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ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです

585名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:06:06 ID:QwDmC5Uo0

 ロミオとジュリエットかよ、と幼馴染は肩を震わせ笑う。
 傘に乗っかっていた水滴が幾つか落ちた。

 早朝から降り続いていた雨はほとんど止んでいて、今はもう纏わり付くような霧雨があるのみだ。
 周囲に人は誰も見当たらない。
 それは人通りの少ない通学路を選んでいるということもあるが、一番の理由は「もう一限目が始まっているから」だった。

 要するに遅刻だ、二人して。
 ……二人共が寝坊した理由は説明しなくてもいいかな?


( -∇-)「なんでって……さあ、親か誰かが付けたんだろ?」

ミセ*-ー-)リ「親とは仲が良くないらしいけどね」


 そうだ、と自分から振った話題をぶった切るように私は言う。


ミセ*゚ー゚)リ「……手、繋がない?」

( ・∇・)「は? 名前の話は?」

586名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:07:07 ID:QwDmC5Uo0

ミセ*-3-)リ「それはもういいから。……手だよ手。繋ごうよ〜」

( -∇-)「お前脈絡なさ過ぎんだろ。馬鹿かよ」


 溜息を吐きながらも、なつるは右手を差し出した。
 私はそれを取ることはせず、代わりに彼の後ろをぐるりと回るようにし場所を変える(ちょうど左右が入れ替わった形だ)。
 そうして利き手で持っていた傘を持ち替え、空いた自分の右手を幼馴染の前に出す。


( ・∇・)「傘握ってんのが見えないのかお前は」

ミセ*-ー-)リ「右手で持てばいーじゃん」


 渋々、といった風に彼は傘を右手に移動させる。
 そうして左手で乱暴に、まるでひったくるように私の手を握った。


ミセ* ー)リ「やんっ」

( -∇-)「気色悪い声を出すな」

ミセ;゚ -゚)リ「冗談だよ……。ってか気色悪いって……」

587名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:08:06 ID:QwDmC5Uo0

 地味に傷ついたぞ。


( -∇-)「あー、もうお前の馬鹿話に付き合ってたら二限にさえ間に合いそうにないんだけど」


 言葉に、私は右手にはめた腕時計を見る。
 ……確かに少し厳しいかも。


( ・∇・)「そういやお前右利きなのになんで右手に時計してんの?」

ミセ*゚ー゚)リ「テスト中に見やすいから」

(;-∇-)「左手に付ければ紙を押さえる時自然に見えるだろうが……」

ミセ*^ー^)リ「左手は肘ついてるから、む・り」

( ・∇・)「何処までも真面目に授業を受ける気がない奴だな」

ミセ*-3-)リ「それはそっちだってそうじゃん?」

( -∇-)「違いない」

588名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:09:16 ID:QwDmC5Uo0

 雑談を続けながら、こんな話してるからどんどん遅れるんだろうなあ、と私は思った。
 なつるの方もそれには気づいていたと思う。
 だけどお互いに「なんならもっとゆっくりでもいいかな」とも思っていた。

 隣を歩む彼の気持ちは分からないけど、きっと思ってくれていた。
 私が左手を取った理由を察してくれているのなら、多分。

 そうでありますように、"May +主語+原形...!"。



「もう面倒になってきたし、学校行かずに帰るか……」

「どんなに遅れても放課後までには行かないと。先輩にCD返さなきゃ」

「……それ学校じゃなくても良くね?」



 お母さんの代わりにはならないけど寂しいのならいつでも傍にいてあげるからね。
 そんなことを心の中で呟きながら、私は指を絡ませた。

589名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:10:22 ID:QwDmC5Uo0
【―― 2 ――】


 放課後。
 帰路につく生徒と部活動に向かう生徒の流れに逆らうように私は歩いていた。
 目的地は高等部三年特別進学科十三組の教室だ。

 当初の予定では借りていたCDは昼休みに返しに行く予定だったんだけど、最終的に学校に到着したのが昼過ぎだったので已むなく放課後に変えたのだ。
 ……しかし、我ながらのんびりし過ぎた。


ミセ*゚ー゚)リ「えーっと……十三組は一番奥、っと」


 持ち主である幽屋氷柱先輩は弓道部やら剣道部の助っ人やら新聞部や生徒会の手伝いなどと忙しい人なので、軽く早足で進む。
 別に今日返さないといけないわけではないんだけど、できることなら早く返したい。
 忘れない内に。
 私は大雑把というか、忘れっぽいタチなのだ。

 と。


ミセ*゚ -゚)リ「……あれ、会長?」

590名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:11:24 ID:QwDmC5Uo0

 珍しく他のクラスと同じ時間に授業が終わった特別進学科十三組。
 その教室のすぐ外で、『一人生徒会』の彼女が廊下の窓枠に腰掛けていた。
 私に気づくと、「んー」と右手を挙げて挨拶の代わりとした。

 ……ていうか普通に危ないよその姿勢は。
 身体の三割くらいが外に出てるよ。
 私が出来心で会長の豊満な胸(私と同じかそれ以上)を押したら真後ろに真っ逆さまに落ちてしまいそうだ。

 考えて、やっぱり私は言うことにする。


ミセ;゚ー゚)リ「会長危ないですよ、うっかり落ちたら即死ですよ」

「ちゃんと両手でサッシ掴んでるから落ちないよ」

ミセ;゚д゚)リ「どう考えてもその姿勢で両手のみで全体重支えるのは無理ですよ!!」


 よしんばそれが可能であったとしてもさっき会長右手離してたじゃん!! 


「片手でも平気なんだよ。僕、片手で懸垂できるから」

ミセ;-ー-)リ「それは凄いですけど女子としてはどうかと思いますよ……?」

591名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:12:41 ID:QwDmC5Uo0

 また右手を離し、力瘤を作ってみせる会長に私は呆れつつ言った。
 けど、白く肌理細やかな肌が眩しい彼女の腕は、太くは見えないけれど、今のように力を入れた状態では確かに鍛えられた様が見て取れる。
 ……ていうか普通に力瘤がムキッと盛り上がっていた。 

 会長の身体はいつだったかテレビで見たキックボクシングの女子プロ選手のよう。
 前に彼女の裸を見たことがあるが、腹筋が薄く割れていて、背中や脚には綺麗に筋肉が浮き出ていた。
 完全なアスリート体型だ。
 無駄のない肉体は純粋に彫刻のように綺麗だし、それでいて柔らかいところは柔らかいし、そういうのが好きっていう男の人もいるのだろう。

 あれ、でもこの人運動部だったか……?


「それで本題だけど、」


 と、弓道部にも一応籍を置いている会長は切り出してきた。
 無論状態はそのままである。


ミセ;゚ー゚)リ「えっと……何かお叱り事ですか?」

「叱られるようなことしたのかな?」

ミセ;-ー-)リ「一番最近では、今日は昼過ぎ登校でした……」

592名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:13:25 ID:QwDmC5Uo0

 それは僕が怒るようなことじゃないよ、と会長は笑った。
 それもそうだ。
 ……というか、よく考えると会長に怒られたことなんて一度もなかった。

 前の地域環境研究会の視察の件で苦言を呈されたくらいかなあ。
 ちなみにアレはめでたく廃部になった。


「そうじゃなくてさ、」


 ぴょん、と飛んでやっと窓枠から下り廊下に立った会長は言う。
 今の腕の力のみで全身を持ち上げた気がするけど、面倒なのでもうツッコまない。


「氷柱ちゃんが今日休みだから、それを伝える為に待ってたの」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」

「『今日は会えないと思う、ごめんね』だって」


 どうやらメールで受け取ったらしいメッセージをそのまま再生した会長。

 珍しいこともあるものだ。
 氷柱先輩は健康というか体調管理はしっかりしている感じの人なのに。

593名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:15:12 ID:QwDmC5Uo0

ミセ*゚ -゚)リ「えっと、風邪か何かですか? 私、先輩のアドレス知らないから……」

「いや風邪じゃあないよ」


 それより酷い、と続ける。


ミセ;゚ -゚)リ「酷い病気……ということ?」

「酷いのは状況だよ」


 そうして。
 会長は大きく伸びをして、話の深刻さに全く不釣り合いなのんびりとした口調で、簡潔に状況を説明した。



「氷柱ちゃんは今朝方に死体の第一発見者になったから容疑者として警察に拘束されてる」

ミセ;゚ -゚)リ「…………え?」



 ……はい?

594名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:16:14 ID:QwDmC5Uo0
【―― 3 ――】


 私が犯行現場に到着したのは昼前でその頃には既に粗方の捜査は済んでいた。
 別件で出張っていて遅れた私にも捜査員達は頭を下げてくれる。

 こんな若い女が上司だと不服だろうにありがたいことだ。


(‘、‘ノi|「しかし大きな家だ」


 背筋が伸びてしまうのは私がスーツを着ているせいではないだろう。
 純日本風の邸宅。
 それも家の敷地内に道場が――警察の剣道場よりも大きなサイズのものが――ある屋敷である。

 広い割に豪邸という感じがしないのは建築物の特性も勿論あるだろうが、おそらくは住んでいる人間の人柄の故だ。
 耳に挟んだ限りでは被害者は武道家なのだとか。

 捜査員達に会釈を返しつつ犯行現場に向かう。
 現場はその道場だという。
 じめじめとした空気を押し退けるようにして池を尻目に庭の奥へと向かう。

595名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:17:07 ID:QwDmC5Uo0

 さて。
 と、いよいよ武道場の前に辿り着いた時に、入り口の前に弓が落ちているのを見つけた。
 証拠品であるらしく保存用の袋に入れられ番号が振られている。

 私は近くにいた若い男に声をかけた。


(‘、‘ノi|「……なあ、おい」

( ノAヽ)「これは警視。お疲れ様です」


 一際丁寧な礼をしてきた捜査員に礼を返し「これはなんだ?」と問いかける。
 彼はポツリと言った。


( ノAヽ)「弓ですね」

(‘、‘ノi|「それは見れば分かる」


 そこまで無知ではない。

596名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:18:24 ID:QwDmC5Uo0

( ノAヽ)「失礼しました。梓で出来た梓弓です」


 また軽く頭を下げつつ彼は説明した。
 なんというか適当な説明だ。


(‘、‘ノi|「梓弓だから梓でできているのは当たり前ではないのか」

( ノAヽ)「『梓弓』は和弓そのものを指す場合がありますので……。近年の弓は一般的に真竹、黄櫨で造られるそうなので、『梓で造られていない梓弓』も有り得なくはないのです」

(‘、‘ノi|「難しいな」

(;ノAヽ)「……難しかったですか?」
 

 「いや大丈夫だ」と答えておいた。
 よくよく考えてみれば問題はそこではなかった。
 私が訊きたかったのは弓の名前や材質ではなくこれが凶器であるかどうかだ。

 咳払いをし、閑話休題をする。

597名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:19:19 ID:QwDmC5Uo0

(‘、‘ノi|「わざわざ残してあるということはこれが凶器ということか」

( ノAヽ)「かも……知れません。その可能性があるので警視がいらっしゃるまで触らないでおいたのです」


 ただでさえ無意味に現場を掻き回し気味なのにそれは申し訳ないことをした。
 人の力は数の力なのだから私のようなスタンドプレーとワンマンプレー主体の人間は警察組織ではどちらかと言えば迷惑だ。
 以後は遅れないよう気をつけよう、と心に刻む。

 しかし言い方が引っかかる。
 「かもしれない」というのはどういうことだ。


(‘、‘ノi|「凶器の特定はできていないのか」

( ノAヽ)「正面から何かで一突きにされた後、日本刀で心臓の原形がなくなるほど幾度となく刺されたようなので。傷口からの特定は難しいですね」


 それはまたゾッとする死に方だ。


(‘、‘ノi|「つまり、その一撃目がこの弓であるかもしれないから残してあったということか」

( ノAヽ)「傷口が滅茶苦茶になっていたので『正面から一突き』というのも曖昧なのですが」

598名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:20:17 ID:QwDmC5Uo0

(‘、‘ノi|「死体は仰向けだったのか」


 言いながら歩みを進め道場の中へと入る。 
 普段は厳粛であるはずのその場所は今は「騒然」が正しいような有様だった。

 死体こそなかったが一目見てここが犯行現場だと分かった。
 血塗れだった。
 道場の奥、刀が貫通したのか床に幾つも残る跡とそれを中心に広がる赤色。

 スプラッター映画のような有様だ。
 見たことはないが、おそらくこのような感じなのだろう。


( ノAヽ)「日本刀は被害者の持ち物だったそうです。殺害された時も手に持っていたらしいので」

(‘、‘ノi|「蒐集家か、居合道家か……」


 あの弓が凶器だった場合。
 まず被害者は弓で胸を射抜かれ、倒れたところで刀を奪われ、メッタ刺しにされた、と。

 ……いやおかしいな。

599名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:21:16 ID:QwDmC5Uo0

(‘、‘ノi|「矢の方は見つかっていないのか」

( ノAヽ)「あの弓は第一発見者である女子高校生のものなのですが、手入れの為に持って帰っただけなので矢は持っていなかった……と」


 つまり死体に驚いて落としてしまったものを証拠品として抑えられているわけか。


(‘、‘ノi|「だが……その子供が犯人だとするならば、凶器である矢を隠滅した可能性があるのか」


 あるいはもっと他のもの……たとえば、槍か。
 傷痕を分からなくする算段があったのなら包丁でも構わないだろう。

 が、その時。
 私の隣にいた男が眉をひそめて言った。
 如何にも困った、という風に。


(;ノAヽ)「いや……その少女では、少し犯行は難しいと思いますよ」

(‘、‘ノi|「何故だ」

600名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:22:26 ID:QwDmC5Uo0

 そりゃそうですよ、と彼は続ける。



( ノAヽ)「被害者は剣道八段の範士。しかも同時に居合道の達人です。……そんな人間を真正面から串刺しにできる高校生は流石にいないでしょう」



 被害者が真剣を持っていた謎は分かった。
 ただ、より難解な謎が出てきてしまった。

 掛け値なしの武道の達人を――――正面から何を使って、どうやって一突きにしたんだ?

601名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:23:08 ID:QwDmC5Uo0
【―― 4 ――】


 冗談みたいな広さを有する淳高の一角。
 高等部と中等部の境、それでいて高校生も中学生も近寄らないような人目のつかない所にそれはある。

 部室棟から進んだ場所。
 落葉樹に隠されるようにポツリとある物置き小屋。
 使われていないその倉庫の傍らに、時代の流れから取り残されたような古めかしい焼却炉があった。

 私と会長はその焼却炉の前にやって来ていた。
 本題、氷柱先輩の話に入る前に雑務を終わらせたいと会長が言ってきたので、私は了承し彼女の仕事を見学しているのだ。


「最近は法律も厳しくなっちゃって、学校で燃やせるゴミが少なくなっちゃったから」


 言いながら会長は大きなゴミ箱傾け、何処となくパン工場を思い出させる穴に回収したゴミを入れていく。
 中身は木片や紙の切れ端が多い。
 つまり、それが彼女の言う「学校で燃やせるゴミ」なんだろう。

 会長が生徒会を実に地味に執行する中、私はぼんやりと話を聞いていた。
 ふと一つ質問してみる。

602名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:24:12 ID:QwDmC5Uo0

ミセ*-3-)リ「じゃあ、もう焼却炉は撤去しちゃっていいんじゃないですかぁ?」

「ゴミの処理費用は学校の予算から出てるから、できるだけ少ない方がいいんだよね」


 そうなんだ……知らなかった。


「それに、ここは聖域だから。勝手に変えちゃ駄目なんだよ」


 ゴミ箱を下ろして足元に置いてから、会長は何かを想うようにそう言った。
 神様が誤植したような凄惨な美しさを持つ、『一人生徒会』たる彼女の言う聖域。

 言われて私は周囲を見回してみる。
 小さな森は天露に濡れ、水滴は木漏れ日に輝き、学校という圧倒的な現実から離れた雰囲気を纏っている。
 その神秘さは、確かに『聖域』と言っても過言ではない。

 なんて幻想的なんだろう、"How +形容詞...!"。


ミセ*-ー-)リ「……綺麗な場所ですねぇ。なんだか、神社みたい」

603名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:25:31 ID:QwDmC5Uo0

 澄んだ雰囲気を率直に表しただけの言葉を会長は気に入ったようで、「そうだね」なんて相槌を打ち笑う。
 いつもの嘲笑じみた笑いではない、本当に思わず零れてしまったようなその笑みは、凄惨な太陽の美しさはないけれど、心動かされるものがあった。
 可愛らしい、女の子らしい笑顔だった。

 同性の私ですらドキリとしてしまうほどなのだ、まして並の男子であれば尚更だろう。
 "Aすら且つB、況んやCを乎"、抑揚系。


「神社の参道って言うのはさ、空間的な距離よりも心理的な距離が大事なんだってね」

ミセ*^ー^)リ「あ、それは知ってますよ。『奥』の話ですよね」

「……アレ? 僕、話したことあったかな?」


 こちらを向いて不思議そうな顔をする会長に私は言う。


ミセ*>ー<)リ「前にやった現国の過去問がそんな話でした!」


 理数科目が壊滅している代わりに文系科目は常に偏差値70前後。
 不真面目なのに成績優秀なのは、私の人生においての数少ない自慢と言える。

604名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:26:35 ID:QwDmC5Uo0

 会長は「これは一本取られちゃった」とまた笑う。
 ……なんだか今日の会長はご機嫌だ。
 いつも笑っているけれど、今日は特によく笑っている気がする。


「じゃあもう説明するまでもないかもしれないケド……聖域というのは、空間的ではなく心理的な隔たりによって神聖化される場所なんだよ」


 結果ではなく、曲がりくねった参道を進む過程にこそ、意味がある。
 私が読んだ文章ではそう指摘していた。
 目的地に至るまでの過程により神秘性が演出され私達は深奥を感じるのだ、と。


「ちょっと違うけど道場なんかもそうだよね。普通の人は近寄り難い――だからこそ神聖に思える」

ミセ*゚ー゚)リ「会長が弓道をやる弓道場もそうなんですか?」

「どうだろうね。学校程度の道場じゃあんまりかも。それでも、神聖な場所ではあるけど」


 厳格で、静謐な。
 外界から遮断された空間。

605名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:27:28 ID:QwDmC5Uo0

「この森には普段誰も来ないから。だから神社みたいに思えて……あの芸術家が好むんだよ」

ミセ*゚ -゚)リ「ゲイジュツカ?」


 いきなり出現した単語に私は戸惑う。
 芸術家……何かの比喩だろうか。

 心の中で生まれた私の疑問に彼女は指を指すことで答える。
 物置き小屋。
 この森の主はいつもあそこにいるんだよ、なんて。


「尤も今日は二週間に一度の焼却炉を使う日だし、いないんだけどね」


 どうやらデリケートな方みたいだ。
 そんなことを思ったその時、こちらに歩いてきた会長が唐突に怪訝そうな顔をした。
 私から見て向かって右、森の奥、樹木の一つに近づいていって、そうして振り向かないままで私に訊いた。


「君……この木の枝折ってないよね?」

606名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:28:15 ID:QwDmC5Uo0

ミセ;゚ -゚)リ「えぇ? 折ってないですけど……そう言えば、折れてますね」

「折れてるね。怒るかなぁ」


 桜によく似た、灰色の樹皮を持つ落葉樹。
 その枝の一つが根元がら折られて薄茶色の内面を晒している。

 会長は目を細め、黙って傷口を撫ぜた。
 手当てでもするように。
 植物を愛でるタイプの女の子ではないと思っていたんだけど……。


ミセ*゚ー゚)リ「桜……じゃあ、ないですよね?」

「『水目桜』とは言われたりするけど桜ではないよ。科も属も違うし。特徴的な匂いに由来する『ヨグソミネバリ』って呼び方の方が有名かな?」

ミセ*-ー-)リ「それはぶっちゃけどうでもいいですけど……」


 呟いた私に会長は確認を取るように訊ねた。


「……本当に折ってないよね?」

607名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:29:07 ID:QwDmC5Uo0

ミセ*-3-)リ「折ってないですって。私、毛虫とか苦手で、そういう木とか触らないようにしてるんです」


 昆虫系全般が苦手なタイプの女の子である私は、幼い頃友達が子供故の無邪気さで虫を殺しているのを見て、顔を顰めていたものだ。
 二割は「よくあんなもの触れるな」という気持ち、残り、大部分は「可哀想」という思い。

 感情移入する為には相手がある程度自分と似ている必要があるそうだけど……私って、昨日読んでた本の主人公みたいに虫系なのかなあ?
 いや、きっと感受性が豊かなだけだ。
 そういう感性があるからこそ、文系科目を得意としているんだろう。

 そんなことを会長に言うと、


「人間には珍しいくらいに優しいね。普通、愛着がないなら人間は人間以外をどうとも思わないのに」


 なんて、彼女はまた笑う。
 本当に今日は機嫌が良いようだ。


ミセ*-3-)リ「じゃあ会長は戯れに虫とか潰す方?」

「大した思いもなく殺しちゃうことは――道を歩いてて踏んじゃうみたいなことは――あると思うケド……。まあ、『いただきます』はちゃんと言う方、かな」

608名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:30:07 ID:QwDmC5Uo0

 ……今時、そっちの方が珍しいんじゃ?


ミセ*゚ー゚)リ「ていうか、会長。人間には、って……人間以外を知ってるんですか?」 

「君も知ってるでしょ? 『化物』ってやつ。『人外』と言ってもいいのかな」


 今の今まで、聞きそびれていたけど。
 この人は――この人も、『怪異』を知っているのだろうか。

 世界の真実を。
 社会の裏側を。
 歴史の暗闇を。

 そういうものを――知っているのだろうか。


「いや、よく知らない」


 と。
 私の予想を裏切り、彼女ははっきりと言った。
 そんなものはよく知らない、と。

609名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:31:07 ID:QwDmC5Uo0

 その代わりに。
 呟いて、その少女は知った風に続けた。



「人間みたいな化物と化物みたいな人間のことなら――――とてもよく、知っている」



 その時の彼女の表情は、まるで。
 笑顔なのに、まるで。
 あえて、そして、しいて笑っているような。

 いつだったか誰かが浮かべていた、表面上は笑顔なのに、今にも泣き出してしまいそうな。
 悲しい気持ちを全部押し殺してしまったかのような。

 あまりにも彼女に不釣り合いな――笑顔だった。


ミセ* ー)リ「…………そうなんですか」


 彼女の抱えている問題も。
 私の問題を解決してくれると約束したあの人達は、どうにかしてくれるだろうか。

610名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:32:07 ID:QwDmC5Uo0

 そんなことを、思った。 


「今日は朝から久しぶりにそういうのに会って話をしたんだよね。人間は容赦なく殺すクセに虫は殺したがらない、変な奴とさ」


 しんみりとした気分になった私など知らないようで本物の笑顔に戻った彼女は続けてそう言った。

 なるほど。
 今日異常に機嫌が良さ気だったのはそういうことか。
 昔馴染に会って、嬉しかったんだ。

 人間離れした能力と天使近い容姿を持つ、我が校の黒●めだかこと『一人生徒会』が。
 知り合いに会って話しただけで一日上機嫌になっている。


ミセ*-ー-)リ「(会長、可愛いトコあるじゃん)」


 この人も人間なんだ、なんて。
 当たり前のことを当たり前に思う。

 きっとほとんどの人が知らない彼女の一面を見て、私も嬉しくなった。 
 ほんの少しだけ会長が近くに感じられて。
 私と彼女の似ている部分を、共通項を見つけられて、感情移入して、嬉しくなった。

611名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:33:08 ID:QwDmC5Uo0

 ……いや、うん。
 本当にほんの少しだけど。
 私には容赦なく人を殺すような知り合いはいないしね。

 そんな人間がいてもらっては困る。
 もう嫌だ。
 私はもうあんな思いはしたくないのだ。
 あの仲良さげだった軽音部の人達のことは私の心の片隅に確かに残っている。

 しかし、「人間は容赦なく殺す」って、その知り合いは軍人かそれか殺し屋なのかなあ?
 まさか私が知っているはずもないけれど。


ミセ*゚ー゚)リ「用事が終わったなら早く行きましょうよ」

「うん。分かった」


 そうして私達はその小さな聖域を後にした。
 少し名残惜しくもあったけれど、今はここで寛いでいる場合ではない。

612名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:34:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 5 ――】


 一目見て分かる異常者というのは存外に少ないものだ。
 三十代にはまだ遠い年齢で警視になった私でも一目見て分かる異常者はほとんど見たことがない。
 警察官として日々犯罪者として接している我々でもそうそうお目にかかることはない。
 恐らくはこれからもそうだろう。

 無垢で無辜な一般人諸子は勘違いしがちであるが大抵の事件は昨日まで一般人だった人間が起こす。
 多くの場合は突発的に、ごくたまには計画的に。

 彼等(犯罪者)の動機を私は逐一記憶しているわけではないし、そもそれは警察の仕事ではないので記憶しようともしていないが、とにかく。
 何人も、何十人も、呼吸をするように人を殺した凶悪な犯罪者はやはり数人しかいなかった。
 それでも数人はいたのだが、それでも全体から見ればごく少数だ。

 「きっと人間は人を殺すようにできていないんだ」と今まで関わってきた事件の見直しをする度にそう思う。
 それは幸運なことだし同時に不幸だ。
 何故ならば本来人を殺すはずのない人間が殺人を犯すということはそうせざるをえないような異常な背景があったということだからだ。

 犯罪者にだって犯罪の理由はある。
 当たり前のことだ。

613名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:35:08 ID:QwDmC5Uo0

 いつだっただろうか。
 私は酒の席でそういう話を古い友人としていた。

 こんな話は縦令酒が入っていたとしても他人にするものではないが彼だけは別だ。
 学生時代からの性別を越えた親友である彼は、まあ所謂「職業軍人」というやつで、言ってしまえば私より人殺しに詳しい。
 そういうこともあって私は話題に出し彼も「そうだね」と相槌を打った。


『君の疑問に答えるとすれば、さあ。呼吸をするように人を殺す人間は数種類しかいないんだよ。だから大部分の人間は人を殺さない』


 ワインと日本酒を交互に口に運びながら彼は言う。
 まずありえない選択だがそういう妙なところも愛嬌だと思っていた。

 確か私は「数種類もいるのか」と返した。
 すると彼は、


『じゃあ三つかな』


 目を伏せて前言を補足した。
 三つならまだ分かるかもしれないと思いつつ先を促した。

614名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:36:08 ID:QwDmC5Uo0

『一つ目は……欠陥人間、かな。罪悪感がなかったり、そういうの』

『二つ目は?』

『殺人が日常である人間――僕みたいな人間。多分、さあ。昔の人は皆そうだったんだと思う』


 僕の先祖もそうだったと思う、と続けた。
 私が警察官の家系であるように彼は軍人の家系だった。
 そして強要されたわけではなく、どちらも好き好んでその仕事を選んでいるわけだから血は争えない。

 カエルの子はカエルではなくオタマジャクシだが。
 人間の子は人間だ。


『三つ目はなんだ? なあ、おい』

『三つ目は人を殺したという自覚がない人間。大した殺意もなく人を殺す、人間の範囲が著しく狭い人間』


 疑問が顔に出ていたのか、彼は説明を加えた。


『昔の宗教家とか、さあ。自分は人じゃなくて蛮族を殺したんだと思っていただろうね』

615名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:37:09 ID:QwDmC5Uo0

 人でなしを殺しただけ。
 少なくとも彼等の認識ではそうだった。

 「人を人とも思わない」という文句は異常者には適切ではなく、そういった人間にこそ相応しい。
 殺した相手をそもそも人と思っていなかった。
 タチの悪い悪役のようだな、と私は呟き、しかし考えてみればそういう人間は現代にも沢山いると気付く。

 そんなものなのだろうか。



『そんなものだよ。誰でも殺す人間は……人をなんとも思っていない』



 それはまた、箴言だ。
 その時私はただ、そんな風に感じていた。

 その当時はまだ、そんな人間を私は知らなかった。

616名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:38:08 ID:QwDmC5Uo0

 ―――彼との会話を思い出したのは、道場から出て、身体がぶるりと震えた時だった。


(、 ;ノi|「ぐっ……」

( ノAヽ)「警視?」

(‘、‘;ノi|「気にするな。なんでもない……わけではないが、大丈夫だ」


 いる。
 そう思った。

 何がいるのかは言うまでもない。
 見るまでもない。
 私の知る数少ない「一目見て分かる異常者」があそこにいる。

 そしてあろうことか、そいつはその友人の妹だった。

617名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:39:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 6 ――】


 門のすぐ外にそいつは立っていた。
 こちらを認識し会釈をする様を見ると「本当に見た目だけは可愛らしいな」と思う。


リパ -ノゝ「…………お手数をおかけ致します、」

(‘、‘ノi|「いや、」


 構わない、と返した。
 本心とは真逆の言葉だった。

 黒檀の如く黒い髪は短く、庇護欲を唆る可愛らしい顔立ちと小柄な体躯が相俟って中学生にしか見えない。
 身に纏った闇に溶け込む軍服がなければ、だが。
 どちらにせよ前髪とガーゼに隠されている左目とどろどろに濁った右目の所為で「普通の少女」には見えようもない。

 そして、これだ。


(、 ノi|「……っ」

618名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:40:12 ID:QwDmC5Uo0

 この視認するまでもなく感じられる、向かい合えば余計に分かる、異常な雰囲気。

 武道家は殺気や敵意を気取ることができると聞くが、少し感覚の鋭い人間なら彼女の危険性は自然と理解できる。
 漂わせている鬼気と殺気が底なし沼に足を踏み入れてしまったかのような錯覚さえ起こさせる。
 底なし沼なんて入ったこともないが。

 しいて他のものに喩えるとするなら「迷宮」だろうか。
 無限回廊の暗闇に、この少女は似ている。


( ノAヽ)「……この女の子は?」


 警視のお知り合いですか?
 そういうニュアンスを含んだ問いかけに私は、


(‘、‘ノi|「軍部……諜報機関の方だ。所属が違う我々が諂う必要はないが協力はしてさしあげろ」


 とだけ答えておいた。
 怪訝そうな顔をした若い男は「はあ」と返事をし、その少女、絣はクレジットカード大の身分証明証を懐から取り出し見せた。
 事務局だか対策室だかそんなよく分からない部署が記されているそれを見、初めて彼は納得したらしく敬礼をした。

619名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:41:07 ID:QwDmC5Uo0

 若きエリートは一部の男性には堪らないであろう甘く小さな声で訂正を加える。


リパ -ノゝ「…………正しくは私の所属は『中央情報局特異点対策室特定条件下における特殊作戦執行部隊通称「第十三小隊(ジュウサン)」』です、」

(;ノAヽ)「………………え?」

(‘、‘ノi|「聞き直すなよ、おい。どうせ二回聞いたぐらいじゃ分からない」


 大事なのはこの少女が特殊部隊の人間であるということだけだ。
 特定の重大事件しか担当しない、特務機関の人間がここに来たということだけだ。
 つまり。


(‘、‘ノi|「被害者、あるいは加害者がテロリストであるということか」


 独り言のような私の言葉に絣は「違います」と答える。


リパ -ノゝ「…………今回の被害者がある重要な文書を持っていたらしく、その確認です、」

(‘、‘ノi|「文書だと?」

620名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:42:07 ID:QwDmC5Uo0

リパ -ノゝ「…………はい、」


 聞けば、被害者はその文書とやらを常に持ち歩いていたという。
 何かを書き写したものであるそうで媒体は不明だが、少なくとも遺留品の中にはそんなものはなかった。

 そう伝えると、


リパ -ノゝ「…………そうですか、」


 彼女はなんの感慨もなさげに呟き頭を下げた。
 用件はそれだけだったらしい。

 立ち去ろうと踵を返した絣は三歩進んだところでもう一度身体を反転させる。
 まだ何か用か?
 私が疑問を言葉にしようとしたその瞬間、いや僅かに数瞬先んじて少女が口を開いた。


リパ -ノゝ「…………つかぬことをお伺いしますが、」

(‘、‘ノi|「なんだ」

621名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:43:12 ID:QwDmC5Uo0

 屋敷の中を見透すように門を見て、彼女は言った。


リパ -ノゝ「…………被害者の苗字を教えて頂けないでしょうか、」


 なんだ。
 そんなことも知らずに現場へやって来たのか。
 私は言った。


(‘、‘ノi|「大神だ。大きな神と書いてオオガミ。それがどうかしたか?」


 いえ、と絣は続けた。


リハ ーノゝ「…………謎が全て解けただけですから。お気になさらず、」

622名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:44:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 7 ――】


 氷柱先輩がその惨殺死体を発見したのは今日の早朝だったという。
 朝練に行く前、ちょっとした用事があって――剣道家でもある先輩が、高名なその先生に稽古のお願いをする為に――被害者さんの家に寄った。
 先輩は事前にその先生から「来るなら朝に来てくれ。その時間帯なら道場にいるから」と言われていた。
 当日は門の鍵もかかっていなかったので起きているんだと思い、門をくぐって道場まで行き、死体を見つけた。

 そうして警察を呼んだ先輩は学校の鞄一つの制服そのままで事情聴取に行ったらしい。
 あくまで任意同行なので帰ろうと思えばいつでも帰れたのだが、学校で騒がれるのは嫌だったようで応じられるだけ取り調べには応じ、家に帰ったそうだ。


「弓を持ってたのが不味かったよね。矢はなかったにせよ」


 知ったように笑いながら会長は言った。
 心配している様子はまるでない。


ミセ*゚ -゚)リ「……あれ。でも会長、氷柱先輩のこと容疑者って言ってなかったですっけ?」

「言ってたケド……それがどうかした?」

ミセ;゚ー゚)リ「容疑者って犯人のことじゃないんですか?」


 違ったっけ?

623名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:45:08 ID:QwDmC5Uo0

「全然違うよ。『容疑者(≒被疑者)』は捜査の対象となった人間を指す用語だから」

ミセ*゚ー゚)リ「じゃあ犯人は?」

「犯人かどうかは関係ないけど、逮捕されて起訴された人は『被告人』になるね。ちなみに『被告』だと民事事件にしか使えない」


 更に言えば『参考人』は被疑者ではないが調査の為に事件に関係する情報を訊かれた者のこと、であるそうだ。
 だから氷柱先輩は参考人として事情聴取され、逮捕はされていないけど……まあ、被疑者でもある。

 しかしなんでも知ってるなあ、この会長。
 「なんでもは知らない、知っていることだけ」みたいな。
 よく考えるとその台詞当たり前なんだけど、知ってることが多いのは素直に凄いと思う。

 そんなことを考えていた私に彼女は「それに」と前置いて、言った。



「今回の事件で氷柱ちゃんが犯人ということは、ありえないんだよ。絶対に」



 ……やっぱり心配してたみたいだ。 
 その時の私は会長の言葉を聞いて素直にそう思っていた。

624名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:46:10 ID:QwDmC5Uo0
【―― 8 ――】


 彼女がここ、現在では俺達の家になっている旧高岡診療所にやって来た時、俺の中には二つの思いが到来した。 
 一つ目の「良かった」は彼女、人づてに事件に巻き込まれたと聞き及んでいた幽屋氷柱ちゃんが無事であること――逮捕されていないことに対しての安堵。
 もう一つの「どうしたんだろう?」は文字通り、ここを訪れるという彼女の意外な行動に対しての驚きだ。

 俺達を嫌っているわけではないとは、思う。
 だから依頼をすることはないわけではないけれど、今回は依頼内容が予測できなかったのだ。

 単純に遊びに来ただけ、そんな可能性はこの真剣な表情ではありえないだろう。


li イ*゚−゚ノl|「……ギコさん。あなたは何でも屋さんでしたよね?」


 垂れ目の人はなんか悪巧みをしているように見える。
 そんな話を小耳に挟んだことがあったけれど、目の前に座る氷柱ちゃんがいくら垂れ目でも、この真摯な眼差しでは「悪巧みしてそう」なんてつゆも思えない。


(,,-Д-)「いや、違うよ。俺はただの事件屋だから」


 俺はそう返してお茶を薦めた。

625名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:47:09 ID:QwDmC5Uo0

 半ばから緩やかにカーブしたヘアースタイルは双子のお姉ちゃんと見分けがつくようにする為らしい。
 これに限らず、彼女は常に姉とは違う髪型をするようにしている。
 だけど真正面から改めて見ると、「やっぱり双子だけあってそっくりだなあ」なんて当たり前なことを感じてしまう。

 瞳の奥に隠された熱さと冷たさの混濁も、そう。
 ドライアイスに触れた時に近しい、火のような超低温。


(,,゚Д゚)「俺は怪異専門の事件屋で……何でも屋でも請負人でもないよ」

li イ*゚ー゚ノl|「問題を――解決するだけ?」


 そうだよ、と短く返答する。
 熱いのか冷たいのか分からなくなる、感覚を濁らせる彼女の雰囲気に負けてしまわないように。


(,,-Д-)「俺は怪異に関しての問題が起きた時にそれを解決するだけ。無害な妖怪を祓ったりはしないし、人間の問題を請けたりもしない」


 それが俺の立ち位置だから。
 言い聞かせるようにして断言した。

626名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:48:09 ID:QwDmC5Uo0

 この中立が俺の場所。
 事件屋として、怪異に関する問題を解決することが――俺の仕事。
 でぃちゃんと決めた俺の現在だ。

 けれど氷柱ちゃんは困ったように微笑んで言った。



li イ*^ー^ノl|「でも結局、優しいあなたは助けてしまうんでしょう? 仕事ではなく、私事として」



 その通りだった。

 俺は何も言い返せなかった。 
 ただ、負け惜しみにも聞こえるような弱々しい声音で、


(,, Д)「…………勝手に、身体が動いちゃうんだよ……」


 溜息混じりに言い訳をしただけだった。
 ……我ながら情けないなあ。

627名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:49:08 ID:QwDmC5Uo0

 そんな俺を見て、氷柱ちゃんは今度は手を口に添えクスクスと笑う。
 そうしてからコップに入った緑茶を一口飲んだ。
 意図してのことではなかったけれど、むしろやり込められてしまった感じだけど、彼女の緊張が解けたのは良かった。


li イ*^ー^ノl|「本当に……どうして善良な人ほど、自分の善良さを嫌うんでしょうねー」


 柔らかな笑顔を浮かべて、誰かを思い出すようにそう言う氷柱ちゃん。
 あの身を裂くような冷たさは、もう何処にもない。


(,,-Д-)「はあ……。分かったよ、聞くだけは聞いてあげる」


 妥協して言った言葉に追撃が来た。


li イ*゚ー゚ノl|「聞くだけですか?」

(; Д)「いや……。話を聞いたら請けちゃうと……思う……」

li イ*^ー^ノl|「でしょうね」

628名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:50:07 ID:QwDmC5Uo0

 ……もうそろそろ「このまま問答を繰り返しても結局はこの問題解決することになるんだろうなあ」と思い始めてきた。
 どうせ乗り出すのなら、早いに越したことはない。
 諦めて、大人しく俺は氷柱ちゃんから依頼内容を聞くことにした。


 殺人事件、遺体の第一発見者になった彼女。
 でも氷柱ちゃんが犯人ということはありえない。

 どれほど怪しくても。
 凶器を持っていたとしても。
 彼女だけは犯人ではない。

 警察は今も疑っているだろうけど、少なくとも俺と生徒会長のあの子は確信している。
 犯人じゃないのなら、その内、容疑だって晴れるだろうと思う。

 なら、一体どんな問題が解決されることを望んでいる?


li イ*-ー-ノl|「大神先生の件は残念だったと思いますが……私の依頼はあの人の死去に、直接の関係はありません」


 殺した犯人を捕まえて欲しいわけではないと彼女は言った。
 そして続ける――“けど、誰よりも早く犯人は見つけて欲しいんです”。

629名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:51:07 ID:QwDmC5Uo0

 何故ならば。



li イ*゚ー゚ノl|「先生を殺した犯人が、先生が持っていたある文書を持っているはずなんです。私はそれを取り返さないといけない」

(,,-Д゚)「……取り返す?」

li イ*^ー^ノl|「はい」



 あれは本来、私達が預っているべきものですから。
 最後にそう言って彼女はまた笑った。

 ぞっとするような、笑みだった。

630名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:52:08 ID:QwDmC5Uo0
【―― 9 ――】


 …………は?
 謎は解けた、だと?


(‘、‘;ノi|「なあ――おい! 絣っ!」


 気がつけば怒鳴るような声音で呼び止めていた。
 恥ずべきことだが、私は年下の女に事件の真相を先に看破され憤っていた。
 警察官としてのプライドを傷つけられた気がしてしまったのだ。

 しかし私の声に振り向いた彼女はその達観、あるいは超然という言葉が相応な態度を貫いたままだった。
 そしてもうやるべきことは終わったというような顔で言う。


リパ -ノゝ「…………なんでしょうか、」

(‘、‘ノi|「謎が分かったとはどういうことだ」

リパ -ノゝ「…………そのままのことです、」

631名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:53:09 ID:QwDmC5Uo0

 ただし私の抱えていた謎とあなたの抱えている謎は同じではないと思います。
 絣は濁った瞳で私を見据えそう断りを入れた。

 続けて訊く。


リパ -ノゝ「…………被害者である大神さんの祖先はどの国の出身だったか分かりますか?」

(;ノAヽ)「は? いえ、そこまでは調べていませんが……」

(‘、‘ノi|「何処出身も何も、そんなものは事件になんの関係もないだろう」


 いいえ、と絣は言う。


リパ -ノゝ「…………私と、犯人にとってはとても重要なことでした、」


 国籍が重要?
 なら、やはり文書は国家機密に関係するものか?

632名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:54:08 ID:QwDmC5Uo0

 眉に皺を刻む私の顔を見、彼女はどう思ったのだろうか。
 「あなた達には関係がありませんが」と前置いて、更にこんなことを言った。 


リパ -ノゝ「…………私は被害者はモンゴルかトルコか、そうでないのならアラスカ辺りの血が混ざっているものと思いましたが、犯人は違ったのでしょう、」


 絣はそこで言葉を切った。
 どういうことなのかは質問しても答えてくれないだろう。
 彼女が言わないということはそのまま私が知る必要がないということだ。

 少なくともコイツの兄はそういう奴だった。
 不必要なことは言おうとしないが、面倒でも説明すべきことは説明してくれる奴だった。


(、 ノi「……分かった」

( ノAヽ)「警視?」

(‘、‘ノi|「今回の捜査に関係がないのであれば、とりあえずその話は聞き流しておくことにしよう」

リパ -ノゝ「…………そうですか、」

633名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:55:09 ID:QwDmC5Uo0

 私がそう言うと絣は頭を下げた。
 無言の礼は「プライドを傷つけてしまって申し訳ありません」と言っているようで癪に障ったが、きっとそれは私の被害妄想だ。
 気にしないことにしよう。

 そうして彼女は「もう一つだけ」と呟いて私に言った。


リパ -ノゝ「…………幽屋氷柱は犯人ではありません、」

(‘、‘ノi|「なんだ、知り合いなのか?」

リパ -ノゝ「…………個人的な知り合いですが、それは関係なく。彼女は犯人ではありません、」


 そして。
 絣は曇り空を見上げながら核心に触れる。


リパ -ノゝ「…………多分、犯人は自転車に乗っています、」

634名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:56:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 10 ――】


 お見舞いというのも変だけど、会長と氷柱先輩の家に行こうということになった。
 一介の後輩でしかない私が行っていいのかなとは思ったけれど、「氷柱ちゃんなら歓迎してくれるよ」という会長の言葉に後押しされ、私も同行することにしたのだ。

 靴を履き替え、自転車を取ってから校門へと向かう。
 会長は徒歩なので私も愛車を押して歩く。
 授業が終わって三十分は経っているので人影はもう疎らだった。


ミセ*゚ー゚)リ「そう言えば会長は何処に住んでるですか?」

「僕? 秘密」

ミセ*-3-)リ「えぇ〜……なんでですかぁ?」


 雑談をしつつ、二人でのんびりと歩く。
 灰色の曇天は朝よりもマシになっていて、切れ間からは心地良い太陽の光が差し込んでいる。
 朝方は纏わり付くようだった湿った空気も多少は緩和されていた。

 朝は、私の家より学校に近い、なつるの家からの歩きでの登校だから傘だったけど、自転車通学生は雨が降るとカッパを着ることになる。
 雨自体は嫌いじゃない私もあの暑苦しくてゴワゴワしたやつは大嫌いだった。
 傘差し運転をしたいところだけど、この学校の風紀委員長は厳しいし、何より危ない。

635名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:57:08 ID:QwDmC5Uo0

 特に女子。
 男子なら転んで顔に傷がついてもガ●ツみたいでカッコいいけど、女子で顔に傷があるのは致命的だ。

 ……こう考えると、でぃちゃんがどれほど整った顔をしているのかがよく分かる。
 鼻を横切るような傷があっても可愛いのは二次元だけだと思ってた。


ミセ;゚ー゚)リ「ねえ会長? そう思いま、せ……!」


 と。
 右隣を歩いていた会長を見たその時だった―――。



ミセ;゚ -゚)リ「え…………?」



 視界の端に――何かが、あった。

 私の右手にいた会長、その更に右側を、自転車に乗った男子生徒が通り過ぎた。
 濃い茶色の髪で彫りの深い顔立ちの人だった。
 彼は、口笛を吹きながらご機嫌そうにペダルを漕いでいて。

636名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:58:09 ID:QwDmC5Uo0

 そして――――“カゴに無造作に入れてある学生鞄から、重油のように醜悪で黒く淀み切った魔力が漏れ出していた”。



(‘_L’)「〜〜♪」



 聞こえてくる口笛が酷く不釣合いだ。

 なんだアレは。
 なんだアレは。
 冒涜的で悍ましく単なる怯えより複雑な吐き気をもよおすこの世のものならぬ理解を絶する底知れぬ暗澹たる――恐怖。

 ペニちゃんを見た時だって、ここまでじゃなかった。
 あの時の恐怖だって、これには匹敵しない。

 これは。 
 これは……怪異とかそういうレベルのものじゃ、ない。
 私が今まで、いや私以外のほとんどの人も見たことがないような――絶対。


:ミセ; -)リ:「あ……う、あ……」

637名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:59:07 ID:QwDmC5Uo0

 持っていた自転車も構わずに両腕で震える全身を抱いて蹲る。
 それは本能的な行動だった。

 視界が歪んでいる。
 今まで信じていた大事な何かが、根こそぎ崩されてしまったような、そんな。
 息が、上手くできない。

 あんな僅かな小匙程度の魔力で――こんなにも暴力的に絶望を理解させるなんて。
 あんなものがあっていいはずがない。
 あんなおかしなものが、この現実に存在して良いはずがない―――!

 アレは、一体―――?


「……自転車に揺られる衝撃でちょっとだけ封印が解けちゃったみたいだね。本人は気にしてないみたい、ううん、気付いてないのかな?」


 私の代わりに愛車を支えながら会長は知った風に呟く。
 悪魔のような笑みを浮かべたまま、まるでなんてことはないように。

 同じものを見ているはずなのに。
 面白いものを見つけた、と。
 彼女は、そんな認識でしかないような表情をしている。

638名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 05:00:07 ID:QwDmC5Uo0

 あんなものは取るに足らないと言外に主張しているかのように――笑ったままで。


「そうだよ」


 化物のような嘲り笑いを浮かべたままで。
 とても私との共通項なんて見つかりそうもない嘲笑のままで。

 彼女は、言う。



「アイツがナントカさんを殺し、魔導書を奪った――――犯人だ」



 その言葉を最後に。
 私の意識は、途切れた。






【――――そこまで。第七問、終わり】

639名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 05:01:08 ID:QwDmC5Uo0


 「霧れる雨 ふる我が思ひ もぞ知るる」


【歌意】
雨が降り、霧がかかっている。
長い間抱え続けたこの思いが知られてしまっては困るなあと私が思う最中、涙は溢れ、目も霞んでいる。

【語法文法】
『霧れる雨』の『霧れ』はラ行四段活用「霧(き)る」の已然形か命令形。
意味としては「霧や霞がかかる」「霞む」と「涙で目が霞む」。付いているのは存続や完了を表す助動詞「り」の連体形『る』。
『雨』はそのまま雨だが、雨は比喩として「涙」という意味でも使われることがある。
次の『ふる』は動詞であり、掛詞として様々な形として使われる。
今回は小野小町の歌と同じくラ行四段活用終止形「降る」、そしてハ行下二段活用の動詞「経(ふ)」の連体形が掛かっている。
代名詞と格助詞で成り立つ『我が』は「が」が主格か連体格かで意味が異なるが、今回は連体格。「私の」と訳す。
『思ひ』は「考え」「希望・願望」「愛情・思慕」「心配」など複数の意味を持つ名詞。その為に訳していない。
係助詞の「も」に「ぞ」が付いた『もぞ』は良からぬ事態を心配する意を表し、「〜したら大変だ」「〜するといけない」という風になる。
最後の『知るる』は知るではなく知られる。ラ行下二段活用の「知られる」という意味を持つ動詞。
本来は終止形になるべき部分だが前述の『もぞ』の係り結びで連体形になっている。

【特記】
参考にした歌は特にないので文法が合っているか不安である。
雨を涙の比喩にする和歌は多いが、個人的に「涙雨」や「涙の雨」のように分かりやすく読み込んでしまうのはあまり好きではない

思わず涙が溢れてしまうような感情。
それはどのようなものだろう。
誰が、何に対して、あるいは誰に対して抱く『思ひ』なのだろうか。

640名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 05:03:54 ID:QwDmC5Uo0

というわけで、第七話でした。
続きは十月です。

641名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 15:06:32 ID:wvM74i9M0

続きが気になる。

642名も無きAAのようです:2013/09/20(金) 04:02:41 ID:I2bqle.M0
おつ
相変わらず面白い。しかし波乱の予感だな

643名も無きAAのようです:2013/10/02(水) 22:55:53 ID:VlisfmQkO
書類=魔導書、解答編までひっぱって欲しかったな

644名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:48:51 ID:kH3I6/no0




ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです



※この作品には性的な描写が(たまに)出てきます。
※この作品は『天使と悪魔と人間と、』他幾つかの作品と世界観を共有しています。
※この作品は推理小説っぽいですが、単なる娯楽作品です。
※この作品はフィクションです。実在の逸話を下敷きにした記述が存在しますが現実とは一切関係ありません。





.

645名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:50:04 ID:kH3I6/no0




 第八問。
 選択問題 解答編。

 「雨斎院雪吹の憂鬱」





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646名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:51:05 ID:kH3I6/no0




 敷栲の 袖返せども つゆぞ乾かぬ



.

647名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:52:06 ID:kH3I6/no0
【―― 1 ――】



 ―――気が付いた時には私の世界はアカイロに染まっていた。


 何が起こったのだろう。
 そう思って辺りを見回そうとしてみても、どうしてか、周囲と同じく赤い身体は少しも動いてくれなかった。



 ここは何処かな。
 見慣れた場所なのか、そうでないのか。
 それでさえもよく分からない。

 たとえよく知っている場所だったとしても、こんな風に真っ赤だったら分かるはずないか、なんて。
 なんだか場違いにも程があるけどおかしくなってしまって力なく笑みを浮かべる。

 もしかすると私は何処か怪我してるのかな。
 これは私の血なのかな。
 色々な考えが浮かんでは消え、けれど少しも纏まらず、私はただアカイロに抱かれていた。

648名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:53:07 ID:kH3I6/no0

 朦朧とした意識で手を伸ばした。
 最初に動かそうとした右手は動かなかったので、代わりに左手を空に伸ばした。
 倒れたままで、精一杯に手を伸ばす。

 助けを求めていたわけではない。
 助かるなんて思っていなかった。

 ただ、ふと涙で滲むアカイロの中に何かが見えたような気がして―――。



『……』



 ―――その手を。

 何かが。
 いや。
 誰かが、やがては意識と共に力なく落ちるはずだった私の手を、掴んだ。

 力強くはなかった。
 優しい手。
 柔らかだけど所々ゴツゴツした変な手が、酷く優しく私の手を取った。

649名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:54:10 ID:kH3I6/no0

『…………え?』



 その人は何故かお祭りの屋台で売っていそうな狐を模したお面を被っていて、私は思わず眉を顰めた。
 するとその人は黙って、空いていた片方の手でお面を外した。

 一目見た印象は「刃物みたいな人」だった。
 次に感じたのは「綺麗な人だなあ」で、最後に気が付いたのはその真っ直ぐな瞳。
 視線で人を殺せてしまいそうな、そんな鋒を思わせる双眸が特徴的な、短髪の女の人だった。

 彼女は言った。



『最初は鬼の面を被っていた。けど「桃から生まれた桃太郎……」と名乗ってしまって女とバレた。だから、今は狐面』



 そんなことは訊いてない。
 この状況でそんなどうでもいい設定を説明されても困る。

 腹が立つような、呆れたような。
 妙な感情が私を襲った。
 ……結局その複雑な思いは笑顔として表面に出た。

650名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:55:11 ID:kH3I6/no0

 全てを諦めたような力ないそれではなく――――ちゃんとした、笑みとして。



『……良かった』



 その時の彼女の顔は覚えていない。
 でも、その時の暖かな背中と彼女の声は今も記憶に残っている。

 私を背負いながら言った、小さな言の葉。




『――――笑顔になって、良かった』




 きっと彼女も笑顔だったと思う。
 それは助けられて良かったと、見えるはずのない神様に感謝するかのような、これ以上ない笑顔―――。

651名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:56:05 ID:kH3I6/no0
【―― 2 ――】


 寝起きに感じたのは額に乗る濡れタオルの感触。
 心地良い冷たさで意識が覚醒していき、クリアになった視界に甲斐甲斐しく私を看病してくれていた(らしい)同級生を見つけた。


ミセ* ー)リ「……あれ。でぃ……ちゃん?」

(#゚;;-゚)「お目覚めですか? 心配したのです」


 同級生、朝比奈でぃ。
 武装●金とかス●魔女の小説版とかの某キャラクターを思い出させる顔の一文字の傷が特徴的な、けれど損なわれることのない魅力と清楚さを持つ顔立ち。
 少し短いポニーテールがよく似合う猫又と人間とのハーフ――半妖の少女。

 今日も制服姿だけど……もしかして休日も制服なのかな?
 似合ってて可愛いし、そこはかとなく犯罪的な匂いがする以外は眼福で良いんだけど。


ミセ;-ー-)リ「うーん……」


 ベッドから身体を起こしつつ、辺りを見回す。

652名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:57:08 ID:kH3I6/no0

 白い壁、並んだ寝台、病院にあるような仕切りのカーテン。
 そのどれにも見覚えはなかったけどでぃちゃんがいるということから考えるに、ここは旧高岡診療所らしい。 
 以前泊まらせてもらった時は居間を借りたから分からなかったけど、こういう部屋もあるのか。

 窓の外を伺うと、もう薄暗くなっている。
 どれくらい眠っていたんだろうか。


ミセ;゚ー゚)リ「…………あれ?」


 ……眠る?
 おかしいな、記憶が曖昧になってるぞ。
 眠った覚えはないし、そもそもここに来た覚えもない。


(#゚;;-゚)「覚えていらっしゃいませんか?」


 でぃちゃんの言葉に、恥ずかしながら、と呟いて首肯する。
 彼女は瞳を伏せ続けた。


(# ;;-)「無理もないのです。……あんなものを見られたのですから」

653名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:58:07 ID:kH3I6/no0

ミセ;゚ー゚)リ「あんなもの? ……あっ!」

(#゚;;-゚)「思い出されましたか?」


 思い出したよ、全部。
 私がそう言おうとしたその時にガチャリという音が耳に届いた。
 扉の開く音。

 出入り口の方を見ると二十才くらいの白衣を着た男の人がいる。
 男の人には珍しく、笑顔が似合う可愛らしい童顔の彼を私は知っている。


(,,^Д^)「おはよう……と、言ってももう夕方だけど」

ミセ*゚ -゚)リ「……ギコさん」


 朝比奈擬古さん。
 神道系の大学に通う大学生で、怪異の専門家で、そして他でもなくでぃちゃんの最愛の人。
 ……ていうか夫。

 この診療所の現在の主は私の傍までやってくるとジッと私の顔を見つめる。
 視線を逸らすのも失礼かなと思ったので、私も「こんな草食系っぽい人がでぃちゃんをアヘらせてるのか……」なんてことを考えつつ見つめ返す。

654名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:59:10 ID:kH3I6/no0

 時間にして十秒ほどだっただろうか。
 ギコお兄さんは「うん」と満足そうに頷いて今度は私の手を取ろうとする。 
 ふむ。


ミセ* -)リ「やんっ……」

(;゚Д゚)「!!?」


 手が触れた時を狙って、喘いでみた。

 ちょっとした悪戯だ。
 朝、なつるにやったのと同じやつ。

 どんな反応をするかなーと伺ってみると、ギコさんは私の手を離し飛び退り目を白黒させていた。
 心なし頬も赤い。
 ……いい反応するなあ。

 そして。


(# ;;-)「…………ご主人様」

655名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:00:07 ID:kH3I6/no0

(;-Д゚)「えっ? いやっ、なんて言うか……これは違うよ!」

(# ;;-)「何が、違うのですか……?」

(;゚Д゚)「多分今でぃちゃんが考えてる何もかも!!」


 次の瞬間には、私のちょっとした悪戯心の所為で夫婦仲にヒビが入りかけていた。
 ギコさんは追及を逃れるように後退り、逆にでぃちゃんはじりじりと間合いを詰めている。


(;-Д-)「脈を取ろうとしただけだから! 他意はないし!」

(# ;;-)「自覚はなかったとしても……いやらしい思いが心の中にあるから、手つきがいやらしくなるのです……」

(;゚Д゚)「ないよ!なかったよ!」

ミセ;゚ー゚)リ「あの、」

(# ;;-)「嘘です、嘘なのです……。ご主人様は、ミセリさんみたいな胸の大きな方が好きなのです……」

(;*-Д-)「それは――確かに好き、だけどさ……」

656名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:01:07 ID:kH3I6/no0

 好きなのかよ。


(;゚Д゚)「いや好きなんだだけどこれは違う!!」

ミセ;゚ー゚)リ「いや、あの」

(# ;;-)「嘘です。昔から周りには妙に胸の大きな方が多かったのです」

ミセ;゚ -゚)リ「もしもーし?」

(;-Д-)「それは本当だけど嘘じゃない!!」


 恋人を壁際まで追い詰めたでぃちゃんには、もうあの狐火のような橙色の魔力と共に猫の耳と尻尾が顕現していた。
 普段は意識して引っ込めているらしいので彼女の耳と尻尾が出るのは気が抜けている時か、臨戦状態の時。
 どう考えても今は後者だ、私の言葉も届いていないみたいだし。

 堂々巡りの禅問答を続ける二人。
 決着がついたのは、でぃちゃんが言いかけた一言だった。

657名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:02:05 ID:kH3I6/no0


(# ;;-)「ご主人様は――本当は、私のことなんか……」



 あなたは優しいから、私の想いに応えてしまっただけで。
 本当は他に好きな人がいたんでしょう?

 ……それは、そんなような意味を含んだ言葉だった。
 今までの低く唸るような声ではなく、か細く、弱々しい女の子の声で発せられた。
 彼女の、紛れもない、本心。

 ―――けれど。


(,, Д)「っ!」


 けれど――そこからの展開は今までよりも更に劇的だった。

 でぃちゃんが言葉を口にした瞬間、その刹那ギコさんが彼女の腕を引っ手繰るように掴み、そのまま傍にあったベッドに押し倒した。
 驚きの声を漏らし目を見開き、次いで抵抗しようとするでぃちゃんに。
 何か、彼女らしからぬ言葉を紡ぎかけた唇を、開きかけたそれを彼が自分の唇を重ねることで塞いだ。

658名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:03:07 ID:kH3I6/no0

 平たく言うと。
 押し倒してキスをした。


(#// -/)「ふぅっ、あっ――ぅ、ぁ……」


 口の内側を舌でぐちゃぐちゃにされる。
 キスに加えて弱いという耳を片手でいじられ、強張っていた身体の力が全部抜けていくのがここからでも分かった。
 初めは抵抗していた彼女も、やがてはされるがままになった。

 途中で一度離れたのにもう一度、今度は味わうようなキス。
 唾液を啜って、その次は自分の唾液を流し込む。

 うわー……。
 相変わらずエロいチュウするなぁ、この二人……。


(#// -/)「あっ――はっ、ん……。やっ……ご主人、様ぁ……っ!」


 切ない声で彼の名前を、呼んで。
 ピンと一瞬だけ僅かに身体を仰け反らせた。

659名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:04:08 ID:kH3I6/no0

 そして、やっと口を離したギコさんが服装を整えながら言う。


(,,-Д-)「…………でぃちゃん、俺はさ。知っているとは思うけれど、人の気持ちを勝手に決め付ける人間が嫌いだ」


 自分のことをどう思うのかは本人の自由だと思うけれど。
 他人の気持ちを決め付けるのは大嫌いだ、なんて。
 彼らしからぬ、静かだけど強い意思を秘めた語調でギコさんは続ける。

 戻らない過去を思い返すかのような口調で。
 彼は続ける。


(,,-Д-)「でぃちゃんは自分のこと嫌い? ……そっか、でも俺はでぃちゃんのことが大好きだ」


 目を潤ませ朦朧とした意識の彼女に何度目かの軽いキス。
 そうしてまた言う。


(,, Д)「でぃちゃんは俺のこと嫌いになっちゃった? ……そうだとしても、俺はでぃちゃんのことが大好きだ」

660名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:05:06 ID:kH3I6/no0

 前からずっと。
 前よりずっと。
 君のことが大好きなんだよ――と。

 彼の言葉に、彼女は涙を流して答えた。
 わざわざ言わせないでくださいよ、なんて、もどかしそうに。


(#// -/)「私だって……ご主人様のことが、大好きなのです……」


 そっか、とギコさんは笑顔で頷いた。
 続けて「でも」と言う。



( *-Д-)「でも……我が儘だけど、俺はでぃちゃんの口から聞きたかったんだ」



 好きだという言葉を。
 愛しているという感情を。
 分かってはいるけれど、君の口から聞きたかったんだと。

661名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:06:07 ID:kH3I6/no0

 ……その気持ちは酷くよく分かった。
 心臓が壊れるような強さで締め付けられるほどに。

 「愛は説明を必要としないものだから、何度も気持ちを説明しあう恋人同士はすでに離れているか、離れかかっているんだよ」。
 なんて、いつだったか生徒会長が言っていたけれど私はそうは思わない。
 愛して欲しいって言葉は寂しいって意味じゃなくて、楽しみたいから、誰かといて楽しいから口にする言葉だ。
 それは「あなたのことが好きです」っていう、ごく当たり前の挨拶なのだから。


(,, Д)「俺のこと好き?」


 彼の問いに彼女は当然のように答える。 


(#// -/)「はい。愛しています」

(,,-Д-)「ありがとう……少しは落ち着いた?」

(#// -/)「全然です――あなたといると、ドキドキしっぱなしなのです」


 良かった、とギコさんは笑った。
 俺もそうだから、なんて恥ずかしそうに言って。

662名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:07:08 ID:kH3I6/no0

 さて。




ミセ;*^ー^)リ「あのー……。落ち着いたなら――いや落ち着いてないけど――もういいですか?」




 私のその言葉に、でぃちゃんが真っ赤になって部屋を飛び出していくのは、この直後のこと。

663名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:08:11 ID:kH3I6/no0
【―― 3 ――】


 部屋の人数は一人減って二人。
 ギコさんは咳払いをすると「さて」と仕切り直しを謀る。


(;*-Д-)「じゃあ、色々あったけどそろそろ本題に入ろう」

ミセ*^ー^)リ「まさか咳払い程度でさっきのやつ忘れてくれとは言いませんよね?」

(;* Д)「いや……なんて言うか…………ごめん」


 頭を下げる彼に、私は笑いながら気になっていたことを訊ねる。


ミセ*゚ー゚)リ「そう言えばギコさん、さっきキスしてましたけど」

(;* Д)「うん、したけど……それが何?」

ミセ*-ー-)リ「いや、ああいう唇で口を塞ぐのってギコさんらしくない気がするんですけど、誰かから教わったんですか?」

664名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:09:09 ID:kH3I6/no0

 あんな少女マンガみたいな行動、ギコさんがするとは思えない。
 なつるだってしないだろう。
 ……あの請負人を名乗った赤いお兄さんならするかもしれないけど……。

 ギコさんは「ああ」と納得したように頷き、答える。


(,,-Д-)「俺のおじさん……厳密には俺の養父の、兄の、息子の人が言ってたんだよ」


 ええと。
 義理の父親の、兄の、息子だから……義理の従兄弟になるのかな?


ミセ*゚ー゚)リ「なんて言ってたんですか?」

(,,゚Д゚)「『女の子が泣き出したり、ヒステリーになったりした時は、とりあえずキスしてから次の行動を考える』」

ミセ;゚ -゚)リ「…………は?」

(;-Д-)「『キスすると大人しくなるから』って……。俺は、流石に好きな人にしかやりたくないし、やれないけど……」

665名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:10:06 ID:kH3I6/no0

 凄いことを言う従兄弟がいたものだ。
 そんなことをして許されるのは少女マンガの中だけだ。
 現実でやったら平手打ちを喰らう。

 ……いや。
 私も好きな人にやられたら大人しくなっちゃうかも……。
 単純だなあ、女の子って。


ミセ;^ー^)リ「従兄弟の人、モテたんですねぇ」

(,,-Д-)「あー……うん。たまにしか会ったことないから分からないけど、そうみたい」


 暗に「ギコさんもモテますよね?」という意味を含んだ言葉だったけれど、彼は気づかなかったみたいだ。
 天然ジゴロってやつだろうか。

 さて、じゃあそろそろ本当に閑話休題しよう。

666名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:11:10 ID:kH3I6/no0
【―― 4 ――】


 ―――今までの話を一度纏めてみよう。


 まず最初にある道場で殺人事件が起こった。
 被害者は武道家(大神さんという凄い人らしい)。
 その人は真正面から何かで一突きにされた後、持っていた居合用の真剣で心臓の原形がなくなるほど何度も刺されたとされる。
 それを今日の朝、学校に行く前に用事があって道場に寄った氷柱先輩が見つけた。

 先輩はすぐに警察に連絡したけれど、学校用の鞄に加え手入れの為に持ち帰っていた梓弓を持っていたことで容疑者になってしまった。
 でもギコさんも生徒会長も彼女だけは絶対に犯人じゃないと言う。


 次に、警察から開放された氷柱先輩がギコさんに依頼をした。
 依頼内容は「犯人を誰よりも早く見つけること」。

 先輩が言うには、殺された大神さんという人はある文書(どんな媒体かは分からない)を常に持ち歩いていたらしい。
 だけど氷柱先輩が刑事さんから聞いた話ではそんなものは遺留品の中にはなかった。
 そもそもその文書は彼女の所有物で、先輩は何処からかのルートで大神さんが手に入れたそれを返してもらおうとしていた。

 つまり氷柱先輩の目的は、警察より早く犯人を見つけて、その文書を取り返すことだ。

667名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:12:11 ID:kH3I6/no0

 そして今日の放課後、私と生徒会長は正門前で自転車に乗ったある生徒を見た。
 自転車籠には学生鞄が押し込まれていたんだけど、そこから何か良くない魔力が漏れ出していた。
 封印が僅かに緩んでしまった所為らしい。

 会長の言葉が正しければ「アイツが犯人」。
 あの男の人が大神さんを殺し、会長曰く魔導書(=文書)を奪った人。


 ……うーん。
 なんとなく話の概要は見えてきたけど……。


ミセ;-ー-)リ「正直なところ、私には全然分からないです」

(,,-Д-)「俺も、今のところ推理できてるのは半分程度、かな……」


 腕を組み考えるギコさん。
 その仕草はぶっちゃけあまり似合っていなかったけれど、でも既に半分は予測が立っているわけで、やっぱりこの人は優秀な専門家なのかもしれない。
 私はさっぱりだもん、ってかこれ怪異絡みの事件なのかなあ?

 会長が言っていることが正しかったとしても、犯人は被害者を真っ正面から串刺しにしている。
 つまり、あの生徒の人が何かで武道家の先生を刺したことになるわけで、でも私が見た感じではそんなことができる武闘派には思えなかったんだ。

668名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:13:11 ID:kH3I6/no0

(,,゚Д゚)「いや、正面から刺すだけなら呪いなり毒なりで動きを止めればいいんだけど、」

ミセ*-3-)リ「けど?」

(,,-Д-)「それだと痕跡が残るはずだからなあ……」


 ギコさんもでぃちゃんも魔力を調べることはできないが感知することはできるので、現場を見に行った時に何か気づいたはず。
 それ以前に、事件の噂しか聞いておらず現場にも行っていない会長が気づいているから、何か、決定的な証拠のようなものがあったのだ。

 あ、ていうか。


ミセ*゚ー゚)リ「もしかして、私をここまで運んできたのって会長ですか?」

(,,^Д^)「うん。背負ってね。自転車は学校に置いてきたらしいけど……お礼言っておきなよ」

ミセ*^ー^)リ「はい! ……って、」


 「背負って」って、タクシー使ったとか迎えを呼んだとかじゃなく、徒歩で?
 自転車使っても十分遠い距離なのに、学校から私を背負って、この商店街の外れまで?
 いくら私が軽いと言ってもおかしいでしょ。

669名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:14:08 ID:kH3I6/no0

 どんだけ鍛えてるんだ、あの人。
 本当に化物じゃないだろうな。
 というか、どうして私の家じゃなくてこの診療所に?

 まあ、私の家には基本的に誰もいないので家に連れて行っても困るだけだろうけど。


(,,゚Д゚)「……そうか」


 私の独り言にギコさんが反応した。
 手を打って、やっと合点が行ったという風に。

 そして、言う。


(,,-Д-)「俺はてっきり、あの子はミセリちゃんの家を知らなくて、だからここに連れて来たんだと思ってたけど……そうじゃなかったんだ」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」

(,,゚Д゚)「だってそうでしょ? 隣で後輩が意識を失ったとして、その子背負って知り合いの家まで行く?」


 それは……行かないけど。
 普通は保健室で休ませるか救急車を呼ぶと思う。

670名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:15:09 ID:kH3I6/no0

 でも。


ミセ*゚ー゚)リ「でもギコさんは専門家ですよね? なら病院に連れて行くのと同じ感じじゃないですか?」

(,,-Д-)「なら俺の方を呼べば良い。俺は車持ってるんだし、そっちの方が効率的でしょ?」


 なるほど、一理ある。
 そうしなかったのが不思議なくらいだ。

 だから、とギコさんは続ける。


(,,゚Д゚)「多分、ミセリちゃんの口から何かを言わせたかったんだ。ヒントになるような何かを」

ミセ;゚ -゚)リ「私から?」 

(,,-Д-)「よーく思い出して。……今日、あの子と何を話したのかを」


 そんなことを言われても……。

671名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:16:09 ID:kH3I6/no0

 今日は朝から雨が降っていて私は遅刻して、
 昼過ぎに着いて、
 会長は身体を鍛えてるから片手で懸垂が出来て、
 氷柱先輩が遺体の第一発見者になっちゃったから今日は学校に来てなくて、
 ゴミは学校の予算で処理してもらってて、
 今は法律が厳しくなったから学校の焼却炉はあまり使ってなくて、
 部室棟の奥に綺麗な森があって、
 その森の主はほぼ毎日近くの倉庫にいて、
 でも今日はいなくて、
 神聖さは心理的な隔たりが関係しているもので、
 木の枝が折れてて、
 芸術家さんがそれに怒るらしくて、
 私は虫が嫌いで、
 会長は虫を潰したりはしない人でいただきますをちゃんと言う人で、
 怪異のことはよく知らなくて、
 人間みたいな化物と化物みたいな人間はよく知ってて、
 朝から変な知り合いと会ったからご機嫌で、
 氷柱先輩は矢はなかったにせよ弓を持ってたから疑われて、
 容疑者と被告人は全然違って、
 会長は先輩が犯人なのはありえないと思ってて、
 会長の家は秘密で、
 顔に傷があるのに可愛い女の子は珍しくて、

 そして、自転車に乗っていたあの人が魔導書を盗んだ犯人だって―――。

672名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:17:12 ID:kH3I6/no0

 ……聞き終わってギコさんは言った。
 わかった、と。


(,,-Д-)「よく分かった。それでミセリちゃん、三つ質問」

ミセ;゚ー゚)リ「今ので本当に分かったんですか? 何が?」

(,,゚Д゚)「それは後で説明する。……今日、ミセリちゃんなんで遅刻したの?」


 私の言葉を聞く時間も惜しいという風に一つ目の疑問を口にする。
 別に答えるのは吝かじゃないけど、どう考えてもそれ事件に関係ないと思う。


ミセ*゚ -゚)リ「えっと……昨日は幼馴染の家に泊まってて、起きるのが遅れたからです」

(,,-Д゚)「昼過ぎまで寝てたの?」

ミセ*^ー^)リ「いやー、九時半には家出たんですけど……寄り道したりしてる内に。雨降ってて行く気が起きなかったのもありますけど」

(,,-Д-)「やっぱりね」

673名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:18:05 ID:kH3I6/no0

 やっぱり?


(,,゚Д゚)「じゃあ二つ目。その森の主は比喩だと思うけど、その人ってなんで今日いなかったの?」

ミセ*-ー-)リ「えっと、今日が焼却炉を使う日だから、らしいですよ? 煙とか出ますし」


 私の言葉にギコさんはまた満足そうに頷いた。
 何がなんだか分からないけれど、彼の中では何かが納得できたらしい。

 じゃあ最後、と前置いて彼は訊ねた。



(,,゚Д゚)「君が見たその枝が折られていた木って――――夜糞峰榛(ヨグソミネバリ)だったよね?」

674名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:19:06 ID:kH3I6/no0
【―― 5 ――】


 職場に帰る途中も車を運転しつつずっと考えていた。
 絣の言葉の意味をだ。

 被害者の苗字云々のことは置いておくにしても自転車については考えないといけないだろう。
 どうして絣は「自転車に乗っている人間が犯人だ」と言ったのか。
 多分とは言っていたが、まさか当てずっぽうで適当なことを言っているはずもない。


(‘、‘ノi|「……まるで信用しているようじゃないか」


 警察署の駐車場に車を停車させ呟いた。
 向こうでは朝からずっと雨が降り続いていたらしいが、こちらは朝から気持ちの良い快晴だった。
 きっと今夜は星が見えるだろう。

 車から降りると駐車場の端に濃い紅色の見覚えのあるオートバイが見えた。
 確かホンダのCBR1000RRとか言うやつだ。

 お世辞にもバイクに詳しいとは言えない私が何故名前を知っていたかと言えば、それが既知の相手のものだったからだ。

675名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:20:05 ID:kH3I6/no0

(‘、‘ノi|「あの何でも屋……また警察に来ているのか」


 たまに現場に現れ犯人を推理していく素人探偵。
 本人は「請負人」とか名乗っているが、つまりは何でも屋の青年だ。
 あのバイクは奴の愛車なのだ。

 あれがここにあるということはまた参考人として呼ばれているか何かの事件を解決したのだろう。
 探偵の領分には殺人事件の推理も入っているとは思うので構わないし、またなんにせよ犯人が捕まるのは良いことなので煩く言うつもりはないがそれにしても最近はよく会う。

 そこで私はやっと理解した。


(‘、‘ノi|「なるほど……だから『自転車に乗っている人間が犯人』か」


 事件の被害者はメッタ刺しにされていた。
 当然加害者には少なくない量の返り血が付着したはずだ。
 早朝とは言えそんな状態で服を着替えに戻ることはできやしないだろうし、その場で着替えるのは誰かがやって来るのではないかという心理的に抵抗がある。

 ならどうするか。
 考えてみれば簡単だ、雨合羽を着ていれば良い。

676名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:21:05 ID:kH3I6/no0

 それも着るのはただの合羽ではなく上下に分かれたタイプ、つまり自転車用の雨合羽だ。
 学校などで指定されている紺のものなら更に良いだろう。
 犯人は上下雨合羽で犯行に臨み被害者を殺害後すぐに脱いで収納用の袋に戻した。

 現場は早朝から雨が降り続いていたのだから合羽を着ていてもなんら不自然ではない。
 勿論着ていなかったところで「面倒くさがり屋だな」とは思われるだろうが不審ではない。
 事実はさておき、おそらく絣はそう推測していた。ほんの数年前まで学生だった絣はすぐに思いついたはずだ。


(‘、‘ノi|「しかし、正面から一突きの謎は残るな……」


 自動車に鍵をかけ頭を捻りつつ歩き出す。
 署の方を見れば、ちょうどあの何でも屋の青年が出てきたところだった。

677名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:22:06 ID:kH3I6/no0
【―― 6 ――】


 その男はやはり自転車に乗っていた。
 籠の中の鞄もそのまま。
 ただし服装は学生服ではなく普通の格好――人混みに入ればまず見つけられない、それを意図した服装になっていた。

 濃い茶色の髪を隠すような野球帽が唯一の特徴と言っていい。
 微弱に流れ出していた醜悪な魔力も、封印をかけ直したのか治まっていた。

 川沿いを走っていた男はギコさんの姿を見つけ不思議そうな顔をし、ギコさんのすぐ後ろにいた私を気にすることはなく、その隣にいたでぃちゃんを見て納得したようだった。


(‘_L’)「あれはお前の差金か? 『魔法を失った魔法使い』さん」

(,,-Д-)「まあね」


 顔が利くんだな、と男は低く笑った。
 その雰囲気は、学生服を着ていたことが信じられないくらいに落ち着いた、大人のそれだった。

 不愉快で。
 不自然な。
 魔術師らしい態度だった。

678名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:23:09 ID:kH3I6/no0

(‘_L’)「私が荷物を取りに帰っている間にそこら中の道路に結界や罠が仕掛けられていた。なんの目的でやっているのだかと思っていたが……私が目的だったか」


 私から話を聞いた直後、ギコさんは何本か電話をかけた。
 知り合いと同業者だよと笑っていたけれど、まさかそんなことをしていたなんて。
 彫りの深い顔の男はそれを回避している内にここに誘い込まれたのだ。

 仕掛けは対人用ではなく対物用。
 一定以上の魔力を有する呪物を弾くものなど多数。

 折角手に入れた文書――魔導書を傷つけたくなかった男は、罠のある道を避けて通るしかなかった。


(,,゚Д゚)「てっきり気が付いてあえて正面突破をしに来たのかと思ったけど、気が付いてなかったんだね」


 ああ、と男は低い声で肯定する。


(‘_L’)「まさか、これの価値を正しく知る人間が私達以外にいるとは思ってなかったものでな……抜かった」

(,,-Д-)「……そう」

679名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:24:20 ID:kH3I6/no0

(‘_L’)「それに万が一これが損傷し、周囲の人間に被害が出ては取り返しが付かない。次からはもう少し後先考えて罠を仕掛けて欲しいものだ」


 これ。
 奪い取った文書。
 魔導書。


(#゚;;-゚)「あなたの正体は? 何者なのですか」

(‘_L’)「お前に訊かれたのでは答える気も失せるが……ただの高校生だよ。ただ、学生である前に魔術師であるだけだ」


 お前と同じだ妖怪、と彼はまた低く笑う。
 学生である前に半妖である、朝比奈でぃという少女に向け。


(,,-Д-)「君はなんだ」


 ギコさんは私を下がらせつつ問う。

680名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:25:15 ID:kH3I6/no0

(‘_L’)「ある祓い屋の一人だ。……今日までは高校生でもあったが」


 自転車から降りつつ答え、男も問う。


(‘_L’)「ではお前はなんだ?」

(,,゚Д゚)「今は、ただの怪異専門の事件屋だよ。そして大学生でもある」

(‘_L’)「依頼か」

(,,-Д-)「まあね。君も依頼?」

(‘_L’)「そうだな」

(,,゚Д゚)「……殺人も?」


 お互いに静かな口調だった。
 ただその間、十メートルもない距離に満ちるのは明確な――敵意。

681名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:26:06 ID:kH3I6/no0

 男は鞄から黒い切手入れのようなものと、同じく黒いクリアファイルを取り出す。
 対しギコさんはグローブを填めた両手を白衣のポケットに入れたまま。
 どちらも武闘派には見えないけれど、魔術を使う尋常ならざる彼等にそんな常識は通用しない。

 ところで、と男が言った。


(‘_L’)「否定するつもりはないが……私が殺したのだと言うのなら、根拠を示して欲しいものだが」


 ギコさんは黙って目を閉じる。
 前とは違い、悪びれる様子もない人殺しを前にして。

682名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:27:06 ID:kH3I6/no0
【―― 7 ――】


(,,-Д-)「―――『梓弓』」


 梓。

 ブナ目。
 カバノキ科。
 カバノキ属に属する落葉高木。

 日本において「梓」とは一般的にこの植物を指すが、キササゲやアカメガシワも同じ漢字で表す。
 なのでそれ等と区別する為に『水目』や『ヨグソミネバリ』などとも呼ぶ。


(,,゚Д゚)「君が使ったのは梓弓。製法が多岐に渡る中でも最も簡易なやつだ」


 その最も簡易な製法とは――奉射祭で使われる「梓の枝にそのまま弦を張っただけ」のものだという。
 焼却炉近くの森にあった木(梓)を折ったのは彼で、それを用いて弓を作った。

 つまり、何故今日事件が起きたのかと言えば。

683名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:28:05 ID:kH3I6/no0

(,,-Д-)「“今日が二週間に一度の焼却炉が使われる日で森に人がおらず、しかも証拠隠滅ができるから”――だよね?」


 あの森の近くの倉庫には、ほぼ毎日ゲイジュツカさんがいるという。
 他の生徒はまず来ないとしても、その人には枝を調達する際に目撃される可能性があった。

 だから、今日。
 二週間に一度定期的に焼却炉が使われ、その人がいない日に。
 そして使い終わった凶器を処理する為に。

 会長が言っていた「学校で燃やせるゴミ」には、木の枝も含まれている―――。


(#゚;;-゚)「今頃はもう灰になっていることでしょう。ですから証拠はないのです」

(,,-Д-)「同じように凶器も存在しない。……だって、君がわざわざ梓弓を用いたのは『鳴弦』の為だから」


 最初の一撃。
 正面からの一突き。

684名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:29:08 ID:kH3I6/no0

 ……凶器が見つからないのは当たり前だ、そもそもそんなものは存在しないのだから。
 被害者を射抜いたのは『浄めの音』という不可視の刃。
 矢を番えずに梓弓を弾くことで音を鳴らし、魔力を込めた音で邪を祓うという神道の技術――『鳴弦』。


(,,゚Д゚)「それは小さな傷しか作らなかっただろう。ひょっとしたら、怯んだだけだったかもしれない。だけど、」

(‘_L’)「安心しろ。否定をするつもりなどない」


 お前達の推理は合っている、と。
 ギコさんの言葉を遮るように男は首肯し言った。

 ただ。
 一つだけ付け加えることがあるとすれば、と続ける。
 今までとは違う威嚇するような強い語調で。


(‘_L’)「私は殺人など犯していないし、人を殺したなんて思っていない」


 何故ならば―――。


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