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情報を発信することの価値

1 藤原肇 :2009/12/19(土) 09:38:09
今回の訪日を一週間で打ち切り早々に南行する理由は、連日のように終電車で戻りつくという生活が、七十を過ぎた身に応えて疲れたという理由で、後はより若い人や当事者たちに任せようと思ったからです。
問題は私自身ではなく日本にあって、本当は他の日本人たちが危機感を持ち行動すれば、私などが出る必要など全くないのだが、現実はそうでなかったということのせいでした。
今回の私の体験を参考にしてもらうことで、国内にいる日本の読者が新しい活動の場を見つけて、パブリックの次元で行動して欲しいと願い、問題提起をしたいと思い新しいスレッドを起こしました。
拙著の読者の人なら知っていると思いますが、私の流儀は説明することを嫌い、問題を提起して考えてもらうやり方なので、まずは問題提起として書いた記事を何回かに分けて、とりあえず如何に公開することにします。
第一回分
日本外国特派員クラブ(FCCJ)の混迷とその存在意義
藤原肇(フリーランス・ジャーナリスト)。『さらば暴政』著者・台湾在住

***危機から立ち直ろうとする外国人記者クラブの現状
東京の有楽町駅前の「電気ビル」最上階には、「外国人記者クラブ」という愛称で呼ばれ、発足のとき以来65年の歴史と伝統を誇り、外国からの要人や時の人の記者会見で知られた、日本外国特派員協会(FCCJ)のクラブハウスがある。20階にはレストランと会議室が整っており、19階には図書室と事務局があって、日本に派遣された外国の報道機関の記者を中心に、自主的な運営をするクラブとして盛況である。
しかし、一見して盛況に見えるこの重要な組織が、数々の問題を抱えて危機に瀕している背景には、組織自体の混迷と日本の地盤沈下がある。FCCJが抱えた組織的な悩みは、幹部による運転資金の濫用であり、数年にわたる使い込みが財政破綻を招いて、有志会員による幹部の追放運動を生み、それが2009年夏の選挙結果として現われた。
投票によって古い執行部が追放されて、モンズルール・ハク会長による新執行部が誕生し、有楽町の「新聞通り1番地」に改革が誕生した。ハク会長はモスクワ国立大学を卒業しており、国連を始めBBCやNHKの仕事をこなし、記者として卓越した国際経験を持つので、自公政権の解体に先行する変化として、資金管理とクラブの掃除が始まった。

2 藤原肇 :2009/12/19(土) 09:39:58
第二回分
***外国人記者クラブ(FCCJ)に見る奇妙な日本人の間接支配
ところが、奇妙にも汚職を放置し続けたのに、財務の担当者が三選される椿事が起き、折角の大変革の試みが「画竜点睛」を欠いて、日本的な珍現象が暫し話題を賑わせた。その理由は財務問題を専門家に任せて、経済問題担当という肩書きに従い、日本の経済誌の記者を監査役に再選したのだ。普段は活動しない日本人正会員の多くは、汚職を放置し続けて来た監査責任を問わずに、外人記者は決算書が読めないと考えて、経済誌の記者が日本人という理由に基づき投票した。こんな非常識が罷り通ったのは、外国特派員の組織で外国人が少数派になり、組織活動には余り熱心に参加しないが、投票数で日本人が決定権を握ったせいだ。
現在のレギュラー会員はほぼ500名というが、純然とした外国人特派員は150人前後に減り、外国で3年以上の特派員をした者は、日本人も正会員になれる規約のせいで、300人ちかい日本人が正会員に属している。だが、その多くは若い頃に特派員を経験し、現在は幹部として自分で会費を払わずに、社用族として接待に使う正会員だ。しかも、社交のために時たまレストランやバーを利用したり、相互利用の特典を最大限に活用して、北米やアジア諸国のクラブ施設を利用する程度で、積極的に組織活動に参加しない会員である。
特派員クラブ(FCCJ)を財政的に支えているのは、投票権のない2000人余りの準会員であり、その多くが接待用にレストランを使い、社交の場として利用している日本人だ。準会員には銀座から五分の距離の社交の場として、利用価値が高い快適なクラブであるが、特派員として取材のために訪日する記者にとっては、自分たちの仕事場が俗化した印象も強い。
こんなことでは日本の現状に愛想を尽かし、東京から逃げ出す記者が増えても当然だが、それに加えて経済ポテンシアルが落ちて、情報的な魅力の衰退が進んでいるために、日本への関心までが加速度的な勢いで薄れている。

3 藤原肇 :2009/12/19(土) 09:45:13
***日本の地盤沈下と発信能力の低下
国際舞台における日本衰退の原因は、十数年も続いた自公体制によって、支離滅裂なゾンビ政治が続いたためである。その結果、ジャパン・パッシングからナッシングになって、日本は世界から取り残されただけでなく、日本の存在価値まで大暴落してしまった。
日本の政治的な状況が余りにもお粗末で、排他的で閉鎖性の強い記者クラブ制のために、公正な形で取材活動が出来ないだけでなく、取材するに値する情報がないということが、外国メディアが日本から撤退する時の理由だ。日本のニュースは大陸からの取材で済ませ、「ワシントンポスト」や「LA タイムス」が東京支局を縮小して、あるいは、閉鎖して上海や北京に事務所を移したので、優秀な特派員が続々と日本から立ち去った。
かつては東京特派員を体験してた後で、香港支局長や北京支局次長になったり、本社に戻り編集局長や国際部長になる記者や、中には編集長どころか社長になる人もいた。だが、最近は東京がドサ廻りで修業の場になり、やり甲斐のある場所で挑戦するために、優れた記者の多くは東京から立ち去って、駆け出しの人材がその穴を塞いでいる。
文部省のALT(外国語指導助手)プログラムで訪日し、日本語が喋れる程度の外国人たちが、パートタイムで特派員の仕事を引き受けて、現地採用の記者として低レベルの日本記事を書く。あるいは、ソウルや上海駐在の記者たちが書いた、取材抜きの浅薄な記事が世界に報道され始めたが、日本人による情報発信が劣悪なために、アジアでの日本の存在感は希薄の度合いを強めており、情報時代だのに日本の現状は鎖国状態に近い。
カンボジアやタイで衛星テレビを見れば、立ち遅れた日本の報道は悲劇的であり、国内に蔓延する幼稚なバラエティ番組が流れ、日本的な痴呆番組が嘲笑されている。それに較べて中国やロシアが作る英語番組を始め、アルジャーラやインドのテレビ番組さえもが、はるかに日本を凌駕しているので愕然とする。
北京製の映画がハリウッド作品を凌駕し、世界の注目を集める話題作を生む時代に、日本人はアニメをジャパネスクの復活と信じて、カラオケを日本文化の振興だと思い込む。だが、それは世相に現れた風俗現象に過ぎないし、かつては訓練された一流ジャーナリストの手で、優れた日本発の情報が世界に流れたのに、そんな状態は過去の夢になり果てている。

4 藤原肇 :2009/12/19(土) 09:46:42
***平成日本の「出島」である特派員クラブ((FCCJ)の役割
 FCCJでは日本の他の記者クラブのように、所属する記者クラブの担当記者が司会をして、安全な記者会見を試みるのとは違い、全方位の角度から自由に質問するので、権力者にとって危険な場所だと見なされている。田中首相が金脈問題の質問で立ち往生し、その後それが失脚に至る契機になったので、用心した中曽根首相はここを鬼門と考え、FCCJからの記者会見の招待を拒み続けて、遂に来訪しなかった話は有名である。
国賓や外国の要人が訪日した時には、多くの場合にFCCJで記者会見を行い、有楽町の「新聞通り1番地発」のニュースが、かつては世界に発信されたものだ。だが、最近では閉鎖的な日比谷の「日本記者クラブ」で、記者会見が行われるケースが増えており、外務省までが法人格を取り沙汰するほど、FCCJの相対的な地盤沈下が目立っている。
バブルの崩壊以来の失った20年のために、不況に陥った日本経済は低迷しており、多くの企業が生産設備を海外に移して、日本の空洞化が進んでしまったのと、自公体制による暴政支配の悪影響のせいで、魅力ある人材の枯渇が顕在化した。だから、FCCJで講演する財界や政界のトップの人物が、自己紹介まで同時通訳で済ますほど、支配層の鎖国精神が酷い状況が続いたので、北京やソウルに主導権を奪われて、東京の持つ情報力は低下してしまった。
世界に向けての情報発信基地としてのFCCJは、江戸時代の長崎の出島に相当しているし、受信以上に発信の役割は重要である。しかも、鎖国から文明開化に向けて「世界に開く窓」が、出島から横浜や東京へと移ったのに、現在では横浜や東京がソウルや北京になり、東京のFCCJが今以上に衰退し続ければ、日本の未来は「夜明け前」の薄明続きになる。
世界を情報革命の嵐が吹き荒れているのに、コップの中の安逸で「酔生夢死」に満足して、情報発信の衰退で世界から孤立すれば、日本の運命はカラパゴス島と同じになる。自公体制による独善的な暴政が終わり、アジア共同体の仲間として生きる上で、日本が世界と連帯意識で結びつくためにも、オンタイムでの情報発信が不可欠だし、それを担う東京のFCCJの役割の持つ意義は、想像以上に重要だと気づく必要がある。

5 T.N. :2009/12/21(月) 00:22:42
 4回に分けた藤原氏の長文の投稿は、多くの問題提起を含むもので、1回の投稿で自分の考えを尽すことは、
できそうもありません。思い付いた事から順に書いていけたら、などと考えております。

 ただ藤原氏の本の日本の読者として、まず書いておかなければならないのは、70代になられ目を患われてい
る藤原氏に、また現場の力仕事を任せることになってしまったということです。日本人として情け無いとともに、
申し訳ない気持ちです。ここで”また”と書きましたのは、例えば「さらば、暴政」のような仕事は、藤原氏よ
りも若い世代のジャーナリストによって、なされていなければならなかったことだと考えるからです。一体いつ
まで、藤原氏の孤軍奮闘に頼らなければ、肝心なことがわからない状態が続くのか。自分で書けないのなら、書
評で掩護射撃することもできるはずなのに、それさえも微々たるものなのは、どういう訳なのか。

6 藤原肇 :2009/12/21(月) 17:57:46
『政治診断学への招待』 の6でTNさんがチップス先生の話を引用したので、私はドゥリットル先生の物語を思い出して、思わずニヤリとしたことを書いておきます。まず、DL先生はジェントリーであり、生活のために仕事をしないことを誇りに思い、旅行や博物学などに忙しくしている点で、Do Littleの名にふさわしい生活パターンを持ち、これは私の学童時代からの理想生活をした人でした。チップス先生も似たような生き方をした人なのでしょう。
だが、DL先生のように鷹揚に構えられないので、FCCJのことは気になって仕方がないので、カンボジアで記事を書いたが日本にはメディアがないのです。「文芸春秋」は余りにもくだらない連中が書いているので、過去十五年ほど寄稿していないから今の編集長を知らないし、まともな総合誌はほとんどないことを知っており、編集長教育するのはうんざりしていたから、もっともまともと思われる「フォーサイト」に寄稿したのだが、興味がないということでボツになったという次第です。
今の日本には現代版の出島の重要性が分る人が皆無というのは、実に情けないことだと考えたので、新聞社の論説委員や特派員の経験者たちと会い、説得するのに疲れ果てたというのが正直な体験談です。

7 T.N. :2009/12/23(水) 00:35:23
 昔、新聞でロベール・ギラン氏が「日本人の考え方には、地震が影響を与えていると思う」というようなこと
を語っていたのを読んだことがあります。地震が来れば全てちゃらというわけです。当時は外国人の突飛な思い
付きぐらいに受け取っていたものの、今になってみるとなるほどと思えます。住んでいる地域の自然に合わせた
生き方でしょうが、それを人間が作っている社会にまで適用してしまっている。過去の歴史をきちんと振り返ら
ないし、旧悪も追及しない。さらにそれが支配する側にとって都合がいいので、増幅されてしまっている。
 藤原氏の文章を読むと、FCCJを現代版の出島だというのは、単なる比喩や喩えではなく、そのものずばり出島
だと言われているように思えます(それ以上にぴったりする言葉が無い)。FCCJが出島なら、近代的な装いをし
ていても、日本の本質は江戸時代と同じことになります。21世紀に”出島を守れ”という議論をするのは、沙
汰の限りですが、代わるものが無い以上せざるを得ない。もし出島が無かったら、幕末の混乱がどれ程ひどいも
のになっていたことか(阿片戦争の起きた清を考えればわかる)。

8 藤原肇 :2009/12/24(木) 01:47:29
アメリカに住んでいたときに毎月読んでいたのは、25年前に正慶さんと対談して以来送ってきていた『ニューリーダー』と、定期購読していた『フォーサイト』と数年間購読した『選択』であり、『文芸春秋』は「蓋棺禄」と「赤坂太郎」の記事を読むために、ロスの本屋で月遅れの特売で断続的に買ったのと、「一行記事」を読むために買った『噂の真相』くらいのものでした。それに『財界にっぽん』はほぼ毎月のように記事が出ていたし、1980年代から1990年代にかけての『世界週報』を見ていました。
だから、引越し前に蔵書を整理したときに5000冊くらいの雑誌を捨てたが、30年分くらいの『文芸春秋』を廃棄処分したときには、鉄製のコンテナー一杯の分量だったので、1トンか2トンの雑誌を捨てたことになります。その時に捨てるのが惜しいと感じたのが『フォーサイト』だったので、寄稿した記事が『フォーサイト』の編集長から断られ、特に「テーマに興味なし」と言われて落胆したわけで、「フォーサイトでもか」と思わず愕然とした次第です。離日直前のその後になって、『フォーサイト』が休刊になると知り成程と感じました。
情報革命の動きに取り残されている現状と、編集長の問題意識のレベルが低下して批判精神を失い、人材枯渇が目立つ日本の紙のメディアが没落するのは、やむをえない事だと痛感したが、そんなテーマが『ニューリーダー』の次号で将基面さんとの対談で、取り上げているというのも因縁といえそうです。

9 T.N. :2009/12/25(金) 00:21:25
 ノーベル文学賞を受賞する前だったと思いますが、大江健三郎氏が新聞に以下のような話を寄せていました。
ドイツの作家だかに”戦後の日本文学と比べて、ドイツ文学は成果を挙げていないように思う”と問うと、ドイ
ツ人の答は”書き手より読み手の問題が大きい。ドイツ文学の最良の読み手は、しばしばユダヤ人であった。”
というものでした。よい読み手を大量に失った結果、ドイツ文学の質が大きく低下したというわけです。
 「ジャパン・レボリューション」は古書を含めて、市場には最大1000冊しか出回っていません。出版社の
宣伝・営業の限界もあるのでしょうが、たかだか3000〜4000冊の藤原氏の著書を受け入れられないのは、
日本の読者層の衰えを感じさせます。藤原氏の日本の雑誌・編集者への嘆きを読んでいると、編集者と読者が二人
三脚で堕ちて来てしまったのではないかと思えます。発信も受信を期待してこそです。

10 プロジェクトラーニング :2009/12/29(火) 22:10:20
東京では松丸本舗が話題になっています。この中核は本殿と呼ばれていますが、ここに藤原肇さんの本はありません。日本の読者層は衰えていないと思います。松丸本舗では本の力を信じているとあります。知識人はこの空間を支持しています。ある本が読まれないとしたら本を著す側に問題があります。意味論の大事を知る人の著作なら日本の読者層が放っておくわけがありません。藤原肇さんの場合は内容は凄くても書き方や本の著し方がへたくそなのだと思います。この掲示板で誰もその本当の事を言わないから私が嫌われ者覚悟で率直に述べます。

11 西條謙太郎 :2009/12/30(水) 01:31:16
プロジェクトラーニングさんへ

著者が本を書く動機はさまざまである。

本というのは読み手を選ぶものである。

という2点を踏まえて熟考されることをお勧めします。

なお、ホーム・ページ「宇宙巡礼」の掲示板は、掲示板最下段に記してある
通り、藤原さんの読者や世界に散らばる知識人が、時空を越えて集うバーチ
ャルなサロンと位置付けて運営されています。

サロンとはマナーと教養が問われる場所であり、ディベート道場や2チャン
ネルではないことを申し添えておきます。

12 プロジェクトラーニング :2009/12/30(水) 06:41:26
西條謙太郎さんへ
『12人の怒れる男』をご覧になられてはいかがでしょうか。
藤原肇さんに書く動機がありそれを支持する読者がいることは先日ご本人からよく伺っておりますし自身が長年の藤原ファンですから充分に心得ております。ですから売れる本を著して欲しいと(より多くの方が藤原肇さんを読んでみようと本を買う状態を)願っている次第です。やみくもに日本国民を愚弄しても何一つ生産的ではありません。藤原肇さんの知性をもっとPRする知恵の創造が大事なのではないでしょうか。なお半ば冗談ですが、ディベート道場と2チャンネルとを一緒にされては「具のない味噌汁」の松本道弘さんは怒り心頭でしょう。例の列挙に配慮が見当たりません。

13 珪水 :2009/12/30(水) 07:46:04
前々から藤原博士の著書に関して私の意見・受け止め方を口頭で何人かの人に伝えました、その触りを書きます。先ず 読もうとするな見れ 必ず自分自身の問題意識を持って活字を目で追え 何回、何十回と観ているうちに感じるから そうした時に初めて読めると。 私はそうでした、そして3年程かかって時間を割り出した。飯山一郎氏もそうであろうと推測します、間脳幻想を2.3冊潰すほどに読みまくった。宇野多美恵さんの著書と同列に考えています、少数者の本です。私も飯山さんも書評なんぞ先ずしないでしょう 役に立ちすぎる。

14 珪水 :2009/12/30(水) 07:50:13
追伸 皆さん 寅年 よいお歳になります様お祈りいたします。お元気で

15 吉田 :2009/12/30(水) 09:07:56
ある種の本は相応の年齢に達しない限りは、若いときに幾ら読んでも理解できないものであり、その代表的な本がモンテーニュの『随想録』である。
それを指摘していたのはシュテファン・ツヴァイクだったので、その見識に感心して彼の書評は心がけて読むことにした。若い頃に出来るのは珪水さんが言うように「見る」あるいは「観る」だけなのかも知れない。
同じように頭脳の問題意識があるレベルに達しない限り、読まないし読めない本というものが存在するようだ。その多くが古典と呼ばれる本だといえるが、古典になった本を書いた著者が生産的であることを考えたり、売れることを期待して書いたとは考えられない。
最近の日本の書店のほとんどは、知のサロンであるよりは大量生産した消費物のスーパーマーケットだから、そこにある種の本が無いのは当然であり、ダイエーが倒産したように量販店が長続きしないことは、「盛者必衰」の理からして祇園精舎の鐘の音であろう。

16 プロジェクトラーニング :2009/12/30(水) 09:40:44
仙人のような珪水さんのお言葉を胸に沁み入らせています。ありがとうございます。吉田さんと先の西條謙太郎さんの指摘は御託を並べているだけでアクチュアリティが感じられない。松丸本舗は知のサロンであり故に古典がある。「本というのは読み手を選ぶものである」とは不遜である。古典とは読み手が選んだ本である。私は大衆の書物を選び読む力を信じたいです。

17 西條謙太郎 :2009/12/30(水) 14:21:31

プロジェクトラーニングさんへ

>意味論の大事を知る人の著作なら日本の読者層が放っておくわけがありません。<
→意味論の大事を知る人ではないから売れないという意味でのご発言でしょうか?

>やみくもに日本国民を愚弄しても何一つ生産的ではありません。<
→藤原さんの著作の長年の読者としての貴兄の藤原さんに対する評価が、やみくもに日本国民を愚弄しているということなのでしょうか? 

>藤原肇さんの場合は内容は凄くても書き方や本の著し方がへたくそなのだと思います。<
→よろしければ藤原さんが書いているような内容の本で、内容が凄くて書き方や本の著し方が
上手な例をご教示お願いします。

>吉田さんと先の西條謙太郎さんの指摘は御託を並べているだけでアクチュアリティが感じられない。<
→御託を並べるというのは、広辞苑によれば、勝手な言い分をくどくど言いたてる という意味ですが、
 御託を並べているという表現はそういう意味でお使いなのでしょうか?

18 千々松 健 :2009/12/30(水) 16:55:44
以前「バカの壁」がベストセラーになった理由を読んだことがあります。詳しくは忘れましたが、
1)タイトルが刺激的かつ挑戦的だから
 2)養老さんが言っていることを、ゴーストライターが偏差値50レベルに合わせて大幅に書き直し編集したから
ということのようでした。読者に負担を掛けないように、何が言いたいのか、そして何がポイントなのかを丁寧に説明していたからなのでしょう。
 その他に養老さんの対談は編集者が手を入れているので読みやすくはなっていますが、ご本人が直接書かれたものは、やはりそれらとは違い売り上げもそれなりというのが事実のようです。
 要するに、一般大衆に売れるように本を書くということと、あるマーケットを狙って本を書くということの違い、及び、売文家として受動的に書くか、寄稿家として能動的に書くかの違いがあるということになりましょうか。

19 プロジェクトラーニング :2009/12/30(水) 19:05:22
西條謙太郎さんへ

日本で藤原肇さんの本が売れないのは良識の書・教養の書だと思う人が少ないからではないでしょうか。私もうまく表現できませんが藤原肇さんの書き方のくせが原因だと思います。日本国民を愚弄すると申しましたのは藤原肇さんの本が売れない理由を国民の問題意識の低さに求めても、それは書き手の自惚れと茶坊主取り巻きの提灯持ちの繰り返しだと感じるからです。私は、藤原肇さんは新書をお書きになると良いと思います。中村雄二郎『臨床の知とは何か』岩波新書などが、私が思い浮かべるイメージです。広辞苑で調べなくても御託を並べるとはそういう意味です。

千々松健さんへ

ありがとうございます。『バカの壁』が400万部強も売れた理由を真剣に考える必要があると思います。ご指摘のことは参考になります。継続してご指導下さい。

20 ひろいえ :2009/12/30(水) 21:31:11
ずいぶん前に、八重洲ブックセンターの開設に関係し、NYの書店(名前を失念しました)に調査にいった方と話す機会がありましたが、
当時、ない本はないというコピーでしたが、実際には、相当本を選んでおいていたとのことでした。
実際、藤原さんの本のほとんどは、その一角に常駐しており、入手しましたが、いつのころからかコンセプトが変わったのか
ほとんど、おかれることがなくなりました。
それでも、ほかの本屋に比べればましなほうですが
結局、書店が本置き場になって、本来差別化のためのマーケティングが
単なる売りの手段に成り下がってしまったわけで、、
買い手も考えていないわけで国としての没落は避けられなくなりました。
実際、KZPについても、あの日記に掲載されたからあわてて買った人が多く、
KZPを読んで、違和感を感じたか否かは、問題意識がありかないかで
大きく違うはずです。私には、ものすごい違和感があってその件はすでに
藤原さんから経緯が示されております。
さて、FCCJの件ですが、最後の砦かもしれませんが、その組織に対し、なにをすべきか
これについては、この数日考えることになると思いますが、
非常に厳しい問題と考えております。
ただ、私個人としては、小さなあなであっても見つけて、対応したいと考えております

21 プロジェクトラーニング :2009/12/31(木) 11:41:29
たったいまホーマー ヒッカム・ジュニア『ロケットボーイズ』を読み映画『遠い空の向こうに』を観終えたところです。またひろいえさんの記事で勇気づけられました。ありがとうございます。大衆と言えどもリベラル・アーツで人として成長でき社会の役に立てる。人文科学、自然科学、社会科学の良書をいかに多く読むべきかを自らはもちろんのこと少しでも広くこれからの若い人たちに薦めたいです。一人の個性ある知性にのみ信奉する時代ではないのではないでしょうか。

22 T.N. :2010/01/07(木) 22:00:21
 asahi.comのニュース、”米大手誌の日本離れ加速 「タイム」東京支局を閉鎖”中の米紙ワシントン・ポスト
の記者経験がある石澤靖治・学習院女子大学教授(メディア関係論)のコメントが、的確に要点を纏めています
ので引用します。

 「米国の活字メディアの業績低迷、日本のニュース価値の低下、中国の台頭という三つの背景がある。日本に
深い理解を持つ在日経験のある記者が減ることは、日本にとっての損失だ」

23 朝香隆彦 :2010/01/25(月) 09:10:24
T.N.さんがこのスレッドの持つ重要な意味を基にした投稿を頂いたおかげで、再び議論が発展していく可能性がでてきた気がする。

長く在外にある者や、海外を足場に、アカデミズム、ジャーナリズム、またはビジネスの世界に勤しんでいる者(=この際、対日という狭い範囲のことではない)は勿論のこと、普段から海外メディアに良く触れていればすぐに気が付くことだが、暫く前から「ジャパン・ナッシング」になってしまっていることは今更申し上げるまでも無い事実である。

嘗てFCCJは日本から海外に向けて情報を発信する貴重な場であったはずだが、ここ十年強ほどの間に有力メディアやジャーナリスト達が、国際社会における日本の存在価値の低下と比例するが如くその地を離れてしまったことで衰退に向かっていることについては、私も前から幾度か小耳に挟んではいたものの、藤原博士が言及しているように、今や見る影も無いほどの体たらくに陥ってしまっているようだ。

せいぜい未だ日本をお客さん扱いしているガイジンさんから相手にされているようではあるが、彼らハイエナ、Swindler、解体屋、といった者達は、学者、ジャーナリスト、プロモーター(=興行師)、などという肩書で、また一部にはグローバル企業のエグゼクティブクラスのビジネスマンとして、日本の社会を跋扈しつつ、お人好しの方々に対するブレーンウォッシングや彼らの虎の子(=有形無形資産だけでなく、身も心も含めて)を掠め取っていることは、冴えても無く目の肥えていない私でも目に余るほどであり、事実として幾つか挙げられることができるものの、長くなりすぎることと、現存している方々への影響なども考慮して、とりあえずここでは割愛させて頂くことにする。

こういうお粗末極まりない状況に対して、国際社会で通用するレベルの情報を世界へ発信することの重要さと、そのための人材づくりが急務であることを改めて痛切に感じたであろう藤原博士からの提言として、このスレッドが立った(のではないかという)意味を深く考えていくことが肝要ではないであろうか。

24 朝香隆彦 :2010/01/25(月) 09:15:52
(前項から続く)

また、古典に値する書籍には秘伝に通ずる内容が多く含まれているため、自らの問題意識の高さに加えて時間をかけて何度も読み直し、時には別の古典にあたってみることも繰り返して、更には深遠なる場所にまで入り込み、しかもミイラ取りがミイラ取りにならないよう修養を重ねることでしか到達できない世界があることについては、他の投稿者の方が非常に鋭い指摘として言及している通りであると思う。

そのような問題提起において、国内の地域レベル云々の話を持ち出してみても、それは(言葉は悪いが)自慰行為や傷の舐めあい、せいぜい良くても昇華程度に等しい。
従って、この場では世界に向けた情報発信のあり方を視座に置きつつ、現状の問題点や課題などを炙り出し、適切な批判を加えていくことで、より発展させるべく議論を進めていくことが適切であると考える。

逆に、国内の地域レベルでのみ云々している話題については「蛸壺発想と大局観について」というスレッドが立っているので、そちらの方で続きを行なった方が議論に連続性と発展性が保てると考えたことから、今後その手の話については関連するテーマも含めて当該スレッドへ移していこうと思う。

25 朝香隆彦 :2010/01/25(月) 09:49:57
先に述べてきた現実を踏まえつつ、藤原博士がジャーナリストの立場から「Japan’s Zombie Politics」を刊行され、将其面博士がアカデミズムの立場から、オタゴ大学で教鞭を取りつつ「Ockham and Political Discourse In the Late Middle Ages」の刊行や数多くの英文での学術論文を発表されていることは、後に続く者たちへのエールとして考える必要があるのではないか。

そういう私も英文(フランス語でもドイツ語でもスペイン語でもラテン語でも構わないと思うが英語が情報発信に最も普及している言語であることは否定しようが無い)で情報発信することの大変さは身を持って感じている日々を送っている一人ではあるが、藤原博士が「地球発想の新時代」(東明社)で述べておられた以下の文章に啓発され、最近は英文をキーワードに概念図を幾つか書くことで、自らの思想の整理を行なっている最中であると申し上げておく。

(以下「地球発想の新時代」より引用)
 文章なら表現の仕方でいくらでもごまかせますが、図表や数式は真剣勝負と同じで、思想が赤裸々に出てしまうから、それをいかに寓意図化するかに工夫を凝らし、シンボライズしてしまうところに最後の勝負があります。「書は言を尽くさず、言は意を尽くさず」というとおりで、ものごとの極意は図面化されて伝わるのです。
 だから、寓意図や象徴体系は直感的に洞察するものであり、一般的には説明などついていません。この洞察力を磨き直感を鋭くするために、人は優れた師を求めて遍歴し、苦労を重ねて修業を続けるのであり、ことばでなんでも表現し尽くせるなら、芸術や修業は無用のものになるはずです。シンボライズすることによって、直感的な体験を通じて真理に出会い、秘伝を会得するようになっているんですね。

26 千々松 健 :2010/01/25(月) 13:58:13
<場の言語学について>
私は「日本文化の特徴は余白にあり」と考えています。
日本語には主語と述語の省略が多くみられるということも、日本間における床の間も、和歌や俳句にしても、日本画にしても、余白ないしは空間が多いのです。
清水博先生の「場の理論」を応用した「場の言語学」では、共通な情報や問題意識を持つ「場」に於いては、主語と述語などが省略され、しかも受動態的な表現が好まれるということは自然であるようです。
その意味では日本語は蛸壺的な分類になると思います。比較的異文化交流をしないで済んできた言語は「空気を読むことのできる場においては効率よく機能するのです」しかし、一旦、国際交流をする場面に入り交渉やディベートをするためのツールとしては「英語」が必要になるという訳です。
そして、美しい日本語をマスターすることはもちろんですが、これからは翻訳しやすい文脈表現で日本語を書いたり、語ったりすることが、国語教育には大切になるのではないでしょうか? 英語が国際標準語に成り得たのは「契約」に適した構造を持ち、ロジカルな言語であるからでしょう。
また、ネット社会において自動翻訳が進めば尚更に、そのような訓練がなされて、より良い情報発信が可能になると思うのです。
「閉ざされた社会」においてはたとえ効率的であっても、「オープンな社会」においては誤解や曲解が生じてしまっては損になるのです。それぞれの言語の特徴を認識して、使い分ける必要があるのです。言語はコミュニケーションの一つの道具(ツール)にしか過ぎないのですから。
それに加えて、私はコトバとカタチの両方を使用して物事を伝えることが大切になると考えています。「大局観」はまさにコトバではなくカタチをイメージして観察していくところからスタートすると考えています。

27 千々松 健 :2010/01/25(月) 14:02:04
>26の補足 <契約について>
“多民族の融合によって成る欧米社会にとって、社会的規範の存在は不可欠であり、その成立過程において西洋近代精神も育成されたと言える。実は「数学の論理」こそ、その根底にある。例えば欧米の「契約の精神」は、まさに数学の「集合論」そのものなのである。また「必要条件と十分条件」の基本が理解されていなければ、欧米社会の基盤である「キリスト教の精神」も理解しがたい。
要するに、数学の基本にある発想法を身につけなければ、西洋のメンタリティの骨子は克服できないと断言してよい”
以上が『超常識の方法』にて小室直樹氏の言いたかったことでしょう。
そして、付け加えるならば、長く単一民族と信じて疑わないで来た日本人が、この多民族社会の常識に欠けることを弱みとして自己認識した上で、事に当たることが大切であるということなのです。
「キリスト教の精神」と「契約の精神」との関係は多少の説明が必要かも知れません。キリスト教の「旧約聖書」はキリスト以前の古い時代での神との契約について書かれたもので、「新約聖書」はキリスト以降の神との契約の書と言えるからです。
決して旧訳・新訳ではなく、約は契約の意味なのです。(蛇足ですが)
そこで言う「契約」はまた、人間関係においても、企業関係においても、国際関係においても成立するものとなります。

28 尾崎清之輔 :2010/01/26(火) 00:37:26
小生のブログでも前から紹介させて頂いております若手フォトグラファーの岡原功祐さんは、ここ暫く欧州を拠点にして世界中を飛び回って情報発信を続けている優秀なジャーナリストの一人であると考えておりますが、それは端的には海外における幾つもの受賞にも表わされております。
しかも5〜6年前には彼を含めた若手フォトジャーナリストの方々が、日英併記の記事によるフォト雑誌を刊行していたことは、当時の様々な事情から休刊せざるを得ない状況になってしまったものの、その気概と実践はまさに敬服に値すると思いました。

前にも触れたことがございましたが、その岡原さんが以前3年間ほど主たるテーマとしていた『IBASYO』(写真自体は自傷する現代の若者達の普段の生活ぶりを伝えているものの、海外メディアでは英文記事が添えられていることで敷衍されていることがネット上を良く探せば幾つも見つかることでしょう)こそが、現代の閉塞感に溢れて夢も希望を失いつつある日本の社会をメタファーとして捉えているというのが、彼の写真群を拝見して小生が最初に感じたことですが、当時も申し上げましたように、無論その感想は彼に伝えており、それに対する彼からの回答が『このテーマは日本でやらなければ全く意味が無いんだ』とのひと言で、宇宙巡礼に集まる賢明な諸兄でしたら岡原さんの言わんとすることがご理解頂けると思います。

http://www.kosukeokahara.com/

こういう人材の多くは既に日本(という場所と社会)に見切りをつけてしまっていることも悲劇の一つであると考えますが(…少なくともタコツボ社会に身を置いてしまうことで自分自身に空虚感が広がり、ともするとスポイルされてポテンシャルを失われてしまうのではないかと直感的に感じてしまっているようである…)、既にロートルの域に差し掛かった(笑)小生としては、まずはせめて彼らの後押しと、彼らのパフォーマンスやポテンシャルを、政官財学及びジャーナリズムに巣食う未だ駆逐され切っていないZombieや吸血鬼たちから守り抜きつつ、より良い場創りに寄与すべく努めることくらいでしょうか。
但し、彼はそういう連中を見極める目も相当出来上がってきたようなので今や殆ど心配無用かもしれませんね。

ところで今回の投稿は、本来「教養と場創り」のスレッドで展開したかったテーマではございましたが、このスレッドが最近活況を呈していると感じられたことから、当スレッドにおける藤原さんからの提言に対する愚見を披露させて頂ければと思ったことため、この場を使ってコメントを述べさせて頂きました。

29 T.N. :2010/01/27(水) 01:32:25
 開闢以来、先進文明(かつては中国、近代以降は欧米)に学ぶことが重要な意味を持っていたため、日本は情報
の受信に比べ、発信についてほとんど無頓着だったように思います。

 林輝太郎/板垣浩 著「株式成功実践論」から
”(競争社会における)「情報の公理?」ともいわれているものを紹介しておく。
(1)中立な情報は存在しない(一方に有利なら一方に不利である)
(2)情報は発信者に有利である(したがって受信者に不利)
すなわち「ハレー彗星は76年毎に地球に近づく」というのは客観的中立な情報であるが、競争社会においては
中立な情報は存在しない。
 株の買い方に有利な情報は売り方に不利である。発信者は自分に不利な情報は発信しない。当然のことである。”

 ここに挙げられている2点を踏まえ、”情報を発信することの価値”からやや意味が狭くなりますが、”情報を
発信することの利”逆に言えば、”適切に情報を発信しないことの不利”の自覚から始める必要があるように思い
ます。

30 千々松 健 :2010/01/27(水) 11:27:53
 私は、過去のアメリカ大統領と補佐官との間に交わされた会話とされるものを企業研修で良く使用して来ました。
それば、「情報と事実」をはっきり分けて報告せよと大統領が補佐官へ注文したという内容です。
いわゆる情報(広い意味)には「客観的な事実」と「主観的な情報(狭い意味)」があるから、大統領の立場にある私には、先ず客観的な事実だけを伝えてほしい、そして、必要が有れば私の方から補佐官の意見としての情報(主観的な情報)を聞くから用意して置くようにということでした。
 その意味からすると
>29
>(1)中立な情報は存在しない(一方に有利なら一方に不利である)
>(2)情報は発信者に有利である(したがって受信者に不利)
ここに言う情報は狭い意味での情報のことであると思うし、事実と情報の差異をしっかりと把握して行かないと、例えば意図を持って「リーク」された情報が事実を越えて発信されてしまい、的確な判断を誤るという蓋然性が生じるわけです。
T.N.さんの“情報を発信することの利”逆に言えば、“適切に情報を発信しないことの不利”の自覚から始める必要がある。はその通りであると思います。

 また、理想はコマ切れの事実を積み重ねたり、検証したりして、ジャーナリストが苦労を掛けて出来る限り客観的な情報を構築することが望まれ訳ですが、
実際は多くの朝のTV番組のように、新聞記事の切り抜きの紹介が中心にされている時代ですから、さびしい限りです。
企業人として、自社関連の新聞記事情報と実際に起こっていること(事実)が如何に不整合であるかを知らされてきた者として、ジャーナリズムの怖さと限界を踏まえて行くことが大切であると思います。

31 T.N. :2010/01/31(日) 21:51:09
 情報発信の失敗例として、日露戦争のポーツマス講和会議が挙げられます。「日本人論の陥し穴」から、
藤原肇・早川聖・松崎弘文三氏の発言

「外交の成功の秘訣は相手国のジャーナリストを味方にひきつけることで、それを上手にやってのけたのが、
ポーツマスの日露講和の時のウィッテ全権だった。それに対して日本の全権の小村寿太郎はコチコチの官僚頭
のために、友人づきあいもなく部屋に閉じこもっていたし、ユーモアも欠けていたので、ジャーナリストの間
の評判は実に悪かったらしいですね。」
「だから、ロシア人は戦場で失ったものを外交ですっかり取り戻したのです。」
「百万の軍隊よりも一人の名外交官の存在が、どれほど一国の運命を左右するかということです。」

また、未読ですがウッドハウス暎子著「日露戦争を演出した男 モリソン」の書評から、これに関連
したところを纏めると
(1)会議前の段階では、国際世論も米国世論も、小国で戦勝国の日本に同情的。
(2)ロシア側は米国における世論の重要性を認識し、国際紙の記者三人を報道担当官として雇い、
   全権団に加える。
(3)ウィッテは彼らの助言に従い、米国の記者団にサービスし、米国人が喜ぶようなふるまいを続ける。
(4)日本の全権団は、記者にも市民にも無愛想かつ冷淡。
(5)会議がはじまると、ロシア側は自分達に有利なように、情報をリーク。
(6)日本側は秘密厳守を守り、ロシア側の発表に対して、反論さえせず。
(7)記者達はロシア側とばかり接触するようになり、米国はじめ世界の世論は日本に対して批判的となっ
   ていく。
(8)世論に敏感なルーズベルトは、ついに日本側に対し、償金放棄を勧告。

32 千々松 健 :2010/02/01(月) 13:52:41
<歴史的に見る事実と誤訳情報の例として>
1)多少大げさに聞こえるかもしれませんが、我が国の歴史の中での最大の悲劇は「般若心経」の誤訳を中国からそのまま受け継いできた点にあります。そもそも否定語の「Na」という梵語を不と無しか使用しなかった翻訳は誤りです。前後の意味からして「非・不・無」の三つに区別して訳すべきであったのです。
例えば「無無明」では二重否定のなり「明が有る」に戻ってしまいます。本当は「非無明」と訳すべきでした。その結果、何が起こったかの説明は省きますが、その後の日本の精神構造が歪む原因はそこにあったという指摘が後世なされても否定できないほどのダメージを与えたと思います。

2)フィボナッチ数列はインドで産まれてアラビアを通じてイタリアに伝わった数列なのですが、当時は未だ西欧がゼロを嫌っていたために「1,1,2,3,5,8、、、」と1から始めてしまったのです。本来は「0,1,1,2,3,5,8、、、」が正しかったはずです。
既に述べていますように数学的な「フトマニ」の思考法からすれば、0から始まるのが唯一正式なフィボナッチ数列であるのですから、決してゼロをおろそかにしてはいけないのです。
ケン数列「0,3,3,6,9,15,24、、、」は全体を3で割ると「0,1,1,2,3,5,8、、、」のフィボナッチ数列になります。また、リュカ数列の「1,3,4,7,11,18、、、」やミチコ数列「1,4,5,9、、、」には0が入り込む余地はないようです。
 蛇足ながら「数学的なフトマニの思考法」:二つ並んだ数を足して次に置き、今度はその数とひとつ前の数を足して次に置くというようにして数列を作っていくと、大きくなればなるほどに隣同士の比率は「黄金比」1:約1.618に近づくという驚愕の事実です。
これが「神道の奥義」の入り口の一つになろうかと私は考えています。

33 千々松 健 :2010/02/13(土) 15:44:22
マニフェスト、マニアル、マニエリスム、マニエラ、マナー、などに共通している「マニ」は「やり方」と言えるであろうと考えてみた。一方「マニ」は手で行うことに関係するし、(例:マニファクチャー)人を意味する「man」というのは手が自由に使える動物という意味であるかもしれない。いずれにしても「フトマニ」のマニも「やり方」と共通する音を持っているのは偶然であろうか?

ところで「マニフェスト」とは政策などの宣言、声明の一方的な表明(書)であって、決して「契約」ではない。契約は双方向での合意事項・約束事であるから守られるべきものであるのだが、一方的な表明のマニフェストの場合は必ずしもそうではないというのが「大人」の判断であるべきと思う。

34 T.N. :2010/02/15(月) 02:44:09
 湯川秀樹の「本の中の世界」がバートランド・ラッセルを取り上げています。孫引きになりますが、

「悪い行動に関しては能率が悪いほどよい。・・・能率が悪かったために、人類は生き長らえてきた。近頃、
非能率性が減ってきたために、人類は絶滅のおそれを生じた。」
「あなたが馬鹿な殺人者なら捕えられてしまう。不幸にして殺人者はだんだん賢くなってきた。」

 つまり能率(効率)の問題。推進したいことは、なるべく効率が上がるようにしてやる。逆も然り。殺人者
を無くすことはおそらく不可能なので、なるべく非効率となるよう図る。核兵器は効率がよすぎる。
 FCCJについては、日本の記者クラブ制度の問題が無視できません。外国の特派員や日本のフリー記者が、記
者会見に出席できない。あるいはオブザーバー扱いで、質問もできない。ただでさえ日本の情報価値が下がっ
ているのに、まともな情報発信能力のある記者の足を引っ張っている。これでは日本から出て行くのも当然。
発表する側や大手メディアに都合がいい制度が温存され、日本の情報発信能力を下げている。一部の者の利権
が国益を損なっていると言ってもいい。

35 T.N. :2010/02/16(火) 23:11:30
 「オリンピアン幻想」に、会議での通訳を引き受けたフランス留学中の主人公と、札幌から来た建築家が衝突
する場面があります。会議の席で札幌市の自動車台数について、人口より多い数はありえないとする主人公に対し、
建築家は自分の主張を譲らない。結局、地元から来た人の説に従うことになり、せっかくの会議が過大な数字を
基にした珍妙なものとなってしまう。優れたインテリジェンスも、必要最小限のインフォメーションの裏打無し
には力を発揮できない例かと思います。

 マルコ・ポーロの「東方見聞録」の日本に関する記述は、中国での伝聞によるものでしょうが、これを昔話とし
て済ませられるのか。日本を去った外国特派員の新赴任地は、例えば北京や上海が少なくない。そこでアジア発の
記事を書く場合、日本に関しては、そこに入ってくる情報や御座なりな駆足取材で済ませるということになって
くる。現在の日本をかろうじて出島のある江戸時代とすれば、「東方見聞録」の13〜14世紀に戻りつつあるの
では。
 妄想ついでに書けば、中国の台頭を、コールリッジの「クブラ・カーン」と重ねることになりますか。

36 T.N. :2010/02/21(日) 00:08:54
 中野好夫の「人は獣に及ばず」に、昭和30年9月、当時の重光外相がワシントン訪問の際、ナショナル・プ
レス・クラブで行ったスピーチの一節が紹介されています(草稿作成はおそらく外務省関係者)。日本外交の情報
発信の一例として、また彼らが日米関係をどう捉えているのかをよく示していると思いますので、引用します。

「政治家というものは花々しく書き立てられることを喜ぶものであるが、私にとってはそれは金箔の鳥カゴで誇ら
しげな孔雀にしかすぎぬ。私はむしろ樹々の間を遊びまわるあのハニカミ屋のリスでありたい」
「あの婦人の手から餌をもらう小さな動物、それはこの小さな動物に対し、溢れるばかりの好意をよせている愛情
を示すものであり、彼等の間に平和的共存を保証する目に見えぬ合意があるからであろう」

 さすがにこの美辞麗句には、米国の記者たちもソッポを向いてしまったとか。

37 T.N. :2010/02/22(月) 00:01:44
>36 このスピーチについて中野氏は、次のように書いています。

”草稿作成者は大体見当がつく。こんな感傷的な美辞麗句、半世紀以上も前ならばしらず、今日臆面もなく書ける
人物はそういないからである。”(初出 1979年7月5日 毎日新聞・夕刊)

 つまり戦後日本外交史に少し詳しい方ならば、大体ぴんと来る人間となる。こういうメンタリティーの持主が日本
外交の主流である限り、国際関係における日本の地位向上はありえないでしょう。

38 T.N. :2010/03/07(日) 01:03:07
>22 引用した石澤靖治氏のコメント中の”米国の活字メディアの業績低迷”、その理由の一つが世界的なイン
ターネットの発達・普及にあるわけです。和田俊著「欧州知識人との対話」(1986年刊)は、朝日新聞記者に
よる欧州知識人のインタビュー集ですが、その中でジャック・アタリ氏が次のような例を挙げています。グーテン
ベルクの印刷機械の発明により、当時の書き言葉のラテン語がより普及すると思われたのが、逆に各国語による印刷
が盛んになり、ラテン語は駆逐されてしまった。
 つまり、情報の発信手段の普及により、均一化より多様化の方向が勝った。現在のインターネットがどちらの傾向
を強めるのかはまだわかりませんが、情報発信手段が個人レベルにまで普及したということは、やはり重要な意味を
持つと考えたい。
 フランシス・ベーコンの”知は力なり”を情報の受信と発信とで考えると、受信は自らの能力を高め、周囲に対し
て優位に立とうとする力。発信は周囲を変え、自らに有利な状況を作ろうとする力。この力を生かさない手は無いと
思います。

39 T.N. :2010/05/25(火) 23:19:45
 ネットの最新技術には疎いのですが、例えば個人でも動画の生中継を行い、それに対する反応を不特定多数の人
からリアルタイムに受け、応答することが可能になっている。情報量をビット数で考えれば一昔、二昔前とは全く
比較にならない。ネット掲示板のように時間・日単位で不特定多数からの反応が期待できるものでさえ、まどろっこ
しく感じる人々が増えている。藤原氏の著書にある情報のネットワークのモデル、ピラミッド型の上から下へ一方通
行で伝達されるのではない、相互に密な情報がやり取り可能な自由制型が技術的には十分可能になってきている。
問題は情報の質をどう高めるか。これ程の可能性、単なる情報おもちゃの氾濫で終わらせたくはない。

40 T.N. :2010/05/27(木) 20:52:37
 TVのニュースで米アップル社の株式時価総額が、米マイクロソフト社を上回ったことを知りました。まさか
こんな日が来るとは、というのが正直な想いです。1990年代、OSの市場でマイクロソフトが完勝し、マックの
シェアは1割を切りました。マック信者が、ウィンドウズはマックの真似だなどというのを、かつて仕事でマック
端末を使用したことがありますので、もっともだとは思いながらも、これ程差がついては仕方が無いのではと冷や
かに考えていたりしました。その後のiPod等の世界的ヒットも、自分にとっては余り興味なく、潰れずによく頑張っ
ているぐらいの感覚でした。
 藤原氏は著書で以前から、情報やソフトウェアの重要性を指摘し、日本のハードウェア偏重を警告してきました。
今回のニュースはその指摘の正しさを示し、21世紀の方向性を象徴するもののように思えます。

41 千々松 健 :2010/05/28(金) 12:10:34
本日、アップル社の開発したiPadが日本ではソフトバンクから販売開始された。ほぼ同時期に時価総額でマイクロソフトをアップルが抜いたとのこと。
5月13日に行われた孫正義氏とITジャーナリストの佐々木俊尚氏の5時間に及ぶ公開討論の様子がWebでも見られます。
「光の道」のハードウェアの普及も大切でしょうが、私的にはコンテンツの重要性の方に興味がもたれました。
短期的にはOSの違いや、SIMロックを掛けるか解除するかの問題もあるが、やはり長期的には電子書籍の世界では「審査」(ほぼ検閲に等しい)問題が今後の課題となるという、電子出版の先駆けである「ボイジャー」の萩野正昭社長のコメントに注目したい。
いずれにしても、新しい教材づくりと「電子教科書」化は今後の展開が楽しみです。

44 T.N. :2010/07/18(日) 23:00:58
 7月18日付asahi.comのニュースに、”蔵書をバラしてPDFに 「自力で電子書籍」派、増える”
という記事がありました。数万円で裁断機と自動読み取り機能付スキャナーを用意すれば、個人で本を一冊まる
ごとPDF形式で保存できるというもの。電子データの利点は場所を取らないことと、検索機能が使えること。私的
使用のためであれば、著作権法上も問題なし。ただし綴じてある部分をばらばらにするので、元の本は使えなくな
るようです。

 電子データと紙媒体の比較では、1979年刊の「傍観者の時代」の中で、ドラッカーがやや早すぎた感のある
次のような言い方をしています
”僅か十分の一オンスのインクを伝達するために三ポンドもの紙を配達するのは、どう見ても不経済である。”

 iPodの普及で音楽媒体としてのCDがピークを過ぎたように、紙媒体もピークを過ぎつつあるのでしょう。個人的
には通読用には紙媒体、検索用には電子データと使い分けられれば便利かと考えています。

45 T.N. :2010/08/05(木) 01:01:53
 所在不明の高齢者が多くいることがわかり、年金詐取の問題かと考えていたのですが、海外メディアが日本の統計
に疑問を投げかける報道をしていることを知り、なるほどと思った次第です。
 以前読んだ本にこんな話がありました。官庁の人が、経済成長率の試算と閣議決定が合わないので、閣議決定に従っ
た統計をつくるのだという。そんなことができるのかと尋ねると、いろいろと資料をそろえてあるから、どんな数字だっ
て抽き出すことはできるのだとか。

 ドラッカーの「傍観者の時代」から統計に関する挿話を二つ。十二年間もオーストリアの輸出統計の責任者だった人物
の言葉で、一言でいえば”統計は信用するな”。もう一つはある教師が、長期間にわたって、ぴったりと言っていいくら
い符合する二つの図表を示し、学生全員が二つに因果関係があると確信したところで、一方がにしんの漁獲高、もう一方
が私生児の出生数と説明した話。

 マスメディアが自社製の世論調査をえらそうに振り回す時代。こんな話が厄除けにでもなれば。

46 横道から :2010/08/08(日) 15:39:20
最近は、何でも見える形にしないと許さない風潮がひろまっています。
そうすることが、問題解決につながると本当に信じ込んでいる(信じこまされている)
考えようとしない人間が増えています。
このあたりですめば、話はよい用で、最近聞いた話ですが、企業によっては
業務執行を正しく行うために警告制度を設けたという企業があるようで
判定基準をつくり、警告を発し、それが点数になり、重なると研修だそうで
いよいよ来たかなと思うしだいです。
つまり、考えるな、情報をだすな、考えるのは考える立場の人間が考えるという意味
なのかといったとたん、警告を発せられましたそうです。

昔は、発信することでもその内容が重要でしたが、近々は発信すること自体が重要に
成り下がってしまうかもしれません。

47 千々松 健 :2010/12/09(木) 23:00:47
米フォーブス誌がウィキリークスの創設者アサンジ氏へのインタビュー記事を11月29日に公開していたらしいが、彼が英国で12月7日に別件逮捕された後の12月9日になって、日本語訳のかたちで全文が下記の日経サイトに登場したので読むことができます。(取材は11月11日時点、その後28日に米外交文書流出問題が発生)
http://www.nikkei.com/biz/world/article/g=96958A9C93819499E2EAE2E0938DE2EAE3E0E0E2E3E2E2E2E2E2E2E2;dg=1;q=F2F2F2F2F2F2F2F2F2F2F2F2F2F2;p=9694E3E7E2E0E0E2E3E2E6E1E0E0

" WikiLeaks is designed to make capitalism more free and ethical."
「ウィキリークスは資本主義をより自由で、倫理的にするためのものだ」

このような発言からすると、内部告発漏洩情報のWEB公開は更に大手金融機関へも波及することが予想されます。

48 T.N. :2010/12/28(火) 20:32:05
 以前、こんな話を読んだことがあります。子供の頃、TVで宣伝していたおもちゃのカメラを買った。今から考える
とお話にならない程ちゃちなものだったが、子供なりに慎重に扱ったので、写真で失敗したことはほとんどない。そ
の後、普通のカメラも入手できるようになったが、機能が複雑になり扱いに油断が生じたためかよく失敗するように
なった、というものです。
 私も以前のパソコンでは、容量が限られており、自分なりに慎重にバックアップを取っていたので大きな失敗はな
かったのですが、2〜3年前パソコンの容量が大きいのに油断してバックアップを取らずにいたところ、パソコンが
起動しなくなり、データの一部を失うことになりました。今でもその影響が尾を引いています。
 そういえば音楽評論で有名な吉田秀和氏が、海外で新しい機械を買おうとしたところ、窘められた話を新聞に書い
ていました。
 「新しい機械など買うものじゃない。新しいものはどこがよくなったかはすぐにわかるが、どこが悪くなったかは
すぐにはわからないものだ。」

49 T.N. :2011/03/10(木) 00:32:42
 新記事「ウィキリークス事件は何を示唆するのか」に、漂泊民や移動生活を営むユダヤ系の情報感覚の凄さが指摘
されています。そこで、私が知っているそれとは逆になりそうな、日本の話を少し。
 地方の寺なのですが、村中に仏事があると出かけて行き、御布施をもらう。御布施には明確な相場がないので、例
えば同じ御経を読んでも、ある家が千円、ある家が二千円だったりする。さて、ここからが面白いところなのですが、
千円くれる家はいつも千円であり、二千円くれる家はいつも二千円。千円の家がたまに二千円とか、その逆はまずない。
こうしたことが一人の住職の代で数十年、それが何代にも渡っていたりするから、”あの家はケチだ”という感覚が骨髄
にまで染み込んでいる。こうした例は日本の地方には珍しくないのではないか。こうした土壌にどういう情報感覚が育つ
のか。

50 T.N. :2011/03/16(水) 20:43:46
 パソコンのOutlook Expressを見ると、毎日何通か来ていた広告メールが、3月11日午後3時過ぎを最後に1通
も来ていません。自主規制なのかどこからか通達があったのかわかりませんが、質(内容)を見ないちょっとした量
の観察でも、只事でないことが起きているのがわかります。

51 T.N. :2011/04/03(日) 21:15:28
 阿修羅掲示板に「外国で公開されている福島第一原子力発電所の高精細画像」という投稿があり、その中に4号機
に放水のため、コンクリートポンプ車が設置されている写真があります。現地で必死に作業されている方々には申し
訳ないが、まるで蟷螂の斧。第二次世界大戦中、米軍が高高度から撮影した日本の都市や軍艦の写真を思い出します。
 一方NHKがニュースでよく使うのは、30km以上離れて撮影したぼやけた映像。ひどいときは、事故が起こる前の
原発の風景映像を紹介に使っていたりする。とにかく判断の元になる情報の精度が、国内と国外とで違い過ぎる。

52 千々松 健 :2011/04/05(火) 09:56:50
放射能拡散予測データの日々公開を福島第一原発事故後三週間たって初めて気象庁が行うという。既に海外からは同様な情報が発信されていたが、情報発信を行わないコトのつけが回ってきたようだ。膨大な科学技術予算を使って構築されたはずの気象条件によるシュミレーションデータを活かしきれていないのは、ある意味で無駄であったと言われてもしょうがない。
データはデータとして公開されることに意義があり、そのデータをどの様に評価して判断を下すかは人や国によって差異が生じるのは当然のコトであろう。「正解は一つしかない」という教育を受けてきてしまった世代が、あるいはマニュアルさえあればコトが済むという安易な世界で生きてきた仕事人がパニックに落ちるのはどうにかして避けたいものだ。

53 T.N. :2011/04/22(金) 23:08:02
 ネットの「NEWSポストセブン」に週刊ポスト4月29日号の記事として、”「揚水発電」をカウントすれば原発
なしでも夏の電力間に合う”が出ています。夏の電力不足の恐れを説く資源エネルギー庁の資料に対し、最大
1050万kWに上る揚水発電の出力が、計算されていないことに疑問を呈するものです。電力は時間帯による使用量
の差が大きいが、大量に蓄えるのが困難で最大出力に備えた設備が要求されるのが弱点です。しかし、電気を水の
位置エネルギーに変えて蓄える揚水発電は、確かに盲点でした。
 原子力の表の顔を発電とすれば、裏の顔は核武装でしょう。裏については触れることさえ好まれず、どうしても表
の問題としてだけ原子力の必要性を説きたい、そういう人々がいるのでしょう。

54 T.N. :2011/11/03(木) 01:54:19
 新記事『財界にっぽん 2011年11月号』にピーター・ライトの「スパイキャッチャー」が出てきたので、
そこから引用。英国によるフランスの情報入手の部分。

「1960年から63年までの三年間、MI5とGCHQはロンドンのフランス大使館を発着する高度の暗号を解読した。
共同市場加入をもくろむ英国の試みは一時うまくいかなかったが、この間のフランスの動きはすべて傍受された。
この情報は外務省がのどから手が出るほどほしいものだった。ドゴールからの訓電の一字一句が機密用の赤いアタッ
シェケースに入れられて外務大臣に定期的に届けられた。
 実際、「ストッケード」(作戦)は情報工作の限界を明瞭に示すものだった。ドゴールは英国の加入申請を葬る
ことを決意していたし、いかに高度な情報を大量に集めてもこの事実を変えることはできなかった。われわれは
フランスがその独自の核戦力についてどう考えているかの詳しい情報を米国に流した。それはドゴールに対する
米国の疑念を高めはしたものの、われわれが結果として得た利益は少なかった。」

 自分が長年携わった仕事に対し、冷静にその効果と限界を指摘できる姿勢はすばらしい。

55 MI生 :2011/11/08(火) 09:54:04
虚飾で作り上げた発言の正当性を強調しようとした権威付けで、外部の『月刊日本』や栗原さんという名前を利用した亀山氏の発言に対して、藤原氏がそれらとの関係を冷静な姿勢で解説したために、亀山発言の手前勝手さが馬脚を顕した。その結果として根本氏の申し出により、新しい「書店」担当者の目安がついて目出度い。藤原氏から発送料を2000円づつ長年貰っていたのに、赤字だと3000に値上げを要求していた事実まで明るみに出て、亀山氏の信用は一挙に大暴落した。最後には「嘘つきは泥棒の始まり」という言葉を浴びせられ、悪足掻くきした亀山氏は姿を消した。そこで宅急便の関係者に送料を確認したら、本が10冊くらいなら日本中どこでも1000円程度だそうだ。暴利を貪っていたのであり、そうだとしたら本の在庫でも疑問がある。公金横領や着服があったかも知れず、引き継ぎに際し棚卸や決算を正確にして置かないと、後になり根本氏と読者が迷惑を受けるので、それを投稿しようとしたらスレッドが消えていた。仕方がないのでキイワードを使って検索したら、「阿修羅」の「マスコミ」欄が現れ「政経塾内閣批判の藤原肇博士の言論抹殺を狙う極右勢力からの分裂攻勢」として議論されていた。しかも、多くの関心を集めて興味深いコメントも寄せられていた。http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/423.html
これはこの種の問題が「宇宙巡礼」だけの破壊工作としてではなく、日本の民主主義への外部からの働きかけに対しての防御のケースとして、役に立つ議論の場を提供したことになり、「情報を発信することの価値」の生きた教材だと思った。松下政経塾政権の誕生した背景にあるのが、超国家主義やナチズムの復活と結びつくものなら、日本は世界から完全に敵対することになり、「宇宙巡礼」が果たした役割はとても貴重であったと言えると考えたい。悪徳犯罪者が残した傷跡を復旧するのに大変だが、皆で育てて来た「宇宙巡礼」というHPの重要性を再確認した。

56 相良修身 :2011/11/09(水) 00:40:55
そうも、掲示板をどうするかのスレッドは、新しい管理人さんたちが決まったようですので
過去の世界に行ってしまったようですね。
珍しく、まだ若かった10台のころの書きっぷりだったとおもいますが、
どうせやるなら、面と向かってやったほうがすっきるするかもしrません。

藤原さんの支持者はいっぱいいるようで、このネットワークは大切にしたいのですが
最近は、脱藩会も開催できないのが残念です。


ところで、前管理人さんは、この掲示板から引退されていますので、
この掲示板に書き込みをされることはないともいますが、
そうしても、時間差で書き込みが行われて残念です。

去るもの追わず、くるものこばまずが、この掲示板のよいところ去った
人を追いかけても何も生まれません。
何ねんかしたら、再度門下にお願いしたいといってかこられるしれません
そのときは、ほとんど信者です。
若い人に、もっと宿題を藤原さんには出していただきたいと思います。

また、MI生さんや普賢菩薩さんには、この、どうにもならなくなった
日本を立て直す渇を入れていただきたくお願いするしだいです。

藤原さんへ、最近大森実の戦後秘史をこの掲示板で教えていただき読む機械がありました。その5
マッカーサーの憲法で巻末のインタービューガ鈴木九万、後藤龍之介とあり
史の早川さんとの対談の内容は非常に興味深く読ませていただきした。
そのさい、感じたことは、大森実るとの対談では、一言も東條の自決失敗について
ほとんど触れていなかったところを蜜路武士の情けなのかもと感じました。

今回の線管理人さんとの件は、思うところはもあるかもしれませんが
ますはそれよりもっとはるかに重要なことにご注力いただければ幸いです。

57 T.N. :2011/11/27(日) 01:36:51
 大王製紙の前会長が、カジノで百数十億円の損失を出したとかいうニュースに関連して少し。
まず「平成幕末のダイアグノシス」の藤原氏の発言。

 ”日本の小金持ちがラスベガスに進出して、ずいぶんカジノを不動産として買っているが、カジノは賭博で稼ぐ
ための舞台装置に過ぎず、不動産ではないことに気づいていない。なにしろ、カジノを動かしているのはマフィア
であり、闇の世界の支配者の生態を熟知せずに、ラスベガスという博徒の砦に進出すれば、これはネギを背負った
鴨が迷い込んだも同然だ。
 大金を払ってカジノをホテルのつもりで買収し、内部を幾ら日本人好みに改装しても、日本に公認の賭博場がない
から経営のノウハウに欠け、結局は次々と破産してしまったのです。”

 ではこのノウハウとはどういうものか。林輝太郎著「財産づくりの株式投資」に、同氏がラスベガスのカジノで
ルーレットをプレイしたときの話があります。

 ”(中略)次第に勝って目の前にはチップが山のようになった。ディーラー(玉をころがす役)が、「八千ドル
くらいあるよ。これだけ儲ければもういいだろう。あそこでドルでも円でもすぐ交換できるよ」といわれたが、
(中略)、さらにねばったが次第に負けてきた。あきらめて現金と交換したのだが三千ドル以上もあった。
 ラスベガスのカジノは新聞広告を禁止されているので、儲けた人が国に帰って宣伝してくれるのがよい広告に
なるのだし、八千ドルならカジノは痛くも痒くもないのだから、やめろ、と言ったのだろう。
 三千ドルでやめたのだが、もしやめなかったら、おそらく全額を損しただろう。
 あとで聞いたのだがディーラーは、それこそ九九%くらい、赤でも黒でも偶数でも奇数でも的確に入れられる
ほどの腕なのだそうである。”

 この話を読んだ後、TVで全く同じような場面が展開され、驚いたことがあります。バラエティ番組の一般参加
者が海外でカジノに挑戦、百万円ぐらいまではすいすい勝てたが、さらに勝負を続けたところ負けが込み始め、
最後は全部すって終了。まるでシナリオが出来ているかのよう。
 以上、悪用すれば旅費ぐらいは稼げそうですが、試してみる度胸はありません。

59 藤原肇 :2014/05/02(金) 19:45:24
数日前の本澤さんのブロッグニ、ドィツに住む日本人の国際ジャーナリストが書いた記事が出ていた。
日本を逃げ出し外遊に明け暮れる安部首相が、オランダに着いた目の前で炸裂した安倍批判の新聞記事は、
実にタイムリーだったし、日本でも早速サイトで引用されていた。
そこで激励の国際電話を入れたら、同じ日の記事に次のように出ていたので驚いた。早いレスポンスは見事である。
http://blog.livedoor.jp/jlj001/archives/52069102.html

60 相良武雄 :2014/06/07(土) 21:38:39
暫く沈黙が続きましたが.インチキ細胞の増殖により、日本中メチャくちやになってきましたことは、残念でなりません。
とくに、安倍は、集団的自衛権の件で、自分がゾンビで、死なないと
自覚していることがわかりました。
首相が、変わって方針をかえないためには永遠に首相をしなければなりません。

61 ひたくれない :2014/08/26(火) 16:52:27
単なる偶然かもしれませんが 何だか納得できない数字群に遭遇しましたのでシェアさせて下さい。
日本のAMラジオ放送の周波数に奇妙な共通点があるのだそうです。これは情報網をコントロールしようとしている国際的集団の陰謀を示すものだとの説もありますが。
それでは具体例を記します。
NHK第一…594kHz…5+9+4=18
NHK第二…693kHz…6+9+3=18
ANF東京…810kHz…8+10=18
TBSラジオ…954kHz…9+5+4=18
文化放送…1134kHz…11+3+4=18
ニッポン放送…1242kHz…12+4+2=18
ラジオ日本…1422kHz…14+2+2=18

聖書の中の悪魔の数字である666から派生した概念で 6+6+6=18となりますので 周波数の各デジットの合計の18もまた魔力をもっているそうです。
ラジオを通じて日本人を洗脳する魔の手がここまで及んでいるとはとても信じられませんが、単なる数字合わせだけとも考えられません。
合計が18と言うより 法を9とするモジュラー算術で処理すると 全てが0となると考えられるようにも思われまあすが それがなにを意味するかは見当もつきません。
不透明な日本の近況を暗示するように 真実が何なのか判断できないことばかりです。
考えてみますと現代ではラジオよりテレビの方が影響力が大きいのですが そちらには悪魔の数字はないのでしょうか。それとも数字などで悠長に示さずに、もっと手っ取り早くに電通を通じて直接支配しているのでしょうか。

62 千々松 健 :2014/08/26(火) 20:46:06
日本国内での電波周波数はAMラジオは9kHzの間隔で割り当てられいて、FMラジオは100kHz、TV放送は6MHzの間隔で割り当てられています。
国際電話が81の割り当てになっていることも不思議ですが、『法を9とするモジュラー算術:(mod 9)』では、AMラジオの各局周波数も国際電話81もすべてが9で割り切れてしまうので余りは0(ゼロ)となります。
また、聖書の中には9と言う数字が単独には登場しないのも不思議ですが、秘数である9を敢えて避けているのではないかと推察します。
東アジア、特に日本における9(ク、九)という数の扱いには特別な意味があるように思います。
加減乗除の四則演算に更に、合同演算(モジュラー算術)を加えた計算に慣れるコトが今後は大切になって来るでしょう。

63 千々松 健 :2014/08/26(火) 22:57:58
初項も第2項も共に任意数である「フトマニ数列群」の中で、初項も第2項も1とした「フィボナッチ数列」の特徴は少なくとも二つあります。
一つ目は、初項の前に0が考えられること【0,1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89,144,233、、、】
二つ目は、ピタゴラスの定理に関係する数値(ピタゴラス数)が、隣り合わせの数字をそれぞれ二乗したものを加えた数が、その先の数列に用意されていることです。
すなわちフィボナッチ数列の項目数をnとして、そのフィボナッチ数をNと定義すれば、【 N^2+(N+1)^2=2N+1 】が綺麗に出てきます。
例えば、nが4の場合 3^2+5^2=(2N+1=9)=34、nが6の場合、8^2+13^2=(2N+1=13)=233
2014.8.26

64 ひたくれない :2014/08/27(水) 03:05:20
千々松さま、
全てが陰謀ではない事に注意しなくてはいけませんね。ありがとうございました。

65 千々松 健 :2014/08/27(水) 12:31:00
ひたくれないさま
お久しぶりです。九×九=八十一のような二乗数が直線から平面へ、更に立体空間や複素空間をイメージしていくときに大切となるようです。
>63はレスを間違えてしまって済みません。
しかし、偶然にもピタゴラスの定理にも二乗数が重要な意味を与えられていたことは注目に値します。

66 千々松 健 :2014/08/31(日) 16:38:36
『大事なことはバランス感覚であり、日本人は[真善美]というギリシア時代からの基本を、最近ではすっかり忘れていますね。[真]を[利]に置き換えている上に、[善]も[美]も見失っている。』『経世済民の新時代』藤原肇1996年
●▲■の流儀で考えると[真善美]は真:▲、善:■、美:●、のイメージになります。
真理の探究が疎かになって、利益の追求に向かっては困りますね。また、[善]は目標を持った実体的なアクションで、[美]は結果として現れる姿ですから、理想も無く、実行計画も無く、真も無ければ、組織体はただ迷走するのみとなりましょう。
やはり、優秀な人材の登用には、この[真善美]を統一的にマネジメントする能力がポイントになると思います。
2014.8.31

67 Km生 :2016/03/22(火) 09:39:45
[New Leader]の3月号に出ていた藤原さんの鼎談記事は、21世紀の地政学という興味深いものでしたが、連載の一回目は過去の植民地主義の総括でした。
でも、アストロボリキィツクスという言葉もあり、これからのメッセージが表示されており、議論の展開がどうなるのか楽しみです。情報の発信がどうなるのか楽しみです。

68 愛読者です :2016/04/01(金) 20:09:43
何時も藤原さんの記事が雑誌に載ってから一ヶ月くらいすれば、宇宙巡礼の記事のサイトに出て読めるので、それを楽しみにしてきました。
Kmさんが三月号で記事を読んだと報告していたので、楽しみに待っているのですが、四月になったのに未だ記事が掲載されないので、何かあったのかもしれないという心配になりました。
どうしたのでしょうか。それにしても待ち遠しいことです。
連載の記事だと言うので、きっと本格的な内容だろうと予想してワクワクしています。

69 松原薫 :2016/04/03(日) 13:45:23
これは伝聞ですから確かなことは知りませんが、管理人の方は外国に住んでおられるとかです。宇宙巡礼に集まっている人は日本ではマイノリティで、国際派に属している人だから当然にしても、管理人が日本に住んでいないとなると大変で、郵便物の遅れや仕事の都合で定期的な作業が遅れてしまうのは、避けるのが難しいのではないかという感じがします。それでアップが遅れたとしたら仕方がありませんが、その対策を考える必要があります。国内の読者で若くてコンピューターの作業に詳しい人が、管理の仕事を手伝ってあげたら良いので、誰か志願者が出て欲しいと感じます。若い時に辛い仕事でも買って出て経験を積み、実力をつけて自分から発信するというやり方が、昔から伝統としてあったのに、YKKで辛い仕事をやりたがらなくなることで、社会は衰退するのだという点では、今の日本だけでなく宇宙巡礼もその仲間のように見えて寂しくなります。
情報を受信する読者として満足するのではなく、発信することが大切だと考えたことで、このサイトも始まったのではなかったのでしょうか。発言を少数者に任せてそれを読んで直接に参加するのではなく、サイレントマジョリティの仲間になってしまえば、それをビッグブラザーズは歓迎して独裁政治の社会を支配すると思うからです。

70 藤原肇 :2016/04/06(水) 13:24:16
記事が読みたくても読めないと嘆き、それを投稿した人がいたので一筆する。「ニューリーダー」と私は創刊以来の付き合いで、足立さんが「東洋経済」から独立して、質のいい総合誌として年間購読式を採用し、読者に価値ある情報を届ける目的で出発した。正慶さんとの対談が最初だったが、四半世紀の間に30人くらいと人と対談し、多くの人と意見を交わし合った。どこかで既に書いたと思うが、必ず年に一度は登場した理由は、私の記事を読むために、年間購読する人が結構いて、私の寄稿が途絶えると足立さん宛てに、「私が死んだか」と問い合わせが来るらしい。そういう読者には万年筆で、「元気です。近く載せます」と書いて,返事を書くのが大変な仕事だから、年に一度は寄稿して下さいと言われ、30年余りも書き続けた歴史がある。
だから、03-3459-6557に電話して、藤原から聞いたので彼の記事が出たら、その号を送ってほしいと頼めば、年間購読しないで入手できるし、そうやって読んでいる人も結構いるらしい。抜け穴ルートであるので、これは内緒にして貰うことを条件にして、教えて差し上げたしだいである。

71 藤原肇 :2016/04/08(金) 21:24:10

「ニューリーダー」での対談相手に、30人ちかくの人物が登場したが、その中には正慶孝や小室直樹がいて、正慶さんとは五回以上も相手をした。それを足立さんは感謝してくれたし、読者にも喜んで貰ったので、年間購読している人もいると聞く。ただ、二人は既にあの世に旅たち、私としては寂しい限りだが、その穴埋めの人材探しは難しい。正慶さんとの対談が多い理由は、彼が意味論を完璧にマスターし、物凄い博識で疲れなかったのと、気軽に相手をしてくれたからであ。また、彼の博識の驚きを記録した思い出として、1970年代の後半に彼と出合ったことが、『経世済民の新時代』に次のように書いてある。
「・・・そんな集まりで正慶さんと出会ったのだが、その頃の彼はまだ中央公論の編集スタッフで、教養書などの編集に携わっていたようだ。それにしても、僅か一度だけの出会いで彼の記憶が鮮明なのは、フランス革命の話をしていた時に、正慶さんがサド候爵のことを話題にして、バスチーユ監獄に幽閉されていた囚人と、サド候爵のアリバイの高説を披露したからである。しかも、ロベスピユールやナポレオンまで登場して、大革命の背景について解説した正慶さんが、ジェスイットやフリーメーソンまで引用したので、私はその博識に驚いてしまった。その夜の議論は非常に豊かな内容であり、その理由が正慶さんの誇る造詣に由来していたから、中央公論の編集部を私は見直すことにした。こんな人たちが編集に関係しているが故に、中央公論社は教養物を手掛けることが出来るし、世界の古典を日本人に紹介しているのだと考え、それ以降の私はせっせと「名著シリーズ」を読んだのであり、正慶さんにルネッサンス人の影を見たと思った。・・・」
日本人で意味論をマスターした人として、正慶孝、小室直樹、中村雄二郎の三羽烏がおり、中村先生には未だ面識がないが、三人はアカデミズムの巨峰だし、幸運にも正慶孝と小室直樹の二人とは、共著を持つことが私の誇りであり、日本人だったお蔭だと思い、その機会を得たことを感謝している。

72 愛読者 :2016/04/11(月) 16:18:38
直接に雑誌を購読するという当たり前のやり方があったのに、一ヶ月待って掲載されてから読むということに慣れて、情報はこちらから取りに行く物だと言うことを忘れていました。
反省して改めたいと考えて手配をして、四月号を送ってもらうようにしました。アドバイスを感謝します。

73 市川 昌人 :2016/04/12(火) 03:15:11
昨日唐津 成一郎氏のコメント入りのパンフレットが届き、見慣れた色に書かれた文字は生命知水。両氏もご健在であられる事、お慶び申し上げます。当方もようやくスカブミの地へとトキハマワリテメグルカタカナムと相成り候。近況報告まで

74 吉田 :2017/08/27(日) 11:27:19
藤原さんが書いた『財界にっぽん』の記事について、大きく紹介された番組がU-Tubeで放映されています。記事の題名である「断末魔を迎えた安倍ゲシュタポ内閣の悪足掻き」が、世界に向けて公開されたことになります。
https://www.youtube.com/watch?v=y_1a06d2g3k

この番組が全世界で見ることが出来るので、その影響力を考えるならば画期的ことです。藤原さんと何度も対談している平野貞夫さんが、この番組で今日も深い発言をしているのも見ものです。

75 藤原肇 :2017/09/13(水) 14:15:31
21世紀の日本は暴政に支配され、サイコパスの劣悪政治家による、亡国への転落のプロセスてあったし、その歴史的証言を残すことが、「史人」としての私の役目でもあった。最後に纏めたのが『さらば暴政』だったが、その前に「水子」になった二冊の不幸な本があり、その「秘話」についての公開から始める。
『小泉純一郎と日本の病理』は、オリジナルな記事は二割余りが削られ、小泉の精神状態を分析して、サイコパスとして考察した記述は、きれいさっぱり削り取られてから、題名も変更されて出版が実現した。また、干渉はソフトな形で行われて、新聞や雑誌の書評はゼロであり、書評も紹介も皆無という点では、ギネスの世界新記録級だった。だが、今買わないと読めなくなる内容だと、ネット上で騒がれたお陰で、一か月半で五万部も読者を獲得して、ベストセラーの仲間入りを果たした。
 そこで、小泉首相と創価学会の幹部が、秘密裏にこの本を集めて、抹殺工作を指令したようで、新本どころか古本もなくなり、定価千円の本がアマゾンの中古でも、二万円の値段で取引された。光文社のペーパーバックス部門は閉鎖になり、編集長は退社して姿を消して、日本的な顛末でことは終わった。
 この不幸な本に似たケースは、米国在住の日本人に向けて、「加州毎日」新聞に連載した書評集が、『アメリカから日本の本を読む』と題して、文芸春秋社から発行された時にも、「品切れ事件」として問題を起した。この本が出る直前の段階で、社内報で近刊予告を見た田中社長が、重役や担当出版部長を呼びつけ、「藤原の本をうちから出すとは何事か」と激高し、部長は窓際族に左遷された上に、本の販売阻止を試みた事件があった。
 田中健五が本誌の編集長時代に、拙稿の内容を捻じ曲げたり、没にした拙稿を他人の記事に使ったので、喧嘩して絶交していたことが、この事件の発生と結びついていた。また、若き日の田中記者の役割が、内調の手先として暗躍して、それを手柄に出世していたと、彼の秘めた過去を記事に書き、暴露した私への彼の敵意のせいで、こんな事件が生れたのである。
幾ら社長でも発売中止にすれば、言論妨害の典型になるので、一旦は配本し本が返本で戻った時に、コンピュータに「品切れ」と表示し、流通を止める手を使ったようだが、そんな経緯は後になって知った。それにしても奇縁になるが、私の読者で「ご学友」の人から、献辞を書くように勧められて、当時は未だ皇太子だった明仁親王に、この本は献呈されて届けられ、その後に天皇になった人は、私の読者の一人になられたらしく、天皇家の記事を好んで扱う、文芸春秋社とは捻じれた関係が生じた。
 そして、何十年もの星霜が過ぎ去り、二十世紀が終わろうとしたのに、誰もアインシュタインの理論に対し、光速外の「幽霊層の場」について、異議を加えようとしなかったので、私は仕方なく英語で論文を書いた。本当は、誰か若い世代がこの問題に挑戦して、より包括的な仮説を提示して欲しいと待ったが、20世紀が終わる時期を迎えたのに、それは実現しそうになかった。
そこで、仕方なくメタ・サイエンスの立場から、ホロコスミクス理論をまとめたら、ニューヨークの国際地球環境大学が発行する、『学術論文集・第21号』に掲載された。20世紀最後の年の1月に出た、『学術論文集・第21号』にそれが掲載され「新千年紀への期待」と題した特集に、「ホロコスミクス理論」が活字になったのは、縁起に属す巡り合わせかも知れない。
 ここでまた不思議な巡り合わせで、十数年も前の話になるが、 皇室関係筋の読者から頼まれて、この英文紀要に献辞と署名をした上で、 皇太子に献上したいと言われた。しかも、この使者が東宮に届けたところ、「既に読んでいる」と言われたと聞き、私は皇室の情報力の凄さに驚愕したし、皇太子の洞察力に目を見張った。オックスブリッジの人材教育の高さや、英国の情報網の持つ人脈には、流石に凄いものがあると驚いたし、皇室は欧州の王室とも繁がりが強い。
http://fujiwaraha01.web.fc2.com/fujiwara/article/newleader201408.html
こんな体験はシンクロニシティだから、日本が安倍政権の暴政により、社会の秩序が解体されかけているし、こうした混迷の中で疲れた天皇が、生前退位まで決断されたことは、極めて重大な事態だと言える。だから、主権者として江戸っ子である私は、安倍ゲシュタポ内閣の弊害に触れた、今回に発表した記事を人脈の活用を通じて、天皇と皇太子に届けることで、安倍暴政への総括にしたいと考えている。
http://fujiwaraha01.web.fc2.com/fujiwara/article/zaikai201709.html

76 藤原肇 :2017/09/14(木) 09:28:22
75)の末尾には次の言葉が続く。

この安倍ゲシュタポ内閣の弊害に触れた、「断末魔を迎えた安倍ゲシュタポ内閣の悪足掻き」の記事を、天皇と皇太子に届ける行為は、数理哲学的な証明の意味論を内包する。それは帝王学を極めた人には、自公体制が「案山子」集団であり、主権者である国民にとって、有害無益の証明になることだ。
だから、天皇の生前退位の実現は、「ゾンビ放伐」の営みに結びつき、暴政解体の国民の総意を結集して、狂った国政の総決算の形で、新生の国体への「岩戸開き」が、遂に始まることを意味する。日本列島からゾンビを追い出し、纏いついた汚物を祓い清めることで、新生日本の門出を飾るには、「ゾンビ放伐」が決め手であり、そこに21世紀の回天がある。

77 藤原肇 :2017/09/14(木) 12:30:33
矢張り「国体」という言葉には違和感があるので、76)は次のように書き改めることにする。

この安倍ゲシュタポ内閣の弊害に触れた、「断末魔を迎えた安倍ゲシュタポ内閣の悪足掻き」の記事を、天皇と皇太子に届ける行為は、数理哲学的な証明の意味論を内包する。それは帝王学を極めた人には、自公体制が「案山子」集団であり、主権者である国民にとって、有害無益の証明になるからだ。
だから、天皇の生前退位の実現は、「ゾンビ放伐」の営みに結びつき、暴政を解体する国民の総意を結集して、狂った政体の総決算をする形で、新生の日本への「岩戸開き」が、遂に始まることを意味する。日本列島からゾンビを追い出し、纏いついた汚物を祓い清めることで、新生日本の門出を飾るには、「ゾンビ放伐」が決め手であり、そこに21世紀の回天がある。

78 藤原肇 :2017/11/30(木) 23:59:17
私の書いた記事を掲載したことが原因になって、編集長の地位を辞めることになったと予想できる、
「月刊・フナイ」の元編集長から届いたメールに、次のような文面があったのでお裾分けします。
<貼り付け>
謹啓
メールいただきましてから、早2ヵ月、ご無沙汰をおゆるしくださいませ。
昨日やっと『ザ・フナイ』11月号が入手できまして、拝読させていただきました。
ほんとうに密度の濃い有意義で面白い内容で、藤原先生でなければ書けない知的な投稿に、胸躍る気がしました。
さっそく数冊追加でお願いし、大事な知人に読んでもらおうと思っています。
ですが、ほんとうは、心の中では、怒っているのですよ。
私が編集長の時には、このような投稿はしてくださいませんでした。
私が編集長をやめた後に、このような面白すぎる、高度で知的な内容を書いてくださるなんて・・・・・・!!
謹白

79 藤原肇 :2017/11/30(木) 23:59:31
私の書いた記事を掲載したことが原因になって、編集長の地位を辞めることになったと予想できる、
「月刊・フナイ」の元編集長から届いたメールに、次のような文面があったのでお裾分けします。
<貼り付け>
謹啓
メールいただきましてから、早2ヵ月、ご無沙汰をおゆるしくださいませ。
昨日やっと『ザ・フナイ』11月号が入手できまして、拝読させていただきました。
ほんとうに密度の濃い有意義で面白い内容で、藤原先生でなければ書けない知的な投稿に、胸躍る気がしました。
さっそく数冊追加でお願いし、大事な知人に読んでもらおうと思っています。
ですが、ほんとうは、心の中では、怒っているのですよ。
私が編集長の時には、このような投稿はしてくださいませんでした。
私が編集長をやめた後に、このような面白すぎる、高度で知的な内容を書いてくださるなんて・・・・・・!!
謹白

80 通りすがり :2017/12/18(月) 00:21:02
Mail欄をクリックすると、掲示板に誘導されてしまい、どこに書いていいのか分かりませんでしたので、書き込みお許しください。

宇宙巡礼とWikipediaの改訂希望事項です。

---------------


著作一覧
http://fujiwaraha01.web.fc2.com/fujiwara/books.html

『賢く生きる―藤原肇対談集』(清流出版 2006/7/1)
https://www.amazon.co.jp/dp/4860291603/
が、現在なぜか抜けております。

---------------

藤原肇 (評論家) Wikipedia
http://u0u0.net/GIMd

>著書
>『ものづくり都市の再生』MONOまちづくり研究会編 ぎょうせい 2005

【内容】
時代を先駆ける産業美学。ファッション産業のパイオニアとして地場産業の再生に取り組んだ著者と、まちづくりの専門家による地域再生の専門書。ものづくりを活かした地域活性化の手法がわかる。
【目次】
第1章 生産・市場・生活を結ぶスパイラルの創造
第2章 消費の変化に対応する生産と流通
第3章 ファッション産業の未来を拓く
第4章 産地再生の展望は開けるか
第5章 地域産業の再生とまちづくりの連携
第6章 ものづくり都市再生の実践

【著者紹介】
藤原 肇
略歴:〈藤原肇〉1940〜2005年。東京都生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業。株式会社マーケティング企画代表取締役。

https://honto.jp/netstore/pd-book_02614033.html
http://www.ued.or.jp/report/public.html
https://book.kanpo.net/category/select/pid/2127
https://www.amazon.co.jp/dp/4324078289/


この著者は同姓同名の別人ですね。
削除してもらえるといいのですが。

81 藤原肇 :2018/03/10(土) 18:30:12
本を愛読する人にとって耳寄りな情報が届き、かねてから似たようなことを考えていたので、それを皆さんに伝えたいと思う。http://shuchu.info/_cs?m=main&amp;c=10966&amp;u=20520
私自身がアメリカに30年住んだことで、蔵書を三万冊近く抱え込み、リビングルームはもちろんだが、台所を始め便所やジャクジにまで、本箱が並んでいる中で生活していた。
それを伝え聞いた風水師の珪水さんから、「そんな場所に住んで寝ていたら、インクのPCBを皮膚呼吸で吸い込み、脳が狂うから危険だ」と警告されたこともあったが、本中毒の私には脳が犯されても諦められた。
蔵書のほとんどはアンダーラインを引き、赤系統と青系統に色分けしてあり、このノウハウは「日本脱藩のすすめ」の中に書いたが、引用するに際してとても便利だったし、お陰で数十冊の著書を作るのに役立った。
だが、米国をを引き上げて次の住処に引っ越す時に、そのうちの書き込みのある八千冊は台湾に船で送り、残りの二万数千冊はロスの日本人たちが、将来図書館を作るときに使って貰うようにとプレゼントして来た。
書き込みをした本は私の脳の代わりに、外付けのハードメモリーに等しいので、それはカタツムリの殻と同じで一緒に持ち歩く必要があったし、書き込みのある本はとても貴重なものである。
一般的には書き込みのある本は古本屋に嫌われるが、私にとっては書き込みがあることにより、本としての価値があると思うし、紙の本は私にとってのノートブックである。だから、そうした考えに基づいて古本を集める本屋が生まれたと知り、こんな嬉しいことはないと感激した次第である。

82 藤原肇 :2018/03/10(土) 18:30:25
本を愛読する人にとって耳寄りな情報が届き、かねてから似たようなことを考えていたので、それを皆さんに伝えたいと思う。http://shuchu.info/_cs?m=main&amp;c=10966&amp;u=20520
私自身がアメリカに30年住んだことで、蔵書を三万冊近く抱え込み、リビングルームはもちろんだが、台所を始め便所やジャクジにまで、本箱が並んでいる中で生活していた。
それを伝え聞いた風水師の珪水さんから、「そんな場所に住んで寝ていたら、インクのPCBを皮膚呼吸で吸い込み、脳が狂うから危険だ」と警告されたこともあったが、本中毒の私には脳が犯されても諦められた。
蔵書のほとんどはアンダーラインを引き、赤系統と青系統に色分けしてあり、このノウハウは「日本脱藩のすすめ」の中に書いたが、引用するに際してとても便利だったし、お陰で数十冊の著書を作るのに役立った。
だが、米国をを引き上げて次の住処に引っ越す時に、そのうちの書き込みのある八千冊は台湾に船で送り、残りの二万数千冊はロスの日本人たちが、将来図書館を作るときに使って貰うようにとプレゼントして来た。
書き込みをした本は私の脳の代わりに、外付けのハードメモリーに等しいので、それはカタツムリの殻と同じで一緒に持ち歩く必要があったし、書き込みのある本はとても貴重なものである。
一般的には書き込みのある本は古本屋に嫌われるが、私にとっては書き込みがあることにより、本としての価値があると思うし、紙の本は私にとってのノートブックである。だから、そうした考えに基づいて古本を集める本屋が生まれたと知り、こんな嬉しいことはないと感激した次第である。

83 もとよし :2018/03/16(金) 16:17:02
3.11半年前より目覚めて、いろいろなサイトを見て回り、いつしかこの世界巡礼に辿り着きました。
松下政経塾の記事から入りましたが、真実を知る事は、頭がはっきりとして気持ちが晴れやかになることが分かりました。
私の知能で理解するには、表現が難しい文章もあり最近(3,4年)の記事しか読んでいませんでしたが、平成幕末のダイアグノシスを読みたくなり本を検索しましたが、高価であきらめました。
それで、このサイトの記事に幾つか本に掲載した文章(記事)がありましたので、それを一つずつ読もうとしました。
しかし、「アメリカから読んだリクルート事件の深層」のリンク先が下記になってしまいます。

http://fujiwaraha01.web.fc2.com/fujiwara/article/la93w.htm

平成幕末のダイアグノシスに収録されている記事のほとんどが上記リンクになっています。
ぜひ修正をお願いします。


追伸:「小泉純一郎と・・・」と「さらば暴政」を読み事実認識、理解に大変役立ちました。
ありがとうございます。

84 宇宙巡礼HP管理人A :2018/03/17(土) 10:33:20
もとよしさまからの "平成幕末のダイアグノシスに収録されている記事のほとんど
が上記リンクになっています。"とのお知らせにつき、たいへありがたく感謝申し上
げます。調べてみたところ、何らかの事情でDATA BASEの一部が消えているようなで
、書籍から再スキャンして復元致しますので、いましばらくお待ち下さいませ。


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