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なぜエスペラントは普及しないのか?
60
:
松戸彩苑
:2008/02/16(土) 22:59:05
山口誠(著)『英語講座の誕生』(講談社選書メチエ214 2001年)という、日本における
ラジオの英語講座の歴史を調べた本があるんですが、このなかにエスペラントに言及した
箇所がありましたので、引用・紹介しますね。
なお、引用文1のなかに「一八八七(明治三九)年」と書いてあったんですが、これは明ら
かに「一九〇六(明治三九)年」の誤りですので、訂正しておきました。
---
【引用文1】
大正一四年七月一二日付の東京朝日新聞に、ラジオ放送の「英語講座」を名指して批
判する投稿文が掲載された(15)。「英語放送」と題したこの新聞記事は、「プルルル生」
というラジオの電子音を真似たペンネームの読者による投稿を、新聞社が編集して掲載
したものである。
「プルルル生」はまず、「街に出れば横文字は必ず英語であり、鉄道省でも盛んに使うし、
中学女学生の習う外国語は英語と相場が定まっている」という現状を批判して、「之じゃ
日本はまるで英国か米国の属国じゃないか」と嘆く。「上手に使えば書物以上に文明促
進に役立つ」ラジオでさえ、「昨今新聞に『JOAK、英語放送』の広告が盛んに」出ている
始末で、「最新式機械を装置して宝の持ち腐れはもちろんのこと、折角の本放送も値打
ちが下がるじゃないか」と憤っている。
さらに彼は「元来、ラジオほど普へん性のあるものは少ない」と述べ、「雲の中はもちろん
の事、工場であろうと、貴族の家にも、レストランの中にも、労働住宅にも教室にもここに
も入って行く」のだから、「こんな平等なものは少ない。だからラジオで放送するものはど
うしても多人数の為のものでなければいけない」とラジオ放送の公共性を主張する。こう
した意見から、投稿の主は、ラジオの公共性に適うのは「もっと普へん性のある国際語」
であるとし、英語ではなくエスペラント語の番組の放送を提案している。
彼は外国語の学習については否定的ではない。学ぶべき言語を英語の代わりにエスペ
ラント語にせよ、と主張しているのだ。エスペラント語は「今日では国際的で、三箇月でペ
ラペラになれるほどやさしい、科学的な」言語であるという。
エスペラント語は、一八八七年に公表された人工の国際言語であり、主にロマンス語や
ゲルマン語やスラヴ語などの(つまり印欧語圏の)複数言語から共通性の高い単語と文
法を採用し合理化して作られた。その基礎単語は一九〇〇語にとどまる。日本では、は
やくも一九〇六(明治三九)年に「日本エスペラント協会」が設立されている。日本に紹
介されて約二〇年後の大正末期では、エスペラント語の存在は既に知識階級の知ると
ころとなっていた。
さらに、「プルルル生」の投稿と関係があるのか不明だが、東京放送局は初年度に「エス
ペラント語講座」という教養番組を放送したという記録が残っている。残念ながらこの講
座に関する原資料は見つかっていないが、後の日本放送協会の機関誌である『調査時
報』ではエスペラント語について間接・直接に言及する記事が幾度か掲載されている。
こうした断片的な資料からも、放送局が英語だけでなくエスペラント語にも高い関心を持
っていたことがわかる。だが、初年度以降に「エスペラント語講座」がシリーズ化された
記録はない(16)。
(15) 「東京朝日新聞」、大正一四年七月一二日、第三面。
(16) 「プルルル生」が無自覚に主張するほど、エスペラント語は非政治的でもないし、
どの国民にとっても等しく中立的な言語ではないのは明らかであろう。例えば、その文
法はやはりヨーロッパ系の言語を骨組みとしているので、日本語を母語とする人が学習
しても「三箇月でペラペラ」になるのは難しい。
(56〜58ページ、239ページ)
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