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雑談コ−ナ−

1富士山噴火:2004/02/09(月) 20:40
なんでも書いてもO・K!

2富士山噴火:2004/02/09(月) 20:43
どうでもええけど、ブロ−ドバンドケ−タイなんて必要あんの?

3ペガサス:2004/04/21(水) 12:18
ぱるぱる さん こんにちは

「独り言」だとなんですので、こちらは雑談OKということで勝手ながら移動させていただきました。
ぱるぱるさんのこちらや「創価学会を〜」の対話大体見させていただきました。すごい対話力ですね。
どこからそういうパワー出るのでしょうか。びっくりしてしまいます。私は本当はいわゆる論戦苦手なんです。
得意なものも無いですが。

特に最近ハードな話よりまったりした話の方が安心します。あるクローズ版の掲示板ではまったりスレたてさせて
いただいてゆっくりしてます。ただ私のキャラの関係なのか話が上のほうに行かず下のほうにむかうのでヒンシュク
買ってますが・・・汗

>今クールのテレビドラマは障害や命や家族に関わるものが多いのですけど、
もしかしたらどこかで警戒警報が鳴ってるからかもしれませんね。

確かにイノセンスの主人公バトーは「続発するテロ犯罪を取り締まる政府直属
の機関・公安九課の刑事。彼は生きた人形(サイボーグ)である。腕も脚も、
その体のすべてが造り物。残されているのはわずかな脳と、一人の女性、
“素子(もとこ)”の記憶だけ」という存在

彼は常に電脳戦を行うが、孤独なアパートで大きな犬を飼ってます。
それこそがバーチャルとリアルをつなぐキーという感じで。
昨今の空前のペットブームも同じことで、個々人のプライバシーとか
人権とかが大事にされる反面、人と人のつながりが希薄になり
その分ペットに愛情をそそぎ、或いはペットから癒しを受けている
のかもしれませんね。またネットも。

こちらの掲示板の雑談コーナーであれば、あまり意味の無い書き込みでも、
気軽な対話でもよさそうなので気ままに書こうかと思ってます。宜しくお願いいたします。

4ぱるぱる:2004/04/21(水) 13:20
ペガサスさん、こんにちは〜(^^)
話しかけていただいてとてもうれしいです。
そうですねー、いろんなかたも交えていろいろ雑談できると楽しそう♪
富士山噴火さん、スレッド立てありがとうございます(^^)

家族っていえば、私は家族の繋がりの暖かいものとかが自分の事としてはあんまりよくわからないんです。
両親が毎日すさまじい夫婦喧嘩をしてまして、今でも一人でいるのことに安心感があるんです。
この間、昭和記念公園に一人で行ったんですけど、行楽日和だったし芝生はあるしで家族連れやカップルが
数え切れないくらいいました。
で、ふと思ったのは「私ってこういうところにいても、羨ましいとかみじめだとか思わないよなー」って事でした。
周りがそれぞれの家族やカップルで幸せそうなのがとても心地よくて、自分が風景の一部になってるみたいな感覚でした。
多分これは、いくらめちゃくちゃで最低な家庭ではあったとはいえ、家族からとても可愛がられた記憶があるからかもしれません。
そうでなかったら、そういう余裕(?)は持てなかったかも。
最近は血のつながりとかでない家族というものも話題にのぼるようになりましたね(そういうテーマの吉本ばななさんの小説もありましたね)。
さっきやってた番組では、最近自販機のお金を盗もうとして捕まったかたのお話しをやっていました。
ご記憶にあるかもしれませんが、13歳のとき家出して40数年間山などで暮らしていたかたです。
兄弟全員からは身元引き受けを断られたけれど、川で釣りの仲間であったかたに引き取られ、今は家族の一員として
部屋ももらって住んでいらっしゃいます。
ニュースを聞いたとき、その後どうなったんだろうと思っていたので、ほんとに良かったなと思いました。
赤の他人であるこのかたを引き受けられたご家族はすごいと思うんですけれど、別に肩に力が入ってるわけでもなくて
自然に受け入れられていました。
こういう事も稀でしょうけど、こういう事もあるって事がいいですよね。

考えようの方は、そう言っていただくとお恥ずかしい限りです(^^ゞ
なんかしらない間に話しこんじゃってました。
人に興味があるからかな〜?自分でもわからないところです。

5ペガサス:2004/04/21(水) 16:03
>>4
ぱるぱるさんとお話できることはとても光栄です。

>そうですねー、いろんなかたも交えていろいろ雑談できると楽しそう♪
富士山噴火さん、スレッド立てありがとうございます(^^)

そうですね。
いろいろな方があまり堅苦しくなく、気楽な気持ちで、またとりあえず何に書いていいか解らないとか、
練習のつもりでも、またさらに話の流れを気にせず参加してくださると楽しいと思います。

>最近は血のつながりとかでない家族というものも話題にのぼるようになりましたね

家族の問題って本当に難しいですね。私も超厳格な父と超妙に甘ったるい母の元で育ちました。
あまり父には怒られ母には甘やかされて育ったので、どっかで精神的に自立したいと思い信仰
したのもあると思います。
信仰したとき父は宗教は何でも同じといい私は違う!と頑張ったのですが、今にして思えば
広義の意味では父のほうが正しかったなと思うようになりました。

みんな理想的家庭を造ろうと思っている分けですが現実はいろいろな問題がありますね。
特に昨今、親子同士の虐待とか・・・。閉ざされた空間。しかももっとも癒されるべき
家庭内での虐待はもっとも悲惨なものと思います。
親も子も同時に自立しなければと思います。
学会2世3世の問題も特に最近感じます。親のほうも子離れしなければと思うんですね。

あと、熟年以降の問題でも、関係ない人たちが共同で家を立て、仲良く暮らすという
新しい形もあるようです。
家庭の問題はひとつはお互い尊敬しあい、自立を認め合う。もうひとつは、そう思っても
経済的に厳しいとなかなか出来ないこともあります。自己責任は当然としても、
潤いのある家庭を支えるいい政治体制も大事だと思ったりします。

>人に興味があるからかな〜?自分でもわからないところです。

多分お心がものすごく暖かいので他人に無関心でいられないのだと思います。

6ペガサス:2004/04/22(木) 23:03
最近思うこと・・・。
前は学会って一種長屋感覚で、誰彼なくお節介やいたり
面倒お互いみたり、それなりに共同体意識あっあったと思うんです。

最近の学会員は妙にお互い官僚主義というか、白々しいというか人間関係密度
薄くなってるような気がします。

なんかサイボーグ人間というか・・・
票を取れといわれればがむしゃらに
会合でもこの場面では笑えと要求されると笑う。
ここは怒る場面といわれると怒る。

そんなものでいいのでしょうか?

7遥 </b><font color=#FF0000>(CuAGZ/CY)</font><b>:2004/04/23(金) 07:53
>>6

ペガサスさん★

>会合でもこの場面では笑えと要求されると笑う。
>ここは怒る場面といわれると怒る。

わかるぅ〜〜〜
ここでまず気がつくかつかないか。。。なんだよね
でもさ、笑わなければ「疎外感」
笑えば「自分にウソをついたという自己嫌悪」
が襲ってくるんだよね

私もハッキリ言う方だけど、「日*だと思って踏みましょう」というおせんべいは、踏めなかったけど、一人だけ
「ひれはやりすぎ」
とは言えずに自己嫌悪にひたっていた時期がありましたもん

8遥 </b><font color=#FF0000>(CuAGZ/CY)</font><b>:2004/04/23(金) 07:54
「ひれはやりすぎ」⇒「それはやりすぎ」(つд`)

9あちち:2004/04/23(金) 08:51
あー、こんな雑談、いいですねぇ。参加させていただきます(笑)。
○ペガサスさん
>会合でもこの場面では笑えと要求されると笑う。
>ここは怒る場面といわれると怒る。

やっぱりそういう要求が出てしまってるのですね・・・・
だって、新聞の写真見てても、不自然だなぁ、って思うもの。
うちの旦那(活動家2世)は、何も疑問持たないの?とか思うと、また
情けなくも思ってしまいます。

○遥さん
>でもさ、笑わなければ「疎外感」
>笑えば「自分にウソをついたという自己嫌悪」
>が襲ってくるんだよね

なるほど・・・・きっと嘘をついて自己嫌悪を感じてしまう方は、
このような掲示板などを求めるんだろうなと思いますね。うちの旦那の場合は
何か感じていたとしても、疎外感を感じたくない、と思いが強いのかな、なんて。
あぁ、今日は旦那、同中任務だわ。そういえば、最近になって旦那は同中も
任務は毎回2・3回ついてるけど、話は聞いてないことが判明・・・・
2月に男子部の子と聞く、と私服で出て行ったけど、それ以外の同中、スーツで
出て行ってるし・・・・(任務の合間に話を聞けるものだとずっと思っていたんです
誰か連れて行かないといけないからですかねぇ?どこでもそうなのかな・・・

10ペガサス:2004/04/24(土) 12:02
>>7 遥さん こんにちは

>わかるぅ〜〜〜
ここでまず気がつくかつかないか。。。なんだよね
でもさ、笑わなければ「疎外感」
笑えば「自分にウソをついたという自己嫌悪」
が襲ってくるんだよね

そうですね。活動報告の後では喜んで拍手しなければならない。
幹部の面白くないギャグにも笑ってあげなきゃならない。
同放のあと万歳三唱一緒にやらなきゃならないときもある。画像に向かって・・・。
んで思わずやってしまう。

>私もハッキリ言う方だけど、「日*だと思って踏みましょう」というおせんべいは、踏めなかったけど、一人だけ
「これはやりすぎ」
とは言えずに自己嫌悪にひたっていた時期がありましたもん

まぁ婦人部のノリでやっていること思いますが、地域によっては「絵」、そういう馬鹿げたことをさせる幹部も幹部だし、
そんなことやめようといえない雰囲気も怖いかもです。

>>9 あちち さん こんにちは 始めまして。

>やっぱりそういう要求が出てしまってるのですね・・・・

要求とはっきり出すわけではありませんが、
会合で自然にそのようにもっていくわけですね。
勤行
活動報告
今後の活動について
決意発表
幹部指導・・と
毎回毎回同じパターンでやるので脳がシンクロナイズされますね。
下からの意見を上に上げることはまず無いし。

>だって、新聞の写真見てても、不自然だなぁ、って思うもの。
うちの旦那(活動家2世)は、何も疑問持たないの?とか思うと、また
情けなくも思ってしまいます。

SPでもグラフでも必ず笑ってます。
あと手を上げ決意を表しているとか。
カメラマンがそのタイミングを狙って撮るわけです。
内部的には何の違和感も無いのですが、外部の方が見ると不自然に感じることも多いと思いますね。

>なるほど・・・・きっと嘘をついて自己嫌悪を感じてしまう方は、
このような掲示板などを求めるんだろうなと思いますね。

そうでしょうね。いつまでも仮面をかぶって活動していると体悪くします。
ネットがはやる前は意見交換する場が無かった。今はネットを通じて
それぞれの方が自分の意見、感覚を確認できるので、いい方向と思います。


>あぁ、今日は旦那、同中任務だわ。そういえば、最近になって旦那は同中も
任務は毎回2・3回ついてるけど、話は聞いてないことが判明・・・・

会館場内の任務であれば館内放送していれば聴けますが、最近会合同時に
設けることも多いので館内放送少ないと思います。
外で駐車場の整理とか警備とかしていれば、聞けないです。
任務以外の日にまた、一般参加して聞けば聞けるでしょうけど、疲れているから
又いく気にならないのかも知れませんね。

11マミ:2004/04/25(日) 14:39
「お雑談」私には、ぴったりやんかあ。

学会が人をだまして、時代の波に乗ろうと、
その場その場のスローガンとか、
都合のいい御書引用、
他からの情報の断絶、
これらは本当のことと分かるけど、
むつかしい理論とか、言葉とか使って
説明は難しいし、
学会の辿って来た歴史を見ても、
長いホムペには飽きてくる。
そういうことは、勉強好きな人に任せておけばよろしい。
きゃは、、、。書いてて汗汗汗汗汗汗。
だからあ、学会のことはほどほどにして、
普段ころがってることかくわな。

むぎごみむぎごみみむぎごみ、
合わせてむぎごみむむぎごみ

今、あることを勉強しとって、
早口言葉の教材にあったやつです。
ま、学会問題に疲れたら、
遊んでみてえやあ。

12遥 </b><font color=#FF0000>(CuAGZ/CY)</font><b>:2004/04/25(日) 15:20
>>11

マミさん★

早口言葉なつかしいですw
私実は以前劇団に所属しておりまして。。。
(小学校から演劇部だったので。。。( ̄◇ ̄;)
とてもなつかしいですw

13ぱるぱる:2004/04/26(月) 11:31
ペガサスさん、こんにちは〜(^^)/
>私も超厳格な父と超妙に甘ったるい母の元で育ちました。
なんかわかるかも〜と思いました。ペガサスさんの雰囲気と育ちかたに
違和感がないような気がします。
と言っても、同じ両親から同じように育てられてもほんとに本人の資質というのもかなり大きくて、
いちがいには言えないところですけど。
私なんかも姉が頭の回転は早いし人あしらいはうまいしという人なんですけど、私はその点さっぱりダメで。
同じ親から生まれたのにこうも違うのかとコンプレックスのかたまりでした。
しかしこの姉、母親より厳しくて私が中学に入り立ての頃は姉に竹のものさしで叩かれながら勉強したものです。
今どき親でもこんな人はいませんよね?

勉強っていえば話しはスライドしますけど、最近日本の教育は勉強に対して敬遠するような動きにありますけど
(最近また少し戻りつつあるようですが)やっぱり勉強って大切ですよね。
日本がこれほど資源もなく狭い島国であるのに占領された事がなかったのは、一つには日本人の知識欲=勉強にあるように思うのです。
勉強して知識を高めるのは、目には見えないけ日本のど大きな資源なのではないかなとこの頃思います。

14まーちゃん:2004/04/26(月) 22:53
おじゃまします。
>13 勉強して知識を高めるのは、目には見えないけど日本の大きな資源なのではないかなとこの頃思います。
そうなんですよね。他国の文化を吸収して自分の国の文化にするのが本当に上手なんですよね。
そのことに関してオーストラリアに行ったときの現地の日本人ガイドさんが面白い話をしてくれたことを思い出しました。
オーストラリアでは、現地の人は5時になるときっちりと仕事を切り上げ、残業は日本人だけのようです。
その理由を尋ねたら、オーストラリアは資源が豊富だから、熱心に仕事をしなくてもという意識があり、日本は資源が少ないから、勤勉になるのではないでしょうか。とのことでした。
所変われば、考え方も変わる、なるほどと感心していた私でした。

15ペガサス:2004/04/27(火) 11:01
>>13 ぱるぱる さん こんにちは〜

>私なんかも姉が頭の回転は早いし人あしらいはうまいしという人なんですけど、私はその点さっぱりダメで。
同じ親から生まれたのにこうも違うのかとコンプレックスのかたまりでした。

ひぇ〜ぱるぱるさんより頭の回転が早く人に対する配慮がうまいとは、どういう方なんでしょう。
とにかく家族ごと超優秀なんですね。

>しかしこの姉、母親より厳しくて私が中学に入り立ての頃は姉に竹のものさしで叩かれながら勉強したものです。
今どき親でもこんな人はいませんよね?

それはチョット怖いかもです。鞭でなくて幸いでした(笑

>勉強っていえば話しはスライドしますけど、最近日本の教育は勉強に対して敬遠するような動きにありますけど
(最近また少し戻りつつあるようですが)やっぱり勉強って大切ですよね。

これに関してチョット思うことがあるので、ほかの掲示板に引用として投稿したものを再掲させていただきます。

3千年を解くすべをもたないものは
闇の中、未熟なままに
その日その日を生きる

(ゲーテ)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
釈尊(前400年頃)をさかのぼるはるか昔より世界四大文明は栄えていた。

文明     時期    河川      文明担当者
エジプト   前4000   ナイル     エジプト人
メソポタミア 前3500   ティグリス   シュメール人
             ユーフラテス
インド    前3000   インダス    ドラヴィダ人と推定
中国     前2500   黄河      原シナ人

これらの文明は数学から哲学まで幅広く進んだ知識を持ち得ていた。
さらにそれぞれの文明といっても、たとえばアメリカ大陸等と違って
陸続きのため相互に何らかの影響を与えていたと考えるのが自然である。

(ペガサス)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー                       
人類の歴史は何のためにあるのかというと、現代の私たちのためにあると思います。
過去の人たちが血と汗を流し後世に伝えているものを学ばなければ、過去の人たちが
かわいそうとも、勉強しない人がもったいないともいえますね。そういう意味で教育とは
すこぶる大事と思います。

現代は文字があふれている。そしてその状態になれ、なんとも思わない。
しかし、何かの本で学徒出陣の本を読んだのですが、南方で軍に本を全部とりあげられ
文字を読むことが出来なかった。かろうじてもっていた薬の瓶に書いていた効用書きを何度も何度も
何度も舐めるように読んだ。とありました。

又最近「猿飛佐助からハイデガーへ」  木田元  を読み始めているのですが、前書きに

「だいたいインターネットなどによる情報収集と読書とはまるで性格が違うことなのである。
私たちは偉大な作家や思想家の書いた一冊の本を読み通すことによって深く感じることを
学び〜〜〜〜〜〜
情報だけはたくさんもっているが、感じることも考えることもしない人がむらがる世のなかで
などあまり生きていきたくない」とありました。

このことで感じたのは、センセイのスピーチでソクラテスがどうの。ナポレオンがどうのと脈路
の無い話をして、聞いてるほうも、勉強したような気になり、実は何も身になっていない・・・・・
とならなければいいなと危惧してます。

>日本がこれほど資源もなく狭い島国であるのに占領された事がなかったのは、一つには日本人の知識欲=勉強にあるように思うのです。
勉強して知識を高めるのは、目には見えないけ日本のど大きな資源なのではないかなとこの頃思います。

堺屋太一の言ってるとおり、また>>14まーちゃんさんも言われているように資源が無いゆえに、日本全体が一種の
商社として機能してきましたし、先端技術で付加価値の高い工業製品を生み出してきました。ところが最近
理数科離れがあるので、傾向としてはお隣の韓国に先端技術の分野で激しく追い上げられております。
別に競争をあおるわけではありませんが、日本という国の位置づけを考えると、教育、勉強という資産がいちばん
大事というぱるぱるさんに同意です。

16ぱるぱる:2004/04/28(水) 14:09
まーちゃんさん、ペガサスさん、勉強についてのレスありがとうございます。

オーストラリアのお話し、私もなるほどーと思いました。
理数離れもほんとに深刻だと思います。私も学生時代理数系は苦手でしたけど
なんかそういうのとは違う空気を感じます。
つめこみ教育が問題視されましたけど、必死でつめこんでいく期間というのは
勉強には必ず必要なのだと思います。
子供の目線に立ってとよく言われますが、なんでそれがいいとなると全ての事を
そっちにシフトするんですかねぇ。
首根っこ押さえてやらせなければならない事はやらせなければならないんだから、
その取捨選択が洗練されていくのが社会の進歩と思うけどなかなかそうならないですね。

またまた話しはスライドするんですが、林真理子さんのエッセイの中にあった話でテレビ番組で子供の
「どうして人を殺してはいけないのか」という質問に答えられる大人がいなかったというのがありました。
林真理子さんは、どうしてその時大人は一喝しなかったんだろうと書いています。
「じゃかあしー!小賢しいこと言うんじゃない。世の中には理屈で説明出来なくても、絶対にしちゃいけないっていうことがあるんだ。
これが出来るから人間なんだ」
こういう一喝。
これにはとても共感しました。
で連想する言葉は温故知新・・・正確な意味とは違うけど、私が思うのは古いけど残さないといけないものは残し、あまりにも理不尽なものは
変えて新しくする・・・みんなが・・・特に社会の上の人が自分の得ばかり考えるようではかなり無理な理想ですがそうなって欲しい。
かんべむさしさんの小説にこういう文がありました。
「全員の利益をはかるということが、自分の利益をはかるということでもある。
しかしそのためには、まず、自己の利益をはかるという姿勢を無くさなければならない。
なるほど。パラドックスだけど、これが経営者に要求される、無私ってことなんだよな」
永田町にいる日本丸の舵取りをする人々に気づいて欲しい言葉です。
できたら信濃町あたりのかたにも(^^;

17まーちゃん:2004/04/28(水) 15:01
ペガサスさん、ぱるぱるさん、こんにちわ。
今、気付いたのですが、まーちゃんさんというのはなんか変ですね。まーちゃんにしてください。HNを変えたほうがいいのかな。
ペガサスさんの仏教の源流や、ぱるぱるさんの色々なところでのご意見に共感すること大です。

本を読んでいて気付くことがあります。それは同じ歴史上の人物でも作者によって人物評がずいぶんと変わることです。作者の視点がそうさせるのだと思いますが、読書を通して客観的な視点が身に付いたと私自身の体験で実感しています。
毎日のように傷ましい事件があります。殺人を犯した人も、人を殺してはいけないと普段は思っているはず。でもカッとなって…。
ということが多いのではないでしょうか。客観的に事実をとらえることができていたら、もっと違う対処の仕方があったのではないのかな、と思います。
どうも自己中心的に物事をとらえるところに問題があるようです。

18ペガサス:2004/04/29(木) 11:52
>>16 ぱるぱる さん こんにちは

>理数離れもほんとに深刻だと思います。私も学生時代理数系は苦手でしたけど
なんかそういうのとは違う空気を感じます。

そうですね。文系の場合お互い言葉のやり取りで特別難解な哲学論を交わす場合は別として
理解できるので、まだ取り付きやすいと思います。ところが最新の物理の世界となるとそうは
いきません。たとえばアインシュタインの特殊・一般相対性理論までなら、なんとなくでも言葉
のイメージでつかめるし数式にしてもE=mc2というすっきりしたものなので分かりやすいと思います。

ところが量子論になると「プランク定数」「行列力学」「波動力学」だとか分けのわからない用語が出てきます。
今「孤独になったアインシュタイン」佐藤文隆著を読んでいます。最新の物理学者を人として焦点をさだめながら
一般読者にわかりやすく解説していると思うのですがそれでもさっぱりわかりません。それはひとつには、イメージ
で感覚をつかめるのではなく数式だけで、しかも数式をそのまま受け入れるしかないからだと思うんですね。
個人的に量子論というの哲学的にも非常に重要な理論だと思ってますので、さらに向こう側からも、分かりやすい
解説をする必要があるのではないかと思います。(大体国家事業として研究していることが多いので)
そうやって少しでもおもしろいなぁという人が増えると理数系の裾野が広がると思います。

>つめこみ教育が問題視されましたけど、必死でつめこんでいく期間というのは
勉強には必ず必要なのだと思います。
子供の目線に立ってとよく言われますが、なんでそれがいいとなると全ての事を
そっちにシフトするんですかねぇ。
首根っこ押さえてやらせなければならない事はやらせなければならないんだから、
その取捨選択が洗練されていくのが社会の進歩と思うけどなかなかそうならないですね。

ゆとり学習ということで公立系は勉強の時間を減らしていますが、少子化に伴い、わが子に対して有名大学志向が
ますますあるため、私立にやらせたり、塾、家庭教師の方に来てもらうとか過熱してます。この不景気な時代に教育費
だ増えているのはそのためですよね。んで日本の場合大学に入るとあとリラックスしすぎということも多いと思います。
アメリカの大学の場合良く解りませんが、入りやすく勉強しないと卒業できないという風にシフトする必要があるのではないでしょうか

>またまた話しはスライドするんですが、林真理子さんのエッセイの中にあった話でテレビ番組で子供の
「どうして人を殺してはいけないのか」という質問に答えられる大人がいなかったというのがありました。
林真理子さんは、どうしてその時大人は一喝しなかったんだろうと書いています。

「人は考える葦である」といったパスカルは「汝の好むことを人に行え」「汝の好まないことを人にしてはいけない」という命題
を立てたと思います。勘違いだったらすみません。この命題によると「誰も殺されたいとは思わない。したがって自分も人を殺しては
いけない」となると思うんですね。

>で連想する言葉は温故知新・・・正確な意味とは違うけど、私が思うのは古いけど残さないといけないものは残し、あまりにも理不尽なものは

それは広義の意味で文明ということでもあると思います。
又別のBBSに投稿した文で恐縮ですが・・・。

朝日のカラシニコフより抜粋
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

20世紀までは「紳士の約束ごと」を積み重ねてきた時代だった、と作家フォーサイスはいう。

人間同士が挨拶をするのは、敵意がないことを示すルール。道ですれ違った人を殴り殺すのはいけないことだ、
店の商品を黙って持っていってはいけない。そうしたルールは、「文明」と呼ばれた。ルールを持たない社会は
「野蛮」だった。

約束事はさまざまな部分に及んだ。他人の手紙を勝手に開けてはいけないし電話を盗聴してはいけない。
人種や宗教で人を差別するなどもってのほかだ。

そこに01・09・11の同時多発テロが起きた。それで「紳士の時代」は終わったと彼はいう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

確かに今何でもありの時代になってきたような気がします。ですから逆に、学会問題も同じですが
学会に限らなくても人権を守るとか、抑圧に対して意思表示をするとかの重要性が増してるような
気がします。

19ペガサス:2004/04/29(木) 11:54
>>17 まーちゃん  こんにちは

>まーちゃんにしてください。

早速そのようにさせていただきました。

>ペガサスさんの仏教の源流や、ぱるぱるさんの色々なところでのご意見に共感すること大です。

ありがとうございます。「仏教源流」は私がどうのこうのというものではなくものすごく優秀な方々が作り上げたものです。
今盛り下がっておりますが、角度を変えて何か提案できれば〜と悩んでます。ぱるぱるさんのご投稿はどこでも大好評です。
BBSのマドンナ状態でしょう。

>本を読んでいて気付くことがあります。それは同じ歴史上の人物でも作者によって人物評がずいぶんと変わることです。
作者の視点がそうさせるのだと思いますが、読書を通して客観的な視点が身に付いたと私自身の体験で実感しています。

そうでしょうね、日本の歴史もまだまだたくさん不明なことがあります。古事記、日本書紀にしても日本全体を征圧した側の書ですから、
古代それぞれの地域の日本民族がどういう歴史があったのかは良く解ってません。そのように歴史も勝利者側に都合のいいよう
変えられていくことは大いに可能性があります。

>毎日のように傷ましい事件があります。殺人を犯した人も、人を殺してはいけないと普段は思っているはず。でもカッとなって…。
ということが多いのではないでしょうか。客観的に事実をとらえることができていたら、もっと違う対処の仕方があったのではないのかな、と思います。
どうも自己中心的に物事をとらえるところに問題があるようです。

社会が固定的になりすぎて勝者と敗者がはっきり別れすぎ、その中で自分の尊厳を認められなくなり、またその余裕が無くなり
短絡的行動を起こすのではないでしょうか。
そういうことにもっと政治は目を向けるべきと思いますね。単純に警察力を高めるべきということではないと思います。

20富士山噴火:2004/04/29(木) 23:38
雑談コ−ナ−と銘打ったコ−ナ−(ココ)はわいが立ち上げたこと絶対ありません。
まあ他愛のないコト。それは。。。馬券当たらん!ちなみに高知競馬のハルウララは皆さんご存知でしょう。
彼女の馬券は当たらない・ということでその馬券をお守り代わりに使ってるひともいるとか。

21ぱるぱる:2004/04/30(金) 11:40
ペガサスさん、こんにちは。
興味を持たせる授業をしようというかたを時々テレビでもみかけますね。
お名前は忘れましたが科学実験を楽しくやってらっしゃる先生、数学を楽しくさせたいという
バンダナでお髭の先生もいらっしゃいますね。
多分熱意もあるのでしょうが、自然体で無理なくやってらっしゃるのがいいのかなと思います。
「でもしか」教師にはそのようなものは望むべくもないでしょうし、熱意があっても学校組織がそれを邪魔するという
本末転倒なこともブレーキになっていってるんでしょうね。
もちろん興味を覚えるには基礎が大事で、やっぱり基礎はそんなに楽しくないですが、その上が楽しかったら
基礎も勉強しようという気になるでしょうね。
先生の話しをしっかり聞くように躾る家庭の姿勢と、興味を持たせたいという教師の存在、勉強できる事は当たり前ではなく
恵まれてるんだということを子供に伝えること・・・ができれば理想でしょうね。
一番望ましいのは勉強ができることは恵まれているんだという自覚を子供が持つことだと思うのですが。

「プランク定数」は願望達成のシステムを調べるときでてきてネットで調べた事があるんですが、
ほとんど理解できませんでした(^◇^;)こういうときは「漫画プランク定数」でもあったらなぁと思います。

抜粋されている文章中
>人間同士が挨拶をするのは、敵意がないことを示すルール。道ですれ違った人を殴り殺すのはいけないことだ、
>店の商品を黙って持っていってはいけない。そうしたルールは、「文明」と呼ばれた。ルールを持たない社会は
>「野蛮」だった。
ここですが、あるかたのエッセイで旧約聖書の十戒に触れてあり、それは現代の社会道徳では当たり前の事が多くて、
それを改めて戒めなければならないほどもともと人間というのは野蛮だったのだろうと書いてありました。
なるほどと思ったのですが、だとしたら今の状況は・・・私は物のない時代を知っている世代ですが便利になるのと
豊かになるのは違うんだなぁとつくづく思います。

22ぱるぱる:2004/04/30(金) 11:59
>>17
ありがとうございます〜さっそくまーちゃんと呼ばせていただきますね(^^)/
いつもHNに「ちゃん」とか「くん」とかあるときはさんをつけないで呼ぶ方が
自然だろうけどなぁとは思うんですけど、世の中どんな人がいるかわからないので
不自然ながら「さん」をつけているので、言っていただいて安心しました(^^)

書き込みに共感してると言っていただくとほんとにうれしいです。
ありがとうございます。

>毎日のように傷ましい事件があります。殺人を犯した人も、人を殺してはいけないと普段は思っているはず。でもカッとなって…。
そうですよね。
わかっていてもついカッとなってしまう人がいるのも人間の現実です。
だからこそそこに宗教というものが生まれた必然性もあるのだと思います。
特に仏陀の教えはそのような人間というものの断ちがたい性質に対する事が多いと思います。
かなり大乗仏教とは違っていますが、個人的には今の世の中には上座部仏教(小乗仏教)が
必要かなと思う昨今です。
ちょっと話がずれてしまいましたけど、道徳観念を宗教で補うことも模索されてきていますので、
(新聞にいろんな宗派の僧侶のかたの活躍や、禅に挑戦する人、お遍路に挑戦する人など
様々なニュースがあります)
どこかに縛られる宗教ということではなくて、良い使いかたができて自己中心的なものが
減っていくといいなと思っています。


あ、それとペガサスさん、うれしいけど褒めすぎですよーーーf^^*)
私はハッタリくんなのですー。
でも気にかけて頂いててうれしいです。ありがとうございます。

23ぱるぱる:2004/04/30(金) 12:04
>>20 富士山噴火さん、おひさしぶりです。
>雑談コ−ナ−と銘打ったコ−ナ−(ココ)はわいが立ち上げたこと絶対ありません。

えと、意味がわからないんですけど、このスレッド使っていろいろ話しててもいいんですよね?
それともダメってことなのでしょうか?ダメなら新しく立てないとと思ってるんですが・・・。

24まーちゃん:2004/04/30(金) 13:20
ペガサスさんへ

>社会が固定的になりすぎて勝者と敗者がはっきり別れすぎ、その中で自分の尊厳を認められなくなり、またその余裕が無くなり
短絡的行動を起こすのではないでしょうか。

 自分の存在そのものが尊いと分かれば、他者の尊さも認められるから、相手に対しても思いやる心が芽生えるということでしょうか。
 そのためには、自分を見つめる時間が必要ですね。
 でも、現実の生活の中では、なかなかそうした時間が取れ難くなっていると思います。子供時代からテストの点数で評価され大人になっても業績に追われて、自分を見失っている人は、多いのではないでしょうか。
 私たちの周りには、競争原理が働いていますが、あまりにも勝ち負けにだけこだわると自分を見失いやすいということですね。
 宗教はそうした時に、自分自身の心の在り方を気付かせる意味もあるのかなと思いました。

25マミ:2004/04/30(金) 20:52
一昨日から「アトポス」という吸血鬼を題材にした本を読んでいます。
1561年に、貴族階級に生まれ、
1615年に没したエリザベートという女性の話です。
控えめで貞淑な女でありました。
祖父が悪魔信仰をしていたので、
なにかしらその悪い血が自分に受け継がれているのを
感じたからであろう、と描写していました。
最初は天真爛漫で周りの人からかわいがられていた女が、
いろいろなことがあり、姑を殺し、綺麗な娘を次々と殺し、
血のシャワーで化粧するようになりました。
牢に閉じ込められていたフローレンスという娘は、
指名を受けていたのか、鉄格子を切り、
脱走に成功し、国王にお城で起こっている悪業の全てを訴えました。
エリザベートは、1610年に、自分の城の地下室の、
壁の中に食べ物だけを与えられ、
死ぬまで葬られることになりました。

フローレンスが閉じ込められていた時、後から来た
ヴィエナという娘と生活を共にしました。
極限の恐怖と絶望の中で、脱走を試みながら、
自分が殺される筈の夜、鉄鋸をヴィエナに託すのです。
「私がここに入れられ、脱走をするのは、
悪業の全てを世間に晒し、死滅させるためなのだ。
私はもう死ぬけれど、その代わりに、貴方に受け継ぎたい」と。
そして、他の娘は手足を抑えられ、抱えられて連れて行かれたのに、
この娘は自分の足で歩きました。
「素敵よ。」ヴィエナの声を後ろに聞きながら、
もしも平和なところで出会えたら、親友になれたろう、と思ったのです。

死の恐怖は他の娘たちと同じなのに、崇高な生き方に感動しました。

ジャンヌダルク、フランス革命の引き金となり、
魔女として、火炙りの刑に処せられて死んだ。
フローレンスは生きて栄光を受け、ジャンヌダルクは死んで栄光を受けました。
日蓮も若かりし頃、仏に命を捧げ、
死んで栄光を受けようとしたのでしょうか?

今、私は信仰のために、死ぬことはできません。
でも、そんな生き様を演じられる人には格別の憧れを抱くのです。

私は、有名になりたい。
「きらきら光るダイアモンド」をばらまきたい。

私が、人々が神や仏に帰依するのは、
遺伝子に崇高な魂を植えつけ、子孫に受け継ぐためなのですね。

孫悟空は、釈迦に、岩に閉じ込められましたが、
500年後に開放され、悪を滅する業をしました。
エリザベートは無限に閉じ込められたままなのでしょうか?

26あちち:2004/05/01(土) 07:17
>10 ペガサスさん


>要求とはっきり出すわけではありませんが、
>会合で自然にそのようにもっていくわけですね。
>勤行
>活動報告
>今後の活動について決意発表
>幹部指導・・と
>毎回毎回同じパターンでやるので脳がシンクロナイズされますね

なるほど・・・・自然に身についてしまってるんですね。
おかしいと気付かない人は。

任務の方は・・・・はい、創価班です。てことは、ずっと駐車場にいるんですねぇ。
ちなみに、同中期間平均2回任務かな?ひどいときは3回行ってたりするけど。

>ネットがはやる前は意見交換する場が無かった。今はネットを通じて
>それぞれの方が自分の意見、感覚を確認できるので、いい方向と思います。

本当に同感です。私は、結婚して1年後、子どもが生まれたと同時にPC購入
だったのですが、それまでは、私のような結婚境遇の人もいないと思ってたし、
まして、学会員だけど、疑問を持ってる、とか、幽霊会員みたいな人も全く
いないと思ってたんですよ(笑)。今は(笑)がつくけど、PCないときは、
ほんと、不安を誰にもぶつけられず、途方にくれて涙止まらないときも
あったし、今は「自分は自分でいいんだ」と改めて思えるようになり、泣けることは
なくなったので、やはり感謝です。

27まーちゃん:2004/05/01(土) 09:12
>>22 ぱるぱるさん。おはようございます。

>書き込みに共感してると言っていただくとほんとにうれしいです。
ありがとうございます。

いえ、こちらこそありがとうございます。ぱるぱるさんの文章を読むと、元気がでてきます。
こちらこそいつも元気を頂き、ありがとうございます。

28salam </b><font color=#FF0000>(18/mYapQ)</font><b>:2004/05/01(土) 15:10
先日の朝日新聞に憲法改正について話が載っており、
自民党の憲法調査会のある委員は
「西洋的な基本的人権から主張される個人至上主義ではなく、日本的な和を
大切にした国家観による憲法を作りたい」云々と語っているとか。
(細かい部分は、新聞捨ててしまったので覚えてません(汗))
先日、院の憲法の授業で「和をもって尊しとなす、と言ったのは聖徳太子が定めた
17条憲法の第1条ですが、これは本当に憲法だったのでしょうか?」と質問され、
思いっきり答えにつまりましたw
その教授いわく「これは憲法ではありません。その時導入した、統治制度(衣冠束帯とか
あれです)に伴い、国家官僚の規定を定めた官僚規則なんです。ですから、2条以下には
『朝早くおきて夜遅くまで働け』とか、『天皇を中心とした命令系統には従え』とか(略)
・・・が定めてあるんです。」と述べておりました。
話がそれましたが、「日本的な和」とはなんぞや?
先に述べたように、17条憲法が官僚規則だとすると、組織を効率よく運営する為の手段で
あって、だとすると、そもそも近代立憲主義の言う「国民の権利保障=憲法」の概念とは
全く違うものだと思えます。
「国」という組織を効率よく廻す為に、国民はそこに属する官僚たれ、というのであれば
まあ、「日本らしい憲法」と言えなくもないのでしょうが・・・国連憲章に思いっきり
そぐわない国家観となり、批准した条約違反ともなりますかね。。。
俺の考えですが、「和」と「付和雷同」は峻別しなければならないものだと思ってます。
「和」とは、それぞれ対等である個人が、それぞれ思い描くものを表現しあった結果、
選択され納得の上で実現されるものであって、納得いかない少数を異分子扱いするものでは
ない、と思いますが、「付和雷同」は個人がなく、誰か(又は、集団)がリーダーシップ
(色々な意味で・・・)を発揮し、そのリーダーのいう意見の実現の為、その他の者が追随
するもので、そこには納得が行く行かないはなく、追従者と非追従者の関係しか見えてこない、
というもとだと思います。まあ、それが楽だ、という人もいるのでしょうが、それは精神発達論的に
言えば、「自我拡散(喪失)」という状態とも言えるでしょう・・・。
組織の運営というのは、迅速さを持たなければなりませんから、往々にして「付和雷同」を
強いる部分というのはでてきます。しかし、「おかしい」と感じている人の意見を吸い上げて
議論の場に揚げ、論理的に反論して納得させる、あるいは相手の主張が正しければそちらを採用
する、というプロセスが欠けていては、「和」とは程遠いものにしかなりません。
今回のイラク人質事件で、柏村自民党議員が
「人質の中には自衛隊のイラク派遣に公然と反対していた人もいるらしい。そんな反政府、
反日的分子のために血税を用いることは強烈な違和感、不快感を持たざるを得ない」
と言ってました。この理念こそが、彼らの求める「和」なんでしょうかね。。。
憲法改正の試案の中には、憲法改正の手続きから国民投票を外し、改正を簡単にしよう、という
ものも上がっているとか。。。一方では「和」を建前に、国民の「義務を増やす」と言い、内実は
組織運営(永田町を中心とするものですね)をやりやすくし、その一方で「和」をもって意見を
反映させる国民投票を廃止する。。。
その心は・・・個人的には「今」の憲法が「国の権力を規制し、国民の人権を保障する」という、
国の頭を押さえつけるものであるのが、我慢ならない、あるいは彼らの「守るべきもの」の
為には都合が悪いのでしょうな、と思ってます。

さて、国もですが、ご自分が属する、あるいは運営する組織、一度点検して考えてみては
いかがでしょうか。憲法に匹敵するのは、会社などであれば「定款」、その他法人であれば
それぞれ法律の規定に従った「規定」です。どんな風に書いていあり、どんな風に実現されて
ますかね。。。

29ペガサス:2004/05/01(土) 17:21
>>21 ぱるぱる さんこんにちは

>多分熱意もあるのでしょうが、自然体で無理なくやってらっしゃるのがいいのかなと思います。

教育のことってよくは解らないのですが・・・
自然が同じく一番いいと思いますね。人間の教育は人間しか出来ない。
昨日TVみててそう思いました。イギリス男性と日本女性が結婚。男性は日本で英会話学校の先生。
子供が二人いるが、子供英語話せないという。なんか教えるのが照れくさいらしい。子供にインタビューで
「英語はなせる?」と聞いたら関西系なので「話せへん」と言ってました。教育と言ってもその地その環境で
必要なものを親も、子も無意識に選択しているのかもしれませんね。

>「でもしか」教師にはそのようなものは望むべくもないでしょうし、熱意があっても学校組織がそれを邪魔するという
本末転倒なこともブレーキになっていってるんでしょうね。

学校側に対する文部省の指導体制は強化されてますね。入卒式での国家掲揚は完全に義務付けられました。
是非はともかく、自分の職をかけて国旗掲揚に反対する教師がいるということに感動しました。
又最近の父兄も結構学校側に要望を出すので学校側も守りに入ってどうしても管理主義のほうが先行するのかも知れません。

>先生の話しをしっかり聞くように躾る家庭の姿勢と、興味を持たせたいという教師の存在、勉強できる事は当たり前ではなく
恵まれてるんだということを子供に伝えること・・・ができれば理想でしょうね。
一番望ましいのは勉強ができることは恵まれているんだという自覚を子供が持つことだと思うのですが。

そう思います。前に述べさせていただいたとおり、今の状態が当たり前と思ってはいけないと思います。大震災でも戦争でも
或いは国家が低迷するようになると教育がおろそかになります。また今後の可能性として、ひとつの権力が日本を支配し、
言論統制的教育をしたとすれば大変です。
教育にマインドコントロールを持ち込まれると民主主義は壊滅的打撃を受けるでしょう。逆に言うと良き教育は民主主義をさらに
良き方向に持っていくと思いますね。

>「プランク定数」は願望達成のシステムを調べるときでてきてネットで調べた事があるんですが、
ほとんど理解できませんでした(^◇^;)こういうときは「漫画プランク定数」でもあったらなぁと思います。

不確定性原理の定数なわけです。
私たちはよく「絶対」とか「因果葎」とかの言葉を使いますがこれは原子という世界では通用しない。
極微の世界では粒子の運動量と位置を同時に決定することはできない。運動量を調べると位置は絶対解らない。
位置を調べると運動量は絶対解らない。一定の確率でしかわからないので「プランク定数」が必要だと思うんです。

一般的に絶対と言う概念はニュートン力学みたいに固定的力学なわけで、それが哲学にも波及し機械的運命論が
流行ったりしましたね。宗教にも影響を与えていると思います。ですから科学の新しい概念は哲学、宗教にも影響を与えるでしょう。
その逆も当然考えられるのですが、宗教側が原理主義に陥ってると科学に影響を与えるのはほぼ無理でしょうね。

>あるかたのエッセイで旧約聖書の十戒に触れてあり、それは現代の社会道徳では当たり前の事が多くて、
それを改めて戒めなければならないほどもともと人間というのは野蛮だったのだろうと書いてありました。
なるほどと思ったのですが、だとしたら今の状況は・・・私は物のない時代を知っている世代ですが便利になるのと
豊かになるのは違うんだなぁとつくづく思います。

いつも思うんですが・・・
今物質文明は大いに進み、知識は膨大ですが、仮にソクラテスとか釈尊とかと出会ったとして、果たして一問一答
できるものかと。そう思うと人間って変わってないよなぁ〜と思います。
釈尊の八正道にしても実に簡単な言葉です。現代においてそのまま実践は無理としても、根幹の精神の部分は
今でも大事な事なのではないでしょうか。

30ペガサス:2004/05/01(土) 17:26
>>24 まーちゃん

>自分の存在そのものが尊いと分かれば、他者の尊さも認められるから、相手に対しても思いやる心が芽生えるということでしょうか。
そのためには、自分を見つめる時間が必要ですね。

そうですよね。簡単に言うと自分が好きか嫌いか考えてみる。自分が好きだと思うときは心が安定し、周りにも感謝の気持ちが
溢れていることは多いと思います。反対に自分が嫌いだと思うときは疲れていたり、いらいらしてるときが多い。ですから、自分に
自信を持つことが大事と思ったりします。

> でも、現実の生活の中では、なかなかそうした時間が取れ難くなっていると思います。
子供時代からテストの点数で評価され大人になっても業績に追われて、自分を見失っている人は、多いのではないでしょうか。
私たちの周りには、競争原理が働いていますが、あまりにも勝ち負けにだけこだわると自分を見失いやすいということですね。

自分らしくと言う言葉はあるし、皆そうありたいと思ってるのですが、実際は、自分と言う存在を見出すにどうしても外界の立場を
考えてしまいます。性差、年齢、学歴、職業、結婚、未婚とか、経済的余裕度とかその他もろもろ、それはもちろん大事なことなのですが、
少子と言うこともあって、親の目とかが集中し、「こうあるべき」の「こう」が先行すると苦しくなると思いますね。
どうにかもう少し、それぞれが自立できる社会になればと思います。

>宗教はそうした時に、自分自身の心の在り方を気付かせる意味もあるのかなと思いました。

そう思います。賛成です。それで本当の自信が生まれるといいですね。又宗教とは「癒し、希望」の部分と考えています。
決して「正義」「勝利」というものでないと思います。

31ペガサス:2004/05/01(土) 17:29
>>26 あちち さん

>なるほど・・・・自然に身についてしまってるんですね。
おかしいと気付かない人は。

会合のあり方もそうなんですが、過度のスケジュールは人間の思考をマヒさせますね。
たとえば宗門と学会の関係に疑問を感じたとしても、毎日打ち出しがあれば考える余裕がありません。
公明党のあり方を考えて、疑問に思っても、票集パワーが来るといちいち考えてる人はおかしな人、
こだわる人とされます。

過度のスケジュールは考えさせないよう目いっぱい組むものなのです。わざと。
そして内部のことを考えさせず、敵をつくり(今は宗門)矛盾を隠そうとします。
敵は悪=敵でないこっちは正義という論理で。
この敵が時代でいつも違うわけです。他宗だったり、共産党だったり、自民党だったり。

>今は(笑)がつくけど、PCないときは、
ほんと、不安を誰にもぶつけられず、途方にくれて涙止まらないときも
あったし、今は「自分は自分でいいんだ」と改めて思えるようになり、泣けることは
なくなったので、やはり感謝です。

ホントにそうですよね。
人間常に受け手側だけだとおかしくなると思います。自分の本当の位置づけが出来ないからですね。
学会には上下(縦)の関係はありますが、横の関係はありません。
具体的事例を挙げると、同じ役職の人だけの会合と言うのは絶対に存在しません。
必ず上位役職者が入ってきて指導と言う形をとります。
ですから横の本当の連帯意識とか、本音で語る場というのが極めてないと言わざるを得ません。

ネットの登場で私たちが情報の発信源になることも出来るようになりました。
これで少しはバランスが取れるかと思いますね。

32マミ:2004/05/02(日) 17:08
公園に行って、30分くらいベンチに腰掛けて来ました。
沢山の人たちが、ボール遊びをしてて、ほのぼのした中でタバコを吸ってました。
喫茶店に行かなくても、たまにはいいなあ。
今、受けてる研修の課題の1日でしたが、そんなに嫌ではなかったです。

33ペガサス:2004/05/03(月) 14:51
GWなのですが
どっかに行く気力もなく

朝から飲んだくれています。

34遥 </b><font color=#FF0000>(CuAGZ/CY)</font><b>:2004/05/04(火) 11:44
GWなのに。。。
ダンナ様は日曜日しか休みが無くて。。
私もダンナ様も仕事していますヽ(`Д´)ノ
子供たちはダンナ様の実家へお泊りですw
おかげさまで、ダンナ様とラブラブなGWです(・。-☆ うふ

35ペガサス:2004/05/04(火) 12:57
GW
>おかげさまで、ダンナ様とラブラブなGWです(・。-☆ うふ

裏山杉!!!
私は           ブラブラ
どこがって? 突っ込みなしです・・・汗

36遥 </b><font color=#FF0000>(CuAGZ/CY)</font><b>:2004/05/04(火) 19:47
>>35

ペガサスさん★

つっこみたいっ!!
おもいっきりつっこみたいっ( ・_・)ノ☆(*_ _)おいっ!!
ちなみに。。。今日の私のお肌はつやつやで。。。
いつにも増してお化粧のノリがバッチリでした(^0^* オッホホ

37ペガサス:2004/05/05(水) 10:45
GW

>ちなみに。。。今日の私のお肌はつやつやで。。。
いつにも増してお化粧のノリがバッチリでした(^0^* オッホホ

何故遥かさんのお肌が急につやつやになったのか?
うーん学会問題より難しい。

なんで、なんで、なんでだろう?

ピカ!☆☆☆
いつもは鋭い突っ込みいれる遥さんが、何故か思いっきりつっこまれたとか。
大乗仏教。多くの人を乗せて救済する菩薩道。宜しくお願いします。   合掌

38あちち:2004/05/06(木) 21:29
>>31 ペガサスさん

>公明党のあり方を考えて、疑問に思っても、票集パワーが来るといちいち考えてる人はおかしな人、
>こだわる人とされます。

考えたり、疑問に思うことが大切なのにねぇ。

>学会には上下(縦)の関係はありますが、横の関係はありません。
>具体的事例を挙げると、同じ役職の人だけの会合と言うのは絶対に存在しません。
>必ず上位役職者が入ってきて指導と言う形をとります。
>ですから横の本当の連帯意識とか、本音で語る場というのが極めてないと言わざるを得ません。

同じ役職の人だけの会合が「絶対」ない、という言葉にはびっくりしました。
例えば、部活、とか言われる男子部の拠点で集まるのは、仲間内でワイワイしてるのかな、
と思ってたのですが・・・・そんなことはないのかな(汗)
でも、確かに、本当の意味での横の関係がないのであれば、嫌だな・・・・

特に男の人だと、仕事で、ただでさえ使われてしんどいのに、なんでプライベートでも・・・
なんて思ってしまいます。旦那は「結局は自分のためだから」と、少し苦しい
言い分を言っていますが・・・・どう自分のためなのか、どういう自分でありたいんだい、と
突っ込みたいところがいっぱいで・・・・・・

愚痴になってしまいました。なんか、最近、学会とは直で関係ないと思うんだけど、
夫婦倦怠期に突入しちゃったかな、と思っちゃってます。
どう解消するべかー・・・・

39名前はごめんね:2004/05/06(木) 22:16
役職に上下があっても信心に上下があるわけではないし、
役職の上下に関わらず、横一連で同志という認識を持って
一人一人が主体者であるべきだと組織では指導されている。
杞憂ですよ。

40ぱるぱる:2004/05/07(金) 08:41
>>38 あちちさん、こんにちは〜。

うちのダンナのとこは部長さんが来るまでは結構雑談とかしてなごむこともあるけど
部長さんが来たとたんシーンとなるそうです。
場が引き締まるとかじゃなくて、あんまり好かれてないみたいで。
自分のことを話そうとも思えない人だそうです。
まぁ部長さんにだけじゃなく、わりとお互いそうなのかもしれないですね。
同じ組織にいるっていう安心感と目的で集まっている事が、逆にその時は本当の自分じゃなくて
「同士な自分」を演じているのかもしれないな、なんて思えます。
それが性に合う人はいいでしょうけど、合わない人にはむなしさが見えないところでたまっているかも。
ただ、合わない人にはそれを「修行」と言い換える便利な言葉があるから、よけい泥沼なのかなぁと思えます。

41ぱるぱる:2004/05/07(金) 09:02
>>29 ペガサスさん、こんにちは〜。

GWは主人と夫婦するのに忙しくて遅レスですけど、プランク定数の解説ありがとうございましました♪
おかげでなんで願望達成とプランク定数が関係あるかおぼろげながらわかったような気がします。

ペガサスさんは、科学畑とか物理畑に詳しい感じなので、おもしろいと感じてもらえる記事があったのでご紹介します。
「般若心経」と「非局所性の原理」の関係です。
近年になって「量子物理学」が究めた「非局所性の原理」は、すでに「般若心経」の中に現されているとの事です。
すなわち「是故空中」「是諸法空相」は昔のエーテル理論で現代のダークマターであり、「遠離一切顛倒夢相」は
「非局所性の原理」である。
「華厳経」では、「一即一切・一切一即」にあたる。

私が調べている願望達成と大日如来とはきっても切り離せないのでこういう事を聞くと
わくわくしますo(^o^)o ただ、難しくて感覚でしかわからないのが悲しいですが(T◇T;)
もし、空海の「十住心論」をわかりやすーく解説している本があったら教えて頂けるとうれしいです〜。

42ぱるぱる:2004/05/07(金) 09:10
あ、そうそう、ビックバン・セオリーの大嘘も「般若心経」ではすでに見通しているそうです。
すなわち「不生不滅」「不垢不浄」「不増不減」
自分的には「考えよう」の「仏教の源流から」と合わせて読んで、やっと「空」と「無」の
区別が「そーなのか」と思えるようになりました(遅いって)。

43ペガサス:2004/05/07(金) 14:13
>>38 あちち さん

>考えたり、疑問に思うことが大切なのにねぇ。

そうなんですよ、主体的に自分の頭脳で考える人が増えることは学会にとってもいいことだと
思うんですけどね。「我思わない・ゆえに我なし」って有名な言葉ありませんでしたっけ?そんなの
ないか・・・汗

>同じ役職の人だけの会合が「絶対」ない、という言葉にはびっくりしました。
例えば、部活、とか言われる男子部の拠点で集まるのは、仲間内でワイワイしてるのかな、
と思ってたのですが・・・・そんなことはないのかな(汗)

部活というのは中心者は部長です。その元に地区リーダー・リーダーが集まるわけです。
その部長は事前に圏部長会等で方針を打ち込まれています。その方針を活動者に伝えたり
あるいは活動の報告を受けたりするわけです。中心者の人間性で仲間的にわいわいすることは
ありえることですがシステムはそういうことです。

>特に男の人だと、仕事で、ただでさえ使われてしんどいのに、なんでプライベートでも・・・
なんて思ってしまいます。旦那は「結局は自分のためだから」と、少し苦しい
言い分を言っていますが・・・・どう自分のためなのか、どういう自分でありたいんだい、と
突っ込みたいところがいっぱいで・・・・・・

ただでさえ昨今景気悪く仕事は大変。その上活動で大変疲れるでしょう。青年部時代、「広布の
ロマン」と言うことで純粋に走り、また普段あまり接しない大組織のありようを学ぶと言うことは
勉強になる場合もあるし、楽しいこともあります。ただあまりのめり込むと疲れがたまるし、ゆっくり
休むことにも罪悪感が生じてきたりします。そうなると危険信号でしょう。

>愚痴になってしまいました。なんか、最近、学会とは直で関係ないと思うんだけど、
夫婦倦怠期に突入しちゃったかな、と思っちゃってます。
どう解消するべかー・・・・

組織の上の者が全体観にたって指導(?)すべきなんですね。
たとえば・・・って実話ですが。

幹部   Aさん 最近元気ないね?どうしたの?
A    実は・・・・・・・
     本部長に言われるとおり勤行。唱題一時間。聖教啓蒙毎月12ポイント頑張り
     家に帰って連絡、報告をとり、それから御書を読んでるんです。
     だけど最近女房と仲悪いんです。
幹部    あっそうなの ずいぶん頑張ってるね。
     ところでアレはちゃんとやってるの?
A    はぁ? アレって何ですか?
幹部   アレってアレだよ。
A    ピカ!! 一ヶ月ないです。
幹部   すぐ帰って実践しなさい。

と言うくらいだといいんですけどね。

44ペガサス:2004/05/07(金) 14:25
>>41
ぱるぱるさん

>ペガサスさんは、科学畑とか物理畑に詳しい感じなので、

ぜんぜん詳しくないですよ〜ぱるぱるさんの仏教理解ならびに教養の足元にも
及びません。その上ものすごいテーマを示されて不勉強な私にはほとんど解読
不能で〜す。少しお時間をくださいませ。・・・・と逃げを打ちながら忘れられる
のを待つべし。

45名前はごめんね:2004/05/08(土) 11:56
>>41

ぱるぱるさん こんにちは

いつもぱるぱるさんの研究心、又豊富な知識には驚くばかりです。特に仏法と最新科学との関係性を
追求されるのはすごいことと思います。色々と教えていただきたいと思います。最新物理と仏教との関係
性を論及した論文と言うのはほとんどありません。あったとしても我田引水的なもので批判に耐えられないでしょう。
ですからこういったアプローチの仕方は、初めてのこころみであり、有意義と思います。ただ私は専門家でないし、
いい加減な知識しかないので、誤った認識も多いと思います。ですからぱるぱるさんはじめ、皆様にご教授願えればと思います。
人間の思考力と言うの
はすごいもので、前5世紀のデモクリトスは電子顕微鏡も無いのに、万物を構成し、普遍の微粒子を
「アトム」と名づけた。「アトム」とは分割できないという意味のギリシャ語で原子と訳される。時代的には
釈尊の時代ですね。
デモクリトスは言った
「物には、甘いもの、苦いもの、熱いもの、冷たいものがあり、又さまざまな色がある。だが実際は、アトム
と空虚があるにすぎない」と・・・。
すでに物質と空間(空)をずばり言い当ててます。

一方仏教側の視点は釈尊から始まった「無常」の概念を「空」と発達させた。そしてついに天台は「空・仮、中の三諦」を完成させる。
私は信仰したときこの概念にいたく感動したものです。仮とは変化してやまない諸法。因縁和合しながら仮の姿、中とは精神的物、
或いは文字、記号等の物質ではないもの。空とは諸法に体が無いこと。

こういった「空」の概念こそ現代物理学における「場」の概念に極めて
近いのではないかと思います。今までは空間とは「何も無い空虚な状態」とされてきたわけですが、今日
空間こそ万物の元と考えられています。何も無い空虚な状態に高エネルギーをかけると素粒子が飛び出したり、
光、電磁力を伝える空間でもある。また重力によって何も無い空間が歪むわけです。地球が太陽の周りを
回っているのも太陽の重力によって歪んだ空間と遠心力でつりあっているからです。
とここまではアインシュタインの物理と仏法の関係性でした。

物理学はさらに量子力学の分野で、コペンハーゲン解釈、多世界解釈、非局所性、などおよそ日常世界では信じられない解釈を生み出しました
。簡単に言えば、コペンハーゲン解釈とは、事象は、観測されてはじめて事象となるというもので、「君は、君が観測してはじめて、
あの月は実在するようになるというのかね」とアインシュタインを嘆かせた解釈です。

このアインシュタインの言葉の意味
彼は量子論を熟知していたがその理論を受け入れるには頑強に反対した。
彼の美学が受け入れることができなかった。常に究極の方程式は単純であるはずだ。
存在が人間と関係しているなどと言うことは信じられない!・・・と
量子論では観測される対象と観測者は不可分の関係となる。
私自身の言葉で言わせていただくと【関係の現象】です。

このへん哲学的に非常に興味深いですね。

46ペガサス:2004/05/08(土) 11:58
>>45
しもた!
上の、私です。すみません。

47あちち:2004/05/08(土) 16:53
>40 ぱるぱるさん、こんにちわ

なるほど・・・・うちは、だれが部長さんかがわからないから、ちょっとわからないなぁ・・・
一度男子部の拠点になってる家での飲み会に誘われていったのですが、そこでは
和気あいあいとしていたので、身内同士ではそんな堅苦しい雰囲気ではなく、和みながら
「勝利しよう!」なんて言ってるのかな、と思ってたんです(笑)。

>合わない人にはそれを「修行」と言い換える便利な言葉があるから、よけい泥沼なのかなぁと思えます。

ほんと、泥沼ですね・・・・・・
そう指導されて、それをそのまま受け止めちゃってるんだろうけどなぁ・・・

48あちち:2004/05/08(土) 17:01
>>43 ペガサスさん こんにちわ

>主体的に自分の頭脳で考える人が増えることは学会にとってもいいことだと
思うんですけどね。

そうですよね。結局、上の人間が末端のものをうまく使いたいと思ってしまうがために
そうじゃない方向に行ったり、きちんと物を考えたい人が、悩んだり脱会や非活動に
なっちゃうんですねぇ・・・・・

確かに、拠点の家のところに御邪魔したときは、和気あいあいだったけど・・・
それは、同じ意見同士のものが集まってるからであって、そうじゃない意見が
飛び出したりしたら、とんでもない雰囲気になりそうな感じもする・・・・

最後の実話!もう、めちゃいいわ。ペガサスさん、大好きw
ていうか、かなりうちと同じ境遇で、私のことご存知?と思っちゃいました。
でも、旦那、普段御書とかは読んでないなー。
だもんで、そんな話になっても、相談相手に「もっと御書読んで、とにかく題目あげなされ」
て言われちゃったりして・・・・

でも、あれって、あれは大事だからネェ(ボソ


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