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売買春の是非について語れ!
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なにわともあれ、売買春の是非について語れ。
この場合の是非は「非合法だからダメ」というオチはなしで。
「非合法」をタテに取るなら「なぜ非合法である必然があるのか」を語れ。
「合法」を目指すなら「合法である必然」を語れ。
・倫理/道義上の問題とするなら、宗教観を明らかに
・売り買いOKとするなら、その根拠を明らかに
・禁止/許可いずれも、その「必然と根拠」を明確に
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>>761 ヤッスさん
武蔵さんの禁止理由は確かにそれもありますが、そちっちは「オマケ」なんですよ。
しかしオマケはそれとして重要で議論の価値がある。
このあたりが話をややこしくしてるから整理が必要かな、って思っていたところでした。
武蔵説では、仮に技術が発達して売春による妊娠の可能性がゼロになったとしても、別の理由でやはり売春は禁止なんです。
こっちの「別の理由」てのが武蔵説のミソと考えて差し障りないと思います。
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>>734 スライムベスさん
>セックスした時にお金をもらう行為はちょっと自損行為とは考え難いですね。
これを根拠付けないと議論にならないのですが・・
>うろちいさんは何か売買春にあてはまりそうな例を思いつかれたでしょうか。
似てる可能性としては(すでに認められた)基本的人権ですね。
スライムベスさんは初めから「あてはまらない」としているらしいですが、何故あてはまらないか言えますか?
僕には言えません。
あてはまるとも言えませんけど。
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>>763
http://jbbs.shitaraba.com/bbs/read.cgi/study/2500/1078280547/60
繰り返しになるけど。
「基本的人権に反するから」っていうのは、はっきり言ってしまうと広義に
過ぎると思うんだよな。基本的人権ってカバーするものが広すぎるから、
そこにかけてしまうと、世の中のほとんどの「規制」や「拘束」を無効化で
きるんじゃネーノ?
武蔵の言う「性の自己決定権」についてだが、これはもう言葉の定義が
不確か(曖昧に広く取りすぎ)な上に、主語・目的語の配置が間違って
るので、違った意味にしかならない。
間違った前提にこだわる前に、前提をよく点検すべきって気がするな。
「性の自己決定権」 > 「性」は何を意味するものとして使っているのか。
(1)性別を表す (区別)
(2)性行為そのもの=セクースを表す (行為の認可と機会の提供)
(3)性器を表す ( (2)で実際に使われる物理的に存在するもの)
で、(1)はこの場合、自分の意志で自己決定はできないのが普通なんだ
が、「でも、性不一致の人とかいるし」とか言い出すのが出てくるだろうこと
を見越して、候補に入れるだけは入れとく。ただ、今回のテーマからは明らか
に違う。
武蔵が自己決定権を設定したいのは、(2)のための(3)なのか、(2)その
ものなのか。これがまずヨクワカンネ。( ゚д゚)、
というわけで、
「性行為の自己決定権」
「性器利用の自己決定権」
という言葉の明確化ができた。
性器を用いない疑似性行為については武蔵は禁止してなかった気がする
ので、「性器利用の自己決定権」が、武蔵の意図だろう、と思われる。
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「性器利用の自己決定権」についてだが。
これだって、この言葉からだけでは複数の意味が読み取れてしまう。
(1)性器を利用することについて、性器の所有者が自己決定する
(2)性器自身が性器利用について自己決定する
基本的人権というのは、人格・知性を持った存在に対して付与される
ものだと思うんだが。そう考えれば、性器自身が性器利用について
自己決定権を持つ、と読み取りかねない(2)は間違い。
そうすると、(1)が武蔵の主張する「性の自己決定権」の真意の骨格
となる。
で、(1)だとした場合。
性器の所有者が、自分の性器の使い方を決める権利はもちろん、
性器の所有者が持っているし、処分権も含めて自己決定権は性器の
所有者(という、人格と知性を持った存在)に付与されていて、基本的
人権の枠内にはあるものと思われる。
が、「自己決定権に基づいて、自分の性器とそれを使用する機会を、
有料で貸与する」と、性器の所有者が決めることは、「自己決定権」
とも「自己決定権を保証する基本的人権」とも矛盾しない。
「性器利用の自己決定権」が基本的人権に含まれていたとして、自己
決定権に基づいて、性器を有料で利用できるようにする(レンタル)こ
とは可能である。
武蔵が反対しているのが、「性器の利用を決める機会が、永久/恒久
的に当人以外の第三者のものになる」=性奴隷にされる場合だと
思う。これは人身売買に当たり、確かに基本的人権の侵害と言える
かもしれない。
が、それだと、「永久/恒久的ではない、一時的・時限的な性器の利用
機会の貸与」に過ぎない、大部分の売春行為は基本的人権の侵害と
は到底言えない。
また、「売春は悪くない、買春だけ取り締まれ」についても、「永久/恒
久的な自己決定権の奪取」なら人身売買だが、「一時的・時限的な
性器の利用機会の貸与を、所有者と合意の上」だとするなら、必ずしも
基本的人権の侵害とは言えない。
武蔵は、この疑問に答えないまま海外逃亡している。
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>>759
一つ目の問いは論ずるに値しません。
売春は社会的に見て忌避されているのは法規制
を見ても明らかです。
忌避されてなければ問題化などしないのです。
二つ目の質問は愚問です。
『売買春の是非を問う』これが議題なのは改めて
語るまでもありませんが、繰り返し説明した通り
普遍的真理がないのですから、売買春の是非は根
源的にはないのです。
それにも関わらず社会的に見て売春を忌避する現
実が存在するのは、人々と言葉による関係性によ
り造られたからである、と述べた所、貴方が『理
解不能』と喚くからカラスの例えを出したのです。
現実がどの様に造られているか理解していなければ
論議の帰結も的外れになるから、この点に関して私
は拘るのです。
理解できましたか?
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>>760
私はフーコーの言葉を借りれば『構造に隷属』する行為
そのものを忌避していますから、売春行為は必ずしもそ
の様な帰結になるとは思っていません。
『姦淫する勿れ』は『殺す勿れ』と同様に社会科学のモ
デルに過ぎませんから普遍的真理ではありません。
私が申し上げたのは、あくまで社会的に見てのお話であ
る事をご理解下さい。
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>>761
私の論旨は『武蔵氏の様な売春に反対する人(つま
り大多数)が『なぜ、売春に反対するか、その一次
的理由を探る事により問題性を検証しましょう』で
す。それにも関わらず>>761の様な的外れな質問は
何ですか?
ここは、様々な者が出入りしますから程度の差があ
るのは承知してますが、中学生レベルの理解力すら
ない者と対話をするのは正直疲れる(興味深い存在
ではありますけどね)
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>>766
ドアホウ。
>論じるに値しない
「法規制されている」→「社会的に忌避されている」
「社会的に忌避されている」→「法規制を見れば明らか」
というのは、循環しとるだろうが。脳みそ付いてんのか、このバカ。
>愚問
愚かなのは問いではなくお前だ。バカタレ。
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>>767
>フーコーの
言葉を借りずに説明しろ、このバカチン。
>>768
おまえの質問が的はずれもしくは、質問の主旨を正しく
理解させるだけの十分な説明がなされていないからだ、スカポンタン。
お前はクチを開けば「自分は説明責任を果たした」だの、「自分の説明
を理解する能力がないのは相手のせい」だのと失礼千万なことばかり
言うが、「相手は知らない、または十分に理解していない」からこそ、
相手に対する説明や解説が必要となる。相手に理解する能力がない
から説明を理解できないのは相手のせい、というのは、説明する側が
その目的を果たしていない。
おまえの自称「説明」は、いつも相手に十分に自分自身の主旨を理解
させられないでいる。そのことで不利益を被るのは「思った通りに理解
されず、誤った解釈をされることで主旨を曲解される」お前自身だろ。
それが厭なら、幼稚園児にも理解できるような言葉を選べよ。
「中学生以上でなければ理解できない」というのは、小学生以下は
理解不能なわけで、そんなのは全人類的に普遍的な理論とは言えん。
そこんところをわからずに、「相手に理解する能力がないから自分の
説明は高尚すぎるのだ」などとヌカしているタワケもんは、いつまでも
「僕ちんだけが脳内最高学府」と信じて、他人とクチを聞こうとするな。
はっきり言って、邪魔だ。
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複数の人間の間で、ひとつの事柄に対する見え方、解釈、捉え方が異なるのは
当然のことだ。だが、当然を当然のままにしておくと、意志の疎通が困難になるし、
その「本来は同一のものを指す事柄や理解」に共通のものを作っていかなければ、
同じ社会で同一または近似の行動ができなくなる。
それを解決するための法だし、その法の正当性や共通性、公共性を鑑みるのが
議論だろ。
それを、「法で決まってるから論じるに値しない」は思考停止だろ。
また、「誰もが違うのは当然だ」で止まったら、それは最後まで話がいってないだろ。
お前は「議論のための議論」をしたいんだろうが、「接点や齟齬の解消」を目的にし
てないタコはスッ込んでろ。
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>>765
法も所詮は構造であることすら理解できないか?
基本的人権も我々の関係性により構築されたもので
ある以上、既存の人権の範囲は定められていると
しても後づけ可能であるのは自明な事であり、何を
付け加えるかも私達の関係性により決められるもの
です。
『基本的人権は広義すぎる』とは的外れも極みです。
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>>772
この野良!
「法は所詮構造に過ぎない」なら、遵法は不要なわけ?
遵法のための定義やその確認も要らないというのがお前の
考えなわけだな? しかも、その主張はこれまでに半万回
は出てきてるけど、お前はその先をいつも主張しないな。
その先は?
構造に過ぎないから、なに?
人間の関係性で決められるからなに?
だからどうしたいわけ?
竹輪やるからあっち言ってろ。カス。
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それと、「構造主義」は四半世紀前の流行なんだそうだが、それは
おまえが学生時代に流行ってたのか?
それとも、おまえは未だにそれを主流だと信じて疑わないがために、
傍流の縁のほうで、メインストリームの社会学者を羨んでるのか?
どっちなんだ、一体。
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>>770
子供には二次的理由で十分。
普遍的真理などドコにも存在しません。
更に言わせて貰えば社会秩序が保たれるのは我々が
等しい価値概念を持っているからではなく関係性を
通して価値概念が造られていく為です。
それが半固定化したものが構造。
それを貴方の様なセッカチさんは普遍的なものだと錯覚する
のです。
(こんな事を言えるのはルーマン・ハーバーマス論争すら知
らないかでしょうね)
貴方がまだ高校生位までなら納得出来るけど、そうでないの
なら余りにも、ね?
何が普遍的真理ですか? どこかの怪しい宗教団体でもある
まいに。
貴方が何を悩んでいるかは理解できるけど、結論がそれでは
余りにも短絡的なのです。
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あのなあ。
お前はすぐにそうやって「そういうこともしらないのは、○○○すら知らないからでしょう」
とか言い出すけど、そういうのって恥ずかしくないのかい?
それと、猫の特殊能力では>>770の中に「普遍的真理」という文字が見えるらしいが、
どこにそんなことが?(w
等しい概念を、それぞれの関係を通して作っていくためには、それぞれが自分の持つ
概念を述べ合って、それを相互に受け入れあうことが必要なわけだ。
それが「自分の主張を説明する」「相手に理解を促す」「相手の主張を聞く」「相手に
理解したことを再説明して、相手の同意を得る」ということだよな。
お前はそれができてないんだよ。
はっきり言って。
そしてまた、そういうことをしようとしている奴らを妨害して邪魔してるワケ。お前一人が。
会話によって価値概念を作っていこうかね、というときに現れては「そんなものは構造
に過ぎない」と言ってみたり、説明がわかりにくいよって話に対しては「理解力がない
ものに説明する必要はない」と言ってみたり。
自分がかなりおかしいことを言っていることはわかってるか?
心療内科の先生とかにも相談してみたか?
ちゃんと今日の分のデパスは飲んだか?
必要以上にレンドルミン飲んでないか?
何が普遍的真理だよ。誰がそんなこと言ったってんだよ。
幻聴と幻視もいい加減にしろ。
この人語を解さないが、鳴き声が人の声に似ているだけのチェシャ猫が。
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言っておくが、
「普遍的な理論」と「普遍的真理」というのは、一文字違いだけど内容は
大違いだってことはわかってんだろうな?
まさか、同じに見えてるのか?
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>>766
一つ目の問いですが、私としては論ずるよりも、
ソースを提示して欲しいと言っているのです。
二つ目ですが、三毛猫ナナ氏の考えとしては、
「売買春に是非はない」でよろしいですね?
YesかNoかでお答えください。
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>>766
>売春の是非は根源的にはない
つまりこうだな。
「売買春は是である」 <合法論者の主張
(してもよいししなくてもよい。することを強制されるべきでもないがしないことを強制する必要もない)
「売買春は非である」 <非合法論者の主張
(してはいけない。しないことを強制することを肯定し、一切させないのが正しい)
「売買春は是でも非でもない」 <猫の主張
(してもよいししなくてもよい。することを強制されるべきではないがしないことを強制する必要もない。
また、是ではないが非でもないので罪にも問われないが、非でない代わりに是でもないので顕彰
もされない)
どちらでもないとどちらでもよい、は違うんだろうなあ。
その上で、是でも非でもない場合は、それに基づくとどういう判断が正しい、という
ことになるかな?
是非がないのは、禁止の対象には成り得ないということになるんでわ?
漏れには合法論者の主張と猫の主張は同じに見え、非合法論者の主張と猫の
主張に繋がりが見えないんだがね。
ま。猫は、非合法論ではないが、合法論者と同じ旗の下に立つのが厭なだけさ。
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>>776
『普遍的な理論』も『普遍的真理』も同義です。
この場合『全ての人を理解させる方法がある』
と貴方は主張しているが、その様なものはドコ
にもありません。
全ての人が解りあえる事は不可能なのです。
貴方の望むものはドコにも存在しないのですよ。
他者は絶対的に他者であり、解り会えたと思うの
は貴方の心『内在』の産物なのです。
>>778
情報源も何も『人を殺すな』は社会的常識か?と
同レベルのお話ですが?
サンプル調査をせずとも、これは結果は明らかで
すよ。
設問に不備があるからYES NOでは答えられません。
根源的には論理的に見て説明のつく理由はないと言う
だけであり、基準を主観で設ければ是非は生まれます。
『売買春の是非は、私達人と人の関係性を通して造られ
るものである』
これを持って私の回答とします。
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>>780
そんなものはどこにもないのではなく、
「そんな能力は猫にはない」だよな(w
全ての人がわかりあえるのは不可能だとして、
わかりあう努力はしないでいい、というのが
お前の主張なわけだな?
そうではないのだとするとしたら、「わかりあう
ために、相手のレベルに立つ、相手の既知域
の単語をできるだけ使う」という配慮をすること
を、お前はなぜ否定するかな?
なぜか教えてやろう。
「三毛猫ナナにできないことを、三毛猫ナナ以
外ができてしまうことを、三毛猫ナナは許せない」
からだな(w
自分にできないからって、それ以外の全ての
人間にもできないと思っちゃいかんよ。それは
猫の思い上がり。
また、設問に不備があると思うなら、自分で設問
の不備を訂正した上でy/nを答えればよかろう。
不備があると指摘しながら、不備の訂正を行わな
いのは、「不備を訂正する能力がない」か、「不備
の指摘そのものが嘘」かどちらかだわな。
「1+1=n」を問われたときに、「nは1である」という
回答があるとする。猫の言いぐさは「1+1という設問
が間違っているので、自分が答えたい応えをnに代入
すると式が成立しない。だから式を訂正しろ」しかし、
「式の訂正は出題者がすべきであって、自分は自分
が入れたい正答を明らかにしない状態で、出題者に
よる式の訂正を待つ」
と言ってるわけだな。
こんバカ。
猫が「n」に代入したい値が「1」だったとする。
そうなら確かに「1+1=」という設問は、「n=1」を
導き出すのには不十分だ。だったら、
「1×1=」なり「1÷1=」なり、式の訂正が必要な
わけで、その式の訂正は「n」を1に固定した側が
行うのが筋。
「1( )1=1」(解をnとする)
という問題に置き換えて、結論を固定して式を変え
させようっていう手口は、もう見破られてるよ。
三毛猫ナナ学会の常識だ。
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>>780
>>780の発言かあまりにも悲惨ですので口を挟みますが、
>『売買春の是非は、私達人と人の関係性を通して造られ
>るものである』
と三毛猫ナナ氏は考えているんでしょ?
で、>>766でのご自身の発言から考えるに、その『人と人との関係性』とやらは
「売買春は否」となってるように見えます(少なくとも『三毛猫ナナ氏はそれが一般的な通説だと考えている』ようにしか解釈できません)。
しかしながら、>>767のこれまたご自身の発言から察するに、三毛猫ナナ氏は『構造に隷属』する行為を忌避しています。
ここで重大な矛盾が。
『人と人との関係性』も(普通に考えるに)『構造』と解釈することができますが、
その「関係性」により是非が決定されるということは、それでは『構造に隷属』していませんか?
それともその「人と人との関係性」に自分も参加するから、「隷属」には当たらないとお考えなのでしょうか?
でもそれじゃあ、「自分自身の『是か非かの』意見を明らかに」しないと駄目ですよ。
自分自身の「是か非かの意見」を明らかにしないと、『構造』に参加したことにはならないでしょ?
つまり
「是か非かは他者の議論により決定される」>三毛猫ナナ氏は『構造』に参加していない>『構造に隷属』
「是か非かは自分もそこに参加して決定される」>三毛猫ナナ氏は『構造』に参加
あなたの意見の述べ方だと、ちゃんと「自分自身の意見」を述べないと自己批判になってしまいますよ。
「根源的根拠はない」とかいって誤魔化すんじゃなくて、あなた自身の「決定の瞬間の狂気」を経た『是か非かの』決定を述べないと。
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>>763うろちいさん
>これを根拠付けないと議論にならないのですが・・
理由は>>715で既に述べた通りです。
「自損行為だ」とする論理に説得力が無いからです。
またこの論法を妥当とする理由は>>610で述べた理由とほぼ同様です。
>スライムベスさんは初めから「あてはまらない」としているらしいですが、何故あてはまらないか言えますか?
>僕には言えません。
>あてはまるとも言えませんけど。
これも>>610で述べた理由と同様です。
なお、説明済みのことはその次から結論だけ書く場合がありますのでご了承下さい。
そうでない場合でも、文章が長くなりそうな時は
まず自分の考えを書き、相手が自分の考えに不同意の場合は
そこからお互いに根拠を述べ合うという形をとらせてもらう場合もあります。
この点もご了承ください。
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>>783 スライムベスさん
>理由は>>715で既に述べた通りです。
>「自損行為だ」とする論理に説得力が無いからです。
>またこの論法を妥当とする理由は>>610で述べた理由とほぼ同様です。
と、いうことは「自損行為ではない」こともまた説得力がないことを認めてるんですね。
他の職業(靴磨きとか)と比べ売春は問題にしている人が非常に多いですよね。
このことは売春が他の職業と著しく異なることを強く示唆しませんか?
人は本性として性行為を売り物にしない可能性は考えられませんか?
このようなことが示唆された以上、示唆を覆すべき根拠を売春合法側は求められませんか?
要するに、自分と異なる声に耳を傾けるかどうかってことなんですけど。
声をあげることそのものが積極的根拠なんですね、こういった問題は。
日の丸・君が代だって、内心の自由だって、誰も声を出さなければ何も問題無いのですよ。
壱学生さんが期待するようなハッキリした抵触事項がなくても法は人々が問題にしたものをこれまでもたくさん規制したし、今でも我々はそのことを受け入れているからこそ法体系なるものが存在するわけです。
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>>782
私の立場は既に幾度となく述べていますが、それを
お分かりににならないなら>>768を読みなさい。
>>781
方程式を教えるのに四則計算を知らない者には、まず
それを教える必要がありますが、それを拒む者には教
える事はできません。
釈迦ですら、全ての者を悟りに導けた訳ではなく、悟
りを開けない者に対しては布石を置いただけです。
貴方の様な自我のみで語るお子様には、徹底的に事
実を突き付けて後の布石を置く事しか出来ません。
それに貴方が決定的な思い違いをしているのは、私は
社会現象の分析をしている者であり、聖人の様に皆を
騙してでも救いを与えようとする者ではないのです。
勝手に相手に期待して、勝手に裏切られたと思い逆恨
みする、その様な心理現象は興味深いけど、個人的に
は迷惑ですね。
設問が不備だから不備だと述べたのです。
これは2ch辺りではよく見られる事ですが
『〜〜ってどうよ?』的な質問提起。
こんな馬鹿げた設問、本来なら相手にはしない
ものです(学術系の話ならね)
なぜかと言えば、あまりにも設問が漠然としす
ぎており、複雑性の縮減がなされてない為に有
意義な話にならない為です。
売買春の是非を話し合うなら基準を明確にしな
ければ話し合いにはなりません。
それには、まず基準が正常か否かを問う必要性
がありますが、それを貴方達は理解できないか
ら一から説明をしているのです。
基準が正常と仮定して論理を構築して、それが
当然と疑わないから、仮定そのものの是非を問
うている私の話が『全く』見えないのです。
機能主義の悪弊そのものとしか言い様がありま
せん。
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>>785
自己分析乙。
おまえの最大の失敗を教えてやろう。
社会学がウンタラ言ってるくせに、自分の観察対象に自分自身が
加わってしまってることだ。
観察者として、観察対象の全てに荷担しない対等な距離を保とう
と思うなら、発言しないことだな。
観察対象に対して発言を行った時点で、おまえはすでに当事者の
一人なわけだ。外側から大きく構えているのは大間違い。
外側から見れば基準の設定など無意味に見えても、当事者にと
っては基準の設定が重要なものなどいくらでも実例がある。
子午線、赤道、日付変更線、国境、成人と未成年の境界、
宇宙空間で宇宙遊泳をする飛行士にとっての「上下」などなど。
当事者でなければ論じるのは無意味だろうが、当事者にとっては
基準の設定というのはこれ以上なく重要なわけだ。
おまえが当事者ではないなら、口を開くな。
口を開いた時点で当事者になっていることを少しは自覚しろ、
このバカ。
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>>784を踏まえて
法規制をする際に重要な点として波及効果があり
ます。
現状の日本人の傾向は、共同体に精神的な安定を
求める精神共同体を求めています。
つまり『自己決定』の『自己』がなく『自我』を
広げる形でしか物事を見れない傾向のある国民性
を考慮して『法で売買春を認める』と、どの様な
帰結になるかと言えば、危険性がないとは楽天的
には言えません。
自己と自我の区別のつかない愚か者に自己決定権
を利用させて、痛い目にあわせて目を覚まさせる
のも一つの手ですけどね(笑)
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それと、おまえは少しは>>1-10くらいを嫁。
「売買春の是非を問う」では、
「法に照らし合わせての是非」
「照らし合わせる法の正当性を問うための、売買春そのものの是非」
「売買春の必要性と不要性」
その他、いくつもの切り口が何度も出てきている。
しかも、「結論が出ないのは承知の上だが、どのような切り口や意見が
あるかを並べてみよう」という呼びかけもされている。
お前は、結局ナニも言ってないのと同じなんだよ。
それをお前だけが理解できてないの。
そろそろ人語を解しろ。
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自己と自我は違う。
「自分にはわかっているが、おまえたちにはわからない」と言う。
では、「自己と自我の違いについて、わかるように説明しろ」と言う。
そうすると「教える義務などない」と言う。
これはなあ、「正解は俺だけが知っているから俺は正しい。だが、
正解がなぜ正しいのかについては説明しない。俺の頭の中にだけ
ある正解をおまえは共有させない」と言って悦に入ってるだけなん
だよな(w
おまえはケチだなあ。
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>>787
>現状の日本人の傾向は、共同体に精神的な安定を
求める精神共同体を求めています。
う-ん、もともと日本人は集団性が強い民族だ、とは私は思っていますが。
それを言われているのでしょうか?
それとも、今平成16年(だっけ?)の時代・社会において精神的共同体を求める嗜好が強い、ということでしょうか?
>つまり『自己決定』の『自己』がなく『自我』を
>広げる形でしか物事を見れない傾向のある国民性
>を考慮して『法で売買春を認める』と、どの様な
>帰結になるかと言えば、危険性がないとは楽天的
>には言えません。
この「危険性」というのは、具体的にはどういったことを言われているのでしょうか?
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>>790
)共同体
今も昔も、それほど変わりはありません。
日本の中間層(つまり大多数ですね)は伝統的に
ファシズムの傾向があります。
当掲示板を見ても、その傾向が伺えます。
ヤッス氏が普遍的真理(理論)を求める、皆と話
をして共通の価値観を持ちたがる事。
通りすがり氏(だったかな?)が、以前、私が『
国は道具』と答えたのに対して反発した事。
大神氏と、それに類するプチウヨクが国という共
同体に、精神的なものを求めている事。
これらに共通する事柄は、精神的共同体を欲する
ことに外なりません。
自分に自信が持てないから強いと思う(あくまで本
人がですが)ものにコミットする事により一体化し
安心感を得て、それを背景に異なる立場にたつ価値
概念を持つ者を排除しにかかり、それにより更に共
同体の結束を高める(生贄のろんりは話しましたよね
?)という仕組みなのです。
これは、自分に自信が持てない弱者のコミュニケーシ
ョンと言って差し支えないでしょうね。
)危険性
法も構造である以上、多数が法を信頼しなくなれば法は
その力を失います。(強制するにも限度がありますしね)
法は、一見揺るぎない存在に見えるかも知れませんが、
その実態は曖昧でいい加減なものなのです。
あくまで、表向きを取り繕っているに過ぎないのです。
これを踏まえて、生命の危険性を信じて疑わない多数派
に対して『売買春合法化』を突き付ければ、どの様な結
果になりますか?
彼らを説得するのは、武蔵氏を見ても判る様に困難、と
言うよりも現段階では不可能と言っても差し支えないで
しょうね。
仮に、売買春合法化が国民に社会常識として受け入れら
たとしても、それはそれで問題性があります。
売春には、人権を侵し、死に繋がる要因が含まれている
のですから、これが社会科学のモデル、社会常識になれ
ば現状の国民性から見て問題性はないとは言えないので
す。
もう少し皆が賢くなり、構造に隷属する状態から抜け出
せば、状況は変わるのでしょうけどね。
-
自分に絶大な自信を持ち、他人を顧みないことを強さだと考えるプチサヨクほど、
共同体に帰順しない個人の尊重を強く打ち出すんだよなー。
そういう主張そのものが少数である(=平均を求めた場合に、基準とするには
特殊すぎる)わけで、特殊すぎる、強い(=他人に対する配慮が少なく、配慮を
しないでも心が痛まない厚顔無恥な)モノは、日本では多数ではないわな。
プチサヨクはそうした「共同体を構成する」ということそのものを、「組織や社会
に迎合する」として唾棄する傾向が強く、共同体の一員としての行動や自覚を
持つと「プチブル」と言ってみたり、「心が弱くて多数派に阿って他人と自我を
融合させることでしか生きていけない」と言い張るんだけど、それって極論する
と、「心が弱い奴は生きていくな。一人で立てない奴は死ね。共同体を構成し
なければ対抗できない奴は、個人で抵抗できる人間に比べて価値が低い」
と言っているわけだよな。
三毛猫ナナって、弱者が生きていくための「共同体」を否定するんだね。
そいで、同じ見解や合意に至って「同意見の多数派」を構成した、「合意者」
を、「唾棄すべき多数派」って見てるわけなんだけど、そうすると、いつまで
も合意に至らない少数派が、相手を非難しあっていがみ合い、合意を形成
しない状態のほうがキミの理論としては正しいわけ?
アフガンやイラクが、軍閥の内戦で血みどろ細切れの無間地獄になって、
共同体を構成しないほうが、個人は幸福だって言ってるように聞こえるん
だがねー?
-
>ヤッス氏
私は『基準を設けるな』と言いましたか?
寧ろ『基準を設けろ』と主張しているのですよ?
(決定しなければ『決定しない』という『決定』を
することになりますしね)
論点は『何を基準にするか』『猫は、ヤッスは何を
基準にしているか』『それを自覚しているか?』
なのです。
それが曖昧だと、各分野ごとの視点で得られた物を
全体に還元できませんよね?
(あくまで、一部分を抜いて話をしているだけです
からね)問題は、それを理解していない事なのです。
後、自己と自我ですが、自己の意味も知らずに『
自己決定』に賛成していたのですか?(驚)
私は、仏教的な使い方をしてますけど、自己決定
の自己は、それと同様なのですよ。
(自我は自己が判れば、察しがつくと思います)
-
>>792
人間は社会的動物である以上、共同体は必要
なものであることは同意してますよ。
私は以前『国は(国民の利益を守る)道具』と述べた
様に、問題は『共同体とのお付き合いの仕方』なの
です。
会社や肩書きを自慢する親父達と、国に(自分の)誇
りを求めるプチウヨのナショナリズムは、根源的に
は尊厳を他者に求めるものであり、これは自己決定
とは対局にあるものなのです。
-
>>793
知らないで、じゃないんだよ。
お前の使ってる言葉の意味と、俺が使ってる言葉の意味が、完全に
一致する保証はどこにもない。だから、お前の言葉の意味を言ってみろ
と言ってるわけよ。
「そっちが先にヤレ」ははっきりいって付き合いきれないから却下。
おまえ、読解力ないじゃん。
-
>>794
共同体に所属してもよいが、自分が所属している共同体の成果を、
自分自身が享受してはいけない、と言いたいわけだな?
おまえは本当に、お強うございますねえ。
おまえが強いかどうかは勝手だが、世の中の大部分を占めるであ
ろう、弱者はおまえの主張にゃついていけんわな。
時に、巨人、大鵬、卵焼き って知ってるか?
これをどう解するかでおまえの程度を見極めてやるから、そのお得
意の「読解力」で読んで見せろよ。この語の語義と指し示す意図と、
ここでわざわざ引用したヤッスの「思惑」を。
-
「巨人、大鵬、卵焼き」は、ここまでの議論に何の関係もない、と猫は切り捨てようとするだろう。
が、これが「関係がない」という判断を下すようであれば、読解力ゼロ、論文再提出級。
大いに関係があるが、それが読み取れないならば落第級。
-
>>787
>つまり『自己決定』の『自己』がなく『自我』を
>広げる形でしか物事を見れない傾向のある国民性
>を考慮して『法で売買春を認める』と、どの様な
>帰結になるかと言えば、危険性がないとは楽天的
>には言えません。
一部同意だが、それゆえに、現在の抜け道を使った無法状態の売買春よりも
合法化と、細かい国家管理が必要と自分は唱えるのだが。
-
三毛猫氏は人様を見下すためと、寂しさを紛らわすために誰かに構ってもらいたいだけの
カマッテチャンにしか見えません。
議論をする気があるようには見えません。
正直な話、武蔵氏より遥かにタチが悪いです。
彼を相手にしていると議論が一歩も前に進まない。
意図的にその状況を作り出そうとしているのならば荒しですし、自覚が無いのであってもそ
れは荒しと同様であり、同類です。
彼の個人専用隔離スレッドがあるのですから、そこ以外では完全に放置するのが良いかと
思われます。
三毛猫ナナの社会学解読講座
http://jbbs.shitaraba.com/bbs/read.cgi/study/2500/1063971263/
三毛猫氏、及び彼に構ってしまう方は、こちらで行なうようにお願いしたいと思いますが、如
何でしょうか。
-
>ヤッス氏
『巨人・大鵬・目玉焼き』とは、また懐かしい事で(笑
これは、60年代頃の子供の好きなベスト3ですけど、こ
れを持ち出してきた貴方の心理は興味深い。
これと貴方の心理は同じと言われるのなら、貴方は、
やはり自己と自我の区別がついていないのです。
貴方が、好きに決定出来るのは貴方の内在だけであり、
他者の内在も自分と一緒に出来る思う事は自己を越えた
『自我』なのです。
自己決定と言うのは『自分の事を自分で考えて、
選択して、決めて、責任を負う事』です。
それが、なぜ他者の価値観に惑わされるのか?
皆が『これはイイ』と言えば、それがイイのか?
貴方は、売買春賛成の理由として自己決定を挙げ
ているが、自己決定を何かを理解していない。
自己決定は、自我を、貴方の我を無制限に認めて
くれる類のものではなく、その様な我を一定範囲
に抑え込む為のものなのです。
自己決定と、貴方の希求する精神的な共同体は対
立関係にあるものなのです。
-
>>798
はい、剣氏の言う通り(うろちい氏の話も含めて)売買
春を検討する事は有意義だと思っております。
今は、その足場を固める作業をしているのです。
手前勝手な先入観は捨てなければ、有意義な話になり
ませんからね。
-
>>800
その解釈は間違っているなあ。
正解は違うところにあるんだよ。
だけど教えない。お前にはわからないからな。
お前が正解を言えたら「それが当たりだ」と言ってやるよ。
おまえのしていることは、こういうことなんだが、
わかるかな? わっかんねーだろうなあ(w
-
>>801
だったらお前の価値観を
捨 て ろ !
-
>>803
自我を捨てろとは言いましたが、自己を捨て
ろとは言ってません。
ウェーバの言う価値自由、ナーガルージュナ
の説く無我、の必要性を述べているのです。
自我を捨て自己を知ることにより、主体的に
世界に意味を与えることが可能になるのです。
貴方の様に『客観的視点』『第三者の視点と』
言いながら、自分の主観を他者に広げた形で
しか世界を見れないのは、貴方が自我を捨て切
れず、自己を知らないからなのです。
日本社会が昔から『公』の為と言いながら『私』
を延々と『公』に注ぐ『公私混同』がなされて
いるメカニズムと同様なのです。
>>802
『論理的に回答できません』と言う事ですね。
-
>>804
お ま え が そ う だ !
と言ってるんだがなあ。
やはり自分に対する批判というのは、一切聞き入れられないらしいな(w
猫のように客観的視点、第三者の視点、社会学の作法と
言いながら、猫の主観を他者に強制した形でしか世界を
見られないのは、猫が自我を捨てきれず、自己を知らない
からなのだ。
そして、次にお前がなんというか教えてやろう。
『貴方の批判は的はずれ過ぎて呆れるより他にありません』
-
>>805
私は売買春合法化を視野に入れて検討すべきだと思って
いますが、そうは思われない方が多数いるので、彼らの
視点『売買春には問題性あり』の立場から考えてみまし
ょうね、と述べているのですよ?
これの、どの辺が>>805の貴方の主張に当てはまるのか
論理的に明示しなければ、話にならないのですが?
貴方にはそれすらも、理解できないのでしょうね。
-
ちなみに、私が仮に自我を広げた形で話をすると
壱学生氏の様に『気持ちの問題くらい我慢しろ』
となるでしょうね。
反対派にとっては、その様な軽い問題ではない事
実性、他者の他者性を認めなければ、この様な馬
鹿な結論が出てくるのです。
-
これまでのところで、非合法論者(合法化反対論者)の主張で、
「なるほどなー、それが事実ならしょーがねーべや」と一瞬でも
思ったのは川田理論ぐらいだがなあ(w
じゃあ、今から反対論の立場でどうしても譲れない理由とやら
を考えてみっか。
おまえも反対論の立場に主観的に立てよな。
結局、賛成論も反対論も「それを打つ人間の主観でしかない」
と言いたいんだろ? 客観ではなく。
ならば代弁も主観でよろしく。
-
売春を許せない理由。
まず、衛生上の理由と妊娠については、「努力によって(100%でなくても
回避が可能」なので、その理由には含めないものとする。100%でなければ
ダメだってんなら、話にならないから。
・個人的に自分の身体を売るのが厭だ
・個人的に自分の身内が売るのが厭だ(情緒的に耐えられない)
・自分及び身内の身体を売るのが厭だという情緒的な気持ちと矛盾
しないようにするためには、自分が他人の身体を買うのも厭だ。
・同様に自分の身内に他人を買わせるのも厭だ
ここまでは、ごく小さな世界の話。つまりは、自分という個人の損得と感情、
それをやや拡大した最小単位の共同体という意味で、血縁関係にある家族、
夫婦、親族など、「当事者である自分と同一視または感情的にも影響を与え
たり与えられたりする可能性が高い関係」にあるものに対しての意識上束縛。
-
これをさらに拡大して、
・自分の保護下にある者が売るまたは買うのを見るのは、情緒的に厭だ
・自分の至近にいる、または同じ地域にいるものがそれをするのが厭だ
・自分と仕事、学校などで共通の利益を得ているものが、それをするのが厭だ
さらに拡大して、
・自分の知らない人間がそれをするのも厭だ
・自分と同じ地方に住むものがそれをするのが厭だ
・自分と同じ国の、同国人がそれをするのが厭だ
・自分の国以外で外国人が外国人にそれをするのが厭だ
となっていくわけだが。
個人の信条/心情として、自分が厭だは理解できる。
そういう主張がある、ということも別に非難しない。好きにすればいい。
個人の信条/心情として、自分の家族、配偶者、親族がそうなるのが
厭だという感情もわからんでもない。
これは、「自分と同一視していて、自分と家族の人格的な区別が
できていない、一心同体のつもりがあり、家族の自由意志を阻害する
ことも辞さない」ということでそうしたいのだろう。
個人を尊重するなら「自分」まではともかく、それ以上の他人の行動に
口出しするのは、それが「家族」であってもどうかと思うが。
殊更に、自分と同一視しがちな血縁関係を越えて、自分と直接の
利益上の接点がない第三者にまで自分と同じ行動を取ることを強要
するというのは、つまりは「自己と自我の区別が付かない」が故に、
そうした行動を起こす、ということかね。
「俺がそう思っていることは、俺以外のみんなも同じように思ってい
るはずだ」
という。
そうすると、「自己と自我の区別が付かない者(=武蔵)が、自分の
主張に他人が従うのが当然」と考えた結果、自分の個人的感情で
ある非合法/売買春反対論を自分と無関係な第三者にまで広げる
ことを肯定するようになる、ということか。
-
さて。
「売春には問題性がある」
の、問題って結局なんだ?
とりあえず、このスレでは「すでに存在する法律で否定されているから
犯罪」という意見は、ループの元になるので排除した。
・従事者/利用者の健康の問題 <性病の罹患
・公衆衛生の問題 <性病の蔓延
・事故としての妊娠の問題 <堕胎の多発、私生児の親権
・上記3項を原因とする従事者への蔑視 <職業差別
・そもそも売春は職業として認められるか否か <職業差別
・婚外交渉の是非
・既婚者の利用による配偶者の感情の是非
性病の罹患と蔓延(健康と公衆衛生)については、合法化して管理を
徹底したほうが防止が進むのでは、という意見がすでに出ている。
事故としての妊娠も同じ。「売春婦が意図的に客を子供を作ろうとする(ム)」
という仮定はそれこそアホ過ぎるので除外する(w
従事者への職業差別(蔑視)というのは、元を辿れば「性病を
罹患、蔓延させる恐れがある」という、「共同体に不利益な疫病
を流行らせる忌みごと」、及び「共同体に血統不確かな私生児を
押し付ける(本人が抱えた場合も同じだけど)という血縁主義に
端を発する経済負担への忌みごと」が原因となっている。
性病問題と事故としての妊娠を解決できると、差別の原因はほと
んど消えて解消されてしまう。
-
>>811の続き。
売春を職業と認められるか否かについて。
職業/仕事というものは、貨幣経済にかかわらず「なんらかの目的のもの、
状態を得るために、自分の持っている所有物を手放す、与える取引のひとつ」
と考えられる。商品売買でも付加価値売買でも同じこと。
その中で、売春は「肉体労働」の一バリエーションと言える。人間が所有している
「所有物」の中で、もっとも根源的なものは「自分の身体」である。そのうち、臓器
売買などは繰り返し売買することができない(一度売ったら複数存在しない臓器
のほとんどはなくなってしまうから)が、肉体や臓器を一時的に貸与することは可能。
多くの「肉体労働」は、特定の時間に限って特定の条件(金銭)で、自分の筋肉と
体力を提供するものであり、売春はそれを「性器」とその関連物に制限している以外
は肉体労働と何ら変わらない(というより正に肉体労働)と言える。
故に、売春は「肉体労働の職業である」と言える。
そんなわけで、次の問題点。
-
今日はヒマなんで続くぞー。
金曜っていいなあ。
ここまでに「健康問題」「避妊」「蔑視」「職業かどうか」については一応
考えてみた。
で、反対論者が売春を受け入れにくい問題として大きいのは、ここから
続く二項じゃないかと思う。
「婚外交渉の是非」と「既婚者の利用による配偶者の感情の是非」ここ。
まず、独身者が売春を利用する場合。これは別に何ら問題は起きん気がする
のだが、反対論者はそれをも問題にする。一応、ここでの売春で「売る側は
自分の意志で売春をしている」としておく。(人身売買の問題はまた後で)
独身者が利用する場合で、それが問題になるのは、「あの人、ソープ通い
してたんですって」「まー、汚らしいわ!」と、後々問題にされるケースかねえ。
これは、蔑視の問題(+公衆衛生の問題)が絡んでくるんだろうなー、と思う。
また、「ソープ通いしてたようなヒトとおつきあいできません」というのもおるかも
しれん。
俺的には、「新婚初夜に両方とも未経験で知識なし」というのは悲惨でしか
ないので(w)、男性がリードする必要があるなら婚前の独身者はどこかで
何らかの経験を積まなければならないことになる。昔は年上のおねいちゃん
やおばちゃんが若い男の水揚げ(筆下ろし)をしてくれたんだろうけど、今は
そういう偶然や必然は確実に望めるわけではない。そうすると、職業売春者
の手ほどきを有料で受けるというものが出てくるのも致し方ない。
武蔵とか武蔵クローンのヤツスとかは、そこんところ、「モテナイ君の救済を
風俗嬢にさせるべきではない」と主張してたが、「救済すんな」と言われちゃう
と、ねえ(w
-
で、既婚者の利用による配偶者の感情の是非。
まあ、反対者が主張する正当な理由/根拠は、このあたりになるんじゃないか
と、実は思っている。
「正妻(嫡子の母)の立場では、既婚者の夫の婚外交渉で、家庭外に自分以外
の嫡子ができてしまう」
ことは、夫婦不和、家庭不和の原因となり、財産の継承上も問題が起こる。
そうした「継承権を持つ嫡子を作る可能性」を排除するために、夫が正妻以外と
いたす機会は認めない、というもの。
売春反対が、女性の立場から声高に叫ばれる原因のひとつってこれじゃないか
なあと思ってんだが。
イカフライがさんざん繰り返してきた意見を改めて(猫一匹のためだけに)引用する
ことになるわけだが、「せっかく永久就職して、夫との間に嫡子を儲けることで
家庭での地位(と将来の安寧)を獲得したのに、夫が婚外交渉をすることで、
家庭外に他の嫡子を作ったり、または夫が家庭外の売春婦(に限らないけど)を
妻として迎えるために、正妻である自分の地位が脅かされる可能性がある」 と
考えて、「夫の婚外交渉を事前に防止する」ために、反対を叫ぶ。
てなところでどうか。
他に問題はあるかな。
-
でもさー。
「夫が自分以外の女に走る」っていうのが、売春婦だったらまだ救いが
あると思うんだよな。
だって、それって「金を払った間だけの関係」じゃん?
売る側だって、「金をもらった間だけ」しか身体を貸してくれないわけじゃん。
売春婦と懇ろになるヒトはいないこたないだろうけど、客と駆け落ちする
売春婦ってそんなにいないと思うんだよな。
だって、客に恋したらプロとして失格じゃない。その客から金取れなくなる
んだから。
また、夫が他の女に走る(売春婦及び売春婦以外)というのは、俺は
妻の怠慢も原因のひとつだと思うんだがどうよ?(w
妻が魅力的か、もしくは夫が十分に満たされているならば、外で発散
させる必要はない。にも関わらず、夫が妻ではなく外で発散させようと
するのだとすると、その原因が、夫にだけあって妻にまったくない、という
ハズはない。
でも、そこんところを棚上げして、「私というものがアリながら、キー!」
「外の女なんかとさせないわ!キー!」という行動から売春反対を
叫んでるんだとしたら……きっきっき(w
これがね。
浮気の相手が「商売女」だったら、それこそ「金を払ってる間だけの関係」
で済むけど、相手が商売女じゃなくて素人または不倫だったりして、夫の
気持ちが向こうにいっちゃってたら、自分は妻の座を追われる可能性が高
まるわけだ。
その意味では、「商売女を撲滅」しても、夫が外の女を求める行動をやめない
としたら、「商売女と浮気」では済まないようなカタストロフが妻に訪れることに。
そんなわけで。「妻が一番」と言わせるのが一番なんだろうけど、それが果たせ
なくなったときに、「素人と不倫」をされるよりは「商売女に金払う」のほうが、
まだ妻のダメージは小さくて済むんじゃないかと思ったりするわけだが。
だとすると、「商売女と夫がする」のを忌むのは、妻じゃないのかな(w
-
>>815
>だとすると、「商売女と夫がする」のを忌むのは、妻じゃないのかな(w
合法化反対論者の意見ですが。
「自分の妻が売春することに抵抗無く賛成する夫がどの程度いるのか?」
(ほぼいない、という事ですね)という反論があるよね。
これは、2ちゃんの既婚女性板でタイトルだけ見た事あるんだけど「夫以外の男性の子供を産んだ奥様」というのがあったんだが。
多分、不倫相手の子を出産したとかいう話だと思うんだが。
妻が他の男と性交渉する、ということは、自分以外の男の子供が出来る。
ということは、みずしらずの男の子供の為に自分の稼ぎを取られる、ってことよね。
処女崇拝、ってのも、実はこっからきてるんじゃないか?と思うんだが。
-
売春婦への蔑視っていうのも、男が作り上げたもんじゃないか?と思うわけ。
男が、っていういい方は語弊があるか、男にもいろいろおるから。
2ちゃんの処女フェチ童貞厨に代表される男といっておこう、ダメ男でも同義語(ワシにとっては)。
前にも書いたが風俗嬢をバカだのゴミだのカスだの言ってる男(つ-か、推測ではオトコノコだと思うんだけれど)に
「バカだカスだって言うけれど、じゃあ風俗が無くなったら困るのは、男性じゃないの?」
と尋ねたら、
「お前バカか、風俗嬢がバカだってことと風俗産業を否定するってのは別なんだよ、バカだと思うからやれるんじゃねえかよ」
とか破綻した答えが返ってきたけど、その破綻した論理の中に見えるのは
「金でしか性欲処理を出来ない自分がみっともない」
てのの裏返しがあるのではないかな、と思うんだ。
よく排泄行為といういいかたをするけれど、排泄現場を見られる、みたいなカンジかな。
ただ、これってすごくガキっぽいというか、未熟な発想のような気もするけれど。
それこそ、大人のイイ男は、彼女等を「姫」と呼んで尊重するし、相手も料金以上のサ−ビスを返すんだけれどね。
-
>>785
あー、なるほど。
つまり>>766の
>売春は社会的に見て忌避されているのは法規制
>を見ても明らかです。
>忌避されてなければ問題化などしないのです。
っていうのは、そう考えている主体・主語は武蔵氏な訳なんですね。
で、>>768で「武蔵氏が(>>766のように)そう考えている理由を考えましょう」と言っているんですよね?
でも三毛猫ナナ氏のいつもの意見の述べ方から、その理由は断言できるんじゃないでしょうか?
少なくとも三毛猫ナナ氏にとっては。
つまり
『 武 蔵 氏 は 構 造 に 隷 属 し て い る ! ! 』
ってことが論理的結論になります。
良かった良かった。
これで武蔵氏が売買春に反対する理由が明らかになりました。
三毛猫ナナ氏、ご苦労様。
もうこれ以上貴方がこのスレで主張したいことはないんじゃないでしょうか?
-
>>784うろちいさん
>と、いうことは「自損行為ではない」こともまた説得力がないことを認めてるんですね。
いえいえそうではありません。
自損行為でないという積極的根拠を挙げることは難しい(ていうか無理?)、と言っているのであって
自損行為でないとする主張には説得力が無いと言っているわけではありません。
積極的根拠を挙げれないから説得力が無いんだ、とはならないです。
もう少し詳しく説明しましょう。
「XXは自損行為でない」ことを示すにはどうすればよいでしょうか?
これを数学の証明のように論証することは難しいので、
自損行為である(あるいは自損行為の可能性がある)とする妥当性のありそうな理由を
いろいろ検討してみて
それらの理由に説得力が無ければ
「まあ自損行為では無いと結論付けてもよいですね」
となるわけです。
とりあえずここまでの説明には説得力があると思っているんですがどうでしょう。
そしてここまでのことが言えるとしたら、
「自損行為ではない」とする意見の説得力は
結局「自損行為である」とする意見の説得力の有無にかかってくるわけです。
1行めへのレスで終わってしまいましたが、長くなるのでここで一旦区切りますねー。
-
>>818
それはあくまで猫の立てた仮説ですよね?
その論理が理論となるか否かを、実践と実証を繰り返
して確かめなければならないのです。
だから、フィールドワークが必要なのです。
研究対象の聞き取り調査、彼らの建て前ではなく本音
を聞き出す、彼らの中に入り、彼らと同じ目線で物事
を観察する事により、彼らを知る事ができ今まで自覚
できなかった自分が見えてくるのです。
その時にまた新しい仮説が生まれるかも知れないから、
好奇心が尽きないのです。
-
>>820
で、武蔵の中に立ち入り、聞き取りをしたのか? ←ここ重要
武蔵のタテマエでなく本音を聞き出したのか? ←ここも重要
武蔵と同じ目線で物事を観察したのか?
自分が自覚できた(と信じているだけ)か? ←お前はここだけ。
それで、新しい仮説というのはなんだ?
-
>>535
>>535
>>531
>「買ってはならない人格権」とか。
だから、性行為、性別、性器に人格はないだろ。
「人格が無い」ということを証明してください。
性別の違いで思考方式も全く違うと思うのですが、
本当に性別には人格が関係しないというなら、
万人にわかる説明責任が生じます。
-
>>822
http://jbbs.shitaraba.com/bbs/read.cgi/study/2500/1069786698/r439
随分意見が変ってねぇかい?
ま、別にかまわねぇんだがよw
-
>>690
>でね、戦前の売春合法化の一番いかんかったトコロは、一方で男の性欲の都合で売春婦を合法にしていた反面、一方で一般婦女子に貞操を課していたことなんだよね。
戦前でなくとも
合法化されてヤッス氏が言うように
筆下ろしは玄人にというような風習がはびこれば
処女のまま結婚しなければならない女性が増えると思いませんか?
これは戦前とか現代とか言う問題でなく
数理的にいえることだと思うが。
-
>>823
アンタ誰だい!?
変わってねえよ。
人格を捨てて性器分離可能という人間離れした人間と
性行為は人格を伴うというまっとうな人間との住み分けは今も欲しいでよ。
どっか離れ小島ででもやっとくれと今でも思っとるよ。
私は人格の伴わない女性器だけを愛撫する性器オタクでないからな。
-
おや、ずいぶんと懐かしい一発キャラが復活?
卒業して外国に行ったんじゃなかったんですかね。
-
武蔵
>>825
誰だいって、ちゃんとハンドル書いてあるだろーが。
2chといい談話室といい、ハンドルと文面変えても、お前だけはすぐ判るなw
-
>>824
>合法化されてヤッス氏が言うように
>筆下ろしは玄人にというような風習がはびこれば
>処女のまま結婚しなければならない女性が増えると思いませんか?
それはカレシが出来るか出来ないかの問題であって、合法化には関係ないと思いますが(^^ゞ
-
>>822
>性器、性行為、性別に人格がないことを証明
性器、性行為、性別は、脳がないから。
性器は、人格を持った個人に従属する臓器のひとつであり、それ自体が
知性を持たない。性行為は、人格を持った個人が行う形而上の思想に
基づいて行われる行動そのもの(状態)を指し、それ自体は知性を持たない。
性別は、人格を持った個人を識別するための肉体的特徴を示すものであって
それ自体は知性を持たない。
人格とは、「知性を持ち、自分の処分について自発的に処断できるもの」が
持っているものであって、「性器」「性行為」「性別」は、それぞれが上位の
「人格を持った(脳を持ち、知性を持った)個人」の一部分、または行動を
表す状態、または識別のための肉体的特徴に過ぎないから。
以上、マジレスで。
間違いなく武蔵だと思うんだけど、いつ帰国してきたの?
早かったね。おかえり。
-
>>824
合法化と「筆おろしは玄人に」という風習は、別に連動しないんだがな。
「筆おろしは玄人に」という風習は、「戦前」のものじゃなくて、どちらか
というと近代以前のものなんだが。都市部だけでなく農村部も。
近代以前は、農村部も都市部も、「個人または両親だけで子供を育て
る」という習慣が希薄で、共同体によって子供を共同扶育するっていう
のが当たり前だったわけ。そういう環境下では、多かれ少なかれ、
性を完全には個人が独占しない風習というものがあったわけよ。
戦後の風習だけが日本人、近代人の全てぢゃないよ、つー広い視点
に立つべきだな。武蔵=谷津は。
-
>>825
武蔵はやっぱり相変わらずだなあ。
「性器」「性行為」「性別」そのものは、単体として人格を持たない。
人格を持った個人に従属する内蔵、行為・現象、肉体的特徴。
その読解力のないところがダメなんだよな。いくつになっても。
何度も言うけど、性器そのものに人格はないの。
人格のある個人を構成する「部分」なの。他の2つも。
で、売春という行為は、「人格を売る」ものじゃなくて、「人格が
管理する、その人格によって制御されている肉体の一部分、
一臓器である性器、その人格によって執行が許認可される
行為、その人格の許認可の有無と関係なく種別を表す性別」
の価値を、それらを所有する人格が「相当」と判断する別の
価値財産と兌換する行為なの。
人格を買うんじゃないの。
判れよ。そろそろよ。
-
そもそもが学習意欲の無い奴に学習しろって言っても、無理じゃね?
武蔵がやりたいことって、
・独り言を愚痴状態でつぶやくこと。それによって洗脳が出来たと悦に入ること
・その独り言がいかに優れていて異見者の意見がいかに劣っているかをアッピールすること
・↑これを人格に当てはめて、、武蔵がいかに高潔で優れた人物であるか、異見者がいかに劣っているかをアッピールすること
つー自慰行為だけ。
実は猫と全く同じことやってるだけだよ。
-
>>831 ヤッスさん
>「性器」「性行為」「性別」そのものは、単体として人格を持たない。
人に属すものは何でも単体で見たら人格そのものじゃないですよね。
しかし、そうやって属すものを人からはぎ取っていくと、実は何も残らない。
人格とは無。
主体なんて存在しない。
人格とは実は個人の構成要素の集合体というか相互の関係性から生まれる刺激応答性みたいなもんでしょ。
仮に人格が脳に存在したとして(本当にそうなのか知らないけど)も、性器は神経で脳に繋がっている。
繋がっていて精神に特別な強い影響を与えます。
また精神は性器に影響を与えます。
この濃い関係性はまるで一体のもののようではないですか。
このことをどうとらえるか、ってのが武蔵さんの突きつけてるものやね。
ただし、指であろうと他の部分であろうと、「まるで精神と一体」という関係性はあるんですけどね。
つまり補足して矛盾のないように解釈するなら、やはり、性的な刺激に影響される精神は金の権力に晒してはならない特別な部分だということなんですね、結局。
-
脳と性器との繋がりは神経だけではないですよ。
ホルモンによる相互作用も強力です。
念のため。
-
>>820
悪いけど、それって三毛猫ナナ氏がすべきことであって、僕がすべきことじゃないんじゃないの?
それに僕はその三毛猫ナナ氏の仮説、『武蔵氏は構造に隷属している』について論争する気はないですし。
つまり
僕 と 三 毛 猫 ナ ナ 氏 と の 間 に は
議 論 す べ き 論 点 が 元 々 な か っ た
ってことじゃないですかな?
いやー、良かった良かった。
元々僕らの間には争いなんてなかったんだ!平和ってホント、良いですね〜。
あ、仮説を実証したり『新しい仮説』とやらを探求するのは三毛猫ナナ氏に一任しますよ。
どうぞ存分に。
-
>>833
まーねー。人格とは無。主体なんて存在しない。
つーか、人格とか個性とか知性とかって、結局は「恋愛」とか「憎悪」
とかと同じ、形而上のものに過ぎないんでないかと思うがね。
逆に、人格はあるんだってことにするために、「性器に人格はあるんだ!」
とした場合、「じゃあ、チンコと右手はそれぞれ個別の人格を持つんか!」
とか、「チンコとケツと爪先がそれぞれ別個の人格を持ってるんだとしたら、
それらが意見衝突した場合に仲介、最優先の意志判断をする(例えば、
チンコの言い分より右の眼球の言い分を優先、みたいな)んか!」とか、
そうでなければ、「個人の構成要素の集合体が人格ならば、個人を構成
するに足る、個人の所有物の全てが【人格】を主張できんのか!」とか
まあマンドクセー話に陥っていくんでわないかい、と。
「性的な刺激に影響される精神は金の権力に晒してはならない」は、
武蔵の代弁としてはそんなところなんだろうけど、やっぱ文章の前後の
繋がりが今ひとつ納得いかんよ。武蔵の主張の根元そのものが。
ようするに、「性器が人格を持つかどうか(人格が人体に宿るとした場合、
性器は人体の一部だから人格があると言えるとかなんとか)」という話と、
後段の「性は特別」は、いまひとつ繋がらない。
だってさ、それだったら「食欲は人間の本能に密接な関係を持つから、
金の権力に晒してはならない=食を刺激することを商売にしてはならない
=レストラン禁止」とはならないだろ?
「睡眠は人間の本能に密接な関係を持ち、これらの刺激に影響される
精神(睡眠欲)は金の権力に晒してはならない=快眠を商売にしてはならない
=枕とベッド禁止」とはならないだろ?
性(というか、性欲が)人間の本能の一部であり、その刺激を金の権力に晒し
てはならない、というのは、「金の権力に晒されたら我慢できないから禁止しろ」
ということだよな? 札びらで「おら、マンコだせよ!」って言われたとき、人間は
誰でもその欲を我慢できずに股を開いてしまうから、「股を開いても金がもらえない
ようにすべき」もしくは「股を開かせないために、違法にすべき」ってことなんかな。
人間は欲に弱く、誰でも金に汚く堕落するから、そうならないように自分を法で
縛りたい、さらには、
「自分がそう言う人間だから、他人もそうに違いない。だから、自分を法で縛る
ように、自分以外の他人も同じ法で縛るべきだ。同じ法で等しく平等に縛られる
ことによって、自分だけが金に弱く欲に目が眩むのではなく、みんなそうなんだ」
ということにできるっつーことかいな(w
はた迷惑だな(w
-
で、話は少し戻るんだけど、
結局「性器」はまだしも、「性行為」「性別」に、個別の人格があるか?
と問われたら、やっぱ「ない」になると思うんだよ。うろちいだって、
「性行為に人格がある」「性別に人格がある」というフォローまでは
できないだろ?
「性器に人格がある」にしたって、「人体はそれを総合した人格によっ
てを統べている」と言うことはできるだろうけど、チンコでもの考える
とかそういう「性器が総合的な人格を左右している」とか、そういうの
はいくらなんでもこじつけ臭すぎる。
総合体/主体としての人格よりも、性器の持つ固有の人格(wのほう
が優先するっつんなら、それはそれでまたSFの世界カナーとも思う
んだが、……そういう話になるのか、これわ(w
というわけで、「人格」とは、人体を「統べている」ものであって、「性器」
は、人格に支配されている人体の一部分に過ぎない。人格は「人体に
宿っている」というより、「人体をひとつの意志で支配している」と考える
べきで、性器はその「ひとつの意志」の支配下に置かれた「部品」に過
ぎない。
その「性器」の処遇を決めるのは、性器個人(w)ではなく、その性器と
いう「部品」を支配し、性器を含めたその身体全体を支配している個人
の意志としての「人格」であり、「性器」は人格の下位に存在するもの
に過ぎない。
で、性器の処分/処遇は、性器自身が決めるのではなく、性器を支配
する人格が決める問題であるので、交渉相手(もしくは売買の決定者)
は性器の上位に位置する「人格」であり、性器個人(w)は、人格とは
個別の自らの処遇を決める権利、資格、または独立した人格は持たない。
こんなとこでどないだ。SFとして。
-
ヤッスさん、まず認めて頂きたい事実として、
ヤッスさんは、ヤッスさんの内在を越えられな
い事です。
ヤッスさんが『ああでもない』『こうでもない』
と述べている全ての事柄は、ヤッスさんの脳によ
る認識、つまりヤッスさんの主観的なものである
と言う事です。
つまり、性器であろうが、性行為であろうが、性
別であろうが、世界の全てのものは、ヤッスさん
の認識により造られた疑似的な世界であり、真の
世界とは言えないのです(この点は、私も同じです
、最もヤッスさんと猫の世界は異なりますが…)
つまり、人格が宿るも宿らないも、ヤッスさんが、
認識している事柄、つまり、貴方の語っている事柄
は全てヤッスさんの人格が宿っていると言えるので
す。
ヤッスさん、覚えていますか? 前に猫が述べた事
を?
『物事そのものには本質などなく、それは人との関
係性により造られるものですよ』
この事実をヤッスさんが受け入れてくれるか否か?
が課題なんですが、これは猫の力ではどうしようも
なく、ヤッスさん自身が決めることである事だけは
理解して欲しいと思うけど、これすらも私の執着な
んでしょうね。我を捨てることは本当に難しいです
ね。
-
猫が前にナニをニャーニャー言ったかとんと知らんが、それもまた、
猫の主観に基づく、猫の執着に過ぎず、猫の脳内の認識に過ぎない。
そんな野良猫の脳内など知らんねぇ、といったらそれで終わる出来事
だな。
お前の世界もまた真の世界とは言えないわけで、お前の理屈に依る
なら他人とこうして言葉を交わすことなど一切無意味なんだよ。
お前がその自分の脳内理論に準拠するなら、お前がまずここにいる
ことそのものがお前の主張そのものと矛盾するとは思わないのか?
まあ、そういう矛盾を解決できないから、他人を自分の主張の中に
取りこんで自分を正当化しようとしてるわけだよな。そのへんが、
畜生の限界かねえ。
-
このニャンコロは、なんか一匹だけで
「自分は神だ」
って視点でモノを語って悦に入ってる気がするのだが。
結論として何が言いたいのか不明瞭だし。
-
>>839
ヤッスさんの三毛猫ナナに対する認識は別
に私にとってどうでも良いことなのです。
私の>>838のお話は、ヤッスさんの『性器に
人格ない』とする論理に対しての批判なので
す。
『性器には人格はない』とヤッスさんが認識
している時点で、性器という概念は、ヤッス
さんとの関係性を経てヤッスさんの人格を宿
しているのです。
これに対して、論理的な反論はありますか?
と聞いているのです。
-
>>キャッツ>>841
>『性器には人格はない』とヤッスさんが認識
>している時点で、性器という概念は、ヤッス
>さんとの関係性を経てヤッスさんの人格を宿
>しているのです。
で、その理屈もキャッツの主観な訳だな?
客観的認識など無いらしいからな。
-
人格の問題について思うこと、少々。
性器も性別も指も、その単体だけでは人格はない。
人格と言うのは、その人物の主体とその周辺との関りによって出来るものなんじゃなかろうか?
>>822で混同されているのは
>「人格が無い」ということを証明してください。
>性別の違いで思考方式も全く違うと思うのですが、
>本当に性別には人格が関係しないというなら、
>万人にわかる説明責任が生じます。
と「無い」と「関係しない」がごっちゃになっている、そこがそもそもの混戦のモトではないのかなあ?なんと思ったりして。
性は人格と関る、これはそうだと思うよ。
だからこそ、サイトの主旨とはいささか外れているこのスレがこんなに伸びるんではないかなあ。
で、人格に関る行為、事象とは?と考えていくと性もそのひとつであって、そのひとつとしか言えなんだよ。
で、人格に関る行為、事象を売ってはいけない、とすると、売れるものは非常に少なくならないか?と思うんだがいかがでしょう。
例えば服装の精神に及ぼす影響は大きいとは良くいわれるが。
洋服そのものには人格は無いよね、単なる布の集合体であって。
ところが、それで作られた洋服を身につけることによって、その人間の思考や行動まで変わってしまうなんてことはあるんだわ、これが。
いくつかの職業の制服なんかもそうだろうし。
あと、車に乗ると性格が変わる、なんて話も聞くよね。
車っていうのも単なる無機物の集合体なんだけれど、乗る車によっても、人格に影響を及ぼす事はあるようだ。
なにをいいたいか、というと。
「人格に関るから金銭で売り買いしてはいけない」というのならば、「売り買えるのもはなにか?」ということになるんじゃないか、と。
性の人格に関る影響は大きいのかもしれない、多分、大きいんだろう。数字で証明できるモンではないだろうが。
だからこそ、より広い範囲に売り買いされる、という考え方もあるんではないかか?
-
>>841
三毛猫ナナのヤッスに対する認識も、別に
漏れにとってはどうでもいいことなんだが。
漏れの話は、「性器という【部分】には、
それを支配する上位意識から分離された
独立した人格はない」という論理だが。
ちなみに、念のため確認したいんだが、野良猫の世界では、
「性器」といったら、鋭いかぎ爪がついていて強酸性の霧を
シューシュー吹く緑色のさらさらした高さ10メートル、重さ3t
の物体を指したりするのかい?
この漏れの世界での性器というのは、哺乳動物の後ろ足の
付け根部分の中間に埋没した内臓のひとつで、色は外部が
ピンク、赤、紫色、茶褐色、内側はヌルヌルした潤滑性の高い
分泌液をじゅくじゅく発したりタラしたりするもののことなんだが。
この概念を共有できていないとすると、これは大変なことだな。
この概念の確認に何か論理的な反論があるかね?
-
>>822
はそもそも、>>531のドアホウな認識(共有のしようがない概念)に対する
批判として始まってるわけだが、これを批判している猫は武蔵と概念を
共有できているということかね? そうでないとしたら(猫とムが概念を
共有していないなら)猫は、誰と概念を共有できた上で、ナニを根拠に、
ナニを言いたいのかね?
何度も言うが、人格というものは、「知性の個性」と言い換えてもいいもの
だと思うんだが、性器に知性はあるのかね? 性行為や性別に知性は
あるのかね? あるとしたら、「性器をぶら下げている人間という総体」
「性行為を行う人間という総体」「性別という肉体的特徴を持った人間の
総体」が人格を持っているのであって、性器、性行為、性別に人格はない。
「性器が人格に影響を与える」
「性行為によって人格が変化する」
「性別が(教育などによって)人格に影響を与える」
という用法や意味合いはわかるが、「性器」「性行為」「性別」に人格はない。
何度も言うが、ない。
逆に「ある」というなら、「性器」や「性行為」や「性別」の持つ人格と、意志
疎通をしたという前例を出して証明して欲しいもんだ。
お前が「ある」という証明をしてみやがれってんだこんちきしょう。
-
その上で元の話に戻るとすると、だ。
「性器」にも「性行為」にも「性別」にも人格はない。
故に、「性器の使用」「性行為」の是非、許認可を判断するのは、それぞれの
人格ではなく、「性器を肉体の一部分として所有」する、肉体の総体の所有者
自身(=その個人の知性、意志、人格)であるわけだ。
で、もう何回目かわからんし、ずーっとこの部分についてはスルーされ続けてる
(なぜスルーかというと、反論のしようがないからだと思うわけだが)んだけど、
「性器の使用、性行為」というのは、所有者が「恒久的に売り渡すことが不可能」
(仮にそれをすると人身売買に当たる)。
で、人身売買そのものはできない、というのはとっくに合意ができてるもんだと
思ってたんだが、違うのかね。
その上で、「売春は人身売買ではなく、時間貸し、時限的な利用権の貸与に
過ぎず、人格を売り渡す(売り渡す、というのは相手に渡してしまって手元に
戻らないってことなんだが)行為ではない」つーことなんだが。
人体の時間貸しレンタルがなんでいかんのよ?
という問いにはどこからも返事がないわけだが。
-
「摩滅しないものは繰り返し売ることが可能なので商品として成り立つが、
摩滅・減衰・消滅するものは繰り返し売ることができないので商品として
は成立しづらく、また売ることによって売り主の生命維持に致命的な影響
をきたす、個人の肉体の一部分は、商品に適しにくい」
であるが故に、「人命、及び人命の維持に致命的な影響をきたす臓器や
肉体の一部分を、所有者の肉体から切り離して永久・恒久的に他人に
譲渡する行為」は、商行為に適さない。
・人命剥奪
・致命傷を与える可能性がある臓器の譲渡・売買
・直接的に生命を損傷しないが、生命の維持に困難をきたす恐れがあり、
所有者(当事者)の同意がない行動の自由/自由意志の束縛
は、商行為に適さない。
で。武蔵がたびたび言う、「減らなきゃ姦ってもイイというのは強姦魔の理屈」
というのは、着眼点を間違えている。
問われているのは、「商行為に適するかどうか(売る意志があった場合に、
売買が可能かどうか)」。売買が不能なものを売ろうというのは間違いだが、
売買が可能なものを、さらに別の理由(本人の同意、不同意)で「売ることが
できるが売【ら】ない」のと「売ることが【できない】」「売る【つもりがない】」の
とでは雲泥の違いがある。
強姦魔というのは、すでに「当事者の合意がない(売るつもりがないし、性器
の第三者の利用にも合意しない)のに、無理を強いた」というところが犯罪。
だが、当事者の合意が最初からある(売り手と買い手の間に売買契約が成り
たつ)売春と比べるのは、根本的に明後日の方向を見てるとしかいいようがない。
売れるか売れないかで言えば、売春(性行為を一時的に提供する、自分の
所有する性器を、所有者自身が自ら了解して第三者に一時的に利用させる)
という行為は、「可能だ」ということ。
その上で、「可能な行為を自ら選んでする(売春する)」のか、「可能な行為だ
が自ら選んでそれをしない(売春をしない)」のかは、当事者が自由意志で選ぶ
のが「性(行為を第三者に提供するかどうかを自分の意志で決める)の自己
決定権」だろ?
「金が出た時点で自由意志がなくなってる」というのは、そりゃおかしい。
金に対して屈して身体をひさぐことにするかしないかは、それでもなお当事者
の自由意志、自己決定の範囲内に納まってる。
もし、「手足を押さえ付けられて無理矢理やられた挙げ句に、札びらをぽいっと
押し付けられた」という状況を想定しているのだとしたら、それはどう見たって
強姦だろ(笑)
売春というのは、あくまで「コトに至る以前に合意がある」もののことを指すし、
そうでないものは犯罪でしかないから。
犯罪と売春を一緒くたにしちゃいかんな。
-
チンポやマンコに人格なんかあるかってんだ。
チン格マン格ってんなら分かるがよ。
ジュニアと観音様に人格がぁ♪とか抜かす奴は、シャブでも食ってんじゃネーか?
この唐変木が!!
-
ニャンコロと武蔵(と谷津)のみ、性器に脳が内蔵されてるんだろ。
人類では無いらしい。
それとも、「女は子宮でものを考える」って言い回しへの揶揄のつもりか?
だとしたら別スレ立ててやってくれ。スレ違いだ。
どうしてもここでその電波議論続けたいんなら、まずは、性器に人格があることを証明してからにしてくんねーかなあ。
無いことを証明するってのは「悪魔の証明」になるってのは散々既出だと思うんだが。
-
>性器に人格があることを証明してからにしてくんねーかなあ
局部くんとか…
「田中圭一最低漫画全集 神罰」収録
ttp://www.geocities.jp/mochisachi/museum/14_media_review/1ma/tanaka_k/shinbatsu.html
-
どーなってんだ・・・?
「性器に大脳とは別個の人格がある」って言ってる人はどこにもおらんよ。
バイオロジカルにはね、人は性器で「も」ものを考えるやん。
大脳は大脳自身の細胞だけじゃなくて子宮とかとも相談していろいろ判断してるわけ。
それらを総じたものから生み出される主体を「人格」と呼んでも差し支えないでしょ。
確かに大脳から生み出される知性「のみ」を「人格」と称するなら性器には人格は及んでいないわけですが。
そういうものを我々は「人格」と呼んでいるのか、何よりも武蔵さんがそれを「人格」と呼んでいたか。
先ずは相手が何を言おうとしているか考えないとね。
-
>>851
そうねえ。「谷津」が弁明してくれんなら話は早いんだがねえ。
武蔵と同一人物か、そうでないにしても限りなく武蔵と同一の思考を持ってる
わけだから。
武蔵の説を言葉通りに採るなら、「性の自己決定権」という言葉が一人歩き
してんだよな。「性」が「性器」を指すのか「性行為」を指すのか「性別」を指す
のか、結局説明してない上に、「性器」「性行為」「性別」に人格がないことを
証明汁とかいうアホタレな質問をする馬鹿者がおるんでこーいう流れになった
んだと思うが。
>>531 ←このバカが言い出しっぺだし。
>>823 ←こーいうドアホが証明しろとかヌカしてるし。
>>825 ←こーいうバカもいるし。
>>841 ←こーいう野良もいるし。
「性の自己決定権」という言葉から「性別の自己決定」(は、特殊な事情を除
けば不可能だし)を指すのか、「性行為の許諾の自己決定権」を指すのか、
「性器の利用許諾の自己決定権」を指すのかが不鮮明過ぎなんだよ。
「性器が人体の一部として存在し、人体の一部である以上人格形成の一部
だとする」のだとして、それにしても総体としての意識/意志/知性が、性器の
叛乱を認めるということはあり得ない。
例えば「売る? 売らない?」という交渉を、相手の性器と直接交渉するアホウ
はいないだろう?交渉相手が相手の「知性」ないし「意志」とである場合に、
「性器」というのは、知性や意志に従属する「意志を持たない部品」であるので、
考慮しなくていいんだよ。「全体の一部分」に対する人格は。
「性器の利用許諾の自己決定権」「性行為の許諾の自己決定権」について
言えば、それらは「性器」や「性行為」が決定するんじゃなくて、「性器の持ち主
である個人(肉体を支配する意志)」が、「性行為を自らの肉体を使って提供する
ことを決断できる個人(肉体を支配する意志)」が、決定権を持つ。
その意味で、この場合の「性器」なんかジオングの足と同じ。
肉体なんか飾りです。
エロい人にはそれがわからんのですよ。
-
そいで、「性(行為または性器の提供)の自己決定権」に話が戻るわけだが。
何度も何度も何度も言ってきたが、「性行為を売る」のであれば、性行為は
切り取って物理的永久的に所有権を譲り渡すものではない。繰り返し売買
が可能なものであり、生命の維持に直接的な影響を与えないので、「売買
行為そのものは可能」とした上で、「売るか売らないか」は個人の自己決定の
意志に委ねるべきもの、であり、第三者が「売らせない!」としていいものじゃ
ない、ということ。
また、「性器を売る」というのは、やっぱり物理的永久的に切り取って譲り渡す
ことができず、また性器が「肉体の所有者の意志に従属するもの」である以上、
肉体の所有者が同意した期間だけの「時限的な貸与」はできる。この場合も、
「所有者の同意」は、所有者自身の自己決定の意志に委ねるものであって、
所有者以外の第三者が「売らせない!」または「売れ!」としていいものじゃ
ない、ということ。「売れ!」とするのも問題だが「売るな!」という強制も同様
に問題がある。「売れ」と言わせたくないから「自己決定権」を持ち出すならば、
同様に「売るな」とも言えなくなる。そーいうことじゃないの。
-
あと、この話題を出すと必ず
「じゃあ、お前の妻/彼女/配偶者が売春をすることに同意するのか」
という設問が出るんでそれも応えておこう。どうせ誰かが言うんだろ?(w
基本的に「性(行為の提供、性器の利用)の自己決定権」を認める場合、
最終決定権は性器の所有者、性行為の提供者当人にあるんだよ。
妻が彼女がそれをやる、と言い出したら「やるな」と意見を述べることは
できるだろうけれども、最終決定をするのは妻/彼女本人の自由意志に
委ねられるんじゃねーの?
夫/彼氏が止めてもやるつーんなら、それは「影響を考慮した上で、売り
によって手に入る金銭的メリットのほうを高く評価した」という妻/彼女の
個人の自由意志を尊重したものになるし。
夫/彼氏が止めることでやらない、やめたつーんなら、それは「影響を
考慮した結果、売りによって手に入る金銭的メリットをリスクとして低く
評価した」という個人の自由意志を尊重したものになるし。
この場合に、「夫/彼氏が妻の性(行為の提供、性器の利用)の自己決
定権を侵害したことになる」かと言えば、な・ら・な・い。
夫/彼氏の要望は、妻/彼女が自己決定を下すための「参考」程度には
なっても、最終決定を下すのは妻/彼女自身。夫/彼氏が「妻の手足を
がんじがらめにして座敷牢に閉じこめ、他の男と一切接触をさせない」
などした場合は、これは妻/彼女の自己決定を第三者である夫/彼氏
が阻害したことになるが、そうでない限りは、「するかしないか」を決める
のは妻/彼女の自由意志。周りが何を言ったとしてもね。
夫/彼氏の説得で妻/彼女がそれを辞めた場合、「影響を与えた」ことは
確かだが、やっぱりこれも決断は妻/彼女が最終的にしてるわけで、こ
れも「性(行為の提供、性器の利用)の自己決定権」は妻/彼女自身が
有し、自己決定(最終決定)をした、と言える。
-
逆に、夫/彼氏が妻/彼女に「売春を強要する場合」についても考えてみる?
この場合も、妻/彼女が強要された売春を拒否し、客を取らない場合は、
妻/彼女の性(行為の提供、 性器の利用)の自己決定権に基づいた自由
意志が尊重されている、と見ることができる。最終決定を下しているのが
妻/彼女だからな。
ただ、それをさらに強く強要されて(金、暴力など)客を取らせた場合は、これ
は【本人の同意がない状態だと証明できれば】、性(行為の提供、性器の利
用)の自己決定権を侵害している、と言えるかもしれん。
「精神的に強要された」「言葉で強要された」は証明しづらいかもしれん。
だって「客を取らないなら子供を殺す」とかだったら、これは恐喝/脅迫という
別の犯罪をすでに犯しているので、性の自己決定権もへったくれもない。
そうでなくて、「客を取らないならお前と別れる」と言われた場合。
この場合は、「客を取らせようとする男と別れる」という選択肢もあるにもかか
わらずそれを選ばずに男の言に従う、という時点で「自発的に性(行為の提供、
性器の利用)の自己決定権に基づいた判断をした」とも解釈が可能。
だって、「自分の性の自己決定を優先する機会(そんな男とは別れる)」が与
えられていて、それを選ぶこともできるのに、選ばなかったということになれば、
「影響はあったとしても最終決定権を奪われていた」とは言い難いが。
「客を取らないならお前とは別れる。子供が食えなくなっても知らないぞ」のよう
に続く場合、「子供をたてに脅迫している」という犯罪が成立するのか、「子供
という要素を考慮して、自己決定の機会が委ねられている」となるのかは、そ
れこそケースバイケース。
この手の話は、「恐喝」「脅迫」などの犯罪(意志剥奪の罪)が成立しちゃった
ら、後は自己決定もへったくれもなくてダウトだから。
犯罪が成立するかどうかのところで「自己決定を判断する機会」があるかどう
かつーとこですか?
-
>>851
>どーなってんだ・・・?
俺も聞きたい。
どーなってんだろーね。
さっぱり意味がわからん。
>「性器に大脳とは別個の人格がある」って言ってる人はどこにもおらんよ。
それはうろちい氏、あんたの解釈だろ?
そもそもの、このトンデモ説の言いだしっぺの武蔵は(自称)海外逃亡中だし。
それを支持してる野良猫や谷津は説明しないし。
説明せずに「反対するお前らだけ証明しろ」ときたもんだ。
全く持って意味がわからん。
だからこそ、
>そういうものを我々は「人格」と呼んでいるのか、何よりも武蔵さんがそれを「人格」と呼んでいたか。
海外逃亡中の武蔵とそれに共感してる野良ニャンコロと谷津には、説明責任が生じるんだろう。
それとも性器人格論ってのは説明するほども無いくらい、一般常識として浸透してるものなのか?
>先ずは相手が何を言おうとしているか考えないとね。
それは性器人格論者にもいえるんじゃないか?
性器人格反対論者にだけそれを要求するのは、本当に筋が通ってるのか?
>人格が無いことの証明
どうしても説明ならば一言。
「脳味噌が無い」
以上。
これで納得が出来ないなら、解剖図とか探してくるが。
>>850
ワラタ。
懐かしい漫画家の名前を見たよ。
-
>>852
うわー、リンクミス。
>>531 ←このバカが言い出しっぺだし。
>>823 ←こーいうドアホが証明しろとかヌカしてるし。 ←ここが間違い
>>825 ←こーいうバカもいるし。
>>841 ←こーいう野良もいるし。
>>822 ←こーいうドアホが証明しろとかヌカしてるし。 ←これが正しい
-------
822 名前:谷津[] 投稿日:2004/04/04(日) 18:21
>>535
>>531
>「買ってはならない人格権」とか。
だから、性行為、性別、性器に人格はないだろ。
「人格が無い」ということを証明してください。
性別の違いで思考方式も全く違うと思うのですが、
本当に性別には人格が関係しないというなら、
万人にわかる説明責任が生じます。
-------
これだね。
「性行為」「性別」「性器」に人格があるという前提で、「それぞれに
人格がないことを証明しろ」という提案をしてるバカは。
ちなみに「性別の違いで思考方式が違う」というのは、性差によって
人間は異なる人間になるという説を採用してるんだな。この手の議論
をするフェミ臭い連中は、「性差、性別による性格の違いは、後天的
な教育・環境によって左右される」とかいう説が多いんだが。
そして、このドアホウは、
「性別に人格がない」
を
「性別には人格が関係しない」
というように、違う用語と違う解釈にすり替えているのだな。
何度も言うぞー。「性別」には人格はない。「性器」にもない。「性行為」にもない。
「あるかないか」だったら「ない」の。
「(関係が)あるかないか」なんて問いじゃないの。
すーぐ自分の結論と辻褄が合うように「設問」を変えるドバカがいるが、これは
流行なのか? 何かの。
-
>>844
ですから、貴方が『性器には人格がない』と認識
することにより、貴方の人格が性器に宿るのです。
例えば、自然現象を神格化して神扱いする、水神、
雷神は、水や雷には大脳などありません、しかし
人の認識により人格を与えられて神という人称化
がなされているのです。
人格というものは確かに脳による認識の産物ですが
それは各々に脳がなければ人格は生まれないと言う
論理は、論理的に破綻しているのです。
これは話のすり替えではなく『我々の人格は、どの
様にして造られているか?』という問いに対する哲学
的な回答なのです。
生物学的に見て性器に大脳が有るか否かを問題にして
いるのではないのです。
-
>>858
なんか、ニャーニャー聞こえたけど、空耳?(w
みんなにも何か聞こえた?(w
-
>>859
いんや。
最近、腐れニャンコロの発言は全て脳内あぼーんされてるから。
いいかげん、海外逃亡中のはずの武蔵に習って、ブラウザあぼーんでもいいのかもしれんがね。
-
>>858
あれー、僕の勘違いかな〜?
このスレって、そういう哲学的な認識論の話をする場所だったっけ?
そういう話をしないと売買春問題について議論できないのかな〜?
ここでいう「人格」って、自己認識・自己決断ができる「行為の主体」であり、
なおかつ法的規制の対象となる「自然人」と定義して問題はないんじゃないの?
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