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沖浦克治と語るスレッド

798実証同志に学ぶ:2016/04/09(土) 18:29:38 ID:lM4vV0qo0
沖浦さん♪今晩は

創価大学の宮田幸一教授の発表文献は全部読んでいます、その衝撃発表研究者ミーテイング音声動画も2回聞いています。

2015年11月の創価学会の規約改定もこの論文の影響が基本になっているとみています、その遠源は一学会員金原氏の「戒壇御本尊=板曼荼羅ではない」の論文発表だと思います。

ただ、教学的研究論には驚嘆しますが、教授は、真剣な唱題の結果、身の震えるような法悦を経験した方なのでしょうか?との疑問を持っています。

それがない帰納的理論の弄びは創価学会の3代会長の広宣流布の正しい方向性にゆがみを生じるのではないかと危惧しております。

貴方は教学理論とは関係なく真剣な唱題中に不思議な法悦を体験されてます、そこからの化儀の広宣流布を実証されています。それ故に貴方の「題目本尊論」に心酔していると申し上げています。

私も創価学会の一員として創価学会の流れに乗せられて何とか長年やってきて、それなりに冥益を感じています今のところですがね?この先に確たる自信がありません

『このご本尊外に求むる事なかれ、我ら衆生等の法華経を持て南無妙法蓮華経と唱える胸中の肉団におわしますこれを九識心王真如の都と申す。十界互具とは十界に一界も欠けず一界にあるなり、これに依って曼荼羅とは申すなり。曼荼羅とは月氏の言葉にて輪円具足とも功徳樹とも名づけたり、このご本尊、信心の二字ばかりにて持つなり』

『相構えて相構えて強情の信力を起こし、南無妙法蓮華経臨終正念と祈念したまえ、生死一大事の血脈これより外に全く求むる事なかれ、法華経を持つとも信心の血脈なくんば無益なり』

この信心の実体験がないのに「南無妙法蓮華経」は絶対だ宇宙と生命の根源を貫く法則なんだ、絶対の幸福が得られるんだ、といくら口で言ってもむなしい自分がいるのです。




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