したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

あの作品のキャラがルイズに召喚されましたin避難所 4スレ目

645ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:18:09 ID:q4fByaLE
「走れリィリア!ここから急いで逃げるんだッ!」
「え……え?でも、」
「俺に構うな!さっさと逃げろォッ!」
「……ッ!」
 兄の突然の行動に体が硬直していたリィリアは、彼の叫びを聞いて飛び跳ねるかのように走り出す。
 大男とその足を必死に掴む兄の横を通り過ぎ、暗闇広がる路地をただただ黙って疾走する。
「あっ!お、おいきみ――って、うぉ!?」
 後ろからダグラスの制止する声が聞こえたが、それは途中で小さな叫び声へと変わる。
 五メイルほど走ったところで足を止めて振り返ると、トーマスは器用にも足を出して彼を転ばせたのだ。
 哀れその足に引っかかってしまったダグラスは道の端に置いてあったゴミ箱に後頭部ぶつけたのか、頭を押さえてうずくまっている。
 ここまでした以上、何をされるか分からぬ兄の身を案じてか、リィリアは「お兄ちゃん!」と声を上げてしまう。
 それに気づいてか、顔だけを彼女の方へ向けたトーマスは必至そうな表情で叫ぶ。

「バカッ!止まるんじゃない!早く、早く遠くへ――……っあ!」
「この、野郎ッ!」
 トーマスが目を離したのをチャンスと見たのか、マイクはものすごい勢いで拳を振り上げる。
 振り上げた直後の罵声に気づき、彼が視線を戻したと同時にそれが振り下ろされ、リィリアは再び走り出した。
 直後、鈍く重い音と子供の悲鳴が路地裏に響き渡ったのを聞きながら、リィリアは振り返る事をせずに走り続ける。
 いや、振り返る事ができなかった。というべきであろうか、背後で起きている事態を直視する勇気は、彼女に無かったのだ。
 涙をこぼしながらただひたすらに路地裏を走る彼女の耳に聞こえてくるは、何かを殴りつける鈍い音と、マイクの怒声。

「このガキめ、大人を舐めるな!」
 まるでこれまでの自分たちの行動が絶対的な悪なのだと思わせるかのような、威圧的な言葉。
 それが深く、脳内に突き刺さったままの状態でリィリアは路地裏を駆け抜け、夜の王都へとその姿を消したのである。
 


「最初に言ったけど、もう一度言うわ。自業自得よ」
 リィリアから長い話を聞き終えた後、霊夢は情け容赦ない一言を彼女へと叩きつけた。
 それを面と向かって言われたリィリアは何か言い返そうとしたものの、霊夢の表情を見て黙ってしまう。
 ムッと怒りの表情とそのジト目を見てしまえば、彼女ほどの小さな子供ならば口にすべき言葉を失ってしまうだろう。
 威圧感――とでも言うべきなのであろうか、気弱な人間ならば間違いなく沈黙を保ち続けるに違いない。
 そんな霊夢を恐ろし気に見つめていたリィリアの耳に、今度は背後にいる別の少女が声を上げた。
「まぁ霊夢の言う通りよね。少なくともアンタとアンタのお兄さんは被害者だけど、被害者ヅラして良い身分じゃないもの」
 彼女の言葉にリィリアは背後を振り返り、ベンチに腰を下ろして自分を見下ろしている桃色髪の少女――ルイズを見やる。

646ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:20:06 ID:q4fByaLE
 最初、リィリアはその言葉の意味がイマイチ分からなかったのか、ついルイズにその事を聞いてしまった。
「それって、どういう……」
「そのままの意味よ。散々人の金盗んでおいて、一回シバかれただけで白旗を上げるなんて、都合が良すぎなの」
「でも……あぅ」
 ふつふつと湧いてくる怒りを抑えつつ、冷静な表情のまま相手に言い放つルイズの表情は冷たい。
 眩い木漏れ日が綺麗な夏の公園の中にいるにも関わらず、彼女の周囲だけまるで凍てつく冬のようである。
 もしもここに彼女の身内や知り合いがいたのならば、きっと彼女の母親と瓜二つだと言っていたに違いない。
 その表情を見てしまったリィリアはまたもや何も言い返せず、黙ってしまう。
 
 ほんの十秒ほどの沈黙の後、リィリアはふとこの場にいる三人目の女性――ハクレイへと目を向ける。
 彼女もまた財布を盗まれた被害者であり、さらに言えばそれを盗んだのが自分だったという事か。
 普通に考えれば助けてくれる可能性など万一つ無いのだが、それでも少女は救いの目でルイズの横に立つ彼女へと視線を送った。
 ハクレイはというと、カトレアから貰ったお金を盗んだ少女が見せる救いの眼差しに、どう対応すれば良いのかわからないでいる。
 睨み返すことはおろか、視線を逸らす事さえできず、どんな言葉を返したら良いのか知らないままただ困惑した表情を浮かべるのみ。
 そんな彼女に釘を刺すかのように、ルイズと霊夢の二人も目を細めてハクレイを睨みつけてくる。
 ――同情や安請負いするなよ?そう言いたげな視線にハクレイは何も言えずにいた。
(やっぱり、カトレアを連れてくるべきだったかしら?)
 自分一人ではどう動けばいいか分からぬ中、彼女は自分の選択が間違っていたのではないかと思わざる得なかった。


 それは時を遡る事三十分前。丁度霊夢とハクレイの二人が互いの目的の為に街中で別れようとしていた時であった。
 色々一悶着があったものの、ひとまず丁度良い感じで別れようとした直前に、あの少女が彼女たちの前に姿を現したのである。
 ――今まで盗んだお金を返すから、兄を助けてほしい。そう言ってきた少女は、あっという間に霊夢に捕まえられてしまった。
 ハクレイとデルフが制止する間もなく捕まえられた彼女は悲鳴を上げるが、霊夢はそれを気にする事無く勝ったと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
「は、離して!」
「わざわざ姿を現してくれるなんて嬉しい事してくれるわね?……もしかして今日の私の運勢って良かったのかしら?」
 いつの間にか後ろへ回り込み、猫を掴むようにしてリィリアの服の襟を力強く掴んだ彼女は、得意げにそんな事を言っていた。
 そして間髪いれずに路地裏へと連れ込むと、襟を掴んだままの状態で彼女への「取り調べ」を始めたのである。
「早速聞きたいんだけど、アンタのお兄さんが何処にお金を隠したのか教えてくれないかしら?」
「だ、だからお金は返すから……先にお兄ちゃんを!」
「あれ、聞いてなかった?私はお金の隠し場所を教えてもらいたい゛だけ゛なんだけど?」
 最早取り調べというより尋問に近い行為であったが、それを気にする程霊夢は優しくない。
 ハクレイとデルフが止めに入っていなければ、近隣の住民に通報されていたのは間違いないであろう。


 ひとまずハクレイが二人の間に入ったおかげでなんとか場は落ち着き、リィリアの話を聞ける環境が整った。
 最初こそ「何を言ってるのか」と思っていた霊夢であったが、その口ぶりと表情から本当にあった事だと察したのだろう、
 ひとまず拳骨を一発お見舞いしてやりたい気持ちを抑えつつ、ため息交じりに「分かったわ」と彼女の話を信じてあげる事にした。
 その後、姉の所に出向いているであろうルイズにもこの事を報告しておくかと思い。ハクレイに道案内を頼んだのである。

647ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:22:08 ID:q4fByaLE
 彼女の案内で『風竜の巣穴』へとすんなり入ることのできた霊夢は、ハクレイにルイズを外へ連れてくるように指示を出そうとした。
 しかしタイミングが良かったのか、丁度カトレアとの話が済んで帰路につこうとしたルイズ本人とバッタリ出くわしたのである。
「丁度良かったわルイズ。見なさい、ようやっと盗人の片割れを見つけたわ」
「えぇっと、とりあえずアンタを通報すれば良いのかしら?」
「……?何で私を指さしながら言ってるのよ」
 そんなやり取りの後、ひとまず近場の公園へと場所を移して――今に至る。


「それにしても、イマイチ私たちに縋る理由ってのが分からないわね」
 リィリアから話を聞き終えたルイズは彼女が逃げ出さないよう睨みつつ、その意図を図りかねないでいる。
 当然だろう。何せ自分たちが金を盗んだ相手に、兄が暴漢たちに捕まったというだけで助けてほしいと懇願してきたのだから。
 本来ならばふざけるなと一蹴された挙句に、衛士の詰所に連れていかれるのがお約束である。
 いや、それ以前に衛士の元へ駈け込んで助けて欲しいと頼み込めばいいのではなかろうか?
 まだ幼いものの、それが分からないといった雰囲気が感じられなかったルイズは、それを疑問に思ったのである。
 そして疑問に思ったのならば聞けばいい。ルイズは地面に正座するリィリアへとそのことを問いただしてみることにした。
「ねぇ、一つ聞くけど。どうしてアンタは被害者である私たちに助けを求めたのよ?」
「え?そ……それは…………だから」
 突然の質問にリィリアは口を窄めて喋ったせいか、上手く聞き取れない。
 霊夢とハクレイも何だ何だと傍へ近寄って来るのを気配で察知しつつ、ルイズはもう一度聞いてみた。
「何?ハッキリ言いなさいな」
「えっと……その、お姉さんたちがあんなに大金を持ってたから……」
「大金……?――――ッァア!」
 一瞬何のことかと目を細めてルイズは、すぐにその意味に気づいたのかカッと見開いた瞳をリィリアへと向ける。
 限界近くまで見開かれた鳶色のそれを見て少女が「ヒッ」と悲鳴を漏らす事も気にせず、ルイズはズィっとその顔を近づけた。
「も、も、もしかしてアンタ!私たちの三千近いエキュー金貨の場所を、知ってるっていうの!?」
「はいはいその通りだから、落ち着きなさい」
 興奮するルイズの肩を掴んでリィリアと離しつつ、霊夢は鼻息荒くする主に自分が先にリィリア聞いた事を伝えていく。

「まぁ要は取り引きってヤツよ。ウソか本当かどうか知らないけど、どうやら兄貴が何処に金を隠しているのか知ってるらしいのよ。
 それで私たちから盗んだ分はすべて返すから、代わりに兄貴を助けて……次いで自分たちの事は見逃して欲しいって事らしいわ」

 霊夢から話をする間に大分落ち着く事のできたルイズは「成程ね」と言って、すぐに怪訝な表情を浮かべて見せた。
「ちょい待ちなさい。兄を助ける代わりにお金を返すのはまぁ分かるとして、見逃すってのはどういう事よ?」
「アンタが疑問に思ってくれて良かったわ。私もそれを聞いて何都合の良いこと言ってるのかと思ったし」
「少なくともアンタよりかはまともな道徳教育受けてる私に、その言葉は喧嘩売ってない?」
 顔は笑っているが半ば喧嘩腰のようなやり取りをしていると、二人の会話に不穏な空気を感じ取ったリィリアが口を挟んでくる。
「お願いします!盗んだお金はそのまま返すから、お兄ちゃんを……」
「まぁ待ちなさい。……少なくともお金を返してくれるっていうのなら、あなたのお兄さんは助けてあげるわ」
 逸る少女を手で制止しつつ、ルイズは彼女が持ち掛けてきた取引に対しての答えを返す。
 それを聞いてリィリアの表情が明るくなったものの、そこへ不意打ちを掛けるかのようにルイズは「ただし」と言葉を続けていく。

648ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:24:20 ID:q4fByaLE
「アンタとアンタのお兄さんを見逃すっていう事はできないわ。事が済んだら一緒に詰所へ行きましょうか」
「え?なんで、どうして……?」
「どうしても何もないわよ。だってアンタたちは盗人なんですから」
 二つ目の条件が認められなかった事に対して疑問を感じているリィリアへ、ルイズは容赦ない現実を突きつけた。
 今まで見て見ぬ振りを決め込み、目をそらしていた現実を突き決られた少女はその顔に絶望の色が滲み出る。
 その顔を見て霊夢はため息をつきつつ、自分たちが都合よく助けてくれると思っていた少女へと更なる追い打ちをかける。
「第一ねぇ、盗んだモノをそっくりそのまま返して許されるなら、この世に窃盗罪何て存在するワケないじゃない」
「で、でも……それは……私とお兄ちゃんが生きていく為で、」
「生きていく為ですって?ここは文明社会よ。子供だからって理由で窃盗が許されるワケが無いじゃない。
 アンタ達は私たちと同じ人間で、社会の中で生きていくならば最低限のルールを守る義務ってのがあるのよ。
 それが嫌で窃盗を生業とするんなら山の中で山賊にでもなれば良いのよ。ま、たかが子供にそんな事できるワケはないけどね。
 第一、散々人々からお金を盗んどいて、いざ身内が仕事しくじって捕まったら泣いて被害者に縋るような半端者なんだし」

 的確に、そして容赦なく現実を突きつけてくる博麗の巫女を前にリィリアは目の端に涙を浮かべて、顔を俯かせてしまう。
 流石に言いすぎなのではないかと思ったルイズが霊夢に一言申そうかと思った所で、それまで黙っていたデルフが口を開いた。
『おぅおう、鬱憤晴らしと言わんばかりに攻撃してるねぇ』
「何よデルフ、アンタはこの生意気な子供の味方をするっていうの?」
『まぁ落ち着けや、別にそういうワケじゃないよ。……ただ、その子にも色々事情があるだろうって事さ』
「事情ですって?」
 突然横やりを入れてきた背中の剣を睨みつつも、霊夢は彼の言うことに首をかしげてしまう。
 デルフの言葉にルイズとハクレイ、そしてリィリアも顔を上げたところで、「続けて」と霊夢は彼に続きを言うよう促す。
 それに対しデルフも「お安い御用で」と返したのち、彼女の背中に担がれたまま話し始めた。

『まぁオレっち自身、その子と兄さんの素性なんぞ知らないし、知ったとしてもこれまでやってきた所業を正当化できるとは思えんさ。
 どんな理由があっても犯罪は犯罪だ。生きていく為明日の為と言いつつも、結局やってる事は他人から金を盗むだけ。
 それじゃ弱肉強食の野生動物と何の変りもない、人並みに生きたいのであればもう少しまともな道を探すべきだったと思うね』
 
 てっきり擁護してくれるのかと思いきや、一振りの剣にまで当り前の事を言われてしまい、リィリアは落ち込んでしまう。
 何を今更……とルイズと霊夢の二人はため息をつきそうになったが、デルフはそこで『ただし、』と付け加えつつ話を続けていく。
 
『今のような状況に至るまでにきっと、いや……多分かもしれんがそれならの理由はあっただろうさ。
 断定はできんが、オレっち自身の見立てが正しければ、きっとこの子一人だけだったのならば盗みをしようなんざ思わなかった筈だ。
 親がいなくなり、帰る家も失くしてしまった時点で近場の教会なり孤児院を頼っていたに違いないさ』

649ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:26:06 ID:q4fByaLE

 デルフの言葉で彼の言いたい事に気が付いたのか、ハクレイを除く三人がハッとした表情を浮かべる。
 霊夢とルイズの二人は思い出す。あの路地裏でアンリエッタからの資金を奪っていった生意気な少年の顔を。
 リィリアもまた兄の事を思い浮かべていたのか、冷や汗を流す彼女へとルイズが質問を投げかけた。
「成程、ここまで窃盗で生きてきたのはアンタのお兄さんが原因だったってことね?」
「……!お、お兄ちゃんは私の為を思って……」
「それでやり始めた事が窃盗なら、アンタのお兄さんは底なしのバカって事になるわね」
 あれだけの魔法が使えるっていうのに、そんなことを付け加えながらもルイズはため息をつく。
 いくら幼いといえども、自分たちに見せたレベルの魔法が使えるのならば子供でも王都で雇ってくれる店はいくらでもあるだろう。
 昨今の王都ではそうした位の低い下級貴族たちが少しでも生活費を増やそうと、平民や他の貴族の店で働くケースが増えている。
 店側も魔法を使える彼らを重宝しており、今では平民の従業員よりも数が増えつつあるという噂まで耳にしている。
 もしも彼女のお兄さんが心を入れ替えて働いていたのならば、きっとこんな事態には陥っていなかったであろう。

「才能の無駄遣いって、きっとアンタのお兄さんにピッタリ合う言葉だと思うわ」
『まぁ非行に走る前に色々とあったってのは予想できるがね。……まぁあまり明るい話じゃないのは明らかだが』
 ルイズの言葉にデルフが相槌を入れつつも、リィリアにその話を聞こうと誘導していく。
 少女も少女でデルフの言いたいことを理解しているのか、顔を俯かせつつも話そうかどうかと悩んでいる。
 どうして自分たちが盗人稼業で生きていく羽目になったのか、その理由の全てを。
 少し悩んだ後に決意したのか。スッと顔を上げた彼女は、おずおずとした様子で語り始めた。

 両親の死をきっかけに領地を追い出され、兄妹揃って行く当てもない旅を始めた事。
 最初こそ行く先にある民家や村で食べ物を恵んでいた兄が、次第に物を盗むようになっていった事。
 最初こそ食べ物や毛布だけであったが次第に歯止めが効かなくなり、とうとう人のお金にまで手を出した事。
 常日頃口を酸っぱくして「大人は危険」と言っていた為に自分も感化され、次第に兄の行為を喜び始めた事。
 ゆく先々で他人の財産を奪い続けていき、とうとう王都にまでたどり着いた事。
 そこで兄は大金を稼ぎ、二人で暮らせるだけのお金を手に入れると宣言した事。
 そして失敗し、今に至るまでの出来事を話し終えたのは始めてからちょうど三分が経った時であった。

「……なんというか、アンタのお兄さんって色々疑いすぎたのかしらねぇ?」
 三人と一本の中で最初に口を開いたルイズの言葉に、リィリアは「どういうことなの?」と返した。
 ルイズはその質問に軽いため息をつきつつも座っていたベンチから腰を上げて、懇切丁寧な説明をし始める。

「だって、アンタのお兄さんは大人は危険とか言ってたけど。普通子供だけで盗んだ金で家建てて生きていくなんて無茶も良いところだわ。
 それに、普通の大人ならともかく孤児院や教会の戸を叩けたのならきっと中にいたシスターや神父様たちが助けてくれた筈よ?」

650ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:28:09 ID:q4fByaLE
 ルイズの言葉にリィリアは再び顔を俯かせつつ、小声で「そいつらも危険って言ってたから……と話し始める。
「お兄ちゃんが言ってたもん、大人たちは大丈夫大丈夫って言いながら私たちを引き離してくるに違いないって」
 以前兄から教わった事をそのまま口にして出すと、ルイズの横で聞いていた霊夢がため息をつきつつ会話に参加してくる。
「孤児院や教会の人間が?そんなワケないじゃないの、アンタの兄貴は疑心暗鬼に駆られすぎなのよ」
「ぎしん……あんき?」
『つまりは周りの他人を疑い過ぎて、その人達の好意を受け止められないって事だよ』
 デルフがさりげなく四文字熟語を教えてくるのを見届けつつ、霊夢はそのまま話を続けていく。

「まぁ何があったのか大体理解できたけど、それで非行に走るんならとことん救いようがないわねぇ
 きっとここに至るまで色んな人の好意を踏みにじってきて、そのお返しと言わんばかりに金を盗って勝ったつもりになって……、
 それで挙句の果てに屁でもないと思っていた被害者にボコられて捕まったんじゃ、誰がどう考えても当然の報いって考えるわよ普通」

 肩を竦めてため息をつく彼女の正論に、リィリアはションボりと肩を落として落胆する。
 流石の彼女であっても、ここにきてようやく自分たちのしてきた事の重大さを理解したのであろう。
 デルフも『まぁ、そうなるな』と霊夢の言葉に同意し、ルイズは何も言わなかったものの表情からして彼女に肯定的であると分かる。
 しかしその中で唯一、困惑気味の表情を浮かべてリィリアを見つめる女性がいた。
 それは霊夢たちと同じく兄妹……というかリィリアに直接お金を奪われた事のあるハクレイであった。
 少女に対し批判的な視線と表情を向けている霊夢とルイズの二人とは対照的に、どんな言葉を出そうか悩んでいるらしい。
 
 確かに彼女とそのお兄さんがした事が許されないという事は、まず変わりはしない。
 けれどもルイズたちの様に一方的になじる気にはなれず、結果喋れずにいるのだ。
 下手に喋れずけれども止める事もできずにいた彼女であったが、何も考えていなかったワケではない。
 幼少期に兄と共に苛酷な環境に身を置かざるを得なくなり、非行に走るしかなかった少女に何を言えばいいのか?
 そして兄と共に二度とこんな事をしないで欲しいと言わせるにはどうすれば良いのか?それをずっと考えていたのである。
 彼女はここに来てようやく口を開こうとしていた。一歩前へと踏み出し、それに気づいた二人と一本からの熱い視線をその身に受けながら。

「?どうしたのよアンタ」
「……あーごめん、今まで黙ってて何だけど喋っていいかしら?」
 軽い深呼吸と共に一歩進み出た自分に疑問を感じたルイズへ一言申した後、リィリアの前へと立つハクレイ。
 それまで黙っていたハクレイの言葉と、かなりの距離まで近づいてきたその巨躯を見上げる少女は自然と口中の唾を飲み込んでしまう。
 何せここにいる四人の中では、最も背の高いのがハクレイなのだ。子供の目線ではあまりにも彼女の背丈は大きく見えるのだ。
 唾を飲み込むついで、そのまま一歩二歩と後ずさろうとした所で、ハクレイはその場でスッと膝立ちになって見せる。
 するとどうだろう、あれ程まで多が高過ぎて良く見えなかったハクレイの顔が、良く見えるようになったのだ。
「……え?あの」
「人とお話をする時は他の人の顔をよく見ましょう。って言葉、よく聞くでしょう?」
 困惑するリィリアに苦笑いしつつもそう言葉を返すと、ハクレイは若干少女の顔を見下ろしつつも話を続けていく。

651ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:30:09 ID:q4fByaLE
「私の事、覚えてるでしょう?ホラ、どこかの広場でボーっとしてて貴女に財布を盗まれた事のある……」
 霊夢やルイズと比べ、年頃らしい落ち着きのある声で話しかけてくる彼女にはある程度安心感というモノを感じたのだろうか。
 それまで緊張の色が見えていた顔が微かに緩くなり、自分と同じくらいの視点で話しかけてくるハクレイにコクコクと頷いて見せた。
「うん、覚えてるよ。だからまず最初にお姉さんに声を掛けたの。だってもう片方は怖かったから……」
「おいコラ。今聞き捨てならない事をサラッと言ってくれたわね?」
 自分の方を見つめつつもそんな事を言ってきた少女に、霊夢はすかさず反応する。
 それを「やめなさいよ」とルイズが窘めてくれたのを確認しつつ、ハクレイは尚も話を続けていく。
「さっき、貴女のお兄さんを助けてくれたらお金はそっくりそのまま返すって言ってたわよね?」
「……!う、うん。私、お兄ちゃんがどこの盗んだお金を何処に隠しているのを知って……――え?」
 
 食いついた。そう思ったリィリアはパっと顔を輝かせつつ、ハクレイに取り引きを持ち掛けようとする。
 しかしそれを察したのか、逸る彼女の眼前に右手の平を出して制止したのだ。
 一体どうしたのかと、リィリアだけではなくルイズたちも怪訝な表情を浮かべたのを他所にハクレイはそのまま話を続けていく。
「別にお金の事はもう良いのよ。私がカトレアに貰った分だけなら……あなた達が良いなら渡してあげても良い」
「え?それ……って」
「はぁ?アンタ、この期に及んで何甘っちょろい事言ってるのよ!?」
 三人と一本の予想を見事に裏切る言葉に、思わず霊夢がその場で驚いてしまう。
 ルイズは何も言わなかったものの目を見開いて驚愕しており、デルフはハクレイの言葉を聞いて興味深そうに刀身を揺らしている。
 まぁ無理もないだろう。何せ彼女たちから散々許されないと言われた後での言葉なのだ。
 むしろあまりにも優しすぎて、ハクレイにそんな事を言われたリィリア本人が自身の耳を疑ってしまう程であった。
 流石に一言か二言文句を言ってやろうかと思った矢先、それを止める者がいた。
『まぁ待てって、そう急かす事は無いさ』
「デルフ?どういう事よ」
 突然制止してきたデルフに霊夢は軽く驚きつつも自分の背中にいる剣へと声を掛ける。
『どうやら奴さんも無計画に言ってるワケじゃなそうだし、ここは見守ってやろうや』
 何やら面白いものが見れると言いたげなデルフの言葉に、ひとまず霊夢は様子を見てみる事にした。
 彼女の後ろにいるルイズも同じ選択を選んだようで、二人してハクレイとリィリアのやり取りを見守り始める。

「え……?お金、くれるの?それで、お兄ちゃんも助けてくれるっていうの……?」
 相手の口から出た言葉を未だに信じきれないのか、訝しむ少女に対しハクレイは無言で頷いて見せる。
 それが肯定的な頷きだと理解した少女は、信じられないと首を横に振ってしまう。
 確かに彼女の思う通りであろう。普通ならば、金を盗まれた相手に対して見せる優しさではない。
 盗まれた分のお金は渡し、更には兄まで助けてくれる。……とてもじゃないが、何か裏があるのではないかと疑うべきだろう。
 リィリア自身盗んだお金を返すから兄を助けてほしいと常識外れなお願いをしたものの、ハクレイの優しさには流石に異常を感じたらしい。
 少し焦りつつも、少女は変に優しすぎるハクレイへとその疑問をぶつけてみる事にした。
「で、でも……そんなのおかしいよ?どうして、そこまで優しくしてくれるなんて……」
「まぁ普通はそう思うわよね。私だって自分で何を言っているのかと思ってるし」
 彼女の口からあっさりとそんに言葉が出て、思わずリィリアは「え?」と目を丸くしてしまう。
 そして疑問に答えたハクレイはフッと笑いつつ、どういう事なのかと訝しむ少女へ向けて喋りだす。

652ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:32:15 ID:q4fByaLE
「私が盗まれた分のお金はそのまま渡して、ついでにお兄さんも助けてあげる。それを異常と感じるのは普通の事よ。
 だって世の中そんなに甘くないのは私でも理解できるし、そこの二人が貴女のお願いに呆れ果ててるのも当り前の事なんだし」

 優しく微笑みかけながらも、そんな言葉を口にするハクレイへ「なら……」とリィリアは問いかける。
 ――ならどうして?最後まで聞かなくとも分かるその言葉に対し、彼女は「簡単な事よ」と言いながら言葉を続けていく。
「あなた達の事を助けたいのよ。……まぁ二人にはそんなのは優しすぎるとか文句言われそうだけどね」
 暖かい微笑みと共に口から出た暖かい言葉に、それでもリィリアは怪訝な表情を浮かばせずにはいられない。
 何せ自分は彼女に対して財布を盗んだ挙句に魔法を当ててしまったのだ、それなのに彼女は助けたいと言っているのだ。
 普通ならば何かウラがあるのではないかと疑うだろう。リィリアはまだ幼かったが、そんな疑心を抱ける程には成長している。
「でも、そんなのおかしいわ?だって、私はお姉ちゃんに対してあんなに酷いことをしたのに……」
 疑いの眼差しを向けるリィリアの言葉に対して、ハクレイは「まぁそれは忘れてないけどね?」と言いつつも話を続けていく。

「だから私は今回――この一度だけ、あなた達の手助けをするわ。一人の大人としてね。
 あなた達兄妹が泥棒稼業から手を洗って、まともに暮らしていくっていうのなら……今後の為を思ってあなた達に私の――カトレアがくれたお金を託す。
 何なら孤児院や、身寄り代わりの教会を探すのだって手伝おうとも考えてるわ。少なくともそこにいる人たちならば、あなた達を助けてくれると思うから」
 
 ハクレイはそう言った後に口を閉ざし、ポカンとしているリィリアへとただ真剣な眼差しを向けて返事を待っている。
 少女は彼女の言ったことをまだ完全に信じ切れていないのか、何と言えばいいのか分からずに言葉を詰まらせている。
 それを眺めている霊夢は彼女の甘さにため息をつきたくなるのを堪えつつも、最初に言っていた言葉を思い出す。
 ――この一度だけ。つまりは、あの兄妹に対して彼女はたった一度のチャンスをあげるつもりなのだろう。
 彼女が口にしたようにバカ野郎な兄と共にまともな道を歩み直せる、文字通りの最後のチャンスを。
 
 ルイズもそれを理解したようだったが、何か言いたそうな表情をしているに霊夢と同じことを考えているらしい。
 確かに子供といえど犯罪者に対して甘すぎる言葉であったが、犯罪者であるが以前に子供である。
 自分と霊夢は少女を犯罪者として、彼女は犯罪者である以前に子供として接しているのだ。
 だから二人して甘々なハクレイに何か一言突っついてやりたいという気持ちを抑えつつ、リィリアの答えを待っていた。
 そして件の少女は、ハクレイから提示された条件を前に、何と答えれば良いか迷っている最中であった。
 今まで兄と共に生きてきて、大事な事を全て決めてきたのは兄であったが、その兄はこの場にいない。
 だから自分たち兄妹の事を自分が決めなければいけないのだ。
 リィリアは閉まりっぱなしであった重い口をゆっくりと開けて、自分を見守るハクレイへと話しかける。

「本当に……本当に私たちの、味方になってくれるの?」
「アナタがお兄さんと一緒になってこれから真っ当に生きていくというのになら、私はアナタ達の味方になるわ」
 少女の口から出た質問に、ハクレイは優しい微笑みと真剣な眼差しを向けてそう返す。
 そこには兄の言っている「汚い大人」ではなく、本当に自分たちの事を案じてくれる「一人の大人」がいた。
 そして彼女はここにきてようやく思い出す、これまでの短い人生の中で、今の彼女と同じような表情と眼差しを向けてくれた人たちが大勢いたことを。

653ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:34:07 ID:q4fByaLE
 ある時は通りすがりの旅人に果物やパンを分けてくれた農民、そしてタダ配られるスープ目当てに近づいた教会の人たち。
 ここに至るまで通ってきた道中で出会った人々の多くが、自分たちの事を本当に心配してくれていたのだと。
 しかし兄は事あるごとに彼らを見て「信用するな」と耳打ちし、その都度必要なものだけを奪って彼らの親切心を踏みにじってきた。
 兄は自分よりも成長していた、だからこそ自分たちを領地から追い出した親戚たちの事が忘れられなかったのだろう。
 結果的にそれが兄の心に疑心暗鬼を生み出し、他人の善意を踏みにじる原因にもなってしまった。

 その事を兄よりも先に理解したリィリアは、目の端から流れ落ちそうになった涙を堪えつつ――ゆっくりと頷いた。
 ハクレイはその頷きを見て優しい微笑みを浮かべたまま、そっと左手で少女の頭を撫でようとして――。
「…って、何心温まる物語にしようとしてるのよッ!?」
「え?ちょ……――グェッ!」
 二人だけの世界になろうとした所で颯爽と割り込んできた霊夢に、見事な裸絞めを決められてしまった。
 あまりに急な攻撃だった為に何の対策もできずに絞められてしまったハクレイは、成すすべもない状態に陥ってしまう。
 突然過ぎた為か流れそうになった涙が完全に引っ込んでしまったリィリアは、目を丸くして見つめている。
 それに対してルイズは彼女の傍に近寄りつつ、「気にしなくていいわよ」と彼女に話しかけた。
「まぁあんまりにもムシが良すぎるから、ただ単にアイツに八つ当たりしてるだけなのよ」
「え?八つ当たりって……あれどう見ても絞め殺そうとしてるよね?」
「大丈夫なんじゃない?ねぇデルフ、アンタもそう思うでしょう?」
『イヤイヤ、普通は止めろよ!?ってか、そろそろヤバくねぇかアレ?』
 霊夢から無理やり手渡されたのであろう、ルイズの言葉に対し彼女の右手に掴まれたデルフが流石に突っ込みを入れる。
 確かに彼の言う通りかもしれない。自分より小柄な霊夢に絞められているハクレイはどうしようもできず、今にも落ちてしまいそうだ。
 
 デルフの言う通りそろそろ止めた方がいいのだろうが、正直ルイズも彼女の横っ腹にラリアットをかましたい気分であった。
 確かにあの兄妹は犯罪者であるが以前に子供だ、牢屋にぶち込むよりも前に救済をしたいという気持ちは分かる。 
 しかしだからといってあの時金を盗まれた時の屈辱は忘れていないし、自分たちの他にも大勢の被害者がいるに違いない。
 それを考えれば懲役不可避なのだろうが、やはり本心では「まだ子供だから」という気持ちも微かにある。霊夢はあるかどうか知らないが。
 ともかくハクレイはその「まだ子供だから」という元で兄妹にチャンスを作り、兄妹の一人であるリィリアはそれを受け入れた。
 まだ納得いかない所は多々あるがそれをハクレイにぶつける事で、ルイズと霊夢の二人もそれに了承したのである。

654ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:36:10 ID:q4fByaLE
 ひとまずは満足したのか、虫の息になった所でようやく解放されたハクレイを放って、霊夢はリィリアと対面していた。
 ハクレイと似たような顔をしていながらも、彼女よりも怖い表情を見せる霊夢に狼狽えつつも、少女は彼女からの話を聞いていく。
「じゃあ先にお金は返してもらうとして、アンタのバカお兄さんを助けたらルイズの紹介する教会か孤児院に入る事、いいわね?」
「う、うん……それで、他にも盗まれたお金とか一応……あなた達に渡す、それでいいの?」
「そうよ。アンタたちが他の人たちから盗んだお金は私たちが……まぁ、その。責任もって返すことにするわ」
 多少言葉を濁しつつもひとまず条件を確認し終えた所で、今度はルイズが話しかける番となった。
 彼女は言葉を濁していた霊夢をジト目で一瞥しつつもリィリアと向き合いは、咳払いした後真剣な表情で喋り始める。

「まぁ私たちはそこで伸びてるハクレイと違ってあなた達に甘くするつもりはないけど、貴女は反省の意思を見せてる。
 その貴女がお兄さんを説得できたのならば、私もアナタたちがやり直すための準備くらいはしてあげるわ。
 でも忘れないで頂戴。貴族である私の前で約束したのならば、どんな事があっても最後までやり遂げる覚悟が必要だってことを」
 
 わざとらしく腰に差した杖を見せつけつつそう言ったルイズに、リィリアは慎重に頷いた。
 その杖が意味することは、たとえ幼少期に親を失い貴族で無くなった彼女にも理解できた。
 リィリアの頷きを見てルイズもまた頷き返したところで、彼女は「ところで」と話を続けていく。

「一つ聞きたいんだけど、どうして私たちを頼る前に衛士の所に行かなかったのよ?
 いくらアンタ達がここで盗みをやってるって情報が出てても、流石に子供が誘拐されたとなると話しくらいは聞いてくれそうなものだけど……」

 先ほどから気になっていた事を抱えていたルイズからの質問に、リィリアは少し考える素振りを見せた後に答えた。
「えっとね……実はあの二人を探す前にね、今日の朝に詰め所に行ったの」
「え?もしかして、子供の戯言だとか言われて追い返されたの……?」
 人での少なくかつ教育の行き届いていない地方ならともかく、王都の衛士がそんな雑な対応をするのだろうか?
 そんな疑問を抱いたルイズの言葉に対して、リィリアは首を横に振ってからこう言った。
「うぅん、何か詰め所にいた衛士さんたちが皆凄い忙しそうにしててね。私が声を掛けても「ごめんね、今それどころじゃないんだ」って言われたの」
「忙しい……今それどころじゃない?」
「あぁ、そういえば今日は朝からヤケにばたばたしてたわねアイツら」
 何か自分の知らぬ所で大事件が起きたのであろうか?首を傾げた所で霊夢が話に入ってきた。
 彼女の言葉にルイズはどういう事かと聞いてみると、朝っぱらから街中で大勢の衛士が動き回っていたのだという。

「何でか知らないけどもう街の至る所に衛士たちがいたり、走り回ってたりしてたのよ。
 しかもご丁寧に下水道への道もしっかり見張りがいたから、おかけでやるつもりだった捜索が台無しよ。全く……」

 最後は悪態になった霊夢の言葉を半ば聞き流しつつも、ルイズはそうなのと返した後ふと脳裏に不安が過る。
 この前の劇場で起こった事件もそうだが、ここ最近の王都では何か良くないことが頻発しているような気がしてならない。
 そういう事を体験した身である為、ルイズは尚現在進行中で何か不穏な事が起きている気がしてならなかった。
 
 街中の避暑地に作られた真夏の公園の中で、ルイズは背筋に冷たい何かが走ったのを感じ取る。
 その冷たい何かの原因が得体のしれない不穏からきている事に、彼女は言いようのない不安を感じていた。

655ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:40:00 ID:q4fByaLE
はい、以上で第九十七話の投稿は終了です。
今年も残すところ半分を切って、色々慌ただしくなってきました。

それでは今回はここまで、また来月末にお会いしましょう。それではノシ

656ウルトラ5番目の使い魔 78話 ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:27:41 ID:ClJwH74c
皆さんこんにちは、ウルトラ5番目の使い魔。78話投稿開始します

657ウルトラ5番目の使い魔 78話 (1/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:31:43 ID:ClJwH74c
 第78話
 アナタはアナタ(前編)
 
 集団宇宙人 フック星人 登場!


 ハルケギニアの五大国の中で、ガリア王国はその最大の国として知られる。
 国力、領土面積、いずれも随一を誇り、大国として認めぬ者はいない。
 しかし、地方に目を向ければ、貧しい町村や、領主から見放されて荒れ果てた土地も多く、中央の富の届かない影の姿を見せていた。
 そして、首都リュティスから百リーグばかり離れた街道沿いに、そんなさびれた町のひとつがあった。
 町の名前はポーラポーラ。かつてはロマリアとの交易の結地として人口数万を誇ったこともあったけれど、さらに大きな街道の開通と同時にさびれはじめ、今では人口はわずか千人ばかり。荒れ果てた空き家ばかりが軒を連ねる悲しい幽霊街に成り果ててしまっていた。
 そんな町中に一軒の薄汚れた教会があり、固く閉ざされた戸を無遠慮にノックする者がいた。旅装束に、それに見合わぬ節くれだった大きな杖を抱えた小柄な少女。タバサである。
「誰だい?」
 中から返事があった。しかし、扉は固く閉ざされたままであり、明らかに歓迎されてはいない。だがタバサは顔色を変えずに、独り言のように扉に向かってつぶやいた。
「この春は暖かで、王宮の花壇は北も南もきれいでしょうね」
「……ヴェルサルテイルの宮殿には、北の花壇はないんだよ」
 暗号めいたやり取りの後、ガチャリと鍵の開く音がして、扉の奥からフードを目深に被った修道服姿の女が現れた。
「よくここを突き止めたね。腕は鈍ってないようだ。ええ? 北花壇騎士七号」
「思ったより手間はかかった。王女であるあなたが、こんなところでの生活を続けられているとは思えなかったから……けど、ようやく見つけた。イザベラ」
 互いに鮮やかな青い髪をまとった顔を見せあい、タバサとイザベラは再会を果たした。
 けれどイザベラは、招かざる客が来たと露骨に渋い顔をしている。その顔からは、王女として宮廷にいた頃の化粧は消えているが、気の強そうな目付きはそのまま残っていた。
「まあ立ち話も何だ。どうせ、帰れと言ったって帰らない気で来たんだろ? 入りなよ、茶ぐらい出してやる。出がらしだけどね」
 渋々ながら、イザベラはタバサを教会の中に招き入れた。

658ウルトラ5番目の使い魔 78話 (2/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:44:59 ID:ClJwH74c
 「お邪魔します」と、タバサは礼儀なのか嫌味なのかわからないふうに言い、中に足を踏み入れる。中からは埃っぽさのある空気か流れてきて鼻をつき、礼拝堂や懺悔室は物置小屋に見えるほど荒れ果てていたが、奥の給湯室と浴室のあたりだけは生活臭を漂わせていた。
「あなたがプチ・トロワから姿を消したと聞いてずいぶん探した。最初は別荘地などを探したけど、ここまで僻地に逃れているとは思わなかった」
「フン、それでも見つかっちまったら同じことさ……あいつらから聞いたのかい?」
 イザベラが尋ねると、タバサは小さく頷いた。
「あなたに協力者がいたことを思い出せたおかげで、わたしもなんとかあなたの足取りをつかめた。信用してもらうのには随分かかったけど、イザベラ様をどうかよろしくと強く頼まれた」
「ちっ、まったくあのデブとメイドめ……せっかく一人暮らしを楽しんでたっていうのにさ」
 舌打ちすると、イザベラは足音も荒く廊下を曲がった。よれよれの修道服がはためいて埃が舞うが、当人は気にもかけていない。  
 タバサはその後ろ姿を見て、それにしてもあつらえたようによく似合っているなと妙なおかしさを感じた。今のイザベラを見て王女だとわかるものはごく近しい者しかいるまい。元々王女らしくなかったけれども、髪は動きやすいようにまとめてあるし、修道服の着こなしはだらしなく、ただの町娘と言って疑う者はいるまい。これならずっと見つからなかったのもうなづける。
「ずっと一人で暮らしていたの?」
「ああ、食べるものはたまにアネットのやつが届けてくれるし、道具はだいたいここに揃ってるからな。このボロ教会はド・ロナル家の持ち物だそうだから、訪ねてくる奴はまずいない。隠れ家にはいいとこだよ」
「でも、誰にも世話をしてもらえずに、よくあなたが我慢できた」
「そりゃ最初は面倒だったさ。けど、慣れてしまえば独り暮らしも楽しいもんさ。好きなときに食えるし寝れるし、何よりうるさい奴らがいない」
 イザベラは、気にもとめてない風に平然と言う。
 開き直ったときの思い切りのよさは、どこかキュルケに似ているなとタバサは思った。わがままで自分勝手だが、プライドの高さゆえに独立心も強い。
「ほらよ、こんなものしかないけど飲みたきゃ飲みな」
 元はシスターたちの更衣室であったらしい部屋に置かれたテーブルにタバサを座らせ、イザベラはひびの入ったコップに茶を注いで、地味な菓子を振る舞ってくれた。
 タバサは黙ってイザベラに従い、室内をざっと見渡した。すくなからぬ時間を過ごした形跡がある割には、掃除をする気なんかまったくないふうに散らかり放題で、テーブルも埃まみれではあったけれど、タバサにはそれのほうがなぜか安心できた。
 テーブルを挟んで、よく似た顔立ちをした従姉妹同士が向かい合う。
「いただきます」
 ぽつりと言い、タバサはコップに注がれたお茶に口をつけた。味も香りもほとんどせず、ただの色水に近い。
 けれど、温かみだけはあり、コクコクとタバサは数口飲んだ。イザベラは、「けっ、この悪食め」と呆れて見ているが、タバサは今日ここに来てよかったと感じていた。

659ウルトラ5番目の使い魔 78話 (3/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:47:14 ID:ClJwH74c
「お願いがある」
 タバサは一息に切り出した。もとよりそのつもりで苦労して居場所を突き止めたのだ。
 するとイザベラは「そうら来た」と、ふてぶてしく椅子に体を寄りかからせた。しかしタバサが切り出した内容は、イザベラの想像を超えていた。
「ガリアの女王になって欲しい」
「……はぁっ!?」
 イザベラは思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。こいつのことだからとんでもないことを言ってくるとは思っていたけど、どこからそんなぶっ飛んだ話が出てくるというんだ?
「わたしの耳がどうかしちまったのかね。女王になれって聞こえた気がしたけど」
「空耳じゃない。ついでに言えば冗談でもない。あなたに、ガリアの女王になってもらいたい」
 タバサの口調は淡々としていながら、空気を重くするような真剣味が感じられた。
 イザベラは、重ねて突きつけられた信じられない要請を咀嚼しきれないながらも、プライドの高さから平静を保ってタバサに問い返した。
「気でも触れたのかい? ガリアはまだわたしの父上が健在だ。どうしてわたしが女王になれる?」
「ジョゼフの統治はもうすぐ終わる。わたしが終わらせる。なにより、ジョゼフ自身がもう在位を望んでいない。でも、ジョゼフがいなくなった後に速やかに空位を埋めなくては内戦になる。今、生き残っている王位継承者はわたしとあなたの二人だけ。そして、後継者としては前王の実子であるあなたのほうがふさわしい」
「建前ではそうだろうね。けどそれは、つまりお前が簒奪者の汚名を避けるための傀儡になれってことだろ?」
 イザベラはにべもなくヒラヒラと手を振って断った。そんな都合のために王位を押し付けられるなんて死んでもごめんだ。
 しかしタバサは邪な様子は一切見せずに続けた。
「わたしには別にやることがある。ガリアを短期に収めるには、表の権威と裏からの工作が必要」
「フン、自分から花壇騎士時代に戻ろうっていうのかい? けど、わたしが表からの権力で、昔みたいにお前を辱め始めたらどうする?」
「好きにすればいい。わたしひとりでガリアが収まるなら、安いもの」
「甘く見るなよ。わたしだって元北花壇騎士の団長だ。そんな正義じみたことを言う奴は一番信用おけないんだ。お前にわたしがやったことを思えば、恨んでいないほうがどうかしている」
 イザベラは馬鹿ではなかった。舌俸鋭くタバサを問い詰めて来る。
 しかしタバサは表情を変えることなく、イザベラに言った。

660ウルトラ5番目の使い魔 78話 (4/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:48:10 ID:ClJwH74c
「あなたに恨みはない」
「恨みはないだって? 言うにことかいてこれはお笑いだ! わたしの命令でお前は何回死地に放り込まれた? 何回人目の前で辱められた? 馬鹿にするのもたいがいに」
「でも、今のあなたはそれを後悔している」
 罵声をさえぎって放たれたタバサの一言に、イザベラは思わず言葉を詰まらせた。そして絶句するイザベラに、タバサは従姉と同じ色をした目を向けて告げる。
「わたしは、あなたの人形だった。物言わぬ、心持たぬ人形……だけど、人形であるからこそ、いつからか人間の心が見えるようになってきた。イザベラ、あなたはわたしの前で一度も心から笑ったことはない。そんなあなたに、わたしは恨みを抱くことはできなかった」
「恨まれるどころか、むしろ哀れまれていたというのかい……戦う前から……いや、戦いもしないうちにわたしはお前に負けっぱなしだ。ああそうさ! わたしはお前が憎かった。わたしにない魔法の才を、お前はじゅうぶんに持ち合わせているからね。けど、どんな無理難題を押し付けても、お前は一度も折れなかった。せめて一度でもお前がわたしに許しを請えば、わたしの気も晴れただろうにさ!」
「でも、今のあなたはそれも間違いだったと知っているはず」
「どうしてそう思う?」
「魔法では手に入らないものがあるということを、今のあなたは知っているから」
 その一言に、イザベラは思わず苦笑いした。友人と呼ぶにはまだ自信がないが、こんな自分がはじめて本音をぶつけ合うことができた、デブとメイドの顔が思い浮かぶ。
 悔しいが、タバサには自分の何倍もの友人がいるのだろう。そんなタバサからすれば、自分など恨む価値さえなかったとされてもしょうがない。
 なんとまあ、馬鹿馬鹿しいことかとイザベラは思った。自分は長い間、いつかタバサが復讐に来るかもという、ありもしない幻想に怯えていたのか。
「ハァ。考えてみれば勝者が負け犬を恨むはずもないね。けど、それと王座のことは別だ。わたしは別にガリアがどうなろうと知ったことじゃない。お前の都合のために、余計な苦労をしょい込むほどお人よしでもない」
「わたしも王位はどうでもいい。どうでもいいと思っていた。でも、わたしは任務の中で王家の争いに巻き込まれて不幸になった人を何度も見てきた。空位期間が生まれれば、その混乱の中でより大勢が不幸になってしまう」
「ならなおさら、お前が女王になるべきじゃないのかい? 今でもオルレアン公の人気は絶大だ。貴族どもは歓呼の声で迎えるだろうし、統治の才覚もお前のほうがあるだろう。裏の仕事なら、わたしだって専門分野だ」
「それでいいとも考えた。けど、トリステインのアンリエッタ女王を見ていて思った。わたしには、女王として必要なものが欠けている。だけど、あなたにはそれがある」
「これはまた、最高のお笑いを提供してくれたね! わたしのほうがお前より女王として優れているだって? お世辞にしたって限度ってものがあるよ。馬鹿にされるのは慣れてるつもりだけど、そこまで言われたら気分が悪いね」
 するとタバサは神妙そうに頭を下げた。
「ごめんなさい。侮辱するつもりはなかった。でも、今、この世界は安定しているように見えるけど、それは見せかけだけ。幻想が晴れるその時までにガリアを立て直しておかなければ、今度こそガリアは滅びてしまう。残念だけどその力は、ジョゼフにはない」
 タバサの態度に嘘偽りはないように見えた。しかし、イザベラはタバサの態度に違和感を感じていた。

661ウルトラ5番目の使い魔 78話 (5/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:56:59 ID:ClJwH74c
「あんた、今日はずいぶんとよくしゃべるじゃないか。わたしには人の心は読めないけど、お前とは無駄に付き合いだけは長いからわかるよ。お前、焦ってるだろ? まだ何を隠しているんだい?」
「……それを言うならイザベラ。なぜあなたはガリアの王がジョゼフだと覚えているの?」
「え……?」
 イザベラは唐突なタバサの問いに答えることができなかった。それはイザベラにとっては当たり前すぎることであったから。
 しかし、タバサはイザベラを真っ向から否定するように告げた。
「今、ガリアの人間。いえ、ハルケギニアの人間のすべてはガリアにジョゼフという王がいることを忘れて、それが当たり前だと思って生きている。異常だけど、ある力によってそれが当たり前だと思い込まされている。けど、あなたは本来の世界の記憶を持ち続けている」
「お前……どういうことだい? この世界がおかしくなっちまった原因を、お前は知っているのかい」
「知っている。いいえ、世界中の人々の記憶に手を加えた張本人は、わたしだから」
 イザベラは椅子から立ち上がると、無言のままタバサの胸倉をつかみ上げた。だがタバサはイザベラのされるがままに身を任せており、イザベラは怒りを押し殺しながらタバサに言った。
「どういうことだい? 説明してもらおうか」
「……話せば長くなるからかいつまんで説明する。少し前に、ジョゼフに異世界から来たという者が接触してきた。あなたが前に召喚したと聞いたチャリジャと似たような者と思ってくれればいい。そいつは、ジョゼフとわたしを相手に、ある条件と引き換えに、ハルケギニアの人間すべての記憶を改ざんしてしまったの」
「そうか、ある日突然に誰に聞いてもお父様のことを知らなくなってたのはそういうわけか。まったく、わたしのほうが頭がおかしくなっちまったんじゃないかって狂いそうだったよ。それで、なんでわたしの記憶だけがそのままだったんだい?」
「もしも、わたしとジョゼフの両方に何かがあったときにガリアを託せるのはあなたしかいない。だから、あなただけは記憶操作から外してもらったの。でも本当なら、あなたにはこのまま穏やかに生活を続けていてほしかった。けど、状況が変わって、どうしてもあなたの力が必要になったの」
 イザベラはタバサの胸元から手を離すと、むかついている様子を隠すことなく吐き捨てた。
「チッ、つまりお前の尻拭いをわたしもやれってことじゃないか。ふざけるんじゃないよ。そんな理由で押し付けられた玉座なんか願い下げだ」
「悪いと思っている。でも、人々の記憶を改ざんしておける時間は、もう長くない。そのときにガリアが本当に滅亡するのを防げるのは、もうわたしとあなたしかいない。イザベラ、あなたしかいないの」
 タバサはイザベラに向かって頭を下げた。しかしイザベラは、懐疑的な目を緩めなかった。
「フン、お前がわたしに頭を下げるとはね。前だったら思いっきり高笑いしてやったろうね。けど、お前さっき言ったよな? 王座のことなんかどうでもよかったって。それがどうして、今さらガリアのためにそんな必死になってるんだ?」
 いまだに信用していないイザベラの視線は、タバサにまだ隠している問題の本質を明かすようにと強く訴えていた。タバサは、イザベラには隠し事はできないと覚悟を決めた。
「ガリアがここまで追い詰められてしまったのは、元をたどればわたしのお父様とジョゼフの確執が原因。娘のわたしには、その責任をとる義務がある」
「それだったら、責任はわたしの父上のほうにあるだろう。もう知っているよ。オルレアン公はわたしの父上に毒殺されたって。お前たち親子のほうは、むしろ被害者じゃないか」
「違う……あなたの言うとおりだと、わたしもずっと信じてきた。けど、真実は違っていた。罪人は、ジョゼフだけではなかったの」

662ウルトラ5番目の使い魔 78話 (6/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:58:30 ID:ClJwH74c
 タバサは絞り出すようにそう言うと、懐から一冊の古ぼけた本を取り出してイザベラに差し出した。
「なんだい?」
「読んで」
 なかば押し付けるように差し出されたその本を、イザベラは受け取るとペラペラとページをめくった。どのページにも、人名や数字がびっしりと羅列してあり、よく見ると「何年何月にあの貴族に金をいくら贈った」とか、逆に「あの貴族からどこそこの名画や宝石を贈られた」などを細かく記した帳簿らしいことがわかった。
「なんだい、よくわからないけど、賄賂の記録じゃないのか? こんなもの、どこの貴族のとこを探しても出て来るだろう」
「……それが、わたしの父の書斎から出てきたのだとしても」
「なんだって……」
 イザベラは慌てて筆者を確認した。タバサは筆跡で書いた人間を特定したが、イザベラはそうはいかない。しかしイザベラは最後のページに、おそらくペンの試し書きで書いたと思われる落書きを見つけた。
「「僕は兄さんには絶対に負けない」か……」
 それが、誰が誰を指したものであるかはイザベラにもすぐにわかった。 
 三年前のあの当時、イザベラも子供であった。しかし、子供のイザベラの目から見ても当時のオルレアン公の人気は天を突くようで、反面『無能』の代名詞であったジョゼフの娘の自分はずいぶん肩身の狭い思いをしたものだ。
 だが、大人になった今、冷静にジョゼフとオルレアン公を比べてみれば、二人には魔法の才を除けば極端な差はなかった。王位は長子が継ぐべしという世の習いを思えばジョゼフを推す者も少なからずいたであろう。いくらオルレアン公が好人物で有名だったとしても、どこかおかしくはなかったか?
 イザベラはタバサの顔を覗き見た。いつもの無表情を装ってはいるけれど、どこか怯えているように見える。これまでどんな凶悪な怪物の退治を押し付けても眉ひとつ動かさなかったというのに。
「お前は、これをどう思ってるんだい?」
「信じたくはなかった。けど、生き残っているオルレアン派の貴族の何人かに探りを入れてみたら、間違いないとわかった。わたしは、娘として父の罪を償わなければいけない」
「これを、わたしの父上はもう知っているのか?」
「まだ伝えていない。今伝えたところでなにも変わらない。それに、ジョゼフのやった罪が消えるわけでもない」
 イザベラは、タバサの目にいまだ消えない執念の炎が燃えているのを垣間見て、ごくりとつばを飲んだ。
「なら、これからどうするつもりなんだい?」
「もうこれ以上、ガリアをわたしたち王家の犠牲にするわけにはいかない。わたしはその因縁を闇に葬るために、あえて奴の作戦を続けさせる。イザベラ、その後にガリアを治めるのは、一番罪に触れていないあなたがふさわしい」
「わたしが一番罪汚れていない、か……皮肉だとしても、これ以上のものはないね」
 イザベラは苦笑した。まったく、運命の女神というやつはよほど残酷で悪趣味な魔女であるに違いない。
「もし、わたしが嫌だと言ったら?」
「そのときは、わたしが全てにケリをつける。あなたには、もう二度と会うことはないと思う」

663ウルトラ5番目の使い魔 78話 (7/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:05:15 ID:ClJwH74c
「どうしてそこまで一人で背負い込もうとするんだい? お前の責任感の強いのはわかったけど、お前が悪いわけじゃない。わたしみたいに何もかも投げ捨てて隠れ住んだほうがずっと楽じゃないか?」
 すると、タバサは短く宙をあおいでから答えた。
「このガリアには、この世界には、犠牲にするにはもったいないほど素晴らしい人たちが大勢いる。そんな人たちを、わたしは好きになりすぎてしまった。イザベラ、あなたもそのひとり」
「わたしが? わたしがいつお前に好かれるようなことをしたんだ? 恨まれるようなことしかした覚えはないよ」
「あなたが助けたあの少年とメイドから聞いた。イザベラさまは、本当は寂しがりやなだけで、本当は優しい方なんだってことを。わたしも、小さい頃はあなたによく遊んでもらったのを覚えている。あなたは、あの頃から変わっていない」
「ちっ、ほんとにあのバカどもめ。今度会ったらはっ倒してやる」
 照れながらもイザベラに嫌悪感はなかった。
 しかし、それとタバサに協力するかどうかとなっては話は別だ。このガリアという崩壊寸前の国を立て直すには想像を絶する困難が待っていることだろう。それは、イザベラがかつて経験したこともない重圧だった。
 でも、イザベラにも迷いはあった。ガリアという国は、自分にとってたいして愛着のあるものではないけれど、タバサと同じ様に守ってあげたい人たちはいる。なにより、かつて進んで死地に送り出していた時とは逆に、タバサを見殺しにするのは忍びないという心が生まれている。
「少しだけ考える時間をおくれ。今晩には答えを出すから、しばらく一人にしてくれ」
「……わかった。今晩、また来る」
 タバサは短く答えると席を立った。
 イザベラはじっと考え込んだ様子で、立ち去るタバサに見向きもしない。タバサはそっと廊下を歩むと、教会の外に出た。
 外は日が傾きだし、相変わらず人通りはまばらだった。
 まるで寿命を待つばかりの老人のような街だとタバサは思う。いやきっとガリアだけでなく、世界中にこうした役目を終えて滅びを待つだけの町はあるのだろう。
 しかし、まだガリアという国ををそうしてはならないとタバサは思った。全てのものはいつか滅びるのが定めだとしても、ガリアほどの大国が倒れれば、ハルケギニア全体に少なくとも数年に及ぶ混乱が巻き起こる。そうなれば、近い将来本格的に動き出すヤプールに対抗するのは不可能になる。
 タバサは空を仰いで思った。お父様、あなたもいつかはこの空を見ながらガリアの行く先を思ったのですか? もしお父様が生きていたら、ガリアをどんな国にされたのでしょう? わたしは、この三年間そのことばかりを思ってきました。けれど、それは間違いだったかもしれません。
 人の上に立つ、国王として何が必要か? たぶん、多くのものが必要なのでしょうけど、お父様もジョゼフも一つだけ気がついていないものがあったのですね。でも、それをイザベラは持っています。イザベラ自身は気づいていないけれど、横暴な王女だったイザベラが誰にも頼らずに自分だけで茶を淹れてくれたことで、確信しました。
 タバサは物思いに耽りながら、しばらくの休息をとるために歩いた。なにかと多忙ではあるが、シルフィードのいない今の移動は時間がかかり、疲労も溜まりやすい。しかしその中で、何かの役に立てばとジョゼフの所有していた『始祖の円鏡』をロマリア名義で密かにトリステインに送っておいたことが功を奏したらしいと聞いた。まったくあいつは何を考えているのかわからない。
 こんな寂れた街でも旅人向けの宿は残っており、タバサは町外れの小さな宿に入ると食事もとらずに寝床に飛び込んだ。
 
 やがて日も落ち、夜がやってくる。

664ウルトラ5番目の使い魔 78話 (8/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:07:11 ID:ClJwH74c
 ポーラポーラの街は酒場で賑わうような者すらもいなくなって久しく、日が落ちるとわずかな住人も家に閉じこもって街は静寂に包まれてしまう。
 夜道に響くのは野良犬の声ばかりで、街は本当に死んでしまっているかに見えた。しかし……その深夜のこと、タバサは妙な不快感を感じて目を覚ました。
「んっ……何?」
 頭の中に沁み込んで来るような、聞いたこともない高い音がタバサの耳に響いてきた。しかもそれは耳を塞いでも頭の中に執拗に鳴り響いてきて、タバサは直感的に危険を感じて呪文を唱えた。
『サイレント』
 音を遮断する魔法の障壁が張られ、タバサは不快音から解放されてほっと息をついた。
 いったい今の音は何? タバサはサイレントの魔法を張ったまま客室を出ると、まずは宿の様子を確かめた。 
「みんな、眠らされている……」
 宿の主や泊り客は皆、揺り起こしても何の反応もないくらい深く眠らされていた。あんな不快音の中でなぜ? と、思ったが、タバサは自分が風のスクウェアメイジだということを思い出してはっとした。
 なるほど、自分は風の脈動、つまり音に対して人一倍敏感だから、普通の人間とは逆の反応をしてしまったのだ。あの不快音は、恐らく普通の人間に対しては催眠音波として働くのだろう。自分もスクウェアにランクアップしていなければ危なかった。
 しかし、なぜこんな辺鄙な街でそんなものが? いや、考えるのはもっと状況を把握してからだと、タバサは直感に従って夜の街へと飛び出した。
 深夜の街は洞窟の中のように暗く不気味で、今日は月も大きく欠けている日だったので月光もほとんどなく、タバサは『暗視』の魔法を自分の目にかけて路地を進んだ。
 おかしい……昼間とは空気が違う。タバサは駆けながらも、ポーラポーラの街を流れる空気の異常に気付いた。昼間は寂れていながらも人の住んでいる街らしく、生ゴミの腐臭や生活の煙の臭いがかすかに嗅ぎ取れたが、今はまるで新築の家の中にいるような無機質な空気しか感じない。まるで街がそっくり同じ姿の箱庭に変わってしまったような。
 そのとき、タバサは人の気配を感じて物陰に隠れた。ぞろぞろと、こんな深夜には似つかわしくない大勢の足音が近づいてくる。
「あれは……」
 タバサはそれらの中の数人に見覚えがあった。ついさっきまで自分がいた宿の主や泊り客らだ。その誰もが操り人形のように虚ろな表情で歩いていった。
 彼らをやり過ごした後、タバサは疑念を確信に変えた。この街ではなにか異常な事態が起こっている。
 すると、さっき街の人たちが去っていった方向から足音がして、タバサは再度身を隠した。すると妙なことに、さっき去っていった街の人たちが戻ってきたではないか。
 だがタバサは違和感を覚えた。街の人たちの様子が変わっている。さっきは操り人形のようだった表情が、どこか悪意を感じる薄笑いに変わっていたのだ。
 操られているのか……それとも。タバサは考えたが、遠巻きに観察するだけでは確証を得るのは無理だった。いやそれどころか、タバサの目に信じられない光景が映りこんできたのだ。
「町が……動いている!?」
 思わず口に出してしまったほど、タバサの見た光景は常識を外れていた。さっきまでタバサの寝ていた宿の近辺の建物が動き出して地下に沈んでいったかと思うと、まったく同じ建物が地下からせり出してきて、パズルのように元通りはまっていったのである。

665ウルトラ5番目の使い魔 78話 (9/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:09:53 ID:ClJwH74c
 自分の目はどうかしてしまったのか? だがタバサは冷静さを取り戻して確かめると、目の前で起きている光景が『暗視』の効果でのみ見えており、裸眼ではまったく見えないことを発見した。
 からくりが読めてきた。どういう狙いかはわからないけれど、何者かが普通の人間の目には見えない仕掛けを使って街をそっくり入れ替えてしまおうとしているようだ。こんなことができるのは、ハルケギニアの住人では考えられない……ならば。
 いや……タバサは探求心を押し殺して、現状で最優先させなければならないことを思い出した。街の異変も重大だが、それよりも急いで確認しなければいけないことがある。
「イザベラ……」
 タバサは足音を消して路地を急いだ。
 そして、昼間のボロ教会の前についたタバサは扉をノックして反応を待った。
「どなたですか?」
 確かにイザベラの声で返事が返ってきた。しかし、昼間よりも声色が暗く、何よりもタバサは風系統のメイジとして、その声にほんのわずかだが人間の声ではありえないノイズが混ざっているのを聞き取った。
「この春は暖かで、王宮の花壇は北も南もきれいでしょうね」
 昼間と同じ呼びかけをして返事を待った。しかし、相手から返答はなく、しばらくしてわずかに開いた扉のすきまからイザベラの顔が覗いた。
「どなたですか?」
 明らかにこちらを知らないという態度。それを確認した瞬間、タバサは脱兎のように素早く行動に出た。
 杖を扉の隙間に差し込んで一気にこじ開け、小柄な体でイザベラのような何者かに体当たりを仕掛けたのだ。
「ぐあっ!」
 イザベラそっくりのそいつは、こんな展開は予想していなかったようで、タバサの体当たりをまともに食らって教会の中の床に転がった。タバサはそのまま、相手が起き上がろうとするところへ腹を踏みつけて動きを封じると、杖の先に鋭い氷の刃を作って相手の首筋へ突き付けた。
「暴れると殺す、叫んでも殺す」
 短く脅しの言葉を放ち、タバサは相手が返事ができるようになるのを待った。
 イザベラのような相手は、腹を踏みつけられたことでイザベラそっくりの顔を歪めながら苦しんでいたが、やがて息を整えると、恐怖に震えた様子で言った。
「お、お前はいったい? 誰だ? なんのためにこんなことをする?」
 やはりこちらのことを一切知らない様子に、タバサはイザベラそっくりなそいつの腹をさらに強く踏みしめた。
「質問をするのはこっち。まずは正体を表して。それ以上、彼女の姿を騙ることは許さない」
「ぎゃぁぁっ、わ、わかった。わかったからやめてくれ」
 イザベラそっくりな相手の姿がぼやけたかと思うと、次の瞬間そこには大きな耳と筋だらけののっぺらぼうの顔をした宇宙人の姿があった。

666ウルトラ5番目の使い魔 78話 (10/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:11:50 ID:ClJwH74c
 やはり……タバサは相手の動きを封じたまま、イザベラの姿を騙られた怒りを込めた声で尋問を始めた。
「あなたは誰? どこからやってきたの?」
「わ、我々はフック星人だ。ヤプールの差し金で、別の宇宙からやってきたんだ」
「目的は何? 侵略?」
「さ、最初はそのはずだったんだ。でも、アイツがやってきてからおかしくなっちまったんだ。お前、ウルトラマンどもの仲間か? 頼む、命だけは助けてくれ」
 フック星人はタバサに気圧されたのか、それとも元々小心なのか、みっともないくらい怯えながら答えた。
 タバサは、嘘をついている可能性は低いなと判断しながらも、油断なく尋問を続けた。
「おとなしく答えれば殺しはしない。イザベラは……この街の人たちはどこへやったの?」
「ち、地下の俺たちの基地だ」
「なぜ、街の人とと入れ替わっていたの? ここで何をしているの?」
「俺たちフック星人は夜しか活動しないんだ。だから夜になったら街の人間と入れ替わって、街を偽物に入れ替えてごまかしてたんだよ。俺はただの下っ端で、地下で何をしてるかは隊長しか知らねえ」
「なら、その入り口に案内して。そうしたら解放してあげる」
 タバサはフック星人を立たせると、その後ろから死神の鎌のように杖をあてがって歩かせ始めた。
 地下への入り口は下水道のマンホールにカムフラージュされていた。タバサはそこでフック星人を気絶させて物陰に隠すと、地下へと降り始めた。
 気配を消しながらタバサは延々と続く階段を降りていった。地下はかなり深く、ざっと百メイルは降りたかと思った時、やっと平坦な通路へ出た。そして、その通路に空いた窓を覗き込むと、タバサはあっと驚いた。
「これは……表の街」
 ポーラポーラの街がそっくりそのまま地下の広大な空間に移されていた。鼻をこらすと、昼間感じた生活臭が漂ってくる。間違いなく、こちらが本物の街だった。
 なるほど……フック星人たちは、こうやって街と住人をそっくり入れ替えて侵略を進めていくつもりだったのかとタバサは思った。昼間はなんの異変もなく、夜な夜なこうして侵略地域を増やしていけば、人間に気づかれることなくいずれ地上を全部手に入れることができる。実際、かつて地球でもフック星人たちはこうしてウルトラ警備隊の目をあざむきながら侵略計画を進めていたのだ。
 きっと街の人たちやイザベラもこのどこかに……だがここでタバサは考えた。単純にイザベラを取り戻すだけなら、朝を待てば街は元に戻されるだろう。それが一番確実だ。
 いやダメだ。すでに自分は下っ端とはいえ、フック星人のひとりを倒してしまっている。気づかれるのも時間の問題だ。そうなれば、街が元に戻る保証はない。
 やはり、今晩のうちにイザベラを奪還するしか道はない。だがそう思った瞬間、通路にブザー音と非常放送が流れ始めたのだ。
「全隊員に告げる、侵入者あり。全隊員に告げる、侵入者あり。全隊員はただちに非常事態態勢をとり、侵入者を排除せよ! 繰り返す……」
 見つかった! タバサは思ったよりも早い敵の反応に焦りを覚えるとともに、通路の先から足音が近づいてくるのを聞き取った。

667ウルトラ5番目の使い魔 78話 (11/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:17:02 ID:ClJwH74c
 数は数人、戦って倒すか? いや、敵の全容が掴めていないのに派手にこちらの存在を暴露するのは危険だ。タバサは思い切って、窓から眼下に広がる街へと飛び降りた。
 小柄な体が宙に舞い、青い髪がたなびく。振り返ると、飛び降りた窓から数人のフック星人がこちらを見下ろしているのが見えた。
『フライ』
 落ちる寸前に魔法で浮いて着地し、タバサは町並みの影に姿を隠した。
 これで少しは時間が稼げるはずだ。ポーラポーラの街は空き家だらけで身を隠す場所には苦労しない。と、そこでタバサは偶然にもこの場所が、本物のイザベラがいるであろう教会のすぐ近くであることに気づいた。
 ここからなら、百メイルも行けば教会にたどり着ける。しかし、敵の対応の速さはタバサの予測をさらに上回っていた。自分に向かって人間ではない足音が複数近づいてくるのが聞こえる。もう回り道をしている余裕はないと、タバサは呪文を唱えて空気の塊を巨大な砲弾にして発射した。
『エア・ハンマー!』
 スクウェアクラスの威力で放たれた空気弾は本物の砲弾も同然の威力で廃屋の壁を次々にぶち破りながら進み、その跡には家々の壁に丸い穴が続いた通路が出来上がっていた。
 よし、これで最短距離で直進できる。少々荒っぽいが、どうせみんな空き家なので勘弁してもらおう。タバサは飛びながら自分で作ったトンネルを急行し、そのゴールには目論み通り教会があった。
「アンロック」
 と、言いながらまたエア・ハンマーで扉をぶっ飛ばし、タバサは屋内でイザベラを探した。
 いた。イザベラは休憩室のソファーで寝息を立てていた。きっと、ソファーで考えながら眠ってしまったところを眠らされてしまったのだろう。
 タバサは杖を振り上げると、「起きて」と言って、思い切りイザベラの頭に振り下ろした。
「あがぐがびげがげ!?」
 熟睡していたところをぶん殴られて、イザベラは人間の放つものとは思えない声を叫びながらソファーから落ちて七転八倒した。
 しまった……ついうっかりいつもシルフィードにしてる起こし方をやってしまった。死んでないといいけど……。
「あがががが……な、なにが!?」
 よかった、どうやらイザベラもなかなか石頭だったようだ。多少目を回してはいるようだけども、起きてくれたならとりあえずよしだ。タバサは、次からイザベラを起こすときにはこの手でいこうと思った。
 しかし、のんびりしてもいられなさそうだ。フック星人の追っ手が迫ってきている気配がする。タバサはイザベラの首根っこを掴むと、勢いよくフライの魔法で飛び出した。
「ぐえええ……」
 首が締まってイザベラから苦悶のうめきが漏れる。が、悪いがかまっている余裕はない。タバサは全速で飛行しながら、時に追っ手に魔法を撃って退けつつ急いだ。
 やがて街はずれまで来て、ようやく追っ手をまいたタバサはイザベラを放した。イザベラはしばらく激しくせき込んでいたが、やがて顔を真っ赤にしてタバサにつかみかかってきた。

668ウルトラ5番目の使い魔 78話 (12/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:19:31 ID:ClJwH74c
「お前やっぱりわたしを殺す気だろ! わたしが憎いならはっきり言ったらどうだい!」
「あなたに恨みはない」
「どの口でそんなことを言うんだよ!」
「しっ、声が大きい。敵に気づかれる」
「敵ぃ!?」
 タバサはいきりたつイザベラをなだめながら、今の状況を説明した。
 イザベラは殴りかかる寸前まで行きながらも、空が天井で封鎖されているのを見て状況を理解した。
「なるほどね。前は小さくされて捕まって、今度は街ごと捕まってしまったわけか。それにしてもお前、もう少し優しく助け出すことはできないのかい?」
「荒っぽい仕事ばかりやらせてたのはあなた」
「ぐぬぬ……で、これからどうするつもりなんだよ?」
「まずは出口を探す。最悪、あなただけでも逃がさないといけない。できるだけ静かにしながらついてきて」
 話を強引に打ち切ると、タバサはさっさと歩きだしてしまった。イザベラはまだ言いたいことはあったけれど、こんな状況ではタバサ以外に頼れるものはおらず、しぶしぶ後をついていった。
 街は住人がそれぞれの家で眠らされているようで、タバサたち以外には動く者はいない。だがフック星人の兵士があちこちで自分たちを探し回っており、ふたりは隠れ潜みながらじっくりと進んでいった。
「おい、なんであんな弱っちそうな奴ら、さっさと倒して行かないんだよ? 今のお前ならできるだろ」
 じれたイザベラが急かしてくる。しかしタバサはしっと口を押さえながら小声で返した。
「敵の総力がわからないままで、無駄な精神力は使えない。それに、彼らは目がない代わりに耳が発達してるようだから、へたに騒げば仲間がわっと集まってくる」
 もしフック星人がタバサの精神力を上回る戦力を持っていたらタバサに勝ち目はない。タバサは可能であればポーラポーラの街の人たちも助ける気でいたから、雑兵相手に無駄な戦いをするわけにはいかなかった。
 それに、敵を泳がせることで利用することもできる。タバサはフック星人の兵隊の動きを注意深く観察していた。彼らのパトロールの動きを読めば、ここの出入り口も読めるはず。案の定、廃屋のひとつが彼らの出入り口になっているのがわかった。
「あそこから別のところに行けそう」
 タバサはフック星人が去った後に、イザベラをともなって廃屋に入った。
 どうやら地下室への入り口が出入り口になっているらしい。敵の気配がないことを確認して、その入り口をくぐった。
 行く先は機械的な地下通路になっていて、まるで宇宙船のような作りのそこを、旅人服のタバサと修道服のイザベラが進んでいくのは、見る者がいればアンバランスだと思ったことだろう。

669ウルトラ5番目の使い魔 78話 (13/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:21:14 ID:ClJwH74c
 この先はいったいどこにつながっているのだろう? 二人は息をひそめながら通路を進んでいく。
「おい、なんかどんどん下へ下へと下がっていってる気がするんだが、ほんとに出口に向かってんのか?」
 イザベラが抗議してきても、もちろんタバサにだって確信があるわけがない。しかし、いまさら引き返すというわけにはいかず、運を天にまかせるしかないのが本音だ。
 が、通路は果てがないくらい長く、イザベラが疲れて壁に寄りかかった。
「ちょ、ちょっと待っておくれよ。少し休憩していこうぜ、こっちはお前ほど歩き慣れてないんだ、うわぁっ!?」
「イザベラ!?」
 突然、イザベラの寄りかかった壁が回転したかと思うとイザベラは壁の向こうへ吸い込まれていってしまった。
 隠し扉!? タバサは慌てて壁の向こうへ消えたイザベラを追って自分も回転扉のようになっている隠し扉の先へと進んだ。
「う、いてて」
「イザベラ、大丈夫?」
「ああ、びっくりしただけだよ。それにしても、なんてとこに扉を作りやがるんだ。って……なんだいこれは!」
 イザベラとタバサは、隠し扉の先にあった部屋でおこなわれている光景を見て驚愕した。
 大きな部屋の中でベルトコンベアーとロボットが無人で稼働し、機械音を響かせながら何かを製造している。
 ふたりはしばらくその光景にあっけにとられた。ハルケギニアの人間の常識ではありえない光景……しかし、一時期を地球で過ごしたことのあるタバサは、これが工場であることに気づいて、ベルトコンベアーの上で何が作られているのかを覗き込んだ。
「これは、銃?」
 タバサは手に取った未完成品を見てつぶやいた。ハルケギニアの原始的な火薬式のものとは違い、全金属製だが木のように軽い未知の金属で作られている。恐らくは光線銃の類だろう。
 見ると、複数あるベルトコンベアーではそれぞれ違った兵器が製造されている。それぞれが手持ち携行可能なサイズの銃火器で、中には才人たちがド・オルニエールで見たウルトラレーザーも含まれていた。
 ここはフック星人の兵器製造工場かとタバサは考えた。異世界の武器がいかに強力かはタバサもよく知っている。できればここも破壊しておきたいがと思ったが、イザベラが急かすように袖を引いてきた。
「なに考え込んでるんだよ。こんなところに用はないだろ、早く出口を探そうって」
 確かに、今はそこまでやっている余裕がないのも確かだ。優先すべきはまず脱出、基地の破壊は準備を整えた後でもいい。
 タバサは元の通路に戻ろうと踵を返した。だがそこへ、あざ笑う声が高らかに響いてきたのだ。
「ハッハハハ! 出口なら永遠に探す必要はないぞ」

670ウルトラ5番目の使い魔 78話 (14/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:22:33 ID:ClJwH74c
 はっとして振り向いた先の壁が回転して、大柄なフック星人が入ってきた。
 とっさに杖を向けるタバサ。しかし、タバサが呪文を唱え始めるよりも早く、壁の別のところや工場の物陰から何十人ものフック星人が現われてふたりに銃を向けてきたのだ。
「……くっ」
「ハハハ、いくらお前が優れたメイジでも、これだけの銃口に狙われてはどうしようもあるまい? さあ、後はわかるだろう? 俺に退屈な台詞を言わせないでくれよ」
 嘲るフック星人に対して、タバサは攻撃することができなかった。表情こそ変えていないが、内心では歯ぎしりしたいような悔しさが燃えている。やられた、捕まえやすいところへむざむざ誘い込まれてしまったのだ。
 もしタバサが魔法を使うそぶりを見せれば、四方からのレーザーがふたりを蒸発させてしまうだろう。タバサひとりならまだなんとかなるかもしれないが、イザベラまで守り通すのは不可能だ。タバサは仕方なく、杖を手放すと両手を上げた。
「おいお前!」
「今はこうするしかない。イザベラ、あなたも逆らわないで……さあ、これでいい?」
「そう、それでいい。話が早くて助かる。フフ……あとでゆっくりどこの回し者か聞き出してやるとしよう」
 大柄なフック星人はそう言って笑った。
 どうやら、このフック星人があの下っ端が言っていた隊長らしい。タバサは背中に銃口を突き付けられながらも、隊長に問いかけてみた。
「ここで侵略用の武器を作っているの?」
「侵略? フン、本当ならそのつもりだったんだが、あのお方の命令でな……でなければ、誰がこんなオモチャみたいな武器を作るものか」
「あのお方?」
「余計なことは知らなくていい。どうせお前らは二度とここからは出られないんだ。お前ら、尋問の用意ができるまでこいつらを閉じ込めておけ!」
 隊長が不機嫌そうに命令すると、タバサとイザベラの背中から別のフック星人が銃を突き付けて「歩け」と促してきた。
 タバサは黙ってそれに従って歩き出す。隣でイザベラが顔を青ざめさせているが、今のタバサにはどうしてやることもできなかった。
 
 だが、チャンスは必ず巡ってくる。タバサは逆転をまだあきらめてはいない。
 それにしても、フック星人の後ろにいるという、あの方とは何者か? 思案をめぐらせるタバサの後ろで、隠し扉の閉じる音が重く響いた。
 
 
 続く

671ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:34:47 ID:ClJwH74c
今回はここまでです。フック星人といえばウル忍でもレギュラーでしたね。
しかし、ほかの宇宙人でも似たようなものですが、あのマスクをかぶって演技するアクターさんは大変でしょうねえ。

672名無しさん:2018/10/05(金) 20:43:24 ID:cU2ELQhY
ウルトラ乙

673ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:37:25 ID:6VAe6l22
皆さんおはようございます。79話の投稿を始めます

674ウルトラ5番目の使い魔 79話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:40:48 ID:6VAe6l22
 第79話
 アナタはアナタ(後編)
 
 集団宇宙人 フック星人 登場!
 
 
 タバサとイザベラはフック星人の基地の中を連行されていた。
 フック星人の作戦によってすり替えられてしまったポーラポーラの街。タバサはそこからイザベラを助け出し、さらにフック星人の兵器工場も発見した。
 しかし、罠にはめられて二人とも捕らえられてしまい、牢への道を歩かされている。
 杖は取り上げられ、背中には銃を突き付けられた最悪の状況。けれどタバサはまだあきらめず、虎視眈々と反撃のチャンスを狙っていた。
 
「わたしたちを、どうするつもり?」
「知りたいか? うちのボスはせっかちだからトークマシンでお前たちの頭を根こそぎかき出すつもりだろうぜ。まあ、トークマシンのフルパワーで頭をいじられたら廃人確定だろうから、いまのうちにせいぜい怯えてるがいいさ」
 タバサの質問に、彼女たちを連行しているフック星人の一人が答えた。今、タバサとイザベラの背中にはそれぞれ銃が突き付けられ、銃を持ったフック星人と、その上司らしいフック星人の計三人のフック星人がいる。
 対して、タバサとイザベラは杖を取り上げられて完全に丸腰。状況はまさに最悪と言えた。
 おまけにフック星人たちは、こちらを無事にすますつもりはまったくないようだ。トークマシンがなんのことだかはわからないけれど、話からして自白剤のようなものらしい。
 イザベラのほうを見ると、完全に血の気を失ってしまっている。無理もない……事実上の死刑宣告を受けてしまったら、普通の神経では耐えられないものだ。
「お、おい……わ、わたしたち、どうなるんだい?」
 怯え切った声でイザベラが問いかけてきても、タバサにはそっくりそのままを言ってやるしかできなかった。それを聞いて、さらにイザベラの顔が絶望に染まるが、嘘を言ったところでどうにかなるものでもない。
「ど、どうにかしてくれよ。お前、北花壇騎士だろ。いままで、わたしのどんな難題もこなしてきたじゃないか」
「無理、杖を取り上げられていてはどうにもならない」
 タバサはそっけなく答えた。その答えにイザベラがさらに青くなると、フック星人たちはおもしろそうに笑い声をあげる。
 だが実際、タバサの杖は少し離れた位置にいるフック上司が持っている。あれを取り返さなくてはまともな戦いはできない。それも、トークマシンにかけられるまでの、残りわずかな時間のうちにである。顔には出さないが、タバサも内心では焦っていた。
 と、歩きながらひとつの角に差し掛かった時、その先から別のフック星人が二人現れた。
「おう、そいつらが例の侵入者たちか。なんだ、意外とあっさり捕まえたんだな」

675ウルトラ5番目の使い魔 79話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:42:46 ID:6VAe6l22
「まあな、けっこう暴れてくれたが、まあこのとおりよ。お前たちはこれから仕事か?」
「ああ、アレのノルマが迫ってるからな。いったいいつまで続くんだろうなこんな仕事。もうフック星に帰りたいぜ」
「まったくだ。隊長に言っても聞いてくれねえし、もうこんな星うんざりだぜ」
 フック星人同士の立ち話。それをタバサは黙って聞いていた。たとえ下っ端同士の愚痴だとしても、こちらからすれば重要な情報源となる。
 それに、話に気を取られれば隙も生まれる。タバサはこの瞬間を待っていた!
「おい、お前ら。無駄口はそのへんに、ん? 何っ!?」
 フック上司は一瞬何が起こったのかわからなかった。タバサの姿が消えたかと思った瞬間、部下の一人が足をすくわれて倒され、もう一人が反応するより速くタバサは横合いからフック部下の脇腹に肘打ちを打ち込んだのである。
「ぐふぅっ!」
 急所を打たれてフック部下が倒れる。そして、銃を持った二人が倒れたことで、タバサはイザベラが驚愕の眼差しを向けている前で、豹のように俊敏にフック上司に飛び掛かったのだ。
「ウワッ!?」
 フック上司はとっさに手に持っているタバサの杖で身を守ろうとしたが、それはタバサの思うつぼだった。タバサの手が杖にかかり、フック上司の手から取り上げようと引っ張りあげる。
「杖は返してもらう」
「こ、この小娘! な、なめるな」
 フック上司は杖を奪い取ろうとするタバサを力付くで振りほどこうと試みた。しかし、細身で小柄なタバサくらい簡単に振り払えるだろうと思ったフック上司の目論みは、杖から伝わってくる異常な強さの力で打ち砕かれた。
「こ、こいつのどこにこんな力が!? うおわっ!」
 まるで大男を相手にしているようなあり得ない力がフック上司を逆に振り回し、ついにフック上司は杖を手放して床に放り出されてしまった。
 むろん、それだけで終わる訳もない。タバサは杖を取り戻した勢いで、フック上司の頭に全力で叩きつけた。
「うわっ」
 思わずイザベラのほうが悲鳴をあげた。自分でも食らったからわかるがあれは痛い。そして、なぜフック上司が悲鳴をあげなかったのかというと、悲鳴をあげる間もなく気絶させられたからで、その時にはタバサは杖を振って次の魔法を唱えていた。
『蜘蛛の糸』
 それは空気から粘着性の糸を作り出して相手を絡め取ってしまう魔法で、あっという間に残り四人のフック星人も縛り上げてしまった。
「な、なんだこりゃ! ほ、ほどきやがれ」
「暴れるだけ無駄。心配しなくても、しばらくしたら消える」
 フック星人たちの抵抗を完全に封じたタバサは、気絶しているフック上司からイザベラの杖も取り戻して彼女に渡した。
「これはあなたのもの」
「あ、ああ、ああ。けどお前、前からそんなに強かったっけ? いや、メイジとしてじゃなくて、腕っぷしというかなんというか」

676ウルトラ5番目の使い魔 79話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:43:43 ID:6VAe6l22
「最近ちょっと鍛えた」
 タバサはそっけなく答えたが、どう見てもちょっとどころの鍛え方ではなかった。
 まあ確かに鍛えすぎたかなとは思う。地球にいた頃、ハルケギニアに戻る準備ができるまではXIGの空中母艦エリアルベースでお世話になっていたのだが、借りた本も読み尽くし、やることがなくなって運動でもしたらどうかと薦められたとき、トレーニングルームでえらいのに見つかってしまった。
「おう、お前さんが噂の魔法使いか。自分からここに来るとは感心感心」
「別に、軽く体を動かすだけのつもりだから」
「そりゃいかんぞ。若いうちに体を鍛えておかないと、歳をとるのが速くなるってもんだ!」
 と、がたいのいい三人のおっさんに捕まったのが運のつき。あれよあれよという間に、本格的なトレーニングをすることになってしまった。
「あの、わたしはメイジで魔法で戦うわけだから……」
「わかってるって。チューインガムも最初はそう言ってたけどな、体を鍛えておいて損なんかねえんだから。まあ騙されたと思ってつきあいな」
 こうして、その当時は居候の身だったので無理に断れなかったタバサは、ちょっとした運動のつもりだったのが、本格的なトレーニングを受けることになってしまった。
 しかも、陸戦部隊だという彼らのトレーニングは、かなり手加減してはくれているそうだったが、物凄くきつかった。自分もガリアでイザベラから受ける任務の数々で人並み以上には鍛えているつもりだったけれど、数日は筋肉痛で死ぬかと思った。それに、重量挙げの重りの重さとか、今思えば女の子にさせていい重さではなかった。
 しかし、そうして鍛えたおかげで、今こうして魔法を使わずにピンチを切り抜けることができた。彼らチーム・ハーキュリーズには感謝している。それにもしかしたら、ハルケギニアに戻った後で過酷な戦いが待っているであろうことを見据えた、コマンダーの差し金もあったのかもしれない。
 それはそうと、これで戦力は回復できた。もう同じ手にかかるつもりはない。
 タバサは縛り上げているフック星人たちに寄ると、短く言った。
「あなたたちには、やってほしい仕事がある」
 その威圧のきいた声に、フック星人たちは息をのみ、イザベラは気色ばんだ。
「おっ、そいつらに出口まで案内させるんだな?」
 しかしタバサは意外にも首を横に降った。
「違う、作戦変更。わたしはこれから彼らのボスのところに行って、街を元に戻させる。あなたはこれから彼らを指揮して武器工場を破壊してほしい」
「はっ、はあぁぁーっ?」
 これにはイザベラだけでなく、フック星人たちも面食らった。
「おっ、お前何を言い出すんだよ。こいつらは敵だぞ、敵!」

677ウルトラ5番目の使い魔 79話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:44:44 ID:6VAe6l22
「彼らの間には、現状への不満と帰郷心がくすぶっている。あなたたち、さっきそう言っていたね?」
「あ、ああ。だが、それでなんで俺たちが自分たちの基地を破壊しなけりゃいけないんだ?」
「基地が破壊されたとなれば撤退する立派な大義名分になる。責任は、隊長に押し付ければあなたたちは無罪。あなたたち、故郷に帰りたくはない?」
「う……」
 タバサのその提案に、四人のフック星人たちは顔を見合わせた。あの隊長は、あの傲慢な態度や、さっきの部下たちの不満げな会話から察したが、やはり人望はほとんどないようだ。
 しかし、フック星人たちは迷っていた。裏切りになるということはもちろん、その確実性についても疑問視していた。
「お前、この基地には何百というフック星人がいるんだ。その全員がその気になるとは限らないじゃないか」
 確かに、隊長に従う者もいるだろう。いくら現状に不満があるといっても、内乱になるよりはましだと誰もが思うであろう。
 しかしタバサは事も無げに、イザベラを指しながら驚くべきことを言った。
「心配はいらない。彼女はこう見えて、百万の兵を指揮する大将軍。きっとあなたたちに勝利をもたらしてくれる」
「はあぁ!?」
「な、なんだと!」
 別々の意味で驚くイザベラとフック星人。そして当然イザベラはタバサに食ってかかった。
「お前! 言うに事欠いて、口からでまかせにもほどがあるだろ」
「でまかせとはなんのこと? あなたはガリアの次期女王。つまりガリア王国軍全ての総司令官ということ」
 しれっと答えるタバサであった。もちろんフック星人たちも懐疑的な様子を見せている。しかしタバサは遠慮せずに無茶な説明を続けた。
「あなたたちは運がいい。この方はこれまでにも数々の難事件を優秀な部下を駆使して解決に導いてきた采配の達人でもある。特に、やる気のない部下をその気にさせるのは大得意で、わたしもずいぶん鍛えられた」 
「おい、お前」
「このお方の一喝にかかれば弱者は恐れおののき、強者も凍りつく。このお方を前にしたら、このわたしもなすすべなく言うことを聞くしかなくなる」
 そう言ってタバサはイザベラに膝まずいて見せた。
 もちろんイザベラは困惑する。だが、フック星人たちはタバサの仕草があまりに堂に入っていたので、すっかりその気になってしまった。
「あの強い奴が頭を下げるなんて、あっちの女はいったいどれだけすごいんだ!?」
「そんなすげえ奴なら、俺たちをこんな仕事から解放してくれるかもしれねえ」
 フック星人たちの声色が変わったのがイザベラにもわかった。彼らはこの仕事に心底うんざりしていたようで、目はなくても期待の眼差しを向けてきているのはわかる。しかし、イザベラにはそんな自信は到底無かった。
「お前、わたしをどうしようっていうんだ!」
「難しいことは何も言ってない。いつもわたしに命令していたみたいに彼らを使って目的を果たせばいい。彼らは今に限って、あなたの部下同然」

678ウルトラ5番目の使い魔 79話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:45:58 ID:6VAe6l22
「バカな。わたしはただ命令していただけだ。お前のように、戦いの才能なんかないんだ」
 思わず弱音を吐くイザベラ。しかしタバサは彼女の目を見てきっぱりと言った。
「心配はいらない。あなたは伊達に北花壇騎士団を指揮してきたわけじゃない。いつものように、ふてぶてしく図々しく命令すればいいだけ」
「お前はわたしをなんだと思ってるんだ!?」
「なにも嘘は言っていない」
「嘘じゃなければ何言ってもいいってわけじゃないだろうが!」
 涼しい顔で言いたい放題を言うタバサに、ついにイザベラも堪忍袋の緒が切れた。しかし、タバサは落ち着いた様子でイザベラに告げた。
「わたしはあなたに嘘を言ったことはない。だから言う。イザベラ、あなたにはあなた自身、まだ気づいてない大きな才能がある。この戦いで、それを見つけてほしい。あなたなら、きっとできる」
 そう言うとタバサはイザベラが止める間もなく、風のように去って行った。
 残されたイザベラはあっけにとられたが、もう自分に選択肢がないことを認めざるを得なくなった。
 後ろには期待してくるフック星人たち。自分の実力では戦うことも逃げることも無理。かといって命乞いをするのはプライドが許さない。逃げ場がなくなったそのとき、イザベラの中で何かが切れた。
「ああそうかい。今度はお前が、わたしがお前にやらせてたことをやらす気だってんだな? わかったよ、お前にできることがわたしにできないわけないってことを思い知らせてやる。おいお前ら、今からお前らのボスはこのわたしだ。文句はないな!」
「ハイ!」
 プチ・トロワでメイドや兵隊を震え上がらせていた頃の、暴君としてのイザベラがここに再来した。
 しかし、以前とは違うことがひとつある。
「ようし、やるとなったら派手にぶち壊すぞ。一番でかい工場はどっちだ?」
「はっ、こちらであります!」
「ならお前ら、わたしについてきな!」
 以前のイザベラは、ふんぞり返って誰かに命令するだけだった。だが、今のイザベラは自分が先頭に立って走っている。かつて誘拐怪人レイビーク星人と戦ったときから、イザベラは他人の背中越しでは見えない世界があることを学んでいた。
 先頭に立ってのしのしと駆けていくイザベラに、フック星人たちも頼もしそうについてくる。
 そのとき、別のフック星人の一団と出くわした。
「な、なんだお前は!」
「あん? ちょうどいい。お前らもいっしょについてきな!」

679ウルトラ5番目の使い魔 79話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:48:35 ID:6VAe6l22
「な、なんだと?」
「お前らのためになることしてやろうってんだよ。お前らも、うんざりする毎日が嫌ならついてきな。スカッとさせてやるよ」
 不敵に笑うイザベラに、鉢合わせしたフック星人たちは不審者が目の前だというのに捕まえることも忘れてしまった。しかし、仲間のフック星人から目的を教えられると、明らかな動揺を見せた。そんな彼らに、イザベラは告げる。
「今が嫌か? 自由が欲しくないか? なら、わたしといっしょに暴れてみないか?」
 その言葉の力強さに、やはり不満を持っていたフック星人たちも加わり、一同は一気に数を増やして突き進んだ。
 そしてこうなると、勢いを得た彼らは怒濤の勢いで突き進んで行った。あちこちで参道者を増やし、工場へなだれ込んでいく。
 もちろん、止めようとする職務に忠実なフック星人もいる。しかし、すでにイザベラに従う者のほうが圧倒的多数になっており、彼らは立ち塞がる者たちに抗議した。
「き、貴様ら、これは反逆だぞ」
「うるさい! こんなところでいつまでも穴蔵に籠ってるなんて、もううんざりだ。俺たちはもうフック星に帰りたいんだよ。邪魔するな!」
 反乱行為だが、つもりに積もったストレスの爆発に対しては、止めようとするフック星人も有効な説得はできなかった。そして、そんな彼らにイザベラはふてぶてしく言った。
「あーあ、クソ真面目クソ真面目。わたしの部下に欲しいくらいだよ。だが、その信念。本当にお前らは心から信じてるのかい?」
「なにを戯れ言を!」
「言われたことをやるだけならお前らは奴隷さ。だが、お前らだってやりたいことはあるだろう? それを我慢したままで死んでいくのか?」
「ふざけるな! 兵が気分で戦って、軍の規律が守れるものか!」
 フック星人は別名を集団宇宙人というくらい、個の弱さを集で補う星人だ。それゆえに小隊長クラスは規律に厳格ではあったが、イザベラは嘲るように言ってのけた。
「バッカだねぇ! 人の上に立つってのはさ。いつ寝首を掻きに来るかわからないやつを屈伏させるからおもしろいんだよ!」
 嗜虐的な光を瞳に宿らせながらイザベラは言った。抵抗しない相手なんかいじめてもすぐに飽きる。どうせ可愛がるなら、手を噛みに来る犬のほうがやりがいがあるというものだ。そう、例えばタバサのような。
 その、狂気一歩手前の迫力に、立ちはだかっているフック星人たちが気圧されて後ずさる。しかし、一番の変化は彼女の後ろで起こった。
「おおっ! なんていう器の大きさなんだ。うちのボスとはまるで格が違うぜ」
「この方なら俺たちを解放してくれるかもしれないぜ。今日から姐さんと呼ばせてもらいやす!」
「バァカ! わたしは女王だよ!」
「ハイ! 女王様」
 イザベラも調子に乗ってきて、軍勢に一体感が生まれてきた。規律に沿って動くフック星人にとって、型破りなイザベラのようなリーダーは新鮮だったのだ。

680ウルトラ5番目の使い魔 79話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:49:36 ID:6VAe6l22
 だがそれにも増して、今のイザベラにはフック星人たちを引き付ける魅力があった。自分では歩けない道を切り開き、見れない景色を見せてくれる、そんな期待感を抱かせてくれる頼もしさが。
 そして、大多数のフック星人を味方につけたイザベラは、不敵な笑みを浮かべると手を振り上げて叫んだ。
「突撃ーっ!」
 待ちに待った命令を受けたフック星人たちは、雪崩を打って驀進していった。最後まで止めようとしていたフック上司たちも、これで止めようとすれば自分たちの身も危ないと悟って、棒立ちで傍観に移っていった。
 もはや反乱というより暴動に近い。しかし、それだけフック星人の中に鬱屈したものが溜まっていたということであって、それを解放したイザベラにはリーダーとしての非凡な才能があるということだった。
 イザベラを先頭に工場になだれ込んだフック星人たちは、自分たちが嫌々作らされていた兵器群を睨みつけた。それと同時に、ひとりのフック星人がイザベラにマイクを持ってきた。
「ほう、気が利くじゃないか。おい! ここにいるバカども全員、よく聞きな。こんなせまっくるしい穴倉で、いつ終わるかわからない仕事をさせられ続けてる自分をかわいそうだと思わないかい? だったらわたしが許す。全部、ぶっ壊してしまいな!」
 その一言は、フック星人だけでなく、これまで王宮という檻に閉じ込められてきたイザベラ自身への無意識のうちの宣戦布告であった。
 人間は、誰もが自分を縛って生きている。そうしないと、集団の中で生きていけないからだ。しかし、長い間強く締め付けられ続けると、マグマ溜まりのようにストレスは圧縮され、なにかのきっかけで爆発する。それは目に見えない爆弾として、ときおり社会のどこかで悲劇を生んでいる。
 フック星人たちは、人間とさして変わらない社会構造を持っている。しかも彼らは、本来の自分たちの目的とは違った仕事を押し付けられていた。その怒りは当然のもので、解放された彼らは暴徒さながらに兵器工場を破壊していた。
「壊せ壊せーっ! こんなクソッたれなもんとはおさらばだーっ!」
「帰るんだ。俺たちはもう星へ帰るんだ!」
 製造途中や完成品の兵器が製造設備ごと壊されていく。無数のウルトラレーザーやそれに相当する兵器もことごとく鉄くずと化していき、イザベラはそれを工場を見下ろせるクレーンの上から見ていた。
「いいよいいよ! 盛大にやっちまいな。こんな景気の悪い場所は、すっきりぶっ壊してしまいな!」
 イザベラの声に応じて、フック星人たちの勢いも増していく。フック星人のでこぼこの顔では表情はわからないが、彼らが喜びに沸いているのははっきりわかった。
 そして、フック星人たちの勇気の源泉になっているのがイザベラであるのも間違いはない。彼女が誰からも見えるところでふんぞりかえっているからこそ、彼らは安心して暴れることができた。
 工場の破壊は轟音をあげて進み、工作機械やベルトコンベアも煙をあげて止まっている。そんな様子をイザベラは満足そうに見下ろし、そしてそんなイザベラをタバサはモニターごしに見守っていた。
 
「そう、それがイザベラ、あなたの力。人の勇気を鼓舞して、軍団を率いる。わたしが持っていない、将としてのあなたの才能」
 
 タバサは少し羨望が混じった眼差しをイザベラに向けていた。

681ウルトラ5番目の使い魔 79話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:51:20 ID:6VAe6l22
 確かにイザベラには王族としての気品や優雅さなどはない。だがその代わりに、人をその気にさせる口のうまさと、恐れや迷いを振り切らさせる堂々とした風格を持っている。それはアンリエッタが国民を鼓舞する際に度々見せる姿であり、いくら知力はあっても無口なタバサにはできないことであった。
 そんなタバサが見るモニターの中では、工場が次々に使用不能にされている姿が平行して映し出されている。ここは基地の指令室で、彼女の少し前には怒りで体を震わせているフック星人隊長がいた。
「ここはもう終わり。これ以上、このガリアで好き勝手はさせない」
「ぐぬぬぬ、貴様らぁ。よくも、よくも、俺の基地をメチャクチャにしてくれやがったな。俺の部下をそそのかして反乱を起こさせるなんて、汚い手を使いやがって」
「反乱を起こさせられるほど部下を掌握できていなかったあなたが悪い」
 タバサは隊長に冷断に言い放った。
 周りには、タバサに倒された隊長の護衛のフック星人が数人横たわっている。イザベラと別れた後、タバサは通りすがりのフック星人を尋問して素早く指令室の場所を聞き出し、安心しきっている隊長へ奇襲をかけて成功させていたのだった。
 今や、隊長に残っている護衛は二人のみ。そしてタバサは、彼らに対しては容赦をしないつもりでいた。
「あなたには、街を元に戻してもらう。そして、いくつか聞きたいこともある」
「しゃらくせえ! やってしまえ」
 激高したフック隊長は、部下二人とともに襲い掛かってきた。三人のフック星人は身軽な動きで、アクロバットのようにタバサを包囲してこようとする。彼らはタバサが強力な魔法使いだと知って、それを封じるために狙いを定まらさせない作戦にでたのだ。
 ヒュンヒュンと、高速で跳び回るフック星人がタバサの視界を次々と横切っていく。かつてはウルトラセブンも翻弄されたフック星人のフットワークはさすがで、さしものタバサも容易には魔法の照準をつけられずにいた。
 しかし、百戦錬磨の戦闘経験を持つタバサは、フック星人のこの戦法をどうすれば封じられるか、即座に対策を導き出していた。杖を床に向け、短く呪文を唱える。簡単な氷の魔法だが、タバサの力量で放たれたそれはあっという間に指令室の床を凍り付かせ、摩擦のないアイスバーンに変えてしまったのである。
「う、うわわっ!?」
 ツルツルの床の上ではフック星人のフットワークもなんの意味も持たず、三人はあっという間にすっ転んでしまった。
 タバサは転んでもがいているフック星人のうち、部下二人に素早くとどめを刺すと、隊長に杖の先を向けて宣告した。
「あなたの負け。観念して」
「うっ、ぐっ……お、恐ろしい娘だな。て、てめえ何者」
「ただの人間。そしてあなたの敵、それだけ」
 あくまでタバサは冷徹だった。イザベラが将なら自分は兵、その役割を果たすのみ。

682ウルトラ5番目の使い魔 79話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:52:13 ID:6VAe6l22
「あなたはわたしたちの国を奪いに来た。なら、それ相応の報いを受けてもらう」
「な、なに言いやがる。てめえらこそ、まだなにもしてない俺の部下たちをメチャクチャにしやがって!」
 フック隊長は悪魔を見るように震えながらタバサを罵った。しかし、タバサは落ち着いてそれに言い返した。
「わたしたちは、イザベラはあなたとは違う」
 そう言って、タバサは工場が映し出されているモニターに目をやった。
 工場では、まだ暴動が続いている。その中で、フック星人の一団が、最後まで反乱に参加しようとしなかった仲間を集めてリンチにしようとしていた。
「よ、よせやめろぉ!」
「こいつら、隊長について俺たちをこきつかおうとしたクソったれだ。やっちまえ」
 あわや、フック星人同士の凄惨な殺戮劇になるかと思われた。しかし、それを彼らの頭上から鋭く止めたのはイザベラだった。
「やめな! お前たち」
「じ、女王さん。なんで止めるんだぜ。こいつらに思い知らせてやるんだ」
「抵抗できない相手をいたぶったら、いつか自分がピンチになっても誰も助けてくれなくなるよ。お前らは帰りたいだけなんだろ? ならつまんないことで業をしょいこむのはやめな。後できっと後悔するよ」
 それはイザベラの経験からきた心からの忠告だった。リンチにかけようとしていたフック星人たちは、ばつが悪そうに引き下がり、助かってほっとした様子のフック星人たちには、イザベラはこう告げた。
「お前らだって本心じゃ帰りたかったんだろ? お前らには納得いかない方法かもしれないけど、荒っぽくしなきゃ解決できないこともあるんだよ。だったらせめて黙ってな。それで誰か損するわけでもないだろ?」
 一転して穏やかに語りかけたイザベラに、フック星人たちは黙って頷いた。
 無駄な血を流すことなく、反乱は兵器と機械のみを狙って破壊していった。
 だが、かつてのイザベラなら、むしろ嬉々として逆らう者を虐殺しただろう。それをしなくなったのは、イザベラ自身が虐げられる苦しみを知り、誰かに助けられる喜びを知ったからだ。
 だからこそ、タバサはイザベラがガリアの次期女王にふさわしいと考える。確かに、女王という立ち振舞いには程遠い。むしろ、海賊の親分というほうがぴったりくるだろう。だがそれくらいでないと、弱体化し混乱するガリアをまとめあげ、立て直すパワーを発揮することはできないに違いない。
 いまや隊長以外の全てのフック星人がイザベラをリーダーだと認め、従っている。
 完全に孤立してしまったことを悟ったフック隊長は、タバサに杖を突き付けられながら、乾いた笑い声を漏らした。

683ウルトラ5番目の使い魔 79話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:53:46 ID:6VAe6l22
「へ、へへへ……俺の軍団が、たった二人の小娘にやられちまうなんてな。いったい何が悪かったんだ?」
「地位を過信して、部下の信頼を軽視したのがあなたの間違い。答えて、街を元に戻す仕掛けはどれ?」
「ああ、それならそこのレバーだよ。もうなにもかも終わりさ、勝手にしやがれ」
 諦めた様子の隊長が、嘘を言っているとは思えなかった。だがタバサには、もう1つ聞いておかねばならないことがあった。
「もう一つ答えて。あなたたちは最初に侵略のために来たと聞いた。けど、それを投げ出して、なんのために武器を作っていたの?」
「ひ、ひひひ……それを言ったら、俺はあの方に殺されちまう。それを聞いたら、お前もあの方に殺されるぞぉ!」
 隊長の声色が恐怖に染め上げられ、ガクガクと震え始めた。タバサは隊長を押さえつけながら、さらに問いただす。
「あの方とは誰のこと? あなたたちとは別の宇宙人なの?」
「あ、悪魔さあいつは。俺はこの星に、今暴れてる奴らとは別に百人の精鋭を連れてきたんだ。けどあいつは突然現れて、たった一人で百人の精鋭を皆殺しにしちまったんだ。俺は生かしてもらった代わりに、あの方の奴隷さ」
「そいつの正体は? なにが目的なの?」
「も、目的なんて知らねえよ。俺はただ武器を作るよう命令されて、定期的にあいつの部下が取りに来てただけさ。けど、あいつの正体は聞かねえほうがいいぜ。お前だけじゃねえ、この星にいるっていうウルトラマンたちだって敵うもんか」
「御託はいい、質問に答えて」
 焦れたタバサは隊長の首筋に『ジャベリン』を当てて白状を促した。
 そんなに時間があるわけではない。すると隊長は、「そんなに知りたきゃ教えてやるよ」と、ある宇宙人の名前と、そいつがこの星で名乗っている名前を口にした。
「その名前……まさか」
 タバサは眉をしかめた。宇宙人の種族名は知らないが、そいつの名が、自分の知識の中のひとつの名前と合致したのだ。
 偶然かもしれない。しかし、詳しく知っているわけではないが、そいつはハルケギニアでは一定の知名度と影響力を持つ者と同じ名前をしていた。
「そいつの姿は?」
「わからねえよ。俺たちフック星人は、お前らと違って視覚は発達してないんだ」
「そう、ならもういい」
 タバサは、これ以上聞き出せる情報はないと判断して、フック隊長に引導を渡した。
 しかし、言葉にできない不安がタバサの胸中をよぎった。自分とガリアのことで手いっぱいで、世間からは遠ざかっていたけれども、ひょっとしたら大変な事態が起きようとしているのかもしれない。
 そのときだった。指令室にイザベラと数人のフック星人が、ぞろぞろとやってきた。
「おう、こっちも終わったようだね。どうだい? わたしの指揮でウチュウジンの侵略基地を落としたよ」

684ウルトラ5番目の使い魔 79話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:54:41 ID:6VAe6l22
「見てた。たいしたものだった」
「たいしたもん、か。お前から言われるとなんか複雑だね。まあいい、わたしの仕事もこれまでさ。あとはこいつらが話があるんだってよ」
 イザベラが退くと、ひとりのフック星人がタバサの前に出た。
「君たちには感謝している。この工場の破壊された記録を持ちかえれば、星の者たちも我々を疑うことはあるまい。これより、我々は基地を破棄して撤退する。君たちは退去してくれたまえ」
「確認しておきたい。あなたたちが撤退した後、この街に悪影響が出ることはない?」
「その心配はない。工場は破壊したが、基地自体の基礎構造にまでダメージは出ていない。街を元に戻した後でも、数百年は影響は出ないだろう」
「そう……」
 タバサはひとまずそれで納得することにした。それだけ時間があれば、いかようにでも対策をとることはできるだろう。
 最後に、タバサはフック星人たちに言った。
「できれば、もう二度とここには来ないでもらいたい」
「頼まれても来る気はないというのが全員の意見だ。たった二人に負けた軍隊という汚名を広めたくはない。君たちには感謝しているが、すぐにここから退去してもらいたい。すぐにでも我々は出発する」
「わかった。あなたたちの旅路の安全を祈る」
「さらばだ、遠い星のクイーンたちよ」
 隊長代理とのあいさつをすませたタバサとイザベラは、ポーラポーラの街が元に戻されるのを確認すると、一人の兵士に案内されて地上に上がった。
 その際、多くのフック星人兵士たちが去り際のイザベラに歓呼の声で手を振っていた。
「女王! 女王! ありがとうございました」
「へっ、あいつら……お前らも元気でやれよ!」
 それこそ本当に海賊の大親分のように見送られて、イザベラは照れながらも手を振り返していた。
 タバサはそんなイザベラを見ながら、イザベラがこれで指導者として自信を持ってくれればいいなと密かに願っていた。
 
 二人が地上に上がったとき、すでに東の空は白んで、ポーラポーラの街にほのかな明るさが差し掛かっていた。
 街はまだ物音一つなく、タバサとイザベラは無言で並んで街の道を歩く。
 そして、東の空から太陽がちらりと見えたとき、街の一角から一機の円盤が飛び出して、空のかなたへと飛んでいった。
「終わったね。さて、これからどうするんだい? 今度は宮殿でも、奪いに行くかい?」
 もうイザベラも腹は決めていた。どうあがいても、自分はこのクソったれな運命から逃れられはしないらしい。なら、売られた喧嘩は買うまでのことだ。

685ウルトラ5番目の使い魔 79話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:55:57 ID:6VAe6l22
 しかしタバサはかぶりを振って言った。
「まだ、もう少し準備がいる。あなたはそれまで、少し身を隠していてもらいたい」
「はいはい、未来の女王に向かって態度のでかい下僕だね。じゃあ、またあいつらに適当な隠れ家を見繕ってもらうか。お前はどうするんだい? 準備、か?」
「……それとは別に、調べておきたいことができた。場合によっては、計画の練り直しもあるかもしれない」
 フック星人を操って武器生産をおこなっていた者が、まだ残っている。そいつを無視したままでは、後でどんな不具合が出て来るかわからない。
 タバサには、まだ休息は許されない。この戦いが終わっても、またすぐに次の戦いが待っている。イザベラは、そんな疲れたそぶりも見せられないタバサの横顔を見て、ぽつりとつぶやいた。
「準備とやらが、どれだけかかるか知らないけどさ。くたびれたらうちに寄っていきな。今度は出がらしじゃない茶くらい出してやるからさ。エレーヌ……」
「ありがとう……」
 いつか、仲良く遊んだ幼い日。戻ることはできなくても、思い出すことはできる。
 タバサとイザベラは並んで歩きながら、少しずつ互いのことを話し始めた。そんな二人を、昇る朝日が明るく優しく照らし出していた。
 
 一方そのころ、地上を飛び立ったフック星人の円盤は、M87世界への次元跳躍のための最終調整を終えていた。
「隊長代理、エネルギー充填完了しました。あと三十秒で、次元跳躍可能です」
「ようしいいぞ、元の次元に戻ってさえすれば、あとはフック星まで一気に大ワープできる。もうこんな星とはおさらばだ。帰れるぞ」
 隊長代理、そして大勢のフック星人たちは、懐かしい故郷フック星を思って胸を熱くした。
 だがそのとき、突然警報音が鳴り響き、レーダー手が悲鳴のように叫んだ。
「た、大変です! 後方から未確認飛行物体が急速に本船に向かって接近中。数は四。五秒後に本船に接触します!」
「なんだと!? 識別確認、急げ!」
 思いもよらぬ事態に、隊長代理は動転しながらも指示を出した。円盤のコンピュータに入力された、知りうる限りの宇宙人や怪獣のデータと未確認飛行物体の照合がおこなわれる。
 そしてコンピュータは、最悪の形で彼らに答えを示した。
「た、隊長代理、これは」
「バカな、なんでこいつがこんなところに。に、逃げろ!」
「無理です! あっちのほうが圧倒的に速い」
 フック円盤が逃げる間もなく、追いついてきた四機の金色の奇怪な宇宙船は、あっという間にフック円盤を包囲してしまった。

686ウルトラ5番目の使い魔 79話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:56:40 ID:6VAe6l22
「未確認飛行物体に高エネルギー反応!」
「次元跳躍で回避しろ!」
「駄目です! うわあぁ、間に合わない!」
「そんな、俺たちは帰る! 帰るんだあーっ!」
 だが、彼らが叫んだその瞬間、四機の宇宙船から一斉に破壊光線が放たれ、フック星人の円盤は大爆発を起こして消滅した。助かった者はただひとりもいなかった。
 フック星人の円盤が消滅したのを見届けると、四機の宇宙船は何事もなかったかのようにハルケギニアに帰って行った。しかし、その様を愉快そうに眺めていた存在があった。あの、コウモリ姿の宇宙人である。
「フフフ、裏切り者は即座に粛正ですか、怖い怖い。ですが、やはりあれを持っていましたか。あのときに、無理に対決しようとしないで正解でしたね。ですが、これでそちらの手の内も見えてきました。そして……」
 彼は満足げにそうつぶやくと、おもむろに手を掲げた。その手のひらから、様々な色の人魂のような発光体が現われて宙に浮く。
「『喜び』『妬み』『渇望』……思ったよりも障害が多くて、まぁだ半分というところですね。人間たちの持つ感情のエネルギー、強力なのはいいんですが、集めるのにお膳立てがいりますからねえ。でも、これ以上邪魔されるわけにはいきません。そろそろこちらも本気で排除にいかせてもらいますよ」
 そう言うと、彼はもう片方の手を掲げた。すると、彼の手に巻き付くように、黒いもやでできたヘビのような生命体が現れた。
「宇宙同化獣ガディバ。蘇らせるのに少々手間はかかりましたが、こいつは強力ですよ。かつてヤプールが繰り出した最強の力、これを相手にしてもコソコソ逃げ続けることができますかねえ?」
 暗い笑いが虚空に響く。この世界がおかしくなったとき、アブドラールスやエンマーゴなどの、一度倒されたはずの怪獣が現れた。それの意味することとは……。
 ハルケギニアを舞台にした、侵略者たちの身勝手な遊戯はまだ終わりを見せようとはしない。
 
 
 続く

687ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 09:03:47 ID:6VAe6l22
今回はここまでです。では、また来月にお会いしましょう

688ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 01:55:10 ID:EpCC/uLM
ウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした。

さて皆さん、本当にお久しぶりです。無重力巫女さんの人です。
十月の中ごろから仕事が忙しくなって、投稿分を執筆する余裕もありませんでした。
日を跨いで十二月になってしまいましたが、特に問題なければ一時五十八分から九十八話の投稿を開始します。

689ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 01:58:08 ID:EpCC/uLM
 その日、王都トリスタニアにはやや物騒な恰好をした衛士たちが多数動き回っていた。
 夏用の薄いボディープレートを身に着けた彼らは、市街地専用の短槍や剣を携えた者たちが何人も通りを行き交っている。
 それを間近で見る事の出来る街の人々は、何だ何だと横切っていく彼らの姿を目にしては後ろを振り返ってしまう。
 街中を衛士たちが警邏すること自体何らおかしい所はなかったが、それにしても人数が多すぎた。
 いつもならば日中は二、三人、夜間なら三、四人体制のところ何と五、六人という人数で通りを走っていくのだ。
 イヤでも彼らの姿は目に入るのだ。しかも一組だけではなく何組も一緒になっている事さえある。
 
 正に王都中の衛士たちが総動員されているのではないかと状況の中、ふと誰かが疑問に思った。
 一体彼らの目的は何なのかと?そもそも何かあってこれ程までの人数が一斉に動いているのかと。
 勇敢にもそれを聞いてみた者は何人もいたが、衛士たちの口からその答えが出る事はなかった。
 それがかえってありもしない謎をでっちあげてしまい、人々の間で瞬く間に伝播していく。
 曰く王都にアルビオンの刺客が入り込んだだの、クーデターの準備をしている等々……ほとんどが言いがかりに近かったが。
 とはいえありもしない噂を囁きあうだけで、誰も彼らの真の目的を知ってはいない。
 もしもその真実が解決される前に明かされれば、王都が騒然とするのは火を見るよりも明らかなのだから。

 朝っぱらからだというのに、夜中程とはいえないがそれなりの喧騒に包まれているチクトンネ街。
 ここでもまた大勢の衛士たちが通りを行き交い、通りに建てられた酒場や食堂の戸を叩いたりしている。
 一体何事かと目を擦りながら戸を開けて、その先にいた衛士を見てギョッと目を丸くする姿が多く見受けられる。
 更には情報交換の為か幾つかの部隊が道の端で立ち止まって会話をしている所為か、それで目を覚ます住人も多かった。
 煩いぞ!だの夜働く俺たちの事を考えろ!と抗議しても、衛士たちは平謝りするだけで詳しい理由を話そうとはしない。
 やがて寝付けなくなった者たちは通りに出て、ひっきりなしに走り回る衛士たちを見て訝しむ。
 彼らは一体、何をそんなに必死になって探し回っているのだろう?……と。

 そんな喧騒に包まれている真っ最中なチクトンネ街でも夜は一際繁盛している酒場『魅惑の妖精』亭。
 本来なら真っ先に戸を叩かれていたであろうこの店はしかし、まだその静けさを保っている。
 あちこちで聞き込みを行っている衛士たちも敢えて後回しにしているのか、その店の前だけは素通りしていく。
 基本衛士というのはその殆どが街や都市部の出身者で構成されており、それ以外の者――地方から来た者――は割と少数である。
 つまり彼ら衛士の大半も俗にいう「タニアっ子」であり、当然ながらこの店の知名度はイヤという程知っている。
 この店の女の子たちが抜群に可愛いのは知っている。当然、その女の子たちを雇っている店長が極めて゛特殊゛なのも。
 もしも今乱暴に戸を叩けば、あの心は女の子で体がボディービルダーな彼のあられもない寝間着姿を見ることになるかもしれないからだ。
 想像しただけでも恐ろしいのに、それをいざ現実空間で見てしまった時にはどれだけ精神が汚されるのか……。
 衛士たちはそれを理解してこそ敢えて『魅惑の妖精』亭だけは後回しにしてしているのだ。
 しかし、彼らの判断は結果的に彼ら自身の『目的』の達成を遅らせる形となってしまっていた。 
 
 
 『魅惑の妖精』亭の裏口、今はまだ誰もいないその寂しい路地裏へと通じるドアが静かに開く。
 それから数秒ほど時間をおいて顔を出したのは、目を細めて警戒している霧雨魔理沙であった。
 夏場だというのに黒いトンガリを被る彼女は相棒の箒を片手にそろりそろりと裏口から外の路地裏へと出る。
 それから周囲をくまなく確認し、誰もいないのを確認した後に裏口の前に立っている少女へと合図を出した。

690ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:00:06 ID:EpCC/uLM
「……よし、今ならここを通って隣りの通りに出られるぜ」
「わかりました……、それでは行きましょう」
 魔理沙からのOKサインを確認した少女――アンリエッタは頷きながら、彼女の後をついてゆく。
 その姿は、いつも着慣れているドレス姿ではなく黒のロングスカートに白いブラウスというラフな格好だ。

 ブラウスに関しては胸のサイズの関係かボタンを全て留めていないせいで、いささか扇情的である。
 彼女はその姿で一歩路地裏へと出てから、心配そうに自分の服装を見直している。
「……本当にこの服をお借りして大丈夫なんでしょうか?」
「へーきへーき、理由を話せば霊夢はともかくルイズなら許してくれるさ。あ、帽子はちゃんと被っといた方がいいぜ?」
 元々霊夢の服だったと聞かされて心配しているアンリエッタに対し、魔理沙は笑いながらそう答える。
 彼女の快活で前向きな言葉に「……そうですか?」と疑問に思いつつも、アンリエッタは両手で持っていた帽子を被る。
 これもまた霊夢の帽子であるが、幸い頭が大きすぎて被れない……という事はなかった。
 服を変えて、帽子まで被ればあら不思議。この国の姫殿下から町娘へとその姿を変えてしまった。
 最も、体からあふれ出る品位と身体的特徴は隠しきれていないが……前者はともかく後者は特に問題はないだろう。
 本当にうまく変装できてるのか半信半疑である本人に対し、コーディネイトを任された魔理沙は少なからず満足していた。

 念の為にとルイズ化粧道具を無断で拝借して軽く化粧もしているが、それにしても上手いこと変装できている。
 恐らく彼女の顔なんて一度も見たことのない人間がいるならばこの女性がお姫様だと気づくことはないだろう。
 少なくとも街中で彼女を探してあちこち行き来している衛士達は、その部類の人間だろう。ならば気づかれる可能性は低い。
 単なる偶然か、それとももって生まれた才能なのか?アンリエッタの変装っぷりを見て頷いていた魔理沙は、彼女へと声を掛ける。
「ほら、そろそろ行こうぜ。ま、どこへ行くかなんてきまってないけどさ」
「あ、はい。そうですね。ここにいても怪しまれるだけでしょうし」
 自分の促しにアンリエッタが強く頷いたのを確認してから、魔理沙は通りへと背を向けて路地裏の奥へと入っていく。
 アンリエッタは今まで通った事がないくらい暗く、狭い路地裏から漂う無言の迫力に一瞬狼狽えてしまったものの、勇気を出して足を前へと向ける。
 二人分の足音と共に、少女たちは太陽があまり当たらぬ路地裏へと入っていった。

 それから魔理沙とアンリエッタの二人は、狭くなったり広くなったりを繰り返す路地裏を歩き続けていた。
 トリスタニアは表通りもかなり入り組んだ街である。それと同じく路地裏もまた易しめの迷路みたいになっている。
 かれこれ数分ぐらい歩いている気がしたアンリエッタは、ふと魔理沙にその疑問をぶつけてみることにした。
「あの、マリサさん?一体いつになったら他の通りへ出られるんでしょうか?」
「ん……あー!やっぱり不安になるだろ?最初私がここを通った時も同じような感想が思い浮かんできたなぁ〜」
 不安がるアンリエッタに対しあっけらかんにそう言うと、軽く笑いながらもその足は前へと進み続けている。
 前向きすぎる彼女の言葉に「えぇ…?」と困惑しつつも、それでも魔理沙についていく他選択肢はない。
 清掃業者のおかげで目立ったゴミがない分、変に殺風景な王都の路地裏を歩き続けた。
 
 しかし、流石に魔理沙という開拓者のおかげで終着点は意外にも早くたどり着くことができた。
 数えて五度目になるであろうか角を右に曲がりかけた所で、ふとその先から人々の喧騒が聞こえてくるのに気が付く。
 アンリエッタはハッとした先に角を曲がった魔理沙に続くと、別の通りへと続く道が四メイル程先に見えている。
 何人もの人々が行き交うその通りを路地裏から見て、ようやくアンリエッタはホッと一息つくことができた。
 そんな彼女をよそに「ホラ、出口だぜ」と言いつつ魔理沙は先へ先へと足を進める。
 それに遅れぬようにとアンリエッタも急いでその後を追い、二人して薄暗い路地裏から熱く眩い大通りへとその身を出した。

691ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:02:16 ID:EpCC/uLM
「……暑いですね」
 燦々と照り付ける太陽が街を照らし、多くの人でごったがえす通りへと出たアンリエッタの第一声がそれであった。
 王宮では最新式のマジックアイテムで涼しい夏を過ごしていた彼女にとって、この暑さはあまり慣れぬ感覚である。
 自然と肌から汗が滲み出て、帽子の下の額からツゥ……と一筋の汗が流れてあごの下へと落ちていく。
 これが街の中の温度なのかとその身を持って体験しているアンリエッタに、ふと一枚のハンカチが差し出される。
 一体だれかと思って手の出た方へと目を向けると、そこには笑顔を浮かべてハンカチを差し出している魔理沙がいた。
「何だ何だ、もう随分と汗まみれじゃないか。そんなに外は暑いのか?」
「……えぇ。ここ最近の夏と言えば、マジックアイテムの冷風が効く屋内で過ごしていたものですから」
 魔理沙が出してくれたハンカチを礼と共に受け取りつつ、それで顔からにじみ出る汗を遠慮なく拭っていく。
 そうすると顔を濡らそうとしてくるイヤな汗を綺麗さっぱり拭き取れるので、思いの外気持ちが良かった。
 
「マリサさん、どうもありがとうございました」
 汗を拭き終えたアンリエッタは丁寧に畳み直したハンカチを魔理沙へと返す。
 それに対して魔理沙も「どういたしまして」と言いつつそのハンカチを受け取ったところでアンリエッタがハッとした表情を浮かべ、
「あ、すいません。そのまま返してしまって……」
「ん?あぁそういえば借りたハンカチは洗って返すのがマナーだっけか。まぁ別にいいよ、そんなに気にしなくても」
「いえ、そんな事おっしゃらずに。貴女にもルイズの事で色々と御恩がありますし」
「そ、そうなのか?それならまぁ、アンタのご厚意に甘えることにしようかねぇ」
 肝心な時にマナーを忘れてしまい焦るアンリエッタに対して魔理沙は大丈夫と返したものの、
 それでも礼儀は大切と教えられてきた彼女に押し切られる形で、魔法使いは再びハンカチを王女へと渡した。
 
 預かったハンカチは後日洗って返す事を伝えた後、アンリエッタはフッと自分たちのいる通りを見回してみる。
 日中のブルドンネ街は一目見ただけでもその人通りの多さが分かり、思わずその混雑さんに驚きそうになってしまう。
 今までこの通りを通った事はあったものの、それは魔法衛士隊や警邏の衛士隊が道路整理した後でかつ馬車に乗っての通行であった。
 こうして平民たちと同じ視点で見ることは全くの初めてであり、アンリエッタは戸惑いつつも久しぶりに感じた゛新鮮さ゛に胸をときめかせてすらいる。
 老若男女様々な人々、どこからか聞こえてくる市場の喧騒、道の端で楽器を演奏しているストリートミュージシャン。
 王宮では絶対に聞かないような幾つもの音が複雑に混ざり合って、それが街全体を彩る効果音へと姿を変えている。

 アンリエッタはそれを耳で理解し、同時に楽しんでいた。これが自分の知らない王都の本当の顔なのだと。
 まるで子供の様に嬉しがっていた彼女であったが、その背後から横やりを入れるようにして魔理沙が声を掛けた。
「あ〜……喜んでるところ悪いんだが……」
 彼女の言葉で意識を現実へと戻らされた彼女はハッとした表情を浮かべ、次いで恥かしさゆえに頬が紅潮してしまう。
 生まれて初めて間近で見た王都の喧騒に思わず゛自分が為すべきこと゛を忘れかけていたのだろう、
 改めるようにして咳ばらいをして魔理沙にすいませんと頭を下げた後、彼女と共にその場を後にした。
 暑苦しい人ごみを避けるように道の端を歩きつつも、アンリエッタは先ほど子供の様に喜んでいた自分を恥じている。、
「すいません。……何分、平時の王都を見たのはこれが初めてでした故に……」
「へぇそうなのか?……それでも何かの行事で街中を通るときはあると思うが?」
「そういう時には大抵事前に通行止めをして道を確保しますから、自然と私の通るところは静かになってしまうんです」

692ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:04:16 ID:EpCC/uLM
 アンリエッタの言葉に、魔理沙は「成程、確かにな」と納得している。
 良く考えてみれば、今が夏季休暇だとはいえ人々で道が混雑する王都を通れる馬車はかなり限られるだろう。
 いかにも金持ちの貴族や豪商が済んでいそうな豪邸だらけの住宅地に沿って作られた道路などは、馬車専用の道路が造られている。
 それ以外の道路では馬車はともかく馬自体が通行禁止の場所が多く、他国の大都市と比べればその数はワースト一位に輝く程だ。
 実際王宮から街の外へと出る為には通りを何本か通行止めにしなければならず、今は改善の為の工事が計画されている。
 魔理沙も馬車が通りを走っているのをあまり見たことは無く、偶に住宅街へ入った時に目にする程度であった。
「こんなに人ごみ多いと、馬車に乗るよか歩いたほうが速いだろうしな」
 すぐ左側を行き交う人々の群れを見つめつつも呟いてから、魔理沙とアンリエッタの二人は通りを歩いて行く。

 やがて数分ほど歩いた所でやや大きめの広場に出た二人は、そこで一息つける事にした。
「おっ、あっちのベンチが空いてるな……良し、そこに腰を下ろすか」
 魔理沙の言葉にアンリエッタも頷き、丁度木陰に入っているベンチへと腰を下ろす。
 それに次いで魔理沙の隣に座り、二人してかいた汗をハンカチで拭いつつ周囲を見回してみた。
 中央に噴水を設置している円形の広場にはすでに大勢の人がおり、彼らもまたここで一息ついているらしい。
 ベンチや木の根元、噴水の縁に腰を下ろして友人や家族と楽しそうに会話をしており、もしくは一人で空や周囲の景色を眺めている者もいた。
 そんな彼らを囲うようにして広場の外周にはここぞとばかりに幾つもの屋台ができており、色々な料理や飲み物を売っている。
 種類も豊富で食べ物は暖かい肉料理から冷たいデザート、飲み物はその場で果物を絞ってくれるジュースやアイスティーの屋台が出ている。
 どの屋台も売り上げは上々なようで、数人から十人以上の列まであり、よく見ると下級貴族らしいマントを付けた者まで列に並んでいた。
 魔理沙はそれを見て賑やかだなぁとだけ思ったが、彼女と同じものを目にしたアンリエッタは目を輝かせながらこんな事を口にした。
「うわぁ、アレって屋台っていうモノですよね?言葉自体は知っていましたが、本物を見たのは初めてです!」
「え?あ、あぁそうだが……って、屋台を見るのも初めてなのか!?」
「えぇ!わたくし、蝶よ花よと育てられてきたせいでそういったモノに触れる機会が今まで無くて……」

 アンリエッタの言葉に一瞬魔理沙は自分の耳を疑ったが、自分の質問に彼女が頷いたのを見て目を丸くしてしまう。
 思わず自分の口から「ウッソだろお前?」という言葉が出かかったが、それは何とかして堪える事ができた。
 魔理沙は驚いてしまった半面、よく考えてみれば王家という身分の人間ならば本当に見たことが無いのだろうと思うことはできた。
(子はともかく、親や教育者なんかはそういうのをとにかく低俗だ何だ勝手に言って見せないだろうしな)
 きっと今日に至るまで王宮からなるべく離れずに暮らしてきたかもしれないアンリエッタに、ある種の憐れみを感じたのであろうか、
 魔理沙は座っていたベンチから腰を上げると、突然立ち上がった彼女にキョトンとするアンリエッタに屋台を指さしながら言った。
「折角あぁいうのが出てるんだ。何ならここで軽く飲み食いしていってもバチは当たらんさ」
「え?え、えっと……その、良いんですか?」
 突然の提案に驚いてしまうアンリエッタに「あぁ」と返したところで、魔理沙は自分が迂闊だったと後悔する。
 確かに豪快に誘ったのはいいものの、それを手に入れる為のお金を彼女は持っていなかったのだ。
 
 今日もお昼ごろになった所で用事を済ませたルイズや霊夢と合流して、三人一緒にお昼を頂く筈であった。
 その為今の彼女の懐は文字通りのスッカラカンであり、この世界の通貨はビタ一文入っていない。
 それを思い出し、苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべる普通の魔法使いに、アンリエッタはどうしたのかと声を掛ける。
「あ……イヤ、悪い。偉そうに提案しといて何だが、今の私さ……お金を全然持ってなかったのを忘れてたぜ」
「……!あぁ、そういう事なら何の問題もありませんわ」
 申し訳なさそうに言う魔理沙の言葉に王女様はパッと顔を輝かせると、懐から掌よりやや大きめの革袋を取り出して見せた。
 突然取り出した革袋を見てそれが何だと聞く前に、アンリエッタは彼女の前でその袋の口を縛る紐を解きながら喋っていく。

693ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:06:11 ID:EpCC/uLM
「実は私、単独行動をする前にお付きの者に何かあった時の為にとお金を用意してもらったんですよ。
 とは言っても、ほんの路銀程度にしかなりませんが……でも、あそこの屋台のお料理や飲み物なら最低限買えるだけの額はあると思うわ」
 
 そう喋りながらアンリエッタは紐を解いた袋の口を開き、中にギッシリと入っているエキュー金貨を魔理沙に見せつける。
 何ら一切の悪意を感じないお姫様の笑顔の下に、一文無しな自分をあざ笑うかのように黄金の輝きを放つエキュー金貨たち。
 てっきり銀貨や銅貨ばかりだと思っていた魔理沙は息を呑むのも忘れて、輝きを放ち続ける金貨を凝視するほかなかった。
「……なぁ、これの何処が路銀程度なのかちょいと教えてくれないかな?」
「…………あれ?私、何か変な事言っちゃいましたか?」
 呆然としつつも、何とか口にできた魔理沙の言葉にアンリエッタは笑顔のまま首を傾げる他なかった。
 やはり王家とかの人間は庶民とは金銭感覚が大きく違うのだと、霧雨魔理沙はこの世界にきて初めて実感する事ができた。

 ひとまず代金を確保する事ができたので、魔理沙はアンリエッタを伴って屋台を巡ってみる事にする。
 食べ物と飲み物の屋台はそれぞれ二つずつの計四つであったが、それぞれのメニューは豊富だ。
 最初の屋台は肉料理系の屋台で、いかにも屋台モノの食べやすい料理が一通り揃っており、香ばしい匂いが鼻をくすぐってくる。
 スペアリブや鶏もも肉のローストはもちろんの事、何故かおまけと言わんばかりにタニアマスの塩焼きまで並んでいる。
 もう一つはそんなガッツリ系と対をなすデザート系で、今の季節にピッタリの冷たいデザートを売っているようだ。
 今平民や少女貴族たちの間で流行っているというジェラートの他にも、キンキンに冷やした果物も売りの商品らしい。
 横ではその果物を冷やしているであろう下級貴族が冷やしたてだよぉー!と声を張り上げている姿は何故か哀愁漂うが印象的でもある。
 下手な魔法は使えるが碌な学歴が無い彼らにとって、こういう時こそが一番の稼ぎ時なのであった。

「さてと、メインとなるとこの屋台しか無いが、うぅむ……どのメニューも目移りするぜ」
「た、確かに……私も見たことのないような名前の料理がこんなにあるなんて……むむむ」
 すっかり王女様に奢られる気満々の魔理沙は、アンリエッタと共に屋台の横にあるメニューを凝視している。
一応メニューの横にはその名前の料理のイラストが小さく描かれており、文字が分からなくてもある程度分かるようになっている。
 無論アンリエッタは文字の方を見て、魔理沙はイラストと文字を交互に見比べながらどれにしようか悩んでいた。
 屋台の店主とバイトであろうエプロン姿の男女はそんな二人の姿を見て微笑みながら、その様子をうかがっている。
 
 それから数分と経たぬ内、先に声を上げたのは文字を見ていたアンリエッタであった。
「私はとりあえず……この料理にしますが、マリサさんはどうしますか?」
 彼女はメニュー表に書かれた「羊肉と麦のリゾット」を指で差しつつ、目を細める魔理沙へと聞く。
 そんな彼女に対して普通の魔法使いも大体決めたようで、同じようにメニューの一つを指さして見せる。
「んぅ〜そうだなぁ、大体どんな料理なのかは絵を見れば察しはつくが……ま、コレにしとくか」
 そう言って彼女が選んだメニューは真ん中の方に書かれた「冷製パスタ 鴨肉の薄切りローストにレモン&ソルトペッパーソースを和えて」であった。
 いかにも屋台向けな料理の中でイラストの方で異彩を放っていたからであろう、上手いこと彼女の目を引いたのである。
 メニューが決まれば後は注文するだけ、という事でここは魔理沙が鉄板でソーセージを焼いていた男にメニューを指さしながら注文を取った。

694ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:08:06 ID:EpCC/uLM
「あいよ、その二つでいいね?それじゃあ出来上がりにちょっと時間が掛かるから、その間飲み物でも頼んできな」
「成程、隣に飲み物系の屋台がある理由が何となく分かったぜ。じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」
 
 まさかの協力関係にある事を知った魔理沙は手を上げて隣の屋台へと足を運ぼうとした所で、彼女から注文を聞いた店員が慌てて呼び止めてきた。
「っあ、お嬢ちゃん!ゴメンちょいと待った!ウチ前払いだったから、悪いけど先にお金払っといてくれるかい」
「お、そうか。じゃあそっちのア……あぁ〜、私の知り合いに頼んでくれるかい?」
「あ、は……はい分かりました。それじゃあ私が――」
 危うく名前を言いかけた魔理沙に一瞬ヒヤリとしつつも、アンリエッタは金貨入りの革袋を取り出して見せる。
 幸い顔でバレてはいないものの、流石に名前を聞かれてしまうとバレる可能性があったからだ。
 何せ実際に顔を見たことがなくとも、自分の肖像画くらいは街中で見かけたことがある人間はこの場にいくらでもいるだろう。
 先に名前の事で相談しておくべきだったかしら?……軽い失敗を経験しつつも、アンリエッタは生まれて初めてとなる支払いをする事となった。

「えぇっと……お幾らになるでしょうか?」
「んぅと、リゾットとパスタだから……合わせて十五スゥと十七ドニエだね」
「え?スゥと…ドニエですか?」
 一般的な屋台価格としてはやや強気な値段設定ではあるが、それなりのレストランで出しても大丈夫な味と見栄えである。
 それを含めての強気設定であったが、値段を聞いたアンリエッタは目を丸くしつつも革袋の中からお金を取り出した。
「あの、すいません……今銀貨と銅貨が無いのですが……これは使えるでしょうか?」
「ん?え……エキュー金貨!?それもこんなに!?」
 そう言って差し出した数枚の金貨を見て、店員は思わずギョッとしてしまう。
 新金貨ならともかくとして、まさか一枚あたりの単位が最も高額なエキュー金貨を数枚も屋台で出されるとは思っていなかったのだ。
 調理や盛り付けをしていた他の店員たちも驚いたように目を見開き、本日一番なお客様であるアンリエッタを注視した。
 一方でアンリエッタは、突然数人もの男女からの視線を向けられた事に思わす動揺してしまう。
「え?あの……ダメでしたか?」
「だ…ダメ?あ、いえいえ!充分ですよ……っていうかそんなにいりませんよ!この一枚だけで充分です!」
 そう言って店員はアンリエッタが取り出した数枚の内一枚を手に取ると、「あまり見せびらかさないように」とアンリエッタに小声で注意してきた。

「ここ最近ですけど、何やらお客さんみたいに大金を持ち歩いてる人を狙って襲うスリが多発してるそうなんですよ。
 犯人の身元は未だ分からないそうですから、お客さんもこんなに大金持ち歩いてる時は気を付けた方がいいですよ?」

 親切心からか、店員が話してくれた物騒な事件の話にアンリエッタは「え、えぇ」と動揺しつつも頷いて見せる。
 それに続くように店員も頷くと彼は「店からお釣り取ってくる!」と仲間に言いながらその場を後にして行った。
 その後、別の店員から注文の品ができるまでもう少し待ってほしいとと言われた為、魔理沙と共に飲み物を決めることにした。
 暫し悩んだ後でアンリエッタが決めたのはレモン・アイスティーで、魔理沙はレモンスカッシュとなった。

695ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:10:07 ID:EpCC/uLM
「はいよ、コップに入ってるのがアイスティーでこっちの大きめの瓶がレモン・スカッシュね!」
「有難うございます」
 アンリエッタは軽く頭を下げて、魔理沙が飲み物の入ったそれぞれの容器を手にした時であった。
 先ほど料理を頼んだ屋台から自分たちを読んでいるであろう掛け声が聞こえた為、急いでそちらへと戻る。
 すると案の定、アツアツのドリアと冷静パスタが出来上がった品を置くためのカウンターに用意されていた。

「はいお待ちどうさん!ドリアの方は熱いから気を付けて!あ、食べ終わったお皿はそこの返却口に置いといてね」
「あっはい、分かりました。はぁ、それにしても中々どうして美味しそうですねぇ」
 ツボ抜きしたタニアマスを串に通しながらも快活に喋る女性店員から説明を聞きつつ、二人は料理の入った木皿を手に取った。
 オーブンから出したばかりであろうドリアは表面のチーズがふつふつと動いており、焼いたチーズの香ばしくも良い匂いが漂ってくる。
 対して魔理沙の冷製パスタも負けておらず、スライスされた鴨肉のローストと特性ソースがパスタに彩を与えている。
 どうやらトレイも一緒に用意されているようで、魔理沙たちはそれに料理と飲み物に置いてどこか落ち着いて食べられる場所を探す事にした。
 広場には人がいるもののある程度場所は残っており、幸いにも木陰の下に設置された木製のテーブルとイスを見つけることができた。
 
「良し、ここが丁度いいな。じゃ、頂くとするか」
「そうですね……では」
 脇に抱えていた箒を傍に置いてから席に座り、トレイをテーブルの上に置いた魔理沙はアンリエッタにそう言いながらフォークを手に取った。
 木製であるがパスタ用に先が細めに調整されたそれでいざ実食しようとした、その時である。
 ふと向かい合う形で座っているアンリエッタへと視線を移すと、彼女は湯気を立たせるドリアの前で短い祈りの言葉を上げていた。
「始祖ブリミルよ、この私にささやかな糧を与えてくれた事を心より感謝致します……―――よし、と」
 短い祈りが終わった後、小さな掛け声と共にアンリエッタはスプーンを手に取って食べ始める。
 久しぶりにこの祈りの言葉を聞いた魔理沙も思い出したかのように、目の前のパスタを食べ始めていく。
 
 暫しの間、互いに頼んだ料理に舌鼓を打ちつつ。三十分経つ頃には既に食べ終えていた。
「ふい〜、美味しかったなぁこのパスタ。冷製ってのも案外イケるもんだぜ」
 レモンスカッシュの残りを飲みつつも、ちょっとした冒険が上手くいった事に彼女は満足しているようだ。
 アンリエッタの方も頼んだドリアに文句はないようで、ホッコリした笑顔を浮かべている。
「いやはやこういう場所で物を食べるのは初めてでしたが、おかげでいい勉強になりました」
「その様子だと満更悪く無かったらしいな?美味しかったのか」
「えぇ。味は少々濃い目で単調でしたが、もうちょっと野菜を加えればもっと美味しくなると思いました」
 マッシュルームとか、ズッキーニとか色々……と楽しそうに料理の感想を口にするアンリエッタ。
 魔理沙は魔理沙でその姿を案外美味しく食べれたという事に僅かながらの安堵を覚えていた。
 あんなお城に住んでいるお姫様なのだ、てっきり口に合わないとへそを曲げるかと思っていたのだが、
 中々どうして庶民の料理もいける口の持ち主だったようらしく、こうして心配は無事杞憂で済んだのである。
 
(ま、本人も本人で楽しんでるようだしこれはこれで正解だったかな?)
 初めて食べたであろう庶民の味を楽しんでいるアンリエッタを見ながら、魔理沙は瓶に残っていた氷をヒョイっと口の中へと入れる。
 先ほどまでレモン果汁入りの炭酸飲料を冷やしていたそれを口の中で転がしつつ、慎重にかみ砕いてゆく。
 その音を耳にして何だと思ったアンリエッタは、すぐに魔理沙が氷を食べているのに気が付き目を丸くする。

696ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:12:31 ID:EpCC/uLM
「まぁ、氷をそのまま食べているの?」
「んぅ?あぁ、口の中がヒンヤリして夏場には中々良いんだぜ。何ならアンタもどうだい?」
「ん〜……ふふ、遠慮しておきますわ。もしもうっかり歯が欠けたら従徒のラ・ポルトに怒られちゃいますから」
「なーに、かえって歯が丈夫になるさ。まぁ子供の頃は何本か折れたけどな」
 暫し考える素振りを見せた後で、微笑みながらやんわりと断るアンリエッタに、魔理沙もまた笑顔を浮かべもながら言葉を返す。
 真夏の王都、屋台の建てられた広場で休む二人は、まるで束の間の休息を満喫しているかのようだ。
 傍から見ればそう思っても仕方のない光景であったが、そんな暢気な事を言ってられないのが現実である。
 何せ今、王都のあちこちにアンリエッタを探そうとしている衛士が徒党を組んで巡回している最中なのだから。
 そしてアンリエッタは今のところ――本来なら自分の身を守ってくれる彼らから逃げなければいけない立場にある。
 どうして?それは何故か?詳しい理由を未だ教えられていない魔理沙は、ここに至ってようやくその理由を聞かされる事になった。


 軽食を済ませてトレイ等を返却し終えた二人は、日中はあまり人気のない裏通りにいた。
 活気があり、飲食店や有名ブランドの店が連なる表通りとは対照的な静かな場所。
 客足は少々悪いが静かにゆっくりと寛げる食堂に、素朴な手作りの日用雑貨や外国製の安い服がうりの雑貨屋など、
 観光客ではなくむしろ地元の人々向けの店がポツン、ポツンと建っているそんな場所で魔理沙はアンリエッタから『理由』を聞かされていた。
「獅子身中の虫だって?」
「はい。それもそこら辺の虫下しでは退治できないほどに成長した、アルビオンの息が掛かった厄介な虫です」
「……成程、つまりはあのアルビオンのスパイって事か。それも簡単に倒せない厄介なヤツだと」
 最初にアンリエッタが口にした言葉で、魔理沙は゛虫゛という単語の意味を理解することができた。
 獅子身中の虫――寄生虫を想起させるような言葉であるが、本来は国に危機をもたらすスパイという意味で使われる。
 そして彼女の言葉を解釈すれば、そのスパイはそう簡単に豚箱にぶちこめるレベルの人間ではないようだ。
 
 同時に魔理沙は気が付く、彼女を探し出している衛士達から逃げているその理由を。
「まさか?今街中をうろつきまわってる衛士たちってのは、そいつの手先って事か?」
 思いついたことをひとまず口にした魔理沙であったが、アンリエッタはその仮説に「いいえ」と首を横に振った。
「彼らは上からの命令を受けて、あくまで純粋に私を保護する為に動いているだけです」
「そうなのか?じゃあこうして人目のつかない所をチョロチョロ動き回る必要は無さそうだが……事はそうカンタンってワケじゃあないってか」
 アンリエッタの言葉に一度は首を傾げそうになった魔理沙はしかし、彼女の表情から複雑な理由があると察して見せる。
 魔理沙の言葉にコクリと頷いて、アンリエッタはその場から見る事の出来る王宮を見上げながら言った。
「酷い例えかもしれませんが、これは釣りなんです。私を餌にした……ね」
「釣りだって?そりゃまた……随分と値の張った餌だな、オイ」
 
 自分では気の利いた事を言っているつもりな魔理沙を一睨みみしつつも、彼女は話を続けた。
 今現在この国にいる少数の貴族は神聖アルビオン共和国のスパイ――もとい傀儡として動いている事が明らかになっている。
 無論彼らの動向はほぼ掴んでおり、捕まえること自体は容易いものの彼らを捕まえたとしても敵の情報を知っているワケではない。
 しかし一番の問題は、その傀儡を操っているであろう゛元締め゛がこの国の法をもってしても容易には倒せない存在だという事だ。
「この国の法を……って、王族のアンタでも……なのか?」
「流石にそこまでの相手ではありません。しかし、今すぐ逮捕しようにも手が出せない相手なのです」
 この国で一番偉い地位にいる少女の口から出た言葉に、流石の魔理沙も「まさか」と言いたげな表情を浮かべている。
 そんな彼女に言い過ぎたと訂正しつつも、それでも尚強大な地位にいるのが゛元締め゛なのだと伝えた。
 誇張があったとはいえ、決して規模が小さくなってない゛元締め゛の存在に魔理沙は苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべてしまう。

697ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:14:33 ID:EpCC/uLM
「……最初はちょっと面白そうな話だと思ってた自分を殴りたくなってきたぜ」
「貴女を半ば騙して連れてきた事は謝ります。ですが自分への八つ当たりは、過去へ跳躍する方法が分かってからにしてくださいな」
「んぅ〜……まぁいいさ。どうせ過去の私に言って聞かせても、結果は同じだと思うしな?」

 そんなやり取りの後、アンリエッタは再びこの国に蔓延るスパイについての話を再開する。
 アルビオンから情報収集を頼まれたであろう゛元締め゛がまず行ったのは、傀儡役となる貴族たちへの声掛けであった。
 ゛元締め゛が最適の傀儡と見定めた貴族は皆領地経営で苦しみ、土地持ちにも関わらずあまり金を稼げていない貧乏貴族に絞っている。
 お金欲しさに領地に手を出して失敗している者たちは、その大半が楽して大金を稼ぎたいという邪な思いを持っているものだ。
 彼らの殆どはその土地ではなく王都に住宅を建てて暮らし、儲からない領地と借金を抱えて日々を暮らしている。
 そういった人間を探し当てるのに慣れた゛元締め゛は、前金と共に彼らの前に現れてこう囁くのである。

―――この国の機密情報を盗み取ってアルビオンに渡せば億万長者となり、かの白の国から土地と欲しい褒美を貰えるぞ……――と。
 
 無論これを聞かされた全員がそれに賛同する筈はないだろう、きっと何人かは゛元締め゛を売国奴と罵るだろう。
 しかし゛元締め゛は一度や二度怒鳴られる事には慣れており、シールのように顔に張り付いた不気味な笑みを浮かべて囁き続ける。
 こんな国には未来はない、いずれは大国に滅ぼされる。そうなる前にアルビオンへとこの国を売り渡し、今のうちの将来の地位を築くべき――だと。
「おいおい……いくら何でもそれはウソのつき過ぎだろ?ちよっと物騒だが、別に無政府状態ってワケでもないだろうに」
 そこまで聞いたところで待ったを掛けた魔理沙であったが、彼女の言葉にアンリエッタは自嘲気味な笑みを浮かべてこう返した。

「知ってますか?このハルケギニア大陸に幾つかある国家の中に、王家の者がいるのに玉座が空いたままの国があるそうですよ?
 王妃は夫の喪に服するといって戴冠を辞退し、まだ子供の王女に任せるのは不安という事で年老いた枢機卿にすべてを任せてしまっている国が……」

 不味い、被弾しちまったぜ。――珍しく自分の言葉を間違えた気がした魔理沙は、知り合いの半妖がくれた黒い飴玉を口にした時のような表情を浮かべて見せた。
「あー……悪い、そういやここはそういう国なんだっけか?」
 わざとらしく視線を横へ逸らすのを忘れが申し訳なさそうに謝った魔法使いは、件の飴玉を口にした時の事も思い出してしまう。
 おおよそ人が食べてはいけないような味が凝縮されたあの飴玉を食べてしまった時の事と比べれば、この失言も大した事ではないと思えてくる。
「まぁそんな状態もあと少しで終わりますので心配しないでください。それよりも先に片付けねばならない事があるのですから」
 とりあえずは謝ってくれた魔理沙にそう返しつつ、アンリエッタはそこから更に話を続けていく。 

 自分が仕える国から機密情報を盗み出せば、大金と褒美を得られるぞ。
 そんな甘言を囁かれても、大半の貴族は囁いた本人を売国奴として訴えるのが普通であろう。
 しかし゛元締め゛は知っていたのだ、例えをトリステイン貴族でなくなったとしても金につられてくれるであろう貴族たちの所在を。
 ゛元締め゛はそうした貴族達だけをターゲットに絞り、根気よく説得しては自分の手駒として情報を集めさせたのである。
 一方で傀儡となった者たちはある程度情報を集めた所で゛元締め゛からアルビオン側の人間との合流場所を知らされる。
 そしてその合流場所へと行き観光客を装った彼らから報酬を受け取り、情報を渡してしまえば立派な売国奴の出来上がりだ。
 
 後は逮捕されようが殺されようが構いやしないのである。今のアルビオンにとって、この国の貴族は本来敵として排除するべき存在。
 ましてや金に目が眩み機密情報を平気で渡すような輩など、信用してくれと言われてもできるワケがない。
 結局、゛元締め゛の言いなりになっている貴族たちは目先の利益に問われた結果、最も大事な゛信用゛を失ってしまったのである。

698ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:16:44 ID:EpCC/uLM
「そんならいくら尻尾振ったって意味なくないか?第一、貴族ってそんなに金に困ってるのか?」
「王家である私やヴァリエール家のルイズはともかく、貴族が全員お金に困らない生活をしてるってワケではありませんしね」
 下手すればそこら辺の平民よりも月に消費するお金が多いのですから、アンリエッタは歯痒い思いを胸に抱いてそう言う。
 国を運営していくのに綺麗ごとでは済まない事は多いが、日々の生活に困窮する貴族の数は年々増えつつある。
 最初こそそれは学歴がなくまともな職にもつけない下級貴族たちが主流であったが、今では中流の貴族たちもその中に入ろうとしていた。

「領地経営だって軽い気持ちでやろうとすれば必ず痛い目を見て、そこで生まれた負担金は経営者の貴族が支払ねばなりません。
 想像と違って上手くいかない領地の経営に、身分に合わぬ浪費でどんどん手元から無くなっていく財産に、そこへ割り込むかのように増えていく借金……。
 今ではそれなりの地位にいる者たちでさえお金が無いと喘いでいる今の世情を利用して、゛元締め゛は甘い蜜を吸い続けているのです」

 華やかな王都の下に隠れる陰惨な現実を語りながらも、アンリエッタはさらに話を続ける。
 そうして幾つもの人間を駒として操り、アルビオンに情報を渡す゛元締め゛本人は決してその尻尾を出すことは無い。
 自らは舞台裏の者としての役割に徹し、例え傀儡たちが死のうともその正体を露わにすることはなかった。
 ……そう、ヤツは決して表舞台には姿を現さないのだ。――余程の゛緊急事態゛さえ起こらなければ。
 
「――成程、アンタがやろうとしている事が何となく分かってきた気がするぜ」
「何が分かったのかまでは知りませんが、私の考えている通りならば後の事を口にする必要はありませんね?」
 ゛緊急事態゛という単語を聞いた魔理沙は彼女の言わんとしている事を察したのか、ニヤリとした笑みを浮かべてみせた。
 一方のアンリエッタも、魔理沙の反応を見て自分の言いたい事を彼女が察してくれたのだと理解する。
 両者揃ってその口元に微笑を浮かべ、互いに同じことを考えているのだと改めて理解した。
「成程な、釣りは釣りでも随分とドでかい獲物を釣り上げる気のようだな?」
「まぁ、あくまで餌役は私なんですけね?」
 最初こそ自分を殴りたいと言って軽く後悔していた魔理沙は、今やすっかりやる気満々になっている。
 権力を隠れ蓑にして他人を操り、自分の手は決して汚そうとしない゛元締め゛を釣りあげるという行為。
 ヤツは余程の事が起こらない限り姿を見せない。そんな相手を表舞台に引きずり出すにはどうすればいいのか? 

 その答えは簡単だ。――起こしてやればいいのである、その余程どころではない゛緊急事態゛を。
 例えばそう、何の前触れもなくこの国で最も重要な地位についている人間が失踪したりすれば……どうなるか?
 護衛はしっかりしていたというのに、まるで神隠しにでも遭ってしまったかのように彼らに気取られず姿を消してみる。
 するとどうだろうか、絶対かつ完璧であった護衛の間をすり抜けて消えてしまった要人に彼らは大層驚くだろう。
 一体どこへ消えたのか騒ぎ立て、やがて油に引火した炎のように騒ぎはあっという間に周囲へ広がっていく。
 やがて要人失踪の報せは他の要人たちへと届き、各地の関所や砦では緊急事態の為通行制限がかかる。
 
 そのタイミングでわざと教え広めるのだ、要人の姿をここ王都で目撃したという偽の情報を。
 当然それが仕掛けられたモノだと気づかない第三者たちは、そこへ警備を集中配置して情報収集と要人確保の為に動く。
 そこに来て゛元締め゛は焦り始めるのだ。――なぜ、こんなタイミングであのお方は姿を消したのだと。
 恐らく彼は自分の味方へと疑いを向けるだろう。この国の王権を打倒せんと企んでいるアルビオンの使者たちを。
 彼らは味方だがこちらの意思で完全に動いているワケではない、彼らには彼らなりの計画がしっかり用意されている。
 もしもその計画の中に要人の誘拐もしくは暗殺が入っており、尚且つそれを自分に知らせていなかったら……?
 まるで底なし沼に片足を突っ込んでしまった時のように、゛元締め゛はそこからずぶずぶと疑心暗鬼という名の沼に沈むほかない。

699ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:18:14 ID:EpCC/uLM
 疑いはやがて確信へと変貌を遂げて、本人を外界へと引きずり出すエネルギーとなるだろう。
 それ即ち、アルビオンの人間と直接話し合うために゛元締め゛自らがその体を動かして外へと出るという事を意味するのだ。
 今まで自分に火の粉が降りかからぬ場所で多くの貴族たちを動かし、気楽に売国行為をしていた゛元締め゛。
 しかし、ふとしたキッカケで彼らに疑いを持ち始めた゛元締め゛は、自ら動いてアルビオンの人間たちに問いただしに行く。
 それが仕組まれていた事――そう、要人が消えた事さえ彼を表舞台に上がらせる為の罠だという事にも気づかず。
 そして食いついた所で釣りあげてやるのだ。強力な地位を利用して国を売ろとした男と、それに関わる者たち全てを。 

「それが今回、私に仕える者が提案した『釣り』のおおまかな流れです」
 表の喧騒から遠く、時間の流れさえゆったりとしたものに感じられる人気の無い路地裏で、アンリエッタは今回の作戦を教え終えた。
 そんな彼女に対して珍しく黙って聞いていた魔理沙は面白そうに短い口笛を吹いたのち、「成程な」と一人頷く。
「餌も上等なら、釣り針や竿も最高級ってヤツか?この国の重役なら絶対に動揺すると思うぜ?」
「それはそうでしょうね。何せ今はこの王都に通常よりも倍の衛士たちが入ってきていますから」
 魔理沙の言葉にアンリエッタそう返しつつ、ふと表の通りから聞こえてくる喧騒に衛士達の走り回る音も混じってきているのに気が付く。
 規律の取れた軍靴が一斉に地を踏み走る音靴は、彼らが六人一組で行動している事を意味する音。
 きっとそう遠くないうちにも、この路地裏にも捜査の魔の手が伸びるのは間違いない。

 アンリエッタは魔理沙と目配せをした後で自ら先頭に立ち、隠れ場所を探しつつ街の中を進んでいく。
 途中表通りへと繋がっている場所を避けつつ、彼女は衛士に見つかってはいけない理由も話してくれた。

「ここまでは計画通りです。しかし……もしここで衛士達に見つかり、捕まってしまえば全てが無に帰してしまいます。
 恐らく私が確保されたという報告は、すぐにでも゛元締め゛の耳に届く事でしょう。そうなれば後はヤツの思うがまま、
 アルビオンの使者とすぐに仲直りした後で、持てるだけの情報を持たせて彼らを白の国へと送った後で、すべての証拠を隠滅――
 そして持ち帰った情報で彼らはわが国で戦争を始めるつもりなのです。ゲルマニアやガリアの僻地で起きているモノと同じ形式の戦争を……」
 
 戦争だって?――王女様の口から出た物騒な単語に、流石の魔理沙も眉を顰める。
 トリステイン自体が幻想郷程……とは言わないが相当平和な国だというのは彼女でも理解している。
 平和とはいっても化け物に襲われたりこの前はあのアルビオンとかいう国が攻めてきたりしたが、それは一般大衆にはあまり関係ないことだろう。
 現にこの街に住んでる人々はかの国と実質戦争状態にあるというのに、いつも変りなく暢気に暮らしている人間が大半を占めているのだ。
 そんな平和なこの国で――彼女の言い方から察するに最低でも国内で――戦争が起こるなどとは、上手いこと想像ができないでいる。

 それに魔理沙自身、ちゃんとしたルールに則った争い……つまりは弾幕ごっこが戦いの基本となった幻想郷の出身者という事もあるだろう。
 深刻な表情をして国で戦争が起きるかもしれないと呟くアンリエッダの言葉に肩を竦め、信じられないと言うしかなかった。
「おいおい戦争って……いくらなんでも、そこまで発展したりはしないだろ?」
「確かに貴女の言う通りです。王政の管轄領地やラ・ヴァリエ―ルなどの古くから仕える者たちの領地で起こりえないでしょう、――しかし
「しかし?」
「管理の行き届かない領地、つまりは僻地で戦争が起きる可能性は決して無いとは言い切れないのですよ」
 深刻な表情のまま言葉を終わらせたアンリエッタに、魔理沙は口から出かかった「マジかよ」という言葉を飲み込む事はできなかった。
 そしてふと思った。この世界では、ふとした拍子や失敗で簡単に戦争が起こってしまうのではないのかと。

700ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:20:16 ID:EpCC/uLM
 そんな気味の悪い事を考えてしまった魔理沙は、アンリエッタに続くようにして自らも重苦しい表情を浮かべてしまう。
 いつも何処か得意げなニヤつき顔を見せてくれている彼女には、あまりにも不釣り合いかつ真剣な顔色である。
 今の彼女の表情を霊夢やアリス、パチュリーといった幻想郷の知人が見ればきっと今夜の夜空は物騒になるだろうと誰もが笑うに違いない。
 幸か不幸か今はそんな奴らもいないので、彼女は恥かしい思いをすることもせず気兼ねなく真剣な表情を浮かべることができていた。
 アンリエッタはアンリエッタでこれからの作戦の成否で国の運命が掛かっていると知っているためか、魔理沙以上に真剣な様子を見せている。
 魔理沙と出会う前はサポートがいてくれたおかげで何とか王都まで隠れる事はできたが、ここからが正念場というヤツなのだろう。
 お供の魔法使い共々衛士たちに捕まり、正体がバレてしまえば――最悪敵である、あの゛男゜にこちらの出方を読まれる恐れがある。

 元締め――もといあの゛男゛は馬鹿でもないし、間抜けでもない。秀才であり、なおかつ政敵との戦いにも打ち勝ってきた強者だ。
 でなければこの国であれだけの地位――トリステイン王国の法と裁きを司る高等法院の頂点に立てはしないだろう。
 無論スパイとして発覚する以前に賄賂の流通があったという話は聞くが、それだけで検挙できるのならここまでの苦労はしない。
 一度は地の底に這いつくばり、血の涙も枯れてしまう程の努力を積み重ねてきた末の結果とも言うべき輝かしくも陰影が残る功績。
 自らの欲と目的を達成するためには殺人すら含めたありとあらゆる手段を尽くし、自分に都合の悪い情報は徹底してもみ消してのし上がっていく。
 彼の裏の顔を知ろうと迂闊にも接近し過ぎてしまい、文字通り消された密偵の数は恐らく二桁近くに上るであろう。
 その一方では法の番人として国の法整備や裁判等に尽力し、先代の王や若かりし頃の枢機卿が彼を百年に一度の人材と褒めたたえている。
 表と裏。人間ならばだれしも持っているであろう二面のギャップが激しすぎる彼は、そう簡単には捕まらないであろう。
 だからこそこの事態をチャンスにして捕まえ、そして聞き質さなければいけない。
 
 ―――――幼子であった頃の自分を、まるで本物の父親に様にあやしてくれた貴方の笑顔は作り物だったのかと。

(その為にも今は絶対に捕まらないよう、気を付けないと……)
 愛するこの国の為、どうしても聞き出さなければいけない事の為、アンリエッタは改めて決意する。

 アンリエッタからこの任務の大切さを今更聞き、重責を負ってしまった事を実感している霧雨魔理沙。
 二人して人気のない裏路地で屯する形となり、アンリエッタはこれからどう動こうかという相談をしようとしていた――が、
 そんな彼女たちを不審者と判断しないほど、トリスタニアは平和ボケしているワケではなかった。
 それは二人の背後、裏通りから大通りへと続く路地から何気ない会話と共にやってきたのである。
「バカ言ってんじゃねえよ?大金張ったルーレットでそんな命知らずみたいな芸当できるワケが……ん?」
「だからさぁ、本当なんだって!そりゃもう信じられない位正確に……って、お?」
 ギャンブル関係の話をしながらやってくる二人組の男の声を聞いて咄嗟に振り向いたアンリエッタは、サッと顔が青くなる。
 彼女に続くようにして魔理沙もまた振り向き、丁度自分たちに気づいた男たちと目を合わせる形となってしまった。

 声の正体はこの王都にも良くいるようなチンピラではなく、むしろそのチンピラにとっては天敵ともいえる存在。
 お揃いの軽い胸当てに夏用の半袖服と長ズボンに、市街地での戦いに特化した短槍を手に街の治安を守るもの。
 鎧の胸部分に嵌め込まれているのは、白百合と星のエンブレム。そう、トリスタニアの警邏衛士隊のシンボルマークだ。
 二人そろってそのエンブレムの付いた胸当てを身に着けているという事は、彼らが衛士隊の人間であることは間違いない。
 自分たちの姿を見て足を止めた衛士達を前に、アンリエッタはすぐに魔理沙の手を取りその場を去ろうと考える。しかし、
「あーちょい待ち。そこの黒白、確かぁ〜キリサメマリサ……だったっけ?」
「え?確かに私だが……何で知ってるんだよ?」

701ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:22:06 ID:EpCC/uLM
 間が悪く、彼女の手を取ろうとした所で衛士の一人が魔理沙の名前を出して呼び止めてきたのだ。
 魔理沙は見知らぬ他人に名を当てられて目を丸くしており、片方の衛士も「知り合いか?」と相棒に聞いている。
「いえ、ちょっと前にこの子が取り調べられましてね、その時の調書担当が自分だったんだよ」
「――あぁ、そういえばいたなアンタ。随分前の事だったから記憶に残ってなかったぜ」
 彼の言葉で思い出したのか、魔理沙が手を叩きながら言った所で衛士は彼女の隣にいるアンリエッタにも話しかけた。

「で、そこにいる君は誰なんだい?ここらへんじゃあ見たこと無さそうな雰囲気だけど?」
「あ、その……私は――」
 まさか話しかけられるとは思っていなかったアンリエッタは、どう返事したらいいか迷ってしまう。
 衛士の表情から察するに、ちょっとしたナンパ程度で声を掛けたのではないとすぐに分かる。
 あくまで仕事の一環として――少なくとも今伝えられている事態を考慮して――声を掛けたのは一目瞭然だ。
 もう片方の衛士も言葉を詰まらせているアンリエッタに、怪訝な表情を見せている。
 迷っている時間は無い。そう直感したアンリエッタに、魔理沙が救いの手を差し伸べてくれた。
「悪い悪い、衛士さん。こいつは私の知り合いなんだよ」
「知り合い?」
「あぁ、今日王都に遊びに来るっていうから私がちょっとした観光役をやらせてもらってるんだよ。なぁ?」
 いつもの口調で衛士と自分間に入ってきてくれた魔理沙の呼びかけに、アンリエッタは「え、えぇ!」と相槌を打つ。
 その様子に衛士二人は怪訝な表情を崩さず、しかし「まぁそれなら良いが……」という言葉に安堵しかけた所で、

「じゃあ突然で悪いが、その帽子外して俺たちに顔を見せてくれないかい?」
 一番聞きたくなかった質問を耳にして、アンリエッタは口から出そうとしたため息を、スッと肺の方へと押し戻す。
 まさか言われるとは思っていなかったワケではない、それはポカンとした表情を衛士達に向けている魔理沙も同じであろう。
 少なくとも今の彼らにとって、帽子を目深に被った少女何て誰であろうが職務質問の対象者となるに違いない。
 かといって帽子を外して堂々と街中を歩くのは、「私を捕まえてくださーい!」と市中で裸になって踊りまくるのと同義である。
 裸になるか帽子を被るか、たとえ方は少々おかしいが誰だって帽子の方を選ぶのは明白だ。
 だからアンリエッタも帽子を被り、ちゃんと変装までしたうえで――衛士たちに職質されるという不運に見舞われた。
 
 今日の運勢は厄日だったかしら?いつもならお抱えの占い師から聞く今日の運勢の事を現実逃避の如く考えようとしたところで、
 それまで黙っていた魔理沙もこれは不味い流れだと察したのか、自分の頭の上にある帽子を取りながら衛士達に声を掛けた。
「帽子か?そんなもんいくらでも取ってやるぜ?ホラ!」
「お前じゃねえよ、バカ。ホラ、お前さんの後ろにいる黒帽子を被った連れの子さ」
 霧雨魔理沙渾身(?)のギャグをあっさりと切り捨てた衛士の一人が、丁寧にアンリエッタを指さして言う。
 もしも彼らが今ここで彼女の正体を知ったら、きっと彼女を指した衛士は間違いなく土下座していたに違いない。
 しかし悲しきかな、今のアンリエッタにとって自らの正体を晒すのは自殺行為である。
 よって幸運にも彼は何一つ事実を知ることなく、余裕をもってアンリエッタ指させるのであった。

 魔理沙の誤魔化しをあっさりとすり抜け、自分に帽子を外しての顔見せ要求する冷静な衛士達。
 これには流石のアンリエッタも何も言い返せず、ただた狼狽える事しかできない。
 しかし、時間が待ってくれないように衛士達も一向に「イエス」と答えてくれない彼女を待つつもりは無いらしい。
 指さしていない方の衛士が怪訝な表情のままアンリエッタへ一歩近づきながら、彼女の被る帽子の縁を優しく掴みながら言う。
「……黙ってるっていうのなら、こっちは不本意だが無理やり帽子を取るしかないが?」
「……ッ!?そんなの、横暴では――ッ!?」
 咄嗟に彼の手から逃れるように叫ぶと後ろへ下がり、まるでぎゅっと両手で帽子の縁を掴む。
 まるで天敵に出会ったアルマジロの様に見えた魔理沙であったが、流石にそれをこの場で言えるほど空気が読めないワケではなかった。

702ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:24:15 ID:EpCC/uLM
 とはいえ流石にここは間に入らないとまずいと感じたのか、再びアンリエッタの前に立ちはだかり何とか衛士を宥めようとした。
「まぁまぁ落ち着いてくれって!この暑さでイライラしてるのは私だってよ良く分かるぜ?」
「暑さでイライラがどうのこうのじゃないんだ。あくまで仕事の一環として彼女の顔をよく見ておきたいだけだ」
「そんな事言って、ホントは美人だったらナンパしたいだけだろ?例えば……今日一緒にランチでもどう?……ってさ?」
 魔理沙はここで相手の注意をアンリエッタから自分に逸らそうと考えたのか、煽るような言葉を投げかけていく。
 流石にナンパという単語にムッとしたのか、独身であろう衛士は目を細めると「馬鹿にするなよ」と言いつつ、

「俺は二児の父親で、ついでに今日の昼飯は女房が作ってくれたベーコンとチーズのサンドウィッチとマカロニのクリームソテーなんだぞ?」
「……おぉ、スマン。アンタの事良く知らずにナンパとか言って悪かったぜ」
「おめぇ!何奥さんとのイチャイチャっぷりを告白してんだよッ!」

 独身どころか既にゴールインしていたうえに愛妻弁当の自慢までされてしまい、流石の魔理沙も訂正せざるを得なくなってしまう。
 一方で指さしていた衛士は何故か彼に突っかかったのだが、所帯持ちの相方は「僻むんじゃねぇよ」と一蹴しつつ魔理沙へと向き直る。
「とにもかくにもだ、別に持ち物検査までしようってワケじゃないんだ。そこの嬢ちゃんが自分で自分の帽子を外すくらい何て事無いだろう?」
「まぁそりゃそうなんだが…ってイヤイヤ、そこがさぁちょいとワケありでダメなんだよなぁ〜これがさぁ……」
 衛士として正論を容赦なくぶつけてくる相手に対して、魔理沙は何とかそれをかわそうと次の一手を考えようとする。
 しかし、どう考えても今の状況を上手いことかわせる方法などあるワケもなく、彼女が言い訳を口にする度に衛士たちは顔をしかめていく。
(まぁ逃げる手立てはいくらでもあるんだが、そうなると絶対後で碌な目に遭わないしなぁ〜……あぁでも、そういうのも面白そうだなぁ)
 右手に握る箒を一瞥しつつ、アンリエッタの前では絶対言ってはいけない事を心中で呟いていた――その時であった。

 まず先手を打って逃げようかと考えていた魔理沙と狼狽えるアンリエッタが、上空から落ちてくる゛ソレ゛に気が付く。 
 一方の衛士達も上から落ちてきた゛何か゛が視界の端を横切って地面へ落ちていくのに気が付き、一瞬遅れてそちらへと目を向ける。
 瞬間、四人の人間がいる細いに植木鉢の割れる音が響き渡り、鉢の中で育てられていた花と土が地面へとぶちまけられていた。
 それが植木鉢だったと四人ともすぐに理解できたが、問題はそれがなぜ上空から落ちてきたのかだ。
「……?何だ、コレ……植木鉢?――って、うわっ!何だアレッ!?」
「…………?上に誰か――って、ウォッ!?」
 まず最初に魔理沙が首を傾げ、彼女に続くようにして家族持ちの衛士が頭上へと視線を向け――二人して驚愕する。
 何故ならば、先に落ちてきた植木鉢に続くようにして建物の屋上から分厚い布が風で舞い上がったハンカチのように落ちてきたのだから。
 
 ハンカチと例えたが、ここがハルケギニアであっても流石に大人二人を容易に隠せるサイズはハンカチではない。
 恐らく雨が降った際に濡れたら困る物を覆い隠す為の布として、屋上に置いていたものであろう。それがヒラヒラと広がりながら落ちてきたのだ。
 布はその大きさながら落ちるスピードは思ったよりも速く。魔理沙は咄嗟に背後にいたアンリエッタの手を取って後ろへと下がる。
「……ッ!まずい、下がれッ!」
「きゃっ……」
 アンリエッタが悲鳴を上げるのも気にせず後ろへ下がった直後、布は彼女たちが立っていた場所へと舞い落ちた。
 それだけではない。丁度彼女たちが立っていた所よりも前に立っていた衛士達も、もれなくその布を頭からかぶる羽目になったのである。
「うわわッ、な……何だこりゃっ!」
「クソッ!おい、お前らそこにいるんだろ?何とかしてくれッ!」
 布は以外にも大きさに見合ったそれなりの重量をしていたのか、衛士達を覆い隠したまま彼らを拘束してしまったのだ。

703ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:26:16 ID:EpCC/uLM
 まるで絵本に出てくる子供だましのお化けみたいに、頭から布を被った姿で両手らしい二つの突起物を出して動く衛士達。
 姿をくらますなら今しかない……!そう判断した魔理沙はアンリエッタの手を取り何も言わずに彼女と共にこの場を去ろうとした直前、
「おい君たち、裏通りへ出たら僕が今いる建物の中へ入ってくるんだ!」
 先ほど植木鉢と思わぬ助っ人となった布が落ちてきた建物の屋上から、透き通る程綺麗な青年の呼び声か聞こえてきた。
 突然の呼びかけに二人は足を止めてしまい、思わず声のした頭上へと顔を向ける。
 するとどうだろう、逆光で顔は見えないものの明らかに若者と見える金髪の青年が、建物の屋上から半ば身を乗り出してこちらを見つめていた。
 アンリエッタは思わず「誰ですか?」と声を上げたが、魔理沙だけは青年の声を聞いて「まさか……?」と言いたげな表情を浮かべる。
 彼女には聞き覚えがあったのである。その青年の、少年合唱団にいても不思議できないような綺麗な声の持ち主を。

 屋上の青年は魔理沙たちが自分の方へと視線を向けたのを確認してから、次の言葉を口にした。
「近辺にはすでに多数の衛士達が巡回している、捕まりたくないなら大人しく僕の所へ来るんだ!いいね?」
「あ、ちょっと……まさかお前――って、おい待てよ!」
 言いたい事だけ言った後、魔理沙の制止を耳にする事無く彼は踵を返して姿を消した。
 屋上があるという事は建物の中へと入ったのだろうが、それはきっと「中で待っている」という無言の合図なのだろう。
 魔理沙は内心聞き覚えのある声の主の指示に従うがどうか一瞬だけ考えた後、思わずアンリエッタへと視線を向ける。

「……何が何やら全然分かりませぬが、逃げ切れるのならば彼のいう通りに従った方が賢明かと思います!」
「正気かよ?でもお互い様だな、私もアイツの指示に従うのが良さそうだと思ってた所だぜ」
 アンリエッタの大胆な決断に一瞬だけ怪訝な表情を見せた魔理沙は、すぐにその顔に得意げな笑みを浮かべてそう言った。 
 二人はその場で踵を返すとバッと走り出し、未だ巨大な布と格闘している衛士達を置いてその場を後にする。
「お、おい何だ!一体何が起こってるんだ!?」
「クソ!おい、誰でもいいからコレをどかすのを手伝ってくれ!」
 狭い通りに響き渡る衛士達の叫び声で他の人が来る前に、少女たちは自らの背を向けて立ち去って行った。

 再び裏通りへと戻ってきた魔理沙たちは、衛士達の声で早くも集まっている人たちを尻目に隣の建物へと入る。
 そこはどうやら平民向けのアパルトメントらしく、玄関には騒ぎを聞きつけたであろう平民たちが何だ何だと出てきている最中であった。
 ちょっとした人ごみができている場所を通りつつ中へと入ることができた二人へ、声を掛ける者が一人いた。
「こっちだ、こっちに来てくれ」
「ん?あ、そっちか」
 魔理沙は一瞬辺りを見回した後で、先ほど声を掛けてくれた青年がいる事に気が付く。
 こんな季節だというのに頭から茶色のフードを被っており、その顔は良く見えないものの口元からして笑っているのは分かった。
 築何十年と立つであろう古い木の廊下をギシギシと鳴らしつつ、魔理沙とアンリエッタの二人は青年の元へと駆け寄る。
「どこのどなたか存じ上げませんが、助けていただき有難うございます。……あ、その――今はワケあって帽子を……え?」
 まず初めにアンリエッタが頭を下げて礼を述べようとしたところで、フードの青年は右手の人差し指を口の前に立てて「静かに」というサインを彼女へ送る。
 その意味をもちろん知っていたアンリエッタが思わず目を丸くして口を止めると、次いで左手の親指で背後の廊下を指さした。

「ここは人が多すぎます。この先に地下を通って外の水路へと出れますので、詳しい話はそこで致しましょう」

704ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:28:09 ID:EpCC/uLM
 そうして共同住宅の奥にあった下へと階段の先にあったのは、古めかしい地下通路であった。
 上の建物と比べても明らかに長年放置されていると分かる通路を、魔理沙とアンリエッタの二人は興味深そうに見回してしまう。
「まさかただの共同住宅の下に、こんな通路があるだなんて……」
「あぁ、しかも見たらこの通路。一本じゃなくて迷路みたいになってそうだぜ?」
 軽く驚いているアンリエッタに魔理沙がそう言うと、彼女は普通の魔法使いが指さす方向へと視線を向ける。
 確かによく見てみると通路は一直線ではなく三つほど横道があり、単純な構造ではないという事を二人に教えていた。
 そんな二人を横目で見つつ、青年はさりげなく彼女たちに自分の知識を披露してみる事にした。
「五百年前、ブルドンネ街の拡大工事で造られた緊急避難用の通路を兼ねた防空壕……とでも言いましょうか?」
「……!避難用、ですか?確かに私も、そういった場所があるという話は聞きましたが、まさかここが……」
「えぇ。当時のハルケギニアは文字通り戦乱の世でしたからね、王都にもこういった場所が造られたんですよ」
 ――ま、結局目的通りの使われ方はしませんでしたけどね。最後にそう言って青年は笑った。
 アンリエッタはかつて母や枢機卿から聞かされていた秘密の隠し通路の一端を目にして、驚いてしまっている。
「マジかよ?この通路は築五百年って、どういう方法で造ったらそんなに保てるんだ……」
 対して魔理沙の方はというと、五百年という月日が経っても尚原型をほぼ完全に留めているこの場所に、好奇心の眼差しを向けていた。

 その後、二人は青年の案内でそれなりに入り組んだ通路を五分ほど歩き続ける事となった。
 地上と比べれば空気は悪かったものの、ところどころに地上と通じているであろう空気口があるおかげで酷いというレベルまでには達していない。
 最も、一部の通路は地面が苔だらけで歩きにくかったりと天井の一部が崩れ落ちていたりと散歩コースとしては中々ハードな通路であった。
 それでも青年の案内は正しく、更に十分ほど歩いた所でようやく外の光を拝める場所へと出る事ができた。
「さぁ外へ出ました。ここならさっきの衛士達も追ってくることは無いでしょう。とはいえ、油断はできませんけどね?」
 青年がそう言って指さした場所は、確かに人気のない静かな通りの中にある水路であった。
 魔理沙がとりあえず頭上を見上げてみると、先ほどまでいた裏通りとは微妙に違う街並みが見える。
 恐らくここも王都の中、それもブルドンネ街なのであろうが、魔理沙自身は見える建物に見覚えはなかった。
「ここは?」
「東側の市街地だ、昔から王都に住んでいる人たちが住人の大半さ。……とりあえず、ここから出るとしようか」
 魔理沙の質問にそう答えると、青年は傍にあった梯子を指さして二人に上るよう指示を出す。
 
 そうして青年、魔理沙、そして最後にアンリエッタの順で梯子を上り、三人は東側市街地へと足を踏み入れる。
 確かに彼の言う通りここには地元の者しかいないのだろう、他の場所と比べて人気はあまり感じられない。
 一応水路に沿って立ち並ぶ家や共同住宅からは人の気配は感じられるが、家の中でのんびりしているのか出てくる気配は全くなかった。
 以前シエスタが案内してくれた裏通りと比べても、まるで紅魔館の図書館みたいに静かだと思ってしまう。
 とはいえそこは街の中、よくよく耳を澄ましてみれば色んな音が聞こえてくることにもすぐに気が付く。
 遠くから聞こえてくる繁華街や市場からの明るい喧騒と小さな水路を流れる水の音に、時折家の中から聞こえてくる家庭的な雑音。
 それらが上手い事重なり合って聞こえてくるが、それでも尚ここは静かな所だと魔理沙は思っていた。

705ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:30:23 ID:EpCC/uLM
 そんな彼女を他所に、アンリエッタはローブの青年に改めて礼を述べていた。
「誠に申し訳ありませんでした。どこのどなたか存じ上げませぬが、まさか助けて頂けるなんて……」
「いえ、礼には及びませぬよ。困っている女の子を見捨てるのは、僕の流儀に反しますからね」
 帽子は被ったままだが、それでも下げぬよりかは失礼だと思ったのか軽く会釈するアンリエッタ。
 それに対し青年もそれなりに格好いいヤツしか言えないような言葉を返した後、「それよりも……」と彼女の傍へと寄る。
「僕は不思議で仕方がありませんよ。貴方ほど眩いお方が、どうして街中にいたのかを……ね?」
「……?それは一体、どういう――――ッア!」
「あ!」
 青年の意味深な言葉にアンリエッタを首を傾げようとした、その瞬間である。
 一瞬の隙を突くかのように青年が素早い手つきで彼女の被る帽子を掴むや否や、それをヒョイっと持ち上げたのだ。
 まるで彼女の髪の毛についた落ち葉を取ってあげたように、その動作に全くと言っていい程迷いはなかった。
 流石の魔理沙も突然の事に驚いてしまい、一拍子遅れる感じで青年へと詰め寄る。

「ちょ……おっおい何してんだよお前!?」
「別に何も。ただ、彼女みたいな素敵なお方がこんな天気のいい日に黒い帽子何て被るもんじゃないと思ってね?」
 詰め寄る魔理沙に青年は何でもないという風に言い返して、自身もまた被っていたフードを上げたその顔を二人へと晒して見せた。
 夏だというのにやや厚手であったフードの下から最初に目にしたのは、やや白みがかった眩い金髪。
 ついでその髪の下にある顔は声色相応の美貌を持つ青年のものである。
 一方で自分の予想が当たっていた事に対して、魔理沙は喜ぶよりも先に青年を指さしながら叫んだ。
「あー!やっぱりお前だったか!?」
「ちょ……マリサさん!あまり大声は――って、あら?貴方、その目は?」
 思わず大声を上げてしまう魔理沙を宥めようとしたところで、アンリエッタはふと青年の目がおかしいことに気が付く。
 右の瞳は碧色なのだが左の瞳は鳶色で、つまりは左右で目の色が違うのだ。
 所謂オッドアイという先天的な目の異常であり、同時にハルケギニアでは「月目」とも呼ばれている。
「月目……ですか?」
 それに気が付いた彼女は、知識の上で知ってはいても初めて見る月目につい口が開いてしまう。
 すぐさまハッとした表情浮かべたものの、青年は「いえ、お気になさらず」と彼女に笑いかけながら言葉を続ける。

「生まれつきのモノでしてね、幼少期はこれで色々と貧乏クジを引いたものですよ。ま、今では自分のアイデンティティの一つなんですがね?」
 何より、女の子にもモテますし。最後に一言、そう付け加えて青年こと――ジュリオ・チェザーレは得意げな笑みを浮かべて見せた。

706ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:34:52 ID:EpCC/uLM
以上で、九十八話の投稿を終わります。
体調不良やら仕事多忙ぶりが重なって、思うように書けない日々が続くのは辛いですね。
もう十二月になってしまいましたが、また大晦日に投稿できたら良いと思っています。
それではまた皆さん、今月末にお会いしましょう。ノシ

707ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:37:48 ID:9f89S4RY
皆さん今晩は、無重力巫女さんの人です。いよいよ今年も終わりですね。
特に問題が無ければ、17時41分から投稿を始めたいと思います。

708ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:41:36 ID:9f89S4RY


「―――……ん、んぅ〜……――ア、レ?」
 少年――トーマスが目を覚ました時、まず最初に感じたのは右の頬から伝わる痛みであった。
 ヒリヒリと微かな熱を持ったその痛みは目を覚ましたばかりにも関わらず、彼の目覚めを促してくる。
「……くそ、イッテなぁ――――って、あ?」
 余計なお節介と言わんばかりに目を細めながら、ついでトーマスは自分の体が今どういう状態に陥ってるのか気づく。
 両手を後ろ手に縛られているらしく、両手首から伝わる感覚が正しければロープ……それも新品同然の物で拘束されているようだ。
 まさかと思い慌てて頭だけを動かして何とか足元を見てみると、手と同じように両足首もロープ縛られている。
 幸い頭だけは動かせたが、不幸にも彼の窮地を救う手立てにはならない。
「クソ、マジで監禁されちまってるのかよ……」
 悪態をつく彼が頭を動かして見渡しただけでも、今いる場所が何処かの屋内だという事は嫌でも理解できた。
 自分の周りには古い棚や木箱が乱雑に置かれており、少なくとも人が寝泊まりする様な部屋ではないのは明らかである。
 窓にはしっかりと鉄格子が取り付けられており、そこから入ってくる太陽の明かりが丁度トーマスの足を照らしていた。
(どこかの建物の中にある物置かな?……それも廃棄されて相当経ってる廃墟の)
 妹と共に色々な廃墟で寝泊まりしてきたトーマスは部屋の雰囲気からしてここが廃墟ではないかと、推測する。
 確かに彼の推測は間違ってはいない。ここはかつて、とある商人が街中に作らせた専用の倉庫であった。

 主に外国から輸入した家具や宝石を取り扱っており、当時のトリステイン貴族たちにはそこそこ名が知られていた。
 しかし、ガリア東部での行商中にエルフたちと麻薬の取引をしたことが原因でガリア当局に拘束、逮捕された後に刑務所入りとなってしまった。
 今はエルフから麻薬を購入したとしてガリアの裁判所から終身刑が言い渡され、トリステイン政府もそれを了承した。
 今年で丁度九十歳になるであろうその商人の倉庫だった場所は、今や少年を閉じ込める為の監獄と化している。
 
 上手いこと予想を的中させていたトーマスはそんな事露にも気にせず、とりあえずここから脱出する方法を模索しようとする。
 しかし、頭だけは動けても両手両足を縛られている状態では動きたくても動けないのが現実であった。
(クソ、せめて足が自由ならなぁ)
 手足を縛られている状態ではこうも満足に動けないという事を、トーマスは初めて知ることになった。
 精々頭を動かしながら身をよじる事しかできず、まるで疑似的に手足を切り落とされたかのような不安を感じてしまう。
 しかし、よしんば足が拘束されていなくとも自分がここから脱出できる可能性はかなり低いに違いない。
 見たところロープを切れるような道具は見当たらず、あったとしてもここに投げ込んだ連中が持って行ったに違いない。
 そこで彼は思い出してしまう、恐らくここへ連れ込んだであろうあの大人たちの姿を。
(畜生、アイツらめ……!何が大人を舐めるな!だよ?それはこっちのセリフだっての)
 気を失う直前、自分を気絶させた男の言っていた言葉を思い出し、苦虫を噛んだ時のような表情を浮かべてしまう。、
 
 もしもここから出られたのならば、妹の元へ戻る前にアイツらへ仕返ししてやらなければ気が済まない。
 いくら自分が子供でも、あそこまでコケにされて泣き寝入り何て、微かに残るプライドが許してくれないのだ。
 ――とはいえ、今の状態でそんな事を考えても取らぬ狸の皮算用のようなものである。実行に移すためにはここを脱出しなければいけないのが現実だ。
「……でも、その前にこの縄を何とかしないと――って、ん?」
 自分の手足を縛る忌々しいロープをどうにか外せないかと考えようとしたところで、ふと彼はこちらへ近づいてくる気配に気が付く。
 徐々に近づいてくる靴音から人間、それも複数人が一塊になって近づいてくるようだ。
 ――まさか、アイツら様子を見に来たのか?そう思ったトーマスはひとまず目を開けて気絶した振りをする。

709ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:43:04 ID:9f89S4RY
 それから一分と経たぬうちに、男たちの乱暴な会話が聞こえてきた。
「へへっ、ようやく捕まえられたぜ!この裏切り者がッ」
「それでどうするんですかコイツ?気絶してるとは言え目ェ覚ましたら厄介になるかもしれませんよ?」
「一応何かあった時に口を封じたい奴を入れておく部屋があるから、そこにぶち込んでおこう。杖はちゃんと没収しておけよ!」
 そんな会話をしながら男たちはドアの前で足を止めると、扉を閉めているであろう鍵を外して重たい鉄の扉を開けた。
 ギイィ〜!……という耳障りな音が部屋に響いた後、自分が横たわっているのに気が付いたであろう男の内一人が声を上げる。
「へ?おい、このガキは何だよ?」
「昨日ダグラスの荷物を盗んだってガキじゃねぇの?まだ気を失ってるみたいだが……」
「おいお前ら、そんなヤツは放っておけ。今はこの女をぶち込むのが先だ」
(女……?いや、まさか……)
 彼らのやり取りに嫌な想像が脳裏をよぎった後、男たちは何か重たいものを持ち上げる様な音がして――直後、彼らが部屋の中に『何か』を投げ入れてきた。
 一瞬の間をおいてその『何か』は、ドサリと運の良いトーマスのすぐ背後の床を転がる事となった。

 何て乱暴な、と男たちに抗議したい気持ちを抑えつつもトーマスは声を堪えるのに必死であった。
 しかし投げ入れられた女の方はついさっきまで気を失っていたのだろうか、地面に横たわった所で初めてその声を耳にした。
「う!……ぐぅ」
(女の人の声、でもこれは妹じゃない……もっと年上だ)
 幸いにも嫌な想像が想像で終わったことに安堵しつつ、トーマスは女が身内よりも年上だという事を理解する。
 できれば体を後ろへと向けて確認したいが、気配からして男たちがドアの前にいる為迂闊な事はできなかった。
「にしたってこのガキ、昨日からここにぶち込まれてるんならそろそろ目ェ覚まして騒ぎそうなモンだがな」
「どうせ寝てるだけだろ。まぁ俺達にはあんま関係が無いから無理に起こす必要もないだろ。んじゃ、そろそろ閉めるぞ」
(……っへ、そうバカみたいに騒いで逃げれるなら苦労はしねぇよバカ)
 起きているとも知らず自分に生意気な言葉を投げかける大人たちをトーマスは鼻で笑う。
 それからすぐにドアの閉まる音が室内に響き渡り、男達の靴音は遠くの方へと向かっていき、やがて聞こえなくなった。
 
 もう大丈夫かと思いつつも、それから一分ほど待ってからようやくトーマスは口を開くことができた。
 閉じていた口から新鮮な空気を吸っては吐き、上手くやり過ごせたことに安堵する。
「はぁ、はぁ……!クソッ、アイツらまたやって来るんだろうな。次は――」
「――次は、何をされるっていうんだ?お前みたいなそこら辺の子供が」
 突然の声に自分の心臓が大きく跳ね上がった様な気がしたトーマスは、目を見開いて硬直してしまう。
 そしてすぐに声が背後から聞こえてきたことに気が付き、丁度自分の横に転がっている女性の方へと体を向ける。
 それは彼の予想通り、自分の妹ではなかったが。明らかにそこら辺のいた町娘という感じの人間でもない。
 青い髪をボブカットでまとめている彼女の服装は、おおよそ王都の男たちをその気にさせるような女らしいモノではなかった。
 軍用の装備一式、それもこの町の警邏を行っている平民衛士隊のモノであるのは一目瞭然である。

710ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:46:21 ID:9f89S4RY
 トーマス自身何度も間近で見たことのある衛士達が身に着けている服や装備などは、何となくではあるが覚えていた。
 その記憶通りの装備を身に着けている青髪の女性はトーマスにラ中を見せたまま、彼に話しかけてくる。
「何をやったかは知らないが、あいつらに絡まれたって事は相当怒らせるような事をしたっていう事か?」
「……は!それはこっちのセリフだぜ。アンタだってそこら辺の町娘には見えない、その装備って衛士隊のものだろ?」
 質問を質問で返す形になってしまったが女性はそれに怒る事は無く、数秒ほど時間を置いて「元、だ」と声を上げる。
「ワケあって色々とアウトな事をしてしまってな、多分今はお尋ね者として同僚たちに追いかけられてる身だ」
「何だよそれ?汚職とか横領でもやったの?」
「……まぁ、そうなるな。本当は穏便に済ますつもりが、酷いことになって雇い主が私の事を血眼になって探してる筈だ」
「雇い主って……アンタ、俺よりめっちゃヤバそうじゃねえか」
 上には上がいるというが、まさか自分よりも危険な事に手を染めた人間が目の前に出てくるとは。
(まぁそれを言うなら、オレやこの女をつれてきた連中も同じようなモンか……)
 たった一回スリに失敗しただけで、こうも危険なヤツと同じ部屋で監禁されるとは夢にも思っていなかった。

 罪悪感は無かったものの、これから自分はどうなるのかと考えようとした所で、女か゛声を掛けてきた。
「さて、私の事は一通り話したんだ。次はお前が私に話す番だろう?」
「俺が?多分アンタと比べたら随分つまらない理由で連中に捕まっちまったんだよ」
「つまらくても、お前みたいな子供が奴らに捕まったんだ。どういった理由でそうなったのか、話してくれても構わんだろう?」
 そう言いながらも女性は器用に体を動かし、同じく横になっているトーマスと向き合った。
 その時になって初めて彼女の顔を見た少年は、想像と違っていた事に思わず困惑した表情を浮かべてしまう。
「……?どうしたんだ、そんな不思議そうなモノを見るような目をして」
「いや、てっきり殴られてる痕とかあるのかなーって思ってさ」
「あんなチンピラみたいな連中でも、一応は貴族の端くれって事だよ。やってる事は盗賊並みだけどな」
 貴族の端くれ?あのチンピラみたいな言動してたやつらが?トーマスの頭の中に新たな疑問が生まれる中、女性は「あ、そうだ」と言って言葉を続ける。

711ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:51:32 ID:9f89S4RY
「お互い名も知らぬままだと色々不便だろう。私はミシェル、元トリスタニアの衛士隊員さ」
「…………お、俺はトーマス。ただのトーマスだよ」
 こんな状況の中にも係わらず、勇ましい微笑みを浮かべながら自己紹介をしたミシェルを前にして、少年もまたそれに続くほかなかった。
 何処とも知らぬ廃屋の中、本来ならば捕まえ、捕まえられる立場の二人は身動き一つ取れぬ状況の中で何となく互いに自己紹介をする。
 それはとても奇妙なところがあったが、鉄格子から入ってくる陽の光がその場面にドラマチックな彩を添えていた。

 時刻は午前を過ぎ、昼の十二時へと差し掛かろうとしている時間帯。
 昼飯時だと腹を空かせた街の人間や観光客たちは、ここぞとばかりに飲食店を目指して街中をさまよい始める。
 店側も店側でここぞとばかりに店匂いに包まれて、それに食指が触れた者たちはさぁどの店にしようかと辺りを見回す。
 そんな光景が見渡せるトリスタニアの南側大通りに設けられた広場で、霊夢は欄干に寄りかかる様にして眼下の水路を眺めていた。
 年相応と言うにはやや大人びた表情を見せる彼女の顔には、ほんの微かではあるが不満の色が見え隠れしている。
 背後から聞こえてくる賑やかで喜色に満ちた喧騒を無視するかの様に、一人静かに流れる水路を見つめている。
 そんな彼女の様子を見て耐えきれなくなったのか、足元に立てかけていたデルフが鞘から刀身を少しだけ出して彼女に話しかけてきた。
『どうしたレイム、お前さんいつにも増して落ち込んでるようだな。さっきまでそれなりにやる気満々だったっていうのに』
「デルフ?いや、どうしてこう世の中っていうのは私に色々と難題を押し付けてくるのかなーって考えてただけよ」
『……まぁ、色々あって本当にやろうとしてた事が後回しになっちまったていう所では同情しちまうね』
 落ち込む様子を見せる『使い手』の言葉を聞いて、今のところ中立だと自覚していたデルフもそんな言葉を出してしまう。
 今の彼女の状況は、本当にやろとしていた事が色々なトラブルがあった末に全く別の仕事にすり替わってしまったのだ。
 最初こそまぁ仕方なしと思っても、落ち着いた今になって振り返ってため息をつきたくなるという気持ちは何となく分からなくもない。
  
「そもそも私の専門は妖怪退治とかであって、悪党退治とかじゃないのに……しかも助けを頼んできた方も悪党とかどういう事なのよ?」
『まぁ化け物も悪党も何の関係も無い人に危害を加えるって共通するところがあるから良いんじゃないのか?』
「人間相手だと一々手加減しなくちゃいけないじゃない。それが一番面倒なのよねぇ」
 霊夢の刺々しい言葉を聞いてデルフは「おぉ、怖い怖い」と刀身を震わせて静かに笑った。
 丁度その時であっただろうか、背後から聞きなれた少女の声が自分を呼び掛けてくるのに気が付いたのは。
「レイムー今戻ってきたわよー」
 その呼びかけに振り返ると、右手を軽く上げながら小走りで近づいてくるルイズの姿が見えた。

712ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:54:11 ID:9f89S4RY
 左腕には抱えるようにして茶色の紙袋を持っており、少し遠くから見ただけでも決して軽くないのが分かる。
 霊夢は欄干から離れると、足を止めたルイズに傍まで来つつ「わざわざ悪かったわね、お昼ご飯」と労いの言葉を掛けた。
「私に適当なお金渡してくれれば、そこら辺の屋台で適当に見繕うくらいの事してあげたのよ?」
「アンタに一任したらしたで、色々変なモノ選んできそうでちょっと怖かったのよ」
「失礼な事言ってくれるわね?さすがの私でも飲み物は全部お茶で良いかって思ってたぐらいよ」
「そういうのが一番怖いのよ」
 お互い刺々しくも軽い微笑みを交えてそんなやり取りをした後、霊夢がその紙袋を受け取った。
 見た目通り紙袋の中身はそれなりに重量があったようで、腕にほんの少しの重みが伝わってくる。
 ふと紙袋に視線を向けると、何やらエビやホタテといった海鮮物を描いたイラスト――もといスタンプがついている事に気が付く。

「そういやアンタ、この袋の中って何が入ってるのよ」
「ちょっとここから数分歩いた所に美味しそうな海鮮料理屋があったから、そこでテイクアウトしてきたのよ」
 そう言って彼女は霊夢がもっている紙袋の口を開けると、分厚い包み紙にくるまれた料理を取り出して見せる。
 お皿代わりにもなるのだろうその包み紙の隙間からは、確かにエビや魚といった海の幸の匂いが微かに漂ってきた。
 更にそういった海鮮物を甘辛なソースで炒めたのであろう、鼻腔をうまい具合にくすぐってくるので思わず嬉しくなってしまう。
 あれだけ大量の店があるというのに、その中からこれを選んできたルイズに霊夢は「悪くないわね」と素直な感想を漏らした。
 ルイズもそれに「ありがとう」と返して包みを紙袋に戻したところで、ふとある事が気になった霊夢はルイズにそのまま話しかける。
「そういえばアンタ、お金はどうしたのよ?手持ちが少なくなってきたって言ってなかったけ?」
 その質問にルイズは何やら意味深な笑みを浮かべつつも、ふふふ……と笑って見せた。
「こういう時に家族が傍にいてくれるっていうのは、こんなにも心強い事なのね」
「は?アンタ何言ってるの?」
 意味の分からない答えに霊夢が怪訝な表情を浮かべた所で、ルイズは懐から小さな革袋を取り出した。
 初めて見るその革袋に彼女が首をかしげたところで、ルイズは誰にでも分かる説明を入れていく。

「今日ちぃねえさまの所を出るときにね、せめてこれだけでも持っていきなさいって言われて金貨を何枚か渡してくれたのよ」
 そう言って得意げに革袋を揺らして見せるルイズに、霊夢もまた得意げな笑みを浮かべる。
「あぁー成程、家族っていうのはそういう意味だったのね。何よ?アンタも結構器用な正確してるわねぇ」
「アンタと一緒にしないでくれる?私の場合はただ単に私の事を大切に思ってくれる人が身近にいるっていう安心からの笑みなのよ」
『まぁ何はともあれ、娘っ子のお姉さんのおかげで昼飯がありつけるんなら感謝しとくに越した事はないな』
 それまで傍観していたデルフも二人の会話に入り、和気あいあいとした空気が完成しようとした所で――
 横槍を刺してくるかのように、二人の背後から何か大きなモノが着地する音が聞こえてきたのである。
 思わずギョッとした表情を浮かべた二人が後ろを振り向くと、そこにはこの面倒くさい事態を招いてくれた張本人ことハクレイとリィリアの二人がいた。
「ごめん、ちょっと時間が掛かったけど戻ってきたわよ。ホラ、もう下りなさい」
「ふ、ふぇ……」
 その内の一人であるハクレイはそう言いながら、背負っていたリィリアを地面へと下ろした。
 彼女以上にこの事態の元凶であるリィリアは相当怖い体験をしてきたのか、両足が微かに震えている。
 きっとここに戻ってくるまでハクレイと一緒に屋根伝いに飛び回っていたであろう事は、容易に想像できた。

713ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:54:50 ID:9f89S4RY

 左腕には抱えるようにして茶色の紙袋を持っており、少し遠くから見ただけでも決して軽くないのが分かる。
 霊夢は欄干から離れると、足を止めたルイズに傍まで来つつ「わざわざ悪かったわね、お昼ご飯」と労いの言葉を掛けた。
「私に適当なお金渡してくれれば、そこら辺の屋台で適当に見繕うくらいの事してあげたのよ?」
「アンタに一任したらしたで、色々変なモノ選んできそうでちょっと怖かったのよ」
「失礼な事言ってくれるわね?さすがの私でも飲み物は全部お茶で良いかって思ってたぐらいよ」
「そういうのが一番怖いのよ」
 お互い刺々しくも軽い微笑みを交えてそんなやり取りをした後、霊夢がその紙袋を受け取った。
 見た目通り紙袋の中身はそれなりに重量があったようで、腕にほんの少しの重みが伝わってくる。
 ふと紙袋に視線を向けると、何やらエビやホタテといった海鮮物を描いたイラスト――もといスタンプがついている事に気が付く。

「そういやアンタ、この袋の中って何が入ってるのよ」
「ちょっとここから数分歩いた所に美味しそうな海鮮料理屋があったから、そこでテイクアウトしてきたのよ」
 そう言って彼女は霊夢がもっている紙袋の口を開けると、分厚い包み紙にくるまれた料理を取り出して見せる。
 お皿代わりにもなるのだろうその包み紙の隙間からは、確かにエビや魚といった海の幸の匂いが微かに漂ってきた。
 更にそういった海鮮物を甘辛なソースで炒めたのであろう、鼻腔をうまい具合にくすぐってくるので思わず嬉しくなってしまう。
 あれだけ大量の店があるというのに、その中からこれを選んできたルイズに霊夢は「悪くないわね」と素直な感想を漏らした。
 ルイズもそれに「ありがとう」と返して包みを紙袋に戻したところで、ふとある事が気になった霊夢はルイズにそのまま話しかける。
「そういえばアンタ、お金はどうしたのよ?手持ちが少なくなってきたって言ってなかったけ?」
 その質問にルイズは何やら意味深な笑みを浮かべつつも、ふふふ……と笑って見せた。
「こういう時に家族が傍にいてくれるっていうのは、こんなにも心強い事なのね」
「は?アンタ何言ってるの?」
 意味の分からない答えに霊夢が怪訝な表情を浮かべた所で、ルイズは懐から小さな革袋を取り出した。
 初めて見るその革袋に彼女が首をかしげたところで、ルイズは誰にでも分かる説明を入れていく。

「今日ちぃねえさまの所を出るときにね、せめてこれだけでも持っていきなさいって言われて金貨を何枚か渡してくれたのよ」
 そう言って得意げに革袋を揺らして見せるルイズに、霊夢もまた得意げな笑みを浮かべる。
「あぁー成程、家族っていうのはそういう意味だったのね。何よ?アンタも結構器用な正確してるわねぇ」
「アンタと一緒にしないでくれる?私の場合はただ単に私の事を大切に思ってくれる人が身近にいるっていう安心からの笑みなのよ」
『まぁ何はともあれ、娘っ子のお姉さんのおかげで昼飯がありつけるんなら感謝しとくに越した事はないな』
 それまで傍観していたデルフも二人の会話に入り、和気あいあいとした空気が完成しようとした所で――
 横槍を刺してくるかのように、二人の背後から何か大きなモノが着地する音が聞こえてきたのである。
 思わずギョッとした表情を浮かべた二人が後ろを振り向くと、そこにはこの面倒くさい事態を招いてくれた張本人ことハクレイとリィリアの二人がいた。
「ごめん、ちょっと時間が掛かったけど戻ってきたわよ。ホラ、もう下りなさい」
「ふ、ふぇ……」
 その内の一人であるハクレイはそう言いながら、背負っていたリィリアを地面へと下ろした。
 彼女以上にこの事態の元凶であるリィリアは相当怖い体験をしてきたのか、両足が微かに震えている。
 きっとここに戻ってくるまでハクレイと一緒に屋根伝いに飛び回っていたであろう事は、容易に想像できた。

714ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:57:01 ID:9f89S4RY



 それを想像してしまったルイズはおびえているリィリアに軽く同情しつつも、ハクレイに話しかける。
「ご苦労様。ところで、ここに着地してくる時はどこから飛んできたの?」
 ルイズからの質問に、ハクレイは暫し辺りを見回してから「あっちの塔から」と指さしたのは、南側の時計塔であった。
 それを聞いてそりゃおびえるワケだと納得しつつも呆れてしまい、やれやれと首を横に振る。
「そりゃまあ、アンタの背中の上なら大丈夫だろうと思うけど。この歳の子には滅茶苦茶恐怖体験じゃないの?」
「いや、その……アンタたちがどこにいるのか探してたついでにそのまま降りてきたから……ごめん、やっぱり怖かった?」
 ルイズの言葉でようやく自分の失態に気が付いたハクレイからの呼びかけに、リィリアは怯えながらも頷く事しかできないでいた。
 その様子を見ていた霊夢は「何やってるんだか」とため息をついて見せた。


 その後、気を取り直してお昼ご飯にしようという事で場所を替える事にした。
 先ほど買い出しに出た際にルイズが良さげな場所に目を付けていたようで、歩いて五分と経たぬうちにたどり着くことができた。
 場所は飲食店が連なる通りの手前にある小さな横道、そこを歩いた先には猫の額ほどの広場があったのである。
「えーっと…あぁここだわここ。ホラ、丁度良く木陰の下にテーブルと椅子があるでしょう」
「私個人の感想かもしれないけど、この街って結構多いわよねこういう場所」
「そりゃアンタ、ここがトリステイン王国の首都……だからかしらねぇ?」
 そんなやり取りをしつつもテーブルが綺麗なのを確認してから、買ってきた昼食をパッとテーブルに広げた。
 紙袋から昼食の入った包み紙を四つ取り出してそれぞれに渡してから、ここへ来る前に買っておいたドリンクも手渡していく。
 ルイズとリィリアはジュースで、霊夢とハクレイには最近人気になりつつあるというアイスグリーンティーであった。
 そしてリィリアに続きハクレイもルイズから飲み物を受け取った時、キンキンに冷えた瓶の中に入っている液体の色を見て顔をしかめて見せる。

「……ねぇ、何これ?なんだか中に入ってる液体が薄い緑色なんだけど」
「お茶よ。アンタレイムとよく似てるんだから好きでしょう?」
「…………??」
 ルイズの言葉にハクレイが顔を顰めつつ霊夢の方を見てみると、確かに彼女の持っている瓶の中身も同じ薄緑色であった。
 改めてお目に掛かる事になった良い匂いのする包み紙を手に持ちつつ、霊夢が「そういえば、これって何なの?」とルイズに質問する。
「ふふん、まぁ開けてからのお楽しみよ」
 霊夢の質問に何故か得意げな様子でそう返してきたルイズに訝しんだ霊夢は、早速自分の分の包み紙を開けて見せる。
 すると中から出てきたのは、やや長めに切ったバゲットに具材を挟み込んだサンドイッチであった。
『ほぉ〜、サンドイッチだったか』
「その通り。店先を通った時に店員に「試しに如何?」って試食したときに凄い美味しかったのよ」
 そう言ってルイズも自分の分のサンドウィッチの入った包み紙を外していく。
 ハクレイとリィリアも彼女に続いて包み紙を外し、中から出てきたバゲットサンドが意外と大きかった事にリィリアは息を呑んでしまう。
「へぇ、意外と食べ応えありそうじゃない。貴女はどう、食べきれそう?」
「え?う、うん……大丈夫、だと思う」
 ハクレイからの問いにリィリアは不安を残しつつもそう答えて、自分の眼科にあるサンドウィッチを見回してみる。
 軽くトーストしたバゲットに切り込みを入れて、その中に海老やら魚を色とりどりの野菜と一緒に炒めた物が挟み込まれている。
 具材自体も塩コショウで味付けしただけのシンプルなものではないという事は、匂いを嗅かがずともすぐに分かった。

715ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:59:07 ID:9f89S4RY



 それに気が付いた霊夢はバゲットの中を開きつつも、ルイズにそれを聞いてみる事にした。
「この色とスパイシーな匂い、ソースが結構強いわね……っていうか、色からしてソースの圧勝よね?」
 霊夢の言う通り、ソースと一緒に炒められたであろう具材はややオレンジ色に染まっている。
 匂いもただ単にスパイシーだけだという単純さはなく、それに紛れてフルーティな甘さも漂ってくる。
「そうなのよ。何でもドラゴンスイートソースっていう創作ソースで、トリステイン南部が発祥の地って聞いたわ」
 結構甘辛くておいしかったわよ?ルイズはそう言いつつ真っ先に口を開けてサンドウィッチを口にした。
 白パンと比べてかなり硬いバゲットを、ルイズは何の苦もなく一口分を噛みちぎる。
 そして口の中でモゴモゴと咀嚼し、飲み込んだところでホッと一息つく。
「あぁこれよこれ。基本辛いんだけど、酸味が効いてる旨味と甘みは試食で食べたのと同じだわ」
 
 珍しく鳶色の瞳を輝かせながら一言感想を述べてくれた彼女は、すぐに手元のジュース瓶を手に取って口に入れる。
 その様子を見て他の三人はまぁ食べても大丈夫かと判断したのか、各々手に持っていたソレを口にした。
 猫の額ほどしかない街中の広場にて咀嚼音が響き渡ると同時に、三人はそのソースの味を知ることになる。
 最初にそれを口にしたのは、初めて口にするであろう味に困惑の表情を隠しきれていない霊夢であった。
「うわ、何コレ?最初に唐辛子とかの辛味が来て、その後に蜂蜜……かしら?それ系の甘味が来るわねぇ」
『成程、名前にスイートってついてるのはそれが理由か』
 口直しにお茶を飲む霊夢の傍らでデルフが一人(?)納得する中、他の二人もそれぞれ感想を口にしていく。
「まぁ何て言えばいいかしら、甘辛?っていうのかしらねぇ、海鮮だけじゃなくて肉料理とかにでも合いそうな気がするわ」
「か、辛い……」
 ハクレイはルイズと同じで特に違和感は感じていないのか、フンフンと機嫌良さそうに頷く横で、
 まだまだ子供であるリィリアにとっては早すぎた味なのだろう、甘味や旨味より若干強い辛味に参ってしまっていた。
 
 その後、何やかんやありつつ十分ほどで食べ終えたところで霊夢は「アンタもアンタで、変わったモン買ってきたわねぇ」とルイズに言った。
「……?どういう意味よソレ。あの後何やかんやで完食したじゃないの」
「まぁ文句の類じゃないわ。実際あのソースといい中の具材もしっかりおいしかったしね」
 てっきり批判されるかと訝しんで目を細めたルイズに言いつつ、彼女は食べたばかりのサンドイッチの味を思い出す。
 確かにソース自体の個性は相当強かったものの、それに負けないくらい中に入っていた具材も美味しかった。
 千切りにしたキャベツとパプリカに人参、それに一口サイズにした白身魚とロブスターのフライ。
 それらが上手いことあの甘辛ソースと絡みつつ、それでいてそれぞれの味が損なってはいなかったのは覚えている。
 土台であるバゲットもほんのり甘く、サンドイッチにしなくともそれ単体で食べても美味いパンだというのは霊夢でも理解していた。
「具材本来の味を残したまましっかりソースと絡んでたから、そこそこ美味しかったのよね。後、野菜も新鮮だったし」
「でしょ?正直トリステイン人の私も初めて口にするソースだったけど、新しくて美味しい発見に今の気分は上々よ」
 そんなこんなで両者ともに満足している中で、静かに食べ終えていたハクレイもお気に召したようで、
 包み紙の隅に残っていたソースを指で掬って舐めとる姿に、ヒィヒィ言いつつ食べ終えたリィリアは若干引いていた。
「舐めたい気持ちはわかるけど……コレ、結構辛いよ?」
「そう?まぁもうちょっと大きくなったら分かるわよ。きっと」
『街の雰囲気がちょいと物騒だっていうのに、ここは平和で良いねェ』
 各人各様な反応を示しつつ、昼食を終えた彼女たちを眺めながらデルフはポツリ呟く。
 それは本心から出た感想なのかそれとも皮肉のつもりで口にしたのか、彼の真意を問いただすものはいない。
 しかしデルフの言葉通り、昼食時の賑やかなトリスタニアの街中に不穏な空気が混じっているのは事実であった。

716ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:01:07 ID:9f89S4RY
 多くの人で賑わい、美味しそうな匂いと空気を漂わせる通りを何人もの衛士達が人々に混じって移動していた。
 彼らは街中を警邏するには不似合いな程――此処では重武装とも言える格好で――しきりに周囲を見回しながら足を前へと進める。
 その内の何人かは別の通りからやってきた仲間衛士達と鉢合わせると、情報交換を交えた報告を互いに行う。
 互いに身を寄せ合い、通行人に聞かれないよう小声で話し合う姿は彼らの横を通る人々に疑心を抱かせる。
 大抵の者たちはすぐにそれを忘れて通り過ぎるが、好奇心旺盛な人はわざわざ彼らに近づいて何かあったのかと聞き質そうとする。
 しかし衛士達はそれどころではないと言いたげに彼らを手で追い払い、中には「あっちへ行ってろ、邪魔だ」と乱暴な言葉を口にする者もいた。
 人々は何て乱暴な……と顔を顰めつつも、衛士を怒らせても碌な事は無いと知っている為渋々その場を後にしていく。
 通行人を追い払い、話すべきことが済んだら再び彼らは二手や三手に分かれて街中へと散っていくのだ。
 
 そんな光景をデルフだけではなく、ルイズや霊夢たちもここへ来るまでの間に何度も目にしている。
 一体彼らはそこまでの人数を動員して何をしているのかと気になったと言われれば、彼女たちは首を縦に振っていただろう。
 しかし、優先的に非行少年の救出と財布事情を解決せねばならない二人にとって、それは後回しにしてもいいと判断していた。
 まさか衛士達がリィリアの兄を捕まえる為だけにここまで必死になってるとは思えなかったからだ。
――というか、たかだかスリしかしてないような子供相手に総動員なんかしたら必死過ぎって事で後世の笑いものにされるわよ
――――逆にそこまでして捕まえようとしてるのなら、捕まえる瞬間がどんなモノか見てみたいわね
 ここに来るまでの道中、妹の目の前でそんな不吉かつ暢気な事を口にしていた二人であったが、
 もしもここで、ルイズが興味本位で衛士達に何があったと聞いていれば、今頃彼女たち――少なくともルイズはハクレイ達を置いてその場を後にしていただろう。

 賑やかな喧騒に包まれながらも昼食を終えた霊夢は、瓶に入っていたお茶を名残惜しそうに飲み終えた。
 最初は瓶入りで大丈夫かと訝しんでいた彼女であったが、幸いにもそれは杞憂だったらしい。
 店の人間がルイズに手渡すまで氷入りの容器に入れられていたであろうそれは、キンキンに冷えつつも美味しかった。
 ちゃんとお茶と本来の味を残しつつも冷たいそれは、熱い街中で頂く飲み物としては間違いなく最高峰に違いない。
 そんな感想を内心で出しつつも飲み終えてしまった彼女は、残念そうに瓶をテーブルに置くと早速他の三人と一本の話を切り出した。
「――さてと、昼食も食べ終えたしそろそろ面倒ごとを片付ける時間にしましょう」
「あ、そうだったわね。……で、ハクレイ?」
「んぅ?あぁ、大丈夫よ。アンタたちの言った通りこの子と一緒に怪しい場所に目星をつけてきたから」
 霊夢の言葉に食後のジュースで和んでいたルイズも気持ちを切り替えて、ハクレイに話を振っていく。
 丁度リィリアが食べきれなかった分を完食した彼女は紙ナプキンで口を拭いつつ、懐から丸めたタウンマップを取り出した。


 ルイズが昼食の買い出しに向かい、霊夢がデルフと一緒に暇を潰していた間、ハクレイはリィリアを連れて情報収集に出かけていたのである。
 探した場所は彼女が兄トーマスと最後に別れた場所を中心に、建物の屋上や路地を歩き回って探していた。
 時折道行く人々に妹の口から兄の特徴を伝えて、見ていないかと聞きつつも彼の行方を追っていくという形だ。
 当初は時間が掛かるのではないかと疑っていたハクレイであったが、それは些細な心配として済んでしまったのである。

 テーブルの真ん中に丸めたソレを広げて、広大な王都の中の一区画を指さした。
 そこはブルドンネ街とチクントネ街の丁度境目にある、大型の倉庫が立ち並ぶ倉庫街である。
 ブルドンネ街でもチクトンネ街でもないこの一帯は四角い線で囲まれており、その中に長方形の建物が全部で八棟もある。
 霊夢はすぐに他の場所と違うと感じたのか「ここは?」と尋ねると、ルイズがすかさずそれに答える。

717ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:03:37 ID:9f89S4RY


「倉庫街ね。主に王都で商売している豪商や商会の人間がここの倉庫とかで商品の管理を行ってるのよ」
「倉庫街?じゃあこの四角い線で囲ってる建物全部が倉庫なの?随分リッチよねぇ」
「まぁ全部全部機能してるってワケじゃないわよ、確か今使われてるのは……五棟だけだった筈……あ」
 肩を竦める霊夢の言葉にルイズが使われている倉庫の数を思い出し、そして気が付く。
 同じタイミングで彼女もまた気が付いたのか、納得したような表情を浮かべてハクレイへと視線を向ける。

「つまり、その使われていない三つのどこかに……」
「その通りね。まだどこかは把握しきれていないけど、八つ全部を調べるよりかは楽でしょ」
「じゃ、次にやる事は……そこがどこなのか、ってところね」
 ハクレイは得意げに言ったところで、霊夢はおもむろに右の袖の中から三本の針を取り出して彼女の前に差し出した。
 一瞬怪訝な表情を見せたがすぐにその意図を察したのか、ハクレイは彼女の手からその針を受け取り、それで地図に描かれた倉庫を三つ刺していく。
 テーブルの上に置かれた地図、その上に描かれた倉庫へと勢いよく針を刺す姿を見て、ルイズは不安そうな表情を浮かべる。
 何せ彼女がハクレイに貸していた王都の地図は、彼女が魔法学院へ入学して以来初めて街の書店で買った思い出の品だったからだ。
 魔法学院の入る生徒の大半は地方から来るためか、入学してやっと王都へ入れたという者も決して少なくはない。
 ルイズは幼少期に何度か王都へ行ってはいたが何分幼少の頃であり、工事などで変わっている場所も多かった。
 だからルイズも他の生徒たちに倣いつつ、ヴァリエール家の貴族として良質な羊皮紙に地図を描いてもらったのである。
 値は張ったが特殊な防水加工を施している為水に強く、実際街で迷ってしまった時には自分の道しるべにもなってくれたのだ。
 そんな思い出の品に、情け容赦なく力を込めて針を刺すハクレイを見て不安になるのは致し方ないことであった。
「ちょ、ちょっとレイム。あのタウンマップ結構質の良い紙で作ってるから高かったんだけど?」
「大丈夫よ。針の一本二本刺した程度で使い物にならなくなるワケじゃないし」
「えぇ?いや、まぁそうなんだけど……っていうか、そこは三本って言いなさいよ?まぁでも、インクで丸つけられるよりかはマシよね」
 半ば諦めるような形で呟いた所で、針を三本差し終えたハクレイが「できたわよ」と声を掛けてきた。
 その声に二人はスッと地図を除き込むと、確かに三棟の倉庫にそれぞれ一本ずつ針が刺されている。
 倉庫街はブルドンネとチクトンネのそれぞれ二つの街へ行ける出入口が用意されており、
 一本道を挟み込むようにして左右四棟ずつの大きな倉庫が建てられている。

「最初はここ。ブルドンネ街からみて左側の一番手前の倉庫。新しい感じがしたけど入り口の前に「空き倉庫」っていう看板が立ってたわ」
 ハクレイは説明を交えながらそこを指さすと、ルイズが「なら空き倉庫で間違いないわ」と言った。
「ここの倉庫は基本広いけど、使うには王宮に高額の賃貸料を払わないといけないから」
『まぁこういう馬鹿でかい倉庫を建てときゃ、大規模な商会とかは金払ってでも喜んで借りたいだろうしな』
 デルフの相槌が入ったものの、それを気にする事無くハクレイは他の二つをぞれぞれ指さしつつ説明を続けていく。
 彼女曰く、あと二つの倉庫は明らかに長年使われていない分かる程ボロボロだったらしい。
 まるで竜巻が通った後と例えられるほど、もう倉庫としては機能し得ない程だという。
「あくまで私の感想だけど、あそこまでボロボロだと人を隠す場所としても不向きだと思うわ」
『まぁそこは直接オレっち達が見て判断するとして、そこは簡単に入れる場所なのかい?』
 デルフの言葉にルイズが首を横に振りつつ、「ちょっと難しいかもね」と否定的な意見を出した。

718ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:05:09 ID:9f89S4RY
「先に見てきてくれた二人ならもう知ってると思うけど、あそこって使用してる人間以外が入れないよう警備の人間がいるのよ」
「へぇ、倉庫番まで用意してくれるなんてアンタんとこの国って随分優しいのね」
「そんなモンじゃないわよ。連中はあくまで商会とか商人が金で雇ってるだけの人間で、まぁ形を変えた傭兵団よ」
 ルイズ曰く、国に直接警備の依頼をすると維持費がバカにならない為安上がりな傭兵団に商品の見張りをさせているのだという。
 一応トリステイン政府も商人たちと協議したうえでこれを認めており、倉庫街周辺に傭兵たちがうろつくようにもなったのだとか。
「まぁ協議って言ったって、大方言葉の代わりに賄賂が飛び交ったんでしょうけどね」
「それにしても、そんな奴らを見張りに立たせて商品でも盗まれたりしたらどうするのよ?」
 ハクレイの口から出た最もな質問に、ルイズはピッと人差し指を立てながら答えて見せる。
「だからこそ傭兵団を雇ってるのよ。もしも仲間の内誰か一人でも盗みを働いたら、そいつら全員が信用を失う事になるわ」
『アイツらは商人だから情報の流通も早い。奴らが盗人っていう情報も早く伝わるって事か』

 恐ろしいねぇ!と刀身を震わせて笑うデルフを放っておきつつ、ルイズはハクレイとの話を再開する。
「人数はどれくらいいたか、わかってる?」
「大体目視できただけでも外に二十人程度ね、未使用の倉庫周辺ににも数人が警備についてた」
「団体様じゃないの。仕方ないとはいえ、まずはアンタのお兄さんを救うためにソイツらを何とかしないとダメじゃない。面倒くさいわねぇ」
 人数を聞いた霊夢が何気ない気持ちでリィリアにそう言うと、彼女は申し訳なさそうに顔を俯かせてしまう。
 恐らく暗に「アンタのせいで大変な目に遭いそうだわ」と言われたのだと勘違いしたのだろうか?
 いくら彼女たちが悪いとはいえそれは言い過ぎだろうと思ったルイズは、目を細めつつも彼女に文句を吐いた。
「アンタねぇ?いくら何でもそこまでいう事は無いでしょうに。もうちょっとオブラートに包みなさいよ」
「……アレ?私何か悪い事でも言った?」
「――アンタはもうちょっと言い方に気を付けた方が良いと思うわよ」
 謂れのない非難に首をかしげる霊夢を見て、ルイズは勘違いしてしまった自分を何と気恥ずかしいのかと責めたくなった。
 そんなルイズの言葉の意味が分からぬまま怪訝な表情を浮かべる霊夢は、他の二人と一本に思わず聞いてしまう。

「私、何か悪い事でも言ったの?」
『自分の言った事が微塵も他人を傷つけないと思ってないこの言い方、流石レイムだぜ』
「少なくとも年下の子供相手に掛ける言葉じゃないって事だけは言っておくわ」
 ハクレイとデルフからも駄目出しされた彼女は、更に怪訝な表情を浮かべるしかなかった。

 
 並大抵の人間が、今から一時間後に自身の身に何が起こるかという事を完全に予測する等不可能に近いだろう。
 メモ帳に書かれたスケジュールがあっても、それから一時間までの間にアクシデントが起きる可能性がある。
 例えば近道が工事中で仕えなかったり、急な病で病院に搬送されたり、もかすれば交通事故に巻き込まれて――。
 そうなればスケジュール通りこなす事は難しくなるだろうし、最悪スケジュールそのものを変更せざるを得ない。
 それは正にギャンブルに近い。丁か半、一時間後に何かが起こるかそれとも起こらぬのか……蓋を開けねば分からない。
 しかし、世の中賭博みたいな構造では思うように社会の歯車が回らなくなるのは火を見るより明らかだろう。

719ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:07:35 ID:9f89S4RY

 だからこそ人々はスケジュールを完璧にこなす為、大小さまざまな努力をして一時間後の出来事を確実なモノとする。
 近道が使えないのならば、いつもより早く家を出て多少遠回りになっても一時間後に目的地に辿り着けるよう頑張る。
 きゃうな病にはならないよう普段から健康に気を使い、病院とは無縁な生活を送る事を常に心掛ける。 
 そして不慮の事故に巻き込まれないためにも身の回りを警戒して、確実に目的地へと到着する。
 完全に予測する事が不可能ならば、自らの努力でもって不確実を確実な現実へと変える。
 そうして人々は弛まぬ努力をもって社会を作り上げてきたのだ。

 しかし、どんなに排除しようとしても゛予測できない、不確実な未来゛というモノは必ず人々の傍に付いて回る。
 まるで人の周りを飛び交う蚊のように、隙あらば生きた人間に噛みつき、予測できないアクシデントを引き起こす。
 現に今、アンリエッタと魔理沙の二人の身はその゛予測できない゛状況下に置かれているのだから。

 ブルドンネ街の繁華街、下水道から流れてくる大きな水路の傍にあるホテル『タニアの夕日』。
 その玄関前まで歩いてたどり着いたアンリエッタ、魔理沙、そして先頭を行くジュリオの三人はそこで足を止めた。
「さ、到着しましたよ二人とも」
 自信満々な表情と共に歩みを止めてそう言ったジュリオは、すぐ横に見える大きなホテルを指さして見せた。
 彼の言う二人とも――アンリエッタと魔理沙はそのホテルを見て、互いに別々の反応を見せる事となる。
「あぁ〜、安全な場所ってのはここの事だったか」
「え?あの……ここって、ホテルですか?」
 一度ここを訪れた事があった魔理沙は久しぶりに見たようなホテルの玄関を見て納得しており、
 一方のアンリエッタは今の自分には全く無縁と言って良いであろう場所に連れて来られて困惑しきっていた。
「その通り。ホテルの名前は『タニアの夕日』、ブルドンネ街との距離も近く交通の便に優れているホテルです」
 アンリエッタの怪訝な表情を見て、ジュリオは咄嗟にホテルの簡単な紹介をしたが……
「……あ、いえ。そんな事を聞いたワケではありませんよ。どうして私をこんな所にお連れしたのですか?」
 彼女は首を横に振り、若干不満の色が滲み出させたまま彼の真意を問いただそうとする。
 しかし、ジュリオはこの国の王女の鋭い眼光にも怯むことなく肩を竦めながらこう返した。
「あぁ、その事でしたか。その答えでしたら……直接私が止まっている部屋へ来て頂ければ分かりますよ」
 そう言いながら彼はホテルの入り口まで歩くと、重々しいホテルのドアを開けて二人に手招きをする。
 しかしこれにはアンリエッタは勿論、ここまで彼を信用していた魔理沙までもが怪訝な表情を浮かべて自分を見つめている事に気が付く。

(……やっぱり、疑われちゃうよな)
 内心そんな事を呟きながらも、ジュリオ自身もここで信用しろというのは無理があると思っていた。
 『お上』からの指示とはいえ、ちゃんと手順を踏んでアンリエッタ姫殿下と接触するべきだったのではないだろうか。
 今が絶好のタイミングだとしても、アポイントメントも無しに連れてくるというのは礼儀に反するというヤツだろう。
 とはいえ、あの『お上』が絶好とまで言ったのである。多少の無茶を通すだけの代価は確実に取れるに違いない。
(まぁ、二人の状況とここまで連れてきた以上後はこっちのもんだし、『お上』に会ってくれれば彼女たちもワケを察してくれるだろう)

 ――少なくとも、アンリエッタ姫殿下はね。

 内心の呟きの最後に一言そう付け加えつつ、彼はもう一度肩を竦めながら二人に向けて言った。
「すまないが僕にも色々事情がある。けれど、この先に待っている人は絶対に君たちを助けてくれるさ」

720ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:09:17 ID:9f89S4RY

 アンリエッタからエスコートの依頼を受けて、彼女を伴いながら街中を彷徨っていた霧雨魔理沙。
 ふとした拍子で衛士達にアンリエッタの素性がバレると思った矢先、ジュリオの助太刀を事なきを得る事となる。
 しかし謎多き月目の彼は驚く事にアンリエッタの正体を知っており、しかもその事について全く驚きもしなかった。
――お前、どうしてお前がアンリエッタの事知ってるんだよ?
―――おや?外国人の僕がこの国のお姫様の事を知らなかった思ってたのかい?それは心外だなぁ
――――いやいや!そういう事じゃねぇって!?どうしてお前がアンリエッタが変装してた事を知ってたって聞いてんだよ!?
 最後には言葉を荒げてしまった魔理沙であったが、ジュリオはそんな彼女に「落ち着けよ」と宥めつつ言葉を続けた。
――実は僕も、この白百合が似合うお姫様に用があったんだよ
――――私に……ですか?一体、あなたは……
 自分の正体をあっさりと看破し、更には用事があるとまで言ってきた謎の少年の存在。
 アンリエッタが彼の素性を知りたがるのは、至極当り前だろう。
 そしてジュリオもまた、彼女にこれ以上自分の正体を隠そう等という事は微塵も考えていなかった。
――申し遅れました。僕はジュリオ・チェザーレ、しがないロマリア人の一神官です
 彼はアンリエッタの前で姿勢を正した後、恭しく一礼しながら自己紹介をした。
 アンリエッタはその名を聞き軽く驚いてしまう。ジュリオ・チェザーレ、かつてロマリアに実在した大王の名前に。
 かつては幾つかの都市国家群に分かれていたアウソーニャ半島を一つに纏め上げ、ガリアの半分を併呑した伝説の英雄。
 その者と同じ名前を持つ少年を前にして固まってしまうアンリエッタに、頭を上げたジュリオはさわやかな笑顔で言葉を続けた。

――色々と僕に聞きたい事はあるでしょうが、今しばらく私についてきてくださらないでしょうか?
――――……ついていくって、一体何処へ……!?
――今夜貴女と彼女が泊まれる安全な場所へ、ですよ。今のあなた達では、こんや泊まる所を探すのも一苦労しそうですからね
 

 その後、ジュリオはアンリエッタと魔理沙を連れてここ『タニアの夕日』にまで来ることができた。
 東側の住宅地からここまで移動するのには、それなりの苦労と時間を要するものであった。
 地上の道路や裏路地の一角には衛士達が最低でも二人以上屯しており、怪しい人間がいないが目を光らせていたのを覚えている。
 恐らく魔理沙たちを逃がした際の騒ぎが伝達されたのだろう、そうでなければ末端の衛士達があんなに警戒している筈がないのだ。

(トリステイン側も必死なんだろうな。もしもの時に探しておいた地下道がなけりゃあ危なかったよ)
 途中何度か地下の通路を通ってショーットカットや遠回りの連続で、早一時間弱……ようやくホテルにたどり着くことができた。
 今のところ周辺には衛士達の姿は見当たらない。恐らく街の中心部から外周部を捜索場所を移したのかもしれない。
 何であれ、ここまでたどり着けたのは前もって計画していたルートを用意していた事よりも、運の要素が強かったのであろう。

 ともあれ、こうして無事に二人を――少なくともアンリエッタを連れて来れた事で自分の仕事は成功したも同然であろう。
 最も、そのお姫様には相当警戒されてしまっているのだが……まぁこれはやむを得ない事……かもしれない。
(全く、あの人も無茶な事命令してくれたもんだよ……ったく!)
「さ、とりあえず中へどうぞ。外にいては衛士達に見つかるやもしれません」

721ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:11:03 ID:9f89S4RY

 内心では自分にこの仕事を任せた『お上』――もとい゛あの人゛に悪態をつきつつも、
 警戒する魔理沙たちの前でさわやかな笑顔を浮かべつつ、ホテルのドアを開けて彼らを中へと誘う。  
 新品のドアを開けた先には、綺麗に掃除された『タニアの夕日』のロビーが広がっている。
「…………」
「………………」
「おや?入らないのですか?」
 しかし悲しきかな、ジュリオに警戒している二人は険しい表情を浮かべたまま中へ入ろうとはしなかった。
 思ってた以上に警戒されてるのかな?そう考えそうになったところで、二人は互いの顔を見合う。
「アレ……どうする?」
「色々疑わしき事はありますが、ここまで来たのなら……やむを得ないでしょう」
「……だな」
 一言、二言の短いやり取りの後、彼女たちは渋々といった様子でホテルの入り口を通った。
 通るときにジュリオを鋭い目つきで一瞥しつつも、二人は慎重な様子のままロビーの中へと入っていく。
 色々問題はあったものの、魔理沙たちはジュリオからの誘いに乗ったのである。
「……ま、結果オーライってヤツかな」
 少女たちの背中を見つめつつ、ジュリオは二人に聞こえない程度の小声でそう呟く。
 とはいえ、入ってくれればこちらのモノだ。彼は安堵のため息を吐きつつも二人の後へと続いた。

 全四階建ての内最上階に部屋がある為、一同は階段を上って部屋まで行く羽目になった。
 しっかりと掃除の行き届いた階段を、三人は靴音を鳴らしながら上へ上へと進んでいく。
 やがて散文もしないうちに最上階までたどり着いた所で、先頭にいたジュリオが魔理沙たちから見て右の廊下を指さす。
「部屋の名前は『ヴァリエール』。この部屋一番のスイートルームですのでご安心を」
「私が『ヴァリエール』という部屋の名前を聞いて、貴方を信用できるほどのお人好しに見えますか?」
 魔理沙以上に自分へ警戒心を向けているアンリエッタからの返事に、彼はただ肩を竦める。
 軽いジョークのつもりだったのだが、どうやら彼女の警戒心を随分強めてしまっていたらしい。
 コイツは思ったより重大な事だ。そう思った所で今度は魔理沙が突っかかるようにして話しかけてきた。

「おいジュリオ、ここまで来たんならもうそろそろ話してくれても良いだろ?」
「話す?一体何を?生憎、僕のスリーサイズは本当に好きになった女の子にしか教えない事にしてるんだ」
「ちげーよ、何でお前がアンリエッタの正体を知ってて、しかもこんに所にまで連れてきたかって事だよ!」
 自分のボケに対する魔理沙の的確な突っ込みと質問に、ジュリオは軽く笑いながらも「そろそろ聞いてくると思ったよ」と言葉を返す。

「まぁ確かに、もう話してもいい頃だが……部屋も近い、良ければそこで話そうじゃないか?
 僕と君たちがここにいるまでの経緯を一から話すよりも先に、この廊下の先にある部屋の前にたどり着いちゃうからね」

722ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:13:48 ID:9f89S4RY
 そう言って彼は先程指さした方の廊下の突き当りへ向かって歩き出し、二人もその後をついて行く。
 確かに彼の言う通り、彼がワケを話すよりも部屋までたどり着く方が早かったのは間違いない。
 元々この最上階には二部屋しかないのだろう。廊下の突き当りの手前には、観音開きの大きな扉があった。
「こちらです、では……」
 その言葉と共にジュリオはドアの前に立つと身だしなみを軽く整えた後、スッと上げた右手でドアをノックする。
 コン、コン、という品の良いノックを二回響かせて数秒後、ドアの向こうにある部屋から少女の声が聞こえてきた。
「ど……どちらさまでしょうか?」
「お届け゛者゛を持ってきた、ただのしがない配達屋さ」
 その言葉から更に数秒後、少し間をおいてから掛かっていたであろうドアのカギを開く音が聞こえてきた。
 軽い金属音と共にドアノブが勝手に回り、部屋の中から銀髪の少女をスッと顔を出してきた。ジョゼットである。
 まるで初めて巣穴から顔を出した仔リスのように不安げな様子を見せていた彼女は、目の前にいたジュリオを見てパッと明るい表情を見せた。

「や、ジョゼット。ちゃんとあのお方の注文通りお届け゛者゛を連れてきたよ」
「お兄様!って……あっマリサ!」
「よ、ジョゼット。……っていうか、お届け゛モノ゛って……」
 久しぶりに会ったような気がしたジョゼットに呼びかけられて、思わず魔理沙も右手を上げてそれに応える。
 ジョゼットも数日ぶりに見た魔理沙に微笑もうとした所で、彼女の横にいたアンリエッタに気が付き、怪訝な表情をジュリオに向けた。
「あの、お兄様……この人が、その?」
「あぁ。……そういえば、あの人は今?」
「待っていますよ。そこにいね人と食事でもしながら……という事でついさっき自分でランチを頼んでました」
「ランチを自分で?うぅ〜ん……あの人、付き人がいないと本当に自由だなぁ」
 そんなやり取りを耳にする中で、アンリエッタは彼らが口にする゛あの人゛という存在が何者なのか気になってきた。
 少なくともこんなグレードの良いホテルでランチを気軽に頼める人間ならば、少なくとも平民や並みの貴族ではない。
 では一体何者か?その疑問が脳裏に浮かんだところで、彼女と魔理沙はジュリオに声を掛けられた。

「さ、どうぞ中へ。ここから先の出来事は、あなたにはとても有益な時間になる筈です。アンリエッタ王女殿下」
 

 流石最上階のスイートルームというだけあって、『ヴァリエール』の内装は豪華であった。
 まるで貴族の邸宅のような部屋の中へと足を踏み入れた二人は、一旦辺りを見回してみる。
(流石に公爵家の名を冠するだけあって、部屋もそれに相応なのね)
 アンリエッタは王宮程ではないものの、名前に負けぬ程には豪華な部屋を見て小さく頷いた一方、
 以前ここへ来たことのある魔理沙は、以前見たことのある顔が見当たらない事に怪訝な表情を浮かべていた。
「んぅ……あれ?セレンのヤツ、どこ行ったんだ」
「セレン?その方は一体……」
『こちらですマリサ』
 聞きなれぬ名前が彼女の口から出た事に、アンリエッタが思わず訪ねようとした時であった。
 部屋の入り口から見て右の奥にあるドア越しに、青年の声が聞こえてきたのである。
 その声に二人が振り向くと同時に、後ろにいたジュリオとジョゼッタが二人の横を通ってそのドアの前に立つ。
 まるで番兵のように佇む二人は互いの顔を見合ってからコクリと頷き、ジュリオが二人に向かって改めて一礼する。

723ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:15:09 ID:9f89S4RY
「さ、どうぞこちらへ」
 短い言葉と共にドアの横へと移動する二人を見て、アンリエッタはドアの傍まで来ると、スッとドアノブを掴み――捻った。
 すんなりとドアノブが回ったのを確認してから彼女はゆっくりとドアを押して、隣の部屋へ入っていく。
 次いで彼女の後ろにいた魔理沙もその後に続き、ドアの向こうにあった光景に思わず「おぉ」と声を上げてしまう。
 そこはダイニングルームであったらしく、長方形のテーブルの上には幾つもの料理が並べられていた。
 恐らくジョゼットが言っていたランチなのだろう、ホウレン草とカボチャのスープはまだ湯気を立てている。
 そして部屋の一番奥、上座の椅子に背を向けて座っている青年を見て魔理沙は声を上げた。
「おぉセレン、お前そんな所で格好つけて何してんだよ」
「あぁマリサ。イエ、少しばかり緊張していたもので……何分貴方の横にいるお方がお方ですから」
 魔理沙の呼びかけに対し青年はそう返した後ゆっくりと腰を上げて、彼女たちの方へと体を向ける。
 瞬間、一体誰なのかと訝しんでいたアンリエッタは我が目を疑ってしまう程の衝撃に見舞われた。
 思わず額から冷や汗が流れ落ちたのにも構わず、彼女は咄嗟に魔理沙へと話しかける。 
「あ、あのッマリサさん!こ、この方は……!?」
「私がさっき言ってたセレンだよ。――――って、どうしたんだよその表情」
 アンリエッタの方へと何気なく顔を向けた魔理沙も、彼女の顔色がおかしい事に気が付く。
 そんな彼女を気遣ってか、上座から離れてこちらへと近づくセレンは「大丈夫ですよ」とアンリエッタに話しかける。 

「此度ここに来たのは、あくまで私事の様なものです。ですから、肩の力を抜いてもらっても……」
「……っ!そんな滅相もありません、あ、貴方様を前にして、そんな……ッ!」
 近づいてくるセレンに対し、アンリエッタは何とその場で膝ずいたのである。
 それも魔理沙の目にも見てわかるような、相手に対して敬意を払っている事への証拠だ。
「え?え……ちょ、何がどうなってるんだよ?」
 何が何だか分からぬまま自分だけ放置されているような状況に魔理沙が訝しんだところで、
 彼女のすぐ近くまでやってきたセレンは申し訳なさそうな表情で彼女に言葉をかけた。
「マリサ、私はここで貴女にウソをついていた事を告白せねばなりませんね」
 彼はそう言って一呼吸置いた後、穏やかな笑顔を浮かべながら自らの本名を告げる。
 
「貴女に名乗ったセレン・ヴァレンはいわば偽名。ワケあって名乗らざるを得なかった名。
 そして私の本当の……母から貰った名前はヴィットーリオ、ヴィットーリオ・セレヴァレと申します。」

 セレン――もといヴィットーリオの告白に、この時の魔理沙はどう返せば良いか分からないでいた。
 しかし彼女はすぐにアンリエッタの口から知る事となるだろう、彼の正体を。
 この大陸に住む全ての人々の心の支えにして、魔法文明の礎を気づいたともいえる祖を神として崇めるブリミル教。
 その総本山としてハルケギニアに君臨する、ロマリア連合皇国の指導者たる教皇に位置する者だという事を。

724ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:18:19 ID:9f89S4RY
はい、これで今年最後の投稿を終了させていただきます。
今年は色々と多忙故に執筆に手が回らず、痒い所に手が届かない日々が続きました。
来年はもう少しゆっくりと休みつつ書ける時間が欲しいなぁ、と思っていたりします。

それでは皆さん、今年はこれにて。
また来年お会いしましょう、良いお年を。ノシ

725ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:11:47 ID:4f02YZK.
どうも皆さんご無沙汰しております。無重力巫女さんの人です。
本当なら一月末に今年最初の投稿をする筈だったのですが、思いの外多忙で無理でした。申し訳ないです。

特に問題が無ければ、22時15分から投稿を始めたいと思います。

726ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:15:09 ID:4f02YZK.
 トリスタニアのローウェル区に、その倉庫街は存在している。
 巨大な四棟の倉庫と、そこを囲うようにして建てられている古めかしい住宅街だけの寂しい場所。
 住宅街には主に日雇いや工房の使い走りに、王都の清掃会社に勤めている人々等が利用している。
 丁度ブルドンネ街とチクトンネ街に挟まれるよう位置にあるが、この時期に増える観光客は滅多にここを通らない。
 ガイドブックなどに治安があまり良くないと書かれている事が原因であったが、主な原因は倉庫の周辺にあった。
 一本道を挟み込むようにして左右に四棟ずつ建設されている倉庫は、王都の商会や大貴族などが利用している。

 彼らは主に家に置ききれない財産や商売道具などをここで保管しており、当然それを警備する者たちがいる。
 しかし彼らはちゃんととした教育を受けた警備員ではなく、金さえ詰めば喜んでクライアントの為に戦う傭兵たちであった。
 粗末な鎧や胸当てを身を着けて、槍や剣で武装して倉庫周辺をうろつく彼らの姿はそこら辺のチンピラよりもおっかない。
 トリステイン政府直属の警備員を雇う代金が高い為、少しでも倉庫の維持費を浮かせる為の措置である。
 傭兵たちも相手が権力のある連中だと理解している為、倉庫から財宝をくすねよう等と考えて実行に移す者はまずいない。
 クライアント側も仕事に見合うだけの給料をしっかりと渡しているため、互いに良好な関係をひとまず築けているようだ。

 しかしその傭兵たちに倉庫街全体を包む程の寂れた雰囲気が、この地区を人気のない場所へと変えていた。
 今では観光客はおろか、別の地区に住んでいる人々も――特に子連れの親は――ここを通らないようにしている程だ。
 多くの人で賑わう華やかな王都の中では、旧市街地や地下空間に匹敵するほどの異質な空間となっていた。

 そんな人気のないローウェル区の一角を、ルイズ達四人の少女が歩いていた。
「ここがローウェル通り、名前だけは知ってた分こんなに静かな場所だなんて思ってもみなかったわ」
『確かに、別の所なんかだと多少の差はあれどここまで寂れてはいなかったしな』
 通りに建ち並ぶ飾り気のないアパルトメントを見上げながら、先頭を行くルイズは半ば興味深そうに足を進めていく。
 その人気の無さには、デルフもそれに同意の言葉を出すほどであった。
 彼女らの中では最年少であるリィリアは、今までいた場所とあまりにも違うの人気の無さを五感で体感しているのかしきりに辺りを見回している。
 通りそのものはしっかり掃除されているものの、一帯に住む人々は家の中にいるのか外には殆ど人がいない。
 偶に何人か見かける事はあったが大抵はここを通り慣れている別地区からの通行人で、自分たちの横を素知らぬ顔で通り過ぎていくだけ。
 散歩どころか水撒きする者もいない通りは、汗が出るほど暑いというのにどこか不気味であった。

 ここに来るまで、ブルドンネ街の通りから幾つかの道を曲がり、五つ以上の階段と坂を上り、三本以上の橋を渡ってきた。
 たったそれだけで、つい少し前までいたブルドンネ街とは正反対に静かすぎる場所へとたどり着けてしまう。
 同じ土地にある街の中だというのに、まるで異国に来てしまったかのような違和感を感じる人もいるかもしれない。
 しかし看板や標識を見れば、否が応でもここがトリスタニアの一角であると分かってしまう。
 明確に人の住んでいない旧市街地とは違い、家の中から出ずに姿を現さない住民たち。
 もはや異国というよりも、人のいない裏世界へと迷い込んでしまったかのような静けさが通り全体を包んでいた。

「しっかし、ここって本当人気が無いわねぇ。なんでこんなに静かなのよ?」
 自分の隣を歩く霊夢の呟きが自分に向けて言われた事だと気づいたルイズは、すぐさま脳内の箪笥からその知識だけを取り出して見せる。

727ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:17:06 ID:4f02YZK.
「う〜ん……確かここら辺は、街の清掃会社とか家具工房で雑用とか……所謂出稼ぎ労働者が大半だったような気がするわ」
「出稼ぎ労働者……ねぇ。私からしてみれば、わざわざこんな暑くて人だらけな街へ働きに行く事なんて考えられないわね」
「しょうがないでしょう。地方で稼げる仕事なんて、それこそ指で数える必要がないくらい少ないのよ」
 出稼ぎする、もしくはせざるを得ない者達の気持ちを理解できない霊夢に対し、ルイズは苦々しい表情を浮かべて言葉を返す。
 今のご時世、農業や地方の仕事で食べていける場所ならまだしもそれすらままならない地方もあるにはある。
 もちろん数は少ないが、不作や自然災害などで作物の収穫が減ってしまった土地がハルケギニア全体で増えつつあるのだ。
 その為に仕事が減り、仕事が減ってしまったが為に手に入る賃金も減り、その日の食事にすら困窮してしまう。


 トリステインをはじめ、名のある国々はその点まだマシと言えるだろう。
 一番酷いのは、ガリアやゲルマニアからある程度の独立を許された第三世界の小国などは文字通り悲惨な事になってしまう。 
 中途半端に独立してしまったが故にまともな援助を受けられず、ちょっとした天災で大飢饉が起こってしまう事など珍しくもない。
 飢饉や大災害が起これば瞬く間に暴動が起こり、結果的にはその小国を収める一族郎党が制裁の名の元に晒し首にされてしまう。
 独立を認可した大国がおっとり刀で正規軍を出す頃には、小国そのものが瓦解した後で残っているのは暴徒と化した連中のみ。
 まともな人々は争いを逃れる為に家族や恋人を連れて国を逃げ出し、流浪の民として通れもしない国境周辺を彷徨うしかない。
 難民を受け入れているロマリアへ行けるならまだ良い方で、大抵の難民は何処へも行けず山の中で獣や亜人の餌になってしまう。
 酷い場合はゲルマニアやガリアの国境地帯に埋設された地雷で吹き飛ばされたり、遠距離狙撃仕様のボウガンの的になる事もある。

 だからこそ、出稼ぎ労働で故郷に送金できるトリステインなどの名のある国々はマシなのである。
 パスポートを持っていても、出国する事すらままならない様な名もなき国があるのだから。


「確か倉庫があるのは、あぁ……あっちの角を曲がった先だわ」
 暫し人気のない地区を五分ほど歩いたところで、ルイズは道の角に建てられている標識を見上げて呟く。
 彼女の言葉についてきていた霊夢たちも足を止めて見上げてみると、二メイル程ある細い柱の上に看板が取り付けられているのに気が付いた。
 当然霊夢とハクレイの二人には何が書かれているのか分からなかったが、文字が読めない人が見ることも想定しているのか、
 文字の上にしっかりと倉庫らしき建物の絵が描かれており、一目で倉庫が曲がり角の先にあると分かるようになっていた。
 先に気が付いたルイズはすっと曲がり角から頭だけを出してのぞいてみると、ウンウンと一人頷きながら霊夢たちに見たものを伝える。

「確かに倉庫があるけど、正面突破は無理そうねぇ」
「え?……あぁ、確かにそうね」
 納得したようなルイズの言葉に怪訝な表情を浮かべた霊夢も、ルイズと同じように曲がり角の先を見て……頷く。
 標識通り、確かに曲がり角の先には砂浜に打ち上げられ鯨と見紛うばかりの倉庫が見ている。
 しかしその倉庫へ近づく為の道路には大きな鉄の扉が設置され、更に武装した傭兵たち数人が屯している。
 肌の色も装備も違う彼らは武器を片手に談笑しており、時折反対側の手に持った酒瓶を口につけては昼間から酒を楽しんでいる。
 街で見かける衛士達と比べてだらしないところはあるものの、酒を嗜みつつも決して自分達に与えられた任務をサボってはいない。
 ルイズの言う通り、彼らに軽く挨拶をしてワケを話しても通してはくれなさそうだ。
 強行突破すればいけない事も無いだろうが、大きな騒ぎに発展しまう恐れがある。
「相手が人間じゃないなら、全治数か月レベルのケガさせても平気なんだけどなぁ」
「コラ、何恐い事言ってるのよ」

728ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:19:06 ID:4f02YZK.

 思わず口に出してしまった内心をルイズに咎められつつも、霊夢は「でも……」とハクレイの方へと顔を向けた。
 その向けてきた顔にすぐに彼女の言いたい事を察したハクレイは、コクリと頷いてから口を開く。
「ちょうど倉庫の隣に隣接してる通りにアパルトメントがあるから、私ならそっから飛び移れるかもしれないわ」
 毅然とした表情でそう言う彼女の後ろで、リィリアは怯えた表情を浮かべていた。

 ひとまず一行はその場を離れ、丁度倉庫の真横にある住宅街へと足を運んだ。
 そこには倉庫を囲う壁と住宅街側の道を隔てるようにして水路が造られており、魚が生きていける程度に澄んだ水が静かに流れている。
 水路の幅は五メイル程あり、仮に泳いで渡ったとしても階段や梯子などは無い為にどうしようもできない。
 鉤縄や『フライ』が使えれば問題ないだろうが、生憎今のルイズは鉤縄を持ってないし魔法に関してはご存知の通り。
 普通の魔法が行使できるリィリアならば一人で飛んでいけるだろうが、彼女一人を壁の向こうへ行かせるのは危険すぎる。
 それに万が一水路と壁を突破できたとしても、壁の向こう側の警備は相当厳重なのは容易に想像できてしまう。
 今は工事中で使われていないが、外部からの侵入者を発見するための櫓まで作られているのには流石のルイズも驚いていた。
「成程、確かに防犯設備はしっかりしてるわね。櫓が工事中だったのは幸い……と言うべきかしら」
「コレって倉庫というよりかはちょっとした砦じゃないの?よくもまぁ街中にこんなモノ作って……」
 呆れたと言いたげな霊夢の言葉に頷きつつも、ルイズは次にハクレイの言っていたアパルトメントへと視線を向けた。

 彼女の言った通り、確かに水路傍の住宅街に四階建てのアパルトメントはあった。
 しかし今は誰も住んでいないのか建物の壁には無数の蔦が張り付いており、幾つもの亀裂まで走っている。
 こんな人気のない場所にあんなモノを建てても誰も住まないだろうし、家賃も平均以上だったに違いない。
 大方二十年前の都市拡張工事の際に作られた建物の一つであろう、その手の建物の大半は今や街中の廃墟と化している。
 今も繁栄を続ける王都の陰を見たルイズは目を細めていると、そちらに目を向けているのに気が付いたハクレイに声を掛けられた。
「どうする?私の時は単にあの上から覗いただけだったけど、こんな真昼間から入り込むの?」
「うぅ〜ん、普通なら夜中に侵入するのがセオリーなんだろうけど……こういう場所だと逆に人数が増えそうなのよねぇ」
 日中ならともかく、夜間は流石に侵入者を警戒して人員を増やすのは分かり切った事だ。
 と、なれば……やはり日中から堂々と侵入――――というのも相当危険な感じがする。

 今からか夜中か、その二つの選択肢を前にルイズは悩みそうになった所で今度は霊夢が話しかけてくる。
「どっちにしろ侵入するつもりなんだし、それなら人数が少ない時間に入った方が楽で済むんじゃないの?」
「アンタねぇ、そう簡単に言うけど入る事自体困難……なのは私達だけか」
 ガサツな巫女の物言いに反論しようとした所で、ルイズは彼女が空を飛べる事を思い出す。
 確かに彼女ならばハクレイはおろか並みのメイジよりも簡単に空を飛んで、水路と壁を越えられるだろう。
 文字通り壁を飛び越えてあの巨大な倉庫の上に着地すれば、後は自分たちよりも簡単に倉庫を探せるに違いない。
 櫓が工事中の今ならば、地上に見張りにさえ気をつけていれば見つかる可能性は限りなく低いだろう。
 それに気づいたのはルイズだけではなく、その中でデルフが彼女に続いて声を上げる。
『まぁお前さんなら見つかる心配何て殆ど無いだろうしな』
「まぁね。私自身、色々と片付けなきゃいけない事もあるから手っ取り早く済ませたいし」
 デルフの言葉に相槌を打ちつつ、霊夢は今から飛ぶ立つつもりなのか軽い準備運動をし始めた。
 どうやら彼女の中では、既に単独潜入は決定事項らしい。これには流石のルイズも止めようとする。

729ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:21:13 ID:4f02YZK.
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!別に私はアンタに「見てこい」とか「飛んで来い」なんて事言ってないんだけど?」
「そんなん分かってるわよ。さっきも言ったように、やりたい事が沢山あるから夜中まで待ってられないってだけよ」
 最後にそう言った後、ルイズの制止を待たずして霊夢はその場で地面を蹴ってフワッ……と飛び上がる。
 まるで彼女の周囲だけ重力が無くなったかのように空中に浮かぶ霊夢は、そのまま水路の方へと向かっていく。
 止めきれなかったルイズが水路と道路を隔てる欄干で立ち尽くしている所へ、霊夢の背中で静かにしていたデルフが声を掛けてきた。
『まぁそう心配しなさんな娘っ子。レイムの奴ならオレっちも見てるし大丈夫さ。……多分ね』
「あ、ちょっと待ちなさい!アンタ今゛多分゛って口にしなかった?」
 咄嗟に止めようとするルイズに背中を見せつつ、彼女はデルフはフワフワと浮いたまま水路を渡っていく。
 静かに流れる水路の上を浮かびながら渡る霊夢の姿は、どこか現実離れな光景に見えてしまう。
 それを住宅地側から見るしかないルイズはハッと我に返り、次いでハクレイの方へと顔を向けて言った。
「こうしちゃいられないわ。こうなったら、私たちもアイツに続く形で入るわよ!」
「え?まさか今から侵入するの?」
 ルイズの急な決定に驚いたのは、ハクレイではなくその隣にいたリィリアであった。
 目を丸くする少女の言葉に、ルイズは「当り前じゃないの」と当然のように言葉を返す。、

「いくら何でもアイツ一人だけ行かせるのは色々と不安なのよ。分かるでしょ?」
「え?ふ、不安ってどういう……」
 言葉の意味を汲み取り切れない少女の不安な表情を見て、ルイズはそっと彼女の耳元で囁く。
「アンタのお兄さん。私とレイム相手に何したか知ってるでしょうに」
 その一言で、幼いリィリアはルイズの言いたい事を何となく理解できたらしい。
 あの倉庫の何処かにいるかもしれない兄の身に、霊夢という名のもう一つの危機が迫っている事を。
 それをあの少年の唯一の身内が悟ったのを見て、ルイズは苦虫を噛むような表情を浮かべつつ言葉を続ける。
「まぁアンタのお兄さんにはしてやられたけど、流石にレイム一人に任せても良い程憎いってワケじゃあないしね」
 自分自身彼にやられた事を忘れていない……と言いたげな事を口にした所で、スッとハクレイの方へと顔を向けた。

「じゃ、早速で悪いけど私とこの子を向こう側まで連れてってくれないかしら」
「……それは構わないけど、アイツみたいにそう簡単にひとっ飛び……ってワケにはいかないわよ」 
「それは分かってるけど、それしか方法がない分どうやっても跳んでもらわなきゃ向こう側へは行けないわ」
 ルイズからの頼みに対し一応は了承しつつも、ハクレイはフワフワと飛んでいく霊夢を見やりながら言った。
 やり方としては霊夢のような方法がスマートかつベストなのだろうが、確かに人二人を連れてあそこまで跳ぶというのはかなり酷なものだろう、
 かといってそれ以外に方法が思いつかないため、ルイズも気持ちやや押す感じでハクレイに迫っていく。
 ……たとえベストでなくとも。そう言いたげな彼女の雰囲気にハクレイは渋々といった感じでため息をついた。
「まぁ物は試しってヤツよね。……とりあえず、ここじゃ無理だから場所を替える事にしましょう」
 そう言ってからハクレイは霊夢に背を向け、近くにあるあの廃アパルトメントへと向けて歩き始める。
 彼女の行き先を見て、これから何が始まるのか察したルイズとリィリアは互いの顔を見合ってしまう。
「……もしかして、また『跳ぶ』の?」
「アンタはお兄さんを助けたいんでしょう?やれる事が少ない以上、覚悟はしときなさい」
 顔を真っ青にする少女に対し、覚悟を決めるしかないとルイズも肩を竦めながらハクレイの後を追った。

730ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:24:21 ID:4f02YZK.


 その頃になってようやく倉庫と外を隔てている外壁の傍までたどり着いた霊夢に、背後のデルフが呟く。
『お、向こうも動き出したな。こりゃ近いうちに一緒になれそうだぜ』
 彼の言葉にふと後ろを振り向くと、確かにルイズを先頭にハクレイとリィリアが何処へか向かって移動している所であった。
 恐らくあのアパルトメントに向かっているようで、成程あの四階建ての屋上から跳んでくるつもりなのだろう。
 言葉にしてみると結構トンデモであるが、リィリアを背負ったまま時計塔の頂上から無傷で降りてきたハクレイなら余裕かもしれない。
 まぁ彼女たちの事は彼女たちに任せるとして、今は自分がやるべき事を優先しなければいけない。
 再び外壁へと顔を向けた彼女はそのまま上へ上へとゆっくり上昇し、そっと頭だけを出して壁の向こうを見てみる。
 
 顔を出して覗き見たそこは丁度倉庫と倉庫の間にある道だったようで、影の所為で暗い道が十メイル程伸びている。
 これなら大丈夫かな?と思った時、すぐ近くにある右側倉庫の扉が開こうとしているのに気が付き、スッと頭を下げた。
 扉が開く音と共に複数人の足音が聞こえ、それからすぐに男のたちの喧しい会話が聞こえてきた。
「んじゃー今から昼飯買って来るけど、お前ら何にするんだ?俺はサンドウィッチにするが」
「俺、あの総菜屋の豚肉シチューと黒パンでいいや。ホイ、これにシチュー入れてきてくれ」
「俺は海鮮炒めでいいや。ホラ、あの総菜屋の向かい側にある看板にロブスターが描かれてる店。あ、あと辛口で」
 他愛ない、どうやらお昼ご飯のリクエストだったようだ。耳を澄ましていた霊夢は思わずため息をつきたくなってしまう。
 この分だと聞く必要はないかな?そう思った直後、海鮮炒めをリクエストしていた男の口から興味深い単語が出てきた。
「そういや、あの盗人のガキと裏切り者の分はいいのか?ガキを捕まえてきたダグラスのヤツがとりあえず食べさせとけって言ってたが」
「あ?そういえばそうだったな……どうする?」
「適当で良くね?総菜屋の白パンとミルクぐらいでいいだろ」
 それもそうだな。そんな会話の後に「じゃ、行ってくる」という言葉と共に買い物を頼まれた一人の靴音が遠くへ去っていく。
 残った二人はその一人を見送った後「戻るか」の後にドアを閉める音と、次いで鍵の閉まる音が聞こえた。

 男たちがその場にいなくなったのを確認したのち、壁を飛び越えた霊夢はそっと地面に降り立つ。
 レンガ造りの道にローファーの靴音を静かに鳴らした後、彼女はすぐ右にある扉へと視線を向ける。
 そして意味深な微笑を顔に浮かべた後、背中のデルフに「案外ツイてるわね」と言葉を漏らした。
「まさかこうも探してる場所の近くまですぐ来れるなんて。そう思わない?」
『表は傭兵だらけだと思う分、確かに楽っちゃあ楽だな。けれど、そっから先はどうする?』
 ひとまずここまでは上手く進んでる事を認めつつも、デルフはこの先の事を彼女に問う。
 先ほど聞こえた音からして、ドアのカギは閉まっているだろう。ドアノブを捻って確認するまでもない。

 見たところ侵入者対策か倉庫の窓もほとんど閉じられており、この道から入れる場所は無い。
 唯一表の道に出れば入り口はあるだろうが、恐らくあの光の先には警備の傭兵がうじゃうじゃいるに違いないだろう。
 この道から入れる場所といえば、道から十メイル以上も上にある天窓ぐらいなものだろう。普通ならそこまで近づくのは容易ではない。
 しかし……空を飛べる程度の能力を有する霊夢にとって、五メイル以上の高さなど大した難所ではなかった。
「まぁ天窓が全部閉じてるって事はあるかもしれないけど、この季節で倉庫を閉じ切ってるワケがあるわけないしね」
『つまりお前さん専用の入り口ってワケね。良いねぇ、ますます先行きが明るくなるな』
 機嫌が良くなっていく霊夢の言葉にデルフが返事をした所で、彼女は自分の身を浮かせて飛ぼうとする。
 自分がこの街でするべき事は沢山あるのだ。今回の件は手早く済ませて、そちらの方に取り掛からないと……

731ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:26:15 ID:4f02YZK.
 そんな事を考えながら、いざ倉庫の一番上へと飛び立とうとした……その直前である。
 ふとすぐ背後から、何か石造りの重たいモノが地面を擦りながら動く音が聞こえてきたのだ。
 彼女はそれと似た音を神社に置いてある料理用の石臼などで聞いた事があった為、そう感じたのである。
 そんな異音を耳にした彼女は飛び立とうとした体を止めて、ついつい後ろを振り返ってしまう。
 彼女の背後にあったのは何の事は無い、地下に続いているであろう古い石造りの蓋であった。
 レンガ造りの地面とその蓋は材質が明らかに違い、恐らくここの地面を整備されるよりも前にあったのだろう。
 その蓋は誰かが通ったのだろうか取り外されており、その下に続く薄暗い穴がのぞけるようになっていた。
 穴が一体どこに続いているのか……諸事情で王都の地下へ行きたい霊夢にとって興味のある穴であったが、
 今は先に済まさなければいけない事があるので、名残惜しいが入るのは後回しにする事にした。

『どうした?』
「ん〜……何でもないわ。そこの蓋が開くような音がしたんだけど……気の所為かしら?」
 デルフからの呼びかけにそう返した後、今度こそ上に向かって飛び立とうとした――その直前。
 自身の背後――あの穴のある場所から何かが動く音が聞こえてきたのだ。
 今度は気のせいではない。ハッキリと耳に伝わってくるその音に、霊夢は咄嗟に身構え――振り返る。
 視線の先、上に被せられていた石の蓋が取り外された穴の中から――誰かがジッとこちらを見上げていた。
 左右を小高い倉庫に挟まれ、昼間でも影が差す暗い道の下にある穴から、ジッと見つめる青い瞳と目が合ってしまう。
「うわッ!」
『ウォオッ!?』
 先ほどまで見なかったその目に油断していた霊夢は驚きの声をあげてしまい、次いで後ずさってしまう。
 しかし、それがいけなかった。後ずさった先――鍵の閉まった裏口の戸に鞘越しのデルフをぶつけてしまったのである。
 結果デルフまで悲鳴をあげてしまい、喧騒とは無縁な倉庫に二人分の悲鳴が響き渡る。

 ――まずい!思わず声が出てしまった事に気が付き、両手が無いデルフはともかく霊夢は思わず口を手で隠す。 
 一瞬の静寂の後、夏の日差しが差す表から警備の傭兵たちであろう複数人の喧騒がものすごい勢いで近づいてくるのに気が付く。
 これはさすがに不味いか。油断してしまったばかりに招いてしまった失敗に、ひとまず壁の向こう側に戻ろうとしたその時、
「おい、この穴の中に入れ」
 先ほど青い瞳が覗いていた穴の中から、聞きなれた女性の声と共にスッと籠手を着けた手が霊夢の靴を掴んできたのである。
「え?アンタ、その声――って、うわっ!」
 その声の主が誰かなのか言う暇もなく、彼女は穴の中にいた誰かの手によってその穴へと引きずり込まれてしまう。
 すぐに「ドサリ」という倒れる音が聞こえたかと思うと、すぐその後に籠手を着けた手が再び穴の中から現れ、今度は脇にどけていた石の蓋へと手を伸ばす。
 蓋の下には地下側から開ける為であろう取っ手を手に持ち、明らかに女と分かる細腕にも拘わらずすぐにそれで穴を閉めてしまった。
 
 穴を閉めて数秒後、すぐに表の方から傭兵たちの靴音がすぐそばまで近づいて止まる。
 軽装の鎧を付けていると分かる金属質な音が混じっている靴音と共に、彼らの話し声が蓋越しに聞こえてきた。

732ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:28:06 ID:4f02YZK.


「おい、今ここから悲鳴が聞こえてきたよな?」
「あぁ。確か女の子っぽい声に――変なダミ声の男……かな」
「けど何にもいないぜ?」
「気の所為かな?にしてはやけにハッキリ聞こえたが」
 年齢も言葉の訛り方もそれぞれ違う傭兵たちの会話たけでも、彼らが様々な国から来たと分かってしまう。
 時折聞き取りづらい訛りを耳にしつつも、先ほど霊夢を穴の中に引きずり込んだ者はすぐそばで自分を睨む彼女へと視線を移す。
 暗闇越しでもある程度分かる何か言いたそうな表情を浮かべていた彼女であったが、流石に今は騒ぐべき状況ではない。
 今はただ、地上にいる傭兵たちがどこかへ行ってはくれないかと思う事しかできないでいる。
 しかしその思いが届いたのか否か、あっさりと傭兵たちは靴音を鳴らしながらその場を去っていった。
 
 靴音が完全に遠のいた所で、それまで我慢していた霊夢はようやく口を開くことができた。
 彼女はキッと目つきを鋭くすると、自分を穴の中に引きずり込んだものを睨みつけながら悪態をついた。
「……ッ!アンタねぇ、何でここにいるのか知らないけど。もう少しでバレるところだったじゃないの」
「それは悪かったな。……まさかお前みたいなヤツが、こんな所にいるなんて予想もしていなかったからな」
 霊夢のキツく鋭い言葉に対し、その者もまた鋭い言葉でもって対応する。
 両者、互いに暗い穴の中で険悪な雰囲気になりそうなところで、デルフが待ったをかけてきた。
『おいおいレイム、今は喧嘩してる場合じゃないだろ?それはアンタだって同じだろ?』
 デルフの言葉に両者睨み合いつつも、何とか一触即発の空気だけは抜くことに成功したらしい。
 相手に詰め寄りかけた霊夢は一旦後ろへと下がり、未だ自分を睨む人物――女性へと言葉を掛ける。

「――で、何でアンタがこんな所にいるのか聞きたいんだけど?良いかしら」
「私が話した後で、お前も目的を話してくれるのなら喜んで教えよう。お前にその気があるのならば」

 人気のない地区にある巨大倉庫。その真下に造られた地下通路と地上を繋ぐ場所で、両者は見つめあう。
 互いに「どうしてこんな所に?」という疑問を抱きながら、博麗の巫女と女衛士は邂逅したのである。


「はぁ、はぁ……流石に四階分一気に上るのはキツかったわ…」
 その頃、壁を乗り越えた霊夢に大分遅れてルイズたちもアパルトメントの屋上に到着していた。
 流石に四階分の階段を走って上るのに疲れたのか、少し息を荒くしている。
 その彼女の後を追うようにしてハクレイと、彼女の背におんぶするリィリアも屋上へと出てきた。
 後の二人も上ってきたのを確認してから一息つき、次いでルイズは屋上から一望できる光景を目にして「そりゃ誰も住まないわよね」と一人呟く。
「こんなところに四階建てのアパルトメントなんか建てたって、物凄い殺風景だから階層が高くても意味がないし」
 一体誰が建設したのやら、と思いつつ。屋上から見下ろせる殺風景な住宅街と倉庫を見てここが廃墟になった理由を察していた。
 この建物を最初に目にしたルイズの予想通り、アパルトメントには誰も住んでおらず中は荒れ放題であった。
 最低限管理は行き届いてるのかドアはすべて閉まっていたが、ここに行くまで壁に幾つもの落書きをされていたし、
 一階のロビーは野良猫のたまり場になっていたりと、管理されているのかいないのか良くわからない状態を晒している。
 ある程度綺麗にすれば今の時代買い手はつくかもしれないが、近場に店もなく中央から離れていたりと立地が悪過ぎて話にならない。

733ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:30:05 ID:4f02YZK.
 生まれる時代を間違えたとしか思えない廃墟の屋上で彼女は一人考えていると、
 リィリアを下ろして屋上の手すり越しに倉庫を見下ろしていたハクレイがルイズに話しかけてきた。
「ねぇ、さっきまで壁際にいたアイツの姿が見えないんだけど?」
「え?……あ、ホントだ」
 彼女の言葉にルイズも傍へ寄り、先ほどまでいた霊夢の姿が見当たらないことに気が付く。
 あの霊夢の事だ、恐らく壁を越えて倉庫の中に侵入したのだろう。
 ならのんびりしてはいられない、自分たちも動かなければいけない。ルイズは軽く深呼吸する。
 何のこともないただの深呼吸であったが、これから行う事を考えれば覚悟を決める意味でしなければいけない。
 彼女の深呼吸を見てハクレイも察したのか、ルイズに倣うかのように軽い準備運動をしつつ話しかけてきた。
「……で、本当にするつもりなの?まぁ、するっていうならするけど」
「――本当はもうちょっとだけ猶予が欲しかったけど、そろそろ覚悟決めなきゃね」
 
 ハクレイからの質問にそう返すと、ルイズもまた軽い準備運動で体をほぐしていく。
 その場で軽くジャンプしたり、両手首を軽く振ったりしたりする動作はとても貴族の少女がやる準備運動とは思えない。
 しかし、近年では魔法学院で乗馬の他に騎射の練習が頻繁に行われるようになった為、こうした軽いストレッチを行うこと機会が増えている。
 一昔前の貴族が見たら「何とはしたない」や「お淑やかさがない」と言われるような行為も、今では立派な「貴族のストレッチ」として認知されていた。

 暫し軽く体をほぐした所で、ハクレイはルイズとリィリアの二人に声を掛けた。
「……さて、準備運動も終わったしそろそろ向こう側へ渡るとしましょうか」
 彼女の言葉にルイズは無言で頷き、顔を青くしたリィリアもおそるおそるといった様子で頷いた。
 それを覚悟完了と受け取ったハクレイもまた頷き、彼女はリィリアを再び背中に担ぐ。
 自分の背中にのった少女が小さな手でギュッと巫女服を握ったのを確認して、次にルイズへと視線を向ける。
 暫し彼女の鳶色の瞳と目を合わせた後自身の左腕へと視線を向けると、そっと腕を上げて見せる。
 その行動に何の意味があるのかと一瞬訝しんだ彼女はしかし、すぐにその真意に気が付き――次いで顔を顰めた。
「……まさか、私はアンタの腕に抱かれてろって事?」
「他に場所が無いわ」
 ……まぁ確かにそうだろう。ため息をつくルイズは大人しくハクレイの右脇に抱えられる事となった。
 ルイズを脇に抱え、リィリアを背負う彼女の姿はまるで子供のXLサイズのぬいぐるみを携えたサンタクロースにも見えてしまう。
 しかし今は冬でもないし、何よりこの場にいる三人はサンタクロースの存在すら知らないのでリィリアを除く二人は真剣な表情を浮かべていた。
 その理由は無論、これからやらかそうとしている事が無事に成功するようにと祈っているからであった。
 ルイズは始祖ブリミルに、そしてハクレイは誰に祈ればいいのかイマイチ分からなかったので、この場にいないカトレアに祈っていた。

 二人を抱えてから十秒ほど経った所で、ハクレイが重くなっていた口を開いた。
「……それじゃあ、いくわよ」
「いつでもいいわよ。飛んで頂戴」
 彼女からの事前警告にルイズはそう返し、リィリアは目を瞑ってハクレイの肩を掴む手に力を入れる。
 ルイズも彼女の右腕を掴む両腕に力を入れ、二人が準備できたと感じたハクレイは自らの霊力を足へと注いでいく。

734ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:31:23 ID:4f02YZK.
 足のつま先から太ももまでを模して作った容器に水を注いでいくかの様に、足に溜め込まれていく彼女の暴力的で荒い霊力。
 ルイズとリィリアもそれを感じているのか、二人はハクレイの体から感じる微かな違和感に怪訝な表情を浮かべてしまう。
 そんな二人をよそに霊力を蓄えていくハクレイは、ここから倉庫までの距離を考えて霊力を調節していく。
(多すぎてもダメ、少なすぎてもダメ……まだまだ回数はこなしてないけど、ちょっとこれは難しいかな?)
 実際の所、この力を使って跳躍した回数自体はそれ程多くは無い。指を数える程度もない程に。
 本当ならば初っ端からこんな危険な事をすべきではないと思うのだが、それでもハクレイはある種の確信を感じていた。
 ――――今の自分でも、この距離を飛ぶ事など造作もない、と。
 自身過剰にも思えるかもしれないが、それでもハクレイはその確信を信じるしかない。
 既に二人は覚悟を決めているし、何よりこんな事は゛初めて゛ではないのだ。
 
 そうこうしている内に、彼女が想定しているであろう霊力が足に溜まったらしい。
 青く光り始めたブーツを見ずとも、既に準備は終わったと自らの体が告げている事にハクレイは気づいていた。
 彼女は一回だけ、短い深呼吸をした後――ルイズたちを抱えたまま屋上の手すりに向かって走り出す。
 まさか突っ込むつもりか?――手すりに気づいていたルイズは、慌ててハクレイに話しかける。
「ちょ、ちょっと!手すりがあるんだけど、あれどうするのよ!?」
「問題ないわ。むしろ丁度いい踏み台になってくれるわ」
 ルイズの言葉に集中しているハクレイは淡々とした様子でそう返しながらも、足の速度を一切緩めない。
 ブーツの底が地面を蹴る度にレンガ造り地面に罅が入り、そこから飛び散った無数の破片が宙へと舞っては落ちていく。
 一歩目、二歩目、と勢いよく足を進めていき、そして六歩目――という所で、その場で軽く跳んだ。
 無論、そんな勢いのないジャンプで跳躍するワケではなく、彼女が降り立とうとしている場所は手すりの上。
 このアパルトメントと同じように長い間放置され、錆びだらけになった手すりの上に彼女は着地し――その勢いのまま再び跳んだ。 

「――あっ」
 その瞬間、自らの体に掛ってくる風圧にルイズは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
 重力に思いっきり逆らいながらも、風に纏わりつかれながら上昇していく自らの体。
 彼女は思い出してしまう。幼少時にとんでもない失敗をしてしまった時に、母から躾と称して遥か上空に吹き飛ばされた時の事を。
 今と同じように、あの時も重力に思いっきり中指を立てつつ飛び上がっていく自分の体には、鬱陶しいくらいに風が纏わりついてきた。 
 ちぃねえさまがセットしてくれた髪型も滅茶苦茶に乱れて、着ていたドレスはバタバタとまるで別の生き物のように動いていたのは覚えている。
 その時になって初めて知った事は風の音があんなにもうるさいという事と、自分の体が地上数百メイルの高さまで打ち上げられたという事であった。
 何の道具も無く、ドレス姿で空高く打ち上げられた時に体験した感覚と恐怖を、彼女は思わずゾッとしてしまう。

――――これで失敗したら、アンタに蹴りの一発でもぶちかましてやりたいわ

 リィリアとは違い、跳躍したハクレイの脇に抱えられたルイズは心の中で思わず叫んでしまう。
 霊夢とは違い空を飛べない巫女の脇に抱えられたまま、地上数十メイル以上を跳躍されたら誰もがそう思うに違いない。
 実際の所、ハクレイがビルから跳んだ時間はほんの五秒程度であったがルイズにとっては十秒近い体験であった。
 遥か下に見える地面に吸い込まれそうな錯覚に怯えそうになった彼女が、思わず目を瞑った……その直後。
 地面を蹴って跳び上がったハクレイの足が再び地に着き、靴が地面を擦る音が耳に聞こえてきたのである。
 その地面はレンガ造りとは違う独特な音を出し、靴が擦れる音はさながら鉄板の上にいるかのような金属質的な感じがする。

735ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:33:07 ID:4f02YZK.
 その二つの音が聞こえた後、あれだけ体に纏わりついていた強い風が嘘のように大人しくなっている。
 ……一体どうなったのか?瞑ったばかりの瞼を開き、鳶色の瞳でハクレイの足元を見た彼女は思わず目を丸くしてしまう。
 耳で聞いた音は間違っていなかったのか、ハクレイが着地した場所はルイズが彼女に指定した場所であったからだ。
「……まさか、本当にぶっつけ本番で跳び切ったの?」
「言ったでしょう?問題ないって」
 信じられないと言いたげなルイズの言葉に、ハクレイは額から落ちる冷や汗を流しながら返す。
 冷製な言葉とは裏腹な様子を見せる彼女を見て、帰りは霊夢に頼もうと心に決めたルイズであった。

 結局のところ、二人の少女を抱えたまま跳んだハクレイは無事に倉庫の屋根へと着地する事ができた。
 ルイズは無事にここまで来れたことに関して始祖ブリミルに軽くお礼をしつつ、他の二人へと視線を向ける。
 リィリアは最初から目を瞑っていたお陰か、気づいたら廃墟から倉庫の屋上に来ていた事に多少驚いている様子であった。
 一方でここまで自分たちを連れてきてくれたハクレイは、思った以上に自分自身の技量を読み切れていなかったのだろう、
 はたまた小柄と言えども人二人を抱えて跳べた事に自ら驚いているのか、倉庫の屋上から先ほどまで廃墟を見つめ続けている。
 ルイズ自身彼女に何か一言軽い文句を言っておやろうかと考えはしたが、やめた。
 それよりも今はするべき事があると思い出して、自分たちが今いる場所の状況を確認する。

 倉庫の天井は光を入れる為の天窓が六つ作られており、季節の関係上六つとも開かれている。
 これなら侵入は容易だろうが、うっかり窓から身を乗り出して覗こうものならすぐに気づかれてしまうに違いない。
 何せ開いた天窓から光と大して涼しくもない風を取り入れているのだ、そんな所に身を乗り出せばすぐに影が地面に写ってしまう。
 それを見られて誰かが屋上にいるとバレれば、絶対に厄介な事になってしまう。
 それだけは避けたいルイズであったが、かといって中の様子を確かめずにぶっつけ本番で入るのは躊躇ってしまう。
 リィリアの話からして、相手は複数人の可能性が高い。そんな所へ不用心に入るのは如何に魔法が仕えるとしても遠慮したい。
 そういう時は側面の窓から確認すればいいだけなのだろうが、生憎そう簡単に覗ける程ここの倉庫は低くは無い。
「こういう時にレイムがいてくれれば良いんだけど……アイツ、どこに行ったのかしら?」
「あら?こいつは奇遇ね。私が来たと同時に私の名前が出てくるなんて」
 
 聞きなれた声が背後から聞こえてきたルイズはバッと振り返り、アッと声を上げる。
 案の定そこにいたのは、丁度顔を見えるところまで浮き上がってきた霊夢の姿があった。
「レイム、一体どこで油売ってたのよ?アンタが一番乗りしてたくせに」
「ちょっと色々と、ね?……それで、三人いるところを見るに本当に跳んできたワケね」
 ルイズの質問にそう返しつつ、屋根へと着地した霊夢はハクレイの方へと呆れた言いたげな表情を浮かべながらそんな事を呟く。
 まぁ普通に空を飛べるし、それが当り前な彼女にとって目の前にいる巫女もどきがやった事に対して「良くやるわねぇ……」と言いたい気持ちは分かる。
 というか、ルイズ自身も成功した後で同じような気持ちを抱いていたので、彼女の言いたい事は何となく分かる気がした。
「……まぁ、距離感は何となく分かってたから。難しかったのは二人を抱えた状態でどれくらい力を入れたら良いか……って事くらいかしら?」
 そんな彼女の気持ちを読み取れなかったのか否か、ハクレイは飛び移ってきた廃墟を見ながら言葉を返す。
 半ば皮肉とも取れる自分の言葉に対して真剣に返してきた事に、流石の霊夢も肩を竦める他なかった。
 
 まぁ何はともあれ、無事にたどり着けたという事実は変わらない。
 時間を無駄に掛けたくなかった霊夢は「まぁ今は本題に取り掛かりましょう」と話の路線を元へと戻していく。
 ルイズたちもその言葉に意識を切り替え、なるべく足音を立てないよう彼女の元へと近づいていく。
 まず最初に口を開いたのは、浮上してきた霊夢を真っ先に見つけたルイズであった。

736ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:35:06 ID:4f02YZK.

「それで、どうするの?倉庫の敷地内に入れたのは良いけど、さすがに一つずつ探していくのには時間が掛かるわ」
「あぁ、その事ね。それならまぁ、うん……大丈夫だと思うわよ」
 ここへ入ってきた薄々感じていた不安を口にした彼女に対して、巫女は何故か自信満々な笑みを浮かべて返す。
 その意味深な笑顔に訝しんだルイズが「どういう事よ?」と首を傾げた所で、霊夢はルイズと他の二人に向けて説明する。
 ここへ一足先に乗り込んだ時に聞いた、この倉庫の中から出てきた男たちの会話の内容を。

 霊夢から説明を聞き終えたところで、リィリアは喜びを堪えるかのような表情を浮かべて口を開く。
「それじゃあ、お兄ちゃんはここに……!」
「多分、ね。まぁこんだけ大きいなら子供の一人や二人どこかに隠しながら監禁する何て容易いだろうしね」
「成程。……けれど、盗人の子供……は分かるとして、裏切り者って誰の事かしら?」
 少女の言葉に霊夢はそう返すと、今度は説明を聞いていたハクレイが質問を飛ばしてくる。
 それはルイズも同じであった、もしも彼女が質問をしていなければ代わりに彼女が口を開いていたであろうくらいに。
 その質問を聞いた霊夢は珍しく言葉を選ぶかのような様子を見せた後、面倒くさそうな表情を浮かべてこう言った。
「あぁ〜……それね?それについては、まぁ……私の代わりに答えてくれるヤツがいるからソイツに聞いて頂戴」 
「「代わり?」」
 思わぬ巫女の言葉に、珍しくもルイズとハクレイの二人が同じ言葉を口にした瞬間、
 黒い鋼鉄製の爪が霊夢の背後、柵の一つもない倉庫の屋根の縁を掴んだのである。

 まるで猛禽類のそれを思わせるような鉄の鉤爪の下には、ロープが結ばれているのだろう、
 何者かがロープ一本を頼りに上ってくるであろうと、直接下の様子を見なくても分かる事ができた。
 突然の事にルイズは目を丸くし、ハクレイは怪訝な表情を浮かべつつもリィリアを自身の後ろへと隠す。
 対して霊夢は軽いため息をつきつつ、極めて面倒くさい事になったと言いたげな表情を浮かべていた。
 そして屋根へと上ってくる者に対してか、「ややこしい事になったわよねぇ」と一人呟き始める。
「全く、せめて来るならもう少し時間をずらして来てくれなかったものかしら?」
「……それは、お互い様だと言っておこうか」
 嫌味たっぷりな彼女の言葉に対して、上ってくる者は鋭い声色で返した時にルイズはハッとした表情を浮かべた。
 ルイズもまた霊夢と同じく聞き覚えがあったのである。まるで研ぎ澄まされた剣先の様に鋭い、彼女の声を。

 それに気づいたと同時に上ってくる者はその右手で屋根の縁を掴み、そして姿を現した。
 最初は顔、次いで片腕の勢いだけで上半身を出した所でルイズはアッと大声を上げそうになってしまう。
 それは不味いと咄嗟に思い自らの口を両手で塞ぎながらも、目の前に現れた人物の姿を信じられないと言いたげな目つきで見つめる。
 ハクレイは何処かで見た覚えのある顔に目を細める中、背後にいるリィリアはその人物の外見を一瞥して身を竦ませた。
 今のリィリアにとって急に姿を現した者は、文字通り天敵と言っても差し支えない者たちと同じ姿をしていたのだから。
 三人がそれぞれの反応を見せる中で、素早く屋根に辿り着いた相手に霊夢は肩を竦めながらも言葉を投げかける。
「ホラ見なさい、予期せぬアンタの登場でみんな驚いてるわよ」
「……だから、驚きたいのは私も同じなんだがな?」
 自分たちの事を棚に上げる霊夢に対してその人物――アニエスもまた肩を竦めながら言い返した。

737ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:37:06 ID:4f02YZK.
――ちょっと待ちなさい、これは一体どういう事なのよ……ッ!?
 両手で口を塞いだまま唖然としているルイズは、心の中で叫びながらも霊夢と対面するアニエスを凝視する。
 確か彼女は王都の警邏を任されている衛士隊の一員で、これまでにも何回か顔を合わせた事があった。
 衛士隊、といっても貴族で構成されている魔法衛士隊とは違い基本平民のみで構成されている警邏衛士隊。
 平民とはいっても一応警察組織としての権限は一通り持っており、王都にいる犯罪者達にとっては厄介な存在である。
 基本的な戦闘術と体力を厳しい訓練で体得し、馬車専用道路の交通整理から犯罪捜査までこなす法の番人たち。
 その衛士隊の一員であり、前歴から「ラ・ミラン(粉挽き女)」と呼ばれ街のゴロツキ達に恐れられているのが目の前にいるアニエスである。
 では、なぜそのアニエスが自分たちの目の前――しかも倉庫の屋根の上で出会ってしまうのであろうか?

 これが街の通りとか街角にある店の中で出会ったというのならまだ偶然と片付けられるだろう。
 アニエスにしても何かしら用事――少なくとも自分たちとは関係の無い事――があってそこにいたという事は想像できる。
 もしかしたら一言二言言葉を掛けられるだろうが精々あいさつ程度だけ済ませて、その場を後にしていたに違いない。
 しかし、こんな明らかに雑用があって来たワケではない場所で対面したという事は――彼女もまた用事があって来たのだろう。
 少なくとも、買い物とか街の警邏とは絶対にワケが違う事をしでかしに。そしてそれは、自分たちもまた同じである。
 ここまで思考した所でようやく落ち着いたのか、両手を下ろしたルイズは軽く深呼吸した後アニエスへと話しかけた。
「な、なな……何でアンタがこんな所にいるのよ?」
「……それは私のセリフだが、後から来た私が説明した方が手っ取り早いか」
 ルイズたちより後から来たアニエスもまたルイズたちがここにいるワケを知りたかったものの、
 ここは先に話しておいた方が良いと感じたのか、その場で姿勢を低くするとルイズたちの傍へと寄っていく。 
 霊夢だけは先に事情を知っているのか、デルフと共にその場に残って空を眺めている。

 アニエスが自分たちの傍へと来たところで、ルイズもまたその場で膝立ちになって彼女へと質問を投げかける。
「で、何で衛士のアンタがこんな所にいるのよ?まぁ何かそれなりの用事があるのは分かる気がするわ」
「そっちの目的も後で聞きたいとして……私は、そうだな。仕事の一環とでも言えば良いんだろうか?」
「こんな所に一人仕事に来る衛士なんて見た事無いわ」
 ぶつけられた質問に対するアニエスからの回答に、ルイズはささやかな突っ込みを入れた。
 金で雇われた傭兵たちが警備する倉庫に、たった一人の衛士が何の仕事をしに来たのであろうか。
 何かしらの不正がらみで捜査に来たのなら、捜査令状と仲間たちを連れてくれば今よりもずっと簡単に倉庫の中を覗けるだろう。
 そうでないとしたらそれはやはり、あまり口にはできないような事をしに来たのであろう。
 ――まぁ、それは自分たちも同じことか。ルイズは一人内心で呟く中、アニエスは更に言葉を続けていく。

「まぁそうだろうな。正直、今回は半分衛士としてここに来たワケじゃあないからな」
「半分?それってどういう意味かしら」
 彼女口から突如出てきた意味深な言葉に反応したのは、ルイズと同じく聞いていたハクレイであった。
 以前一回だけ目にしたことのあった女性からの質問に、アニエスは「御覧の通りさ」と両手を横に広げながら言う。
「今日は午後から休みを取っててな、ここに来たのは仕事半分――そしてもう半分は私用なんだ」
「あら?確かに。良く見たら腰に差してるのってただの警棒……というかほぼ木剣ね」

738ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:39:33 ID:4f02YZK.
 そんな事を喋る彼女の姿をよく見てみると、本来持っている筈の物を持っていない事にルイズが気が付いた。
 衛士隊が護身用として腰に差している剣を装備しておらず、その代わり一振りの警棒がそこに収まっている。
 警棒もまた衛士隊の官給品ではあるが、剣と比べて振り回しても安全なのが取り柄の武器だ。
 但しその警棒自体彼女の改造が加えられており、外見だけならば一振りのマチェーテにも見えてしまう。
 自衛用としての武器なら十二分なのだろうが、私用で使うにはやや過剰な武器に違いない。  

 他にも腰元を見てみると、捕縛用の縄もしっかりと持ってきているのが見える。それにここまで上って来るのに使ってきた鉤爪……。
 ゛私用で゛ここに来たというにはあまりにも物騒なアニエスの持ち物と姿を見て、ルイズは「成程、私用ね」と納得したように頷く。
「少なくとも私が考え得る平民ならアンタみたいに衛士の装備を着けたまま、物騒な道具を持ち歩いて――ましてやこんな所へ来ないと思うわ」
「だろうな。私だってブルドンネ街のバザールで買い物する時はもう少しラフな服装でしてるよ。こんな姿じゃあスパイス一袋も買えないからな」
 ルイズの言葉に何故か納得したように頷いた後、小さなため息を一つついてから言葉を続けていく。
 ここからが本題なのだろう。彼女の態度からそれを察知したルイズたちは自然と身構えてしまう。
「まぁそれ程大それた事じゃない。ここには単に、人探しに来ただけさ」
「人探し……ですって?」
 わざわざこんな場所で、どんな人物を探しに来たというのだろうか?
 それを口に出したいルイズの気持ちを読み取ったか否か、アニエスはあぁと頷きながら話を続ける。

「面倒なことに、その探し人はこの倉庫のどこかにいると聞いてな」
「成程。だからそんな物騒な姿でやって来たっていうワケね?剣じゃなくて木剣を携えてきたのは意外な気がするけど」
「あぁ、そいつの言葉次第で殺してしまうかもしれないからな。敢えて剣は置いてきたんだ」
「へぇ〜、そうなん……――はい?」

 アニエスが口にした言葉を耳にして、ルイズは自分の耳がおかしくなったのかと思った。
 それを確かめる為か否か、彼女はアニエスに「今何て?」と言いたげな表情を向ける
「アナタ、ついさっき物騒な事言わなかった?」
「いや、間違ってはいないさ。ここに来るまでの間、剣を取りに戻ろうかと思っていた程には殺意があるんだ」
 ルイズの質問に対し、アニエスは表情一つ変えぬままあっさりと自らの殺意を口にする。
 その告白にルイズは思わず息を呑み、ハクレイは何も言わぬまま鋭い目つきで彼女を睨む。
 ハクレイの後ろにいるリィリアも思わず彼女の体越しに、アニエスの様子を窺っていた。

「言っとくけど、殺すんなら人目につかいな所でやんなさいよね?こっちは子供だって連れてきてるんだし」
「それは分かってるよ。…で、その子供が誰なのかちゃんと教えてくれるんだよな?」
 元々緊迫していた周囲が更なる緊迫に包まれる中、先に話を聞いていた霊夢は空を眺めたまま彼女へと話しかける。
 巫女の言葉に頷いたアニエスはリィリアの方へと視線を向けて、話す側から聞く側へと回った。

739ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:42:20 ID:4f02YZK.
以上で、今回の投稿は終了です。
今年に入ってからも色々と多忙ですが、それでもまぁ何とか頑張って続けていきます。
それでは今回はこれにて、できれば三月末にお会いしましょう。それでは!ノシ

740暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 12:59:44 ID:nZG4rBBE
お久しぶりです。
投稿は今もこちらの避難所で問題ないでしょうか?
よろしければ13時15分から投稿させていただきます。

741暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:16:20 ID:nZG4rBBE
ぶしゅっ――!

「……えっ」

岬のニューカッスル城を照らす月夜が、曇天で覆われてまもなく。
今しがた、レコン・キスタ軍を漏らさず監視していた、見晴らし塔のそのメイジは、自分の背後から不意に聞こえた噴水のような音を妙に思い、振り返ろうとしてその場に崩れた。
首をかしげたまま、目を見開いた死体がそこに転がる。
二つも数えぬうちにその首筋から鮮血がしたたり、侵食するように石畳にしみを作る。
その光景を、目下足元にあるその出来事を、その男はにごり切った眼でぼうっと見つめていた。
「……ああ」
間を置かずに、かすれ声の気のないため息がそこに吐き出される。
感嘆とも落胆ともつかぬ、それは何に対してのものか。
実のところ、発した本人にもわかりかねるものであった。
手にした細長い得物からぴちゃりと液がしたたるが、ひゅん、と得物が振るわれ血糊がそこらに払われる。
切っ先が鈍色の刃の輝きを表すと、男は迷いなくあゆみ出た。
塔の縁に足をかけ、辺りに目をこらす。そして、周囲よりもひとしきり高く、いかにも厳重な一区画の建物に目を付ける。
王族の住まう居館だ。
そこに灯りがともったままであることを見るや否や。
「あそこか」
たった一言そう呟き、男は塔から身を投げた。
否、跳んだのだ。
ニューカッスルの数々そびえる塔より、何メイルも高い見晴らし台である。
人が落ちれば、いかなことがあっても助からないことが容易に想像できる、そんな高さだ。
小さな影がかもめのように急降下する。彼の目前にぐんぐんと、地面の石畳が迫る。
だがその激突寸前、男は頭上に腕をかかげ、懐に構えた細長い得物を、器用にも片手で旋回させる。
見る者が見れば、それは曲芸師のバトン回しのように思えただろうか。
その竹とんぼのようなその旋回が、彼の落下の速度を急激に緩めさせた。
とん、と軽い足音がニューカッスルの中庭に着地する。
降り立った彼の目前には、無防備にも開け放たれた扉が、ぽかりと口を開くようにあった。
「王党派の居城、こうも容易いとは。いや、それとも私がこの地において異質なのか……」
ぼそぼそと生気のない声が漏れる。
「私は、一体……」
そこまで喋ると、男は目をつむり押し黙る。
が即座に見開き、男は目前の戸の中へと消えていった。
まるで、初めからそこに何もいなかったかのように、静寂だけがその場に残されていた。


暗の使い魔 第二十三話『羽虫』

742暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:17:38 ID:nZG4rBBE
「ぐっ……が!!畜生、め……!」 
「くくっ、どうした?先ほどの威勢は」
身を焼く痛みにうめく官兵衛。
「相棒!相棒!」
やや離れたところに転がったデルフリンガーが叫ぶ。だが叫んだところで何も変わらない。
魔力により鋭利な刃と化した軍杖で、背後から貫き押さえながら襲撃者は笑みを浮かべていた。
「力が自慢か?だがそんなものは、ハルケギニアで暗躍する我らには無力」
さらにはこの状況ではな、と男は付け足す。
官兵衛は今、壁へ抑え込まれながら『ライトニング』の連撃を打ち込まれていた。
身を焼く電流は、深々と胴体に突き立てられた杖から放たれ、体中を駆け巡る。
本来常人であれば、とっくに絶命していてもおかしくはない。
にもかかわらず官兵衛がいまだ意識を保つのは、武士としての意地と、常人離れした体力によるものであろう。
「……いい気に、なりやがって!……がっ!」
官兵衛は必死で背後の男を押しのけようとあがく。
「てめぇきたねえぞ!うしろから刺しやがって!相棒を放しやがれ!」
たえず響くデルフリンガーの怒声。
しかし、主から離れた無力な一振りに興味はないと、男は詠唱を繰り返す。
男は杖を傷口よりねじ込む。
ぎりぎりぎり――と。
傷を抉られる痛みに、さすがの官兵衛も苦悶する。そして。
「---------」
詠唱とともに、杖がまばゆく発光し、空気とともに爆裂する。
ばちんばちんばちん!と、乾いた爆竹のような音が鳴り響き、いかづちが放たれる。
「がああああっ――!」
「相棒!!」
芯を焼く電熱にたまらず官兵衛は声を上げた。
廊下がときたま弾ける電光に照らされる。
「いい加減にしろこの野郎!悪趣味な真似しやがって!」
あまりに一方的な状況にとうとうデルフの刀身が震え出した。
ガチガチとけたたましく金属音が鳴り響く。
しかし、このニューカッスルの一角は、戦時中はまず使われない客室の区画。
加えて今この場はおそらく、男の策略にて一切の音を遮られた魔法がかけられている。
その場所でどれほど騒ぎが起きようとすぐさま駆け付けるものはいない。
つまりはこの場に官兵衛を助けるものは現れない。
この襲撃者は、それを十分に分かった上で、冷酷に、残虐に、彼のことを弄んでいるのだ。
仮面の男、ジャンジャック・フランシス・ド・ワルドは。

743暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:18:59 ID:nZG4rBBE
「難儀だな。殺しても死なん虫けらのような貴様らだが、こうなれば楽に死ねた方がどれほどよかったことか」
はたから見れば、なんとも凄惨ななぶり殺しである。
「……っはあ。ワ、ルド」
もはや官兵衛は腕すら上がらない。うなだれるように壁際で息を吐くのみ。
「……一応死ぬ前に聞いておいてやろうか。いつから俺の正体に気づいていた」
息も絶え絶え、その上で自分の名を言う官兵衛。ワルドは静かに問いかける。
「宿屋での襲撃も予想済みか?あの時は見事に分断を邪魔されたぞ、忌々しい」
やや怒気をはらんで言い放つ。ワルドからしてみれば、あの時が大きな計画の狂いだったのだろう。
官兵衛からの数々の侮辱も含め、かなりの煮え湯を飲まされたはずだ。
ワルドのその言葉を聞き、今度は官兵衛がうすら笑うよう口を開く。
「……はっ。あんときは、お前さんのお粗末な指揮に、うんざりしただけ、だっ」
消耗した様子だが、官兵衛は強く強く言葉をひねり出す。
それに思わずワルドが蹴りこむ。ドスン!と官兵衛の巨体に響くが、意にも介さず官兵衛は続ける。
「それに、いつからだと?最初っからだよ……」
「なんだとっ……!」
ワルドは歯ぎしるように凄む。
「最初っから、気に入らなかったからな。調子づいた隊長野郎がな。
そいで仕草から表情、何まで見てりゃあ、な……」
くくく、と今度は官兵衛が笑ってみせる。
「おまけに、襲われた初っ端からご丁寧に、敵さんの仮面の色まで教えてくれたからな」
その言葉にワルドははっとした。あの、ラ・ロシェールの入り口で、ワルドが言い放った言葉を。

――ひとまずその『白い』仮面の男とやらが気になるが、先を急ごう
今日はラ・ロシェールに一泊して明日の朝にアルビオンへ渡る――

馬鹿な、とワルドは顔色を変えた。
刺客のメイジが仮面の男だという話は、襲撃者の賊から聞き出した話だ。だが実は、あの時点でその仮面の色までは知らされていない。
白い仮面という言葉を、最初に発したのは、実はあのときのワルドだったのだ。
彼は敵しか知りえぬ情報を、冷静さを欠いてもらしたのだ。
「…………おのれ」
わなわなと、自分のささいな、しかし重大な過ちに怒り震える。
そして目の前で得意げにほくそ笑む、使い魔の男へも。
その感情が伝わるように、官兵衛に突き刺した杖が青白く光を帯びていく。ワルドの魔法力が杖に伝わり、再び、鋭利な一本の刃と化す。
『ブレイド』
魔力をまとわせ杖を一本の刃へと変化させる、近接戦闘用の魔法である。
「おのれ貴様!」
激昂し叫ぶ。
これ以上の戯れは無用。
一瞬杖を引き抜き、今度は狙いを心臓へさだめる。
あれほど呪文を、しかも全身に電撃を喰らわせもはや身動きできないはず。
即刻殺してやる。
そう思いほんの少しだけ、官兵衛を抑え込む力をワルドは緩めたのだ。
その隙を、消耗のフリをしていた官兵衛が見逃す筈もなかった。

744暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:20:09 ID:nZG4rBBE
ズン!

壁を虚しく杖が突き破る。
まるで、漁師のかいなから魚が抜け出るかの如く。そこに官兵衛はいなかった。
巨体に似合わぬすばしっこい動きで、官兵衛はわきを抜けて回り込む。
それにワルドは急ぎ振り返るがもう遅い。
ぬっ、と丸太のごとき剛腕が、頭をくぐらせワルドの頭上から降りてきた。
「そら捕まえたぞ!」
「くっ!?」
先程と一転、今度はワルドの背後から官兵衛の声がする。
見ればずっぽりと、ワルドの上体は官兵衛の二の腕で締め付けられている。
「相棒!まだ動けんのか!?」
「はっ!この、程度っ!なんとも、ないねぇ!!」
驚くデルフをしり目に官兵衛は言い放つ。
「なっ!?」
ワルドは驚愕した。そして今の状況をみやり、一筋の汗を流す。
自分が杖を構えていた両腕は拘束され、全く身動きは取れない。そして。
「喰らえよ!」
間を置かず、メキメキメキと、官兵衛の剛腕が、ワルドの腕ごとあばらを締めあげた。
「ぅぐあ……ぅ」
ワルドは短くうめいたが声が続かない。
強力な締め技によって、雑巾のように肺の空気がしぼりだされるのだ。
「どうした?魔法が自慢だろう!使ってみろ!」
いきり立つ様子で官兵衛は言う。そのまま粉々にしてやろうとばかりに強力に力を籠める。
さすがの一流の風の使い手もこれには手も足もでなかった。
ルーンを唱えようにも一節も言葉を発せない。発せるのはせいぜいかすかなうめき声程度。
「――――め……」
そのうめき声が、ワルドの喉からかすかに出かかっている。必死に何かしゃべろうとしているようでもあり、官兵衛もそれに対して言う。
「あん?どうした?辞世の句くらいは読ませてやるよ!」
ワルドの必死なさまは命乞いのようにも見えたのだろう。官兵衛は勝ち誇ったような笑みを浮かべて言い放つ。
だが、官兵衛は気づいていなかった。否、忘れていたのだ。
先程なぜ、彼が闇の中で背後をつかれたのか。闇の中で、一度は完全に気配をとらえた相手を、なぜ一瞬にして見失ったのか。
その最も重大な謎を。
「――ま……けめ……!」

745暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:21:32 ID:nZG4rBBE
「……なんだと?」
その瞬間だった。
またしても官兵衛の背後から、別の声がささやいた。
「間抜けめ」
同時に官兵衛の拘束していたワルドの姿が霞のように消え去る。
「んなっ!」
マズイしまった。
はっとして振り返るが遅い。全身がひしゃげるような、風の大槌が、官兵衛を殴打する。
うかつに振り返ったため、牛に激突されたような衝撃をもろに顔面にくらい、のけぞった。
「ぶあっ!!?」
鼻血を噴出しながら宙をまう。
「ははははっ!」
そしてかすむ視界に、真っすぐ杖を向けた無傷のワルドが笑っているのが見えた。
ワルドは再び詠唱を完成させると、エアハンマーを連発する。
どごん、どごん、と間をおかず、次々激突する風の槌。
その連撃が、彼を廊下に開け放たれた窓へと追いやる。
(――!いやいや、まずいぞ、不味過ぎる!)
だが頭で理解できてもどうしようもできない。激しい風圧に木の葉のように弄ばれるのを感じながら、官兵衛は思った。
そして――

がしゃあん!

窓ガラスを突き破って彼は放り出された。
「……!じょ、冗談じゃ……!」
吹き飛び、のけぞった体制のまま、下に広がる闇を目にして青ざめる。
そこは何とも運悪く、大陸端に作られたニューカッスル城のさらに端。
わずかにある、崖に面した区画の窓だったのだ。
「冗談じゃないぞ畜生ーーーーっ!!!」
咄嗟に空中で鎖を振り回し、なんでもいいととっかかりを探す。
ぐるんぐるん、と、鎖でも何でもいいからどっかに引っかかれと、あがくに足掻く。そのとき。
「足だ!足の方向に伸ばすんだよ!おれの声の方に蹴りこめ!」
唐突にデルフの甲高い声が届く。
考える時間もない状況での官兵衛の行動は早い。
瞬時に鉄球を引き寄せ、その方向へ蹴り飛ばす。すると鎖を伝わり、鉄球の衝突が腕に伝わる。
「右引け!ヒビがある!」
まってたとばかりに手綱のように鎖を操る官兵衛。
瞬間、がきん、と鈍いひっかき音がして、空中をさまよう体が引っ張られ。
「うおおおっ!」
そのままぶらりと官兵衛のからだは吊るされた。
官兵衛の鉄球の鎖は、何とも運よく、エアハンマーの破壊で生じた壁の亀裂へと引っかかったのである。
「あ、あ!危なかった!」
激しく息をきらしながら官兵衛は足元をみやった。
荒く吹きすさぶ風と、落ちたらアルビオン大陸から真っ逆さまという恐怖が彼を襲う。
一刻も早く上に上がらねば、と足をばたつかせながら鎖を手繰ろうとする官兵衛。
しかし、それは頭上から聞こえてきたワルドの声に遮られた。
「一つ、いいことを教えてやろうガンダールヴ」
「っ!?」

746暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:22:17 ID:nZG4rBBE
釣らされたままの官兵衛は、即座に上を見やった。
みれば酷薄な笑みを浮かべたワルドが彼を見下ろしている。
まずいまずい、と足掻く官兵衛を楽し気に眺めながらワルドは言う。
「この城に潜りこみ事を成そうとするのが、本当に俺だけだと思うのか?」
「何だと?」
官兵衛がそれに返す。ワルドは語調を強めた。
「貴様ら異邦人だがな、それなりに駒としては使える。忌々しいが、な!」
「なっ!なんだと!?」
いきなりワルドの口から飛び出た、異邦人という単語。その言葉に、官兵衛は動揺を隠さず言い放った。
「何のことだ?まさか――」
だが官兵衛が言い終わらぬうちにワルドは詠唱を完成させると、それを目前の官兵衛に放った。

どうん!

『ウィンドブレイク』
風の奔流が再び官兵衛を薙ぎ払う。その衝撃に耐えきれず、彼の鉄球鎖をつなぎとめていた石壁もぼごん!と崩れ去る。
「ああああっ!畜生……ッ!!」
「相棒ーー!」
デルフリンガーの叫び声も遠ざかる。
重力に従い、自分の身体が奈落へと落ちていく感覚を、官兵衛は味わった。
「なぜじゃあああぁぁぁぁぁ……ぁ……!」
アルビオン大陸から真っ逆さまに落ちていく官兵衛の姿を見届けると、ワルドは呟いた。
「落ちていけ。もう二度とここへは戻ってこれん」
いや、この世へか。そう思いながらワルドは歩み出す。
そして、いまだけたたましく音を立てるインテリジェンスソードを目前にすると、それを興味深げに見やった。
「てめぇ。よくも相棒を」
カタカタと柄らしき部分が動いて声がする。
だが怒ってもデルフリンガー自身ではワルドをどうにもできない。
所詮は剣。握るものがなければ意志など無関係であることは、彼自身が一番に解ってるのだ。
「ふむ、インテリジェンスソードなど別段めずらしくはないが」
ワルドはデルフを手に取り、まじまじ見つめる。
錆は浮いてるが剣そのものは上等。強力な固定化とおぼしき魔法もかけられている。
「気安く触るんじゃねえよ」
「まったくよく喋るな。黙っていれば解体して、調べてやっても良かったが」
「へっ!そりゃあお優しいこった!」
二、三言葉を交わすが、ワルドはやがて興味がうせたのかデルフを黙らせる。ちょうど傍に転がっていた鞘に刀身を収めた上で。
「てめ――」
それ以上話すことかなわずデルフは沈黙する。
そしてワルドは、先ほど官兵衛が吹き飛ばされた区画からデルフ外に放り投げた。
「主人に会いに行け。おれはこれから、ルイズを迎えに行こう」

747暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:23:06 ID:nZG4rBBE
さて、やや時間を遡る。
ニューカッスルの客間が並ぶある一角。そこは客人へのもてなしを意識した区画であるゆえに、他とはまた違う作りのやや広めの空間であった。
戦時で装飾は最低限だが、それでも礼節を欠かない程度のもてなしがなされてる。
広々と柔らかい、貴族用の寝具もそのひとつであろう。
ルイズは大使として与えられた客室の、その広いベッドに、崩れるように横たわっていた。
本来なら明日のトリステインへの出航に備えて身支度をして眠るはずだが、彼女はここに来てまんまの学園の服装の姿。
部屋に戻るや否や、着替えもせず、なにもかも投げだしてそこに倒れこんだのだ。
もうどれほど泣きはらしただろうか。もやは涙も枯れ果てたとばかりに、ルイズは生気のない目で虚空を見つめる。
窓から外を眺めても、曇天で月明かりもささない暗がりばかり。
ルイズはどこまでも落ち込み切っていた。
先ほどの官兵衛とのやりとりからいくらほど時間がたっていただろうか。もやのかかったような頭で彼女はぼんやりと思いふける。
思い返せばこの旅の始まりはなんとも唐突であった。
あの夜学院の一室にアンリエッタ姫殿下がやってきた。
そしてそこから、官兵衛もワルドも、あろうことかギーシュまで巻き込んでの一大任務。
旅路はまるで嵐の道中。
キュルケやタバサまでやってきて。
宿や桟橋では襲撃を潜り抜けて。王軍が扮した空賊騒動に、フーケと風変わりなあの荒くれ男。
そして、戦争。
そこまで考えルイズは目をつむった。
眠りたい。それでこのまま朝まで忘れて、船でトリステインへ帰るんだ。
姫様の手紙は手に入れたし、無事に戻って姫様にお渡ししてそれで――
(姫様に、なんて言えばいいの?)
押しつぶされそうな罪悪感が胸に広がる。
ルイズはとても眠りにつける状態ではなかった。
ウェールズ皇太子殿下のことは、いわばアンリエッタと二人の問題。自分が不用意に介入すべきでないことも分かっている。
姫様からの言葉と思いを、文《ふみ》で届けられただけでも十分ではないか。
ルイズはそう考えようとした。
だが、そうやって何度も自分を納得させようとしても、ルイズにはそれが出来ない。
あのとき自分の部屋で手紙をしたためた姫の姿が、そして今日その文を呼んでいたウェールズの表情が、脳裏に浮かぶのだ。
(無理だわ、忘れるなんて。だって私は――)
そう思いむくりと身を起こす。

748暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:24:11 ID:nZG4rBBE
「カンベエ……」
彼は今はどうしているだろうか。
戦争の最中だから部屋に戻れと言っていた。ならば彼も部屋に戻っているのだろうか。
渡すはずだった薬を、思い切り投げつけ、そのまま逃げ去ったことを思い出す。
なぜだろう、この旅に出てからこんなことばかりな気がする。
これまでの出来事をひとつひとつ、ルイズは反芻した。
ラ・ロシェールの宿でのこともそうだ。
ワルドとの結婚について相談するも、結果として彼の言葉に納得できず怒ってしまった。
あの時のことだって未だきちんと向かい合って謝っていない。
さっきだって、彼は間違ったことを言ったわけでも、してもいないのに自分は――。
そう思えば思うほど、胸の奥がしめつけられるような感覚に陥っていく。
わかっている、自分がどれほど身勝手であったか。
どれほど理不尽に、彼に強く当たってきたか。
感情をいたずらにぶつけてきたか。
「感情を――」
そう呟いて、ルイズははっとした。
感情、いや気持ちをぶつける。その様な事がこれまでどれ程あっただろう。
キュルケをはじめ級友に魔法を馬鹿にされ、その度喧嘩になることはいくらでもあった。
単純に怒りをあらわにすることは日常茶飯事。
だが、ここまで激しい感情を、家族でなく他人に露にする事があったであろうか。
思いをそのままぶつけるような、そんな出来事が。
「……どうして?」
知らずのうちにつぶやく。
胸の内の締め付けるような悲しみが、なにか別のものに変わりつつあるのを彼女は感じていた。
揺さぶられるような、落ち着きのない、しかしどこか心地の良いそれに変わりつつある。
そんな感覚を、ルイズは胸の内に覚えていた。
「……カンベエ」
その時だった。
「えっ!?えっなにこれ!?」

749暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:24:56 ID:nZG4rBBE
突如、ルイズの視界がぼやけて目がかすみだした。
目が、いや片方の眼だけが唐突に何かの像を結んで映し出す。
今ルイズがいる自室とは明らかに違う光景が、その片側だけに映されている。
「……これって」
彼女は知っている。
使い魔とメイジは一心同体。ならばその基本的能力について、勉強家の彼女が知らぬはずもない。
本来、メイジと使い魔が共有できるその光景を。
そこは暗い暗い長廊下。うっすらとした燭台が壁にともり、いくつもの扉が連なる。
ついさっき自分が官兵衛といた、あの場所だ。
ということはこの光景は間違いない。
「これって、カンベエの視界?でもどうして……」
これまで全く起こらなかった使い魔との感覚の共有。
それがなぜ今、唐突に可能になったのか。なぜ急に、このタイミングでそれが現れるのか。
そうこうしてるうちに、官兵衛の視界が突然、黒一色の闇に染まる。
「えっ!?」
ルイズも驚き声をあげる。
視覚共有が切れたのだろうか。だが、片目の視界はくらいままだ。
つまり官兵衛は今、この暗がりの中にいるということだろうか。
そこまで考えルイズは気づいた。
何故か暗闇に包まれた官兵衛。そして急に使い魔の視覚共有ができるようになった理由。
(まさかカンベエ……)
ルイズは飛び起きると、傍らにある自分の杖と、懐のウェールズの手紙を確認する。
最低限の物を確認して外へと飛び出そうとする、とその時だった。

どんどんどん!

ビクリとして歩みを止めるルイズ。
彼女がまさに今出ようと、ドアノブに手をかけた矢先のこと。
突如として、目前の扉が、何者かによって激しくノックされ始めたのだ。
不意なことの驚きと、尋常でない様子を感じ取り、ルイズは無意識に杖に手をかけながら言った。
「だ、誰!」
なるべく取り乱さぬよう、大きめの声で叫ぶ。扉から距離をとり、震える手で杖をむける。
「誰なの!」
より語調を強め、ルイズは声を張る。
片目の視界はまだ暗いままだ。その状況がより一層彼女の不安をかきたてる。
このままでは――
だが次の瞬間。
「僕だ!ヴァリエール嬢!」
「え?」
その声に、彼女は首を傾げた。
扉の向こうから聞こえてきた声は、何とも意外な人物のものであった。

750暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:25:27 ID:nZG4rBBE
「何者だ貴様。そこで止まれっ」
王軍のメイジが声を張り上げる。
王軍本拠の居館に続く通路。そこに佇む見慣れぬ甲冑を着た人間。
突然の侵入者に、その場を哨戒をしていたメイジはおののいた。
(――間違いない、レコンキスタの尖兵。
だが、まさかこのタイミングで、どうやってこの堅牢な城に?
どこかに内通者が――)
そう様々思考をめぐらせながら、彼は目前の不審者に杖をむける。
油断なく構えながら、アルビオンの風の使い手である彼は、薄暗闇で相手の動きを読むべく風を探る。
やや細身の男で、たたずまいからして年若い男に思える。
鎧の作りはハルケギニアのそれとは違う。
玉虫色に煌めくそれは、どちらかというと東方の宝鎧で見たそれに近い。
なにより手にした長物は、両端に刃の付いた薙刀のような得物。
少なくとも我が王軍に与する人間ではあるまい。
「動くな。この距離では私の風が貴様を薙ぎ払うのが先だ」
静かにさとすように言う。
だが、侵入者は黙して一切をかたらず、棒立ちのままこちらを見据える。
「平民か。貴様のみでどうやってここへ侵入できる?手引きをしたものがいるはずだ」
彼が続けて言うも、やはり答えず。
そして侵入者はこれ以上は無駄、とばかりに得物を構える。
それを見るや否や、メイジの杖先から殺傷力十分の風圧が弾けた。
どうん!と大砲のような空気の膨張音が響きわたり、壁を震わす。
膨れた魔力が逃げ場なくそこに吹き荒れる。
生身の人ならば全身の骨が粉々になるようなその威力。
だが――
「……がっ!」
短い悲鳴が彼の口からもれた。
向けられた杖の切っ先よりも、はるか手前に男の影がある。
のどぼとけを貫く白刃が、瞬時に彼の命を絶ち切っていた。
放たれた魔法は虚しく空をゆらしたのみで、侵入者にはかすりもしていない。
(馬鹿な……速すぎる)
死の瞬間、彼は短くそう思考し意識を手放した。
付きたてられた刃が、勢いよく引き抜かれ、支えを失った死体がどうと倒れ伏す。
「今の魔法で城の者は感づいたはずだ。急がねば」
ふたたび、か細いこえが呟く。
倒れ伏した男を踏み越え、甲冑の男は駆けていく。
皇太子らの居館はそう遠くなかった。

751暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:26:32 ID:nZG4rBBE
「ルイズ!無事か!?」
居室のドアをノックし、ワルドは勢いよく扉をあけ放つ。そこは、客室の一区画でにある、ルイズとワルドにあてられた部屋である。
大使など特別待遇を要する客人の部屋であるからして、他のどの客間よりも広々としている。
四、五人はゆうに入るような、豪奢な部屋である。
「ルイズ!僕だ!いるんだろう!?」
愛しい婚約者の無事を願うかのように、大声でワルドは叫ぶ。
しかし、一向に何の返答もない状況に、ワルドは違和感を覚えた。
「ルイズ?……いや」
実に妙であった。
深夜であるがゆえ、彼女もすでに眠っていてもおかしくはない。
部屋の明かりがすっかり落ちているのも、そのせいだと思っていた。
だが違う。
ワルドは即座に風の流れを読み、室内のみならず、周囲の気配を探る。
やはり、妙だ。
この部屋どころか、周囲の区画すべてに、誰一人とて気配が無い。
(何故だ?先ほどの状況からして、彼女がこの部屋に戻っていることは明白。
いや、それ以前になぜこれほど人が……?)
客間はまだしも、それ以外の室内に人が居なすぎる。非戦闘員である侍女もいくらか控えている筈だ。
だからこそ、先ほどの襲撃時もサイレントで入念に音を遮断していたのだ。
そこまで考え、ワルドははっとした。
(もしや……)
即座に感覚を巡らせ風を読む。区画よりさらに範囲を広げ、城内を探る。
そしてついに、目的の気配を察知する。
(いたぞ、ここは……礼拝堂か?)
やはりおかしい。こんな夜更けにこんな場所へ居るなど。
即座に身をひるがえし、ワルドは駆ける。
入り組んだ場内を、まるで勝手知るかのように進み、目的の気配へと迫り続ける。
(どういうことだ?ルイズ)
無意識に拳を握りしめ、ワルドは階段を駆け下りる。
やがて角を曲がるとそこに礼拝堂の扉が見えた。中に確かな気配を感じる。
瞬時に気配を消し、扉の付近に身をひそめる。
そっと中をうかがうように戸を開き、中を伺う。
居た。
無数の長椅子が並びぶ礼拝堂の最前列。
最も奥の座席に桃色の頭髪が見える。ルイズだ。

752暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:27:31 ID:nZG4rBBE
微かに笑みを浮かべながら、そっと、音もなく、ワルドは歩み出す。
なぜこの場に彼女がいるかはともかく、これで何も問題はない。
あとは目的を達成し、帰還するだけである。
自分の『本来』の居場所へと。

「やあルイズ、ここにいたのかい?」
その呼びかけに驚いたように振り返る。
「ワルド?」
不安に怯えるような表情のルイズがそこにいた。
始祖への祈りをささげていた真っ最中なのか、彼女はそこに静かに腰かけたままだ。
ワルドの姿を見るや否や彼女は立ち上がる。
ワルドもゆっくり歩み寄る。
「良かった、無事だったんだねルイズ」
「……無事?」
ルイズ不安そうな表情を変えずに言う。
「いや、すっかり夜も遅いのに部屋に君の姿がなかった。
どこにいるのか心配で探していたんだよ」
「……ごめんなさい。私――」
ワルドの言葉に、申し訳なさそうにルイズが俯く。
「いいさ、それより」
ワルドはやや深刻そうな口調になるとルイズに言った。
「ルイズ、ここを出よう」
「え?」
不意なことにルイズが見上げて言う。
「出るって?」
「アルビオンを発つ。今すぐにだ」
ワルドはルイズを見つめながらそう続けた。
急な言葉にルイズは驚き顔で返す。
「待ってワルド、今すぐ発つって、なぜ急に?」
予定では明日の朝に出航する難民船に乗り、トリステインへ帰る予定である。
だが今は夜更け。
船は出るはずもなく、急に出立など無理だ。しかしワルドは。
「ここは危険だ。戦場の真っただ中でいつ襲撃があるかもわからない」
口調を変えず続ける。
「手段なら僕のグリフォンがある。滑空する分には長距離でも飛行は問題ない」
その声にルイズも顔色を変えて言う。
「どういうこと?今、何かここで起きているの?」
ルイズの問いかけに、ワルドは応えない。ただ黙ってルイズの瞳を見つめると。
「たのむよルイズ。一刻を争う」
強い語調でそう言った。

753暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:28:15 ID:nZG4rBBE
今ここにきて、ルイズの不安は大きく膨れ上がっていた。
(なぜ?一刻を争うって。それに……)
「そんな……でも待って、じゃあカンベエを呼びに行かないと!」
彼女もたまらず声を大きくする。
「ワルド!カンベエはどこにいるか知らない?発つならすぐに見つけないと!」
「使い魔君か。生憎どこにいるかはわからない。僕もここに来る前に探したんだが……」
ワルドは困った様にルイズに言う。
広いニューカッスルをこれから探すのには骨が折れる、今すぐ探しに行きたいが、とワルドは続ける。
「大丈夫彼は心配ないよ。すぐに見つけて合流させる、君は……」
だが、その瞬間ルイズはワルドの言葉に違和感を覚えた。
官兵衛の居場所を知らない。すぐに見つけてくる、という彼の言葉に。
「待ってワルド。カンベエは、あなたと一緒にいなかったの?」
「……なんだって?」
ふと言葉の続きを止め、ワルドがルイズを見つめる。
「ルイズ、どういうことだい?」
意外そうにワルドが言う。
その時、ルイズがワルドの眼を見た瞬間、彼女は不意にぞくりとした寒気のようなものを感じ取った。
(なに?この、嫌な感じ)
ルイズは小さく身震いした。
まるで、触れてはならぬ部分に自分が触れてしまったような、ある種の感覚。
「……ワルド?」
恐る恐る、ルイズは聞き返す。
だが、ワルドは応えず、視線をそらして顎に手をやり、考えるそぶりをする。
「ふうむ、そうか?」
「えっ?」
短く聞き返すがそれにもワルドは応えない。短く自問自答するようなことを、一人呟く。
だが不意に彼はルイズに向き合うとこう言った。
「ルイズ、使い魔君なら明日出航するイーグル号に乗船するはずだ。トリステインで落ち合う手筈さ」
ワルドはいつもの優しい口調になるとそういった。
「えっ!?」
今度はルイズが驚きの声をあげる。
「実は、先に発てというのは彼の提案さ。任務を預かるぼくらだけ可能な限り先に発て。自分は後から追いかける、とね」
先程とは打って変わって話し出すワルド。唐突な内容にルイズは耳を疑った。
「すまない、彼には伝えるなと言われてたんだが、こうなってはもう仕方がない」
ワルドは手を広げて言う。
「おそらく彼には何か考えがあるんだろう。いこうルイズ」
ルイズに手を差し伸べる、しかし。
「……だめよ」
その言葉にワルドの眼がピクリと動いた。

754暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:28:56 ID:nZG4rBBE
「私はカンベエを探すわ。あいつが勝手なことをしないようにしないと!」
ルイズは語調を強めた。
「お願い、カンベエを探させてワルド!」
「だめだルイズ」
ワルドも強い口調で否定する。
「使い魔くんの願いを裏切るわけにはいかない。それに僕の花嫁をこれ以上危険な目にさらされるかい?」
僕の花嫁。その言葉にルイズは嫌な感覚を覚えた。
「……ルイズ?」
間をおかれ、ワルドは不安げに彼女を呼ぶ。
ルイズは答えず、彼を見る。
なぜだろう、なぜ彼はこうも執拗に――
「……ワルド」
言わなければ、ルイズはそう思った。ここは礼拝堂。本来なら永遠の愛を誓うはずのこの場所で、これを伝えるのはなんとも皮肉めいてる。
それでも彼女は意を決して口を開く。
「私、あなたと結婚することはできないわ」
「……なんだって?」
表情が固まり、ワルドはその一言だけを発した。
やや数秒か数十秒。
両者の間に沈黙がはしる。
「私、あなたとは結婚できないの」
繰り返される言葉をようやく理解したのか、ワルドの瞳が大きく見開かれる。
おそるおそる胸の前で手を組むルイズ。
そのルイズの手を、ワルドは咄嗟に、乱暴にとるとこう言った。
「嘘だろう?ルイズ。君が僕との結婚を断るなんて」
ルイズはビクリと肩をふるわせる。
「ワルド、ごめんなさい。私憧れていたかもしれない、あなたに。
恋だったかもしれない。それでも、その気持ちは今は変わってるのよ」
ワルドの顔にさっと赤みが走る。しかしそれは見る見るうちに顔をゆがませていく。
「そんなことはない!この旅が終われば僕たちは……!世界を手に入れられるんだ!」
「きゃっ!」
掴まれていたルイズの手が力強く握られる。その痛みに思わず悲鳴をあげる。
「わ、ワルドなにを……世界っていったい何のこと?」
「君にはそれだけの才能があるという話さ!いっただろう、君は歴史に名を残すメイジになるんだと!」
口調が怒鳴り声に変わり、ワルドはぐいとルイズの手を引く。
「い!痛い!やめてワルド!どうしてこんなことを!」
手首をひねられるような痛みが走った。
ワルドは強引にルイズの腕を引くと、すぐさま礼拝堂の出口へと向かおうとする。
「離してっ!!」
悲鳴をあげるが、屈強な男の力には叶わない。あまりの勢いにずるずると引きずられそうになる。その時だった
「ヴァリエール嬢から離れろ!」
突如の怒鳴り声とともに、バンッと勢いよく、礼拝堂の扉が開け放たれた。間を置かず、外から数名の王軍のメイジが現れワルドを取り囲む。
ずいっ、と軍杖が彼に向けられ、メイジらは動くなとばかりに睨みを効かせる。

755暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:30:03 ID:nZG4rBBE
「……ふん!」
一通りその状況を見回すとワルドは不機嫌そうに鼻をならした。
パッと掴んでいた彼女の手を放し、腕を組んであたりをみまわす。
「これはこれは、一体どういうことですかな殿下?」
ワルドは取り囲まれながら、メイジらの背後に控えた彼に向って言い放った。
解放されたルイズは取り囲んだメイジらの脇を抜けて駆け寄る。
そこには、怒気をはらんだ眼差しでワルドを見据える、ウェールズ皇太子がいた。
かれはゆっくり口を開く。
「貴様、レコンキスタだな?」
その言葉にハッとしてルイズは見やる。ワルドはルイズの驚きの視線を気にも留めず悠々と言葉を紡ぐ。
「ふっ、さすがに今のやり取りで気取れぬほど無能ではなかったか。王党派」
あえての組織派閥の名でウェールズを挑発するワルド。それでもウェールズは怒りの表情を変えない。
「私もまさかトリステインからの大使の中に間者が紛れているとは思わなかったさ。彼の機転がなければ、この首を狩られる瞬間まで気づけなかっただろう」
歯を食いしばりながら悔し気に返す。
「彼?ああそうか使い魔か。どこまでも賢しい」
ワルドはややも苦々しい顔をして言う。
この礼拝堂に誘い込まれたのは初めからそういう計画だったということか。
ルイズを部屋から連れ出したのはウェールズだろう。ここであえてやり取りを探ることで化けの皮をはぐことが狙いだったのだ。
すべてはいつの間にか、使い魔の官兵衛が仕組んだ計画だったということか。
そこまで考えると、ワルドは大声で笑い出した。
「フフッ!フハハハハッ どこまでも落ちぶれた連中よ。
まさかトリステインの貴族で、魔法衛士隊隊長であるこの俺を疑うとは!あのみすぼらしい使い魔の男の弁を真に受けるとはな!」
はははは!ともはや人目もはばからず笑い声をあげてみせるワルド。自分らに向けられた嘲笑に、ウェールズは静かに返す。
「もちろん最初から貴公を疑っていたわけではないさ。いまこの場に現れた、間者の正体は私も予想外だった」
「なに?」
その言葉にワルドははっとしてウェールズを見やる
「彼の酒の席での言葉はこうさ。」
ウェールズが静かに語る。
「攻撃開始時刻をまたず今夜中に襲撃がある可能性がある。おそらくどこかに間者が潜んでいる。
貴君が信頼できるものとともに、秘密裏に客室からルイズを連れ出してほしい。
場所と頃合いは小生にもワルド子爵にも伝えるな。
移動先のルイズのもとに、まっさきに現れた奴が間者だ。
城から連れ出そうとしたら捕縛してくれ。たとえそれが小生であっても」
ワルドの表情がみるみる怒りでゆがむ。
「彼の忠告を参考にはしたが、レコンキスタの一員であることを我々に確信させたのは君自身さ」

756暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:31:00 ID:nZG4rBBE
「黙れ貴様!」
ワルドが怒号を発する。
わなわなと震える手で杖を抜き、ウェールズに向ける。
咄嗟にメイジらが魔法の詠唱を完成させワルドに向ける。
「動くな、少しでも魔法を使うそぶりをみせたら、我々の風が貴公を切り刻む」
取り囲んだメイジが言う。ウェールズも落ち着いてワルドをなだめる。
「諦めたまえ。幾ら君がスクウェアの手練れだとしてもこの状況ではどうにもなるまい。おとなしく捕縛されよ」
それを聞き、ワルドはフゥーッと強く息を吐いて俯く。向けていた軍杖を懐にしまい込む。
「……やれやれ」
その様子を見るや否や、メイジらが駆け寄りワルドを縛り上げる。
「丁重に扱いたまえ。これでも貴族だ」
「どうかな?貴公はひとまずこのままトリステインへと送り返させてもらう。
爵位のはく奪で済めばいいがね」
それを聞くとワルドは不機嫌に鼻を鳴らした。
一部始終の捕り物劇。それを唖然として見ていたルイズは、やがて力なくワルドの名を呼ぶ。
「ワルド……?一体どうして、何でレコンキスタに」
「ヴァリエール嬢……」
ルイズの問いかけに一瞥もしないワルド。それを見かねてウェールズは彼女に優しく言う。
「ひとまずカンベエ殿を探そう。見つけ次第すぐにイーグル号へ乗りトリステインへ帰還されよ」
「イーグル号へ?」
ルイズが聞き返す。
「そうだ、もうすでに非戦闘員の乗船と出港準備は進んでいる。君たちが一刻も早く逃げられるように――」
「ハハハハッ!」
その時突如、ワルドが声を上げて笑い出した。
その場にいた誰もが驚いてそちらを見る。
「何だ貴様!何を笑っている!」
捕縛してたメイジがうろたえつつも怒鳴りつける。
「これが笑わずにいられようか!フフフ所詮は敗者どもの集まりよ王党派」
「どういう意味だ!」
ウェールズも声を荒げる。その瞬間だった。
突如、ワルドを中心に空気が破裂した。
ごおう!と風のうねりが生じ、周囲の彼らを放射状に吹き飛ばす。
長椅子がけたたましい音を立てて宙を舞い、屋内の風圧に耐えきれず砕けたステンドグラスが辺りに降り注いだ。
「きゃあっ!!」
「危ない!」
幸いにもルイズ、ウェールズは風圧の発生個所から距離があった。攻撃の被害に直接あわなかったのは幸いだったが、それでも居場所が悪かった。
咄嗟にウェールズが、降り注ぐガラスからルイズをかばう。
鋭利な破片が、彼の背中や肩を容赦なく裂く。
「殿下!」
「じっとしてるんだ!」
ルイズは叫ぶが、対して普段の穏やかな声色とは打って変わった怒声が発せられる。
首筋を丸めて頭部をかばう。小柄なルイズを包むように抱きかかえながら、ウェールズは奥歯を噛みしめた。
ひときわ大きいグラス片がザクリと肩を貫く。
「うあああッ!!」
たまらず叫ぶと、それを聞きつけたメイジが血相を変えて怒号を飛ばす。
「守れ!殿下を守れ!!」
「何をしているか!!」
身をかばうことができた数人のメイジらは、散り散りになりつつも態勢を立て直す。
一同、今の魔法は一体どこから、と発生源を探る。
すると。

757暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:32:06 ID:nZG4rBBE
「ようやく、見つけた」
その場の混乱に沿わぬ、恐ろしく抑揚のない声が場に届いた。
ウェールズは痛みをこらえて、そちらに顔をあげる。
立ち上がったメイジらは、今しがた取り押さえたワルドの姿が消え去っていることにも気づいた。
だがそれよりも、彼らは別の者に注視した。そのあまりに静かな声色の主。
礼拝堂の扉の向こうに現れた、細身の甲冑の男に。
「居館に忍び込んだものの、幽鬼のようにひとけが失せていた。
居所を掴むのに、手間取った……」
カツン、と甲冑の足音がこちらに向かってくる。カチリ、と聞きなれない金属音とともに。
未だ地に身を伏せたままのルイズ。
その耳には、やけによく響いて聞こえる音であった。

「――!――!」
聞き取れないほどの怒声、ついで魔法の詠唱が聞こえてくる。
逆巻く風の轟音。
大聖堂の石床を蹴る、無数の靴音。
ブレイドによる剣戟だろうか。金属音、そして。
「がっ……!」
「うアッ!」
絞り出すようなうめき声。ドサリ、と床を伝わる重々しい衝撃。
「……おのれッ!」
続けざまに誰かが発した、わななくような震えた言葉。

「……なにが起こったの?」
目まぐるしく変わる状況に、精いっぱいの言葉を紡ぎ、ルイズは身を起こした。
地面にへたり込んだままの自分を、未だかばうウェールズ。
「……っ!無事かね?」
「ウェールズ殿下!傷が……」
見れば彼の肩口は、滲んだ血が黒くシミを作っている。無数のガラスをその身に受けたのだ。
素人目にみても、尋常な負傷ではない。
そんな惨たらしい背をルイズに見せないよう、彼女に向き合いつつも、彼は横目でその光景を見ていた。

その甲冑の男は、風の猛攻を身をよじりかわし、術者の喉元を一閃。
別の近衛はブレイドで応じるも、薙刀のような得物で杖を巻き上げられ、肩口から脇腹にかけてをナナメに裂かれる。
瞬く間に二名の部下が絶命した。
そして、それを見ていた次のメイジは、おののきつつも奮戦。
杖で相手の刃をいなしつつ距離を取り、詠唱を完成させる。
男の周囲に空気の槍が顕現し、前方を幕のように覆った。
「風の術……鎌鼬かなにかだろうか」
だが、甲冑の男は臆する様子もなく、何事かを呟きながら、武器を目前にかざす。
水平に構えたそれに、もう一方の手を静かに添える。
右へ、左へ、ゆったり八の字を描くような薙刀のよじり。
加えて指先でひゅるん、ひゅるん、と器用に大ぶりの薙刀を旋回させてみせる。
道化師のステッキ回しか、劇団員の槍の演武か、まるで芝居がかったそれのよう。

758暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:33:39 ID:nZG4rBBE
ルイズはいつしかトリスタニアの街中で、長い棒の両端に炎を灯した、東方風の大道芸人を見たことがある。
輪を描くような、見る目を奪う炎の舞。
彼女の目には、そんな似ても似つかぬ光景が重なって見えた。

甲冑の男の目前、身の丈ほどの距離に魔法が迫る。
男は身をかばうそぶりも見せない。
馬鹿な、と相対するメイジは思った。
その場の誰しもが、襲撃者の絶命を予想した。
だが、熟練の風の使い手ならば読み取っていたかもしれない。
徐々に、徐々に速度を増す旋回とともに、男の得物に疾風が巻き起こりつつあることを。

「因果の渦に引き込まれろ……」

ソレは、先ほど生じたものの比ではなかった。


無数に放たれたエアスピアーが、一つ残さず霞のように掻き消える。
にもかかわらず、術者の近衛のメイジは、目の前で生じた『それ』に思わず見惚れた。
なんとも鮮やかな、うす透明の緑色の渦。
万華鏡のように姿を変え続ける、美しき格子状の模様。
それらを内にはらみ、轟轟と広がり続ける真球の塊。
足元に転がる銀の燭台がサイの目状に刻まれるのを見て、彼は悟った。
これが、己の見る最期の光景であることを。


「どいつもこいつも、よってたかって俺の任務を邪魔するか。忌々しい……!」
ごうごうと音を立てる礼拝堂を遠目に見ながら、ワルドは呟いた。
戦闘の形跡を思わせない小奇麗な恰好のままで、杖を手にして佇む。
「何であっても利用してやるつもりだが、あの男はよくよく警戒する必要があるな」
上空に浮かぶレキシントン号を見上げながら歯ぎしりをするワルド。
握る杖にも力が籠る。
「どういうつもりで、あの『羽虫』を忍び込ませたのか。よくよく吐かせてやろうではないか異邦人!」
吐き捨てるようにつぶやくと、ワルドは礼拝堂の扉へとゆっくりと歩み出した。
その口元を薄く歪めるように笑みを浮かべながら。

759暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:36:50 ID:nZG4rBBE
今回の投稿は以上となります。
前回から間が空いたにもほどがありますが、また続きを投稿していければと思います。
それでは。

760名無しさん:2019/11/10(日) 15:24:31 ID:yTp328Bk
半年ぶりに乙
がんばってください

761ウルトラ5番目の使い魔 80話 (1/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:40:20 ID:zasCfbus
皆さん、こんにちは。こちらでは更新が滞っている分の、ウルトラ5番目の使い魔、80話を投稿します。

762ウルトラ5番目の使い魔 80話 (1/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:41:13 ID:zasCfbus
 第80話
 大怪獣頂上決戦
 
 古代怪獣 ゴモラ
 古代怪獣 EXゴモラ 登場!
 
 
「ウワアッ!」
「ヌオォッ!」
 ここはトリステインのさる地方都市。首都トリスタニアからも馬で丸一日かかるほど離れ、特に繁栄も寂れもしていないという穏やかな街である。
 しかし今、街は怪獣の出現により大混乱に包まれ、さらに駆けつけたガイアとアグルの二人のウルトラマンも、予想もしていなかった事態の発生によって大ピンチに追い込まれていた。
「なんて強力な怪獣なんだ。僕たちの攻撃がまるで効かないなんて」
「我夢、気をつけろ。あれはもう自然の怪獣じゃない。全力でいかないと、こっちがやられるぞ」
 ガイアとアグルに強烈な一撃を与え、なお彼らの眼前に立ちはだかる一匹の巨大怪獣。それは、古代怪獣ゴモラに酷似しながらも岩石のように刺々しく強固な体を持ち、白目に狂暴性を満ちさせた巨影。以前、エルフの国ネフテスを滅亡寸前に追い込んだ、あのEXゴモラそのものであった。
 だが、奴は確かに倒されたはずなのに、何故?
 事のおこりは数分前。ガイアとアグルは、この町に出現した変身怪獣ザラガスを食い止めようとし、フラッシュ攻撃に手を焼きながらも二対一で有利に戦いを進めていた。しかし、そこへあのコウモリ姿の宇宙人が突如として現れ、宇宙同化獣ガディバをザラガスに融合させてしまったのだ。
 すでに何度もヤプールが使って見せた通り、ガディバは他の怪獣に乗り移ってその肉体を変異させて、別の怪獣に作り変えてしまう能力を持つ。そして、このガディバにはヤプールがネフテスで使った、あのゴモラの情報が組み込まれていた。
「フフフ、知ってますよ。このガディバから生まれた怪獣が、ウルトラマンたちを追い詰めたことを。だからわざわざこいつを蘇らせたのです。そして私の力を持ってすれば、たとえヤプールほどのマイナスエネルギーが無かったとしても!」
 ザラガスの肉体にゴモラの遺伝子が組み込まれ、更に宇宙人の手が加わったことにより、ザラガスはEXゴモラへと変貌した。しかし、さすがにスペックの完全再現までは無理なようだった。
「ふむ、ヤプールが生み出したときの、ざっと七割、いや八割ほどのパワーですか。まあ仕方ありませんが、これでも十分ですね」

763ウルトラ5番目の使い魔 80話 (2/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:44:01 ID:zasCfbus
 残念そうな口ぶりだったが、実際オリジナルの実力が桁違いなので八割の再現率でも十分すぎるほどだった。
 凶暴な叫び声をあげたEXゴモラの尻尾が伸び、あらゆるものを貫くテールスピアーがガイアを狙い、ウルトラ戦士の光線技の威力を上回るEX超振動波がアグルを襲ってくる。むろん、ガイアも素早く身をひねってテールスピアーをかわし、アグルもウルトラバリアーでEX超振動波をしのぐが、どちらも一発でも食らったら危険な威力を感じ、守勢に回ったら負けると即座に判断した。
「ガイア、反撃だ!」
「よし!」
 攻撃は最大の防御! ガイアとアグルは一気に勝負を決めるべく、その身に赤と青のエネルギーを溜め、必殺の光線と光弾に変えて撃ち放った。
『クァンタムストリーム!』
『リキデイター!』
 どちらも並の怪獣なら粉々にするほどの威力の一撃がEXゴモラに叩き込まれた。しかし、なんということか。クァンタムストリームはEXゴモラの体でホースの水のようにはじかれ、リキデイターはEXゴモラの片手でボールのように受け止められてしまったのだ。
「ヘアッ!?」
「ムウッ」
 ガイアとアグルは愕然とした。バリアや超能力で防ぐならまだしも、単純な肉体の頑丈さだけで二人の同時攻撃をしのぐとは、なんて怪獣だ。さらにエネルギーの消耗により、ガイアとアグルの胸のライフゲージが赤く点灯を始める。
 このままでは、さすがのガイアとアグルでも危なかっただろう。しかし、宇宙人は満足げに頷いただけで、EXゴモラを回収してしまったのだ。
「実戦テストは上々。もう少し眺めていたいところですが、ウルトラマンさんたちには近いうちに別のご用をお願いする予定ですし、このあたりで止めておきますか。戻りなさい」
 彼が手を振ると、EXゴモラは転送されてその場から消滅した。以前、地底に潜らせたブラックキングが改造されてしまったことがあるので、念を入れての処置だった。それと同時に宇宙人もそそくさと消え去り、街は嘘のような平穏を取り戻した。
 ガイアとアグルは焦燥感を募らせていたところに肩透かしを食らい、思わず顔を見合わせた。
「あいつ、いったい何だったんだろう?」
「わからん。だが、どうせろくなことにはならないだろう。奴め、今度はなにを企んでいるのか」

764ウルトラ5番目の使い魔 80話 (3/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:45:07 ID:zasCfbus
 あの宇宙人がよからぬことを企んでも、今の自分たちはあの宇宙人を直接倒すことはできず、送り込んで来る怪獣を倒して被害を最低限に抑えることしかできない。そんなもどかしさに、二人は腹立たしさを感じてならなかった。
 ガイアとアグルは憮然としながらも飛び立ち、後には唖然とした街の人たちのみが残された。
 EXゴモラの攻撃の巻き添えで破壊された店の前で、店主が悔しそうにたたずんでいる。
「あーあ、せっかく新しく建てたってのに、あの怪獣野郎」
 いつの世でも、暴力の犠牲になるのは罪のない一般人だ。彼はEXゴモラの消えた空を恨めしそうに見つめ、やがて、まだ売り物になるものを探すためか、瓦礫をかきわけていった。
 だがやがてそんな光景も時に流されて消えていく。
 
 
 それが数日前の出来事。そして今回の物語は、久しぶりにトリステイン魔法学院のルイズの部屋から始まる。
「むー……」
 この日、ルイズは朝から機嫌が悪かった。
「ルイズー?」
「うるさい」
 才人が話しかけてもろくに返事も返してくれない。もちろん、なんで機嫌が悪いのか聞いても答えてくれないし、身の危険を感じた才人はギーシュのところへ逃げ込んでいた。
「まったくルイズのやつの気まぐれにも困ったもんだぜ。今度はいったいなんだってんだよ」
「サイト、レディにはいろいろあるんだよ。それを察せられないとは、君もまだまだだねえ」
「あっ、ひょっとして”あの日”か?」
「……どうしてそう君は火に油を注ぐようなことを的確に言えるのか感心するよ。今どきルイズが機嫌悪くする理由なんて、君のこと以外にないだろうに」
 とまあ、こんなやり取りがギーシュの部屋であったが、ギーシュの予想通り、ルイズの不機嫌の原因は才人だった。
「うー、あの浮気者。ほんっとに節操ってものがないんだから」
 事の原因は昨日のこと。水精霊騎士隊が学院の女子とイチャイチャしていたところに才人も居合わせた、というのが真相であった。

765ウルトラ5番目の使い魔 80話 (4/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:46:51 ID:zasCfbus
「キャー、ギーシュさま〜。こっち向いてください〜」
「わー、サイトくーん、こっち来て〜」
 この間のエレキング戦とスラン星人との戦いの活躍で、彼らの株価はうなぎのぼりであった。さらに学院で噂に尾ひれがついて広まると、彼らは女子の間で一躍英雄扱いとなっていた。
 ギーシュやギムリは女子にチヤホヤされてもちろんデレデレ。そして、彼らといっしょにいた才人も女子の好奇の的になっていた。
「サイトくーん、君もお話し聞かせて。どうしたら貴族でもないのにそんなにがんばれるのー?」
「いや、貴族だとかそんなの関係なくてさ。そ、それより俺たちはやることがあってだなあ」
 とは言うものの、女子にベタベタされたら自然に鼻の下が伸びてしまうのが男の悲しい性というものであるが、独占欲の強いルイズにはそれが我慢ならなかった。
「ほんとにサイトったら、わたし以外の女にデレデレしちゃって最低。い、いいっしょにお風呂に入ったくせに。は、裸も見たくせに」
 正確には裸と言ってもタオルごしだし、そもそも昔は着替えを手伝わせていたのに何を今さらなことだが、ルイズにとっては重大だった。そこまでしてやったというのに、才人はあっさりと別の女の色香にフラフラしてしまったのである。
 エクスプロージョンで才人を爆破すれば憂さは晴れた。が、そうしたとしても才人の女癖は変わらないだろう。それに、ルイズは自分の容姿に少なからず自信がある。そこらの名も知らない女子に魅力で負けていると認めるような真似はプライドが許さなかった。
 が、それならどうするか? ということになるといい考えが浮かばない。
 イライラしているルイズの迫力はものすごく、授業中は教室が静まり返るし、放課後になったらなったで廊下を歩いているだけでも、以前『ゼロのルイズ』とルイズを馬鹿にしていた生徒たちも恐れて道を開けるほどだった。
 と、そんな物騒な散歩を続けるルイズの前で道を譲らない者がいた。見ると、同じようにイライラしながら歩いていたモンモランシーだった。
「ルイズ、もしかしてあなたも?」
「フン、少しは話が分かる奴がいたみたいね」
 ルイズもモンモランシーがギーシュのことを気にしているのくらいは知っている。そしてギーシュが最近女子の間でモテモテで気に入らないことも察して、二人は共通の目的を持つ同志となった。
「ほんっとに男って最低な生き物なんだから。わたしがあんたなんかのためにどれだけ気をつかってやったか、すこっしも理解してないんだもの」
「そうよそうよ、「君だけを見つめていたい」なんて、そのときだけなんだから。あの嘘つき、舌を抜いてやりたいわ」
 ひとしきり二人で愚痴をこぼし合った後、ルイズとモンモランシーはむなしくなって息をついた。
 それほど彼氏に嫌気がさしているなら、いっそ二人とも別の男子に乗り換えればいいんじゃないの? と、近くを通りがかった女子たちは思ったが、二人に言わせれば「人間はあきらめられないことがあるから生きていけるのよ」と、渋く答えるだろう。それが他人から見ればいかに無茶なことでも、自分にとっては大切なことなのだ。

766ウルトラ5番目の使い魔 80話 (5/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:48:15 ID:zasCfbus
「いったいどうすれば、あのバカ犬は浮気をやめるのかしら……」
「この学院、可愛い子多いからねえ。この学院で一番美しいのが誰か? なんて言われたら自信がないし」
「わ、わたしは自信あるわよ。このラ・ヴァリエールのルイズ様ほどの超絶美少女がいるもんですか! ……でもあいつ、あの銃士隊の副長といい、年上の女が好みなのよねえ」
 正確には才人の好みは年上の女ではなく、おっぱいの大きな女なのだが……。
 
 現実(おっぱい)
 対
 虚乳(ルイズ)
 
 この残酷な方程式に何度泣かされてきたか知れない。
 なんにせよ、ライバルたちに比べて自分たちがアドバンテージで有利に立てていないのは二人とも認めるところであった。もっとも、この自己分析を才人やギーシュが聞いたら首をかしげるかもしれないが、人間は自分のことは一番知っているようで知らないものだ。
 才人とギーシュに金輪際浮気させないようにするには、自分たちが他をぶっちぎる魅力的なレディになればいい。いくらお仕置きしても効果がない以上はそれしかないと結論は出ても、魅力なんてどうすれば上がるか皆目わからなかった。
 と、そんな二人に後ろから陽気に声をかけてきた相手がいた。
「はーい、おふたりさん。この世の終わりみたいなオーラを振りまきながらなにやってるの?」
 振り返ると、そこには学院一のモテ女がいた。褐色の肌が眩しく、いつもながら自信にあふれた笑みが憎たらしい。
「キュルケ、何の用? ツェルプストーなんてお呼びじゃないわよ」
「あら、つれないわね。さっきの話、聞こえてたわよ。彼氏に飽きられて焦ってるんでしょ? そんなあなたたちが可愛くて仕方ないから、このキュルケ様が恋の手ほどきをしてあげようと思って来たわけよ」
 彼氏に飽きられた、のフレーズでルイズとモンモランシーの心臓をエクスカリバーとグングニルが十文刺しにしていく。実際は才人とギーシュはいまでもルイズとモンモランシーにぞっこんなのだが、物事を最悪の方向にしか考えられない今の二人にはどんな罵声よりも深く突き刺さった。
「い、いい、いらないわよ、ツェルプストーの助けなんて!」
 必死に言い返したものの、声は震えて表情は崩れている。キュルケはそんな反応はもちろん織り込み済みだったようで、クスクス笑いながらルイズとモンモランシーの肩を抱いた。

767ウルトラ5番目の使い魔 80話 (6/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:49:33 ID:zasCfbus
「あら? そんな余裕こいていていいの? 女の情熱が熱しやすく冷めやすいように、男の愛情も移り気なものよ。た・と・え・ば、あたしがこれからあの二人にアプローチをかけたらどうなると思う?」
「だ、だめよ! キュルケ、あんたサイトはあきらめたんじゃなかったの! サイトだけはあんたには絶対に譲らないからね」
「ギーシュもよ。あんなのでも、キュルケなんかには渡さないわ」
「どうどう、ふたりとも落ち着いて。たとえばって言ったでしょ。今さらあの二人に手を出すつもりなんてないわ。でも、もしあたしに近い魅力を持った誰かがサイトやギーシュを気に入ったらどうする?」
 うっ……と、ルイズとモンモランシーは言葉を詰まらせた。二人の脳裏にそれぞれライバルとしている女の顔が浮かぶ。あれが本気で奪いにやってきたとしたら、勝利を確信することはできなかった。
 キュルケはにやにやとふたりを交互に見ている。ルイズは歯噛みしたが、こと恋愛の手練手管に関して学院でキュルケの右に出る者はいない。入学して以来、キュルケの虜にされた男子生徒の数は三桁と言っても誰も疑わないだろうし、なによりラ・ヴァリエールは先祖代々フォン・ツェルプストーに恋人を取られまくった家系なのだからして。
「ど、どど、どうすればいいっていうの?」
「話が早いわね。ルイズのそういう頭のいいところ、好きよ。でも、あなたたちの欠点はちょっと子供っぽすぎることなのよね。だから、そこを底上げするの」
「おしゃれをしろってこと? そんなのわたしだってやってるわ」
「ちっちっち、あなたたちのおしゃれなんて、子供のお化粧ごっこよ。まあ実例を見せてあげるからついてきなさい」
 そう言ってキュルケはルイズとモンモランシーを自分の部屋に連れ込んだ。そして数十分後、二人は自分たちの劣等ぶりを嫌というほど思い知らされることになったのだ。
 
 キュルケの部屋は彼女らしく非常に豪華な仕様で、大きな姿見や衣装ダンスが並び、絵画や美術品が宮廷のように陳列されていた。
 しかし、それらの美術品も、着飾ったキュルケの美貌の前には霞んで見えた。
「どう? これでも少し地味めを選んでみたんだけど」
「そ、そうね。た、たたた、確かに地味だわ」
 豪奢なドレスを身にまとい、キュルケは女王のようにたたずんでいた。薄い紫色のレースのような生地が怪しくはためき、煽情的という表現ギリギリなレベルでさらされた地肌がなまめかしく視線を誘う。それは女のルイズとモンモランシーから見てもよだれが出そうな美しさで、アンリエッタ女王のような清楚さとは正反対ながらも、男の視線を釘付けにするであろうことは疑いようもなかった。
 もし、今のキュルケを才人やギーシュが見たら、きっとニンジンをぶらさげられた馬のようになってしまうだろう。それほど、ドレスをまとったキュルケの美しさは、制服のときとは次元を異にしていた。
「どう? 衣装は女の鎧であり、最大の武器でもあるのよ。それなのにあなたたちときたら、私服といえば出入りの商人が適当にすすめるものしか買ってないんでしょ? そんなんじゃ、いくらいい香水をつけてても宝の持ち腐れよ、モンモランシー」
「う、うるさいわね。だ、だいたいギーシュなんて、何着てても同じような褒め方しかしないんだから」
「それはあなたが同じような服しか着てないからよ。もっと冒険してみなきゃ! というわけで、あたしが子供の頃着てた服をいくつかあげるわ。それならサイズが合うでしょ」
 盛大に傷つく言い草だが、確かにキュルケのお古はルイズやモンモランシーにはぴったりみたいだった。

768ウルトラ5番目の使い魔 80話 (7/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:51:44 ID:zasCfbus
 しかし、それらはかなり布地の際どい強烈なデザインばかりで、モンモランシーなどは顔を真っ赤にして叫んでしまった。
「不潔! 不潔だわ。こんなのを着て人前になんか出られない」
「わかってないわねえ。そういうのだから、男は夢中になるんじゃない。ルイズはどう? あなたも着る勇気がない?」
「あんた、子供の頃からこんなの着てたって、ツェルプストーの教育方針はどうなってんのよ? こんなはしたないのをうちで着てたらお母様に殺されるわ……あ、だからエレオノールお姉さまは行き遅れてるのね」
 さりげに売れ残りから返品に差し掛かっている姉をコケにしつつ、ルイズはよくあのお母様も結婚できたものねと思った。まあ、ちぃ姉さまだったら何もしなくても引く手数多でしょうけど、自分が真似できる気はしない。
 が、それは逆に返せば自分が成長しても眼鏡のないエレオノール姉さまみたいになるだけね、とルイズは思い当たった。そしてそのことをキュルケに告げると、キュルケもなるほどと納得した。
「そうね、モンモランシーはともかく、ルイズは足りないものが多すぎるわねえ。ぷ、くくっ……」
 キュルケはベビードールを着たルイズの幼児体系とのミスマッチを想像して笑いが漏れた。うん、さしずめスーパースペシャルグレートルイズ・ハイグレードタイプ2といったところか。
「ぷっ、くくく……わ、わたしも甘かったわ。ルイズの場合だと素っ裸で迫るのが一番かもね」
「キュルケ、わたしがエクスプロージョンを食らわせるのがサイトだけだと思ったら大間違いよ……」
「短気は損気よぉ。でも、わたしも言い出した手前、投げ出すようなことはしないわ。さあて、それなら方針を変えてみましょうか。考えてみたらサイトやギーシュにはちょっとズレた方向からアプローチしたほうが効果的かもね。でも、それだとわたしの手持ちじゃ合わないから、持ってそうな子のところにまで行きましょうか」
 そう言ってキュルケはさっさと着替えると、答えは聞いてないとばかりに先に部屋を出て行ってしまった。ルイズとモンモランシーは釈然としないながらも後を追う。
 キュルケは今度は何を考えているのだろうか? その答えは、女子寮の一年生部屋の中でも特に豪華な一室の持ち主にあった。
「それで、ヴァリエール先輩に合ったドレスをわたしが持っていないか聞きにきたわけですか」
「そう、クルデンホルフのあなたならドレスの手持ちくらいいっぱいあるでしょ。サイズもルイズやモンモランシーとも近そうだしね」
「遠回しに馬鹿にされてる気がするんですが……まあツェルプストー先輩のたってのお願いですし、ドレスくらい好きに見て行ってくださいな」
 突然乗り込んでこられたベアトリスは、こちらも釈然としないながらも、外国の貴族であるキュルケ相手には強く言うこともできずに納得してくれた。とはいえ、一応は名門のヴァリエールとツェルプストーに恩を売れるという打算もあったが、ベアトリス自身なにかおもしろそうだと思った一面もある。
 そして思った通り、ベアトリスは様々なドレスを持ち込んでおり、ルイズとモンモランシーは目移りするようなそれを前にして着替えにいそしんだ。
「あら? これちょっとかわいくない? ねえねえルイズ、これ見てよ」
「へえ、ブルーのラインがすっきりしてていいわね。こっちもどうよ? フワッとしたスカートがかわいいと思わない?」
 最初はしぶしぶだった二人も、様々な服に袖を通すうちにいつのまにか楽しくなっていた。ベアトリスは自分のものだけではなく、エーコたちやティラたち用のドレスも持ち込んでおり、その豊富な種類は年頃の少女たちを飽きさせなかった。
 やがては見ているだけだったベアトリスたちも加わり、室内はちょっとしたファッションショーの様相になってきた。ルイズはこれまでほとんど意識しなかったが、着飾った自分を友達と見せ合いっこするという、ごく普通の女の子らしい楽しみを知ったのだった。

769ウルトラ5番目の使い魔 80話 (8/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:53:42 ID:zasCfbus
 しかし、確かにベアトリスはいろいろと趣味のいいドレスを持ってはいたが、才人やギーシュの目を引くようなインパクトのある服。というのでは、納得のいくものがなかった。キュルケと違ってベアトリスは、あくまで感性は普通なのである。
 と、そのときだった。キュルケが洋服ダンスの隅で、畳まれている変わった色合いの服を見つけた。
「あら? これはこれは見たことないデザインね。ルイズ、モンモランシー、ちょっとこれ着てみなさいよ」
 キュルケは、お着替えに夢中になっている今のうちにと、ルイズとモンモランシーにその変わった服を渡した。案の定、二人は深く考えずに嬉々としてその服に袖を通した。
 しかし、その服は皆の思っていた以上に奇妙なデザインだった。
「なあにこれ。オレンジ色の……スーツ?」
 ルイズの着たそれは、どちらかといえば男性が着るようなネクタイ付きのシンプルな服だった。動きやすいのはいいけれど、控えめに言っても『可愛い』という感じではない。
 アクセントといえば、胸元に流星をかたどったバッジがついているけれど、これでお洒落かというとどうだった。
 そしてモンモランシーのほうはと言えば、こちらは灰色をした地味めな洋服だった。こちらの胸元にはS字に似た赤いワッペンがついている。しかしどちらにしても、派手好きなベアトリスが持つにしては地味めな服だとルイズはいぶかしんだ。
 するとベアトリスは言った。
「その服なら、この前トリスタニアに買い物に行ったときに、ティアとティラが「動きやすそうだから気に入った」と言うからから買ったものですわ。あの二人ときたら、すぐドレスをダメにするんですもの」
 なるほど、あの二人のだというなら納得だ。緑髪のティラとティアの姉妹のことは今では学院でも有名で、魔法が使えないからベアトリスの使用人という立場になっているが、その快活な性格や豊富な知識で、人気者になっている。
「なんでもごーせい繊維で衝撃や耐熱に優れていて大変レア、なんだそうよ。よくわからないけど」
「はーん……」
 ルイズたちにもよくわからなかった。あの二人はときたま突拍子もないことを言って皆を困惑させるので、一部では才人の女版などとも言われている。
 しかし、変わり者のティアとティラが気に入るなら、ただの服ではないのだろう。
 ルイズは服のあちこちを何気なく触っていたが、ズボンの裾先にチャックがついているのを見つけて引っ張ってみた。
 するとなんと! チャックを引いたことで生地が裏返り、オレンジ色のスーツは一瞬にして青地のブレザーに変わってしまったのだ。
「えっ? えええーっ!?」
「変化の魔法が仕込まれてたの?」
「いえ、違うわ。これ、服そのものにギミックが仕込まれてるのよ。そうだわ! 男の子って、こういう仕掛けが好きじゃない?」

770ウルトラ5番目の使い魔 80話 (9/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:55:06 ID:zasCfbus
 モンモランシーが言って、ルイズもはっとした。そうだ、あの鈍感たちには半端な色気より、遊び心に訴えたほうがいいかもしれない。
 そう、男なんて生き物はいくつになってもごっこ遊びに夢中になる幼稚な生き物だ。なら、そこを最大限利用してやろうじゃないか。誰かと仲良くなるためには、まず共通の話題を作ることが大事だというし。
 やる気になっている二人に、キュルケは呆れたようにつぶやいた。
「まあ、付け焼刃のおしゃれよりはあなたたちに合ってるかもねえ」
 考えてみたらルイズとモンモランシーも才人やギーシュと同じく、まだ「大きな子供」だ。大人の勝負に打って出るにはまだ数年早いかもしれない。それに、女の子から見れば「可愛くない」でも男の子から見れば「かっこいい」に映るかもしれない。
 そうとなれば、この奇妙な服も魅力的に見えてきた。可愛さではなくかっこよさで勝負! そうなったら、この服だけでは足りない。
「ベアトリス、この服ってトリスタニアのどこのお店で買ったの? えい、もう面倒だわ。明日あんたそこに案内しなさい!」
「えっ? ええぇーっ!」
 ルイズに強引に命令され、こうしてベアトリスの休日はつぶれることになってしまった。

  
 そして翌日、ルイズたちは絶好の晴れ間の中でトリスタニアについていた。
 
「ふーん、トリスタニアもずいぶんきれいに直ったものね」
 ルイズは賑わっているトリスタニアの市内を見てうれしげにつぶやいた。ここ最近、壊されては復興するを繰り返しているために、トリスタニアの街の回復速度はすさまじい速さになっている。ガラオンとジャシュラインに壊された跡はもう跡形もなく、さすがに……との大戦争の傷跡はまだ残っているが……。
「戦争? そんなものあったかしら?」
「ヴァリエール先輩、どうしたんですか? 行きますよ」
「え? 今行くわ」
 ちょっとした違和感を感じたが、一行はベアトリスに案内されてトリスタニアの大通りを進んでいった。

771ウルトラ5番目の使い魔 80話 (10/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:56:35 ID:zasCfbus
 今回やってきているのは、ルイズ、モンモランシー、キュルケに加えて、ベアトリスとベアトリスのお付としてティラとティアもいる。本当はエーコたちも来たがったが、人数が増えすぎるのでまた今度にしてもらった。
 なお、才人とギーシュをはじめ、男子は徹底的に撒いてやってきた。女子だけで出かけると告げると才人は「はいはい」と適当に承諾し、ギーシュはついてきたがったがモンモランシーが「来ないで!」と一喝するとしょぼんとして引き下がった。
 さて、いつもならば魅惑の妖精亭がある裏通りのチクトンネ街に向かうところだが、今回は表通りのブルドンネ街を一行は歩いていく。私服で来ている彼女たちは、清潔な通りをベアトリスに案内されながら歩いていき、温泉ツアーの広告の貼られた街灯の角を曲がると、そこにこじゃれた感じの服屋が建っていた。
「へーえ、なかなかいい雰囲気のお店じゃない」
「『ドロシー・オア・オール』。最近トリスタニアでも評判の、輸入物の衣類を売っている店ですわ。中もけっこう広いですわよ」
 慣れない敬語を使うベアトリスに先導されて、一行は衣料品店ドロシー・オア・オールに入っていった。
「うわぁ、まるで別世界ね」
 中に入った一行を待っていたのは、見渡す限りの服の海であった。学院の講堂より広くて明るい店内に、ハンガーにかけられた何百何千という衣服が陳列されている。それも、ちらりと見ただけでも素材の生地は上等で、縫製も丁寧なのがわかった。
 普段はトリステインを見下すことのあるキュルケも、これほどの店はゲルマニアにもそうはないわね、と驚いている。ルイズとモンモランシーなど完全におのぼりさん状態で、貴族の誇りなどはどこへやらでぽかんとしていた。
 しかしベアトリスは慣れたもので、お探しのような服はこの奥ですよ、とどんどん先に進んでいってしまう。
「ま、待ってよ!」
「置いて行かないでーっ!」
 先輩としての威厳はどこへやら。後輩の後を追いかけて、ルイズとモンモランシーは迷子になりそうなくらい広い店内を駆けていった。
 しかし、ドロシー・オア・オールの店内はびっくりするほど広く、品ぞろえも見事だった。紳士服から婦人服まで、それこそ子供用から大人用まで様々なサイズにも対応する商品が数十から陳列されている。しかもそれでいて貴族御用達の高級店というわけでもなく、平民でもそこそこの稼ぎがあれば買える額で趣味のいい服が数多く並び、もしここに才人がいればデパートのようだなと感想を述べたことだろう。
 左右の色とりどりな衣服を見回しながら店内を進んでいくルイズたち。と、ふとルイズは自分たち以外の客の中に、見慣れた人影が混ざっているのを見つけた。店内だというのに幅広の大きな帽子をかぶって、長い金髪に、なによりもどんな服を着ていようとも自己主張をやめない胸元の巨峰。
「ティファニア? ティファニアじゃないの」

772ウルトラ5番目の使い魔 80話 (11/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:58:54 ID:zasCfbus
「えっ? あっ、ルイズさん。それにモンモランシーさんにキュルケさんも。どうしたんですか? こんなところで」
「それはこっちの台詞よ。あんた、こんなところでなにしてるのよ?」
「あ、わたしは孤児院の子たちに少しでもいいものを着てもらいたいと思って。ルイズさんたちこそ、どうしてここに?」
 驚いているティファニアに、ルイズたちは簡単に自分たちの事情を説明した。
「そういうことですか。ふふ、お二人とも本当にサイトさんとギーシュさんがお好きなんですね」
「そ、そんなんじゃないわよ。それより、せっかくだからあんたの服も買ってあげるから来なさい! そんな出るとこ出過ぎてる服で歩かれたら目の毒よ」
「えっ? わ、わたしのこれはごく普通だと思うんですけど……」
 確かにティファニアの言う通り、彼女の着ている服はごく普通のものなのだが、ティファニアが着れば普通でなくなってしまうから問題なのである。
 ものにはなんでも例外というものがあるもので、普通はおしゃれをして足りない魅力を補い、足りている魅力をさらに引き立てる。が、ティファニアの場合はなにもしなくても魅力が最大値だから腹が立つ。この際だから少しでも隠れる服を買っておこうとルイズは思ったのだった。
 さて、思わぬ顔も増えたが、ようやく一行は目的の品が売っているフロアについた。陳列されている衣類の中には、昨日ベアトリスに見せてもらった二種類の他にも、見たことのないデザインの服が所狭しと並んでいる。
「ここね。よーし、いいの買っていくわよ」
 ルイズはやる気たっぷりに宣言した。続いてモンモランシーも、「ギーシュめ、待ってなさいよ」と気合を入れる。
 なにせ、目の前には目移りするくらいの服が陳列されている。女の子なら目を輝かせて当然の光景に、ようやくルイズやモンモランシーも本格的に目覚めつつあった。
 そんな二人の様子をキュルケは生暖かく見守っている。二人とも、その気になればもっといい男を捕まえられるだろうにまったく不器用なことだ。しかし、一人前のレディへの道は必ずしもひとつではないのも確かだ。
「そうねえ、せっかくだからわたしも新しい可能性を見繕ってみようかしら」
 わざわざ来たのに見ているだけなんて損だ。自分ならルイズたちとは違った衣装の活かし方もあるだろうと、キュルケも衣装の海へと飛び込んでいった。
 さて、そうなるとほかの面々もじっとしてはいられない。ベアトリスも、エーコたちや水妖精騎士団へのお土産にといろいろ見繕っている。一人、ティファニアがルイズに連れてこられたはいいものの、肝心のルイズがティファニアのことをすっかり忘れて自分の衣装選びに夢中になっているためおろおろしていたが、そんな彼女にベアトリスが声をかけた。

773ウルトラ5番目の使い魔 80話 (12/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:00:06 ID:zasCfbus
「あなた、ティファニアさんだったかしら? そんなところで何をしてるの。あなたも好きな服を選んだらいかが?」
「えっ? いえ、わたしはそんなに手持ちはないもので」
「なら、わたしがおごってあげるから好きなのを選びなさい」
「えっ! そ、そんな、悪いですよ」
「気にしないでいいわよ。借りっていうのは、作られるより作るほうがおもしろいものなんだから。気に病むというなら、あなた水妖精騎士団に入りなさい。あなた男子に人気があるから、うまくすれば水精霊騎士隊の連中をああしてこうして……うふふ」
「な、なにか怖いですよベアトリスさん」
「気のせいよ。うふふふ」
 悪だくみをはじめるベアトリスに、ティファニアは少し恐怖を感じて引いていた。
 しかし、これまであまり接点のなかったベアトリスとティファニアに交流が生まれ始めているのはいいことだ。二人ともいい子なので、きっとすぐに仲良くなれることだろう。
 ティラとティアも、「仲良くしましょうね」「んー? なんか前から知ってる気もするけど」と、人懐っこくじゃれてきている。人間とハーフエルフとパラダイ星人、友だちの間につまらない垣根などはない。
 そして始まる女だけのショッピング。ドロシー・オア・オールはかなり盛況なようで、このコーナーにもほかに何人かの客がいたが、その中でもルイズたちは抜きんでて目立っていた。
「んー……」
「むー……」
 穴が開くほど恐ろしい視線で陳列品を吟味している。女の子が休日にショッピングに来ているような姿ではとてもないが、二人には自分の姿を顧みている余裕はとてもなかった。
 その商品のほうだが、順番に様々なものが並んでいて目を引いた。全体的に見るとオレンジ色を基調にしたものが多いようだが、中には青や赤の円模様をしたド派手なものもあっておもしろかった。
 ルイズたちの反応の一例である。順列で四番目に来ているオレンジとグレーの服であるが、ルイズは奇妙な懐かしさを感じて涙が出てきた。
「これ、なんだろう……サイトにも買っていってあげましょう。きっと喜ぶわ」
 これに関してはむしろ中にいる人の影響が大きいだろうが、こればかりはしょうがない。

774ウルトラ5番目の使い魔 80話 (13/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:01:27 ID:zasCfbus
 モンモランシーはといえば、その隣の青と赤の鮮やかな服に見入っていた。
「なにかしら、この服を着てそうな人にシンパシーを感じるわ。なにかこう、いろんなものを調合したり、身内が愉快なことを考えたりする方向で……」
 もしも、水精霊騎士隊の連中がこれを着たらすごく強くなる気がする。いやダメだ! これ以上あの連中がお笑い集団化したら本当に貴族の誇りが崩壊する。でも、男女共用がほとんどの中で、これは女子用にミニスカートの可愛いデザインがあったので惜しい。いや、自分だけで着ればいい話か。
 この二人のオーラがあまりに強すぎるせいで、周囲からは一般客が引いてしまっている。しかし、このコーナーは大きく二つに分かれており、ルイズたちのいるコーナーとは別に設けられているコーナーではベアトリスたちやキュルケがショッピングを楽しんでいた。
 そのうちベアトリスとティラとティアは、水妖精騎士隊のユニフォームに使えそうな、可愛くて凛々しさを兼ね備えたものがないかと探していたところ、コーナーの終わりのほう付近に白と赤を基調としたツヤツヤした服を見つけて足を止めた。
「あら、この服は雰囲気が明るくていいわね。ティア、これはどう思う?」
「えーと、これはこうぶん……こうぶ……なんだっけティラ?」
「高分子ナノポリマー製ね。衝撃や防寒に優れているわ。ちょうど、ミニスカートものもあるし、まとめ買いしていきませんか?」
「いいわね。これで、水精霊騎士隊に見た目でも差をつけてやれるわ。ふふ、楽しみね」
 これで水妖精騎士団こそが最強・最速になるのよと、ベアトリスは胸を熱くした。その隣では、キュルケがマイペースに品定めをしている。
 一方でティファニアは、ベアトリスのところから少し離れたところで、青いつなぎのような服を見ていたが、その胸中は興味とは別のものが満たしていた。
「なにかしら、不思議な気持ち。懐かしいような、どこかあったかくなる気がするわ」
 見るのは初めてなはずなのに、この懐かしさはなんだろう? とても強い、しかし、とても優しく暖かみに満ちた一人の青年と、その仲間たちのイメージが流れ込んでくる。
「コスモス……これはあなたの記憶なの……?」
 ティファニアの問い掛けに、コスモスは答えない。しかし、コスモスはすでにテレパシーでエースと会話を始めていた。「ここは、おかしい」と。
 しかし、彼女たちにはなにがおかしいのかはわからない。それでも、ルイズはコーナーを順に巡っているうちに、ある一着に目を止めた。

775ウルトラ5番目の使い魔 80話 (14/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:03:07 ID:zasCfbus
「これ、アスカの着てるやつに似てるわね。まさか……ね」
 ルイズは、あいつと似たかっこうは嫌ね、と、通り過ぎたが、このときルイズは立ち止まって注意深く見ていくべきだったかもしれない。なぜならそれは、アスカのスーパーGUTSの制服に似ているというものではない、見た目だけならそのものだったからだ。
 そしてルイズは、コーナーの最後に陳列してある服を見たとき、頭の底から殴り返されるような感覚を受けた。
「これ、見たことある……でも、どこだったかしら……」
 黄色とグレーを基調としたスーツ。その胸元には翼をあしらったエンブレムがつけられている。
 ルイズは記憶の窯の中が煮えたぎっているのに蓋を開けられないような違和感を覚えた。自分はこれと同じ服を着た人と……いや、人たちと会ったことがある。しかし、それがどこでいつでどうしてだったかがなぜか思い出せない。
 どういうこと? なんで、たかが服一着を見ただけで、こんな気持ち悪い思いをしなきゃいけないの? 自分は、この服を着た人たちと、なにか大切な約束をしたような……。
 そのとき、ルイズの耳に、モンモランシーの呼ぶ声が響いてきた。
「ルイズ、なにやってるの? そろそろ買って帰りましょうよ」
「え? うん。ちょっと考え事してて」
「迷ってるなら全部買っていけばいいじゃないの。ヴァリエールのあなたなら、そんなたいした出費じゃないでしょ?」
 すでに品定めを決めたらしいモンモランシーたちに急かされて、ルイズは慌てて目の前の服を買い物かごに押し込んだ。
 清算は全員とどこおりなく終わり、レジを出たルイズたちは両手に買い物袋を抱えて満足そうにしていた。
「ふーっ、買ったわね。思ったより多くなったけど、これなら男子も連れて来ればよかったかしら」
 キュルケが荷物持ちにさせる気満々で言った。平成の日本のように「後日郵送でお届けします」が、ないトリステインではけっこうな苦労になり、北斗星治もこれには苦い思い出がある。
 が、それでもティラとティアがけっこう持ってくれるからマシではあった。なお、全員それなりの量を買い込んだが、一人だけ大貴族の娘ではないモンモランシーは財布を覗いてため息をついていた。
「これで来月のわたしのお小遣いはゼロね。来月があれば、だけど」

776ウルトラ5番目の使い魔 80話 (15/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:04:05 ID:zasCfbus
「なに落ち込んでるの。お小遣いくらい、ギーシュを落とせばあいつの財布からいくらでも出せるじゃないの」
「キュルケ、ギーシュの貧乏っぷりを知ってて言ってるでしょ? まあでもいいかしら。待ってなさいよギーシュ」
 やる気のモンモランシー。そのために無理して何着も買い込んだのだから当然といえば当然だ。
 衣料品店ドロシー・オア・オールは依然繁盛を続けており、客はひっきりなしに来ていた。しかし、これほどの店を短期間で作り上げるとは、オーナーはどこの誰なのだろう? ベアトリスに知っているかと尋ねると、彼女はわからないと首を降った。
「わたしもさっき店員に聞いてみましたけど、こちらのお店は支店で、本店はゲルマニアのほうにあるらしいですわ」
「ふーん、最近のゲルマニアは元気でいいことだわ。これは、アルブレヒト三世もうかうかしてはいられないかもしれないわね」
 キュルケが意地悪げにつぶやいた。血統を持たないゲルマニアでは実力が何より物を言い、それは皇帝も例外ではない。トリステインだって王に従わない家臣がいるというのに、ましてゲルマニアでは王様には従うものという前提自体が危ういものである。当然、キュルケもアルブレヒト三世が没落するなら助ける気など毛頭ない。
 さて、それはともかくそろそろ帰らなくては帰りが遅くなってしまう。一行はちらりと店を振り返ると、馬車駅に向かって歩き出した。
  
 
 ところが、その時である。突然、地面が大きく揺れ動いたかと思うと街の一角で砂煙があがり、その中から黒々とした巨大な怪獣が飛び出してきたのだ。
「あの怪獣って! 確かあのときの」
 ルイズやティファニアはその怪獣に見覚えがあった。いや、見覚えどころではない! あの鎧のような体躯と、蛇のような長い尻尾、そして白磁器のような冷たい目。自分たちはあの怪獣のせいで死ぬ目に合わされたのだ。
 EXゴモラ。ネフテスでのあのギリギリの死闘は忘れたくても忘れられるものではない。しかし、あの怪獣はあのとき確かに……。
「ルイズさん、あの怪獣ってエルフの国でやっつけたはずのやつですよね!」
「そうよ、間違いなく倒したはずなのに。サイト! ああっ、こんなときにいないんだから、あの馬鹿犬ぅ!」
「お、置いてきたのはルイズさんですよ。え、えっと、わたし孤児院のほうが心配なので、これで失礼しますぅ!」

777ウルトラ5番目の使い魔 80話 (16/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:05:19 ID:zasCfbus
「あっ、ティファニア!」
 一人でティファニアが駆け出したが、止めるわけにはいかなかった。
 いや、それどころではなかった。ルイズたちが悪態をつき終わるのと同時に、その怪獣……EXゴモラがぎょろりと恐ろしげな白眼でルイズたちを睨んできたのである。
「えっ?」
 驚いている暇もなかった。EXゴモラはルイズたちを見つけると、くるりと方向を変えて、建物を踏み壊しながらこちらに向かってきたのだ。
「なっ、なんでぇーっ!」
「と、とにかく逃げましょう」
 一行は慌てふためいて駆けだした。なにがどうとかを考えている暇もない。彼女たちと並んで、トリスタニアの住民たちも必死に走っている。平和だった街は一瞬にして、阿鼻叫喚の巷と化していた。
 EXゴモラのパワーの前には石やレンガ造りの建物などなんの障害にもならない。紙細工のように踏みつぶされ、粉塵と火炎がかつてのアディールの光景を再現していく。
 しかも、EXゴモラはルイズたちがどんなに道を変えてもピッタリと後ろをついてくるではないか。
「もう! なんであいつわたしたちの後をついてくるのよ」
「先輩方、なにかあいつにしたんですか!」
「そりゃ……もしかしてわたしたちに復讐するために戻ってきたとか?」
「まさか! でも、ありえなくもないんじゃないの?」
 ルイズ、ベアトリス、モンモランシーは走りながら話した。
 しかし、もちろんそんなわけはない。このEXゴモラを再生させ、操っている存在の目的はまったく違うところにあった。街を見下ろしながら、あの宇宙人は笑っていた。
「さあて、生かさず殺さず追いかけるんですよお。そいつらを追い詰めれば、たぶんあいつも出て来るでしょうからねえ」
 何を企んでいるのか。どうせよからぬことに決まっているが、人間の足で怪獣からいつまでも逃げられるものではない。
 息を切らし始めるベアトリスやモンモランシー。行く足はしだいに遅くなっていき、それを見たティアとティラは決意したようにベアトリスに言った。
「こりゃしょうがないねー。ティラ、ちょっとダンスしようか」
「姫殿下、わたしたちが囮になります。そのあいだに逃げてください」
「な、あなたたち何言ってるのよ! そんなの絶対に認めない。認めないんだからね!」

778ウルトラ5番目の使い魔 80話 (17/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:06:32 ID:zasCfbus
 緑色の髪をなびかせながら、いつもと変わらない笑顔で言うティアとティラを、ベアトリスは必死で引き止めた。
 ベアトリスは知っている。この二人は、自分が危なくなるとどんな危険を冒してでも助けようとしてくれる。それが、世話になった恩を返すためだと言うけれど、もう二人は自分にとって部下なんかじゃない大切な人なのだ。
 けれど、宇宙人は人間の情愛などは屁とも思わずにせせら笑う。
「ふふ、ではそろそろ一人くらい踏みつぶしちゃってもいいでしょう。ん? おっと、余計なお客さんも来てしまいましたか」
 宇宙人が面倒そうな声を発するのと同時に、EXゴモラの前に青い巨影が降り立った。
「シュワッ!」
「ウルトラマンコスモス!」
 ティファニアがさっき別れた本当の理由はこれだった。ここに才人がいない今、すぐに駆け付けられるウルトラマンはコスモスしかいない。
 コスモスは以前の経験から、EXゴモラに対してルナモードでは太刀打ちできないと考えて、即座にコロナモードへと変身した。コスモスの姿が青から赤に変わり、戦闘態勢をとったコスモスとEXゴモラが激突する。
「シュゥワッ!」
 コロナパンチがEXゴモラのボディを打ち、すぐさま回し蹴りでのコロナキックがEXゴモラの首筋を打つ。
 もちろんこの程度でどうにかなるとはコスモスも考えてはいない。しかし、二発攻撃を当てたことでコスモスは相手の力量をおおむね計っていた。このEXゴモラは以前ほどの強さはないと。
 が、多少の弱体化で弱敵になるような生易しい相手ではないことはコスモスもわかっている。ティファニアも、あのときにEXゴモラの恐るべき力を目の当たりにした恐怖が蘇ってきて、コスモスに呼びかけた。
〔コスモス……大丈夫ですか?〕
〔楽観はできない。だが、ここで戦わなければ多くの犠牲が出てしまう。私はそれを止めたい。君は、どうなのだ?〕
〔わたし……わたしも、友だちを守るためなら戦いたい〕
 戦いは好きではない。けれど、戦いから逃げて失うものへの恐れのほうが強かった。
 勇気を振り絞ったティファニアの意思も受けて、コスモスはEXゴモラに挑んでいく。
 むろん、それを快く思う宇宙人ではない。不快そうな声で、彼はEXゴモラに命じた。

779ウルトラ5番目の使い魔 80話 (18/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:07:15 ID:zasCfbus
「お呼びじゃないんですよ。ゴモラ、さっさと片付けてしまってください」
 宇宙人の命令を受けて、EXゴモラも攻撃態勢を強化した。全身が装甲のような体は接近するだけで十分武器となり、兜のような頭は軽く振り下ろすだけで鈍器となり、強烈なパワーを秘めた腕で殴られればコスモスも一発で吹き飛ばされるだろう。
 コスモスは致命打を受けないように、唯一奴に勝る要素である小回りの速さを活かして攻撃をかわしながらチョップやキックを打ち込んでいく。が、少しでも隙を見せればEXゴモラは必殺のテールスピアーでコスモスを串刺しにしようと狙ってくるので一瞬も気を抜けない。
 まさに、紙一重の攻防。その激闘に、ルイズたちも声援を送っていた。
「しっかりーっ! 今はあなただけが頼りなのよーっ」
「負けないでーっ! わたしたちはあなたを信じてるんだからーっ」
 負けない心がウルトラマンの力になる。少女たちの応援を受けて、コスモスは懸命に力を振り絞って戦った。
 それでも、コスモス一人で倒すには酷すぎる強敵だ。モンモランシーは空を仰ぎながら、祈るようにつぶやいた。
「誰か早く来て、助けて……」
 ギーシュはいない。自分の魔法は戦うことには向いていない。どうしようもなくなったとき、人は祈ることしかできない。
 しかし、誰も聞き届けるものはないと思われたか細い祈りに答えるように、新たな地響きがトリスタニアを襲った。今度はなんだと驚く人々の前で、街の一角から砂煙が立ち上り、そこから現れる土色の巨影。
「あれって、あの怪獣もアディールで見たわ!」
「確かサイトはゴモラって呼んでたわね。あの怪獣はわたしたちの味方よ。よーし、ニセモノをやっつけちゃって!」
 ルイズもうれしそうに叫ぶ。きっと、あのときのゴモラが助けに来てくれたんだ。コスモスひとりだけでは無理でも、ゴモラと協力すれば倒すことができるかもしれない。
 ゴモラは彼女たちを守るように背にかばいながら、引き裂くような鳴き声をあげてEXゴモラに向かっていく。あの三日月状の角は陽光を反射して輝き、太く長い尻尾は大蛇のように地を打つ。
 対して、EXゴモラも新たに現れたゴモラを敵と見なして遠吠えをあげた。むろん、あの宇宙人も愉快であろうはずがない。
「ええい、次から次へとうっとおしいですね。さっさと畳んでしまいなさい!」
 彼のいらだちに呼応するかのように、EXゴモラはゴモラの突進を迎え撃った。茶色と黒色の角同士がぶつかり合って火花をあげ、古代の肉食恐竜の対決さながらに爪と牙の肉弾戦にもつれ込んでいく。
 至近距離、互いに小細工など効かない間合いで、EXゴモラとゴモラは激しく殴り合った。互いの爪が相手の体を打って火花をあげ、双方超ストロングタイプのぶつかり合いは、それだけで衝撃波と暴風を周囲に撒き散らす。
 だが、やはりEXゴモラのほうがパワーでは上で、ゴモラは押され始めた。そこですかさずコスモスはEXゴモラの横合いからジャンプキックを決めてEXゴモラをよろめかせ、その隙にゴモラは大きく体をひねってEXゴモラに尻尾を叩きつけて吹き飛ばした。

780ウルトラ5番目の使い魔 80話 (19/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:09:04 ID:zasCfbus
「おのれこしゃくな!」
 宇宙人は怒りを吐き捨てた。彼にも焦りが生まれ始めている。このままでは、せっかく蘇らせたEXゴモラが役に立たない。
 それに対して、ルイズやキュルケたちはゴモラの勇戦にうれしそうだ。ティラとティアも子供のようにベアトリスといっしょにはしゃぎ、モンモランシーも「ギーシュよりかっこいいわ」と惚れ惚れしている。
 EXゴモラはその巨体が災いして、転ばされてもすぐには起き上がれずにもがいている。そこへゴモラは駆け寄ると、EXゴモラの両顎に手をかけて一気に引き裂きにかかった。
「うわっ、残酷」
 ティアが思わず口を押さえてうめいた。いくら追撃のチャンスだからといっても、これはないだろう。実際、さしものルイズやキュルケも顔をしかめている。
 けれど効果は絶大だったようで、さすがのEXゴモラも痛みに耐えかねてゴモラを振り飛ばした。
 転がるゴモラと、起き上がってくるEXゴモラ。すると今度はコスモスが追撃のチャンスを逃すまいと、EXゴモラに挑みかかっていく。
「ハアッ! セヤッ!」
 パンチとキックの猛打。コロナモードの燃えるような連撃がEXゴモラのボディを打つ。
〔いくら頑丈でも、少しずつ疲労は重なっていくはず。疲れさせたところでフルムーンレクトで鎮静させよう〕
 いくら邪悪な怪獣でも無為に殺すことはない。邪悪なエネルギーを取り除く、その可能性にコスモスはかけていた。
 そのころ、ゴモラもようやく起き上がって叫び声をあげていた。その視線の先がコスモスとEXゴモラに向き、鼻先の角にスパークを走らせるエネルギーが満ちていく。ゴモラ必殺の超振動波だ。
 コスモスは、ゴモラが超振動波の体勢に入ったことを見て、EXゴモラから距離をとった。そして、ルイズたちが「よーし、いけーっ!」と声援をあげる中で、ついにゴモラは超振動波を発射した。だが!
「グワアァッ!」
 ゴモラの超振動波はなんと、EXゴモラだけでなく、コスモスまでも狙ってなぎ払ったのだ。
 爆炎と粉塵が吹きあがる中、無防備なところに超振動波を受けたコスモスが倒れ込む。その光景に、思わずルイズは悲鳴のように叫んだ。
「なにしてるの! コスモスは味方よ。アディールでいっしょに戦ったでしょ。忘れたの!」
 しかし、愕然としているルイズたちの前で、ゴモラはかまわずに超振動波の第二波をコスモスに向けて放った。
「ヌワアァァッ!」
 ダメージを受けていて直撃を避けられなかったコスモスはもろに食らい、そのままカラータイマーの点滅さえも経由することなく、倒れ込むと同時に光になって消滅してしまった。

781ウルトラ5番目の使い魔 80話 (20/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:11:01 ID:zasCfbus
「コスモスーっ!」
 ルイズたちの絶叫がむなしく響く。ゴモラ、なぜこんなことを? それにコスモスは……ティファニアはどうなったのだろう。だが、それを確かめる間もなく戦いは続く。
 今度はEXゴモラが体勢を立て直し、そのボディにエネルギーを集中させていく。ゴモラの超振動波をしのぐ、EX超振動波だ。
 しかし、ゴモラは避けるそぶりも見せない。そしてEX超振動波は放たれ、ゴモラに直撃。ゴモラはひとたまりもなく吹き飛んだ……かに見えたが、なんとゴモラは何事もなかったかのようにその場に立っていた。
 唖然とするルイズたち。そしてあの宇宙人も、ゴモラのあり得ない耐久力に目を見張っていた。EX超振動波はオリジナルよりは弱体化しているとはいえ、ゴモラを粉砕するくらいの威力はじゅうぶんにあるはず。
「馬鹿な……むっ? あれは!」
 そのとき、彼はEX超振動波を浴びたゴモラの皮膚が破れて、その下から金属のボディが覗いているのを見て取った。
 同時にルイズたちも、あのゴモラが以前のゴモラとはまったく別物だということに気づいていた。
「あのゴモラもニセモノよ! 全身が鉄でできた作り物だわ」
 キュルケの叫びに皆もうなづいた。
 そう、そのゴモラは全身を宇宙金属で作られているニセゴモラだった。
 そして、ニセゴモラを操っている何者かは、ニセゴモラの正体がバレると、にやりと笑ってひとつのスイッチを入れた。
「ふふふ……メカゴモラの性能が、そちらのゴモラと同じと思ったら大間違いですよ」
 その瞬間、ニセゴモラの体を白い炎が覆ったかと思うと、炎が消えた後にはニセゴモラの代わりに巨大な鋼鉄の巨獣がそびえたっていた。
 息をのむルイズたちと宇宙人。彼らは、その圧倒的な威圧感に戦慄した。そう、コピーロボットの製造がサロメ星人の専売特許だと思ってもらっては困る。EXゴモラがガイアとアグルと戦った時に、すでにデータは採取していたのだ。
 シルエットはゴモラに酷似している。しかし、その全身は黒々とした金属で作られ、EXゴモラ以上に見る者に恐怖心を植え付ける。
 手首が回転した! 攻撃用マニピュレーターのテストだろうか?
 鋼鉄の顎が金属音をあげて上下する。その目には感情がない代わりに、敵を確実に抹殺することだけを目的とする凶悪な電子の輝きが宿っている。
 すごい奴がやってきた! ゴモラよりも強いゴモラ、メカゴモラの登場だ!
 
 
 続く

782ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:13:36 ID:zasCfbus
今回はここまでです。続きはまた時間のあるときに。

783名無しさん:2020/02/22(土) 07:47:35 ID:Tz3Rx2HQ

お久しぶりです

784名無しさん:2020/03/18(水) 17:13:01 ID:sovFMf/2
ウルトラさん乙です!

785ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:15:34 ID:0ot0KcnA
皆さんこんにちは。81話の投稿を始めます

786ウルトラ5番目の使い魔 81話 (1/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:17:16 ID:0ot0KcnA
 第81話
 世紀末覇王誕生
 
 古代怪獣 EXゴモラ
 ロボット怪獣 メカゴモラ 登場!
 
 
 トリスタニアへ買い物に来ていたルイズたち一行は、かつて倒したはずのEXゴモラに襲われた。
 才人がいないのでウルトラマンAにはなれない。しかし、ティファニアの変身したウルトラマンコスモスがEXゴモラに立ち向かう。
 そのとき、地底からゴモラが現われてEXゴモラに挑みかかっていった。
 激突する二匹のゴモラ。だが、ゴモラは味方のはずのコスモスにまで攻撃を仕掛けて倒してしまう。
 明らかにおかしいゴモラの行動。さらに、戦闘ではがれ落ちたゴモラの表皮の中から機械のボディが現れた。
 偽物の表皮を焼き捨てて、その正体を表すメカゴモラ。
 圧倒的なパワーを振りまくメカゴモラにルイズたちは戦慄し、EXゴモラを操っている宇宙人も、まさかこんなものを繰り出してくるとはと愕然としていた。
 そして、メカゴモラを操っている何者かは、彼らの驚きようが実に楽しいと言わんばかりににこりと笑うと、我が子に語り掛けるようにメカゴモラに向けてつぶやいた。
「パーティをしましょうか、メカゴモラ」
 今、最強の座をかけて、二体の破壊神による最終戦争が始まる。
 
 睨み合う二体の偽物のゴモラ。その均衡を破ったのはメカゴモラのほうだった。
《ゴモラ捕捉。アタック開始》
 戦闘用コンピュータが稼働を始め、メカゴモラの巨体がEXゴモラに向かってゆっくりと前進を始めた。
 レーダーが照準を定め、その巨体に秘められた恐るべき武装がついに稼働を始める。
《メガバスター発射》
 メカゴモラの口が開かれ、その口内から虹色の破壊光線が放たれた。極太のビームがEXゴモラの巨体を打ち、激しい爆発と火花が飛び散る。
 しかし、EXゴモラの強固な皮膚は大きなダメージを受けることなく耐えきり、EXゴモラは健在を訴えるように叫び声をあげた。そしてEXゴモラは、自らの健在をアピールするかのように、大きく体を動かしながら前進を始めた。物見の鉄塔が蹴倒され、大きな火花があがる。
 だが、機械の頭脳を持つメカゴモラは臆さずに、さらなる攻撃を放った。

787ウルトラ5番目の使い魔 81話 (2/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:19:00 ID:0ot0KcnA
《メガ超振動波、発射》
 メカゴモラの鼻先からオリジナルを超える太さと勢いを持つ超振動波が放たれ、EXゴモラのボディに突き刺さって火花をあげる。
 だがEXゴモラの強固な表皮はこれにも耐えきり、逆襲のエネルギーがEXゴモラの体を禍々しく輝かせた。
「ゴモラ! もう一度超振動波です」
 宇宙人が命じ、EXゴモラの体から極太のEX超振動波が再び放たれてメカゴモラに突き刺さる。その着弾の衝撃と轟音だけで、周囲の建物のガラスは砕かれ、屋根さえ剥がされる家もある。
 まるで台風だ。ルイズたちは、吹き飛ばされないように踏ん張りながら、唖然と戦いを見守っている。
 並の怪獣なら、これだけでもう木っ端微塵だろう。けれどメカゴモラの超金属のボディはそれに耐えきり、さらなる武器を使おうとしていた。
《プラズマエネルギー・ON。ファイア、メガ・クラッシャー》
 メカゴモラの全身が発光したかと思った瞬間だった。メカゴモラの左胸に取り付けられているレンズ状の球体から、強力なエネルギー光線が発射され、EXゴモラを吹き飛ばしたのだ。
 なんという破壊力! 悲鳴をあげて倒れ込むEXゴモラを見て、驚愕した宇宙人は思わず叫んでいた。
「まさか、こちらの熱線を幾倍にも増幅して、撃ち返すことができるというのですか!」
「そんな機能はつけておりません」
 が、さすがにこれにはメカゴモラのマスターから苦情が入った。いや、本音を言えば、他にも絶対零度砲とかハイパワーメーサーキャノンとかいろいろつけたかったけれど、さすがに容量が足りなかったので断念したのだ。
 しかし、これでも十分に強力なことは間違いない。防御力と飛び道具の火力ではEXゴモラと互角。さらにこちらには、まだ見せていない武装もある。
 ならEXゴモラはどうする? ロボット相手に射撃戦を続けても不利なのはわかるだろう。なら、残った戦法は覚悟を決めて接近戦に打って出るか、それとも。
「ならば、こいつの本当の力を見せてあげましょう!」
 宇宙人が命令すると、EXゴモラは土煙をあげて地中へ潜り始めた。そう、EXゴモラもゴモラの進化体である以上、地中潜航能力は有している。地底に潜った初代ゴモラに科学特捜隊は散々苦労させられた。それを再現しようというのだ。
 高速で地中に潜っていったEXゴモラをメカゴモラは失探し、全方位をレーダーで探る。

788ウルトラ5番目の使い魔 81話 (3/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:19:54 ID:0ot0KcnA
 しかし、地中はレーダーの及ばない範囲だ。そして、警戒するメカゴモラに対して、EXゴモラはその直下足元から奇襲した。この奇襲は完全に成功し、メカゴモラの足元から砂煙があがり、地中からEXゴモラの腕が伸びてきてメカゴモラの足を掴む。  
 足元を突き崩され、メカゴモラはぐらりと揺らいで片膝をついた。まさに足元は地上に立つ生き物や構造物全てにとっての弱点で、堅牢無比な凱旋門や福岡タワーすらも、直下から怪獣に攻撃されれば崩れ落ちるだろう。
 地中に引きずりこもうとするEXゴモラに、メカゴモラはもがいて抵抗した。さすがのメカゴモラも真下に向けられる武装はなく、さらに飛行能力もないので脱出もできない。やはり飛行能力がないというのは大きな弱点のようで、この光景を見た宇宙人は高笑いした。
「ハッハッハ、飛べないロボットなど恐ろしくもありません。次からは合体できる飛行ロボットか、吊り下げられる飛行機でも用意しておくことですね」
 しかし、メカゴモラもやられっぱなしではなかった。EXゴモラを振り払えないとわかると、その口から吐き出す熱線を最大出力にして、その反動で浮遊したのである。
「と、飛んだ! メカゴモラが飛んだぁ!」
 熱線をジェット噴射にしてメカゴモラが飛んだ。EXゴモラもまとめて地下から引き釣り出され、空中で引きはがされた後に双方とも街中に落下する。
 もちろん、落下の衝撃くらいでどうこうなる両者ではない。初代ゴモラは高空から落とされてもなんともなかったことを思えば当然だろう。
 仕切り直しとなった両者のバトルは第二ラウンドへと突入した。
《ファイア・メガ・バスター》
「ゴモラ、超振動波です!」
 宇宙には、伝説の超宇宙人の血を引く怪獣使いがやがて現れてすべてを支配するであろうという言い伝えが残されている。彼はその伝説の怪獣使いになったつもりで高らかに命じ、そしてメカゴモラとEXゴモラの放った光線同士が空中でぶつかり合い、相殺して大爆発を起こした。
「うわあっ!」
「きゃああっ!」
 その爆発は先ほどの比ではなく、離れていたはずのルイズたちだけでなく、上空で待機していた宇宙人、さらにはメカゴモラとEXゴモラさえも吹き飛ばされて転倒するほどの爆風を発揮した。
 このままでは戦いの余波だけでトリスタニアが破壊されてしまう。ルイズたちは危機感を強くした。

789ウルトラ5番目の使い魔 81話 (4/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:21:19 ID:0ot0KcnA
「こんなことなら、荷物持ちでもサイトを連れて来るべきだったわ。どうしよう……このままじゃトリスタニアがめちゃめちゃになってしまうわ」
「ルイズ、あんたの魔法で片方だけでもなんとかならないの?」
「あんなのの戦いに割り込めって言うの? 近づくだけで死んじゃうわよ」
 ルイズが泣きそうな声で言うのを、キュルケは憮然としながら見つめていた。
 やっぱり、才人がいないとルイズはどこか不安定になる。いや、以前のルイズだったらしゃにむに敵に突撃していただろうが、今のルイズは守られることを知ってしまっている。それは決して悪いことではないし、あの二大怪獣の戦いに生身で割り込むことが自殺行為なのも当然で、キュルケも無理に駆り立てることはできなかった。なにより、こんな状況では虚無の力も半減してしまうだろう。
 トリステイン軍も出動してきてはいるが、手の出しようがない状態だ。竜騎士やヒポグリフも巻き添えを食わないように遠巻きに旋回するしかできないでいる。
 ルイズたちも、場慣れしているルイズたちはなんとか立っているけれど、ベアトリスはティラとティアにかばわれてなんとか立っているありさまだ。ルイズは、なんとかできる可能性があれば虚無を撃つ気でいたが、もう逃げたほうがいいのではないかと思い始めていた。
 しかし、なんというすさまじい戦いだろう。こんな戦いは初めて見る。そのすさまじさに気圧されたモンモランシーが、怯えたようにつぶやいた。
「い、いったいどっちが勝つのかしら……?」
「勝ったほうがわたしたちの敵になるだけよ」
 キュルケは冷たく言い放った。あれのどちらが勝とうと、次に人間に牙を剥いてくるのは間違いない。再び戦いが始まったときがトリスタニアの終わりの始まりだ。
 衝撃から立ち直って起き上がってくるEXゴモラとメカゴモラ。だが、すぐに戦いが再開されるかと思われたとき、メカゴモラに異変が起こった。突然、全身から蒸気を噴いたかと思うと、ガクガクと振動して停止してしまったのだ。
「壊れた?」
 メカゴモラを見ていたトリステインの人間たちはそう思った。事実、それは当たらずとも遠からずの状態で、あまりにも光線のフル出力を続けたために機体内の冷却が追いつかずにオーバーヒートを起こしてしまっていたのだ。
 つまり、冷却が済むまでメカゴモラは戦えない。無防備な状態ではいかにメカゴモラとてどうしようもなく、EXゴモラの勝利は決まったものと思われた。しかし、宇宙人はこの好機を別のものと見てEXゴモラに命じた。
「いまです。そんなやつに構わずに、最初の目的を果たしてしまうのです!」
 宇宙人にとってメカゴモラは、あくまで目的の前に立ちはだかる邪魔者にすぎなかった。倒すのはその過程の問題に他ならず、それが解消されたなら優先すべきは本来の目的である。その使命に基づき、EXゴモラは方向転換して本来のターゲットである、街の一角に立ち尽くす少女に狙いを定めた。
「えっ?」
 EXゴモラの冷たい目が再びルイズたち一行のほうを睨む。そして、その進撃方向が自分たちに向かい出したのを知ると、彼女たちは愕然とした。

790ウルトラ5番目の使い魔 81話 (5/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:22:43 ID:0ot0KcnA
「ちょ、どうしてまたこっちに来るのよ!」
「やっぱりあいつ、わたしたちを狙ってるのよ。逃げましょう!」
 モンモランシーが悲鳴のように叫ぶ。もちろん他の面々にも異論があろうはずがない。EXゴモラの威力は嫌というほど知っている。とても生身でかなう相手ではない。
 踵を返して走り出すルイズたち。振り返ると、EXゴモラの視線が真っすぐこちらを向いていて背筋が凍る。
 なぜ? どうして、あの怪獣は自分たちを狙ってくるの? いや、考えている余裕はない。確かなのは、あいつから逃げなければ殺されてしまうということだけだ。
 けれど、走って逃げきれる相手ではない。なら、フライの魔法で飛んでいくか? ダメだ。飛べば光線の的になるだけ。それに、ルイズの『テレポート』や『加速』も一度に数人しか運べない。
 ルイズの息が切れてくる。こんなとき才人がいれば、自分を背に背負って走ってくれるのに。いや、弱気になってはダメだ。なんのために才人と別れて長い旅をしてきたんだとルイズは自分を奮い立たせた。
「エオヌー・スール・フィル……」
「ルイズ? 何する気よ!」
「いちかばちか、全力のエクスプロージョンをあいつにぶっつけてみるわ。あんたたちはそのあいだに逃げなさい」
「ルイズ、あなた囮になって死ぬ気なの!」
 キュルケが叫ぶ。さっきはああ言ったが、ルイズの無謀な挑戦を認めることはできなかった。
 モンモランシーやベアトリスも、無茶よ、と止めようと言ってきている。確かに無茶はルイズにも分かっているけれど、誰かがやらなければ全員死ぬだけなのだ。
 だが、ルイズの悲壮な決断さえもすでに遅かった。ルイズたちの逃げようとしていた先の道からEXゴモラのテールスピアーが飛び出してきて道を崩してしまったのだ。
「なんてこと!」
 もう逃げ道はない。それに振り返れば、EXゴモラの超振動波の赤い輝きが自分たちを照らし出してきているのが見えた。ダメだ、もうルイズの魔法も間に合わない。
 ルイズは後悔した。こんなことなら、才人につまらない意地なんか張らなきゃよかった。ちらりと隣を見ると、悔しそうに歯を食いしばっているキュルケと、呆然としているベアトリスの顔が見える。キュルケは別にいいとして、後輩をこんなことに巻き込んでしまったのは悪かった。できることなら謝りたかった。
 そしてモンモランシーも、眼前に迫った死を前にして、以前にギーシュといっしょにタブラと戦った時などの冒険を走馬灯のように思い出していた。あんなにいつもいっしょだったのに、最後だけ離れ離れなんて、そんなの嫌だ。モンモランシーの瞳から涙がこぼれ、そばかすをつたって顔から落ちる。

791ウルトラ5番目の使い魔 81話 (6/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:24:38 ID:0ot0KcnA
「助けて、ギーシュ……」
 だが、涙が地に着くよりも早く、超振動波と彼女たちの間に黒鉄の巨影が割り込んできた。
 激震。しかし超振動波は彼女たちに届くことなく、小山のような壁にさえぎられた。
「ご、ゴモラ!」
 なんと、見上げた彼女たちの前にメカゴモラが割り込み、まるで盾になるようにして超振動波を防いでいたのだ。
 メカゴモラはオーバーヒートした機体を無理矢理動かしてきたらしく、全身からショートし、さらに超振動波を防いでいることで全身が悲鳴をあげているが、それでも彼女たちを影にして動こうとはしていない。その、懸命とも言える姿に、モンモランシーは思わずつぶやいた。
「このゴモラが、わたしたちを守ってる……」
 そういえば最初にメカゴモラが現れたタイミングも、まるで自分たちを助けようとしたかのようだった。なぜ? いったい誰がそんなことを?
 しかし、機械のメカゴモラはただひたすらに超振動波に耐え抜き、力尽きたようにひざを突いた。
「あ、あなた……」
 ルイズたちは呆然として、自分たちをかばってくれたメカゴモラを見上げていた。いったいどうして? という感想では皆いっしょだ。こいつはコスモスを攻撃したことから、人間の敵ではないのか? どうして自分たちだけを守ってくれるのだ? 
 だがそれにメカゴモラは答えることなく、全身から高温蒸気を噴き出して停止している。駆動音がすることからまだ動けるようだが、これ以上のダメージには耐えきれないことは誰から見ても明らかだった。そして、EXゴモラはそんなことにはかまうことなく、完全にとどめを刺そうと近づいてくる。
「結局は、ほんの少しだけ命が伸びただけね」
 キュルケがぽつりとつぶやいた。悔しい……わたしたちの冒険がこんなところで終わってしまうなんて。
 だが、そのときだった。メカゴモラの左胸についている球体が突然眩しく光ったかと思うと、目を開けたときルイズたちは薄暗く狭い小部屋の中にいたのである。

792ウルトラ5番目の使い魔 81話 (7/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:26:39 ID:0ot0KcnA
「えっ? ど、どこよここ!」
 見慣れない部屋にいきなり閉じ込められてしまったルイズたちは仰天した。周りの壁は鈍く明滅する機械で埋め尽くされており、座席も複数並んでいる。
 よくわからないけれど助かったの? ルイズやモンモランシーは、怪獣の姿が見えなくなったことでとりあえず胸をなでおろした。
 だが、ここはまさか! ルイズたちにはわからなかったが、パラダイ星人のティアとティラにはすぐにこの場所の役割がわかった。座席の前に並ぶ無数の計器にボタンやレバーなどの配置。しかしそれを口にする前に、部屋ごと一行はすさまじい揺れに襲われた。
「きゃああっ! 今度はなによ!?」
「これってやっぱりまさか! そ、そこの光ってるスイッチを押してみて!」
 ティラに言われて、ルイズは座席のひとつにしがみつくと、点滅しているスイッチを押した。すると、座席の前の大型モニターが点灯し、迫り来るEXゴモラの顔が大写しで映し出されたのだ。
「きゃあぁぁぁっ!」
「落ち着いてください! 本物じゃなくて映像ですよ。てかこれってやっぱり、ここはメカゴモラのコックピットよ!」
「コックピット?」
「機械のゴモラの体の中ってことですよ!」
「ええーっ!?」
 ルイズたちは床や座席にしがみつきながら愕然とした。冗談ではない。助かったどころか、最悪がより最悪になっただけだ。
 ともかく脱出しなくては。けれど出入り口のドアは機械でロックされており、アンロックの魔法も通用しない。
 なら、ルイズの『テレポート』の魔法でなら……と、思った時だった。青ざめた顔で服のあちこちを触っていたルイズが、震えた声で言った。
「ごめん……杖、落としちゃった」
「ええーっ!」
 なにやってんのよルイズ! とキュルケが怒鳴る。メイジの命である杖を落とすとは何事だ。さっきの揺れの時に落としたのかと、皆は座席の下や部屋の隅を探す。しかし、部屋が暗いせいか見つからない。

793ウルトラ5番目の使い魔 81話 (8/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:28:03 ID:0ot0KcnA
 しかも、その間にもEXゴモラはメカゴモラへの攻撃を休めることなく、コックピット内にも衝撃が伝わってきて計器から火花が溢れて彼女たちに降りかかってくる。これでは探すどころの問題ではない上に、コックピット内にトリステイン語の電子音声で警報が響いてきた。
《ダメージレベル3、ダメージレベル3。損傷によりメインコンピュータがダウン。手動操縦により戦闘を継続してください》
 悪いことに、メカゴモラはもう自力では動けなくなってしまったようだった。つまり、このままではEXゴモラに一方的にやられ続けることになる。もちろん、その中にいる自分たちも……そのことに震えたモンモランシーが悲鳴のように叫んだ。
「これじゃまるで動く棺桶に入れられちゃったものよ! いったいわたしたちどうなるの! ねえキュルケ!」
「豚の丸焼きって知ってる?」
「いやぁーっ!」
 最悪もいいところだった。これならまだ超振動波で蒸発させられたほうがマシというものだ。
 ベアトリスも、誰かここから出して! と泣き叫んでいる。無理もない。しかし、この中でキュルケは妙な冷静さが自分の中にあることを感じていた。
「こんなとき、あの子なら決してあきらめずに打開策を考えるはず……って、またこのイメージ? でも、確かに一矢もむくいずにやられるのはわたしらしくないわね。何か、何か打つ手は……? あら?」
 そのとき、キュルケは床の上にいつのまにか一冊の本が落ちているのを見つけた。
「これって……!」
 キュルケは急いでページに目を通した。これなら、もしかして! 
 だがその間にも、ダウンしたメカゴモラへのEXゴモラの猛攻は続き、倒れたメカゴモラはEXゴモラの尻尾で滅多打ちにされていた。あと数分もしないうちに、関節からバラバラにされそうな勢いだ。
 あの宇宙人は、EXゴモラがメカゴモラに攻撃を続けるのを今度は止めようとはしていない。先に、ルイズたちが特殊光線でメカゴモラの内部へと収容されるのを確認していたからだ。確かにあの状況では、メカゴモラの内部へ収容するしか彼女たちを救う方法はなかったに違いない。しかしそれは、わざわざ獲物が檻の中に飛び込んでくれたも同じことであり、しかもメカゴモラがこの損傷レベルではEXゴモラの相手にはならないとわかると勝利への確信に変わっていた。
「その調子ですよEXゴモラ。そのままその鉄くずごとそいつらを叩き潰してしまいなさい。そうすれば、あいつもさぞ悔しがることでしょう。さて、わたしはこの間に、と」
 宇宙人はなぜかメカゴモラの最期を見届けることなく消えていった。
 が、宇宙人の命令が途切れたからといってEXゴモラの攻撃が止むことはなく、メカゴモラの限界は近づいていた。

794ウルトラ5番目の使い魔 81話 (9/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:29:15 ID:0ot0KcnA
 EXゴモラは、尻尾での殴打を止めると、完全にとどめを刺すべくメカゴモラの首をもごうと腕を伸ばした。だが、その瞬間!
「ナックルチェーン!」
 メカゴモラの腕からロケットパンチの要領でパンチが飛び出し、無警戒に接近してきていたEXゴモラの顔面に直撃して吹き飛ばした。いかに頑丈なEXゴモラでもこれにはたまらず、数百メイルを飛ばされて昏倒する。
 しかしメインコンピュータがダウンしていたはずなのに、今の攻撃はどうやって? その答えは、いまだ計器のショートが続くコックピット内で、キュルケがひとつのレバーを引いたことで起こったのだった。
「ふう、ギリギリ間に合ったみたいね」
 キュルケが、ルイズにはない豊満な胸をなでおろしながらつぶやいた。彼女が土壇場で操作した方法が、ナックルチェーンを発射する方法だったのだ。
 ルイズたちは、汗だくになっているキュルケに駆け寄った。今の一発がなければ、間違いなくメカゴモラは破壊されて自分たちもただではすまなかっただろう。
「すごいわキュルケ。でも、いったいどうして動かし方がわかったの?」
「説明書を読んだのよ」
 と、言ってキュルケがさっきの本を掲げると、一同は揃ってずっこけた。
「説明書があったの!?」
「ええ、ご丁寧に図入りで解説してあるわね。動かし方から武器の使い方まで、細かく載ってるわよ」
 見ると、操作マニュアルがトリステインの公用語で綺麗に印刷されていた。しかもそれぞれの座席をよく見ると、一冊ずつマニュアル本が付属していた。
 なんという律義というか親切な……ルイズたちは一冊ずつマニュアルを手に取ってパラパラと目を通した。もちろんルイズたちは機械なんて一度も動かしたことはないけれど、図解入りで細かく説明されているのでなんとなく理解できた。さすが、ルイズとキュルケだけでなく、モンモランシーとベアトリスも優等生なだけはある。
 そして、当面の危機を脱するためにやらねばいけないことも理解できた。無茶苦茶というか狂気じみているが、ここを生き残って才人やギーシュにもう一度会うためにはそれしかない。ルイズは真っ先に空いている席に座ると、キュルケに問いかけた。
「キュルケ、わたしがこの説明書を読み終わるまで持たせることができる?」
「ルイズ、あなたやっぱりやる気なのね?」
「やるしかないでしょ! わたしたちがこのゴモラのガーゴイルを動かして、あのニセゴモラを倒すのよ」

795ウルトラ5番目の使い魔 81話 (10/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:31:29 ID:0ot0KcnA
 それを聞いて、ベアトリスは愕然とした。
「わ、ヴァリエール先輩、本気ですか!」
「本気も正気よ。こんなもの、ちょっと大きいだけのガーゴイルじゃない。土くれのフーケのゴーレムとたいして変わらないわ。あんただって土の系統でしょ? あんまり大きいものだから怖気ずいたの?」
 例えが無茶苦茶だが、ルイズが本気だということは恐ろしいほどわかった。ルイズは頑固で融通が利かないが、一度吹っ切れるとやると決めたことはてこでも曲げない。ベアトリスもルイズの本気の眼差しに、もうできるできないがどうこう言っている場合ではないと、涙目ながら覚悟を決めた。
「う、どうしてわたしがこんな目に。けど、こんなもの動かすのなんて初めてだし……そうだ! ティア、ティラ、あなたたちミスタ・コルベールのオストラント号を動かしたことがあったわね。だったらこの機械も使い方がわかるんじゃないの? 手伝ってよ」
「了解でーす。フフ、こんな大きなロボットを動かせるなんて、なんかワクワクしゃうわ」
「ティア、男の子じゃないんだからはしゃがないの。姫様、こっちでできるだけサポートします。心配しないでやっちゃってください!」
 ティアはいつも通りに軽口を叩いているが、やはり緊張からか語尾が少し震えている。しかし空元気でも、ベアトリスは、彼女たちが勇気を振り絞っているのに自分だけ怯えているわけにはいかないと涙を拭いた。
 そしてベアトリスは副操縦席、ティアとティラは機関部や兵装を管理するメンテナンス席に座った。これで、メイン操縦席に座ったルイズと火器管制席に座ったキュルケに加え、モンモランシーもレーダー席に座ることで配置は決まった。
 メインスクリーンには起き上がって近づいてくるEXゴモラがはっきり映っている。その殺意と怒りに満ち溢れた顔に、ルイズたちは息をのむ。この化け物を、これから自分たちだけの力で倒さなければならないのだ。しかし、魔法世界で生まれ育った少女たちが、こうしてオーバーテクノロジーのスーパーロボットに乗り込んで戦うなんて滅茶苦茶もいいところだ。
 けれども、彼女たちの目は杖を握って呪文を唱えている時と変わりはない。その心に秘めているものはいつもひとつ。
「こんなところで死んでたまるもんですか。あのバカ犬に、わたしを守るのはあんたの義務だってことを徹底的に叩きこんでやるんだからね」
「ギーシュ、あんたには約束した遠乗りの予定が山ほど詰まってるんだからね。全部守らせるまでは逃がさないんだから」
 ルイズとモンモランシーは、石にかじりついてでも生きて戻ろうと決めていた。魔法であろうが機械であろうが関係ない、彼女たちは愛のために戦っているのである。
 メカゴモラが手動操縦で動き始める。まだ全員がマニュアルを読み切っておらず、機体の復旧と冷却の真っ最中の有様だが、確かにメカゴモラに人間の血が通い始めたのだ。
 
 
 だが、いったいメカゴモラは何者が作り出して送り込んできたのだろうか?

796ウルトラ5番目の使い魔 81話 (11/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:32:49 ID:0ot0KcnA
 そのころ、トリスタニアのはるか地下にある地底空洞。以前は円盤生物が格納され、現在は誰からも忘れ去られていたそこには、一大科学工場が作られ、超近代設備の元で様々な超科学兵器が製造されていた。
 それは、わずかなデータだけでメカゴモラを短期間で制作できるほど高度な代物であったが、今この工場は火花をあげて炎上していた。そしてむろん、この破壊は工場の主の意思ではない。
「フッフッフッ、よく燃えてます。これでもう、この工場は使い物になりませんね」
 工場の爆発を眺めながら、コウモリ姿の宇宙人は愉快そうに笑っていた。彼が戦いの最中だというのに姿を消したのは、メカゴモラの出現点からこの工場基地を割り出して破壊するためだったのだ。
「こういうことは昔から私たちの得意技ですしねえ。これで多少は溜飲が下がりました。ざまあみろ、といったところですか。おや? おおっと!」
 そのとき、無数の銃弾が彼に襲いかかったが、襲撃を予期していた彼は余裕を持って銃撃をかわし、銃弾は工場の壁をえぐりとるだけで終わった。
 そして彼は、自分に銃撃を放ってきた相手を、工場の燃え盛る炎の中にたたずむ一人の人影に見据えた。しかし、燃え盛る炎の中に平然と立ち、その手に二丁の巨大な銃を持った姿は、明らかにまともな人間のものではない。
「遅かったですね。あなたの自慢の工場はこのとおり、もうただのガラクタになってしまいましたよ」
 彼は勝ち誇るようにそう告げた。どんな強固な基地も、かつて防衛チームMAT基地が崩壊したときのように、内側からの攻撃には脆い。初邂逅の時に殺されかけた仕返しだと、嘲り声を向けた。
 しかし……相手は低い笑い声を漏らすと、涼やかささえ感じる美しい声で答えた。
「う、ふふふ……人の留守中に空き巣火付けに入るなんてひどい方。やはりあなたはあのときに念入りに殺しておくべきでしたね」
 声色こそ穏やかだが、純粋な殺意のこもったその言葉は、気の弱い者が聞けば震え上がるのではというほどの凄味に満ちていた。
 片手で、普通の人間ならば持ち上げることさえ困難な大きさの銃を軽く玩び、その目は闇夜の猛禽のように宇宙人を睨んでいる。もしも宇宙人が少しでも隙を見せれば一瞬にしてハチの巣にしてしまうであろう殺気を放ちながら、そいつはさらに言った。
「でも、私は貴方に弁償していただきたいとは思っておりませんわよ。これくらいの工場はいくらでも替えができますわ。私が怒っているのはもっと別なこと……あなたは、私の大切な友人に手を出しました。わかっていてやったのでしょう?」
「もちろん。事前のリサーチは大切ですからね。昔、私の出来の悪い同胞が似たようなことをやったそうです。ですが、ウルトラ戦士や人間たちにはよく効く手段ですが、正直ここまであなたが怒られるとは思いませんでした。あなた、本当に”あの方”なんですか?」
「ええ、あなた方は勝手にそう呼んでおいでのようですが、私のことを正しく表現してはおりませんわね。まあ、私にはどうでもいいことですが、あなたは殺します。覚悟はできていますね?」
 二丁の銃口がコウモリ姿のシルエットを狙う。しかし彼も余裕ありげに言って返した。
「おあいにく、私もあなた同様に宇宙にそこそこの悪名を知られる星人の一角です。ふいを打たれでもしない限りは簡単にやられはしませんよ。それより、あなたの大切なご友人たちは、ほっておいてよろしいんですかね?」
「それなら心配いりませんわ。この星の方々は、あなたの思うよりずっと強いですわ。戦う武器を手にできれば、あなたの手下ごときにやられはしませんよ」

797ウルトラ5番目の使い魔 81話 (12/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:35:45 ID:0ot0KcnA
「……あなた、いったいこのハルケギニアで何がしたいんですか? 怪獣や武器をばらまいておきながら、一方では人間を守ろうとしている。あなたの目的はなんなんです?」
「ふふ……私は、この星の人間たちの自由と幸福を守りたいだけですわ……少なくとも、この星の人々を自分の目的のために利用しようとしているあなたの敵ではありますね」
 そいつは謎めいて答えた。少なくとも、嘘を言っている口調ではないが、コウモリ姿の宇宙人は、この相手の中にヤプールなどとはまた異なる、一種の狂気を感じ取った。
 工場の爆発の炎が二対のシルエットを照らし出す。片方は背中に黒いマントのような翼を持つ星人……もう片方は絵画の中から呼び出されたかのような美しい人間。
 いずれにせよ、この二者が互いを敵として認識しあったことだけは間違いない。そして、ハルケギニアにとっては二人とも危険な存在であることも違いなく、両者は睨み合った後に、コウモリ姿の宇宙人のほうがつまらなそうに言った。
「あなたほどの人が、どうして人間にそこまで肩入れするのかわかりませんね。確かに、人間という生き物は宇宙でも稀に見るほどの精神エネルギーを発生させられる生き物ですが、あなたはそれを利用する風でもない。けれど、そんなに人間を買っているのでしたら、あなたのメカゴモラに乗り込んだ人間たちが、私のEXゴモラを倒せるか、ひとつ賭けてみますか?」
「まあ、私が助けに行けないようにここで足止めするつもりですね。それでしたら、今度こそあなたには私の前から永久に消えていただきますわ!」
 その瞬間、二丁の銃口が同時に火を噴いた。コウモリ姿の宇宙人はとっさに回避したが、半瞬前まで彼がいた場所の背後の壁が信じられないほど大口径の銃弾によってえぐられて粉砕された。
 これではまるで小型のミサイルだ。彼はかわしはしたものの、相手が銃の重さや反動をまるで無視してこちらに照準を合わせ直してくるのを見て、生半可な力ではこれから逃げることもできないだろうと判断した。
「仕方ないですねぇ。ここまでしたくはなかったのですが、こちらも少々本気を出させていただきますよ!」
 彼の右手に両刃の剣が現れた。それと同時に、彼の左手に紫色の人魂のようなものが現われ、彼はそれを自分の体に押し当てるようにして取り込んだ。
「フウゥゥゥ……エンマーゴの魂よ。お前の力、いただくぞ……さあて、これでも私をさっさと始末できるかなぁ?」
「あら、なぶり殺しのほうがお望みとは趣味の良くない方。でも、そのくらいで私に太刀打ちできるでしょうか?」
 相手は口元を大きく歪めて、しかし目元には慈母のような優しげな笑みをたたえながら歩み寄ってくる。
 対峙する二人の宇宙人。彼らの横合いでは、ただひとつ残ったモニターが地上のメカゴモラとEXゴモラの戦いを映し続けている。
 
 生き残るのは誰だ? 張り詰めるメカゴモラのコクピットの中で、ルイズはEXゴモラを睨みながら怨念を込めてつぶやいていた。
「あんたのせいよあんたのせいよあんたのせいよ……サイトが浮気するのもせっかく買った服をなくしちゃったのもわたしより胸がおっきい女ばっかりなのも、みんなあんたのせいだって今決めたわ! よって死刑。死刑ね、死刑にしてあげるから覚悟なさい!」
 怒りのままに罪状を並べ上げ、ルイズの殺気がすさまじい勢いで増していく。その怒りのオーラがメカゴモラにも伝わったのか、心持たぬはずの鋼鉄の巨獣が生きているように吠えた。
 そんな殺気立つルイズに、ベアトリスやモンモランシーは気圧されて引くしかない。しかし、ルイズの殺気に当てられて落ち着きを取り戻したとき、モンモランシーの鼻孔を不思議な香りがくすぐっていった。
「え……この、香りって?」
 ほんの一瞬、鉄と油の匂いに紛れていたが、香水の異名を持つモンモランシーにはそれを感じ取れた。嗅ぎ覚えのある、ある人物の愛用している香水の香りが。
 しかし、迫り来る戦闘の緊迫感は、ゆっくり考える時間など与えてはくれなかった。モンモランシーは自分のついた席の役割を覚えるためにマニュアルに目を通す作業に戻させられる。
 メカゴモラvsEXゴモラ。今、史上空前のスーパー・バトルが始まる。
 
 
 続く

798ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:40:13 ID:0ot0KcnA
今回はここまでです。では、また

799物知りな使い魔:2021/08/03(火) 17:53:41 ID:lLHDRcOA
初ss投下です。
作品は「魔法少女育成計画ACES」より「物知りみっちゃん」です。
18:00に投下します。

800物知りな使い魔 1話:2021/08/03(火) 18:01:03 ID:lLHDRcOA
 サモン・サーヴァントとは、メイジが一生の内に使えるために契約する使い魔を呼び出す神聖な儀式だ。神聖な事から、よほどの事が無い限り、やり直すなんてことはあってはならない。一度契約すれば主人が死ぬまでお仕えする事を破ることは出来ない。それでも、この結果は、あんまりではないか。
 同級生が様々な使い魔を呼び出す中、ついに最後となった、メイジであるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが呼び出した使い魔は、目の前で倒れている、一人の少女だった。
 由緒正しき家筋の出のルイズが呼び出したのが、目の前の白衣で体を覆われ、被っていたであろう黒い帽子を地面に転がしている少女だ。杖らしきものは周りに見当たらない。マントも見えない。少女は平民だった。
 これは悪夢なのか。否、これは現実である。それは、周りの同級生たちと一人の男性教諭からの冷たい視線を後ろから突き刺さる感触が生々しくて、現実以外に考えられない。

「……ミス・ヴァリエール。これは」

 口を閉ざしていた男性教諭『ミスタ・コルベール』が口を開く。無理もないだろう。なにせ、人間を、それも『平民』をサモン・サーヴァントという人生の一大イベントの一つを担うこの場で呼び寄せてしまったのだから。

「ミスタ・コルベール。やり直させてください!」

 頭が認識するよりも早くルイズはコルベールに懇願した。こんな異例な事態。いくら神聖な儀式とはいえ、やり直すことは出来るかもしれない。いや、出来る。そう考えなければ、再活動を始めた頭が再びフリーズしてしまい、壊れてしまいそうだった。しかし、コルベールはルイズの予想した言葉を発さなかった。
 コルベールはルイズの横をすり抜けて、真っ先にルイズが呼び出した白衣姿の少女の元へ走り寄ったのだ。いったいどうしたのだ。ルイズの後ろに回ったコルベールへ向く。コルベールは倒れている少女の前で座っていると、あろうことか少女が着ている白衣を無理やり脱がしたのだ。いくら平民とはいえ、教諭が何をしているのか。ルイズは頭に血が上るのを直に感じ、怒鳴る。怒鳴ろうとする。しかし、それよりも早くにコルベールの言葉が、辺りに響くほどの大きさで紡がれた。

「今日の『春の使い魔召喚の儀式』は終了とします! 直ちに水のメイジは集合してください! それ以外は速やかに寮へ戻りなさい!」

 こちらに向かってしゃべったコルベールの顔には、何処か焦りが見えていたように感じた。

801物知りな使い魔 1話:2021/08/03(火) 18:02:12 ID:lLHDRcOA
 幼い頃、魔法少女に憧れていた。可愛く、可憐で、美しくて、優しくて、困っている人の力になって、時には危険な目にも合っちゃうけど、それでも、やっぱり『みっちゃん』は魔法少女に憧れていた。
 現在、みっちゃんは魔法少女に憧れる事がなくなった。なにせ、もう既に自分は『物知りみっちゃん』という魔法少女になってしまったのだから。それでも、こんなのは、幼い時に憧れていた魔法少女とは大きく違う。
 異世界の『魔法の国』から魔法少女の力を授かり、『人事部門』の『汚れ仕事』をして生計を立て、毎日見るのはみっちゃんが殺した魔法使いか魔法少女の死体。こんなのは、とてもみっちゃんが描いていた魔法少女とは、百八十度違った。それでも、やり直すことなんで出来なかった。もう遅いからだ。
 最後にみっちゃんの死地となった場所は、あの周りが田んぼに囲まれた畦道だ。『魔法の国』の三大派閥の内の一つの『プク派』の動向をいつも共に行動していたチームとは外れて観察していた時だった。あの『忍者モチーフの魔法少女』に襲われたのは。
 『投げたものが百発百中』の魔法を持つと予想された魔法少女は玄人だった。殺意だけを向けられて、みっちゃんはそれに『魔法』を使って返した。
 苦無を投げられれば、大岩や板で防ぎ、刀が振るわれればガトリング砲で弾いたりと、何とかしのいでいった。それでも、詰めが甘かった。
 忍者に止めを刺そうとし、それが『忍者の策略』に陥ったことで状況は反転。最後にみっちゃんが意識を失う前にみた光景は、忍者の刀がみっちゃんの体に突き立てられようとする直前だった。



 瞼がゆっくりと開かれる。瞳に少ない光が差し込まれる。ここは、いったいどこだろうか。
 上半身を起こす。体に掛けられていた掛け布団がずり落ちる。……ベット?
 違和感が頭に侵入してくる。どうして、自分がベットで寝ているか。そもそも、ここはどこなのだろうか。
 ふと、自分の体に視線が移る。いつものコスチュームではない。いつも身に着けている梟型のポーチも見当たらず、着ているものはいつもの白衣ではなく、簡素な服。
 心臓辺りに手を這わせる。痛みが無い。血も見当たらない。頭の側頭部にも手を這わせるが、血がついていない。これはいったいどういう事だろうか。

「――ん、ぅ」
「っ!?」

 いきなりうめき声が聞こえてきた。咄嗟に隣の机にある花瓶を手に持つが、すぐにそれは杞憂に終わった。
 みっちゃんが寝ていたベットに寄り添うようにして眠っている、桃色のブロンド髪を肩に掛けた幼い少女。年齢は今のみっちゃんの外見年齢より少し上だろうか。顔が見れないが、恐らく日本人ではないだろう。
 彼女はいったい誰か。その疑問が頭を埋め尽くし、それが今までの情報によって一つ一つ組解かれ、最終的には『彼女がみっちゃんの怪我を治してくれた少女』という結論に至った。
 助けてくれたことに感謝したいが、今のこの状況をまずは何とかしなければならない。
 少女を起こさないようにベットから抜け出し、この部屋――医務室だろうか――にある扉のドアノブに手を掛ける。鍵がかかっているわけでもなく、それはすんなりと回った。監禁されているようではないらしい。扉の隙間から外を覗く。西洋風の造りの廊下が見え、明かりが見当たらない。魔法少女は夜目が聞くため、明かりは必要ないが、人が通りそうな廊下からの逃走はあまり良い手ではない。
 ならばと次に目につくのは、闇が立ち込める外へと続く窓。こんどはそっちに手を掛ける。鍵はついているが、一般的な内側から開錠が出来るタイプだ。これならと、みっちゃんは素早く鍵を外して窓を開け放った。
 蒸し暑い空気が外へ逃げだし、涼しい風が中へと流れだす。後はこのまま外へ逃げだせば――

「――えっ」

 後ろから声を飛び出してきた。振り向きそうになるも、これ以上顔を見られるわけには行かない。みっちゃんは、後ろからの声も気にも留めずに、その場から飛び降りた。

802物知りな使い魔 1話 あとがき:2021/08/03(火) 18:03:03 ID:lLHDRcOA
これで1話は終わりです。ではいつか。

803名無しさん:2021/10/06(水) 21:49:38 ID:AbxzNQG6
乙乙


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板