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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?

134:2025/10/18(土) 03:45:02 ID:1iTQMkoc0
>>130
「自愛のメソッド」のような話でしょうか?
だとしたら、やったぶんだけ効能があると思います。気になるなら是非やってください。
それはすなわち、心や潜在意識に「ただ気づいてあげる」という光を当てること。
自愛とは、「あるがままに抵抗しないこと」、つまり「許しそのもの」です。

そしてそれは、やがて「自分=世界=全体性」のあるがままへの、許しに広がっていきます。
ただし、本当の意味では、これはエゴにできる芸当ではないんです。
“そうする”んじゃなくて、“そうなっている”という事実の話です。

ここで。
「自愛」ってそもそもなんだろう?

これまでの人生で、あなたは「〇〇を愛している」と感じたことがあると思います。
人でも、モノでも、趣味でも、体験でも、アーティストでも、推しでもなんでもいい。
「好き!愛してる!!」と感じた瞬間ですね。
で、それって。
実は、「あなた自身を愛しているから、〇〇を愛することができた」んですよ。

つまり、誰かを愛するのも、お金を愛するのも
成功を愛するのも、名誉や物語を愛するのも。
全部、「自分という存在を愛している」からこそ起きるんです。

たとえば「自分のこと好きになれない」と言う人がいても、
「でも何か好きなものある?」と聞くと、必ずあります。笑
それが自己愛の証です。

どんな人でも、悪人でも、変人でも、狂人でも、何かしら“愛する何か”を持っています。
それは、無意識に「自己」を愛しているからです。
そして、その“自己”とは一体何なのか。
それを探っていく道こそが、いわゆる「悟りの道」なんですね。
悟りや真理の話やスピリチュアルでよく言われる「愛」は、人間の感情的な愛とは違います。
もっとシンプルで、根源的なものなんです。

たとえば誰でも、
「幸福になりたい」
「苦しみをなくしたい」って思いますよね?

これって言い換えれば、
「変わらない幸福」や「苦のない状態」を求めてるということ。それが、私の言ってる「存在そのもの」「意識そのもの」なんです。

実例。

エルモルエルモルト(仮)

ここで、完全にいま私の思いつきの存在。
「エルモルエルモルト」という動物をご紹介しましょう。これはバスケットボールくらいの大きさで、とてもゆっくり歩行する。

これは今、あなたの意識に浮かびました。
それから緑色で、首が長くて・・鳴き声は猫そっくりで・・と、まあ、なんでもいいです。

大事なのは、たとえ架空でも、それは今「存在した」ということです。

つまり、「あなたに認識された」から、そこに“在った”のです。

これが「存在そのもの」の働きなんです。

そして、それを認識する“意識”がある。
認識される以前から、“前提として在る何か”がある。それこそが、目には見えないけど、確かに感じられる「存在」「意識そのもの」「愛」なんです。

じゃあ、その「愛」は人間にできるのか?

残念ながら、エゴは完全な愛にはなれません。
どれだけ愛っぽいフリをしても限界があります。心も世界も動くからです。
そのため、好き嫌いも喜怒哀楽も起こります。完璧なエゴは、熟睡中だけです。
この世界は原因と結果で動いてます。
ただそれでもエゴはそんな完全性の「愛」によって、その変化してしまうという不完全さを許されています。ゆえに、ただ起きます。

でも・・
そんなエゴの根っこにあるのも「自己愛」です。
エゴは自己を求めながら、本当のことを求めながら、真理と融合していくプロセスを歩みます。

人と人がバラバラに見えていても、
ふとした瞬間に“一体感”を感じるとき、そこに「愛」があります。ヒントがあります。

だから、愛とは。エゴと真理の合一。
そして世界が求め続けている、根源的な構造とそれらを超越したもの、そのものだと思います。

もちろん、私の言ったことが、
唯一の愛の正確な描写と言いたいわけではありません。これよりも愛は深遠で形におさまりません。
人によって愛の表現や捉え方は様々でしょうしまたそうあるべきです。
しかし、それらの様々な表現の違いの背後で、ただ不変に在るのが愛・・と私は言いたくなってしまいました。笑
そんな感じでしょうか。


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