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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?

1:2025/10/11(土) 16:41:29 ID:xSAuVLWc0
私はこのサイトの存在は知ってるけど願望実現?系に特化したサイトだと思ってました。

久しぶりになぜかのぞいたら、真理系のスレもあったので、真理探求に興味ある人もいるのでは?と勝手に理解してスレ立ててみました。

この手のサイトのルールに疎いので、見当違いor邪魔だったらスルーしてください。

私も昔、願望実現、潜在意識、などの流れから、
じゃあ真理とはなんなんだ?と悟り系に流れて探求してきた者です。かなり地獄も味わいましたw
一応こんな自己紹介です。
ある程度放置してみて、レスつかなかったら、消えますw

52幸せな名無しさん:2025/10/13(月) 16:25:40 ID:UwZ4Qsf20
正直真理系でも願望系の達人でも共通して言う 世界=自分 みたいな結論の実感が羨ましいなぁ
私もそんなネタバレを食らってみたいものだ ぶっちゃけ個人という幻想ガチャなら楽しい方とか解ってる方を見たいわけで…
でもこういう板にいたり半端にどっちの話も聞いて知ってるのには理由があるのかな〜なんて
ここにいる人達も私もいずれ1さんみたいになるんでしょうかね

53:2025/10/13(月) 17:25:02 ID:TBc0Mt6g0
>>45

ありがとうございます。それは良かったです。

先ほど、苦しみによって大きな苦しみが拭われる。
という浄化の話しましたが、

子供の頃から、試練多い感じでした。
でも、ずっとそうではなく、願望実現が叶うこともありました。
で、それらの幸⇔不幸を交互に繰り返しているうちに、だんだんと水面下で真理探求のプロセスが進行していました。これは、そうせざる得ないような、やめたくてもやめられないような、強制力がありました。



今中年なので、探求歴は30年ほどでしょうか。

地獄というと、脅かすようなイメージを抱かせてしまいますね、すみません。

正確には、終わりの見えない探求のループに悩まされました。

だけど、それ自体がエゴとの同一化の錯覚を剥がすプロセスでした。


これは恩寵は優しい姿の面と、
厳しい試練を与える面と両面あるという可能性ですが、人によっては優しく終わる可能性はもちろんあります。

それと、スピリチュアルビジネスなどの誘導の話。私なりの意見ですが、

これは正直、良いとも悪いとも言えません。笑


ただそれが起きてる。
って意味もあります。
鳥が飛ぶように、魚が泳ぐように、
その人の動きもまた、その人の性質の動きを起こしてしまいます。

それに対して最悪!って思われることもあるかもしれないし、いいじゃん!と思われることもあるかもしれないし。周りの批評もまた起きてしまいます。

ただ、それらはすべて夢のようなものです。
だから、最終的には赦されてしまうのです。

そして最終的には、仏に会ったら仏を殺せ!というように、外側の人が、色々な姿に化けて、
個人を内側に誘導します。

これがポイントです。
「もう信じられるのは、私の奥にいるグルだけだ!」となるわけです。笑

ある種の見方をすれば、悟った人も悟ってない人もすべて偽物であり、また同時にすべて本物です。そして、真理はその二極をも超えています。

54:2025/10/13(月) 18:39:45 ID:TBc0Mt6g0
>>46

スルーしてしまってて、申し訳ないですw

これどう答えようかな。

ただ日々過ごすといえばあたらかずとも遠からずですね。

目標や計画も起こるならば、起こるでしょうけどね。

ここに書いてるのも、突如発生しましたし。

書いてから、その時、しまったー!と感じましたね!笑



私は元々、願望実現からはいったので、
その頃は色々と計画や目標リストがありました。
あれしたいこれしたい、と。
欲がわいてわいて仕方なかった。
ワクワクしてて、それはそれで楽しかったです。

で、ある時から、
真理探求に取り憑かれてしまいました。

で、ある時シフトが起きて、
その憑き物が消えてしまいました。


「あっ、もう、やることがない・・」

のような?感覚はあったかもしれません。


けど、実際やることは人並みに起こるんです。

世界は動きますからね。


ただ、あの時脱力感が凄まじすぎて、
何週間かスーパー銭湯にこもって何もせずにぼーっとしてたかもしれません。当時、いまの私はまるで・・・ナマコだ。

と感じました。

私はナマコになったのだ!って言いながら一人で爆笑してましたねw


今聞かれて、計画とか目標の
意味そのもの自体が、すごく不思議で、新鮮な感覚があります。

55:2025/10/13(月) 18:53:44 ID:vb7Ul5o60
>>47

いいですね。
そういうことですね。

それが分け隔てなく、
世界全体を世話しているのだから、
賛称表現の詩なんかみると、
ほっこりしますね。

56:2025/10/13(月) 19:09:50 ID:TBc0Mt6g0
>>48

そうですね。方向は様々ですし、

様々なタイプの人がいます。

仏教か、チベット仏教か何系の書物かは忘れましたが、マジで多種多様です。

なので、まるで、誰にでも開かれている。
って無限の可能性が見えますね。

条件はひとつ、存在していればその候補者になるのだから。そして、この世界のなにもかもが、存在していなければ、文字通り存在できないですからね。

57幸せな名無しさん:2025/10/13(月) 19:25:04 ID:UL5atQs60
全て在るがなんとなく感じれるようになってきました。在る上での人生ストーリーなんだなと。在るから無いを体験出来てるんだなと。
それと同時に、それが分かった所でなんの意味もなくねとも思います。笑
コントロール出来ないし、在るを自分の好みに現実に展開させる事出来ないし。
全部勝手に動いてるし展開してるし、流れが絶望を体験しに行ったらそれを体験するしかない。
要は、個の自分は人間世界用の世界観を壊さない的な飾りで
流れてくる映像を観るしか出来ないシステムですよね?
何一つコントロール出来てないように感じるんです。もちろん内面も。
内面の投影説も、全自動な内外を結果的に見て人間がそう感じてるだけなんじゃないかと。
だから、僕は内面を整えれば現実もそうなりますよ系はしっくりきていませんw
>>1さんはこの辺どう感じてますか?

58幸せな名無しさん:2025/10/13(月) 19:28:37 ID:UL5atQs60
勢いで書いちゃいました。既に同じような事書かれてたらすみません。

59幸せな名無しさん:2025/10/13(月) 20:12:54 ID:He.Z2ZnA0
>>55
ありがとうございます。
今日も近所の田園を散歩してきたんですが、
目に映る風景も聞こえる音も、足の感触も、全部私の意思とは関係なく起きてるんですよね。
と思ったら、私という感覚もその起きるものの一つ(思考ですが)であると気付くと、全部がオートマチックに動いていて、それを見張るものもいない。
瞬間瞬間に各感覚がクローズアップされますが、それは、川の流れのように、同じ水でも常に新しい水が流れてるが如く現実も新しくなっている。

願望実現に拘ると、これを司る者の視点に立ちたがりますが、そうではないですよね。
そもそも願望を保持する者がいない。
コントロールしようとする者がいない。
こんな感じでたまに歩きながらの瞑想してます笑

60:2025/10/14(火) 08:29:47 ID:YJCXxYf20
>>52

・・ネタバレですか。笑
世界が、自分というのはですね。
まず、「自分とは?」の定義から検証し直してみましょう。

自分って3歳の時も自分。
15歳の時も自分。20歳の時も自分。
で、自分の容姿や、身体の姿形は変化しましたよね?
考えや、心の内容も常に変化してますよね。
環境も、場所も、五感も、感覚も、感情も、
常に変化しています。動いています。

でも、自分とは本来、何が変わっても、
自分は自分なんですよ。
自分の〇〇は変化したけどね。

自分の記憶、自分の所有物、
自分の愛犬とかね。つまりなんでも。
変わるものは、動くものであり、世界側ですよね?
変化し続けるもの。
けど、自分は自分。
色々変わっても自分。
名前が変わっても自分。

何かを見ても自分、目を閉じても自分。

仮に「自分は無我であるという思考が起きても、
だれがそれに気づいてるか?自分なんですよ。
その「自分が〜〇〇」「自分の〇〇〜」
から、自分だけを抽出してみましょう。
なぜ、自分が自分だと気づけるのか?

それは自分は存在している。
つまり、私は存在している。
私は存在していることに、気づいてるからなんですよ。

それを言語化するなら、私は在ることなんです。

さらにその私は存在していると、気づきは=なのです。
存在に気づける⇔気づけるのは存在しているから。

このシンプルな(あるいは難関にみえる)話が、
「私=世界」を実感するために欠かせないのです。
言語化すると単語や文字そのもののイメージに引っ張られるかもしれませんが。

61:2025/10/14(火) 09:48:49 ID:YJCXxYf20
>>57

>全て在るがなんとなく感じれるようになってきました。在る上での人生ストーリーなんだなと。在るから無いを体験出来てるんだなと。

→そのなんとなくがプロセスの進行です。
はい、在るから、気づけます。
無いってのは、「無いなぁ」っていう思考があることに気づけてます。「無いなぁ」という思考があるんですよ。たとえば私が腕時計を落として無くしました。
「うわー腕時計無くなった、、」という記憶と思考、心の動きがあります。

>それと同時に、それが分かった所でなんの意味もなくねとも思います。笑

→個人の私からしたら・・在る、つまり、
在る=気づき。なんですけど。近づけば近づくほど、理解やプロセスが進めば進むほど
「やばい」と危機感を覚えます。
けど、恩寵によりプロセスは進んでしまいます。
次第に「やばい、、」は恩寵の光によって溶かされていきます。
意味かぁ。表現するならこうかな、「真理とは、この世でもっとも意味のないことにみえてしまう」
たとえば仏陀も知り合い全員から「真理探求?なんで、そんな意味のないことしてるの?戻ってこいよ。富、地位、名誉、たくさんの異性、妻、子、あるからこっち戻れよ」って言われたけど、
「それらより真理実現の願望叶えたいんです」と返したとかなんとか。これは恩寵がそういう展開を起こしたんだけどね。
(※それら捨てましょうと言いたいわけではないです)

>コントロール出来ないし、在るを自分の好みに現実に展開させる事出来ないし。
全部勝手に動いてるし展開してるし、流れが絶望を体験しに行ったらそれを体験するしかない。
要は、個の自分は人間世界用の世界観を壊さない的な飾りで
流れてくる映像を観るしか出来ないシステムですよね?
何一つコントロール出来てないように感じるんです。もちろん内面も。
内面の投影説も、全自動な内外を結果的に見て人間がそう感じてるだけなんじゃないかと。
だから、僕は内面を整えれば現実もそうなりますよ系はしっくりきていませんw

→私も同じように感じた時期ありましたw
あなたに伝えたいことは「何一つコントロール
できないけど、同時に、やりたいことを何でも自由にやるべし」です。
それと、「コントロールできない」は表面的にはそうですが、
「恩寵によってあなたは運ばれている」という真相の意味もあります。

内面の投影の話は、難しく考えなくていいです。
シンプルに。
たとえばですよ?

ある時、地球に宇宙人が降り立ちました。
そこに3人の人間がたまたま遭遇しました。
一人は(地球に襲いに来たんだ!やっつけないとやられる)と考えました。
一人は(地球に遊びに来たんだ!仲良くしよう)と考えました。
一人は(これは私を救いに来た神の使いに違いない)と考えました。

つまり内面の投影とは、その人の心の潜在的な傾向が、現象に対して「捉え方、見え方、感想」としてあらわれる。ということです。
これはどれが良い、どれが悪いじゃなくてね。
一つの映画に対してのレビューが一人一人違うって話です。

62幸せな名無しさん:2025/10/14(火) 09:58:24 ID:Utjn1lfQ0
主様の一連のレス、楽しく興味深く読んでいるぞの支援カキコ

63:2025/10/14(火) 11:05:34 ID:YJCXxYf20
>>59
散歩いいですね。良さそうな環境。

そうですね。
気づきの中で、全自動が起こり続けています。

私(個人)─全自動

↑これから、

(私(個人)さえ全自動?)となると・・

つまり、全自動
だけが残ります。

あなたの言うように、流れの中の、
この瞬間を切り取れば、
いま、これただ起きた。
になり、
時間(記憶的思考)も切り取ると、
これ、ただ起きた。
になり、
見ている観察者の感覚も切り取れば、
ただ、起きたになり。
それを知っている者も切り取ったら・・。
「  ・  」です。

それが気づきそのもの、意識そのものです。

歩きながらの瞑想楽しんでください。笑

64:2025/10/14(火) 11:08:24 ID:YJCXxYf20
>>62
ありがとう!これを楽しんでくれるのは意外だったけど良かったです

65幸せな名無しさん:2025/10/14(火) 12:30:28 ID:ddlZAAUs0
>>57です。
返事ありがとうございます!なんか、りさんの話は分かりやすいです。
投影の話はそういう事なんですね!
同じ場面で、なんでこの人だけこんなイライラしてんだろと思う事よくあります。こういう捉え方の話なのか!
結局、頭の中がキーワードなんですね…
思考はすごいシステムだw
確かに思考使わなければ無いも感じる事できないかも
ただ世界があるだけか…

66:2025/10/14(火) 13:01:51 ID:4Hvh17TE0
>>65
ありがとうございます。
心は凄いのですよ。
たとえば我々は映画や小説やアニメなどをみて、それを創った作家に、「すごい作品作った!偉大だ!」と熱くなります。けど、その作品のもとは心を通して創られました。

心のファンタジー能力は凄まじい。
天国も地獄も創れてしまう。

昔の人は、この心の可能性のおそるべき凄さに、
その心、ファンタジー、マーヤ、幻想能力という象徴に対して、
「偉大だから」ってことで石像作って崇めて祈りました。
それも、心がそうさせてますが。笑

ただ世界があると認識している認識者が、
認識者さえも、認識したら。

そこには、ただ世界があるも溶けてしまいます。

沈黙が残ります。

じゃあその沈黙さえも・・

「   」

67幸せな名無しさん:2025/10/14(火) 13:45:37 ID:ddlZAAUs0
>>66
たまに同じ様なこと言ってる方いますが
最後に書かれてるそれがなかなかわかりません
ムズすぎるw
でも、本当は全部知ってるんだろうなという感覚もあります

68幸せな名無しさん:2025/10/14(火) 14:46:24 ID:KBs6jTWk0
>>63
はい笑
散歩瞑想は座る瞑想より捗るんですよねー。
ところで、りさんは在るだけで気づいたのでしょうか?
読んでいると、私の「属性」を一枚ずつ剥がして行くメソッドのような気もしましたが。
自己観察でしょうか?

69:2025/10/14(火) 15:24:39 ID:4Hvh17TE0
>>67
うんうん。笑

あなたが寝たとします。
夢を見ます。
熟睡します。
夢を見ます。
あなたは起床しました。
「あーよく寝たな」と言います。

ここで、確認。
睡眠中、夢を見ているときもありました。
けど、熟睡しているときもありました。

さて、あなたが熟睡してるとき、
熟睡そのもの(熟睡それ自身)
その存在を否定できますか?
それはあった?なかった?
そのとき世界はあった?なかった?
人生は?個人は?他者は?全体は?動きは?
絶望はあった?願望はあった?

・・・

つまり、そこ(熟睡そのもの)には、
「わかる/わからない」
この判断や、判断する心の動きも、
それ自身のなかに完全に溶け込んでいます。
そして、あなたは姿も形もなくても存在していました。いや、正確にいえば、存在していたけどそのときは「存在していまーす」って感覚もなく、ただ存在していました。
その時、・・世界も、個人のあなたも完全に消えていたのに。です。

70:2025/10/14(火) 15:38:29 ID:4Hvh17TE0
>>68
散歩瞑想良いと思います。
あなたに合っていること(継続的にできること)を恩寵によって、やることになってしまいます。笑

私の属性を一枚ずつ剥がしていくこともやりました。強制的にやらざる得なくて。笑

私としては、「これ、きつい・・辛い・・けどやってしまう」方法と。
「あぁ、これ、これ!これだ!」と魂がしっくりくるよう方法と。
結局その2パターンを交互にやってきました。
その時々のマイブームでアプローチ方法はコロコロ変わりました。

71ムル:2025/10/14(火) 15:44:45 ID:WEjwP1Ew0
実感できてないけど、静かにする(思考が止まる)ことが悟りなんかな、と単純に思ってます

72幸せな名無しさん:2025/10/14(火) 16:00:48 ID:wt0EqI6c0
本当は無だと気付いてから、逆に頭の中がうるさくなってしまいました
じっと座っていられない子供のようです
本来「 」であったと気付く前の方が
「 」を求めて瞑想とか出来ていた気がします

「 」が本来、でも太鼓叩いて踊って非日常を楽しみたい、みたいな感じ

すぐ「 」に入れるようになってしまった分
それが退屈で仕方なくて背中がかゆいような感じがあります

73幸せな名無しさん:2025/10/14(火) 16:18:57 ID:5lfxcvJE0
わからないことにわかる時がくるんじゃないか

74:2025/10/14(火) 16:21:06 ID:4Hvh17TE0
>>71
こんにちは。

「心を静かにしてください。
完全に静まったとき、″それ″が″真理″である」

これは正解です。それが悟りそのものとも言えるし、悟りに至る最も直接的なアドバイス&アプローチ方法です。

しかし、その道だけに絞って、取り組んでそれが起こるのはレアケースです。
もちろん、恩寵からしたらそういう道のパターンもあります。なんていうか、真理探求者の中でも、元々の心の傾向が「静かにすること」が得意で向いてる素質があったとしか、言えません。

そのアプローチに惹かれて「これ、取り組んでみよう」という動きが起こったならば、あなたにはその素質がおありなのかもしれません。分かりませんが、可能性はあります。

ただ、どのアプローチ法をとっても、
結局は、静けさの深まりへと繋がっていきます。

75:2025/10/14(火) 16:45:04 ID:4Hvh17TE0
>>72
>本当は無だと気付いてから、逆に頭の中がうるさくなってしまいました
じっと座っていられない子供のようです

→本当は「無/有」を超えています。
超えたら「無」さえも認識できません。
「無」を「無」と知るには、知る者がいなくてはなりませんから。
心が強く騒いだら、まず、それに抵抗しないで下さい。波が強かろうと、弱い小波だとろうと、
あなたは不動の気づきそのものです。
波は長かろうと短かろうと、期間限定です。

>本来「 」であったと気付く前の方が
「 」を求めて瞑想とか出来ていた気がします

「 」が本来、でも太鼓叩いて踊って非日常を楽しみたい、みたいな感じ

すぐ「 」に入れるようになってしまった分
それが退屈で仕方なくて背中がかゆいような感じがあります

→「  」が起きて。
そこで終わりじゃあありません。
電車でも、扇風機でも、「停止」ボタンを押してから完全に「探求の動き」がストップするまでに、慣性の法則が働きます。
デトックス、エゴの抵抗の残滓です。
その期間はただただ、きついかもしれませんが、そういう時こそ恩寵の力を信じて乗り越えてください。瞑想は起きたらしてください。起きなかったら起きないことに抵抗しないでください。
抵抗が起きても、抵抗しないでください。
退屈感への苦は原初の苦に近いです。
近づいています。同時にすでにそれです。
せび、抵抗しないで、なんであろうとそのまま在ってください。

76:2025/10/14(火) 16:59:04 ID:4Hvh17TE0
>>73
「知っているのは、自分が何も知らないということだけだ」

などの言葉ありますが、それらは、
思考的理解じゃなくて、シフト的な?
なにとも言えない、理解は理解だけど不可思議的理解。のようなものなんですよ。
なので、エゴは「私はなんも知らんのに」なんですよ、
照射的理解なんですよ。
それを言語化したのがそれらの言葉だと思います。

77幸せな名無しさん:2025/10/14(火) 17:44:19 ID:KBs6jTWk0
>>70
なるほどです。
属性剥がしは「  」を知るには良いですよね。
どこまでもどこまでも意識に登る私属性の認識を剥がす…。

これは辛い!というのが私は無いんですよね、、、どちらかというとメソッド楽しい派ですが、強いて言うならメソッドせずにはいられないところがまだあります。
メソッドしなきゃ!と思う者に気づき剥がす、剥がす者も剥がす、、、なんですけどね笑
恩寵が降りるまではやり続けるのかなと思います。

78幸せな名無しさん:2025/10/14(火) 18:14:42 ID:tSN5POWw0
>>69
なんで「寝ていた」と、わかるんでしょうか?って奴ですよね?笑
んーこれもわかりません…
思い込みとか寝る前の記憶から寝ていたと、判断してるだけで…みたいなお話でしょうか?
ちなみに、睡眠に関して言えば僕は寝るの好きなんです。楽だから。現実と離れられるから。何も考えなくていいから。
ただの現実逃避だと思ってたけど実は本来に戻ってるからなんですかね…?

79:2025/10/14(火) 18:33:29 ID:4Hvh17TE0
>>77
それは良かったです。楽しんでください。笑
おっしゃってるそれらの過程自体がすでに恩寵なのですが、始まったものはいずれ終わります。
蛇が自らの尻尾を食べ続けて、
「探求者⇔メソッド」はだんだん溶かされていくのです。

真のあなたの立場は、
探求したこともメソッドしたことも一度もないからです。ずっとただ在りました。過去も今も未来も、
そして、時間を超えた立場から、
それらの過程を、ただ気づき続けています。
つまり、ほんとうは個人の私が気づき役をやるのではなく、
個人の私が、属性剥がしをやり続ける動きを
気づきは存在しながら、ただ気づき続けているのです。

80幸せな名無しさん:2025/10/14(火) 18:36:33 ID:5lfxcvJE0
>>76
説明ありがとう
りさんにもエゴが全面的に降伏する体験があったんだろうなと思ったもので、失礼しました

81幸せな名無しさん:2025/10/14(火) 18:57:44 ID:mO7z7MwM0
>>54
ナマコさんとお呼びしたくなってしまいました^^

82幸せな名無しさん:2025/10/14(火) 19:08:48 ID:Ln4OBaRE0
ノンデュアリティ(非二元)で言われてることと願望実現系で言われてることって重なる部分があるのに、どうして着地点が違うのか気になります。

たとえば自我やエゴは幻とか、気づきや意識しかないとか、今だけがあるとかはどちらでも言われてると思うのですが

ノンデュアリティでは「引き寄せは嘘」「ネガティブなことが起きたら、悪い波動を出したのか」「願ったことが全て叶うわけではない」みたいなことを言う人がいるのに対して

願望実現や潜在意識では、「願望=実現」「既にある」「現実は内面の投影」と言われますよね。

どちらも真理の探究という部分では変わりがないし、同じような体験(一瞥体験とか)をされてる方も多いのに、なぜ結論が分岐してしまうのか疑問です。

そしてこれによって聞いている方は混乱しますw
なので、よろしければお答えくださると嬉しいです!

83:2025/10/14(火) 19:25:52 ID:4Hvh17TE0
>>78
>なんで「寝ていた」と、わかるんでしょうか?って奴ですよね?笑
んーこれもわかりません…
思い込みとか寝る前の記憶から寝ていたと、判断してるだけで…みたいなお話でしょうか?

→この話が伝えたいことはですね。
熟睡時のあなたは、
「私」も「あなた」も「思考」も「世界」も、
「過去─現在─未来」も「空間」も、あらゆる属性が消えていた。
なのに、「いた」「在った」ことはわかるんですよ。

でね、それは夢の中でも、今起きているこの時も、どんなところでも「いる」「在る」ってことなんですよ。※正確にはそれは「存在/非存在」とかもないので在ると形容しがたいけど、在るんですよ。

>ちなみに、睡眠に関して言えば僕は寝るの好きなんです。楽だから。現実と離れられるから。何も考えなくていいから。
ただの現実逃避だと思ってたけど実は本来に戻ってるからなんですかね…?

→そのとおりです。
それが「在る」です。「意識そのもの」です。
現実逃避ではなく、本来回帰です。

そして、夢を見ているときと、
現実といわれている、この世界。そして個人の私たち。
これらは、まるごと本来のそれから流出されている偉大なる驚くべきな幻想なのです。
しかし、幻想があろうとなかろうと、それは在り続けています。そして、それも超えています。

84幸せな名無しさん:2025/10/14(火) 19:58:20 ID:PTSq93WM0
>>79
ありがとうございます。
もっと気づきの意識に入ってみようと思います!

85ムル:2025/10/14(火) 22:01:51 ID:WEjwP1Ew0
>>74 こんにちは
返信ありがとうございます。
私も、様々取り組んで、快になることや、メソッドを通じて、引き寄せを良くしようとか願望実現をしようとか。

叶うことに固執する中で、気持ちのアップダウンが激しいことが辛くなり、自愛(何を感じても許す)をしたり、自己観察をしたりして来ました。


初めは効果があると思いましたが結局、疲れている自分に気づき、瞑想状態が1番『楽』という結論に至りました。

瞑想状態になろうとする中で、どのような導入が自分が1番しっくりくるかと考えた時、
静かにする、が分かりやすく、抵抗がないと結論づけ、口でも頭でも喋らず静寂を楽しむ時間かあります。

真理かどうかは全く自信がないですが、世界の音が聞こえて楽しいです。

86幸せな名無しさん:2025/10/14(火) 22:15:46 ID:6fi/bxwo0
横から失礼します。

探求したりしなかったり、
エゴを肯定したり否定したり、
静かにしたり動いたり、
何事もするしないの二択を続けてる間は決して悟りませんよね?
それっぽいことが起こっても、それでよしとしてしまえば道から逸れています。
どうしたって悟ることはないと諦めたときに光明を見る人と何も見えず絶望する人の違いが決定的なんだと思います。
その両者の違いはなんであるかご存知なのでしょうか?

87幸せな名無しさん:2025/10/14(火) 22:34:29 ID:aIE8WhSU0
願望実現から私もこの探求に入り
リチャードラング氏の頭の無い実験から
世界私が腑に落ちました。
更に過去の達人さん達が言っていた
現実は夢と同じ、他人は居ないというのも腑に落ちて
この自分と思っていた身体が
無思考➕物凄い脱力感というかリラックス状態のままです。
この書いている文章すらも
私に向けて書いている様に感じています。
願望実現は一切起きないまま
こんな感覚になっています。
1様は願望実現以外の体感部分はこの様な感覚なのでしょうか?
今の私は願望実現に対して、どうせ夢の世界だから
勝手に眺めも変わるでしょ的な諦め?脱力?思考すら他人事みたいに眺めている感じです。
文章にするのが非常に難しい感覚なので長文、乱文になってしまい申し訳ないです。

88幸せな名無しさん:2025/10/14(火) 22:57:06 ID:l6.YFr8A0
1さんは何て言うかわからないけど、非二元的な気づきがあったけど叶わないという人は、上にもあるように固定した自分属性を手放せてないのでは?と思う。
あくまで推論。
表面に貼り付いた今までの自分属性が思考であったと気づくと、自然となりたい自分になってくると思うんだよね。私の経験上。
これは「なる」と同じと考える。
今まで属性に無意識に従っていたけど、そんな縛りなどないと気づくと、例えば苦手意識などは消滅し、やらなかったこと、できなかったことができたりする。
これも恩寵だから必ずそうなるとは言えないかもしれないけどね。

89幸せな名無しさん:2025/10/14(火) 23:11:12 ID:l6.YFr8A0
前に他スレで達人が、非二元の気づきで「俺は意識であり世界だ!すべてを持ち合わせてるぜ!」と自分の認識が変わることで願望だったことも叶ってくると言っていたけど、これは自分属性が一人間から世界に変わることで無敵状態になるのではないかと思うんだよね。もちろん悟りではなく、エゴが悟りを利用した認識の変更と言えると思う。

90幸せな名無しさん:2025/10/15(水) 00:24:26 ID:vaF0a01U0
なるほど
確かに「願望は叶わない」って言ってる非二元のスピーカーさんが「元の個性は消えない」って言ってるの見たことある
自分がいないのに個性が消えないとは?それって自我じゃないの?と思ってたけど、そのへんを手放せてないってことなのかな
それにしても認識変更して全部叶えられるなんて羨ましいなぁ

91幸せな名無しさん:2025/10/15(水) 00:54:41 ID:UYUxZP5g0
赤ちゃんの時からよく笑う子とか、ああいう個性ってのはあると思う。
逆に大人になってから身についた属性、変な自己防御のためにできた属性は手放されて、赤ちゃんの頃のよく笑う自分が戻ったりはあると思うんだ。

また例えば、中学時代地味だったのに高校大学入って変わる人いるじゃん?考えも行動も人間関係も変わる。悪い方に行く子もいるけど。
あれもある種の自分属性が変わった認識の変更だと思うんだけどどうだろう?
すごく現実的な話だけど、モテない人がモテたり、積極的になり仕事がうまく行ったり、今までの属性が変化して、別の属性になることで人生変わるのはよくある事かなって。

92幸せな名無しさん:2025/10/15(水) 08:50:22 ID:Vh0gq0wA0
思考をあんまり巡らせないで心臓あたりに集中するとなんとなく静けさみたいなのを感じる気がするけどそれが「  」とか在るですか?

93幸せな名無しさん:2025/10/15(水) 11:04:34 ID:AgfbheYY0
悟りでも願望でも意識を「その状態」にする必要があるんだけど
それには気、エネルギー、意識の力とでもいうべきものが必要なんだわ
理屈だけ理解しても出来ないのはその所為

94幸せな名無しさん:2025/10/15(水) 13:17:54 ID:2IsO1GY.0
>>44です。

りさん
ご返答ありがとうございます!

迷宮に入り込んでしまい真理探求をして行く事になりそうです笑

以下更に質問となります。

>そのため、苦しみによって大きな苦しみを終わらせるという浄化も現象も、潜在意識はやります。

→これは例えばお金が欲しくて苦しんでいる最中に大病をしてさらに苦しむ

大病の苦しみのおかげでお金の件はどうでも良くなるというような事でしょうか?

95:2025/10/15(水) 13:27:25 ID:IMyO5d6Y0
>>80
こちらこそ。あぁ、なるほど。
ふと、わいたけど、
蛇が自らの尻尾を食べているウロボロスってシンボルがあります。(詳しくは知らないけど)

真理探求はプロセスが進行すればするほど、(食べれば食べるほど)
本当のアイデンティティは、何が起きても変化のしないものということが明るみになり、
それは唯一の安心でもあり、最大の恐怖でもあります。エゴは変化そのものだから。
だから真理探求って、変化そのものが、不動に向かっていく降伏ともいえるかも。笑
けど、恩寵により、不動から呼ばれているとも言える。パラドックス。

96:2025/10/15(水) 13:28:53 ID:IMyO5d6Y0
>>81
笑。まあ、一時的でしたけどね。笑

97:2025/10/15(水) 14:23:23 ID:yfKsae4w0
>>82
私の視点では、
シフトが起きたとき。
「ただ、起きた」でした。

「ただ」は因果関係がない。時空がない。
「起きた」は因果関係がある。時空の中。

つまり、非二元は、「ただ」
〇〇したら〇〇なるとは言えない。真理そのものに時空も因果関係もないから。だからこそ無条件で無限。いや、それそのものは、それすらもない。非概念。非概念すらも非概念。

けど、「起きた」は=因果関係。つまり、真理探求したし、強く求めたからプロセスがあった。すべてが、どれもこれも必要だった。

簡単に言えば、探求したからシフトの恩寵が起きた。けど、見つかった時、見つかったのは〇〇したからじゃないということがわかってしまう。
そのため非二元視点では、〇〇したら〇〇なると言えなくなる。わからないから。不可思議。けど、だからこそ、ならないとも言えなくなる。非二元とは、絶対→対が絶してる→もう沈黙するしかないんです。
悟りも迷いも達成も探求も絶してしまう。
シフトすると
「私はシフトした」ことによって、
「私はシフトした」ことさえ、絶してしまうw

けど、それは起きた。それは時間軸によるもの、因果関係によるのも。
メソッドによるもの。強く求めたから。
なぜなら、心=世界だから。

なので、起きることはもれなくすべて恩寵としか言えないのです。
それはそう思わなくてもいい。思ってもいいけど。笑
エゴが何思おうと恩寵なんです。
「人事を尽くして天命を待つ」これがアイデアとしてバランスいいのかも。

98:2025/10/15(水) 14:36:17 ID:yfKsae4w0
>>84
ぜひぜひ。
気づいてる主体に、気づこうとしてみてください。
つまり、気づいてる主体に、
気づこうとしているのを気づいてる主体として気づいてください。
そうなると、探求者が気づきに気づかれます。

気づきはリアクションはしません、
ただ在って気づき続けています
なんにせよ、気づかれています。

99:2025/10/15(水) 14:47:06 ID:yfKsae4w0
>>85
まさに恩寵によって運ばれていますね。笑
静寂を楽しめるならぜひおやりになってください。
静寂、在る、と親しくなれるなら、
それが直接的な道なので。

ただ、非静寂、つまり動くものすら、
静寂が演技した、静寂の仮の姿です。
どうあれ、あなたは静寂そのものです。

100:2025/10/15(水) 15:03:24 ID:yfKsae4w0
>>86
>探求したりしなかったり、
エゴを肯定したり否定したり、
静かにしたり動いたり、
何事もするしないの二択を続けてる間は決して悟りませんよね?

→悟りそのもののあなたが、主体です。
その主体が、あなたが今言われたような心の動きに気づいている。
それが構図としての実情です。
心も身体の動きも対象です。

そのため、それらの想念が対象としてわいていても、主体にとどまってください。
目は目自身を見ることはできない。
だから目そのものとして、すでに在るあなたとして、在ってください。原初回帰です。

>それっぽいことが起こっても、それでよしとしてしまえば道から逸れています。
どうしたって悟ることはないと諦めたときに光明を見る人と何も見えず絶望する人の違いが決定的なんだと思います。
その両者の違いはなんであるかご存知なのでしょうか?
→探求者との同一化が次第に、枯れていきます。
在るによって、吸引されていくのです。
絶望できるのは希望を内部に備えているからこそ可能です。その内部に備われた唯一の不変な希望こそ、存在そのもの、気づきの主体です。

すでに恩寵によって、そのような熱望が起きているんですよ。

101ムル:2025/10/15(水) 16:00:20 ID:.HWXY/RM0
>>99 昨日から、静寂とかいうのもいらないのかなと思いました。
ただ、【今】なだけ、とも思えてきました。

102:2025/10/15(水) 16:26:41 ID:IMyO5d6Y0
>>87
>願望実現から私もこの探求に入り
リチャードラング氏の頭の無い実験から
世界私が腑に落ちました。
更に過去の達人さん達が言っていた
現実は夢と同じ、他人は居ないというのも腑に落ちてこの自分と思っていた身体が
無思考➕物凄い脱力感というかリラックス状態のままです。
この書いている文章すらも
私に向けて書いている様に感じています。

→恩寵によりそれらのプロセスが起き、
なによりのことです。
ただ、それらは個人─世界の領域です。
個人の物語としては変化した以前、以後があります。しかし、それさえも超えているのが不変のあなたです。つまり、あなたは、物語を超えています。とはいえ、プロセスが進行しています。
リラックス、脱力感は確かに楽しい体感w
ただ、それらは変化します。笑
たとえリラックス全くできなくなっても、あなたは不変のままです。
なんにせよ、楽しみながら通過して行ってください。楽しまなくてもいいですけど。

>願望実現は一切起きないまま
こんな感覚になっています。

→これは絶対そうだとは言えないし、そうじゃないといけない話でもありませんが、
プロセスが進むと、不変のものに惹かれるようになっていきます。幸せ⇔不幸を超えた至福そのものに惹きつけられる。
そのため、無意識層で、願望実現に対して以前より熱が入らない・・と。すなわち、願望実現が起きない。と。そうなってしまうことは、あるかもしれません。ないかもしれませんが。ただどうあれ、気にしないでオッケーです。運ばれて行ってください。
起きるなら、また最適なタイミングで願望実現への意欲も起きるでしょう。真理そのものは、願望実現してもしなくても、叶っても叶わなくても、それに対して良いも悪いも感想なく、
ただ在る。

>1様は願望実現以外の体感部分はこの様な感覚なのでしょうか

→私の体感かぁ、言語不可能、
表現不可能だけど、
なんとなく思ったことを書いてみます。

1.「起きている=起きていない。」
→これはすべてが対象としてつまり気づかれている。
2.「そしてそのことを知っている私も気づかれている」
→つまり〝在る″としか言えなくなる。

3.「なのに、これらのことを私は知らない」
→在るも知らない 気づきも知らない
描写不可能・非概念「  」
 
>今の私は願望実現に対して、どうせ夢の世界だから勝手に眺めも変わるでしょ的な諦め?脱力?思考すら他人事みたいに眺めている感じです。

→個人のあなたが、思考─感情の観察者をやっていることが起きています。
しかし、その観察者のあなたに気づいているなにかがあります。
在るです。在るは観察行為ができません。無感想、無言で、観る行為も、察する動きもなく、ただ在ります。
そして気づきそのものです。
気づきは不動で、不動だからいつでも気づくことが可能なのです。気づきは行為ではないんです。在るだけ、なのに気づいてる。

103幸せな名無しさん:2025/10/15(水) 16:52:15 ID:vaF0a01U0
>>97
ID変わってるかもしれませんが、>>82です。
ご回答ありがとうございました!
確かに非二元では「因果関係はない」って言われますね…
○○したから△△という方程式が成り立たないのであれば、願望実現系のメソッドは無意味なんじゃないかとエゴ側からは思ってしまいます。
けど、求めることによって起きたんですよね…それは時間軸のある二元の話ってことなんでしょうか。
的はずれなことを言ってたら、すみません。
「人事尽くして天命を待つ」は、意識してみようと思います…!

104幸せな名無しさん:2025/10/15(水) 16:52:34 ID:YMrt5zg.0
>>100
答えていただけたんですね。どうもありがとうございます。
あなたの言う「主体」は自我と混同してしまうので「ただ在るそれ」とでもさせてもらいます。
「ただ在るそれ」または「純粋な意識」に留まり続けるのが困難なのです。
恩寵により与えられる平安が伴っている間は良いのですけど、徳がないせいか平安を失い心に飲み込まれます。
信仰を保つ熱意も失いつつあります。
あなたは普段から心からの祈りと感謝を創造主に捧げている人でしょうか?
私にはまだまだ疑いが強くてそのような心境になれないでいます。
光から闇に落とされてから今のような状況が続いています。
過去に体験した虚無の底知れぬ恐ろしさのせいで恩寵を信じられません。
有と無を超えたものをどうやって信じられるのでしょう?

105:2025/10/15(水) 17:00:07 ID:IMyO5d6Y0
>>88
こんにちは。
非二元そのものの視点からしたら、
起きている/起きていないという、二元概念を超越しています。

なので、私の見解では、非二元的な気づきがあった=その後、その個人が願望実現するかしないか、なんとも言えない。するかもしれないし、しないかもしれない。
なぜなら、非二元は原因と結果を超えているから。わからないとしか言えない。笑

願望実現のメソッドは88さんが言うようにその個人の性格に合うやり方で、自然に継続できることをやっていただきたいなと思う。
疲れたら休めばいい。それが起きるなら起きます。

ただ、願望実現でも真理探求でも、
継続的にやれば何かしらの変化は必ず起きます。この動きの世界の中で、永遠の停滞はありえませんから。
効果はある。だけど願望達成までの期間の長い短いは私の見解では恩寵により最適なタイミングで起こるのだと言いたくなってしまう。
・・これは無理矢理信じることではないけど。

そうですね。結局はどれもこれも恩寵です。笑

106:2025/10/15(水) 17:53:18 ID:yfKsae4w0
>90
個人の潜在的な傾向は肉体が果てるまで、
残ります。ただ、それは対象として気づかれています。なので、個人の傾向の変化もある場合もあります。が、ないかもしれません。
「自分がいない」のではなく。個人も世界も「それ」から流出した
幻影劇場となります。しかし、「それ」は「それ」として、ただ在る。

>91
そう、つまり、ただ起きてる
ってのは、まったく何が起こるかわからない、
可能性に満ち溢れている。とも言えます。
つまり無限の可能性を備えている。

>92
それが「  」へと繋がる道です。
その、静けさが鍵です。

>93
そうです。「その状態」を願望している時点で「その状態」と距離があります。
しかし、願望を止める動きも、また願望です。
そのため、個人は無力さの中、
少しずつ不可思議なにかの力に対して、
心を開いていき、いずれ、理屈を飛び越えてジャンプしていくのです

107:2025/10/15(水) 22:30:03 ID:yfKsae4w0
>>94
「幸福になりたい。苦を取り除きたい」
これが潜在意識自体、潜在意識の全体図のテーマです。ひいては、世界全体、宇宙全体、
なんだろうと。動きそのものの、テーマです。

そのため、「苦しみによって大きな苦しみが溶解される」コンセプトの物語内容は無限にあります。どういう形があるとか、ないとか私には言えません。ある意味で詳細を知らないからこそ恩寵が発揮される類のことですから。笑

ただ、誤解して欲しくないのが、
「苦しめば良いことある」ではないんです。
「よし、潜在意識よ、これから1年間たくさん苦しむよ。1年後その分の成果報酬よろしく♪」
ってことではありませんw
あなたは、あなたにとっての「幸福になりたい。苦を取り除きたい」を軸にあらゆる動きの変化に気づき続けてください。すでにそうなってるけど。

起きることは、どんなに凶悪にみえても、また喜ばしくても、「幸福へ、苦を取り除く」という恩寵しかありません。それを知ってようと知ってなかろうと、信じよと信じまいと。

真理探求に関しては、あなたの内側のその真理そのものが、
「よし、そろそろ帰っておいで」と、
GOを出したら、「やりたくなくても、やってしまいます」また、それが起きなければ、
まったく惹かれないようになっています。笑
そして、惹かれない場合、やらなくていいんです。なぜなら、やろうがやらなかろうが、悟ろうが悟らなかろうが、真理そのものだからです。つまり、真理探求とは、それが起こるも起こらないかも同価値です。だってすでに真理そのものだから。あなたが行くことになるなら、(というか帰宅なんですけどw)
幸運をお祈ります。祈らなくても、恩寵に運ばれていくから最適にいくけど。笑
説明になってないかもしれませんが、そんな感じです。

108:2025/10/15(水) 22:35:10 ID:IMyO5d6Y0
>>101
静寂=空間概念です。
今=時間概念です。
あなたはどちらも超越しています。
なにも「概念」つけなくて正解です。

109:2025/10/15(水) 22:42:44 ID:IMyO5d6Y0
>>103
あなたの、すべての動きがある意味で、
「メソッド」なんですよ。
「良いことを求め、悪いことを避けたい。」
というテーマで動きが起き続けています。あなたの中で。というか、生きとし生けるものすべて。なので、皆メソッドです。笑
「よし!メソッドが無意味ならやめようかな!」→これは「メソッドをやめて無意味なことを避けよう。メソッド」です。

110ムル:2025/10/15(水) 22:50:21 ID:.HWXY/RM0
>>108 やったー

111:2025/10/15(水) 23:21:30 ID:IMyO5d6Y0
>>104
>あなたの言う「主体」は自我と混同してしまうので「ただ在るそれ」とでもさせてもらいます。
→はい。「ただ在るそれ」でよろしくお願いします。

>「ただ在るそれ」または「純粋な意識」に留まり続けるのが困難なのです。
恩寵により与えられる平安が伴っている間は良いのですけど、徳がないせいか平安を失い心に飲み込まれます。

→確かに簡単ではないかもしれません。
簡単すぎるからです。驚愕なほど。
留まり続けるとは、はじめは、留まろうとして、留まる意志が必要になりますが。
真の主体にとどまる必要はほんとはありません。
何もしなくても、はじめからそうなっているから。平安があるときでもないときでも徳があるという思考がわいても、ないという思考がわいても、それは変わらずあります。

>信仰を保つ熱意も失いつつあります。
あなたは普段から心からの祈りと感謝を創造主に捧げている人でしょうか?
私にはまだまだ疑いが強くてそのような心境になれないでいます。

→私個人としては、なんともいえません。
そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。ただ、それをやることが、ものすごく効果があることは知っています。

信仰の対象お持ちで、またその意欲が少しあるなら、ぜひおやりになってください。
祈り、感謝、創造主に捧げることを。どれも何かしらの意欲がわいたらぜひおやりになってください。
ただ、それと同時に一つだけ覚えていただきたいことは、信仰の対象への祈り、感謝、捧げるなどは、本来のあなた自身に向けてやっているのです。つまり、内側の真理そのもののあなたが、外側に現れてそういった恩寵を起こしているのです。これこそまさに自己愛です。

>光から闇に落とされてから今のような状況が続いています。
過去に体験した虚無の底知れぬ恐ろしさのせいで恩寵を信じられません。
有と無を超えたものをどうやって信じられるのでしょう?

→恩寵を信じなくてかまいません。 
恩寵は取り引きに応じません。
恩寵は「これだけ〇〇してくれたから、その分たくさん与えてあげるね」とか、
「〇〇してくれないから罰を与えるね」
という図式が成り立ちません。
太陽光のように、ただ、そう働き続けるのです。

無/有を超えたもの。
それは、信じる/信じない、を超えています。信じなくてかまいません。
ただ、それは不生不滅です。

虚無の恐ろしさは、エゴがアイデンティティを明け渡すということを恐れているからです。
恐ろしいという感情がとまらないとき、
私もありました。そういうときは恐ろしさに抵抗しないでください。どれだけ時間が、かかろうともいずれ変化していきます。早ければいい、遅いとだめではありません。最適に起こり続けています。信じなくて構いません。

112:2025/10/15(水) 23:26:42 ID:yfKsae4w0
>>110
d(^_^o)

113幸せな名無しさん:2025/10/16(木) 03:13:25 ID:ZU4L/ats0
>>75
とても丁寧にご返信下さり、ありがとうございます
頂いたレスを読みながら実践していたら、気づきが有りました

私は退屈を受け取り拒否しており、何度も何度も再配達が届いていたようです
何度メソッドをしても必ず退屈感でダメになっていました
なので退屈を受け入れました、すると安心感が湧いてきて
その後気づきが沢山訪れました(がメモしなかったので忘れてしまいました)
そして心がポカポカと温かくなりました

しばらく温かさは続きましたが、更に温かさの補充をしようと思い
好きなもの、可愛い小物などを眺めたり思い浮かべて
その時湧いた温かい気持ちを自分の中に留めて
好きなものや小物→温かい気持ちになった、の
前半部分を切り離して、温かさだけを自分の中に取り込み
内側の温かさを感じることを行いました

やがて温かさが少しずつ薄くなっていきましたが、それはもう追いかけずにいたら
頭の中がスーッとさわやかになってきて、朝だおはよう!みたいに
目が覚めているのに目が覚めたような感覚になりました

起きているのに目が覚めた感覚といっても、いつもと何も変わらない感じ
変わらないけど、おはよう!な感じです

ほのかな温かさも消えてはいなくて継続中な感じです

ただ、この起きてるのに目が覚めた感覚になったのは今回が初めてではなく
多分またすぐに起きながら寝てしまうのかな、という気はしています

114幸せな名無しさん:2025/10/16(木) 04:02:34 ID:ZU4L/ats0
そういえば昨日、動画をぼーっと眺めていた時、ある歌の
「めざめたての気持 大事に育ててね」という歌詞が
矢みたいにサクッと心に刺さった、その部分だけ
これ、メッセージだったのかも

115幸せな名無しさん:2025/10/16(木) 07:55:58 ID:KeJBklG.0
>>98
りさん、
これって、
主体に気づこうとする者こそが気づかれる者であり、観るものは観られるものである、ことを知る手法ですよね?
つまり主体も客体もなかったんだよーと笑

ということで、私も主体に気づこうとしてみました。
気づこうとしている主体の私がいますね。
しかしこの主体の私はイメージであり起こっては消えるものっぽいです。

次にもうひとつ私らしきものに気づいてみました。どうやら顔や目の奥の筋肉の感覚のようです。これもいつも在るものではなく、何か違うことに気を向けているとないですね。今注意を向けたから現れている、起こっては消えるもの。

ということは…これら起きては消えるここ。
ここ全てが主体であり客体でも気づきである!
どうでしょうか?笑

116:2025/10/16(木) 08:51:32 ID:pTi/3SPo0
>113 114

いいですねー。
>目が覚めているのに目が覚めたような感覚
素晴らしい。笑
つまり、プロセスが進行すると自然に色々な恩寵的インスピレーションが起きてくるんです。笑

>115
まさにそうです。笑
主体も対象もないというのは、
すべてが主体であり対象でもある。ということなんです。

そして、そもそも、
主体。対象。というのは言葉であって、概念であって、あとから付けられた「アイデア的な何か」みたいなものなのです。
この世界は〝夢のようなもの″の真意は。
「夢だからどうでもいい」ってことではなく。
主体─対象─存在─気づき。全てが一つの意識の運動だったということです。

117幸せな名無しさん:2025/10/16(木) 10:30:40 ID:sZqw3DF20
良スレ

118113:2025/10/16(木) 13:05:35 ID:ZU4L/ats0
>>116
ありがとうございます!

さっき「 」は「 」でしかないから
言葉にすれば言葉にするほど別物を差すことになる、と気付きました

これも先日たまたま聞いていた昔のアニメソングの
「夢色のスプーン」という歌がヒントになりました

この歌詞の中でのスプーンは「 」を差しているような気がして
でも誰か知りませんか?というフレーズがあるのですが
それに対して、知りませんかと言ってもみんな持ってるよなーと思ったり

「 」は「 」です 〜完〜 
これだけですよね実は

気付いたからどうってこともないし何も変わらない
でも「 」は、安らぎですね

あるのに見えない、特に探す必要もないのに探していた…?

「 」を求めて宝探しみたいに地面を掘っていても
地面自体が「 」でした、みたいな?

あ〜れ〜…

119幸せな名無しさん:2025/10/16(木) 13:10:15 ID:BJoXKKMM0
>>116
ご明答よかた!笑
あちらとこちら。
それらが概念であり思考なんですよね。
この概念による分離が、あなたと私の「私エゴ」を想起させ、それがあれやこれやと私を強化させ悩んでいるという仕組み。ですね。
ありがとうございます。

120幸せな名無しさん:2025/10/16(木) 14:25:12 ID:O8MDtTtk0
すべてが恩寵で最適なタイミングで起きることが起きるなら、達人とか非二元のスピーカーが「何もしなくていい」というのも頷けるな
それでいいのか、もうプロセスは進行してるのか

121:2025/10/16(木) 20:23:41 ID:3mBa5JZM0
>>117
d(^_^o)

122:2025/10/16(木) 20:25:54 ID:3mBa5JZM0
>>118
>さっき「 」は「 」でしかないから
言葉にすれば言葉にするほど別物を差すことになる、と気付きました

→ はい。その通りです。

>これも先日たまたま聞いていた昔のアニメソングの
「夢色のスプーン」という歌がヒントになりました
この歌詞の中でのスプーンは「 」を差しているような気がして
でも誰か知りませんか?というフレーズがあるのですが
それに対して、知りませんかと言ってもみんな持ってるよなーと思ったり
「 」は「 」です 〜完〜 
これだけですよね実は

→はい。笑
そのため、原初回帰。また、再発見。
と言われています。

>気付いたからどうってこともないし何も変わらない
でも「 」は、安らぎですね
あるのに見えない、特に探す必要もないのに探していた…?

→「どうってことがない」これは、「動ってことがない」つまり、「  」は、動きの外側です。
そう、そこには、安らぎという動きもない・・にもかかわらず、なぜか個人は根源的な安らぎを感じることがあります。
それは、「  」自体が、無条件だからです。
この世界も、心も、停止することなく波のように動き続け変化しています。しかしそれは、海のように、常に無条件で在ります。

>「 」を求めて宝探しみたいに地面を掘っていても
地面自体が「 」でした、みたいな?

あ〜れ〜…

→そうそう。まるでシュールなコメディだよね。笑

しかし、多くの場合、
心はそれらを悟っても、自らの意志では掘ることをやめられません。
慣性の法則のように、頭ではわかっているのに、やめられない止まらないが続いてしまう。
そのため恩寵が世界を通して、少しずつ「  」と個人の最終的な、合一を促します。これがまさに幸せの青い鳥を探していた探求者が、あるとき、それはホームにあるよ。と知らされて、ホームへと帰還する。また恩寵に運ばれて送還されていくのです。

123:2025/10/16(木) 20:41:41 ID:3mBa5JZM0
>>119

124:2025/10/16(木) 20:43:24 ID:3mBa5JZM0
>>119
その通り。笑
この「分離の概念」があるから、
私─私以外─あちらこちらの、
心の「演劇・ドラマ」を創造することが可能です。
エゴ─役者として、悩むことも可能ですし。
楽しみ味わうことも可能。
分離の概念を超えて、それらをただ、気づき(見守り)続けることも可能です。

125:2025/10/16(木) 21:04:25 ID:3mBa5JZM0
>>120
>すべてが恩寵で最適なタイミングで起きることが起きるなら、達人とか非二元のスピーカーが「何もしなくていい」というのも頷けるな

→そうそう。だけども、「何もしなくていい」をやろうとすると、「何もしないをやって、何かが現れるのを期待して待つ」ということをやりがちだから、(それが起きたらそれが最適に起きたのだけど)

つまりそれは、
「ただ、起きた」の連続ってことです。
「自然発生的に、なにもかもが起き続けている」そしてそれは、最適ってこと。
最適というのは、ちっとも最適にみえなくても最適。最適だと思い込もうとすることじゃないです。

>それでいいのか、もうプロセスは進行してるのか
→プロセスの進行は、たとえるなら太陽光のようなもの。
常に進行しているよ。
朝でも昼でも真夜中でも、太陽は燃えて光を発している。その恩寵によりあなたのプロセスは停滞にみえても進行しているし、進行を実感してもしなくても進行している。
それが「何もしなくても良かったんだ」ということの真意。

126120:2025/10/16(木) 21:12:13 ID:O8MDtTtk0
>>125
なるほど、わかりやすかった。ありがとう!
確かに何もしなくていいって言われると「(動作を)何もしないで、何かが現れるのを待とう」としがちだけど、そういうことじゃないんだよね
最適だと思ってもそう思えなくても最適で、プロセスは進んでる
ならもう好きなことしようって思えたよ

127:2025/10/16(木) 22:38:34 ID:pTi/3SPo0
>>126
d(^_^o)

そう、どうあれプロセスは進んでいる。
そうなってくると、プロセスを「進める方法」「停滞を阻止する方法」の構図自体がもはやナンセンスな話になってくる。

「ただ、起きる」=「最適」
そのことを信じてても信じなくても知ってても知らなくても、最適。
無条件でそうなってる。
個人の私からしたら当然「抵抗」は起きるかもしれない。ただ、それも最適に起きてる。

>ならもう好きなことしようって思えたよ
→うん。それもまた、ただ起きる。笑

128:2025/10/17(金) 00:23:39 ID:31rsP3Ow0
>>127

追伸
・・「ナンセンス」ってのは言葉を間違えました。決してメソッドをやることの否定ではありません。
メソッドを、やることが起こるならそれが最適であり、また効果があり、やることが◎だったのです。
ただ、メソッドをやらないこともまた最適であり◎という意味。どちらにせよ最適に運ばれるという意味。
やる⇔やらない の、意味のあり方、捉え方自体が変わってくるかも。
ということ伝えたかったのです。

129幸せな名無しさん:2025/10/17(金) 17:04:24 ID:37YCqWk60
>>111
回答ありがとうございます。

>「ただ在るそれ」に留まるのは驚愕するほど簡単である

「人間の本質であり、自然なことで何もしなくていいのだから、一番楽で簡単なこと」
私もこのように知って覚醒したと思えた時がありました。
それでも「ただ在るそれ」「純粋な意識」に気づいている時間が短くなりました。この意味で困難なのです。
平安があれば気づきの継続は容易いけれど、徐々にに消えていきました。ネガティブな心が復活しています。
私にとって平安は気づき続けるための重要な要素です。

>虚無の恐ろしさは、エゴがアイデンティティを明け渡すということを恐れているからです。

それはわかっています。

>そういうときは恐ろしさに抵抗しないでください。

あの状況で抵抗しないのは無理です。それがエゴの本質なので。
エゴがなければ抵抗はしないでしょうが、まだエゴがあるから問題なのです。
身体と心を自分と錯覚する無知で騙されているエゴの状態から、自力(=エゴによる意図)で脱却しようとするのは矛盾していて有りえません。
結局どうしようもありません。
恩寵があってもあの虚無を超えられないなら悟りは不要だし、エゴのまま生きるしかないと思う。
その上、理解できない理不尽が続いて疑念が強まり信仰を失いつつあります。
一切は恩寵であり完璧なのが真実だとしても、それは「ただ在るそれ」の視点でしかないでは?
あなたの言う「信じなくていい」は「明け渡すだけでいい」の意味なら理解できます。
信じる必要はなく安心して明け渡せばいいことを頭で理解していても、現実がそれを拒みます。
根本の障害は自己愛(=「ただ在るそれ」への信頼)の欠如でしょうか?
それならば信じたい気持ちを否定できません。
最初期に指摘され頭では理解してはいるものの、これもまた、どうしようもありません。
あなたは地獄を経験したことで明け渡しが起こったのなら、私にはこの先今までとは比べ物のならない苦難があるのかもしれません。
地獄はもう沢山ですけど、そう考えると絶句します。

有難うございました。

130幸せな名無しさん:2025/10/17(金) 18:55:30 ID:l1n90WiA0
自愛についてはどう思いますか?
悟ると愛しかないなんて言いますけどどんな感覚なんでしょう

131幸せな名無しさん:2025/10/17(金) 19:22:31 ID:uLa106w20
>>1
>私も昔、願望実現、潜在意識、などの流れから、
>じゃあ真理とはなんなんだ?と悟り系に流れて探求してきた者です。

自分は逆ですね。真理とはなんだ? から、潜在意識を利用して願望実現系の人たちが認識の変更と言っているのを知って、こっちのほうが楽しそうだとなったクチです。

まだ、真理も願望実現もどちらも未達成ですが^^

132:2025/10/18(土) 01:37:14 ID:1iTQMkoc0
>>129
こちらこそありがとうございます。
長くなってしまったので、2つにわけてお答えします。(※願望疲労注意。笑)

>私もこのように知って覚醒したと思えた時がありました。

→おっしゃるとおり、それは、一時的に起きたのだと思います。

>「ただ在るそれ」「純粋な意識」に気づいている時間が短くなりました。この意味で困難なのです。

→はい。困難なのは通常です。笑
「一度純粋意識に目覚めたら終わり」ではなく、そこからが“合一の道の始まり”です。
何度も何度も、会いに行くことになります。
個人(エゴ)から見れば、深いところでは平安を知りつつも、表面では困難や苦痛として感じられる。それは、純粋意識の光によって、同一化した“偽の自己”が脱皮していくプロセスにあるからです。

>平安があれば気づきの継続は容易いけれど、徐々に消えていきました。ネガティブな心が復活しています。私にとって平安は気づき続けるための重要な要素です。

→はい。その平安こそが、気づきを続ける意欲の重要な指針でありエンジンです。
また、その″純粋意識”の気づきの光があるからこそ、「これはネガティブなものだ」と判断している″エゴ″、″同一化″の影は浮かび上がってきます。なぜなら、影が炙り出されるのは、光が当たっている証拠でもあります。
そのおかげで、次第に自然と握りしめている収縮感(同一化)が溶解されていくのです。

>あの状況で抵抗しないのは無理です。それがエゴの本質なので。

→まさにそのとおりです。
私が言った「抵抗しないで」は、「抵抗が起きても、それにさらに抵抗しないで」という意味です。「抵抗してしまうこと」に抵抗しないでください。できなくてもいい。許してください。許せなくても、許してください。
つまり・・これが“赦し”の意味であり、「気づきにとどまる」アプローチそのものなのです。

>エゴがなければ抵抗はしないでしょうが、まだエゴがあるから問題なのです。

→エゴを問題だと思い、エゴを無くそうとしている者もまたエゴです。
エゴが「エゴをなくそう」としても、終わりは来ません。エゴの終わりとは、「自分が主体である」という幻想の終わりです。
「エゴは幻想なんだ」とエゴが知ることではなく、
“始まりすらしなかった”エゴが、まるごと崩れてしまうこと。

ですからその瞬間は、語りえません。
それは・・最大の楽しみにしておいてください笑

エゴはその瞬間が訪れることを恐れます。
しかし、決して恐ろしいものではありません。

それが恐ろしいものではないことを、
頭ではなく、純粋意識そのものなんともいえない叡智によって深い実感を通して学んでいきます。それでもエゴはわかっていても、立場上、最後まで抵抗するその使命をまっとうします。

>身体と心を自分と錯覚する無知で騙されているエゴの状態から、自力(=エゴによる意図)で脱却しようとするのは矛盾していて有りえません。

→ええ、その通りなのですが、それでも「エゴが自力でやる」プロセスが必要なのです。
なぜなら、“トゲを抜くには、別の小さなトゲを使うしかない”からです。

代表的な例を挙げます。

A. エゴが純粋意識にとどまる → 恩寵によって最後のエゴが溶ける

B. エゴが純粋意識にエゴを捧げる → 恩寵により「捧げ者」が溶ける

C. 観察者として識別する → 恩寵により最後には識別者が消える

D. メソッドを繰り返す → 恩寵により最後には「実践者」が消える

どれも「エゴが意図を持って何かをやる」形式ですが、″恩寵″によりそれが始まり最後には恩寵によって溶けていく流れになります。

133:2025/10/18(土) 01:41:17 ID:1iTQMkoc0
>>129
【虚無・信仰について】

>結局どうしようもありません。恩寵があっても虚無を超えられないなら、悟りは不要だし、エゴのまま生きるしかないと思う。

→いいえ、虚無を越えるためには、「それ=あなたの本質」に向かうしかありません。
この世界にあるものは、虚無に対する“気休め”にはなるかもしれないけれど、根本的には終わらせられないのです。

なぜか?
虚無そのものは、実は「虚無ではない」からです。熟睡のように、体験者が消えているとき、虚無は“言語化不可能な至福”素晴らしいものになります。

>理不尽が続いて疑念が強まり信仰を失いつつあります。

→お気持ちよくわかります。
理不尽・・まさに!w
しかし、それは・・

純粋意識が気づきのシャワーで、
嫌がって叫ぶエゴを微笑みの中まるごと洗ってあげるようなものです・・。
それで、色々と落として流してくれる。
理不尽にみえて・・それは、エゴにとって実のところ救いでもあるのです。
ただ、理不尽にみえる。これは正論です。
そのお気持ちは理解できます。

また、疑念が出てくることも大切なプロセスです。それでも「純粋意識」を一度でも体験した人間は、信仰や真理探求を手放せません。
たとえ、怒りや絶望があっても、そこからまた遅かれ早かれ祈るしかなくなるのです。
というより、祈りが起きてしまうのです。

【真理探求・明け渡しについて】
>あなたの言う「信じなくていい」は「明け渡すだけでいい」の意味なら理解できます。

→そうです。「信じなくていい」とは、信じた先で、明け渡す。
「信じよう=疑い」ですから
その「疑い」こそ抽出し、明け渡す。
それはこうも言い換えられます、
「起きることに対して完全に委ねること」です。

抵抗やネガティブや恐怖を、
あなたが所有して握りしめるのではなく、
純粋意識に明け渡すということです。ネガティブを明け渡し、残ったのが平安です。

ただし、“明け渡す”ことは、最初はうまくいかないことのほうが多いです。
それでも続けてください。必ず変化していきます。明け渡しは、実は最高の薬であり癒しです。

明け渡しを繰り返していくと、分離、収縮、恐怖、疑念、怒りが──やがて深いところでは「解放」「勇気」「強さ」「無条件の喜び」「真理への想い」へと変わっていきます。

>根本の障害は自己愛(=「ただ在るそれ」への信頼)の欠如でしょうか?

→はい。だからこそ「信じたい」と思う心は否定しないでください。
あなたの本質は「ただ在るそれ」なのだから、何よりも最高レベルで信じる価値に値します。

▼【地獄を経るプロセスについて】

>あなたは地獄を経験したことで明け渡しが起こったのなら、私にはこの先今までとは比べ物のならない苦難があるのかもしれません。

→たしかに、私にも“地獄のように見える”経験がありました。
でも、終わってしまえば──それはただのプロセスだったとわかります。

地獄と表現したのは表面的には地獄にみえてもそれは地獄ではないことをお伝えしたかったのです。

私は実際何でもわかるわけじゃありません。
むしろ人よりも世の中の情報に対して無知でしょう。笑
ただ、心から伝えたいのは、「真理への努力は、必ず報われる」ということ。
どんなに暗闇でも、どんなに地獄のようでも、
その中を歩んでいるあなたの“それ”は、確実に導いてくれます。焦らなくていい。でも、進んでください。
覚めない悪夢はありません。明けない闇も、ありません。
さて、これは綺麗事か?
それでも終わらない苦しみが続くのでは?

あり得ません。
あるとしたら・・
そんな理不尽なことがまかり通るとしたら・・
きっと、それは夢の中だけです。笑
夢から覚めれば、すべては静かに終わるでしょう。
そして、「夢から目覚めた私」すらも静かに消えていくでしょう。

グッドラックd(^_^o)

134:2025/10/18(土) 03:45:02 ID:1iTQMkoc0
>>130
「自愛のメソッド」のような話でしょうか?
だとしたら、やったぶんだけ効能があると思います。気になるなら是非やってください。
それはすなわち、心や潜在意識に「ただ気づいてあげる」という光を当てること。
自愛とは、「あるがままに抵抗しないこと」、つまり「許しそのもの」です。

そしてそれは、やがて「自分=世界=全体性」のあるがままへの、許しに広がっていきます。
ただし、本当の意味では、これはエゴにできる芸当ではないんです。
“そうする”んじゃなくて、“そうなっている”という事実の話です。

ここで。
「自愛」ってそもそもなんだろう?

これまでの人生で、あなたは「〇〇を愛している」と感じたことがあると思います。
人でも、モノでも、趣味でも、体験でも、アーティストでも、推しでもなんでもいい。
「好き!愛してる!!」と感じた瞬間ですね。
で、それって。
実は、「あなた自身を愛しているから、〇〇を愛することができた」んですよ。

つまり、誰かを愛するのも、お金を愛するのも
成功を愛するのも、名誉や物語を愛するのも。
全部、「自分という存在を愛している」からこそ起きるんです。

たとえば「自分のこと好きになれない」と言う人がいても、
「でも何か好きなものある?」と聞くと、必ずあります。笑
それが自己愛の証です。

どんな人でも、悪人でも、変人でも、狂人でも、何かしら“愛する何か”を持っています。
それは、無意識に「自己」を愛しているからです。
そして、その“自己”とは一体何なのか。
それを探っていく道こそが、いわゆる「悟りの道」なんですね。
悟りや真理の話やスピリチュアルでよく言われる「愛」は、人間の感情的な愛とは違います。
もっとシンプルで、根源的なものなんです。

たとえば誰でも、
「幸福になりたい」
「苦しみをなくしたい」って思いますよね?

これって言い換えれば、
「変わらない幸福」や「苦のない状態」を求めてるということ。それが、私の言ってる「存在そのもの」「意識そのもの」なんです。

実例。

エルモルエルモルト(仮)

ここで、完全にいま私の思いつきの存在。
「エルモルエルモルト」という動物をご紹介しましょう。これはバスケットボールくらいの大きさで、とてもゆっくり歩行する。

これは今、あなたの意識に浮かびました。
それから緑色で、首が長くて・・鳴き声は猫そっくりで・・と、まあ、なんでもいいです。

大事なのは、たとえ架空でも、それは今「存在した」ということです。

つまり、「あなたに認識された」から、そこに“在った”のです。

これが「存在そのもの」の働きなんです。

そして、それを認識する“意識”がある。
認識される以前から、“前提として在る何か”がある。それこそが、目には見えないけど、確かに感じられる「存在」「意識そのもの」「愛」なんです。

じゃあ、その「愛」は人間にできるのか?

残念ながら、エゴは完全な愛にはなれません。
どれだけ愛っぽいフリをしても限界があります。心も世界も動くからです。
そのため、好き嫌いも喜怒哀楽も起こります。完璧なエゴは、熟睡中だけです。
この世界は原因と結果で動いてます。
ただそれでもエゴはそんな完全性の「愛」によって、その変化してしまうという不完全さを許されています。ゆえに、ただ起きます。

でも・・
そんなエゴの根っこにあるのも「自己愛」です。
エゴは自己を求めながら、本当のことを求めながら、真理と融合していくプロセスを歩みます。

人と人がバラバラに見えていても、
ふとした瞬間に“一体感”を感じるとき、そこに「愛」があります。ヒントがあります。

だから、愛とは。エゴと真理の合一。
そして世界が求め続けている、根源的な構造とそれらを超越したもの、そのものだと思います。

もちろん、私の言ったことが、
唯一の愛の正確な描写と言いたいわけではありません。これよりも愛は深遠で形におさまりません。
人によって愛の表現や捉え方は様々でしょうしまたそうあるべきです。
しかし、それらの様々な表現の違いの背後で、ただ不変に在るのが愛・・と私は言いたくなってしまいました。笑
そんな感じでしょうか。

135:2025/10/18(土) 04:01:58 ID:1iTQMkoc0
>>131
みなさんルートが違うのが、とても興味深くておもしろいなぁ。
私もそうでした。夢中でした。
グルグルと抜け出せない辛い日々が続いても・・ある一瞬の恩寵的なにかや、インスピレーションがあると。
「最高だ。素晴らしい。こんな楽しいことないなぁ!!」
と感じたりしてました。数分後、またグルグルしたとしても。笑

「私は達成した」とはならないのです。
「私は未達成だ」が、

「ふっ」と、それと同時に「ガラガラドッシャーン!!」と・・。

あなたも私も、すでにそれなのです^^

136幸せな名無しさん:2025/10/18(土) 07:37:53 ID:Rbwc1Gh20
>>135

りさん、ありがとうございます。

独りで静かにしているときは、自分は思考や身体というよりも意識だ、この空間だという感覚のようなものが強いです。

そう感じているときは、自分はどこからも来ないしどこへも行かない。ずーっとここにいる。そう感じます。

自分が意識だという状態を観察していると、自分は気づきなんだと気づきます。

気づいた瞬間、主観(認識者)と客観(世界)が現われたという感じがします。

日常生活のほとんどは、思考や感情、記憶と一体化してエゴにまみれて、自分も現実も否定的な状態ですが。

マズローの6段階の欲求、生理欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認欲求、自己実現欲求、自己超越欲求ですが、全部体験してみたいですね。

137:2025/10/18(土) 14:50:02 ID:1iTQMkoc0
>>136
はい。それらのあらゆる動きに気づきとして在り続ける。あるいは、気づきに気づき続ける。
すなわち、ただ在り続ける。

すると気づき自体が深まっていく。深度が増す。
ハッキリ感が強くなり、何かが鮮明になる。
まるで目が覚めるように。
そして気づきの安定化が起こってくる。

さてここで、「潜在意識」「心」「エゴ」の話に繋げると。

気づきそのもので在り続けていると、
同時に、個人の心の深層部にも気づきの光が当たりはじめます。

たとえるなら、
真夜中の暗闇の中、ぼんやりとしか見えなかった部屋に少しずつ朝の光が差し込んでくるようなもの。

個人としては何が起きているのかよくわからなくても、気づきの光によって、部屋の中にあった「欲」「執着」「観念」「信念」たちが
気づかれて、同一化が緩まり、解放されて救われていくプロセスが促進する。
けど、彼らにとっては「まさか気づかれるとは思ってなかった」から、激しく動揺する。
なんというか・・そんな整理整頓の大掃除が始まるんです。

「これはまだ必要かな」「いや、これはもういらないな」そんな取捨選択が、無意識のうちに内部で進む。

だからこそ、ネガティブも抵抗も混乱もゆさぶりもバンバン出る。
これはたとえば、親が入ってきて勝手に部屋のものを捨てたり、配置を変えたりして、子供が「ふざけるな!」と怒っているような感覚。
でも親は、「いや、この方が絶対いいから」と淡々と片づけを続ける。
この過程に子供は激しく抵抗し続ける。
ときとして親は「ビンタを喰らわすこともあるかもしれない」これは愛のムチ。笑

ただ結果的には、部屋が綺麗になって助かる。これがいわゆる「浄化」です。

その過程で、マズロー的な欲たちも
本来の自分にふさわしい形に整理され、
綺麗に埃を払われて、再び部屋に配置される。
配置の場所は以前と変わってるかもしれない。
ただ、使いやすくシンプルになっている。

これらを通して、世界においても自然に変化が起き。具現化され、体験されていく。
そして、本来の自分にとって「叶わない方がいいこと」や「ふさわしくないもの」は、
静かにゴミ出しされていく。

このプロセスは基本的にはゆっくり、あるいは箇所によってはスピーディーに進行していく。
個人差がある。ベストなペースがある。
しかしどのみち最後には、住み心地のいい
自分という部屋になるんです。

要は、「気づきで在る」という方法が心の奥にまで光を届けるいちばん確実で、やさしい方法です。※これは視点を変えれば委ねる、明け渡す、信頼する。の方法とも同義語になってきます。

ps 願望実現の「何もしなくてもいい」
「潜在意識にお任せしよう」っていうメソッドともどこか繋がる話だと思いました。

──あなたがマズローの6大欲求全部体験できるように幸運をお祈りします!

138幸せな名無しさん:2025/10/18(土) 15:54:54 ID:Uht5GQiY0
>>132>>133
とても詳しく答えて頂き、ありがとうございます。
私の迷いに対応できる人に巡り会えたのは幸運でした。
ところで、今までにない不思議な感覚なんですが、あなたの言葉は私自身の言葉のような感覚を持つのです。
うまく表現できないけど、今まで強固だった自我があやふやで境界が崩れるような。

一番大きかったのは、虚無に対する恐怖に支配されていたことに気づけて楽になったこと。
光と一体になっても退屈だし、虚無は恐ろしいし、それを超えたものは理解できないので、信用できるのか確信が持てない。
それでも意識(真我)は、エゴが何を思おうが、ただただ在り続ける。
信じるしかないけど、身の周りは理不尽だらけで生きているのが嫌になる。
霊的考察に従い、あたたが言うように正しくプロセスが進行してると思いたいところだったけど、信じられる気持ちを持てないどころか逆に不信が増す。
あなたとの対話は、暗く長かったトンネルから抜け出すきっかけになりそうです。
たいぶ気が楽になりました。
本当にありがとう。

139:2025/10/18(土) 18:16:23 ID:dxdUH4zE0
>>138
まさに恩寵。
私もあなたも、なぜかわからないけどそうなってしまうことがあります。だいぶ気が楽になる。・・なんともいえない。摩訶不思議。笑
こちらこそありがとうd(^_^o)

1408:2025/10/18(土) 19:55:25 ID:/P4BE15I0
>>54
すみません。返信忘れてました。
回答ありがとうございました。

それにしても、言語化の力がすごいですね。
ここまで深掘りというか、自分の言葉に落とし込んで説明できることを尊敬します。

141幸せな名無しさん:2025/10/18(土) 21:49:04 ID:Pufwawfc0
スレ主さんは、他者=自分?、他者を同じように愛せる境地になった?
自分のことは社会が決めた善悪の枠に囚われず、許し受け入れることはできるようになってきた。
だけど、他者に対しては、好き嫌い問わず出会い自体には感謝の気持ちは持てても、誰彼問わず優しく接することはできないんだよね。
エゴを捨てたら最終的に利他の心は芽生える?持てる?ものなのかな。

142幸せな名無しさん:2025/10/19(日) 06:28:08 ID:TZLVQEoU0
>>137

りさん、こんなに詳しく丁寧に、ありがとうございます!

>要は、「気づきで在る」という方法が心の奥にまで光を届けるいちばん確実で、やさしい方法です。※これは視点を変えれば委ねる、明け渡す、信頼する。の方法とも同義語になってきます。

実践したいと思います。

>──あなたがマズローの6大欲求全部体験できるように幸運をお祈りします!

りさんのこと、何をお祈りしたらよいのかわかりませんが、りさんのこともお祈りいたします!!

143幸せな名無しさん:2025/10/19(日) 08:06:20 ID:2hJElOoU0
1(り)さんは超能力とか奇跡体験などはお持ちですか?
そういう能力、奇跡を起こす聖人などどう思われますか?
私は訳あってそういう能力を探究しているものです
例えば松下松蔵という方は病気や骨折など一瞬で治すことができたとか
ttps://web-mu.jp/history/21732/
心霊手術師のホセ・アリゴーもただ治すだけでなく他のエピソードも凄い
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%82%BB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B4%E3%83%BC

144:2025/10/19(日) 16:19:14 ID:geSrq5oE0
>>140
こちらこそ。
「何かが」伝わったなら良かったです。

言語化の力ですか。
表面的には、個人の私が、過去に沢山グルグルと探求したからかもしれません。
ありとあらゆる「言葉のヒント」を頼りに探求するしかなかったからです。
ただ、真理そのものは「概念─非概念」を超えている。その視点からしたら、どれもこれもただ起きた。つまり、私個人が、ある質問を見て考え説明することがただ起きた。
なので、真相は「あなた─私」を超えたところからの不可思議な何かの力──それが動き回っている。それはなんだろう?・・わからない。
だから「恩寵」ってことにしておきましょう。笑

145:2025/10/19(日) 16:26:55 ID:geSrq5oE0
>>141
>スレ主さんは、他者=自分?、他者を同じように愛せる境地になった?

→個人の私(個人の心)としては、好きなことは止められなく好きだし、興味のないことはどれだけ取り組んでも興味が出ない。笑
喜怒哀楽、あらゆる感情が起きる。いち普通の個人といえば、まったくその通り。
好かれることも嫌われることも当然ある。

じゃあ以前と変わらないのか?と聞かれたら、変化した部分はやはりあります。

変化したのは、「これまで現実だと思っていた世界そのもの」が、すべて偉大で不可思議な、夢の演劇の場だったという理解に変わったこと。
そのため、すべてはただ起きている。
同時に、真相的にはどれほど偉大で不可思議であっても、
夢なので「まったく起きていない」とも言えてしまうのです。

>社会が決めた善悪の枠。
→これはつまり、「夢の中には夢の中のルールがある」ということ。
そして夢は動きそのものだから、その時代その時代によって善悪も変化していく。

夢の中には「原因と結果」のルールがある。
だからこそ、あなたは「許し」や「受け入れること」に取り組んだ結果、それができるようになってきた。
うん、まさにその通り。

>自分のことは社会が決めた善悪の枠に囚われず、許し受け入れることはできるようになってきた。だけど、他者に対しては、好き嫌い問わず出会い自体には感謝の気持ちは持てても、誰彼問わず優しく接することはできないんだよね。

→感謝。すべてに対する優しさ。
これはね、愛と同じくらい深遠な言葉。
なぜなら、真理的な見地では、愛も感謝も「感情」ではないから。

愛も感謝もすべてに対する優しさも、
本当の意味は、個人や世界の視点から見たときの「真理の構造そのもの」あるいは「真理の絵そのもの」なんです。

とはいえ、個人の私たちは「愛」や「感謝」や「優しさ」を感じるという現象が起きる。
つまり──「愛」「感謝」「すべてに対する優しさ」は、取り組んだからそういう気持ちになれた、というよりも、
“取り組むこと”が起き、“そういう気持ちが起きる”ということが自然と起こった。

これは本当は「やること」ではなく、「起きてしまうこと」

だから、愛や感謝が起きていない時や、真逆のネガティブな感情が起きている時があっても、
まったく自然なんです。

そして、起きるときも、起きないときも含めて、すべては最適に起きている。

>エゴを捨てたら、最終的に利他の心は芽生えるの?

→エゴを捨てる、というのは「エゴ(個人)が私である」という前提が崩れること。

だから、そうなった個人は、
全体的な気づきの中の最適な流れの、ひとりの演者となる。
利他が起きるかもしれない。
利他を意識せず、やりたいことをやるかもしれない。
ただ、何をやるにしても、もはや「やり手」ではない。
そして、それが起きたとき、
「それが最適だ」ということすら忘れて、
全体性の流れの中で、やり手ではないことすら忘れて、何かをやる。笑

そんな感じかな。

146:2025/10/19(日) 16:30:10 ID:geSrq5oE0
>>142
ありがとう!嬉しいです!

147:2025/10/19(日) 17:06:09 ID:DNemUIso0
>>143

私個人としては、超能力を持っている自覚はまったくありません。笑
奇跡体験・・不思議な体験。
あったとも言えるし、なかったとも言えます。

ある意味では、すべてが奇跡であり、不思議です。同時に、すべては至って自然なことでもある。そういう両面の見方になります。

では、「そういう能力や奇跡を起こす聖人」についてどう思うか?

私は、そういった現象は実際にあると思います。
なぜなら夢=心=無限の可能性を備えているからです。

心を通して想い続け、
その実現に対する疑いが完全に溶けたとき、
超能力も奇跡も起こり得る。

だから、そういう人が現れても、
そういう現象が起きても、
本質的には何も不思議ではありません。
(とはいえ、現場に居合わせたら「うわ、すげえ!!」って思うでしょうけどねw)

特別な能力開発法というものも、世の中にはあるのかもしれません。
私は詳しくありませんが、可能性としては否定できません。

どう思うか?と聞かれれば、
やっぱり「摩訶不思議だなぁ」と思います。笑

感覚としては、大谷翔平選手を初めて見たときのリアクションに近いです。
「すげーなぁ! 本当にこの世界、何が起こるかわからないなぁ」
そんな感じです。

そして、私個人の感覚では、そうした超能力や奇跡も、すべて恩寵のように感じます。

それらがごくたまに現れるのは、
エゴ=心の思い込みや先入観をやさしく崩し、
この世界の神秘に圧倒されて、何か計り知れないものへ心を開かせるため。

それ自体が、ひとつの「恩寵」で実は「真理探求への道」に繋がっているように私は感じます。

148幸せな名無しさん:2025/10/20(月) 09:17:41 ID:v9RRa./.0
>>139
そう、恩寵なんですよね。何故かこういうことが起きた。
もう質問はないので終わりでいいと思ったけど、少し雑談でもしたいとコメント書いてます。
あなたのようなタイプの覚醒者は、友人が会ったりしていて割といるんだろうと思ってました。
いわゆる聖者と違い多くの人を導く運命を持ってるわけでなく、普通の人として生きている。
実はこのタイプの方が最終段階で、もう転生はしないんだと思ってます。
あなたはひっそりと生きていく人なんでしょうか?
運命はそれぞれで見出されてしまい、崇められたり教えを請われて弟子の形で付き纏われたりなんてことが起こらないとも限らない。笑
あなたは何故かここにスレを立ててしまい、私も何故か見つけてしまった。笑
あなたは説明が上手なので、表に引っ張り出されて賑やかな人生になるかも?
あまりスレも伸びないところを見ると、それはないか。笑
あ、弟子になりたいと言ってるんじゃないです。私にはグルがいるので。

149幸せな名無しさん:2025/10/20(月) 11:07:31 ID:xaaMExE60
>>39
りさん的にはオンラインゲームのキャラがオンラインゲーム趣味にしてる感じなんだろうか

150幸せな名無しさん:2025/10/20(月) 14:10:51 ID:dSIZcKsQ0
>>147
全ては奇跡、恩寵ですか。全ては等価値、典型的な悟った人という感じですね
レスありがとうございます

>それらがごくたまに現れるのは
>エゴ=心の思い込みや先入観をやさしく崩し、
>この世界の神秘に圧倒されて、何か計り知れないものへ心を開かせるため。
確かにそういう事はよくあります。でも同時に「ただの技術」としてもある
例えば新種の生物や未知の技術が発見される、みたいに、人の無知の中にある
それに気づかせるのも一つの恩寵と言えるのかもしれませね

151幸せな名無しさん:2025/10/20(月) 19:16:48 ID:FP7kvygU0
>>150
私はスレ主さんではなくて148です。
勝手ながら私なりの言葉で言わせてください。

奇跡や超能力の意味についてはスレ主さんと同じ見解で、人知を超えた何かへの目覚めを促すためにある。
一瞬で病を治す人にも会ったことがあります。
治された側は、自身の中にある問題への気づきのための猶予を与えられただけで、根本の治癒ではありません。
中には治された瞬間に気づくような準備が整っていた例もあります。
密教なんかで方法論が確立してて技術的に可能になってるけど、そうした余地があるのも無限の可能性を秘めた創造。
そして超能力の探求は深い欲望の沼にはまる危険が極めて大きい。
欲望は限りなく追求できるけど、それによって起こる破壊的結末は甘んじて受け入れなくてはいけない。
その覚悟があれば、探し回らなくても見つかると思います。
保身を乗り越える必要があるので、結局真理探求に通じてます。
私は真理探求のプロセスで神秘体験はたくさんあるし神通力の発現も多少あります。
「は?奇跡?」みたいな体験も少ないけどあります。
全部道標のようなもので、これらが起こった原因は興味なく一時的なこととして流してるので、それに至る方法を探ったことはないです。


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