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それじゃあ、バイバイのようです
1
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 21:42:02 ID:N7zK4HMk0
『あの頃から、ずっと好きでした』
電子化が進んで早幾数年、今じゃ小学生だってスマートフォンを使っている時代だ。
そんな時代にわざわざ住所を調べて手書きの手紙を送りつけてくる奴なんて、
古風を極め過ぎたか、ちょっとズレてるか。
兎にも角にも変人の類であることは間違いない。それが危険かどうかはともかくとして。
先ほど注文したアイスコーヒーの氷は既に溶け始めている。まだ口はつけていない。
何故ならその味を楽しむほど僕には余裕が無かった。目の前に置かれた手紙の名前を必死に見つめては考えを巡らせていたからだ。
( ・∀・)「……怖いなぁ」
大学生になって2年目のある日、一通の手紙が送り付けられてきた。
(,,゚Д゚)「このお名前に見覚えは?」
僕が困っていると言って相談したにも関わらず、先ほどからやけにニヤニヤしている友人が、手紙に書かれた彼女の名前を指さしながら言った。
( ・∀・)「知らねー」
先程から僕達二人はカフェの片隅で慎ましく騒いでいた。
ここはこじんまりとした北欧風のカフェで、白を基調とした店内に、北欧の家具や雑貨があふれている。
どう考えても男2人で来るような場所ではないが、コーヒーが美味しいし、何より大学から近い事もあってちょくちょく通う場所だ。
あと、店員さんが可愛いので来ているというのは否めない。
(,,゚Д゚)「知らねえって事は無いだろ、だって向こうはお前の事知ってるんだぜ」
( ・∀・)「……あっ」
(,,゚Д゚)「あっ?」
( ・∀・)「思い出した、かもしれない」
2
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 21:43:31 ID:N7zK4HMk0
(,,゚Д゚)「おっ! ヤリ捨てた女か! はたまた酷くフった女か!」
友人の擬古はその言葉を聞いた瞬間立ち上がり、身を乗り出してこちらを見つめた。
興味津々、目が爛々。一体どんな相手なのかとウキウキで聞いているのが手に取るように分かる。
僕はそんな彼の様子を少し引き気味に眺めて、ようやくアイスコーヒーを一口飲んだ。
( ・∀・)「ちげーよ」
( ・∀・)「昔隣に住んでた……まぁいわゆる幼馴染だな……」
( ・∀・)「そいつの名前がそんなんだったなって……」
僕はその手紙の主の顔をおぼろげに思い出していた。
小学校6年生の夏まで、地方の一軒家で暮らしていた僕。
いわゆる借家だったが、まるで自分の持ち物のように好き放題していた思い出がある。
そんな我が家の隣には同級生の女の子が住んでいた。
異性という事もあり、本当に隣だったというだけで、そこまで親しくなかった。
けれども本当のところは、何も惹かれるものが無かったのだ。
非常に悲しく、残酷な事を言っているように聞こえるが、当時、色々なものがキラキラと見えていた小学生にとって取るに足らない存在。
それが隣人の女の子だったというわけだ。
別れる時もそれはもう淡白なもので、「それじゃあ、バイバイ」としか言わなかった事を記憶している。
(,,゚Д゚)「ほーん、で、会うの?」
アイスカフェラテをゆっくりとストローでかき混ぜながら、擬古は言った。
手紙の出し主が、意外性の無い相手で落ち着いたことにガッカリしているようだった。
( ・∀・)「そりゃ一応会うよ、昔の話とは言っても知り合いだった訳だし」
(,,゚Д゚)「結構なクレイジーさだと思うぜ」
( ・∀・)「そうか?」
3
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 21:45:14 ID:N7zK4HMk0
(,,゚Д゚)「昔の幼馴染を語った怪文章を送り付けて、ホイホイ出てきたお前をグサッ!」
(,,゚Д゚)「……そういう可能性が無い訳でもないと思うが」
どうしても彼はそういう方向へ話をもっていきたいらしい。
そちらの方が楽しい事には変わりないだろうが、僕の風評を下げるような事をいうのは止めて欲しい。
( ・∀・)「あのなー、僕はそういう恨みの買いかたはしてないの」
( ・∀・)「……でもまぁ、ちょっと不安だよな」
(,,゚Д゚)「とか言いつつお前、実はちょっと期待してるだろ?」
( ・∀・)「まさかぁ、そんな可愛い子じゃなかったぜ」
(,,゚Д゚)「そう言ってガッカリしないための予防線を張るのは期待してる証拠だぞ〜?」
( -∀-)「だからぁ〜違うってぇ〜」
僕が『彼女』に会おうと思ったのは、
別に下心とかそういうモノがあったわけでは無くてただ単純な興味心からだった。
こんな事、普通起こらないじゃないか。
非日常を体験してみてもいいじゃないか。
自分をずっと覚えていてくれた女性がこの世にいるなんて、とても素敵なお話じゃないか。
付き合うだとか、可愛くなってるかもしれないとか、そういう事はどうでもいいのだ。
……と、いうのは自分の中での建前。正直言って僕は少しの期待と希望に胸膨らませていた。
4
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 21:46:06 ID:N7zK4HMk0
(,,゚Д゚)「『7月最後の金曜日、杯成通りのShe'sカフェの前で待ってます』……今日が待ち合わせ当日か……」
手紙を広げ、再び文面を読み上げる擬古。
薄い水色の便箋は、何度も読み返されてしまったからか、少しへたれ始めていた。
(,,゚Д゚)「最後はこう締められている……『ずっと、待っています』と……」
( ・∀・)「ホラーみたいに言うのやめろ」
(,,゚Д゚)「だって実際ホラーじゃん、映画の導入とかでありそう」
そう言って手紙を元の三つ折りに戻す。
しっかりと折り目をつけて折りたたまれていたので、戻すのは容易だっただろう。
( ・∀・)「……ま、どちらにしてもアレだ……」
( ・∀・)「良い意味でも悪い意味でもドラマチック……」
(,,゚Д゚)「バッドエンドじゃない事を祈っているよ」
僕は置きっぱなしだったアイスコーヒーを差し込まれたストローで啜る。
既にガラスのコップは結露していて、テーブルの上には軽い水たまりが出来ていた。
5
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 21:48:19 ID:N7zK4HMk0
※※※
※※
※
酷く暑い夕方だった。
夏特有の湿り気が街を満たし、身体を包んでいる。
加えて差す日差しはジリジリと照り付け、最早じんわりと痛めつけられている気分だ。
僕は擬古と別れた帰り道、指定された場所へと向かっていた。
『She'sカフェ』はそんなにお洒落な場所じゃない。
むしろ『カフェ』なんて言葉より『喫茶店』の方が似合う。
今どきの人に媚びるような小洒落た装飾も何も無く、古き良き佇まいを保っているのは珍しいのではないだろうか。
この『She'sカフェ』がある杯成通りは僕の通学路にもなっていて、よく通る道でもある。
だからここには迷うことなくたどり着くことが出来た。
……まさかそこまで調べ上げていたのだろうか?
そう考えると背筋がぞっとする話になってしまうので、止めておこう。
擬古が言っていたみたいに、ホラーになってしまう。
そんな事を考えている間に、僕は待ち合わせ場所へとたどり着いた。
そこには店の前で立っているいる女性が一人。
川 ゚ -゚)
もしやあれが彼女なのだろうか? もし仮にそうだとしたら、大変身もいい所である。
僕の記憶の中とは似ても似つかない、美人だ。
6
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 21:49:13 ID:N7zK4HMk0
川 ゚ -゚)「……君?」
川 ゚ -゚)「ダメじゃないか、女の子を待たせるなんて」
( ・∀・)「あぁ、ゴメンナサイ……?」
川 ゚ -゚)「まったく……」
川 ゚ -゚)「店の前でずっと立ってる女の子がいるから何事かと思ったんだぞ」
( ・∀・)「へ?」
川 ゚ -゚)「良かったな、彼が来てくれたぞ」
現実はそんなに甘くない。
呼び出され、彼女の陰からヌッと出てきた『彼女』は
('、`*川「も、モララー君……」
昔の『彼女』そのままだった。悲しいくらいに。
細い目、小さい口、少し潰れた鼻。
人並みに化粧をして顔を整えている事を除けば、彼女は過去の記憶そのままだった。
( ・∀・)「あー……伊藤さんだっけ」
('、`*川「そうです、伊藤です」
僕が名字を言った瞬間、彼女の顔がパアッと明るくなった。
僕が来るまで不安で堪らなかったのだろうな、というのがひと目でわかる程度には、表情に変化があった。
川 ゚ -゚)「じゃあ私は戻るから。あんまり女の子待たせるような事しちゃダメだぞ」
7
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 21:50:35 ID:N7zK4HMk0
『She'sカフェ』の店内へ去っていく女性に、ありがとうございましたと一礼をして見送る伊藤さん。
僕はなんて言葉をかけたらいいか、そればかり考えていた。
いざ会ってみると懐かしさだとか恐怖だとかより先に、「本当にいた!」という驚きの感情が勝ってしまって、何も言えなくなってしまっていたからだ。
「久しぶり」とでも普通に言えばいいのか、はたまた「あんた誰?」とでもとぼけるか。
僕は色々と考えながら逡巡していた。
('、`*川「あの、モララー君、来てくれてありがとうございます」
そうしていると、彼女の方から話しかけてきた。引きつった笑みで、かなりぎこちなく。
モララーという、大分昔のあだ名を言ってきたことから考えても、やはり彼女は幼馴染の伊藤さんだ。
彼女はおそらくだが、何かを言わなきゃと必死になっているのだろう。誘った張本人であることもあって、僕の数倍緊張しているはずだ。
そんな彼女が無理矢理とはいえ笑顔を作って話しかけてくる。
こんなに健気な事をしてくれる相手を無下にすることは、許される事なのだろうか。
( ・∀・)「いや、ね、幼馴染からの手紙だったから」
('、`*川「ごめんなさい、いきなり手紙なんてビックリしましたよね」
( ・∀・)「そりゃあそれなりに驚きましたよ」
( ・∀・)「なんせ今時手書きの手紙をしたためる物好きがいるなんて思いもしなかったし」
その言葉を聞くと、彼女は硬かった表情を少し崩して、笑った。
まだ硬さが残る笑みだったが、それでも先程までよりは大分マシだった。
('、`*川「連絡先、聞いたんです、モララー君の」
('、`*川「そうしたら下宿先の住所と、モララー君の電話番号を教えてもらえて」
('、`*川「とてもじゃないけど電話する勇気は無かったので……お手紙を書かせてもらいました」
8
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 21:52:09 ID:N7zK4HMk0
なるほどねと、僕は一人納得していた。
一軒家時代の隣人との付き合いはある程度良好だったと小学生でも認識していた。
それこそ伊藤さんはうちの両親からも可愛がられていたので、電話なんてされたら喜んで僕の住所を教えるだろう。
彼らにとって僕らは幼馴染の友人なのだから。
何にせよ、どういう状況でそうなったかは早くも大体理解できた。
あとはこの場をどうするかだ。
( ・∀・)「あー、この後どうする? そこのカフェ入る?」
('、`*川「私はどこでも大丈夫です。モララー君が行く場所ならどこでも」
( ・∀・)「どこでもかー……」
こういう返事が一番困る。
気の置けない友人と行く場所、間違いなく落としたい女の子を誘う場所。
そういう時と場合によって行く場所の選択肢がそれぞれあるのだから、おまかせは本当に勘弁してほしい。
今日久々に会ったばかりの、そこまで親しくない関係の異性と、僕は一体どこに行けというのだ。
( -∀-)「どこでもかー……」
でも、よく考えたら行く場所をお任せにしてしまうのも当たり前のことかもしれない。
来るか来ないか、半ば賭けのように今回僕に手紙を出した訳で。
もしかしたら来ない可能性も存分にあった、そんな状態で、店を予約したり周辺をリサーチしろというのは酷な話かもしれない。
むしろ僕がその立場ならその状況にいるだけで落ち着かないはずだ。
そんな悠長な事はやっていられないと思う。
( ・∀・)「じゃあ……僕の行きつけの店がちょっと歩くとあるけど、行く?」
('、`*川「うん、行きます……」
彼女と会う事は別に良い事だと思う。懐かしい友人と出会うのと変わらない。
けれども少し、ほんの少し。
今日彼女が見せた初めての自然な笑顔を見て、僕は後悔したのだった。
とても分かりやすい理由で。
9
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 21:53:37 ID:N7zK4HMk0
※※※
※※
※
( ´∀`)「いらっしゃい」
『Cafe&Bar CURIOUS』の店内に入るとマスターが細い目を見開いてこちらを見てきた。
それもそうだろう、普段一人か男の友人しか連れてこない僕が女を連れてきたのだから。
マスターの驚きに溢れた表情は席に着くまで崩れることは無かった。
( ´∀`)「驚いたなあ、女の子連れてくるとは」
( ・∀・)「この子は……あー……幼馴染なんだ」
僕がそう言うと隣で彼女が軽く頭を下げた。それにつられるようにマスターも会釈する。
そしてシゲシゲと彼女の事を眺めながら、カウンターの席に座るように促した。
( ´∀`)「いつもの人と来るのかと思ってたよ」
( ・∀・)「まあまあ、たまにはって事で」
( ´∀`)「何飲む?」
( -∀・)「まだお酒の時間じゃ無いでしょ」
( ´∀`)「いいよいいよ、どうせ客もいない事だし。それに30分くらいは誤差だよ」
このバーは昼間はカフェ、夜はバーとして営業している。
今は夕方を過ぎて夜になろうかという今の時間はまだカフェの時間帯だ。
なので着いたらコーヒーでも飲もうかと思っていたのだが。
( ・∀・)「じゃあジントニックを」
( ´∀`)「あいよ、お姉さんは何飲む?」
('、`*川「あの、私……」
10
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 21:54:49 ID:N7zK4HMk0
彼女は明らかに戸惑っていた。
もっと軽い雰囲気の居酒屋とかカフェとかに行くものだと思っていただろう。
それがこんなバーに連れてこられたのだから当然とも言える。
( -∀-)「あー、彼女慣れてないから甘いの適当に出しちゃって」
( ´∀`)「了解。お姉さん、苦手なものとかある?」
('、`*川「特に無いです……」
( ・∀・)「あと適当に軽食も出してよ」
( ´∀`)「はいはい、分かりました!」
そう言うと準備に取り掛かるマスター。
僕はその姿を眺めながら、先ほどから延々と鳴っていたスマートフォンを取り出す。
画面を見るとサークルなどのメッセージが山ほど来ていたが、見て見ぬふりをする事にした。画面をそっと消してポケットへと仕舞いこむ。
そして隣に座る彼女を見ると、俯き加減でジッとカウンターテーブルの上を見つめていた。
まだ緊張しているのだろう。そんな彼女の姿を見ていたら、何となく僕まで緊張してきてしまった。
( ・∀・)「メニュー、渡しておくから好きなもの注文しちゃって」
('、`*川「う、うん」
この店は基本的にバーの時間はマスターにお任せで大丈夫な店だ。
よってメニューも必要なかったりするのだが、こういう初めて来た人向けに置いてあるらしい。
ズラッと並んだカクテルの種類は壮観で、最初に見た時はワクワクしたものだった。
ただし、彼女が今この状況で楽しめるかは分からないが。
11
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 21:56:03 ID:N7zK4HMk0
( ・∀・)(……ここ連れてきたけど、何話したらいいんだろ)
そして僕は非常に困っていた。
どこでもいいからと言って連れて来たはいいけれど、話すネタは一切ない。
向こうから誘われたとはいえ、連れてきた手前こちらで喋らなければいけない気がしていて困っている。
無言の時間を誤魔化すために吸うタバコなんかは持ち合わせていないし、スマートフォンを弄るのは失礼な気がして触れない。
それは彼女も同じみたいで、先ほどからメニューから手と目を離さない。
先ほどまでの緊張しながらも喋っていた彼女の姿は無かった。
出会ったばかりは驚きと嬉しさで喋れても、実際店に行って、これは現実なのだと認識すると途端に話せなくなるのだ。
魔法が解けるなんてよく言うが、まさしくそんな感じだ。僕もそういう経験があるのでよく分かる。
こういう時はどうすればいいかと言えば、とにかく適当に話を繋げる。
これに尽きる、というかこれしかないのである。
( ・∀・)「伊藤さんって今何してるの?」
('、`*川「学生です」
( ・∀・)「へえ、どこの学校?」
('、`*川「O女子大です」
( ・∀・)「へえー! 頭いいじゃん!」
('、`*川「内部推薦だったから……」
相変わらずメニューから目を離さないで話し続ける。
もう彼女は何回そのページを読み返しているのだろう?
12
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 21:56:56 ID:N7zK4HMk0
( ・∀・)「それでも入れるだけ凄いって」
('、`*川「そ、そうかな……」
( ・∀・)「そうだよ、僕なんてN大だよ?」
('、`*川「でも、人多いし、キャンパス広いし凄いと思う」
( ・∀・)「それしか無いんだよなあ……」
また、僕達の間をしばしの沈黙が包む。
いけない、このままでは延々とこんな会話を続けることになってしまう。
それが悪い事だとは思わないが、雰囲気はずっと地獄のままだ。
今回は自虐でしか終わらせることの出来ない会話をふってしまった僕も悪いのだが。
( ´∀`)「はいお待たせ、ジントニック」
( ・∀・)「あ、ありがと」
そうしていると、ようやく飲み物と食べ物がやってきた。
これでお酒が入って少しは会話が出来るかもしれない。僕の中でにわかにその期待が高まった。
( ´∀`)「お姉さんはピーチのカクテル。生の果肉が入ってます」
('、`*川「ありがとうございます」
( ´∀`)「食べ物はとりあえずナッツと、フライドポテトね」
( ´∀`)「あと何か1品くらい食べられるもの作っちゃうから、もうちょっと待って」
13
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 21:58:09 ID:N7zK4HMk0
そう言ってまたカウンターの中で調理を始めるマスター。
僕はその姿を眺めながら、早速つまもうと手をポテトの入った籠の中に入れた。
同じタイミングでどうやら彼女も手を伸ばしたらしい。籠の中で手と手が触れ合った。
('、`*川「あっ……」
その瞬間、慌てて手を引っ込める彼女。
今の反応に少し面食らった僕は、思わず彼女の顔を見てしまう。
( ・∀・)(何だ今の?)
( ・∀・)「ケチャップいる?」
僕はわざと彼女の方へと身体を近づけ、テーブルの上に置かれている彼女の手の近くへケチャップの入った皿を置いた。
また彼女はびくりと弾けるように身体を震わせ、表情を強張らせた。
('、`*川「い、いります、ありがとう」
何だか、僕と彼女の間に見えない防御壁が張られているようだった。
触ると電流が流れるような、そういった害獣駆除的な何かが、そこにある気がしてならなかった。
( ・∀・)(内部推薦って言ってたっけ、となると高校も女子高か)
( -∀-)(……あんまり慣れてないのかな、男性に)
僕はジントニックを一口飲むと、今度こそポテトに手を付ける。
( ・∀・)(今時の髪型、恰好、化粧をしてて……慣れていてもよさそうなもんだけどなあ)
揚げたてで、ホクホクとしていてとても美味しい。
ポテトを味わいながら僕はそんな事を考えていた。
14
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 21:59:13 ID:N7zK4HMk0
( ´∀`)「はいお待ちどうさま、マルゲリータです」
次の品が来るのは意外と早かった。事前に仕込んでたのかと思うくらいだ。
僕はそのピザの乗った木製の皿とピザカッターを受け取る。
そしてテーブルの上に置くと、早速カットを始めた。
('、`*川「モララー君、いいよ、私やるよ」
( ・∀・)「大丈夫大丈夫、僕がやっちゃうから」
所詮ピザである。半分、また半分、そしてまた半分……と切っていけば8等分。
大した労力じゃないので、受け取った本人がやってしまうのが一番早いだろう。
彼女は僕の手からピザカッターを取ろうとしているみたいだが、
先ほどの見えない防御壁に阻まれて、中途半端に手を伸ばすだけになっている。
( ´∀`)「いいよお姉さん、彼にやらせちゃいなよ」
食事と飲み物を一通り作り上げたマスターは、頬杖をつきながら僕達に話しかけてきた。
まだ店内に他の客はいない。忙しくなるまで誰かと話していたいのだろう。
('、`*川「でも……」
( ´∀`)「彼普段、一緒に来てる先輩とか友達にその手の事やらせてるから」
( ・∀・)「そんな事無いですよ、皆勝手にやってくれるんで僕は引っ込んでるだけです」
( ´∀`)「それをやらせてるって言うの」
僕とマスターの会話を聞いて彼女はクスリと笑った。
そして出されたフルーツカクテルに初めて口をつける。「おいしい」と彼女は呟いた。
マスターがその声を聞いて少し安心したような表情を浮かべた瞬間、店の入り口が開いて、客が入ってきた。
15
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 22:00:28 ID:N7zK4HMk0
( ´∀`)「いらっしゃいませ」
その後も点々とだが、間違いなく入ってくる客。
マスターはそちらの対応に追われるようになって、僕らの方まで見ていられなくなってきた。
いつもいるアシスタントのバーテンダーはもう少し遅い時間から出勤なのだろう。
マスターも大変だなと思いつつまたポテトをつまんだ。
('、`*川「……」
彼女はと言えば、先程よりはマシになったものの、やはり無言の時間が多く、僕が話を振っては「うん」とか「そう」とか短い返事を繰り返すだけだった。
それに対して、だんだん僕はイライラしてきた。何故誘われた側の僕が徹底的に気を使わなきゃいけないのか。
そうするべきなのは向こうの方じゃないのか。いい加減自分から壁を作るのを止めてくれ。
そう思いながら僕はまた適当な話をふっていた。つくづく自分はお人好しである。
( ・∀・)「伊藤さんは彼氏とかいないの」
('、`*川「……いません、そんな人」
ようやく単語以外の言葉を話した彼女。
表情は相変わらず硬かった。返答した口調はなんだか投げやりというか、適当だった。
( ・∀・)「そうなんだ、今はいないって感じ?」
('、`*川「ずっと、です」
しまったと僕は思った。踏んではいけない場所を踏み抜いてしまった。
ああやっぱりね、なんてとても言えないし、かと言って慰めの言葉をかけるのも違う。
そんな事をしたらはっきり言わなくても失礼だ。
僕は返答に迷う話題をふってしまって、首を自分で締め上げてしまっている。
(;・∀・)「なるほどね! そっかそっか!」
と、何がなるほどなのかさっぱり分からない返答をして、僕はお茶を濁した(つもりだった)。
それと同時に僕の中で邪な考えが浮かぶ。
16
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 22:02:19 ID:N7zK4HMk0
( ・∀・)(……と言う事は処女なのかな)
僕は一瞬で自分の考えに嫌気が差した。馬鹿だと思った。
( ・∀・)(何考えてんだ、死んだほうがましだな)
僕は一口つけただけのジントニックを一気に飲んだ。
居酒屋の適当なジントニックとは訳が違う、上品な味わいとアルコールが一気に回る。
頭の中に、この前フラれたあの娘の顔が浮かび上がる。
そしてその顔と隣に座る彼女の顔を見比べて、小さくため息を吐いてしまった。
('、`*川「あの、大丈夫です、気にしてないので」
一瞬僕の心を読まれたのかと思って焦ったが、先ほどの僕のクソみたいな質問に対する慰めだった事に気が付いて安心する。
いや、そもそもそんな事を思ってはいけないのだが。
( ・∀・)「いやゴメンね、本当に……」
( -∀-)(あー、もう無理無理、無理なんだよ)
('、`*川「私こそゴメン……」
( ・∀・)(何してるんだろ、僕。こんなところで)
そうして時間は過ぎていった。
結局僕はジントニックとマスターのおまかせを2種類、そして最後にXYZを飲んだ。
別に酔いどれるわけでは無く、かと言って全く酔わなかった訳でも無く。
けれどもどちらにせよ、この夜、彼女とのロマンスは生まれなかった。まるっきり、これっぽっちもだ。
生ませるつもりは無かったし、そうなることを望んでもいなかったが、いざそうなってみると何とも言えないむなしさのような、かなしさのような、そういったなんとも言えない感覚に襲われた。
17
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 22:03:40 ID:N7zK4HMk0
( ´∀`)「ありがとうございました」
マスターの声に送られ、店を出た僕達。
スマートフォンで時計を見ると、まだ20時だった。夕方過ぎに店に入って無理やり2人で話して、結局現在に至る訳だ。
何も実りは無かったし、いいことなんてサラサラなかった。
お互いにとって何だったんだろうという時間が過ぎただけだった。
( ・∀・)「あー、このあとは……」
「どうする?」と聞きかけて僕は止めた。
このまま続けても良いことなんて多分きっとない。お互いここでもう別れたほうがいいと思った。
その方がダメージは少ないし、思い出は汚されない。互いに綺麗なままでいたほうが幸せだ、きっと。
( ・∀・)「……帰りますか」
駅に向かって僕が歩き始めようとしたが、彼女は足を止めたまま動こうとしない。
うつむいて地面を見つめたまま微動だにしなかった。
突然一体どうしたのかと、僕は思わず彼女に問いかけた。
( ・∀・)「どうかした?」
('、`*川「あの! ……少し歩きませんか!」
顔を上げた彼女の表情は、相変わらず硬かったが、少し慌てているような感じでもあった。
僕はこれ以上何を話すのかと思った。
全く弾まない会話、そしてずっと硬いままの表情。ついさっきの出来事なのに、覚えていることはカクテルが美味しかった事くらいだ。
それくらい悲惨なデート(と呼べるのかも怪しい)だったのに、まだ続けようとしている。
はっきりと、もう断ってあげるべきなのだ。これは。
何を思ってるかは知らないが、これ以上はもう無駄でしかない。僕はその事を慎重かつ丁寧に彼女へ伝えてあげる事にした。
18
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 22:04:43 ID:N7zK4HMk0
( ・∀・)「あのさ、僕たちもう沢山話したよ」
('、`*川「まだ話したい事があるんです」
( ・∀・)「いやいやいや、もう十分話したって……」
('、`*川「お願いします、どうか」
そう言って勢いよく頭を下げる伊藤さん。
辺りの道行く人々が、何事かとチラチラと眺めながら通り過ぎていくのが視界に入ってくる。
( ・∀・)「あー……」
僕は悪者にはなりたくなかった。
けれどこんなに頭を下げている娘に向かって、なんて言えばそうならずに済む?
このまま断ったら、彼女はどんな表情をして、どうしてしまうだろう。
それを想像したら、自分はどんなに頑張っても悪者になってしまう。
( -∀-)「分かった分かった、分かったよ」
なので僕は仕方なく、本当に仕方なく、彼女の頼みを聞く事にした。
どうしようもなくなったらダッシュで逃げてしまおう。彼女を置き去りにして、そのまま駅まで。
でもよく考えたら、それも相当酷い悪者だなと思い直したが、それ以外の手が思い浮かばないのも事実だった。
( ・∀・)「歩きましょう」
そう言って僕と伊藤さんは一緒に歩き始めた。
歩く先は特に決めていなかったが、自然と方向は海沿いへと向かっていった。
この街は中心街のそばに海が見える歩道があり、散歩などにはもってこいのスポットになっている。
デートスポットなどにもよく使われれるが、特に今回はそういった事を意識していなかった。
ただ、本当に何となく、足の向かう先がそちらだったというだけだ。
19
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 22:05:59 ID:N7zK4HMk0
いざ歩き始めても、突然はずむような会話は無かった。
また僕たちはしばらく無言のまま歩き、海沿いの夜景をただ歩きながら眺めているだけだった。
しばらく歩くと公園があって、ベンチが数基、海の方に向かって並んで設置されていた。
砂浜へと降りることのできる階段もあり、色々と遊べる公園だ。
僕と伊藤さんは空いていたベンチにとりあえず腰掛ける。
街灯の明かりだけが僕たちを照らし、波の音が響くこの場所。ライトアップはされていないが、十分素敵な場所であることは間違いない。
「で、話したいことって何?」
そう聞こうと隣りに座った彼女の顔を見ようとしたその時。
隣から鼻をすする音が聞こえてきた。
僕は恐る恐る彼女の顔を見る。すると顔を歪めながら涙をポロポロ流している彼女がそこにいた。
(;・∀・)「えっ、ちょっと、どうした?」
それを見て僕は混乱した。
とりあえず今まで彼女が泣くような事はしてこなかったし、今泣く理由も分からない。
なんだって言うんだ、本当に。泣きたいのはむしろこっちの方なんだぞ。
( 、 *川「私、全然話せてない」
( ・∀・)「ええ?」
( 、 *川「話そうと思ってた事、何一つ話せてない……」
そう言いながら先程より多くの涙を流す彼女。
僕はその姿を見て、何とも言えない感情が浮かんできた。
何をやっているのだろうとか、そんな泣くほど話したかったのかとか、もう早く家に帰らせてくれとか。
とにかく色々な感情が、浮き上がって混ざってグチャグチャになっている。
20
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 22:07:43 ID:N7zK4HMk0
('、`*川「言いたい事沢山あったのに、せっかくモララー君が来てくれたのに……」
(;・∀・)「大丈夫、大丈夫だから」
何が大丈夫なのか分からないまま僕はとりあえず彼女を慰める。
それくらいしか僕に言える事は無い。
('、`*川「私、全然、上手く喋れなくて、もうどうしたらいいか、分からなくて」
( ・∀・)「よし、じゃあ今日はもう帰ろう」
( ・∀・)「帰って、またの機会に話そう。そしたら今度はしっかり話せるかもよ」
そう言うと彼女は首を横に振り、手で顔を覆った。
('、`*川「もう、会う気なんてないんでしょう?」
僕はその言葉にぎくりとした。
彼女の言う通りで、僕が帰ってまた会おうと言ったのはその場しのぎの嘘だ。
もう二度と会う気も無いし、連絡先もこのまま有耶無耶にして渡す気もない。
どうせ3年になったらキャンパスも変わるから、下宿先も変わる事だろう。
そうしたら二度と会う事も無くなる。……またうちの両親が住所を教えるなんて事をしない限りは。
('、`*川「だから、チャンスは今しか無い……このまま帰るなんて無理」
('、`*川「でもどうしたらいいか分からないんです」
そう言うと、声を出して泣き始めた彼女。
そして僕はだんだんと、彼女に対してイライラを感じ始めてきた。
それは、話が盛り上がらなかったからだとか、今ここで泣いているからとか、そういう訳じゃない。
ただ、彼女の言い分と行動に対して、僕は納得できないというより、言いたいことが山ほどあった。
21
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 22:09:02 ID:N7zK4HMk0
( ・∀・)「……あのさ、僕だってどうしたらいいか分かんないよ」
( ・∀・)「よく知らない、久々に会った女の子に泣かれてさ」
立ち上がり、座っている伊藤さんを見ながら話し続ける。
彼女は泣くのを止め、僕の方を見上げていた。
( ・∀・)「今日だって、僕は何か素敵な事が起こるかもと思ってやってきたんだ」
( ・∀・)「1年の頃から好きだった女の子にはこっぴどくフラれた、単位は落とした、酒に酔いつぶれては街中で寝てた」
( ・∀・)「こんな事ばかりでもう最近はウンザリしていたんだ」
( ・∀・)「そんな中君から届いた手紙は僕の希望だった」
( ・∀・)「ほんのちょっとの妄想に胸膨らませながらその日を待ってた」
そして僕は目の前にある、砂浜へと降りる階段へと歩き始めていた。
座っていた彼女は「待って」と言って急いで後を追って来る。
砂浜へと降りると僕は海沿いをずかずかと歩き始めた。
波の打ち寄せる音と、吹きすさぶ海風が身体に打ち付ける。
僕はそれら諸々の勢いに合わせて、心の内を喋り続けた。
( ・∀・)「けどどうだ、実際に蓋を開けてみれば地味な女の子がやってきて、ロクに話もせずにただ酒を飲んだだけだった」
( ・∀・)「正直僕はがっかりしたよ。やっぱり期待したらダメなんだなって」
( ・∀・)「伊藤さんも残念だったね、僕みたいなダメ人間の事をずっと引きずってさ」
( ・∀・)「本当にろくでなしの――」
22
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 22:11:09 ID:N7zK4HMk0
('、`*川「――バカじゃないの?」
突然だった。
彼女は僕の声に被せるように大声を出したかと思うと、僕を睨みつけた。
('、`*川「あなたより私の方が数百倍、いや、数万倍かっこ悪いわ」
この波の音に負けないように張り上げているのであろう声を聞く。
('、`*川「自分だけが不幸だとか思わないでよ」
('、`*川「私だってこんな思いを引きずりながら生きていたくなかった」
じりじりとこちらへにじり寄ってくる彼女。
僕は急に変わった彼女の様子に気圧されていた。
先程までの力なく俯き泣いていた彼女はどこへ消えたのか。
僕は彼女の勢いに押されるまま、徐々に後ずさりをせざるを得なかった。
('、`*川「私は話したかった、沢山言いたいこともあったよ」
('、`*川「けど言えなかった、だからこうしてみっともなく足掻いてる」
そして完全に距離を詰められた僕はどうしようもなかった。
僕に対して、そしておそらく自分に対しても怒りに震えている彼女を、ただ間近で見る事しか出来なかった。
('、`*川「私の恋は無理、無茶、無謀だわ」
('、`*川「なのに無理やり食い下がって、小さい目から大粒の涙流して泣いて……」
('、`*川「挙句の果ては怒鳴り散らして」
('、`*川「……本当、いいざまよね」
そう言うと、彼女はポンと軽く僕の肩を叩いた。
そして2、3歩下がり僕と軽く距離を取った彼女は、先ほどまでの怒りの表情とは打って変わって穏やかな笑みを浮かべていた。
23
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 22:13:00 ID:N7zK4HMk0
('、`*川「今日はごめんなさい、本当に悪いことしちゃったって思ってる」
('、`*川「歩こうって誘ったのも無理やり捻り出しただけなんだ。どうしても諦めきれなくて」
そう言うと僕に背を向け歩き出した彼女。僕は思わず声をかける。
(;・∀・)「おい、どこ行くんだ?」
('、`*川「もう一緒になんか居たくないでしょ、駅まで歩いて帰るよ」
('、`*川「今日はありがとう……楽しかった」
そう言って歩き去っていく彼女。
僕は最近まで抱えてきた、数々の悲しみ、そしてやり切れない思いを抱え、彼女に会う事を決めた。
でもそれは彼女も同じで、僕なんかより、もっと深く長い思いを抱えたまま今日という日を迎え、そして一縷の望みに賭けたのだ。
希望を抱えて今日という日を迎えた僕と彼女は一緒なのかもしれない。
いや、きっとそうだ。
( ・∀・)「待って、伊藤さん」
大声で僕は彼女を呼び止める。彼女の足は止まり、こちらの方へと振り返る。
何を言うのだろうという、不安と少しの期待が入り混じっているような表情が、薄暗い中でも見えるようだった。
( ・∀・)「少し遊ばない?」
('、`*川「遊ぶ?」
僕が大声で喋るから、彼女も同じく大声で話しかけてきた。
これはもう実際にやってみせた方が早いと思った僕は、靴を脱ぎ捨て、履いているパンツの裾を捲り上げると、ざぶざぶと波打ち寄せる海へと入っていった。
24
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 22:14:11 ID:N7zK4HMk0
( ・∀・)「おおう、案外冷えてるね……」
夏の日の海水は外気と比べるといくらか冷たかった。
僕はとりあえず水面を蹴り上げて、水の抵抗と感触を楽しんでみる。
( ・∀・)「伊藤さんもどう!?」
僕の行動はあまりに唐突だった。海に入った事も、伊藤さんを誘った事も。
何でそんなことをしたかは自分でもよく分かっていない。
けれど、夏に海に来たからにはこうでもしないとやってられないとも思った。
互いにほんの僅かな夢を持ってやってきた夏の日の夕方。それが儚く散った夜。
僕たちを慰めてくれるのなんて、もはや海しかないだろう。
伊藤さんはしばらく無言で、1人水辺で遊び始めた僕のことを眺めていた。
それもそうだ、突然海に入り始めて水遊びを始めた成人男性なんて、変な人以外の何者でもない。
そんな人を遠目から見つめるのもよく分かる。
僕は半ばヤケになっていた。変人で結構、精一杯水遊びをしてやる。
この夜の思い出を全部上書きするまで、必死に……。
そして遊びは最早これまで、行けるとこまで進んでみるかと沖の方へ徐々に歩みを進めた瞬間。パシャっと顔へ水をかけられた。
伊藤さんがやってきていた。
('、`*川「そうだよね」
( ・∀・)「え?」
('、`*川「せっかく海に来たんだもん、遊ばなきゃ損だよね」
( ・∀・)「そう! そうだよ!」
そして僕たちは遊び始めた。夜の海岸で、服を着たまま海に入って。
最初こそ遠慮気味に軽く水をかけあっていたが、波に襲われて2人共半身ずぶ濡れになった瞬間、何もかもがどうでも良くなって、僕たちは心置きなく水を掛け合った。
僕も彼女もグショグショになるまで、バシャバシャと波打ち際で遊びまわる。
まるでそれはダンスのように、裸足の子供たちが跳ね回るように。
そしてどれくらい時間が経っただろうか。遊び疲れた僕たちは砂浜で座り込んでいた。
25
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 22:15:13 ID:N7zK4HMk0
('、`*川「あー、疲れた」
( ・∀・)「もうすげー濡れた、グッショグショよ」
('、`*川「それは私も一緒です」
そう言って互いに笑いあう僕たち。白い歯を見せて笑いあうのは、いつ以来だろう。
もしかしたら多分、昔出会ってから初めての出来事かも知れない。
('、`*川「もうロマンスは生まれ無さそうだね」
僕はその言葉に苦笑いで返した。
このぐしょぐしょの濡れ鼠状態で生まれる愛なんて、そう無いだろう。
僕達はただそこで遊びまわっていただけなのだから、どうしようもない。
( ・∀・)「ちょっと喋ろうか、乾くまでさ」
('、`*川「そうね、どうせこのまま動けるわけも無いし」
そして僕たちは喋り始める。
始めは少しずつ、様子を見ながら話していた彼女も僕も、沢山話をするようになった。
それはまるで、これまでため込んでいた分を一気に放出するみたいな、そんな会話だった。
夏の日の夜に吹き付ける海風。潮の匂いと熱に包まれながら、ずぶ濡れの女の子と話す奇妙な時間。
僕達は笑いながら、その時間を楽しんでいた。
('、`*川「私、小学校の頃一時期イジメられてたじゃない?」
( ・∀・)「ああ、あったね」
26
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 22:16:25 ID:N7zK4HMk0
そうして話していると、突然彼女が懐かしい話題をふってきた。
それは、小学生の頃にあまり話してなかった僕でも認識していたイジメの話だった。
物を隠す、無視、悪口を言うなんていう、イジメの基本みたいな事を一通りやられていた彼女。
それが原因で不登校に……何てことは幸いにも無かったが、見せられている側としては気分が悪かった事を記憶している。
('、`*川「あの時、モララー君が助けてくれたの、本当に感謝してるんだよ」
( -∀・)「何かしたっけ?」
('、`*川「私が酷い呼び方されてたのを助けてくれたじゃない」
( ・∀・)「……ああ、あれか」
当時の出来事を思い出すと同時に、自分の記憶も蘇ってくる。
彼女がイジメられていた時、彼女は『ペニス女』、いや、『ペニサス』だとそれは酷いあだ名をつけられていた。
卑猥な単語を使って、面白おかしく貶したかったのだろう。
('、`*川「私がさんざん言われて泣いてた時に、モララー君が言ってくれたの」
('、`*川「『お前ら馬鹿じゃないのか、そんな事して何が楽しいんだ』って……」
('、`*川「そしたら、あの子たち黙っちゃって、もうそれ以降何も言わなくなった」
( ・∀・)「そうだったかな」
('、`*川「うん、よく覚えているもん」
実を言うと、別に僕としては救おうと思って発した一言でも何でもなかった。
あまりにもその単語を連発していたもので、聞いていたこちらが恥ずかしくなってきたから、それを止めるために言ったのだ。
27
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 22:17:41 ID:N7zK4HMk0
('、`*川「懐かしいな、全部」
( ・∀・)「……またさ、実家とかおいでよ。ほら、うちの両親とか会いたがってるし」
( ・∀・)「そしてさ、今日水をかけあった仲として……また友達になろうよ」
僕はそう言ってスマートフォンを取り出し、連絡先を交換しようとする。
すると彼女は微笑み、立ち上がると一つ伸びをした。
('、`*川「それは無理だよ、モララー君」
('、`*川「あたしたち、本当に友達になれると思う?」
彼女がそう言ったその瞬間だった。
パーンという破裂音と共に、花火が上がった。多分、どこかの人らがこの浜辺で遊んでいるのだろう。
突然打ちあがった花火は真っ赤に燃えて、消えた。
( ・∀・)「えっ?」
('、`*川「仮になったとしても、それは私にとって、とても残酷な話でしかない」
('、`*川「だから今日、せっかく頑張ってフラれに来たのに」
僕の方を見つめる彼女は笑っていた。
けれどもそれは満面の笑み何かでは決してなく、悲しみが混じったような、切ない笑顔を浮かべていたのだった。
(;・∀・)「何言ってんだよ、やめようよ、フラれたとかフラれないとか」
( ・∀・)「僕達いい友達になれると思うんだ、きっと! だからさ……」
そして彼女はこっそりと言葉を呟いた。その言葉は波に包まれて消えていく。
彼女のかき消された声を聞くために、僕も立ち上がり、彼女の方へと近寄る。
28
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 22:18:34 ID:N7zK4HMk0
( ・∀・)「……なんか言った?」
('、`*川「ううん、何も」
( ・∀・)「嘘だ、今絶対に……」
何を言ったのかを聞いた瞬間、彼女の顔が近づき、あっさりと唇と唇が触れ合った。
本当に、本当に軽い、キスだった。
( ・∀・)「……えっ?」
('、`*川「私ね、好きだったよ、モララー君の事」
('、`*川「ずっとずっと、好きだったんだ……」
そう言って僕の目から視線を足元に落とした彼女は、徐々に僕との距離を離していく。
( ・∀・)「あ、あの」
('、`*川「えへへ……私はね、普通にお別れ出来ないや」
('、`*川「こうやって最後までしがみついて、離れる事も出来なくて、なんとか足掻こうとしてるだけ」
('、`*川「わがままで迷惑かけてゴメンね」
( ・∀・)「伊藤さん……」
('、`*川「……それじゃあ、バイバイ」
29
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 22:20:02 ID:N7zK4HMk0
彼女の目元に涙が見える。
そして彼女は走り始めた。僕が呼んでも振り向かなかった。
いや、振り向けなかったのかもしれない。
彼女はただひたすらに走って、僕の視界からあっさりと消えていった。
まるで夜の帳の中に溶けたようだった。
それから二度と彼女に会う事は無かった。
いつの間にか電車は終電の時間で、僕は一人海沿いの道を歩いて帰路に着いた。
生乾きの服に海風は深く染みて、僕は夏だというのに少し肌寒い思いをしながら歩いた。
彼女と歩いた距離は思ったよりも一瞬で、すぐに過ぎ去っていってしまう。
そして彼女と過ごした道のりを過ぎて、自分の帰路に着いた時、僕はほんのちょっとだけ立ち止まり振り返った。
僕は彼女が忘れずにいてくれた数年間に思いをはせた。
その間僕は様々な女の子を好きになり、そして何人かと付き合った。
伊藤さんの事なんて、これっぽっちも思い出すことなく、年数は過ぎていった。
僕に何が出来ただろう。
けれど、どうにもならない事は確かにそこにあって、世の中はいつだって残酷なんだ。
僕が出来るのはただ一つ。
好きだったという、その彼女の一言を胸に刻みとめておこう。
夏の夢にうつりこんだ花火が、シュッと消えた。
そんな音がした。
30
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 22:20:37 ID:N7zK4HMk0
それじゃあ、バイバイのようです ―― 完
.
31
:
◆Jf73tb1kAI
:2021/10/17(日) 22:21:12 ID:N7zK4HMk0
使用楽曲:HINTO『なつかしい人』
https://youtu.be/B4_QGrJBf6Y
.
32
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 22:23:16 ID:mJXkEhL20
苦しくなった 好き
乙
33
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 22:52:13 ID:PJ1snhDw0
乙
始め方から終わり方まで実に綺麗だな
34
:
名無しさん
:2021/10/18(月) 00:22:23 ID:PrBoAr6w0
乙
美しい…
35
:
名無しさん
:2021/10/18(月) 01:42:29 ID:TNq1.XIU0
うっわめちゃくちゃいい
飾らなくて好き 乙
36
:
名無しさん
:2021/10/18(月) 02:15:54 ID:YV1Qxzqo0
乙……!
37
:
名無しさん
:2021/10/18(月) 13:53:46 ID:l61NFem60
ペニサスとモララーのAAの活かし方がいいなと思いました
38
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:50:50 ID:/pX6lv.A0
切ないけど、決着がついてよかった
乙
39
:
名無しさん
:2021/10/25(月) 01:23:26 ID:P83vLTLE0
あれ?Surfaceじゃないの!
40
:
名無しさん
:2021/10/31(日) 19:49:51 ID:0sDVyXa.0
全く面白くなかった
これでよく参加しようと思ったね
41
:
名無しさん
:2021/11/01(月) 20:05:21 ID:VRiYH.gs0
一度目と二度目のバイバイの意味が違ってるところがいいですね
参加してくれてよかったです
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