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売買春の是非について語れ!
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で、話は少し戻るんだけど、
結局「性器」はまだしも、「性行為」「性別」に、個別の人格があるか?
と問われたら、やっぱ「ない」になると思うんだよ。うろちいだって、
「性行為に人格がある」「性別に人格がある」というフォローまでは
できないだろ?
「性器に人格がある」にしたって、「人体はそれを総合した人格によっ
てを統べている」と言うことはできるだろうけど、チンコでもの考える
とかそういう「性器が総合的な人格を左右している」とか、そういうの
はいくらなんでもこじつけ臭すぎる。
総合体/主体としての人格よりも、性器の持つ固有の人格(wのほう
が優先するっつんなら、それはそれでまたSFの世界カナーとも思う
んだが、……そういう話になるのか、これわ(w
というわけで、「人格」とは、人体を「統べている」ものであって、「性器」
は、人格に支配されている人体の一部分に過ぎない。人格は「人体に
宿っている」というより、「人体をひとつの意志で支配している」と考える
べきで、性器はその「ひとつの意志」の支配下に置かれた「部品」に過
ぎない。
その「性器」の処遇を決めるのは、性器個人(w)ではなく、その性器と
いう「部品」を支配し、性器を含めたその身体全体を支配している個人
の意志としての「人格」であり、「性器」は人格の下位に存在するもの
に過ぎない。
で、性器の処分/処遇は、性器自身が決めるのではなく、性器を支配
する人格が決める問題であるので、交渉相手(もしくは売買の決定者)
は性器の上位に位置する「人格」であり、性器個人(w)は、人格とは
個別の自らの処遇を決める権利、資格、または独立した人格は持たない。
こんなとこでどないだ。SFとして。
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