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Key Of The Twilight

1イスラ ◆Hbcmdmj4dM:2014/07/01(火) 19:01:24
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802ベルッチオ ◆Hbcmdmj4dM:2017/06/03(土) 13:03:02
まさかこの様なことが起こるなど誰が想像しただろう。
ミレリアに仕掛けた術は強いもので、例えナディアであっても解けぬようにと幾重ものプロテクトを複雑に組み合わせたものであった。
にも関わらず、ミレリアはそれを自力で解いてみせたのだ。

目の前の信じ難い状況に唖然とするベルッチオは、ふいに背中を小突かれ我に返る。
見ればナディアが薄い笑みを浮かべて立っていた。

「…お嬢様は相変わらずお優しい方でいらっしゃる」

罪深い自分に償いの機会をくれると言うのだから。
ベルッチオはナディアの言葉に胸のすく想いで居住まいを正すと、

「この老いぼれで宜しければ、喜んで微力を尽くさせて戴きます」

その恩情に感謝の意を述べる。
…その時にふと昔のことを思い出した。

"死んだ筈"のリトを、ナディアが別邸で見つけ出して騒ぎになった事があった。
死産したと告げられた子が、別の処で幽閉されていたのだ。当然それについて、ミレリアも説明を求めた。

対し、一族の幹部連…先のリトの処遇を決めたメンバーは、ミレリア達をどう納得させるか急ぎ議論の席を設けさせる。
もちろん一族の長であるヨハンも同席するが、その間彼は一度たりとも口を開くことはなかった。

失った筈の我が子を取り戻したミレリアは、もう何を聞かされてもリトを手放すことはないだろう。
記憶操作という案が提議されたのも、自然な成り行きと言えばそうなのかもしれない。
そうして議論の最後、長に決議が委ねられる。
一同の視線が集まる中、ヨハンは瞑目し、静かにただ一言。「そのようにしよう」と口にした。

あの時の彼は一体何を考えていたのだろう。
何にせよ、苦渋の決断だったことに違いはあるまい。
最終的に、ナディアやヨノに洗脳の手が及ぶことは取り下げているのだから。

(…旦那様、見ておいでですか…)

お互いを抱き締め合い涙を流す母と子を見て、ベルッチオは思う。
本当は誰よりもこの光景を見たいと願っていたのは、ヨハンなのではないだろうか、と。

今は亡き主…そしてその母親、レイシーに想いを馳せ、ベルッチオは目の前の光景を生涯忘れぬように、瞳の奥に焼き付けるのであった。

803アブセル ◆Hbcmdmj4dM:2017/06/03(土) 13:05:08
【ポセイドン邸】

「そうなんだ…」

ヨノの話を聞き、アブセルの疑念はいよいよ確信に変わる。
やはり彼は昔、この街に住んでいたのだ。
そしてヨノの語る少年と、あの時に出会った少年はきっと同一人物であると結論する。

「俺がまだ此処に来て間もない頃、皆には内緒でリトを屋敷の外に連れ出したことがあっただろ?
そん時リト、途中で発作を起こして倒れちゃったんだけど…、この人とこの人の家族が助けてくれたんだ」

それが何故こんなことになったのか、正直自分でも分からない。
引っ越したとばかり思っていた少年。いつか再開できればと思ってはいたが…、それがよりによって敵としてだなんて。

彼はリトのことを覚えていないのだろうか。
それとも知った上で襲撃を重ねてきたのか…。

アブセルはジルが自身の命を刈り取ろうとした瞬間を思いだし、戦慄する。

が、その時…。
ふと風の流れを感じた。

見れば倒れ伏す少女の身体に開いた傷口…穿穴から風が吹き込んでいる。
…いや、違う。風なんかじゃない。

声を上げる間もなかった。
それは直ぐに少女の身体を呑み込む程に大きく脹れ上がったかと思えば、空間を歪ませ、強力な重力を発生させる。

「―ッ!」

引きずり込まれる――。

アブセルは剣をアンカー代わりに床に刺し、空いた方の腕で咄嗟に一番近くにいたユニを捕まえる。
同時に阿形と吽形もそれぞれヨノと意識のないジルを保護し、その場から跳び退いた。

だが…、

「リマ姉!!セイちゃんさんっ!!」

それ以上の人数を救出するには手が足りない。
アブセルは漆黒の虚空の中へと吸い込まれる二人を目に映し、己の無力さに慟哭を上げた。

804セナ他:2017/06/11(日) 21:15:15
【ポセイドン邸】

「リト。」

どこで控えていたのか、漆黒のパラソルを風に乗せてノワールがフワリとその場に降り立った。

「やっと戻ったか。感慨に耽っている余裕はないぞ。何やら不穏な空気を感じる。同時に、ポセイドンの娘と闇の王子の氣が消えた。」

「ポセイドンの娘・・・リマのことか?」

ノワールは頷く。彼女の表情から状況がかなり思わしくないと察する。
リトがナディアを見ると、彼女も状況を把握したようでミレリアをリトから離す。ミレリアが名残惜しそうにしているのを宥めた。

「ここは私が締めるよ。終わったら私も行く。申し訳ないけど、先に行っててくれる?」

「・・・分かった。」

黒猫がリトの肩に飛び乗る。リトはノワールを引き連れてその場を後にした。

----

フロンの遺体の周囲を纏う空気が変わる。
それは一瞬の出来事で、膨れ上がった空気が空間を歪ませ、近くにいたリマを捕まえた。

「リマ・・・!」

セナは咄嗟に手を伸ばすもリマを掴むことは叶わず。それどころか、生じた重力の塊は自身への対処も遅れたセナの身体をも飲み込んだ。

その光景を目の当たりにしたヨノが叫びに似た悲鳴を上げる。

「アブセルちゃん!二人が・・・どうしよう、早く助けてあげて!!」

805ジル他:2017/06/26(月) 11:53:55
【ポセイドン邸】

-----

父の書斎で何気なく開いた引き出しに小さな小箱を見つけ取り出した。
中には紫の宝石が付いた金の指輪が入っていた。
窓に向ければ宝石がキラリと光る。

「キレー・・・」

「こら」

指輪に見惚れていると背後から声がかかり、身体を抱き上げられる。

「また父さんの部屋に勝手に入って」

「おとーさま、これ何?おかーさまにあげるの?」

装飾は女性が身につけるもの、そんな認識をしていた幼い我が子はニコニコしながら問いかけてくる。
トーマは苦笑いして見せると、そのままジルを膝に乗せ腰掛けた。

「それは父さんのものだよ。恋人から貰ったんだ。」

「こいびと?」

「うん、お母さんに出会う前に好きだった人。父さんが初めて手に入れたいと願った女性。・・・結局、最後は怒らせてしまって別れたけどね。」

「おとーさま、その人に悪いことしたの?」

「んー・・・。父さんに勇気がなかった事が原因かな?」

ジルは良く分からないと言いたげに首を傾げながら、指輪を元の場所に戻そうとする。
しかしその手をトーマが止め、ジルにそのまま握らせた。

「お前にあげるよ。」

「おとーさまの大事なものでしょ?」

「だからこそあげるんだよ。父さんが恋した人は女神様なんだ。これには魔法がかかっているんだよ。お守りとして持っておいで。」

「おまもり・・・」

「きっとお前を守ってくれる。」

ジルの指にはまだ大きいからと、指輪に鎖をつけて首から掛けてやる。

「ありがとう!」

ジルは嬉しそうに笑った。

-----

「何・・・あれ。」

ヨノの悲鳴が耳につき目を覚ませば目の前にはあまりにも異常な光景が広がっていた。
重力を一点に合わせたような黒い塊にジルは目を見開く。
傍らでヨノが震えていた。

「ジル・・・どうしよう、セナくんとリマちゃんが・・・」

二人がどうしたのか、始めこそ疑問に思うがその答えはすぐに分かった。
彼女が口にした二人の姿はここにない。おそらく、あの塊に引き込まれたのだろう。

「どうしよう・・・死んじゃ・・・」

「僕の前で簡単に死ぬとか言わないでくれる?」

言ってジルは立ち上がる。

「普通に考えなよ。あの二人は御先祖でしょ?あの二人が死んだら君たち消えちゃうから。二人は生きてるよ。」

しかしあそこから自力で出るのは至難の技だろう。
外部からの刺激があればあるいは・・・

「ヨノ!」

そこへ騒ぎを聞きつけ駆けつけたリトが合流する。

「うそ、リトくん・・・?」

「ヨノ、何があった?これ・・・」

「混乱してる子にこれ以上聞いてあげないの。」

ヨノに詰め寄るリトへ、肩に乗っていた黒猫がふいに声を出す。
そしてふわりと肩から飛び降りたかと思えば、突如として少女の姿になった。冥界で出会った少女、アネスだ。

「あんたには分かるの?」

「まぁね。ま、何でこんな所に出ちゃってるのかは分かんないけど。」

「対処出来るか?」

「んー・・・」

806ジル他:2017/06/26(月) 11:54:26

「ちょっと。」

話を進めていく新参者へ、ジルが勝手に割り込むなとばかりに不機嫌な声を出す。

「まさか君たちが解決しようとか思ってないよね?不本意だけどこれは僕が原因だから片付けも僕がやる。放っておいて。」

仕方ないから飲み込まれた二人も助けてあげる。それで文句はないよねと言うジルへ、何かを察したヨノがその腕を掴む。

「まってジル。あなたも危ないわ。」

「僕の心配なんてしないで。あの二人を助けたいんでしょ?」

正直、この引力に逆らえるのは空気や風を操ることの出来る自分しかいないだろう。この中の誰よりも適任なのだ。
自分の身から出た錆にケリをつけたいのもあるが、たとえばこの場でリトに対処させて、仮に何かあればヨノが悲しむ。それは避けたかった。

「戻ってくるよね?貴方がいなくなるのは嫌よ。」

「・・・」

「返事をして。」

「・・・分かったよ」

フェミルがいない世界に未練などない。最悪2人を助けて自分は相打ちになっても良いと考えたが・・・ヨノの願いは頑だった。ジルは諦めたように頷く。

「ジル、フェミルは・・・」

フェミルが本当は生きている、フロンの戯言だったと言わなければ。
しかし口を開いたヨノに、ジルは何も言うなとばかりに悲しげな笑みを浮かべた。

「じゃあね」

そしてジルはヨノの手を解きそのまま塊の中へ飛び込んでいった。

807アブセル ◆Hbcmdmj4dM:2017/06/30(金) 21:49:40
【ポセイドン邸】

為す術もなく、目の前でリマとセナが渦に呑み込まれてしまう。
二人を救うことが出来なかった…。あまりの出来事にアブセルは力が脱け、膝から崩れ落ちる。ヨノの声も耳に届いていないのか、脱け殻のように呆けているばかりであった。
しかし直後、新たな人物が場に駆けつける。
目を疑った。

「……リト…?」

そこにいたのは紛れもなく、あのリトであった。

「え、嘘だ…、ほん…もの…?」

驚きを隠せず目を見開くアブセルの瞳にみるみる光が宿っていく。
しかしそんな彼をよそに、話は意外な方向へ向かいつつあった。
ジルがあの渦を処理するというのだ。しかも飲み込まれた二人を救出するとも。
アブセルが諦めていたその時に、彼は解決の手段を講じていたのだ。

「……」

…呆けている場合なんかじゃなかった。リマとセナはまだ生きてる。何もしない内から望みを捨てるなんて馬鹿だった。

アブセルは立ち上がる。リトに歩み寄り、そして両手で彼の身体をしかと抱き締めた。

「リト…ごめん。…戻って来てくれてありがとう」

腕の中に感じる慣れ親しんだ感触。
アブセルはリトの温もりと匂いを思う存分堪能し、ここ最近ご無沙汰となっていたリト成分を充電。ようやく本調子を取り戻す。
リトを離すと、今度はアネスの方へ目を向けた。

「何でお前が居るのか知らないけど…、あの変なのをどうにかする方法があるなら教えてくれないか?
リマ姉とセイちゃんさんを助けたいのは勿論だけど、俺はあの人(ジル)にも聞きたいことが沢山あるんだ」

ジルは放っておいてくれと言ったが、そうはいかない。
彼がこの街から姿を消したのは十年も前。その時にした、リトと一緒に会いに行くという約束も果たしていない。
襲撃するだけしといて、何の説明もなしにまた勝手にいなくなるなんて許さない。

「頼む…」

ジルが漆黒の渦に飛び込んでから、その入り口は急速に縮まりつつあった。
穴が完全に閉じてしまえば、三人とも戻って来れなくなる。
アブセルは真剣な態度でアネスに頭を下げた。

808リト他:2017/07/03(月) 23:51:21
【ポセイドン邸】

いきなり抱き竦められ何かと驚くが、それがアブセルであると分かるや途端抵抗を試みる。
しかし普段なら軽く暴れればすぐ手を緩める彼が、なぜだか一向に放そうとしない。腕力はアブセルがはるかに上だ。結局リトは今回ばかりは抵抗虚しくアブセルの気の済むまで堪能される羽目になった。

「うわぁ・・・」

目の前で男二人の抱擁・・・までは許せたが、同性の少年の髪や首筋など余すことなく匂いを嗅ぎ至福の表情を浮かべるアブセルを目の当たりにしたアネスは顔を引き攣らせる。キモイ。
かと思えばその変態はリトを離すと同時に数秒前の自分が無かったとでも言うように真面目な表情をつくり、自分に話を振ってくる。何だコイツは。

「・・・あれは咎落ちした者の末路。本来死した者はどんな極悪非道な奴だろうと最後には転生の機会を与えられる。けど、世の理を乱した者・・・禁忌を犯した者に待つのは消滅のみ。魂ごと消えるのよ。自らの身から生じたあの渦に呑まれてね。」

で、厄介なのがここから、とアネスは眉を潜める。

「渦は放っておけば消滅するの。だから本来は何もしないのが特策・・・だけど、今回は関係無いのが巻き込まれてる。中はそうね、宇宙空間みたいに終わりのない闇が続いてて・・・餓死とかない限り死ぬことはないけど、自力で戻るのは難しい。」

アネスが話を続けている間にも渦は小さくなっていく。
急がなければ、渦が消えてしまえば救出は困難になる。
しかしアネスは更に難しい表情を浮かべた。

「あのね、多分・・・最初の二人は助けることが出来るの。咎落ちとは無関係だから。だけど・・・」

今入っていった青年は・・・

「ねぇ、あの子・・・何かしてない?人喰い、死者蘇生、神殺し・・・」

ジルに感じた違和感。正でありながら負を思わせるような・・・

「・・・闇堕ち?」

神に通じる存在でありながら闇に身を投じその半分以上を黒く染めている。いつか完全に闇に全てを喰わせ神の力を闇の養分にせんとする・・・

「やばいよあの子、一番のご法度犯してる・・・」

突如として渦の中から竜巻が飛び出してくる。竜巻が消えると、その場にセナとリマの姿が。そこにジルの姿はない。

ジルは戻れない。アネスは呟いた。

そして、その言葉を裏付けるかのように渦が消滅した。

809アブセル ◆Hbcmdmj4dM:2017/07/07(金) 20:57:06
【ポセイドン邸】

アネスの告げた言葉は残酷なものであった。
事実、渦より帰還したのはリマとセナの二人だけ。そこにジルの姿はない。
アブセルは二人の無事を確認するも、渦のあった場所…今はもう何の変鉄もない廊下の一角を見つめ、握った拳を戦慄かせた。

「じゃあ…なんだよ。あの人は死ぬまでずっと一人、暗い闇の中をさ迷ってなきゃならないってのかよ…」

リマとセナが助かったことは手放しで喜ぶべきことだ。
しかしアブセルの心は今もなお晴れぬまま、分別もなく縋るようにアネスに詰め寄った。

「なあ、本当にどうにもならないのか?よく分かんねえけど、お前すごい偉い人の娘なんだろ」

アネスに当たるのはお門違いであるのは分かっている。…分かっているのに、この感情の昂りを抑えることが出来ない。
アブセルはやるせなさに強く唇を噛みしめた。

「あの人は宣言通りリマ姉達を救った。なのにその功労者の行く末がそれとか納得できねえよ…」

810リト他 ◆wxoyo3TVQU:2017/07/17(月) 22:45:51
【ポセイドン邸】

「そんなこと言ったって・・・」

無理なものは無理なのだ。たとえばここに、そう、ルイがいたとしても事態は変わらないだろう。

「禁忌を犯した者は管轄外。神様の領域には踏み入れられないの。」

しかし周りの落胆ようは予想以上のもので。
ヨノは泣き出すし、助け出されたリマも複雑な表情をしている。「彼は戻れないことを分かっていた気がする」と。

自分が非情な事を言っている自覚はある。しかし、今の自分には知識も経験も足りない。

「・・・たとえば、そうね。神様の導きがあれば戻れるかも・・・。」

苦し紛れにそんなことを言ってみる。神に頼むなど夢物語も良いところだ。

しかし、アナスの言葉にユニがふと反応する。

「神の・・・導き・・・」

耳の奥で何か聞こえる。これは・・・声?
ふわりと風が舞い、ユニの髪を凪ぐ。
ユニは目を閉じた。

「声が聞こえる・・・」

ユニの様子がおかしい。不審に思ったリトが声をかけるが、彼の声は届いていないようで。
ユニの周りをまとう風が強くなった。そう感じた途端、バサリと彼女の背から大きな翼が広がる。

「祈れ、祈りの先に道拓くだろう」

ユニの体が宙に浮かぶ。開いた瞳は黄金に光り、髪は銀色に輝いていた。
そこにいるのはユニであるはずなのに、普段と纏う雰囲気がまるで違う。

その姿を唖然として見ていたアネスは、ハッと気づいてヨノに詰め寄る。

「ちょっとそこの貴女!さっきの子を取り戻したいならもっと強く願って!早く!」

ヨノはアネスの突然の発言に戸惑いながらも言われたとおりにする。
と、ユニは手を翳す。
瞬間、翳した先に一つの空間が開いた。

「引き上げて!」

アネスが叫ぶ。開かれた空間に人の手が見えた。

一方ユニは糸の切れた人形のようにフッと体の力が抜け、髪も戻り翼も消える。
そのまま落ちてくる彼女をリトが走り受け止めた。

ユニが元の姿に戻ると同時に開かれた空間も閉じかけてくる。消滅は時間の問題だ。

何が起こったかよく分からないが、アネスの様子から一つだけ分かることはある。

「アブセル、その手を引き上げろ!」

おそらく、そこにいるのはジルだ。そして、これが彼を救い出す最後のチャンスなのだろう。

811アブセル ◆Hbcmdmj4dM:2017/07/28(金) 22:07:43
【ポセイドン邸】

「!…ああ!」

リトの声に、これが最後に与えられたチャンスであることを察する。
アブセルは飛び付くように渦から伸びる手を掴むや、こちら側へ引きあげようと試みる。

しかし…

「重…っ」

まるでヘドロか何かにでも絡み付かれているみたいだ。
それは禁忌を侵した者を逃すまいとする、何らかの力の働きがけのようにも見える。

(くそっ、世のコトワリが何だっつうんだよ…!)

急がなければ折角開いた穴も塞がってしまうというのに。

思わぬ障害に見舞われたそんな折り、ふと別の者の手がジルの腕へと伸ばされた。
…リマとセナだ。

言葉を交わさずとも彼らの意図は明白であった。
三人は一瞬だけ視線を交わすと、一つの目的の為に力を合わせてジルの救出へと動いた。

「…っせーの!」

812ヨノ他:2017/08/18(金) 07:25:06
【ポセイドン邸】

一人の力ではどうにもならなかったものが新たな手が加わったことで次第にこちらへ引き出されてきた。辛うじて手が見えていただけだったのがその体が抄いだされ、ジルの姿がはっきりと目視出来た。
あと少し、もう一息だと言うのに。彼の体に絡みついた黒いもやのようなものが邪魔をして最後まで引き上げられない。
その間にも開かれた空間は徐々に狭まってきている。時間がない。

「・・・ねぇ。」

暫く考えるようにしながらその様子を見守っていたアナスが驚く程静かな口調で口を開いた。
そして体力を削がれたのか力なく三人へ身を委ねる状態となっていたジルを見据え、問う。

「一つだけ聞くわ。"生きたい"?仮に何かを失ってでも。」

咎落ちの後呑み込まれた者が再び現世に舞い戻るなど奇跡としか言いようがない。どういうわけか、その奇跡をユニが起こした。
そして、この状態になったことで彼を助ける方法が一つだけ見つけ出された。しかし、それは決して善策とは言えないこと。ここで生き延びたとしても更なる地獄が彼を襲うだろう。
それでも彼は命を選ぶか。

「・・・」

ジルは光の宿らぬ目でアネスを見る。そして小さく口を開いた。
彼の選んだ答えは-------

---------

813ヨノ他:2017/08/18(金) 07:25:46
あの目まぐるしく繰り広げられた一件から数時間後。ポセイドン邸は静けさを取り戻していた。
ナディアはヨハンの葬儀を済ませ、後処理があるとかで爺に促されるまま今は書斎に篭っている。
一方、気を失ったまま目覚めないユニを休ませたいと言ったリトはアブセル達を連れ自室へ向かった。あの後リトとアネスが口論となったが、
今は大丈夫だろうか。

「・・・。」

ヨノは器に水を汲みなおしながら思いを馳せる。今となってはあの喧騒が嘘のよう。しかし現実だ。清潔なタオルを持って自室へと向かう。
主は自分であるはずの部屋のドアをノックをするのは、中の人への配慮である。

「ジル、入るね。」

返事はない。ヨノは多少躊躇いを抱きつつも部屋の中へ顔を覗かせる。拒絶の態度は見えない。ヨノは中へ入った。

ジルはベッドから身を起こし窓の外を眺めていた。別に外に興味があるわけではない、気持ちのやり場が無いのだろう。
先程までは呻きを上げていたが今はやけに静かだ。ポセイドンのリマとナディアの尽力の賜物か。痛みが引いたようで良かった。

「他の人じゃ嫌だと思って・・・。私でも心許ないかもだけど、ごめんね。」

言ってヨノは布団を捲ろうと手を伸ばす。しかしその手をジルが掴んだ。

「やめて。」

「でも包帯代えないと・・・」

「放っておいて。」

「やるわ。私がしないで誰がするの?」

ヨノはジルの手を退け布団を引きはがす。そこにある筈の彼の足はない。

「血、止まったね。」

辛うじて残る付け根付近の腿に巻かれた血の滲んだ包帯を解きながらヨノは言う。ジルは黙ったままだった。

「私だったら痛くて卒倒しちゃってたよ。ジルは強いなぁ」

わざと明るく言ってみる。少しでも彼の気が晴れるように。気休めであることは分かっている。けど、そうしたかった。

「醜いでしょ。」

「そんなこと・・・」

「これ・・・」

ジルは自分の指に嵌められた金の指輪をヨノへ見せる。

「父がくれたお守りなんだ。女神様の加護が込められてるって。それで・・・願ってしまった。「生きたい」って。柄にもなく命乞いを・・・。そしたらこの宝石が光って、道が出来た。そこを辿ったら戻ってこれたんだ。」

「お父様が助けてくれたんだね。」

「君のせいだよ。」

「・・・私の?」

「君が戻ってきてなんて言うから・・・。生きなきゃって思ったんだ。君に・・・」

もう一度会いたくて。

「君は残酷だ。どうしてこんな気持ちにさせるの。」

「・・・貴方が楽になるのなら私を恨んでもいい。貴方がどんな姿になってしまっても、私は貴方に生きていてほしい。」

あんな暗い闇の中に独りにさせたくなんてなかった。貴方は本当は、とても寂しがり屋だから・・・

ヨノはジルの包帯を交換し、「休んで」とだけ告げ部屋を出る。

と、部屋の前で佇む人影と目があった。

「アブセル」

てっきり目覚めたリトに歓喜し一緒にいるものだと思っていた。リトの存在を後回しにするなんて珍しい。
アブセルはとても居心地悪そうに、中に入ることを躊躇っているようだった。

「ジルに話があるの?起きてるから入っても大丈夫よ。」

814アブセル ◆Hbcmdmj4dM:2017/09/03(日) 00:41:07
【ポセイドン邸】

ジルと話しをする為にここに来たはずだったのに、いざ顔を合わせるとなると、やはりどこか躊躇してしまう自分がいた。
目の前の扉を開けるべきか否か。決めかねていた丁度その時、折りが良いのか悪いのかヨノがその扉を引いて中から出てきた。

「あ…、じゃあ…うん」

もはや退くに退けない状況になってしまった。
アブセルは曖昧な返事を返すと、半ば観念するように部屋の中に足を踏み入れるのだった。

落ちついた雰囲気と女性的な上品さが内包されたような空間の中、彼はいた。
ヨノのベッドに身を沈め、窓から外の景色を眺めている。こちらの存在に気づかない筈はないのだが、彼は現れた来訪者には関心がないのか、一瞥もくれることはなかった。

アブセルは扉の側を離れベッドから遠からず近からずといった一定の距離を置いた場所で立ち止まる。
その視線は自然と彼の足、膨らみの見えない布の上に引き寄せられ…気まずそうに眼を逸らした。

…あの時は無我夢中だった。
「消えて欲しくない」「消させない」その一心で彼に手を伸ばした。
だがジルに対する感情は今もなお複雑で、こうやって面と向かって対峙している間もどういった態度を取るべきなのか分からなかった。
二人の間にある距離は、そのまま心の距離を表しているのだろう。

重苦しい沈黙が無為に時を刻んでいく中、とうとうその空気に堪え兼ねたアブセルがようやくギクシャクと口を開いた。

「えっと……、具合は…大丈夫か?」

……無言。

どうやら出だしから盛大に挫いてしまったようだ。

先の騒ぎでうやむやになってしまったが、そもそも自分と彼は敵対する間柄にあったのだ。私的な感情がどうであれ、その関係は今も変わらない。
ジルにしてもアブセルに気遣われる覚えはないだろうし、捉え方によっては皮肉と受け取られてもおかしくはない。

「…あー…悪い、今のは忘れて。
本当はこんなこと言いに来た訳じゃないんだ」

アブセルは乱暴に髪の毛を掻きむしり溜息を溢す。そして意を決したように顔を上げた。

「あのさぁ、アンタ昔この街に住んでただろ。
…俺のこと、覚えてる?」

ここに来て初めてまともにジルの姿を真っ向から見据える。目を逸らすことなく、記憶の中のかつての少年の面影をなぞるように。

815ジル:2017/10/16(月) 12:33:39
【ポセイドン邸】

アブセルの気配を感じ取るも、ジルが彼の方へ顔を向けることは無い。
本音を言えば今は誰とも顔を合わせたくないのだ。しかしジルが動けない以上、話のある相手には都合が良いのだろう。

「・・・一度会っただけの子を覚えてるわけないでしょ。」

アブセルの問いにジルはそう答えた。
「覚えていない」とは言ったが、彼に「一度会ったことがある」と返したのは、結局のところ「彼を覚えている」と言うことに他ならない。その言葉の矛盾には当然ジルも気づいているだろうが特に取り繕うこともない。単にアブセルの言葉に素直に答えたくなかっただけなのだろう。

「どうして僕が君たちを攻撃するのか、気になる?」

そして、アブセルの胸のうちもお見通しだった。アブセルはジルの正体を知り、確認しに来たのだ。お気楽な彼のことだ、昔自分たちを助けた人物が今では敵対しているという現実が信じられないのだろう。

「僕が四霊の一人であり黄龍の部下だから。君達が僕の邪魔をするから。・・・と言ったところで君は納得しないだろうね。」

実のところ、本当にただそれだけの理由だった。
本音を言えば四神にも、ましてやリトになんて敵意などない。世界の公正など自分にはどうでもいい。
生きていくために黄龍の命に従っているだけ。フェミルの安全を確保しなければ。
更にいえば自分がこの任に就いておけば黄龍が別の刺客を寄越すこともない。あとは適当にやり過ごせば良い。

しかしそんなこと言えるはずもなく。癪だと言うのもあるが、何より自分は彼らの「敵」だから。「悪役」らしくいなければ。

「他に理由があるとすれば・・・・・・」

だから、アブセルが納得しそうな理由を考える。嘘は得意だ。
ジルは漸くアブセルの方へ目を向ける。何処か嘲るような目をして。

「単にリトが嫌いだから。」

リトはどんな絶望的な状況下においても決して光を見失わない。
持ち前の気高さを失うことなく、例えば自分と同じ立場に堕とされたとしても真っ当な道を選び生き延びたことだろう。
そして何より、彼の周りには彼を大切に想い護ろうとしてくれる誰かがいる。
自分にはないものを持っているリトが羨ましい。自分はどんなに望んでも手に入らないから。
自分はリトに八つ当たりをしているのだと、アブセルへ言った。

「興味があるんだ。あの子はどこまでも綺麗で尊い。君たちにとって大切で、宝石のような存在だよね。だから、そんな宝石を踏みにじって、汚して、壊したらどんな気分かなって。君は単なるおまけ。君が必死になってあの子を護るものだから、先に片付けてからじゃないと、リトには手を出せないからね。」

816アブセル ◆Hbcmdmj4dM:2017/10/26(木) 02:02:19
【ポセイドン邸】

ジルの返答はアブセルの言葉を認めたものと受け取って良いだろう。
だがそれを告げた当の本人は、『だとすればそれが何だと言うのか』とでも吐き捨ててしまいそうな程に冷たい目の色をしていた。

…一体自分は何を期待していたのだろう。
ジルの口からどんな答えが欲しかったのだろう。

ジルの本意を知らぬアブセルは、次々と叩きつけられる心ない発言に奥歯を噛み締め拳を震わせる。
もはや話し合う余地もないと思わせるほどの一方的な拒絶。
それがアブセルの敵愾心を刺激する為のものなら、リトを卑しめるような発言はこれ以上もないほど効果的だろう。
…だがジルは一つだけ勘違いをしている。

「………じゃねーよ…」

彼はジルが思っている以上に"大馬鹿者"なのである。

「見え透いた嘘ついてんじゃねーよ!!
それが本当なら…何で俺を殺そうとした時"ごめん"って言ったんだよ…っ!
何でセイちゃんさんやリマ姉のこと命懸けで救ってくれたんだよ!」

怪我人であるジルに配慮し、一応は大人しい態度でいようとこの会談に臨んだはずたったのだが、今ではもうその考えも及ばぬほど、アブセルはタガが外れたように憤慨し声を荒げる。

「リトが羨ましくて八つ当たりしてたなんて、そんなのガキの頃の俺まんまじゃんか!
昔ガキだったアンタが俺に諭してたのと同じことを、大人になった今になってやってるなんて幼稚過ぎて笑えもしねーっつの!」

たった一度きり、それも幼い時に出会っただけだ。
ジルのことを語れる程、彼を知っている訳じゃない。
まして誰かを傷つけるような事を言う人でも、する人でもないと断言できるべくもない。

だがそれでも、ジルはアブセルの中で間違いなくヒーローだった。

それほどまで盲目的に彼を信じるのは、アブセルにとって"あの日"が何ものにも代え難い特別な意味を持っているから。
例えそれが時間と共に美化された思い出だったとしても。

認めたくないのだ。
彼を、軽蔑したくないのだ。
敵対行為に及んだのは止むない理由があったのだと言って欲しい。

だって、憧れの人はいつまでも、憧れの対象でいて欲しいから。

「それに…っ、アンタにだって大切に思ってくれる人ぐらいいるんじゃないのかよ!
両親とか妹とか…、ヨノ姉だってアンタのことめちゃくちゃ心配してたんだぞ!」

故にアブセルは否定する。今のジルは真実の彼ではないと、全力で否定する。

817ジル他:2017/12/28(木) 21:49:20
【ポセイドン邸】

アブセルを煽ったつもりが、彼からは予想外の反応が返ってきた。
ジルは一瞬呆気に取られた表情を浮かべるも、やがてクスリと笑い出す。

「ほんと、馬鹿なのか何なのか・・・面白い反応をするね。ここまでされて僕を拒絶しないとは。」

そしてふぅと溜息をつき、何処か、幼子を諭すかのような静かな笑みをアブセルへ向けた。

「僕には両親がいない。殺されたんだ、父が親友として信頼していたはずのここの主人(ヨハン)にね。そして僕はその彼に復讐した。だからヨノに気にかけられる資格がない。
僕達の関係は既に破綻しているんだ。君がどんなに否定しようと、今目にしているものが全てだよ。」

ただ・・・そうだな、とジルは続いてわざとらしく考える素振りを見せた。

「それでもまだ僕を信じるなんて馬鹿なことを言うなら、一つだけ教えてあげる。リトを今後も護り続けたいなら、ユニを引き離した方がいいよ。」

黄龍は今ユニを欲していて、ジルが彼女を連れていこうとしたところでアブセルと対峙したわけだが、その彼の口ぶりは今後ユニを奪いやすくするための常套句ではなさそうだった。
リトとユニが共にいてはならない理由があり、彼はそれが何か知っている。

しかし、その答えを聞き出すことは叶わなかった。断りもなくドアが勢いよく開かれたと同時に、ズカズカとアネスが入り込んでくる。
そして、有無を言わさずジルの襟首を掴んだ。

「ねぇ。」

ジルが怪我人であることなどお構い無し。アネスの声音は怒りの色だった。

「お前、何してくれてんの?」

突然の自体にも関わらずジルは驚く素振りも見せず、そして彼女の言わんとしていることが分かったのか、代わりに不遜な笑みを浮かべる。
先程までアナスは彼女のとった行動のことでリトと揉めていた。その延長なのだろう、一呼吸おいてリトがアネスを追ってくる。彼が制止するも、彼女はやめない。

「お前みたいなのがいるから世界軸が歪むんだ。自分の都合で理を破ったツケが何処に来るか、本当は分かってるんだろ?」

「・・・君、この世界の子じゃないね?これも歪みの原因になるんじゃないの?」

「この・・・!」

「やめな!!」

殴りかからんばかりのアネス。そこへ怒号が飛んだ。見れば扉の前で仁王立ちしたナディアがいた。

「怪我人前にして何してんの!騒がしくすんなら出ていきな!!」

つか出てけ!とナディアは一同を追い出しにかかる。ナディアと共に来たリマも退室を促すと、アネスも歯噛みしながら言葉に従う。

「ユニが起きた。何か話したいことがあるらしい。」

出て行き様にリトがアブセルへそう耳打ちする。
一緒に出ろとの意。アブセルはまだジルへ話がありそうな様子で落ち着かない表情を浮かべていたが、ジルはそれを分かった上でわざとらしい笑顔を浮かべ手を振って見せた。

818アブセル ◆Hbcmdmj4dM:2018/01/05(金) 00:48:37
【ポセイドン邸】

ジルと話していた最中、アネス、続けてナディアが乱入とも言って良い形で割り込んでくる。

此方としては聞きたいことも言いたいこともまだ消化しきれておらず、正直言うと水を差された気分だったが、ジルについてはナディア達の方が上手くやってくれるだろうという思いもあった為、仕方がない…と指示に従うことにする。
去り際に手を振るジルを指差し、

「良いか!?話しはまだ終わってないからな!
勝手にいなくなったりしたら後が酷いからな!!」

そう息巻いて部屋を出ていく。

そして…

(…結局、詳しいことは何も分からず仕舞いか…)

リトやアネスと共にユニの待つ部屋へ向かう際も、アブセルは解決する所か新たに浮上した疑問に、密かに頭を悩ませていた。

まず、ジルの両親をヨハンが殺したということ。

そしてもう一つ。
リトを守り続けたいなら、ユニを引き離した方が良い。という意味深なあの台詞。

「……リト」

アブセルは不意に立ち止まり、先を行くリトの背中に声をかける。

先程ジルが言ったことを彼に伝えようか。
そう思い悩んだ末、少し間を置いて首を横に振った。

「…いや、やっぱり何でもない」

ジルのことだ。質の悪い冗談ということも考えられる。
確証のない情報を伝え、リトを悪戯に不安がらせる必要もないだろう。

今はいくら考えてみても答えは出ない。アブセルはそれらの疑問を一先ず頭から振り払うと、再び歩みを始める。そして、ふと思い出したようにリトに向けて疑問を口にした。

「…て言うかさ。さっきも思ったけど、何でこいつが此処に居んの?そしていつ帰んの?」

アブセルは屋敷の中に入り込んだ野良猫を眺めるが如く、ぞんざいな態度でアネスに視線を投げていた。
ジルの救出に手を貸してくれたことには感謝しているが、正直彼女に関してはあまり良い思い出がないのだ。

819リト:2018/02/11(日) 22:31:40
【ポセイドン邸】

「何こいつ、すっごい生意気なんだけど」

不満げにリトへ話しかけるアブセルへ、リトの前を歩いていたアネスがひょっこり顔をだし顔を顰める。

「私はこの子の補佐するように言われて来たの。あんたみたいな使えない従者しかいないみたいだし?『自分以外の子と仲良くしないで!』とか、女子か。知ってるんだからね、色々と。」

相手をあまり快く思っていないのはアネスも同じらしい。ベッと舌を出したかと思えばふんっと顔を背ける。
その姿にリトは肩をすくめる。

「補佐ね・・・今のところマイナスしかないんだけど。それとあんま目立つことするな。」

「あら、さっきの式のこと言ってる?私はただあんたに協力してもらう"見返り"として、あの人にかかってた複雑な呪縛を解いてあげただけ。あれは感極まったあんたが勝手に目立ったのよ。」

ニッコリと悪びれもなく笑う少女にリトはそれ以上何も言えなくなる。かまをかけてみたが、やはりあの時母親が正気に戻ったのは彼女が手を加えていたのか。
感謝はしている・・・が、もう少しタイミングを考えて欲しかったと思うのは贅沢だろうか。

リトは何とも言えぬ気持ちで咳払いを一つ、アブセルの問いへ軌道を戻す。

「端的に言うと、闇の扱い方をこいつから学ぶ為に連れてきた。俺は自分の力を持て余してるって指摘されたんだ。不安定で力みすぎて闇を無駄に放散してるって。考えてみればお前には爺がいるけど、俺にはそう言うの教えてくれるような奴はいなかったし。」

どこで、誰に言われたのか、そもそもリトは眠りの中で別の世界へ言っていたことすらアブセルには話していないが、アネスがいることで何となくでも伝わればいい。

闇の管理者などと豪語する以上、その名に恥じぬようもっと闇を上手く扱えるようになりたい。
ルイに説明された「この世界に訪れようとしてる災厄」に然るべき対処をすべく、リトは彼へ師事を申し出たが、それはもうあっさりと断られた。が、代わりにアネスを寄越したのだ。
小娘に何が・・・とも思うが、彼女の知識や技量はリトよりも上であることは認めざるを得ない。

「俺を人柱にしようとした奴らじゃないけど、このままだと俺の価値は本当にただ闇を秘めた器ってことになる。それじゃ気に食わないから。」

言いながら、ふと先程見かけたセナの姿を思い浮かぶ。あの容姿から疑いようはなく、恐らくあれがかの闇の王子なのだろう。
あれから学んだ方が話が早いのだろうが、未だセナに対する負の感情を拭いきれていないリトには素直に教えを請うことは出来そうにない。

「ともかく、だ。お前達、喧嘩はするなよ?俺を煩わせるようならアブセル、今度こそ絶交してやるから。」

舟庭の件は許してやる、充分後悔しているようだからな。だけど二度目はないと思え。
言わずとも、アブセルを見るリトの目はそう物語っていた。

そして一同はユニの待つ部屋へ。
リトは部屋の前で足を止めるとアブセルへ中へ入るよう促した。

「お前だけと話がしたいらしい。」

820アブセル ◆Hbcmdmj4dM:2018/02/15(木) 03:04:28
【ポセイドン邸】

使えない従者だぁ…?気にしていることを本人の前でそんなにはっきり言うなよ、傷つくだろうが。
て言うか何人様のプライベートまでしっかり探り入れてやがんだ、このアマァ…。

…と、今にもアネスに食ってかからんばかりのアブセルであったが、絶交するとの言葉を耳にすれば、態度を急変。
かつてない程の素早い動きで、リトの足元に額づいた。

「も、もちろん喧嘩なんかしません!二度と煩わせません!浮気だってしません!一生リトについていきますうぅ‼」

涙目になりながら必死に訴えるアブセル。
アネスがまるでゴキブリでも見るような目でこちらを見てくるが、今は気にもしていられない。
そう、これは己のリトへの愛が問われている瞬間なのだ。それを証明する為ならばリトの足を舐めるのだって吝かではない。と言うか寧ろリトの足なら舐めたい。舐め回したい。

「つーか…、何か変わったなリト…」

跪いたままふとリトを見上げ、アブセルは言う。
これはリトとアネスのやり取りを始め、自分に対する応答や振る舞いなどを見ていて感じたことだった。

何が変わったのか、と聞かれれば返答に困るが。何となく角が取れたと言うか、雰囲気が柔らかくなったように思う。
自分の知らないところで何かがあったのは確実だろうが、その辺は追々聞かせて貰うことにしよう。
とにもかくにも、今焦点を向けるべき相手はユニなのだから。

そうして三人は目的の場所に到着する。
てっきり皆に話があるものと思っていたところ、お前だけ、とリトに告げられアブセルは首を傾げた。

そう言えば最近のユニは少し様子がおかしかった。
先程のジルの妙な忠告もあってか、何だか意味もなく緊張してしまう。

「ユニ?入るぞ」

それらの感情を胸の奥に追いやり、アブセルは扉を軽く叩いてドアノブを引く。ユニのいる部屋へと足を踏み入れた。

821ユニ:2018/03/05(月) 00:30:59
【ポセイドン邸】

「アブセルさん!」

目的の人物が来るまで落ち着かない様子で部屋の中を歩き回っていたユニは、アブセルの姿を見るやすかさず駆け寄ってくる。

「あの、さっきは本当にごめんなさいでした・・・」

相手の術にはまったとはいえ自分が彼を拒んだせいで危険な目に遭わせてしまった。ユニは改めて謝罪の意を述べるが、勿論この為だけに呼んだわけではない。

ユニは椅子を持って来るとそこにアブセルへ座るよう促し、自分も対面に腰掛けた。

「アブセルさん。前に、ユニは知らないことがわかる、見えるはずのないものが見えるって言ったですよね?その・・・あの人・・・今度はアブセルさんを攻撃したあの人のことが見えてしまって・・・」

あの人とはジルの事だろう。敵である人物の話をして良いものか、少し言いづらそうに両手の指を動かしながら話を進める。

「女の子がいるです、誰かは分かりませんが・・・あのお兄さんはその子をとても大事そうに抱きしめたりしてます。お兄さんはよく出掛けるですが、いつも女の子は置いてきぼりです。女の子はそこから出られないみたいです。」

とても抽象的だが、ユニは一生懸命自分が見えたものの意味を考えた。そして答えを導き出した。

「ユニは難しいこと分からないですが、お兄さんはその女の子を守ろうとしてるんだと思います。言うこと聞かないとその子を守れないです。」

ユニはジルが悪い人間であるように思えないのだ。自分を連れ出そうとしたが、決して害そうとしたわけではない。何となく、彼の本意ではないと感じた。

「お兄さんはいつも笑ってます。けど、女の子のいないところでは泣いてるです。小さい頃からずっと・・・。このままだとお兄さんの心が壊れちゃうです。どうすれば良いですか・・・?」

彼は敵なのに、苦しむ姿はとても胸が傷んだ。彼を救いたいとと思った。それに、彼の大事にしている女の子・・・彼女がとても気になるのだ。初めて見る姿なのに、自分は彼女を知っているような気がして。

「その、リト様はユニの力知らないですから・・・アブセルさんにお話をと思いまして・・・」

822アブセル:2018/03/17(土) 23:21:34
【ポセイドン邸】

初めは要領を得なかったそれも、言葉を重ねる内ユニの言わんとしていることが分かってくる。

誰のことを指しているのか、何を伝えようとしているのか。
理解して、アブセルは深い溜め息を吐いた。

「…つまりあの人は誰かを人質に取られてる。だから悪い奴の言いなりにならざるを得なかった…ってことか」

ユニの言う女の子は、おそらく彼の妹のことだろう。
幼い時に見たきりだが、仲睦まじいあの兄妹の姿はよく覚えている。

アブセルは髪の間に指を差して頭を乱暴に掻いた。

「だったら…、何で初めからそう言ってくれないんだよ。何でわざと憎まれるようなことばっかり言うんだよ…っ」

…いや、理由は分かってる。
他人に助けを求めた瞬間、人質の安否がどうなるかなんて馬鹿でも想像がつくことだ。
そしてそれは、今この時をおいても同様の筈で。

「……っ」

あの人は一体いつから、その辛い生活を強いられていたのだろう。
あの日、彼の住む屋敷に訪れた時は家族に囲まれてあんなに幸せそうにしていたじゃないか。

アブセルの中に苦々しい気持ちが募っていく。

ジルが苦しんでいる時、自分は何をしていた。

ジルに憧れだけを押し付けて、さながらヒーローのような完璧な想像に仕立て上げ、ジルの苦悩を知ろうとも分かろうともしなかった。
あの人は一人でずっと苦しんでいたのに。

「助けないと…」

ジルが自分から助けを求められないのなら、こちらが勝手に彼らを救えばいいだけの話だ。
アブセルは小さく息をつき、再びユニの方に意識を向けた。

「…ユニ、よく話してくれたな。
後は俺が何とかするから心配すんな。リトにも俺から上手いこと説明しとくし…」

ユニの肩を軽く叩き、安心させるように言う。
そして、

「で、その女の子は今どこにいるんだ?」

珍しく頼りがいになるところを見せたと思ったら、その数秒後にはこの他力本願である。
これがアブセルがいまいち人から信用されない原因の一つであろうことは、多分本人も知らない。

823ナディア他:2018/04/17(火) 00:15:26
【ポセイドン邸】

「で、君たちは出ていかないの?」

先程まで騒ぎ立てていた輩は出ていったものの、代わりにその場に残った人物にジルは面白く無さげに問いかける。

「当然、あんたに話があるからな。」

「怪我人がどうのって言ったのはお姉さんじゃない。」

「固いこと言わないの。」

不平を述べるジルの態度など気にすることなく、ナディアは鏡台の椅子を手繰り寄せベットの傍らに腰を下ろす。

「ジル。」

不意に発せられたその声に思わず体が反応する。ナディアから自分の名前が出るとは思っていなかったのだ。
応龍として彼女の前に立った時、彼女は自分のことを覚えていないようだった。だから自分も敢えて知らない風を装ったのに。

「・・・ヨノから聞いたの?僕の名前。」

「可愛げのないこと言うなよ。あんたはヨノだけの知り合いじゃないだろ。」

言ってナディアは目を細める。

「すぐに思い出せなくて悪かったよ。何年も経ってたから・・・なんて言い訳にはならないよな、今のあんた、おじ様にそっくりだし。」

「失恋した苦い思い出を記憶から消し去ったんじゃないの」

「ほんと可愛くない」

こいつ、一発殴ってやろうか。
いちいち皮肉ばかり述べるジルに物騒な考えが浮かぶも、怪我人だからと抑える。横道に逸れすぎて本題に入れなくなるのはまずい。

「・・・ありがとうな。」

唐突にナディアなら紡がれた言葉に、ジルは怪訝な表情を浮かべた。

「僕はお礼を言われるようなことはしてないけど」

「リトのことだよ。ずっと気にかけてくれてたんだよな。」

確信めいたナディアの言葉。何故そう思うのか。自分は傍目から見ればリトに嫌がらせをしているようにしか見えないはず。そう見えるように振舞ってきた。

「何で・・・て、理由を聞いても教えてくれないんだろうな。」

言ってナディアは笑う。
そんな彼女の様子に誤魔化しても無駄だろうと察し、ジルは小さく溜息をつく。
そして不貞腐れたように再び窓の外へ顔を向けた。

824ナディア他:2018/04/17(火) 00:15:51

(嬉しかったから・・・)

一つ。単純に、リトが生きてることが嬉しかった。父が命懸けで救い出そうとしたその子が無事で、父の死が無駄じゃなかったと思えた。

もう一つ。幼い心を閉ざしていた彼が自ら言葉を紡ぎ、感情を表に出すようになっていた。歳を重ねるにつれ次期にそうなっていたのかもしれないが、あの日自分が彼に伝えた言葉が少なからず影響しているような気がして、こんな自分でも誰かの役に立てたのだと思えて嬉しかった。

そして、

「・・・単なる気まぐれだよ。」

何よりも、リトが綺麗だったから。
苦行に立たされ、生きるために身も心も汚してきた自分とは違う。リトは苦行の中でも気高さを見失わず、真っ当な道を歩んできた。
アブセルにはそれが気に入らないと言った。しかし本当は違う。彼のそんなところが羨ましく、憧れた。おそらくリトを自分と重ねているのだろう。自分自身を護れなかった代わりに彼を護りたい。いつまでも綺麗でいてほしい。穢されたくない。

しかしこんな気持ちなど他人に漏らしたくはない。ジルは窓を見つめたまま、無愛想に適当な答えを紡いだ。

それが本心でないことは丸わかりで、ナディアは呆れたような笑みを浮かべた。

「私の周りは何でこう素直じゃない奴ばかりなのかね。」

なら勝手に解釈させてもらうよ。
ナディアはジルの頭をクシャりと撫で立ち上がる。

「悪いけど、あんたを帰すつもりはないんだ。四霊の一人を野放しにするのは厄介だし、取り返したあんたを手放す気もない。逃げようなんて考えるなよ?そん時は動けないよう縛り付けてやるから。」

言葉は乱暴だがナディアの顔は笑っていた。
そして部屋を出ていく。

825ナディア他:2018/04/17(火) 00:17:58
「・・・。」

ナディアに伴っていたセナは彼女の背を送り、そして続いてジルへ顔を向けた。
ジルは相変わらず窓を見つめこちらに目を向けようとしない。

「・・・痛いか?」

静寂の中、セナが口を開く。

「あるものがないんだから、当たり前。」

「違う。」

足のことではない。ここだ、と言わんばかりに、セナは自身の胸に手を当てた。

「私は、痛かった。いっそ抉り出したくなるほどに。」

この状況に、セナは覚えがあった。
リマを思い出した時、必死に自分を手放すまいと仲間に訴える彼女を突き放した。再び闇の世界へ舞い戻そうと伸ばされたジュノスの手を取った。
今の彼は、あの時の自分だ。

「しかし私には分からなかった。自分の置かれた立場がどのようなものか・・・気付いた時には遅かった。」

黒十字の存在が悪などと思ってはいなかった。否、あの時の自分には善悪の区別などつかなかった。宗主の言葉が全てで、宗主こそが世界。命令に従いあらゆることに手を染め、人を殺め・・・引き返すには罪が重すぎた。

「・・・お前には分かるのだろう?その痛みの意味も。自身の罪も。」

言ってセナはふとジルの手元に目を向ける。彼の指に光る宝石はポセイドンの力が込められたもの。持ち主を幸運に導く願いが秘められている。

「・・・ポセイドンは人を慈しむが、見境なく加護を施す神ではない。罪人には相応の罰を与える。」

その指輪はジルを救った。その意味を考えろとセナは暗に示していた。
ジルは自身の行いとそれがもたらす結果を認識している分、取り返しがつかなくなる一線を超えることはしていないのだろう。神にとって、ジルはまだ庇護すべき存在として認識されている。

「・・・何で・・・僕にそんなことを言うの?」

はじめこそ反論していたものの、次第にジルの言葉は少なくなってきていた。相変わらず視線を合わせようとしないが、セナはじっとジルを見る。
しばしの沈黙のあと、ジルから声が返ってきた。
か細い声だった。

ナディア達にとってすらジルは親身に対応される筋合いはない。所詮他人なのだから。それがセナとなっては尚更・・・知り合いですらない彼にはジルのことなどどうでも良いはず。なのに何故彼は諭そうとしてくるのか。

826ナディア他:2018/04/17(火) 00:18:38
「別に・・・」

ジルの疑問に、特に答えなどなかった。彼にとってはただの気まぐれなのかもしれない。

「何か・・・言葉が欲しい気がした」

本来なら聖であるはずの力を黒く染めた。神を冒涜する行為ではあるが、そうせざるを得なかった事情があるのだろう。神を恨むほど、傷付いている。
それでも神への情を捨てきれずにいる。
底なし沼の中でもがきながら、必死に手を伸ばしている、そんな印象を受けた。

「お人好しばっか・・・」

もう反論する気すら起きない。
せめてもの反抗としてもう聞きたくないと、ベッドに潜りこみ相手を拒否した。
子供地味だ行為だと分かってはいるが、セナの言葉は耳に痛い。これ以上踏み込んで欲しくなかった。

「セナ、何してんだ?行くよ。」

そこへ、先に部屋を出ていたナディアが再び顔を出す。特に居座る気もなかったらしく、セナはナディアの呼びかけにすぐ対応し踵を返した。

「・・・ねぇ。」

部屋を出ていこうとするセナに、今度はジルが声を掛け呼び止める。
布団から少し顔を覗かせた。

(君はどうやって抜け出したの?)

受け継がれたお伽噺の範囲ではあるが、セナの境遇は知っている。引き返せない場所までいたという彼は、どのようにして本来の居場所に戻ったのか。

「いや、やっぱりいい・・・」

苦しみから抜け出す答えがそこにある気が来た。しかし聞く勇気が持てず、その問いは音を持たず飲み込まれる。

ジルは再び顔を隠す。
その姿を一瞥し、セナは部屋から出ていった。

827ユニ:2018/04/17(火) 00:48:59
【ポセイドン邸】

「ありがとうございます!」

俺に任せろ、との頼もしいアブセルの言葉にユニが安堵の表情を浮かべたのもつかの間、続く彼の言葉にすぐにその表情を困惑の色に染める。

「どこに・・・ですか?」

女の子の居場所・・・正直なところ、正確な場所は特定出来ていない。

「えっと・・・ユニにもよく分からないんです。ただ、何となく此処とは少し違う空間なような・・・」

とても曖昧な答え。しかし、ユニにはそれが精一杯だった。

「ふぇえ、アブセルさん。どうしましょう・・・」

828アブセル ◆Hbcmdmj4dM:2018/05/07(月) 06:53:08
【ポセイドン邸】

大して期待していた訳でもなかったが、およそ予想通りの返答にアブセルは軽く肩を竦める。

「…ま、そんなことじゃないかとは思ってたけどよ」

ユニもアブセル同様、詰めが甘いのだ。

とはいえ早々に出鼻を挫かれたことに違いはなく、どうしたものかと考える。
ユニが当てにならないのなら、あとはジルに直接聞くしかないが…。

「あの人が素直に話してくれるかどうか…」

想像しただけで骨の折れそうな難事業に、知らず吐息を溢すアブセル。と、そこへ…、

「呼ばれて飛び出てごきげんよう〜。悩み多き青少年の味方、ラディックです☆
お困りの貴方に朗報を持ってきましたよぉ」

「うおっ……え、誰…?」

今まで数々の修羅場を体験してきたこともあって、滅多なことでは驚かない自信のあったアブセルも、派手な煙の演出と共に、忽然と目の前に降って沸いた男の出現には流石に肝を潰した。
しかしラディックはそんな相手の困惑も余所に、にまりと笑うやアブセルに顔を近づけ…、

「ノワール姫の僕の一人…ルド坊っちゃんの一の家臣、ですよぉ」

道化風のフェイスペイントに、変人染みた口調と振る舞い。男の言葉に刺激され、アブセルの頭は無意識に過去の記憶を掘り起こす。

「あぁ…、確かノワールの故郷にいた…」

「思い出していただき光栄ですぅ。
ところでこちらにルド坊っちゃんがお邪魔していると聞いたんですけどぉ〜」

「ルド坊っちゃん…?
ちっこいガキならオッサンと一緒に出てったけど…」

「あちゃぁ〜、入れ違いでしたかぁ〜」

ラディックの主らしき少年はジュノスと共に、ノワールの求めるものを探しに何処かに出掛けていってしまった。
それを聞いたラディックは額に手を当てて天を仰ぎ、ややオーバー気味なリアクションを取る。
が、彼の本来の目的はそれとは別にあるのか、直ぐに「まぁ、それはそれで置いときまして〜」と二本の指で作ったVサインを、アブセルの鼻先にずいっと突きつけ…、

「二週間です〜」

「は?」

「あと二週間で世界は滅亡します〜」


――――…

829アブセル ◆Hbcmdmj4dM:2018/05/07(月) 07:00:12

その後ラディックの希望で、リト達や、ナディアやセナ、リマといったお馴染みのメンバーが集められ話が為された。
初めは何が「朗報をお持ちしました」だ。…と思ったアブセルも、ラディックの言を一通り聞いた後では、なるほど、そう言うことかと納得できる部分もあった訳で…、

「…つまり、その龍穴遺跡…?っつーのが、全部起動すると、黄昏の塔ってのが地上に張り出してきて、更にその上空に黄龍の居城が出現する、と…」

「はい〜」

「んで、その黄龍の側に、ジル……さんの妹もいると」

「はい〜」

…確かに、ジルの妹の行方は判明した。したのだが…。

「いやいやいや、あんたの話し聞く限りじゃ、それもうアウトじゃん。黄龍っつー奴が出張ってきた時点で、もう世界滅亡一歩手前なんだろ?」

ラディックの話が真実なら、全ての龍穴遺跡が起動してしまうと、封印されている闇が解放されて世界の全てが闇に閉ざされてしまうらしい。
それなら遺跡の起動阻止に向かう方が、よほど優先すべき事柄なのでは、とアブセルは言う。
しかし、それに対するラディックの応えは…、

「今から遺跡の方に向かっても恐らく間に合わないかと〜。全くの無駄足になる位なら、貴方がたにはその間、修行なり戦いの準備なりをして貰っていた方が時間の有効活用になるだろう。…とジーナさんは仰っていましたけどぉ」

「…遺跡が起動するのは確定事項なのか?」

今度の問いには、ラディックは、う〜ん、と顎に指を宛てて思案する。

「遺跡の起動を阻止する為に頑張ってらっしゃる方々もいますけどぉ…、少ぉ〜し厳しいとは思いますぅ〜。
まぁそれに、ジーナさんは常に最悪のことを考えて行動する方ですので〜」

だからこそジーナは、遺跡が起動し塔が出現した後のことを考えて、黄龍との戦いに望むべく万全の準備をしろとリト達に先んじて警告するようラディックに命じたのだ。

「それに私も貴方がたを、黄龍の居城に連れていくように言われてはいますが、現段階では無理です〜。
いくら空間跳躍といえど、次元の狭間に介在している、プラス堅固な結界が張り巡らせてある場所へは流石に行けませんので〜」

詰まるところ、黄龍の目論見を阻止するのも、ジルの妹を助けに向かうのも、黄龍の居城がこの世界に出現、干渉する段階まで来ないと文字通り手も足も出せない、ということらしい。

何と言うか…、当初の、ジルの妹を助け出すという問題から、とんだ所にまで話が拡大してしまったものだ。
アブセルの低スペックの脳みそでは、もう許容オーバー寸前である。
…リトなんかは割りと訳知り顔でいるが。

830アブセル ◆Hbcmdmj4dM:2018/05/07(月) 07:02:03


「…と、まぁここまで長ぁいことお話しましたが、別にこれは強制でも何でもありませんので〜。
貴方がたが世界の崩壊を止める鍵を握っているのは確かですが、ドロップアウトしたい方がいらっしゃれば自己判断でどうぞー、ともジーナさんは仰っていましたぁ。
この先はいつ命を落としてもおかしくはありませんし、過酷な決断を迫られることもあるやもしれません〜。
愛する者と共に世界が滅ぶのを見届ける、と言うのも一つの選択だと思います〜」

他人事のような態度と、のほほんとした口調のせいで、いまいち切迫感が沸かないが、かなりシビアな選択を迫られていることは確かなようだ。
更にラディックは言葉を継ぐ。

「運命を受け入れるのも、最後まで抗うのも、貴方がたの自由です〜。"その時"が来ればまた来ますので、よくよく考えて決断してくださいねぇ」

そしてそう言い残すと、彼は来たときと同じく、忽然とその場から消え失せる。

…世界滅亡まで推定二週間。かくして彼らの下した決断とは…。

831ヤツキ ◆ruQu1a.CGo:2018/05/07(月) 20:06:28
>>778の訂正項です。

「久し振りだが、思い出話に花を咲かせる暇は無いらしい。」

既にヤツキの身体は膝下が光となって消え、肩先や末端部分も粒子となりつつあった。
言葉通り、時間はない。

「聞いていただろうが、俺は役目を全うした。」

100年前は敵対した者達が、今はこうやって同じ地を、仲間として踏み締めている。
時を越え、世代を越えた力と想いがあれば。

ーー必ずや、上手くいく。

「世界の免疫力とも言える闇が集まり、溢れるこの闇の巣と黄昏の塔。
闇を管理し、使役していたステラが逝くとならば、誰かがその任を継がなければならない。

今はまだ抑え込まれているが、ステラと言う制御系を失えば、この無尽蔵の闇は世界を食い尽くすだろう。
だが、適性を持った誰かが、闇を使役し、この塔諸共地中深くに沈めてしまえば……一時的にだが闇は活動を停止する筈だ。
強度と高さは問題無い、沈み込めば地殻を超えて核へ届く。」


ーーセナよ、今こそその力を発揮する時だ。

「幸い、今この場に闇の素養を持つ者は数多く居るようだ。
話し合って、決めるといい。

……素養が無い俺は剣を振るうしか出来なかった。」

闇の素養を持つ者、闇の王子であるセナとリト。
それに仕えてきたアブセル。

吸血鬼であるノワールと、異界の闇を宿していたメイヤ。
人柱になれ、と言うしか無いのは辛いが、今はそうするしかないのだ。

「そろそろ、時間か。」

視界に映る面々を見、ヤツキは静かに目を閉じた。
そして、抱き抱えるステラと共に、その身体は光に包まれる。

その様は淡雪が夜空へ舞い散り、月明かりに融けるようだった。

ーーイスラ、悪いが先にいく。
ーーお前と共に戦えて……良かった。

832シデン:2018/05/11(金) 07:02:26
【虚空城】

恐らく今のイオリが持ち得るであろう、最大最速の刃が抜き放たれる。
鳳凰の"平等"によって、己の能力値をイオリと同等のものへ変じられている今のシデンでは、それに対抗し得る術もなければ時間もない。
反応は出来ても、身体がついていかないのだ。

「―――ッ」

それでも潔く負けを認めるなど以ての外、最後まで精一杯の抵抗の姿勢を見せるところは、流石と言うべきか、恐るべき執念と言うべきか。

だが不十分な重心と体勢、構えるどころか、ただ単に相手の斬撃の軌道上に滑り込ませただけの剣で受け止めるには、その一撃はあまりにも重い。

刹那、室内に快音が響く。

一瞬の停滞もなく、シデンの握る剣が激突する鋼の威力に負けて砕かれる。
もはや、神刀の剣撃を邪魔するものは何もない。

赤熱し、途上の大気すら斬り殺す刃が走り抜け、シデンの胴体を一太刀の元に引き裂いた。

――――…


バルクウェイの街は、不安と困惑の声に満ちていた。

月も星の輝きも存在しない、暗澹とした闇に染まる漆黒の空。いつまで経っても朝は訪れず、昏昏と夜の深みを刻み続ける街。
もはや日常風景の一部となっている鳥の囀ずりも耳にできず、それどころか虫や獣の姿さえ見つけることが出来ない。

…まるで嵐の前の静けさのようであった。
不可解な状況に、住民達は肌でその異常性を感じ取る。

ある者は戸口を締め切って、家屋の中で息を潜め。
ある者は何が起こっているのかを空挺師団の団員に問い質そうとする。

ピリピリとした緊張感を帯びた不穏な空気が、街を…、いや、世界全体を支配していた。

833シデン:2018/05/11(金) 07:04:01

それもこれも、惑星を包み込むようにして形成される外郭によって、世界が閉じられようとしているのが原因であった。
もっとも、その事実を知っているのは、都市の中でも極小数の者に限られていたが。


…知らずに済むのなら、それもまた良いのかもしれない。

間もなく世界が終るなどという、受け入れがたい運命を突き付けられて、平常心でいられる人はきっといないだろうから。

少なくとも、この異変も一時的なのものだと、直ぐにいつもの日常が戻ってくると、先の展望を期待している間は、人々が妙な気を起こすこともない。
事実、大規模なパニックや暴動が起こったという報告はまだされていなかった。

だがそれも、危うい均衡の上に成り立っている仮初めの平穏に過ぎないことに違いはない。
何が引き金となって、その均衡を破ることになるかは誰にも分からないのだ。


「ママ…、何だか怖いよ…」

街の中心部。
いつもは溢れかえるほどの賑わいを見せる街の往来も、今は目で数えられるばかりしかいない。
その中に混じって、隣にいる母親の服の裾を握りしめ、不安げに訴える少女がいる。
それに対し困惑する母親は何も言えない。だが安心させるように怯える我が子の頭に優しく手をおいた。

その時であった。

「見ろ!」

同じく街路に佇んでいた男が何かに気づき、叫び声を上げる。
そこにいた決して多くはない数の人々の足が止まり、一斉に彼が指差す先、上空へと視線が向かう。

「空が…!」

そこには、暗い影を落としていた空が、血が広がっていくかのように赤黒く染まる光景があった。
同時に、未完成の外郭の隙間から僅かながらに差し込まれていた外界からの光も、まるで月が欠け落ちていくかのようにゆっくりと、だが確実に、人々の頭上からその姿を消していった。

834シデン:2018/05/11(金) 07:09:53
【虚空城】

重々しい鐘の音が鳴り響いていた。
それは虚空城に付設する鐘楼、そこに吊るされた巨大な鐘から発せられている。

一つ、二つ、音を重ねるごとに、世界は闇の中へ沈んでいく――。

その鐘楼の下。
城の最上階、外に張り出されたテラスに何者かが佇んでいるのが見える。

白い肌に、丸く大きな紅玉の瞳。少女というよりは、童女といった方が相応しいような年齢の娘。
鐘の音をバックに、美しい金髪を風にたなびかせる彼女の名は、メルフィ。吸血鬼の姫…ノワールの実の娘だ。

メルフィはテラスの縁に立って、長い睫毛に縁取られた瞳で眼前の闇をじっと見つめている。
ふいに口から白い吐息が溢れ、その唇が言葉を紡ぐ。

「…――闇の中に響く時の声に、貴方は絶望を聞いた。
燃え盛る炎へと進み行く人々に、貴方は咎人の葬列をみた」

それは酷く空虚な声だった。
もともと感情表現の豊かな子ではなかったが、普段の彼女を鑑みても、それは異常なほどに無機的なものであった。

「穢れは瞬く間に世界を食らい尽くし、黒き災いの鉄槌は彼らの頭を悉く打ち砕くだろう」

無表情。無感情。
その虚ろな瞳の奥に存在している意思は、恐らく彼女のものではない。

「されど、恐れることはない。主は貴方と共にある。
されど、嘆くことはない。貴方は主と共にある」

まるで何者かに操られている人形のように、メルフィはただただ祝辞とも呪詩ともいえない言葉を綴る。

「眠れ、安らかに。全ての魂は星へと還る」

それを最後に、空気が軋むような悲鳴を上げた。
少女の顔を薄く浮かび出していた光が、徐々に消えてなくなっていく。

"蝕"

遥か昔、神界と人界を、そして多くの神々と人間を屠ったあの時と同じ現象が幾千年と時を重ねた今、再び起こる。

空は血を塗ったように赤黒く染まり、黒い雨が地表に降りしきる。

世界は今、闇に閉じられた。
もはや一片の光も地上には届かない。

――――――…

835シデン:2018/05/11(金) 07:19:39

重厚な鐘の音は、その部屋にも届いていた。

胴を斬り落とされ、上半身と下半身、それぞれ別の方向を向いて倒れるシデンの痩身が部屋の中央に転がっている。

その切断面から夥しい量の血を噴出し。
整えられた黒の頭髪も、上等なスーツも見る影もないほどに穢して。

血河の中に沈み、凄惨たる骸を晒すシデン。
ふとその耳に届く筈のない幼子の声が降りる。

――ピクリと、彼の指が動いた。


『……漸くか……』


直後、どこからか発せられた述懐と共に、凄まじい量の闇が溢れ出す。
息苦しいほどの圧迫間を伴って、もはや暴力的な勢いで室内を駆け巡るそれの発信源は、他でもない、床に倒れ伏せるシデンからのもので――。

…否、そうではなかった。
シデンではない。

そこにいたのは、巨大な獣だ。


『……この時を、ずっと待っていた……』

闇を纏い、底冷えするような声で、深淵から覗き込む二つの赤い瞳。

瞬間、巨大な質量がイオリを凪ぎ払い…、その勢いのまま振りきられたそれが壁面を容赦なく粉砕する。

『ゴミが』

そう吐き捨てたのは、馬と竜を掛け合わせたかのような、幻想的な姿をした獣だった。
鋼色のたてがみに、艶やかな毛皮に包まれた漆黒の体躯。
その堂々たる立ち姿を惜し気もなく披露する黒麒麟は、冷々とした瞳でイオリが飛ばされた先…崩れ落ちた瓦礫の山を睥睨する。

…正直、イオリがここまでやるとは思っていなかった。
少々驚かされたことは事実だが…、

『所詮は他のゴミ共(人間)より少しばかり優れていただけのこと。
愚物の価値に何ら変わりはない』

836シデン:2018/05/11(金) 07:22:11

今となっては窮屈な部屋を、麒麟は背中の両翼を広げて天井ごと周りの壁を破壊する。
降り注ぐ瓦礫をものともせず外に出るや、しなやかな首をめぐらせて辺りに目を向けた。

…外郭は完成。
中央棟の最上階には、闇の管理者とも並ぶ因子の持ち主であるメルフィの姿が。
階下では城の節々で闘いが繰り広げられているのか、噴煙が上がっているのが見てとれる。

麒麟は一度瞑目すると、顔を上げ、再び城の最上階に視線を戻す。
その目には、そこにいるであろう黄龍の姿を思い浮かべているようであり…、

『我が主…、ようやく嘗ての姿を取り戻しました。
これで貴方様の本懐に添うべく、十全に力を振るえそうです』

そう感慨深そうに呟いて、麒麟がその大きな身体を身震いさせれば、抜け落ちた羽根の一枚一枚が魔物と変じ、夥しい数のそれが塔を伝って下界へ殺到する。

それは過去、最大の災厄。
山野という山野を焼き払い、大海という大海を穢し、世界を蹂躙し尽くした破壊の権化。

全ての龍穴遺跡が機動し、塔を支配していたスピカが潰えたことで、最後の闇の封印が解かれ、麒麟と謂われる霊獣もまたその真の力を解放するにいたる。

地上では黒き雨によって濡れて変質した大地より魔物が沸き上がり、上空からは塔を伝って麒麟の分身でもある精鋭が下界へ押し寄せる。

惑星を取り巻くように巡り、人々に恩恵を与えていたレイラインのエネルギーもその全てが陰のもの…、つまり闇の性質に変わる。

それによって生じる世界の法則に乱れ。

風は死に、大地は濃密な瘴気に満ち溢れ。
世界は生気を根こそぎ失ってしまったかのような、闇に沈む。

同時に、闇の力を持つ者にとっては、己の力が最も高まる時であり、
しかし闇と相反する聖の力を持つ者にとっては、一番力の弱まる時…。



世界はうち震える。終わり、再び生まれ変わることを歓喜するように。
鳴り響く祝福の鐘の音が、世界の終焉を言祝いでいた――。

837イオリ ◆ruQu1a.CGo:2018/05/14(月) 17:43:16
【虚空城】
 
神と人、文字にすればたったの一文字の違いだが、その違いは天と地以上。
いくら着飾った所でその魂は神へ至る事は無い。
文字通り、痛い程わかっていた。
瓦礫を押しのけ、イオリは満身創痍の姿を現す。
 
全壊と言っても過言では無い程に破壊されたフロア。
満ち溢れる闇は常人なら息を吸う前に即死するであろう濃度で、イオリは咳き込むと同時に血塊を吐き捨てた。
 
「くそったれが……やってくれるじゃねェか……」
 
朱に染まる口元を拭い、見上げる先。
漆黒の闇に染め上げられた神獣の姿にイオリは毒を吐く。
鍛え、磨き上げられた技術と最上級品の武装を持ってしても、倒せたのは“人”の域を出ないシデンただ一人。
眼前の巨大な獣はまさしく“神”であり、今のイオリに神獣を討ち取る程の力は無かった。
 
先の一撃で蒼炎の火炎鳥を宿す妖刀は折れ、魔鎧もその機能の大半を失ってしまっている。
四霊の一角、鳳凰の違いも“今は”もう無い。
万事休す、人の身のままでは勝てないだろう。
それ以前に、神と戦う土俵にすら上がれないのだ。

そう、“人の身”のままでは。
魔装の残骸を剥ぎ取り、血に濡れたシャツを脱ぎ捨てる。
満身創痍を現す傷だらけの半裸を晒し、イオリは笑った。
信義を失わない限り滅される事のない神獣、黒麒麟。
 
麒麟とは鳳凰と同じく雌雄一対であるとも言われ、また、その身を染める色により強さも変わると言う。
黒端、闇に染まるその個体は取り分け強力だ。
身を震わせ、羽ばたき舞い落ちた羽は百鬼となって、闇に染まる地上に更なる悲叫を齎すだろう。

「よそ見してんじゃねーよ、デコメガネ。」

遥か空、虚空城の尖塔へ紅瞳を向ける黒麒麟へ、イオリは声を投げる。
浮かべた笑みが意味するのは、不屈の闘志。
惜しげもなく晒される、鍛え抜かれた身体に刻み込まれた呪印がその色を黒から赤へ、そして闇よりも深い漆黒へと変化し、輝き出した。

「まだ終わりじゃねーだろ、俺とお前の戦いは。
……知ってるか、シデンよ。」
 
闇色に輝く呪印は瞬く間にイオリの身体を包み込み、周囲の闇をも取り込んで爆発的に増加していく。
 
「限界ってのはな、超える為にあるんだ。」
 
新雷寺一族の最も深い闇、闇の子供達計画。
多くの被験者を犠牲に完成したその技術と計画の完成系、成功者はメイヤただ一人であった。
……今、この瞬間までは。
 
(遺伝子レベルで異界の悪神に適応させたなら、近い遺伝子情報を持つ者なら適応する可能性は高い。
血縁者、メイヤの父親であるなら特に期待は出来る……!!)
 
刻み込まれた呪印が示すのは、闇の悪神、チェルノボーグの封印式。
メイヤの内に封じ込められていたのはほんの一部であり、残りはイオリが回収していたのだ。
 
「穢れた翼でも、空は飛べる。」
 
闇を喰らい、闇に染まる。
爆発的に増幅する闇が鱗を、爪牙を。
大翼を、巨尾を形成していく。
鰐よりも凶悪な、凶暴ながらも猛々しく咆哮を上げるのは、天穿つ巨龍。
 
炎狗、氷狼、雷鴉。
その全てを超えし闇の悪神、封印を解かれイオリを媒体に顕現したのは、漆黒の天龍であった。
 
再度の咆哮が虚空城を揺らし、大翼が闇を打ち据える。
爪牙を煌めかせ、堅鱗をひしめき合わせ。
 
ーー心に翼を持つからこそ、飛ぶんだ。
神の高みまで昇ったからよ、今度こそ決着をつけようぜ!!ーー
 
天龍が、吼えた。

838リト他:2018/05/20(日) 23:17:54
【ポセイドン邸】

世界が終わりの時を迎えようとしている。

「......」

光を飲み込み赤く色付く空をセナは黙って見上げていた。
魔玉が闇に反応している。身体のそこから疼くような感覚。放たれた闇と一つにならんと欲しているような...

「...セィちゃん」

背後からか細い声が聞こえ、振り向くとリマが覚束無い足取りで外に出てくる所だった。足がもつれ倒れそうになった所をセナが支える。

「なんか、気持ち悪い...」

「闇が放たれた...瘴気にあてられたのだろう。」

リマのように純粋な聖の力を持つ者にとって、今は空気さえ毒ガスのようなものだろう。そしてこの濃度が濃くなれば、異能を持たぬ者が生き続けることは困難・・・

セナは自身が身につけていた腕飾りをリマの手に通す。

リマには闇に対する免疫がない。
一時凌ぎではあるが、闇の者が長い間身につけていたものを所持させることで擬似的な闇との接触をつくり症状を緩和させる他ない。

「ありがとう」

少し楽になった。リマはセナの腕の中で力なく笑い、続いて空へ視線を移す。

「あの時と同じ...」

いや、それ以上かもしれない。
リマは黒十字との決戦の日を思い出し、無意識にセナの服を掴む手に力が入る。
あの時も世界が滅亡仕掛けたのだ。平穏を取り戻したはずなのに、封印した闇は再び目覚めてしまった。

あの時はセナを失わずに済んだが、また同じ状況になれば今度こそ彼を失ってしまうのではないか、不安が募る。

ラディックから話を聞いた日、セナも、そしてリトさえも驚く様子を見せなかった。まるでこの時を知っていたかのように、加え、その脱却方法さえも知っているような顔。それを見てリマは胸騒ぎがした。最悪の事態が起こりそうで。

「セィちゃん、あのね...」

「セナ、だっけ?あんた、分かってないかもしれないから一応言っておくけど、」

リマが言いかけた時、後から別の声が割って入る。
アネスがどこか不機嫌そうな顔を浮かべながら二人のもとへ歩み寄る。その隣にはリトもいた。

「あんたに何かあったらリト達が存在し得ないこと、忘れちゃダメだからね」

アネスの不機嫌さはどうやらこの状況にあるようで。空を見上げ、苛立ったように眉を潜める。

「ほんと、世界の終焉って感じ?こんな環境に娘を放り込むとか、うちの父親どうかしてるんじゃないの?」

呟きながら大鎌を顕現させる。

「範囲は?」

「限界まで。」

「人使い荒い・・・」

隣のリトへ何やら意見を求めるも、その答えに更に気を悪くする。かと言って断る気もないようで、手にした大鎌をくるりと回し、柄の部分を力強く地面に打ち付けた。
途端、波動が地を伝い勢いよく広がっていった。

「ポセイドンの管轄域は守ってあげる。私の魔力が続く限りこれ以上魔物が増えることはないわ。」

「かなり広範囲だな。リミットは?」

「私が死なない限り問題ない。」

「ふーん、流石。」

「思ってもないくせに、生意気。」

まぁどうでもいいけど、とアネスは続け、

「出来なくはないけど、なるべく魔力は温存しておいた方が良いでしょ?私は戦力外に。まぁこの邸内を守るくらいはしてあげる。」

「そこは問題ない。・・・ノワール。」

リトの呼びかけにノワールがふわりと姿を現す。

「既におる魔物の討伐は引き受けた。所詮は闇より生まれし赤子のようなもの・・・小物を滅するなど造作もないわ。」

「油断はするなよ」

「指図は無用じゃ」

ノワールは小生意気に鼻を鳴らし姿を消す。目的地へ向かったようだ。

この状況に困惑せず的確に指示を下していくリト。その冷静さは見事だった。

839ナディア他:2018/05/20(日) 23:19:11

その様子を、窓の外から見つめるジル。

「流石だろ、うちの弟は。」

ジルのもとを訪れていたらしいナディアが隣で同じように外を見ながら笑う。

「・・・行くの?」

「まぁな。」

"その場所"へはあの変なピエロが案内してくれるらしい。
ジルはリトから目を逸らさずに、そう、とだけ言葉を紡いだ。

リトはこの事態を収束させる鍵を握っている。そして、その方法も知っているようだ。それは、あまりにも残酷な方法であるが。

「お姉さん、僕は世界を救うために犠牲になっていい命なんてないと思う。誰かの犠牲の上でしか成り立てない世界なら、いっそ無くなってしまえばいい。」

だから、止めて欲しい。あの子がその決断を下そうとした時は。

時折黄龍と意識が繋がることがある。これは彼が自分を模した姿をしていることにも関係しているのか、原因は分からないが、いつか自分の意識はなくなり黄龍に呑み込まれてしまうのではないかと恐怖があった。
しかし、そのおかげで知ることが出来たこともあった。

「あのユニって子。あの子さえ目覚めれば・・・」

「え、何?」

ジルの呟きはナディアには聞こえなかった。
聞き返すが、ジルは教える気はないらしい。

「君たちがこの世界に執着する意味は分からないけど、せいぜい頑張るといいよ。・・・死なない程度にね。」

840アブセル ◆Hbcmdmj4dM:2018/05/25(金) 05:35:07
【ポセイドン邸】

当主の風格たり得る、堂々としたリトの勇姿を見ていたのはナディア達だけではなかった。

「…リトが格好よすぎて死ねる…。抱いて!いや、抱かせて!」

敬服と変態的な眼差しでリトを見守るアブセル。
不意にその頭に拳骨が落ちる。
…ベルッチオだ。

殴られた頭を抑えながら不満の音を上げるアブセルを無視し、ベルッチオはリトの傍らに歩み寄る。
そして、

「こちらは私共にお任せを。いかな悪鬼共が襲って来ようと、奥様やヨノお嬢様には指一本触れさせません。
坊っちゃんは何らご心配召されることなく、どうぞご自身のお役目にご専念くださいませ。
…貴方様の、皆様のご帰還を心よりお待ちしております」

主への恭順を示すが如く、恭しい仕草で頭を下げるポセイドン邸の老執事。
一方で、今度はラディックが打って変わって陽気な声を上げる。

「ではでは皆さん、此方に集まってくださ〜い。
そろそろ出発しますよ〜」

観光ガイドよろしく、手を上げて面々に呼び掛ける彼は、ふと何かを思い出したのか手を打ち合わせる。
ぽんっと、どこか気の抜ける音が場に上がった。

「そうそう。実はもう既にあちら側に乗り込んでいる方々がいるみたいで…、もしかしたら貴方達のお知り合いかもしれませんねぇ?」

自分達以外にも協力できる相手がいると報せることで、リト達の戦意向上を狙っているのだろうが…、それにしても白々しい。

いつものにやけ面で集った面々の顔を順に見回すラディックは、それについては深く言及することなく「では行きます〜」と出発の旨を告げて技を発動させた。


―――…

空白は一瞬。突然の浮遊感に見舞われた直後、先程まで見ていた光景が切り取られ、別の光景とさし変わる。

慣れない空間跳躍に思わずその場でたたらを踏むアブセルを含めた一行が飛ばされた先は、空中に浮かぶ虚空城をのぞけば、今この世界において間違いなく一番の高みに存在する場所だ。
視界一面に広がる赤黒い空。若干の息苦しさとそれなりの広さを有する塔の頂きには、先程ラディックが言った通り先客ともいうべき数人の者達の佇む姿があった。


「待ってくれ!それではあの時と…、セナの時と一緒じゃないか…!
それを俺達で決めると言うのはあまりにも…っ」

深刻な面持ちで声を上げているのはイスラだ。
しかし、切羽詰まったその声を聞き受ける相手の姿はもう既にそこにはなく、そしてイスラの方も、彼との別れを惜しむだけの余裕はないようであった。

今の時代から遡って百年も前。イスラ達は世界を闇の脅威から救う為、セナを魔玉の代わりにした。
それは決して望むべくして取った選択ではなかったが、今の状況はあの時と一緒だ。

闇諸とも塔を地中深くに沈める役割を負うということは、闇を封じる楔代わりになるということ。
そしてそれは死ぬことも許されず、牢獄のような場所に永遠に囚われ続けることと同義ではないのか。

「そんなこと…、出来る訳がない。他にも何か方法がある筈だ」

誰が犠牲になることもない別の対処方法が。

だがその思考は突如響いたけたたましい獣声によって遮られる。
何事かと仰ぎ見れば、夥しい数の魔物が上空から降ってくるのが見えた。

即座にイスラとサンディが動く。協同で展開させた多数の炎の槍を魔物に向けて飛ばすが…

「…!これは……」

「嘘っ、なんで…!?」

炎槍は魔物に届く前に、その火力を急速に萎め途中で掻き消えてしまった。

どうやら闇が世界に及ぼす影響は、聖の本性を持つ四神の力を弱体化させるまでに至っているようだ。

841シデン:2018/05/31(木) 05:43:56
【虚空城】

響き渡る咆哮を正面から浴びて、麒麟はもたげていた首を下ろした。

『…大人しく死んでいれば良いものを』

二つの紅い瞳が映すのは、天翔る巨大な天龍だ。

大気を震撼させる咆哮は、それ自体が重みを持っているかの如く圧迫感を伴い、硬質な鱗に覆われた漆黒の体躯は全身に鎧を纏っているに等しい。
獲物の命を毟り取ることのみに特化した爪牙も、広げられた大翼も、見る者を圧倒させて余りある存在感を放っている。

禍々しくも神々しい威光を放つそれを。
その変貌を遂げた巨龍の姿を眺め、麒麟は僅かに目を細めた。

『しかし、醜い…』

驚くでもなく、ただただ、その顔には不快感だけが刻まれている。

『人の欲には底がないと言うが…、俺は貴様ほど強欲で身の程を弁えぬ人間は見たことがない』

鼻を鳴らし、瓦礫の山を踏み締め、麒麟は相対する天龍を鋭い視線で睨み付ける。

『偽り、騙し、死者を蘇らせ、神を手にかけるだけでは飽きたらず、厚かましくもその神列に名を連ねようとは…、思い上がりも甚だしい』

神をも恐れぬ所業とはまさにこのこと。

素性を偽って黄龍の懐に潜り込み、まやかしの忠誠を誓うそれは、他者を嘲笑い、主の尊厳を踏みにじる信義に悖る行為だ。
愛する女を蘇らせたその手で、神であるワヅキの命を奪った蛮行は、天の原理にツバを吐く忌むべき冒涜だ。
あろうことか自ら人の身を捨て、神の領域に到達せんと求める精神は、傲慢で利己的な、シデンが最も嫌悪する人間の浅ましい本性だ。

誰よりも長く近く天意に侍り、忠を尽くしてきた彼だからこそ、イオリの冒した不徳の全てが我慢ならない。

『その汚穢にまみれた手で次は何をする。
黄龍様を殺め、世界を我が物にでもする気か』

ふいに麒麟は己の両翼を大きく広げた。

その翼にある発電器官が脈打ち。瞬間、白光が迸り、指向性を持ったそれが恐るべき速度で射出される。
中れば人の身など一瞬で蒸発させてしまうであろう白い光が、周りの闇を塗り潰しながら途切れることなく天龍に襲いかかった。

842リマ他 ◆wxoyo3TVQU:2018/06/04(月) 23:40:02
【黄昏の塔】

「助けなきゃ・・・!」

ラディックの言う先客とは、確かに見知った顔だった。
しかし今は再会を喜んでいる場合ではない。
襲い来る魔物に放った技が無効化されたのを見るや、リマはすかさず助太刀しようと前へ出る。
しかし駆け出そうとしたリマの腕をすかさずセナが掴みそれを阻むと、彼女を胸に抱きながら自由のきく手を翳す。
途端、その手から放たれた闇がけたたましい音を立てながら渦となり、今まさにイスラ達に襲いかからんとした魔物達、及び周辺のそれらを一気に呑み込み爆ぜた。

その威力たるや。

「やば・・・」

ナディアは思わず声を漏らす。
正直なところ、セナと出会ってから今までどこかぼんやりとした彼の姿しか見ていなかった為完全にナメていた。忘れかけていたが、彼はかの時代の闇の王子なのだ。

「・・・って、こんなんしてる場合じゃねぇや!」

呆気にとられたがすぐに我に返り、ナディアは慌ててイスラ達のもとへ。

「おーい!サンディ!大丈夫か!?」

843メイヤ ◆ruQu1a.CGo:2018/06/11(月) 20:15:20
【黄昏の塔】
 
 炎を掻き消す闇と赤黒い空。
過去と現在、二人の天照大神が放った炎は萎む様に消えたと言う事は、恐らくポセイドンの力も……いや、聖なる属性、陰陽で言えば陽に属する者はその力を殆ど発揮出来ない状態なのだろう。
 
 (確かに、俺の白焔も出せないな……)
 
 対して、陰に属する闇の力は120パーセント以上増幅されているのがわかる。
 鳳の力により焼失した筈の異界の闇が、セナが巻き起こした闇渦に反応して蠢いたのだ。
完全とは言わすとも、ほぼ焼失した筈の闇が励起し、今この瞬間も増殖している事から、上記の事が考えられる。
 
 「セナ…さんだったか?今の一撃で魔物は一掃出来たけど、長くは保たない。
 第二波、第三波と来たらどうしようもなさそうだ。」
 
 魔物を一掃したセナの力に胸の内がざわめき、蠕動するがソレを無視してメイヤは続ける。
 
 「先々代……先の剣士の言葉通り、誰かがこの塔を沈めないとならないし、迷う時間もない。」
 
 吸血姫のノワールと二人の闇の王子。
素質はあれど開花に至らないアブセルと、闇の残滓がこびり付いた器の自分。
 
 メイヤは闇の素養を保つ者を指差し、その名前を呼ぶ。
そして最後に、自身の胸元を左手の親指で指した。
 
 「……だから、俺が行く。
 月は過去からの脱却、未来への好転を示すとも聞いた。
 この塔では一族の者が2人死んだ、いや、3人か。
墓標にするには丁度良い。」
 
 アグルに敗れたユーリと、メイヤ自身が破ったクウラ。
先々代であるヤツキの死地も、ここと言って間違いではないだろう。
 
 「吸血鬼の姫も、闇の王子もここで死んでいい存在じゃあない。
 
 逆に言えば元より俺は存在しなかった筈の人間だし、三回程死んでるから四度目があってもおかしくはないだろう?」
 
 取捨選択と消去法、主観ではあるが問題はないだろう。
 メイヤは頂上に立つ面々を見渡し、言い切った。
 
 「異界の闇を宿していた器であるこの身体は、魔玉に近い性質を持っている。
 他に適任者は居ても、覚悟は出来てないだろう?
 
 だから、皆は先に行け。」

844リマ他 ◆wxoyo3TVQU:2018/06/12(火) 00:07:33
【黄昏の塔】

「駄目・・・」

今一番効率的で効果のある方法はまさに"それ"なのだろう。
しかしそんなメイヤの提案に皆が考える間も与えず、リマの異を唱える声が入る。

「簡単に言わないで。誰も死んで良いわけない。」

言いながら、リマはセナの腕をきゅっと掴み、セナが「その役」をかって出ぬよう無意識に予防線を張る。本当は彼女も得策が何かは分かっているのだ。かと言って認めるわけにはいかない。その方法を認めてしまえばセナも候補の一人となり、メイヤに対し「セナでなくて良かった」などと薄汚い思いを抱いてしまいそうで。そんな卑怯な考えなど持ちたくない。

「キリがなくてもその都度対応して行けば・・・。最終的に元凶を叩けば、必然的にこの闇の暴走も止めることが出来ませんか?」

845サンディ:2018/06/15(金) 04:08:17
【黄昏の塔】

「う、うん…。あたしは大丈夫だけど…」

気遣って駆け寄って来てくれたナディアに力なく応じて、サンディは真紅の瞳をさ迷わす。
その心細そうな視線はメイヤの上でピタリと止まり、そして…、

「どぉでしょうかぁ?
私はあまりオススメしませんけどぉ〜」

リマの提示した代案に、意外な人物からの異論が入る。
横から口を挟んだのはラディックだ。

「元凶を叩くと言いますが、誰がそれをするのですかぁ?現状、四神の皆さんは戦力外と言っていい状態ですよねぇ?
それ以外の残った方々で応戦するには、この先あまりにも負担が大きい…と言うか正直な話、無謀過ぎますよぉ」

小首を傾げ、彼は平常通りのおっとりとした口調でとうとうと言葉を続ける。

「一人の犠牲で四人の戦力が戻ってくるのなら、当然勝算の高い方を取るのが合理的です〜。
それに地上では闇の瘴気と魔物の来襲で、今まさに多くの方々の命が危機に瀕しているのですよぉ。
全人類の命と天秤にかけても、たった一名というのは安い代償ではないでしょうかぁ?」

今こうして話している間にも、そしてその話し合いに時間をかければかけるほど、地上にいる多くの人間の命が失われているのだと、ラディックは言外に語っている。

ポセイドン邸のように、戦える人員が残っている場合はまだ良い。だがその他の地が、それと同じとは決して言い切れないのだ。

ラディックのもっともな発言は、一同を押し黙らせるには十分過ぎるものだった。

誰しもが言葉を詰まらせ、場が沈鬱な静寂に沈む中。ふいにサンディが静かな声音で口を開く。

「……メイヤは、本当にそれで良いの…?」

小さく、どこか弱々しい。
その問いは他でもないメイヤ自身に向けられていて…、

「あの時…、メイヤは明日が欲しいって言ってたよね…?
あたしと、もう一度街を歩きたいって、だからそんな明日の為に戦うんだって…」

俯き、前髪の影に隠れた顔はよく表情が読み取れない。
だが彼女は、何らかの感情を必死に抑え込むように強く拳を握りしめていた。

「あたし、言ったでしょ…?
自分を大切にしてって。人の為に、世界の為に簡単に命を投げ出そうとしないでって。
そう…約束してくれたんじゃなかったの…?」

小さく掠れ、次第に涙声に震える声。
堪えきれず、瞳から溢れた熱いものがサンディの頰を伝った。

「…それが、メイヤの出した答え?」

846アブセル:2018/06/15(金) 04:11:07

「リト、馬鹿なこと考えるなよ」

その様子を眺めながら、アブセルは呟くような声で隣にいるリトに先んじて釘を刺した。

何やかんやと言いつつも、リトがお人好しであるのをアブセルは知っている。
目の前に泣いている者や悲しんでいる者がいれば、うんざりしながらも、いつも最後には手を差し出してしまう。
慰める言葉を持たぬかわりに、彼はいつだって自らの行動で誰かを救ってきた。

…呆れるほど不器用だと思う。不器用で、それと同じくらい優しい。
だから今回も、自分を犠牲にして場が丸く収まるのなら、リトはそれをしてしまい兼ねない。
だからこその予防策だ。

リトやセナが名乗り出るなら、まずその前は自分の番なのだと。

「俺らみてーなのの代わりは沢山いても、お前の代わりはいないんだから」

リトもセナも、この先きっと必要な存在となる。

ましてセナにいたっては、この時代の人間ですらないのだ。もし彼を闇の暴走を抑える贄に選んでしまえば、その子孫であるナディアやリトもどうなってしまうか分からない。
最悪、歴史が変わってしまう可能性だってある。

だから、彼らをここで失う訳にはいかない。

847イオリ ◆ruQu1a.CGo:2018/06/18(月) 00:45:07
【虚空城】
 
 漆黒の闇に染まる二頭の巨獣。
二つの巨影の容姿は意外にも似通っており、互いの両翼が同時に羽ばたいた。
 黒麒麟が放つのは、迸る白光の波濤。
止むことなく放たれ続けるその白き光は恐るべき威力を秘めており、文字通り光の速さで天龍へと迫っていく。
 対する天龍は再度の咆哮を上げる。
咆哮は闇色の波動となって白光と衝突し、互いにその威力を相殺して消滅。

 「俺はただ、壊すだけだ」
 
 その声は、最大出力を示す極太の光条と共に。
波動で波濤を相殺した後に放つは漆黒の光条。
黒麒麟の放つ光とは違い、天龍が放つソレは明確な指向性を持って迸り、黒麒麟へと迫っていくも……その頭部の真横を通り過ぎていく。
 
 「血塗れの手で掴んだ所で、滑り落ちていくだけだった
 時空をねじ曲げてまで嫁を蘇えらせたのも、全ては今この時の、これからの、そして全て壊し尽くす為だ!」
 
 黒麒麟の真横を通り過ぎた漆黒の光条、その向かう先は虚空城の最上部。
世に溢れ出んとする闇を操る吸血鬼の姫、そのモノが立つ尖塔のテラスへ光条が迫り、着弾。
 一拍の間を置いて尖塔は大爆発を起こし、瓦礫と破片が衝撃波と共に周囲に降り注いだ。
 
 その様子を横目にしながら、天龍はその長く巨大な身体をうねらせ、再び羽ばたく。
 両翼に孕む雷光が、頭部から伸びる二本の捻れ曲がった尖角からは業炎が、そして氷槍となった背毛を揺らし、天龍は黒麒麟へと突進していった。

848メイヤ ◆ruQu1a.CGo:2018/06/20(水) 00:47:17
【黄昏の塔】
 
 セナを庇う様に声を投げるリマと、同じくリトを制止するアブセル。
その様子を見、メイヤの決意は更に固まった。
 ラデイックの言葉通り、選ぶべきは最も勝算が高い方法なのだ。
寧ろ他の選択肢があるのだろうか、在るならば乗り換えたいが、そう上手く行く物事でもない。
 
 「犠牲になっていい人間など居ない、確かにそうだ。
 だけど俺は人間と呼ぶには怪しい存在だよ、自分で言うと悲しくなるけれど」
 
 隣に立つサンディの悲痛な声。
俯く彼女の表情は見えずとも、どんな顔をしているかは簡単に想像出来る。
だからこそ、メイヤは続けた。
 
 「俺は明日が欲しい、だからこそ戦うんだ。
 死にに行く訳じゃあない、明日を得る為に戦いに行くんだ」
 
 前髪の隙間から見える、伏せられた瞳と流れる涙。
メイヤは神刀を床に突き刺し、彼女を抱き締める。
 
 「大丈夫、勝算はある。
 無駄死にするつもりもない、信じてくれ」
 
 そして、彼女だけに聞こえる様に小さく小さく、耳打ちをした。
 
 「サンディ、俺は君の事が好きだ。
 だから、絶対に会いに行く。
 だから……先に行って欲しい」
 
 正直狡いだろうと自分でも思う、だが、この言葉だけは伝えなければならない。
頭一つ背が低い彼女を、一度強く抱き締め、メイヤはサンディから離れる。
 
 遠くに響く轟音、そう遠くない距離に見える虚空城に一筋の黒光が走る。

 「さぁ、皆早く行くんだ。
 塔から城へは外殻を伝って地続きだ、急げ!!」
 
 時間は無い。
ゆっくりだが確実に、闇は濃くなっている。
 一度は失った筈の闇の力。
神刀を手に、メイヤはその姿を闇に染まる巨狗へと変えた。
 
 続く咆哮は別れの言葉か、仲間達への号令か。
物言わぬ黒狗は一度だけ、ゆっくりと目を伏せた。
 
 仲間達の姿を忘れぬ様に、その瞳に焼き付ける様に。

849リマ他 ◆wxoyo3TVQU:2018/06/24(日) 08:07:30
【黄昏の塔】

「リマ・・・」

リマの訴えはあえなくラディックに否定されてしまった。
それでも、とさらに畳み掛けようとした彼女に、セナが声を掛けた。
その声音にリマは息を呑む。
同じだったのだ。幼い頃、我儘を言って駄々をこねて、セナを困らせた時。彼がそれでもリマに言い聞かせる為、泣きじゃくる自分に掛けていた声と。

「駄目!駄目だからね!!」

リマはセナが言わんとしていることを察し、縋るように訴えかける。

「折角戻ってきてくれたのに!もうリマを一人にしないって約束してくれたでしょ!」

駄目だ、今言うべきことじゃないのに我慢出来なかった。リマは自責の念とセナを失いかねない恐怖に堪らなくなり、嗚咽をもらしその場に崩れる。

こんなにも脆い少女が何故四神の責務を負わねばならぬのか、セナは時々分からなくなる。死闘を乗り越え少しは強くなったかと思ったが、根本的には変わらないのだ。いっそ再会などしなければ、彼女は独り立ち出来たのだろうか。

ただでさえ聖の力を持つ者に取って害ある環境で無駄な体力を消耗させたくないのに、セナはリマを慰める言葉が思いつかなかった。彼女の希望を叶えるという言葉だけは言うべきではないのだ。

そこへ、時同じくしてアブセルより制止の言葉を受けていたリトがリマのもとへ歩み寄る。アブセルの言葉に対する返事はないままに。
セナですら差し出すことのなかった手を差し伸べ、リマを支え立たせてやる。

「大丈夫、あんたからこの人(セナ)を取り上げるつもりはないから。」

この時代でセナを失う事は自分たちの存続に関わってしまう。自分はどうでもいいが、姉たちは護りたい。

セナを護ろうとするリマの一方で、これまた大切な人を失いたくないと涙を流す少女が一人。とても残酷な状況だと思う。
少女の傍らに立つ姉と目が合った。何故だか睨まれる。恐らくはアブセルと同じことを言いたいのだろう。誰かが犠牲にならなければ成り立たない状況だと、皆分かっている筈なのに。

リトはふとアブセルへ目を向けた。この世の終わりのような顔をして・・・おそらく自分の言葉を無視して、リトが自ら犠牲になると言い出すと思っているのだろう。
場が丸く収まるのなら自分がやればいいといつも思ってきた。でも、自分の無事を願う者達もいるのだと、今では分かる。

リトはルイの言葉を思い出していた。「鍵を握る者の存在があるが、今はパズルのようにピースが散らかった状態である。ピースがこのまま揃うことのない時、自らを棄てる覚悟を持て」と。だが、「今は"その時"でない」ことも分かっていた。

「俺はまだ死ねない。けど、最後は・・・」

決断せねばならない時が来る。きっと・・・

850サンディ:2018/06/25(月) 03:21:37
【黄昏の塔】

何となく、こうなる気はしていたのだ。
ただの口約束なんかで彼を繋ぎとめて置くことなど出来ない、ということも。

だから、覚悟はしてた。…してたつもりだ。

「………分かった…、信じる」

メイヤに抱かれ、サンディはその腕の中で静かに目を閉じた。

仕方なく贄になるのだと言ったなら、彼女はメイヤを止めていただろう。
だがこれは彼が自ら決断し、己の欲する運命を掴み取る為に選んだ選択だ。
その意志を挫く権利はサンディにはない。

でも…、一つだけ言わせて欲しい。
サンディは顔を上げ、メイヤを見据える。
依然、瞳は濡れたままだが、その声には先ほどまでにはみられなかった力強い響きがあった。

「ただ待っているつもりはないよ。この戦いが終わったら直ぐにメイヤを迎えに行くから」

今の戦いに決着がつきさえすれば、メイヤを塔に縛り付ける理由も消滅し、何か彼を解放する方法も見つかるかもしれない。
…いや、見つからなくても必ず見つけ出してみせる。

「だから、あたしが迎えに行くまで死なないでね。約束破ったら今度こそぶん殴ってやるから!」

サンディはメイヤから離れると、軽く敬礼してみせる。
健闘を祈る、とわざと明るく言って、涙に濡れた顔に下手くそな笑顔を浮かべる。

前に自分の中で密かに誓ったことが二つある。
一つ目は、もう二度と弱音は吐かないこと。
二つ目は、好きな人の前で格好悪い姿は見せない、ということ。

それを最後にサンディは踵を返し、メイヤに背を向けた。
乱暴に涙を拭い、前を見る。

意外にも覚悟を決めた当人達以外の方が、困惑の色が強いようだった。
その胸に占める想いは各々違うのだろうが、どう声をかけるべきか迷っている面々に「大丈夫だよ」と微笑って声をかける。

何が、とは言わない。

自分達のエゴで仲間を見殺しにしたとは思わないで欲しい。
サンディは諦めて彼を送り出したのではないし、メイヤだって自己犠牲の精神で残った訳ではないのだろうから。

彼は此処にいるメンバーに希望を託したのだ。
だから自分達がやるべきことは、それに応えること。
各々の護るべきものの為に、戦うこと。

「行こう!」

自らを奮い立たせるように言って、彼女は階段の如く遥か上へ続く外郭に足を踏み出す。
後ろは振り返らない。
黒狗の咆哮がその背を押すように響いた。

851ナディア ◆wxoyo3TVQU:2018/07/01(日) 02:00:08
【黄昏の塔】

「誰も犠牲にしない」なんて綺麗事だ。
多くの犠牲より一人の犠牲、ごもっとも。不本意ではあるが今自分たちの行動はすべて世界の存続に関わってくる。ここで立ち止まっているわけには行かない。

けれど、

「残酷だな・・・」

ナディアは呟く。
犠牲にならざるを得ない者は限られていて、その誰もを失いたくないと嘆く者がいる。

牽制の意味をリトを睨めつけるも、彼はその視線を逸らす。こちらの意見など聞くつもりは無いようで、何か考えている様子だった。

ナディアは続いて彼の傍らにいる少女・・・ユニへと目を向けた。
大きな瞳が不安そうに動き、遠慮がちながらも確りとリトの衣服を掴んで離れようとしない。

(あの子・・・)

ユニはどう見ても戦力外。当然リトは置いていこうとしたが、それを無理矢理連れてきた。
ジルがユニについて何か仄めかしていたから。彼女がこの件に関係していることは間違いない。それが解決の鍵になるかもしれないと希望を込めて。

「絶対迎えに行こう」

この場はメイヤが引き受けることとなった。
ナディアは先を行くサンディの背を励ますように叩く。

優先すべきは世界の存続、自分も決断する時が来る。
聖の力が弱まっている今、リトの存在を無視することは出来ない。
状況を把握した上で嫌だ、駄目だと意地を張るのは子供の駄々に等しい。
闇の能力者の質としてリトが最後の砦となるのは明白。

ユニの謎が解けぬ限り、リトを手放す覚悟を決めねば。

もう、時間はないのだから。

852レオール ◆ruQu1a.CGo:2018/07/01(日) 07:25:47
【バルクウェイ】
 
一筋の光明さえ差さない、閉ざされた世界。
永遠に続く闇夜の始まり、終焉の幕は下りたままだろう。
元が着くとは言え、バルクウェイは世界政府のお膝元。
世界有数の大都市は生活水準も高く、それを成す程にも都市機能は高い。
 
外殻の完成により世界が闇に閉ざされたと言えども、街の灯りは消える事は無かった。
しかしそれも、永遠に続く事は叶わないだろう。
電力供給に必要な燃料、資源はいずれ底を着く。
日照りを失い、動植物もそう遠くない内にその姿を消し、飢えと渇きの日々と共に世界は終わりを迎えるのだ。
 
「緩やかに滅びを迎える、そう言う訳にもいかないものだな
元より、ソレを受け入れるつもりは更々ないが!」
 
天地の狭間、バルクウェイ上空に浮遊する飛行艇の甲板でレオールは苦い声を出した。
周囲には同じ様に空挺師団の船が舞い、幾千もの魔影と戦いを繰り広げている。 
外殻完成から程なくして降り始めた雨は次第にその勢いを増し、雲無き嵐となって荒れ狂っていた。
風雨と共に魔物の大群を迎撃する空挺師団員の表情は硬いが、悲壮ではない。

地上、街の守護はバッハとビリーの二人の幹部に任せ、レオールは側近のマルトと共に最前線にて指揮を執っていた。
轟雷神と嵐神の魂を持つ二人は今の空挺師団における最大戦力である。
その完成された強さは四神にも勝るだろう。
剣風と共に雷光が、双刃が竜巻を巻き起こす。
文字通り豪雨の様に降り注ぐ魔物の群れを薙払う二人を中心に、師団員達も奮戦していた。

「一匹たりとも地上へ下ろすな!!」

レオールの号令と共に戦士達が剣を掲げ、剣閃が煌めく。
増え続ける魔影を斬り捨てる刃は不屈の光を宿していた。
勿論、号令を飛ばすレオールもまた、剣を振るい続けている。
一閃、二閃、三閃。

剣戟と共に放たれる雷光が、数百の魔物を打ち据え、滅していく。
その背から伸びる雷翼は羽ばたくと同時に轟雷が闇夜を切り裂いた。
無明の闇夜に瞬く雷光は、希望の光か。
雷光を纏い、文字通り光の矢となってレオールは空を駆けた。

その背中を一瞥し、マルトもまた、双刃を握り締める。
派手さはないが堅実な戦いを得意とする彼は、地味と言われながらもその実力はレオールに次ぐ程。
嵐を巻き起こし魔影を一掃したと思えば、真空の刃で取りこぼしを確実に撃ち落としていく。

853 ◆ruQu1a.CGo:2018/07/01(日) 07:26:47
暗天に走る雷光に目を細め、バッハは
その手に握るメイスを振り下ろした。
手に伝わる衝撃と共に魔物の頭部が粉砕され、内容物が飛び散った。
その様子に僅かながらの嫌悪感を現すも、魔物の死骸に目を向ける。

「一段落だな。
第三波以降は殆ど降りてきちゃいない……と言うか降りてこれてない。」
 
しかし、背後から掛けられる声、声の主へバッハは視線を移した。
視線の先、カウボーイハットを被った痩身の男……自身と同じ師団幹部のビリーの言葉に返事を投げる。
 
「あの雷光を見ればわかりますよ、師団長と副団長が揃うあの場を抜けれる者はそうそう居ません。
それこそ、大国の軍勢か黄龍の守護者でなければ。」
 
“個”として最高峰の強さを持つ二人に打ち勝てる者はそうは居ない。
恵まれた異能を存分に振るえる程の技量、それは正に鍛練の賜物だ。

「でもよう、ハナから団長らが乗り込んだら良かったんじゃないのか?
ヴィカルトが裏切ったと言え、数が揃わない四神の連中よりか実力は段違いだと思うんだが。」
 
魔物の死骸に吸いきった煙草を投げ捨て、ビリーが問うた。
ヴィカルトと言う師団の片翼を失ったとは言え、師団の総戦力は小国家程はあるだろう。

「完成されていると言う事は、裏を返せば“それ以上先は望めない”と言う事。
四神の子らはまだまだ成長し、進化する。」
 
確かにレオールは強い。
側近のマルトも総合力で見れば四神に勝るだろう。
しかし、完成された二人に伸びしろはもう無いのだ。

「可能性に掛ける、いや、信じると団長は言っていました。
四神を超え、四霊を超える四聖に成りうる可能性を信じるとね。」
 
アグル達を黄昏の塔へ送り出した後、祈る様に呟いたレオールの言葉をバッハは思い出す。
未来への道を切り開くのは大人の役目だが、未来をつかむのは子供達、若者達なのだ。

「さぁ、休憩が済んだのなら前線に補給部隊を飛ばしましょうか。
戦力の割り振りは七対三ですが、空へと七割を持っていくと言う事はそれ程までの激戦地であると言う事。
補給部隊隊長、任せましたよ。」

再び煙草を吹かすビリーへバッハは声を掛け、自身もまた歩き出す。
戦いはまだ、始まったばかりなのだ。

854??? ◆ruQu1a.CGo:2018/07/05(木) 09:48:53
【黄昏の塔】
 
 「全く、君はこんな所で終わっていい人間ではない事を意識して欲しいですね」
 
 揺れ動く塔の高層階、倒れ長身の青年へ、ぼやく様な呆れる様な、しかし心配している声色で声が掛けられる。
声の主は真白の長外套を羽織り、頭からフードを被っていた。
 
 俯き気味で話すその表情は、梟の面によって見えない。
その声はやや高く、恐らく男性であろうか。
 
 しかし、この場にそれを判別する者は誰一人居なかった。
 
 「君の戦いは終わったとしても、君の役目はまだ終わって居ません。
 まだ暫く、付き合ってもらいますよ」
 
 梟面の人物は、意識の無いアグルへ話し掛け続ける。
返事は無くとも、聴いては居なくとも、ソレは止まらない。
 
 自身より頭一つは背が高いアグルを背負い、梟面の人物がゆっくりと歩き出した。
遠くに聞こえる遠吠えに、梟面が揺れる。
 
 まるで屋敷内にある様な大きな階段を登る途中で、大きな黒犬とすれ違った。
両者は僅かな間、ほんの数秒だが互いに見つめ合い、頷く。
 そこに言葉はなくとも、意思の疎通は可能であった。
 
 「君は、いや君も己の役割を、役目を全うするのですね……」
 
 闇へ消える黒犬へと言葉を投げ、梟面の人物は黄昏の党の最上部、頂上へと歩み出た。
赤黒い空はその濃さを更に増し、グロテスクだ。
 
 「塔が示すのは崩壊、災害、悲劇、悲惨、惨事、惨劇、凄惨、戦意喪失……
 そして、逆さの月が示すのは
失敗にならない過ち、過去からの脱却、未来への希望。」
 
 赤黒い空から視線を遠くに見える虚空の城へ移し、梟面の人物は風を纏った。
 
 「さぁ、行きましょうか。
 遅れた分を取り戻しにね。」
 
 そして、ゆっくりと沈み始めた黄昏の塔を後に、飛んだ。

855キール ◆ruQu1a.CGo:2018/07/05(木) 23:54:40
【虚空城】
 
 虚空に浮かんでいた筈の城が揺れる。
 相違空間の狭間から顕現し、外殻の中心となった虚空城は本来ならば難攻不落。
 
 しかし四霊の半分が居ない今、黄龍の居城はかつて無い程の戦場と化していた。
城の至る所に散らばるのは死体、遺体、死骸。
 
 強化人間である元・処刑人の剣のヴァイトのデータを基にし、“新世界の住人”のプロトタイプとして量産された戦闘兵がその造り出された命を散らしていた。
 それを成すのはイオリが雇った傭兵団員達。
 
 七つの大罪を名乗る彼らもまた、その命を散らしながらも戦いに殉じた。
彼等が欲しかったモノ、それが何かを知るモノは居ない。
イオリからの報酬は何だったのだろうか、それを知る術はどこにも無かった。
 
 「……プロトタイプと言えどもあの戦闘兵をほぼ全滅させ、更には四霊たる私に喰らい着くとは……」
 
 激戦地となった伽藍のエントランスで、四霊の一柱、キールは肩で息をしながら呟いた。
黒のオーダースーツは煤に汚れ、至る所に裂傷が走り、血が滲んでいる。
 
 氷蒼の瞳が映すのは激戦の跡。
禿頭の男、傭兵の頭が姿を変えた火竜が大きな血だまりに沈んでいた。
 
 その側には狼男の遺体と、氷漬けにされた双子と無数の刃物。
 唯一今も生き残っている長髪の男、イオリに似た東方の男は力無く立ち尽くしたまま。
 
 闇に染まる百足を生み出し戦っていたその男は“もう”動けないだろう。
血にまみれ、その身に宿る闇を吐き出し切り、乾いた笑みを浮かべ続けるだけだ。
 
 「ははは、終わりだ。
 俺達の戦いは、終わりだ。
 百足に羽はない、地を、血を這いずりまわるしかなかった、それだけだ。」
 
 立ち尽くす男……ジョッシュは血と共に声を絞り出す。
闇の子供達計画の被験者であり、失敗作ながらもリミッターを着けずに闇を操れる唯一の存在は、闇を出し切った事により、長らく病んでいた精神を正常に戻していた。
 
 血糊でベタつく長い髪が揺れる。
キールの視線の先、ジョッシュの後方。
 
 死屍累々の虚空城へ新たに足を踏み入れた一団の姿を見つけ、キールは溜め息を着く。
 
 「シデンはイオリと一騎打ち、晶騎士と羅刹の王は未だ動かない。
 私一人で四神4人と闇の王子二人にその他を相手どるのは中々骨が折れるのだけど。」
 
 黒から蒼へと色を変えた瞳で新たに現れた一団……サンディ達を見据え、キールは続ける。
 
 「まぁ良いわ、此処で纏めて滅ぼしてあげましょう。」

856シデン:2018/08/07(火) 01:51:35
【虚空城】

衝突し、互いに互いの肉体に爪と牙とを食い込ませ、中空でもつれ合う二頭の神獣。
旋回し、巨躯を踊らせ、空を縦横無尽に駆け巡る様はまるで曲技飛行のようだが、しかし実情はそれとは比べものにならない程の物々しさを帯びている。

雷光が、業炎が、氷槍が、麒麟の肉体を穿ち、溶かし、凍結させる。
羽毛が爆ぜ、肉が焼き潰される中、しかし不死の特性を持つ麒麟は、そのどれの攻撃も歯牙にかけない。
破壊される都度、泡立つ傷口は瞬時に欠損部を修復させ、ものの数秒で元あった形へと再形成される。

『……あくまでも破滅を望むか』

後方で瓦礫の崩れる音が聞こえるが、今となってはそれさえもどうでも良かった。
言うならば、あれ(メルフィ)は使い捨ての道具だ。闇の封印を解くべく鍵…、役目を終えた道具にもはや価値はない。

『つくづく、貴様という人間の思考が理解できん。
破壊を為した先に何がある。それをしたところで貴様に何の益がある』

畢竟、イオリの口にしたそれは四神連中とは違い、人類の為でもなければ、誰を救う為のものでもない。
破壊の先に新たな世界の創造を望む黄竜とも異なり、彼の目指す最終地点は完全なる世界の消失だ。
何も生み出さず、何も得ることのない、完全な虚無だけが存在する空間。

『あれだけの時間と手間暇をかけて手を尽くした割には、その終着点が世界と全人類とを巻き込んだ心中とは……かけた労力と釣り合わぬだろうに』

がっぷり四つに組み合った今の状態は、純粋な力の押し合いでしかなく、戦略も何もあったものではない。
そして単なる消耗戦であれば、不死である麒麟に負ける理由はない。

刹那、麒麟を起点に爆発的な規模の放電が巻き起こる。
しっかりと爪と牙を食い込ませ、麒麟は巨龍を逃がさない。
凄まじい熱量に幾つもの空気の弾ける音が天上に響き、膨れ上がる爆熱が暗黒の世界を蹂躙、周囲一帯を真白に染め上げた。

857イスラ他:2018/08/07(火) 01:59:03
【虚空城】

そこは夥しい数の死が横たわる場所だった。
あちらこちらにぞんざいに転がるのは、壮絶な死に様を晒す骸の数々。
圧倒的な破壊の暴威に晒されたエントランスは見るも無残に荒れ果て、むせ返るような異臭が辺り一面に立ち込めている。
その凄惨な光景に、そして強烈な血の臭いに、イスラは思わず息を呑む。

眼前、フロアの中央に辛うじてまだ息のある男が満身創痍の状態で立っている。
何とか彼を救出できないものかと考えるが…それは、男の正面に佇む女の存在が許してくれない。
明確な敵意を投げてくる相手にイスラもまた警戒心を固め、彼女の動向を窺いつつ慎重に刀の鞘に手を当てる。そして…

「待って」

その直後、横合いから唐突に声が上がった。

「こんな所で全員が足止め食ってたんじゃ、黄竜のところになんていつまで経っても辿り着けないよ。それに地上にいる人達のことを考えても、あたし達には余計なことに時間を裂いている余裕はない……でしょう?」

だから、とサンディは言葉を続ける。

「誰かがあの人の足を引き止めるの。その間に他の全員がこの場を突破して、黄竜の所に向かう……」

「要するに……囮を使うってことか?」

サンディの意図するところを汲み取り、イスラが眉を潜めて懐疑的な口調で確認をとる。
それを聞き、「ああ、なるほど」と遅れて理解に及んだアブセルが指を鳴らした。

「んじゃあ、俺がそれやるよ」

「え?」

その囮の役目を自身が引き受けるつもりで作戦を切り出した矢先、思いがけなく発せられた少年の言葉にサンディは虚をつかれて目を見開いた。
そんな彼女にアブセルは、なぜ意外そうな顔を向けられるのか分からないとでも言うように、片眉を上げる。

「アンタ(四神)達は本調子じゃない。んでもってリトや先生(セナ)はいざって時の切り札。
となれば切れるカードは自然と決まってくる……だろ?」

メイヤが闇を押さえ込んでくれた為、四神にかかっていた力の制限はじきに解除されるだろう。だが、万全に力を振るえる状態に戻るには今しばらく時間が掛かるはずだ。

鞘から剣を引き抜き、依然、敵から目を離さず警戒態勢を怠らないアブセル。
彼の主張は一見、理に適っているように思えるが…しかしイスラ達からすれば、彼の実力は未知数の上、この部屋の惨状を造るのに大いに貢献したであろう黒髪の女と単身つき合わせるのは不安が残るのも事実。

そんな彼らの心中を読み取ったのか、アブセルは不満そうに顔をしかめると、

「なに…?俺じゃ信用ないっての?
俺だってこの二週間ジジイにみっちり鍛えられたから、割りかし強くなった自覚あるんだけど…」

正直、最後までリトについていたかったのが本当のところだが、この状況では我儘を言っていられないのも確か。
それに彼にはナディアやリマも付いているし、リトが無茶をしそうになった時は彼女らが止めてくれるはずだ。その点は半端者の自分よりもよほど確信をもっていえる。

「まあ大丈夫だって。向こうも戦って疲れてるみたいだし、疲弊した相手の足止めくらい楽勝だって。つー訳だから、ほら、さっさっと行った行った」

あえて軽い口調で言うのは、仲間達を不用に心配させないためだ。
アブセルは一同の先行を急かすべく、手で追い払うような仕草をし、そしてリトに対しては信頼の証としてグッと親指を立ててみせた。

858イオリ:2018/08/21(火) 18:31:01
【虚空城】
 
揺れる、揺れる。
虚空が揺れる、世界が揺れる。
虚空に身を潜めてこその城がその姿を顕した時。
終着点もまた、その姿を顕すのだ。
 
雷光が、業炎が、氷槍が破壊の嵐と成って吹き荒れる。
その中心には絡み合い、組み合う神獣の姿。
黒麒麟が天龍に組み付き、天龍が黒麒麟に絡み付く。
 
両者の実力は拮抗しているように見えるが、それは絶妙なバランスの上で成り立つモノだ。
そして、そのバランスを崩すのは黒き麒麟が放つ雷光。

自らの身を滅ぼす程の威力を秘めた放電は文字通り、黒麒麟の身を焦がしていくが、不死の特性を持つ神獣にとっては問題ない。
しかし、組み絡み合う天龍はそうもいかず。
 
尖塔の崩落に巻き込まれたであろう吸血姫の力が弱まり、更に、闇の巣諸共地の底へ沈められた黄昏の塔がレイラインの力を一時的に隔絶させた。
 
それにより、世界に満ち溢れ、世界を閉ざす闇の力が弱まっていく。
即ち、闇によってその身を形成する天龍の巨体を、イオリは維持出来なくなるのだ。
 
闇を真白に染め上げる雷光が巨龍の身体を灼き、焦がし、削っていく。
麒麟も同じく消耗していくが、天龍と違いその身体が滅される事は無い。

主である黄龍が存命する間であれば、まさしく無敵なのだ。
……そう、ゼロが生きている間は。
 
「逆だよ、全部壊すと決めたからこそ、ここまで辿り着けた。」
 
翼が焼け落ち、角が、爪牙が砕け散る。
鎧の如き黒鱗が剥がれ、天龍は苦鳴の咆哮と共に血の滝を吐き出した。
 
だが、その獣瞳に宿る焔は未だに消えず。
邪悪な、しかしどこか悪戯めいた色が薪となって焔に焼べられる。
 
「さて問題だ。
 俺が連れてきた戦力の内、最も強いのは誰だ?
 傭兵団のヤツらを相手取ったのはキールのババアだ。
 羅刹王とキチガイ剣士は動かない、なら、誰がゼロを守っている?
 俺の相手をお前がしているなら、ゼロの側には誰も居ない。
 もう一度言うぜ、俺の手の内で最も強いカードは何だろうな!!」
 
組み合い、絡み合う天龍は再度咆哮し、千切れた翼を炎翼と変えて大きく羽ばたく。
黒麒麟に絡みつく身体を、逃がさないとばかり更に絞り込み、雷光に削られながらも闇へと飛んだ。
 
それと同時に、無敵であり不死身である筈の黒き神獣の身体の再構築が、無限の再生力を盾に自らの身を省みない放電を行っていた身体が崩れていく。
再生自体は止まっていないものの、そのスピードは見るからに、急速に落ちて行くのが分かった。
 
「三闘神、羅刹と夜叉に並ぶ者。
 非天、“生”を否定する者……闘神、阿修羅の存在を忘れてたのはお前の最大のミスだぜ、デコメガネ!!」
 
ーーーーー

859イオリ:2018/08/21(火) 18:32:05
阿修羅、非天とも称されるその語源はa(否)sura(生)であり、生命を否定すると言われる。
羅刹、夜叉、そして阿修羅。
 
彼等はあらゆる平行世界、様々な世界線に置いて唯一無二の存在であり、それを成すのは呪いとも言える魂と力の継承方法だ。
制限が強い反面、その神格、力は桁違い。
 
十字界で麒麟の力を解放したシデンと渡り合ったMr.K……コウガの正体は夜叉王であり、ありとあらゆる未来を見据える瞳を持つラセツもまた、三闘神の内一人、羅刹王である。
そして、彼等に並ぶ阿修羅こそがイオリの右腕、ボルドーだった。
 
「成るようにならあね、相棒が頑張ってるとなると俺もやるしかなかろうねぇ」
 
激戦地は虚空城全域であり、ゼロが座する玉座の間も例には漏れない。
傭兵団とイオリの部下がキールを相手取り、イオリがシデンと死闘を繰り広げているのと同刻。
 
虚空城内で最も堅牢であろう玉座の間を揺るがせながら、ボルドーは袖口で鼻血を拭う。
鮮やかな緑瞳が見据えるのは、砕けた玉座にもたれ掛かるゼロの姿。
 
纏っていた法衣はボロ布となり、流麗な顔にも大きな痣が浮かんでいた。
ボルドーと同じ様に鼻血を垂らし、ゼロはゆっくりと身体を起こす。
 
その動作は緩慢で、余裕と言うよりは単に動きが鈍いだけにも見える。
しかし、次の瞬間には目にも止まらぬスピードで飛び出し、様々な術式を平行起動し纏わせた両腕をボルドーへと叩き付けた。
 
それを受け止めたボルドーの籠手……神器が砕け散り、破片が舞い散る。
双眸が重なる停滞は極僅か。
 
一拍の間を置き、互いに繰り出すのは打撃の応酬だ。
一見乱打に見えるがその実は精緻な読み合いの末に放たれる殴打であり、掌打一つですら堅牢な城壁を粉砕する程の威力を秘めている。
 
掌打から続く指突はフェイント、踏み込んだ足を軸にし水平回転するボルドーが放つのは回し蹴り。
軍靴の踵が空を薙ぎ、真空波が巻き起こる。
 
吹き荒れる烈風の刃がゼロを切り刻まんと迫るが、瞬時に展開された障壁に阻まれ……そこに回し蹴りが着弾。
巨砲の一撃の様な、激烈な蹴りはゼロが張った障壁を砕き、左腕を掲げて防御態勢を取るその身体を大きく吹き飛ばした。
 
「クリーンヒットには遠いが、その身体には中々効くだろう?」

860イオリ:2018/08/21(火) 18:33:31
障壁を破り、掲げた左腕に突き刺さる一撃は着撃と同時にその威力を全解放。
吹き飛び、壁面に大きな陥没痕をつけたゼロの身体は今度こそ、力無く床面に倒れ付す。
 
起き上がろうにも左腕は肩口どころか胸元まで大きく抉れ、紅白にまみれた有機物と無機物の入り混じった内臓面を露わにしていた。

「……」
 
言葉は、声は出ない。
どうやら衝撃で声帯や肺も機能不全を起こしたようだ。

脳内にダメージアラートが響き渡り、秒刻みでエラーが吐き出されていく。
確かにボルドーの言葉通りだろう、このちゃちな義体は戦闘に向かないのだ。
 
向かないと言えども、四神を圧倒する程度の力は備わっている筈なのだが……阿修羅の魂と力を持つボルドーは、規格外に強い。
ドロリとした生温い感覚が左頬から首へと伝い、そこでやっと左の眼底がひしゃげて眼球が破裂している事にゼロは気付いた。
 
機能不全のアラートとエラーを一時的に遮断し、ゼロは身体をゆっくりと起き上がらせる。
左腕を失った事によりバランスも崩れているが、全体で見れば些細な事だ。

起き上がった時点でバランサーは作動しており、ゼロは右手をボルドーへと翳し……紅と金に彩られた漆黒の光が閃いた。
閃光は止むこと無く瞬き、その度に周囲の空間が削れ、砕けていく。

ゼロが放つのは超高密度に圧縮されたブラックホールで、拡張と収縮を瞬間的に行う死の光だ。
しかしそれら全てをボルドーは視えているかの様に……実際に閃光が放たれる地点を“先に”視ており、その虹色の眼光が幾何学的な軌道を描いて疾る。
 
黒輝と虹光が崩落し始めた玉座の間を彩り、散っていく。
その間僅か十と数秒程だが、戦闘時においての十数秒は長い。
 
「悪いな、その身体じゃあ俺は止まらない!」
 
そして、一際大きく光が瞬いた瞬間。
風よりも疾やく、相対距離を走破し間合いを詰めたボルドーの拳が、ゼロの胸郭を押しつぶし、その身体を貫いた。
 
ーーーーーエラー、エラー
ダメージリミットオーバーーーーーー
 リンク停止ーーーーーシステムエラーーーーーー
 復旧マデ100カウントーーーーー

861イオリ:2018/08/21(火) 18:34:36
その咆哮は赫怒か、慟哭か。
天龍の怒号が虚空城を揺らし、身を削る麒麟の雷光が一瞬、止まる。

その瞬間を天龍は見逃さない。
身に纏う闇の黒鱗を爆発させ、自らの身体を燃料に黒麒麟を灼き尽くさんと劫火を燃え上がらせた。
 
そして更に、炎翼を羽撃かせ無明の闇へと飛び立って行く。
勿論、組み合いもつれ合い、絡み合う黒麒麟を放さずに。
 
「悪ぃなデコメガネ、テメェにゃ最期まで付き合ってもらうぜ……」
 
互いの肩に顎を乗せ合うような体勢で、天龍が、イオリが口を開く。

「この世界の果てのその先、戻って来れねぇ様な場所まで飛んでってやるよ!!」
 
そう、初めからイオリの狙いはコレだったのだ。
ボルドーは義体のゼロを機能停止させる程の実力者である。
 
逆に、イオリの実力ではギリギリやれるかどうかだ。
ならば確実に、ゼロを機能停止させ、シデンとの不死のリンクを一時的に切るには……確実な一手を選ぶには。
 
「全部壊す、んなモン嘘に決まってんだろ……俺は今まで戦って来たのは全部、一人息子の為だ。
アイツは何度も死に、生き返った。
 
四神の護衛を命じ一族から遠ざけたのも、吸血鬼を贄に時間を巻き戻したのも全部そうだ。」
 
天龍から亢竜へ、姿を変えたイオリは更にその姿を変化させながら、無明の闇を切り裂いて飛ぶ。
 
「闇に喰われちまうのを防ぐ為に、鳳凰の力を……蘇った鳳凰の力を授けた。
今のアイツは闇を纏う犬なんかじゃない。

神焔(かえん)の翼で明日へと飛ぶ鳳凰なのさ。」
 
亢竜悔い無し。
突き進んだ先が滅びとしても、それはそれで良いだろう。

天の彼方、世界の境界を目前とし、竜はその姿を火の鳥へと変えた。
その中心、イオリの身体は既に光の粒子となって霧散していく。
 
炯々と輝いていた黒瞳は今や光を失い、何も映さない。
だがしかし、瞳は愛する者の姿を……朱莉の姿を捉えていた。

柔らかな感触が身を包み、愛しい囁きが耳を打つ。
そしてーーーーー
 
 光が、

ーーーーー悪かったな、大分待たせた。
許してくれるって?やっぱりお前は優しいなぁ……あぁ?

メイヤはもう大丈夫だ、冥の夜は明けた。
冥夜じゃなくて明夜さ、どんな夜も明けて朝が、明日が来るってもんだ。
 
かっこつけたって良いだろ?孫の姿が見れないのが残念だが、満足だ。
お前もそうだろ、朱莉ーーーーー
 
 爆ぜた。

862リト他:2018/08/23(木) 21:53:02
【虚空城】

いつもの軽い調子で親指を立ててくるアブセルを見て、リトは複雑な心境になる。

アブセルの実力に不安がある訳じゃない。彼なら十分渡り合えるだろう。
だが、万が一「もしも」がないとも言えないのだ。だからこの場で彼に贈る言葉は一つ、「生きて戻れ」なのだろう。
しかし、それが今のリトにはあまりにも無責任な言葉になってしまうことも分かっていた。

「・・・」

リトは身につけていた首飾りをはずし、アブセルの首に掛ける。自身の闇の制御が出来なかった幼き頃にナディアから贈られた瑪瑙の首飾り。今でこそ闇を抑える効力は無くなっているものの、ずっと肌身離さず身に付けておりそれがリトにとって大事なものであることをアブセルは知っているはず。

「・・・あとで返して。」

これがリトにとって精一杯のことだった。
生きろ、とは言えない。この先リト自身が生を選び抜ける保障がないのだ。けれどアブセルには生き抜いてほしい。いずれ自分が死を選んだとしても、形見くらいにはなるだろう。

リトの神妙な面持ちが気に入らずナディアはその空気を払拭するように弟の背を叩く。今生の別れみたいな態度、気に入らない。

「ねぇあの女偉そうでムカつく。アブセルあんた、負けたら許さないからね。戻ったら一つ、うちのリトを好きにしていい権利をやるよ。」

すかさずリトが睨むもナディアは何処吹く風。

「ほら、道草食ってる暇はない。行くよ。」

そしてアブセルを残し先へ進んだ。

863キール ◆ruQu1a.CGo:2018/08/24(金) 14:01:21
【虚空城】
 
本来ならば、この場で全員を相手取り、全力で殲滅するべきなのだ。
しかし、キールはあえてそうせず、走り去るアブセル以外の面々を追い掛ける事はしなかった。
 
足音が遠退き、エントランスホールに一瞬の静寂が訪れる。
だが次の瞬間には、遠くに聞こえる咆哮が、衝撃が周囲を揺らした。
 
「……今生の別れね。
 その首飾り、貴方の墓標に掛けてあげるわ。」
 
揺れるフロアでキールは静かに声を紡ぐ。
その表情はどこか遠く、薄く笑っている様にも……いや、笑っていた。
 
その笑みは絶対零度、氷の笑みだ。
静かに右手を上げ、指を鳴らす。
 
渇いた音が響くと同時に周囲一体が、エントランスホールに凍気の嵐が吹き荒れた。
その中央で、キールが真白の氷鎧に身を包んで佇んでいた。
 
「来なさい、初手は貴方に打ち込ませてあげる。」
 
掲げた右手には氷槍が握られ、その穂先が妖しく煌めいた。

864アブセル:2018/08/31(金) 01:59:10
【虚空城】

託された瑠璃の首飾り。そこに込められた想いをアブセルは理解していた。
故に彼は遠退いていく足音を耳に、鮮やかな青色の宝石を強く握り締める。

その拳の下、胸の奥から込み上げる激情を、何と呼べば良いのか分からない。分からない…が、アブセルは今この瞬間、この世界において、一番満たされている確信があった。

だからこそ、彼がキールに向けて返すのは、彼女の冷たい微笑みとは相反する、血の通った…熱のこもった不敵な笑みだ。
リトが、ナディアが、親愛する者達が信じてくれている。それだけで充分だった。それだけで、アブセルはいくらだって戦えた。

「……悪いな、なんか空気読んで貰ったみたいで。つーか、別に待ってて貰わなくても良かったのに」

殊勝にも相手はこちらの希望通り、一騎打ちの戦いを引き受けてくれた様子。
ならばここは礼儀として、古来よりお馴染みの決闘の作法に則ってやろうではないか。

アブセルは剣を持ち上げ、深く息を吸い込むと、

「俺の名はアブセル・ベルンシュタイン!
リトの一の従者!取り敢えず俺達の愛の前にはいかなる困難も通用しないんで、そこんとこ覚悟しとけっていう!」

刃の切っ先を真っ直ぐ相手に突きつけ、恥ずかしげもなく啖呵を切る。
その傍ら、そんな調子で名乗りを上げるアブセルの様子を両脇から見守る相棒達の姿があった。

『阿)こ…これは…!?ご主人の全身から嘗てないほどの闘気が迸っておりまする…!』

『吽)単なるスケベ心ともいう……』

意気軒昂とした主の姿に瞳を輝かせる白獅子に、そんな両者を眺めて冷静に所感を述べる黒獅子。
仮にも主と呼ぶべき人間に対する評価としてはあんまりな気もするが、その見解はアブセルの性格をよく心得ているといえた。なにしろ今の彼を突き動かしている原動力こそまさしく…

(リトを好きにしていい権利!リトを好きにしていい権利!!勝ったらリトを好きにしていい権利ぃィィ…ッ!!)

…俗っぽい欲望そのものなのだから。
それらの感情を真面目くさった顔で押し隠し…いや隠し切れず鼻息を荒げるアブセルは、声高に気勢を上げれば、

「いくぞ!シロ!クロ!」

『承知!』『はぁ〜い』

「憑依合体!モード・不知火!」

掛け声と同時に霊体化した二頭が、アブセルの身体の内側に潜り込む。

途端、琥珀色の瞳は紅く染まり、爪と牙は獣の如く鋭く、凶悪なものに変わる。
側頭部からは二本の湾曲した角が、そして腰の付け根からは白と黒の二本の長い尻尾が伸びる。
半魔と化したアブセルの周囲には白い炎が舞い踊り、灼熱の舌が荒れ狂う冷気を絡め取っていた。

アブセルは姿勢を低くし臨戦態勢を取ると、キールの厚意に甘える形で先制を仕掛ける。
地面を蹴った反動を推進力に一気に加速、一跳びで相手との距離を詰めた。

もちろん、馬鹿正直に敵の懐に突っ込んだ訳ではない。
その突貫と並行して、キールの影からどっと雪崩れるように無数の腕が湧き出てくる。
それら黒き魔手が、彼女の手足や身体に纏わりついたかと思えば――、捉われ身動きの取れないキールに、アブセルは容赦のない剣撃を叩きつけた。

865レグナ:2018/08/31(金) 02:14:25
【虚空城周辺】

どうやら気を失っていたらしい。

何者かに抱えられる感覚に薄っすらと意識を取り戻し、レグナはぼんやりと瞼を持ち上げた。
直後、目に入ったのは眩しい程のフードの白色だ。
すぐ眼前、頭をすっぽりとフードで覆い、梟の面で顔を隠した男の姿があった。

その自分と同年代であろう青年の声に、レグナは聞き覚えがない。
どことなく気安さを感じる口調から、恐らくアグルの知り合いか何かだろうと推測するも…。と、そこでレグナはようやく、双子の弟、アグルのことを思い出した。

彼は、どうしただろう。
ユーリとの戦闘から一続、身体の主導権は依然レグナが握ったままだ。

レグナは目を瞑り心の中でアグルの名を呼んでみる。しかし返事はなく、また彼の気配を掴むことも出来なかった。

まさか消えてしまったのだろうか。…いや、さすがにそれは考え難い。
もしかすると自分という異物が入り込んだせいで、アグルの意識はどこか表出できないほどの深みへ追いやられてしまったのではないだろうか。
あるいはこの肉体の宿主に取って代わるべく、自分の存在がアグルの意識を呑み込もうとしているか。
いずれにせよ、レグナの本意でないことに違いはない。

「お――」

その深刻な状況に冷静さを欠いたレグナは、降ろしてくれと、青年に訴えようとする。
しかし、そう声を上げようとした時、ふいに視界の端で閃光が瞬くのが見えた。

瞬間、全身に悪寒が駆け巡っていた。気づけばレグナは無意識に…いや、本能的に青年を突き飛ばす。
その一拍後、一筋の雷撃が轟音と共にレグナと青年の間を駆け抜けて行った。
空気を焦がし、大気をも貫く一撃。当たれば一溜まりもなかっただろうことは容易に想像がつく。

驚愕と焦燥感に息を詰めたのも束の間、レグナの身体は青年という支えを失ったことで、重力に導かれるまま闇の中を落下していく。

浮遊感に全身を包まれ、猛風を浴びながら、しかし彼はそんな中、ふと塔と城とを繋いでいた外郭の上に何者かが立っているのに気づいた。

……虎だ。

一瞬、その人影に獰猛な獣の姿を幻視した。

だがそれも直ぐに間違いだったと気づく。
獣だと思ったものの正体は、一人の長身の男だった。

表情はないに等しく、深く落ち窪んだ眼窩はその空っぽの瞼の裏側を閉じ込めるように、糸で縫いつけられている。
着崩した装束……着物の片袖を抜いて露わになった裸身の、首と上腕にも同様の縫合跡がある。
…遠目からでも、その男の威容と異貌は明らかだった。

橙と黒のまだらに染まった髪を風に靡かせて、身幅の広い長剣を肩に担いだ男が、悠然とそこに佇んでいた。

866キール ◆ruQu1a.CGo:2018/09/14(金) 11:27:08
【虚空城】
 
四霊が一角、霊亀が司るのは守護と吉凶。
絶対零度の凍気が生み出す氷鎧は固く、硬く、堅く。
 
「不純物が一切混じらない純度100%の氷、その強度は鋼鉄を遥かに超える。」
 
鬼を取り込み異形と化した青年の、渾身の一撃。
影縛りの類いを発動させ此方の動きを封じた上での、その一撃を受けきり、キールは静かに告げる。
 
「あえて先手を打たせた意味、それは貴方の実力を測る為。
捕縛すると言う事は、初手を必ず当てたい思惑の現れ。
 
必中させたいと言う事は、その一撃に全力を込めると暗に言っている様なモノよ」
 
アブセルの剣戟は身動きの取れないキールの胸元へと直撃していた。
氷鎧が派手に砕け散り、乾いた音を立てて破片が落ちるものの、ダメージは殆ど無い。

キールの身体を縛る影はいつの間にか真白に……凍結され、氷鎧の破片が落下するのと同時に、此方も砕け散っていく。
乾き、しかし澄んだ音の二重奏をBGMに、キールはその手に握る氷槍を無造作に横に薙いだ。
 
横一文字の軌道に沿って、視界を埋め尽くす程の氷の波濤が生まれ、アブセルを飲み込んで行く。
圧倒的、絶対的な質量の前には彼が纏う白炎はタバコの火種程だろう。
 
「最低限、四神の同程度の力が無ければ私と闘うに値しない」
 
吉凶を司るキールは、物事の本質を直感的に吉か凶で分別している。
アブセル自身は前者、吉であり、実力差から見れば言わば無害。

(だけど、あの剣……禍々しいあの刃は凶。
アレは恐らく魔玉と同質の力を持つ、厄介な一振りね……)
 
今の一撃で事が終われば良いのだが……そうは行かないだろう。
白き波濤の先、絶対零度の波濤の先を見据える様に、キールは目を細めた。

867アブセル:2018/09/18(火) 06:42:37
【虚空城】

キールの動きに合わせて、周囲を蹂躙する凍気は更に地獄の様相を見せる。
今や視界は完全に白一色に埋め尽くされ、敵影はおろか伸ばした自身の手の先さえ捉えるのが難しいほどだ。
息を吸えば尋常ならざる冷気に肺が悲鳴を上げ、身体の内側から凍りついてしまいそうな感覚に、しかしアブセルは…

「なに言ってんだ、こんなのまだまだ小手調べだっつの」

絶対零度の向こう側、白い帳を破って飛び出した巨大な拳が勢いもそのままに、真正面からキールを殴り飛ばした。

「頼むぜ、ヘカトンさん!」

それは祖父の指南の元、アブセルが新たに契約した魔物、ヘカトンケイル…の腕の一本だ。

本来なら百本の腕を持つと謂れる巨人も、残念ながら今のアブセルの力量では魔物の全体像を拝むことはおろか、腕八つ分しか召喚することができなかった。が、それでもかの者の持つ破壊力は申し分のないものといえるだろう。

不意打ち気味の巨人の一撃を受け、後方へと弾き飛ばされるキール。そのまま壁面に激突したところへ更に他の腕が猛追。
宙に浮かぶ八つの剛腕が唸りを上げ、壁面ごとキール目掛けて容赦のない乱打が繰り返される。
息をつく間もなく、間断なく襲いかかる巨大な質量の嵐に床と壁はとっくに原形を失い、荒れ狂う雪煙の中、轟音と粉塵が巻き上がる。

普通に考えれば一人の女性を寄ってたかってタコ殴りにしているような状況も、今は一切気が咎めることもなかった。
なにせ相手は普通の人間ではないのだから。
最初の一撃で彼女の鎧の異常なほどの硬度は十分理解した。
むしろこれでも攻撃が通用するかどうか怪しいところなのだ。

(頼むから通じてくれよ。さっさと終わらせねーと、こっちが凍りついちまう…)

相手の属性に対抗すべく取った火炎タイプの魔装ではあるが、四神アマテラスに比べればアブセルの纏う炎はお粗末なものだ。
本当の意味で今のアブセルは、極寒の中に燻る消えかけの種火のようなものなのだろう。

868キール ◆ruQu1a.CGo:2018/10/24(水) 12:15:24
【虚空城】
 
全てを染める、絶対零度の白き波濤。
それを突き破り、眼前を埋め尽くすのは巨大な腕だった。
 
(大きい……!!)
 
細められた黒瞳が見開かれ、視界一般に迫る巨拳。
回避は間に合わず、直撃を受けたキールの身体は大きく吹き飛び場内の壁面へと叩き付けられた。
 
そして更にアブセルは猛攻を、追撃の乱打が凍気を、白磁の大気を貫いてキールへ襲い掛かる。
巨大な質量による叩き付けは単純だがそれ故に強い。
 
破壊に特化した巨拳が唸り、一振り毎に凄まじい衝撃と破砕音が轟き渡った。
しかし……ソレはやがてその勢いを弱めていき、轟音もまた鳴り止んでいく。
 
そして、遂にその八本の巨腕全てが動きを止めた。
 
「……私が司るのは四大元素の“水”
氷はあくまで副産物と言った所ね。
 
分子結合を極限まで高めた氷鎧で受けるには、その巨人の豪腕は重た過ぎるけれど……結合を緩め、変化させ生み出した大量の水、分かり易く言えば水のクッションならほぼ全ての衝撃を、威力を受け切り殺す事が出来る。」
 
動きを停めた巨拳を、凍結したその腕を撫でながら、舞い散る白氷の煙から姿を現し、キールは続けた。
 
「湖程の水量を圧縮した障壁で攻撃を受けきり、その後、巨拳ごと凍結させる。
召喚術は使役しているモノが“こんな”状態でも自由自在に引っ込めたり出きるのかしら?」
 
氷煙を纏うその姿には鮮血の赤。
血染めのスーツを脱ぎ捨て、四霊の一角は薄く笑った。
 
それは自嘲か酷笑か。
血の滲むカッターシャツとシンプルなストレートパンツは無惨な姿になっており、裂け目から覗く肌は……黒。
 
「この姿はあまり見せたくないの。
……醜いから。」
 
四霊が四霊と呼ばれる由縁、その最もたるモノが神獣への形態変化。
麒麟、鳳凰、応龍、そして霊亀。
 
その身に宿す力全てを体現する姿こそが、巨大なる獣なのだ。
傷口から溢れる赤が黒へ、液体が結晶となり、六角形の鱗へと変わる。
 
重なり合う重鱗は堅固な鎧となり、真白の氷鎧ではなく、漆黒の鱗鎧を身に纏い、キールは続けた。
 
「半人半獣、ここからが私の全力よ。」
 
そして、その言葉尻を掻き消すように。
天へと伸ばしたその掌から、泥氷入り混じった瀑布がアブセルへと降り注いだ。

869アブセル:2018/12/14(金) 06:13:53
【虚空城】

巨人による猛打が止み周囲に立ち込めていた粉塵が晴れた時、そこにあったのはアブセルが期待していたような光景でもなければ、この戦いの勝敗を決定付けるようなものでもなかった。

八つの巨拳は白く凍りつき、対峙するキールは衣服こそ損傷しているものの、微塵もダメージを感じさせない佇まいで見たこともない悍ましい姿に変貌している。

それに一瞬でも気を取られてしまったのが不味かった。

突如頭上から強大な重量を孕んだ何かが降りかかってくる。
その衝撃と勢いに容赦なく身体をなぶられ、身を斬るような激痛と、肌の焼けるような灼熱に、アブセルは初め無数の刃の雨に穿たれたような感覚を得た。
だがそれが、唐突に、あまりにも冷たい水の中に沈んだが為に生じたものだと気づいた時にはもう遅かった。

何故ならキールの生み出した瀑布はフロアの空気に触れた瞬間、飛び散る飛沫ごとその総身を氷結させ巨大な氷の柱へと変じたからだ。

そうして極寒の地と化していたフロアの中心に、一瞬にして巨大な氷のオブジェが築かれる。
アブセルは身を守る炎もろ共その分厚い氷の内側に閉じ込められ、身動きが取れない。
もはやこの場に立っている者はキールのみとなり、侵入者達によって破壊され尽したエントランスにようやく元の静寂が訪れた。

見る者がいれば誰もが勝負は決したと確信するであろう状況。

しかしそんな中、全ての異物が排除され、音さえも消え去った絶対零度の世界に、起こり得るはずのない異変が起きたのはそれから間もなくのことだった。

先ほど構築されたばかりの氷柱の表面が小さく小刻みに震えていた。
微小な振動は次第に目に見えて分るようになり、氷の表面にいくつものヒビを生じさせる。
ヒビはやがて深い亀裂を作り、ついには…

冷たく澄んだ音を立てて粉々に砕け散った。

870アブセル:2018/12/14(金) 06:15:04

「ーーーーーーーーーッッ!!!」

飛び散る結晶と共に分厚い氷を破って現れたのは、絶叫とも怒号ともとれない声にならない声を、血の咆哮をあげるアブセルだ。

その音の衝撃波は氷を砕くばかりか、空気を爆ぜさせ、暴風の如き波がフロアの天井や壁に傷を刻み、床の石材を捲り上げる。

いまやアブセルの肌は血の気を失ったかのように蒼白になっていた。
両側頭部から伸びる角は更に禍々しさを増し、長く枝垂れる黒髪の間から、血を塗ったような紅い瞳だけが爛々と覗いている。

目尻から本人の意思とは無関係に黒い血涙を流し、身体の内側を闇が暴れ回っているかのような感覚に激痛を抱きながら、しかしアブセルは魔人のごとき威圧と狂気の光を放ってそこに立っていた。

『ご主人、狂化モードは人智を圧倒する強力なものですが、長い時間狂気に身を預けていると魂が闇に染まり二度と正気に戻れない可能性も…!』

「分かってる、速攻で終わらせる!」

返答と同時に、アブセルは持っていた剣を勢いよく投擲する。
あらん限りの力で投げられたそれは、キールに狙いをつけて猛進しーー紙一重の動きで避けられた。

だがその動作も彼女の気を引きつける為ものでしかない。
僅かほんの一瞬、キールの意識が逸れた間にアブセルは一跳びで彼女の頭上を飛び越え…そのまま近場の壁を蹴りつけ身を反転。その反動に威力を上乗せし、真上から踵を振り下ろす。
蹴り足はキールの肩先を掠めて地に落ち、寸前までキールが立っていた場所を轟音を響かせて陥没させた。

相手の防御に一分の隙がないのは、先の攻防で分かり切っていることだ。
だがそれでも尚、アブセルが馬鹿の一つ覚えのように肉弾を繰り返すのは、彼の取れる行動もまた一つしかないからである。

攻撃が通じないなら通じるまで攻め続けるだけのこと。勝利を捥ぎ取るその時まで決して攻撃の手を休めない。

ーー爆散し、飛び散る石片に舞う砂埃。それらを無視し、アブセルの視線は蹴りを避けて後ろに飛び退くキールの姿を追う。
その足が地面につく前に、しなる二本の長い尾が彼女を捉え、全力でその身を引き寄せた。そして、

それが…キールが、手に届く距離まで辿りつく僅かな時間すら待たずに、アブセルは自ら前に出て拳を握りしめると、

「るぁぁあああっ!!」

彼女の腹に渾身の一撃を叩きつけた。

871 ◆ruQu1a.CGo:2018/12/30(日) 20:07:04
年の瀬に申し訳ない、スマホのデータが飛んだのでwikiの方がわからなくなりました。
なので、お二方どちらかURL貼って頂けないでしょうか…orz

872イスラ ◆Hbcmdmj4dM:2018/12/31(月) 03:34:11
どんまいw
seesaawiki.jp/key-twilight/d/

873キール ◆ruQu1a.CGo:2019/02/27(水) 22:58:02
【虚空城】

泥氷入り混じる瀑布は大気に触れると同時に氷結し、大気中の水分を喰らって爆発的にその質量を殖やしていく。
エントランスは瞬く間に絶対零度の氷獄へ姿を変え、ありとあらゆるモノの動きを、生命の灯を閉ざした……筈だった。

しかし、怒号か悲叫か咆哮か。
氷結した世界を揺るがす声、赫怒と共に姿を現したのは禍々しい異形の人影。

蒼白な顔と漆黒の血涙、穿つ黒角にキールは目を細めた。

「……醜いわ、実に醜い」

先程までのアブセルは、言わば自身と同じ半人半獣。
しかし、氷の棺を突き破って姿を現したのは魔人とも言える殆どに禍々しく変化したアブセルだった。

赫怒の咆哮を残し、激しく跳び回るその様子に一欠片の品性も無いとキールは顔をしかめるが、その表情は苦悶のソレに変わる。
打凸、打凸、打凸。

アブセルのしつこいまでの打撃はキールの黒鎧の装甲を破ることは出来ない筈、だった。
異形の力は四神と同等と言えども、黄龍とリンクしている今のキールには届かない筈、だった。

だがしかし、そのしなる尾で捕らえられ、腹腔に叩きつけられた拳は確かにキールの装甲を突き破ったのだった。
 

(これは……まさか!)

 
腹部に走る極大の痛みよりも、キールが想うのは君主の危機。
神獣化した四霊は黄、龍とリンクし絶大な力を、無限とも言える力を得る。

四霊の一角、守護を司るキールが得るのは“絶対防御”だが、それが破られたと言う事は……リンクが切れたと言う事は。
黄龍、ゼロの身に危機が迫っているいや、現在進行形で危篤状態なのではないか。

口腔から溢れ出る血塊を吐き捨て、女性とは思えない程の剛力とざらついた鱗鎧刃で我が身を捕らえる尾を引き千切り、キールはアブセルを睨み付けた。

(イオリはシデンと、先の連中がゼロ様の下へたどり着くには早過ぎるなら……失念していたわ、イオリの片腕、あの男を)

睨み付けながらキールは思考を走らせ、ほぼほぼ確かだろう予測を立てる。
そして、その予測が間違っていないならば“こんな所でじゃれ合う暇はない”とばかりに、乱雑にアブセルの顔面へと拳を叩き込み、彼を吹き飛ばした。

「はは、待てよ!俺の事忘れてるだろう!?」

更に、吹き飛ぶアブセルへと追撃の巨槍を投擲しようとキールは腕を振りかざし……その腕が止まる。
見れば腕には闇色の百足の群れが絡みついており、傭兵の生き残りが……イオリやメイヤに似た男、闇を植え付けられたら男が剣を持って立っていた。

暗獄の闇、最も邪悪な龍が封じられし刃はいつかアブセルへと託されたモノであり、それとは別、黒水晶の美しい剣を男は握っていた。
 
魔玉と同じ性質を持つとされるその剣は、闇の因子を持つモノならばその力を引き出せるだろう。

「小僧、お前なら使えるだろう!」

874キール ◆ruQu1a.CGo:2019/02/27(水) 23:00:38


「小僧、お前なら使えるだろう!」

男、ジョッシュは黒水晶の剣をアブセルへと投げ、キールへ向かって疾走していく。
既に限界を超えているであろう身体を動かすのは“闇”

百足を邪龍へと変化させ、ジョッシュは駆ける。
そして、大きく腕を横に薙ぐと共に邪龍の群れがキールへと襲い掛かり、対するキールはその全てを氷結させて爆砕。

氷塊が轟音と共に粉砕され、氷片の嵐が吹き荒れるその中央で、二振りの黒刃で鍔迫り合いを行うのはやはりキールとジョッシュだが、邪龍の力を引き出したジョッシュは意外にも食らいついている……が、それは命の灯火を燃やしているからこその強さ、焼け落ちる前の蝋燭が一際強く燃え上がるソレだ。

「構う暇はないのよ!」

苛立ちを露わにし、キールが手刀でジョッシュの左肩を貫き、その身体を内側から凍結させようと凍気を流し込もうとする瞬間。
ジョッシュは乾いた笑みを浮かべ、アブセルへ視線を投げた。

今だ、やれ、と。

875フェミル ◆wxoyo3TVQU:2019/03/01(金) 08:57:06
【虚空城】

最上階。崩壊が進む中で辛うじて形を保っているその場所で、フェミルは吹き抜けになった紅い空を見上げていた。

「・・・壊れる・・・」

破滅と再生は紙一重。ゼロは均衡を失った世界をリセットし、本来の姿へと創り直すべく手を尽くしていた。

「ゼロ・・・いない・・・」

しかし、突然ゼロの気配が消えた。

「・・・兄さま・・・」

フェミルは呟きぬいぐるみを抱きしめる。
もう一人、帰ってこない者がいる。
ゼロと同じ容貌の、しかしゼロとは違う温かなあの笑顔をずっと見ていないのだ。

「兄さま、幸せ・・・?」

いつも妹達のことを最優先に考えて、自分の幸せなど二の次で。ずっと、彼に幸せになって欲しかった。
だから"あの子"と引き会わせた。兄がとても可愛がっていた子。私にとっても愛しい子。

「・・・?」

今自分は何を考えていたのだろう。時々今のように記憶が混乱する。誰かの意識が自分に入ったかのように、自分の持つ記憶とは別の光景を映し出す。

フェミルは首を傾げた。

876アブセル:2019/04/02(火) 03:49:46
【虚空城】

口角を上げ笑う男の視線の先には、割れた額から流れ落ちる血で顔を黒く濡らした魔人の姿が。

キールに殴り飛ばされた後、直ぐさま身体を反転させたアブセルは、鍔迫り合いを行う二人……偏にキールに向かって突進していた。

空中を舞う氷片に紛れて彼女の背後へ肉薄するアブセルのその手には、ジョッシュに投げ渡された剣がしっかりと握られている。

彼がどこの誰なのか勿論アブセルは知らないし、今はそれを考える余裕もない。

時間の経過と共に侵食する闇は、アブセルの人としての思考力を着々と奪い、狂気の底へと引き摺り込もうと舌舐めずりをしていた。
アブセルは意識が飛びそうになるのを歯を食いしばって堪え、男の与えた好機を無駄にはしまいと更に踏み込むとーー

「うおおぉぉおおオッ!!」

掲げた剣をキールの首元から斜め下へ、全身全霊の力を込めて振り下ろした。

877イスラ:2019/04/02(火) 03:54:25
【虚空城】

「居た!多分あの子が例の子だ!」

崩壊した城の最上階に一人佇む少女の背後。
ふいに入り乱れる数人分の足音と共に、その声は半開きになった扉の向こう側から発せられた。

リマ、セナと共に部屋の中に駆け込んだイスラは、縫いぐるみを抱く少女…床の上に座り込むフェミルの姿を見て、ほっと安堵の息をつく。

「良かった…無事みたいだ」

エントランスでアブセルと別れた後、一行は過去組、現代組と二手に別れて広い城の中を探索していたのだった。
もちろん捜索対象はジルの妹だというこの少女と、そして黄竜である。

「君がフェミルちゃん……だよね?」

もう大丈夫だよ。と声をかけ、イスラは顔を上げて室内に目を巡らした。

この場には少女一人きりの姿しか見えず、黄竜と思しき者の姿はない。

878アグル:2019/04/18(木) 01:02:17
むかし、むかし。
とある北の王国に悪い王様がいました。

王様は来る日も来る日も他国との戦争に明け暮れ、自分の国にも、そこで暮らす民のことにも関心を向けませんでした。

嵩む軍費に民衆は重い税金と苦役を強いられ、働き手の若い男達は皆、次々と戦場に駆り出されてしまいます。
戦さによって多くの兵が死に、多くの民が苦しもうと、しかしそれでも王様は戦争を止めようとはしませんでした。

いよいよ見兼ねた家臣が王を止めますが、王様はそれすらも国家への反逆行為とみなします。
王の意に従わない者は次々と処刑され、国は恐怖と暴力によって支配されたのです。
もはや王様に逆らおうと考える者は誰もいません。

しかしそんな中、国王を討たんと一人の男が立ち上がったのです。

男は圧政に苦しむ民衆を率いて戦い、国内中の諸侯をも仲間に引き込み、ついに悪い王様を退治します。
以降、男は英雄として讃えられ、新たな国王として民衆に迎えられました。

めでたし、めでたし。


……とはなりませんでした。


玉座を手に入れた英雄はそうそうに政治に飽いて、国政を投げ出しました。

酒に溺れ女に溺れ、日がな一日賭け事に興じては自堕落な生活を送ります。

そうしている内にやがて、民衆の間で王政の廃止を望む声が高まってきます。

もちろん王がそれを受け入れる筈がありません。
しかし今度は彼らも引き下がらなかったのです。

変革の熱は次第に国中を覆い、初めは英雄の味方をしていた者も、一人また一人と彼の元を離れていきます。
ついに英雄は孤立し、革命派との戦いに敗れてしまいました。

捕らえられた英雄は目を潰され、自慢の両腕を斬り落とされ、刑場に引き摺り出されました。
かつて英雄を玉座に迎えた人々が、今度は処刑台に拍手で迎えます。
それを耳にした英雄は何を思ったのでしょう。
顔を上げ、声高々に叫びました。

「祖国に栄光あれ!」

憐れ、その言葉を最後に男は首を撥ねられてしまいます。
広場に喝采が湧き上がります。
もはやこの場には、男の言葉に耳を傾ける者など誰もいなかったのです。

おしまい。

879アグル:2019/04/18(木) 01:05:43
【黄昏の塔】

ーーむかし読んだ絵本の中に、そんな話がある。

雷の国がまだ王政だった時代、最後の国王をモデルに書かれた寓話だ。

何故その話を今この場面で思い出したのか、理由ははっきりとしている。

家に一枚だけ残されていた肖像画、目の前の男はそこに描かれた男と余りにも似通っていたからだ。

アルベルト・ニコロフ・レーヴェンガルド

確か死罪になったのは五十代の頃だったと記憶しているが、しかし目の前の男はどう見ても二十そこそこといった年齢だ。
即位式を上げた当時に描かれたという肖像画と同じ年回りのように見える。

長距離から放たれた雷撃を避け、中空を落下していたレグナは、背中から大翼を広げて大気を叩くと、塔と虚空城とを繋いでいた外核の一部と思しき足場に着地する。

(やはり、似てる……)

顔を上げた先、男との距離は僅か5メートルほど。
近くで見れば見るほど、その容姿の酷似に驚かされるが、しかしそれ以上に彼の異様に圧倒される。

全く生気の感じられない土気色の肌。
首、腕、瞼、身体の至る所に縫合の跡があり、縫い付けられた瞼の下は眼球がないのか深く落ち窪んでいる。

人、なのだろうか。
男の正体も目的も何も分からないが、表情もなく、ただただ圧迫感だけを放つその姿は不気味という他ない。

目の前の説明のつかない状況に困惑するレグナ。
しかしそんな彼の心情を、もちろん相手が汲み取る筈もなく、男は軽く顎を持ち上げるとーー刹那、彼の持つ長剣が音もなく振り落とされた。

「…………!!」

まるで豆腐でも切るかのように足元の固い地面
が両断される。
ガクリと膝が抜けるような感覚に、レグナは咄嗟に後方へ跳び退くも、男は大小様々に崩れた外核の残骸を足場に、更に距離を詰めてくる。

再び風を斬るように、無音の斬撃が真一文字に振るわれる。
レグナは間合いを見極め紙一重でそれを避けるも、見極めた筈の斬撃が何故かレグナに届き、肩、太腿、頰に裂傷が走る。

(どういうことだ……)

躱しても、受けても、いなしても、男の剣撃はレグナに傷を負わす。

届く筈のない間合いに刃が届き、あり得ない方向から斬撃が襲い来る。……男の剣筋は射程も手数も軌道もめちゃくちゃだ。

わずか一閃で幾数もの剣閃が飛び交い、まるで意思でもあるかのように、縦横無尽に不規則な軌道を描いて剣撃が飛ぶ。
しかもその軽い動作からは想像もつかない程に、一撃一撃が重く鋭い。

880アグル:2019/04/18(木) 01:06:51
男が剣を振る度に鮮血が飛び、生傷が増えていく。
今のところ致命傷は負っていないが、レグナは先程から身を守ることに精一杯で反撃に転じられない。

(まともに受けてちゃ駄目だ…!何とかして突破口を見つけないと!)

何度目かの打ち合いの後、男の斬撃の余波よって再び二人の足元が派手な音を立てて爆散、崩壊する。
下から吹きつける礫と土煙。
しかし男はそんなことに気を払うことなく、崩れた足場から跳躍して、その場を離脱ーーレグナの気配を見失って足を止めた。

その傍ら、レグナは翼を広げて中空に留まっていた。
跳ね上がる岩塊の影に紛れ、気配を消して男の背面を取る。
刹那、迸るは雷光のごとく刺突の一撃だ。

男の頭蓋めがけて放たれた槍の切っ先は、そこまでの最短距離を一直線に駆け抜けーー男に直撃する寸前で停止した。

(ーーーッ!?
目ぇ見えてないんじゃないのかよ…!)

剣で弾くでもなく、あろうことか男は素手の左手一本で強引に槍の軌道を止めてみせたのだ。
驚愕に喉を凍らせ、目を見開くレグナ。が、彼はそんなレグナに次の行動に移す間を与えることなく、そのまま掴んだ槍を引き寄せーー

「ごふッ……!?」

得物ごと身を引っ張られるレグナの胴に、蹴りを叩き込む。
内臓を抉る一撃の衝撃にレグナは堪らず身体をくの字に曲げ、それに止まらず後方へ勢いよく吹っ飛んだ。


【アグル(レグナ)のレス遅くなってすみませんでした…!レックスも乱入して貰って構いませんので!】

881リマ他:2019/04/20(土) 20:44:13
【虚空城】

突如名前を呼ばれ、フェミルは声のした方へ視線を向ける。

「・・・誰・・・?」

全くの知らない顔ぶれに、フェミルはおずおずと立ち上がり後ずさる。

「フェミルちゃん、大丈夫だよ。危ないからこっちへおいで?」

イスラに続いてリマも声を掛けるも、フェミルは首を振る。

「知らない人・・・駄目。兄さまか黄龍、迎えに来るまでフェミルお留守番。待ってるよう言われてる・・・」

「お兄さんってジルさんでしょ?お兄さんのところに一緒に行こう?」

リマが優しく宥めようとしてもフェミルはただ拒否するのみ。今にも崩れそうな場内に長時間いるのは危険だ。かと言って無理矢理連れ出すのも・・・

(でも、誰もいない今じゃないと・・・)

対策を考えている暇もないのが事実。ここは荒療治でも致し方ないか、そう結論を付けかけた横で、新たな問題が発生した。
ただ人見知りで警戒しているように見えていたフェミルが、セナの姿を見つけ明らかに顔を引きつらせたのだ。

「悪いやつ・・・やっつけなきゃ・・・」

882キール ◆ruQu1a.CGo:2019/04/23(火) 10:08:44
【虚空城】

嗚呼、終わりは思っていた程重くはないのか。
薄い笑みを浮かべる男に突き刺した手刀へと力を、全力の凍気を流し込むキールはどこか間の抜けた表情を浮かべる。

全力で流し込む凍気は瞬時に男を……ジョッシュを凍結させ、膨大な凍気は彼の身体を内側から突き破り、その凍てついた笑みを爆散させた。
爆発の衝撃がキールの頬を叩き、髪を揺らす。

この男が囮となっているのは知っていた。
背後から、“凶”と目した刃を握り締めて迫るアブセルの動きも感知していた。

しかし、感じ、知ってはいても身体が動かない。
否、動くが、動く事をキール自身が拒否していた。

「……見事ね、とは言わないわ」

その一言は、右の首筋から左脇腹へと抜ける凶刃と共に。
アブセルの振り下ろした刃を避けるでもなく、防ぐでもなく受け入れたキール。
 
黒剣がキールの身体を切断し、二つに分れた彼女の身体が氷結した世界に舞う。
切断面から零れるのは、神獣ではなく人である事を証明する血潮の赤色。

生命力とも言える赤色、鮮血と臓物を撒き散らし、舞い散る赤を凍気が瞬間的に凍り付かせながら、キールはアブセルへと振り返った。
その様子は酷くゆっくりで、スローモーションだ。

「アナタの勝ちではなく、私の負け。
そう言う事にしておきましょう……」

883キール ◆ruQu1a.CGo:2019/04/23(火) 10:09:35
ゆっくりと落ちるキールの身体。
下半身は膝から床に落ち、振り返る上半身も遂に白銀の地に落ちた。

落下の衝撃が黒髪を揺らし、纏う鱗鎧が硬質な音を響かせる。

即死しないのは半獣半人と言えども黄龍に次ぐ神格を持つ四霊であるから故。
しかし、キールはその神格を、四霊である事を自ら手放したのだった。

半獣半人ではなく、神獣となっていればまた違った結果……アブセルと立場は逆転していただろう。
しかし、キールは最後まで“人”である事を捨てようとはしなかったのだ。

黄龍に忠誠を誓えども、真の姿、真の力を解放しなかったと言う事は……彼女の忠誠心は同じ四霊であるシデンには劣ると言う事。
しかしそれはキールが“人”である事の証明でもあった。

後悔は無い、寧ろ今は安堵さえ感じている。
四霊である事は一種の呪縛とも言え、キールはそこから解放される事を、心の奥底では願っていたのだ。

「醜い姿、醜い心。
人であるが故の醜さを、私は捨てきれなかった。

だけど、捨てないからこそ私は“人”として終わる事を選べた。
……でも、なるべくは美しいままで」

既に身体の感覚は無く、視界すら白くぼやけている。
しかしそれでも、キールは左腕を届かぬ天へと伸ばした。

伸ばした掌から……一際輝く左指に嵌まる指輪から光が、氷の花が溢れ出す。
溢れ出す花は蔦を、そして葉を繁らせていき、キールの身体を覆い隠した。
 
そして、氷の花は更なる実りを、白葡萄とカシスの実を結び、氷獄となったエントランスホームランを樹氷の森へと変える。

静寂なる氷の森、自らを氷花に変えて、“守”と“吉凶”、そして“水”を司る四霊はその役目を終えたーーーー

ーーーーさよなら、醜くも美しい世界。

884イスラ:2019/05/21(火) 01:01:16
【虚空城】

セナの姿を見て顔引きつらせるフェミル。
どうしてか彼女はセナのことを敵視しているようで。

「セナ……彼女と逢ったことがあるのか?」

そうセナに尋ねるも、イスラ自身二人に接点があるとは思っていなかった。

一つ可能性を上げるなら、セナと瓜二つであるリトと何らかのいざこざがあったと見るべきだが、それでもリトがフェミルに危害を加えるような行いをしたとは考え難い。

「フェミルちゃん、大丈夫だ。彼は悪い人間じゃない。
それに俺達は君のお兄さんに頼まれて君を迎えに来たんだ」

言ってイスラはフェミルに手を差し出す。

「だから早くこっちに。ここは危険だから」

885アブセル:2019/05/21(火) 01:02:49
【虚空城】

終わったーーー

脱力し、手から滑り落ちた剣が地面に弾んで乾いた音を響かせた。

目の前にはキラキラと光を乱反射させる氷の花木が咲き乱れ、惨憺たる様相を見せていたフロアは、周囲に転がる屍と瓦礫の山をも呑み込んで美しい純白の森へと姿を変える。

その光景を呆けたように見上げていたアブセルは、突如全身に、例えようのない激痛と戦慄が駆け巡るのを感じた。

「ーーーーッぅ!?」

焼けつくような脳の痛み。身体の内側を、ナニかが暴れ回っているような悍ましい感覚に、堪らずその場に崩れ落ち、喉奥から迫り上がってくる熱いものを地面に吐き出す。
見れば大量の黒い血が冷たい地面の上に広がっていた。

「クロ!シロ……!憑依を解いてくれ!早くッ!」

半ば悲鳴のように絞り出した声に、しかし応えは返ってこない。二頭とも完全に自我を手放しているようだった。

そうしてアブセルは、立ち上がることさえままならない状態に至ってようやく、この戦慄の正体を理解した。

ーーこの震えは恐怖だ。
自分という存在が……人間としての意識が、この世から消失してしまうことに対しての恐怖と焦燥。

確かにキールの述べた通り、これはアブセルの勝利ではないのだろう。
キールは人であろうとしたが故に敗れ、自分は勝利を欲したが故に人を捨てた。
だから、これは。当然の報いなのだ。

「嫌だ………イヤ、ダ………」

だが、そうだと分かっていても、その事実を潔く受け入れられるような精神は持ち合わせていない。
心は恐怖に打ち震え、全身は目の前の事実から必死に逃れようと拒絶を叫び続けている。

目を剥き、荒い呼吸と共に口の端から血を垂らすアブセルは、爪を地面にたてて乱暴に床を掻き毟った。
しかしその細やかな抵抗も、アブセルの人間性の欠如を証明するだけに過ぎない。
地面には猛獣のものと見紛うばかりの爪痕が深々と刻まれ、瞳から流れ落ちる涙も、今は黒い血で頰を染めるばかり。

狂気と激痛に思考を蝕まれ、まるで深い闇の底へ落ちていくかのように、次第に暗く、黒くなっていく意識と視界。
その目に、ふと宝石の輝きが映り込んだ。

886アブセル:2019/05/21(火) 01:03:40

先程の戦いで紐が千切れたのだろうか。それは紛れもなくリトの……彼から託された瑪瑙の首飾りだった。

床に転がったそれを捉えて、アブセルははたと目を見開く。
脳裏によぎるのは、ある一つの懸念だ。

このまま自我を失って化け物に身を堕としてしまえば、その時、自分はどんな行動に出るのだろう。
リトを想う執念だけが残っていたばかりに、彼の姿を追い求め、後を追いかけたりはしないだろうか。
そしてそれだけに留まらず、もし訳も分からぬままリトを、ナディア達を傷つけてしまったらーー?

「……それは、駄目だ…。それだけはゼッタイニ……」

朦朧とする意識の中、這うように拾い上げた首飾りを掌の中に収め、アブセルは傍に転がっていた黒水晶の剣に手を伸ばす。
この剣であれば闇に染まったこの身も、きっと苦しむことなく十全に息の根を止めてくれる筈だ。

キールの血でべっとりと濡れたその刃を自身の首筋に当てがい、アブセルは小さく囁いた。

「ごめん、リト……」

本当に、自分は何だっていつもこう情けないのだろう。戻ってこい、とリトもナディアも暗に示してくれたのに。
約束一つ守ることすら出来ないなんて。

だがーー、これ以上迷惑はかけられないから。迷惑をかけないよう終わらせるから。

アブセルは剣を握る両腕に力を込める。
そしてーー

887??? ◆ruQu1a.CGo:2019/05/23(木) 21:03:32
【虚空城】

閃光と剣閃、光が瞬くと同時に巻き起こる斬撃。
斑髪を靡かせる長身の男、その姿を一言で表すならば“異形”

血の気のない土色の肌、縫い付けられ開く事のない双眸。
表情も無く、しかし猛攻を仕掛ける様は異形であり異質。

「気をつけて下さい、あの者の“先”は視えない……」

強烈な蹴りを受け、吹き飛ぶアグル……レグナを受け止め、梟面の青年は風を操り異形の男から距離を取った。
ふわりと着地したのは幾つかある城内の橋桁で、レグナの身体を隣に下ろしつつ背負っていた三叉鑓を引き抜き続ける。
 
「何者か分かりませんが……恐らくは君に、四神に近しい者でしょう。
明確な“敵”であるならば倒すしかありませんが……調子が悪いなら僕が先手を取りましょう!!」

閃光、それは眩い雷。
橙の混ざる髪と雷光から予測するに、先代か先々第のトール、もしくは近しい者だろう。

それが何故こう“敵”として現れたかは不明だが、やるしか無さそうだ。
梟面の青年はレグナの不調を……アグルとは違う動きを取るレグナを不調だと見なし、鑓を構えて高く飛翔する。

大気を叩き、高高度まで上昇してからの反転。
身を捩り、鑓の穂先に乱気流を纏わせながら斑の男へと突っ込んで行った。

乱気流、吹き荒れる鎌鼬を纏う刺突は疾く、鋭い。

888アネス:2019/05/25(土) 12:02:07
【虚空城】

「冥界の皇女アネス・オーガナイズが告ぐ。」

氷に彩られた白の世界。その静寂の中にチリンと鈴の音が響く。同時に、剣を喉元へ据えるアブセルの手を退け現れたアメジストの大きな瞳が、人間から完全な魔獣へと変わりつつある彼の姿を映す。

「血の盟約のもと、かの者を我が使役の魔と為さんことをーーー」

それはアブセルにとって、残酷な姿であっただろう。しかし彼が自らの姿を目の当たりにしたのはほんの一瞬で、すぐにその視界は塞がれる。吐血により染まった口内を舐め取られたかと思えば、左肩に焼けるような感覚が生じた。肩にそれまでになかった紋様が刻まれる。
クスリと軽い笑い声と共に"それ"は離れ、

「鎮まりなさい。」

耳元でそう囁かれれば、アブセルは見る見るうちに異形の姿から元の人間の姿へと変化した。

一連の所業に呆けた様子のアブセル。目の前に現れた少女が見知った人物であると理解するまでどのくらい掛かっただろうか。

「貴方の命は主の物よ、勝手に遂げる事は許されない。」

アブセルの掌から瑪瑙の首飾りを取り上げ、綺麗ね、と呟く。それを自らの首に結び直し、少女---アネスはイタズラ地味た笑みをアブセルへ向けた。

「貴方の主はリト?いいえ、今から私のものよ。醜い獣を使い魔にしてあげたの、感謝なさい。」

889アブセル:2019/06/02(日) 02:19:34
【虚空城】

"それ"は唐突に訪れた。
今まさに己の首を掻き斬らんとするアブセルの前に、澄んだ鈴の音と共に一人の少女が現れる。

まるで魅入られたように動きを止めるアブセルに、少女が近づいて手を触れたかと思えばーー…不思議と身体に巣食う痛みも震えもどこかへ消え去っていった。

何が起きたのか理解できず、アブセルは茫然としたまま顔を上げる。
彼女が何事かを述べているのを目にし、ようやっと口から出た言葉が……

「……はあ?」

ピシャリ、と間髪入れずに頰を引っ叩かれた。

確かにこれ以上ない程のアホ面を晒していただろうことは認めよう。だが例えそうだとしても、何の前置きもなく突然手を出すのは如何なものかと思う。
その理不尽さに溢れた行為につい反射的に物申したくなるも……アブセルは今の衝撃で完全に目を覚まし、自分が元の人間の姿に戻っていることにようやく気づいた。
それと同時に思考も正常に機能し始め、頭の中に数々の疑問点が湧き上がってくる。

何故ここにアネスが居るのか、とか。
その首飾りリトのなんだけど、なに勝手にパクってるんだよ、とか。
てかさっき口の中舐められた気がするんだが、気のせいーー…だよね?うん、きっと気のせい。…とか。

ただ一つ状況から見て確かだろうことは、異形へと成り代わろうとする自分を彼女が救ってくれた、ということ。

そのこと自体は本当に喜ばしいことだ。声を大にして大いに感謝したいところではあるのだが……

「あのぉ……仰っている意味がよく理解できなかったんですけど、使い魔ってどういうことでしょうか…?」

正確にいえば、「理解できない」というより、「理解したくない」といった方が正しい。
アブセルは平身平頭、なぜか敬語で恐る恐るアネスに尋ねるのだった。

890ゼロ ◆ruQu1a.CGo:2019/06/03(月) 07:29:11
【虚空城】

延々とシステムエラーを吐き出し続ける自律神経プログラム、聞こえないダメージアラート。
ダメージレベル240%の表示はその瞳に映らない。

世界を統べし唯一無二の存在である筈の自身が何故、これ程までに追い込まれているのか。
胸元を貫いた阿修羅の剛腕に手を添え、ゼロ……黄龍はうなだれた頭(こうべ)をゆっくりと上げた。

端整な顔は赤にまみれており、双眸も機能不全を起こしている。
しかし、それでも、世界の中心たる存在は停まらない。

「四霊である応龍を模した義体、適応率は高いが……やはり、惜しい」

唯一無二の存在、それは眼前のボルドーも同じ。
イオリの懐刀、切り札であり鬼札のこの男は最も危険であり、現時点で止める術はない。

“現時点”では。

システム復旧まで残り20カウントを無理矢理短縮し、ゼロは手を添えていたボルドーの腕を掴む。
細い手指が込められたら力に負け、音を立てて折れるも痛みなどない。

敵性存在の排除、義体を巡るナノマシンが硬質化し、ゼロの身体から、傷口から、ありとあらゆる“孔”から溢れ出した。
それはさながら致死率の高い悪性伝染病に羅漢した末期の姿の様だが、噴出するナノマシン……ナノメタルは有機無機問わずに触れたモノ全てに浸蝕し、増殖していく。

「コレは……拙いな!?」

右腕を、肘から下の前腕をナノメタルに“喰われ”、ボルドーは思わず声を上げた。
爆発的に増加していくナノメタルから距離を取り、その様子を注視するも、銀の奔流となったナノメタルがボルドーを貫かんとばかりに次々と襲い掛かる。

その間にもナノメタルは虚空城そのものに浸蝕していき、浸蝕しながらもゼロをコアとして巨大な影……銀に輝く巨龍、逞しい四肢と幾何学模様を描く大翼を持つ機械の龍を作り上げていった。

城そのものを“餌”に産まれ出る機械龍、黄龍が今、全てを揺るがす咆哮を挙げる。

ーーーーー

プラチナブロンドの美しい髪を持つ少女に、手を伸ばすのは燃える様な赤毛の青年。
轟く咆哮はBGMで、二人の“間”に入るのは一振りの晶剣だった。

「見つけたぞ」

少女、フェミルへと手を伸ばすイスラの指先を掠める刃。
床に突き立てられたソレを握るのは長い銀髪の男……龍穴遺跡にて、イスラとメイヤに敗れたヴィカルトだった。

男、ヴィカルトは青から銀に色を変えた瞳でイスラを見据える。
崩落する遺跡と共に地の奥に沈んだ筈の男は、身体の内の6割をナノメタルで修復され、再び姿を現した。

ゼロがヴィカルトに与えた役目はフェミルの守護であるも、彼は姫を守る騎士(ナイト)ではない。
強者との闘争を求める凶剣士なのだ。

凶剣士は銀の瞳をフェミルからイスラへと向ける。
そこにはもうフェミルやリトの姿は映ってはいない。

銀瞳に燃える様に鮮やかな赤を映し、ヴィカルトは告げた。

「剣を抜け、“あの時”の続きをやろうぞ」

そして、彼が望む闘争に不必要な存在であるフェミルの身体を無造作に掴み、セナの方へと投げ捨てる。
同時に振り抜かれる刃が、イスラの鼻先で止まった。

891アネス:2019/06/12(水) 18:36:48
【虚空城】

アブセルの反応にアネスは溜息を吐いた。

「馬鹿なのは知っていたけど、ここまで理解力がないなんて・・・」

やれやれ、と態とらしく頭を抱えてみせる。

「あんたはこのアネス様の下僕になったってこと。」

私としてはあんたがどうなろうと知ったことではないんだけど、と前置きした上で話を続ける。

「パパ・・・じゃなかった、我が王にくだされたミッションの一つ。"誰も死なせるな"---リトにとって"護りたいもの"をなくす訳にはいかないの。」

この世界の均衡を保つ為には今の核を安定化させるか、新たな核となる存在を差し出すか・・・そして核の代用と為り得る魔玉を宿す者が二人---セナはこの世のものでない以上、その役目はリトという事になる、が。

「リトは別に正義のヒーローじゃない。顔も知らない誰かのために自分の身を投げ捨てるような聖人の心なんて持ってないわ。大好きな人達がいるからこそ、護りたいと思ってる。あの子にとって世界がどうでもいいものにならないように、誰も欠けてはならない。」

つまり、今アブセルがしようとしていたことは大変迷惑なことであり、リトの足を引っ張ることなのだとアネスは言う。

「ま、死にたくなるほど酷い有様だったのは認めるわ。自分では元に戻れないみたいだったから助けてあげたの。私の弟なら普通に人間に戻すことも出来ただろうけど、私は無理だからあんたが魔獣であることを利用させてもらった。助かったんだから、私に感謝してひれ伏しなさい。」

892イスラ:2019/06/25(火) 01:53:38
【虚空城】

突如として城に轟いたのは、未だかつて聞いたことのない不気味な咆哮と巨大な地響き。
そして、それに驚く間もなく一人の男が目の前に現れる。

「お前はあの時の……」

生きていたのか、とは言外に。イスラは右手を鍔際へ、一息で刀を引き抜き、鼻先に突きつけられた剣を弾いて後方へ距離を取る。

「二人とも、その子を連れてどこか安全な場所へ。どうやらアイツの狙いは俺らしい」

はたして安全な場所など最早この城の中にあるのだろうか。
そうセナとリマを促す内にも、靴裏に感じる揺れは徐々に激しさを増してきている。
イスラは相手の視線から眼を逸らさぬまま、リマ達を背後に庇うように立ち、応戦の構えを取る。

「何故あの子(フェミル)を俺達に?お前は黄竜の仲間ではないのか?」

893アブセル:2019/06/25(火) 01:55:33
【虚空城】

「いや…もちろん感謝はしてるよ。してるけどさ……、お前らは一体リトに何をやらせようとしてるんだよ」

どうやらアネスにはアネスなりの事情があってしてくれたことらしい。
しかし世界の核云々の話を知らないアブセルからしたら、そこで何故リトの名前が出てくるのかと首を捻らずにはいられない。

「それに俺、リト以外の人間に仕える気とか更々ないし……お前の奴隷とかマジでこの先地獄の日々しか想像できないっていうか…。
まあその…あれだ。このお礼は後日必ず別の形でするってことで…」

そこまで言うと、アブセルはガバリと地に額を擦り付け、

「使い魔の契約解除して下さいッ!お願いしまーーって、おわぁっ!?」

直後、城全域を揺るがす咆哮と激震に言葉尻を掻き消された。

894ヴィカルト ◆ruQu1a.CGo:2019/07/10(水) 11:32:34
【虚空城】

激しく揺れる無機質な床、歪む大気と遠く聞こえる破砕音。
轟く咆哮をBGMに、凶剣士は銀の瞳を細める。

文字通り硬質的な、鋼色の視線は依然としてイスラに注いだままで、ヴィカルトは静かに答えた。

「俺が望むのは強者との闘争だけだ。
それ以外のモノは不必要、小娘如きにこの空虚は埋められぬ……」

銀瞳に宿る確かな意志、しかしそれは寂寥感を漂わせている。
剣士としての矜持ではなく、凶剣士としての渇望。

「血肉と骨、そして生死を隔てる刹那だけが俺の中の空虚を埋める。
闘争に次ぐ闘争、無価値な世界においてその一瞬だけが俺の生きる意味」

手に握る晶剣を、後ろに飛び退き距離を取ったイスラへと向けてヴィカルトは続ける。

「砂漠での一戦は実に良かった……これ以上の言葉は不要、いつぞやの続きを。
刃の舞踏を踊ろうぞ!!」

そして、話は終わりだとばかりに剣を一閃。
その背から水晶の翼を噴出させてヴィカルトが前進、相対距離を瞬時に詰めると勢い良く剣による刺突を繰り出し、同時にその切っ先から銀の奔流が……九つに分かれた穂先がイスラ目掛けて飛び出した。

ーーーーー

軋む空間、ひび割れる世界。
轟音と共に揺れる虚空城の一角で、彼女は虹色の瞳で鮮やかな赤毛を見詰めていた。

彼女……三闘神の一人、ラセツは尖塔の頂点から階下を見下ろす。
ゼロの下に集う戦力の両翼、左を担う彼女は待っていた。

覇王の眼。
全ての事象を読み込み、無限の選択肢である未来すら“視る”事が出来る瞳に、“視えない未来”を映し出させる事が出来る存在を待っていた。

「火と水の因子、風と雷じゃないのは残念だけど……」

尖塔の頂点、片膝を立てるラセツは現れた人影……サンディとナディア達に声を掛ける。
その声は無機質な、感情の籠もらない声。

「黄龍の遣いとして、私はアナタ達を足止め……滅さなければならないけど、どうする?」

895イスラ:2019/09/09(月) 01:24:44
【虚空城】

肌で感じる程の濃厚な闘争心とザラついた殺意を向け、立ち塞がる晶剣の剣士。

それと相対するイスラは、腹の底から湧き上がってくる憤りとやるせなさを抑えることが出来ない。

(なぜ……)

九つに別れた銀の奔流を、自身の周囲に張り巡らせた炎鏡の障壁で防ぎ、イスラは男の左側へ体を回転させて刺突をかわす。
それと連動して弧を描く刀が男の左こめかみを狙うもーー驚異的な速度で反応する相手の剣に阻まれ受け止められた。

「この戦いに一体何の意味がある…っ、こんなことをしてる間にも世界は刻一刻と崩壊への道を辿っているんだぞ…!」

鍔迫り合いの向こう側、男の銀色の瞳を真っ向から見据えイスラはそう言葉を放つ。

しかしそれと同時に、この問答がいかに無意味な行為であるか、それも理解していた。

異常な程の闘いへの執着。この男の中にはそれしかない。生死の狭間で互いの命のやり取りをすることでしか、この男は生を実感できないのだと。

本来このような決闘はイスラの望むところではないが、しかし、こちらにも為すべきことがある以上、ここで引き退る訳にもいかない。

そのジレンマに歯噛みするイスラの背後で、不意に鈍い輝きを放つ何かが浮かび上がった。
それーー先の攻防で割れた鏡の破片が無数の鋭い刃となり、一つの意思の元、男めがけて一斉に放たれた。

896リマ:2019/12/02(月) 08:04:37
お久しぶりです。
まとめwikiの方なのですが、突然入れなくなってしまいました・・・
変なところ押したのかな:(´◦ω◦):

897ヤツキ:2019/12/14(土) 18:36:27
んー俺も入れんね。ページロック掛かっとるんかなぁ?

898リマ:2019/12/21(土) 22:58:05
>>897
久しぶり!
マジかァ・・・無くなっちゃったのかな?
キャラ設定とか確認出来るから気に入ってたのに(´;ω;`)

899ヤツキ:2019/12/25(水) 23:52:01
規制される様な投稿してない筈だし、乗っ取りされるようなモノでもないしどうしたんやろうね。
管理はイスラに任せっきりだったから……

っとお久しぶりでー。
メリークリスマスやん、楽しく過ごせた?

900リマ:2019/12/31(火) 20:29:10
ねー・・・ほんとどうしたんだろ(´;ω;`)消えてないならいいんだけど、消えてたらショック・・・

お久しぶりー!今年ももう終わりやね(´•ω•`๑)
超高速で日が経っていく・・・もうじき30歳で絶望(´;ω;`)

901ヤツキ:2019/12/31(火) 23:51:18
本編も返せてない俺が言えた口でもないけどイスラの反応無いのも心配。

高速つかもう10分程で今年終わってまうしなー、でもリマって俺の二個下ちゃうっけ?一個違いか?
30なったらなったで実際そんな変わらんし気にする事ないよ。

今年は死なずに終えれたけど、来年死んでたらごめんな。メンヘラこじらせてやべー事ばっかしてるわ。

て事で来年もよろしくねー


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