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ξ゚⊿゚)ξお嬢様と寡言な川 ゚ -゚)のようです

1 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:12:00 ID:WVkvC8.U0


・書き終わり済み。
・百合、GL、おねロリ要素過多。
・投下は週一か二程度。

2名無しさん:2019/09/13(金) 23:12:40 ID:WVkvC8.U0



 Intro



.

3 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:13:35 ID:WVkvC8.U0

 梢にとまった鳥が朝の調べを奏で、軽やかな旋律は霧に包まれたロンドンに新たな一日を告げる。
 季節は冬。湿度と低い温度も相まって霧の都は今日もドレスを纏った。

川 ゚ -゚)「お嬢様。起きてくださいませ、お嬢様」

 霞に包まれた白い屋敷がある。ロンドン市近郊にあるその館はティレル侯爵の持ち物だった。
 十八世紀頃に建てられた館はヴィンテージな佇まいをしている。

 館の一室では一人の侍女が声を出した。
 侍女の眼下には金色の髪をした少女が寝息を立てている。その姿を見る侍女の瞳は何も語らず、声色も平淡だった。
 侍女は無感情な表情のまま、一度瞳を瞬かせる。再度見開かれた瞳は黒い輝きを見せ、先よりは柔らかく見受ける。

川 ゚ -゚)「お嬢様。ツンお嬢様。朝で御座います」

ξ-⊿-)ξ「ん……」

 侍女の澄んだ声に金髪の乙女は反応を示した。
 微睡む意識を引きずりながら瞼を擦って穏やかに覚醒をする。
 起き上がった少女は霞む視界のピントを修正しながら、大きな瞳を侍女へと向けた。

ξ-⊿゚)ξ「……おはよう、クー」

川 ゚ -゚)「お早う御座います、お嬢様」

ξ-⊿-)ξ「うん……」

 ツンと呼ばれた少女は返事をするが、未だ完全には覚醒を果たしていない。
 そんな己の主を見た侍女――クーは、それでも無表情のまま、何を言うでもなく不動に立つ。

4 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:14:21 ID:WVkvC8.U0

ξ-⊿-)ξ「……もう少し寝てもいいかな、クー」

川 ゚ -゚)「いけません。朝食の用意も整っています」

ξ-⊿゚)ξ「んー……だめ?」

川 ゚ -゚)「なりません」

ξ-⊿゚)ξ「昨日は夜遅くまで起きてたの……だから眠くて眠くて……」

川 ゚ -゚)「遅くまで明かりがついていたのは存じておりました。しかし、朝は起きるもので御座います、お嬢様」
  _,
ξ-⊿-)ξ「んんー……」

 ベッドの上で猫のように伸びをするツン。
 背を鳴らす少女を見るクーは何かを言いたそうにするが、しかし表情は変わらずに無のままだった。

ξ-⊿-)ξ「ふあぁ……」

川 ゚ -゚)「お嬢様」

ξ-⊿゚)ξ「……起こして、クー……」

川 ゚ -゚)「……お嬢様」

ξ-⊿-)ξ「お願い……」

 うつ伏せのまま言うツンにクーは数瞬沈黙をするが、ややもすると静かにツンへと近づく。

5 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:15:11 ID:WVkvC8.U0

川 ゚ -゚)「失礼いたします」

ξ-〜-)ξ「んー……」

 クーの動作は手馴れていた。
 ツンの肩に手を掛け、空いた方の腕で胴体を支える。そのまま無理な力を加えずに何とか上半身を起こす。
 さながらに貝が口を開いたような構図で、先まで二つに折れていたツンは、間近にあるクーの顔を見つめた。

ξ゚⊿゚)ξ「流石だね、クー。わたしの扱いを熟知してる」

川 ゚ -゚)「毎朝のことですので」

ξ゚ー゚)ξ「それはイヤミ?」

川 ゚ -゚)「否で御座います」

 悪戯をする子供のような笑みを浮かべるツン。
 紡がれた問いにクーはやはり無表情のまま、そして無感情を思わせる声で返事をする。
 そのトーンと鉄面皮を寄越されたツンは、しかし嬉しそうな笑みを浮かべると、そのままにクーへと抱き付いた。

川 ゚ -゚)「……お嬢様」

ξ-ー-)ξ「ふふっ……朝はやっぱりクーに触れないとダメだね、わたし……」

川 ゚ -゚)「……」

 甘えるようなツンにクーは瞳を伏せる。決して抱き返すこともせず、ただ受け入れるだけだった。

6 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:16:10 ID:WVkvC8.U0

ξ゚ー゚)ξ「まるで従者の鑑だね、クー。わたしを見ようとしない、言われなかったら触れようともしない」

川 ゚ -゚)「それが従者で御座います」

ξ゚ー゚)ξ「……そういうところ、好きだよ。とても」

川 ゚ -゚)「……」

 瞳を伏せたままのクーの耳元に悩ましい言葉と艶のある吐息がかかる。

ξ゚⊿゚)ξ「……うん。それじゃ、起きますかぁ」

川 ゚ -゚)「……はい」

ξ゚⊿゚)ξ「よいしょ、よいしょ……」

 毎朝の儀式を終えたツンはそこで満足をすると、ベッドから這い出て立ち上がる。
 小柄なツンを見下ろす形となったクーは、適当に脱ぎ散らかされていく寝間着を回収しながらツンの背を追う。
 先までツンが身に纏っていた衣服からは、そのままにツンの温もりが残っていたが、しかしそれを手に感じるクーは特に思うこともない様子で、これもやはり手慣れたように扱う。

7 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:16:52 ID:WVkvC8.U0

ξ゚⊿゚)ξ「今日は……このお洋服?」

川 ゚ -゚)「お気に召しませんでしょうか」

ξ゚ー゚)ξ「ううん。クーが選んでくれたものだもん。嫌いなんかにはならないよ」

川 ゚ -゚)「有難き幸せ……」

 ツンは用意されてあった白いワンピースを手に取ると優しい笑みを浮かべてクーを見つめる。
 言葉と視線を寄越されたクーは深く頭を下げるだけだった。
 ツンは彼女の反応を見ると更に笑みを浮かべ、下着姿のままに再度クーへと接近した。

ξ゚⊿゚)ξ「じゃあ、お願い」

川 ゚ -゚)「畏まりました、お嬢様」

8 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:18:09 ID:WVkvC8.U0

――ロンドン市近郊にある白亜の館にはティレル侯爵の一人娘が住まう。
 その娘の名はツン・ティレル。背の低い、華奢な十三歳の少女だ。

 長く柔らかな金髪を持ち、瞳は大きく碧眼で、顔立ちは誰が見ても認める程に可憐で美しい。性格も明るく笑顔がよく似合う。

 そんなツン嬢の身の回りの世話をするレディースメイドがいる。
 普段から不愛想で、何を考えているかも謎だった。声には感情の一つも宿らないが、その美貌は類見ない程だった。

 彼女の長い黒髪と大きな黒い瞳、そして描かれた純白のような肌の美しさは、さながらに美の象徴とも呼べた。
 そんな見目麗しき少女と侍女は対極な性格だった。
 しかしこの二人のやりとりから見ても分かる通りに、信頼信用の程、或いは絆と呼べるものは絶対的にも等しいのかもしれない。

ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ、クー?」

川 ゚ -゚)「何でしょうか」

ξ゚⊿゚)ξ「わたしは……綺麗かな?」

 下着姿のツンに接近されたクーは、手渡された白いワンピースをツンへと着せる。
 その途中、問われたクーは数瞬沈黙をするが、ややもするとその口を開く。

川 ゚ -゚)「……美しゅう御座います、お嬢様」

ξ゚⊿゚)ξ「本当?」

川 ゚ -゚)「はい。本当に御座います」

ξ*^ー^)ξ「そっか……えへへっ」

 相も変わらずの無感情な声色で言葉を紡ぐ。
 それに対してツンは嬉しそうに微笑むが、少女の背に回り込んでいるクーには見ることが叶わなかった。

9 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:20:17 ID:WVkvC8.U0



 ただ、背のファスナーを完全に閉じるまで。

川 ゚ -゚)「…………」

 クーの視線がツンの美しい背に、穢れ一つない柔肌に釘付けだったのは、誰も知る由がない。



 Break.

10 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:20:59 ID:WVkvC8.U0



 1


.

11 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:21:29 ID:WVkvC8.U0

 小高い丘の上にある白い城館の名はティレル城と呼ばれる。
 家主であるティレル侯爵の名を冠する城館の歴史は古く、十八世紀初頭に建てられたものだった。

 現在、十九世紀中葉。
 近代化に伴い増える現代建築物と比べればその佇まいは古めかしいが、しかしヴィンテージの持つ雰囲気と言うものは中々に味わいが深い。
 外観は白に塗り固められ、過度な威圧感はなく、範囲もそれ程大きく広いと言う訳ではない。荘厳な見てくれは城主の性格を表すかのようだった。
  _,
ξ゚〜゚)ξ「うぅー……」

 そんなティレル城の食事の間で、眉間に皺を寄せて唸る少女がいる。
 可憐な顔を顰め、手に持つスプーンの上に乗るビーンズを見つめていた。

 少女の名はツン・ティレル。侯爵令嬢の身である少女が、現状、この城館の城主代理だった。
 本来の主は抱え持つ政務等で忙しなく、奔走する日々を送っている。

 齢にして十三歳の少女だが、例え未熟と言えども伯爵の子、教育は躾けられているしそれ相応の礼節も弁えている。所作も当然のこと、一通りは完璧だった。
 だが、そんなお嬢様と言えば、トマトソースで煮付けたビーンズを見つめたまま唸るばかりだった。

12 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:22:12 ID:WVkvC8.U0

川 ゚ -゚)「……お嬢様」

ξ;゚〜゚)ξ「なっ、なにっ」

川 ゚ -゚)「好き嫌いはいけません」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「うぅー……なんで嫌いなのを朝からだすのっ。わたしが嫌いなのしってるくせにっ」

川 ゚ -゚)「淑女(レディー)足るもの、我儘は許されません。当然、好き嫌いもです」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「わたしはまだ子供だもんっ」

川 ゚ -゚)「……御歳の問題では御座いません。これは精神の問題です」
  _,
ξ゚ 3゚)ξ「ぶー……」

 英国人(イングリッシュ)であるならば紳士淑女足れ、と言うのはいつの時代も共通する事と言えた。
 ツンの傍に立っているメイド――クーは相も変わらずの無表情のままにツンを叱るが、対してツンは納得がいかない。

13 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:23:00 ID:WVkvC8.U0
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「大体、嫌いなものを好きになる必要なんてないのに……」

川 ゚ -゚)「他者に馬鹿にされます」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「別にいいよっ」

川 ゚ -゚)「なりません。ティレル家の名折れで御座います」

ξ;゚⊿゚)ξ「そこまで言うのー……」

 名誉栄誉こそが国家の繁栄の全てである英国にとって、見栄の一つとってしても欠く訳にはいかない。
 特に名門に連なる侯爵家となれば尚のこと、それらは重要な事柄だと言える。

ξ゚⊿゚)ξ「……じゃあ、これを食べたら、何かご褒美をちょうだいっ」

川 ゚ -゚)「褒美、で御座いますか」

ξ゚⊿゚)ξ「うん」

川 ゚ -゚)「……対価を強請ると言うのも考えものです」
  _,
ξ ゚H゚)ξ「強要されてるのはわたしなのっ。だったら対価を求めたっては悪くはないでしょ?」

川 ゚ -゚)「…………」

 根本から考え方が違うようだとクーは内心で思うが、しかし当然口には出さず、そして表情にも変化は出さない。
 少しばかり思案する時、クーは瞳を閉じる。クーを見つめているツンは窺うような視線だった。

14 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:24:12 ID:WVkvC8.U0

川 ゚ -゚)「……分かりました」

ξ*゚⊿゚)ξ「本当っ?」

川 ゚ -゚)「二言は御座いません」

ξ*゚⊿゚)ξ「やったっ。絶対だよ? 約束だよ?」

川 ゚ -゚)「……はい」

 ツンの喜び様は不思議なくらいだった。クーはその様子に疑問を抱くがそれを追及することはしない。

 クーの瞳を見つめたツンは一人で頷くと、スプーンに乗っている内容を己の口腔へと含む。
 そのまま咀嚼をし、味蕾に広がるビーンズの味と食感を得ると、それだけで表情は曇り、眉間の皺も深くなる。
 しかし、呼吸を止め、風味を誤魔化すことに成功したツンは、未だ口内に残る内容物を水で喉の奥へと流し込んだ。

ξ゚ー゚)ξ「ふふっ、どう? 文句ないでしょ?」

川 ゚ -゚)「……品性に欠けます」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「むむっ……もうっ、クーはいつもきびしいよっ」

川 ゚ -゚)「そうせよ、とマスターから仰せつかっておりますれば」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「お父様は今いないでしょっ。それに、クーは私のレディースメイドでしょっ。もっとわたしを褒めるべきだと思いますっ」

川 ゚ -゚)「…………」

 鼻息荒く、それでも胸を張って誇らしげにするツン。それを見つめるクーはやはり無表情だ。
 しかし、微かに揺れた瞳の輝きからして、何も思わない訳ではない様子だった。

15 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:25:02 ID:WVkvC8.U0

川 ゚ -゚)(……お嬢様)

 心の内でツンの名を呼ぶクー。
 組まれた手は何処となく力が入っているように見受けるが、それにツンは気付かない。

川 ゚ -゚)「……失礼しました、お嬢様。お許しください」

ξ゚⊿゚)ξ、「ん、んー……いいよ、別に怒ってないからねっ」

 そう言う割にふくれっ面をするツン。
 クーは再度頭を下げるが、そうするとツンは逆に慌ててしまい、そこまで謝らないでくれ、と言葉を紡いだ。

ξ゚⊿゚)ξ「クーは冗談が通じないね……昔からずっと」

川 ゚ -゚)「申し訳ありません」

ξ゚⊿゚)ξ「だからそう言うところだよ……もうっ。ねぇ、もう少しこっちにきて?」

川 ゚ -゚)「……はい」

 呼ばれたクーはツンへと近づくと、伏し目がちにする。
 そんなクーの様子を見るツンは、けれども優しい笑みを浮かべてクーの手を取った。

川 ゚ -゚)「……お嬢様?」

ξ゚ー゚)ξ「……これがさっきのご褒美でいい?」

川;゚ -゚)「そんな、私程度が褒美になど……」

16 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:26:07 ID:WVkvC8.U0

ξ^ー^)ξ「いいのっ。こうして手を繋ぐことなんてめったにできないんだから」

 憚られることだった。通常、主人と手を繋ぐことなど有り得てはならない。
 レディースメイドと言う立場が如何程に特殊で、更には女中において最上格の地位にあるとしても、主人に気安く触れることは許されない。
 だが、それを求めたのは主であるツン本人。クーは僅かに焦るが、しかしツンは嬉しそうだった。

川 ゚ -゚)「……お嬢様、そろそろ……」

ξ゚〜゚)ξ「んー、確かにムードも何もないけど……いつぶりかな、こうして手を握るの?」

川 ゚ -゚)「……随分、お久しゅう御座います」

ξ゚⊿゚)ξ「そうだね。わたしがまだ子供のころは、クーがいつも手を握っててくれたのに」

川 ゚ -゚)「もう、お嬢様は淑女で御座いますから」

ξ゚⊿゚)ξ「でも、偶にはこうして欲しいんだよ?」

川 ゚ -゚)「…………」

 上目使いを寄越されたクーは瞳を閉じてその眼差しから逃げる。
 それを照れと判断するかは見る者次第だが、ツンはこれを照れ隠しと判断した。

ξ゚⊿゚)ξ(……クー)

 ツンは心の中で彼女の名を呼ぶが口には出さない。
 そうしてある程度満足をするとクーの手を離した。

17 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:26:51 ID:WVkvC8.U0

川 ゚ -゚)「あっ……」

ξ゚⊿゚)ξ「え? なに?」

川 ゚ -゚)、「……いえ。何でも御座いません」

 唐突過ぎたからか、クーは珍しい反応を示す。
 それにツンは小首を傾げたが、対してクーはいつも通りに言葉を返すだけだった。





  Break.

18 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:27:20 ID:WVkvC8.U0



 2


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19 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:28:05 ID:WVkvC8.U0

 その日の午後、ツンは筆を走らせていた。
 傍にはクーが立ち、黙して小さな少女を見つめている。

ξ゚⊿゚)ξ「うぅん、国史って学べば学ぶほど面白いね、クー?」

川 ゚ -゚)「然様で御座いますか」

ξ゚〜゚)ξ「うん。クーが教えるの上手なのもあるけど……イギリスって結構派手なことしてたんだねぇ」

川 ゚ -゚)「栄えある大英帝国で御座いますれば」

ξ*゚⊿゚)ξ「先の百年戦争もそうだけど……フランスとの確執の歴史って面白いっ」

川 ゚ -゚)「革命期以降も確執は続いておりましたが、お嬢様は血の気のあるお話がお好みでしょうか」

ξ゚⊿゚)ξ「ううん、そう言う訳じゃないの。けど歴史って戦争や対立、あとは領地の拡大拡張があるからこそ生まれると思うの」

川 ゚ -゚)「……仰る通りで御座います」

ξ゚⊿゚)ξ「他にも清やロシアとの衝突の数々……数え切れないくらいに争いがあるね」

川 ゚ -゚)「国を育むと言うのはそう言うもので御座います」

20 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:29:05 ID:WVkvC8.U0

ξ゚⊿゚)ξ「……今もまた戦争してるんでしょ?」

川 ゚ -゚)「はい。今はインドにて」

ξ゚⊿゚)ξ「……お父様もそこで頑張ってるんだよね?」

川 ゚ -゚)「それが貴族の務めで御座います」

ξ゚ -゚)ξ「……うん」

 時は十九世紀中葉。英国はインドの植民地化を目論んでいた。
 イギリス東インド会社を通じて経済的支配から始まり彼の国を衰退させる。

 この作戦は功を成し、インド国内では大混迷が続いたが現状はシパーヒーを筆頭に英国と対立をしていた。
 この第一次インド独立戦争――所謂インド大反乱――においてティレル侯爵は自軍を率いインド攻略を目指していた。

川 ゚ -゚)「血はお嫌いですか」

ξ゚⊿゚)ξ「……歴史を築くのが戦争なのは分かるよ。けど……他国を蹂躙支配するようなのは嫌い」

川 ゚ -゚)「然様で御座いますか」

ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ。なんでお父様も他の人たちも相手の国を無理矢理侵攻できるの?」

川 ゚ -゚)「それが国家繁栄の全てなのです、お嬢様」

21 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:30:32 ID:WVkvC8.U0

ξ゚⊿゚)ξ「……お父様は優しい人だよ」

川 ゚ -゚)「存じております」

ξ゚ -゚)ξ「そんなお父様も……クイーンからの令があれば人を殺すの?」

川 ゚ -゚)「……」

 言葉に詰まるクー。ツンの表情は酷く悲しそうだった。
 彼女の長い睫毛が震えていることに気付いたクーは一度閉口し、更には瞼を伏せる。
 刹那して呼吸を整えたクーは、ツンへと諭すように言葉を紡いだ。

川 ゚ -゚)「……お嬢様。国とは、国家とは……人々の住まう家を言います」

ξ゚ -゚)ξ「家……?」

川 ゚ -゚)「はい。現状、大英帝国は嘗ての割拠の時代とは異なり、ブリテンとアイルランドの併合化に伴い必然的に国民の数が増えました。
     生活は厳しく、先のアイルランド側での飢饉も他人事ではありません。国家とは国民を生かす家なのです。国土、ないし領地拡大拡張化、
     制圧支配を旨とした政略軍略……全ては皆を生かす為に必要なことなのです」

ξ゚⊿゚)ξ「でも……なら、他国を侵略することは相手のお家を壊すことなんじゃないの?
      そこに住む人たちを傷つけて、無理矢理服従させるなんておかしいよ……」

川 ゚ -゚)「……それも必要なことなので御座います。いずれ、クイーンは御自身の御手にて彼の国を統治なされることでしょう。
     その時こそは英国領インド帝国となる……我が国家に連なる存在となるのです、お嬢様」

22 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:32:21 ID:WVkvC8.U0

ξ゚⊿゚)ξ「……そうやって平和をつくるの? それは正しいことなの?」

川 ゚ -゚)「必要なことなのです」

ξ゚ -゚)ξ「……分からないよ、わたしには」

 ツンは瞳を伏せてそう呟く。
 クーはそんなツンの様子を見て如何したものか、と思案するが、結局正しい解は見当たらなかった。

川 ゚ -゚)「……お嬢様。今日の授業はここまでにしましょう」

ξ゚ -゚)ξ「……うん」

川 ゚ -゚)「……お茶を淹れてまいります」

 結局、クーはアフタヌーンティーを用意する為に一度ツンの下を離れる。
 孤独になったツンは自室で何をするでもなく呆けていたが、視線は窓の外に向かっていた。

 首都ロンドン――中央へと向かえば女王の住まうバッキンガム宮殿がある。小高い丘から窺うことは出来ないが、ツンは女王を想った。
 優しく、それでいて強い人――会う度にツンはそう思った。
 言葉を交わした数は少ないが、それでも、幼い彼女にも女王の持つ威厳や風格、王の覇気とも呼べる空気感を理解出来ていた。

 世はヴィクトリア朝とも呼ばれ、後にヴィクトリア女王はインドの制圧が完了すると初代インド女帝を名乗るに至るが、この当時のツンはそれを知る由もない。
 兎角、十九世紀のイギリスは怒涛とも呼べる勢いだった。各国間との軋轢は絶えず続き、常々戦火が巻き起こる。

23 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:33:56 ID:WVkvC8.U0

ξ゚ -゚)ξ「……お父様」

 戦争が勃発すれば軍を動かすのは当然貴族だった。

 貴族とは斯くあり――貴族は働かず、貴族は出歩かず。

 貴族が働く必要はない。
 一代二代程度の男爵、子爵家ならばいざ知らず、侯爵の位を得ているティレル家には収入源は腐るほどにある。
 歴史ある貴族とは数多の土地、屋敷を所有しているのが往々であり、それらを貸し与え、それに対する賃貸料のみで十分に生活は可能だった。

 出歩く必要――皆無だ。
 出歩くとすればそれは貴族足り得ない。

 買い物に出かける――必要もない。
 それらは全て向こうからやってくるのが通常だ。衣服、他様々な美容品に関しても同じだった。

 ましてや学校へと出向く――論外だ。
 専属の講師、教師がつくのが当然だ。

 そんな貴族が働く時と言うのは戦時、ないしは政務等だった。
 後者が労働に含まれるか否かはさておき、政務等でも外出――屋敷を出ることは普通ならば少ない。

 外に出向く時はパーティ等がある場合のみだった。
 その場合もやはり馬車と従者が付き添う。自らの足で街を歩く経験をする貴族令嬢など所詮は子供の時分のみだった。
 そしてその度にパパラッチにすっぱ抜かれ苦心に表情を歪める。

 暮らしに不自由はなく、日々は満たされる思い――ツンはそう思いはするが、けれどもその生活は多くの犠牲の上に成り立っているのだという自覚があった。
 そしてその犠牲を築くのが己の家だと言うことも。

24 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:35:10 ID:WVkvC8.U0



ξ゚ -゚)ξ「いつになったら戦争ってなくなるんだろう」

 そう呟くツンだが、それに対する景色の返答は沈黙だけだった。


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25 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:36:20 ID:WVkvC8.U0

川 ゚ -゚)「失礼いたします」

ξ゚ -゚)ξ「……うん、どうぞ」

 ややもして、先程部屋を出たクーが戻ってきた。
 ワゴンを押しながら入ってきた彼女だが、しかし外の景色を見つめているツンを見て何とも言えない顔をする。

川 ゚ -゚)「……お嬢様、どうぞ」

ξ゚ -゚)ξ「ん、ありがとう」

 だがそんな様子を他所に、クーは紅茶を注ぐとツンへとそれを向ける。
 正面に回り込み、膝を突いたクーを見下ろしたツンは端的に言葉を返すとカップを手に持つ。

 口腔へと内容を含む。午後の茶の文化はこの時代の貴族から広まるが、ティレル家でもそれは通常の景色だった。
 茶を口にしてもツンの表情は晴れない。いつもならば喜んでスコーンやケーキを貪るツンだったが、先のことが関係してか酷く気分は落ち込んでいた。

ξ゚ -゚)ξ「ねぇ、クー」

川 ゚ -゚)「何でしょうか」

ξ゚ -゚)ξ「わたしもいつか、人を殺すのかな?」

26 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:37:43 ID:WVkvC8.U0

 その言葉を耳にしたクーの手が止まる。
 次いで瞳の奥の瞳孔が僅かに開き、それはつまり、彼女なりの動揺を示し、彼女はそれを悟られまいと平静を取り繕った。

川 ゚ -゚)「有り得ません」

ξ゚⊿゚)ξ「私はティレル家の娘だよ?」

川 ゚ -゚)「それでも有り得ません」

ξ゚ -゚)ξ「……それは、いつかわたしの旦那様がすることだから?」

川 ゚ -゚)「……そうです」

 旦那様――いつかはそんな存在がツンにもできる。それは当然のことだが、クーは眉間に皺を寄せ僅かに面を伏せる。
 そんな彼女の反応をツンは見ていない。相も変わらず視線は窓の外へと向かっているからだ。
 ワゴンの傍で操作をしているクーは背から投げかけられた台詞に言葉を返すが、その声がほんの少しだけ震えていたのはクー本人にしか気づき得ないことだった。

ξ゚ -゚)ξ「……お父様を悪く思った時なんて一度もないよ。血の気のある歴史も嫌いじゃない。
      けどその最中に立たされると嫌でも実感しちゃう。わたしも同じなんだな、って」

川 ゚ -゚)「…………」

ξ゚ -゚)ξ「ティレル家は名だたる武家……騎士の家系。戦時とあらば虎口にまっしぐら。
      誰よりも血を浴びて誰よりも血を流す家。ねぇ、わたしも同じでしょ、クー」

27 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:39:12 ID:WVkvC8.U0

川 ゚ -゚)「……いいえ、違います」

ξ゚ -゚)ξ「何でそう言いきれるの?」

川 ゚ -゚)「あなた様は……そうはなりません。マスターと同じくとても愛情深くお優しい心をお持ちになり、更には……他者に対して慈しみの気持ちを向けます」

ξ゚ -゚)ξ「慈しみ……」

川 ゚ -゚)「それは難しいことなのです、お嬢様。人間、生きるとなれば全身全霊で御座います。他者の幸よりも己の幸を優先するのです。
     ですがあなた様は他者の幸も願う。それは普通ではありませんが、それはとても……とてもお優しい気持ちで御座います」

 クーはそう言うとツンの眼前で再度跪き、彼女の手を取る。

ξ゚⊿゚)ξ「クー……」

川 ゚ -゚)「……気安く触れることをお許しくださいませ。しかし、あなた様は酷く悲しんでおられます。あなた様を癒す術を私は存じ上げません。
     ですが、こうすることで……いつの日か言っていたように、私に触れることで安心を得られるならば、私の体温を差し上げます」

 クーの手は酷く冷たかった。おまけに肌は荒れていた。
 しかしその理由も日々忙しなくツンの身の回りの世話をするからであり、ツンはそれを彼女の温もりに触れることで理解する。

 ツンは己を見つめてくるクーの瞳を見つめ返す。
 何を思うのか、何を考えているのかすら窺えないシャロの瞳。
 双眸は揺らぐこともなく、まるで鉄のような、それ程の無機質を思わせた。

28 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:40:25 ID:WVkvC8.U0

 だがそれをツンは気味を悪がったりはしない。
 それがクーだと理解しているし、クーの不慣れな優しさを受け取ったからか、逆に心拍数は跳ね上がり頬に赤が差す。

ξ゚⊿゚)ξ「……ありがとうね、クー」

川 ゚ -゚)「いえ、この程度」

ξ゚⊿゚)ξ「この程度なんて言わないで? 十分安心できたよ」

川 ゚ -゚)「……問題の解決にはなりませんが……」

ξ゚⊿゚)ξ「ううん、それでよかったと思う。これはきっと、わたしが考え続けるべき事柄なんだよ。だからいいの」

 ツンはクーの手を握りしめながら、そして瞳を見つめながら笑みを浮かべる。
 それに対してクーは寡言だったが、瞳の奥で感情を思わせる揺らぎが生まれた。

川 ゚ -゚)「……失礼しました、お嬢様。私の手など……」

ξ゚ー゚)ξ「ふふっ……出過ぎた真似、とか言うつもり?」

川 ゚ -゚)「……はい」

ξ゚ー゚)ξ「前にも言ったでしょ? こうして触れ合えることは嬉しいって。昔みたいに……」

 言葉を呟きかけ、ツンは首を振るう。
 それを見たクーも言葉を失うと瞳を伏せ、静かに立ち上がりツンから手を離してしまった。

29 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:40:47 ID:WVkvC8.U0



ξ゚ -゚)ξ「…………」



川 ゚ -゚)「…………」



.

30 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:41:26 ID:WVkvC8.U0
.
 二人は視線を逸らし、結局、仲睦まじげな空気からどことなく距離のあるような空気となる。

ξ゚⊿゚)ξ「……今日のスコーンはなにかな?」

川 ゚ -゚)「はい。チョコチップ入りで御座います」

ξ*゚⊿゚)ξ「やったっ。大好きなんだ、それっ」

川 ゚ -゚)「然様で御座いますか」

 そうして、無理矢理に取り繕ったツンはクーと午後の茶を楽しむが、二人の表情が何処となく晴れないように見受けたのは、恐らく気のせいではない。





  Break.

31 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/13(金) 23:42:24 ID:WVkvC8.U0
本日はここまで。
スレタイのバグ、のようなものは申し訳ありませんご容赦ください。
それではおじゃんでございました。

32名無しさん:2019/09/14(土) 09:36:10 ID:1LybgAis0
2作品同時連載すげーな
乙です

33名無しさん:2019/09/14(土) 17:22:29 ID:OxKQ0i.U0
chromeとかなら問題ないのに専ブラだとやべえ事になる奴な>スレタイ


34名無しさん:2019/09/16(月) 02:22:42 ID:GTEjhEsE0



 3


.

35 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:23:06 ID:GTEjhEsE0

 朝霧に響く音があった。それは連なる三拍子だった。

ξ;゚⊿゚)ξ「わっ、あわっ」

 ロンドン市近郊にある小高い丘の上にはティレル城と呼ばれる城館がある。
 主であるティレル侯爵はこの時分、インドへと渡り戦争の指揮を執っていた。
 一人残された愛娘であるツン・ティレルこそが現状、城主代理だった。

 この日の朝、彼女は馬の手綱を握りしめ広い庭園の景色を駆けていた。
 傍には講師が同じく馬に乗り付け指導を施す。

 時は十九世紀中葉。霧の都と呼ばれた都市は濃い霧に包まれ一寸先も見えない。
 露の結ばれた葉は馬が駆けると雫を垂らし、凪いだ風に答えるように小さく鳴き声を上げる。

ξ゚ー゚)ξ「んっ、よいしょっ……えへへっ。今日も元気だね、バリオス?」

 鬣を撫でつけながらツンは己の白馬に優しい声を紡ぐ。
 牡馬は再度小さく鳴くと速度を緩め、ツンを気遣うようにして静かに歩いた。

 バリオス――ツンの愛馬だった。
 ツンは専ら乗馬が好みだった。
 貴族として馬は当然の嗜みだったが、女性にしては、ツンは珍しく芸術関連よりも馬に執心していた。

 曰く、景色を駆け抜ける速度が病みつき――らしい。
 淑女としてその理由は頷き難いが、父ティレルはそんな彼女の性格をよく知っていたし、そのくらい元気ならば親としても安心だ、と言った。

36 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:23:30 ID:GTEjhEsE0

 普通、貴族令嬢となれば音楽、踊り、芸術等を素養として躾けられる。
 ツンは勉学や芸術はどちらかと言えば苦手としていた。特に数字を見ると昏倒する程だった。

 世界史、他には国史には興味を示すがその程度で、結局、彼女は毎朝の日課としている乗馬を何よりもの楽しみにしていた。
 霧の景色を駆けるツンとバリオス。息はぴったりで、バリオスの様子からしてツンに対する信用信頼は絶対的とも言えた。
 とは言え獰猛な気性でもあり、ツンがその日に跨ると最初は自身の能力を誇示するように大きく動きまわる。
 ややもして満足をすると以降は従順で、ツンはそんな利かん坊なバリオスを気に入っていた。ある意味では似た者同士とも言える。

ξ*゚⊿゚)ξ「よーし、バリオス? あっちに行こうっ」

 元気よく言葉を紡いだツン。指示の通りにバリオスは蹄を鳴らしながら軽やかに景色を走り出した。
 その後を追従するように講師も馬に鞭を打つが、浮かべる苦笑からして、やはりツンの性格には思うところがあるようだった。

 講師の反応は他所に、朝霧に包まれたティレル家の庭園ではツンの可愛らしい声が木霊する。
 そんな可憐な小鳥の囀りを聞くのが侯爵家付近に住まう住民達の一日を迎える儀式でもあった。

 直接に見た数は少ないにしても、毎朝響くソプラノに平民達は頬を緩める。
 ティレル侯爵の一人娘は大層に元気で素直なお方である、と。

 ツンは庶民受けがよかった。
 露出することは滅多にないが、その美貌も含めて人々にはよく注目されていた。
 更には現状、父である侯爵の不在も併せて人々は彼女の胸中に惻隠の情を寄せた。

 侯爵とツンはとても仲睦まじく、理想的な親子とまで言われた。
 そんな愛しの父が戦地へと出向けば当然彼女の内心は穏やかではない。

 ツンは知る由もないことだが、人々は、特に侯爵家の世話になっている者達は屋敷へと訪れると常々彼女に対する言葉を残していく。
 それを託された従者は、或いは、したためられた手紙を手に持ちツンの専属メイドであるクーへと手渡した。

37 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:23:50 ID:GTEjhEsE0

川 ゚ -゚)「…………」

――ツンの部屋にその女性はいた。
 窓辺に寄り添い、外の景色を元気よく走り回るツンとバリオスを見つめている。

 その女性はツンの抱え持つレディースメイドのクーだった。
 彼女は相変わらず寡言で、口を開くこともなかった。

 しかし普段の瞳の色合いと比べて今の彼女の瞳には違う何かがあった。
 それは感情を思わせる色合いで、瞳孔の奥では煌めきが躍っていた。

川 ゚ -゚)「……あまり無茶をさせないでね、バリオス」

 遠くからツンの愛馬へと注意を向けるシャロ。
 当然言葉は届く訳もないが、その言葉の内容は単純にツンを心配してのものだった。

 彼女は現在、ツンの部屋の掃除をしている。
 既に床は終了し、残るはベッドのみとなった。衣服類――ツンが身に纏っていた物も既に他の従者に洗濯をさせている。
 クーは窓に背を向けるとクイーンサイズのベッドへと歩み寄り、天蓋から垂れるレースを手で払い布団へと手を伸ばす。

川 ゚ -゚)「……まだ温かい」

 手を伸ばし、触れると先までここに寝ていた主の体温を感じることが出来た。
 既に朝食後で、ツンの寝起きから幾分か時は経過していたが、それでも温もりは微かに残っていた。

 クーは数瞬動きを止める。そうして何故か俯くが、ややもして息を整えた彼女は再度ベッドメイキングの作業に戻る。
 ツンを包み込んでいたベッドと対峙する。
 シーツを変えそれを折りたたむ。そうすると今度はツンの持つ薫香が解放され、これに彼女は包まれた。

38 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:24:11 ID:GTEjhEsE0

川 ゚ -゚)(……甘い香り)

 ツン特有の香り。それは花蜜を思わせるような悩ましいもので、それを嗅いだクーは再度動きを止める。
 更には瞳は伏し目がちになり、腕の中にあるシーツへと視線は落ちる。
 同時に彼女の鉄面皮に何となし赤の色合いが差した。それに彼女自身が気付いているか否かはまた別としても、彼女の心音は確かに高鳴っていた。

川 - -)「お嬢様……」

 呟き、彼女は腕の中にあるシーツを抱きしめる。その表情は辛そうな、悲しそうなものだった。
 その理由は定かではない。不明だ。だが悲痛な声で主を呼んだ彼女は、確かに意思を持つ、感情を持つ一人の女性だった。

川;゚ -゚)「っ……いけない、私としたことが……」

 それから如何程に時が経過したのか、彼女は正常を取り戻すと顔を上げ、慌てて景色を見渡す。
 相も変わらず景色は無人で、部屋の主も帰還を果たしていない。だが外から彼女の声もしなかった。

 外から声が響かない――それはつまり主が運動を終えたことを意味した。
 彼女は焦燥をする。急いで部屋を飛び出ようとしたが、しかし同時に腕の中にあるシーツの存在を思い出す。

川;゚ -゚)「え、と……あ、うっ……」

 彼女は珍しく狼狽え動揺する。更には混乱し、どうすればいいのか分からなくなってしまった。
 単純に考えて腕の中のシーツを放り出し扉から外に出ればいいが、彼女はシーツを手放せなかった。
 それは決して変態的な意味合いではなく、混乱した彼女の優先順位がごちゃ混ぜになってしまったからだ。

 恐らく既に朝の運動を終えたツンがクーの姿を探しているだろう。珍しく姿を見せない己の従者は何処だろうか、と。
 そうなるといよいよ彼女は急がねばならなかったが、しかし時は既に遅かった。

39 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:24:33 ID:GTEjhEsE0

ξ*゚⊿゚)ξ「――はぁ、楽しかったぁ……あ、クー。ここにいたんだ?」

川;゚ -゚)「お嬢様っ」

 扉を開けて入ってきたのは部屋の主であるツンだった。
 彼女は他の従者に手渡された布で顔を拭きながら満足気な表情で帰還を果たす。
 そうして部屋の中央でシーツを手にしどろもどろしていたクーを発見すると、何ともない調子で言葉を紡ぐのだが――

川; - )「申し訳ありません、お嬢様……私としたことが出迎えの一つもできずっ……」

ξ゚⊿゚)ξ「ん? んー、そんなに気にしなくていいよ? いつもいつも忙しそうだし。だからそんな落ち込まなくっても……」

川;゚ -゚)「いいえ、いけません。レディースメイド足る者、常に主人の傍にて御身の世話を預かり賜るもので御座います」

ξ゚⊿゚)ξ「ん……そうだけど、クーは誰よりもよく働いてるし、今日だってお掃除で忙しかったんでしょう? それに他の人がやってくれたから――」

川; - )「後れを取るなど……最早従者失格で御座います……」

ξ;゚⊿゚)ξ「わっ、わっ、そんなに落ち込まないでっ。いいよ、大丈夫だってばっ。ね?」

川; - )「しかし……」
  _,
ξ;゚〜゚)ξ「うーん、相変わらずクーは融通が利かないなぁ……ん?」

 どうしたものか、と悩んでいたツンだったが、今になってクーの腕の中の物に気付いた。

40 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:25:23 ID:GTEjhEsE0

ξ゚⊿゚)ξっ「クー、なんでシーツを抱えてるの?」

川;゚ -゚)「えっ……」

ξ゚⊿゚)ξ「あ、もしかしてそれを洗おうとしてて遅れたの?」

川;゚ -゚)「あっ、いやっ……」

ξ゚⊿゚)ξ「?」

 珍しい動揺を見せるクーに尚更ツンは首を傾げる。
 そうして何故か瞳を伏せたクーだが、次に紡いだ台詞に――

川; - )「……申し訳ありません。その……夢心地で……」

――顔を赤らめて紡いだ台詞に、ツンは尚更訳が分からなくなった。





 Break.

41 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:25:46 ID:GTEjhEsE0



 4


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42 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:26:06 ID:GTEjhEsE0

川 ゚ -゚)「――なりません、お嬢様」
  _,
ξ゚ 3゚)ξ「ぶーっ……!」

 イギリスはロンドン。首都近郊には純白に染まる城館が存在する。
 ティレル城と呼ばれるそこにはツン・ティレル侯爵令嬢が住まう。

 この日、彼女はレディースメイドのクーに我儘を言った。
 その内容と言うのが、市邑を見て回りたい、と言うものだった。

 貴族諸侯の多くは城、或いは屋敷から外へと出ることが少ない。それは無用だからだ。
 必要な物は全て向こうからやってくる。必需品から何まで等しくだ。これにより買い物に出向く必要はない。

 敷地は広く、ティレル城の庭園は丘一面全てだった。湖まであり、クーはこの敷地内を端々までよく歩き回った。
 だが年頃の彼女は常日頃退屈だった。
 勿論忙しない身であるのは変わらない――内容は教育がほとんどで、目覚めてから寝るまでは多くの素養を授けられるが精神的に暇だった。
 本日は芸術の教科を終えた頃、ツンはクーに切り出した。

43 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:26:26 ID:GTEjhEsE0

ξ#゚⊿゚)ξ「なんで外に出ちゃいけないのっ」

川 ゚ -゚)「無用だからで御座います」

ξ#゚⊿゚)ξ「いつもそればっかりっ」

川 ゚ -゚)「外は危のう御座います」

ξ#゚⊿゚)ξ「子供じゃないんだよ? そうそう危ない目になんて遭わないよっ」

川 ゚ -゚)「ご自身の立場をお忘れで御座いますか、お嬢様」

ξ#゚⊿゚)ξ「侯爵令嬢がなんなのっ」

川 ゚ -゚)「あなた様を目当てに何かを企てる輩がいるかもしれません」

ξ#゚⊿゚)ξ「憶測じゃないっ」

川 ゚ -゚)「危機の範疇で御座いますれば。それを排除するのが当然で御座います」

ξ#゚⊿゚)ξ「他のお家の皆も退屈だって言ってたよっ。わたし達はまるで鳥籠の中にいるみたいだってっ」

川 ゚ -゚)「不自由は御座いません」

ξ#゚⊿゚)ξ「でも自由もないよっ」

川 ゚ -゚)「……お嬢様。どうかお聞き分け下さいませ」
  _,
ξ#゚H゚)ξ「むぅーっ……」

 ツンはここ最近こうして駄々をこねた。
 外の景色が見てみたい、街を歩いてみたい、買い物と言うものをしてみたい、と。

44 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:26:46 ID:GTEjhEsE0

 彼女は外の世界に興味津々だった。
 例えば愛馬のバリオスに乗り付けて丘から市邑を見下ろせば羨望の眼差しを向けたし、従者達に今時はどういったものが外で流行っているのかと訊ねもした。

 それを傍で聞き、見ているクーの胸中は複雑だ。己の主が外の世界に興味を示すとあればそれを叶えてやりたいと思う。

 ところがそういう訳にはいかない。
 貴族とは外に出る用事は確かにないが、しかし貴族を目的とする者は少なくない。
 外で何が起こるかは不明だ。ましてや歳若く知識の拙いツンを外へ出すことは尚更難しい。

 こう言う、所謂お嬢様の退屈からくる憧憬は多く見受けられる。
 各家では常々お嬢様方は外の景色に憧れた。お忍びするような真似をする者も少なくはなかった――パパラッチにあうのが往々だ。

 兎角、クーは不機嫌そうにふくれっ面をするツンの前に立つと、それでもいつもの鉄面皮で罷りならぬ、と主の意思を否定した。

ξ#゚⊿゚)ξ「ねぇ、知ってる、クー。外では今、演劇って言うのが流行ってるんだってっ」

川 ゚ -゚)「……お嬢様」

ξ#゚⊿゚)ξ「パンクロフトって言う劇団がねっ、今、ロンドンにきてるんだってっ。すっごく面白いって言ってたっ」

川 ゚ -゚)「お嬢様」

ξ#゚⊿゚)ξ「あとねっ、あとねっ、ボンドストリートにはいっぱいお洋服や装飾品が売ってるんだってっ。今の流行りはね――」

川  - )「お嬢様っ」

ξ#゚ -゚)ξ「っ……」

 珍しく語気を荒げたクー。
 ツンはまるで叱られた仔犬のように面を伏せた。

45 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:27:13 ID:GTEjhEsE0

川 ゚ -゚)「……憎くて言っているのではありません。あなた様のことを想って言っているのです」

ξ ⊿ )ξ「……分かってるよ」

川 ゚ -゚)「どうかご理解くださいませ、お嬢様」

ξ - )ξ「……うん」

 ツンの声色は沈み、悲しみを思わせる。
 それを耳にしたクーは僅かに手に力を籠めたが、相変わらず表情は崩れない。

川 ゚ -゚)「お嬢様……」

ξ ⊿ )ξ「ごめんね……また我儘言っちゃった。分かってる。私はティレル家の娘だから。だから……我慢する」

川 ゚ -゚)「…………」

 無理矢理に取り繕ったその笑顔は正に偽物だった。
 クーはそんなツンを真正面から見つめると何故か一つ咳払いをした。
 そうしてツンの座る前に膝をつくと、瞳を伏せて静かに語り始める。

46 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:27:35 ID:GTEjhEsE0

川 - -)「……今時はカルティエが流行っております。製法は巧みで御座いますので、信頼も間違いないもので御座います」

ξ゚⊿゚)ξ「クー……?」

川 ゚ -゚)「他にも最近ではフランスのエルメスと呼ばれるブランドが次第に人気を博してきているようです。
     わたくしも拝見させていただきましたが、恐らく近い内には世界最高峰のブランドとなるでしょう」

 何を急に――そう思うツンだったが、けれどもクーは口を休めない。

川 ゚ -゚)「劇団は各地を回っておりますが、ロンドンには後一月ほど滞在するでしょう。
     内容は社会風刺などで御座いますが、中々に洒落もきいておりまして、抱腹ものです」

ξ゚⊿゚)ξ「……うん」

川 ゚ -゚)「ロンドン橋の隣で、タワーブリッジと言う橋が建造される予定です。
     ロンドン橋は……見てくれはあれですので、期待したいところです」

ξ ⊿ )ξ「クー……」

川 ゚ -゚)「キューガーデン近くにあるニューンズと言うお店には、メイズ・オブ・オナーと言う伝統菓子があります。
     それは甘くて美味しくて、お嬢様好みの焼き菓子で御座います」

ξ。 ⊿ )ξ「クーっ……」

 ツンは涙を静かに浮かべると、己の前に膝を突くクーを抱きしめた。
 やってきた温もりにクーは慌てる様子はなかった。
 相変わらずツンには触れようともせず、抱き返すこともしなかった。しかし彼女は珍しく優しい声色で言葉を紡いだ。

47 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:28:01 ID:GTEjhEsE0

川 - -)「……お嬢様、どうかお許しくださいませ。あなた様を外に出す訳には参りません。
     ですが……あなた様が望むのであれば、わたくしの知り得る限りのことをお伝えいたしましょう」

ξ。 ⊿ )ξ「うんっ……うんっ……」

川 ゚ -゚)「辛いお気持ちですか」

ξ。゚ー゚)ξ「ううんっ……有難うね、クーっ……」

川 - -)「……畏れ多いお言葉で御座います」

 ツンはクーへと強く抱き付く。
 それを迎え入れたままのクーも、腕に少しの力を銜え、優しく擁するように彼女を支えた。

川 ゚ -゚)「外は多くのものが御座います。そこには魅力的なものも当然あります。
     好奇心旺盛なお嬢様でありますので、それらに興味を示しましょう。御歳もそう言う時期でありますれば」

ξ。゚⊿゚)ξ「うん……」

川 ゚ -゚)「ですが、それと同時に危機は数え切れず、また、やはりよからぬ目を向ける者もおります。そう言ったことも、どうかご理解くださいませ」

ξ。゚ -゚)ξ「……うん」

川 ゚ -゚)「お嬢様。どうかわたくしをお許し下さいませ……」

ξ。゚⊿゚)ξ「クーは悪くないよ。ううん、とっても優しい。ねぇ、もっと聞かせて。お外にはなにがあるの?」

川 ゚ -゚)「そうですね……何から語りましょうか……」

48 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:28:43 ID:GTEjhEsE0

 ツンはクーを椅子へと腰かけさせると、その膝の上へと座る。
 そんな彼女を落とさぬように抱きしめたクーは、ツンの甘い香りと温もりを感じながら悩んだ。

ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ、さっきのメイズ・オブ・オナーってどう言うお菓子なの?」

川 ゚ -゚)「はい。メイズ・オブ・オナーはパイのようなものでして、中心にはチーズとカスタードがあります」

ξ*゚⊿゚)ξ「美味しそうだねっ」

川 ゚ -゚)「はい、大変美味で御座います。食感も素晴らしいものです。さくりとしていて、ほわっとして」

ξ*゚⊿゚)ξ「ねぇねぇ、クーっ。それって食べられないのかなっ」

川 ゚ -゚)「お望みとあればすぐにでも手配いたしましょう」

ξ*゚⊿゚)ξ「うん、食べてみたいっ」

川 ゚ -゚)「畏まりました……どなたか、どなたか、至急お使いに出向いてはくれませんか――」

 そうして少しもすれば、午後の茶の席にはメイズ・オブ・オナーを頬張るツンの姿があった。
 そんな彼女の傍で質問を寄越されるクーは、一つ一つを丁寧に答え、優しい時間が流れていた。





 Break.

49 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:29:03 ID:GTEjhEsE0



 5


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50 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:29:25 ID:GTEjhEsE0

 雨の降るロンドン。夜雨に打たれるティレル城では弦を弾く音がある。
 コンサートグランドを撫でつけるように弾くのはクーだった。
 軽やかなハーモニー、そしてメロディから生れ落ちる世界は聴く者の心を澄ます。

 雨粒は窓を叩くのだ。それは彼女の奏でる音楽に身を寄せんとする為だった。
 優しげな囃子を耳にしながらも、しかしクーは指を休めない。

 曲の名はない。即興だった。
 普段から感情を思わせない彼女だが、不思議と音色からは感情が豊かに伝わってくる。

川 - -)「…………」

 瞳を瞑り世界を構築するクー。
 そんな彼女の傍では一人の少女が夢心地のような表情をしてクーを見つめていた。
 少女の名はツン・ティレル。この城館の管理を任されているティレル侯爵の一人娘だった。

 ツンは鍵盤と向かい合うクーを眺めていた。
 その指の動きからペダルを踏む動作の一つ一つに注目する。更に視線はクーの表情にまで向かう。

 まるで絵に描いたような――そう思う程に鍵盤を叩くクーは名画のそれだった。
 見てくれはそもそも佳人だった。しかし普段の鉄面皮が嘘のように彼女の顔には笑みがあった。

 長い睫毛が時折動きを見せる。何を思うのか――本人にしか分からないが、伝う音、そして空気感からツンはクーの機嫌が頗るよいものだと悟る。
 ツンは再度彼女に注目する。クーの長い指が鍵盤を叩く――そのしなやかな指、磁器のような肌の質感、そして艶やかな長い黒髪。

ξ*゚⊿゚)ξ(きれい……)

 美しいと誰もが思うが、アリスは見惚れることすら恥じらう。それ程にシャロの醸す空気は極まっていた。
 頬を赤く染め、蕩けるような瞳でクーを見つめ続けるツンは言葉を失うばかり。しかしツンは心地よさを得た。

51 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:29:49 ID:GTEjhEsE0

 いっそ、外の雨はクーが降らせているものだとすら思った。
 今宵の雨は彼女の音楽と戯れ踊る。
 優しげな旋律はロンドン市を包み安寧を齎す――つまり、ツンはクーのピアノが大好きだった。

川 ゚ -゚)「……このような感じで宜しいでしょうか」

ξ;゚⊿゚)ξ、「あっ……うん、うんっ。すっごくよかったっ」

川 ゚ -゚)「お褒めに与り恐悦至極……」

 が、世界に浸っている合間にクーはアウトロへと移り最後のコードを叩いて了となる。
 唐突に世界が終わったことにツンは呆けたが、しかし普段通りの無表情を装着したクーを見たツンは、少し物寂しくも思ったがクーを褒め称える。

ξ*゚⊿゚)ξ「久しぶりに聴いたぁ、クーのピアノっ。ねぇ、なんであんまり弾かないの?」

川 ゚ -゚)「……畏れ多いことですので。お許しを得たとは言え、わたくし程度の者がグランドサイズのピアノに触れることは憚られます」
  _,
ξ゚〜゚)ξ「そんなことないのに……ねぇ、やっぱりクーがピアノをわたしに教えてよ」

川 ゚ -゚)「なりません。専属の講師の方がいらっしゃいます」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「クーのピアノが好きなのに……」

 今宵、ツンは駄々をこねた。その内容と言うのは、久しぶりにクーの奏でる音楽が聴きたい、というものだった。
 これを寄越されたクーは悩む。

 クーは幼い頃からピアノを得意としていたが、大きなピアノに触れることには抵抗があった。経験としてはスクエアが最も親しみがある。
 ティレル家に勤めるようになってから何度か触れる機会もあったが、しかしその度に彼女は何とも言えない気持ちになった。

52 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:30:11 ID:GTEjhEsE0

 荘厳、に足すことの高揚感。
 弦の重さから音の弾み、ボディの材質まで、兎角全てが別次元で、一瞬で彼女はグランドに恋をする。
 だが頻繁に触れることは許されず、また、やはり彼女の謙虚な性格故か己から弾こうとすらしなかった。

 しかしそれでも触れる機会はあった。その理由の全てはツンだった。
 ツンが幼い頃からクーは面倒を見ていたが、ツンは特にクーのピアノに首ったけだった。

 彼女に求められたらクーは断れない。
 だがそれを理由にピアノに触れられるとなると、実のところクー自身も悪い気はしないし、久しく音楽と向き合うと、それは己との対峙にも思えた。
 音楽に生涯を捧げた訳ではなかった。だが命を形成する一つのものとして、クーにとって音楽は欠かせない要素だった。

川 ゚ -゚)「さあ、今宵はこのくらいで」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「えーっ……」

 クーは席から立ち上がりツンへとそう言うが、けれどもツンは物足りていない。

ξ*゚⊿゚)ξ「あ。ねぇ、そうだクー。私が歌うから範奏をお願いっ」

川 ゚ -゚)「歌、で御座いますか」

ξ*゚⊿゚)ξ「うんっ」

 乞われたクーは仕方なしに再度腰かける。

53 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:30:37 ID:GTEjhEsE0

ξ*゚⊿゚)ξ「それじゃあ、いっくよーっ」

川 ゚ -゚)「畏まりました」

 三つの指を立てたツンの指示を見てクーはキーを把握する。
 ジャムセッションだった。Eから始まり、スケールをなぞるクーはなんとなしにツンの音階を把握し、彼女の歌声に添えるように音を重ねた。

 こう言った戯れは初めてのことではない。やはりこれもツンが幼い頃から要求されるものだった。
 空気はカプリッチョ。ツンの性格からして展開は先が読めない。故にクーは変則的な旋律を奏でる。
 それに応えるようにツンも笑いながらソプラノを奏でた。

川 ゚ -゚)(心地がいい……)

 ピアノと戯れる少女の美声――クーは自身の音色ではなくツンの歌にばかり気が向く。
 ハイトーンな、そして甘えるような歌声。幸せそうに笑みを浮かべ踊るツンはクーの舞台を花咲かせる。
 その景色に心地よさを、そして幸福を得たクーは自然と笑みを零す。

ξ゚⊿゚)ξ(楽しいね、クー……)

 クーの表情を見てツンは胸が締め付けられた。頬に熱が差し歓喜が湧いてくる。
 ツンは段々とクーの傍へと歩み寄ると、いつしか互いは互いを見つめ合っていた。

 ツンが微笑む。それにクーは微笑みを返す。
 今宵の舞台に水を差す者は誰もいなかった。窓の外ではロンドンを静寂に包む雨が降り続く。
 二人はこの世界には己達しか存在しないのだと思った。

川 ゚ -゚)「……了、で御座います」

――だがそんな世界もクーの手が止まると消え去る。
 ツンは一つ呼吸を置き、対してクーは瞳を伏せて無感情に言葉を紡いだ。

54 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:31:02 ID:GTEjhEsE0

 二人の距離は近かった。ツンの眼前にはクーの横顔がある。
 ツンは意図せず、無意識のままに彼女の頬へと――クーの頬へと手を添えた。

ξ゚⊿゚)ξ「……楽しかったね」

川 - -)「……はい」

ξ゚⊿゚)ξ「ねぇ。やっぱりクーが教えて。ピアノを」

川 - -)「それはなりません」

ξ゚ -゚)ξ「……どうしても?」

川 - -)「……お嬢様。お手を……」

 クーは未だに瞳を伏せたままだった。その理由はツンを視界に捉えない為だった。
 二人は描かれた景色で存分に互いを見つめ合った。心を交わし、全てが完了した時、そして現実を取り戻した時――クーは胸に苦しみを抱く。

 だがそんな彼女に熱を与えるのはツンだった。その瞳は揺れ、クーはそれから逃れようとする。
 対するツンは双眸を真っ直ぐにクーへと向ける。

ξ゚ -゚)ξ「楽しかったね、クー。まるで昔みたいに」

川 - -)「…………」

ξ゚ -゚)ξ「昔はもっと、わたし達の距離は近かった気がする。もっと……もっと身近で、もっと……幸せだった気がする」

川 - -)「…………」

ξ゚ -゚)ξ「クー。わたしを見てよ」

 その一言にクーの心臓が跳ねる。
 だが瞳は閉ざされたままで、表情にも変化はなかった。

55 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:31:34 ID:GTEjhEsE0

ξ゚ -゚)ξ「手を取って、お膝の上に乗って……昔のままに接しようとしてくれる。でもね、クー。なんで笑ってくれないの」

川 - -)「…………」

ξ゚ -゚)ξ「さっきまで、本当に幸せだった。クーもそうでしょう。笑ってた。前みたいに……笑ってくれたじゃない」

川 - -)「…………」

ξ゚ -゚)ξ「それとも夢だったの――」

川 ゚ -゚)「――夢で御座います」

 クーはツンの手に己の手を重ねると退け、更には無感情な瞳でツンを見つめた。

川 ゚ -゚)「夢なのです、お嬢様。全ては夢。過去は過去なのです」

ξ゚ -゚)ξ「クー……」

川 ゚ -゚)「……夢はいつか覚めるもので御座います」

ξ゚ -゚)ξ「……なら、いつ夢は叶うの」

川 ゚ -゚)「叶いません。夢は見るもので御座います」

ξ - )ξ「っ……」

 ツンの瞳に涙が浮かぶ。

56 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:31:59 ID:GTEjhEsE0

川 ゚ -゚)「さあ、お部屋へとお戻りくださいませ、お嬢様」

ξ。 - )ξ「…………」

川 ゚ -゚)「お嬢様――」

ξ。 д )ξ「クーの夢はいつ覚めたの」

川 ゚ -゚)「――……」

 窓を叩く雨音。
 次第にそれは強まり、ティレル城を包み込んでいく。

川 ゚ -゚)「……とうの昔に」

ξ。 д )ξ「……叶えようと思わないの」

川 ゚ -゚)「…………」

ξ。 д )ξ「ねぇ、クー。いつかわたしも夢から覚めるのかな。このお屋敷から出て、誰かの下にいくんでしょ」

川 ゚ -゚)「……はい」

ξ。 д )ξ「それって幸せなことかな。わたしはずっと夢を見ていたいよ。クーがいれば――……」

――景色には雨音が響くのみ。
 広間では沈黙が生まれ、二人は面を伏せ言葉を失う。

57 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:32:23 ID:GTEjhEsE0

川 ゚ -゚)「……お部屋へどうぞ」

ξ。 - )ξ「……最後に一ついい」

川 ゚ -゚)「なんでしょうか」

ξ。 - )ξ「クーの夢ってなんだったの」

 クーはツンに背を向け先導するように足を運ぶ。
 そんな彼女へと最後の質問を投げかけたのはツンだった。

 クーが振り返ることはない。
 ただ、唇を噛みしめ、悲痛な表情をした彼女は――

58 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:33:03 ID:GTEjhEsE0





川  - )「忘れました」



ξ。; -;)ξ「――っ……」




.

59 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:33:25 ID:GTEjhEsE0



――そう呟き。
 クーの背に立っていたツンは、その言葉を聞いて静かに一筋の涙を零した。


.

60 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:33:52 ID:GTEjhEsE0





 Break.





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61 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/16(月) 02:34:19 ID:GTEjhEsE0
本日はここまで。
おじゃんでございました。

62名無しさん:2019/09/16(月) 07:38:01 ID:htPP3AAU0
おつです

63名無しさん:2019/09/18(水) 17:08:56 ID:03.aCtrQ0
ペース早いし現行他にも持ってるって神かよ
おつです

64 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:03:39 ID:NAygX1BA0



 6


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65 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:04:02 ID:NAygX1BA0

 ツンは夢を見ていた。それは幼い頃の記憶だった。

 当時ツンは未だ齢十にも満たなかった。その頃は父のティレル卿も城館で生活をしていた。
 従者等に愛でられつつ、時に悪戯をしては叱られつつ、けれどもツンは健やかに育った。

川 ゚ー゚)『――初めまして、ツンお嬢様。クーと申します』

 いつかの年の春に彼女はやってきた。優しい笑みを浮かべ、背の低いツンの視線に合わせて屈む。
 長い睫毛、艶やかな黒髪は絹を思わせ、淡い薫香がした。
 何よりもその美貌は比類なき程で、ツンはまるでお人形さんがきたみたいだ、と思った。

 レディースメイドとしてツンに宛がわれたクー。
 ツンは彼女によく懐いた。それと言うのも優しい性格と、何よりも温かな笑みがあったからだ。
 それを向けられ、或いは触れられるとツンは心臓が熱くなる。
 幼いツンにその理由は分からなかったが、しかしツンは自身の感情を大切なものとして認識していた。

ξ*゚⊿゚)ξ『クー、あそんであそんでっ』

川 ゚ー゚)『ふふっ……はい、喜んで』

 クーは当時から言葉数は少なかったが今よりかは喋るし、感情も素直に出していた。
 ツンの願い事には笑顔で頷き、例えば悪戯をされても叱りつけたりはせず、優しくツンの頭を撫でた。

 ティレル卿はそんな二人の様子を知りつつも許容していた。どころか仲睦まじい関係性に安心をした。
 彼女――クーならばツンのよき理解者となり、その分、親身になって教育や躾をこなすだろう、と。
 そして淑女としてツンを導き――ツンが嫁ぐまで、よく尽してくれるだろうと思った。

川 ゚ -゚)『――お早う御座います、お嬢様』

 ある時からクーは笑わなくなった。声も冷淡で感情を見せなくなった。
 ツンは困惑し、何かあったのかと訊ねたがクーがそれに答えることはなかった。

66 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:04:28 ID:NAygX1BA0

 彼女の変化には城中の者等が戸惑ったが、けれども一年が過ぎ、更に二年が過ぎ――時が経過するにつれ皆の認識は現状のクーで落ち着いた。

 鉄面皮とまで称される無感情な様。
 決して仕事を蔑ろにすることはなかったが、その生き様はある種は機械的であり、誰ぞかは産業、工業革命の見本だと揶揄した――この者はツンに解雇を告げられた。

 兎角、クーはとある時期を境に人が変わってしまった。
 ツンは大好きだった彼女の笑みを見ることが出来なくなった。それに対する悲しみは深く大きい。
 記憶の残滓――否、それは宝物。最早彼女の笑みを見ることが叶うのは夢の中だけだった。

ξ ⊿ )ξ(どうして。どうしてなの、クー)

 理由は不明――ではない。本当は理解をしていた。
 しかし未だ本人から真意を確かめたことはなかった。

 二人には秘密があった。それは愛しの父に対しても言えないことだった。
 だがそんな秘密は時の経過と共に追憶の断片と化す。

ξ ⊿ )ξ(夢……夢なんだ。本当に見ることしか出来ないの……?)

 夢は叶えるものではなく見るもの――クーが口にした台詞を思い出す。
 その言葉は夢の世界に響き、景色に映るクーの笑みを掻き消していく。

 それにツンは焦燥し、クーの笑みを護ろうとした。小さな手足を動かして響きが掻き消す笑みを追う。
 だが追えども追えども景色は崩れるばかり。次第に辺りには虚無が広がり、ツンは立ち竦んだ。

ξ ⊿ )ξ(追っても追っても……追いつけない。なんでなの……)

 それが夢――叶わないものだとツンは理解をしていた。だがそれでも諦めたくはなかった。
 景色に再度クーの笑みを取り戻そうとする。だが恐ろしいことにツンはクーの笑みを忘れてしまった。

67 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:04:58 ID:NAygX1BA0

ξ; ⊿ )ξ(やだ……やだよっ。笑ってよ、クーっ……)

 景色が暗黒に支配された。何も響かず、何も生まれず。
 ツンは蹲り、涙を零して記憶に縋る。

 愛しきその景色を――未だクーが優しく笑ってくれた日のことを思い出そうとするが、いつしか夢は覚める。
 去来する景色は色褪せ、時の経過と共に形を失っていく。
 ツンは己の中の何かが奪われた気分だった。それを失う訳にはいかないと必死になる。

ξ;⊿;)ξ「――やだよ、いかないでよ、クー!」

――そんな叫びが今朝のツンの目覚めだった。
 外の景色は雨だった。英国は雨が多い。夏とは違い高湿度の冬の時期、冷たい雨が朝の窓辺へとやってくる。
 窓を叩く雨音を耳にし、ツンは忙しく鳴り響く鼓動を静める為に深く呼吸を続けた。

川 ゚ -゚)「――……大丈夫ですか、お嬢様」

 そうしてツンはようやっと彼女の存在に気付いた。それは彼女専属のレディースメイドであるクーだった。
 クーは珍しくその表情を曇らせツンを見つめていた。
 半身を起していたツンは声のする方へと――出入り口の方へと視線を向け、そこに立っているクーを見つけると静かに涙を零した。

川 ゚ -゚)「如何なさいましたか。悪い夢でも……」

 言葉を発することもなく、更には瞬きの一つもせず、まるで壊れてしまったように涙を流すツンへとクーは慌てて駆け寄る。
 そうしてツンを心配そうに見つめるクーだったが――

68 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:05:19 ID:NAygX1BA0

ξ;⊿;)ξ「ねぇ、クー」

川 ゚ -゚)「お嬢様……」

 ツンは寂しそうに、そして悲しそうに笑みを浮かべた。
 それを目の前にしたクーは視界が揺れ胸が締め付けられる。
 何故ツンがそのような状態になっているのかは謎だったが、しかし精神的負荷は多大なるものだとクーは即座に悟った。

川 ゚ -゚)「お嬢様、すぐに医者を呼びます。少々お待ちに――」

ξ ⊿ )ξ「いかないでっ」

 身を翻し再度表へと飛び出ようとしたクーの手をツンは咄嗟に掴む。
 その力の加減と言えば幼子らしからぬ程で、クーは軽い驚愕をした。

 更には勢い余り、クーはツンに覆い被さるようにベッドへとなだれ込む――否、それはツンが無理矢理にクーを引き寄せ、己の意思でベッドへと招いたからだ。

川;゚ -゚)「…………」

ξ ⊿ )ξ「…………」

 互いの顔の距離は近かった。いっそ唇と唇は触れても可笑しくない間隔で、互いの瞳には互いしか映らない。
 ツンは熱っぽい瞳でクーを見つめる。それに対してクーは毎度のように瞼を閉じようとするが、不思議と閉じることが出来ない。

69 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:05:41 ID:NAygX1BA0

川 ゚ -゚)「……お嬢様。危のう御座います。無理に引き寄せてはいけません。それにお身体に触れてしまいます」

ξ ⊿ )ξ「…………」

川 ゚ -゚)「……腕を放してくださいませ。これでは外に出られません」

ξ ⊿ )ξ「…………」

川 ゚ -゚)「お嬢様」

ξ ⊿ )ξ「――いや」

 反抗の意思を向けられたクーは面食らう。
 珍しいその態度――それは先までの危うげな空気の所為もあるのかもしれない、とクーは自己完結をする。

 だが未だに不安は残るし、何よりとして理由も経緯も不明なままに現状を見過ごす訳にもいかなかった。
 故にクーはツンの身体に触れないようにしつつ、ベッドに腕を突いて立ち上がろうとするのだが――

ξ ⊿ )ξ「だめ」

川;゚ -゚)「っ……」

 今度はツンの腕がクーの首へとまわされ、より一層互いの距離は狭まる。
 ツンの自重を受けクーは立つことがかなわなくなる――どころか既に密着していた。
 互いの体温を感じる。吐息は互いの頬を撫で、互いの持つ香りが入り混じる。

70 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:06:04 ID:NAygX1BA0

ξ ⊿ )ξ「覚えてる、クー」

川;゚ -゚)「…………」

ξ ⊿ )ξ「わたしは忘れた日なんて一度もない。あの日々を……毎日笑ってくれてたクーのことを。そして――」

 一度言葉を切ったツンは再度息を吸うと残りの言葉を紡いだ。

ξ。 ⊿ )ξ「――……好きだって……言ってくれた日のこと」

――ツン・ティレル嬢と寡言なクーには二人だけの秘密があった。
 それが全ての原因となり、それ故に互いは距離をおき――ツンはそれでも尚とクーを求め、クーは仮面を身に着けツンから距離を置いた。

71 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:06:32 ID:NAygX1BA0




ξ*^ー^)ξ『好きだよ、クーっ』


川 ゚ー゚)『私も大好きですよ……ツンお嬢様』




.

72 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:06:52 ID:NAygX1BA0



 ティレル城と呼ばれる城館には見目麗しき少女と乙女がいる。
 少女の名はツン・ティレル。乙女の名をクーと呼んだ。
 主従の関係にある二人だったが、二人はお互いが、初恋の相手だった。


.

73 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:07:23 ID:NAygX1BA0



 Break.


.

74 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:07:45 ID:NAygX1BA0



 7


.

75 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:08:08 ID:NAygX1BA0

 少女と乙女の関係は曖昧だった。それが恋仲かと問われたら明確なものはなかった。
 ただ、両者は互いに通常とはまた違う感情を抱いていたのは事実で、少女も乙女も、互いは恥じらいつつも、それでも気持ちを互いに向けていた。

 一種は友情関係の延長のようなものと言えた。
 少女が歳若いこと、そして乙女が恋愛経験に乏しいこともあったが、二人はそれが愛なのかすら理解出来ていなかった。
 好意には様々な形がある。結局、お互いがそれを初恋だと理解したのは関係が壊れてから――互いが距離をおいてからのことだった。

ξ ⊿ )ξ「クー……」

川;゚ -゚)「…………」

――クーを抱き寄せるのはツンだった。外では相も変わらずに雨が降り続ける。
 朝のティレル城は静かだった。物音の一つもせず気配もない。

 肌寒い気温の中、それでも二人は熱を抱き顔は火照る。
 ツンはクーを逃すまいと見つめ、クーは必死で瞳を閉じようとするが何故か閉じることが出来ない。

 ツンに呼ばれたクーは返事をすることはなかった。
 それは一つの反抗の意思で、つまりはこの状況を受け入れるつもりがないと言外に伝えている。
 だがツンはそれも構わないとばかりに更にクーを抱き寄せる。密着すると互いの体温がいよいよ重なった。

ξ ⊿ )ξ「……温かいね、クー」

川;゚ -゚)「…………」

 ツンの体温は低いがクーの体温は高い。
 両者の体温が交わるとそれは丁度良い塩梅だった――が、クーの胸中は穏やかではない。

76 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:08:31 ID:NAygX1BA0

 表情は平時の如く鉄のそれだったが、眉を寄せ、頬を染めるその表情は佳人そのものだった。
 月花も恥じらうその様子にはたちまちツンも虜となり、蕩けた眼でクーを見つめる。

ξ ⊿ )ξ「抱きしめて、クー」

川;゚ -゚)「お嬢様……」

ξ; ⊿ )ξ「命令だよ……ねぇ」

 令となれば従わぬ訳にはいかない――だがクーは戸惑い、その震える腕をぎこちなく動かすのみだった。

 対するツンはその様子に文句を言うでもなく、けれども待ち望むような顔をして彼女の抱擁を今か今かと夢見ていた。
 ツンは口元をクーの首へと埋め、クーの香りを聞(き)く。
 クー特有の果実然とした薫りにアリスは脳を掻き乱され、次第に吐息が荒くなる。

 首元に寄越される熱い息にクーの心音は跳ねるばかりだった。
 視線を下ろせば、そこには仔犬のような上目使いで見つめてくるツンがいる。

 クーの動悸は急き、ともすれば呼吸が乱れる。
 如何に鉄面皮と称される彼女でも、主人の乱れる様と対すれば平常心は消え去る霞の如くだった。

川;゚ -゚)「……聞けません」

ξ; - )ξ「ダメ……ダメだよ、クー……」

川;゚ -゚)「お嬢様っ……」

ξ; д )ξ「抱きしめてっ……」

77 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:08:54 ID:NAygX1BA0

 唇と唇が触れる距離――触れずとも伝わるのは熱情であり、駆り立てるそれは容易にクーを狂わせる。
 箍と呼ばれるものがあるとすれば、今この時こそ彼女の制御は解き放たれた。

ξ; ⊿ )ξ「あっ――」

 クーは震える腕でついにツンを抱きしめた。
 柔らかくしなやかな体躯、細い肢体。齢十三歳のツンの情報が触れることにより明確になる。

 肌は瑞々しく薄らと汗が浮く。興奮の作用もあってか若干上気し、心音は大きく響く。
 漏れた甘い声はクーの耳朶を濡らし中耳を突き抜け脳へと突き刺さった。官能、かつ扇情的な響きは思考を鈍らせていく。

川; - )(私は、何をっ……)

 正常な部分が自身に問いを向ける。が、それに対する返答はない。
 クーはその事実に驚き、いよいよ気でも違えたかと叫び散らしたくなった。

 だが本能こそが彼女をそうさせた。
 彼女が今に至るまでどのような想いを秘めていたのか――それは未だに定かではない。
 しかし、例えばツンのベッドシーツを抱きしめたり、或いは彼女の残り香に浸ったり、ともすれば体温を求めたのは事実だった。そう言った事実こそが全てを物語る。

 対してツンは長い睫毛を震わせ、更には涙を結び静かに笑みを浮かべた。
 その腕はいつのまにかクーの首元から離れ、背を抱きしめると離さぬように擁する。

ξ - )ξ「ずっと……こうしたかったっ……」

川; - )「っ――……」

 ツンの台詞にシャロの視界が揺れ、まるで鈍器で殴られたような感覚を得た。それは衝撃的な言葉だった。

78 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:09:15 ID:NAygX1BA0

川; - )「……友情の台詞ではないのですか」

ξ ⊿ )ξ「……そんなのじゃないもん」

 幼い彼女に恋心というものが理解出来るのか――そう、クーは内心で思っていた。
 昔、互いが交わした愛の言葉は友情のそれと同義だろうとクーは結論付けていた。
 ところが今の台詞は恋情を意味する台詞だった。

川; - )「お嬢様。あなた様は勘違いをしています。私は……女です。あなた様と同性なのです。ならば抱くのは愛情ではなく――」

ξ ⊿ )ξ「だからなに?」

 言葉を遮るツンは再度クーの顔へと急接近する。
 迫ったツンの表情は真剣そのもので、クーは初めて垣間見るその表情に、まるで歳不相応な雰囲気に完全に呑まれた。

ξ ⊿ )ξ「もう誤魔化すことなんてできないよ。ねぇ、クー。ずっとずっと……好きだった。クーもそうでしょ? 何も可笑しくなんてないよね?」

川; - )「お嬢、様……」

ξ ⊿ )ξ「普通だとか、一般的だとか……わたしの立場が特別だとしても。
       それでも誰を好きになったっていいはずでしょ。わたしが誰に恋をしたって、わたしの自由でしょ」

 ツンの様子は一種の暴走状態にも等しかった。だがそれもある意味では仕方がなかった。
 ある日突然クーの態度は変わり、以降互いの距離感は詰まることもなく、また、以前の時のような友人関係らしいものもない。
 結果としてツンは愛しい日々を失ったと言えた。

 だが昨夜のことだ。
 クーが口にした台詞――夢は見るものであり叶わないものと言う台詞。そして、己は夢を忘れてしまったと言う台詞。
 それがツンを極限まで追い詰め、覚醒へと導いた。
 最早止まる術もなく、また、止まる気もないツン。そんな彼女はクーの唇へと迫る。

79 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:09:37 ID:NAygX1BA0

ξ ⊿ )ξ「いつか……いつか夢を見ることが出来なくなるとしても。それでも、好きな気持ちに嘘はつけないよ。
       夢を叶えたいと思うのは悪いことなの?」

川; - )「ダメですっ……お嬢様、それだけはっ――」

ξ ⊿ )ξ「思い出させてあげる。一緒に夢を見て、そして叶えよう、クー……」

――朝のティレル城は雨に濡れる。梢には身を寄せ合う番の鳥が朝焼けを待ち望んでいた。
 だがこの日の雨は止まない。何故ならば雨は恋をするからだ。

80 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:10:01 ID:NAygX1BA0



「んっ……」



ξ*-(゙ ; 川



「んっ――」


.

81 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:10:22 ID:NAygX1BA0



 口付けを交わす二人を、せめて夢の心地のままにと。
 雨は降り続け、そうして秘めた愛を静かに見守り、静寂にて乙女達を祝福した。


.

82 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:10:42 ID:NAygX1BA0





 Break.




.

83 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/19(木) 07:11:17 ID:NAygX1BA0
本日はここまで。
また週末にでも投下しようと思います。
感想等もありがとうございます、とても嬉しいです。
それではおじゃんでございました。

84名無しさん:2019/09/19(木) 21:25:25 ID:pqT3wFek0
otu

85 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/21(土) 14:45:50 ID:0IXk6Jtg0



 8


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86 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/21(土) 14:46:13 ID:0IXk6Jtg0

 クーがティレル家にきたのは凡そ八年前。
 彼女は百姓の生まれで代々ティレル家の世話になっていた。そんな彼女は奉公としてティレル城の門戸を叩く。
 その美貌を見たティレル侯爵は彼女を気に入り、一年もしない内に彼女をツン専属のレディースメイドへと任命する。
 元よりレディースメイドは歳若い女性に任されるが、クーの場合、この時分まだ十代だった。
 予想外の出世に彼女自身大層に驚愕をしたが、しかしその驚愕を遥かに超える衝撃こそがツン本人を前にした時だった。

ξ゚⊿゚)ξ『あなたはだぁれ?』

 彼女と初めて対面した時、クーは言葉を失った。
 幼いにしても既に片鱗を思わせるのだ。将来は花も恥じらう佳人のそれになると。そして同時に鼓動が忙しくなった。

川;゚ -゚)(なんと可憐なっ……)

 両者の歳の開きは十と幾つか。更には同性な上に主従の関係になる。
 だがクーはそんな事実は他所に胸に淡い気持ちを抱いた。あどけない笑みを寄越されると顔を赤く染め上げた。

ξ゚⊿゚)ξ『あなたがわたしのメイドさん?』

川;゚ -゚)『あっ……は、はいっ』

 呼ばれ、情けのない返事をするクー。
 しかしツンはそんな反応に笑う。

87 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/21(土) 14:46:36 ID:0IXk6Jtg0

ξ^ー^)ξ『くすくすっ……ねぇ、よろしくね、メイドさんっ』

川;゚ -゚)『はいっ、お嬢様っ』

ξ゚ー゚)ξ『おなまえはなんていうの?』

川;゚ -゚)『クーと申しますっ』

 てんやわんやとするクーだったが、そんな彼女へと近づいてきたツンは己の小さな手を伸ばす。
 それをクーは呆けたように見つめるのだが――

ξ゚ー゚)ξ『あくしゅっ』

川;゚ -゚)『へっ』

ξ゚⊿゚)ξ『だめ?』

川;゚ -゚)、『あっ、いやっ……』

 思わぬ行動に面食らうクーは、それでも求めに応じてツンと握手を交わす。
 その小さな手のひら、更には柔い感触にクーは今一度ツンの歳を理解する。更には遅い実感が湧いた。

川 ゚ -゚)(……私がこのお方の支えになるんだ)

 従者としてツンを支え、彼女の生活全てを充実させるべく――彼女に何もかもを捧げ、彼女の幸福の為に身を粉にするのだ、と。
 庇護欲と責任感の板挟みになったクーだったが、けれども不思議と彼女はその状態に心地のよさを覚えた。

88 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/21(土) 14:46:56 ID:0IXk6Jtg0



 先のツンの暴走から一日が経過した。
 その日の午後、クーはアフタヌーンティーの準備をしながら過去の出来事に意識を向けていた。
 初めてツンと対面した時の気持ちを思い出し、彼女は深く溜息を吐く。
 決してやましい想いがあった訳ではなかった。従者としての責務を全うせんと心に決めた誓いの時だった。

川 ゚ -゚)(どうしてこんなことに……)

 昨日ツンに口付けを寄越されたクーはその日一日気が気ではなかった。
 例えば皿を落としたり、躓いて尻を突いた。他の使用人達は珍しい彼女の様子に如何したかと問いを向けたが、それに対してもクーは適当な返事しかしなかった。

 更に上の空だったのはクーのみならず、問題の張本人であるツンもだった。
 食事の際はフォークとナイフを逆に構え、クーとの授業となると常々顔を赤く染め上げまともにクーを見ようともしなかった――これはクーも同様だった。

 今朝なんぞは久しく落馬をした。
 落馬と言えども振り落された訳ではない。跨る寸前にずり落ちた。
 これには講師だけでなく愛馬であるバリオスすらも驚き、本日の乗馬はその瞬間に取りやめとなる。

川 ゚ -゚)「あ……」

 クーの深い溜息が静寂に染まるが、その時になってようやく彼女は準備が完了していることに気付いた。
 何をしているのか、とクーは自身に苛立つ。
 今の今迄従者のそれとして相応に生きてきたつもりだった彼女だが、今の彼女はまるで素人同然だった。

川 - -)(……気を引き締めなさい、私……)

 そう発起するも昨日の口付けを思い出すと再度顔は赤く染まり視界が揺れる。
 堪らずに自身の頭を叩いた彼女はその映像を掻き消そうとした。
 果たしてそれに効果はなかったが、ある程度の冷静さを取り戻した彼女はワゴンを押して主人の部屋へと向かった。

89 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/21(土) 14:47:19 ID:0IXk6Jtg0

川 ゚ -゚)「……失礼します、お嬢様」

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ、あっ……うんっ……」

 戸を叩き主人の――ツンの返事を待つ。
 返事がくるまでにかかった時間は凡そ十秒。何をそうも戸惑うのか――それはある意味では明確なものだった。
 しかしクーは問いを向けることはせず、静かに扉を開くとワゴンと共に入室を果たす。
 そうしてソファの上で何故か正座をしているツンを発見すると、何故か彼女も動きがぎこちなくなってしまった。

川 ゚ -゚)「……お待たせいたしました、お嬢様」

ξ;゚⊿゚)ξ「う、うん……」

 ツンの様子は端的に申してらしくない――どころの騒ぎではなく、また、昨日の様子から比べると非常に不自然だった。
 つまり、彼女は振り返るとようやっと自身の仕出かした所業に自責と後悔を抱いた。
 クーと口付けを交わすまでの記憶は曖昧で、自己と呼べるものを取り戻したのは情熱を交わした瞬間だった。
 結局、二人は言葉を失ったままに自然と離れ、以降は普段通りに徹しようと互いに努力をしたが、それは下手な役者の芝居だとか演技にも等しかった。

ξ;゚⊿゚)ξ「き、今日のスコーンは……」

川 - -)「……こちらのクリームとクランベリージャムにて御堪能なさいませ」

ξ;゚∀゚)ξ「わ……わーい、わたしクランベリー大好きー……」

 瞳を伏せて説明をするクーに対しツンはしどろもどろだった。
 スコーンを手に取りジャムを乗せ、更にクリームを添えようとするが、何を思ってかクリームの行方は紅茶の中だった。
 だがアリスは構わずにクリーム仕立ての紅茶を口腔へと含み、妙な食感(テクスチャ)を味わいながらにそれを飲み込む。

90 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/21(土) 14:47:41 ID:0IXk6Jtg0

ξ゚⊿゚)ξ「あ……そっちのケーキって……?」

川 ゚ -゚)「如何なさいましたか」

ξ゚⊿゚)ξ「あ、ううん、その……まだ切り分けてないんだなっ、て」

川;゚ -゚)「――……っ」

 ツンの視線が向かった先にはホール状のケーキがある。
 フルーツを大量に散りばめられたケーキを見てツンの胃が急速に動きをみせたが、しかし珍しいことにカットの一つもされていない。
 よもやこの場で切り分けるつもりか、とクーを再度見つめたツンだが――
  _,
川 ///)「……申し訳ありません、お嬢様……」

 彼女は顔を真っ赤にすると、急いでナイフを手にケーキを切り分け始める。
 その様子を見たツンは何故だか安心をする。緊張をしていたのは、普段の通りにできないのは己だけではないのだ、と。
 彼女も緊張をしてくれている――己に意識を向けてくれているのだと、そう理解をする。

ξ゚ー゚)ξ「……ふふっ」

川 ゚ -゚)「……? 如何なさいましたか」

ξ゚ー゚)ξ「ううん。ねぇ、クー?」

川 ゚ -゚)「何でしょうか」

ξ^ー^)ξ「……好きだよ」

 凛と響いたのはシルバーが落下した音だった。
 クーは目を見開き動きを止めた。
 それを見つめるツンは顔を真っ赤にしつつも、けれども、してやったりと言った表情。

91 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/21(土) 14:48:03 ID:0IXk6Jtg0

ξ゚ー゚)ξ「……ふふふっ。可愛いね、クーは」

川 ゚ -゚)「……お遊びが過ぎます、お嬢様」

ξ゚ー゚)ξ「怒る?」

川 ゚ -゚)「怒っています」

ξ゚ー゚)ξ「どうする?」

川 ゚ -゚)「…………」

 結局、クーは数瞬考えたが名案は浮かばず。
 兎角としてシルバーを回収すると平常心を取り戻し、そうして若干不機嫌そうな顔でツンを見つめると改めて紅茶を注ぎ――

川 ゚ -゚)「ところでお嬢様」

ξ゚⊿゚)ξ「え? なぁに?」

川 ゚ -゚)「頬にクリームがついております」

ξ゚⊿゚)ξ「頬? どこ――」

 そのしなやかな指をツンの頬へと伸ばし、乳白色のクリームを掬い、己の口へと運ぶ。
 はしたない云々と言えたらどれだけよかったことか、ツンは再度顔を赤熱に染め上げると口を幾度もまごつかせるばかり。

92 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/21(土) 14:48:43 ID:0IXk6Jtg0


川 ゚ -゚)「美味に御座います」

 昨日の仕返し――久しく感情を見せたクーに対しツンが怒ることはない。
 ただ、彼女の気持ちと己の気持ちは同じ尺度だと、そう理解をし、やはり照れ臭そうに笑んだ。




 Break.

93 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/21(土) 14:49:04 ID:0IXk6Jtg0



 9


.

94 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/21(土) 14:49:26 ID:0IXk6Jtg0

 幼い頃からツンにとってクーは特別な人物だった。
 身の回りの世話の全ては彼女が済ませ、寝起きから寝入りまで常に傍に控える。
 時に下らない話題に花を咲かせ、或いは彼女の語りにツンは頬を綻ばせる。
 そんな様々がある中、特にツンはクーのピアノが大好きだった。

ξ*゚⊿゚)ξ『クーはピアノがじょうずだねっ』

川 ゚ -゚)、『そんな、わたくし程度……』

 クーは毎度そう言うが、けれどもその腕前は熟練に達する域で、結果的に彼女の評価はツン以外の者等からも高かった。
 一度はとある催しの際に演奏を、とティレル侯爵に願われたが、彼女はこれを慎んで辞退した。

ξ゚⊿゚)ξ『ねぇ、なんでそんなにじょうずなの?』

川 ゚ -゚)『何故、で御座いますか……?』

 ツンの問いにクーは少々悩む。
 この頃のクーは感情が豊かで、悩む素振りも分かりやすい方だった。
 顎に手を添え宙へと視線を泳がせ記憶を漁る。そんな彼女の膝元ではツンが急かすように彼女の胸元を手で引いた。

川 ゚ -゚)『……それしかなかったから、でしょうか』

ξ゚⊿゚)ξ『それしかない……?』

川 ゚ -゚)『はい。お恥ずかしながら、実家は田舎の方でして……することと言えば川で遊ぶとか、野を走り回るとか、そう言うくらいのことしかありませんでした』

ξ゚⊿゚)ξ『へぇー……』

 川で泳ぐ、或いは野原を駆け回る――そう言ったことをツンはしたことがない。故にその内容が理解出来なかった。
 だが、何となしそれは本来の子供らしい遊び方なのだろうな、と彼女は悟る。

95 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/21(土) 14:49:46 ID:0IXk6Jtg0

川 ゚ -゚)『わたくしは運動は苦手でしたから、基本は家の中で過ごしていました』

ξ゚⊿゚)ξ『そうなんだ』

川 ゚ -゚)『はい。それで、我が家にはスクエアピアノがありまして……それをよく弾いておりました』

 幼い頃からクーにとっての遊具はピアノだった。鍵盤に触れるとその日一日は延々と指を走らせ音を奏でた。
 彼女の両親曰く、その姿はピアノの亡霊然と言った具合だったが、今となっては彼女の誇れる特技となった。
 とは言え彼女の性格は謙虚であるので、それを誇示するだとか、或いは自慢気に語るでもない。頼まれたらば弾くが自発的にピアノの前に立とうとはしなかった。

ξ゚⊿゚)ξ『そっかぁ。クーはお家でピアノをずっと弾いてたんだねぇ』

川 ゚ -゚)『はい。とは言え、スクエアサイズですから……このようなグランドサイズとは比較にならない程粗末なものですよ、お嬢様』

 音の鳴り――それを構成する木材から弦の長短、更には調律を取ってしても比肩することが烏滸がましい、とクーは恥ずかしそうに語る。
 だがツンはそれを笑うでもなく、クーのその表情――懐かしむような顔つきを見ると興味を抱いた。

ξ゚⊿゚)ξ『……クーの宝物なんだね?』

川 ゚ -゚)『そうですね……おそらく、そう呼べるのかもしれません』

ξ゚⊿゚)ξ『そっかー……ねぇ、クー』

川 ゚ -゚)『なんですか?』

 名を呼ばれたクーはツンを見やる。

96 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/21(土) 14:50:06 ID:0IXk6Jtg0


ξ*゚⊿゚)ξ『そのピアノの音、いつか聴いてみたいなぁっ』

 この時、ツンが彼女に恋をしていたかは謎だった。
 だが、クーを構築する上で――彼女が今に至るまでに築いた歴史の中、それは欠かせないものだとツンは幼心ながらに理解する。
 そうして思うのだ。いつかこの目で彼女の宝物を直接に見てみたい、と。
 そして願わくば、そのピアノを奏でるクーの姿が見てみたい、と。

97 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/21(土) 14:50:27 ID:0IXk6Jtg0



 冬も中ごろの時期、ティレル家の使用人達は暇をもらうと一時の帰省をする。
 長い者では一月は留守にするが、これをティレル侯爵は咎めもせず、寧ろ休暇なのだから存分に休むべきだと皆に伝えていた。

 半数がティレル城から姿を消すと、広い城館内はどことなく物寂しい景色となる。
 この日、ツンは人を伴わずに回廊を歩いていた。響く自身の足音を耳にしながら彼女は適当に足を進める。
 特に目的はない。単なる暇潰しだった。

ξ゚⊿゚)ξ「お昼のお勉強も済んだし……夜までなにしよう?」

 先まで国史の勉強をしていたツン。凝った首を解すようにまわし、伸びをすると窓辺へと歩みを進める。
 開け放たれた窓からは丘の景観を一望できる。本日の天気は快晴で、煩わしい湿度も鳴りを潜めていた。

 丘の道では百姓らしき者等が荷馬車を駆り都市へと出向く最中だった。
 その様子を頬杖を突きながら眺めていたツンは穏やかな景色に何となし気が抜けた。

ξ゚⊿゚)ξ「……お外かぁ」

 未だに憧れはある。だが再度駄々をこねてクーを困らせることこそが問題だ、と彼女は自身を強く律した。
 誇り高きティレル家の息女。いい加減自覚を持ち相応に生きねばならないのではないか、とツンはそんなことを思いもした。

ξ-⊿-)ξ-3「……はーあぁ……」

 が、彼女はそれを悩みとはしなかった。外への憧憬は割り切った問題だったからだ。
 それよりも何よりも、先もそうだが、ツンは真っ先にクーのことを思い浮かべるくらいに彼女のことばかりを考えていた。

98 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/21(土) 14:50:49 ID:0IXk6Jtg0

ξ゚ -゚)ξ「……どうしたらいいんだろう」

 口付けを交わし、本心を伝えた日から二人の関係はぎこちないままだ。
 先日のクーの仕返しの一件から大分緩和した空気にはなったが、けれども互いは強く意識をしてしまったが為に元のようにはいかない。
 何よりとしてツンは自身の暴走行為――クーを褥に引きずり込んだことそのものを悔やみ、または羞恥が晴れないままだった。

 はしたないどころの話ではなく、ましてや歳若い乙女が、如何に恋心を寄せ、その焦がれるような気持ちを抑えきれなかったとて無理矢理にも等しい形で襲った事実。
 クーはあの日のことをどうこう言うことはなかったが、それが返ってツンの心を苦しめた。

ξ゚ -゚)ξ「何で何も言ってくれないんだろう……」

 例えば拒絶の意思を示されるならそれもよかった。それも一つの答えであり、それを寄越されたら頷く他にないからだ。
 最上の答えとしては愛を以ってしての返答だが、それを想像するだけでツンの顔が赤く染まる。

 が、かぶりを振ったツンはそれらのどちらも存在しない事実を思う。
 決して蟠りがある訳ではない。だが相手にされていないような気もした。

 反応の一つ一つ――照れたり恥じらうクーの様子を見れば何となしに彼女の胸中も見えてくるが、果たして言葉で伝えられることはなかった。
 歯痒いような、或いは苦しいような気持ち。空の模様とは反して、彼女の心は曇った。
 それは苦しみではなく悶えるようなもので、つまり、恋煩いと言うやつだった。

ξ゚⊿゚)ξ「……クーのばーかっ……」

 そう零したツン。
 報われるかどうか以前として、やはり乙女である故に答えが聞きたかったし、もしも同じ気持ちであるならば、やはりその言葉が聞きたかった。

99 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/21(土) 14:51:10 ID:0IXk6Jtg0

 あの日の景色――クーを抱きしめ、また抱きしめられた時のことを思い出す。
 感覚は未だに身体に焼き付いたままだった。クーの震えるような腕――それでも強く、優しく包み込んでくれたクーの温もり。
 祈るような、切なくて悲しくて、けれども待ち望んでいたような表情をしていたクー。それを見た時にツンの正常の箍はどこぞへと吹き飛んだ。
 或いは彼女の香り――それは薔薇のようで、ともすれば果実然とした薫香。肌の滑らかさを思い出せば胸が締め付けられ、今一度それらの全てを得て感じたいとツンは思った。

ξ-⊿-)ξ「……私の、ばーかっ……」

 暴走――暴走だった、とツンは後悔をする。
 もしかしたら、クーは本心では嫌がっていて、己に対する態度は傷つけまいとする演技なのでは――そんな風にまで思えてしまう。
 迫られたが故に仕方なく抱きしめ返し、口付けに関しては抵抗の一つも出来なかったから――考えれば考える程に悪い方向へと思考は回った。
 ツンは再度大きく溜息を吐くと窓から身を乗り出し、憎らしい程に快晴な空を見上げた。

川 ゚ -゚)「危のう御座います、お嬢様」

ξ;゚⊿゚)ξ「っ……クーっ……」

 ブルースに染まるツンだったが、そんな彼女へと凛とした言葉が向けられた。
 寄越された声を耳にした途端にツンは緊張の表情を浮かべ、そうして身を正すと回廊の先から歩いてきた者を――クーを見つめる。

川 ゚ -゚)「このような場所で如何様な用事でもあるのですか」

ξ゚⊿゚)ξ、「ん……ないよ。少しぼけっとしてただけ」

川 ゚ -゚)「然様で御座いますか」

 相も変わらずの無感情な表情に冷淡な声色。
 しかしツンは彼女のそれらに嫌な気はしないし、どころか彼女が接近すると不思議と頬が熱くなる。
 そんな表情を見られまいと顔を背けたツン。クーはそれを問うことはせず、再度静かに口を開いた。

100 ◆hrDcI3XtP.:2019/09/21(土) 14:51:31 ID:0IXk6Jtg0

川 ゚ -゚)「お嬢様」

ξ゚⊿゚)ξ「なに?」

川 ゚ -゚)「いえ、少々お話を」

ξ゚⊿゚)ξ「話?」

 よもやついに返事がもらえるのか――ツンは嬉々とし、心臓の高鳴りを抑えることが出来ない。
 期待に満ちたような、けれども不安をも思わせる表情を作ったツンはクーを真正面から見つめるのだが――

ξ;゚⊿゚)ξ「え? なに、これ?」

 クーは手に紙を持ち、それをツンへと差し出す。
 受け取ったツンは訝しんでその内容を確認するが――

川 ゚ -゚)「少し遅れましたが、明後日には少々お暇を……」

ξ゚⊿゚)ξ「……えっ」

 その内容こそは休暇届であり、そう言えば遅れた時期に毎度クーは休暇をとるのだった、とツンは思い出し。


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