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スタンド小説スレッド3ページ

1新手のスタンド使い:2004/04/10(土) 04:29
●このスレッドは『 2CHのキャラにスタンドを発現させるスレ 』の為の小説スレッドです。●

このスレでは本スレの本編に絡む物、本スレ内の独立した外伝・番外編に絡む物、
本スレには絡まないオリジナルのストーリーを問わずに
自由に小説を投稿する事が出来ます。

◆このスレでのお約束。

 ○本編及び外伝・番外編に絡ませるのは可。
   但し、本編の流れを変えてしまわない様に気を付けるのが望ましい。
   番外編に絡ませる場合は出来る限り作者に許可を取る事。
   特別な場合を除き、勝手に続き及び関連を作るのはトラブルの元になりかねない。

 ○AAを挿絵代わりに使うのは可(コピペ・オリジナルは問わない)。
   但し、AAと小説の割合が『 5 : 5 (目安として)』を超えてしまう
   場合は『 練習帳スレ 』に投稿するのが望ましい。

 ○原則的に『 2CHキャラクターにスタンドを発動させる 』事。
   オリジナルキャラクターの作成は自由だが、それのみで話を作るのは
   望ましくない。

 ○登場させるスタンドは本編の物・オリジナルの物一切を問わない。
   例えばギコなら本編では『 アンチ・クライスト・スーパースター 』を使用するが、
   小説中のギコにこのスタンドを発動させるのも、ギコにオリジナルのスタンドを
   発動させるのも自由。

 ★AA描きがこのスレの小説をAA化する際には、『 小説の作者に許可を取る事 』。
   そして、『 許可を取った後もなるべく二者間で話し合いをする 』のが望ましい。
   その際の話し合いは『 雑談所スレ 』で行う事。

291丸耳達のビート:2004/05/08(土) 23:10




 お前はいつもいつも
 人が話してる中…!

 yahoo!yahoo!
 yahooooooooooooo!!
\                   ∩_∩
                    (´Д`;) o
                   と と    ̄⌒つ

                俺…こいつら倒すために…
                  何するんだったっけなあ……

                                     END

                            スペシャルサンクス:新スタンド図スレの名無しさん。

292新手のスタンド使い:2004/05/09(日) 00:10
激動の第三段!! 〜スタンドで痴漢は倒せるか!?〜

モナー
そーーーーっ「モナァッ!!」バシッ!!
さわさわさわさわさ「・・・痴漢までスタンド使いだなんて聞いてないモナッ・・・ッ」
ギコ
そそーーーーっ「ゴー――――」スゥゥゥゥゥ
「ルァ!!」ビリビリビリ!!!!
どさっ「倒したか」
モララー
「痴漢者を虐待するからな」モラモラモラモラモラモラモラ
おにぎり
「・・・・やらないか」
ささささ―ッ「なんでそんなにひくの」
リ(ry)
(イッツアスモールワールド!)ドォ――――――z―――ン
サワサワワさ(エロスモホドホドニナ)
モ(ry)
(ィッツアスモール)ズバババッ
「こま切れにしてやるゼィ!!」
で(ry
・・・・・さわさわわさわさわ「・・・・・」
?・・・・さわさわさわ(ry


成功者:モララー、ギコ モ(ry)

次回予告!
なかなか結ばれないギコとモナー!核ミサイルが落ちる前に二人はスタンド使いを倒せるか!
次回「夏のロンド」

293:2004/05/09(日) 19:17

「―― モナーの愉快な冒険 ――   そして新たな夜・その2」



          @          @          @



 雨がざあざあと降りしきる。
 巨大な橋の歩道を、茶色い合羽のようなものを被った1人の男が歩いていた。
 男は、口に煙草を咥えている。

 眼下には大きな川。
 車道には、夜にもかかわらず多くの車が走っている。
 車のライトは、まるでイルミネーションのように周囲を照らしていた。
 男を除いて、歩道に人影はない。

 コツコツと響く男の靴音。
 車が弾いた雨滴が、男の合羽に当たる。
 かなり気温は低い。
 それにもかかわらず、男が白い息を吐かないという事実は、見る人が見れば気付いたであろう。
 男はくわえていた煙草を摘むと、無造作に車道に投げ捨てた。

 ふと、男の足が早くなった。
 その筋肉質な体躯を駆使し、歩道を疾走する男。
 男は、そのまま羽織っていた合羽を脱ぎ捨てた。
 合羽はふわりと宙を舞う。

 バチッという弾けるような音。
 合羽の下に、男の姿は目視できなかった。
 …まるで、透明人間のように。
 ただ、その輪郭が僅かに歪んでいるのみ。
 体の透けた男は、走るスピードを緩めない。
 そのまま、男は橋の手摺を飛び越えた。
 男の体躯が、眼下の川に躍る。

 両手を大きく広げYの字になった男の体は、そのまま真っ直ぐに落下していった。
 真下には、大きな貨物船。
 男は船の壁面を蹴りつけると、そのまま甲板に着地した。
 周囲に着地音が響く。

「…ん?」
 銃を持った乗員が、音の方向に視線をやった。
 男は素早く身を隠す。
 もっとも男の姿はほぼ透明なので、その必要はない。
 条件反射のようなものだ。

「…どうした?」
 乗員の1人が訪ねる。
「いや、気のせいだったようだ…」
 音を聞きつけた乗員は、ため息をついた。
「第2甲板、異常無し」
 乗員の1人は無線機に告げた。
 そのまま、2人は前部甲板に向かう。

 2人が手にしていたのは、陸上自衛隊の制式装備、89式小銃。
 どうやら、この船で間違いないようだ。
 男は、無線機のスィッチを押して言った。
「首相官邸に向かう貨物船に潜入した。このまま任務を続行する…」

294:2004/05/09(日) 19:18



          @          @          @



「…おっ、来たようだな」
 ギコは腰を上げた。
 インターホンが鳴ったのだ。
 誰も返事をしていないにもかかわらず、玄関の扉が開けられた。
 そのまま、ずかずかと廊下を進む足音が近付いてくる。

「で、誰が来る事になりました?」
 局長は、居間に上がり込むなり口を開いた。
「…ここにいる5人だ」
 ギコは、居間にいた全員を示す。

 ギコ、しぃ、モララー、レモナ、つー…
 その5人の顔を、局長は順番に眺める。
「モナー君とリナー君がいませんね…」
 局長は腕を組んで言った。

 ASAの作戦に関わっている以上、彼等の行き先を他に漏らすわけにもいかない。
 ギコは、適当に誤魔化す事にした。
「あの2人は… えっと、深夜の逢引きだゴルァ!」
「ギコ君、今どき逢引きって…」
 しぃは呆れたように呟く。

「…分かりました。家の前に車を停めてあるので、乗ってください」
 局長がくるりと背を向けた。
「その前に…」
 ギコは、局長の背中に話しかけた。
「お前は、『誰が来る事になりました?』って言ったな。
 『話は決まりました?』なら分かる。朝にお前がいた時は、協力するかどうかでモメてたんだからな。
 任意の意思で参加を選ぶ事になったのを、なんでお前が知ってる…?」

 それを聞いて、しぃは思わず周囲を見回した。
 考えられる事はただ1つ。
 盗聴…!!

 ギコの方に振り向いて、ため息をつく局長。
「…その矛盾に気づいた注意力はよし。もっとも、私なら気付かない振りをしてましたけどね…」
「そんなモンを、せこせこ利用する気はねぇよ」
 ギコは不服そうに言った。

「ふむ、父親に似て潔いですねぇ…」
 局長は笑みを見せる。
「防諜の駆け引きは、フサギコから教わったんですか?」
「…へっ。親父から教えられたのは、アイロン掛けとベッドメイキングだけだぜ」
 ギコは吐き捨てた。

「…まあ、今は無駄話をしている時間はありません。
 今夜のうちに政府の要人約20人を救出して、こちらで保護しなければいけませんからね」
 局長は再び背を見せて言った。
 …確かにそうだ。
 今こんな事を言ってしまえば、全員の士気にも影響するだろう。
 少しだけギコは反省する。
 そしてギコ達は一斉に立ち上がると、局長の後に続いて居間を出た。

295:2004/05/09(日) 19:18


 家の前には、見慣れない車が止まっていた。
 緑がかったグレーの軽トラック。
 しかし荷台の部分と正面には、白地に赤い十字マークがペイントされていた。
 ナンバープレートも、通常の車両とは大きく異なっている。
 白地に、『08−129×』の文字。
 最後の1文字は擦れて読めない。

「防衛庁用ナンバープレート… 自衛隊車両か?」
 ギコの質問に、局長は頷いた。
「陸上自衛隊衛生科の戦場救急車ですよ。衛生課の救急救命士を装って、首相官邸に潜入します」
 そう言って、局長は助手席に乗り込んだ。
 リル子はすでに運転席に座っている。

「後ろは開いているので、乗って下さい」
 局長は助手席から顔を出して言った。
 ギコ達は、救急車の後部に乗り込む。
 当然救急車にあるべき担架や、救命設備は全くない。
 どうやら、完全な擬装用のようだ。
 ギコ達は、後部に備え付けられた座席に腰を下ろす。
 リル子が座っている運転席の後ろには、包帯やベルトが何重にも巻かれているアタッシュケースが置いてあった。
 やはり、これはリル子にとって重要な物のようだ。
「全員乗り込みましたね…」
 そう言って、リル子はアクセルを踏んだ。


 通常の車両ではありえない速さで、夜の道路を疾走する救急車。
 他の車が次々と道を開ける。
「すごーい、さすが救急車だね…」
 モララーは感心したように言った。

「意外と、道路が混んでますねぇ…」
 局長は呟く。
 リル子が運転しながら口を開いた。
「戦争だろうと何だろうと、人々の日常はそう簡単には変わらないのでしょう。
 …戦火が傍まで迫らない限りは」

「練馬では、既にASAと自衛隊の部隊が激突しているようです」
 局長は後部座席の方を振り向くと、ギコ達に告げた。
「練馬って… 思いっきり市街地だろうが!!」
 ギコは声を荒げる。
 局長は僅かに表情を歪めた…ように見えた。
「…当然、付近住民の避難も間に合っていないでしょう。非戦闘民に犠牲が出るのは避けられません」

「…ッ!!」
 ギコは唇を噛む。
 局長は構わず話を続けた。
「それだけではありませんよ。
 報道されてはいませんが、内閣安全保障室長をはじめ数人の要人が暗殺されています。
 指示を出したのは、統合幕僚会議議長…君の父親です」

「あの、クソ親父ィィッ!!」
 ギコは怒声を放った。
 そのまま、椅子に拳を叩きつける。
「国民を守るのが自衛官の務めじゃなかったのかァッ!!」

 ギコの口調とは打って変わって、局長は静かに言った。
「…要人粛清は、おそらくそれに留まらないでしょう。
 こんな凶行は、一刻も早く終わらせなければならない」

「それで、要人を保護するのかい…?」
 モララーが訊ねる。
 局長はそれに頷いた。
「ええ。 …まず、政治的方面の話をつけます。
 今の自衛隊は、一部の幕僚の独断によって動いている事を示さなければならばい。
 国と切り離してしまえば、彼等はただの反乱軍です。
 『速やかに現在の位置を棄てて歸つてこい』というヤツですよ。
 その為に、この要人救出は大きなキーポイントになります」

 局長の言葉が途切れるのを待って、ギコは言った。
「で、具体的な作戦の概要が聞きたいな…」
 局長は眼鏡の位置を正す。
「監禁されている要人達の所に行くまでは、救命士を装います。
 それまでに騒ぎを起こして、要人達が殺される…、と言うのは最悪の結果ですからね。
 それ以降は、多少強引に官邸を脱出して、付近に停めてあるヘリに乗り込みその場を離れます。
 20人もの要人を守りながらヘリまで誘導するんですから、かなり面倒な仕事になるでしょうね」
 そして、ギコに地図のような物を渡す。 
「首相官邸の見取り図です。単独行動する機会はないでしょうが、念の為に頭に入れておいて下さい」

「…で、その20人はどこで保護するんだ?」
 ギコは、暗記した見取り図をモララーに渡してから言った。
 まさか、モナーの家じゃないだろうな…
 またモナーが泣くぞ。

「公安五課が極秘裏に保持している場所があります。そこで匿いますよ」
 局長は言った。
「…以降の政治的取引は私達の仕事です。君達に面倒はかけません」

296:2004/05/09(日) 19:19

 救急車が警官に止められた。
 ギコ達は息を呑む。
 リル子が身分証明書のようなものを見せると、警官は慌てて敬礼した。
 そのまま、救急車は容易く検問を越える。
「…ドキドキしたね」
 しぃは少し笑って言った。

「…結局、私達はどうすればいい訳なの?」
 レモナは訊ねる。
 局長は後部座席の方に体を傾けた。
「要人を保護するまでは、大人しくついてきてもらいます。
 彼らと合流した後は、とにかく向こうの追撃から要人を守って下さい」

「私に戦いなんてできるのかな…」
 しぃはため息をついた。
「大丈夫だゴルァ。昨夜に代行者と戦った時、能力を使いこなしてただろ?」
 ギコはしぃの肩を軽く叩く。
「あの時は、咄嗟だったから…」
 しぃは視線を落とした。

「…オレのスタンド能力の破壊力は、イメージの強さで決まるんだよ」
 いつの間にか現れていた『アルカディア』は言った。
「イメージの強さ?」
 しぃが復唱する。
 『アルカディア』は頷いた。
「お前の『破壊のイメージ』は、かなり薄いんだよ。オレもどっちかって言うと得意じゃないがな。
 オレは主に『朽ちる』とか、風化して滅ぶイメージを使ってる。
 お前も、自分に合った攻撃イメージを見つけ出した方がいいな」

「自分に合ったイメージ、か…」
 しぃは呟く。
「こればっかりは、オレからは助言できねえな。自分で見つけなきゃ意味はねぇ」
 そう言って、『アルカディア』は引っ込んでいった。
「イメージか… 私に出来るのかな…?」
 しぃは肩を落として呟く。

「まあ、お前はスタンドが自分の意思で使えるようになって短いからな。
 今は焦って無理しなくてもいいさ…」
 ギコは、優しく言った。
「ツギニ オマエハ、『ソレマデ、オレガ マモッテ ヤルカラ』トイウ…」
「それまで、俺が守ってやるから…」
 つーとギコの言葉が重なる。
「はッ!!」
 ギコが驚愕の表情を浮かべた。

「オンナッタラシノ コトバ ナンテ、カンタンニ ヨソウ デキルゼ! アヒャ!」
 つーはニヤニヤと笑った。
「この…!」
 ギコは唇を噛む。

「…貴方達、恋人同士かしら?」
 運転しながら、リル子は声を掛けてきた。
「そうですけど、何か?」
 しぃは困惑しつつ答える。

「じゃあ、気をつけなさい。その彼氏、同時に複数の人間と付き合えるタイプみたいだから…」
 リル子は、しぃの方に視線をやって言った。
 完璧なヨソ見運転だ。
「一目で奴の性質を見抜くとは… さすがリル子さん!!」
 モララーが感心したような声を上げる。
 そのモララーの後頭部を、ギコの拳が直撃した。
「…いい加減な事を言うな、ゴルァ!」
「アアン!」
 モララーは頭を押さえてうずくまる。

「そこら辺も、ある程度了承済みですよ…」
 しぃは低い声で呟くように言った。
「ち、違うぞ! 俺は…!」
 慌てるギコを、しぃは無言で睨みつける。
「しぃちゃん、耐える女ってやつね!? おっとな〜〜!」
 レモナが嬉しそうにはしゃいだ。
「…ゴルァ」
 ギコは救急車の隅っこで小さくなっている。

「男ってのは、一度寝た相手には冷たくなるものなのに。フフ…」
 リル子はため息をついた後に軽く笑った。
「…それは当てつけですかね?」
 局長は腕を組んで、不満そうに座席にもたれる。
「誰に対してです? 何かお心当たりでも?」
 そう言って冷たい笑みを浮かべるリル子。
 それ以降、車内で会話は無かった。

297:2004/05/09(日) 19:19


 首相官邸の近くの空き地で、救急車は停車する。
「少し着替えるんで、降りてくれませんか…?」
 リル子は言った。
 局長とギコ達は車から降ろされる。
 当然ながら、周囲に人影はない。

「かなり警備は厳しいな…」
 近くに臨む首相官邸を見上げて、ギコは呟いた。
 ここに来るまでに、多くの武装した自衛隊員を目にしたのだ。
「僕達は、着替えなくてもいいの?」
 モララーが訊ねる。
「君達はどんな格好をしたって不自然なので、そのままでいいですよ。
 誤魔化すのは外の見張りだけです。中に入った後は、進路上の見張り全員に眠ってもらうんで」

「応援を呼ぶ前に全員ぶっ倒すのか!? この人数じゃ無理だろう…?」
 ギコは驚いて言った。
 官邸の外ですら、石を投げたら自衛隊員に当たるほどの有様なのだ。
 官邸内の警備はかなり厳しいだろう。
 音も立てずに全員を倒せるとはとても思えない。

 局長はネクタイの位置を正した。
「その為のリル子君ですよ。彼女は単なる嫁き遅れじゃありません。
 嫁き遅れには、嫁き遅れる理由というものがあります。
 何せ、彼女は公安五課におけるたった1人の強襲班員ですからね」

「たった1人なのに、強襲班…?」
 ギコは呟いた。局長は静かに頷く。
「彼女にとっては、1人で敵地に飛び込む方が楽なんですよ。
 余計な足手纏いがいませんし、攻撃に巻き込む心配もありませんからね。
 今回は、要人救出後の護衛という事で私達が同行する訳ですが…」

 救急車の後部扉が開き、白衣を身に纏ったリル子が降りてきた。
 どう見ても立派な女性看護隊員だ。
 ただ、異様なアタッシュケースだけは浮いているが。
 
「なかなか女装もサマになっていますね…」
 局長は薄い笑みを浮かべて言った。
「局長殉職後は私が後を継ぎます。迷わず逝って下さい」
 リル子がアタッシュケースを開こうとする。
「…冗談ですよ。『アルティチュード57』の発動は、突入時まで控えるように…」
 局長はため息をついた。

 ギコは、一同の顔を眺める。
 そして、右手を真っ直ぐに差し出した。

「しぃ!!」
 ギコは、大声でしぃの名を呼んだ。
「はい!」
 しぃが、ギコの差し出した握り拳の上に自らの掌を重ねる。

「モララー!!」
 さらに叫ぶギコ。
「おう!」
 モララーが、ギコとしぃの手の上に掌を重ねる。

「レモナ!!」
「はーい!」
 3人の手の上に、レモナは掌を置いた。

「つー!」
「アッヒャー!」
 最後に、つーの小さな手が被さる。

「死ぬ気でやるぜ! でも死ぬな! 以上!!」
 ギコは叫んだ。
「オ―――ッ!!!」
 全員が気合を入れる。

「私は無視ですか…?」
 その様子を見て、局長は呟いた。
「仲間に入りたかったんですか?」
 リル子は局長に冷たい目線を送る。
「…まさか」
 局長はそう言って、スーツのポケットに腕を突っ込んだ。

「じゃあ、そろそろ始めましょうか」
 ポケットの中で、局長は発火装置のボタンを押す。
 轟音が響き、首相官邸正面門付近から火の手が上がった。
「今の爆発で、警備兵が何人か負傷したでしょうね」
 局長はそう言って、全員の顔を見る。
「『騒ぎを起こして、要人達が殺される…、と言うのは最悪の結果』って言わなかったか、ゴルァ!」
 ギコは呆れて言った。
「公安五課では、あの程度を騒ぎとは言いませんよ」
 そう言って、局長は背を向ける。
「さて、救急班のお出ましと行きましょうか…!」

298:2004/05/09(日) 19:21


          @          @          @



「うわぁぁぁぁぁッ!!」
 僕の体は壁に激突して、畳の上に転がった。
 いっぱい血が出ている。
 …痛い。すごく痛い。 

「おにーさん!!」
 簞ちゃんが、僕に駆け寄ってきた。
「さて、考えは変わりましたか…?」
 黒いコートを纏ったその男は、口許を笑みに歪める。

 この男は、いきなり僕の家に乱入してきた。
 そして、簞ちゃんに何かの譲渡を迫ったのである。
 簞ちゃんがそれを断った瞬間、これだ。
 断ったのは簞ちゃんなのに、何で僕が…?
 とも思ったが、目の前で簞ちゃんが殴られるのを見るよりはマシだ。


「さあ、赤石を渡してもらいましょうか…」
 男は簞ちゃんに歩み寄った。
 忘れもしない、こいつは世界史の新任教師だ。
 そして、どうやら『教会』の人間…!

「誰が、あなたなんかに…!!」
 簞ちゃんは、男を睨みつける。
 男は軽く肩をすくめた。
「全く… 強情ですね、貴女は。痛い目を見るのは、貴女自身ではないと言うのに…」

 男は、僕を守るように立ちはだかる簞ちゃんを押しのけた。
「…あッ!!」
 簞ちゃんは畳の上に倒れる。
 そのまま、男は僕の傍らに立った。
「貴方も、痛いのは嫌でしょうにねぇ…」
 そう言って、僕を見下ろす男。
 その瞬間、男の蹴りが僕の腹に食い込んだ。
「げふっ…!」
 その衝撃に、激しく咳き込む。
 息が…!!

「…止めて下さいッ!!」
 簞ちゃんは起き上がると、懐から何かを取り出した。
 真っ赤な宝石。
 おそらく、目の前の男が欲しがっているもの。

 …駄目だ。
 それを、こいつに渡しちゃ駄目だ!!

「来い、8頭身ッ!!」
 僕は叫んだ。
 3人の8頭身が、目の前の男に飛び掛る。
「貴方は、少し黙っていてください…」
 そう呟く男。
 同時に、8頭身達はバラバラになった。
 そして、右手に衝撃…!!

「う、うわぁぁぁぁぁ!!」
 僕は叫び声を上げた。
 右掌にバヨネットが突き立てられていたのだ。
 それは掌を貫通し、畳に突き刺さっている。
 僕の右手は、完全に縫い止められてしまった。

「止めてください! 赤石は渡すのです!!」
 簞ちゃんは叫んだ。
 駄目だ…
 それだけは、絶対に駄目だ…

「これを渡せば、おにーさんには手を出しませんね?」
 簞ちゃんは赤石を掲げて言った。
 男は満足げに頷く。
「ええ。約束しましょう。本音を言えば、それを頂いて一刻も早く帰りたいんですから。
 それのデータ採取に、どれだけかかるか分からない。
 過去に着手した事があるといっても、2週間以上はかかるでしょう。
 何としても、この局面に『彼』を投入したいところですからね…」

 駄目だ。
 このままじゃ、エイジャの赤石はこいつの手に…!!
「くっ…!」
 僕は右手に力を込めた。
 だが、深く突き刺さったバヨネットは抜けそうにない。

299:2004/05/09(日) 19:22

 ――バヨネット?
 なんで、僕はこの刃物の名前を知っている?
 『異端者』とやらが扱っているのを見た覚えがある。
 だが、名前までは聞いていないはずだ。
 なんで、僕は――

「分かりました…」
 簞ちゃんは言った。
 そして赤石を男に投げ渡す。
 男は受け取ると、赤石を掲げ見た。
「この石に再び相対するのは、何十年ぶりだったかな…?
 貴女が持っていることに今まで気付かなかった、我が愚鈍を呪うばかりですね。
 これさえあれば… 擬似的ではあるものの、究極生物に近いモデルが完成する…!」

「究極生物…?」
 簞ちゃんは呟く。
 男は、赤石をコートの中に仕舞った。
「貴女も、あの男から赤石を受け取っただけでしょう?
 決して私に渡すななどと言われただけで、これが何かまでは知らないはずです。
 究極生物という名前を知る者は少ない。その存在を信じている者は、おそらく私一人…!」
 そう言って、男は両手を大きく広げた。
「究極生物とは、その身に全ての生物の遺伝情報を記憶している。
 それなら、遺伝情報を書き換える事の出来るスタンドであれば、擬似的にそれが再現できると思えませんか…?」

「…?」
 簞ちゃんは呆気に取られている。
 男は言葉を続けた。
「自らの遺伝情報を書き換えられるのだから、当然老いたりはしない!
 その生物的回復能力を用いれば、決して死ぬ事はない!
 あらゆる生物の能力を兼ね備え、しかも上回る!
 食った遺伝子を取り込める『エンジェルズ・オブ・ジ・アポカリプス』ならば…
 その無敵の存在を擬似的に造り出せる!!」
 熱にうかされたように語る男。
 ふと、我に帰ったように簞ちゃんを見据えた。
「…では、貴女の命、頂いていきましょうか…」
 男は、コートからバヨネットを取り出す。

「なッ…!」
 こいつ…ッ!!
 僕は、右手に力を込めた。
 バヨネットは抜けない。
 掌から噴き出した血が畳を濡らす。

「私は、貴女に手を出さないと言った覚えはありませんからね…」
 簞ちゃんの方に一歩踏み出す男。
 その周囲に、ワイヤーが瞬いた。
 いつの間にか、簞ちゃんはあの武器を手にしている。
 男の体を切り刻むはずのワイヤー。
 それらは、全て空中で燃え尽きてしまった。

「綾取り遊びは、またの機会にしてもらいましょうか…」
 男はバヨネットを掲げて、簞ちゃんに歩み寄る…

「…ッ!!」
 僕は空いている方の左手で、バヨネットを掴んだ。
 そのまま、一気に引っこ抜く。

「止めろッ!!」
 そして、僕は男に怒鳴った。
「ほう… なかなか頑張りますね。師弟愛か兄妹愛か知りませんが、なんと泣かせる…」
 男は、薄笑いを浮かべながら僕の方に振り返る。
 その笑みは、もう見飽きたんだッ…!

 僕はそのまま…
 そのまま、バヨネットを逆手に構えた。
 僕は何をしているんだ?
 刃物なんて、包丁しか持った事はない。          眼
 僕は、ただの高校生なんだぞ。               前
 あんな化物に、敵うはずなんてない。              ノ
 無理だ。無理だ。無理だ。                       敵
 立ち向かったって、返り討ちに合うに決まってる。     ヲ
 無駄に命を落とすだけだ。                   破
 僕はちっぽけな小市民なんだ。                    壊
 力なんて、何もない。                             セ
 何故って…?                                 ヨ
 最初から、僕はそう造られたから…                 |
                                         |
(−me■tal s■etch m■difi■d−…!!)



 バヨネットが一閃し、男の右腕が宙を舞う。
 男は瞬時に身を逸らしたらしく、右腕を切断しただけに留まった。
 畳の上に血が飛び散る。

300:2004/05/09(日) 19:24

「…」
 男は呆けたように右手の切断口を見て、次に僕の顔に視線をやった。
「…どういう事だ?」
 信じられないと言った風に、ポツリと呟く男。
 本当に、どういう事なんだ…?

 男の右腕がいきなり元に戻った。
 まるで、ビデオの巻き戻しのように。
 再生したばかりの右手を、自らの額に当てる男。
 何かを考えているように…

 しばらくして、男は狂ったように笑い出した。
「ハハハハハッ!! …なるほど。この私が、図を読み違えていたましたか。
 なぜ貴女が他の代行者と別行動を取っていたか、これで納得できました」
 男は、そう言って簞ちゃんの方向に視線をやった。
 それを無言で睨み返す簞ちゃん。
 男は笑いながら髪を掻き上げた。
「…実に面白い。そうか、そういう事か。
 まさか、もう1組仕立て上げようとしていたとはね。思えば、良く似通っている…」
 そう言って、黙り込む男。

「…さて、私は帰りましょう。貴女に構っていられるほど、退屈な身ではないのでね」
 男は、コートの裾を翻した。
 その姿が、周囲に溶け込むように消えていく。
「では、滅びつつある姉によろしく…」
 そう言い残して、男の姿は完全に消えてしまった。

「おにーさん、大丈夫ですか…?」
 簞ちゃんが僕に駆け寄ってくる。
「ああ…」
 バヨネットを落として、力無く頷く僕。
 簞ちゃんは、僕の腹と腕にそっと手を当てた。
 徐々に痛みが引いていく。
 波紋で痛みを消してくれたのか。

「ごめんよ、僕のために…」
 簞ちゃんは、あの男に赤石を渡してしまった。
 あれは、簞ちゃんにとって大切な物だったはずだ。
 しかし、簞ちゃんは首を横に振った。
「おにーさんがいなければ、私は殺されて赤石を奪われていたのです。
 結果が同じなら、2人とも生きていただけ得なのです」
 そう言って笑顔を見せる簞ちゃん。

 でも、さっきのは一体…
 僕は、床に落ちている血塗れのバヨネットを見た。
 そして、さっきの男は言っていた。
 …『なぜ貴女が他の代行者と別行動を取っていたか、納得できました』と。

「簞ちゃん…」
 僕は、視線を上げた。
 僕の年齢をあらかじめ知っていた矛盾。
 先程の男の言葉。
 簞ちゃんを疑いたくはない。
 でも…

「何の為、僕の家に来たんだい?」
 僕は、その疑問を口にした。
「おにーさんを監視する為。そして、モナーさんと接触させない為なのです…」
 隠しきれないと悟ったからか、簞ちゃんはあっさりと言った。

「でも簞ちゃんと出会わなかったら、モナーとも話す機会はなかったと思うんだけど…」
 そう言って、僕は自らの過ちに気付いた。
 3ヶ月ほど前に学校でモナー達と話して以降、彼とは接触しないように釘を刺されていたのだ。

 簞ちゃんは、決心したように口を開いた。
「私の表向きの任務は… 『異端者』の周囲を調査し、命令があれば速やかに抹殺する事。
 ですが、それに加え枢機卿から密命を受けていました。それが、おにーさんの監視なのです。
 他の代行者の方も、こちらは知らなかったはずです。
 何か私が別の任務を受けているらしい事は気付いていたようですが…」

301:2004/05/09(日) 19:24

 『代行者同士でも、誰がどの任務を扱っているのかは分からない』。
 かって、簞ちゃんはそう言っていた。
 だが、簞ちゃん自身が密命を受けていた訳だ。

 簞ちゃんは視線を落とした。
「最初は、離れた所から監視しようかと思っていたのです。
 でも、何も知らないおにーさんは私を家に置いてくれた。だから、せめて兄妹みたいに…」
 そう言って、声を詰まらせる簞ちゃん。
「簞ちゃんが何かを隠していたのは、前から分かっていたよ。
 でも、簞ちゃんは何度も僕の身を守ってくれた… だから、そんなの関係ない」
 僕は、なるべく優しい笑みを浮かべて言った。

「…ごめんなさい」
 簞ちゃんは、涙に潤んだ瞳を僕に向ける。
 これだけ優しい心を持った少女が、同居する人間を3ヶ月以上も騙してきたのだ。
 その心の痛みは、僕なんかには窺い知れない。

 簞ちゃんは、立ち上がると周囲を見た。
「このアパート、いつから住んでいるか覚えていますか?」
 突然、妙な事を訊ねる簞ちゃん。
「…え?」
 そう言えば、全然覚えていない。

「なぜおにーさんの両親が同居していないか、覚えていますか?」
「…!!」
 そんな事、今まで考えた事もない。
 僕は、長い間一人暮らしだった。
 両親なんていない。

 ――なんでいないんだ?
 今まで、疑問にも思わなかった。
 それは、すごく異常なことじゃないか?
 まるで、生まれた時からこのアパートで一人暮らしをしていたように錯覚していた。
 だが――

「…暗示をかけられていたのです」
 簞ちゃんは、真剣な表情で言った。
「暗示だって…?」
 僕は、簞ちゃんの瞳を見据える。

「おにーさんは、自分の境遇に疑問を抱かないよう暗示をかけられていたのです。
 ですが、相当古い暗示だったのでしょう。
 他人から指摘されるだけで効力が切れてしまったようなのです」
 簞ちゃんは、僕の事を思いやるように言った。

「暗示だって…!? 一体誰が!!」
 僕は、思わず叫んだ。
 簞ちゃんは視線を落とす。
「…そこまで長期間の暗示を使いこなせる人物は、たった1人。
 でも、多分その人の独断ではないでしょう。その裏には…」
 簞ちゃんは言葉を切った。
 その事実を信じたくはないのか…
 …いや。簞ちゃん自身、不審を抱いていたではないか。

 ――『教会』。

 その不気味な存在が、僕の脳裏に飛来する。

「ここを出て行くなんて言わないよね…」
 僕は、簞ちゃんに言った。
「…はい。もうしばらくは、おにーさんの妹でいさせてもらうのです」
 視線を上げて微笑む簞ちゃん。
「…しばらくじゃない。ずっとだよ」
 僕は、簞ちゃんを見つめて言った。


 時が動き出した。
 僕の眠っていた時間が、本格的に動き出した。
 もう、偽りの日常に埋没する気はない。
 ――これからだ。
 僕の物語は、多分これから始まるのだ。



  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

302ブック:2004/05/09(日) 23:22
     EVER BLUE
     第九話・RUMBLE FISH 〜疾風怒濤〜 その二


 『フリーバード』のカーゴケイジのハッチが開き、
 その中から一つの機体がせり出てくる。
 透き通るような青色をベースにしたカラーリングの、
 両翼がやや長めの小型プロペラ戦闘機。
 前部の運転席と後部の砲撃席とに座席が分かれており、
 機体前方に加えて、後部座席にも機銃が備え付けられている。
 その形状から、『フリーバード』の面々はこの機体の事を『トンボ』と呼んでいた。

「カウガール、高島美和、行っきまーーす!」
 カウガールが無線を通して、ブリッジに向けてそう叫ぶ。
「おう、思う存分掻きまわして来い!」
 サカーナの野太い声が、無線越しに伝わってきた。

 エンジン起動。
 プロペラがどんどん回転速度を増し、
 車輪が甲板上に設けられた滑走路を流れるように滑り―――

 ―――飛翔。

 高島美和とカウガールの体が、重力という名の鎖から解き放たれる。

「…いつもの事ですけど、離陸する度に死ぬかと思っちゃいますね。」
 運転席にカウガールがほっと胸を撫で下ろした。
 この『フリーバード』は、予算の都合上あらゆる面において極限まで切り詰めている。
 無論それは滑走路とて例外ではなく、
 離着陸の為の最低限のスペースしか有していないのだった。

「全く、これだからこの船は…」
 高島美和がうんざりした顔で呟いた。

「高島美和さん、『シムシティ』での索敵、お願いできますか?」
 カウガールが顔だけを後ろに向ける。
「ええ、分かったわ。」
 高島美和の体から、テニスボール大の目玉に蝙蝠のような羽がくっついた
 四体の謎の生物のスタンドのビジョンと、
 画面が四つに分かれた26インチテレビ程度の大きさのディスプレイ型の
 スタンドビジョンが浮かび上がった。

「行きなさい、『シムシティ』。」
 三体の目玉蝙蝠が、一匹だけを機体の中に残して『トンボ』の中から外へと飛び立った。
 それに合わせて、ディスプレイの三つの画面が目まぐるしく変化していく。
 『シムシティ』の目玉が、そこに映ったものを記号化・数値化して
 高島美和のディスプレイへと転送する。
 それ故、ディスプレイに映るのは数字や記号ばかりであり、
 一見しただけでは何が何だか分からないものであった。

「…敵の数、十四機。」
 高島美和はそのディスプレイを数秒覗き、呟いた。

「もしも〜し、あなた達は何者ですか〜。
 何か反応してくれないと、敵意有りと見なして攻撃しますよ〜。」
 カウガールが無線で敵プロペラ戦闘機に呼びかける。

「!!!!!!」
 しかし、返って来たのは言葉ではなく、機銃による弾丸掃射であった。
 間一髪、カウガールは機体を傾けて銃弾をかわす。
 飛来した弾丸は直撃こそしなかったものの、
 『トンボ』の表面の着色料を少しこそぎ落とした。

「…敵意まんまんですね。
 そしてあの赤い鮫のロゴマーク、矢張り『紅血の悪賊』(クリムゾンシャーク)。」
 高島美和が溜息をついた。
「酷い!いきなり撃ってくるなんて!
 そっちがそう来るなら、こっちも本気で行かせて貰います!!」
 カウガールが操縦桿を強く握った。
 そのまま『トンボ』を雲の中へと突っ込ませ、
 編隊を組んで飛行する敵機から身を隠した。
 当然それはこちらからも敵の姿が見えなくなるということであるが、
 そのデメリットは高島美和によって解消される。

「カウガール、この方向のまま直進すれば、
 計算上十五秒後に敵編隊の右側面に出る筈です。
 横っ腹からありったけ喰らわせてやりなさい。」
 ディスプレイを見ながら、高島美和がカウガールに伝えた。
「了解(ヤー)。」
 高島美和の言葉通り、雲を割って『トンボ』が敵編隊の右側面から現れる。

「堕ちろ蚊蜻蛉!!」
 『トンボ』の前方の機銃が火を吹いた。
 鉛の死神が不運にも銃口の直線状にいた機体に喰らいつき、
 その翼を食い破って地の底へと堕とす。
 敵機が横からの奇襲を受けて、隊列を崩して散り散りに飛び去る。

「!!!!!」
 『トンボ』がその内の一機と近くをすれ違った。
 その時の風圧が、『トンボ』の機体を強く揺らす。

「危ない危ない…もう少しでぶつかる所でした。」
 カウガールが冷や汗を拭った。
「『チャレンジャー』は送り込んでおいたの?カウガール。」
 高島美和がカウガールに尋ねる。
「ええ、ばっちり。」
 カウガールがガッツポーズをしながら微笑んだ。

303ブック:2004/05/09(日) 23:23



 と、先程『トンボ』とすれ違った敵機が大きく傾いた。
「……!!」
 中のパイロットが必死に機体を立て直そうとするも、
 機体はさらに大きく揺れる。
「……!!!」
 パイロットがパニックを起こす。
 彼の目の前には、手乗りサイズの毛むくじゃらの子鬼の姿の生物達が、
 計器類に取り付いているのだが、
 パイロットにはその姿が見えてはいなかった。

「キャモーーーーーーーン!!」
 子鬼達が叫びながら小躍りを始める。
 それに合わせて、さらに機体が激しく上下する。

「OOAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」
 パイロットが絶叫した。
 機体は完全に制御不能に陥り、そのまま見方の機体に向かって突っ込んでいく。

「AAAAAAAAHHHHHHAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」
 必死の抵抗も虚しく、両者は空中で激突し、
 そのまま爆破、炎上しながら墜落していった。



「…ありがとう、『チャレンジャー』。」
 自分の手元に戻って来た子鬼達の頭を、カウガールが優しく撫でた。
 そして、子鬼達はカウガールの体へと戻っていく。

「…敵機、後方より三機接近中、ですか。」
 ディスプレイを眺めながら高島美和が呟いた。
 同時に、後ろから『トンボ』に向かって機銃が連発される。
「うひゃあ!?」
 機体を旋回させながら、カウガールが何とか銃弾を回避した。

「仕方がありません。露払いといきますか。」
 高島美和が後部座席に取り付けられている機銃を握った。

 ディスプレイを、見る。
 四つに分かれた画面に映る数字数字数字。
 そこから、読み取る。
 敵機との距離を、風速を、風向を、自機の機銃の銃口の角度を、
 自分の移動速度を、敵機の移動速度を、
 それら全てを読み取り、
 それら全てを考慮に入れ、
 それら全てを活用して、
 作式、演算、解式、そして―――


「―――Q.E.D」
 証明終了。
 弾き出した回答の通りに銃口を向け、
 弾き出した回答のタイミングで発射。
 そして、弾き出した回答の通りに撃墜される敵機。
 この間、僅か数秒。

「ふむ、まずまずといった所ですね。」
 高島美和が堕ちていく三つの機体を眺めながら、満足げに呟いた。


「―――!敵機三機、『フリーバード』に接近してます!!」
 カウガールが、外の景色を見て叫んだ。
 三つの機体が、『フリーバード』に向かって一直線に向かっていく。

「抜けられましたか…!」
 高島美和が忌々しげに呟いた。
 そして、すぐに無線を取り、『フリーバード』にチャンネルを合わせる。
「こちら高島美和。
 敵機が三機程そちらに向かっています。
 そちらで迎撃して下さい。」
 高島美和が無線機に言葉を吹き込んだ。

304ブック:2004/05/09(日) 23:23



     ・     ・     ・



 高島美和からの無線を受け、サカーナの親方が大きく息をついた。
「…ってー事だ。
 野郎共、覚悟はいいか!?」
 サカーナの親方が僕達を見回す。
 やれやれ。
 やっぱりこうなったか。

「たまらんな…」
 三月ウサギが肩をすくめる。
 僕も三月ウサギと同じ気持ちだ。

「砲撃手、準備は出来てるか!来るぞ!!」
 親方が全砲撃室の乗り組み員向けて怒鳴り散らした。
 内線から、次々と『了解!』という声が聞こえてくる。

「オオミミ、お前は念の為嬢ちゃんを部屋の中に入れとけ。
 ちーとばっかし揺れるかもしれねぇからな。」
 サカーナの親方がオオミミの方を向く。

「分かった。」
 オオミミが答え、天の手を引いた。
「ちょっ、あんな狭苦しい所に閉じ込めて…!」
 雨が何か言いたげだったが、オオミミは構わず天を引っ張って行った。



     ・     ・     ・



「妙だな…」
 オオミミが出て行った少し後、サカーナが呟いた。
「妙?」
 ニラ茶猫が聞き返す。
「奴らもうとっくに射程距離に入って来ている筈なのに、
 全然この船に攻撃して来ねぇ。」
 砲撃音とそれに伴う振動が船内に響き渡った。
 敵機がその砲撃を掻い潜りながら、『フリーバード』に接近してくる。

「攻撃を避ける事に専念しているのか…?」
 ニラ茶猫が腕を組みながら言った。

「それにしたって、機銃を一発も撃たねぇ、撃つつもりもねぇってのは変だろう。」
 サカーナが口元に手を当てる。
「野郎、何が目的だ…?」
 サカーナが、低い声で呟いた。

305ブック:2004/05/09(日) 23:24



     ・     ・     ・



「糞っ、的が小さ過ぎて当たりゃしねえ!!」
 甲板に取り付けられた対空用機銃を連射しながら、砲手が舌打ちする。
 そうしている間にも、どんどん敵機は『フリーバード』の上空から飛来してくる。

「!!!!!!」
 と、三機のうちの一機が銃弾の餌食となって空中で飛散した。
「BINGO!!」
 砲手が歓声を上げる。
 しかし、次の瞬間砲手の目には信じられない光景が飛び込んできた。

「―――!?」
 砲手は我が目を疑った。
 かなり近くまで接近してきた別の敵機の中から、人が飛び出してきたのだ。

 馬鹿な。
 この船に飛び移るつもりなのか?
 砲手は絶句した。

 飛行中の飛行機から、同じく飛行する飛行船に飛び移るなど、
 およそ狂気の沙汰である。
 そんな事をすれば、間違い無く雲の下へとまっ逆さまだ。
 よしんばこの船の甲板に飛び移れたとしても、あの高さ。
 着地と同時に落下の衝撃で重症は免れない。
 そんな事、人間に―――


「!!!!!!」
 しかし、砲手のその予想は脆くも覆された。
 甲板に、戦闘服に身を包んだ男が大きな音を立てて着地したかと思うと、
 何事も無かったかのようにゆっくりと立ち上がった。

「……!!!」
 絶句する砲手。
 それはまさに、悪夢のような光景だった。

「SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
 男が砲手目掛けて飛び掛かる。
 砲手が慌てて逃げようとするも、もう遅い。
 そのまま男の腕が砲手の心臓めがけて―――


「GUAAAAAAAAAAAAA!!!」
 しかしその直前で、上段の回し蹴りを喰らって、男の体が大きく吹き飛ばされた。
 男が尻餅をつき、すぐに体勢を立て直す。

「やれやれ、開いた口が塞がりませんね…」
 砲手を庇うように、タカラギコが男の前に立った。
 その服には、所々にガラス片がくっついている。
 男が『フリーバード』の上に降り立つのを見てすぐに、
 ブリッジの窓を突き破って直接甲板まで飛び出して来たからだ。

「もし、あなた。怪我はありませんか?」
 タカラギコが砲手を脇目に見ながら尋ねる。
 しかし、それから飛来した男には決して隙を見せない。


「……!!」
 砲手が射撃を中断した隙を突いて、もう一つの敵機から今度は女が飛び降りて来た。
 着地した栗色の髪のその女が、タカラギコの方を見やる。

「やれやれ、まさかこんな方法でこの船に乗り込んで来るとは…
 どこぞの市長になったハリウッドスターや、
 拳法使いのスタントマンでもそんな事やりませんよ。」
 タカラギコが呆れ顔で呟く。

「……」
「……」
 男と女が、何も言わずに顔を見合わせたかと思うと、
 いきなり女が素手で床に大穴を開けた。
 そして、女はその穴に入って船の中へと侵入する。

「待ちなさい!」
 それを追おうとするタカラギコの前に、男が立ちはだかる。

「…成る程、『この先に進みたければ俺を倒して行け』、というシチュエーションですか。
 燃えますね〜、そういうの…」
 タカラギコは懐に手をやると、そこから大刃のナイフを一振り取り出した。

「…下がっていた方がいいですよ。」
 タカラギコが今度は砲手の顔を見ずに言う。
 それに従い、砲手は一目散に対空用機銃の影に隠れた。

「さて、では―――」
 タカラギコはナイフを手の中でクルクルと回転させ、男に向けて構えた。
「死合いを始めるとしましょうか。」

306ブック:2004/05/09(日) 23:25



     ・     ・     ・



「ちょっと、引っ張らないでよ!自分で歩けるわ!」
 天がオオミミの手を振り払った。
「ご、ごめん。」
 だから一々謝るな、オオミミ。

「…ごめん。こんな事に、巻き込んで……」
 オオミミが、天に深く頭を下げた。
「別に気にしてないわよ。」
 以外にも、謙虚な返答をする天。

「…それに多分、あいつらはアタ―――」
 そう言いかけて、天はハッと口を押さえた。
 何だ。
 何か心当たりでもあるのか?

「…?どうかしたの?」
 不思議そうに尋ねるオオミミ。
「な、何でもな…」
 天が慌ててそう答えようとした時―――


「!!!!!!!!!」
 突然、廊下の向こうの通路の天井が崩れた。
 そこから、栗色の髪をした女が降り立つ。
 何だあいつは。
 一体どうやってここに…

「…あらあら、いきなり目当てのものを見つけられるなんて運がいいわ。」
 女が僕達を舐め回すような目で見つめた。
 目当てのもの?
 こいつ、何を言ってるんだ?

「お前は、誰だ…!」
 オオミミが女に対して身構える。
 僕も、オオミミの外へとビジョンを実体化させた。

「あら、かわいい坊やとスタンドね。
 どう、さっきあなた達がぶち殺してくれやがった私の部下の穴埋めに、
 あなた私の奴隷にならないかしら?」
 僕の姿が見えている!?
 まさか、こいつもスタンド使いなのか?

「嫌だ。」
 即答するオオミミ。
 どうだ、舐めるなよおばさん。
 オオミミにそんな色仕掛けなど通用するか。

「…仕方無いわね。
 それじゃあちゃっちゃと血を吸って縊り殺させてもらおうかしら。
 あなたの血は、さぞや舌の上でしゃっきりぽん!と踊るでしょうね。」
 女の口元から、二本の牙が覗く。
 この女、吸血鬼か…!

「!!!!!!!」
 一気に、距離が詰まった。
 気がついた時にはもう、女は僕とオオミミの目の前まで迫っている。
 人間の瞬発力じゃ、無い。

「SSSSSIIIIIIEEEEEEEEEEEAAAAAAAA!!!!!!!」
 女は手の爪を鋭く伸ばし、オオミミに向かって横から腕を抉り込んで来る。

「『ゼルダ』!!」
 オオミミが、叫ぶ。
(無敵ィ!!)
 僕の腕で、女の腕を受けた。

 重い…!
 何て力だ。

「『ベアナックル』!!」
 女の背後に、大きな鉈を両手に持ったボロ布を纏った大男のビジョンが浮かび上がった。

「SYAGYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
 女のスタンドがオオミミに向かって鉈を振り下ろす。
(オオミミ!!)
 女の腕を弾き、すぐに女のスタンドの攻撃を食い止める。
 こいつのスタンド、近距離パワー型―――

307ブック:2004/05/09(日) 23:26


「―――!!」
 次の瞬間、オオミミの右腕と左脚が宙を舞った。
 いや、正確には女の爪で切り落とされた。

「きゃあああああああああああああああああああ!!!!!!!」
 天の絶叫が周囲に響き渡る。
 しくじった…!
 気をつけるのは、奴のスタンドだけじゃない。
 奴自身も、並外れた身体能力を持つ吸血鬼だったんだ。
 奴のスタンドでの攻撃を受けて、
 ガードが疎かになった所を狙われた…!

「……!……が…あ……!!」
 片腕と片脚を失い、地面に倒れたオオミミが呻き声を上げる。
 それと共に、彼の生命力、精神力が支えである僕の力も失われていく。
 完全に、してやられた。
 僕のミスだ…!

「んん〜。いい声、いい表情。
 一撃で殺さなかった甲斐があるわ。」
 女が邪悪な笑みを浮かべながら爪についたオオミミの血を舐めた。
「しゃっきりぽん!」
 訳の分からない単語を女がのたまう。

「それじゃあ、そろそろ死んでもらいましょうか。」
 女がオオミミへと歩み寄る。

 どうする…!
 使うか!?『力』を。
 駄目だ。
 あまりにもオオミミが消耗し過ぎている。
 だけど、このままじゃどっちみち…

「さよなら。死んで私の究極のメニューになりなさい。」
 女がその爪をオオミミへと伸ばし―――



「!!!!!!!!!」
 その瞬間、無数の刀剣が女の体を貫いた。

「――――――!?」
 女がその衝撃で叩きつけられる様に床に倒れる。
「くっ…!」
 すぐさま起き上がろうとする女。
 しかしそこに、更なる刀剣が女の体へと突き刺さった。

「何をしている…」
 低い声が、オオミミの後ろから聞こえてくる。
 あれは…三月ウサギ!
 来てくれたのか…!
「オオミミ、大丈夫か!?」
 そこに、ニラ茶猫も駆けつけて来る。

「……三月ウサギ…ニラ茶猫…どうし、て……」
 オオミミが行きも絶え絶えに二人に告げる。

「こいつが甲板に降りて、船に大穴開けて中に入ってくるのをブリッジから見たんでな。
 で、来てみれば案の定この様だ。」
 三月ウサギが、再び起き上がろうとした女に向かって、
 マントから取り出した刃物を投擲する。
 彼の手から放たれたショートソードが、正確に女の眉間へと突き立てられた。

「ニラ茶、オオミミの腕と足を『ネクロマンサー』でくっつけておいてやれ。
 そこで痛い痛いと喚かれては、気が散る。」
 三月ウサギがニラ茶猫に顔を向けた。
「ああ。」
 ニラ茶猫が、オオミミの腕と足を拾ってオオミミの傍にしゃがみこんだ。

「う……」
 またもや地面に倒された女が、よろよろと立ち上がろうとする。
 三月ウサギが、何も言わないまま女に向かって刃物を投げつけた。
 三度目の正直とばかりに、今度こそ女はそれを自身のスタンドで防御する。

「…たまらんな。
 頭を完全に破壊するまで死なないというのは。」
 三月ウサギがやれやれと肩をすくめた。

「…酷い人ね。肌は女の命なのに……」
 女がよろよろと立ち上がり、体に刺さった刀剣を引き抜き始めた。
 凄絶な光景である。
 常人なら既に十回以上死んでいるというのに。
 これが、吸血鬼の再生能力か。

「なに…肌の心配をする必要など、もうお前には無い。」
 三月ウサギのマントから、数多の刀剣が出現しては地面に刺さる。
 長いもの短いもの細いもの太いもの…
 ありあらゆる形状の刀剣がどんどん床に突き刺さっていった。
「どの道お前は、ここで死ぬ。」
 三月ウサギがそのうちの一本を手に取り、女に向かって突きつけた。



     TO BE CONTINUED…

308ブック:2004/05/10(月) 17:07
     EVER BLUE
     第十話・NIGHT FENCER 〜夜刀(やと)〜


 響き渡る金属と金属との衝突音。
 三月ウサギが、女の爪とスタンドの鉈と激しく剣を打ち合わせていく。
「SYAAAAAAAA!!」
 次々と繰り出される女の攻撃。
 三月ウサギは、それら全てをかわし、受けながら、さらに斬撃を返していく。
 人間業じゃない。
 普段は愛想が悪いが、彼ほど心強い仲間などそうは居ないだろう。

「SYAGYAAAAAAAAAA!!!」
「ふん…」
 打ち合いながら、三月ウサギと女はそのまま僕達の向こうへとなだれ込んで行った。
 多分、三月ウサギが僕達からあの女を引き離してくれたのだ。
 ありがとう、三月ウサギ。

「さて、恐いおばさんが向こうに行ってる間に、治療しとくか。」
 廊下の向こうへと行ってしまった三月ウサギ達を尻目に、
 ニラ茶猫はオオミミの千切れた腕を切断面に押し当てると、そこに自分の手を置いた。

「『ネクロマンサー』。」
 ニラ茶猫の手から無数の蟲が湧き出し、オオミミの傷口へと入っていく。
 傷口に潜り込み、擬態を繰り返してオオミミの肉や骨に変化していく蟲達。
 程無くして、オオミミの腕はくっついた。
 同様に、足の方も接着させる。

「…よし、こんなもんか。」
 ニラ茶猫が額を拭った。
 そして、くっついたばかりのオオミミの腕を抓る。

「痛っ!」
 小さく叫ぶオオミミ。

「よし、神経もちゃんとくっついたみたいだな。」
 ニラ茶猫が安堵の溜息を吐く。
 良かった。オオミミの腕と足が元に戻って、本当に良かった。

「ありがとう、ニラ茶猫。すぐに三月ウサギを……痛っ…!」
 オオミミが立ち上がろうとして、痛みに顔を歪めた。
「おい、無茶するなフォルァ!
 今は抜き差しならない状況だから、細胞が壊死しないように
 取り敢えずの応急処置程度にひっつけておく位しかしてねぇ。
 あんまり動くとまたもげるぞ。」
 ニラ茶猫がオオミミを座らせる。

「でも…!」
 食い下がるオオミミ。
 馬鹿、さっきコテンパンにやられたばっかりだというのに、無茶をするな。
 今は大人しく休んでいろ。

「…つーわけで、よ。
 悪いが嬢ちゃん、こいつをどっか安全な場所にまで連れてってくんねぇか?」
 ニラ茶猫が天を見やる。

「は、はい。」
 猫を被った大人しい声で答える天。
 こいつ、絶対ニラ茶猫が居なかったらオオミミを見捨てた筈だ。

「サンキュー。
 それじゃ俺は、三月ウサギの野郎の所へ加勢に行ってくるわ。
 俺が居ねぇと負けて泣いちまうだろうからよ。」
 ニラ茶猫がそう言って振り返る。
 いや、あの三月ウサギに限ってそれは無いだろう。
 それはどちらかと言えば、ニラ茶猫の役割だ。

「ニラ茶猫…」
 オオミミがニラ茶猫の背中に不安気な声を向ける。
「心配すんなって、俺がそう簡単にくたばるかよ。
 何たって、俺と俺の『ネクロマンサー』は…」
 ニラ茶猫の右腕から蟲が湧き出す。
 そしてそれらが一つ所に集まり、擬態し、一本の刃物へと変貌する。
 それはあたかも、ニラ茶猫の腕から刃が生えているかのようであった。

「『無限の住人』(blade of immortal)なんだからよ。」
 ニラ茶猫が、腕と一体化した刃を大きく振るった。

309ブック:2004/05/10(月) 17:07



     ・     ・     ・



 俺は吸血鬼の女と、廊下を駆け回りながら何度も剣を打ち合わせた。
「SIIIIIIIIIEEEEE!!!!!」
 女のスタンド『ベアナックル』の右手の大鉈を、左腕のロングソードで受ける。
 重い。
 これが吸血鬼の膂力か。

「AHHHHHAAAAAAAAA!!!」
 さらに左の鉈が俺の喉下を狙う。
 それを右手に持ったサーベルで受ける。

「……!!」
 既に何度もあの大鉈を受け止めている事で疲弊しきっていたサーベルが、
 ついに衝撃に耐え切れなくなり真ん中辺りでポッキリと折れる。
 これで、十五本目。
 全く、これだけの短時間でここまで剣をお釈迦にされるとは思わなかった。
 新しい剣を買う金を寄こせと高島美和に言っても、恐らく却下されるだろう。
 糞。
 たまらんな。

「ちっ…!」
 追撃が来る前に、女の腹を足の裏で蹴飛ばして強引に距離を取る。
 鳩尾に蹴りを入れられた女が、後方に吹っ飛んで腹をおさえる。
 その間に、『ストライダー』を発動させたマントの中から新しい剣を取り出す。

「…あと何本かしら?あなたの剣は。」
 女がゆっくりと立ち上がる。
「安心しろ、まだ半分も使ってはいない。
 お替りは幾らでもあるぞ。」
 両手に剣を構えながら、女を見据える。

「ふふ…マントの中で無限剣製でもしてるのかしら?」
 女が薄ら笑いを浮かべる。

「さて、と。」
 と、女が俺に向かって突進した。
「『ベアナックル』!!」
 女のスタンドの二刀流の鉈が両サイドから俺に襲い掛かる。

「……!!」
 両手の剣で、それらの鉈を受け止める。
 剣の刃に半分近く食い込んでくる鉈。
 これで更に二本の剣が再起不能となった。
 しかし、これだけでは終わらない。

「SYAAAAAAAA!!!」
 スタンドの鉈を受け止め二本の腕が封じられた所に、
 本体である女の爪が突き出されてくる。
 この、本体とスタンドとの連携攻撃。
 スタンドには特殊な能力は備わっていないみたいだが、
 それでもこのコンビネーションはかなり厄介だ。

「『ストライダー』!」
 マントを翻し、そこに生み出した異次元への扉に女の腕を突っ込ませる。
 女の腕がマントに吸い込まれ、俺にはその爪は届かない。

「死ね…!」
 そこに向けて、女の頸部目掛けて剣を凪ぐ。

「!!!!!!」
 しかし、女は首を切り落とされる直前で瞬間的に後ろへと跳んだ。
 浅い。
 今ので、仕留められなかった。

310ブック:2004/05/10(月) 17:08

「…便利なマントね。」
 半分近く斬り込まれた首を再生させながら、女が俺のマントを見る。

「…だけど、どうやらスタンドとかのエネルギー体までは、
 その中に取り込めないみたいね。
 もし出来るならば、私の『ベアナックル』の鉈もそのマントで防御すればいいだけだもの。」
 女が嘲るかのような笑みを浮かべる。
 あれだけ剣を交えていれば、流石にばれてしまったようだ。

「…だからどうした。」
 俺は半ばまで切れ込みの入った剣を捨て、マントから新たな得物を取り出して女を睨む。
 だからどうした。
 それで俺に勝った心算か?

「…いい目ね。
 気に入ったわ。あなた、私の奴隷にならない?」
 奴隷?
 奴隷だと!?
 笑える冗談だ、売女。
 いいだろう。
 俺にそんな言葉を喋った事を、地獄で後悔させてやる…!

「…教えてやる、女。」
 俺は剣を女に向けて、言い放った。
「何かしら?」
 女が聞き返した。

「お前の命は、後十秒だ。」
 女に向かって、右手に持っていた剣を投擲した。
 回転しながら、剣が女の頭部目掛けて襲い掛かる。
 それと同時に、俺は剣を追う形で女に向かって突進した。

「……!!」
 スタンドで、その剣を上に弾く女。
 そうさ、そうなる事は読んでいた。

「はあああああああああ!!」
 一気に女の懐にまで飛び込む。
「『ベアナックル』!!」
 それをスタンドで迎撃してくる女。
 読み通りだ。
 この女は恐らく、再び俺が剣で鉈を防御すると思っているのだろう。
 だが、それは大外れだ…!

「……!」
 俺は攻撃を喰らうのを覚悟した。
 攻撃を完全に回避するのではなく、急所だけは外れるように敢えて受ける。

「!!!!!!!!!」
 斬り落とされる俺の両腕。
 思いがけない俺の行動に、女の動きが一瞬止まった。
 こいつは今考えている。
 俺が何故わざと攻撃を喰らったのか。
 両腕を失って、どのように攻撃するつもりなのか。
 そこに生まれる、僅かな、しかし死神が振り向くには充分な隙。
 それこそが、俺の狙っていたものだった。

「はぁっ!!」
 跳躍。
 まだ女は思考が行動に追いついていない。
 女は考えてしまった。
 俺の次の行動を。
 女は見ようとしてしまった。
 俺の次も行動を。
 そして女は知らなかった。
 それが、命のやりとりでどれだけ致命的な事なのかを。
 いいさ。
 見せてやる。
 俺が、何をしようとしたのかを。

「……!!」
 空中で、さっき女が弾いた剣の柄を口に咥える。
 女がようやく俺の狙いに気づいたらしい。
 だが、もう遅い。
 数瞬の逡巡が、お前の命の灯火を消し去った。
 そして、そのまま剣を女の頭目掛けて―――

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
 俺の着地と同時に、女の体が頭の天辺から股にかけて奇麗に真っ二つに斬断された。
 薪割りのように、そのまま女の体が二つに分かれて地面に倒れる。

「ふん…」
 念の為、右側左側それぞれの頭を足で踏み潰しておく。
 これ位しておかないと、吸血鬼は安心できない。

「……」
 女の体が、煙を立てながら塵へと還っていく。
 どうやら、完全に殺しきれたらしい。

311ブック:2004/05/10(月) 17:08



「おい、三月ウサギ。助太刀に来たぜ…ってもう終わってるじゃん!」
 今頃になってニラ茶猫がやって来た。
 相変わらずうだつのあがらない男だ。

「ふん。今更のこのこと、何をしに来たんだ?」
 俺はせせら笑いながらニラ茶猫を見やる。

「お前何一人で片付けてるんだよ!
 俺はさっきオオミミと天の嬢ちゃんに、格好よく大見得切ってここに駆けつけたんだぜ!?
 それなのにすでに闘いは終わってました、って、
 これじゃまるで俺が馬鹿みたいだろうがフォルァ!!」
 訳の分からない事で怒り出すニラ茶猫。
 馬鹿みたいも何も、お前は最初から馬鹿だろう。

「ごちゃごちゃうるさい事を言うな。
 喚いている暇があったら、さっさと腕を直してくれれば助かるのだがな。」
 本当はこいつにお願いをするのは嫌なのだが、背に腹は変えられない。
 それに先程の闘いでの作戦も、こいつがいなければ実行出来なかった。

「…お前、それが人に物を頼む態度かよ?」
 と、ニラ茶猫が急に渋り出した。
「…何が言いたい?」
 俺はニラ茶猫の顔を見ながら聞き返す。

「人様にお願いをする時はよ〜、
 それなりのお願いのしかたってもんがあるんじゃねぇのか〜?
 例えば土下座とか土下座とか土下座とか。」
 下品な笑顔を浮かべるニラ茶猫。
 やれやれ、こういう時だけ優位に立った気分になっていい気になるとは、
 つくづく器の小さい男だ。


「…『背徳のおままごと 〜お兄様やめてっ!!〜』。」
「!!!!!!!!!!!!」
 俺のその言葉に、ニラ茶猫が硬直した。

「…な、何でお前がそれを……!」
 震えた声で俺に尋ねるニラ茶猫。
 あからさまに動揺している。

「『妹学園・陵辱の宴』。」
 俺は構わず言葉を続けた。
 ニラ茶猫の顔から冷や汗が噴き出す。

「『無毛天国・小さな天使達』。」
「や、やめろ!!やめてくれ!!!」
 ニラ茶猫が俺のマントにしがみついた。

「『ロリロリ倶楽部・小○生の痴態』。」
「分かった!治すから!!治すから!!!
 だから皆には秘密にしといてくれええええええええ!!!!!!!」
 ついにニラ茶猫は泣き出した。
 やれやれ、こいつが変態的趣味の持ち主で助かった。
 こいつに頭を下げるなど、死んでも御免だからな。

「『お兄ちゃん!ボク妊娠しちゃうぅぅ!!!』、
 『初めてのお医者さんごっこ』。…まだまだあるぞ?」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
 ニラ茶猫が、顔面を蒼白にしながら絶叫するのであった。



     TO BE CONTINUED…

312:2004/05/10(月) 23:51

「―― モナーの愉快な冒険 ――   そして新たな夜・その3」



 ギコ達の乗った救急車は、首相官邸正面玄関に向かってスピードを上げた。
「おい、俺達はどうすんだゴルァ!!」
 ギコは叫ぶ。
 リル子こそ救命士ルックだが、局長はスーツ、ギコ達に至っては普段着だ。

「私が指示を出すまで、救急車内で大人しくしていて下さい。
 私の合図と同時に、救急車を出て官邸内に駆け込みます。
 その時間は、『アルケルメス』で切り取るので目撃されません。
 ただし、移動は3秒以内に済ませて下さいね…」
 局長は、後部座席に振り返って言った。

「3秒だと…!?」
 ギコは驚く。
 救急車から駆け出して、官邸内に飛び込むまでの所要時間。
 僅か3秒では、とても可能とは思えない。

「でも、やってもらわないと困るんですよ…」
 局長は、笑みを浮かべて言った。
 こいつ、寸前にこんな事言い出しやがって…
 ギコは文句を言おうとも思ったが、何とか押し留まった。

「あと、これを装着して下さい」
 局長は、助手席を飛び越えて後部座席に移動した。
 そして、座席の下に置いてあったケースを引っ張り出す。
 その中には、グレーのチョッキのようなものが入っていた。

「ボディーアーマー… 一般的には防弾チョッキですね。
 防御クラスⅣの一級品です。銃弾で死ぬ人は、念の為に装着しておきなさい」
 局長は、後部座席にもたれて言った。

「それはありがてぇな…」
 ケースからボディーアーマーを取り出すギコ。
 さほど重くはないようだ。ギコは、そのチョッキに袖を通した。
 しぃも同様に装着する。
 当然ながら、レモナとつーは付ける気はないようだ。
「モララー、お前はいいのか…?」
 無言で腕を組んでいるモララーに、ギコは訊ねた。

「僕には、『散逸構造への還元』があるからね。
 設定した速度以上の飛来物を、他次元に叩き込む事ができるんだ。だから、銃弾は僕には効かない。
 僕が『矢の男』だった時に使ってただろ? あの時は、多少ミスってたけどね」
 そう言って、モララーは鼻を高くする。

 ギコは思った。
 こいつ、使える技術が徐々に増えていってないか…?
 それも、しぃ助教授の『サウンド・オブ・サイレンス』を彷彿とさせる強力な能力だ。

「あと、銃が必要な人はいますか…?」
 局長は訊ねた。
 その言葉に。ギコが反応する。
「俺のスタンドは近距離型だから、念の為にもらっとくぜ… しぃは?」
「私は… どうせ使えないからいらない」
 しぃは首を振った。
 モララー、レモナ、つーは必要としないだろう。

「弾、入ってますんで…」
 言いながら、局長はギコに小型拳銃を手渡した。
「ほう、ザウエルP230ねぇ…」
 銃を受け取ると、ギコはニヤリと笑う。
「いや、備品なんだから返してくださいね…」
 局長は言った。

「…他に武器は?」
 ギコは銃を懐にしまうと、顔を上げた。
「もうありませんよ…」
 そう言い掛けて、局長は言葉を切る。
「いや、対自衛隊員用の切り札を忘れていたな…」

 局長は、ダンボール箱を取り出した。
 その中は、かなりの数の銃弾… いや、空薬莢が入っている。
「これは…?」
 ギコは訊ねた。
 どう見ても、何の変哲もない空薬莢だ。
「自衛隊員に囲まれてピンチになった時は、これを周囲に撒き散らすんですよ」
 局長は言った。

「…?」
 ギコは思い起こす。
 …そう言えば、オヤジに聞いた事があった。
 自衛隊は実弾訓練後の薬莢の処理に厳しく、撃った数と同数の薬莢を必ず拾い集めるのだという。
 この薬莢の数が足りないと、恐ろしい懲罰が待っているらしい。
 故に自衛官は転がっている薬莢があると、思わず拾って数えてしまうそうだ…

「…って、通用するかよそんなモン!!」
 ギコは大声を上げた。
「うーむ、いい案だと思ったんですがねぇ…」
 局長はため息をつく。

313:2004/05/10(月) 23:54

「…そろそろです」
 黙って運転を続けていたリル子は言った。
「なるべく、正面玄関の近くまで行って下さいね。
 救急車を出てから邸内に侵入するのを、3秒で終わらせなければいけませんから…」
 局長は、後部席から運転席に呼びかける。
「了解しました…」
 リル子はアクセルを強く踏んだ。

 救急車は、そのまま正面玄関目掛けて直進する。
 スピードを緩める気配はない。
「あの… 止まる気あるんですか?」
 局長は、運転席のリル子に訊ねた。
「なるべく近くまで行けとの御命令でしょう…?」
 リル子は平然と答える。

 そのまま、救急車はガラス張りの正面玄関に激突した。
 ガラスをブチ割り、エントランスホールに突入する。
 警備していた自衛隊員が4人ほど、ボーリングのピンのように撥ね飛ばされた。
 異常に広いエントランスホールのほぼ真ん中まで来て、リル子はようやくブレーキを踏む。

 警備していた自衛隊の連中が、一斉に救急車に銃口を向けた。
「撃てッ!!」
 掛け声とともに、引き金が引かれる。
 周囲に響き渡る銃声。
 救急車は、20人以上からの銃撃を受けた。
 銃弾が車体に当たり、金属質の音を立てる。

「きゃっ!!」
 しぃは悲鳴を上げてかがみ込んだ。
「大丈夫、ある程度は防弾処理を施していますよ…」
 身をかがめて局長は告げる。
「ある程度はね…」 

 救急車は完全に囲まれていた。
 20人近くの自衛隊員が救急車に銃弾を撃ち込んでいる。
 おそらく、すぐに応援も押し寄せて来るだろう。

 運転席の防弾ガラスが、銃撃に耐えきれなくなった。
 亀裂が次々に入り、それから粉々に割れてしまった。
 運転席に座っていたリル子は、素早く救急車後部に移動する。
「…リル子君、何を考えているんです?」
 局長はため息をついて言った。
「これが最善の方法です」
 リル子は相変わらず表情を変えない。

「ですが…」
 言いかけた局長の言葉を遮るリル子。
「本当に5人以上もの人数で潜入できるとでも思ったんですか? こちらには素人までいるんですよ?」
「人質…」
 局長の言葉は、リル子の冷たい口調に掻き消される。
「侵入者がいるのに、わざわざ人質を殺害しに行く手勢がいるとは思えません。
 テロリストの立て篭りとは警備の性質が異なります」
「無茶…」
「無茶は承知です。そもそも強襲作戦はこちらの専門なので、素人はすっこんでいて下さい」
「で…」
「『でも』も何もありません。現場の判断で、失敗すると分かっている作戦を破棄しただけです」
「…」
 とうとう黙り込む局長。

314:2004/05/10(月) 23:55

 リル子は、運転席の後ろに置いてあったアタッシュケースを引き摺り寄せた。
「では、この場は任せていいですね…?」
 局長は、リル子を見据えた。

「…ええ。お任せ下さい」
 リル子は、そう言ってアタッシュケースを開けた。
 中から黒い不定形の影が飛び出す。
 それは、ライダースーツのようにリル子の全身を覆った。
 その上に多くのメカニックな部品が装着され、その全身に幾重にもコードが這う。
 アタッシュケースは変形し、ブースターのような姿で背中に装着されていた。

 身に纏うタイプのスタンド…
 ギコは、コードに覆われたスーツ状のスタンドを見据えた。
 まるで近未来的な鎧である。
 あれが、リル子のスタンド『アルティチュード57』…!!
 3つのスクリーンがリル子の眼前に出現した。
 リル子は、ヘルメットのバイザーを上げる。

         Anfang   System All Green
「『Altitude57』、起動…  システム異常無し。
 Set… code14:『EileVerschwinden(一斉消滅)』」

 リル子は、スクリーンに手を触れて何かを入力している。
「…早くしてください。車の防弾も、長くは持ちません…」
 局長はリル子に告げた。
 内側から見ても分かるくらい、救急車の周囲は凹んできている。

                Data link green
「目標26。距離12〜20。指揮管制連動確認。
     Manual mode on     Data
 全機関手動管制に切り替え。緒元入力開始…!」
Illuminater data link
 誘導信号、接続。 …第1目標、左方76度・距離18。第2目標…」
 リル子は、宙に浮いているスクリーンに入力を続けた。
 小銃の一斉射撃を浴びて、車体がベコベコに凹む。
「だ、大丈夫なのか…!?」
 ギコは思わず声を上げた。
 もう、救急車は限界だ。
                           Data          Ready…
「…第26目標、右方168度・距離16。全目標、緒元入力完了。攻撃態勢移行――」 
 スクリーンに大きくノイズが走った。
 まるでPCのタスクウィンドウを閉じるように、スクリーンが次々に消えていく。

    …Go!!
「――攻撃開始!!」

 リル子の全身を覆うスタンドに、電気が走ったように見えた。
 弾けるように、スタンドに覆われたリル子の身体が救急車から飛び出す。
 紙のように破れる救急車の車体。
 そして、風を切る音。
 そのまま、リル子は高速の回し蹴りで兵の体を吹き飛ばした。

eine
「1…」

 蹴りを喰らった兵の体は、もんどりうって近くの兵の足元に激突した。
 その兵士の膝が逆方向に曲がる。
「うわぁっ!!」
 射撃中に体勢を大きく崩す兵士。逸れた弾丸が、真横の兵士に命中した。
 
zwei drei
「2…、3…」
 倒した兵の数を静かにカウントするリル子。
 その身体は天井を蹴って、弾丸のように縦横無尽に兵の間を駆けた。
 移動軌跡に火花が飛び散っている。
 もう天井も壁も床も関係ない。
 ギコは、ビリヤードの玉を連想した。

315:2004/05/10(月) 23:57


「…!」
 思わず息を呑むギコ。
 尋常ではないスピードだ。
 普通の人間には残像も見えないだろう。
 いくら何でも、あの速度は異常である。
 スタンドによる身体能力とは思えない。
 あの高速移動も、スタンド能力の一環か…

acht neun
「8…、9…」
 リル子は、次々と兵を駆逐していった。
 あそこまで高速で移動している以上、体そのものが凶器である。
 近距離パワー型のスタンドを持つ自分ですら、あの相手は捉えきれないとギコは悟った。

 しかも、動きに全く無駄がない。
 いや… 無駄がないというには語弊があった。
 方向転換に蹴った壁の破片が、正確に兵に命中している。
 敵兵がよろけて逸れた弾丸が、他の兵を射抜く。
 全ての弾道や射線、敵兵の予想攻撃位置を計算しているのか…?

sechsundzwanzig      Ende
「  …26。     …攻撃終了」
 リル子の動きが止まった。
 軽く息を吐き、髪を掻き上げるリル子。
 その漆黒のスタンドはすでに解除されている。
 エントランスホールに、立っている兵はいなかった。

「さて、面倒な事になりましたね…」
 そう言いながら、局長は救急車から降りた。
 ギコ達も後に続く。

「…殺したのか?」
 ギコはリル子に訊ねた。
「いえ、全員息はあります。枕元に立たれても困るので」
 リル子は当然のように答える。
 その傍には、元の形に戻ったアタッシュケースがあった。

「まあ、この方が面倒がなくていいんじゃない…?」
 レモナは手を軽く回して言った。
「ソウダゼ! アヒャ!」
 つーが同意する。
 まあ、潜入よりは正面突破の方がこの2人の性に合っているだろう。

「お前ら、最近仲良いな…」
 ギコは思った事を口にした。
「ほら、共通の敵ってのがね…」
 レモナはそう言って笑う。

「要人が監禁されているのは、おそらく4階の大会議室でしょう。
 広い上に、見張るのも容易ですからね…」
 局長は腕を組んで言った。
「こうなった以上、敵兵は全て倒します。覚悟はいいですか?」

 一同は頷いた。
 見つからないように苦心するより、一点突破の方が気が楽だ…
 ギコ自身、その方がやり易い。
「さて、行きますか…」
 局長がネクタイの位置を正した。
 リル子がアタッシュケースを持つ。
 一同は、首相官邸の奥に足を踏み出した。



  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

316丸耳達のビート:2004/05/11(火) 17:11


 ―――――ああ…マルミミ君が、口を開けてる。
綺麗な綺麗な白い牙、アタマがくらくらする血の匂い。
キスしたときに、あの長くて太い牙が舌に触れただけでもおかしくなりそうだったのに。
あんな物で体のナカまでを貫かれたら―――どうなってしまうんだろう。
ゆっくり、ゆっくり、彼の顔が私の首へと近づいてくる。

「ふぁ…!」

 首筋に、唇の感触。
たったそれだけなのに、今まで感じたこともないような快感が脳を駆けめぐった。

  にゅる、ぴちゃっ、ちゅ、れろん―――

「あ、はぁっ、ひぁ、ふぅ、んぁ…!」

 紅い舌が這い回る。首筋だけじゃなくて、肩も鎖骨も顎も耳も。
頸動脈が壊れそうなペースでコリコリこりこり脈動して、彼の舌を小さく押し返す。
 脳が壊れてしまいそうな快感に、ぎゅっ、と彼の小さな体を抱きしめた。
彼が耳元に口を持っていき、息だけの声で囁かれる。


「吸うよ―――」

 一瞬の間を置き―――歓喜と共に、こくり、と頷いた。
壊れ物でも扱うかのように、体がそっと抱きすくめられ―――


  つぷんっ。


「―――――ッッッッッッッッああああああああっぁああぁあaAAAaaa――― !! !! !! !! !!」



 太く長い牙が、頸動脈を犯す。
それは、一度でも知れば二度と戻れない快楽。
 女としての部分ではなく、『人間』としての部分を陵辱する。

317丸耳達のビート:2004/05/11(火) 17:12


―――――ああ、気持ちいい。
      一口吸われるごとに、ふわふわ、ふわふわ、ものが考えられなくなる。
      寒い。凄く寒いのに、私を抱きしめるマルミミ君の体はだんだん暖かくなっていく。
      吸って、吸って。もっと…すって。ねえ、おいしい?おいしい?わたしは、おいしい―――?


―――――ああ、気持ちいい。
      とくん、とくん、口の中に溢れる血。僕の牙を、首筋の筋肉が優しく締め付ける。
      蜜より甘く、精液より苦く。流れ出る血は溶岩のようで、抱きしめる体は氷のよう。
      吸いたい、吸いたい。もっと、すいたい。ああ、ぼくももう、おかしくなってしまいそうだよ―――



 しぃの爪が、火傷にまみれたマルミミの皮膚を掻きむしった。
ずるり、と皮がめくれ、その下から傷一つない青白い肌が姿を見せる。


 ぷぱぁ、と牙を離す。上下二つずつの傷から、とろり、と一雫の血が溢れてきた。
優しく指でぬぐい取り、彼女の口元に差し出す。
 血の付いた指が、なんの躊躇いもなく口に含まれた。

「ふぁ…んむっ」

―――まだだよ。首だけじゃ離さない。
    腕も脚も腿もお尻も胸もお腹もそして―――体中に、牙を立ててあげる。
    傷があるなら、僕がその上からまた傷をつけてあげる。
    そうすれば、僕の物になれるだろ?


 快楽の代わりに自分自身の『人間』を奪われる―――それはあまりにもあまりにも、大きな代償。
全てを奪われる快楽に、全てを奪う快楽に。二人の精神はとろけあい、堕ちていった。

318丸耳達のビート:2004/05/11(火) 17:14






「―――そして苦労したのがこの『波紋増幅グローブ』!
 エイジャ並の増幅機構を組み込んだのですが、
 小型化に無理があって一発撃てば壊れます。
 しかし、このサイズにまで納めるのにはプロジェクト×もビックリ相当の苦心を―――」

  がたたっ!

 いきなり、『チーフ』が椅子を蹴り倒すように立ち上がった。
かなりうんざりしていた茂名とB・T・Bが、驚いたように彼を見る。
「イカガ サレタノ デスカ?」
「快感・陵辱・蹂躙・略奪・牙・血・傷・白い肌―――――マズい…!」
「む?」

 茂名が聞き返す間もなく、『チーフ』が部屋を走り去る。
訝ったB・T・Bが片手を軽く上げ…顔色を変えた。
「茂名様!…ッテ会話ガ デキナイッ!」
 もどかしそうに身を捩るB・T・Bを余所に、何かあると踏んだのか茂名も部屋を出て行った。


 初っぱなから『タブー』を全力起動。
スタンドの声で、後ろの茂名に指示を出した。


―――茂名さんはいい。僕の『タブー』なら無傷で抑えられる。
 それより、B・T・Bをこっちに移して輸血の用意お願い。急いで。


 『チーフ』は振り向きもしなかったが、後ろで茂名が頷き反転するのが判った。
B・T・Bが『チーフ』に追いつき、鼓動のエネルギーを変換する。
 彼のスタンド能力による多角的な視界が、頭の中に展開された。
首筋を撫でる。
 ざわざわざわざわ、吸い出される快感が伝わってきた。
しかし、その快感は命への冒涜にして狂気の扉。
精神力でおぞましい快感を押え込み、病室のドアを蹴り開ける。


―――なんだよ、五月蠅いな。
   せっかく楽しかったのに、邪魔をしないでよ。
   ちょっと…頭に来ちゃった。
   殺してやろうか?オマエ…!


 紅い瞳がぎらりと光る。
見つめるだけで魂を縛る吸血鬼の魔眼を真っ向から受け止め、構えを作った。

319丸耳達のビート:2004/05/11(火) 17:16

(やれやれ…彼とはベッドでヨロシクしたかったんデチけど…そんな余裕もなさそうデチねぇ。
 これから取り押さえるのにそんな眼で見つめられたら…ちょっと興奮しちゃうデチよ)
(何ヤラ 聞キ捨テ ナラナイ デスガ…協力サセテ イタダキマショウ)


 ぶわっ、とシーツが宙を舞い、マルミミの体が『チーフ』目掛けて跳んだ。


『マルミミ君ッ!』『御主人様!』

  タブー
 『禁忌』の力を応用し、B・T・Bと視界を共有してマルミミの動きを捉える。
マルミミに比べ、自分の動きはナメクジと見まごうほどに遅い。
 それでも、ベッドに座っていた分『チーフ』が右手を突き出す方が早かった。


              『眠れ!』


 言葉と共に力を乗せた『タブー』が、右腕からマルミミに迸る。
迸るとは言っても、光も音も衝撃もない。
 端から見れば、マルミミが勝手に意識を失ったように見えただろう。

「御主人様!」
 ふわりとB・T・Bが漂い、気を失ったマルミミの心臓に収まって鼓動を制御、『人間』に戻した。
「茂名さん!」
 よろめくしぃを支えながら、『チーフ』が叫ぶ。

 一枚の印画紙を持った茂名が、しぃの心臓に拳をぶち込んだ。
            ムソウケン ボサツ
  茂名式波紋法 "無双拳・菩薩"。

 しぃの体がびくりと痙攣し、朦朧としていた意識が完璧に消え去る。

(―――よし…!まだ、完全に吸血鬼化してはおらぬ)


 波紋を流して吸血鬼のエキスを消滅、波紋入りの輸血を続けて『人間』に戻し、後はひたすらワクチンを投与。
乱暴な方法だが、今のところはその程度しか吸血鬼化を防ぐ方法が見つかっていない。


「ジエン!点滴台持って来てくれ!一階診療室の横じゃ!」
「はい!」


 心臓の位置に掌を置き、治癒用の波紋を流し続ける。
吸血鬼用ワクチンの開発も進んではいるが、血を吸われた人間が『人間』のままでいられるかどうかは賭けに近い。

如何にして、迅速にして適切な処置を行えるか。それが分かれ目となる。

「やれやれじゃ…とんでもない賭けだのぉ…!」
 しぃの体と印画紙から取り出した輸血用の血液パック、両方に波紋を流しているために負担が大きい。
老体には少しばかり堪えるが、命がかかっている状態で弱音は禁物。

「ご隠居!ワクチンと輸血台を!」
「繋いでくれ。やり方は知っておるな?」
「はい!」
「『チーフ』!フサも呼んで近所からBO型の輸血募れ!」
「了ー解デチ!」
 夜も暮れかけの診療所に、あわただしい空気が満ちた。

320丸耳達のビート:2004/05/11(火) 17:18




「ぅあ…?」
 誰もいない病室で、むくりとマルミミが体を起こす。
「起キラレ マシタカ?」

「…僕…何した…?」
 数秒の沈黙。隠しても意味はないと判断し、B・T・Bが重々しく口を開いた。

「シィ様ノ血ヲ、吸イマシタ」
 言葉を聞いて、がっくりとマルミミがうなだれる。

「…そう…」
 聞いたものの、答えは初めから判っていた。
火傷も裂傷も根こそぎ治り、鼻孔に残る甘い匂い。
少し考えれば、猿でも何をしたか理解するだろう。

「デスガ、マダ シィ様ハ 御無事デス。気付カ ナカッタ 私達ニモ 責任ハ アリマスシ、貴方ガ気ニ病ム コトハ アリマセン」

「慰めはいいよ。理由がどうあれ、誘惑に負けて、血を吸った。
 自分で助けて…自分で殺そうとしてれば世話はないね。
 …僕は…衝動も抑えきることができなかったわけだよ!
 母さんは死ぬまであの衝動を抑えきってたのに!

「御主人様…」
「黙れ!」
力任せに、サイドテーブルを殴りつける。
スチール製の机がぐにゃりと折れ曲がり、中身が辺りに散らばった。

「ビート・トゥ・ビート…お前も正直に言ってみろよ!こんな弱い混じりものの僕なんかより、
 最強の吸血鬼に…母さんに仕えてた方が幸せだったんだろ!?」

「御主人様…」
 涙混じりの言葉に。B・T・Bが悲しそうにメイクを歪める。
その様を見て、マルミミが鼻を啜った。
「…ゴメン…一人に、して」
「御意ニ」
 しゅるりと、マルミミの心臓にB・T・Bが収まった。
これで、彼の方から呼び出さない限りB・T・Bは『眠り』に入る。

 訪れる静寂。
鼻の奥が暑くなり、情けなさと自己嫌悪がこみ上げた。
息が詰まり、嗚咽となり、涙と鼻水が溢れた。
「ぅ…ひっ、ぅ…」

   父さんと母さんが殺されても何もできなかった。
   両親の仇を、取り逃がしてしまった。
   くだらない八つ当たりで、B・T・Bを悲しませてしまった。
   そして、彼女を傷つけてしまった。


  ―――――ああ、僕は…なんでこんなにも弱いんだろう。


「う゛ぇっ…ぅあ…ふあ…っ」


   弱かったから、傷を負った。
   弱かったから、血に飢えた。
   弱かったから、飢えに負けた。
   弱かったから、彼女を傷つけた。


「ひぐっ…ぁ…うああああああああああああっ!!」


   強ければ、傷を負わなかったかもしれない。
   強ければ、血に飢えることも無かったかもしれない。
   強ければ、飢えに負けなかったかもしれない。
   強ければ、彼女を傷つけずに済んだかもしれない。
   強ければ、<インコグニート>を倒せたかもしれない。
   強ければ、父さんも母さんも死ななかったかもしれない。


「うわあああああっ…あああああああああああっ!!」


 誰の声も誰の目も誰の耳も届かない病室で、マルミミは一人慟哭した。
しゃくり上げながら、咳き込みながら、恥も外聞もなく泣きじゃくる。
自分の弱さが、小ささが、情けなさが―――只々、悔しかった。


  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

321丸耳達のビート:2004/05/11(火) 17:18

        │二話連続で…吸血シーン…
        │何やらもういろんな意味で危ないですが…
        └─┬─────────y───────
            │丸餅はこれに対して『ムラムラしてやった』
            │『もっかい良いですか?』などの供じゅt(ブツッ)
            └――y─―───────────────


               ∩_∩    ∩ ∩
              (; ´∀`) 旦 (ー`;)
              / ============= ヽ  
             (丶 ※※※ ∧∧※ゞノ,)
               ~~~~~~~~~(゚−゚*)~~~~~~
                     ∪ ∪
                ______|ヽ_______

              …まあ、西瓜にかかった塩とか
               そんな感じで捉えてください。



…えとまあ真面目に弁解すると、『吸血鬼』って言うのはそもそもエロ+グロが始祖なんだそうです。
首筋に牙を立てて血を舐め取るそのヴィジョンの耽美さは今から見ても秀逸なものがあり、
ならば『吸血鬼書くのにエロスは外せないだろう…!』と思い立ってインビでヒワイでミダラな(ry


…………………ゴメンナサイ。エロス書きたかっただけです。
当分はエロス控えめの予定ですのでお目こぼしをー。

322ブック:2004/05/11(火) 17:24
     EVER BLUE
     第十一話・PUNISHER 〜裁きの十字架〜


 其処は暗くて冷たい所だったと、彼は思い出す。
 何も見えない、何も聞こえない、ただひたすらに静かな所。
 それが、唯一の記憶だった。
 其処は、酷く寂しい所。

 …そんな事は、覚悟していた筈だったのに、
 彼はそれでも会いたいと思ってしまった。
 帰りたいと思ってしまった。
 彼に初めて出来た、あの仲間達の元へと―――



(…こんな時に、私は一体何を考えているんでしょうね。)
 タカラギコは軽く頭を振った。
 彼の前には、男が構えながらじりじりと間合いを詰めている。
(…そうです。今は、この目の前の男を殺す事に専念しなければ。)
 大刃のナイフを右手に構え、タカラギコは男を見据えた。
 そして、頭の中から余計なものを排除する。
 望郷、哀愁、憧憬、良心、悪意、困惑、思想、信念、殺意、
 全て不要。
 必要なのは、只々頭に描いた殺しの手順を、
 只々正確に実行するだけの明確な意思。
 そして人間である事の全てを削ぎ落とし、ただ一振りの刃と化す。
 これが、タカラギコの闘い方だった。

「SYAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
 充分に間合いを詰めた所で、男がタカラギコに跳び掛かった。

「ふむ、とてつもない跳躍力です。」
 しかしタカラギコは、一歩も動かないまま男を迎え討つ。
 男の右腕がタカラギコの頭部に伸びる。
 それをタカラギコは最小限の動きでかわし―――

「ですが、戦闘技術は三流。
 すみませんが、一瞬で終了させて貰います。」
 タカラギコのナイフが、男の心臓を正確に貫いた。
 そのままタカラギコは男を一瞥もしないまま振り返り、
 先程女が空けた穴の方を向く。

「…さて、あの女を追います……」
 そこで、タカラギコは背後からの殺気を感知した。
「!!!??」
 すぐさま危険を察し、身をかわそうとするが遅かった。
 男のボディブローが、タカラギコの胸へと突き刺さる。

「!!!!!!!!!!!!」
 その衝撃に吹き飛ばされるタカラギコ。
 地面を転がり、うつ伏せの姿勢で倒れる。

「!!!!!!」
 次の瞬間には、男がタカラギコに止めを刺さんと倒れたタカラギコに襲い掛かる。
 咄嗟に跳ね飛んで、タカラギコはその追撃を何とかかわした。
 かわりに、タカラギコの頭を踏み砕く筈だった男の足が、甲板の床へと足型の穴を作る。

323ブック:2004/05/11(火) 17:25


「…どういう事です?
 確かに、心臓を貫いた筈……」
 胸を押さえながら、タカラギコが尋ねた。
 今ので、恐らく胸骨を四・五本持っていかれてしまっている事を、
 胸を触った感触で実感する。

「もう俺は死んでいるんだ。
 死者を殺す事など、不可能だろう?」
 男が低い声で答える。

「…成る程。ふっ…あはははははははは!これは良い!」
 と、やおらタカラギコが笑い出した。
「何が可笑しい?」
 訝しげに男がタカラギコに聞いた。

「…いや失礼。奇遇ですね。
 実は、私も一回死んでいるんですよ。」
 笑うのを止め、タカラギコが答える。

 何を馬鹿な。
 男はそう言おうとして、止めた。
 タカラギコの目と雰囲気から、その一見狂人の戯言同然の言葉を信じさせるだけの、
 只ならぬ「何か」を感じ取ったからだ。

(何だ、こいつは。)
 男は思った。
 吸血鬼の彼から見ても、タカラギコの纏う気配は異様であった。
 まるで、其処に居る筈の無い者が、其処に存在しているかの様な違和感。
 それは、一種の馬鹿馬鹿しいジョークのようでもあった。

(…考えるな。)
 男はその事を頭の中から弾き出す。
(関係ない。こいつが何者であろうと、殺せばいいだけだ。)
 男は胸に刺さりっぱなしだったナイフを引き抜くと、
 船の外へと投げ捨てた。

「酷いですね。
 それが私の唯一の得物だったのに。
 私に丸腰で闘えと?」
 タカラギコが肩をすくめた。

「何、心配するな。」
 男がタカラギコの前に手をかざした。
「俺も、丸腰だ。」
 次の瞬間、男の爪が刃物の様に伸びる。

「…何かそれ、アンフェアですよ。」
 それを見て、初めてタカラギコが顔色を曇らせた。

「SYAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
 そんなタカラギコにはお構い無しに、男はタカラギコに躍り掛かる。

「『グラディウス』!!」
 タカラギコの周りに、銀色の小型飛行物体が現れた。
 同時に、タカラギコの姿が見る見る男の視界から消えていく。

「!!!!!」
 先程までタカラギコの居た空間を、男の爪が虚しく通り過ぎる。
「糞っ!何処に…!」
 男が周囲を見回す。
 しかし、タカラギコの姿は何処にも見当たらない。

「!!!!!」
 直後、男の頭を光の線が貫いた。
「があああああああああああああ!!!!!」
 男が叫びながら攻撃を受けた方向に突進する。
 しかし、そこには既にタカラギコは居なかった。

(…困りましたね。
 今は夜で、充分な光量が無い上に、
 元々私の『グラディウス』は攻撃に特化した能力ではない。
 この光のレーザーでは、男を倒しきれません。)
 タカラギコが暴れまわる男を見ながら考えた。

(…仕方無い。あんまりあの恐いおじさんには近づきたくないんですが……)
 タカラギコが、流れるように男に向かって接近する。
 男は、まだタカラギコには気づかない。
 その間にもタカラギコは男との距離を一気に縮めていく。
 そして気配を殺したまま男の背後へと回り―――

324ブック:2004/05/11(火) 17:26

「!!!!!!!!」
 ようやく男がタカラギコのいる場所を発見した。
 いや、発見したと言うよりは、否応無く発見させられたと言った方が正しい。
 男の背後から、タカラギコが男の首に両腕を回して締め付けている。
 ここまでされれば、姿が見えなくともタカラギコがどこに居るのかは誰でも分かる。

「貴っ…様ァ……!!」
 男がタカラギコを振り払おうとする。
 しかし、それよりも早くタカラギコは男の首を捻り上げた。

「……!!!」
 ゴキンと嫌な音を立てて、男の首が明後日の方向へと曲がる。
 そのまま、男は膝から崩れ落ちた。

「…やれやれ、ここまですれば……」
 タカラギコが姿を現し、一息吐こうとする。
 しかし、そんなタカラギコの思惑は脆くも崩れ去った。

「……!!……!!!」
 頭を掴み、首を元の位置に戻しながら男が立ち上がる。
 これには流石に、タカラギコもたじろいだ。

「…あなたはゾンビですか。」
 タカラギコが呆れたように呟いた。

「MMMMUUUUOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!」
 男が鬼の様な形相でタカラギコに突進する。
 タカラギコは男の攻撃をいなすと、再び『グラディウス』で姿を消した。

(さて…どうしましょうか。
 このまま姿を消して逃げ続ける事も可能ですが、
 この恐いおじさんを放っておく訳にもいかない。
 ナイフの一本でもあれば、これしきの相手五秒で解体出来るのですが、
 予備の武器はありませんし…)
 タカラギコが光の中に隠れながら、男を倒す方法を模索する。

(こういう時、近距離パワー型でないのが悔やまれますね。
 ですが、愚痴を言っていても仕方が無い。
 ですが、どうやって…)
 タカラギコは脳細胞を総動員して思考した。

(……!そうか、これならば……!!)
 と、タカラギコが何か閃いた様子で手を叩いた。
 そして、『グラディウス』を解除して男の前に姿を見せる。

「こっちですよ。」
 タカラギコが男に顔を向ける。
「AAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHAAAAAAA!!!」
 牙を剥き出しにして、男がタカラギコ目掛けて駆け出す。

「『グラディウス』!!」
 銀色の飛行物体が光を収束させ、二本の光の光線を打ち出す。
 それは、正確に向かってくる男の両目を射った。
「GYAAAAAAAAAAAAA!!!」
 二つに光線を分けた分、威力は激減するが、
 それでも男の視界を奪うのには充分であった。
 何も見えなくなった男が、それでもなお果敢にタカラギコへと向かっていく。

(そう、それを狙っていました。
 確かにパワーとスピードは凄まじい。
 しかし視界が奪われる事で、ただでさえ煩雑な攻撃が、さらに精細さを欠く。
 これならば、容易く―――)
 タカラギコに向かって突き出される腕。
 それをタカラギコは紙一重で捌く。
 そして、捌くと同時に男の攻撃の力の方向性を変え、そこに自分の力を加え、
 自分+相手の力で…

「!!!!!!!!」
 男の体が物凄い勢いで投げ飛ばされた。
 『合気』。
 古来より伝わる、日本の伝統武術の技である。

「……!!」
 しかし男は余裕であった。
 確かに凄い勢いで投げられはしたが、
 例えこのまま床に激突した所で、吸血鬼の男にしてみれば些細なダメージである。
 相手が自分を殺す術を持たない以上、いずれ勝機が見える。
 それが、男の自信であった。

「……?」
 しかし、男の予想していた床への着地は、いつまで経っても起こらなかった。
 ようやく、男の眼球が再生される。
 光を取り戻した目で、何が起こっているのか男が確かめようとすると―――


「!!!!!!!」
 男は、驚愕した。
 さっきまで自分の乗っていた船が、遥か頭上に遠ざかっている。
 そう、男は船の外に投げ飛ばされていたのだった。

「AOOOOOOOOAAAHHHHHHHHHHWWWWWWW!!!!!」
 絶望の叫び声を上げながら、男が地面目掛けて落下していく。
 いくら吸血鬼といえど、この高さから地面に叩きつけられては只ではすまない。
 それ以前に、雲の下の世界がどうなっているか等、
 この世界の人々は誰も知らないのだ。
 只一つ言えるのは、雲の下に落ちて再び戻って来た者は誰も居ない、という事である。
 万一吸血鬼が地面への激突の衝撃から生き延びれたとしても、
 二度と雲の上には戻っては来れないだろう。
 自分の肉体の過信。
 それが、男の敗因の一つであった。

325ブック:2004/05/11(火) 17:27



「やれやれ…」
 落下していく男を眺めながら、タカラギコは呟いた。
「すみませんね。私も、もうあんな恐い思いをするのはこりごりなので。」
 と、タカラギコががっくりと膝をつく。

「…痛たたたた。思わぬ不覚を取りましたねぇ。
 私らしくも無い…」
 胸の辺りを押さえながら、タカラギコが力なく笑う。
「しかし、痛がっている暇もありません。
 すぐにあの女を追わなければ…」
 タカラギコがそう言いながら女の開けた穴へと近づこうとすると…


「!!!!!!!!」
 タカラギコの前に、新たな吸血鬼が二人、飛行機の上から降り立った。

「…人間が、素手で吸血鬼を倒すだと……?」
「気をつけろ…只者ではないぞ。」
 どうやら先程のタカラギコの闘いを見ていたようである。
 二人組みは慎重な面持ちで、タカラギコに対して構える。

「勘弁して下さいよ…」
 泣きそうな声でタカラギコは呟いた。
 一度闘い方を見られた以上、同じ手が通用するとは思えない。
 しかも、今度は二対一。
 いくらタカラギコと言えど、丸腰では明らかに不利である。

(どうしますかねぇ…
 何か得物でもあれば、楽なのですが。
 …待てよ。
 そうか、『あれ』ならどうだ!?)

「!!!」
 いきなり、タカラギコは二人に対して背を向けて逃げ出した。
「なっ…!逃がすか!!」
 片方の男が後ろからタカラギコの胸部目掛けて爪を突き出す。

「!?」
 しかし、それは『タカラギコ』の作り出した幻影だった。
 突き出した爪が、光で作り出した像をすり抜ける。

「あっちだ!追え!!」
 もう一人の吸血鬼が、タカラギコの足音がする方向を指差す。
 その時にはすでに、タカラギコは船内へと侵入していた。

「逃がすかァ!!」
 吸血鬼達がタカラギコを追って船内へと飛び込む。
 しかし、タカラギコの姿はもうそこには無い。

「お前は向こうを探せ!俺はこっちを調べる!」
 吸血鬼が互いに顔を見合わせ、二手に分かれた。


「何処だああァ!?」
 吸血鬼の一人が、船内を駆け巡る。
 と、吸血鬼の目に、半開きになっているドアが飛び込んできた。

「そこかァ!!!」
 吸血鬼がそのドア目掛けて突進する。
 そのままドアをぶち破る勢いで―――

326ブック:2004/05/11(火) 17:27



「!!!!!!!!!!!!!」
 次の瞬間、吸血鬼の体当たりとは別の理由で、ドアが粉砕された。
 同時に、吸血鬼の体に無数の弾痕が穿たれる。

「AAAAAAAAAHHHHHHHHOOOOOOAAAAAAHHH!!!!!!」
 絶叫しながら転げまわる吸血鬼。
 あまりのダメージに、再生速度が追いつかない。

「…成る程、これはかなりのじゃじゃ馬ですね。」
 人の良さそうな声と共に、部屋の中からタカラギコが姿を現した。
 その腕には、巨大な十字架が担がれている。

「AAAAAAWWWWRRRRRRRRYYYAAAAAAA!!!!!」
 血を撒き散らしながら、タカラギコに飛び掛かる吸血鬼。

「使い手を限定する程の、規格外のサイズ。」
 しかしタカラギコは、冷静に十字架の先端を吸血鬼へと向ける。
 そして髑髏を模したトリガーを引き絞った。
 十字架の先端が開き、そこからごつい重火器の姿が覗く。

「GGYYYAAAAAAAAAA!!!!!!」
 刹那、銃口が激しく火を吹いた。
 ライトマシンガンの圧倒的な弾幕に晒され、
 吸血鬼の体が次々とミンチに変わっていく。

「しかし、それを補って余りある程の火力。」
 体の殆どをボロ雑巾のように変えながらも、吸血鬼がタカラギコに肉薄する。
 一度接近戦に持ち込めば、あの大きな得物では闘えないと予想しての行為である。

「SSYAAAAAAAA!!!!!」
 渾身の力を込めて、吸血鬼はタカラギコの喉元目掛けて飛び込んだ。
 その牙が、吸い込まれるようにタカラギコへと迫る。

「!!!!!!!」
 しかし、その牙はタカラギコには届かなかった。
 タカラギコが、十字架の胴体部分で吸血鬼を殴り飛ばしたからだ。
 十字架自信の重さと、梃子の原理と遠心力、
 そしてタカラギコの膂力が加えられた一撃が、吸血鬼の体を大きく弾き飛ばす。

「何より、十字架を背負って闘うというセンスが心憎い。」
 それを逃さず、タカラギコが十字架を持って倒れた吸血鬼に駆け寄る。
 そして、その頭に十字架の銃口を押し当てた。

「AAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHAAA!!!!!
 GYAAAAAAAAAHHHHHHHHHH!!!!!」
 頭を十字架と床の間に挟まれ、動きを封じられた吸血鬼が、
 何とか逃れようと必死にもがいた。
 しかし、タカラギコは万力のように頭を押さえつけ、吸血鬼を逃がさない。

「…なんですか、見っとも無い。
 死人が、死を恐がるなんて。」
 そう言うと、タカラギコは髑髏型のトリガーを引いた。
 響き渡る銃声。
 完全に急所である頭部を破壊し尽くされ、吸血鬼は蒸発するように消え去っていく。


「…いや、人の事は言えませんか……」
 塵に還っていく吸血鬼を見下ろしながら、タカラギコが自嘲気味に呟いた。

「さて、それではもう片方を始末しに行くとしますかねぇ…」
 十字架を肩に担ぎ直し、
 タカラギコは足を前に踏み出すのであった。



     TO BE CONTINUED…

327ブック:2004/05/12(水) 18:29
     EVER BLUE
     第十二話・FORCE FIELD 〜固有結界〜


 僕とオオミミは、天に支えられながらも何とか近くの船室に入る事が出来た。
 外から轟音が響くと共に、船体が振動する。
 三月ウサギやニラ茶猫は、まだ船に入って来た吸血鬼と闘っているのだろうか。

「ん…しょっと。」
 と、オオミミがゆっくりと立ち上がった。

(何やってるんだ、オオミミ!
 ニラ茶猫が大人しくしてろって言ってただろ!?)
 僕はすぐにオオミミを止める。
 まだ腕と足も完全には繋がっていないというのに、
 君は何を考えているんだ?

「…大丈夫だよ、『ゼルダ』。もう、大分痛みも引いた。」
 嘘だ。
 オオミミと精神を通わせている僕には分かる。
 痛くない訳なんてない。
 本当は、叫びたい位に痛い癖に。

「ごめん、天。ちょっと出てくるよ。
 ここに隠れてて。」
 オオミミが、無理して笑顔を作りながら、天の方を見やる。

「…!?ちょっと、あなた正気!?」
 天が、驚いた顔をオオミミに向けた。

「大丈夫、静かにしてれば見つからないよ。
 少し恐いかもしれないけど、我慢してて。」
 オオミミがそう口を開く。

「そうじゃなくて!アンタ自身の事を言ってるのよ!
 まだ手も足から血が出てるのに、死にに行くつもり!?」
 驚きと呆れの入り混じった顔で、天が尋ねた。

「…大丈夫。こういうのには、慣れてるからさ。
 それに、三月ウサギやニラ茶猫が皆を守る為に闘ってるのに、
 一人だけ隠れてるなんて出来ないよ。」
 オオミミが当然のように答えた。

「だからそれが無茶だってのよ!
 あれだけコテンパンにやられたのに、まだ闘いに行く気!?
 自殺志願者もいい所だわ!」
 天が信じられないといった風に声を荒げる。
 非常に珍しい事に、今、僕と天の意見は一致していた。

「…ありがとう。優しいんだね。」
 オオミミが、にっこりと微笑んだ。
「ば、馬っ鹿じゃないの!?
 勘違いしないでよね!!
 一人で勝手に出て行かれて、勝手に死なれたら目覚めが悪くなるからよ!!!」
 天が顔を耳まで真っ赤にした。
 この子は、何でそこまで怒っているんだ?

「俺も死ぬ気は無いよ。
 それに、俺は一人じゃない。『ゼルダ』が一緒に居てくれている。
 ね、『ゼルダ』。」
 オオミミが僕に呼びかけた。
(…分かったよ。どうせ止めても行くんだろ?)
 僕は諦めて呟いた。

(だけど、約束してくれ。
 絶対に、無理はしないと。ヤバくなったらすぐに逃げると。
 でなければ、君とは絶交だ。)
 僕はそう苦言した。
 オオミミが死んでは僕の居場所が無くなってしまうし、
 何よりオオミミが死ぬなんて絶対に嫌だ。
 自分の命を最優先にして貰う。
 これが、僕の出来る精一杯の譲歩だ。

「…分かった、約束する。」
 オオミミが一度頷く。
 やれやれ、君は本当に分かっているんだろうな。

「じゃ、行ってくるね。」
 そう言うが早いか、オオミミはドアを開けて外へと駆け出して行った。

「ちょっ、待ちなさいよ!!」
 後ろから天が引きとめようとするが、オオミミは構わず進んでいくのだった。

328ブック:2004/05/12(水) 18:29



 ズキン ズキン ズキン

 オオミミが進む度に、切断されたばかりの足が痛むのが伝わってくる。
 闘わずにじっとしていれば楽なのに、そんな事は分かりきっているのに、
 何故、何故君はそうまでして闘いに赴くんだ?
 自分が痛い事より、他人が痛い方がそんなに嫌なのか?
 分からない。
 僕には分からないよ、オオミミ。

(オオミミ、ペースを緩めるんだ。
 そうすれば、少しは痛みも和らぐ。)
 僕は耐えられなくなりオオミミに告げた。
「駄目だよ。急がなきゃ、皆が吸血鬼に襲われるかもしれない。」
 オオミミが歯を喰いしばって痛みを堪えながら走り続ける。
 こうなっては、もう僕ではオオミミを止められない。
(オオミミ、でも…)
 僕がそう言おうとした時―――

「ひいいいいいいいいぃぃぃ!!」
 廊下の向こうから、悲鳴が聞こえてきた。
 同時に、この船の乗組員のマンドクセさん(三十歳・童貞)が、
 腰を抜かしながらこちらに向かって逃げてくる。
 その後ろから、一人の男が物凄い勢いで追いかけて来た。

「!!!!!!!!」
 オオミミがそこに向かって駆け出す。

「『ゼルダ』!!」
 すぐさまマンドクセさんの傍まで駆け寄ると、
 彼目掛けて振り下ろされた爪を僕の腕で受けた。

「マンドクセさん、ここは俺達に任せて逃げて!!」
 吸血鬼を睨みながら、オオミミが後ろのマンドクセさんに向かって叫ぶ。

「ひっひいいいいいいいい!!!」
 泣き声のような悲鳴を上げながら、マンドクセさんは逃げて行った。
 オオミミが来るのが後少しでも遅れていたら、彼は助からなかっただろう。
 オオミミの無茶にも、多少は意味があったという事か。

「これは…!?」
 吸血鬼の男が、不思議そうな顔をしながらオオミミから離れた。

「…空中で、腕が止められただと?」
 …?
 もしかして、僕が見えないのか?
 良かった。
 どうやら、こいつはスタンド使いじゃないらしい。
 これならば、何とかなりそうだ。

「…あの優男といい、ここの連中は油断出来んな。」
 優男?
 ひょっとして、タカラギコの事か?

「SYAAAAAAAAAAAAA!!!」
 と、そんな事を考えているうちに吸血鬼が僕達に向かって飛び掛かった。

「『ゼルダ』!!」
 オオミミが叫ぶ。
(分かった!!)
 それに答え、僕は実体化する。

「RRRYYYYYYYYYYYYAAAAAA!!!」
 右の爪を抉り込むように凪ぐ吸血鬼。
(無敵ィ!!)
 僕は右腕でそれを受け止めた、が―――

「……!ぐ、あ…!!!」
 オオミミの右腕から鮮血が迸る。

 しまった!
 オオミミは右腕がまだ完全にくっついていなかったんだ。
 吸血鬼の攻撃を受けた時の衝撃野のフィードバックに、
 彼の腕が耐えられなかった…!

「SYAAAAAAAAAAAAA!!!」
 その隙を突いて、吸血鬼がオオミミの心臓に向かって爪を突き出す。
(くっ…!)
 オオミミの右腕に負担を掛ける訳にはいかないので、左腕でそれを受ける。
 しかし本体であるオオミミが弱っている為、パワー不足で完全には威力を殺せない。
 ガードを弾かれ、オオミミ諸共後方に飛ばされる。

「…ぐっ!!」
 オオミミが苦悶の表情を浮かべた。
 見ると、左脚からも出血している。
 糞。
 さっきので、足の傷まで開いてしまったか。
 こんな奴、体調さえ万全なら何て事ないのに…!

「!!!!!!!」
 そこ目掛けて、吸血鬼が止めを刺しに来る。
(オオミミ!!)
 オオミミの体を一時的に乗っ取り、即座に跳躍して何とかかわす。
 オオミミの体に負担をかけてしまうが、背に腹は変えられない。

(オオミミ、ここまでだ。逃げるよ。)
 吸血鬼との間合いを保ちながら、僕はオオミミに言った。
「でも…!」
 食い下がろうとするオオミミ。

(でもも糸瓜も無い。これ以上闘うのは危険だ。
 『力』を使おうにも、条件が悪過ぎる。
 あれは、特定の型にはまって初めて真価を発揮するものなのは、分かっているだろう?)
 オオミミの体を無理矢理後ろに下がらせながら、オオミミを説得する。
 マンドクセさんも、もう遠くまで逃げている筈だ。
 オオミミ、君は充分によくやった。
 後は、三月ウサギやニラ茶猫に任せるんだ。
 だから君はもう…

329ブック:2004/05/12(水) 18:30



「あ〜あ、見てらんないわね。
 だからやめとけって言ったのに。」
 と、後ろから厭味な声がオオミミに掛けられた。
 いや、待て。
 この声は覚えがあるぞ。
 この声は―――

「天!何で来たんだ!?」
 オオミミが絶句した。
 そこには、天が相変わらずの可愛気のないむっつり顔をして佇んでいたのだ。

「何って、わざわざアンタを助けに来てあげたのに、
 その言い草は無いんじゃない?」
 助けに来た!?
 君が!?
 馬鹿な。
 笑えない冗談にも程がある。

「ふっ、思いがけずしてと言ったところか…」
 吸血鬼が、意味ありげに笑った。
 対して表情を固くする天。

 …?
 どういう事だ?

「オオミミ、二分…いえ、一分だけ時間を稼ぎなさい。
 そうすれば、アタシの『レインシャワー』を発動出来るわ。
 勝つ事は無理でも、それ位は出来るでしょう?」
 真剣な顔つきで、天が吸血鬼に聞こえないよう小声でオオミミに告げる。
 そうだ。
 僕が見えるという事は、彼女もスタンド使いだったんだ。
 『レインシャワー』、それが、彼女のスタンドの名前か?
 だけど、どんな能力かも分からないのに、時間稼ぎなんて…

「…分かった、やってみる。」
 そんな僕の懸念とは裏腹、オオミミは覚悟を決めた顔で吸血鬼の前に立ちはだかった。
(馬鹿、オオミミ。逃げるんだ!)
 勝算も定かではないのに、これ以上闘うのは無謀過ぎる。
 ここは一旦退くんだ!

「…今逃げたら、天にまで危険が及んでしまう。
 闘うしか、無いよ。」
 オオミミが吸血鬼を見据えた。

 ああ、もう…!
 分かったよ、やってやる!!

「RUOOOOOOOOOHHHHHHHH!!!」
 吸血鬼がオオミミに向かって飛び掛かった。
「『ゼルダ』!!」
 こうなっては、もう多少の傷は気にしていられない。
 天を信じて、何としても一分だけ持ち堪える事に専念する。

「…始まりはいつも雨。
 終わりはいつも雨。」
 と、天が何やらブツブツ言うのが聞こえてきた。
 まさかあれだけ大口叩いて、困った時の神頼みじゃないだろうな。

 吸血鬼の攻撃を、体に残された力を振り絞りながら防御する。
(無敵ィ!!)
 やられているばかりにもいかない。
 吸血鬼のガードが甘くなった所に、左のフックを叩き込んだ。
 吹き飛ばされ、壁にぶちあたる吸血鬼。

「我同胞(はらから)を失いて、
 道無き道を、独り往く。」
 …?
 天の体から、何かの力が湧きあがって来るのを感じた。
 いや、この感じ、どこかで覚えがある…!

「渡るその身を雨は打ち、
 凍て付く身体は心を亡くす。」
「NNUUUUUUUUUAAAAAAAAAHHHHHH!!!」
 吸血鬼が壁に当たった時の反動を利用して、オオミミに反撃する。
 爪が、オオミミの胸を深く抉った。
 まだか、天。
 君のスタンドはいつ発動するんだ…!

「乾いた大地は時雨を湛え、
 其処に出(いずる)は水鏡。」
 ……!
 何だ、この感じは。
 世界が、何か別のものに変わっていくような。
 これは、これは間違い無い。
 この力は…

「其処には何がと覗きてみれば、
 映るは己の貌だった―――…」





「…―――Identity disappears.(そして総ては自分(イミ)を失う)」

330ブック:2004/05/12(水) 18:30





 ―――響く雨音。

 雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。
 雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。
 雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。
 雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。
 雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。
 雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。雨。

 何も無い荒れ果てた大地に、ひたすらに雨が降り尽くす。


「な……!?…あ……!!!」
 突然ガラリと切り替わった風景に、吸血鬼が言葉を失った。
 先程までの船内の光景は、何一つ残っていない。

「……!!」
 オオミミも、あまりの出来事に呆然とする。

「どこだ!どこなんだ、ここはァ!!!」
 錯乱する吸血鬼。

「…ここはアタシの『内的宇宙』『心象世界』。
 私の『創造(想像)』(つく)ったちっぽけな飯事部屋。」
 と、どこからか現れた天が吸血鬼に語りかけた。

 矢張り、矢張り思った通りか。
 彼女は……
 天は、
 僕と同じ、『結界展開型』のスタンド能力…!

「行くわよ、『化け物』(フリークス)。
 ここからは、特別にこのアタシが相手してあげるわ。」
 天が、吸血鬼を見据えて言い放った。



     TO BE CONTINUED…

331:2004/05/12(水) 22:19

「―― モナーの愉快な冒険 ――   そして新たな夜・その4」



「あ、この階段見たことあるー!!」
 レモナは、赤絨毯が敷かれた大きい階段を指差した。
 組閣の時に並んで記念写真を撮る、例の階段だ。
「アッヒャー!!」
 赤色を見て興奮したのか、つーが階段を駆け上がった。
 階段の中程から、中庭の綺麗な風景が見える。

「立派な庭園ねぇ、池まで作っちゃって」
 レモナは中庭を見て言った。
「全く、誰が払った税金だと思ってるんだか…」
 いつの間にか、階段の中程に来ていたモララーが不平を垂れる。
 ロクに払ってもいないクセに…、とギコは思った。

「モララー、ナニカ イッテヤレ!」
 つーは手摺にもたれて言った。
 モララーが、不敵な笑みを浮かべて池をビシッと指差す。
「飲んでやるッ!!」

「ほら、馬鹿3人、とっとと行くぞ…」
 ギコは呆れて言った。
 彼としぃ、局長、リル子はとっくに階段を上がっている。

「妙ですね…」
 局長は言った。リル子がそれに頷く。
「…何がですか?」
 しぃは2人に訊ねた。
 局長がそれに答える。
「迎撃部隊が全く現れません。上から押し寄せてきてもおかしくないのに、全く気配がない」

 そう。ギコも不審に思っていたのだ。
 外の厳重な警戒に比べ、中の人数はどう考えても少ない。
 会った兵はエントランスホールで倒した連中だけだ。
「…考えられる可能性は?」
 局長は、リル子に視線を送った。
 リル子は静かに口を開く。
「第1に、警備人数そのものが少ない場合」
「それはありえませんね。外には多くの警備を割いています。そんな偏った布陣はない」
 局長は即座に否定した。

 リル子は言葉を続ける。
「第2に、指揮官が無能である場合」
 局長が肩をすくめた。
「フサギコも、ここの重要性は理解しているはず。彼の采配である以上、その可能性はありませんよ」

「第3に、私たちには敵わないと判断し、撤退してしまった場合」
「ありえないとは言いませんが… いささか楽観的な見方でしょうね…」
 局長は否定する。
 リル子は少し間を置いた。まるで、今までは前座だといった風に。
「第4に、防衛拠点に兵力を集め、待ち伏せ策を実行している場合」
「…」
 局長は黙っている。否定材料がないのだ。

「第5に、こちらからは窺い知れない事情がある場合。考えられる可能性は以上です」
 リル子は意見を述べ終える。
「第4か第5… おそらく、第4の待ち伏せ策でしょうね」
 局長は言った。
 リル子も同意したように頷く。

「…待ち伏せか」
 ギコは呟いた。
 自分のスタンドがいかに近距離パワー型とは言え、四方八方から自動小銃の弾丸を浴びせられれば辛い。
「待ち伏せだとすれば、4階の大会議室しかありません」
 リル子は断言した。
 今度は局長が頷く。
「…ええ。要人達が囚われているであろう部屋ですから、こちらは思う存分暴れられないでしょうしね」

「そういう訳だから、お前達も気をつけろよ」
 ギコは、建物ごと破壊する可能性が高いレモナとつーに釘を刺した。
 要人奪還という任務には、とてつもなく不適な2人かもしれない。

332:2004/05/12(水) 22:21

「とにかく、やる事は1つでしょう」
 リル子はアタッシュケースに手を掛ける。
「…そうですね」
 局長が腰を上げようとしたその時、階上から銃声が鳴り響いた。
 タタタタタ…という、タイプを打つような軽い音が。

 階段の前の兵達が顔を見合わせ、無線機を手に取る。
「――――!?」
 何かを告げ、顔を歪ませる米兵。
 そして、5人揃って階段を駆け上がっていった。

 先程の米兵達のように、今度はギコ達が顔を見合わせた。
「何だ、今の銃声は… 何かあったのか?」
 ギコは、階段を見上げて言った。
「警備兵達、随分慌ててたいようだね…」
 モララーが呟く。
「行ってみましょうか…」
 局長が腰を上げる。

「しぃ、大丈夫か?」
 ギコは、しぃに声を掛けた。
 しぃは冷や汗を掻いている。
「あ、うん。大丈夫… でも、やっぱり怖いかも…」
「これだけの人数がいるし、みんな強いんだ。怖がる必要はねぇよ…」
 ギコは、しぃに優しい声をかける。
 しぃは頷いた。

 一同は、警戒しながら4階に上がった。
 ある意味、眼前の光景は予想できたといえるだろう。
 先程の銃声。
 そして自分の守る場所を放ったらかし、慌てて駆け上がっていった警備兵。
 向こうにとって、何かが起きたのは明白なのだ。

 4階は、兵の死体の山だった。
 赤い絨毯は、さらなる朱で染まっている。
「…」
 しぃが、口元を押さえて絶句した。
 よろける体を素早く支えるギコ。

 同士討ち…?
 いや、そんなはずはない。
 他にも侵入者がいるのだ。
 俺達以外の侵入者が…!!

「米兵15人…、相当の手練でしょうね」
 リル子は、冷静な目で死体を観察した。
 頸部が折れている死体が5体。残り10人は、全て頭部を撃ち抜かれている。

「聞こえてきた銃声は極端に少ない…
 先程3階にいた警備兵も、異常があったと認識していたにもかかわらず発砲せずに殺されています。
 侵入者は、ゲリラ戦に長けたスタンド使いの可能性が高いと思われますが…」
 そう言って、局長は顎に手をやった。
「自衛隊と敵対しているASAの刺客という可能性は… 低いですね。
 ASAは、海上自衛隊との激突に戦力を割いているはずですし」
 そう言って、ギコに視線を送る局長。

「テメェ… そこも盗聴してやがったのか」
 ギコは局長を睨みつけた。
 局長は薄い笑みを見せる。
「…ええ。モナー君とリナー君の行き先を、必死で誤魔化すギコ君の姿は傑作でしたね。
 それにしても、『逢引き』って何ですか。貴方、ひょっとして大正時代の生まれですか…?」

「…ここは敵地のど真ん中、まして異常事態の最中です。あまり日和らないようお願いします」
 リル子は厳しい顔で局長に告げた。
「おっと、そうでしたね…」
 そう言って、局長は足元の死体に視線をやった。
 ほとんどの人間は、目を見開いて死んでいる。
 まるで、自分の死を全く予期しなかったような死に顔だ。

「敵の敵だから、味方なんて事はないかな…?」
 暗い顔を無理に明るくして、モララーは言った。
「そんな、美味い話があるわけないだろ…」
 呆れたように言いながら、ギコは死体… いや、死体の手にしている小銃の脇に屈み込んだ。

「レバーがセーフティーに入ったままじゃねぇか… 安全装置を解除する間もなかったんだな…」
 そう言って、ギコはM4カービンを手にする。
 流石に、懐に仕舞うには大きすぎるようだ。そのまま携行するしかないか。
「いや、何どさくさに紛れて銃をくすねてるのさ…」
 モララーはすかさず突っ込んだ。

「…とにかく、これをやった相手と敵対しないとも限りません。覚悟はいいですね?」
 局長の言葉に、全員が頷いた。
「あと、この中に人を殺した事がある者は?」
 そう言って、全員を見回す局長。
 手を上げたのはリル子だけだ。
 それを見て、局長は口を開いた。
「命を奪うことには色々抵抗もあるでしょうが… ここから先、殺すことを躊躇してはいけません。
 まあ、戦場で軍服を着てる者は人じゃないんで、特に気にする必要もありませんがね」

「こっちだって、殺さなきゃ殺されるんだ。今さら躊躇はしねぇよ」
 ギコは、米兵達の死体から弾丸を回収しながら言った。
 その様子を少し呆れた目で見つめるしぃ。
「そういう事。自分だけ手を汚さないなんて、言ってられないしね…」
 モララーは言った。
 しぃの隣には、いつの間にか『アルカディア』が立っている。
「まあ女の子に人殺しを要求するのは酷ってもんだし、その分はオレがカバーするぜ」
 『アルカディア』は腕を組んで言った。

333:2004/05/12(水) 22:22


「ハハハ… まあ、まっとうなレディは人など殺めませんよねぇ」
 局長は笑って言いながら、リル子の方に視線を送った。
「そうですね、フフ…」
 つられたように笑うリル子。
 ギコは、その様子を怯えながら見ていた。
 …怖い。
 絶対何かを心に秘めている。

 ギコはリル子から『アルカディア』に視線を移した。
 そして、『アルカディア』に告げる。
「俺も、おそらく自分の身を守るだけで精一杯だ。だから、お前がしぃを守ってやってくれ。 …頼む」

「…ああ、任せときな。オマエの愛しの彼女には、指一本触れさせねぇぜ」
 『アルカディア』は腕を組んだ。
 そして、ニヤニヤした笑みを浮かべる。
「だから、浮気はそこそこにしてやるんだな…」
 それを聞いて、ギコの表情が強張った。

「へ〜 性懲りも無く浮気してるんだ。前みたいなお仕置きじゃ足りなかったみたいだね…」
 しぃは口の端を吊り上げる。
「…!!」
 ギコは一歩後ずさった。
「また何かあったら知らせてね」
 しぃは、自らのスタンドに語りかける。
「…おおよ!」
 『アルカディア』は胸を張って言った。


「さて、そちらの問題も片付いたようですね…」
 局長は、そう言いながらも壁の一点をじっと見つめている。
「ん…? どうかしたのかい?」
 モララーは局長に訊ねた。
「いえ、別に…」
 局長は、全員に向き直る。
「さて、行きましょうか…」
 廊下に散乱した死体を避けつつ、一向は廊下を進んでいった。


 廊下の突き当たりに、立派な扉が見える。
「あれが、大会議室の扉ですね」
 局長は言った。
 おそらく、あの中に政府要人達が監禁されているのだ。
 一同は扉の前に立った。
 中の様子は分からない。
 罠があるのかもしれないし、兵士達が息を潜めて銃口を向けているのかもしれない。
 何もない、と考えるのは楽観的に過ぎるだろう。

「…さて、ここはレディー・ファーストです。リル子君、お先にどうぞ」
 局長は、リル子に先を促した。
「局長がレディー・ファーストを実践されていたとは初耳ですが… お断りします。
 女性という事で、特別な扱いを受ける気は毛頭ありませんので。
 局長が先に踏み込んで下さい。骨は拾いますので、御安心を」
 リル子は冷たく告げる。

「まったく…」
 局長はため息をついた。
「やれやれ、指揮官を先頭にしてどうするんですか…」
 文句を言いつつも、自分が適任である事は理解しているようだ。
 扉の取っ手に手を掛ける局長。
 そのまま、一気に扉を開いた。

 銃声が響く。
 部屋の中に伏せていた兵達が、一斉に発砲したのだ。
 その数、約40人…!

「『アルケルメス』!!」
 局長のスタンドは、被弾する瞬間の時間を切り取った。
 その刹那、レモナとつーが会議室に飛び込む。
「バルバルバルバルッ!!」
「行くわよ――っ!!」
 2人は銃弾を弾きながら、兵達に襲い掛かった。

「『レイラ』ッ!!」
 ギコはスタンドを発動させ、先程手に入れたM4カービンを構える。
 銃のレバーを、素早く3発バーストモードに切り替えた。
 そして、会議室の中に駆け込むギコ。

「どけや、ゴルァ――ッ!!」
 ギコは、部屋内を駆けながら自動小銃を乱射した。
 自分に向けられた弾丸は、『レイラ』の刀で弾き飛ばす。
 5.56mm弾の直撃を喰らい、次々に倒れていく兵士達。

 要人らしき人達は、部屋の隅に集められていた。
 首相をはじめ、TVで目にした事のある顔がいくつもある。
 手足の拘束はされていないようだ。
 そして、1人の兵が要人達に銃を向けている。
 スタンドを発動していないリル子が、要人達に駆け寄った。

「Freeze!!(止まれ!!)」
 兵がリル子に銃口を向けた。
 しかし、リル子は走る速度を緩めない。

          TeilAnfang
「『Altitude57』、限定起動…!」
 リル子は、そう言いながらアタッシュケースを空中に放り投げた。
 そこから飛び出した黒い影が、瞬時にリル子の足を覆う。

「Set… code21:『RandBeschleunigung(限界加速)』」
 リル子の動きが、瞬間的に加速した。
 素早く銃を構える兵士… その眼前に一瞬で接近する。
 そのまま、リル子は掌底で銃をさばいた。
 そして、姿勢を屈めて相手の右手の下をくぐり、懐に入り込む。
「…!!」
 兵士が反応する間もなく、リル子は無防備な胴に体当たりを決めた。

「鉄山靠か…!」
 ギコは、見事な技の入り方に感嘆して呟いた。
 鉄山靠を決められた兵は吹っ飛んで、壁に激突する。

334:2004/05/12(水) 22:24

「ふう、こんなものですかね…」
 『アルケルメス』が、その腕で吊り下げていた兵の体を床に落とした。
 大会議室の床は一瞬のうちに、倒れた兵で埋まってしまう。

「僕、何もしてないんだけどな…」
 ドアの前に突っ立って、モララーが呟いた。
 その隣にはしぃもいる。

 局長は、部屋の隅に集まっている要人達に歩み寄った。
「どうも、皆さんを救出に来た公安五課です」
 そう言って、スーツ姿で固まっている老人達に名刺を配る局長。
「公安五課をよろしく。再来年度予算には、ぜひ一考の程を…」
「…根回しは後にして下さい」
 リル子は、厳しい口調で言った。

 首相が、局長の顔をまじまじと眺める。
「…今日一日の動向は、TVで見て知っている。公安五課は自衛隊に与しなかったのかな?」
 局長は軽く肩をすくめた。
「私がフサギコ…統幕長と対立していたところは見たでしょう?
 公安五課は、スタンドの犯罪を取り締まる組織。スタンドそのものを犯罪と見なす訳ではありません。
 …ゆっくり話をする余裕もないようですね」

 足音と共に、5人の米兵が会議室に駆け込んできた。
 そして、銃口を部屋内に向ける。

「…『崩れる』」
 『アルカディア』は呟いた。
 兵達の足元の床に幾つもの亀裂が走る。
「…!?」
 兵士達が反応する間もなく床が崩れ、彼等の体は階下に落下していった。

「脱出か… モララー、『アナザー・ワールド・エキストラ』の瞬間移動が使えないか?」
 ギコはモララーに訊ねる。
「…無理だね。座標の調整に時間がかかる上に、これだけの人数が通れる『穴』を開けるのも無理だよ」
 モララーは壁にもたれたまま首を振った。
「全く、使えねぇな…」
 ギコが吐き捨てる。

 局長は、20人近くいる要人達の顔を見回した。
「今から、皆さんを連れてここから脱出します。
 人数が多いので、3×7の列を組んで駆け抜けます。
 列から離れると間違いなく死にますので、そのつもりで」

 要人達の顔に不満と緊張が走った。
 だが、命をかけてまで愚痴る覚悟のある人間などそうはいない。
 彼等は素早く3×7の列を形成した。

 それを見て、局長は頷く。
「国会でも、今のように文句を言わず速やかに協力すれば、審議は十分の一の時間で済みますね。
 さて、行きますよ…!」
 リル子が列の先頭に立ち、早歩きで進み出した。
 先程『アルカディア』が空けた床の穴を大きく迂回する。
「俺達は、列の両脇を固めた方がいいな…?」
 ギコは局長に言った。
「そうですね。最後尾の守りは私が務めましょう」
 局長は頷く。
 ギコ、モララー、しぃ、レモナ、つーは素早く列の周囲に展開した。
 そのまま、一団は会議室を出た。

 そして、素早く廊下を通過する。
 局長は要人達に語りかけた。
「ここから少し行ったところに、多くの死体が転がっています。
 心臓の弱い方は気をつけて下さいね。
 まあ、政治家の皆さんともなれば死体の1つや2つ見慣れているかと思いますが」

 一同は、死体で埋まった廊下に差し掛かった。
 靴が血で濡れるのも厭わず、要人達は列を組んで走り抜ける。
「…おっと、急用を思い出しました」
 急に局長は立ち止まった。
「リル子君、先に行って下さい」

「は?」
 怪訝そうに振り返るリル子。
 その目に、真剣な局長の表情が映る。
「…了解しました。早めに合流して下さい」
 再び、リル子は駆け出す。
「えっ、いいの…!?」
 モララーは、リル子の後姿と局長の顔を見比べた。
「いいんだよ、行くぞ!!」
 ギコが先を促す。
 一団は、局長を残してそのまま3階に降りていった。

335:2004/05/12(水) 22:25



「さて… もう息を潜めるのにも飽きたでしょう?」
 局長は壁の一点を見つめて言った。
 不意に、その空間に人間の輪郭が浮かぶ。

「…よく気付いたな。対スタンド機関の人間か?」
 その男は、一瞬にして実体化したように見えた。
 鍛え抜かれた筋肉質な体。紺を基調とした潜入用と思われるスーツ。
 そして、紺色の長いバンダナ。
 彼は、H&K社の特殊部隊用拳銃、USPを手にしていた。
 米兵15人を瞬殺した事からして、間違いなく強い。

「『BAOH』の嗅覚ですら反応はなかったのに、人間に見つかるとは…」
 男は低い声で言った。
 『BAOH』… こいつ、つーを知っている…!
 しかし、動揺は局長の顔に出ない。
「『BAOH』の嗅覚は敵意を感じ取る嗅覚であって、一般の意味での嗅覚ではありませんからね。
 私は職業柄、硝煙の匂いには敏感なんですよ…」
 局長は、煙草を咥えて言った。
 そのまま、煙草に火をつける。
「敵意が無ければ感知されない、か…」
 男は感心したように呟いた。

「さて、貴方はどこのスタンド使いです? ASAとは思えませんがねぇ…」
 局長の背後に『アルケルメス』のヴィジョンが浮かぶ。
「…俺に国はない」
 男は吐き捨てると、素早く横転した。
 そのまま、USPの引き金を引く。
「『アルケルメス』…!!」
 着弾の瞬間をカットし、同時に接近する。
 しかし、その対象の姿は既に無かった。

 先程撃ったUSPが廊下に転がっている。
 その銃口からは、硝煙が上がっていた。
「…」
 素早く周囲を見回す局長。
 しかし、男の姿は見当たらない。

 …僅かな物音が、背後から響いた。
「『アルケルメス』ッ!!」
 咄嗟にスタンドを発動させる局長。
 ピッタリのタイミングで、真後ろから狙撃された瞬間をカットする。

「…チッ」
 僅かな舌打ちが背後から聞こえた。
 素早く振り向く局長。
 しかし、既に男の姿はない。
「全く…、面倒な相手ですねぇ…」
 『アルケルメス』を背後に待機させたまま、懐から拳銃を取り出して局長は呟いた。

336:2004/05/12(水) 22:26



          @          @          @



 ギコ達と要人一同は、1階への階段を駆け下りていた。
「外に待機させている脱出用ヘリってのは、どのくらいの距離だ?」
 ギコは先頭のリル子に訊ねる。
「合図があり次第、200mほど離れた空き地に着陸する手はずになっています」
 リル子は、歩調を落とさずに答えた。
「でも、局長は…?」
 しぃは呟く。
 ギコは口を開いた。
「あいつは、最後尾を担当すると言っただろう? その最後尾が、あの場に残ったんだ…」
「追撃者がいた、って事か…」
 ギコが言いたい事を理解するモララー。
「じゃあ、たった1人で…!」
 しぃは言った。

「…ヒトノ コトヲ キニシテル バアイ ジャナイゼ…!」
 つーが、敵意の匂いを感じ取ったようだ。
「1カイ ホールニ スゲェ カズダ…」

「…!!」
 しぃが息を呑む。
「何人ほどです…?」
 リル子は訊ねた。
「ホールには3個中隊…約280人ってとこね。外には… とにかくいっぱい」
 つーの代わりに、レモナが口を開く。

 リル子は階段の途中で立ち止まった。
 要人達の列の進行も会談の真ん中で止まる。
 そして、リル子は要人達の方に振り返った。
「聞いての通り、1階のエントランスホールは敵で埋まっています。
 私達で片付けるので、ここで待機していてください」

 首相は緊張した面持ちで頷いた。
 次に、ギコ達の方を向くリル子。
「私とレモナさん、そしてつーさんは、敵に突貫して道を空けます。
 おそらく、相当の数の敵兵がここにも向かってくるでしょう。
 ギコさん、しぃさん、モララーさんは要人の方々を護衛して下さい」

「おうよ!」
 ギコは頷くと、階段の下に視線をやった。
 上がってくる奴を片っ端から撃退すればいい。
 上方に陣取ったこちらが有利だ。

「レモナさん、つーさん、準備はいいですか…?」
 リル子はアタッシュケースを手繰り寄せて言った。
「久々に、気合が入るわね〜」
 レモナが軽く髪を掻き上げる。
「アヒャ! マカセトキナ!」
 つーが両手の爪を剥き出しにした。

 リル子は2人の様子を確認すると、アタッシュケースを開いた。
 ケースから飛び出した『アルティチュード57』が、一瞬にしてリル子の体を覆う。
         Anfang   System All Green
「『Altitude57』、起動…  システム異常無し」

 コードに覆われた漆黒のスタンドを身に纏い、リル子は階下に視線をやった。
 ここからは見えないが、1階には大量の敵兵が待ち伏せている…
 リル子は、次に一同を振り返った。
 敵兵から奪った小銃を構えているギコ。
 少し不安げなしぃ。
 よし、やるぞッ!!と気合を入れているモララー。

 レモナとつーは、リル子と視線を合わせて頷いた。

「――では、行きますよ」



  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

337ブック:2004/05/13(木) 18:59
     EVER BLUE
     第十三話・BATTLE FORCE 〜力の矛先〜


 雨が降りしきる次元の異なった空間の中、天は傘を差し静かに佇んでいた。
 雨の降り続く無限の荒野。
 これが、天の心の投影か。

「『レインシャワー』。」
 天が呟く。
 すると、雨水がみるみる一つ所に集まり始め、
 それは瞬く間に一匹の大きな狼へと姿を変えた。

「行きなさい。」
 天が吸血鬼を指差した。
 直後、狼が吸血鬼に向かって飛び掛かる。

「……!!」
 吸血鬼は無言で狼を腕で払いのけた。
 爪で体を深々と抉られた狼が、元の雨水へと変わって弾ける。

「まだまだ行くわよ。」
 しかし、次の瞬間には再び天の近くに新たな狼が生み出される。
 同時に突進していく狼。
「何を…!」
 だが、矢張り吸血鬼はそれを苦も無く退けた。
 それと同時にまたしても出現する狼。

「ふん…!!」
 吸血鬼が狼が現れてはそれを次々と屠っていく。
 生まれる。
 消える。
 生まれる。
 消える。
 生まれる。
 消える。
 不毛な繰り返し。

「こんなものでこの俺を倒せると思っているのか!?」
 十体目位の狼を消し去った所で、吸血鬼が苛立たし気に叫んだ。

「…やっぱり、これしきでは駄目ね。
 仕方無いわ。
 もう余り時間も残っていないし、この辺りで決着させて貰うわよ。」
 と、天が傘を閉じ、その先端を地面へと突き刺した。

「『レインシャワー』!!」
 またもや雨水が集まり始め、別の姿を形作っていく。
 どうやら、今度は狼ではないようだ。
 彼女は、一体何を…

338ブック:2004/05/13(木) 19:00


「!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!」
 オオミミと吸血鬼が、同時に目を見開いた。
(!!!!!!!!!)
 僕も思わず息を飲む。
 これは、こいつは…!

「あいつは…!」
 オオミミが身構える。
 そこに生まれたのは、オオミミの腕と足を斬り落としたあの女吸血鬼だった。

「栗田様…!?」
 吸血鬼がポカンと口を開いた。

「!!!!!!!!!!」
 刹那、女吸血鬼は男目掛けて襲い掛かった。

「くっ…なっ……!!」
 男が左腕でその一撃を受ける。
「GYAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
 直後、男の左腕があらぬ方向に折れ曲がった。
 それを逃さず、女吸血鬼はさらに男の体を切り刻む。

「WWWWWOOOOOOOOOHHHHHHH!!!」
 男の体があっという間に深紅に染まる。
 吸血鬼の再生力でも、傷を修復しきれていない。

 一体、天のこの能力は何なんだ。
 あの女吸血鬼の動きは、まさにオオミミが闘ったそれと遜色無い。
 只一つ、スタンドを使っていないという点を除いては。

「AAAAAHHHHHHHHHH!!!」
 男が絶叫する。
 最早、男の命は風前の灯火だった。

「…『ゼルダ』。」
 と、オオミミが僕に話しかけた。
(オオミミ?)
 どうしたんだ、オオミミ。
 そんな浮かない顔をして。

「ごめん。少しだけ、僕に体を貸してくれ。」
 その言葉と共に、僕の体の支配権がオオミミへと移った。
(オオミミ、何をするつもりなんだ!?)
 僕の言葉に、オオミミは答えない。
 無表情のまま、女吸血鬼と男が闘う所へと歩いていく。

「ちょっと、何考えてるの!?
 巻き添えを喰らうわよ!?」
 天が驚いた顔でオオミミを制止しようとする。
 しかし、オオミミ止まらない。

(やめろ!オオミミ!!)
 だが、僕や天の言葉には耳も貸さず、オオミミはひたすら進み続けた。

「……!!」
 天が制止は無理と判断したのか、女吸血鬼を雨水へと戻す。
 暴力から開放された男が、訳が分からないといった様子で目を丸くしていた。

「……」
 オオミミが、男の前に立つ。

「…!SYAAAAAAAAAAAA!!!」
 呆然としていた男だが、そんなオオミミを前にして、
 これぞ好機とばかりに目を血走らせてオオミミに爪を振るう。

「『ゼルダ』!」
 しかし、遅い。
 先程の女吸血鬼の雨細工との闘いでのダメージで、
 既に男には以前の力は無かった。
 男の爪がオオミミの体に触れる前に、オオミミが僕の体を操って男の頭を叩き潰す。
「……!!!」
 頭を破壊された男は、地面に仰向けに倒れてそのまま蒸発していった。

339ブック:2004/05/13(木) 19:01



 …気がつくと、周りの風景は元の船内へと戻っていた。
 恐らく、天の能力が解除されたのだろう。

「…どういうつもり?」
 天が、なじるような表情でオオミミに尋ねた。
(そうだよ。何で、あんな事をした。)
 僕もオオミミに同じ質問をする。

「手柄を横取りしたかったのかしら?
 だとしたら、とんだ卑怯者ね。」
 天がぶつけるように言葉を投げかける。
 オオミミは、黙って首を振った。

「だとしたら何であんな危ない事したのよ!
 私が止めなかったらどうなってたか分かってるの!?」
 天がカンカンに怒りながら叫ぶ。

「天なら、止めてくれると思ってたから。」
 オオミミが、苦笑しながら答えた。

「そうじゃなくて、何でアタシの邪魔をしたのか聞いているの!」
 僕もオオミミが何故あんな事をしたのか分からなかった。
 オオミミ、答えろ。
 返答によっては、僕も怒るぞ。

「…天は、人を殺した事ある?」
 天の顔を真っ直ぐと覗き込み、オオミミは言った。
「…!?無いけど、それが何よ…」
 オオミミの真剣な眼差しに圧され、天がやや身を引きながら答える。

「…人を殺すとね、凄く、凄く嫌な気分になるんだ。
 俺は、君にそんな思いをして欲しくない。」
 オオミミが俯く。
 まさか、君はたったそれしきの理由でさっきの無茶をしたのか?
 馬鹿げている。
 それに、さっきの男は人間じゃない。
 ただの化け物、吸血鬼じゃないか!

「何言ってるの!?
 それとこれと何の関係があるっていうのよ!
 さっき吸血鬼は、ただの化け物じゃない!!」
 僕が考えた事と全く同じ台詞を、天が喋る。

「…違うよ。
 やっぱり、そんな理由なんかで殺しちゃ駄目だ。
 吸血鬼だから、化け物だから殺してもいいなんて、絶対に間違ってる。
 そんな理由で殺したら、いつか、それを悔やむ日が来る。」
 オオミミが哀しそうな目で言葉を続けた。

「サカーナの親方が言ってた。
 殺す時には、それ相応の理由で殺せ、って。
 信念とか、理想とか、お金とか、怒りとか、憎しみとか、道義とか、
 何かを守る為とか、食べる為とか、生きる為とか、
 それが良いとか悪いとかに関わらず、
 自分なりの確固たる理由をもって殺せ、って。
 そして、相手もまた同じ様に理由を持っている事を忘れるな、って。
 それが、殺す相手への最低限の礼儀だ、って。」
 オオミミが天に語り続ける。
 それは、あたかも自分に対して問うているようでもあった。

「…吸血鬼だってそれは同じだよ。
 彼らは、人を食べなきゃ生きていけないんだ。
 だから、人を殺す。
 勿論、俺達人間だって黙って喰われる訳にはいかない。
 だから、吸血鬼を殺すんだ、って。
 ただそいつが吸血鬼だから、化け物だから殺していいなんてのは、
 畜生にも劣る道理だ、って。
 …そうサカーナの親方は教えてくれた。」
 僕は黙ってオオミミの話を聞いていた。

「…それは、さっきの吸血鬼だって一緒だよ。
 あいつらは何らかの理由で俺達の船を襲って、俺はそれを防ぐ為に殺した。」
 天は何も答えない。
 ただ俯きながら、オオミミの言葉に耳を傾けている。

「…それに、いくらこうやって綺麗事並べたって、
 誰かを殺す、ってのは、いけない事なんだ。
 …だから、巻き込まれただけの君が、
 こんな所で、そんな理由で殺しちゃ駄目だ。」
 オオミミが呟くように天に告げた。
 優しく、しかし、どうしようもない位に寂しそうな声で。

340ブック:2004/05/13(木) 19:01


「…あんたは……」
 と、天が何か言おうと口を開いた。

「…?」
 オオミミがそれを受けて不思議そうな顔をする。

「あんたは、今までに人を殺した事があるの…?」
 真剣な表情で、天がオオミミに尋ねた。

「……」
 オオミミと天の間に沈黙が流れる。
 押し潰されそうな圧迫感。
 オオミミはしばし躊躇った後、やがて観念したように口を開いた。

「…殺したよ。それも、いっぱい。」
 …事実だった。
 僕も、それに協力していた訳ではあるが。

 仕方が無いといえば仕方の無い事だ。
 オオミミの居るサカーナ商会一味は、いわゆる何でも屋と呼ばれる部類の職業で、
 悪く言ってしまえばならず者と大差無い。
 この物騒なご時世、護衛や輸送等の仕事の最中に…
 いや、仕事とは関係の無い時だって、空賊に襲われる事もある。
 そうなったら、反撃だってしないといけない。
 当然、已むを得ず殺さねばならない場合だってある。
 それはしょうがない。
 やらなければ、こっちがやられてしまうのだ。
 殺すぐらいなら殺される方がマシなどと、気の触れたような戯言を言っていては、
 この世界では一日とて生きていけない。

 ただ、誓って何も関係無い人を殺した事や、
 残虐に苦しめながら殺した事は一度だって無い。
 だけどそんな事を言った所で、オオミミは自分を責めるのをやめないだろう。
 僕にはただ、オオミミと一緒に罪を被っていく事しか出来なかった。

「…軽蔑してくれていいよ。俺は、人殺しなんだ。」
 オオミミが顔を背けながら天に告げる。

「…ア、アタシは……」
 天が困ったような顔をしながら、オオミミに何か答えようとした。

 …僕は、彼女がもしオオミミを傷つけるような事を言ったら、
 ひっぱたいてやるつもりだった。
 オオミミを侮辱する奴は、絶対に許せない。

「…アタシは、人を殺した事が無いし…難しい事は分かんないから、
 あんたが正しいのかどうかなんて分かんない。
 だけど……」


「オオミミ君、天君、大丈夫ですか!?」
 と、そこにタカラギコが駆けつけて来た。
 背中には、何やら大きな十字架を担いでいる。
 いや、あれは以前サカーナの親方に見せて貰った事がある。
 確か、『パニッシャー』とかいう銃だった筈だが…
 まさか、あのトンデモ兵器を使えたのか!?

「あ、はい。」
 オオミミが慌ててタカラギコの方を向く。

「いや、こちらの方に恐いおじさんが来たと思ったのですが…
 どうやら、もう片付いていたみたいですね。」
 タカラギコが、足元に転がる吸血鬼の残骸を見ながら口を開いた。

「さて…どうやら、嵐は去って行ったみたいですね。」
 そのタカラギコの言葉で、初めて周りが静かになってきていたのに気がついた。
 どうやら、何とか切り抜けられたようだ。

「…取り敢えず、ブリッジに行ってみよう。」
 オオミミが、天とタカラギコに向かってそう告げた。



     TO BE CONTINUED…

341ブック:2004/05/15(土) 01:41
     EVER BLUE
     第十四話・WHO ARE YOU? 〜タカラギコ〜


「只今戻りました。」
「カウガール、帰還しました〜!」
 高島美和とカウガールがブリッジに戻って来た。
「おう、御苦労さん。」
 サカーナの親方が片手を上げて二人を迎えた。
 ブリッジには既に、僕とオオミミ含む三月ウサギやニラ茶猫等、
 主要メンバーが勢揃いしていた。

「…まさか吸血鬼のおでましとは、な。
 『紅血の悪賊』のボスが吸血鬼で、メンバーの中にも多数の吸血鬼が居るってのは
 有名な噂だったけど、まさかこの目で確認するとは夢にも思わなかったぜ。」
 ニラ茶猫が呆れた様に笑いながら言う。

 だけど、どういう事だ?
 確かにこの前僕達は『紅血の悪賊』の小型戦艦を襲いはした。
 しかし、『紅血の悪賊』ともなればそんな事は日常茶飯事だろう。
 それなのに、吸血鬼まで駆り出して僕達みたいな小物まで仕返しに来るなんて、
 明らかにやり過ぎだ。
 それに、襲い方だって変だ。
 『紅血の悪賊』は、一発も僕達の船に発砲してこなかったらしい。
 つまり、最初から僕達の船の内部に進入し、制圧する事しか眼中に無いという事だ。
 だけど、何でそんな危険の伴うまだるっこしいやり方を…

「…しかし、それにしては思ったより被害は出ませんでしたね。」
 高島美和が全員を見渡しながら言った。
 多少船内が荒らされたり、数名の怪我人が出てはいるものの、
 幸いな事に致命的な船体への損傷や死傷者は出ていない。

「…この程度で済んだのか、この程度で済まされたのかは微妙だがな。」
 三月ウサギが腕を組みながら呟く。

「違ぇねぇ。
 まあいい、取り敢えず目の前の危険は何とか切り抜けられた。
 となると残る問題は―――」
 サカーナの親方が、視線を動かす。
「―――お前だけだな。」
 目線は、タカラギコの前で止められた。
 三月ウサギもニラ茶猫も、一様に身構える。
 唯一タカラギコだけが、いつも通りののほほんとした笑みを浮かべていた。

「ちょっと皆さん、何か恐いですよ?
 私が何をしたっていうんですか…」
 タカラギコが腕を振りながら情け無い声を上げる。
 その様子だけ見れば、どこにでも居る好青年だ。
 だが…

「誤魔化すなよ。
 化かし合いは無しだ。
 偶々オオミミと嬢ちゃんが『紅血の悪賊』(クリムゾンシャーク)に
 襲われている所に通りかかって、
 偶々それから二人を守ってやって、
 偶々俺達の船に乗り込んで、
 偶々そいつが飛空挺も知らねぇような変人で、
 偶々そいつを乗せた途端『紅血の悪賊』が襲って来て、
 偶々そいつが生身で吸血鬼と互角以上に渡り合い、
 パニッシャーを使いこなせるような凄腕だった。
 で、俺達はどこまでその偶々を信用すりゃあいいのかな?」
 サカーナがタカラギコを睨む。
 タカラギコも、ようやく表情を少し強張らせた。

「…最初から全部偶々でした、と言って信用して貰えますかね?」
 タカラギコが肩をすくめた。

「悪いが、信用出来ねぇな。
 俺達はそこまで善人じゃない。」
 そこまでも糞も、サカーナの親方の顔はもろ悪人のそれだ。
 よって、この台詞には全く説得力が無い。

「答えろ。お前さん、何者だ?」
 サカーナの親方が、低く、しかし重い声でタカラギコに尋ねた。

342ブック:2004/05/15(土) 01:42


「…『帝國』。」
 と、タカラギコがボソッと呟いた。
 同時に、その言葉に一同の顔が凍りつく。
 僕も、一瞬耳を疑ってしまった。
 あの、武力を背景に勢力を拡大しつつある、忌まわしき集団、『帝國』。
 飛空挺も知らないような彼から、何でその単語が!?

「お前…」
 三月ウサギがマントの中に手を伸ばした。
 いつでも、剣を振るう事を可能にする為だろう。
 ニラ茶猫も、腕から刃を生やしている。

「『帝國』のとある軍事機密に関わる何かを、『紅血の悪賊』が掠め取ったらしいです。
 それも、かなりのものを、ね。」
 タカラギコが、周囲から浴びせられる殺気など気にもしない様子で言葉を続けた。

「しかしそれを運送する途中で、運の悪い事にそれを横から奪われてしまった。
 それも、民間の船団に。」
 …ちょっと待て。
 それって、もしかして―――

「そう、あなた達がこの前襲撃した『紅血の悪賊』の船が、それですよ。」


 ―――!!

 三月ウサギが、ニラ茶猫が、タカラギコに得物の刃先を突きつける。
 一触即発の張り詰めた雰囲気が、その場に流れた。

「貴様…『帝國』の手合いか……!」
 三月ウサギが、タカラギコに剣を向けながら尋ねる。
 返答次第ではこの場で殺すという殺意が、視線には顕著に現れていた。

「…違います。」
 三月ウサギの殺気を受けても気圧される事の無い様子で、タカラギコが答えた。

「じゃあ何で、そこまでの事を知ってるんだ?」
 ニラ茶猫がタカラギコに聞いた。

「…私は、とあるお方からその事について調べて来るようにと仰せ付かりました。
 いわば、エージェントですね。」
 タカラギコが剣先を向けられたまま言葉を続けた。

「で、それについて調べまわっている時、偶然オオミミ君に出会ったという訳です。
 …これを信じる信じないは任せますが。」
 つまり、オオミミに会ったのは仕組んだものでは無いという事か?
 だが、この人は果たしてどこまで本当の事を言っているのだろうか。

「…あるお方ってのは、誰だ?」
 サカーナの親方がタカラギコの目を見た。
「すみませんが、今は言えません。
 色々こちらにも事情がありますので、手札を全ては見せられないのは御容赦下さい。」
 タカラギコが、サカーナの目を見返しながら言った。

「その、『帝國』の軍事機密とやらは何だ?
 奴らは何を企んでる!?」
 ニラ茶猫がいささか興奮した口調でタカラギコに詰め寄った。

「そこまでは、私も分かりません。
 ただ、相当の代物でしょう。
 そう考えれば、先程の『紅血の悪賊』の奇妙な襲撃方法も納得がいくというものです。
 この船を撃墜して、海の…
 いえ、空の藻屑にしては、軍事機密までお釈迦になるかもしれませんからね。
 それ程、重要なものなのでしょう。」
 成る程。
 それならば、あの変な戦法も一応説明がつく。
 だけど、軍事機密って、一体何なんだ?

343ブック:2004/05/15(土) 01:42

「おい!あの船からかっぱらって来たものを全部持って来い!!」
 サカーナの親方が、船員にそう告げた。
 何人かの下っ端船員が、慌てて倉庫目指して走って行く。

「…兄ちゃん。結局、何が目的なんだ。」
 サカーナの親方が一歩タカラギコに近づく。

「先程も申し上げた通り、『帝國』の軍事機密の調査です。
 そして今現在の私の目標は、何か重要な手がかりを握っているであろうあなた達を、
 私を使わしたお方の前へと案内させて頂く事です。」
 タカラギコが表情を崩さないまま答える。

「阿呆か!?
 誰がそんな事言われて、はいそうですか、ってノコノコとついて行くと思ってんだ!
 行ってみたら銃弾のシャワーで歓迎会を開いてくれました、
 ってならない保証がどこにある!?」
 サカーナの親方が大声で言った。
 まあ、普通に考えればその通りだ。
 こんな事言われてついていく奴など居やしない。

「…まあ、それが当然です。
 ですので、その折衷案として私がこの船に滞在し、
 調査+皆様の護衛を務めさせて頂くという事を許可しては貰えませんか?
 で、皆様の気が向かれましたら私の雇い主に会ってもらえたらいいな、と。」
 タカラギコが手を揉みながらサカーナにそう伝えた。

「…断る。
 貴様は、信用出来ん。
 それに、『帝國』の事など俺達の知った事では無い。」
 三月ウサギがタカラギコを見据えた。

「…知った事では無い、ですか。
 果たしてそれが、『帝國』や『紅血の悪賊』に通用しますかねぇ。
 それに、それら二つの勢力だけじゃありません。
 聞いた話によると、『夜の王国』も動いているらしいですよ?」
 『夜の王国』!?
 あの、吸血鬼で構成されていると言われている、
 どこにあるかも分からない国か!?
 だが、何故だ。
 飛空挺の事も知らなかったような男が、何故そこまでの事を知っている!?

「…失礼ですが、腹を括った方がよろしいかと。
 望む望まないに関わらず、あなた方はもう踏み込んでしまった。
 今更、後戻りは出来ません。
 これは既にあなた達だけの問題じゃ無い。
 ひょっとしたら、世界の趨勢すら左右する問題なんです。」
 真剣な表情で告げるタカラギコ。

「どういう事だ…?」
 ニラ茶猫がタカラギコに尋ねた。

「考えても見て下さい。
 詳細は不明ですが、『帝國』の軍事機密の内容によっては、
 他国も放置は出来ないでしょう。
 それは『帝國』も同じ。
 いくら『帝國』が強いとはいえ、周囲の国全てを敵に回してはひとたまりも無い。
 まだこの軍事機密は眉唾物程度の情報でしかありませんが…
 全てが明らかになれば、国同士のパワーバランスを崩しかねない、という事です。」
 おいおい待てよ。
 何か、どんどん話が大きくなってきたぞ。

「…ま、今はまだそこまでの心配はいらないでしょうけどね。
 さっきも言った通り、『帝國』の軍事機密とやらが本当かどうかは、
 法螺話同然の眉唾情報です。
 そんな不明瞭な情報では、他国も余り大きくは動けないでしょう。
 当面の脅威は、国とは関係の無い無法集団、『紅血の悪賊』ですね。」
 タカラギコがそこで一息吐いた。

「…『紅血の悪賊』が、何だってそんなものを盗んだんです?」
 今まで話を聞くだけだった高島美和が、タカラギコに尋ねた。
「流石にそこまでは。
 理由は当人達に聞くのが一番なんですけど、
 どうやら全員死んじゃったみたいですしね。」
 タカラギコが苦笑する。

344ブック:2004/05/15(土) 01:43

「…さっき、言ってたよな。
 情報の中身によっては、他国も『帝國』を放ってはおけない、って。」
 と、いつになく思い詰めたような表情で、ニラ茶猫がタカラギコにそう言った。

「ええ…
 確証はありませんけどね。」
 タカラギコがニラ茶猫の方を向く。

「…お前の雇い主は、『帝國』をどうにかするつもりなのか?」
 ニラ茶猫がさらに尋ねる。
「あのお方が何をするつもりかは、私は聞いてはおりませんが…
 それでも、情報の使い方によっては『帝國』に大打撃を与える事も
 不可能では無いでしょうね。」
 タカラギコがそう答えた。

「…そうかい。分かったよ。」
 ニラ茶猫が蟲を擬態させた刃を納め、皆の方に振り返った。

「俺は、取り敢えずこいつの話に乗るつもりだ。
 …『帝國』には、ちーとばっかし借りがあるんでな。」
 ニラ茶猫が皆に向かって告げる。

「…正気か?」
 三月ウサギがやや驚いた風にニラ茶猫に言葉を向けた。
「…ああ。
 『帝國』だきゃあ、許せねぇ。
 お前らが嫌だってんなら、俺はこいつと一緒に船を降りるぜ。」
 ニラ茶猫の瞳に、どす黒い憎しみの炎が灯っていた。
 前から『帝國』が気に入らないとは言っていたが、まさかこれ程とは。
 一体、彼と『帝國』の間に何があったのだ?

「……!」
 オオミミが、強く拳を握り締めた・
 そういえば、確かオオミミも昔『帝國』に…

345ブック:2004/05/15(土) 01:44

「…兄ちゃん。」
 サカーナの親方が、タカラギコに言葉を投げかける。
「はい。」
 それに返すタカラギコ。

「…悪いが、俺は今の話を全部は信用してねぇ。
 だが、全部が全部嘘とも思えねぇ。
 現に、さっき『紅血の悪賊』は襲って来た訳だしな。」
 サカーナの親方が手をポキポキと鳴らす。

「お前も手札の全てを見せた訳じゃないんだろ?
 拷問にでもかけたい所だが、
 どうやらお前はそんなんが通用するタイプじゃなさそうだしな…」
 さりげなく恐い事を言うサカーナの親方。

「…分かったよ。
 勝手について来い。
 その代わり、今の所お前さんの雇い主に会うつもりはねぇし、
 俺達の進む先にも口出し無用だ。
 それと、この船に乗っている限り俺の命令には従って貰う。」
 サカーナの親方が溜息を吐いた。

「正気か…!?
 こいつがいつ裏切らんとも限らないんだぞ…?」
 三月ウサギがあからさまに不服そうな顔をする。
「私も三月ウサギの意見に賛成ですね。
 不確定要素が多過ぎます。」
 高島美和も同様に苦言を漏らす。

「どっちみち、こいつが何かするつもりならこの船から叩き出した所で
 何かしでかしてくるさ。
 それなら、近くで目を光らせといた方が安心てなもんだ。
 それに、今こいつをぶっ殺した所で状況が変わるとも思えねぇし、
 それなら精々利用させて貰おうぜ。」
 サカーナの親方が二人にそう答える。

「私も船長の意見に賛成です〜。」
 カウガールがのほほんとするような声で言った。
 それにより、場のムードが少し和らぐ。

(オオミミ、どうする?)
 僕はオオミミに尋ねた。
 もっとも、聞かなくても答えは大体想像出来るが。

「…信用しても、構わないと思う。
 タカラギコさんの目、凄く優しそうなんだもの。」
 …やれやれ、思った通りだ。
 だが、オオミミの人間評価は今まで外れた事は無い。
 オオミミが太鼓判を押す位だから、今の所は敵意は無いという事か。

「たまらんな…」
 三月ウサギがやれやれと首を振り、剣をマントにしまった。
 しかし、殺気は未だタカラギコに向けたままである。

「船長〜〜!
 この前の戦利品持って来ました〜〜〜!!」
 と、先程『紅血の悪賊』と交戦したどさくさに紛れて失敬してきた品々を、
 乗組員達が担いで来た。

「…よし、上出来だ。
 細かい事は、そいつらを調べてから考えようぜ。」
 サカーナの親方はそう言って戦利品を眺めるのであった。



 …そう。
 僕達は、既に大きな流れの中に絡め取られていたんだ。
 そしてこれから先どんな苦難が待ち受けているのかなんて、
 この時の僕達には知る由も無かった―――



     TO BE CONTINUED…

346ブック:2004/05/15(土) 16:49
物語がある程度キリのいい所まで進んだので、
需要があるかどうかは分かりませんが人物&世界設定説明をさせて頂きます。


世界観…人々は大地を失い、空を漂う島の上で生活をしています。
    何故大地に住めなくなったか、何故島が空を浮いているのかには
    諸説ありますが、今の所解明はされていません。
    兎にも角にも、人々は今日も空の海を駆けながら生きています。



     ・     ・     ・



サカーナ商会…サカーナを筆頭に、『フリーバード』という名の船に乗って
       何でも屋(トラブルバスター)をしながら空の海を渡り歩く
       半ばならず者同然の集団。
       サカーナ曰く、『訳有り』の連中が多い。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
オオミミ…この物語の主人公。が、でぃ同様ヤムチャキャラに成り果ててしまう。
   性格は至って温厚+お人好し。
   誰とでも仲良くなるのが得意技で、あらゆるキャラクターと絡む事が出来る。
   しかし、そのせいでぃょぅ同様キャラが弱くなり、影も薄くなってしまった。

スタンド…名称『ゼルダ』。近距離パワー型で、能力は今の所不明。
     厳密に言えばオオミミ自身のスタンドではない。
     独立意思を持つが、ダメージはオオミミにフィードバックする。
     『ゼルダ』自信が言うには、結界展開型の能力を持っているらしい。
     この物語の語り部で、実質第二の主人公。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
天…この物語のヒロイン。
  我侭お姫様ヒロインを試みてみたものの、えらい方向に。
  元になったAAとは全然性格が違いますが、その点はお目こぼしを。
  頭に大きなリボン、外出時にはいつも傘を持ち歩き、
  体に怪しい事この上ない痣を持つ。
  猫耳ではないです。

スタンド…名称『レインシャワー』。ビジョンの無いスタンドで、
     特殊な結界を展開する能力を持つ。
     その結界の中は天が降りしきり、その雨水を集めて別の形に変えて攻撃するが、
     詳細は不明。
     固有結界。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
三月ウサギ…みぃ同様ウサギを平仮名と勘違いしていた可哀想なキャラ。
      今回はこっそり直したがあっさりとばれてしまった。
      冷静というよりは冷徹で、人を寄せ付けないが、オオミミとは何故か気が合う。
      ニラ茶猫を完全に馬鹿にしており、事実弱みを握って体よく扱っている。

スタンド…名称『ストライダー』。三月ウサギのトレードマークであるマントに同化する
     形で発動しているが、詳細は不明。
     簡単に言えば四次元ポケットのようなもので、
     沢山の荷物を一度に持ち運べるなど用途は様々。
     制限として、スタンド・火・電気などの純エネルギー体は収納出来ない。
     本来他人と協力してこそ真価を発揮する能力だが、
     三月ウサギ自身が協調性が余り無い為、充分な活用はされていない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ニラ茶猫…ロリペドバ㌍タラ㍑。
     そのくせカウガールともニャンニャンしている羨ましい奴。
     三月ウサギに何かと突っかかってはいるが、一度も勝てた試しは無い。
     ギコえもんとかなり共通する部分があり、多分ふさしぃの絶好の標的。

スタンド…名称『ネクロマンサー』。リゾットの『メタリカ』のように、
     体内に発動しているタイプのスタンド。
     蛆虫のようなビジョンをしており、あらゆる物体に擬態する事が可能。
     それ故、戦闘能力もあるのに薬箱のような扱いを受けているのが、
     ニラ茶猫にとって大きな悩み。

347ブック:2004/05/15(土) 16:50
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
高島美和…『フリーバード』のメインオペレーター兼、財務管理役兼、
     『トンボ』と呼ばれる小型戦闘機の砲撃手担当。
     変人の多いサカーナ商会の中数少ない良識家で、
     サカーナを初めとする乗組員の非常識な行動にいつも頭を痛めている。

スタンド…名称『シムシティ』。四つの大きな目玉が胴体の蝙蝠と、
     それぞれの視界を映すディスプレイがビジョンの遠隔操作型スタンド。
     ディスプレイには、蝙蝠の視界が記号化、数値化されて映し出される。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
カウガール…『フリーバード』の操舵士兼、『トンボ』の操縦士担当。
      ニラ茶猫とは恋仲で、ギシアンしている程の関係。
      余談だが、ニラ茶猫の隣の部屋はマンドクセで、
      その所為でマンドクセは毎夜鬱になっている。

スタンド…名称『チャレンジャー』。遠隔操作型で、毛むくじゃらの子鬼のビジョンを持つ。
     能力は取り付いた機械を故障させる事。
     ただし、直接物理攻撃力は全く持たない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
サカーナ…『フリーバード』の船長。
     豪快で一見何も考えていないようには見えるが、頭の回転が悪い訳ではない。
     が、はたから見ればただの馬鹿親父。
     本来船の中で一番偉い筈なのだが、いつも高島美和の尻にしかれている。
     パニッシャーは彼が昔の職場から取って来た。

スタンド…今の所不明。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
タカラギコ…男塾パワーで復活した、大反則野朗。
      別の世界に復活しても、相変わらず影でこそこそと何かやっていが、
      その目的は不明。
      主人公を押しのけ、この物語で今の所誰よりも目立っている。
      新たな得物としてパニッシャーを手に入れた。
      彼はこの後、九人掛かりで動かす巨人と闘ったり、
      音を操るサックス使いと闘ったり、
      腕が三本で二重人格の黒パニッシャー三丁使いと闘ったりします。
      嘘です。

スタンド…名称『グラディウス』。銀色の飛行物体がビジョンで、
     光を操作する事が出来る。
     しかし今回の主人公サイドは、直接戦闘型ではない特殊能力型が多いな…
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

348ブック:2004/05/15(土) 16:50



     ・     ・     ・


『紅血の悪賊』…この世界で一・二を争う勢力を持つ空賊の集団。
        図らずも『帝國』の軍事機密を奪ったオオミミ達を付け狙う。
        どうやら、メンバーの中に吸血鬼がいるらしく、
        ボスも吸血鬼という噂らしい。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
マジレスマン…頭まで筋肉の馬鹿。
       その足りない脳みその所為で不祥事を起こし、
       山崎渉に連行される。

スタンド…名称『メタルスラッグ』。特殊実体化型で、周囲の無機物を取り込む事で、
     巨大化&パワーアップする。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
栗田ゆう子…しゃっきりぽん!が口癖の女吸血鬼。
      オオミミを追い詰めるも、三月ウサギによって撃退される。

スタンド…名称『ベアナックル』。両手に大きな鉈を持つ近距離パワー型。
     特殊能力は持っていない。
     スタンドと本体とのコンビネーションが、主な栗田の戦法だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
山崎渉…謎の男。それ以外に情報無し。

スタンド…今の所不明。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



     ・     ・     ・



『聖十字騎士団』…吸血鬼抹殺の専門機関。
         今の所詳細は不明。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
岡星精一…『聖十字騎士団』の一員。
     一流の板前で、じゅんさいが得意料理。

スタンド…名称『ヘッジホッグ』。
     近距離パワー型で、スタンドの触れた液体を変化させる事が出来る。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



     ・     ・     ・



『常夜の王国』…国民の大半が吸血鬼で構成されていると噂の、
        どこにあるかも分からない国。
        女王と呼ばれる女性が統治しているが、詳細は不明。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ジャンヌ…『常夜の王国』の懐刀である、凄腕の吸血鬼。
     ハルバードに機銃を組み合わせた『ガンハルバード』と呼ばれる武器を使い、
     その事から『ジャンヌ・ザ・ガンハルバード』の異名を持つ。
     儂、〜じゃ等の、老人のような言葉使いをする。

スタンド…名称『ブラック・オニキス』。今の所能力は不明。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



     ・     ・     ・



『帝國』…圧倒的な軍事力を持つと言われる独裁国家。
     その軍事機密とやらに偶然にも関わってしまった事により、
     オオミミ達の運命は狂っていく。

349ブック:2004/05/16(日) 16:10
この物語は、救い無き世界の後日談です。
時期はでぃ達がSSSに入って初めての夏という事でお願いします。



     救い無き世界+EVER BLUE
     番外・されどもう戻れない場所 〜その一〜


「…タカラギコを『シムシティ』で調べた結果はどうだった?高島美和。」
 ブリッジで、サカーナは高島美和にそう尋ねた。
「盗聴器、発信機、監視カメラ等の類は所持していないようです。
 また、それらがこの船に仕掛けられた様子もありません。」
 高島美和が答える。

「そうかい、それじゃもう一つ。
 『紅血の悪賊』からかっぱらってきた物の中に、
 何か目ぼしい物はあったか?」
 サカーナが続けて聞いた。
「…今の所、見つかってはいません。
 ただ、一見しただけでは分からないようにカムフラージュされている可能性もあるので、
 結論を出すにはまだ少し時間が掛かりますね。」
 高島美和が頭を振った。

「…あの天の嬢ちゃんが、何か知ってるかもしれねぇな。」
 サカーナが顎に手を当てた。
「かもしれませんが…期待はしない方がいいでしょうね。」
 高島美和が和服の襟元を直す。

「そういやあ、タカラギコの野郎はどうしてる?」
 サカーナが思い出したように言った。
「オオミミとニラ茶猫と一緒に部屋に居る筈ですよ。」
 高島美和がそう返す。

「…よりにもよってあの頼り無ぇ二人が監視役かよ。
 三月ウサギはどうしたんだ?」
 サカーナが呆れ顔で言った。
「『面倒くさい』、だそうです。
 それに、彼だとタカラギコを殺すかもしれませんし、適任ではないでしょう。」
 その高島美和の言葉を聞いて、サカーナは溜息を吐いた。

「…しょうがねぇ。わーったよ。
 で、最寄の島まではあとどの位だ?」
 サカーナが高島美和の顔を見る。
「およそ十時間弱です。」
 高島美和が即答した。

「そうかい。じゃ、俺はちーとばっかし一眠りしてくるわ。
 お前も適当な所で休憩しときな。先は長ぇんだ。」
 サカーナが大きく欠伸をした。
「お気遣いありがたく頂いておきます。
 それではお休みなさいませ。」
 高島美和がサカーナに一礼した。
 サカーナはそれを受けると、ブリッジからゆっくりと出て行くのであった。

350ブック:2004/05/16(日) 16:11



     ・     ・     ・



「……さん。…ふさしぃさん?」
 ……!
 女の子の声で、私ははっと目を覚ました。
 目を開けると、眼前にみぃちゃんの顔が飛び込んでくる。

「…あ……。」
 どうやら、いつのまにか机の上でうたた寝をしてしまっていたらしい。
 この所残業が多かったから、疲れが溜まっているのだろうか?

「ごめんなさい、ついうとうとしちゃって…」
 私は目を擦りながら弁解した。

「いえ…こっちこそ起こしてしまってごめんなさい。
 …それより、大丈夫ですか?」
 みぃっちゃんが心配そうな声で尋ねる。
「え…?」
 私は何の事だか分からず聞き返した。
「いえ、あの、目が赤くなってなすから、
 悪い夢でも見たんじゃないかと思って…」
 みぃちゃんがたどたどしく答えた。

「…ああ、大丈夫よ。
 ちょっと、懐かしい人の夢を見ちゃってね…」
 そう、もうここには居ない筈の『彼』の夢。
 『彼』はこことは違う世界で、相変わらずの人の良さそうな顔で笑っていた。
 その笑顔の中に、どうしようもない位の哀しさを湛えて…

「…そういえばみぃちゃん、あなた何で特務A班(ここ)に?」
 みぃちゃんはまだSSSには入りたての新人であり、
 私達とは働く部署が違う筈だ。
 それなのに、どうしてこの部屋にやって来たのだろう?

「…あ、あの、ふさしぃさんがこの時間にここに来るように言われたから……」
 しまった。
 そういえばそうだった。

「ごめんなさい、すっかり忘れてたわ!」
 私は慌てて謝る。
 自分で呼んでおいて何しに来たとは、酷い言い草だ。

「いえ、別にいいです。
 それより、何のお話なんでしょうか…」
 みぃちゃんが小さな声で私に尋ねた。

「そうそう、忘れるとこだったわ。
 いきなりだけどみぃちゃん、今度の休みに海に行かないかしら?」
 私は藪から棒に言った。
「海、ですか…?」
 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になるみぃちゃん。

「そ、海。
 でぃ君と丸耳ギコ君も一緒に連れてって、ダブルデートでもしてみない?」
 みぃちゃんの顔を覗きこむと、彼女は少し困った顔になった。

「…わ、私、水着持っていないんですけど……」
 みぃちゃんが口ごもる。
「大丈夫、私がぴったりなの見繕ってあげるから。
 それとも、一緒に行くのは嫌?」
 私はみぃちゃんにそう聞いた。
「い、いえ、嬉しい…です。」
 みぃちゃんがもじもじしながら答える。

「決まりね。
 それじゃ、でぃ君にもよろしく伝えておいて。
 細かい集合時間とか行き先は、追って連絡するわ。」
 私はみぃちゃんの肩に手を乗せた。



     ・     ・     ・



 ♪ペーペポ ペーポポペー
     ペーペポ ペーペポ ペペポポペー♪

 みぃとふさしぃが楽しそうに談笑する影で、一人の男が聞き耳を立てていた。
「何やら面白そうな事考えているじゃねぇか、ゴルァ…」
 ギコえもんである。
 その双眸には、邪悪な炎が渦巻いていた。

「彼氏と仲良く海水浴だぁ?
 くくっ、果たしてそううまく物事が進むかな…?」
 ギコえもんがニヤリと笑う。
「SSS死ね死ね団、活動開始だゴルァ。」

351ブック:2004/05/16(日) 16:12



     ・     ・     ・



「君がいる〜 僕がいる〜
 それはヒト ヒト 愛はそこにあ〜るか〜〜い?」
 車のスピーカーから軽快なポップスが流れてくる。
 俺達は、ふさしぃの運転する車に乗って、海へと向かって進んでいた。

「〜〜♪〜〜♪」
 ふさしぃが曲に合わせて鼻歌を口ずさむ。

「…ごめんなさい、でぃさん。
 無理して付き合って貰って…」
 後部座席の俺の隣に座るみぃが、すまなそうに俺に言った。

『別に気にしてないよ。
 俺も、海にも行ってみたかったし。』
 俺はホワイトボードにそう書いた。
 本当は俺はどちらかと言えば出不精の部類に入るのだが、
 他ならぬこいつの頼みとあってはしょうがない。
 それに、みぃの水着姿も一度見てみたいし…

「…ちゃんと前見て運転しろよ。」
 助手席の丸耳ギコとかいう奴が、
 鼻歌に夢中になるふさしぃに釘を刺した。
 こいつが、丸耳ギコか。
 ふさしぃの恋人とかいう話は聞いていたが、実際に会うのは初めてだ。

「ごめんごめん。
 そう固い事言わないでよ。
 私も海に行くのは久し振りなんだし。」
 ふさしぃが笑いながら答えた。

 …はっきり言って、こうして実際に目にしてみても、
 このふさしぃに恋人が居るというのが未だに信じられない。
 でも、そんな事を言ったら間違いなく殺されるので黙っておく。

「…所で、何か変な視線を感じない?」
 と、ふさしぃがやおらそう尋ねた。
「…?いえ、私は別に…」
 みぃが不思議そうな顔で答える。

『俺も別にそんなの感じませんけど。』
 俺もみぃと同じように答える。

「…そう。気のせいかしらね……」
 ふさしぃが少し考え込んだ。

「いちいち気にするなよ。
 せっかくの海水浴なんだから、楽しくいこうぜ。」
 丸耳ギコが話題を打ち切るように言った。

「…そうね。それじゃ、ぱーっといきましょうか!」
 ふさしぃがアクセルを踏み込む。
 車が、どんどん加速していった。

「だから車はちゃんと運転しろ!!!」
 猛スピードで進む車の中、丸耳ギコが叫ぶ。

 …果たして俺達は無事海まで辿り着けるのだろうか。
 不安そうな顔でしがみついてくるみぃを横目に、
 俺は命の危機に肝を冷やすのであった。

352ブック:2004/05/16(日) 16:12



     ・     ・     ・



「サナダムシ サナダムシ サーナダムシ 2メートル…」
 車のスピーカーから鬱病になりそうな重いメロディが聞こえてくる。
 私と小耳モナーは、ギコえもんの運転する車に乗ってふさしぃを追跡していた。

「ギコえもん、やっぱりやめた方がいいんじゃないかょぅ…」
 私は鬼の様な形相でハンドルを握るギコえもんに告げた。

「ふさしぃにバレたら殺されるモナ〜。」
 小耳モナーも同様にギコえもんを止める。

「うるせぇ!だったらここで降りろ!
 お前らだって気になるからついて来たんだろうがゴルァ!!」
 ギコえもんが苛立たしげに答えた。
 煙草の灰皿は既に一杯になっている。

「そりゃあぃょぅもでぃ君やふさしぃ達のダブルデートは気になるけど…
 だからと言って邪魔するのはやり過ぎだょぅ。」
 それに、どうせ失敗してふさしぃに滅殺されるのは目に見えているのに、
 どうしてギコえもんは懲りずに繰り返すのだろうか?

「阿呆か!
 お前、でぃや丸耳ギコを許せるのか!?
 あいつらはなぁ、俺達が毎晩独り寂しく右手をシュインシュイン上下運動させてる時に、
 可愛い彼女とチョメチョメしてるんだぞ!!
 同じ男として、悔しくねぇのか!!!」
 ギコえもんが大声を張り上げる。
 いや、気持ちは分かるが、それは完全な逆恨みでは…

「KISYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!
 許せんモナ!!!!!
 モナでさえまだオニャノコとニャンニャンした事が無いってのにいいいいいいいIIIIII
 IIIIIIIIIYYYYYYYEEEEEEEEEEEE!!!!!!!!」
 と、小耳モナーがいきなり絶叫した。
 同時に、私とギコえもんが硬直する。

「…こ、小耳モナー。お前、まさか、本当に…?」
 ギコえもんが恐る恐る尋ねた。

「…?ギコえもんもぃょぅも、モナと同じじゃなかったモナ?」
 小耳モナーが素っ頓狂な声で答える。
 おい。
 まさか。
 今まで只の冗談だと思っていたのに。
 嘘だろう!?

「…いや、確かに俺には今彼女はいねぇけど、
 二・三年前までは…」
 ギコえもんがいたたまれない様子で呟く。
「ぃょぅも、学生時代には…」
 私も小声で答える。

「え…?え?それじゃあ…」
 小耳モナーの顔が見る見る蒼白になっていく。

「……!!
 よっしゃ、小耳モナー!
 今日海から帰ったら風俗行くぞ!!
 金なら心配するな、俺が全部奢ってやる!!!」
 ギコえもんが涙を堪えながら小耳モナーを励まそうとした。
 私も、余りのショックに視界がぼやける。

 こうして私達の心に深い傷を残しながら、
 車は海へと進んでいくのであった。



     TO BE CONTINUED…



救い無き世界の最後の方の人物紹介は、この番外編の後に載せますので、
少々お待ち下さい。

353新手のスタンド使い:2004/05/17(月) 07:22
下がってるので、たまにはこっちで乙っ!

354:2004/05/17(月) 21:25

「―― モナーの愉快な冒険 ――   そして新たな夜・その5」



「『アルケルメス』ッ!!」
 スタンドで、相手の攻撃の瞬間をカットする局長。
「…!!」
 しかし、攻撃位置に男の姿は見えない。

 ――再び、背後。
 局長は、銃撃の瞬間をカットする。
 同時に、背後にいるはずの男を狙って、カットした銃撃をペーストした。
 しかし、その攻撃も空を切る。

「なるほど… お前の能力、守備一辺倒でもないようだな」
 真横から男の声がした。
 姿は全く見えない。
 銃撃しながら、素早く移動しているようだ。

 能力が悟られた――
 しかし、それは大した問題ではない。
 『アルケルメス』の能力は、遅かれ早かれ相手に悟られる類のものだ。
 バレたところで、戦い方はそう変わらない。

 今度は、正面からの銃撃。
 これもカット。
「…そこか!」
 局長は、懐から取り出した拳銃で正面に発砲した。
 だが、やはり手応えはない。
 向こうは持久戦を狙っているようだ。
 いかに局所的とはいえ、時間をカットするのはエネルギーの消費が激しい。
 このままいけば、倒れるのは自分だろう。

 ――僅かな殺気。
 局長は素早く飛び退いた。
 同時に、局長自身も発砲する。
 しかし、正面の壁に虚しく銃痕を残すのみ。

「弾丸の回避にスタンドを用いなくなってきたな… もう能力は打ち止めか…?」
 男の不敵な声がする。
「さあ、どうでしょうかね…」
 局長は身を翻すと、声の方向に発砲した。

 この男のスタンド能力は、おそらく肉体の透明化。
 殺気や気配も極端に薄いが、それは本体自身の技能と言っていい――
 ――と、普通なら断定するだろう。
 だが、早期の能力断定は危険だ。
 別の能力に見せておいて、油断した相手に止めを刺すという戦法もある。

 透明化など、いくつも方法はあるのだ。
 擬態、光の遮断や屈折、こちらの視覚の撹乱…
 スタンド能力を応用し、透明な状態を作り出す。
 そうしている可能性がある限り、早期の能力断定は視野狭窄に他ならない。

 壁を背にして背後をカバーし、拳銃を乱射する局長。
 だが、男にはかすりもしない。
「…!!」
 その瞬間、局長の肩から血が噴き出した。
 真っ赤な血がスーツを濡らし、ポタポタと床に垂れる。
 咄嗟に身を逸らさなかったら、心臓に直撃していただろう。

「銃撃の瞬間の殺気を感じ取るとは… お前も、相当の修羅場をくぐってきたようだな…」
 突然、目の前の空間が人型に歪んだ。
 男が局長の眼前に姿を現す。
「貴方ほどではありませんよ。伝説の傭兵、ソリッド・モナーク…」
 局長は、肩を押さえて男に言った。

 モナークと呼ばれた男は、僅かに驚きの表情を浮かべた。
「俺を知っているのか…」
 その問いに答えるように、局長は笑みを浮かべる。
 紺の潜入用スーツ、サイレンサー付きのUSP、長いバンダナ…
 その扮装は、闇に生きる者なら誰もが知っている『伝説の傭兵』のものだ。

「これでも、公安機関に就いている身。その名くらいは耳にしたことがありますよ。
 確か、シャドーなんとか事件で死んだと聞きましたがね…」
 そして、スタンド使いであるという記録もない。
 ここまで有名な男がスタンド使いならば、公安五課の局長である自分の耳には入るはずだが…

「そう。俺は確かに一度、命を落とした…」
 モナークは、表情を変えずに言った。
「それで、死んだはずの人間がここで何をしているんです? 要人暗殺ですか?」
 局長は訊ねる。
「…暗殺? …ああ、その通りだ」
 モナークはあっさりと頷いた。
「なるほど…」
 局長はため息をつく。
 やはり、この潜入者の目的は暗殺………か?

「とにかく、再開といきましょうか…!」
 局長は、眼前に立っているモナークに銃口を向けた。
 しかし、モナークに反応はない。
 避けようという動きすらなかった。

「俺が、攻撃手段を残している相手の前に姿をさらすと思ったか…?」
 モナークは局長を見据えて言った。
 そして、手にしているUSPのマガジンを交換する。
「残弾数を正確に数えておくのは、兵としては基礎の基礎だ。自分の銃だけじゃなく、相手のもな…」

「!!」
 局長は何度も引き金を引いた。
 しかし、銃弾は出ない。
 弾切れ…!!

355:2004/05/17(月) 21:28

 局長は身を翻した。
 そのまま、一点を目指して駆け出す。
 あの場所だ。あの場所へ行きさえすれば…!!
「スタンド使いとしては一流かもしれんが、戦場における兵士としては三流だったな」
 モナークは、背を向けた局長に発砲した。 

「くっ、『アルケルメス』――!!」
 スタンドを発動させる局長。
 しかし、タイミングがずれた。
 弾丸が脇腹を貫通する。

「くっ…!!」
 大きくよろけたが、なんとか体勢を立て直す。
「…まだ、私は死ぬ訳にはいかないんですよ。
 私の事を想っているくせに、冷たい態度ばかり取る天邪鬼な部下がいますからね。
 彼女を泣かす気はありませんので…」
 そう言いながら、局長は足を進めた。

「それは羨ましい話だな。俺の周囲の女は、どうも棘が多い…」
 背後からモナークの声。
 彼の姿は既にない。再び姿を消して…

「!!」
 右足を弾丸が貫通した。
 大きく体勢が崩れる。
 だが、何とかあの場所へ…

 右足を引き摺って、局長は廊下を進んだ。
 背後に『アルケルメス』を待機させ、時間をいつでもカットできるようにする。
 これで、向こうも迂闊には近付いてこないだろう。
 …この短期間に、何度も時間をカットした。
 残されたスタンドパワーだと、せいぜいあと1回か2回…!

 ようやく見えてきた。
 モナークに討たれた、米兵15人の死体。
 あそこへ行けば…!!

「やっと着きましたね…」
 局長は、死んだ米兵が持っているM4カービンを手に取った。
 そして、モナークが追ってきているはずの背後に銃口を向ける。
「カービンライフルなら、向かってくる方向さえ分かれば…!!」
 局長は銃のセーフティーを解除すると、そのまま引き金を引いた。

 ――しかし、何も起こらない。
 銃弾は発射されなかった。
 それもそのはず、マガジンが装着されていない…

「忘れたのか? お前の仲間の少年が、銃弾を回収していただろう…」
 背後から声がした。

 ――その通りだ。
 確か、ギコが銃弾を回収して――

 局長の思考は、首に巻きついた衝撃により中断する。
 いつの間にか、背後のモナークは姿を現していた。
 その強靭な腕が、局長の首に食い込む。
 このまま、首の骨をヘシ折る気だ――

「さすが、『伝説の傭兵』…」
 局長は呟いた。
 喉が圧迫されて、しっかりとした声にならない。
「褒めても無駄だ。命乞いは――」
 モナークの言葉を、局長は遮った。
「…そう来ると思ってましたよ」
 局長のスーツから、何かが大量に落ちる。

 30個以上ある『それ』は、床に落ちて乾いた音を立てた。
 他にも、まだ懐に残っているようだ。
 米兵の死体から手に入れる必要があったのは、M4カービンなどではない。
 回収する時間は、『アルケルメス』でカットした――

「手榴弾か…ッ!!」
 モナークは大声を上げた。

「『伝説の傭兵』と称される程の男なら、弾薬は節約するはず。
 銃弾を使わずに倒せる相手なら、当然銃弾は使わないでしょう?」
 局長は少し咳き込みながら言った。
 先程まで自分を追い詰めていた戦い方は、戦場におけるスナイパーの戦法である。
 首を折られていた米兵の死体からも、この男の傭兵としての実力は明らかだ。
 そう、この男はあくまで傭兵の戦法で戦っている。

「――ミステイクですね。戦法のロジック化は、時に判断を甘くする」
 局長は、背後のモナークに告げた。
「馬鹿な、自分もろとも…!!」
 モナークは咄嗟に局長から離れる。
 だが、もう遅い。

「それもミステイク。男と心中する趣味はありませんよ…」
 局長の背後に、『アルケルメス』が浮かぶ。
「…吹き飛ぶのは、貴方1人です」

356:2004/05/17(月) 21:28



 首相官邸4階に、爆音が響いた。
 30個以上の手榴弾の誘爆は、周囲の悉くを吹き飛ばした。
 その瞬間をカットし、爆風を逃れた局長を除いて。


「ふう、やれやれ…」
 局長は、スーツの埃を払った。
「ああ、血止めにしか使われない紳士の嗜み…」
 そう呟きながら、局長はかがみこんで足にネクタイを巻きつける。
 どうやら、歩くのに支障はないようだ。

「これは… 食が進まなくなりますねぇ…」
 局長は、足元に転がるモナークの右腕部をちらりと見た。
 モナークの体は爆砕し、周囲に四散していたのだ。
 廊下の向こうには、生首のようなものまで見える。

 …この男の目的は何だったのだろうか。
 モナーク自身が言っていた、要人暗殺とはとても思えない。
 彼は、いともあっさりと認めたのだ。
 モナークほどの男が、そんなに簡単に口を割るはずがないだろう。
 それに、暗殺ならばいくらでも機会はあったはずである。

「ASAのスタンド使いとも気色が違う… まさか、『教会』!?」
 局長は呟いた。
 もっとも、こうなった以上は聞き出しようもない。
「まあ、手加減できる相手でも無かったですしね…」
 そう言って、ため息をつく局長。

 階下から銃声が聞こえてきた。
 どうやら、脱出に手間取っているようだ。
「さて、急がなければ…」
 局長は腰を上げると、急いで階段を降りていった。





 千切れ飛んだモナークの右手が、ピクピクと蠢いた。
 そのまま、ズルズルと床を這う。
 四散した肉片が、次々と繋がっていった。
 そして、それは人型をなす。
 モナークは、ゆっくりと立ち上がった。

「…これが吸血鬼の肉体。頭さえ無事なら、死ぬ事はない…か」
 モナークは呟きながら両手を動かした。
 特に違和感はない。どうやら、完全に再生したようだ。

「スタンドを用いた戦闘は初めてだが… なかなか勉強させてもらった」
 潜入用のスーツは完全に吹き飛んでしまっている。
 モナークは、荷物から替えのスーツを取り出した。
 それを素早く身に纏う。 
 荷物は再び『隠した』。
 最後に、バンダナを締める。

「さて、そろそろ任務を開始するか…」
 モナークは、無人になった4階会議室のドアを開けた。

357:2004/05/17(月) 21:29



          @          @          @



「うおおおおお!!」
 ギコは、階段を上がってくる兵達にM4カービンを乱射した。
 向こうからの銃弾は、全て『レイラ』で弾き返す。
 兵の1人が、素早く階段を上がってきた。
「…ちッ!!」
 ギコは右手でM4カービンを連射したまま、懐に左手を突っ込んだ。
 そして局長から渡された拳銃、ザウエルP230を取り出す。

「このッ!!」
 ギコは、兵の足に狙いをつけて拳銃の引き金を引いた。
 足を撃ち抜かれた兵士が、バランスを崩して階段を落ちていく。
「この階段を上がってくる奴は、容赦しねぇぜゴルァ!!」
 ギコはそのまま両手に銃を構え、階下目掛けて撃ちまくった。

 それでも、怯まずに押し寄せてくる兵士達。
 階段に足をかけた瞬間、兵士の膝から下が消失した。
「おっと、そこら辺は危ないよ。『空間の亀裂』が仕掛けてあるからね…」
 モララーはそう言って笑みを見せる。
「まあ、次元ごと裂いてもいいんだけど…」
 そう言って、指を鳴らすモララー。
 階段の手摺から横一文字に『次元の亀裂』が走る。
 何人もの兵士が、それに呑み込まれた。

「派手にやってるねぇ…」
 『アルカディア』は階段に座り込んでため息をついた。
 その横では、要人達が姿勢をかがめて震えている。
 流れ弾が、列の先頭目掛けて飛来した。

「…『外れる』」
 『アルカディア』は呟く。
 弾丸は大きく軌道を変え、天井にめり込んだ。
「ねぇ、こんなところでのんびりしてていいの…?」
 しぃは『アルカディア』に訊ねる。
「いいんだよ。流れ弾を処理するってのは重要な役割だし、何より楽だ…」
 『アルカディア』は腕を組んで言った。

「レモナ、つー、リル子、早くしてくれよ…!」
 ギコは階下に銃を乱射する。
 エントランスホールでは、3人が大人数を片付けているはずだ。
 早くしないと、こちらの弾数にも限りが…

 兵の1人が、素早く階段を上がってきた。
 かなり距離が近い…!!
「このッ… 『レイラ』ッ!!」
 スタンドの刃が一閃する。
 兵士の上半身と下半身が分かれ、血を撒き散らしながら階段に転がった。

「…!!」
 思わず、ギコは息を呑んだ。
 銃器では感じなかった、人の命を奪った生身の感覚。
 胴の切断面からどろりと垂れる血。
 咄嗟に視線を逸らすギコ。
 その隙に、多くの兵士が階段を駆け上がって…

「ギコ、何してるのさ!!」
 『次元の亀裂』が、階段上に幾重にも走った。
 兵士達が次々と巻き込まれていく。
「目を逸らしてたら、僕達だって殺られるんだからな!!」

 …そう。
 これは、命のやり取りだ。
 躊躇するのは、相手に対しても侮辱になる。
「これくらいで、負けるかよッ!!」
 ギコは両手の銃を階下に乱射した。
 それをかいくぐって近距離まで近付いてきた敵に、『レイラ』の斬撃を見舞う。

 兵士の1人が、自動小銃の下部に取り付けられた筒状の銃器を向けた。
「グレネードだと!? 味方も密集してるんだぞッ!!」
 ギコが叫んだ。
 黒い榴弾が、空中に向けて放たれる。
「モララー!! 頼むッ!!」
 ギコは振り返って叫んだ。

「…爆発物処理は、僕の仕事だね」
 モララーは指を鳴らした。
 榴弾が、空中に溶け込むように消滅する。
「エントロピーは、常に減少するもんだよ…」
 モララーは笑みを浮かべて呟いた。

358:2004/05/17(月) 21:30

 戦いの流れが変わった。
 押し寄せてくるだけだった敵の動きが、明らかに変化している。
 兵の数は徐々に少なくなり、ついには姿が見えなくなった。
「撤退した…のか?」
 ギコは銃を下ろして呟く。
「これだけやっちゃったからね。敵わないと悟ったのか…」
 モララーが息をついて言った。

 ギコはしぃと要人達を見る。
 どうやら怪我はないようだ。
「オレにも、ちっとは感謝しなよ…」
 『アルカディア』は腕を組んで威張っている。

 階下から足音が近付いてきた。
「敵か…?」
 ギコが再び銃口を向けた。

「…そちらはどうです?」
 階下からリル子の声。
 ギコは安堵のため息をついて銃を下ろした。
 どうやら、下もカタがついたようだ。

「こっちは大丈夫だぜ! 1人の怪我人も出してねぇ!」
 ギコは階下に呼びかけた。
「こちらも片付きました。脱出しましょう」
 階下のリル子は言った。
 ギコは、要人達やモララー、しぃの方に振り向いた。
「よし、下も安全みたいだ。行くぜ!」


 エントランスホールには、多くの兵士が倒れていた。
 明らかに息がないと思われる者も多い。
 そんな中で、2人の女と1人の性別不詳が立っていた。
 その身は、多くの返り血を浴びている。
「さすがリル子さん、頼りになる女性だなぁ…!」
 モララーが瞳を輝かせた。

「後は、局長と合流だな…」
 ギコはモララーを無視して、リル子に言った。
「…あと20秒ほどで、ここに来ると思われます」
 リル子は告げる。
 彼女の言葉通り、局長はすぐに階段を下りてきた。
 そのスーツは破れ、血だらけだ。
 銃で撃たれたと思われる傷も幾つかある。

「そちらは… 特に負傷はなさそうですね」
 局長の姿を見て、リル子は言った。
「…どうやったら、そう見えるんですか」
 そう言って、局長は倒れた米兵で埋まっているホールを見回す。
「それにしても、ますます嫁の貰い手がなくなりますねぇ…」

「私1人でやった訳じゃありませんよ、フフ…」
 リル子は僅かに笑った。
 ギコは直感する。
 リル子が微笑を見せたとき、その心に鬼が棲んでいる…

「…それと局長、天邪鬼で申し訳ないですね。
 誰かにやられて局長が死のうが、私が局長を殺そうが、泣きはしないので安心なさって下さい」
 リル子は百万ドルの笑顔で言った。
「…」
 局長は、無言でスーツのポケットに手を突っ込む。
 そして、偽造した身分証明書を取り出した。
 救急車で移動した時に用いたものだ。
 最近リル子から受け取ったものと言えば、これしかない。

 身分証明書のケースを軽く振る局長。
 黒く小さい機械のようなものが、その中から落ちる。
「…まったく、内部監査でもしてるんですか?」
 局長はリル子に言った。
「フフ… いかなる者にも気を許すな、とおっしゃったのは局長でしょう…?」
 リル子は笑みを見せる。

「なにかわからんが止めろゴルァ!」
 ギコは、ただならぬ雰囲気の2人を静止した。
「おっと、こんな事をしている場合ではありませんでしたね…」
 局長は言った。
「とにかく、脱出しましょうか」

 局長の言葉に頷く一同。
 エントランスホールの中央に転がっている救急車は、完全にスクラップと化している。
 徒歩でヘリの待機地点まで行くしかない。
 こうして、一同と要人達は首相官邸を出た。


 首相官邸玄関から門、その前の車道にかけて、道は倒れた兵士で埋まっていた。
 周囲に人気はない。
「脱出の邪魔になりそうな存在は、全て片付けておきました」
 リル子は平然と告げた。
「うわ… すげぇなぁ…」
 ギコは周囲を見回して、感嘆の声を上げる。
 あれだけの時間で、一体何人倒したんだ?

「…急ぎましょう。応援が来るかもしれません」
 先頭のリル子は、少しスピードを上げた。
 その後ろに、列になった要人達が続く。
 そして、列を守るように左右を固めるギコ達。
 最後尾には局長。
 このフォーメーションで、夜の車道を駆ける。
 周囲の道路を完全に封鎖しているらしく、通りかかる車は1台もない。

 ヘリの合流地点は、そう遠くはない。
 特に問題はないはずだが…
 それでも、不安が局長の脳裏から離れない。

「君なら、いつを狙う…?」
 局長は、先頭のリル子に訊ねた。
「…ヘリに乗り込む瞬間を狙うでしょうね」
 リル子は前を向いたまま答える。
「やはり、そうでしょうね…」
 局長は同意して頷いた。
 ヘリが離陸した瞬間に狙われるのも危ない。

359:2004/05/17(月) 21:31


「やられた…」
 突然、レモナが呟いた。
「ステルス機ね… この私が、ここまで接近を感知できないなんて…」

「どうした?」
 ギコは振り返って、レモナに訊ねる。
 レモナはそれを無視し、局長に呼びかけた。
「今からきっかり4秒後の時間をカットして!!」

「え…!?」
 困惑する局長。
「参りましたねぇ。官邸内で能力を多用したから、余力があるかどうか…」

 ―――3

「いいから! やらなかったら、全員ハチの巣じゃ済まないわよ!!」
 レモナが叫ぶ。
「ナンダ、コノ ニオイ… スゲェ テキイダ…」
 つーが、背後の夜空を見上げた。
 つられてギコも夜空に視線を向ける

 遥か彼方から、空を切る音が聞こえてきた。
 やけに耳に響く。
 何だこれは…?

 ―――2

 局長の背後に、『アルケルメス』が浮かんだ。
 後ろから、何かが来る。
 無機質な殺気。
 空を切る音。
 それは一直線に近付いて――

 ―――1

 耳をつんざくような轟音。
 風を切る音は徐々に大きくなっている。
 そして、周囲に轟くエンジン音。
 間違いない、これは――!!


「『アルケルメス』!!」
 局長はスタンドを発動した。
 先頭のリル子から最後尾の局長までの範囲で、2秒ほど時間をカットする。
 周囲から響く、形容しがたい炸裂音。
 同時に、頭上から強烈な轟音が突き抜けていった。
 そして、凄まじいまでの風圧。
 何かが、超音速で頭上を通過していったのだ。

「これは…!!」
 ギコは周囲を見回した。
 コンクリートの道路はボロボロに砕けている。
 その凄まじい破壊力。
 『アルケルメス』で時間をカットしていなければ、全員まとめて肉塊だった。

「…やってくれる。戦闘機からの機銃掃射か…!!」
 局長は空を見上げた。
「…」
 ギコは唾を呑み込む。
 『レイラ』の視覚は、闇夜に飛来した巨大な鋼鉄の翼を捉えていた。
 あれは間違いなく世界最強の戦闘機、F−22・ラプター。

「なんて奴等だ! あんなものまで持ち出してくるなんて…!!」
 ギコは夜空に向かって叫んだ。
「2機確認しました。旋回して、再び攻撃を仕掛けてくると思われますが…」
 リル子は、戦闘機の飛び去った方向に視線をやる。

「…あれは、私が相手をするわ」
 突然、レモナは言った。
「おい! いくらお前でも、相手は戦闘機だぞ!?」
 ギコは口を挟む。
「忘れたの? 私は兵器なのよ。ああいうのと戦う為に造られたの」
 そう言って、レモナは微笑む。
「…だから、先に行って」

「任せていいですね?」
 局長は、レモナを見据えて言った。
 頷くレモナ。
「ヘリなら追いつけるから、離陸しても構わないわ」

「お前、死ぬ気じゃないだろうな…」
 ギコは、レモナの瞳を真っ直ぐに見る。
「いやねぇ。アメリカの威信をかけた飛行機だかなんだか知らないけど…
 最終兵器の私が、たかだか米軍の戦闘機にやられるとでも思ってるの…?」
 レモナは、いつものように笑みを浮かべて言った。
 ギコもつられて笑う。
 自分が心配した相手は、バラバラになっても平気で生きているようなヤツだ。
「…そうだな。とっとと片付けて、早く合流しろよゴルァ!!」

「じゃあ、そっちも頑張ってね〜」
 レモナはそう言うと、襲来する戦闘機を迎え撃つようにその場に立った。

「…急ぎますよ。のんびりしていては、戦闘に巻き込まれかねません」
 局長が前進を促す。
 リル子は頷くと、再び進み出した。
 それに従い、列が動き出す。
 ギコ達は、列を守るように周囲に散開した。
 ヘリの待機場所までかなり近いようだ。
 …ここからが正念場だ。
 ギコは、大きく息を吸った。



  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

360ブック:2004/05/17(月) 22:40
     救い無き世界+EVER BLUE
     番外・されどもう戻れない場所 〜その二〜


「海ーーーーーーーーーーー!!」
 車から飛び出し、ふさしぃが大声で叫んだ。
 日差しはカンカンに照りつけ、強い潮の香りが鼻を刺激する。
 嫌になるくらいの爽快感。
 これが、海。
 最後に来たのは、俺がまだ子供の頃、両親と三人でだったけか…

「…でぃさん?」
 独り感慨に耽る俺の顔を、みぃが不思議そうに覗き込む。
『いや、何でもない。』
 ごちゃごちゃ考えるのはやめだ。
 取り敢えず、今は楽しもう。

「それじゃ、私達は海の家の更衣室で着替えてくるから。
 …覗いちゃ駄目よ?」
 ふさしぃが俺と丸耳ギコの方に向く。
 お前の裸なんぞ誰が覗くか、と思ったが、殺されるので口には出さない。
 そのまま、ふさしぃとみぃの二人は着替えに行ってしまった。

「…それじゃあ、俺達も着替えようぜ。」
 丸耳ギコが俺に言った。
 頷いて、答える。
 俺達男集は車の中で着替えだ。
 何たる差別。

『それじゃあ、そっちから先に着替えろよ。』
 流石に軽四では、大の男が二人同時に着替えるのは不可能だ。
 丸耳ギコを先に車の中で着替えさせ、俺は外に立って待つ。

「終わったぞ。」
 丸耳ギコが車から出てきた。
 赤色のトランクスタイプの水着に、
 ゴーグルとシュノーケルを頭に装着している。
 やる気満々といった所か。

「……」
 今度は俺が着替える番だ。
 トランクから荷物袋を引っ張り出し、車の中へ入る。
 さて、さっさと着替えるか…

「!!!!!!!!」
 荷物袋を開け、俺は我が目を疑った。
 馬鹿な。
 これは、どういう事だ!?
 俺は確かに、青色のトランクスタイプの水着を入れていた筈だ。
 なのに、どうして―――

「…?どうしたんだ?早く着替えろよ。」
 中々着替えない俺に、外から丸耳ギコが声をかけてきた。

 どうする?
 どうする?
 どうする?

 自問自答を繰り返すが、解決法は全く浮かばない。

「おい、どうした?」
 丸耳ギコがいぶかしむ。
 うるさい。
 今、絶体絶命のピンチなんだ。
 お前にこの状況が分かるってのか。

「お待たせー。…って、でぃ君は?」
 ふさしぃの声だ。
 やばい。
 いよいよ切羽詰まって来た。

「いや、まだ車の中にいるんだ。
 何回声かけても、出てこないんだよ。」
 余計な事を言うな、丸耳ギコ。

「でぃさん、どうしたんですか?」
 みぃまでが心配そうに声をかけてくる。

 糞。
 ここまでか…!

 …俺は、腹を括って持って来た筈の水着の代わりに入っていた『それ』を、
 ゆっくりと装着し始めた。

361ブック:2004/05/17(月) 22:40



     ・     ・     ・



「…くくくっ。今頃でぃの野郎はダブルリーチが掛かる位にテンパってるだろうぜ。」
 ふさしぃの車を双眼鏡で観察しながら、ギコえもんが邪悪な笑みを浮かべた。

「ギコえもん。一体、でぃ君に何をしたんだょぅ。」
 私はギコえもんに尋ねた。
 着替えに車の中に入ったっきり、でぃ君が出てこない。
 ふさしぃ達が、外から心配そうに呼びかけている。

「なぁに…ちょっと荷物に細工させて貰ったのさ…」
 ギコえもんが彼の荷袋の中から青い男物の水着を取り出した。

「それは?」
 小耳モナーがギコえもんに聞いた。
「ああ、でぃの水着だ。」
 自慢気に答えるギコえもん。

「ギコえもん、まさか…」
 私は顔を強張らせる。
「そう、奴がこの日の為に用意した水着を、『ある物』とすり替えた。」
 ギコえもんが歯を剥き出しにして笑った。

「何とすり替えたんだモナ?」
 小耳モナーが質問する。
「それは見てのお楽しみ…
 お、どうやら出てきたみたいだぜ。」
 ギコえもんのその言葉に、私も小耳モナーも双眼鏡を覗き込む。
 一体、ギコえもんは何とすり替えた…


「!!!!!!!!!!!!」
 私は絶句した。
 でぃ君が身に着けていたのは、俗に言う褌と呼ばれるそれだった。
 彼の表情は変わらないが、激しく恥ずかしがっているのは手に取る様に分かる。

「ぎゃはははははははははははは!!
 どうよ!?
 これでまずはせっかくのムードがぶち壊しってなもんだ!!!」
 爆笑するギコえもん。
 悪だ。
 こいつ、もっともドス黒い『悪』そのものだ…!!

「様ぁ見ろだモナ!!
 毎晩毎晩ギシギシアンアンしてるような奴は、皆地獄に堕ちればいいんだモナ!!」
 小耳モナーがガッツポーズをする。
 どうやら、自分だけが未経験者だったのが余程悔しかったらしい。
 それにしても、私達の周囲だけ妙に景色が歪んでないか?

「まだまだ仕掛けはこんなもんじゃないぜ。
 こうなったら、とことん奴らの邪魔をしてやる…!」
 ギコえもんは、拳を固めて闘志を滾らせるのだった。



     ・     ・     ・



「…ヒソヒソ。ねぇ、あの人って……」
「おいおい、まじかよ…」
 俺の周りの視線が痛い。
 その原因は明白だ。
 俺の腰に巻かれている、純白の褌。
 通り過ぎる人通り過ぎる人が、俺の穿く褌を凝視する。

「……」
 恐らく、ギコえもんの仕業だろう。
 畜生。
 あいつめ、何だってこんな事を。

「あの、でぃさん…」
 みぃが不安気な表情を俺に見せた。
 みぃの水着は俺の褌と同じ色で、白のワンピース。
 昔は白色だと水に浸かると肌が透けていたらしいが、今は改善されている。
 これは環境破壊同様、科学の進歩における重大な弊害と言えるだろう。

『別にいい。こんなのには慣れてる。』
 俺はそっけなくそう答える。
 まあ、この褌に視線が集中するおかげで、
 俺の体中の傷痕への視線が多少は和らいでいるのだろうから、
 あながちデメリットばかりでもないのかもしれない。

「全く、あの青狸…
 後で必ずミンチにしてやるわ…!」
 ふさしぃの顔面に血管が浮き出る。
 ふさしぃの水着は、大人しめのみぃとは対照的な、黒のビキニだった。
 まあふさしぃは美人な方であるし、スタイルも悪くはないのだが、
 体から噴き出す殺気が周囲の男を遠ざけている。

「…取り敢えず海に入ろうぜ。
 そうすりゃ、褌も気にならないだろ。」
 ふさしぃの殺気を感知したのか、丸耳ギコが空気を変えようとそう提案した。
 成る程、それもそうだな。
 海に入れば、下の褌も水の中に隠れる。

「そうね。
 それじゃ、これからは自由行動にしましょう。」
 ふさしぃが笑顔で(目は笑っていないが)答えた。
 かくして、俺達は海で泳ぐ事にするのだった。

362ブック:2004/05/17(月) 22:41



      ・     ・     ・



「…よし。あいつら海に入ったな。」
 ギコえもんが双眼鏡を覗きながら呟いた。

「小耳モナー。」
 ギコえもんが小耳モナーを見る。
「分かってるモナ。
 『ファング・オブ・アルナム』…!」
 彼の横に、黒い大きな狼が姿を現す。
「…お呼びでしょうか、親分。」
 『ファング・オブ・アルナム』が小耳モナーの前に傅く。

「よし、・・・が、・・・・・・たら、・・・するモナ。」
 小耳モナーが何やら『ファング・オブ・アルナム』に耳打ちした。
「…御意。」
 そう言い残し、『ファング・オブ・アルナム』がその場を去る。

「こういう時、遠隔自動操縦型は便利だな。」
 狼が去ったのを見届けると、ギコえもんが小耳モナーの肩の上に手を置いた。

「まあ任せておくモナ。
 モナがあいつらに目に物見せてやるモナ。
 モナの『ファング・オブ・アルナム』で…!」



     ・     ・     ・



 数十分後、
 一人沖に向かって泳いでいる丸耳ギコの背後から、黒い影が忍び寄っていた。
 しかし、丸耳ギコはそれに気づかない。

「……?」
 と、彼が背後に何か感じたのか、止まって後ろを振り返る。
 しかし、そこには何も居なかった。
 …いや、彼には見えなかったと言った方が正しい。

「……」
 彼は再び泳ぎ出した。
 そうしている間にも、影はどんどん丸耳ギコに近づき―――



     ・     ・     ・



「お昼ご飯にするわよーーーーー!!」
 俺とみぃが砂浜間際で泳いでいるところに、ふさしぃの声がかけられた。
 もう、そんな時間か。

「……」
 俺はみぃの手を引き、海から出てふさしぃの待つパラソルへと歩いていった。
 褌も、開き直ってのでもう気にならない。

「はい、そこに座って。」
 ふさしぃがビニールシートの上に弁当箱を置いた。
 蓋を開けると、おにぎり、鮭、ウインナー等が所狭しとぎっしり詰められている。

「私と丸耳ギコさんで一緒に作ったんですよ。」
 …?
 丸耳ギコ?
 ふさしぃと一緒にじゃあないのか?

「…いや、私より、彼の方が料理上手いから。」
 ふさしぃが俺の疑問を汲み取ったのか、恥ずかしそうに頭を掻く。
 まあ誰が作ってようが構わないや。
 それでは、いただきま―――

「!!!」
 おにぎりに手を伸ばそうとした俺の手を、ふさしぃがピシャリと打った。

「まだよ。
 食べるのは丸耳ギコ君が来てから。」
 けちけちしやがって。
 しかし、そういえば丸耳ギコがまだ来ていない。

「……?」
 不思議に思って海の方を見てみると、丸耳ギコが困った風な顔でこちらを見ていた。
「どうしたのー!?早く来なさい!」
 ふさしぃが大声で丸耳ギコを呼ぶ。
 しかし、あいつは頑なに海から出ようとしなかった。

「…何かあったんでしょうか?」
 みぃが呟く。
 全く、早く出て来いよ。
 でないと弁当が食えないだろうが。

「…無い。」
 と、丸耳ギコが何やら口をもごもごと動かした。
「パンツが無いんだよ!!」

363ブック:2004/05/17(月) 22:42



     ・     ・     ・



「神速にして隠密。
 知覚出来ない攻撃を回避する事は不可能モナ。」
 『ファング・オブ・アルナム』の食いちぎった丸耳ギコの水着の切れ端を握りながら、
 小耳モナーが独りごちた。

「よくやった小耳モナー。
 作戦は成功だ、完全に。」
 ギコえもんが愉悦に浸る。

「ギコえもん、小耳モナー、そろそろやめた方が…」
 私はどんどんエスカレートしつつある彼等を止めようとした。
 流石にここまでやっては、一度や二度ふさしぃに殺されるだけでは済まない。

「うるせえ!!
 ここまで来たんだ、今更後に引けるかゴルァ!!」
 ギコえもんが叫んだ。
 いや、君の為に言っているのだぞ?

「そうモナ!
 世のカップルを全て駆逐するまで、モナは止まらないモナ!!」
 小耳モナーの目は最早狂人のそれだった。

「だけど、このままじゃ後で確実にふさしぃに殺されるょぅ。」
 無駄と知りつつも、二人に向かって告げる。

「なあに、心配するな…」
 と、ギコえもんが何やらごそごそと取り出した。
 これは…
 西瓜?

「ふさしぃが西瓜割り用の西瓜を用意していたんでな。
 すり替えさせて貰った。」
 …まさかそんな事まで。

「これは只の西瓜だが…
 今ふさしぃの所にある西瓜には、強い衝撃で爆発する爆弾が仕掛けている。
 つまり西瓜を棒で殴った瞬間に、『ドカン!』という訳よ。
 名づけて、『時計仕掛けの西瓜』作戦!!
 くくっ、これならいくらあのふさしぃでも一コロだぜ…」
 …いや、ギコえもん。
 爆弾殺人は重罪だ。
 下手すれば死刑だぞ?

「…長かった。
 これまで本当に長かった…!
 だがそれも今日までだ。
 今日ここで、確実にふさしぃに引導を渡してくれる!!」
 既に当初から目的が脱線しているが、もう突っ込む気すら起こらない。
 私は黙ってこの作戦の行く末を見守る事に徹するのだった。



     ・     ・     ・



 結局、ふさしぃが車を走らせて俺と丸耳ギコの分の水着を買って来た。
 今や、顔だけにとどまらずふさしぃの体のあちこちに太い血管が浮き出ている。
 もう臨界寸前だ。
 近いうちに、間違いなく爆発してしまうだろう。

「さ、皆!海水浴の定番西瓜割りでもしましょう!」
 恐ろしい笑みを浮かべながらふさしぃが言う。
 黙ってそれに従う俺達。
 逆らう事など、出来ない。

「それじゃ、私からいくわね。」
 西瓜を砂浜に置き、ふさしぃが手拭いで目隠しをした。
 …ふさしぃ。
 西瓜割りはいいが、その右手に持っている釘バットは何だ?
 普通、西瓜を割る時に使うのは木刀とかじゃないのか?

「いくわよ…」
 …!!
 その時、俺はふさしぃから物凄い殺意を感じた。
 間違いない。
 ふさしぃは、ヤル気だ…!

「ふさしぃさん、右ですよ。」
 一人この身の毛もよだつような圧迫感に気づかないみぃが、
 無邪気にふさしぃを西瓜に誘導した。
 みぃ。
 恐らく、ふさしぃには何も聞こえていないぞ。

364ブック:2004/05/17(月) 22:43



     ・     ・     ・



「よーし、もう少しだ。
 もう少しで…」
 ギコえもんが、目隠しをして西瓜に向かうふさしぃを遠めに観察していた。
 ふさしぃが、一歩一歩西瓜へと近づいていく。
 そして、西瓜の真正面で動きを止めた。

「よし、いいぞ。そのままだ。
 今だ!振り下ろせ!!」
 しかしギコえもんの思惑とは裏腹、ふさしぃは再び動き出した。
 そのまま、西瓜から遠ざかっていく。

「……!
 糞っ!!
 後一歩の所で…!」
 ギコえもんが舌打ちをする。

「……?ギコえもん…」
 私はギコえもんに注意を促した。
 ふさしぃの進んでいる方向、もしかして…

「に、逃げた方がいいんじゃないモナか…?」
 小耳モナーも以上に気づいたようだ。
 ふさしぃが、だんだんこちらに近づいてきている。
 まさか、居場所がバレてしまった!?

「ビビルなお前ら!
 ふさしぃと俺達と、どれだけ距離が離れていると思う!?
 ここが分かる訳がねぇんだ!!
 それに、目隠しをしたままでここに辿り着くなんて―――」
 次の瞬間、ギコえもんの表情が凍りついた。
 ふさしぃが、目隠しをしたままこちらに向かって突進してきている。
 馬鹿な。
 何故、どうやって…!?

「……!!」
 ふさしぃはなおもこちらに走り続けた。
 その余りに凄絶さに、浜辺の人だかりがまるでモーゼのようにふさしぃに道を開ける。
 その開かれた道の先は、他ならぬ我々の居る場所だった。

「や、やべぇ!!皆、逃げ…」
 ギコえもんが車に乗り込もうとするが、もはや全ては遅すぎた。
 次の瞬間、私の眼前でギコえもんの頭がまるで西瓜のように爆ぜるのだった。



     ・     ・     ・




「ごめんなさいね、みぃちゃん。
 うちの馬鹿が迷惑かけちゃって。」
 帰りの車の中、ふさしぃさんが苦笑しながら私に言った。
「いえ、別に気にしてません。」
 そういえば、ギコえもんさんは大丈夫なのだろうか。
 ふさしぃさんは放っておいて平気と言ってはいたけれど…

「……」
 私の隣では、でぃさんが静かに寝息を立てている。
 丸耳ギコ君も、助手席で同様に眠っていた。

「…呑気なもんね、男って。」
 車を運転しながら、呆れ顔でふさしぃさんが呟いた。
「そうですね…」
 思わず笑みがこぼれる。
 こんなふうに心の底から笑える日が来るなんて、
 ほんの少しまでは思ってもいなかった。

「また一緒に遊びに行きましょう。
 今度はぃょぅ達も一緒に、ね。」
 ふさしぃさんが目配せをする。
「…はい。」
 夕暮れの太陽が、でぃさんの子供のような寝顔を黄金色に照らした。
 黄昏の時間の中、私はこの時がいつまでも続くように祈るのだった。

365ブック:2004/05/17(月) 22:43



     ・     ・     ・



「……ギコさん。…タカラギコさん。」

 ……!
 オオミミ君の声が、私を目覚めへと導いた。

「…ああ、オオミミ君ですか。
 どうしました?」
 ゆっくりと上体を起こし、オオミミ君に尋ねる。

「ごめん。もうすぐ近くの島に停泊するから、サカーナの親方が起こしとけって。」
 オオミミ君がすまなそうに答える。
 それにしても、起こされるまで彼の接近に気づかないとは。
 …いや、彼自身に殺気が無かったから気付かなかったのか?

「わざわざすみませんね。
 すぐに、ブリッジに向かいますよ。」
 背筋を伸ばしながら大きく欠伸をする。

「…タカラギコさん、いい夢でも見ていたんですか?」
 と、やおらオオミミ君が私に尋ねた。
「え…?」
 思わず、呆けた声が出てしまう。

「あ、ごめんなさい。
 とっても幸せそうな顔で眠ってたから、つい…」
 慌ててオオミミ君が弁解した。
 よく謝る少年だ。
 あの少女に、少し似ているな。

「…前の職場の同僚の夢を、見ていました。」
 少し間を置いた後、私は答えた。
「それで、どうだったんですか?」
 優しそうな声で、オオミミ君が聞き返す。

「相変わらず、でしたよ…」
 そう言った後で、私は自嘲の笑みを浮かべた。
 どうかしている。
 いつもの私なら、こんな質問適当にはぐらかしているのに。
 …さっき見た夢が、私を感傷的にしているのか。

「オオミミ君、先に行っておいて貰えますか?
 私は少し、支度があるので。」
 その言葉に従い、オオミミ君は部屋から出て行った。

「さて、と…」
 ベッドから降り、顔を叩いて気合を入れ直す、
 忘れるんだ。
 夢はどこまでいっても只の夢。
 決して現実には成り得ない。
 もう、私はあそこへは帰れないのだ。
 絶対に、帰れない。
 帰る資格も無い。
 もう決して、戻れない場所。

「…それでも、私は進まねば。
 私は…私は、今度こそ……」
 拳を握り、決意を固める。
 それでも、今見た夢はなおも私の心を切なく焦がし続けるのであった。



     TO BE CONTINUED…

366ブック:2004/05/18(火) 18:02
遅くなりましたが、救い無き世界最後の人物紹介。
主要キャラクターはもう語りつくしましたし、あまり長々とやるのもなんなので、
ここでは矢の男とその従者達その他新登場のスタンドだけ。


『矢の男』…自身のスタンド『サイコカリバー』で、魂を新しい肉体に入れ替えながら、
      神の降臨の為の魂を集めてきた。
      神をその身に宿すも、覚醒した『デビルワールド』によって存在を終了、
      敗北する。

スタンド…名称『アクトレイザー』。
     アカシックレコードへの干渉を行え、それにより事象の閲覧、
     書き換えが出来る。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
モナエル…『矢の男』の従者の一人。
     小耳モナーと闘い、追い詰めるもすんでの所で死亡。

スタンド…名称『アーガス』。遠隔操作、群体型。
     無数の羽虫のビジョンで、その針に刺された者は
     人に認識されなくなり、最後には完全にこの世から消え去ってしまう。
     石ころ帽子の強化版と思って頂こうッ!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ギコエル…『矢の男』の従者の一人。
     裏設定ではこいつがトラギコと特に仲の悪い従者だった。
     ふさしぃ、ギコえもん、小耳モナーをそのスタンドで一網打尽にするも、
     三人の機転の前に敗れる。

スタンド…名称『プリンス・オブ・ペルシア』。
     罠だらけの迷宮を異次元に作成し、その中に人を取り込む。
     取り込まれた者は、一時間以内にその迷宮のどこかにいる本体を倒さなければ、
     迷宮の崩壊に巻き込まれて死亡する。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
しぃエル…『矢の男』の従者の一人。
     従者の中の紅一点だったが、大したサービスシーンも無いまま退場。

スタンド…名称『ウインズノクターン』。
     しぃエルの背中に生えた大きな翼がビジョンで、
     それによって起こされた風に晒されたモノは全て風化する。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
モララエル…『矢の男』の従者最後の一人。
      たった一人ででぃ達を襲撃、その殆どを無力化させるも、
      ギコえもんに倒される。
      最後に華々しく散華した。

スタンド…名称『スペースハリアー』。
     近距離パワー型で、このスタンドに触れたモノへの、
     空気、重力、水圧その他一切の外部の自然からの抵抗を増大させる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



     ・     ・     ・



『デビルワールド』…遥か昔『矢の男』が神を生み出そうとして失敗した時に
          生まれたスタンド。
          負の思念を喰らう事でいくらでも大きくなり続ける。
          『矢の男』はすぐさま元となった魂を散らす事で実体化の前に
          消滅させようとしたが、
          辛うじて生き残り別の生命の体を渡り歩く事で生き永らえていた。
          でぃと接触、そして復活を果たすも、
          でぃの新たなスタンド、そして自身の能力により消滅。
          万物は終わりを内包するが、彼もまた例外ではなかった。
          能力は、この世に存在する全てを『終わらせる』事。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『イース』…『矢』によりでぃから生まれたスタンド。
      近距離パワー型で、大きな盾を構えた戦士の姿がビジョン。
      その盾で受け止めたあらゆる攻撃を、攻撃者に向かって跳ね返す。

367:2004/05/19(水) 17:01

「―― モナーの愉快な冒険 ――   そして新たな夜・その6」



 レモナは高速で飛翔していた。
 そのスピードは、すでに音速に達している。
 前方に、F−22が2機。
 ようやく追いついたようだ。

「さぁて…」
 レモナは、2機のF−22の動きをチェックした。
 航空機における最小戦術単位は、2機編隊である。
 1機がリーダーで、もう1機がウィングマン(寮機)として後方からの援護を行うのが普通だ。

「…リーダーはあっちね」
 レモナは並走して飛ぶ2機の内、片方に狙いをつけた。
 両機とも、高速接近してくるレモナの存在は感知しているはず。
 一般に、空戦においては背後をとった方が優勢。
 その点で、レモナは多少有利と言える。
 だが、まだ距離が遠い。
 仕留めるには距離が開きすぎている。

 向こうはどう出てくるか。
 得体の知れない追撃者に恐れをなし、この場から離れるか。
 それとも、仕掛けてくるか…

 2機の高度が上昇し始めた。
 高度を稼ぐためには、速度を犠牲にする必要がある。
「最適な上昇率。やる気みたいね…」
 レモナは呟いた。
 どうやら、向こうに逃げる気はないらしい。

 リーダー機が大きく旋回した。
 その速度が大きく落ちる。
「…今ね!」
 レモナは、高速でリーダー機に接近した。
 そして、リーダー機とウィングマン機を結ぶ直線上に占位する。
 これでウィングマン機はレモナに攻撃できない。
 リーダー機を巻き込む可能性が高い為だ。

 レモナに対して、完全に正面を向くリーダー機。
 F−22の固定兵装であるバルカン砲が稼動し始めた。
 通常なら、この距離でバルカン砲を掃射されれば勝負は決まる。

「もらった…!!」
 それにもかかわらず、レモナは呟いた。
 さらに接近速度を上げる。
 F−22リーダー機の間近まで…

 リーダー機のバルカン砲が火を噴いた。
 レモナは、臆する事なく突っ込んでいく。
 バルカン砲は、最大発射速度に達するまでに0.3秒を要する。
 そして、その速度に至るまでは弾道が安定しない。

 ――0.3秒。
 通常の戦闘機相手なら、問題にもならない時間。
 だが『レモナ』という兵器を相手にするのに、その隙は大きすぎた。

「落ちろッ!!」
 レモナはバルカン砲をかわしながら、大腿部から対空ミサイルを発射した。
 リーダー機との距離、僅か50m。
 向こうに抗う術もない。
 避けるどころか、パイロットの脱出する時間すら与えられないだろう。

 対空ミサイルが、F−22リーダー機の胴部に直撃した。
 爆発炎上するF−22。
 主翼が折れ、胴部から離れる。
 その機体は紅蓮の炎に包まれ、そのまま失速していった。
 レモナの視界が火の赤に染まる。

「あと1機…!」
 残るF−22に向き直ろうとするレモナ。
 その瞬間、彼女は異常な電波を感じた。
「これは… アクティブ・レーダー!?」
 レモナはウィングマン機に素早く視線をやった。
 F−22の胴体内兵器倉からは、既にミサイルが突き出ている。

 次世代中距離空対空アクティブレーダー・ホーミングミサイル、AIM−120C。
 通称『AMRAAM(アムラーム)』。
 100%に近い命中率を誇る、脅威の対空ミサイル…!

「こんな近距離でロックオンしてくるなんて…!!」
 レモナは速度を上げた。
 同時に、AMRAAMがレモナ目掛けて発射される。
 超音速で接近してくるAMRAAM。

 F−22は、そのままレモナに並走している。
 AMRAAMは、機体から誘導する必要はないにもかかわらず。
「撃墜を最後まで見届けようってわけ…!?」
 レモナはさらにスピードを上げ、憎々しげに呟いた。
 その背後にAMRAAMが迫っている。
 AMRAAMのマッハ4以上もの速度と脅威の追尾能力は、レモナの運動性を大きく上回っているのだ。
 このミサイルから逃れるには、ミサイル自体を撃墜するより他に方法はない。

368:2004/05/19(水) 17:01

「当たれッ!!」
 大腿部から、対空ミサイルを発射するレモナ。
 その赤外線シーカーが、目標をロックした。
 レモナの放ったミサイルは、AMRAAM目掛けて高速直進する。
 ミサイル同士が激突する寸前、AMRAAMは大きく軌道を変えた。
 レモナが放ったミサイルを避けるように、左方に大きく旋回する。

「…かわした?」
 レモナは呟いた。
 AMRAAMには、迎撃ミサイルを避ける機能が備わっているのだ。
 彼女の放ったミサイルは、そのまま直進していった。
 レモナの間近にAMRAAMが迫る。

「ま、いいか… 相打ちだし」
 レモナは笑みを浮かべて言った。
 先程彼女が放ったミサイルは、AMRAAMの迎撃を目的にしたものではない。
 彼女の放ったミサイル『サイドワインダー』がロックしたのは、並走してくる敵機F−22である。

「最初にサイドワインダーがそっちのAMRAAMに向かったのは、ただの慣性移動。
 本当の狙いは、そっちよ…
 ミサイルにロックされてる私が、それを無視して敵機の方を狙うとは思わなかったでしょ?」
 レモナは、F−22を見据えた。
 その機体に、先程レモナが放ったサイドワインダーが迫る。

 レモナの身体に、AMRAAMが直撃した。
 マッハ4以上の動体の激突は、レモナの左半身を引き裂く。
 それに続く爆発をまともに喰らうレモナ。
 同時に、F−22ウィングマン機はサイドワインダーの直撃を受けた。
 F−22の機体は爆炎に包まれる。

 レモナの身体は失速していった。
 その目に、炎上しながら墜落するF−22の姿が映る。
「撃ってすぐに逃げてれば、自機撃墜なんてのは避けられたのにね…」
 落下しながら、レモナは呟いた。

 そのまま、レモナの体は地表に叩きつけられる。
 いかに頑丈なレモナの体とはいえ、AMRAAMの直撃と地表への激突衝撃には耐え切れない。
 各部が粉々に砕け、全身が四散した。
「…完全回復に、あと30分ってとこかしら…」
 頭部だけで、レモナは呟く。

 かなり離れたところで、大きな爆発が起きた。
「さっきのF−22か…」
 レモナは、爆発の起きた方向を見た。
 噴き出した炎が夜空を赤く染める。
 バラバラになった機体の破片が、周囲に散らばっているようだ。

「相打ちは相打ちだけど、その重みは全然違うわね…」
 レモナは呟く。
 撃墜した2機とも、パイロットが脱出した様子はなかった。

「さてと…」
 ダメージは大きい。しばらく、ここから移動できなさそうだ。
 レモナは周囲を索敵した。
 付近に航空機の類は全く見当たらない。
 脱出用のヘリが戦闘機によって撃墜される可能性は回避されたようだ。
 さすがに、2機のF−22以外の戦闘機は投入していなかったらしい。
「まあ、最強のF−22が2機とも撃墜されるとは思ってもみなかったでしょうけどね…」
 レモナは、そう呟いてため息をついた。

369:2004/05/19(水) 17:02



          @          @          @



 CH−47JA輸送ヘリが、空き地の真ん中に着陸する。
「まったく… どこが200mほど離れた地点なんだよ…」
 モララーは不満を込めて呟いた。
 首相官邸から200mほど離れた地点で、脱出用ヘリが待っている。
 官邸内で、リル子はそう言った筈だ。
 だが、ここは官邸から1kmは離れている。

「当初はそういう予定だったのですが、敵の数はこちらの予想を超えていました。
 用心の為、ヘリの着陸地点を遠ざける必要があったんです」
 リル子は表情を変えずに言った。
「いや、リル子さんに文句を言った訳じゃないからね!!」
 モララーは慌てて発言を撤回する。

「さて、急いで乗って下さい」
 局長は、要人たちに告げた。
 要人の列が、ヘリに向けて進み始める。

 ギコ達は、周囲に展開して目を光らせていた。
 ヘリに乗り込む時が、最も危ないと言われている為だ。
「どうだ、つー?」
 ギコは、敵意を感じ取ることのできるつーに呼びかけた。
「アア、ダイジョウブダ。500mイナイニハ、マッタク テキイヲ カンジネェ…」
 つーは言った。

「対空攻撃部隊には特に注意を払って下さい。離陸した瞬間に撃墜されでもしたら…
 私達は何とかなるにしても、要人は全員死亡ですからね」
 局長はギコ達に注意を促した。
 ヘリのタラップを駆け上がっていた要人の1人が、嫌そうな表情を浮かべる。

「全員、乗りました」
 リル子は局長に告げた。
「それでは…」
 局長が、ギコ達に呼びかけようとする。
 その瞬間、異常は起きた。

 ピシッという軽い音。
 ヘリの操縦席のガラスに、指先サイズの穴が開いた。
「…!?」
 局長は、操縦席の方に視線をやった。
 ガラスに、赤いものが粘りついている。
 それも、内側から…

「うわぁぁぁぁぁッ!!」
 操縦士の悲鳴が上がった。
 このヘリは、2人の操縦士を必要とする。
 操縦席のドアが開き、操縦士の1人が飛び出した。
「あ、相棒が撃たれたぁぁッ!!」
 操縦士は、叫びながらヘリから離れる。

「迂闊に動くんじゃない!!」
 局長は叫んだ。
「!!」
 ギコ達が身構える。
 その瞬間、外に飛び出した操縦士の側頭部に穴が開いた。
 身を反らせ、側頭部の穴から血を撒き散らしながら、操縦士は地面に倒れる。

「狙撃かッ…!!」
 ギコは周囲を見回した。
「コノ チカク ジャネェ!! モット トオクカラダ!!」
 つーは叫ぶ。
 第3撃はない。どうやら、狙撃は終わったようだ。

「…あそこからでしょうね」
 局長は、そびえたつ首相官邸を見上げた。
 一瞬、官邸の屋上に人影が見えたのだ。
 この距離から、ヘリ内部の操縦士を狙撃できるほどの男はただ1人。

「ソリッド・モナーク、先程のお返しという訳ですか…」
 局長は、首相官邸の屋上を凝視して呟いた。
 そこには既に人影はない。

「どうすんだ!? 操縦士が2人とも…」
 ギコは慌てる。
「私が何とかします。全員、ヘリに乗って下さい!」
 リル子は、開いているドアから操縦席に滑り込んだ。

「…?」
 困惑しつつ、ギコはヘリのタラップを駆け上がった。
 モララー、しぃ、つーが後に続く。
 全員がヘリに乗り込んだのを確認してから、局長はタラップを上がった。

「でも、どうするんだ…?」
 ギコは、操縦席に目をやる。
 リル子はシートに座ると、アタッシュケースを膝の上に置いた。
 そして、ケースから取り出したコードをヘリの操縦機器に繋ぐ。

「…管制システムとリンクしました。私のスタンドで動かせます」
 リル子は計器をチェックしながら言った。
「離陸します。多少揺れますので、注意して下さい」

 メインローターが回転し、ヘリの機体がゆっくりと浮かび上がる。
 そのまま、ヘリは北西の方向に移動し始めた。

370:2004/05/19(水) 17:02

「これで一息だね…」
 モララーが安堵のため息をついた。
「本当、緊張した…」
 しぃが呟く。
「まあ、ちょっと前まで女子高生やってた身分からすりゃ、パニック起こさなかっただけでも立派なもんだ…」
 『アルカディア』が、機体の内壁にもたれる。
「いや、今でも現役の女子高生なんだけど…」
 しぃは不服そうに呟いた。
 普段の調子が戻ってきたようだ。

 要人達も、やっと落ち着いたらしい。
 彼等の中の数人が、会話を交わしている。
 もっとも、蒼白のまま固まっている者も何人かいるが。

「…無線が入りました。レモナさんのようです」
 運転席のリル子は言った。
「レモナ? 俺が出る…!」
 ギコが操縦席に駆け寄った。
 そして、リル子の手から無線機をひったくる。

「おい、レモナ! そっちはどうだ!?」
 ギコは無線機に呼びかけた。
『ちゃんと2機とも落としたわよ。でも、こっちもダメージ食らって、しばらく動けないみたい』
 あっけらかんとしたレモナの返事。
「動けない…? 大丈夫なのか!?」
 ギコは大声で訊ねた。
『30分もしたら全快するわ。全然大丈夫』
 当のレモナは、平気そうに告げる。
 どうやら、本当に心配はいらないようだ。

「…そうか。で、合流はできそうか?」
 胸を撫で下ろしてギコは言った。
『そっちの機体を補足してるから、回復次第そっちに向かうわ。そっちの周囲にも、敵機はいないみたい。
 暇つぶしに周囲の電波を妨害しとくから、そっちのヘリが敵に補足される危険もないはずよ』
 レモナは告げる。
「…それは助かりますね。乗り換えの手間が省ける」
 横から聞いていた局長が言った。

『私の活躍、ちゃんとギコくんの口からもモナーくんに伝えといてね。じゃ、また』
 そう言って、通信は途切れた。
 ギコは、無線機をリル子に渡す。
「電波妨害は本当に助かりますね。F−22クラスの戦闘機に補足されれば、輸送ヘリでは流石に手も足も出ませんから」
 リル子は無線機を受け取って言った。

「…そのスタンドがあれば、何でも運転できるのか?」
 ふと気になって、ギコはリル子に訊ねる。
「ある程度の電気的アビオニクス(統制機器)を搭載している機体なら、問題はありません。
 自動車とか、機能の特化したシステムになると無理ですけど」
 リル子は、前方を向いて言った。
「ふーん、便利なスタンドだなぁ…」
 ギコは呟く。
「その代わり、本体が高度な情報処理能力を持っていないと使いこなせませんが。フフ…」
 リル子は、自慢とも取れるような事を口にした。

「それで、このヘリはどこに向かってるの?」
 モララーは、局長に訊ねる。
 ギコは局長の方に視線をやった。
「…秘密基地ですよ」
 局長はニヤリと笑う。
「ひ、秘密基地だって!?」
 その甘美な言葉の響きに、モララーが目を輝かせた。
「ええ。ASAと『教会』が激突した時の拠点として用意していたんですが、こんな時に役に立つとはね…」
 局長は窓の外を見下ろして言った。
「あと20分で到着します。それまで、ゆっくり休んでいて下さい…」

371:2004/05/19(水) 17:03

 ヘリは、あるBARの駐車場に着陸した。
「店の規模の割りに、デカい駐車場だな…」
 ギコが呟く。
「ええ。ヘリが着陸できるようにね」
 そう言って、局長はヘリから降りた。
「さてみなさん、降りますよ…」

 ギコや要人達が、ぞろぞろとヘリから降りる。
「監視衛星とか、大丈夫なのか?」
 ギコは局長に訊ねた。
 駐車場にこれだけ人が集まれば、衛星にキャッチされても不思議ではない。
「問題ありませんよ」
 局長はそう言って、BARに向かって歩き出した。
 全員が後に続く。

 局長は、立派な木製のドアを開けた。
 カランカランと鐘の音が鳴る。
「BARぃょぅにようこそだょぅ… あっ、お帰りだょぅ」
 マスターらしき人物は、局長の姿を見て言った。

「要人奪還は成功しましたが… 米軍まで出張っていましたよ。厄介ですねぇ…」
 そう言いつつ、局長はつかつかとカウンターに歩み寄った。
 そして、カウンターの中に入る。
「米軍と自衛隊が共同で動いているとなると、政治的取引も難しくなるょぅ。
 米国も、スタンド使い排斥に動いているのかょぅ…」
 マスターらしきぃょぅは表情を曇らせる。
 そして、入り口に立つギコ達を見た。
「ギコ君達の事は、局長から話は聞いてるょぅ。そんな所で突っ立ってないで、中に入るょぅ」

「お、お邪魔します…」
 しぃは困惑しながら告げた。
 こういう店に入るのは初めてなのだろう。
「君も、公安五課の人?」
 モララーはぃょぅに訊ねた。
 ぃょぅは頷く。
「君の事は、バーテン仲間から聞いているょぅ。カツカレーは無ぃょぅ」
「ちぇっ…」
 モララーは視線を落とした。

 カウンターの中にいる局長が、大きな業務用の冷蔵庫を開ける。
「じゃあ、この中に入って下さい」
 局長はギコ達の方に振り返って告げた。

「…!?」
 ギコは困惑した。
 これは、どういう嫌がらせだ?
 だが冷蔵庫の中を良く見ると、地下へ続く階段のようなものが見える。

「…なるほど。それが秘密基地の入り口って訳か」
 ギコは言った。
 局長は頷くと、冷蔵庫の中の階段を降りていく。
 ギコ達が後に続いた。
「要人の皆さん方も、中にどうぞだょぅ」
 ぃょぅはカウンターをフルに開けると、要人達に言った。
 自分自身は降りないようだ。

 要人の最後列の人が、冷蔵庫の中に消えていく。
 ぃょぅはそれを確認して、冷蔵庫の扉を閉めた。
 ただ1人残った女が、カウンター席に座る。

「…ウォッカ・マティーニ」
 リル子は、ぃょぅに告げた。
「…大変だったみたいだょぅ」
 ぃょぅはため息をつきながら、背後の棚を開ける。
「でも、飲み過ぎは良くないょぅ。店内で暴れるのは、もう勘弁してほしいょぅ…」

372:2004/05/19(水) 17:04



          @          @          @



 長い長い階段を降りるギコ達。
 階段自体は、しっかりとしたものだった。
 だが照明が薄暗いので、足元がどうも不安である。
 降りるにつれ、空気が薄くなっていく感じ。
 無論、錯覚であることをギコは理解している。

 ようやく、階段の終わりが来たようだ。
 地下5階分は降りたであろう。
「公安五課、秘密基地へようこそ!」
 局長は振り返ると、仰々しく告げた。
「…その恥ずかしいネーミングはどうにかならないのか?」
 ギコは呆れて言った。
 もっとも、モララーは気に入っているようだが。

 ――だだっ広い事務所。
 そういう表現が、一番当て嵌まるだろう。
 部屋内に多くのデスクが並び、電話機やPCが備え付けられている。
 20人程度なら、余裕で収容できる広さはあるようだ。
 天井も高く、床は綺麗である。
 だが、地下特有の息苦しさは消えてはいなかった。

「窓がないってのは、落ちつかねぇな…」
 ギコは呟いた。
 モララーは、少し肩を落としている。
 おそらく、彼の脳内の秘密基地のイメージと違ったのだろう。
「結構、広いんだね…」
 しぃは感心したように呟いた。

 局長は、要人達の方を振り返る。
「皆さんには、しばらくここで暮らして頂きます。
 皆さんは今や完璧なお尋ね者ですから、なるべく外出は控えて下さい。
 地下である為、不便な点はありますが… 命の危険がない分、首相官邸よりはマシでしょう?」

「…仕方ないな。中央を追われた身はこんなものか」
 首相が嘆息する。
 要人達は、部屋中に置かれた椅子に腰を下ろした。

「先行きはどうなると君は考えている?」
 パイプ椅子に腰を下ろした官房長官が、局長に訊ねた。
 局長は僅かに表情を曇らせる。
「私の当初のプランでは…
 皆さんを保護した上でマスコミに働きかけ、自衛隊が独断で動いている事を明らかにするつもりでした。
 その上で国連に働きかけ、自衛隊の暴走を止めさせようとね」

 首相は口を開いた。
「君も見ての通り、米軍が派遣されている。アメリカ本国もスタンド使いの排除に乗り気だ。
 それだけではないね。他の国も、ASA及びスタンド使い打倒に動いていると見ていい。
 各国首脳、よほどスタンド使いの存在に手を焼いてたんだろうな…」
 そう言って、笑みを見せる首相。

「でも、スタンド使いだからって悪いことするとは限らないのに…」
 しぃは言った。
「国家を転覆させるだけの力を持つ者というのは、その存在だけで国家にとって毒なんだよ。
 当人の意思にかかわらずね…」
 要人の1人は、しぃを諭すように告げる。

 局長は口を開いた。
「とにかく、状況が違ってきています。
 常任理事国であるアメリカがスタンド使い排斥に動いている以上、国連決議に頼ったところで結果は見えている。
 やや手詰まりの感がありますね…」
「…」
 要人達は、揃って沈黙した。
「フサギコ…、やってくれますね。暴走しているように見えて、根回しは完璧だったとは…」
 局長は呟く。

373:2004/05/19(水) 17:05

「これもオヤジのせいだ。すまねぇ…」
 ギコは要人達に頭を下げた。
 この状況は、全て彼の父親が引き起こした事なのだ。
 しぃは、ギコの複雑な心中に気付いた。

「君は… フサギコ統幕長の御子息なのかね…?」
 首相はギコに視線をやった。
「…ああ」
 ギコは頷く。
 それを聞いて、首相はため息をついた。
「…頭など下げんでいいよ。こっちが悲しくなる。
 私の孫のような年齢の君が、親の責任まで抱え込む事はない」

「ギコ君…大丈夫だよ」
 しぃは、肩を落としているギコに呼びかけた。
 官房長官が口を開く。
「そこの娘さんの言う通りだ。軍人のクーデターで揺らぐほど、我が国は軟弱じゃない。
 50年に渡って中央政権に君臨し続けた与党の力、奴らに思い知らせてやるさ」
「そうですよ、ギコ君。責任論は事態が収拾してからでいい。今は前を向く時です」
 局長は、珍しく他人を思いやる旨の言葉を口にした。

 思いの他、要人達は協力的であるようだ。
 首相官邸に監禁されている間に、かなりの鬱憤が溜まっていたらしい。
 自衛隊員に銃を突きつけられる中、団結心も芽生えていたのだろう。
 彼等は、先の事について協議し始めた。

「まず外交ルートを駆使して、どれだけの国が自衛隊に賛同しているか調査する必要があるな…」
 外務次官が口を開く。
「相当数の筋は向こうに抑えられているだろう。意向を聞き出すだけで一苦労だな」
 官房長官がため息をついた。
「この年まで官僚をやってきたんだ。信頼できる独自のルートなんていくらでもある」
 そう言って、自身ありげに頷く外務次官。
 局長は、要人達に告げた。
「では、皆さん方は現状把握の方をお願いします。くれぐれも軽率な行動は慎むようにして下さい」

「マア、オレタチニハ カンケイナイ ハナシ ダケドナ…」
 つーは、大きなソファーに座り込んで言った。
 ギコは複雑な思いを抱いているだろうが、彼ら自身はあくまで助っ人なのだ。

「…ところが、そうは行きませんよ」
 局長は笑みを浮かべて言った。
「素顔をさらして首相官邸に乗り込んだんですから、簡単に素性が割れるでしょう。
 君達も、立派なお尋ね者ですよ。 …まあ、一蓮托生で頑張っていきましょう」

「テメェ! ハメたな!!」
 ギコは怒鳴った。
 思えば、それは当然の成り行きなのだ。
 ギコは、そんな事が見抜けなかった自分自身を反省した。

「じゃあ、僕達もしばらくここで暮らせってこと!?」
 モララーは局長に詰め寄った。
「…ええ。そうなりますね」
 局長はあっさりと認める。
「皆さんの家には、今頃は自衛隊員か米兵が詰め掛けているはずです」

「どうしよう…!! 家には、お母さんと妹が!!」
 しぃが悲壮な声を上げた。
「僕も、家にパパとママと妹がいるんだよ!?」
 続けてモララーも叫ぶ。

 局長は無線機を取り出すと、何やら操作した。
「心配は無用ですよ。既に公安五課が身柄を保護して…いない!?」
 局長は珍しく驚きの声を上げた。
 そして、無線機に語りかける。
「どういう事です!? …先に保護? 一体誰が…」

 しぃが、泣きそうな顔で局長を見つめている。
 局長は慌てて言った。
「いや、保護されているのは確かなようです。それが、公安五課の手によるものではないだけで…」

「おいおい、何だそりゃ。とんでもねぇ不手際だな…」
 ギコは怒気をはらんで言った。
 家族を保護するような人員をあらかじめ配置していた以上、全ては局長の予想通りと言ったところだろう。
 この男は、あらかじめ自分達を巻き込むつもりでいたのだ。その結果の不手際である。

「保護したのはASAって事はないの…?」
 モララーは焦りながら言った。
 流石に、彼も家族の事が気に掛かるようだ。

「その可能性は高いでしょうね。張り込んでいた局員も、ASAのスタンド使いの姿を見たと言っています。
 彼らも、自衛隊の動向に目を光らせているはずですし」
 局長は言った。
 しぃとモララーは、とりあえず胸を撫で下ろす。

374:2004/05/19(水) 17:06

 突然、内線電話が鳴った。
「…どうしました?」
 局長は受話器を手に取る。
『レモナさんと言う方が来てるょぅ。地下に案内していいかょぅ?』
 電話の向こうで、ぃょぅは告げた。
「ああ、もう着いたんですか。構いませんよ」
 局長はそう言って、受話器を置く。

「ヤレヤレ。メンドクセェ コトニ ナッチマッタナ…」
 そう言いつつも、つーは少し楽しそうである。
 これから、暴れる機会が増える事を予期しているのだろう。

「皆さんのロッカーも用意してありますよ」
 局長は、部屋の端を示した。
 大きなロッカーに、『ギコ』、『モララー』といったネームプレートが貼られている。
「…そんなもんまで用意してやがったのか。最初から、とことん抱き込む気だったんだな」
 ギコは、もう文句を言う気力もない。
 つかつかとロッカーに歩み寄ると、その中にM4カービンを仕舞った。

「女性の方には、ロッカーの代わりに個室を用意してあります。いろいろ大変でしょうからね…」
 局長は告げる。
 しぃは安心したような表情を浮かべた。
「…オレハ?」
 性別不詳であるつーは訊ねる。
「フレキシブルに対応できるよう、貴方には個室とロッカーの両方を用意していますが…」
 局長はそう言って腕を組んだ。

 しぃは、壁にかけられた時計を見る。
 午前6時。そろそろ明るくなる頃だ。
「モナー君達は大丈夫かなぁ…」
 しぃは呟く。
「心配はいらんだろ。ASAの奴等もついてるんだし」
 ギコは腕を組んで言った。
 彼らにも、この場所を連絡してやる必要があるな…

「まあ今頃、大海でバカンスを楽しんでるんだろうが…」
 ギコはそう言ってため息をつく。
 そんなはずがない事は、誰もが分かっていた。
 彼等は… 大丈夫なのだろうか。

「あんまり遅いようなら、少し様子を見に行ってやるか」
 ギコは言った。
「私も行く〜!!」
 いつの間にか来ていたレモナが口を挟んだ。
「オレモ!オレモ!」
 つーがはしゃぐ。
「おいおい、遊びに行くんじゃないんだ。それに、多人数で行くとここの守りが不安だろ?」
 ギコは2人を諌めた。
「それに、あくまで帰りが遅かった時の話だゴルァ」

 ギコは、広い部屋内を眺めた。
 要人達の多くは、電話機を手にして何かをしゃべっている。
 家族への連絡か、調査等の依頼や命令か…

 ギコはソファーに座り込むと、額に手を当てた。
 ヘリの中で、局長からモナークの話を聞いた。
 要人暗殺が目的だったにしては、腑に落ちない事が多すぎる。
 彼は、何者だ?
 あそこで、何をしていた?
 ギコは自問した。

 ――『教会』の影。
 そう。最も不気味な組織が、未だに表舞台に現れていないのだ。
 …奴等は何を企んでいる?

「…まあ、モナー達も大丈夫だろ」
 ギコは、言い聞かせるように言った。
 まるで、自身に根付いた嫌な予感を払拭するように。



  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

375:2004/05/21(金) 23:28

「―― モナーの愉快な冒険 ――   吹き荒れる死と十字架の夜・その1」



 ASA第14艦隊、旗艦『フィッツジェラルド』。
 しぃ助教授は、その艦のブリッジから窓の外を眺めていた。
 眼下には真っ暗な海がどこまでも広がっている。
 遥か前方に、ありすが艦長のイージス艦『ヴァンガード』の姿がうっすらと見えた。

「…モナー君の様子は?」
 しぃ助教授は、外に視線をやったまま丸耳に訊ねる。
 後ろに控えていた彼は、素早く口を開いた。
「ねここの報告では、大人しく部屋で眠っているようです。
 どうやら、1日か2日でこの任務が終わると思い込んでいたとか…」

 しぃ助教授は微笑んだ。
「…モナー君らしいですね。で、帰るとか言い出しませんでしたか?」
 丸耳は首を振る。
「いえ。そのような事は無いようです。リナーさんを同乗させた事が功を奏していますね…」

「彼には、働いてもらわないといけませんからねぇ…」
 しぃ助教授は、腕を組んでため息をついた。
 ここから見える海は、無限に広がっている。
 そして、この海のどこかに確実に敵がいるのだ。

 丸耳は時計を見た。
 現在、午前5時。
 もうそろそろ、夜も明ける頃だ。
 彼は地図に視線をやった。
「横須賀から第1護衛隊群、佐世保からは第2護衛隊群の出港が確認されています。
 明日の夜には、危険海域に入るでしょう」
 丸耳は、海を眺めるしぃ助教授の背中に告げた。

「両艦隊共に、イージス艦が配備されていますね…」
 しぃ助教授は、艦長用の椅子に座りながら呟いた。
 丸耳は静かに頷く。
「…はい。そして、敵は海上自衛隊の艦隊のみとは限りません。
 本部ビルに海上からミサイル攻撃を仕掛けてきたのは、ロシアのバルチック艦隊でしたし」

「米海軍の第7艦隊に遭遇するのだけは避けたいですね…」
 しぃ助教授は大きく背伸びをして、そのまま頭上で腕を組む。
 丸耳は、地図をチェックしながら言った。
「そういう事態を避ける為、モナー君に乗ってもらったんでしょう?
 彼の探知能力は、用途によってはイージス艦搭載のフェーズド・アレイ・レーダーをも上回りますから」

「監視衛星が使えないのは、痛いですね…」
 しぃ助教授はため息をつく。
 ASAの所有する監視衛星は、米軍の電子戦部隊によってハッキングされたままなのだ。
「戦略衛星兵器『SOL−Ⅱ』はハッキングを逃れました。それだけでも幸いですよ…」
 丸耳は慰めるような口調で告げる。


 ブリッジに、職員の1人が駆け込んできた。
「各監視班から連絡が入りました。しぃとモララー、レモナ、つーの家を米兵が包囲しているようです!」
 職員は、報告書に目を通しながら告げる。

 しぃ助教授と丸耳は、同時に顔を上げた。
「米兵が…?」
 しぃ助教授は顎に手を当てる。
 丸耳は、しぃ助教授に視線をやった。
「米軍内だけで処理する気なんでしょう。なにせ、官邸に侵入した賊の1人は統幕長の息子ですからね。
 自衛隊の方には、そこらの報告は行かない可能性が高いと思われます」

「統幕長の息子が加担している事が自衛隊側に漏れれば、いろいろと面倒な事態になる…ってとこですか。
 とにかく、彼等がノコノコと家に戻るわけがないでしょうに…」
 しぃ助教授は艦長席から立ち上がると、再び窓の外を眺めた。
 考え事を抱えている時、彼女には遠くを眺めるというクセがあるようだ。

「しぃとモララーは家族と同居しています。その家族は現在も在宅中で、迅速な保護が必要です。
 監視班だけでは、家を包囲している米兵に太刀打ちできないと思われますが…」
 職員は続けて報告した。
 しぃ助教授は、表情を曇らせて顎に手を当てる。
「しかし、そっちに回せる兵員は…」

 丸耳が顔を上げ、無言でしぃ助教授を見た。
 まるで、何かを訴えるように。
 しぃ助教授は微笑んで言った。
「…許可します。貴方1人だけなら、ここからでも行けるでしょう?」

「了解しました。10分ほど席を外します」
 丸耳の背後に、彼のスタンド『メタル・マスター』のヴィジョンが浮かび上がる。
 その直後、丸耳の姿はスタンドと共に虚空に消え去った。
 ブリッジから、丸耳の気配が完全に消える。

「監視班は撤退してもらって結構です。彼が保護しに行きましたから」
 しぃ助教授は、報告に来た職員に告げた。
「はっ!」
 職員は一礼すると、ブリッジから出ていった。

「ギコ君達は、公安五課と結託しましたか。まあ、正面から敵対しないだけマシですかねぇ…」
 しぃ助教授は、誰もいなくなったブリッジで1人ため息をついた。

376:2004/05/21(金) 23:29



          @          @          @



 俺は、机から顔を上げた。
 荒廃した夜の教室。
 いい加減、見慣れた風景だ。

「今度は、何の用モナ?」
 俺は、教卓にもたれている男に訊ねた。
「…今度は、とは心外だな。私が意図して君を呼んだのは、まだ2回目だ」
 『殺人鬼』は、ぬけぬけと口を開く。
 つまり、前回は俺の方から勝手に来たと言いたいのだろう。
「それで、何の用モナ? 手短に頼むモナ」
 俺は、奴を見据えて言った。

「君の体の事で、伝えなければいけない事柄がある」
 『殺人鬼』は、珍しく即座に本題に入ったようだ。
 奴はそのまま言葉を続けた。
「…まず、君は吸血鬼にもかかわらず痛覚を持っている」

「え…?」
 俺は困惑した。
 そういえば、皮膚感覚は人間だった頃と変わりはない。
 『殺人鬼』は、当惑する俺を尻目に言った。
「それは、私がそういう風に君の回路を繋いだからだ。
 君のような緊張感のない人間が痛覚を失えば、戦闘において不利な面が多いからな。
 痛みというのは重要なシグナルだ。その感覚を大切にするがいい」

 緊張感のない、というフレーズに文句を言おうと思ったが、押し留まる。
 日中にカーテンを開け、危うく塵になりかけた事もあったのだ。
 確かに、我ながら緊張感がないとも言える。
 『殺人鬼』はさらに言った。
「それと、もう一つ。食事に関する感覚も、人間時のものに戻した。
 空腹感や満腹感、味覚等、人間だった頃と変わらないはずだ。
 血に関する過剰な欲求も、君の精神回路から排除してある。
 何故そうしたかは… あの娘を見ていれば分かるな?」

「…」
 俺は無言で頷いた。
 ここは、礼を言うところだろうか。
 しかし精神回路を他人にいじくられるのは、これっぽっちもいい気はしない。
「無論、私が手を伸ばせるのは君の感覚だけだ。
 血の摂取が不要になった訳ではないから、その点を誤るな」
 『殺人鬼』はそう補足した。
 昼食や夕食の時の疑問が、これで解けたようだ。

 …ともかく。
 俺は、こいつに謝らなければならない事がある。
 いかに『殺人鬼』がいけ好かない奴とは言え、この体は奴のものなのだ。
 しかし、その事に奴は触れてこない。

「…怒ってないのか?」
 俺は、『殺人鬼』に訊ねた。
「何をだ?」
 『殺人鬼』は聞き返す。
「お前、代行者だったんだろ? なのに、俺がこの肉体を吸血鬼にして…」
 俺は、躊躇しながら言った。

「…そんな事を気にするような感情は、とっくに削ぎ落とした」
 そう言って、『殺人鬼』は口の端を歪ませる。
「自身を存続させる為に、私自身の『殺す』という属性をより強化する必要があった。
 『蒐集者』が、愚鈍にも『最強』を追求し続けたようにな」

 俺は、無言で『殺人鬼』を見据えた。
 その表情は変わらない。
「――故に、今の私はこのザマだ。
 もはや、私はただの『殺人鬼』。殺す事のみを目的とした単一目的生物。
 『破壊者』としての理念や誇りなど、すでに私には無い」

「…」
 奴を真っ直ぐに見据える俺。
 知ってしまったのだ。
 こいつが何者なのか。
 そして、『蒐集者』との関わりを。

 『殺人鬼』は、俺の視線を振り払うように言った。
「それに、『アウト・オブ・エデン』は人間だった頃の君にはオーバースキルだった。
 吸血鬼の強靭な肉体と精神力があれば、以前より使えるようになるだろう」
「使えるようにって… 前からお前は言ってるけど、良く分からない。
 『アウト・オブ・エデン』は、視えるものを破壊できるスタンドじゃないのか?」
 俺は訊ねた。
 このやり取りは、今までに何度なされたのだろう。

 『殺人鬼』は口を開いた。
「私は、『蒐集者』を殺す為に存在する。
 故に『アウト・オブ・エデン』が『アヴェ・マリア』に劣るという事は絶対にない。
 何度も言うが、『アウト・オブ・エデン』は『視たものに干渉できる』スタンドだ」
「だから、それが…!!」
 俺は口を挟む。
 こいつの謎かけには、もう付き合っていられない。

「視たものを『破壊』できる以上、その逆も可能なのだ」
 『殺人鬼』は、俺の文句を封じるように告げた。

 ――その逆?
 『破壊』の反対は…

「『創造』だ」
 奴にしては珍しく、あっさりと答えを口にした。
 『創造』…?
 『アウト・オブ・エデン』で、一体何を造り出すというんだ?

377:2004/05/21(金) 23:30

 『殺人鬼』は、俺の疑問に答えるように言った。
「以前も言ったが、君は無意識にそれをやっている。
 君は『異端者』の戦闘技術を自身の肉体に『創造』し、それを自然に活用している。
 学校の屋上で『蒐集者』と戦った時には、『私』の戦闘技術を『創造』し奴を解体した」

 それも…『アウト・オブ・エデン』の能力?
 それが、視たものを『創造』するという事なのか?

「『異端者』と言えば…」
 『殺人鬼』は話を変えた。
「あの娘が助からないのは、君自身『アウト・オブ・エデン』でもう分かっているだろう?」
「…」
 俺は口篭る。
 そう。
 そんな事は分かってる。
 今さら、こいつに言われるまでも無い。

「だから、もうあの娘には構うな。どうせ抱こうともしない女だろう?
 君があの娘と最後の距離を置くのは… それ以上近寄れば、消えて無くなる予感があるからだ」
 『殺人鬼』は告げた。
 いつもの顔で。
 そのままの無表情で。
 俺は、奴を睨みつける。
 そんな事で、奴の言葉が止まるはずがない事は分かっていた。

「その予感はある意味正しい。思い残す事が無くなった人間など、脆いものだ。
 だが、結局は同じ事だぞ? 君がどう思おうが、結果は変わらない。それなら――」
「それなら、諦めてリナーを放っぽり出せって事か…!?」
 俺は机を叩いて立ち上がる。

 『殺人鬼』は言葉を続けた。
「殺した方がいいと言っている。あの娘自身、それを望んでいるはずだ。
 ならば、君自身の手でそれを――」
「黙れッ!!」
 俺は『殺人鬼』に駆け寄ると、その襟首を掴んだ。
 腕に力が込もる。
 『殺人鬼』の身体が、教卓にぶつかった。
 大きな音を立てて倒れる教卓。
 それでも、奴は涼しい顔を崩さない。
「お前には、殺す事しかないのかッ! リナーの事を知ってるくせに…!
 リナーがどんな生き方を強いられたか知っているくせに、お前はッ…!!」

「殺せないなら、君が守れ。最期の瞬間まで、命を賭けてな――」
 そんな事を、『殺人鬼』は言った。
 憤慨する俺を見、どこか安心したような表情を浮かべて。

 俺は、腕の力を緩めた。
 そして、奴の襟首から手を離す。
 『殺人鬼』は、襟元に手をやりながら言った。
「あの娘を闇に引き込んだのは、他ならない私だ。
 私が、あの娘を『教会』という闇に導いた。
 己の才覚… スタンドという異能ゆえに捨て子となっていた身。
 その忌み嫌われた異能を、少しでも活かせる場所を与えてやりたかったのだが… それも適わなかった。
 与える振りをして、私は彼女から奪ったのだよ。人並みの人生と、幸福な生活をな」

 俺は『殺人鬼』の顔を見た。
 奴も、俺の顔を見据えている。
 俺の目に、先程までの怒りはないだろう。

「あの娘は、自分が君を闇に引きずり込んだと自責しているが―― 最初に引きずり込んだのは私なのだ」
 『殺人鬼』は告げた。

 それは――
 それは違う。
 こいつのやった事は、間違ってはいない。
 こいつは… 人と異なる能力が、持ち主の人生を破壊する事があるという事を知っていた。
 その力が大きければ、大きすぎる程に。
 こいつが捨てられていたリナーを見つけた時、何を重ねたのか。
 『蒐集者』の姿か、それとも自分自身か。

 こいつは、教えたかっただけだ。
 世の中には、暗い事ばかりじゃないという事を。

「私が拾わなければ、あの娘は幸せに生きる事ができたのか――?」
 『殺人鬼』は自問するように言った。

「悪いのはお前じゃなく、『蒐集者』が…」
 俺の言葉は、言い終える間もなく否定される。
「あいつの変調に寸前まで気付かなかったのも、この私だ。
 『教会』の腐敗、『蒐集者』の崩壊、枢機卿の暗躍。それを見過ごした私の罪。
 あいつをあそこまで追い込んだのも、おそらく私だろう」
 そう言って、窓の方に歩み寄る『殺人鬼』。

 そんな救えない話があるか?
 リナーは『蒐集者』の手に落ち、こいつは『殺人鬼』に身を落とした。
 『蒐集者』を殺す為だけに――
 そのように自らを定義したのだ。
 そう、誰も救われない。

378:2004/05/21(金) 23:31

「あいつは、もう死んだ方がいい。無論、私もな…」
 窓枠に手を添え、外を見ながら『殺人鬼』は言った。
 まるで、闇に包まれた夜空に何かが見えているかのように。
 俺は、その背中に何も言えなかった。

 そして、『殺人鬼』は俺の方を向く。
「君とあの娘との出会い。これは『教会』の長、枢機卿に仕組まれたものだ。
 以前の私と関わりのあった娘を送り込む事で、『私』の覚醒を促したのだろう」

 やはり、偶然じゃなかったのか。
 仕組まれた出会い。
 それも、薄々気付いていた事だ。

 『殺人鬼』は言葉を続けた。
「そして、それは『教会』の目論見通りとなった。
 君は『私』の強さを徐々に取り戻し、『私』自身も存在がより明確化した。
 だが… ただ1つだけ、向こうが意図していなかったことが起きた」

「…?」
 『殺人鬼』の顔を見る俺。
 奴は、俺の目をしっかりと見据えて言った。
「それは、君と『異端者』が愛し合ってしまったことだ」

 …!!
 真面目な顔をして、こいつは何を…!!

「そ、それは関係ないモナ!!」
 俺は思わず叫んだ。
「何を照れている? 戦闘において、色恋沙汰は多いに有効だ。
 惚れた女を守る際、男は不相応な力を発揮するものだと相場は決まっている」
 少しだけ、ニヤついているようにも見える。
 明らかに俺をからかっているのだ。
 こいつ、格好つけて何が『感情を削ぎ落とした…』だ!
「モ、モナは、そんなんじゃなくて…!」
 俺はとにかく否定する。

 『殺人鬼』は、一転して真剣な表情を浮かべた。
「私は、周囲を不幸にすることしかできなかった。
 『蒐集者』も、あの娘も、その妹も、誰1人救えなかった。だから――」
 確かな目線で俺の顔を見る『殺人鬼』。
 その目には、確固たる意思が宿っていた。
「――君が救え。せめて、あの娘だけは君が救うんだ」

「…ああ、約束する」
 俺は頷いた。
 確か、しぃ助教授とも同じような約束したはずだ。
 まさか、こいつが同じ事を口にするとは…


 突然、地面が大きく揺れた。
「地震…!?」
 俺は、教室の床に視線を落とす。

『朝だよー!!』

 どこからか素っ頓狂な声が響いてきた。
 女の子の声だ。
 どこかで聞いた事があるような…

「現実世界の君は、ASAの艦内で就寝中だ。賑やかな事だな…」
 『殺人鬼』は、呆れたように言った。

『朝――ッ!!』

 教室が崩壊する。
 天井が、窓が、床が、机が、椅子が、ガラガラと崩れ…

「―――――――−−…」
 そして、『殺人鬼』は俺に何かを訊ねた。
 奴は何と言ったのか――

379:2004/05/21(金) 23:31



          *          *          *



「起きろ――!!」
 腹に衝撃。
 俺は、ベッドで眠っていたはず。
 一体何事だ…!?

「朝――!!」
 この声は… ねここだ。
 ねここが、俺のベッドの上でぴょんぴょんと飛び跳ねている。
 大きな声で、朝の到来を訴えながら。
 たまに腹や足を踏んづけるので、かなりのダメージだ。

「お、起きてるモナ…! 止めるモナ…!」
 俺は動転して言った。
 何だこれは。
 ASAでは、これが普通の起こし方なのか…?

「いたた…」
 俺は呻きながら体を起こした。
 保健室に似た、窓のない部屋。
 ここは、ASAが所有するイージス艦『ヴァンガード』。
 ゲストである俺に与えられた部屋だ。

「おはよう! 今日もいい天気だよ」
 ベッドに乗っかったまま、ねここは元気良く言った。
「ああ… おはようモナ」
 俺は、ねここに挨拶を返す。


「…朝から何を騒いでいる?」
 リナーの声。
 同時に、俺の部屋のドアが開く。

 これはヤバイ。
 そう。
 俺のベッドの上には、ねここが乗っかっているのだ。
 宇宙ヤバイ――

 ドアが完全に開いた。
 そこには、リナーが立っている。
「こここ、これは違うモナ!!」
 何が違うのかは分からないが、俺はとにかく叫んだ。
 同時に『アウト・オブ・エデン』を発動して、猛攻に備える。

「…Va te faire foutre」
 リナーは俺とねここを見てそう呟くと、ドアを閉めてしまった。
 その残響音が部屋中に冷たく響く。


「…さすがモナーさん。朝からラブコメ爆発ですね」
 ねここは他人事のように言った。
「…誰のせいだと思ってるモナ」
 俺は嘆息する。
 なんで、朝の早くからこんな目に…

「さっきのリナーさんの言葉の日本語訳、聞きたいですか?」
 ねここは、ようやくベッドから降りて言った。
「頭痛がしそうだからいいモナ…」
 やれやれ。
 何とか誤解を解かなければならない。
 まあ… ギコと違って、こちらにやましい事はないのだ。
 説明すればきっと分かってくれるだろう。

「朝食は、食堂で適当に済ませて下さいね」
 ねここは言った。
 食堂の場所は、昨日の夜に案内されている。
「…で、モナはいつ働けばいいモナ?」
 俺はねここに訊ねた。
 それに対し、少しだけ真剣な表情を浮かべるねここ。
「まだ、この艦隊は安全域にいます。今日の夜には危険域に入るでしょう。
 モナーさんの出番はその時ですね…」

「それまでは、適当に過ごしていいモナか?」
 俺は訊ねた。
 ねここは頷く。
「…じゃあ、私は朝の配達人から副艦長に戻ります。
 リナーさんに塵に還されるのはイヤなので、今朝の誤解は解いといて下さいね」
 そう言い残して、ねここは素早く部屋を出ていった。

 …だったらやるなよ!
 と、ねここの出ていったドアに向かって呟いたのは言うまでもない。
 さて、夜までは自由と言っていたな。
 …と言っても、特にする事はない。
 ねここの仕事の邪魔をするのも悪いし、ありすは怖いし、他に知り合いもいないし…
 やはり、リナーと仲直りするのが先決のようだ。

 ふと、鏡の中の自分と目が合った。
 何も変わらない普段の俺の顔。
 そして、『殺人鬼』として存在を特化させた『私』の顔。
 『殺人鬼』は、さっきの夢の中で最後にこう言ったのだ。

「彼女にとって『死』が救いとなるならば、君は本当にそれが出来るのか――?」と。


 俺は大きく首を振った。
 くすぶっていた眠気が、俺の体から離れていく。
「やれやれ、朝からリナーのご機嫌取りモナか…」
 俺は呟きながら、ベッドから腰を上げた。
「さ〜て、どうするモナ…?」
 どうしたら機嫌を直してくれるのだろう。
 武器庫から銃器を失敬して、プレゼントするとか…

 俺は、欠伸をしながら部屋を出た。
 日光は浴びれないが、今日もいい天気だ。



  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

380丸耳達のビート:2004/05/22(土) 01:38




  さああああっ―――――…

 SPM財団がスポンサーとなっている、とある高級ホテル。
最上階のスイートで、一人の少年がシャワーを浴びていた。
普通の三倍はありそうな浴槽に、無数のしぶきが小さく踊り散った。

  さあああああっ―――きゅっ。

 シャワーを止めて、ざっと頭をかき上げる。
水音が途切れ、しぶきが波紋へと穏やかに変わっていった。

 頭のてっぺんに付いた丸い耳が、ぴくり、と揺れる。
ふぅ、と溜息を一つ、浴槽のカーテンを開けて―――

「お風呂好きですねぇ。君は」
 ―――開けた先に、一人の少女がタオルと着替えを持って立っていた。
唇の端をつり上げた薄い笑みを浮かべ、全裸の少年を遠慮の欠片もなく眺めている。

「…人の浴室に勝手に入ってきて…何、やってるの?」
 とりあえずタオルを受け取って、丁寧に水滴を拭った。
お互いに、異性に裸を見られて大騒ぎするほど上品な環境で育ってはいない。
「あはは、『人』じゃあないでしょう?」
 着替えを渡しながら、少女が笑った。
「揚げ足を取らない…で、どしたの。僕の裸眺めに来たって訳じゃないでしょ?」
「それも目的でしたけどね。…お客さんが来てますよ」
 薄い笑みを浮かべたまま、少女が続ける。
「変な人でしてねぇ。右腕も顔もなかったとかシャムが言ってました」
「…そう…会ってみようかな」

  ひくくっ。

 あまりに考え無しな少年の声に、少女の笑いが引きつった。
「あ…あのですね…?別に君が直接会う必要は無いのですよ?
 追い返すかどうか判断してくれればいいだけだし、
 そもそもそんな怪しさ大爆発な人に面会して何するんですか。
 自覚ないみたいだけど、君は『ディス』の…私達のリーダーなんですよ?」
「あはは、大丈夫だって。だいたい僕達だって、その手の怪しさなら負けてないでしょ?」
「いえ、ですからそう言う問題ではなく…」
 言葉を遮るようにばさりとジャケットを羽織り、少女の頭を撫でた。
「僕の能力…忘れた?」
 今だ幼さを残した顔が笑みを作り、頭の上で先の丸まった耳がぴこぴこと揺れる。

「生きるか死ぬか…ガチンコの戦いで僕の『エタニティ』に勝てる奴はいないだろ?」
 困ったように笑う少女を後ろに、上着の裾を翻して部屋を出て行った。

381丸耳達のビート:2004/05/22(土) 01:38




 診療所のソファに、茂名が肩を落として座り込んでいた。
軽い焦燥の浮かんだ顔に、ぺとりと冷たい感触。
 見ると、スポーツドリンクの青い缶が視界の右半分を埋めていた。
更に首をめぐらせると、小柄な体に細い腕。

「差し入れです」
「…なんじゃ、ジエンか。…フサも来とるようじゃの」
 差し出されたスポーツドリンクを受け取り、キャップを外す。

「まあ、『ロリガン』なら地球の裏側でもひとっ飛びですからね…ところで、彼女の容態は?」
「峠は越したのぅ。肌がちょびっと白くなって、日焼けをしやすくなる…それだけじゃ。
 銀のでアレルギーが起きるでもなし、波紋で苦しみのたうち回るでも無し…
 日常生活に影響はない。…で…マルミミは、どうなる?」

 心配そうに、ジエンと目を合わせる。
誰も死者は出ていなかったとはいえ、マルミミは人を食いかけた。
いつの日かその時が来るかもと、覚悟は決めている。
それでも、いざとなれば浮かぶのは『人喰い』の姿ではなかった。
父と母が死んで初めて会った日、『鍛えてくれ』と頼まれた時の真っ直ぐな瞳。
虐待された女子供を運び込むときの、哀しみと信念に満ちた瞳。


 そんな茂名の葛藤を余所に、、全く口調を変えないままジエンが答えた。
「心配は無いでしょうね。マルミミ君は対吸血鬼用のワクチン研究に欠かせない存在…
                                      トリックスター
 SPMが彼を抹殺することはあり得ません。彼は唯一無二の『変動因子』ですからね」

 何となく肩すかしを食らった気分で、肘をついていた茂名の頭がずり落ちた。

「つまり…『お咎め無し』じゃと?」
「まぁ、そうなりますね。」
「なんじゃい…せっかく人が葛藤してるのに、あっさり無罪宣告とはのぉ」
 何やら不謹慎な茂名の言葉に苦笑して、ジエンがたしなめた。
「無いならば無いで良いではありませんか」
「ま、そうじゃがのぉ…」
 手慰みに、片手でスチール缶をぐちゃり、と握り潰す。


 『対吸血鬼用ワクチン』の開発は、SPMの課題の一つだ。
彼の息子…茂名 二郎も、嫁の為にプロジェクトに関わっていたらしい。
 だが、まだ現在は吸血鬼や屍食鬼に堕ちた人間を治せるほど開発が進んではいない。
しぃが人間まで戻れたのは、吸われて一分も経っていないうちからの迅速な処置と、
茂名という波紋使いや病院内という好条件のおかげだった。

 遺伝子までを蝕む『石仮面』の呪いに太刀打ちできる薬の開発はまだ遠い。
その為に、『人間』と『吸血鬼』の遺伝子が拮抗しながらも共存するマルミミの肉体は、これ以上ないサンプルだった。
 通常、吸血鬼と人間の間で子を成すことはほぼ不可能と言っていい。
SPMの記録によれば過去にも何人かは生まれたらしいが、殆ど人間同士の交配と言っていいものらしい。

 そんな中でただ一人だけ、人間を超える運動能力、再生力、生命力、吸血能力を持つ変わり種…
彼の希少価値は、これ以上なく高い。                    ヒ ラ
 以前にも何回か体液などを提供したことがあるが、研究局の方では解剖きたいと言うのが本音だったらしい。
もっとも茂名の眼が黒いうちはそんなことをさせる気は毛頭無いし、それ以来はそんな通告も来ていない。
とにもかくにも一安心し、顔を上げてスポーツドリンクを一口あおった。

「で…『チーフ』とフサはどうした?」
「彼等はしぃさんの記憶を消してる最中です」
「そうか…」

382丸耳達のビート:2004/05/22(土) 01:40




「ぎゃあ七時までには帰るといった筈なのに、ぎゃああの人はふさたんとの約束などどこ吹く風とばかりに残業を〜…」
「ええい黙るデチッ!」
 一声叫ぶと、文字通り獲物を掴み取る鷲のごとくフサの尻を鷲掴みにした。
「ひぎゃあっ」
「あんまりガタガタ言ってるとボクの山芋でその口塞いで自然薯汁ブチ込むデチよ」
「ぎゃぁっ、ふぁ、ひんっ」
「判ったら静かにしてるデチ。ボクだってシッポリマッタリしたいのはヤマヤマデチ」

 ぶつぶつとぼやきながらも、『チーフ』が呼吸を整える。
しぃの頭に手を置いて、静かにスタンドを呼び覚ました。

  タブー
「『禁忌』―――――」
                 コード デーモン
  SPM財団危険度評価D、呼称『悪魔』。
持続力も数分程度で、ヴィジョンもないために物理的な破壊力はB・T・B以下…と言うよりも、全くのゼロ。
 それでも彼の能力を知るSPM構成員で、彼を恐れない者はいない。

「失礼するよ…」

 その能力は、ほぼ全てのスタンドが持つ基本的な物の延長線上に過ぎない。
思念を送っての意思疎通、スタンドでの会話…一般的な言葉を使うならば、『テレパシー』。
 だが、その干渉力は桁が違う。
マルミミのB・T・Bも鼓動を読みとる読心術を使うが、それはあくまで『逆算』と『推測』を経た物だ。
 彼の『タブー』は、そんな過程をすっ飛ばして直接心を覗く。
表層心理の下らない妄想も、古くに付いた心の傷も、魂の底に澱む己の本性も―――
全てを、白日の下にさらけ出す。                         タブー
 それは一人の人間が持つにはあまりにも過ぎた能力―――すなわち『禁忌』。


 目を閉じる。
彼女の体が水溜まりに変わり、その中に体ごと沈む自分自身をイメージした。
 ぽたりぽたりと落ちる点滴の音も、鼻につんとする病院の匂いも、全てが遠のいていく。
五感を全て切り離し…ずるん、と自分の精神をしぃの中へ侵入させた。
 『チーフ』の体からくたりと力が抜け、それをフサが慣れた手つきで支える。


 しぃの眉がぴくぴくと顰められ、また通常の寝顔に戻る…記憶の操作が終わった証拠だ。
『タブー』の発動からここまで、僅か数秒足らず。
 抱えられたままの『チーフ』が低く呻き、


―――――うわ
                                 嫌だ
               何                    こんな傷が
                       傷が    消えない        哀しみ
            傷が                 やめ              痛い
                     傷が                 傷が         傷が
                 ぅあ  ああ         ああああああああああああああ―――ッッッッッ !! !!



 ずきん、と激しい頭痛がフサを襲った。
頭の中に、感情の奔流が凄まじい勢いで流れ込んでくる。

383丸耳達のビート:2004/05/22(土) 01:40
 証拠の隠滅だの何だのに非常な便利な能力ではあるものの、『タブー』には一つだけ『副作用』があった。
精神干渉によって自我が緩む―――すなわち、思念の流出。

 何時だったか、その勢いに当てられた一般人が発狂したと聞いた事がある。
「ぎあっ…!?落ち着いて!」
 自分の腕の中で必死に暴れる『チーフ』を、ぎゅっと抱きしめる。
「うわっ…あっ…!」
「落ち着いて…!息を吸って…吐いて…はい、2・3・5・7・11・13・17―――――」
 その甲斐あってか、だんだんと『チーフ』が落ち着きを取り戻してきた。
流れ込む思念が弱まり、潮の引くように頭痛が治まっていく。

「…どうした…?貴方ともあろう者が、そこまで取り乱すとは。彼女の精神に、何か?」
「『何かあった』なんて物じゃないよ…!」
 お互いにふざけた言葉遣いも忘れ、かたかたと震えながら二人が息を吐いた。
                    ト ラ ウ マ
 心の中に流れ込む、桁外れの心的外傷。
本来なら外に向けられてるはずの憎悪だの何だのが、全部内側に向かっている。
 そのせいで、消えていくはずの傷がいつまでも治らずにあちこちで腐り始めていた。
マルミミや茂名も相当な『歪み』を持っているが―――


  ―――『腐臭』に満ちた精神なんてモノ、生まれてこの方見たこともない―――!



 がちがちがちがち、焦点の合わない目で奥歯をならす『チーフ』を見る。

 人の心の、本人すらも気付かないような『澱み』。
それを見てしまった人間は、はたしてどんな思いを抱くのだろうか。

 二、三回ほど深呼吸して、冷や汗を拭う。
「…とにかく、記憶の処置は終わったよ。『吸血』に関しての記憶は繋がりを切ってあるから、
 後は大量の血を見せたり…刺激を加えない限りは忘れてる筈…出るよ」

 こつこつと部屋を出る間際、もう一度しぃの方を振り向いた。

「無力な…モノだね。異能の力を持ってても、女の子一人救えない」
「『タブー』で傷を消すことは?」
「無理だよ。『タブー』でやれるのは『繋がりを切る』…『忘れさせる』事だけだ。
 僕の能力で『傷』の記憶を断ち切っても、また何かのきっかけで思い出す。
 そうしたら、余計に傷が広がるだけだ。
 『心の傷』っていうのは、本人がどうにかして乗り越えていかないといけないんだよ」
「彼女に…それが出来る?」
「さあ…ね。この診療所には、優しい人が沢山いるけど…可哀想にね。
 彼女は『傷』に邪魔されて、受け止められるはずの優しさも見えてないんだ。
 …綺麗なモノが見えない人間と、醜いモノまで見えてしまう人間と…一体、どっちが不幸なんだろうね」

「…私には、判らないよ」
「デチねぇ…人間は楽しいことだけやって生きてればいいんデチよ」
 そう言うと、ずりずりとフサを隣の病室に引きずり込んだ。
「さて…記憶消した時点で本日の勤務はおしまいデチ。よって…」
「ぎゃあ何をするのかと聞くことにも意味はなく」
 がぱり、といつの間にやら持っていたアタッシュケースが開かれた。
中に入っているのはお約束の如く、可愛らしい色に凶悪なデザインの―――

「初登場以来のシッポリ マッタリ デチ〜♪」
「ぎゃあシリアス空気ぶち壊し」

―――ちなみに翌日、イロイロでエラい事になったベッドシーツを二人で片づける事になったのは言うまでもない。





  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

384丸耳達のビート:2004/05/22(土) 01:43
〜オマケ〜 丸耳達のビート Another One 
          ―――の、そのまた Another One:あの時アレがコレならば



/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 今ならまだ間に合う。
| 『魂食い』を渡せば殺しはしない…

   ̄ ̄ ̄|/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                       yahoooo!yahoooo!
     ∧∧                    ((从ル))
    (,,゚Д゚)                  ル*´∀`)リ   ∩_∩
    (|  |)                 ノミ.三三つ   (´ー`;)
   〜|  |                   ミ===)     (   ヽ
     し´J                   (ノ ヽ)    と_と_    つ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                                    |\
                              / ̄ ̄ ̄   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                              | 必死こいて走り回ってたから…
                              | …気付いてなかったろ?
                              | 小さく小さく…ビルが揺れてるの。
                              \______________

385丸耳達のビート:2004/05/22(土) 01:43
           __ ヽヽ   ―――
          /  /      ____                                  │ │
           /           /              ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・     │ │
          /           /     \\ /                     │ │
                     /         /                      ・  ・
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| なっ…!地震だと!?
| こんな時に!

   ̄ ̄ ̄|/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                               て
     ∧∧                    ((从ル))  そ
    (;゚Д゚)Σ                ル;´д`)リて  ∩_∩
   ⊂   ⊃                 ノミ.三三つ   (´ー`;)
  〜(  ノ⊃                   ミ===)    (   ヽ
    U                      (ノ ヽ)  と_と_    つ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                                    |\
                              / ̄ ̄ ̄   ̄ ̄ ̄ ̄
                              |   …ハズレ。
                              \________

386丸耳達のビート:2004/05/22(土) 01:45


                                   ガラガラッ


                                      | │ | |
 / ̄ ̄ ̄                             | │ | |        
 |  あ。                             | │ | |        
 \                                       
    ̄|/ ̄                           /`´ヽ,`フ   ゴッ!
     ∧∧                    ((从ル))   |;`(´ ` ;゛]  
    (;゚Д゚)Σ                ル;´д`)リ  └,_ヽ_`,コ て
    (⊃ ⊃                 ノミ.三三つ   (´Д`;)  そ
  〜(  ノ⊃                   ミ===)    (   ヽ  て
    U                      (ノ ヽ)  と_と_    つ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                                    |\
                              / ̄ ̄ ̄   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                              | シャマードを只の人食いとしか
                              | 見てなかった…
                              | それがお前の敗い ブッ
                              \___________

387丸耳達のビート:2004/05/22(土) 01:45



                                  /`´ヽ,`フ
     ∧∧                    ((从ル))   |;`(´ ` ;゛]  
    (;゚Д゚)                 ル;´д`)リ  └,_ヽ_`,コ 
    (⊃ ⊃                 ノミ.三三つ   ( Д ;)
  〜(  ノ⊃                   ミ===)    (   ヽ
    U                      (ノ ヽ)  と_と_    つ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 結局…何がやりたかったんだ…?

   ̄ ̄ ̄|/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

                                       ∩_∩
     ∧∧                    ((从ル)) ?     (*´∀`) ウワァイ キレイナ カワダヨー
    (;゚Д゚)                 ル;´д`)リ       ( )
    (⊃ ⊃                 ノミ.三三つ       (
  〜(  ノ⊃                   ミ===)         )
    U                      (ノ ヽ)   ⊂⌒~⊃。Д。)⊃
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

388ブック:2004/05/23(日) 01:18
     EVER BLUE
     第十五話・CLOUD 〜暗雲〜


 薄暗くじめじめした石造りの牢獄のような部屋の中に、一人の男が投げ込まれた。
 すぐさま鉄格子が施錠され、男が部屋の中に閉じ込められる。

「…が……」
 男は力なくうつぶせに倒れ、低く獣のように呻く。
 男の体には、二つの頭と口、そしてみっつの耳と足があった。
 それは紛れも無い奇形だった、

「ふん。たったあれしきで力を使い果たし、
 あまつさえろくな成果も残せぬとは…やはり、出来損ないだな。」
 メタリックカラーのドラム缶のような体の男が、部下らしき者を横に倒れた男を見下す。
 その声には、電子音が混ざっていた。

「……ねぇ…」
 男の目がギラリと光った。
 次の瞬間、奇形男がドラム缶男目掛けて飛び掛かる。

「俺は出来損ないなんかじゃねぇええぇ!!!」
 しかし、男の突進は堅牢な鉄格子によって阻まれた。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」
 ドラム缶男が取り出したスイッチを押すと、
 奇形男につけられた首輪から高圧電流が流れた。
 男が苦悶の表情を浮かべて絶叫する。

「それだけの力が残っているならば、少しは成果を残したらどうだ、奇形モララー?
 『カドモン』を創るのも、育てるのも、飼うのも、只ではないのだぞ。
 それを、貴様は失敗の為だけに使いおって…」
 悶絶する奇形男を、ドラム缶が睨みつけた。

「…歯車王様、そろそろ。」
 と、ドラム缶男の横に居た長耳の男が、ドラム缶男に声をかけた。

「ああ、そうだな。
 いつまでもこんな出来損ないに構っている暇は無い。」
 歯車王と呼ばれた男が奇形男に背を向けた。

「てめえええええええええぇぇぇぇぇああぁ!!!!!」
 奇形モララーが食い下がろうとする。
「GHAAAAAAAAAAAAA!!!」
 しかし、再び電流が彼の行動を封じた。
 黒焦げになり、奇形モララーは今度こそ失神した。


「…やれやれ。手間のかかる奴だ。」
 気絶した奇形モララーを一瞥もしないまま、歯車王は歩き出した。
 その横を、長耳の男が併行する。

「しかし、あの『カドモン』を失ったのは正直痛いな。
 あれ程の成功例、果たして再びあ奴に生み出せるかどうか…」
 歯車王が顎に手を当てる。

「ご安心を。
 選りすぐりの腕利きを寄越しましたので、必ずや手元に戻ってくるかと。」
 長耳男がうやうやしく進言する。

「…だが、いかんせん時間がかかるのではないか?
 時は、無限ではないのだぞ。」
 歯車王が渋る。

「その点はいたしかたありません。
 あまり派手に動いては、他の国に感づかれてしまう可能性がありますので…」
 長耳男が諌めるように告げる。

「…ままならんものよな。」
 歯車王が溜息をついた。

「焦っても解決はしません。
 今は、吉報を待ちましょう。」
 長耳男はそう言って、不気味な笑みを浮かべるのであった。

389ブック:2004/05/23(日) 01:19



     ・     ・     ・



 僕とオオミミ達はこれから先の進路を定めるべく、ブリッジに集合していた。
「…で、どうするんだ?」
 三月ウサギが、サカーナの親方の方を向く。

「取り敢えず、これを見てくれ。」
 サカーナの親方が高島美和に指示を促す。
 すると、ブリッジのディスプレイに世界地図が映し出された。

「いいか、野郎共。
 俺達は、今この辺りにいる。」
 赤いマーカーが地図のやや南東部分を指差した。
 その部分の周りは空の海だらけで、申し訳程度に小さな島がポツポツとある位だ。

「見ての通り、ここら辺には大きな島も無く、治安もあまり良ろしくねぇ。
 こんな所をちんたら渡ってたら、『紅血の悪賊』(クリムゾンシャーク)の連中に
 どうぞ襲って下さい、って言ってるようなもんだ。」
 誰の所為で襲われる破目になったんだ、とも思ったが、
 言っても事態は大して変わらないので黙っておく事にした。

「そこで、だ。
 まずは近くの国の勢力圏に入るのが先決だと思うんだが、どうだ?」
 サカーナの親方が皆の顔を見回した。

「私は特に異論有りませんね。
 一度どこかの国家勢力圏に入れば、
 『紅血の悪賊』も憲兵を気にして大きくは出て来れないでしょうしね。」
 高島美和が静かにお茶を啜った。

「問題はどこの国に行くのか、だなフォルァ。」
 ニラ茶猫が軽く背伸びをした。

「だったら、『ヌールポイント公国』はどうですか?
 あそこならある程度の力もありますし、
 中立的な立場の国ですから『紅血の悪賊』以外にも、
 他の国からも手出しし難くなると思いますし。」
 カウガールがはきはきとした声で答えた。

「俺もそれが良いと思う。」
 オオミミもカウガールの意見に賛同した。

「私はそういう事には疎いので、皆さんにお任せしますよ。」
 この船の乗組員でもないのに、何故かしたり顔でタカラギコが口を開いた。
 その背中にはあの巨大な十字架を担いでいる。
 どうやら、サカーナの親方から正式にパニッシャーを貸し出して貰えたらしい。

「…しかし、いいんですか?
 私にこんな大層な武器を渡してしまって。」
 タカラギコが試すような視線をサカーナの親方に向けた。

「なに、使って貰えた方が、その得物だって嬉しいだろ。
 それに…」
 サカーナの親方が目を細める。

「そんな得物を使った所で、俺の『モータルコンバット』は殺れねぇよ。」
 一瞬サカーナの親方から湧き出る殺気。
 直接殺気を向けられた訳でもないオオミミの背筋に、ぞわりと鳥肌が立つ。

「それはこわいですねぇ…」
 対して、殺気を直接受けた筈のタカラギコは普段と変わらぬ感じで飄々と返す。
 あれだけの殺気を受けて平気とは、この人本当に何者なんだ?

「…それで、結局『ヌールポイント公国』に行くのか?」
 サカーナの親方の殺気のせいで固まってしまった空気を払拭するかのように、
 三月ウサギが尋ねた。

「そうですね…
 恐らくそれが無難な線でしょう。」
 高島美和が頷いた。

「ま、それがいいんじゃねぇか?」
 ニラ茶猫も首を縦に振る。
 つーかお前何も考えてないだろ。

「…おっしゃ、決まりだな。」
 サカーナの親方が近くの手すりを一度叩いた。
「あと一時間程で『あぼ〜ん島』ってとこに着く。
 本来なら寄り道してる暇は無いんだが、どうやらガス欠みたいだからよ、
 そこで燃料、武器の補給だ。
 そっからはノンストップで『ヌールポイント公国』まで突っ切るぞ!」
 サカーナの親方が激を飛ばした。

「それじゃ、各自解散!!」
 その親方の鶴の一声で、各人がそれぞれの持ち場へと戻って行った。
 さてオオミミ、まだ少し時間があるみたいだし、部屋でゆっくりと…

「天、ちょっと待って。」
 と、オオミミが思いもよらぬ行動に出た。
 オオミミ、何だってそんな女に話しかけるんだ?

「何よ?」
 迷惑そうな顔で、天がオオミミに聞き返した。
 こいつ、人にはずけずけと話しかけるくせに、何て態度だ…!

「少し聞きたい事があるんだけど、いいかな…」
 オオミミが、真面目な顔でそう天に告げるのだった。

390ブック:2004/05/23(日) 01:19



     ・     ・     ・



「マジレスマンを連れて参りました。」
 縛られたマジレスマンを引っさげて、山崎渉が男の前へとひざまづいた。

「ご苦労だったな。」
 男が山崎渉を下がらせる。
 男の瞳はまるで猛禽類のような鋭さで、その口からは二本の牙が覗いていた。

「お…お許しを…!
 しばし時間を下さい!
 そうすれば必ず取られたモノを取り返して…」
 しかし、マジレスマンの言葉はそこで止まった。
 それと同時に、マジレスマンの首が独りでに後ろに曲がっていく。

「あ…やめ……助け…!」
 マジレスマンが必死に許しを懇願するも、
 その首は止まる事無く後ろに捻じれ続けた。

「ひぎぃ!」
 ついに負荷に耐えられなくなったマジレスマンの首の骨が、鈍い音を立てて破壊された。
 それでもなおマジレスマンの首はさらに捻られ、
 丁度一回点半した所でようやく動きを止めた。

「…捨てておけ。」
 汚い物でも見るような表情で、男が山崎渉に告げた。

「はっ。」
 山崎渉がマジレスマンの死体を担ぐ。

「後の指揮はお前に任せる。
 せいぜいそこの死体の尻拭いをしてやる事だ。」
 男が山崎渉に顔を向ける。
 その目は、まるで氷の様に冷たかった。

「はっ…」
 山崎渉は一礼すると、男の前から去って行った。
 部屋の中に、男だけが残される。

「…さて、この失策がどのような方向に転がるのか……」
 男が呟いた。
 その言葉は、薄暗い部屋の闇の中に静かに溶け込んで消えていくのであった。



     TO BE CONTINUED…


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