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【オリスタ】FullBlackHabit 【SS】
102
:
d154izBE0
:2015/08/03(月) 17:56:13 ID:MRu.bgz60
人気のない談話室に、通りを走り抜けるタクシーの走行音が、ゆっくりと響き続けていた。他の住民はなにをしているのだろう? 各々の部屋にいるのか、他の共同室に集まっているのか、クソ真面目に授業に出ているのか……よくよく考えてみれば、大学の仕組みを知らない俺に、大学生の行動などわかるはずもない。
103
:
d154izBE0
:2015/08/03(月) 17:57:03 ID:MRu.bgz60
いつ、気がついたんだ。と俺は訊ねる。
ずっと気になっていたことだった。俺と”ランドバロン”との関係はもとより、俺自身のこと、そして、”ランドバロン”の目的について。
シズカは紙コップからコーヒーを啜る。テーブルの上は二、三冊の書籍が重ねられている(一番上の書籍は『飛び道具:投擲技術の歴史』と題されたクソ分厚い本だった)他は、ロッキーマウンテンのリンゴ、スキットルズとか、そういった菓子類と、加糖コーヒーのペットボトルで埋まっていた。
何の話? とシズカが尋ね返す。心なしか、俺は気圧されていることに気付く。私を性的な眼で見ていたことについて?
違う! 俺や、俺とお前の父親の関係についてだ! 初めから全部わかっていたのか? それとも完全に偶然なのか?
シズカはほんの少しだけ、考えこむような仕草を見せるが、ほとんど途切れなく、ロッキーマウンテンのリンゴが乗った皿へ関心を移す。そして、いつの間にやら手にしていたポケットナイフでリンゴを切り分けていく。なるほど。それなら質問の仕方が違うね。「いつ」ではなく「なぜ」と聞くべきでしょう。それから小さなリンゴ片をナイフで突き刺し、俺の方へ向ける。とりあえず食べる?
いや、いい。じゃあ聞き直すが、「なぜ」気付いたんだ?
104
:
d154izBE0
:2015/08/03(月) 17:57:45 ID:MRu.bgz60
うーん、微妙。なんていうかなあ、その質問自体がね、面倒で……。
シズカがナイフとリンゴを手放す……空中で。しかし、ナイフもリンゴも、空中で静止したままピクリとも動かない……シズカの身体から飛び出した、もう一つの、半透明の手がナイフとリンゴを掴んでいたからだ。「スタンド」、という言葉が頭に浮かんだ。
間違いなかった。シズカは「スタンド」使いだ。
だが、なぜ隠さない?
さすがに「コレ」は見えるよね、とシズカは再びナイフを手に取り、リンゴを口に運ぶ。ま、次からは、見えないふりをしたほうがいいかもね。俺は「シズカはスタンドを隠している」という前情報のせいで、酷く動揺していた。しかしシズカは察しているのか察していないのか、話し続ける。これが、多くの人が「スタンド」と呼ぶ超能力。そして私たちは「スタンド」が使えるから「スタンド使い」と呼ばれている……。
俺は、と俺は声を絞り出す。その名前を今日はじめて知ったけどな。「スタンド」を。
105
:
d154izBE0
:2015/08/03(月) 17:58:16 ID:MRu.bgz60
別におかしなことではないけど……とシズカは次の一切れをナイフで突き刺す。ところで……「スタンド使い」の性質は知ってる? つまり、私の父から説明されたかどうか、ということだけど。
……さあ、知らないな。普通じゃない現象を起こせる、とかか? 幽霊みたいに誰にも見えないとか……。
それは「スタンド」の性質だね。私は「スタンド使い」の話をしているんだよ、ジョニー。そしてシズカ・ジョースターの半透明な腕が、ナイフを再び摘み……空中で一切れのリンゴをバラバラに切り刻んだ。
俺の「スタンド」では出来ない芸当だった。
……例えば、今、私は、自分の手でリンゴを切ることもできた、とシズカは言った。
でも、そうはしなかった。私はナイフがあれば「精神」の力だけでリンゴを切れる。世の中には「切り刻む」ことに特化した「スタンド」もいて、そうした「スタンド使い」はナイフがなくてもリンゴを切り刻める……一方で、殆どの人間は、手を使って、物理的にリンゴを切断するしかない。しかも……ナイフの作り方すら知らない。
「スタンド使い」の性質①は、難しい言い回しをすれば、「過程を無視して、事物に、精神的に干渉できる」こと! ざっくばらんに言えば、「スタンドを使えば普通はできそうもないことでも、手っ取り早く簡単にできる」ってことだけど……。
106
:
d154izBE0
:2015/08/03(月) 17:59:10 ID:MRu.bgz60
……何が言いたいのかわからないぞ。お前の「スタンド」は、俺の背後関係を覗き見る「スタンド」ってことなのか?
せっかちだなあ。まあ最後まで聞きなよ……そもそも「スタンド使い」の話だと言ったでしょう。ま、そういう「スタンド」もいるけど……それはさておき、そういうスゴい「スタンド使い」がどんな存在なのかといえば、それは【人間じゃない】わけだ。
……はあ? 俺は人間だぞ?
ん……まあ、そう思うのは自由だけど、「スタンド使い」以外に「スタンド」が使える生物なんていないからね? 「人間」はリンゴを切るために何千年と苦労してきた。このナイフを造るためにね。それをどう? 私たちは下手をしたら一切の物理干渉なしでリンゴを切れる。それって「人間」と言えますか? 【人間じゃない】でしょう?
……言いたいことはわかるが共感はできないな。しかも益々何が言いたいのかわからないぞ。シズカは嫌そうな顔も、嬉しそうな顔もしなかった。ただただ興味深そうに俺を見ていた。まあ、別に理解さえしてもらっていれば、話は進むから、どう思ってもらってもかまわないんだけどね。それで本題。「スタンド使い」達は、一つだけ、「人間」ととてもそっくりな所がある。なんだと思う?
俺は学生じゃあねえんだぞ、質問は止めてくれよ。
今、答えておけば、あとで私に質問しても許されるかもしれないのに?
忌々しい考え方だな。姿形か?
残念。シズカ・ジョースターはトーンの高い、嬉しそうな声を出したが、目は全く笑っていなかった。ジョニー、あなたは会ったことがないかもしれないけど、「スタンド使い」は人間の形をしているとは限らなくて、動植物の「スタンド使い」もいる……こうした「スタンド使い」達の性質②は……「群れる」こと。「スタンド使い」と「スタンド使い」は引かれ合う。磁石のS極とN極、男と女、花と虫のように……。
107
:
d154izBE0
:2015/08/03(月) 17:59:58 ID:MRu.bgz60
ジョニー。私はね、父が……”ランドバロン”が「刺客」を用意していることは知っていても、それが誰かは知らなかった。本当にね。ただ、それでも「あなた」が「刺客」で「スタンド使い」であることはすぐにわかった。のんびりと公園のベンチで過ごしているだけでも、わかる……というか、そうしているだけで「刺客」の正体を掴めると知っていた、といったほうがいいかな。偶然がないということ、スタンド使いの「引力」の力と範囲の知識、あとは多少の経験があれば簡単だよ……ま、会えて嬉しいかどうかは微妙だろうけど……。
めちゃくちゃに微妙だ。今のところは。
108
:
d154izBE0
:2015/08/03(月) 18:00:20 ID:MRu.bgz60
……いや、待てよ、それはおかしい、と俺は口をはさむ。俺は今日の今日まで、俺以外の「スタンド使い」に会ったことがないんだぞ?
シズカは少し疲れたような素振りと、溜め息をついて、レースカーテンを少しばかり開けた。まあ、そうかもね。そこが非常に肝心なところで……多くの「スタンド使い」は……特に私の父は……スタンド使いの「群れる」性質を、良い意味で「出逢い」とか「運命」だと考えている。この広大な世の中にあって、掛け替えのない仲間や友人と巡り合うことができる素晴らしい力だ、と……だからジョニー、父は、あなたを平気でマンハッタンに呼び出せる。
でも本当のところは、この「群れる」性質は、必ずしも良いものとは限らない。
109
:
d154izBE0
:2015/08/03(月) 18:00:50 ID:MRu.bgz60
シズカは言った。今から十、二十年前、エジプトの「カイロ」、日本の「モリオウ」、そしてイタリアの「ネアポリス」で、ある「禍」が起きた、と。
「スタンド使い」は「スタンド使い」と引かれ合う。そうして集まった「スタンド使い」は、さらに強い力で「スタンド使い」を引き寄せる。それも無制限に。結果的にもたらされたのは、「スタンド使い」の理想郷の誕生などではない……善良ではない超能力者たちも街に集まり、そこに制御不能な破壊と苦難を……「禍」をもたらした。そしてまた、「禍」は「禍」を、「スタンド使い」によるテリトリー争いにも似た戦闘の潮流を起こす。
取り返しの付かないような破滅を。
110
:
d154izBE0
:2015/08/03(月) 18:01:26 ID:MRu.bgz60
……結局、SPW財団と……「禍」を暴力で押さえ込んだ「ネアポリス」の連中は、「スタンド使い」達を、出来うる限り、文字通り「孤立(Stand-Off)」させるための方策を取った。決して「群れ」ないように。「監視」とか「探索」が得意な「スタンド使い」を利用して……もちろん、財団と「ネアポリス」の連中とでは、微妙に目的が違うけど……まあ、そういうわけで、別に今まで「スタンド使い」と会ったことがなくても、不思議ではないね。
おいおい、やっぱり不思議だぞ、と俺は言う。そのトンデモな話を信じるとして、だ。二つばかり不思議なことがある。まず、その「孤立」は、十、二十年前からの話だろう? 俺がスタンドを使えるようになったのは三十年以上前だぞ。
シズカが俺を訝しげな視線を向ける。三十年以上前? 小さい頃からスタンド使いだったってこと? それとも生まれた頃から?
いや、厳密には十五歳の頃だから……三十八年も前か。ほぼ四十年前だな。
……五十代? シズカが少しばかり、声色を変える。へえ、三十代くらいに見えるね。星系が趣味なの?
よく言われるが、別に何もしてないぞ。今年で五十三歳だ。国民IDにだって、そう書いてある。「スタンド使い」とやらは、みんな俺みたいなもんだと思っていたが……。
シズカは悩ましげな表情でつぶやく。ふぅん……ま、それはそれとして、「群れ」についても不思議はないよ。「スタンド使い」たちが大量に現れるようになったのは、ここ十年、二十年の話だからね。幸運か不運かは別として、おかしくはない……しかし珍しいね! 四十年近く前からの「スタンド使い」ということは、父よりも年季がある! 私の知る限りでは、一番、年寄りの「スタンド使い」かもしれない。
111
:
d154izBE0
:2015/08/03(月) 18:02:03 ID:MRu.bgz60
感心するのはあとにしてくれ。もう一つ疑問がある。もし「禍」とやらが本当なら、なぜ俺はここにいる? そしてなぜ俺と……君しかいないんだ?
……結局、疑問で合計三つじゃないですか。構わないけど。まず何故あなたがSPW財団や、その背後にいる危ない人達の監視を潜り抜けてここのいるのかといえば、もちろん私の父、ジョセフの個人的な伝手によるものだから……さっきも言いましたが、父は、この「禍」に対して極めて楽観的でね。
そして、シズカはギラついた目で、再び俺を見る。片手でレースカーテンを捲る……開いた窓から、タクシーが行き交うマンハッタンの景色が見える。
それで、私とあなたしか引力が働いていないのではないか、ということだけど、それは間違い。いま、ここにいる「スタンド使い」は、私とあなただけじゃない……。
「禍」はもう、始まっているんですよ。
112
:
d154izBE0
:2015/08/03(月) 18:02:31 ID:MRu.bgz60
あそこにいる女の子が見える? と、シズカが呟く前から、俺は門の前の少女を見ていた。例のイカれた女だ。しかし今は、うろうろと動きまわるのを止めて、赤煉瓦の柱の影から、こちらをジロリと見上げていた。
ああ、あの気味悪い子だろう……「スタンド使い」なのか? 知り合いか?
知り合いと言えば知り合いかな、仲は壊滅的に悪いけど。とシズカは笑みを浮かべた。彼女の名前は「アイラ」。ご察しの通り「スタンド使い」。どんな「スタンド」なのかは……検討はつくけど私も知らない。年齢は十八歳。イタリア国籍。名前からして、母親は異邦人かな? どのみちアメリカ人でもなければ、旅行者でも移住者でもない……。
……まさかとは思うが、例のマフィアか? あんな子どもが?
イエス。ネアポリスのマフィア「パッショーネ」の暗殺グループの新米……くだらない話ではあるけど、おかしな話ではないですね。今の「パッショーネ」の主要メンバーの半分は、トップも含めて、元々は「ちびっこマフィア」だから……非行青少年の社会復帰にこれっぽっちも興味がない、というか、マフィアこそが落ちこぼれの社会復帰の現場だと信じている。彼らは、若者がレアル・マドリードの選手とか、カルバン&クラインのスタイリストに憧れるのと同じくらい、マフィアに憧れるのも至極当然だと考える……ま、ろくな高等教育も受けてないような奴らの考えなんて、そんなもんですよ。で、今、あのかわいそうな「ちびっこマフィア」が、私を狙っている……正確には、狙うかどうか迷ってる、というところだろうけど。
113
:
d154izBE0
:2015/08/03(月) 18:03:52 ID:MRu.bgz60
……与太話にしか聞こえないが、一応、聞いておきたいね。なぜ「パッショーネ」はお前を狙っている? 仮に狙っているとして、なぜあの子独りなんだ? しかも、どうしてあんなに堂々と姿を見せているんだ? 君は、なぜそんなに平然としていられるんだ? 何もかもがすっきりしないぞ……。
ジョニー、あなたは馬鹿じゃないんだろうけど……でもちょっとばかり、賢いとも言えませんね。質問が多すぎる。しかも、重要な質問がすっかり抜け落ちている……ま、お答えしましょうか。第一に、彼女の目的はジョニー、あなたと同じ。
私の「スタンド能力」を暴くこと。それから……。
私を身代金として、私の父、ジョセフの遺産を強奪すること。
……気付いてはいたんだな。
もちろん。あなたもそうでしょう? ジョニー。私があなたの能力とか、そういうのを察していることを念頭に置いているから、こっそりとではなく、堂々と接触してきた……たぶん、あなたの能力はかなり近距離でしか使えなくて、それでいて、スピードやパワーに欠ける。戦闘や窃盗は無理だから、交渉か、私の油断を引き出すことでどうにかしようとしている……そして、あなたは私を人質にすることは考えてはいないけど、どうにかして遺産の一部でも得られないか、とも思っている……私の“友人”になれたら、どちらも不可能ではないからねえ。
114
:
d154izBE0
:2015/08/03(月) 18:04:58 ID:MRu.bgz60
そして第二に、あの子は独りじゃない。「パッショーネ」の暗殺チームの組織図は複雑だけど、直接の暗殺に関わる人間だけでも、二人から六人程度のチームを組んでいることが普通だから。まして彼女は新米だからね。単独行動は許されていない。
……おいおい、っつーことは、最悪、あと五人のマフィアが、この辺りにいるってことか?
いや、残りの五人は、もういない
……なんで?
それ言わせるわけ? とシズカはニッと口角を釣り上げた。殺したってことだよ。
二日前、バーナム・アイランドの彼らのセーフハウスで、五人は始末した……セーフハウスの掃除人と一緒だから、六人か。もっとも、本当の意味でいなくなるのは、もう一週間は先だけど……あの手のセーフハウスは、中で何が起こっていても、特定のメンバー以外は入るな、という厳命が敷かれているものだし……彼女に……「アイラ」に六人の死体を埋める根性があるとは思えないし……。
……おい、それは冗談なのか? ジョースター流の? 薄気味悪いぞ。
ははは、冗談だったら、良かったのにねえ。父が妙な気を起こさなければ、誰も死ぬことにはならなかったし、私は今頃、エチオピアをゆっくり回っているはずだったのに……いや、そもそも、フランスから出る必要さえなかったのに! どうして父親っていうのは、娘の日記を覗くようなことをするんでしょうねえ? 「スタンド」がどうこうなんて、どうでもいいことなのに……傍迷惑だね。「スタンド」なんてあるばっかりに、しつこい漫画家には追い回されるし、ダサい髪型のマフィアに付きまとわれるし、本当にもう……頭にくる。
115
:
d154izBE0
:2015/08/03(月) 18:06:35 ID:MRu.bgz60
……マジの話なのか? だとしたら、なんで殺したんだ。
もちろん、殺したのは、命を狙われたから……って言ったら、納得する?
……どうかな。
じゃあ、まあ、命を狙われたってことにしておきましょう。しかも、殺されるだけならともかく、私は年頃の女だし、奴らは国民皆保険に加入しているかどうかすら怪しいケダモノ。どんな目に合わされるか……そういうのもキライじゃないけど、ま、それはともかくとして、待ち伏せされていたんですよ。私を捕まえようとする悪いマフィアにね。殺す理由には十分でしょ? マフィアって言葉の響きだけでも殺したくなるっていうのに……。
待ち伏せだって? いや、それもおかしいだろう! だって君はフランスに留学していたはずでは……。
ああ、そっか。うーん……じゃあ、面倒臭いんで「嘘」でいいや。
いやいや、「嘘」って……。
どうでもいい話ってことだよ。話が進まなくなるし。そんなことより、三つ目の質問に移りましょうか。なぜ、あのかわいそうな「アイラ」が柱の影でビクついているのかって話……もちろん、私とマフィアが怖いから。
……君がイヤな感じの女だっつーのはわかったが、マフィアが怖いってなんだよ?
そりゃあ、新米とはいえマフィアの暗殺部隊の一員だからね。おめおめ逃げ帰った日には「ケジメ」をつけなきゃいけなくなるでしょ?
いや、そうじゃない。逆だ。あの娘が本当にマフィアの暗殺者なら、なんであそこでウロウロしてるんだよ? どうして躊躇しているんだ? 逃げたら「ケジメ」を取らなきゃいけなくなるんだろ? 君に返り討ちにされる可能性があるとしても、普通は突っ込んでくるはずだろ。
ああ、その話ね。とシズカは首を傾げた。まあ、ここまでの話を信じていないなら、なおさら信じられないと思うけど……実は「アイラ」はねえ、「あるマフィア幹部の娘」なんだよ。だから逃げ帰れば、助かる公算もそこそこある……実際、私と戦うよりは、無事で済む確率が高いだろうねえ。でもさ、仲間を皆殺しにされて、即帰国、ってわけにもいかない。少なくとも、私に挑んで返り討ちにあった、って実績くらいは欲しい、ってところかな……ま、どのみち、あの辺りをうろうろされてるのもキモいから、そろそろ踏ん切りをつけてもらわないと……。
116
:
d154izBE0
:2015/08/03(月) 18:07:16 ID:MRu.bgz60
シズカはカーテンレースを払いのけ、窓から身を乗り出し、叫んだ。おーい!
俺も、暗殺者との噂の女の子……アイラも、突然のシズカの大声に、身体を縛られた。
お仲間が最後になんて言ってたか知りたい? と、シズカは、駐車場の柱の影に隠れているアイラに呼びかける。アイラの表情は見えないが……わずかに見える身体の端々から、恐れが感じられた。
知りたいよねえ? あなたの愉快な仲間たちの、リーダーの臨終際の台詞なんだしさ……。
アイラが柱から顔を覗かせる……その肌に脂汗が滲んでいるのが見える。
「ママ」だってさ、とシズカは言った。さすが暗殺者のリーダーともなるとプロ意識が違うよねえ。あんなゴツい殺し屋がさあ、死に際に何を言うかと思ったらさ、「ママ」とかさあ。陳腐過ぎて笑い死ぬかと思ったよ……それに比べてさあ、あんたは、どういうつもりなわけ? そんなところでADHD患者の真似してたって、私を笑い殺せないよ。
117
:
d154izBE0
:2015/08/03(月) 18:07:40 ID:MRu.bgz60
全てがスローモーションに見えた。
先に動いたのはアイラだった。柱の影から素早く身を乗り出すと……例の玩具のような安拳銃を構えながら身を屈めた。小さな銃口はシズカ・ジョースターのいる窓へ……そして、その近くへいる俺へと向けられていた。
ドン、ドン、という、二発の重い銃声が、マンハッタンの街道を走り抜けていった。
118
:
d154izBE0
:2015/08/03(月) 18:08:04 ID:MRu.bgz60
ゆっくりと、二つの弾丸が、開いた窓に向かって飛び込んでくるのが見えた。
一発目は既のところでアルミの窓枠へ突き刺さり、ガキャン、と鋭い音を立てた。そして二発目は、俺のシャツの襟をねじ切り、背後の本棚に深い穴を空けた……。当たってもいないのに、頸動脈が「痛い」と叫んでいた。
おお、とシズカは振り向きざまに言った。ニアピン賞じゃない?
ふざけんなよ、と俺は叫んだ。心臓が破裂しそうなほど高鳴っていた。マジモンの銃じゃねーか! イカれている。こんな市街地で、なんてことを……。
マジモンの銃? どうかな? とシズカは再び窓の外へ眼を向けた。でも……やっぱり面白い「スタンド」だったねえ! お笑い芸人のわりには、やるじゃん。
119
:
名無しのスタンド使い
:2015/08/03(月) 18:08:43 ID:MRu.bgz60
既にアイラは姿を消していた。だが逃げたわけではないことは明白だった。階下から、悲鳴と、ドム、ドム、と鈍い銃声が、交互に鳴り始めたのだった。
あらら、皆殺しにするつもりなのかな? やる気満々だねえ。
シズカはまた、俺に顔を向けた。嫌な感じの、ニヤけた顔だった。
じゃあ、あとは頑張ってね?
……おい、何を言ってるんだ、お前は?
ん? とシズカは首を傾げた。いや、だからさ、あとは頑張ってよ。私は本を片付けないと……と、テーブルの上の本を抱え上げ、本棚に一冊ずつ戻し始めた。他愛もない本棚とは言っても、ちゃあんと体系づけて並べてあるんだよ……。
い、意味がわからないぞ? あんな挑発をしておいて、あのイカれた女を放置するのか? このマンションの連中、全員殺されるぞ!
全員殺される? 私は殺されないよ……あ、ちなみに下の階の連中は助けなくていいから。生命保険くらい入っているだろうし。そんなことより……ジョニーには頑張ってもらわないとね。
120
:
名無しのスタンド使い
:2015/08/03(月) 18:09:16 ID:MRu.bgz60
はあ? と俺が声を荒げると、シズカはにやりと不気味な笑みを浮かべた。
私の「スタンド」が知りたいんでしょう? 教えてあげるよ……元から隠しているつもりもなかったけど。ただ、噂話は光より早い。この御時世、「スタンド」っていうプライベートな情報が、あちこちに流出しちゃうのは困る。秘密を守れるくらいの「強かさ」がない人には、教えたくない……命がけで襲ってくるちびっこギャングを返り討ちにできるくらいの「強かさ」がないやつにはね。
私と秘密を分かち合えるような「友達」になりたいなら、追い払ってもいいし、怪我で動けなくさせても、気絶させてもいいし……殺してもいい。とにかく、アイラを「再起不能」にすること。私を失望させないでよ、ジョニー。「友達」っていうのは「対当」じゃないとダメなんだ……私が「友達になりたい」と思えるような強さを見せてよ。
おいおい! 無理に決まってるだろ! あの女は銃を持ってるんだぞ!
俺は次から次へと本棚に本をしまい、本棚から本棚へと歩きまわるシズカのあとを追う。シズカは俺も一瞥もせずに、冷たく言い放った。私の見込みだと、ジョニーなら大丈夫だよ。アイラは屑のわりには才能があるけど……まあ、所詮はお笑い芸人だよ。最悪返り討ちにあったとしても……私には関係ないし。
なんだと! と、シズカの後を追って本棚の裏に回ると……。
そこにシズカの姿はなかった。
121
:
名無しのスタンド使い
:2015/08/03(月) 18:09:44 ID:MRu.bgz60
「透明化」なのか? 姿を見せろよ! どうにかしろ!
ワガママだね、とシズカの声だけが、どこからともなく響いた。でも、今のテンションはちょっとおもしろかったから、特別にヒントをあげるよ……。
アイラの「スタンド」は結構特殊だけど……基本的には【近距離パワー型】だ。その力は、せいぜい半径十メートル以内でなければ発揮されない。不安なら、なるべく距離をとって戦うことだね。
スタンドの問題じゃないだろ! あいつは銃を持ってるんだぞ! 銃だ!
しかし……シズカは返事をしなかった。談話室には冗談のように空虚な静けさだけが存在していた……そして遠くから、濁った悲鳴と銃声が響き続けていた。
122
:
名無しのスタンド使い
:2015/08/03(月) 18:11:44 ID:MRu.bgz60
……というところで「5」はここまで。ぶっちしてごめんねえ! 忙しいのっ! 次からはガチの殺し合いだよん。
ここからは「5」の註釈です。読み飛ばして「6」へ行って結構。
123
:
名無しのスタンド使い
:2015/08/03(月) 18:21:39 ID:MRu.bgz60
・血の掟
主にシチリア・マフィアにおける制裁ルールと組織加入ルールをまとめたものだが、大概の闇組織には同様のものが必ず存在する。パッショーネの場合は「ライターの火を消さないこと」というヌルいルールだったが、組織に不利益を齎すものの殺害など、組織に対する裏切りを精神的・法的に防止するような加入条件があることが普通。
・比較文学
基本的には、ある特定の国家の文学と、別の国家の文学の比較から、各々の文化・文学の特性を引き出す学問のことを指す。発祥当時は画期的だったが、グローバル化が進む現在は国家間を横断して文学を研究することは珍しくなくなり(というより、特定の国家や作家に絞った研究がほぼやり尽くされた)、現在はより広範に、文化だけではなく、メディアや学問の壁を超えた文学研究として機能している。
・ポスドク
学生でも教員でもなく、金も貰えてない研究者、という宙吊りな立場。
124
:
名無しのスタンド使い
:2015/08/03(月) 18:22:33 ID:MRu.bgz60
・ロッキーマウンテンのリンゴ
アメリカのお菓子。丸々一個のリンゴに串を刺し、キャラメルとチョコレートでコーティングしたカロリー爆弾。とても美味しいが、日本では大阪でしか売ってない。残念。
・禍
「わざわい」や「か」、「まが(つ)」等と読む。文字通り「ふしあわせ」のような意味。
当SSでは、本文中の理由によって、イタリアだけではなくカイロと杜王町が(少なくとも一時は)悲惨な状況に陥った、という設定となっている。通常の警察力を超えた、制御不能な力がせめぎ合っている、という状態は一般的に「無政府状態(アナーキー)」といい、極めて不幸かつ不安定なものなのだ。誰が彼らを見張り、制御する力を持つというのか? 社会は超能力バトル漫画とは異なり、こうした人々を分断することでしか成立しない。
ところで、一般的に「女禍」というと中国唯一の女性皇帝「武則天」を指す(則天武后は彼女を皇帝ではなく、皇帝の后としてのみ認める、という立場での呼び名)。女性差別が最高に厳しい当時の中国にあって、策謀と恐怖によって権力を維持しつつ、中国を繁栄に導いた世界トップクラスの名君だが、その「恐怖」の部分のクローズアップと、「女」ということもあって、中国では評価が低い。
・落ちこぼれの社会復帰
実際、マフィア、ギャング、ヤクザなどの「組織」へ加入して活躍することが「立身」となりえるような社会や階層は世界中のどこにでもある。あなただって、学もなく、学校に通えるような豊かさもなく、容姿に恵まれているわけでもなく、サッカー選手になれるような才能もなく、雇用の窓口も非常にせまく、また就職しても大概は豊かになれないと確信できるような経済状況があり、不正が横行する社会に住んでいるとしたら、まず真っ先に犯罪者になることを考えるはずだ。
125
:
名無しのスタンド使い
:2015/08/03(月) 18:25:22 ID:MRu.bgz60
・セーフハウス
日曜朝のヒーロー番組と違い、どんな悪の組織も、数人や数十人で世界を支配しようとしているわけではない。彼らの前線を支えるアジト、セーフハウスがあり、彼らの兵站を支える「掃除人」や「ハウスキーパー」も多数存在する。
・近距離パワー型
原案の【ナポレオン・ソロ】はヴィジョンが拳銃に取り憑く物質同化型ですが、特性がわかりにくい(能力値が実情ではなく、スタンドのヴィジョンの力を反映している)ので、【近距離パワー型】に変更しました(ヴィジョンは消えてないよ)。破壊力と射程がEでも、取り憑く武器が武器だと能力値の意味がなくなっちゃうからね。変更後の能力値、能力は後ほど。
・シズカ・ジョースター
当SSのシズカ像は、インターネットに散らばる他のシズカ像に対する反感から出来上がっている。つまり、以下のようなシズカ像に対する「反(アンチ)」だ。
・概ね十代の快活で、ジョースターらしい正義感溢れる少女。
・ライトノベルのヒロインのような純朴さ・清純さ・愚かさ。
・「日本人らしい(それが何を意味するのか不明だが)」文化的背景。
・他の部の主人公たちから借用したような性格や性質、能力。
・スタンドバトルを前提としたスタンド能力と、その扱い方。
単純に言って、よく見る「シズカ・ジョースター」というファン作品のキャラクターは「ジョジョ」だ。だが実際には「養子」という立場、「透明化」という強力なスタンド能力は、明らかに「ジョジョ」ではなく、むしろジョースターの侵略者「ディオ」にふさわしいものだ、と筆者は考えている。
当作品では(それを嫌がるファンの方々には謝るしかないが)ジョースターやスタンド使いそのものをそれほど「良く」描いてはいない。そしてシズカも、ジョースターや他のスタンド使いとは様々な意味で異なる奇妙な存在として描くつもりでいる。現状で公開できる彼女の特徴は、現状では以下の通りだ。
① (主人公ではないけど)ジョジョとしては最年長の二十代半ばで、正義や公平さには関心がない。
② 思考は成熟しており、狡猾で、性的に奔放。
③ 「自分の身は自分で守れ」という独善的なアメリカン・フロンティアの精神。
④ 歴代のジョースター達と同様に不良だが、無実の徐倫よりも「犯罪者」に近いモラルの低さ。
⑤ スタンドを隠している。
126
:
名無しのスタンド使い
:2015/08/03(月) 20:55:27 ID:LvzyRq0c0
更新乙です!
確かにシズカのキャラクターは「ジョジョ」っぽくないですね
しかし、あえてそうすることで、魅力的なキャラになっている!
さて、次回はいよいよバリバリの戦闘が始まるわけですね!楽しみ!
127
:
ヒーローゲーマー
:2015/10/03(土) 06:47:59 ID:bO9kWJSQ0
ttp://wikiwiki.jp/kakikaki/?%A5%B2%A1%BC%A5%E0%BE%AE%C0%E2%B2%C8%20%A5%D2%A1%BC%A5%ED%A1%BC%A5%B2%A1%BC%A5%DE%A1%BC2
僕が書いた小説です!
読んでください。
128
:
HERO GM
:2016/04/26(火) 22:23:25 ID:OHTYCq2.0
freak.downWorld
近距離パワー型&操作系
触れた及び殴ったものを機械化、自然化する能力。触れた物を誕生から消滅を操作も可能。打撃はまぁまぁ得意
パワーCスピードC射程距離E持続力C精密動作性C成長性A 本体極道に憧れる少年(黒髪だけど前髪が寝癖でめちゃめちゃである
) 特徴体型は人間並 体はアイアンマン似だけど自然の模様がある 色は青、自然の模様の色は緑 顔は少しバットマン似(冠を被っている)冠の色は金色。
129
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:34:05 ID:3atvsi3M0
おおう!? 上の二つはよーわからんな。とりあえず何ヶ月かぶりかわからないけど、更新しまっせ。
130
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:37:05 ID:3atvsi3M0
5. ナポレオン・ソロ ( vs ナポレオン・ソロ 3 / 4)
初めから嫌な予感がしていた……でも、その「初め」がいつなのかは思い出せない。
コンスタディノスがシズカ・ジョースターを「アメリカ」で「捕獲、もしくは殺害する」という任務をメンバーに伝えたときは、間違いなく、誰もが嫌な予感を覚えていたと思う。わざわざアメリカへ渡ってまで、一人の人間を追うようなことは――実際には、待ち伏せだったけれど、これまでになかったし……その対象、シズカ・ジョースターが何者なのかは、パッショーネのスタンド使い達は全員知っていた……スピードワゴン財団と繋がりを持つ一族の子女。その日まで「触れてはならない」人物の一人に数えられていたはずだった。
理由は? とあるメンバーが尋ねた。
理由なんて俺達に必要なのか? とコンスタディノスは尋ね返し……そして自答した。くだらないことを聞くんじゃない。言われたことをやらない奴が、なぜここにいる?
アメリカに辿り着いたときも、同じような不安が胸で疼いていた。少しばかり荒れた波。暗い雲に覆われた港は完全に機械化され、殆ど人がいなかった……いたとしても、みな一様に暗い顔をしていた。喧騒と排ガスが渦巻く……アメリカ大陸。
131
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:37:58 ID:3atvsi3M0
そして不安は現実になった。
同じような不安定な気候が何日か続く。五人の暗殺者達と、何の不自由もない平屋の家でゆっくりと……しかし仕事前の独特の緊張感を以って過ごす。『タタール人の砂漠』のように、その何日かを無為に過ごしているような気もしていた。待ち伏せ。その何かがくるまでは、ひたすらに待ち続けるしかない。しかし、この待ち伏せは何を根拠に行われているのだろう? そもそも一体、何が起こっているの?
私は物資補給と……息抜きを兼ねて、外へ送り出された。不用意と言われても仕方はない。しかし、なんといっても、まだ対象がアメリカにいなかった……いたとしても、その場ですぐに動き出すわけでもない。
楽しんでこいと言われはしたものの、何を楽しめばいいのか皆目検討もつかなかった。ディズニーワールドは幾分か遠かったし……正直に言えば、セーフハウスでケーブルテレビでも見ていたほうが楽しかった。ドイツ語や中国語ではなく、英語の習熟を目指した甲斐があるというものだった。大きなスーパーマーケットでダラダラと過ごしたあと、十分な量の食料と、嗜好品を詰めてセーフハウスへ帰った。
132
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:39:24 ID:3atvsi3M0
ドアを開けるまで、気付くことができなかった。血の匂いがなかったからだ。
全員死んでいた。居間で二人。台所と廊下、寝室とトイレで一人ずつ。
一様に首をねじ折られ、肩越しから私を見ていた。
玄関でひと通り胃の中身を吐き出した後で……「暗殺者殺し」の痕跡を探しまわった……頭の中は真っ白だった。なぜ全員? 半数は確かに「戦闘的」なスタンド使いではなかった……暗殺と戦闘は似て非なる。でも、例えばコンスタディノスは、一対一の戦闘にこそ向いているスタンドを持っていたし、戦闘経験も豊富だった。フランスの外国人部隊で訓練を積んだ、箔のついたゴロツキで、あたしに戦闘のイロハを叩き込んだ人だ。その彼が廊下で、首をぐるりと捻じ曲げたまま突っ伏していた。
戦闘の形跡はなかった。でも全員が戦闘状態にならずに暗殺されるなんて、あり得る? 五人の暗殺者を、誰一人気付かないうちに首をねじ折って殺すなんて可能なの? そして気付く。もしも、まだ「暗殺者殺し」がセーフハウスに潜んでいたら……? あたしよりも経験を積んだ五人の暗殺者を暗殺できる「暗殺者殺し」が……。
133
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:41:00 ID:3atvsi3M0
その場から逃げたのは、それだけが理由というわけでもなかった。第一に、仲間の死体に囲まれていることが嫌だった。冷酷かもしれないけれど、正直な気持ちだ。もちろん、あたしが居たところで、彼らを助けられたかどうかは別だけれど、それでも罪悪感は大きかった。
第二に、危険もあった。「暗殺者殺し」が潜んでいるとしても、倒せるかどうか……いや、それどころか、通報されるだけでも相当に厄介だ。あたしたち暗殺者は、守勢には滅法弱い。このまま危険区域に居続ける意味などなにもない。
第三に……あたしたちはまだ何も為していなかった。
暗殺は終わっていない。あたしもまだ生き残っているわけではない。暗殺の失敗は生き残ったことにはならない。まだ死んでいないというだけだ。
「シズカ・ジョースター」……「暗殺者殺し」を手駒にしているのが彼女なのか、それとも、彼女が「暗殺者殺し」そのものなのかはどうでもいい……彼女を捕獲、もしくは殺さない限り、あたしは生き延びたことにはならない……セーフハウスに転がる死体のひとつに数えられるだけだ。待っていても死が近づいてくるばかりだ。攻勢に出なければ。
134
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:41:51 ID:3atvsi3M0
---------------
あのイスラムの連中がダーティーボムを街のど真ん中に撒き散らしたらどうなる、と俺はいつも言っていた。十分にあり得る話だろう? あいつらはアメリカを、いや、世界を憎んでいるんだから。まず、あいつらが俺の敵になる。それから、パニクった地域住民達が俺の敵になる。暴動だ。清潔な水と食料を求めて、あのアラビア人どもを抹殺するために使うべきだった大量の銃をお互いに向け合うことになる。それこそが、あの汚い連中の目的だとも知らずに。
俺は備えていた。クソみたいなアルバイトを掛け持ちして得た金で、除染スーツも買ったし、俺をキチガイ扱いする家族が見向きもしない家の地下室に食料品と水を貯め込み、プレステとテレビとパソコンをEMPから守るケージの中に入れた。そしてもちろん……銃器を学んだ。
銃は良い。俺みたいなデブのガリ勉でも、十分に身を守れる……そして簡単に殺されてしまう。俺は銃器の扱いだけではなく、銃声で銃そのものを判断できるようになるまで勉強を積んだ。俺の友達は俺を変態扱いするが、俺は正気だと思う。自分の身を守ろうと思わない奴の方が、合理的に考えて狂っているんじゃないか?
135
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:46:54 ID:3atvsi3M0
マクドナルドの喫煙席で、「管理人」はあたしに、座れ、と言った。窓からは鈍色の雲が低く低く垂れ込めているのが見えた。状況は最悪だった。幸先も良さそうもない。
ソファに座ると、粘っこい汗が背中にへばり付くのを感じた。
まずは落ち着くことだ、と「管理人」は言った。任務は終わっていない。シズカ・ジョースターを捕えるまでは……。
あたしは応える。それはわかってる。増援は?
「管理人」は言った。ない。アイラ、君一人でシズカを捕まえるんだ。
君一人で捕える、とあたしは繰り返した。あたし一人で? 捕える? そんな無茶な! あたしよりも経験を積んだ仲間が五人も殺されたというのに、殺すならまだしも、捕えるなんて無理に決まってる!
それなら、お前が死ぬことでしか任務は終わることがないだろう。
ふざけてるの? あたしは「管理人」を睨みつけて言った。あたしたちが壊滅した責任は、あんた達にあるでしょう? あたしたちはシズカ・ジョースターがアメリカに着いたことを知らなかった。シズカ・ジョースターが「攻勢」に出るということだって……。
ふざけているのは、アイラ、お前の方だよ、と「管理人」は言った。第一に誰彼の責任は関係ない。お前らが任務に失敗すれば、私も殺されて死ぬからだ。そして第二に、我々でさえシズカ・ジョースターのアメリカ上陸を知らなかったが、だからなんだというのだ? なんのためのセーフハウスだと思う? シズカ・ジョースターが我々を出し抜く力を持っていたとしても、君たちは臨戦態勢でそれに応じなければならないはずだ。もちろん私たちも全力を注ぐ。既に、シズカの居場所は捉えている……マンハッタン、コロンビア大学周辺、上流階級の子息向けの学生寮、セブンスハウスだ。
136
:
訂正
:2016/05/15(日) 18:48:04 ID:3atvsi3M0
(失礼、134と135の間には見えない時空の仕切りがあります。―---←これね)
137
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:48:46 ID:3atvsi3M0
「管理人」は無造作に、布に包まれた「何か」をテーブルに乗せた。ゴトン、と重たい音を立てるそれを、あたしはよく知っていた。「管理人」は、それは手に入る中で最高のものというわけではない、と言った。ここに来る前に、近くのガン・ショップで、私のポケットに入っていた金で買えるものとしては最高のものだが……それで十分かな?
あたしは訊ねる。本気で言っているの? 本気で、今から、単独行動で、シズカ・ジョースターを捕えろと?
第三に、と「管理人」は言った。我々は相手が誰だろうと必ず任務を果たす。誰であろうとだ。そいつがただのネズミではなく、我々の眼を欺き、我々の持てる最高の暗殺班を半壊させる力を持ったネズミだとしても、我々は、噛みつかれた、強すぎる、などと文句は言わない。我々は猫だ。そして獲物は獲物だ。獲物は必ず捕える。
そしてあたしは布に包まれた「何か」を手に取る。軽くて小さいが、軽量化されたモデルではない。グリップの感覚もよくない。クソみたいなプラスチックの冷たさ……。「管理人」は言う。シズカを捕えろ。決して殺すな……だが、他の奴らは皆殺しにしていい。
138
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:50:01 ID:3atvsi3M0
-------------------------
エレベーターの停まっている階数だけ覚えておく。四階だ。使えはしないけれど……ざっと考えても、「近距離パワータイプ」、「罠」を仕掛けるスタンド、「毒」を撒き散らすスタンドとか……スタンド戦において待ち伏せされやすい閉所ほど不利な場所はない……だが逆を言えば、シズカがエレベーターを使うなら、かなり有利な状況へ持ち込める。
階段を上がる。全ての階を探し回るわけにはいかない。四階を目指す。
三階で歓声が聞こえる。ざわめきと黄色い悲鳴。木製の大きな二枚扉。
冷や汗が背中から噴き出る。でも、他に選択肢なんてあるの?
もしもシズカが人混みに紛れていたら? 彼ら、彼女らが仲間のスタンド使いなら?
間違いなく言えるのは、殺す意味がないのと同じくらい、生かしておく意味はないということだけ。
139
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:51:05 ID:3atvsi3M0
------------------------------
俺だけは聞こえていた。窓の外から響く、トン、という軽く、しかし小さくはない銃声を。コブラ社のCA380。クソみたいな護身用のピストルだ。スラムの神経質なシングルマザーが護身用に買うような……。俺は浮かれ騒ぐ同級生たちの肩を叩く。おい、聞こえたか? いま銃声がしたよな?
マーシィ、とオービーは言った。黒人でラグビー選手のような体格をしている彼は、実のところ、なんの運動神経も持ちあわせていない心優しい男だ。だが、今回はかなりイライラしていた。オービーがハートランドの入った紙コップを空ける。なあマーシィ、こんなこと言いたくないけど、空気を読むって知ってるか? 何も期末の打ち上げの時までイスラムがどうとか、銃社会がどうとか……しかもなあ、俺は親がムスリムなんだぞ。あんまり聞きたくないぜ、そういうの……。
そういう話じゃない! 銃声が聞こえたんだってば! それに絶対にISILの連中じゃないぜ! 銃声はコブラのCA380だよ! クソみたいな安物銃だ! きっとスラムの薬中が……。
それもだいぶ差別的だよね。スカイラーが間に割って入る。生存第一主義もいいけど、ちょっとはカウンセリングを受けたほうがいいんじゃない? スラムの人たちまでテロリストに見えるとか、結構ヤバいし。大学のカウンセラーならタダなんだしさ……。
140
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:52:09 ID:3atvsi3M0
お前は俺の母親かよ、自分が病院に行くべきかどうかなんて……といったところで、キンバリーも間に割って入る。もしかしたら、シズカかもね。
シズカ?
ほら、一番上の階に住んでたじゃん。凄い美人でさ、背の高い日系人の……。
ああ、とオービーがコップにビールを継ぎながら会話に混じる。いたね、そんな娘。でも、ここ一、二年くらい見かけなかったよな? てっきり大学を辞めたのかと思ってたけど。
スカイラーも会話に混じる。留学したって聞いたわよ。フランスに。
ソルボンヌに?
まさか。あの娘、人文学系でしょ?
で、なんでシズカだって?
帰ってきたのを見たのよ、とキンバリーは言った。今朝くらいかな、談話室で見かけて、ちょっと話をしたの。相変わらず変な感じの娘だったな。危なそうっていうか。全身真っ黒だし。話をしてもすごくそっけないというか、「話しかけてくれなくたって結構です」って雰囲気全開でさ。
わかるわぁ。ぶっきらぼうなのかしらね。でも、銃をぶっ放すほどじゃあないでしょう?
いやあ、どうかなあ。たまにさあ、凄い目してる時ない? 人を殺しそうな目というか。
コンコン、とドアが鳴る。全員の視線がドアに向かう。俺はひっ、と声をあげ、ソファの後ろへ飛び込み、その勢いで頭から床にぶつかる。他の奴らが笑う。ビビりすぎだと。スカイラーが扉へと向かう。噂をすれば影かしらね。ちょっと騒ぎ過ぎたかも……。
次の瞬間、軽い銃声と共に、スカイラーの後頭部が内側から弾け飛ぶ。
141
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:53:06 ID:3atvsi3M0
------------------------------
初めて殺した男の顔を思い出す。
父は私の耳元で言った。一発で殺すんじゃないぞ。
私は父を見る。それは私の知っている父ではなく、冷徹なマフィアの男だった。
わかっているとは思うが、「俺たち」はみんな気が立っている。殺すだけじゃ気が済まない、って雰囲気だろう簡単に殺さないことは、封を切ったバターみたいに滑らかに殺すことと、同じくらい重要だぞ。
男の顔を見る。今となっては茫洋としか思い出せない顔だ。本当の顔は、どんな顔だったのだろう? でも、その縫い合わされた口から漏れ出す音は、ずっと憶えている。今しがた鳴り響いたように。私の耳は、その悲鳴を言葉としては受け取れない。
助けてくれ、と言ったのだろうか? それとも、殺してくれ、と言ったのだろうか?
142
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:54:25 ID:3atvsi3M0
------------------------------
バン、とドアが蹴り開かれ、弾き飛ばされた“元”スカイラーの身体が転がる。
テロに怯え続けたアメリカ人の習性なのか、みんなすぐに動き出す。俺の真上に、ソファから飛び降りたオービーの身体が勢い良く落ちる。キンバリーは、殆ど這うような姿勢で本棚の影に隠れようとするが、間に合わない。
キンバリーの背中に三発の弾丸が食い込むのを、俺は見ていた。
彼女はそのまま床に倒れ、息絶える。ふっ、と消え去るように。
たどたどしい英語で、シズカが上の階にいるのは知ってる、とテロリストは言った。
たぶん、あんた達は彼女と無関係なのも知ってる。
でも皆殺しにする。恨まないでね。恨まれるのはキラいだ。
女の声だ、と思う。イスラムは老若男女全員クソ畜生だ。だから俺はトランプに投票すべきだと言ったのに……だが文句を言ったところでどうしようもない。サバイバリストとして鍛え続けた脳が生存に向けてフル回転する。
143
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:55:11 ID:3atvsi3M0
オービー、と俺は小声でクソ役にも立たない、身体がデカいだけの男に声を掛ける。
しっかりしろ、すぐにでも行動を起こさないと殺されるぞ。
オービーはすっかりうろたえて、なんなんだこのクソ野郎が! と俺に怒鳴り散らす。どうしろっていうんだ! 俺たち殺されるぞ!
落ち着けよ! と俺はオービーの眼を見る。冷静なら俺たちは助かる。小さな声で話せ。
俺はテロリストに聞こえないように、慎重に話す。落ち着いて聞け。大きな反応をするな。今、あのクソキチガイ女の銃には弾が入ってない……かもれない。
なに? かもしれないだって? 適当なことを、と言いかけるオービーの口を俺は塞ぐ。黙って最後まで聞け。この眼で見たから間違いない。あの女の銃はCA380。9mm弾だ。当たりどころによっては死ぬ。でも滅茶苦茶な威力ってわけでもない。そして重要なのが……あの銃の弾倉は五発しか入らない、ってことだ。
憶えているか? さっき銃声がした、って俺は言ったよな。一発だ。そしてスカイラーに一発。最後にキンバリーに三発……あのキチガイ女が、ここに来るまでの弾を込め直していたとしても、あと「一発」しかない。俺たち二人が別れて突撃すれば、少なくとも一人は助かる。頭をうまく守れば、運がよければ二人とも……だが、ここでボケっとしてれば、確実に俺たちは死ぬ。準備をしろ、覚悟も決めろ。3カウントで走るぞ。
さっ、とオービーの顔が青褪めていくのを見る。考える時間は与えたくない。
行くぞ、1、2、そして俺はオービーを突き飛ばす。畜生、とオービーは両腕で顔面を覆い隠し、テロリストに向かって走りだす。
そして、俺はソファの反対側から飛び出すフリをする。
144
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:56:07 ID:3atvsi3M0
別に大嘘を吐いたわけではない。CA380は短い距離でも正確に当てるのが難しい拳銃だ。相手が訓練されたテロリストでも二人同時に飛び出せば、少なくとも片方が生き残る確率は非常に高い。二人共助かる可能性だってあるだろう。
ただ、問題が二つあった。
第一に、俺は「片方が生き残る、非常に高い生存率」つまりは「五十パーセント」なんてものに自分を預けられない。確かに、CA380は弾倉に五発しか入らないが、薬室に
、もう一発残っている可能性があった。つまり残弾は二発。一発なら生き残れるかもしれないが、二発浴びるのは厳しい。テロリストは俺とオービーに一発ずつは振り分けないだろう。となれば、俺は五割の確率で二発浴びることになる。
第二に、テロリストの武器は果たして一つだけだろうか。
第二手が銃やナイフならまだいい。だが自爆用の爆弾だったら? 組み付いた瞬間に確実に死ぬ。接近せず、かつ撃たれずにテロリストを倒さなければいけなかった。
そんなわけで、俺は友人の身体に二つの穴が空く音を黙って聞いていた。
畜生、という臨終の際の台詞も。まあ恨まれて仕方ない。
だが、これで六発、弾切れだ。勝手な話だとしても、仇は取るつもりだった。
145
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:56:41 ID:3atvsi3M0
二百ドルもした高級なユーティリティベルト(ガンホルダー付き)のホルスターから払い下げのMEUを抜く。何百回とテストと手入れを繰り返した銃だ。CA380のような玩具とは程遠い。四十五口径。本物の殺傷力。そして十メートル内なら、問題なくどこにでも当てることができる。
ソファから身を乗り出して構える。脳裏に浮かぶのはクリント・イーストウッドだ。アメリカ人のフロンティア・スピリットとはつまり、自分の身と正義は自分で守ることだ。この後、裁判で何と言われようが、俺は生き残る。俺の口から言葉が漏れていく。
くたばれ、クソテロリストめ。
次の瞬間、俺の頬に穴が開く。俺のMEUから飛び出した弾丸が大きく逸れる。痛みで腕が痙攣を起こす。俺の眼はテロリストの手に握られたCA380の銃口を捉えている。これは現実じゃない、と思う。この部屋だけで七発目? 改造銃? 理屈に合わない。CA380の弾倉を増設するくらいなら、新品の、もっと弾の入る銃を買えばいい。どのみち、無理やり改造しているなら、ひと目で分かる。
そして、二発、三発と、立て続けに銃弾を浴びる。
血を失っていく中、俺の頭のなかでは、クリント・イーストウッドが呟き続ける。くたばれ、テロリストめ、テロリストめ、テロリストめ、と。
146
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:58:10 ID:3atvsi3M0
------------------------------
初めて殺した男の顔に見える。どの死体も同じ。いつもそうだ。そして男の目は、いつもあたしに何かを訴える。助けてくれなのか、殺してくれなのか、判断できない。
念の為に、全員の頭にもう一発ずつ撃ち込む。9mm弾だと不安が残る。
何年か前。あたしが戦ったスタンド使いは、四十五口径を頭に撃ち込んだというのに、構わずに突っ込んできたことがあった。そういうスタンドなのだと思ったけれど、違った。人間はそういう生き物だった。生命力の塊のようなところがある。
そのスタンド使いの顔も、思い出そうとする度に、初めて殺した男の顔になる。
デブの手に握られたMEUを見る。ガラスみたいに輝いているし、装飾用のメダルが銃身に埋め込まれていた。ガンマニアだったのかも。良い銃、文句なし、いかにもアメリカ的。でも、あたしのスタンドとの相性はイマイチだ。9mm弾が理想的だった。
あたしの『ナポレオン・ソロ』には。
147
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:58:52 ID:3atvsi3M0
他に隠れている人間がいないか、部屋を見て回る。誰もいない。死体の散らかった部屋を出る。他の部屋を探すことも考えるけれど、一刻一秒でも早くシズカと、その仲間を始末するべきだと思い直す。いるかいないか分からない「敵候補」を探しまわっている場合じゃない。階段に足を掛ける。背中に嫌な気配を覚える。もしも、この階に、まだシズカの仲間がいたら? 既に増援が押しかけていたら? あの部屋の死体のどれかがスタンド使いで、「死後にスタンドが暴走するタイプ」だったら? 嫌な思いを拭えないまま、少しずつ階段を登る。
四階だ。下の階とは趣の違う大扉が見える。共同階なのかもしれない。
少なくとも、シズカと、その仲間と思しき謎の男は、さっきまでここにいた。
心臓が跳ねる。最悪なのが待ち伏せだ。こちらには相手のスタンド能力がわからない……その上、シズカは「透明化」のスタンド能力を持っている可能性が高い。宙に浮かぶナイフが、あたしの頸を裂くイメージが脳裏を駆け巡る。
汗の滲む掌とグリップの隙間から、スタンドが顔を出す。
仲間たちが「ヴィジョン」と呼ぶそれは、魚の「エイ」に似ていた。手の平や甲から、バリバリと剥がれて現れるあたりが特にそうだ。眺めているうちに、甲の方からも「ヴィジョン」が剥がれ落ち、宙に舞う。あたじのむき出しになった手の骨が見える。
148
:
FBH
:2016/05/15(日) 18:59:38 ID:3atvsi3M0
「ヴィジョン」は「当人の人間性」を象徴するものだ、とコンスタディノスは言った。
父の意見は逆で、あくまでも「スタンド」は「スタンド」という超常現象であって、人間の心の力を糧とする「当人とは別の生物」だと考えていた。実際、父のスタンドは、父の精神とは別に「意思」を持っていた。何が正しいのかは私にもわからない。わかるのは、この「エイ」達が、わざわざ現れては恐ろしい「顔」を見せる、その意味だった。
空のビール瓶を相手に、初めてスタンドを使った時、その「エイ」は現れなかった。
いつも、人を殺す時に、そのエイは現れる。それは明確過ぎる意思表示だった。
「エイ」達はいつも、歯を剥き出し、闇が続く空洞の眼を向けて、あたしを責め立てる。
殺せ、と。
あたしは駆り立てられるように、扉に向かって撃ち始める。
149
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:00:22 ID:3atvsi3M0
------------------------------
椅子を窓際に寄せ、脚に『皮』を引っ掛ける。銀行強盗時代を思いだす。何度もこうして窓から飛び降りたものだ。何階までなら平気だったかどうかは覚えていない。この『皮』は引っ張るだけなら殆ど破れないが……落下の速度によっては、『皮』を巻きつけている俺の腕や肩のほうが壊れてしまう。
窓から飛び降りる。二階を過ぎた辺りで、腕と肩に衝撃が走る。
失敗したかと思ったが、腕は軽く締め付けられる程度で、肩が外れたり千切れたりはしていなかった。そして『皮』がゆっくりと伸び始める。『皮』はうちの銀行の従業員の受付嬢のものだった。特に利用価値がないと思いながらも、一通り集めておいた価値はあった。
セブンスハウスの芝生につま先が触れた瞬間、頭上から銃声が響く。
思わず、意味もないのに頭を庇い、壁際に身を寄せ、上を見る。窓ガラスがパリン、と軽い音を立てて割れ、気持ち程度の破片が遠くへ飛び散る。鳥肌が立つ。現実味はないのに死ぬほど恐ろしい。警官に撃たれた時だって、こんなに恐ろしくはなかった。
150
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:01:23 ID:3atvsi3M0
あれ? と肩越しから話しかけられる。俺は思わず叫び、その場から飛び退く。
シズカ・ジョースターだった。セブンスハウスの外壁に寄り掛かり、煙草をふかしている。何故ここにいるとか、どうして平然としているのか、とか、色々な疑問が頭を巡る。けれども言葉にならない。彼女は、まだ半分以上残った細い煙草を芝生に投げ捨てると、スニーカーのつま先で踏み散らす。そしてニヤついた顔で俺に問い掛ける。逃げるの?
俺は吐き捨てる。当たり前だろうが、イカれてんのか? あの女は銃を持ってるんだぞ。
あっ、そう? とシズカは笑みを浮かべる。銃を持った相手と距離を取るほうが危ないと思うけどね。うるせえなあ、と思う俺の横を通りすぎて、シズカは俺の『皮』を間近で眺める。これがジョニーの『スタンド』? なんだかキモい動きしてたよねえ。ゴムみたいな性質?
俺は、俺の『皮』に触れようとするシズカの手首を掴む。思う以上にしっかりとした、力強さを感じる太さの手首だった。俺は言う。やめとけ。それに触るべきじゃない。
シズカは俺の眼を見て言う。ふうん、危ない「スタンド」なの?
俺は言う。いや、「まだ」だよ。「まだ」危なくはない。
シズカが問い返す。「まだ」?
そして俺も答え直す。「まだ」だ。なんというか、お前らの言うところの『スタンド』というものを、俺はまだ飲み込めてないんだが……その『皮』は、俺の『スタンド』は、それ以上にややこしい。俺にもわからない部分が多い。
わかるのは、俺以外には安全じゃない、ってことだ。
シズカは俺の眼を見る。訝しむように目を細める。
そして言う。ねえ、ちょっと、「ナニ」してるわけ……?
151
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:02:13 ID:3atvsi3M0
------------------------------
思い起こせばロングビーチ。1990年の夏だ。俺は海パン一丁で砂浜に突っ立ち、缶ビールを勢い良く飲んでいる。一仕事を終えたばかりだった。つまり、強盗のことだが……この時の報酬は二十二万ドル。一生を遊んで暮らせるわけではないが、投資をすれば、その限りではない。
もちろん、俺は投資なんてしないが。無駄に高級で着心地の良い海パンと、イカしたサングラスと、良い女と、酒を買い漁る。毎日が二日酔いで、朝まで騒ぎ、夕暮れ時に目覚める。海を見続ける。満ち溢れている。金がなくなったら、また盗めばいい。
俺には「能力」があった。物理学の天才でも、ウォール街の野獣でも、バスケットボールの英雄でもないが、そいつらが一生を費やしても手に入らない「能力」だ。そいつは目に見えない。監視カメラに残ることもない。そして金庫を開け放つ。誰にも知られずに。
そう思っていた。
152
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:03:25 ID:3atvsi3M0
珍しく昼に起きる。暑くて不愉快だ。ビールが次々に消える。Tバックの美女たちと白い砂浜に飽きて、街路をうろつき周り、潰れたビールの空缶をあちらこちらへ投げまくる。行く先々の露天で買い足す。そして占い商に呼び止められる。猫目のそいつは言う。おいおい、あんた、あんた、相当に「特別」だな。
俺はビールを啜る。酷い二日酔いで身体がバラバラになりそうだ。俺は重い頭を抑えながら聞き返す。俺が「特別」だって?んなこたあ、俺にだってわかってるんだよ。そんな言葉じゃあ、気持よくなれないね。お前のその水晶球にも、一セントたりとも払わないぞ。
猫目の占い商は言う。別にお前の汚れた金なんぞ欲しくない。手相を見せろ。
掌を差し出す。その後でサッと血の気が引く。汚れた金?
別に隠さんでもいい。占い師に守秘義務なんぞないが、通報する気もない。警察は占い師の言うことなんて信じないからな。犯罪がらみで最近、羽振りがよくなったんだろう。盗みかな……いや、しかし、ふむ……「運命」は恵まれていない……友人は得難いだろうが、それでも、素晴らしい「生命力」だ。余裕で百までは生きそうだな。しかも、他人にはない「能力」を「二つ」も持っているな。それとも「二つで一つ」なのか? 「一つが二つ」なのか……。
153
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:04:04 ID:3atvsi3M0
……スパイか何かなのか?
占い師は俺の掌をバチリと引っ叩く。スパイ? お前馬ッ鹿野郎だなあ。占い師だって言ってんだろ。う、ら、な、い、し、だ。西から東まで秘儀に通ずる本物の! お兄さんは中々ナイスな手相の持ち主だから特別サービスだ。アドバイスをくれてやる。
ヒリヒリと痛む手の上に、占い師はマジックペンで記号を書き始める。完全な円が蛇行する線によって、真ん中から二つに割られている。オタマジャクシが互いの尻尾を食い合っているかのようだ。占い師はオタマジャクシの片割れを黒く塗り、両方の頭に小さな円を描く。そして言う。「陰陽」だ。「太極図」とも言う。道教における最重要の教義を示した図だが……お前さん、ロクに学校も行ってないだろう? ざっくり説明してやる。
これはな、完璧なセックスを示すものだ。
俺はビールを吹き出して、猫目の占い師の前で噎せ返る。ふざけてるのか?
ビールを引っ被った占い師は言う……ふざけてるのはお前だろう。お前の力は実際、性的興奮を伴うものだろうしな……いや、逆か。性的興奮に能力が伴うのか。
154
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:06:38 ID:3atvsi3M0
パンツの中に手を突っ込み、「息子」を元気づける。極限状態でも頑張ってもらわなければ、あのイカれた女を倒すなんて到底無理だ。俺は、俺の股間に視線を向け続けるシズカに吐き捨てる。見てんじゃねえよ、 恥ずかしいだろうが!
シズカはギョッとした目で、俺の股間を見る。いや、見るなって、ちょっと! 本当に何で「ナニ」してるわけ? ヤダ! エー! アリエナイ! キモい! そっちこそ、こっちを見ないでほしいんだけど……。
俺はチュートップから覗く、シズカのふくよかな胸の谷間を凝視する。朝のことを思い出す。危ない女だと知っていたら、たぶん妙な妄想はしなかっただろう。だが今は関係ない。俺は空想上のシズカの中に入っていく。罪悪感や緊張感たっぷりの現実は、この際だから無視している。シズカも俺の目線に気付き、侮蔑の目を向ける。いや、いやいやいや、俺だって好きでやってるわけじゃねえよ。五十歳にもなってさ……でも仕方がないだろ。別に脱げとか言ってるわけじゃないんだぞ。本当はそうしてもらったほうがありがたいんだ。こんなクソみたいな状況じゃ、勃つものも勃ちにくんだよ……とりあえず黙ってヨソを向いてくれないか? ほんのチョットだけでいいんだ、あと少しで……ああ、「来た」ぞ……イイカンジだ。
155
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:10:30 ID:3atvsi3M0
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我々西洋人は、知らず知らずのうちに「絶頂」を最上のモノとしている、と猫目の占い師は言った。おそらくは一神教の世界観に由来しているんだろう。だが我々は神ではないから、「絶頂」は「永久」には続かない。我々が目指すべきは「永久」だ。
占い師は太極図の円をぐるぐるとなぞる。これは男と女の交わりを示している。どっちの色が男か女なのかは横に置いておこう。互いの身体が、互いの身体に入り込み、混ざり合い、しかし一体になることはない。男が女に、女が男に力を与え、「永久」に「回転」を続ける……これが完璧なセックスだ。道教の信徒達は不老不死の仙人となるために、これを体得する。「絶頂」はない。「絶頂」は「永久」を止めてしまうからだ。
おいおい、俺は確かに酔っ払ってるかもしれないけど、それでも話が見えないぞ。何が言いたいんだ? セックスで「イクな」ってことか?
そういうことだ。
じゃあ、いったいなんの話……え、そうなの? 本当に「イクな」ってだけ?
そぉだっていってるだろぉ。別にセックスに限らないが、「イク」とお前の力は弱まるぞ。逆に「イク」ことなく性的興奮を持続させ続けるなら、お前の力は高まるんだ。でも、いいか、イメージしろ。お前は無限に続く高原に立っている。緩やかな起伏が広がる。登るべき山も、落ちるべき谷もない。お前は無限の高原を果てなく歩き続ける。他の連中は適当な所で満足している。ここがゴールだと。登り切った、落ちきった、などと……全て戯れ言だ。耳を貸すな。お前に限界はない。そして、その世界には太陽がない。何故なら、お前自身が太陽であり、太陽の力を手にしているからだ。
156
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:14:36 ID:3atvsi3M0
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呼吸の力がゆっくりと、全身に深く広がる。指先が痺れる。「来た」。漲る。そしてピタリと身体に留まる。エネルギーとしか言いようのない、熱量が身体を巡る。俺はシズカが触ろうとしていた『皮』を握る。血液が波打つ。際限なく波が広がる。「登るべき山も、落ちるべき谷もない。お前は無限の高原を歩き続ける」。その波が心臓から肺へ、そして俺の掌から『皮』に伝わり、『皮』が四階の窓へと勢い良く、ゴム紐のように跳ね戻っていく。
俺は思い出す。「スタンド使い」達は、自らの能力に名前をつけている。何とも不思議で格好の悪いことだと思う。こんな特別な能力に陳腐な名前を付けることに、何か意味があるのだろうか? それでも俺も、「スタンド」という呼び名さえ知らなかったそれに、かつて名前をつけていたことがあった。
それはこんな名前だった。【モンスター・マグネット】。
シズカに話しかける。バツが悪い。まあ本当に……悪かったな、「オカズ」にしちまって、でも、元はといえばお前が……いや、すまない。でも、そういう力なんだよ。俺のは。
俺に嫌悪を向けていたシズカの目は、いつの間にか、違った目に変わっていた。
それが何の意味を持つのかはわからなかった。好奇? 驚き? 恐怖?
シズカは言った。
……「波紋」?
157
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:15:19 ID:3atvsi3M0
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酔いから微妙に冷めてしまった俺は、占い師の手を振り払う。なんだそりゃあ。永久? 太陽? ヒッピーかよ。金は払わないからな。勝手に占いやがって。
猫目の占い師はいう。なあに、占いってほどでもないし、金もいらない。「特別な手相」のマニアってだけだからな。そもそも、お前の力は専門外だし……チベットの連中の方が詳しいんじゃないかな……だがもし……この占い師のアドヴァイスがお前の役に立ったと思うなら……この名刺をやる。会いに来て、金を払えってんじゃないぞ。もしもお前の周りに「特別」な奴がいたら電話して、教えてくれ。逆にな、そいつが素晴らしい手相の持ち主だったら、金を払ってもいいくらいだ。じゃあな、飲み過ぎるなよ。
俺は海水浴場の便所に入り、ビール色の小便をし、糞のはみ出した便器に名刺を捨てる。
占い師のアドヴァイスは役に立ったというのに……。
158
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:18:23 ID:3atvsi3M0
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撃ち続ける。扉だったものの破片が飛び散る。エイ達が不気味な悲鳴を上げ、真っ黒な血を流しながら散り散りに崩れ始め、床に落ちる。やがて銃弾が扉を貫通しなくなり、錠の壊れた扉がゆっくりと開き始める。なんというか……「人に命中した感じ」がない。そんなもの気のせいだと言われたらそうかもしれないし、「スタンド使い」としてのあたしの特性なのかもしれない……。
大広間だ。人の気配がない。大きな円テーブルと椅子が並び、簡易な書棚が並ぶ。
そして窓が外に向かって空いている。
大広間に足を踏み入れる……砕けたエイ達がパズルのように繋がり……また再び宙を舞い始める。ルールは単純だ。銃の形や種類、メーカー、国籍は関係ない。それらしいものなら水鉄砲だっていい。実際、暗殺の時ならオモチャの方が何かと便利で……とにかく、それが銃の形をしていれば、エイ達はそれに力を与える。「無限の銃弾と、有限の威力」。再装填どころが、弾倉さえいらない。撃てば撃つほど、少しずつ威力が弱くなる……同時に、エイ達が苦しみながら砕ける……途中でやめてしまったけれど、最後には銃口から数センチ離れた空中で、弾丸が静止してしまうほどだ(スタンドの弾丸だから、重力に従って「落ちる」ことがない)。でも、しばらくすれば威力も、エイ達も復活する。
159
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:20:36 ID:3atvsi3M0
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エイ達には名前があった。一匹ずつそれぞれにではなく、彼らを示す名前が。
脳裏を記憶が掠める。ソファに腰掛ける父が、アメリカ製の古いドラマを見ている。かなり微妙なイタリア語の吹替がついている。私は父の隣に座る。一緒に壁掛けテレビを眺める。やがて、父とは一緒に見なくなる。
英語で会話が出来るあたしには、わざわざ下手くそな吹替で見る意味がないから、とあたしは父に言った。大嘘だ。一緒に見なくなったのは、あの若いブラジルの男の死を……心のどこかで……父のせいにしたかったからだ。
父に憧れた。ギャングに。ガンスリンガーに。人殺しに。間違っていた。最低だ。あたし達が社会に対してある種の貢献をしているという言い分を、世間は認めることがない。世間は私達に白い目を向ける。人々の気持ちも、言い分もわかる。あたしにだってわかる。あたしが「普通の」友達を学校でつくるなんて、不可能もいいところだからだ。
あたしがマフィアの家に生まれたのは、父のせいだ。
でも私が父に憧れたのは、父のせいなんかじゃない。
「普通の」人たちほど多くはないにせよ、私はいくらだって他の道を選べた。
ドラマを違う時間に、同じテレビで見る。食卓の話題がズレることはない。それでも寂しがった父は、ドラマの主人公が使っていたピストルと、全く同じピストルを私にプレゼントする。ワルサーP38K。形ばかりではあるけれど、改造が施されていて、原型がない。あたしたちはそれを「アンクルスペシャル」と呼んでいた。
160
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:22:16 ID:3atvsi3M0
エイ達が初めて現れたのは、その時だった。あたしのヴィジョン。気のせいかもしれないけれど……その最初だけは、かなりと痛みと恐怖を伴った。父は私を抱きかかえながら、あたしの手の肉と皮から生まれた、悪魔の顔を持つ「スタンド」を銃眼に納めていた。
父さん、と呼びかける。あたしのスタンドだ、あたしの、あたしの、あたしの「スタンド」なのに、なんで……。
あのブラジル人と同じ顔に見えるの、と言いたかった。それを飲み込んだ。
父は言った。落ち着け。自分にさえ敵意を向ける「スタンド」だってある。友達ってわけじゃあないからな。それにしても、なるほど、これがお前の……いや、お前の銃の持ち主……【ナポレオン・ソロ】ってわけだ。
161
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:23:10 ID:3atvsi3M0
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【ナポレオン・ソロ】。複雑な気分になる。ロバート・ヴォーンは好きな役者だった。父から貰った「アンクルスペシャル」は今でも大切にしている……あの殺戮現場と化したセーフハウスに置いてきてしまったことが心残りだった。頭にくる……でも【ナポレオン・ソロ】という名前と、それと同じ名前のエイ達は、今でも全く好きになれない。あたしがこれまでに会った「スタンド使い」達は、大なり小なり自分の才能を誇り、愛し、受け入れているというのに、あたしだけが……。
警戒を切らさないように、窓に近付く。開け放たれた窓に下に立てかけられた椅子の脚に、肌色の布が結び付けられている。布に触れる。いくらか頑丈そうで、十分な長さがある。舌打ちする。古典的だ。まるで脱獄映画。こんなくだらない方法で逃がしてしまうとは……。
心臓が跳び跳ねる。
布から生えた手が、あたしの腕を、ありえないほど強い力で掴む。
それが手だと認識した瞬間には、既に布は「人」へと姿を変えていた。
全裸の女だった。ただ、眼窩にぽっかりと開いた闇が、あたしを見つめていた。
それが、両方の眼で見た最後の光景になった。
162
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:26:02 ID:3atvsi3M0
------------------------------
「波紋」? 何の話だ、とシズカに問い返すが、シズカは何も答えず、口元に手を当て、何かを思案しているかのようだった。ぶつぶつと呟く。「波紋」? PISCESの? そうこうしているうちに、悲鳴と銃声が響く。上手く行っているとは思わないが、まあ最悪というほどでもない。
これで「片目」は奪った。射撃において両目が使えない、というのは致命傷だ。人間は両目で距離を計る。射撃の危険性が格段に下がったと考えていいだろう。
それは甘いよ、とシズカは言った。“リザード”、悪くはないけれど、凡ミスが多いね。
俺は応える。凡ミス? 何が?
まず第一に、連中は視力を失ったくらいだと、大して動揺しないんだよ。そういう風に訓練されているから、というのもあるけれど……「傷を治すスタンド」が背後に控えているからね。まあ、彼女のボスがそういうスタンドなんだけど……怪我をしても治る前提で突っ込んでくるから、怪我はあまり意味がないよ。殺す気がないなら、手足を奪うとか、頸を締めるとかの方がよかったんじゃない?
俺は唖然とする。どうして何階も上で起こっている状況を、まるで見ているかのように把握できるのかさっぱりわからない。なぜ「視力を奪った」と判断できたのか?
俺は応える。でも、怪我は大きいだろう? 片目だ。射撃の命中精度が……。
シズカが鼻で笑う。命中精度ォ? “リザード”、いったい、アイラの「スタンド」を何だと考えているの? まあ、全く頭に入らなかったんだろうけどさ……。
163
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:28:35 ID:3atvsi3M0
俺はギョッとする。「スタンド」。全く考えていなかった。いや……。
よーく、今までの状況を振り返ってみなよ、おかしな点が一杯あるでしょう?
俺は振り返る。おかしな点……おかしな点?
セブンスハウスの芝生が風に揺られる。ふとアパートの外に目をやると、鉄柵の外側でイエローキャブが走り回り、なんとなくいけ好かない、高慢な感じに溢れたバアアとフレンチプードルが街路を……冷や汗がどばっと溢れる。そうだ、何故、あんなに平然としているんだ? 何故、誰も通報しない? テロにビビりまくりのアメリカ人が、どうして何事もなかったかのように……。
シズカは笑う。ああ、そっちから気付くのね。まあ、そうだよね。それも大事だね。
俺は訊く。銃声を掻き消すスタンドなのか?
シズカは応える。いや、違うよ。というより、たぶん、そのヒントだけだと、色々な辻褄が合わない。もっとよく考えて見ればいんじゃないかな。
逡巡する。何も思い浮かばない。銃がヒントなのは間違いない。何度も思い浮かべる。窓枠に当たった銃弾、階下からの銃声、それから真上から聞こえる銃声……。
シズカは芝生を毟り始める。いやいや、さすがに気付いてほしいなァ。簡単でしょ?
おっ勃ってる暇があるなら、そういうことに集中すべきだよ。
俺は応える。いや、おっ勃てるとか言うな……銃自体がスタンドなのか?
シズカは俺を睨みつける。当てずっぽうで言ったね? そんなことで大丈夫なわけ? アイラは”リザード”の「スタンド」……まあ「スタンド」でいいか。「スタンド」を把握してしまったというのに。だいぶ不利な取引じゃない? 少なくとも、「スタンド」の情報は、彼女の片目なんかじゃ割に合わないけど。
164
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:30:19 ID:3atvsi3M0
------------------------------
残った左目で、血を眺める。痛い。眼窩の中でぐちゃぐちゃになった目の残骸が、ずきずきと脈打つ。あたしは呟く。危なかった。しっかりしろアイラ、助かったんだ。両目だったら完全に詰んでいた。しかも敵のスタンドを把握できた。殺せ。殺すんだ。泣き叫ぶのはシズカを捕まえた後でいい。
穴の開いた布切れを見る。グズグズに崩れ始めている。人型だ。風船みたいなものだろうか? 「スタンド本体」という感じではなさそう……撃った時の感触が、やっぱり、人を撃った感じではなかった。
かなりの不覚を取ったけれど、収穫は大きい。
(1) シズカではなく、もう一人のスタンドだ。「アクトン・ベイビー」と違いすぎる。
(2) 強力過ぎる。近距離でも遠距離タイプでもないかもしれない。
(3) 条件付きの「罠」を生み出せる。
(4) 「罠」のパワーは強いが、非常に脆い。銃弾一発で穴が空いて破裂した。
(5) 「罠」のパワーの強さから推測するに、おそらくスタンド自体のパワーは、さほど強くない。
深呼吸をする。眼が痛む。頭も痛い。鎮痛剤を持っていない。歯を食いしばる。
エイ達が悲鳴を上げながら飛び回り、壁にぶつかり、お互いを食い合っては再生する。言わんとしていることはあたしにもわかる。殺す。絶対に殺す。
165
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:31:37 ID:3atvsi3M0
------------------------------
俺はゾッとして、背筋を冷や汗で濡らす。おいおい、脅すなよ……。
シズカは平然とした顔で応える。脅してないよ。普通に危ないだけだって。たぶん、このままだと殺されるんじゃない? 頑張りなよ。まあ別に逃げてもいいけどねえ。彼女一人じゃあ追ってこれないだろうし……その場合は、後で大群で襲われるのがオチだけど。
わかったわかった、わかってるよ! 俺は踵を返し、セブンスハウスの玄関に向かう。そのくらいわかっている。片目を盗ったんだ。ここで見逃してもらうなんて選択肢はなくなった。逆だ。俺が逃げるなんて以ての外だ。アイラを逃がしてはいけない。勝ち目が完全になくなる。
ところでさ、とシズカが背中越しに話しかける。彼女、殺さないわけ?
俺は応える。別に殺したくないわけじゃない。殺せないんだよ。
なんで?
俺は若い頃に、色々悪いことをやったが、と応える。子供は殺さないと決めたんだ。別にモラルの問題じゃない。子供殺しにとって、刑務所は地獄だ。俺みたいなジジイだと確実に生き残れない……今までブチ込まれなかったことは奇跡だ。ここで子供をぶっ殺して捕まってみろ、今までの諸々の罪込みで、寿命が来るまで地獄で過ごすことになる。
ふうん、とシズカは応える。勃ちっぱなしの割には、カッコイイこというね。
うるせえな! と振り返ると、そこに彼女の姿はもうなかった。
166
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:48:38 ID:3atvsi3M0
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ピストルを構えながら階段を降りていく。ぞわぞわする。エイ達も押し黙って静かになる。まだ意図は読めないけれど、シズカ達があたしを殺そうとしている可能性は確実にある。逃げている可能性もある。そうだったらいいのに、と思わないこともない。片目を失って逃げられたというのであれば、まだ格好は付く。気が楽だ。少なくとも最悪ではない。ただ、良くもない。仲間を皆殺しにされて、なんの収穫もなく……。
わからない。わかるのは、殺さなければいけない、という点だけ。
少なくとも、殺すつもりでなければ……こっちが殺される。
二階で異変に気付く。エントランスホールで「ガヤ」が起きている。何故? あたしのスタンドは殆どの一般人には見えないし、聞こえないはずなのに。いや、そもそも、このアパートにはそんなに人がいたのか? 階段の手すりから覗き込むと、ロビーが人で溢れかえっていた。
奇妙な光景だった。
誰もが真っ黒な眼で、頓珍漢な行動を繰り替えしていた。服装も意味不明だ。医者のような白衣の男は、ソファに座り、存在しないノートパソコンのキーを叩き続けているように見えた。スーツ姿の若い女は、浄水器の水を延々と飲み続けているし、その近くで海パン姿の男が、何やら陽気にテレビCMの話をしながら、ぐるぐると、同じ場所を歩き続けている。そういう意味不明な連中が三十人も四十人もいた。「スタンド」の能力だ。
これで確定だ。近距離タイプではない。遠距離タイプかどうかはわからないけれど、少なくとも、スタンド本体に力があるタイプではない。そうだとしたら、あまりにも強力過ぎるスタンドだ。こんな生き人形を、何十体も生み出せるのだから……。
明らかな「足止め」だ。他の出口、例えば非常階段か何かを探して、そこから出るべき?
それとも正面突破を試みるべきなのか。
167
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:51:31 ID:3atvsi3M0
決め手となったのは、私の片目を奪った「スタンド」の能力。
あれは私が布に触れた瞬間に起動するタイプの「スタンド能力」だった。今、目にしているのは既に起動している「スタンド能力」。ある程度、自律的に動いているけれど、例えばアパート内にいる私を探しまわって、殺す、という感じではない。同じ所で、同じ行動を繰り返している。おそらくは共有スペースの全裸の女のような「罠」タイプ。何かに反応して私を襲うようになるはずだ。
ただ、はず、というだけ。他の目的や能力があるのかもしれない。
それを確かめなければいけなかった。仮にシズカ達に逃げられたとしても、スタンドの情報だけは持ち帰らなければいけない。それが暗殺の糧になる。
床に向かって『ナポレオン・ソロ』を放つ。床に銃弾がめり込む。謎の「スタンド」人形達は反応しない。あたしの『ナポレオン・ソロ』の銃声は、殆どの人間には聞こえない。例外は三パターン。「スタンド」使い。『ナポレオン・ソロ』を認識したか、撃たれた人間。それから……極々特殊な例だけれど、強い警戒心がある人間。「スタンド使い」とは別種の超能力者といってもいい。
それから英語で叫ぶ。動くな! ホールに響き渡る。人形たちはあたしを一瞥さえしない。少し恥ずかしいくらいだ。これで少なくとも、この「スタンド」が音に反応するタイプではないことはわかった。後は「何」に反応するのかだ。「触れる」ことに反応することはわかっている。「加害」はどうだろうか。
168
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:52:16 ID:3atvsi3M0
『ナポレオン・ソロ』を放つ。瞬く間に銃弾が、看護婦姿の「スタンド」人形の胸を貫く。人形は旋回する銃弾に巻き込まれて、妙な壊れ方をする。人間と違う壊れ方。引き裂かれてバラバラになるかのよう。人形たちは丸い暗闇の眼で、一斉に私を見る。
人形たちが走りだす。速い。かなり速い。強力な「スタンドパワー」が込められている。ちょっと強力過ぎるくらいだ。脆さと引き換えなのだろう。これでわかった。人形は「触れる」か「危害」を加えられると、そいつを襲うように作られている。極々単純な、ベアトラップのような仕組みだ。何の問題もない。
次々に撃ち抜く。厳密に言えば、弾をバラ撒く。左目が見えないというのもあるけれど、そもそもあたしは……当てるのが上手くないし、そういう訓練は殆どしていない。大概のガンスリンガーは線や点をイメージして、何かを撃つ。あたしは面を意識する。野球のストライクゾーンのような面だ。ど真ん中じゃなくていい。面のどこかに入れば誰かが死ぬ。
あるガンマンは言う。頭に当てれば一発だと。
あたしの父は、そういうのが得意だった。
でも、一撃必殺でないとして、何が問題なの?
一発で死なないなら、死ぬまで何発でも撃ちこむだけでしょう?
169
:
FBH
:2016/05/15(日) 19:55:06 ID:3atvsi3M0
群れる人形たちが死体の山に変わり、死体の山がしおれて布切れに変わる。
そして静寂。エントランスホールでは不気味な抜け殻が散乱する。何かがおかしいと思う。こんな楽になぎ倒せるような人形たちを、なぜバラ撒いたの? 足止めにしても、かなり中途半端。考えてもわからない。相手のスタンドがわかったところで、あいての戦法が見えなければ、確実に拾える情報なんて何もない。
エントランスホールを、抜け殻たちを避けて歩く。出口に向かう。ふと考える。出口だ。このまま帰れる? シズカのスタンドさえ見ていないけれど……それはもう、残った片方の目でしか見ることができない。片目を失った今なら、イタリアへ逃げ帰ることは許されるのだろうか。可能性はある。殺意と安堵が交互にやってくる。
出口に近づいていく。他の部屋は探索しなくていい? 近くに「人形」たちのスタンド使いが潜んでいる可能性はゼロではない……強いかどうかは別として、かなり力のあるスタンドだ。こうなると、遠距離タイプだとも思えない。もっと特殊な型のスタンドなのかもしれない。罠の種類が予測できない以上、次々と罠に飛び込んでしまう可能性もゼロではない。
どうすればいいのだろう。人形たちの抜け殻を越えて、エントランスホールのカーペットの上を踏み歩く。出口へ一歩一歩近づいていく。
がくん、と視界が揺れる。
170
:
FBH
:2016/05/15(日) 21:20:44 ID:3atvsi3M0
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【モンスター・マグネット】には、ある種の知性がある。少なくとも、機械や植物に知性があると思うなら、『モンスターマグネット』のそれは知性だ。
人間にも、ある種の知性がある。例えば、俺の親父はよく俺と母親を殴った。奴は合理的観点から……つまり、「父親には従うものだ」という教育的な理由から、俺たちを殴っていると信じていたが、真実は違う。奴はろくに考えもせずに俺たちをぶん殴っていた。
俺たちにもある種の知性がある。何気なくそれを使う。なんとなく赤信号で止まり、いつものパスワードを使い、当たり前のように食後に皿を洗い、そして妻子をぶん殴る。俺はそれを『慣習』と呼ぶ。
171
:
FBH
:2016/05/15(日) 21:22:13 ID:3atvsi3M0
【モンスター・マグネット】はそれを盗む。『慣習を盗む』。ある思考の様式。記憶にこびりついた、計算を必要としない知性。それを盗む。盗むと言っても、盗まれた奴から記憶やIQがすっぽりと抜け落ちるわけじゃない。あくまでも盗むのは『慣習』だ。『慣習』はいずれ復元される。最初ばかりはクレジットカードの暗証番号をド忘れしたり、鍵や財布をどこにしまったか思い出しにくいかもしれないが、何かがなくなるわけじゃない。
『モンスターマグネット』が盗む慣習は『皮』の形態を取る。まさに薄っぺらな知性だからだろう。小さく丸め込めるし、まあまあ丈夫で、ある程度は自在に伸び縮みする。そして『氣』を吹き込むと、そいつらは慣習を……知性を再現する。
『皮』は、多少ズレていたとしても、ある程度は人間のように振る舞う。記憶があり、思い思いの行動をする。でも人間ではない。数字は知っているが計算はできない。何桁もの暗証番号を記憶しているが、新しいことは覚えられない。会話はできるが秘密は持てない。感情はあるが他人に配慮ができない。命令しても完璧にはこなせない。なにより、恐ろしく脆くなる。
そして、触れたり、危害を加えるとブチ切れる。
172
:
FBH
:2016/05/15(日) 21:25:11 ID:3atvsi3M0
アイラが悲鳴をあげて崩れ落ちる。ほんの少しだけ『氣』の入っていた『皮』が、エントランスのカーペットの下、アイラの尻の下敷きになり、エネルギーを失って息絶える。だが、ただ消えたわけじゃない。自分の体を踏んだアイラに『ブチ切れ』て、その足首をへし折ってから消えた。
アイラが右足を見る。妙な方向に折れ曲がった足首を見て青ざめる。右目から一筋の血を流している。俺は嫌な気分になる。何が悲しくて自分より何回りも若い女の子の眼を潰して、足をへし折らなければならないのだろう。サディスティックな気分にすらならない。
でも、と俺は思う。殺すわけじゃない。
『皮』の端と端を結び合わせ、輪を作る。輪は俺の指に合わせて、ゴムのようにしなやかに伸びる。十年ぶりくらいな気もする。こんな遊びをするのは。だが、誰もがする遊びだ……指をピストルに見立て、巻き付けたゴム輪で友達を撃つアレだ。
殺すわけじゃない。でも殺さない理由も見つからない。殺す気でやるべきなんだろう。
173
:
FBH
:2016/05/15(日) 21:33:26 ID:3atvsi3M0
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右足を折られた! 痛みで頭がくらくらする。ちくしょう、と叫ぶ。ちくしょう、ちくしょう! もう逃げられない。最悪だ。こんな単純な罠にやられるなんて。それも、ベアトラップだ。ほんの数分前に思い浮かべていたくらいなのに。
カーペットを撃ち抜く。ドカドカと本物かどうか微妙な大理石の床が砕かれて割れる。なんの反応もない。こんな痛手を負ったのに、別のスタンド能力なのか、同じスタンド能力の別な表現なのかもわからない。
あまりにもおかしい。
この一連の流れが、同じスタンドによる攻撃なら融通が効きすぎる。強すぎる。射程も長ければパワーも強いし多彩だ。『人形』の脆さと引き換えにしたとしてもおかしい。何かを見落として……。
バチン、と横っ面に何かが当たる。
狙撃だ、やられた、死んだと思った。冷や汗をかく。すぐに自分の頭がまだ、首から上に付いていることを確認する。顔に手を当てる。血の一滴すら付いていない。
いったい何……と言いかけた瞬間に、自分の首に何かがぶら下がっていることに気付く。細く、幅広な紐だ。それに触れる。奇妙な質感だった。そして覚えがあった。これは……
174
:
FBH
:2016/05/15(日) 21:34:46 ID:3atvsi3M0
バチン、と首に衝撃が走る。
紐が一気に縮み、あたしの首を締め上げる。
やられた。
やられた! なんども後悔する。『触れる』ことが発動条件だと知っていたはずなのに。あの『人形』達を撃ち殺しすぎたせいで、『危害を加える』発動条件に意識を向けすぎてしまった。
また罠だ。おそらくは最後の罠。最後の一撃だ。首に巻きついた紐を外そうとするが、ビクともしない。指の一本すら入る隙間がない。切る刃物もないし、折れた足では探しに行くこともできない。紐はゆっくりと深く強く締まっていく。息ができない。痛い。瞬く間に血管が締まり始め、意識が遠のいていく。首を折るためじゃなくて、気絶させるための力加減だ。
それでも、落ちたら死ぬ。間違いない。
シズカも、パッショーネも、あたしを生かしておく理由がない。
落ちたら死ぬ。
落ちたら確実に死ぬ。
エイたちがあたしの真上を、慌ただしく飛び回る。
175
:
FBH
:2016/05/15(日) 21:35:21 ID:3atvsi3M0
あの男の顔が浮かぶ。
殺さないでくれと懇願する顔だ。あたしはそれを無視して殺した。父さんみたいになりたかった。父さんみたいなギャングになりたかったから、あたしは呪われた。あたしは二度とまともには生きることができない。いずれ誰かに殺されて後悔しながら死ぬ。それは仕方ない。あたしが選んだ。殺されるのは運命だ。
それは仕方がない。
でも、殺されても絶対に殺してやる。
176
:
FBH
:2016/05/15(日) 21:36:05 ID:3atvsi3M0
------------------------------
アイラが乱射を始める。辺り構わず銃弾を撒き散らす。俺の近くに一発が飛んでくる。俺は慌てて扉の影に身を隠す。バスバスと銃声が鳴り続ける。
そして、今更ながら気付く。
何発撃つんだ? 銃声が鳴り止まない。装填の隙さえ見当たらない。ちゃちな銃から延々と何十発も吐き出す。アイラのスタンドは銃そのものだったのかもしれない。
冷や汗をかく。俺のスタンドは近接戦闘はできないから取り止めたが……もしも近接戦闘用のスタンドか、ナイフか何かを持っていたら、弾切れのタイミングを見計らって、接近していたかもしれない。銃があれば顔を覗かせて、撃とうとしていたかもしれない。死んでいたかもしれない。
もちろん、もう終わった話だ。
銃声が止む。
177
:
FBH
:2016/05/15(日) 21:36:50 ID:3atvsi3M0
扉から覗き込む。銃痕があちらこちらへ散らばっている。天井にさえついている。そしてアイラが横に倒れている。死んではいない。たぶん。今のところは。まぁ時間の問題だ。早いところ『皮』を外してやらないと、首が千切れるだろう。殺す殺さない以前に、そういうスプラッタなものは見たくない。
偽物くさい大理石のフロアを渡っていく。慎重に。万に一つもないが、気絶したフリという可能性はゼロではない。
首締め輪はメキシコ人の処刑方法だと聞いていた。話の元もメキシコ人で、ひどく酔っ払った状態での話だったから、本当かどうかはわからない。モーターで自動的に、不可逆的に、頸動脈や気道千切れるまで締まっていく首輪。ヘヴィだ。まさか投票権すらない女の子に使うことになるとは。
十分に近づいたところで、安堵する。細かな痙攣が見える。気絶している。寝たふりではないのは明らかだ。早いところ、首輪を外さなければ……。
178
:
FBH
:2016/05/15(日) 21:38:01 ID:3atvsi3M0
側に立つ。改めて思う。小さくて若くて頼りがない。十代で強盗をしていた俺が言えた義理ではないが、世も末だ。若い暗殺者。なぜこんなことを?
顔が見たくなったのは、単純な好奇心だ。自分を殺そうとした奴の顔、若い暗殺者の顔。それでどうしたいかというわけもなく、ただ見ておきたかった。
銀行強盗なんて、犯罪の世界では『狭間の存在』に過ぎない。この世界とあちらの世界の『狭間』。マフィアやギャングは完全にあちらの世界へ踏み落ちた住民だ。若くして何故? 何故、シズカと俺を殺そうとしたのか?
肩を掴み、引き倒す。苦悶に歪んだ顔だった。頬を引きつらせ、口から泡を吐き、残った方の瞳が、白目を向いている。美人ではないかもしれないし、片目を潰されていたが、可愛らしい、普通の女の子だった。
179
:
FBH
:2016/05/15(日) 21:38:46 ID:3atvsi3M0
だが、首輪は外れていた。
アイラは首筋からドクドクと血を流していた。丸い銃痕。まさか、と思う間もなく、カハッ、と息と血を吐いて、アイラの体が跳ねる。そして片目を見開く。
俺を見た。あっけらかんとした、無垢な瞳だと思えた。その瞬間だけは。
180
:
FBH
:2016/05/15(日) 21:40:01 ID:3atvsi3M0
------------------------------
確信はなかった。
あたしの『ナポレオン・ソロ』は融通の効くタイプじゃない。威力がコントロールできない。最初は強すぎるし、撃ちまくれば弱くなりすぎる。死ぬ可能性はあった。でも可能性だけだった。確実に死ぬよりはマシだと思えた。
『人形』が脆いのはわかっていた。弱い攻撃でも、貫通力があれば引き裂ける。問題は、どのくらいの威力ならあたしが死なないか、だけど、答えは分からなかった。どこに当てても死ぬ気がした。それでも賭けるしかなかった。
意識が途切れる寸前まで撃ちまくった。
そして最後の一発を、自分の首筋に撃ち込んだ。威力が強すぎれば死ぬ。当たりどころが悪くても死ぬ。でも死ぬか死なないかよりも、もっと大事なことがあった。皆殺しにしなければいけない。
あたしはギャングだ。
舐めた奴は殺さなければ。
最後にそう思った。
やっぱり、だから、結局は、あたしはギャングなんだ。そして意識が飛んだ。
地獄だと思った。身体中が痛かったから。男が目を見開く。見覚えのある顔だった。キン、と静寂が耳に痛い。そして気付く。手の感覚が覚えている。あたしは銃を持っている。あたしは死んでない!
殺さなくては!
181
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:13:38 ID:3atvsi3M0
------------------------------
全てがスローモーションに見えるようだった。アイラがどす黒い殺意の視線と、チャチな拳銃の銃口を向ける。終わったと思った。死ぬ。殺される。だが俺もゆっくりと動いていた。息が吐き出される。独特のリズムが身体に残っている。まだ勃っている。ドクドクと抗いがたい快感が全身を巡る。俺の『氣』が勢いよく、肺から心臓へ、そして掌へ、そしてアイラの肩へ向かう。だがどうする? 考えている時間もない。
182
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:14:28 ID:3atvsi3M0
------------------------------
勝ったと思った。殺した。いくらあたしがノーコンのヘタクソでも、この至近距離では外す方が難しい。そして、この『人形』使いの男のスタンドは明らかに近距離タイプではない。負ける要素がない。男の額に銃口を向ける。
『ナポレオン・ソロ』の銃弾が吐き出される。
そして真っ直ぐに、「あたしの人形」の額へと突き刺さった。
183
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:15:45 ID:3atvsi3M0
------------------------------
アイラの『皮』が先に動いていた。まだ完全な再生すらされていない、上半身だけのアイラの『皮』だ。繰り出されたパンチがアイラの横っ面に突き刺さり、アイラが吹っ飛んでごろごろと転がっていく。そしてアイラの銃弾が、皮を突き破って俺の右肩を抉った。
偶然だったし、試したこともなかったし、後悔した。
俺のスタンドは対象に触れることで『皮』を奪取する。一瞬で済む。だが、『皮』に『氣』を与える工程と同時に行ったことはなかった。今回は偶然だ。偶然、アイラの肩に触れていたから、『皮』が盾になってくれた。
偶然。つまり、二度はないということだ。
後悔しているのは、どうして「殴る」という指示……というか、意思を『皮』に持たせてしまったのかだ。銃を奪うか、残った左目を潰すべきだった。
アイラが、殴られ、砕かれた横っ面を押さえ、苦痛に顔を歪ませ、折れた足を庇うように、ゆっくりと立ち上がる。そして俺に銃口を向ける。肩の痛みが温かく感じる。もう、打つ手はなかった。
だが、アイラは撃たずに、俺をじっと見据え続ける。最後の瞬間は近付いているというのに、俺はひどく冷静で、頭の中も、心の中も空っぽだった。ただ死ぬんだと思った。はじめから、何もなかったかのように。
184
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:18:49 ID:3atvsi3M0
------------------------------
顔を吹き飛ばされたと思った。
かなりの破壊力だった。あたしの「人形」の攻撃だ。
間違いない。今までの攻撃は、この男のスタンド攻撃だったんだ。
でも何をされたのかはわからない。ダメージを確認する暇もない。
でも、不安があった。こいつの布のスタンドは「あれ」に似ていた。反則級のスタンドだ。生命をつくるスタンド。攻撃を跳ね返すスタンド。あたしのボスのスタンド。
呼吸が苦しい。折れた脚が痛むのに、顔の感覚が殆どない。口の中に血が溜まる。吐き出すと、粉々に砕かれた歯が混じっていた。首筋に手を当てると、べっとりと生温かい血がこびりつく。怪我の具合はわからないけれど、たぶん、次に攻撃を受けたら、二度と立ち上がれない。
あたしは訊ねる。シズカはどこだ?
185
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:20:28 ID:3atvsi3M0
------------------------------
心の奥底から、じわじわと恐怖が湧いてくる。
最悪だ。すぐに殺された方がマシだった。さっきまでは捨て鉢になって、恐怖がなかったというのに。肩の痛みが心臓のリズムに合わせて跳ねる。ちんぽこもついにしおれてしまった。本当の本当に打つ手がないというのに、なんとかこの膠着した状況を一秒でも長く続けるための言葉を、俺の脳が全力で探し始める。だがシズカ? シズカがどこにいるかなんて、わかるはずもない。
シズカ? と俺が尋ね返す。シズカが気になるのか?
ズドン、と、俺の耳元を銃弾が通り抜けていく。痛いと思うが、本当に耳に当たったのかどうかはわからない。確かめている場合でもない。動いたら撃たれる。今のは、とアイラが言う。外したワケじゃない。外れたんだ。当てるのは苦手だ。この距離、このコンディションなら、その頭に当る確率なんて三割もない。でも、次も頭を狙う。質問に答えないなら撃つ。
俺は後悔する。ジョースターに関わるんじゃなかったとは思わない。自分の人生もどうでもいい。ただ、最後の最後で十代の女の子をズタズタにして、その仕返しに殺されるなんて、情けないにも程がある。
186
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:21:41 ID:3atvsi3M0
カチャン、とドアノブの軽い音が鳴る。
バッ、とアイラが音の鳴る方へ拳銃を向ける。
俺は横目で音の出処を見る。それはロビーの出口とは程遠く、階段に近い、女子トイレのドアだった。扉が開き、中から、ハンカチで手を拭くシズカがゆっくりと現れる。そして吐き捨てる。それで、いつになったら終わるわけ?
187
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:36:18 ID:3atvsi3M0
いやに不機嫌そうな表情だった。厚手のハンカチを尻のポケットに収める仕草……改めて俺たちの方を向く。殺戮の現場にいるとは思えないほどの図々しい態度で言い放った。ああ、やだやだ。やたら戦闘が終わるのが遅いからさ、トイレ、我慢できなかったよ。はぁ、ムカつく……私、ちょっと潔癖なところがあってさあ、自分の家以外のトイレ、使いたくないんだよねえ。誰かの尻と同じトイレを使うなんてさ、ありえないよ……そんなわけで、早く終わらせて欲しかったんだけど、あと、どれくらいで終わる? もう終わる?
アイラが再び俺に銃口を向ける。
動くな、と言う。顔色は真っ青だ。血を流しすぎたのかもしれないし、新しい……というか、本命の敵の堂々とした登場に怯えているのかもしれない。どちらにしても、俺ほどは危険な状況に置かれはいない。
動いたら、こいつを……
殺すって? とシズカがハナで笑う。じゃあ早く殺せばあ? 言っとくけどね、彼はもう『死んだ駒』だよ。死んだも同然なのに、殺す殺さないとか意味ないでしょ?
お、おい……と、慌てる俺にシズカが声をかける。あ、でもねぇ、リザード! あなた、結構、イケてたよぉ。戦闘初心者って割には、考えて戦ってる感じもあった。実際、「捕える」じゃなくて「殺す」だったら勝ってたんじゃないかなあ。今更言っても遅いだろうけど。
そして言い放つ。まあ40点かな、と。これからに期待だね。とりあえず、もおいいよ。アイラは私が殺っとくからさ。
188
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:38:11 ID:pN0TYtzM0
そしてシズカはアイラの方を向く。黒髪が揺れる。空気が一瞬で張り詰める。
アイラは明らかに動揺を顔に浮かべて、シズカにさっと銃口を向けるが、何故か撃たない。
シズカはニヤリと笑う。で、アイラ、あんたは……イケてないね。ギャング、向いてないと思うよ。もっとも、それも今日で終わりだけどね!
そして、アイラに向けてズン、と足を踏み出し、一歩、一歩と歩き出す。
シズカは言った。
アイラ、アメリカにようこそ……殺してやる。
189
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:39:21 ID:3atvsi3M0
狂気の沙汰だった。拳銃を向けているのに、一歩一歩、まるでファストフード店にでも入るような気安さで向かってくる。シズカの言葉が何度も脳裏で渦巻く。「殺してやる」。銃口が震える。体中のあちこちが再び痛み始める。目を背けたくなる。落ち着け、と繰り返す。
落ち着け、でも急げ、素早く考えろ!
シズカがまっすぐに向かってくる。大きい。190センチ……もしかしたら2メートル? 筋肉質だ。アジア系の骨格のせいか、小さく見えるが……あたしがボロボロのコンディションだとしても大きすぎる的だ。ここからでも連射すれば何発かは当たる。問題は、明らかにシズカはそれをわかっていて、近づいてきているということだ。
会話の内容から察するに、シズカはどこかからあたしと、あの布の男との戦闘を見ていた。あたしの能力をわかっている。それでも真正面から歩み寄ってくるのは……。
スタンドは近距離パワータイプだ。間違いない。近寄らなければあたしを倒せないスタンドなんだ。問題は能力だ。
190
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:40:54 ID:3atvsi3M0
最良のケース。スタンドのスピードと正確性、そして硬さに自信がある場合。あたしが撃った後でも、真正面から銃弾を叩き落とせるから接近してくる。このパターンなら、スタンドを相手にせず、本体をズタズタにすれば倒せる。
最悪のケースは、あたしの能力と非常に相性が良い能力を持っている場合だ。ボスのスタンドのように、攻撃が跳ね返る。あるいは無力化される。あるいは ……透明になってすり抜ける。
シズカが歩きながらあたしに話しかける。アイラ、あなたはスタンド能力を見せびらかしすぎなんだよ。良い能力だけどさ……『スタンドの弾丸』でしょう? 銃弾を無限に吐き出す……完全に暗殺&戦闘仕様だ。
191
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:42:42 ID:3atvsi3M0
ゾッとする。その隙を縫うように、ちらり、とシズカは男の方を見る。
そういえば“リザード”、あなた、トドメを刺すだけって状態まで頑張ってくれたのはいいけど、相手のスタンドの仕様に気付くの、遅すぎだからね。ヒントなんて幾らでもあったでしょう。例えば最初の銃撃……おかしいと思わなかった? あんなちぃっちゃな拳銃の弾がさ、四階まで真っ直ぐ飛んでくるわけないよね。弾丸か拳銃のどちらかがスタンドなのは、その時点で気付くべきだよ。市街地のド真ん中で銃撃したなら、警官に対処できるような根回しさされているか、他の人間には気づかれない攻撃なのか、死のうが捕まろうが気にしないかの三択しかないだから。それから……音だね。流石にコレは、もっと早い段階で気付いてほしかったけど……いくらなんでも撃ち過ぎでしょう。リロードの隙も……おっと……
と、シズカがニヤリと笑う。そうだった、アイラ、
ここだ、ここが私の「間合い」だったよ。
シズカが叫ぶ。【アクトン……】!
そしてシズカが視界から消えた。
192
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:43:43 ID:3atvsi3M0
------------------------------
……おっと、とシズカが言った。
そうだった、アイラ、ここだ、ここが私の「間合い」だったよ。
なんのことだかわからなかった。アイラとシズカの間には、まだ十数メートルもの距離があった。
俺はシズカを見ていた。グン、とシズカが視界から外れる。でも消えたわけではなかった。シズカは思い切り身を低くしながら、アイラに向かって猛然と走り始めた。短距離走のランナーのような姿勢の低さだ。疾い。勢いで長い髪が巻き上がる。
シズカが叫ぶ。【アクトン……】!
193
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:44:37 ID:3atvsi3M0
------------------------------
それは真っ黒な影だった。人型だ、と思った。人型のスタンドのヴィジョン。
ヴィジョンと眼があう。凶暴な目つき。
あたしにはわかった。直感としか言いようがないけれど、わかった。
これがシズカの【スタンド】。あたしの仲間を殺した犯人だ。
エイ達が手の甲から勢い良く剥がれ落ちる。痛みがある。でも、潰れた目や、折れた足や、砕かれた顔ほどじゃない。惨めなくらい小さな拳銃が、スタンドパワーとあたしたちが呼ぶ奇妙なエネルギーで震える。脳裏に最初に殺した男の顔が浮かぶ。哀れみを乞う男の顔が。
「管理人」は殺すな、捕えろ、と言った。でも、そんなことはもう無理だ。最初から無理だったのかもしれない。ムカムカと胸の中で何かが燻る。悲しくなってくる。仲間を殺されて黙っていられるわけもなかった。侮辱されて、目玉も潰されて、こんな目に遭わされて、黙っていられない。
殺す。絶対に殺す。あたしの【ナポレオン・ソロ】で!
194
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:45:22 ID:3atvsi3M0
引き金を引く。何度も引く。無理矢理に力を込める。当たるかどうかなんて関係ない。撃ち続ければ当たる。当たれば殺せる。スタンド使いにしか聞こえない銃声が響き渡り、銃弾が黒い影へ飛ぶ。
最良の一発が、黒い影の額に向かって行く。あたしは確信を得る。勝った。
そしてシズカのスタンドが消えた。
195
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:46:12 ID:3atvsi3M0
------------------------------
ほんの一瞬の出来事だった……それにも関わらず、何もかもが、くっきりとよく見えた。全てが劇的に進行したからかもしれない。あるいは、傷口の痛みが、俺の意識を鮮明にしていたのかもしれないが……それはわからない。
シズカがアイラへ駆け出した次の瞬間、極端な前傾姿勢で走るシズカの背中から不気味な黒い影が起き上がり、姿を見せた。
ぞくりとした。禍々しかった。間違いない、これがシズカの【スタンド】だ。俺や、アイラや、ランドバロンのスタンドとは似ても似つかない。人間に似ていたが、もっとドス黒く……薄気味の悪い、エネルギーとしか言いようのない何かがに満ちている。死のイメージが浮かんだ。これは俺のスタンドのように【盗む】スタンドではないと直感した。【殺す】スタンドだ。
そしてアイラが撃った。泣きそうな顔をしているように見えた。
銃撃が、まるで極端なVFX映画のように、シズカの【スタンド】に向かって、空気を裂き、糸を引いて走っていくのを見た。
196
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:46:48 ID:3atvsi3M0
------------------------------
そして、先陣を切った銃弾が、あと少しで当たるという瞬間に、シズカの【スタンド】は姿を消した。ふっ、と、蜃気楼のように。後続の銃弾が、行き場をなくして、どこかへと走り去っていった。
えっ、と口に出した。アイラの表情も、そんな感じだった。
それは直感というよりは……経験に基づくものだった。たぶん、俺がそうなのだから、アイラもそうなのだろう。シズカのスタンドが消えた。でもそれは【姿を消す能力】ではなかった。その能力は、俺や……アイラにも覚えがある能力のはずだ。それはただ、スタンドを【OFF】にするだけの、能力とすら言い難い……呼吸をするように簡単なことだ。
197
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:47:21 ID:3atvsi3M0
アイラが低空飛行のように急接近するシズカに銃口を合わせる。
スローモーションに見えた。銃口と、ニヤリと笑うシズカの額がピタリと密着し、そして通り過ぎる。
突進するシズカの肩が、アイラの腹へ突き刺さった。
198
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:48:03 ID:3atvsi3M0
------------------------------
何が起こったのかわからなかった。
あたしの弾丸はシズカのスタンドの額を捉えていた。殺せていたはずだった。あたしの弾丸はスタンドパワーで出来ている。人間でもスタンドでも殺せる。ダメージを引き受けてしまう近接パワータイプなら、スタンドの頭ごと、本体の脳みそも吹き飛ばせる。
なのに、現実に起こったことは、あたしの弾丸がスタンドを通りすぎていったことだった。スタンドがあたしの弾丸をはたき落とすとか、なんらかの能力ですり抜けていったというのならわかる……それなら、本体へ狙いを切り替えるだけだ。でもあたしの脳は止まった。考えてしまった。なんでスタンドを【OFF】にしたの? なんの意味が? スタンドバトルでスタンドを消す意味は?
そして何もかもが手遅れになった。
銃口をシズカに合わせる。身体の痛みがゆっくりと指先に伝わる。わかっていた。もう間に合わないことを。でも間に合わなかったら何が起こる? 恐ろしくて諦めることもできない。一瞬だけ、シズカの額に標準が合う。触れる。接触する。シズカがニヤついているように見えた。引き金は間に合わない。歯を食いしばる。
199
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:48:42 ID:3atvsi3M0
大きな衝撃、なんてものじゃなかった。車に撥ねられたら、こういう感じなのだろう。実際、跳ね飛ばされたのだと思った。呼吸ができない。身体が強張って自由がきかない。内臓が全部飛び出しそうだ。そして宙に浮いた。さっきまで立っていた床が見える。高い。3メートル? 4メートル?
ははっ、とシズカが嘲笑った。軽ゥ! モデルでも目指してるの? ちゃんと、ごはんを食べないとだめだよ……あの世ではね。
200
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:49:28 ID:3atvsi3M0
------------------------------
「ぶっ殺す」とか「殺す」とかは、誰でも使う言葉だと思う。仲間内の冗談でも、チャリか何かを盗まれてキレたとき時でも。間違いないのは、どんな時であれ「本気」ではないということだ。その辺のギャングだってそうだ。結果的に殺してしまった場合でもそう。殺そうと思って殺すわけじゃない。プッツンときたから殺す。仕事だから殺す。殺そうとしたわけではないけれど殺す。
シズカは「本気」だった。成り行きとか、仕方なくとか、正当防衛とか、そういう感じじゃなかった。殺そうと思って殺す、という感じだ。低空ダッシュから、かち上げるようにアイラの腹へぶつかっていったシズカは、そのままアイラを抱え込み、持ち上げ……そして思い切り、自分自身が倒れこむように……アイラを固く冷たい床に向かって振り下ろした。
201
:
FBH
:2016/05/15(日) 22:50:15 ID:3atvsi3M0
ゴン、と嫌な音を立てた。
それきり、アイラは動かなくなった。
シズカは、そのまましばらく、アイラの傍で座り込んでいたが、やがて立ち上がり……不気味な笑みを浮かべた。ひゅーひゅーという、アイラの恐ろしげな呼吸の音だけが、ロビーに響いていた。
俺はその技を見たことがあった。なんとなくは知っていた。テレビで、なんとはなしに、大した興味もなく、暇つぶしで眺めている時にそれを見た……「スピアー」と……「パワーボム」、それか、「バスター」だろうか。
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