Mi fojfoje legas 'raporto.info’n. En ĝi skribas ankaŭ japanoj.
私は時々raporto.infoを読みます。日本人も書き込んでますね。
Por ni Esperanto estas ilo, per kiu ni ne nur ricevas novaĵojn de la tuta mondo,
sed ankaŭ sendas niajn novaĵojn al la mondo, ĉu ne?
我々にとってエスペラントは道具なんですよね。それを使って、世界中のニュースを受け取るだけでなく、
我々のニュースを世界に送るんですね。
Ni parolu plu pri Esperanto, por ke neesperantistoj sciu pri ĝi.
もっとエスペラントについて語りましょう、エスペランチストでない人達がエスペラントについて分かるように。
(Legi estas facile, skribi estas malfacile, paroli estas pli malfacile, ĉu ne?)
(読むのは簡単、書くのは難しいですね、話すのはもっと難しいんでしょうね?)
松戸さんなんかも普段から言われているようにまだまだ未解決な問題はあるとは思います。
しかし、語義や文法に整合性がないという問題ではありません。あくまで専門用語の不足や
未整理といった様なことです。
E の歴史を見る限りこの種の公式文書は国連関係のものや、また E 界内部においても
近年ではプラハ宣言に代表される、UEAを始めとする各種団体の世界大会毎に出される宣言や
公式文書等でその有用性及び有効性は、粗、証明済みです。
EU議会の公式文書においても E が関わる機会が増えれば増えるほど徐々に不備不完全な
面が改善されて行くものと思われます。勿論そのためには多くのエスペランチストたちの
努力が必要とされるのは云うまでもありません。
しかし、そのことと E が橋渡し言語として耐えうるものかどうかとは無関係です。
E 自体は十分耐え得るポテンシャルを持っているものと私は考えています。
お書きになっているほど問題はそれ程深刻であるとは思いませんが、百歩譲ってもその事が
E がなかなか普及しない理由ではありません。松戸さんがそう主張されるのは勿論ご自由です。
しかし、これまでのE運動史を良くご研究なさったほうが宜しいかなとも思いますが、E運動を
阻害している理由というものは、圧倒的に政治経済上の力学関係に依存しているからです。
Tiu ĉi vortareto celas helpi tiujn parolantojn de Esperanto, kiuj uzas la lingvon hejme
kiel ĉiutagan komunikilon. Ordinaraj vortaroj ja ne ĉiam utilas, kiam oni serĉas nom-
on por iu enhejma aĵo aŭ ago. Kompreneble oni ofte povas utiligi la riĉan vortfaran
sistemon de Esperanto por mem krei taŭgajn vortojn, sed estas bone ekscii, kiel aliaj
familioj Esperant-lingvaj solvis similajn problemojn.