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掲示板が新しくなりました。

1佐藤 公則:2022/08/01(月) 22:51:36
今日、8月1日より掲示板が新しくなりました。
これまでの書き込みをすべて持ち込んでの移動です。
少し勝手が違いますが、ご容赦願います。
不便をおかけしますが、今後もよろしくお願いします。

34nishiyan:2023/01/16(月) 01:33:20
この件を知ったら何らかの言葉があるだろうと思っていた松岡祥男さんの文章
が出ました。わたしがその思想と表現の良質さに敬意を持っている、またいろ
んな本の編集の経験もある、高知在住の人です。ご存じかもしれませんが
『吉本隆明資料集』を出されていた方です。

「New ある返信 ―山本哲士たちの愚劇 松岡祥男」
ht●tp://www.fitweb.or.jp/~taka/Nyadex.html

※urlが弾かれたので●印を加えています。

35佐藤 公則:2023/01/17(火) 23:09:33
ありがとうございました。

松岡さんの文章を読むことが出来ました。
これを読むと、当初危惧した側面がはっきりさせられたなという気がしました。

とりあえずこれで自分の中では「ちょんちょん」ということになりそうです。

36nishiyan:2023/02/01(水) 20:20:16
https://i.postimg.cc/Gt9ZT5DZ/tuchisi-17.jpg

37nishiyan:2023/02/01(水) 20:21:47
土詩 #17
 
こちらから眺めると
138億年ほど前 ビッグバン
45億年前頃 地球誕生 らしい
果てしない無無無 土 むむむ
の時間の後 つち いのち

38佐藤 公則:2023/02/02(木) 21:20:19
投稿ありがとうございます。

前回松岡さんの文章を読んだと言いましたが、そのあとに晶文社の告知文、そして
解題を記した全集編集者の間宮幹彦さんの〝反駁文〟も読みました。これで山本は
完全にノックアウトだなと思いました。これらの発言を受けて山本は何か言うだろ
うかと思い、念のためにブログを見ますと例の記事は閉じられていました。さらに
数日して、何やらそれまでの経緯をぼかすような、いいわけじみた文章が掲載され
ていました。何かひねくり回したような、要領を得ぬ文章が長々と書かれており、
結局何が言いたいのかもわからず疲れてしまいました。
ここまで醜態をさらすかね、とその時は思いました。
そこからちょっと気になって、文化科学高等研究院出版局の「心的現象論」出版の
経緯、つまり吉本さんへの説明と対話の文を読みました。
ここでかよそでか、同様の文を読んだ記憶が蘇りました。盛んに商業出版ではだ
めだというようなことを、吉本さんに向かって力説しています。吉本さんは半ば受
け流すくらいの感じで応答していましたが、山本の非商業的出版の企画には「おも
しろい試み」だと述べています。この対話を読んで、簡単に山本はノックダウンだ
とは言えない気がし始めました。

この対立に強い関心を持っているという訳でもありませんし、どちらに軍配が上が
ろうと知ったこっちゃありませんが、でも、思ったよりも根深い問題、対立する問
題があるのかも知れないと考えるようになりました。もちろんそれでもぼくには関
係ないことなので、事の成り行きをもう少し見守るにしても、ただ野次馬的にとい
うことになりそうです。

このことについてはぼくが言い出しっぺなので、その後のことについて考えられる
範囲で状況を述べさせてもらいました。くだらないと言えばくだらないことなので
読み流していただければと思います。失礼します。

39nishiyan:2023/02/04(土) 12:50:17
 晶文社からの「告知文」読みました。文化科学高等研究院出版局の
「心的現象論」出版の経緯を示す、「吉本隆明と語る」にも行って
みました。長そうなのでまだ読んでいません。これはずっと前その
一部かもしれませんが読んだ覚えがあります。
 昔、山本哲士らが心的現象論(本論)を出したとき、値段が高いせい
も少しはありましたが、それよりも山本哲士の難解そうでよくわか
らないところがある思想の言葉に少し疑念を感じ続けてきたので、
松岡祥男さんが『吉本隆明資料集』で分冊で出されていた4,5冊
になる心的現象論の方を注文したことがあります。
 ところが、吉本さんの姪の方がガンにかかって死にそうな時、生きる
ことや死ということをどう考えたらいいのかと問われて吉本さんが
うまく答えられなかったという吉本さんの文章を再度読みたくて、
(これは別の所で一度読んだことがありましたが探し出せなくて)、
その文章が載っているという心的現象論(本論)を古本で買ったこと
があります。
 まあともかく、この件はそんなたいそうな問題ではないと思うので、
おだやかに解決されれば良いなと思っています。

40佐藤 公則:2023/02/05(日) 13:47:10
投稿ありがとうございます。

ぼくもこの件に関しては、nishiyanさんと同じようなスタンスでいたいと思いま
す。まあ、しばらく静観します。

41nishiyan:2023/02/21(火) 01:56:32
ささいなことですが、
「2023年2月20日
 『文学の小部屋』の「てならいのうた」を追加更新した。タイトルは「普通のこと」です。」
と更新のメモがありましたが、タイトルが昨日の分のままになっていましたかね。

42佐藤 公則:2023/02/21(火) 12:28:10
ご指摘ありがとうございました。

いま訂正して更新したところです。
安易にコピペしたのが間違いの元でした。

43nishiyan:2023/03/03(金) 20:39:09
https://i.postimg.cc/cLzmLc03/tuchisi-18.jpg

44佐藤 公則:2023/03/04(土) 23:43:36
nishiyanさん、投稿ありがとうございます。
10年目に向かって、これからもますますバージョンアップして行く詩作となり
ますよう、心より願っております。頑張ってください。応援しております。

45nishiyan:2023/04/01(土) 19:23:33
https://i.postimg.cc/YSwFdQ3Q/tuchisi-19.jpg

46佐藤 公則:2023/04/02(日) 11:01:03

 nishiyanさん、投稿ありがとうございます。

 東北にもいつもよりは早い春が来て、宮城、富谷市でも桜が5分咲きになっています。
平年ですと小学校の入学式を過ぎたくらいに咲き出すのですが、今年はずいぶんと早いです。
また、暖かいです。もうこれだけで有頂天になるくらいうれしいです。冬の寒さが長いせいで
しょうね、きっと。
 こう言う感じ方は地方によってずいぶん違うのでしょうね。九州は諫早地方に住むnishiyan
さんには分からないかも。もちろんぼくには九州の風土は全然です。

 ブログの方は欠かさず読んでいます。ずっと良い刺激となっています。
 これからもお体を大事に、そして貴重な言葉の数々を繰り出して行ってください。

47nishiyan:2023/04/10(月) 00:43:39
 お母さんが亡くなられたのですね。そんな歳で亡くなった場合は、普通、家族の内でも、ああよく生きたなとという受けとめのようですが、なかなかそんな青空ばかりの気分ではないような気がします。お悔やみ申し上げます。
 わたしの場合は、母は70歳で亡くなりましたので、ちょっと痛切な気がしました。親が亡くなると、もうなんらかの心の支えになるようなひさしはもう完全になくなったんだな、今度はほんとに自分の出番なんだという気がしました。
 
 ところで、佐藤さんの昨日の詩、「さようならはまだ言えない」で触れられている詩は、わたしが、「詩の入口から」の「2.万人に開かれた言葉の条件」( 2016.11.28)で取り上げた宮尾節子さんの「寒桜」という詩ではないかと思いました。(ht★tp://kotoumi.web.fc2.com/sinoiriguchi.html) ただし、車に乗って斎場から帰る途中の光景になっていますが。

48佐藤 公則:2023/04/11(火) 00:24:55
 nishiyanさんのおっしゃる通りで、やはり「寒桜」という詩でした。「詩の入口から」に行ってみてわかりました。掲載されている詩を読むと、自分の記憶はあてにならないものだなと思いました。情景も含めて合っているのは、ある人の死と、斎場の帰りと、桜というだけでした。
 その3つの取り合わせが同じ、もしくは似ているというだけで、かつて読んだそれを思い出したようです。桜の花も散ってはいなかったのですね。
 でも懐かしく読み返すことができました。ありがとうございます。

 母の死に関してですが、96にもなりましたから、その間何度もその時のことを想定して、一応自分の受け止め方を、ああなるかこうなるかと考えてきました。淡々と事実だけを受け止められるだろうかとか、号泣してしまわないかとかいろいろですが、結局その場にならないとどう反応するものかは予測がつかないと結論されました。結果的には、事実を粛々と受け止め、取り乱すこともパニックになることもなく過ぎたとは言えます。ただどうもそれだけでは済まない予感もしています。例えば今文字を書き始めると、つい母のことに触れてしまうことが続いてしまいます。書けばまだまだいくらでもかけそうな気がしています。ぼくにとっての母の問題は尽きなくて、そのことは未解決の部分が多く残っているということでもあるだろうし、まだまだ詰めて考えるべきことがたくさんある、そういうことではないかと思います。たまたま今は詩のような形で表現していますが、別の形で扱ってもいいのかなと考えたりもしています。いま思っているのは、生きている間は外せないと考えていた自分を規制する枠組み、それが母の死で消えて行くイメージがあります。極端に誇張していえば殺人さえ可能だということになります。もう何をしたっていいんだ、イメージとしてそんな境地に近いものです。別な言い方をすれば、自分の倫理、道徳の枠組みというものは、父母によって装着させられたもという感じ、です。母の死を迎えて、今ぼくはもうそれは外していいのかなと言う気がしています。そうなればもちろん、今度は自分で枠を拵えてそれを身にまとうということになるのですが、はたしてそういうことはできるものなのかどうか。自分で装着する枠を作れるものなのかどうか。いろいろ不明なことはたくさん生じてきます。まあ、そういうところをこれからゆうっくり考えていきたいなと思っているいるところです。長くなりました。今日はこんなところで終わります。ご指摘御教示ありがとうございました。

49nishiyan:2023/05/01(月) 12:20:07
https://i.postimg.cc/Lss3Tbjp/tuchisi-20.jpg

50nishiyan:2023/05/01(月) 12:37:47
上の画像の削除がわからないので、再掲します。

https://i.postimg.cc/kXSyTHDr/tuchisi-20.jpg

52佐藤 公則:2023/05/02(火) 23:53:03

 土詩♯20の投稿ありがとうございました。
 写真にある苗は何の苗でしょうか。あるいは種からここまで育ったものでしょうか。

 最近物価が上がっていることもあり、耕作地があればいいなあなんて考えます。無料
の貸し出しでもいいので、そうしたら米と野菜くらいは自分で作ろうと。
 最近、たぶん養老孟司さんの動画でだったと思いますが、種をまいて、後は肥料もや
らず草取りなどもせずほったらかしにしても、標準的に世話して栽培した時と同等の収穫
があったと言っていました。もし本当なら自分もやってみたいと思いました。あるいはこ
れなら誰がやっても出来るんじゃないかと。できばえが悪くても、自給自足の用であれば
それでいいんじゃないかと思います。最低、土作りが出来れば、あとはほったらかしでも
いけそうだし、ちょっと考えると理に適っているような気もします。農事経験者のnishiy
anさんからすればどうなんでしょうか。暇な時があればご意見を聞かせてもらうとありが
たいです。いつも教えてもらうばかりで済みません。では失礼します。

53nishiyan:2023/05/03(水) 23:37:43
UPした時は画像が出ていたのに、今来てみたらUPした画像がファイルの在りかを示すurlになっていて画像が出ていません。
画像の中身は、安納芋の種芋を三月三日に植えていたのがやっと芽が出て来たところです。農事を長くやっていても、なかなか研究熱心ではないですから、よくわかっていないのが現状です。その年の気候などによって害虫の出方も違うようだし。今年は、なぜかいつも作っているところのソラマメが全体に育ちが悪く不作だったです。しかし、新たに作った場所のソラマメはいつもの良い育ちでした。肥料などの条件は々だったんでけど。
やっぱり、土の有り様と肥料は大切だろうと感じています。

54nishiyan:2023/05/03(水) 23:40:08
あらあら、今のコメントをUPしたら、画像が現れました。
念のために。

土詩 #20
 
土の代わりに水で育てては・・・
とそんな簡単なことではなさそうな
水や土や木の何億年もの歴史と事情があり

55佐藤 公則:2023/05/04(木) 09:33:42
 ありがとうございます。
 安納芋ですか。種芋から芽が出て。サツマイモの茎と比べてずいぶん太い気がします。
 肥料がね、やっぱり必要なんでしょうね。栽培する物にもよりますかね。昔ヘチマを
育てた時に、用務員さんに教えられて、たぶんカリウムだったと思うのですが、たくさ
ん追肥したら大きく育ったことを思い出します。校舎一階の天井を越えて延びました。

 画像についてですが、こちらではずっと見えています。以前ぼくも同じような症状を見
て、どうも扱いがよく分からないでいます。ちょっと煩わしさを感じさせてしまって申し
訳ありません。今後もお使いいただければありがたいです。
 では、失礼します。

56nishiyan:2023/05/08(月) 18:06:33
「元・三月書房」からのメールです。以下で、松岡祥男
「怨霊・山本哲士に捧ぐー『アジア的ということ』をめぐって」
が読めます。おすすめの文章です。


<吉本隆明>本 新刊のお知らせ  2023/05/07
ネット記事のお知らせ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 ・松岡祥男「怨霊・山本哲士に捧ぐー『アジア的ということ』をめぐって」
   *初出 『脈』90号「吉本隆明さんのこと一〇」(2016年8月発行)
    →『吉本隆明さんの笑顔』(猫々堂・2019年12月発行)収録
   
  *吉田惠吉「高屋敷の十字路 隆明網」
   猫々堂「吉本隆明資料集」“ファン”ページ
   <ht●tp://www.fitweb.or.jp/~taka/Nyadex.html>」。


 松岡祥男さんの見識と鋭さがわかる文章です。
 あ、それから、些細なことですが、今日の佐藤さんの詩の末尾の日付けが、
2023/05/07になっていました。

57佐藤 公則:2023/05/23(火) 21:57:22
 nishiyanさんへ

 投稿へのお礼、お知らせいただいたことへの当方の対処、反応などのご連絡が
遅くなったことに対して先ずはお詫び申し上げます。

 錯覚から始まっています。投稿文に付く番号、今回は「56」番だったわけです
が、どういうわけかずっと既読済みと思い込んでいました。
 文章をアップするたびに正しくアップされたかを確認します。その際、いつも
メインページにある掲示板をクリックして新規の投稿があるか確認します。自分
では番号を覚えているつもりでいて、同じ番号だったら既読と判断してメインに
戻ってしまいます。自分では「56」まで既読だと勘違いしていて結局今日までや
り過ごしてしまいました。申し訳ありません。
 今日、ブログの方では画像の付いた詩が掲載されていたので、もしかするとこ
ちらにも転載してくれているかもと確認したところ、「56」が未読だったことが
判明したという訳です。遅ればせながら、おすすめの松岡祥男さんの文章も急ぎ
拝見させていただきました。

 松岡さんの文章については何の文句のつけようもないと感じました。レベルの
違いはもちろんのこと、吉本さんの文章を精緻に辿って読み込んでいるのはすぐ
に分かりますし、吉本思想の理解という点でも広さといい深さといい随一だとい
う気がしました。なんと言いましょうか、ぼくなんかは吉本さんの数ある発言の
うちでも、「価値ある生き方はごくふつうに生きるところにある」という言葉に
すがって、そうしてそれを頼りにやってきたところがあります。吉本さんの一番
コアな部分は本人が切り開き、また多くのよき理解者たちがいて、その方たちが
さらに拡張していくのだろうと考えています。そうしてそういうところはぼくの
任ではないと、だいぶ以前から認識しているところです。ただ、それはそれで片
足は生活に、もう片方は知識にと、どっちつかずの中途半端さが悩みの種ではあ
ります。こんなぼくから見ると、皆さんすごいと思いますし、すごい人たちはい
っぱいいるんだなと思います。そこにはnishiyanさんもそんな人たちの中にいる
訳ですが、それぞれに極めて欲しいものだと心からそう思っています。
 長くなりました。舌足らずで何も言い切れていない気もしますが、今日はこれ
くらいで終わりにしようと思います。

 大変失礼しました。また貴重な情報をいただきありがとうございました。
 それから、おいしいキーウィの実に育ちますように宮城から祈っております。

58nishiyan:2023/05/23(火) 23:10:17

わざわざgooコメントで知らせていただき、ありがとうございます。
松岡さんの切れ味をわたし以外の人にも味わっていただきたいと
思いお知らせしました。

人間世界の内では、評価してあれこれ優劣を付けたりすることは「普通」
になっていますが、人間界を超えた(大自然も含めた)視線からすれば、
わたしたちは誰もが極微小な明かり。人間界の内に日々あってもそのことは
忘れないでいたいと思っています。

以下は、朝日新聞2023.5.21に載った谷川俊太郎の「いのち」という詩です。
谷川俊太郎91歳の作品。帰りがけの詩になっていると思いました。

  いのち

ある年齢を過ぎると
どこも痛くなくても
体がぎごちない
けつまずいて転んでから
それが分かり
体は自分が草木と
同じく枯れてゆくと知る
 
人間として
社会に参加した
忙(せわ)しない「時間」は
悠久の自然の「時」に
無条件降伏する
落ち葉とともに
大地に帰りたい
変わらぬ夜空のもと
 
言語で意味を与えられて
人生は素の生と異なる
己が獣とも魚とも鳥とも違う
生きものなのを
出自を共にしながら
人は誇り
人は恥じる

59佐藤 公則:2023/05/24(水) 21:50:27

 谷川俊太郎さんの詩「いのち」転載していただきありがとうございます。読ませ
ていただきました。味わいがありよくできた詩だなあと感じます。3連ともそうで
すが、総じて、余計な一言を押さえているところがいいですね。そのことがかえっ
て詩の世界を大きくしているような気がします。

 ちなみにぼくは谷川さんの詩はあまり読んだことがありません。昔から谷川さん
の詩は女の人がよく話題にしていて、嫉妬心から余計に遠ざけていたような気がし
ます。あるいは、なんか物足りなく感じるところがあったせいかもしれませんが、
それはたぶん変な生臭い倫理性を排除しているようなところに物足りなさを感じて
いたのだろうと思います。その頃からずいぶん月日が経ちまして、今回の谷川さん
の詩の言葉で言えば、

  言語で意味を与えられて
  人生は素の生と異なる

ことが少し理解できるようになりました。もちろんまだまだ浅いところで右往左往
しているようなものですが、自分なりに頑張ってみようと思っています。

 今日はこの辺で失礼いたします。ありがとうございました。

60nishiyan:2023/06/03(土) 20:18:55
https://i.postimg.cc/mZPDd7YQ/tuchisi-21.jpg



土詩 #21
 
それでも人には
水栽培できないか 空気栽培はできないか
と踏み入り試みる者たちがいる

61佐藤 公則:2023/06/04(日) 07:35:15

 〈土詩 #21〉の転載投稿ありがとうございます。

 人は求めすぎ、考えすぎる気がします。誰かがそれをするとその影響を受けて、
また誰かが新しい何かを求め考える。よいことも悪いことも、その流れの中では
一緒くたに進んで行きます。月並みなことを言えば「運命的」ということになる
でしようか。

 昆虫は環境に対応するのに、遺伝子レベルで対応するために幾世代もかかって
対応するんだそうです。人間はそれを頭で行う。早く対応するという利点がある
そうです。でも利点には欠点も伴うでしょうから、どっちがどうとは言えないで
すね。

 今日はこんなところで失礼します。

62nishiyan:2023/07/01(土) 23:27:19
https://i.postimg.cc/4Nv97fHR/tuchisi-22.jpg


土詩 #22
 
この大地にいるかぎりは
土との付き合いが薄くなっても
土がなくなることはない

63佐藤 公則:2023/07/03(月) 21:13:55

 nishiyanさんへ
 〈土詩 #22〉の転載投稿ありがとうございます。

 gooブログ(「回覧板」)での毎日の更新ご苦労様です。
 たまたまですが、私も最近毎日更新するみたいな形になって、ただそうして
みるとどうしてもずさんになったり、その場しのぎになったりしてしまってい
る気がします。nishiyanさんは長くやっている訳ですが、そんな時の対策みた
いなことはあらかじめ考えて、何か実践していることなどあるのでしょうか。
差し支えなければ、その辺のことを教えていただくとありがたいです。ちなみ
に今の私は、毎日更新することを特に意識していませんで、なんとなくそうな
ってしまっているだけで、逆にここまで来ると止め時が難しくなったという感
じも生じてきています。なので、明日辞めてしまうかもしれませんので、本当
にさらっと言えそうな範囲のところでお願いできればと思います。もちろん時
間があればの話ですし、無理がなければの話です。

 いつもお願いしてばかりで恐縮です。では今日はこれで失礼します。

64nishiyan:2023/07/04(火) 00:34:30
 佐藤さんへ


別に大層な対策を持っているわけではありません。時には、これ少し気に入らないなと言うこともありますが、それでもそれでUPすることがあります。

一応のやり方は、一日前に書き上げて次の日にもう一度見直し手入れしてUPするようにしています。やっぱり、前日のそのままではなく手入れすることが多いです。時には、意識的にでもありますが、即興詩として、当日に書き上げたときも数回ありました。

それから、以前はあるテーマで何回か書いて、次には別のテーマで書くというようにしていたと思いますが、最近の「対話シリーズ」では連歌を意識して毎回ある程度のつながりを考えながら書いています。

参考になったかどうかわかりませんが、こんな感じで書いています。

           2023.7.4 諫早より

65佐藤 公則:2023/07/04(火) 23:23:22

 nishiyanへ

 早速貴重なお話を伺えてうれしいです。ありがとうございます。
 やっぱり手入れしてるんですね。そうですよね。それくらいの余裕がないと
駄目ですよね。私の場合は最近は特に即興になってしまって、見直しもせずア
ップしてしまっています。
 一日前に書き上げて、次の日見直してアップする、そういう時もあったんで
す。それだとたしかに気分的に余裕もありました。nishiyanさんのやり方を参
考にしてやってみます。テーマについては少し先延ばしにします。
 ありがとうございました。

66nishiyan:2023/08/02(水) 14:34:06
https://i.postimg.cc/j23hzcf8/tuchisi-23.jpg


土詩 #23

土と共に生きる人もあれば
土の物語を究明する人もいる
そして土とは無縁に見える大勢がいる
 
 註.先日、藤井一至『大地の五億年』を興味深く読み終えた。

67佐藤 公則:2023/08/02(水) 20:56:00

 「土詩 #23」の投稿ありがとうございます。

 猛暑日が続いています。お体に気をつけてお過ごしください。

68nishiyan:2023/09/05(火) 11:35:25
https://i.postimg.cc/fknxtLTm/tuchisi-24.jpg


土詩 #24

土のことはほとんど考えない
それでも土と共に生きている
無関係の関係の席に座っている

69佐藤公則:2023/09/06(水) 00:25:52

 投稿ありがとうございます。

 はっとしましたけど、土のことはホントに考えないですね。
 それでちょっと思いついたのが、宇宙の星々の球体を構成する物質、その内容は
まあまあほとんど地球と同様の元素からなると考えていいんでしょうかね。もちろ
ん差異はあると思いますが、基本の構成は相似的なんだと。ただ土自体は地球の表
層なので、以外に同じ表層を構成している天体は少ないのかも知れません。まあこ
んなことも知らなかったんだってちょっと思って、時間があるときに調べてみよう
かって思い立ちました。
 安藤昌益は宇宙を構成している万物の元基、「土活真」なんて言葉で便利に言っ
てましたが、どうなんだろうって思います。ぼくには「土活真」でまとめちゃう方
が便利でいいなあと思えるんですが、物理学、天文学ではそうは行かないんでしょ
うね。

 今日はこんなところで失礼します。ありがとうございました。

70名無しさん:2023/10/08(日) 11:27:19
https://i.postimg.cc/8P84d5ty/tuchisi-25.jpg

土詩 #25

小さな土のかたまりのドアを開けると
中にはまたひとつの宇宙があり
生きた星たちが瞬(またた)いている

71佐藤公則:2023/10/08(日) 14:20:19

 nishiyanさんへ
 「土詩 #25」の投稿ありがとうございます。

 前回、星々の構成は同じだろうなというところから、調べてみますと言いましたが、その後結果を記載しないでしまいました。今日土詩を読んであっと思いました。今日の作はそのことも一緒に含んでいるんだと思いました。
 それにしてもすごいですね。初期の頃は「短歌味体な」だったでしょうか、そこから今日(こんにち)の3行自由詩と言ってよいか、【詩『言葉の街から』対話シリーズ】にいたって、もう確立したな、確定したなという気持ちで読まさせてもらっています。もう言葉を操るに自由自在だなと半ば羨望の思いです。これを一冊の書物にしたらどうなんだ、的な話です。もちろん何冊かに分かれるでしょうね。たぶん、圧巻ですよ。どこかの出版社、編集者は見逃すべきじゃないですよ。読むに疲れるでしょうけれど、そうなればひとつの金字塔と言っていいのではないかとさえ思います。またそのように遇されることを影ながら応援したいと思います。
 でも10年まであと一踏ん張り、体に気をつけ、健康に気をつけ、是が非でもやり遂げてください。もちろんやり遂げた後の変位というか転位というか、その後にどういくのか、どこへ向かうんだろうと言うことも気になりだしてきました。いろんな意味で楽しみはいっぱいです。僕もよたよたしていますが、まだまだ頑張れそうな気がしています。
 今日はこれくらいにします。では、お元気でお過ごしください。

72nishiyan:2023/10/09(月) 13:59:07
読んでいただいて、感謝です。
佐藤さんもそうだと思いますが、表現はまずは自分との対話であり、それが中心だと思います。その残余というわけではないですが、人と人とか関わり合う世界の内に誰もが生きていますから、避けようもなく他者に反響もするのだと思います。そうして、誰かがこの自己対話の成果を発掘してくれたらうれしいなという思い(他者とのつながりの欲求)を抱くのも自然だろうと思います。こういう人間的本質については吉本さんが『言語にとって美とはなにか』の初めの方の言語の本質だったかで触れていたように思います。

もちろん、もっとも現在的な広告の言葉やイメージは、自己対話というよりは他者を多数を漁(すなど)ることが中心でしょうし、さらに勧誘や扇動の言葉まであります。だから、上記のは特に文学表現の本質と言えそうです。

詩(和歌、俳諧など)は古代から長らく文学表現の中心を占め、萩原朔太郎は、文学表現の第1位に詩を置きましたが、現在までのところ首位としての詩の存在感はなく、江戸後期当たりから始まり、現在は散文やコマーシャルの時代の隆盛のように見えます。詩は衰退の途上にあるように見えますが、しかし、その首位としての詩の存在を意識するなら、どんな対象も詩の対象になり、さらにことばの人の存在自体を問うことが、人とは何か、人間的な表現とは何かを問うことにつながるだろうという思いがあります。でも、あんまり力みすぎずにやっていきたいと思っています。

以前は、いろんなテーマを変えて書いていましたが、最近は「詩 言葉の街から 対話シリーズ」でいいかなと思って書き進めています。

ちょっと脇道に入って「マイ世界論シリーズ」もやりたいなと今年の初め頃から考えていますが、なかなか思うように行きません。
佐藤さんの詩を読んでいて時々おやと目を開かせられることがあります。お互い年ですから無理をせずになんとか歩いて行きましょうか。

73佐藤公則:2023/10/09(月) 23:06:05

 こちらの方こそいろいろな意味で感謝です。
 nishiyanさんの返信文に「力みすぎず」とありましたが、その言葉通り、最近の作品は平静時の呼吸のように力みなく、破綻なく、淡々と書き進められているなあと見えていました。
 ぼくもそのへんは意識するところですが、いまなお破調、破綻、力みの繰り返しです。もう趣味の物書きとして限定し、居直って、何でもいいやと開き直っているところもあります。そうは言いながらも、しかし、本当のところは息を吸ったり吐いたりするのと同じように書くということが出来ることが理想だと思っています。ぼくとしてはnishiyanさんは先を行く人なので、いつも見習う対象なのです。まあ少しでも近づけたらなあと思っています。ただその思いとは別に最近は箍を無くす方に進んでいて、呼吸も乱れに乱れてという様相で、口で言うのとは逆方向にどんどん進んできている気がします。そうしたいのになかなかそうできない。そこに自分の個性があるならば、まあそこで楽しんでやっていこうかと、そんな心境でもいます。
 取り留めのない話になってしまいました。nishiyanさんには「マイ世界論シリーズ」の構想もあるようですし、以前からコツコツ進められている「吉本隆明を読む」もあり、そのほか広角にゆっくりではありますが着実に進められていて、たいしたもんだなあという思いしきりです。これからもコツコツひたむきに、行けるところまで行ってほしいなあと願っております。ぼくもぼくなりに、行けるところまでがんばっていくつもりです。今日はこれで失礼します。

74nishiyan:2023/11/03(金) 00:29:56
https://i.postimg.cc/V6PX9dgZ/tuchisi-26.jpg

土詩 #26

ひとつの土塊(つちくれ)にも
遙かな大きな時間が詰まっており
それを背に現在の小さな時間の表情がある

75佐藤公則:2023/11/03(金) 11:59:00
nishiyanさんへ

 投稿ありがとうございます。

 宮沢賢治ですかね、優れて著名な小説作品を前にして、自分はこれを数行の詩で書き表せると言ったとかなんとかという、何かの記述を読んだ記憶があります。それから言うと、俳句や短歌、nishiyanさんの最近の3行詩を含めて、目指すところは同じなのでしょうね。世界を凝縮し、最も本質的なところを少ないことばで言い切ってしまう。とても日本的で、どちらかというと次々とことばを繰り出したたみかけてくる西洋的なものとは真逆な気がします。
 今回のnishiyanさんの詩もそういう大きなスケールを背景に持ち、3行の中に凝縮していると感じます。普段の3行詩の連作というスタイルも、一つ一つの3行詩の緊密さを保持し、そして連作していますから、1回分の4連がとても密度の濃いものに仕上がっているという気がしています。ひとつの表現スタイルを確立したなと見えてうらやましくもあります。ますますのご健筆を、そしてご健康をお祈りいたしております。
 今日はこれで失礼します。

76nishiyan:2023/12/06(水) 20:56:11
土詩 #27

土を掘り施肥して苗を植える
(根付いてくれよ)
手でぺたぺたと土を固める



佐藤さんへ
以前教えてもらった、画像を掲示板にUPする方法が、
その通りにやることができないようになっているようです。
③ 「したらば掲示板」のトップに行くので、右側に見えてくる青文字の「レスに【画
  像表示】できるようになりました」・・・が見当たりません。

77nishiyan:2023/12/07(木) 11:00:31
https://i.postimg.cc/rpTLmqbr/tuchisi-27.jpg

78nishiyan:2023/12/07(木) 11:07:42
いろいろやってみました。

今までと違っていましたが、
1.左上の「したらば掲示板」をクリックした後の画面で、右端の「お知らせ」の
「2022.08.17
緊急メンテナンスに伴うサービスの停止について」があり
2.それをクリックすると
現れた画面の右端の「最新記事」の中に、
「レスに【画像表示】ができるようになりました」がありました。
3.それをクリックして、現れた画面でいつものようにアップロードしましたが、
以前のような「直接リンクの表示」が出てきません。
4.現れている画像にマウスを置き、マウスの右クリックのメニューで、「画像リンクをコピー」を
選択して実行しました。
5.掲示板に戻って、これを貼りつけるといつものようにアップできました。

79佐藤公則:2023/12/07(木) 11:22:25
nishiyanさんへ

 「土詩 #27」の投稿ありがとうございます。
 ご指摘のこと調べてみましたがよく分かりませんでした。で、しばらくして掲示板に戻ったらサムネイル表示が77として表示されていました。
 nishiyanさんのほうで再度アップしてくれたのだろうと思いました。いろいろお手数かけて済みません。
 こういう現象が度々起こることについて、ぼくもまったく分からなくて。管理ページの設定にはサムネイル表示がonのままになっていて、本来ならスムーズに貼り付けられてしかるべきと思いますが、まあホームページ自体も無料のレンタルですし、この掲示板もまた別のレンタルで多少のトラブルは覚悟の上ですが、nishiyanさんにはただただ申し訳なく思っています。すみません。
 厚かましいことですが、これに懲りずにこれからもよろしくお願いします。ありがとうございました。

80佐藤公則:2023/12/07(木) 11:26:36

 78読みました。79はこれを読む前に書き込みました。
 本当に面倒な作業をさせてしまい、すみませんでした。そしてありがとうございます。

81nishiyan:2023/12/15(金) 12:06:26
本日の詩「跳ばずに歩いて行く」についての更新メモについて。
島尾敏雄はわかりませんが、伊東静雄にそんなフレーズがあったなと思って調べてみたら、第一詩集の『わがひとに与ふる哀歌』に、「秧鶏は飛ばずに全路を歩いて来る」という詩が収められています。以下、青空文庫『わがひとに与ふる哀歌』より。伊東静雄が、秧鶏の姿を自己像のように描写しています。

 秧鶏は飛ばずに全路を歩いて来る

秧鶏(くひな)のゆく道の上に
匂ひのいい朝風は要いらない
レース雲もいらない

霧がためらつてゐるので
厨房(くりや)のやうに温(ぬ)くいことが知れた
栗の矮林を宿にした夜(よ)は
反(そり)落葉にたまつた美しい露を
秧鶏はね酒にして呑んでしまふ

波のとほい 白つぽい湖辺で
そ処(こ)がいかにもアツト・ホームな雁(がん)と
道づれになるのを秧鶏は好かない
強ひるやうに哀れげな昔語がたりは
ちぐはぐな相槌できくのは骨折れるので

まもなく秧鶏は僕の庭にくるだらう
そして この伝記作者を残して
来るときのやうに去るだらう

82佐藤公則:2023/12/16(土) 12:36:43
nishiyanさんへ

 ご指摘ありがとうございます。不確かな記憶は本当に不確かでした。
 「歩いて行く」ではなく「歩いて来る」で、「全路」が有ると無いとでもずいぶん印象が違います。
 『わがひとに与ふる哀歌』は一度目にした気がしますが、「秧鶏は飛ばずに全路を歩いて来る」の詩としては記憶していなかったです。島尾敏雄は伊東静雄との接点があり、それについて述べた件の中に「秧鶏は飛ばずに全路を歩いて来る」の題名およびこれに関連する話が出ていたのかも知れません。
 いずれにしても、ぼくはクイナという鳥を知らず、ただ、鳥なのに飛ばずに歩くという奇妙さや、クイナという聞き慣れぬ命名の鳥に強い印象を受けとったようです。で、言うほどのことでもないのですが、勝手に心の中にベ-ルに包んだような思いを膨らませていたんだろうと思います。ちょっと反省的になってみると、ぼくは言葉とは裏腹に面倒なことは飛ばしてますね。飛んでます。というか跳ねてます。
 たぶん、全路を歩けるというのはぼくの願望で、憧れなのかも知れないです。全路を歩く、nishiyanさんにはそれが出来ているんじゃないでしょうか。それが魅力のひとつだとぼくは思ってきました。今日はこんなところで終わります。

83nishiyan:2023/12/17(日) 11:54:28
時々思うことがありますが、これは目立っていいなと思う詩に出会うことがあります。
最近のでは、「『初めて』に会う明日」(2023/12/10)です。たぶん、佐藤さん本人も
書いていて(あ、これは少しいい出来だな)と思う場合があるでしょう。それが読者と
一致する場合もあれば、そうじゃない場合もあるでしょう。
感想代わりのひと言です。

84nishiyan:2023/12/17(日) 11:56:05
時々思うことがありますが、これは目立っていいなと思う詩に出会うことがあります。
最近のでは、「『初めて』に会う明日」(2023/12/10)です。たぶん、佐藤さん本人も
書いていて(あ、これは少しいい出来だな)と思う場合があるでしょう。それが読者と
一致する場合もあれば、そうじゃない場合もあるでしょう。
感想代わりのひと言です。

85nishiyan:2023/12/17(日) 11:59:12
「書き込む」をクリックしても反応がなかったので、またクリックして、同じものをUPしてしまいました。すみません。

86佐藤公則:2023/12/17(日) 14:30:21
 感想、ありがとうございます。
 ここのところ毎日やっていますが、「いい出来だな」と思うのは直後の一瞬で、その後にこれも一瞬ですが、「ずるくなってる」というフレーズが浮かびますね。
 自分には完成形に近づくことはあり得ないように思っていて、ただどの作でも深みへの指向が含みとして持ち得ていたら、いまのところはそれでいいということにしようと思ってきました。ただ自分ではなかなか判断はつきませんけど。ぼくの場合はそのへんが感じられたら「いい出来だ」と思う、その基準になっているかも知れないです。
 
 「書き込み」の後、ちょっと時間がかかりますよね。これに懲りずにまたお願いします。
 ありがとうございました。

87名無しさん:2024/02/03(土) 15:43:21
https://i.postimg.cc/wvFSbDWd/tuchisi-29.jpg


土詩 #29

例えば月の土は昼は110℃、夜は-170℃、
の自然を呼吸している
土は、人間との〈交換〉で輝き出す


※12月と1月の土詩は、上の掲示板にUPしていました。
こちらが新しい方になりますかね。

88nishiyan:2024/02/03(土) 15:45:58
※ 下の掲示板の所で、書き込んだつもりがまた上の方になってしまいました。

89nishiyan:2024/02/03(土) 15:53:21
先程までは、「1 : 感想など何でも掲示板 / 2 : 掲示板が新しくなりました。」
だったのが、上下が入れ替わって「1 : 掲示板が新しくなりました。(88) /
2 : 感想など何でも掲示板(315)」になってしまったように思われます。
※ 「掲示板が新しくなりました。」の方にUPすればいいですかね。

90佐藤公則:2024/02/04(日) 10:46:10

 土詩 #28と29の投稿ありがとうございます。28はブログの方で読んでいました。そちらでは新年の挨拶もいただいていたのですね。
 気がつかずにいてすみませんでした。こちら喪中ということも言っていたので、気を遣わせていたというくらいに考えていました。
 掲示板の方、いろいろ手違いが起きていたようで申し訳ありません。そんなことが起こっていたとはまったく考えもしませんでした。日頃掲示板についてはまったく操作も管理も行き届いておらず、借りっぱなし状態で放りっぱなしにしています。無料レンタルなのであまり文句も言えず、ただただ申し訳ない限りです。
 おっしゃる通り、「掲示板が新しくなりました。」の方にUPをお願いします。

 さて、10年目突入ですね。おめでとうございます。もう少し残っているわけでしょうから、とにかく体に気をつけてやりきっていただきたいと思います。またそのことを心から願っております。
 とりあえず今日はそのことだけお伝えして終わります。ありがとうございました。もう一踏ん張り頑張ってください。

91nishiyan:2024/03/01(金) 21:03:31
https://i.postimg.cc/ZK36mNWk/tuchisi-30.jpg


土詩 #30

土との付き合いもこれでお終い
ということはなく
生きてる限り土と生きる

 ※これで土詩を終わります。

92佐藤公則:2024/03/02(土) 17:10:42

nishiyanさんへ

 土詩 #30の投稿ありがとうございます。
 シリーズとしては最終なのですね。お疲れ様です。次のシリーズも楽しみにしています。

93nishiyan:2024/03/02(土) 20:32:13
最大30回位という目途は初めから持っていましたが、
もうこのあたりでいいかな、という思いがしてきたので、
終わりにしました。
次は、「水詩」の予定です。

94佐藤公則:2024/03/03(日) 22:04:29
 次のシリーズは「水詩」。またまた面白そうです。
 楽しみにしています。

95nishiyan:2024/04/02(火) 19:05:19
https://i.postimg.cc/KjFgR1QV/mizusi001.jpg


水詩(みずし)  #1
 
(あ 水の音がする)
もちろん 音がしなくても
水は流れている
 
 
※ 土詩が終わり、水詩をはじめます。

96佐藤公則:2024/04/03(水) 12:52:40
 「水詩(みずし) #1」の投稿ありがとうございます。
 予告で知っていましたが、今回の「水詩」の背景画像が「土詩」に近かったので、思わず「おやっ」と思いました。
 けっこうこのシリーズは背景画像に何を持ってくるのかという楽しみもあり、次は何かなと思ったりもしています。
 カメラ歴、また画像に対する意気込みの様なものはどうでしょう。正直に言うと、一読者としては副次的にしか見てきていませんでした。
存外、本気の映写、だったりもしているのでしょうか。
 ぼくは無意識的に、背景に小川の画像でも持ってくるのかと予測していましたが、それはある意味で見事に裏切られて、それで逆に俄然、背景画像の方にも興味が湧きました。
これ、面白い体験でした。

97nishiyan:2024/04/03(水) 19:47:13
別に「画像詩」として、言葉と固有の映像とが関わり合うものとして時々UPしているものがあります。この「水詩」に至るシリーズも、★現在が映像の時代であるのに合わせて構成しているのかもしれませんが、最初はたしか「Tシャツ詩」でした。これは誰かがそんなことをやっているのを目にして面白そうだと模倣したものです。書いている途中からは、どんな画像を持ってくるか意識するようになってきたと思います。「Tシャツ詩」や「傘立て詩」や「木詩」のようにシリーズ通して同じ画像というのもあります。
今回のは、川端の画像ですが、川が半分見えるのもあったのですが、あえて川が入っていない部分を持ってきました。

ところで、★「現在が映像の時代である」というのは、うまく言いにくいのですが、誰にとっても避けられない或るものとしてあるような気がしています。例えば、昔の歌手は直立して歌っていました。ところが、時とともに変貌して、今では歌は、激しいダンスや映像(照明)を伴わないと歌として成立しないのかなという印象を持っています。それは、歌が踊りや音楽と結び合っていただろう太古の新たな反復なのか、あるいは歌の衰弱なのか、見極めがたい感じの中にいます。でも、もはや直立して歌う時代には戻れないことは確かでしょう。

98佐藤公則:2024/04/04(木) 10:19:42
 投稿ありがとうございます。
 反復と衰弱、どちらもありそうですね。難しいですが、流行と、閉塞と、意識的なアップデートを交互に繰り返しながら、螺旋状に延びてきているのかなと言う気がします。
そこで、ユニットを組んでダンスしながら歌うというのが最近の流行で主流になっている気がしますが、いずれまた飽きが来て変わるんだろうとは思います。
 こうした意味合いでは直立したままの歌謡法も、あるいは現代詩という様なものも、時代性と言うことで変わりゆくものなのでしょうね。詩は一時期、格闘形式で朗読さ
れたりしていましたけれども、ほどなく沈静化してしまいました。この先もいろんな試みが成されるんだろうと思います。そういうことを視野に入れながら、それでもぼくなんかは
相変わらずを繰り返すしかないので、それを続けていくことになるかと思います。

 「吉本隆明を読む」の最新の文章も読ませてもらいました。面白かったです。ご健筆を。

99nishiyan:2024/04/05(金) 10:54:22
記事の紹介です。

「未来を生きる人たちへ

SNS、インターネット上に大量の言葉が飛び交ういま、
92歳の詩人は何を思うのか。
日本を代表する詩人・谷川俊太郎さんに、
「いきる」「はなす」「あいする」「きく」「つながる」
という五つのキーワードで話を聞いた。」(朝日新聞)

というのがネットで読めます。
 ht★tps://www.asahi.com/special/tanikawashuntaro/?ref=culture_mail_top_20240404
 (urlに★印を加えています。)

100佐藤公則:2024/04/05(金) 22:43:07
 記事の紹介ありがとうございました。
 一通り読みました。読みながら、吉本さんの谷川評も浮かんできました。
 ここではふれていませんが、谷川さんの詩でぼくが一番衝撃を感じたのは「なんでもおまんこ」というタイトルの詩です。
こんな詩も書くのかという驚きで、いまも鮮烈に印象に残っています。こんなテーマを一流の詩に仕上げる力量はたいし
たものだなあと感服しました。むかし、「生きる」や「かっぱ」の詩を取り上げて子どもたちに紹介していた谷川ファンの女
性教員がいましたけれど、ベースはこっちに在るとその時ぼくは考えました。これでもって、ほかに詩はたくさん読みはしま
せんが谷川さんは超一流の詩人と納得しました。ただぼくはそれ以上ではありません。何となく言うことは分かるなあと
それくらいの感じです。すべてを網羅して読もうとするファンにはなり得ないようです。
ど、

101佐藤公則:2024/04/05(金) 22:44:57
 文末最後の「ど、」は単純な消し忘れです。

102nishiyan:2024/04/07(日) 11:07:22
昔、鈴木志郎康のハチャメチャな「プアプア詩」にも驚きましたが、谷川俊太郎にも別の詩で「こんな詩も書くのかという驚き」を持った覚えがあります。わたしも谷川俊太郎の詩は少ししか読んでいませんが、あらゆる人間的なことに言葉を開いていると言うことでしょうか。だから、興味深いと思う一部の表現だけで谷川俊太郎という作者の全体像を捉えることはできないでしょうね。もちろん、それは一般にも言えることですが。

103佐藤公則:2024/04/07(日) 23:42:52
 自然の事物や事象に関わる関わり方が、どこか宮沢賢治と似ていて、エロス的だって思います。
 なんて言うか、自然が対立的なものではなくて、いつでもサッと友達関係、恋愛関係に入り込め
るみたいな、資質を持っている気がします。ぼくなんかは真逆で、いやだいやだと思いながら人事の
枠内にとどまって、狭苦しい中で翻弄されてしまうわけです。自然に対して精神が流れていかない、
溶けて広がっていかない。狭い中で汲汲としているわけです。意識も身体も自然も一体と見なせる
感受と、意識と意識以外と二別する感受と、その差異には興味があります。幼少期の育ち方の違
いかなあなんて思ったりします。

104nishiyan:2024/05/08(水) 19:20:56
https://i.postimg.cc/wBpw4f7C/mizusi002.jpg


水詩(みずし)  #2
 
大災害時を除けば
今では水の心配が無用になり
地中を水は静かに流れ続けている

105名無しさん:2024/05/09(木) 14:15:31
 水詩(みずし) #2の投稿ありがとうございます。

106nishiyan:2024/06/08(土) 16:41:26
https://i.postimg.cc/6QH8M6zF/mizusi003.jpg


水詩(みずし)  #3
 
その感触とともに
誰もが 自分の
水物語を持っている

107佐藤公則:2024/06/08(土) 22:09:54
 
 「水詩(みずし) #3」の投稿ありがとうございます。
 ブログの方に毎日書かれている詩も読んでいます。共感したり、同じようなことを感じたり考えたりしてい
るなあと思ってみたり、問題意識が同じだなあと考えたりしながら読んでいます。
 1年くらい言葉を出し続けて来ていますが、ここのところ、もう空っぽかなと思う時が無くもないです。
 nishiyanさんは10年ですものね。
 ぼくはさすがに体力気力の衰えをひしひしと感じています。向き合い方も、若い時に比べると、ずいぶん
省エネを心がけている気がします。どこかで手抜きしているぞという時もあり、まあ歳だから仕方がないかと
折り合ったりしながらやっています。
 先を歩いているひと(nishiyanさん)がいますのでね、ぼくにとってはありがたいです。
 ご健康とご健筆を祈っております。
 これで失礼します。

108nishiyan:2024/07/01(月) 13:37:31
https://i.postimg.cc/BQG2V7YM/mizusi004.jpg


水詩(みずし)  #4
 
水物語も ほとんど語り出されることはなく
うす暗がりに仕舞われて
ただ 知らぬ間にひとり味わっている

109佐藤公則:2024/07/02(火) 17:19:19
 「水詩(みずし) #4」の投稿、ありがとうございます。

 ひとり味わう「水物語」とはどんなだろうか。
 確かに、そうした個の物語は言葉にして誰かに伝えようとしても、おそらくは届かないのでしょう。なので、
ひっそりと暗がりに仕舞われて、時折ふいと愛惜の念と一緒に意識に浮上する。
 そうした内面の小さな出来事は、普段は切り捨ててしまって、気にもとめないと言うことが多々あります。
それはきっと傲慢さだと気づかされ、反省させられます。何の脈絡もなくですが、島尾敏雄さんの小説をよ
く読んでいた頃のことを思い出しました。

110nishiyan:2024/08/01(木) 18:19:14
https://i.postimg.cc/1XZCyLm0/mizusi005.jpg


水詩(みずし)  #5
 
(あ 冷たい)
(水 みずだみずだ)
乾いた言葉の葉脈をみずが流れる

111佐藤公則:2024/08/02(金) 11:25:12

 ありがとうございます。
 田んぼに水が入り込んでいますね。
 写真が先に撮られていて、しばらくして写真を見て言葉がひねり出された、あるいは湧いてでた、そんな
印象を持ちました。「みずだみずだ」が何とも言えずいいですね。

112nishiyan:2024/08/03(土) 19:56:53
すいません、はずれでした。詩が先にできて、写真を取りに行きました。大体、その順番の方が多いです。詩は、人間的な場面ですが、人間的な場面は面倒そうなので、植物にもそれに近いことがあるかなという思いでこの写真を付しました。

113佐藤公則:2024/08/04(日) 12:07:13
ありがとうございます。逆でしたね。詩が先で写真が後。
「水詩」になって、特に今回の作では、写真自体からも何かを語りかけてくる力を感じて、ああいう感想
になりました。誤読でしたが、読者としては面白い誤読体験でした。

114nishiyan:2024/08/28(水) 18:06:50
体調不良とのこと、お大事に。

115佐藤公則:2024/08/31(土) 15:07:18
ご心配いただき、ありがとうございます。
まだ喉が痛みますが、退屈の方が優ります。

116nishiyan:2024/09/05(木) 13:15:36
https://i.postimg.cc/T1GMy79t/mizusi006.jpg


水詩(みずし)  #6
 
自然のあらゆるものに神が宿っていた (ふしぎ)
遙か遠く流れ下っても
どんなものにも収まる水のふしぎは残っている

117佐藤公則:2024/09/06(金) 10:05:06
 「水詩 #6」の投稿ありがとうございます。

118nishiyan:2024/09/15(日) 10:48:39
今日の佐藤さんの更新のメモを読んで、吉本さんの「究極カメラ」のことを想い出しました。同じようなことが語られています。「糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの 今日のダーリン」で気に入ったものはコピーして残しています。たぶん吉本さんと糸井重里の対話だったかなと思って、いろいろ「カメラ」で検索かけていたら、以下のものがありました。ほんとに「検索』には助かります。その時、関連で「文学A085 文芸雑感」の「講演のテキスト」より吉本さんの講演を抜粋していました。長いので、分けてUPします。

119nishiyan:2024/09/15(日) 10:49:54
1.

・1980年に「ミノルタX7」というカメラが発売された。
 それは露出やシャッター速度だけでなく、
 ピント調整まで自動でやってくれるというカメラだった。
 ぼくはその製品のCMソングの作詞をしていた。
 ピントを自動で合わせてくれるというのはすごい機能で、
 シャッターチャンスを逃さずに、だれでもうまく撮れます、
 ということが売りの商品だったのだけれど、
 世の話題の中心はカメラの性能などのこと以上に、
 CMのモデルになった宮崎美子さんのことだった。
 それはそれで「当たった」ということで問題はない。
 ここらへんまでが広告の仕事をしていたぼくの感想だが、
 この話には続きがあった。

 吉本隆明さんが、このカメラのことを例に出して、
 「これはもう、いま流行のことばで言えば、
 『究極の』カメラですよ、これ以上なにがあるっていう」
 というような発言をしていたのだった。
 資本主義社会のあちこちで「究極の」が見えてきていると。
 論旨を無視してあげあしをとるなら
 「オートフォーカス」のカメラが登場した後にも
 次々と新製品は出ていると言えるが、それは部分部分が
 「高級化した」とか「改良された」とかいうようなことだ。
 カメラの「進化」の歴史ということを考えたら、
 あの時代の「露出、シャッター、ピント」を
 ぜんぶ自動化したカメラは、たしかに究極と言えただろう。
 カメラの例をひとつ出したけれど、
 社会のさまざまなモノゴトやしくみが、
 「究極」と言えるようなところまできているのではないか。
 そういうことを1980年代に言っていたのだ。
 それを「究極がどんどん実現してるのか、すげぇなぁ」
 とだけ思っているわけにもいかない。
 「究極」とは言い方をかえれば「行き詰まり」であり、
 「頭打ち」ということを意味している。
 もう無制限に進化していくような未来はない、
 という意味だし、そこからどうするという設問でもある。
 あの発言から、さらに半世紀近くが過ぎて、
 ほんとはとっくに「究極」だったことが目立ってきた。
 無限に細分化したり組み替えたりしてはいるが、
 ぼくらは「究極」の跡地で未来に向かっていく必要がある。
 そういう時代に見る「希望」とは、どういうものだろうか。
 (「糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの 2023/07/06」)

120nishiyan:2024/09/15(日) 10:50:47
2.

2 究極のイメージとしての文学とは何か
 いまご紹介にあずかりました吉本です。いまご紹介いただいたことと少しずれてお話ししたいと思いますが、でもお話ししたい一番肝心なところは変わりませんから、そういうことで始めたいと思います。僕は長い間、文芸批評をやってきたのですが、現在、僕が一番関心を持っていることで、しかも文芸批評というものがいま当面しているのはどういう問題かという視点から、いま書かれている作品にも触れながら少しお話ししてみたいということです。
 先ほどもプライベートにそういう話をしていたのですが、たとえば時計を考えてみると、究極時計というものがもうできているといえるのではないかと思います。ただ時を知るということのためだけならば、きわめて正確なものが現在できてしまっていて、それ以上のことはいらない。それは安くて、本当に簡単にどこでも売っているという感じです。あとは装飾的にどうするかとか、かたちをどうするかとか、軽くするにはどうするかとか、いろいろなことがあるでしょうけれども、しかし何秒ぐらいしか違わないというぐらいきわめて正確に時を正しく知るという意味合いの時計ならば、もう究極のものができて普及してしまっていると考えたほうがよろしいわけです。
 また、たとえばミノルタα1600はほとんど究極カメラに近いのではないかと思われます。カメラの分野でもそれは専門家が当惑するような意味合いで、究極カメラがたぶんできてしまっているといえるのではないかと思われます。
 それと同じように、文学、芸術の分野でまず究極な表現ができてしまっているなと思えるのは、映像の分野です。つまり映像の分野ではほとんど究極の映像がつくられてしまっていると僕は思います。僕はそれをもう十日ぐらいで終わるつくば万博の富士通館で見ました。
 普通のコンピューターグラフィックの刻々に動いていく映像を見るわけですが、色差式のめがねでそれを見ると、映像が全部浮き上がってくる。それが全然すき間のない空間をつくって、円形ドームが全部スクリーンになっているところで見ると、ほとんど自分もその中で浮かんでいるような視点から、一種四次元の映像がちゃんと動いて見られてしまうようにしつらえてあります。たぶんそれが映像の究極的なかたちだろうと思われます。
 ある分野、分野をたどっていくと、そこでだいたいにおいて、これでもうドン詰まりだろうといいましょうか、あるいは何かの始まりだろうといっても同じことですが、そういうものができてしまっているところがあります。ただ、いま僕らが文芸批評のところで何を考えているかというと、つまり究極のイメージとしての文学、あるいは究極のイメージから見られた文学とはどういうことなのだという、本当はそういうことの理論を築いてみたいわけです。
 (「文学A085 文芸雑感」講演日時:1985年9月7日 「講演のテキスト」より」)

121佐藤公則:2024/09/16(月) 10:20:04
 nishiyanさんへ

 コメントとデータの提供ありがとうございます。「究極カメラ」については記憶になかったですが、吉本さんがそれらしいことを語っていたと
言うことは記憶にあります。糸井さんの文章では、吉本さんがそれを語っていたのは1980年代ということでしたので、かれこれ40年前と
言うことになるんですね。細部は忘れてますが、吉本さんがそんなことを言っていたというのは片隅に残っていたという気がします。
 最近の社会の動きや在り様をつらつら考えるに、何となく全体的に煮詰まっているという実感が起きて、こういう表現になったかと
思います。昨年、糸井さんが「目立ってきた」と実感されたとは知りませんでしたが、ジワジワ実感するのはやはり時間がかかるものなん
ですね。もういちど吉本さんの講演を聴いてみようと思います。ありがとうございました。

122名無しさん:2024/10/04(金) 20:13:02
https://i.postimg.cc/sgKLRnNS/mizusi007.jpg


水詩(みずし)  #7
 
日々水に触れている
冷たい 温(ぬる)い 熱い 色んな感触の
ただのH2Oに見える窓もあり

123佐藤公則:2024/10/04(金) 22:32:34
掲載ありがとうございます。

124名無しさん:2024/11/05(火) 11:45:19
https://i.postimg.cc/5tLscmm4/mizusi008.jpg


水詩(みずし)  #8

 
(水も内なる音を立てているか 水も静かに眠るか)
人の能力を超えて 機器の助けから
水の音 水の振る舞いを もっと深く
耳や目にすることができるかもしれない

125佐藤公則:2024/11/05(火) 12:07:10
 「水詩(みずし) #8」の掲載ありがとうございます。

 今回の写真の情景、状況など、少しわかりにくかったですね。詩の方はよく分かります。

126nishiyan:2024/11/06(水) 10:48:32
画像・詩シリーズ 「14.はじまりの映像から」に用いた画像です。
今年田んぼの脇の河川工事をしていました。その川底がどういう意味があるのか
よくわからないけど凝った作りになっていました。その狭い川を上から撮ったものです。
文字の色をいろいろ変えたりしましたが、判読がきついですね。逆に、詩も添えているし、
よく判読できなくてもいいかなとも思いました。

127佐藤公則:2024/11/07(木) 11:02:20
ブログに飛んで見てきました。6まで振り返って見ました。覚えていた詩や写真と、初めて目にする感覚
の詩や写真とがありました。こんなにも記憶っていい加減かと感じてしまいました。詩も写真も、どうも
好みのようなところで、記憶に残る、残らないがあるのかなと思いました。それから意外性と言ったところ
なども。全体を通しては、しっとりとした情感が伝わってくる、よい表現だなという感想を持ちました。

128nishiyan:2024/12/05(木) 21:37:50
https://i.postimg.cc/3JsJ2Dm7/mizusi009.jpg


水詩(みずし)  #9
 
ふだんは何気なく通り過ぎる水
(水がない ミズガナイ・・・)
雨乞いの言葉が激しく水を呼ぶ 時があった 地域があった

129佐藤公則:2024/12/06(金) 13:38:44
 「水詩(みずし) #9」の投稿、ありがとうございます。

 あっという間に12月ですね。こちらはぼちぼち最低気温マイナスが出始めています。
 朝晩はストーブが大活躍です。
 風邪などひかぬよう元気にお過ごしください。では、また。

130nishiyan:2025/01/01(水) 18:59:01
https://i.postimg.cc/rpm1p5Xc/nenga2025.jpg

131佐藤公則:2025/01/01(水) 20:38:07
「新年シリーズ」ありがとうございます。
ブログのコメントのほうも読みました。2月2日始まりだったんですね。
もうすぐですね。頑張ってください。

132nishiyan:2025/01/04(土) 19:43:43
UPがないのでどうかされたかなと思っていました。
無理はせずに頑張ってください。
キツい状況でのそれなりのやり方もありそうな気もしますが、先ずはお大事に。

133nishiyan:2025/01/05(日) 12:36:06
https://i.postimg.cc/wTk67Yf4/mizusi010.jpg



水詩(みずし)  #10
 
(時に水は荒れ狂う)
遠く水くみに出かけた
自宅に井戸を掘り手でくみ上げた
ポンプになった
上下水道が来た
水と人との時間のドラマの中
水の神は消え水の表情が少し和らいだ


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