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無熱池

ここは、テーマ別の「議論」のほか、私・近藤貴夫の「個人的メモ・備忘録」を兼ねた掲示板です。
他の皆さんのコメント投稿、質問や議論のための新スレッド立てを認めております。但し、「私が関心あることとして、当サイト『大歓喜』・当掲示板『無熱池』及び関連掲示板『榕風』で示したこと」に関係のあるテーマであることが条件であり、全く関係のないテーマのスレッドや、一方的な宣伝・広告を目的とするもの、その他ネチケットに反すると判断したものは、書き込み単位で、或いはスレッドごと削除することがあります。

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スレッド作成:
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内容:

1 : コミュニティについて 〜WordPress界隈を中心に〜(4) / 2 : 生活及び社会雑記(318) / 3 : 「ヨーギニー寺院 〜インド・シンボリズムへの旅〜」(12) / 4 : Tsvarc Dhit(4) / 5 : [広告]関係コンサート・ライブ・公演情報(9) / 6 : "Cxiel-militeposo Sxurato"(14) / 7 : 宗教関係雑感(226) / 8 : Sa\msk$rt文法備忘(文字と音韻編)(66) / 9 : Sa\msk$rt語義語源備忘(1)(223) / 10 : Sa\msk$rt文法備忘(統辞編(一般))(371)
11 : Pri Esperanto(364) / 12 : Sa\msk$rt文法術語メモ(32) / 13 : 「ソルフェジオ音階」(597) / 14 : Sa\msk$rt文法備忘(名詞曲用編)(218) / 15 : Kannada(154) / 16 : Sa\msk$rt学習雑感(911) / 17 : 「クリスマス=オラトリオ」の歌詞のメモ(151) / 18 : [広告]勤め先のお得情報(793) / 19 : Sa\msk$rt文法備忘(後置詞と動詞前綴編)(227) / 20 : 「一歩・hitoho」について(164) / 21 : 唐密(真言宗)(136) / 22 : 偶像崇拝(172) / 23 : Sa\msk$rt文法備忘(動詞調活用(二次活用)編)(98) / 24 : "Panini -- His Work and its Traditions"和訳メモ(975) / 25 : "The Practical Sanskrit-English Dictionary" of Apte(134) / 26 : जय हो の歌詞(440) / 27 : V@akyapad@iya読解メモ(104) / 28 : Sa\msk$rt文法備忘(数詞とその用法編)(8) / 29 : Sa\msk$rt文法備忘(副詞とその派生・用法編)(4) / 30 : 無熱池とは(211) / 31 : 各種歌詞のメモ<2011>(14) / 32 : 「人権擁護法案」について(17) / 33 : Sa\msk$rt文法備忘(動詞活用編)(18) / 34 : Sa\msk$rt文法備忘(形容詞の級変化編)(651) / 35 : Sa\msk$rt文法用語整理(34) / 36 : 質問です。(204) / 37 : Sa\msk$rt文法備忘(連声(Sa\mdhi)編)(27) / 38 : インド系文字混じりで好きなことを書き込む(自宅用)(1)(921) / 39 : 日本近代の歴史認識について(18) / 40 : Sa\msk$rt文法備忘(間投詞編)(5) / 41 : 『古事記の真実 神代編の梵語解』(愛育社;二宮陸雄著)について(52) / 42 : Sa\msk$rt韻律メモ(基礎編)(3) / 43 : 文殊菩薩(マンジュシュリー)(14) / 44 : 私の階名唱戦略(1028) / 45 : 難病・特定疾患と社会保障(1028) / 46 : 創価学会と北朝鮮(4) / 47 : WEB関係雑感(10) / 48 : Sa\msk$rt文法備忘(接続詞と小辞編)(8) / 49 : Sa\msk$rt文法備忘(代名詞編)(13) / 50 : Sa\msk$rt文法備忘(繋詞・準繋詞編)(2) / 51 : 主音名固定型階名唱(「移動サ」)の提案(53) / 52 : 印刷・出版雑記(27) / 53 : 不思議な事?(12) / 54 : リズム考(13) / 55 : 阿耨達池(20) / 56 : 「JÕULUINGEL」の歌詞のメモ(1) / 57 : Rahimanaについて(8) / 58 : こんなのよめる?(13) / 59 : インド古典音楽メモ(5) / 60 : Sa\msk$rt名句備忘(1)(1)  (全部で69のスレッドがあります)

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1 コミュニティについて ~WordPress界隈を中心に~ (Res:4)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 1
1近藤 貴夫 :2018/06/10(日) 09:01:48
この社会には様々なコミュニティがある。
町の自治会の類もそうだし、職種を元にしたものもあるが、
趣味関心を同じくする者の集いも多種多様だ。
私は、かつて合唱団で活動したり、少々特殊だが語学系の会に
所属したこともあった。
近年は、世界最大勢力を持つCMSである、WordPressの日本の
コミュニティに、ごく末端でわずかながら関わっている。
今の関心の主な焦点はそこだ。

そうしたコミュニティへの自分の考えをメモし、まとめるためのスレッド。

2近藤 貴夫 :2018/06/10(日) 09:07:10
基本的に、コミュニティの中で話されることは、コミュニティの外には秘密だ。
特に、コミュニティの評判を下げることになったり、参加する個人のプライバシーを
侵害しかねない場合などはそうだ。

だから、公開されるWebの場で書く内容には、慎重にならなくてはならない。


3近藤 貴夫 :2018/06/10(日) 09:26:42
従って、個人名を出したり、会乃至組織の秘密に触れることは、
より私秘的な場所で考察する。その場所がどこかも、ここでは言わない。

ただ、不正・不法な手段によるのでなくては見られないような場所で
より準備的かつ守秘義務に触れかねない考察を行い、ここでは、なるべく
抽象的な整理を行うよう努めたい。


4近藤 貴夫 :2018/06/17(日) 17:04:33
そうこうするうちに、WordPressコミュニティの日本での代名詞だった
WordBench が、今秋でのサービス終了を決めた。

最近の組織運用の中で出てきた重大な諸問題の自力解決を断念するとともに、
世界での新しい標準、Meet up に合わせていくということのようだ。
9月23日で、Webサイト自体も閉鎖するという。

https://wordbench.org/


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2 生活及び社会雑記 (Res:318)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 2
1近藤 貴夫 :2008/06/22(日) 22:53:41
スレッド新設しても続かないような話題のために、最も雑談的な
スレッドを設けてみることにしました。
ニュースへの反応などを書くことが多くなると思います。

11近藤 貴夫 :2010/03/09(火) 22:39:04
鯨類についても、なるべくなら殺さない方がよい、という立場には賛成ですが、
どうして牛など他の動物は殺して構わなくて、鯨類は一頭も殺してはいけないのか、
「鯨類だけ」対象の反対運動をする人たちの理屈はよく分かりません。

そして、合法的に、条約や法律に従って捕鯨をしている船に対して、人命を危険に
晒すほどの暴力的手段を使って妨害活動する、一部の環境過激派のやり方には
完全に反対です。結果的にかえって海を汚したりして、何の意味があるのでしょう。

環境過激派が皆ベジタリアンで、食肉の習慣全般を減らそうとしているとかいうなら
話は分かるのですが、そうではありませんね。他民族・他国の食習慣を、私的かつ
恣意的に断罪しているだけです。
環境テロ行為には、皆で堂々と論陣を張って反論し、またこちらから法的措置に訴える
ことも辞さない姿勢を示すべきです。


12近藤 貴夫 :2010/03/10(水) 21:01:01
東京都では、青少年(子ども=18歳未満の男女)を性的対象として扱う、
映像・画像・アニメ・漫画・イラスト等を不健全として規制するようにする、
「東京都青少年の健全な育成に関する条例」(青少年育成条例)の改正案が
都議会に提出されているそうである。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1003/09/news103.html

国レベルではないが、国民の1割が住み、アニメや漫画でも中枢的位置にある
首都・東京での動きであり、可決されれば全国的に影響を与えることになろう。

この、出版物や創作物が存在してもいけない、個人的に持っているだけでも
いけないとする法令は、かつてのアカ狩り(共産主義弾圧)などと似通って
おり、表現の自由への過剰な国家権力の干渉・弾圧であると私は思う。
その意味からも、私は改正に反対したい。

しかもそもそも、いわゆる「子ども」の相当部分は、現実に「性的存在」である。
幼稚園くらいには、性別を意識し、異性への恋慕の情を抱いたりし始めるのであり、
小学校高学年くらいには、第二次性徴も始まってくる。
中学生では大多数の者が、その気になれば性交可能であり、高校生ともなれば、
出産しても健康上の問題も軽い。時代が時代なら、結婚も十分ありえた年齢である。
どうして「性的存在」として扱ってはいけないのか。
子どもを描く作品群を総体として「非現実的」なものにせよと言うのか。

「子ども」は、子ども同士で性欲や恋情を抱く。明らかな事実である。
成人して子どもにも性的興味を持ち続ける人は、子どもの時の気持ちを保っている
だけに過ぎないとも言える。
過激な児童ポルノやアニメや小説に触発されなくても起こる、心的現実であり、
それらの人の大部分は性犯罪を犯していない。子どもたちの大部分も性犯罪被害に
遭っているわけではない。
「子ども」を性的対象として扱うものを全て厳しく規制したとしても、それは、
かえって現実に目を背け、臭いものにフタをするだけのことである。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)


13近藤 貴夫 :2010/03/17(水) 08:56:34
「ネットの名誉棄損罪 新聞・雑誌と同基準 最高裁初判断」
(下記リンクは、日経ネット)
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20100317ATDG1605016032010.html

それはちょっとおかしい判断だと思う。
紙媒体に対してネット媒体だから、という被告側主張も、それぞれの中身を
一緒くたにして主張しただけだったなら、おかしかったんじゃないだろうか。

少なくとも、新聞社や雑誌社が「業として」運営していたり、専門家や
当事者が「公的なものとして」開設しているページと、第三者個人がその
時々の感想や日記、一時的な調べのメモなどを書いているページでは、
それが紙かネットかに関わらず、読者が感じる信頼性や、求められる精確性が
明らかに違うだろうと思う。
しかし、今回の判決についての報道では、判決においてその辺りの判断が
どうだったのかが触れられていないのが妙だ。

個人の書くブログや日記と、事業者の出す新聞や雑誌が同基準なんて、
もしそういう判決だったとすれば、明らかにおかしいと思うぞ。


14近藤 貴夫 :2010/03/17(水) 12:42:38
>>13

私には、今のところ、有罪となったこの事件の被告を、悪人とは思えない。

怪しい団体や個人を告発・批判する記事に一点の誤りも許されず、告発・批判された側は
記事のあら探しをして、間違いを見つけたら告発者を名誉毀損で有罪にできるということに
なろうかと思うが、それをルールにしてしまうと、悪人の思うツボではないか。


15近藤 貴夫 :2010/03/17(水) 23:59:19
「都の漫画の性描写規制案 結論先送りの方向」
(↓下記のリンクは日テレ24)
http://news24.jp/articles/2010/03/17/07155505.html

そもそも、言論や表現の有害性を、公権力やその他の特定の第三者が
恣意的に決められるような仕組みは、作ったらマズイことになると思う。
性表現に限らず、暴力表現でも政治表現でも宗教表現でも何でも。

「表現の自由」「報道の自由」は私たちの社会体制の命であり、守るためなら
その自由による弊害のほうをある程度まで甘受する覚悟でいるべきだと思う。
被害を受ける人がいるからという理由で、包括的に網をかける愚を犯しては
いけない。言論統制は、民主主義社会の敵だ。

未成年の性についての保護は、強制的に実写ポルノを作ることや、流通させる
ことを、もっと強力に取り締まったり、創作物について特定の年齢未満には
見せないように区分分けを(自主的に)する仕組みを徹底するなど、個別に
ポイントを絞ってやるべきだと思う。

今回、先送りになったことは、当然のことだと喜ばしく思うが、「非実在
青少年」を描いても有罪になるという法案はそもそも有益でないと思う。
創作に足枷をはめ、萎縮させる方向に働く法案だが、日本のこれからの
稼ぎ頭の一つであるコンテンツ産業は、逆に創意を刺激する方向にこそ
導くべきだ。


16近藤 貴夫 :2010/04/11(日) 14:26:24
次の参議院選挙の投票先だが、現在のところ、次のように思っている。

まず、現与党(民主・社民・国民新)にはお灸を据えたいし、民主党には
参議院で議席を減らしてもらいたい。政権運営は衆参ねじれで不安定になるが、
致し方ないかと思う。
いつまでも「未熟」を理由に政権運営経験を積ませないのは問題かと思って
昨年の衆院選では投票してみたが、運営能力不足は想像していた以上である。
また仮に現内閣が総辞職したとしても、代わりの即戦力の人材が現与党内に
いるようには思われない。
現政府は、首相・官邸・国家戦略室の指導力が不十分で、中長期的にも短期的にも
国家戦略を描ききれず、謳い文句の「政治主導」も十分機能していない。
またマニフェスト(政権公約)の実現に大きく躓き、断念した政策が多い半面、
マニフェストに掲げなかった国民の支持を得ていない政策や、野党時代の主張と
明らかに異なった政策を実行しようとしている。単なる実行力不足もあるが、
あまりの落差に、マニフェスト詐欺という表現がふさわしい。
そして更に、政治とカネの問題では、小沢一郎民主党幹事長の3人の元秘書が
逮捕・起訴されたのをはじめ、多くの問題が起こっているのにも関わらず、誰も
議員を辞めないのはもとより、政府の役職や党の役職からも降りようとしないし、
国会の政倫審で疑惑を晴らそうともしない。
天下り阻止も、それと逆行するような人事が行われ、実に実現が疑わしい。
政権の中心となっている民主党では、小沢一郎幹事長に権力が集中して、自由に
執行部にものが言えない、党で政策を議論しにくい体制が築かれていると報じられ、
将来の言論の自由に不安を抱かせる。
ざっとこのような状況であることを総合して、現与党不支持の意思を表明したい。
民主党に安心して政権運営を任せられるようになるには、少なくともあと十年は
かかりそうな気がする。

それでは前与党(自民・公明)はどうかというと、現与党よりは比較して「まし」な
政権運営能力を持っているかもしれないが、積極的に信任を与えたいとは思えない。
今後の政策や体制づくりにも依るが、現状では総じて、失政を総括して体制や
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)


318近藤 貴夫 :2017/11/19(日) 13:03:09
ワンオペ育児の問題は、男女間の労働配分の問題である以前に、
生活に必要な総労働時間の問題ではないのだろうか。
対価労働と家事労働を「合わせて」1日8時間労働で、最低限の文化的な
家庭生活が営めるようになっているべきで、実際にはそうなっていないと
いうことだ。

フルタイムの労働時間の「8時間」は、社会通念上、上限ではなく下限に
なっており、残業を含めて10時間、12時間となるのが当たり前になっている。
そこに通勤時間が加わり、さらにその上に生活上の家事労働が加わるの
だから、総労働時間は15時間、17時間といったふうに計算されるべき
なのである。

家事労働が、例えば一家で1日に6時間必要ならば、それを夫婦で分担するとして、
3時間ずつを、外での対価労働時間から差し引かれねばならない。
そして2人で5時間ずつの10時間の労働でも、生活に必要な稼ぎが得られるような、
給与所得と、それをもたらすだけの生産性が必要だということである。

産業化の前は得られていたこうした生産性が、今は得られていないのだから、
現代になって生活は貧しくなったと言えるだろう。

共働き環境下での女性のワンオペ育児は問題で、日本の状況は世界でも劣悪であり、
男性の総労働時間は女性よりも短いかもしれないが、それでも、男性の家事労働を
単純に引き延ばして対処すべきではない。
女性よりましであったとしても、男性の総労働時間は一日10時間を大きく上回って
いるだろうし、それは理想的な水準より長いからだ。
もっと短い総労働時間で人々が生活していけるように、社会構造全体を変革して
いかなければならない。

けれど、その道筋はどうつければいいのか、その答えがないのだ。


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3 「ヨーギニー寺院 ~インド・シンボリズムへの旅~」 (Res:12)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 3
1近藤 貴夫 :2017/05/03(水) 11:21:00
近藤譲氏は、神戸市の元中学教諭であるが、様々な研究を行ってきた。
氏が2004年に、それまで10年越しの研究をまとめて上梓した本が、
「ヨーギニー寺院 ~インド・シンボリズムへの旅~」である。
このたび、この書籍の内容の大半をWeb上に公開し、同時に購入の
注文を受け付ける紹介サイトが公開となった。
このサイトと書籍について述べる。

https://kondoes.wixsite.com/yogini/

6近藤 貴夫 :2017/05/28(日) 20:22:29
第1章 ブヴァネシュヴァル 第2節 スールヤ寺院の盛衰
https://kondoes.wixsite.com/yogini/chap1sec2

この書籍は第一に研究書だが、一直線に何かを論証しようという構成を
取っていない。

特定の街へ調査旅行に出かける紀行文と、そこで体験したことが述べられ、
それを元に少し考察が進む。そして、次の節ではまた別の調査ポイントへの
紀行文から始まる、というように、曲線的に進む。

この節も、まずはオリッサ州のブバネシュヴァルに向かう車中の描写から始まる。

そして、スールヤ(スーリヤ)寺院を訪ねた話に進み、その没落の原因の考察がある。

さらにそこから、寺院外壁の彫像群、アプサラスやミトゥナ像に話の焦点を移し、
タントリズムのヒンドゥー教史上での位置づけといった方向へ、論を進める。

こうした著者の話の進行は自然であるが、「何かを論証するための論理的必然」と
いったものには従っていない。

特に、この節と、直前の第1節の「ヨーギニーについての話の枠組み」とには、
一見何の関係もないように見える。

こうした著者の話の進め方にいら立たないためには、読者も著者と同じ幅のテーマに
関心を持って、調査旅行の際の著者と同じ視点で関心を移しながら、しかも前までの
話の印象を忘れずに、楽しんで保ち続ける態度を要求される。
「インドの地理も宗教も全然知りませんよ」という読者は、話の飛躍について行けない。
知っていたとしても、異質な関心が交互に顔を出す記述に振り回されて、筋を追うのに
疲れるかもしれない。
けれども、このような構成で書かれるのは、著者の関心からすれば必然なのであって、
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)


7近藤 貴夫 :2017/06/03(土) 13:43:03
第1章 ブヴァネシュヴァル 第3節 ヨーギニー女神の微笑み
https://kondoes.wixsite.com/yogini/chap1sec3

冒頭に「OTDCの1日旅行から帰って」と始まるが、OTDCとは、オリッサ観光開発公社の略だそうだ。
こう始まることで、前節のスールヤ寺院やジャガンナート寺院の訪問が、1日観光ツアーの一環だった
ことが分かる。

この節では、ヒラプルのヨーギニー寺院を訪問する。
数葉ずつの図面と写真があり、この書籍の味わうべき本題の開始である。

訪問までの経緯、訪問中の出来事、儀礼の歴史などの考察、著者とヨーギニー研究の縁の話など、
話があちこちに飛ぶので、読者は整理して迷子にならないようにする必要がある。

理論的に重要な叙述は、ヒンドゥー教タントリズムにおけるシンボルの価値づけの逆転と、それに伴う
大衆化の話である。

また、書籍全体の物語構造において重要な叙述は、「ムンバーデービーはヨーギニー女神ではないか」と
いう考えが、デヘージャー氏の著作により、このときに浮かんだことであり、1章1節のムンバーデービー寺院
訪問の話や、「あとがきにかえて」のその考えが確認された叙述に結び付いて枠を成している。


8近藤 貴夫 :2017/06/10(土) 11:13:34
第2章 カジュラーホ 第1節 中世ヒンドゥー教寺院の光と陰
https://kondoes.wixsite.com/yogini/chap2sec1

第2章の題名「カジュラーホ」は、マディヤプラデーシュ州北部の小さな町の名である。
「カジュラーホー」や「カジュラホ」とも書くが、Google マップの現時点のカナ書きは
「カユラホ」となっており、それは多分違うのではないかと思う。
寺院群で有名だそうで、そこの取材調査を焦点にした章という意味である。

この節でも、例によって焦点の土地カジュラーホへの移動の旅の話から始まり、現地での
西群寺院(カジュラーホの寺院群は、西・東・南に分けられ、西が一番よく保存されている)の
下見の話をしたのち、本題たる研究の論述を進めるための歴史的考察に進む。

その歴史的考察の部分では、カジュラーホ周辺でなく、南インド・タミルナドゥ州にある、
チョーラ朝期のブリハディーシュヴァラ寺院についての言及がかなりのウェイトを占める。
王室が運営する「帝国の寺院」の代表例としてである。
「デーバダーシ」(デーヴァダーシー)についての言及も長い。


9近藤 貴夫 :2017/06/17(土) 11:08:08
第2章 カジュラーホ 第2節 丸い目のジャガンナート神
https://kondoes.wixsite.com/yogini/chap2sec2

「カジュラーホ」の章にあるが、この節の内容は、カジュラーホとの関係がさほど強くない。

前節を受けて、「どのような寺院が『生きた信仰の場』として生き残ったか」という考察を
続けており、そのための比較対照をする節だからである。
比較対象として最も大きなウェイトを占めているのが、プリ―のジャガンナート寺院であり、
こちらは現代でも人気の、民衆の熱気に支えられた寺院の典型例として挙げられている。
但し、立地のプリーは、前章のオリッサ州であり、地名で付けた章名とは整合しない。

寺院やパトロンと、そこに装飾を施す工人・芸術家との関係も図示して考察されている。

節の終盤は、カジュラーホの話に戻る。ここでは、逆に節名と内容が整合しない。
チャンデラ朝のダンガ王の叙述が入るが、これはカジュラーホ西群寺院の施主であった
王朝である。西群寺院の一つマタンゲシュヴァラ寺院が、カジュラーホの古い寺院群の中で
唯一現代に生き残る信仰の場となっていることを考察する文脈である。

節末に、カジュラーホとサソリの因縁の話があって、章のテーマの地名との連関が完全に
回復する。


10近藤 貴夫 :2017/07/08(土) 14:13:21
第2章 カジュラーホ 第3節 割れたヤシの実 / チョウサント・ヨーギニー
https://kondoes.wixsite.com/yogini/chap2sec3

カジュラーホの西群寺院から南方の、チョウサント・ヨーギニー寺院を訪れる節である。
同寺院の訪問を決めたいきさつから語られる。
特徴的な構造を持つ同寺院は、大きく破壊されており、中に神像は残されていない。

他の寺院のことや、ヒンドゥー教シンボリズムの一般論にわたりながら、
描写や考察がとりとめなく続く。

末尾にはやはり、取材旅行中の具体的エピソードに回帰して終わる。


11近藤 貴夫 :2017/07/17(月) 12:27:20
第2章 カジュラーホ 第4節 デュベラ美術館
https://kondoes.wixsite.com/yogini/chap2sec4

デュベラ美術館は、ヨーギニー像を収蔵品に持つ、カジュラーホから車で3時間ほどの
場所にある、かつての宮殿を使った美術館ということのようだ。
ヨーギニー像以外にも、宮殿だった当時の生活用品など、多数の収蔵品があるらしい。

この節でも、移動から見学が許される経緯に始まり、各ヨーギニー像に説明の焦点を移し、
最後には往時の宮殿の様子に思いを馳せて締めくくっている。


12近藤 貴夫 :2017/07/30(日) 10:37:25
第3章 ​ブヘラガートへ / 美・恐怖のヨーギニー
https://kondoes.wixsite.com/yogini/chap3

重要な長い章だが、タントリズムの性的な儀礼に触れており、不快に感じる人もいると
いうことで、パスワードが必要とされている。

読みたい人は、
「ご注文・お問合せ」のページ
https://kondoes.wixsite.com/yogini/contact
から本書を注文するか、著者にパスワードを教えてもらえるか頼んでみるといいだろう。
パスワード付きになっている趣旨を理解して、パスワードを公開・拡散するのは
控えていただきたい。

宗教史を客観的に理解する視座において、性的シンボリズムから目を背けるのは
逆に問題があるし、チベット密教などにあるものと同様の延長である。
決して下品な関心から言及されているものではないので、その点は、安心して
いただいて大丈夫である。

この章の題名に出てくる「ブヘラガート」は、元の綴りでは भेड़ाघाट という。
著者が現地音から近いカナで表記しているのだが、普通の方法でカナに写せば
「ベーラーガート」だろう。
インド中部マディヤプラデーシュ州の中東部、ジャバルプル県に位置する村で、
円形のヨーギニー寺院が建つ。
ここを訪問して、タントリズムの視点から考察を加える章である。


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4 Tsvarc Dhit (Res:4)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 4
1近藤 貴夫 :2014/05/05(月) 08:47:17
Ysfanew zvazdi Jittsocjir kxireepfa,
Ljudzef zjisj xaaloj bvoxtymei tsic.
Tooljyffa izjde vjitessolec njircar,
Ppfoilji wezi tsoiga ragcjastarmjic.

創作言語による定型詩。

2近藤 貴夫 :2015/11/30(月) 22:57:44
Ma`haja` yvahji`ja o`ji`nua dzja`he`
E`cjidin maxjiju`a uvajean' i`le`
Xuduikhau wa`jo`za zvino`cva sji`
Aqgcjaleisy meito`lah xudzjame`na ije`

ユーイェー語にて


3近藤 貴夫 :2015/11/30(月) 23:03:50
Ma@haja@ yvahji@ja o@ji@nua dzja@he@
E@cjidin maxjiju@a uvajean' i@le@
Xuduikhau wa@jo@za zvino@cva sji@
Aqgcjaleisy meito@lah xudzjame@na ije@

ユーイェー語の別の翻字


4近藤 貴夫 :2017/06/04(日) 09:36:00
Adhjimsjaakyr neetizbindhji, icijezjeemud rutsjikal vookji.
Hendji seemniz lyqkadbaacji, samyje fojkarnaatar vetkji.

ツェラドゥ語にて


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5 [広告]関係コンサート・ライブ・公演情報 (Res:9)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 5
1 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2011/03/07(月) 18:12:05
※ここは、私に関係する、音楽・舞踊関係の広告のスレッドといたします。
 私の出演するもの、所属する団体のもの、選択したものを書き込みます。

合唱のイベントについての宣伝です。
昨年、第一回として大阪・中之島の中央公会堂で開かれた、新しい合唱祭
「コーラスめっせ」が、今年2011年は、いずみホールで開催されます。

日程は、2011年4月16日(土)・17日(日)の2日間。
いずみホールと、その近くのTWIN21のアトリウムとで、コンサートと、
各種講習会が開催されます。

詳しい内容は、イベントの公式ブログの、下記のページをご参照ください。
「コーラスめっせ2011プログラム(2011/02/16現在)」
http://chorusmesse2010.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/201120110128-5e.html
「3つのコンサート(2011/01/28現在)」
http://chorusmesse2010.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/20110128-9232.html

私の所属する、合唱団ボイスフィールドは、16日(土)14:30からの、
「世界の歌コンサート」と題したコンサートでラテンアメリカの曲を歌います。
このコンサートについてのみ、私たち団員の手元にチケットがございます。
額面2,000円です。もしご興味のある方は、メッセージをください。
原則として、間に合う限り、チケットを郵送させていただきます。

2 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2011/07/02(土) 15:45:18
私の所属する合唱団ボイスフィールドが、第34回定期演奏会を行います。
例年通り、多彩なプログラムとなっております。ぜひ足をお運びください。

合唱団ボイスフィールド
http://www.voice.gr.jp/

■ 日時: 2011年8月28日(日) 14:00開場 14:30開演
■ 場所: 伊丹アイフォニックホール
■ 入場料:1,000円(全席自由席)

■ 指揮: 西牧潤 ・ 天野裕介
■ 主催・演奏: 合唱団ボイスフィールド
■ 後援: 日本合唱指揮者協会

■ 曲目:

● オープニング 宮城県民謡“遠島甚句”
作曲:宮城県民謡 清水 脩 編曲 (指揮/天野裕介)

● 第1ステージ “遠い国の歌”
(指揮/西牧 潤)
「Cancion de Cuna」(子守唄)(Alberto Grau作曲:ベネズエラ)
「Salmo 150」(詩篇150)(Ernani Aguiar作曲:ブラジル)
「Tres Cantos Nativos Dos Indios Crao」(三つの民謡)(Marcos Leite曲:ブラジル)
「Te Quiero」(愛しています)(Alberto Favero作曲・Liliana Cangiano編曲:アルゼンチン)
「El Guayaboso」(ほらふき)(Guido Lopez-Gavilan曲:キューバ)

● 第2ステージ “ことばあそびうた・また”(2007)混声合唱とピアノのために
作詞:谷川俊太郎 作曲:北爪道夫 (指揮/天野裕介:ピアノ/中野園子)

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

4 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2013/03/10(日) 22:37:30
「ギータンジャリ友の会」が、この5月6日、大阪のクレオ大阪東にて、
インド創作舞踊のイベントを開催いたします。
インドから C.V.Chandrasekhar 師を招き、3部構成のプログラムを
予定しております。
詳しくは、リンク先ページの情報をご覧ください。
http://www.mahaananda.jp/event/gitanjali201300.html

7 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2013/12/30(月) 09:57:09
私の所属する「つなぐ文化・ギータンジャリ友の会」が、
2014年3月2日(日)、大阪府の寝屋川市アルカスホールにて、
チャリティイベントを開催いたします。
「インド舞踊へのいざない Part.35
『祈り Anjali 〜鎮魂・復活・新生〜 有限なるものから無限なるものへ』」
と題し、ジャズピアノ、マイム、インド古典舞踊などで
構成されたプログラムです。

詳しくは、こちらのリンク先をごらんください。
https://www.facebook.com/events/235286426648151/

8 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2014/01/26(日) 20:26:17
「つなぐ文化・ギータンジャリ友の会」が開催するチャリティイベント
「インド舞踊へのいざない Part.35
『祈り Anjali 〜鎮魂・復活・新生〜 有限なるものから無限なるものへ』」
は、前売り券の申込を受け付けています。
2014年3月2日(日)14時より、大阪府の寝屋川市アルカスホールにて開催。
倉本聰氏の小説で知られるようになった「ニングル」の森を舞台とし、
ニングルからのメッセージとして「祈り」を表現します。
まだまだお席に余裕があり、多くの皆様のご来場をお待ちしております。

詳しくは、こちらのリンク先をごらんください。
https://www.facebook.com/events/235286426648151/

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6 "Cxiel-militeposo Sxurato" (Res:14)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 6
1 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2008/05/30(金) 21:39:40
Mi tradukos na "Ĉiel-militeposo Ŝurato" de Akahori Satoru,
el la japana en Esperanton.

2 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2008/05/30(金) 22:27:34
//////////
TIO --
povas estinta nure unu punkto en la fluo de la tempo, kiun oni povas
nomi "eterno".
Kaj TIO --
povas estinta unu flanko de metempsikozo, kiu gurdadas senfine, aŭ
povas estinta unu tute hazarda incidento, kiu neniam revenos.
En TIO, multe da voloj brilis kaj malaperis.
Multe da vivoj flamiĝis kaj perdiĝis.
Eĉ se TIO estus nur eta aferoo sensenca por pli alta-rangaj dioj
, kiuj nombras kelkaj cent-miliardoj, ili vivintus same kiel tiam,
kaj agintus same.
Nun mi informos vin tiajn iliajn vivojn.
Nun mi montros vin tiajn iliajn batalojn.
La rakonto nomiĝas "Ĉiel-militeposo".
/////////

3 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2008/06/01(日) 04:35:21
>>1
Mi tradukos ĝin por mia propra intereso kaj ekzerco de la lingvo
Esperanto. Mi ne asertos mian kopirajton de ĉi-tiu tradukaĵo.
Se oni volas legi originalan verkon, bonvolu serĉi ĝin el "Kadokawa
Sniikaa Bunko", 1995. Kopirajto de ĝi apartenas al Soutsuu Agency :
TatsunokoPro.

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7 宗教関係雑感 (Res:226)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 7
1 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2008/05/31(土) 00:23:07
「創価学会を故意に中傷した」という非難により、サイト本体の
宗教批判関連コンテンツを昨年削除しましたので、ここに代わりに
宗教への思いを書くスレッドを立てます。

8 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2008/06/07(土) 22:39:54
次に、原則3として、思考停止に陥らず、一度たどり着いた思想を守る
ことに固執しない、ということです。
変節と言われようと何と言われようと、晩年に至るまで、再構築に躊躇しない
姿勢を保ちたい。そういう思想のあり方が理想であり、目標です。

それは、浮ついた考えを軽々しく言い続ける、ということとは違います。
少なくともその時々に、心の奥から叫びたいことがらを、できるだけの推敲を
経て述べるという線は守ります。

また、何とはなしに修正・脱線するというのではなく、公然と根拠や理由を
述べて、明確に思想を組み替えるということです。

私は、宗教団体に対しても、教条を守ることを第一にしなくてもいいから、
それを変える時には、少なくとも内部に、理由とともに明示的に示すことを
求めます。

9 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2008/06/08(日) 23:32:41
そしてまた、相手を言い負かせばよい、という論戦を主とする立場を採り
ません。議論はできるかぎり紳士的で、建設的なものであるべきです。
私のかつて属した宗教団体や、その関連団体の論客の論戦で、相手を罵倒
しまくり、心理的な駆け引きや論理上の罠を駆使し、とにかく勝つことが
第一という議論をかつて目にして、とても醜く感じてきました。

またその背景として、宗教は、各人が自分なりに知識と経験とを増やし、
自分自身で誠実な考察と活動を繰り返すことが肝心だと考えています。
先人が考えた結果を鵜呑みにし、盲信することは感心しませんし、少なくとも
いつでもそこから逃れる準備ができているべきだと思います。

微力でも、そうして自主的に思想を展開する個人の集まりであってこそ、
近代の自立した個人による社会であり、今後の人類の安寧を約束すると
考えます。
失敗するだろうから、どうせ自分なんかが考えてもだめだろうから思考を
停止しよう、とみんなが思ってしまっては、民主主義社会・自由主義社会は
機能しません。

10 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2008/06/09(月) 00:25:11
各個人が自主的に思考する時間を確保する……その日に起こったことを
振り返って整理することも含めて……ためにも、人々を働かせ過ぎることを
防がなくてはなりません。
長時間労働は、為政者や雇い主による支配や搾取に、好都合なのです。

宗教の中にも、睡眠時間を削り、ぎりぎりまで病を押して、様々な活動の
全てを身を挺してやり遂げることを推奨する団体があります。
確かに、リーダーや信徒としてそうすることは、一種の美学にも思えます。
ただし、そうした勤勉さのすすめが、過労のすすめに転化してはいけません。
また、頑張れない状態の人を鞭打って悪化させることになってもだめです。
そうならないように、皆が目を離さないようにするべきです。

11 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2008/10/16(木) 22:50:26
<政教分離>について、創価学会など政治に関わる教団側が言うことには、
世間一般が<政教一致>として彼らを批判する時には、<政教分離>の
概念を捉え間違っているのだと言います。
いわく「宗教者や宗教団体が、政治的発言・政治活動をすることには
全く問題がない」のであって、もし宗教者や宗教団体であることを理由に
政治的発言や政治活動が規制されるべきと言うのであれば、その方が、
かえって法の下の平等に反するというのですね。
そして、問題となる<政教一致>とは、政府・自治体が、公の立場で
特定の宗教を支援したり妨害したりすることであって、「<政教一致>
と批判するが、果たして我々が、国務大臣や官僚などの立場を利用して
特定の宗教を支援したり妨害したことがあったのか。または教団として
政治上の権力を与えられ行使したことがあったのか。」と反論します。
法律上は恐らく、そこまでやらない以上は合法なのでしょう。
その上さらに、創価学会の場合は「会員にも公明党への支援は強制して
いない」としています。実際、表立って「公明党反対」とか「対立候補に
入れる」と言いながら学会活動するのは非常に居づらいと思いますが、
不可能ではないですね。

逆に<政教一致>批判をする側は、例えば、宗教施設の選挙活動への利用や、
宗教活動内での政治的運動、そして政党人事への教団の介入などを問題に
します。
しかし、これらを理由に、宗教施設の一部を課税対象にしたりする程度は
辛うじてできるかもしれませんが、大問題にして教団を組織的に罰する
ような法的根拠は今のところ日本にはないと私は認識しています。

宗教施設が時間的・空間的に何割まで宗教目的に使われていれば大丈夫
なのか、或いは一回でも政治的活動に供されればアウトなのか、その
根拠は何なのか……ぜひきちんとラディカルかつ噛み合う議論を展開
して欲しいものだと思います。
そして、日本では宗教団体は政治活動をしてはいけない、という法体系
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

12 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2010/04/11(日) 23:01:59
創価学会の信仰に対して、
「特定の掛け軸(マンダラ=本尊)を前にして、呪文(マントラ=題目・経文)を
唱えて祈ったり(自行・勤行)、そのやり方を広めたり(化他・折伏)しさえすれば、
それだけで万人が必ず幸せになる(即身成仏する)。逆に少しでもその妨げをすれば
必ず究極の不幸に陥る(無間地獄に落ちる)」
などという構造の教え一般が、本当であるとは信じられないという直観は、今でも
私の中で生きています。
マンダラやマントラの優れている理由をいくら加えても、せめて100%雨を降らせる
呪法とか、100%何かの病気に罹らない呪法とかが行きわたって広まっているような
背景が無い限り、上記の構造自体を(ファンタジーの世界はいざ知らず)真面目に
信じる気持ちにはなれません。

創価学会は、戦後復興〜高度成長の時期に「折伏大行進」と呼ばれるかなり強引な
布教活動を行い、各自の努力の結果や経済発展の勢いに乗ったことをも「功徳」と
思わせる効果によって、飛躍的な拡大を果たしました。
しかしその後、特にこの20年間に、そのような拡大の勢いが止まり、選挙での
公明党の得票も頭打ちになっていることは、つまり、教え自体には本来魅力が薄く、
その功徳も水増しされて感じられてきていたということを示唆すると思います。

創価学会は外部から、あることないこと、尾ひれをつけて怖がられ、非難されてきた
面もありました。
しかし、全てに根も葉もないのではなく、強引な折伏を受けた人、軍隊組織にも似た
バリバリの組織活動で苦しんだ人、脱会や内部告発に伴って嫌がらせを受けた人など、
様々に、厭な思い・怖い思いをした人を生み出してきたことによって、日本社会から
嫌われてしまったのだと思います。
創価学会側からすれば、厭な思い・怖い思いをした人の方が少数派で、大多数の
人は救われた思い・幸せな思いをしている筈だと言うでしょう。批判は嫉妬する者や
権力を求めて失敗した反逆者の中傷である、と言うわけですが、実際には日本社会に
大きなトラウマ(精神的外傷)を作ってしまったということだと思います。

(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

13 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2010/04/12(月) 01:39:08
最近の十数年、1990年代以降の重要な社会状況として、インターネットの
普及があります。
私の思うに、これは、言語・文字・印刷・放送に次ぐ、人間の思考の
記録・伝達における画期的な出来事ではないでしょうか。

インターネットによって、一般の人が、情報発信者として世界中の人に
情報を届けられるようになりました。そこには行政の認可も要らず、
基本的にはスポンサーを集める必要もありません。閲覧の多くは無料で、
通信費だけで見られます。

一部の国の政府では公然と検閲を行うようにはなっていますが、一般の
個人が情報発信力をこれまでになく高めたことで、市民感覚を裏切るような
マスコミ報道もしにくくなったし、マスコミ報道に対して「それは絶対
嘘だ」なんてことを大挙して書きこまれるようにもなったわけです。
民衆の団結する手段に、政党や宗教団体や組合を使わずとも、もっと柔軟に
インターネットで人々がつながり、様々な市民運動が行われるように
なってきました。
最初はパソコン通信から始まり、個人WEBサイトや掲示板中心の段階を経て、
チャットやブログ、SNSやTwitterと様々なツールや場が生まれ、複層的に
人々がつながり、情報が流れ、活動が生まれています。
Skypeを使えば、相手の顔を見ながら生で話をすることもできます。

こうしたインターネットの諸機能が、創価学会の「座談会」が持つ
コミュニティ機能をかなりの部分で代替できるようになっているのでは
ないかと私は思います。

14 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2010/04/12(月) 01:54:58
1990年代以降の社会状況で、日本に限れば、不況の基調が続き、少子化が
問題となって、社会的に退潮傾向にあることが挙げられます。

上げ潮ムードに乗って広まった創価学会でしたが、この不況続きで、
自然に「功徳」と考えられることが起きる確率が下がってしまいました。
元気を鼓舞することを謳うタイプの宗教にとっては、つらい状況では
なかろうかと思います。

また、1995年の地下鉄サリン事件など一連のオウム真理教関連の事件や、
2001年の9.11同時多発テロなどによって、カルト乃至は宗教過激派に
対する世間の目が益々厳しさを増したこともありましょう。
洗脳・マインドコントロールといった言葉が誰でも使える程度に広まり、
非人道的な布教は社会的に絶対に許されないものとなりました。
また、聖なる目的のためには手段を選ばないという立場は、「テロ」として
大いに非難されることとなりました。
危険な団体と認定されては組織が崩壊しかねないため、宗教団体としても
行動を自重する流れになっているのではと思います。

最近は「環境テロ」という言葉もありますね。何を旗印に掲げていたとしても、
過激で非合法な手段に訴えてはいけないということです。

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8 Sa\msk$rt文法備忘(文字と音韻編) (Res:66)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 8
1 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2003/07/26(土) 09:42
使う時があるかどうか分かりませんが、立てるだけ立てて
おきます。

20 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2004/05/19(水) 01:25
/y/ →イ
ヤ、ヤー、イ、イー、ユ、ユー、イヰ、イヰー、イェー、ヤイ、ヨー、ヤウ

/r/,/l/ →ル
ラ、ラー、リ、リー、ルゥ、ルゥー、ルヰ、ルヰー、レー、ライ、ロー、ラウ

※/r/と/l/も、平仮名や補助記号を援用することをせず、書き分けない。

/v/ →ヴ、ウ
ヴァ、ヴァー、ヴィ、ヴィー、ヴゥ、ヴゥー、ヴヰ、ヴヰー、ヴェー、ヴァイ、ヴォー、ヴァウ

※/v/音は、子音に続く場合と母音に続く場合で、濁点なしのワ行か、濁点つきのヴァ行かを使い分ける。

21 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2004/05/19(水) 01:32
/%s/ →シ
シャ、シャー、シィ、シィー、シュ、シュー、シヰ、シヰー、シェー、シャイ、ショー、シャウ

/#s/ →シ
シァ、シァー、シィ、シィー、シゥ、シゥー、シヰ、シヰー、シェー、シァイ、シォー、シァウ

/s/ →ス
サ、サー、スィ、スィー、スゥ、スゥー、スヰ、スヰー、セー、サイ、ソー、サウ

※母音による子音の書き分けは原則としてしないはずだが、これら歯擦音は微妙に書き分ける。

/h/ →フ
ハ、ハー、ヒ、ヒー、フゥ、フゥー、フヰ、フヰー、へー、ハイ、ホー、ハウ

22 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2004/05/19(水) 01:44
子音+/y/

キヤ、ギヤ、チヤ、ヂヤ、ニヤ、ティヤ、ディヤ、ニヤ、ピヤ、ビヤ、ミヤ、シヤ、
スヤ、ヒヤ

※イ段に行こうとする最低限の表記(誤解を生みかねないところは「ィ」を加える)+大文字のヤ行。

子音+/v/

クワ、グワ、チワ、ヂワ、ニワ、トワ、ドワ、ヌワ、プワ、ブワ、ムワ、シワ、スワ、フワ

※ウ段へ行こうとする最低限の表記+濁点なしのワ行(ワ・ウィ・ウ・ウェ・ウォ)。

>>19への追加 /m/も同調音点の閉鎖音の前では「ン」を使ってもよい。

23 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2004/05/19(水) 01:52
クリシュナ → クヰシナ、
アーンヴィークシキー → アーヌウィークシィキー、
クル → クゥルゥ、
ヒラニヤカシプ → ヒラニヤカシィプゥ

など、「日本語の発音規則で勝手に母音が消えたり補われたりするところを防ぐ」
のが狙いの一つ。

24 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2004/06/09(水) 00:20
さて、前から述べているように、/y/は、日本語の拗音はもちろん、英語の
[j]と比べても、非常に硬くて長さを持つ、子音的な音だったと考えられる。
一歩進めて、これはおそらく、地域や音韻的環境によっては、[j]や[ij]と
発音されるだけでなく、より摩擦の聞こえる"%z"にも読まれていたのでは
ないかと私は想定する。
一つには、同じ調音法の音として分類される/v/の字が、子音の後などで
[w]と読まれる一方、独立にはしばしばより摩擦の強い[v]と読まれるので、
/y/も同様だったと考えて不自然ではないということ。
二つには、同系統の母音が続く/yi/,/y@i/という綴りや、同音重複の/yy/と
いう綴りが、文法的な活用の一部として頻出する(英語などよりも出現の
頻度が高いと思われる)一方、/y/や/j/から区別される"%z"の音素を持た
ないため、/y/が母音の/i/とは十分区別できる摩擦性を持っていたと考え
られること。
三つには、動詞語根/$R/の活用に端的に現れる。/$R/の現在組織弱語幹、
/iy$r/の存在は、</y/が、母音/$r/よりも子音性が強いことはもちろん
(/iy$ry@am/(私は行きたい)などを見よ!)、その次にもう一つ母音が
続くと、子音/r/と同程度以上の子音性を示す(/iyrati/(彼らは行く)は、
*/@irati/などとはならない!)>を示しているのだ。
四つには、/v/を/b/と区別せず、すべて[b]にしてしまった現代ベンガル語等
では、/y/も/j/と発音を区別せず、すべて破擦音の[J]で読んでいる事実が
ある。発音というのは一般に楽になるほうに変わりたがる傾向があるので、
閉鎖や摩擦は弱くなりたがるものだが、ベンガル語のような結果があると
いうことは、少なくとも/y/が強い摩擦を伴っていた地方があったことを
示唆していると思える。

25 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2004/06/09(水) 00:46
/y/とは逆に、/r/の子音性は、意外と軽かったのではないかとも思える。
一つには、「一部の韻律書において、/pr/,/hr/,/br/,/kr/などは、例外的に、
その直後に短母音が続いたときに長い音節を作らないと言われている」
(Apte梵英辞典の付録A)ということがある。同辞典では続けて「韻律的に
おかしいから誤記であろう」と言うが、それは一概にそうとは言えないの
ではないかと思う。
日本語の拗音の/y/は、それが入っても長い音節を作らない。「キャ」は
「カ」と同じ短い音節であり、「カー」のような長い音節ではない。
これは、音節先頭の子音自体が口蓋化して<一つの子音が>発音されて
いるので、二つの子音を別々に続けて発音するのではないからである。
それと同様に、Sa\msk$rtの/r/の一部も、その直前の子音を<反舌化>
して、一つの子音として発音するようになっていたのではないかと
疑われる。
唇乃至は軟口蓋を閉じると同時に、舌先を反り上げて舌根下部を後ろに
膨らませ、</r/を帯びた/p/や/k/>を発音することは全く容易い。
そして、これは我々には区別しづらい異様な響きをもたらすが、歯音と
その反舌化音など、反舌の響きの区別に慣れた人々の耳には、我々に
とっての「カ」と「キャ」の差と同じくらい十分な意味のある音の違いを
もたらしているはずである。
実際、インド人の発音する/pr/は、そうと言われなければ二つの子音字を
続けて書いているとは思えないくらい、<一つの破裂音>に聞こえうる。
/pra/が「パ」とも「カ」ともつかない独特の一つの短音節に聞こえるのだ。

26 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2004/06/09(水) 01:13
私の見るところ、「反舌二重調音」乃至「子音の反舌化」のIPA記号は
見当たらないようだ。
だからといって「軟口蓋化」はもちろん「咽頭化」ともちょっと違うし、
「反舌化」の発音は明らかに可能なのだが・・・。

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9 Sa\msk$rt語義語源備忘(1) (Res:223)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 9
1 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2003/07/26(土) 19:06
語源学的なこと。でもそれだけには限らない。

2 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2003/08/15(金) 19:20
SAIについての着想メモ

おそらくは、$Rg-v@edaの誤解が起源だと思われる。

「sa id @evam (彼こそは斯くの如く・・・)」を、
一語として「sai-d@evam(サイの神を)」と読んだり、
「sa id d@ev@e#su (彼こそは神々のもとに・・・)」
を、「sai-d@ev@e#su(サイなる神々のもとに)」と
読んだりする類いのことから、この語が起こったのでは
あるまいか。
強調の「id」が、古典サンスクリットでは使われなく
なって、こういう誤解に至ったのではあるまいか。

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10 Sa\msk$rt文法備忘(統辞編(一般)) (Res:371)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 10
1 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2003/07/26(土) 17:27
これ以外の構文スレに入らないようなこと。

2 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2003/10/19(日) 10:30
所有表現について簡単に。
Sa\msk$rtでは、「Sbd.はsth.を持つ」という文型はあまり使われず、
使われるとすれば、実際に手に持っていたり抱えていたりする場合
である。代わりに使われる文型が、「Sbd.(gen.)の所にsth.がある」
という所有物を主格にする表現と、「Sbd.はsth.持ちである」という
所有者名詞を補語にする表現である。前者の場合は、文頭の属格が
文の主題であるという認識が働きにくく、直接に後続の所有物を修飾
しているのと区別がつかない。後者では、多種多様に存在する所有・
所属を表す語尾を、所有物に接続して、所有者名詞を構成する。或は
動詞語根から派生した「所有・所持」を表す名詞と複合名詞を構成
したり、さらにまた特有の「所有複合語(Bv.)」の形式で「Adj.な
sth.を持つ〜」という意味の形容詞を構成する。

3 名前:近藤 貴夫 投稿日: 2003/10/19(日) 10:43
「Sbd.(loc.)の所にsth.がある」というように処格が使わ
れることもありそうに思えるが、そのsth.が所有物ではなく
性質や状態を表す場合か、「sth.がふさわしい/あるのが
好ましい」を意味する場合を除くと、普通でないようである。

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