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スタンド小説スレッド3ページ

1新手のスタンド使い:2004/04/10(土) 04:29
●このスレッドは『 2CHのキャラにスタンドを発現させるスレ 』の為の小説スレッドです。●

このスレでは本スレの本編に絡む物、本スレ内の独立した外伝・番外編に絡む物、
本スレには絡まないオリジナルのストーリーを問わずに
自由に小説を投稿する事が出来ます。

◆このスレでのお約束。

 ○本編及び外伝・番外編に絡ませるのは可。
   但し、本編の流れを変えてしまわない様に気を付けるのが望ましい。
   番外編に絡ませる場合は出来る限り作者に許可を取る事。
   特別な場合を除き、勝手に続き及び関連を作るのはトラブルの元になりかねない。

 ○AAを挿絵代わりに使うのは可(コピペ・オリジナルは問わない)。
   但し、AAと小説の割合が『 5 : 5 (目安として)』を超えてしまう
   場合は『 練習帳スレ 』に投稿するのが望ましい。

 ○原則的に『 2CHキャラクターにスタンドを発動させる 』事。
   オリジナルキャラクターの作成は自由だが、それのみで話を作るのは
   望ましくない。

 ○登場させるスタンドは本編の物・オリジナルの物一切を問わない。
   例えばギコなら本編では『 アンチ・クライスト・スーパースター 』を使用するが、
   小説中のギコにこのスタンドを発動させるのも、ギコにオリジナルのスタンドを
   発動させるのも自由。

 ★AA描きがこのスレの小説をAA化する際には、『 小説の作者に許可を取る事 』。
   そして、『 許可を取った後もなるべく二者間で話し合いをする 』のが望ましい。
   その際の話し合いは『 雑談所スレ 』で行う事。

23:2004/04/11(日) 00:04


          *          *          *



 あれから、時が流れた。
 これは、夢だ。
 懐かしい夢。
 哀しい旋律は鳴り止まない。


 男は、ドアをノックして書斎に入った。
 『蒐集者』が、『教会』から与えられた部屋。
 事実上、そこは彼の実験室と化していた。

 中の照明は薄暗い。
 『蒐集者』は、机に向かっていた。
 なにやら、熱心にノートに走り書きをしている。
 時計の音と、文字を書く音だけが場を支配していた。

「…『破壊者』か」
 『蒐集者』は作業を続けたまま、男に語りかけた。
「あまり研究に根を詰めすぎるな。身体に悪い」
 男は『蒐集者』の後ろに立って言った。

 『蒐集者』は本を開き、書かれている数値とノートの数値を比較している。
「…その言葉、有難く受け取りますよ。
 とは言え、吸血鬼化技術の完成には程遠いですからね。
 老化阻止の技術は何とか確立したが、それより先が進まない。
 臨床データが決定的に不足している状態ですからね…」

 男は、そこらに転がっていた椅子に腰を下ろした。
 周囲は本棚ばかり。
 そこには、溢れんばかりの書籍が詰まっている。

「老化阻止の技術も、完全とは言えない。肉体、精神共に頑健な者にしか施せませんからね…」
 そう言いつつ、机に並んで置かれていた3つの写真立てに視線を送る『蒐集者』。
 写真の中では、礼服の若い男がこちらに向けて微笑んでいた。
 それぞれ違った人物の写真が、3つ。

 彼等は、『教会』に所属する若い青年だった。
 試験的に、老化阻止の手術を受けたのだ。
 当然、本人達も同意していた。

 その結果は… 3人とも失敗に終わった。
 老化阻止どころか精神汚濁と新陳代謝の異常が発生し、彼等は帰らぬ人となった。
 その日、『蒐集者』は自らの机に彼等の写真を並べたのだ。

 ――あの写真は、『蒐集者』の懺悔である。

「だから、この研究は大成させねばならない。彼等に報いる為にもね…」
 そう言って、『蒐集者』はノートに視線を戻した。

「…余り、自分を責めるな。自責感に駆られて成果を急いだところで、ロクな事にならん。
 気ままにやっていれば、いつか何とかなるものだ…」
 男は椅子にもたれて言った。
「貴方は楽観的に過ぎますがね、ブラム…」
 『蒐集者』は男の名を呼んで、柔らかな笑みを浮かべた。
 時計の音が、時間を刻み続ける。

 そして『蒐集者』は一息つくと、男に視線を向けた。
「吸血鬼化… そして、究極生物。興味は尽きませんね。
 『矢』によるスタンド発現のメカニズムも、是非研究してみたい。
 まだまだ私のやる事は山積みですよ。のんびりしている暇はない」

24:2004/04/11(日) 00:05

「吸血鬼化…か。わざわざ吸血鬼を増やす必要性に疑問を感じるがな。
 我ら代行者は、吸血鬼を討つのが使命のはずだ」
 男はため息をついた。
 『蒐集者』は肩をすくめる。
「何度も言っている通り、吸血鬼そのものを増やそうという訳ではありませんよ。
 その不死性、超越性を探り応用する事で、『教会』はさらに大きな力を手にする事ができるかもしれません。
 『ロストメモリー(失われし者達)』が蘇生できれば、『教会』にとって大きな戦力となりますしね」

 『ロストメモリー』とは、『教会』が保存している遺体の通称である。
 いずれも、生前はかなりの腕前を持つスタンド使いであったらしい。
 無論、その肉体は完全な状態で保存されている。

「しかし、吸血鬼化の技術を応用し、死者を蘇生させようとは… 上も無茶な事を考える」
 男は顎に手を当てた。
「吸血鬼が死体をゾンビ化させたのは、多くの前例があります。決して夢物語ではありませんよ」
 『蒐集者』は少し不服そうに言った。
 そして、思い詰めたように表情を強張らせる。
「吸血鬼化の技術により、『教会』の戦力は抜本的に上昇する。
 そうなれば、あの『レーベンス・ボルン(生命の泉)』を撤廃できる…」
 トーンを落として呟く『蒐集者』。

 ――『レーベンス・ボルン(生命の泉)』計画。
 強力なスタンド使い同士を交配させ、それを繰り返す事により『最強のスタンド使い』を産み出す計画。
 700年も前から続き、『蒐集者』自身もその計画によって生を受けたのだ。

「お前は… 『教会』を恨んでいるのか?」
 表情を曇らせ、男は訊ねた。
 『蒐集者』は視線を落とすと、軽く首を振る。
「――いいえ。恨みはありません。
 ですが、あんな計画は早々に終わらせなければならない。私のような人間が増える前にね…」

 『蒐集者』の机の正面に備え付けられた窓からは、学校の校舎のような建物が見える。
 あれこそが、『レーベンス・ボルン』。
 あの中に、今も大勢のスタンド使いが暮らしている。
 子供から老人まで。
 家畜同然に、ただ交配させる目的で。
 あの建物の中に食堂、教育施設、医務室などが備え付けられ、彼等は生まれてから一歩も外へ出られる事はない。

 窓の外に建つ『レーベンス・ボルン』を睨みつける『蒐集者』。
「あそこから出れたのは、最強のスタンドである『アヴェ・マリア』を授かった私だけだ。
 故に、私が皆を解放する責務がある…」

 男はため息をついた。
 『レーベンス・ボルン(生命の泉)』に囚われている者達は、全員が『蒐集者』の家族なのだ。
 彼の父も、母も、兄弟も、友人もあの中にいる。
 そして、『最強』のスタンド使いである『蒐集者』は、あそこから出る事ができた。

 ――しかし、普遍的な『最強』など世の中にありえない。
 ありえないものを追い求め、ありえないものにすがる。
 それは、もはや『妄執』だ。
 故に『最強』とは、『妄執』に過ぎない。

 だが… 目の前の友人、『蒐集者』は『最強』として生きようとしている。
 『最強』となる為に生を受け、『最強』として扱われた男。
 
「『最強』とは、どういう意味か―――」
 男は、不意に目の前の『蒐集者』に訊ねた。

25:2004/04/11(日) 00:06



          *          *          *



 さらに時は流れた。
 10年? 20年? それも分からない。
 時間の感覚は一切ない。
 …俺は、誰だ?


「エイジャの赤石、『矢』、共に捜索ははかどっておりません」
 男は、初老の神父に告げた。

「ふむ…」
 神父は、窓の外の星空を眺めている。
「よりによって、『教会』の秘宝を盗み出すとは… 誰か知らんが、かなりの手練だな」
 神父の言葉に、男は頷いた。
「…そうでしょうな。常人にできる事ではありません」

 神父はこちらに向き直ると、忌々しそうに腕を組んだ。
「…ASAの仕業、という可能性は?」
「その線はないでしょう。『矢』はともかくとして、エイジャの赤石に手を出す理由がない」
 男は即答する。

 神父はため息をついた。
「その理屈で言えば… 犯人は『蒐集者』でしか有り得んな。
 満足な波紋使いがおらん現状では、波紋が増幅できたとて意味はない。
 もはや、あれには研究対象以上の価値はないと言える。赤石に興味を示していたのは、『蒐集者』だけだ」

 男は、それを否定する。
「だからと言って、『蒐集者』の可能性もないでしょう。
 彼は、あれを私益していたも同然です。盗み出すなどという行動を取る必要すらない」

「何の関連もない者が欲しがるとも思えんがな…」
 神父は再びため息をつく。
「…ともかく、調査を続行したまえ。君の『アウト・オブ・エデン』に期待している」
「はい…」
 男は軽く頭を下げた。

「ところで、話は変わるが…」
 少しの沈黙の後、神父は口を開いた。
「…私も、老化阻止の手術を受けてみようと思う」

 それを聞いて、男は額に皺を寄せた。
「…枢機卿。あの手術は危険を伴います。老化阻止を施して、命があったのは――」
「私のみ、と言いたいのだろう? 『破壊者』よ…」
 神父は、冷ややかな笑みを浮かべて言った。

 男は、かなり前に老化阻止の手術を受けていた。
 老化阻止は、吸血鬼化技術の一端という事もあり、新陳代謝に大幅な歪みを及ぼす。
 ほとんどの場合は、脳が遅延化した新陳代謝に耐えられない。
 老化自体は止まっても、どんな副作用が起きるか分からないのが現状だ。
 しかし、男は自ら望んで手術を受けた。

「私には、実現すべき理想がある。その日を見るまで、老いて死ぬ訳にはいかないのだよ」
 枢機卿は笑みを浮かべて言った。
 男と同じ、理念の為ならリスクを犯す。枢機卿も、そういう人種なのだ。

 枢機卿は言葉を続けた。
「神は、望まぬ能力をこの私に押し付けた。『リリーマルレーン』、使いたくはない…
 故に、私は肉体を磨く事でスタンドの使用を抑制してきた。
 …だが、老いてはそれもできんからな。
 老化阻止は精神・肉体共に頑強でなければ耐えれんというが… 私にも、それは備わっているだろう」

 男は、枢機卿の言葉を過信とは思わない。
 目の前の神父は、それだけの能力を備えている。
「…成功する事を期待しています」
 男は言った。


 一礼して、男は部屋を出た。
 長い廊下を歩き、礼拝堂の外へ出る。
 外は真っ暗だ。もう夜も遅い。
 宿舎へ戻ろうとした時、男は妙な空気を感じ取った。

 ――怒り、悲しみ、怨念。
 幾多のマイナスの感情が渦巻いている。
 これは…!

 男は走り出した。
 奇妙な気配を感じた、『レーベンス・ボルン』の方向に向かって。

26:2004/04/11(日) 00:07

 男は、白くそびえ立つ建物の前にたどり着いた。
 『レーベンス・ボルン』を見上げる男。
 中に入るのに、かなりの躊躇を感じる。
 まるで、建物自体が外界からの接触を拒むように。

 …衛兵はいない。
 多くのスタンド使いを閉じ込めている以上、管理は万全のはず。
 しかし、建物の周囲には人っ子一人いない。
 やはり、妙だ。
 男はドアを開け、『レーベンス・ボルン』に侵入した。


 ――死の気配。
 それも、まだ新しい。
 男は歩を進めた。
 外見だけでなく、内部もまるで学校のようだ。

 立ち込める死の気配とは別に、『アウト・オブ・エデン』は妄念と腐敗を感じ取った。
 『最強』のスタンド使いを作る為だけに、彼等はここに監禁されてきた。
 何代も何代も、約800年に渡って。
 時の止まった場所。
 ――ここは、生きた建物ではない。

 廊下に、倒れている人の姿を発見した。
 一瞥しただけで、既に命はない事は判る。
 それだけではない。
 その肉体は何かが大きく欠けていた。
 目に見える変化はない。
 しかし、その死体は物体として大きく欠落している。
 あれは既に抜け殻だ。

 ――『特性の同化』。
 『アヴェ・マリア』のスタンド能力。

 男は走り出した。
 『アウト・オブ・エデン』で、奴の位置を把握する。
 5階の突き当たり。
 技能教務用の部屋… 一般的に言う教室だ。
 そこに、奴はいる…!!

 廊下を突き進み、階段を上がるにつれて、死体の数は多くなっていった。
 いや、あれは死体ですらない。
 特質を失った、ただの抜け殻だ。

 奴は、もう――


 男は、蹴破る勢いでドアを開けた。
 木製のドアは、派手な音を立てて外れる。

 教室は、死体の山だった。
 20人、30人… いや、もっと。
 老若男女、分け隔てない死体。
 その全てが、既に『奪われて』いる。

 『蒐集者』は、若い女の顔を掴んでいた。
 その背後には、『アヴェ・マリア』のヴィジョンが浮かび上がっている。
 黒のロングコートが激しくはためいた。
 女は、たちまちにして『特性』を吸い取られる。
 そのまま、無造作に投げ捨てられる女の残骸。

「『蒐集者』、お前…!」
 男は、異形の青年に語りかけた。
「ああ、ブラムか… どうしました?」
 『蒐集者』は歪んだ笑顔を見せる。
 その瞬間、激しく咳き込む『蒐集者』。
 口から溢れ出る血を、右手で押さえる。

「お前…! 自分が何をやったか分かっているのか…!?」
 男は叫んだ。
「…分かっているさ。こうする為に、私は生まれてきたんだからなァァァ!!」
 『蒐集者』は、絶叫しながら身を反らせる。
 その全身が、不気味に脈動した。
 ポタポタと床に垂れる血。

「…気をしっかり持て。自分を見失うな!!」
 男は、『蒐集者』の元に駆け寄って叫んだ。
「黙れ…! お前に分かるのか、この苦痛がァッ!!」
 『アヴェ・マリア』が、業火を伴った拳を振るう。

「…分かるものか。私はお前じゃない」
 男は、『アウト・オブ・エデン』で火炎を『破壊』した。
「それとも… 『蒐集者』ともあろう者が、同情でも欲しいのか?」

「そんな事…」
 よろける『蒐集者』。
「ぐッ…! ぐァァァォォォッ!!」
 そのまま、『蒐集者』は大きくのけぞった。
 机の上に手を置く。
 たちまちにして、机はドロドロに溶けてしまった。

27:2004/04/11(日) 00:07

「…自分を保て。このままだと、お前は自身の能力に呑まれるぞ」
 男は、『蒐集者』に声をかける。
「私は…」
 片膝を付き、血を吐く『蒐集者』。
 その瞳は胡乱だ。
 極端に濃くなった血統。
 『最強』であるはずのスタンドが、奴の精神を蝕んでいる。

「――自らの能力などに屈するな。お前は、『最強』なのだろう?」
 男は、ゆっくりと告げた。

 自らの顔面を掴みながら、フラフラと立ち上がる『蒐集者』。
「そう… 私は『最強』だ…」
 『蒐集者』は、うわ言のように呟いた。
 彼の感情が、突然に爆発する。
「…そう、『最強』だ! 『最強』にならなければ、私には生きる価値などない!!
 神が私に『最強』を望むなら、いかなる犠牲を払ってでもそれを甘受しよう!!
 どうせ私は、呪われた存在なんだからなァァッ!!」

「…いい加減にしろ」
 男は『蒐集者』の首を掴むと、そのまま教卓に叩きつけた。
「お前は呪われた存在などではない。生まれた形は歪でも、祝福された生命に違いはないんだ」

「フ、フフ… ハハハハハハ!!」
 『蒐集者』は教卓に突っ込んだまま、表情を歪ませて笑い出した。
 その狂笑が、夜の教室に響く。
「なァ… 私は何なんだ!? こうやって、他人を糧に生きていく化物か!?」
 悲痛な叫び。
 男は、黙って『蒐集者』の顔を見据えていた。

「他人の生命を奪う事が罪なら、私の存在自体が罪なのか!?
 なぜ神は私にこんな能力を与えた!?
 私には、自らの幸せを願う事すら許されないのか!? なァ、ブラム!!」

「…お前は、悲観的に過ぎる。何でも思い詰めるな。
 世の中の不幸が全部、自分に原因があるとでも思っているのか?」
 男は、柔らかな目で『蒐集者』を見下ろした。
 しばしの沈黙。
 木屑を払い、『蒐集者』は立ち上がった。

「貴方ほど楽天的にはなれないさ… 私は、もう壊れているからな」
 幾分落ち着いた様子で、『蒐集者』は言った。

「お前は弱い。誰よりも弱いからこそ、『最強』などに憧憬するんだ」
 男は、窓の脇まで歩み寄った。
 …月が出ている。

「自分の弱さを認めろ。『最強』なんて、最初から幻想に過ぎん。
 故に、『レーベンス・ボルン』など最初から頓挫している計画に過ぎない。
 重要なのは、これから何を為すかだ。偽りの『最強』など、追い求める必要はない」

「あの月は、変わりはしない…」
 『蒐集者』は、月を見上げて言った。
「私は、いつまで自分を保つ事ができるのか…」

 男は腕を組み、割れた教卓にもたれた。
「思い詰めるなと言っている。お前は弱いが、それなりに強いさ。
 物語の終わりは、いつだってハッピーエンドだ。 …そうだろう?」

 無言で笑みを見せる『蒐集者』。
 男と『蒐集者』は、死体だらけの教室でいつまでも月を眺めていた。

28:2004/04/11(日) 00:08



          *          *          *



「――いい手段を思いついた」
 不意に『蒐集者』は言った。
「…『アナザー・ワールド・エキストラ』と『矢』を、同時に得る事が出来る手段だ」

「同時に…だと?」
 男は困惑した。
 『レーベンス・ボルン』壊滅以来、『蒐集者』に変化はない。
 結局、彼は自分を取り戻したようだ。

 ――本当にそうだろうか。
 不安は残った。
 確かに『蒐集者』に変化はないが、どこか無感情になってしまったような気がする。
 『アウト・オブ・エデン』で視た限り、特に異常はないが…

「『ロストメモリー』の中に、『アルカディア』というスタンドが存在するのは知っているでしょう?」
 『蒐集者』は話を続けた。

「ああ。『空想具現化』の『アルカディア』だろう?」
 男は、記憶からその名を探る。
 『アルカディア』は、厳密に言えば『ロストメモリー』の定義には当て嵌まらない。
 『ロストメモリー』はスタンド使いの死体なのに対し、『アルカディア』はスタンドそのものだからだ。
 しかし、『アルカディア』も『ロストメモリー』の一員として扱われている。
 『ロストメモリー』とは、事実上『教会』の予備戦力であるからだ。
 もっとも、死体蘇生の技術が確立すればの話だが。

「『アルカディア』の力で、『矢』と『アナザー・ワールド・エキストラ』を復元する気か?
 しかし、いかに『空想具現化』とはいえ出来る事に限度があるだろう…」
 男は腕を組む。
 それに対し、『蒐集者』は笑みを見せた。
「普通にやるならば…ね。ここで、『矢の男』という存在を仮定する」

「『矢の男』…? 工夫のない名前だな」
 男は口を挟んだ。
「…失礼ですね。一晩に渡って頭を捻り、7つの候補から選び抜いた名前ですよ」
 『蒐集者』は不服そうな表情を浮かべる。
 男は軽く笑った。
「他にどんな候補があったのかも気になるが… とにかく、その『矢の男』とやらをどう使う?」

 再び、語り出す『蒐集者』。
「確かに、『アルカディア』に『矢』と『アナザー・ワールド・エキストラ』の特性を伝えただけでは、
 復元は不可能でしょう。実現する事を前提にした『希望』は、どうしても具現化に制限がかかる」

「…実現する事が分かっていれば、それはもはや『希望』ではないからな。無意識に望む事が重要だろう」
 腕を組んだまま男は言った。
 それに対し、『蒐集者』は頷く。
「ここで『矢の男』の存在を流布し、噂にする。センセーショナルな噂ほど良い。
 万単位の人間が『矢の男』の存在を信じれば、具現化のエネルギーはかなりの量になります」
 
「…なるほど」
 男は、口許に手をやった。
「だが、人々が『矢の男』の存在を噂にする、というのは難題ではないか?
 普通の人間は、そんなものの存在を望むまい」

「それが、次の課題なんですよ…」
 肩をすくめる『蒐集者』。
「『アナザー・ワールド・エキストラ』や『矢』について知識を持ち、なおかつ精神力に満ちた実力者が、
 『矢の男』の存在を無意識に望めば文句はないんですがね…」

29:2004/04/11(日) 00:08
 男は軽く笑みを浮かべた。
「そんな上手い話がある訳がないだろう?」
 『蒐集者』はため息をつく。
「エイジャの赤石の消失で、究極生物の研究も進みませんしね…
 吸血鬼化を応用した蘇生技術も、上手くいったところで寿命が15年では何とも…」
「まあ、気長にやればいいさ」
 男は腕を組んだ。

「…とは言え、吸血鬼化技術の研究は進んできました。
 外科手術によって、吸血鬼が量産できるのも時間の問題ですからね」
 表情を変えずに『蒐集者』は告げる。

「量産… だと?」
 男は『蒐集者』の顔に視線を向けた。
 その顔は、先程までと同じ無表情だ。
「…それはそうでしょう?」
 『蒐集者』は笑みを見せる。

 ――いや、笑ってなどいない。
 こいつの感情は、能面に過ぎない。
 こいつは――誰だ?

「出来る技術があるのなら、やるべきですよ。さらなる力を得るのに、不都合はないでしょう?」
 作り物の笑みを浮かべて、目の前の青年は言う。
「さらに、私は吸血鬼で構成された軍隊というのを考えています。
 数万人ほどさらってきて、全員を吸血鬼化させる。その無類の戦闘力を目にしたくありませんか?」

「何を言っている…!? 吸血鬼など、血塗られた存在だ。
 普通の人間に、そんな十字架を背負わせる気か…?
 望まぬ力を押し付けられた苦痛は、お前が一番良く分かっているはずだろう!」
 男は、『蒐集者』の顔を睨んで言った。
 『蒐集者』は、その視線を逸らさない。
「妙な事を言う… 私は、『教会』に感謝していますよ。
 私を『最強』として産んでくれてね… ハッ、ハハハハハハハハ!!」
 突如として、大声で笑い出す『蒐集者』。

 ――真実だ。
 こいつは、真実を語っている。
 『蒐集者』は、心の底から『教会』に感謝しているのだ。
 それは、つまり――
 
 男は笑い続ける『蒐集者』をその場に放置して、駆け出した。
 もう、『蒐集者』は元の『蒐集者』ではない。
 …吸血鬼の軍隊?
 口振りからして、枢機卿にも話は通っているのは明らかだ。
 『蒐集者』1人が暴走している訳ではない。

 この組織は… 『教会』は、完全に道を誤った。
 『蒐集者』が産まれてから…?
 いや、『レーベンス・ボルン』などという狂気の計画が実行された800年前からか…

 急ぐ必要がある。
 一刻も早く、『Model of Next-Abortion Relive』の作成に着手しなければ。

30:2004/04/11(日) 00:09



          *          *          *



 男は、月光の下を走っていた。
 『アウト・オブ・エデン』で半径40Km以内を確認しながら、ひたすらに一本道を走る。

 前方に、ロングコートの青年が立っていた。
 腕を組んで、道の真ん中に立ち尽くしている。
 何の能力を使ったのか、『アウト・オブ・エデン』では捉えられなかった。
 まあ、黙って見送ってくれる筈はないとは思っていたが…

「…どこへ行くんです?」
 道を塞いでいる『蒐集者』が、無表情な視線を向けた。
「…『教会』の手の届かないところだ」
 男は答える。

「なぜ… なぜ貴方が、『教会』を裏切る!?」
 『蒐集者』は言った。
 ほんの少し、感情の揺らぎが見て取れる。
「貴方は、自分がどれほど重要な存在か分かっているのですか?
 あの『破壊者』が遁出したとなれば、他の代行者に与える影響も…」

「…『破壊者』の名など、もう不要だ。欲しい奴にくれてやれ」
 男は吐き捨てた。
 その名は、もはや自らの過ちの象徴だ。

「…それで、なぜ『教会』を去るのです? それすら、私に告げる必要はないと…?」
 『蒐集者』は言った。
「もう、お前達のやり方にはついていけないだけだ。
 正義の御旗の後ろに屍を転がすのは、もう充分だろう?」
 男は、見透かすような視線を『蒐集者』に向ける。
「…なるほど」
 ため息をつく『蒐集者』。

「…では、お前にも1つ聞きたい事がある」
 男は、『蒐集者』を真っ直ぐに見据えた。
「なぜ… あの哀れな姉妹を、吸血鬼化の被検体にした!?」

 『蒐集者』は、視線を男に向けた。
 狂気でも虚無でもない胡乱な視線。
「…それは誤解です。被検体は姉の方だけだ。
 あの娘は、実に面白いスタンドを所持していますからね。臨床データとしても最適だ。
 妹のスタンドも代行者に向いている。貴方は、実に素晴らしい拾い物をしてくれた」

「そんなことをさせる為に… あの姉妹を保護した訳ではない!」
 男は声を荒げる。

「ハッ、ハハハハハハハハ!!」
 『蒐集者』は笑い出した。
「それは残念だ。吸血鬼の血と、あの娘の肉体はどうやら相性が悪い。
 理性を保てるのも、ひとえにスタンド能力によるものだ。
 あの娘、どのみち長くはない。成人を待たずして、人格は崩壊するでしょうね!」

「その前に、私が殺すさ…
 お前のように、人間としての道を踏み外す前にな…!」
 男は、かっての友を睨んだ。

「…さて、話は終わりです。多少手荒くしてでも、貴方には『教会』に戻ってもらう…」
 『蒐集者』はバヨネットを抜く。
 その様子を、鋭い目で睨む男。
 そして、男は静かに告げた。
「今までずっと黙っていたが… 私は、『お前を殺す者』なんだ」

 『蒐集者』は、一瞬呆気に取られた顔をした。
「『私を殺す者』…? そうか、そういう事か…」

 そして、歓喜のような表情を浮かべる『蒐集者』。
「…なるほど。思ってもみなかった。確かに、存在しても不思議ではなかった!!」
 大声で笑いながら、『蒐集者』は叫ぶ。
「なァ、こんな愉快な事があるか!? 貴方も、さぞかし愉快だっただろう!!」
 『蒐集者』の狂声が、夜の闇に響いた。
「なにせ、百年近くも私を騙してきたんだからなァ!!!」

「隠してはいたが… 騙すつもりはなかった」
 男は、視線を落とした。
「思う存分笑いたまえ! 愚かな事に、私は貴方を無二の親友だと思っていた! 尊敬すらしていた!!
 ハハハハ!! ピエロもいい所だ!! どうだった!? 楽しかっただろう、ブラム!!」

31:2004/04/11(日) 00:10


「…それは違う。私も、お前を親友だと思っていた」
 男は、視線を落としたまま告げる。
「もういい、もう嘘は充分ですよ。あの時の教室の言葉も、全て嘘だったんですからね――」
 『蒐集者』は、月を見上げた。
「――私が、愚かだった」

「『蒐集者』、私は…」
 男の言葉を、『蒐集者』は遮った。
「すると、エイジャの赤石と『矢』を奪ったのも貴方か…」
 男は答えない。
 その通りだからだ。

「では、貴方が『私を殺す者』なら…」
 『蒐集者』は、憎しみを込めた目で男を睨んだ。
「…なぜあの時、私を殺してくれなかったァァァッ!!」

 『アウト・オブ・エデン』は、壮絶な怒りと苦痛を感じ取った。
 発狂する程の苦痛。
 全てを焼き尽くす程の怒り。
 これは、元々の『蒐集者』の感情か…
 それとも、壊れてしまった事によるものか。
 分からない。
 もう分からない。

「――さよなら、我が友ブラム」
 『蒐集者』は、バヨネットを構えた。
 その背後に、『アヴェ・マリア』が浮かび上がる。

「やめろ、『蒐集者』!!
 私は、『お前を殺す者』と言ったはずだ! 相対消滅を望むか!?」
 『蒐集者』の殺気に押され、男は一歩下がる。

「…それもいいでしょう。そんな結末も、なかなかに面白い!!」
 『蒐集者』は退かない。
 彼は、もう一歩も退かない。

「止むをえんか…!」
 男は、説得を諦めた。
 そして、サングラスを外す。

「アウト・オブ・エデン――」

 全てが視える眼。
 その視線を、世界を覆う程に展開させる。

「――レクイエム」




          *          *          *



 …
 ……
 ………
 …目が覚めた。

 ここは… 俺の家?
 俺は頭を上げた。
 俺は、誰だ…?
 目をこすりながら、ゆっくりと周囲を見回す。

「…おはよう。よく眠れたか?」
 横から声がした。
 …リナーだ。

「…おはよう」
 俺の枕の横に座っていたリナーに挨拶した。
「…ブラムって何?」
 なんとなく、リナーに訊ねる俺。

 リナーは、少しだけ眉を吊り上げた。
「ユダヤ系の一般的な名前、『エイブラハム』の愛称だが… それが何だ?」

「いや、何でもない…」
 俺は布団から身体を起こした。
 リナーが寝かせてくれたのだろう。

「公安五課局長が待っている。全員揃ったところで、話があるそうだ」
 リナーは無表情で言った。
 という事は… 全員、俺が起きるのを待っていたという訳か。
 随分とみんなに迷惑をかけたようだ。

 俺は立ち上がると、ドアを開け…
 ふと思い立って、背後にいるリナーに告げた。
「リナーは、何があっても俺が守るからな」

「…と、突然何を言い出すんだ?」
 そう言って目を逸らすリナー。
「…それより、さっさと居間に行くぞ。みんな待ちくたびれている」
 リナーはそう言って、俺より先に部屋から出ていってしまった。

 リナーは、絶対に俺が守ってみせる。
 …そう、今度こそは。



  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

32ブック:2004/04/11(日) 21:33
     救い無き世界
     第六十四話・常闇 〜その三〜


 俺は手足をスタンド化させ、注意深く辺りを警戒した。
 どこだ。
 奴はどこから来る…!?

「!!!!!」
 と、いきなり俺の右足が沈み体勢を崩した。
 見ると足元に空間の裂け目が生まれ、俺の右足がそこに飲み込まれている。
 こいつ、下から…

「……!!」
 すぐに脚を引き抜こうとしたが遅かった。
 空間の裂け目が閉じ、その面で俺の脚を切断する。
 激しい痛みと共に、傷口から血が噴き出した。

「でぃさん!!!」
「でぃ君!!」
 みぃとぃょぅが俺に駆け寄る。
 馬鹿。
 来るな。
 こいつは俺を狙って…

「!!!」
 突然背後に出現する殺気。
 振り向くと、またもや空間の裂け目から腕が―――

「でぃ君!!」
 ぃょぅが俺を突き飛ばした。
 俺を掴む為に伸ばされてきた腕が俺という目標を失い、
 代わりにぃょぅの体を掴む。

「くっ…!『ザナドゥ』!!」
 引き込まれる寸前、ぃょぅが空間の裂け目の中に向かって突風を打ち込む。
 敵はその風を喰らって怯んだのか、ぃょぅを掴む腕の力が弱まり
 その隙にぃょぅが空間の裂け目が閉じる直前でそこから逃れる。

「ぐああぁっ!!!」
 しかし、ぃょぅ完全には攻撃を避けきる事は出来なかったようで、
 ぃょぅは肩口の肉をごっそりと抉り取られた。
 傷口を押さえ、ぃょぅが叫び声を上げる。

「ぃょぅさん…!」
 みぃがスタンドを発動させ、ぃょぅの治療を始める。
 それでいい。
 奴の狙いはただ俺一人のみ。
 近くにさえ居なければ、恐らくみぃ達は安全だ。


「…邪魔が入ったか。」
 遠くに空間の裂け目が生じ、男がそこから顔を覗かせた。
 糞。この距離じゃ、届かない…!

「しかし、邪魔者をしばし戦闘不能には出来たようだ。
 ならば、ゆっくりと貴様を屠るまでよ…!」
 …まただ。
 またこの男から、何かが流れ込んでくる。
 これは、一体…

「この亜空が貴様の墓場となる…」
 男は俺を睨みつけると、再び裂け目を閉じて姿を消した。

「……」
 俺は先程斬り飛ばされた脚を見やった。
 新しい脚がもう生えかけているが、まだ完全ではない。
 まずいな。
 このまま再生するより早く攻撃を受け続けたら…

33ブック:2004/04/11(日) 21:33

「……!!」
 と、いきなり俺の目の前の視界が全く別のものに切り替わった。
 いや、この景色は、多分俺が元居た空間の…

「!!!!!!」
 俺はすぐさま危険を察知し、首を引っ込めようとした。
 まずい。
 俺の頭だけが外の世界に戻っている。
 このまま空間の裂け目を閉じられたら、俺の首が―――

「!!!!!」
 俺の頭が男のスタンドの手によって掴まれ、俺の動きを封じる。
 閉じ始める空間の裂け目。

(終われええええええ!!!!!)
 俺は心の中で絶叫した。
 同時に空間の裂け目が、閉じていくのを「終えて」動きが止まる。

「なっ…!?」
 その現象に動揺する男。
 今だ!
 ここで、こいつを仕留める!

「……!」
 俺の頭を掴んでいる男のスタンドの腕を、逆に掴み返す。
 良し。このままこいつをこっちの空間に引きずり込んで、
 ぶち殺…

「うぬあああああああああああ!!!!!」
 男が叫んだ。
 そして俺に掴まれていない方の腕で、俺に掴まれている腕を切り離す。

(しまっ―――!)
 しかしもう間に合わなかった。
 奴の右腕だけが、俺と共にこちらの空間に入って来る。
 そして『デビルワールド』の能力の持続が終わり、
 空間の裂け目が閉じてしまう。

 しくじった…!
 今のが、多分最初で最後のチャンスだったのに。

「……!」
 急激な脱力感。
 全身から力が抜け、再生しきっていなかった腕や脚の傷口が次々と開く。
 鋭い痛みが俺を襲い、視界が白くぼやける。
 『デビルワールド』の能力を使う事による反動か…!


(ここまでだな。)
 内側から響いてくる声。

(後は私にまかせて、ゆっくりと休んでいるがいい…)
 やめろ。
 出て来る―――

34ブック:2004/04/11(日) 21:34



     ・     ・     ・



 Z武は体を激しく震わせて、腕を切断した痛みに耐えていた。
「何だ…何なのだ、さっきのはぁ!!?
 何故空間が閉じなかった!!!」
 半狂乱の表情でZ武が叫ぶ。
 腕からは、止めど無く血が流れ続けていた。

「…あれが、あの『化け物』の能力か……!
 糞!糞糞糞糞糞!!!
 忌々しい!!
 何故あんな『化け物』がその存在を許されているのだ!?」
 Z武は叫び続ける。
 それはあたかも駄々っ子のようでもあった。

「…仕方が無い。
 『デビルワールド』をこの手で始末出来ないのは残念だが、
 このまま奴に攻撃をしかけるのは危険過ぎる…
 あのお方の邪魔をさせない為にも、ここは空間に閉じ込めたままにして―――」
 その時、Z武の頭を何者かの腕が掴んだ。

「!?」
 Z武がギョッとしてそちらを向こうとするが、出来ない。
 そこには、彼の『エグゼドエグゼス』が生み出すものと同じような空間の亀裂から、
 異形と化した腕が突き出ていた。

「―――なっ!?これは…!!」
 驚きを隠せないZ武。

「…空間を『終わらせて』、お前の開いた亜空間を突き破った。」
 空間の裂け目から、何者かの声が聞こえてくる。
 その声に、Z武は以前聞き覚えがあった。

「『デビルワールド』…!」
 Z武の頭蓋がから、みしみしと嫌な音が立ち始める。
 頭を砕かれそうな痛みに、Z武は顔を歪ませた。

「狂ったまま大人しくしていれば、もう少し長生き出来たものを…」
 『デビルワールド』が哀れむように呟く。
 しかし、手に込められた力は全く緩めない。

「ひぃ!!ひいぃ!!
 ひいあああああああああぁぁぁああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
 Z武が絶望にまみれた悲鳴を上げる。
 『デビルワールド』はその叫びを陶酔した表情で聞いて―――
 そして、一言呟いた。
「『終われ』。」
 その言葉と同時に、Z武の体が塵一つ残さず消え去った。
 まるで、最初からそもそも存在していなかったかのように。

「存在の終了…
 果たして奴は何処にいくのだろうな…?」
 『デビルワールド』は空間の亀裂からZ武の居なくなった場所を見つめながら、
 邪な笑みを浮かべるのであった。

35ブック:2004/04/11(日) 21:34



     ・     ・     ・



 …気がつくと、私達は元居た世界に戻されていた。
「……!!」
 急いででぃ君の方を見やる。
 さっき、でぃ君の体があの時の『化け物』の姿に変わって―――

「……っ…」
 でぃ君が片膝をついて息を荒げている。
 彼はすでに元の姿に戻っていた。

「でぃさん…」
 みぃ君が、彼の肩に手をやろうとする。
「……!!」
 でぃ君は、悲痛な眼差しでその手を振り払った。
 …彼の内に眠る力で、みぃ君を傷つける事を恐れているのか。

「……」
 彼に拒絶され、みぃ君が悲しそうな顔で俯く。
 私は、彼等を直視する事が出来ない。


「…!!」
 と、私の携帯電話が振動するのに気がついた。
 どうやらあの空間から脱出して、機能が回復したみたいだ。
 慌てて電話に出る。

「もしもし、ぃょぅだょぅ。」
 私は受話器に向かってそう言った。
「もしもし、ぃょぅ!?大丈夫なの!!?」
 この声は、どうやらふさしぃのようだ。
「大丈夫だょぅ。問題は無ぃょぅ。」
 肩口の傷はまだ痛むが、みぃ君のお陰で大分回復している。
 これならば、これからの闘いに支障が出る事は無さそうだ。

「それはそうと、あなた達一体どこに居るの!?」
 ふさしぃのその質問で、私はようやく一番大事な問題に気がついた。
 そういえば、ここはどこだ?
 私達があの妙な空間に引きずりこまれた場所とは、明らかに違う。

「え〜と…」
 私は周りを見回して、現在位置を特定できるものが無いか探した。
 そして、首を三十度程捻った所で一つの看板が目に入る。

「ああ、どうやらここはヌルポ町みたいだょぅ。」
 私は電話の向こうのふさしぃにそう告げる。
「ヌルポ町!?そんなに遠くに!?」
 ふさしぃが驚くのも無理は無い。
 たった数十分の間に、私達はかなりの距離の開いた場所に移動させられたのだ。
 そして、それは―――

「…どうやら、戦力を分断されてしまったみたいね。」
 ふさしぃが重く口を開く。
 そう、私達は否応無しに二手に分けられてしまったのだ。
 そしてそれを見逃す程、敵も甘くは無いだろう。

「…兎にも角にも時間のロスになってしまったょぅ。
 取り合えずこちらはでぃ君に『矢の男』の居場所を聞きながら、
 『矢の男』の所に向かうょぅ。
 随時こちらの現在位置を報告するから、ふさしぃ達もすぐに合流してくれょぅ。」
 急がねば。
 恐らくすぐにでも新手はやってくる。
 このまま戦力を分かたれたままではあまりにも危険だ。

「…分かったわ。気をつけて……」
 ふさしぃがそう言って電話を切った。
(そっちも気をつけるょぅ。)
 心の中で、ふさしぃ達の無事を祈願する。

 頼む。
 死ぬなよ、皆…!

「…さて。」
 私はでぃ君とみぃ君の方に向き直った。
「いつまでもじっとしている訳にはいかなぃょぅ。
 すぐに新しい車を手配して、『矢の男』の所に急ぐょぅ。」
 不安を振り切るように、私は無理して明るい声で彼らに告げるのだった。



     TO BE CONTINUED…

36丸耳達のビート Another One:2004/04/11(日) 22:55



  夢を見た。

  不思議な夢。

  流れ込んでくる記憶。

  昔の夢。

  僕が生まれる、その前の夢。

37丸耳達のビート Another One:2004/04/11(日) 22:57



   一九八四年 三月九日 午前零時六分、アメリカ・ニューヨーク
   天候・雨 気温・三度


 一人の女が、傘も差さずに驚異的なスピードで走っていた。
一歩走るたび、体のあちこちから鮮血がはねる。
「ハッ…ハッ…!畜生あのSon of a bitch!しつこく人を追いかけ回しやがってぇ…っ!」
 悪態をつきながらも、足を止める事は許されない。
水たまりを踏み散らし、夜の町を走る。

  ―――その数秒後。交差点にさしかかった瞬間、一人の男性がのんびりした歩調で目の前に現れた。




 一人の男が、傘を片手にのんびりした歩調で歩いていた。
一歩歩くたび、防水布の表面で水滴が踊る。
「ふわぁぁぁっ…。畜生あのスットコドッコイ。しつこく勝つまで徹マンぶっ続けやがってぇ…」
 あくびをかみ殺しながらも、本日の遅刻は許されない。
水たまりを飛び越えて、夜の町を歩く。

  ―――その数秒後。交差点にさしかかった瞬間、一人の女性が物凄いスピードで突っ込んできた。

38丸耳達のビート Another One:2004/04/11(日) 22:59
「ニローン!」
 着ている物を泥水まみれにした男性に、一台のバイクが近づいてきた。
外国人特有の、彫りが深い顔立ちのギコ種。
そのまま雨水を巻き上げて、男性の前に停車する。
 バイクに乗る男に、男性がのんびりと右手を挙げた。
「ん、ギコか。遅くまでごくろーさん…」
 男性の言葉に、男がよく通る声で応えた。
「ニローン、この辺で女見なかったか?吸血鬼だ」
「あー、あの女?俺にぶつかってきた。服がグチョグチョになっちまったよ」
 気怠そうに呟く男性に、男が興奮した面持ちで聞く。
「見たのか!どっちに行った!?」
「あっちー」
 ぴっ、と目の前の道を指す。
「サンクス!助かった!」
 大きな声で言い残し、男は爆音を響かせて走り去っていった。
男が通りの向こうに消え去ってから十数秒後。
「……んー…ま、嘘はついてないんだよなー」
 一人呟きながらこつこつと靴音を響かせて、先程指さしたあたりの地面に近寄る。
「俺はただ指さして『あっちー』って言っただけだしなー」
 足を止め、地面に膝をつく。傘を持っていない方の左掌を、雨に濡れた地面においた。
  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「『道の上を走って逃げました』とは一ッ言も言ってないんだよなー」
 力を集める。自分の力を呼び覚ますべく。
「もういいぞ。『フルール・ド・ロカイユ』」

 もこり、とアスファルトの路面が盛り上がった。
こぶ状になったアスファルトが、花びらのようにほどける。
突如として路面に咲いた『石の花』の中で、先程ぶつかって来た女性が膝を丸めていた。
 降りしきる雨の中、女性が疲弊しきった顔を上げ、疲弊しきった声で聞く。
「―――何で、助けてくれたの?」
「…ま、何となく、かな」
「―――貴方は、何者?」
  モナ ニロウ                                         ニローン
「茂名 二郎。日本人だ。西洋人には発音しにくい名前なもんでな。みんなは『東洋の花』って呼んでる。
 お前さんに質問。『吸血鬼』っつーけど間違いないのか?」
僅かな躊躇いの後、女性が小さく頷いた。
「じゃ、質問もう一個。生きたいか?」
 今度は躊躇わず、もう一度頷いた。
「…最後の質問。お前さん、名前は?」
 荒い息を吐き、二郎の耳元で女性が唇を動かした。
     シャマード
「……『熱き鼓動』。ルナ・シャマード・ミュンツァー」
息だけの声でそういうと、そのまま女性は気を失ってしまう。

雨のやみ始めた空を見上げると、雲の切れ間から綺麗な月が顔を出していた。




                      この日この時この瞬間より、二人の運命は絡み合う。

39丸耳達のビート Another One:2004/04/11(日) 23:01




  これは夢。

  おかしな夢。

  見たことのない景色。

  昔の夢。

  父さんと母さんが出会う、その日の夢。

40丸耳達のビート Another One:2004/04/11(日) 23:02







    三月九日 午後六時三〇分
    天候・晴れ 気温・一七度


 

「ただいまー…お、起きた?」
 小綺麗に片づけられた、二郎のアパート。
ベッドの上に座り込むシャマードに、二郎がぽいとベーカリーの紙袋を投げて渡す。
 ありがと、と聞こえるギリギリの声で呟き、フランスパンの端っこにかじりついた。
「しかし…お前さんえらく図太いな。知らない男の部屋に連れ込まれてるのに平然と出された物食うか?」
「殺すなら寝てるときにできるし、ヘンなコトするにしても同じ。
 さっきは衰弱してたし、元気になるまでほっといて毒を飲ませるのももったいない。
 それ以前に、弾抜いたり治療までしてくれたんだし、敵じゃない筈」
呆れたような二郎に、包帯の巻かれた腕を見せてシャマードが返した。
 再びフランスパンにかじりつくシャマードに、二郎がうなる。
「ふぅん…なるほど、もっともな理論だ。…コーヒー飲む?」
「うん」


「…ねえ、ニロー…で、いいんだっけ?」
 膝の上に付いたパンくずをはたきながら、シャマードが問うた。
ちなみに彼女が乗っているのは二郎のベッド。
 人の寝床をパンくずまみれにしているが、反省の様子はない。
もっとも、持ち主の二郎とて大して気にしなかったが。
「ん、発音が少し違う。『茂名 二郎』。『ロー』じゃなくて『ロウ』。下げ気味に、だ。
 『ニローン』でもいいぞ。東洋をイメージした架空の花の名前」
「どっちも言いにくいし、花って顔じゃない…いいよ、二郎って呼ぶから。…で、本題」
 落ち込む二郎を尻目に、ベッドに寝そべりながらシャマードが聞いた。
「なんで、助けてくれたの?」
「んー、だから言ったろ?何となく…」
「嘘」
 どことなく有無を言わさない雰囲気で断言されてしまった。
「…何だよ。俺は純粋に困ってるヒトを助けようと―――」
「嘘。貴方…『波紋使い』でしょ?私みたいな奴は宿敵じゃないの?」
 誤魔化すのは無理だと思い、薄い笑みを浮かべてシャマードを見返す。
「ちぇ。『いい人』ぶる予定だったんだけどなー。ま、いいさ…何で、わかった?」
「嘘ついたんでしょ?こっちの質問が先」
「そりゃそうか。じゃ、理由…そうだな…『好奇心』ってのかな?
 『言え』っつーから遠慮せずに言うが…お前さん、本当に吸血鬼か?
 こう見えても医者志望でな。身体の事は結構わかるつもりなんだが、お前さんの体はまるで…」

 ふと言葉を切り、くるくると人差し指を回しながら言葉を探す。
          ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「…そう、まるで吸血鬼と人間の中間みたいな雰囲気…まさかとは思うが、混血か何かか?」
「あ、惜しいね。確かに私は血も吸わないし太陽も平気な吸血鬼だけど、ハーフってのも少し違う。
 私が『人間寄り』で居られる理由…全部コイツの能力だよ」
ひゅるっ、とシャマードの背中から人型のヴィジョンが抜け出た。
 紅白で彩られたド派手な衣装に、笑い泣きのメイク。
ビート・トゥ・ビート
「 B ・ T ・ B …私の、スタンド」
「オ見知リ置キヲ、二郎様」



  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

41丸耳達のビート Another One:2004/04/11(日) 23:04
        ,,、、
    ∩_∩(;;)) 花を召しませ〜
   ( ´∀`ノノ
   (   つO
   ノ ノ ノ
  .(_)__)


 茂名二郎

アメリカ・ニューヨークの安アパートに住まうSPM<仲介人>。
医者を目指して留学中。
『二郎』は発音しにくいので、仲間内での通称は『ニローン』。
スタンドは『フルール・ド・ロカイユ』。
『石の花』を生成する能力で、お祭りの日には露店でこれを売っている。一個二ドル。
女の子を拾い込むのはもはや血筋?

SPM危険度評価D・呼称『花売り』

42丸耳達のビート Another One:2004/04/11(日) 23:06
            │こんにちは。vs<インコグニート>も一段落ついたので、
            │今回から番外編です。
            └y┬────────────────――――
            │マルミミの父と母が出会うお話。
            │○○の○○が○○なのは話が進む上で明らかに…
            └────────y───────――――――


               ∩_∩    ∩_∩
              ( ´∀`) 旦 (ー` )
              / ============= ヽ
             (丶 ※※※ ∧∧※ゞノ,)
               ~~~~~~~~~(゚ー゚*)~~~~~~
                     ∪ ∪
               ____Λ__________

               前三部作くらいの規模になると思います。
               お楽しみにー。

43ブック:2004/04/13(火) 15:04
     救い無き世界
     第六十五話・迷宮組曲 〜その一〜


「…分かったわ。気をつけて……」
 そう言ってふさしぃが電話を切った。
 どうやらぃょぅ達は何とか無事らしい。

「ふさしぃ、ぃょぅ達は…」
 小耳モナーが心配そうにふさしぃに尋ねる。
「大丈夫。誰も死んでいないわ。ただ…」
 ふさしぃが言葉を濁した。

「…戦力の二分。状況は以前悪いままって事か、ゴルァ。」
 俺は本日五本目の煙草に火を点けた。
 敵さんも馬鹿じゃない。
 この絶好の機会を逃しはしないだろう。

「兎に角、でぃ君は東と言っていたわ。
 ぃょぅ達は逐次現在位置を報告すると言っていたし、
 移動しつつ合流する事にしましょう。」
 ふさしぃが暗い空気を払拭するように快活な声で音頭を取る。
「…だな。じっとしてればしている分だけ、こっちが不利になる。」
 俺は車の運転席に乗り込んだ。
 キーを差し込み、車のエンジンをふかす。
「行くぞ、ゴルァ。」
 小耳モナーとふさしぃが車に乗ったのを確認し、
 アクセルを入れて車を発進させる。

「鬼が出るか邪が出るか…」
 呟きながら、俺は車を走らせるのであった。

44ブック:2004/04/13(火) 15:04



     ・     ・     ・



 部屋の中、『矢の男』は椅子にもたれ掛かり、何をするでもなくただ座っていた。

 ―――渦。
 思念の渦。
 『矢の男』の周りに可視出来そうな程に思念が渦巻き、異様な力場を形成している。
 そして、それらが少しずつ『矢の男』の中へと染み込んで言った。

「ギコエルとしぃエルが、それぞれあの悪魔に肩入れする者共の討伐へと向かいました。」
 モララエルが恭しく『矢の男』に進言した。
 それを聞こえているのかいないのか、
 『矢の男』はモララエルに薄靄のかかった目で見つめる。

「―――失礼。お邪魔でしたか。」
 モララエルが頭を下げた。
「…構いませんよ。私も、ぼんやりしていました……」
 『矢の男』は気だるそうに口を開いた。
 しかしそこから発せられる威圧感は尋常のものでは無い。

「…トラギコは?」
 『矢の男』は思い出したようにモララエルに尋ねた。
「ようやく闘える程には回復したようです。
 現在、こちらに待機させておりますが。」
 モララエルが『矢の男』の表情を窺いながら答える。

「…そうですか。
 それでは、彼にいつでも闘えるように準備しておくように伝えて下さい。
 ギコエルもしぃエルも、恐らく負けるでしょう。」
 『矢の男』がモララエルに告げた。

「…何故に、そう重われるのですか?」
 モララエルが驚いた顔で『矢の男』に聞いた。
「そう『書かれている』からですよ…
 そして私にはまだ、『書き変える』だけの力は無い…」
 モララエルが黙ったまま『矢の男』の話に耳を傾ける。

「…犠牲になると分かって彼らを止めなかった私を憎みますか?」
 『矢の男』がモララエルを見据えて言った。
「…私達はもとより今この場に居る事さえ無い筈の存在です。
 あなた様の為に命を捨てる事に、今更疑問は持ちません。
 彼等とて、それは同じでしょう。
 『神』の完全なる降臨の為ならば、喜んで人柱にもなる覚悟は出来ています。」
 モララエルは即答する。
 その瞳に偽りの色は全く無い。

「礼を言いますよ…モララエル。」
 『矢の男』はそれを聞いて満足そうに微笑んだ。
「必ずや、あなた様と『神』が完全に同調するまで
 あの者達を足止めして見せます…」
 モララエルはそう言って『矢の男』の前から去った。
 『矢の男』は、その姿をじっと見つめる。
 そしてまた、彼も敗れ去る事を『矢の男』は知っていた。


「…同胞は全て死に絶え、独り山の頂に虚しく立ち尽くす。
 これが『神』の境地とやらですか…」
 『矢の男』は天井を向いて呟いた。
 思念はなおも『矢の男』の中へと入り込み続ける。
「くくっ…それも、悪くは無い―――」
 『矢の男』は狂気を孕んだ目で一人ほくそ笑むのであった。

45ブック:2004/04/13(火) 15:05



     ・     ・     ・



 俺達は近くにあったレンタカー屋で借りた車に乗って、東へと向かっていた。
「こっちでいいかょぅ、でぃ君。」
 ぃょぅがハンドルを握ったまま俺に尋ねる。
 ぃょぅは車内のバックミラーで俺が頷くのを確認すると、頷きを返した。

「…いつ敵が襲ってくるか分からなぃょぅ。
 くれぐれも、気を抜かないようにするょぅ。」
 ぃょぅのその言葉にみぃが不安そうな表情をする。
 本当はこの危険な道中に連れて来たくは無かったが、
 かと言って放っておいては人質に取られる可能性もある。
 そして俺達にある程度安全なSSSまで引き返している時間は無い。
 それ故、ある程度の危険はあっても一緒に行動する他無かった。
 そう、俺達には…いや、俺にはもう、時間が―――


「……!」
 車の窓ガラスを透き通って、周りからどす黒い思念が俺の体に入ってくる感触。
 ぃょぅ達には気づかない位にゆっくりと、少しずつ。

 …しかし、『デビルワールド』は着実にそれを喰らい、
 それを糧に徐々に徐々にだが大きくなり続ける。
 少しずつ。少しずつ。少しずつ。少しずつ。
 そして俺が俺であるという自我は、それと共に蝕まれ…

「でぃさん…?」
 俺の異常を感じ取ったのか、みぃが心配そうに俺に声をかけた。
『大丈夫だ、何でも無い。』
 俺はみぃとは目を合わさずにそう答えた。

 ―――時間が、無い。
 俺にはもう、僅かな時間も残されていなかった。



     ・     ・     ・



「あったまてっかて〜か、さ〜えてぴっかぴ〜か、
 そ〜れがどぉし〜た、ぼく…」
 鼻歌を歌いながら車を運転する。
 ただでさえ暗い状況なのだ。
 歌でも歌わなきゃやってられるもんか。

「ギコえもん音痴だモナ〜。」
 小耳モナーが笑いながら突っ込む。
「うるせえ!手前に言われたかねぇよ!!」
 こいつ、俺が今運転していて反撃出来ないからって調子に乗りやがって。

「ちょっと、もう少し緊張感を持ちなさい!
 いつ敵が襲ってくるかもしれないのよ!?」
 ふさしぃが怒鳴る。
 そんなに怒ると皺が増えるぞ、と思ったが、
 殺されるのは確実なので口に出すのはやめておく。

「…さてと、そろそろぃょぅ達が今どこら辺か聞いてみましょうか。」
 ふさしぃが携帯電話を取り出した。
 そしてボタンに指をかけ―――

「!!!!!」
 突如、目の前に大きな扉が現れた。

 何だ―――敵―――!?
 ハンドルを―――間に合わな―――…



「…!?」
 気がつくと、俺たちは奇妙な空間の中に入っていた。
「!!!!!!」
 と、俺達が入って来た扉がみるみる姿を消す。
 すぐに外に出ようとしたが、車を降りた時にはすでに扉は跡形も無く消え去っていた。

「…これは、敵の攻撃か……!?」
 俺は注意深く辺りを見回した。
 何だ、ここは。
 まるで、ピラミッドの中のような…


「いらっしゃいませ、SSSのお客人方。」
 と、いきなり後ろから声をかけられた。
 振り向くと、いつのまにかターバンを頭に巻いた男のような奴が後ろに立っている。

「…あなた……!」
 ふさしぃが『キングスナイト』を発動させて身構える。
 俺と小耳モナーも、各自のスタンドを出現させた。

「私への攻撃は無意味です。
 私はただの案内役。いくら倒した所で何度でも復活しますし、
 本体であるギコエル様には傷ひとつつけられませんよ?」
 ギコエル…?
 それが、敵の名前か。

「あなた、何者…?」
 ふさしぃが警戒しながらその男に尋ねた。

「ですから、先程も述べましたように案内役です。
 本当はあなた達に有利になる事は言いたくないのですが、
 これも能力の内なのであなた達にこのスタンドの説明をさせて頂きます。」
 男は厭味な位丁寧に話してくる。
「それでは説明を始めましょう。
 このスタンド、『プリンス・オブ・ペルシア』の能力を…」
 男は俺達に一礼し、ゆっくりと口を開き始めた。



     TO BE CONTINUED…

46ブック:2004/04/15(木) 00:28
     救い無き世界
     第六十六話・迷宮組曲 〜その二〜


「…このスタンドの、能力の説明?」
 私はターバンを巻いた男に尋ねた。
「左様でございます。
 能力の説明がこの私の役目です。」
 男が丁寧な口調で返す。

「この迷宮こそがギコエル様のスタンド『プリンス・オブ・ペルシア』です。
 一度この中に取り込まれた以上、最早貴女方は通常の方法では脱出出来ません。」
 男がさらりと私達に告げた。

「ふざけんな!手前今すぐここから出しやがれ!!
 さもなきゃ瞬きする間にぶっ殺すぞゴルァ!!」
 ギコえもんが男の襟元を掴んで壁に叩きつけた。
 しかし、男は全く表情を崩さない。
「先程も申しましたように私への攻撃は無意味です。
 無駄に体力を消費するのは止めておいた方がよろしいかと。
 それに、ここから絶対に脱出出来ない訳ではありません。」
 男がギコえもんに掴まれたまま話続ける。

「だったら、その方法を教えやがれ!!」
 ギコえもんが叫ぶ。
「ですから、これからそれを説明するのですよ。
 すみませんが、そろそろ手を放してはくれませんか?」
 男がギコえもんの腕に手を置く。
 ギコえもんは、舌打ちをして苛立たしげに男を突き放した。

「それでは説明を続けましょう。
 あなた達がここから脱出する方法はただ一つ。
 この迷宮の何処かにいる本体のギコエル様を見つけ出し、倒す事です。」
 男は私達三人を前に、物怖じする事無く口を開いた。
「それが本当だっていう証拠はあるモナか!?」
 小耳モナーが聞き返す。
 私はそんな風にいきり立つ小耳モナーの肩に手を当てて諌めた。
「…多分本当よ。
 これ程の能力、何かしらの条件や弱点があって然るべきだわ。
 問答無用で脱出不可能なんて力、神でもなければ持ち得ない。」
 …とはいえ確証は無い。
 小耳モナーの言う通り、本体がここに居ない可能性だってある。
 もしそうなら私達はここでお手上げだ。

「ご理解が早くて助かります。
 ですがこの迷宮にはありあらゆる場所にトラップが仕掛けられています。
 いずれも致死性の高いもの揃いですので、探索は慎重になされるべきですな。」
 予想はしていたけど、只で済ます訳は無いという事か。

「最後にもう一つ。
 私がこの説明を終えてからきっちり一時間後に、この迷宮は崩壊します。
 それに巻き込まれれば言うまでも無くゲームオーバーですので、悪しからず。」
 そして男は私達に向かって一礼を…

「―――!!」
 私の『キングスナイト』の刃が男の体を両断した。
「念の為、あなたを倒しても本当に無駄なのかどうか、確認させて貰うわね?」
 私は胴の部分で真っ二つになって転がった男に声をかける。
「…酷い事を。」
 すると、男の体がゆっくりと地面に沈んでいく。
 迷宮には何の変化も起こらない。
 やはり、こいつを殺しても無駄だったか。

「…ですが、これでお分かりになられたでしょう。
 私を倒した所で無意味。
 あなた達はギコエル様を見つけるより他に手は無いのです。」
 沈みながら、男が微笑む。
「急がれた方がよろしいですよ?
 既にカウントダウンは始まっています。
 後五十九分二十秒で、タイムオーバーです。」
 私は男の頭を踏み砕いた。
 冗談じゃ無いわ。
 絶対に、ここから脱出してやる。

47ブック:2004/04/15(木) 00:28



「…で、どうする?」
 ギコえもんが私達を見ながら言った。
「取り合えず、何とかして本体を見つけるしか無いわね。
 …小耳モナー。」
 私は小耳モナーに声をかけた。
「分かってるモナ。」
 小耳モナーが『ファング・オブ・アルナム』を発動させる。
 黒い狼が、その場に姿を現した。

「『アルナム』、僕達以外の匂いはしないモナか?」
 小耳モナーが『アルナム』に尋ねた。
 『アルナム』はしばらく鼻をヒクヒクさたかと思うと、申し訳無さそうに頭を振る。
「…面目有りやせん。
 ここらから親分達以外の匂いは流れてきません。
 恐らく、どこかの部屋の中に隠れているのではないかと…」
 『アルナム』が頭を下げながら言った。

「いいえ。それだけ分かれば上出来よ。
 時間が無いわ、さっさと先に進みましょう。」
 私の言葉に皆が頷き、通路の先へと目を向けた。

「車はどうする?」
 ギコえもんが車に目を向けた。
「…あの男、トラップがあると言っていたわね。
 その言葉を信じるなら、車で進むのは危険過ぎるわ。」
 私達は結局徒歩で迷宮を散策する事にした。
 車に乗ってはそれがそのまま棺桶になりかねない。


「……」
 私達は注意深く辺りを警戒しながら歩を進めた。
 『ファング・オブ・アルナム』が私達から少し離れた所を先行し、
 ギコえもんが殿を務める。
 今の所、罠らしい罠には引っかかっていない。

「……!」
 と、『ファング・オブ・アルナム』が動きを止めた。
 振り返り、私達に注意を促す。

「どうしたの?」
 私は『ファング・オブ・アルナム』に声をかけた。
「…変な糸が張られていやす。」
 その言葉を聞き、私はじっくりと目をこらしてみる。
 よく見ると、地面から十センチ程上の所に何やら光る物があった。

「…あからさまに怪しいわね。」
 恐らくあの糸に足がかかったら、矢とか槍が飛んでくるのだろう。
 とにかくあの糸には触れない方がよさそうだ。

「ふっ、このあっしがこんな見え透いた仕掛けに引っかかるとでも…」
 『ファング・オブ・アルナム』はそう言って、軽々と糸を飛び越えて着地すると…

 カチリ

 『アルナム』が着地した場所から、妙な機械音が聞こえてきた。
 それと共に、後ろから何やら地響きのようなものが聞こえてくる。
 まさか、これは―――


「!!!!!!!!!」
 嫌な予感は寸分違わず命中した。
 後ろから、大きな岩が私達に向かって猛スピードで転がってくる。

「うわああああああああああああ!!!!!!」
 私達は叫びながら走り出した。
 信じられない。
 まさかジョーンズ博士みたいな罠が、私の身に降りかかってくるとは。
 生きて帰ったら、『インディ・ふさしぃ』とでも名のついた自主映画を作ってみるか!?

「ああああああああああああああああ!!!!!!!」
 必死に走り続ける。
 しかし、岩は見る見る私達に近づいて来る。
 まずい。
 このままでは、ぺっちゃんこに潰されてしまう…!

「『ファング・オブ・アルナム』!!!」
 小耳モナーが『アルナム』に跨った。
 そして私達を置いてどんどん加速していく。
「!!!
 小耳モナー!!
 手前ずりいぞ!!!!!」
 ギコえもんが怒号を発する。
 私も小耳モナーへの怒りで一杯だ。

「命あってのものだねだモナ!
 皆の事は一生忘れないモナ!!」
 小耳モナーは私達には目もくれずに走り去ろうとする。
 あいつ、この土壇場で裏切るなんて…!

48ブック:2004/04/15(木) 00:29

「!!!!!!」
 と、小耳モナーが立ち止まった。
 何だろう。
 今更自分のした過ちに気がついたのだろうか?

「皆、急ぐモナ!
 ここに岩をやり過ごせそうな部屋があるモナ!!」
 小耳モナーが私達に叫ぶ。

「ああああああああああああ!!!」
 体中の力を総動員して、走る。
 もっと速く。
 一秒でも、速く。

「これね!!」
 やっと小耳モナーの所まで辿り着いた。
 左の壁に、古めかしい扉が見える。
 急いでノブを回して部屋の中に―――

「!!!!!!!!」
 扉をくぐろうとした瞬間、頭上から底知れぬ危険を感じた。
 その瞬間、ドアの入り口の上から私に頭目掛けてギロチンが落ちてくる。

「『キングスナイト』!!!」
 寸前で、『キングスナイト』の剣でギロチンを受ける。
「皆!今の内に、早く!!!」
 私の叫びとほぼ同時に、ギコえもん達が部屋の中に駆け込んだ。
 全員が部屋に入ったのを確認し、私も急いで部屋に飛び込む。
 間一髪のところで、岩は部屋の横を通り過ぎていった。



「…ふー。」
 ギコえもんが汗を拭いながら大きく息を吐く。
 危ない危ない。
 もう少しで、皆仲良くサンドイッチになる所だった。
 いや…『仲良く』という所には語弊が有る。

「……」
 私とギコえもんは無言で小耳モナーに詰め寄った。
「…あれ?皆どうしたモナか?
 そんな恐い顔して……」
 小耳モナーが顔を強張らせながら後ずさる。

「さっきはよくも見捨てようとしてくれたなゴルァ……」
 ギコえもんが『マイティボンジャック』を発動させた。
「まさかあなたがあんな事するなんてねぇ…」
 私も『キングスナイト』の剣を小耳モナーに突きつける。

「み、皆誤解モナ…
 それに、こうやって無事乗り切る事が出来たんだし、
 ここは笑って水に流して…」
 小耳モナーが弁解するが、私達は聞く耳等持たない。

「…み、皆…助けて……」
 追い詰められた小耳モナーが壁に寄りかかった。

 カチリ

 小耳モナーの寄りかかった壁の一部が少しへこみ、先程と同じような機械音がする。

「!!!!!!!!」
 次の瞬間、ガコンという音と共に私とギコえもんの足元の床がいきなり開いた。
 そのまま、体が重力に導かれるまま落下を始める。

「『キングスナイト』!!」
 私は壁に剣を突き立て落下を防いだ。
 そしてギコえもんの手を取り、彼が落下してくのを喰い止める。

「小耳モナー!手前後で絶対に殺すからな!!」
 ギコえもんが宙ぶらりんになりながら叫ぶ。
 私も口には出さないが、小耳モナーへの殺意に胸を黒く染めるのであった。



     TO BE CONTINUED…

49ブック:2004/04/16(金) 03:10
     救い無き世界
     第六十七話・迷宮組曲 〜その三〜


 私とギコえもんは何とか穴からよじ登る事が出来た。
 足元には、小耳モナーが鼻血を流して倒れている。

「…酷いモナ…皆。」
 小耳モナーが低く呻いた。
 酷いとは心外な。
 寧ろあれだけの事をしておいて命がある事を感謝して貰いたいものだ。

「…さてと。どうする、ふさしぃ?」
 ギコえもんが私の方を向いて言った。

「決まってるわ。すぐに探索を開始するわよ。
 大分時間をロスしてしまったし。」
 時計を確認する。
 この迷宮に入った時の時間から計算すると、残り時間はおよそ後五十分弱。
 もたもたしている暇は少しも無い。

「ほら、小耳モナー。
 早く出発するぞゴルァ。」
 ギコえもんが小耳モナーの肩を支えて立たせる。
 一応手加減はしておいたから、行動に支障が出る程の怪我はしていない筈だ。

「…ああ、ふさしぃ。」
 と、ギコえもんが何かを思い出したように私に振り返った。
「何?」
 私はギコえもんに問い返す。

「お前いい歳こいて苺柄パンツはねーだろう。
 それとも、丸耳ギコの趣味か何かか?」
 ギコえもんが呆れたように答える。

 …二秒後、地面にギコえもんの体が転がった。



「全く…どさくさに紛れて何見てるのよ、この助平!」
 廊下を進みながらギコえもんを睨む。
「こっちも見たくて見た訳じゃ無ぇよ!
 穴の中で上を見上げたら仕方無くだなぁ…」
 ギコえもんが先程拳骨を喰らった頭をさすりながら弁解する。
 こんな事なら、助けてやるんじゃなかった。

「…お二人さん、扉が。」
 『ファング・オブ・アルナム』が立ち止まる。
 見ると、右側の壁と左側の壁にそれぞれ扉が備え付けられていた。

「…どうする?さっきみたいに開けた途端に罠が発動するって事も考えられるぜ。」
 ギコえもんが声を押し殺しながら言った。
「…それでも、本体が部屋の中に隠れている可能性が高い以上、
 開けずに通り過ぎる訳にもいかないわ。」
 私は首を振りながら答える。

「…時間制限が有る以上、私達に悩んでいる時間は無いわ。
 まず私が右の扉を開けてみる。」
 私は扉に向かって進み出した。
「ふさしぃ、気をつけるモナ…」
 小耳モナーが心配そうに言った。

「なあに、大丈夫よ。
 これでも近距離パワー型のスタンド使いなんだし、
 とっさの罠にも何とか対処出来るわ。」
 そして私はゆっくりと扉のノブに手をかけ―――

50ブック:2004/04/16(金) 03:11


「ふさしぃ!!後ろだ!!!」
 ギコえもんが、叫んだ。
 それと同時に後ろから襲い来る殺気。

「『キングスナイト』!!」
 後ろは向かないまま、気配を頼りに『キングスナイト』の剣を突き出す。
 剣から、何かを貫く手応えが伝わってきた。

「……!!」
 何が襲って来たのか確かめようと後ろを向く。
 剣には、鋭い牙を生やした扉が突き刺さっていた。
 まさか、扉に擬態していた化け物(ドア・イミテーター)だったとは…

「ふさしぃ!!!」
 今度は小耳モナーが叫ぶ。
 即座に剣を化け物から引き抜き、新たに後ろから迫るもう片方の扉の化け物を一閃。
 扉の両方が罠とは、この迷宮の支配者の陰険さの程が知れる。

「…行くわよ。立ち止まっている時間は無いわ。」
 『キングスナイト』の剣を納め、私達は再び進みだした。



 進む。
 罠を掻い潜り、罠を退けながら、ひたすらに進む。

 カチリ

 足元からの作動音。
 横から飛び出してくる槍。
「『マイティボンジャック』!!」
 ギコえもんが槍を叩き折る。

 扉を開ける。
 開けた瞬間に部屋の中から飛び掛かる矢。
「『ファング・オブ・アルナム』!!」
 『アルナム』が飛び掛かり、矢を口でキャッチする。
 用心深く部屋の中に踏み込むが、中には誰も居ない。
 これで十部屋目だ。

「……!」
 時計を覗く。
 残り時間は後二十分少々。
 早く、早く見つけないと…!

「扉があったモナ!」
 小耳モナーが指差した。
 突き当たりに古びた扉が見える。

「…ここに、本体が居るのか?」
 扉の前に立ち、ギコえもんが呟いた。
 ここに来るまでの道はあらかた調べつくした。
 突き当たりの横には特に道は見当たらない。
 という事は、事実上これが残された最後の扉という事になる。

「…みんな、気を引き締めて行くわよ。」
 注意深く扉を開く。
 …罠は、作動する気配は無い。

「……!」
 扉を開け放ち、外から部屋の中を見る。

「…居ない!?」
 小耳モナーが思わず声を上げた。
 部屋の中には、誰も居なかった。

「どういう事だ、ゴルァ!」
 ギコえもんが苛立たしげに叫ぶ。
「落ち着いて。部屋の中に隠し扉があるのかもしれないわ。
 とにかく中を調べてみましょう。」
 そして私達は部屋の中へと足を入れ―――

51ブック:2004/04/16(金) 03:12

「!!!!!!」
 全員が入った所で、いきなりドアがひとりでに閉まった。
 そして、頭上から重苦しい音が響いてくる。

「なっ……!!」
 上を見上げると、何と天井が徐々に下りてきていた。
 このままでは、押し潰されてしまう。

「早く外に…!」
 急いでドアノブに手をかける。
 しかし、扉は押しても引いてもビクともしなかった。

「ちょっ…!
 冗談じゃ無いわよ!?」
 しかし、ありったけの力を込めてもドアは決して開かなかった。

「どけ!!ふさしぃ!!!」
 ギコえもんが『マイティボンジャック』を発動させた。
 そして、その拳を扉に叩きつける。
 しかし、扉には傷一つさえつける事が出来なかった。

「『キングスナイト』!!」
 今度は私が扉に斬撃を放つ。
 しかし、同じように扉は一切の攻撃を受け付けない。
 そうしている間にも、天井はぐんぐん下がってくる。

「糞が!!
 どうすりゃいいってんだ!?」
 ギコえもんが壁を殴りつける。
 しかし、扉同様破壊は不可能なようだ。

「嫌だモナ!死にたくないモナ〜〜!!!」
 小耳モナーが泣き叫んぶ。

「……!」
 慌てるな。
 考えろ。
 考えろ。
 脱出の手立ては必ずある筈だ。
 解除方法の無い罠などありえない。
 何か、必ずここから出る方法が…!

「!!!!!!!」
 突如、私の頭に一つの考えが閃いた。
 そういえば、私はドアを『押したり引いたり』しかしていない。

 ……!
 まさか、もしかすると!

「!!!」
 私はもう一度ドアノブに手をかけた。
 そして、押したり引いたりするのではなく、
 ふすまを開ける要領で横に滑らせる。

「やったわ!!」
 あっけないくらいあっさりと、扉が開く。
 成る程。
 扉は押したり引いたりして開けるものという思い込みを利用した、
 一種の心理的な罠だった訳か。

「皆、急いで!!」
 間一髪、私達は部屋から飛び出した。
 重い音を立てて、天井が地面に着く。

52ブック:2004/04/16(金) 03:12


「…今度ばかりは死ぬかと思ったモナ。」
 小耳モナーが溜息を吐いた。

「…しかし、どうするんだゴルァ。
 結局この部屋にも本体は居なかったぞ。」
 ギコえもんが焦りの汗を流しながら言う。

「『アルナム』、本当に匂いは無いの?」
 私は『アルナム』に尋ねた。
「…はい。姐さん達以外の匂いは全くありやせん。
 どこかの部屋に隠れているのは間違い無いんです。」
 『アルナム』が首をうなだれる。
 どこだ。
 本体は一体どこに…


「!!!!!!!!!」
 突如、地面がぐらりと揺らいだ。
 それと共に、壁のあちこちに罅が入り始める。

「残り時間が十五分を切りました。
 これから、少しずつ迷宮が崩壊していきます。」
 後ろから突然声がかかる。
 そこには、私が倒した筈のターバンを巻いた男が立っていた。

「手前!今すぐ本体の居場所を教えやがれ!!」
 ギコえもんがスタンドの腕で男を掴む。
「私への脅しは無意味ですよ。
 そんな事をしている暇があるのなら、ギコエル様を探した方がよろしいのでは?」
 男が顔色一つ変えずに答える。

「―――!!」
 私は男の首を切断して黙らせた。
 これ以上この男の不愉快な声を聞いていては、冷静な判断が下せなくなる。

「畜生め…!
 急がないとやべぇぞ!!」
 ギコえもんが舌打ちをした。
「だけどどこを探すんだモナ!?
 今までの部屋はどこを探しても居なかったモナ!
 それに、もう一度全部の部屋を探す時間は―――」
 そうだ。
 もう一々じっくりと部屋を調べなおしている時間は無い。
 それに、部屋の中に隠し部屋があった様子も無い。
 だが、それなら本体はどこに居る!?
 『ファング・オブ・アルナム』は、通路に匂いは流れていないと言った。
 どこかの部屋の中に本体が隠れているのは間違い無い。
 どこに。
 本体は一体どこに―――


「!!!!!!!!!!」
 ―――いや、「一つだけ」あった。
 まだ、開けていない扉が…!

「小耳モナー!」
 私は小耳モナーの肩に手をおいた。

53ブック:2004/04/16(金) 03:13



     ・     ・     ・



「くくく…
 あと、二分だ。
 あと二分であいつらを全員始末出来る。」
 ギコエルは椅子に座ってほくそ笑んでいた。
「奴らがこの部屋を見つける事は不可能。
 なぜなら、奴らにしてみれば思いもよらない所にあるのだからな…!」
 ギコエルが読んでいた本を机の上に置く。
「…さて、あと一分。
 楽なものだ。奴らの死に様が見れないのは残念ではあるが―――」

 その時、ギコエルの背後のドアが扉が開け放たれた。
「見つけたモナ…!」
 小耳モナーと『ファング・オブ・アルナム』が、そこには立っていた。

「なっ…!」
 ギコエルが驚愕する。
「…ふさしぃの言う通りだったモナ。」
 小耳モナーがギコエルに歩み寄る。

「最初ここに連れて来られた時、入り口の扉が消えたと思ったモナ。
 でも、それは違った。
 消えたんじゃない。見えなくなっていただけなんだモナ。
 お前はその扉の中の部屋に隠れていた!
 そしてそれこそが、この迷宮最大の罠だったんだモナ!!」
 小耳モナーが喋りながらギコエルに歩み寄る。

「おのれえぇあ!!!」
 ギコエルが懐から拳銃を取り出そうとした。
「のろいモナ、ギコエル。」
 しかし、ギコエルが引き金に指をかけた時には既に、
 『ファング・オブ・アルナム』はその頚動脈を噛み切っていた。



     ・     ・     ・



 突然真っ暗になったかと思うと、私達は扉に飲み込まれた場所に戻されていた。
 そのすぐ傍には、血塗れの男が横たわっている。

「…どうやら、ちゃんと仕留めてくれたみたいね。」
 私は小耳モナーの方を向いて言った。
 恐らく、この死んでいる男がギコエルだろう。

「モナに感謝するモナ!
 モナの『ファング・オブ・アルナム』じゃなかったら、
 時間内に迷宮の奥からスタート地点まで辿りつけなかったモナ!」
 小耳モナーが胸を張ってえばる。
 そんな彼にギコえもんが拳骨を浴びせた。

「ったく、俺達を見捨てて逃げようとした事棚に挙げて威張んじゃ無ぇよ。」
 ギコえもんがやれやれといった風に呟く。

「ひ〜ん。ギコえもん酷いモナ〜…」
 頭に出来たこぶに手を当てながら、小耳モナーがすすり泣く。

「…さて、車も無事みたいね。」
 どうやら車もちゃんと元の世界に戻って来たらしい。
 足早にその中に乗り込み、エンジンをかける。
「先を急ぐわよ、皆。」
 そして私達は再び『矢の男』の元へと走り出した。



     TO BE CONTINUED…

54ブック:2004/04/17(土) 00:02
     救い無き世界
     第六十八話・空高くフライ・ハイ! 〜その一〜


 夕暮れの金色の光の差し込む部屋の中、トラギコは一人ベッドに腰掛けていた。
「……」
 彼は立ち上がり、窓まで歩み寄って窓を開く。
 穏やかな風が部屋の中へとそよぎ、彼の髪を優しく揺らした。

「……」
 彼は大きく息を吐くと、目を閉じて俯いた。

 彼が今まで貯め込んできた金は、全て孤児院に寄付した。
 二度とあの場所には帰れないだろうと覚悟していたからだ。

「……」
 最早トラギコには何も残されてはいない。
 ただ、でぃへの復讐心だけがどす黒く彼の心を覆う。

「トラギコ、入るぞ。」
 その声と共に、モララエルが部屋の中へと入ってくる。
 トラギコが、面倒くさそうにそちらに顔を向けた。

「『デビルワールド』がこちらに向かって来ているとの事だ。
 いつでも闘えるように準備しておけ。」
 モララエルがトラギコに告げる。
「…分かったよ。あいつが来たら、声をかけてくれ。」
 トラギコが抑揚の無い声で答えた。

「『アクトレイザー』の完全なる覚醒も近い。
 それまでは、何としても我々で時間を稼がねばならん。
 その使命を忘れるなよ。」
 そう言うと、モララエルは部屋から出て行った。
 再び部屋の中がトラギコ一人になる。

「…『神』だの『悪魔』だの…俺にはどうでもいい……」
 トラギコが窓の手すりに肘をつけて呟いた。

「俺はただ、あのでぃをぶっ殺す。それだけだ……」
 トラギコがもう一度目を閉じる。
 その瞼の裏には、孤児院の人々の姿がはっきりと映し出されていた。

55ブック:2004/04/17(土) 00:03



     ・     ・     ・



 車のスピーカーから少し古めのヒット曲が流れてくる。
 私達はひたすらに東を目指して走っていた。
「…ふさしぃ達の話だと、あと二・三時間もすれば合流出来るみたいだょぅ。」
 私は後部座席に座るでぃ君とみぃ君に話しかけた。

 先程のふさしぃから電話で、ギコエルという奴から攻撃を受けたという連絡が入った。
 やはり二手に分けられた所を襲って来られたみたいだ。
 という事は、私達の所へも刺客が来る可能性が高い。
 気を引き締めてかからなければ…

「……」
 車の窓からは沈みかけの太陽が見える。
 この様子だと、ふさしぃ達に会えるのは夜になってからになりそうだ。


「でぃさん…」
 不意にみぃ君がでぃ君に心配そうに声をかけた。

 …理由は、分かっている。
 車の中の空気が、重い。
 私達…
 いや、でぃ君の周りに、
 見えない「何か」が確実に渦巻いている。
 何か、得体の知れない怨念めいた何かが…

「……」
 でぃ君は何も答えず、心配無いという風に頭を振った。

 嘘だ。
 彼は今闘っている。
 自分の中に潜むあの『化け物』を自分の中に押し込めようと、
 精神をすり減らしながら必死に闘っている。

「……」
 私はアクセルを踏み込んだ。

 急がなければ。
 一刻も早く『矢の男』の処へ行って、全てにケリをつける。
 そして、でぃ君の中の『化け物』も絶対に何とかする。
 私に出来るのは、それだけだ。



「……?」
 と、フロントガラスが急に曇った。
 よく見ると、砂みたいなものがガラスに張り付いている。

「これは…」
 外を見ると、砂のような粒が大量に宙に舞っている。
 どうやら、砂嵐が吹いているみたいだ。
 それにしても、ずいぶんといきなり強い風が吹き始めたな…

「!!!!!!」
 その時、信じられない光景が目に飛び込んできた。
 通行人の一人の体が、突然崩れ始めたのだ。
 何が何だか分からないといった表情のまま、通行人が砂へと変わる。

 いや…!
 通行人だけじゃない。
 周りのもの全てが、徐々に崩れ始めている…!

「!!!!!!!!」
 次の瞬間、フロントガラスにいきなり穴が開いた。
 まさか、この車も崩れ始めている!?

「……!!」
 私は慌ててブレーキをかけた。
 フロントガラスの穴から、少しずつ風が吹き込んでくる。
 間違いない。
 これは敵の攻撃だ。
 だが、これは一体どういう能力…?

56ブック:2004/04/17(土) 00:04

「なっ!?」
 そこで私はようやく自分の体の異変に気がついた。
 私の右腕が、ほんの少しではあるが崩れ始めている。
 穴からの風にさらされる度、腕の部分の肉が砂みたいに変わって流れる。

 これは―――
 ―――いつの間に!?

 …!!
 まさか、敵の能力は…!!

「くっ!!」
 私はアクセルを全開にして車を発進させた。
 間違いない。
 この風にさらされたものは、だんだん「風化」していっている…!
 これが、敵の能力だ!

「うおおおお!!」
 地面も風化している為、砂にタイヤを取られてスピンしかける。
 まずい。
 早く、風を凌げそうな場所に移動しなければ。
 このまま道路にいたら格好の餌食だ。

「……!!」
 滑り込むように、車を道路の脇に駐車させる。
 そして、私達は近くにあった本屋の中に駆け込んだ。
 良かった。
 これで暫くは、安心と言った所か。
 だが、敵は一体どこから攻撃を…

「……!!」
 本屋の入り口から外を覗いてみて、私は敵がどこにいるのかを理解した。
 背中から羽を生やした女が、翼をはためかせながら空中に漂っている。
 確認するまでもない。
 あれが、攻撃をしかけてきた敵だ。
 さっきの風は、あの翼で起こしたものか…!?

「……!」
 そいつと、目が合う。
 女は私に向かってにっこりと微笑んだ。
 そして、翼を羽ばたかせて風を周囲に撒き散らす。
 周囲の人や物が、みるみる風化して砂に変わって崩れる。
 外道め。
 私達が出てこなければ、一般人を殺していくという事か…!

「でぃ君、みぃ君、ここで待っているょぅ。
 ぃょぅがあいつを仕留めてくるょぅ。」
 私はでぃ君とみぃ君にそう言った。
「……!」
 でぃ君が、眼差しで私に訴えかけてくる。
 恐らく、自分も闘うと言いたいのだろう。

「…でぃ君。君を闘わせる訳にはいかなぃょぅ。
 何故かは、君が一番よく知っている筈だょぅ。」
 私はでぃ君に静かに告げた。
 これ以上、彼にあの力を使わせる訳にはいかない。
 このまま力を乱用すれば、間違い無くでぃ君が『化け物』に取り込まれてしまう。

「……!!」
 それでも彼はなお食い下がった。
 私はそんな彼の肩の上に手をおいて諌める。

「…でぃ君、君にはみぃ君を守るという役目があるょぅ。
 だから、君はここに残って必ずみぃ君を守りきるょぅ。
 ぃょぅに何かあったら、君だけが頼りだょぅ。」
 私がそう言うと、でぃ君は悔しそうに唇を噛んだ。

「ぃょぅさん…」
 みぃ君が、不安そうに私を見つめる。
「心配無ぃょぅ。
 ぃょぅも伊達に特務A班を名乗ってはいなぃょぅ。
 あんな奴一人で充分だょぅ。」
 私はみぃ君に笑顔を見せながらそう答えた。
 実際の所は、無事に勝てるかどうかは怪しいが。

 それでも、行くしかない。
 このままでは、何も関係無い人々がどんどん巻き込まれてしまう…!

「…どちらの風が上なのか、試してみるとするかょぅ。」
 私はそう呟くと、外に向かって駆け出した。



     TO BE CONTINUED…

57ブック:2004/04/17(土) 19:07
     救い無き世界
     第六十九話・空高くフライ・ハイ! 〜その二〜


「……」
 ギコえもんが車を運転するのを横目に、私はぃょぅに電話をかけていた。
 しかし、いつまでたってもぃょぅは電話に出ない。

「…ぃょぅは出ないモナか?」
 小耳モナーが心配そうに尋ねる。
 私は小さく頷いてそれに答えた。
「電話に出られるような状況じゃ無ぇって事か…」
 ギコえもんが煙草の吸殻を灰皿に押し付ける。
 車の灰皿は既に満杯近くになっていた。

「…恐らく、敵からの攻撃を受けているんでしょうね。」
 やはり私達の所に刺客が来たように、
 ぃょぅ達にも刺客が差し向けられていたという事か。
「だろうな。」
 ギコえもんが短く答える。
 片手でハンドルを操作しながら、新しい煙草を咥えてそれに火を点けた。

「急ぐぞ、ゴルァ。」
 ギコえもんがアクセルを踏み込んでスピードを上げた。



     ・     ・     ・



 外に出た私は、上を見上げて空中に漂う女を睨みつけた。
 女は私の視線をかわすように口元を吊り上げて微笑む。

「甘い人ね。
 周りの人なんか見捨てて逃げ出せば、生き延びれたかもしれないのに。」
 女が挑発的な目で私を見据える。
「…貴様、『矢の男』の手下かょぅ。」
 私は怒りのこもった口調で女に尋ねた。
 周りには、いくつもの「人間だった」残骸が転がっている。
 酷いものは、完全に砂になって殆ど跡形すら残されていない。

「Yes,I am.
 私の名前はしぃエルと申します。」
 しぃエルと名乗った女は翼をはためかせながら喋った。

「貴様の名前など、聞くだけ無意味だょぅ。
 ぃょぅは外道の名など知りたくないし、
 これから死ぬ奴の名前を覚えていた所で役に立たなぃょぅ。」
 私は『ザナドゥ』を発動させた。
 周囲に風が巻き起こり、地面に積もる砂を巻き上げる。

「その言葉、そっくりそのままお返ししましょう。」
 しぃエルが電信柱の上に立ち、翼を休ませる。
「…そういえば、後の二人は出て来ないのですか?
 あなた一人で、この私の相手が務まるとでも?」
 しぃエルが皮肉気に言ってくる。
「その通りだょぅ。
 お前なんぞ、ぃょぅ一人で充分だょぅ。」
 私はしぃエルに向かって一歩進み出た。

「本日中に貴様を殺すょぅ。
 ぃょぅの幽波紋で!」
 そこらに落ちていた石を拾い上げ、しぃエルに向かって投げつける。
 近距離パワー型の力と精密動作性により、
 高速+正確に石がしぃエルへと飛んでいった。

58ブック:2004/04/17(土) 19:07

「『ウインズノクターン』。」
 しぃエルが翼をはためかせた。
 翼から風が巻き起こされ、飛来する石を包む。
 石はしぃエルに命中する前に、全て砂と化して虚空に散った。

「そんなものでは、私は倒せませんね。」
 しぃエルが私を見下す。
 やっかいな翼だ。
 これでは生半可な飛び道具は役に立たない。

「それでは、今度はこちらから行きますよ。」
 しぃエルは私を見つめ、そして一際大きく翼を羽ばたかせた。
 滅びの風が私に向かって襲い掛かる。

「『ザナドゥ』!!」
 風が私に到達する瞬間、『ザナドゥ』の風をぶつける。
「!!!!!!」
 『ザナドゥ』の風が、しぃエルの風を打ち消しながら突き進む。
 威力は減らされたとは言えど、『ザナドゥ』の引き起こした突風がしぃエルに直撃した。
 しぃエルが空中で体勢を崩す。
 矢張り余計な特殊能力を持っていない分、純粋な風の勢いでは私の方が上…!

「行くょぅ!!」
 『ザナドゥ』の風を利用して、自分の体を飛翔させる。
 このまま奴まで接近して、
 ありったけの風を至近距離から回避不能のタイミングで叩き込んでやる。

「『ウインズノクターン』!!」
 しぃエルが空中で身を翻した。
 再び私に風が襲い来る。

「くっ…!」
 『ザナドゥ』で風を相殺。
 風は完全にシャットアウト出来たが、飛行中に別方向に風を起こした所為で
 今度はこっちがバランスを崩して地面に落下する。
「うおお!!」
 着地の瞬間、『ザナドゥ』で落下の勢いを殺して、ダメージを軽減させた。

 糞…!
 やっぱり奴のような翼が無い分、空中戦ではこっちが不利か。
 だが地面からちびちび風で攻撃していては、奴を倒せない。
 徒に被害が拡大していくばかりだ。
 一体、どうすれば…!


「貴様!何者だ!?」
 と、通りの向こうから突然声が響いた。
 見ると、二人組みの警官が空に居るしぃエルに向かって拳銃を構えている。
 しかししぃエルはそんな警官達など眼中に無いかの如く、空を自在に飛び回る。

「危ない!!
 今すぐ逃げるょぅ!!!」
 私は警官達に向かって叫んだ。
 しかし、警官は目の前で起こる超常現象に動揺しているのか、
 私の呼びかけが耳に入らない様子だった。

「動くな!大人しく投降しなければ撃つぞ!!」
 警官は半狂乱で叫ぶ。
 しぃエルは邪悪な笑みを浮かべると、警官達に向かって飛び掛かった。

「!!!!!
 うわあああああああああああああああ!!!!!!」
 警官達がしぃエルに向かって次々と発砲する。
「『ウインズノクターン』。」
 しぃエルが警官に翼を向けて羽ばたいた。
 風が弾丸を風化させ、空中で全て砂にする。
 そして、その風を受けた警官達は―――

「!?うあああああああああああああ!!!」
 叫び声と共に警官達の体が崩れ去った。
 その場には、砂以外何も残らない。

59ブック:2004/04/17(土) 19:08


「貴様あああああああああああああ!!!!!!」
 私の中で何かが弾けた。
 『ザナドゥ』で追い風を生み出し、その風に乗ってしぃエルに突っ込む。

「ふふふ…」
 しかししぃエルはそんな私を嘲笑うかのようにその場を飛び去った。

「逃がさなぃょぅ!!」
 すぐさま向きを変えて追いかける。
 逃がすものか。
 この惨状の償いは、必ず貴様の命で贖わせてやる…!


「!!!!!!!」
 と、しぃエルが途中で動きを止めた。
 空中出でホバリングしつつ、私に向き直る。

「お馬鹿さんね…
 まんまと引っかかるなんて。
 もうあなたの命は無いわよ。」
 しぃエルが、勝ち誇ったように私に告げた。

「!?
 それは、どういう―――」
 そう言いかけて、私はある事に気がついた。

!!
 しくじった。
 ここは、この場所は…!

「気がついたみたいね。
 自分が追い込まれている事に。」
 しぃエルが上空から私に言葉を浴びせる。

 私の居る場所、それはビルとビルに挟まれた通路。
 このような場所にはビル風と呼ばれる風が吹く。
 ビル風とは、狭い通路に風が集中する事によって起こる、都市特有の強風の事だ。
 そして、しぃエルは丁度この通路の向かい側に…

「そう、ここならば、あなた以上の風を起こす事が出来る!!」
 しぃエルが翼を羽ばたかせた。

「!!!!!!!」
 通路に風が収束し、増幅された風が私に襲い掛かる。
「『ザナドゥ』!!」
 必死に風をぶつけて打ち消そうとする。

 駄目だ。
 向こうの方が威力が強い…!
「……!!」
 私は観念して目を瞑った。
 こんな所で―――



「……!?」
 しかし、一向に風は私に吹き付けなかった。

(何があった…?)
 恐る恐る目を開けてみる。

「!!!!!!!」
 私の目の前に、でぃ君が風から私を守るように立ちはだかっていた。

「……」
 でぃ君がふらりと倒れ掛かった。
 慌てて倒れないように抱きとめる。
 しかし、彼の体はどこも崩れてはいない。
 これはどういう事だ?
 まさか、彼の能力に何か関係が…

「!!!!!!!」
 考えている場合じゃない。
 突風を起こして私達の体を飛ばし、すぐさまこの場所から逃げ出す。
 間一髪、通路から逃げ出して二撃目をかわす事が出来た。

「くっ…!」
 私はでぃ君の体を抱えながら走り出した。
 後ろからは、しぃエルが追撃をしかけてくる。

 …何て無様なんだ。
 一人で大丈夫と言っておきながら、おめおめと助けられるなんて…!

 私は歯を喰いしばりながら走り続けた。



     TO BE CONTINUED…

60:2004/04/18(日) 17:41

「―― モナーの愉快な冒険 ――   夜の終わり・その2」



          @          @          @



「夜が明けてきましたね…」
 しぃ助教授は、幹部室のソファーに腰掛けながら頭上を見上げた。
 空はかなり明るくなってきている。

「天気予報によると、しばらくは雨は降らないようです」
 丸耳は、テーブルの上に茶を置いた。
 そして、しぃ助教授の視線を追う。
 幹部室の天井は、綺麗に消失していた。
 対艦ミサイルの攻撃で、ASAビルの屋上が丸ごと吹き飛んだのだ。

 ため息をついて、丸耳がしぃ助教授の隣に腰を下ろす。
 テーブルを囲んでいるのは5人。
 しぃ助教授、丸耳、ありす、ねここ、クックル。
 ありすは、丸耳が運んできた茶を飲んでいた。
 クックルは無言で新聞を広げている。
 その紙面には、『自衛隊、防衛出動』『テロリストの本拠地を攻撃』などの文字が躍っていた。

「『テロリスト』…か。まったく、とんでもない事になりましたねぇ…」
 しぃ助教授は呟く。
 新聞を読んでいたクックルが、青い顔でこくこくと頷いた。
 彼の目は、紙面の端っこの『鳥インフルエンザの感染広まる』という記事を追っている。

「それで、こちらの被害は?」
 しぃ助教授はねここに訊ねた。
 しかし、ねここに反応は無い。
 目を閉じ、その首は微かに上下に揺れている。
 居眠りしているのは明白だ。

「…ねここ、ねここ!」
 丸耳がねここを揺り動かす。
「寝かせといてあげなさい。徹夜の治療で、かなり疲れてるでしょうからね」
 しぃ助教授は少し微笑んで言った。

「…約120人の職員が、命を落としました」
 ねここの代わりに、丸耳が答える。
「屋上のヘリポートはミサイル攻撃により全壊。電気関係等は問題ありません」

「まったく… 皆殺しの一回や二回じゃ済みませんね、これは…!」
 しぃ助教授は、テーブルの上に乱暴に湯呑みを置いた。
「ですが、敵がICBM(大陸間弾道ミサイル)を使ってこなかったのは不幸中の幸いでしたね」
 丸耳は、しぃ助教授をなだめるように言った。
 しかし、しぃ助教授の表情は変わらない。
「周辺の住民への避難勧告が徹底していなかったからでしょう。
 あの状況でICBMを使ったら、多くの住民が巻き添えになっていたでしょうからね。
 あくまで、無駄な犠牲は出さないという主義らしい。『人間』に対してはね…!」
 怒りを抑えながら、腕を組むしぃ助教授。
 幹部室を沈黙が支配した。
 ありすは空を眺め、クックルは新聞を読み続けている。

「現在、この付近では2個師団が待機中です。
 いつでも動かせる状態にありますが… 仕掛けますか?」
 沈黙を破るように、丸耳は言った。
 しぃ助教授は、黙って腕を組んでいる。
 丸耳は言葉を続けた。
「戦略衛星兵器『SOL−Ⅱ』は、照準を霞ヶ関に合わせていますが…」

61:2004/04/18(日) 17:42

「たぶん無駄ですよ。政府を瓦解させても、自衛隊は止まりません。
 むしろ、自衛隊は政府の手を離れていると見た方がいいでしょうね…」
 しぃ助教授は、顎の下に手をやった。
「ここは敵地の真っ只中です。敵に囲まれているも同然ですからね。
 何をやろうにも、制空権が向こうにあるのが大きな痛手となる。
 かと言って、現在の戦力で航空自衛隊を叩く事も不可能。
 とりあえず、このままここに本拠地を構えるのは愚策という事は確かですが…」
 しぃ助教授の言葉を、丸耳が継いだ。
「…そうですね。向こうはもはや隠密に事を進める必要もない。
 これからは本格的に仕掛けてくるでしょう。
 雨あられと対地ミサイルを浴びせられたら、我等といえどひとたまりもありません」

「…海に出ますか」
 しぃ助教授は、丸耳を見据えて言った。
「それが一番の良策ですね…」
 頷く丸耳。
「しかし、海上封鎖がなされているのは間違いないでしょう。
 海上自衛隊の護衛艦群はもちろん、米海軍のナンバー・フリートをも敵に回すかもしれない…」
 

「失礼します!!」
 ノックもなく、幹部室に伝令の職員が入ってきた。
 この職員が無礼という訳ではなく、幹部室のドアは敵兵に吹き飛ばされた為である。
「監視班より、昨夜の報告書が届きました」
 そう言って、職員はしぃ助教授にファイルを差し出す。

「分かりました。下がっていいですよ」
 しぃ助教授はファイルを受け取る。
 職員は姿勢を正すと、幹部室を出ていった。

「この件も、現在の状況では小事になってしまいましたがね…」
 そう言いながら、パラパラとファイルをめくるしぃ助教授。
 そして、不意に目を見開いた。
「…彼が吸血鬼化!?」
 しばらくの時間、しぃ助教授は熟考した。

 そして、丸耳にファイルを渡す。
「彼、使えると思いませんか…?」



          @          @          @



 居間には、リナー、ギコ、モララー、つー、レモナ… そして、公安五課局長がいた。
 割れた机はガムテープで修復されている。
 部屋の隅には、ホウキや汚れた雑巾が転がっていた。
 木屑や割れたガラスでボロボロの居間を、ある程度は掃除したようだ。

 局長は、煙草を口に咥えていた。
 彼の前に置かれた灰皿には、吸殻が山のように積もっている。
 局長は俺の顔を見て、「戦いの後の一服はたまらんね」と呟いた。
 どうやら、ヘビースモーカーのようだ。

 俺はリナーの隣に座った。
 正面のレモナは、体中がボロボロである。
 俺が寝込んでから2時間も経ったのに、回復が追いついていない。
 レモナがここまで手傷を負うなんて、怪獣とでも戦ったのだろうか。

62:2004/04/18(日) 17:43

「…さて、これで全員揃ったようですね」
 まるで今から犯人当てを始めるかのように、局長は言った。
「話があるなら、とっとと終わらせてほしいもんだ。俺らには学校があるんだからな、ゴルァ!」
 ギコは敵愾心を剥き出しで言った。
「心配しなくても大丈夫です。どうせ、今日は学校は休みですよ」
 そう言いながら、煙草の煙を口から吹き出す局長。
「…どういう事だい?」
 モララーが当然の疑問を口にした。

「とりあえず、やっているかどうかは分かりませんが…」
 局長は、奇跡的に損傷がなかったTVを付けた。
 画面には、誰かの記者会見の様子が映っている。
 壇の上の男が、記者の質問に答えているようだ。

「…オ、オヤジ!?」
 不意にギコが叫んだ。
「なかなかにジャストタイミングですね。報道も早い」
 そう言いながら、煙草を灰皿に押し付ける局長。

『では、防衛出動はあったんですね!?』
 TVの中で、記者の一人が大声で言った。
 ギコの父とやらが口を開く。
『…その通り。本日1時、自衛隊は国際テロ組織ASAに対し防衛出動を行った』

「ASAだって!?」
 俺は思わず声を上げた。
 ASAって、あのASAか?
 俺は画面を注視した。

『詳しい状況説明をお願いしたい! なぜ、テロ組織の本拠地がこの国にあったのか!
 そして、双方どの程度の死傷者が出たのか!!』
 記者の一人が、声を荒げて叫んだ。
『それは防衛機密であり、答えられない』
 ギコの父は、あっさりと告げる。

『自衛隊員に100人以上の死者が出たという話ですが、これに関しては!?
 国民に対しての謝罪はないんですか!?』
 それに応えるギコの父。
『遺族の方には、誠心誠意をもって対応する。だが、諸君に謝罪する必要はない』
 
「うわあ… 言っちゃいましたね。こりゃプレスの皆さんも大反発だ」
 局長は少し楽しそうに言った。
 リナーやギコも、TV画面に見入っている。

『軍の専横じゃないんですか!?』
『ふざけるな! 国民に謝罪しろ!!』
『そんなので、国民が納得できるとでも…!』
 記者は口々に喚きたてる。
『では、逆に一つ聞きたいが…』
 ギコの父が口を開くと、場はたちまち静かになった。
『ここに集まっている記者の諸君は、自らを国民の代表とでも思っているのか?』
 会見場は、沈黙に包まれる。
『報道機関の仕事は、報道する事だ。今後も忙しいだろうが、職務に専心してもらいたい』
 そう言ってギコの父は軽く頭を下げると、脇に引っ込んでいった。

 たちまち、画面はスタジオに切り替わる。
 机に座っている女性アナウンサーが早口で告げた。
『以上、統合幕僚会議議長フサギコ氏の記者会見の模様です。
 …繰り返します。自衛隊が防衛出動を行いました。
 それにより、テロ組織と目されるASAのビルは半壊し、同町の学校も大きく損壊したという事です。
 また、防衛庁より戦闘の様子を撮影した映像が届いています』

 再び、画面が切り替わった。
 ビルの通路を歩く、重装備の兵士達。
 間違いなくASAビルだ。
 獣の咆哮と共に、先頭の兵士が爪のようなもので引き裂かれた。
 そのまま、次々に倒されていく兵士達。
 放たれた銃弾は、虚しく壁に穴を開ける。
 兵士の悲鳴を最後に、映像は途切れた。

 スタンド使い…!
 あの兵士達が、スタンドを相手にしていたのは明白である。
 同名の組織ではなく、しぃ助教授やねここが所属するASAで間違いはないようだ。

「戦闘の様子をそのまま流すとは。フサギコの奴、本気でスタンド使いの存在を明らかにするつもりか…」
 今までのおちゃらけた口調とは一変して、局長は呟いた。
 俺は視線をTVに戻す。
 カメラは再びスタジオを映していた。

63:2004/04/18(日) 17:44

 女性アナが口を開く。
『…見ての通り、不可解な現象が撮影されております。
 また、同町はあの吸血鬼殺人の舞台でもあり、テロ組織ASAと何らかの関連性があるものと思われます。
 先程の映像を見て、このVTRを思い出す方も多いでしょう』

 そして、ヘリが『矢の男』を攻撃する映像が流れた。
 もう何度も目にした映像だ。
 闇の中で、得体の知れない男がたたずんでいる。
 幾多のミサイルを浴びせられながら、ヘリを見上げる『矢の男』。
 モララーは、複雑な表情で画面を見ている。

『この映像と、防衛庁からの今回の映像には多くの共通点が見られます。
 同町では、超能力のようなものを持った人間の噂も囁かれ…』

「まあ、こんなところですね…」
 局長はTVを切った。
 そして、俺達全員の顔を眺める。
「見ての通り、自衛隊がASAに攻撃を仕掛けました。
 ところで、防衛庁長官や首相ではなく統幕議長が会見している。異例だと思いませんか…?」
 局長は言った。
 俺には、異例なのかどうかよく分からない。
「…確かに妙だな」
 そう答えたのはリナーだ。

 局長は頷いて言った。
「首相をはじめ国家の要人は、会見したくても出来ない。
 何故なら、彼らはフサギコの手によって首相官邸に監禁されている。
 つまり、これは事実上フサギコ主導のクーデターとも言えます」
「オヤジの野郎ッ…!」
 ギコが唇を噛んだ。

「そこで、公安五課は監禁された要人を救出したい。フサギコは、もはや暴走しています。
 このままでは、この国のスタンド使いは粛清される」
 局長は煙草を灰皿に押し付けた。
「…で、公安五課に手を貸せと?」
 リナーは局長を睨む。

「その通り。君達に、要人救出を手伝ってほしいんですよ」
 あっさりと認める局長。
「…でも、公安五課も信用できないモナ」
 俺は、局長を見据えて言った。
 こいつらは俺を仲間に引き込むために、平然と俺をブタ箱にぶちこんだのだ。


 不意に、呼び鈴が鳴った。
 こんな時間に来客…?
 それも、きちんとベルを鳴らす客なんて久し振りだ。
「…モナー君。『アウト・オブ・エデン』で、客を確認してください」
 局長はやや緊張した面持ちで言った。
 リナーは既に銃を手にしている。

 俺は、『アウト・オブ・エデン』の視線を展開した。
 俺の家の前に、高級そうな車が停まっている。
 門の前に立っているのは… 20代前半から後半の女性だ。
 例のランキング上位に食い込むほどの美人。
 …しかも、どこかで見覚えがある。
 彼女は、かなりの大きさのアタッシュケースを持っていた。

「…女の人モナ。大きい荷物を持ってるモナ」
 俺は局長に告げる。
「ああ、なら問題はありません」
 そう言いながら局長は席を立って、インターホンの受話器を掴んだ。
 まるで、勝手知ったる自分の家のように。
「…どうぞ」
 それだけを言って、受話器を戻す局長。

 女は玄関のドアを開けると、ゆっくりと廊下を歩いてきた。
「…誰モナ?」
「私の部下ですよ」
 煙草に火をつけながら、局長は言った。
 彼女も公安五課の人間という事か。すると、彼女もスタンド使い…!?

64:2004/04/18(日) 17:45

 フスマは馬鹿共が吹っ飛ばしたので、廊下と居間の間にしきりはない。
 女は、頭を下げて居間に入ってきた。
 そして、左手で持ったアタッシュケースを置く。
 そのケースには、包帯やベルトが何重にも巻かれていた。
 凄まじく厳重である。
 それにしても、この女性にはどこかで見覚えがあった。
 こんな綺麗な人なら、そう忘れる事はないと思うんだが…

「あ――っ!! もしかして、ヌルテレビのリル子さん!?」
 モララーが大声を上げた。
 そうだ。見覚えがあったはずだ。
 彼女は、ヌルテレビでアナウンサーや料理番組のアシスタントをやっている女性だ。
 結婚したい女子アナのベスト1に輝いたこともあるほどの人気アナウンサーである。
 副業で公安五課をやっているのか、アナウンサーの仕事が副業なのかは分からないが…

「僕、リル子さんの大ファンなんです。サインして下さい!
 …ってか、もうお見合いするんだからな!!」
 興奮して、大声で騒ぎ立てるモララー。
 こいつ、両刀だったのか…

「…あら、光栄ですね」
 そう言って、リル子はモララーに微笑みかけた。

(…10年早いわよ)

 …なんだ? 今の思念は。
 『アウト・オブ・エデン』が、一瞬妙な思念を捉えたぞ。

「リル子君、遅すぎますよ。一体何をしてたんです…?」
 局長は、リル子に言った。
「少し、身支度に時間がかかりまして」
 リル子は無表情で局長に告げる。

「まったく… 私は、たった1人で代行者3人と戦ったんですよ。
 指を鳴らしても君が来なかった瞬間、私はどれだけ途方に暮れたか。
 まあ、咄嗟に誤魔化せたから良いようなものの…」

「それは失礼。私には役不足と思いましたもので…」
 澄ました顔で答えるリル子。
 局長は煙草を灰皿で揉み消した。
「…それは、どっちの意味で取ればいいのかな。
 まあ、念入りに化粧しないと、もう年齢的に人前に出れないと言うのは分かりますがね…」

 リル子は、冷たい微笑を浮かべた。
「フフ… 今は、彼等を説得しているんじゃないんですか」
(フフ… 本当、いっぺん焼き殺しますよ…)

 うわっ。まただ。
 またもや強烈な思念が伝わってくる。

「おっと、そうでしたね…」
 局長は俺達に視線を戻した。
「さっきも言った通り、要人救出に手を貸してほしいんですよ。
 現在の公安五課は、致命的に人手が足りません。
 ただでさえ職員が少ないのに、『蒐集者』のせいでほとんどの精鋭が殉職してしまった。
 実力者は、私とリル子君だけという状態です」

 『蒐集者』と戦った…?
 公安五課は公安五課で、『蒐集者』をマークしていたのだろう。
 リル子は、いつのまにか局長の隣に腰を下ろしている。

「さっきモナーも言ったが、お前達を簡単に信用すると思うのか…?」
 リナーは局長を睨んで言った。
「まあ、あなた達がそう思うのも当然でしょうね。だが…」
 局長は煙草を咥えると、軽くリル子に視線を送った。
 リル子はライターを取り出すと、局長の煙草に火を付けた… と見せかけてスーツの袖に火をつけた。

「………」
 メラメラと燃える袖をじっと見つめる局長。
「失礼、手許が狂いました」
 リル子は表情を変えずに言った。

「さっきの礼、と言うわけかな…?」
 ゆっくりと袖をはたく局長。火はすぐに消えた。
「君は少しカリカリし過ぎだな。生理かね?」

「…その発言はセクハラです」
 リル子が局長を鋭く睨む。
「そうですね。さっきの発言は撤回しましょう」
 局長は懐から手帳を取り出すと、パラパラとめくった。
「順調に行けば、来週からのはずですしね」

「…なんで私の周期をメモってるんです?」
 リル子が軽く微笑んだ。
(フフ… どうやって殺そうかしら?) 
 『アウト・オブ・エデン』が、強烈な思念を受け取っている。

65:2004/04/18(日) 17:46

 リル子は、不意に俺達の方を向いた。
「『アルケルメス』は、時間を切り取り、貼り付けるというスタンドです。
 攻撃の瞬間を切り取ってしまえば、いかなる攻撃も当たらない…
 そういうプレッシャーを与えながら戦うのが、局長の戦法です」

 …そうか。
 警察署での一戦も、これで納得できる。
 リル子は話を続けた。
「しかし、攻撃が決して当たらないと錯覚させるだけのこと。
 数多い連続攻撃には時間のカットが間に合いません。スタンドの処理能力を超えるんです。
 つまり、彼に対しては手数をひたすらに増やすのが有効なんです」

「人のスタンドの弱点を吹聴しないでもらえるかな…」
 局長はため息をついて言った。
「分かった、私が悪かったよ。そろそろ話を元に戻そう。君が関わると、話がこじれまくって困る」

「…原因の9割は、貴方にあると思われます」
 無表情で告げるリル子。
 局長は構わず話を戻した。
「とにかく、公安五課に協力する事をお勧めしますよ。君達の立場も、非常に微妙なものだ。
 自衛隊は、スタンド使いである君達を敵としか看做さないでしょう」
 それは当然だろう。
 だが、ギコがスタンド使いであることを知れば、ギコの父はどうするのだろうか。

 局長は続ける。
「…『教会』は、当然ながら胡散臭い組織です。何やら企んでいるのは間違いない」
 リナーが視線を落とした。
 もはや否定しない。

 さらに言葉を続ける局長。
「…ASAも、市民の味方などではありません。
 この国の自衛隊から攻撃を受けた以上、彼らにとってこの国の住民の被害は度外視される」
 俺は、モララーを殺そうとしていた時の、しぃ助教授の頑なな態度を思い出していた。
 吸血鬼殺人や『教会』の台頭で有耶無耶になったとは言え、ASAが人命を尊重しているとは言い難い。
「まして、今の君にはどういう対応を取ってくるか分かりませんよ…ねぇ?」
 俺の方に視線を送る局長。
 リナーが、その様子を無言で睨んでいる。

 そして、局長は全員の顔を見回した。
「…私達は、治安維持に努めています。この国の人達を守る為に、治安を回復する為に動いている。
 君達とは理念が一致しませんか? 君達も、この町やこの国を守りたいのでしょう…?」

 全員が沈黙する。
 簡単に承諾はできないが、正面から否定する事も出来ないのだ。
 確かに、局長の言い分に過ちは無い。
 信頼できるのかどうかは別にしても、要人救出というのはやるべきだとも思える。

「お前… 確か、オヤジの古くからの知り合いだったな?」
 沈黙を破り、ギコが口を開いた。
「ええ。かなり昔からフサギコとは懇意ですが… 私の事を何か言っていましたか?」

 ギコは言った。
「オヤジは、お前の事を虫が好かんし、嫌味だし、嫌いだと言ってた。
 なるべくなら顔を合わせたくない奴だってな…」
 やれやれ、と言った風に肩をすくめる局長。
 ギコは言葉を続ける。
「…でも、有能で信頼できる人物だとも言ってたな。俺は、この話に乗ってもいいと思うんだが…」
 そう言って、意見を聞くように周囲に視線を送った。

66:2004/04/18(日) 17:47

「私も… その人達を助けるべきだと思う」
 しぃも、協力に異論は無いようだ。
「悪の組織に囚われた人を助けに、敵陣に潜入ね!? 腕が鳴るわ!!」
 レモナもノリノリのようだ。
 でも、助けるのはオッサンだからなぁ…
「オレハ、ドッチデモ イイヤ…」
 つーは興味無さげに外を眺めている。
「僕は反対だねッ!!」
 モララーは怒鳴った。
「僕たちにとって、利益は1つとしてない。乗るだけ損だよ!!」

「今後、公安五課はあらゆる点であなた達を支援します。ギブ・アンド・テイクですよ」
 局長は言った。
「そのテイクの部分が不明瞭なんだよな…」
 モララーは不審げな視線を局長に送る。

「テイクを明文化させたいと言うなら… 1日くらいリル子を貸すというのはどうです?」
 局長は笑みを見せて言った。
「ウホッ!! 本当かい!?」
 モララーが目を輝かせる。

 リル子が眉を吊り上げ、局長を睨みつける。
「いいかげんにしないとブチ殺しますよ、このメガネ…!」
(そのような扱いは勘弁してほしいですね)

「…本音と建前が逆ですよ」
 局長は、煙草に自分で火をつけた。
「それに、『ブチ殺す』という言葉は使うべきではありませんね。
 この仕事をやっていて、その言葉が頭に浮かんだ時は… もう既に事が済んだという事ですから」

「その通りですね。では、実践するとしましょうか…」
 リル子は、横に置いてあった大きなアタッシュケースの取っ手を掴んだ。
「…分かった、分かりましたから『それ』から手を離しなさい」
 リル子を諌める局長。いつまで経っても話が進まない。

「冗談はこれ位にして… それでも、君は協力を拒むと言う訳ですか?」
 局長はモララーに視線を向けた。
 モララーは口を開く。
「拒むと言うより、協力する理由が無いんだな。ギコやしぃは慈善事業まで視野に入れてるみたいだけどね…」

「どうか、力を貸していただけないでしょうか…」
 リル子はおずおずと言った。
「OK!! 協力するぜ!!」
 親指を立ててニヤリと笑うモララー。

 リル子はモララーに微笑いかける。
「…ありがとうございます」
(フフ…)

 うわぁ…
 ギコと言いこいつと言い、女で身を崩さないか友人として非常に心配だ。

「で、貴方は…?」
 局長は、リナーに訊ねた。
 リナーは少し考えた後、口を開く。
「この国の治安を維持したいと言ったお前の言葉に嘘は無いだろう。
 だが… モララーと同様の理由で、協力には反対だな」
「…なるほど。では、モナー君は?」
 局長は俺を見た。
「分からないモナね… もう少し、みんなと話し合いたいモナ。五課の人間がいないところで…」

67:2004/04/18(日) 17:48

「なるほど。確かに、今後の方針を決めるのに私達は邪魔でしょうね…」
 局長は立ち上がった。
「決行は、今晩の10時です。その時にもう一度伺いましょう。賢明な判断を期待していますよ。では…」
 そのまま、ずかずかと廊下に出て行く局長。

 リル子もそれに伴って立ち上がる。
「…あの人が微妙に信用できないのは、あの人の生来の性質です。
 公安五課は、決して胡散臭いものではありません」
 リル子は、俺達に向けて言った。
 仮にも上司に向けて、何ともひどい言い様だ。

「…リル子君、早く来なさい! 私に徒歩で帰れって言うんですか!?」
 玄関先で、局長が大声を上げている。
「あ、この雑巾頂けませんか? ちょうど切らしていたもので…」
 リル子は、汚れで真っ黒な雑巾を拾い上げた。

「…いくらでもどうぞモナ」
 俺は承諾する。
「どうも。掃除も女のたしなみですからね」
(フフ… お茶に混ぜてやるわ)

「流石リル子さん。家庭的な人なんだなぁ…」
 モララーはキラキラした目を向けている。
「…では、失礼致します」
 頭を下げて、リル子は居間を出ていった。
 しばらくして、外から車のエンジン音が聞こえてくる。

「さて… これからどうするかだな」
 公安五課の2人が出ていった後、リナーは告げる。
「面倒臭い話だが… この機会に恩を売っとくのもアリだと思うね、オレは」
 『アルカディア』は、腕を組んで言った。
「『どうするか』という内容には、お前の処遇も含まれてるんだがな…」
 妙に偉そうな『アルカディア』を睨みつけるリナー。
 
 さて、これからどうするか…
 俺はボロボロの居間を見て、大きなため息をついた。



  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

68新手のスタンド使い:2004/04/18(日) 18:37
めっきり減ってしまったここへの一言感想。
『乙』の一言くらい言ってもいいんじゃあないかなっ?
―――と言うわけで職人皆様『乙ッ!』

69新手のスタンド使い:2004/04/18(日) 18:40
みんな感想スレで言ってますから

70ブック:2004/04/19(月) 00:06
     救い無き世界
     第七十話・空高くフライ・ハイ! 〜その三〜


 気がつくと、俺はぃょぅに担がれたまま運ばれていた。
 どうやら気を失っていたみたいだ。
 やはり、あれだけ強烈な風を俺達に届く前に全て『終わらせる』のは無理があったか。
「……」
 体が鉛のように重い。
 これでしばらくあの能力は打ち止めだ。
 少なくともこの闘いの最中にもう一度使う事は出来ないだろう。

「くっ…!」
 ぃょぅがコンビニの中へと駆け込む。
「きゃああああ!!」
「おわ!?」
 店員と客が、俺達の有様を見てたじろいだ。
 呑気なものだ。
 外にはとんでもない鬼畜生が飛び回っているというのに。

「……」
 俺はぃょぅの体を軽く叩いた。
「!でぃ君、起きていたのかょぅ?」
 ぃょぅが俺の体をそっと床に下ろした。

「さっきはすまなかったょぅ。
 守るつもりが守られるなんて…」
 ぃょぅがばつが悪そうに頭を掻く。
 本当に、後一瞬でも遅かったらぃょぅは砂になっていた所だ。
 みぃを置いて行くのは心配だったが、ぃょぅを助けに来て良かった。

「!!!!!!!!」
 次の瞬間、コンビニの自動ドア付近が砂子となって吹き崩れる。

「そこのお二人さ〜ん!
 隠れていると関係無い人が次々死にますよ〜!」
 上空から、女の声が聞こえてくる。
 糞、あの外道め…!

「……!」
 俺は居ても立ってもいられなくなり、すぐさまその場を立とうとした。
 それを、ぃょぅが後ろから引き止める。

「駄目だょぅ、でぃ君!
 これ以上あの力を使ったら、君は―――」
 俺はぃょぅの手を払い、静かに首を振った。

 心配してくれて感謝している、ぃょぅ。
 だけど、もう遅い。
 もう、遅すぎるんだ。
 『デビルワールド』はもう手のつけられなくなるくらいに大きくなり過ぎた。
 今更俺が闘うのを控えた所で、
 『デビルワールド』は周りから負の思念を取り込んで大きくなり続ける。
 こいつはそれ程までに力を取り戻しているんだ。

 …そして、何となくだが分かってきた。
 『デビルワールド』の目的が。
 こいつは、
 こいつは―――

71ブック:2004/04/19(月) 00:07


「……!!」
 俺はコンビニを駆け出した。
 これ以上この中に留まっては、店の中の連中まで巻き添えになってしまう。
 数瞬目を閉じて体の調子を確認する。
 大丈夫。
 疲労と消耗が激しいだけで、外傷は全く無い。
 闘える。
 まだ、闘える…!

「でぃ君!」
 後ろからぃょぅが駆け出して来る。
 頼むぜ、ぃょぅ。
 これでも頼りにしてるんだからな。

「お出ましのようね、『デビルワールド』。
 あのお方の為にも、あなたはここで私が喰い止める!」
 女が翼で風を起こす。
「『ザナドゥ』!!」
 ぃょぅが逆方向の風を発生させ、女の風を相殺する。
 一先ずぃょぅの近くに居れば、あの風は大概無効化出来るみたいだ。

「……」
 しかし、どうする?
 確かに敵の攻撃は防御出来るが、それだけだ。
 こちらからも決定打になるような攻撃は加えられない。
 かと言って、持久戦に持ち込むのも得策ではない。
 『矢の男』のスタンドが徐々に完成に近づいていっているのが、
 『デビルワールド』を通して伝わってくる。
 そして、『デビルワールド』も急激に成長し続けている。
 時間が経てば経つ程状況は悪くなっていく。
 糞、どうすれば…

「でぃ君…!」
 ぃょぅが俺に視線を投げかけた。
「?…―――!!」
 刹那の思考の後、俺はぃょぅの考えを理解した。
 そうか、これなら…!

「!!!!!!!」
 俺は腕をスタンド化させてぃょぅの体を掴むと―――

 ―――空中の女に向かって思い切り投げつけた。

「なっ!!?」
 女が驚愕する。
 その間にも、ぃょぅは猛スピードで女に向かって突進する。

「『ウインズノクターン』!!」
 女がぃょぅに向かって風を放つ。
「『ザナドゥ』!!」
 ぃょぅが推進力を完全に殺さない程度に風のバリアを張り、
 女の攻撃を防御する。

「貰ったょぅ!!」
 ぃょぅが女に拳を突き出した。
「甘く見ないで!!」
 女が翼を動かし、急旋回する。
 ぃょぅの拳は後少しの所で空を切った。
 まずい、このままでは…!

「砂になりなさい!」
 女がぃょぅに向かって風を起こそうとする。

 ―――させるか!
「……!!」
 俺はそこらにあった石を拾って、女に投げつけた。
「!!!!」
 女がそれに気づき、直撃する前に砂に変える。
 ああ、そうなる事は容易に想像出来たよ。
 だが、お前の注意を逸らす位は出来たようだな。

「『ザナドゥ』!!」
 ぃょぅが再び女に一撃を加えんと振りかぶる。
 よし、今度こそ…

72ブック:2004/04/19(月) 00:07

「『ウインズノクターン』!!」
 しかしぃょぅの攻撃はまたしても届かなかった。
 女が翼で直接ぃょぅに打撃を加えたのだ。

「がっ…!!」
 ぃょぅが体勢を崩して地面に落下していった。

「翼にはこういう使い方もあるのよ…?」
 女が今度は俺に狙いを移す。
 ヤバイ。
 俺ではあの風を防げない。

「……!!」
 脚をスタンド化。
 即座にその場を跳躍する。
 俺の居た場所に烈風が叩きつけられ、その余波が俺を襲った。
 俺の表皮が砂になって崩れていく。

 …!
 余波でこの威力。
 直撃を受けるのは相当危険だ…!

「!!!!!」
 続け跳躍して追撃をかわす。

(糞、何て様だ。)
 心の中で悪態をつきながらぃょぅの元へと急ぐ。
 ぃょぅが居なければ、この闘いはこっちが不利だ。
 一刻も早く合流しなければ。

「……!」
 探す。
 ぃょぅを探す。
 おかしい、確かこの辺りに落ちて…

「!!!!!」
 その時、俺の目に「ある物」が飛び込んできた。
 …そうか。
 そういう事か。

「……」
 俺は脚を止めて、女の方に向き直った。
「どうしたの?鬼ごっこは終わりかしら?」
 女が嘲る様な口調で言う。

 そうさ、鬼ごっこはここで終わりだ。
 ただし、手前の負けという形でな…!


「!!!!!!!!!」
 体に残された力を総動員して、近くにあった車を持ち上げた。
「―――ッ―――ァ―――!!!」
 そして、それを女に向かって投げつける。
 大きな鉄の塊が意思を持つ獣のように女に襲い掛かった。

「ふん、大方大きい物なら砂にしきれないと思ったんでしょうけど…」
 女は笑いを崩さずに呟いた。
「別に命中する前に砂にするだけが防御じゃないのよ?」
 余裕綽々といった様子で女が車をかわす。
 俺はそれと同時に女に向かって跳躍する。

「お馬鹿さんねぇ。
 自分から砂になりに来るなんて…」
 言ってろ。
 もう手前の負けは決定している。

「『ウインズノクターン』!」
 女が翼を俺に向けた。

 …今だ、ぃょぅ!!

73ブック:2004/04/19(月) 00:08

「!!!!!!!!!」
 女のかわした車のドアが開き、その中からぃょぅが飛び出した。
 そのままぃょぅは女に向かって急降下する。

「なっ…!」
 女が顔を強張らせた。
「『ザナドゥ』!!」
 ぃょぅが女の上から突風を叩きつけ、女が大きくバランスを崩す。

「『ウインドズノクター』…!」
 女がたまらずそこから逃れようとするが、もう遅い。
 俺の腕はすでに女の足首を掴んでいた。

「…!こ……!」
 女が俺を振り払おうとするが、一度接近戦に持ち込んだらこっちのものだ。
 もみ合いになりながらも、スタンド化させた腕で女の肩翼を引き千切る。
「うあ!!!!!」
 スタンドの翼へのダメージがフィードバックし、女が痛そうな悲鳴を上げる。
 悪いな。
 でも安心しろ。
 これからこの世の痛みが存在しない世界に連れて行ってやる…!

「!!!!!!!!」
 女の頭を掴み、顔から地面に叩きつける。
 上空からの自由落下速度は、すでに人間の頭蓋を粉砕するには充分な程ついていた。
 嫌な音と感触。
 鮮血が撒き散り、それきり女は動かなくなった。

74ブック:2004/04/19(月) 00:08



「……!」
 女を仕留めた事で安心して気が緩んだ所為か、
 溜まりに溜まった疲労が一気に俺の体に押し寄せた。
 司会が白くぼやけ、思わずその場に膝をつく。

「!?」
 その時、俺は自身の体に起こる異変に気がついた。
 ―――疲れが、引いていく?
 いや、寧ろ力がどんどん漲っていくような…

(これは…!)
 見ると、俺の周りにどす黒いものが渦巻き、それが俺の中へと入り込んでいた。
 これは、そうか、この騒ぎで傷ついた人々の思念…!?

「!!!!!」
 怒り、憎しみ、悲しみ、恨み、痛み、無力感、絶望感、喪失感…
 そのあらゆる感情に飲み込まれそうになる。

 破壊が負の感情を生み、それが『デビルワールド』の力となり、
 更なる破壊をばら撒いて、更なる負の感情を生み出してそれを喰らって力とする。
 そして更に更なる破壊をばら撒いて、更に更なる負の感情を喰らって―――

 ―――行き着く場所は何も無い。
 そこにあるのは、何一つ残らない、絶対たる終焉。
 終わりが終わりを呼び、それが新たな終わりを呼ぶ、
 全てが終わりに向かって進み続ける終わりへの連鎖。
 これが、これが『デビルワールド』の望むもの。
 そして、間も無くこいつは俺から…


「!!!!!!!」
 俺は意識を何とか持ち直して、必死に『デビルワールド』を押さえ込んだ。

 まだだ。
 まだ出てくるな。
 手前が出るのは、『矢の男』と向かい合った時だ。
 その時、『矢の男』もろとも一緒に消えやがれ…!

「でぃ君!」
「でぃさん!」
 ぃょぅがみぃ俺に駆け寄って来た。
 ぃょぅが俺の肩を支え、みぃが俺に自分の生命エネルギーを送り込む。


 …下らない。
 世界平和だの、神の意志だの、人助けだの、正義だのなんざ、下らない。

 ああ―――
 でも、
 こいつらの為なら、
 …あいつの為なら……
 俺は、命を懸けられる。
 俺の全てを懸けられる。

 …残り少ない自我の中で、俺は心からそう誓った。



     TO BE CONTINUED…

75ブック:2004/04/20(火) 00:08
     救い無き世界
     第七十一話・決死


「……」
 女を倒した後、私達は足早にその場を後にした。
 新しい車を手配し、ひたすら東へと進む。

「……!」
 私は車を減速させた。
 道の脇に馴染みの深い顔の面々が揃っていたからだ。

「ギコえもん、無事だったのかょぅ!」
 車を停めてギコえもん達の元に駆け寄る。
「まあ、何とかな。
 それよりそっちこそ大事無いかゴルァ?」
 ギコえもんが鼻をならして答えた。

「ああ、さっきしぃエルとかいう『矢の男』からの刺客が襲ってきたょぅ。
 でぃ君のお陰で何とか撃退出来たょぅ。」
 私はでぃ君の方を見やりながら言った。
「そうか。
 車のラジオから何かとんでもない騒ぎが起こってる、
 みたいなニュースがバンバン流れて来たんだが…
 やっぱりお前らだったんだな。」
 ギコえもんが煙草を咥えて火を点けた。

「…ま、どうやら五体満足なようだし、先ずは合流出来て一安心と言った所か。」
 ギコえもんがぷかぷかと煙の輪っかを浮かべる。

「皆無事で良かったモナ〜。」
 小耳モナーが嬉しそうな笑顔を見せた。
 こんな時でも心の底からの笑顔が出来る彼が、とても羨ましい。

「…ここでのんびり再会の喜びに浸っている時間は無いわよ。
 すぐにでも先に進まないと。」
 ふさしぃが釘を刺すように言った。

「…だな。」
 ギコえもんが煙草を地面に捨てて、靴底で火を揉み消した。
「ポイ捨て禁止。」
 ふさしぃがギコえもんを睨む。
「固い事言うなよゴルァ…」
 ギコえもんが渋々吸殻を拾って車の灰皿へと移した。
「ふ……」
 一時間後に命があるという保証すらない状況さというのに、
 いつもと変わらない二人のやりとりについつい口元が緩んでしまう。

「さ、お喋りはここで終わり。早く車に乗って。」
 ふさしぃが私達を急かした。
 でぃ君とみぃ君がそれぞれ車に乗り込み、
 私もそれに続こうと…

「……?」
 と、いきなりギコえもんに肩を掴まれた。
「どうしたんだょぅ、ギコえもん?」
 私はギコえもんの方を向いて尋ねた。

「…でぃの奴、大丈夫なのか?
 よく分からねぇが、とてつもなくヤバそうなもんが奴の周りを覆ってる気がするぞ…」
 ギコえもんがでぃ君達に聞こえないような声で聞いてきた。
「…気がついていたのかょぅ。」
 私は重い声で呟くように言う。

「あんだけ物騒な気配が漂ってりゃあ誰でも、な。
 ふさしぃだって、口には出さねぇが感づいてる筈だ。」
 ギコえもんがでぃ君の方に目をやりながら答える。
 でぃ君の周りには、目には見えないが、確実に醜悪な何かが存在していた。
 例えるなら、そう、この世の悪意のような…

76ブック:2004/04/20(火) 00:09

「…どうやら二重の意味で時間が無いようだな、ゴルァ。」
 ギコえもんが肩をすくめる。

「ギコえもん、でぃ君は…」
 でぃ君は…

「…言うなよ、ぃょぅ。
 もう個人的な感傷でどうこうするような問題じゃなくなってる。」
 ギコえもんは私から目を背けながら呟いた。

「二人とも、何してるモナ〜!」
 小耳モナーが車の窓から顔を出して私達を呼んだ。

「…と、急いだ方がよさそうだな。」
 ギコえもんが車へと体を向けて歩き始める。
「ギコえもん…」
 私はギコえもんの背中に言葉を投げかけた。
 ギコえもんがそれを受けて足を止める。

「…覚悟だけは決めとけ、ぃょぅ。
 もしかしたら、ラスボスは俺達の身内になるかもしれねぇんだからな。」
 ギコえもんは振り返らずに私に言った。
「……」
 私はそれに何も答えられない。

「…ま、そう心配ばかりすんなよ。
 きっと何とか出来るさ。
 なんたって、俺達は無敵の特務A班だろ?」
 ギコえもんが顔だけ振り向かせてにっこりと微笑む。
「ああ…そうだったょぅ。」
 …そうだ。
 私にはこんなに心強い仲間達が居る。
 彼らと一緒なら、何だって出来る。
 絶対に、『矢の男』は倒す。
 そして、でぃ君も助けてみせる…!

「二人とも早くするモナ〜!」
 小耳モナーが再び私達を呼ぶ。
「今行くょぅ!」
 私はギコえもんと共に車に向かうのであった。



     ・     ・     ・



 目を瞑っていた『矢の男』が、不意に目を開けた。
「…ギコエルもしぃエルも、天に召されましたか。」
 確かめるように『矢の男』が呟く。

「それでは、私もそろそろ出陣いたします。」
 『矢の男』の前に跪いていたモララエルが立ち上がり、恭しく一礼した。
「…頼りにしていますよ。
 最早あなたとトラギコだけが、私の支えなのですからね。」
 『矢の男』がモララエルにその眼差しを向ける。

「承知しております。
 あの『化け物』に勝てないまでも、
 必ずや『神』の覚醒までの時間まで奴らを喰い止めてみせましょう。」
 モララエルが『矢の男』の顔を見ながら答える。

「そういえば、トラギコが見当たりませんが…」
 モララエルが思い出した風に『矢の男』に聞いた。
「ああ、彼なら用事があると言って少し前に出て行きましたよ。」
 『矢の男』が何事も無いかのように答える。

「なっ…!何故行かせたのですか!?
 トラギコめ、恐れをなして逃げ出したか…!」
 モララエルが激昂する。
「…大丈夫ですよ。
 彼は必ず戻って来ます。
 あのでぃとの因縁が、否応無しに彼をこの場に呼び寄せる…」
 『矢の男』が愉快そうに呟いた。

「…分かりました。
 では、私はこれで…」
 不服そうな顔をしながらも、モララエルは部屋を後にした。

77ブック:2004/04/20(火) 00:10



     ・     ・     ・



 俺達は街外れの波止場に到着していた。
 日は既にとっぷりと暮れ、波の音が辺りに響く。

「…本当にこっちでいいのか?」
 ギコえもんが俺に尋ねた。
「……」
 俺は頷いて答える。
 間違いない。
 『矢の男』はこの海の向こうだ。

「…船がいるわね。」
 ふさしぃが呟いた。
「だけど、船で行くとなると…」
 小耳モナーが不安そうな顔をする。

「…間違いなく格好の標的になる事請け合いだょぅ。
 かなり危険な行為と見るべきだょぅ。」
 ぃょぅが重い声で告げた。
 確かに夜の海では視界も利きにくいし、回りが海では逃げ場も無い。
 いわゆる決死行というやつか。

「…さてと、ここまでね。」
 ふさしぃがみぃの方を見て言った。
「え…?」
 みぃが思わずきょとんとした顔になる。

「ここからは冗談抜きで命懸けになるわ。
 あなたはここに待っていなさい。
 さっき連絡を入れておいたから、SSSの職員が迎えに来てくれるわ。」
 ふさしぃが穏やかな顔でみぃに告げる。

「そんな、私も―――」
 みぃが食い下がろうとするが、ふさしぃは首を振ってみぃの申し出を退けた。
「…いい子だから、大人しくしていて。
 これ以上私達を困らせないで。」
 ふさしぃはいつになく厳しい口調でみぃに言った。

「……!」
 みぃが俺を見つめてくる。
『ここに残ってろ、みぃ。』
 俺はホワイトボードにそう書いてみぃに見せた。

「でも…!」
 みぃが俺に詰め寄ろうとした。
『…邪魔なんだよ。
 役立たずが周りでうろちょろされると。』

「―――!」
 みぃが今にも泣き出しそうな顔になり、
 そして、俯く。

 …これで終わり。
 これが多分みぃとの最後の会話。
 これでいい。
 これで、いいんだ。

「……」
 夜の闇が沈黙をさらに加速させる。
 波の音だけが、うるさい位に耳に木霊し続けた。



     TO BE CONTINUED…

78ブック:2004/04/20(火) 19:11
     救い無き世界
     第七十二話・泥死合 〜その一〜


 適当な大きさの船を手配して、俺達は海を進んでいた。
 潮の匂いが夜風に乗って鼻腔をくすぐる。

 ギコえもんが船を操縦し、
 ふさしぃが船頭に、小耳モナーが船尾についてあたりを見張る。
 俺とぃょぅは船の真ん中辺りに座っていた。

「そうだ。でぃ君、これを。」
 ぃょぅが俺にビニール袋を差し出した。
 中を見ると、缶やペットボトルの飲み物と、菓子パンやおにぎりが入っている。
「船を手配してる暇に、そこらにあったコンビニで買っておいたんだょぅ。
 大したものじゃないけど食べるょぅ。」
 ぃょぅが俺に微笑む。

「……」
 俺は袋をやんわりと押し返して首を振った。
 とてもじゃないが、今は呑気に飯を食うような気分にはなれない。

「無理にでも食べときなさい、でぃ君。」
 と、ふさしぃが俺達に近づいてきた。
「ああ、交代の時間かょぅ。」
 ぃょぅが腰を上げて軽く伸びをする。

「いつ敵が襲ってくるのか分からないわ。
 食べられるうちに食べておかないと、いざという時力が出ないわよ。」
 ふさしぃが袋の中から缶コーヒーとアンパンを取り出した。
 包みを手でやぶって、アンパンを一口齧って飲み込む。
「…とはいえ、決戦前の食事にしてはちょっと貧相だけどね。」
 ふさしぃがコーヒーを飲みながら皮肉気に笑った。

「贅沢は言っていられなぃょぅ。
 その代わり、帰ったら皆でぱーっと豪勢に打ち上げでもしようょぅ。」
 ぃょぅが苦笑する。
「それじゃ、小耳モナー達に差し入れを持って行っとくょぅ。」
 ぃょぅはそう言うと、袋の中から幾つかのパンと飲み物を取り出して
 小耳モナー達の方へと向かった。

「……」
 俺は無造作に袋の中に手を突っ込んで、ジャムパンを中から引き出した。
 口でビニールを噛み切って、こげ茶色のパンに齧って咀嚼する。
 安っぽい苺ジャムの風味が口の中に広がった。
 パンが唾液を吸い取り口中を乾燥させるので、
 ペットボトルの紅茶で喉を潤す。
 しかしこれが最後の晩餐になるかもしれないなんて、全く笑えない話だ。

79ブック:2004/04/20(火) 19:12


「皆、気をつけるょぅ…!」
 突然、ぃょぅが強張った声で俺達に注意を促した。
 全員が、ぃょぅの居る場所へと集まる。
「ぃょぅ、どうしたモナ!?」
 小耳モナーがぃょぅに尋ねる。
「あれを…!」
 ぃょぅが海原の一部を指差す。
 そこには一艘のボートが水面に浮かんでいた。

「…!敵…!?」
 ふさしぃが身構える。
 ギコえもんと小耳モナーも、それぞれスタンドを発動させて臨戦態勢を取った。

「…!?」
 しかし、良く見てみるとボートの上には誰も乗っていない。
 だが、この威圧感。
 間違いなく、何者かが俺達を狙っている…!

「ギコえもん!すぐに船をここから移動させるょぅ!!」
 ぃょぅの言葉にギコえもんが慌てて舵を取った。
 ヤバい。
 よく分からないが、ここに留まり続けるのは危険だ!

「……!!」
 しかし、船は一向に進む気配を見せなかった。
 いや、移動はしているのだが、そのスピードは極端に遅い。

「ギコえもん!何をしているの!?
 早く船を動かしなさい!!」
 ふさしぃが叫ぶ。
「そんな事は分かってる!
 だけど、エンジンを全開にしてもちっとも速度が上がらねぇんだよ!!」
 ギコえもんが信じられないといった顔で大声を張り上げた。

 馬鹿な。
 何が起こっている。
 まさか、俺達はもう既に攻撃を受けているのか!?

「……?」
 と、不意に後ろから誰かに触られた。
 ?
 どういう事だ?
 だって俺のすぐ後ろは海…

「!!!!!!!!」
 次の瞬間、俺は地面に這いつくばった。
 貼り付けられたかのように床から動けない。
 重い。
 体に、鉄の塊が圧し掛かっているようだ。
 それに周りの空気までが、まるで水銀のように絡み付いてきて…

「!?でぃ君、どうしたょぅ!!」
 ぃょぅが俺に駆け寄ってくる。
 駄目だ、来るな。
 既に敵はこの船の近くまで近づいて来ている…!

「なっ…!?」
 俺に触れた瞬間、ぃょぅも俺と同様に床に倒れた。

「ぃょぅ!!!」
 ふさしぃと小耳モナーが俺達に近づこうとする。
「来ては駄目だょぅ、皆!!」
 ぃょぅが叫ぶ。
「ぃょぅはでぃ君に触れた途端に動けなくなったょぅ!
 恐らく、能力に侵されている対象に接触しただけで能力に感染するょぅ!!」
 ぃょぅが苦しげに呻いた。
 その時、ふさしぃ達の背後に男の影が現れる。

「ふさしぃ!後ろ―――」
 しかし、時既に遅かった。
 男から金髪の男のビジョンが現れ、ふさしぃ達に攻撃を放つ。
 あまりに咄嗟の出来事の為、ふさしぃ達にかわす暇は無かった。
 その拳を受けてしまう。
 そして受けたという事は、そのスタンドに触れられてしまったという事であり―――

80ブック:2004/04/20(火) 19:12

「くっ…!」
「あっ…!」
 ふさしぃと小耳モナーが、俺やぃょぅ達と同じように倒れこむ。
 その時雲間から月が顔を出し、男の姿を照らし出した。
 男の体からは水が滴っている。
 多分、あのボートから俺達の船まで泳いで来たって事だろう。
 ご苦労なこった。

「……!!」
 奴の能力を『終わらせる』。
 体が一気に束縛から解放され、そのまま奴へと…

「ふん。」
 男が呟き、俺に俺に小銭を投げつけた。
 しかし、その速度は蝿が止まるほど遅い。
 しゃらくさい。
 こんなもので俺をどうにか出来るとでも思っているのか!?
 軽々と小銭を腕で弾き―――

「!!!!!!」
 再び俺は地面に縫い付けられた。
「愚か者め…
 何も能力の対象になるのは生物だけではない。」
 男が嘲るように言う。
 やられた。
 あの小銭にも能力がかかっていたのか。
 だから、あんなに遅く…

「重力、水、空気、風。
 それらが一度にお前たちに牙を剥いているのだ。
 ひとたまりもあるまい。」
 男がそう言って俺達に止めをさそうと―――


「『マイティボンジャック』!!」
 と、男の体が後方にすっ飛んだ。
「……!?」
 男が鼻血を拭いながら急いで体勢を立て直す。

「これ以上好き勝手にやろうってんなら、俺が相手になるぜ。」
 ギコえもんが、月光を受けながら男の前に立ちはだかった。
「…ギコえもん、そいつに触れられると……」
 ぃょぅが搾り出すような声でギコえもんに男の能力を伝えようとする。
「分かってる。それさえ知ってりゃ、この『マイティボンジャック』の敵じゃねぇよ。」
 ギコえもんが男に視線を向けたままでぃょぅに答えた。

「…さてと。そんじゃま、始めるとするかゴルァ。」
 ギコえもんが男に向かって構えを取る。
「ふん…」
 男もスタンドと共にギコえもんに向き直った。

「時間がねぇんでな。
 速攻でケリつけさせて貰うぜ…!」
 ギコえもんと男が、ほぼ同時のタイミングでお互いに飛び掛かった・



     TO BE CONTINUED…

81( (´∀` )  ):2004/04/24(土) 11:12
『この秀才モララー様をあんなマヌケ面と一緒にしないで欲しいね。』

―巨耳モナーの奇妙な事件簿―ディスプレイの奥に潜む恐怖

「くぅっ・・一体どうしてこんな事に・・っ」
俺は困惑していた。
と、いうか当たり前だ。突然パソコンの中に引きずり込まれたんだからな。
しかも弟者はこん棒で殴られて失神してるわ
目の前に居るのはおそらく・・敵。
「ククッ・・兄者。『ゴミ箱』を開いてくれないか?」
「?何故俺に頼む。」
俺が首をかしげると秀才モララーの野郎は気色悪い笑いを浮かべた
「クク・・ッお前は今『マウスポインタ』なんだ。」
「・・なっ!?」
「お前は俺のスタンドの能力でパソコンに引きずり込まれ『マウスポインタ』となったのだ。」
秀才モララーの野郎の口はどんどんニヤけてくる
「嘘だと思うか?ならコレを見よっ!」
秀才モララーの奴がマウスを動かすと俺はそのとおりに動いた。
「うおおおっ!?」
「そして・・『クリック』ッ!」
奴がマウスをクリックすると俺は地面に叩きつけられた
「デボォッ!?」
「これお前に『クリックしろ』と頼む理由だ。俺がクリックしてもお前は地面に叩きつけられるだけだからな。」
秀才モララーはニヤニヤしながら言った
畜生・・。どうすればいい・・?
多分、俺が逆らえば弟者は殺される・・。それにマイ・ウェイの奴は俺に『サカラウナ』って言ってたっけか・・。
仕方ない。とりあえず今はこの野郎の命令に従うか・・。
俺はとりあえずゴミ箱の所まで歩き、クリックした。
「そう・・それでいい・・。そしてこのまま・・死ねッ!『イレイス』!」
奴が『イレイス』と叫ぶとゴミ箱のウインドウが閉じ、ゴミ箱のアイコンに手足が生え始め、四足歩行で歩き始めた
「な・・ッうそ・・・だろォッ!?」
「ウーヒャヒャヒャ!馬鹿め!そのまま食われてしまえェッ!」
ゴミ箱のアイコンが食べると食べた場所は壁紙すら消え、真っ白になっていた。
「KYAWAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
ゴミ箱のアイコンが物凄い雄たけびを上げる
「畜生・・こりゃあヤバい・・ッ・・端っこに行かないと・・食われちまうッ!」
俺ははいずりながら端に行こうとすると俺の体が急に浮かび上がった
「な・・ッ何ィッ!?」
「行かせるかよッ!」
秀才モララーの奴はマウスをゴミ箱の方へ持っていこうとしていた。
「ク・・クソッ!一体どうすりゃあ・・ッ!」
・・・マイウェイ!
アイツは・・『逆らうな』と言った・・。だったらッ!
「うおオオオオォォォォ――ッ!」
「何ィッ!?馬鹿なッ!何をする気だァッ!?」
「このまま・・『ゴミ箱』に突っ込むッ!」
「ば・・馬鹿なァッ!?『怖く』ないのかァッ!?」
・・ぶっちゃけると結構怖い
しかしッ!俺は弟者・・そして弟者のスタンドを信じているッ!!
『だからこそ』突っ込めるのだッ!!
「あああああああああァァァァアアァ―――ッ!!」
ガオン!
バギン、ゴリン、グシャ
「フン・・。馬鹿め。自分から死んでいくとは・・」
秀才モララーが席を立ち、後ろを向くと驚愕した
「ば・・馬鹿なッ!・・まさか・・貴様ッ!?」
まぁ驚くのも無理はない。ゴミ箱に食われたハズの俺が後ろに居るんだからな。
「・・俺の『スタンド』の能力だ。ゴミ箱に食われようが食われたら戻るのは・・家のゴミ箱だ。」
俺は得意気に言い放った
「フフ・・ッ。だがねッ!僕が有利なのはまだ変ってはいないよッ!ココにこん棒もあるッ!」
・・そのとおりだ。
現に弟者がアイツの近くに転がってるし、パソコンもアイツの近くにありやがる。
だが・・ッ!
「だがッ!テメェのスタンドの所為で俺の『ビスケたん』の壁紙は半分食われちまったッ!この怒りは収まりようがないッ!」
俺は怒りに身を任せ殴りかかろうとした
「死ねえィッ!!」

82( (´∀` )  ):2004/04/24(土) 11:14
しかしその時、秀才モララーは突然後ろに倒れた。
「・・・アレ?」
すると秀才モララーの後ろからこん棒を持った弟者が出てきた
「・・弟者?」
俺がポカーンとしてるとマイウェイが口を開いた
「オイオイ。アニジャ。オレノ『チュウコク』チャントキイテタノカ?」
「・・は?」
俺は素っ頓狂な声を出す
「・・マイウェイは『逆らうな』って言っただろ?」
弟者は倒れてる秀才モララーを指差す
すると秀才モララーはナイフを持っていた。
「あ・・あれ?コイツこんな物・・。」
「ンデヨ。コノ『キリ』ガミエネェノカ?」
・・ハッ!そういえば良く見ると部屋の中は『霧』に覆われていた。
「・・コレがコイツのスタンド能力だ。」
「ツマリ、コノ『キリ』ヲスッタヤツハ、ヤツノイッタリ、カイタリスル『ウソ』ガスベテ『ホントウ』ニミエテシマウ。」
つまり俺は『秀才にいっぱい食わされた』って事っすか!?
「ご・・めい・・と・・う。」
秀才モララーは突然置きやがりやがった
しかしまだ殴られた感じが残っているのかフラフラしている
「だがね・・。流石兄弟・弟者。気付いているのに吸ってしまうのは良くないぞ・・。」
「あ。」
「ア。」
マイ・ウェイと弟者は同時にマヌケな声をあげる
「アホかッ!」
心なしか弟者達は『お前に言われたくない』って目をしやがる
畜生、腹が立つ連中だ。
「お遊びはココまでだ!『今、僕はこの場所でナイフを君達に向かって構える』」
秀才モララーはそう叫ぶと俺達に向かってナイフを構えた
「・・なぁ弟者。アイツはなんでわざわざ自分の攻撃の仕方を言うんだ?キチガイか?」
「・・・・。」
チッ!今度はシカトかよッ!
「アホハ、オマエダ。」
マイウェイが小さくつぶやく
「聞こえてるぞコラァッ!」
「キコエルヨウニイッタンダ『アホ』ガッ!」
俺達が喧嘩している間に弟者の顔が険悪になっていく
「アホな事やってる場合じゃないぞ。こりゃ大ピンチだ。」
「ククッ。お察しかい?」
秀才モララーは君の悪い笑みを浮かべる
「兄者。コイツの能力は覚えてたか。」
クッ。この野郎。馬鹿にしてやがる
「この霧を吸い込むと、アイツの『言った事や書いた事が本当になった様に見える』んだ・・あっ!」
そうか!
「そう。つまりアイツがわざわざ攻撃方法を言ったのは『かく乱』させるためさ。
俺達にはこの霧の幻でアイツの攻撃方法が本当に見える、しかしもしかしたらソレは幻で本当はナイフは別の場所にあるかもしれない。
しかし、もしかしたら本当にそこに持っているのかもしれない。こりゃあ・・ピンチだな・・。」
弟者の額から汗がたれる
「エクセレント。流石どっかのアホとちがって物分りが良い。」
「一緒にしないでくれ。」
「オトジャハソコマデアホジャナイゾ。」
・・・あとで全員ゴミ箱に突っ込ましてやろう。
「しかし、『理解』したところで『行動』できなければ意味は無い。このまま死ぬかい?」
秀才モララーは俺達に一歩詰め寄る
しかし俺達も一歩下がる
そんな事を何回繰り返しただろうか。
もうヤバい状況になっている。
あと何歩か・・?
あと何歩で俺達は殺される・・?
考えるだけで恐ろしい。
パソコンまで行ける時間は無い。
マイウェイのお告げは正直聞きたくない
痛いの嫌だし。
どうせなら何のリスクもなしにココを切り抜けたい。
「ク・・ッ!」
「5・・4・・3・・・」
秀才モララーはジリジリと近づいてくる。
・・どこでもいいから殴るか・・?いや、危険すぎる。
もし蹴った所にナイフとかが用意されてたら致命傷は避けられない。
「2・・1・・」
クソッ!絶体絶命かッ!

83( (´∀` )  ):2004/04/24(土) 11:15
クソッ!絶体絶命かッ!
そう思った次の瞬間、ドア付近に赤い毛玉が見えた。
そして秀才モララーが俺達の目の前から消え、ドアの近くで宙に舞っていた。
「ムック・ブーストッ!」
赤い毛玉はそう叫んだ。
「アナタ達は・・巨耳さんの・・ッ!」
「Yes,オフコース。」
銀髪の可愛いお嬢ちゃんはそうつぶやく。
「気をつけてくださいッ!コイツの能力は・・」
弟者が説明しようとすると咄嗟に秀才モララーは起き上がる
「遅いわァッ!『お前らは・・』」
パン!パン!パン!パン!
四回の銃声が響いた
すると秀才モララーの四肢から血が吹き出て崩れ落ちる。
「能力を聞くまでもなかったな・・。しかし遅いな。何かしら『キーワード』をいうスタンドらしいが
私達の様な速攻型との勝負には向いてなかったな。」
秀才モララーが怒りで震えている
「フ・・フ・・フザけるなァァァァッ!『お前らは・・』」
しかし今度は赤い毛玉のストレートが顔面に直撃した
「超ムック・キャノン零式ィッ!」
秀才モララーは凄いスピードで壁まで吹っ飛んだ
・・・気絶したのだろうか、思いっきり鼻血を出し、起きる気配は無い
「ヤレヤレ、巨耳が心配だからといって見に来て見れば・・。」
「来て見て正解だったですNE。」
・・っていうかこの人達・・
「強い・・。」
「アア、アットウテキダ。」
ヌゥッ。台詞をとられた。
「自分でもここまで強くなってるとは思わなんだ。」
「暫く私達ただの噛ませ犬みたいな存在でしたKARA、嬉しいですZO。」
赤い毛玉はガッツポーズをとる。
「・・しかしこやつのスタンド能力は一体?」
銀髪のお嬢ちゃんは首をかしげる
「この霧、見えますよね?」
弟者は空中を指差す
「ええ、見えますZO。」
「コレヲスウトナ、アイツノ『カイタリ』、『イッタリ』スル『ウソ』ガ『ホント』ニミエルンダ。」
マイウェイが説明する
「ふむ。つまり幻覚系スタンドというわけか・・ムックッ!」
銀髪のお嬢ちゃんは赤い毛玉の方を向いた
「了解ッ!『ソウル・フラワー』ッ!」
全身花で出来た様なスタンドが現れ、地面に手をたたきつけた
すると巨大な花が何本も出てきた
「この花は成長がとても早いのですZO。なのDE・・。」
周りの霧が一気に吸い込まれた。
「NE?」
弟者も俺もポカーンとした
「そしてコレをもう一回殴ると・・」
見る見るうちに花はしぼみ、消えていった。
まるでプチマジックショーだ。
「そして・・アレか。」
秀才モララーの右手には銃が握られてやがった
「ま・・まさか・・ッ」
弟者と俺、更にマイウェイの顔色が真っ青になる
「俺達・・あのまま突っ込んでたら・・あの銃で・・。」
震えがとまらない。助けに来てくれてよかった。
「SATE。とりあえず巨耳さんから預かったこの手錠をかけましょうKA・・。」
赤い毛玉は特殊な手錠を取り出し、気絶してる秀才モララーにかけた
「この手錠はモナメリカという国にある通称『水族館』と呼ばれる
『スタンド使い専用収容所』の手錠だ。今はまだ小さな刑務所だが、そのうちとてつもない発展を迎えるだろうな。」
銀髪のお嬢ちゃんは自慢げに言った。
「SA。それじゃあキャンパスを再検索してもらいましょうKA。」
赤い毛玉は手錠をかけ終わると立ち上がり、俺の方へ向かってきた。
「それでは私はこやつを刑務所に叩き込む準備をしよう。」
銀髪のお嬢ちゃんは気絶した秀才をひょいと持ち上げるとそのまま扉をあけ出ていった。

84( (´∀` )  ):2004/04/24(土) 11:16
「しかし・・いつの間に俺たちは奴の『能力』にかかっていたんでしょうか?」
弟者は首を傾げる。
「OSORAKU・・霧はあそこから入ったんでしょうNE。」
赤い毛玉は窓の少し開いているところを指差した
「あ・・。あそこから霧を・・?」
「だが、どうやって暗示をかけたんだ?言葉を聴いた覚えは・・。」
赤い毛玉は少し考えてから言った
「『俺の声は聞こえない』みたいな暗示をかけたんZYA?」
あ。
「そんな単純な事だったのか・・。」
俺はうなだれる
「まぁ、気を取り直せよ兄者。一応この『キャンパス』は本物だったみたいだからな。」
弟者が俺の肩を叩きながら言った。
「おお。本当ですZO。住所などの詳細が次々・・。」
赤い毛玉がそういうと俺はとりあえず右クリックし『削除』を押してみた。
『プロテクトがかかってる為削除できません。』
「・・なんですKAコレは?」
「『スタンド』だろうな。何かしらのスタンドでカードしてるか・・」
俺は思わせぶりに言葉を止める
「・・してるか?」
部屋全体がシーンとする
この空気は結構好きだ
『皆が自分の次の言葉に期待している』
なかなか気持ちいいものである。
「『この屋敷自体がスタンド』って事も考えられる」
ふんぞりかえって言ってやった。
「FUMU・・。なかなかですNA。」
「まぁ、それほどでも。」
「調子に乗るな。」
弟者に頭を叩かれる。
恩師でもある兄に対してこの仕打ち。
随分酷い弟だ。
「SATE、報酬金は後日コチラに送られるそうなのDE。また会いまSHOW。」
・・ぶっちゃけ本当にくれるかどうか心配だ。
「何か困った事があったらいつでも頼んできてくれ。勿論報酬アリアリアリで。」
タダ働きなんてゴメンだ。
「OKOK。それじゃあ、またいつKA。」
赤い毛玉は苦笑いしながら部屋を出て行った。

85( (´∀` )  ):2004/04/24(土) 11:16

・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  

「ほほぅ・・。秀才が負けたのか・・。」
脳で出来た椅子にふんぞりかえるネクロマララー。その前にはたくさんのスタンド使いがひれ伏している
「矢張りあの思い上がりの腐れ豚ごときには出来ない任務だったのだよ。」
ひれ伏していたハートマン軍曹が顔をあげてつぶやいた。
「口を慎め軍曹。」
ネクロマララーは言い放った
「さて・・しかしどうしたものか・・。」
ため息をつくネクロマララー
「スタンド使いはまだハンパ無い数がいる。しかしココで下手に任務に行かせて人手を減らすのも・・。」
「相変わらず苦労しているな。ネクロ。」
ふと後ろから声がする。
「え・・?」
ネクロマララーが振り返るとソコには見覚えのある人物がいた。
   ゴ ッ ド
「ゴ・・神・・?」
突然ネクロマララーの体が震え上がり、その場にいた全員が一気に頭を深く下げ、こう叫んだ
「おかえりなさいませッ!神よッ!」
全員が声を揃えていったあと、神コールの嵐が吹いた
「神!神!神!神!神!」
「よろしい。さて、ネクロマララー。今まで参謀ご苦労。疲れもたまっただろう。」
神はもっていた杖でネクロマララーの立派な頭を叩いた
「ありがたき幸せ・・。」
「暫く休め、これからは私が指揮をとろう。」
ホールにとてつもないざわめきがおこる
「と・・という事はまさか・・。」
ネクロマララーは再度震える。
さっきの震えとは違い、喜びに満ち溢れた様な震え方
「ああ。『産まれた』よ。我がスタンド『ユートピア・ベイビー』が・・。」
ざわめきがいっせいにやみ、静まり返った後、さっきの比にもならない神コールが響く
「神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!
神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!
神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!
神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!神!ウオオオオオオッ!」
「よろしい。さて、それでは早速だが、『巨耳モナー』どもはどうやらわれらの陣地をかぎつけた様だ。
しかも彼らは現在相当な使い手となりつつある。巨耳に至ってはスタンドの『進化』の直前だ・・その前に叩こうではないか。」
神は杖を一回地面にカツンと叩く
「しかしわれ等が裏切り者『ムック』。そして魔眼を持つ銀髪の歩く武器庫『岳画 殺』。この二名の実力は皆も熟知してると思う。
『そこで』だ。ここは『上級幹部』に言ってもらうとしよう。」
またもや場内がざわつく
「そうだな・・。『理屈が通用しないスタンド』をもつ男。『大ちゃん』言ってもらおうか。」
『大ちゃん』と呼ばれる男は神に杖を向けられるとこうつぶやいた
「・・・ピッチャーデニー。」

←To Be Continued

86ブック:2004/04/25(日) 00:28
     救い無き世界
     第七十三話・泥死合 〜その二〜


 私はでぃさん達が行ってしまった後も、海の向こうを眺め続けていた。
「……」
 胸の奥にヘドロが溜まっているような感じ。
 とても、
 とても嫌な予感がする。
 もう二度と、あの人達が帰って来ないような…

「……?」
 と、私の後に人の気配を感じた。
 振り返ってみると、二人の男の人が私に向かってやって来る。

「SSSの者です。
 特務A班の方々の連絡を受けてお迎えにあがりました。」
 ああ、この人達がふさしぃさんの言っていた迎えの人達か。

「向こうに車を用意してあります。
 後の事は特務A班の方々に任せて、あなたはSSSに…」
「そいつを勝手に連れて貰っちゃあ困るんだよな。」
 突然の闇の中からの声が、男の人達の言葉を遮った。
 私と二人の男の人の視線が、その声がした場所に集中する。

「しぃエルから『でぃに引っ付いてる女も一緒に居る』って報告があったから、
 もしやと思って待ち伏せしてみたんだが…
 どうやらビンゴだったみたいだぜ。」
 影の中から声の主の姿が現れてくる。

「…!?
 あなたは―――」
 私はそこで言葉を詰まらせた。
 この人は、
 確か、
 あの孤児院に居た…

「何者だ!?貴様!!」
 男の人達がその人の前に立ちはだかる。
 しかし、その人は表情一つ変えずに男の人達を睨み返す。

「…その女置いてさっさと失せろ。
 そうすりゃ、殺さないでおいてやる。」
 その人は冷徹な声で言い放った。

「!?貴様、まさか『矢の男』の!!」
 男の人達がスタンドを発動させてその人に飛び掛かった。

「駄目です!!その人は―――!」
 私はすぐに彼らを止めようとした。
 いけない。
 あの人と闘ったら…!

「『オウガバトル』。」
 しかし、全ては遅かった。
 私の眼前で二人の男の人がパンケーキのように輪切りになる。
 血飛沫が飛び散り、アスファルトの地面を赤色に濡らした。

「…あ……」
 私は腰を抜かしてその場にへたりこんだ。
 そんな私を見下ろす凍て付く様な視線。
 間違いない。
 この人は私を殺すつもりだ。

「…安心しな。
 お前は『今は』殺さねぇ。」
 その人が私にゆっくりと歩み寄る。
 目に見えそうな程の殺意に縫い付けられ、私は一歩も動けない。

「今ここでお前を殺した所で、あのでぃへの復讐としては不充分だ。
 あのでぃが、完膚なきまでに絶望のどん底に叩き落されるような舞台を整えた上で
 死んで貰わなきゃあ意味がねぇんだよ。」
 その人が歩きながら喋る。

 …その人の瞳に宿る真っ黒な憎しみの炎。
 駄目だ。
 このままでは、でぃさん達の足手まといにまってしまう。
 そうなる位なら、いっそ―――!

87ブック:2004/04/25(日) 00:28

「!!!!!」
 私が舌を噛み切ろうとした瞬間、その人は私の口に指を突っ込んだ。
 指に邪魔され、私の歯は舌まで届かない。

「…痛ってーな、歯ぁ立てんじゃねぇよ。」
 口の中に鉄の味が広がる。
 どうやら指から出血しているみたいだ。

「さっきも言っただろうが。今お前に死なれちゃ困るんだよ。」
 その人が呆れたように呟くと同時に、私の首筋に思い衝撃が走った。
 視界が、瞬く間に暗くなっていく。

「…また自害しようとされちゃ敵わねぇんでな。
 悪いけど暫く大人しくしといて貰うぜ。」
 それが、私に聞き取る事が出来た最後の言葉だった。



     ・     ・     ・



「『マイティボンジャック』!!」
「『スペースハリアー』!!」
 男のスタンドの拳が俺に向かってくる。
「ゴルァ!!」
 男のスタンドの拳が俺の体に触れる直前で、
 男のスタンドの二の腕あたりを弾いて防御する。
 奴の能力は何かはまだ分からないが、あの拳に触れられるのは絶対にヤバい。
 しかし、あの拳を弾かねばならないとなると、
 どうしても防御に専念せねばならなくなる為に、こっちから迂闊に手が出せない。
 その為、否応無しに膠着状態が続く事になる。

「ふん!!」
 男が逆の腕でパンチを放ってくる。
「ゴルァ!!」
 スタンドの右足での前蹴り。
 男がそれを喰らって後方に吹っ飛ぶ。
 しかし、多分ダメージは余り無い。
 ダメージを与える為では無く、距離を取る為の蹴りだったからだ。
 事実、男は何事も無かったかのように立ち上がってくる。

「…どうしました?
 守ってばかりでは私を倒せませんが、よろしいのですか?」
 男が嫌らしい笑みを浮かべる。
 しかし、悔しいが男の言う通りだ。
 恐らく奴の狙いは時間稼ぎ。
 だとすれば、こいつに手間取れば手間取るだけ奴の思う壺。

「……」
 俺は男との距離が充分なのを確認すると、倒れているぃょぅ達に視線を移した。
 這いつくばりながらも、苦しそうに何とか動こうとするぃょぅ達。
 助けてやりたいのはやまやまだが、こうなっては最早俺にはどうしようも無い。
 俺の『マイティボンジャック』はあくまで引き起こされる結果を先送りにする能力。
 一度結果が出てしまっては能力は使えないのだ。

「…船が急に進まなくなったのも、お前の能力だな?」
 俺は男に向かって尋ねた。
 男は何も答えないが、俺はそれを肯定と受け取る。

「さっき、『重力、水、空気、風、それらが一度にお前たちに牙を剥いている』、
 って言ってたな。
 つまりあれか?
 お前に触れられた奴は、自然環境にすっげえ邪魔されるって訳か?」
 男はその質問にも答えない。

「オーケーオーケー、分かったよ。
 それじゃあ最後の質問だ。お前、名前は?」
 俺はおどけた調子で男に聞いた。
 無論、気は一瞬たりとも抜かない。
「モララエル。」
 その返答と同時に男が突っ込んできた。

「『マイティボンジャック』!!」
 俺のスタンドで迎え撃つ。
 しかしモララエルは俺の腕を紙一重で潜り抜けた。
 そしてそのまま懐に入られ、左の腕での一撃を放つ。

88ブック:2004/04/25(日) 00:29

「くっ!!」
 飛びのいて、かわす。
 だが―――
 男の拳は俺の脇腹を「かすった」。
 『マイティボンジャック』で能力に侵される結果を先送り。

「!!!!!!」
 男が即座にその場を離脱しようとする。
 まずい。
 俺の『マイティボンジャック』が先送り出来る限界は五分。
 その間に逃げられたら、もう打つ手は無くなる。
 ここで奴を逃がしたら、俺達の敗北だ!

「がっ…!!」
 と、モララエルが動きを止めた。
「『ファング・オブ・アルナム』…」
 小耳モナーが呻きながらスタンドを発動させていた。
 『アルナム』が、自分に襲い掛かる負荷に苦しみながらも
 モララエルの影に牙を突き立て、その所作を封じている。

「でかした、小耳モナー!」
 俺はその隙を逃さずらモララエルにタックルをしかけた。
 そのまま揉み合いになり、船の床を転がる。
 逃がすか。
 何としても、ここで喰い止め…

「……!!」
 だが、迂闊にも俺はモララエルにマウントポジションを取られてしまった。

「ぬありゃあ!!」
 モララエルが、上からスタンドでのパンチを次々と浴びせてくる。
「くわあ!!」
 こちらも必死にスタンドの腕で防御する。
 しかし、いかんせん体勢が不利過ぎる。
 一発はガード出来ても、その一発を防ぐ間に三発は顔面に貰う。
 俺の顔がたちまちに腫れ上がっていくのが実感出来た。

「ぬあ!ぬあ!ぬあ!ぬあ!ぬあ!ぬあ!」
 男が遠慮無しに拳を撃ち下ろし続ける。
「くふあ!くふあ!くふあ!くふあ!くふあ!くふあ!」
 俺はそれを何とか防御し続ける。
 ヤバいぞ、こりゃあ。
 奴を逃がすとかそれ以前に、このままじゃあ撲殺されてしまう…!

「りゅあああ!!」
 俺は渾身の力を振り絞って、俺の左親指をモララエルの脇腹にぶち込んだ。
 脇腹に俺の親指が根元の部分まで突き刺さる。
「ちゅわああああああああ!!!」
 そのまま親指を折り曲げ、肋骨に引っ掛けて無造作に折る。
 骨の折れる感触が、俺の指に伝わってきた。

「くわああああ!!!」
 奴が叫び声を上げる。
 よし、今だ!

「るううううう!!」
 モララエルの腕を掴んで、腰を浮かしながら体勢を入れ替える。
 今度は逆に俺がマウントポジションの上に立った。

「きゃおらああああああああ!!!」
 そのまま右拳を撃ち下ろす。
 小気味いい感触と音と共に、俺の拳が奴の顔にめり込んだ。
 さっきのお返しとばかりにさらに上からパンチを叩き込んで
 奴の顔を男前に変えてやる。

「ちいいぃぃぃ!!」
 モララエルが吼えた。
 それと同時に股間に強い痛み。
 モララエルが、俺の睾丸を右手で掴んでいた。

「あわわわわわわわわ!!!」
 俺はすぐさま立ち上がってその手を振り解いた。
 幸いにして俺の男としての象徴がお釈迦になる事は無かったが、
 かわりにマウントポジションを崩してしまう事になった。

「のおおおおおおお!!!」
 モララエルが再び逃げようとする。
「させるかあ!!」
 後ろからモララエルに襲い掛かる。
 腰に手を回し、そのまま背筋を総動員してモララエルを持ち上げ、
 ブリッジの要領で地面に叩きつけようとする。
 俗に言う、バックドロップという奴だ。

「うおああああ!!」
 しかし、モララエルも黙って投げられるばかりではない。
 その足を俺の胴体に絡みつける。
 それにより俺は体勢を崩し、バックドロップは不発のまま二人とも地面に倒れこんだ。

「ぬううううう!!!」
 奴が体をひこずりながら俺から逃れようとする。
 逃がさない。
 モララエルの上に覆いかぶさり、その動きを止める。
 だが、どうする。
 このままじゃジリ貧だ。
 いずれ時間切れになって―――

89ブック:2004/04/25(日) 00:30

 …!!
 そうだ!
 この手があった!!

「『マイティボンジャック』、解除!!」
 俺は先送りにしていた奴の能力を解除した。
「!!!!!」
 俺の体にとてつもない負荷がかかる。
 そして、当然俺の下に居るモララエルにも…

「があああああああああ!!!」
 モララエルが絶叫する。
「…はっ!どうよ、自分の能力に攻撃される気分は!?」
 激しい負荷に襲われながらも、俺は無理矢理奴に笑顔を見せてやった。
 そして、右の肘の部分を奴の喉下に押し当てる。

「―――ご―――あ!!!!!」
 モララエルの首から、ミシミシと骨が軋む音が聞こえてきた。
「ゴルァああああああああああああ!!!!!!」
 全体重を肘の部分に乗せる。

 ゴギン

 その音と共に、俺の体を襲っていた重みは消え去った。



「…!ギコえもん!」
 負荷から開放されたぃょぅ達が、俺の元へと駆け寄って来た。
「おお。お前ら、大丈夫か?」
 俺はそいつらに向かって声をかける。

「……どうやら…ここまでの…ようです……
 お役に立てなくて…申し訳……」
 と、モララエルが何やらぶつぶつ呟き始めた。
 何だ。
 まだ死んでなかった―――

 ―――!!

「皆!!今すぐ船から飛び降りろ!!!」
 全身を危険信号が駆け巡った。
 ヤバい。
 何か分からないが、とにかくヤバい。
 こいつ、最初から死ぬ気で―――

 刹那、モララエルの体が激しく発光した。



     ・     ・     ・



「……」
 俺は水面から顔を出しながら、木端微塵になった船の残骸を見つめていた。
 あの男…自爆なんてはた迷惑な真似しやがって…!

「でぃ君、大丈夫!?」
 ふさしぃが俺に声をかけてきた。
 頷いて、それに答える。

「他の皆は…」
 ふさしぃが心配そうに辺りを見回す。

「…酷い目に逢ったモナ〜。」
「死ぬかと思ったぜ…」
「全く…やってられなぃょぅ。」
 ぃょぅ達が、それぞれ水中から顔を出した。
 どうやら、皆無事みたいだ。

「…しかし、面倒な事になったわね。」
 ふさしぃがうんざりといった顔で呟く。
「ああ。こっからは水泳大会をしなきゃならないようだな、ゴルァ。」
 ギコえもんが肩をすくめた。
 しかし困った。
 こんな所で時間と体力を無駄にする事になるのはかなり痛い。

「―――皆、あれを!」
 その時、ぃょぅが不意に向こうの方を指差した。
 見ると、一艘のボートが俺達に近づいてくる。
 良かった。
 渡りに船とはまさにこの事…


「―――!!!」
 しかし、その俺の希望は無残にも打ち砕かれた。

 ボートに乗っていたのは、トラギコと、倒れているみぃだった。
 俺は思わず我が目を疑う。
 何故だ。
 何故、あのボートに「奴」が「あいつ」と共に乗っている!?

「―――ッ―――!!」
 腕をスタンド化。
 強化した腕で水を掻き分け、水面を弾いてトラギコに飛び掛かる。

「『オウガバトル』!」
 奴の目前まで迫った所で、俺の両腕が切り飛ばされた。
 バランスを崩して水面に激突し、腕だけが遥か彼方へすっとんで行った。

「ここではやらねぇ。
 この女が大事なら、精々追いかけてくるんだな…」
 トラギコが嘲りの笑みを浮かべて呟く。
 させるか。
 脚をスタンド化。
 脚の力だけで再び突っ込む。

「……!!!」
 しかし、今度は両足をちょん切られた。
 文字通り手も足も出せなくなり、俺は無様に海を漂う。

「っ貴様!待つょぅ!!」
「待ちなさい!!」
 ぃょぅ達が追いかけようとするも、
 流石に人間の泳ぎの速さではボートには追いつけない。
 見る見る距離は引き剥がされ、そしてついにはボートは見えなくなった。


「―――ァ―――ッ―――!!!」
 俺の心にどす黒い感情が渦巻き、闇に向かって、ただ、叫ぶ。
 そしてそれしか出来ない自分に、俺は心の底からの憎しみをぶつけた。



     TO BE CONTINUED…

90ブック:2004/04/25(日) 00:31
     救い無き世界
     第七十四話・斗縛 〜その一〜


 俺達は一つの島まで泳ぎ着いた。
 俺の手と足は、あの後すぐに生え揃っていた。

「…ここで、いいのかょぅ。」
 ぃょぅが俺に尋ねてくる。
「……」
 俺は一つ頷いた。
 間違い無い。
 『矢の男』はここにいる。
 そして、みぃとトラギコの野郎も…!

「でぃ君…」
 ふさしぃが心配そうに俺に声をかけた。

 …大丈夫だ。
 トラギコの奴はまだみぃを殺してはいない筈だ。
 ただ殺すだけなら、あのボートの上で殺している。
 俺は必死に自分にそう言い聞かせて、何とか心の平衡を保とうとした。

 …落ち着け。
 怒りに身を任せたら、『デビルワールド』が出てきてしまう。
 押さえ込め、激情を。
 あいつを、みぃを助けるまでは…!

「…しっかし、こりゃとんだ大事だな。」
 ギコえもんが呆れたように呟く。
 その理由は明白だ。
 この島を中心に、想像を絶する程の思念が渦巻いているのが分かる。
 恐らく、世界中の思念が、『神』とやらの力となる為に…

「……!!」
 体の内側を食い破られそうになる感触。
 出るな…
 まだ出てくるな、『デビルワールド』!!

「でぃ君!大丈夫モナか!?」
 小耳モナーが俺の肩を支えた。
「……」
 俺は力なく頷いてそれに答える。

 急がなければ。
 もう、俺に残された時間は、殆ど無い。

91ブック:2004/04/25(日) 00:33



     ・     ・     ・



 私の意識がいきなり現実に引き戻された。
 ゆっくりと瞼を開けると、ランプによって薄暗く照らし出された部屋が
 目に映像として映し出される。
 ここは…?
 どこかの、お屋敷?

「…う……」
 呻き声を上げて、身を動かそうとする。
 しかし、私の体はロープのようなものによって縛られており、動けない
 …ああ、そうだ。
 確か、いきなり孤児院であった人が私の前に現れて…

「起きたか。」
 私の横から声がかかる。
 反射的に、私はその方向に顔を向けた。

(あなたは…)
 そう言おうとして、私はようやく猿轡を噛まされていた事に気がついた。
 これでは、満足に喋る事すら出来ない。

「…舌を噛み切らないなら口のものを外してやるが、どうする?」
 私は少し逡巡した後、観念して顔を縦に振った。
 その人がゆっくりと私に近づき、猿轡を外す。

「…どうして、こんな事を。」
 私はその人に尋ねた。
「言ったろ。あのでぃの野郎に復讐する為だ。」
 その人は当たり前といった風に答える。

「…!やめて下さい!
 あの人が、一体何をしたというんですか!!」
 私は無駄と知りつつも必死に訴えかけずにはいられなかった。
 この人の目は、思い詰め、覚悟を決めた目だ。
 赤の他人の私が何か言った所でその考えを変える事は不可能だろう。
 しかし、それでもでぃさんを傷つけさせる訳にはいかない。

「…『何をした』、だって?」
 その人の気配が一瞬にしておぞましいものに変わる。
 まるで、全てを焼き尽くすような炎のような…

「何をした?あいつが何をしただと!?
 この期に及んで何をしたと言うってのか!?
 俺の親父を殺しておきながら!!
 俺のお袋を殺しておきながら!!
 何をしたとお前は聞くのか!!?」
 その人は私の首を両手で締め上げた。
 息が無理矢理止められて、目の前が白く霞む。

「…っと、危ねぇ危ねぇ……
 ここで殺したら、せっかくここまで連れてきた意味が無くなっちまう。」
 その人はさっきまでの殺意を嘘のように中に押し込んでしまうと、
 私の首から手を放した。

「…でも、あれは、不慮の事故みたいなものです……!
 でぃさん達は、あそこの人達を守ろうと…」
 咳き込みながらも、私は何とかその人にその事を伝えようとした。

「悪いが、そんな事はもう関係ねぇのさ。
 あいつは孤児院に来た。
 そいて、そこで闘って、親父とお袋を巻き込んで殺した。
 あのでぃが何をしたかった、とか、
 もしあのでぃが来なかったら、とか、
 たらればの話なんざしてねぇんだよ。
 問題にしてるのは、奴が来て、結果親父とお袋が死んだという事実だけだ。
 そしてそれを理由に俺は奴に復讐する。」
 一点の曇りも無い表情で、その人は答える。

92ブック:2004/04/25(日) 00:33

「その為に、俺はお前を殺す。
 でぃへの復讐の為だけに。
 俺を恨んでくれて構わん。俺を憎んでくれて構わん。俺を軽蔑してくれて構わん。
 お前にはその権利がある。
 俺も、その行為を正当化したり、被害者ぶったりするつもりは無い。
 俺のやるのは、犬畜生にも劣る外道な行為だ。
 それで地獄に堕ちるというならば、進んでこの身を奈落に堕としてやる…!」
 なんて可哀相な人なのだろう。
 私はふとそんな事を考えてしまっていた。
 この人は、決して根っからの悪人なんかじゃない。
 ただ、間違えてしまっただけなのだ。

 …いや、この人は本当は間違っていないのかもしれない。
 だって、この人の亡くしてしまった人を想う気持ちは本物だ。
 それを、何も関係の無い私が間違ってるとかそうでないとか判断出来るものか。


「……!」
 その時、張り裂けそうな圧迫感がそこら中に広がった。
 何、これは…!?
 この屋敷の奥に、何かとてつもないものが居る…!

「…ふん。もうすぐといった所みたいだな。
 それとも、あのでぃの中の『化け物』に共鳴しているのか…」
 その人は腕を組んで呟いた。
「…!あなたは、なんでこんな恐ろしい事に手を貸すんです!?
 このままだと取り返しのつかない事になるかもしれない事位、
 分かっている筈です…!」
 私は縛られた体をばたつかせながら叫んだ。
 どうして。
 あの孤児院にいる人達だって、この人にこんな事をして欲しくない事だって、
 分かっている筈なのに、どうして。

「…金を、貰ったからだよ。」
 その人が、初めて悲しそうな目を見せた。
 お金。
 この人は、ただそれだけの為に…

「…さて、お喋りはここまでのようだな。」
 その人が部屋の入り口のドアに視線を移す。
 その直後、ドアが勢いよく開け放たれた。



     ・     ・     ・



 俺は屋敷のドアを勢いよく開け放った。
 中に、トラギコと縛られているみぃの姿が見える。
「ようこそ、我らが別荘に。海水浴は楽しんだか?」
 トラギコが俺達の方に向き直って話しかけてくる。

「貴様!みぃ君をすぐに放すょぅ!!」
 ぃょぅ達が部屋の中に駆け込もうとする。
「動くな!!」
 そのトラギコの叫びに俺達は動きを止めた。

「…この部屋に入っていいのはでぃだけだ。
 それ以外の奴が一歩でも足を踏み入れたら、その瞬間この女の首を落とす。」
 トラギコが殺気を込めた視線を俺達にぶつけてくる。
「…ゆっくりとこっちに来いよ、でぃ。妙な事は考えるなよ。」
 その言葉に従い、俺は一歩一歩確かめるようにトラギコへと歩み寄った。
「でぃさん…!」
 みぃが俺に訴えるような視線を向けた。
 大丈夫だ。
 今、助けてやる。

93ブック:2004/04/25(日) 00:34

「止まれ。」
 トラギコが腕を突き出す。
 俺はその場で足を止めた。
 俺と奴との距離は、大体6〜7メートルといった所か。

「…ふん、もう手足が生え揃ったか。
 相変わらずの『化け物』っぷりだな。」
 トラギコが含み笑いをする。
 しかし、その目は微塵も笑っていない。

「……」
 俺はみぃに視線を移した。
 幸いにも、大した怪我はしていないようだ。
 良かった。
 こいつさえ無事ならば、それだけで…

「…これから、お前の手足をぶった斬る。
 新しいのが生えてきたら、それをまたぶった斬る。
 生えてこなくなるまでそれを繰り返してやる。
 そして、達磨になったお前の目の前で、先ずは後ろの奴らを殺す。
 最後に、お前の大切な女をじわじわいたぶりながら殺してやるぜ…!」
 トラギコの背後に奴のスタンドのビジョンが浮かび上がった。

 …こいつは、俺だ。
 俺と同じように、大切な人の為に闘っている。
 違いは、それが生きているか死んでいるかって事だけだ。
 そして、こいつが守りたかったのは、
 こいつを大切にそだてていたのは、
 こいつが大切だったのは、俺の―――

「…反撃したら女の命はねぇぞ、なんてセコい事は言わねぇから安心しな。
 お前を実力で叩き伏せなきゃ、本当の絶望は与えられねぇからな。
 …ただし、後ろの奴らが手を出したらその保証は無いぜ。」
 トラギコがぃょぅ達を見据えた。
 俺は振り返り、『手を出すな』という意味を込めた視線をぃょぅ達に送る。

 安心しろ。
 こっちも俺以外の奴にこの闘いの邪魔をさせる気は無い。
 いや、こいつは俺一人で闘わなければならない。

 …本当は、こいつに殺されても仕方が無いと思っていた。
 俺の、
 こいつの、
 両親が死んだのは、
 他ならぬ俺の所為だ。
 だから、こいつは俺を殺していい。

 ―――だけど、
 だけど。
 みぃに手を出すというならば話は別だ…!

「…最後に、一つ聞かせろ。」
 と、トラギコが俺に紙とペンを投げ渡した。
「…何でお前は、孤児院にやってきた?」
 ……



『…お父さんとお母さんを、守りたかったからだ。』
 俺はそう書いて、その紙をトラギコに見せた。

「…っは、ははははははははははははははははは。
 はぁははははははははははははははははははははは…」
 トラギコは笑い転げる。
 それは、とても空虚な笑い声だった。

「そういう事か…」
 トラギコが笑うのをやめて、俺に向き直った。

「…いいさ。それじゃあ、そろそろ始めるとしようぜ、『化け物』。」
 そして、俺とトラギコとの間にある空間が一気に収束した。



     TO BE CONTINUED…

94ブック:2004/04/25(日) 17:05
     救い無き世界
     第七十五話・斗縛 〜その二〜


「……!」
 俺の左腕が一瞬にして切断され、宙を舞う。
 痛みを感じている暇は無い。
 残った右腕でトラギコの顔面向けてパンチを放つ。

「!!!」
 しかし、トラギコの眼前で俺の拳は壁にぶつかったかのように動きを止めた。
 馬鹿な。
 目の前には何も無いのに、何故…

「……!!」
 そんな事を考えた瞬間、今度は右腕がすっ飛んだ。
 ヤバい。
 後方に跳んで一旦距離を離す。

「……!」
 瞬く間に再生される両腕。
 もはや俺は人間では無い。

「さて、あと何回ぶった斬ればいいんだ?」
 トラギコが一気に間合いを詰める。

(ちっ!!)
 地面を蹴り、右に跳躍する。
 奴の詳しい能力は分からないが、接近されるのはかなりまずい。

「……!!」
 しかし回避は間に合わなかったらしく、空中で俺の両足が真っ二つになった。
 空中で脚を再生。
 そのまま生えたばかりの両足で着地する。

「!!!!!」
 しかし、着地した直後にすぐ後ろまで来ていたトラギコに再び両腕を切断された。
 首を狙えばケリがついていたかもしれないのに。
 こいつ、マジで俺を達磨にするつもりか…!

「でぃ君!!」
 ぃょぅが部屋の中に駆け込もうとした。
「……!!」
 トラギコが裂帛の気合を込めた視線をぃょぅにぶつけ、
 ぃょぅの動きを止める。

「…外野は黙ってて貰おうか。」
 トラギコが冷淡な声でぃょぅ達に告げた。
「……」
 俺もぃょぅ達の方に視線を移す。

 来るな、ぃょぅ。
 こいつの狙いは俺だけだ。
 それに、あんた達が踏み込んだらこいつは躊躇無くみぃを殺す。

95ブック:2004/04/25(日) 17:05

「続きだ。」
 トラギコが俺に向かって駆け出す。
 俺は覚悟を決めて、動かずに奴を向かえ討つ事にした。
 奴の接近に合わせて右でのストレートを撃つ。

「……!!」
 斬り飛ばされる右腕。
 構わず左のフック。
 斬り飛ばされる左腕。
 右脚でのミドル。
 斬り飛ばされる右脚。
 右腕の再生完了。
 倒れる訳にはいかない。
 左脚一本でバランスを保つ。
右腕でのパンチ。
 斬り飛ばされる右腕。
 左腕の再生完了。
 右脚の再生完了。
 左腕でのアッパー。
 斬り飛ばされる左腕。
 バックステップ。
 間に合わない。
 左足の半分近くまで斬り込みが入る。
 よし。
 まだ左足は繋がったままだ。
 右腕の再生完了。
 左脚でのハイキック。
 斬り飛ばされる左脚。
 右脚で体を支える。
 右腕でのスマッシュ。
 斬り飛ばされる右腕。
 左腕の再生未完了。
 生えかけの左腕をトラギコに突き出す。
 斬り飛ばされる左腕。
 まずい。
 再生が追いつかなくなってきている。
 左脚の再生完了。
 そのまま後方に―――


「……!!」
 スタンド化した脚で後方に跳躍。
 トラギコとの距離を出来る限り広げて、着地する。
 神経を集中させ、両腕の再生を急いで完了させた。
 糞。
 流石に再生するのが遅くなっているようだ。

「どうした、『化け物』。それまでか?」
 トラギコが嘲るように言い放つ。
 その足元には、斬り飛ばされた俺の脚や腕が大量に転がっている。
 常人なら気が狂いそうな光景だ。

 …どうする。
 俺には奴の攻撃が見えない。
 このままでは嬲り殺しだ。
 考えろ。
 奴の攻撃の正体を。
 いや、正体は分からなくてもいい。
 何とかして奴の攻撃を事前に察知するんだ。
 だが、どうやって?
 落ち着け。
 考えろ。
 こうして攻撃を受けている以上、何かしらのものがそこには存在している筈だ。

 …待てよ。
 それなら、ひょっとして…!

96ブック:2004/04/25(日) 17:06

「―――ッ―――!!」
 俺は即座に地面を叩き割った。
 その衝撃で、床の破片や砂埃等が空中に舞い上がる。

「……!」
 トラギコが一瞬眉をしかめる。
 どうやら、俺の狙いを悟ったようだ。

「……!!」
 俺はトラギコに飛びかかった。
 奴が見えない何かで攻撃しているというのなら、
 その部分が舞い上がった砂埃に浮き彫りになる筈―――

「!!!!!!!」
 直後、俺の両足が俺の体から切り離された。

「―――!!」
 そのまま無様に地面を転がる。
 何故だ。
 見えなかった。
 何も、見えなかった。

「浅知恵だったな。」
 トラギコが俺を見下ろす。
 ヤバい。
 すぐに脚を再生…

「!!!!!!!」
 しかし脚が生えきる前に、トラギコによって生えかけの脚を切断された。
 同時に、両腕も切断される。

「教えといてやるよ。
 俺の能力はコンマ数ミリ単位で空間同士を分断する事。
 つまり、砂埃があがった所で、見えるのはコンマ数ミリの線だけだ。
 そんな細い線が、この薄暗い部屋で見えると思っていたのか?」
 俺の手足が再生しようとしては、トラギコはそれらを次々と両断していった。

「でぃ君!!」
 ぃょぅがトラギコに飛び掛かる。
 馬鹿、来るな。
 こいつは―――

「ぐああああああああああああ!!!!!」
 右脚を斬り飛ばされ、ぃょぅが絶叫した。
「ぃょぅ!!」
 ふさしぃ達がぃょぅに駆け寄る。

「外野は黙ってろって言っただろう?
 まあいいや。
 もうすぐこのでぃも達磨になる。
 そしたらすぐに楽にしてやるよ。」
 トラギコはぃょぅを一瞥もしないまま、俺の体を切り刻み続ける。

「もう、やめて下さい…!!」
 その時、みぃが悲痛な叫び声を上げた。
 トラギコが、俺を切り裂きながらみぃに顔を向ける。

「あなたは私を殺したいのでしょう!?
 だったら、私だけ殺して下さい!
 だから…
 でぃさん達を、これ以上傷つけないで…!」
 阿呆か、お前は。
 こいつはそんな事が通用するような相手じゃない。
 俺の事は心配するな。
 こんなの、ちっとも痛くなんかない。

 …何で、
 何でこいつはいつもいつも、
 自分より人の心配ばかり……

「くっ、ははははははははははははは!!
 どうしたでぃ!?
 一瞬目の色が変わったぞ!?
 そんなにこの女が大事かよ!?」
 トラギコが声高々に笑い出した。

「そうだその目だ!
 それでこそこの女を殺し甲斐がある!!
 この女をお前の目の前で殺してこそ、俺の復讐は完成するんだ!!!」
 …やめろ。
 みぃに、手を出すな!
 あいつは無関係の筈だろう!!
 殺すなら、俺だけを…

97ブック:2004/04/25(日) 17:07

(何をやっている?こんな『人間』相手に。
 そんな事で『神』とやらと闘うつもりか?)
 『デビルワールド』…!
 やめろ、出てくるな!!

(本当に出てこないでいいのかな?
 このままだと、お前の大切な者達は全員死ぬぞ?)
 …!

「ははははははははははははははははは!!
 どうした『化け物』!!!
 再生が遅くなっているぞ!?
 もうお仕舞か!?」
 トラギコが狂ったように俺の両腕両足を刻み続けた。
 もう、俺の体には少しも力が残されていない。

(無理をするな…
 私を押さえ込むのはもう限界に近いのだろう?
 迷わず私を解き放て。
 それで全てが『終わる』。)
 黙れ!
 俺は絶対にお前を自由になどさせない!!
 俺は、俺はあいつを守りきってみせる!!!

(矛盾しているぞ?
 今私を出さねば、あの女は死ぬ。
 そんな事は分かりきっている筈だろう。)
 違う!
 俺は、俺は…!!

「…ここまでだな。」
 トラギコが俺を切り刻むのをやめ、ふさしぃ達に向き直った。
「さっき言った通り、まずは後ろに居たあいつらから殺す。
 自分の無力さに打ちひしがれな。」
 トラギコがふさしぃ達に歩き出した。

「……!!」
 ふさしぃ達が身構える。

 させない。
 しかし、もうどれだけ力を入れても腕と脚は生えてこなかった。
「―――ッ―――ァ―――!」
 俺は涙を流しながら叫んだ。
 しかし、体は一ミリたりとも動かない。

(…どうする?
 ここからはお前の意思だ。
 私は自分から出てくる事はもうしない。
 私を出すのはお前の意思だ。
 さあ、どうする?
 どうするのだ、でぃ。)
 …俺は、俺は―――

98ブック:2004/04/25(日) 17:07



     ・     ・     ・



 その時、俺は腹の辺りに異物感を感じた。
「―――あ…?」
 腹のあたりに目をやってみると、そこからは異形と化した腕が突き出ていた。
「―――馬―――!」
 馬鹿な。
 これは、あのでぃの腕!

「!!!!!!」
 俺は急いで振り返った。
 でぃは相変わらず地面に倒れたままだ。
 じゃあ、
 じゃあこの腕は一体どこから…

「!!!!!!」
 その時、俺は我が目を疑った。
 切り落とした筈のでぃの腕や脚が、宙に浮かんでいる。

「なぁ!?」
 その腕や脚が次々と俺に襲い掛かる。

「驚く事は無いだろう?
 見ての通り、この腕や脚はスタンドと同化している。
 ならば、スタンドである以上精神力で自在に動かすのは不可能ではない。」
 でぃの居る場所から声が聞こえてくる。
 違う。
 感覚で分かる。
 この声は、「でぃのものじゃない」。
 もっと、
 もっとおぞましい何かだ。

 何だ。
 何なんだ、これは。
 『化け物』め。
 本物の『化け物』め…!

「『オウガバトル』…!!」
 目の前の空間を分断。
 これで空間と空間が切り離されて、腕や脚は絶対に俺の所までは―――

「空間の境界面を、『終わらせる』。」
 『化け物』が、呟いた。

99ブック:2004/04/25(日) 17:08



     ・     ・     ・



 俺はトラギコの前に立ち尽くしていた。
 体の至る所に穴を開けられ虫の息となったトラギコが、
 なおも力を失っていない目で俺を睨み返す。

「…ば…けも……の…め……」
 トラギコが息も絶え絶えに呟いた。

 俺の腕と脚は既に再生していた。

 …しかし、
 もう、どれだけ押さえ込もうとしても、
 元の俺の醜い腕と脚に戻らない。
 完全に、『化け物』の腕と脚になってしまっていた。
 もう二度と、俺は元の姿に戻れない。

「……」
 俺は何も言わずにトラギコを見据えていた。
 何故こんな事になってしまったのだろう。
 こいつが俺の両親を守っていてくれた筈なのに。
 こいつも俺の両親の子供なのに。
 死ぬべきなのは、俺だった筈なのに。

「……あ…」
 トラギコがポケットから何かを取り出し、その手を俺の前に差し出した。
「……?」
 俺は黙ってその差し出された手を握る。

「…あい…つらに……渡…し……て……」
 血を吐きながらも必死にその言葉を絞り出すと、
 トラギコは俺にあるものを手渡した。

「……」
 それを受け取り、俺は頷く。
「わ…り……な…」
 トラギコは、それっきり動かなくなった。


 …あいつが最後に俺に渡したもの。
 それはしわくちゃで、血塗れになった一万円札だった。



     TO BE CONTINUED…

100丸餅:2004/04/25(日) 18:43


「オ見知リ置キヲ、二郎様」
「様なんて止めてくれ、こそばゆい。…で、B・T・Bだっけ?」
 二郎の問いかけに、何でもない事のようにシャマードが答えた。
「そ。能力は…『鼓動の探知と干渉』。
 二郎の『嘘の鼓動』を見抜いたり、私の鼓動を『人間の鼓動』に変えたり。
 まあ、人工心肺やペースメーカーなんか比べ物にならないような精度で、だけどね」」
「おいおい…良かったのか?そんなホイホイスタンドを見せて」
「ゴ心配ナク。貴方ノ鼓動ハ トテモ澄ンデ オラレル。裏切ル事ナド アリエマセン」
 小さく舌打ちを一つ、コンクリの柱に手を置いた。
スタンド能力をさらけ出すと言う事は、弱点もさらけ出すという事に等しい。
「…そこまで信用されたからには、こっちも『信用』を見せるのが道義ってもんだろ」
 そう言って、柱から手を離した。
「俺のスタンドも、ちょっとだけ見せてやる。…『フルール・ド・ロカイユ』」

 ぽこりと、手を置いた柱の一部が小さく盛り上がった。
柱に生まれた小さなコブは細く長く成長し、一本の植物を形作る。
 茎が伸び、葉を広げ、先端で固く閉じていたつぼみが優しく開き―――

「ヴィジョンは無いが、能力はこんな感じの『石の花』の生成。はい、あげる」

 ぺきん、と二郎に手折られた。
柱に残った茎の一部はひゅるひゅると引っ込み、元通りに柱に収まった。
 シャマードの方はと言うと、二郎に渡された手元の花を弄んでいる。
コンクリートの色と感触を持ってはいるが、その形はどう見ても自然にあるような花。葉脈まで再現されている。
「…信用、してくれたか?」
「元々B・T・B使えば嘘は見抜ける。そっちこそ、いいの?」
「お前さんも、嘘ついてるように見えないしな。何だったら汗をなめさせて…待てまてマテ冗談冗談」

  こうして、二人の夜は更けていく。

  熱き鼓動と東洋の花。

  静かな時が、静かに過ぎる。

101 丸耳達のビート Another One:2004/04/25(日) 18:46


  最初に出会った頃の彼を、私は『変な奴』と感じた。


(…アノ少女デス。コチラニ興味ヲ)
(了解)
「…はいーいらっしゃーい。キレイなキレイな石のお花だよー。
 お祭り限定だよー。ここでしか買えないよー。
 ちょっとそこのお嬢ちゃーん。見てって見てってー」
「んとね、あのね…」
「あららー、足りないの?しょうがないなぁ、オマケしてやろう」
「ありがと、おにーちゃん」
「まいどー」
(しかし燃費が良いってのは便利だなー。本体じゃない奴の心音エネルギーだけで活動できるとはね)
(御主人様ハ出歩ケマセン カラネ。…シカシ二郎様、商売上手デスネ)
(なーに、元手はタダだし、お前さんの能力で欲しがってる奴が判るからねー)
(ア、アノ少年モ欲シガッテマス)
「了解…はい、いらっしゃーい。石のお花だよー、キレイだよー」


  『波紋使い』だというのに、『吸血鬼』である私の主人に微塵も敵意を抱かなかった。


「シャマードー。醤油取ってー。その黒いのー」
「…二郎…?食卓にあるコレは何?」
「…マサカ食ベル物デハ無イ デショウナ…?」
「日本文化『トロロ汁』!旨いぞー」
「やだ。こんなドロドロネバネバした白い半液体なんて」
「よし、その言葉で思いついた。フランクフルトにかけて食べて…」
「変態デスカ貴方ハ」
「何を言う。ハーレー祭りじゃバナナにコーティングしたチョコをどれだけ早く舐められるかと言う競技が…」
「あってたまるかこのサノバビッチ!」


  下ネタが好きな人間だったが、一度も私の主人をどうこうしようとはしなかった。


「シャマードが風呂に入ってる時…窓の隙間に目を近づけるのは」
「イケナイ事デス」
「うぇあっ!」
「アア、御心配ナク。私ハ自立型ナノデ、マダバレテハ オリマセン。…ナノデ、バレル前ニ オ止メ下サイ」
「止めるなB・T・B!男性型ならお前もわかるだろ?男の性ッ!」
「…ト言ワレ マシテモ、私ニ下半身ハ アリマセンシ…」
「全部聞こえてるよー」
「………………………」「ゴ愁傷様、ト言ワセテ頂キマス」


  …まあ、吸血鬼相手にそんな事する程無茶苦茶では無かっただけなのかもしれないが。

102丸耳達のビート Another One:2004/04/25(日) 18:48



「ねえ」
「ん?」
「…やっぱ、何でもない」
「ん…?そうかい」


  彼に拾われてから、一月が経った。
  いつからだっただろうか、私の主人が彼に惹かれ始めていたのは。
  暖かい食事をくれる。傍らにいてくれる。味方になってくれる。
  そんな暮らしがいつまでも続くと思ってしまった。
  彼女は、自分が人間でいられると考えてしまった。
  それが愚かな考えであるなど、言う事ができなかった。


彼が裏切らない保証など、存在しなかったのに。

それなのに、彼女は疑わなかった。

だから、私はいつも代わりに彼を疑っていた。

だから、アパートの周辺に『殺気』のビートが集中していても、あまり驚きはしなかった。



   一九八四年 四月九日 午後十一時三十分

   天候・晴れ 気温・十一度


           ソウルイーター
「狙撃班…ギコだ。『魂喰い』は補足しているな?」
『あいよー。スコープのど真ん中』
無線越しのざらついた声に頷き、腰の拳銃に手をやる。
三八口径純銀弾…これならば、吸血鬼の肉体にもダメージが与えられる。
安全装置を解除、スライドを引いて初段を装填。
後ろに控える数人の男達に目配せを交わし、口の中だけで呟く。
 デューン
「『砂丘』」
「う゛あ゙あ゙……」
ゆらりと、ギコのスタンドが姿を現した。
石色の肌をした、女性型のスタンド。
服はまとっておらず、体中をベルトのような物で隙間なく拘束された上に顔面には猿轡と目隠しがされている。
「う゛ぅーうぅう゛…」
猿轡の隙間から、僅かに声が漏れた。
拘束具に全身を絡め取られた女性の髪を優しく撫で、無線に一言呟いた。

「撃て」


  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

103丸耳達のビート Another One:2004/04/25(日) 18:52
                                ∧∧
                            o、_,o (゚Д゚#) 観念しろこの吸血鬼!
       ∩_∩                 o○o⊇⊂ |__
      (;´Д`) 追いかけて来るなー!  /___/| /  丿 |o
      ⊂    つ               γ,-/| |UU'//耳
          と_人. 〈                | |(),|_| | |/二)
           \,)               ゝ_ノ ̄ ̄ ̄ゝ_ノ


ルナ・シャマード・ミュンツァー

ギコに追われる吸血鬼の女性。モナー族。
血も吸わなくていいし太陽も平気。二郎に拾われる。
スタンドB・T・Bを使用し、人間社会に紛れ込む珍しいタイプ。
B・T・Bの助けを借りているものの、吸血鬼の本能を押さえ込んでいるのは自分の意志によるもの。
本編で、「マルミミの両親は両方丸耳モナー」と言ってしまったのを思いだし大後悔。
名前の区別ができないッ!_| ̄|●
しょうがないので、不本意ながら固有名を名乗らせる事に。
ちなみに、シャマードが名前でミュンツァーが名字。
『ルナ』は…ミドルネームのようなものと思ってください。
            コード ソウルイーター
SPM危険度評価C・呼称・『魂喰い』


ギース・コリオラン

SPMの幹部。米国人。二郎とは多少の面識あり。
吸血鬼を憎んでいる。通称ギコ。
ゾンビを増やさないかぎりSPMは吸血鬼に対して基本的に野放しだが、その方針に反対している。
そのため、シャマードを追うのはあくまで自分の独断。
             コード  マリア
SPM危険度評価D 呼称:『聖母』

104丸耳達のビート Another One:2004/04/25(日) 18:54
   (・∀・) 本文中に出てきた『ハーレー祭り』。
       読んで字の如く、ハーレー大好きな人たちが集まるお祭りです。
       JOJO立ちのような物ですね。


        │ あってたまるかと言われてましたが、
        │ 『チョコバナナ舐め』は実在します。
        └─┬─────────y───────
            │チョコバナナのチョコをどれだけ早く
            │舐め取れるか、と言う競技で、手は後ろに回すのがルール。
            │キャー、ヒワイー!
            └y───────────────────



               ∩_∩    ∩ ∩
              (*∩∀) 旦 (ー` )
              / ============= ヽ
             (丶 ※※※ ∧∧※ゞノ,)
               ~~~~~~~~~(゚ー゚*)~~~~~~
                     ∪ ∪
               ____Λ__________

               ちなみに当然ですが、女性限定。
                 男がやったら暴動が起きます。               


      
     マルミミ君ナラ カワイイ カラ OKデチヨ    ∩_∩
        ∧,,∧  ∧_∧          (´Д` ;) ヒィィィィィッ
        ミ,, ∀ ミ (,, ∀ )          (  つつ 
        ミu甘u@(u甘u)        ( ̄__)__)

ぎゃあふさたんたちはマルミミ君の涅槃にスッウィートなチョコを塗りたくった黒い巨塔を

105丸耳達のビート Another One:2004/04/25(日) 18:56
 〜普通に喋る自作自演のSPM講座〜

┌────────────―――――――
│ 作中でたびたび出てくる『SPM危険度評価』
│ ちょっと説明させて頂きます。
 \_   _____
     |/      
━━━━━━━━━━━━━━━

  『危険度』って何じゃい

(・∀・)/━━━━━━━━━━━
  ┳ 
  ┃
  ┃
  ┻  
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  

┌────────────―――――――――――――――――――
│ SPM財団では、発見したスタンドをいろいろとカテゴリー分けしています。
│ その一つが、五段階の『危険度』です。
 \_   ______________
     |/      
━━━━━━━━━━━━━━━

 A〜Eまでの五段階。
 あくまで目安。
 危険度が高い=強い ではない。

(・∀・)/━━━━━━━━━━━
  ┳ 
  ┃
  ┃
  ┻  
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|

106丸耳達のビート Another One:2004/04/25(日) 18:57
┌────────────――――――――――――
│ 基準となるのは、『どれだけ犯罪に向いているか』です。
│ 本体の性格も加味されます。
 \_   ____________________
     |/      
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 A−町一つを滅ぼせる能力と、危険な思想を持つ
 B−実際に多数の犯罪を行っている
    もしくは、危険な能力を持っている
 C−証拠を残さず人が殺せる
 D−人殺しに向かないが、ちょっとした犯罪が可能
 E−せいぜい覗き程度。プロの空き巣の方がよっぽど怖い

     ※何度も言うけど、あくまで目安。例外もたくさん。

(・∀・)/━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  ┳ 
  ┃
  ┃
  ┻  
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|

107丸耳達のビート Another One:2004/04/25(日) 18:59

┌────────────―――――――――――――――――――
│ ついでに、<兵士>と<仲介人>の違いを。
│ 私やフサ、『チーフ』が<兵士>、茂名さんやマルミミ君が<仲介人>です。
 \_   ____________________________
     |/ 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  ソルジャー
 <兵士>…SPMの構成員。スタンド犯罪者の捕縛が主な仕事。
       毎月給料を貰っている。
       戦闘は断ってもいいが、違約金を払う義務がある。
       特権が多いが、資格取得条件が厳しい。

  エージェント
 <仲介人>…一般人。情報収集・<兵士>のサポートが主な仕事。
        新しいスタンド使いをSPMに登録させたり、
        情報や援助をSPMへ提供してやると
        いくらかの報酬がもらえるシステム。
        たまに戦闘要請が来るが、断ってもペナルティ無。
        束縛も少なく、信用か能力があれば簡単に入れる。

 スタンド使いだけでなく、一般人も多い。
 どちらも、SPMがスポンサーをやっている宿泊施設、
 もしくは交通機関が無料で使える等の特典が。

 ※この設定は『丸耳達のビート』独自の物です。
 流用しようが無視しようがどちらでもどうぞ。


(・∀・)/━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  ┳ 
  ┃
  ┃
  ┻  
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|

108ブック:2004/04/26(月) 01:37
     救い無き世界
     第七十六話・終結 〜その一〜


 …後悔は無い。
 今日この場に至るまでの人生の道程に、後悔はしていない。
 正しい事ばかりではなかったかもしれない。
 楽しい事ばかりではなかったかもしれない。
 間違った事だらけだったのかもしれない。
 だけど、それでも私は後悔していない。
 私は、これまでの人生を、
 闘ってきた事を、
 守ってきた事を、
 負けてしまった事を、
 逃げ出してしまった事を、
 SSSで、皆に逢えた事を、
 心の底から誇りに思っている。
 だから、ここまで来れた。
 だから、ここで闘える。
 皆が、私を今日この場に立たせてくれているんだ。
 だから、私は、
 ここで命が尽きる事になっても、後悔は、無い。



 私は扉をゆっくりと押し開けた。
 何も無い、殺風景な広い部屋の奥に、
 『矢の男』は静かに椅子に座っていた。

「お待ちかねみたいだな、ゴルァ。」
 ギコえもんが『矢の男』を見据えて言った。

 私はいつ戦闘が始まってもいいように、
 先程みぃ君にくっつけて貰ったばかりの右足の状態を確かめた。
 …多少痛むが、闘う分には問題無い。
 切り口がきれいだったのが、幸いしたようだ。

「…ここに来た、という事は……
 モララエルもトラギコも、敗れてしまったのですね。」
 『矢の男』が座ったままで答える。
 渦。
 奴の周囲に渦巻く膨大な渦。
 しかし、それだけの威圧感にも関わらず、周囲は不気味な位の静寂に包まれている。

「…残っているのは、お前だけかょぅ。」
 私は『矢の男』に尋ねた。
「ええ、そうですよ。」
 『矢の男』が眠そうな目で答えた。
 周囲には私達以外の人の気配は無い。
 おそらく、こいつの言っている事は本当だろう。

「それなら大人しく観念なさい。
 一人じゃ何も出来ないでしょう。」
 ふさしぃが『キングスナイト』の剣の切っ先を『矢の男』に向けた。

「…観念する?
 ふ…ははははは。それは遅かったですね。
 もはや、私の能力は完成した。」
 『矢の男』のすぐ傍に、分厚い辞典のような本と、
 光り輝く翼を持った男のようなビジョンが浮かび上がった。

109ブック:2004/04/26(月) 01:37



「我が銘称(な)を呼べよ。
 我が業(な)を呼べよ。
 我が概念(な)を呼べよ。」

「我を信奉(もと)めよ。
 我を切望(もと)めよ。
 我を懇願(もと)めよ。」

「我を自覚(し)れよ。
 我を直感(し)れよ。
 我を盲信(し)れよ。」

「我は『段落の頭』。
 我は『始めの一文字』。
 我は『鉤括弧開く』。
 我は『A』。
 我は『α』。
 我は『あ』。
 我は『広がる空』。
 我は『天のさらに向こう』。
 我は『果て無き世界』。」

「我は我が我こそが、
 幾千万の希望により、魂を現世に賜りし我こそが、
 『矢』により、肉を現世に賜りし我こそが、
 『無限の使者』、『可能性の権化』、『誕生の化身』、
 ―――『アクトレイザー』。」

110ブック:2004/04/26(月) 01:38



「……!!」
 ただ、それがそこにいるというだけで、
 意識ごと持って行かれそうな絶対的存在感。
 これが、『神』の力とでもいうのか…!

「…そういえば、『デビルワールド』はどうしたのです?
 この近くに居るのは感じていますが、どこに隠れているのですか?」
 『矢の男』が不思議そうな顔をして聞いてきた。

「手前に教える必要は無いモナ!!」
 小耳モナーが叫んだ。
 その横で、『ファング・オブ・アルナム』が低く唸る。

「そうですか。
 いや、それは残念だ。
 今すぐにでも逢いたいというのに…」
 『矢の男』が肩をすくめた。

「手前は…
 神になって何をしようっていうんだ?」
 と、ギコえもんが『矢の男』に言った。

「中々鋭い事を聞いてくれる!
 そう、問題はそれなんですよ!!」
 『矢の男』が目を輝かせながら答えた。

「…何?」
 私はそう聞き返せずにはいられなかった。

「私はねぇ、ずっと『神』をどうやって降臨させようか、そればかり考えていたんですよ。
 その為に四方八方あらゆる手を尽くしました。
 しかし、『神』を実際降臨させてみて、ある重大な事に気づいてしまったんです。
 『神』は降臨した。
 で、それからどうすればいい?」
 『矢の男』は身振り手振りを添えながら演説するように喋る。

「全く笑えない話です。
 『神の降臨』という手段が、いつの間にか目的にすりかわっていたのですからね。」
 『矢の男』が自嘲気味な笑みを浮かべた。

「…というわけで、あなた達も『神』になったからには何をすべきなのか、
 私と一緒に考えてはくれませんか?
 あのモララエルやモナエル達を退けた力の持ち主だ。
 必ずや私の役に立ってくれる筈です。
 望むものならば、何だって与えてあげますよ?」
 『矢の男』が冗談とも本心とも取れない口調で私達に言った。

「…お前は、そんな事で……」
 私は拳をわなわなと振るわせた。
「そんな事で、何人もの人の命を奪ったのかああああぁ!!!」
 私は怒りを抑え切れなかった。

 『神』になったはいいが、何をすればいいのか分からない!?
 何だ、それは。
 貴様はその程度の考えで、
 何の意思も意志も信念も信条も思想も理想も理由も目的も持たないまま、
 ただ『神』を降臨させたいというだけで、
 永きに亘って人々を犠牲にしてきたというのか!?
 許さない。
 絶対に許さない。
 これでは、そんなチンケな理由で死んでいった人々が浮かばれない…!!

111ブック:2004/04/26(月) 01:39

「行くぞ!ぃょぅ、ふさしぃ、小耳モナー!!
 こいつはここで殺す!!!」
 ギコえもんがスタンドを発動させて、『矢の男』に飛びかかった。
 我々も、同様にそれに続く。

「『マイティボンジャック』!!」
 ギコえもんが『矢の男』に殴りかかる。
 しかし、『矢の男』は椅子から動こうともしない。
「『アクトレイザー』。」
 『矢の男』のスタンドが、ギコえもんのパンチを片手で受け止めた。
 そして、そのまま無造作に押し返す。
「!!!!!!」
 ギコえもんが、ただそれだけで遥か後方へ吹っ飛んだ。

「この…!」
 ふさしぃがその隙に横から斬りかかる。
 しかし、その瞬間『矢の男』の姿は掻き消えた。
「なっ!?」
 驚愕するふさしぃ。
 その背後から、いつのまにかふさしぃの後ろに回った『矢の男』が腕を振り下ろす。

「『ファング・オブ・アルナム』!!」
 『アルナム』が『矢の男』に襲い掛かり、ふさしぃへの攻撃を止めた。

「『ザナドゥ』!!」
 そこに生まれる一瞬の隙。
 これ以上無い程の突風を『矢の男』にぶつける。
 体勢を崩す『矢の男』。

 いける。
 確かに『矢の男』とそのスタンドのパワーとスピードは驚異的だ。
 しかし、全く対処が不可能という程ではない。
 一対一ならともかく、人数で押し切れば倒せる…!

「…それで、『次にふさしぃが後ろから私を斬りつけるのをかわした所に、
 下の階に隠れていた『デビルワールド』が襲い掛かってくる』訳ですね。」
 …!?
 なんだって…!?
 今、こいつ何を―――

「余所見している暇は無いわよ!!」
 『矢の男』の言葉通り、ふさしぃが背後から『矢の男』に斬りかかった。
「待て、ふさしぃ!!
 何かがヤバぃょぅ!!!」
 しかし私の制止も時既に遅く、ふさしぃはそのまま『矢の男』を斬り裂こうとした。
 苦も無い様子でそれをかわす『矢の男』。
 その瞬間、『矢の男』の足元に罅が入り…



     ・     ・     ・



 俺の中に潜む『デビルワールド』からの感覚を頼りに、
 俺は下の階から『矢の男』の位置を探って真下から奇襲をかけた。
 床を突き破って上階に飛び出すと、『矢の男』の姿が眼前に出てくる。
 貰った。
 このタイミングでならかわせまい。
 防御した所で、大ダメージを…

「!!!!!!!!」
 しかし、俺の腕は空しく『矢の男』をすり抜けた。
 馬鹿な。
 どういう事だ!?
 こいつは間違いなく、この場所にいる筈だ。
 『デビルワールド』も奴の存在を認識している筈なのに、
 何故、何でパンチが当たらなかった!?

「本当は『私はここであなたに殺される』筈だったのですが、
 その事象は書き換えさせて貰いました。」
 『矢の男』が呟く。

「…the world is mine.(かくて世界は我が手の中に)」



     TO BE CONTINUED…

112ブック:2004/04/27(火) 02:18
     救い無き世界
     第七十七話・終結 〜その二〜


「…事象を、書き換えた……?」
 ぃょぅが訳が分からないといった顔で口を開く。

「……!!」
 俺は怯まず『矢の男』に向かって左腕を薙ぎ払った。
 しかし、やはりその腕も『矢の男』を空しくすり抜ける。

「そう、その攻撃で私の左脇腹の骨が五本粉砕される。
 しかし、その結果も書き換えている。」
 でたらめを言うな!
 それならもう一度…

「そして逆上したあなたは、続いて右のハイキックを私のこめかみに。」
 その通りだった。
 『矢の男』の言葉をそのままトレースするように、
 俺は『矢の男』に右の上段蹴りを放つ。
 またもやすり抜けてしまう攻撃。

「それを喰らった私の頭蓋は陥没、植物人間になって再起不能。
 だがその結果も書き換えている以上起こり得ません。」
 『矢の男』が微笑みながら呟いた。

「そして私の背後から『ファング・オブ・アルナム』が襲い掛かり、
 私の頚動脈を喰い千切る。しかしそれも無駄。」
 後ろから密かに接近していた『ファング・オブ・アルナム』が
 『矢の男』に飛び掛かった。
 しかし、やはり『矢の男』には傷一つつけられなかった。

「……!!」
 俺達の間に戦慄が走る。
 何だ。
 何なんだ、これは。
 単純にパワーとかスピードとか、
 強いとか弱いといった問題じゃ無い。
 「何をされているのか」すら分からない。
 まるで、俺達が何をしようと釈迦の手の平の上で玩ばれているだけのような…
 そんな絶対的な何かだ…!

「そして我が『アクトレイザー』は、『デビルワールド』の左腕を断ち切る。」
 『矢の男』のスタンドが俺に向かって腕を振り上げた。
 何の心算だ!?
 フェイントもタイミングも糞も無い、無造作過ぎる攻撃動作。
 そのまま腕を振り下ろして、俺の左腕を両断する気なのか?

 気でも違ったか!?
 いくら攻撃速度が速かろうと、
 あれだけ大きく振りかぶったら何をするのかバレバレだ。
 そんなものを避けるのは児戯にも等しい。

 ほら、来たぞ。
 見え見えだ。
 少しバックステップすれば、簡単に―――

113ブック:2004/04/27(火) 02:19


「!!!!!!!!!!」
 直後、俺の左腕は『矢の男』の予言通りに切断された。

「……!!」
 急いで後ろに跳躍し、『矢の男』から距離を取る。
 馬鹿な!
 どういう事だ!?
 俺は確かに、あの攻撃を避けようとした。
 いや、『実際避けた』。
 なのに、何で俺の腕がちょん切られているんだ!?

「どうしました?
 今のは簡単に避けられる筈だったのではありませんか?」
 『矢の男』が皮肉気に言う。

「……!!」
 俺は『矢の男』を睨み返した。
 畜生が…!
 だが、どうやってあの攻撃を俺に当てたんだ?
 糞。
 取り敢えず斬られた左腕を再生して…

「……!?」
 左腕が、再生しない!?
 何故だ。
 一体、俺の体に何が起こっている!?

「左腕は再生しませんよ。
 そういう風に書いておきましたから。」
 『矢の男』が俺を嘲るような目で見据える。
 「そういう風に書いておいた」?
 こいつ、何を言って…

「でぃ君!!」
 ぃょぅ達が駆け寄ってくる。
 来るな、お前ら。
 こんな事は言いたくないけど、こいつはお前らの手に負える相手じゃない。
 いや、同じ盤上の勝負ですらない。
 感覚で分かる。
 こいつは、比喩でなく高次元に存在している『神』同然だ…!

「傷ついた者を労わる。実に美しい光景です。
 しかしあなた方、自分が何に助力しているのか気づいているのですか?」
 『矢の男』がぃょぅ達を見据えた。
「…何ですって?」
 ふさしぃが『矢の男』に聞き返す。

「言葉通りの意味ですよ。
 そのでぃが、一体どれ程の『化け物』だか分かっているのですか?」
 『矢の男』が薄笑いを浮かべながら言う。
「それは、どういう…」
 小耳モナーがそう尋ねようとする。

「おやおや、本当は気づいているんでしょう?
 そのでぃの中に潜む『デビルワールド』の恐ろしさに。」
 『矢の男』が見下すような視線を俺に向けた。

「私も『神』の降臨の為に幾人もの人々を犠牲にしてきましたが、
 そんなものこの『デビルワールド』の目的にしてみれば
 足の小指の爪先に溜まっている垢みたいなものです。
 この『悪魔』はそれほどまでに危険な存在なのですよ。
 世界の敵と言っても過言ではない。
 それは、近くにいたあなた方が一番よく知っているのではないですか?」
 『矢の男』が再びぃょぅ達に視線を移す。

「誓ってもいい。
 ここで私が倒されるよりも、その『化け物』を生かしておいた方が
 余程世界を傷つける。」
 まるでお告げを下すように、『矢の男』はぃょぅ達に語りかけた。

「ここまで言えば、私が何を言いたいのかはもうお分かりですね。
 今からでも遅くありません。
 私に協力しなさい。
 そして、世界の為にもその『化け物』を共に打ち倒すのです。
 そうか。
 今、分かりました。
 それこそが、『神』を降臨させる意味だったのです。」
 『矢の男』のスタンドから、後光のような光が差す。
「―――!!」
 ぃょぅ達がそれを受けて引き下がり、俺の方を向いた。

 …そうさ。
 奴の言う通りだ。
 俺は、ここに居るというだけで世界を危険に晒している。
 ここでぃょぅ達と肩を並べる事すらおこがましい『化け物』なんだ。
 俺は、
 俺は、
 俺は正真正銘の『化け物』―――

114ブック:2004/04/27(火) 02:19



「でぃさんは『化け物』なんかじゃありません!!」

 その時、部屋の中に一つの叫びが飛び込んできた。
 その場の視線が、一斉にその声の場所へと集中する。

「みぃちゃん…!」
 ふさしぃが驚いた顔で呟いた。

 あの馬鹿。
 危ないから来るなと、あれ程念を押していた筈だのに…!

「これは異な事を言うお嬢さんだ。
 あなたには、こんなおぞましい姿の男が『化け物』ではないとでも?」
 『矢の男』が俺を指差した。

「…そうです、でぃさんは『化け物』なんかじゃありません。
 傷つく事に臆病で、外の世界を恐れて、自分の力に悩んで、人を信じられなくて、
 …それでも、それでも誰かの為に悩み、傷つき、闘う事の出来る人間です!!」
 みぃが『矢の男』に向かって一歩進み出た。
「私はそれをずっと傍で見てきました!
 そんなこの人をずっと信じてきました!
 もしそれでもでぃさんが『化け物』だと言うのなら、
 私一人で世界の全てを敵に回しても、
 でぃさんを人間だと言い続ける…!!」

「……!」
 俺の視界が水の中にいるみたいにぼやけた。
 何で、こいつは、
 こいつは、そこまでして、俺なんかを…

「…一人じゃなくて、二人だぜゴルァ。」
 と、いつの間にか吹き飛ばされた所から戻ってきたギコえもんが、
 みぃの肩に手をおいた。

「二人じゃなくて三人だモナー。」
 小耳モナーが笑顔を浮かべながらギコえもんの横に立つ。

「さっきあなたは『デビルワールド』に比べれば自分はまだまし、
 みたいな事を言っていたけれど、
 だからと言ってあなたのやって来た事が帳消しにはなりはしないわ。
 論点のすり替えもいい所ね。」
 ふさしぃが『矢の男』をキッと見据えて言い放った。

「すまなぃょぅ、でぃ君。
 一瞬でも『矢の男』の口車に乗って、君を疑ってしまったょぅ。」
 ぃょぅが俺に軽く頭を下げて謝った。

 …馬鹿だよ、お前ら。
 何で、何でそんなに俺の事を信用出来る。
 どうしようも無い程の『化け物』のこの俺を…!


「つーわけで、さっきの手前の申し出だが、謹んで辞退させて貰うぜ。」
 ギコえもんが『マイティボンジャック』を発動させ、
 『矢の男』の前に立ちはだかる。

「…愚かな。
 あなた達は『デビルワールド』に世界を蹂躙されても構わないというのですか?」
 『矢の男』が哀れむような目でぃょぅ達を見つめる。

「それならあなたを倒した後に『デビルワールド』を倒せば済む話だわ。
 勿論、でぃ君を傷つけずにね。」
 ふさしぃが当然のように言い切った。

「そんな事が本当に出来るとでも?」
 『矢の男』が嘲笑する。
「ああ…出来るモナ。
 モナ達が誰だか分かっているモナか?
 天下無双の特務A班モナよ!!」
 小耳モナーが気持ちいい位の笑みを浮かべながら大見得を切った。

「お前は倒す。
 でぃ君の中の『デビルワールド』も倒す。
 それで、全てに決着をつけてやるょぅ!
 でぃ君は、決して『デビルワールド』なんかに負けたりしなぃょぅ!!」
 ぃょぅが『ザナドゥ』を発動させた。
 強風が、部屋の中に吹き荒れる。

「…やれやれ。どうやらこれ以上の議論は無駄のようだ。
 ならば、あなた達には『デビルワールド』諸共消えて貰おう…!」
 『矢の男』がゆっくりと俺達に向かってくる。
 圧倒されてしまいそうな程のプレッシャー。
 ぃょぅ達はそれを真正面から受けても、なお歯を喰いしばりながら踏みとどまる。

115ブック:2004/04/27(火) 02:20


「…下がってろ、皆。」
 俺は皆の前に歩み出た。
「…!でぃ君、声が…」
 ぃょぅが後ろから俺に声をかけた。
 喉元をスタンド化させ、イカレた声帯を修復させた。
 これで、一応は声を出す事が出来る。

「…こいつは、俺が倒す。
 いや、俺の『デビルワールド』でないと倒せない。
 倒せるのは、こいつの言う『化け物』である俺だけだ…!」
 食わせる。
 『デビルワールド』に、俺の全てを。
 俺の心の中にある俺の居場所が失われ、漆黒の虚無だけが俺の心を埋め尽くした。
 それと同時に再生していく左腕。

「…これは驚いた。
 絶対に再生しないように『書いておいた』筈なのに。
 流石は『デビルワールド』、『最果ての使者』。」
 『矢の男』が感心したように呟いた。

「…御託はそれだけか。
 そうでないなら今の内に好きなだけ喋っておけ。
 それがお前の最後の言葉になる。」
 俺と『矢の男』の視線が一直線に重なり合う。
 その空間だけが、まるで異界のように歪んだようだった。

「でぃさん…!」
 みぃの声が聞こえる。
 悪いな、みぃ。
 さっき必死に弁護してくれたけど、
 こいつの言う通り俺は単なる『化け物』だ。
 どうしようも無い位の『化け物』なんだ。
 そして、今から俺は完全に『化け物』に成り果てる。
 多分、もう帰って来れない。

「…ぃょぅさん、ふさしぃさん、小耳モナーさん、ギコえもんさん。
 俺が闘っている間、みぃを守ってやって下さい。」
 ぃょぅ達にそうお願いする。
 自分勝手なお願いだが、最後の我侭という事で我慢して貰おう。

「でぃ君…!」
 ぃょぅが俺を引きとめようする。
 ごめんなさいぃょぅさん。
 最後まで迷惑をかけてしまって。
 みぃの事、よろしくお願いします。
 俺が居なくなった後、あなた達だけが頼りなのだから。

「でぃさん!!」
 みぃが泣きそうな顔で叫んだ。

 …そうだ。
 探さなきゃ。
 こいつに言える、俺からの最後の言葉を探さなきゃ。
 今まで言えなかった事、言いたかった事、
 一つの形にして伝えなきゃ。
 最後に、あいつに伝えなきゃ…



「―――ありがとう。」

116ブック:2004/04/27(火) 02:20



     ・     ・     ・


「我が名称(な)を呼べよ。
 我が力(な)を呼べよ。
 我が存在(な)を呼べよ。」

「我を欲求(もと)めよ。
 我を渇望(もと)めよ。
 我を飢餓(もと)めよ。」

「我を視覚(し)れよ。
 我を知覚(し)れよ。
 我を認識(し)れよ。」

「我は『句読点の丸』。
 我は『ピリオド』。
 我は『鉤括弧閉じる』。
 我は『Z』。
 我は『Ω』。
 我は『ん』。
 我は『地平線』。
 我は『深遠の底』。
 我は『世界の果て』。」

「我は我が我こそが、
 幾千万の怨念により、魂を現世に賜りし我こそが、
 『矢』により、肉を現世に賜りし我こそが、
 『最果ての使者』、『虚無の権化』、『終焉の化身』、
 ―――『デビルワールド』。」



 …出てこれた。
 ようやく、ようやく私は出てこれた。
 永い、永い時間だった。
 とても永い時間だった。

 だが、最早私を繋ぎ止めるものは無い。
 今まではあのでぃ自身が絶対者である、奴の『内的宇宙』『心象世界』に居た為に
 この力存分に振るう事は叶わなかったが、
 今や立場は完全に逆転した。
 奴は完全に私に取り込まれた…!

「くく、くくく、
 くははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
 はははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
 はははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!」
 笑う。
 高らかに笑う。
 笑っても笑っても、どんどん体の奥底から笑いが込み上げてきて止まらない。

 ついに、ついにこの刻が来た…!
 見ていろ。
 世界の有象無象よ、森羅万象よ。
 今この刻より、私が貴様等に、
 恐怖と絶望と苦悩と憤怒と怨恨と絶望と焦燥と悲観と悲哀と淀みと穢れと
 不幸と死と痛みと邪悪と絶叫と戦慄と魔性と疫病と厄災と悪疫と煉獄と
 それら全ての行き着く先、
 絶対たる終焉をばら撒いてくれる!!!!!

「……」
 向こうから『無限の使者(アクトレイザー)』が私に近づいてくる。
 そうだった。
 先ずはあれを『終わらせて』やらねば。

「…the world is mine.(そして世界は我が手に落ちる)」



     TO BE CONTINUED…

117 丸耳達のビート Another One:2004/04/27(火) 23:32



いち、にー、三、四五…六人。


 B・T・Bの心拍ソナーに反応する、『敵意』と『緊張』のビート。
まとまりの無かった思考を、一つにまとめていく。

(御主人様…!)

(んー…何でばれちゃったかな?)

(決まっているでしょう!彼が…二郎様が密告を!)

(けど、変でしょ?B・T・Bの『心拍感知』でも、二郎の鼓動に嘘は無かったんだよ?)

(しかし、他には考えられません。この一ヶ月間出歩いてはいませんし、盗聴の気配もありませんでした。
 そもそも、『心拍感知』とて絶対誤魔化せないような物では無いのですよ?)

(…二郎は、ちゃんと私達の信用に答えてくれるよ。B・T・Bだって言ったでしょ?裏切る事などあり得ない、って)

(あの時と今とは違います。人間は心変わりをする者…失礼ながら、私には信用できません。
 彼は波紋使いですし、付き合いも短い。信用を置くには足りないように感じます)

(じゃ、賭けようか)

(はい…!?)



「ね、二郎…」
「ん?」
 ぽん、と二郎の胸に、掌を置いた。
「信用してるから、ね」
「…んん…?」
 不思議そうな顔をして、二郎が首を傾げた。
演技と言えばそうも見えるし、本気と言えばそうも見える。
「信用…?何のこ」「ぅおりゃっ!」
 皆まで言わせず、二郎の胸に置いた手をシャツごと握りしめた。
そのまま胸ぐらを掴む形で、ベッドの下へと放り込む。
「わっ!?」

  パギャァンッ!

 まず聞こえたのはガラスの割れる、硬質な音。
同時に、シャマードがもんどり打って倒れた。

  ―――ァァァン―――

 次に、少し遅れての銃声。
音速を超えた弾丸…ライフルによる狙撃。

118丸耳達のビート Another One:2004/04/27(火) 23:34
 イェア
『Yearー!命中!』
「了解。…総員、突入!」
 ギコの声に、後ろに控えた兵士達がドアを蹴破り、
「ノックにしちゃ乱暴だね」

 何事もなかったかのように立ちふさがるシャマードに出くわし、硬直した。

「九六七メートル…残念でした」
 ころん、とシャマードの手の中から、ひしゃげた弾頭が転げ落ちた。
「次は三〇〇〇メートル以上から当てることだね」
 呆気にとられる戦闘の兵士の胸板に、ほどよく手加減した蹴りが吸い込まれる。
狭い玄関では、必然的に一列に並ばなくてはならない。
 蹴り飛ばされた兵士が後ろの者にぶつかり、「え、うわっ」
更にその後ろを巻き込んで、「ちょっ、え、わ」
一塊りにアパートの階段を「あああぁぁぁぁ…」転げ落ちた。

(いや…まだ!)
 ととっ、と軽い足音をたてて、転がる兵士達の頭を踏みつけながらギコが二郎の部屋に飛び込んできた。
夜の吸血鬼に正面から向かっていく事など、正気の沙汰ではない。
 リィィィィィッ
「Ryyyyyy!」
 甲高い声を上げて、変質した右腕を構える。
スタンドは生命エネルギーの固まり。命を喰らう吸血鬼の腕ならば、無傷のままで無力化できる。
どんな能力を持っていようと関係ない。胸のど真ん中に爪を突き立て、吸う。それだけでいい。
 シャマードが跳ぶ。重力を感じさせない動きで床を壁を天井を跳ね回り、スタンドの心臓目掛けて右腕を突き出した。

  ―――――胸部・解放。

 スタンドの体中を覆っていたベルトが、胸の部分だけばしりと外れる。
それを見て、二郎の顔色が変わった。
 かまわず腕を突き出そうとするシャマードに、二郎が『スタンド』の声で叫んだ。
『触るな!』
「っっっっっとぉ !!」
 なんだか判らないがとりあえず、慌てて抜き手に構えた右手を引っ込めながら方向転換。
床の上をくるりと一回転しながら、再び間合いを取る。
「胸部、再封印。左腕部・両脚部、解放―――良い反応だ」
 ち、とギコの口から漏れる小さな舌打ち。
彼の呟きに反応して、スタンドを覆うベルトが蠢いた。
 むき出しになった胸を再び隠し、背中に拘束されていた左腕と両足が解放される。
                       デューン
「知られても構わないから教えるが…『砂丘』の能力は強い。ほぼ一撃必殺だな」
 だだっ、と解放された両足で『デューン』が走った。
戦法も何もない獣の構えで、左の掌を打ち下ろす。
「うわっ!」
 シャマードの反応は早い。逆に『デューン』の方へと走り、床を転がって掌をやり過ごす。
空振ったデューンが数歩たたらを踏み、アパートの壁に手をつき…

  ざあっ。

 …手を触れた部分の壁が、灰色の砂に分解された。
「能力は簡単。『物質の風化』だ」

119丸耳達のビート Another One:2004/04/27(火) 23:40

「…だったら触らないっ!」
 手近にあったビール瓶を拾い上げ、振りかぶって投げつける。
大リーガー並の速度で投げ放たれたビール瓶が回転しながらギコへと向かい―――

「う゛ぁあっ!」

  さっ。
                 デューン
 ―――拘束具だらけの女性に阻まれ、あえなく風化した。
「止めておけ。コイツは俺の言う事を殆ど聞かんが…
 主人が死ぬのは困るんだろうな。俺を守る事は何よりも優先する」
「…んのヤロッ!」
 軽々と鉄のベッドを持ち上げて、更に投げつける。
立ちはだかったデューンに阻まれて、全て風化してしまうがこれで良い。
 一瞬の隙をついて、窓をぶち抜いたシャマードが道路へ飛び降りた。

「追え!ニローンは拘束だ」
 てきぱきとしたギコの指示に、蹴り出されていた兵士の一人が拘束具を取り出した。
「ギコ…」
「抵抗するな、ニローン。殺したくない」
「シャマードは…違う」
「違わない。吸血鬼である限り、彼女は私の敵だ。殺さなくてはならない…連れて行け」
 二郎の言葉にも、ギコは取り合おうとしない。
拘束されたまま、両腕を捕まれてずるずると引きずられていった。



   一九八四年 四月十日 午前二時三十八分


 革製の拘束具で後ろ手を縛られ、二郎は椅子に座らされていた。
『フルール・ド・ロカイユ』は、石の花を作り出すスタンド。有機物に対しては同化できない。
 ご丁寧に、壁も床も檻も全て木製。椅子も床に固定されているので、まったく動けない。
「手錠だったら余裕で脱獄できたんだけどなー…畜生、古臭い方法を。眠れる奴隷への憧れが開花したらどうしてくれる」
「その時はその時だ。諦めろ、ニローン」
 真面目くさった彼の物言いに、二郎が溜息をついた。
「大体こんなガッチガチに縛りやがって。小便はどうするんだよ」
「朝までにはケリが付く予定だからな。悪いがそれまで我慢してろ」
「いや…別に今すぐしたいわけでも無いんだけどな」
 かすかに笑いを含んでいたギコの声色が、真面目なものへと変わった。
「…それより、何故吸血鬼などを庇い立てした?『波紋使い』であるお前が」
               オ ヤ ジ
「『波紋使い』っつっても茂名 初は何にも教えてくれなかったしな…関係ないだろ?お前さんには」
「…言っておくが、吸血鬼と人間が共存するなど無理な話だ。
 使用者をこの世に縛り付ける『石仮面』の呪い―――
 『人食い』と『不死』の呪縛にとらわれた化け物だぞ」
「アイツは違う。人も喰わないし、日光も平気だ」
「だからどうした。アイツが吸血鬼である事に代わりはない。
 奴が血を啜る可能性があるなら、その時点で奴は私の敵だ。
 …話す事はもう無い。じゃあな」
一方的に言い放つと、踵を返して牢を出て行った。


「二郎様」
 ギコの足音が消えた後、更に数分ほど経った頃。牢の中に、何者かの声が響いた。
「B・T・Bか。いつからいた?」
「オヤ、気付イテ オラレマシタカ。『信用シテルカラネ』ノ辺リカラ、鼓動ヲ借リテオリマス。
 …ソレヨリ、大事ナ事ヲ。御主人様ヲ助ケテ頂キタイノデス。…貴方ガ、裏切ッタ ノデ ナケレバ」

 数秒間ほどの沈黙。ややあって、おもむろに二郎が口を開いた。
「お前さん…俺を疑ってたのか」
 さわり、と空気が強張る。
それに感づいたのか、二郎が慌てて首を振った。
「や、悪ぃ。一歩も外出てないなら、それが一番普通の対応だしな。
 まあ、俺が本当に裏切ってたらこんなトコにいないで今頃コーヒーでも啜ってる筈…
 それにお前さんがここにいるって事は、シャマードは最初から信用してくれたんだろ?
 しかし…信用されといてこんな事言うのも何だが、何で命まで懸けて俺を信じてる?」
B・T・Bの心拍操作が無いかぎり、シャマードは只の吸血鬼。
 二郎が本当に裏切っていて、助けに来ないまま夜が明けてしまったら。
比喩でも何でもない、『命懸けの信頼』。
「マア…『何トカ ノ弱ミ』ト言ウモノ デスカネ」
「何だそりゃ。俺…何か握ってたっけ?」
 この鈍感男を何とかする方法はないものか。
一瞬そう思ったが、馬鹿に付ける薬はあいにく持ち合わせがない。
「…私ノ口カラハ言エマセン。兎モ角、ココマデ ヤルトハ私モ思イマセン デシタ」
「そうかい…助けに行く。縄、切ってくれ」
「御意」
 ぴしりと一礼すると、後ろ手の拘束具をカリカリと囓り始めた。

120丸耳達のビート Another One:2004/04/27(火) 23:41




   一九八四年 四月十日 午前三時三十三分



  雲一つ無い星空に、綺麗な満月。

  冷たく優しい、月の光。人にも吸血鬼にも、等しく降り注ぐ。


「…何故、逃げない?」
 大都市・ニューヨークにそびえるビルの一つ。
その屋上で、シャマードとギコの二人が睨み合っていた。
「賭けの途中で、ね。…私達が二郎の所にいるって、どうして判ったの?」
 小さく、ギコが肩をすくめた。                ツケ
「…奴は嘘をつける人間ではない。様子が変だったから尾行けてみればお前がいた」
「そっか。じゃ、裏切った訳じゃないんだね。賭けは私の勝ち」
「馬鹿が。人と吸血鬼が共存するなど、出来るわけが無いだろう。
 お前も吸血鬼なら知っている筈…何故そんなものを信じている?」
言い放つギコに、シャマードが微笑しながら首を横に振った。
「違うよ。破壊衝動も吸血衝動も、訓練次第で押さえ込める。
 お互いに譲歩すれば、仲良くなれる筈なんだよ。二郎だって、そう思ってる」
「…俺の恋人も…お前と同じ事を言った」
 一呼吸の間。首筋をトントンと叩きながら、言葉を続ける。
  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「太陽から顔を背けて、輸血用血液を啜りながらな。―――その彼女がある日、車に轢かれた。
 重傷だったよ。普通の人間ならとっくに死んでる傷だ。どうにか命だけは助かったんだが…
 その代償は相当大きかった」
「代償…?」
「生存本能と吸血衝動が直結してな。普段から抑えてたのが悪かったのか、病院にいた医師と患者数十名の命…
 まとめて彼女の腹の中に消えた。ゾンビがあふれて、街中はパニック。そして俺は…」

 拘束具の下で、デューンがう゛ぅ、と一声唸った。

「全員をコイツで風化させた。馴染みの医者も、よくしてくれた看護婦も、
 仲良くなってた患者も―――理性が噴き飛んだ彼女も。塵に変わって、風で散った。」
長く広がるスタンドの髪を、優しく撫ぜる。


   ―――――――全拘束・解放。


 『デューン』の体中を縛るベルトが全て弾け飛び、月の光に砂色の裸身が光った。

 一糸まとわぬ無機質な裸体は、この世のどんな兵器よりも醜く、この世のどんな彫像よりも美しく、踊る。

 戦闘型スタンド特有の、醜と美の同居。シャマードの脳裏に恐怖混じりの陶酔がちらつく。

「お前の言っている事は、吸血衝動を抑えられている者だけの理論だ。
 確かに衝動は抑える事が出来る。だが、それが外れる危険も同じ。
 甘い夢想に浸る程、俺は馬鹿な人間じゃない!お前も吸血鬼である限り…
 人喰いになる可能性がある限り、お前も俺の敵だ!」

                              ワ タ シ   ニロウ
「夢想じゃない、理想だ!たった一度の失敗で、吸血鬼と人間の未来を決めつけるな!
 衝動を抑えられる限り、私は二郎の側にいたい!」




  二人とも、心の奥底では判っている。自分の言っている事が正しくない事を。

  二人とも、心の奥底から信じている。自分の言っている事が間違いではない事を。

  何が正しいのか。

  何が正しかったのか。

  どうすればいいのか。

  どうすればよかったのか。

  知るものは、誰もいない。


 デューンが吼える。

 シャマードが叫ぶ。


 己の意志を貫かんとする二人を、満月が優しく照らしていた。




  /└────────┬┐
. <   To Be Continued... | |
  \┌────────┴┘

121丸耳達のビート Another One:2004/04/27(火) 23:43
 デューン
  砂丘

破壊力:A  スピード:A 射程距離:C(10m)
持続力:C 精密動作性:E 成長性:E

触れた物全てを風化させ、砂へ変える。
本体の命令は殆ど聞かず、細かい仕事はできない。
ただし、フィードバックがあるため『本体を守る』事だけは何よりも優先する。
体中に拘束具を付けている状態ならば、制御は可能。
ボンテージではなく、あくまでも拘束具。
変態とか言うな。

122丸耳達のビート Another One:2004/04/27(火) 23:44
        │ 予告通り、三部作で収まりませんでした。
        └─┬─────────y───────
            │こんなトコで予告通りにしてどうするの。
            │本編だって進んでないのに…
            └y───────────────────



               ∩_∩    ∩ ∩
              ( ;´д`) 旦 (ー`;)
              / ============= ヽ
             (丶 ※※※ ∧∧※ゞノ,)
               ~~~~~~~~~(゚ー^;)~~~~~~
                     ∪ ∪ ヨテイハ ミテイ ニシテ ケッテイ ニアラズ
          _______Λ_____________

          あ、ほら、あくまで『三部作くらいの予定』だし…ネ♪


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