ流し込んだ青の方に、向こうから人が走り寄ってきた。
 紫色の髪、やや面長気味な顔は青年よりも軟弱そうな気配。
 上背も青年以上に高く、それでいて体を細く見せるような服を着ているものだから、相対的な身長比はよりいっそう大きく見えよう。
 座ったままもいかんと判断し、すくりと起立。
 現れた方の青年は、今立った青年ににこやかかつ疲れた顔で遠間から話し掛ける。
「やぁー、はぁ、遅れてごめんねぇー、はぁ、はぁ。急いだんだけ、ど、はぁ」
 疲れた顔は単純に走ってきたせいだったか。
 苦笑が浮かびそうになるのを必死に堪えながら、座っていた青年はきっちりと一礼した。
「こちらこそ、ご足労をさせてしまい申し訳ありません」
「ふー、ひー、ふぅー…………そんな畏まんないでよ、むしろ今回はこっちが助けてもらう側なんだから」
「はっ。及ばずながら力を尽くしたく思います、ロマ・セイラン殿」
 青年の硬いセリフに、もう一方の青年は額の汗をハンカチで拭きながら困ったように笑う。
 ユウナ・ロマ・セイラン。
 ここオーブの政において陣頭を取る五大氏族がひとつ――セイラン家の長男坊。そして、現オーブ政府管轄下の錬金戦団員を纏める者だ。
 ちなみに彼は大戦士長ではない。そもそも戦士ですらない。中間管理職みたいなものだ。
「ユウナで構わないよ。君の噂はここまで届いてる」
「噂、ですか」
「そ。成果とか実績とか評判とか」
「…………自分はまだまだです。総戦士長、父、どちらの足元にも及びません」
「あの人らは海千山千の古強者だよ?」
 比較対象がおかしい、ユウナは青年の渋い顔をその一言で切って捨てる。
「大体ね、君くらいのレベルの人間は『及ばずながら』なんて社交辞令でも言うべきじゃない。過ぎた謙遜は時に他人を傷つけるんだ…………僕みたいなのもね」
 息の大分落ち着いた様子で、自分を指差すユウナ。
 彼は彼なりに、自ら戦う事が出来ない事を気にしているのだろう。
 言外の思いが理解できた青年は、ひとつ深呼吸してから改めて頭を下げた。
「…………失礼致しました。私もプラントの看板を背負い遣わされた身、必ずや御期待に副える働きをしてみせます、ユウナ殿」
「うん、頼りにしてるよ。よろしくね」
 にっと笑いながら差し出されたユウナの右手を、青年も笑みと共に握り返す。
 ペンだこがある細いユウナの手と、顔に似合わぬ無骨さと力強さを内包した青年の手。
 重なった手を離し、青年はキャリーバッグの持ち柄を取った。
「それじゃまずは、国防総省の方に顔を出そう。先行チームとの合流はその後で」
「了解。先任の戦士長、ハイネ・ヴェステンフルスでしたね」
「その通りだけど、ひょっとして仲良かったり?」
「いや、長丁場で組んだ経験が無いので仲良しとは言い難いです。ただの知り合いくらいかと。
 けれど優秀な人だとは思います、スタンドプレーしか取り得が無い俺と違って集団での動き方動かし方を良く知っている」
 真剣な顔で首肯する青年に、ユウナは少し可笑しくなってしまった。

1427/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/12/24(木) 23:46:34 ID:.fhkTlXE0
 どうもこの男、先も言った通り謙遜が過ぎる。
 ユウナの楽しげな表情に、青年は心底怪訝そうな顔で首を傾げるのだった。



「突然だが、一時間目の授業時間を使って二者面談を行う」
 朝のHRが始まって開口一番トダカの発した言葉に、クラス中の生徒は目を丸くした。
 いきなりにも程がある。
「…………えっと、先生、なんでまた急に」
「俺もよくは分からんが、ウエから要請があってな。対象はここの学生寮に入っている者だ、それ以外は自習をしているように」
 自習、という言葉に勉強嫌いな面々が小さくガッツポーズを取った。
 反対に面談の対象者となった面々の大半はどんより濁った表情を作る。壮年男性の先生と顔を突き合せて2人きりはあまり嬉しいシチュエーションではないのだ。
 すぐ隣の空き教室で面談を行うらしく、名前順で一番最初のクラスメイト(男)が、肩を落としながらトダカと一緒に教室から出て行く。
「面談、ねぇ。この時期で何かあったっけ?」
「まだ受験まで1年は優にあるしなぁ」
「まだ1年、けれどもう1年。時間はどんどん減るのにやる事はどんどん増える」
「ひぎぃぃぃ反比例らめぇぇぇ」
 ヴィーノの静かな脅し文句にヨウランは呻きながら手を震わせた。
 最近成績がガタ落ちしているシンもひっそり震えている。
 基本的に、勉学にやり過ぎは無いのだ。
 震えるダメな方のバカルテット(バカ四人組の意)2人を他所に、良い方と普通な方のバカルテット2人は今回の面談について考え始めた。
「ウエからの要請と先生は言っていたな。それと対象者が学生寮入居者に限られる以上、話の種は大分限られそうだ」
「んー、居住マナーが悪いとか? でもそんな感じは無いよね」
「そこはむしろヴェステンフルス管理人が来てからの方が善転している筈だが」
「それじゃ一層理由が分かんないなぁ。別に変な事は無かったと思う、け、ど…………」
「ふむ」
 ふと、ヴィーノがシンに目線を向けた。
 腕組みしているレイもそれに続き、何となく空気を呼んだヨウランもそちらを向く。
 (゚д゚)(゚д゚)(゚д゚)
「…………こっちみんな」
「サーセンwww」
 薄笑いするヨウランに軽く蹴りをくれ、シンはぐでりと机にもたれた。
 変な事といえば、皆にしてみればシンとハイネが行っている謎の特訓であろう。
 しかし、周囲に迷惑を掛ける真似はしていないと胸を張って言える。言えるだけに、今回の面談の理由が分からなかった。
 何故だか考えている間に、面談はシンの番となったらしい。
 前の順番だった女子から呼ばれ、シンは椅子から立ち上がり教室を辞した。
 すぐ隣の空き部屋、失礼しますと声を飛ばしてから戸を開ける。
 人がいないだけで随分がらんとした印象になる教室の真ん中に、トダカは自分と生徒用の机椅子を用意し座っていた。
「来たか。掛けてくれ」
 返事一つ、シンは素直に椅子へ腰掛ける。
「さて、面談といってもまぁ大したことはしない。聞く事が二、三ほどあるだけだ」
「聞く事ですか?」
「あぁ。国内でここ最近行方不明者が多発しているというのは知っているな?」
 行方不明者の言葉に眉根が揺れた。
 間違いなくホムンクルスの仕業だと思うも、それを表には出せぬと必死に抑える。
「…………新聞とかニュースでも、やってますよね」

1527/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/12/24(木) 23:47:12 ID:.fhkTlXE0
「そうだ。そして行方不明者が出た時には、必ずといっていいほど同時に不審者も出没している」
 一瞬脳裏を過ぎったのは、あの乳デカ性悪バラ女。
 確かにありゃ不審者だと苦い思いを噛み締めつつ続きを聞いたところ、要するに今回の面談はそういった不審者がこの辺で出ていないか訊ねるためのものらしかった。
 だが、それなら教室中で皆がいる時に纏めてアンケートでもすればいいだろうに。
 そう思ったので聞いてみようかとも考えたが、先程ウエからの指示だと彼が言っていたのを思い出したので口を閉ざす。
 しかし、不審者。
「当校でも今年度から警護用のロボットを導入しているが、そういうものに出番はやはり無い方が良い。アスカはそういった者は見ていないか?」
「あー、ケバい服と仮面つけた頭の悪そーな女は、こないだ見掛けましたけど」
「…………それは、まぁ、個人的な趣味かも知れんなぁ」
「言ってから俺も思いました」
 2人して苦笑い。
 ふぅと息を吐き、シンはふと思い返した。
 トダカはシンにとって、今のところ最も心を許せる大人であった。
 シンが嘗て両親を喪い妹を失った際、混乱と動揺と失意と絶望の最中にあった彼を一番親身になって助けてくれたのが、アスカ邸の近隣に住んでいたトダカだったのである。
 自分で自分の記憶を封じ込めるほどのトラウマを刻まれ、触る者全てに敵意を返す荒れに荒れた精神状態。
 それを一所懸命に宥め、時には叱り、時には涙しながらも真っ当な道に戻してくれたのは、他ならぬ眼前のこの人だ。
 妻に早く先立たれ子供も居なかったトダカは、シンをそれこそ実の子のように守り護ってくれた。
 この学校の寮に入るまで自分を下宿させてくれたりもした。
 あれから幾年。
 あの時の全てはホムンクルスの暴挙だと思い出せてしまった今こそ、改めて思う。
 この人を、この人達を、今度は俺が護りたいのだと。
「と、時間も時間だな。ありがとうアスカ、次の人を呼んでくれないか」
「分かりました」
 程ほどに話したところで時間が来たらしく、トダカはシンを促した。
 立ち上がって部屋を辞しようとするシンの背に、ふとトダカが声を掛ける。
「無茶はするなよ、シン」
 シン。
 そうトダカが呼ぶ時、彼は教師でなく一人の人間としてシンに呼び掛けているのだ
 胸中にこみ上げるものを感じながら、シンは振り向いて笑った。
「ありがとう、オヤジさん」



「ありえん! こんな、これはっ!」
「ちょっと、落ち着きなよ」
「えぇい、落ち着けるものか!」
「そんな事言ったって、それは確実な情報なんだよ。残念だけれど、ね」
「信じられない!」
「そうだね、ボクも信じられないよ。けど、今までの事を考えたら彼らが嘘を報告するとも思えない」
「…………確かめに行く」
「え?」
「あいつの剣は、真っ直ぐだった! 強くなりたいって熱意が在ったんだ!」
「でもそれは、今まで見せられてきた一側面だけじゃないか。本当の意思がその通りかは分からないだろ」
「だからこそ自分で確認するんだろう! しなければ気が済まない!」
「…………そう、か」

1627/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/12/24(木) 23:47:49 ID:.fhkTlXE0
「お前と、あいつらの言う事だから信じたい。だがどうしても信じられない」
「そう、だろうね。僕も同じ立場だったら一緒の事を考えたよ」
「なら何故お前は平然とっ…………す、すまん」
「いいよ。行ってきなよ、君の気の済むように」
「止めないのか?」
「あぁ、止めたって聞かないしね」
「…………万が一の事が起こったら、後は頼むぞ」
「なら起きない事を祈るよ」

「――――逝ったな」
「往ったよ」
「こうも計画通りだと笑えてくる」
「そうかい」
「のりが悪いじゃないか」
「堕ちるところまで堕ちた事を嘆いてるんだよ」
「ハハ、良い顔になってきたと思うがなぁ」
「…………約束、忘れてないね」
「ん? あぁ、それは忘れちゃあいないさ」
「彼女に手を出したら、許さないよ」
「許さない、ねぇ? おぉ、こわいこわい」
「…………」
「大丈夫さ、手筈通りにやればな。何も心配は要らない」
「僕らはきっと地獄に落ちるね」
「何れこの先は修羅の道、後悔するには手遅れだ」
「…………せめて、万が一は僕に起こってくれ」



 時は大分経ち、夜半を迎えた頃。
 寮の自室に居たシンは、ふと懐が震えだした事に気付いた。
 ズボンのポケットに仕舞っていた携帯電話だ。
 メール着信を示す表示画面、送り主は。
「…………部長?」
 すっかり馴染みとなった武勇の先輩、カガリ・ユラ。
 メールの内容は、とにかく学校の校庭へ来てくれという事であった。
 不思議に思いつつも、何の気なしにすぐ向かうと返信。
 スリッパを突っ掛け廊下へ出、そこで向こうからハイネが歩いてくるのを発見する。
 丁度良い。
「ハイネぇー。俺ちょっと学校行ってくるよ」
「んぁ、なんか忘れモンかぁ?」
「部長に今呼び出されたんだよ」
「あーそぉ、気ぃ付けて行ってこいよ。トダカ先生がこの後来るらしいから程々の時間で帰るようにな」
「先生が? あぁわかった、了解!」
 何だろうかと首を傾げつつ、頷いて歩き出すシン。
 その途中でふと振り向いてみると、ハイネは懐からPDAを取り出していた。

1727/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/12/24(木) 23:48:37 ID:.fhkTlXE0
 何だろうかと思いつつも、部長を待たせるわけには行かないので気を取り直しまた走り出す。
 玄関で靴にさっさと履き替え、駐輪所へ向かう。
 近くのガレージから作業音が聞こえた。おそらくヴィーノとその新しい相棒であろう、前の車はシンがスクラップにしたようなものだし。
 申し訳ない事を思い出しつつも、自転車を転がし一路学校へ。
 大した坂も無い平坦な道を進む事数分、すぐに母校が見えてくる。
 警備の人に何か言うようかな、その考えはすぐ疑念へ変わった。
 正門が全開なのだ。
 この、最早先生達とて各々帰路へ着いていよう時間にも関わらず。
 校舎自体が真っ暗なのも相俟って、異様な雰囲気を感じる。
 ふと昼間にトダカが言った警備ロボットの件を思い出し、もしかして入った瞬間追われ始めるんじゃなかろうかとも思考。
 携帯を出しカガリにメールを打つと、すぐ返事が返ってきた。
 いいから早く来い。
「…………何なんだよ、一体」
 至極当然な言葉を零しつつ、シンは自転車を転がして正門に一歩踏み入った。
 そのまま数秒待つも、音沙汰なし。警備ロボットとやらの登場はないようである。
 ちょっと安心しつつ、駐輪所へ自転車を留めて歩き出す。
 目的は、少し歩く必要のある第二校庭。
 深夜の学校は、側を歩くだけでも凄まじい威圧感を感じた。ホラー映画みたいな気分だ。
 だが、おばけはともかく怪物の方は実際に存在する。
 そして自分は、それに対抗する術がある。
 そう考えると無闇矢鱈に怖がるのもバカらしく思えたので、とっととカガリと会ってくる事にした。
 小走りで数分、正門側からは校舎を挟み反対側にある第二校庭へ到着。
 周囲に副校舎や技術科室棟があるため外部からの目に晒されにくいこの第二校庭は、立地条件上日当たりが悪いので夏場の授業に用いられる事が多い。
 夜は陰がきつく、少し寒く感じる。
 もう一枚羽織って来ればよかったかと思いつつ校庭へ踏み入ると、その中央にはもっと寒そうな格好をした待ち人が居た。
 上下真っ白な胴着袴を身に着けた、カガリ。
 胴着の左肩側を何故か肌蹴させており、比較的豊かな胸はさらしできっちり巻き付けられていた。
「部長」
 一声上げたシンに、彼女が首だけ振り向く。
 踊る金色の髪。
「…………来たか」
「すいません、ちょっと遅れました」
「いや、私も悪かったな。急に呼び出したりなんかして」
 走り寄りながら、シンはふと思った。
 この話の流れ、もしかするか?
 一瞬下世話な想像が脳裏を過ぎるも、直後、カガリを見てそれを一気に霧散させる。
 色事の気配など一切無い、張り詰めた表情だった。
「聞きたい事が、出来た」
「聞きたい事、って、俺にですか?」
 こくんとカガリが頷く。
「ここ最近、行方不明事件が頻発している。この国にも残念ながら警邏の目が届かない場所があるから、実際の被害者は発表より多いだろう」
「…………」
「普通じゃあないと、私は確信している」
「…………確かに、普通じゃない」
 ぽつり、シンの口から漏れた言葉。

1827/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/12/24(木) 23:49:13 ID:.fhkTlXE0
 ぽつり、シンの口から漏れた言葉。
 それに彼女はもう一つ頷いた。
「私はな、アスカ。知らなきゃいけないんだ、事実と真実を」
 向けられた顔、目がゆっくりと細まっていく。
 一足一刀の間合い。
 その左手に何かが握られているのを、シンは今気付いた。
 硬質な、何か。
「ホムンクルス」
「!!」
「アスカ。お前は、それか?」
 一瞬、シンは何を問われたのか理解できなかった。
 ホムンクルス。
 人に依り憑き人を侵し、人に仇為す人の敵。
 自分がそれであるかを問われたのだと理解した時、カガリは既に臨戦態勢とでも言うべき姿勢を取っていた。
 ホムンクルスなど、普通の人間がぽんと口に出せる単語ではない。
 今このタイミングでそれを言えたカガリは、必ず錬金術と何らかの関わりを持っている。
 だが、敵か味方かがわからない。
 以前ステラが学校に信奉者が入り込んでいるという情報を伝えてくれたが、まさか。
 まさか、彼女がそうなのか。
 左胸に手を当て、シンは呻くように訊ね返す。
「それを聞いて、部長、アンタはどうするんだ?」
 言ってから、しまったと思った。
 カガリの目がずんと重苦しく据わったのだ。
 万一の場合はフォースで即離脱を、いや聞く前に速攻すべきか、けれどこの人は。
 動揺し考えの纏まらないシンに、カガリは確固たる意思を込めた声で言う。
「返答如何によっては――――」
 その先を言うことなく、口を閉ざすカガリ。
 彼女は武器になりそうな物など何一つ持っていない。
 なのに。
 シンは、今の一言で彼女が刀の鯉口を切ったかの如く感じたのだ。
 もし彼女がホムンクルスの側であったら、事実を言った瞬間首が斬り飛ばされる。
 そう思えるほど、カガリからの威圧感は凄まじかった。
 フォースを展開して一度離れるべきか、そんな考えさえ頭を過ぎったところだった。
 半身だったカガリが、全身をこちらへ向けたのは。。
 健康的な肌色を夜陰に晒す左肩。
 そこから繋がった胴に、ホムンクルスないし信奉者の証明たる章印は――――無い。
 一瞬の後、シンも羽織っていた上着を剥がしシャツの襟首を下に引き、左胸を見せ付ける。
 生涯2度も穿たれた、それでもまっさらな左胸を。
「…………違います。俺は、正真正銘、人間です!」
 じっと、目を見る。
 視線が交錯すること数秒。
「そう、か」
 呟きと同時に、カガリからの威圧感がふっと消失した。
 思わず息を止めてしまっていたシンは、ようやくといった様子で勢い良く肺に外気を取り込み始める。
 それを見詰めるカガリに、異なる二つの感情が見受けられた。
 安堵と、悲しみのような気配。
「良かった…………これでお前を、斬らなくて済む」
「きッ!?」
「冗談じゃあないぞ、本気だった」
 愕然とした表情のシンに笑いかけるカガリ。
 その左手には、相変わらず何物かがしっかと握られている。

1927/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/12/24(木) 23:50:11 ID:.fhkTlXE0
 どう見ても刀はおろかカッターにすら見えないそれであるが、シンは知っていた。
 あんな感じの、剣にも銃にもなりえる金属を。
「まさか、それは」
「どちらにしろ、やはりコレは知っていたんだな」
 左手に握っている物をずいとシンの前に突き出すカガリ。
 夜を裂くほど鮮烈に紅い、六角の超鋼。
 核鉄。
 市井の者が易々入手できるはずも無いモノを、彼女は手にしている。
「…………部長、アンタは一体なんなんだ」
 呆然と呟かれたシンの言葉に、カガリは良く通る声で返した。
 多くの者にとって正しく驚愕すべき、真実を。

「オーブ前首長ウズミ・ナラ・アスハが子、カガリ・ユラ・アスハ」

 ウズミ・ナラ・アスハ。
 現首長ホムラ・ジラ・アスハの実兄にして、この国に平穏と安定をもたらした立役者のひとり。
 首長職を辞してからは滅多に表のメディアへ出る事はなくなったが、その雷名は今なお各方面に大きな影響を持っている。
 今はオーブの錬金戦団にて後進の教育に専念している。政の側にいると口を出したくなるからだそうだ。
 実際にシンも彼と会った事がある。
 戦士見習いとしてハイネに連れられ戦団のオーブ本部に顔を出した時、ちょうど目の前を通りかかったので挨拶したのだ。
 以前はテレビ越しで一方的に見ていたような人物と最近よく目通しが叶うものだと恐縮しっぱなしだった記憶がある。
 しかして。
 ウズミは現在かなりいい歳なのだが、未婚である。公式に子供がいるという発表も聞いた事が無い。
 先に会った時も、同じ学校へ通い同じ道場で修練しているという情報を向こうは知っている筈なのに、別段何を言われるわけでもなかった。
「養子なんだ。本当の両親は顔も声も知らない」
「なんでそれを隠してるんです?」
「高校を出るまでは普通の子として歩むのもいいだろう、そう父様が言ってくれた」
 それに騒ぎにもなりそうだしな、辟易した顔でカガリは言う。
「でも、こうしてやってるじゃないですか。普通じゃない事」
「そう言われるとぐうの音も出なくなるな」
 苦笑しつつ、けれどと彼女は続けた。
「私も戦いたいんだよ。アスハの子として、ジンムの生徒として、そしてオーブに生きるひとりの人間として、このオーブを守りたい」
 その言葉は、シンの心にすとんと落ち着く。
 自分も同じだ。
 自分も、誰かを守りたかったから、そのための力を手に出来たから、錬金の戦士に加わったのだ。
 だが、そうだとすれば腑に落ちない事がある。
 ひとつは、核鉄の出所。
 本来、核鉄の総数は全世界プラントも含め100個。そしてその内の幾つかは既にロストナンバーとなっており、実際の総数はもっと少ないらしい。
 そして、使う者のいない核鉄は万一が無いよう凄まじく厳正に管理されている。
 周囲に少なくとも5個以上存在しているためシンには実感が無いが、核鉄はそう易々と出回っていい代物じゃあないのだ。

2027/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/12/24(木) 23:50:44 ID:.fhkTlXE0
 その事を問うてみると。
「これは私が10歳になった時父様がくれたものでな。後に稀少さを聞いたから返そうとしたんだが、お護り代わりだといって聞いてくれない」
 親バカここに極まれり。
 あんまりな真実に、シンはげんなり肩を落としカガリも遠い目をした。
 まぁこれで一つの疑問は片付いたが、もうひとつ問題がある。
 シンがホムンクルスだなどという言伝を彼女に送ったのは、何者?
「ていうか、部長は正式な戦団のメンバーじゃないんですよね。どっから情報入れてるんです?」
「昔から付き合いのある奴が、戦団にアクセスできる権限を持ってるんだ。私自身は触れられない事もそいつが教えてくれた」
 その言葉に、シンは違和感を抱いた。
 戦団の情報には当然のごとく守秘義務が課せられており、部外者に漏らした場合はかなり重い罰則が在る。
 幾らカガリがウズミの子であるとはいえ、普段は事実上ただの一市民と変わりない。
 そんな彼女にリスクを抱えてまで情報を渡す人間が、果たして戦団内部にいるのだろうか?
「部長、その情報を教えてくれる人の名前って分かります?」
 シンの問いに、カガリは少し視線を彷徨わせた。
 隠そうとする意図ではなく、単純に思い出しているだけのようだ。
 ややあって、彼女は朱唇を開いた。
「イケヤ、ニシザワ、それと……ゴウ。その3人から情報を貰っているとアイツは言っていたが」
「そのアイツが一番肝心なんだ! 仲介者は誰です!?」
 鬼気迫るシン。
 だが、カガリはまたも視線を彷徨わせる。
 今度は何か言いたくなさげに。
「正直、混乱しているんだ。アイツが今まで嘘を言った事、無かったから」
「…………部長」
「お前が嘘を言っていない事は理解できた。ただ、な」
「逆説的に、そいつが部長へ嘘を吐いた事になる」
「…………理由はなんであれ、ショックだよ」
 気落ちした様子で、カガリ。
 それを突くのは気が引けたが、シンは心を鬼にして問い詰めようとした。
 瞬間。
「――――やぁ、こんばんは」
 第三者の声。
 弾かれたようにそちらへ振り向くと、何時の間にか二人の側にひとつ陰が増えていた。
 月の光をゆるく跳ね返す茶髪。
 制服姿。
 菫色の瞳。
 キラだった。右手をズボンのポケットに仕舞っている。
 予期せぬ闖入者にシンは硬直し、カガリは何故か俯いていた。
「え、あ、会長? なんで」
「ちょっと用事があって。ね、カガリ」
 名を呼ばれカガリが顔を上げる。
 その表情は、硬い。
「まだ肌寒いのにそんな格好で、体を冷やすと体調も崩れるよ」
 ふぅ、溜息を吐きカガリの側に寄るキラ。
 こんな異質な状況下で交わされるには、その挙動は自然過ぎた。

2127/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/12/24(木) 23:51:26 ID:.fhkTlXE0
 余りにもおかしい。
「…………会長、アンタが部長に?」
「そう。情報の仲介者はボクだ」
「え」
「聞こえなかったかい? ボクが、戦団の情報をカガリへ伝えていたんだよ」
 あっさりと肯定され、問うた側のシンが逆に硬直する。
「キラ。何故今回に限ってこんな嘘を言った」
「ボクにも色々あってね、今みたいな状況が必要だったのさ」
 振り向きもせず低い声を出したカガリに対し、キラの態度はあくまで軽い。
 薄く笑いながら、ゆっくりと歩いていく。
 そのポジションが彼女の真後ろに来た瞬間、振り向かないままでカガリが再度口を開いた。
「…………もう一つ聞きたい」
「ん、何?」
「貴様、誰だ」
 刹那、キラがびくりと肩を跳ねさせポケットから右手を引き抜く。
 何が握られているのかはシンの位置では伺えない。
 だが、堪らなく嫌な予感だけはした。
「部長!」
 シンが声を上げたのとキラが動いたのは、果たして全く同時の事で。
 反射的に飛び退ろうとしたカガリの左肩を掴んで捕らえ、キラは昨日トダカへしたのと同じように右手の物体を首裏へ突き刺した。
「ぅがっ…………!!」
 呻き声。
 全身を仰け反らせて目を限界まで見開いたカガリは、直後、急に脱力しその場でがくりと膝を折った。
 地面へ倒れ込む前にキラに体を抱えられはしたが、意識を失っているらしく微動だにしない。
「会長、アンタまさか!!」
「そのまさかが何かは知らないけど、多分正解だよ」
 にこり、薄く微笑するキラ。
 良く見ると、キラの左腕には機械的な物体が装着されていた。
 闇に溶ける蒼い外装、腕そのものに載るほどの大きさでしかないそれは決して目立つわけではなかった。
 シンが発見出来たのは、その物体から空間へ投影する形のディスプレイが浮かんでいたからだ。
 そして、そのディスプレイに浮かび上がるあのマーク。
 章印。
 シンは最早動揺の極致にあった。
 その中でも冷静さを失わなかった思考の一部分が、一瞬カガリが身動ぎしたのに気付く。
「…………ぅ」
「部長? 部長!」
 キラの右腕に抱えられたカガリが呻く。
「もう立てるかい?」
 問いかけたキラに応えず、カガリは無言のまま足元を確かめるように数度地面を踏んだ。
 俯いたまま直立の姿勢を取り戻したカガリの様子を確認し、すっと離れるキラ。
 シンはその間、ただ立ち尽くしていた。
 嫌な予感がまだ脳裏に蔓延り警鐘を打ち鳴らし続ける。
 ゆっくりとカガリが顔を上げた。
 その表情は、無機質。
「ぶ、ぶちょ「武装錬金」っ!?」
 呼び掛けに応える素振りすらなく、カガリは真紅の超鋼を翳し静謐に唱えた。

2227/武装運命 ◆ivYg6fbdiU:2009/12/24(木) 23:52:59 ID:.fhkTlXE0
 瞬間、爆発的に変生し始める核鉄。
 数度瞬きする間に、核鉄はカガリに見合った形となって彼女に寄り添っていた。
 黄金色に煌く、両肘までを覆う細身の小手。
 右側は六角の装甲板が連なる堅牢、左側は装甲板を欠く代わりに漆黒の鞘を生やしている。
 鍔元には何故かリボルバー銃の弾倉にも似た短い円筒。
 白い柄を握り、ずらりと鞘の中身を抜き放つカガリ。
 姿を現したのは、真紅の刀であった。
 薄く幅が広い三尺ほどの刀身、切先は諸刃、見ているだけで魂が冷えるような冷たい鋭利さを感じる。
「シン・アスカくん。君にはここで脱落してもらうよ」
 微笑みながらキラはそう言って指を蠢かせた。
 一瞬遅れて、カガリがすっと刀を構える。
 それはまるで、彼女をキラが操っているかのよう。
 いや、事実そうであった。
 キラの武装錬金<<ONEWAY-LADIO:一通無線>>は、小さな記憶媒体を生成し差し込むことで機械も生物も問わず大概の存在を操る事が出来るのだ。
 嘗てミーアがヒルダの章印に種を植え付け操ったのと、イメージでは同じようなものである。
「さぁ、顔見知り相手に何処までやれるかな?」
 キラの微笑みに狂気が差した。
「なんて、真似を…………!」
「どうせやるなら割り切った方が楽だって気付いてねぇ! 君の担任も、今頃は寮のお仲間と一緒に核鉄を浚ってるさ!」
「!!」
 君の担任も。寮のお仲間。
 それを耳にした事で、シンは唇を戦慄かせる。
 朝のHRで寮生を対象にどうこうといって面談したのは、この為の布石。
 ハイネが先程言っていた『トダカが来る』というのは、この為の実働。
 護りたいと思った人が敵であった衝撃。
 その人の、余りにも外道な所業。
 まるで人形が如くこちらを見据える、一度も勝てなかった強い先輩。
「ア、」
 様々な感情がごちゃ混ぜになり、荒れ、そして収斂した。
「アンタ、」
 ただひとつの感情、嚇怒に。
「アンタって人はァ――――――――ッ!!」

                           第25話 了


一応後書き
 本スレ規制中のためお借りしました。

23名無しさん:2010/01/03(日) 19:49:53 ID:tpvo6xmo0
GJ!久々です!キラ外道だなぁ、だけど自分から外道に堕ちる奴には裏があるもので
果してシンは如何とするのでしょうね、次回も楽しみです

24名無しさん:2010/08/01(日) 05:07:44 ID:P/1UK6poO
久々にきてみた

本スレに誰もいないよ……
武装運命さんはどこにいってしまわれたんだ?

まとめWikiには25話入ってないし


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