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【オリスタ】FullBlackHabit 【SS】

201FBH:2016/05/15(日) 22:50:15 ID:3atvsi3M0
 ゴン、と嫌な音を立てた。
 それきり、アイラは動かなくなった。
 シズカは、そのまましばらく、アイラの傍で座り込んでいたが、やがて立ち上がり……不気味な笑みを浮かべた。ひゅーひゅーという、アイラの恐ろしげな呼吸の音だけが、ロビーに響いていた。
 
 俺はその技を見たことがあった。なんとなくは知っていた。テレビで、なんとはなしに、大した興味もなく、暇つぶしで眺めている時にそれを見た……「スピアー」と……「パワーボム」、それか、「バスター」だろうか。

202FBH:2016/05/15(日) 22:50:54 ID:3atvsi3M0
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 背中全体に衝撃が走る。それから、ゴシャッ、と、頭の後ろから鈍い音が鳴る。後頭部が熱い。嫌な感じだ。息ができない……というか、空気が肺に入らない。身体も動かない。でも、何が起こったのかはわかった。シズカに……投げられた? 持ち上げられて、背中から叩きつけられた。
 
 なぜ? と思うけれど、言葉がでない。どうしてこんなことに……。
 
 なぜ? じゃないよ、馬鹿だなあ。とシズカは言った。何も言っていないのに。あたしを見下すその眼は、あたしの心の奥底まで見透かしているようだった。超単純な「フェイント」だよ。私のスタンドを警戒しすぎ。ま、スタンド能力に頼りきりの「スタンド使い」には、肉弾戦なんて発想の外だろうけど。それにしても、まだ意識があるなんて、タフだねえ。

203FBH:2016/05/17(火) 23:23:31 ID:MEbUcisc0
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……というわけで、今回はここまで。次回は戦闘の後処理。例のごとく補足は飛ばしてもよし。
だいぶ長くなってきたので、そのうち粗筋でも載せたほうがいいのかもね。

204FBH:2016/05/17(火) 23:24:07 ID:MEbUcisc0
・イスラムの連中
 ムスリム、というのが正しい。痛ましいテロなどの影響もあって全盛とは言い難いものの、いまだ人気のある世界的宗教であり、今日のメジャーな宗教の中では(プロテスタントを除けば)最も新しく、成立の過程もかなりしっかりと残っている(しかも、かなり面白い!)。FullBlackHabitは現実世界よりも結構未来の話なので、ISIL始動後の中東世界の情勢とかにも変化はあるんだけれど、平均的アメリカ人にとっては相変わらず「野蛮の世界」なのかもしれない(シリアとイラクを犠牲に、ISILが政治的単位としての生存を認められるようになったんだけど、多くのアメリカ人はいまだに「国」や「政治集団」ではなく「テロリスト」だと思っている、みたいな)。

・ダーティ・ボム
 ダーティ・ボムはある程度の範囲を放射能汚染することを目的とした兵器である。いわゆる核兵器とは異なる。核爆弾は「核反応」という燃料を使い、殺傷力のある熱や衝撃、放射能汚染などを生み出すが、ダーティー・ボムは通常の爆弾に放射性汚染物質を仕込んだだけのものだ。単純に、放射性汚染物質の代わりに釘などを仕込めば通常の「グレネード」になるし、犬の糞でも仕込んでおけば悪質な「いたずら爆弾」になる。
 放射能汚染物質を手に入れ、安全に管理するコストを無視すれば、各家庭でも作れるくらい簡易であるにも関わらず、その被害が甚大である為(汚染が小さくても、みんなパニックになるから)かなり警戒されている。

205FBH:2016/05/17(火) 23:24:51 ID:MEbUcisc0
・CA380
 特に説明することもないのだが、いわゆるサタデーナイトスペシャルと呼ばれる銃の一種。見た目も作りも値段もとってもチープ。まあスタンガンや催涙スプレーのような安手の護身アイテムだと思えば大体あっている。違いといえば、殺傷力がある、という点だけ。マーシィの言う通り、装弾数が少ないのでテロには向かない。テロとは恐怖(テラー)を撒き散らすものであるからして、もっと連射できるものとか、爆発するもの、ヴィジュアル的に痛みを伴うものがいいのだ。

・サバイバリスト
 英語だとプレッパー(prepper)と呼ぶこともあるけれど、意味はあまり変わらない。生存第一主義、ということ。
 テロ、事故、災害、金融崩壊、戦争……日常を破壊する事象は数多くあるが、それに備える人はあまりいない。というのも、そうしたトラブルは「極低確率でしか起きない」と信じられているし、備えにもコストが掛かるからだ(雪が降ってからスタッドレスタイヤを買いに行くのと同じ理屈だね)。
 ところが、世の中には何かが起きる前の「備え」に、生活の全てを費やす人もいる。シェルター、備蓄、防災訓練、キャンプ術等など、幸福な生活を犠牲にしてまで、生き残るための「備え」を怠らない人をサバイバリストと呼ぶ。


・MEU、ベレッタ
 近年の戦争や紛争では「怪我をさせる武器」と「殺す武器」の使い分けが重要だ。
 百年の歴史を持つM1911(いわゆるコルト・ガバメント)は「殺す武器」だ。強力な制圧力と殺傷力を持つ四十五口径、初速が早くサイレンサーとの相性がよい。一方で装弾数が少なく、貫通力が低いので、装備の整った軍隊が相手だと分が悪い。
 一方でM92(ベレッタ)は「怪我をさせる武器」だ。M92は9mm弾で、殺傷力こそ低いものの、貫通力が高く、軽く、取り回しが簡単で、弾がたくさん入り、なにより安い。殺すよりも士気を削ぐことが重要だと認識されるようになった近年の戦争・紛争において、拿捕や戦傷者の量産などは、ただただヒトを殺しまくるよりもずっと効率がよかったりする(下手な虐殺だと、結果的に敵が増えたりするし)ので、NATOなどで制式採用され、ついで1985年からはアメリカでもM1911の代わりに使われるようになった。
 とはいえ、戦争・紛争における通常の戦闘行動とは目的が違う特殊部隊などには9mm弾は「弱い」とウケが悪く、改良されたM1911、MEUが使われ続けることになった。

206FBH:2016/05/17(火) 23:26:06 ID:MEbUcisc0
・『ナポレオン・ソロ』
本作においては、
近距離パワー型
破壊力C スピードA 射程距離A
持続力D 精密動作性E 成長性E
という能力値に変更させて頂いた。というのも、図鑑の能力値は明らかにヴィジョンの能力が考慮されていて、「実銃を使う」という凶悪な実情と一致していなかったからだ。
能力も文字媒体の描写に合わせて何点か変更を加えさせて頂いた。主なところは「消音」「物理法則を無視して、威力減衰ナシで真っ直ぐ飛ぶ」「連射速度と威力が反比例する」だ。全体として、スタンドをより強力に、かつ「乱射してこそ真価を発揮するが、連射しすぎると逆に弱くなる」というピーキーな性能に調整した。
反面、スタンド使い側は弱い方に調整した。正直「衰えた殺し屋」程度ではスタンドの強力さを相殺できない。より若く、未熟で、適性がなく、何より「ノーコン」であることはより「映画っぽい」と考えた。主人公が撃った弾が必ず当たるように、雑魚敵が撃った弾が絶対に当たらないのも「メタ射撃」の一種だ(どのみち「当たる弾丸」のスタンドならエンペラーとピストルズがいる)。
ところで、なぜエイなのだろう。Aim(狙う)と掛けた?

207名無しのスタンド使い:2016/05/29(日) 23:33:59 ID:EVsb9B860
や、やっと読めた…これは超大作ですな
全てが濃い、そして緻密
オリスタには珍しいダーティな内容だけど、逆にそれがいい
戦闘シーンもこれでもかと言うほどの生々しい描写で、手に汗握る
これは執筆大変だと思いますが、応援してます!

208FBH:2016/11/23(水) 17:29:50 ID:ZnCfZHOQ0
何回かに分けて更新しますね〜

209FBH:2016/11/23(水) 17:34:40 ID:ZnCfZHOQ0
6. アメリカン・サイコ ( vs ナポレオン・ソロ 4 / 4)
 
 ロビーが静まり返る。窓から差し込む光が、ニスの塗りたくられたフロアを照らす。俺は突っ立っている。心臓がバクバクと音を立てる。今更になって、肩に突き刺さった弾丸が神経をつんざき、激しく痛み始める。だが、どこか他人事な痛みだ。痛いのに、気にならないというか……アドレナリンの仕業だろうか。身体も、現実味も、麻痺している。
 
 シズカとアイラのもとへ、恐る恐る近寄る。アイラの頭の下から、じわりと、粘り気のある赤い血が広がっていた。眼が泳いでいる。手足が脈絡もなくバタついている。冷や汗が噴き出す。この娘は死ぬだろう。それも、じきに死ぬ。
 
 シズカはダラリと、日に焼けた黒く長い腕を垂らし、ぼうっと、窓の外の空を見ていた。ため息を吐く。長い間、目を瞑る。祈っているのかと思った。だが違った。シズカはリラックスしていた。快適なベッドでうたた寝するように、ぼんやりとしているのだ。

210名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:35:25 ID:ZnCfZHOQ0
 
 俺は呟く。マジかよ。死ぬぞ、この娘。
 
 シズカは目を閉じたまま言い返した。へぇ、わお、それはびっくり。救急車でも呼ぶ?
 
 肝が冷えた。心底から、目の前で起こしつつある殺人に無関心といった態度だ。
 
 それにしても……とシズカは背伸びをした。ただでさえ高い背がぐんぐんと伸びる。ソー•グッドな血の匂い! なんだか久しぶりな感じがするなあ。若くて、新鮮で、良いもの食べて生きてきたんだろうな。

211名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:36:16 ID:ZnCfZHOQ0
 俺は思わず口にする。本当に死ぬぞ。ここまでする必要、あるか? お前だって……と言いかけたところで、シズカが右の手のひらを俺に向ける。太く、分厚く、傷だらけの、とても女性のものとは思えない歪んだ手だった。お前だって死んでいたかもって? ナイナイ! とシズカは目をパチリと開き、満面の笑みを浮かべた。
 
 ……だって……私の方が強い。アイラは恐ろしいスタンドを持っているけれど、戦い方が直線的過ぎる。暗殺とスタンド戦しか想定してなかったんだろうな……よくいるんだよね、スタンド使い以外に負けるなんて考えないし、だからこそ、スタンドに対して“だけ”警戒心が尋常じゃあないスタンド使いって……私のスタンドをチラッとみせれば、アイラはスタンドに向けて撃ってくるのはわかっていた。本体を撃てば勝てるタイミングでも、それが出来ないビビりなんだ。スタンドを【OFF】にすれば、パニックになることも、格闘に対処できないこともバレバレ。私が負ける要素なんて、1つも何もない。
 
 違和感が頭を掠める。この自信はなんだ? 戦い慣れし過ぎでは?

212名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:38:49 ID:ZnCfZHOQ0
 でも、弾が当たっていたかもしれないだろ、スタンドじゃなくて、お前に。
 いや、聞いてなかったの? 十中八九でアイラはスタンドを撃つよ。
 そうじゃなくて、弾が外れてお前に当たってたんじゃないかって……。
 シズカは笑みを引っ込めて、唇を噛み締める。うっ、ううん、なるほど、どうかな。アイラのスタンドは精度を犠牲にしていたから……いや、アイラか下手くそだからこその、こういう雑なスタンドなのかな……相手が勝手に失敗することを考慮するのは戦略とはいえないんだけど、確かに、その可能性はあったかも。アリガトウ。反省した。でも、そうだなあ……狙いが外れて、私の頭に向かって飛んできたら、スタンドで弾丸をキャッチするしかなかったかもねえ。
 
 スタンドで弾を掴む? そんなことできるのか?
 いーや。ムリムリ。できない。普通に死ぬと思う。
 そうか……えっ、そうなの? ハハハ。さっき『ナイナイ』とか言ってただろ!
 アハハ。いや、本当、当たらなくてよかったよお。いや、外れなくて、かな?
 ハハハ……笑い事じゃないだろ。

213名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:39:47 ID:ZnCfZHOQ0
 まあ、冗談はさておいて、運ぼうか、とシズカは言った。さっさとイタリアに送り返そう。まだ生きているみたいだし……シズカはアイラの両足を抱え込む。そして俺を見る。なにボサッとしているの? 頭の方、持ってくださいよ。
俺は言う。えっ、なんで……。
なんでって……リザードの「食べかけ」を私がやっつけてあげたんだよ? 奥さんに食器の片付けを全部やらせるタイプ? 助けてあげたのに冷たいなあ。
助けてあげたって、見捨てる気満々だったろ。ていうかお前が原因だろ!
うーん、どうだったかなあ、記憶が曖昧だなあ、アメリカの食べ物ってなんでもかんでも甘いものだから、脳みそがゼリーになっちゃったのかなあ……私の記憶だとさあ、半殺しにたのはリザードじゃなかった?
 
 そしてシズカはアイラの血が滴る左瞼を指差した……うわっ、見てくださいよ、あの目、潰れているね。ヤバいね。ひどい。リザード、潰れた目って放っておくと腐るからさあ、引っこ抜かないといけないって知ってた? やってみようかなあ、でも、グロいかなあ……衛生的にも問題あるよなあ。
 
 いやいやいや、なんで俺のせいにしようとしてんだよ!
 冗談、冗談。でも、見捨てたのは誤解ですからね。あれは戦術。使える駒だって思わせていたら、アイラはリザードを殺してから、私との戦闘に入ってしまうでしょう。死んだ駒だと思わせる必要があった。悪く思わないで。助けようと思って、そうしたんだから……大切な”友達”だからさ。

214名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:41:08 ID:ZnCfZHOQ0
俺は急いでアイラの痙攣する腕を掴み、持ち上げる。軽い。温かい。血がぬるりと滴る。やけに身体を動かしているが、意思を持って動いているという感じではない……アイラは人間から物に変わりつつあった。こんな華奢な女の子と戦っていたとは……俺は言う。なるほどなるほど。大切な友達ってことは、お前のスタンドについて教えてくれるってことか?
 
シズカもアイラを持ち上げる。えっ? なんで? それはダメ。
はあ? なんでだよ? 友達なら教えてくれるんじゃ、
いや、だって、負けたよね。期待込みで友達と思うことにはするけど、弱いからねえ……ちょっと様子見かなあ。
……なんだそりゃあ。じゃあ、手伝わないぞ。
あ、腕を離さないようにね。たぶん、次、頭を打ったら本当に死にますから。まだまだ未来のある十代女子ですよ。殺したらかわいそうですよ。化けてでるよ、きっと。

215名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:43:04 ID:ZnCfZHOQ0
 ……本当に何もなしか?
 シズカが顔を顰める。はあ、超女々しいですね……キモいなぁ……まあ、でも、確かに頑張っていたからなあ。うーん、そうだなあ。事態に対する即応力とか、そういう点では見直す部分は多いと思うけれど、正直、仕込んだ罠のクオリティはなかなかだった……相手の行動を考えて戦っているなあって感じはあった! おまけしちゃってもいいのかなあ……で、何が欲しいの?
 キモいとかいうなよ。そりゃあ、スタンドの……。
 それは絶対イヤだし、キモいのはキモいでしょう。だって戦闘中なのにちんぽこいじってたじゃん。
 
 ぐうっ、なんだよ! 半分巻き込んどいてよお! キモいとかも言われたかねーよっ! ていうか見るなって言っただろ……そして気付く。俺が“氣”を巡らせていた時、俺はシズカに――厳密には違うが、ちんぽこを弄っているところを見られていた。俺はといえば、その時の困惑した反応を、豊かな胸の谷間を見ていた。嫌な閃きが走る。正直、ドキドキもするが、かなり脅迫じみてはいるし、かなりやりたくはないが……じゃあ、そうだな、どうしてもスタンドを教えてくれないっていうなら、代わりにだな、一発、その、なんだ……ヤるとか?
 
 シズカは訝しげな視線で俺を見る……ん? ヤる? 何を? 俺はどきりとする。そういう目で見られると、なんだか背徳的だし、距離感が妙に近づく……それに……そういう目で見ると、本当にシズカは良い女だった。そんな目では、もはや到底見られないサイコ野郎でもあったが。
 いや、ほら、だから、その、アレだよ! 男と女のだなあ! “セ”から始まる、なんというか……。

216名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:45:12 ID:ZnCfZHOQ0
 シズカがニヤリと笑う。ああ、セックスね。別にいいですけど。
 そう! それだよ! 少しは言うのを躊躇えよ! それが嫌ならスタンドの情報を……えっ、いいの?
 
 シズカは悩むように顔を顰めた。うーん、いい、は、いい、だけど、意味合い的には「グッド」ではなく「オーケー」かな。高齢者とはしたことないし、興味もないし、好きか嫌いかで言えばたぶん後者だけど……なんかふにゃふにゃそうだし、やたら長そうだし、ヴァニラで面白くなさそう……でも、まあ、いいかな? もちろんゴムはアリね。前戯とピローはナシ。面倒だから。
 なんでそれでオーケーになるんだよ……そしてなんでそこまでチクチク言われなきゃーいけねーんだ! それなら、あれだぞ、後ろの方だぞ! それが嫌なら……。
 
 後ろ? 後ろって?
 いや、だから……。
 ……ああ、なるほどね。いやあ、オーマイゴッドって感じ。責められるのが好きなんだ? まあ歳をとると勃たなくなるっていうけど、受け入れるだけなら何歳になってもできるもんねえ。ハイトク的ィ。
 
 なんで、俺が、ヤられる側なんだよ! お前のケツのこと言ってんだよ! ていうか心が読めるんだろ! お前は!
 冗談ですよ。まあ、正直言えば、そっちならもうちょっと頑張って欲しかったなあ。うーん。でも相手の行動を見抜く術とか、通り道に罠を仕掛けるような手管はちょっと高得点だったもんねえ。まあ……いいか。オーケーオーケー。じゃあどうします? 今夜とか空いてますか? ていうか経験あります? 経験無いなら、軽くググって勉強してきてね。準備とかもそーだけど、あれって本当に大変だから……。

217名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:45:58 ID:ZnCfZHOQ0
 ……いや、やっぱりいい。なんもなしで。
 シズカがヘラヘラと笑う。あ、そお。別にどっちでもいいけどねぇ。ていうか逆に断るとか失礼だよねえ。私としても覚悟とかいろいろとあるわけじゃない? しかも20代学生の後ろでしょお? レアだよぉ。さらにいえば、私ってばそーとーな美人なわけでさ……。
 別に脅迫だったんだからヤれなくって結構だ! ていうか、それだよ、それ! それがイヤ! なんでこう、イヤがらないワケ?
 いやがる? どうして? セックスは嫌いなの? 半世紀も経てなおウブなの? 歪んだ処女信仰でもあるの? まあもちろん、私も人を選ぶし、リザードとやりたいかといえばそんなことはないけど……なんか下手そうだし。それとも何? 愛情とか恥じらいを求めるタイプ? そういう塩コショウ的なヤツがないとできないの? キモいから悔い改めたほうがいいよ、そういうの。
 ぐうっ、ヤメロ! お前なあ! よくもそんなポンポン悪口を吐けるな……!

218名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:47:26 ID:ZnCfZHOQ0
 ……あんたら、アタマがヘンちがう?
 ギョッとする。女の声だ。一瞬、アイラが目を覚ましたのかと思い、手を離しそうになる。だが声は俺の背後から聞こえてきていた。妙な英語だ。イントネーションもそうだが、どこか間違っているような、通じるような……。
 コツコツと足音がエントランスに響く。ハイヒールの音だ。
 シズカはニヤついた表情を変えずに言う。やあ、ニコ、だいぶ久しぶり。
 
 姿を見せたのは女だった。妙な女だ。完全に奇天烈だ。あの異常な戦闘と、この異常な顛末があった後でも、なお違和感がある。年齢はシズカと同じか、それよりも上だろうが、病的なくらいに幼く見える。整った顔立ちだが、肌色が悪く、メイクは奇抜なのか失敗したのか、顔が暗く見えた。三つ編みがふらふらと動く頭に合わせて揺れる。何か柔らかい素材の、黒いコートを着ていた。その下は、下着がちらりと覗くキャミソールと……黒いローレグのパンティだった。
 
 露出狂だ、と思った。上を脱ぐか下を履いた方がまだ自然に見える。アタマが変なのはお前の方じゃないのか? だが緊張で固まった俺は言葉が出ない。女は、頭を割られて死に体のアイラを見る。そして、それを運んでいる俺を見る。何を考えているのか、さっぱりわからない目だった。

219名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:48:41 ID:ZnCfZHOQ0
 相変わらず凄い格好だねぇ、とシズカは唸った。刺激的ィ。
 
 ニコ、と呼ばれた女はシズカを見る。うるさい。ここは自由の国だから自由にすると知る。わかる? シズカも十分にオカシイでしょ。
 
 文法がおかしいわけでも単語やアクセントがおかしいわけでもなく、全く意味不明でもないが、どこかズレた英語だった。シズカは俺を一瞥して、苦笑いを浮かべた。いや、別にダメって言っているわけじゃないよ。グッドだよグッド。凄くクールじゃん。私もゴシックパンクは嫌いじゃないし……とりあえず、私と……ああ、そうだ、この人はジョン・オブライエン。私の友達。で、こっちで死にそうになっているのはアイラ。パッショーネの下っ端。
 
 俺はニコと目が合う。はじめまして、と声を掛けるが、ニコは聞いているのか聞いていないのか、反応を返さない。
 
 で、とシズカは俺を見る。リザード、この人は、と視線でニコの方へ視線を促す。あまりにも際どい服装と、頭が足りていなさそうな幼い表情に、目の行き場を失う。この人はニコラサ・ベルムデス。コロンビアからの移民二世。立派なニューヨーカー。お母さんの年金で暮らしている。ちょっと英語が苦手……かもね。呼び方はニコでいいと思う。ニコラサと呼んでもあまり反応しないから……で、私達と同じスタンド使い。

220名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:49:53 ID:ZnCfZHOQ0
 ニコはバカだった。それも、面と向かってバカにすることが憚られるタイプのバカだ。頭が悪いわけではないが、なんらかの社会的な支援を必要とするタイプ。ニコは俺を見ていった。わからん。シズカ、どうする?
 
 とりあえず、と、シズカは言った。私と彼と、この娘、それから、たぶん上の階で三人くらい死んでいると思うから、「今日の証拠」を回収してほしいな……おっと忘れてた、そこの女子トイレにも警備員の死体を詰めてた。そっちもよろしくお願いするね。
 
 そういうと、と、ニコは言った。ニコは仕事を始めようと思った。

221名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:50:39 ID:ZnCfZHOQ0
 ずるり、とニコの身体から、スタンドが抜け出す。
 俺のスタンドとも、アイラのスタンドとも、違った。シズカのスタンドとは、少し似ているかもしれない。人間に近い形をしている。口を閉じた食虫植物のような頭と、肥大化して、ゴツゴツとした鱗がびっしりと張り付いた左腕を除けば。あとは、この世のものとは思えない、鮮やかなコバルト色の肌を纏った、人間だった。
 
 てってってってってってって……と、ニコは聞き覚えのあるリズムで何かを口走りながら、スタンドと共にシズカの足元にしゃがみ込む。そして……シズカの「影」の中に腕を突っ込んだ。

 うっ、と息を詰まらせる。生ぬるい汗を背中に感じる。ニコの腕がずぶずぶとシズカの影に沈んでいき、ついに顔も半分ほど、影の中に入り込んでしまった。どういう理屈なんだ……そして何をしているんだ?

222名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:51:38 ID:ZnCfZHOQ0
 ニコは、とシズカは言った。味方でも敵でもないけど、信用できるよ。
 
 俺は言う。いやいやいや、信用とかそれ以前に、何をしてるのかもわからないんだが……それに、何でここにいる? 大丈夫なのか?
 
 ああ、それは、私が呼んだから。リザードが私と会った部屋から、1階に降りてくるまでの間くらいかな? 何をしているのかというと……ニコ、言ってもいい感じなの? シズカと、何かを口走りながら、影の中を腕で搔きまわし続けるニコの目が合う。ニコは首を縦に振り続ける。

223名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:53:48 ID:ZnCfZHOQ0
あっそ、まっ、私からは、かなりセンシティブなことだから気を払うように、とだけ忠告しておくよ……その上で、ニコのスタンドをバラすとね……彼女のスタンド能力、【アンダー•スレット】は、生物の影から「弱み」を引き揚げるスタンド。引き揚げるというのはモーションの話で、まあ、盗む、でも、奪う、でも好きに解釈していい。「弱み」っていうのは、正直なところ私にもよくはわからないけれど、嫌な過去を象徴する品とか、インパクトのある事件の物的証拠とか、失くしたくないものとか、そういうのを意味するみたい。引き揚げた「弱み」はスタンドのパワーとして表現されるから、スタンド以外の攻撃では破壊できない。利用方法としては、捜査、脅迫、探偵……という風に、スピードワゴン財団は認識している。

 迂遠な言い回しだな。つまり、他の利用法があると?
 シズカは首を傾げる。スピードワゴン財団はスタンドをアーカイブする手法を確立させてはいるけれど……スタンド使いのパーソナリティにまでは踏み込まない。特に、ニコみたいな……その……特殊な人間相手だと、なおさらね。

 すべてのケースで当てはまるわけではないけど、スタンドは基本的に使い手の精神を象る。ごみ箱にごみが入っているように、パイナップル缶にはパイナップルが入っているように、影がその人の形を象るように……人間性はスタンドの器と見なせる。人間性を知ることは、スタンド戦でも非常に重要。その観点からいうと……ニコは誰かを脅迫しようとする人間ではない。真実に興味があるタイプでもない。理屈を持って誰かの善悪を判断することもないし、できない。でも、正義感はかなりある……法でもイデオロギーでもなく、直観に基づく正義だけどね。

224名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:55:34 ID:ZnCfZHOQ0
 ジャッジャーン、とニコが、シズカの影の中から手を抜く……その手の平を、細い、鎖のようなものが貫いていた……“ようなもの”だ。形状が絶えず蠢いて、環の連なりようにも、DNA配列のような螺旋にも、捩じりまかれた縄のようにも見えた。ニコのスタンドがカキカキと音を立てて、鎖を巻き取っていく。そのたびに、ニコの手の平の肉と骨が、ぐじゅぐじゅと変形した。
 
 やがて、影の中から、鎖に繋がれた太く大きな鉤と……その切っ先にぶら下がった獲物が姿を見せた。それはピストルの形状だった……アイラの拳銃だ。
 
 ニコのスタンドの異常さ……そしてスピードワゴン財団が知らない使い方の肝は、引き揚げた「弱み」が世界から消えてしまうこと。まぁ、何処かから持ってくるのだから、何処かから消えるのも当たり前だけど。
 
 ……んん? 何を言っているのかわからないぞ。
 わかりにくいのは承知の上だけど、そうとしか言いようがないね。見たほうが早いんじゃない? アイラの手を見てみなよ。拳銃を持っている方の手ね。
 しかし、アイラの細く小さな手のひらの中に、その拳銃はなかった。

225名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:42:21 ID:9fJ09Eus0
 最強のスタンド、なんてものは存在しない。リンゴとミカンはどっちが強いかと聞かれても困るでしょう? 強いなんて尺度はあまりにも退屈だし、考えれば考えるほど真実から遠のく………でも、一般に強いといわれるスタンドは3つある、とシズカは言った。「時間を操るスタンド」、「空間を操るスタンド」、「精神を操るスタンド」。ニコのスタンドは、その3つ全てに関わる。現実を変えてしまうというほどではないけど、【アンダー•スレット】が「弱み」を引き揚げた時、現実はニコのスタンドに合わせて姿を変える。
 
 いつだ、と俺が訊ねる。不気味な気配だった。直感的に邪悪な気配がする、というべきか。いつアイラの手から拳銃を奪ったんだ? 俺が腕を握っていたんだぞ? いや……そもそもなくなったのか? 最初からなかったのか? まるでわからない。忘れるはずもないくらいシリアスな事態だったのに、思い出そうとしても、すっぽりと、頭から抜け落ちたかのように……。
 
 どうかな、それは私に“も”わからない、とシズカは言った。私の記憶からも消えかけているからね。瞬間移動したのかもしれないし、ニコが引き揚げる前から、すでに抜き取られていたのかも……初めからそうだったように。フォトショップってわかる? 映像とか写真の編集ソフト。あれって、その場にあるはずのものを好き勝手に弄り回せるでしょう。映っているはずのものを消したり、好きに付け足したり。そういうものだと思うよ、勝手にそう思っているだけではあるけど。理屈はわかってないからね。

226名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:44:49 ID:9fJ09Eus0
 ……おいおい、無茶苦茶だな、そんなことあっていいのか?
 ううん、よくはないかもね……でも、そういうスタンドだし。
 その拳銃はどうするんだ?
 それ聞いちゃう? 他の誰かの影の中に入れるんだよ。盗んだ『弱み』はスタンドパワーで覆われているから、そういうこともできる。
 ……そうすると、どうなる?
 わかっているくせに。ニコの標的になったかわいそーな人は、この騒動の犯人になるでしょうね。
 何もしてないのにか?
 理屈から言えば、何かしたことになる。辻褄が合ってしまうから。時空間ごと操るというのは恐ろしいよ。監視カメラには本当の犯人は写らない。アリバイを証明する友人は「記憶がない」と言い張る。本人の記憶には「やったような感じ」が残る。そして証拠品には指紋がべったり……強力なスタンドであって完璧なスタンドではないから、意外と穴まみれではあるけれど、杜撰な警察がシナリオを書くには充分だね。まあ、ニコだって無実の人を悪党に仕立てるわけじゃないから、その辺は安心していいと思うよ……程度にもよるけど。ニコから見て悪党、ってところで決まるからね。

227名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:46:11 ID:9fJ09Eus0
 ちらりとニコに目をやる。コートのポケットからビニール袋を取り出して、ぶうううううん、とアイラの拳銃を飛行機か何かに見立て振り回しながら、それに入れる。そしてもったりと、知能に問題があるやつ(完全に偏見だが)特有の緩慢な動きで、アイラの影の中にも手を突っ込む。影が微かに小波を立てる。その不気味な鉤が引き揚げたのは……やはり拳銃だった。ただ、アイラが持っていたチープな安拳銃ではなかった。見たことのない……昔懐かしのワルサーだ。
 
 ださーい、とニコは言う。
 シズカはいくらか訝しんだ後、ワルサーをアイラの影に戻そうとするニコに言った。それ、戻さなくていいよ。私にちょうだい。
 イヤ、ダメ、とニコは呟いた。その眼には影が差している。みんな死ぬよ。
 俺は一瞬でニコが嫌いになった。直観で人を判断するのはよくないかもしれないが、100パーセントに近い確信がある。ニコは、俺とも、シズカとも、アイラとも違う。本当に【人間じゃない】側へ足を踏み入れているスタンド使いだ。
 シズカは微笑むようにニコを見つめた。だよねえ。きっとそんな感じなんだろうと思っていたけど、そういわずにさあ。報酬倍でどう? 2万ドル出すから……。
  
 ニコはと気味の悪い笑顔で、はしゃいだ。4万! 4万にすれば2で割り切れる!
 そうだね、じゃあお母さんと分けられるように4万にしようか……2万ドルも2で割り切れるけどさ。

228名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:49:22 ID:9fJ09Eus0
 影の汁(本当に何なのだろう? 地面を突き抜けてどこかに消えて行ってしまう)が滴るモーゼルを持ったまま、ニコはシズカの背後に回り込む。どこのポッケ……あっ、ポッケットない。
 ポケット……ポッケットか。それはないから、ジーンズに挟んでおいてよ、とシズカは返した。
 挟む? 難しいな。
 うーん、お尻のところにこう、なんというか、入れておいてほしいんだけど、
 尻に入れるね。
 わっ、バカ、パンツの中にいれ……と、シズカが言いかけた途端、ドン、と鈍い音がして、俺もシズカもビクリと跳ね上がった。シズカがアイラの足を落とし、俺はアイラの重みと驚きで、アイラごと尻もちをつく。アイラの後頭部から滴る血が、俺の超高級スーツにべったりとこびりつく……すでに肩に穴が開いているとはいえ、嫌な気分だ……問題はシズカだ。表情も身体も引きつって固まったまま、突っ立ったままだ。

229名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:52:32 ID:9fJ09Eus0
 その間、俺もシズカも、ずっと固まっていた。最初に俺が口を開いた……大丈夫か? ていうか、どうなってる?
 シズカはわずかに頷いた。たぶん、大丈夫。パンツとジーンズに穴は開いたけど、私は大丈夫……でも、ちょっと熱かった……。
 ……お前のパンツと尻の心配じゃねーよ。その銃だ。そのワルサー、ヤバいだろ。本当に俺の知ってる銃と同じなのか? 心臓にじわじわくるヤバさだ。子供の頃に見た【カリガリ博士】より不穏だ。ホラー映画のドッキリシーンの直前みたいな雰囲気がするぞ。
 シズカは額の汗を拭うと、一笑した。ふうん、じゃあ5割くらいの確率で何も起こらないんじゃない? まっ、かなり危ないと思うけど、どうにでもなるよ。

230名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:55:16 ID:9fJ09Eus0
 そんなこんなで、死に体のアイラを運ぶ。アイラの後頭部から血が滴り、俺の革靴の上に落ちる。背筋が凍る。誰かに見られてはいないかと、視線を発砲に配るが、世間は俺たちにまるで無関心だった。きっとそのまま市街地に出たところで、警官でもなければ呼び止められないのだろう……それよりも、このあと、どうなるんだ? 職はどうなる? いや、職はいいとして、刑務所暮らしになるのか……いや、シズカとニコを信じるのであれば、それもないのだろう。では何が問題なんだ? 「パッショーネ」だ。「パッショーネ」の報復だ……意識を振り払う。それはまだ始まってもいない話だ。問題は……俺がいま起きていることの全貌を知らないことだ。
  
 そっち、こっちと、シズカにあれこれと指示されながらアイラを運んでいく。石畳に血痕が残る。あの不吉な【アンダー•スレット】が現実を変えてしまうスタンドで、事件の証拠を変えてしまうとしても、どこまで信用していいのかわからない。
 
 セブンスハウス横の広く、ガランとした駐車場に辿り着く。シズカのような階級の子供たちの車なのだから、ある程度の高級車が並んでいるのかと思えば、案外そうでもなく……もちろん、やたらに背の低い車もたくさん並んではいたが、時折、ショボそうなワーゲンやダットサンの軽自動車、キアのファミリーカーも停まっていた。

231名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:00:42 ID:9fJ09Eus0
 私のは、あの黒いやつね、とシズカは言った。あそこまで運んで。駐車場には一台しか黒い車は停まっていなかった。妙な車だった。全長は長いが背が低い。前半分はスポーツカー然としていたが、俺の美学的にいえば、いいところはそれくはいだ。車体側面のグラフィティ風の【sandman】のマークも、オレンジのストライプも、バカみたいにデカい金ぴかのホイールも、マイアミのチンピラ風でダサい。しかも、後ろ半分はトラックの荷台になっていた。これは……これは軽トラじゃないのか?
 
 えっ、違います。ユーティリティーカーです、とシズカは驚いたような顔で言った。ズボンの尻を台無しにされてからというもの、顔に少々冷や汗を浮かべたままだ。どう? オーストラリア製のホールデン•ユート【サンドマン】。カッコいいでしょう。室内も広い、荷物もいっぱい載る、サブウーファーも……。
 
 そりゃあ軽トラならいっぱい載るだろうよ。お前なぁ、こういうのやめたほうがいいぜ。まだ20代だからわからんかもしれんが、金持ちなのにアホみてえな軽トラ乗ってたら変わり者どころかバカにしか見えないぞ。
 
 はあああああ!? 馬鹿にしないでくれませんか!? と、シズカは絶叫して、アイラの足を放り投げる。俺は焦って、バカ、静かにしろよ、と訴えるが、シズカは軽トラを指差して騒ぎ立てた。どこが軽トラに見えるんですか? 軽トラとは違いますよ! コルベットのV8も積んでるのにっ! スポーツカーの仲間ですよ!
 やめろよ、突然どうしたんだよ……ていうか、なんで軽トラにV8積んでるんだよ。意味ないだろ……いや、トルク的には意味なくはないのか? わからないけど、爆速の軽トラで何がしたいんだよ? 荷物を後ろに放り出したいのか?
 軽トラじゃないってば!

232名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:05:54 ID:9fJ09Eus0
 若いやつは何を考えているのかわからない。長生きしたせいだと思う。自分が歳をとって、思考力も共感性も失った証拠だ。ともかく軽トラの助手席を動かし、後部座席にアイラを詰め込む。血がべっとりとシートにこびりつくが、シズカは車内の致命的な汚れや、むせかえるような血の匂いよりも、俺の評価の方が気に入らないらしく、ぶつぶつと文句をたれ続けていた。
 
 左耳に触れる。鋭く痛む。指先に血が染みついて粘つく。肩の血は止まりつつあったが、痛む。本物の銃弾のように……弾頭が残らなかっただけマシか……病院という言葉が何度も頭を過ぎるが、行くわけにもいかない。すぐに通報されるのが落ちだし、警察になんの説明もできない。ニコを信じるなら、今度の惨劇の証拠は残らないのだろうが……その万能さは、どの程度のものなのか……。
 
 気休め以上、安心以下ってところかな、とシズカは不機嫌そうに言った。【アンダー・スレット】は、監視カメラの映像とかも全部ムチャクチャにしてしまうくらい、すごい現実改変力のあるスタンドだから、大概のことは万事解決するけど、完ぺきではないからね。気づく奴は気づく。そこはスタンド以外の力でどーにかする必要がある。というわけで、運転よろしくね。
 
 はあ? なんでだよ?
 後部座席で死にゆく十代少女を監視したいなら、どーぞ。
 ……意識ないだろ?
 あるよ。混濁はしてるけど。超頑丈だよね、究極生命体なのかも。ともかく、また目覚めたり、容体急変したときの対処ができるなら、後部座席でのんびりしててもいいよ。
 くそっ、と俺は思わず毒づいた。マジかよ。軽トラのマニュアルなんて動かしたとないぞ……。
 オートマだけど。
 ……軽トラでV8でオートマ?
 ……うるさいなあ。重要な話が先! 当然ながら、リザードは西世界トップクラスの組織暴力に楯突いたわけで、ケジメをつけなきゃいけないんだけど……。

233名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:09:37 ID:9fJ09Eus0
 一瞬、頭がフリーズした。は? 何を言っているんだ、西世界トップクラスの組織暴力に楯突いた? そりゃあ、まあ、そうか。わかってはいるが……ケジメ? なぜ? 巻き込まれて、狙われたのに?
 
 まあ落ち着いてよ、とシズカは言った。パニックになるのはわかるけれど、大した話じゃないから。さっきもいったけど、ニコの【アンダー・スレット】は万能じゃない。警察は騙せてもマフィアの執念は騙せない。だから、お話をして、決着をつける必要があるわけですね、パッショーネのお偉いさんと。泥沼の抗争も楽しいといえば楽しいんだけど……ともかく、これからとある波止場で彼らとお話をして、アイラを引き渡して、和解の上でイタリアに帰ってもらいます。なあに、大丈夫ですよ、たかだか幹部の娘の左目と右足首と首をやっちゃったくらいならね……。
 
 マジか……マジで言ってるのか? 絶対無理だって、殺されるぞ?
 ふむ、理由は?
 り、理由? そりゃあ、お前、相手はマフィアだぞ。お前はただの金持ちの娘で、俺なんかただのサラリーマンだ。奴らは絶対に舐められてると考える。和解の席に着くわけがない。場所を決めて落ち合うなら、襲撃されるに決まってる。
 オーケイ。その問題は解決済み。場所と時間の都合をつけたのは、アイラとリザードの戦闘中だからね。応援を呼ぶ暇は与えてない。
 お前、人が生きるか死ぬかの戦いをしてる中で、とんでもねーな……でも、応援はマフィアだけとは限らないだろ。パッショーネには金がある。人員なんてその場でリクルートすれば済む話だろう。ここはアメリカだぞ、ギャングなんて山ほどいるし、銃にも慣れてる……下手したら重火器まで出てくるぞ。
 
 シズカはニコリと笑いながら、星形のチャチなキーホルダーのついた車のカギを、俺に投げ渡した。いいね、なかなか鋭い! リザードの言う通り、さっきの情報だけだと、体感9割くらいの確率で殺されそう。でも、だあいじょうぶ。私って美人なうえに凄いから。なんとかしてあげるよ……運転してくれたらね。リバーサイド・ドライブを南下して、ポートベイシンまで!

234名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:20:22 ID:9fJ09Eus0
 煙草と白檀の芳香剤においがした。【サンドマン】は暴れ馬のように前後に加速する。長い車体のケツを思い切り振ってリバーサイド・ドライブへ飛び出す。エンジンがくそうるさい。だがまぁ、本革シートの乗り心地は気に入った。
 
 リアビューミラー越しにシズカを覗く。左後部座席で、祈るように頭をもたれて、煙草に火をつけているところだった。横たわるアイラの顔はちょうど真後ろで見えなかったが、たまに、シズカの膝の上でビクンと足を跳ね上げては、押さえつけられていた。
 
 煙草を吹かすシズカのため息が絶えると、アイラの激しい呼吸音が社内に響く。俺は、アイラは港まで持つのかと、沈黙に耐えられずに訊ねた。
 大丈夫じゃない? とシズカは返した。あいまいだけど、意識はあるし。
 それきり、また沈黙が車内を重く満たした。
 
 赤信号に引っかかる。クソほどうるさいエンジン音と、ぶーぶーうるさいイエローキャブの間に、アイラの死にそうな呼吸がこだまする。また、俺が喋りだす。そういえば……。
 別に無理して話さなくてもいいよ、とシズカは言った。ラジオの司会者ってタイプでもないてましょう。落ち着く時間も必要だろうから。
 話してないと落ち着かないんだよ。聞きたい事も山ほどある。
 そうかあ、とシズカは言った。スタンドのこと以外なら何でも聞いていいけど、私にも質問はさせてね。
 質問? なんの? なんの質問だ?
 大したことじゃないよ。そっちが先にどーぞ。

235名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:23:46 ID:9fJ09Eus0
 聞きたいことは、本当に山ほどある……重要なことばかりだ。だが要約すると……なぜアメリカにいるのか……いや、なぜフランスから戻ってきたんだ? 何の為に? 君の父親は明らかに監視を張り巡らせていた。アメリカに戻ってくる報らせなら簡単に掴めたはずだ。そしてこのタイミングだ。俺も、パッショーネも、偶然なわけがない。
 
 フランス? とシズカはタバコを咥えながら、器用に滑なかなか発音で口にした。あ、これ私の特技ね。タバコを咥えたままでもフツーに会話ができるんだ。腹話術。面白いでしょ。まぁそれはともかく、フランスとはまた懐かしいね。
 
 ……なんだかその腹話術の方が気になっちまったが、まあいい、留学中だろ?
 そうだけど、最初の半年で単位は取りきったから、ほとんどパリにはいないよ。欲しい論文も手に入れたし、気になる講義も受けたし、ここ1年半はたまーに面談でフランスに戻るだけで、大体は旅行してるね。
 
 監視は……と俺が話そうとすると、はいはい、監視ね、とシズカは俺を遮った。これが良い話でさ、私の監視は2人いたのだけれど、お父さんはツメが甘いというか、ケチなんだよね。大富豪のくせに金払いが悪いんだよ。あれは本当にかわいそうだったな、土日休みもないし、昼夜問わずの監視なのに平均月給程度って。あんまりにもかわいそうだから、私が2人を呼び出して、毎月お給料を上乗せして払っていたんだよ。トータル3倍のお給料で、3倍働きたくなるようにね。彼らはプロではなくて、SPW財団の伝手で雇われただけの民間のスタンド使いだったから、ずいぶん喜んで、実際よりも3倍の期間、私がフランスにいることしてくれた……ちなみに2人とも、結構セクシーでいい男だった。でも3Pができる男の性癖ってちょっと謎だよね、ゲイでもないのに女の子を挟んで互いの顔を見つめあうとか気持ち悪くないのかな……。
 
 そこまでは聞いてねーよ……ま、なんとなくはわかった。ランドバロンの身内にも君のスパイがいて……いや、おそらくはSPW財団かパッショーネにもいて、そこで得た情報を元に戻ってきた、というところか……。
 
 だいたい正解かな。スパイってほど立派な人材は抱えてないよ。学生って信用が薄いから、その時々でお金で情報を買っているだけ。

236名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:26:52 ID:9fJ09Eus0
 ああ、そう、納得した、と俺は嘘をついた。どうせシズカは、いくらか嘘を吐いているのだろう。今の話では、ランドバロンと俺の動向を知ることはできても、パッショーネの動きは説明できない。誰にも知られずにアメリカに帰るというのも、なんらかの違法な手段を使っているはずだ。だが、俺に嘘を見抜く術はないし、シズカを追及しすぎるのも、後々問題になりそうだ。ついでの世間話なんだが、どこに旅行していたんだ? ヨーロッパ周遊か?
 
 なにそれ、定年夫婦みたいだね。そんなイージーで退屈な旅はしてないよ。海路でイタリア経由でトルコに。地中海沿いに陸路を南下してエジプトまで。そこからさらに、アフリカ大陸をインド洋沿いに、やっぱり陸路で南下して、はりきって喜望峰まで行こうかなーってところだったんだけど、ジブチで中断して、ここに帰ってきた。
 
 へえ、アフリカの大旅行か? 羨ましい。社会人はそんな暇ないからな。トルコも行ったことないな……トルコ風呂ならあるけれど……トルコからエジプト……俺は頭の中で地図を展開する。トルコから南は……シリア、イスラエル、レバノン……んん? エジプトから南はスーダンにエルトリア? 超が3つも4つもつくような危険地帯ばっかじゃねーか! マジで言ってんのか?
 
 おお、よく全部言えたなあ。暗記が趣味なの? でも惜しいね、マハーバードが抜けている。
 お前なあ、はぐらかすにしたってもっとマシな嘘があるだろう。なにが悲しくて危ない国を巡るんだよ。どのみち女の子が生身で歩ける場所じゃないぞ。
 ふうん、じゃあ、面倒だから嘘でいいよ。
 あのなあ……!

237名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:35:34 ID:9fJ09Eus0
 シズカは後部座背から身を乗り出して、煙草の煙を俺に吐きつけた。メンソールが目に辛い。まあまあ、私の質問も聞いてよ。どうしてリザードはちんぽこいじってたの?
 おい……。
 いや、まじめな話ですよ。気づいているのかどうかしらないけれど、ちんぽこいじったあとのアレ……【スタンド能力】ではないですからね。
 はっ? いや、俺のスタンドだよ。あれがないと、なんもできないぞ。
 
 それもすごい不思議な話だけど……ともかく、スタンドの定義は「精神力の具現化」であって……性的興奮みたいな物理的な状態で「強くなる」とか、「特性が変わる」ならわかるけれど、あの『エネルギー』は『皮』のスタンドの発現とは関係があるように見えなかった。あなたの『皮』のスタンドにちんぽこが必要ないなら、あれはスタンド能力じゃない……あれってなんなの?
 
 なんなのって……あ、でも……ずっと前に、俺にこの力のかるーい指導をしてくれた妙な占い師は、スタンドのことを「氣」とか「道」とかって言っていたな……。
「氣」、「道(Tao)」? 「波紋」でも「仙道」でもなくって?
 いや……なんで「波紋」の話が出てくるんだ? その「波紋」ってチベット僧のやつだろう? 気功とか超能力とか、そういう感じの。俺のは違う。占い師は道教について話していた。仏教でさえない……どのみちそこで習ったわけじゃあねーんだ。俺にとっては「能力は2つで1セット」なんだよ。別々じゃない。そういうスタンドって他にはないのか?
 ないよ。1つの例外もなく、スタンドは1人につき1能力。スタンドは生物の精神に紐づくものだから、脳味噌が2つないと、能力も2つになれない。以前、SPW財団の研究者が『他人のスタンドをコピーして、能力を増やすようなスタンドはあり得るだろうか』って仮説を検証していたけど、答はNOだった。スタンドをコピーすることは精神をコピーすることと同義で、それを2つ3つ持つなら精神の器も同じ数がないといけないはず……って感じ。リザードがどう思っていたとしても、やっぱり、その……「氣」は、ちんぽこをいじって使えるようなるほうの技術は、スタンドとは違うはず。「氣」って呼び方もしっくりはこないけど……まあ確かに、普通、仙人っていったら道教なのかなあ、うーん……ともかく、なんか違うんだよなあ。

238名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:37:04 ID:9fJ09Eus0
 そして俺は路肩に停車する。シズカは顔をしかめる。どうしたの?
 いや、どうしたっていうか、もう1つ、今すぐ聞きたいことなんだが……今からパッショーネの待ち合わせ場所に行くんだよな? さっきも聞いたかもしれんが、対策はどうなってるんだ? 殺されたくないんだが……。
 
 シズカはああ、とズボンのサイドポケットから携帯電話を取り出して、そっか、忘れてた、ちょっと電話していいかと、俺の答えを待つよりも先に誰かと連絡を取り始める。
 
 ハロー、とシズカが顔を綻ばせて呟く。シズカです……そっちの様子はどうですか? 【スポーツ•マックス】。

239名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 19:05:55 ID:9fJ09Eus0
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 彼岸花は綺麗だった。ずっと見ていられる。
 最初は自然が好きになったのだと思った。草花や動物に心を惹かれているのは確かだ。『腑抜けた』とか『ムショのせいでおかしくなった』と言われて、クソほど腹が立つ一方で、どう思われようが構わないという気持ちもあって、それ以上は深くは考えなかった。
 
 だが奇妙な刑務所生活から何年か経て、わかった。俺は自分が思っている以上に、ずっと哲学的で、ずっと敬虔な人間なのだ。草花は生きているのか、死んでいるのか? 動物に魂はあるのか? 天国とは何か? あの5年間がなければ、きっとこんなことは考えなかった。生と死の境を超える力を得たことは、きっかけではなく、必然だった。これは俺の天来の素養だったのだ。
 
 彼岸花は綺麗だった。昼も夜もなく、愛でる人間も食む獣や虫もいなくなっても、なお、咲き続ける姿を夢想する。見た目でもない、ディティールでもない。存在の美しさだ。俺は愚かな生活を送ってきた。高級車、プール付きの庭、権威、あふれ返る札束……手に入れても手に入れても、まだ欲しくなるのは、それが俺の存在を満たさないからだ。透明な魂の形を、手触りを知ること。目に映らない本質こそ、俺が生涯をかけて追い求めるべき事柄だ。
 ぐもぐもと猿轡の奥から、白人男が呻く。その度に、彼の首筋や肩、脇腹や臍に突き刺した彼岸花が揺れる。さて、この男は何者だろう? 名前を聞き忘れた。わかっているのは確実に死ぬというこだ。どこで生まれたのか? 職業は何か? どういう経緯であのイタリア人どもに、いくらで雇われ、どんな気持ちでジョースターを狙ったのか。何もわからない。わかっているのは、今晩にも死ぬということだ。俺の中で、このただ死ぬためだけに存在している男は、どんな意味を持つのだろう? これも命題になりそうだ。
 
 シズカから連絡が入る。
 そっちの様子はどうか? と。何も問題はなかったと答える。

240名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 19:07:02 ID:9fJ09Eus0
かつて俺は囚人だった。ある意味、いまでもそうだが、特に法的な意味でだ。罪状は脱税だ。きっかけは殺人だった。誰を殺したのかは覚えていない。5年喰らった。これでも少なく済んだ方だ。

 それは劇的な体験だった。刑務所自体は退屈だったが、興味深い運命が、そこら中に転がっていた。かつてそこで亡くなった古い時代のギャング達の歴史、他人に眠る才能と敬虔を目覚めさせる神父、復讐者とジョースター家。
 
 シズカは奇妙な女だった。青白い電灯の下で、不気味な存在感を放っていた。
 初めて会った時、シズカはハイスクールに通う色白い女学生で、今のような筋骨隆々な体つきではなかった。俺は不機嫌だった。かつての仲間達はここ三年もの間、俺と連絡を避けていた。久々の個室面会の相手が見ず知らずのクソガキだとは思わなかった。かつて孕ませて捨てた女のガキにしては成長も早すぎるし、こんなガキなんて売ったことも買ったこともない。俺は一目だけ見て、誰だと訊ね、分厚いアクリルの先に座る雌ガキがシズカ•ジョースターだと名乗ると、すぐに面会室を出ようとしたが、看守は鍵のかかった扉の向こう側にいて、そして何の返事もよこさなかった。

241FBH:2016/12/10(土) 22:07:12 ID:5Phj6L860
 何がどうなっているのか検討もつかなかった。このガキは誰だ? 何故看守がこない? シズカは言った。無駄ですよ。座って私とお話ししましょう。
 
 うるせぇな、黙れ、クソガキが。俺はお前を知らないし、興味もない。他の場所で遊ぶんだな。
 私はあなたのことをよく知ってますよ、スポーツ・マックス。
 だからなんだ? 犯されたいのか?
 シズカはおどけた様子で、両手を頬に当てる。わぁ、今のはリアルだったね。日頃から犯しなれてる感が出てる。すごくいいね、ちょっと、ドキドキ……気持ちが盛り上がったかも……でも、それは後日にしましょう。今日は大事なお話があって来たんですよ。
 そりゃあよかったな。公園でケアベアにでも話してろよ。
 全く興味なし?
 あるわけないだろ。羊達の沈黙ごっこしたいのか? ぶち殺すぞ。
 命に関わることでも?
 ……いい加減にしろよ。親に俺みてーなやつと関わるなと習わなかったのか?さっさと消えろ。

242FBH:2016/12/10(土) 22:08:38 ID:5Phj6L860
 あっそ。じゃあ、あなたはコステロに殺されますね。
 シズカは席を立って、俺を冷たい目で見つめた。お勤めご苦労様。さよなら。
 俺はゾッとする。コステロ? そんな奴は知らない。だがこのクソガキ……俺の半分ほどの年のガキの目が、俺に背筋を突き抜ける。記憶がフル回転する。コステロ? 誰だ?
 シズカはニヤリと笑う。マジですか? マジで誰かもわからない? ウケますね。誰って、あなたがぶち込まれた原因じゃないですか。そういう危機管理能力がないから実刑5年も貰っちゃうんですよ。
 
 だから誰だっ、誰のことだ!
 グロリア•コステロだよ。あなたがイケイケだった頃に、あなたの殺人を通報したマヌケ。その妹のエルメェス•コステロが昨日、G.D.st刑務所に収監された。罪状は強盗だけど、調書を読む限りでは、動機もなければやる気も感じられない。逮捕されるためにテキトーにやったって感じ。十中八九、復讐目的での入所……あなたが入所している今がチャンスだと思ったんだろうね。普通に考えれば、出所後のヤクザより、出所前のヤクザのほうが警戒が手薄だから? あはは、超ウケる。高度なギャグだよねえ。あなたが外との繋がりを緩やかに絶たれていることを知らないんだろうね。わざわざ人生を棒に振らなくても、復讐の機会はあったのに……。

243FBH:2016/12/10(土) 22:13:42 ID:5Phj6L860
 グロリア……グロリア・コステロ。全く思い出せないが、言われてみれば、確かにそんな名前だった気がした。グロリア•コステロ。だが信じられるか? なぜこの雌ガキがそんなことを伝えてくる? なぜ他の誰もが俺に伝えてこない?
 
 それは生活態度の問題だと思いますよ。シズカは俺が口に出さなかったことについて答える。俺はゾッとするが、シズカは気にせずに話し続ける。スポーツ・マックス、私も他人のことをあれこれ言えないけど、あなたは周りから自分がどう見られているのか、気にしなさすぎる。ヤクザな囚人仲間と連んでいればよかったのに、礼拝堂に入り浸り、剥製づくりだの生け花だの墓地の掃除だの、女々しいことばかりしてるものだから、黒人神父の『オンナ』になったなんて噂される……。
 
 俺は分厚い強化アクリルを殴りつける。てめえ、この……このクソアマッ!
 いやいや、話の流れが見えないの? 私がそう思っているわけじゃなくて、あなたのお仲間がそう思っているって話ですからね。あなたのその、セクシーなお尻が……その……ジーザスっているんじゃないかってね。言われてみればあなたって華奢だし……おっと失礼。ともかく、お仲間はなんだかゲイっぽくなったあなたに関心をなくしている。生きて出所できたら歓待する、刑務所で死んだら弔う、では生きていて欲しいか死んで欲しいかでいうと、どっちでもいい、って感じかな。

244FBH:2016/12/10(土) 22:16:33 ID:5Phj6L860
 バン、バンと殴りつけ続ける。小便臭いガキが! ホラー映画でも見る気持ちで刑務所に来たのか? 裁判所の傍聴席とは違うんだぜ。マジに殺すぞ!
 バン、とシズカも写真をガラスにべたりと張り付ける。ヒスパニック女の、何らかの証明写真のようなバストアップだ。タンクトップか、何かのスポーツのユニフォームを着ているように見えた。殺す? できるかなあ? 私を殺すにせよ、あなたをゲイ扱いするお仲間たちを殺すにせよ、とりあえずは今年、ここから生きて出ないと。こいつがエルメェス•コステロ。あなたを殺そうとしている。対処するのは簡単だと思うよ。油断さえしなければね。
 
 俺の頭がグルグルと回った。ガキの戯言だと言い切れない自分がいた。誰がこいつの言うことを信じる? だが……だがもしも本当だったら? 看守がここまで暴れても、明らかな『所内殺人の示唆』があっても出てこないのは何故だ?

245FBH:2016/12/10(土) 22:19:51 ID:5Phj6L860
 空条徐倫、とシズカは言った。妙な話に聞こえるかもしれないけれど、私の甥の娘にあたる。年上だけどね。彼女もG.D.stに、エルメェス•コステロと共に収監された。罪状は殺人と死体遺棄。懲役は8年。
 
 唾を吐く。睨みつける。くだらねぇ、と吐き棄てる。だが笑えるな。家族が収監されて、ヤクザに泣きつきにきたってか? かわいそうだから助けてやってくれって。おおいいぜ、たっぷり可愛がってやるよ。お前の代わりにな!
 
 シズカは暗い笑みを浮かべた。よかった。安心した。まあ、そういうことでよろしく。
 俺は耳を疑った。なんだと? いまなんて……。
 ん? なに? よろしくって言ったんだよ。私は入所できなかいからさ、私の代わりとして扱ってくれていいよ。私ほど美人じゃないかもしれないけど……。
 代わり? 何の話を……?
 はぁぁあ? ウケるなぁ。自分で言っといてすぐに忘れちゃだめでしょう。私の、代わりに、可愛がってくれるんでしょう? 大切にしてね。まっ、私はちょっとばかり……乱暴な扱い方が好きだけど……。

246FBH:2016/12/10(土) 22:22:07 ID:5Phj6L860
(※失礼! 懲役は15年だった! ウッカリだ!)

247FBH:2016/12/10(土) 23:31:38 ID:5Phj6L860
 ……復讐か?
 はは、とんでもない。私は義父と義母の次に彼女を愛しているよ。それが?
 ……気持ち悪ぃぜ。クソガキが。それで俺に何の得がある?
 美人の姉を好き勝手しても、ジョースター家が何の手出しもしない、という以外に? もちろんある。これはパッケージギフトだからね。
 
 実をいうと……とシズカは自分の顔を指差す、私は日系人なんだ。もっと厳密にいうとヤヨイ人というのかな? ともかく、あなたとは「ヤクザ」という点でちょっと繋がりがある。あなたには言うまでもないことだと思うけれど、ヤクザは厳格な家父長制で、『親』と見なされる組織の長に、捧げ物をする習慣がある。伝統的な贈り物は3つ。『命』『古い絆』『土地』。私からも、スポーツ・マックス。あなたに、この3つの贈り物をしたい。

248FBH:2016/12/10(土) 23:35:35 ID:5Phj6L860
 そしてシズカはガラスの向こう側で指折り数える。贈り物①。『命』はつまり、親のために命を捧げる=いつでも死ぬ覚悟を決めるという意味だけど、あなたは私の命に価値は覚えないでしょう。だから私は、『あなたの命』をプレゼントすることにした。それは刺客、エルメェスの情報。
 
 贈り物②。『古い絆』は家族を捨て、親はあなた一人と見做すということ。残念だけど、私はジョースターの養子だから、借り物の家族を捨てることに価値はない……代わりと言っては何だけど、私の家族である徐倫をあなたに捧げる。一応、看守は買収済みだから、好き勝手してくれて結構だからね?
 
 ジョースター……思い出したぞ、お前、あの成金の……。
 わあ、思い出してくれて嬉しいなあ、どうかな、ちょっとは私に興味は持てたかな? で、贈り物③。最後の『土地』についてなんだけど……私は不動産王の娘だから、幾らかの土地や物件をどうこうするなんてワケないことだけれど、今のニューヨークの土地や不動産に、あなたがどれくらいの価値を感じるのかは疑問だな。この情報時代において、土地が富を生むという考え方はあまりにも古いし、不動産なんて資産というよりも負債になりかねない……あなたの親も、ビルひとつ送られたくらいじゃあ、あなたを元の地位まで戻してくれはしない。でも幸いにも、私は土地や不動産なんかより、ずっと価値のあるものを提供できる。

249FBH:2016/12/10(土) 23:55:03 ID:5Phj6L860
 シズカはポケットから口紅を取り出すと……そのブラウンカラーで、強化アクリルに円を描いて言った。あなたにとって、土地より価値があるもの……それは『支配領域』。あなたも知っての通り、ニューヨーク州は、ここフロリダも含め、各民族のマフィアによって、区画整備の如く、規則正しく支配されている。あなたは、どれが欲しい? ロシア? アルバニア? コロンビア? メキシコ? それともシチリア系の『支配領域』かな?
 
 お前、何を言って……。
 じゃあ、まぁ、シチリア系で今のところは考えておきましょうか? そしてシズカは、アクリルに残った口紅に星を描く。ニューヨークのシチリア系マフィアは相も変わらず、1つの枠組み、5つのセクションによって統治されている。正式な構成員だけで約1000人、準構成員も含めれば5000〜7000人ってところかな……彼らその組織像を1つの『ケーキ』とみなしましょう。構成員、暴力、コネクション、利権……私はあなたが望む分、あなたが扱えると思う分だけ、その『ケーキ』を切り分けて、お皿に乗せて、あなたに献上しようと思う。どう思います? どれだけのケーキがあれば、あなたは「ヤクザ」としてスムーズに復帰できて、大成もできそう?

250FBH:2016/12/11(日) 16:24:10 ID:G56cPFaM0
 俺は呆然と、アクリルに書かれた図形を見つめる……シチリア系マフィアの支配領域……? それは……何をバカなことを。お前みたいなガキにできるわけがねぇ。
 信じなくていいよ、実際に見ればいい。トライアル版だ! 明日から毎日、一人ずつ、偉い順から五代ファミリーの頭をかち割っていく。明日また来る。その次の日も。あなたがコントロールできると思える範囲、「もういい」というまでシチリアンマフィアを殺す。その混乱の中で、何をさらってしまうのかの判断は、あなたに任せるよ。ニュースは署内で確認してね。
 
 ……この……はは、いや、わからねえな。今年一番狂ってるぜ、お前が何を考えているのか全然わからねえ。馬鹿馬鹿しいが、お前が「只モノ」じゃあねえのはわかった……とんでもねえバカか本物かのどっちかだな。だが、どちらにしても信用できないね。お前が何が出来て出来ないかじゃあねえ……。お前が何を求めているのかわからないから信用できない。俺はヤクザだ。ボランティアは信用しない。お前は何が欲しいんだ?
 
 シズカは両手を合わせて、年相応の幼い笑顔を浮かべた。えっ、お返しをくれるつもりなの? わお、うれしいなぁ。そうだなぁ? ジャガーのXシリーズが欲しいな。マットブラック塗装にインチアップも入れてね。ノーラン版のバットモービル並みにイカついやつがいい……とはいえ、もうディーラーライセンスを取り返すのは難しいかな? うーん。悩むなぁ……おっとそうだ。

251FBH:2016/12/11(日) 16:31:44 ID:G56cPFaM0
 シズカは強化アクリルの僅かな反射光の中に見える、自分をマジマジと見つめて、ブラウンの口紅を引いた。唇を舐める。私はまだ高校生なんだけど……なんだけどって、知るわけないか。ともかく、ほら、女子高生って流行りものが好きなイメージがあるでしょう? 勝手なイメージだけど。でもまあ、私には当てはまる。最新のガジェットとかシェア数と同じくらい、流行にも心が奪われがちなんだ。それで、最近、とても流行っていて、欲しいものがある。おかしくなりそうなほど心惹かれるもの。私は……『パッショーネ』がほしい。
 
 ……お前、頭がおかしいんじゃないのか?
 シズカは口紅で、アクリルに丸っこい文字でla passioneと綴る。そうかも。でも欲しくならない? 新進気鋭の非シチリア系イタリアン・マフィア。暴力的な速度で、アメリカの支配領域を広げてきている……もしも何かをくれるというなら『パッショーネ』がいい。
 
 そしてシズカは、passioneに続き、サラサラと口紅で言葉を広げ、伸ばしていく。それはイタリア語の格言で、後々、神父から意味を聞くことになる……とあるスペインの司祭の言葉だった。
 
 la passione tinge dei propri colori tutto cio` che tocca.
  - Baltasar Gracián y Morales
 (情熱は触れるものすべてを自分色に染めていく
  ‐バルタサル・グラシアン・イ・モラレス)
 
 いいでしょう? どうしてもお返しがしたいなら、何年か先……私がパッショーネを奪うのを手伝ってほしい。今のボスだって10代でトップに上り詰めたのだから、私にだって出来ると思いませんか?

252FBH:2016/12/11(日) 17:18:30 ID:G56cPFaM0
---------------------------
 
 ついに盗りにいくんだな、と訊ねる。息巻いていたワリには、長かったな。8年もかかるとは。
 たった8年ですよ。これでも早い方だと自分では思っていますよ、とシズカは言った。1年足らずでマフィアを乗っ取るなんて、奇跡でもないと無理だし、私は奇跡は信じない。刺客の内訳は?
 全員、雇われのどチンピラだな。スタンド使いはいない。もう少し勢力があると踏んでいたが、まぁ、ニューヨークで権益を確保するのは難しいからな。念のために、他の州の動きも観察しているが、動きがあるのはテキサスだけだ。援軍というよりは、事後処理のためだな。
 オーケイ。チンピラは好きにしてください。
 もうしている。他は? 何か動くんだろう?
 もちろん、今晩からね。もう、信じられないくらい無茶苦茶にしようと思っている。でも、たぶん私がアレコレいうより、状況見て動いてもらえればという感じです。
 どの程度の混乱を想定しているんだ?
 ディアブロの孤立と、組織の細分化。
 
 ……本当か? 信じていいのか?
 本当も何も、もともと、私としては組織を崩壊させるだけなら簡単だった。問題はディアブロをどうするか、だったわけで……まぁ、引っ掻き回せるだけ引っ掻き回して、好きなだけ切り取ってください。
 
 ……わかった。まぁ、好きにさせてもらうぞ。
 よろしくお願いします。また、改めてセーフハウスの件は……。
 感謝されることでもないな。払うものは払ってもらうからな。
 そうだね。またお茶でもしましょう。それじゃあ……。

253FBH:2016/12/11(日) 17:20:03 ID:G56cPFaM0
 ……っと、待った待った、そうだ。姉さんはどうしているかな?
 ああ、まぁ、普通だな。静かなものだ。変わったことといえば……お前がいない間、よく【ケンゾー】と会ってたみたいだな。
【ケンゾー】……あの宗教家の? まだ生きていたんだ? 理由は?
 さぁな。どうして関わるのかも疑問に思うような変態ジジィだぞ。話題にあげたくなるような奴じゃないし……相変わらず寡黙な女だからな、何も探れない。まぁ……宗教にでもハマったんじゃないか?
 そんなことあるかなぁ? 一応、踏み込んでみてくれない?
 期待には添えないだろうが、暇になったらな。

254FBH:2016/12/11(日) 17:22:46 ID:G56cPFaM0
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 シズカは、さんきゅう、ばぁい、と電話を切る。大丈夫だってさ。もう行っていいよ、リザード。
 いや、いいよじゃないだろ。どうなってるんだよ? お前は……と、俺は頭を働かせる。ディアブロ? マフィアを乗っ取る? セーフハウスの件? 何かがおかしい。自分のあれこれを徹底して秘匿するような奴が、なぜこうも簡単に情報を漏らす? 虚実を混ぜている?
 私の素敵な友達が梅雨払いしてくれていたんだよ。
 信用できるのか?
 できるよ。彼は日本のヤクザなんだ。規模だけでいうなら、パッショーネよりだいぶ巨大だよ? あと、まぁ、なんというか……彼と私は似た者同士というか、精神の深いところでは気があうんだよねぇ。あっ。
 どうした?
 
 シズカがスマートフォンをいじり続ける。スマートフォンの背部からフラッシュが焚かれる。リザードがうるさいから、かわいこちゃんが起きちゃったみたいだよ。

255FBH:2016/12/11(日) 17:25:39 ID:G56cPFaM0
――――――――――――――――――――――――――
 
 意識がうねる。急流に流され、引き伸ばされ、押し込まれ、そしてゆっくりと輪郭を取り戻す。気持ちが悪い。頭が割れそうなほど痛い。体の感覚が薄い。重力を感じない。呼吸がうまくできない。視界が明滅する。何があった?
 声が聞こえる。アイラ、と名前を呼ばれる。動かないほうがいい。頭をかち割った。目に見える傷の程度は問題じゃあない……頭の内側で血が脳みそのシワの隙間に入り込んで、繊細な脳を圧迫している……出血が酷くなれば、仮に生き残ったとしても、言葉を認識できないとか、体を動かせないとか、重篤な障害が残るかもね? ていうか、死ぬかもね。
 
 父さん? 何を言っているの? 早く家に……そうだ、家に帰りたい。
 ははは、そうだね。帰れるといいねぇ。

256FBH:2016/12/11(日) 17:26:21 ID:G56cPFaM0
 かちゃり、と音がする。聞き覚えがあって、はっとする。急に視界が鮮明になる。あのブラジル男が、椅子に縛り付けられ、睾丸を切り取られて食わされ、口を縫われた私に、スマートフォンのフラッシュライトとアンクルスペシャルを突き付ける。
 
 いい趣味してるよ、と父さんは言う。あの映画の銃でしょう? あんまり面白くないと思ってたけど、世界のどこかにはファンがいるんだねぇ。

257FBH:2016/12/11(日) 17:28:15 ID:G56cPFaM0
 何を言ってるの、父さん?
 父さんがテラスの向こう側でアラビアータをほうばる。悪いとは言ってないさ。じゃあ俺はなんなんだって話になるからよ。でもよお、もっと道はあったはずだろ? それこそアンクルみたいにさ、スパイっつーのか、エージェントってーのかわからんけど、そういうのになって世界を駆け巡ったりとかさ。
 
 私は動けずにいる。身体の境界線が曖昧で、空気に溶けていきそうだった。バカみたいに父さんが食事を済ませていくのを見守っている。私の【ナポレオン・ソロ】の初弾を食らって、グズグズに露出したブラジル男の脳みそをプリンのように掬い、父さんは食べる。じゃあ、父さんはどうしてギャングになったの?
 
 俺か? 俺はそうだな……成り行きかな。見ず知らずの女を助けるつもりで、チンピラを撃ち殺しちまった。俺としては義憤ってやつもあったし、正当防衛のつもりでもあったんだが、運悪く40年も喰らうところだったのを……ギャングに助けてもらったんだ。偉大なギャングだったよ。マジの恩人だ。生きてりゃあ、今頃パッショーネのナンバー1か2だったんじゃないか?
 
 死んでしまったの?
 まぁな。死に際まですげえギャングだったよ。ともかく、彼に誘われてギャングになったんだ。よく言えば運命だが、悪く言えばダラダラしてた人生のとーぜんの帰結だな。こういっちゃあなんだが、俺は才能があったし、気質的にもギャングに向いてたし、人間関係にも恵まれてたからイイ感じだけど、俺以外のやつで、俺みてーな雑な動機でギャングになったやつなんて、大抵死んでるか死んだようなもんだぜ。ギャングの9割はクズだからな……だからこそ、自分とどーしてもダブっちまって放っておけない連中でもあるんだが。

258FBH:2016/12/11(日) 17:29:53 ID:G56cPFaM0
 父はワインをグラスに注ぐ。赤黒いロゼを。そして私に手向ける。正直、親としては止めるべきなんだと思うよ。真っ当な道じゃあない。うちのボスはちとおかしいから、どんな道だろうと心の持ちようで『黄金』になり得ると言うだろうが……あいつは子持ちじゃないからな。だから責任を持っていうぜ。『止めときゃあいいのに』……それから『ありがとう』。娘が後を継ぐとか、けっこう嬉しいんだぜ。
 
 私はワイングラスを受け取る。私、まだ未成年だけど。
 父さんがぎゃははは、と笑う。馬鹿野郎。ギャングが未成年飲酒なんて気にしてんじゃねえよ。それに、お前は立派な大人だよ。なんつってもよお、人殺しなんだから。

259FBH:2016/12/11(日) 17:31:14 ID:G56cPFaM0
 シズカが私に、アンクルスペシャルを突き付けている。身体が思うように動かない。死ぬ、と思った。真っ暗な銃口から、今にも火が噴き出そうだった。
 
 泣かないでよねえ、とシズカは笑いながら、スマートフォンのフラッシュライトを私に向けている。せっかく撮影しているんだから笑ってよ。泣く子も黙るギャングが泣いちゃダメでしょう……あっ、漏らしたな……ひどい、大切な車なのに……。
 今更かよ、と運転席の男が言う。すでに血まみれにしてるじゃねーか。おいおいおい頼むからマジでやめろよ。ちゃんと行くからさ……。
 
 いーや、許せないね、おしっこは絶対許せない。あなたもそうだよね? アイラ。殺された仲間の仇とか、ギャングの矜持とか、正直私にはくだらないとしかいいようのない代物だけど、そういうあれこれも含めて、私を殺したいんでしょう?  
 
 そしてシズカはクルリとアンクルスペシャルを、トリガーガードを軸に回し、グリップを私に向けた。
 そしてニヤついた顔で言い放った。殺ってみなよ、ホラ。

260FBH:2016/12/11(日) 17:33:01 ID:G56cPFaM0
 皮のスタンド使いがぎゃあぎゃあと騒ぐ。正気か? マジでふなざけるなよ。
 別にいいじゃん、とシズカは言った。「お遊び」だよ。西部劇ごっこ。メキシカンスタンドオフだ。さぁ抜きな! ってやつ……まぁ抜くわけがないけどね。ルールは単純、アイラがグリップに触れた瞬間、私は拳を顔面に思い切り叩き込む。実は私、パンチがそれほど上手いわけではないのだけれど、割れかけの頭蓋骨くらいなら木っ端微塵にできる自信はある。こんな圧倒的不利な状況下で取るわけがないよ。まして、根性なしのギャングだもの、ねぇ?
 
 安い挑発だ。乗ることなんてない、とブラジル男が言う。
 どのみち指一本動かせないだろ、と父さんが言う。
 私にはなんのメリットもないけどね、とシズカは言う。こんなものは所詮……虚しい自慰に過ぎない。でもねえ、わかる? あなたと私じゃあ義務的な正常位すらできない実力差だから。ちょっとくらい変態じみてないと、気持ちが入らないというか……。

261FBH:2016/12/11(日) 17:35:10 ID:G56cPFaM0
 手を動かす。動く? 動いているの? なんとなく動いている気はする。動いている。でもふらふらということを聞かない。感覚がない。
 
 父さんが言う。おいおい、何をするつもりだ? やめておけ! シズカ•ジョースターは強い。はじめから、お前には勝てない相手だったんだ。それなのに、今のお前が、この状況下で殺せるはずがない。シズカの目をみろ。さっきのマンションの出来事を思い出せ、あいつは『殺してやる』と言ったよな。何か感じなかったか? ありゃあチンピラの脅し言葉じゃない、言霊ってやつだ。覚悟のスイッチ入れるためのキーなんだ。あいつは俺たちと違って、ワン・ステップを挟む必要があっても、やると言ったら確実にやるタイプだぞ。
 
 ブラジル男が言う。それでいうと、お前もワン・ステップが必要な殺し屋だったよなあ、アイラ。感じるか? お前の頭蓋骨が割れてる。俺はお前に頭を砕かれたことがあるからわかる。お前はお前の仲間たちと違って、殺人にワンステップが必要だ。シズカ・ジョースターと同じ速度でしか決心できないなら、シズカ•ジョースターの拳は確実にお前の脳みそと骨と血とをシェイクするぞ。お前は死ぬ。俺みたいに、何も成せないまま……。

262FBH:2016/12/11(日) 17:37:15 ID:G56cPFaM0
 父さんが言う。初めから向いてなかったんだ。止めるべきだった。俺はわかっていたのに……お前はギャングになるべきじゃなかった。だってそうだろう、俺はお前をそういう風には育てなかった。俺は……仲間のギャングだって殺したことがある。裏切り者もいたし、裏切り者になったこともあったし、そのどっちか区別がつかないこともあったが……そういう人生を送ってほしいなんて、思うわけがない。かといって、他の何かになってほしいわけでもなかったが……考えればわかるだろう。俺はボスとは違う。なりたくてなったんじゃない。ならざるを得なかったんだ。お前もボスとは違う。ギャングスターを目指したわけじゃないだろ。なぜこの道を辿ったんだ。
 
 気をぬくとすぐにでも意識が消えそうだった。頭が痛い。吐き気がする。アンクルスペシャルのグリップまでもう少しだ。お前、狂ってるのか? と運転席からお父さんが叫ぶ。銃を渡すな!

263FBH:2016/12/11(日) 17:38:50 ID:G56cPFaM0
 まぁ、覚悟を尊重してあげようよ、とシズカはいう。私からすればなんの意味もない覚悟だけどね……空っぽだ。美学がない。ギャングらしいといえばギャングらしいけどさ、あなたの戦い方からは何も感じられない。勝ちたいという意思も、生き抜きたいという欲望も……自分より大きなものが心にない。自分の命を犠牲にしてまで得たいものがないんでしょう?
 
 うるさい。
 
 ブラジル男は言った。こいつ、いいこと言うな。その通りだ。お前には覚悟もなければヴィジョンもない。ワナビーなんだよ。父親に憧れたってだけ。ガキがアニメのヒーローになりたがるのと、どう違うっていうんだ? その生ぬるい気持ちじゃあ、公園の砂場は飛び超えられても、死線は超えられないんだよ。
 
 うるさい。
 
 父さんは言った。なぁ、やめたらどうだ? 次で終わる、終わりにする、そんな気持ちで挑んだ戦いなんだ。この結末でもいいじゃないか。ギャングなんて辞めて……違う人生を生きたかったんだろう? この人生は間違いだったんだ。間違った道で死ぬな。

264FBH:2016/12/11(日) 17:40:00 ID:G56cPFaM0
 うるさい。手から力が抜けていく。
 グリップがあんなにも遠い。
 届かない。
 
 あーあ、とシズカは溜息を吐いた。泣かないでよ、なりたいものになるなんて、そうそう上手くいくものじゃあないからね……。

265FBH:2016/12/11(日) 17:41:05 ID:G56cPFaM0
 俺はアイラを見ていた。まるで漫画だ。死んでもおかしくないような重傷を受けて、なお動いている。目玉がシズカを睨みつける。こぽこぽと泡を吹く口から……俺は確かにアイラの声を聞いた。
 
 ままごと、だったのかな……。
 シズカは応える。さぁねぇ。あなたが本物か偽物かなんて、誰も気にしないよ……気にする気持ちはわかるけどね。
 ……ままごとでよかったんだ。覚悟なんてなかった。ギャングらしく生きることは望んでも、ギャングらしく苦しむとか、ギャングらしく、くたばることなんて、望んではいなかった。でも……楽しかった。憧れたものを目指した。死んでしまった仲間たちも、みんなギャングらしくてカッコいい人たちだった。私もその一員だった。半端者でもなんでも、私はギャングであることが誇らしかった……でも、もう死ぬ。身体が壊れていくのがわかる。後悔していないなんて、嘘になる、けど、私は……最後くらい、好きなことをして死にたい。
 
 アイラは弱々しく握られた拳から、人差し指と親指をピンと伸ばす。
 そして人差し指をシズカに向ける。
 
 シズカは目を丸くする。俺もそれが何を意味しているのがわかる。ぶわりと冷や汗が噴き出す。シズカは呟いた。あっ、ヤバ……。

266FBH:2016/12/11(日) 17:42:04 ID:G56cPFaM0
(※失礼! 1レス前からリザード視点だよ! ごめんね!)

267FBH:2016/12/11(日) 17:42:57 ID:G56cPFaM0
――――――――――――――――――――――――――――
 
 バンバンバン、私は声を張り上げて、指鉄砲で父さんの見えないマシンガンを撃ち落とす。透明なマシンガンを失った父さんが両手をあげる。まいったまいった、降参だ!
 
 私は束の間の勝利を噛み締めたものの、すぐに父さんに抱き閉められ、持ち上げられる。私は宙に浮き、父の耳元で私はバンバンと撃ちまくる。父さんは言う。さぁ、もう帰るぞ。帰るんだ。家に。家に帰るんだ。帰る。生きて帰るのが無理だとしても、私の魂だけは必ず帰る。

268FBH:2016/12/11(日) 17:43:10 ID:G56cPFaM0
――――――――――――――――――――――――――――
 
 バンバンバン、私は声を張り上げて、指鉄砲で父さんの見えないマシンガンを撃ち落とす。透明なマシンガンを失った父さんが両手をあげる。まいったまいった、降参だ!
 
 私は束の間の勝利を噛み締めたものの、すぐに父さんに抱き閉められ、持ち上げられる。私は宙に浮き、父の耳元で私はバンバンと撃ちまくる。父さんは言う。さぁ、もう帰るぞ。帰るんだ。家に。家に帰るんだ。帰る。生きて帰るのが無理だとしても、私の魂だけは必ず帰る。

269FBH:2016/12/11(日) 17:44:02 ID:G56cPFaM0
(※二重投稿しちゃった……なれないなあ……)

270FBH:2016/12/11(日) 17:45:50 ID:G56cPFaM0
―――――――――――――――――――――――――― 
 
 アイラが口から泡を吹き、噎せながら吐き捨てた。
 ただの……ごっこ遊びだよ。ビビって避けるなよ。
 
 アイラの人差し指の第二関節から先が、朝顔の蕾のように、傘の帆のように渦を巻いてひび割れ、その根元から飛び出すスタンドの弾丸の行く先を塞がないようにと、肉と骨と爪の破片を撒き散らしながら、滅茶苦茶に弾け飛んだ。

271FBH:2016/12/11(日) 17:47:21 ID:G56cPFaM0
 弾丸がシズカの鳩尾に、グサリと突き刺さる。シズカが顔を歪める。弾丸がシズカの体を、そしてサンドマンの鋼鉄製のサイドドアを突き抜けていった。
 
 ガフッ、とシズカは小さな嗚咽を漏らしたあと、がくりとうなだれた。アイラは、弾け飛んだ自分の指先をしばらく、ぼうっと眺めたあと、目を開けたまま、すっと意識を失った。
 
 俺は何もできずに、それを見ていた。なんだ……なんだこれは? 若い暗殺者が、自分の要人を殺してしまった。しかも安易な挑発に乗って……どういうことだ? 死んでんじゃねぇよ! こんなバカなことがあるかぁあ!?

272FBH:2016/12/11(日) 17:48:14 ID:G56cPFaM0
 うるさっ! とシズカはビクリと跳ね上がり、後部座席のガラスに思い切り頭を打ち付け、サンドマンの警報装置が鳴る。えええ!? いったぁ!?
 うおおおおおおお!? なんだぁ!? と、驚いた拍子に俺の肘がハンドルの真ん中に突き刺さり、気が抜けるような妙なブザーが鳴り響いた。
 うるさああああい! とシズカは耳を塞いだまま叫んだ。うるさいよ! 脅かすつもりが逆に驚いたじゃん! っていうか警報装置止めてよ! キーのボタン押して!
 なんで生きてんだ! なんだ!? 何が起こってる!?
 うるさいってば! 先に警報止めてよ!
 
 俺は手当たり次第にキーを回し、ベタベタと所構わず押しまくり、警報を止めた。警報が止んだ瞬間、ドアの風穴から吹き込む車外の音と、自分の荒い呼吸と、自分の心臓の鼓動がはっきりと聞こえた。なんだ? 何が起こった?

273FBH:2016/12/11(日) 17:49:34 ID:G56cPFaM0
 落ち着いてくださいよ、とシズカは吐き捨てた。深く息を吸う。いったぁ、頭打っちゃったよ……ダッシュボードの中にガムテープが入っているから、取ってくれません?
 
 なんでだ? と俺はシズカは見る。体の真ん中に風穴が空き、ドロドロと血が吹き出している。なんで生きてるんだ? 撃たれただろ? しかもそこって心臓……。
 
 撃たれたよ、とシズカは俺を睨みつけた。見ればわかるでしょう? 止血したいから、早くガムテープを……ああ、もういいや、とシズカは後部座席から身を乗り出して、助手席のダッシュボードに手を伸ばした。
 
 マジでどうなってるんだ、と俺が呟いたタイミングで、青ざめた顔のシズカはチュートップごと胸を持ち上げ、その下の酷い傷口を俺に見せつける。正中線をやや右に逸れ、胸に空いた穴から、どろりと血が噴き出す。ほら、よく見てね?

274FBH:2016/12/11(日) 17:50:21 ID:G56cPFaM0
 ずっ、と傷口から黒い何かが飛び出し、俺は自分でも聞いたことのないような悲鳴をあげる。
 
 それは指だった。スタンドの真っ黒な、太い指だ。ぐにぐにと、俺を挑発するようにファックサインを数回繰り返したのち、再び指が腹腔へと沈んでいく。そして……シズカの胴体にぽっかりと空いた穴からニューヨークを覆う鈍い陽の光が見えた。
 
 リザードのスタンドでできるかどうかはわからないけど、とシズカは言った。人型のスタンドなら大概、自分の体の中にスタンドを潜行させられる。まぁ自分の体の中から出てくるのだから、当たり前といえば当たり前ですけど……。

275FBH:2016/12/11(日) 17:53:51 ID:G56cPFaM0
 シズカは乳房を片方ずつ持ち上げながら、傷口を巻き込むように、ぐるぐると身体にガムテープを貼り付ける。漫画でさ、銃口を見れば射線がわかるっていうじゃない? あれ、誇大広告にもほどがあると思うんだよねぇ。目視であんな小さな銃口からの射線を読むなんてまず不可能だし、出発点誤差角は銃ごとに違うし、自撮りだって頻繁に手ブレを起こすくらいなのに……。
 
 シズカは俺の顔を見る。もしかして、よくわかってない?
 俺は頷く。シズカは改めて、自分の傷口を指し示した。なんでわかんないかなぁ? スタンドでバクッと内臓をどけて、銃弾を貫通させた。銃弾が当たりそうだった肋骨もいくつか、あとで治しやすいように自分で折った。理解できた?
 もう、いろいろわからねえよ、と俺は呟いた。正気なのか? なんのために、こんな危険な真似を……大怪我じゃねぇか。
 んん、大怪我だけど、まぁよくあることですよ。怪我をしたり、怪我を治すのは趣味みたいなものだし……とシズカは再び後部座席に腰掛け、座席に放り出されていたスマートフォンと、アイラのピストルを手に取り、交互に見つめ……そしてスマートフォンを俺に見せつけた。まっ、スタンドを使うことになるとは思わなかったけど……予想外にアイラが頑張ったかな。ちなみに、目的はコレね。

276FBH:2016/12/11(日) 17:55:11 ID:G56cPFaM0
 そのコレは、無骨な見た目をしていた。ツギハギのような外見で、いわゆる長方形でもなく、妙に複雑な形をしているが、それらしいカメラアイや、スマートフォンにありがちなアレコレのパーツだけは付いている。スマートフォンには違いなかった。コレって……なんだよコレって。
 いいでしょう? グーグルのAraの試作品。モジューラーフォンといって、パーツを付け替えられる。世界に数台しかないんじゃないかなぁ? スノーデンの防諜防止機能付きだよ。ちょっと、これ持って。
 
 はぁ、とボサッとしている俺は、なんとなくそれを受け取ってしまう。妙に重たかったが、変哲もなかった。画面を覗き込むと……それはビデオモードになっていた。RECのアイコンがちらちらと光る。
 
 それでさ、アイラをちょっと映して、とシズカは言葉短かに俺に命令し、俺は思わず、お、おう、と従ってしまう。

277FBH:2016/12/11(日) 17:55:58 ID:G56cPFaM0
 スマートフォンの画面越しにアイラを見た。虚ろな目で失神していた。バラバラに砕け散った右の人差し指から、たらたらと血が流れ続けていた。アイラは、俺の半分も生きていない少女は、死に続く坂をゆっくりと下っていた。
 
 俺は画面越しに、シズカの右ストレートの一撃が、アイラの顔面をぐちゃぐちゃに砕き、目玉が飛び出るほど凹ませる光景を見た。勢いよくサイドドアにぶつかった少女の後頭部は、ぐちゃりと音を立てて、粘り気のある血を撒き散らし、潰れた。

278FBH:2016/12/11(日) 17:57:36 ID:G56cPFaM0
 えっ、と俺は呟く。
 サンキュー、とシズカは俺からスマートフォンを取り上げた。よく撮れた? わかんないか? とりあえず写真も撮っておこうかな。と、シズカはスマートフォンを高く持ち上げ……死にかけから一気に死体となったアイラを枠内に収めるように、自撮りをした。チーズ! わっ、相変わらず、私ってば、可愛いなぁ。若いころのジョディ・フォスターかレイチェル•リー•クックくらいキてるんじゃない? 待ち受けにしようかな。
 
 何やってんだァ! と俺は怒鳴りちらした。怒りがフツフツと胸のど真ん中から脳のてっぺんまで噴き上がる。このっ、おまえ、こんな、こんな子供を殺すなんて……!

279FBH:2016/12/11(日) 17:59:21 ID:G56cPFaM0
 お、おお、突然どうしたの? 怖いなあ。ひくなあ、とシズカは言った。とりあえずさ、落ち着いたら? まだ死んでないから……スタンド使い基準ではね。治療系のスタンド使いを波止場に連れてくるように言っておいたし、能力にもよるけど、そうだなぁ、1割くらいの確率で生き返るんじゃない?
 
 関係あるかッ、お前は、いたずらに子供を殺したんだぞ! 生き返るかどうかじゃない! 無抵抗なガキを、何の意味もなくいたぶったんだ!
 
 意味もなく? とシズカは例の胸糞悪い笑みを浮かべ、再びタバコに優しく火をつける。意味はあるよ。これが後々効いてくる……まぁ、ともかく、その子供とやらを奇特にも生き返らせたいなら、さっさと波止場に向かったほうがいいのでは? 私にはどうでもいいことだけどね。

280FBH:2016/12/14(水) 22:49:31 ID:YHD0TWRU0
―――――――――――――――――――――――

 停留場の奥の奥まで軽トラを、ゆっくりと忍び込ませる。転がるように鳴り続ける波音、ぐらぐらと揺れるボート、人影のない管理小屋、曇り空を割く不気味な晴れ間……肩の痛みが引いたり、激しくなったりと忙しい。
 怒りが収まらなかったも、束の間の話だ。
 停留場の奥の奥、超大型とは言えないが、それなりに立派なクルーザーの前で、三人の男を見かける。なんてことのない、どこにでもいそうな初老の男と、太った赤毛の男と、紳士じみた服装の男だ。車を停める。心臓がばくばくと鳴り止まない。なんでわかりやすいやつらだ。どす黒い殺意が向けられているのがわかる。あちら側の世界の恐ろしい生き物だ。
 シズカが後部座席で、煙草の火をアイラの死体の膝で消しながら呟く。呆れた。何もできないくせに、殺気向けるなんてね……。

281FBH:2016/12/14(水) 22:49:31 ID:YHD0TWRU0
―――――――――――――――――――――――

 停留場の奥の奥まで軽トラを、ゆっくりと忍び込ませる。転がるように鳴り続ける波音、ぐらぐらと揺れるボート、人影のない管理小屋、曇り空を割く不気味な晴れ間……肩の痛みが引いたり、激しくなったりと忙しい。
 怒りが収まらなかったも、束の間の話だ。
 停留場の奥の奥、超大型とは言えないが、それなりに立派なクルーザーの前で、三人の男を見かける。なんてことのない、どこにでもいそうな初老の男と、太った赤毛の男と、紳士じみた服装の男だ。車を停める。心臓がばくばくと鳴り止まない。なんでわかりやすいやつらだ。どす黒い殺意が向けられているのがわかる。あちら側の世界の恐ろしい生き物だ。
 シズカが後部座席で、煙草の火をアイラの死体の膝で消しながら呟く。呆れた。何もできないくせに、殺気向けるなんてね……。

282FBH:2016/12/14(水) 22:49:50 ID:YHD0TWRU0
(※ごめん! 二重投稿だ!)

283FBH:2016/12/14(水) 22:50:34 ID:YHD0TWRU0
 潮の匂い。乱反射する海の飛沫。そういうものにくだらない感動を覚えるのは、生きているのが奇跡だと思える間だけだ。そして今がそういう時だ。シズカは軽トラから降りると、無残な姿になったアイラを後部座席から引きずり出し、硬い硬いアスファルトに転がした。あっという間に、アスファルトがアイラの血に染まる。俺も軽トラから降りた。別に降りたかったわけではないが、シズカが目で降りろ、と俺に指図したからだ。
 身体もボロボロで、識別不可能なほど顔が破損し、後頭部から脳漿が零れつつあるアイラを見て、なお一層、男たちが厳しい殺意を向ける。俺は一目で男たちが武装していると確信する。銃器だけならいい。スタンド使いだったらどうすればいい?

284FBH:2016/12/14(水) 22:51:16 ID:YHD0TWRU0
 シズカは初老の男を、冷ややかな目で一瞥して訊ねる。
 この中だと、あなたが一番偉い感じかな?
 初老の男は答える。ああ、そうだ、お前は、と言ったところでシズカが答えを遮る。あっそ。で、治癒系のスタンド使いはどっち? と、残った二人を見る。太った赤毛の男と、紳士風の男がお互いに目を合わせ、それから太った赤毛が、俺だ、と名乗りをあげた。一応言っておくが、俺はパッショーネじゃない。雇われているだけだ。揉め事に巻き込むなよ。
 
 保証はできないけど、雇い主に殺されたくないなら、こっちに来なよ。先にアイラを治していいからさ、とアイラは手招きをし、太った男は初老の男と小声で何かを話したあとで、アイラとシズカの下へ歩み寄った。両手はあげていた。

285FBH:2016/12/14(水) 22:52:09 ID:YHD0TWRU0
 名前は? とシズカは太った赤毛に訊ねる。
 クリスチャンだ。クリスチャン•ハンセン。地元民だよ。葬儀屋をやってる。
 葬儀屋? 神父なの?
 違う。俺は仏教徒なんだ。普段は仏教徒向けの葬儀の運営をしてる。
 へぇ、そう、面白いなぁ。覚えておくよ。まぁ、生き残ってたらね。
 マジで勘弁してくれよ! 俺は戦えるやつじゃねぇんだ!
 
 次にその太った赤毛の男……クリスチャンが短い悲鳴を上げたのは、死体となったアイラの顔を覗き込んだ時だった。なんとなく察してはいたが……冗談じゃあないぜ、死んでるじゃあねぇか。
 シズカは冷たい目でクリスチャンを睨みつける。なに? イチャモンつけるわけ? さっさと治療しなよ。
 馬鹿か? 俺は治療はできるが蘇生は……。
 それがイチャモンだって言っているの。わざわざ引き渡しにきたというのに、”それ”が死んでいるというわけ? 言葉には気をつけたほうがいいよ。あなたが民間人で戦える奴ではないとしても、ここは死地だし、あなたは私の射程距離内で、しかも私は車を”それ”に汚されてイライラしている。

286FBH:2016/12/14(水) 22:52:53 ID:YHD0TWRU0
 クリスチャンは初老の男に向かって叫ぶ。おい! 俺は必ず治せるとは言ったが、死人を生き返らせるなんて言った覚えはないし、お前らも怪我人を治せとしか言わなかったよな? ゼッテーできねぇとは言わないが、なんの保障もできないぞ、それでもいいのか? 短い沈黙の後、初老の男は首を縦に振り、俺を恨むんじゃねーぞ、とクリスチャンは呟いた。
 
 ズルリ、とアイラの冷たくなった体の下から、木の根がミミズのように這い出す。だがそれは硬いコンクリートに孔を開けず、「地面」という大雑把な空間から這い出しているように見えた。シズカがやや身を引くと、ズルリ、ズルリと、次々に木の根が這い出しては、アイラの体に覆い被さっていった。
 
 なんか……イメージと違うなぁ、本当に治療してる?
 俺の【ホット•コフィン】は時間があればなんでも治せる……肥満と馬鹿以外ならな、とクリスチャンは木の根を撫でる。根はグズグズと動き回りながら、ある形を作り始める……それは棺だった。中央に男でも女でも、人間でもない、仮面のような顔の浮かんだ棺だ。

287FBH:2016/12/14(水) 22:56:25 ID:YHD0TWRU0
 俺は敵じゃあねーから洗いざらいぶちまけるぞ。これは見ての通り『木の根』だ。例えばアカマツは、自分と種の違う木に対しても、菌糸類や木の根のネットワークを通じて、遠く離れた若木や弱っている老木に、栄養や病原菌の情報を与えられる……エコロジストの妄想じゃあないぜ、カナダの生態学者スザンヌ・シマードが発見したマジのファクトだ。俺の『ホット•コフィン』はそうした木や菌類と仲が良くて、栄養や抗体をより遠くから、大量に集めてこれる……この辺は『龍脈』……栄養のハイウェイがないから時間はむちゃくちゃかかるが、まぁ、どんな形であれ、生き返らせることはできる……ハズだ。やったことはないがな。
 
 俺は尋ねる。栄養? 栄養だって? そんなんで死人も生き返るのか?
 おお、なんだ、カカシだと思ったぜ、いきなり話しかけるなよな、とクリスチャンは俺を一瞥し、俺は殺意を覚える。まあ、栄養があれば少なくとも『生きてるっぽくなる』と思うぞ。あとは魂だが、まぁ、人間、そう簡単に魂が飛んでかないから、俺みたいな葬儀屋や坊主がいるんだ。あまり死人を生き返らせるのは感心しないし、罰も当たるだろうが……あんたもスタンド使いだろう? 怪我くらいなら金を払えば治してやる。俺は中立だ。戦闘力もない。殺し合いなんて……。
 シズカがクリスチャンの話を遮る。まぁ、それはいいとして、どれくらいで治るわけ?
 苛立った様子のクリスチャンが、シズカを一瞥する。完全にか? そうだな、まぁ、このまま丸二日ってところだろうな。動かせないぜ。ホット•コフィンの中の人間は若い芽みたいに繊細なんだ……。

288名無しのスタンド使い:2016/12/14(水) 22:57:03 ID:YHD0TWRU0
 そしてシズカはタバコに火をつけ、相変わらず、口を閉じたまま話し続ける。二日か……それは問題だね。とシズカは言った。クリスチャン、あなたはいいとして、他の奴らは虫酸が走るから、すぐに消えて欲しいんだよね……うーん、やっぱり、殺してやろうかな。
 
 シン、と静まりかえる。波の音に覆いかぶさるように海鳥が吠える。
 それはどういう……と俺が訊ねようとした矢先、シズカは、ジーンズの腰に差し込んでいたアイラのワルサーを取り出すと、流れるように、スムーズに、紳士風の男の脇腹を撃ち抜いた。

289名無しのスタンド使い:2016/12/14(水) 22:59:25 ID:YHD0TWRU0
 クリスチャンが身構えるよりも、紳士風の男が崩れ落ち切るよりも早く、シズカはクリスチャンに拳銃を向けた。そして、タバコを咥えたまま、スタンドを出したら、かわいそうなクリスチャンの脳をここでぶち撒ける、と言った。それがルールワン。まさか蘇生レベルの、優秀なスタンド使いまで抱えているとは思わなかったけど、今度は絶対に生き返れないレベルまでクリスチャンも、アイラをぐちゃぐちゃにしてやる。そして、ルールツー、私たちに、二度と、そのくだらない殺意を向けるな。向けたらその……ええと、名前なんだっけ? 聞いてなかったかもな。まあ、ともかく、そこの男を撃つ。
 
 シズカの顔に影が差す。怒りの表情が太陽に照らされ、激しく、恐ろしいコントラストを見せる。ずうううっと気になっていたのだけれど、本当に気分が悪いよ。負け犬のくせに何の足しにもならない護衛なんか連れてきて、挙句に殺意むき出しで、隙あらば一矢報いると言わんばかり……私の善意を何だと思っているの? カーペットみたいに平然と踏みにじられると心が傷つくな。この娘を下水に捨てることもできたのに、私は、わざわざガソリン代払ってバックシートを血塗れにして運んできた。ありがとう、くらい言えば?

290名無しのスタンド使い:2016/12/14(水) 23:01:51 ID:YHD0TWRU0
 シズカ•ジョースター……と、初老の男は言った。君の側から見ればそうかもしれないが、私は……私たちは、アイラは生きた状態でここに来ると思っていたし、私たちのボスは、この件に対して大変に気を揉んでいる。我々は皆、気を揉んでいるんだよ。我々の態度は変えることはできない。アイラを無事に渡せば……。
 
 いちゃもんつけるなって言ってんだろ、とシズカは更に、紳士風の男の肩に向けて拳銃をぶっ放した。男は抉れた肩を抑えながら悲鳴をあげて、英語ではない何かで叫んだ。何かはわからないが、罵詈雑言であることはわかる。調略を披露しなくていいから。要するに「殺されたくなければアイラを渡せ」でしょう? あなた達って本当に脳ミソがピーナッツサイズだね。命を狙われる、で、それが何? その結果がこれでしょう? 意味がわからない。ぶっ殺すぞピザ野郎。
 
 勇敢な君はそれでいいかもしれないが、君以外の人は……。
 はいはい、親兄弟友達皆殺しにしますよ、ね、わかったから、と、シズカは初老の男に向けて手を差し出した。あなたのボスと直接話をするからさ、携帯出して。
 
 初老の男は冷や汗を額に浮かべ、答えた。それはできな……
 パン、という乾いた音と共に、紳士風の男の耳が吹き飛ぶ。男は悲鳴をあげて蹲る。ほんんんんっとうに残念なピーナッツ頭だね、とシズカは言った。あのねえ、私のケータイからでも「ディアブロ」に連絡は取れるの。でも全然取らない上に、国際通話の料金がシャレにならないから、あなたの携帯から連絡取れって言っているわけですよ。オーケイ?
 そして紳士風の男を睨みつけて吐きすてる。そこの……まぁ名前はもういいか、とにかくそこの奴はピーピー泣くのをやめて。これから電話するから。

291名無しのスタンド使い:2016/12/14(水) 23:04:00 ID:YHD0TWRU0
 初老の男は震える指でスマートフォンを弄ると、ゆっくりと、恐る恐るシズカに近づき、スマートフォンを差し出す。視線が一瞬、アイラとクリスチャンに向く。その娘は……その娘は本当に生き返るのか? 
 
 銃を突き付けられた顔面蒼白のクリスチャンは言った。それは深い確率の話になるな……この娘が生き返る確率と、俺が生き残る確率はイコールだ。生き返らせたいなら、このクレイジーなやつを刺激させないでほしいかな……。
 
 シズカはスマートフォンを受け取ると、アイラの拳銃をズボンに再び戻し、自分のモジューラーフォンと縦に接続した。そうそう! いいこというね、クリスチャン。あなた達は負け犬だから、私の機嫌を損ねてはダメだよ。まして私は「クレイジー」なんだから、とんでもないことしちゃうよ? あ、それと、防諜装置をつけさせてもらうね。マフィアの電波に自分の声を載せたくないからさ。
 
 俺はただただ、半身を隠すように……誰かの流れ弾が当たらないように、車の背後に身を隠していたが、すでに手遅れな気がしていた。不運の弾丸が、俺の未来を貫いていた。

292名無しのスタンド使い:2016/12/14(水) 23:04:38 ID:YHD0TWRU0
 シズカは初老の男のスマートフォンを耳に当てると、打って変わったように、やたらと機嫌の良い、猫かぶったような声で、おそらくは俺たち全員に聞こえるように言った。
 ボン・ジョルノ! ディアブロ!

293名無しのスタンド使い:2016/12/14(水) 23:06:27 ID:YHD0TWRU0
 ボン•ジョルノ! ディアブロ! 最近どうですか? 髪、くるくる巻けていますか? あっ、私と世間話はしたくない? へぇ、そう、ビジネスライクでカッコいいですね。では本題ですが、お兄さん、私、いますっっっごく困っているんです。私、趣味でよく、反社会的勢力の人たちの頭とか顔面を砕いているんですが、今、私の足元に転がっているマフィア女、どっちも砕いたのに生き返るそうなんですよ。怖い! 宇宙から飛来した究極生命体か何かなんですかね? 警察はおろかNASAも私を嘘つき呼ばわりするんです。X-Fileでいうところのシンジケート的な人たちに妨害されているのかも……どうすればいいと思います? 同じ穴のムジナ的なお兄さんなら解決法を知っているかなあって……あ、つまらない? 残念。まあ、しばらくサタデー・ナイト・ライブを見てなかったからね……。では、要点だけ伝えますね。この究極生命体アイラちゃんを、1000万ドルで売ってあげますよ。
  
 その場にいる、シズカ以外の全員に、稲妻のような衝撃が走ったはずだ。証拠はないが確信はある。1000万ドル? もはや何が目的なのかも読めなかった。単にマフィアを挑発したいだけなのか、アイラを引き渡す気がないのか、本気で1000万ドルをゆする気なのか、単に死にたいだけなのか……俺はもはや、答えが読めなかった。
 
 シズカは不用意に、うろうろと歩き始める。俺を一瞥し、ウィンクをする。ダメ? 高過ぎる? じゃあ“1500万”ドルでいいですよ……もちろん、今後、パッショーネは私に一切手を出さない、っていう条件も付けてね。いや、舐めてませんよ。舐めているのはお兄さんのコロネ頭でしょう? 別に言ってもいいんですよ。“2000万”ドルなんて到底払えないし、私のことは殺してやりたいし、任務に失敗したゴミはいらないからそっちで処分してくださいって。処分費は特別にこっちで捻出しますよ。手首だけ切り落として究極生命体ポルノにでも出てもらえば簡単に回収できるし……。

294名無しのスタンド使い:2016/12/14(水) 23:15:19 ID:YHD0TWRU0
 ……なんか後ろ騒がしくて、兄さんの声が聞こえないな。もしかして、アイラちゃんのパパ? イライラしたから2500万ドルにしようか。それとも4000万ドルにしようかな。悩ましいな……。
 
 目的ィ? はあ、目的、ね。だいぶくだらないこと聞きますね。マフィア対策代としていっぱい税金払っているのにニューヨーク市警がマジでなんの役にも立たないから、税金を返してほしいだけです。でも警察にお金返してとか言いに行ったら、完全に頭のおかしいやつでしょう? ドラッグ常用者と思われるだけですよ。だから、マフィアから返してもらおうと思ったわけです。兄さんがくたばっていれば、私のお金が警察のピザ代にはならないわけで……。
 
 そして、憎しみが渦巻くこの港で、シズカはニヤリと笑みを浮かべた。ん、ごちそうさまです❤ さすがコロネ兄さんは身内に優しいなぁ。“2500万”ドルもポンと出してくれるなんてね。惚れるなぁ。ああ、そうだ! 今度ウフィツィ美術館でデートでも……ダメ? あっそ。お兄さん、結構、私の好みなのになあ。マジでね、身内で抱かれてもいいかなと思うのは兄さんと徐倫だけですから。実に残念。では、今日中に入金よろしく……あ、そういう怖いこと言う? さすがマフィアの親玉は脅し文句も一味違うねぇ。怖いからもう切るね。ばあい。
 
 シズカは、ニヤけた顔を初老の男に向けると、彼のスマートフォンを差し出した。ありがとう。話はついたし、久々に声を聞けてうれしかったな。2500万ドルなんてはした金だけど、まあアルバイトだと思えばね。

295FBH:2016/12/14(水) 23:16:12 ID:YHD0TWRU0
 我々を、と初老の男は怒りと恐怖の入り混じった顔でスマートフォンを受け取る。貴様……貴様は我々をなんだと思っているんだ? ふざけているのか? こんなことをしてタダで済むとでも……。
 シズカはニヤリと笑みを浮かべる。何それ、超ウケる。さっきも言ったけどさあ、ふざけているのはあなたのボスの髪型でしょう。タダで済んでないのもあなた達の方。そんなに強気になっちゃって、本当にど低脳でかわいい……ハムスターみたい。母性本能くすぐるなぁ。でも、もう用は済んだから、“それ”、早いところ持って帰って。死にたくないならね。

296FBH:2016/12/14(水) 23:17:58 ID:YHD0TWRU0
 死ぬのはてめーのほうだっ、このクソアマっ!
 紳士風の男からスタンドが湧き立つ。空気の中を泳ぐように、素早くシズカに襲いかかる。開いた右手が、シズカの顔に向かって振り下ろされる。シズカは横目でそれを見ていた。おっ、射程長いなあ。でも、それは当たらないな、と言った。そのフォームで手を振り下ろすなら、私に当たる前に、お前の脇腹に空いた「銃創」のせいで……。
 
 俺はそれを見ていた、口が、シズカ、危ない! と言いかけていた。
 一瞬止まる……とシズカが言ったタイミングで、スタンドがピタリと、ほんの一瞬だけ、時間が止まったかのように固まり、シズカはその時間の隙間を縫うように、タバコを吐き捨て、スタンドの攻撃を躱すと同時に……スタンドの顎を狙って拳を振り抜いた。

297FBH:2016/12/14(水) 23:19:07 ID:YHD0TWRU0
こっ、と喉を鳴らす音がどこから聞こえる。こっこっこっこっ。
それは紳士風の男の、ぶら下がった顎の奥から聞こえていた。顎は外れていた……というより、ちぎれかけているように見えた。顎が外れた人間の顔を俺は初めて見たが、それは下手なホラー映画の怪物よりも、ずっと不気味だった。そしてシズカの足元でも、男と同じように、スタンドが跪いて、外れた顎をぶらさげていた。紳士風の男は行った。こっこっ、なんへ、なへ?

 リザードッ! とシズカは叫んだ。ちゃんと見てた?
 俺はギョッとして、思わず敬語で答える。あっ、ええ、はい、と。
 
 なんで敬語なのか不思議だな、リザード、あなたの方が私よりずーっと年寄りの、人生の先輩さんでしょう? とはいえ、スタンド戦闘のキャリアじゃあ私は負けてない。スタンド使いの先輩として、スタンド戦闘の基本を3つ教える。基本はたった3つだけ。いいね? 簡単だよ。こうやって……と、シズカは右手を掲げると、それに重ね合わせるように、スタンドの腕部を表出させた。シズカの腕が真っ黒に染まる。こうやってスタンドと重なっていると、合体したように見える。サイボーグみたい!……っていうのは冗談で、この状態ならスタンドがスタンド使いの動きに追随できるようになる。メリットは2つ。1つは、スタンドには冗長性がないから、本体の苦痛とか精神的混乱で動きが止まりやすいけど、本体に追随している間は、そういうことが起こらなくなる。もう1つは、スタンドを触れるようになること。例えば、自分よりスタンドの動きの方が遅いときとか、器用さが足りないとき、それから、スタンドの射程距離を隠したい時に使うと便利だね。もっとも、私なら、こう使うけど。

298FBH:2016/12/14(水) 23:20:08 ID:YHD0TWRU0
 そしてシズカは、砲丸投げの選手のように、身体を捻じる。弓のように、というよりは、硬いゴムを連想させた。タイヤのような、容易には形の変わらない、弾力のあるものが歪んでいくような、破裂の恐怖を孕んだ動きだった。シズカの身体が存在感を増していく。巨体だ。女であることもあるのだろうか、ぱっと見のスレンダーさで何度でも忘れてしまう。シズカはデカい、そして、見てくれ通りに強い。クリスチャンが叫んだ。だめだっ、やめろっ!
 
 俺は冷や汗を流していた。
 目の前にいるのは西洋でも指折りのマフィア達だ。たぶん。本物かどうかは確認しようがないが、たぶん本物なのだろう。普通の人間はマフィアを避ける。俺は普通ではないがマフィアを避ける。恐ろしいからだ。奴らは本物の無法だ。法の加護のないところで、人間がどれほど残酷になれるかは、歴史が証明している。 
 
 だが、シズカはそんなことなど御構い無しに言った。殺してやる。

299FBH:2016/12/14(水) 23:21:05 ID:YHD0TWRU0
 ぶつん、と弾けるように、シズカの身体が廻る。スタンドの外れた顎に向かって、大振りの拳が勢いよく放たれる。まるで野球の、時速170kmのストレートを放つ投球ホームのようだった。スタンドが抵抗のそぶりを見せるよりもずっと早く、その鋭い拳の軌跡が顎を撃ち抜く。スタンドの顎が顔から外れて、どこかへ転がり、そして消える。
 
 べちゃり、と奇天烈な音を立てて、クリスチャンの足元まで、スタンドの幻ではない、本物の肉塊が飛んだ。クリスチャンは飛び跳ねて避けるが、裾に血と、歯茎のついた虫歯がこびりついた。
 
 本当の意味で、言葉にならない悲鳴が、既に存在しない紳士風の男の口から零れた。

300FBH:2016/12/14(水) 23:21:52 ID:YHD0TWRU0
 2つ目、とシズカは冷静に言った。勢い余って半回転した身体が、ゆっくりと、立ち姿に戻っていく。その度に、元の美人な、少しばかり健康的なだけの女へとイメージが変わっていく。変身を見ているかのようだ。
 
 2つ目、スタンドは脆い。いくらなんでも、私の打撃の技術と力じゃ、生身の人間の顎をちぎり取るのは無理。でも、スタンドが相手なら割とイケる。人間と身体みたいに、ピンポイントで頑丈な部分がないせいかもしれないけれど、本当のところはわからない。ともかく、スタンドだけ先行させるのはオススメしない。
 
 それから、これはアドバイスではないけど、とシズカは、呆然と紳士風の男の肉片を見つめる初老の男をみた。彼らパッショーネは、お上品ぶっているのかなんなのか、あまり「殺す」とか言わない。そういう流儀があるみたい。でも、私は殺意を言葉にするのは大事だと私は思う。私はよく集中というか、気合というか、溜めの代わりに「殺す」って口にしてしまうんだなぁ。職業的殺し屋の彼らと違って、気持ちを切り替えないと「殺す」モードになれないんだ。不快だったらごめんね。

301FBH:2016/12/14(水) 23:23:27 ID:YHD0TWRU0
 シズカが膝をついた、紳士風の男のスタンドに歩み寄る。そして3つ目。スタンドは人間の精神で操るから、ちょっとした痛みとかで、ピタリと動きが止まるし、心をへし折ればスタンドは能力も含めて無力化される。私は以前、「触れたものを炎上させる」スタンド使いと戦ったことがあるけれど、と、シズカは両腕に「スタンド」の影を纏うと、紳士風の男のスタンドの頭を掴み、そのガラス玉のような、突き出した両方の目玉に親指を捻じ込んだ。
 
 もはや悲鳴にも聞こえなかった。両生類の鳴き声のようだ。紳士風の男の動きに合わせて、スタンドも助けを求めるように、シズカの腕を掴む。それを見て、さらにシズカは親指を眼窩の奥に突き入れた。そして言った……とまあ、これくらい痛めつけると、「触れたものを燃やす」スタンドに触られても燃えなくなる。この男のスタンドも、モーションを考えると、たぶん、リザードと同じで「触れたものを何とか系」だと思うんだけど、見ての通り、何も起こらない。さて、この3つのアドバイスを要約すると?
 
 とっさに振られた俺は、深い霧の中で現実感を失っていた脳みそをフル回転させる。だがそれは答えというよりも……シズカの機嫌を損ねないための言葉だった。そうだ。彼女はずっと、そのスタンスを俺に見せていた。要約すると……「スタンドは使うな」か?

302FBH:2016/12/14(水) 23:24:21 ID:YHD0TWRU0
 シズカは笑った。他愛のない冗談を聞いた、といった具合に。あはは、それは言い過ぎだよ! 「スタンドは”戦闘ではできるだけ”使うな」だね。スタンドは驚くほど便利だけど、スタンド同士の戦いとなると話は違う。反撃と、ダメージの跳ね返りというデメリットがある。スタンドは人間ほど柔軟な性質ではないから、対策もされやすい……スタンド戦とは人間の中で最も強く、そして最も弱い心をぶつけあうこと……私が思うに、スタンドは戦いに向いてない。ただ殺したいのであればピストルの方が便利だし……人間が戦うために生まれてきたのではないように、スタンドも、そもそも違う在り方があると私は思う。まっ、それが何なのかは私にもわからないし、「群れる」性質上、戦う機会はどうしても多いけど。
 
 ポンッ、と、紳士風の男のスタンドをシズカは突き飛ばす。ずるりと眼窩から親指が抜ける。スタンドが崩れていく。枯葉が粉々になるかのように消えていく。紳士風の男が硬い硬いアスファルトの上で痙攣を始める。死が始まっていた。
 
 スタンド戦は徹底して避けるべきだ、とシズカは呟いた。鉛筆で刺し合ったり、札束で殴り合ったり、リンゴを投げ合うのが無駄なように、スタンドで戦うのは能力の無駄だ……でも戦う運命は避けられない。リザード、このアホどもみたいに簡単にスタンドなんか使ってはダメだよ。戦う時がきたら、冷静な狙撃手のように、一撃で仕留める鋭さでスタンドを使うんだ。スタンド攻撃された、なんて認識させてはだめ。次の敵はあなたの手の内を知り尽くした敵になるかもしれないから。

303FBH:2016/12/14(水) 23:25:16 ID:YHD0TWRU0
 さて、とシズカは初老の男に向き合う。さてさてさて、どうする? 重傷者がもう一名出てしまったね。でも、たぶん、クリスチャンのスタンドは一人ずつしか救えないと思う。強力なスタンドはだいたいそうだよね。そしてクリスチャンを一瞥する。どう? クリスチャンは頷き、シズカから目をそらした。
 
 やっぱりね! となると、これは難しい局面ですね。あなた方はアイラに2500万ドルをくれたけれど、その男はいくらで助けるつもりですか? もちろん、私としては、100パーセント死んでくれて構わないやつだから、死なせたいならお金は取らないよ。でも、生き返らせるつもりなら引取手数料が欲しいなあ……まあ、アイラを救うだけで手一杯だろうけど。
 いったい、と初老の男が震える声で言った。いったい我々に、何の恨みが……。
 恨みィ? とシズカが笑った。ぎひひ、恨みって、ウケるなぁ。今のはそっちから仕掛けたじゃんかぁ。まっ、恨みはない……ただ、ディアブロも言っていたけど、本当にバカみたいな疑問だよね。西洋最大級の犯罪組織を壊滅させることに、何か理由が必要なの?

304FBH:2016/12/14(水) 23:25:53 ID:YHD0TWRU0
 我々が犯罪組織であることは認めるが……なぜ我々なんだ? 我々は財団の……君の味方なんだぞ。
 シズカは初老の男を睨みつけた。明らかに声質も変わり……怒りに満ち溢れた表情を見せる。何それ、浪花節のつもり? ぜんぜん心に響かないね。父はともかく、私はあなた達を味方だと思ったことなんて一度もない。さっさと消えなよ。男の方はいらないんでしょう? あとで海に蹴りだしておくからさ、早いところ、アイラを治してアメリカから出てけ。次、ニューヨークで見かけたら首をへし折るから……っと、そうだ、忘れていたね。
 
 再び、シズカは表情を変える。フラットな、笑みも、怒りもない顔だった。シズカはジーンズからアイラのワルサーを抜いた……初老の男はびくりと震えたち、顔を青くして、額からドバっと汗を流した。しかし、シズカは意に介さず、初老の男に銃を突きつけ……くるりとグリップを回し、銃筒を握りしめて、男に差し出した。これは「返す」よ。アイラの銃だ。残弾は確認してない。受け取っていいよ。ただし……わかるね? あなたが引き金に触れた瞬間、私はスタンドをあなたの顔面に叩き込む。そんな不利な条件でもよければ、どうぞ。

305FBH:2016/12/14(水) 23:26:52 ID:YHD0TWRU0
 俺の耳には、初老の男の心臓の音が聞こえていた……俺の心臓の音だったかもしれないが。激しい息遣いで、男はシズカを睨みつける。この……小娘がっ……ジョースターの娘だからと、見逃されるとでも……!
 
 当り前じゃないですか! 私は見逃されるよ。でも、それは私がジョースターだからではないよ。あなたのボスが、私の安全に2500万ドル払ったからだよ。でもさ……ここで私が死んだら、すべてが帳消しになるとは思わない? もちろん、このグリップの中に弾が入っていれば、だけど。
 
 初老の男の、がたがたと激しく震える指が、アイラのモーゼルのグリップに触れ、不器用に巻き付き、人差し指だけが、固まったままトリガーガードの外側へと延びる。その瞬間、シズカは呟いた。ちなみに、アイラは撃ったよ。
 
 だが、初老の男はトリガーに指をかけず、力なく、ワルサーを受け取り、抱き寄せた。この恨みは……この恨みは必ず晴らすぞ、シズカ・ジョースター!
 シズカは冷たい目で言い放った。無理だね。今できたのに、しなかったんだから、この先もずうっとできないよ。そして初老の男に背中を向けて、サンドマンに向かって歩き始める。途中、呆然と裾についた紳士風の男の肉片を見つめていたクリスチャンに手を振る。クリスチャン! さっき、銃を突き付けてごめんね。なんかひどいファーストコンタクトになっちゃったけど……別にあなたに恨みはないから。今度、ちゃんとお茶でもしながらちゃんと話そうね。あっ、でも、2日後、まだここでアイラと一緒にいたら、マジで殺すからね? ばあい!

306FBH:2016/12/14(水) 23:28:23 ID:YHD0TWRU0
 クリスチャンは怯えたような顔で、その太った唇で、ああ、と言った。あ、ああ、ばあい……また会えるのを楽しみにしてるよ……ただ……俺はあまり刺激的なのは得意じゃない。色々な意味でな。気をつけて帰りな。
  
 俺は再び運転席に乗っていた。生きた心地がまだしていなかった。心臓が爆音で、俺に危機を知らせていた。目眩と吐き気がひどかった。シズカは助手席に乗り込むと、うつむいて、ダッシュボードに顔を伏せ、暗い声を出した。出して。とりあえず市内に。
 どうかしたのか、と俺はシズカに訊ねた。たぶん、本当はもっと違うことを聞くべきだった。なぜこんなことを? とか、何が起こっている? とか……そしてシズカは呟いた。いや、その、さっき思い出したんだけど、はあ……私、そういえばジーンズのお尻に穴をあけてたなあって……しかもちょうど、その……うあああ、お尻の穴、見られてたらどうしよおおおお……あんなに悪ぶってたのにさああああ、バカみたいだ、ニコのせいで台無しだよ。もおおおお!
 
 俺はギョッとして、シーっ、とシズカを黙らせる。やめろ! そういうのはここを出てからやれよ! 撃たれるぞ! それに大丈夫だって、下から見ねーとわからねーだろ、銃弾の穴なんて小さいんだから……。
 そうなんだよ! とシズカは叫んだ。そうだよ、普通は見えないよね、背中を向けたくらいでは……でもさあ、クリスチャン、しゃがんでたじゃん! ああ、ちくしょう、あれって、ぜったい、そういう意味だよねえ……別に見られてもいいけど、あの状況で見られたくなかったなあ。なんでみんなして私のお尻を……? だっさいなぁ! 戻って殺しちゃおうかな……そして俺は急いでアクセルを踏む。
 
 バックミラーの中で、初老の男は、シズカの言葉を裏付けるかのように、軽トラで走り去る怨敵をただただ見ているだけだった。

307FBH:2016/12/17(土) 19:00:48 ID:m.AMB2kE0
 ……というところで「6」はここまで。今見直すとへんな表現もありましたね。頑張りましょう。
 ここからは「6」の註釈です。読み飛ばして結構。

•『アンダー・スレット』
 No.4711のオリスタ。
 元ネタはコロンビアのメロディスティックデスメタルバンド。個人的にはとても苦手。メロディスティックもデスメタルも、メタルの中ではピンポイントで嫌いなので、好きになる要素が「なんとなくメタルっぽい」以外にない。
 今回は顔出し程度に登場させた。かなりチートなスタンドだと思う。明らかに時空間系で、能力の隙間を考えると出来ることも多いし、元のステータスだと戦闘力も成長性も高すぎる。FBHでは能力は据え置きで、ステータスとキャラクターの弱体化を行った(変なキャラにしてごめんね!)。個人的には強力なスタンドと強力なキャラクターの組み合わせが好きではない(承太郎とか)。でも、キャラクターが異常に弱ければスタンドはチート級でも別にいいと思う。オクヤス君のようなバランスのオリスタ案は増えて欲しい。

308FBH:2016/12/17(土) 19:05:49 ID:m.AMB2kE0
•ワーゲン、ダットサン、キア
 全てカーメーカー。アメリカ製も金持ち向けもない。
 ワーゲンはドイツのカーメーカー、フォルクスワーゲンのこと。どうやらFBHの世界では持ち直したらしい。ダットサンは日産のアメリカでの通称。キアは韓国の新興自動車メーカー。

・ホールデン ユート【サンドマン】
 カスタムメーカーのホールデン製、オーストラリアのピックアップトラック。名前はユーティリティ(便利)から。いわゆる軽トラだが、セダンを元にしたカスタムモデルで、走りも快適さも見た目も仕事での実用性も犠牲にしたくないという、そこそこお金のあるワガママな農業従事者(つまり農園主)に大人気。普通にカッコいいので一見の価値あり。日本では少数ながら販売されている(コルベットのエンジンは積んでないが)。ただし、サーフモデルのサンドマンは日本では売られていなかったような気がする。
 アメリカでは近年、日本のヤンキーにバンが人気なのと同じ理由でピックアップが流行っている。実用的で、たくさんものが載って、安くてカスタムの幅があり、しかもマニアに見えないから、らしい。
 
・ウェブレン材
 それそのものには価値はないが、それを持つことに価値がある、コミュニティに属している証明やステイタスになるものをウェブレン材と呼ぶ。社交界におけるアルマーニ、ラッパーの金のチェーンネックレスや、日本のマイルドヤンキーのクロムハーツや、ジョジョラー達にとっての荒木飛呂彦の直筆サインのようなものだ。
 
・トルコから南
 このルートでの旅行は現状、普通の人どころか、すごい人でも、奇妙な人でも無理。色々な事情から国境を越えるために凄まじく、そして多様なパワーが必要になる。うまくいったとしてもかなり危険だ。
 ちなみにシズカが口を挟んだマハーバードは、かつて存在したクルド人の国、現在のクルジスタン自治区大統領の父親が軍事を担っていた国と同じ名前。同じ名前とは限らないが、2020年までにクルド人の国が同地域に興る可能性は低くはないはず。

309FBH:2016/12/17(土) 19:11:46 ID:m.AMB2kE0
 •氣、道、道教
 最近、他SSでオリジナル設定はけしからん的な話があり、根本的に色々を変えしまっている当SSの作者としては、そうだなぁと思う部分はたくさんあるが、この氣や道、波紋と道教については、オリジナル設定とはちょっと違う。
 
 ジョジョ第1部連載前後の少年ジャンプは、空前絶後の適当な「なんとなく超能力理論」がまかり通っていた。日本の文化的•知識的な背景から、作家たちは主人公たちの力の性質(有名な例だと“気”だ)をそれっぽく書き、その言葉が本当はなにを意味しているのか理解しないまま、なんとなく読者に説明していた。(実際、現代日本人のほとんどは「気」を知っていると思うのだが、それが「なに」で「どこ」からきた言葉なのか、ほとんどの人は説明できないのではなかろうか?)
 
 特に影響を持ったのは道教。北斗の拳の北斗•南斗を陰陽に例えたり、氣を練りこんで放つドラゴンボールのかめはめ波であったり、当時のジャンプ漫画では例には事欠かない。 
 
 ジョジョも当初、波紋を「仙道」と呼んだり、波紋にプラスとマイナスの性質を与えたり、波紋使いの先達であるリサリサが若さを保っているなど、明らかに道教の世界観や由来を持つワードや設定を出していたが、「道教」とは名指しせず、すぐに仙道という言葉も使わなくなる。本来はこうした要素のないチベット仏教の設定を間違って入れてしまったからかもしれないし(仏教徒が目指すのは釈迦であって仙人ではない)、不老不死を目指す道教の理念はむしろ吸血鬼や石仮面に近過ぎたせいかもしれないとか、最終的に能力を極めて聖人になるみたいなビミョーな展開にしたくなかったとか、色々問題はあったのだろう。どのみち、今さら実は道教だなんて言えないし、当時のジャンプ作家は荒木先生も含め、氣や仙人の概念が中国やその辺の言葉っぽいとは知っていても、道教の概念だと誰も思っていなかったと思う(『封神演義』は別)。
 
 当SSの氣は、波紋と異なる、しかし波紋のありえたかもしれない形……アステカの吸血鬼に対抗するチベット仏教の秘術ではなく、道教を極め仙人に至るための道としての秘術として書いている。簡単には下記の通り。
① 破壊力が非常に低い(戦闘を前提としない技術体系である)
② 吸血鬼には効果を持たない(陰陽思想上、片側に寄ることはない)
③ 若返りの能力•回復力が著しく高い(不老不死が最終目標である)
④ 呼吸「歩引」ではなく、性的興奮の持続「房中」がエネルギー源である(他人を介した調和、出力ではなく持続力を重視する)
 ただし、リザードは氣の使い手としては全くの半人前で、修行の意思もないため、波紋と同等であるとか、より強力である、というような描写はしない。その力の最大表現としては、リサリサが五十代にも関わらず二十代に見えたことに対し、未修行のリザードが五十代時点で三十路程度に見える、に留める。波紋がスタンドの再現を目指した技術であるとしたら、氣は吸血鬼にならずに不老不死を目指す技術だ。

310FBH:2016/12/17(土) 19:14:26 ID:m.AMB2kE0
•スポーツ•マックス
 言うまでもなく、シズカと同系統のスタンド使い。荒木先生の世界観的に字義通りの「ヤクザ(つまり、日系マフィア)」ではないと思うのだけれど、当SSでは字義どおりに解釈した。ヤクザの囚人にも関わらず、刑務所では非常に浮いた行動を取っていた。日本流のお勤めを再現したかったのか、それとも彼の個性の問題なのかはわからない。
 スタンドパワーという問題を除けば、第6部のキャラクターの中で最も社会的なパワーのある存在であり、普通に考えればエルメェスが殺せるような相手ではない。いったいどうするつもりだったのだろう?
 エルメェスの計画がなんにせよ、当SSではシズカの行動によりスタンド能力のないエルメェスは死に、スポーツ•マックスは生きていて、あまつさえシズカと共闘していることにしている。当然、徐倫の状況も変化しているが、それは後ほど。
 
・アンクル•スペシャル
 なんだか説明し忘れていた気がする。【ナポレオン•ソロ】の元ネタはおそらくアメリカのドラマ『0011ナポレオン•ソロ(the man from uncle:アンクルから来た男)』のはず。そうでなければ、同タイトルの楽曲があるのかもしれない。
 主人公の名前がナポレオン•ソロだ。彼はアンクルという組織のスパイであり、彼の愛銃(素晴らしくカッコいい、変形するワルサーだ!)がアンクル•スペシャルという。

311FBH:2016/12/17(土) 19:21:32 ID:m.AMB2kE0
•『ホット•コフィン』
 残念ながら、このバンドには詳しくない。わかるのはFugazi系のポスト•ハードコアやパンク系のバンドであるらしいということ、そしてあまり琴線には触れなかったということだけ。
 持ち主のクリスチャン•ハンセンという名前(バンドメンバーから採った)と、外見の情報はこちらで加えさせていただいた(色々あるので、今は太っているということにしている)。葬儀屋という素性はアメリカという場にはあまりそぐわないので、仏教徒とした。
 “龍脈”とは風水の概念。古代中国では、大地のエネルギー(いろんな意味で)は、山脈の中で一番大きな山の頂上から平地の窪みへ、尾根伝いに流れると考えられており、それも龍のように『うねる』龍脈は特に良いとされていた(要は川とか水源の神格化なのだと思う)。中国龍が神龍よろしく、ぐねぐねしたり渦巻いているのは、それが吉だと考えられているからだ。中華料理店とかで、入り口前に無意味に衝立が立っているのも、まっすぐエネルギーが抜けていくのが風水的によくないから。
 元の設定では『ホット•コフィン』は龍脈の有無が効果に関わっているというが、龍脈は実体的なものではなく文化的かつ恣意的なものなので(説明文にも”霊的”とある通りの曖昧さだ。日本だと、皇居が龍脈に関わるとかね)、どのようなプロセスで龍脈を捉えるのかは頭を悩ませた。それだとあんまりにも難しいので、他の植生からエネルギーを『分けてもらっている』ということにした。その経路を龍脈ということにしましょう。
 現時点であまりいうことはないが、このあとは活躍してもらおうと考えている。

312FBH:2016/12/17(土) 19:22:19 ID:m.AMB2kE0
失礼! No.339 のオリスタでした。よろしくお願いいたします。

313FBH:2016/12/17(土) 19:24:12 ID:m.AMB2kE0
・Are,スノーデンの防諜装置
 Google『Are』は執筆中に開発中止になったモジューラーフォンと呼ばれる次世代スマートフォン。パーツの簡単な換装によるアップグレード、機能特化を特徴としていたが、採算が合わないとのことで今年、開発が見送りとなった。
 スノーデンの防諜装置は16年現在は開発中。スマートフォンはセキュリティがガバガバで、ハックされやすいという問題があり、デジタル機器による諜報や情報収集を専門とするアメリカ国家安全保障局は、この性質を利用した諜報行為(と、元CIA職員スノーデンの暴露)によって大きな外交問題を引き起こした(こんなことは他国もやっているので、外交問題を引き起こされたと言う方が適切なのだろうが)。亡命後、スノーデンは国家から個人情報を守るためのiphone用外付けキルスイッチ(電波と電源を完全にoffにできる)を開発していた。

314FBH:2016/12/17(土) 19:28:15 ID:m.AMB2kE0
次はリザードではなく、アイラとクリスチャンを中心とした戦闘の話ができればという感じです。
(シズカの話なんてオリスタ的には本旨ではないし)。
よろしくお願いします。

315FBH:2016/12/17(土) 19:41:29 ID:m.AMB2kE0
■Full Black Habit ここまでの簡単なあらすじ
2020年ニューヨーク南東部。ジョニー・オブライエン2世(通称:リザード)は、“ランドバロン”ことジョセフ・ジョースターに会う。”ランドバロン”は彼の娘である“シズカ・ジョースター”に「ある遺産」を継がせようと考えているが、そのためには彼女が隠しているスタンドの情報が必要だという。リザードはシズカのスタンドの情報を暴く代わりに、大金をもらう取引をするが、一方では “ランドバロン”の遺産を「ナチス絡みの品」だと踏み、それを更なる大金に替えられないかと考える。リザードはシズカに接触するが、彼女を狙うパッショーネの暗殺者“アイラ”と殺し合いになり……。

316FBH:2016/12/17(土) 19:45:10 ID:m.AMB2kE0
■登場人物(メインのみ)

ジョニー・オブライエン2世(リザード)
【スタンド使い】
 スタンドは人間の精神力の「皮」を盗み取るモンスター・マグネット。皮に「氣」を流すことで、簡単な命令や慣習に従って動く「人形」として動かすことができる。スタンドの基本性能は極めて低く、直接戦闘には向かない……そもそも、戦闘経験も浅い。
【氣】
 50代の彼が30代の外見を保っている秘密であり、波紋と同じようで、違う「流儀」の技術である。チベット仏教よりも道教(仙道)の影響が大きい。呼吸法ではなく、性的衝動からエネルギーを得る。ジョニーは10代の頃、生死の境をさまようほどの謎の高熱に侵される中、マスをかき続けることでこの秘術を自然と獲得し、生き延びた。そのため「リザード(マスかき)」という綽名で呼ばれる。
【戦闘傾向】
 リザードは古い時代の銀行強盗であり、現代の銀行セキュリティの専門家でもある。相手の行動を読み、罠を仕掛けることを好む。齢50を超えて頭が固くなっているのか、想定外の対処は苦手で、近接戦闘やリスクを避ける傾向がある。
 
シズカ・ジョースター
【スタンド使い】
 かつては透明化のスタンド「アクトン・ベイビー」を使っていた。ある時期からスタンドを隠し始め、今は人型のスタンドであること以外は謎に包まれているか、確証がない状態。「ランドバロン」と「リザード」の目的は彼女のスタンドを暴くことだ。
【謎】
 シズカは24歳、史学と比較文化学を専門とするコロンビア大学のポスドクであり、フランス留学中であるはずの彼女が、なぜアメリカにいて、なぜパッショーネと敵対しているのかは不明。リザードや遺産のことも知っており、スポーツ・マックスのような影のある人物とも繋がりがある様子。「ランドバロン」は彼女に「邪悪」な一面があると考えている。
【戦闘傾向】
 当SSにおいては、シズカは歴代ジョジョたちの中で4番目に背が高く、3番目に筋力があり、最も学歴が立派で、友人が少なく、ナルシストで、自分が超イケてる女だと思っている。ジョセフ譲りの狡猾さと、ジョースターらしからぬ底意地の悪さを持ち、相手の思考・行動の幅を狭め、弱らせるハラスメントを好む。格闘術を用いるのを好み、スタンドを使うことを徹底して避ける。

317FBH:2016/12/17(土) 19:46:24 ID:m.AMB2kE0
ランドバロン
【人物】
 ジョセフ・ジョースターの綽名。御年100歳だが、ひ孫(と養女)パワーで杖がいらない程度まで若返った。真偽は不明だが、世間的に、ジョセフはナチスの資産を元手に、不動産詐欺で身を起こした土地成金(ランドバロン)であると認識されている。銀行業にも手を付けており、リザードはランドバロンの銀行のセキュリティの担当者だった。
【遺産】
 ランドバロンは「ある遺産」を、ホリィや承太郎や仗助ではなく、シズカに相続させようとしているが、そのためにはシズカの「スタンド」を知る必要があるという。リザードは遺産の正体を「ナチス絡みの品」と考えているが、実態は不明。
 
アイラ
【スタンド使い】
 能力はメタ射撃の「ナポレオン・ソロ」。「エンペラー」のように銃がスタンドで出来ているわけでも、「ピストルズ」のように弾丸を操れるわけでもないが、エイのようなヴィジョンに取りつかれた銃は、リロード不要、弾丸無限、射程も長いスタンド兵器になる。スタンド使いにしか銃声が聞こえない。連射するほど威力が弱っていくため、銃弾を弾き返せる精密性、速さのある近接パワー型には弱い。
【パッショーネ】
 ジョルノと同じく、アイラは若くしてギャングに憧れ、暗殺者となった。しかしギャングの素質がなく、自分の選択を後悔している。彼女のチームはシズカの「捕獲」のために動いていたが、おそらくシズカによって、彼女以外、全員殺されてしまった。あるパッショーネ幹部の娘らしい。
【戦闘傾向】
 臆病で繊細、経験も頭の回転も足りない。射撃は非常に下手で、近距離で外すこともしばしば。初めて殺人を犯した時の相手の顔が記憶にこびりついており、頻繁に迷いが生じ、集中が途切れる。総じて戦闘に向いていないが、ギャングらしいガッツはあり、スタンドパワーにも恵まれている。

318FBH:2016/12/17(土) 19:52:49 ID:m.AMB2kE0
その他、オリジナルからの改変事項(シズカとジョセフ以外の、主に6部関連)
・パッショーネはポルナレフを通じてSPW 財団と接触、影響力を及ぼしている。
・空条徐倫は2020年現在も収監中。SPW財団が矢を制御不能な状況に置くことに反対した為、スタンドを身につける機会を失った。刑務所は暇なので、ヘソにピアスを開けているかもしれない。
・空条承太郎は上記経緯の中で、SPW財団と反目。現在の所在は不明。
・エルメェス•コステロは獄中にてスポーツ・マックスに殺害される。
・グェスは仮釈放につき出獄。
・ジョンガリ•Aは刑期満了につき出獄。所在不明。
・スポーツ•マックスは刑期満了につき出獄。シズカとは協力関係にあり、徐倫とも何らかの関係を持っているようだ。
・ケンゾーは詳細不明ながら、徐倫と面識がある様子。
・ミュッチャー•ミューラーは昇進•転属。現在はアメリカで最も重要な刑務所の一つ、コミュニケーション管理ユニットの主任。
・プッチ神父はG.D.st刑務所を離れた。何か意図があって離れたのか、それとも失意のために去ったのか、FFやウェザー•リポートは置き去りにされたのか、緑色の赤ん坊を連れているのかいないのか……いずれにせよ、天国はまだ来ていない。

319FBH:2017/10/19(木) 20:16:59 ID:HGLLwtFQ0
【時を跨いで数日後……某所にて】

ニューヨークの夜は、ビル街の放つ無数の光(どこぞの名もなき小国が一年かけて使う発電量よりも眩しい……漫画みたいな百万ドルの夜景だ!)で明け方に追いやられていた。

俺はモデルハウス然とした“黒い家”の、セレブリティの生活をコンパクトにパッケージしたような部屋の、超ラグジュアリーで腰まで沈み込みそうなほど柔らかいソファに座っている。カクテル・シュリンプを摘みながら、かつてはアメリカ海軍の情報士官だったというその女――リンジーと、気まずい時間を埋めるように映画やら音楽やらの話を、吐き捨てるように話し続けている。

パラマウントの古いホラー映画や、イギリスの古いパンクバンドについて、お互いにいくつか共有点を見出したものの、話は当たり障りがない。小舟が浅瀬を少し撫でる程度だ……やがて話題は俺たちのもっぱらの興味関心ごと……つまり本当に話したいこと……シズカの話になる。

320FBH:2017/10/19(木) 20:17:36 ID:HGLLwtFQ0
俺は軽いジャブを放つ。シズカの、あの強さの原動力はどこから来るんだろうな? それでも空条承太郎の【スター・プラチナ】の方が強いというんだから、『スタンド使い』の強さの上限がまるでわからないぞ。

彼女はカクテル・シュリンプを水気を拭うように、自分の人差し指を舐める。この“黒い家”に住む女性のうち、シズカが年齢相応に見えるのと対照的に、リンジーの年齢はまるで分らない。シズカは彼女を、大学の同級生だといった。さらに海軍の情報士官“だった”というなら、つまり退役後に大学に入りなおしたという計算になる。少なくともシズカよりは年上だが、さすがに直々に何歳か訊ねるのは気が引けた。メスティソらしからぬブリーチした金髪の下から、細い目が俺を睨みつける。最初は嫌われているのかと思ったが、数日過ごしてみて、彼女は常に目つきが悪く、だれに対しても横柄な態度をとるということがわかった。

彼女は俺の問いに応える。色々間違っているな。シズカは強くないよ。強さに対する執着は強いけどね。

321FBH:2017/10/19(木) 20:18:04 ID:HGLLwtFQ0
俺はシュリンプをチリソースに沈める。このソースは辛すぎて、すでに舌がおかしくなっているが、無言が続くほうが耐え難い。こともなげにチリソースを舐める彼女に向かい、身を乗り出して問いかける。へぇ、まずそこから間違っているとは思わなかったな。シズカが強くないだって? 人間を素手で殺すようなやつが弱いとは到底思えないが。

彼女は失笑、といった風な、アンニュイな表情を俺に投げかける。
別に特別じゃないよ、人を殺す術なんて。そもそも人間は壊れやすいからね、死ぬまで殴れば死ぬし、息が止まるまで首を絞めればちゃんと息が止まる。日常見かけないというだけで、殺そうと思えば人は簡単に殺せる……どちらかといえば、殺そうと決意する方が大変だ。

それに、それなりに訓練を積んだ軍人……いわゆる戦闘のプロから見れば、と彼女はシュリンプを揺らす……自分が戦闘のプロだと主張したいのだ……シズカの殺人術はあまり効率的ではない。徒手格闘に拘っていること自体が非効率だし、その格闘だって、腕力に頼りすぎで、見た目は派手だけどノロい。あのフィジカルへの執着には見るべき部分も多いけれど……根本的には才能がないと私は思っているよ。何年か彼女を見てきたけど、鍛えにくい能力が本当に伸びない……特に反射神経は鈍感すぎて、打撃のスキルは壊滅的だ。大体の場合は殴られてから殴り返す、って塩梅……格闘の才能はジョースター家では最下位だろうね。

322FBH:2017/10/19(木) 20:18:46 ID:HGLLwtFQ0
ここ数日間で最も手厳しいシズカへの罵詈雑言に、俺はどことなくスカッとした気分になるが……あまりにも辛辣で、この世界が少しばかり残酷になってしまったように思えた。口から自然と、彼女を庇うような言葉が溢れる。

でも頭はいいだろ? 賢さも強さの一つだと思うぞ。

ああ、賢いね。自分で自分のことを賢いと言い張れるメンタルも凄いけど、彼女の頭の良さは伊達じゃないと思う。ただ、頭の良さにも色々ある。何日か暮らしてみればわかるよ。彼女の賢さは“熟慮”とか“記憶力”に依存するもので、“回転”は驚くほど遅い。ジョースターらしい、咄嗟に第三の選択肢を出すようなワンダーなセンスを見たことはないね。あのアイラとの戦闘みたいに、誰と、どこで戦うのかわかっているような戦いならいいけど、ヨーイドンで始まるような戦いだったら、いつ負けてもおかしくないと思うよ。まっ、シズカとヨーイドンで戦える場を持つのも難しいだろうけど……。

323FBH:2017/10/19(木) 20:20:19 ID:HGLLwtFQ0
ビールを飲み干す寸前で止める。【スタンド】の話だ。ニジムラオクヤスは以前、どこかでも聞いた気がするが、それよりも、この話の文脈は、彼女がシズカのスタンド能力を知っているという示唆ではないか? だが直接に聞いては、逃げられてしまうかも……と、俺の頭の中でアルコールと数々の作戦が、嵐の海のように荒れ狂う中、口から噴き出したまともなセリフはただ一言。

それはどういう意味だ?
 
同調するようにビールに口をつけていた彼女は、そんな俺の頭の中に気づいたのか、少し逡巡したような、慎重な言葉選びで答えた……シズカはね、『ストレスを感じない』。朝も夜も関係なく無限に自分を鍛えられる。敵に勝てる可能性を0.1%上げるために何百パターンと検討できる。私たちが道義的にそんなことするか? って思うことでも躊躇なく一線を超えられる。つまり『殺す』ことに躊躇がない。人間的には壊れているといってもいいし、人から見れば『奇妙』でしかないけれど、これは間違いなく才能だよ。単に強くなることなら誰でもできるし、それはジョースター家の得意とするところだけど……ブレーキの壊れ具合でいえば、シズカの壊れ具合はジョースター家随一だよ。空条承太郎に勝てる奴なんていないけど、空条承太郎を殺せるやつがいるとすれば、それはシズカだろうね。

324FBH:2017/10/19(木) 20:22:06 ID:HGLLwtFQ0
【再び現在……】
 
土地勘のない俺は、やたらに多い進入禁止の道路を見るたびに迂回し続け、市内を遠巻きにぐるぐると回っていた。雲の裂け目が広がり、目に飛び込む光がまぶしいのか、疲れで眠たいのか、瞼が重たい。傷口がひどく痛み、気分も悪い。傷口に触れたせいで手もハンドルも血塗れで不愉快だ。シズカはなにも言わず、片手でスマートフォンをいじりながら、もう片方の手で鳩尾の傷を撫で回していた。

シズカは言った。髪切ろうかなァ。黒髪ロングストレートってアジア人とかアラブ人にはモテるけどざぁ、やっぱりダサいと思わない? 正直、無精で伸ばしちゃってるだけなんだよね。ウィノナ•ライダーみたいにしてもらおうかなぁ。

俺はついに口にする。クソったれめ。好きにすりゃあいいだろ。

シズカは、うーん、と相槌を打つ。元気だしなよ。耳たぶくらいなら元どおりにならなくても平気だって。ピアスしてないでしょう?

そうじゃねぇ。なんなんだ、クソが……ガキをいたぶって、マフィアに喧嘩売って、いったいなにがしたい? 死にたいなら一人で死んでくれ。

あらあら随分スネてるね。マフィア問題は解決したでしょう? 謝礼金も貰えるしね。半分あげるから機嫌なおしてよ。

カイケツ? 解決だと? いったいなにが解決したって……えっ、半分?

当たり前じゃん。一緒にやったんだから半分あげるよ。責任も半分あげることになるけど。シズカはスマートフォンの画面を俺に向ける。スマートフォンはクソみたいな音質で呟く……さすがコロネ兄さんは身内に優しいなぁ……。

325FBH:2017/10/19(木) 20:23:22 ID:HGLLwtFQ0
シズカがVサインを宙に浮かべ、ぐにぐにと指を折り曲げる。私がこの戦いで欲しかったものは2つ。『アイラの犠牲的な死』と『パッショーネの妥協』。この2つの情報を組み合わせるとこうなる……17歳の小娘でさえ、暗殺チームを皆殺しにした悪逆非道なシズカ•ジョースターに決死の抵抗をしたというのに、パッショーネのボスは傷も負わずに降伏したばかりか、大金を支払って許しを乞うた、とね。

……呆れるを通り越して絶望したぞ。通話録音でマフィアをゆする気なのか?

当たり前でしょう。格好のネタだよ? さっそくパッショーネの構成員と、彼らと利害関係にあるマフィアに動画と音声をばら撒いてる。アドレス教えてくれたらリザードにもあげるよ。ぜひ着メロにでも……。

いらねぇよ……だが……それでいったい何になる? 奴らの約束なんてアテにならないし、無意味に怒らせるだけじゃないのか。

なんの意味がある、ねぇ……とシズカは不気味に笑った。まぁ、おっしゃる通り、大した意味はない。でも、それってマトモなアタマと私の情報があるからそう思うだけでしょう? あいつらには、その両方ともないじゃん。

326FBH:2017/10/19(木) 20:24:07 ID:HGLLwtFQ0
シズカは自分の頭を人差し指でコツコツとたたく。俺が至らない、記憶力がないと責めているのだ。私が言ったこと、覚えてる? アイラは幹部の娘。死線の向こう側に愛娘を放り込む気持ちは私には理解できないけど、子供を殺された親の気持ちならわかる。犯人に情けをかける奴はなんであれ、絶対に許せないだろうね……例え兄弟や親友でも。

普通なら、その幹部とやらは、ボスに子供を助けられたとは考えるだろ?

普通はね。でも状況も脳みそも普通じゃないからね。その幹部は根っからの武闘派で、勝敗とか打算とかを度外視するタイプ……そもそも、この件は彼のボスと私との私闘だから、巻き込まれたとは思っても、助けられたなんて考えないよ。

私闘ってお前……ともかく、幹部同士の仲違いが狙いなら甘いんじゃないか? 血の結束は緩くないぞ。

それは、お互いが血の結束が最上だとしているからでしょう? とシズカは言った。アイラを殺したのがリザードなら、きっと上手くいかないだろうね。
 
……パッショーネのボスが、ジョースター家の血筋っていうのはマジだったのか。

あら、お父さんはそんなことまで言ってたのか。まぁ、それは事実。きっと、アイラのパパはこう思うでしょうね。こいつは親友を裏切って、身内を取ったとね。でもボスも言い返せない。私の安全に2500万ドルも払うと約束してしまった。私的な理由と臆病なミスで組織の金を使い込んだと思う奴もいれば、私を贔屓したと考える奴もいるだろうね。もちろん、私としてはどう思われても問題ない。内紛が目的だから。

327FBH:2017/10/19(木) 20:24:40 ID:HGLLwtFQ0
……金を払わなかったら、どうしたんだ?

ありえないね。ボスの気質としてもそう……かつても他人の娘を救うために死ぬ思いをした人だから。それに、仮に金を払わなかったとしたら、今度はマフィアの信義……は、まぁ横に置いておくとして、パッショーネの暗殺チームとの軋轢が問題になる。ただでさえ最近のマフィアはお金にならないことを嫌うから、暗殺チームは低く見られがちなんだけど、パッショーネのボスはことさらに腐れ偽善者で、麻薬チームと暗殺チームの削減に熱心なんだ。今回の件で私と組んで『口減らしをした』と思う奴もいるんじゃあないかな? しかも、親友の娘まで自分勝手な都合で、金の節約のために見捨てるボスのために、誰がウルトラ強い私を殺しにくるの? アイラを見捨てればならず者のスタンド使い達の大規模造反の可能性があり、私と戦うにしても頼れる駒がない。アイラを救うなら「親友の機嫌」を損ねるだけで済む――本来的には感謝されたっていいはずだ、と思うのも無理ないでしょう? 実際にはそれ以上のものを失うとしてもね。

328FBH:2017/10/19(木) 20:25:11 ID:HGLLwtFQ0
俺は紫煙に埋もれるシズカに吐き捨てる。とりあえず2つわかった。これは偶然じゃあないな。クソ計画的でヘドが出るほど悪辣な罠だ。そんでもって、君は完全にクソ悪党ってわけだ。ふざけるなよ! とんでもないことに巻き込みやがって!

シズカは声をあげて笑う。ぎひひ、まぁねぇ、確かに私、あんまり善い人間ではないかもね。そうなろうと努力はしているけれど……実を言うと、私は、人の気持ちを理解しようとか、尊重しようという気持ちが、生まれつき、他人より少しだけ欠けてるらしいんだよね……だから、リザード、あなたの戦い方は尊敬している。本当に感動したよ。アイラの通り道に罠を仕掛けられるのは、アイラの気持ちや考え方を理解できるからでしょう? 私には到底できない戦い方だよ。でも……。

あれだね、私の罠が計画的っていうのは誤解だよ。私はリザードみたいに、相手の心を読めないから、どんなに時間をかけても完璧には程遠い罠しか作れない。それでも私には私の得意がある。私はね、見え透いた罠にハマる方がマシだと思うくらいに、他人を追い詰めるのが得意なんだ。

329FBH:2017/10/19(木) 20:27:41 ID:HGLLwtFQ0
信号待ちで止まる。勝手に言ってろ、もうお前と関わるのは……と俺が言いかけたところで、コンコン、助手席側の窓が鳴る。心臓がばくんと跳ね上がり、身体が瞬時に警戒態勢に入るが……歩道に立っているのは、髪を派手に染めた、露出度の高い小太りの娼婦だった。そいつは窓も開いていないのに、こちらに呼びかける。シズカ•ジョースター?

シズカは窓を開けながら嬌声をあげる。サイリー? 久しぶり!

俺は尋ねる。誰だ? スタンド使いか?

シズカは俺の肩を強く叩く。そんなわけないじゃん。私ちょっと遊んでくるから、先に行っててイイよ。

先に行く? 何の話だ?

父さんのところに行くんじゃないの? 病院でもイイけど、簡単な治療なら父さんに言えば、準備してもらえると思うよ。そのあと、私の家まで車返しにきてよ。どこにも行く宛ないでしょう? 泊めてあげるからさ。

馬鹿にしてるのか? なんで殺戮現場に戻らなきゃいけないんだ?

馬ァ鹿、そっちは家じゃなくて学生寮だよ。私の家は別にあるから。住所は父さんには聞いてね。

冗談じゃないぜ! 言っただろ、お前とはもう……。

はいはい、とシズカは手を差し伸べる。じゃあまあ、とりあえず父さんのところに行きなよ。おつかれ、リザード。

俺は一瞬戸惑う。そしてシズカの手を握る。シズカは俺の手をぶんぶん振り回し、手放すと、ドアを開けて堂々とニューヨークの車道へと飛び出した。

330FBH:2017/10/19(木) 20:28:15 ID:HGLLwtFQ0
寒くなってきた。ニューヨークの冬は寒いと聞くが、冬が一足先にやってきたわけでもなさそうだった。路肩にサンドマンを停める。頭がぼうっとする。まだ動く気力のある方の手でアイフォンを動かす。【ランドバロン】直通のアドレスがすぐに繋がる。【ランドバロン】の乾いた、か細い、痩せた声帯から出る頼りない声が、大丈夫かと俺に問う。情報は届いている。どこの病院に駆け込んでも、わしの名前を出せばSPW財団が対応する……。

大丈夫ではないと俺は答える。それに病院に寄るつもりもない。俺は疲労と痛みで動かない手のひらを見つめる。あの握手。あれはどういう意味だったのだろう。シズカが俺のスタンド能力に気づいていないわけがない。『触れることで作動するタイプ』ということも気づいていたはずだ。だが……シズカの『皮』は手に入れた。シズカの秘密は既に手中にある。

331FBH:2017/10/19(木) 20:29:41 ID:HGLLwtFQ0
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

よくよく見れば、ニューヨーク市内では殆ど車が走っていなかった。恐ろしいほど長いバスや、自転車の列が走り回り、サンドマンのやかましいV8の轟音を訝しげな顔で見つめながら横をすり抜けていく。摩天楼以外は俺の知るニューヨークとは大きく違っていた。ともあれ、俺は再びナッソーへ向かう。ランドバロンに会うたびに。

赤信号で誰もいない交差点で待つ。ドロドロとエンジンがなる。俺考える。なぜシズカは俺に『皮』を渡した? まるで現実感が湧かない。絶対にワザとだ。それはわかる。問題は目的が一切わからないことだ。リスクしかない。

シズカの言葉が頭にこびりつく。これが俺を罠まで追い詰める作戦なのか?

信号が青になるが、俺はブレーキを踏んだまま動かない。ナッソーへ向かうゆるく長い道の後にも先にもクルマがない。仮にシズカが俺に情報を探らせているとしたら? 視界の隅、リアヴューミラーの横にドライブレコーダーがある。自動車は情報を盗みやすい。バッテリーから気づかれずに電源を張ってこれるし、数ヶ月に一回はモラリティの低い整備士に引き渡すし、家よりもセキュリティがゆるいからだ。

332FBH:2017/10/19(木) 20:30:29 ID:HGLLwtFQ0
俺は助手席側に身を乗り出し、グローブボックスに触れる。軽くノブを引くが、妙な感触や危機感はない。ブービートラップはなさそうだ。

グローブボックスのなかのそれは、大したものではなかったが、奇妙なものだった。よくある映画のマクガフィンのように、あからさまに意味ありげで、そして俺にはその意味がわからないものだ。

俺はそれを手に取る。豆クリップで留められたA4コピー用紙の束。真新しい紙の香り。シズカは二年間、アメリカにいなかった。長い間、車に放置されていたという感はない。いつの間にか後ろにいた日本製の小型車がクラクションを鳴らす。俺は慌てて助手席にそれを投げ出す。

俺はアクセルをゆっくりと踏みながら、それを横目で見る。

それはカラー印刷された『本』のコピーだった。ただ、それが本当に本なのかはわからない。ただ紐で結わえられた紙の束だったのかもしれない。

それは古いものだった。相当に古い。時代はわからないが……黄ばんで弱った紙切れに、気品のある手書きの筆記体でつらつらと大小の英語が書かれていた。それも随分と時代がかった筆記体で、『本』の表紙に当たる部分しか読み取れない。

333FBH:2017/10/19(木) 20:30:53 ID:HGLLwtFQ0
それはこう書かれていた。

『国家間における”緊急避難法”の諸条件
        ——ディオ•ジョースター』

334FBH:2017/10/19(木) 20:31:33 ID:HGLLwtFQ0
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

“ランドバロン”の邸宅に着いた時にはもう夜で、出迎えたのはハウスメイドでもランドバロンでもなく、SPW財団の医師を名乗る中年だった。彼はジョースター氏は既にお眠りになられたと言った。なるほど。で、俺にどうしろと?

彼は俺を広間のソファに座らせると、冷たく光る衣料品の数々と、ティファールの湯沸しポットと、毛布を持ってきた。横になって寝ていいですよ。麻酔打って、寝てる間に傷口を縫ってしまいますね。

俺は間接照明とふかふかのソファで早速眠たくなる。

運がいい、と医師は言った。スタンドの弾丸だと聞いてます。予後だけ考えれば、本物の銃弾よりラッキーですよ。弾が身体に残りませんからね。

ラッキー? どうだろう。今日は散々な日だ。常に死と隣接した状況だったし、マフィアに喧嘩を売ってしまうし、ガキも殆ど殺してしまったようなものだ。脳裏にアイラの無残に破壊された顔が浮かぶ。こんなこと無責任だし無意味だと知ってはいるが、彼女は無事なのだろうか? そんなわけはないと思うが、万が一ということもある。スタンド使いの暗殺者なんて、まるで漫画の世界だ。

そして俺は夢を見た。そこは大西洋の洋上で、奇跡的なほど空気が澄み、雲ひとつない夜空に星々と巨大な月が不気味に輝き、灯りのないクルーザーを照らしているのだった。

335FBH:2017/10/19(木) 20:32:46 ID:HGLLwtFQ0
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

目が醒める。はっと起き上がると同時に目眩がする。眩しく燃える世界が揺れる。どこ? 夜の気配がする。寒い。ぼんやりと、しかし確実に記憶が戻ってくる。私は……あたしはアイラだ。スタンド使い。アメリカでシズカ•ジョースターと戦って……死んだ。

そうだとするなら、ここは、地獄だろうか? 天国ではないはずだ。あたしが天国になんて行けるはずがない。辺りは激しい光で何も見えない……どこなのかわからない。『皮』のスタンド使いに潰された左目は見えないままだ。

あたしは裸だった。冷気が身体に纏わりつく。寒い。吐き気がする。
ああ、でも、やっぱり、死ぬってこんな感じだったのか。

微かに揺れていた。視界だけではなく、この私がいる世界が揺れている……船だ。この感覚はよく知っている。よく耳を済ませれば波の音も聞こえる。潮の匂い。あたしは船の中にいる! ということは……助かったの? 助かっている気がしない。内臓の中を何かがグルグルと回るような不快感があった。

よう、お嬢ちゃん、と男の声がする。か細く潜めた声だ。

声のする方を向く。真っ白な光が目に突き刺さるだけで、何も見えない。生ぬるい汗で身体が濡れるのを感じる。銃を探そうとするが……素肌に触れるばかりだ。

336FBH:2017/10/19(木) 20:33:59 ID:HGLLwtFQ0
男は叫ぶ。落ち着け! よく見りゃあわかるだろ! 俺は敵じゃねぇよ!

誰だっ、とあたしも叫ぶ。眩しくて何も見えない、どこにいる?

眩しいだって? 何を冗談を……ああ、なるほどな、まいった、そういうことか。

そして視界が開ける。
暗い部屋の中、私はベッドに横たわっていた。視界の先で、見るからに具合の悪そうな痩せた男が、ランタンに手をかざしていた。部屋の明かりはそれひとつきりで……時折ランタンから漏れる光が、私の視界を真っ白に塗りつぶす。

眩しいっ……! 誰? ここは? 一体何が……?
質問は1つずつにしろよ、と痩せた男が吐き捨てた。お嬢ちゃんは学がないな? 話の順番もちゃんと練れ。でかい話から先に始めるんだ。まずは、ここはどこか、だな。ここは北大西洋のど真ん中だ。俺たちは不本意ながらクルーザーでニューヨークを離れて、ポンタ•デルガータを経由してイタリアに行くところだった。

そして俺は誰か、だが……実は俺とお嬢ちゃんは初めましてではない。知り合って3日目だ。俺はクリスチャン•ハンセン。ニューヨークで葬儀屋をしている。君と同じスタンド使いだが、仲間でも関係者でもない。命の恩人だ。SPW財団の伝手で依頼されて、君を蘇生した男だから覚えておいてくれ。

337FBH:2017/10/19(木) 20:34:23 ID:HGLLwtFQ0
蘇生? みんなは?
君の仲間か? みんな死んだよ。
死んだって……えっ、死んだってこと?
はっ? ああ、まぁ、死んだってのは死んだってことだよ。それ以外になんだっていうんだ? 一人を除いて、みんな、あのシズカ•ジョースターとかいう変態に殺された。ちなみに君もだぞ、アイラ。君もシズカに殺された一人だ。

……何を言ってるの?
クリスチャン、と名乗る男は顔を背ける。だが、君の最後の上司は他のスタンド使いに殺された。2日前にな。哀れな奴だった。重責に似合わない結末のせいで頭がおかしくなっちまってた。俺の土手っ腹の怪我も、君の上司に撃たれたんだ。だが本当の問題は、何も片付いてないってことだ。敵はまだ、この船にいる。

何を言ってるって聞いてるんだ! あたしが死んだって、どういう……と言いかけたところで、クリスチャンがスマートフォンを私に向かって投げる。私はそれを右手で受け止める。

338FBH:2017/10/19(木) 20:34:45 ID:HGLLwtFQ0
視界にそれが映る。
あたしはスマートフォンを取りこぼす。
そしてあたしは、あたしの右手をランプの光に翳す。覚えている。あたしはシズカを殺すために、自分の指を吹き飛ばした……なのに、指があった。でも、あたしの人差し指でも、あたしの消えた人差し指でもなかった。

それは繊維質で、あたしの肌の色よりも白く、歪で、てらてらとランプの光を受けて輝き、蠢いて、伸びたり、増えたり、別れたり、縮んだりを繰り返していた。あたしの消えた指の根元から。それをあたしはよく知っていた。誰だって知っている。

それは木の根だった。先端が三股に別れ、私に向かって首を下げた。

339FBH:2017/10/19(木) 20:35:14 ID:HGLLwtFQ0
う、と言葉に詰まるあたしに、クリスチャンは話し続ける。はじめに言っておくが、俺を恨むなよ。俺は治療系のスタンド使いだが、蘇生は専門外だ。まっ、直感で「できる」とは思ってたがな……だが無事に済まないとも思ってた。道理に反することは大体そうだろ。ともかく、お前を化け物に変えると決めたのは、俺じゃない。俺の責任じゃない。俺に責任を押し付けようとした、お前のくたばった上司が全部悪い。とんでもないクソ野郎だったよ。ふつー、恩人に向かって撃つか? 死んで当然だ、ど畜生が。

あたしに、あたしに何をしたの? この指は……?
お前マジで頭悪いな。蘇生したって言っただろ。俺はお前を生き返らせただけだ。というか、俺の【ホット•コフィン】は、生き物を治すことしかできない。戦えないし、守れないし、モノは直せないし、傷口を埋めたり、遺伝性の疾患やガンを消すことも、なくなった腕を生やしたりもできないが、治せる。どうであれ、生き延びさせることだけは得意だ。死んだ方がマシとかいうなよな? 俺はこんなとこで死にたかないぜ。

だからな、俺を恨むなよ。その指のことは知らん。その顔についてもな。

340FBH:2017/10/19(木) 20:35:34 ID:HGLLwtFQ0
スマートフォンのインナーカメラで、あたしはそれを見ている。「皮」のスタンド使いに目玉を抉られたことを思い出す。正直にいえば、あまりショックはなかった。治療系のスタンドは珍しいとはいえない。どこかで治して貰えばいい、という意識だった。

でも、もう治りそうもなかった。
あたしの左目から、白い根が生えていた。ヒトデのように私の顔を半分ほど覆っている。何本かの根は私の皮膚の下に潜り込み、後頭部に向けて皮膚を引き攣っていた。

クリスチャンが言うには、それはスタンドではない可能性もある、とのことだった。寄生型や自律型のスタンドはコントロール可能なはずだが、彼にはそれができない。かといって、呪いのように本体なしでも存在できるスタンドだとも言えない。彼の元々のスタンドが、まだコントロール可能な状態で存在しているからだ。

341FBH:2017/10/19(木) 20:35:54 ID:HGLLwtFQ0
マァ、要はよくわからんってことだが、お前の上司は俺を信じなかった。いろいろが信じられなくなるのもわかるが、感謝はされても撃たれるとは思わなかったぜ。お前はどっちだ? 俺に感謝するか? それとも恩知らずにも恨むか?

……恨むなんて、とんでもないよ。
そりゃあ良かっ……

その時、暗闇から声が響いた。まるで溺れているかのような、濁ったような、響き渡るような女の声だ。良いわけないだろ? タコが。さっさとくたばっちまいな。

342FBH:2017/10/19(木) 20:36:16 ID:HGLLwtFQ0
声の出所を見る。近い。船室の出口のすぐそば。デッキの上だ。だが姿が見えない。あたしは叫ぶ。誰だっ、出てこい!

声の主はぎゃはははと笑った。
おー、いいよ、挨拶しようぜ。

そしてデッキに繋がるドアがぎいいと開く。夜空に繋がるその先から、顔がひょっこり顔を出す。

だがそれは声の主の顔ではなく、あたしがよく知る……パッショーネのアメリカでの活動を取り仕切る男の顔だった。あたしの上司だ。その頭から剥ぎ取られた皮膚が、重力で歪み、笑っているように見えた。
ご挨拶させてもらうよ、と声の主は言った。ミスター・フェイスハガーだ。お近づきの印に、ボクの大切なものをあげるよ。そして夜の黒い闇の中から、小さな何かが投げ込まれる。それは私たちの遥か手前にべちゃりと落ち、わずか転がり血の跡を残した。ボクのキンタマさ! 仲良く2人で分け合って食べなよ!

343FBH:2017/10/19(木) 20:37:13 ID:HGLLwtFQ0
ぷつん、とあたしの頭の中が弾けて、どろどろとした何かが意識の中を流れ始めた。堪え難いほど熱かった。

このクソアマっ、よくもっ! と甲板に向かってあたしは走り出す。

344FBH:2017/10/19(木) 20:37:55 ID:HGLLwtFQ0
それはもう、完全に俺のスタンドではなかった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

ヒッピーの親父の影響で、俺の人生は宗教か宗教的なものでぎっしりと敷き詰められていた。周囲は俺を変態扱いしたし、実際、多少変態だったのかもしれないが、別に不幸ではなかった。俺は人と比べて特別頭がいいほうではないが、人よりも幸福とか人生とか魂とか死後の世界とか、そういうものを考える余裕を随分と与えられた。攻撃的で進歩的なこの世界とは無縁に生きられた。
人と違う能力があり、その中でも特に親切なスタンドを持っていたことに気づいた時も特別不思議ではなかった。むしろ、俺の人生に欠けていたピースが埋まったという感覚で、それでどうこうとは思わなかった。

【ホット•コフィン】は癒しの力だ。万能でも完璧でもないが無理なことも少ない。粉々になったり完全に失われたり初めから存在しなかったものはどうともならないが、死なせないことにかけては無二の能力だと思うし、やらない方がいいということも分かったが生き返らせることもできる。

345FBH:2017/10/19(木) 20:38:21 ID:HGLLwtFQ0
かわいそうなアイラに取り憑いた何かは、俺の親切なスタンドとは似ても似つかぬ凶暴な動きを見せた。クソ野郎の小さなキンタマの中身がべちゃりと床に叩きつけられた瞬間、その目玉から吹き出した木の根がツノのように尖り、デッキに繋がるドアを指差した。アイラの表情に現れた憎悪を更に歪めるように、顔に食い込んだ根が皮膚の下で激しくうごめいていた。

俺はとっさにスタンドを放ち、アイラの素足を絡みとる。ギシリと「ホット•コフィン」の根が千切れ、生き返りたてのアイラは勢いよくすっころび、あられもない姿で床に這いつくばるが、若い女の股座に注視している場合でもなかった。

346FBH:2017/10/19(木) 20:38:54 ID:HGLLwtFQ0
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

あたしはデッキへの戸口に立つ、その何かを見た。

あたしの上司の生皮をかかげ、だらしなくしゃがみこむそれは、女のフォルムをしていた。柔らかい曲線。乳房が見える。そしてあたしに向けられた、あたしのアンクル•スペシャルの銃口も。

ばぁか、とそいつは言った。そいつは人間じゃなかった。一目でわかった。まるで内側に吸い込まれるかのように顔が捻れ、目も顔も何もかも正しい位置になく、ぐるんぐるんと激しく動き回っていた。

ただ、1つだけわからなかった。そいつはスタンドでもなかった。スタンドにしてはあまりにも「現実味」がありすぎた。スタンドらしい吹き出すエネルギーも、幽霊のような透明な存在感もなかった。

銃声が鳴り響くと同時に、身体がコントロールを失い、身体が前のめりで床に叩きつけられる。ほとんど本能的に、あたしはごろごろとフローリングを転がり、そいつの射線から離れる。

347FBH:2017/10/19(木) 20:39:24 ID:HGLLwtFQ0
どん、とアンクル•スペシャルの聴き慣れた銃声。それと同時に、ワックスで不自然なくらいテカテカとは光るフローリングが弾ける。

あたしは唸る。なんだ、あいつはなんだ、なんであたしの銃を持っているんだ!

落ち着け! とクリスチャンは叫んだ。あいつがお前の上司を殺ったやつだ。3な日前に突然、この船に現れやがった。だが見たはずだ。奴は人間でもスタンドでもないし、銃を持っている。不用意に近づくな。

あたしはクリスチャンの目を見る。怯えた目だった。あいつはなんだ、あの見た目は……。

クリスチャンは言った。
決まってるだろ、あいつは【悪魔】だ。
【悪魔】? 何かの比喩?
違う、本物の【悪魔】だ。じゃなきゃ妖怪か神だな。どのみち人間でもスタンドでもないのはわかるだろ。【悪魔】だから奴は船室に入ってきて、俺らを殺せないんだ。
マジであんた何言ってるの?
マジで俺は何言ってるんだろうな? ホラー映画の脇役の気分だよ。奴は日中は外にいないんだ。夜中はランタンの光が届かない場所からこっちを見てる。そして俺らを殺そうとしていて、君がそれを信じないなら君は死ぬ。

348FBH:2017/10/19(木) 20:40:04 ID:HGLLwtFQ0
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
アイラはデッキへの扉を見て叫んだ。
てめーは誰だっ!

あまりにもバカバカしい質問だったが、戸口の外の悪魔は例の不気味な声で返答をよこした。あたしが誰かなんてお前にゃあカンケーねぇだろ。ほら、射線に出てこいよ、戦おうゼェ。

スタンド使いか?
うるせぇよ。試してみりゃあいいだろ。
なるほど、そりゃあそうだね。

アイラは言った。
クリスチャン、あなた、あたしを生き返らせたって言ったよね?
俺は答える。ああ、そうだが……。
なるほど。じゃあもう一度くらい死んでも大丈夫だね。
はっ? いや、そんな話では……!

そしてアイラは射線と頭の間にある長い長い空間を、クロスした腕で遮りながら走り出した。そして痛々しい銃声が、耳を劈いた。

349FBH:2017/10/19(木) 20:40:44 ID:HGLLwtFQ0
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

心臓が馬鹿みたいに高鳴っていたけれど、破れかぶれというわけでもなかった。あたしのアンクルスペシャルは豆鉄砲だ。当たれば痛いし最悪死ぬけれど、絶対に死ぬわけでもないし、死んでもどうにかなるし、死んでも絶対殺してやる。

銃弾が皮膚を突き破って体に留まる。
腕の骨を打ち砕く。
ジッパーを裂くように頬を切り刻む。
でもデッキをつなぐ階段を駆け上って、あたしのアンクルスペシャルの銃身をひっ掴み、その不細工な面に頭突きを食らわせるまでは、たったの3発しか撃たれなかった。

うげぇっ、とうめき声をあげて、そいつは仰け反るけど、銃を手放さない。手放したら死ぬことを知っているからかもしれない。

離さないか、じゃあ、しっかり持ってろよ、とあたしは言い、そいつの膝を踏み砕いた……つもりだった。そいつの膝がぐにゃりと逆関節に折れ曲り……デッキの下に沈み込むまでは。

ずぶりとデッキに埋まるように沈むそいつに身体を引き寄せられ、あたしはデッキに両膝をつく。弾力のある木の感触が膝の皿に響く。そいつは言った。お前こそ、しっかり持ってろよ。

あたしはわずかに月明かりに照らされた、暗褐色の木のデッキの下から、そいつの足が飛び出して、あたしの視界を覆い尽くすのを見ていた。首の骨がみしりと軋んだ。

350FBH:2017/10/19(木) 20:41:35 ID:HGLLwtFQ0
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

どうやら半日ほど眠っていたらしい。
目覚めると”ランドバロン”が窓のそばで、暗い夜の先をじいっと眺めていた。まるで自分が死んだ後のことでも考えているかのように、深刻な表情で。

ああ、失礼、何時ですか?
夜中の2時じゃ。まぁ仕方あるまい。怪我もあれば麻酔まで効かせてたからの……大変なことに巻き込んでしまってすまない。
いや、まったくですね……。

ランドバロンは、ショットグラスにウィスキーを二杯つぐと、片方を俺の元に運び、不安そうに震える手付きで差し出した。俺はソファに寝転がったまま、それを受け取る。

娘は……シズカは元気だったか?
元気どころではないですね。彼女は……正気じゃない。こんなシンプルな言葉で表現していいのか迷うほどですよ。

何があったか、話してもらえるか?
何があったか? 色々ありすぎて俺にも全部はわかりませんよ。アパートで彼女に会ってすぐに……パッショーネの殺し屋が襲ってきた。女の子の……若い、スタンド使いの殺し屋でした。シズカはそいつを素手で殴り殺したんですよ。俺の目の前で。

ランドバロンは呆けたような顔で、中空を眺めていた。そうか……殺すというのは、あの殺すという意味であってるな? やれやれ、なんてことだ……他には?

パッショーネの連中との交渉……というか、シズカからパッショーネへの脅迫と強請がありました。よくはわかりませんでしたが……掻い摘むと、今まさにパッショーネと戦っていて、優勢にことを進めているみたいでしたね。
パッショーネと? 何のために?
知りませんよ。かなり計画を持って進めているように思いましたが……。
シズカは今どこにいる? なぜアメリカに?
……知りませんよ。
何もわからずに怪我だけして帰ってきたのか?
はぁ、酷い言い草ですね。あなたのクソ忌々しい娘さんのせいで怪我したんですよ。どう育てたらあんな売女になるのか不思議で仕方がないですね。まぁ、今となってはどうでもいいですけどね。もう仕事は終わりだ。
なんだと? 投げ出すのか?
投げ出す? 俺は終わりだと言ったんですよ。俺はビジネスマンです。仕事を途中でやめたりはしない。

351FBH:2017/10/19(木) 20:48:06 ID:HGLLwtFQ0
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

流し込まれた“氣”が、シズカの薄っぺらな皮の中を満たしていく。体の中心から指の先までピンと張りつめて人の形を成す。だがその瞳はどこか本物の人間と違う。かつて若気の至りで『皮』の人形と「やろう」とした時、どうしても俺はその眼が不気味で勃たなかった。

リザード……それは波紋じゃないか!
知りませんよ。シズカにも同じことを言われましたけど、どうでもいいでしょう? この仕事が終わったら二度と関わることもない。スタンドの説明もしませんよ。ただ黙っててください。余計なことをすれば、何が起こるか俺にもわからないんですから。

シズカは俺の目を見て、瞬きをし、眠たげな声で話しかける。あれ? リザード?

ああ、と俺は答える。そうだ。
そうだろうね。よかった、間違いじゃなくて。私になにか用事?
シズカの『皮』が微笑む。俺も釣られて微笑むが、その笑顔になんの意味も込められてないことを知っている。『皮』たちは直前の記憶がないから、現状に対して最も無難な態度……楽しさを表現するだけなのだ。
まぁな。用事というより質問なんだ。お前のスタンドについてなんだが……。

シズカはニヤリと笑った。これは無難な微笑みとは違った。
ああ、わたしのスタンド能力が知りたいの?
俺は僅かに冷や汗をかく。これはパターンの外だ。質問を先読みされている?ともあれ他に選択肢はない。そうだ。お前の能力は一体何なんだ……?。

だがシズカは、もちろん教えないよ、と一言だけいうと、自分の顔を抱えるように、両手を交差させて自分の顔に触れ、その親指を眼にねじ込んだ。皮の人形はパンッ、と音を立てて、目玉の穴から四方八方に裂け、愕然とする俺を残したまま、弾け飛んで消えた。

そんな馬鹿な、と俺は叫んだ。こんなこと、ありえるはずがない。

“ランドバロン”は今にも失禁しそうなほどの慌てぶりで、シズカの皮の破片の周りをグルグルと回る。おいおい、わしの娘が現れたと思ったら破裂したぞ! どういうことなんだ? 何がしたかったんだ? 説明しろ! どこからが能力で、どこからが事故なんだ?

イカれてる! 俺のスタンドは意識の反映なんだぞ! ありえないのは自分のスタンドを自白しなかったことじゃない、俺が皮を奪う直前に、スタンドを俺に聞かれたら自分の両目を潰すと決意してたことだ! 自分がスタンドの偽物じゃなかったら失明していたのに……!

なんか不思議なスタンドだねぇ、とシズカは言った。ここにいるはずのないシズカが。俺とランドバロンが振り向くと、シズカ•ジョースターがウィスキーの瓶を片手に、ショットグラスを煽っていた。

352FBH:2017/10/19(木) 20:49:35 ID:HGLLwtFQ0
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

最後に見た時と違った姿だった。
際どいチュートップの服装は変わらなかったが、穴の空いたストレッチジーンズはホットパンツになり、長いストレートの黒髪は極端に短く、前髪はアシンメトリーにセットされ、町長部は現代彫刻のように捻れたままハードワックスでセットされていた。頭の左半分に至っては殆ど刈り上げだ。アジア系の可愛らしい女学生というよりは、スラムのギャングか娼婦といった風態だった。

昔から思ってたんだよね、なんで幽霊って服を着ているんだろうって。だっておかしいじゃない? 服は生きても死んでもいないんだから、普通に考えれば全裸の幽霊しかいない気がするんだ。でもリザードのスタンドも、私の魂的な部分を衣服ごと再生しちゃうんだねぇ。なんでだろう。人間って自分の身につけているものも含めて自分だって思うものなのかな?

お前、いつの間に……と叫びかけた俺を制止するように、ランドバロンも叫んだ。おお、おお! シズカ! 久しぶりじゃなぁ! また美人になったんじゃないか? お母さんにそっくりじゃ!

父さん、久しぶりだね。あと、お母さんと血は繋がってないから……ああ、そうだ、お土産持ってきたよ、とシズカは天井を指差した。【ピンクダークの少年】第8部の英訳済のやつ。書斎に置いといたから。

おお、英訳版がもう出たのか。
まさか。私が英訳して製本したの。
ほー! すごいなぁ! ずいぶん手間かけたな。
すごいでしょ。父さんがタブレットで読むなら英訳だけで済むのにさ。
でも紙が好きなんじゃよ。どうだった? 八部はよかったか?

シズカは腕を組んで、曖昧な笑みを浮かべる。うーん、超微妙。でも露伴じゃなくて編集とファンのせいだと思うね。そもそもさあ、第四部が面白かったのってサスペンスであって、日常ものと超能力バトルの掛け合わせじゃあなかったと思うんだ。事後的に似たようなジャンルの作品が流行ったからってテーマを焼き直してどうするんだろう。毎回全く毛色が違うから面白いのにさ。舞台まで同じじゃあねぇ……。
えー、わしは第四部好きだったけどなぁ。
私もそうだよ。でも大事なのは作品のテーマ、何を伝えたいか、でしょ? なんていうか、第四部まではいわばスーパーマン的な正義とはなんぞやみたいな話だったけど、第五部以降はバットマン的な美学の話だったじゃない? どっちがいいかは好みの問題だけど、八部はどっちかとかそれ以前に、テーマそのものを感じられないんだよね。たぶん露伴も乗り気じゃなくて、とにかくシリーズを書いてるだけって感じなんじゃないかな。もともと第七部もさ、最初はピンクダークの少年ってタイトルから離れてたんだし……。
うっ、なんだか話が危険なゾーンに入ってきてる気がするの……。
うーん、まぁ、そうかも、でもあれだよ、性格も生き方も嫌いなんだけど、顔は好みだからついつい体を許しちゃし、なんだかんだそこそこ気持ちいい、みたいなところはあるから、うっかり私も読んじゃってるんだけどね……。

353FBH:2017/10/19(木) 20:50:27 ID:HGLLwtFQ0
俺は場の微妙な空気に耐えかねて叫ぶ。お前らマジでなんの話をしてるんだ!
シズカは手を叩いて俺を見た。ああ、そうそう、本当は久しぶりのニューヨークで色々遊ぼうかなと思ってたんだけど、なんとなく気になって来ちゃったんだよね。本当にリザードの力って、私のスタンド能力を暴けるようなもんなのかなぁってさ。

お前、やっぱり知ってて、俺に『皮』を……。
もちろん。やろうと思っているコトの大きさを考えれば、どのくらい脅威かどうかは知っておきたかった。オリジナルな両目を失うリスクがあってもね。

シズカ……とランドバロンは呟いた。弱々しい声で。お前についてよくない噂を聞いた。人を殺したそうじゃないか。わしはそれを責められるほど無垢ではないが、恐ろしいと感じるよ……。いったい、今までどこで何をしていた? 何が目的でディアブロと戦っている?

父さん……それってわざわざ聞くようなコトなのかな? とシズカは言った。まぁそんなコトだろうと思って、ヒントを持って来たよ、とシズカは、テーブルの上に無造作に置かれていた紙束を丸めると、テーブルから腰を上げて、ゆったりとランドバロンに歩み寄り、それを差し出す。俺はそれを知っているが、ランドバロンは何も知らなかったらしく、額に恐ろしい量の汗を浮かべた。

……ディオ•ジョースター! そんな……。
まさにその人だよ。ヨーロッパ中を探し回ることになるんじゃないかと思ったな……彼の二つの論文、歴史学専攻だったジョナサンに触発して書かれた『ラムセス二世』がフランスで書かれたことは知っていた。もしかしたら『国際法における緊急避難法の諸条件』もフランスに渡ったんじゃないかなと思ってたんだ……彼が30年前に、エジプトまで持ち出したのではない限りね。

シズカは踵を返し、数年前からの模様の変化を楽しむように部屋中をうろつきまわる。いい論文だったよ。緊急避難法……自分の命を救うために、他人の命をどこまで犠牲にできるのか、その罪は罰されなければいけないのか……それを国際法の枠組みで考えられないかなんて、私は法律は埒外だけど、第一次世界大戦前の目の付け所としては斬新じゃあないかな。国連まで射程に収めている気がする。何も知らない人が読んだら、平和主義者だと思うだろうね。もっとも、ディオにとって緊急避難は生き方そのものだったのかもしれないけど。

……ここでその話はするな、なぜお前がこれを知ってるのかはこの際は聞かん。だが二度と……。

二度と彼の詮索はするなって? でも、気にならないってのも無理でしょ、「アレ」は私が貰うんだから。

そして静寂が訪れる。
どこまで知っている?
……さぁねぇ、どう思う?
シズカ……お前は何もわかってない。何も知らないんだ。アレは……。
でも、私はディオと違う、とシズカは言った。わかるでしょう? 【ザ•ワールド】も【スター•プラチナ】も王の能力なんかじゃあないし、ディオなんて所詮は昼間に怯え暮らす闇の王に過ぎない。でも私の【アクトン•ベイビー】は違う。「アレ」があれば私は……。

354FBH:2017/10/19(木) 20:51:07 ID:HGLLwtFQ0
ハーミット……!
と、シズカの言葉の合間を縫うように”ランドバロン”の義手がシズカに向けられる。それは俺の意表をつく行動だったが、シズカにとっては違った。シズカは”ランドバロン”のスタンドが義手から湧き出るよりも早く、距離を詰め、彼女の【スタンド】がランドバロンの義手を手刀で切り落とした。

真っ黒な彼女の【スタンド】は、シズカに切り落とした”ランドバロン”の義手を手渡すと、陽炎のようにすぐに消えてしまった。シズカは呆然とする”ランドバロン”を尻目に、その義手で自分の肩を叩き始めた。

「アレ」さえあれば私は「無敵」だ……と言いたいところだけど、正直、自信ないんだよね。「アレ」と【アクトン•ベイビー】を組み合わせても、私は、承太郎やディアブロと正面からの戦いで勝つことはできない……これはもう、予感というよりは確信だ。策は用意しているけど、よくて五分ってところかな。

でも、私はやるつもりだよ。ゼロから五分に持って行けるなら、やる価値がある。徐倫とお父さんにできなかったことを私はやる……あいつらは私が叩きのめす。

お前には渡さん! とランドバロンは叫んだ。誰がお前に邪悪な心を仕込んだのか知らないが、わしは決めたぞ! 「アレ」はお前には渡さない!

じゃあ誰に渡すの? 受け取り先もない遺産は悲しいよぉ? まっ、貰えないなら奪うだけなんだけどさっ……それに、お父さんにだって、私を邪悪だとか、とやかく言う資格なんてないはずだよ。ディアブロを野放しにして、徐倫を見捨てて、いったいジョースター家をどうするつもりなの?

何様のつもりだ! お前は……!
お前は「ジョースター」ではない?
……い、いや……。
……まっ、とにかく、これは「宣言」だよ。父さんが私をどう思おうが、私は「アレ」を貰うつもり。近いうちにね……それがジョースター再建の第一歩だ。今日の用事はそれだけ。また会いにくるよ。

そして現れた時の神出鬼没さとは打って変わって、シズカは扉を潜って姿を消した。俺に向かって、ちゃんと車は返しに来てよね、とだけ言い残して。

“ランドバロン”の客間は信じられないほど気まずい沈黙で凍りついてしまっていた。そのまま何分か過ぎた後に、”ランドバロン”は言った。

ところで、君の仕事はまだ終わっていないな。
……まぁ、そのようですが……。
であれば、何をぼさっとしている? さっさと行け、と”ランドバロン”は言った。シズカの【家】だ。場所はロングビーチだ! シルバーポイント群立公園の側じゃ! 早くせんか!
……ひと休みしてからではダメなんですかね?
……むぐっ、まぁいい! 明日の朝には向かえ!

再び沈黙が訪れる。また時間が引き延ばされる。ランドバロンは、何も聞かないのか、と俺に問う。俺は特に何も、と答える。これ以上は何が自分の生死を分ける情報なのかわからない。やぶ蛇ということもありえた。

そもそも現段階でも踏み込みすぎだった。
ディオ•ジョースターとは誰だ?

355FBH:2017/10/19(木) 20:51:46 ID:HGLLwtFQ0
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

パキパキと音を立てて、あたしの頚椎が折れていく音を聞いていた。だがそれは骨が割れる音にしては、あまりにも軽かった。まるでクッキーでも割っているかのようだ。痛みもない。首だけが背骨からずれ落ちて背中側にこぼれ落ちた。

げえっ、と影が叫んだ。お前、なんで……!
あたしは自分にもわからない理由を話す代わりに行った。今度はあたしのターンだ。

不思議な感覚だった。
あんなに死ぬことや傷つくことが怖かったのに、いまのあたしといえば無敵もいいところだ。あたしは人差し指をデッキに沈み込む影に向ける。

指が花開くように弾け飛ぶ。
そうだ、とあたしは思う。あたしの見た目がどんな風になろうとも、これこそがあたしを定義づけるものじゃないか! あたしの【ナポレオン•ソロ】が、やつの脳みそを海にばらまく。

ばむん、と大きな音を立ててスタンドの弾丸がどこかへ飛んでいく。ぎゃあ、と影が叫ぶが、あたしの折れた首はそいつの惨めな姿を見ることができない。キャビンにつながる戸口で凍りついているクリスチャンを逆さに捉えるばかりだ。あたしは構わずに、やたらめったらと【ナポレオン• ソロ】をぶちまける。

痛みがない。指はどうなっているだろうか?

やがてアンクルスペシャルを捉えていた力が消えた。どこかから陰が呻く声が聞こえるが、どこからなのかわからない。あたしは自分の首をひっつかむ。折れて真後ろに倒れている。気道が押しつぶされて呼吸ができない。でも何の問題もなかった。あたしが首を元の位置に強引に捻じ曲げると、ふたたびぱきりと音がなった。それきり、後ろに倒れなくなった。

そして指を見た。
何もかもがはっきりした。
あたしの指は吹き飛んではいなかった。白い植物の根が指にまとわりついて、銃身を形作っていた。

その根の薄い肌がぐずぐずと蠢いて表情を変える。月明かりに照らされたそいつの【皺】の一つ一つに、あたしはエイ達の恐怖に慄く顔を見た。

あたまではなく、肌で理解した。これはあたしのスタンドではない。でも他の誰のスタンドでもない。あたしのスタンドはこいつと『融合』したんだ。

ハンセンの呟きが耳に届く。なんてこった、とんでもないバケモンになっちまった。
あたしも呟く。なんてことだ、あたしは……あたしは不死身になったぞ。これならシズカ•ジョースターをぶち殺せる。

356FBH:2017/10/19(木) 20:57:09 ID:HGLLwtFQ0
というわけで今回の投稿はここまで。
色々忘れていたけど、サブタイトルは『ナポレオン・ソロ VS アンダー・スレット(1)』です。
例の如く非バトルが多めですが、次回はナポレオン・ソロ中心のオリスタバトルです。
以下は別日に投稿ですが、後ほど適当に読み飛ばしてくださいね。

357名無しのスタンド使い:2017/10/22(日) 23:27:06 ID:WtxErlsE0
・スター・プラチナ、ザ・ハンド
FBHの世界ではスタンドの強さは能力の系統で決まり、空間や時間に左右するものや、人間の心に影響を与えるものは強いとされる。クリームの名前があがらないのはヴァニラ・アイスも能力も消滅しているから。
 
・通行禁止
マンハッタン(作中ではニューヨーク市内と書いてしまったがこれは間違い。まあニューヨーク市も同様の状況だが……)は例年、酷い渋滞に悩まされており、その緩和の大胆な施策の一つとして、道路から(そもそもの渋滞の原因である)車を排除する、という実験が現在も行われている。FBHの2020年では、マンハッタンの自動車利用禁止区画がだいぶ広がっている。
 
・緊急避難法
緊急避難法とは、自らの生命を守るための「抗弁」についての法律。例えば船が沈没し、1人しか乗れない筏にあなたともう一人がしがみついているとして、あなたが助かるためにもう1人を冷たい海に突き落とすのは立派な犯罪だが、「仕方がなかった」という「抗弁」が成り立つ。
FBHのディオの2つの論文は出鱈目で、片方はディオが所属していた法学部の論文、もう片方がジョナサンが関心を持っていた考古学に関する論文で、どちらも第一次世界大戦前のトレンドを意識したタイトルにしているが、特に中身は考えていない。

・ピンクダークの少年
皆さんは8部はどう受け止めているだろうか? なんとなくオリスタの住民の方々は4部が好きそうなイメージなので割と好意的に見ているのではないかと思うのだが、筆者は2部、7部の死闘感が好きなので、少しピンとこない部分がある。


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