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沖浦克治と語るスレッド
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前のスレが終了致しました。
今回自分で立てます。
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>>716
こんばんは、沖浦さん。
ご無沙汰しております。
実は昨年の夏、
妻と二人で白馬に行こうかと計画を練っていましたが、
残念ながら、忙しくて時間が取れませんでした。
でもまた、時間が合う時に、お会いしたいと思っています。
>>714
グラスルーツさん、こんばんは。
こちらこそお久し振りです。
グラスルーツさん、人生は闘争ですね。
お互い、全てに打ち勝って行きましょう。
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雨煽りさん、おはようございます。
是非機会をお作りになられてお越しくださいませ。
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創価伝統の2月!!
私も頑張る!!
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台湾の地震、被害が軽い事を祈ります。
被災者の皆様方の、一日も早いご復興を祈念申し上げます。
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おはようございます。
大聖人仏法の基本を書いておきましょう。
先ず、ご本仏とは一切衆生です。
この点は、総別のたてわけはございません。
全人類、全宇宙の生命体、宇宙そのものを含め、久遠の南無妙法蓮華経如来です。
御書に書いてありますので信受致しましょう。
ここが理解出来ると、戒壇本尊本懐とか、法主のみの特殊な血脈がとか、唯受一人がとか、そういう愚かなことは言わなくなります。
日蓮正宗も、顕正会も寛師の害毒でここが理解出来ません。
私共は大聖人門下、寛師門下ではございませんよ。
一切衆生が仏ですから、私も貴方方もそのままの状態で100%の仏です。
これも御書にあるのです。
『過去久遠五百塵点のそのかみ唯我一人の教主釈尊とは我等衆生の事なり、』
(船守弥三郎許御書)
ですからね、
自分はダメな人間だ・・・・
と思う事は、この御文の否定です。
その人は自分を否定することで大聖人仏法を否定しています。
御書の反対を身で読んでいるのです。
この状態も御書にあります。
『都て一代八万の聖教三世十方の諸仏菩薩も我が心の外に有りとはゆめゆめ思ふべからず、然れば仏教を習ふといへども心性を観ぜざれば全く生死を離るる事なきなり、若し心外に道を求めて万行万善を修せんは譬えば貧窮の人日夜に隣の財を計へたれども半銭の得分もなきが如し、』
(一生成仏抄)
法主能化とか、ご住職とか言う職業に就いた人が素晴らしくて、自分たち信徒はその人たちの導きで救われる。
こういう思想は大聖人にはございません。
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沖浦さん、おはようございます。
一切衆生がご本仏。
全くその通りと思います。
昨日は、以前に自己評価が極端に低いという40年来の同志にあってまいりました。
娘さんが住んでいる近所に最近引っ越しをされたのでお祝いを兼ねて訪問して久しぶりに語り合いました。
悲しいことですが、自己評価が低すぎる方の境涯はお気の毒としか言いようがありませんでした。
自己評価は低い分だけ、周りの人から粗末に扱われます。
それはそれは寸分の狂いもなく生活に現れますので、話を聞いていて恐怖を感じるほどでした。
偶然にも今沖浦さんが>>721で書かれたことに全く合致いたしております。
この板の書き込みの事や、於保先生の講演の内容などをお話して激励をさせていただきました。
我仏なり、このままで百点満点の仏様なんだ。
勇気をもってこのように決めるべきですね。
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おはようございます。
一切衆生が等しく久遠の南無妙法蓮華経如来の当体である。
大聖人仏法の基本ですが、こういう事はにわかに信じがたいですね。
でも、法華経はそう言う教えなんです。
自分が現実社会で苦しんで生きていて、取り柄なんかあまりない。
ほとんどの方がそう思っておられます。
そのダメな自分が、本来久遠の南無妙法蓮華経如来??
信じられる道理がない。
故に、法華経の事を、
難信難解・難解難入。
と言うのです。
然し、釈迦も大聖人もそう言われる。
では、私共はどうすればいいのか?
自分が久遠の南無妙法蓮華経如来だと信じることです。
所がにわかには信じられません。
信じなければ理解出来ないし、信じることは困難。
堂々巡りです。
これを解決する方法は一つだけです。
決めることですね。
今自分はダメだと思えるが、本来は久遠の南無妙法蓮華経如来なんだ。
だから題目唱え明日に向かって雄々しく生きるぞ!!
これで良いのです。
『然れば久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、』
(生死一大事血脈抄)
全く差別無しと解りて。
この解るとの御文を、決めると拝する。
それだけですね。
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今朝はサンライズスキーです。
冷えているので、プロトタイプ無双の動画を撮っていただきます。
降雪機の降らせたての雪は、パラフィンには辛いのですが、無双は問題なく滑ります。
何度も書いて来ましたし、ユーザー様もお書きですが、やはり嘘だと言う方もおられます。
動画を配信することが最も効果的です。
でも、お立場上認めたくない方々もおられます。
この方々のご同意は不要です。
地動説が世に出た時、聖職者の方々は聖書と異なるとして絶対に認めませんでした。
同じようなものです。
滑るものは仕方ありません。
SDカードの時代にでも、フロッピーがお好きな方もおられて当然です。
ともあれ、フェイスブックで動画を配信予定ですので、お待ちくださいませ。
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お久しぶりです。
何年も前になりますが、もうあ菅というHNで書込していたものです。
ここ数年、ネットの学会系掲示板とかはあまり見なくなっていたのですが
ここ最近またちょろちょろと覗くようになりました。
ずいぶんと学会系掲示板の様相も変わりましたね。
依然は我こそが先生のお心を理解している真正の弟子であると主張するが如く
自分の掲示板に書き込む学会員に上から目線で接していた人が
手のひらを返すが如く、今では先生を池田呼ばわりし、批判している。
思わず、失笑してしまいましたw
当時からこの人はおかしいと思ってはいましたが、あそこまで変貌するとは・・・
話がそれましたが、これからちょくちょく覗いては書き込みさせていただく
こともあろうかと思いますが、よろしくお願いします。
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もうあ菅さん、おはようございます。
よく覚えておりますよ。
ネットでハンネで、
先生のお心が〜〜〜!!
などと叫ぶ人に大した人はいません。
所詮無責任な人材ごっこです。
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もうあ菅さん、
ヨコから失礼いたします。
わたくしもよく覚えております。
当時の総理大臣の名前をもじったHNでしたっけ・・・・・?
ま、それはともかく、またよろしくです。
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沖浦さん・グラスルーツさん
覚えていただいてましたか。
ありがとうございます。
たまに書き込んでいこうと思いますので、
宜しくお願いします。
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もうあ菅さん、おはようございます。
私共こそ宜しくお願い申し上げます。
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レースが終わって4位と5位。
情けない結果ですが、それが今の私の実力です。
今日からは気持ち新たにスキーの修行。
スラロームです。
必ずトップレーサーになって見せます!
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>>725
もうあ菅さんが指摘した、この書き込みですがまったく信じられないほどの変貌ぶりです。
>ずいぶんと学会系掲示板の様相も変わりましたね。
依然は我こそが先生のお心を理解している真正の弟子であると主張するが如く
自分の掲示板に書き込む学会員に上から目線で接していた人が
手のひらを返すが如く、今では先生を池田呼ばわりし、批判している。
思わず、失笑してしまいましたw
当時からこの人はおかしいと思ってはいましたが、あそこまで変貌するとは・・・<
小野さんの事ですね。
さっき行ってきましたが、私がさきごろアップした佐高信のこともわたくしとは真逆の意図でブログに書いていました。
彼はわたくしの親族が住んでいる江東区の幹部を男子部時代にやっていました。
態度がでかく常に上から目線で話をする男だったようです。
彼のおとうさんが亡くなったときに、池田先生が病気の回復を祈ってくださった証拠となるメモが届いたとブログで語っていました。
なぜあそこまで豹変してしまったか。
想像ですが、青年時代から組織の日の当たるところを歩き、一目置かれる存在だったのが、
理由はわかりませんが(知ってる人いたら教えてほしいけど)陰の存在に甘んじる立場になってしまった。
組織の出世コースから外れた、恨みつらみが原因なのだと思います。
かつての俺はこうだった、俺はこんなに頑張ってきたのになんで、力がある俺をなんでこんな立場にしておくんだ。
と、いう事だと思います。
実際にちからはお持ちの方だと思うのでお気持ちはわかりますが、かつての師匠を揶揄して、恨みつらみ書いて何になるのでしょうか。
こうなっちゃダメですね。
わたくしは福運あって、この板に巡り合ってみなさまの激励をいただきながら功徳の入り口のたてて、本当に良かったと思っています。
信心やめるなら、黙ってやめればいい。
かつての同志や師匠の悪口書いて益々自分を落とすなどは恥の上塗り、愚の骨頂です。
この板に来れたのは小野さんのブログを見たのがきっかけです、ですので彼の再起を祈りたいです。
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>信心やめるなら、黙ってやめればいい。
>かつての同志や師匠の悪口書いて益々自分を落とすなどは恥の上塗り、愚の骨頂です。
全く、同感です。この人知りませんが一般論として「他人巻き込むな」です。
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横入りすみません!もうあ管さん、新参の者ですが、私もどうぞよろしくお願いします!
私も、小野某氏のブログは前から拝見していました。 最近は、彼があんなに豹変してしまったことを存じ上げていなくて、「あ、○○さんのブログだ!久しぶりだな〜」と覗いたら、「池田氏」の3文字。冷やせがスーッと流れる感覚がありました。悲しいですね。
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グラスルーツさん、虹色さん、トレ太郎さん
こんにちは
あの方は結局最初から先生のお心なんてわかっていなかったんです。
自分を大きく見せたいというだけ。
先生のお心がわかっていれば、同志に対して偉そうな態度なんて絶対にとれません。
頭でっかちで単なる批評家だったのでしょう。
推察するに題目もあまりあげていなかったのではないかと思います。
題目をあげていないから根本がずれる、矢野の本とかに影響されて
心がぶれる、師を疑い・批判するようになる。
そして、行き着く先はこれまでの退転者と同じ境涯。
彼が先生を否定する根拠として紹介しているのが原島や山友の本等ってところが
また面白い。
典型的なパターンです。
過去に派手な活動をしていても、現在、一生懸命活動をしているように見えても
題目をあげていない人は結局、ダメになる。
何があっても題目・常に題目
これが最強。
そう思う次第です。
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公明党の先生方hあ 創価学会員いがいからは
支持などされてない「しじされたい」とは おもっているだろうけど
「こんなに 一生懸命 仕事しているんだから」
おおいなる カンちがいなのである
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>>734
その通りですね。彼が、早く気付くように祈ります。
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東日本大震災から5年目の朝・・・・
謹んで犠牲に鳴られた皆様方のご冥福をお祈り申し上げると共に、被災地の一日も早い復興をご祈念申し上げました。
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3.16!!
栄光の日!!
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沖浦さん( ^ ^ )/□
お久しぶりです!クジラです。
お元気そうで嬉しいです。
クジラの掲示板の「沖浦さんスレ」ですが
よく考えた結果、3月31日に「沖浦さんスレ」を閉鎖する事に決めました。
皆さんに発表する前に、沖浦さんにご報告に来たしだいです。
どうかご理解下さい。
沖浦さんの、益々のご発展をご祈念しております。
どうか宜しくお願いしますm(_ _)m
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クジラさん、今晩は。
ワザワザありがとうございます。
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巌虎さん所で面白い現象があります。
法華講員の大沢さんや、ユタさんが自称創価学会員のんっ?さんと同盟されて、私を盛んに攻めています。
普段仲が悪い宗派のはずですが、節操ないですね。
現在、御本尊は仏そのものではなく、仏を象った道具だと教えていますが、頭破七分のため正常な判断力を失っておられご納得なさいません。
御本尊は法華経そのもので、仏そのもの。
これがあちらの方々のご主張です。
でも、御書の引用は皆無。
あれは願望ですね。
御書には明確に書かれてあります。
『爰に日蓮いかなる不思議にてや候らん竜樹天親等天台妙楽等だにも顕し給はざる大曼荼羅を末法二百余年の比はじめて法華弘通のはたじるしとして顕し奉るなり、』
(日女御前御返事)
『法華弘通のはたじるしとして顕し奉るなり、』
法華経弘通のはたじるしだと書いてあります。
法華経だとは書かれていなのです。
この御書を700年後身でお読みになられたのが戸田先生。
本尊流布を前面に出され大折伏をなさいました。
現在は時代も変わって、人間革命運動の拡大が広宣流布だと定義されています。
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巌虎さん所で本当のことを書いたら大騒ぎです。
> 実は大聖人は御本尊の相妙にはかなりアバウトなお方なのです。
戒壇本尊は滅度後が十年異なりますし、讃文などはまちまちです。
ご自分で、
『十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり、之に依つて曼陀羅とは申すなり、
曼陀羅と云うは天竺の名なり此には輪円具足とも功徳聚とも名くるなり』
(日女御前御返事)
でお書きになられながら、十界の代表が抜けているのも沢山あります。
私共の創価の御本尊は、迦葉と舎利弗はありません。
八界曼荼羅ですね。
ですが立派に力用が出ています。
現実から遡ると、御本尊の相妙ってかなりアバウトで大丈夫なんですね。
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沖浦殿
若しよろしければ、私宛にメールをしてくださいませんか?
アドレスは、巌虎独白で私の名前を押して戴ければ、私のメールアドレスが出ます。
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勝さん、今晩は。
メールを下さいませ。
ok1999rescue@yahoo.co.jp
です。
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ご返信ありがとうございます。了解しました。
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勝さん、おはようございますy。
返信致しました。
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法螺吹き爺さんwww
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プルトニュームをアメリカへ輸送するそうです。
331キロ!
原子爆弾は8キロあれば作れますので、40発作れます。
それと、プルトニュームは原発がないと作れませんし、水爆は原爆が無いと作れません。
結論は、
核兵器を持つためには、原子力発電所の稼働は必須条件!!
更に、日本には45トンのプルトニュームがあります。
これでお隣の北朝鮮が原発稼働して文句言えますか?
国連の常任理事国は全て水爆保有国。
それなのに、何処かの国が核実験して制止する権利ありますか?
核兵器廃棄・原発ゼロ!!
への世論を広げるには、こう言う出鱈目をキチンと世間に伝えねばなりません。
自分が機関銃で武装していて、他人が小さいナイフ持ったら文句言う人、信頼される道理がありません。
所がマスコミにはこういう意見が載ったの見たことがございません。
国が言論をコントロールして、我が国の核武装計画を陰で進めているとしか思えませんね。
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巌虎さん所で、法華講の方とはなしました。
大沢さんと言って、この人は御本尊が人より上に位置づけるお方です。
概日蓮正宗にはその傾向が顕著です。
これは大法謗です。
『然れども詮を論ずれば慈恩大師は深密経唯識論を師として法華経をよみ、嘉祥大師は般若経中論を師として法華経をよむ、杜順法蔵等は華厳経十住毘婆沙論を師として法華経をよみ、善無畏金剛智不空等は大日経を師として法華経をよむ、此等の人人は各法華経をよめりと思へども未だ一句一偈もよめる人にはあらず、詮を論ずれば伝教大師ことはりて云く「法華経を讃すと雖も還って法華の心を死す」云云、例せば外道は仏経をよめども外道と同じ蝙蝠が昼を夜と見るが如し、又赤き面の者は白き鏡も赤しと思ひ太刀に顔をうつせるもの円かなる面をほそながしと思ふに似たり。
今日蓮は然らず已今当の経文を深くまほり一経の肝心たる題目を我も唱へ人にも勧む、』
(妙密上人御消息)
御本尊が法華経そのものだとか、仏の当体だとか、三大秘法、一大秘法だなどと言う事は、法華経を讃嘆するように見えて実は法華経を殺しているのです。
日蓮正宗がダメなのはこのためです。
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沖浦さん♪
何かいも動画を見ました!沖浦氏父子の対樋田法華講論戦に感動いたしております
樋田氏白馬での質問会、沖浦考治
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沖浦さん♪
何かいも動画を見ました!沖浦氏父子の対樋田法華講論戦に感動いたしております
樋田氏白馬での質問会、沖浦耕治氏の質問会、沖浦氏父子と樋田法華講の開眼論戦。
あの論戦を見ていると「味方より敵が善知識となり得る」との大聖人のお言葉がよく理解できます。
私が特に感動した場面を2点上げさせていただきますと。
耕治さんへの質問会で、依正不二論で戒壇御本尊にこだわる樋田陣が、笑いを交えながら「面白い事を言うな耕治君」と言っていましたが、あれはドキッとしたなと思いました♪
もう一点は、木像絵の開眼論戦の中で、樋田氏が法主開眼の無い大聖人御真筆のコピーを何枚も目の前でひらひらさせた時、沖浦さんは論戦の禁を破って烈火のごとく怒られました。
その時の樋田氏は平静を装いながらも内心はドキッとして一瞬論舌に鋭さが失われたのを見てしまいました。
やはり真剣題目の実証悟りの違いかと拝見したしました。
さてコメントを戴きたいのですが。
沖浦さんは「ボロボロにしてやった」と言っておられますが、ふっつうに中立で動画を見る限り引き分けに終わっているように見えますが、その後樋田氏は敗北を認めたんでしょうか?
最近の樋田氏動画投稿では、携帯ご本尊(寛師)をペンチで壊してライターで火をつけて燃やしています。ニセご本尊だから問題ない証拠を見せると言って、・・これについてのご指導をお願いできますか?
また、携帯ご本尊は内得信仰の方のためには必要でしょうが、家にご本尊を安置している者には重複受持となっていまい、お取り扱い上、ご不敬の危険性が発生しませんでしょうか?
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同志学ぶさん、今晩は。
法論の勝ち負けはその後の両者の歩みです。
それとボロボロとは言いません、木端微塵に砕いたと書いています。
敗北を認める認めないではなく、どちらの側が自分たちの味方を勇気づけたかが基準です。
小樽法論でも、身延は負けを認めておりません。
樋田さんが御本尊を燃やした。
お気の毒だと思います。
ペンダント御本尊は私も頂きましたが、一度も携帯したことがございません。
なくても良いでしょうが、あっても構いません。
私は仏壇の須弥壇に安置しております。
お形木御本尊をおかけしてある前に、袱紗に包んでおいてあります。
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同志学さん、おはようございます。
法論はやむを得ず致しましたが、本来法論などで広宣流布は進みません。
今巌虎さんの所へ書いておりますが、一大秘法は本門の題目だといくら御書を引用し、理を尽くして説明しても、受けいれません。
御書には、
『されども非学匠は理につまらずと云つて他人の道理をも自身の道理をも聞き知らざる間暗証の者とは云うなり、都て理におれざるなり譬えば行く水にかずかくが如し。』
(諸宗問答抄)
んっ?さんと言う方や、大沢さんと言う方がおられて、御書に違背することを平気で書かれますし、いくら窘めても怨嫉謗法がやみません。
私はこの御文を自身の体験から、耳の聞こえない方に音楽を私は教えることが出来ないと書きました。
すると、大沢さんは、障害者への侮辱だと大騒ぎ。
要は、このお二人は私が天動説論者なら、自分たちは地動説を、私が地動説ならこの方々は天動説を支持なさる。
何でも私には反対したい。
湧き上がる怨嫉の念をコントロールできない方です。
そういう方々に御書は役に立ちません。
法論とはそういうものなんです。
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一大秘法が衆生己心の妙法である、南無妙法蓮華経であることは、今後大聖人仏法の常識となって行くでしょう。
どれほど寛師の邪義を振り回しても、最も偉大で最も尊い存在である民衆を長期間騙すことは出来ません。
『木はしづかならんと思へども風やまず春を留んと思へども夏となる、』
(妙密上人御消息)
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御書にかいてあります。
『去十月十日に付られ候し入道寺泊より還し候し時法門を書き遣わし候き推量候らむ、已に眼前なり仏滅後二千二百余年に月氏漢土日本一閻浮提の内に天親竜樹内鑑冷然外適時宜云云、天台伝教は粗釈し給へども之を弘め残せる一大事の秘法を此国に初めて之を弘む日蓮豈其の人に非ずや。』
(富木入道殿御返事)
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大聖人仏法の基本中の基本ですが。
一大事の秘法とは衆生己心の妙法である南無妙法蓮華経であって、これがそのまま三大秘法です。
ここで大事なことは、この中には曼荼羅本尊は含まれていないことです。
戒壇本尊本懐を採用すると、無理やりに曼荼羅本尊を一大秘法の当体とせねばなりません。
所が大聖人にはそういう思想がないのです。
三大秘法を大聖人仏法から見ると、
本門の本尊〜衆生己心の妙法である南無妙法蓮華経。
本門の題目〜衆生己心の妙法である南無妙法蓮華経。
本門の戒壇〜妙法の器である私共の身体。
こういう展開になります。
ここで勘違いがあるのは、本門戒壇としての大伽藍との関係です。
議会制民主主義と国会議事堂のようなものです。
先ず、議会制民主主義の体制が確立されれる。
その後議事堂が必要なので建設される。
先ず広宣流布の社会が実現する。
当然シンボルとしての大伽藍が必要となって建立される。
あくまでも方便ですね。
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巌虎さん所で少々対話をしておりますが、何しろ全員が戒壇本尊本懐や一大秘法当体論でマインドコントロールされておられます。
んっ?さんなどは、私対する怨嫉謗法の念に苛まれ、罰につながる書き込みしかありません。
ですので、そういう所で書く必要があるのかとの疑問もございます。
同じことの繰り返しばかりですが、ロムされておられる方々への発信として続けております。
一大秘法が、あの方々は戒壇本尊、広く捉えて曼荼羅本尊。
これは明らかな邪義です。
大聖人が唱え広められたものが一大秘法、開いて三大秘法。
この点は誰しもが認める所です。
ではそ弘められたものは何なのか?
御書に明確です。
『日蓮生れし時よりいまに一日片時もこころやすき事はなし、此の法華経の題目を弘めんと思うばかりなり、』
(上野殿御返事)
法華経の題目が一大秘法であることは明明白白です。
大聖人にはご自分の代で御本尊流布のお考えはございません。
御書に明確です。
『あまりにありがたく候へば宝塔をかきあらはしまいらせ候ぞ、子にあらずんばゆづる事なかれ信心強盛の者に非ずんば見する事なかれ、』
(阿仏房御書)
子供でなければ譲るな。
信心強情のものでないなら見せるな。
書かれてあります。
この二編の御文だけで、一大秘法が曼荼羅本尊でないことは明らかですね。
所が、マインドコントロール下にある法華講員の方々や、怨嫉謗法の罰で頭破七分を現じ正常な判断力を喪失しておられる方は理解出来ません。
邪義によるマインドコントロールと、怨嫉謗法の恐ろしさですね。
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原発の住民避難計画のずさんさが指摘されています。
少し冷静になりませんか??
発電所作るのに、半径5キロとか10キロの住民避難計画が必要??
何故そんな危険なもの作る???
この国の政治家と電力会社、
アホですか〜〜?????
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>>757
沖浦さん、こんにちは。
目からうろこが落ちました。
法華経の題目を広めたいという事が明確に書かれていますね。
題目=ご本尊
このような刷り込まれた図式からなかなか脱却できませんでした。
でしたので、引用された御書を素直に読むことができませんでした。
明らかに私はマインドコントロールされていました。
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沖浦さん
遅れて申し訳ありません、このスレッドに投稿するには、全部読了してからにしないと失礼になると思い、やっと全投稿文(754)を読ませていただきました(リンク先の文・動画含む)。
改めて私の創価学会員の固定概念を打ち破られ、目から鱗の連続でした。
私が最初に感じた通り、貴方は己心の仏界を顕現できた真の地涌の同志であると確信しました、その上で、現実に末端学会組織を守る立場の同年代のすっきり広布活動できない老年学会壮年部の投稿に希望のコメントを戴ければありがたいです。
>それとボロボロとは言いません、木端微塵に砕いたと書いています。<
失礼いたしました。
確かに、「ボロボロにした」と言うと相手を憎んでやっつけたというニュアンスになりますが、 「木端微塵に砕いた」と言うと、「相手の迷妄を打ち砕いた」と言う事ですね。似ているようで後者は相手に対する慈悲の心が見えてきます♪
それはさておき
先ずお聞きしたい事は、「唱題中に突然に我地涌の菩薩なり久遠元初の仏なり」と覚知されたのは、何時だったのでしょうか?何時もの唱題とは何か違った(唱題の量、構え方、信の入れ方、強難の最中等)の時だったのでしょうか?
次に、毎朝に30分唱題されておられるようですが、毎回「歓喜中の大歓喜」の境涯になられるているのでしょうか?
ちなみに私はリタイヤしてから7年毎日3千遍(60分)を欠かした事がありません
「仏界ばかりは現示難し」と言われています。こればっかりは文章では伝えられないのかもしれませんが、
この板に来る学会員さんは、恐らく私同様その覚知経験がなく、それが訪れる事を信じ常に希望念願してらっしゃると思います。そこのところ宜しくお願いいたします。
それがあれば、隨縁真如の智が湧いてきて、勇気が出て広宣流布へ自主能動勝負の行動が持続できると信じています。
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この板に来る学会員さんは、恐らく私同様その覚知経験がなく、それが訪れる事を信じ常に希望念願してらっしゃると思います。
迷うは凡夫悟を仏という
さて、凡夫は何に迷ってるのでしょうか?
悟とは、何を悟ったのでしょうか?
別になんも難しいことでもあるまいにと思います
仏法を難しくしているのは後の学者等です(もちろん理解するにはそれなりの教学は必要ですけども)
さて、そこで問題です有名な四條金吾や奥さん富木さんや新尼さんや大尼さん
大田さんや奥さん曾谷さんや奥さん妙一尼さん阿仏房さん等に記別を与えられましたか
この人たちは成仏されましたか?
よ〜く考えてみてくださいっと思うのであります
数が問題ではなく信が基本だと思います
御書のどこに題目をたくさんあげなさいとありますか
それよりも私を信じてこの信心を貫いていきなさいっと言う指導のほうが
御書には殆どです
8歳の竜女が記別を与えられたことはなぜですか
よ〜く考えてみてください
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実証同志に学ぶ へ
この板に来る学会員さんは、恐らく私同様その覚知経験がなく、それが訪れる事を信じ常に希望念願してらっしゃると思います。
の知覚云々について
あなたは知覚してるにも関わらずそれを認識してないだけだとおもいますよ
なんか題目をたくさん上げたら特別な知覚体験があるとお思いですか?
ありません
それこそ迷信宗教の害毒だと思います
唱題中に突然に我地涌の菩薩なり久遠元初の仏なり。とは戸田先生が
覚知されたことであり私には私の覚知体験があり貴方にはあなたの覚知体験が
必ずあったはずです
何遍も言いますが認識してないだけ・・・
ってか
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実証同志に学ぶさんへ
さんが抜けました
-
ついでに、この前突然に沖爺のところへお邪魔して施術していただきました
そのときはあまり変わりばえせんのうっと言って帰りましたが
あれから1〜3日たってからあれ?
直ってきとる?
前10今2って感じでまだ少し痛いけど前みたいにビッコひいて歩くは
なくなりました
1か月以上もなんの変化のなかったんに、一周間もせんうちに・・・
なんやこれ・・・です。
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あれがとうございました
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実証同志に学ぶさん、こんばんは。
私にも一言だけ言わせていただくことをお許しください。
20年以上前ですが、自分が仏なんだと決めました。
当時面倒を見ていただいていた、教学をよく勉強されているお方に言われたのかきっかけです。
そのお方は、組織ででれたらめで勝手な教学を語るやつがいると県の幹部から揶揄されていました。
今思うと笑い話みたいな事なのですが、たしかに学会もそのような時代があったのです。
沖浦さん風にいえば、まさに宗門教学にマインドコントロールされていたのです。
私はそれ以来、努めて我仏なりと決めて生きてきました。
覚知経験ですか?
わたくしもそのような確たる経験はないです。
ただ、勇気を出して自分を仏だときめる!
なにがあってもなくても、御書の通り自分を本仏だと決めればいいのではないかと思います。
これが創価の信心の極意ではないかと信じます。
僭越ですが、わたくしなりにそのように言わせていただきます。
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そのとうりだと私も思います。
決めた時点でそれはその人その人の覚知経験となります
そのまんまその人の悟りとなります
迷ってる人はいつまでも迷い、そうだと決めた人は時点でそのひとの悟りとなります
そんでもってそれは日常生活の中でたくさんあります
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学ぶさん、おはようございます。
>現実に末端学会組織を守る立場の同年代のすっきり広布活動できない老年学会壮年部の投稿に希望のコメントを戴ければありがたいです。
難し事はございませんよ。
目の前のお一人を大事にする。
これだけです。
聖教新聞を読む時、配達員さんに感謝をする。
お会いしたら、何時もありがとうございます、とお声掛けする。
お客様が帰られるとき、見えなくなるまで見送りをする。
苦しむ人がおられたら、その場で祈りを送る。
誰でも出来る普通の事です。
でも、誰でも出来ますが誰にも困難です。
その自身の無慈悲と戦うのが人間革命。
目の前のお一人に同苦する事だけが、人間革命へ繋がります。
>先ずお聞きしたい事は、「唱題中に突然に我地涌の菩薩なり久遠元初の仏なり」と覚知されたのは、何時だったのでしょうか?何時もの唱題とは何か違った(唱題の量、構え方、信の入れ方、強難の最中等)の時だったのでしょうか?
2000年の世界大会の直前でした。
チェコのある町のホテルで、本番を数時間後に控え、ホテルの部屋で唱題していました。
突然、青年よ世界の指導者たれ。との池田先生の巻頭言の一節が脳裏に閃きました。
閃いたとしか言いようがありません。
一瞬遅れて、16歳で一切の望みを絶たれ、創価学会員となった座談会が蘇りました。
絶望の淵にいた私が今世界一にならんとして、地の果てとも思える異国の地で唱題している。
何と言う功徳なんだ!!!
法悦が身体を貫き、涙があふれました。
あれほどの歓喜があるとは知りませんでした。
その数時間後、私は種目別とトータルの全てを制し、4つの金メダルと獲得いたしました。
然しながら、表彰台の上で揚がる日章旗を見て、日の丸を聞きながら心は穏やかでした。
数時間前の歓喜とは比較のしようもなかったのです。
あの時、私の命の中で何かが変わりました。
それ以来、他人を羨ましいと思ったことが一度もありません。
創価人の自分が最高なんです。
唱題はスキーシーズンはあまりやりません。
スキーが終ると、朝30分の唱題を致します。
そういうリズムなんですよ。
-
学ぶさん、
今朝の信濃毎日の5面に、ベルギー同時テロで重傷を負った、オルフェ・ファンディンビッシュさんのインタビューが載っています。
「テロは許されないが、テロリストを憎みはしない。
私が憎しみを抱いてしまえば、この子は愛情より憎しみを大切にする人間になってしまう。」
2歳の男の子を抱きしめて話されたそうです。
このお方は菩薩です。
私共創価の人間は、こういう人生を生きて参りましょう。
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オルフェ・ファンディンビッシュさんば、イスラム教徒です。
この方のイスラムの祈りは、怨嗟の唱題に遥かに勝ります。
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沖浦さん♪
9071さん、グラスツールさん、いつもながら相手の気持ちに寄り添った暖かいコメントありがとうございます♪「実証同志に学ぶ」を略して「同志学」に統一していただければありがたいです♪
768の貴重な覚知体験ありがとうございました♪
やはり、戸田先生の獄中の悟りも、「曼荼羅ご本尊」をご安置していない場所での必死の唱題中に突然「仏とは生命なんだ」悟られた。
沖浦さんも、「曼荼羅ご本尊」を前にせず本番前に必死の唱題中に突然脳裏に閃かれた直後に、「何と言う功徳なんだ!!!」
「 法悦が身体を貫き、涙があふれました。
あれほどの歓喜があるとは知りませんでした。」
と大歓喜中の大歓喜を体験なされた。
そして 「あの時、私の命の中で何かが変わりました。」 「それ以来、他人を羨ましいと思ったことが一度もありません。」 「創価人の自分が最高なんです。」
そうです大聖人は『南無妙法蓮華経は大歓喜中の大歓喜なり』と・・、獅子吼の題目は自分の脳内の思い込み等ではなく、現実現象として我が身の内部(胸中の肉団)の本尊(南無妙法蓮華経)が開かせると信じています。
これは大聖人直結の名字即創価のどなたにも発動させ得るものだと思っています、ただし『御信心によるべく候日蓮の科にはあらず』でしょうか
生死一大事血脈抄?『獅子吼とは仏の説なり、説教とは法華経なり今は妙法蓮華経なり、獅とは師匠授くる所の妙法、子とは弟子受くる所の妙法、吼とは師弟供に唱えるところの音声なり』
常連の皆様に未だ之を覚知できない私ごときが釈迦に説法をしていまいました事をお詫びしたします、これも沖浦さんの「本尊題目論」に心酔している者の駄文とお笑いくださいませ♪
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日蓮の類なれば地ゆの菩薩疑いなき・・・・
地ゆの菩薩でなければ唱えがたき題目なり・・・
この時点で私は地ゅの菩薩だぁ〜
この位はどの位置にあたいするかすごい位なのです。
次に目指すは不退転の位・・・
仏教上すごい位です・・・
あんま、意味ないけど・・・
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戸田先生の御命日。
20世紀最大の偉人を偲び報恩感謝の祈りを致します。
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沖浦さん♪こんにちは
私の家庭の2本の桜が満開です。朝そのポカポカ陽気の下で草刈機で芝刈りをしてきたところです。
お忙しいところを申し訳ありませんが、もう少し私に心のスパーリングをしてください。
まだ初めのジャブを一発はなっただけですからあなたからのパンチが返ってこないとスパーリングになりません♪。
スパーリングの材料として、自己紹介を兼ねて、沖浦さんの御境涯とはかなり異なる
「陰で創価の末端組織を支えている老壮年部」についてお話しします。
先日公明支援運動で「支部ライオンズ長」に指名されました。私が一番嫌な学会活動です。
どうゆう事をするかと言うと「マルK」を何人作るかの支部突撃隊長にいや応なしに任命されたという事です。
妻に「俺嫌だよ〜」と訴えると、「自分の好きな事ばっかりの活動を選んで学会を守れるの!!」と予想通りの叱咤激励w
地区部長以上は殆ど公明党員に入籍しています、私などは10数年まえから党員になっており当然ながら彼女も党員です、よって逃げられませんw
彼女も「ライオンズ本部副責」でしたw。彼女は学会2世で私とは49年の夫唱婦随、地区でも評判の仲良しコンビとして知られております。
彼女は学会活動とパート勤務の合間を見ては庭で自己流のガーデニングをしいます。特にバラ園に凝ってます。彼女が園芸課長なら私が造園課長として2人3脚で家のメインテナンスを楽しんでいます。
しかし、この彼女、学会と池田先生に関する事となると、観音菩薩の顔をした夜叉になりますwいわゆる典型的な「強力おばちゃん学会婦人部」ですw。
何時も財務月になると、私と彼女と戦争勃発です、私は「生活とのバランスを考えろ、飯が食えんなら広宣流布出きんだろう!」、彼女「先生の広宣流布のお手伝いさせてもらってる気持ちで、ない所を工面して財務するのが信心、だから今年は**口!」
結局、財布のひもを握らせている彼女が主導権をにぎり、そんなこんなで今までの我が家財務の総額は、(創価大学5年間で卒業し現在システムエンジニヤーとして10年同居している息子の分を合わせると)、国産の高級スポーツカーが一台買える位になっています。
我が家を他地区拠点に開放して10数年たちます。2年前に地区同志が手弁当で詰めれば7台はいれる駐車場が完成しました。そのほか7年前には拠点として気兼ねなく使ってもらえるように内装工事と中型冷暖房設置、1千万を超える出費をしました。
ですが、私の車は古〜い中古4W軽ワゴン車、妻のは5年前、広宣流布号として新車の4W軽を買いました、息子はさすがに毎日往復高速道100kmの会社に通勤しているので一番安いハイブリッド車に乗ってます。
ハンネでは説得力ありませんが、地域ではブロック塀に「公明党掲示板」を常設している家で堂々と創価学会員を張っている人です嘘ではありません。
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お幸せなのですね、同志学さん。
実像が目に浮かぶようです。
沖浦さんから、レスがあるでしょうからわたくしからはこれだけです。
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学さん、今晩は。
選挙支援を仏道修行と定めるなら、人生をかけてやる。
そうするなら、その支援は活動ではなく戦いとなります。
広布部員も同じです。
戦いなんです。
私はそう言う事をしませんが、異なる戦野で戦っています。
100人の仏法者がいるなら、100種類の戦いがあります。
釈迦に十大弟子がいたでしょう。
十人十色で戦いが異なる。
正しい姿ですね。
そのお方にはそのお方の戦野と戦い。
私には私のそれ。
桜梅桃李とはそういう事です。
でもね、梅も桜も桃と梨も、必死で生きて見事な花を咲かせます。
必死の人生なら、全てが仏道修行なんです。
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グラスルーツさん♪
貴方のレスはいつも暖かいですね、ありがとうございます。
何時か沖浦さんの様に大歓喜中の大歓喜を体験しましょう♪世界が一変すると思いますよ。
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沖浦さん♪今晩は
ありがとうございました。仏から近い将来の記別を受けた気持ちです。
もう少しスパーリングをお願いします♪とりあえずお感謝まで
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774
前にも書きましたが・・・
その事がいいか悪いか、はたまた、自分にとって都合が悪いか、いいか?
この世でいいか悪いかは全くない
この世の中で過ちかそうでないかだけ
わかるかなぁ〜?
世の中すべて楽しく出来るか出来ないか?だけ
どうしても嫌だったら理由を述べて断ればいいし
そうでなければ、将がやるきなければ率いられる兵が可哀想である
-
一大秘法が本門の題目でそれがそのまま本尊であることは既に引用した御書に明確です。
後はこの御書を正しく理解出来るかどうかの問題で、私の問題ではございません。
妙法蓮華経の御本尊とは文字曼荼羅のことですが、その御本尊を大聖人が観心本尊抄で、仏像、と呼んでおられます。
当然仏の本体ではないのです。
ご本人が仰せですので、信受すべきです。
大聖人自らが曼荼羅本尊を、虚空の宝塔を写し取ったと言われる。
『是全く日蓮が自作にあらず多宝塔中の大牟尼世尊分身の諸仏すりかたぎ(摺形木)たる本尊なり、』
(日女御前御返事)
虚空の宝塔を摺形木たる。
何故これを素直に読めませんか??
更に、そういう何万キロと言う宝塔が虚空に建つわけがありません。
阿仏房がそれを質問した時、
『今阿仏上人の一身は地水火風空の五大なり、此の五大は題目の五字なり、然れば阿仏房さながら宝塔宝塔さながら阿仏房此れより外の才覚無益なり、聞信戒定進捨慚の七宝を以てかざりたる宝塔なり、多宝如来の宝塔を供養し給うかとおもへばさにては候はず我が身を供養し給う我が身又三身即一の本覚の如来なり、かく信じ給いて南無妙法蓮華経と唱え給へ、』
(阿仏房御書)
その宝塔とは阿仏房の命そのものだ。
誰がどう読んでもこのように書かれています。
結論です。
釈迦が衆生己心の南無妙法蓮華経を虚空の宝塔に譬えて説いた。
大聖人はそれをそのまま文字曼荼羅として図顕なされた。
どう読んでも、仏とは衆生己心の南無妙法蓮華経です。
ここがわからないなら、御本尊はわかりませんよ。
-
曼荼羅本尊一大秘法当体論についてです。
そういう思想は大聖人ございませんし、その点も御書をさまざまに引用し、誰人にも理解いただけるよう詳しく説明して来ております。
所が、頑として認めることが出来ない方々もおられる。
衆生己心の妙法を釈迦は虚空の宝塔へ譬えた。
大聖人はそれを摺形木られて、曼荼羅本尊を図顕なされた。
この図式は御書に明確です。
所があれこれと小理屈や屁理屈を展開し、曼荼羅本尊こそが一大秘法の当体だと強弁する方もおられる。
しかもこの方々のほぼ全員が興師を唯受一人だと言われる。
そして、興師が戒めている偽書を作って御書と号す行為を平然と認め、戒壇本尊本懐や、嫡々一人を支持される。
支離滅裂とはこのことです。
興師を師と仰ぐなら御書に無い事は認めない。
絶対の原則です。
頭破七分とは恐ろしいですね。
-
沖浦さん♪今晩は
やはり、戸田先生の獄中の悟りも、「曼荼羅ご本尊」をご安置していない牢獄で、法華経の開教である無量義教の47非を領解したい一念に億劫の心労を尽くされた必死の唱題中に突然、胸中の南無妙法蓮華経を開いて「仏とは生命なんだ」と悟られた。
更に一瞬時を経て、見宝宝塔の虚空会儀式で、地涌の菩薩の棟梁として上行菩薩日蓮大聖人と共に連なり、神力品に於いて末法に「南妙法蓮華経」の弘通を確かに相続された事を覚知され、今世の使命を自覚された。
この時点で本来無三身を覚知され、(耕治さんが法論動画で言われた様に)、ご本尊を顕す権能をお持ちであったと拝察されるのであります。
御義口伝に云く『一念に億劫の心労を尽くさば本来無作の三身然々と起こるなり、所謂南妙法蓮華経は精進行なり』
その後看守に4度殴られて不軽菩薩のございひっちを確信され、その実証として出獄されると、その獄中の悟達を原点として「牧口先生の価値論はちょっと引っ込めさせていただいて戸田は生命論で広宣流布する」(要旨)と言われて一人立つの大闘争を開始された。
そして自由闊達に「戸田の命より大切な大聖人直結の広宣流布に邁進する民衆の集団である創価学会組織」を現実のものとして日本に構築なされた。
沖浦さんも、2代先生と全く同じ覚知とは解りませんが、本質的に同じで「曼荼羅ご本尊」を前にせず胸中の肉団の南無妙法蓮華経如来を信心の二字で持ちて、世界を舞台の大勝負本番直前に宿泊ホテルの一室で必死の完全勝利を願った、その唱題中に突然池田先生の「青年よ世界の指導者たれ!」巻頭言の「獅子吼」が閃いた。
これ師匠(先生)と弟子(沖浦さん)との強い一念が共振しあって共に唱題してくださった現証ではなかったのでしょうか?
その一瞬、間があって、今や3代師匠率いる世界広宣流布の創価学会に、人生どん底で入信した時を思い起こされ、時来たって世界の重量挙げ競技に挑戦している今のご自分の境涯革命の姿を観心されて
「何と言う功徳なんだ!!!」
「法悦が身体を貫き、涙があふれました。
あれほどの歓喜があるとは知りませんでした。」
と大歓喜中の大歓喜を体験なされた。
そして
「あの時、私の命の中で何かが変わりました。」
「それ以来、他人を羨ましいと思ったことが一度もありません。」
「創価人の自分が最高なんです。」
沖浦さんの命の中で何が変わったのかは私ごときが解る由もないのですが
沖浦さんが今世の(地涌の菩薩としての)使命を覚知された事であり、誰が何というとも広宣流布は俺がやるという一人立つの金剛精神が確立したのでありましょうか。
(生死一大事血脈抄)『獅子吼とは仏の説なり、説教とは法華経なり今は妙法蓮華経なり、獅とは師匠授くる所の妙法、子とは弟子受くる所の妙法、吼とは師弟供に唱えるところの音声なり』とぴったり附合するではありませんか
その2000年の「不変真如の理」の覚知が原点となって2002年からネット世界の広宣流布の行動へとつながり現在に至っておられます。
ネットで実証情報を発信される広宣流布の形は正に沖浦さんの独自の「隨縁真如の智」によるものと言えましょう。
しかして、これを一度もぶれる事なく14年間も続けていらっしゃる。生活ための自営業と同時進行しているとしても、あの歓喜中の大歓喜の原点なくして、創価功徳の実証をネットで情報発信していく慈悲と勇気の戦いはとても持続出来るものではありません。
長文で申し訳ありませんが、この認識が間違っているかどうか、頭破七分であるかどうか、沖浦さんのコメントを戴けたらありがたいです。
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学ぶさん、おはようございます。
悟りには何種類もあって、10人が10人共に異なるのだと思います。
そして、悟ることを成仏と言いますが、ゴールではないですね。
事実この悟りから4年後、私は増上慢による大罰を出して、職も家族も、持ち家も失いました。
提婆達多の過去世が釈迦の師匠であったことを示唆しています。
悟りって、流れの中の出来事ですね。
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782で大事な誤りをしていましたので訂正します。
※御義口伝に云く『一念に億劫の心労を尽くせば本来無作の三身念念と起こるなり、所謂南妙法蓮華経は精進行なり』
※開教である無量義教の34非を領解したい一念に億劫の心労を尽くされた・・
沖浦さん♪今晩は
>悟りには何種類もあって、10人が10人共に異なるのだと思います。
そして、悟ることを成仏と言いますが、ゴールではないですね。<
非常に深いですね、ありがとうございました。でも「一生成仏抄」には「南無妙法蓮華経」を唱えた名字即の衆生は如説修行によって今世の一生のうちに成仏すると説かれていますね。
>事実この悟りから4年後、私は増上慢による大罰を出して、職も家族も、持ち家も失いました。<
え?そ、そうなんですか、と言うと白馬のペンションを購入されてからの快進撃開始は2004年の沖浦さん御年57才からなんですね。
私が沖浦さんの事をネット上で知ったのは2007年8月富士門さんのスレッド金原明彦著「日蓮と本尊伝承ー大石寺戒壇板本尊の真実」沖浦さん61才からでした。
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/4943/1187883051/
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/4943/1187883051/
そういえば戸田先生もあの獄中の悟りから、ほぼ壊滅状態だった学会組織の再建を生命論講義座談会を中心に3年後に7500所帯までされました。
しかし
創価組織の経済的な支えは戸田先生理事長の事業でやっておられましたが、弟子池田先生の激闘むなしく月刊雑誌の廃刊、信用組合の破綻、あの獄中の悟りから3年後には全ての経済力を失い、戸田先生は地獄の苦しみを味われました。
戸田先生は、伸一を伴い大石寺の御影堂の玄関敷石でご本尊に向かって心労を尽くした長時間の唱題をされ、どのくらい経ったか、時に生身の大聖人と面会されました。
大聖人は「法華経を弄びその大謗法の罪故に地獄に落ちているのだ!広宣流布の大事業怠って経済事業などお前にとって小さな事だ」(要旨)と叱咤された。
それで、第二の悟りがあって、地獄の苦しみ一転、法悦に浸り、寂光土に楽しむ自分を感じられた。
(以上、続人間革命映画DVDより)
それからは皆さんご存知の全てを勝超えて、怒涛の進撃、戸田先生75万世帯、弟子池田先生750万世帯以上の広宣流布を達成、
沖浦さんはすごいです、戸田先生とほぼ同じ境涯の流れです。
出来うれば、ぜひその体験談を後学のために語っていただきたいと思います。
>提婆達多の過去世が釈迦の師匠であったことを示唆しています。
悟りって、流れの中の出来事ですね。<
ここでやっと「成仏はゴールではない」という事が理解できたような気がします。
ただ、
「過去世が釈迦の師匠であったことを示唆」との関連性がいまいちわかりません。
沖浦さん慢心謗法の事情を私だけが知らなくて、ここに来る常連さんはとっくに知ってらっしゃるのであれば、体験談は割愛してくださって構いません。
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学ぶさん、今晩は。
私は戸田先生を心の底から御尊敬申し上げる一人です。
ですので、偉大な戸田先生と同じだと言われることは迷惑でしかございません。
私ごときが戸田先生と比較して賞讃されるなら、世間の方々は戸田先生の実像を矮小化して見るでしょう。
今後は充分表現にご注意を下さいませ。
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実証同志に学ぶ殿 横からお邪魔します
>ただ、
>「過去世が釈迦の師匠であったことを示唆」との関連性がいまいちわかりません。
前世で釈尊の師匠であった程の人でも、今生ではむしろ仏に敵対して地獄に落ちてしまった・・・
詰まり、この信心に油断は禁物だ、人は直ぐに増上慢に陥ってしまう、
という事で出された例かと当方には思われます。
すいません、急に割り込んでしまって。何となく心に思い浮かんだので・・・。
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地涌の流類殿♪おはようございます
>>「過去世が釈迦の師匠であったことを示唆」との関連性がいまいちわかりません。<<
>前世で釈尊の師匠であった程の人でも、今生ではむしろ仏に敵対して地獄に落ちてしまった・・・
詰まり、この信心に油断は禁物だ、人は直ぐに増上慢に陥ってしまう、<
ありがとうございます。しっかり腑に落ちました♪
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沖浦さん♪おはようございます。
>私は戸田先生を心の底から御尊敬申し上げる一人です。
ですので、偉大な戸田先生と同じだと言われることは迷惑でしかございません。<
つい、沖浦さんの行動から学ばせていただきたい一心から、貴方の一番大切にしていらっしゃる心の奥に土足で踏み入ってしまったことをお許しください。
私も戸田先生だけでなく3代の会長先生を尊敬申し上げ報恩感謝の念を毎日送っている者の一人です。我が身に当てはめて考えればお怒りはごもっともと存じます以後その表現には注意いたします。
しかし、この「氏と語るスレ」に於いて、私の文章の長さに対して、切り捨てるかのごとき結論的短文でお答えになるのはあまり慈悲のある行為にはみえません。
そこのところ宜しくお願いいたします。
-
話題が変わりますが、私共は大聖人仏法は釈迦の本果妙に対して本因妙だと知っております。
当然、創価仏法も本因妙です。
私は本因妙には恐ろしい側面もあると思っています。
今どれほど信心が強情でも、何かを切っ掛けに堕落してしまう事が普通に起こります。
悪くも良くも変わって行く。
ですので、現在に安住出来ないのが本因妙です。
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巌虎さん所で、怨嫉謗法が渦巻いております。
元々は戒壇本尊本懐論に毒された方々が、大聖人仏法を捻じ曲げ、それを私が注意したことが引き金となっています。
邪義に命を犯され、怨嫉謗法に明け暮れ、頭破七分となった罰の現証による更なる怨嫉謗法スパイラル。
お気の毒としか言う以外にございません。
『第九 毒気深入失本心故の事
御義口伝に云く毒気深入とは権教謗法の執情深く入りたる者なり、之に依つて法華の大良薬を信受せざるなり服せしむると雖も吐き出だすは而謂不美とてむまからずと云う者なり、』
(御義口伝巻下)
戒壇本尊本懐、一大秘法当体と言う、私共が既に捨て去った権教の謗法への執情が命に深く入ったままの人たち。
毒気深入・失本心故の姿ですね。
-
学ぶさん、おはようございます。
私は2000年に世界チャンプとなりました。
その前年、1999年に南アフリカで行われた初めて参加の世界選手権で、最後のデッドリフトで手が滑って、まさかの敗北2位となりました。
悔しくて悔しくて、帰りの飛行機の中でチームメンバーに、
来年はスクワット、ベンチプレス、デッドリフトそしてトータルの全てで金を獲る!
と宣言致しました。
特にベンチプレスは私の大きな弱点で、金メダルなどは夢でしかありませんでした。
帰国後猛練習を開始し、一年間続けました。
その一年間が今も私の財産となっております。
その一年間、何方かに、
沖浦さん頑張って下さい!!
と激励されると腹が立ちました。
これ以上どうやって頑張るんだ??
正直な気持ちだったのです。
そして2000年のグランドスラム。
世界を獲ると周りが一変致しました。
たまたま外出すると、
沖浦さんおめでとうございます。
やると信じていました!!
嬉しい事は嬉しいですが、そのお方はお顔さえ存じ上げません。
そういう事が日常となって、何時しか命が堕落したのです。
何をやっても許される生活に何時しか増上慢となって、病気欠勤中大きなスキーの大会で優勝し、それが原因で懲戒審査会へかかり神戸市役所を辞職するはめになりました。
58歳と半年の時でした。
一気に800万円を超える年収を失い、持ち家を前の女房名義に書き換え、それを条件で離婚を致しました。
大罰です。
ここまでが2004年6月から7月なんです。
まだお聞きになられたいなら、その旨お書き込みくださいませ。
出し惜しみしているのではなく、この板では皆様方の常識としてご存じなのです。
-
沖浦さん♪おはようございます。
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/9645/1395829838/789
は「同志学」に向けてのお言葉と解釈してレスさせていただきます。
>話題が変わりますが、私共は大聖人仏法は釈迦の本果妙に対して本因妙だと知っております。当然、創価仏法も本因妙です。<
私も普通に本因妙の創価仏法と理解しております。一歩進めて因果具時の「南無妙法蓮華経」であると知っております。
ではお尋ねいたしますが
本因・本果・本国土の3妙合論とはどのような関係になりますか?
縁因仏性・正因仏性・了因仏性をもともと備えているのと説くのが理即の衆生であり、故にその意味では今世の中で成仏する資格は一切衆生にあるのですが、更に仏(本因)の名前を下種(自我の元初の本名を下種)されると、名字即の衆生になり、「南無妙法蓮華経」(本因)を持て一念に億劫の心労を尽くして唱題すれば下種された種から芽を吹き必ず仏になれると理解しています。
>私は本因妙には恐ろしい側面もあると思っています。
今どれほど信心が強情でも、何かを切っ掛けに堕落してしまう事が普通に起こります。<
これも普通に娑婆世界(三世間)で暮らしている生身の五薀仮和合の私たち凡夫は、常に変化する外からの縁を受け自らも対応していく者だと心得ております。
それ故に、宇宙と生命を貫く常住不変の根源の法「南妙法蓮華経」を持ちて必死で唱えて、九識心王真如の都で癒されて、次に湧いてきた隨縁真如の智の利剣を引っ提げて、四苦八苦の娑婆世界へ勇んで慈悲行に挑戦するのではありませんか?
体験談ありがとうございました♪やはり知らなかったのは私だけだったのですね?それ以上はお聞きしません。
-
三妙合論ですね、学さん。
我常在此。娑婆世界。説法教化。
これが寿量品で説かれる本国土妙。
それまでは仏は娑婆にはいないと説かれていた。
所が、仏は常にここにいて説法教化して来た。
仏国土の否定です。
何処まで行っても娑婆世界しかない。
世間しかないのです。
そし十界互具。
十如是と三世間で、一念三千。
でもね、こういう事はあまり大事なことではありません。
所詮は天台教学です。
地獄界から菩薩界の九界の衆生がそのままで仏なんです。
ここだけ知っているなら後は関係ありません。
-
沖浦克治さん♪今晩は
>でもね、こういう事はあまり大事なことではありません。
所詮は天台教学です。
地獄界から菩薩界の九界の衆生がそのままで仏なんです。
ここだけ知っているなら後は関係ありません。 <
ですよね♪ありがとうございました。
以下も同様なコメントなさいますか?
>私は本因妙には恐ろしい側面もあると思っています。
今どれほど信心が強情でも、何かを切っ掛けに堕落してしまう事が普通に起こります。 悪くも良くも変わって行く。<
「これも普通に娑婆世界(三世間)で暮らしている生身の五薀仮和合の私たち凡夫は、常に変化する外からの縁を受け自らも対応していく者だと心得ております。
それ故に、宇宙と生命を貫く常住不変の根源の法「南妙法蓮華経」を持ちて必死で唱えて、九識心王真如の都で癒されて、次に湧いてきた隨縁真如の智の利剣を引っ提げて、四苦八苦の娑婆世界へ勇んで慈悲行に挑戦するのではありませんか?」
-
学ぶさん、今晩は。
貴方のご意見はそれで結構なんですよ。
ですが、私はそう言う複雑な考えはしないのです。
唱題する、世間で戦う、功徳がある。
これが全てです。
後の理論は現証には敵いません。
理論が先走っては寛師の邪義と同列です。
南無妙法蓮華経の意味を正確に答えられる人はいませんし、何故南無妙法蓮華経を唱えると功徳が出るのかもわかりません。
現証を通じて私共は南無妙法蓮華経の力があることを実感しています。
それがすべでです。
公理みたいなものですね。
光が何故真空中を秒速30万キロで走るのか?
理由はわかりません。
只、私共の宇宙ではそうなっている。
公理とはそういう物です。
何故南無妙法蓮華経には力があるのか?
私共の宇宙ではそうなっている。
これが全てですね。
-
学ぶさん、おはようございます。
五時八教だとか、三妙合論だとか、そういう物は過去の理論となりつつあります。
https://www.youtube.com/watch?v=cvi5ADbnRkY&feature=youtu.be
日本宗教学会 第74回学術大会2015年9月5日創価大学において、宮田幸一教授の衝撃的発表(日蓮本仏論を捨てる創価学会?!)
一度お聞きになられると良いですよ。
私も半年ほど前に聞いて、
この人は私が言っていることとほぼ同じことを言っている・・・
と思いました。
今後の世界広布には、天台教学は邪魔なだけです。
-
学ぶさん。
大乗経の前では小乗経は絵空事です。
法華経本門の前では迹門は絵空事。
大聖人の仏法の前では、釈迦仏法全体が絵空事なんです。
戸田先生が創価思想を説かれた現在、大聖人の御書の解釈の見直しも必要なんです。
そうやって、教えは現実に即しながら進化して行きます。
私がこれに気付いたのは、池田先生のご指導からでした。
『別に五百塵点劫とか三千塵点とか、我々には関係ないのです。
今が久遠元初なんです。
久遠即末法と言うでしょう。
ですから、それ以外はどうでも良いのですよ。』(趣意)
-
沖浦さん♪今晩は
創価大学の宮田幸一教授の発表文献は全部読んでいます、その衝撃発表研究者ミーテイング音声動画も2回聞いています。
2015年11月の創価学会の規約改定もこの論文の影響が基本になっているとみています、その遠源は一学会員金原氏の「戒壇御本尊=板曼荼羅ではない」の論文発表だと思います。
ただ、教学的研究論には驚嘆しますが、教授は、真剣な唱題の結果、身の震えるような法悦を経験した方なのでしょうか?との疑問を持っています。
それがない帰納的理論の弄びは創価学会の3代会長の広宣流布の正しい方向性にゆがみを生じるのではないかと危惧しております。
貴方は教学理論とは関係なく真剣な唱題中に不思議な法悦を体験されてます、そこからの化儀の広宣流布を実証されています。それ故に貴方の「題目本尊論」に心酔していると申し上げています。
私も創価学会の一員として創価学会の流れに乗せられて何とか長年やってきて、それなりに冥益を感じています今のところですがね?この先に確たる自信がありません
『このご本尊外に求むる事なかれ、我ら衆生等の法華経を持て南無妙法蓮華経と唱える胸中の肉団におわしますこれを九識心王真如の都と申す。十界互具とは十界に一界も欠けず一界にあるなり、これに依って曼荼羅とは申すなり。曼荼羅とは月氏の言葉にて輪円具足とも功徳樹とも名づけたり、このご本尊、信心の二字ばかりにて持つなり』
『相構えて相構えて強情の信力を起こし、南無妙法蓮華経臨終正念と祈念したまえ、生死一大事の血脈これより外に全く求むる事なかれ、法華経を持つとも信心の血脈なくんば無益なり』
この信心の実体験がないのに「南無妙法蓮華経」は絶対だ宇宙と生命の根源を貫く法則なんだ、絶対の幸福が得られるんだ、といくら口で言ってもむなしい自分がいるのです。
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学ぶさん、おはようございます。
>その遠源は一学会員金原氏の「戒壇御本尊=板曼荼羅ではない」の論文発表だと思います。
この点はどうなんでしょうね?
私は金原さんの本を読んでおりませんし、興味すらございませんでした。
今頃何言ってるんだろう・・・?
この程度の感想でした。
当時、熱原三烈士の舞台公演をやっていて、今思うと教宣とか広宣のメンバーの方々もかなり応援していたように感じます。
所がこの方々は、私が法華講員や住職の私生活を責めることは愚かだ、と書き、矢野さんや竹入さんほの攻撃も良くない、と書くと豹変され沖浦憎しに変わられました。
金原さんと言うお方も、この教宣とか広宣とか言うグループの関係者だったのでしょう。
最近創価学会を除名になったとの話もありますが、真相は良くわかりません。
私は、教宣とか広宣とか言うグル―プは創価学会の恥部だと思っています。
ああいう物は屑ですよ。
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悟りの事ですが、学さん。
御本尊のまで唱題する時、悟りたい、悟りたい!と願う以外に無いと思います。
御書にあります。
『幼少の時より虚空蔵菩薩に願を立てて云く日本第一の智者となし給へと云云、虚空蔵菩薩眼前に高僧とならせ給いて明星の如くなる智慧の宝珠を授けさせ給いき、』
(善無畏三蔵抄)
大聖人自ら願を立てて祈った結果悟りを得られた。
戸田先生の獄中の悟達も同じですね。
無量義経徳行品第一の。
「其の身は有に非ず、因に非ず縁に非ず自他に非ず……」と三十四の、非ず。
「其の身」が仏の身を指していることは理解できましたが、三十四の否定が何を表現しているのか?
『この文は何を意味しているのか?
わかりたい!分かりたい!』(趣意)
唱題に乗せて宇宙へ放った祈りが悟りをもたらした。
『仏とは生命だ!!』(趣意)
私ごとで恐縮ですが、あの大罰の最中、
御本尊とは一体何なのだろう?
常に考えていました。
ある時の、ことです。
壮年部が大白蓮華の池田先生の開目抄講義の勉強をしている会合でした。
講義を聞きながら、大白蓮華をぼんやり読んでいると、解釈に方便の文字がありました。
その途端、閃きました。
そうか、御本尊とは方便なんだ!
悟りってそういう物なんだと思います。
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大切な御文が抜けていました
※『このご本尊外に求むる事なかれ、我ら衆生等の法華経を持て南無妙法蓮華経と唱える胸中の肉団におわしますこれを九識心王真如の都と申すなり。十界互具とは十界に一界も欠けず一界にあるなり、これに依って曼荼羅とは申すなり。曼荼羅とは月氏の言葉にて輪円具足とも功徳樹とも名づけたり、このご本尊、信心の二字ばかりにて持つなり、以心得入とはこれなり』
※『相構えて相構えて強情の信力を起こし、南無妙法蓮華経臨終正念と祈念したまえ、生死一大事の血脈これより外に全く求むる事なかれ、煩悩即菩提・生死即涅槃とはこれなり。法華経を持つとも信心の血脈なくんば無益なり』
沖浦さん♪
やっと私の求道の核心に添ってレスをいただき本当にありがとうございました。
今から、アポが取れている長年折伏している「幸福の科学」20年の壮年の方に仏法対話に行ってきます。
朝の唱題にその方の幸せをしっかり祈りました。公明党支援の活動は出来ない方ですが、言ってまいります。
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大聖人御本仏見直しについてです。
釈迦仏法が堕落したのは釈迦を聖人に祭り上げることで、その聖人の側に位置する僧侶たちが自分たちの特権化を図ったことが原因です。
今の日蓮正宗はこの図式ですね。
御戒壇様が〜〜〜!!
この掛け声の下で、信徒は曼荼羅の下に位置づけられています。
寛師の害毒です。
こういう事を将来にわたって防ぐために、大聖人は信仰の対象ではなく、尊敬の対象にすべきです。
人間としての観点から捉える。
大事ですね。
信仰の対象は、久遠元初の法。
尊敬の対象は大聖人、創価三代の聖人方に連なる一切衆生。
これがベストですね。
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話題が変わります。
バドミントンの選手の不祥事があって、魔女狩りの様相です。
あれね、ご本人も良くないですが、大騒ぎするマスコミもダメ!!
記者会見で詰問口調の記者さん達。
貴方方賭け麻雀なんかやったこと無いですか?
一体何様、貴方方???
アホにしか見えません。
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メールで怨嫉謗法の質問を頂きました。
ここでお答えいたしましょう。
怨嫉謗法は法へでなく人に対するものです。
この場合相手が人間であるなら、全ての人類は南無妙法蓮華経の当体です。
ですので、今何宗であるかは無関係。
私が広宣教宣を創価学会の恥部とするのは、この方々は法華講員や住職の私生活を暴いて責めたからです。
当然法華講員も同様の事をされていて、私も凄く反論した時期がありました。
それが、法論と3度の質問会を経験し、完全に考えが変化致しました。
その後、開目抄の身子の退転を読み、一切衆生を憎み、軽んじ、妬み、恨むと全て例外なく怨嫉謗法であると理解致しました。
不軽菩薩は迫害する人まで拝みました。
これが仏法者の当然の姿です。
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沖浦さん♪今晩は
>御本尊の前で唱題する時、悟りたい、悟りたい!と願う以外に無いと思います。<
それには全く同意、異論はありません、私のその願いは人一倍強いと思っています。
>唱題に乗せて宇宙へ放った祈りが悟りをもたらした。<
この表現も私は納得できます。
>あの大罰の最中、御本尊とは一体何なのだろう?常に考えていました。
・・・大白蓮華をぼんやり読んでいると、解釈に方便の文字がありました。 その途端、閃きました。
そうか、御本尊とは方便なんだ!
悟りってそういう物なんだと思います。 <
そこから更に功徳のでる生き方に変わって今があるという事ですね?
実体験による御教授ありがとうございました。
リアルはゆったり楽な方に暮らしていて、御本尊を前にしての唱題の時だけ悟りたいと願っても、一念に億劫の心労を尽くした祈りにはならないという事が解りました。
でも方向性は間違いない、あとは、自分で歓喜体験をつかむ以外にありません。臨終正念になるかも知れませんが、出来るだけ死ぬ3〜5年前に悟れるように頑張ります♪
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沖浦さん♪続きます
話しは変わりますが、
御義口伝上「南無妙法蓮華経」の池田先生講義の最後部分です
〜〜〜〜〜
「日蓮大聖人は末法本果妙の仏であり、日興上人は本因妙の九界である。富士山は本国土妙であるから、文底下種の本因、本果、本国土三妙合論、事の一念三千であって、すなはち本門の本尊である。
されば依正の因果悉く是我々衆生の心性、八葉の白蓮華、本門の本尊である。
故にこの本門の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱える人は、すなはち本門寿量の当体蓮華仏ということである。
日女御前御返事に云く『此の御本尊全く余所に求むる事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におわしますなり』等云々」
〜〜〜〜〜御義口伝上講義(82P)
以上は
会長就任から約5年後の昭和40年4月に出版されており、僧俗和合時代の講義ですが、沖浦さんの認識と少々乖離があると思いますが、どのように解釈されますでしょうか?
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沖浦さん、こんばんは
創価学会の本部の職員について疑問に思っている事があります。
事実かどうか分からないのですが、創価学会の本部職員の方は年収は高額であるとの事です
これが本当であるとすれば、この事についてどのように思えばよいのでしょうか。
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大いなる人間さん。
本部職員の給料は私は気になりません。
自分が儲けるお金は気になります。
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沖浦さん、おはようございます。
なるほど。
個人的には、広宣流布を担う責任ある仕事をされていると思いますので良いかと思いますが
創価学会の方には、経済面で悩んで生活に苦しい方もいるのに、幹部の人だけが多く貰っていていいのかという意見をする人もいるようです。
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大いなる人間さん。
本部職員さんはいくら頑張っても世間の給料の相場に束縛されます。
自営業はそう言う事はありません。
ですので、自分が自営業で何億円も稼げば本部職員の給料などどうでも良くなります。
但し、本部職員の給料が世間の相場より著しく高いなら、広布部員を辞めれば良いですね。
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沖浦さん、ありがとうございます。
ネットで見た情報ですのでどこまで信ぴょう性があるのかはわかりませんが、
一部情報では総理大臣の年収よりも多くの年収を貰っているとの事です。
それをどのように思えばよいのか少し疑問がわいてきましたので質問いたしました。
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学ぶさん、おはようございます。
日蓮正宗時代創価学会はダブルスタンダードだったんです。
絶対的な大前提は、戒壇本尊本懐と一大秘法。
戒壇本尊がそのままで仏で法華経だと言うのが寛師教学の肝心でした。
この観点から御書を読むと、沢山の矛盾が出て来ました。
『此の御本尊全く余所に求る事なかれ只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり、』
(日女御前御返事)
この御文なんかはその代表でした。
拝して、
おかしいな、戒壇本尊は自分の外にある。
然しここでは胸中の肉団にある他書かれている。
これはきっと総別の二義で読まねばならないのだろう・・・・
こういう考え方しかありませんでした。
今でも、戒壇本尊本懐に束縛されている創価が会員もいます。
ですので、日蓮正宗当時このダブルスタンダードはやむおえませんでした。
今、破門を勝ち取り25年。
そろそろ御書の拝し方も本来の正常なものになって来ています。
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沖浦さん♪
>戒壇本尊がそのままで仏で法華経だと言うのが寛師教学の肝心でした。
おかしいな、戒壇本尊は自分の外にある。
然しここでは胸中の肉団にある他書かれている。
日蓮正宗当時このダブルスタンダードはやむおえませんでした。<
それは、私はわかっております。
それにしても先にあげた御義口伝上講義に於いて池田先生は「日興上人は本因妙の九界である。」とはっきりおっしゃっていますが、
沖浦さんは、日興師は創価の仏法では「大聖人から戸田城聖先生の流れの中には介在の必要性はない」と主張されていますよね?(私のこの解釈が間違っておればご指摘ください)
これもダブルスタンダード故と解釈されるのでしょうか?
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学さん、
興師は次の改定で外れるでしょう。
創価学会は巨大なんです。
小回りは出来ません。
モーターボートなら小さいターンが出来ますが、大型タンカーはそう言う事をすると転覆致します。
少しずつなんですよ。
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学さん。
本因は九界。
本果が仏界。
一応の解釈です。
本当は違いますが・・・・
この立場から論じると、興師の唯受一人を認める限り、興師は本因です。
ですので、九界です。
本因本果で池田先生のご指導がありました。
『大聖人は既に本果であられる。
本因は日興上人。
私と戸田先生では、私が本因戸田先生は本果。
諸君と私では、私が本果諸君は本因。
部員さんと諸君では、諸君が本果部員さんは本因。
このようにして、仏法は本因本果、本果本因として伝わって行きます。
ですので、仏法に独裁はないのです。』(趣意)
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学ぶさん。
戸田先生は大聖人と御境涯を同じくされたお方。
これがわかると全てが分かります。
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